侑「ポケットモンスター虹ヶ咲!」 Part2

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642 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/06(金) 17:18:11.36 ID:djK6Kzqg0

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.77 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ウォーグル♂ Lv.75 特性:まけんき 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.76 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.73 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      ドラパルト♂ Lv.73 特性:クリアボディ 性格:のんき 個性:ぬけめがない
      フィオネ Lv.71 特性:うるおいボディ 性格:おとなしい 個性:のんびりするのがすき
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:255匹 捕まえた数:10匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.65 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.65 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.64 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      トドゼルガ♀ Lv.63 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラージェス♀ Lv.62 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
      ウツロイド Lv.71 特性:ビーストブースト 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:221匹 捕まえた数:20匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.78 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロアーク♀ Lv.73 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      マッスグマ♀ Lv.72 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニゴーン♀ Lv.71 特性:ほろびのボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ダストダス♀✨ Lv.72 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
      ブリムオン♀ Lv.72 特性:きけんよち 性格:ゆうかん 個性:ちょっとおこりっぽい
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:251匹 捕まえた数:15匹

 主人公 しずく
 手持ち インテレオン♂ Lv.66 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      バリコオル♂ Lv.65 特性:バリアフリー 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アーマーガア♀ Lv.65 特性:ミラーアーマー 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロズレイド♂ Lv.65 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      サーナイト♀ Lv.65 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
      ツンベアー♂ Lv.65 特性:すいすい 性格:おくびょう 個性:ものをよくちらかす
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:224匹 捕まえた数:23匹

 主人公 せつ菜
 手持ち ダクマ♂ Lv.5 特性:せいしんりょく 性格:ようき 個性:こうきしんがつよい
      ウインディ♂ Lv.86 特性:せいぎのこころ 性格:いじっぱり 個性:たべるのがだいすき
      スターミー Lv.81 特性:しぜんかいふく 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
      ゲンガー♀ Lv.84 特性:のろわれボディ 性格:むじゃき 個性:イタズラがすき
      エアームド♀ Lv.79 特性:くだけるよろい 性格:しんちょう 個性:うたれづよい
      ドサイドン♀ Lv.82 特性:ハードロック 性格:ゆうかん 個性:あばれることがすき
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:28匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくと せつ菜は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



643 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:46:19.80 ID:Xct6+7De0

■Chapter071 『終焉と絶望。……それでも──』 【SIDE Yu】





リナ『…………』 ||   _   ||

侑「リナちゃん……」

リナ『…………ごめんなさい……愛さんを……止められなかった……』 ||   _   ||

歩夢「リナちゃん……」

かすみ「リナ子……!! なんで、嘘吐かなかったの!? 愛先輩の言うとおり、あそこで自分が璃奈だって言ってれば……!!」

しずく「かすみさんっ!! リナさんの気持ちも考えて!!」

かすみ「でも……!! このままじゃ世界、滅んじゃうんでしょ!?」

しずく「そ、それは……」

リナ『うぅん、かすみちゃんの言ってることは正しい……。……合理的に考えれば、あそこは嘘を吐いてでも止める場面だった』 ||   _   ||

侑「……じゃあ、どうして……嘘を吐かなかったの……?」

リナ『………………私…………愛さんには…………嘘……吐けなかった……。…………大好きな愛さんにだけは…………嘘……吐けなかった…………』 || 𝅝• _ • ||

かすみ「…………リナ子……。…………ごめん」


それは……リナちゃんが、どうしようもなく璃奈ちゃんだったから……愛ちゃんの目の前で……璃奈ちゃんの死を肯定せざるを得なかった。


侑「…………」


やるせなかった。

でも、もう……どうすればいいか。

みんなが沈黙する中……口を開いたのは──


歩夢「……愛ちゃんを、止めに行こう」


歩夢だった。


侑「歩夢……?」

歩夢「私……愛ちゃんの気持ち……ちょっとだけ……わかる気がするんだ……」

かすみ「ま、マジですか……?」

歩夢「……もし、侑ちゃんが……死んじゃったとして……。……それでも、侑ちゃんに繋がる何かがあったら……私はそれが世界を滅ぼすことになるんだとしても……きっと手を伸ばしちゃうと思う……」

侑「歩夢……」

歩夢「……大好きな人に嘘を吐けなかったリナちゃんの気持ちも……わかるよ……。……好きな人に嘘吐くのって……苦しいし……悲しいもん……」

リナ『歩夢さん……』 || 𝅝• _ • ||

歩夢「でも……それってどっちも、大好きで、大切だから、そう思うんだよね……? ……お互いを想い合う……大好きな気持ちのせいで……誰も望まない未来を選んじゃうなんて……悲しすぎるよ……」


歩夢の言うとおりだ。……こんな悲しい結末で、終わらせちゃダメだ……。


侑「……ねぇ、リナちゃん」

リナ『なぁに……?』 || 𝅝• _ • ||

侑「リナちゃんはどうしたい? ……オリジナルとか、コピーとかじゃなくて……。……リナちゃんはどうしたい?」

リナ『私は……』 ||   _   ||


リナちゃんは少しだけ悩んでいたけど──


リナ『……私は──愛さんを救いたい……!! 愛さんに、この世界で生きる未来を……選んで欲しい……!!』 || > _ <𝅝||
644 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:47:53.84 ID:Xct6+7De0

リナちゃんはそう、自分の気持ちを口にしてくれた。


侑「……うん! じゃあ、決まりだ」

歩夢「愛ちゃんを止めに……行こう……!」


私は歩夢と頷き合う。


かすみ「……そうですね……。……このまま、世界が消えるのを黙って待つなんて……絶対お断りですし」

しずく「せっかく、ここまで来たんですから……ハッピーエンドで終わらせないと、納得行きませんよね」


かすみちゃんとしずくちゃんが、歩み出る。


せつ菜「こんな形で、世界を終わらせるわけに行きません。……やっと、私は私を始められるんですから……!」

エマ「なにが出来るかわからないけど……。……誰かを想う気持ちが、悲しい結果になるのは……嫌だから……。わたしにも手伝わせて……!」


せつ菜ちゃんとエマさんが、協力を申し出て。


果林「……仲間の不始末は……さすがに責任取らないとね」

彼方「そうだね〜。一発愛ちゃんには厳しく言ってやらないと! 一人で考え込むな〜って」


果林さんと彼方さんが、仲間の為に決意する。


リナ『みんな……』 || 𝅝• _ • ||

侑「リナちゃん……! 愛ちゃんを止めに行こう……!」

歩夢「大切な人を想う気持ちを……悲しい結末にしないために……!」

リナ『……うん!』 || > _ <𝅝||


私たちは最後の戦いに臨むために……覚悟を決めた。



645 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:49:14.34 ID:Xct6+7De0

    🎹    🎹    🎹





曜「とりあえず……愛ちゃんが具体的に何しようとしてるのかが、私たちにはよくわからなかったんだけど……」

善子「そうね……まず、その説明をしようかしら……」

せつ菜「確か……特異点のインフレーション……とか言ってましたよね……?」

しずく「それによって、全宇宙のエネルギーを均一化するとも……」

かすみ「果林先輩たちの世界って、エネルギーが他の世界に偏っちゃうから困ってたんですよね……? 均一化ってことは……みんなで平等に分け合うってことじゃないんですか?」

リナ『うぅん、そういう次元の話じゃない。エネルギー差異の完全均一化は全ての熱的活動の終焉を意味する』 || ╹ᇫ╹ ||

かすみ「……???」

善子「えーっと……そうね……。めちゃくちゃ簡単に言うなら……熱いの反対は冷たいだけど……それが全部一定になったら、熱いも冷たいもなくなっちゃうって話かしら」

せつ菜「つまり……相対概念の消失……でしょうか」

リナ『そういうこと。さらにこれは、何も熱に限った話じゃない。光は暗いから明るい、空気が多い場所から少ない場所へ移動するから風が吹く……みたいに、ありとあらゆる現象はエネルギーの差異によって生じてる。これがなくなると……』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「えっと……熱さもないし、明るさもないし、風もない世界になる……ってこと……?」

リナ『それどころか、物質もエネルギーが動き続けてることによって存在してるから、エネルギー差異が完全消滅したら……全ての物質がなくなるに等しい。人やポケモンどころか、星も……宇宙すらも』 || ╹ᇫ╹ ||

花丸「つまり……無……」

かすみ「え……!? そ、それ……めちゃくちゃやばいじゃないですか……!?」

善子「だからヤバイって言ってるでしょ……。これが全宇宙の熱量的な終焉──熱的死と言われてる。愛はそれを無理やり引き起こそうとしている」

果林「つまり……全宇宙が滅びるってことね」

彼方「果林ちゃん……あんまり、わかってないよね?」


とりあえず……愛ちゃんを止めないと、全てが滅んじゃう……ってことはわかったかな……。

となると、次に話すべきは……どうやって愛ちゃんを止めるかだ。


善子「だから、私たちは愛が事を起こす前に、追い付いて止めないといけないんだけど……そもそも特異点ってシップで行けるの?」

リナ『たぶん……無理……。……特異点って言っても愛さんが行こうとしてるのは特異点の中核……。普通のシップじゃ行けたとしても、途中でバラバラになる……』 || > _ <𝅝||

善子「そうよね……向こうはキズナ現象を起こした規格外のアーゴヨンに……覚醒したディアルガ、パルキア、ギラティナまで持ってる……。それによって、やっとたどり着けるってことよね……」

リナ『速度自体はポケモン単体の速度よりかは全速力シップの方が上だから、もしかしたら特異点に着くまでに追い付くこと自体は出来るかもしれないけど……』 || 𝅝• _ • ||

果林「シップ内に居たらウルトラスペース内での戦闘は無理……。……追い付いたところで無抵抗のまま墜とされるのが関の山ね」

侑「となると必要なのは……ウルトラスペースを自由に航行すること、かつウルトラスペース内で戦闘して愛ちゃんを止められること……か……」

しずく「ウルトラビーストに乗って移動するのはどうでしょうか? 確かウルトラビーストには、ウルトラスペースのエネルギーを中和する効果があるんですよね? それなら、生身の人間でも活動出来るはずです!」

彼方「確かにそうだね〜……実際、愛ちゃんはアーゴヨンでウルトラスペース内のエネルギーを中和して、航行してるはずだし……」

善子「でもあのアーゴヨンは特別……エネルギーの出力的に普通のウルトラビーストじゃ追い付けないわよね?」

リナ『うん。速度の面でも、活動限界時間を考えても、普通のウルトラビーストで飛び出すのは少し無謀かも……』 || 𝅝• _ • ||

花丸「ちなみに……愛ちゃんはどれくらいで、その特異点とやらにたどり着くずら?」

リナ『私たちが以前行ったことがあるのは、あくまで重力圏内までだったけど……中核となると、全速力のシップでも何年も掛かるような距離だから、多少の余裕はある……と思う。ただ、ディアルガやパルキアがいるから、時空を歪めて加速とかはしてそう……。ざっくり1ヶ月くらいがボーダーだと思った方がいいかも……』 || > _ <𝅝||

遥「どちらにしろ……向こうが時空を操って移動出来る以上……こちらもかなりの水準でワープ航行レベルの速度が求められることになります……」

千歌「条件が厳しすぎるよ〜……」


確かに、必要とされていることはわかりやすいかもしれないけど……それを満たすことがあまりに難しすぎる。

早くも議論が詰まってしまったところで、口を開いたのは、


かすみ「は〜……相変わらず皆さん、難しく考えすぎなんですよ……」
646 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:50:01.55 ID:Xct6+7De0

かすみちゃんだった。


侑「何か考えがあるの……?」

かすみ「はい! 要は超速くて超強いウルトラビーストを捕まえれば万事解決です!」

しずく「それが出来たら苦労しないでしょ! 真面目に考えなさい!」

かすみ「いひゃい〜……ほっへひっはららいれ〜……」


かすみちゃんがしずくちゃんにほっぺを引っ張られて悲鳴をあげる。


姫乃「……とりあえず、ここでうんうん唸っていても仕方がないので、ひとまずシップをこちらに持ってきます」

遥「そういうことなら、姫乃さんの手錠……一旦外しますね。いいよね、お姉ちゃん?」

彼方「うん。さすがにこんな状況だし、敵も味方もないからね〜……果林ちゃんのも一旦外してあげるね〜」

姫乃「助かります」

果林「お願い」


姫乃さんたちが、シップの移動へと動き出す中──


侑「うーん……新しいウルトラビーストか……」


私はかすみちゃんの考えは、案外悪くない気はしていた。

今のこっちのカードじゃ、どっちにしろ追い付くことすら難しいというなら……新しい航行方法を得る方がまだ可能性がある気がするし……。

向こうがポケモンの力によって無理を通しているなら、それを覆すにはこっちも無理を通せるだけのポケモンの力が必要なんじゃないかな……。

そのときふと──


 「────」
侑「コスモウム……?」


彼方さんのコスモウムが、私の前に舞い降りてきた。

……確かに修行中にそこそこ仲が良くなったポケモンではあるけど……。


侑「そういえば、コスモウムもウルトラビーストなんだっけ……」
 「────」


まあ……あまりに遅すぎて、追い付くとかそういう次元じゃないんだけど。


歩夢「侑ちゃん……何か思いついた……?」

侑「うぅん……全然……。……歩夢は?」

歩夢「私も……なかなかいい案が思い浮かばない状態……」

侑「だよね……」
 「────」


二人で悩んでいた、そのとき──唐突に歩夢の胸元が輝きだした。


歩夢「えっ!? 何……!?」


歩夢が驚きの声をあげると同時に──


 「──ピュィッ!!!!」
歩夢「……! コスモッグ……! ずっと私の服の中に居たの……?」


コスモッグが飛び出し、光り輝いていた。その光は──今までにも、何度か見たことのある光だった。
647 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:50:44.54 ID:Xct6+7De0

侑「こ、これってまさか……!?」

歩夢「進化の光……!」


光に包まれたコスモッグは──


 「────」


紅い水晶を持った、コスモウムへと……進化した。

そして、再び歩夢の胸元に降りてくる。


侑「コスモウムに進化した……」

かすみ「……ちょーっと待ってください……? コスモッグが進化しちゃうと、ウルトラスペースシップのエネルギーが取り出せなくなっちゃうんじゃ……!?」

果林「……そうね」

かすみ「ぬわーーー!? ますます、シップで追い付く希望がなくなっちゃいました〜〜〜!?」


かすみちゃんが頭を抱えるけど──


彼方「…………」

果林「…………」


果林さんと彼方さんが、急に口元に手を当てて何かを考え始めた。


エマ「果林ちゃん……? 彼方ちゃん……?」

果林「……ねぇ、彼方……もしかして、今私と同じこと考えてない?」

彼方「……奇遇だね〜、彼方ちゃんも今、果林ちゃんが同じこと考えてる気がしてたよ〜」


果林さんと彼方さんは、リナちゃんの方に向き直る。


果林「リナちゃん、コスモウムは……太陽の化身か月の化身に姿を変えるって前に言ってたわよね?」

彼方「それが本当なら……もしかしたら……追い付けるんじゃない……?」

リナ『……! 確かに、コスモウムは大きなエネルギーを内包している繭みたいな状態……それが覚醒して進化した姿なら……! もしかしたら……!』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「それじゃ、この子たちを進化させれば……!」
 「────」

侑「ってことは……」
 「────」

かすみ「コスモウムを持ってる歩夢先輩と彼方先輩なら、乗り込めるってことですか……!?」

彼方「んー……一人は歩夢ちゃんだけど……もう一人は彼方ちゃんよりも──侑ちゃんがいいと思う」

侑「え!? な、なんで!?」
 「────」

彼方「コスモウム……さっきから侑ちゃんの周りを漂ってるし……」

侑「え?」
 「────」


言われてみれば、確かにコスモウムが私の周りをくるくると回っていた。
648 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:52:42.72 ID:Xct6+7De0

侑「……ホントに私でいいの……?」
 「────」

彼方「……コスモウムはもしかしたら……ずっと主を探してたのかもしれないね」

侑「え……?」
 「────」

彼方「だって、彼方ちゃんの傍に4年も居たのに……進化の兆しすらなかったんだもん」

果林「太陽の化身、月の化身になぞらえて、“SUN”と“MOON”の称号を組織内で最も強い二人に与えていた……。それは単純な強さが化身の力を呼び覚ますと思っていたからだという節があるわ。……でも、本当はそうじゃなかったかもしれない」

侑「それって、一体……?」
 「────」

彼方「それが何かはわからないけど……コスモウムは侑ちゃんに、その何かを見出したんじゃないかな」

侑「……そういうことなの? コスモウム?」
 「────」


周りを飛びまわっているコスモウムに訊ねても、言葉が返ってくるわけじゃないけど……。

大人しかったコスモウムがこんなに活発に動き回っている様子が、答えなんじゃないだろうか。


侑「……わかった。それじゃ……私と一緒に来て、コスモウム」
 「────」

歩夢「侑ちゃん……!」
 「────」

侑「うん……! コスモウムたちを進化させよう……!」
 「────」





    🎹    🎹    🎹





──現在私たちは、ウルトラスペースシップに乗り込み……私たちの世界を目指しているところだ。


姫乃「果林さん、本当に全速でいいんですね……!? ここで燃料を使ったら、確実に愛さんを追いかけることはできなくなりますが……」

果林「ええ。とにかく、戻るのを優先して。どっちにしろ、シップで追い付けないなら、コスモウムたちが進化することに賭けた方がいい」

姫乃「……わかりました」


速いと言っても1日以上は掛かるらしいので、私たちは移動の時間を使いコスモウムの進化条件について考えているところだった。


リナ『私が以前読んだ石碑の碑文のとおりなら……コスモウムは、日輪と月輪が交差する場所で、交差する時に、人の心に触れ、化身へと姿を変えるって記されてた』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「太陽と月が交差する場所……」
 「────」

歩夢「どういうことかな……?」
 「────」


コスモウムたちは、どんどん活発に私たちの周囲を衛星のように回っている。

まるで、進化のタイミングを今か今かと待っているかのように……。

コスモウム側の準備が出来ているなら、あとは条件を整えてあげるだけだけど……。
649 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:53:26.40 ID:Xct6+7De0

しずく「人の心に触れという文面からして……確実に進化する場所があるのは、文明のある世界だと考えていいでしょうね」

かすみ「つまり、かすみんたちがさっきまでいた世界じゃ、どう足掻いても進化しないってことだよね……」

せつ菜「はい。……それで、日輪と月輪が交差する時というのですが……単純に昼夜が切り替わる瞬間のことではないでしょうか?」

かすみ「まあ確かに太陽はお昼のものですし、月は夜のものですもんね」

しずく「となると……夕暮れか夜明け……ですかね」

侑「確かに、試してみる価値はあるよね」

歩夢「じゃあ、時間は夕暮れか夜明けとして……問題は場所だよね……」

かすみ「うーん……日輪と月輪が交差する場所……。太陽と月……どっちにも近い場所ですかね?」

せつ菜「天体に少しでも近いとなると……宇宙?」

リナ『それだと、昼夜の概念と人の心に触れって場所がおかしくならない?』 || ╹ᇫ╹ ||

せつ菜「あ、確かに……」

かすみ「じゃあ……一番近い場所……高い場所ってこと?」

しずく「……あぁっ!!」


そのとき、しずくちゃんが突然大きな声をあげる。


かすみ「ちょ……び、びっくりさせないでよ、しず子……!」

しずく「あ、ありました……! 太陽と月と縁の深い場所……!」

侑「ほ、ホントに……!?」

歩夢「どこなの……?」

しずく「カーテンクリフの遺跡です! あそこには、太陽信仰と月信仰があったと考えられていたはずです!」

せつ菜「確かに……私も同じような話を聞いたことがあります」

かすみ「太陽と月を同時に崇めるなんて、欲張りな遺跡ですねぇ……」

せつ菜「確か……真西から日差しが差すときと、真東から日差しが差すときに、雲海に映る巨大な人の形をした影を神として崇めた……とかだったような……。……もちろん、その正体は自分自身の影なんですけど……。東に見た場合と西に見た場合、両方の人が主張をした結果、2つの信仰が生まれたという話だった気がします」

しずく「せつ菜さん……詳しいですね」

せつ菜「私は修行でよく登っていたので……気になって調べたこともありますし、実際に西にも東にも巨人の影を作ってみたことがありますよ! それと、もう一つ……あそこには面白い話があるんですよ」

歩夢「面白い話……?」

せつ菜「時間帯で……遺跡の呼び方が変わるんです」

かすみ「へ? なんでですか……?」

侑「地名そのものが変わるってこと……?」

しずく「……そっか、夕暮れか夜明けかによって、崇拝対象自体が変わるから……」

歩夢「あ、なるほど……夕暮れの神様を崇拝した呼び方と、夜明けの神様を崇拝した呼び方があるんだ……」

せつ菜「はい! そういうことです! 夕暮れ時が近づくと“黄昏の階(たそがれのきざはし)”、夜明け時が近づくと“暁の階(あかつきのきざはし)”と呼ぶそうですよ」

侑「じゃあ、交差するって言うのは……」

せつ菜「黄昏と暁が切り替わる場所……と考えれば辻褄が合うのではないでしょうか」

かすみ「なんかそれっぽい気がしてきました……!」

侑「……ふふ♪」


──ふと、笑みが零れてしまう。
650 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:54:33.76 ID:Xct6+7De0

歩夢「? 侑ちゃん? どうかしたの?」

侑「あ、ごめん……なんか、みんなどんどんアイディアが飛び出してきて、あっという間に正解なんじゃないかって場所にたどり着いちゃったから……なんか、すごいなって思って」

せつ菜「皆、それぞれに旅をしてきましたからね……その経験と知識が集まれば、わからないことなんてありませんよ!」

しずく「ですね。私たち、本当にいろんな場所を見て回ってきましたから……!」

かすみ「もしかしたら、かすみんたち……こうして世界を救うために、冒険の旅に出たのかもしれませんね!」

せつ菜「そう考えると、RPGの勇者一行みたいでかっこいいですね!!」

歩夢「ふふ……♪ 最初は、どうして自分が選ばれたのかわからなくって悩んでたのに……今は世界どころか……全宇宙を救おうとしてるなんて、あのときの私が知ったらびっくりして倒れちゃうかも……♪」


本当に……本当に、たくさんのものを、この旅の中で見てきた。辛いことも、悲しいことも、苦しいこともたくさんあったけど……それでも、思うんだ──


侑「……私……旅に出られて、本当によかった……。……歩夢、ありがとう」

歩夢「え?」

侑「歩夢が居てくれなかったら私……今ここに居なかった。……歩夢のお陰で偶然イーブイと出会って、たまたまポケモン図鑑を貰って……こうして、みんなと一緒に冒険できたことが……本当に夢みたいなんだ。だから──」


最後まで言おうとして、


歩夢「……違うよ、侑ちゃん」


歩夢に人差し指で口を押さえられる。


侑「……?」

かすみ「侑先輩、わかってないですねぇ……。いつまで経っても、自分はあくまで歩夢先輩のおまけみたいに言うんですから……」

しずく「侑先輩は、脇役なんかではありませんよ」

せつ菜「そのとおりです。侑さん、貴方はもう立派な強さと志を持った── 一人のトレーナーじゃないですか」

侑「……みんな……」

歩夢「……私が居たから、侑ちゃんがここに居るんじゃないよ。侑ちゃんがここまで歩いてきたから……侑ちゃんはここに居るの」


歩夢はそう言って私の手を握る。


侑「歩夢……」

歩夢「そして……それはみんな同じ。……侑ちゃんは私たちと何も変わらない」

しずく「もし侑先輩の旅立ちが偶然なら、私たちの旅立ちだって偶然ですよ」

せつ菜「むしろ、侑さんの場合は自分で掴んだ結果です。そんな消極的に捉えられたら、私の立つ瀬がないじゃないですか! もっと自信を持ってください!」

かすみ「選ばれたかすみんたちと侑先輩、じゃありませんよ。私たち5人みんなが、ヨハネ博士に選ばれたトレーナーです!」

侑「……!」


──私は、無意識のうちに、引け目を感じていたのかもしれない。

自分は選ばれたわけじゃないから。選ばれたみんなに便乗させてもらっただけだ……なんて。

でも、そうじゃない。……そうじゃ、なかったんだ。

本当は、きっかけなんて……どうでもよかったんだ。

私たちはみんな──旅に出て、いろんな景色を見て、時に悩んで、考えて、戦って……ポケモンたちといろんな困難を乗り越えてきた、一人の──ポケモントレーナーなんだ。


侑「そっか……そうだよね……」
 「ブイ♪」

歩夢「イーブイも侑ちゃんとの出会いが偶然なんて言われたら、嫌だもんね〜?」
 「ブイ!!」

歩夢「ほらね♪ イーブイに怒られないように、侑ちゃんも胸を張って。ね?」

侑「……うん!」
651 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:55:22.59 ID:Xct6+7De0

だから、私は言い直す。


侑「みんなと旅が出来て……本当によかった! これからも、そんな旅が続けられるように……私たちで守るんだ!」


私の言葉に、みんなが頷く。

決意を胸に──シップは進んでいく。





    😈    😈    😈





──ローズシティ、病室。


善子「入るわよ」

鞠莉「……返事くらい待ちなさい」

善子「……こてんぱんにされたって聞いてたから、そんなこと言えるくらいには回復してるみたいでよかったわ」


そう言いながら、私はマリーの横にある椅子に腰かける。

ウルトラキャニオンから戻ってきてすぐ……私たちは海未からの報せで、瀕死のマリーたちが病院に担ぎ込まれた話を聞いた。

だから、こうして師の見舞いに来たというわけだ。


鞠莉「こんなことしていていいの? まだ、終わってないんでしょ?」

善子「出来ることがないだけよ。大勢で遺跡に押し寄せてもしょうがないからね……それに……」

鞠莉「それに……?」

善子「未来は……あの子たちに託してきたから」


私の自慢のリトルデーモンたちに、ね。


鞠莉「……言うようになったじゃない」

善子「ええ。マリーたちの仇は私の可愛いリトルデーモンたちが取ってくれるから、安心しなさい」

鞠莉「ふふ……頼もしい」


ウルトラビーストの出現報告も依然あるらしく……さっき言ったように、大勢でクリフの遺跡に押し寄せたところで、出来ることがあるわけではない。

だから、曜とルビィはジムに戻った。……ずら丸も何故かダリアに戻ったけど……まあ、やることがあるんでしょ。

リリーも事態が収束するまでは、ローズの防衛に参加するらしい。

そして千歌はリーグへと帰還した。

もちろん、私たちが戦う選択肢もあったけど……6人全員、満場一致だった。

未来は──新しい世代に託そう、と……。


善子「私たちは、もう前に世界を救ってるからね。おいしいところは、あの子たちにあげることにしたわ」

鞠莉「ふふっ、さっき出来ることがないって言ってたじゃない……」

善子「それはそれよ……んで、他の人たちは大丈夫なの?」

鞠莉「うん。ダイヤはさっき目が覚めたって聞いたわ。大怪我だったから、当分ベッドの上だろうけど……。あと……果南も大怪我してたはずなんだけど……」


そのとき、廊下からドタドタと騒がしい声が聞こえてくる。
652 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:56:19.35 ID:Xct6+7De0

