【デレマス】ファースト・シンデレラ

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88 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:41:47.66 ID:EM6Mdgk00

二人のスケジュールを確認し、今のところ無理のない配分になっている事を確認する。

川島瑞樹には新しい化粧品のCMとバラエティ番組でのレポートコーナーへのオファーを、片桐早苗には数件の営業への出演予定を伝えた。

二人のスケジュール自体はかなり先まで埋まりつつある。

その中でもレッスン時間を確保しつつ、新しい仕事に入り、認知度を高めていく必要がある。

とはいえ、もともと鳴り物入りでのアイドルデビューであり、話題性の高かった川島瑞樹とは異なり、片桐早苗は何本かのバラエティ番組に出演したとはいえ、まだまだ地味な仕事が多い。

それでも、文句ひとつ言わずに明るくこなしていく片桐早苗に、早く大きなステージを用意したいものだ。
89 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:42:23.42 ID:EM6Mdgk00

今日は何件かの広告代理店、ドラマの制作会社、提携先のレコード会社を訪問する。

季節は初夏。外回りをするのにも難儀な季節になってきたが、すべてはアイドルのため。そう思うと何の苦にもならない。

プロダクションに届く出演依頼やオーディションの案内はある程度の役柄に限られており、端役やエキストラのような仕事は探しに行く必要がある。

それに、イメージに合うようなタレントがなかなか見つからないこともあるだろう。

訪問回数を増やして縁を作っておけば、思いがけないオファーが来るかもしれない。

事務室に座っているだけで仕事が降ってくるわけがないのだから。
90 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:43:24.09 ID:EM6Mdgk00

「前職は警察官でしたが、お祭好きの明るい性格。片桐さんはそんな女性でしたね」

レコード会社での打ち合わせの際、先方のプロデューサーが切り出してきた。

「ウチの若いメンバーが、80〜90年代のディスコブームに興味があるようで、彼女の宣材写真を見てピンときたらしいです」

「ありがたい話です」

「任せてみますか?彼らに」

そうして、彼ら制作した楽曲を聞かせてもらう。イメージは、共有できているようだ。

「ぜひ、お願いします」

深々と頭を下げた。願ってもないことだが、片桐早苗のデビューシングルの制作プロジェクトが始まったのだ。

(片桐さん、きっと喜んでくれるぞ……)

黄昏時を迎えた街中を、吉報を抱えて家路につく。

今日は週末。報告は来週の頭となるだろう。喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
91 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:43:57.86 ID:EM6Mdgk00

そんな矢先、ポツリ、と鼻先に水滴が降ってきた。

(今日は、夜から雨だったか?)

天気予報を確認し忘れていたこともあり、傘を持ってきていない。

雨はしだいに強まり、いよいよ本降りとなってきた。

(参ったな……)

運悪く、近くにコンビニエンスストアはなく、目的の駅まではまだ遠い。

雨雲の予報を確認するも、1〜2時間は止みそうにない。

近くに時間をつぶすような場所はと検索してみるも、付近にはメイドカフェくらいしかないようである。

ああいったものはあまり得意ではない。

普通のカフェでもあればよかったのだが。
92 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:44:58.18 ID:EM6Mdgk00

19時、夜の帳が下り、街頭の光が雨に反射して、光の道を作っているようだった。

雨は少し勢いを弱めていた。今のうちに少しでも、と道向かいの屋根付き歩道に移動する。

(ふぅ……)

ようやく人心地がついた。

この道ならしばらくは雨に打たれることもないだろう。

しばらく歩いていると、先ほど検索で出てきたメイドカフェが目に入る。

と、同時に1つの看板が目に入る。

【3階ライブハウスにてアイドル劇場開催中!】。

小さなビルだったが、昔行っていたあのライブハウスよりは広そうである。

1階にメイドカフェ、3階にライブハウスということは、1階の従業員の何名かは、地下アイドルとしてステージに立っているのだろう。
93 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:45:52.71 ID:EM6Mdgk00

雨はまだ止まない。先ほどよりまた、勢いを増したようだ。

(メイド、メイドか……)

本当に何気なく、だった。あの時も、そして今も。

チケットを買い、劇場に足を踏み入れる。

ちょうど最初のアイドルのステージが終わり、二人目の登場を待っているようだ。

ステージの前方には熱心なファンと見られる観客たちが十数名固まっており、他のアイドル目当てや、珍しいもの見たさの観客が少し距離をあけて雑談をしている。

どことなく懐かしい風景。かつては俺も、あんな風に距離を開けて眺めており、やがて前列に陣取るようになっていたものだ。

もしかしたら意外な拾い物があるかも知れない。

そんなことを考えながらステージを眺める。
94 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:46:24.52 ID:EM6Mdgk00

会場のライトが消え、ステージがライトアップされる。

そうして、舞台袖からひとりの小柄な女性が飛び出してきた。

メイド服のような衣装を着て、ウサギ耳のカチューシャをつけた、ポニーテールの……。

(まさか……そんな……)

心臓が飛び出そうになる、とはこのようなことを言うのか。

早鐘のように鳴り出した鼓動。見間違えるはずもない。
95 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:46:57.14 ID:EM6Mdgk00

「こんばんはー!今日もナナのステージにきてくださってありがとうございます!」

あの子が、安部菜々が、居た。
96 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:47:39.35 ID:EM6Mdgk00

「以上!新曲『ウサミン伝説最終章・第4話・その8』を聞いていただきましたー♪」

聞き入っていた。曲の良し悪しや、歌の巧拙ではない。

何が起こったのかまだ理解できていなかったが、あの頃のままの姿かたち、あの頃のままの歌声、それでいて、疲れているような感情。

俺はすぐに近場のスタッフに声をかけ、名刺を渡し、ライブハウスの責任者に話を通した。

あの子と、安部菜々と話がしたい、と。

責任者は名刺を見て目を丸くしていたが、今はそんなことはどうでもいい。

会場はまばらな拍手と、十数人の掛け声。

笑顔で舞台袖に退出する安部菜々を追うように、スタッフを伴ってステージ裏へと入っていった。
97 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:48:20.18 ID:EM6Mdgk00

「はぁ……」

控室、安部菜々はそこに居た。

ため息まじりにうつむいて、息を整えているようだった。

(覚えているだろうか……)

不安だった、だけど。

(プロデューサー君、もしその子と再会したら何をやっていたとしてもスカウトしちゃえばいいのよ)

あの日、川島瑞樹からかけられた言葉を再び思い返す。

会えたら良い、ではない。目の前にいる。

「あの……」

遠慮がちに声をかけた。
98 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:48:55.16 ID:EM6Mdgk00

「え、はい!」

今にも泣き出してしまいそうな顔で、安部菜々は振り向いた。そして。

「あぁ〜♪お久しぶりです!懐かしいですねぇー」

あの頃と同じような、ふにゃっとした微笑み。

「覚えていて、くれたんだ……」

「もちろんですよ!だって、ナナの最初のファンだったんですし、でも……」

……言葉が止まった。

「こんなところで再会しちゃうなんて……思わなかったですけどね……」

困ったように眉尻を下げ、小さく呟く。
99 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:49:27.34 ID:EM6Mdgk00

