【シャニマス×ダンガンロンパ】シャイニーダンガンロンパv3 空を知らぬヒナたちよ【安価進行】Part.2

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151 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:33:37.80 ID:+h3ktCbr0

いつも以上に感情を削ぎ落としたような能面。
名前も聞いたことのないような企業に寄せるような余剰な興味はなくて当然。
就職もまだだいぶ先の話な高校生なのだから。
樋口さんの自然な反応に、私も違和感は微塵も感じなかった。

円香「何かわかんないけど、これで用事は終わり?」

私はなんだか胸に立ちこめていたものが霧散したようで、晴れやかな気持ちになった。

にちか「はい、わかりました」

円香「はぁ……何だったの、今の」

にちか「さっきの会社、樋口さんの研究教室で見つけたモノクマーズやエグイサルの設計図を作った会社なんですよ。多分その製造自体も請け負ってる」

円香「……は? ちょっと、急に……それ、本気?」

にちか「です。この四季報を見てくださいよ」

樋口さんは私の元へと駆け寄り、奪い取るようにして四季報を手に取った。
私の指示する箇所を読むと、樋口さんもまた、息を呑んだ。
152 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:35:39.12 ID:+h3ktCbr0

円香「同じマーク……業務の種類も似通った分野だし偶然とは思えない……」

にちか「やっぱり……その感じだと本気で知らなかった感じです?」

円香「うん……何度も言うようだけど、私は何も覚えてないの。あの部屋にあった証拠品と自分への繋がりも、父の属していた組織も、自分の役職も」

円香「岩菱鉄工のことも今知った、から……」

そう、樋口さんは何度も何度も否定していた。
それでも彼女自身、自分の欠落した記憶の中に埋もれている真相に自信が持てず、否定の言葉はどこか不安定で、不信を払拭するには力及ばず。
私たちは不安ばかりを募らせることになっていた。

でも、今は違う。彼女は私と同じ目線で、戸惑っている。
同じ言葉を連ねて否定しているだけなのに、その信憑性には雲泥の差を感じられた。
私は思わず樋口さんの手を取っていた。

にちか「あの、樋口さん……私と一緒にこの会社のことをもっと調べてみませんか?」

円香「……私と?」

にちか「はい……この会社がコロシアイに関与していること自体は間違いないんです。真実は、この会社に眠ってる……それを明らかにすることはきっと樋口さんの信用を取り戻すことにつながるはずですよ」
153 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:37:59.98 ID:+h3ktCbr0

円香「……なんで?」

にちか「え?」

円香「なんで、あんたが私と一緒に動く必要があるの? というか、なんで一緒に調べるとか言えるの? 私はダントツに怪しい不審人物でしょ?」

にちか「それは、さっきまでの話ですよ。樋口さんの反応を見てたら、内通者の話だって本気で記憶にない話なんだって分かりましたから」

円香「……」

人を信じるのは、その人と一緒に歩みたいという気持ちから。
今の私は胸を張って、樋口さんのことを信じたいと言える。

円香「……手を貸してもらっても、いいの?」

にちか「もちろんです! それに、真実を明らかにするのは全員共通の目的なので、どのみちですって!」

円香「……ふふ、そうだね」

この学園生活が始まって以来、久しぶりに樋口さんの笑顔を見た気がする。
ずっと気を張っていて、緊張の意図がやっと解けたような。そんな柔らかで無防備な微笑みだった。
154 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:40:29.10 ID:+h3ktCbr0

円香「とはいえ、日中に堂々と協力するわけにはいかないでしょ。私はまだ他の人たちからは疑いの目をかけられてるわけだから」

にちか「そう、ですね……真乃ちゃんは信じてくれると思いますけど、他の人たちは正直」

円香「……灯織は? あんたたち、仲良いんじゃなかったっけ?」

にちか「あー……なんか、様子がちょっと変なんですよね」

円香「様子……?」

にちか「幽谷さんにこのコロシアイのことで相談をしてからなんだか心ここに在らずって感じで……」

円香「……透?」

にちか「樋口さん?」

円香「ああいや、今日私の部屋に来た浅倉もなんだか様子がおかしかったんだよね」

にちか「浅倉さんが……?」
155 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:42:19.04 ID:+h3ktCbr0
◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ピンポーン……

ガチャ

円香「……何? あんまり私の部屋を訪れてるところとか、他の人に見られない方がいいと思うけど」

透「……」

円香「……透?」

透「ね……どう、あれから」

円香「どうもこうもないけど……知ってるでしょ? 他の人の目があるから迂闊に動けない」



透「それって、円香自身が怯えてるからだよね」



円香「は……? 何急に、カウンセラーにでもなったつもり?」
156 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:45:13.12 ID:+h3ktCbr0

透「自分に一度聞いてみなって。心臓はジョーゼツだよ」

円香「はっ、ちょっ……?!」

透「ほら、集中集中。心臓の鼓動、聞こえるっしょ?」

円香「な、にやって……」

透「それが円香の声だよ。円香の中に眠ってる、円香の本当の気持ち。どうしたい? どうする? 聞いてみなって」

円香「ちょっと……離せ……!」

ダンッ!

透「……えっ」

バンッ!

ガチャ

円香「何今の……何、あいつ……!?」

ダンダンダンッ! ダンダンダンッ!

透「おーい、開けろー。出てこーい」

円香「なんなの……?! 何が起きてるわけ……!?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆
157 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:47:34.22 ID:+h3ktCbr0

円香「急に耳を手で塞いだりするから気色が悪くて……浅倉には悪いけど締め出させてもらった。あんなことしてくるの、浅倉らしくないから」

にちか「……いっしょだ」

円香「は?」

にちか「いっしょ、いっしょなんですよ! 私が今朝見た灯織ちゃんの異常さにそっくりなんです! 心臓の鼓動がどうとか、本当の自分がどうとか、灯織ちゃんたちが言ってたことにそっくりなんです!」

円香「……!」

これはどういうこと?
なんで浅倉さんまで同じことを口にしてるの?

霧子『……』

幽谷さんは一体、何を考えてるの?
158 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:48:21.01 ID:+h3ktCbr0

円香「……なんか、変なことが起こってるみたいだね。すごく嫌な予感がする」

にちか「はい……芹沢さんの純粋な悪意とかとはまた違って、ナメクジみたいな悪寒がします」

円香「ナメクジ……言い得て妙かもね。あのまとわりついてくる感じの厭悪は、どこかジメジメしたものを感じる」

円香「……ちょっと、霧子の周りのことも注視しなくちゃいけないかもね」

にちか「です……」

私と樋口さんはそのまま情報交換をしばらくすると、別々に自分の部屋へと戻った。
樋口さんとは表向きにはできない協力関係を結ぶ形になった。夜のタイミングで樋口さんと落ち合い、昼間の出来事を伝達する。
樋口さんも日中は図書室の本を調べたり、人目を憚って調べ物をしたりはするらしい。
どうにかして、樋口さんの疑いを晴らせる証拠を見つけることができればいいんだけど。

159 :本日の更新はここまで ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/23(土) 21:49:14.54 ID:+h3ktCbr0
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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『今日ハオラト仲良シトイウ言葉ノ持ツ可能性ニツイテ勉強シヨウネ』

モノダム『キサマラガ初メテ仲良シヲ意識スルノハ3歳ノコロ。同年代ノオ子様ト遊ブコトヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『大キクナッテ中学生、体育館裏ニ呼ビ出サレル事ヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『一人暮ラシヲ始メタ大学生。サークル帰リノ飲ミ会デ、男女二人デ二次会ニ行クコトヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『社会人ニナルト、上司ノ接待ニ土日ヲ返上スルノヲ仲良シト呼ブヨウニナル』

モノダム『仲良シハ色ンナ可能性ヲ孕ンダ夢ノアル言葉ナンダヨ』

モノダム『夢ハ、アルヨ。希望ハ……』

プツン

(なんて悪趣味な終わり方……仲良しっていい事じゃないの……?)

ベッドに横になり、目を閉じる。
樋口さんの見せてくれた自然な微笑みが鮮明に甦り、高揚感に身を捩らせた。
誰かを信じたいと思う気持ちを、また実感できた。自分のその瑞々しい感性に自信が持てた。
ルカさんに見せることのできる、ちょっとは立派な姿というものが得られたのだ。

その一方で気掛かりなのが幽谷さんを取り巻く、不穏な影。
彼女と関わった人たちが、どこか上の空のような反応を示すようになり、不自然なほどに元気潑剌とし始める。
とても健康な友情のあり方とは思えないのだけれど……
その影が灯織ちゃんにも落ちていることがやるせなかった。

どうにか灯織ちゃんだけでもその影から引き摺り出すことはできないか。
そんな事を考え、思い悩んでいるうちに夜は更けていった……
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/24(日) 20:55:22.58 ID:cGwulDcv0
161 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:04:43.14 ID:Kf3Gc8gd0
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【School Days 13】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『うぅ……やっぱり寂しいよぉ……オイラ、なんだかんだみんなのことが好きだったんだ……』

モノタロウ『モノキッドは足の裏が臭いし、使った後のトイレは便座まで上げたまんまだったけど、ノリはよかったし、金払いも良かったんだ……』

モノタロウ『モノスケは服のセンスが終わってたし、金にがめつくてクーポンを意地でも使おうとしてきたけど、唯一のツッコミキャラだっだし、足も早かったんだ……』

モノタロウ『なんで、なんでオイラを置いていっちゃったんだよ!』

モノダム『モノタロウ、落チツイテ。ドレダケ泣イテモ、モウ二人ハ帰ッテ来ナインダヨ』

モノダム『ソレニ、ドコカ欠陥ノアッタ二人ヨリ、オラタチデ仲良クシタホウガキットウマクイクヨ』

モノタロウ『うるさい! モノダムは血の通ってないロボットだからそんなことが言えるんだ!』

モノファニー『そうよ! アタイたちは同じ血で結ばれた、兄弟の仲だったのよ!』

モノファニー『モノダムみたいな紛い物にはこの絆は到底理解できないでしょうけど!』

モノダム『……』

モノタロウ『うぅ……寂しいよぉ〜!』

プツン

(……何あれ、仲間割れ? なんで急に……)

私たちの間に漂っているなんとなく不穏な影のことを考えていると、気付かぬうちに眠りに落ちていたようで、アナウンスで目を覚ました。
ため息が出るような朝だけど、疲れはしっかりと取れているようなのは昨日の樋口さんとの対話があったからだろう。行動に移しただけの成果はあった。

やっぱりルカさんのいう通り。
どれだけ暗中模索だとしても、行動を起こすと起こさないじゃ、まるで状況は変わってくる。
幽谷さんを起点に起きているこの不自然な状況も、行動を起こすことで何か変わるところがあるかもしれない。
そんな淡い期待と共に身を起こして、朝の支度をした。

162 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:06:03.05 ID:Kf3Gc8gd0
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【食堂】

今日こそは、不自然な様子の灯織ちゃんにガツンと言ってやるぞと意気込んで扉を開けた私だったんだけど……
食堂に入るなり視界に飛び込んできたのは、そんな考えも吹っ飛ばすほどの異様な光景だった。

灯織「……」

樹里「……」

恋鐘「……」

愛依「……」

透「……」

霧子「そう、その調子……ゆっくり息を吸って、命を体中に走らせて……」

幽谷さんを取り囲むようにして深呼吸をしている5人の姿だった。
みんな周りに目もくれることもなく、澄んだ瞳で幽谷さんのことをまっすぐに見つめて、その指示に従順に従っている。

163 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:07:39.74 ID:Kf3Gc8gd0

にちか「ま、真乃ちゃん……これって……?」

真乃「ほわっ、おはようにちかちゃん。私も……正直よく分かってなくて、朝来た時からみんなこんな感じなんだ」

あさひ「灯織ちゃんと樹里ちゃんは昨日からこうっすけど……恋鐘ちゃん、愛依ちゃん、透ちゃんはどうしちゃったんすか?」

甜花「あ、あうぅ……なんか、妙に静かで落ち着かない……」

凛世「いつも朝食会を仕切ってくださっていたのは樹里さんでしたが……今日はまだ始める様子もございませんね……」

霧子「……あれ、みんなもう揃ったのかな。円香ちゃん以外はみんな、いる?」

にちか「え、まあ……そうですけど。何やってるんですか、そんな雁首揃えて深呼吸なんて」

樹里「ああ、これはアタシの中にいる自分と対話をしてんだよ。深呼吸で酸素を体中に行き渡らせることで、末端から細胞が息を吹き返すんだ」

愛依「そう! そんで蘇った細胞がうちに記憶を伝えてくれて……うちは今以上にうちらしくいられる!」

灯織「そのことを霧子さんは気づかせてくれました……私たちはこの学園生活の中で、精神をすり減らすうちに見失ってしまっていたんです」

透「霧子ちゃんにはビッグ感謝」

霧子「ふふ……」

明らかに異様だった。
幽谷さんのことを持ち上げ、持て囃す。自分たちの意にそぐわない存在は握り潰そうとしているかのような鬼気迫る圧。
一歩一歩とこちらに滲み寄ってくるのに合わせて、思わず後ずさってしまう。
164 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:09:34.13 ID:Kf3Gc8gd0

あさひ「……まあ、みんなが何をしようと勝手っすけど。とりあえず早く朝ごはん食べないっすか? お腹すいたっすよ」

この時ばかりは芹沢さんの図太さに感謝した。
私たちの感じている圧迫感をまるで彼女は意に介さないと言った様子で、平然と席についた。

霧子「そうだね……樹里ちゃん、朝食会を始めてもらってもいい……?」

樹里「おう、霧子が言うならそろそろ朝飯にするか。みんな、席についてくれ」

(……)

私、真乃ちゃん、甜花さん、杜野さんは身を寄せ合うようにして芹沢さんの近くの席へと座った。
いつもと違う席の配置に芹沢さんはキョトンとしている。

恋鐘「はい、こいがにちかの分! た〜んとお食べ〜!」

にちか「あ、ありがとうございます……」

朝食に何も変わったところはない。
いつも通りの、恋鐘さんお手製の健康的でボリューミーな朝ごはんだ。
165 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:10:53.93 ID:Kf3Gc8gd0

