狼魔王とチビ勇者

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85 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:08:00.99 ID:08jR7xGu0

勇者「えっ」

魔王「吾がお前を……捨てると思っていたのか?」

勇者「……」

 ギシッ

魔王「勇者。なぜそう思った」

勇者「……だって……魔王がおれを拾ったのは、強い勇者にするためでしょう」

魔王「!」

勇者「弱いおれは魔王のそばにいられない。だから病気が治れば、これからもそばにいられるよね?」

魔王「……」グッ

魔王(吾は……いまほど自分を愚かだと思ったことはない)

 ガタン

勇者「魔王?」
86 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/14(木) 19:08:43.11 ID:08jR7xGu0

 スッ

魔王「吾が間違っていた。強くなくても、よいのだ」

勇者「えっ」

魔王「弱くてもいい。剣を握れずとも、病気がちでも一向に構わぬ。お前が生きていてくれさえすれば、吾はそれだけでよいのだ」

 ギュッ

魔王「すまなかった。お前を追い詰めてしまって」

勇者「……いいの? おれ弱くても……捨てられない?」ポロッ

魔王「絶対に捨てたりなどするものか。お前は吾の……世界で唯一の宝物だ」
87 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:09:37.02 ID:08jR7xGu0

──

 数日後

 魔王城 秘書室

 カリカリカリ……

秘書「はあ……」

侍女「お疲れではありませんか? まだ傷が完全に癒えていないのでしょう。無理はなさらないでください」

秘書「え?……ああ、平気平気。ちょっと考え事してたんだ。次の書類を持ってきて」

侍女「かしこまりました」クルッ スタスタ

秘書(勇者は大丈夫かな。あんまり何度も魔王様に念話をつなげるのも申し訳ないし。

勇者の熱が下がったのは知らせてくださったけど……ただ待っているのがこんなにつらいなんて)

 ホウ……

秘書「たくさん絵本を取り寄せたんだぜ、勇者。帰ってきたら魔王様と一緒にたくさん読んであげる。だから早く元気になって……」
88 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:10:49.38 ID:08jR7xGu0

 タタタッ

侍女「秘書様。城門前にお客様です。至急秘書様を呼んでほしいと。ですがフードを被っていて顔が見えないそうで……」

 ガタン!

秘書「あたしが出迎える。人払いをよろしく」


 城門前

 タタタ……

秘書(きっと魔王様だ。顔をお見せにならないなんて、なにか事情があるのかな。……まさか勇者の身になにかあったんじゃ……)

 ギイッ

秘書「お待たせしました。お帰りなさいま──!」

 フワッ……

秘書(血と死体の臭い。この臭いはよく知っている)
89 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:11:19.89 ID:08jR7xGu0

屍術師(ネクロマンサー)「お迎えに上がりましたお嬢様。お父上が──族長がお待ちです」パサッ

秘書「あんたが直接来るとはね。お得意の死体はどうした?」

屍術師「それだけ今回は緊急ということですよ」

秘書「……」

屍術師「今すぐ私と来ていただけますね」

秘書「嫌だね」
90 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:12:03.05 ID:08jR7xGu0

屍術師「おや」

秘書「あの件はあたしに一任されている。任務の途中放棄はできない」

屍術師「あの件などとぼかさずにはっきりいえばよろしい。あなたは現魔王を引きずり下ろすために侵入したスパイだと」

秘書「……」

屍術師「とはいえもはやスパイとも呼べませんか」フウ

秘書「どういう意味だ」

屍術師「お父上がなにも知らないとでも? お見通しですよ。あなたが魔王の体調不良を隠していること、この城で勇者を一匹飼っていることも!」

秘書「……!」
91 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:12:36.84 ID:08jR7xGu0

屍術師「久しぶりに娘と水入らずで話したい、と族長は仰せです」

秘書「……」ポウ…

 パリッ

秘書(くそ、魔法が封印されてる。無策でこいつに近づくんじゃなかった。これじゃ魔王様に警告できない)

屍術師「城の者には適当な口実をでっちあげてください。魔王への連絡ができないよう、あとで城の周囲に大規模な結界も展開しておきましょう」

 スッ

屍術師「ではまいりましょうか、お嬢様」ニコ
92 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:13:25.49 ID:08jR7xGu0

 真紅城(吸血一族の城)
 
 ギャアアア……

 イヤアアア……

屍術師「ああ、いいですね。今日は活きのいい血袋が入荷したようです」スタスタ

秘書(幼いころ、あたしは常に耳をふさいでいた。人間の悲鳴を聞きたくなかったから。

あたしたち吸血鬼は月に一度、少量の血液を摂取すれば十分生きられる。なのにこの城では毎日浴びるように血を飲んでいる。そんな必要はどこにもないのに)
93 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:14:14.96 ID:08jR7xGu0

 コンコン

屍術師「陛下、お嬢様がお帰りです」

──入りなさい──

屍術師「失礼します」ギイッ

 城主の部屋
 
屍術師「では、私は別の仕事がありますので」スタスタ

秘書「……」ギュッ

秘書(白い肌、長い白髪、そして真紅の眼。あたしも同じ特徴を受け継いでいるはずなのに、どうしてこの男はこんなに恐ろしく見えるんだろう)カタカタ

吸血族長(秘書の父)「どうした? 我が娘」スクッ

秘書「!」ビクッ
94 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:14:56.68 ID:08jR7xGu0

吸血族長「震えているのかい? かわいそうに。具合でも悪いのかな」

秘書「い、いえ……あたしは」

吸血族長「……」ギロッ

秘書「! ……わたくしは、平気ですわ」

吸血族長「ああ、ようやくかわいい声が聞けたね。おいで。お前の人形のように美しい腕で、父を抱きしめておくれ」ニッコリ

秘書「はい……お父様」

 スタスタ……ギュッ

吸血族長「よく帰ってきたね、うれしいよ。たとえ与えられた仕事を放棄した裏切り者の娘でも」
95 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:15:36.23 ID:08jR7xGu0

秘書「!」バッ

 ガシッ!

秘書「放してください……っ」

吸血族長「本気で私をあざむけるとでも? どうやらお前を買いかぶっていたようだ」ギリギリ

秘書「痛い! やめてお父様……っ」

 ブンッ

秘書「キャアッ!」ガシャン

吸血族長「私は全て知っている。魔王の体調が悪化していることも、お前がやつに恋心を抱いていることも!