ナース「ま、待ってください〜!!」
 「ハピハピッ!!」

果南「無理〜〜!! 1ヶ月もじっとしてたら、死んじゃうって〜!!」


部屋のすぐ外で、慌ただしく果南が通り過ぎていった。


善子「……どっかで見た光景ね……」

鞠莉「まったくね……」


マリーは肩を竦める。


鞠莉「穂乃果さんは……かなり酷い怪我だったけど、どうにか意識は取り戻したみたい。命に別状はないって」

善子「そ……ならよかった」


私とマリーは、何気なく、窓の外を見る。

外には、今日も穏やかな青空が広がっていた。


鞠莉「……まさか、あと一月足らずで……この世界どころか……宇宙全てが滅びようとしてるなんてね……」

善子「本当にね……。……まあ、きっと大丈夫よ」

鞠莉「ふふ、そうね。自慢のリトルデーモンたちがいるものね♪」

善子「そういうことよ」


あの子たちは、度重なる困難を……ポケモンたちと力を合わせて、打ち破ってきた。

今回だって、きっとそうしてくれる。私はそう確信している。


善子「頼んだわよ……リトルデーモンたち……」


みんなの生きる世界を──お願いね。





    🎹    🎹    🎹





侑「……相変わらず、何度見ても長い階段だね……」
 「ブイ」「────」

かすみ「まさか、3回も登ることになるとは思ってませんでした……」


私たちは、カーテンクリフの遺跡に続く階段へとたどり着いていた。


彼方「これ……登るの〜……? 絶対無理〜……」

遥「お、お姉ちゃん、登る前から諦めちゃダメだよ……!」

姫乃「……果林さん、本当に上の遺跡に直接シップを着けなくてよかったんですか……?」

果林「でも、この階段……登った方がいいんでしょう?」

リナ『うん。進化は儀式だから。信仰では階段を登ることも儀式の手順に含まれてるみたいだし、その方が確実』 || ╹ ◡ ╹ ||

果林「じゃあ、登るしかないわね。彼方、しっかりしなさい」

彼方「はぁ……わかったよぉ……。彼方ちゃん、これでも怪我人なのになぁ……」


果林さんに言われて、彼方さんが渋々階段を登り出す。
653 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:57:26.36 ID:Xct6+7De0

エマ「それじゃ……ゴーゴート、お願いね」
 「ゴォート」


足を怪我しているエマさんは、ゴーゴートの背に乗って登り出す。


果林「エマ。辛かったら、すぐに言うのよ」

エマ「うん、ありがとう、果林ちゃん♪」

姫乃「……」


仲の良さそうなエマさんと果林さんを見て、姫乃さんが不満そうな顔をしながら付いていく。


しずく「……この三角関係……ありですね……」

かすみ「なに言ってんのしず子……」

せつ菜「はっ……! こんなに長い階段……ダッシュで登れば、いい修行になるはず……!!」
 「──ベァーマッ!!」

せつ菜「ダクマ……! まさか自分から出て来るなんて……! 一緒に修行したいってことですね!!」
 「ベァーマ」

せつ菜「それでは一緒に階段ダッシュしましょう!! ……うおおおおおお!!!」
 「ベァァァァ!!!!」

歩夢「……せ、せつ菜ちゃん……これは儀式だから、ダッシュは……。……行っちゃった……」
 「────」

侑「あはは……せつ菜ちゃんらしいや……」
 「ブイ」「────」

しずく「かすみさん、今回は走らないの?」

かすみ「さすがに3回目となると……ゆっくり景色でも見ながら登ろうかな……」

しずく「ふふ、そっか♪」


しずくちゃんがクスクス笑いながら、かすみちゃんと一緒に登り始める。


侑「それじゃ、私たちも行こっか」
 「────」

歩夢「うん」
 「────」


2匹のコスモウムを連れ、私たちも階段を登り始めた。





    🎹    🎹    🎹





せつ菜「──皆さーんっ!! 遅いですよー!!」
 「ベァ!!」


登っていくと、途中でせつ菜ちゃんとダクマが、足踏みしながら待っていた。


かすみ「あの人、どんだけ元気なんですか……」

彼方「……かなたひゃん…………もう、むりぃ〜……」

遥「お、お姉ちゃん……もうちょっとだから……頑張って……」


彼方さんはすでにヘロヘロで、さっきから遥ちゃんが後ろから押してあげている。
654 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:58:10.01 ID:Xct6+7De0

果林「まったく……それでも元“MOON”なの……?」

彼方「だってもう4年も前の話だよ〜……? それに、彼方ちゃんのスタイルは昔から座して動かずだったし〜」

果林「……はぁ……もう、手引いてあげるから、頑張りなさい」

彼方「わ〜♪ 優しい〜♪ 優しい妹とお義姉ちゃんに挟まれて、彼方ちゃんハッピーだよ〜♪」

果林「はいはい。調子いいんだから……」

遥「ふふ♪」


あちらはあちらで仲睦まじそうだ。


せつ菜「それにしても……すっかり日が暮れてしまいましたね」


そう言いながら、せつ菜ちゃんが私たちのところまで駆け下りてくる。


かすみ「上ったり下りたり忙しそうな人ですね……」

歩夢「あはは……」
 「────」

リナ『これだと……もう黄昏時は過ぎちゃってるから……』 || ╹ᇫ╹ ||

しずく「そうなると次は、暁時ですね」

侑「頂上に行って、夜明けまで待つことになるかな」
 「────」

せつ菜「ですね! それじゃ、ラストスパートです! 行きますよ、ダクマ!!」
 「ベァーマッ!!!」

せつ菜「うおおおおお!!」
 「ベァーーー!!!」

歩夢「せ、せつ菜ちゃん……あの……だから、これは儀式で……。……行っちゃった……」
 「────」

侑「あはは……」
 「────」


私たちは頂上を目指します。





    🎹    🎹    🎹





──頂上にたどり着くと……辺りはすっかり暗くなっていました。


かすみ「野生のポケモン……いませんよね……?」

侑「……前に来たときは襲われたもんね」
 「ブィ…」


しかも、かなり強かったし……。一応、警戒して周囲を見渡すけど、


せつ菜「皆さーん! 遅いですよー!」
 「ベァーマ」


相変わらず元気そうなせつ菜ちゃんがいるだけで、野生のポケモンはいなさそうだ。

とりあえず一安心していた、そのとき──袖をくいくいっと引かれる。


歩夢「侑ちゃん……」
655 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 11:59:47.61 ID:Xct6+7De0

歩夢だった。


侑「どうしたの?」

歩夢「空……見て……」

侑「空……?」


歩夢に促されて見上げると──


侑「うわぁ……!」


そこには、今にも落ちてきそうな満天の星が瞬いていた。


しずく「綺麗……」

かすみ「前に来たときは、それどころじゃなくて気が付かなかったですけど……確かにこれはすごいですねぇ……!」

侑「うん……!」


そして、そんな星空に反応するかのように、


 「────」「────」


コスモウムたちも活発に私たちの周囲を回っている。


せつ菜「コスモウムたちのこの反応……場所はここで間違いなさそうですね……!」

侑「うん! あとは、夜明けを待つだけだね!」
 「ブイ」

しずく「夜明けとなると……あと9時間くらいでしょうか……?」

彼方「そんなに待てない〜……彼方ちゃんは寝る〜……すやぁ……」

姫乃「はぁ……マイペースですね……」

果林「……とはいえ、少し長いし、休息を取る必要はありそうね……。……特に侑、歩夢。貴方たちは突入もあるから、今のうちに休んでおきなさい」

侑「は、はい!」

歩夢「わかりました」

エマ「かすみちゃんたちも先に寝ちゃっていいよ♪ 見張りはわたしたち大人がするから♪」

かすみ「そういうことなら……お言葉に甘えて……」

しずく「うん、そうだね。暁時を逃さないためにも……早めに寝て備えるべきだしね」

せつ菜「でしたら、あちらに集まって寝ましょう!」

侑「うん」
 「ブイ」


私たち図鑑所有者の5人は、先に仮眠を取らせてもらうことにする。

石畳の上にそのまま転がるのも憚られるので、シートを敷いて……薄手の毛布だけ出して、みんなで横になる。
656 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 12:01:06.15 ID:Xct6+7De0

せつ菜「……こうして、皆さんと星空を眺めて寝るなんて……キャンプみたいでワクワクしますね!」

かすみ「あ、ちょっとわかります! ここしばらく、外でこんな風にのんびりするタイミングもなかったですし……」

しずく「もう……二人とも、遊びじゃないんですよ? 今は休息が最優先。おしゃべりしてないで寝ますよ」

かすみ「ちょっとくらい良いじゃん……しず子のケチー」

せつ菜「ですが、しずくさんの言うことも一理あります。休むときは迅速に休む。これも大事なことですよ」

かすみ「えぇー……でも、すぐに寝ろって言われても眠れませんよぉ……」

せつ菜「コツがあるんですよ。目を閉じて……力を抜いて……呼吸を深く……。………………すぅ…………すぅ…………」

かすみ「え、うそ……もう寝ちゃったんですか……?」

侑「さすが、せつ菜ちゃん……休息の速さも一流……」

かすみ「オンオフ激しすぎませんか……?」

しずく「かすみさんも見習ってね。……さ、おしゃべりは終わり。目瞑って」

かすみ「ぅ〜……わかったよぉ……」

歩夢「……侑ちゃん……手、繋いでもいい……? ……その方が……すぐ眠れるから……」

侑「うん、いいよ」
 「ブイ…zzz」

歩夢「ありがとう……♪」


胸元で寝息を立てるイーブイを撫でながら、私は歩夢と手を繋いで目を瞑る。

長い階(きざはし)を登ってきた疲れもあったのか、思いのほか、私の意識はすぐに微睡んでいった──





    🎹    🎹    🎹



──────
────
──


──夢を見た。


愛「………………りなりー……」
 「ニャァ…」


愛ちゃんが……泣いていた。


愛「りなりー……」


戸を叩いて……。


愛「ねぇ、りなりー……」


泣いていた。


愛「りなりー……開けてよ……りなりー……っ……」
 「ニャァ…」


──胸が痛くなるような……悲痛な声で……。


──
────
──────

657 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 12:01:45.92 ID:Xct6+7De0

    🎹    🎹    🎹





 『──侑さん、時間だよ』

侑「…………ん、ぅ…………」


ぼんやりと目を開けると──


リナ『おはよう、侑さん』 || ╹ ◡ ╹ ||


リナちゃんが目の前に居た。


侑「おはよう……」


ゆっくりと身を起こす。


歩夢「侑ちゃん、おはよう。あったかいエネココア作るけど……飲む?」

侑「飲む……」

歩夢「わかった♪ ちょっと待っててね」


歩夢が手際よくエネココアを作り始める。

辺りを見回すと──


しずく「ほら、かすみさんしっかりして。せつ菜さんも」

かすみ「まだ……ねむぃぃ……」

せつ菜「あふぅ……頑張りまひゅ……」


しずくちゃんはもう完全に目を覚ましていて、寝起きで乱れたかすみちゃんとせつ菜ちゃんの髪を梳かしてあげている。

果林さんたちは……。


果林「………………すぅ…………すぅ…………」

彼方「……すやぁ…………はるか……ちゃぁ〜ん…………」

遥「…………すぅ…………すぅ…………」

エマ「…………くぅ…………くぅ…………」

姫乃「…………」


すでに眠っている。どうやら、私が起きるのが少し遅かったようだ。


歩夢「はい、エネココア。火傷しないようにね」

侑「ありがと……」

歩夢「こっちはイーブイの分だよ♪」
 「ブイ♪」


受け取ったエネココアを一口飲むと……甘さと温かさでなんだか、ホッとする。
658 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 12:02:18.33 ID:Xct6+7De0

歩夢「せつ菜ちゃんとかすみちゃんも、どうぞ♪」

せつ菜「ありがとう、ございます……ふぁぁ……」

かすみ「いただきまーす……。……ふー……ふー……。……こくこく……。……えへへぇ……おいしい……」

歩夢「しずくちゃんは……今飲む……?」

しずく「あ、すみません……。かすみさんの髪を梳かし終わったら頂きます。そこに置いておいてもらえれば……」

歩夢「うん、わかった♪」
 「シャボ」

歩夢「サスケの分もすぐに用意するから、ちょっと待ってね」
 「シャボ」


みんなにエネココアを配り終わり、歩夢も私の隣に腰を下ろして、エネココアを飲み始める。

これから最後の戦いを控えているというのに、なんだか随分と穏やかな時間が流れていた。


せつ菜「もう、すっかり深夜ですね……」

リナ『夜明けまで、だいたいあと4時間くらいだね』 || ╹ ◡ ╹ ||

かすみ「4時間……そう考えるとまだ結構あるかも……」

歩夢「みんなでお話ししてたら、すぐだと思うよ♪ 彼方さんたちを起こさないように、小さな声でだけど……」

しずく「そうですね」

リナ『どんなお話しするの?』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「……それなんだけどさ。……私、リナちゃんの話が聞きたいな」

リナ『私の?』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「よく考えたら……私たち、リナちゃんが……璃奈さんとして、生きていた頃のこと……ほとんど知らないから……。もちろん、リナちゃんが嫌じゃなかったらだけど……」

リナ『構わないよ。……うぅん、というより、私も侑さんたちには、知っておいて欲しいかも。ただ、ちょっと長い話になっちゃうけど……いい?』 || ╹ ◡ ╹ ||


リナちゃんの言葉を受けて、みんなが首を縦に振る。


侑「うん。……聞かせて、リナちゃんのこと」

リナ『わかった。……それじゃ、話すね。私が……プリズムステイツで──愛さんたちと過ごした、日々のこと……』 || ╹ ◡ ╹ ||


リナちゃんはそう前置いて……生きていたときの──昔話を語り始めた……。



659 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 12:04:01.07 ID:Xct6+7De0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【暁の階】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.●⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口
660 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/07(土) 12:04:43.14 ID:Xct6+7De0

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.77 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ウォーグル♂ Lv.75 特性:まけんき 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.76 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.73 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      ドラパルト♂ Lv.73 特性:クリアボディ 性格:のんき 個性:ぬけめがない
      フィオネ Lv.71 特性:うるおいボディ 性格:おとなしい 個性:のんびりするのがすき
      コスモウム Lv.75 特性:がんじょう 性格:ゆうかん 個性:からだがじょうぶ
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:258匹 捕まえた数:11匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.65 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.65 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.64 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      トドゼルガ♀ Lv.63 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラージェス♀ Lv.62 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
      ウツロイド Lv.71 特性:ビーストブースト 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
      コスモウム✨ Lv.75 特性:がんじょう 性格:なまいき 個性:ひるねをよくする
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:227匹 捕まえた数:20匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.78 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロアーク♀ Lv.73 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      マッスグマ♀ Lv.72 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニゴーン♀ Lv.71 特性:ほろびのボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ダストダス♀✨ Lv.72 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
      ブリムオン♀ Lv.72 特性:きけんよち 性格:ゆうかん 個性:ちょっとおこりっぽい
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:253匹 捕まえた数:15匹

 主人公 しずく
 手持ち インテレオン♂ Lv.66 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      バリコオル♂ Lv.65 特性:バリアフリー 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アーマーガア♀ Lv.65 特性:ミラーアーマー 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロズレイド♂ Lv.65 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      サーナイト♀ Lv.65 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
      ツンベアー♂ Lv.65 特性:すいすい 性格:おくびょう 個性:ものをよくちらかす
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:225匹 捕まえた数:23匹

 主人公 せつ菜
 手持ち ダクマ♂ Lv.15 特性:せいしんりょく 性格:ようき 個性:こうきしんがつよい
      ウインディ♂ Lv.86 特性:せいぎのこころ 性格:いじっぱり 個性:たべるのがだいすき
      スターミー Lv.81 特性:しぜんかいふく 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
      ゲンガー♀ Lv.84 特性:のろわれボディ 性格:むじゃき 個性:イタズラがすき
      エアームド♀ Lv.79 特性:くだけるよろい 性格:しんちょう 個性:うたれづよい
      ドサイドン♀ Lv.82 特性:ハードロック 性格:ゆうかん 個性:あばれることがすき
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:50匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくと せつ菜は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



661 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:28:01.72 ID:5MWtUFJH0

■Chapter072 『ツナガル物語』 【SIDE Rina】





璃奈「──え、えっと……い、以上の観測結果から……この世界とは別のところに、高次元空間が存在してて……えっと……ポケモンの発生させるエネルギーによって、空間を歪曲させて……じ、実際にアクセス出来る可能性……」


──私は、スクリーンに映し出された研究発表のスライドと共に、自分の考えている理論を、手元のメモを見ながらたどたどしく読み上げる。

でも……そんな私──テンノウジ・璃奈の研究発表を聞いている人はほとんどいない。

先ほどまで、たくさん人がいたはずなのに……最後の順番である私のときには、室内に残っているのは2〜3人しかいなかった。

……いや、順番を最後に回した時点で……最初から誰も、私の話なんて聞く気がなかったんだと思う。

きっと、私が──研究所の創設者の娘だから……お情けで発表の場を作ってくれただけなんだと思う……。


璃奈「……い、以上で……は、発表……終わり……ます……」


私が発表を終えると、残って聞いていた数人の人たちも、部屋を退出していく。

私も足早に、この場を後にしようとした、そのとき──

──パチパチパチと、拍手が聞こえてきた。


璃奈「……?」


チラりと目をやると──金色の髪をした女の子がパチパチと拍手をしていた。

これが──私と愛さんの出会いだった。





    📶    📶    📶





発表を終え、早く自分の研究室に戻ろうと、せかせかと通路を歩く。

道中、研究員の姿を何人か見かけたけど……みんな私の姿を見ると、目を逸らしてこそこそと離れていく。

そんな日常にも、もうとっくの昔に慣れてしまった。

でも、そんな中──


 「──ねぇ〜! 君〜! 待って待って〜!」

璃奈「……?」


後ろから、大きな声で私を呼び止める人がいた。


愛「もう〜……さっさと退出しちゃうからびっくりしたよ〜!」


それは、さっきの金髪の女の子だった。


璃奈「えっと……」

愛「さっきの研究発表、すっごく面白かったよ!」

璃奈「ありがとう……ございます……」


お礼を言いながら、私は彼女を観察する。……歳は……十代前半かな。……でも、私よりは少し年上かも。

若い研究者はたくさんいるけど……その中でも一際若い気がする。

それに女性はちょっと珍しい……。
662 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:28:44.16 ID:5MWtUFJH0

愛「アタシ、最近ここに来たばっかりでさ〜……若くて、まあ女じゃん? だから、周りのおじさんたちの目が厳しくてさ〜……。だから、君みたいな小さな女の子がいると思わなくて、びっくりしちゃったよ!」

璃奈「小さな女の子……。……私……13歳です……。……そんなに、変わらないと思う……」

愛「え……!? あ、愛さんと1つ違い……!? 10歳くらいだと思った……」


それは……よく言われる……。

私は背が低いから、特に……。


愛「でもそれって同年代ってことだよね!! ホント愛さん、同年代の子と会えるなんて思ってなかったから嬉しいよ!! ……あ! アタシ、ミヤシタ・愛って言うんだ!」

璃奈「……テンノウジ……璃奈……」

愛「んじゃ、りなりーだね! よろしく!」

璃奈「りなりー……」


彼女は、私の手を握ってぶんぶんと上下に振る。

なんというか……距離の詰め方が……すごい……。


愛「でさでさ! アタシ、もっとりなりーの話聞きたくってさ! だから、今からりなりーの所属してる研究室に行こうと思ってたんだ〜!」

璃奈「え?」

愛「いい?」

璃奈「……いい……けど……」

愛「そんじゃ、レッツゴー!」

璃奈「わ……!」


彼女は私の手を引いて走り出す。


璃奈「わ、私の研究室の場所……わかるの……?」

愛「……あ!」


私の言葉を聞いて、急に止まる。


愛「……わかんない……案内して!」

璃奈「……こっち……」


今度は逆に彼女の手を引いて、私は自分の研究室を目指して歩き出す。





    📶    📶    📶





愛「ここがりなりーの研究室なんだね!」

璃奈「……うん」


部屋に入るなり、彼女は興味深そうに、私の研究室内をキョロキョロと見回す。

面白いものとか……別にないんだけど……。
663 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:29:37.26 ID:5MWtUFJH0

愛「他に室員の人は?」

璃奈「……いない。この研究室は、私だけ……」

愛「え、そうなん?」

璃奈「強いて言うなら……」

 「…ウニャァ〜」


机の影から──ニャスパーがとてとてと私の足元に寄ってくる。

そんなニャスパーを抱き上げて見せる。


璃奈「この子くらい……」
 「ニャァ〜」

愛「おぉ、ニャスパーじゃん! よろしくね、ニャスパー!」

 「ウニャァ〜」

愛「この子はりなりーのポケモン?」

璃奈「正確には……お父さんとお母さんのポケモンだけど……」
 「ニャァ〜」

愛「へー、お父さんとお母さんも研究者だったりするの?」

璃奈「……うん。というか、この研究所の創設者」

愛「創設者!? え、めっちゃ偉い人じゃん……! どーりで、りなりーがその歳で自分の研究室持ってるわけだ……。……って、創設した人に挨拶もしないとか、さすがにやばいな……。ねぇ、りなりー! お父さんとお母さんに挨拶させてよ!」

璃奈「……無理。……それは出来ない」

愛「そう言わずにさ〜……」

璃奈「……出来ない。……もう、お父さんもお母さんも……いないから」

愛「……え」


彼女は言葉を詰まらせる。


璃奈「お父さんと、お母さんは……私が8歳のときに……研究中の事故で死んじゃったから」

愛「あ……ご、ごめん……」

璃奈「……別にいい。気にしてない。だから、この研究室は正確には私の研究室じゃない……。……お父さんとお母さんの研究室。二人が死んじゃってからは……ずっと私一人」


私は生まれたときからこの研究所で育ってきたから……ここは実質自分の家のようなものだ。


愛「……お父さんとお母さんとの思い出の研究室だから、他に誰も研究者を入れてないってこと……?」

璃奈「そういうわけじゃない。……誰も寄り付かないだけ」

愛「寄り付かない……? なんで……?」

璃奈「創設者の娘である私に嫌われたら、ここに居られないかもって考えてるからだと思う……。……だけど、私はこの研究所で一番子供。そんな人間の下について研究したいとも思わないだろうし、そんな人間を自分の下に付けたいモノ好きもいない」


つまり、腫れ物扱い……ということだ。


璃奈「相続はしてるから、私の研究所ということにはなってるけど……実際に管理しているのは別の人だし、私に誰かを追い出す権利とかはないと思う……。それでも、創設者の娘との間に問題が起こる可能性を考えて、近寄らないのがベターって思うのは合理的だと思う」

愛「合理的って……」

璃奈「別にそれに不満はない。この時代に住む場所に困らないだけでもすごくありがたいし、ご飯も食堂で作ってもらえる」


服も白衣を支給してもらえるし……衣食住に困らないだけで、十分な話だ。
664 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:30:13.49 ID:5MWtUFJH0

璃奈「私はこの研究所で……お父さんとお母さんが遺した研究の続きが出来れば、それでいい」

愛「お父さんとお母さんが遺した研究……? ……じゃあ、さっき発表してたのは……」

璃奈「うん。お父さんとお母さんが研究してたこと。私の目的は……二人の考えていた理論を完成させること……」

愛「…………」

璃奈「だから、貴方がお父さんとお母さんが研究していたことに興味を持ってくれたのは素直に嬉しい。……だけど、私と関わってると研究所で居づらくなるかもしれない。……だから、あんまり私と関わらない方がいいよ」


私は彼女に向かって、ここにいると損することを伝える。

だけど彼女は、ここを去るどころか──


愛「……ずっと……一人で頑張ってたんだね……」


そう言いながら、私を抱きしめてきた。


璃奈「……えっと……?」

愛「……決めた」

璃奈「? 何を?」

愛「アタシ、この研究室に入る」

璃奈「え……?」


私は彼女の言葉に驚く。


璃奈「……なんで?」

愛「なんでって……今の話聞いちゃったら、ほっとけないって!」

璃奈「……ここは他の研究室に比べて予算も少ない。扱ってるテーマも特殊だし……何よりこの研究室に入ったって知られたら、貴方も他の所員から良い顔をされないと思う。メリットがない」

愛「メリットとか、デメリットとか、そういう問題じゃないんだって……!」

璃奈「……貴方が優しい人なのはわかった。その気持ちは嬉しい。ありがとう。……だけど、私は一人で大丈夫だから。これまでもずっとそうだったし……」

愛「大丈夫だって言ってる子は……そんな寂しそうな顔しないぞ」

璃奈「……え?」


彼女はそう言いながら、私の頬に手を添える。


璃奈「私……寂しそうな顔……してる……?」

愛「……してるよ」

璃奈「……私、研究所の人たちが、私は無表情で何考えてるかわからないって噂してるの、知ってる……きっと思ってても、そんな顔はしてない」

愛「……それは、他の人たちがりなりーのこと、ちゃんと見てないからだよ……」

璃奈「……」

愛「とにかく、もう決めたから! アタシ、この研究室に入る! 入室手続きとかっている?」

璃奈「別に……いらないけど……」

愛「おっけー! じゃあ、今いる研究室抜けてくるから、ちょっと待ってて!」


それだけ言うと、彼女は部屋から飛び出して行った。


璃奈「……行っちゃった……」


そして、30分もしないうちに、彼女は自身の所属研究室を抜けて、私の研究室に荷物を抱えて戻ってきたのだった。



665 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:30:51.24 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





璃奈「こっちが執務室……こっちが私の部屋で……こっちがシャワールーム。……実験室はあっち」

愛「おー……この部屋って、いろいろ揃ってるんだね」

璃奈「私たち家族の住居スペースを兼ねてたから、ここだけでも生活が送れるようになってる。ご飯は食堂に行くことがほとんどだけど……」


キッチンもあるにはあるけど、お父さんもお母さんも研究一筋の人だったし、使ったことはほぼなかった。


愛「なるほどね。んじゃ、ここに愛さんの荷物置いちゃうよ?」


そう言いながら彼女は、自分の私物らしきものを執務室に置く。


愛「研究系の資料は、そっちに運んでっと……」

璃奈「あの……本当にいいの?」

愛「ん? 何が?」

璃奈「さっきも言ったけど……ここで扱ってるテーマは特殊……。……貴方が研究したいことも研究出来るか……」

愛「さっきから気になってたんだけど……その貴方って呼び方やめよっか」

璃奈「え?」

愛「これからは、同じ研究室の仲間なんだから! 名前で呼んでよ!」

璃奈「……」


彼女は……私が何を言ったところで、自分の意見を変える気はなさそうだ……。


璃奈「……」

愛「ほら! 愛って呼んで♪」

璃奈「……愛……さん……」

愛「うん! りなりー♪」


彼女──愛さんは、私が名前を呼ぶと、嬉しそうに笑った。


愛「んで、研究テーマの話だけど……四次元空間だよね?」

璃奈「うん……正確には高次元空間とエネルギーだけど……」

愛「なら、アタシの研究テーマはそんなに大きく外れてないよ!」

璃奈「え?」


私は首を傾げる。

私以外に、そんなテーマを研究している研究室あったかな……。

世が世だけに、研究予算が降りやすいのは、実際に役に立つ技術が多い。

食料生産や、それをオートメーション化するためのロボット。……あとは、兵器関連。

だから、私の研究しているような、一見なんの役に立つのかがわかりづらい研究は予算をほとんど出してもらえない。

それなのに、愛さんは自分の研究テーマと大きく外れていないと言う。


愛「愛さんが研究してるのはね……ビーストボールについてだよ」

璃奈「ビーストボール……ポケモンを持ち運ぶためのボールだよね」

愛「そうそう」
666 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:31:43.22 ID:5MWtUFJH0