霧子「それじゃあ手を合わせて、いただきます……」

あさひ「いただきますっす〜!」

にちか「い、いただきます……」

だのに、口にご飯を運ぶその手は恐る恐るで緩慢としている。

真乃「みんな、やっぱり変だよね……円香ちゃんのことであんなにバラバラだったのに……今は一つにまとまってる……」

凛世「それも不自然に、霧子さんを核として……です……」

甜花「なんだか、朝ごはん味がしないや……」

あさひ「うまい! うまい!」バクバクバクバク

私たちがコソコソと耳打ちしていると、ふと浅倉さんが手を挙げた。
浅倉さんが幽谷さんにアイコンタクトをすると、彼女は首を傾げて微笑んだ。



透「あのさ、ここにいる人には聞いてもらいたいんだけど……うちらはこのコロシアイから降りようと思うんだ」



にちか「は……? きゅ、急になんですか?」
166 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:12:37.83 ID:Kf3Gc8gd0

透「霧子ちゃんのおかげで気づいたんだ。本当の自分は、もうこれ以上誰かを疑ったり、欺いたりしたくないって」

透「だからもう……このゲームが離脱しようかなって」

あさひ「え〜!? ダメっすよ! まだ2回しか裁判やってないし、わたしまだまだ満足してないっす〜!」

あさひ「なんでそんな寂しいこと言うんっすか?」

愛依「あさひちゃんのことも……元に戻してあげたいんだ。この学園生活の中でうちらは、本来の自分から変わりすぎちゃった」

樹里「アンタらも自分の胸に手を当てて考えてみてくれよ。心臓の奥の奥、ずっと変わらずにいる自分自身の存在があるはずだ」

霧子「本当のあなたは何を望んでいますか? 本当のあなたはどうしたいですか?」

あさひ「そんな演説は聞きたくないっす。みんなはどういうつもりなのか聞きたいんっすけど」

(芹沢さん、全く他人に流されないからこういう時はこれ以上なく頼もしいな……)

霧子「あのね……私たちはあさひちゃんたちのことも守りたいと思ってるんだよ……?」

霧子「もうこれ以上、このコロシアイで誰も命を落としてほしくない……それを望むのってそんなにいけないことなのかな……?」

真乃「そ、そうじゃないけど……」

恋鐘「そんなわけなか! 誰だって死にたくないし、誰にも死んでほしくないと思ってるはずばい!」

灯織「霧子さんの言う通りです。誰しもが平等に、自由に生きていく権利がある」
167 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:14:41.05 ID:Kf3Gc8gd0




霧子「だから私たちは……【才囚学園生徒会】を立ち上げて、この学園の秩序を守ろうと思うんだ……」




168 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:16:15.69 ID:Kf3Gc8gd0

(せ、生徒会……!?)

透「霧子ちゃんをトップにして、コロシアイからみんなを守る組織だよ。みんなが安心して、平和に生きていけるようにうちらで監視する」

愛依「もう誰にも血は流させないし、誰にも悲しい思いはさせないかんね!」

恋鐘「うちらに任せておけばもう安心! モーマンタイばい!」

私たちは言葉を失っていた。
もはやあの5人は幽谷さんの狂信者と言ってもいい。幽谷さんだって私たちと同じ同年代の女の子、そんなに特別な存在というわけでもない。
そのはずなのに、彼女たちの口ぶりからは色濃い心酔が透けて見えた。
変わり果ててしまった仲間たちの姿に、足元の基盤がぐらついていくような感覚を覚える。
だけど、そんなことはお構いなし。才囚学園生徒会の彼女たちは、ツラツラと私たちを縛る秩序とやらを並べ立てていく。
169 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:17:59.42 ID:Kf3Gc8gd0

樹里「まず第一に夜時間の出歩きは全面的に禁止だな。時間外に出歩くことにはリスクしかない」

にちか「はっ?! ちょっと急に何を言い出すんですか……?!」

(そんなの、樋口さんに会えないし、連絡も取れなくなる……!!)

灯織「皆さん、思い出してください。前回の事件……甘奈と甜花さんが殺害を画策したのはその殆どが夜時間に起きたことでしたよね?」

甜花「う……それは、そうだけど……」

霧子「お昼の間なら、お互いの目が行き届いてコロシアイの抑止はできるけど……夜だとそうはいかないでしょ……?」

霧子「だから、私たちで持ち回りで巡回をして、コロシアイが起きないように見張らせてもらおうと思うんだ……」

ある程度の説得力はあるように感じるけど、こんなの認められない。
こんなの生徒会なんて立場に特権を設けて、私たちの行動を掌握しようとしているだけだ。
170 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:19:24.26 ID:Kf3Gc8gd0

恋鐘「二つ目のルールは円香との接触の禁止ばい!」

凛世「円香さんと会ってはいけない……なぜ、そんな急に……」

透「樋口は明らかに怪しいからね。このコロシアイを運営している立場に一番近しい存在のはずだから。不用意に関わらないほうがいいよ」

(あ、浅倉さん……そんな言葉口にして、辛くないの……!?)

霧子「円香ちゃんとは私がお話しするから……安心して。円香ちゃんにも私たちの考えを理解してもらえたと分かったら、その時はまたルールを変更するよ……」

(それって要はこれから樋口さんを洗脳するから手を出すなってことでは……)

樋口さんの疑いは私の中では概ね解消されているけれど、物的な証拠には乏しい。
昨日の反応が本物だったと語っても、真乃ちゃんぐらいしか信用してはくれないだろう。
表立って反論できない歯痒さに、思わず貧乏ゆすりした。
171 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:21:37.16 ID:Kf3Gc8gd0

愛依「三つ目は、女子トイレの隠し通路と円香ちゃんの才能研究教室の閉鎖だよ」

にちか「は?! へ、閉鎖?!」

こればっかりは口を噤んだままではいられなかった。
隠し通路は私とルカさんを繋ぐ、大切な空間だ。
ルカさんの遺志を引き継いで、あの巨大なモノクマの頭部を蘇生しようとしている真っ最中なのに、生徒会の人たちはそれを自分勝手に剥奪しようとしている。

霧子「隠し通路は犯行に利用された事実もあるし、あの部屋には危険な存在が眠っているから……誰も近寄るべきじゃないと思うんだよね……」

樹里「それに円香の才能研究教室は文字通り危険物の宝庫だ。人を殺すのには十分すぎる刃物に爆発物……アタシたちで入室は制限させてもらうかんな」

それも飲めるわけない。
あの部屋にはまだまだ私たちの知らない謎が眠っているはずなのに、部屋に入ることもできなければ今のふわふわとした樋口さんへの嫌疑が事実として固定されてしまう。
私が彼女を庇い立てる機会すらも取り上げられてしまうことになるだろう。

にちか「い、いい加減にしてください! そんな勝手が認められるわけないでしょ!」

衝動的に机をバンと叩きつけて立ち上がった。
だけど、私に向けられたのはシラーッとした冷たい視線。
幽谷さんの狂信者たちは、意を唱える存在は害なす異物としか見ていないらしい。
172 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:23:10.71 ID:Kf3Gc8gd0

灯織「にちか……なんで反発するの? 霧子さんの言っていることに何か間違いがあるとでも?」

にちか「あ、あるよ! 大アリじゃん! 幽谷さんは言ってるのって、要は私たちの権利を剥奪したいってことでしょ? 一方的な有利を私たちに押し付けようとしてるだけだよ!」

樹里「おい……にちか、言っていいこととそうじゃないことの区別ぐらいつけろよ」

にちか「さ、西城さん……?」

樹里「霧子はアタシたちを守るために、必死にルールを考えたんだぞ。その思いを踏み躙るような言葉、軽はずみに口にすべきじゃない」

ダメだ。まるで言葉が通じない……
必死に反論を口にしたところで、壁に水を引っ掛けたみたいに、何の手応えもなく私の主張は無に帰した。

【おはっくま〜〜〜!!!】

そんな歯痒さと無力感を噛み締めていたところで、突然に空気をぶち破ったのはモノクマーズたち。
食卓を囲む私たちの背後に突然現れた彼らもまた、妙な不和を携えていた。

モノタロウ「……ほら、モノダムがやりなよ。モノダムが考えた動機なんでしょ? 今回」

モノダム「ウ、ウン……ソレハソウダケド、セッカクダシミンナデ……」

モノファニー「あー、いいわよそういうの。アタイたちは別にモノダムと協力したいとか思ってないから」

モノダム「……」

モノタロウ「モノダムにはオイラたちの喪失感も分からないんでしょ? オイラたちは兄弟を失ったことをそう簡単には割り切れないんだ」

(よく言うよ……裁判の直後の自分たちの発言、もう忘れちゃったの?)
173 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:25:26.39 ID:Kf3Gc8gd0

妙に刺々しい物言いをされているモノダムのことをほんの僅かにだけ哀れに思っていると、トボトボと彼だけが私たちの前に割って出た。
どこか伏目がちに、おずおずと一冊の本を差し出す。

モノダム「キサマラ、今回ノ動機提供ノ時間ダヨ……今回ノ動機ハ、蘇リノ儀式ノ為ノ【屍者ノ書】ダヨ」

真乃「ほわっ……よ、蘇り……?」

やたら分厚い想定に、干からびたミミズみたいに踊り崩れた字体。
全体的に黒くくぐもった色合いをしていて、見ているだけでなんだか寒気がする。

モノタロウ「えっとなんだっけ? 転校生? 呼ぶんだよね?」



モノダム「ウン……コノ蘇リノ書ヲ使ウト、コレマデニコロシアイデ【命ヲ落トシタ仲間ノ一人ガ復活シテ、転校生トシテヤッテクル】ンダヨ」



モノファニー「モノダムが考えたことでしょ? 他人の助けなしにスパッと言いなさいよ、これぐらい」

樹里「は? い、今なんつった……? て、転校生……?」

甜花「これまでに命を落とした一人が復活……? そ、それって……なーちゃんも含まれる……?」

モノファニー「このコロシアイで命を落とした斑鳩さん、八宮さん、有栖川さん、甘奈さんの四人のうちから一人を選んで蘇生させられると言うことね」

これまでの話だって、何一つとして現実味のあるものはなかった。
そもそもありふれた一般人の私をコロシアイに招集していることからしてそうだし、この学園の規模感やモノクマーズなどのオーバーテクノロジーもそう。

だけどそれらの非現実をさておいても、群を抜いて今の話は現実味がない。
当然の認識として、一度奪われた命が還ってくることなんてない。生と死は一方通行。
一度死に傾けば、それを正すことは神でも許されない。
そのはずなのに、目の前の存在はその秩序を嘲笑うような言葉を口にした。
174 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:27:09.16 ID:Kf3Gc8gd0

モノダム「【屍者ノ書】ハコノ一部ダケダカラ、使ウ相手ハ慎重ニ選ンデネ」

霧子「蘇ることができるのは一人だけ……ということですか……?」

モノタロウ「うん! それに、この本が使えるのは次のコロシアイが起きるまでの間だよ。使わずにコロシアイが起きた場合は屍者の書自体が没収になるから注意してね!」

蘇りなんて現象を飲み込めるはずはない。全く信じてはいないけれど、大前提として『何故』が浮上する。
モノクマーズもコロシアイを運営する側の存在のはず、誰かを蘇らせたりなんかしたところでメリットがあるとも思えない。
私たちのコロシアイが見たいのなら、蘇生なんてノイズが混じることを普通は良しとするだろうか。
動機の動機、その所在不明さに私は頭を抱えるのだった。

モノファニー「詳しい蘇生のやり方はその本の中に書いてあるから、よく確認してちょうだいね。手順を間違えると蘇生は失敗しちゃうから!」

モノタロウ「ルールを守って楽しく復活の儀式!」

モノダム「要注意、ダヨ」

モノクマーズは一通り説明を終えると、屍者の書と呼んだ本を机の上に置いた。
屍者の書はこの一冊限り、扱いは慎重にならざるを得ない。
175 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:28:53.11 ID:Kf3Gc8gd0



……そんなことを思ったせいで、反応が一瞬遅れた。

灯織「この本は霧子さんが持つべきです」



モノダム「ワ、ワァ……」

本が置かれたそばから、灯織ちゃんによってその一冊は掠め取られてしまった。
灯織ちゃんは迷うことなくスタスタと霧子さんの方へと歩いていき、その本を差し出した。
霧子さんは本を受け取ると、クスッと笑い、大事そうにそれを抱え込んだ。

にちか「ちょ、ちょっと……! 何勝手なことしてるんですか!?」

灯織「にちか、落ち着いて。この本はあくまでコロシアイの動機なんだよ? だとしたら、ちゃんと管理のできる人が持つべきだよね」

にちか「いや、だから……」

愛依「それに、誰を甦らせるかも霧子ちゃんが決めたほうがいいじゃん! 霧子ちゃんなら、このコロシアイを止めるためのエーダンを下してくれるって!」

私たちは必死に本を取り戻そうと手を伸ばしたけど、それは悉く生徒会の5人によって遮られてしまう。
霧子さんは席について、ゆっくりパラパラと本を捲ると、人差し指を立てながら語った。
176 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:31:03.62 ID:Kf3Gc8gd0

霧子「うん……復活させるのは夏葉さんがいいかな……」

樹里「……! 本当か!?」

霧子「うん……ルカさんも悩んだけど、結局ルカさんは最後にはモノクマの提示した条件に従った……コロシアイに加担をしちゃってたから」

霧子「その点夏葉さんは最後の最後まで私たちのことを考えてくれていたし、年長者だから私たちをちゃんと導いてくれると思うんだ……」

にちか「そんな、勝手に決めないでくださいよ! 一人の独断で決めていいような話じゃないですって!」

凛世「そうです……そもそもその屍者の書の真偽もわからないのに、議論すらせずに決めてしまうのは少々横暴ではございませんか……?」

恋鐘「議論なんて必要なかよ! 霧子はうちらの中で一番よう真実を理解しとる! うちらにとって誰が必要で、誰がそうでないかもわかっとるはずたい!」

生徒会の5人の盲信にはもう言葉は届かないのだと理解した。
彼女たちは思考を投げ出して、幽谷さんの采配に付き従うと決めてしまっている。
177 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:32:44.29 ID:Kf3Gc8gd0

霧子「モノクマーズの皆さん、素敵なプレゼントをありがとうございます……」

モノダム「コチラコソ、有効ニ使ッテ貰エソウデ安心シタヨ」

霧子「ふふ……早速、準備をしなくっちゃ……」

あさひ「あっ! 行っちゃダメっすよ! その本、ちゃんと見せて欲しいっす!」

霧子「ごめんね……でも、行かなくちゃだから……」

幽谷さんは生徒会の5人に抑えられている私たちの眼前をすり抜けて、食堂の外へ。
私たちの制止の声には耳も貸さず。空虚に食堂の中に声が響き渡るだけで終わってしまった。

