【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.2

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51 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:46:34.50 ID:AAQxISte0
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      GAME OVER

 アリスガワさんがクロにきまりました

   おしおきをかいしします




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52 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:47:59.50 ID:AAQxISte0

有栖川さんは名家の生まれ。
物心がついた時から、周りから教育的指導を施され、淑女としての立ち居振る舞いは体にすっかり染み付いているそうです。
まだ成人して間もないというのに、見上げたものです。
そんな彼女がまさか社会通念の、マナーを間違えるはずがありませんよね?

さあ、それでは検証してみましょう。
彼女がどこまで文武両道であるのか、何よりもわかりやすいこのテーブルマナーという指標で!

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       最後の晩餐

超研究生級の文武両道 有栖川夏葉処刑執行



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モノクマーズたちと共にテーブルを囲む有栖川さん。
モノクマによる給仕が粛々と進んでいきます。
パン、スープ、前菜、副菜と並べられていきますが、それに全て適切な対処をしていく有栖川さん。
バターをパンに塗る時は一口台に千切ってから、スープを飲む時には音を立てず、食材を切るときには人差し指をナイフの柄に添えて。
もちろんナプキンだって二つ折りにして、膝の上。
ボロを出せばすぐに電流を流して指導をしてやろうと控えていた講師モノクマもこれには思わずハンカチを食いしばります。
53 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:48:36.28 ID:AAQxISte0

そしてとうとう食事は主菜の局面へ。
肉汁たっぷりのハンバーグが並べられますが、有栖川さんはこれをキチンとしたマナーで食べることができるのか……!?

見事! 肉汁をこぼすことなく綺麗に運んで口まで持っていきます。
付け合わせのライスも左手のフォークで器用に取って見せました。
食器同士で音を立てることなく、皿の上をむやみに汚すこともなく。
完璧なマナーで食事を終えて、ナプキンの縁で口を拭く有栖川さん。

彼女に指摘すべき粗などありません。
彼女はまさに完璧な淑女そのものなのですから!



でも、彼女が完璧だったとしても、共に卓を囲んでいる連中がそうとは限りません。
モノクマーズは犬食いみたいになって飯をかっこんだり、ナイフとフォークを雑に入れ替えて使ったり、食器をぶつけてガチャガチャと何度も音を立てたり。さっきから講師モノクマの教育的指導を何度も受けています。
そして食らった高圧電流のせいで、モノタロウの持っていたパンが、ついうっかり有栖川さんの卓上のグラスを横倒しにした上で服の元へ。

有栖川さんは驚いて慌てて席を立ってしまいました。
おやおや、席を立つというのに給仕を待たずに椅子を雑に引いたりして。
物音を立てるのはマナー違反ですよ!

ビリビリビリビリ!

肉が焼けてしまうほどの超高圧電流を浴びて有栖川さんはすっかり押し黙ってしまいました。
どんなにマナーが完璧でも、他人を慮る気持ちがなくてはいけませんよね。
食卓の場に死体を並べるなんてマナー違反を犯した有栖川さんはそのままずるずると引きずられてダストシュートに投げ込まれてしまいましたとさ。
54 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:49:23.65 ID:AAQxISte0





『ご覧ください! これは歴史資料の映像でも、ましてSF映画のワンシーンでもありません』





55 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:50:08.67 ID:AAQxISte0

『これは今まさに我々の生きている時代の中で起きている現実そのものなのです』

『■月より武力衝突を繰り返していたA国とB国、衝突が長期化するにつれ投じられる兵器も過激化しておりましたが……ついにB国はその一線を超えた形となります』

『国際協定により使用が禁止され、多くの国により放棄が宣言されている超特殊兵器』

『B国はA国首都攻略の決め手とするために超特殊兵器の使用へと踏み切りました』

『このことには世界中から広く非難が集まっており、周辺の国々には兵器使用に伴う……ザザへの影響も懸念されております……』

『我々の住まうザザ……もその影響は……ザ……と見られ……ザザ……』

『政府の提言する……ザザ……へと期待とザザ……集中し……ザザ』



プツン!!


56 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:51:35.35 ID:AAQxISte0
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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      (非)日常編




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57 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:52:51.86 ID:AAQxISte0

あさひ「円香ちゃんは本当は超研究生級のコメンテーターなんかじゃない」



あさひ「_____超研究生級の内通者だったんっすよ」



にちか「は? な、なにそれ……?! なにを言ってるの……?!」

円香「……」ギリッ

芹沢さんを制そうと手を伸ばした樋口さん。
その口を塞ぐにはわずかに足らず、芹沢さんから語られた衝撃的な事実を前に、私たちの間には混迷が立ち込めた。
58 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:54:23.54 ID:AAQxISte0

円香「……あんた、最低だね。私たちを欺いて、一人で私の才能研究教室に忍び込んでたんだ」

あさひ「あはは、いまの今までみんなを騙してた円香ちゃんが言うんっすか?」

円香「……」

凛世「お待ちください……あさひさんは円香さんの才能研究教室でなにを目撃なされたのですか……?」

凛世「内通者と断ずるまでの物が、そこにあったのですか……?」

あさひ「んー、言葉で説明するのは難しいっすね。実際に見てもらった方が早いっすけど」

芹沢さんはチラリと樋口さんの方を見る。
奥歯をぎりりと噛むが、抗うそぶりはない。
樋口さんはここまで来ればもう手遅れ、隠し切ることは不可能だと諦めてしまったのだろう。

あさひ「みんなで一緒に円香ちゃんの才能研究教室、行ってみるっすよ!」

芹沢さんはすぐに校舎の方へと走り出した。
私たちは顔を見合わせ、少し逡巡したが、ぞろぞろと芹沢さんの後をついて行った。
教室に着くまでの道中、樋口さんは口を開こうともしなかった。
59 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:55:47.77 ID:AAQxISte0
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【超研究生級の???の才能研究教室】


「……な、なにこれ」

部屋に足を踏み入れた瞬間私たちの目に飛び込んできたのは、部屋中を埋め尽くす白と黒のモノトーンの世界。
それは私たちにとっては死と絶望の象徴に他ならない。

「ひ、樋口さん……あなたは、一体……?」

部屋の異様さはそれに留まらない。
これから戦争でも始まるのかと言わんばかりの銃火器が壁にいくつも架けられ、ラックには手のひら大の爆弾のようなものがゴロゴロと乱雑に並べられていた。

あさひ「見ての通りっすよ。少なくとも円香ちゃんは間違っても超研究生級のコメンテーターなんかじゃないっす」

あさひ「それにこの部屋を埋め尽くしてる白と黒……モノクマたちと丸っ切りおなじっすよね」

円香「……」

愛依「で、でもそれだけじゃグーゼンかもしんないじゃん?! 円香ちゃんが裏切り者だなんて……」

あさひ「____証拠も、あるっすよ」

狼狽する愛依さんの勢いを即座に殺したペラ一の書面。
そこには、私たちがこの学園生活で飽きるほどに見てきた【モノクマが堂々と鎮座していた】。
60 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:57:14.54 ID:AAQxISte0

甜花「こ、これ……モノクマの、図解……?」

灯織「……モノクマの中の機構や搭載されている武装まで事細かに書かれていますね」

樹里「こんなもん……黒幕側の人間じゃなきゃ、手に入んねーだろ……」

書類には専門的なことも書かれていてその内容の全てを理解することは難しいが、
少なくとも私たちのようないち学生が通常手に入れられるようなものじゃないのは確かだ。
モノクマという存在が秘めている危険さ、凶悪さがつらつらと書き連ねられている紙は、持っているだけで悪寒すら感じさせた。

円香「違う……私も何のことだか分からないの……ただ、部屋を与えられて、そこにこれがあっただけのこと……!」

あさひ「いや、そんな言い訳は通用しないっすよ。みんなこの学園に来た時に聞いてるはずっすよ?」

あさひ「わたしたちの【才能】は潜在能力や可能性から総合的に判断して割り振られているって」

私もそうだ。これまでのバイトの経験とか、趣味で蓄積した知識とかそういうところから決めたって言われたんだっけ。
才能研究教室はそんな才能を伸ばすための設備が整備されている部屋だ。
樋口さんの部屋に並んだ武器の数々は、彼女の才能というのが他の人を傷つけうるものだというのを証明している。
61 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:58:17.46 ID:AAQxISte0

あさひ「みんな、その言葉通りに自分の才能にある程度の納得はいくものがちゃんと決められていると思うっす」

あさひ「円香ちゃんも、この部屋に入った瞬間に思ったんじゃないっすか?」

あさひ「ああ、やっぱりって」

円香「……そんなわけ、ない」

樋口さんは何度も芹沢さんの言葉を否定した。
でも、もう私たちの中の疑念は強まっていくばかりだ。
樋口さんを疑うという方向に一度傾いてしまってからは、ズルズルと重力に導かれるように引き摺り込まれていく。
樋口さんへと向けられる視線は信頼の熱を失っていき、裏にある何かを見極めようとする冷めた嫌疑の視線へと変わって行ってしまった。

樹里「……実際なんなんだ、円香。あんたがモノクマに与えられた才能ってのは」

円香「……分からない」

真乃「え……?」

円香「分からないの、本当に。目を覚ました時にもモノクマーズたちが姿を表したけど……」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

モノタロウ『キサマの才能は【超研究生級の映画通】だよ! よく日常的に映画を見てるって聞いたからね!』

モノファニー『最近お気に入りの映画館も閉鎖されちゃったって聞いたわよ、御愁傷様ね』

透『あー……ども』

モノスケ『ほんでキサマの才能はやな……』

円香『……』

モノスケ『……いや、ええか。キサマには言わんでええやろ』

円香『……は?』

モノキッド『ミーたちからわざわざキサマに伝えずとも、キサマの体はキサマの才能をしっかりと覚えているはずだぜッ!』

モノタロウ『うん! これから始まる学校生活の中でキサマはキサマ自身の才能を思い出す瞬間がきっと来るはずだよ!』

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
62 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 21:59:19.61 ID:AAQxISte0

透「あー、そういえば……言ってたか」

円香「私の才能は学園生活の中で思い出す時が来る……そう聞いた。自分だけ才能とやらを割り振られていないのも変に勘ぐられたくないから、コメンテーターって便宜上嘘をついていただけ」

恋鐘「でも、こがんもん見せられたら……」

灯織「そのモノクマーズの言葉の意味も違って聞こえてきますね……」

樋口さんが才能を覚えていない。
その言葉をそのままに受け取るにしても、信頼を置くかどうかは難しい問題だ。
誰かを信頼して、痛い目を見たという経験は私たちには既に覚えがありすぎる。

そして、私たちの疑念を後押しするかのように、奴らがやってきた。

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「うわ! なんだこれ! 部屋一面お父ちゃんカラーでいっぱいだよ!」

モノファニー「すごいわ! 部屋中からお父ちゃんの臭いがしてるわ! 獣臭くて栗の花臭いわ!」

モノダム「……ミンナ、ツイニコノ部屋ニヤッテキタンダネ」

いつもはうざったくて仕方ない連中だけど、今の私たちは何よりも回答を欲している。
私たちは彼らに飛びつくようにして質問を投げかけた。

にちか「ねえ、この部屋は一体なに!? あなたたちと樋口さんはどういう関係なの!?」

モノタロウ「ど、どういう関係……って言われても……」

モノタロウ「な、なぁ……オイラたちとはなにも、ないよな……円香」

円香「はぁ?」

モノファニー「ムキー! アタイという女がありながら、他の女に手を出したの!?」

にちか「そ、そういうおふざけは今いいから!」
63 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:00:38.10 ID:AAQxISte0





モノダム「……樋口サンハ、オラタチノ【オ母チャン】ダヨ」





64 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:02:01.40 ID:AAQxISte0

にちか「……は?」

一瞬、時間が止まった。
内通者だとかなんだとか言われても、この部屋を見てもなお、私たちの中には微かながら信用したいという気持ちが残っていたわけで。
なんとかそのか細い火を消さないように、なんとか必死になっていたのに、モノダムの一言でそれは簡単に吹き消されてしまった。

樹里「なっ……なに言ってんだ……?」

円香「な、何を言い出すの……!? 私が、あんたたちの……何……!?」

モノタロウ「なんだよ! 急に他人ヅラすんなよな! オイラたちのお母ちゃんのくせに!」

愛依「お、お母さんって……えっ?! 円香ちゃんってもう産んでんの?! ケーザンフなん?! 17の母なん!?」

恋鐘「そ、そんなわけなかよ! 大体人間がロボットを産むことなんてできんよ!」

モノタロウ「たとえお母ちゃんがオイラたちに腹を痛めてなかったとしても、お母ちゃんはお母ちゃんだよ。その愛は本物なんだよ」

円香「意味がわからない……やめて、吐き気がするから」

樋口さんは顔面蒼白といった様子だった。
擦り寄ってくるモノクマーズたちに何度も後退りして、呼吸がどんどん浅くなっていく。
65 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:03:18.96 ID:AAQxISte0

モノファニー「認知しなさいよ! お母ちゃん!」

円香「こ、来ないで……!」

モノダム「認知シテヨ、オ母チャン」

円香「知らないから……!」

どん。
追い詰められた樋口さんは壁に背がぶつかり、その場にずるずると垂れ下がり、座り込んだ。

透「ちょい待ちなって」

流石にそれを見かけた浅倉さんがモノクマーズたちの前に割り込む。
樋口さんの方を一瞥すると、一回頷いてから気迫のある声で連中を威圧した。

透「急に言われてもこっちも分からんし、全部説明してよ。理由、樋口がママだっていうなら……最初っから」

モノタロウ「うっ……お母ちゃんがどうしてただの女から母になったのか、息子が一番語りたくない話題だ」

円香「その言い方はやめて」
66 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:04:21.77 ID:AAQxISte0

モノファニー「思春期の質問はお父ちゃんに聞いてもらいましょう! お父ちゃ〜ん!」

バビューン!!

