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狼魔王とチビ勇者
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1 :
◆AhbsYJYbSg
[saga]:2023/09/10(日) 18:03:09.77 ID:OSEfFxB00
魔王が布をはぐと、現れたのは人間の赤子だった。
赤子はぼんやりと魔王を見つめている。魔王の姿は大人が泣きわめくほど恐ろしいはずだが、赤子におびえる様子はない。
しばらくして赤子の目がとろんと力を失った。目元を手でクシクシとこすったあと、穏やかな寝息を立て始める。
粗末な寝台には柔らかそうな藁が敷きつめられていて、赤子を優しく包み込んでいる。
赤子の正体が勇者であると、魔王にはひと目見たときから分かっていた。
勇者を眺める魔王の目にはいくつもの感情が揺れている。憎しみ、哀れみ、期待、そして──諦め。
魔王には確信があった。赤子が成長しどれだけ力をつけようと、その先には無惨に殺される運命が待っている。ならばいっそ。
魔王の大きな手がゆっくりと赤子へのびていく。
撫でるためではなく、一瞬で命を奪うために。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1694336588
2 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:07:15.27 ID:OSEfFxB00
千年前
魔王城 玉座の間
『勇者1人目』
ハア、ハア……ッ
風の勇者(なんだよ話が違うじゃねえか! 即位して間もない新人魔王だって聞いたから楽勝で倒せると思ったのに……強すぎる!)
狼牙の魔王「……」ゴゴゴ
風の勇者(人狼のくせになんだこの強さ。人狼族はもっと華奢で知能も低いはずなのにこいつは違う。
黒い毛皮の下は鋼鉄の筋肉に覆われ戦術にも無駄がない。明らかに異質だ)
魔王「戦闘中に休憩とは余裕だな勇者。それとも力を使い果たしたか?」
風の勇者「んなわけねえだろ。見せてやるよ、俺の本気をな」スッ
ダダダッ
魔王「ふはは、それでよい。もっと吾(おれ)を楽しませるがいい!」ブンッ
グシャリ
魔王「む?」
シーン
魔王「なんだもう死んだのか、つまらん。しょせん勇者など最強の魔王にかかれば赤子と同じよ!」
フハハハハ!
3 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:09:27.98 ID:OSEfFxB00
『勇者26人目』
魔弾の勇者「なんで、なんでよっ」
ドンッ ドンッ
魔弾の勇者「今までこの魔砲弾で倒せなかった敵はいないのにっ」ドンッ
バチィン!
魔弾の勇者「なんで片手一本で弾かれるのっ!」
魔王「まさかこの程度ではなかろう? 貴様の本気を見せるがいい」
魔弾の勇者「くっ……やってやる。見なさい、これが私の全身全霊!」コオオ…
ドバンッ
魔王「ふははよいぞ、そうこなくては──」
シュンッ……
魔王「む、魔砲弾が消えた?」
ザアアッ……
魔王「魔力を使い果たして体が砂になったか……興ざめだな」フウ
『勇者198人目』
剣士「なにするの勇者やめて……ぎゃっ」ブシュ
魔法使い「やめよ勇者、操られておるのか? いま助け……ぐぎ」ズバン
信念の勇者「ひひ、ひ。どうせみんな死ぬんだ。こんな強いやつに勝てるわけ、ないんだから」スッ
ザシュッ ドサリ
魔王「……仲間を殺した末の自害か。見苦しいな」
魔王(勇者はみな弱すぎる。魔王に即位して50年。強者と戦えることを期待して玉座に座ったというのに、これではなんの意味も……)
4 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:12:31.49 ID:OSEfFxB00
『勇者340人目』
聖なる勇者「くそが、こうなったら盾役につれてきた奴隷どもを囮に逃げ──ぐぎゃ」グシャッ
奴隷たち「……っ」ガタガタ
魔王「……」スッ
シッ シッ
奴隷たち「! ……っ」ダダッ
魔王「まったく……む?」
タタッ
奴隷の子供「……タスケテ、クレテ……アリガト」
タタッ
魔王「……」
『勇者571人目』
嘘つきの勇者「いいのか? 私はお前よりはるかに強い。いまのうちに降伏したほうが身のため」グシャッ
『勇者678人目』
剛拳の勇者「へへ、誰にも俺には敵わなかった。俺の拳で貴様も熟れた果実みたいにつぶしてや」グシャッ
────
───
──
『勇者15373人目』
木剣の勇者「うわっ」ドサッ
カランカランッ
木剣の勇者(くっそ、勝てる気しねえ)ギリッ
魔王「ふむ。まだ若いが見どころのある戦いぶりだった。
これまで吾に挑戦した勇者は全員殺してきたが、貴様には機会をやろう。修行を積み数年後また城へ来るがいい」
木剣の勇者「……そうやって安心させといて背後から攻撃するつもりじゃねえの?」
魔王「吾は絶対に約束を守る。さあ、行け」
5 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:14:36.45 ID:OSEfFxB00
10年後
『勇者15400人目(再戦)』
ズガアアアン!
木剣の勇者「はあっ……くそ、相変わらず強いなあんたは!」
魔王「貴様も強くなったぞ。ずいぶん修行したのではないか?」
木剣の勇者「もちろん修行もしたけど、強くなった理由はそれだけじゃない」
魔王「いったいどんな方法を使ったのだ? 古代魔法か? あるいは禁術か?」
木剣の勇者「子どもができた」
魔王「……む?」
木剣の勇者「愛する人と出会って子どもが3人産まれた。俺が強くなれたのはそのおかげだ」
魔王「ふっ」
フハハハハ!
魔王「冗談もたいがいにしろ。子どもができたから強くなっただと?」
木剣の勇者「ま、あんたには理解できないよな。でも俺が強くなったのは事実だ。そうだろ?」
ゴゴゴ……
魔王(ほう、素晴らしい闘気だ)
魔王「確かにそうだな。あまりに予想外の答えで思わず笑ってしまった。無礼だったな、許せ」
6 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:18:40.28 ID:OSEfFxB00
木剣の勇者「はは、あんたのそういうとこ嫌いじゃないぜ」
スッ
木剣の勇者「だから俺は負けるわけにいかないんだ。あんたは先代の魔王と違ってむやみに人間界を襲ったりはしないが、それでも何十年後かには俺の家族の村も侵略する。そうだろ?」
魔王「ああ」
木剣の勇者「ここで食い止める。家族の未来のために、俺を信じている全ての人のために!」ダダッ
魔王「来い! 久しぶりに全力で相手をしてやろう」フハハ
──
ドゴオオン!