「菜々さん、これを……」

名刺を差し出した。

「……芸能プロダクションのプロデューサーさん!?ええええっ!」

驚きの声とともに、安部菜々の表情は喜びに満ちていく。

「夢、叶えちゃったんですね!わぁ〜♪おめでとうございます!」

まるで自分のことのように喜んでくれる。そんな所もあの頃のままだ。

「それで、プロデューサーさんはどうしてここへ?」

ひと通り喜んだあと、困ったような顔を向けてくる。

「その前に」

一息ついた。
100 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:50:00.02 ID:EM6Mdgk00

「アイドル・ウサミンの自己紹介。また聞かせてくれないかな?」

「は、はい!」

笑顔。ずっと変わらないままの笑顔。

「え〜と、あの時とちょっと違うんですけど……。ちょっとまってくださいね!ンッ!深呼吸します!」

大きく息を吸って、大きく吐いて、挙動がいちいち大きくて。

「キャハッ☆ナナはウサミン星出身の永遠の17歳!声優アイドルになるため、ニンジンの馬車に乗って、ウサミン星から地球にやってきましたっ!はい、ウーサミン☆」

「ウーサミンッ」

「アハッ♪常連さん達に、もう飽きたって言われてますけど、毎回ちゃんと返してくれるんですよねー」

照れたような、困ったような、でも嬉しそうに。
101 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:50:31.84 ID:EM6Mdgk00

「今日もそうだったね。それで改めてお伝えしたいことがあります」

敬語に切り替える、ここからは仕事の話だ。

「ど、どうしたんですか?」

急によそよそしい言葉遣いになって困惑させてしまったのだろう。

でも、これは必要なことなのだ。

「我がプロダクションで、メジャーデビューしませんか?」
102 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:51:01.92 ID:EM6Mdgk00

「ええええっ!?ス、スカウトですかっ!ナナ、メジャーデビューできるんですかっ!?」

表情をコロコロ変えながらずっと驚いている。

それもそうだろう、おそらくずっともがいていた暗闇に、急に光が差しこんだのだから。

「はい。菜々さんを必ずトップアイドルにします」

右手を差し出す。

ファンとアイドルとしてではなく、プロデューサーとアイドルとしての、最初の握手。

「あ、ありがとうございますっ!よろじぐおねがいじまずっ!」

涙声まじりに握り返してくれた小さな手は、あの頃よりちょっとだけ、硬くなっていた。
103 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:51:39.54 ID:EM6Mdgk00

月曜日、出社して最初にやったことは、事務室の掃除だった。

(週明けに、身分証明証と履歴書を持って本社事務所を訪ねて下さい)

(はいっ!それにしてもびっくりですっ!まだ夢の中にいるみたいです〜。早起きしてお邪魔しますね♪)

安部菜々は今日、ここを訪ねてくる。

雑然とした事務室を少しでも片付けておきたかった。

「おはようプロデューサー君。今日は早いわねー」

「おはようございます。川島さん」

珍しく、自分より先に出社しているプロデューサーを見かけた川島瑞樹は、何も言わずに片付けを手伝いだした。
104 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:52:09.35 ID:EM6Mdgk00

「川島さん、アイドルに雑用を手伝わせるのは悪いですよ」

「大事なお客さんがくるんでしょ?わかるわ」

女の勘というやつだろうか?

「早苗ちゃんが初めて訪ねてきた時も、プロデューサー君はこうやってお掃除していたじゃないの」

そうだっただろうか。

通したのは応接室だったが、事務室も見せる予定だったので、川島瑞樹と会話しながら書類を整頓していたのは覚えている。
105 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:52:39.36 ID:EM6Mdgk00

「早苗ちゃんの時は10時に来る予定だったから、いつもどおり出社してからお掃除していたんでしょうけど、今日はいつもより早く出社してからのお掃除でしょ?朝早くから来るかもしれないのなら、私にも手伝わせて?」

本当によく気が付く女性だな、と改めて思う。

「おはよう!何だか早起きしちゃったから来ちゃったわ♪」

片桐早苗が事務室にやってきた。

確かに、いつもより1時間以上早い。

なぜ今日に限ってかは置いておいて、片付けの手を止める。
106 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:53:09.23 ID:EM6Mdgk00

「片桐さん!ソロデビュー曲の制作が決まりましたよ!」

「本当!?やるじゃない!プロデューサー君!」

「あらっ!おめでとう早苗ちゃん!」

まずは3人で喜びあい、片桐早苗を祝福する。

「それで、どうしたの朝っぱらから?二人して片付けなんて」

それは……。

「ふふっ。今日はプロデューサー君の大事なお客様、そしてきっと、私たちの新しい仲間がやってくるのよ」

「へぇ!それじゃ、張り切ってお掃除しないとね!」

こちらがなにも言っていないというのに、確実に真実を言い当てていく。これが年の功なのだろうか?
107 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:53:49.00 ID:EM6Mdgk00

「プロデューサー君。今、すっごく失礼なこと考えてなかった?」

「よし、シメる♪」

「お、落ち着いて下さい。感心してただけですよ?」

川島瑞樹との付き合いは長いが、最近は特に考えていることが読まれるようになっている気がする。

アイドルとプロデューサーとなり、共にする時間が増えたのもあるのだろうか。

「それで、どんな子をスカウトしてきたの?」

片桐早苗はホウキを手にとって、床を掃いてくれていた。

「ふふっ」

机を拭きながら、川島瑞樹が笑う。

「あら、もしかして?」

川島瑞樹の仕草から片桐早苗はなにかを察したようだ。

ここ何分か、この件についてろくに言葉を発していないはずなのに、順調に外堀が埋まっているのを感じる。
108 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:54:20.35 ID:EM6Mdgk00

「プロデューサーさん、お客様がお見えですよ」

二人の協力により予定より早く片付けが終わってからしばらくして、千川ちひろが来客を告げに来た。

「こちらに、お連れして下さい」

「かしこまりました」

軽くお辞儀をして、千川ちひろが戻っていく。

「お二人とも、ありがとうございます」

気がつけば、川島瑞樹と片桐早苗は打ち合わせ用のテーブルを挟んでコーヒーを飲んでいた。
109 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:54:56.44 ID:EM6Mdgk00

「スカウトしたアイドル候補がやってきましたので、お二人とも別室に……」

「あら?」

言い終わる前に川島瑞樹が口を開く。

「早苗ちゃんの時は私とお話させたのに、今回は二人きり?」

え?