にちか「もうマジで……何が起きてるの……なんで、こんなことに……」

蘇生の真偽は分からないけど、今の霧子さんを野放しにしておくわけにはいかない。
もし仮に蘇生が本当に可能だとしても、それを彼女に全て委ねてしまうのは危険だ。
私たちの焦燥をよそに、生徒会の5人たちは満足げな表情を浮かべている。
178 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:33:37.01 ID:Kf3Gc8gd0

透「よかった、これで学園生活がまた良くなるじゃん」

愛依「だね! 霧子ちゃんにとってもプラスになりそ〜じゃん!?」

灯織「はい……霧子さんなら、甦らせた夏葉さんのことも導いてくださると思いますよ」

恋鐘「そうと決まったらうちらも霧子のことを手伝わんといかんね!」

樹里「後のことはアタシたちに任せとけば大丈夫だ。にちかたちはアタシたちの邪魔さえしなければ好きに過ごしてくれて大丈夫だからな」

(……)

私たちに釘を刺すようにして、生徒会の5人も幽谷さんの後を追って退室して行った。
その背中がどこまでも遠く思えて、私たちは言葉を返すことができなかった。
食堂に残された私たちは、曇った表情でお互いに目配せをした。

あさひ「あーあ、せっかく面白そうな動機だったのに取られちゃったなぁ」

凛世「霧子さんは本当に儀式とやらをなさるおつもりなのでしょうか……」

甜花「うぅ……なーちゃんにもう一度会いたい、けど……」

真乃「私たちの意見に耳を貸す気はあんまりなさそうだったよね……」

(このままじゃいけない……とは思うけど、一体どうすればいいんだろう)

私たちはかつてない混迷に陥ったことですっかり意気消沈してしまった。
179 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:34:42.48 ID:Kf3Gc8gd0
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【にちかの部屋】

どうしようもないやるせなさを抱えたまま、形だけの食事を終えると私たちはそれぞれ自分の部屋へと帰って行った。
生徒会の人たちに反発しようにも、人数の上でも、力の上でも分が悪すぎる。
私たちよりも年上で、背丈もある人たちに囲われている幽谷さんに手を出すのはなかなか骨が折れそうだ。
そのことを思うと、ため息ばかりが無限に出続けてしまう。

でも、このままじゃいけないよねと自分の頬をピシャリと打った。
こんな時こそ、どうにかして打開する方法を見つけようと足掻くことが大事なのだ。
ささやかでも抵抗しようと試みることで、何か小さな綻びを生むかもしれない。
そう信じて行動しないことには、何も変わらないのだから。

生徒会の人たちにも日中の行動は制限されていない。今のうちに自分にできることをやらなくちゃ。


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180 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:36:19.77 ID:Kf3Gc8gd0
____
______
________

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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『……才囚学園放送部ヨリ、夜時間ノ放送ダヨ』

モノダム『オラ一人デオ伝エスルヨ』

モノダム『モノタロウ、モノファニーハ二人デ仲良シシニ行ッチャッタカラ……』

モノダム『オラハオ留守番ナンダ』

モノダム『……』

モノダム『…………』

プツン

散々日中に足掻きはしたけど、生徒会の人たちの暴挙を抑えることは叶わず、あの屍者の書を取り戻すこともできなかった。
彼女たちは自分自身が正しいと信じて疑わない。霧子さんに完全に依存しているのだから、霧子さんが折れでもしない限りは進展はないだろう。

そんな生徒会が幅を利かせている学園なわけだけど、私はどうしても争わねばならない理由があった。
夜時間の行動の禁止、生徒会によって設けられたルールだけどこれを守っていたんじゃ樋口さんに会うことができない。
樋口さんの疑いを晴らすため、ひいてはこの学園の真実を解き明かすため。私は自分の部屋を抜け出さなくちゃいけなかった。
扉が音を立てないように、ゆっくりとドアノブを引いて、扉を開けた。

そろりそろりと抜き足差し足。階段の音も立てないように、息も荒げないで緩慢な動作で下っていく。
誰にもバレていない、そう思ったのだけど。



「にちか、ちょっと待たんね。どこに行くつもりばい?」
「ひゃうううう?!」



不意に声をかけられたことで、冷や水をぶっかけられたみたいな声が出た。
慌てて振り返ると、そこには【恋鐘さん】の姿があった。
181 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:37:21.73 ID:Kf3Gc8gd0

恋鐘「生徒会の規則では、夜時間に個室を出て行動するのは禁止になっとる。朝ちゃんと伝えたはずたい」

にちか「あ、あはは……それは、そうなんですけど……」

恋鐘「勝手なことをしたらうち以外の生徒会のみんなが黙っとらんよ」

恋鐘さんも生徒会のメンバーの一人。霧子さんに心酔している彼女に見つかったのは失態だ。
どうにか言い訳をして振り払おうと必死に思考を巡らせた。



恋鐘「にちか……なんかのっぴきならん事情でもあると?」



でも、それは徒労に終わる。

にちか「え、恋鐘さん……?」

恋鐘さんは周りをキョロキョロと見渡すと、私に近づいて、静かに耳打ちした。
182 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:38:59.54 ID:Kf3Gc8gd0

恋鐘「うちは他の生徒会のみんなとは違って……霧子の言うことになんでも従っとるわけじゃなか。うちは霧子の洗脳ば受けちょらん」

(……!!)

思わず真横の顔を見た。確かに恋鐘さんの瞳は、あの不自然な据わり方をしていない。
ちゃんと不規則な呼吸で、感情に左右されて揺れる瞳孔をしていた。私と目が合うと、恋鐘さんはウィンクをして答える。
どうやら今朝の彼女のそれは……【演技だった】らしいのだ。

にちか「え、でもなんで……?!」

恋鐘「そいはもちろん、霧子のことが心配やけん。うちは才囚学園ば来た時から霧子んことを気にかけとったけどここ数日の霧子は変たい」

恋鐘「なんだか別のもんが取り憑いたみたいに、妙に堂々としとって、怯える素振りもせん。そいが余計にうちに心配を抱かせとるばい……」

確かに、この学園で一番幽谷さんのそばにいたのは恋鐘さんだった。
明朗快活とした恋鐘さんがグイグイと幽谷さんを引っ張って勇気づける、そんな凸凹なコンビという印象があった。
そんな彼女だからこそ、灯織ちゃんと西城さんを囲い込む幽谷さんの様子に違和感を覚えたのだ。
恋鐘さんは自分の服の裾に、握り込んだ指先で大きな皺をつける。彼女なりに思うところがあるのだろう。


183 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:39:52.38 ID:Kf3Gc8gd0

恋鐘「やけん、にちかが霧子を救うための何かをするつもりならうちは外出を黙っとくよ。うちはみんなの行動をそげん縛りたくもなかもん」

にちか「……! ありがとうございます!」

恋鐘「他のみんなに見つからんように気をつけて! 霧子は学園の中で儀式の準備を進めとるし、あんまり4階には近付かんほうがよかよ」

にちか「4階ですか?」

恋鐘「うん、4階には空き教室ばあったとやろ? あの部屋を使って霧子は蘇りの儀式をするつもりみたいばい」

(わざわざ4階で……? あの本を読むことはできなかったけど、何か条件でもあるのかな……)

にちか「多分大丈夫だと思います。私の用事は地下の図書室なので」

恋鐘「そいならよか! ……あっ、でも図書室に行く時は直接階段を降りていくようにせんばね! 女子トイレには樹里は監視についとるはずたい」

にちか「何から何までありがとうございます……気をつけて行ってきます!」

私は恋鐘さんにぺこりと頭を下げてから、図書室へと向かった。
184 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:41:45.06 ID:Kf3Gc8gd0
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【図書室】

音を立てないように慎重に図書室の扉を開けると、部屋の奥の影がゆっくりと立ち上がった。

円香「早かったね。ちゃんと出てこれたんだ」

にちか「樋口さん……恋鐘さんのおかげでなんとか出てこれました」

円香「ああ……みたいね。彼女、そんな器用なふうには見えないのに健気なこと」

にちか「あはは……そうですね!」

私は樋口さんの隣に腰掛けて、昼間に会ったことを一通り伝えた。
個室を出る際に恋鐘さんからある程度事情は聞いていたらしく、生徒会の一件も滞りなく伝えることができた。

樋口さんは何度か浅倉さんのことを詳細に尋ねてきた。
恋鐘さんのような立ち回りが浅倉さんには期待できそうもないことを伝えると、さすがに少ししょげた様子だった。
二人は幼馴染なのだ。そんな大切な存在が洗脳されたとあっては、たまったものではないだろう。
185 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:43:46.55 ID:Kf3Gc8gd0

円香「こっちの方は少しだけ収穫があったよ。国内の鉄鋼業についてまとめた文献があったから、昼間はそれを読んでいたんだけど……岩菱鉄工の近年の業績についての記述があった」

にちか「……! 何か分かりました?!」

円香「うん、あんたの言ってた通り……岩菱は半導体メーカーとの共同開発に最近は注力してたみたい。人命救護の分野……危険地帯や紛争地域へのロボットでの介入とか」

にちか「あー、ニュースでよく見るやつ」



円香「中でも岩菱鉄工が注目されていたのは【シェルター開発】の分野らしい」



にちか「シェルター……?」

円香「そう、要は隔離施設。紛争や自然災害から守るための設備の開発で岩菱は他の企業よりも先を行ってたみたい」
186 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:44:55.80 ID:Kf3Gc8gd0

円香「実際、開発したシェルターがNPO法人に採用されたおかげでアフリカの紛争地域で多くの人の命を救ったみたい……ほら、これ見てみな」

にちか「本当ですね……他の企業にはない独自開発の耐衝設計って書いてます」

円香「それともう一つ。今後はそのシェルター開発の技術を利用してスペースコロニーの分野の進出する目論見だとか」

にちか「す、スペースコロニー? って宇宙に移住するみたいな話のそれですよね……?」

円香「そう、岩菱が家電の部品とかの開発もしてるのは知ってるでしょ? その応用らしくて、独自技術の空気清浄機……酸素を自動生成して人が居住可能な空間を作る技術を開発してるみたい」

円香「流石に専門的な話は分からないから、概要だけだけど……それぐらいのことは分かった」

にちか「なるほど……ありがとうございます」

なんとなく、薄らとだけど私たちの置かれている状況とのつながりが見えてきたような気がする。
岩菱鉄工の得意とする分野は十分私たちの状況をカバーし得る存在だ。

にちか「一応確認しておくんですけど、樋口さんのお父さんは岩菱鉄鋼の社員さんとかじゃないですよね?」

円香「多分ね。そこの記憶も朧げになっているから断言はできないけど……なんとなく、そういう分野ではなかった気がする」

(だとすると……樋口さんの部屋にあったあの書類や設計図は岩菱鉄工から樋口さんのお父さんの組織宛に送られたものなのかな)

187 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:46:13.74 ID:Kf3Gc8gd0


円香「それともう一つ……これに関しては収穫というより、忠告なんだけど」

樋口さんはちらりと図書室に入り口を一瞥してから、私に耳打ちするようにして話した。

円香「私の才能研究教室、改めて調べたら……【ある物がなくなってる】ことに気づいたんだけど」

にちか「へ……? ある物……?」

円香「知っての通り、私の才能研究教室はやたらと物騒な物が並んでたでしょ? 手りゅう弾やらサバイバルナイフやら……そういう道具の延長線上で、妙な本があってね」

にちか「本、ですか……?」



円香「世界大戦中にある軍事帝国で実際に使われていた【マインドコントロールのやり方を記録した禁書】。あんなもの……誰かが手にしていいものじゃない」



(マ、マインドコントロール……?)


188 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:46:48.95 ID:Kf3Gc8gd0

その言葉を聞いた瞬間に、すぐにある人の顔が浮かび上がった。
ここ数日のうちに急速に持ち上げ、持て囃されるようになった奇妙な存在である幽谷さんだ。
灯織ちゃんをはじめとした面々の心酔っぷりははっきり言って異常だ。
そのすべてが、その本の存在で説明がつく。
私がわざわざ言及せずとも、樋口さんも同じところに思考は行きついている様子で、静かな怒りをその眼に携えていた。
樋口さんが幼馴染にかかった毒牙に恨みを抱かないはずがない。

円香「もちろん誰がとったのかはまだわからない。確定していない情報だから、とりあえず共有だけ」

にちか「は、はい……でも、たぶん取ったのって」

円香「この情報をどう使うのかはにちかに任せる。仲間内に共有するのも、犯人だと思う人を糾弾するのも……ね」

(……)
189 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:48:26.63 ID:Kf3Gc8gd0


円香「どうするの……これから」

にちか「えっと……どうするってのは……」

円香「才囚学園生徒会っての……野放しにしておくわけにはいかないでしょ」

にちか「まあそれはそうなんですけど……」

円香「はぁ……霧子さんは4階にいるんだっけ?」

にちか「え、ひ、樋口さん?!」

円香「ああ、あんたはついてこなくていい。というかついてこないで。生徒会に目をつけられると厄介でしょ?」

にちか「何する気なんですか樋口さん!?」

円香「とりあえずはその復活の儀式とやらを有耶無耶にさせてもらう。そんな怪しい営み、みすきすやらせるわけにはいかない。あんたもその気なんでしょ?」

にちか「いや、そうですけど……!」

円香「私ははなから疑われてて今は信頼も露ほども残ってない。せっかくなんだし使いなよ」

柔らかい物言いをしているけど、実際は行動を強制するすごみがある。
樋口さんも自分の意思をこうと決めたら、なかなか譲らないタチらしい。
私は渋々樋口さんの意思を受諾した。

円香「ありがと。それじゃ行ってくる。あんたはさっさと部屋に戻りなよ」

にちか「樋口さん……無茶だけはしちゃダメですからね」

円香「……善処する」

樋口さんの背中を見送った後、私は樋口さんが残した本を片手に自分の部屋へと戻った。

190 :本日はここまで ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/24(日) 21:49:42.26 ID:Kf3Gc8gd0
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【にちかの部屋】