モノクマ「かわいいかわいい我が子たちの父を呼ぶ声に答えてボク、参上!」

モノクマ「おっと……これはこれは、大した惨状でございますね」

円香「モノクマ……あんた、これは……この部屋はどういうつもり?」

モノクマ「どういうつもり、か……面白い質問だね。それを一番よく知ってるのはオマエだと思うんだけどな」



モノクマ「まあ、この部屋にあることが全てとしか言えないかな。樋口さんはボクたちの【お仲間】だってことは間違いないよ」



(仲間って……断言した……?!)

樹里「おい……もし適当なこと言ってんだったら承知しねーぞ……」

モノクマ「おっと、こわいこわい。出産期のヒグマでもそこまで獰猛じゃないよ」

あさひ「モノクマはこのコロシアイについては嘘をつかないはずっす。そうじゃないとフェアじゃないっすから」

モノクマ「芹沢さんの言う通り! ボクの判断で勝手にゲームの根幹を揺るがすような発言はしないよ」

モノクマ「まあそれでも疑うと言うのなら、この部屋をよく調べてみるといいよ。ボクと樋口さんを繋ぐ証拠なら、山のように見つかると思うからさ!」

モノタロウ「お母ちゃんもちゃんとオイラたちのことを認知してね!」

モノファニー「お母ちゃんにとっては沢山いる子供のうちの1匹に過ぎないかもしれないけど、アタイたちからすれば唯一絶対のお母ちゃんなんだから!」

モノダム「母ノ愛ニ飢エテルンダ」

円香「……」
67 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:04:52.80 ID:AAQxISte0


樹里「……モノクマたちの言うことをそのまま鵜呑みにするわけにはいかねー。円香、この部屋を隅々まで調べさせてもらうぞ」

円香「……うん」

霧子「円香ちゃん……ジッとしててね……」

透「……」

樋口さんを壁にもたれかかせたまま、私たちは部屋の捜査を開始した。
明確な回答をモノクマたちはくれなかった。
自分たちの手で、『お母ちゃん』『仲間』その言葉の意味を確かめなくちゃ。

……まさか、あの裁判の直後で仲間のことを疑わなくちゃならなくなるなんて。

68 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:06:08.33 ID:AAQxISte0
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【ホワイトボード】

キャスター付きのホワイトボードにはモノクマーズたちの写真が貼り付けられ、説明書きが付け添えられている。

霧子「モノクマーズの一人一人に、詳細な役割が書いてあるね……」


『モノタロウ:本計画においてモノクマの補佐を行うモノクマーズのチームリーダー。チームの統率を行う他、定期報告を行う』

『モノファニー:本計画における対象者のケアマネジメントを行う。AIにより心理学・神経学において専門的な判断が可能』

『モノスケ:本計画における運営コストの計上、修正を行う。また、何か問題ごとが起きた際の記録を取りまとめ、レポートとして提出する』

『モノキッド:本計画における設備開発・修繕・維持を行う。電気系統の管理も担う』

『モノダム:計画参加者の生活をサポートする。和洋中のあらゆる料理を作成可能な他、清掃や洗濯も可』


灯織「モノクマーズは役割分担が明確にされていて、綿密な連携を測っているようですね」

甜花「あんまり、その通りに出来てるようには……見えないけど……」

(モノクマーズの役割だなんて、こんな情報……外部の人間が持っているはずがない)

(やっぱり、こんな情報があるなんて樋口さんは……)
69 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:07:38.98 ID:AAQxISte0

真乃「ほわっ……? ね、ねえ……この右下のロゴはなんだろう……?」

にちか「真乃ちゃん?」

真乃ちゃんが指さしたのは、モノクマーズの写真の右下にプリントされていたロゴマーク。
動物の性別を指し示すような♂のマークによく似ているが、○の部分がやけに大きいように見える。

霧子「これは……火星のマークかな……?」

にちか「火星、ですか……?」

霧子「うん……あのね、惑星にはそれぞれ指し示す記号が割り振られていて……惑星にまつわる神様に縁のある記号が用いられているんだ……」

霧子「火星の神様は……アレス……戦争と暴乱の神様だよ……」

にちか「なっ……そ、そんな物騒な……」

霧子「妹さんのアテナとは違って、アレスは血を見ることが好きで、自分の膂力に任せた戦いを好んだんだ……」

真乃「で、でもそんな神様のマークが……どうしてここに……?」

霧子「うーん……どうしてだろう……?」

70 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:08:51.85 ID:AAQxISte0
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【青いファイル】

手榴弾がゴロゴロと並べられたラックの端に、おおよそ武器とは思えないものが置かれている。
手に取ってみると、分厚い装丁がなされた、クリップ式のファイルだと分かった。
試しにパラパラと数ページを捲ってみる。

『報告書
本計画の参加者15名の選出が完了した。選出に関しての条件は十代二十代の健康的に優良な女性であることとし、条件を満たす応募者の中から無作為に選出を行なった。参加が決定した15名の情報は次頁より付記するものとする』

やたら畏まった形式の文書から始まったかと思うと、次に出てきたのは履歴書のような紙の束。
顔写真と共に、名前や住所、血液型や体重、更にはこれまで来歴までもが事細かに記されている。

ただ、問題なのはそのいずれもが……私たちの情報であると言うこと。
このコロシアイに参加させられているメンバーの中から樋口さんを除いた15名の情報が事細かに記されていた。
当然私もそんな書類の作成をした覚えもないし、聴取をされたような覚えもない。『条件を満たす応募者』の『応募』にすら心当たりもない。
一方的にこちらのことを知られている感覚は、肌の上を虫が這い回るような嫌悪感を抱かせた。
71 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:10:15.20 ID:AAQxISte0

『以上の15名を計画の参加者とする。』

これで終わりなら、まだ良かった。
私たちが何かを忘れてしまっていることはとっくに周知の事実だから。
ファイルに綴じられているのが私たちの個人情報だけなら、まだ不気味なこともあるものだで済ませられたのに。

『参加者は15名だが、その枠とは別に現場管理者が一名参加する。なお、参加者には現場管理者であることは伏せ、他の参加者同様に無作為に選出された者として扱う。現場管理者として参加するのは次の者』

『樋口円香』

「……!」

そこに写っている顔写真も、書いてあるプロフィールも。
何もかもが私たちの知る樋口円香その人、目の前で顔色を悪くしている彼女だった。

(現場管理者……? 私たちとは別枠……?)

書いてある言葉の意味がすぐには噛み砕けなかった。
要するには彼女はこのコロシアイにおいては私たちのように参加させられた身などではなく、むしろその逆。
彼女はこのコロシアイに参加者として混ざることで現場をコントロールすることを任じられている、と言うことだろう。
72 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:11:13.53 ID:AAQxISte0

(い、いやいやそんなわけ……!?)

往生際の悪い目玉はそれでも、偽りであると言う証拠を必死に紙の上に探した。
この文面が偽造かもしれないと弱い心に縋って、視線を走らせて、そこにたどり着く。
長きにわたる報告書を締めくくる、末尾の署名と捺印。



『報告者 樋口■■』



「樋口……■■……」

そこに並んだ名前を、思わず口に出して読み上げてしまった。その苗字の一致を偶然で片付けてしまいたかった。
その名前を口にすることで霧散させたかったのかもしれない。

だけど、人間の反射的な反応は制御できるものなんかじゃない。
樋口さんは、明らかに……私が読んだ下の名前に反応を見せてしまった。びくんと肩を振るわせて、こっちの方を見ている。

「なんで……【私の父親の名前】を……?」

最早、決定的だった。
73 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:12:26.11 ID:AAQxISte0
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灯織「……」

凛世「……」

部屋を一通り確認し終えた私たちの中に生まれた疑念は最早確信へと変わっていた。
樋口さんとモノクマたちの繋がりは最早確定的に明らか。
彼女の親族がこのコロシアイを主導する立場にあり、彼女もまた、そのコロシアイの中で私たちをコントロールするために参加している。
芹沢さんが内通者だと糾弾したその理由を知り、私たちは自分でも理由のわからない震えに襲われた。
これは怒りなのか悲しみなのか、樋口さんに向けている感情がわからなかった。

モノクマ「これで分かってもらえたかな? 樋口さんは紛れもないモノクマーズのお母さんなんだよ」

モノタロウ「お母ちゃん、これで認知してくれるよね!」

円香「……」

樋口さんは心ここに在らずと言った様子で、何の反応も返さずに部屋を後にしようとする。

透「ちょっと、待ってよ」

その柳の枝のような右手を、浅倉さんが掴んだ。
74 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:13:31.13 ID:AAQxISte0

透「どこ行くの」

円香「……」

透「……一緒に行く」

円香「却下……着いてこないで」

透「いーや、強行します」

円香「着いてきちゃダメなんだって……!」

樋口さんはブンと腕を振って浅倉さんの手から脱すると、走り去ってしまった。

真乃「透ちゃんは、このこと知ってたの……?」

透「ううん。樋口が部屋に入るの拒んで、踏み込まん方がいいなってなってたから。今知り」

透「いや……今も、知らんけど」

(……浅倉さんは、樋口さんが内通者だって事実を認めたくないんだろう)

(これは、そういう口ぶりだよ……)
75 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:15:55.37 ID:AAQxISte0

樹里「なあ、円香はこのコロシアイが始まってからずっとあんたらとつるんでたのか?」

モノファニー「やあねえ、そう見える?」

モノダム「キサマラノ見テイタ通リ、オ母チャンモキサマラト同ジ条件デ参加シテイタヨ」

モノクマ「でも、彼女は紛れもない。ボクらの味方だよ。これは天地神明に誓ったっていいさ」

モノクマはコロシアイの運営に関しては平等だ。
悪戯な嘘をついて掻き乱すような真似はしてこない。
それに、私たちが自分の目で見た証拠がそれを裏付けてしまっている。

あさひ「あはは、面白くなってきたっすね。わたしたちの中には黒幕だけじゃなくて、その仲間までいたなんて!」

あさひ「一体わたしたちにとっての仲間って……なんなんすかね?」

恋鐘「そ、それ以上混乱するようなこと言わんとって!」

凛世「……凛世たちは、所詮出会って一週間と少ししか経っていない間柄」

凛世「そこに抱いていた結束感など……まやかしだったのでしょうか……?」

真乃「り、凛世ちゃん……! そ、そんなことないよ……っ!」

甜花「う、うぅ……」

76 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:17:25.72 ID:AAQxISte0

モノクマ「やれやれ、やたらと前向きなのもうざったいけどジメジメされるとそれはそれでうざったいもんだね」

モノクマ「しょうがない、ここらで一発空気を入れ替えるための起爆剤を投入してあげますか!」

灯織「き、起爆剤……?」

モノタロウ「あのね、キサマラは二度目の学級裁判を乗り越えたでしょ?」

モノタロウ「だからオイラたち、また頑張って【ご褒美】を用意したんだ!」

霧子「それって……新しいエリアの開放、ですか……?」

にちか「そういえば……1回目の裁判の後に三階まで行けるようになったんでしたっけ」

モノダム「ウン、ダカラ今回ハ更ニソノ先ニイケルヨウニナッタンダ」

透「ってことは……4階?」
77 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:18:09.33 ID:AAQxISte0

モノファニー「それと中庭エリアにも才能研究教室をもう一個開放しておいたわ!」

モノファニー「浅倉さん、ちょうどキサマの才能研究教室よ!」

透「お、マジで?」

モノクマ「樋口さんのことで頭がしっちゃかめっちゃかになってるだろうけどさ。そこで浮かび上がってきた疑問に対する答えももしかすると4階で見つかるかもね」

灯織「……それって、また思い出しライトがあるってことですか?」

モノクマ「おっ、察しがいいねえ! 流石、主人公格なだけあるよ!」

灯織「は……?」

モノクマ「ま、さっさと行ってきなよ! 証拠は逃げないけど時間は有限だよ!」

モノクマに促されるまま行動するのは癪だけど、私たちは新エリアという餌に飛びついた。
今はそうでもしていなければ気が狂ってしまいそうだったから。
この学園に来てから積み重ねた信頼関係、その根底が揺るがされているという事実に目を向けたくなかったから。
もっと別に没入できるものを追い求めていたんだ。
78 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/19(火) 22:20:41.00 ID:AAQxISte0

2章が終わって間もないですが、さっそく3章を更新していきます。
本章においても、前章同様に(非)日常編および非日常編の安価行動はカットして学級裁判より安価進行を行う予定にしています。
夜の空いた時間にちょびちょび更新していきますので、また気が向いたときにでも覗いてやってください。

それではしばらくまたよろしくお願いします。
79 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:22:33.35 ID:M+ISIvdH0

真乃「にちかちゃん、灯織ちゃん……今回も一緒に行動してもいいかな?」

灯織「うん……もちろん」

(今たしかに信じられるのは……この二人ぐらいなのかな)