「今回はあたしが瑞樹ちゃんの役割かぁ。お姉さんはりきっちゃう!」

この二人のコンビネーションは困った方向に磨きがかかっている気がする。

戸惑っていると、コンコンッとノックする音が聞こえた。

仕方ない。大人しくしてくれていることを願うばかりだ。
110 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:55:29.32 ID:EM6Mdgk00

「どうぞ」

「し、失礼しま〜す」

あからさまに緊張した顔で、安部菜々が入室してきた。

「あ、安部菜々です!今日からお世話になりますっ!よろしくお願いします!」

「あら、菜々ちゃんって言うのね?」

こちらが口を開くより前に川島瑞樹が立ち上がる。

「こんな可愛い子を捕まえてくるなんて、プロデューサー君は罪な男ねぇ……。やっぱり逮捕しておけばよかったかしら?」

畳み掛けるように片桐早苗が近づいてくる。

「あーっ!お、お二人はっ!?」

二人の顔を見て、安部菜々は驚きの声を上げた。
111 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:55:59.49 ID:EM6Mdgk00

「女子アナからアイドルに華麗な転身を果たした川島瑞樹さんと、婦警さんからアイドルになったって話題の片桐早苗さん!?ほ、本物ですか!?ナナ、お二人が大好きなんです!!サインくださいっ」

背中のバッグから色紙とサインペンを取り出す。

「あらあら、瑞樹ちゃんだけじゃなくあたしも知っててくれたんだ。お姉さん嬉しいわぁ」

サラサラとサインを書きながら、片桐早苗は笑う。

「ふふっ。これからは仲間なんだから、そんなにかしこまらないでね。菜々ちゃん」

「わぁ……。ありがとうございます♪川島さん!片桐さん!」

二人からサインを受け取り、安部菜々はご満悦と言ったところか。
112 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:56:32.96 ID:EM6Mdgk00

「それに菜々ちゃん?仲間になったのだからかしこまったのはナシよ?」

川島瑞樹がいたずらっぽく微笑んだ。

「はい!ありがとうございます♪瑞樹さん!早苗さん!」

最初の緊張はどこへやら、安部菜々は朗らかに笑っていた。

「さて、役割も済んだことだし、私と早苗ちゃんはリフレッシュルームにでも行こうかしら」

「菜々ちゃん、これからよろしくね!プロデューサー君が何かしたらすぐに呼ぶのよ?シメるから♪」

そう言って、かしましい二人は事務室を去っていった。
113 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:57:10.57 ID:EM6Mdgk00

「すみません菜々さん。いきなりお騒がしいところを見せてしまい……」

「いえいえ。瑞樹さんと早苗さんは大好きですし!それにお二人をプロデュースしていたのはプロデューサーさんだったんですねぇ♪」

「安心しましたか?」

いくら旧知が名前のしれたプロダクションのプロデューサーになっていたとはいえ、何の実績があるかもわからないと不安だろう。

川島瑞樹と片桐早苗は、それを察して最初に賑やかしをしてくれたのだろうか。

女の勘も年の功も侮れないものだ。

「「クシュン!」」

ドアのすぐ外からくしゃみが2つ重なって聞こえた。

せっかくの感心が台無しだが、まあ良い。
114 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:57:52.08 ID:EM6Mdgk00

「もちろんプロデューサーさんのことは信じていました。でもそれ以上に、すぐにお二人と仲良くしてもらって、歳が近いだけに心強いなぁ……って!違います!ナナは永遠の17歳です!大人のお二人が!心強くって!」

設定に対して言動が甘すぎるのは昔と変わっていない。

でもそれがもっと微笑ましい愛嬌になっている。

「俺は菜々さんに出会って、人生に光が差し込んだような気持ちでした。そして今の俺があります」

机を挟んで向き合う。

契約書を読み終えた安部菜々は、署名と捺印を済ませる。
115 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:58:24.59 ID:EM6Mdgk00

「ナナも、プロデューサーさんと再会できて、どうしようもなかった暗闇から光が差し込んできたような気持ちだったんです!」

そうだったろう。とっくに諦めていたと思い込んでいた。

実際には、安部菜々は10年にも渡って1人、もがき続けていた。

思い通りにならない地下アイドル活動に何度も挫けそうになりながら。

再会した日の彼女は、明らかに疲れていた。

もう、折れそうになっていたのかもしれない。

本当に、紙一重の再会だったのだろう。
116 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:58:54.68 ID:EM6Mdgk00

「これからは菜々さんにはもっともっと頑張ってもらうことになります。今までとは違う種類の努力が必要になります。それでも」

まっすぐと安部菜々の瞳を見る。

彼女もまた、俺から目をそらさないでいてくれる。

「俺がいますし、同僚のプロデューサーたちもいます。川島さんや片桐さん、そしてこれからたくさんの仲間たちと出会うことになります」

一息入れ、コーヒーを口に運ぶ。
117 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 16:59:59.32 ID:EM6Mdgk00

「彼女たちは仲間ですが、同時にライバルでもあります。ですが彼女たちは菜々さんを1人にさせません。その上で競い合っていきましょう。助け合っていきましょう。そして、トップアイドルに、ウサミン星のプリンセスになりましょう」

静かに聞いていた安部菜々は、俺が話し終わるのを待っていたように、静かに口を開く。

「今まで、辛いこともありました。苦しいことだってたくさん……。でも諦めなければ叶う夢もあるんですね。こんなナナの姿が、プロデューサーさんにとって光だったのなら、これからもっともっと、たくさんの人たちの前で、歌って、踊って」

大きな瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちていく。

「ナナは、トップアイドルになります!ウサミン星のプリンセスになります!ナナを見てくれる誰かの光になってみせます!支えてくださいね、プロデューサーさん♪キャハッ☆」

この日、安部菜々は地下アイドルからアイドルになったのだった。
118 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:00:46.09 ID:EM6Mdgk00

― 第三章「安部菜々」 了 ―
119 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:01:16.98 ID:EM6Mdgk00

― エピローグ ―
120 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:02:07.91 ID:EM6Mdgk00

3人のアイドルを担当することになった俺は、その日も都内を駆けずり回っていた。

川島瑞樹は新たにバラエティ番組の1コーナーを担当することになり、ソロとしてもユニットとしても順調に活躍を続けている。

片桐早苗のデビューシングルも売上は上々。

縁のあった堀裕子、及川雫とユニット『セクシーギルティ』を組んで活動するようになった。

安部菜々もメジャーデビューとなった合同ライブで持ち前の設定に対する言動の隙きの多さを発揮し、すぐに話題になっていった。

最近はバラエティ番組やゲーム関係のイベントへの出演も増えている。

川島瑞樹を通して荒木比奈との交流も生まれているようだ。

後はデビュー曲と、彼女の夢の一つでもある声優の仕事を持ってこれれば……。
121 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:02:42.41 ID:EM6Mdgk00

「すんませーん。ちょっと今撮影中で……」

考え事をしながら歩いていると、誘導スタッフに止められてしまった。

道路を貸し切ってのドラマ撮影が行われているという。

この道は本社事務所までの近道だったのだが仕方ない。

遠回りしようとしたが……。撮影場所の方で何か揉めているようだ。
122 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:03:19.84 ID:EM6Mdgk00

(何だ……あの服は……?)