寄宿舎の中から恋鐘さんの姿は無くなっていた。
生徒会のメンバーとして、幽谷さんの元に向かったのだろうか。
目溢ししてくれた恋鐘さんにはまたどこかでお礼を伝えなきゃなと思いながら、大きな欠伸。
樋口さんは今頃生徒会の人たちと接触をしている頃なのだろうか。
何も騒ぎにならなきゃいいのにな。誰も傷つくことがなければいいんだけど。
そんな能天気を眠気とないまぜにしながら瞳を閉じる。


本当に、呑気な振る舞いだったと思う。



私がこうして眠りに落ちているその間にも、着実に時計の針は【その時】に近づいて行っていたのだから。


191 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:00:16.13 ID:51ANf8D80
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【School Life Day14】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノダム『キサマラ、オハヨウ。才囚学園放送部ヨリ朝ノ放送ダヨ』

モノダム『モノタロウ、モノファニーハマダ帰ッテコナインダ。朝ニナッテモ、帰ッテコナインダ』

モノダム『二人ノ布団モ、シーツハ二人ノ影ヲ残シタママ』

モノダム『ソコニ二人ノ熱ハ宿ッテナイ。形ダケガ、ソコニ残ッテルンダ』

モノダム『オラ、コノママ一生一人ナノカナ……』

モノダム『オラガロボットナノガ、イケナカッタノカナ……』

モノダム『……』

プツン

太陽が上ったことで、ようやく大手を振って外に出ることができる。
昨晩は結局どうなったんだろうか。樋口さんは生徒会の人たちにどう接触したのか。
幽谷さんの復活の儀式の準備とやらはどうなったのか。
それらを見定めるためにも、今はとにかく朝食会に行かなくちゃ。
テキパキと準備を済ませると、私は急足で食堂へと向かった。
192 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:01:30.38 ID:51ANf8D80
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【食堂】

樹里「おう、にちか。おはよう、昨日はよく眠れたか?」

にちか「……ええ、まあ」

食堂に入るなり、西城さんが出迎える。爽やかな挨拶ではあるものの、相変わらず貼り付けたような出来すぎた笑顔を浮かべていて不気味だ。
私はおざなりな返事をすると、そそくさと真乃ちゃんの元に向かった。

にちか「うぅ……やっぱりなんか気持ち悪いよ……みんながみんなじゃないみたい」

真乃「うん……少しいつもと違う感じがするよね」

にちか「あれ……灯織ちゃんは?」

真乃「今は霧子ちゃんと一緒にいるみたい……復活の儀式、結構準備が大変みたいで手間取ってるみたいだよ」

(復活の儀式の準備は今もその最中なの……? だとしたら、樋口さんは結局昨日止めることはできなかったのかな)

あさひ「復活の儀式自体は今晩にやるつもりみたいっすよ。霧子ちゃんが言ってたっす」

凛世「今晩……夏葉さんを黄泉より呼び起こすのですね……」

(どうなんだろう、実際……そんな儀式、成功するのかな)

甜花「……」
193 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:03:17.45 ID:51ANf8D80


集まってから暫くして、幽谷さんと生徒会のメンバーが何人か食堂に重役出勤をしてきた。
幽谷さんはぺこりと会釈をすると、悠々と席についた。
彼女が座ると、ぞろぞろと残りの5人もやっと腰掛ける。異様な光景だ。

霧子「みんな、おはよう……昨日はみんなルールを守って、部屋で大人しくしてくれたんだね……」

ここでいうルールとは、夜時間の外出禁止のことだろう。
幽谷さんが私の外出に言及しないあたり、恋鐘さんはちゃんと口を噤んでくれたらしい。
思わず恋鐘さんのことを見てしまいそうになったけど、勘付かれるわけには行かない。
衝動的な反応を必死に押さえつけた。

霧子「円香ちゃんだけは……守ってくれなかったみたいだけど……昨日の朝食会に来ていなかったから、しょうがないかな……」

恋鐘「ごめん、霧子……うち、円香のことは完全に見落としとった……まさかうちが寄宿舎を見張るより前に抜け出しとるとは……」

(ああ、そういう言い訳をしたんだ……まあ、樋口さんの挙動は掴みきれない部分があったし、その誤魔化し方がベターかな)

194 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:04:17.19 ID:51ANf8D80

霧子「ううん、大丈夫……儀式の準備の邪魔をしてきたから最初は焦ったけど……話をしたら分かってくれたみたいだから……」

にちか「……え?」

樹里「どうした、にちか。急に声をあげたりして」

にちか「あ、いや……昨日、樋口さんたちに会われて……儀式のことを樋口さんは納得したんですか?」

霧子「うん。私たちが夏葉さんを甦らせようとしているって話をしたら納得して引き下がってくれたよ……?」

(嘘だ。そんなはずがない。樋口さんは昨日明らかに生徒会のことで頭に来ていた)

(理由を説かれたところで納得して引き下がるほど理性が機能していたとも思えない)

(……幽谷さんは、何か隠してないか?)

にちか「あの、樋口さんは今どこに?」

愛依「ちょい……にちかちゃん、霧子ちゃんをなんか疑ってる? 霧子ちゃんはうちらのために、円香ちゃんを説得してくれたんだよ?」

樹里「円香は元々黒幕の側の可能性が高いんだ。所在なんてどうでもいいじゃねーか」

(あー……もう、外野が邪魔くさいな!)
195 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:05:46.86 ID:51ANf8D80

霧子「円香ちゃんを放っておくわけにも行かなかったから……生徒会のみんなに協力してもらって、今は安全を確保してるよ……」



霧子「けど、安心して……ちゃんとご飯もあげてるし、お手洗いにも連れて行ってあげてるから……」



真乃「……ほわっ?!」

にちか「ちょっとそれ……どういう意味ですか?!」

樹里「身柄を抑えさせてもらった。今は甜花の才能研究教室で大人しくしてもらってるよ。あそこは鍵がないと外から開けることもできないからな」

灯織「儀式の準備の邪魔をして、屍者の書を奪おうとしてきたので已むなしです。反省していただかないと」

透「……」

(そ、そんな……ルールを押し付けてきて束縛が激しいとは思ったけど、まさか意に沿わない相手を拘束するところまで行くとは……)
196 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:07:50.37 ID:51ANf8D80

あさひ「あれ……ていうか甜花ちゃんの才能研究教室って……鍵、生徒会に明け渡したんっすか?」

甜花「あ……その、えと……」



霧子「甜花ちゃんは昨日、私たちの言葉を聞いてくれたんだ……甜花ちゃんも、眠っていた本当の自分に気付いたんだよね……?」



甜花「……うん」

凛世「甜花さんも……生徒会の意思に賛同しておられるのですか……?」

真乃「そ、そんな……」

今朝会った時から彼女の様子は変だった。
私たちの相談にも口を開かないくせに、妙に朗らかな表情をしていて、生徒会の陶酔している人たちとまるで同じだった。
甜花さんは霧子さんに呼びかけられるとスクリと立ち上がり、すぐに向こうに座ってしまった。

もう甜花さんも……生徒会側の人間らしい。
197 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:08:40.57 ID:51ANf8D80

にちか「なんで……甘奈ちゃんが甜花さんに望んだのは、そんななし崩し的な安寧じゃなかったはずですよ……?!」

甜花「違うよ……コロシアイから降りるっていうのは、思考の放棄とかじゃなくて……崇高な理念の追求だから……」

甜花「甜花は平和のために、自分にできることをしたいって……その意思に気づいたから……!」

あさひ「昨日までは普通だったのに……いつのまにかあんな洗脳されちゃってたんっすかね」

真乃「もう、生徒会の側じゃないのは……この4人だけなんだね……」

凛世「それと、身柄を抑えられている円香さんです……」

あさひ「はぁ……つまんないっすね。せっかく2回の事件が終わって、コロシアイが加速してきたところだったのに大多数がコロシアイから降りるなんて言い出したら意味ないっすよ」

霧子「みんなも、私たちに協力したいならいつでも歓迎するからね……?」

(そんなの、こっちから願い下げだよ……)

不意に恋鐘さんが目に入った。幽谷さんが言葉を並べ立てるたび、恋鐘さんは心なしか肩を落としているように見えた。
幽谷さんの変わりように心を一番痛めているのは彼女だ。

透「みんなもこっち来なって。うちらだけの平和な楽園、作っちゃお」

それと同時に、どうしても気にかかるのが浅倉さんの存在。
ただでさえ幼馴染には覆すのが困難な容疑がかかっているのに、更には自分の属している生徒会の反乱分子として身柄まで抑えられてしまっている。
それなのに、まるで表情を変える様子もなくヘラヘラとしているのがこれ以上なく不気味だった。
198 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:10:17.47 ID:51ANf8D80


食事を終えると生徒会の人たちは儀式の準備の続きをすると言ってすぐに部屋を抜け出して行ってしまった。
彼女たちの姿が見えなくなった瞬間、大きなため息をそろって吐き出した。ピント張り詰めていた緊張の糸が切れて、一気に疲れが押し寄せる。

残ったのは昨日からさらに一人減った四人。
真乃ちゃん、杜野さんは不安そうに眉をひそめ、芹沢さんは退屈に唇を尖らせた。

あさひ「3人は生徒会の説得に応じたりなんかしちゃダメっすよ? みんなが霧子ちゃんの元に下ったら、いよいよっすから」

にちか「そりゃ応じる気も、耳貸す気もないけどさ……既にこっちに行動の自由はないよ?」

真乃「儀式の邪魔をすれば、円香ちゃんみたいに捕まっちゃうんだよね……」

凛世「円香さん……コロシアイの黒幕に加担していると疑ってはおりましたが……拘束となると、流石に行き過ぎに思われます……」

あさひ「どうにかして生徒会を崩壊させられないっすかねー……」

流石の芹沢さんも、生徒会の盤石な組織体制には手を焼いている。
椅子で舟漕ぎをしながら、不満を口にした。
199 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:11:29.80 ID:51ANf8D80

にちか「儀式は今晩……止めるのなら今のうちだよね」

真乃「……こうなったら、ダメ元で説得をしてみるしかないんじゃないかな」

凛世「こちらから生徒会の元に出向くということですか……?」

真乃「うん……実力行使をしようとしても、人数の上でも体格の上でも有利を取られちゃってるから……多分難しいと思うんだよね」

真乃「それでも、交渉にならまだ応じてくれる余地はあると思う……ほら、さっき霧子ちゃんもいつでも仲間に加わるなら歓迎するって言ってたでしょ?」

にちか「会って話をすることぐらいは出来るかもしれないってこと? でも大丈夫? ミイラ取りがミイラになる……的な結末も見えるんだけど」

あさひ「うーん、この人数で一気に出向けば大丈夫なんじゃないっすか? 一度に何人も洗脳できるほど霧子ちゃんは熟練の教祖ってわけでもないっす」

あさひ「実際今洗脳されているみんなも、一人一人で順番に洗脳されていった感じっすよね? わたしたちが一気に総倒れにはならないと思うっす」

にちか「そっか……」

真乃「どうかな……一度みんなで、蘇りの儀式の準備を止めるように交渉してみない……?」
200 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:12:44.85 ID:51ANf8D80

凛世「凛世は……この学園に来た時、とても不安で……折れてしまいそうでございました」

凛世「ただでさえ見知らぬ場所で、殺生を強要され……明日は我が身と思うと、食事も喉を通らず……」

凛世「そんな中、凛世に声をかけてくださったのが樹里さんなのです……一人閉じこもることしかできなかった凛世と、目線を合わせてはにかんでくださった樹里さん……」

凛世「共に体を動かし、汗を流すことで……凛世の心を解きほぐしてくださった樹里さんが今……完全に魅入られてしまっている……」

凛世「凛世は、樹里さんを沼より引き摺り出したいです……!」


あさひ「私は純粋に、今の状況がつまらないっすから。みんな横並びで同じ考えに流されて、コロシアイの放棄なんて口にしてる生徒会は許せないっす」

あさひ「それに……わたしとよく遊んでくれる愛依ちゃんも、生徒会に入ってから最近は遊んでくれないんで」

あさひ「生徒会をぶっ壊すんだったら協力するっすよ!」


真乃「にちかちゃんは……どうかな?」


にちか「そんなの……決まってるよ」

にちか「私も生徒会をぶっ壊したい。灯織ちゃんも、西城さんも、恋鐘さんも、甜花さんも、愛依さんも、浅倉さんも……あんなのが本当の自分だなんて言わせない」

にちか「平和なんて甘言で誤魔化して自由を剥奪するような真似を……このまま黙っていられないよ!」


真乃「決まりだね……! 行こう……みんなを取り戻すために……!」

私たちは真乃ちゃんをしんがりにして、結束の形を見た。
生徒会の、一人の思想に縋り付くような緩い結束じゃない。
今の状況を打破したい、それぞれの方向に尖った信念が交差した一点で結びつく、脆くも気高く、強い結束だ。

私たちは力強く床を蹴って、その一歩を踏み出した。
201 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:16:11.34 ID:51ANf8D80
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【4階 超研究生級のストリーマーの才能研究教室】

甜花「あ、あれ……? みんな、どうしたの……?」

透「もしかして、うちらの仲間になりたいの?」

4階に上がると、廊下の各地点に見張りとして生徒会の人たちが仁王立ちしていた。
それほどまでに私たちに邪魔をされたくないということなのだろう。

にちか「ちょっと……霧子さんと話がしたいんですけど開けてもらえません?」

甜花「えと……どうしよう、儀式のお邪魔にならないかな……」

透「まだ1日がかりで時間いるらしいし……どうだろ」

恋鐘「……」

恋鐘「良かよ、うちの判断でインターホンを押しちゃる」

(恋鐘さん……!)

