このスレッドは1000レスを超えています。もう書き込みはできません。次スレを建ててください

侑「ポケットモンスター虹ヶ咲!」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

218 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:43:27.40 ID:YYNh6Lpr0

しずく「ポケモンの状態異常を回復する効果……」
 「メソ…」

しずく「そっか、マネネに盗られると思って、少しずつ食べてたんだね」
 「メソ…」

しずく「ありがとう、メッソンの機転のお陰で助かったよ」
 「メソ…」


普段は臆病で内気だけど、実は勇敢で賢い相棒を労いながら、私はポケモンセンターへの道を急ぐのだった。





    💧    💧    💧





しずく「──モンスターボールに入れられない……?」

ジョーイ「はい……。このロトム、すでに誰かの捕獲済みのポケモンのようでして……」


ポケモンセンターに着いた私がジョーイさんに言われたのは、ロトムをモンスターボールで捕まえることが出来ないという内容だった。

暴れていたロトムを捕まえたということで、急いでモンスターボールに入れられないかの相談をしているところだったこともあって、それが出来ないと言われて少し動揺してしまう。


しずく「誰かが逃がしたポケモンということですか……?」

ジョーイ「いえ……もし、“おや”の意思で逃がしたポケモンであれば、再度の捕獲が可能なので……。逃げ出したポケモンと考えた方がいいかと……」

しずく「逃げ出したポケモン……」


考えてみれば、あんなに強いロトムが野生にいるとは思えない。……というか、町中に野生でいるとは考えたくない。

それなら、どこかから逃げ出してきたと考える方が納得の行く話だ。


ジョーイ「一応ポケモンセンターでなら、一時的に他のボールに移動する方法がありますが……どうされますか?」


ポケモンセンターではモンスターボールが破損した際に、新しいボールへポケモンを移す手続きなどが出来る。その延長線のようなことなのだろう。

人のポケモンに勝手にそんなことをしていいのかとも思うものの……どちらにしろ、このままこのイタズラロトムを野放しにしておくわけにもいかない。


しずく「わかりました。お願いできますか?」

ジョーイ「承知しました。では、新しいボールに移動しますね」

しずく「はい」





    💧    💧    💧





しずく「さて……どうしましょう」
 「メソ…」


ポケモンセンターのレスト用の席に腰掛けながら、ロトムの入ったモンスターボールと睨めっこをしている。

一応、ボールには入れたものの──ボムッ!
219 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:45:12.95 ID:YYNh6Lpr0

 「ロト? ロト!! ロト、ロトトト!!!!」

しずく「ボールに入れたくらいでは、勝手に出てきますよね……」

 「ロト!!! ロトロトロトトト!!!」

しずく「特殊な捕獲用の檻に入れてもらっていますから、出られないですよ」

 「ロト!? ロトトト!!!!」


先ほどまで暴れていたことは伝えてあったので、いざというときのために、用意してもらった物だ。

暴れる電気ポケモンの治療や鎮静の際に用いる特殊な檻らしく、電気を弾く特殊なコーティングと、檻の格子一本一本から、特殊な磁場を発生させることによって、一切の電撃攻撃をカット出来るとのこと。

体が電気で出来ているロトムでは、隙間から脱出することも出来ない。

さすが、ポケモンのための専用医療施設なだけあって、対ポケモン用の道具は豊富に揃っているらしい。


 「ロトーーー!!! ロトトーーーー!!!!」

しずく「暴れないでください。これ以上、暴れるなら……」
 「メソ…」


メッソンがスゥッと姿を現して、目に涙を溜め始める、


 「ロトッ!!?」


それを見たロトムは、ビクッとしたあと、大人しくなる。

メッソンの涙で溺れたのが、相当トラウマになっているのだろう。


しずく「さて、行きますよ。ボールに戻ってください」


私は檻ごと持ち上げる。


 「ロ、ロトッ!!?」

しずく「当分は檻から出しません。ボールでしばらく大人しく出来たら、考えてあげます」

 「ロ、ロト、ロト、ロトトトトト!!!!」

しずく「なんですか?」

 「ロト…ロトォ…」


ロトムは力なく、チカチカと点滅する。

……多少、気の毒ではありますね。


しずく「……はぁ、絶対に暴れないって約束できますか?」

 「! ロト! ロト!!」

しずく「……わかりました」


私は頷いて、ポケットから図鑑を取り出す。


 「ロト…?」

しずく「檻の中に図鑑を入れるのでこれに入ってください。ただし、壊したりしたら、本当に許しませんからね?」
 「メソ…」


ポケギアは先ほどの戦闘で完全に使えなくなってしまったし、ポケモン図鑑まで壊されたら本当に堪ったものではない。図鑑がなくなってしまっては、博士も困るでしょうし……。

私が格子の隙間から、図鑑を差し入れると──


 「ロ、ロト…」
220 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:47:11.27 ID:YYNh6Lpr0