監督と思える人物から、こっぴどく叱られている、派手な柄の服に、羽を背負った服を着た女性。

顔立ちは美しいが、表情がいちいちうるさい。

話自体は殆ど聞こえないが、どうにも女性の喋り方は特徴的すぎる。

さらに、出演者の1人だと思っていたが、どうもただのエキストラのようだ。

……女性はやがてつまみ出されていった。

気落ちしているのか、トボトボと歩いている。

どうにも気になってしまった。
123 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:04:03.97 ID:EM6Mdgk00

「ずいぶんと目立ってましたね」

女性は振り返った。

近くで見ると本当に綺麗な顔立ちをしている。同時に、格好の奇抜さも目につく。

「でしょー☆あ、この服ね。はぁとの手作りなんだ☆」

はぁと?はぁととは一体?

「で、あなたはだぁれ?変質者だったらぶっとばすぞ☆」

それなりに普通の身なりのつもりだ。

けれど以前、片桐早苗に制圧された経験もある。

片桐早苗や安部菜々の件で慣れてしまったが、そもそもこういう風に女性に声をかけること自体が問題なのだろう。
124 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:04:55.37 ID:EM6Mdgk00

「俺はこういう者です」

流れるように名刺を差し出した。

このやりとりが、これからどうなるのかはまだ分からない。

だが、もう俺はアイドルのプロデューサーなのだ。

夢を見させてくれる人と、夢を知らない人たちを繋いでいくこと、

誰かの人生を変える出会いを創り出していくことが、出会ってきた3人の『ファースト・シンデレラ』から教わったことなのだから。
125 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/11/27(日) 17:06:11.53 ID:EM6Mdgk00
終わりです。
読んでいただいた方がいらっしゃいましたらありがとうございます。
お疲れ様でした。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2022/11/27(日) 18:34:18.78 ID:Y25PKdfDO
おや、美優さんにダジャレスキーがいないですね

とりま乙

こんなスタートもいいですね
127 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:18:29.29 ID:sQ22x4PF0

Scene 1
128 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:18:58.02 ID:sQ22x4PF0

走っていた。ずっと、ずっと。

高校のブレザーを着ていた俺は私服に着替えて、そしていつの間にかスーツに身を包んでいた。

走る道の先に、あの子がいるのが見える。俺の人生を変えてくれたアイドルが。

最初は浮かない表情をしていたあの子が、俺に気づいて安心したように笑って、手を振って。
129 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:19:30.72 ID:sQ22x4PF0

――そこで、目を覚ました。

130 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:20:04.24 ID:sQ22x4PF0

既に朝日は姿を現していて、空からは雪の粒が車の窓に落ち、溶けて消えている。

人もまばらな交差点を歩く男女が、凍りつく空気から互いを守るように寄り添って歩いていた。

(時間は……もう少しあるな)

新しい冬はまだやって来たばかりだ。まだ夜中と言ってもいい時間に家を出た俺は

昨日のうちに手配していた社用車に乗って都内から東に向かった。

(菜々さん、予定通り明日は早い時間に移動することになります)

昨日の会話を思い出す。

(はいっ!今日は早く休んで明日にそなえますね!)

俺が担当するアイドルの一人、安部菜々さんは威勢よく返事をしてくれた。
131 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:20:34.61 ID:sQ22x4PF0

(7時半頃にはアパートの付近のコンビニに着いていると思います)

そう言いながら、実際は6時頃には目的地に着いていた。

雪が降るという予報があったこともあり、万が一と考え早い時間に家を出た。

実際、雪はちらついていたが交通機関に影響を与えるほどでもなく、

合流の時間まで一眠りすることで時間を潰すことにした。

ガソリンを無駄にするわけにはいかなかったので、念の為に持ってきていた

コートを羽織って目を閉じ、そして、少しだけ懐かしい夢を見たのだった。
132 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:21:11.86 ID:sQ22x4PF0

菜々さんと再会し、どれくらい時間が過ぎただろう。

着実に仕事も増えてきたし、ファンクラブ会員数も順調に伸びている。

愛らしい笑顔と一生懸命な姿勢、設定への墓穴を掘っては恥ずかしがるその仕草。

念願だったアニメの主題歌、ゲスト枠とは言え声優デビューも果たして。

菜々さんは、ほんの少し前までは想像もできなかったような、夢のような道を駆けている。

(菜々さんを、必ずトップアイドルにします)

あの日、菜々さんに誓ったことは、菜々さんの努力もあって一歩ずつ進んでいるように思える。

菜々さんはトップアイドルになれる、いや、トップアイドルになる。

10年前、菜々さんの地下アイドルデビューに立ち会ったあの日から、それは何も変わっていない。

何よりも眩しい笑顔に照らされて、魅せられて、生き方を決めたこの想いは恋だったのだろうか。
133 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:21:41.59 ID:sQ22x4PF0

それとも、とうに恋ではなくなっていたのだろうか。
134 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:22:23.80 ID:sQ22x4PF0

「その子が好きだったんでしょー?」

菜々さんをスカウトする少し前、担当アイドルである川島瑞樹さんと片桐早苗さんと3人で飲みに行った時、早苗さんからあっけらかんと言われたことがあった。

「早苗ちゃん、少し違うと思うわ。これはもう愛よ。LOVEなのよ」

川島さんもその日は随分と酒が入っており、いつもの知的で落ち着いた雰囲気は無くなっていた。

「会えると良いわねー。おねーさんたちも会いたいわー!」

ビールジョッキを呷りながら、その日の早苗さんは殊の外愉しげだった。

「プロデューサー君。私、少し思うことがあるの」

そんな最中、川島さんは猪口を持った手を止めて、神妙な面持ちをする。

「プロデューサー君はその子と再会したら、何よりもスカウトしてしまえばいいと、今も思ってるわ。でもね……」

そして、猪口のお酒を空にする。

「こんなにも永く想った相手を、アイドルとしてだけ見ていくことができるのかしら?」
135 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:22:56.17 ID:sQ22x4PF0

その時は不思議な問いだと思ったものだ。

だけど再び出会ったあの夜、胸を打ったのは再会の喜びではなく、寂れたステージに飛び込んできた菜々さんの、変わらない笑顔。

アイドル安部菜々に魅せられ続けていたことを確信した夜だった。

戻ることのない流れの中で、心を燃やした人だったのだと。

(だけど)

事務所に菜々さんを迎え入れたあの朝、手を取り合っていこうと誓ったあの時。

地下アイドルとファン1号から、担当アイドルとプロデューサーになったその時。

何かに、蓋をしたような感覚があった。

それは多分、菜々さんがアイドルを続ける限り、貫いていかなければいけないこと。

その答えに向き合うつもりは、今のところ無い。
136 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:23:25.75 ID:sQ22x4PF0

コンッ……コンッ……
137 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:23:55.84 ID:sQ22x4PF0

