狼魔王とチビ勇者

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185 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:09:33.51 ID:yaZWHEYF0

 魔王城 玉座の間

 ギイッ

勇者「……」スタスタ

 ジャラ……

真紅の魔王「……新鮮な血の匂い。私の大事な四天王を倒した方は、どこのどなたかしら?」

 ピタッ

勇者「あんたを救う者だよ」

真紅の魔王「あら。私を救ってくださるの?」
186 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:10:33.25 ID:yaZWHEYF0

 クスッ

真紅の魔王「初めてですわ、そんな風におっしゃった方は。皆さん無言で斬りかかってきたり、物騒な言葉を使うばかりでうんざりしてましたの」スクッ

 ジャラララ……

真紅の魔王「私を戒める鎖を砕いて、城から連れ出してくださる? 絵本に出てくる王子様のように」

勇者「その鎖は?」

真紅の魔王「玉座から生み出されていますの。私を固く縛る黒い鎖。

おかげで城から一歩も出られませんのよ。別に魔王の座から逃げる気はないのに、玉座はなにを恐れているのやら」
187 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:11:28.23 ID:yaZWHEYF0

 フフッ

真紅の魔王「でもいいこともある。常に玉座と繋がれているおかげで膨大な魔力を思いのままに使えますの。こんな風に」コオッ

 ジュワァッ

真紅の魔王「最高位の魔法も呪文の詠唱なしで行使できますのよ。どうかしら、私の魔法の味は」

 シュウゥウ……

真紅の魔王「……少しは期待したのだけれど……やはり誰も私には敵わないんですのね」フウ

 ギシッ

真紅の魔王「眠りましょう。次の勇者が現れるそのときまで──」

勇者「勝手に話進めないでくれよ」ビュン
188 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:12:00.29 ID:yaZWHEYF0

 ギィイイン!

勇者(ちっ。丈夫な鎖だ)

真紅の魔王「あら。てっきり跡形もなく蒸発したかと思いましたわ。ふふ、嬉しいこと」

勇者「!」

──

『お前はかわいいなー勇者。魔王様が虜になるわけだぜ』フフッ

──

 バッ  シュタン

真紅の魔王「あら、もう終わりですの? てっきり追撃がくるかと」
189 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:12:45.03 ID:yaZWHEYF0

勇者「……あんたの手札を知らない以上、慎重にいかないとな」

真紅の魔王「手札ねえ。別に大したものはありませんわよ。この世に存在する全ての魔法を無限に使用できるくらいで」

勇者(うわ聞きたくなかった)

真紅の魔王「あなたの手札も悪くないですわね。先ほどは素晴らしい再生魔法でしたわ。心臓が停止したら自動で発動するように設定しているのかしら?

一瞬で全身を再生するなんて素敵ね。再生魔法に限れば私に匹敵するかも」

勇者「……」
190 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:13:17.51 ID:yaZWHEYF0

真紅の魔王「でもあれは禁術。体への負荷は凄まじいはずよ。あなたの魔力量ではあと2回が限度かしら?」

勇者「そこまで分かるのはさすがだな。ならこれはどうだ? 『お前の体は石になる』」

真紅の魔王「!」ピシッ

勇者「あんたはもう動けない。大人しく──」

 パキィイイン

勇者「……まじかよ」タラッ
191 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:14:15.19 ID:yaZWHEYF0

真紅の魔王「……なるほど。声に魔力を込めて相手の体に流し込むんですのね。『声』を使えば相手を治すのも壊すのも思いのまま。

私が知らないということは、あなたが生み出した魔法ね?」

勇者(くそ、時間稼ぎにもならないのか)

真紅の魔王「面白い魔法だから初めての相手は戸惑うでしょうね。

でもしょせんは既存魔法の組み合わせ。仕組みが分かれば防ぐのは簡単ですわ」
192 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:14:55.15 ID:yaZWHEYF0

勇者「一応、防がれたのは初めてだけどな」

真紅の魔王「でしょうね。よくできた魔法だもの。もし私が魔法に耐性のない、例えば純粋な肉体に頼ったタイプの魔王なら、あるいは通じていたかも……」

 フワッ……

真紅の魔王(? なにかしら。いま、誰かの面影が胸をよぎった)