野良犬に恋するなど、誇り高き吸血一族への冒涜ではないか!」
96 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:16:30.87 ID:08jR7xGu0

 ……ニコッ

吸血族長「だがそれでもお前はかわいい娘だ。私が知りたいことを教えてくれれば全てを許そう」スタスタ

 スッ

吸血族長「魔王城の玉座の秘密を、私に教えなさい」

秘書「!」

吸血族長「お前も知っての通り、魔王は玉座が選ぶ。魔力の結晶体である玉座に比べれば、魔王など実のところ飾りでしかない。

魔王を操り人間界を侵略させているのも玉座なのだ」

秘書「……」

吸血族長「玉座の意向は絶対だ。例えば玉座の間に入れるのは魔王と勇者一行のみ。それ以外は門前ではじかれる。四天王すら例外ではない。ところが」ガシッ

秘書「!」ビクッ
97 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:17:34.38 ID:08jR7xGu0

吸血族長「お前は玉座の間に入ったと聞いた。部外者であるお前が入る方法はただ一つ。玉座を解析して抜け穴を使ったに違いない」

秘書「……玉座の秘密を知って、お父様はどうするのです」

吸血族長「簡単なことだよ。私が次の魔王になる」

秘書「!」

吸血族長「犬魔王の体調不良は魔王の交代が近いことを示唆している。私ほどの大魔法使いが座れば玉座はすぐさま私を新たな魔王にするだろう。

だが万が一ということもある。私の知らない、魔王になるための未知の条件が存在するかもしれない。だから」スッ

  バシンッ

秘書「きゃあっ」
98 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:18:12.66 ID:08jR7xGu0

吸血族長「さっさと玉座の秘密を私に教えろ。さもないとその頭に入っている知識を、魔法で強引に吸い出すぞ!」

秘書「……教えません」

吸血族長「なに?」

秘書「わたくしは魔王様に忠誠を誓った。あの方を裏切るくらいなら死を選びますわ」ガタガタ

吸血族長「……」

 ニッコリ

吸血族長『千針の呪い』ギャルン
99 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:18:47.69 ID:08jR7xGu0

秘書「……っ」ズキン

 ギャリギャリギャリッ!

秘書「……っ……」ブルブル

吸血族長「ほう。悲鳴をあげないとは大したものだ。千の針が全身の血管を突き刺すような痛みだというのに。

いつまで続くか見ものだな。お前も知っての通り、私は拷問魔法が一番得意だからね」スッ

 ギャリギャリギャリ……

吸血族長「さっさと吐くがいい。玉座の秘密も、魔王と勇者がそれぞれどこにいるのかも!」

秘書「!」
100 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/14(木) 19:19:37.23 ID:08jR7xGu0

秘書(そうか……見落としていた。お父様はなんでも知ってるといったけれど、魔王様と勇者のいる正確な場所は知らないんだ。

しかも魔王様と勇者が一緒にいるとも思っていない。当然か。恐ろしい魔王が勇者を我が子のように愛しているなんて、想像もできないんだ。

あたしが拷問に耐え、記憶吸引の魔法にも耐えれば2人を守れる。たとえあたしが死ぬとしても)フフッ

吸血族長「この状況で笑うとは、あまりの痛みに狂ったか? まだまだ拷問は始まったばかりだよ」

秘書(2人が生きていてくれさえすれば、あたしは……)

 ギャリギャリギャリ……
101 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:31:42.00 ID:+ba1UoTB0

 その日の夜

 黒の森

 ガサッ

屍術師「おや、こんな山奥に死体が9つ。なんと幸先のいい」スッ

 ペロッ

屍術師「この芳醇な味……死んでからまだ4日ほどですか。実におあつらえ向きだ」スクッ

屍術師『死徒作成』ヴオン

 ズズズズ……
102 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/15(金) 18:32:55.39 ID:+ba1UoTB0

屍術師「さあ目覚めるがいい我が下僕たちよ。私のために魔王と勇者の匂いを追跡するのです」

盗賊の死体「グガ……ギシャアア……」ムクッ

 ガサガサッ

屍術師「おや?」

グリフォン「グルルル……」

屍術師「森の主が侵入者を追い払いに来ましたか」ククッ

 スッ

屍術師「死徒たちの試運転にちょうどいい。さあ皆さん武器をかまえなさい。手始めにあのグリフォンを血祭りにあげるのです!」

 ギシャアア!

屍術師(フフ……私は強い。族長は魔王を恐れているようですが、あんな野良犬のどこが怖いのか理解に苦しみますね)

 アハハハハ!
103 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/15(金) 18:33:40.89 ID:+ba1UoTB0

 次の日の朝

 医者のいる村

勇者「こっちだよー!」タタッ

村の少年「うひゃー速ぇ!」

村の少女「待てー!」

犬「ワンワンッ」

 アハハハ……

魔王「……あなたのおかげだ。感謝する」

医者「私は仕事をしただけです。今日中に発ちますか?」

魔王「ああ、日のあるうちに。……だが本当は迷っている。吾の住んでいる場所は魔界の瘴気が濃くてな。

あの子の幸せを考えれば、別の場所にあの子を預けたほうがいいのではないかと」
104 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:34:25.62 ID:+ba1UoTB0

医者「魔界熱は一度治癒すると抗体ができます。もう一度かかる可能性はほとんどないでしょう。

でも確かに、魔界の瘴気が濃い場所に住むのはおすすめできません。魔界熱だけでなく他の疾患にかかる可能性も高くなりますから」

魔王「やはりそうか。なら」

医者「ですが、それはあの子が決めることです」

魔王「! ……そうか。そうだな」

 ピチチチ……

医者「あの子は勇者ですね?」
105 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:34:55.43 ID:+ba1UoTB0

魔王「ああ」

医者「そしてあなたは人間ではない」

魔王「そうだ。怖いか」

 フフッ

医者「いいえ。最初ドアを開けたときは死ぬほど怖かったですけど、今はまったく。だって私から見たあなたたちは、ただの親子ですから」

魔王「!」

医者「お互いを心から愛している、ただの親子です」

魔王「……そうか」フッ

 パキッ

医者(あら、枝が折れる音……森の中に動物でもいるのかしら)
106 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:35:37.99 ID:+ba1UoTB0

魔王「そろそろ帰ろうと思う。世話になった。両手を出してくれるか」

医者「?」スッ

 ジャラララッ

医者「ひゅっ」

魔王「金貨100枚だ。足りるか?」

医者(こ、これだけあれば医療器具を買い足せるしベッドも増やせる。それどころか施療院の改築だって余裕で……。

いいえダメよ。100枚なんてとんでもない、早く断らなくちゃ)

魔王「足りぬか。では1000枚」
107 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:36:22.24 ID:+ba1UoTB0

医者「ひえええストーップ! 3枚! 3枚が適正価格です! こんなにあったら私堕落しちゃう!」

魔王「そうか? 吾はこれでも足りないと」

医者「これ以上誘惑しないで」ハアハア

魔王「そ、そうか……分かった」

──

屍術師(さっき走り回っていたのが勇者ですか。思っていたよりも幼いですね。

勇者を守っている、やたら体格のいい護衛が邪魔ですが……しょせんは人間、私に敵うわけもありません)

──
108 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:36:49.48 ID:+ba1UoTB0

 ザッザッザッ

魔王「勇者、近いうちあの村の近くで暮らさぬか。お前と吾と秘書の、3人で」

勇者「! 3人で、家族みたいに?」

魔王「ああ」

勇者「えへへ」

魔王「賛成か」

勇者「うん、楽しみ」ピョン

 ピチチ……

魔王「体調はもう平気か?」
109 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:38:33.63 ID:+ba1UoTB0