ポケモンは弱ると小さくなるという性質を利用した、携行用のボールを開発している研究室は確かにあった。


璃奈「確か……ほぼ実用レベルまで進んでるって聞いた」

愛「うん。もうそろそろ、流通も始まることになってるよ! んで、これはそのボールの試作品!」


そう言いながら、愛さんがボールを取り出し、そのボールに付いているスイッチボタンを押し込むと──


 「──リシャン♪」


ボールからポケモンが飛び出してくる。


璃奈「リーシャン……!」

愛「この子はね、“愛”さんの“相”棒なんだ♪ 愛だけにね♪」
 「リシャン♪」

璃奈「本当にボールに入れて持ち運べるんだね」

愛「うん。ただ、アタシはボールそのものよりも……どうやってポケモンたちが小さくなってるのかの方が気になってさ」

璃奈「確かに……小さくなる性質を利用はしてるけど……どうやって小さくなってるのかはよくわかってないらしいね」

愛「しかも、どんなに大きいポケモン、重いポケモンも、ボールに入れれば持ち運べる。これって、不自然だよね」


そこまで聞いて、私はなんとなくピンと来た。


璃奈「ポケモンの重さは……どこに失われてるか。……それがここじゃない、どこかに……ってこと?」

愛「あはは、さすが研究者なだけあって、理解が早いね♪」


つまり愛さんは──


璃奈「ポケモンは小さくなるとき……私たちには認識できない場所に、自身の質量をエネルギーとして放出してる……」

愛「ま、あくまで愛さんの考えた仮説だけどね。そして、その放出先ってのが、りなりーの研究してる高次元空間なんじゃないかなって、研究発表聞いてたら、ビビッと来てさ!」

璃奈「……すごく、興味深い考え方だと思う」

愛「でしょでしょ! あの研究室だと、ボール開発とか生産コストの研究にシフトしちゃってて、メカニズムを知るための研究はほとんど出来なくってさ……どうしよっかなって思ってたんだよね」

璃奈「なるほど……」

愛「だから、愛さんはここの研究室に入っても損はしない! むしろ、アタシの研究内容はりなりーの役に立つかもしれないってコト! どうかな?」

璃奈「……納得した」


確かにそれなら、愛さんの研究内容から遠く離れたものではないし……お互いの研究テーマがお互いにとっての助けになる可能性がある。

そうなってくると、この研究室に入ることを頑なに拒否する理由もない……。


璃奈「ただ……予算は少ないよ?」

愛「そんなもん、これから結果出して増やせばいいよ!」

璃奈「……わかった」

愛「ってわけで、これからよろしくね、りなりー!」

璃奈「うん。よろしく、愛さん」


こうして私の研究所に仲間が増えることとなった──私にとって、生涯で最も大切と言える人が……。



667 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:32:20.62 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──愛さんが私の研究室に来て、早くも1ヶ月ほどが経とうとしていた。


 「リシャン」
愛「ん……? リーシャン、どしたん?」

 「リシャン」
愛「え? ……って、うわ……もうこんな時間じゃん……。りなりー」

璃奈「…………」
 「ウニャ」

愛「りなりー」

璃奈「え? あ、ごめん……なぁに?」

愛「時間。……もう深夜だし、そろそろ寝た方がいいかなって」

璃奈「……あ、うん。……キリのいいところまで行ったら寝るね」

愛「ダメだよ。それで先週は朝まで寝なかったんだから。今日は終わり」

璃奈「で、でも……」

愛「でもじゃな〜い!! りなりー、アタシがいないときからずっとこんななの?」

 「ウニャァ」


愛さんが訊ねるとニャスパーが頷く。


璃奈「ニャスパーが裏切った……」

愛「いいから、寝るよ〜」

璃奈「はぁーい……」


まだ1ヶ月しか経っていないのに……愛さんは世話焼きで、私の身の回りのいろいろなことをお世話してくれていた。

夜更かししがちな私に、時間が遅くなると寝るように言ったり……ご飯を作ってくれたりする……。

愛さんは意外なことに料理上手で、特に焼き料理を作るのが上手だった。


愛「ほら、白衣のまま寝ないの〜! シワになっちゃうぞ〜?」

璃奈「このまま寝れば、起きてすぐ研究を始められて効率いいのに……」

愛「せっかくパジャマ買ってあげたんだからさー」

璃奈「無駄遣い……」

愛「こーゆーのは無駄って言わないの。ほら着替えた着替えた」

璃奈「はぁーい」
 「ウニャァ〜」


ニャスパーが愛さんの買ってくれたパジャマをサイコパワーで浮かせながら持ってきてくれる。


璃奈「ありがと、ニャスパー」
 「ウニャァ〜」


愛さんの買ってきてくれたパジャマ──ニャスパーをイメージした、耳付きフードのついている可愛らしいパジャマだ。


愛「うん、可愛い可愛い」

璃奈「ん……」

愛「お、りなりー照れてるな〜」

璃奈「ん……」
668 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:33:07.03 ID:5MWtUFJH0

愛さんから顔を背ける。


愛「ふふっ♪」


愛さんは楽しそうに笑う。


愛「そんじゃ、愛さんも部屋に戻るから。また明日ね。こっそり研究続けちゃダメだぞ〜? ちゃんと、寝るんだよ?」

璃奈「あ、うん……」

愛「おやすみ、りなりー♪」


そう言って背を向けて、研究室を後にしようとする愛さん。


璃奈「……」


私はそんな愛さんの服の裾をきゅっと……掴む。


愛「りなりー?」

璃奈「…………」

愛「ふふ……どしたん?」


愛さんが優しい表情で私の頭を撫でてくれる。

歳は一つしか違わないはずなのに、こういうときの愛さんはすごく大人っぽく見える。

私よりも全然背が高いからかな……。


璃奈「もうちょっと……お話ししたい……。今日……研究ばっかりで……あんまりお話し出来てないから……」

愛「……ふふ、じゃあ今日はりなりーの部屋に泊まろっかな〜」

璃奈「ホント……?」

愛「うん♪ 今着替え取ってくるから、待ってて」

璃奈「うん」





    📶    📶    📶





──愛さんと過ごすようになって、久しぶりに人とまともに話すようになった気がする。

だからかな……最近、愛さんがいない時間が妙に寂しくて……。


璃奈「愛さん……」

愛「んー? 今日のりなりーは甘えん坊だな〜」

璃奈「…………」

愛「じゃあ、りなりーが寝るまで、ぎゅーってしててあげるね」

璃奈「うん……」


最近、愛さんの前では少しだけ……自分が素直になれている気がした。

それと同時に……自分がこんなに甘えん坊な性格だったことに驚いていた。
669 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:35:16.05 ID:5MWtUFJH0

璃奈「…………愛さん……変に思わないんだね……」

愛「ん?」

璃奈「……私が……甘えてきても……」

愛「まーね。……アタシも昔は、よく近所のお姉ちゃんに甘えてたから。なんとなく気持ち、わかるというかさ」

璃奈「そうなの……?」

愛「うん。……まあ、お姉ちゃん身体が弱くってさ……もう死んじゃったんだけど……。……今の世の中、身体が弱っちゃうと、なかなかね……」

璃奈「…………」

愛「って、こんな暗い話聞きたくないよね、ごめんごめん」

璃奈「うぅん……愛さんが嫌じゃなかったら……愛さんの家族のこと……知りたい」

愛「そう……? ……えっと、アタシね……生まれてすぐにお父さんもお母さんも病気で死んじゃったらしくってさ。顔も写真でしか見たことないんだよね。だから、おばあちゃんに育ててもらったんだ。そんで近所には美里お姉ちゃんって人が居て……よく一緒に遊んでもらってた」

璃奈「……うん」

愛「おばあちゃんもいい歳だったし、お姉ちゃんも身体が弱かったからさ、あんまり遠出とかできなかったんだけど……。……一度だけお姉ちゃんの調子がよくなった時期があってさ、そのときに陽光の丘に一緒に遊びに行ったんだ」

璃奈「陽光の丘……ベベノムが生息してる街はずれの暖かい丘だよね」

愛「そうそう。……あそこって今では世界一のどかな場所って言われてるらしくってさ。ポニータの乗馬体験とか出来るんだよ」

璃奈「そうなんだ……」

愛「うん。お姉ちゃんはね、ポケモンが好きな人だったから、ポニータを間近で見られてすっごく嬉しそうにしてたんだ……それに、すっごく楽しそうだったんだ。だから、もっともっとたくさんお姉ちゃんとこうして楽しいことが出来ればって思ってたんだけど……お姉ちゃん、またすぐに身体の調子悪くしちゃってさ」

璃奈「…………」

愛「でさ、そのときに丁度、ポケモンをボールに収めて持ち運ぶ研究をしてるって話をたまたま知ったんだ。……もし、そんな風に持ち運べたら、お姉ちゃんにいろんなポケモンを見せてあげられるんじゃないかって」

璃奈「……だから、愛さん……ビーストボールの研究を……」

愛「うん、始めた理由はそんな感じ。……だけど、アタシが研究所に入るための勉強をしてる間に……死んじゃったんだ。丁度、半年前……“闇の落日”のときにさ、薬とか食料が不足した時期があったでしょ? そのときにね……」

璃奈「……そっか……」

愛「んで、アタシが研究所に入所が決まったのとほぼ同時くらいかな……今度はおばあちゃんが倒れちゃってね……。そんで、おばあちゃんもそのまま……。だから、実はアタシも今は身寄りとかないんだよね。……だからある意味……研究所に入れてよかったよ。ここは寮もあって、住み込みで研究出来るし……」


私たちの住んでいる場所では、親を亡くして身寄りがない子は少なくない。

“闇の落日”でより増えたとは思うけど……元より病死率が高いため、小さい頃から天涯孤独になってしまう子供がすごく多い。

だから、孤児院は多くあるし……13〜4歳くらいになると、お金を稼ぐために働き始める子も多い。

私や愛さんみたいに、その働き口が研究者なのはレアケースだけど……。多くの子は、実入りがある警備隊に入ることが多いと聞く。

ただ……隊での仕事は危険が伴うため、そこで死んでしまう子供も多い。……今は……そういう、世の中。

危険な場所に赴かずとも……仕事と住む場所を与えられている私たちは……確かに恵まれているのかもしれない。


愛「……だから、自分を重ねちゃって……りなりーのことほっとけないなって思っちゃったところもあるんだけど……。……今考えてみると、寂しいのはアタシも同じだったのかも、なんて」


そう言って力なく笑う愛さん。

私は……そんな愛さんの頭を撫でる。


愛「……ありがと、りなりー……」

璃奈「私は……愛さんのお陰で……寂しくないよ……。むしろ……愛さんと会うまで……今まで、自分が寂しいって思ってたことにすら……気付いてなかったんだ……」

愛「そっか……ならよかった」

璃奈「もし……私も愛さんの寂しさを少しでも埋めてあげられてるなら……嬉しい」

愛「……あーもー……! りなりーってば、ホント可愛い〜!」

璃奈「わわっ……あ、愛さん……く、苦しい……」

愛「うりうり〜……♪」

璃奈「愛さん……」
670 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:35:56.18 ID:5MWtUFJH0

強く抱きしめられて、少し苦しい。……だけど、嫌ではない。むしろ、この距離感が温かくて……なんだか幸せだった。


璃奈「……ねぇ、愛さん」

愛「んー?」

璃奈「……愛さんは、私の家族のこと……聞かないの……?」

愛「んー……気にならないわけじゃないけど……デリケートな話だから……。……でも、りなりーが話したいなら、いくらでも聞くよ」

璃奈「……うん。……聞いて欲しい……。……お父さんと……お母さんのこと……」

愛「わかった」

璃奈「……うん」


悲しくなっちゃうから……出来る限り思い出さないようにしていたけど……。

でも、きっと……これは忘れちゃいけないことだから……。

お父さんとお母さんの為そうとしていたことを……愛さんにも知って欲しかったから……。

私は、ぽつりぽつりと、話し始める。





    📶    📶    📶





私のお父さんとお母さんは、お互いがもともと研究者の家系で、同じ研究所で出会い、結婚し、そのときに自分たちの研究所を持ち……その数年後に私が生まれた。

お父さんとお母さんは二人とも研究一筋な人たちで……家族の時間らしい時間がたくさんあったかと言われると、少し怪しかった気がする……。

だけど、間違いなく二人とも私を愛してくれていたし、私はお父さんもお母さんも好きだったし、子供心に研究者である二人を誇らしく思っていたことをよく覚えている。

だからかもしれないけど……私は小さい頃から、お父さんとお母さんの研究論文をよく読んでいた。

私が内容を理解出来るとお父さんもお母さんも喜んでいたし、褒めてくれたから、私は二人の研究結果をたくさん読んだ。

わからないことがあっても聞けばすぐに教えてくれたし、お父さんとお母さんの論文を読むために勉強をするのは楽しかった。


愛「──そのときから……りなりーのお父さんとお母さんは、高次元空間について研究してたの?」

璃奈「うん、ずっと研究してた。いつも私に『いつかこの研究が世界を救うから』って言ってたよ」

愛「世界を……救う……?」


愛さんは私の言葉に首を傾げる。


璃奈「あのね……お父さんとお母さんは、今の世界がどうしてこうなっちゃったのかが……わかってたみたいなんだ」

愛「……マジで?」

璃奈「うん……世界のエネルギーは……高次元空間にどんどん漏れ出して行ってるせいで……世界がどんどん委縮していっちゃってるんだって……」

愛「……じゃあ、世界のあちこちが急に崩落するのは……」

璃奈「……世界を維持するだけのエネルギーが……徐々に失われているから……。だから、私のお父さんとお母さんは、それが失われている先──高次元空間へアクセスする方法をずっと研究していた。……だけど、その研究の実験中に……事故が起きた」

愛「……」


いつもの昼下がりだった。

私は実験室の隅っこで、お父さんとお母さんの研究を見ていた。
671 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:36:30.63 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……そのとき……開いたんだ」

愛「……開いた……?」

璃奈「──高次元への……ホールが……」

愛「え……?」

璃奈「お父さんとお母さんは……そこに吸い込まれて……消えていった」

愛「……う、嘘……? じゃあ、りなりーはもうすでに……高次元空間へアクセスする瞬間を……目撃してたの……?」

璃奈「うん。私も……ニャスパーがサイコパワーで守ってくれなかったら……吸い込まれてたかもしれない……」
 「…ゥニャ?」

愛「じゃあ、それを発表すれば……!」

璃奈「うぅん、発表したけど……誰も信じてくれなかった」

愛「な、なんで……!? 実際に見たんでしょ……!?」


確かに私は見た。お父さんとお母さんが、ホールに飲み込まれるところを……。ただ……。


璃奈「証拠が……何も残ってなかった。……記録機器も全部ホールに飲み込まれちゃったし……そのときに研究資料の大半も一緒にホールに飲み込まれちゃった……」

愛「でも、りなりーの証言があれば……! 事故直後なら、子供の言うことだとしても全く検証しないことなんて……」

璃奈「私ね、そのときのショックが原因で……声が出なくなっちゃって……4年間くらい、喋れなかったんだ」

愛「え」

璃奈「だから、あのときのことを人に言えるようになったのは……本当につい最近。その間に、お父さんとお母さんのことは……実験中に起きた爆発事故として片づけられちゃって……」

愛「……」


だから、発表をしても、子供の妄想で片付けられてしまった。

……でも、それはそうかもしれない。

資料もない、記録もない、証拠は5年前に私が見たという事実だけ。

そんなものを信じるのは──科学ではない。


璃奈「だから……私はお父さんとお母さんが気付いてたこと……世界に何が起きてるのかを突き止めなくちゃいけない……。お父さんとお母さんの理論を、研究を、完成させないといけない……」

愛「りなりー……」

璃奈「そうじゃないと……お父さんとお母さんが、報われないから……」

愛「…………」


愛さんは無言で私を抱きしめる。

強い力で……自分の胸に、私を抱き寄せる。


愛「…………りなりー……」

璃奈「……なぁに……?」

愛「…………研究、絶対に……完成させよう……」

璃奈「……うん」



672 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:37:09.96 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





あの夜から数日後、私たちは本格的に二人で研究を始めた。

ここ1ヶ月は、お互いの研究や設備の確認。……後は、愛さんが私の身の回りのお世話をしてくれていたというか……。

だから、ようやく本格的な研究がスタートしたという感じだ。


愛「──まず、ホールを発生させる方法だけど……」

璃奈「たぶん……高エネルギーの衝突が方法……だと思う」

愛「それはりなりーが書いた理論でもそうなってたよね。……ただ、問題はどうやってぶつけるか……。りなりーのご両親はどうやってたの?」

璃奈「サーナイトが発生させるブラックホール同士を衝突させてた」

愛「そのサーナイトは?」

璃奈「お父さんとお母さんと一緒に……」

愛「……まあ、発生源に居たんだとしたら、そうなるよね……。まあ、どっちにしろ、サーナイトを捕まえる必要があるってことかな?」

璃奈「うん。でも、私……戦闘が苦手で……。……何度か試したけど、ラルトスすら捕まえられなかった」
 「ニャァ」


仮にラルトスを捕まえたところで、サーナイトまで進化させる自信もない……。

特にラルトスは、臆病ですぐ逃げてしまうから、本当に難しい……。


愛「じゃあ、とりあえず……ポケモンを連れてくるべきだね。ま、それはアタシに任せてよ!」

璃奈「愛さん、頼もしい」
 「ニャァ〜」

愛「へへ、愛さん戦闘は昔から得意だからね〜! それに今はボールもあるし! サーナイトだけじゃなくて、いろいろなポケモン捕まえてみよっか!」

璃奈「うん」





    📶    📶    📶





 「…コド…ラ──」

愛「ほいっと……コドラゲットっと」
 「リシャン♪」

璃奈「すごい! これで10匹目!」
 「ウニャァ〜」

愛「へへ、どんなもんだ〜♪」

璃奈「ホントにすごい! 愛さん、かっこいい!」

愛「あーもう! りなりーにそんなこと言われたら、愛さんもっと頑張っちゃうぞ〜!」
 「リシャン♪」


愛さんは本当に戦闘が得意だった。

別に疑っていたわけじゃないけど……その実力は予想以上で、リーシャンと一緒に、次から次へとポケモンを倒しては捕獲していく姿はまさに圧巻だった。


璃奈「それにしても、ボールに入れちゃえば本当にいくらでも持ち運べちゃうんだね」

愛「うん、すごいっしょ♪」
673 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:37:43.72 ID:5MWtUFJH0

愛さんからボールを受け取ってバッグに入れる。

ボール10個となると、それなりに嵩張るけど……もしボールに入れていなかったら小型のポケモンが1匹入るか入らないかくらいと考えるとすごいことだ。


愛「運よくサーナイトも今日中に捕まえられたし!」

璃奈「うん! 幸先がいい!」

愛「この調子でガンガン行くぞ〜! ……って言いたいところだけど……」

璃奈「日も傾いてきた。……そろそろ、戻ろっか」

愛「そうだね。行くよ、リーシャン」
 「リシャン♪」

璃奈「ニャスパー、帰るよ。おいで」
 「ウニャァ?」


足元でじゃれているニャスパーを抱き上げて、研究所へ戻るために、街の方へと歩き出す。

研究所は街の端っこにあるため、街を突っ切っていくことになるんだけど……その道中、何やら人だかりが出来ていた。


愛「ん……?」

璃奈「なんだろう……」


二人で近寄ってみると──


男性1「やっと捕まえたぞ……」

男性2「手こずらせやがって……」

男性3「んで、どうする?」


数人の男性に取り囲まれた中心に──


 「ベベノ…」


黄色と白色の体をした、小さなポケモンが蹲っていた。


璃奈「あれ、ベベノム……!」


色違いだけど……普段は陽光の丘に生息しているベベノムに間違いない。


璃奈「弱ってる……! 通して……!」

愛「あ、ちょっと、りなりー!?」


私は、大人の人たちの間をすり抜けて、中央のベベノムに駆け寄って、しゃがみこむ。


璃奈「大丈夫……?」
 「ベベノ…」


ベベノムは明らかに様子がおかしかった。

どこかに異常があるに違いない……。ちゃんと診てあげたかったけど、


男性1「なんだい、嬢ちゃん。そいつを庇うのかい?」

璃奈「え、あ、あの……」
674 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:38:25.57 ID:5MWtUFJH0

おじさんがすごんできて、身体が強張る。

何も考えずに飛び込んできてしまったのを少し後悔する。

だけど……怪我したベベノムをほっとくわけにいかないし……。

なんて言葉を返せばいいのかわからず慌てる私に、


愛「ちょっとちょっと、大の大人がこんなちっちゃいポケモンに寄ってたかって何してんのさ……」


愛さんが人だかりを掻き分けながら、助け舟を出してくれる。


男性2「こいつはな、ここらで食料泥棒を働いてたんだよ」

愛「ベベノムが? わざわざ?」

璃奈「ベベノムは知性の高いポケモン……理由もなくそんなことしない」
 「ベベノ…」


わざわざ人のテリトリーに侵入して、そんなリスクを冒すとは到底思えない。


男性3「だったら許せとでも? 貴重な食料を奪われてるんだぞ……!」

愛「わかった。じゃあ、この子アタシたちが引き取るからさ。それで大目に見てくんないかな?」

璃奈「愛さん……」

男性1「なんで見ず知らずの嬢ちゃんたちが、そんなこと勝手に決めるんだ?」

愛「どっちにしろ、捕まえたところで持て余すでしょ? それとも、紐にでも繋いで餓死でもさせる? そんなことしても、後味悪いでしょ」

男性2「それは……」

愛「食料奪われたのが気に食わないってんなら……盗られた分の代金払ってあげるからさ。……これで足りる?」


そう言いながら、愛さんはポケットから取り出した硬貨を男性に手渡す。


男性1「あ、ああ……これだけあれば足りるが……」

愛「んじゃ、これで手打ちにしてよ。野生のポケモンを寄ってたかってイジメてたなんてのがバレて、警備隊に目付けられるのも嫌っしょ?」

男性1「わ、わかったよ……。……行こう……」

男性2「あ、ああ……」


とりあえず、溜飲は下がったのか男性たちは去っていった。

いなくなったのを確認してから、


愛「りなりー、平気?」


愛さんがそう言って、私に手を差し伸べてくる。


璃奈「愛さん……」


ベベノムを抱えたまま、その手を取って立ち上がりながらお礼を言う。


璃奈「……私一人じゃ、どうすればいいかわからなかった……ありがとう……」

愛「うぅん。……貴重なお金、勝手に払っちゃってごめんね」

璃奈「大丈夫。むしろ、あれがベストだった」


無用な争いになるよりもずっといい。

それはそれとして……今は、
675 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:38:59.15 ID:5MWtUFJH0

璃奈「この子……早く診てあげないと……」
 「ベベノ…」

愛「そだね。研究所に急ごう」

璃奈「うん」


私たちはベベノムを診るために、急いで研究所へと戻る──





    📶    📶    📶





璃奈「栄養状態が悪くて、毒腺が詰まってる……。だから、狩りが出来なくて、人の食べ物を奪ってたんだね……」
 「ベベノ…」

璃奈「でも、大丈夫だよ。ちゃんと栄養のあるものを食べれば、すぐ良くなるから」
 「ベベ…」

璃奈「だけど……どうして、こんなになるまで……」


ベベノムは賢いポケモンだから、群れに弱っている個体がいたら、普通は食料を分け与える。

だから、こんな風に栄養失調で弱ったベベノムが単体でいるのはすごく珍しい。

……というか、そもそも街にいること自体が不可解だ。

人を必要以上に怖がらないポケモンではあるけど、人の集落にわざわざ好んで現れるかと言われると、そんなことはない……。

私が頭を捻っていると──


愛「……たぶん、この子……人が逃がしたポケモンだね」


愛さんが検査端末を弄りながら、そんなことを言う。


璃奈「……どうして、そんなことがわかるの?」

愛「この子……ボールマーカーが付いてるから」

璃奈「ボールマーカー……? ……えっと、ボールに入れたときに紐付けされる情報だっけ……?」

愛「そう。しかも、試作品のボールマーカーだね……。……開発資金を提供してた一部の金持ちに配られた型かな。たぶん、色違いが珍しくて試しに捕まえてみたはいいけど……結局手に負えなくなって、街中に逃がしたってところだと思う」

璃奈「それで……自分の住処に帰れなくなっちゃったんだね……」
 「ベベノ…」

愛「だから、一般人の手に渡らせるのは、流通が始まってからの方がいいって言ったのに……。……一応アタシならボールマーカーの個別識別情報から、誰の手に渡った試作ボールかまで特定出来なくはないけど……どうする?」

璃奈「……うぅん、そこまでしなくていいと思う……。……その人のところに連れて行ったところで、責任なんて取らないだろうし……」

愛「ま……そうだろうね」

璃奈「とりあえず……元気になるまで、ここでお世話してあげよう」
 「ベベノ…」

愛「それがいいかもね」

璃奈「もう安心して大丈夫だからね。ベベノム」
 「ベベノ…」



676 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:40:27.78 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──私たちはその後も着々と研究を進めていった。


愛「サーナイト、そこまでで」
 「サナ」「サナ」

愛「……うーん……」


愛さんはエネルギー測定器の数値を見ながら、眉を顰める。


璃奈「やっぱり、理論式から考えても、エネルギーが全く足りてないね……」

愛「確かに、サーナイトたちの作り出すブラックホールの衝突が一番数値としては大きいけど……。さすがに、空間に穴を開けるのはこれじゃ難しいね……」

璃奈「うーん……でも、実際にホールが発生したときは、この方法だったと思う……」

愛「何か他に条件とかがあったのかな……」

璃奈「わからない……。……でも、二人は何度もこれを繰り返して少しずつエネルギー効率の高いぶつけ方を何度も検証してた……」

愛「そのうちのとある1回でホールが発生したと……」

璃奈「……ただ、こうして実際に数値を見る限り……他に要因がないと現象が起こるとは考えづらい……」

愛「……となると、今後考えることは3つだね。より効率の良いぶつけ方、他の要因探し、それと……」

璃奈「もっと大きなエネルギーを発生させうるポケモンを見つける」

愛「うん、そうなるね」


お父さんとお母さんも普通の研究者だったから、ポケモンを捕まえるのが得意だったわけじゃない。

ましてや今と違って、ビーストボールのような捕獲道具があったわけでもなかったし……。

サーナイトを実験で使っていたのは、お父さんとお母さんが子供の頃から、たまたまラルトスを持っていたからに過ぎない。

半面、愛さんは戦闘や捕獲が得意で、これまでに数十種類のポケモンを捕獲している。

今のところ、サーナイト同士が一番大きな成果を出しているけど、もしかしたら、今後これよりも大きな結果を得られる組み合わせが見つかるかもしれない。

それが3つ目の『もっと大きなエネルギーを発生させうるポケモンを見つける』というわけだ。


愛「まー……サーナイトのサイコパワーはトレーナーとの絆に呼応して強くなるって言うし……一緒に過ごす時間が長くなれば、結果も変わってくるかもしれない。根気よくやっていこうか」