勇者「……」

真紅の魔王「ふふ。あなたの手札はもう終わりかしら。なら残念だけど、あなたが私に勝つことはありえないでしょうね」

勇者『脚力強化』

 ギシッ
193 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:15:44.57 ID:yaZWHEYF0

勇者『感覚鋭敏化 筋力増強 移動速度向上』

 ギシッ ギシッ……

勇者「……っ『視力強化』」ギュルンッ

真紅の魔王(結局シンプルな方法を選ぶのね。でも理解しているのかしら? 

それが魔法である限り、最強の魔法使いである私には通じない。最上位の強化解除を使えば一瞬で振り出しに戻るのだから)

勇者「ぐ……っ」ギシギシッ

真紅の魔王(……当然、理解しているのでしょうね。それでもその戦い方を選んだ。なんて無様で不器用で……まっすぐな人間)フッ

真紅の魔王「あなたの覚悟に免じて、強化解除はしないであげますわ。全力で私に攻撃なさい」

勇者「……っらあ!」ドンッ
194 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:16:26.77 ID:yaZWHEYF0

 ──

勇者「……っ」ガクッ

 カハッ ゲホッ

真紅の魔王「あなたの猛攻、素敵でしたわ。他の勇者にはできなかったことよ。私の髪飾りをわずかに傷つけるなんて」

勇者(ちくしょう。魔法でほとんど防がれちまった)ドクドク

真紅の魔王「久しぶりに楽しかったですわ。少なくともあなたは最後まで諦めなかった。

他の勇者は皆途中で命乞いをはじめるから興ざめでしたの」

勇者(どんな手を使っても、彼女に直接攻撃をさせないといけない。そのためには……)ギリッ
195 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/18(月) 20:17:16.67 ID:yaZWHEYF0

真紅の魔王「宴は終わり。私の魔法で跡形もなく消してあげますわ」コオッ…

勇者「覚えてるか? 先代、狼牙の魔王のこと」

 ピクッ

真紅の魔王「……いいえ。魔王継承以前に会ったのかもしれないけれど……覚えてませんわ」

勇者「ああ、魔王を継承したらそれまでの記憶を玉座に奪われるんだっけか。なら教えてやるよ、先代魔王のこと」ググッ

真紅の魔王「……?」

勇者「先代はな。最低最悪の魔王だったんだ」
196 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/19(火) 18:07:19.55 ID:ATK37TK/0

真紅の魔王「!」

勇者「領土を広げることも村を焼くこともせず、ただ魔界の維持に腐心した臆病者。それが先代、狼牙の魔王だ」

真紅の魔王「……」ジャララ…

真紅の魔王(なぜかしら。なぜ私の胸はこんなにも怒りで満ちているの? 知らない者を侮辱されても私には関係ないはずなのに)

勇者「だが最も軽蔑されたのは人間の子どもを拾って育てたことだ。滅ぼすべき人の子を育てるなど魔族の面汚し、だ……ろ」ガクガク

勇者(まだだ。まだ倒れるな。なにも考えず口を動かせ)
197 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:07:46.89 ID:ATK37TK/0

真紅の魔王「……そろそろお黙りなさい」

勇者「おいおい。これだけ先代魔王を侮辱されても、あんたはまだ玉座にふんぞり返ってるのか?」

 バッ

勇者「降りてこい。その手で俺を殺してみろ! 先代魔王への侮辱は魔族の歴史を侮辱するのと同じこと。遠くから魔法で殺しても怒りは収まらないはずだぜ」

真紅の魔王「……」

 ジャラッ ジャラッ

真紅の魔王(この少年はなにを企んでいるのかしら? 魔力は底をついているはず。もはや逆転の目はないのに)
198 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:08:51.58 ID:ATK37TK/0