物思いに耽っていると、誰かが車の窓を叩いていた。

「菜々さん……」

遠慮がちに、窓の外で俺の顔を見ている。

「おはようございます!プロデューサーさん!今日も一日頑張りましょう!」

心地よい、明るい声が胸を満たしていく。

「おはようございます、菜々さん。今日もよろしくお願いします」

冬空の下でも、菜々さんの笑顔は眩しい。頬は少し赤らんでいて、吐く息は真っ白だった。

「すみません、菜々さん。寒かったでしょう?早く車に……」

「いえいえ!いま来たところですよっ!」

なんて温かい笑顔なのだろう。なんて温かい心配りなのだろう。

「行きましょうか。今日もきっと楽しいですよ」

菜々さんを助手席に迎えて、車のエンジンを点ける。

「はいっ!今日もアイドルを楽しみますよー!」

この笑顔が見たいから、見続けていたいから。
138 : ◆1hbXi1IU5A [sage]:2022/12/07(水) 23:24:30.62 ID:sQ22x4PF0

「あぁ〜懐かしいですねぇ〜」

海岸線を車で走っていると、菜々さんは感慨深げに呟いた。

「そう言えばこの町は……」

「はいっ!プロデューサーさんとナナが初めて出会った町ですよ!」

「というと、菜々さんの……」

はっと思いついて、菜々さんの言葉に合わせようとすると。

「ノウッ!ナナの故郷はウサミン星ですよ!」

「そうですね。菜々さんはウサミン星のプリンセスなんですからね」

頬を膨らませて取り繕う菜々さんの表情は可笑しかったが、いつもの調子で話を合わせる。

「はいっ♪って、あーっ!今通ってる道の、あそこの砂浜で小さい頃よく海を眺めてたんですよ〜」

話を合わせたはずなのに、なぜか菜々さんは話を元に戻してしまった。

これがバラエティ番組なら佐藤あたりがツッコミを入れるのだろうが、今日はふたりだけ。
139 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:25:54.85 ID:sQ22x4PF0
すみません。トリップを付け間違えていました。
◆1hbXi1IU5Aは僕です。
140 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:26:42.85 ID:sQ22x4PF0

「……小さい頃の菜々さんは、海を眺めて何を思ってたんですか?」

「えへへ……」

菜々さんは笑う。いつもの笑顔とは少し違う、懐かしそうな笑顔で。

多分、聞いてほしいことがあったのだろう。

「ナナは、子供の頃からウサミン星のプリンセスになるんだって言ってたんですけど……」

朝日を浴びて光を散らしていく海を眺める菜々さんは、とても綺麗だと思う。

「クラスの子達からはよくバカにされてたんです。ウサミン星なんてないって」

海岸線から市街地へと向かう道へと曲がると、菜々さんは名残惜しそうに振り返っていた。

「それで、あの海に向かって『ウサミン星はあるもん!』って叫んでたんですか?」
141 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:27:17.71 ID:sQ22x4PF0

「……小さい頃の菜々さんは、海を眺めて何を思ってたんですか?」

「えへへ……」

菜々さんは笑う。いつもの笑顔とは少し違う、懐かしそうな笑顔で。

多分、聞いてほしいことがあったのだろう。

「ナナは、子供の頃からウサミン星のプリンセスになるんだって言ってたんですけど……」

朝日を浴びて光を散らしていく海を眺める菜々さんは、とても綺麗だと思う。

「クラスの子達からはよくバカにされてたんです。ウサミン星なんてないって」

海岸線から市街地へと向かう道へと曲がると、菜々さんは名残惜しそうに振り返っていた。

「それで、あの海に向かって『ウサミン星はあるもん!』って叫んでたんですか?」
142 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:27:47.07 ID:sQ22x4PF0

遠い遠い少女時代に、誰からも見向きもされなかった夢を叶えた高翌揚感からなのだろうか。

一通りまくし立てた菜々さんに、一つ魔法をかけてみたくなった。

「菜々さん、いつか菜々さんが胸を張ってウサミン星のプリンセスになったんだって思えたら」

赤信号。ちらりと横目で菜々さんの顔を見ると、頬が紅潮しているのを見て取れた。

「一緒に、あの海を見に行きましょう」

信号が、変わる。

「……はい」

菜々さんが、答えてくれた。
143 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:28:16.61 ID:sQ22x4PF0

「安部菜々さん、入りました!」

「商店街の皆さん!準備はばっちりです!」

現場に入ると、けたたましく撮影の準備が進んでいく。

「プロデューサーさん。さきほどの約束、忘れないでくださいね♪」

柔らかい掌が、ハンドルを握り続けて冷たくなっていた手に一瞬だけの温もりをくれた。

そして、スタッフに促されて、菜々さんは駆けていく。

「今日もアイドル!がんばりますよー!」

アイドル安部菜々が出かけてゆく。いつか見たような街の、ひとごみの中に。
144 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:29:51.30 ID:sQ22x4PF0

【Scene [ FRIENDS ] どうしても君を失いたくない ― 了 ―】
145 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/07(水) 23:34:25.48 ID:sQ22x4PF0
わかる人には何をモチーフにしているか分かるお話を、明日明後日でもう二つ上げさせていただきます。
146 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 22:58:18.83 ID:PtCBDhPH0

Scene 2
147 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 22:58:49.09 ID:PtCBDhPH0

何度目かの待ち合わせ。

賑やかな夜の街に君を誘う。

時計を見ながら待つ僕の前に、君は悠然と現れた。

周りの女性に比べてやや小さな背丈からは想像もできない。

豊かな胸元を見せつけるような大胆なドレス。

タイトなスカートからふっくらとした太腿が伸びて。

「待たせたかしら?」

君は挑発的な上目遣いで僕の顔を覗き込んでくる。

「いや。今来たところだよ」

決り文句にむず痒さを感じつつ、君の手を取る。
148 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 22:59:18.65 ID:PtCBDhPH0

君は僕より少しだけ年上だけど、何かにつけてリードされたがっているのは知っている。

「今日はいつものバーで少し飲んだあと……」

細くくびれた腰に手を回し、こちら側に引き寄せる。

「会えなかった時間をたっぷりと埋め合わせしよう」

周りの目なんか気にせず、君の耳元に囁きかけた。

「若いわねぇ」

君は妖艶さに芳醇な色香を混ぜて、童顔な顔立ちに背徳的な微笑みを浮かべる。

「いいわ。今夜も付き合ってあげる……」

指先で僕の頬をなぞる君に、これから訪れる目眩く時への誘いを感じて……。
149 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 22:59:48.16 ID:PtCBDhPH0

『朝よー!(カンカン!)起きなさい!(カンカン!!)』

けたたましく響く目覚ましボイスに脳が激しく揺さぶられる。

この【片桐早苗ボイス付き目覚まし時計:4980円(税抜)】を使ってから、寝坊知らずだ。

問題は、せっかく夢の中で片桐早苗さんに出会えたとしても、

そこでの触れ合いでたとえどんな美しく扇情的な装いであったとしても、

時間がくれば早苗さんは突然割烹着姿に着替えてフライパンを叩き出すということだろう。

「おはよう。早苗さん」

壁の、早苗さんが浴衣姿でにこやかにビールを煽る広告ポスターにひと声かけて、身支度を始めた。
150 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:00:22.61 ID:PtCBDhPH0