にちか「……先にマップでどこを調べるべきか見ておこうか」

灯織「モノクマの言っていた通り……4階が新しく開放されたんだね。4階には【才能研究教室】が三つ、それとこれは……【空き部屋】が三つあるみたいだね」

にちか「それと、中庭エリアで【超研究生級の映画通】の才能研究教室も開放されてるんだったよね」

灯織「浅倉さんの才能研究教室か……わざわざ屋外に作るってどういうことなんだろう」

にちか「もしかして、本当の映画館だったりして?」

真乃「さて、どこから調べに行く?」

にちか「うーん……そうだな……」

80 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:23:14.40 ID:M+ISIvdH0
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4階に足を踏み入れた瞬間、背筋を何か冷たいものが撫でた。
これはコロシアイの中で感じた身に差し迫る不安感とかとはまた違う……純粋な悪寒だ。
フロア全体の雰囲気がこれまでのどのエリアとも違った、もの寂しくそして不気味な空気で満たされている。

灯織「まるでお化け屋敷みたい……これ、本当に学校なんだよね……?」

にちか「ホント、モノクマたち何考えてるかわけわかんない……どういう意図の内装なの、これ」

真乃「私たちを怖がらせたいのかな……何か近づけたくない秘密があるのかも……!」

にちか「うーん……どうなんだろう」
81 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:24:13.68 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

4階の廊下の一番奥の突き当たり。
おどろおどろしい廊下の雰囲気とは不釣り合いな扉が私たちを待ち受けていた。
扉には血管のように緑色のネオンが走っていて、鼓動するように点灯している。

甜花「こ、これ……! 甜花の才能研究教室……!!」

にちか「あ、あー……みたいですね……」

(甜花さんはインドゾウかってぐらいに鼻息を荒くしている……)

灯織「ストリーマーの才能研究教室……ということは配信設備、撮影機材などが中にあるんでしょうか?」

甜花「うん……多分。でも、扉からしてゲーミングだから、多分ゲーム実況寄りだと思う……!」

真乃「ゲーム実況って……ゲームをプレイしながら、おしゃべりすることだよね……?」

甜花「うん、ちょっと前まではアングラなジャンルだったんだけど……今では市民権をしっかり獲得して……トップ層は、ドームでイベントまでやってる……!」

にちか「へー……あんまりそういうの見ないんで知りませんでした」
82 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:25:19.22 ID:M+ISIvdH0

甜花「とにかく、中見てみよう……!」

と、意気揚々と扉に手をかけた甜花さんだけど。

甜花「あ、あれ……? 鍵、かかってる……?」

灯織「あっ、甜花さんどうやらこの扉……鍵がついてるみたいですよ。ドアノブの下あたりを見てください」

甜花「え……? あっ、ホントだ……でも、甜花……鍵、持ってない……」

にちか「え、この部屋は結局入れないってことです?」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「鍵をキサマに渡すのを忘れるのを忘れにオイラ参上!」

モノファニー「もう、そんなに忘れちゃうなんてモノタロウったらうっかりさんね〜」

灯織「で、出た……モノクマーズ!」

甜花「な、何しに来たの……?」
83 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:26:42.15 ID:M+ISIvdH0

モノダム「キサマラガコノ部屋ニ入レズニ困ッテルミタイダカラ、鍵ヲ持ッテキタンダヨ」

モノタロウ「ほら、そこのストリーマー候補のキサマ! 手を出してみて!」

モノダム「コレガコノ部屋ノ鍵ダヨ。無クサナイヨウニ大事ニシテネ」

甜花「あ、ありがとう……」

甜花さんに手渡された鍵は一つきり。
鍵穴にはすんなりとはまって、回すとかちゃりと音を立てた。

にちか「これ、鍵としてはこの一つしかないの?」

モノファニー「そうよ! 配信において親フラは忌避すべきものだから、対親用セキュリティも万全にしてるのよ!」

モノタロウ「大崎さん以外の人が部屋に入りたい時は、隣の【インターホン】を鳴らして中にいる人に知らせるようにしてね!」

モノタロウ「この部屋には外の世界からの声も振動も何も届かないから、気持ちを込めてインターホンを押すんだよ!」

モノタロウ(聞こえますか……あなたの心の中に直接語り掛けています……)

モノタロウ「ってね!」

なるほど、モノタロウの言うとおり、カードキーの横には呼び出し用と書かれた赤いスイッチがついている。
これを押せば中にいる人に呼びかけることができる仕組みなんだろう。

モノダム「ソレジャアミンナデゲームヲ楽シンデネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

灯織「それじゃあ早速入ってみますか?」

甜花「うん……! 中に何があるか、確かめないとね……!」

真乃「ふふ、甜花ちゃんの好きなゲームがあるといいね……っ!」

(調査のため、というよりは私欲のためっぽいな……)
84 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:27:41.98 ID:M+ISIvdH0


マップ上で見ていても、4階の多くの面積を占めていた部屋だけど、入ってみて合点がいった。
とにかくゲームの配信となると設備が膨大なのだ。
ゲームのコンシューマーを並べるのだけでも一苦労なのに、モニターが複数個あったり、大きなサーバーを並べたり。
設備としては最新鋭のものを揃えているらしいことは、鼻息を荒くしている甜花さんを見て私でも理解できた。

甜花「す、すごい……! まるでテーマパークみたい……!」

灯織「……圧巻、ですね。あまりゲームは詳しくないんですが、こんなにも媒体に種類があったんですね」

甜花「えと、そうだね……家族向けの、親しみやすい……よくCMやってるカチッとハマるやつとかはこっちにあるみたいだけど……」

甜花「全然市場に出回らない白い長細いやつとか、4Kフレームでプレーできる黒いやつとか……据え置きのもいっぱいあるし……」

甜花「そ、それより……こ、これi9のゲーミングPC……! なんなら、自作もできるようにグラボもメモリもいっぱい置いてある……!」

甜花「配信者垂涎の、ワンダーランド……!」

にちか「よ、よく分かんないですけど……多分すごいんですよね……?」

すっかり目を奪われて自分だけの世界に浸ってしまった甜花さん。もはやこちらの言葉は届かないらしい。
私と灯織ちゃんと真乃ちゃんは、甜花さんの邪魔をしないように、部屋の探索を行った。
85 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:28:47.63 ID:M+ISIvdH0


灯織「さっきのモノクマーズの話にもあったけど、この部屋の出入り口はカードキーでロックされてるこの扉一枚だけみたいだね」

真乃「オートロックなのかな……?」

灯織「試してみようか、私が一度出てみるから二人は見ててもらえる?」

灯織ちゃんが扉を出ると、すぐにガチャンと音を立てて、テッドボルトが伸びて施錠が行われた。
何度か灯織ちゃんがドアノブを引いたようだけど、扉は動かない。
真乃ちゃんの言っていたとおり、この部屋は出るとオートロックになっているらしい。
確認が終わると扉の鍵を内側から開け、灯織ちゃんを部屋に招き入れる。

灯織「この様子だと、この部屋に自由に出入りができるのは甜花さんだけになりそうだね……」

にちか「どうしても入りたい時はインターホンを鳴らして中の人に開けてもらうか」

真乃「甜花ちゃんと一緒に部屋に入るか、だね?」

灯織「うん……そうなると思う」

つまりは、簡単にこの部屋は密室にすることが可能と言うことだ。
密室という言葉が脳裏を過ぎるとなんとなく、嫌な気がするのは私だけだろうか。
86 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:30:05.44 ID:M+ISIvdH0


部屋の中に並んでいる機材の多くはゲーム配信用のものらしく、私が見ていてもよく分からないものばかりなのだけど……

そんな中で、私でもわかるものがあった。
ゲーム機やPCとは少し違っていて、ガラスの扉が付けられて、中からものを取り出すことができる直方体の箱。
しかもその箱は私が見上げるぐらいには高さがある。

にちか「これ……【3Dプリンター】じゃない?」

真乃「ほわっ……3Dプリンターって、データを書き出して立体物をその場で作ってくれる機械のことだよね?」

にちか「うん……前にテレビで見たのにすごくよく似てる。建築資材とか、ああいうのにも今は使われてるんだって」

灯織「あっ、それ私も見たかも……今ってもう家自体を3Dプリンターで作ることも可能なんだってね」

にちか「すご……生で見たの初めてかも」

灯織「家庭用も出てるとはいえ、まだ結構な値段がするもんね……」

操作としてはそこまで難しいものではないらしい。
別で用意したデータを取り込むほか、その場でスキャンして同じ形のものを作り出すこともできるみたい。
87 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:31:17.94 ID:M+ISIvdH0

灯織「……大丈夫かな」

真乃「灯織ちゃん? どうしたの?」

灯織「3Dプリンターといえば、ニュースで見た話題として気になることがもう一つあるんだよね。二人は見たことない?」

灯織「拳銃を印刷して犯罪に使った事件……」

にちか「……!」

私も軽く聞いたことくらいはある。
モデルガンを元にして、発射機構をいじり、実弾を撃てるようにしたとか。
勿論実際の拳銃と同じ機能を持ったものを作ったり所持したりなんて行為は違法。
普通じゃ考えられないけど、私たちが今置かれている状況はその普通からは程遠い。
法律なんか、なんの抑止力にもならない。

灯織「ちょうど樋口さんの才能研究教室で武器がいっぱい見つかったところでしょ? あれを元手に量産なんかされたら……」

にちか「さ、流石にそんなこと……」

灯織「ないとは言い切れないでしょ? 他の人たちも信頼できる人ばかりじゃないし」

(ひ、灯織ちゃん……)
88 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:32:05.62 ID:M+ISIvdH0

灯織ちゃんの口調には、出会った直後の冷淡さが戻ってきてしまっていた。
他の人の信頼を向けることを恐れ、むき出しの敵意で自衛する。その敵意が私たちに向けられたものではないにせよ、もの寂しさを感じずにはいられない。
その様子に先ほどの樋口さんとのことが尾を引いているのは明らかだった。

灯織「あの、甜花さん……いいですか?」

甜花「ひゃうっ?! な、なに……?」

灯織「こちらにある3Dプリンターなのですが、監視をお任せしても良いでしょうか? その……これを使えば凶器を作成するのも可能になるので」

甜花「きょ、凶器……そっか、そうだよね……」

灯織「甘奈さんの事件を乗り越え、にちかの言葉に耳を貸してくれた今の甜花さんになら預けられると思ったんです」

(まあ、元々カードキーのこともあるし甜花さんに任せるしかないのはあるよね……)

甜花「う、うん……頑張る、ね……!」

芹沢さんに樋口さん、あの二人をここに近づけないようにした方がいいのは確かだろうな。

89 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:33:07.20 ID:M+ISIvdH0


甜花「あ、あれ……? なんだろ、これ……」

にちか「甜花さん、どうかしましたか?」

部屋に入るなり、ゲーム機を持って何やらモニターに接続しようとして右往左往していた甜花さん。
急に私たちの前でその足を止めた。

甜花「えとね……ゲームをモニターに繋げるのに一般的なケーブルがこのHDMIケーブルっていうやつなんだけど……」

甜花「このゲーム機に接続されてるケーブルの口……見たことないやつなんだよね……」

思わずと私たちは顔を見合わせた。
この学園で得体の知れないケーブルと言われれば、思い当たるのはただ一つしかない。

にちか「て、甜花さん! そのケーブルちょっと借りてもいいですか!」

甜花「う、うん……いいよ……」

甜花さんからいただいたケーブル、その端子のところを見てみると【YMHM】の四文字が見えた。
間違いない、地下の隠し部屋のモノクマの修理に必要なケーブルのうちの一つだ。

にちか「ありがとうございます甜花さん……! このケーブル、お借りしても?」

甜花「うん、使い道もないしいいよ。あげる……」

真乃「ありがとうございます……! あの、お礼に必要なケーブル探すの手伝うよ……っ!」

甜花「え、あ、ありがとう……あ、でも大丈夫……ケーブル接続用のハブがあったから、これで事足りる……」

これで修理用のケーブルも二本目。
徐々に集まってきたな。
90 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:35:21.86 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級の大和撫子の才能研究教室】

4階に上がってすぐ右手にある教室は杜野さんのための才能研究教室だ。
大和撫子、そんな漠然と抽象化された才能をどう表現するのかと思っていたけれど、いざ目にすると圧巻の一言だった。
無数の襖にショーケースの中の掛け軸、生花、鎧甲冑に雛人形……くどいまでの和風の押し付けに大和撫子という表現に納得する以外の選択肢は与えられない。

あさひ「なんだか物がいっぱいあって博物館みたいな雰囲気っすね!」

愛依「そー? うちはどっちかっていうと婆ちゃんちみたいな雰囲気感じるけどね」

(それは愛依さんのお婆さんの家が凄いってだけなんじゃ……)

凛世「あさひさんの言う通りでございます……ここに所蔵されているものは、歴史的にも価値のある逸品が多く……」

真乃「ほわ……そ、そうなんだね……凛世ちゃん、詳しいの?」

凛世「お姉さまから伝え聞いた程度の知識ですが……あの屏風は安土桃山時代を代表する画人である狩野永徳の一品……」

凛世「あちらの生花に使われている陶器は、人間国宝に名高い井上萬次先生の有馬焼にございます……」

灯織「え……? 流石にレプリカじゃないの……?」

凛世「……いえ、おそらくは本物だと思います。本物であることを証明する鑑定書が高尚な鑑定士様の実印付きで置いてありますので……」

にちか「そ、それヤバくない……? 何百万、何千万……下手したら何億とかの世界の話だったりしない……?」
91 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:37:25.61 ID:M+ISIvdH0