勇者「うん、平気。魔王も平気?」

魔王「む?」

勇者「寝ないでずっとおれのそばにいてくれたから」

魔王「当然のことだ。吾はお前の親代わりだからな」

勇者「……ねえ魔王」

魔王「ん?」

勇者「魔王は、おれの──」

 ガサガサッ
110 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:39:36.01 ID:+ba1UoTB0

仔グリフォン「キャンッ」

勇者「わっ」ドサッ

魔王「平気か?」スッ

勇者「だいじょぶ、1人で起きる」ムクッ

仔グリフォン「キャウ……ルルル……」フラッ

 ドサッ

魔王(重傷を負っているな。グリフォンの幼体に見えるが、この気配はおそらく……)

勇者「……」

魔王「治したいと思っているな?」
111 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:40:19.01 ID:+ba1UoTB0

勇者「うん。でもだめだよね。先生にも注意されたし」

魔王「いや、治してみろ」

勇者「いいの?」パッ

魔王「ただし条件がある。自らの生命力は使わずに相手の生命力を使え」

勇者「相手の?」

魔王「そうだ。相手が持っている生命力を増幅させるのだ」

勇者「できるかな……」

魔王「吾がついている」ポン

勇者「うん、やってみる」
112 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:40:53.05 ID:+ba1UoTB0

仔グリフォン「ヒュー……ヒュー」

魔王「まず相手の魂を探れ」

勇者「……見つけた」

魔王「! 早いな。魂を覆っている温かな気を感じるか? それが生命力だ」

勇者「あったかくて、ふわふわしてるやつ?」

魔王「うむ。それをギュッとしてガーッと……あーなんというか……自分の魂と同調させて、こんな風に震わせる感じで……」ブルブル

勇者「?」
113 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:41:44.35 ID:+ba1UoTB0

魔王(くっ。秘書がいれば完璧な説明をしてくれただろうに。感覚派の吾には荷が重い)

勇者「……こう?」キュッ

 ……フオオオオッ

仔グリフォン「……!」シュウウ…

魔王「おお!」

仔グリフォン「……ゴロゴロ」スッ

 ペロッ

勇者「あはは、ざらざらしてくすぐったい」

魔王(まさか一度で習得してしまうとはな)

仔グリフォン「……」

 ボワンッ
114 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:42:18.09 ID:+ba1UoTB0

グリフォン「グルル……」

勇者「わっ、おっきくなった!」

魔王「やはりか。力を取り戻したおかげで元の姿に戻ったのだろう」

グリフォン「ウルル」スリスリ

勇者「えへへ、どういたしまして」ナデナデ

グリフォン「……!」クルッ

 グルルルル……

勇者「どうしたの? そっちになにかいる?」

魔王「勇者、吾の後ろへ」スッ

 ガサガサッ
115 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:42:58.84 ID:+ba1UoTB0

盗賊頭の死体「ゥ……ガア……」

紫髪の死体「ア……ウ……」

片耳の死体「ヒギ……イ……」

魔王(あのときの盗賊共か)

 スタスタ

屍術師「はじめまして勇者。いきなりですが、私と一緒に来ていただきます」

勇者「……やだ」

屍術師「君の意見は聞いてな……おや?」
116 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:43:37.09 ID:+ba1UoTB0

グリフォン「グルルル……」

屍術師「森の主ですか。追撃が甘かったようですね。殺せと命じたはずですが」ギロリ

盗賊頭の死体「!」ビクッ

勇者「なんで」

屍術師「はい?」

勇者「なんで殺そうとしたの」

屍術師「邪魔だったからですよ。私の行く手を遮るものは誰であれ殺す。当然でしょう」

勇者「……」

屍術師「あの女が育てたにしてはずいぶん優しいですね。まあ、彼女が以前より丸くなったのは確かですが」

勇者「彼女?」

屍術師「魔王の秘書ですよ。私は昔から彼女を知っています。まあ、いまも生きているかは知りませんが」

勇者「えっ」

魔王(なに?)
117 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:44:21.25 ID:+ba1UoTB0

屍術師「彼女は実家である真紅城に囚われています。仕方ありませんね、裏切りの代償は常に重いものです」

勇者「どういうこと!? なんで秘書が」

屍術師「おしゃべりはここまでにしましょう。下僕たちに命じて体中の骨を折って差し上げます。そうすれば運びやすくなるでしょう?

もちろん声帯もつぶしますよ。耳元で泣き叫ばれたらたまりませんからね」クスクス
118 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:44:51.62 ID:+ba1UoTB0

魔王「……勇者、しばらく目を閉じていろ」

勇者「ん」スッ

屍術師「なんですか人間。私は魔王以上の実力者。あまり怒らせないほうがいいと思いますが」

魔王「なるほど、貴様は魔王より強いと」

屍術師「その通り。邪魔するならあなたから殺しますよ。私が一声命じれば、下僕たちは一瞬であなたを食い尽くすでしょう」ニヤニヤ

魔王「ふむ」

 シュンッ

魔王「声帯がないのにどうやって命じるのだ?」ポタポタ
119 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:45:21.89 ID:+ba1UoTB0

屍術師「!?──!」パクパク

魔王「それと貴様は少々うぬぼれが過ぎるようだ。魔王より強いとぬかすなら最低限相手の正体は見破れ」ポイッ

屍術師(声が……声が出ない!)パクパク

死体達「……」クンクン

 クルッ

屍術師(や、やめろ近づくな! くそ、声が出ないから命令できない!)

 ザッザッザッ

屍術師(や、やめ)

死体達「ニグ……ウマ……」ガブガブ
120 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:45:51.64 ID:+ba1UoTB0

魔王「行くぞ勇者」ヒョイ

勇者「目を開けていい?」

魔王「もうちょっと待て」

グリフォン「ルル……」スッ

魔王「お前も来るか」

グリフォン「ガウンッ」

魔王「いいだろう。遅れるなよ」
121 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:47:03.07 ID:+ba1UoTB0

 ザザザザ……

勇者「もういい?」

魔王「もういいぞ」

勇者「ふう。ねえ魔王、ゾンビを倒さなくてよかったの? 先生の村が襲われたら……」

魔王「心配ない。屍術師が死ねば奴らはすぐに機能を停止する」

勇者「そっか。……じゃあ」ギュッ

魔王「ああ。秘書を助けに行くぞ」
122 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:47:44.20 ID:+ba1UoTB0

 真紅城 地下牢

拷問官「ケヒヒ、大したやつだ。族長の拷問魔法にも記憶吸引魔法にも屈せず、一切情報を漏らさないとは」スッ

 バシャッ!