早苗さんが28歳にしてアイドルデビューを果たして暫く経った頃に、

テレビのバラエティで朗らかに、ハキハキと周りの出演者たちを引っ張っている早苗さんを見た。

なんて素敵な人なんだろうと早苗さんのファンになってから、毎日が随分と変わった。

大学を卒業して2年目、24歳の僕にとって早苗さんは年上のお姉さんだ。

友人たちや会社の同期達は同じ28歳でもクールで知的な美女、川島瑞樹さんのファンが多い。
151 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:00:48.47 ID:PtCBDhPH0

童顔で背も小さく、なのに抜群のスタイルを誇る早苗さんが好みだというと、

周囲からはなぜかロリコン扱いされることもあり、あまり口に出さなくなった。

それでも、こうやって早苗さんの写真集や歌、グッズなんかを買い集めて、

どんどん活躍の場を増やしていく早苗さんの笑顔を思い浮かべると、

どんなに仕事が辛くても気持ちが楽になるんだ。
152 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:01:19.70 ID:PtCBDhPH0

帰りがけに寄ったコンビニ。

巻頭グラビアを飾る早苗さんが表紙になっているからと

ろくに中身を読むもないタブロイド雑誌を買うのも珍しくなくなった。

部屋に戻ると、10代の少年のような胸の高まりを抑えながら雑誌をめくる。

水着姿で、ギュッと両肩を窄めて谷間を強調して見せては、イタズラっぽく笑う早苗さん。

写真一枚一枚に「どうもありがとう」と声に出す僕も相当なもんだ。

(一度でいいから、会ってみたいなぁ)
153 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:01:49.18 ID:PtCBDhPH0

東京の方では、頻繁にLIVEや握手会が開催されていて、早苗さんもよく出演している。

地方都市に在住で土日が出勤の僕は、未だに映像でも写真でもない早苗さんを見たことがない。

LIVE映像を見ると、早苗さんは楽しそうに歌って踊って、時折カメラに視線を送ってウインクなんかして。

まるで、誘惑されているような気持ちになってくる。

だからあんな夢を見るんだ。覚めてほしくない、願望に塗れた生々しい夢を。
154 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:02:19.33 ID:PtCBDhPH0

「どうかしたの?」

「……いや。特には」

久しぶりに休日が合ったこともあり、その日は朝から彼女と出かけていた。

彼女とは大学時代から付き合っていて、もうすぐ6年になろうとしている。

最初は趣味の話で盛り上がったことから始まった関係も、

何年も経てばお互いに興味の向かないジャンルをいくつか抱えるようになっている。

ただお互いに余計な詮索をしない関係は、居心地が悪いわけではない。
155 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:02:50.00 ID:PtCBDhPH0
そして当然、彼女には早苗さんのファンであることは伝えていない。

多分僕は、彼女より早苗さんに恋をしてるんだろう。

もちろんこんな気持ちを、頻繁に夢に見ているなど彼女に話せるわけない。

このぬるま湯のような関係を捨ててしまうほどの度胸はない、そんな小心者の恋なんだ。
156 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:03:23.00 ID:PtCBDhPH0

……ランチのために立ち寄った喫茶店で、彼女はこれ見よがしに結婚情報誌を眺めていた。

その号には短いながらも早苗さんへのインタビューが掲載されているのを知っている。

ウェディングドレスを着た早苗さんの写真を想像して、なぜかとても嬉しくなった。

「……何を笑ってるの?」

彼女が嬉しそうにこちらを見てきた。

……やっぱりこういうのも悪くない。
157 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:03:59.34 ID:PtCBDhPH0

一週間後、ファンクラブの連絡で、早苗さんが近くの街にイベントで来ることを知った。

ユニット『セクシーギルティー』でのトークショーの後、新曲のお披露目と握手会が開催されるそうだ。

千載一遇だった。多分もう、二度とこんな機会は訪れない。

直ぐに予約をとって、次の日には有給休暇も確保した。
158 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:04:28.73 ID:PtCBDhPH0

後から知ったが、握手会は先着100名の狭き門だった。

質問が一つだけ許されるそうなので、どうしても聞いてみたかったことを聞くことにした。

……それがつまみ出されるかも知れない危険な質問だというのは後から知ったことだけど。

とにかく、永遠とも思えるような日々を過ごした後、待ちに待ったイベントの日がやってきた。
159 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:04:58.33 ID:PtCBDhPH0

(動いてる……!そこに居る……!)

トークショーでも、LIVEでもとにかく頭にあったのはほとんどその言葉。

初めて、本物の片桐早苗さんを見た。

画面の向こうから見るのに比べて、本当に可愛らしくて、本当に元気で、本当にセクシーで。

ユニットメンバーがふたりとも高校生だから、頼もしいお姉さんとして存分に魅せてもらえた。

思い残すことはなにもない。いや、まだ最後の思い残しがある。
160 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:05:29.88 ID:PtCBDhPH0

新曲の披露が終わって、僕はもう魂が抜けたような感覚だったけれど最後の力を振り絞って握手会の行列に並ぶ。

少しずつ、少しずつ距離が縮まっていく。

もう少しで、早苗さんに触れることができる。

早苗さんはまるでファンがずっと前からの友人であるかのように短い対話を楽しんでいた。

あと3人、あと2人、あと1人。

鼓動が早鐘のようだ。口から飛び出してしまいそう、というのはこういうことを言うのだろう。
161 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:05:59.56 ID:PtCBDhPH0

「はじめまして!よね!?」

自分の番になって、戸惑ってしまった僕の手を、早苗さんは強引に両手で手を掴んできた。

近い。小さい。可愛い。柔らかい。でもちょっと力が強い。いい匂いがする。あぁ……。

「あ、あの、ずっと、ずっと好きでした!」

しまった。何もかもすっ飛ばして……。

「あはは!ありがと!お姉さんもみんなが大好きよ!」

そこはやっぱりアイドルなんだ。早苗さんは何の迷いもなく、何の躊躇いもなかった。
162 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:06:29.29 ID:PtCBDhPH0

目の前の早苗さんは、夢で見た早苗さんなんかよりも、もっともっと魅力的だった。

決して、手に届かないところに居るんだということを実感できるほどに。

「それで、君はお姉さんに何を聞きたいのかな?」

そうだった。早苗さんは本当に優しい人なんだな……。

「えっと、あの、早苗さん!」

「なーに♪」

大きな目をぱっちりと開けて、朗らかに笑ってくれている。

「早苗さんは今、恋を……していますか……?」
163 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:06:59.05 ID:PtCBDhPH0