魔王「どうだ勇者、吾の拳を受けてみろ!」
ドンッ ドガンッ
魔王「どうした圧倒されているのか? まだまだ貴様の実力はこんなものではなかろう」
スッ
秘書「魔王様、そろそろ」
魔王「なんだ秘書、見ての通り吾は忙しい。要件ならあとで──」
秘書「すでに死んでおります」
7 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:20:05.94 ID:OSEfFxB00
魔王「なに?」
秘書「木剣の勇者はしばらく前に死んでおります。死体はちりも残っておりません。魔王様の攻撃で蒸発しましたわ」
魔王「……」
クルッ
魔王「そうか、しょせんその程度か。誰も吾の強さには敵わぬようだ」フッ
フハハハ……ハハ……ハ……
魔王「……」
秘書「木剣の勇者の家族が住む村を、侵攻リストから外しますか?」
魔王「なにをいう。敗者に情けは無用」
秘書「失礼しました」スッ
魔王「……村をリストの最後尾に回せ。それくらいの働きはしたから、な」コホ
ゴホッ ゲホッ
8 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:21:49.95 ID:OSEfFxB00
秘書「魔王様!?」
魔王「なんでもない、平気だ」ケホ
秘書「……」
魔王「お前は仕事に戻るがいい」
秘書「かしこまりました」スッ
玉座の前
魔王「……」ギシッ
ポウ……
玉座『魔王の能力が低下しています。全盛期の約60パーセント。速やかな次代への移行を推奨』
魔王「だろうな」
魔王(結局吾は、満足のいく好敵手に出会うことなく死ぬのだろう)フウ
魔王城 秘書室
秘書「……」カキカキ
『報告書 270
狼牙の魔王はその勢い衰えることを知らず、心身ともに健康そのもの。体調不良のうわさは間違いだと思われる。
弱点はまだ見つからず。引き続き監視を継続する』
9 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:23:47.03 ID:OSEfFxB00
──
─
20年後
境界線近くの村 とある家の前
村長「もう一度聞くが、あんたの赤ん坊を差し出す気はないんだね」
ダンッ
勇者の父「くどい。我が子を敵に渡せといわれて従う親がどこにいる」
猟師「ふざけるな! 魔王軍が迫ってるんだぞ」
パン屋「この村が襲われるのはあんたの子どもが勇者のせいだ! 勇者を1人差し出せば村人全員が助かるんだよ」
そうだそうだ、子どもをよこせ!
勇者の父「ふっ。本気で魔王軍がうちの子を殺しに来たと思ってるのか」
当たり前だろ!
勇者の父「違うな。この村が選ばれたのはただの偶然だ。周りの村は以前から襲われてる。むしろ今まで見逃されてたのが奇跡だぜ」
減らず口を!
勇者の父「うわさによれば、現在の魔王は強者との正々堂々とした戦いを好むという。
そこまで戦いに飢えたやつが産まれたばかりの赤子を狙うわけがない。育つ前に麦の苗を刈り取るようなもんじゃねえか。どうせなら育ち切って穂が重く垂れてから刈るだろうよ」
農民「……一理あるな」
ざわざわ
村長「それでも我々にはこの方法しかないのだ。どうか分かってくれんか」
勇者の父「分からねえな。仮に魔王軍の目的が本当にうちの子だとする。勇者を差し出したあとやつらが素直に帰ると思うかい。
相手は血に飢えた魔族だぞ。村を蹂躙するに決まってるだろうが」
ざわざわ ざわざわ
村長「確かにわしらが助かる可能性は低いだろうな」
勇者の父「ほらな。だったら」
村長「しかしゼロではない」スッ
ドスッ
10 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:25:33.00 ID:OSEfFxB00
勇者の父「なっ」ブシュ
村長「村が助かる可能性がわずかでもあるなら、それに賭けるのが村長の仕事なのだよ」
勇者の父「……らあっ!」ブオン
バキッ
村長「がっ」ドサッ
……ガタン
勇者の父「! 出てくるんじゃねえ! いいか絶対に家のなかにいろよ!」ボタボタ
村長「……今だ、やれ……子どもを奪えぇ!」ガフッ
う……うおおおお!
勇者の父(必ず家族を守ってみせる)
勇者の父「絶対に、ここは、通さん!」ブンッ
11 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:27:15.94 ID:OSEfFxB00
数時間後
村の北門付近
ザッザッザッ
村人「逃げろ、骸骨兵(スケルトン)の大群だ!」
村人「逃げるってどこに、取り囲まれてるじゃねえか! くそ、村長が勇者を連れてくるはずじゃ──ぐふ」ドス
ギャアアア……
スケルトンキング「くひひひ、よき悲鳴じゃ。骨の髄から震えが走るわい」
スケルトンキング(にしてもあの人間、さっき勇者とかいっておったか? まあ聞き違いじゃろうな。こんな貧相な村に勇者がいるとは思えん)
骸骨兵「村のほとんどの拠点を制圧。殲滅は時間の問題かと」
スケルトンキング「生者は一匹も逃がすでない。地中の虫まで殺し尽くせ」
骸骨兵「はっ。しかしよろしいのですか? 魔王様の許可なく人間の村を襲うなど、ばれたらどんな罰を受けるか」
スケルトンキング『雷槍』ズガアアン
骸骨兵「ふぎゃあああ!」バラバラッ
スケルトンキング「愚か者。しばらく前から一切人間界を攻めなくなった臆病者を恐れる必要などないわ。わしは本来魔王がすべき義務を果たしておるだけじゃ。
ほれいつまで転がっておる。さっさと復活して指揮に戻らんかい」
カランカランッ……ピシッ
骸骨兵「あいたた。し、失礼しました」タタッ
スケルトンキング「この調子で多くの村を滅ぼせば、わしの名は各地に轟くじゃろう。死体が増えれば骸骨兵も増える。出来損ないの魔王を倒すのも時間の問題じゃ」クヒヒ
魔王「それは楽しみだな」
スケルトンキング「まったくじゃ笑いが止まらな──はっ!?」
12 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:29:03.41 ID:OSEfFxB00
魔王「では今すぐ倒してみよ。遠慮などいらぬ」
ゴゴゴゴ……
スケルトンキング「まま魔王様! なぜこのような場所に」
スッ
秘書「お控えなさい、魔王様の前です。ひざまずいてごあいさつするのが礼儀ですわ」
スケルトンキング(秘書も一緒か。人狼族の魔王と敵対する吸血族でありながら、魔王の側近になった女。
雪のように白い肌と髪、紅い宝玉のごとき瞳。秘書よりも夜伽役のほうが向いているのではないか?)クックッ
スケルトンキング「なにが魔王様じゃ。やるべき仕事もせず、勇者を倒すことにしか興味のない戦闘狂が」
秘書「あ?」ギロッ
13 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:30:06.76 ID:OSEfFxB00
スケルトンキング「ひっ」
魔王「秘書よ、そんな目をするな。こやつの主張は正しい」
秘書「魔王様! そのようなことは」
魔王「魔王の仕事は人間界を侵略し魔界の領土を広げること。それがおろそかになっているのは事実だ。スケルトンキングが反旗を翻すのも無理はない」
スケルトンキング「さすが魔王様、物分かりがよくていらっしゃる。無抵抗でわしの軍門にくだっていただけますな」
魔王「その前に質問がある。魔王にもっとも必要な資質はなんだ」
スケルトンキング「簡単なこと。あまたの生物がひれ伏す圧倒的な軍事力。これしかないじゃろう」クヒヒ
魔王「惜しいな」
スケルトンキング「なんですと?」
14 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:31:27.12 ID:OSEfFxB00
魔王「なぜ魔王が軍事力を持てるのか。それは魔王が恐れられているからだ。
なぜ恐れられているのか。それは圧倒的な強さを持つからだ。すなわち」パチン
バサアッ
魔王「魔王になりたければ誰よりも強いことを証明しろ。吾と一対一で戦え」ニッ
スケルトンキング(脳筋の発想!)
ハッ
スケルトンキング(待て、これはチャンスじゃ。魔王は肉体的には最強じゃが基本的な魔法しか使えない。
対してわしはあらゆる魔法を極めた大魔法使いじゃ。わしが使える最強の魔法をお見舞いすれば一瞬で勝負がつくじゃろう。それに)
ククッ
スケルトンキング(魔王は体調が思わしくないと聞く。魔王の位を退く日も近いとか。わしが引導を渡してやろうぞ)
スケルトンキング「後悔するなよ魔王」
魔王「試してみるがいい」スッ
15 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:33:05.24 ID:OSEfFxB00
スケルトンキング「お得意のファイティングポーズか。そんなものでわしの魔法を防げると思うな!」ギュン
ギュオオオ!
スケルトンキング「決して避けられぬ死の魔法じゃ。これで魔王の座はわしの」
魔王「しっ」シュッ
パアアアン!