勇者「警戒するなよ。俺はあんたの手で直接ケリを付けてほしいだけだ。そのためなら何度でもいってやる。

狼牙の魔王は臆病者の、最低の、歴代で最も汚れた──」

真紅の魔王「黙れ!」スクッ

 ジャララ……ビンッ

玉座『鎖を外すことは許可されていません。速やかに……ザザ……席へ戻りなさい』

真紅の魔王「それ以上先代を侮辱することは許さない。いいでしょう、望み通り直接殺して差し上げますわ」ググッ

玉座『ザザ……我が娘よ……ザザ……お前は一生鎖で縛られる運命なのだ。諦めて席へ戻れ……』

真紅の魔王「……」スッ

 ッドゴオオオン!
199 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:09:31.35 ID:ATK37TK/0

玉座『……ガッ……なぜだ……我が、娘……』ガラガラ

真紅の魔王「はっ。あなたに娘と呼ばれる筋合いはありませんわ」

勇者「……ひゅー、すげえ魔法。よかったのか? 玉座と鎖は魔力の源だろ」

真紅の魔王「ずっと壊したいと思ってましたの。いい機会でしたわ」バキンッ

 コッ……コッ……コッ……

真紅の魔王「飾りの短剣ですが、瀕死のあなたには十分ですわね。これでとどめを刺してあげますわ」スラッ

勇者「……刺すなら心臓にしてくれよ」グイッ

真紅の魔王「いわれなくてもそのつもりでしてよ」ビュッ

 ドスッ!
200 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:10:06.47 ID:ATK37TK/0

勇者「……はは」ゴプ

真紅の魔王「なにがおかしいんですの」

勇者「あり、がとう」

真紅の魔王「?」

勇者「これで……儀式の条件が、そろった」パチン

 バサアッ

真紅の魔王(? マントの内側になにか縫い付けられてる。これは……)

勇者「どうだ? 全部……揃ってる、だろ。俺、昔から記憶力だけは……いいからさ」
201 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:10:43.76 ID:ATK37TK/0

──新月の儀式 強力な魔力を持つ人間を生贄に、対象の魔族を延命、あるいは蘇生する儀式。生贄の体に魔族の魂を移す。
 儀式に必要な供物は4つ。銀龍の鱗、悪魔の牙、人魚の涙、グリフォンの羽根──

真紅の魔王(新月の儀式に使われる素材……?)

 ザザ……

──

勇者『秘書、これ読んで』

──

真紅の魔王(なん……ですの、この記憶は。なぜ勇者の顔に見覚えが)

勇者「……ごめんな」

真紅の魔王「え……」

勇者「あのとき父ちゃんを、魔王を助けられなくてごめん。でもこれからはさ、2人で仲良く暮らしてくれよ……秘書」グラッ

 ドサッ
202 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:11:35.28 ID:ATK37TK/0
──


勇者「……っ!」ガバッ

勇者(なんだここ。白い霧でなにも見えない。俺は……死んだのか?)スッ

勇者『炎弾』

 シーン

勇者「魔法も使えない。ちょっと移動してみるか」スクッ

 スタスタ

勇者「おーい、誰かいないか?」

 ……ザワッ

勇者「!」バッ

勇者(なんだこの気配。さっきまでなにも感じなかったのに、急に……!)

 ズズズズ……

勇者(すさまじい怒りを感じる。強大な力を持った誰かが近づいてくる)

 ザッ ザッ ザッ

勇者(霧の向こうから大きな影が、……!)
203 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/19(火) 18:12:20.23 ID:ATK37TK/0

 ヌッ

狼牙の魔王「……」ギロッ

 ゴゴゴゴ……

勇者「……ま、おー……」

勇者(そうか。ここはたぶん魂の世界。俺が魔王に倒されることで魔王は現世に蘇るんだ)

狼牙の魔王「……」ガチッ ガチッ

 ズズズズ……

勇者(すげえ殺気……当然だよな。秘書に直接刺されるためとはいえ、すげー侮辱しちまったし)スッ

 スタスタ……ピタッ

狼牙の魔王「……」ジッ

勇者「秘書に俺が謝ってたって伝えてよ、魔王。そんで2人で末永く、幸せに暮らして……」

狼牙の魔王「グルルル……グオオオッ!」グッ

 ギュオオッ

勇者(さよなら、父ちゃん)
204 : ◆AhbsYJYbSg [saga]:2023/09/20(水) 17:16:09.19 ID:mtpvlUs60

 ゴチン!