ロトムは少し迷っていましたが──結局、観念したのか、図鑑へと侵入を試み始める。


 「ロ、ロト…」

しずく「こんにちは、ロトムさん」

 「こ、こんにちはロト…あの…」

しずく「なんですか?」

 「こ、ここから出してもらえないでしょうかロト…」

しずく「出してもらえると思いますか?」

 「ロト…」

しずく「ボールに戻って、今後絶対に自分からボールの外に出ないと誓えるなら、考えてあげるのですが……」

 「も、もちろんロト!! 勝手に外に出ないと約束するロト!!!」

しずく「もちろん、信用出来ないので、当分はこの檻のまま運ぶことになるでしょうね」

 「ロ、ロトォ!!? 酷いロト!! お前、人でなしロト!!!」

しずく「メッソン、まだ涙出そう?」
 「メソ…」

 「ヒィィィィィ!!!! 嘘ですごめんなさいロト!!! 許してロト!!!」

しずく「はぁ……。あと、私は“お前”ではありません。“しずく”という立派な名前があります」

 「し、しずく…様」

しずく「様付けはしなくていいです」

 「しずく……ちゃん」

しずく「まあ、それでいいでしょう……」


とりあえず、ホテルを探すのがまだ途中だ。いつまでもポケモンセンターに居たら日が暮れてしまう。

私は、先ほどの宣言通り、ロトムの入った檻ごと持ち上げて、ホテルのある地区へと移動を開始する。


 「だ、出せ…じゃなくて、出して頂けないでしょうかロト…」


檻はかなり小さいサイズで重量もそこまでないため、多少荷物になる程度だからいいが……いかんせん、喧しい。

ロトムの主張を無視しながら歩く中、ふと先ほどジョーイさんが言っていたことを思い出す。

せっかく喋れるんだし、本人──というか、本ポケモンに聞いてみることにする。


しずく「ロトム、貴方脱走ポケモンなんですよね?」

 「…ギクッ!! ち、違うロト…」

しずく「今ギクッって言いましたよね……」


今日日、図星を言い当てられて本当に「ギクッ」なんて言う人……どころか、ポケモンに出会うとは……。

……いや、かすみさんは言うかも。


しずく「それで、どこから逃げてきたんですか?」

 「も、もしかして、ボクを“おや”に返すロト…?」

しずく「当たり前ではありませんか……ポケモンセンターにいつまでも預けておくわけにもいかない、逃がすわけにもいかないとなったら、持ち主に返す以外ないでしょう」

 「ま、ままま、待って欲しいロト!!! ボクをしずくちゃんの手持ちに加えて欲しいロト!!!」

しずく「……すごく嫌なんですが」

 「ボク強いロト!!! 絶対戦力になるロト!!! だから、お願いロト!!!」


確かに強いのは嫌というほど知っているけど……。
221 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:48:44.61 ID:YYNh6Lpr0

 「も、もし、このままあの“おや”のもとに帰ったら…か、確実に殺されるロト…」

しずく「殺されるって……そんな酷いトレーナーだったんですか?」

 「それはもう…普段から、ご飯もロクにくれなくて…泣く泣く脱走して、自販機で電気を食べていたところだったロト…」

しずく「それは、まあ……大変かもしれませんね」

 「もし、しずくちゃんの手持ちに入れてくれるなら、しばらくは檻の中でも我慢するロト!!! お願いだから、“おや”探しは止めて欲しいロト!!!」


先ほどまでの要求を覆している辺り、“おや”のもとに帰りたくないというのはどうやら本当らしい。

私は、少し悩んだものの、


しずく「……わかりました。とりあえず、今は“おや”を探すのは止めておきましょう」


とりあえず、ロトムの要求を呑むことにする。


 「ホ、ホントロト!?」

しずく「その代わり、当分檻の中になりますけど、それでもいいんですか?」

 「…や、やむを得ないロト…。ただ、ご飯だけはくださいロト…」

しずく「ふむ……」


私は、しおらしいロトムの態度を見て──ガチャリ、


 「ロ、ロト…?」

しずく「檻から出ていいですよ」


檻の鍵を開けてあげる。


 「い、いいロトか…?」

しずく「ただし、当分は図鑑から出ないでください」

 「ロト…?」

しずく「ポケモン図鑑から少しでも外に出たら、“おや”を探してもらうよう、はぐれポケモンとして届け出を出しますからね。それくらいの条件は呑めますよね?」

 「わ、わかったロト…」


ポケモン図鑑は戦闘用のフォルムではないから、自由に飛び回られるより制御もしやすいだろうし。


 「そ、それで、本当に“おや”は探さないでくれるロト…?」

しずく「はい」


私は頷く。……積極的に“おや”に返すように働きかけるつもりはない程度だけど……。

もし、旅の途中で見つかるようなら、引き渡すつもりだ。

このまま、制御の効かないロトムを檻に閉じ込めたまま一緒に旅するより、とりあえず表面上の要求を呑んで、言うことを聞いてもらう方がいいと判断したという話でしかないが。


 「ありがとうロト!! それじゃ、しずくちゃん、これからよろしくロト!!」

しずく「はい、よろしくお願いします。それでは、早速図鑑のマップ機能でホテルを探してもらえますか?」

 「え…ボクがやるロト?」

しずく「もちろんですよ。貴方は今、私のポケモン図鑑なんですから。まあ、嫌なら持ち主のもとへ……」

 「わ、わかったロト!!! 今すぐ検索するロト!!」

しずく「はい、お願いしますね」


成り行き上とは言え、喧しい仲間が増えてしまった感は否めないが……“おや”を見つけるまでは、どうにかやって行くしかない。
222 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:49:59.91 ID:YYNh6Lpr0