最後の方は、もう殆ど聞こえていないのではないだろうか。

怖くて、怖くて目を伏せてしまった。周りが少しざわついているような気がする。あぁ。終わった。

早苗さんの手は、ずっと僕の手を握ってくれたままだったけれど……。

「うふふっ……アイドルの恋は秘密よ♪」

そう言って、うつむいたままの僕の頬を両手で挟んで。

「あはは!しゃんとなさい!次は堂々と聞いてきなさいよ♪」

早苗さんはウインクをして、ペロリと舌を出した。
164 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:07:30.01 ID:PtCBDhPH0

握手会を終えて、さっきまで早苗さんに包まれていた右手と、頬を交互に左手でなぞりながら家路につく。

そう、秘密だ。早苗さんもまた、秘密の恋をしているんだ。そういうことにしておこう。

僕と同じなんだ。そう思うと、少し心が楽になる。

誰に恋しているのかなんて、この際どうでもいい。踏ん切りがついた。

これからも、ずっと応援していよう。ファンであり続けよう。

そして僕は僕の生活を続けていこう。

今度は、胸を張って大好きだと言えるように。
165 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:07:59.59 ID:PtCBDhPH0

君を想って、この後ずっと生きてゆこう。

それでいい。

君を想って、この後ずっと頑張ってゆこう。

何も変わらない。
166 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:08:45.10 ID:PtCBDhPH0

【Scene [ FRIENDS U] ある密かな恋 ― 了 ―】
167 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/08(木) 23:09:19.20 ID:PtCBDhPH0
明日、もう一作投下します。
168 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:24:09.58 ID:kGTB8pR/0

Scene 3
169 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:24:44.03 ID:kGTB8pR/0

「カンパイ♪」

「カンパイ!」

個室の居酒屋で早苗ちゃんとふたり、カチンと勢いよくジョッキを合わせた。

「瑞樹ちゃん!今週もお疲れさま♪」

「早苗ちゃんもお疲れさま♪今日は張り切って飲みましょうね」

今日のレッスンはかなり体を動かしたし、明日は私も早苗ちゃんもお休み♪

そう!どれだけ深酒しても大丈夫な日なの!

「どうかしら早苗ちゃん。このメニューの端から端まで頼んじゃう?」

「いいわねー♪でもね瑞樹ちゃん。せっかくだから食べ物もいっぱいいただきましょう!」
170 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:25:20.97 ID:kGTB8pR/0

早苗ちゃんのオススメでやってきた居酒屋だけど、お酒も食べ物も本当にたくさんで目移りしちゃうわ。

それに、二人で個室にも入れるお店なのが良いわね。

やっぱりふたりともテレビのお仕事をしているから、カウンターやテーブルで飲むってのは、ね。

「早苗ちゃんは本当に色んな所に顔が利くのね」

「あはは!故郷の新潟を出て10年!お酒が飲めるようになって8年!開拓してきた甲斐があるわ!」

美味しそうにジョッキを傾ける早苗ちゃんに、私も負けじとジョッキを呷る。

「「ぷはー♪」」

ふたり、おなじタイミングで一息ついて、顔を見合わせて笑いあった。
171 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:25:53.18 ID:kGTB8pR/0

「ところで瑞樹ちゃん」

「なあに?早苗ちゃん」

口元に着いた泡を豪快に拭ってみせる早苗ちゃん。

「直帰だって言うからメッセージ打ったのに、プロデューサー君ったらまだ未読なのよ!」

「あら、そうなの?」

外は小一時間前から降り始めた雨が強さを増しているみたい。

「プロデューサー君、普段からマナーモードだから気づいてないのかしら?」

「ケータイを何のために携帯してるのよ!大事な担当アイドルからのお誘いでしょ!?」

言葉とは裏腹に、早苗ちゃんはとても楽しそう。
172 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:26:36.79 ID:kGTB8pR/0

「早苗ちゃん。プロデューサー君は早苗ちゃんのために新しいお仕事を取りに行ってるのよ」

彼が営業に向かった先、それはとある有名なレコード会社。

以前、早苗ちゃんの宣材写真を持っていった会社だから早苗ちゃんへのお仕事をとってきてくれるわ。

「ふふふっ♪瑞樹ちゃん、ずいぶんプロデューサー君を信頼してるのね!」

機嫌よくおかわりのジョッキを呷った早苗ちゃんはとても嬉しそうにしてる。

「ねえ!瑞樹ちゃんとプロデューサー君はアイドルになる前からの付き合いなのよね!」

「そうね。私が局に入ってから2年。初めてバラエティのお仕事をした時に……」
173 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:27:06.70 ID:kGTB8pR/0

プロダクションの制作部でアシスタント・ディレクターだった彼との出会い。

名刺交換しただけで印象的な出会いではなかったのよ。

その頃は私も駆け出しの局アナだったし、彼だって新人のアシスタントだったわけじゃない?

無我夢中に時間を積み重ねて、日々成長していこう、輝いていこうって必死だったのよ。

「3年前の年の暮れに、局の年末特番で総合司会をやりきったの」

「うんうん♪」

「お友だちになったって言えるのは、特番の打ち上げからじゃないかしら?」

「なんかはっきりしないわねぇ」

早苗ちゃんは首を傾げるけど、何年もお仕事をしたからって取引先の人とお友だちになんてそうそう無いのよ。
174 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:27:36.50 ID:kGTB8pR/0

お仕事で何度も顔を合わせていたし、年齢も近かったからお喋りをする機会はあったんだけどね。

そう言えば、あの特番は彼がディレクターに昇格して間もない頃だったのよ。

お互いに大きなお仕事を無事に済ませられたってことで、共感するものがあったのかもしれないわ。

「それでその後は?」

「一緒に飲みに行く機会が増えたかしら♪お互いのお友だちと一緒だったり、ふたりきりだったこともあるけどね」

「あらあら♪もしかしたら何かあったんじゃ?」

早苗ちゃんが前のめりになって聞いてくる。女の子はこういう話が好きよね。わかるわ。
175 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:28:05.97 ID:kGTB8pR/0

「プロデューサー君は必ず私を先に帰らせたわ。大事な取引先の社員ですから、だって」

「あはは!プロデューサー君らしいわね!それじゃなーんも無かったのね」

「そう♪なーんにも無かったのよ」

他愛もないお話やお仕事での体験談を語り合うこともあれば、何十分も喋らないで黙々と杯を重ねたこともある。

お互いに良いことばかりがあったわけじゃないけど、愚痴を言い合うようなことはなかったわね。

ちょっと嫌なことがあったら、どちらともなく飲みに誘って、静かに杯を重ね合うの。

いつの間にか、そういうことを許し合えるような仲になってたのね。
176 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:28:37.46 ID:kGTB8pR/0

「アナウンサーを卒業する少し前に、アイドルの密着取材をしたのだけれど……知ってる?」

「もちろん知ってるわよ!全国で放送された765プロの……」

そう、私の人生をまるごと変えてしまったあの密着取材。

ううん。私の中に眠っていた憧れが再び目覚めたあの夜。

「私自身もっと笑顔になって、みんなの笑顔をもっともっと見られるようなお仕事をしたいって気持ちね」

「それがアイドルね!」

何回目かの乾杯とともに、早苗ちゃんの笑顔が弾ける。

「瑞樹ちゃんも良い笑顔してるわよ!今、とっても!」

「そうかしら?ふふっ♪」
177 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:29:06.93 ID:kGTB8pR/0