秘書「……っ」ポタポタ

拷問官「いい酒だ、傷口に沁みるだろう? ったくつまらねえ女だぜ。引き継いだ俺が拷問しても悲鳴一つあげやしねえ。さすが族長の娘ってか?」カラン

秘書「……はっ。当たり前だろ。ザコの拷問なんて……そよ風と同じだっつーの」
123 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:48:25.75 ID:+ba1UoTB0

拷問官「いうねえ。族長からはあんたの処分許可をいただいてる。情報を漏らそうが守ろうが、あんたの死は確定だ」

秘書「……だろうな」

 ジャラ……

秘書(さすがに鎖を切って逃げる体力は残っていない。けど魔王城の秘密は守ったし魔王様の居場所も漏らさなかった。勇者はきっと魔王様が守ってくださる)

 ドクドク……

秘書(あは、もう血を止める魔力すら残ってないや。あたしはここで死ぬんだ。ま、いいけどね。これで少しは魔王様の寿命も伸びる)

拷問官「……」ニヤリ

 ビリビリッ
124 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:49:13.14 ID:+ba1UoTB0

秘書「……なにすんの? 魔王様からもらった……大事な服なのに」

拷問官「ケヒヒ、拷問てのはいろんな種類がある。物理的に責める方法、精神を責める方法。

このやり方はどっちも兼ね備えてる万能な方法だ。俺もいい思いができるしな」カチャカチャ

秘書(予想通りの行動すぎて逆に笑える。なんで男ってのはみんなこうなんだろう……でも、あの方は違ったな)

 ポタポタ

秘書(そっか。魔王様はあたしを尊重してくれてたんだ。対等の存在として扱われたのは生まれて初めてだった)

拷問官「ケヒヒ」

秘書「触るな……気持ち悪ぃ……っ」

 バシンッ

秘書「……っ」ジンジン
125 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/15(金) 18:49:55.61 ID:+ba1UoTB0

拷問官「抵抗したら何度でも殴るぜ」ヒヒッ

秘書(残った生命力を魔力に変えれば、こいつを殺すことはできる。引き換えにあたしは死ぬけど。……あたしが死んだら、魔王様少しは悲しんでくれるかな。

……無理だよね。ずっとあの方を裏切ってたんだもの。あんなによくしていただいたのに、なにも返せなかった。あたしは最低の部下だ)

拷問官「観念しろぉ」グイッ

秘書(さよなら。魔王様、勇者……)ポウ…

 ……ズズン……
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/15(金) 22:45:13.08 ID:hHMVcWB3o
はよこい魔王!!
127 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/16(土) 18:44:04.59 ID:Q5lvwnQN0

拷問官「あ? 地震かあ?」

 ……ズズ……ズン……

 …………

拷問官「おさまったみてえだな。じゃ続きを──」

 バゴンッ! ガラガラ……

魔王「……」ジャリッ

拷問官「!? な、なんだてめえ!」カチャカチャ…グイッ

秘書(嘘……夢じゃ、ないんだ)

魔王「遅くなってすまない」スタスタ

拷問官「は、例え魔王だろうとこの檻は破れねえぞ。吸血一族に代々伝わる悪魔の炎で鍛えた」

 グニャリ
128 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:44:51.63 ID:Q5lvwnQN0

拷問官「最硬の金属でできて……は?」

 スタスタ……バキン!

秘書「……」フラッ

 ガシッ

魔王「これを着ろ。地下は冷える」バサッ

秘書「いけ、ません……わた……し、血だらけで汚い……です。大切なマントが……汚れ、ます」

魔王「お前を汚いと思ったことは一度もない」
129 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:45:22.88 ID:Q5lvwnQN0

拷問官(兵士はどうした? 城のなかにも外にも大勢いたはずだ。まさかこいつ1人で全員倒したってのか?)

秘書「勇者、は……」

魔王「元気になった。森で待機させている」

秘書「よかった……」

拷問官(こっちに背中を向けてるいまなら、俺でも殺せる! ……死ねやあっ!)ビュッ

魔王「……」スッ

 ピッ……ゴトン
130 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:46:19.99 ID:Q5lvwnQN0

拷問官(は? なんで急に目線が下がったんだ? あれ……あそこに転がってるの、俺の……体……)ザアアッ…

魔王「……」ポウッ

 シュウウ……

魔王「すまぬ。吾の魔法では血を止めるのが精一杯だ」

秘書「族長が……私の父が、反旗を翻しました。王位簒奪のため、魔王城に」

魔王「そうか」

秘書「すぐに向かってください。わたくしのことなど放って……」

魔王「案ずるな。奴が魔王になることは絶対にない。理由はお前も知っているだろう」

秘書「……」

魔王「いいから、いまは休め」

秘書「……はい……魔王、さま……」スウッ…
131 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:46:58.03 ID:Q5lvwnQN0

 真紅城の近く 森の中

勇者「……」コオオオ…

 シュウウ……

魔王(この短時間で秘書のケガを全て治すとは。やはり治癒魔法の才がずば抜けている)

魔王「どうだ?」

勇者「……」

魔王「勇者?」

勇者「だめなんだ、いまのおれじゃ。体の傷は治せても、魂の傷は治せない。魂の傷はすごく、すごく深くて……たぶん秘書は、今日中に……死んじゃう」ポロポロ

魔王「いや、そうはならない」

勇者「本当?」グスッ

魔王「ああ。一つだけ、秘書を救う方法がある」
132 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:50:13.28 ID:Q5lvwnQN0

 魔王城・最終四天王の間

ベテラン魔法使い『血染めの王冠』コオオ

 バシャン!

四天王・古代竜「ギシャアアア……」ドロッ

 ジュワアア……

新人勇者「やった! すごいです魔法使いさん!」

ベテラン魔法使い「いやいやとんでもない。皆さんの助けがあってこそですよ」

剣士「謙遜すんなって。このパーティで一番強いのは明らかにあんただろ」

神官「本当に助かりましたわ。昨日魔法使いが突然失踪して途方に暮れていた私たちに、あなたは手を差し伸べてくださった。

きっと女神様の思し召しですね。どうかあなたのために祈らせてください」スッ

ベテラン魔法使い「……っ」フイ

神官「魔法使いさん?」
133 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:50:58.84 ID:Q5lvwnQN0

ベテラン魔法使い「お気持ちは大変ありがたい。ですが今は魔王との決戦直前。戦いが終わったら改めて祈っていただきましょう」ニコ

神官「そ、そうですわね。やだ私ったら、時と場所をわきまえず……」カアッ

剣士「天然の神官らしいぜ」

 アハハハ……

新人勇者(本当にベテラン魔法使いさんが加入してくれて助かった。

見たこともない不気味な魔法を使うのが、少し気になるけど……)
134 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:51:55.32 ID:Q5lvwnQN0

 玉座の間 入口前

ベテラン魔法使い「では勇者どの、玉座の間への扉を開けてください」

新人勇者「はい。みんな、いよいよだね」

剣士「おう、腕がなるぜ」

神官「サポートはお任せください」

新人勇者「よし。いざ!」ギィッ

 ギイイィイ……
135 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:52:34.92 ID:Q5lvwnQN0