 「こっちロト!!」


早速ホテルを見つけたロトムの後を追って、ホテルを目指す。

気付けば、フソウの町は夕方の茜に包まれている時間だ。

そろそろ、かすみさんにも連絡をしないと……そう思い、ポケギアを手に取ろうとして、


しずく「あ……ポケギア……もう、ないんだった」


連絡手段がないことに気付く。

島の北側に居ることはわかっているから、早くホテルの部屋を取って、探しに行かないと。


しずく「ロトム、急ぎでお願いします」

 「ガ、ガッテンショウチロトー」


私はロトムと一緒に茜色に焼ける町中を急ぐのだった。





    👑    👑    👑





かすみ「……! かかりました!!」


──かすみん、思いっきり竿を持ち上げます。

すると糸の先から、水面が盛り上がりそこから、


 「──コココココココ!!!!!」


コイキングが釣り上げられます。


かすみ「…………」

 「コココココココ!!!!!」


釣り上げられて、びちびちと跳ね回るコイキングをすぐに海へとリリース。


かすみ「もう……何匹目……コイキングばっかじゃん、この海……」
 「ガゥ…」「キャモ」


もう何時間、釣りを続けているでしょうか……。

でも、釣れるのはコイキングばっかり……。この海、本当にサニーゴいるんですかね……?

しょぼい結果に疲れてきたかすみんの唯一の癒しは──


 「ジグザグ」

かすみ「あ、ジグザグマ! また、拾ってきたんだ! 良い子ですね〜♪」
 「ザグマァ〜♪」


こうして、ジグザグマが“ものひろい”でアイテムを拾って集めて来てくれることくらいです。

……ふむふむ、また“げんきのかけら”。回復アイテムが豊富に揃っているのは良いことですね!


かすみ「さて……もうひと頑張りです……!」


再び竿を構えて、キャストしようとしていたら──
223 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:51:33.78 ID:YYNh6Lpr0

しずく「──かすみさーん!」


背後からしず子の声が聞こえてきた。


かすみ「あ、しず子!」

しずく「ここにいたんだね」
 「ボクの言うとおりだったロト!!」

しずく「図鑑サーチを使っていますからね……これでいなかったら困ります」

かすみ「なんで、しず子の図鑑……喋ってるの……?」

しずく「ああ、えっと……説明すると長くなっちゃうんだけど……」
 「ボクロトムロト!! キミがかすみちゃんロトね? 今日からしずくちゃんの仲間になったロト!! よろしくロト!!」

かすみ「しず子、新しいポケモン捕まえたの!?」

しずく「捕まえたというか……まあ、成り行きで……。詳しくは後で説明するよ」


しず子は少し疲れた顔で言う。……なにかあったんですかね?


しずく「それより、もう夜になっちゃうし、ホテルに行こう? ちゃんと部屋見つけたから」


確かにしず子の言うとおり、もう辺りは薄暗くなり始めている。


かすみ「これは……次がラストチャンスになりますね……!」


しず子に続いてかすみんも、新しい仲間を手に入れなきゃ……!

かすみん、“つりざお”を振り被って、サニーゴゲット大作戦との最後の戦いに挑みます。

チャポンと音を立てながら、浮きが水面に浮かぶ。


しずく「かすみさん、釣りしてたんだね」

かすみ「はい……! 狙うは、サニーゴです!」

しずく「……え?」

かすみ「? どしたの?」

しずく「え、えっと……かすみさん……その……」

かすみ「なに? 言いたいことがあるならはっきり言いなよ」

しずく「じ、じゃあ……。……その“つりざお”だと、サニーゴ釣れないと思うよ……」

かすみ「……え?」


しず子の言葉に思わずフリーズする、かすみん。

その直後、浮きが沈み──


 「コココココココ!!!!!」


引いても居ないのに、勝手にコイキングが水の中から飛び出して──びちびちとコンクリートの上を跳ね回る。


かすみ「う、嘘……?」

しずく「私、家が海に近かったから、釣りは何度かしたことがあるんだけど……かすみさんが持っているのは“ボロのつりざお”だから……」

かすみ「“ボロのつりざお”……?」


言われてみれば、この“つりざお”、棒っ切れに糸を付けただけの簡素な物。安いから、こんなものかなと思ったんですけど……。
224 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:53:03.36 ID:YYNh6Lpr0

しずく「サニーゴは“いいつりざお”か“すごいつりざお”じゃないと釣れないんだよ……その“つりざお”、どこで手に入れたの?」

かすみ「えっと……釣りショップの前で、通りがかりのおじさんが安く売ってくれて……」

しずく「買ったの……? そこらへんにある枝に糸を付けただけだから、100円もしないと思うけど……」

かすみ「100円もしない!?」


かすみん、とうとう気付いてしまいました。


かすみ「だ、だ、だ、騙されたぁ〜っ!? この“つりざお”500円もしたんですよ!?」

しずく「あ、あはは……完全にやられちゃったみたいだね」

かすみ「こ、こんな棒っ切れ、返品してやりますっ!!」
 「ガゥガゥ」「キャモッ!!」「ザグマァ〜」


かすみんは顔を真っ赤にして、さっきおじさんから“つりざお”を売りつけられた場所に向かって走り出しました。


しずく「あ、ちょっと!? かすみさん!?」
 「慌ただしい子ロト」

しずく「どの口が言うんですか……」





    👑    👑    👑





かすみ「くっ!! どこに行きやがりましたか!!」


もう完全に日も落ち切った中、釣りショップの周囲をキョロキョロと見回す。


しずく「はぁ……はぁ……かすみさん……もし、詐欺をしているような人だったら……もう、いないんじゃ……」

かすみ「うぅん! あの手慣れた感じ、ここでよく観光客をカモにしてる感じだったもん! たぶん、この辺りでいつもやってるんだよ!」


釣りショップから出てきた人を狙い撃ちしているとしか思えないタイミングだったし、絶対常習犯です!