スケルトンキング「は?」
スケルトンキング(え、なにが起きた? 魔王のパンチで……強化も施していない普通のパンチでわしの最強魔法が消されたように見えたが……いやいやそんなはずは)
魔王「今度は吾の番だな」
スケルトンキング(ま、まずい! ここは転移で体勢を立て直し)
シュッ
魔王「なるほどこれが貴様の核か。緑の宝玉のようだ」
スケルトンキング「!? その手に握られているのはまさかっ」バッ
スケルトンキング(ない! わしの体内にあるはずの核が!)
魔王「これを壊さないと何度も復活して面倒だからな」グ…
バキィイン
16 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:34:32.07 ID:OSEfFxB00
スケルトンキング「あ、が……」ガクッ
バラバラッ……
秘書「魔王様、スケルトンキングの消滅までしばらくかかります。最後に話をしてもよろしいでしょうか。
裏切り者とはいえ一度は同僚だった方。お別れと感謝を伝えたいのです」
魔王「構わぬぞ。吾は村にいる骸骨兵の後始末をする。終わったらお前も手伝え」クルッ
ザッザッザッ……
秘書「かしこまりました」スッ
スケルトンキング「……クッ……クヒヒ。なーにがお別れと感謝を伝えたい、じゃ。
わしの反逆をそそのかしたのは貴様の父親、吸血族の長じゃ。知らないとはいわせんぞ!」カタカタ
クスッ
秘書「……ああ。もちろん知ってるぜ」ニヤッ
スケルトンキング(被っていた化け猫を捨て、本性を現しおったか)
スケルトンキング「貴様が魔王城に侵入したのも魔王をおとしいれるためじゃろう! 魔王の勘は鋭い。気づかれていないとでも思っているのか?」
ピクッ
秘書「あの方の勘が、鋭い?」
17 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:35:51.55 ID:OSEfFxB00
フフッ……アハハハ!
秘書「もし本当に勘が鋭かったら、あたしはこんなに苦労してねえんだよ!」バンッ
スケルトンキング「!」ビクッ
秘書「どんなに好き好きアピールしても気づきもしねえ。気合い入れてセクシーな格好しても無反応! あたしはこんなに魔王様を愛してるのに! ありえねえだろうオイ!」ギラギラ
スケルトンキング「いや……知らんが……」
秘書「『お慕いしております』って何度伝えても答えは『そうか』だけ! 一体どういうことだよ。もっと大胆なアプローチをしろってことか!?」
スケルトンキング「なんというか、それは俗にいう脈がないというやつでは──」
グシャッ
秘書「おっといけねえ。うっかり踏んづけちまったぜ」
ニコッ
秘書「それではごきげんよう、元四天王スケルトンキング様。素敵な夢が見られるといいですわねぇ」クスッ
スケルトンキング(こんのクソ女があああ……!)ザアアッ…
秘書「……ばーか。魔王様に逆らうからそうなるんだよ。あの方の害になるやつはあたしが絶対に許さない。誰であろうとな」クルッ
18 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:38:32.94 ID:OSEfFxB00
とある民家
ガシャッ ガシャッ ガシャッ
父親(くそ、外は骸骨兵であふれてる。やっぱり勇者を差し出すなんて間違ってたんだ。なにをしようと魔物は見逃してはくれない)
少年「父ちゃん……」
父親「大丈夫、隠れていれば安全だ」
少年「うう」グスッ
骸骨兵「!」ピタッ
父親(? あの骸骨兵、なぜ立ち止まったんだ)
骸骨兵「匂いがするな。恐怖で流れる涙の匂いが」スンスン
ガシャッ ガシャッ……バキバキッ!
父親「くそ見つかった……!」ギュッ
少年「父ちゃん……っ」
骸骨兵「死ね」ギュオッ
19 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:41:20.02 ID:OSEfFxB00
バキッ! ザアアッ……
父親「なんだ? 急に骸骨兵が消え──!」ハッ
魔王「……」ギロッ
ゴゴゴゴ
父親「……!」ヘタリ
父親(こいつは、なんだ? まるで怒りと恐怖が形を持ったような恐ろしい姿。まさかこいつが……魔王!)
少年「……っ。……っ」ガタガタ
父親(逃げたいのに体が動かない! もう、だめだ……っ)ギュッ
魔王「……」フイ
ザッザッザッ……
父親「助かった……?」
少年「さ、さっきのやつって魔王?」
父親「ああ、たぶん」
少年「どうして僕らを見逃したんだろう」
父親「わからん。だがあの冷たい目、まるで虫けらを見るようだった。あの方にとって俺たちは殺すにも値しない存在だったんだろう」
20 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:43:13.19 ID:OSEfFxB00
──
骸骨兵「ひいっ、お許しを魔」
バキッ ザアアッ……
魔王(ふむ。わかってはいたが残党を殺すのはつまらんな。この村に強者でも潜んでいればうれしいのだが、見たところ剣を握った経験もない弱者ばかり。さっさと終わらせて帰るとするか……む?)
ピタッ
魔王「この家を中心に死体が放射状に散らばっている。しかも武装した死体ばかりではないか」
スッ
魔王(上等な服を着ているのは村の長か。頭がつぶれているな。ほかの死体も体の一部がつぶされている。とすると)スクッ
ザッザッザッ……ピタッ
魔王(棍棒で武装した体格のいい死体。こやつが村人どもを相手に大立ち回りを演じたのか。いくつもの刃を体に突き立てられてもなお戦い続けるとは、見どころがある)
ジッ
魔王「こやつが守っていたのはこの家か」
21 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:45:26.66 ID:OSEfFxB00
バキッ スタスタ
魔王(ふむ。家の中では男と女が倒れている。男は侵入者か? 頭が割られているな。女のほうは)スッ
勇者の母「……っ……」ハアハア
魔王(まだ息があるが、ナイフの刺さった腹から血が流れ続けている。死ぬのは時間の問題だろう)
ゴソゴソ
魔王(ベッドでなにかが動いているな)スッ
バサッ
魔王「!」
22 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:46:56.17 ID:OSEfFxB00
勇者「う、あう」キョトン
魔王(赤子……この気配は勇者か)
勇者「んー」クシクシ
スー、スー
魔王(なるほど。村人たちは勇者を奪おうとこの家を取り囲んだのだな。おそらくはスケルトンキングとの交渉材料にするために。スケルトンキングがこの村を襲ったのは勇者を殺すため……?)
……フム。
魔王(違うな。あやつにそこまでの思慮はない。偶然勇者のいる村を引き当てたのだろう)
勇者「……んぅ」スヤスヤ
魔王(このまま見逃せば村の生き残りが赤子を育てるかもしれぬ。だがそのあとになにが待っている? 勇者の末路は皆同じ、無惨に魔王に殺されるだけだ。
長年勇者を殺してきて吾は悟った。おそらく魔王より強い勇者は永遠に現れない、それがこの世界の仕組みなのだ)
スッ
魔王「つらい人生の末に魔王に殺されるくらいなら、いっそ今ここで──」
23 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:48:13.33 ID:OSEfFxB00
ガタッ
勇者の母「お、お待ちください……魔王様」ハアハア
魔王(倒れていた女。まだ意識があったか)
魔王「ほう。なぜ吾が魔王だと思った」クルッ
勇者の母「ひと目でわかりましたわ。誰もが恐れずにいられないその姿。歌語りで聴いた通りですもの」ググッ
スッ
勇者の母「伏してお願いいたします、偉大なる魔王様」
魔王「申せ」
勇者の母「はい。噂によれば、魔王様は真剣勝負がお好きとか。私と勝負をしていただきたいのです」
魔王「……ふ」
フハハハハハ!