 玉座の間

 スタスタ……

剣士「おお、すげー豪華な内装」ポカン

神官「本当、こんなに絢爛な広間を見たのは初めてですわ。人間の王様のお城ですら、ここまで豪華な広間はなかったですもの」

新人勇者「……あれ? ベテラン魔法使いさん、どうしたんですか。広間に入る直前で止まったりして」

ベテラン魔法使い「……勇者さん。私はあなたの仲間ですよね?」
136 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:53:09.55 ID:Q5lvwnQN0

新人勇者「もちろん。頼りにしてますよ」

ベテラン魔法使い「そうですか」スッ

 スタスタ……

ベテラン魔法使い「ふふっ……ふふふ……」ブルブル

新人勇者「え? どうしたんです?」

ベテラン魔法使い「入れた! ようやく入れた! これで玉座は私のものだ。『変身解除』」シュルン
137 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:53:55.63 ID:Q5lvwnQN0

新人勇者「! 白い肌、赤い目……あんた吸血鬼か!」バッ

剣士「なんだと!?」スラッ

神官「えっ? えっ?」

吸血族長(ベテラン魔法使い)「いやいや本当に助かったよ。私一人で玉座の間に入るのは不可能だったからね。……とはいえ」シュン

 トスッ

神官「……?」クラッ

 ドサリ

剣士「神官! てめえよくも!」ビュン

吸血族長「できればこの手は使いたくなかったんだ。貴様らのような下等種族に化けるなど私の美学に反する」トスッ

剣士「がは……っ」グラッ

 ドサッ カランカランッ
138 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:54:35.75 ID:Q5lvwnQN0

勇者「神官! 剣士!」

吸血族長「虫酸が走るとはいえ玉座の間に入れたのは君たちのおかげだ。お礼をさせておくれ。『雷縛』」バリバリッ

新人勇者「……! (体が動かない!)」

吸血族長「大丈夫、君の仲間たちは殺してないよ。殺すわけがない。生きたまま啜らないと美味しくないからね」ニッコリ
139 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:55:38.56 ID:Q5lvwnQN0

──

 フキフキ

吸血族長「さてと」

 スタスタ

吸血族長(階段の上にあるのが玉座か。もっと金や宝石で装飾されているのかと思ったが、意外と簡素なのだな)

 シーン

吸血族長(ここまで玉座に近づいても魔王は出てこないか。予想はしていたが少しあっけないな。

屍術師からの報告もないし、いったい奴はどこへ行ったのやら。……いや、もうどうでもいい)

 カツン カツン

吸血族長(玉座に座った瞬間私は新たな魔王となる。そうなればこの豪奢な城は私のもの。魔王軍の全てを掌握し人間たちを滅ぼしてやる。

村を焼き国を焼き……ああ、美しい子どもは家畜用に残しておくか。新鮮な血がいつでも味わえるのは素晴らしい)クックッ

 ギシッ

吸血族長「玉座に座った。これで──」
140 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:56:12.88 ID:Q5lvwnQN0

 シーン

吸血族長「……なんだ? なぜなにも起こらない」

 スクッ

吸血族長「そんなはずはない! 私はこの世で一番の魔法使いだぞ! なにかの間違いだ。私は最強の──」ハッ

 ズズズズ……

吸血族長(この気配は)クルッ

 ザッザッザッ……

魔王「残念だが、貴様が座っても意味はない。次の魔王はすでに決まっている」
141 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:57:01.04 ID:Q5lvwnQN0

吸血族長「……これはこれは。お目にかかれて嬉しゅうございます、魔王様」スッ

吸血族長(次の魔王は決まっているだと? 馬鹿馬鹿しい。私に匹敵する強者などいるわけがない。

私が魔王になれないのは、まだ現魔王が生きているからだ。奴を殺せばすぐ玉座に認められるだろう)

吸血族長「思ったより元気そうで安心しましたよ。ところで御身の後ろに控えているのは……」

秘書「……」スッ

吸血族長「ふん、生きていたのか。馬鹿な娘だ。救い出されたのならさっさと遠くへ逃げればいいものを」
142 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:58:41.65 ID:Q5lvwnQN0

秘書「わたくしは秘書ですもの。魔王様を置いて逃げるなどありえませんわ」

吸血族長「そうか。ならばもろとも死ね。『赫酸の雨』」ポウ

 ジュワアアア……

吸血族長「この程度で死なないのは分かっている。『開闢の焔』『死神の接吻』『氷円斬』」ポウ

 ドドドド……

吸血族長『爆雷雨』

 ピシャアアアン!

吸血族長「……なるほど」
143 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 18:59:27.62 ID:Q5lvwnQN0

 ブゥウウン……

吸血族長「素晴らしい強度のバリアだ。ようやく私の教えが活きてきたかな?」

秘書「退いてください、お父様」

吸血族長「なぜ」

秘書「お父様は確実に負けます。魔王様とこちらへの攻撃は、わたくしが全て防ぐので」

吸血族長「やせ我慢はそこまでにしたらどうだ? 知っているよ。お前の命はもうすぐ尽きる。『雪華刃』」ビュン

秘書「……っ」バシン

吸血族長「私自ら念入りに魂を破壊したのだ。どれだけ外見を取り繕おうが無駄だよ。

私には見える。ドクドクと血を流す、お前のちっぽけな魂がね」スッ

 バリバリッ
144 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 19:00:26.50 ID:Q5lvwnQN0

秘書「……くっ……」

吸血族長「考えてみればお前は昔からそうだった。無能、のろま、グズ。なぜこんな出来損ないが生まれてしまったのかと毎日嘆いたよ」ビュン

 バシンッ

秘書(くそ、力んだせいで傷が開いちまった)ポタ…ポタ

魔王「……」スッ

 カツン カツン

吸血族長(! まずい、魔王が玉座に近づいてくる。玉座に座られたら魔力を回復され、さらに手に負えなくなる。早く娘の気力を折らなければ)

吸血族長「……どうせお前は誰からも愛されていない。家族はもちろん上司からもな。見ろ! お前がどれだけ苦しもうと見向きもしないではないか」
145 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/16(土) 19:01:17.80 ID:Q5lvwnQN0

秘書「当たり前ですわ。わたくしがそうするように頼んだのですもの。お父様を倒すのはわたくしです。魔王様は……わたくしを信じてくださっている」ドクドク

吸血族長「違うな。ただ利用しているだけだ。お前は駒として利用しつくされて人生を終える。無能なお前にはふさわしい最期だな」

秘書(くそ、もうすぐ魔力が尽きる……っ)

 カツン、カツン

魔王「……吾が魔王になって千年と少し経つ。多くの部下を率いた。その中でも群を抜いて優秀な者がいま、吾を守ってくれている」
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2023/09/16(土) 22:48:32.48 ID:w00WKBXlo
言ったれ魔王!!
147 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:29:38.94 ID:Ozae7iW+0

秘書「!」

魔王「無能? 出来損ない? なるほど、貴様の目にはそう見えるのか。

……ふっ」

 フハハハハ!

吸血族長「なにがおかしい!」ギャルン

 バシン!

吸血族長(くそ、すでに娘の魔力は枯渇しているはず。なぜ防がれる!?)

