173: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:08:40.30 ID:5HbT9nK2O
佐藤はシャッターから身体を出し、バキン、 バキン、と空間が限られた場所なのにセミオートで一発ずつ発砲しながら通路を進んだ。佐藤は銃弾ひとつで警備員一人をきちんと殺す。発射された麻酔ダートを躱し、また引き金を引くと六人目が死んだ。
ハンドガードを持つ佐藤の左腕に麻酔ダートが突き刺さった。麻酔銃を撃った若い警備員が思わず、よし、と言ったとき、佐藤は腰からブッシュナイフを引き抜いて、左腕を切り落としてしまっていた。佐藤は素早い動作でブッシュナイフを拳銃に持ち替えると、切断面を晒している左腕を拳銃を持つ手の支えにして、その警備員の顔に三発叩き込む。警備主任も死んでしまった。佐藤と対峙することになった二人の警備員はパニックになり、当てずっぽうで麻酔銃を撃った。麻酔ダートは佐藤の右半身、脇の下と胸に刺さった。佐藤はまだ熱い銃口を首の下に押し当てた。皮膚が火傷を負った。
脳天から血が飛び散り、帽子が吹っ飛ぶ。佐藤は死んで、だらんと仰け反り崩折れる。身体が床につくまでの僅かな間に、黒い粒子が集合し無くなった腕を再生した。残された警備員たちはほんの一瞬、驚いただけだった。床に背中がついた瞬間、佐藤は上半身を跳ね起こし、残りを一気に始末した。佐藤が引き金を引いているあいだ、かれらの身体は揺さぶられ続け、まるでダンスを踊っているみたいだった。噴き出す血煙がスプリンクラーから撒かれた水に反射し、ピンク色にてらてら光っていた。
174: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:11:11.90 ID:5HbT9nK2O
すみません。
>>173 のルビが大きくズレてしまいました。「アレ」のルビは黒い幽霊の上ということでお願いします。
175: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:12:07.71 ID:5HbT9nK2O
佐藤は濡れた帽子を拾い上げ、被り直しながら言った。帽子に穴は開いていなかった。
佐藤「さて、永井君。お迎えだよ」
176: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:14:13.24 ID:5HbT9nK2O
佐藤「永井君わかるかい? 助けに来たんだ」
永井「どれくらい……僕はここに……」
177: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:15:43.80 ID:5HbT9nK2O
フード付きの青いレインコートを頭からすっぽり被ったその人物が報道陣から離れた西側の林の中を慎重に歩いていると、草の上に引かれた黄色い真っ直ぐな光線が爪先にかかり、反射的に脚を引っ込めるのと同時に研究所の反対側から爆発音がした。
レインコートの人物は十日前から可能な限り研究所を訪れていた。はじめはうっかりして研究所を眺めるために周辺を徘徊してしまい、応援に駆けつけた報道局の人間か警備員に見つかってしまうこともあった。その場からすぐ離れれば問題は起きなかったが、自身の不用意さにひどく恥ずかしくなった。
次の日からはもっと思いきった行動を選択した。研究所の中に黒い幽霊を忍び込ませたのだ。黒い幽霊は人間には見えないし、撮影機器にも映らない悪さをするにはうってつけの存在だった。とはいえ、そのうってつけのためにその人物は後ろめたさに悩んだ。父親との約束を破り自ら一線を踏み越えてしまったことへの罪悪感から、黒い幽霊の操作に躊躇いが生じ、研究所の一階部分を見て回るのにも数日かかった。一階の捜索では、美波の弟を見つけることはできなかった。
178: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:16:46.95 ID:5HbT9nK2O
五日目になって、二階の探索にかかろうとしたとき、通路の奥に若い女性の後ろ姿を幽霊を通して見た。研究所の中で唯一の女性だったので、わずかにスーツを着たその女性の背中に意識が向いた。ミディアムの外ハネの黒髪が揺れたかと思うと、下村は首の後ろを指で触れられたかのようにばっと振り向き、それとまったく同じタイミングで幽霊の派遣者は幽霊の身体を壁に隠した。理由の分からない焦燥に急き立てられ、黒い幽霊をもっと見つかりにくいところに隠さなければならないという思いが全身に広がった。