彼の企画したお仕事をきっかけに、彼の後押しを受けてアナウンサーを卒業した。

そして、彼がプロデューサーになると同時に、私はアイドルになった。

それから私は色んな笑顔に囲まれてアイドルの道を歩んでいる。

なんだか、ちょっとした運命を感じちゃうけど、彼と私は今までずっと……。

違うわ。アイドルになりたいという夢と、プロデューサーになりたいという夢のために利用しあった共犯者なの。

だからこそ、これからどんなことがあっても彼となら乗り越えていける。

この業界が明るいだけの世界じゃないことくらいわかるわ。

だけど、どんな光も影も、彼となら慈しんでいける。

一度色褪せて散ったと思っていた花がまた咲いたように。
178 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:29:37.01 ID:kGTB8pR/0

「なんだかちょっと妬けちゃうわー♪」

「そうかしら?私もプロデューサー君のスカウトを受けてみたかったわぁ」

ジョッキも空いたことだし、店員さんを呼んでおかわりをお願いしたわ。もちろん、ふたり分。

「そんなに良いもんじゃないわよ?学生の頃だったらまだしもこの年になってからだもん」

「そうなの?」

「そうよ!最初にいきなり肩を掴まれたって話はしたわよね」

それで投げ飛ばしちゃったのはやりすぎたとは思うけどって、

何回目かは忘れちゃった乾杯の後、早苗ちゃんはちょっと不満そうな顔をした。

「この前聞いた『あの子』と見間違えたって。しかもちゃんと見てみたら全然違ってたって!」

「そうだったわね。プロデューサー君、よっぽど慌ててたのね」

彼がかつてファンだった地下アイドルの少女。多分私たちと同じくらいの子。
179 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:30:11.40 ID:kGTB8pR/0

「会ってみたいわねぇ」

「そうねぇ……地下アイドルってそんなに長く続けられるもんなの?」

「わからないわ」

あの堅物の彼に芸能事務所のプロデューサーなんて夢を抱かせた『あの子』のこと、私たちは気になっている。

できれば会ってみたいし、お友だちにもなってみたい。

そんな名前も知らない『あの子』は今、何をしているのかしら。

彼は今も、あなたの姿を追いかけている。どうか出会ってあげてほしい。

「そう言えばプロデューサー君からの連絡は来てないの?」

「まだなのよ!どこで油を売ってるのかしら……?」

「もしかしたら……」

生真面目な彼だからこそ、何時間も連絡をよこさないほどなにかに没頭しているのかも。
180 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:30:40.93 ID:kGTB8pR/0

「早苗ちゃん。プロデューサー君はお休み明けに何か報告してくれるかもしれないわ」

「あらっ♪ひょっとして今頃誰か新しい仲間をスカウトしてたり?」

「早苗ちゃんもそう思ったのなら、きっとそう♪」

私たちはほとんど同時に同じ結論に達したわ。オンナのカンね♪

その後しばらく他愛のないお話をして、私たちは締めのお粥を頂いてお店を後にしたわ。

帰りのタクシーを待つ間、早苗ちゃんったら彼にメッセージを打ってたんだけど……。

「今日は都合が合わなかったみたいだけど、今度担当アイドルからのお誘いを無下にしたらシメるわよ!っと」

「もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないかしら?」

「いーのいーの!それじゃ、また明日ね!」

明日はふたりでエステに岩盤浴。きっちり身体をメンテナンスして来週のお仕事に備えなくちゃね。
181 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:31:40.38 ID:kGTB8pR/0

月曜日。

アイドルの私たちは定時出社の必要はないんだけど、そこは染み付いた習慣かしら。

「おはようございます。瑞樹さん」

「おはよう。ちひろさん。今日も早いわね」

挨拶もそこそこに、彼の事務室に顔を出す。

いつもは私のほうが少し早いのだけど、今日に限って、ううん。多分今日だからこそ彼は出社していた。

いそいそと机の上に乗った書類を片付けているわね。うん。やっぱりそうなのね。

「おはようプロデューサー君。今日は早いわねー」

「おはようございます。川島さん」

いつもの挨拶を済ませて、私は応接用のテーブルに置きっぱなしになっていた雑誌や写真を纏め始める。
182 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:32:19.31 ID:kGTB8pR/0

「川島さん、アイドルに雑用を手伝わせるのは悪いですよ」

バツの悪そうな顔をする彼。私と早苗ちゃんのカンはバッチリ的中したみたいね。

それに、もしかしたら、もしかするのかもしれないわ。

彼の表情、以前『あの子』の話を聞いたときと同じ顔をしている。

「大事なお客さんがくるんでしょ?わかるわ」

雑誌と写真の束を彼に手渡して、掃除機を借りてくるべく事務室を出る。
183 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:32:49.98 ID:kGTB8pR/0

毎朝の彼との、他愛もないちょっぴり退屈な時間を過ごすのは悪くないけれど、

アイドルの為にって情熱を迸らせている彼に支えてもらうのが一番なの。

今日、これから新たな仲間が加わる。きっと良いお友だちになれるわ。

でも彼から最初にこの想像のつかない、真っ白な夢の道に手を引いてもらったのは、私よ。

例え『あなた』にだって負けないわ。いらっしゃい。最高のライバルさん。

一緒に輝いていきましょうね♪
184 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:33:29.31 ID:kGTB8pR/0

【Scene [ FRIENDS V] GROW & GLOW ― 了 ―】
185 : ◆xMUmPABXRw [sage]:2022/12/09(金) 21:36:09.31 ID:kGTB8pR/0
終わりました。

Scene 1 と 2 は最初のお話の少し後のできごと、 3 だけが最初のお話の最後の章の裏話と言った感じでした。
また、機会があれば同一世界線のお話を投下しにきます。
186 : ◆xMUmPABXRw [sage saga]:2022/12/13(火) 00:11:06.72 ID:3rJ8azZY0
>>141
(全然気づいてなかったんですが、ここはこれにが入ります。)


「えぇっ!?なんで知ってるんですか!!?」

「えっ?そうだったんですか?」

菜々さんなら、そうしただろうなと思って口にしたのだけれども、まさかの図星だ。

「ん"ん"!びっくりしました!もしかしたらとか思っちゃいましたよ!」

表情をコロコロ変えながら俺の顔と通り過ぎた砂浜を見返している菜々さん。

「でも!それだけじゃないんです!ウサミン星のプリンセスになるんだってあの海に誓って!」

「……菜々さん」

「それがプロデューサーさんに出会って、いつか再会する時にはって頑張ってたら!あの日にですね!」

「菜々さん。お仕事はこれからです。今からそんなんじゃ疲れてしまいますよ」

「は!はひっ!!!そ、そうですねー……アハハ……」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/12/20(火) 11:21:10.41 ID:60OVAHGA0
はい
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