恋鐘「大丈夫、霧子がそげんことで怒るわけがなか。それに、にちかたちは話がしたくてここに来てくれたばい。うちらの考えを理解してもらうよかチャンスたい!」

恋鐘さんはバレないように私に向かってウインクをした。
彼女が生徒会にいてくれて良かった。今も正常な思考を保てている恋鐘さんの存在がなければ、突破口は一つとて無かったことだろう。
戸惑う二人を手で選り分けるようにしてから、恋鐘さんはインターホンを鳴らした。
202 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:17:48.53 ID:51ANf8D80

恋鐘「霧子〜! にちかたちが話があるって来てくれたばい!」

すぐに扉は開かれ、中からは幽谷さんが姿を現した。
私たちはすぐに上半身を伸ばして、部屋の中を覗き込んだ。

円香「……」

凛世「ま、円香さん……!」

樋口さんは後ろ手に拘束され、部屋の中のアルミ棚に縛り付けられていた。
足元には空になった食事のプレートが置いてある。
最低限の面倒はちゃんとみているらしいが、とても共に生存を目指す仲間にする仕打ちとは思えない。

霧子「今はまだ、円香ちゃんにもお話をしてる最中なんだ……いつかは円香ちゃんにもコロシアイから降りてもらえるように、説得を頑張ってるんだけど……」

樋口さんの瞳にはまだ、突き刺すような鋭さが残っている。
身柄は抑えられても心が折れてはいないらしい。とりあえずのところはホッと胸を撫で下ろす。

霧子「それより……お話って何かな?」

にちか「あー……それは……」

どこから切り出したものか。蘇りの儀式の中止、生徒会の解散……目指すべき目標はいくつかあるけど、この場でそう迂闊に口にしていいものか。
生徒会のメンバーが取り囲む中で、そんなことを口走れば私たちも樋口さんの二の舞になりかねない。

にちか「えっと……ですね……」

言葉を探して、視線も右往左往。真乃ちゃん、杜野さん、芹沢さんも説得の言葉自体は用意していなかったらしく、不自然な静寂が流れた。
無音の中をあてもなく彷徨っていたけど、ある一点で私の視線の旅は突然に終わる。
203 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:19:48.16 ID:51ANf8D80

それは都合のいい言葉を見つけたからではなく、むしろその対極に近い。
私たちにとって、【これ以上なく都合の悪い存在】を見つけてしまったから。

凛世「こ……これ、は……!?」

真乃「儀式の準備って……一体、何をしてるの……?」

あさひ「……すごいっすね」

みんなもそれを見つけてしまったらしく、途端に空気が変わる。
私たちが覗き込んだ部屋の中にあった異物は樋口さんだけじゃない。
そのもっと奥で私たちの方を一心に見つめるようにしているそれは……


___私たちがかつて失ってしまった仲間たちと全く同じ姿をしていた。


霧子「ああ、気づいたんだね……ふふ……」

にちか「ル、ルカさん?! めぐるちゃんに、有栖川さん……甘奈ちゃん!?」

あさひ「随分と精巧に作られた人形っすね……すごい、そっくり」

204 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:21:19.30 ID:51ANf8D80

霧子「これは甜花ちゃんのお部屋にあった3Dプリンターを借りて作ったんだ。データの準備にちょっと時間がかかったけど……」

凛世「もしや、復活の儀式とはこの人形に亡くなられた方の御霊を降ろす降霊の儀なのですか……?」

霧子「うーん……その詳細まではわからないけど、人形は必須みたいだよ……」

(まずいって……こんな人形まで用意されたら、本当に今晩儀式が執り行われてしまうんじゃ……)

にちか「あの、本当に儀式……やっちゃうんですか……? その、怖くありません……? こんな得体の知れないオカルト……」

霧子「にちかちゃんは心配してくれてるんだね……でも大丈夫。儀式の時には生徒会のみんなが付き添ってくれるから……」

(そ、そうじゃなくて……!)

透「霧子ちゃん、あと儀式には何が必要?」

円香「〜〜! 〜〜〜!!」

透「あ、樋口暴れないでって。もっと手枷をキツくしなきゃいけなくなんじゃん」

霧子「えっと……後は包丁……それに復活の時には完全な暗闇にする必要があるみたいだから……」

霧子「空き部屋にこの人形を運び込むのを手伝ってもらってもいいかな……?」

(まずい……どうにかして、止めないと……!)
205 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:22:15.41 ID:51ANf8D80

にちか「あの……幽谷さんは、もし仮に儀式が本物だったとして……それで誰かを甦らせちゃっていいんですか……?!」

にちか「そりゃ勿論私ももう一度……会いたい、話したいって思うことはありますけど……一度死んだ人間は蘇らないのがこの世のルールなんですよ!?」

にちか「この世のルールを覆しちゃった存在は……果たして私たちと一緒に過ごした仲間たちと同じ存在だって言えるんですか……?」

霧子「そっか……にちかちゃんは不安なんだね……」

にちか「は……?」

霧子「甦った人のことを、これまでと同じように愛せるかどうか自信がない……うん、その気持ちはわかるよ……」

霧子「でも……それは固定観念に縛られてる考え方なんじゃないかな……」

霧子「死んだ人が甦っちゃいけないなんてルールは本当はないんだよ……蘇りを目にすることがないから、そうだと思い込んでるだけ……」

霧子「それに、今こうして生徒会に力を貸してくれるみんなは……死んじゃったみんなともう一度話をしたいと思って力を貸してくれてるの……」

霧子「それを否定するのは、みんなの思いを勝手に否定することにはならないのかな……?」

にちか「う……そ、それは確かに……」

真乃「に、にちかちゃん……!?」

正直なところ、幽谷さんの主張には返す言葉もない。
私が蘇りの儀式に手を出したくないのは、得体の知れないオカルトで仲間の死を穢すような真似をしたくないという主観的な感情でしかない。
それこそ甜花さんのように正面から死を悼んでいる人の感情を凌ぐほどの強い情念でもない。
その思いを否定するなと言われると弱いのだ。
あっさり論破されてすごすごと引き下がる私にため息をつくと、今度は芹沢さんが前に出た。
206 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:23:51.51 ID:51ANf8D80

あさひ「わたしは蘇りの儀式自体には賛成っすよ。でも、夏葉さんを甦らせても面白くないっす。そこだけには反対っす」

凛世「あ、あさひさん……?! お話が違うのでは……?!」

あさひ「わたしははなからそのつもりっすよ。生徒会の活動には不満っすけど、甦り自体は面白そうだしやってみたいっす!」

霧子「ごめんね……でも、夏葉さんに甦ってもらうのはみんなで決めたことだから……」

あさひ「えー、甘奈ちゃんがいいっすよー!」

甜花「……!」

あさひ「甘奈ちゃんは双子の入れ替わりなんて面白いトリックをやってくれたんっすから、生き返らせたらもっと面白いトリックをまたやってくれるんじゃないっすかね!?」

霧子「やっぱり……あさひちゃんの意見は聞けないかな……ごめんね……」

(ダメだ……芹沢さんは生徒会の敵ではあるけど、そもそもこちらの味方でもない……)

善性を盾にした生徒会の思想には、あらゆる言葉が棄却されてしまう。
勇気を振り絞って結集したのに、私たちは結局無力感に打ち震える結果となってしまった。
樋口さん、恋鐘さんにそれとなく視線を送ったけど、彼女たちは静かに首を横に振るばかり。八方塞がりというやつだ。
207 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:25:10.17 ID:51ANf8D80

霧子「その……いいかな? 今晩の儀式のために準備をしなくちゃいけないから……忙しいんだ……」

遮る言葉をかけたところで意味はないんだろうな。
精神に刻まれてしまった負犬根性が、喉に蓋をした。
押し黙る私たちに小さな会釈をすると、扉は目の前で閉ざされてしまった。

透「……ん、満足した? これ以上は邪魔だから、帰った方がいいよ」

あさひ「はー、結局意味なかったっすね」

真乃「ご、ごめんね……」

凛世「いえ……致し方ありません……もはや多勢に無勢のこの状況ゆえ……」

恋鐘「……ここに来てくれて、みんなの思いはちゃんと霧子も聞き遂げてくれたばい。うちら生徒会の意思とはそぐわんかったけど、それを無碍にはせんからね」

甜花「そう、だよ……! 生徒会はみんなの味方なんだからね……!」

恋鐘さんは怪しまれないように言葉を取り繕って、私たちを励ました。
その心遣いには感謝せずにはいられない。私も気取られない範囲で、それとなく合図を送った。

真乃「……帰ろうか」

にちか「しょうがないね……」
208 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:26:29.99 ID:51ANf8D80
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【にちかの部屋】

私たちは幽谷さんの説得を諦めて、自分の部屋へと戻ってきた。
生徒会の統率具合は私たちの思っていた以上で、その中心である幽谷さんは強く、靡かない。
私たちの言葉をいくらぶつけたって、彼女自身の核があれほどまでに強固では太刀打ちできないというものだ。

刻々と時間だけが過ぎていく。
生徒会の企ては今こうしている間にも進んで行き、今晩には、儀式が執り行われてしまう。

今の私にできることは一体……何があるだろう。


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209 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:28:02.54 ID:51ANf8D80
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【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『おーい、帰ったよー! モノダムー!』

モノファニー『ごめんねモノダム! モノタロウと仲良く話してたら、話の流れでちょっと小旅行にも行こうかって話になってその足で行ってきちゃったの!』

モノタロウ『電車を乗り倒せるのも青春の特権だからね! ぶらり途中下車の旅を堪能してきちゃった!』

モノファニー『じゃーん! お土産のどこの観光地にもある城がプリントされただけのラングドシャクッキーよ!』

モノタロウ『日本全国の道の駅に売ってる海老煎餅もあるよ!』

モノタロウ『あれ……? モノダム……? モノダムがいないよ!?』

モノファニー『もしかしてアイツ……アタイたちに嫌われたと思って家出しちゃったの……!?』

モノタロウ『バカだなあモノダム! あんなのただのノリに決まってる! モノダムだってオイラたちの大切な兄弟だよ!』

モノファニー『本当、バカな子ね……アタイたちがモノダムのことを嫌いになるわけないじゃない……』

モノタロウ『本当に大切なものは、失ってから分かるものなんだね……』

プツン

(本当に大切なものは失ってから分かる……手垢のつきまくった、散々擦られまくったフレーズだな)

(でも……今の私たちはその大切なものが帰ってくるかどうかって状況なんだよね)

個室のドアに取り付けられた、覗き窓から外を見てみる。
寄宿舎の入り口の監視についているのは今晩は恋鐘さんではなく、西城さんみたいだ。
昨日の夜にような目溢しは期待できないだろう。意地でも私たちに、儀式への介入をさせる気はないみたい。
今頃4階の空き教室では幽谷さんが蘇りの儀式を執り行っているのかな。

……もし、儀式が成功することがあれば、明日の朝には有栖川さんが再び私たちの前に現れることになる。

有栖川さんは私たちのことを常に気遣って、この不安な状況の中でも私たちがパニックに陥らないように気丈な振る舞いをしてくれていた。
彼女が、そのままに帰ってくるのならこれほどまでに嬉しいことはない……とは思うけれど。

「そんなわけないって……分かってるのにな」

明日の朝には儀式の結果がわかる。
そのことが私にはたまらなく恐ろしくて、ベッドの上で何度も身を捩っているうちに夜は更けていった。

210 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:29:14.55 ID:51ANf8D80
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【School Life Day15】

【にちかの部屋】

【キーンコーンカーンコーン……】

モノタロウ『モノダムがいないとこんなにも寂しいだなんて思わなかったな……まるで家事も手につかないから、散らかりっぱなしだよ』

モノファニー『今までモノダムが皿洗いにゴミ出しに風呂掃除に部屋掃除……』

モノタロウ『洗濯に食事の準備は勿論のこと、洗車に庭の草抜きまで』

モノファニー『服のアイロンがけに更には公共料金の支払いまでついてきちゃうんだからさあ驚き!』

モノタロウ『モノダムが全部全部やってくれてたんだもんね……おーいおいおーい! モノダム、戻ってきてよー!』

モノファニー『アタイたちに堕落の限りを尽くさせてちょうだいよー!』

モノダム『モノタロウ、モノファニー……おかえり』

モノタロウ『モ、モノダム……!? 今までどこ行ってたのさ……!?』

モノダム『ソロソロ二人ガ帰ッテクルンジャナイカッテ、スーパーデ国産牛ステーキヲ自腹デ買イニイッテタンダヨ』

モノタロウ『オイラ……オイラ、そういうモノダムの健気なところが本当大好きだ!』

モノファニー『アタイもよ! モノダム、ちゃんと焼き目はミディアムでお願いね。ちょっとでも焼き過ぎたら責任持ってモノダムが食べるのよ』

モノタロウ『あと油でギトギトになったフライパンはオイラ触りたくないからちゃんと洗ってよね!』


『HAPPY END』


プツン

朝が来てしまった。
結局蘇りの儀式を食い止めるために出来ることも何もなく、部屋から出ることもなく夜を過ごした。
扉の覗き窓から見てみると、西城さんの姿はない。今頃、儀式がどうなったか4階に見にいっている頃合いだろうか。
儀式自体には反対の立場をとっているけれど、結果がどうなったのかは私も気になるところ。
自分の部屋を出るとすぐに校舎へと向かった。
211 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:30:38.22 ID:51ANf8D80
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【才囚学園校舎前】

真乃「あっ、にちかちゃん。おはよう……!」

にちか「真乃ちゃん、おはよう。昨日は眠れた?」

真乃「うん……寝るのは寝れたけど、何度か目を覚ましちゃった。儀式のことがどうしても気になってたからかな?」

にちか「だよね……私も。幽谷さんたちは儀式を実行したんだろうし、結果が気になるよね」

寄宿舎を出てすぐ鉢合わせた真乃ちゃん。
どことなく元気がなく見えるのは儀式のことがやっぱり気にかかるかららしい。
昨日の決起の際に一番意気込んでいたのも真乃ちゃんだし、儀式を防ぐことができなかった失意は彼女が一番強いだろうと思う。

あさひ「あ、にちかちゃんに真乃ちゃん! おはようっす!」

にちか「芹沢さん……おはよう、変わらず元気そうだね」

あさひ「そうっすか? それより、早く4階に行くっすよ! 霧子ちゃんたちの儀式が成功したのかどうか、すごく気になるっす!」

芹沢さんは相変わらず。
彼女にとっての行動原理は興味を引くかどうか。
死者の尊厳だとかはそもそも視界に入っていないんだろうなと思う。
雑談もそこそこに、私の袖をひいて行くので、それに引きずられるようにして私たちもついて行く。

212 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:31:49.22 ID:51ANf8D80


校舎の中はなんだかひっそりと静まり返っている。
まあ儀式のためにみんな集まっているんだろうから、低層階にいるはずもないんだけど。
誰の足音も聞こえない校舎は生気が感じられず、まるで時間が止まっているみたいだった。

にちか「芹沢さんは昨日の夜はどうしてたの? あなたなら儀式を覗きに行こうとか思いそうなものだけど」

あさひ「んー、そうしようとも思ったんすけど、寄宿舎の中に見張りがついてたじゃないっすか? 捕まって小言を言われるのも面倒だったんで、結局部屋にいたっすよ」

真乃「昨日の夜は樹里ちゃんが寄宿舎の中にいたよね……」

にちか「うん……恋鐘さんだったら、話も通じたし良かったんだけどね……」

真乃「……恋鐘ちゃん?」

にちか「あっ……やば……」

あさひ「恋鐘ちゃんは生徒会に入ってはいるけど、霧子ちゃんに洗脳されてるわけじゃないんっすよ」

あさひ「霧子ちゃんのことが心配で、近くで様子を見るために心酔してるフリをしてただけっす」

真乃「そ、そうだったの……?!」

にちか「えっ……芹沢さんも知ってたの?!」

あさひ「はいっす。ていうか恋鐘ちゃんだけ明らかに霧子ちゃんの発言に対する反応が浅かったんで、見てたら分かったっすよ」

真乃「そ、そうだったかな……?」

(流石の芹沢さんだ……洞察力が半端ない……)

213 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:32:54.63 ID:51ANf8D80


3人で話をしながら階段を登り、4階に行き着く。
確か儀式はこの階の空き部屋でやるんだったか。

真乃「……? なんだか、静かだね」

にちか「確かに……廊下に生徒会の人もいないね……儀式はこの階でやるって話だったよね?」

あさひ「……」クンクン

真乃「……あさひちゃん?」



あさひ「なんかこの階……【焦げ臭くないっすか】?」



(え……?)