勇者「……いっ……てええええ!」シュウウ…

 ギュッ

勇者「!」

狼牙の魔王「自らを生贄に吾を蘇らせようなどと……この愚か者が」

勇者「……」

狼牙の魔王「伝えたではないか。秘書を救うには自らの正体を明かせと。それだけで彼女は全てを思い出すだろうと」スッ
205 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:16:48.93 ID:mtpvlUs60

勇者「……それじゃダメなんだ。魔王のいない世界に秘書はきっと耐えられない。だから……」

狼牙の魔王「秘書がそういったのか?」

勇者「えっ。いや、でも……」

狼牙の魔王「お前は思い違いをしている。彼女は吾の死を乗り越える強さを持っている。だが一方で……」ジッ

勇者「?」

狼牙の魔王「……いや。それより……成長したな勇者」

勇者「そうかな。俺はなにも変わってない気がする。魔王の命を救えなかったあの日から」

狼牙の魔王「救えなかった? なんのことだ」
206 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:17:38.22 ID:mtpvlUs60

勇者「えっ。だって」

 ポン

狼牙の魔王「お前に出会ったあの日から、吾はずっと救われていた。

お前と過ごした幸せな4年間に比べれば、それまでの千年間はないのと同じだ」

勇者「……っ」

狼牙の魔王「自分に幸せになる資格がない、などと考えるな。お前は幸せになっていい。それだけが吾の望みだ」

 スウッ……

狼牙の魔王「……そろそろ時が来たか」

勇者「! 待って、まだ消えないで」

狼牙の魔王「生きろ。吾の最愛の息子よ。お前の人生に、数え切れぬほどの喜びがあらんことを……」スウッ

 サアッ……
207 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:18:15.19 ID:mtpvlUs60

──


──しゃ──ゆ──

 ポタッ

勇者(……? なんだろう、雨……?)

「勇者っ!」

勇者「!」ハッ

秘書(真紅の魔王)「バカ! あんたは本当に……大馬鹿だよっ!」ポロポロ

勇者「秘書……記憶が戻ったんだ。よかった」

秘書「よくないっ!」

 スッ

勇者(! 胸の傷が塞がってる)
208 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:18:41.75 ID:mtpvlUs60

秘書「……魔王様の死は、あなたのせいじゃない」

勇者「!」

秘書「あたしにとって魔王様は初恋で、憧れで……大切な方だった」

勇者「……うん」

秘書「でもね、あなたも同じくらい大切なんだよ。分かってた、でしょう?」

勇者「……家族だと思ってくれてるのは知ってた。でも……」

 ギュッ
209 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:19:40.97 ID:mtpvlUs60

勇者「!」

秘書「もう命を粗末にするのはやめなさい。あなたを愛してる。魔王様が愛した勇者を。あたしを初めて抱きしめてくれた、あなたを」

勇者「……秘書。魔王が、死んだ」

秘書「うん」

勇者「死んじゃったんだ。おれの……父ちゃんが」ポロッ

秘書「……うん」ギュッ

勇者「う……あ……っ」ポロポロ

 うわああぁあ……ん……!
210 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:20:23.94 ID:mtpvlUs60

 10年後

 魔界と人間界の境界 死の荒野

 タタッ

人狼の子供「もうすぐだよ。荒野を抜ければ人間界に入る」

ゴブリンの子供「でも、本当……なのかな。この先の村に、人間も魔族も分け隔てなく診てくれるドクターがいるなんて」ゲホッ

 ゴホッ ゲホゲホッ

人狼の子供「大丈夫? 少し休もう」スッ

ゴブリンの子供「だめ、だよ……この場所は危険だから、早く通り抜けなくちゃ──」

『必中の矢』

 ヒュンッ……ドスッ!
211 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:21:21.71 ID:mtpvlUs60