あさひ「ふーん、この日本刀とかも本物なんすかね?」

ブンブンッ

愛依「ああああああさひちゃん?!?! ちょい、素手で触っちゃダメだって! べ、ベンショーとかなったら払えないでしょ?!」

凛世「あさひさん……その刀は妖刀と名高い村正です……! 早くお手を離した方がよろしいかと……!」

あさひ「妖刀? それってなんっ______」



チュワワワワ〜ン



あさひ「……」

愛依「あ、あさひちゃん……?! えっ、ちょ、マジ……?」

あさひ【我は伊勢国は桑名にてその呪力を研ぎ澄ませし妖刀村正なり……】

あさひ【天下に巣食う徳川の血を根絶やしにすべく……今この稚児の身を乗っとらせてもらった……】

あさひ【血をッ! 血をッ! 徳川の首をよこせッ!】

愛依「や、やばいやばいやばい……! あさひちゃんが村正に取り憑かれちゃった……!」

灯織「そ、そんな……村正は本物だった……伝説も本物だったなんて……!」

凛世「お二人とも落ち着いてくださいませ……凛世も除霊の心得程度はございます……見様見真似ではございますが……あさひさんのお身体は凛世が取り返します……!」

(……やれやれ)
92 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:38:32.00 ID:M+ISIvdH0

にちか「ちょっと、揶揄うにしてもやり方を選んで。この人たち異常にピュアだから、本気にしちゃってるよ」

真乃「ほ、ほわっ……!? じょ、冗談だったの……?!」

あさひ「あはは、にちかちゃんよく分かったっすね」

灯織「え……?」

にちか「当たり前でしょ……刀鍛冶のスタンドじゃないんだから、そんな現代まで呪力が残る刀なんかないって」

愛依「よ、よかった〜! うち、マジであさひちゃんが村正に乗っ取られちゃったのかと思って……」

灯織「わ、私も信じちゃいました……あさひ、演技にしてもよく知ってたね。村正は伊勢国の伝説の刀だって」

あさひ「ああ、それはさっき知ったんっすよ。ほら、これ」

真乃「その本……随分と古いみたいだね。古文書……みたいなものなのかな?」

凛世「古今呪儒撰集、元禄の時代に佐野大伍郎によって修正された怪奇本の一つでございますね……」

凛世「江戸の世に伝わる古今東西の超常的な噂話から言い伝えまで広く集成した本です……」

にちか「ふーん……ここにその村正の話も載ってたんだ」

あさひ「そうっすね。ほら、ここのボールペンで印つけてるとこが村正のお話のとこっす」

灯織「あ、本当だ……『伊勢国桑名』って読める」

にちか「……ん? その本もまさか、本物だったりして……」

凛世「どうみても、本物……現物でございますね……」

愛依「あさひちゃん……それ、ボールペンつかって書き込んだん? マジで?」

あさひ「そうっすよ? ページめくったら分かりにくくなっちゃうじゃないっすか」

愛依「あさひちゃん……この学校出たら、自首しよう。うちも一緒に謝りに行くから……」

(……この子、この部屋に近づけない方がいいんじゃ)
93 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:39:42.65 ID:M+ISIvdH0
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【空き部屋】

4階に上がって、左手に進むと三つの部屋が並んでいるのが目に入る。
非常に簡素な作りをしていて、部屋ごとに区別をつけるための看板も何もない。
扉自体も軋む音がするぐらいには年季が入ってしまっている。

樹里「なんだ? この部屋……まるで使い道がわかんねー……何にも無いし、薄気味悪いな……」

西城さんのいう通り、部屋に首を突っ込んでのぞいてみても家具や置物の類の一つもない。
照明すらもまともになく、壁に取り付けられた蝋燭だけがメラメラと風に揺れていた。他の二つの部屋も同じだ。

灯織「わざわざモノクマたちが何の用途もない部屋を作るとも思えないですし……何かに今後使う予定でもあるんでしょうか?」

にちか「にしても何もなさすぎじゃない? 暗すぎて本の一冊も読めない感じの部屋だし……」

真乃「地図にも何も書いてないよね……」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「このお部屋はコワーキングスペースだよ!」

にちか「こわ……何て?」

モノファニー「新しい生活様式に対応して、リモートワークのお仕事も増えたでしょ? そんな人たちのためにアタイたちもこの三部屋を仕事部屋として貸し出してるの!」

樹里「誰に貸し出すってんだよ……この学園にはアタシたち以外誰もいないだろ」
94 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:40:48.01 ID:M+ISIvdH0

灯織「それって要は……使用用途のない部屋ってことなの?」

にちか「えー、結局そうなのー?」

モノタロウ「い、言えない……! 予算が足りなくて、リフォームが間に合わなかったなんて……オイラ言えない……!」

モノファニー「い、言えない……! あまりにも部屋がボロすぎて、床板や壁板を張り替えるだけでもお金がめちゃくちゃかかるなんてアタイ言えない……!」

モノダム「特ニ理由ハナインダケド、今コノ部屋ハ空イテルカラキサマラノ自由ニシテイイカラネ」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「行っちゃった……結局この部屋は何もないんだね……」

樹里「はぁ……ンだよそれ……締まらねーな……」

ここに来て随分と急に投げやりになったものだ。
私たちを追い詰めることにあれだけ全力を賭していた相手なのに、何の仕込みもない部屋なんて拍子抜け。
95 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:42:09.50 ID:M+ISIvdH0

いや……油断してもいいんだろうか。
モノクマたちなら、この無策っぷりにも何か裏があってもおかしくない。
とはいえ、その裏とやらは全く見えてこないんだけど。

樹里「ま、ここを見ててもしょうがねーってことだな。他のとこでも見てくることにするよ」

にちか「あ、はい……! また後で!」

灯織「……ちょっと、つらそうだったね」

にちか「え? 西城さんのこと……?」

真乃「うん……夏葉さんとは仲が良かったみたいだし、夏葉さん亡き今、リーダーの役割は樹里ちゃんがやってくれてる感じだから……」

灯織「塞ぎ込む時間もなく、色々と抱え込むことになって負担になってないかな……」

にちか「……二人ともすごいな、よく他の人のこと見てるんだね」

真乃「う、ううん……そんな、たいしたことないよ……!」

そんな大したことないこともまともにできていないのが私なんだよな、と少しだけ思った。
96 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:43:24.92 ID:M+ISIvdH0
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【超研究生級の料理研究家の才能研究教室】

4階に上がってすぐ左手、折れ曲がった廊下の奥に私たちを出迎える扉がある。
他の雰囲気にそぐわない清潔感のあるクリーム色のスライドドア。
その扉をガラリと引けば、すぐに私たちに花を擽る甘く優しい香り。
思わず頬が緩んで、お腹がぐぅと鳴き始めてしまうような、そんな優しい空気が立ち込めていた。

恋鐘「真乃に灯織ににちか! 丁度よかタイミングに来てくれたとね!」

にちか「恋鐘さん……こ、ここは恋鐘さんの才能研究教室、です?」

霧子「うん……恋鐘ちゃんの……超研究生級の料理研究家の才能研究教室だよ……」

灯織「すごい……下の食堂にあった厨房よりも数段グレードの高い設備が揃ってますよ。これなんかパン用の焼き窯オーブンだし……」

恋鐘「その気になればピザも焼けるばい!」

多分、私の頭に浮かび上がるような料理はなんでも作ることができると思う。
食材も一通りのものは揃っているし、なんなら私の知らないような香辛料や調理器具まで揃っている。
料理研究家、なのだから新しいメニューの開発もこれで出来るということなのだろう。

真乃「す、すごい……! それより、恋鐘ちゃん。この美味しそうな匂いはなんなんですか?」

恋鐘「うんうん! こいだけの設備をもろうたけんね、早速霧子と一緒にクッキーの焼いとる!」

霧子「中にフルーツのジャムを練り込んで、優しい甘さにしてるんだ……せっかくだからみんなにも、どうぞ……」

にちか「え、本当ですか〜! やった〜! 恋鐘さんの料理マジでプロ顔負けって感じなので超期待しちゃいますよ!」

恋鐘「全然期待してくれてよかよ! うちん料理は世界一たい!」

私たちは月岡さんが自信満々に差し出したクッキーに舌鼓を打ちながら、部屋の探索を開始した。

97 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:45:23.19 ID:M+ISIvdH0


キッチンスペースの隅、部屋の一角には大きな四角形の柱のようなものが鎮座している。
床から天井まで突き抜けていて、動かしたりできるようなものではないみたい。
扉もついているけれど、これはいったい……?

恋鐘「こいはダストシュートみたいやね! 料理の時に出た廃材なんかをまとめて投棄するためのスペースばい!」

灯織「なるほど、料理となるとどうしてもゴミが多く出るのでわざわざ捨てに行かないといけないのかと思っていましたけど……ここはゴミ捨て場に直結してるんですね」

扉を開いて覗き込んでみる。だいぶ遠くのほうに生ごみが山積しているのが見えた。
この扉から投入すれば、そのまま生ごみはそこまで落下していく寸法だ。

恋鐘「食堂の厨房とパイプを共有しとるみたいやけん、たぶん位置関係的にもこの教室は厨房の真上になっとるんよ」

にちか「あー……そうなんですね、料理はお任せしてたのであんまり知らなかったです……」

霧子「あんまりダストシュートの中のごみは処理されてないのかな……? 随分とたまってるみたいだけど……」

恋鐘「うん〜、モノクマーズは微生物を使って分解する仕組みになっとるって言っとったけど実際どこまで効果があるんかはようわからんとよ」

霧子「そっか……それじゃああれは微生物さんたちのごちそうなんだね……」

にちか「あの、それより早く扉を閉じません? 匂いとかガスとかヤバ気なんですけど……」

灯織「あっ……そうだね、ごめん」
98 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:46:34.23 ID:M+ISIvdH0


にちか「この部屋……ガスコンロもIHもあるんですね」

恋鐘「両方完備してくれてるのはほんに重宝するばい。やっぱりガスの方が瞬間的な火力も出るけん、料理の時には出番が多かよ」

恋鐘「でもIHは温度の加減がしやすくて、温度のキープがしやすかよ。併用できるに越したことはなか!」

灯織「分かります。お鍋で煮込む時なんかはガスコンロだと目を離せなくなりますし、一長一短ですよね」

霧子「ガスコンロを使う時にはガス漏れをしないように気をつけなくちゃ……」

真乃「ふふ、家庭科の授業でも習ったよね。この奥のバルブが元栓で、ちゃんと閉まってるか、緩んでないかの確認をしてから使うんだったっけ……」

恋鐘「ちなみにコンロはここ以外にも、カセットコンロもあるばい。そこの調理器具倉庫の中に、持ち運びのできるガスコンロがあったとよ」

にちか「おっ、それじゃあ鍋パーティも出来るんですね!」

恋鐘「そやろそやろ〜! 誰かん個室で集まって闇鍋パーティばい!」
99 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:47:53.58 ID:M+ISIvdH0


灯織「すごい数の包丁ですね……」

真乃「それぞれ用途が違うんだね、刃の形や柄の長さ。研ぎ方も違うみたい」

恋鐘「こいは洋包丁、肉切り包丁ばい。正面から見るとVの形になっとって、お肉を押すようにして切るのに向いとるばい」

恋鐘「で、こいが和包丁。刺身を切り出す時とかに使う、板前包丁やけんね。押すよりも引く方が切れやすくなっとるばい」

恋鐘「先っぽが尖っとらん長方形のこいが菜包丁。最近はあんま見んとやけど、繊維を傷つけんとまっすぐ垂直に切れるから食感を損なわんばい!」

霧子「わ……! 詳しいんだね……!」

恋鐘「ふふーん、厨房に立ってもう何年になると思うばい?」

包丁の知識を披露して得意げになっている恋鐘さんの傍で、私は一人あの時のことを思い出していた。
包丁というのは私にとって、記憶を引き摺り出すトリガーになってしまっている。
あの時掴んだ柄の長さ、太さは掌の中で未だ息づいたまま情報のだし、この先一生その感触を忘れることもないだろうと思う。

(……)

真乃「にちかちゃん……もしかして、ルカさんのこと思い出してる?」

灯織「……」

にちか「あ、あはは……うん、やっぱりちょっとね」

真乃「そうだよね……でも、それを無理に乗り越えようとしなくていいんだからね。にちかちゃんにとってその記憶は決して障害になるものじゃないんだから」

首を静かに縦に振った。
真乃ちゃんの言う通りだ。この記憶が、今の私にとっては前に進む指針なんだよね。

にちか「ありがとう、真乃ちゃん」

真乃「うん……!」
100 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:49:17.49 ID:M+ISIvdH0
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【中庭 超研究生級の映画通の才能研究教室】

さっきは冗談まじりに言っていたけれど、嘘から出た誠というべきか。

にちか「でっか……こ、これが才能研究教室……?」

真乃「どうみても、本物の映画館……だよね」

両手をいっぱいに開いても足りないくらいの敷地に、見上げるぐらい高い天井の真四角な建造物。
学校の一設備とは思えないほどの規模感に、思わず口をあんぐりと開けてしまう。

灯織「こんな設備……学級裁判前には全くみる影もなかったよね? エグイサルの工事のスピード、どうなってるの……?」

エグイサルが学校の敷地内を彷徨いているのは何度となく見てきたけど、確かのこの映画館が立ったのはかなり急な出来事のように思われる。
もっと普通なら、基盤を整えたり、足組を立てたりと必要な工程があるはずだ。
この映画館は、そんな工程をすっ飛ばして、突然に現れたような印象を受ける。

にちか「と、とりあえず中入ってみようか。映画ってのもどれくらいのものが見れるのか気になるし……」

真乃「う、うん……」

101 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:49:49.94 ID:M+ISIvdH0


中も外観に違わず、立派な映画館だった。
全体に敷かれたふわふわのカーペットに、ポップコーンのキャラメルの香りが充満している。
入り口のチケット売り場には巨大なモニターが飾られ、現在公開中なんだろう映画の宣伝映像がループして流されている。