芹沢さんに言われて、私も鼻をヒクヒクと動かしてにおいを嗅いだ。
確かにうっすらとだけど、煤けたような嫌な匂いがする。
しかもそれは階段を上がって左手側。ちょうど儀式の会場である空き教室の方から漂っているようだ。
214 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:34:37.80 ID:51ANf8D80

にちか「何これ……儀式がうまくいかなかったとか、そういう感じだったりする……?」

真乃「とりあえず、様子を見てみようか。覗いてみよう!」

私たちはすぐに匂いの元であろう空き教室へと向かった。
空き教室には扉はあるけれど、鍵はついていない。
私が持ち手を引けば、すんなりとその空間は私たちの前に広がり、匂いも一瞬にして私たちを包み込んだ。

にちか「うぇ……なにこれ、なんか炭っぽいというか……生臭いというか……」

真乃「あんまり嗅いだことがない匂いだね……」

あさひ「匂いの発生源は、この部屋にあるみたいっすけどよく見えないっすね」

空き教室はただでさえ薄暗かったが、今は前にのぞいた時以上だ。
日が落ちたかのように、部屋全体に影が落ちて、一寸先も見えないほどの真っ暗闇。
匂いの正体を確かめねばならないが、闇の中に踏み込むのは少し気が引けた。
そんな私たちの心中を察してのことか、妙にいいタイミングで彼が姿を現した。
215 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:36:03.72 ID:51ANf8D80

【おはっくま〜!】

モノダム「キサマラ、オ困リミタイダネ……」

にちか「あっ、君は!」

モノクマーズの中でも異質な存在。
小型のロボットのようなモノダムが姿を現した。すぐに縋るようにして飛びつく私たち。

にちか「ね、ねえ! 君ってさ、目からこう……レーザーライトみたいなの出ないの!? 暗闇でも明るくする……みたいなやつ」

モノダム「ウワァァァ……」

真乃「に、にちかちゃん落ち着いて! く、首が……凄い角度になってるよ……!」

にちか「え? あ、ご、ごめん……!」

モノダム「ソンナ乱暴ニブン回サナクテモ、元カラソノツモリダヨ。今ハ緊急事態ダカラネ」

あさひ「緊急事態……っすか」

モノダム「オラノ目ハ一瞬ニシテ500ルクスノ光デ部屋ヲ満タセル高性能ライトガ搭載サレテルンダ」

真乃「学校の教室ぐらいには明るくしてくれるんだね……」
216 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:37:17.00 ID:51ANf8D80

モノダム「ソレジャア行クヨ……覚悟ハイイ?」

生唾を一つ飲み込んで、私たちは頷いた。
それに呼応してモノダムの目は発光し、暗闇に光が降り注いだ。
すぐに闇は晴れ、そこにあるものを浮き彫りにした。

「……っ!?」

咄嗟に反応できなかった。
“ソレ”が私たちの目の前に現れることなんて想像もしていなかったから。

あまりにも唐突に私たちの前に現れたソレは、これまでに見てきたいずれよりも……



……残虐で、凄惨な見た目をしていた。


217 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:38:00.74 ID:51ANf8D80





【指の先まで焼き尽くされ、炭化したその死体はまるで枯木のようだった】





218 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:38:46.04 ID:51ANf8D80
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      CHAPTER 03

   見ていぬうちに巣食って

      非日常編




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219 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/09/25(月) 21:40:14.34 ID:51ANf8D80

事件発生でキリの良いところに行ったのでここまで。
少し間が空くと思いますが、次回捜査パートより更新します。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/25(月) 21:42:45.98 ID:ikTXFzhwO
221 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:00:39.12 ID:mZgU5BGk0

【ピンポンパンポーン……】

モノクマ『死体が発見されました! ……ってオマエラ何やってんのさ! 死者を蘇らせるんじゃなかったの? なんで死体が増えてるのさ!』

モノクマ『……まあ、ボクとしてはその方が都合もいいんだけどさ。オマエラはもったいないことをしたと思うよ』

モノクマ『とりあえず死体発見現場の4階空き教室に全員集合ね。そこでぜ〜んぶお話ししましょ』

プツン…

私たちは呆然と立ち尽くしていた。
これまでに3人の死体を私たちは目の当たりにしてきた。
包丁を腹に刺されたルカさん、頭部を殴打され血を流して息絶えるめぐるちゃんと有栖川さん。

でも、この死体に感じる悪意はそれらの比ではない。
原型が無くなるまでに損傷を受けている死体には、吐き気すら覚えた。

人が人でなくなる、そのことに対する生理的嫌悪感は私に両膝をつかせるには十分だった。
222 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:01:49.21 ID:mZgU5BGk0

真乃「……アナウンスってことは、本当に死体なんだね」

あさひ「みたいっすね。真っ黒で捻じ曲がってるし、見た目からはもはや人と言えない見た目っすけど……」

あさひ「一体これは誰なんっすかね?」

にちか「……!」

芹沢さんに言われてハッとする。
今私たちは仲間の死を知覚したが、それだけの認知に止まる。
肝心の死した仲間が何者なのかは自分の目でも分からない。
背丈や体格も、焼けこげている関係で正確な計測ができない。
こうなると、後は祈るのみ。

_____神様、灯織ちゃんじゃありませんように

誰なら死んでいいというわけではない。
だけど、綺麗事を振り翳せるような気分じゃなかった。
私にとっての『特別』が喪われてはいませんようにと何度も繰り返して心中で祈り続けてた。

そして、暫くして他の人たちが死体発見現場にやってくる。
223 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:02:29.60 ID:mZgU5BGk0

樹里「なっ……なんてザマだよ……こいつは」

愛依「真っ黒コゲ……?! こ、これマジに人なん……?!」

甜花「ひ、ひぃん……まるで誰か、わかんないや……」

透「……ちょっと直で見んのきついかもね」

灯織ちゃん以外の生徒会の人たちはすぐにやってきた。
儀式の次第が気になっていただろうし、いつでも出ていけるように準備をしていたのだろう。
でも、そこに彼女の姿はない。

円香「……なんてこと」

むしろ、拘束監禁状態にあった樋口さんの方が姿を先に現し……彼女を連れてきたのは

霧子「……また、起きちゃったんだね」

生徒会の代表である幽谷さんだった。

樹里「クソッ……こんな状態じゃまるで死体の身元が分からねえぞ」

あさひ「今ここに集まっていないのは……あと、二人っすかね」

真乃「灯織ちゃんと、凛世ちゃんだね……」

透「そのどっちかが死んじゃったんか」

円香「……」

(……お願い)

そんな不謹慎な祈りをずっと神に捧げ続けること十数分……神の宣告は突然に下ることとなる。
224 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:03:34.71 ID:mZgU5BGk0



「あ、あの……! 申し訳ありません、遅くなりました!」



勢いよく開かれた扉に目をやると、そこには息を切らしながら汗ばむ灯織ちゃんの姿があった。
私と真乃ちゃんは慌てて彼女の元へと駆け寄る。

真乃「灯織ちゃん……よかった、無事だったんだね……!」

にちか「もう、早くきてよ……! 被害者が灯織ちゃんなんじゃないかって、ちょっと心配だったんだからね……」

灯織「ごめんね二人とも……ちょっと急いでこっちに向かってる途中、気になるものがあって」

私たちに遅刻の弁解をする灯織ちゃん。
彼女も切迫していたらしく、感情的に狼狽える様は、数日前までの正常な彼女と重なった。
大丈夫、灯織ちゃんは灯織ちゃん自身にかき消されてなんかいない。

透「あ……えっと……」

円香「……やめときな、あんたが声をかけてどうにかなるもんでもない」

樹里「……そっか、やっぱそうなんだな」

私たちが嬉々として生還を讃えあうすぐ背後では肩を落とす人がいた。
この結末に失意の底に沈むもの。私たちの友の死を望み、彼女自身の友の生を望んだもの。

私たちの間にある溝は、お互いに理解していた。
これ以上言葉を交わそうとすることはなかった。

225 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:05:14.24 ID:mZgU5BGk0

【おはっくま〜〜!!!】

バビューーーン!!!

モノクマ「えー、世間には二度あることは三度あるとはよく言いますが、ここいらの寺小屋に、どこか抜けた年端もいかぬ、頭もさほどよろしくはない小娘どもが集まっておりました」

モノクマ「彼女らは既に二度も仲間を自分たちの愚かさゆえに失ってきて、その度にもう誰も失わないと胸に誓ってきたのですがさあ大変!」

モノクマ「目の前には三度目の骸が既に転がりてるときた! 三度目の正直なんて言葉に背く大嘘つきもの、友情を騙るだけ騙って実態は伴わない!」

モノクマ「そんないい加減の烙印を押されぬよう彼女たちが思いついた解決策こそが……」

モノクマ「果て? この子はどなたですかな?」

モノクマ「仏の顔は三度まで。どうやらこの仏さんの顔はわからぬということで通すようでござんすね。お後がよろしいようで……」

樹里「長々とそれっぽい口調で喋っただけだろ! 何にも落ちてねーじゃねーか!」

愛依「モノクマ……確かに顔はわかんないぐらいになってるけど、この子が誰なのかは分かってるよ。この子は凛世ちゃん……そうなんだよね?」

モノタロウ「えっ?! なんでそうなるの?!」

甜花「今この場所に集まってないのは杜野さんだけ……肉体的特徴も黒焦げじゃ分かんないけど……一人しか、候補はいないよね……?」
226 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:06:41.35 ID:mZgU5BGk0

モノファニー「うぅ……見れば見るほど今回の死体はグロいわね……どこぞのアイドルアニメの声優が焦がしたトーストみたいになってるじゃない……」

モノファニー「でろでろでろでろ……」

モノクマ「まあ一番可能性が高いのは杜野さんになるよね。なんたって今この場所にいないんだから!」

にちか「はぁ? いや、可能性も何も一択じゃないの? 何そのもったいつけた言い方……」

モノクマ「……うんうん! いいよいいよ! オマエラがそういうなら、モノクマファイルも杜野さんが被害者ってことで作らせてもらうね! ほら、モノダム任せたよ!」

モノダム「……ウン」

モノクマが手拍子すると間もなく、モノダムはその場で電子パッドをめざましい動きで操作すると、今度は人数分のモノクマファイルとして手渡してきた。
今その場で入力をしたということなのだろう。

モノダム「七草サンモ、ドウゾ」

にちか「う、うん……ありがとう」

一体何のためのパフォーマンス? 今回の被害者は現段階で自明のはずだよね?
なぜ一度確認するような真似をする必要があったの。疑問未満の違和感が脳にこびりつく。

『今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ』

ここでもだ。杜野さんを被害者と断言すればいいのに、明言を避けている。
いや……それ以外の可能性なんて絶対にないはずなのに、何のために?
ひとまず操作の指針となるのはいつもこのモノクマファイルなのだ。
情報源として受け入れておきながら、不信の目も僅かに忍ばせておくこととした。


コトダマゲット!【モノクマファイル4】
〔今回の被害者は【超研究生級の大和撫子】杜野凛世。
死体は全体に渡って激しく燃焼されており、死体の損壊は著しい。
生存者から消去法的に被害者は杜野凛世であるものと判定した。
死体発見現場は4階空き教室の中央の部屋。
死亡推定時刻は午前0時ごろ〕
227 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:07:58.48 ID:mZgU5BGk0
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モノクマ「それじゃ、後はいつも通りオマエラに任せるからね! 何か困ったことがあればモノクマーズに声をかけるように!」

あさひ「はーい!」

モノクマ「うんうん、いいお返事だね。芹沢さんとなら今回も楽しい学級裁判ができそうで何よりだ」

恋鐘「またあれをやらんとおやんのやね……」

愛依「自分たちの手でクロを解き明かす、学級裁判……」

霧子「……」

学級裁判に挑むにあたって、私にはほんの少しばかりの懸念材料があった。
私は他の人たちの前に立って、声を張り上げる。

にちか「あの、今回の事件も全員で公平な協力のもとに進めたいんですけど……いいですよね?」

真乃「にちかちゃん……? どうしたの、わざわざ声を張り上げて……」

にちか「今回はその保証がないからだよ。才囚学園生徒会、幽谷さんを中心にするこの組織が私たちを含めた上での全員の生還をちゃんと目指してくれるかどうかは信用ならないじゃない?」

霧子「……えっ!」
228 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:08:43.44 ID:mZgU5BGk0

灯織「にちか……流石にそれはちょっと心外。私たちはあくまで才囚学園にいる全員の生存と幸福を目的としてる組織なんだよ」

樹里「ああ、この捜査の中で一方に加担するなんてことはしない。誓ってもいいぜ」

透「仮に霧子ちゃんがクロなら、うちらはちゃんと霧子ちゃんを差し出すよ」

にちか「……誓いましたね? 守らなかったら100回パンチですんで」

霧子「……」

一応の合意は取れたし、そう易々と裏切りはしないだろう。
とはいえ書面で何か残るわけでも法的な拘束力があるわけでもない口約束だ。
完全に信頼をしておくわけにはいかない。
疑心暗鬼という言葉を体現したかのような状況に、我ながらため息が止まらなかった。