そう言いながら、愛さんがサーナイトたちをボールに戻す。


愛「とりあえず一旦休憩にしよっか……朝からずっと検証してたから、さすがにくたびれたよ……」

璃奈「なら、ご飯にしよっか。パンがあるから」

愛「お、いいね」


二人で食事をしようと、実験室を出ると──


 「ベベノ〜♪」


ベベノムがパンを持って、私たちのもとへと飛んでくる。


璃奈「ベベノム」
 「ベベノ〜♪」

愛「お、持ってきてくれたん? ありがと、ベベノム〜♪」
 「ベベノ〜♪」

璃奈「ベベノムも一緒に食べよっか」
 「ベベノ〜♪」
677 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:41:01.57 ID:5MWtUFJH0

そう言うと、ベベノムは嬉しそうにくるくると踊り出す。


璃奈「ニャスパーもおいで、ご飯だよ」
 「…ウニャァ〜」

愛「リーシャン、ルリリもおいで」
 「リシャン♪」「ルリ」


お部屋で遊んでいた私たちのポケモンも呼び寄せて、みんなで食事をとり始める。

ニャスパーはすごく“マイペース”だから、適当にパンを一つとって、小さな口で齧りながらもくもくと食べ始める。


愛「リーシャン、はいあーん」
 「リシャン♪」


愛さんが小さくちぎったパンをリーシャンに食べさせると、リーシャンは嬉しそうに鳴く。


愛「ルリリの分は……ここにおいておけばいい?」
 「ルリ」


逆にルリリは、あんまり人の手から貰うのは好きじゃないらしいから、適当なサイズにちぎって渡してあげることが多い。

ポケモンごとによって食事の取り方もそれぞれだ。


 「ベベノ〜♪」
璃奈「はい、ベベノム」

 「ベベノ♪」


そして、ベベノムは人の手から貰うのがものすごく好きで、


 「ベベノ〜♪」
愛「今りなりーから貰ったところでしょー? もう、甘えん坊だなぁー。……はい、あーん♪」

 「ベベノ〜♪」

 「リシャン」
愛「あーわかってるわかってる、順番ね〜」

 「リシャン♪」


愛さんと私から、交互に貰いに来る。


璃奈「はい」
 「ベベノ〜♪」

愛「それにしても……すっかり懐いちゃったね」

璃奈「もともと、人懐っこいポケモンだから、ある意味当然かもしれない」
 「ベベノ〜♪」

愛「まーね……」


そんなベベノムの世話も出来ずに、街に放り出した人は……本当にロクでもない人だったんだと思う。

その証拠に、今ではこんなに懐っこいベベノムも、最初は私たちにあまり近寄らなかったくらいだから。


愛「ただこれだと、群れに返すって感じじゃなさそうだね……。むしろ、友達のベベノムがいた方がいいくらいかもなー……」

璃奈「ベベノムは群れで生活してるもんね。確かに仲間が居た方がいいかもしれない」


私はパンをパクつきながら、端末を弄り始める。


愛「りなりー……行儀悪いぞー……」

璃奈「さっきのデータを整理するだけ」
678 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:41:43.35 ID:5MWtUFJH0

取ったデータを簡単にグラフで視覚化して……。


璃奈「ん……まだデータ取り続けてる……。……愛さん、機器の電源落ちてない」

愛「……あ、忘れてた。機器の寿命を減らさないためにも、使わないときはちゃんと落とさないと……」


愛さんはそう言いながら席を立つ。

私はまだリアルタイムでデータを取り続けている端末のデータを見ながら、ふと、


璃奈「……?」


データ上に不審な点があることに気付いた。


愛「切ってきた〜。……って、どうかしたん?」


実験室から戻ってきた愛さんが、私の表情を見て、首を傾げる。


璃奈「……愛さん、ここのデータおかしくない?」

愛「え?」


私は愛さんに身を寄せて、端末の画面を見せる。


愛「…………こんなに大きな数値出てるタイミングあったっけ……?」


愛さんの言うとおり──妙に大きな数値が出ている瞬間があった。

少なくともさっき見ていたときはこんなに大きな数値を見た覚えがなかった。


璃奈「タイムスタンプと録画のデータを比較する」


私は端末を弄りながら、この数値が出た瞬間のカメラのデータを見てみて……驚いた。

それは──


璃奈「ポケモンを……ボールに戻した瞬間だ」

愛「……これって……」

璃奈「愛さんが前に言ってたこと……」


ポケモンがボールに入る瞬間──どうやって小さくなっているかの話。


璃奈「ボールに入って小さくなる瞬間……質量をエネルギーとして放出してる……?」

愛「りなりー!!」

璃奈「うん、早急に調べる必要がある」
 「ベベノ〜?」


私たちは食事中だったこともすっかり忘れて、慌ただしく実験室へと戻るのだった。



679 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:44:47.45 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──結論から言うと、ポケモンがボールから入る瞬間、エネルギーを放出しているというのは正しかった。

調べ方は簡単で、他の種類のポケモンをボールに戻す瞬間にも同じようなことが起きているか、ということを調べるだけだから、すぐにわかった。

ただ……。


愛「い、意味わからん……」


その数値をまとめたデータを見て、愛さんは頭を抱えていた。


愛「……放出エネルギーがポケモンの種類ごとによって違うのは、わかるんだけど……」

璃奈「……体重、身長、形状……そこに相関性が見つけられない……」


簡単に言うと、私たちは大きなポケモンや重いポケモンほど小さくなるときにたくさんエネルギーを放出していると考えていたんだけど……どうやら、それはあんまり関係ないらしい。

ボスゴドラの方がコロモリよりも放出エネルギーが小さいと言えば、それがどれくらいイメージに反していたのかが、わかりやすいだろうか。

ただ、一つわかったことがある。


璃奈「……これなら……より大きなエネルギー効率が出せるかもしれない……」


私たちが、研究を前に進める一歩を見つけた瞬間だった。





    📶    📶    📶





──さて、私たちの目的は研究だけど……研究を続けていくためには必要なことがある。

それが……研究発表だ。


璃奈「……で、ですので……ポケモンがボールに収まる瞬間、お、及び飛び出す瞬間には……こ、高次元空間との、えねりゅぎーの……噛んだ……」

愛「……ふーむ……」

璃奈「やっぱり、ダメかな……」

愛「アタシはそういうりなりーも可愛くて好きだけど……やっぱ、発表の場ってなるとね……」

璃奈「……だよね……」


今はその練習中。

まだ私たちが目指している核心の部分ではないけど……途中でも、大きな発見があったときにしっかり発表する必要がある。

何故なら──それによって、次期の研究予算がどれだけ下りるかが変わってくるからだ。

でも……。


璃奈「私……やっぱり、発表は……苦手……」


私はとにかく発表というものが苦手だった。
680 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:45:22.85 ID:5MWtUFJH0

璃奈「そもそも……人前でうまく、話せない……」

愛「やっぱり、人前に立つと緊張しちゃう感じ?」

璃奈「それもあるけど……私、4年くらい誰とも話せなかったから……。……人ともほとんど関わらなかったし……。……所内でもお話し出来るの、愛さんと所員食堂のおばちゃんしかいない……」

愛「まぁ、発表は愛さんがするよ」

璃奈「でも……研究室長は私だし……」

愛「別に室長がしなくちゃいけないって決まりはないでしょ? そこは助け合おう♪」

璃奈「愛さん……。……うん」


確かに、もう発表まで日もないし……今回に関しては、もともと研究テーマ的にも愛さんがやっていたことだ。


璃奈「……もっと……上手に人とお話……したいな……」

愛「りなりー……」


お父さんとお母さんが目の前でいなくなっちゃったショックで喋れなくなっちゃって……。

ただ、ニャスパーはエスパータイプでテレパシーが使えたから、無理に喋らなくても最低限の意思疎通が出来たし……食堂のおばちゃんも事情を知っていたからか、メニューを指差せば察してくれていたお陰で、どうにかなっていた。

逆に言うなら、私はそれ以外のコミュニケーションを一切取ってこなかった。

そのツケというか……代償というか……。


璃奈「私……表情がないんだって……。……無表情で何考えてるかわからないって……噂されてるの……知ってる……」

愛「そんなことないよ」

璃奈「……そんなことある。……わかるのは愛さんが特別だから……。……普通の人は……私の顔を見ても……何考えてるか、わからない。……わからないものは……怖いから、誰も近寄らない……」


特に私は創設者の娘。……そんな人間がずっと無表情だったら……確かに近寄りたくないと思う。


璃奈「お父さんとお母さんがよく言ってた……私たち研究者は、未来の誰かの笑顔のために研究をするんだって……。……未来に繋ぐために研究をするんだって……」

愛「……」

璃奈「お腹が空くのは辛いから、お腹がいっぱいになれるように、食物の研究をする。不便だと大変だって思うから、それを解消しようって便利なものを作る。武器だって……人を傷つけるものだけど……根本にあるのは、自分たちや自分の大切な人や物を守りたいって想いがあるから……。……研究は、そういう想いがあって、初めて始まって……それが繋がって、大きくなって……為して行くものだって……」

愛「……そうだね」

璃奈「でも……それをしようとしてる人が……笑顔一つまともに出来ないようで……伝わるのかな……誰かの笑顔を……未来に繋げていけるのかな……」


今の私は……そもそも研究者として相応しいのか。

大袈裟かもしれないけど……そう、思ってしまう。


愛「……別に無表情な研究者は普通にいるし、それは願いの大小とは関係ないから……アタシはそんなに気にすることだと思わないけど……。……りなりーにとっては大事なことなんだよね」

璃奈「……うん」

愛「じゃあ、何か考えてみよっか」

璃奈「……ありがとう、愛さん。……でも、一朝一夕で表情が豊かになる方法なんてあるのかな……」

愛「うーん……なかなか難しいかもね」

璃奈「せめて……自分が今思ってる気持ちだけでも伝われば……誤解されることはなくなるのに……」

愛「……あ、ならさ」

璃奈「……?」


愛さんは、近くにあった紙にペンで何かを描き始める。
681 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:45:57.60 ID:5MWtUFJH0

愛「嬉しいときは、こう」 ||,,> ◡ <,,||

愛「楽しいとき」 ||,,> 𝅎 <,,||

愛「怒ったとき」 || ˋ ᇫ ˊ ||

愛「悲しいとき」 || 𝅝• _ • ||

愛「どうかな? 名付けて、璃奈ちゃんボード! これなら、りなりーの今の感情が、わかりやすく伝えられそうじゃない?」

璃奈「……! それ、すごくいい!」

愛「でしょでしょ! これなら“ボーっと”してても“ボード”で気持ちがわかっちゃう! なんつって!」

璃奈「うん! やってみて、いい?」

愛「もちろん♪」


私は愛さんに紙とペンを受け取り、


璃奈「にこにこ」 || > ◡ < ||

璃奈「むー」 || ˋ ᨈ ˊ ||

璃奈「ぐすん」 || > _ <𝅝||

璃奈「わかる?」

愛「喜んでるとき、むっとしてるとき、悲しいことがあったときって感じだね」

璃奈「すごい! ちゃんと伝わってる……!」

愛「表情で出せなくても、今どう思ってるのかが伝わればいいわけだからね!」

璃奈「単純なことなのに……うぅん、単純だからこそ……すごい……」

愛「すぐにりなりーの思い描く、表情豊かな人になるのは難しいかもしれないけど……。……少なくともこれなら、りなりーの気持ちは伝えられると思うよ」

璃奈「……うん! 璃奈ちゃんボード……!」


私は紙束を抱きしめる。

これから……この紙が私の気持ちを表す顔になってくれる。

璃奈ちゃんボードが誕生した瞬間だった。





    📶    📶    📶





──愛さんが提案してくれた璃奈ちゃんボードのお陰もあり、私たちは幾度かの研究発表を乗り越え……。


璃奈「愛さん! また、予算増やしてもらった!」

愛「やったね! これで、設備をもっと充実させられる!」

璃奈「うん! それに、これならポケモンの数も増やせそう!」

愛「そうだね。ポケモンたち……増やせば増やすほど、餌代がとてつもなく高くなってくからね……」


私たちがデータを取るためにはたくさんの種類のポケモンが必要だから、そのための餌代はバカにならない。


璃奈「これも愛さんが璃奈ちゃんボードを作ってくれたお陰だよ」

愛「あはは、りなりーが頑張ったからだって♪」

璃奈「これからも二人で頑張ろうね」

愛「任せろ〜♪」
682 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:46:32.81 ID:5MWtUFJH0

──ただ、ここから研究進捗は難航していくことになる……。





    📶    📶    📶





愛「さて、ベベノム! お前の故郷だぞ〜!」
 「ベベノ♪」


ベベノムは嬉しそうに陽光の丘を飛びまわり始める。


璃奈「ベベノム、嬉しそう」

愛「そうだね、連れてきてあげてよかったね」


私たちは本日、野生のベベノムの生息地である、陽光の丘を訪れている。


愛「研究詰めだったし……アタシたちも久しぶりに羽を伸ばそうかね〜……」

璃奈「うん」


ここしばらく、なかなか思うように結果が進展していなかった。

より大きなエネルギーを持つポケモンを見つけることは出来ていたけど……それでも、ホールを発生させるほどの大きなエネルギーにはまだまだ遠く……相変わらずエネルギーの大小を決める要素もわかっていないままだった。

恐らく、ポケモンが内包しているエネルギーが関係しているんだとは思うけど……。


愛「お、ベベノム。早速、他のベベノムと仲良くしてるじゃん」

璃奈「ホントだ」


私たちの白光のベベノムは、本来の色のベベノムたちに紛れて楽しそうに飛んでいる。

でも、しばらくすると──


 「ベベノ♪」


一度私たちのところに戻ってきてから、


 「ベベノ〜♪」

 「ベノ〜」「ベノム〜」「ベベベノ〜」


また、ベベノムたちのもとへと戻っていく。

そんなことを繰り返していた。


愛「アタシたちに楽しいこと、報告してくれてるのかもね♪」

璃奈「うん。きっとそう」


ぽかぽか陽気の丘で、ベベノムを見守っていると──


 「ベベノ?」


1匹のベベノムが私に近寄ってくる。


 「ベベベノ? ベノ?」
璃奈「ベベノム……私の周りを飛んでる」
683 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:47:14.78 ID:5MWtUFJH0

そのまま、私の頭に乗っかってくる。


璃奈「乗っかられた……」
 「ベベノ」

愛「やっぱ、ベベノムは人懐っこいね〜」

璃奈「好奇心旺盛だからね。……よいしょ」
 「ベベノ?」


頭の上にいるベベノムを掴んで、胸の辺りに持ってくる。


 「ベノベノ♪」
璃奈「ホントに人懐っこいね」

 「ベノ♪」

愛「だとしてもだけどねー……そんなに警戒心ないと、悪い人に捕まっちゃうぞ〜?」
 「ベノ?」


愛さんの言葉に小首を傾げるベベノム。

すると、


 「ベベノ〜?」
愛「おっ、おかえり、ベベノム♪」


私たちの白光のベベノムも戻ってくる。


 「ベベノ?」「ベノベノ?」

 「ベベベノ」「ベベベ♪」

璃奈「なんか喋ってるね」


2匹のベベノムは鳴き声で会話をしたあと、


 「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」


2匹で踊り出した。


璃奈「この子なら、仲良くなれそう」

愛「そうだね。ねぇ、ベベノム、よかったらアタシたちのベベノムと友達になってよ」
 「ベベノ〜♪」


ベベノムは愛さんの言葉を受けると、今度は愛さんの周囲をくるくると飛び始める。


愛「よかったね、ベベノム♪ 友達出来たよ♪」
 「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」

璃奈「また、賑やかになるね」

愛「だね〜♪」



684 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:48:31.83 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





璃奈「愛さん、これ見て」

愛「ん?」

璃奈「2台の機材で同時に計測してみた結果」

愛「……微妙に出てる数値が違う……?」

璃奈「もしかしたら、エネルギーの集束点の座標がわかるかもしれない」

愛「確かに……! いやー、新しい機材買った甲斐あったね!」

璃奈「うん」


最近詰まっていた研究も……増えた予算で買った新機材のお陰で、少しずつだけど進みつつあった。


璃奈「──……やっぱり、ある程度エネルギーの集束点はランダムに変化してるね」

愛「たぶん……集束点の完全予測は不可能っぽいね〜……」

璃奈「ただ、範囲だけでも絞り込めれば、十分現実的な試行回数まで持ってけると思う」

愛「だねー……。……まあ、それでも根本的にエネルギーが足りてないんだけど……」

璃奈「ポケモンももう50種以上試したけど……」

愛「……アプローチを変えてみた方がいいんかねー……」

璃奈「例えば?」

愛「集束点がランダムに変化するなら……エネルギー同士をぶつけることも出来るかなって」

璃奈「……確かに。……というか、本来は技をぶつけてたんだから、もっと早く思いつくべきだった」

愛「ま、やっと発生するエネルギーの形がわかってきたところだからねー」

璃奈「……そうだね。……じゃあ、早速試してみよう」


──ぐー……。


璃奈「……」

愛「……っと、もう夕方じゃん……。お昼食べてなかったね」

璃奈「ご飯食べてからにする……」

愛「ん、そうしよっか」


──二人で実験室から出ると、


 「ベベノーーー!!!」「ベベノーーー!!!」

璃奈「ベベノムたちがお怒り」

愛「あー、わかったわかった!! ご飯遅くなって悪かったって!」

 「ベベノーー!!!」「ベノーー!!!」


ベベノムたちが飛びまわる中、簡単な食事の準備を始める。
685 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:49:13.57 ID:5MWtUFJH0

 「ウニャァ〜」

璃奈「ニャスパー……今、愛さんがご飯作ってくれるからもうちょっと待っててね」
 「ニャァ〜」

璃奈「……そういえば、愛さん」

愛「ん、なに?」
 「リシャン」「ルリ」

璃奈「私たち、ニャスパーの数値って測ったっけ?」

愛「え? ……そういえば、そもそもりなりーのニャスパーってボールに入れたことなかったよね……」

璃奈「……初歩的な見落とし……」

愛「……もとから一緒に家族として暮らしてるポケモンだと、ボールに入れる必要が全くなかったからね……。うっかりしてた……」

璃奈「……それで言うと、ベベノムも」


そういうつもりで捕まえたわけじゃなかったというか……。もともとは怪我が治ったら野生に返してあげようとしていたから、ボールに入れるというのが頭から抜け落ちていた。

私も愛さんも最初は、方法を考えることで頭がいっぱいだったから、本当にうっかりしていた。


愛「ご飯食べたら、計測してみようか」

璃奈「うん」


ちっちゃくて愛らしいポケモンだから……そこまで期待はしていなかったけど──これが本当に私たちの運命を変える結果を叩きだすことになる。





    📶    📶    📶





愛「…………」

璃奈「…………」

愛「…………これ、マジ……?」

璃奈「…………計器が故障してる可能性があるかも」


昼食後、真っ先に測ってみた白光のベベノムの数値は──今まで見たことのないような飛びぬけたエネルギー数値を見せていた。

さすがに何かの間違いだと思ったけど……何度調べても数値は異常に高い結果が出る。


愛「ち、ちょっと、通常のベベノムも測ってみよう……!」
 「ベベノ…?」

璃奈「う、うん」


結果は──
686 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:49:46.85 ID:5MWtUFJH0

愛「…………」

璃奈「…………まだ、計器の故障の可能性がある」

愛「そ、そうだね……。……2台同時に故障するのかはわかんないけど……」

璃奈「ニャスパー、おいで」
 「ウニャ?」

璃奈「ちょっと、このボールに入るけど、我慢してね」
 「ウニャ」

璃奈「愛さん」

愛「ん、もう計測準備出来てるよ」

璃奈「それじゃ、ボールを固定して……ニャスパー、ボールに入れるよー」
 「ウニャ…?」


ニャスパーをボールに押し当てると──パシュンという音と共にボールに吸い込まれた。


璃奈「愛さん、数値は?」

愛「……他のポケモンとほぼ変わらない」

璃奈「…………」


そんなことを言っている間にも、


 「──ウニャァ〜」


慣れないボールが窮屈だったのか、ニャスパーが勝手にボールから飛び出してくる。


愛「計器の故障じゃない……」

璃奈「……見つけた……」
 「ウニャァ?」


私たちが探していたポケモンは──どうやら、ベベノムだったらしい。



687 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:50:28.63 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──日を改めて……。


愛「りなりー、資料全部別の部屋に移動した?」

璃奈「大丈夫」

愛「あんがと。計器こっちでいい?」

璃奈「うん。そこで固定して」

愛「了解」

璃奈「ボール固定、金属パーツアタッチメント装着……完了」

愛「計器固定完了したよ」

璃奈「ありがとう。さっき、愛さんの端末に録画機器の設置位置送っておいたから、それどおりに移動しておいて」

愛「任せろ〜!」

璃奈「あとは……」

愛「あ、録画機材のデータ、端末に自動送信になってる〜?」

璃奈「確認する」


私たちはバタバタと準備を進めていた。

昨日取ったベベノムのデータは……数値の上では、十分にホールを開きうるものになっていた。

つまり、これから行うのは──本番だ。


愛「……2つのボールのシステムリンクさせたよ。こっちの端末で操作できる」

璃奈「ベベノムに金属ベルト装着完了……ちょっと重いけど我慢してね」
 「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」

璃奈「うん。いいこいいこ」

愛「電磁石の方も準備出来たよ。端末操作ワンタッチで起動しちゃうから注意してね」

璃奈「うん、わかった」


いざというときにベベノムたちを助けるための準備も出来た。


璃奈「あとは、私たち」

愛「うん。じゃあ、背中向けて。ハーネス着けちゃうから」

璃奈「お願い」


私たちも緊急時に自分たちを固定するための器具を取りつけていく。


璃奈「愛さんにも着けるから背中向けて」

愛「うん、お願いね、りなりー」


愛さんにも私と同じようなハーネスを取りつける。

──これで準備は出来た。


璃奈「愛さん、始めよう」

愛「うん」
688 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:51:30.47 ID:5MWtUFJH0

私たちは、実験を──開始した。





    📶    📶    📶





愛「ベベノムたち、ボールに戻すよ」

璃奈「うん」


愛さんが端末を弄ると──


 「ベベノ──」「ベノー──」


ベベノムたちがボールに収まる。

二つの機器でエネルギーの集束位置を確認。


璃奈「誤差10」

愛「OK. 繰り返すよ」


ボタンを押してベベノムをボールから出す。


愛「ベベノムたち、辛かったら言うんだよ!」

 「ベベノ〜」「ベノ〜」

愛「続けるよ」

璃奈「うん」


──2回目、3回目、4回目と試行を続けていく。


璃奈「誤差2。……ベベノムたちのバイタルは?」

愛「問題ないよ」

璃奈「わかった。続ける」


一定以上、ボールに入る時に発生するエネルギーの発生位置が被れば、エネルギー同士が衝突して、ホールが発生するはず……。

こればかりは試行回数が必要だから、ベベノムたちの調子が悪くなる前に、ホール発生を確認したい。

──試行が20を超えた……そのときだった。


愛「ボール、入れるよ」

 「ベベノ──」「ベノノ──」


ベベノムがボールに入った瞬間──空間に歪みが発生した。


璃奈「……! 来た!!」


それと共に、周囲の空気を吸い込み始める。


璃奈「ボールは……!?」

愛「無事!! ちゃんと固定されてる!!」
689 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:52:05.15 ID:5MWtUFJH0

ベベノムたちも無事。

そして、ガラスを挟んだ向こうに──幼い日に見た、両親を吸い込んだ穴が……そこには確かにあった。


璃奈「……実験、成功した……」

愛「やったね、りなりー……!」

璃奈「うん……!」


次第にホールの吸引力は弱まっていき──エネルギーが尽きてゲートが閉まるのかと思った……そのときだった。

ゲートの中から──何かの影が現れた。


 「──シブーーン…」

璃奈「……!?」

愛「な……!?」


──異様な姿をした生き物だった。

虫のような頭に、筋骨隆々とした肉体、そして四足の下半身。

異様と言う以外、他に形容する言葉が見当たらなかった。

そいつは、


 「マッシブ!!」


ガラスの向こうで、何故かポージングをし始めた。

それと同時に、背後のゲートはエネルギーを失って維持できなくなったのか、閉じていく。


璃奈「な、なに……? ポケモン……?」

愛「わ、わかんない……。……でも、絶対に外に逃がしちゃダメだよね……! リーシャン!! ルリリ!!」
 「──リシャンッ」「──ルリッ」


愛さんがボールからリーシャンとルリリを繰り出す。

だけど、相変わらず謎の生物は、


 「マッシブ…!!!」


ポーズを決めている。


璃奈「て、敵意は……ないのかな……?」


しばらくすると、そいつは──


 「シブ…」


見せつける相手がいないことに気付いたのか、軽く項垂れたあと……その謎の生物の目の前に──先ほど消えたはずのホールが再出現した。


璃奈「……!?」

愛「ホールが……!?」


そして、謎の生物は──


 「シブーン──」


ホールの中へと消えていき──いなくなるのと同時に、ホールも消滅してなくなったのだった。
690 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:52:42.60 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……消えた……」

愛「……とりあえず、ベベノムたちのボール、回収してくる」

璃奈「う、うん。気を付けてね……」


私たちは目的のホールを発生させることが出来たが──想定外の謎の生物に遭遇し、困惑を隠せなかった。





    📶    📶    📶





璃奈「……愛さん、これ」

愛「ん」


愛さんに開いた本のページを見せる。

今、私たちがいるのは──プリズムステイツにある国の図書館だ。

その伝説やUMA──所謂、未確認生物の本が集まっている場所に来ている。

そして、私が開いたページには──


愛「……虫の頭と翅、筋肉質な上半身、四本の足を持った異形……。……間違いない、こいつだ」

璃奈「……うん」


例の謎の生物と特徴の一致する記載があった。


愛「……名前は……マッシブーンと、名付けた……場所は……。……もう海に沈んじゃった島だね……」

璃奈「この発見例……500年以上前だからね……」


今はもう残っていない土地で……遥か昔に、発見例があった。


璃奈「この謎の生物は……ひとしきり、筋肉を見せつけたあと……空間に穴を開け、消えていったと言われている……」

愛「…………」


普段だったら、オカルトや伝説で片付けてしまうことだけど……。


愛「りなりー、同じような目撃例、集めてみよう」

璃奈「うん。書籍内の情報を自動で抽出するプログラム、作ってみる」


私たちは普段見ることのないような本の情報を片っ端から洗い始めた。





    📶    📶    📶





──それによって、わかったことは……。
691 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:53:29.25 ID:5MWtUFJH0

璃奈「ウルトラ……ビースト……」

愛「ここではない……ウルトラスペースからやってくると考えられている……異形の生き物のこと……」

璃奈「人智を超えたパワーを持っていて……空間の穴を通って、こちらの世界に現れることがある……」

愛「普段だったら、絶対……胡散臭いって思うのに……」

璃奈「たぶん……これは、事実……」


数百年に1度あるかないかの頻度で……この異形が現れているという記録……というか、伝説や伝承が見つかった。

種類は様々で……瞬足を持つ美しき純白の異形、巨大な竹のような腕を持った飛翔体、爆発する頭を持った霊魂など……一見、共通点が見当たらないように見えるけど……。

それらには、共通して……空間に開いた穴に消えていったという情報が見受けられた。

そして、その情報の中に──異世界からやってくる異形のことを……ウルトラビーストと名付けている記述があった。


愛「……これって、つまり……」

璃奈「恐らくだけど……私たちが探していた高次元空間に生息してる生物……ってことだと思う……。……帰っていったって記述を見る限り……あのポケモンたちは、異次元へのホールを自分たちで開けられるのかも……」