 「カモにされた観光客が言うと説得力があるロト」
しずく「余計なこと言わないであげてください……」


街頭が灯り始める中、周囲を見回していると──


 「キャモッ!!」


キモリが鳴き声をあげながら、建物の影の辺りを指差す。

そこでは、さっきのおじさんが“ボロのつりざお”をしまっているところだった。
225 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:54:18.20 ID:YYNh6Lpr0

かすみ「み〜つ〜け〜ま〜し〜た〜よ〜……!!」

おじさん「お? どうしたんだい? “こわいかお”して……おじさんの素早さが下がっちゃうじゃないか。なんつってな、がはは」

かすみ「怖い顔してじゃないです!! この“ボロのつりざお”返品します!!」

おじさん「おや、それは困るよお嬢ちゃん。もう使用済みだろ? 返品は受け付けられないねぇ」

かすみ「使用済みも何も、そこらへんにある棒と糸じゃないですか!! こんなの商品じゃないです!! サニーゴ釣れないし!!」

おじさん「コイキングは釣れただろう? “つりざお”としての役割は十分果たされているじゃないか」

かすみ「かすみんはサニーゴが釣りたかったんです!!」

おじさん「サニーゴが釣れるなんて、言った覚えはないねぇ」

かすみ「そもそもかすみんは最初から、サニーゴが釣りたくてって話してたはずです!! そんな理屈通じませんよ!! お金返してください!!」


かすみんはおじさんを睨みつけながら、捲し立てる。

だって、こんなの絶対納得いかないもん!


おじさん「はぁ、全く困ったねぇ……ときどき、君みたいないちゃもん付けてくる客がいるんだよ」

かすみ「かすみんをクレーマー呼ばわりですか!? いい度胸ですね……!! ゾロア!!」
 「ガゥガゥ!!」

おじさん「おっと、暴力は勘弁してくれよ……わかった、返品は受け付けられないが、とっておきのモノを売ってあげよう」

かすみ「はぁ!? まだ、何か売りつけるつもりですか!?」

おじさん「まあ、話を聞いてくれって。要はサニーゴが手に入ればいいんだろう?」

かすみ「……え、ええ、まあ、そうですけど……」

おじさん「だから、そのサニーゴを売ってあげようって言ってるんだ」

かすみ「……はい?」


そう言いながら、おじさんはがさごそとバッグを漁り、そこから1個のモンスターボールを取り出してかすみんに見せてきます。


おじさん「この中に、サニーゴが入ってる」

かすみ「はぁ……そんなあからさまな嘘吐かれても、かすみんわかっちゃうんですからね」


溜め息を吐きながら、ポケモン図鑑をボールにかざす。

これで、別のポケモンの名前が表示され──ると思ったんだけど、


かすみ「……あ、あれ……?」


確かにそこには『サニーゴ』の名前が表示されていた。


かすみ「ホントにサニーゴだ……」

おじさん「だから、言ってるだろう? こいつを3000円で君に譲ってあげよう」

かすみ「高いです」

おじさん「そこの釣りショップで“つりざお”を買ったら、安いものでも5000円はする。さっき売った“つりざお”と合わせてもお釣りがくるんじゃないかい?」

かすみ「せめて1000円にしてください」

おじさん「2500円」

かすみ「1200円」

おじさん「2000円」

かすみ「……1500円。これ以上は譲れません」

おじさん「……仕方ないな、1500円だ」

かすみ「……」
226 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:55:31.38 ID:YYNh6Lpr0

かすみんは、無言で1500円を支払い、サニーゴの入ったモンスターボールを受け取る。


おじさん「これで、チャラだからね。全く商売上がったりだよ」


おじさんはそう言いながら肩を竦めて、街頭の灯る夜の道の中、町の方へと消えていった。


しずく「かすみさん、よかったね」

かすみ「……よく、はないけど……とりあえず、欲しかったサニーゴは手に入りました」


ホントは自分で捕まえたかったけど、仕方ない……。

かすみんは早速新顔を確認するために、モンスターボールからサニーゴを出します。


かすみ「出ておいで、サニーゴ」


──ボムという音と共に、サニーゴが姿を現すと共に、コロコロと地面を転がる。


 「…………」

かすみ「サニーゴ、これからよろしくね」
 「…………」


メチャクチャ、反応薄いですね……。というか、転がってるし……。


かすみ「角がないじゃないですか……あのおじさん、角を折ってから売り付けましたね……」


最後までコスいことする奴ですね……。まあ、3日で再生するらしいし、これくらいは許してやりますよ。


しずく「このサニーゴ……白い」

かすみ「え?」


辺りが薄暗いから気付いてなかったけど……確かにこのサニーゴ、白いかも……?