ゴブリンの子供「うわああっ!」ブシュ

人狼の子供「!」バッ

 ザッ

隊長「……ふん。我らの目を欺いて人間界に侵入しようなど、やはり魔族は害虫だな。虫酸が走るわ」

弓兵「あなた方の墓はここです。大人しく駆除されなさい」

ゴブリンの子供「うぅ……っ」ドクドク

人狼の子供「ま、待って! 私達は悪い魔族じゃないよ。人間を傷つけたり悪さをしたりしない。どうか通して、お願い!」

槍兵「ぶっ」

 ぶひゃひゃひゃ!
212 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:21:59.04 ID:mtpvlUs60

人狼の子供「!?」

弓兵「あんまり笑うとかわいそうですよ」フッ

槍兵「わりーわりー、だっておかしくってよ。こいつら、自分たちが駆除される理由が『悪い魔族だから』だと思ってやがる。

こんなん笑わずにいられるかよ」ギャハハ

隊長「勘違いするな害虫ども。貴様らの内面になど興味はない。人間界への侵入を企む魔族は全て殺す。それだけだ」

人狼の子供「どうして……っ」

弓兵「決まっているでしょう。あなた方の見た目が不快だからですよ」
213 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:22:24.51 ID:mtpvlUs60

人狼の子供「!」

槍兵「そういうこった。ま、人間と違う見た目に生まれたのが運の尽きってやつだな」

隊長「我が国の王は現在、軍を招集している。魔王が倒されて十年、魔族が弱体化した今こそ魔界侵略の好機。

いずれ不快な魔族は全員殺される運命なのだ。それが少し早まっただけのこと。……矢を」
214 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:22:59.13 ID:mtpvlUs60

弓兵「はい」キリリッ

人狼の子供「そんな……っ」

ゴブリンの子供「……僕を囮にして、逃げて」ハアハア

人狼の子供「! できないよ、そんなこと!」

ゴブリンの子供「僕はもう、ダメだ。種族の違う僕と友達になってくれて、ありがとう」ニコッ

隊長「放て!」

 ビュオオオッ!



『爆雷雨』

 ビシャアアアアン!
215 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:23:32.07 ID:mtpvlUs60

ゴブリンの子供・人狼の子供「わあああっ!」バッ

隊長「な、なんだ一体……!」

弓兵「! 見てください、上空に!」

 バサッ バサッ

放浪者「うーん。やっぱいつまで経っても秘書の威力には敵わないな」

グリフォン「グルル、ガウ」

放浪者「はは、慰めてくれてありがと」バッ

 シュタン

人狼の子供(誰? 分からないけど、私が友達を守らなくちゃ)バッ
216 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:24:45.50 ID:mtpvlUs60

放浪者「よっ、頑張ったなお前ら」

ゴブリンの子供「お兄さんは、誰……?」ドクドク

 スッ

放浪者「大丈夫。お前はすぐに良くなるよ」

ゴブリンの子供(! ケガが……治ってく)パアッ

人狼の子供(魔法? でも魔法を使う素振りなんてなかったのに……)


隊長「マントに描かれた狼の紋章……手配書で見たことがあるぞ。貴様『放浪者』だな。

どこからともなくグリフォンと共に現れ、人と魔族の区別なく弱い者に味方する不届き者。邪魔するなら貴様から駆除してやる……『炎鎧』」ボウッ

弓兵「私達は魔法と武芸を修めた最強兵団。一人ひとりの強さはかつて存在した勇者に匹敵します……『雷神の矢』」バリバリッ

槍兵「逃げるなら今だぜえ? ま、逃がさねえけどな……『氷雪槍』」パキンッ


人狼の子供「早く逃げなきゃ! あの兵士たちは魔法を使うんだよ。絶対に殺されちゃう!」
217 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:25:26.97 ID:mtpvlUs60

放浪者「魔法? あいつら魔法なんて使えないだろ」

 ボシュウ……

隊長「!? なっ……」

弓兵「魔法が、消えた?」

槍兵「な、なんだあいつ……化け物があっ!」ダダッ

隊長「待て!」

放浪者「そうだよ。少し落ち着けって」

 ピタッ

槍兵(……か、体が……動かねえ……!)
218 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:26:01.39 ID:mtpvlUs60