にちか「捜査は真乃ちゃん、二人でやろうか。信用できるのはお互いここだけでしょ?」

真乃「灯織ちゃんも……厳しいんだね」

にちか「……残念だけどね。灯織ちゃんは生徒会の中でも幽谷さんへの傾倒具合は高いから」

真乃「……」

にちか「でも、協力が全くできないわけじゃないから! ちゃんと情報の共有はするし、こちらからも聞き込んだりしよう」

真乃「うん……そうだよね……っ!」
229 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:10:08.89 ID:mZgU5BGk0
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【空き教室(中央の部屋)】

やっぱり異様な光景だ。
部屋の中央にはこれまでのどの死体とも違った様相の焼死体が鎮座し、私たちの視線を一身に集める。
そして焼死体は肉が焼き焦げたような悪臭を発している。

だが、生理的な嫌悪感もそうだけど、それと同じくらいの悪寒を感じさせているのは部屋全体のレイアウト。
杜野さんだろうと推定される焼死体を取り囲むようにして、この学園生活で命を落とした仲間たちの人形が並べられているのだ。

にちか「めぐるちゃん、有栖川さん、甘奈ちゃん……まるで焼死体を覗き込むようにして……」

真乃「3人に看取られる中で、凛世ちゃんは燃え尽きちゃったんだね……」

(死人に見られながら息絶えていく……どんな気分なんだろう)

にちか「……あれ? 人形は、【三つ】?」

真乃「ほわ……そういえば、そうだよね。亡くなったみんなを模した人形なら、ルカさんの分が見当たらないね」

にちか「なんでだ〜……? まさか仲間外れってわけじゃ……」

そう言いながら部屋を見渡すようにすると、ルカさんの人形自体は見つかった。
ただ、その状態が他の人形たちと違っていて気づかなかったのだ。

にちか「え……なにこれ、バラバラになってるんだけど」

私が拾い上げたのはルカさんの頭部。周りを常に威嚇しているようなとんがった目元はとてつもない再現度。
だけど、そのせいで首から下がないチグハグさを一層際立てるのに一役買うことになってしまっている。

真乃「なんでルカさんの人形だけこんなことに……」

まさか個人的な恨みってわけでもあるまいし……
ここに何か秘密があるのは間違いないんだろう、けど。

にちか「……」

流石に、一番近くにいた人間からすれば不快でしかないかな。

230 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:11:01.40 ID:mZgU5BGk0
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【真乃と相談】

にちか「真乃ちゃん、捜査に当たって相談に乗ってもらってもいい?」

真乃「もちろん、大丈夫だよ……! 何のお話かな?」

にちか「死体発見の時のことを改めて振り返りたいんだ。あの時、私と真乃ちゃんと芹沢さんの三人で死体を発見したよね?」

真乃「うん、確か……あさひちゃんが4階への階段を上っている最中に焦げ臭い匂いを嗅ぎ取って、それで空き教室のほうにやってきたんだよね」

にちか「他の匂いとかは何も言ってなかったよね?」

真乃「うん……私も、あさひちゃんに言われてやっと気づいたくらいだったから、特に他の匂いとかはなかったんじゃないかな」

にちか「それで、三人で部屋を覗き込んだタイミングで杜野さんの死体を発見した……ちょうどその時に死体発見アナウンスは鳴ったよね」

真乃「うん、ちょうどこの三人で見たとき、それと同時だったよ」

にちか「ってことはこの三人は容疑者から外れる……のでいいのかな」

真乃「他に前もっての目撃者がいなければ、そうなるね。でも……前回の事件のこともあるから、あんまり死体発見アナウンスを信用しすぎるのも危ないかもしれないよ」

にちか「甘奈ちゃんと甜花さんはアナウンスを利用して相互に容疑者から外しあったんだもんね」

真乃「うん、できる限りは自分たちの推理で明らかにしなくちゃ! むんっ!」

コトダマゲット!【死体発見時の状況】
〔第一発見者はにちか、真乃、あさひの三人。4階への階段を上っている最中にあさひが焦げ臭い匂いをかぎ取って死体発見に至った。ほかに異臭は誰も嗅いでいない。三人で同時に死体を目撃した時に死体発見アナウンスが鳴った〕
231 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:12:22.10 ID:mZgU5BGk0
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【死体を調べる】

……事件の当事者であり、現場に確実に残される手がかりが死体だ。
一切の妥協なく、見落としなく隅々まで調べることは最低条件なのだと、理解しているのだけど。

にちか「……ひっ!」

指で触れる、焼けこげた肌はガサガサとしていて嫌な感じがした。
体液が伝った後が、雨上がりの轍のようなジュベジュベとした感触に近いのも大きい。
人を触っているというよりは、腐葉土を練り上げて作った泥人形を触っているような、そんな感触を覚えながらで、うまいこと手が回らない。

あさひ「……にちかちゃん、何してるっすか?」

そんなこんなで死体を触ったり触らなかったりの足踏み状態を続けていると、すぐ横から芹沢さんがすり抜けて覗き込んできた。

あさひ「わたし、捜査をしたいんっすけど……捜査する気がないのなら退けて欲しいっす」

にちか「え、あ……ご、ごめん……」

芹沢さんは私をぐいと押しやると、躊躇うそぶりを微塵も見せずにベタベタと死体を触り始めた。
炭化した肌がペリペリと音を立てて、芹沢さんの手のひらにひっつく。
しばらくしてから、手をブンブンと振り回してそれを払い落とした。

232 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:14:01.03 ID:mZgU5BGk0

あさひ「来ていた衣服もほぼ原型がなくなるくらいに燃やし尽くされてるんで……何か証拠は持っていなさそうっすね。無事なのは懐に入れていた電子生徒手帳ぐらいっす」

にちか「ああ……機械系は燃えないか。中身は?」

あさひ「問題なく電源はついたっす。高熱でも壊れないんっすね」

【おはっくま〜〜〜!!!】

モノタロウ「えっへん! どうだ! すごいんだぞー! お父ちゃんが改良に改良を重ねて作り上げたモノクマーズパッドは超頑丈!」

モノダム「ゾウガ乗ッテモ大丈夫」

モノファニー「気圧差にも強いから潜水艇調査のお供にも持ってこいよ!」

モノタロウ「耐熱性も抜群だから、持ったままサウナで我慢くらべだってできるんだ!」

【ばーいくま〜〜〜!!!】

真乃「耐久性がウリになってるみたいだね……あさひちゃん、中身はどう?」

あさひ「はいっす! ちょっと待っててくださいっす」

芹沢さんは私たちの目の前で電子生徒手帳を起動する。
しばらくロードの画面があったかと思うと、無事に起動は完了し、画面上には持ち主の名前が浮かび上がる。


『ようこそ 杜野凛世さん』


真乃「やっぱり……この死体は凛世ちゃんで間違いないみたいだね」
233 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:15:50.72 ID:mZgU5BGk0

にちか「死体が最後まで持ってたんだから、間違いなさそうだね。わざわざ別人とすり替える意味もないだろうし」

あさひ「……特に私たちの持っている電子生徒手帳と違いはなさそうっす。ここに情報は何もないっすね」

しばらく指先で画面をいじった後、芹沢さんはそれを退屈そうに放った。
かと思うと、今度は死体に僅かに残った衣服と本体の隙間の部分を弄り始める。

にちか「ちょ、ちょっと……!? そんな、だ、大丈夫なのか……?!」

(なんていうか、倫理的に、常識的に……?!)

あさひ「……なんでっすか? 相手はもう死んでるんっすよ? 靴下の中に指を突っ込むんじゃないからいいじゃないっすか」

(だからなんなのその価値基準……!?)

ドン引きする私たちをよそに、しばらく芹沢さんは死体を弄ったかと思うと、突然に動きをぴたりと止めた。
そのまま死体の一部分を丁寧に撫で回すかのようにすると、顔を上げて、私たちに近くに寄るように促した。

あさひ「これ、この部分ちょっと見て欲しいんっすけど……」

にちか「うげっ、み、見るの……?」

あさひ「当たり前じゃないっすか。調査のためっすよ、嫌だとか何とか文句言ってる場合じゃないっす」

にちか「う、うう……」

覗き込んで死体のお腹の辺りを見る。
芹沢さんの手のひらの下のあたり、真っ黒な死体の肌には一点だけ、妙にさっぱりとした緑色の部分があった。
粘土が粘着して、穴に蓋をしているようで、全く色味のない空間に突然と現れた鮮やかな緑色はとても目を引いた。

あさひ「んん……っ! これ、取れないっすね。肉の中に食い込んでいる感じがするっす」

真乃「見た目と違ってガムみたいなものが引っ付いているわけじゃないんだね……?」

あさひ「そっす。見えているのは頭の部分だけ……釘みたいな感じをイメージするのが近いかもしれないっす」

(死体に撃ち込まれた釘……? しかも、お腹の部分に……?)

(それにしても見たことのない物体だ……この学園のどこにこんなものが……?)

コトダマゲット!【緑の物体】
〔凛世の死体の腹部に食い込んでいた緑色の物体。ガムが引っ付いたような見た目だが、実際のところ肉体にかなり食い込んでいるらしい〕
234 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:17:53.19 ID:mZgU5BGk0
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【死体の握り拳】

死体を全然厭わずに弄っていく芹沢さんは止まらずにどんどんと突き進んでいく。
すっかり炭化の進んでいる肉体は、人の手で動かされるたびに、おおよそ肉体がたてるものとは思えない異音を立てる。

あさひ「……硬いっすね?」

にちか「せ、芹沢さん……?」

グイグイと捜査を進めていた芹沢さんの手が止まった。
小さな両手は古木の枝のように伸びた左腕に掴みかかって、押したり引いたりをしている。

あさひ「ん〜! 手のひらを開かせたいのに、空かないんっすよ〜!」

左手はよく見ると、軽く握り込んだ形のようになっており、指と掌底の間の空間には何か銀色に輝くものが見える。
ただ、焼けこげて形が固定された骸の指先は城門のように頑丈にそれを守っているのだ。

あさひ「指が邪魔っす〜!」

にちか「……」

真乃「……」

それはわかるが、手を貸せなかった。
この死体に触れるのはやっぱりこれまでの死体のいずれとも違う。
この場に及んで積極的に関わっていくことのできない、臆病な自分がいた。
235 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:19:36.13 ID:mZgU5BGk0

あさひ「む〜……」

あさひ「よい……しょ……よい……しょ……!」


あさひ「……とれたっ!」


芹沢さんがそうして格闘すること暫く。
ようやくと言った様子で、その銀の輝きを取り出してみせた。

あさひ「二人とも、取れたっすよ!」

宝物を見つけ出した時にように、己の功績を誇るようにして芹沢さんは取り出したばかりのそれを私たちの前に差し出した。

それは不完全な筒の形をしていた。
底のない円柱は、わずかな隙間を残しており、広げれば綺麗な長方形の展開図となるだろうことが窺い知れる。
そして輝きの通りの金気。光の反射、手触り、そして基調の価値からしてもステンレスを加工したものなんだろうと思う。
236 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:20:14.21 ID:mZgU5BGk0

にちか「これ、なんだろうね……?」

真乃「何かのパーツの一部、なのかな……?」

あさひ「どこかで見たことがあるような気はするんすけど……」

にちか「杜野さんが焼かれて命を落とすその瞬間まで大事に握りしめていたものなんだよね。この物体の正体は分からないけど、杜野さんにとって……もしくは犯人にとって重要な手がかりなのは間違いないでしょ」

真乃「ダイイングメッセージみたいなものだね……っ!」

にちか「うん、そういうこと!」

よほどのことがない限り、苦しみの最中で人は無意識に手を広げてしまうはずだ。
こんな小さな一パーツを何の狙いもなく最後の最後まで握りしめていたとは思えない。

杜野さんは私たちに何かを伝えるために、これを握っていたのはまず間違いない!

コトダマゲット!【死体の握っていた金具】
〔凛世の焼死体が左手に握りしめていた金属製の何か。筒のような形状をしているが、片手に握り込めるほどに小さい。凛世のものなのか犯人のものなのかは不明〕

237 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:21:46.00 ID:mZgU5BGk0
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【死体の体勢】

真乃「……」

死体の捜査を開始したけど、真乃ちゃんは死体を前にして、ぴくりとも動かない。
神妙な面持ちで、死体を見つめている。

にちか「あの……真乃ちゃん、死体を見るのが辛いんだったら、下がってても大丈夫だよ。私が何とか頑張って見てみるから」

真乃「ほわっ……!? ご、ごめんね……! あの、そうじゃないんだ……確かに死体を見ているのは辛いけど……私は今ちょっと気になるところを見ていて……」

にちか「気になるところ……?」

真乃「うん、死体の体勢……というか姿勢、ポーズかな。なんだか変わったポーズをしているよね?」

真乃ちゃんに言われてて、死体を俯瞰的に見てみることにした。
真っ黒焦げの死体の印象に圧倒されて、それ以上の情報を受容しようともしていなかったが、
確かに彼女のいう通り、目の前の死体はこれまでと明らかに違った様相だ。
痛みに悶えで腹部を抑えるでもなく、力無く両手を垂れ下げるでもない。
まるで神に祈るかのように、母に身を委ねる胎児のように、両手足を折り曲げて小さく縮こまっているのだ。



霧子「これは死後硬直だよ……」



(ゆ、幽谷さん……?!)


238 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:22:39.27 ID:mZgU5BGk0

霧子「どの死体でも起こる現象ではあるんだけど、焼死になると他の死因よりも筋肉がより早く熱せられて固まってしまうからこんな姿勢になるんだ……」

霧子「筋肉が固まってしまうことで関節が歪曲した形で固定されちゃって、こんな風なポーズになるんだよ……」

にちか「あー、死後硬直自体は聞いたことあります。よくドラマとかで死亡推定時刻を割り出すのに使ってるやつですよね!」

霧子「うん……本来はじっくりと時間をかけていく硬直するものだから……」

真乃「そっか……それなら元々凛世ちゃんはこのポーズだったわけじゃないんだね」

(儀式の真ん中で拝むようなポーズ、すごく意味ありげだもんな。きっと真乃ちゃんはそれで気になったんだ)

(……でも、妙だな。そんなポーズをとるくらいにじっくり焼かれたんだとしたらどうして杜野さんはみを捩ったり抵抗をしたりしなかったんだろう)

(この死体は全面が熱に促されるままに捻じ曲がってる……)

(焼死なんて時間のかかるやり方なのに、犯人は拘束したりしなかったの……?)