というか……。


かすみ「さっきから、微動だにしてない気がするんだけど……」
 「…………」

かすみ「も、もしも〜し、サニーゴ……?」
 「…………」

 「しずくちゃん、こいつガラルサニーゴロト」
しずく「……あ、やっぱり……」

かすみ「ガラルサニーゴ?」

しずく「姿は見たことがなかったけど……ガラルに白いサニーゴがいるって聞いたことはあったんだ……」

かすみ「……ふーん? それじゃ、この子はそのガラルのサニーゴなんだ」
 「…………」


かすみんは改めて図鑑を開いてサニーゴの項目を確認してみることにした。


 『サニーゴ(ガラルのすがた) さんごポケモン 高さ:0.6m 重さ:0.5kg
 急な 環境の 変化で 死んだ 太古の サニーゴ。 大昔
 海だった 場所に よく 転がっている。 体から 生える 枝で
 人の 生気を 吸い 石ころと 間違えて 蹴ると たたられる。』


かすみ「え……死ん……え??」

 「ガラルサニーゴはゴーストタイプロト」

かすみ「…………」
 「…………」
227 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:56:27.96 ID:YYNh6Lpr0

地面に転がる真っ白なサニーゴが緩慢な動きで、少し浮く。


 「…………」
かすみ「…………」


のろのろと浮かび上がりながら、こちらに向ける顔は──綺麗で美しいサニーゴのソレとは思えないくらい、虚ろな目をしていた。


しずく「あ、あはは……か、可愛がってあげようね、かすみさん……」


苦笑いする、しず子。そして──


かすみ「……あああああーーー!!! また、騙されたあああああーーーーー!!!!」
 「…………」


夜のフソウ港に、かすみん今日一の叫びが響き渡ったのでした。



228 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/08(火) 14:57:19.71 ID:YYNh6Lpr0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【フソウタウン】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :   ||
  ||.  | |          ̄    |.       :   ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     ●  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 しずく
 手持ち メッソン♂ Lv.14 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.11 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      ココガラ♀ Lv.11 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロトム Lv.75 特性:ふゆう 性格:なまいき 個性:イタズラがすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:72匹 捕まえた数:4匹

 主人公 かすみ
 手持ち キモリ♂ Lv.13 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.15 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.11 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.15 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:62匹 捕まえた数:5匹


 しずくと かすみは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



229 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:18:21.22 ID:hVp6cgNM0

■Chapter012 『ドッグランでの“ワン”ダフルな出会い?』 【SIDE Ayumu】





──ダリアジムでのバトルから一晩明けて、


侑「んー……!」

歩夢「侑ちゃん。はい、傘」

侑「ありがとう、歩夢」


宿の外で空を見上げながら、身体を伸ばしていた侑ちゃんに、傘を手渡す。

……生憎、本日の天気は雨模様です。


リナ『今日の降水確率は100%……きっと一日中雨……』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「昨日は途中で上がったのに……結局、雨になっちゃったね」

侑「まあ、仕方ないよ。こればっかりは私たちにはどうにもならないし」
 「ブイ」


もちろん、雨を嫌ってダリアシティでもう一泊するかという意見も出たには出たんだけど……。


侑「これくらいの雨なら、雨具があれば問題ないし、旅を続けるなら雨にも慣れないといけないしね」

歩夢「確かに、いつも晴れの中で旅が出来るとは限らないもんね……」


結局、雨がいつ上がるかわからないし、いつでもどこでも快適に旅が出来る保証はないということで、早く慣れるためにも、私たちは先を急ぐことにした。


リナ『幸いこの先の4番道路は進むだけならほぼ平原だから、雨旅に慣れるにはもってこいだと思う』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「確か、ドッグラン……って言ってたよね?」

リナ『うん。犬ポケモンがたくさん生息している区域だよ。数百年前から、農業が盛んだったコメコシティの牧羊犬ポケモンたちが長い歴史の中で棲み付いて野生化した場所って言われてるよ』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「へー……」

リナ『ただ、世界的に見ても、あれだけ犬ポケモンが集中している場所は他に類を見ないみたい。全体的になだらかな地形が彼らの生態にマッチしたのかも』 ||  ̄ ᨈ  ̄ ||

歩夢「侑ちゃんはそこで新しい子を捕まえたいんだよね?」

侑「うん、出来ればね」

歩夢「わかった! 私も全力で手伝うね♪」

侑「ありがとう、歩夢」


雨の中で、どこまでお手伝い出来るかはわからないけど……侑ちゃんも今後のジム戦では要求手持ち数も増えてくるって言ってたし、どうにか新しい子を捕獲させてあげたいな。


リナ『準備万端。それじゃ、ドッグランに向けてレッツゴー♪』 ||,,> 𝅎 <,,||

侑・歩夢「「おー!」」


リナちゃんの掛け声と共に、私たちは雨のダリアシティを、南方面に向かって歩き出した。




 「…ニャァ」



230 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:20:09.37 ID:hVp6cgNM0

    🎀    🎀    🎀





ダリアシティの南に位置するポケモンジムを素通りして、さらにその先にある4番道路へとたどり着く。

雨の中だから、多少見通しは悪いけど……リナちゃんが言っていたとおり、4番道路に入ると一気に視界が開けて草原のような景色が広がっていた。


歩夢「一気に景色が変わった感じがするね」

侑「ダリアシティって人工物が多いから、ギャップがあってそう感じるのかもね……」

リナ『ここは環境保護区域でもあるから、自由な開発が禁止されてるのも関係してると思う』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「確かに……ザ・自然って感じかも」