透「多分映画自体は、新しいものはなさそうだね」

にちか「浅倉さん……知ってる映画だったんですか?」

透「うん。割と有名なやつだから」

透「あれが、濃霧の中スーパーマーケットに籠城する映画で」

透「あっちはシングルマザーがどんどん視力を失うミュージカル映画」

透「これは養子に女の子を入れた時から家族に不幸が訪れる……やつだったはず」

にちか「……なんか、ラインナップに悪意がありませんか?」

透「どれも見終わった後気持ちいいもんじゃないね。風呂とか洗濯とか全部終わった後で見た方がいいよ」

灯織「そ、その心は?」

透「やる気を全部持っていかれるでしょう」

(う、鬱映画しかやってないのか……)

にちか「まあモノクマたちのことだからなんとなく予想はできてましたけどね……ここで映画を見る用事は無さそうですね」

真乃「そうだね……私もあんまり得意な映画じゃなさそうかな……」

灯織「映画は見ないにしても、とりあえず中の調査だけはしておこうか」

102 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:51:35.71 ID:M+ISIvdH0


チケット売り場の脇にあるのは小規模な物販スペース。
パンフレットやらぬいぐるみやキーホルダーやらが所狭しと並べられている。

モノクマ「いらっしゃい! 当劇場限定グッズもあるから見ていってね!」

にちか「モノクマ……何してんの」

モノクマ「何ってお店屋さんごっこだよ。ほら、映画と言えば割高ポップコーンに割高パンフレットでしょ? やっぱりこれあってこそのテーマパークだと思うんですよ、ぼかぁね」

モノクマ「ほーら、暴利多売! 暴利多売! モノクマシネマ限定、モノクマパッケージのポップコーンケースもあるよ!」

私たちはモノクマの言葉にまるで耳を貸すことなく、商品をまじまじと眺めていった。
どれも役に立ちそうもない記念品といった顔ぶれだけど、その中でも一つだけ目を引くものがあった。

灯織「これは……【思い出しライト】じゃないかな」

灯織ちゃんがその手に持っていたのは、前に樋口さんの才能研究教室の近くで見つけたあのマンガみたいな造形をした懐中電灯だ。
あの光を浴びて、私たちはたくさんのことを思い出したんだっけ。
103 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:52:22.97 ID:M+ISIvdH0

透「あー、そういやモノクマが今回も隠したって言ってたっけ。ここにあったんだ」

真乃「この前は思い出しライトで……私たちに通っていた学校が荒れちゃってたのを思い出したんだよね……?」

にちか「うん……全員違う学校に通っていたはずなのに、そのいずれもが学校崩壊状態だったんだ」

あの記憶は断片的なものだ。
荒れ果てた学校の中で追われていたという恐怖感は鮮明に思い出せても、なぜ追われていたのかと言った根本的な情報に欠けている。
記憶を呼び水にして、新しい謎を生んだだけの代物だったのである。

にちか「モノクマ、このライト……持っていくけどいいんだよね?」

モノクマ「毎度あり! 七草さん思い出しライトお買い上げー!」

にちか「ちょっと……これって学園の謎を解き明かす手がかりなんじゃないの? 商品とかとはまた違うでしょ……」

モノクマ「うぷぷぷ……まあそう焦んないで。今のオマエラが無一文なのはボクが一番よく知ってるからさ」

モノクマ「今回はその思い出しライト代の200万はツケにしといてやるよ」

にちか「に、にひゃく……!?」

モノクマ「この学園を出た時にはキッチリシッカリ徴収するから覚悟の準備をしておいてよね!」

(な、なんて理不尽な……)

にちか「灯織ちゃん……連帯保証人になってくれる?」

灯織「にちか、頑張って返済しよう。私もいい仕事を探すの協力するからね」

(やんわりと梯子を外された……)

ひとまず探索の大きな目標の一つは達成できたんだ。
探索が終わったら他の人たちを一度集めてこないとね。

104 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:54:05.54 ID:M+ISIvdH0
------------------------------------------------
【食堂】

一通りの探索を終えた私たちは食堂に戻ってきていた。
集まった理由はただ一つ、私たちが浅倉さんの才能研究教室から持ち帰った思い出しライトのためだ。

霧子「今回もやっぱり、あったんだね……」

樹里「このライトの中にアタシたちの記憶が眠ってる……一度体験したこととは言え、まだ現実味がねーよな」

あさひ「今度は何が思い出せるんっすかね、ワクワクするっすー!」

灯織「……少しでも希望を抱けるものだと良いのですが」

愛依「ひぃふぅみぃ……えっと、これで全員?」

凛世「いえ……今、透さんが円香さんを呼びに向かわれております……」

(……!)

樹里「円香も、呼ぶのか……」

甜花「樋口さんは……内通者、なんでしょ……? だったら、わざわざ呼ぶ必要はない……よね……?」

にちか「いや……まだその可能性が高いという段階ですし……記憶の手がかりで、蔑ろにするっていうのも……」

灯織「というか樋口さん自身がここに来る気はあるんでしょうか……説明も何もなしに飛び出していったあたり、私たちと対話をするのもあまりしたくない様子でしたが」

樋口さんの黒幕とのつながりは、結局ちゃんとした回答は得られていない。
新エリアの調査でしばらく気を紛らわせていたものの、こうして全員が集うタイミングになると、
どうしても彼女に向ける信頼の仔細について考えを巡らせねばならなかった。
105 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:55:28.84 ID:M+ISIvdH0

暫くして、浅倉さんが食堂の戸を開けた。
すぐ後ろには樋口さんが俯いて控えていた。

透「連れてきたよ。これでいい?」

円香「……」

私たちは顔を見合わせた。口元に皺がより、眉にも力がこもる。それぞれの緊張が手に取るようにわかる。

霧子「円香ちゃん……あのね、これからまた思い出しライトを使ってみようかと思うんだけど……いいかな……?」

円香「……好きになさってください」

あさひ「よーし、それじゃあ早速使ってみるっすよ!」

樋口さんの諦めまじりの合意を受け取るとすぐに芹沢さんがライトを手にとって私たちの前に出た。

甜花「ちょ、ちょっと待って……まだ心の準備が……」

あさひ「スイッチ……オン!」

迷いなく芹沢さんがスイッチを押すと、
ライトからは眩い光が真っ直ぐに私たちへと照射され、その光は網膜を通り抜けて、視神経を一瞬にして走り抜けていき、脳幹を揺さぶって



_____世界を蕩けさせた。



106 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:57:14.34 ID:M+ISIvdH0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

その日の夕方、私は制服から着替えて間もなく、テレビの前でゴロンと横になっていた。
クッションを枕みたいにして、あてもなくネットの海を指先で航海しながら、欠伸をする。
時計の針は18時を指そうかという頃だったと思う。

「にちか〜、郵便見てきてくれる〜?」

台所の方から、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。
今日は珍しくパートが早上がりだった。これ幸いとばかりに私は当番を姉に押し付けたのだ。

「えー、今忙しいんですけどー?」

特に理由なく姉のお願いを断る。
一度横になると、立ち上がるのにはかなりの力と覚悟が必要だ。
今はその出力が億劫で、適当な返事をする。

「寝っ転がってスマホいじりながら言われても説得力ない〜。今お姉ちゃんキッチン離れられないんだからちょっと見てきてよ。夕方の分来たっぽいから」
「ちぇー、めんどっちいなぁ」

何回断ってもダメなやつだと理解した私は観念して立ち上がる。
疲れた体にのしかかる重力を感じながら、ヨタヨタと玄関口へと向かった。
アパートの野晒しになった階段を音を立てて下る。集合住宅のポストは離れにあるのがわずらしいなとつくづく思う。
あんまりラフな格好で出ればご近所のおばさんの目につくから、最低限の身だしなみぐらいはしていかなくちゃいけない。
107 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:58:54.10 ID:M+ISIvdH0

「どうせ郵便が来てるっていってもガス代ぐらいのもんでしょ……? それか通販の使いもしないチラシ……」

ぶつくさ小言を言いながら、自分たちの部屋番号のポストを開けた。
予想通り、大した数の郵便物は溜まっていない。
細長い公共料金の支払い伝票に、ギトギトとした色使いのチラシ……それと、見慣れないきっちりとした折り目の封筒。

「……え?」

思わずその封筒を手に取った。
生憎封筒を送られるような用事にも、送ってくるような相手にも差し当たっての心当たりはない。
配達員が入れる先を間違えたのかな、そう思ってペラっとめくって裏側を見た。


そこにあった文字を見た瞬間、私の世界は止まった。


息をすることも瞬きすることも忘れて、心臓の鼓動も止まったかもしれない。
でもその直後、さっきまでの数十倍の速度で脈が打った。
それはこれまでの人生で感じたことのないほどの高揚だった。

「ちょっ、ちょっとこれ……マジのやつ?! ガ、ガチのやつ?!」

私は階段を駆け上がって、乱暴に部屋の扉を開けた。
怒鳴り散らかすぐらいの勢いで姉を呼ぶ。
108 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 21:59:48.24 ID:M+ISIvdH0

「お、お姉ちゃん! やばい! やっっばいのが入ってた!」

すぐに姉がため息混じりに玄関へとやってきた。

「何〜? キッチンからお姉ちゃん離れられないって言ったよね〜?」
「そ、それはごめん! だけどこれ……見て! 見てよ!」
「え〜?」

状況を理解せずに、不服装にしている姉に私は封筒を突きつけた。鬱陶しそうに眉を吊り上げていた姉は、みるみるうちにその表情を変えていく。
頬には熱が上って桃色混じりになり、口元はその形を震わせながら変えていく。

「……え、こ、これ……本物?」
「本物だって! ほら、発送元も、ここにシリアルナンバーも刻印されてるし……」

私もお姉ちゃんも、まさに夢見心地だったんだ。



「私、選ばれたんだよ! 【イキガミ】が届いたんだよ!」



109 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:00:36.65 ID:M+ISIvdH0

私が歓喜の両手を掲げると、お姉ちゃんは無防備になった私の両脇にがしりとしがみついた。
ギュッと強く、じんわりと抱きしめてきたのだ。

「えっ、ちょっ、お姉ちゃん?!」

姉との数年ぶりの抱擁に思わず戸惑う私。
気恥ずかしさからひっぺがそうとしたものの、すぐにその手は宙で止まった。
私の眼前でお姉ちゃんは同じ言葉をなん度も繰り返しながら、涙を流していたから。

「よかった……よかった……本当に良かった……にちか、あなたが選ばれて、本当に良かった……」

振り上げた手は行き場を見失ったので、お姉ちゃんの丸い頭に沿わせることにした。
何度かその縁をなぞるようにすると、お姉ちゃんはその度にずずっとしゃくりあげるようにした。

「にちか……良かったね、本当に……良かったね」

姉の体温を感じながら、体に満ち満ちていく幸福感を感じながら、時計の針がたてる音に、私は耳を傾け続けていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
110 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:02:12.40 ID:M+ISIvdH0

(……な、なに……今の、記憶は!?)

蕩けていた世界が段々とその形を取り戻していき、私はその場に片膝をついた。
前回の思い出しカメラで私たちが思い出したのは、むせかえるほどの不安感。
私たちの日常は、すでに思い描いたものではなく、追い込まれていた状況にあった……という記憶。

灯織「そうだ……私は、お母さんお父さんと一緒に喜びあってたんだ……」

愛依「家族みんな喜んでくれてさ、すごいはしゃいじゃって……パーティなんかもやっちゃおうかってぐらいで……」

霧子「みんな、いっしょになって笑い合ってたんだよね……」

だのに、今回はどうだ。
その真反対ともいうべき、幸せに満ちた記憶。
家族とその愛を分かち合い、喜びを共有し合った輝かしい記憶。
世界の揺らぎが治った今もなお、胸に手を当てるとじんわりと温かい何かが伝播してくるようだった。
111 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:04:15.42 ID:M+ISIvdH0

にちか「でも……なんでこんな記憶を呼び覚ますの? モノクマは私たちに希望を抱かせるような真似を、なんで……?」

そのことが却って気味が悪い。
モノクマの策略はいずれも私たちを追い込むためにあるもののはずだ。
こんな柔らかく温かい感触なんて、その対極にある。
得体の知れない手がかりをつかまされたことに対する不可解な情緒に、乱される。

真乃「確かに……モノクマの意図が読めないね……今私たちがこんなにも希望に満ちた記憶を思い出して、どうなるのかな」

あさひ「多分、この前の動機ビデオとの相乗効果を狙ってるんじゃないっすかね」

恋鐘「動機ビデオって……あ、あん自分以外の誰かの家族が襲われとった!?」

あさひ「ほら、今わたしたちが思い出したのって他でもないその家族との記憶じゃないっすか。家族との楽しい記憶を呼び覚ますことで、外に戻りたいって気持ちをより高めることを狙ったんっすよ!」

なるほど、確かに言えてるかも知れない。
あの動機ビデオと今回思い出した記憶、時系列はおそらくビデオのほうが後になるだろう。
今私たちが思い出した家族の愛情は、もろく崩れ去っているかも知れない。
そう思うと、不安が湧き上がってくるような気もする。
112 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:05:32.01 ID:M+ISIvdH0


甜花「そっか……今思い出した記憶のあとで……甜花のパパも、ママも……」

樹里「……チクショウ、趣味が悪いやり方をしやがって」

(……)

……でも、本当にそんなことが狙いなんだろうか。
だとしたら、動機ビデオははなから本人に渡したほうが効果的だろうし、家族との楽しい思い出ならもっと別な記憶だってあるはずだ。
わざわざこのシーンを切り取って思い出させたことの意味が何か別にあるような気もする。
とはいえ、それが具体的にわからない以上は言語化も及ばないところ。
私はどこか引っ掛かるところを感じながらも口を噤んだ。


113 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:07:10.26 ID:M+ISIvdH0


凛世「すみません……この中に【イキガミ】について心当たりのあられる方はいらっしゃいますか……?」

透「【イキガミ】……そういえば私も今思い出した中で見たかも、それ」

にちか「……! 私もです! なんか郵便ポストの中に入ってた封筒のことをその【イキガミ】って呼んでて、それが届いてたことを喜んでた記憶だったんですよね」

恋鐘「そんイキガミが届くことがとにかくラッキーなこと……だった気はするとやけど……」

恋鐘「イキガミがどんな物だったのかをまるで覚えとらんばい……」

どうやら私たち全員がそうだったらしい。
今思い出した記憶は、イキガミが届いたことを家族で喜び合う記憶。
しかし、そのイキガミがどういうものなのかをまるで誰も覚えていない。
イキガミに関する記憶だけがまるですっぽりと抜け落ちてしまっているような、不自然な空白があった。

あさひ「なんか、わたしはイキガミが届いたことを【選ばれた】って言ってたっす。必ずしも全員が手に入る物じゃなかったってことなんっすかね?」

愛依「チューセンのプレゼント商品的な?」

樹里「にしては畏まった文書って感じの見た目の封筒だったけどな……」

どれだけ考えてもイキガミのことはまるで思い出せず。
新たに取り戻した記憶は、また別の記憶への疑問を呼び起こすのに留まった。

透「……ん?」



……のであれば、よかったのだけど。
114 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:08:44.31 ID:M+ISIvdH0

透「樋口、どした? なんか様子、変だけど」

円香「……違う」

凛世「違う、とは……何が、でしょう……?」

円香「私が思い出した記憶は……他のみんなとは違う」

(……!!)