24 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:49:47.06 ID:OSEfFxB00
魔王「なにをいいだすかと思えば、面白い冗談だ。死に損ないの人間風情が吾と勝負がしたいだと? 万全の状態ですら勝てる見込みはないというのに」
勇者の母「おっしゃるとおり、私は死にかけの弱い人間に過ぎません。勇猛な戦士のごとくあなた様と死闘を繰り広げるなど不可能。そこで別の形の勝負を提案いたします」
魔王「聞くだけ聞いてやろう」
勇者の母「問答勝負はいかがでしょうか。私が問題を出します。魔王様はそれにお答えください。正解なら魔王様の勝ち、不正解なら私の勝ち」
魔王(問答か。好みではないが暇つぶしにはなる)
魔王「よかろう。吾が勝ったらなにを差し出す? 貴様が賭けられるものなどたかが知れているだろうが」
勇者の母「おっしゃるとおりです。私が差し出せるものなど、自らの命と我が子の命くらいしかございません」
25 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:51:55.53 ID:OSEfFxB00
魔王「ほう」
勇者の母「私の命に価値などありませんが、我が子はご覧のとおり勇者です。いずれ脅威になりうる存在を潰しておくのは将来のためになるかと」
魔王「よいのか? 勇者は魔王の宿敵。じわじわと苦しみを与えながらむごたらしく殺すかもしれんぞ」
フッ
勇者の母「構いません。それもこの子の運命でしょう」
魔王「貴様が勝った場合は?」
勇者の母「この子を、勇者を育てていただきます」
魔王「……なに?」
26 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:53:20.98 ID:OSEfFxB00
勇者の母「勇者が成人するまで魔王様のもとで育てていただきたいのです。成人するころにはきっと一人前の戦士に成長していることでしょう。
魔王様とどの程度戦えるかはわかりませんが、多少は楽しめると思います。なにしろ最強の魔王様ご自身が育てた勇者ですもの」
魔王「矛盾しているな。勇者は脅威だから殺せといったその口で、勇者を育てて戦えというのか」
勇者の母「はい。ですが矛盾は誰しもが抱えているものです。魔王様のなかにも矛盾した思いがあるはず」
魔王「……」
勇者の母「勝つにせよ負けるにせよ、魔王様が損をすることはございません。
公平を期すために、勝負の際、魔法を使うことや相手の体に触れることは禁止。この条件でいかがでしょうか」
魔王「問題の内容によるな」
勇者の母「ご心配なく、問題自体は簡単です。『私はあとどれくらいの時間で死ぬでしょうか?』」
魔王「……ふっ」
27 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:54:15.83 ID:OSEfFxB00
魔王(なるほど。人間界に詳しくない吾なら、人間の体の構造に疎いと思ったか。だが甘い)
魔王「およそ半刻だな。出血量からすれば」
魔王(吾にはあまたの勇者を殺してきた経験がある。この女があとどれくらいで死ぬかなど、あまりに簡単な問題だ)
勇者の母「お答えになったということは、勝負成立でよろしいですね」
魔王「ああ」
勇者の母「なるほど。では……私の勝ちでございます」ギュッ
ブシッ……ザクッ!
28 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:55:40.41 ID:OSEfFxB00
魔王(! こやつ腹に刺さったナイフを抜いて、自分の首に突き刺した!? ならば回復魔法を──)
ハッ
──勝負の際、魔法を使うことや相手の体に触れることは禁止──
魔王(あの条件はこのために……!)
勇者の母「……っ」ゴプッ
ズリ……ズリ
勇者の母「……ぅ……あ」ググッ
勇者「……ん……」スースー
勇者の母「……健やかに。あの人と私の、宝物……」ズルッ
ドサッ
魔王「……」
魔王(なんだこの人間は。子を庇う親ならいくらでもいる。だがこやつは吾に勝ってみせた。歴戦の勇士ですらできなかったことを、自らの犠牲をもって成してみせた)
カタカタ……
魔王(吾は……震えているのか? 馬鹿な。他人が震えるのを見たことは何度もある。だが自分の体が震えるのは……生まれて初めてだ。
認めよう。お前は真の親であり、強者だと)
ジッ
魔王「誓おう。あなたの息子は、吾が責任を持って勇者に育て上げると」
29 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:56:50.86 ID:OSEfFxB00
ソッ
勇者「!」パチッ
魔王「む、起きたか。吾は狼牙の魔王。これからお前を──」
勇者「びっ……びえぇええええええ!」
魔王「なっ」
魔王(なんだこれは聴覚への攻撃か? くっ、なんという大音量だ。赤子を抱いているせいで耳をふさぐこともできん)
びえぇえええええ!
魔王(うう……せめて耳を寝かせるとしよう)ヘニャリ
勇者「びえええ……えぅ?」グスッ
魔王「泣き止んだか」
勇者「……」スッ
ふにっ
魔王「!」ビクッ
勇者「おおー」フニフニ
魔王「末恐ろしいな。偉大な魔王の耳をおもちゃにするとは」
勇者「ふいー」ニコッ
魔王「! お前、笑ったのか」
魔王(誰かに笑いかけられたのは……生まれて初めてだ)
30 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/10(日) 18:58:23.89 ID:OSEfFxB00
バキッ スタスタ
魔王「とりあえず秘書と合流するか。おい勇者、いつまで吾の耳を触って──」
ギューッ!
魔王「いっ!」
勇者「おうーっ」キャハハ
魔王「ふっ……いい度胸ではないか。吾を涙目にしたのは貴様が初めて──」
『死神の接吻』
ギュオオッ!
魔王「!」ヒュパン
バチイィイン!