リナ『左側にある大岩と、右側の林の間にある草原が4番道路──通称ドッグランって呼ばれている地帯になってる』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「ずっと先だけど……かすかに海も見えるかも」


雨にけぶる平原の先の方に、少し荒れ気味な海が見える。


リナ『途中に川もあるよ。岩石地帯、森林地帯、河川や海まで隣接してる草原だから、多種多様な犬ポケモンが生息出来るんだって言われてるよ』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「確かにこんな大自然だったら、手を加えるのを禁止するのも納得かも……」


ただ、そんな自然だらけの4番道路でも、差し掛かってすぐ──1ヶ所だけ木造の建物が立っていた。


侑「でも、なんだろ……あの小屋……? というか、家……?」

歩夢「あそこは育て屋さんだと思うよ」

侑「育て屋さん?」

リナ『そのとおり。ポケモン育て屋さん。この地方で唯一ここにある施設だよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「へー」


ポケモン育て屋さんでは、タマゴが見つかることで有名で、この地方ではダリアシティの南──ここ4番道路にしかない施設となっている。

私の家のポケモンの中にはタマゴから生まれた子もいたから、タマゴの育て方について調べていたときに、この施設のことも知っていたというわけだ。

写真で何度も見た育て屋の外観を眺めながら歩いていると、ふと、


歩夢「あれ……?」

侑「? どうかしたの、歩夢?」

歩夢「育て屋さんの前……誰かいない?」

侑「え?」


育て屋さんの軒下に、人影が見えた。

何やら、空を見上げて、その場に留まっている様子。


侑「こんな雨の中、どうしたんだろう……?」

歩夢「何かあったのかな?」

侑「行ってみようか」

歩夢「うん」


私たちが育て屋の軒下まで歩いていくと、やはり彼女は空を仰いだまま立ち尽くしていた。

明るめの金髪のセミロングをポニーテールに縛っている女の人。

歳は……私たちの少し上か、同い年くらいかな……?
231 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:22:46.65 ID:hVp6cgNM0

侑「あの、どうかしたんですか……?」

女の人「……ん?」

歩夢「雨具がないんだったら、お貸ししましょうか……?」

女の人「ああ、いやいや! 傘は持ってるよ、ほら!」


彼女はそう言いながら、左手に持った畳まれた傘を持ち上げて見せる。


女の人「もしかして君たち、心配して声掛けてくれたの?」

侑「は、はい……立ち往生してるように見えたので……」

歩夢「何か困ってるのかなって……」

愛「うわっ! 君たちやさしーね! 愛さん、ちょっと感動しちゃったよ! あ、アタシ、愛って言うんだけど、君たちは?」

侑「私は侑って言います。この子は相棒のイーブイ」
 「ブイ」

歩夢「歩夢です。肩に乗ってるのはアーボのサスケです」
 「シャボ」

愛「侑とイーブイ、それに歩夢とアーボのサスケだね! それと、そこに浮いてるのは……」


愛さんが、浮遊しているリナちゃんへと視線を向けると、


リナ『私はリナって言います』 || ╹ 𝅎 ╹ ||


リナちゃんがそれに答えるように挨拶する。


愛「え……?」


すると、愛さんは驚いたような顔で固まってしまった。

……確かに突然喋り出したらびっくりするよね。


侑「あ、えっと、この子はロトム図鑑のリナちゃんって言うんです!」

愛「ロトム図鑑? ……あ、ああ、リナって言うのはロトムのニックネームなんだね」

リナ『そんな感じ』 || ╹ ◡ ╹ ||

愛「そっかそっか……あはは、愛さんちょっとびっくりしちゃったよ」

歩夢「最初は驚きますよね……。私も初対面のときは、浮いて喋ってることにびっくりしちゃって……」

愛「ああ、いやいや! ロトム図鑑だってことはなんとなく見たときからわかってたんだけどさ! 友達に同じ名前の子がいて、それに驚いちゃっただけなんだよね」

リナ『なるほど。でも、リナって名前の人、結構いると思う』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「まあ、そのとおりなんだけどね。ちょっと喋り方の雰囲気って言うのかな? それがその友達と似ててさ。ごめんね」

リナ『うぅん、気にしてない』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「それより……愛さんは、どうして雨の中こんな場所に?」

歩夢「愛さん、傘も持ってるみたいですし……」

愛「さん付けとかしなくていいよ! 敬語もなしでOK! その代わりアタシも、タメ語でいいかな? って、もう使っちゃってるんだけど……」

侑「あ、うん! 私は全然大丈夫だよ!」

歩夢「私も、平気だよ」

愛「サンキュー♪ ゆうゆ♪ 歩夢♪」

侑「ゆうゆ?」

愛「あだ名♪ こういうのある方が親近感湧くでしょ? ゆうゆってあだ名、なんか一発でピンと来ちゃったんだよね! いいかな?」

侑「うん! 全然構わないよ!」

愛「あんがと♪ それで愛さんがここで立ち往生してるわけだったよね。えっと実はね……」
232 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:24:01.41 ID:hVp6cgNM0