思えば、思い出しライトを照射されてから樋口さんの様子はおかしかった。
いつも以上に口数は減り、他の人の話している内容に怪訝そうな視線を向けたかと思うと、今度は自分の両肘を持って肩を振るわせたり。
自分自身の記憶に怯えているようなそぶりに見えた。

樹里「おい……円香、説明してくれるよな?」

円香「……皆さんはイキガミをポスト、郵便受けで手に入れたんですよね?」

にちか「は、はい……夕方の配達が終わった頃だから取ってこいってお姉ちゃんに言われて……」

恋鐘「うちは朝の仕込みのついでにポストを覗いた時たい!」

円香「……私がそのイキガミを貰ったのは、父からなんです」

(……!?)
115 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:11:42.72 ID:M+ISIvdH0
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

私が住むのはごく普通の一軒家。
書斎という名前が与えられてはいるものの、父の部屋として以上の機能はそこにはなく、扉も他の部屋と変わらないごく普通の一室だ。
パイル材の扉を手の甲で三度ノックすると、父から返事があった。すぐにノブを引いて、その中に一歩踏み込んだ。

『……何? 用事って。わざわざ呼び出すなんて珍しいよね』

父は珍しく机の上のパソコンの電源も落として、半身をこちらに向けた状態で出迎えた。
机の上では淹れたばかりのコーヒーが湯気を放つ。

『ああ、ごめんな。お前と面と向かって話がしたくてな』

『……』

話をすると言われても、腰を下ろすところもない。
私は腕を組んで、露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべた。
用件は手短に、という意思表明だ。

『うん、早速なんだが……本題だ』

父はデスクの下に引っ掛けてあったビジネスバッグを膝の上に乗せた。
慎重な手つきでチャックを開けると、そこから一通の封筒を取り出した。
116 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:12:59.05 ID:M+ISIvdH0

『イキガミだ……これをお前に』

『……は?』

耳を疑った。
イキガミなんてものは望んだところでそう易々と手に入るものでもない。
厳正な管理のもとに配布されているもので、その一つ一つにシリアルナンバーも振られているため偽造もできない。
冗談の題材にするのも不向きな存在だ。

『いや、意味わかんないんだけど。イキガミがこんなところにあるわけないじゃん……』

『いや、これは正真正銘のイキガミだよ』

『……』

手に取った封筒を何度も裏返したり照明の光に当てたりしてみる。
それで本物か否かが分かるわけでもないが、すぐに呑み込めないのだから仕方ない。

『お父さんが何の仕事をしているのか、あんまり話したことはなかったな』



『お父さんはこの封筒、イキガミを作る仕事をしているんだ。イキガミの配送先を厳正に選んで、プロジェクトを進めるための機関で働かせてもらっている』


117 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:13:47.36 ID:M+ISIvdH0

『だから、俺がイキガミを作ろうと思えばいつでも作れるんだよ』

『……』

絶句した。父は自分が何を言っているのか理解しているのだろうか。
こんなの職権濫用以外の何物でもない。
公に知れれば俗世間一億の人たちからは一億の敵意を向けられること間違いなしの行い、父は悠々と語る。
あまりの現実味のなさに狼狽え、頽れてしまいそうだった。

『……お前はきっと、こんな形でイキガミを受け取ることはよしとしないだろう。それは俺も思っていたさ』

『でもな……俺の気持ちも理解して欲しいんだ。俺がイキガミを知りもしない連中に送りつける中で、もしこれを自分の娘に渡すことができたのならって……ずっとずっと思っていたんだ』

『だとしても……これを受け取れば、お父さんは……お父さんは……!』

『いいんだ』

『……!?』

118 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:14:53.32 ID:M+ISIvdH0

『親っていうのはそういう生きものなんだよ。自分たちの子供たちのためなら、法律を犯すことにも何の躊躇もない。必要なら人だって殺せる』

『今の俺にとって、円香のためにすべきことはこれしかない。これが俺のできる全てなんだよ』

『だからどうか……受け取って欲しい』

私は心底父を軽蔑していた。
私はよっぽど理性的な人間であるという自負をしていた。
愛だとかなんとか、そんな不明瞭で漠然とした概念に動かされる人間は浅いと感じていた。
今自分に突きつけられているこの封筒も、ビリビリに破り捨ててやろうと思ったぐらいだ。
奥歯で苦虫を噛み潰して、歯軋り三寸目。
父の言葉が、私の心臓に楔を打った。



『今回のイキガミは……お隣さんにも発送される予定だ』



『……卑怯者』

私は父を殺意を込めて睨みつけると、その封筒を乱暴に奪い取った。
そのまま言葉も交わさずに、部屋を後にする。

父のあの一言のせいで、私の手には力がこもらなくなってしまった。
この紙切れ一つを破るほどの力もなく、ただ無気力に垂れ下がった手は、指で封筒を挟み込むだけ。
土砂降りにあった後のような、暗く沈んだやるせない感情のままに、私大きな溜息をついた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
119 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:16:18.80 ID:M+ISIvdH0

円香「……私は、イキガミを父から直接に受け取ったんです。他の方々のように、配送されてきたわけじゃない」

灯織「ちょ、ちょっと待ってください……樋口さんのお父さんが……イキガミの発送元……?」

霧子「イキガミの発行元の機関の、職員さんだったんだね……」

あさひ「待って欲しいっす。円香ちゃんのお父さんの名前、さっきわたしたちは見たはずっすよね」

あさひ「このコロシアイに参加しているメンバー、それを招集したのは円香ちゃんのお父さんだったはずっす」

あさひ「円香ちゃんのお父さんがわたしたちを選定していた……それって、このイキガミの話と関係あるんじゃないっすか?」

(……!)

愛依「え、ぐ、グーゼンじゃない……?」

凛世「いえ……ただの偶然と見過ごすわけにはいきません……なぜなら、イキガミの話でもあのファイルと同様に円香さんは【特別扱い】をされております……」

真乃「青いファイルでは円香ちゃんは【現場管理者】として特別な役割を与えられて、別枠で計画に参加するように記述がありました」

透「樋口にその自覚はないみたいだけどね」

真乃「今円香ちゃん自身が話してくれた記憶でも……円香ちゃんはイキガミをお父さんのコネで手に入れたみたいでしたよね……?」

樹里「点と点が線で繋がった……みてーだな」



灯織「イキガミというのはこのコロシアイへの参加権。樋口さんのお父さんはその運営を行う立場にあり、樋口さんは現場でそれを統括する立場にある……ということでしょうか」



円香「違う……私はそんなこと、知らない」
120 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:18:23.01 ID:M+ISIvdH0

愛依「……でも、それって変じゃね? うちら、あのイキガミを受け取った時喜んでなかった?」

にちか「はい! なんか柄でもなくお姉ちゃんは私のこと抱きしめるまでして……並みならぬ喜びようだったと思うんですけど、コロシアイの参加権だったらあんな反応するんですかね?」

あさひ「表向きと実情で乖離があったんじゃないっすか?」

真乃「ほわっ……それってどういう意味……?」

あさひ「イキガミの中身が分からないから断言はできないっすけど、あのイキガミで呼び寄せた人間を嵌めるのが狙いだった可能性はあるっす」

凛世「撒き餌、ということでございましょうか……?」

恋鐘「そ、そいをやったんが円香のお父さん……?」

樋口さんは私たちに猜疑の目を向けられる中で口をぱくぱくと動かした。
否定をしたいのに、その言葉が出てこないようだ。

透「待ちなって」

愛依「透ちゃん……?」

透「……正直樋口の周りの事情は、実際どうなんかわかんないけどさ。少なくとも、今の樋口はそのことを覚えてはなかったんだよ」

透「そんな冷たい目向けんのは、なんか違うじゃん」

あさひ「それもどこまで本当なんっすかね」

円香「……」
121 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:20:23.90 ID:M+ISIvdH0

あさひ「円香ちゃんの才能研究教室にあったモノクマーズの仕様書に、円香ちゃんにあてがわれている現場管理者という役職」

あさひ「それに何よりモノクマ自身が仲間だって証言している」

あさひ「そんな人間が、記憶を奪われているなんてバカな話があるとは思えないっすよ」

あさひ「円香ちゃんは全部知ってたんじゃないっすか? 全部全部知った上で、それを隠していたんじゃないっすか?」

円香「違う……違うから」

樋口さんの振る舞いに嘘は感じられない。
当惑の素振りにも真に迫るものを感じさせる。
だけど、それと信用に直結するかと言われるとそうはいかない。
目の前に続々と現れた情報の数々が、呼水のように私たちに不信を湧き上がらせている。
芹沢さんじゃないけれど、私たちも彼女のことを『仲間』だとは胸を張っては言えない状況になっていた。


「……」


そしてバツの悪い沈黙が食堂を満たした。
学級裁判を乗り越えた直後、新しい一歩を踏み出そうかというタイミングなのに、その出鼻を挫かれた形になってしまった。
122 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:21:44.36 ID:M+ISIvdH0

樹里「ああもう……チクショウ、なんか疲れちまった……なあ、とりあえずのところは今日はもう解散しねーか……?」

暫くして、西城さんがため息混じりにそう言って静寂を破った。
その表情は、彼女らしくなく沈痛だ。

真乃「そうだね……学級裁判をやった直後に、色んなことが起きすぎて……なんだかクタクタかも……」

あさひ「円香ちゃんのことはどうするっすか?」

樹里「どうするもこうするもねーよ……とりあえずは様子見だろ……」

(だいぶ西城さんは参っちゃってるな……そりゃそうだよね。有栖川さんのことも引きずってるだろうし、さらに樋口さんの信用を問われて……)

(私だって、相当にキてるんだもん)

私たちは西城さんの提案に同意して、椅子から立ち上がる。
その足取りはバラバラなままに、食堂を後にした。
123 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:23:22.27 ID:M+ISIvdH0

円香「……どうやらお邪魔なようですし、先に失礼しますね」

透「あ、ちょい。私も行く」

スタスタ

甜花「甜花……教室からゲーム持って帰ってから、部屋に戻ろ……」

スタスタ

あさひ「ふわ〜あ、なんだか疲れたっすね。今日は早いとこ寝るっすよ」

愛依「あさひちゃん、部屋まで送ってくよ!?」

スタスタ

真乃「……私たちも、帰ろっか」

灯織「そうだね……にちかも、そうするでしょ?」

にちか「う、うん……」
124 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:25:19.75 ID:M+ISIvdH0
------------------------------------------------
【寄宿舎前】

食堂を出ると空にはすでに星が登っていた。
思えば今日という1日はあまりにも多くことが起きすぎた。
本来なら、体育祭で汗を流して、笑顔を向け合っていたはずなのに。
そんな活気はもはや見る影もない。

灯織「どうなっちゃうのかな……私たち」

真乃「灯織ちゃん……?」

灯織「めぐるに夏葉さんを喪ったばかりなのに、その死を悼む時間もないままに今度は樋口さんのことを疑って……精神がどんどんすり減っていく実感があるんだ」

灯織「今はただに、明日が来ることが怖い……」

(……)

灯織ちゃんの震える声を支えてあげられるような何かを口に出してあげたかった。
だけど、何も出てこない。私たちはただ、それを否定するでも同調するでもなく、無言で石を蹴る。
125 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:26:14.50 ID:M+ISIvdH0