魔王(この魔法は……秘書か!)バッ
フワッ……ストン
秘書「申し訳ありません魔王様。わたくしがすぐに片付けますわ」
魔王「なに?」
秘書「その赤子、勇者ですわね。魔王様の宿敵である勇者を見つけられないばかりか、あまつさえ魔王様本人に接触させてしまうとは。
この秘書一生の不覚でございます。いますぐそれを消しますわ」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/09/10(日) 20:01:34.29 ID:GmgEQorso
きたい
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/09/10(日) 21:03:48.12 ID:kfT1mb3HO
こういうのめっっっちゃ好きなんだ超期待
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2023/09/11(月) 01:43:50.41 ID:VlAKiTg00
【空気中のスパイクタンパク汚染に気をつけましょう】
スギ花粉や様々な化学物質に対して過敏な方がおられるように
スパイクタンパクに対し過敏な方がおられます
特に二価ワクチンを接種された方に遺残した
オミクロン対応の
mRNAから生成されるスパイクタンパクは
従来の武漢対応のものと比べ
60〜70倍人体に結合しやすくなっており
シェディング被害は甚大なものになっています
また一部の方に感じる臭いに関しても
酸化したPUFAの代謝産物であるアルデヒドの可能性も否定できません
科学的証明は難しい案件ですが
徹底したシェディングング対策や
イベルメクチンやグルC点滴などで
改善することから
臨床的に起こっている事案は
化学物質過敏症やスパイクタンパクそのものでしか説明できないものばかりです
スパイクタンパクが体内に侵入すると
自覚症状が無くても
徐々に毛細血管レベルでは
血栓を形成する恐れがあり
酸素や栄養素が
細胞全体に十分行き渡らなくなる可能性があります
これは老化の促進を意味し
新たな病気が発生する素因にもなります
既接種者で
コロナ後遺症やワクチン後遺症になった方は
非接種者に比べ
シェディング被害を被りやすくなっています
そのため治療が難渋している可能性もあることに留意してください
34 :
◆AhbsYJYbSg
[saga]:2023/09/11(月) 18:51:27.74 ID:d/El/tYY0
魔王「待て! お前の献身には感謝するが、今回は事情がある」
秘書「まあ。普段の魔王様ならそのような甘いことはおっしゃらないはず。勇者に魔法をかけられたのですね? 赤子だというのになんと恐ろしい。速やかに排除しなければ……『雪華刃』」キンッ
ギュオオオッ
魔王「くっ」バッ
シュパパパンッ
勇者「おおー」キラキラ
秘書(さすが魔王様、この程度じゃ足止めにもならねーか。
魔王様の強さは純粋な肉体の強さ。死の魔法ですら素手で無効化される。正面から戦えばあたしみたいな魔法使いに勝ち目はない。
ひとまず勇者に攻撃を続けて注意を引き、頃合いを見て足元の地面を削るか。割れた地面で体勢を崩させれば勇者を殺す隙が生まれるはず……)コオオッ
魔王(話にならんな。一度秘書を昏倒させねば。
秘書の目的は勇者の殺害、そして吾の目的は勇者を守ること。ならばあえて逆の行動で撹乱する。
次の攻撃が飛んできた直後に勇者を宙へ放り、秘書が視線を上に向けた瞬間彼女の間合いに、……!?)ガクン
ゲホッ ゴホッ
35 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 18:53:31.32 ID:d/El/tYY0
秘書「!」
魔王(くそ、こんなときに)ハアハア
秘書「……」
スッ
秘書「取り乱して申し訳ありませんでした。もう赤子を殺す気はありません。お許しください」
魔王(む、なぜ急に態度をひるがえした?)ゲホ
秘書「わたくしを信用できないのはごもっとも。お疑いならこの場でわたくしを殺してくださいませ。抵抗はいたしません」
魔王「……」
秘書「……」
フッ
魔王「卑怯だな。吾がお前を殺せないと知った上で、そのような提案をするとは」
秘書「! め、滅相もありません。半端な覚悟でいったわけでは」
魔王「わかっておる、もうよい。この赤子は魔王城で育てる。お前はそれを手伝え。よいな」
秘書「魔王様の御心のままに。では城まで転移で帰りましょう」スッ
魔王「転移は赤子には負担が大きい。歩いていくぞ」
秘書「えっ。ですが魔王様、城まではかなり距離がありますが」
魔王「平気だ。行くぞ」スタスタ
勇者「……」ウトウト
秘書「……」
36 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 18:55:48.50 ID:d/El/tYY0
数時間後
魔王城 書庫
コッ コッ コッ
秘書「確かこの本だったはず」スッ
『不老不死の儀式』
ギィ……トスン
秘書「……」パラパラ
ピタッ
秘書(あった)
『新月の儀式
強力な魔力を持つ人間を生贄に、対象の魔族を延命、あるいは蘇生する儀式。生贄の体に魔族の魂を移す。具体的な条件は以下。
1、儀式が可能なのは新月の夜
2、生贄は強力な魔力を持つ3歳以上の人間であること。魔力が強ければ誰でもいいが、もっとも適性があるのは勇者である
3、儀式に必要な供物は4つ。銀龍の鱗、悪魔の牙、人魚の涙、グリフォンの羽根
4、対象の魔族を心から愛している者が、魔法以外の方法で直接生贄を殺すことで儀式が発動する。ナイフや剣で生贄の心臓を貫くのが望ましい』
37 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 18:58:10.97 ID:d/El/tYY0
秘書「3歳まで育てる必要があるのか……面倒だな」
パタン
秘書「勇者も運が悪い。せっかく生き残ったのに、駒として使い潰される運命なんて」
──
秘書の父『また失敗したのか、本当に出来損ないだな。お前は父である私の望みを叶えるために生まれてきたのだ。忠実な駒になるためにね。分かったらお仕置きをはじめよう』ビュッ
ビシッ ビシッ
──
秘書「……」ギュッ
秘書(あたしもしょせんはお父様と同じだ。自分の望みのために、勇者を生贄にしようとしてるんだから)
38 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 18:59:46.08 ID:d/El/tYY0
魔王城 食堂
魔王「どうだ、興味を惹かれるものはあるか」
ズラッ……
勇者「おおー」
魔王「螺旋コウモリのパイ、紫電鳥の丸焼き、毒ニンジンのケーキ。他にもあるぞ、気に入ったものを食べるがいい」
勇者「んっ」ピシ
魔王「毒ニンジンのケーキが好みか、気が合うな。吾も毒入りの料理はよく食すのだ。ぴりっとした刺激がなんともいえず美味い」
勇者「んあ」
魔王「吾に食わせてほしいと? いい度胸だ」スッ
39 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:01:24.44 ID:d/El/tYY0
ドサドサドサッ!
秘書「なっ、なにをなさっていますの魔王様」
魔王「む、秘書よ。大量の本が落ちたぞ」
秘書「あら失礼いたしました。これは育児本で──ではなく! なにを! なさって! いるのですか!」ダダッ
パシッ
秘書「人間にとって毒は有害です! 特にこんな小さい子が食べたらすぐに死んでしまいますわ!」
魔王「! そうなのか!?」
バッ
魔王「本当にすまぬ勇者、お前を殺すところであった」
勇者「あうー?」
秘書(ああん、すぐに謝れるところも素敵……じゃねえ! 心を鬼にしろあたし! このままだと儀式の生贄にするまえに死んじまうぞ!)
秘書「わたくしにお任せください。先ほど人間の幼体を育てるための知識を頭につめこみました。必ずや一人前の勇者に育ててみせますわ」スッ
ヒョイッ
勇者「んー……」ウトウト
魔王「それは心強いな」
秘書「ありがとうございます。勇者を育てるのはわたくしに任せ、魔王様はお好きなことをなさっていただければ──」
魔王「それはダメだな」スッ
ヒョイッ
40 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:04:04.01 ID:d/El/tYY0
秘書「魔王様!? 勇者をお返しください」
魔王「吾に託されたのだ。吾が自ら子育てをしなくてどうする」
秘書(あなたに任せるとうっかり殺しそうなんだってば!)
フッ
魔王「わかっている。吾には人を育てる知識がないといいたいのだろう。吾はこれまで戦いに明け暮れていた。無頼漢に子育てが向かないことは理解している」
秘書「魔王様……」
魔王「だが、だからといって挑戦する前から諦めるのは違う。向いていないという理由で背を向けるのは愚かなことだ。吾は……勇者の子育てに関わっていきたい」
秘書「……」
魔王「手始めにお前が持ってきてくれた育児本を全て読もうと思う。それまでこの子を頼むぞ」
秘書「……わかりました。そこまでおっしゃるなら応援いたしますわ」
『勇者が魔王城に来て2日目』
魔王城 執務室
パタン
魔王「これで全ての育児本を頭に叩き込んだ。いまや吾は育児のエキスパートだ」フッ
フハハハハ!
41 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:05:21.76 ID:d/El/tYY0
『勇者が魔王城に来て5日目』
魔王城 勇者の部屋
魔王「育児本の内容とぜんっぜん違うのだが!?」
うええ〜ん
魔王「ミルクは飲ませた、ゲップもさせた、オムツも替えた、睡眠も十分、部屋の温度は適正……いったいなにが不満なのだ。育児本によればこれで泣き止むはず」
勇者「ああ〜ん!」ビエー
魔王「ああよしよし、大丈夫だぞ」ポンポン
バタン
秘書「ハア、ハア……遅れて申し訳ありません。仕事の調整が長引きましたわ」
魔王「もう交代の時間か。遅れたことは気にするな。それより勇者が泣き止まぬのだ。考えられる手は全て尽くしたのだが」
うええぇええん!