コトダマゲット!【死体のポーズ】
〔凛世の死体は拝むように四肢を曲げた状態で発見された。霧子曰く、焼死体は死後硬直が進みやすく自然に捻じ曲がってこのポーズになった可能性が高い。凛世は焼かれている時、拘束の一切をされていなかったようだ〕
239 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:23:30.98 ID:mZgU5BGk0
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【死体の下に落ちている金具】

芹沢さんが死体を調べるために動かした後、死体がもともとあった場所に光を反射して輝くものがあった。
二本の指でつまむぐらいの大きさの小さな金属類だ。

にちか「これ、なんだろう……?」

真乃「ほわっ……なんだろうね、もともと死体の下敷きになっていたみたいだけど……」

にちか「杜野さんが焼かれた時にもこの場所にあったんだろうね。熱で変形しちゃってて、原形がなんだかよくわかんないや」

真乃「熱と体重の二つの力がかかったから、延びちゃったんだね……っ!」

杜野さんが生前に身に着けていた衣服の一部なのだろうか?
でも、装飾の少なかった杜野さんの衣服にこんな金属製の部品があっただろうか……?

とりあえず拾って持っておいたほうがよさそうかも。

コトダマゲット!【死体の下敷きになっていた金具】
〔凛世の死体の下に落ちていた金具。指でつまめるほどの小さなもので、熱と体重で変形してしまっている〕
240 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:24:47.45 ID:mZgU5BGk0
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【ルカの人形】

にちか「……」

死体の近くに転げ落ちているそれを拾い上げた。
私が抱き抱えているそれは、ただの作り物。姿が似ているだけの偽物だ。
そんなのは分かっている。分かっているけど、人の感情はそう簡単に割り切れはしないのだ。

真乃「にちかちゃん……」

ルカさんとの関わりはそう長くも、そう深いものでもない。
この学園で出会った最初の相手だから相手も目にかけてくれただけ、ほんのそれだけの関わりなのに。
私の心において今現在核となっていることを理解した上で、犯人はこうして踏み躙ったのだろうか。

……許せないかも。

にちか「ごめん、大丈夫。捜査再開、捜査再開!」

真乃「う、うん……」

一旦は憎悪を引っ込ませておいて、私は砕け散った人形を調べ始めた。

当然ながら接合部に骨や血管は見えない。表面上の見た目は完璧に模倣してあるが、それだけだ。
241 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:26:26.91 ID:mZgU5BGk0



樹里「……なんでこんな砕けちまってるんだろうな」



にちか「……!? ほ、ホントですよね……どういう意図が……」

ぬぼーっと現れた西城さんに不意をつかれた。
どこか西城さんは気が抜けたような表情で、声にも覇気がない。

樹里「どうしてこうも、同じ人間の尊厳を貶めるような真似ができるんだよ……!」

彼女もまた生徒会の毒牙にかかっていた人間。
だけど、人間として大切なものは何も落としてはいなかった。西城さんが自棄っぱちに溢した声の震えは私と何も違わない。

樹里「犯人のヤローは凛世を殺すだけじゃ飽き足らなかったのか?」

真乃「殺害にこの人形の破壊が必要だったのか、関係性が謎ですよね……」

にちか「この人形自体は樹脂製みたいですね……壊すのもそう容易ではないみたいですけど」

樹里「ほんとだ、叩くとコンコンって音が奥に響く感じがするな」

真乃「でも、樹脂だったら熱に弱いのかも……!」

樹里「んあ? 熱か……?」
242 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:27:21.26 ID:mZgU5BGk0

真乃「はい……樹脂にも種類がいっぱいあって、植物性のものなんかは耐衝性は高くても、熱には弱くてあっさり溶けちゃうみたいなことがあるってこの前テレビで見たことがあるんです……」

にちか「ふーん……」

真乃ちゃんの豆知識に生返事をしながら、バラバラになった体のパーツを裏返したり、いろんな角度が見たりしてみる。

にちか「あ……」

そこで、真乃ちゃんの話との付合が見つかった。

にちか「こ、これ……接合部! 砕けてるところの一部分は、【溶けてます】よ!」

樹里「……!? ま、マジか!」

私たちの中に筋肉ムキムキの怪力マンなんていない。
真乃ちゃんの見立て通り、犯人が熱を利用したのはまず間違い無いみたいだ。

にちか「これ、人形の素材についてちゃんと調べておいた方がいいのかも。西城さん、この人形って儀式用に幽谷さんが用意したものなんですよね?」

樹里「ああ。甜花の才能研究教室にあった3Dプリンターで全部書き出して作った人形のはずだぜ」

真乃「にちかちゃん、甜花ちゃんの才能研究教室も調べに行こう!」

にちか「だね、あの機械を私たちも触って見たほうがいいみたいだよ」

コトダマゲット!【ルカの人形】
〔死体の近くに転がっていたバラバラになったルカの人形。元々くっついていたはずの接合部には融解が揺られ、熱を与えられたものと見られる〕

243 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:28:24.74 ID:mZgU5BGk0
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【部屋の隅に落ちている紙】

部屋にある照明は壁に灯されている蝋燭だけ。
部屋全体を照らすには光量としても足りておらず、目を凝らさねば全体を見渡すことはできない。

だからきっと、見落としたのだと思う。
ちょうど陰になっているところに、二つ綴じになった小さな紙片を拾い上げる。

ゆっくりとその紙を開いてみると、ボールペン書きでこう書いてあった。

『○ 斑鳩ルカ
× 八宮めぐる × 有栖川夏葉 △ 大崎甘奈』

これは……コロシアイで命を落としてきたみんなの名前?
それに横に書いてある記号はどういう意味?
ルカさんだけ丸になっているけれど……この紙と今の状況に共通するものがあるのは偶然なんかじゃないよね……?

コトダマゲット!【空き教室の紙片】
〔儀式を行った空き教室の中に落ちていた紙片。これまでにコロシアイで命を落としてきたメンバーの名前が書いてある〕

244 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:30:09.93 ID:mZgU5BGk0
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【屍者の書】

死体の傍に落ちている本、これを見るにはこの学園生活で二度目だ。
私たちに提示された今回の動機、転校生を招き入れるための道具である屍者の書。
これを使えば今までの学園生活で犠牲になった人を復活させられるとの触れ込みだったわけだけど。

真乃「儀式は……行われたのかな?」

この部屋を取り囲むようにしている人形を見ても、儀式が実際に行われようとしたのは間違いない。
昨日の夜に話した段階でも、幽谷をはじめとした生徒会は本気だった。
儀式の次第の如何は後で幽谷さんに尋ねるとして、とりあえずはその儀式の詳細を確かめておこう。
私たちはすぐに屍者の書をひったくられたせいで満足に中身を見ることも叶わなかった。


『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』

『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を代償に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』

『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」

『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 近界を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

245 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:31:40.33 ID:mZgU5BGk0

にちか「うーわ、うさんくさ……これが蘇りの儀式?」

辟易するような嘘くささだけど、今のこの部屋の状況を思うと、実行に向けて動いていたのは間違いないだろう。
捜査のために屈んでいる私たちのことを見下ろしている人形の数々がその証明だ。

真乃「この儀式に、本当に効果はあったのかな……?」

にちか「そんなの言うまでもなくデマだとは思うけど……」

実際のところ、この学園では私たちの理解を飛び越えたような出来事が頻発しているわけで。
口ではあり得ないと繰り返すも、拭いきれない疑念があった。

真乃「それにしても、この本はどうしてここにあるんだろう?」

にちか「うん……?」

真乃「あのね、儀式は昨日生徒会のみんなが実行するはずだったでしょ?」

真乃「だとしたら、この本は本来霧子ちゃんが持っっているべきもののような気がするんだけど……」

にちか「……」

確かに言われてみれば。屍者の書は私たちの前の姿を現してからずっと、幽谷さんの手の元にあった。その幽谷さんが存命である以上、こんなところに屍者の書があるはずがないんだ。
なのに、どうしてここに落ちているの……?

コトダマゲット!【屍者の書】
〔モノクマたちに提示された今回の動機。転校生として、これまでに犠牲になった生徒たちを復活させるための儀式の工程が書いてある。

『屍者の書〜転校生を呼び込むための蘇りの手順〜』
『1.絶命してしまった仲間の依代を用意します。難しい場合は本人の死体が最も理想的ですが、姿を模して作った人形で構いません。その人形の中に魂がそのまま入るのではなく、その器を最小に本当の肉体を再臨させるのでご心配なく』
『2.復活させたい仲間の死体の胸部に刃物を突き立てます。奥深くに突き刺さるまで復活の呪文を絶えず唱えるようにしてください。
・黄泉に眠りし御霊よ 我が呼びかけに答えよ
今再び肉体を宿し 現生に縋り叫べ」
『3.刃が深くまで突き刺さったら、この蘇りの書を燃やして灰とした後に、死体に振りかけてください。
そのうえで最後の呪文を唱えてください
・理に縛られず 均衡を破りたまえ
我が心身を賭して 汝の縁を取り戻さん』

なお、なぜか屍者の書は死体の傍に落ちていた)

246 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:33:35.62 ID:mZgU5BGk0
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【床木】

愛依「ん〜……?」

死体を覗き込みながら首を捻っている愛依さん。
彼女も生徒会の人間ではあるけど、この捜査中の協力は生徒会との間で約束されている。
話を聞くくらいはしてもいいだろう。

にちか「愛依さん、どうしました? 死体を覗き込んだりして」

愛依「あ、にちかちゃん……あのさ、ちょい気になるんだけど……この死体ってマジに焼死体なんだよね?」

にちか「え? いや、どこからどう見てもそうじゃないですか。肌から肉まで真っ黒焦げ、マシュマロトーストを焦がしてたどこぞの女性声優の画像みたいですけど」

愛依「やっぱそーなんよね……でも、だとしたらこれって変じゃね……?」

にちか「……?」

愛依さんが指差して示したのは、焼死体のすぐ下。
死体がのっかかっていたせいか、幾らかの煤が付着している床木があった。
247 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:35:51.17 ID:mZgU5BGk0

にちか「てかこの部屋マジでボロッボロですね……築年数何年なんだろ」

愛依「あはは……いや、あのさ。うちが気になってんのは、そのボロい木がどうして燃えんかったのかってこと」

真乃「ほわ……! た、たしかに! これだけ死体が黒焦げになっているほど燃えたはずなのに、木造のこの部屋に損害が生じてないのはおかしいですね……」

愛依「やっぱそーだよね!? 普通延焼? とかして燃え広がらん?」

(なるほど……確かにそうだ。この部屋は至る所が剥き出しの木造だし、部屋自体にどこか乾燥した空気が満ちている)

(人を焼いて殺そうものなら、すぐにどこかに引火して全面を焼いてしまいそうなモノだ)

(だけどそうならず、この部屋で燃えているのは真っ黒こげの死体ただ一つ)

愛依「もしかして……! 燃えて黒焦げになっちゃった床板を犯人が全部張り替えたとか?!」

にちか「いや、リフォームの匠でも一晩じゃ無理ですって。空間を生かした開放感あるモダンスタイルが精一杯です」

(犯人は何らかの手段を用いて火を拡がらないようにした、もしくは……?)


248 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:37:49.58 ID:mZgU5BGk0
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【灯織に聞き込み】

灯織ちゃん……生徒会に所属してから、接触を何処か避けてしまっていた。
私の投げかけた言葉がきっかけで彼女の進んでいた道は横道にそれ、彼女は他の人以上に幽谷さんの言葉に突き動かされることになってしまった。

真乃「にちかちゃん……怖い気持ちはわかるよ。でも、灯織ちゃんは灯織ちゃん……きっと何も変わってないよ」

にちか「うぅ……真乃ちゃんはうまいこと逃げ道を塞ぐなあ」

真乃「ふふ、だってにちかちゃんのお友達だもん」

腹を括って灯織ちゃんの元へ歩いて行った。
私たちに気づいた彼女は、微笑んでこちらを見た。
その表情はごく自然で、相変わらず見惚れてしまうような美しさ。

灯織「二人とも、私に何か用? 今回の事件……あまり私も知っていることはないのだけど」

なんだか虚しいくらいに、そのままだ。
249 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:39:54.41 ID:mZgU5BGk0

にちか「ああ、うん……死体発見のタイミングでみんな集まったけど、灯織ちゃんは一人遅れてきてたよね? それってどうしたのかなと思って」

灯織「ああ、うん……えーっと……ほら、ここって学校の4階に当たるでしょ? それにこの学校は作りが特殊で階を登るのにも廊下を歩く必要があって……」

真乃「階段同士の距離が離れてることがあるよね」

灯織「その道中、気になるものを見つけたんだ」

にちか「気になるものが……?」

灯織「うん、この学園の2階。【超研究生級のドクターの才能研究教室】なんだけど」

(超研究生級のドクターの才能研究教室だって……!? それって幽谷さんの才能研究教室だよ……!?)

灯織「誰かが出入りしたのか、扉が開けっぱなしになっていた上に……何か棚が荒らされているようだったの」

真乃「ほわっ……!? ど、どうして……?!」

灯織「ごめん。中に入ってまでは見てないから、詳しい状況とかは分からないんだけど……あれは自然になったものじゃない。誰かが確実に部屋に押し入ったあとだったよ」

思えば前回の事件でも超研究生級のドクターから持ち出された気化麻酔が事件で使われた。
医療関係で人の命に関わる扱いの難しい品が揃っているという特性はあるけれど、こう立て続けに事件に関わってくるものか……?
250 : ◆vqFdMa6h2. [saga]:2023/10/07(土) 22:40:31.42 ID:mZgU5BGk0


にちか「ありがとう、捜査の合間に時間があったら見に行ってみる」

灯織「うん、私もそうするね」

真乃「……」

灯織ちゃんから聴取をし終えると、居心地の悪い間が訪れた。
どこか遠くに行ってしまった彼女に何か言葉をぶつけたい。
でもそのための言葉が見当たらない。まごつくばかりの私と真乃ちゃんを、灯織ちゃんは怪訝そうに見つめた。

灯織「二人とも大丈夫? 無理してない?」

にちか「あ、そういうんじゃないから……」

灯織「今回の事件、凄惨なものだから……別に無理して向き合う必要ないんじゃないかな」

にちか「……」



灯織「もし辛かったら霧子さんに見てもらったら? 霧子さん、メンタルのケアサポートも心得てるらしいから」

にちか「あー、もう! そういうんじゃないって言ってるでしょ!」


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