魔王「感謝するぞ、吸血族の長よ。貴様の目が曇っていたおかげで、吾は最高の部下を得た!」

秘書(……ああ)

 コオオオッ

秘書(魔王様の部下になれて、あたしは……幸せだ)
148 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/17(日) 19:31:10.08 ID:Ozae7iW+0

 ジジジッ……!

吸血族長(なんだ!? 魔王を覆うバリアの強度が上がっていく……!)

魔王「さっさと玉座から退け簒奪者よ」

 カツン カツン

吸血族長「近づくな! くそ……我が娘よ、なぜ父の危機だというのに味方をしない!」

秘書「……あなたはもはやわたくしの父ではない。さようなら。わたくしをこの世に生み出してくれた人」

 カツン カツン

吸血族長「来るな! 来れば……そ、そうだ! お前が育てているというあの子どもを殺──」

秘書(ああ……バカなやつ)

 ドスッ
149 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/17(日) 19:31:53.27 ID:Ozae7iW+0

吸血族長「は……?」ポタポタ

吸血族長(なんだ? 魔王の手が、私の胸に突き刺さっている?)

 ズルッ

吸血族長「か、返せ。それは私の、心臓………」フラッ

 フラフラ……

吸血族長「この世の全ては……私のものだ。世界も、この玉座も……」
 
 ギシッ

吸血族長「認めろ……認めろ認めろ認めろ! 私を魔王と認めろお!」

 ポウ……

吸血族長「! はは、やった……ぞ。これで……」
150 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:32:27.27 ID:Ozae7iW+0

玉座『強力な魔力の残滓を確認。数分で霧散すると測定。資源の有効活用のため魔力の吸収をはじめます』

吸血族長「は……?」

 ズッ……ズズズズズズ

吸血族長「ぎ……が……」シワシワ…

 ザアアアッ……

玉座『魔力の吸収が完了しました』
151 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:33:06.74 ID:Ozae7iW+0

魔王「……だからいったであろう。貴様が座っても意味はないと」

 クルッ

魔王「すまぬ、秘書。手を出さないと約束していたのに」

 コッコッコッ……

秘書「よいのです。勇者のことを口にされればわたくしだって黙っていられませんわ。……さあ魔王様、玉座で魔力の補充をなさってください」

魔王「……」

秘書「魔王様?」

魔王「秘書よ、体調はどうだ」

秘書「もちろん元気ですわ。わたくしは大丈夫……っ」クラッ
152 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:33:43.22 ID:Ozae7iW+0

 ガシッ

魔王「お前の唯一の欠点は、吾を心配させまいと嘘をつくことだ」

秘書「……少し躓いただけです。本当に元気ですわ」

魔王「……そうか」

秘書(魔王様の大きな手……あったかいな)

 スッ

秘書(ああ……離れちゃった。元気だなんていわなきゃよかった。そしたらもっと支えてくれたかも)
153 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:34:15.61 ID:Ozae7iW+0

 カタカタ

秘書(震えるなあたしの体。わかってんだよ、とっくに限界だってことは。それでも魔王様に無様な姿は見せたくない)

秘書「どうぞお座りください魔王様。ここはあなたの席です」

魔王「いいや。この玉座はもはや吾の席ではない」

秘書「え……」
154 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:35:07.78 ID:Ozae7iW+0

魔王「もっと早く王位を譲るつもりだった。だが……勇者に出会った」

秘書「……」

魔王「最初は義務感だった。だがあの子と過ごすうちに欲が出た。勇者が大人になるまで成長を見ていたい……だが叶わぬ願いだ」

秘書「おやめください……」

魔王「魔王城には強大な魔力が溜め込まれている。玉座から魔力を得ればお前の魂も癒えるだろう」

秘書「引き換えにあなたと勇者のことを忘れて?」

魔王「そうだ」

秘書「嫌です。わたくしは忘れたくない。魔王になどなりたく……ありません」ポロポロ
155 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:35:59.99 ID:Ozae7iW+0

魔王「これは……吾のわがままだ。お前には生きてほしい。例え全て忘れても勇者が思い出させてくれるだろう。

勇者は魔王と対極にいる者。あの子のおかげで、吾も魔王になる前の記憶を取り戻せたのだ」

秘書「……」

魔王「秘書」

秘書「……分かりました。それがあなたの望みならば」

魔王「感謝する」

 スッ

秘書(ごめんなさい魔王様。あたしはどうしてもあなたを死なせたくない。

ここであたしが死ねば、魔王様はあと数年生きられるはずだ。

……よかった。自害用の魔力を残しておいて)ポウ

 トスッ
156 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:38:06.38 ID:Ozae7iW+0

秘書(! 首のうしろを……っ)クラッ

 ガシッ

秘書「な、ぜ……分かっ……」ガクン

魔王「……分かるさ」

 スッ ギシッ

魔王「すまない秘書。吾はお前の死を見たくないだけなのだ」

 コオオオッ

魔王(玉座が光りはじめた。すぐに継承の儀式がはじまる)

秘書「……ぅ……」

魔王「生きろ。生きて、吾の代わりに勇者の成長を……っ」ガクン

 ガフッ ゲホッ

魔王「……そう、か。時間切れか」ボタボタ

 ズルッ

魔王(……勇者。死ぬ前に、ひと目お前の顔を……っ)ググッ
157 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:38:50.24 ID:Ozae7iW+0

 魔王城近く 森の中

 ゴゴゴ……

勇者(城が震えて、光ってる。まるで喜んでるみたい)

グリフォン「グルルル……」

勇者「大丈夫だよ。おれがついてる」ナデナデ

 タッタッタッ……

勇者「? なんだろう。なにか近づいてくる」

 ハッハッハッ……

勇者「(おっきな狼? あれは……)魔王!」タッ

 ダダッ

勇者「魔王1人? 秘書はどうし──」

魔王「……っ」グラッ

 ズズ……ン
158 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:39:18.49 ID:Ozae7iW+0

勇者「魔王!?」

魔王「安心……しろ。秘書は……無事だ。魂の傷も……癒えるだろう」

 ドクドク

勇者「す、すごい血が……待ってて、いま、いまおれが」

魔王「よい」ハアハア

勇者「えっ」

魔王「吾はすぐに死ぬ。前から決まっていたことなのだ、勇者」
159 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:40:00.08 ID:Ozae7iW+0

魔王(本当は人型になりお前を抱きしめてやりたい。だが今の吾にはその力すら……)

勇者「どういうこと!? 死ぬってなんで……」

魔王「赤子のお前と出会った日、吾はすでに限界だったのだ。魔王は千年ごとに代替わりする。あの日はちょうど千年が終わった日だった。

城に帰って死ぬつもりだった吾は、ある人間から……お前の母から赤子を託された。だからもう少しだけ生きることを決めた」ゲホ

 ガハッ

勇者「魔王……血が、血が止まらない! 待ってて、いまおれの生命力を」
160 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:40:59.18 ID:Ozae7iW+0

魔王「よい! 意味がないのだ。お前なら分かるだろう。吾はもう手遅れだ」

勇者「いやだ……いやだ、死なないで」ポロポロ

魔王「……幼いお前と過ごすうち、どんどん欲が出てきた。この子の成長を見守りたい、どんな人生を歩むのか知りたい、大人になった姿を見たい……。

いま思えばなんと身の程知らずな願いだろう。散々勇者たちを、人の子たちを殺しておいてなにをいまさら……まっとうな幸せを願うなど」ガフッ

勇者「魔王!」

 ギュッ

勇者「いやだよ、これからもおれのそばにいて。魔王と秘書とおれの三人で暮らすんだ。本当の家族みたいに」ポロポロ
161 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:41:37.22 ID:Ozae7iW+0

魔王「……頼みが、ある。秘書のことだ。彼女はもうすぐ新たな魔王となり全てを忘れるだろう。

お前が大人になったら会いに行き、正体を明かせ。そうすれば全て思い出すはずだ。吾と共にお前を育てた……日々、を……っ」ゴフッ

 ガフッ……ゴホッ!