愛「……じゃあ、アタシたちの前に現れたのは……」

璃奈「……恐らく、こちらから穴が開けられたせいで……ウルトラスペースから、こっちに迷い込んできた……」

愛「……ってことだよね……」


そして、もう一つ……気になることがあった。

その、ウルトラビースト……という生き物に該当する存在に、


璃奈「……紫色の毒針を持つ、毒竜……。……これ……」

愛「ベベノムの進化系のアーゴヨン……だよね……」

璃奈「……うん」


この世界には、アーゴヨンというポケモンが居る。

ベベノムの群れには、ベベノムたちを甲斐甲斐しく面倒を見て育てる、進化系のポケモンがいる。それがアーゴヨンだ。私たちの世界でも稀に見ることが出来るポケモン。

つまり……実はベベノムはウルトラビーストの子供かもしれないということだ。……一見突飛な話にも聞こえるけど──


愛「……仮にベベノムがそういう存在なんだとしたら……異様に大きなエネルギーを持ってたこと……ホールを開けることが出来た理由を説明出来る……」

璃奈「……ベベノムはウルトラビースト……」

愛「でも、それだと逆にベベノムはなんでウルトラスペースに帰らないんだろう……?」

璃奈「……これは、私が考えた仮説だけど……。……逆なんじゃないかな」

愛「逆……?」

璃奈「アーゴヨンはもともとウルトラスペースに住んでいたけど……子育てをするために、安全な世界を見つけて……それが居ついて……」

愛「何百年、何千年って時間を掛けて……繁殖した個体がいたってこと……?」

璃奈「うん……。……もちろん、仮説の域を出ないけど……」


ただ、重要なのはそこではない。


璃奈「じゃあ、アーゴヨンにホールを開ける能力があるのか……だけど……」

愛「……たぶん、この世界で繁殖を続ける中で、失われたって考える方が妥当だよね……。……能力が残ってるなら、すでにホールの存在を誰かしらが気付いてる気がするし……」

璃奈「失われたというか……戻る必要がなかったから、今この世界にいる個体はウルトラスペースに行けることを知らないってだけかもしれないけどね……。それだけのエネルギーはベベノムたちでも持ってるわけだし」

愛「……なるほど」


さて、ウルトラビーストとウルトラスペースという伝説の産物が、恐らく事実であることを突き止めた私たちは……次に何をするべきだろうか。

──世界を救うために、私たちが次にするべき行動は。研究は。
692 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:54:06.70 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……愛さん」

愛「ん?」

璃奈「……私は、ウルトラスペースについて、研究をするべきだと思う。お父さんやお母さんの言うとおり、世界のエネルギーが高次元空間に漏れているって言うなら……それはウルトラスペースのことだと思うし……それが漏れ続ける原因を知ることが、私たちの研究の目指すべき場所」

愛「……だね」

璃奈「私たちは、自分たちでホールを作り出す方法も見つけてる……なら、今後も同じようにホールを発生させて、ウルトラスペースを調査する必要があると思う」

愛「……ただ、そのためには必要なものがあるかな」

璃奈「必要なもの……?」

愛「戦う力だよ」

璃奈「どういうこと……?」


私は愛さんの言葉に首を傾げてしまう。


愛「これ、記述の中にさ……現れたウルトラビーストによって、大きな被害を受けた国とか島がいくつもあったでしょ」

璃奈「う、うん……」


確かに愛さんの言うとおり、現れたウルトラビーストによって、人口の大半を失った国や沈んでしまった島もあった。


愛「私たちは確かにウルトラスペースに繋がるホールを自分たちで開ける術を見つけたけど……逆を言うなら、またウルトラビーストを呼び寄せる可能性もある。今回現れたマッシブーンがたまたま無害だったからよかったけど……もし、狂暴なウルトラビーストが現れてたら……プリズムステイツがなくなってたかもしれない」

璃奈「……確かに」


知らなかったとは言え、私たちは随分と危ない橋を渡っていたのかもしれない。


愛「となると……ウルトラビーストが現れても対抗出来るだけの戦力が必要になる」

璃奈「で、でも……私……戦闘は……」

愛「わかってる。だから、強い人たちに協力を仰ごう」

璃奈「協力……? どうやるの……?」

愛「それは、簡単だよ。アタシたちは──研究者なんだからさ」





    📶    📶    📶





──愛さんが取った方法は、確かに簡単なことだった。

ウルトラスペースに繋がるホール──即ちウルトラホールの存在を学会に発表することだった。

最初は懐疑的に捉えている人も多かったけど……開いた瞬間の映像と、大量の統計データ、さらに伝承の資料などを提示されたら、さすがに学会も信じざるを得なかった。

それと同時に……私はお父さんとお母さんが唱えていた、世界からエネルギーが失われている説の発表をした。

そして──これ以上、世界からエネルギーが流出することを防ぐための研究をしているということも……。

この話は瞬く間に学会中に知れ渡り……なんと……。


璃奈「──プリズムステイツ政府から、政府研究機関に指定……」

愛「発表内容が内容だけに、政府が動いたね」

璃奈「予算も政府からたくさん下りた……なんだか大事になってきた」

愛「それだけ期待されてるってことだね。……なんせ、世界を救うことに直結する問題だからね。でも、研究所側も調子いいよね……実際、りなりーに所内の管理権限ほとんど与えてなかったのに、調子よくテンノウジ所長なんて発表しちゃって……」

璃奈「まあ、それはいいかな……。……実際、任されても管理は出来ないし……。……でも、これで前より自由に研究出来るようになった」

愛「それにアタシたちが狙ってた目的も達成されたしね」
693 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:55:08.47 ID:5MWtUFJH0

──狙っていた目的……それは即ち、ウルトラビーストに対抗する戦力のこと。


愛「来週には、プリズムステイツの警備隊が、この研究機関に統合される……。……特にアタシたちの護衛には、その警備隊のトップ2の人たちが付いてくれるらしいし、これで戦力面はちょっと安心かな……」

璃奈「うん。……でも、どんな人なんだろう……。……怖い人じゃないといいけど……」

愛「どうだろね……。……話に聞いた感じだと、向こうは16歳の女の子らしいけど」

璃奈「歳は私たちとほとんど変わらない……でも、若くて強い人たち……すごく厳しかったりするのかな……」

愛「なくはないけど……こればっかりは会ってみてからだね。大丈夫! もし怖い人だったとしても、りなりーのことは愛さんが守るからさ♪」

璃奈「愛さん……。……わ、私も、愛さんに頼ってばっかりじゃなくって、仲良く出来るように頑張るね! これから一緒に頑張ってく仲間なんだから……」

愛「お、いいね! その意気だよ、りなりー♪」

璃奈「うん……!」





    📶    📶    📶





愛「りなりー、準備いい?」

璃奈「うん」
 「ニャァ〜」

愛「ニャスパーも準備万全だね〜♪」

 「ニャ〜」


あっという間に、警備隊から来る二人との顔合わせの日が訪れた。


璃奈「璃奈ちゃんボードも持ってきてる……出来る限り使わないように頑張るけど……」


二人はこれから一緒にやっていく仲間になる人だから……出来るなら、素顔のまま話せた方がいい。……出来ればだけど……。


愛「まあまあ、気楽に行こう。今日は挨拶するだけだからさ♪」

璃奈「うん……」
 「ニャ〜」


二人で応接室に、待ち合わせ時間ピッタリに到着する。

愛さんが扉を押し開けると──中にはすでに、警備隊から来た二人らしき人たちが待っていた。


愛「お、もう着いてたんだね。待たせちゃったみたいで、ごめんね!」

璃奈「は、初めまして……」


ペコリと頭を下げて挨拶をし、それを見て二人が立ち上がる。


果林「──この度、プリズムステイツ警備隊から統合される形で配属されました、アサカ・果林です」

彼方「同じく、コノエ・彼方です〜」


果林さん、彼方さんと名乗る二人。

果林さんは整った顔立ちに、長身ですらっとしている。全体的にクールな印象を受ける人だった。

彼方さんはゆるふわなロングヘアーに、優しそうな垂れた目……果林さんとは対照的で、喋り方も相まって、すごくゆったりした人に見える。

二人の形式ばった挨拶に対して、


愛「あ、いいっていいって、これから一緒にやってく仲間なんだし、そういうの堅苦しいのは無しで! 歳も近いらしいしさ! もっとフランクな感じでいーよ!」
694 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:57:35.67 ID:5MWtUFJH0

愛さんはお得意の一気に距離感を詰める切り出し方をする。


果林「は、はぁ……」

愛「あっと……名乗ってなかったね。アタシはミヤシタ・愛! んで、この子はりなりー!」

璃奈「えっと……て、テンノウジ・璃奈です……」
 「ニャァ〜」

璃奈「この子は……お友達のニャスパー……です……」


また、ペコっと頭を下げながら、自己紹介をする。


果林「……えっと……それじゃ、ミヤシタさんとテンノウジさん……」

愛「愛でいーよ! りなりーもファーストネームでいいよね?」

璃奈「うん。ファミリーネームは長いし……ややこしいから、璃奈でいい」


テンノウジはお父さんとお母さんの名前でもあるから……何かと公式な場で使うとややこしくなりかねないし……何よりファーストネームの方が呼ばれ慣れている。


果林「……わかったわ。愛と……璃奈ちゃん」


果林さんは頷いて私たちの名前を呼んだあと、


 「ニャー」

果林「それと……ニャスパーね」


軽く膝を折って、私に抱っこされているニャスパーに目線を合わせながら挨拶してくれる。

それだけで……少なくともポケモンには優しい人だというのは十分わかった。


果林「それなら、私たちのことも下の名前で呼んで頂戴。良いわよね、彼方」

彼方「うん〜、もちろん〜。よろしくね〜、愛ちゃん〜、璃奈ちゃん〜」


彼方さんは間延びするような口調で喋りながら、


彼方「あ〜あと、この子は彼方ちゃんの親友のウールーだよ〜」
 「メェ〜〜」


足元に居たウールーを抱き上げながら、紹介してくれる。


愛「うん、よろー! カリン! カナちゃん! ウールーも!」

璃奈「よろしく、お願いします……果林さん……彼方さん……ウールー……」


顔を上げて、二人の顔を見ようとしたとき──果林さんと視線がぶつかる。

態度には出さないようにしているけど……果林さんはさっきから、私たちを見定めようとしているのがなんとなくわかった。これから、一緒にやっていくのに相応しい人間なのか……観察しているんだと思う。

私は彼女のその眼力に負けて、思わず愛さんの後ろに隠れてしまう。

隠れてしまってから──失礼なことをしたかも……と思った瞬間、


彼方「果林ちゃん、璃奈ちゃんが怖がっちゃってるかも……」
 「メェ〜〜」


彼方さんが果林さんに向かってそう言う。


果林「……彼方、それはどういう意味か説明してくれる?」

彼方「冗談だってば〜。璃奈ちゃん、もしかして緊張してるのかな〜?」
695 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 12:59:29.53 ID:5MWtUFJH0

彼方さんはそう言いながら、私に優しく微笑みかけてくれる。

……もしかして……フォローしてくれたのかな……。


愛「あはは……りなりー緊張しいなんだよね。やっぱり、ボードあった方がいいんじゃない?」

璃奈「……初対面だから……素顔の方がいいと思ったけど……。……そうする」


やっぱり、私はまだ素顔のコミュケーションは苦手かもしれない……。だけど、誤解はされたくない。仲良くしたいから……。


璃奈「あ、あのね……私……人の顔を見て喋るの……緊張しちゃって苦手で……だけど、怒ってないし、怖がってないよ……」 || ╹ ◡ ╹ ||


璃奈ちゃんボードで、怖がってないことを伝える。


彼方「あはは〜よかったね果林ちゃん、怖がられてないって〜」

果林「彼方……」

彼方「だから、冗談だって〜」

果林「はぁ……全く……。……これから一緒に頑張りましょう。私たちも早く貴方たちを理解できるように努力するわ」

璃奈「果林さんも彼方さんも優しそうな人でよかった。私もこれから一緒に頑張りたい。璃奈ちゃんボード「やったるでー!」」 || > ◡ < ||
 「ニャー」

愛「じゃ、これから、今後の活躍を祈って、もんじゃパーティーでもしますか〜!」

彼方「え、もんじゃってあのもんじゃ〜!? 今どき作れる人がいるなんて珍しい〜! 彼方ちゃんにも作り方教えて教えて〜」

愛「あははっ♪ 愛さん、もんじゃを作る腕には自信あるからね! 何を聞かれても、もんじゃいない! なんつって!」

璃奈「愛さん、今日もキレキレ!」 ||,,> ◡ <,,||

愛「どんなもんじゃいっ! あははは〜!! そんじゃ、アタシたちの部屋へレッツゴ〜!」

彼方「お〜♪」
 「メェ〜」


楽しそうに笑う愛さんは彼方さんを引き連れて、私たちの部屋へ向かって歩き出す。

果林さんは、その様子を眺めながら、


果林「なんだか、賑やかになりそうね」


やれやれと言いたげに、肩を竦めたのだった。


璃奈「果林さんも……行こ?」 ||,,╹ᨓ╹,,||

果林「ええ」


こうして、私たち4人のチームが始まったのだった。





    📶    📶    📶





璃奈「空間歪曲率上昇。ウルトラホール、展開」


あれから、幾度と実験を重ね……ウルトラホールを開くのもだんだん成功率が上がり、今ではホールを開くだけなら、かなりの精度になっていた。

ボールもホール開閉のための特別なものを作り、放出されるエネルギーをある程度制御出来るものを開発した。


愛「おっけー、ホール安定。このまま維持するよ。ベベノム、苦しくない?」

 『ベベノ〜』『ベベノ〜』
696 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:00:18.95 ID:5MWtUFJH0

愛さんがボール内と話すために作った端末でベベノムのバイタルを確認する。こちらも異常無し。


果林「それにしても……ベベノムがウルトラビースト……ねぇ……」

彼方「ベベノムって、街外れの丘にたくさんいるからね〜……。“虹の家”の外でもたまに見かけてたよね」


やっぱり果林さんたちも、ベベノムがウルトラビーストというのは未だに信じられない様子だった。

確かに、すごくポピュラーなポケモンだから、あの子たちが特別な存在だったと言われても、ピンと来ないのは仕方がない。

私たちも、最初はまさかベベノムがそんな特異なポケモンだなんて、考えてもいなかったわけだし……。


彼方「……すやぁ……」

果林「彼方、寝ないの」

彼方「えぇ〜……だってぇ〜……毎回、こうやってホールを見てるだけなんだもん〜……」

果林「私たちは万が一に備えてここに居るのよ」

彼方「わかってるけど〜……」


果林さんたちの目的は私たちの安全確保。

そのため、実験をするときは絶対に同席してもらうんだけど……ウルトラビーストが現れたのは、私たちが最初の実験でホールを開いたときの1回だけ。

だから、二人は実験中ただ座って、じっと実験の光景を眺めるだけの毎日が続いていた。

今日も同じように、ホールのデータだけ取って終わりかな……。……そう思った、まさにそのときだった。


璃奈「……! ホールにエネルギー反応!」


ホールのエネルギーの数値が急に跳ね上がった。

私は端末を操作して、エネルギーの出力を絞るけど──ホールは閉じようとしない。


愛「この数値……!? ヤバイ!! りなりー、ホール閉じて!!」

璃奈「もう、やってる……! けど……ホールが外側からこじ開けられてる……!」


焦る私たちの様子を見て、


果林「な、なに……!?」


果林さんも立ち上がる。

直後──研究室内のホールがカッと光り、


 「──フェロ…」


気付けば実験室内に──真っ白な上半身と、黒い下半身をした、細身のポケモンが立っていた。

それを見て、果林さんが「綺麗……」と呟くのが聞こえた。

あのポケモンは──


璃奈「ウルトラビースト……フェローチェ……!」


自身の美しさで人やポケモンを魅了する力と、瞬足の攻撃で都市一つを壊滅させた……そんな伝承が残っている、ウルトラビースト・フェローチェとよく似た特徴を持っているポケモンだった。


愛「カリン!! 直視しちゃダメ!! ウルトラビーストには人を操る力を持った奴がいるから!!」

果林「え……?」


愛さんが果林さんにそう注意を促すのと同時に、
697 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:01:27.65 ID:5MWtUFJH0

 「フェロッ!!!」


──ガシャァンッ!! と音を立てながら、フェローチェが実験室のガラスを突き破って、果林さんに飛び掛かる。

そこに割って入るように、


彼方「ネッコアラっ!! “ウッドハンマー”!!」
 「コァッ!!!」

 「フェロッ…!!」


彼方さんのネッコアラが丸太を使って、フェローチェを弾き返した。


彼方「果林ちゃん、平気!?」

果林「あ、ありがとう、彼方……!」


彼方さんに声を掛けられて、果林さんが頭を振る。


愛「私も戦う……! りなりー! 下がってて!」

璃奈「う、うん……ニャスパー、隠れるよ」
 「ニャァ」


戦えない私は、机の影に隠れ、愛さん、果林さん、彼方さんがフェローチェと相対する。


 「…フェロッ」

果林「いいわ、暴れるって言うなら……貴方が私を魅了するよりも早く……倒してあげるから……!」

愛「カリン、カナちゃん! 気を付けてね!!」

彼方「防御は任せて〜!」

 「フェロッ」


実験室内にて、ウルトラビーストとの戦いの火蓋が切って落とされたのだった──





    📶    📶    📶





──カツーンッ!

ビーストボールが床に落ちて、特有の音を響かせた。


果林「……はぁっ…………はぁっ…………」

愛「し……死ぬかと思ったぁ……」

彼方「……かなたちゃん……もう……うごけないぃ…………」

果林「……どうりで……戦力を欲しがるわけね……」


先ほどまでずっと響いていた大きな戦闘音が落ち着いたところで、身を隠していた私が顔を出すと──実験室内はボロボロになっていた。

実験室のガラス張りが吹き飛んでいるのは当たり前として、ひしゃげた壁、破壊された機材、天井の照明も一部が破壊され配線が剥き出しになり、スパークしている。

よくこの実験室内で戦闘を収束させられたと思ってしまうくらいには破壊されていた。

そんな中で愛さんたちは、息を切らせながらへたり込んでいる状態だった。


璃奈「みんな……大丈夫……!?」
 「ウニャァ〜」
698 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:02:04.73 ID:5MWtUFJH0

その惨状を見て、私は物陰から飛び出し、みんなのもとへと駆け寄る。


彼方「ど、どうにか〜……」

愛「平気だよ……カリンとカナちゃんがいなかったら、さすがにやばかったけどね……」


そうは言うけど……3人とも、大怪我こそしていないものの、ところどころ切り傷や擦り傷、それに服に血も滲んでいるところもあって、とにかくボロボロな状態だった。


璃奈「今、医療班を呼んでくるから……!」


急いで医療班を呼びに行こうとしたとき──ふと、


璃奈「あれ……?」


視界の端──実験室の中に、何かの影が見切れた。


愛「りなりー?」

璃奈「……ウルトラホールがあった場所に……まだ、何か……いる……?」

果林「……!?」


果林さんが私の言葉を聞いて、身構えたけど──


 「ピュィ…」


そこにいたのは……小さな小さな、紫色の雲のようなポケモンだった。





    📶    📶    📶





愛「……なんだこれ……」

璃奈「……」

 「ピュィ…」


私と愛さんは、小さな雲のようなポケモンの持っているエネルギー量を調べてみて絶句した。


愛「……持ってるエネルギー量が……フェローチェやベベノムの比になってない……」

璃奈「……」

愛「りなりーどう思う……?」

璃奈「仮説だけど……。……ウルトラスペース内に溢れるエネルギーを吸収してるんだと思う……さすがに一個体のポケモンが作り出せるエネルギーとは思えないというか……」

愛「もうちょっと、詳しく調べてみる必要があるね……」


愛さんがそう言って、触ろうとすると──


 「ピュィ──」


そのポケモンが急に……消えた。
699 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:02:56.50 ID:5MWtUFJH0

愛「……え!?」

璃奈「……!?」

愛「え、う、嘘……!? 今、ここいたよね……!?」

璃奈「に、逃げた……!?」


二人で焦る中、


 「──ひゃぁぁ!? え、なになに!? 君、いつのまに彼方ちゃんのお洋服の中に……!?」


研究室の外から、彼方さんの悲鳴が聞こえてきた。


璃奈「……“テレポート”……」

愛「……こりゃー、一筋縄じゃいかなさそうだね……」


どうやら、あの雲のようなポケモン……ワープする能力があるらしい。


果林「ちょっと、愛ー!? あのポケモン、彼方の服の中にいるんだけどー!?」


果林さんが、彼方さんの手を引きながら、研究室に入ってくる。


彼方「もしかして、この子……男の子なのかな?」
 「ピュィ…」


そう言いながら、彼方さんが襟元辺りを引っ張りながら、自分の服の中を覗き込むようにしていた。恐らくそこに、あのポケモンが潜り込んでるんだろうけど……彼方さんの着こなしは、もともとちょっとルーズだから……なんというか、すごく際どい感じになっていた。


果林「やめなさい……男の人が通ったらどうするのよ……」

愛「カナちゃんって、ちょっと警戒心薄いよね……」

果林「ホントに……心配になるわ……」

彼方「えぇー? そうかなぁー?」


肩を竦める愛さんと果林さんの反応を見て、彼方さんは少し不服そう。


璃奈「……極端に憶病なポケモンなんだと思う……。彼方さんが一番守ってくれそうだから……彼方さんのところに逃げたんだと思う。……たぶん」

彼方「おぉー、この子、人を見る目があるよ〜♪」
 「ピュィ…」

愛「ポケモンからの好かれやすさってあるもんねー。確かにカナちゃんって、ポケモンに好かれる方だよね。……逆にカリンは……」

果林「……何が言いたいのよ」

愛「おっと……何でもない何でもない」

璃奈「とりあえず、何か情報がわかるまで、呼び名があった方がいいかも。いつまでも“あのポケモン”とか“この子”とかって呼ぶのもわかりづらい」

愛「カナちゃんが付けてあげたら?」

彼方「んー……それじゃ、雲みたいだから“もふもふちゃん”で〜」
 「…ピュイ」


めでたく、このポケモンの名前が“もふもふちゃん”に決定した。


果林「……それより、頼まれてたもの、持ってきたわよ」
 「バンギ」

彼方「あ、そうだったそうだった〜。カビゴン、ここに置いて〜」
 「カビ」

愛「あっと……本来の頼み事を忘れるところだった」


果林さんのバンギラスと、彼方さんのカビゴンが、抱えていたコンテナを室内に下ろす。
700 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:03:57.88 ID:5MWtUFJH0

愛「サンキュー二人とも!」

璃奈「すごく助かる」


愛さんと二人でコンテナを開けると──中には大量の本が詰まっていた。

そう、二人に持ってきたもらったものは……本だ。国の図書館から借りてきたもの。


果林「それにしても……すごい量の本ね……」

彼方「これ、全部読むのー?」

愛「ウルトラビーストについては、なんだかんだで記述を見つけられたからね……。改めて検索してみたら、そのポケモンの情報もあるかもしれないって思って」

彼方「おぉ〜なるほど〜」
 「ピュィ…」

愛「もしかしたら、見落としがあった可能性もあるし」

璃奈「さすがに図書館の中で検索するには時間の限界もあったから……こうして、国から借りられたなら、もっと精密に情報の検索が出来る」


前回と違って、政府公認の研究機関になったため、今回はなんと国の図書館から資料を大量に借り出すことが出来た。

私はさっき突貫で組み立てた装置の中に本を数冊置いてみる。


璃奈「スキャン開始」


──ムォォォンと音を立てながら、装置が本をスキャンし始める。


果林「あれ……何してるの……?」

愛「りなりーが開発した、本の情報を抽出検索する装置。なんかインクの反応を調べて、そこから文字情報を抽出するんだってさ」

果林「随分、前衛的な読書ね……」

彼方「璃奈ちゃんの周りだけ科学技術が数十年進んでる気がするね〜」

璃奈「でも、読めるのは一度に3冊まで。スキャンが終わるまではひたすら、出して入れてを繰り返すことになる」

果林「……そこはローテクなのね」

璃奈「自動で出し入れする機構も考えたけど……問題が発生して本を破損するとまずいから……こういうのは手作業でやるしかない」

愛「機械はどうしてもエラー起こすときは起こすからねー……よいしょっと……」


そう言いながら、愛さんが本を装置の傍に運び始める。
701 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:04:32.25 ID:5MWtUFJH0

果林「わかった……。手伝うわ」

彼方「それじゃ、彼方ちゃんはお昼寝してるから頑張ってね〜」

果林「貴方も手伝いなさい」

彼方「や、やだよ〜」

璃奈「とりあえず、出来るだけ早く終わらせちゃおう……」
 「ウニャァ〜」「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」

璃奈「ありがとう。みんなも手伝ってくれるんだね」

果林「ポケモンですら、率先して手伝ってくれるのに……こんな情けない姉の今を知ったら、遥ちゃんもガッカリでしょうね……」

彼方「……!?」

果林「……あ、もしもし、遥ちゃん?」

彼方「果林ちゃんやめてっ!? 遥ちゃんにだけは言わないでっ!?」

果林「じゃあ、今すぐ運ぶのを手伝いなさい」

彼方「り、了解であります! 軍曹!」

果林「誰が軍曹よ……」

愛「二人とも、コントやってないで手伝ってよ〜!」





    📶    📶    📶





さて、検索結果が出るまで、実に数週間の時間を要した。

その結果……。


璃奈「……あった。この伝承に出てくる絵。このポケモンにそっくり」

愛「どれどれ……“星の子”……か……」

璃奈「浴びた光を際限なく吸収して、そのエネルギーで成長する……。名前は……コスモッグって呼ばれてたみたい」

彼方「君、コスモッグって言うんだ〜」
 「ピュイ…」

果林「一気にエネルギーを放出すると、空間に穴があいた……? これって……」

璃奈「たぶん、大昔の人が見たウルトラホールのことだと思う……」

果林「じゃあ、貴方……ウルトラホールをあけられるのね」


果林さんが話しかけると──


 「ピュ」


コスモッグはそっぽを向く。


果林「……相変わらず“なまいき”な子ね……」

 「ピ、ピュィィ…」
彼方「あーほら〜、果林ちゃんが怖い顔するから、もふもふちゃんがびっくりしちゃったよ〜?」

果林「すぐ彼方に隠れるんだから……」


もふもふちゃん──もといコスモッグは随分人に慣れたものの……果林さんには一向に懐かず、“なまいき”な態度を取っていた。
702 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:05:03.66 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……大量のエネルギーを溜め込み成長するが……取り込んだエネルギーを全て放出しきると、休眠状態になってしまう……」

彼方「無理させると、すやぴしちゃうんだ〜?」

愛「まあ、そういうことだね」

璃奈「……このポケモンはエネルギーを溜め込む性質がある……」

愛「? りなりー?」


私はふと、あることが気になった。


璃奈「愛さん、ウルトラホールからのエネルギー放射データってすぐ出せる?」

愛「出せるけど……どしたん?」


愛さんが出したデータに目を通す。


璃奈「……もし、コスモッグにエネルギーを溜め込んだり、放出したりする能力があるとしたら……。……私たちの研究は異次元に進む可能性がある」

彼方「異次元……?」
 「ピュイ?」


私たちの研究は──コスモッグの存在によって、次なるステージに進もうとしていた。





    📶    📶    📶





璃奈「…………」


私は無心で紙に計算を書き連ねていた。


果林「ねぇ、愛……璃奈ちゃん、もう3日くらいあの調子よ? 大丈夫なの?」

愛「休むようには言ってるんだけどね……スイッチ入っちゃうと、アタシでも止められないんだよね……」

彼方「研究が異次元に進むって言ってたよね……どういうことだろう?」


璃奈「……やっぱりだ……」


彼方「あ、ペンが止まった」

愛「りなりー? 何かわかったの?」

璃奈「愛さんっ!!」

愛「わっ!? な、なに?」

璃奈「今から設計図作る……!! 手伝って!!」

愛「せ、設計図……? なんの……?」

璃奈「ウルトラスペースを渡る船──ウルトラスペースシップの設計図……!!」

愛「へ……?」


愛さんはポッポが豆鉄砲を食らったような顔になる。
703 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:06:11.75 ID:5MWtUFJH0