秘書「失礼いたします」ヒョイ
ポンポン
勇者「ふえ……ぇ。……」
魔王「なっ……秘書よ、魔法を使ったのか? 勇者に魔力耐性ができると困るゆえ、なるべく使わないと決めたではないか!」
42 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:06:28.97 ID:d/El/tYY0
秘書「魔法ではございません。おそらくは体の柔らかさの問題かと」
魔王「なに?」
秘書「魔王様は筋肉の鎧に覆われた素晴らしい肉体をお持ちです。ですがあまりにも戦闘に特化した肉体は、子育てに向きません。端的に申しますと、抱かれ心地が悪いのです」
魔王「……」ガーン
秘書「あっ……でもご心配なく。そのうちこの子も慣れてくれますわ」ポンポン
勇者「あーう」キャッキャッ
魔王「……」
次の日
秘書「なっ……なにをなさっているのです、魔王様」
魔王「しー、静かにせよ。さっき寝ついたばかりだ」
勇者「ん……」スースー
秘書「そ、そのお姿はいったい」
43 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:07:12.81 ID:d/El/tYY0
ボヨヨーン
魔王「クッションを服の下に入れてみたのだ。勇者も寝心地がいいのかすぐに寝てくれてな」
秘書「ですがあの」
魔王「どうした」ボヨヨーン
秘書「魔王の威厳というものが……」
フッ
魔王「威厳など、一ツ目カラスにでも食わせておけばよい。この程度の屈辱、お前に抱かれて泣き止んだ勇者を見たときの悔しさに比べればなんでもないわ!」
秘書(そんなに悔しかったんだ……)
44 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:08:14.95 ID:d/El/tYY0
その日の夜
魔王城 秘書室
秘書「……」カリカリ
『報告書 782
とある村で、狼牙の魔王は勇者の赤子を見つけ、即殺害。情け容赦のない姿に部下一同震え上がる。
反乱の時期はいまではない。相変わらず弱点は見つからず──』
カリカリ……
秘書「……」フウ
シュルシュル キュッ
秘書「……」スクッ
スタスタスタ……ガラッ
秘書「書けたぞ」
45 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:09:11.98 ID:d/El/tYY0
コウモリの死体「早かったですね。まあそのほうがありがたいですけど」
キュッ
コウモリの死体「では確かにお届けします。お嬢様も大変ですねえ、野良犬くさい城に閉じ込められて」
秘書「無駄口はやめてさっさと行きな、屍術師(ネクロマンサー)」
コウモリの死体「はいはい。ではお元気で」
バサバサッ
秘書「……」
46 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:10:22.19 ID:d/El/tYY0
『勇者が魔王城に来て2週間後』
ビエエエエーン!
魔王「うう……これが夜泣きか。魔族は数日寝なくとも平気だからなんとかなっているが、人族の親はどうしているのだ? 強力な回復薬でも常備しているのか?」
ビエエエエ……
魔王(もしこの泣き声に耐えきれるのだとしたら、人族の親は吾が考えていたような弱者ではなく、歴戦の勇士なのかもしれぬ)
魔王「お前といると、自分の見ていた世界がどれほど小さかったかわかる。礼をいうぞ勇者。だがそれはそれとして」
ビエエエエーン!
魔王「そろそろ泣き止んでくれぬか……」ゲッソリ
47 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:11:06.13 ID:d/El/tYY0
『勇者が魔王城に来て半年後』
勇者「あー……んむ」モグモグ
魔王「……」ハラハラ
秘書「……」ドキドキ
勇者「……んあ」
魔王「よし! 気に入ったのだな。忘れぬうちに書き留めておかなくては。えー、蒸したひよこ豆の──」
勇者「ぶーっ!」
魔王「ああ、すまんすまん。ほら、あーん」
勇者「あーんむ」モグモグ
秘書「食べられるものがずいぶん増えましたわね」
魔王「そうだな。この子は豆のなかでもしっとりとしたものが好みのようだ。今後の参考にしよう」カキカキ
秘書「……本気だったのですね」
魔王「む?」
48 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:11:58.59 ID:d/El/tYY0
秘書「この子を育てるとおっしゃったとき、てっきり気まぐれのようなものかと思ったのです。失礼ながら、すぐに音を上げるのではないかと」
魔王「ふむ」
秘書「ですが、あなたは諦めなかった。この子にとって魔王様は本当の親同然ですわ」
魔王「……違うな」
秘書「えっ」
魔王「勇者の親は別にいる。もうこの世にはいないが、命をかけて勇者を愛し、守った者たちが。吾は一生この子の親にはなれぬ。
その証拠に吾はまだ夢見ているのだ。立派に成長した勇者と戦える日を。そのとき吾はためらいなくこの子を──」
勇者「ひーしょ」
魔王「む!?」バッ
49 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:12:49.70 ID:d/El/tYY0
勇者「ひしょ! ひしょ!」
秘書「えっ、あた……わたくし? わたくしのことですの!? まあ。初めての言葉がわたくしの名前だなんてうれし……っ!」ハッ
魔王「……」ジトー
秘書「ちっ、違いますわよ!? わたくし教えたりなんてしておりません。抜け駆けなんてしてませんからねっ」
魔王「……」フイ
秘書(ああっ、信じてない! そんな、あたしは本当に)
勇者「ま、おー」
魔王・秘書「!?」
50 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:14:56.03 ID:d/El/tYY0
『勇者が魔王城に来て三年後』
魔王城 中庭
ピチチ……
勇者「とり!」
魔王「そうだな。何羽いるかわかるか」
勇者「いっぱい!」
魔王「ふはは正解だ。おいで。木陰に座ろう」ケホ
ドサッ
魔王「ふう……」
勇者「まおー疲れてる?」
魔王「少しな」
魔王(吾も長く生きた。次代に道をゆずる時期が来たのだろう。だがもう少しだけ、勇者が成人するまで生きなくては。
魔王の死に様はおぞましいものだ。子どものうちに見せるわけにはいかぬ)
勇者「……」
ギュッ
魔王「!」
51 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:15:42.71 ID:d/El/tYY0
勇者「まえね、おれが転んだとき、ひしょがぎゅってしてくれたの。そしたら痛いの消えたんだよ。だからまおーも」
魔王「そうか、ありがとう」ポンポン
勇者「えへへ」
フワッ……
魔王「! この記憶は……」
勇者「どうしたの?」
魔王「忘れていた過去を思い出したのだ。吾の母も、こうして吾を抱きしめてくれたことがあったと」
魔王(魔王に即位すると、強力な魔力と引き換えに思い出を失う。冷酷な魔王となるために。
勇者は魔王と対極にあるもの。この子がそばにいることで魔力が反発し、記憶が戻っているのか)
52 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:16:14.59 ID:d/El/tYY0
ピー チチチ……
サワサワ……
魔王(安らいでいる。吾の生涯でこれほど穏やかなときがあっただろうか)
勇者「ん……」ウトウト
──愛する人と出会って子どもが3人産まれた。俺が強くなれたのはそのおかげだ──
魔王(いまなら木剣の勇者のいった言葉の意味がわかる。子どもというのは不思議な力を与えてくれる存在だ)
魔王「勇者よ。お前は本当に……あたたかい、な……」
スー……スー……
53 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:17:03.90 ID:d/El/tYY0
コッコッコッ
秘書「魔王様ー、勇者ー、どこに、……!」
秘書(中庭で仲良く昼寝してたのか。ひだまりのなかで気持ちよさそう。あたしも──)スッ
ピタリ
秘書(……バカだな、あの2人に加わる資格なんてない。魔王様をスパイし勇者を生贄にしようと企む、自分なんかに。