勇者「魔王!」

魔王「……もうすぐ……魔物たちが集まってくる。吾の体を喰らいに……その前にここを……離……ガ、ウ……っ」
162 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:42:19.67 ID:Ozae7iW+0

魔王(ああ、もう人語も話せなくなったか。もっと伝えればよかった。お前を世界一愛していると。息子だと思っていると。

吾に親になる資格はない。だが、それでも……)ドクドク

 ……グルルル……

勇者「!」バッ

魔王(まずい。魔物が集まってきた。勇者、早くここから)

 スクッ

勇者「魔王は食べさせない。おれが、守る」
163 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:43:16.06 ID:Ozae7iW+0

魔王(! ……愚か、者……)ギリッ

魔物たち「グルルル……」ボタボタ

勇者「……っ」ガタガタ

魔王「……グ……オオオ──(グリフォンよ!)」

グリフォン「!」バッ

魔王「ガルル……グオオオッ(いますぐ勇者をくわえて逃げよ! 振り返るな、主人を守れ!)」

グリフォン「ガウッ」

 パクッ
164 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:44:16.97 ID:Ozae7iW+0

勇者「! いやだ、おれ魔王と離れたくない! まおー!」ポロポロ

 バサッバサッ

魔王(……健やかに育てよ、勇者)

勇者「やだ……死なないで……っ。

そばにいてよ、父ちゃんっ!」

魔王(! 

 ああ……)

魔物たち「ガルルル……」ガパア

魔王(お前に出会えて、吾は……幸せだった)

 ガブッ……ブチッ……グシャッ……

────

───

──
165 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:45:59.31 ID:Ozae7iW+0

 12年後

 医者のいる村 施療院

熱のある子ども「先生早く逃げて。魔物がそこまで来てるよ……っ」

 ピトッ

医者「……熱が高い。熱冷ましが必要ね」ゴソゴソ

肺病の少女「先生、私たちのことはいいから」ケホ

歩けない老人「そうじゃ、あんただけでも」

医者「いいえ。私は残ります」

 ──

 ギイ……バタン

医者(……なーんて、啖呵切ってみたけどさ)

 ズシン ズシン

医者(いざ魔物を目の前にしたら、やっぱり足がすくむよねえ。ああ……ぶっちゃけ逃げたい)ガタガタ

医者「……そこで止まりなさい! ここは病院です」
166 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:46:37.92 ID:Ozae7iW+0

 ズシン……ッ

悪鬼「ファッファッファ。俺様になんの関わりがある? 俺様の仕事はこの村を、人間界を、全て燃やし尽くすことだ」ボッ

 ボオオオッ!

医者「ひぃーっ」バッ

悪鬼「俺様の恐ろしさが理解できたか? ならさっさとどきな」

医者「えっ」

悪鬼「お前の肉には濃い薬の匂いが染み込んでてまったく食欲がわかねえ。見逃してやるから失せな」

悪鬼(ま、どこに逃げようと無駄だけどな。村を包囲している部下が殺すだけだ)クックッ
167 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:47:55.89 ID:Ozae7iW+0

医者「……私が逃げたあとあなたはどうするの」

悪鬼「そりゃ当然、中にいる死にかけの病人どもをむさぼり食うのさ。薬の匂いは嫌いだが死の匂いのする人間は好きだ」

医者「あなたの鼻は飾りのようね」

悪鬼「あ?」

 スクッ

医者「彼らは私が治します。だから死にません。もちろん患者を食べることも許しません。いますぐ去りなさい」

悪鬼「貴様……バカか?」

医者「バカで結構。ここで患者を見捨てたら私は二度と医者を名乗れない。病院に立ち入ることは絶対に許さ──」

 バチンッ!
168 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/17(日) 19:48:36.62 ID:Ozae7iW+0

医者「ああっ!」ドシャッ

悪鬼「気に入った。ご立派なあんたの絶望した顔が見たくなっちまった。

そこで見てろよ。俺様があんたの大事な患者たちをむさぼり食うところを」クックッ

 バキバキッ

 キャアアア……

悪鬼「ファッファッファ! 泣き叫べ人間ども!」

医者「ぐ……う……みんな……っ」ググッ

 スタスタスタ ザッ

少年「なあ、おじさん」
169 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/18(月) 19:58:34.59 ID:yaZWHEYF0

悪鬼「いいぞ、もっと絶望を、恐怖を」

少年「なあって。無視すんなよおじさん。傷つくだろー」

悪鬼「……まさかおじさんってのは俺様のことか?」クルッ

医者(あの少年は誰? あんなところにいたら殺されてしまう)

医者「君、はやく逃げなさい!」ゲホ

悪鬼「……」グルルル

少年「おじさんに聞きたいことがあるんだよ。あんた魔王軍の所属だろ? 

魔王城がどの方角にあるか教えてほしいんだ。久しぶりすぎて分かんなくなっちゃってさ」
170 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/18(月) 19:59:22.29 ID:yaZWHEYF0

悪鬼「俺様はおじさんじゃねえ……というかこの気配、貴様勇者だな」

医者「!」

再生の勇者「よく分かったな。おじさん軍のなかでも結構上のほうだったりする?」

悪鬼「勇者……勇者か。ここで貴様を殺せば俺様はさらに昇進できる。なにより真紅の魔王様がお喜びになるだろう」

 ピクッ

勇者「……魔王は元気か?」

悪鬼「ファッファッファッ。まるで友のような口をきく。安心しろ。貴様は魔王城に辿り着くことも魔王様の美しいお顔を拝謁することも叶わん。

俺様の爪に引き裂かれて肉片になるのだからな」ギラッ

勇者『爪ってどれのことだ?』

悪鬼「なにをいう。この鋭い爪が見えないの……か……」

 ボロッ
171 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 19:59:55.85 ID:yaZWHEYF0

悪鬼「は?」

悪鬼(なんだ? なぜ急に爪がボロボロに!? 直前までなんともなかったはず)

勇者「爪がないんじゃ、俺を引き裂くことはできねえな」

悪鬼「ふ……ふん、それなら鋭い牙でお前を食いちぎってやる!」ギラリ

勇者『牙なんて生えてないだろ』

悪鬼「ああ? なにをいって」スポッ

 ボトボトッ
172 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:00:24.60 ID:yaZWHEYF0

悪鬼「がっ……!? な、なんだ? 突然牙が抜けちまった!」

悪鬼(こいつなんの魔法を使った? 俺様は知らないぞ、こんな恐ろしい魔法!)