灯織「めぐるは言ってたよね、信じるってことはその人と一緒に歩んでいきたい気持ちの現れだって」

灯織「……真乃とにちか、二人のことは今でも胸を張って信じられるよ。でも、他の人たちのことは……分からない」

灯織「信じていた相手だって、知らないだけで私の見ていない面に何か抱えているものがあるかもしれないんだって思うと……」

灯織「……ごめん、こんなこと言うべきじゃなかったよね」

真乃「う、ううん……気にしないで」

にちか「ホントだよ、そんなこと言わないで」

灯織「……!」

自分の口からは思いの外刺々しい言葉が溢れていた。
ちくり、と灯織ちゃんの瑞々しい肌を突き刺す感覚に思わず自分で口を覆った。

でも、堰き止められない。
穴が空いた袋からは中身がなくなるまでこぼれ続けるように、一度衝動的に口からこぼれたものは出し尽くすまで止まらないものだ。
126 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:27:52.65 ID:M+ISIvdH0

にちか「なんでそんなこと言っちゃうの。私たちだけはそんなこと絶対に、言っちゃダメでしょ」

にちか「今灯織ちゃんが口にしてるのはめぐるちゃんが託したものを、荷が重いって諦めるようなものだよ」

(あれ、なんでこんなこと言ってるんだっけ)

火照る体と対照的に冷めきっている自分がいた。
そんな冷笑気味の自我はマシンガンのように攻め立てている自分のことを客観的に分析しようとしている。

にちか「めぐるちゃんの一番近くにいたのに、誰かを信じるのが怖いなんて言っちゃダメじゃん! 他の人のことがわからないのなら、わかろうとする努力をしなきゃ!」

沸騰する体が、視界を陽炎に揺らす。
目の前の灯織ちゃんの輪郭が揺れて、ぶれて、やがて一つの形をとらえた。

(ああ、そっか……)

丸い頭に、ちんちくりんの体。
不格好に狼狽して、自分勝手な理由で喚き散らしている。

(灯織ちゃんは、私自身なんだ。私自身が、それが出来ていない自覚があるからこんなにも……)


(苛ついてるんだ)


灯織ちゃんを写し鏡にして、私は私自身のことを見ていた。
127 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:28:25.20 ID:M+ISIvdH0

にちか「見えない真実があるんだったらそれを知ろうと全力で向き合わなきゃ! 誰かに流されて信じたり、信じなかったりするのって無責任なんじゃないの!?」

それが分かった瞬間に、ザクザクと胸が抉られる音がした。
灯織ちゃんに向けていたはずの刃が全て自分へと帰ってきて、そこから溢れてきた液体が俄かに熱を冷ます。

にちか「……あ、ごめん! わ、私何言っちゃってるんだろ……! 灯織ちゃんのことを裏切った前科もあるような人間なのに……こんなのいう資格なさすぎだよね……」

私は慌てて自分の非礼を詫びた。
自傷行為の当て馬に相手を使った図々しさと醜さに自己嫌悪が溢れ出す。

灯織「ううん、大丈夫……にちかの気持ちは伝わった。だから、これ……使って?」

にちか「え……? ハンカチ……?」

灯織「すごい顔してるから、にちか」

そんな相手にも掬い上げるための道具を貸してくれるなんて、本当にできた友人だと思う。
私は青いハンカチを目頭に当てがい、何度もありがとうと口にした。
128 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:29:28.95 ID:M+ISIvdH0

真乃「なんだかにちかちゃんのおかげで目が覚めたかも……そうだよね、信じるために相手を知ろうとすることが大事なんだよね」

真乃「円香ちゃんが私たちにとって、どんな存在なのか……それに悩んでいるのなら、答えが出るまで真実を追求するしかないよね」

灯織「そうだね……学級裁判のこともあってなんだか疲弊して視野が狭くなってたかも」

にちか「うぅ……ほんと、説教垂れてごめんなさい……自分でもうっざいこと言ったなって思ってるんで……」

真乃「そんなことないよ……っ! にちかちゃんのおかげで大切なことに気づけたから……!」

にちか「うぅ……気遣いが身に染みる……」

灯織「とりあえずは部屋に戻ろう。明日もあるしね」

真乃「そうだね、明日もある……そうだよね!」

129 :今日の更新はここまでです ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/20(水) 22:30:25.49 ID:M+ISIvdH0
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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『才囚学園放送部からお知らせします! 午後10時になったよ! 夜時間だよ!』

モノファニー『今から朝の放送までは食堂と体育館の扉は施錠されるからキサマラは注意するのよ』

モノダム『ミンナ、ユックリ体ヲ休メテ明日ニ備エテネ』

モノタロウ『……うわーい! かつてないほどスムーズに放送できたよ!』

モノファニー『本当ね! いつも邪魔ばっかりしてた二人が死んじゃったから伝えるべきことがすんなりと伝えることができたわ!』

モノダム『二人ガ一生懸命練習シタ成果ダヨ』

モノタロウ『兄弟が減っちゃって始めはどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうだね!』

モノダム『仲良ク協力ヲスレバ不可能ナコトナンデナインダヨ』

プツン

(なにあれ……一応兄弟って設定なんでしょ……?)

(なんでそのお別れにあんな風に淡白になれるわけ……?)

真乃ちゃんと灯織ちゃんに気づかれながら部屋まで辿り着き、私たちは別れた。
部屋を開けて部屋に入った瞬間に全身を襲った疲労感。朝からずっと気を張りっぱなしで、肩も張っていた。安堵するような余裕もなかったけど、今はただ今日が終わったことを受け止めて、眠りたい衝動に駆られていた。

「はぁ……マジで、疲れた……」

私は部屋の消灯をすることも忘れたままに、ベッドにそのまま倒れ込む。
モノクマーズが日中に取り替えているのか、シーツは新鮮な太陽の香りがした。
鼻いっぱいにその香りを吸い込みながら、私はゆっくりと瞳を閉じていったのだった……


130 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:01:12.93 ID:+h3ktCbr0
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【School Days 12】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『嬉しいな! 嬉しいな! オイラ、やっとお母ちゃんに会えたんだよ!』

モノファニー『もう……モノタロウったら昨日の夜からずっとこの調子なのよ』

モノダム『オ父チャンハオ母チャンカラノ手紙モ握リ潰シテ、オラタチニ見セテクレナカッタカラネ。オラタチハ愛ニ飢エテルンダ』

モノタロウ『お母ちゃん! 見てる!? オイラたち、今日もお母ちゃんのために頑張ってるよ!』

モノファニー『お母ちゃん、アタイも頑張るからお母ちゃんも頑張ってね! 疎外感に負けないで!』

モノダム『オラタチハオ母チャンノ味方ダヨ』

プツン

(……完全に放送を私物化してるけどいいの? これ)

(というかやたらお母ちゃんを強調してたのは……多分私たちに疑心暗鬼を振り撒くためなんだろうな)

モノクマーズたちの放送から滲み出る悪意に厭悪を感じながら、私は大きく伸びをした。
樋口さんへの不信はなおも私の中にもある。
自分の目で確認した事実、そこから目を出したこの感情に否定はできない。
でも、真実を見極めてから信じるか否かの最終決定は下そうと決めたから。
私はここから逃げ出すような真似はしないんだ。

朝の支度をそそくさと済ませると、私は足早に食堂へと向かった。
131 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:03:12.17 ID:+h3ktCbr0
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【食堂】

食堂に足を踏み入れると、いつもよりも集まっている人の数がまばらだった。
昨日の疲れが尾を引いている……それだけのことじゃないのは明らかだった。
でも、欠席が目立つことよりも、私たちの関心は【別のところ】に惹きつけられる。

時間が止まったかのように、その場所だけが違った雰囲気を放っていたから。
昨日の猜疑と対照的とすら思える柔和な雰囲気に、思わずたじろいだ。



霧子「ゆっくり息を吸って……吐きましょう……」

灯織「スー……ハー……」



132 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:04:33.30 ID:+h3ktCbr0

霧子「どうかな……? 全身に、命が行き渡るのを感じる……?」

灯織「はい……指先から活力が蘇るようで……」

霧子「うん……人の細胞は、三ヶ月ごとに完全に入れ替わって……血液は120日で入れ替わるから……その度に、私たちは生まれ変わるので……」

霧子「定期的に命を行き届かせる時間を作ってあげてほしいな……それが、灯織ちゃんが灯織ちゃんなことの理由になって、目的にもなるから……」

(な、何をしてるの……二人は……?)

にちか「ちょ、ちょっとどうしたんですか? 急にそんな……」

灯織「あ、おはよう、にちか。昨日はありがとう。にちかのおかげで私、また一歩を踏み出すことができたよ」

霧子「ふふ……灯織ちゃん、昨日とは見違えちゃって驚いたんだ……本当のことを見失わないように、真実から目を背けないって心に決めたようだから……」

にちか「あ、はい……まあ、それっぽいことを昨日私が言いましたけど、それがどうしてこんなお気楽深呼吸タイムに……?」

灯織「今朝霧子さんと少しお話したんだ。樋口さんを信じるために、相手を知るのにはどうすればいいのか」

霧子「その人のことを知るには、自分の中にいるその人のことを知らなくちゃ……」

にちか「はぁ……?」
133 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:05:22.27 ID:+h3ktCbr0

霧子「人と人が交差することで、細胞が、体がその人のことを憶えるの……自分の持っている記憶に訊いてみるのが大切だよ……」

にちか「……???」

霧子「自分の心臓の鼓動が、張り巡らせる血液が、眠っていた記憶を呼び覚ましてくれるんだよ……」

そう言うと、霧子さんは私の方に一歩踏み出して、私の両耳を自分の手で塞いだ。
静寂の中で、自分の心臓の鼓動と霧子さんの脈拍だけがやけに響く。



霧子「トクン、トクン……って脈打つ心臓に、聞いてみて……自分が本当に何をしたいと思っているのか、本当は何が怖いのか……」

にちか「……っ! け、結構です!」



バッ

そのことが私にとっては何か不気味な感触に思えて、思わず霧子さんの手を払ってしまった。
音に身を浸していると体の底が湧き上がり、のぼせていくように感じられて、自分自身を見失ってしまいそうに思えたからだ。
134 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:07:14.06 ID:+h3ktCbr0

灯織「にちか……はじめは自分自身と向き合うのは怖いと思うけど、大丈夫だよ。誰かを信じたいと思う気持ち、誰かと一緒に歩みたいと言う気持ちのルーツを知るだけだから」

灯織ちゃんはどこかポーッとしていて、言葉尻が妙にふわふわしている。
踵が浮いたかのように、天に登っていきそうな表情だ。

にちか「ちょ、ちょっとどうしちゃったの灯織ちゃん……? 昨日は全然、そんな感じじゃなかったじゃん?」

灯織「うん……昨日までの自分は、誰かを疑おうとばかりしてたから。でも、にちかのおかげで目が覚めた。それは本当だよ」

灯織「目が覚めたおかげで、誰かを信じたいと望んでいる理由が分かったんだ。私は、生きていたい。私という存在を絶やしたくないんだって」

霧子「にちかちゃんはテセウスの船って知ってるかな……? もしくは、ジョンの靴下……」

にちか「船……? 靴下……?」

灯織「何かをそのままで居続けるために、本来のものとは違うパーツを繋いでいった行き着く先にあるのは、本来のものかそうでないかっていう哲学問答の話だよ。それは人の体でも同じなんだ」
135 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:08:33.51 ID:+h3ktCbr0

霧子「絶えず肉体の細胞が入れ替わるなかでも、その人が変わらずにその人で居続ける理由……なんだと思う?」

にちか「さあ……?」

霧子「記憶、じゃないかな……細胞が、脳が、体が覚えている記憶が、何度も伝播することでその人はその人であり続ける……」

灯織「それが続いていることが生きているってことなんだ……ってそう気づいたんだ」

別に霧子さんの話に変な要素は何もない。
人が生きることの是非を問うているわけでも、高尚な美徳を説いているわけでもない。
それなのに、この煩わしさはなんなんだろう。
言葉に耳を傾けているだけで、腹の底をかき乱されるような落ち着かない気持ちになる。


樹里「なあ……おい……いつまでやってんだ、早く朝ご飯食べようぜ」


(た、助かった……!)