隊長「貴様あっ! なぜ魔族どもを庇う! どうせもうすぐ魔族は全滅するのだ。意味のない行為はやめて即刻ここから立ち去」

 ビー、ビー

隊長「! 念話か……こんなときに」

弓兵「無視しますか?」

隊長「いや、緊急時以外は連絡するなといってある……繋げ」

 ブゥウン

兵士『し、至急応援を求む! このままでは国王軍が壊滅する!』
219 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:26:31.91 ID:mtpvlUs60

隊長「なに!? どういうことだ。我ら国王軍には五万を超える精鋭が集まっている。一体どれだけの軍勢が攻めてきたというのだ!」

兵士『たった1人だ』

隊長「……なに?」

兵士『たった1人に国王軍は為すすべもなかった。彼女はもうすぐこの場所に』

 バゴオオン!

兵士『! ああ……なんと、美』

 ザザッ……ザーッ

隊長(……なんなのだ。一体なにが起こっている?)
220 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:27:40.19 ID:mtpvlUs60

人狼の子供「どうしてあなたは人間なのに、私達を助けてくれるの?」

放浪者「……もしここに父ちゃんがいたら、同じことをしたと思うんだ」ポン

ゴブリンの子供「お父さん?」

放浪者「ああ。強くて優しい、最高の父ちゃんだった」

弓兵「た、隊長……っ」カタカタ

隊長「お前は……お前は一体、なんなのだあっ!」

放浪者「俺か? 俺はな。

 最強魔王の、息子だよ」



『狼魔王とチビ勇者』 おわり
221 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:28:38.62 ID:mtpvlUs60

おまけ1『いたいのいたいの、とんでけ』

 魔王城 勇者の部屋

勇者「う……しょ」フラフラ

秘書(もう壁につかまりながら歩けるのか)

秘書「ほら、こっちおいで。ゆっくりでいいよ」

勇者「あーう」スッ

 ヨチ……ヨチ

秘書「そうそう、うまいうまい!」

 ハッ

秘書(つい、忘れてた。あたしはこの子を生贄にしようとしてるんだった。

あまり心を動かされたらダメだ。もっと事務的に……)

勇者「……」グラッ

 ゴチン
222 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:29:19.84 ID:mtpvlUs60

秘書「!?」

 タタッ

秘書「だ、大丈夫か? おでこ打ったでしょう、見せてごらん」スッ

勇者「……ふ」ジワッ

 ふええぇ〜ん!

秘書(……よかった。少し赤くなってるだけだ。

あたしも昔、こんな風に泣いてたっけ)

──

幼い秘書『うえーん! うえぇーん!』ポロポロ

吸血族長「不思議だな」

幼い秘書『う……?』

吸血族長『なぜそんな無駄なことをする? 醜い顔で汚い水をまき散らして、恥ずかしくないのか?』ビシッ

秘書『!』ビクッ

吸血族長『もう一度。この初歩魔法が成功するまで食事は抜きだ』

──
223 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:30:05.49 ID:mtpvlUs60

秘書(……あの日からあたしは泣かなくなった。泣いても無駄だと思い知ったから)

勇者「うああ〜ん」ポロポロ

秘書(……ああ、そっか)スッ

 ナデ……ナデ

勇者「!」

秘書「いたいのいたいの、とんでけ」パッ

秘書(本当はあたし、ただこうして慰めてほしかったんだ。……それだけで、よかったんだ)

勇者「……」スッ

 ギュッ

秘書「!」

勇者「ひしょ、すきー」ギュー

秘書(あなたに抱きしめられる資格、あたしにはない。……ないのに)

 ギュッ

秘書「あなたはどうして……こんなにあったかいの、勇者」


 おわり
224 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:31:03.53 ID:mtpvlUs60
おまけ2『魔王の手料理』

 魔王城 執務室

 カリカリ……

魔王(終わらんな。仕事を溜め込みすぎたか。もっと効率的に処理できればいいのだが)