勇者「牙がないんじゃ、俺を食いちぎることはできねえな」スタスタ

悪鬼「く、来るなあっ! 今すぐ俺様の翼で貴様を吹き飛ばしてやる!」バサアッ

勇者『翼なんて見えねえけど』

 ドサドサッ
173 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:00:57.00 ID:yaZWHEYF0

悪鬼「ぎゃああああ! 俺様の、俺様の自慢の翼があああっ!」

悪鬼(くそ。こうなったら村を包囲している部下たちを呼び寄せて──)

 ザッザッザッ

悪鬼(? あれはグリフォン? なぜこんな場所に。というか……あいつがくわえているのは……)

グリフォン「……」パッ

 ボトボトボトッ

勇者「腕もそんだけ大量にあると壮観だな。全員仕留めたか?」

グリフォン「クルル!」
174 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:01:34.94 ID:yaZWHEYF0

勇者「よしよし、いい子だ」ポンポン

悪鬼(まさか……全滅……?)

勇者「……」スタスタ

悪鬼「ひいっ……ち、近づくなあっ!」ブンッ

 ザンッ ボトリ

グリフォン「!」

勇者「あちゃー、油断した」ブシュッ

悪鬼「ファッ……ファッファッファやったぞ! お前の右腕を切り落としてやっ」

 ギャルンッ

悪鬼「……へ?」
175 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:02:23.59 ID:yaZWHEYF0

医者(腕が……一瞬で生えた?)

 ガシッ

悪鬼「ひえっ」

勇者「魔王城の方角は?」

悪鬼「あ、あっち」ガタガタ

勇者「教えてくれてどうもな。お礼に……『痛みのない死をやるよ』」コオッ

悪鬼「……──」フッ

 ズズ……ン
176 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:02:53.84 ID:yaZWHEYF0

グリフォン「……」ダラダラ

勇者「喰っていいぜ。腹減ってるだろ」

グリフォン「ガウ!」

医者(彼は……本当に勇者なの? あの姿はまるで……まるで……)

 スタスタ

医者「!」

勇者「久しぶり、せんせー」

医者「……あなたは……まさ、か……」クラッ

 ガクッ
177 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:03:48.54 ID:yaZWHEYF0

──

 ポウ……

医者「ぅ……」パチッ

勇者「気がついたか? 全治2日くらいまで回復しといたぜ。全回復は俺が疲れるからな」

医者「ありがとう……そうだ、私の患者……うっ」フラッ

 ガシッ

勇者「一通り見て回ったけど、新しくケガしてる人はいなかった。みんな無事だ」

医者「そう。でも行かなくちゃ。手を貸してくれる?」

勇者「うん」

 スタ……スタ

肺病の少女「あ、先生!」
178 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:04:28.75 ID:yaZWHEYF0

熱のある子ども「大丈夫?」

医者「私は平気。みんなは?」

熱のある子ども「なんかねー、さっきより体が軽いんだ」

歩けない老人「病院の壁が一部崩れただけで、わしら患者はケガしとらん。ありがとう勇者殿。それに先生も」

医者「えっ」

熱のある子ども「見てたぜ、魔物に立ち向かうところ。すごくかっこよかった!……すぐやられちゃったけどなー」ヘヘッ

医者「もう当たり前でしょ。私はただの人間──」

 ギュッ

医者「あら、どうしたの?」
179 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:05:10.29 ID:yaZWHEYF0

肺病の少女「ただの人間なのに、先生は魔物に立ち向かってくれた。痛かったでしょう。なにもできなくて、ごめんね……」ポロポロ

医者「いいの。みんなが無事で本当に良かった」ギュッ

勇者「……」

 ──

 スタスタ……

勇者「どうしたんだ先生、こんな村の外れに連れてきて。村の復興を手伝わなくていいのか?」

医者「……あなたに聞きたいことがあるの」クルッ

勇者「うん」

医者「さっき魔物を倒したとき……失った右腕を一瞬で生やしたわね」

勇者「……」
180 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:05:53.26 ID:yaZWHEYF0

医者「あなたが強大な魔力を持っていることは、一般人の私でも分かる。でも大きな力には必ず代償があるわ。

あなたが子どものころ、治癒魔法と引き換えに病に侵されたように」

勇者「そうだな」

医者「あなたはまた、生命力を対価にしているのね」

勇者「……」フイ

 ガシッ

医者「どうして……っ。あなたの命はあなただけのものじゃない。せっかく私が魔界熱を治したのになんて、恩着せがましいことはいわないわ。

でもいまのあなたを見たらきっとお父さんは──」

勇者「やめてくれ!」
181 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:06:22.08 ID:yaZWHEYF0

医者「!」パッ

勇者「……俺、先生には感謝してる。本当だ。でもいくら先生でも、そのことには触れてほしくない」カタカタ

医者「一体……なにがあったの」

勇者「父ちゃんは、死んだ。俺のせいで、死んだんだ」
182 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:07:20.74 ID:yaZWHEYF0

 2日後

 魔王城近く 森の中

 ホー ホー

勇者(闇の中に浮かぶ魔王城。今日は新月だからなおさら恐ろしく見える)

 ブルッ

勇者(震えるな。もう決めただろ、目的を果たすって)

勇者「……」スタスタ

 ザッザッザッ

勇者「!」タタッ

 ザザザザッ

勇者「……っだああもう! ついてくんなっていったろ!」クルッ
183 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:08:05.87 ID:yaZWHEYF0

グリフォン「ガウ」フルフル

勇者「魔王は滅茶苦茶強いんだ。お前は足手まといなんだよ」

グリフォン「……」ジトー

勇者「な、なんだよ……そりゃ俺だって最強ってわけじゃないさ。目的の前に死んじまうかもしれない。……てか、たぶん確実に死ぬ」

グリフォン「グルル」

勇者「いや逃げない。決めたんだ。必ずあの人を救うって」

グリフォン「……」

勇者「分かってくれ。お前を死なせたくないんだよ」
184 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:08:53.58 ID:yaZWHEYF0

グリフォン「……」シュン

勇者「最後にあれやるか……グリフォン」

グリフォン「ガウ?」

勇者「仰向け!」ビシッ

グリフォン「ワフッ」ゴロン

 スッ

勇者「よーしよしよしよし」ワシャワシャ

グリフォン「ゴロゴロゴロ……」トローン

勇者「よしよしよし……っと。どうだ? 気持ちよかったか?」

グリフォン「ウニャーン……」

勇者「元気でな。せっかくふるさとに帰ってきたんだ。幸せに暮らせよ」スクッ

 スタスタ……

グリフォン「……キューン……」
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