黒い幽霊をとっさに跳躍させると、幽霊は通路の角の壁に静かに着地した。音を出さないように素早く動かしながら、階段まで戻る。階段に足を置かず手摺を掴んでぶら下がると、直線に一度折れ曲がった階段の隙間に身体を通しまた音もなく着地する。顔を上げると、ファイルが詰まったダンボールを抱えた研究所のスタッフと眼があった。スタッフは脚を上げ腿でダンボールを支えながら右側にある資料室のドアを開けると部屋の中に入っていった。
179: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:21:21.34 ID:5HbT9nK2O
膝を曲げたままの姿勢で固まっている黒い幽霊の頭部が崩壊を示しはじめた。拡散する黒い粒子が空気の中へ消えていく。消滅までやり過ごそうとまだ閉まりきっていないドアを抜けまっすぐ突き当たりまで進み、三列に並ぶスチールラックの上に、ラックが揺れないよう慎重に幽霊を乗せた。ラックの上からスタッフが背に貼られた通し番号順にファイルを整理している様子が見えた。
閉まっていたはずのドアが風に揺れるカーテンのように静かに開いた。三角形の頭部を持った黒い幽霊が部屋の中に入ってきた。下村の幽霊は浮き上がったように身体を持ち上げ、資料室を見渡そうとした。派遣者はラックの上にいた幽霊の身体を回転させ、床に落とした。着地音を吸収するように両手両足が床に張り着いたまま、幽霊は動かなくなった。着地の瞬間には、頭部がもう完全に消滅していたからだ。
下村の幽霊はラックから下りると、今度は部屋のなかを歩き出した。首を動かし、ラックの間に頂角を向ける。幽霊とのリンクが途切れた派遣者はただ祈ることしかできなかった。下村の幽霊が頭部の無い幽霊がいる奥のラックの方へ進むと、ファイル整理を終えたスタッフと対面し、一歩後退ることになった。スタッフはそのまま真っ直ぐ幽霊の方に歩いてきた。下村はさらに後退し幽霊の背中をラックにつけてやり過ごすと、スタッフが出て行ってから資料室の捜索を再開した。何かの存在の痕跡は、跡形もなく消えていた。
180: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:24:19.36 ID:5HbT9nK2O
それから五日間、黒い幽霊が研究所内を歩くことは無かった。
二度目の失敗は一度目のときより遥かにこたえたが、しばらくすると希望的な観測が派遣者の中に生まれていた。あの亜人の女の人が美波と話をした政府の人といっしょにいるのなら、美波の弟だって外に出られるのかもしれない。いまはまだきっといろいろな検査をしているときだから、すぐではないにしてもその可能性がある以上、それを確認して見届けなければ。でも、黒い幽霊も送り込めないのにどうやって?
レインコートが雨を弾く音を聞きながら、その人物は光線が放たれてる場所を見ていた。ライトは地面に直線に走ったまま動かない。その光は目印のように固定され、誰かを導くのを待っているかのようだった。光線と爆発音がレインコートの人物の頭の中で明滅と反響を続けていた。
181: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:28:00.70 ID:5HbT9nK2O
切断されたフェンスをくぐり抜けたとき、地面にうつ伏せている警備員の眼を見た。警備員の眼は虚ろで死体の眼をしていた。顎から眼の下のあたりまで深い傷が刻まれていて、それが致命傷なのだとすぐに理解できた。恐怖がレインコートの人物を刺し貫いた。冷たい恐ろしさが骨格の代わりになってしまったかのようにその場から動けなくなり、喉が閉まり呼吸するのも苦しくつらい。剥き出しになった死を目の当たりにするのは、これが初めてだった。
ふたたび研究所内からさっきの爆発音と同種の音が響いてきた。その音が鳴り続けているあいだ、誰があの建物の中で死んでいる。レインコートの人物は苦しみながらなんとか口を開け、必死になって息を吐き出した。渇きを癒すために水を喉に流し込むかのように空気を大量に吸い込むと、息を止め一気に駆け出す。燻りと灰と焦げ臭さが残る東入口に彼女がたどり着いたとき、銃声はすでに止み、冷たくなった静寂が研究所をすでに満たしはじめていた。
182: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/23(日) 21:30:09.14 ID:5HbT9nK2O
今日はここまで。やっと『シンデレラガールズ』側の亜人を登場させることができました。
それと、亜人実写版の慧理子役の人、浜辺美波さんという方なんですね。アニメ版の慧理子と美波の中の人が同じなのはそんなに珍しくもないんですが、今回の偶然の一致にはさすがに声が出ました。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20