愛ちゃんが説明を始めようとした瞬間──カッ! と周囲が一瞬明るくなり、直後──ピシャァーーンッと激しい雷鳴が辺りに響き渡った。


歩夢「きゃぁっ!?」


私は大きな音に驚いて、咄嗟に侑ちゃんの腕にすがりついてしまう。


侑「お、おとと……大丈夫?」

歩夢「ご、ごめん……ちょっと、びっくりして」

侑「歩夢、昔から雷が苦手だったもんね」

歩夢「音が大きいから、近くで鳴るとびっくりしちゃうんだよね……」

侑「あはは、わかるよ。……えっと、それで愛ちゃん、話が途切れちゃったけど……」


侑ちゃんが話を続けるために視線を戻すと──先ほどまでそこに居たはずの愛ちゃんの姿が見えなかった。


侑「あ、あれ!? 愛ちゃんは……!?」

リナ『侑さん、歩夢さん、下』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「下……?」


リナちゃんに言われて、私たちが下の方に目を向けると──


愛「…………ち、ちょっと、不意打ちはダメだって……」


愛ちゃんは建物のすぐ傍にお腹を押さえる様にしたまま、軽く涙目になって蹲っていた。


侑「……もしかして、愛ちゃんがここで立ち往生してた理由って……雷……?」
 「ブイ?」





    🎀    🎀    🎀





愛「──愛さん大抵のモノは平気なんだけど……雷だけはダメなんだよね……」


愛ちゃんは相変わらずお腹を押さえたまま、軒下で肩を竦める。


リナ『愛さん、さっきからお腹押さえてる』 || ? ᇫ ? ||

愛「だっておへそを隠しておかないと、雷様におへそ盗られちゃうんだよ!?」

リナ『そうなの?』 || ? ᇫ ? ||


おへそが盗られるかはともかく、愛ちゃんは雷が苦手だから、ここで立ち往生していたらしい。


侑「でも、さっきまで雷雨になるような、雨じゃなかったはずなのに……」


侑ちゃんが空を仰ぎながら言っている間にも、雨雲がゴロゴロと音を立てている。
233 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:25:22.00 ID:hVp6cgNM0

愛「このドッグランには、ラクライってポケモンが生息しててねぇ……」

歩夢「ラクライ?」

リナ『ラクライ いなずまポケモン 高さ:0.6m 重さ:15.2kg
  空気の 摩擦で 電気を 発生させて 全身の 体毛に
  蓄えている。 体毛に 溜めた 電気を 使い 筋肉を
  刺激することで 爆発的な 瞬発力を 生み出す。』

歩夢「そのラクライが雷を落としてるの……?」

リナ『うぅん、ラクライにはそこまでのエネルギーを操る個体は少ないと思う』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「直接的な問題はラクライじゃなくて、その進化系なんだよ……」

侑「進化系って言うと……確か、ライボルトだっけ?」

リナ『ライボルト ほうでんポケモン 高さ:1.5m 重さ:40.2kg
  たてがみから 強い 電気を 発している。 空気中の 電気を
  たてがみに 集め 頭の 上に 雷雲を 作りだし 稲妻を
  落として 攻撃する。 雷と 同じ スピードで 駆けると 言う。』

愛「姿は滅多に見せないんだけど……群れのボスらしくってね。ラクライの群れがいる場所にはライボルトもいるみたいなんだよ」

リナ『確かにドッグランには広範囲でラクライが生息してる。走り回るポケモンだから、活動範囲も広めかも』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「うん……だから、ドッグランはちょっとでも雨が降ると、一帯が雷雨になりがちなんだよね」

侑「そうだったんだ……」


私たち、慣れるためになんて言ってたけど……雨のドッグランってもしかしてすっごく危ないんじゃ……。


リナ『でも、問題ないと思う』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「? どういうこと?」

リナ『ラクライやライボルトの特性は“ひらいしん”。大抵の雷は彼ら自身が吸い寄せるから、近寄らなければ雷に撃たれる可能性は低い。むしろ、雷を吸い寄せてくれる分、逆に安全とすら言える』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「でも、雷鳴とか稲光は……」

リナ『そこは我慢してもらうしかない』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「うぅ……だよねぇ……」


リナちゃんの言葉を聞いて、私は思わず肩を落とす。


侑「……じゃあ、どうにか突っ切っちゃう方がいいのかな?」

愛「うん……アタシもコメコで待ち合わせしてる人がいるから、早めに戻りたいんだけどさ……」

リナ『じゃあ、我慢するしかない』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

愛「いや、さすがに愛さんもいくら雷が苦手だからって言っても、音とか光が無理ーなんて我儘言うつもりはないよ! ラクライたちを避けられない理由があるんだよ」

侑「避けられない理由?」

愛「愛さんがここ──育て屋に来た理由と関係しててね……」


愛ちゃんはそう言いながら、腰からモンスターボールを外して放る。中から出てきたポケモンは──


 「エレエレ…」


頭に白い稲妻のような模様を付けた紫色の小さなポケモン。
234 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:27:00.24 ID:hVp6cgNM0

侑「初めて見るポケモンだ……」

歩夢「私も……」

リナ『エレズン あかごポケモン 高さ0.4m 重さ11.0kg
  体内の 毒袋に 溜めた 毒素を 皮膚から
  分泌。 毒素を 化学変化 させて 電気を 出す。
  電力は 弱いが 触ると ビリビリと 痺れる。』