果林「ウルトラ……?」

彼方「スペースシップ……?」

愛「え、ちょ……ちょっと待って、りなりー……順を追って説明して……?」

璃奈「コスモッグはウルトラスペースのエネルギーを溜め込んだり、放出したり出来る。そのエネルギーがあれば、ウルトラスペース内の強いエネルギーを中和して、活動出来る……!」

愛「……ま、マジ!?」

璃奈「そもそも、ウルトラビーストはなんで高エネルギーに満ちてるウルトラスペースで生存できるのかがわからなかったけど……自身が溜め込んだエネルギーを放出して、中和してる……! コスモッグはその中でも、余剰にエネルギーを溜め込む性質があるから、それを使えば人間もウルトラスペースで航行出来るはず……!!」

愛「じゃあ、ウルトラスペースシップってのは……!」

璃奈「コスモッグのエネルギーを借りて、エネルギー中和と推進力を生みだすことで、ウルトラスペース内の探索が理論上可能……! 高次元からの観測が出来るようになったら、どういう風に私たちの世界からエネルギーが消失してるのか、そのエネルギーがどこに行ってるのかまで全部計測出来る……!!」


つまり、まさに私たちの研究のステージは──文字通り、異次元に突入するということだ。


愛「わかった……! りなりーは設計のたたき台を作って! さすがにその規模だと二人じゃ無理だから、工学系の研究室とかに応援頼めないか聞いてくる!!」

璃奈「わかった!! お願い……!!」


愛さんが研究室から飛び出し、私はウルトラスペースシップ設計のたたき台に取り掛かる。


果林「どうやら……話が進むみたいね」

彼方「置いてけぼりだけど……なんか、そうみたいだね〜」

果林「邪魔しちゃいけないし……私たちは別の部屋に居ましょうか」

彼方「うん、そうだね〜」


そのとき──prrrrと彼方さんの方から端末が鳴った。


果林「貴方に連絡してくる子と言えば……」

彼方「もちろん、愛しの遥ちゃ〜ん♪ 実は遥ちゃん、ここの入所試験受けてたから、それの結果が出たのかも!」

果林「いつの間に……」

彼方「もしかしたら、近いうちにここで一緒に働けるかも〜♪ もしもし〜遥ちゃん? どうしたの〜?」


彼方さんは心底幸せそうな笑顔で通話に応じたけど──


彼方「……え?」


その声のトーンが、急に今まで聞いたことのないような重いものになった。


璃奈「……彼方さん……?」


あまりに聞き覚えのない重い声に、集中していたはずの私も振り返ってしまった。


果林「彼方……?」

彼方「………………果林ちゃん……。…………お母さんが……倒れたって……」


彼方さんは青い顔をして、果林さんにそう伝えたのだった。





    📶    📶    📶





──ウルトラスペースシップの設計が始まって、早くも1ヶ月が経とうとしていた。
704 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:06:59.72 ID:5MWtUFJH0

愛「……この調子なら……来週には着工出来そうだね」

璃奈「うん、順調」

愛「造船についてはもう話付けておいたし、設計計画が完成すれば、すぐにでも始められると思う」

璃奈「ありがとう、愛さん」

愛「いやいや、アタシよりも……この短時間で設計図を完成させたりなりーの方がすごいって……。……とりあえず、休憩しよっか。お茶でも淹れるよ」

璃奈「うん、ありがとう」


とりあえず、私たちはひと段落するところまで来ていた。

愛さんにお礼を言いながら、私たちが休憩室に戻ると──頭を抱えている人が居た。


果林「……た、助けてぇ……愛ぃ……」

愛「ま、またぁ……? 今日のは何……?」

果林「防衛部隊の予算計画書なんだけど……何度やっても数字が合わないのよぉ……っ……彼方って、こんなに難しいことしてたの……?」

愛「……研究所で算数レベルの話、教えることになるとは思わなかったよ……」

璃奈「果林さん、私も一緒に考えるね」

果林「ありがとう〜……璃奈ちゃん……」

愛「はぁ……。……アタシたちに泣きつくくらいなら、引き受けなきゃいいのに……」

果林「ダメよ……彼方は今は……院長先生──お母さんと一緒にいるべきだもの……」


──彼方さんは、ここ1ヶ月ほどの間、倒れたお母さんのお見舞いに行くため、頻繁に部隊を空けている。

その間は臨時で、果林さんが攻撃部隊と防衛部隊の両方の隊長を兼任しているみたい。

ただ、隊長には隊長の執務がある。そうなってくると、彼方さんの執務も果林さんがやることになるんだけど……果林さんはそういう作業が滅法苦手だった。意外な弱点。


愛「隊長って言っても、実際にウルトラビーストクラスの敵と戦えるのって、カリンとカナちゃんくらいしかいないんだから、もう部隊から切り離してもらったら……?」

果林「私もそれは思ったことはあるけど……後進育成も必要だって、彼方に言われて……」

愛「あーまあ……カナちゃんなら言いそう」

果林「それに元は警備隊なわけだからね……私たちがこっちで動いてることが多いだけで、組織自体は今でもプリズムステイツの治安維持は並行して行ってる……有事の際には私たちも出向いてるわけだし……」

愛「そっちはそっちで大変そうだねぇ……」

果林「そうなのよ、大変なのよ……だから、助けて……」

愛「別にいいけど……カリン、普段自分の隊の執務はどうしてんのさ……」

果林「全部、隊の他の人に任せてる……」

愛「あー……なるほどねー……」

璃奈「とりあえず……ここ、計算間違ってる」

果林「え……?」

愛「先は長いなぁ……」





    📶    📶    📶





──あれから5ヶ月が経過した。


愛「……ウルトラスペースシップ……完成したね」

璃奈「……うん」
705 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:09:31.34 ID:5MWtUFJH0

竣工したウルトラスペースシップを見上げながら、愛さんの言葉に頷く。


愛「……本来なら、喜んでたんだろうけどね……」

璃奈「……そう……だね……」


──ちょうど今朝、連絡があった。

彼方さんのお母さんが……亡くなった、と。

果林さんと彼方さんは……お葬式に行ったため、今ここにはいなかった。


璃奈「……家族が死んじゃうのは……悲しい……」

愛「……そうだね」


俯く私の頭を、愛さんがぽんぽんと撫でる。


愛「……そういう悲しいを、少しでも減らすために……アタシたちは頑張ってるんだ」

璃奈「…………うん」

愛「……大丈夫。アタシたちは……前に進んでる。……りなりーも、カリンも、カナちゃんも……」

璃奈「…………うん」


辛くても……前に進まなくちゃいけない。……私たちは、みんなの未来を、背負っているから……。





    📶    📶    📶





──数日後。


彼方「ただいま〜」

果林「……戻ったわ」

愛「おかえり! カリン! カナちゃん!」

璃奈「おかえりなさい」


二人が研究所に復帰した。


璃奈「彼方さん……大丈夫……? 無理しないでね……」

彼方「ありがとう、璃奈ちゃん。でも、彼方ちゃん、くよくよしてられないから〜」

果林「……私たちがいない間に、シップ……完成したんでしょ? 見に行きたいわ」

愛「随分やる気じゃん、カリン」

果林「……気合いが入ったのよ。……私たちは、何がなんでも世界を救わなくちゃいけないんだから。……そうでしょ?」

璃奈「……うん。そのとおり」

彼方「これ以上、悲しむ人を増やさないためにも……」

愛「そうだね。案内するよ!」



706 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:10:28.21 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──そして、あっという間に……ウルトラスペースへと旅立つ時がやってきた。


璃奈「エネルギー充填完了。エンジン稼働正常。ウイング稼働正常」

愛「レーダーOK. 装甲へのエネルギー循環100%だよ」

彼方「コスモッグ、苦しくない〜?」
 「ピュイ♪」

彼方「コスモッグの準備も大丈夫そう〜」

愛「検知結果来てる〜?」

璃奈「うん、コスモッグ暫定エネルギー量63%」

果林「……やることがないわ」

愛「カリンはなんも触んないでね。シップが沈んだら全員お陀仏だから」

果林「一応、指揮は私が執ることになってるんだけど……」

愛「だから、出発前のメディア対応お願いしたじゃん。カリンはアタシたちの顔だよ♪」

果林「調子いいんだから……」

璃奈「全点検終了。……予定通り、10分後に発進シークエンスを開始する」

愛「了解。さぁーて、いよいよだねー」

璃奈「……その前に、みんなに聞いておきたいことがある」

果林「聞いておきたいこと?」

彼方「なになに〜?」


私はみんなの顔を順番に見回す。


璃奈「……ここから先は……人類未踏の世界。……命の保障が出来ない。……だから──」

果林「降りるなら、今が最後のチャンスだって話かしら?」

璃奈「うん。……この先はずっと、死と隣り合わせになる」

愛「……ま、アタシはもちろん行くけどね。聞くだけ野暮ってやつだよ、りなりー」

彼方「まあ、危ないなら尚更、一緒に行かなくちゃだよね〜」

果林「貴方たちを危険から守るために、私たちがいるんでしょ。……今更、仲間外れにしたら、怒るわよ?」

愛「ま、カリンは準備段階で軽く仲間外れみたいになってるけどねー」

果林「……怒るわよ?」

愛「冗談だって〜♪ ま、そーゆーことだからさ。みんな行くよ」

璃奈「愛さん……彼方さん……果林さん……」

彼方「もう、これは璃奈ちゃんだけの夢じゃないよ。みんなの夢」

果林「私たちはもう……4人で1つのチームでしょ」

愛「みんなで世界、救いに行こう♪」

璃奈「……うん!」


みんなの頼もしい言葉に、私は力強く頷く。
707 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:11:18.43 ID:5MWtUFJH0

果林「そういえばチームで思い出した」

彼方「え、なになに〜?」

果林「今メディアが私たちのことなんて呼んでるか知ってる?」

愛「なんかあんの?」

果林「……『異界の海へと潜り行く美姫たち』……って意味を込めて──“DiverDiva”って呼ばれてるみたいよ」

璃奈「“DiverDiva”……」

愛「へー! いーね、それ! たまにはメディアもセンス良いこと言うじゃん!」

彼方「美姫か〜なんか照れちゃいますな〜」

璃奈「……ちょっと……恥ずかしいけど……嫌いじゃない」

愛「そんじゃ、リーダー! 発進前に、一発気合いの入るの言ってよ!」

彼方「お、いいね〜。そういうノリ、彼方ちゃん嫌いじゃないぜ〜?」

璃奈「果林さん。お願い」

果林「突然言わないでよ、もう……。……みんな、世界を救いに行くわよ! この4人──“DiverDiva”で……!!」

璃奈「うん!」
愛「あいよー!」
彼方「任せろ〜!」


私たちの──異界での旅が、幕を開けたのだった。





    📶    📶    📶





──さて、ウルトラスペースの調査が本格的に開始し……私たちは少しずつウルトラスペースのあちこちを旅しながら、いろんなことを知ることになる。

まずウルトラスペースの中には、私たちの世界のように、いろいろな世界が存在していることがわかった。

私たちは世界を見つける度に、そこに降りて調査を行った。

そして……世界によっては──新たなウルトラビーストに出会うこともあった。


────
──


例えば……巨大な電気を帯びた樹木が張り巡らされた世界……。


 「──ジジジジ」

果林「みんな!! 姿勢下げて!!」

愛「雷……雷無理、雷怖い、無理無理無理……」

璃奈「あ、愛さん、しっかりして……!」

彼方「おー……愛ちゃんの意外な弱点だ〜……」


────
──
708 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:12:12.67 ID:5MWtUFJH0

例えば、一面に広がる砂漠の世界……。


 「──フェロッ!!!!」

果林「こっちよ!!」
 「フェロッ!!!」

 「フェ、ローーチェ!!!!」

愛「カリン!! 一人じゃ無茶だって!?」

果林「フェローチェの速さに対抗出来るのは、フェローチェしかいないでしょ!! 任せなさい!!」


────
──


宝石のような輝く鉱物があちこちに生えた洞窟の世界……。


 「──ジェルルップ…」「──ジェルル…」「──ジェルップ…」

璃奈「……ウツロイド……。……強力な神経毒を持ってるウルトラビースト……」

愛「寄生されたらアウトだからね……慎重に調査しないと……」

果林「彼方……いざとなったら、無理やりにでも手引っ張って逃げるからね……。貴方、走るの苦手なんだから……」

彼方「えへへ〜……果林ちゃん頼りになる〜」


────
──


例えば巨大なジャングルのような世界……。


 「マッシブーーーーーンッ!!!!!!」

果林「……っ……!!」

愛「カリン!! 逃げて!!」

璃奈「果林さん!!」


──ボフッ。


 「…ッシブッ!!?」

彼方「ダメだよ……果林ちゃんは、彼方ちゃんの大切な家族なんだから……傷つけさせない」
 「──メェェェェ…!!!!」

果林「かな……た……」

愛「ウールーが……」

璃奈「進化……した……!」


────
──


例えば、巨大な遺跡の世界……。


彼方「この模様……なんだろ……?」

果林「太陽と……月……かしら……?」

愛「……かつて文明があったのかな……」

璃奈「人が住んでたのか……他の世界から持ち込まれたのかはわからないけど……。……ただ、もうこの世界に知的生命体は生息してないと思う。……あまりに世界規模が小さすぎる……」

 「──ピュィ…」
709 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:14:48.11 ID:5MWtUFJH0

────
──


本当に……いろんな世界を見て回った。

そして、私はその中で、世界はそれぞれ違う規模を持っていることを突き止めた。

加えていろいろな世界を巡る中で──私たちは、ウルトラビーストを何種類か捕獲することに成功した。

テッカグヤ、デンジュモク、カミツルギ、ズガドーン……そして、2匹目のコスモッグ……。

ただそれなりの数の世界を見て回ったけど──知的生命体による文明が進行形で築かれている世界へは、たどり着けなかった。





    📶    📶    📶





調査を続ける中で……久しぶりに研究所に戻ってきていた私は、考えていた。

──結局何故、私たちの世界からはエネルギーが漏れ出してしまっているのだろうか?

各世界にある物質の放射性年代測定から見るに……誕生から時間が経過している世界ほどエネルギー状態が不安定だった。

それが指し示すのは……この現象は世界そのものに起こっている経年劣化のようなものと考えるのが妥当……?

世界はエネルギーの風船のようなもので……その風船のゴムの表面が徐々に弱まって、エネルギーが逃げ出していくと仮定して……。

そうだとしてエネルギーはどこに……?

スペース内でエネルギーに偏差が観測出来るってことは、エネルギー自体は流動しているってことだから……。

そうだ……期間ごとの放射誤差のデータと、周辺スペースのエネルギーの飽和状態を見れば……!

私は、集めたデータを見比べる。……やっぱり……ウルトラスペース内に、エネルギーの圧力のようなものが存在しているんだ……。

私は一人、頭の中で理論を整理していく。


彼方「それにしても……これだけ世界を見て回ったのに……人が住んでる世界って、ないもんなんだねー……」

果林「そうね……。……でも、文明がある可能性が高い世界はあったんでしょ?」

愛「まあね。……エネルギー観測によると、アタシたちの世界よりも大きな規模の世界が1個だけ見つかったから。そこにはもしかしたら……文明があるんじゃないかって考えてるけど……」

彼方「エネルギー……ちょっとくらい分けてくれないかな〜……」

愛「それが出来ればなんだけどね〜……」


エネルギーを分ける……?


璃奈「……!」


私はそのとき、あることに気付き、椅子を跳ねのけるようにして、立ち上がった。


愛「り、りなりー? どうしたの? 何かひらめいたん?」

璃奈「………………わかった」


もし、周辺のウルトラスペースのエネルギー圧が小さいほど、エネルギーが流出するのなら、自分たちの世界の周辺のエネルギー圧を上昇させるのが答えになる。

そして、そのための方法があるとしたら……。


彼方「わかったって……何がわかったの〜……?」

璃奈「世界を………………救えるかも……しれない……」

果林「ホントに……!?」


私の言葉を聞いて、果林さんが私の両肩を掴みながら、
710 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:20:47.70 ID:5MWtUFJH0

果林「一体どういう方法なの……!? 璃奈ちゃん……!!」


血相を変えて訊ねてくる。

強い力で肩を掴まれていたため、肩に果林さんの指が食い込んでくる。果林さんはそれくらい強い力で私の肩を掴んでいた。


愛「ちょ、カリン……!」

璃奈「……か、果林さん……い、痛い……」

果林「あ……ご、ごめんなさい……」


果林さんは謝りながら、掴んでいた手を離す。


愛「……カリンが人一倍気持ちが強いのは知ってるけど……そんな風に詰め寄ったら、りなりーが困っちゃうからさ……」

果林「そう、よね……ごめんなさい……」

璃奈「うぅん……大丈夫」

彼方「それで……どういう方法なの……?」


彼方さんに訊ねられるけど……。


璃奈「……それは……」


私はこれを口にしていいものか……悩んでしまった。

もし自分たちの世界の周辺をエネルギーで満たすということが意味していることを考えると……。


璃奈「…………言っていいのか……わからない」


安易に言っていいものなのかわからなかった。


果林「言っていいのか……? わからない……?」


私の言葉に果林さんが眉を顰める。


果林「世界を救う方法があるんでしょ……? それを言っていいのかわからないって、どういうこと……?」

璃奈「そ、それは……。……でも、今この場では……教えていいことか……私だけじゃ判断しかねる……」

果林「なによそれ……。……ねぇ、璃奈ちゃん……貴方も世界を救いたいんじゃないの……?」


果林さんの語調が強くなる。


彼方「か、果林ちゃん、落ち着いて……」

愛「…………何か思うことがあるってことだよね」

璃奈「……うん」

愛「わかった。……ただ、私たちは政府から託されて研究してるから……」

璃奈「……わかってる。……報告しないわけにはいかない……」


最終的には、可能性であっても、報告の義務がある。

政府がどれだけ私たちに投資しているかを考えれば……私一人の意思で、研究の中で見つけた事実を発表するかしないかを決めていいわけがない。

それを聞いて果林さんは、


果林「なら、ここで言ってもいいんじゃないの?」


再び強い口調をぶつけてくる。
711 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:22:04.28 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……ご、ごめんなさい……」

愛「カリン、やめて。りなりーが困ってる」

果林「私たちは仲良しごっこしてるんじゃないのよ? 世界の命運を懸けて戦ってるの」

愛「……」

果林「……」

彼方「ふ、二人とも落ち着いて! 果林ちゃん、焦って聞いても彼方ちゃんたちにはよくわからないだろうし、ちゃんと報告した後にわかりやすく纏めてもらった話を聞こう? ね?」

果林「…………わかった」


彼方さんが宥めると、果林さんは私に背を向けて椅子に腰を下ろす。


璃奈「……ほっ」

愛「りなりー、大丈夫?」

璃奈「……うん」

彼方「ごめんね……果林ちゃんも悪気があって言ってるわけじゃなくて……最近、調査進捗とかメディアから詰め寄られることが多くって……だから、ちょっと焦っちゃってるだけで……」

璃奈「うん、理解してる。果林さん、ごめんね、すぐに言えなくて……」

果林「……私こそ……ごめんなさい……。……ちょっと、頭を冷やすわ……」


果林さんの焦りも理解出来る……。……矢面に立って、一番せっつかれているのは間違いなく果林さんだ。

……それも、人前に立つのが苦手な私の盾になってくれている。

だから、煮え切らない態度を取ってしまったことに申し訳なさはある。


愛「……それじゃ、アタシとりなりーで一旦理論を纏めてくるから……」

果林「ええ……お願いね」


とりあえず、愛さんに相談して……どう上の人に伝えるかを纏めないと……。

愛さんと一緒に執務室に移動する。


愛「それで……聞いていいかな」

璃奈「…………。私たちの世界がエネルギー的に委縮を続ける理由は……恐らく世界の持つ根本的な寿命なんだと思う……。高次元との間の境界面が、時間と共に薄くなって……そこからエネルギーが流出していく」

愛「じゃあ……どうしようもないってこと……?」

璃奈「うぅん……。もし境界面が薄くなったとしても……周辺にあるエネルギーが多ければ問題ない。問題なのは、世界の周辺のエネルギーが不足して、エネルギーの圧力のようなものが下がってるから」

愛「……なるほど。内外で圧力差が生じるから、外にエネルギーが逃げちゃうのか」

璃奈「うん。なら……周辺のエネルギー圧を上げればいい……」


問題はその方法だ。


璃奈「エネルギーはウルトラスペース内で流動してる。……ということは、どこかで巨大なエネルギーの爆発を起こせば……その余波で、私たちの世界の周辺のエネルギー圧も上昇するはず……」

愛「まあ、単純な話だよね……。少ない場所にエネルギーを供給するには、溜め込んでる場所から持ってくればいいもんね」

璃奈「でも……たくさんのエネルギーを溜め込めるのは……恐らく、世界そのもの」

愛「……世界がエネルギーを溜め込む風船みたいなイメージだよね」

璃奈「うん。……つまり、より大きな風船を割ると……よりたくさんのエネルギーがウルトラスペースに還っていく……」

愛「確かにそう……。……え?」


愛さんも気付いたようだ。
712 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:23:09.52 ID:5MWtUFJH0

愛「…………」

璃奈「でも、より大きなエネルギーを持った世界には……恐らく文明がある。……人が、ポケモンが……たくさん生きてる文明がある……。それを壊すってことは……その世界の人やポケモンたちを……犠牲にするってこと……」

愛「…………なるほど……こりゃ、確かにアタシでも言っていいのか迷う……」


愛さんは片手を頭に当てて、椅子に腰を下ろした。


愛「……でも、果林たちは何か方法があることを知っちゃってる……。……上への報告を一切しないのは無理かな……」

璃奈「ごめんなさい……。……もっと熟考してから、口にするべきだった……」

愛「いや、りなりーは悪くないよ……。ただ、これは……そのまま、上には伝えられない」

璃奈「うん……」


こんな非人道的なことをするとは考えたくないけど……もしわかった上でやるとなったら……取り返しがつかない。


愛「……それっぽい理屈で、方法はあるけど、危険だから出来ないって説明をしよう」

璃奈「それしかないよね……」


私たちはどうにか嘘を吐かない範囲で、研究報告を作り始めるのだった。





    📶    📶    📶





──後日。私たちは政府の役人や実行部隊の司令官の集まる席での、口頭での発表をお願いされた。


璃奈「まさか、呼び出されると思わなかった……」

愛「書面だけじゃなくて、ちゃんと説明しろってことかねー……」


やっぱり内容が内容だけに、書面で伝わりづらいニュアンスも解説することを求められているのかもしれない。

ちなみに私たちが出した研究報告書はざっくり言うと──『世界からエネルギーが流出するのは世界の寿命が迫っているから。それを遅らせるには、私たちの世界周辺のエネルギー量を増やすことが必要だが、それをする方法は現在調査中』という形で提出した。

嘘は吐いていない。


愛「りなりー、ボード持ってきてる?」

璃奈「うん」


やっぱりまだ緊張するから……ボードは使っている。私の発表の方法は割と知れ渡っているから、こういう堅い場でも使うことが許されているのは助かる。


愛「んじゃ、行こうか」

璃奈「うん」


もうすでに人が揃っている会議室内へと足を踏み入れる。

中には……十数人ほどの政府役員、所内の管理者や、実行部隊の司令官が揃っていた。


愛「失礼します。ミヤシタ・愛です」

璃奈「テンノウジ・璃奈です。よろしくお願いします」 || ╹ ◡ ╹ ||

政府役人「待っていたよ。……それでは、早速だが研究の報告を改めてお願いしてもいいかな?」

璃奈「はい」 || ╹ ◡ ╹ ||


そのとき、ふと──
713 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:24:51.78 ID:5MWtUFJH0

 「ネイ」


部屋の隅にネイティが居ることに気付いた。

……そういえば、今までも役人の人たちとお話するときには、いつもお部屋にネイティがいた気がする。

役人の人の中にネイティを好きな人がいるのかな……?