あたしには吸血鬼らしく、暗がりがお似合いだよ)フッ
コッコッコッ……
54 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:17:49.83 ID:d/El/tYY0
勇者「……ん」パチッ
魔王「……」スースー
勇者「んしょ」スルッ
トコトコ
勇者(お花つんであげたら、まおーとひしょ喜ぶかな)スッ
ピタッ
勇者「やっぱりやめた。お花だって、おれと同じで生きてるもんね。……あれ?」
ピチ……ピ
勇者「1人でどうしたの? みんなは?」
ピチュ……
勇者「ケガしてる。大丈夫だよ」スッ
ポン ポン
勇者「痛いの痛いの、とんでけ」ナデナデ
ポウッ……
55 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/11(月) 19:18:44.27 ID:d/El/tYY0
ピチチッ バサバサッ
勇者「わ、元気になった! よかったねえ」スクッ
……クラッ
勇者「あ、れ」ペタン
勇者(なんだろ。いま、頭がグルってした)
勇者「……もう、平気かな」スクッ
トコトコ
魔王「む……う……」ハアハア
勇者(まおー、苦しそうに寝てる)
スッ
勇者(大丈夫だよ。痛いの痛いの、とんでけ)ギュッ
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/09/11(月) 22:41:09.23 ID:v7Cm47vEo
おつおつ
57 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:12:56.65 ID:HxBZOUIV0
『勇者が城に来てから4年後』
魔王城 書庫
勇者「秘書、これ読んで」スッ
秘書「いいぜ。次はどの絵本を──」
『不老不死の儀式』
秘書「……!」
勇者「わからない言葉が少しだけあるから、読んで」
秘書「その本……どうして」
勇者「おれね、この本で魔王を元気にするの。ふろーふし? ってずっと生きるってことでしょう」
58 :
◆AhbsYJYbSg
[saga]:2023/09/12(火) 19:14:09.83 ID:HxBZOUIV0
秘書「うん……」
勇者「この本読んで勉強して、魔王の寿命をのばすの。そしたら魔王はずっと生きられる」
秘書「だめ、だよ」
勇者「なんで?」
秘書「この本に書かれてる儀式は、全部すごく危ないんだ。手を出したら死んじゃうかもしれないんだよ」
勇者「うん」
秘書「え……」
59 :
◆AhbsYJYbSg
[saga]:2023/09/12(火) 19:15:16.89 ID:HxBZOUIV0
勇者「いいよ別に。代わりに魔王が生きられるなら」
──
『3歳まで育てる必要があるのか……面倒だな』
『勇者も運が悪い。せっかく生き残ったのに、駒として使い潰される運命なんて』
──
秘書「……め……て……」
勇者「おれが死んでも、魔王が元気に生きられるならそれでいい。秘書と魔王が2人で仲良く暮らせてるって思えば、寂しいのも我慢でき──」
ギュッ
勇者「? 秘書、どうしたの?」
秘書「……ごめ……なさ……」カタカタ
勇者「寒いの? おれがあっためてあげるね」ポンポン
60 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:16:09.67 ID:HxBZOUIV0
3ヶ月後
魔王城 医務室
ガシャン!
秘書「ダメ、この薬も効かない! いったいどうしたら……っ」
魔王「落ち着け。勇者が怖がる」
勇者「……ぅ……」ハアハア
秘書「あ……申し訳ありません」
魔王「……」ピトッ
魔王(熱が高い。まるで火のようだ)
秘書「魔王様。どうか治癒魔法の使用許可を」
魔王「……それは」
秘書「わかっています。ダメで元々ですわ」スッ
コオオッ
……バチィッ!
61 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:17:25.60 ID:HxBZOUIV0
秘書「きゃっ!」グラッ
ガシッ
魔王「大丈夫か?」
ヌルリ
魔王「!」
秘書「……平気ですわ。勇者の様子は?」バッ
勇者「……っ」ハアハア
魔王(変化はないか)
秘書「申し訳ありません。わたくしの力が足りないばかりに」
魔王「それは違う。吾はお前以上の魔法使いを知らぬ。お前に落ち度はない」
秘書「ですがこのままでは」
魔王「ああ」
魔王(この子は勇者としての能力があまりに高すぎる。勇者はどれもある程度の魔法耐性を持つが、この子はずば抜けている。強力な回復魔法を弾いてしまうほどに)スッ
62 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:18:06.68 ID:HxBZOUIV0
ナデナデ
勇者「……ま、おー?」パチッ
魔王「ああ。ここにいるぞ」
勇者「頭、痛い……体が熱い、よ……」
魔王「大丈夫だ。吾がずっとそばにいるからな」
勇者「ん……」
スー、スー
魔王(眠ったか)
スクッ
魔王「吾はいまから、この子を人族の医者に見せに行こうと思う」
秘書「!」
63 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:18:47.63 ID:HxBZOUIV0
魔王「人族の医者なら最適な治療をしてくれるだろう。北の地に腕のいい医者がいると聞いたことがある」
秘書「いけませんわ、魔王様が城を離れるなど。勇者はわたくしが連れていきます」
魔王「その状態でか」
秘書「!」
魔王「不発の魔法は刃となって術者に跳ね返る。幻覚魔法を解け、命令だ」
秘書「……かしこまりました」スッ
ドロッ
魔王「血だらけではないか……愚か者」
64 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:19:27.26 ID:HxBZOUIV0
秘書「わたくしは平気……っ」クラッ
ガシッ
魔王「強がるな。立っているのもやっとだろう」
秘書「どうかこのことは、勇者には……」ハアハア
魔王「黙っている。安心して休め、勇者は吾が面倒をみる。吾のことは心配するな。なぜかはわからぬが最近以前より体調がいいのだ」
65 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:20:26.77 ID:HxBZOUIV0
人間界と魔界の境界 黒の森
ハッハッハッ……
魔王(ふむ。やはり完全な狼の姿が一番速いな。……そろそろ人間の村が近いか)ザッ
シュルルル……
魔王「……人間に化けるのは久しぶりだが、やはり慣れぬな。毛に覆われていないのは落ち着かぬ」
勇者「魔王……?」パチッ
66 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:21:09.27 ID:HxBZOUIV0
魔王「ああ、そうだ。もうすぐ医者のいる村に着く。背負い紐を結び直すぞ」シュル
ギュッ
魔王「よし、これで落ちる心配はない」
勇者「……っ」ハアハア
魔王(城を出たときよりも悪化している。一刻も早くたどり着かなくては……む?)
ガサガサ……
魔王(いくつもの足音が近づいてくる。気配からして魔族ではないな。とすれば)
スタスタ
盗賊頭「いい満月だなあ、おっさん」
67 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:21:47.96 ID:HxBZOUIV0
魔王(人族が9人か)
盗賊頭「あんたずいぶんいい格好してんな。貴族かなんかか? さぞかし金を溜め込んでるんだろうなあ、羨ましいぜ」
ギャハハハ
魔王(なるほど、この格好はそう見えるのか。あとでもっとみすぼらしい服に変える必要があるな)
ジャキン!
盗賊頭「金目のものは全部おいてけ。さもないと」
魔王「わかった」
盗賊頭「このナイフで──は?」
ジャララ……ドサドサッ
68 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:22:25.26 ID:HxBZOUIV0
魔王「これでいいか?」
ターバンの盗賊「ぷっ」
ギャハハハ!
片耳の盗賊「なんだよこいつ、一切抵抗しないとか恥ずかしいやつだぜ」
紫髪の盗賊「しょうがないんじゃない? あたしらの迫力に恐れをなしたんでしょうよ」
ターバンの盗賊「違いねえ!」
ハハハハ!