二人に詰め寄られて、ゾワゾワとした感覚に苛まれていたところで、既に卓についていた西城さんから声が上がった。
頬杖をついて、気だるそうにこちらに手を振っている。
136 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:10:49.67 ID:+h3ktCbr0

にちか「ほ、ほら二人とも……みんなお腹空いてるみたいですし、とりあえず後にしません?」

霧子「……」

灯織「霧子さん……」

私はすぐに西城さんの呼び声に縋りついて、二人の勧誘を振り払った。
なんとなく、これ以上はまずい気がした。

霧子「ふふ……そうだね……」

(た、助かった……)

私の提案を幽谷さんは笑顔を飲み込むと、そのまますぐにグワンと背を向けて……

樹里「……ん? どうした、霧子」

霧子「樹里ちゃんは今……ズキズキを感じてるんだよね……?」

樹里「は……?」



霧子「ちょっと……耳を、お借りします……」



両手で西城さんの耳を塞いだ。
137 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:11:56.12 ID:+h3ktCbr0

にちか「えっ、ちょっ……!」

私にさっきやったのと同じ手口だ。
瞬間的に感覚をシャットアウトして、その瞳の奥に引き摺り込む。
あの時の幽谷さんには、少しでも身を委ねるとすぐに飲まれてしまうような並ならぬ気迫があった。
慌てて幽谷さんを西城さんから引っぺがそうとした時、私の右肩は何か強い力で、その場に引き留められた。

にちか「い、痛……?! 何……?!」

灯織「にちか、邪魔しちゃダメだよ」

にちか「ひ、灯織ちゃん……?!」

灯織ちゃんが、最初の裁判の直後のような冷たい視線をまた私に向けていた。
138 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:12:45.31 ID:+h3ktCbr0

霧子「樹里ちゃん……自分の心臓の声を聴いて……その奥底にある温かいものは何から生まれているの……?」

樹里「な、にこれ……すごく、響いてる……」

霧子「ふふ……樹里ちゃんの心臓、バクバク言ってるね……不安なのかな……怯えてるのかな……」

霧子「でも、大丈夫……樹里ちゃんの細胞の中には、夏葉さんがいるはずでしょ……?」

霧子「樹里ちゃんの中の夏葉さんは、何を言ってるの……? 何を伝えようとしているの……?」

樹里「なつ、は……?」

二人の様子は尋常じゃない。
はじめは幽谷さんの手首をガシリと掴んで抵抗を示していたのに、次第に指からは力が抜けていき、今はぶらんと垂れ下がっている。
西城さんの口はどこか緩んだ様子で、幽谷さんの言葉を疑いもせずに、そのままに全部受け入れている。

霧子「樹里ちゃんは、それを聴いて……どうしたい……?」

にちか「さ、西城さん……! ダメ、ダメです! それ以上聞いちゃ……!」

霧子「自分の言葉で、口にしてみて……?」

樹里「アタ、シ……は……」

その様子を一言で形容するのなら、『洗脳』だった。
139 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:13:32.60 ID:+h3ktCbr0





樹里「アタシは……夏葉の思いを継ぎたい……もうこれ以上、誰にもコロシアイなんかさせたくない……!」




140 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:14:52.81 ID:+h3ktCbr0

さっき灯織ちゃんが『目が覚めた』と言っていた理由がよくわかった。
一度俯いてから、再び上げた西城さんの表情は憑き物がとれたように、不自然なほどに明朗としていたから。
昨日までの消沈っぷりを忘れてしまったかのように、元気になった姿に私は悪寒すら覚えていた。

人はバネじゃないんだ。そう簡単にひしゃげたものが元には戻らない。
それなのに、今の西城さんからは一切の凹みが感じられない。
もはや別の誰かになってしまったかのようで、戦慄した。

樹里「ありがと、霧子……アタシ、気づいたよ。アタシがすべきこと、アタシがやりたかったことに」

にちか「ちょ、ちょっと……西城さん……?」

樹里「にちか、心配かけたな。もう大丈夫だ! アタシはもう全部乗り越えた! もう怯えたりなんかしない!」

……怖い。
その笑顔が。その声が。そのドロドロの瞳が。
141 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:16:45.40 ID:+h3ktCbr0

樹里「にちかも聞いたほうがいいよ。霧子に一度身を委ねてみろって。自分の心臓の奥に眠るものに気づけるからさ」

にちか「ちょ、ちょっと待ってください……! 要らない、要らないですって……!」

並ならぬ様子に恐怖心を覚えて、思わず後退りした。
後退りしたのは、よかったんだけど……

にちか「……へ」

その先には、食堂の卓と椅子があって。

ドッシャーン!

私は後ろから派手にすっ転んでしまった。
食堂中に響き渡る音で、さっきまで厨房で作業をしていた月岡さんをはじめとして、その場に居合わせた全員が私の元へと駆け寄ってきた。

恋鐘「に、にちか〜〜〜?! な、何があったとね?! 泡吹いて倒れた蟹みたいになっとるばい!」

あさひ「大丈夫っすか? だいぶ派手に転んだみたいっすけど」

真乃「に、にちかちゃん……起き上がれる? 手、使って……っ!」

私のことを覗き込んで心配してくれるその表情をみて、深い息が出た。
その瞳にはあるべき色がちゃんと宿っている。変に瞳孔が静止するようなこともなく、不安と混迷にちゃんと揺れている。
人間らしい表情をしていると言えばいいだろうか。
少なくとも、さっきまでの灯織ちゃんと西城さんのそれとは違って、自然なものだった。

霧子「……樹里ちゃん、無理強いは良くないよ。ちゃんとにちかちゃん自身に分かってもらわないと……」

樹里「お、おう……悪い……」

霧子「然るべきタイミングで、言葉はちゃんと届けないと……届くものも、届かないから……」

灯織「……」

(……マジで、なんだったの)
142 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:18:24.20 ID:+h3ktCbr0



そこから私たちはいつものように席について食事をとった。
雑談をしながら、今日これからどうするかを話し合いながら。灯織ちゃんもいつもと同じように口を開いてくれていた。

……いや、嘘。いつも以上に灯織ちゃんは饒舌だった。
やけに希望だなんだの振り翳して、もうコロシアイは起きないだとか、みんなのことを信じられるだとか、綺麗な言葉ばかりを声高に語っていた。
そのことに真乃ちゃんも私もどこかぎこちない笑顔を浮かべていたように思う。

あさひ「なんだか今日は集まってる人が少ないっすね。ここにいないのは、凛世ちゃん、甜花ちゃん、透ちゃん、円香ちゃんっすか?」

愛依「透ちゃんと円香ちゃんはまあ昨日のこともあるししゃーないんかなって感じだけど……凛世ちゃんと甜花ちゃんの二人が欠席か……」

にちか「甜花さん……まあ、まだ裁判の翌日ですもんね……」

恋鐘「凛世はこの学園に来た時もよう怯えとった子やけん、心配やね……円香への疑いで、部屋から出られんようになっとるんかも」

樹里「それなら、アタシが声をかけて連れ出してみるよ。飯を食べたらすぐに行ってみる!」

真乃「じゅ、樹里ちゃん……」

樹里「そんな心配そうな顔すんなって! 大丈夫、話せば分かってもらえるはずだよ」

灯織「それなら甜花さんには私が声をかけに行ってみます!」

霧子「うん……お願いします……」

(……やっぱり、なんか変だよ)
143 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:19:24.26 ID:+h3ktCbr0

真乃「透ちゃんと円香ちゃんはどうする……?」

恋鐘「どうするもなんも……うちらは適切な距離を保って、様子を見るしかなかよ。下手に刺激するのも危なかやけん」

あさひ「機嫌を損ねたらエグイサルで殺されちゃうかもしれないっすからね!」

にちか「ちょ、ちょっとそんな言い方……」

あさひ「なんで庇うんっすか? 円香ちゃんは敵っすよ?」

愛依「ちょいちょい、まだそうと決まったわけじゃないしさ。もうちょっと優しい言い方にしてあげよ?」

あさひ「……」

やっぱり、私たちで動かなくちゃダメだ。
これ以上真実に歩み寄ろうとすることを他の人たちは恐れている節がある。
樋口さんを信じられるかどうか以前に、今の私たちはその判断を下すところまでに辿り着けていない。
私は真乃ちゃんの方を向いて、頷きあった。

144 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:20:41.30 ID:+h3ktCbr0
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【にちかの部屋】

朝食を終えると私たちはまちまちに動き出した。
私は一度部屋に戻ることにした。
真実を探るにしても、誰かと共に過ごすにしても、一旦息をつきたかった。

「……はぁ、灯織ちゃんに西城さん、どうしちゃったんだろ」

仲間のこれまでにみたことのない異常な姿を目の当たりにしたことで、私の心臓がやけに昂ぶっていた。
これは興奮というよりも困惑だ。
昨日寝る前には、今日という1日を契機に状況が好転していくものと思っていたのに。
こうなってしまっては今の自分はどこに向かっているのかその指針が行方不明だ。

とはいえ、嘆いている時間はない。
こうしている間にもどんどん樋口さんたちと私たちの間の溝は広まっていってしまう。
今すぐにでも、動き出さなくちゃ状況は悪化していくばかりだ。

「……よし!」

ベッドから立ち上がって、声を上げた。

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145 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:23:19.58 ID:+h3ktCbr0
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【超研究生級の???の才能研究教室】

気がつくと私は樋口さんの才能研究教室に辿り着いていた。
あれだけ警戒して誰も入らないように見張っていたはずの教室には、扉の前に立つ人の姿もなく、すんなりと部屋に入ることができた。
持ち主にお伺いを立てることもなく門をくぐり、あのファイルをまた手に取る。

「やっぱり、どうみても樋口さんのことだよね」

私たちのプロフィールの羅列とは別枠で設けられた現場管理者。その任についているのは他でもない樋口円香その人だ。
でも実際、私たちはこの現場管理者という役職の示すところを知らない。
他の状況証拠やモノクマたちの証言からして、樋口さんは参加者としてコロシアイを現場で操ろうとしているのだと推察をしたけど、
ここにはまだその疑いを覆しうる可能性が眠っているはずだ。
146 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:24:50.86 ID:+h3ktCbr0

私は一度ファイルを棚に戻して、他のところを色々と覗いてみることにした。
棚に他に入っているファイルをパラパラと開いてみたが、新しい情報は何もない。
書いてあるのは、この才囚学園の施工計画や、エグイサルの開発記録など。
専門的な情報があって、眺めていてもまるで頭には入ってこない。

でも、何度かそういう理解不能の情報を追っていると、それらに【共通するもの】が見えてくる。

「ここにも……火星のマークが書いてある」

モノクマーズの写真の右下にプリントされていたのと同じマーク。
円が大ぶりになった♂マークみたいなそれを指でなぞった。

「……これ、このコロシアイを行なっている組織のエンブレムだったりするのかな」

そう思うとなんだか無性に気になり始めた。この学園生活をしている上ではまるで目にしてこなかったマークが、この部屋の中ではたびたびに登場する。
まるでモノクマたちがこの部屋の中の封じ込めているみたいだ。

「……よし」

私は棚にあったファイルをいくつか脇に抱えるようにして、部屋を後にした。
向かう先はあの場所。埃が満ちて、時が止まったようになっている終末の空間。

147 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:26:34.73 ID:+h3ktCbr0
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【図書室】

ちゃんとした利用用途でこの部屋を訪れたのは初めてかもしれない。
本来静謐で満たされているはずの場所なのに、私の記憶は血生臭いものばかり。
あの時の自分自身の荒々しい息遣いと、手に伝う熱がいまだに実感として残っている。
首をブンブンと横に振ってそれらを振り払うと、私は脚立を引き寄せて本棚を順に見て回った。

ここの蔵書はかなり広いジャンルに渡っている。
教科書で見るような文学作品はもちろんのこと、百科事典や洋書、地図や絵本、専門書の類もある。

だけど私が今回探したのは企業の『四季報』だ。
私は社会情勢に関心のあるような熱心な学生ではない。
国内企業なんかはテレビやラジオのCMに流れるものでせいぜい。
知らない法人や組織は星の数ほどあるだろう。

だから、答えを追い求めるために私は頁を次々とめくった。
樋口さんの部屋から持ち出したファイル、そこに刻まれていた火星のマークを探すために。

パラパラ、パラパラと捲っていくと……
148 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:29:26.71 ID:+h3ktCbr0

「……あった」

____『岩菱鉄工』。

千葉の鉄工業界の企業で、国内でもその規模はかなり大きい方に入る。
海外進出している車メーカーや家電メーカーの部品製造を行う他、半導体メーカーと連携して商品開発なども行なっているらしい。
生憎私は今この瞬間までこの企業の存在を知ることはなかったのだけど、そこにあるマークのせいもあってか、私は妙なデジャブを感じてしまった。

「マジで同じロゴだ……火星のマークってだけの符合じゃない、線の太さや歪曲具合まで何もかもおんなじ……」

どうやらこのロゴは社章らしい。
錬金術で鉄を意味するところから引用して、後は火星探査にまで通用する製品を作りたいだとかなんとか、由来はちゃんとあるらしい。
そんな真っ当な企業のロゴがモノクマーズの写真や才囚学園の施工計画、エグイサルの設計図にプリントされていた理由……

そんなの、一つしかない。

この会社が、それらを作っていたんだ。


____それってつまり、



まさかこの企業が【このコロシアイを主導している組織】なの……?


149 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:31:08.29 ID:+h3ktCbr0

円香「……え?」

私が四季報を見て言葉を失っていた時、急に背後で音がした。
ギィという音がしたかと思うと、後ろから風が背中を撫でた。
音のした方に目をやると、扉を手で押し開けたらしい樋口さんがそこに立っていた。

樋口さんは私の姿を見た瞬間に表情を曇らせて、図書室を後にしようとする。

にちか「ま、待ってください! 行かないで……私、別に樋口さんを敵視してませんので!」

ピタッと足を止めて、ゆっくりとコチラを見る。
樋口さんの口元は硬く結ばれたまま。私の言葉の意味を見定めようとしているのか、慎重な立ち回りをしている。

円香「私ほど怪しい人間もいないでしょ? そんな盲目的に信じようとされても困るし……すべきじゃないと思うけど」

にちか「そうじゃないです……私は、まだ樋口さんのことを信じることも信じないことも決められないってだけ。真実はまだ明らかになってないんで」

円香「……分かった」

にちか「あの、樋口さんはどうしてここに? というか……日中はずっと何してたんですか?」

円香「別に……ほとんど自分の部屋。外に出て騒がれるのも嫌だから……適当に本を読んで時間を過ごしてた」

円香「今は新しい本を取りにきたところ。本だけ取ったらすぐ帰るよ」

(……樋口さん、私たちに遠慮をしてるんだろうな)

そこで私はカマをかけてみることにした。
今はまだ、私がここにいる理由も、何を見たのかも彼女はまだ知らない。
150 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:32:10.94 ID:+h3ktCbr0

にちか「樋口さん、ひとつ聞きたいんですけど……」

円香「何?」

にちか「岩菱鉄工って会社……知ってます?」

それなら、この会社名を出した時の反応で、測れるはずだ。
彼女が本当に内通者として動いているのならこの会社は当然知っているはずだし、それを隠そうとしても眉の一つくらいは動くはず。



でも、樋口さんは_______



円香「ごめん……生憎だけど、初耳」



そんな反応は一つも示さなかった。
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