まあ、いいや……。

私たちは研究内容の報告を始める。

もちろん、報告書で書いたとおりの内容でだ。


璃奈「──ですので……報告書にも書いたとおり、その大量のエネルギーをどこから持ってくるかは研究中です」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「当てはあるのかな?」

璃奈「あくまで現状では理論がわかっただけなので……そちらに関してはこれから考えるつもりです」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「現状では、具体的な方法には見当が付いていないと……?」

璃奈「……はい」


私は役人の言葉に頷く。

そのときだった、


 「ネイティー」


ネイティーが──鳴いた。


愛「……!」

政府役人「聞き方を変えよう。……何か私たちに報告していないことがあるんじゃないかい?」

璃奈「……? ……ありませ──」

愛「りなりー、ダメだ……!!」


愛さんが急に私の口を手で塞ぐ。それと同時に──


 「ネイティー」


また、ネイティーが鳴いた。


璃奈「あ……愛さん……?」


何が起こったのかわからず困惑していると、


愛「……普通、そこまでする?」

政府役人「…………」


愛さんはそう言いながら、政府の役人たちを睨みつける。


璃奈「え、えっと……ど、どうしたの……?」

政府役人「君たち研究者は、研究を政府から拝命しているにも関わらず、自分たちの倫理道徳観に従って、結果を隠すことがあるからね……」

愛「研究に主観や研究者の願いが含まれるのは当然でしょ!? 研究者だって、人間なんだよ!?」

政府役人「だから、それをクリアするための措置だ……。……君たちに求められていることは、一刻も早く世界を救う方法を見つけ出すこと……違うかね? 政府がどれだけ君たちの研究に、予算と人員をつぎ込んでいると思ってるんだ?」

愛「だ、だとしても……こんな騙し討ちみたいな方法……!」

璃奈「あ、愛さん……! どういうこと……?」
714 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:26:44.40 ID:5MWtUFJH0

私は突然役人の人と口論を始めた愛さんに説明を求める。

すると愛さんは、苦々しい顔をしながら──


愛「……最初から、この人たちはアタシたちの報告を信用なんてしてなかった……。……だから、嘘発見器まで置いて……」

璃奈「嘘……発見器……?」


ハッとする。


 「ネイ」

璃奈「まさか……あの……ネイティ……」

愛「アタシたちが……嘘や虚偽の発言をしたとき……鳴いて知らせるように、訓練されてる……」

璃奈「……嘘」


私の手から……璃奈ちゃんボードが滑り落ちて、パサっと音を立てながら床に落ちた。


政府役人「さぁ……報告を続けて貰おうか」

愛「……だから、今は調査中です。これ以上、報告出来ることはありません」


愛さんが睨みつけながら言葉を返す。


政府役人「“さいみんじゅつ”で吐かせることも出来るんだ。……手荒な真似をさせないでくれ」

愛「…………」

璃奈「……愛さん、話そう」

愛「りなりー……!?」

璃奈「ここまで、強引な手を使ってくるってことは……言わないと、何されるかわからない。……私たちだけじゃなくて……果林さんや彼方さんにも……」

愛「…………」


恐らく……ここで突っぱねても、強引に吐かせられるか……何かしらの罰が、私たちだけじゃない……チームの連帯責任として、課されるなんてことは想像に難くない。

私の言葉を聞いて、


司令官「……」


実行部隊の司令官さんが目を逸らした。

恐らく、そういうことだろう。


政府役人「それだけ……我々も必死なんだ。世界のために……」

愛「だ、だからって……恥ずかしくないの……!?」

璃奈「愛さん。言ってもしょうがない……。……組織の合理性を考えたら……研究者に研究内容を秘匿させないのは……間違った選択じゃない……」

愛「……っ」

璃奈「ただ……この方法は、完全に人道に反する。……私たちは一切推奨しないし、今も他の方法をしっかり模索し続けていることは理解して欲しい」

政府役人「……いいだろう」


そう前置いて──私は、世界にエネルギーを溢れさせる方法を……話し始めた。



715 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:27:53.27 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





愛「……くそ……」

璃奈「……ごめんなさい」

愛「りなりーは……悪くない……。……あんな卑怯なことされたら……」


とりあえず……本日のところは、報告をしただけで会議は終わった。

ただ……方法の一つに──他世界を滅ぼすということがあるのは完全に知られてしまった。

今後具体的にどうするかは、政府で検討したのち、私たちに次の指示を出す、とのこと……。


愛「でも、アイツら……検討するなんて思えない……」

璃奈「…………」


確かに、もうすでに研究者に対する人道は損なわれている。


愛「りなりー……研究を……放棄しよう……。……これ以上は、いくらやっても政府に利用されるだけになる……」

璃奈「……それは出来ない」

愛「なんで……!」

璃奈「今放棄しても……今いる実行部隊をウルトラスペースに送り込んで無謀な調査を続行するとしか思えない……。……そうしたら、他の世界の人たちどころか……私たちの世界の人たちまで無駄に死ぬことになりかねない……」

愛「それは……」


政府からしてみれば……メディアに大々的にアピールもしてしまっている……他国からも多額の支援を受けてしまっている。

もうプリズムステイツ政府も、十分に切羽詰まっているのだ。

そう考えると……今後どういう方針で動いていくことになるのかは……わかっているようなものだった。


璃奈「今の政府の考えを止めるには……もう、私たちに選択肢は一つしか残されてない……」

愛「一つ……?」

璃奈「……政府が動き出すよりも前に……より良い代替案を見付けるしかない──」





    📶    📶    📶





──だけど、代替案はなかなか思いつかず……。

その最中にも、何度か会議が行われた。
716 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:29:01.73 ID:5MWtUFJH0

愛「だから、仮に他世界を滅ぼして、ウルトラスペースにエネルギーを溢れさせても、また数百年、数千年もすれば同じことが起こるんだって!!」

璃奈「エネルギーは流動する……。……エネルギーの固定方法を考えるよりも、移住を考える方が現実的かもしれない」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「だが、数百年数千年我々の世界は守られる。それに今更になって、この世界を捨てると世界中に説明しろと?」

璃奈「現実的な問題の話をしてる。……今、貴方たちが計画してることは侵略。世界間で戦争になる可能性だってある。それに勝利したとしても、また時間が経てば同じ問題が起こる」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「なら、そのときはまた戦うしかない。人はずっとそうしてきたんじゃないかい?」

愛「だからそれじゃ、根本的な解決にならないって言ってんでしょ!?」

璃奈「愛さん……落ち着いて……」

政府役人「……話にならんな」

愛「それはこっちの台詞だよ!!」

政府役人「君たちの聞き分けがあまりに悪いため……今後は組織の全指揮系統を実行部隊に渡すことにした」

愛「はぁ!?」

政府役人「今後は研究の方針や予算の割り振りも、実行部隊が管理する。今後はそちらの指示で動いてもらう」

愛「ふっざけんなっ!!」

政府役人「……実際に航行エネルギーとして扱う星の子、コスモッグと言ったな。……あのポケモンはすでにこちらで確保させてもらった」

愛「はぁ……!?」


愛さんと私は、同席している実行部隊の司令官に視線を向ける。


司令官「……果林と彼方には上からそういう指示があったと言って回収した」

愛「……いつの間に……」


先手を打たれたということだ……。

果林さんたちは私たち以上に上下のある組織をベースに動いている。

そうなると、上からそういう指示があれば、それには従うだろう……。


政府役人「2匹のコスモッグは今後、実行部隊で管理する」

愛「……横暴だ……!」

政府役人「ポケモンの扱いに長けた実行部隊がポケモンを管理するのは合理だと思うが?」

璃奈「……本当にそう思うんですか? ポケモンの扱いに長けた人がコスモッグの管理をするのが適切と」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「当然だ。あれは君たちのポケモンではない。世界を守ろうと考える全ての人間の中で公平に扱われるべきポケモンだ。他に何か合理的な異論でもあるのか?」

璃奈「ない。その理屈は正しい」 || ╹ᇫ╹ ||

愛「り、りなりーっ!」

璃奈「ただ、ポケモンの扱いに長けた人間に渡すという理屈を是とするなら、実行部隊に2匹とも渡すのは筋が通ってない」 || ╹ᇫ╹ ||

愛「え……?」

政府役人「……何?」

璃奈「……この組織全体で見ても、愛さんのポケモンの扱いはトップ2には間違いなく入ってる」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「……そうなのか?」


役人の人が司令官さんに確認を取る。


司令官「……確かに摸擬戦の結果では、果林は愛博士とは同程度の実力ですが……彼方は明確に負け越しています」

政府役人「……」

璃奈「なら、少なくとも2匹のコスモッグのうち1匹は愛さんの手に渡るはず。それが合理と言ったのは貴方」 || ╹ᇫ╹ ||


役人の人は私の言葉に、黙り込み、眉を顰めていたけど──さすがにこれだけの地位にいる人間が、簡単に言っていることを覆すことは出来ないだろうという私の読みどおり、
717 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:31:51.82 ID:5MWtUFJH0

政府役人「……わかった、いいだろう。では、改めて組織内でポケモンの扱いに長けた2名──アサカ・果林、ミヤシタ・愛に、コスモッグの管理権を渡す」


コスモッグは愛さんと果林さんの手に渡ることになった。


政府役人「辞令は追って出す」

璃奈「わかりました」 || ╹ᇫ╹ ||





    📶    📶    📶





危うく全権剥奪されかねないところだったけど……どうにか、首の皮1枚繋がった感じだ……。

そして後日──正式に愛さんに“SUN”、果林さんに“MOON”という階級称号が与えられた。

今後は、この二人がそれぞれコスモッグを管理することになる。


璃奈「愛さんに渡されるコスモッグは、彼方さんが持ってた子みたいだね」

愛「まぁ……カナちゃんの持ってたコスモッグは、カリンとは仲悪かったからね……」


愛さんと話しながら研究室に戻っていくと、ちょうど中から果林さんたちの話し声が聞こえてきた。


果林「──それにしても……なんで“SUN”と“MOON”……太陽と月なのかしら……?」


恐らく、果林さんたちも辞令について話しているんだと思う。

そこに愛さんがドアを開けながら、


愛「文献を見つけたからだよ」


果林さんの疑問に答える。


果林「愛……」

彼方「文献って?」

璃奈「2匹目のコスモッグを見つけた世界で、石板があったの覚えてる?」

果林「あったような……なかったような……」

愛「まあ、あったんだけどさ。その石板にあった碑文をりなりーが言語解析プログラムにずっと掛けてたんだけど……それの結果が出たらしくってね」

果林「それが太陽と月だったの?」

愛「コスモッグは成長すると、太陽の化身もしくは月の化身へと姿を変えるんだってさ」

璃奈「日輪と月輪が交差する場所で、交差する時に、人の心に触れ、太陽の化身もしくは月の化身に姿を変えるって記されてた」

彼方「あーだからか〜……太陽と月をそれぞれ授けるぞ〜ってことだね〜」

璃奈「そんな感じ。強いトレーナーの傍に居ればいつか覚醒して、私たちの力になってくれるだろうって考えてるみたい」


ただ、果林さんが本当に聞きたかったのは、命名理由というよりも……どういう基準で選ばれたかということみたいだったらしく、


果林「……“SUN”は貴方よね、愛」


愛さんに向かって、そう訊ねてくる。
718 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:35:35.99 ID:5MWtUFJH0

愛「……まーね」

果林「上の人と揉めてるの……?」

愛「……」


急な辞令だし……私たちのことは最近何かと噂になっている。果林さんも何かしら、察しているんだと思う。

愛さんは果林さんの言葉を受けて、気まずそうに頭を掻く。


愛「……大丈夫、ちゃんとチャンスは貰ったから」

果林「チャンス……?」

愛「世界……救える理論、ちゃんと見つけてみせるからさ」

璃奈「……私たち頑張る! 璃奈ちゃんボード「ファイト、オー!」」 || > ◡ < ||


果林さんは心配そうにしているけど……私たちにはまだ、やれることがあるはず。

現状の方針を覆すためにも……私たちはとにかく調査を続けることにした。





    📶    📶    📶





愛「……つってもなぁ……。……他の方法かぁ……」


愛さんが頭を抱える。


璃奈「……何か方法はきっとあるはずだから……」

愛「……うん。……ってか、りなりーさっきから何してるの?」


さっきから私が弄っている端末を、後ろから覗き込んでくる。


璃奈「……ウルトラスペース内のエネルギー流動シミュレーション」

愛「……流動シミュレーション……?」

璃奈「……エネルギーには偏差がある。それは常に空間そのものが運動している証拠。……一生空間が運動し続けるんだとしたら……」

愛「ウルトラスペースは……ある基点を中心に回転してる……?」

璃奈「うん。その可能性が高い」


ある一方向に進み続ければいつかはエネルギーが尽きてしまう。

なら、可能性としては円運動をしていると考える方が論理的だ。


璃奈「そして、その中心点には……エネルギーが集中してるはず。……そこを見つけ出して、エネルギーを抽出する方法が見つかれば……もしかしたら……」


私はより大きなエネルギーが存在する場所を、今持っているエネルギーの流動情報からシミュレーションで導き出そうとしていた。


愛「……りなりー、シミュレーション手伝う。データ回して」

璃奈「うん、お願い」



719 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:36:31.79 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





──愛さんと二人で、シミュレーションを始めて約数週間……。

睡眠以外ほぼ不休で進めていた検証の結果……。


璃奈「……あった……」


私たちは──探していたウルトラスペースの中心……即ち特異点の存在の予兆を、探り当てていた。


愛「問題は距離か……。……航行エネルギーが足りない……」

璃奈「……それも、どうにか出来るかもしれない」

愛「どういうこと?」

璃奈「エネルギーが中心に集まってるのは……中心に向かってエネルギーが引き寄せられてる……つまり、中心点には強い重力が存在してるから。だから、近くの世界の重力に捕まらなければ、基本的に中心点に向かって引き寄せられていくはず」

愛「なるほど……。向こうが引き寄せてくれるなら、推進にエネルギーを使い続ける必要がない……」

璃奈「私たちは何も特異点の中心に行こうとしてるわけじゃない。一定以上のエネルギーさえあれば──コスモッグがエネルギーを吸収する性質を利用して、回収出来るかもしれない」

愛「回収したら、行きで使わなかった分の推進力を使って、重力圏から脱出する……」

璃奈「そういうこと」

愛「これなら……行けそう……! 他の世界を犠牲にしなくても、世界が救える……!!」

璃奈「うん。今すぐ、この結果を上に報告しよう」

愛「……だね!」


私たちは、やっと希望を見出した……。ただ……現実は無情だった。





    📶    📶    📶





政府役人「……却下だ」

愛「なんで……!?」

政府役人「それはあくまでもシミュレーションによって得られた仮説なんだろう?」

璃奈「だけど、理屈は筋が通ってる。十中八九エネルギーが集中するポイントがあると思われる」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「だが100%ではない」

愛「そりゃ……そうだけど……」

政府役人「君たちのその理論だと……推進エネルギーに使うコスモッグと、エネルギーの回収に使うコスモッグが必要ということだろう?」

璃奈「……確かに必要」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「それによってコスモッグを失わないと保証できるのか?」

璃奈「……そればっかりはやってみないとわからない」 || ╹ _ ╹ ||

政府役人「もし失敗して2匹ともコスモッグを失った場合……我々は確実に滅亡する」

愛「それは……」

政府役人「……推論の段階で、貴重なコスモッグを2匹とも向かわせるわけにはいかない」


確かに現状では理屈上あると考えられるだけで、観測すら出来ていない。

政府側の主張では、そんな見切り発車で、全ての希望であるコスモッグを2匹とも使わせるわけにはいかない……ということらしかった。
720 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:38:56.71 ID:5MWtUFJH0

政府役人「安全が保障されていないなら、この話は到底許可出来ない。それならば、今ある確実な方法を進めるべきだ。我々には時間も多くは残されていない」

愛「…………っ」

璃奈「……なら、私たちだけで行きます」 || ╹ᇫ╹ ||

愛「……りなりー……?」

璃奈「実際に観測を行って……その上で、改めてエネルギー回収のための安全を確保した理論を完成させたら……この作戦を許可してもらえますか? その間、こちらでは今ある方法を進めていてもらっても構わない」 || ╹ᇫ╹ ||

政府役人「……ああ、それなら構わない」

愛「りなりー……でも、アタシたち二人で行くのは……危険だよ」

璃奈「そんなことは百も承知。……だけど、行かないわけにいかない」

愛「……りなりー」

璃奈「みんなが望む平和を、幸せを……みんなの想いを、未来に繋げるために……誰かが誰かと繋がる世界を守るために……私たちの研究はあるから」


誰かが犠牲になる世界じゃない。誰もが誰かと繋がれる、そんな世界のために……私はずっと研究を続けてきたから。


璃奈「その可能性が目の前にあるなら……私は諦めずに手を伸ばしたい」


私の言葉を聞いて、


愛「……わかった」


愛さんは頷いてくれた。


愛「一緒に行こう……そんで、全部守って……繋げよう」

璃奈「うん」





    📶    📶    📶





愛さんと二人でウルトラスペースへ発つことも決定し……研究室で、もろもろの準備を行っている最中のことだった。


彼方「──りーなちゃん♪」

璃奈「彼方さん?」


彼方さんが私に声を掛けてくる。

それと同時に──


璃奈「……良い匂い……」


すごく甘くて、良い匂いがしてくる。


彼方「実はね〜スフレを作ったんだ〜♪ 一緒に食べない〜?」

璃奈「うん! 食べたい!」

彼方「よかった〜♪ 休憩室で食べよ〜♪」

璃奈「うん!」
 「ウニャァ〜」「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」

彼方「ニャスパーとベベノムたちも一緒に食べようね〜♪」


彼方さんに誘われて、休憩室に移動する。
721 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:39:39.14 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……いただきます!」
 「ニャ〜」「ベベノ♪」「ベベノ〜♪」

彼方「召し上がれ〜♪」


彼方さんの作ってくれたスフレは……一口食べるだけで、ふわっとした食感と共に、甘さが口の中に広がり、すごく幸せな気持ちになる。


璃奈「おいしい♪」
 「ゥニャァ〜〜」「ベベベノノ〜〜♪」「ベベノ〜♪」

彼方「ふふ、よかった〜♪」


ポケモンたちにも大絶賛。

彼方さんはそんな私たちを見てニコニコ笑う。


彼方「ねぇ、璃奈ちゃん」

璃奈「なぁに?」

彼方「……愛ちゃんと二人で……危険な調査に行くんだってね」


彼方さんの言葉に──フォークが止まる。


彼方「果林ちゃんに聞いたんだ。……果林ちゃんは愛ちゃんから聞いたって言ってたけど」

璃奈「……そっか」

彼方「……ごめんね」

璃奈「どうして彼方さんが謝るの?」

彼方「……彼方ちゃんたちは……璃奈ちゃんたちを守るためにここにいるはずなのに……何もしてあげられないから……」

璃奈「そんなことないよ……。……私も愛さんも……彼方さんたちに何度も助けられた……」

彼方「璃奈ちゃん……」

璃奈「大丈夫、絶対に帰って来るから。待ってて」

彼方「……うん」

璃奈「彼方さんの作ったお菓子……もっとたくさん食べたいから、絶対に帰って来る」

彼方「ふふ……わかった〜。帰ってきたら、璃奈ちゃんの好きなもの、いくらでも作ってあげるよ〜♪」

璃奈「やった〜!」
 「ウニャァ〜」「ベベノ〜」「ベベノ〜」


彼方さんは、私の傍に来て、私を抱きしめる。


彼方「……絶対……絶対だからね……。……彼方ちゃん……もう……大切な家族がいなくなるのは……嫌だからね……」

璃奈「……うん。約束する」


私を……家族と言ってくれる彼方さんを悲しませないためにも……私たちは、絶対に戻ってくる。そう胸に誓って……。



722 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:41:06.82 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





璃奈「──エネルギー充填完了。エンジン稼働正常。ウイング稼働正常」

愛「レーダーOK. 装甲へのエネルギー循環100%」

璃奈「コスモッグにも異常なし」
 「ピュイ♪」

愛「ポケモンたちの安全確認もよし……」
 「ベベノ〜」「ベベノ〜」「ニャ〜」

愛「よし、そんじゃ発進シークエンスに──」


発進シークエンスに移行しようとした、そのときだった。


璃奈「待って、通信。……繋ぐね」


通信が入った。

その相手は──


政府役人『……テンノウジ博士、ミヤシタ博士。聞こえるかな』


まさかのあの政府の人だった。


愛「……まさか、ここまで来てイヤミでも?」

政府役人『……作戦の無事を祈って、一言言わせてもらおうと思ってな』

愛「へー……どういう風の吹き回しなんだか」

政府役人『我々は、君たちを嫌っているわけではない』

愛「どうだか……」

政府役人『我々が君たちの考えに賛同出来なかったのは、優先順位の問題だ。……今回の観測調査が成功し、君たちの望む未来が実現することを祈っている』

愛「……そりゃ、どーも」

璃奈「激励、感謝する」


通信はそこで終了する。


愛「ホント……何考えてんだか……」

璃奈「意外だったけど……応援してくれてるのかな」

愛「どうせ、アタシたちがうまく行った場合に調子よく話を進めるためでしょ……」

璃奈「……観測が成功した際、こちらに傾いてくれるのなら、それはそれで助かる」

愛「まあね」

璃奈「どちらにしろ……私たち次第」

愛「……だね。……そんじゃ行くよ、りなりー!」

璃奈「うん!」
 「ニャ〜」「ベベノ〜」「ベベノ〜」

愛「発進シークエンス開始!」


発進シークエンスが開始し──


璃奈「……ウルトラスペースシップ……発進」
723 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:42:18.94 ID:5MWtUFJH0

私たちは──全てを懸けた観測調査を開始したのだった。





    📶    📶    📶





──シップで旅に出て、数週間ほどが経過した。


愛「景色変わらないねぇ……」


ウルトラスペースシップ内からは、ウルトラスペースの景色しか見えないから、進んだところであまり代わり映えしない。

たまに遠方に他の世界への入り口が見える程度だ。


璃奈「でも、確実に相対速度は上昇してる」

愛「エンジン推進を切ってから、それなりに経つもんね」

璃奈「慣性だけじゃない証拠……ちゃんと加速してる」


今はメインエンジンはほぼ稼働していない。使うとしても、誤差修正用のスラスター噴射くらいだ。

それは即ち……中心にある巨大な引力に少しずつ引き寄せられていることを意味していた。


愛「りなりーの理論は……間違ってなかったってことだね……」

璃奈「うん。あとは……十分なエネルギーを持った領域まで辿り着いて……その観測結果を持ち帰れば任務完了」

愛「やっと……ここまで来たんだね……」

璃奈「……うん」


あと一歩……。あと一歩で……私たちの目的は達成される。

お父さんとお母さんの研究が……完成する。誰かの想いを未来を……繋げていく、そんな二人の意志が……。


璃奈「愛さん……ありがとう。愛さんが居てくれたから……ここまで来られたよ」

愛「もう……りなりー、まだ終わってないぞ〜?」

璃奈「わかってる。だけど……今、お礼を言いたくなった」

愛「……そっか」


愛さんは微笑みながら、私を抱き寄せる。

すごく温かかった。


璃奈「……私ね……ずっとずっと……ずーっと……一人で──独りで研究していくんだと思ってた。だけど……気付いたら、周りにいろんな人が居て……果林さんが……彼方さんが……。……愛さんが」

愛「うん」

璃奈「未来の私がこんな風になれるなんて……全然想像してなかった。……愛さんがあのとき……私を見つけてくれたから……今の私がある」

愛「……大袈裟だって。アタシがしたことなんて大したことじゃない。りなりーがお父さんとお母さんを信じて頑張ってきたから、今があるんだよ」

璃奈「愛さん……」

愛「りなりーから始まったんだ。りなりーの気持ちが、想いが、アタシを動かして……カリンやカナちゃんが仲間になって……どんどんどんどん、大きくなって……」

璃奈「……うん」

愛「りなりーが繋げたんだよ……」


愛さんの言葉が嬉しかった。

私がお父さんとお母さんを信じてやってきたことは……何一つ無駄じゃなかった。そう言ってくれることが。
724 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:43:00.88 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……あ、あのね……愛さん……」

愛「んー?」

璃奈「私ね……新しい夢が……出来たんだ……」

愛「新しい夢!? なになに、聞かせて聞かせて!」

璃奈「えっとね……わ、笑わないでね……」


私はそう前置いて、


璃奈「私ね……この研究をしていて、いろんな人と知り合って、協力して、手を合わせて、前に進んできて……誰かと繋がることって、こんなに嬉しいことなんだって……知ったんだ」

愛「うん」

璃奈「……だからね、私の次の夢は──研究を通して、全世界の人たちと……こんな風に繋がれたら……もっともっと、嬉しいんじゃないかなって……」


自分の次の夢を、口にした。


璃奈「……ど、どうかな……?」

愛「…………」

璃奈「……やっぱり、全世界なんて……無理かな……」


愛さんが無言だから、少し大それたことを言いすぎたかなと思ったけど──


愛「……めっちゃいい……。……それ、めっちゃいいよ、りなりーっ!! あんまりに壮大すぎて、びっくりしちゃった……!!」


愛さんは心の底から嬉しそうな声で、反応を示してくれる。


璃奈「出来るかな……?」

愛「出来るよ!! りなりーなら絶対出来る!!」


そう言ってまたぎゅーっと抱きしめてくれる。


愛「これから先……りなりーを心の底から大事に、大切に思ってくれる仲間がたくさん出来るよ……! いろんな人と繋がっていけるよ……アタシが保証する……!」

璃奈「……愛さんが保証してくれるなら……心強い」

愛「その繋がりを一つ一つ大切にして、増やして行けば……いつか、全世界──うぅん、全宇宙の人とだって、繋がれる……」

璃奈「……それは大それた夢だね」

愛「でも、きっと出来るよ! りなりーなら!」

璃奈「……うん。愛さんがそう言ってくれるなら……出来る気がしてきた」

愛「でしょでしょ! ……あ、でも……」

璃奈「……?」

愛「りなりーがたくさんの人と繋がれたら本当に素敵だと思うけど……みんなにりなりーを取られちゃったら……ちょっと、寂しいかも……」

璃奈「大丈夫。……愛さんはずっと私の1番だから」

愛「りなりー……! うん! アタシの1番もずっとりなりーだけだよ!」

 「ウニャァ〜」「ベベノ〜!!!」「ベベノ〜!!!」

璃奈「わわ……」

愛「あはは♪ 仲間外れにするなって♪」

璃奈「ニャスパーも、ベベノムたちも大好きで、大切」
 「ウニャァ〜」「ベベノ〜♪」「ベベノ〜♪」


そのとき──ガコンッと音を立てながら、シップが大きく揺れる。
725 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:44:21.91 ID:5MWtUFJH0

璃奈「わっ……!」
 「ウニャ〜」

愛「とっとと……りなりー、大丈夫?」
 「ベベノ〜?」「ベベベノ〜?」

璃奈「うん……平気、ありがとう」


愛さんが私とニャスパーを抱き留めてくれる。

ベベノムたちは浮いてるから、平気そう……。


愛「……今の揺れ……何……?」

璃奈「……確認する」


私はコンソールを弄りながら、機体の状態を確認すると──


璃奈「……まずいかも」

愛「え?」

璃奈「……メインエンジンが……損傷したかも……」

愛「……なっ!?」


メインエンジンの異常アラートが確認出来た。

ただ、実際に見てみないと端末からだけでは状況の把握が出来ない。


璃奈「ちょっと様子を見てくる」

愛「船外用のスーツ、用意する……!!」

璃奈「お願い」





    📶    📶    📶





私が船外に出て、直接確認を行う──


愛『りなりー! どう……!?』

璃奈「……メインエンジンの噴出口がひしゃげてる……これじゃ、使い物にならない」

愛『……ま、マジか……』


メインエンジンは……目に見えてわかるくらいに損傷を受けていた。

エネルギー推進のための噴射口がひしゃげていて、とてもじゃないけどこれを使って航行することが出来ないのは間違いない。


璃奈「…………」


私はそれを見て考え込む。

恐らく、さっき揺れたときに何らかの損傷を受けたんだとは思う。

デブリか何かがぶつかった……?