 ギイッ……

魔王「! 勇者か」

 トコトコ

魔王「どうした? 秘書と一緒に寝ていたのではないのか?」

勇者「秘書、先に寝ちゃった」

魔王「ふむ?」
225 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:31:50.45 ID:mtpvlUs60

 勇者の部屋

 ギィ……

秘書「……」スースー

勇者「ね?」

魔王「本当だ」

魔王(めずらしいな。よほど疲れが溜まっていたのだろう)

秘書「ん……」ブルッ

魔王(少し寒いか)シュル

 フワッ
226 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:32:22.03 ID:mtpvlUs60

魔王「……いつも苦労をかける」ボソッ

秘書「うーん……魔王様の上腕三頭筋……」ムニャムニャ

魔王(個性的な夢だ……)

 クイクイ

魔王「ん?」

勇者「おれねー、おなかペコペコ」

魔王「そうか。なら夜食でも作ろう」スッ

勇者「ん」ギュッ

 スタ……スタ……ギィッ……パタン
227 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:32:53.24 ID:mtpvlUs60

 大厨房

 ズズ……

魔王「……ふむ、悪くない出来だ」

勇者「おれも味見するー!」

魔王「そうか。しばし待て」スッ

 フー、フー、フー、フー、フー、

 フー、フー、フー、フー、フー、

 フー、フー、フー、フー、フー……

魔王「よし。どうだ?」スッ

 コクッ

勇者「おいしー」ニコッ
228 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:33:27.31 ID:mtpvlUs60

魔王「では食べよう」カタン

勇者「はーい」ピョン

魔王(大厨房の粗末なテーブルで吾が食事しているのを見たら、料理長は腰を抜かすであろうな)フッ

勇者「まえのポトフよりおいしい!」

魔王「そうか。お前のおかげですっかり料理がうまくなった。ありがとう」

 ──
 
 コトン

魔王「どうした、もういいのか」

勇者「ねえ魔王。おれの親って、どんなだった?」

魔王「……!」
229 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:34:05.81 ID:mtpvlUs60

 グッ……

魔王「……素晴らしい人たちだった。お前を心から愛し、命がけで守り抜いた。あれほど強い人間たちを吾はほかに知らぬ」

勇者「……そっか。おれ、愛されてたんだ」

魔王「……」

魔王(いつかお前も知るだろう。両親が死んだのは、元をたどれば吾の侵攻のせいだと……)

勇者「親のことはほとんど覚えてないけど、一つだけ覚えてるんだ」

魔王「なんだ」

勇者「おれのほっぺたを、両手で包んでくれたこと。あったかくて大きかった」
230 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:34:41.58 ID:mtpvlUs60

魔王「そうか。決して忘れるな。その記憶はお前の芯になるかもしれぬ」

勇者「しん?」

魔王「生きる上での指針。お前の人生を根底から支えてくれるもの。それさえあればつらいときでも自分を保っていられるはずだ」

勇者「魔王にも、しんはあるの?」

魔王「……かつてはなかった。いまは……」

勇者「?」

魔王「……そろそろ寝るか。洗い物をするからしばし待て。綺麗にしないと料理長に悪いからな」スクッ

勇者「おれも手伝うー!」ピョン
231 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:35:18.66 ID:mtpvlUs60

 勇者の部屋

秘書「……」スースー

 ポンポン

魔王「これでよし。いい夢を見るがいい」スッ

勇者「まおー」

魔王「む?」

勇者「魔王は、死なない?」

魔王「! ……」スッ

 ナデナデ

魔王「吾は……生きたいと思っている。お前が成長した姿を見たい、と」

勇者「そっか。……まおー」スッ

魔王「ん」スッ

 ギュッ

勇者(ずっとそばにいて、魔王)


 おわり
232 : ◆AhbsYJYbSg [sage saga]:2023/09/20(水) 17:35:44.86 ID:mtpvlUs60
ありがとうございました。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/20(水) 19:22:26.20 ID:9T961UoBo
おつ
よかったわ…
玉座システムとか想像の余地残ってるのも良い
またなんか書いてほしい
ありがとう
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/10/12(木) 05:28:29.18 ID:oC5ugcAX0
めっちゃ良かった
面白くて好き
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