盗賊頭「……」
魔王「通る。追ってくるな」
スタスタ……
盗賊頭「待てよ」
69 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/12(火) 19:23:05.17 ID:HxBZOUIV0
魔王「……」
盗賊頭「あんたが背負ってるの、ただのガキじゃねえな。勇者だろ、それ」クルッ
魔王「……」
盗賊頭「俺も昔そう呼ばれていた。途中でバックレたけどな。魔王討伐なんてバカのすることだ」
ジャキッ
盗賊頭「気が変わった。ガキを置いていけ。勇者ならきっと高く売れるだろうぜ。金持ちの愛玩用か、禁術の生贄用にな」ニヤッ
70 :
◆AhbsYJYbSg
[saga]:2023/09/13(水) 19:08:51.73 ID:We0VhcOg0
紫髪の盗賊「さっすがお頭、血も涙もないねえ」キャハハ
片耳の盗賊「さっさとしろよおっさん。勇者崩れのお頭を怒らせたくなかったら──」
盗賊頭「俺を勇者崩れと呼ぶな殺すぞ」ギロッ
片耳の盗賊「ひ……っ」
ターバンの盗賊「バカ、お頭をそう呼ぶなって教えといたろ」ボソッ
魔王「……勇者、聞こえるか」
勇者「ん……」ハアハア
魔王「今夜は満月が美しい。近くで見てくるがいい」シュル…
71 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:09:37.04 ID:We0VhcOg0
ターバンの盗賊「あ? なに意味不明なこといってんだおっさん。さっさとそのガキを──」
魔王「……」ビュン
ポーン
盗賊頭(! ガキを宙に放った? なんか知らんが……やばい!)
盗賊頭「おい、待て!」
ターバンの盗賊「こっちによこせって──」ガシッ
シュパン
ターバンの盗賊「……え?」ズルッ
72 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:10:35.25 ID:We0VhcOg0
ヒュルルル……ポスン
魔王「ケガはないか?」
勇者「ん……平気」
魔王「急ごう」スタスタ
盗賊頭(ちくしょう……俺としたことが)
盗賊たち「……ぁ……が」ズルッ
盗賊頭(襲う相手を間違えるとは……っ)ズ…
ドパアアン! ザアアアッ
魔王「……」スタスタ
魔王(血の雨で汚れてしまった。村に入る前に消さなくては)ポタポタ
勇者「ま、おー」
魔王「ん? どうした。つらいだろうがもう少し我慢──」
勇者「泣かないで」
魔王「!」ピタッ
73 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:11:08.37 ID:We0VhcOg0
勇者「泣か、ないで……」スッ
ピトッ
魔王「吾は……泣いて、など……」
勇者「大丈夫……だよ。おれがずっと、そばにいるから」
魔王「……っ」
ギュッ
魔王「……もうすぐ村に着く……頑張れ」
74 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:11:58.07 ID:We0VhcOg0
医者のいる村
ワオンッ! ワンワッ……クゥーン……キューン……
医者(えっ? なにかしら。あの勇敢な犬がおびえるなんて)ムクッ
ソロソロ……ガツンッ
医者「きゃっ」ゴチン
医者(いたた、壁であご打った……そそっかしくてやんなるわもう)
ギイッ
医者「誰かいるんですか? ……ひいっ!」
75 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:12:34.75 ID:We0VhcOg0
魔王「……」ゴゴゴ…
医者(なんなのこの人。すごい迫力だわ。ま、まさか強盗!? どうしよう……!)
医者「あ、ああああの、な、なにがご用……」ガタガタ
魔王「おま……あなたが医者か」
医者「そ、そうですぅ……どうか命だけは……」ガタガタ
シュルッ
魔王「この子を診てほしい」
勇者「……」ハアハア
医者「! 早く中へ。すぐに診察をはじめます」バッ
76 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:13:12.84 ID:We0VhcOg0
──
医者「……」
魔王「どうだ?」
医者「おそらく魔界熱ですね。首のところに赤いアザがあるのがわかりますか?」
魔王「! 気づかなかった。毎日見ていたというのに」
医者「無理もありません、あせもとよく似ているので。でも、この薬液を落とすと」ポタッ
……ジワッ
77 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:13:45.54 ID:We0VhcOg0
魔王「! アザが紫色に変わった」
医者「これで確定ですね。魔界熱は魔界の瘴気に長期間さらされるとまれに発症する病気です。お住まいは魔界との境界線近くですか?」
魔王「……そんなところだ」
医者「では一週間ほどこちらでの入院をおすすめします。この村は西海からの風が届くので空気がいいんです。……でも変ですね」
魔王「なにが」
医者「魔界熱は通常、生命力の弱い赤ん坊やお年寄りがかかる病気です。このくらいの年の子がかかるのはとてもめずらしいわ」
78 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:14:23.47 ID:We0VhcOg0
ズキッ
医者「いたた……」
魔王「どうした」
医者「あ、いえ。さっきあごをぶつけてしまって。嫌ですね。医者なのにそそっかしくて」ハハ…
勇者「……せん、せ」
医者「ん? どうしたの。さっきより苦しかったりする?」スッ
勇者「あご……平気?」
医者「えっ。やだ恥ずかしい。大丈夫よ、あとで適当に薬塗っておけば──」
ピトッ
勇者「おれが、治してあげる」ポウッ
パアアアッ
79 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:15:41.92 ID:We0VhcOg0
魔王(! これは)
医者「えっ」
スッ
医者「あごの痛みが消えた? ……!」ハッ
勇者「はあ、はあ……」クタリ
医者「大変。さっきより熱が高いわ」バッ
魔王(……まさか)
──魔王、寝る前のだっこして──
──おれが魔王を元気にしてあげるからね──
魔王(お前は自らの生命力と引き換えに、吾を治していたのか……?)
80 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:16:54.70 ID:We0VhcOg0
ギュッ
魔王(この子が病を得たのは吾のせいだ。なにも気づかなかった。こんなことなら、魔王城に連れてくるべきではなかった……!)
チャプン
医者「この薬で様子をみましょう。よく効く薬ですが、一つだけ注意点が」
魔王「……なんだ」
医者「飲んで数時間経つと今以上の高熱が出ます。苦しいですが、それを耐えれば回復に向かうでしょう」
スッ
医者「苦しいだろうけど、頑張れる?」
勇者「ん。おれ、頑張る」
81 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:17:42.06 ID:We0VhcOg0
数時間後
勇者「う……っ」ビクン
魔王「! どうした」ガタン
勇者「……苦しい……熱、い……」ハアハア
魔王「……っ本当に命の危険はないのか!? こんなに苦しがって……!」
医者「大丈夫です、落ち着いて」
勇者「うう……ひっく……うぅ……」ポロポロ
魔王(吾には……なにもできない。世界の半分を統べる最強の魔王が、子どもの病気一つ治せない。吾は無力だ)
魔王「すまぬ。吾の……吾のせいで、こんな目に……っ」
医者「……」スクッ
バシン!
82 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:18:30.97 ID:We0VhcOg0
魔王「!」ヒリヒリ
医者「落ち着きなさい。あなたの恐怖がこの子に伝染しています」
ガシッ
医者「必ず治します。私を信じて」
魔王「……」
医者「……!」ハッ
医者(どうしよう……勢いでビンタしてしまったわ。こんなに我が子を案じている人に私はなんてことを……)
医者「あ、あの……ごめんなさい、私……」
魔王(昔の吾なら殴られる前に相手を殺していただろう。だが)
魔王「感謝する。あなたのおかげで冷静になれた。この子を、よろしく頼む」
83 :
◆AhbsYJYbSg
[sage saga]:2023/09/13(水) 19:19:11.58 ID:We0VhcOg0
──
チチチ……
勇者「ん……」パチッ
魔王「! 起きたか。調子はどうだ」
ピトッ
魔王「……よかった。だいぶ熱が下がったな」
勇者「おなかすいた……」グウウ
魔王「ふ、元気になってきた証拠だ。待っていろ、食べ物を持ってきてやる」ギイッ
フウ……
勇者「よかった。これでおれ、捨てられないね」
ピタッ
魔王「……いま、なんと?」
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/09/14(木) 11:03:23.73 ID:f1k4UEoIo
ゆうしゃ…
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