いや、このメインエンジンの損傷の仕方は……外側から、何かがぶつかったというより……内側から力が掛かっているように見える。

内側からってことは……。
726 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:45:09.98 ID:5MWtUFJH0

璃奈「…………」

愛『りなりー!! りなりー!? 返事して、りなりー!!』


気付けば、無線通信の向こうで愛さんが声を張り上げていた。


璃奈「あ……ごめん。……ちょっと考え事してた」

愛『……よ、よかった……返事がないから、何かあったのかと思った……』

璃奈「とりあえず、一旦中に戻る」





    📶    📶    📶





愛「りなりー……! メインエンジン直りそう……?」


戻ると、愛さんが駆け寄ってきて、そう訊ねられる。


璃奈「たぶん、無理。完全に噴出口がひしゃげてる。無理に使ったら、エンジンそのものが耐えきれなくなって、最悪爆散する」

愛「そんな……」

璃奈「とりあえず、メインエンジンへの全てのエネルギー供給を遮断して、サブエンジンに送り込む」

愛「わかった……!」


とりあえず、使えないものに期待してもどうしようもない。

まさか、ウルトラスペース内で修理するわけにもいかないし……。

メインエンジンへのエネルギー供給を完全に遮断して、機能を停止させる。

だけど──あまりに間が悪すぎる。

今シップは……中心特異点の重力圏に捕まりつつある。

メインエンジンの推進力は全体の7割以上を占めている。

サブエンジンはあくまで微調整用のものでしかない。

もちろんメインエンジンの推進力をサブエンジンに回す分、サブエンジンの推進能力は上昇するけど……。

メインエンジンと同じだけのエネルギーを送り込んだら、間違いなくオーバーヒートして使い物にならなくなる。


璃奈「…………」
 「ウニャァ〜…」


ニャスパーが鳴きながら心配そうに、私に身を摺り寄せてくる。


愛「りなりー!! メインエンジンへのエネルギー供給、完全に遮断して、サブエンジン側に切り替えた」

璃奈「ありがとう、愛さん」

愛「……でも、どうする? サブエンジンだけだと、スラスターを推進補助に使ったとしても、今の重力圏から逃げ切れるかどうか……」


愛さんも同じことに気付いている。

……そう、あまりにも間が悪すぎる。

いや……これは……──悪すぎる間で起こるようになっていたとも言える。
727 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:46:04.31 ID:5MWtUFJH0

璃奈「……私に考えがある」

愛「マジ……!?」

璃奈「一旦倉庫に行ってくる。愛さんはサブエンジンを稼働してて、もちろんオーバーヒートしないギリギリの範囲で」

愛「わかった!」

璃奈「それじゃ、行ってくる」


私が駆け出そうとすると──


 「ウニャァ…」


ニャスパーが私の足にしがみついてきて、


璃奈「……ニャスパー、ここで待ってて」
 「ウニャァ…」


でも、ニャスパーは離れようとしない。

……ポケモンは、人よりもずっとずっと……勘が鋭い。

──私はニャスパーを抱き上げ、


璃奈「愛さん。ニャスパー、預かってて」


ニャスパーを愛さんに預ける。


愛「わかった。ニャスパー、りなりーは今忙しいから、アタシと一緒にいよう」
 「ウニャァ〜…」


嫌がるニャスパーを愛さんが抱きしめる。


璃奈「愛さん、ニャスパーのこと……お願いね」

愛「ん、任せろ♪」

 「ベベノ…」「ベベノ…」
璃奈「ベベノムたちも……ここで待っててね。それじゃ、今度こそ行ってくる!」

愛「頼んだよ、りなりー!!」


愛さんは私を信用して──送り出してくれた。




璃奈「──…………ごめんね。…………愛さん」





    📶    📶    📶





──シップの後部にある倉庫に入り、持ち込んだ端末で倉庫内のコンソールにアクセスする。


璃奈「……倉庫をロック。装甲循環エネルギーを一時的に倉庫外壁に集中」
728 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:47:40.63 ID:5MWtUFJH0

私は……あることに気付いていた。

突然起こった……メインエンジンの破損。

あれは……どう見ても──人為的な破壊のされ方だった。

つまり……これは……。


璃奈「……私が……ここに来るって言ったからだね……」


私はよくわかっていなかったのかもしれない。

世界というのは……思った以上に、大きな力で、大きな意思で……動いていた。

私たちが何かを言ったところで……変えることなんて……出来なかったのかもしれない。

──私は紙を取り出し、手書きで計算を始める。


璃奈「今の相対速度と、サブエンジン、スラスターによる推進力から考えると……必要な加速度は──」


微妙な軌道計算をしている暇はない。とにかく最低限の推進力の確保が必要。


璃奈「……出来た」


計算は出来た。私は端末に目を向ける。

倉庫の外壁に集中させていたエネルギーは十分溜まった。


璃奈「…………」


私は端末から──シップにある指令を送った。

直後──


愛『り、りなりー!!』


愛さんから通信が入る。


愛『なんか、シップ全体が急に一切の命令を受け付けなくなった……!? ど、どうしよう……!!』
 『ウニャァ〜…』

璃奈「うん。私が倉庫からクラッキングして、全操作権を奪った」

愛『え……』

璃奈「装甲出力をシップ後部に集中する」


本来デブリなどから防ぐためのエネルギーを後部に集中させる。これでシップは背部からの衝撃に対して強くなる。


愛『な、なにしてるの……!? りなりー!?』

璃奈「今から、後部倉庫をパージして──爆発させる」

愛『な……っ!?』


今しなくちゃいけないことは、推進力の確保と、機体重量を落とすことの二つだ

後部倉庫を切り離し……爆発の勢いで装甲を強化したシップを押し出すことによって、この二つを同時にクリアする。
729 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:48:26.02 ID:5MWtUFJH0

愛『待って……待ってよ……今、りなりーどこにいるの……?』

璃奈「…………」

愛『まさか……後部倉庫じゃ……ないよね……?』

璃奈「……正しい軌道でシップを押し返すには、手動で計算して、スラスターで誤差を微調整してから爆破させないといけない」

愛『……何……言ってんの……?』

璃奈「……二人とも助かる可能性は……ゼロ。でも、これなら……愛さんは助けられる」

愛『……っ……!!』


愛さんが席を立ったのが音声越しでもわかった。

恐らく、私のいる後部倉庫まで来るつもりだと思う。


璃奈「無理だよ。ブリッジから出るための隔壁を全て閉鎖したから、そこからは出られない」

愛『なんで……!! なんでこんなことするの!! りなりー!!』
 『ウニャァァ〜…』

璃奈「……これはきっと……私のせいだから……」

愛『意味わかんないよ……!! いいから、ここ開けて!! 今すぐそこから戻ってきて!! りなりーっ!!』


──ガンガンッと……無線越しでも、愛さんが隔壁を叩いているのがわかる。


璃奈「大丈夫、隔壁は時間で開くようになってる。通路に最低限の食料と水を出しておいた。……少しでも重量を減らすために、本当に最低限だけど」

愛『そんなこと聞いてるんじゃないっ!! りなりーっ!! 今すぐ戻ってきて!!』

璃奈「…………愛さん」

愛『何!?』

璃奈「……今まで、ありがとう。愛さんに会えて……私……幸せだった。ニャスパーも良い子にするんだよ」


私は端末から──外部倉庫のパージ命令を送った。

ガコンッと揺れながら、外部倉庫がシップから切り離される。


愛『ダメだッ!! りなりーっ!!』
 『ウニャァ〜…』


パージと共に、倉庫の位置をスラスターで微調整し始める。

その際──目の前に紫色のポケモンが現れた。


 「ベベノ!!」
璃奈「……! ベベノム……付いてきちゃったの……?」


紫色のベベノムだけ……私に付いてきてしまっていたらしい。

白光のベベノムは……姿が見えないから、まだシップ内にいる……はず。


 「ベベ」
璃奈「もう……切り離しちゃったよ……」

 「ベノ♪」
璃奈「……ウルトラビーストだから……もしかしたら、ウルトラスペース内に放り出されても……生き残れるかな……」

 「ベベノム♪」
璃奈「……うん」


もうどっちにしろ……後戻りは出来ない。


愛『り────りー──……──な、りー──』
730 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:49:12.29 ID:5MWtUFJH0

切り離されてもうほとんど聞こえない通信に向かって、


璃奈「……愛さん。……もし……もしさ……生まれ変われるなら……」


最期の願いを、


璃奈「私…………次は……世界中の……うぅん、宇宙中のみんなと……繋がりたいな……っ」


伝えて。

──倉庫を……爆発させた。





    📶    📶    📶





──ああ……。

……誰かと繋がるのって……難しいな……。

みんな同じ世界で生きているのに……みんな違う想いを抱えていて……みんな違う正義を持っていて……。

……そんなみんなと……どうすれば……繋がれるかな……。……どうすれば……繋がれたのかな……。

わからない。

……そういえば私……どうなったんだろう……。

……あれから……どれくらい……経ったんだろう……。

……ここ…………どこ……なんだろう…………。

…………よく……わからないや……。

……………………。

…………………………愛さん、無事かな……。

……………………愛さん。

…………会いたいよ。


 『──…─………………────………』


……?

何……?


 『────……──…──…………──』


……何かの……信号…………?

……誰か……いるの……?

………………私…………ここに……いるよ……。

…………もし……私に……まだチャンスがあるなら……。

……繋がりたい……。


私は──自分の意志の欠片を……そこに向かって、飛ばした。


──
────
──────
────────

731 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:49:50.72 ID:5MWtUFJH0

    📶    📶    📶





リナ『その信号が、やぶれた世界に現れた果南さんのポケモン図鑑の信号だった。あとはみんなの知ってるとおりだよ』 || ╹ ◡ ╹ ||


──長い長い物語を……話し終える。


侑「…………璃奈ちゃんにとって……愛ちゃんは……すごくすごく……大切な人だったんだね。……そして、それは今も……」

リナ『うん』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「話してくれて、ありがとう……」

リナ『うぅん、私も久しぶりにちゃんと思い出せて……懐かしかった』 || ╹ ◡ ╹ ||


あのとき、仲間たちと共に戦った日々を思い出せて……。


リナ『なんか……思い出したら、羨ましくなっちゃったけど』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「羨ましい……?」

リナ『仲間たちと……手を取り合って前に進む……侑さんたちが』 || ╹ ◡ ╹ ||


私が……あのとき失ってしまったものを、侑さんたちが持っていることが……すごく、すごく羨ましかった。

もう……私には……戻ってこないものを持っている、侑さんたちが──


かすみ「何言ってんの!!」

しずく「そうですよ、リナさん」

リナ『え……?』 || ╹ᇫ╹ ||

かすみ「リナ子はとっくの昔に──かすみんたちの仲間じゃん!!」

リナ『……!』 || ╹ _ ╹ ||

しずく「むしろ……今まで仲間と思ってもらえていなかったんだとしたら……ショックです」

リナ『あ、あの、そういうわけじゃ……!?』 || ? ᆷ ! ||


私は思わずあたふたしてしまう。


歩夢「リナちゃんはずっと前から、私たちの仲間だし……大切なお友達だよ」

せつ菜「今もこうして、共に同じ目的に向かって進んでいるんです。それを仲間と言わず、なんと言うんですか!! わ、私が言うと……ちょっと説得力がないかもしれませんけど……」

歩夢「ふふ♪ そんなことないよ、せつ菜ちゃん♪」

リナ『歩夢さん……せつ菜さん……』 || ╹ _ ╹ ||


そして、侑さんが私の目の前に立って、


侑「ねぇ、リナちゃん……私がここまで旅をしてこられたのは……歩夢が居て、イーブイが居て──リナちゃんが居てくれたからだよ」
 「ブイ♪」


そう言った。そう、言ってくれた。


リナ『侑……さん……』 || 𝅝• _ • ||

侑「私の最高の相棒だよ。リナちゃんは」


そう言って、侑さんが私のボディに触れた。

──そっか……そうだったんだ、
732 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:51:23.01 ID:5MWtUFJH0

かすみ「リナ子!」

しずく「リナさん♪」


──私は……私には……。


歩夢「リナちゃん♪」

せつ菜「リナさんっ!」


──とっくの昔に……。


侑「リナちゃん!」
 「ブイ♪」


──こんなに素敵な仲間たちが……また、出来ていたんだ……。

──『これから先……りなりーを心の底から大事に、大切に思ってくれる仲間がたくさん出来るよ……! いろんな人と繋がっていけるよ……アタシが保証する……!』──


リナ『やっぱり……愛さんが保証してくれただけ……あった』 ||   _   ||


なんだか──胸が熱かった。

私にはもう、身体はないのに。

機械の体なのに──胸が熱くて、嬉しくて泣いてしまいそうだった。


侑「──私たちみんなで……守ろう……!」

リナ『……うん! ツナガル──未来を……!』 || ╹ 𝅎 ╹ ||


私は胸の熱さに突き動かされるように──未来を守ることを決意した。侑さんたちと──仲間たちと一緒に。



733 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:52:03.67 ID:5MWtUFJH0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【暁の階】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.●⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口
734 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/08(日) 13:52:41.35 ID:5MWtUFJH0

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.77 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ウォーグル♂ Lv.75 特性:まけんき 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.76 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.73 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      ドラパルト♂ Lv.73 特性:クリアボディ 性格:のんき 個性:ぬけめがない
      フィオネ Lv.71 特性:うるおいボディ 性格:おとなしい 個性:のんびりするのがすき
      コスモウム Lv.75 特性:がんじょう 性格:ゆうかん 個性:からだがじょうぶ
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:258匹 捕まえた数:11匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.65 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.65 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.64 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      トドゼルガ♀ Lv.63 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラージェス♀ Lv.62 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
      ウツロイド Lv.71 特性:ビーストブースト 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
      コスモウム✨ Lv.75 特性:がんじょう 性格:なまいき 個性:ひるねをよくする
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:227匹 捕まえた数:20匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.78 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロアーク♀ Lv.73 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      マッスグマ♀ Lv.72 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニゴーン♀ Lv.71 特性:ほろびのボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ダストダス♀✨ Lv.72 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
      ブリムオン♀ Lv.72 特性:きけんよち 性格:ゆうかん 個性:ちょっとおこりっぽい
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:253匹 捕まえた数:15匹

 主人公 しずく
 手持ち インテレオン♂ Lv.66 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      バリコオル♂ Lv.65 特性:バリアフリー 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アーマーガア♀ Lv.65 特性:ミラーアーマー 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロズレイド♂ Lv.65 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      サーナイト♀ Lv.65 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
      ツンベアー♂ Lv.65 特性:すいすい 性格:おくびょう 個性:ものをよくちらかす
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:225匹 捕まえた数:23匹

 主人公 せつ菜
 手持ち ダクマ♂ Lv.15 特性:せいしんりょく 性格:ようき 個性:こうきしんがつよい
      ウインディ♂ Lv.86 特性:せいぎのこころ 性格:いじっぱり 個性:たべるのがだいすき
      スターミー Lv.81 特性:しぜんかいふく 性格:おくびょう 個性:ものおとにびんかん
      ゲンガー♀ Lv.84 特性:のろわれボディ 性格:むじゃき 個性:イタズラがすき
      エアームド♀ Lv.79 特性:くだけるよろい 性格:しんちょう 個性:うたれづよい
      ドサイドン♀ Lv.82 特性:ハードロック 性格:ゆうかん 個性:あばれることがすき
 バッジ 8個 図鑑 見つけた数:50匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくと せつ菜は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



735 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:21:32.10 ID:jK0Y5xHa0

 ■Intermission👏



愛「…………」


ウルトラスペースの中を、アーゴヨンがアタシの身体を掴んだまま、3匹の伝説のポケモンたちと一緒に突き進んでいく。

ただ──ここウルトラスペースの景色は……何度見ても、あの日のことを思い出す。

りなりーを失った……あの日のことを──



────────
──────
────
──


愛「りなりーっ!!!! りなりーっ!!!!!」


ただ、通信先に向かって、りなりーの名前を叫ぶ。


璃奈『────あ……さん』
 「ニャァァ〜…」


ノイズだらけの音声が聞こえてくる。


愛「りなりー……っ!!」
 「ニャァ〜…」

璃奈『……もし……──……生まれ──われるなら……』

愛「だ、めだよ……りな、りー……」
 「ニャァァ〜…」

璃奈『──……次──世界中……うぅん、宇宙中のみん──と……繋がりたいな……っ』


その言葉の直後──シップを強烈な揺れが襲い、アタシとニャスパーは壁に叩きつけられる。


愛「ぐ…………!」
 「ウニャァァァ〜…!!」


──しばらく揺れが続いた。立ち上がることもままならず、ニャスパーを抱きしめる。


愛「…………っ……」
 「ウニャァ…」


しばらく揺れに耐え……やっと、揺れが収まるの同時に──シュンと音を立てながら、ブリッジから通路への隔壁が開いた。


愛「………………りなりー……」
 「ニャァ…」


アタシはよろよろと立ち上がり──後部倉庫へと向かって駆け出す。

きっと……これは、何かの悪い冗談なんだ……。

そんなこと……そんなことあるはずない。……あっていいはずがない。

後部倉庫への道の途中──


 「ベベノ…」
736 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:22:37.88 ID:jK0Y5xHa0

白光のベベノムが床に転がって目を回していた。さっきの揺れで壁に叩きつけられて、気絶してしまったのかもしれない。

アタシはベベノムを抱き上げて……再び駆け出す。

後部倉庫の前にたどり着くと──……部屋の前には食料と水の入ったコンテナが置かれていた。

アタシはそれを避けて──


愛「りなりー……」


倉庫のドアを叩く。


愛「ねぇ、りなりー……」


叩く。


愛「りなりー……開けてよ……りなりー……っ……」
 「ニャァ…」


何度戸を叩いて、名前を呼んでも──りなりーは返事をしてくれなかった。





    👏    👏    👏





その後……アタシは抜け殻のようになったまま、自分たちの世界へ戻るシップの中で過ごしていた。

自動操縦で戻っていくシップの中で……死なない程度に食料と水を摂取していた。

……あと、もう1匹のベベノムが居ないことにも途中で気付いて探したけど……結局、見つけることは出来なかった。

何度か後部倉庫の扉を叩いて、りなりーの名前を呼んだりもしたけど──返事が戻ってくることはなかった。

ただ、現実感がなくて……ぼんやりと過ごしていた。

気付いたら──シップはアタシたちの世界へと戻ってきていた。

ハッチが開いたので、覚束ない足取りでシップの外に出ると──


果林「──愛……! よかった……!」


カリンとカナちゃんが駆け寄って来た。

フラフラな身体を、カリンに支えられる。

──きっとそのとき……よほど酷い顔をしていたんだと思う。


彼方「あ、愛ちゃん……?」


カナちゃんがアタシを見て、不安そうな声をあげた。


果林「……愛……? ……璃奈ちゃんは……?」


アタシは……ちらりと、シップを見た。

シップは──後部倉庫がなくなっていた……。


愛「──………………ちゃった……」


絞り出すような声で、


愛「……りなりー…………いなく……なっちゃった…………」
737 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:23:30.03 ID:jK0Y5xHa0

カリンたちに、そう伝えた。





    👏    👏    👏





とりあえず、帰還後すぐに医務室に運び込まれ、点滴を打たれる。

点滴を受けている最中、天井を見ながら、アタシはぼんやりと考えていた。


愛「……りなりー…………いなく……なっちゃったんだ…………」


なくなった後部倉庫を見て……嫌でもその事実と向き合わざるを得なかった。


愛「……りなりー……っ……」


りなりー……どうして……あんなことしたの……。

アタシ一人生き残ったって……りなりーがいなくちゃ……。


愛「………………」


改めて──どうして、りなりーがあんなことをしたのかが、疑問に思えてならなかった。

メインエンジンの損傷を確認しに行く、つい数刻前まで……りなりーは未来のことを話していたのに……。


愛「…………なんか…………おかしい…………」


りなりーがいなくなった事実を直視せざるを得なくなったからなのか──りなりーの行動に突然一貫性がなくなったような気がしてならない。

それも……メインエンジンを確認してから、急に……。

そういえば……りなりー……おかしなことも言っていた気がする。

──『……これはきっと……私のせいだから……』──


愛「……私の……せい……?」


なにが……私のせいなんだ……? りなりーは……メインエンジンを確認したときに……何かに気付いた……?


愛「……まさか」


ある可能性が頭を過ぎった。

アタシはベッドから跳ね起き、駆け出そうとする。

もちろん、点滴中だったので管に引っ張られガシャリと音を立てながら点滴台が付いて来ようとする。


愛「……邪魔……!」


無理やり点滴の針を引っこ抜く。

すると、医務室にいた看護師たちが騒ぎ出す。


看護師「み、ミヤシタ博士……!?」
738 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:24:19.13 ID:jK0Y5xHa0

でも、今は構っている場合じゃない。確認しないと……今すぐ……。

アタシはウルトラスペースシップの離発着ドックへと走り出した。





    👏    👏    👏





離発着ドックに着くと、整備士たちがたくさん居て、


整備士「──み、ミヤシタ博士……!? お身体は……」


突然現れたアタシに驚いていたけど……。


愛「ごめん、確認したいことがあるから、通して」


押しのけるようにしてシップへと近付く。

そしてシップの裏側──メインエンジンを確認して、目を見開いた。

アタシは勝手に、デブリがぶつかった等のアクシデントによる破損だと思い込んでいたけど──


愛「……完全に……内側から……壊されてるじゃん……」


メインエンジンの壊れ方は……外から何かがぶつかったようなものではなく──ブースターそのものを内側から爆破されたような壊れ方をしていた。

つまり、これは──


愛「……まさか……爆弾……?」


方法は至って原始的だった。それも、エネルギー噴射に反応せず、ある程度ウルトラスペースを航行した先で起動する、時限式の物。

ウルトラスペースシップの航行エネルギーは熱噴射ではなく、あくまでコスモッグから取り出したエネルギーの噴射だから、C4爆弾のような外力で爆発しないものを使えば十分可能だ。

手間の掛かるものではあるが……用意さえしてしまえば、取り付けるだけで良いから時間は掛からない。

でも、そんなものいつ付けた? 発進直前の点検では、そんな不審なもの確認出来なかった。


愛「……あ」


──『……テンノウジ博士、ミヤシタ博士。聞こえるかな。……作戦の無事を祈って、一言言わせてもらおうと思ってな』──


愛「あの……と、き……」


発進前点検を終えたあと、どうしてあの政府役人から激励の言葉なんてあったのかが……やっと理解出来た。


愛「なに……が……作戦の無事を祈って……だって……?」


思わず握り込んだ拳が、怒りで震えていた。

これは──仕組まれていた。

最初から、アタシとりなりーを事故で済ませて消すために、仕組まれていたんだ。

通信に気を取られている隙に……役人の息が掛かった整備士が……。


愛「……誰だ……。……誰が、付けた……答えろ……」
 「──リシャン…」


アタシはリーシャンをボールから出しながら、整備士たちを睨みつける。
739 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:25:46.66 ID:jK0Y5xHa0

整備士「み、ミヤシタ博士……?」

愛「……答えろ」

整備士「ヒッ……」


殺気を込めた視線に驚いた整備士たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

──わかってる。どうせ、犯人が問われたところで自分から名乗り出るはずがない。


愛「……こんな、やつらのせい、で……っ……りなりーが……りなりー……が……っ……!!!」


腸が煮えくり返るという感覚を、生まれて初めて味わっている気がした。


愛「……りなりーが何したって言うんだ……っ……!!! 世界を……みんなを守ろうとしてただけじゃんか……っ……!!!」


──あんなに臆病だったりなりーが、勇気を振り絞って、見ず知らずの誰かの未来を守るために、戦っていたのに。

こんな形で振り払われることがあっていいのか? いいわけあるか……!! あってたまるか……!!


愛「……りなりーを……っ……返してよっ!!!!」
 「リーーーシャーーーーッ!!!!!!!!」


リーシャンがアタシの怒りに呼応するように──周辺一帯を“ハイパーボイス”で吹き飛ばす。


愛「……ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんなぁぁぁぁっ!!!!!!」
 「リシャァァァァァァンッ!!!!!!!」


手当たり次第に、攻撃をまき散らし、ドックを破壊し、逃げ惑う整備士たちを吹っ飛ばす。


愛「──あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 「リシャーーーーンッ!!!!!!」


叫びながら、目に付くもの全てを吹き飛ばす。

そうでもしないと、気がおかしくなりそうだった。いや、そうしていても、おかしくなりそうだった。

自分が今まで感じたことのないような、怒りと憎しみから生まれる破壊衝動。

そんな暴走をするアタシのことを聞きつけたのか、


彼方「あ、愛ちゃん……!?」

果林「愛っ!? 何やってるの!?」


カリンとカナちゃんがドックに飛び込んできた。


愛「──りなりーを……っ!!! りなりーを返せぇぇぇぇぇっ!!!!!」
 「リシャァァァァンッ!!!!!」

果林「──彼方!! ドックを守って!! 消火も!!」

彼方「わ、わかった!! バイウールー! パールル!」
 「──メェ〜〜〜〜」「──パルル」

果林「キュウコン、“かなしばり”!!」
 「──コーーンッ!!!」

 「リシャンッ…!!?」


カリンたちが暴れまわる、アタシたちを止めに入ってくる。


果林「愛っ!! やめなさいっ!!」


キュウコンがリーシャンを動けなくし、カリンがアタシを後ろから羽交い絞めにする。
740 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:26:44.73 ID:jK0Y5xHa0

愛「りなりーをぉっ、かえせぇぇぇぇぇっっ!!!!!! かえせぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

果林「っ……!」


ただ、アタシには──ぼんやりと遠くにカリンたちの声が聞こえる気がする……そんな認識だった。


果林「……フェローチェ……!」
 「──フェロッ」

果林「“みねうち”……!」
 「フェロ」

愛「がっ……!?」


急に腹部に衝撃を受け──


愛「……りな……りー……」


アタシの意識は──ゆっくりと闇に沈んでいったのだった……。





    👏    👏    👏





──その後、目を覚ましたときには、りなりーと一緒に過ごしてきた……自室に居た。

部屋の鍵を外から掛けられ……見張りも付けられ……ポケモンも全部没収されている状態だった。

所謂、軟禁状態。

最初はあの事故の原因が、政府の陰謀だったとカリンたちに伝えることを考えた。

だけど……完全に手を打たれていて、カリンたちと話したいと何度言っても、二人がアタシのもとに訪れることはなかった。

たぶん……アタシたちが最後に行っていた調査内容は……握りつぶされ、他世界への侵略が計略されている頃合いだろうか。


愛「………………」


何もする気が起きなかった。

食事は定期的に運ばれてくるけど……正直、食べる気なんてこれっぽっちも起きなかった。

……このまま、餓死でもしてやろうかな。そんな風にさえ思っていた。

政府は、誰もが助かる遠回りよりも、誰かから奪って自分たちが生き残る近道を選んだ。


愛「…………馬鹿馬鹿しい…………」


世界は……なんて、馬鹿馬鹿しいんだ……。


愛「……りなりー……」


りなりーの名前を呼ぶ。……もちろん、りなりーの返事は……ない……。

りなりーは恐らく……ウルトラスペースの高エネルギーの中で……情報レベルでバラバラになった。

通常領域ならまだしも……あそこはもう中心特異点の重力圏内だ。

エネルギー密度の濃い空間では……生身の人間の身体なんて耐えられるはずがない。


愛「…………そういえば…………りなりー…………それについての論文……書いてたっけ…………」
741 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2023/01/09(月) 00:28:12.28 ID:jK0Y5xHa0

生物が高エネルギー次元でどうなるかの論文だ。

のそのそと起き上がって──りなりーの机にあったファイルの中から、論文を探す。


愛「……あった……」


そこにはご丁寧に、計算式とともに、生物が生命維持出来ず、情報レベルでバラバラになることが示されていた。


愛「…………」


アタシはなんとなく、それを開いたまま──ペンを持って、紙に計算式を書き始める。

もしかしたら……この式のどこかが間違っていて……りなりーは実はまだ生きているかもしれないなんて……そんな希望的観測にすがりながら。

──1時間経った。間違いは見つからない。

──2時間、3時間、4時間……。間違いはやっぱり見つからない。

──半日が経った。1日が経った。2日経って、3日経って……。

アタシは……ペンを落とした。


愛「…………間違ってるわけ……ないじゃん。……これ……りなりーが作った……理論なんだから……っ、間違ってるわけ……ないじゃん……っ」


りなりーのすごさは、アタシが一番知っている。

アタシも天才だなんて持て囃されていたけど……りなりーは別格だ。天才の中でも、一際飛びぬけた天才……。

そんな、りなりーが作り上げた理論に……間違いなんてあるはずなかった。

仮に間違いがあったとして……アタシにそれが見つけられるわけなかった。

──ポロポロと涙が零れて、大量の式を書き連ねたメモ紙が滲んでいく。

りなりーが作り上げた理論が……りなりーの死を……証明していた。


愛「……りなりー……っ、……りなりーっ、」


アタシは……どうするべきだったんだろうか。

わからない……。……わからない。





    👏    👏    👏





ひとしきり泣いた。

ただ、何日も何も食べていない身体では、泣く体力もあまり残っていなかったらしく、気付けばぐったりしていた。


愛「………………このまま…………終われるかな…………」


空腹と疲労で頭がぼーっとしていた。目を瞑る。

このまま……りなりーの居る場所に……いけるかな……。


愛「…………りな、りー…………」


──『……愛さん……』──


りなりーの声が、聞こえた。

幻聴かな……。でも……いいや……りなりーの声が聞こえるなら……。
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