侑「へー、エレズンって言うんだ」

愛「この子はつい昨日タマゴから孵ったばっかのエレズンなんだよね」

侑「育て屋さんで受け取ったタマゴから生まれた子ってこと?」

愛「そういうこと。エレズンも無事に“孵った”から、さっさとコメコに“帰った”ろうと思ったんだよね〜」

侑「ぷっ」

愛「そしたら、雨が降ってきて、ラクライたちの落雷で、サンザンダー! 思わず気分が暗〜い気分になってきて、泣いちゃいそうだよ……Cryだけに……」

侑「あ、あはははは、あはははははっ!!」
 「ブイ…?」

愛「おお! ゆうゆ、めっちゃバカウケじゃん♪」

侑「だ、だって……! サンダーでサンザンダー……ぷっ、あははははははっ! 暗い気分でCry、く、くくくっ、あはははははっ!」
 「ブイ…」

リナ『すごいウケてる』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「侑ちゃん、笑いのレベルが赤ちゃんだから……」


侑ちゃん、昔からすごい笑い屋というか……テレビでもお笑いどころか、ちょっとしたギャグとかダジャレでも、大笑いして過呼吸気味になっちゃうんだよね……。


リナ『イーブイが軽く引いてる』 || ╹ᇫ╹ ||

 「ブイ…」

歩夢「イーブイ、侑ちゃんしばらく笑い続けるから、こっちにおいで」
 「ブイ…」


イーブイは笑い転げる侑ちゃんのもとから離れて、私の頭の上までぴょんぴょんと上ってくる。


愛「愛さんのダジャレでこんな風に笑ってくれる人、久しぶりに会ったよ! 嬉しいから、渾身のダジャレ100連発、見せちゃおっかなぁ〜?」

侑「あははは、あははははっ、や、やめてっ、これ以上笑ったら、し、死んじゃうっ」

リナ『正直、私も嫌いじゃない』 || ╹ ◡ ╹ ||

愛「お? いいねぇ、じゃあダジャレ100連発スタート──」


──ピシャァーーーンッ、ゴロゴロゴロゴロ!!!


愛「ひゃあぁぁぁぁっ!!?」

歩夢「きゃっ!?」


大きな雷の音で、再び愛ちゃんがおへそを隠して蹲る。


侑「はぁ、はぁ……わ、笑い死ぬかと思った……」

愛「あ、愛さんの渾身のギャグが、雷に中断された……サンザンダー」

侑「ぷっ、く、くくく……」

歩夢「それ、さっきと同じダジャレ……」
 「ブイ…」


私は溜め息を吐く。侑ちゃんがダジャレで笑い転げているせいで、話が全然進まない……。
235 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:28:37.05 ID:hVp6cgNM0

歩夢「それで、愛ちゃん……そのエレズンがどうしたの?」

愛「え? ああ、そうだった。えっとね……実はこのエレズンの特性が問題なんだ」

侑「特性……? エレズンの特性って……」

リナ『そのエレズンの特性は“せいでんき”。……なるほど、理解した』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「どういうこと?」

愛「特性“せいでんき”はね……野生のでんきタイプのポケモンを引き寄せちゃうんだよ……」

リナ『ボールに入れていても常時発動する……確かに、これじゃラクライが寄ってきちゃう』 || ╹ᇫ╹ ||


確かに雷雲の原因が近寄ってきちゃうのは確かに困るかも……。


愛「エレズンの周りには近寄らないように言ってやりたいよ……ラクライたち! “Say! 出禁!”なんつって!」

侑「あ、あはははははははっ!! “せいでんき”と“Say! 出禁!” あはははははははっ」

愛「“せいでんき”も普段は役に立つ、“特製”の“特性”なんだけどね〜」

侑「あはははははははっ! やめ、やめてっ! お、お腹痛い! し、死んじゃうっ!」


どうやら愛ちゃんはよほどのダジャレ好きらしい。

それはいいんだけど、話の腰を折らないで欲しい……侑ちゃんとの相性が悪い──いや、ある意味良すぎる──せいか、話がすぐ脱線してしまう。


歩夢「と、とにかく、愛ちゃんはコメコに行きたいんだよね!?」

愛「あ、うん! 実はコメコで約束してる人が居てね。明日までには戻りたいんだけど……それで途方に暮れちゃってさぁ。明日までに雨が止む保証もないし」

侑「はぁ……はぁ……ふぅ……な、なるほど……」

愛「……まあ、こうなったら、寄ってくるラクライを全部撃退しながら、進むしかないかもね……」

歩夢「雷雨が止むまで待つのはダメなの……? 約束してる人も説明すればわかってくれるんじゃ……」

愛「なかなか、そういうわけにもいかない相手なんだよねぇ……」


言いながら、愛ちゃんは自分の首に付けられたチョーカーをさすりながら肩を竦める。


愛「……ま、ここでいつまでもうだうだしてても仕方ないか! 女は度胸! 覚悟を決めて、突っ込んでくるよ!」

侑「待って、愛ちゃん!」

愛「?」

侑「それなら、一緒に行こうよ! 一人で行くよりも、みんなで行く方が少しは安全だと思うし!」


侑ちゃんの言葉に愛ちゃんは目を丸くする。


愛「いいの?」

侑「どっちにしろ、私たちもコメコシティに向かおうとしてる。目的は一緒だし……何より、困ってるのに放っておけないよ!」

愛「ゆうゆ……!」

歩夢「わ、私も……! バトルはそんなに得意じゃないけど、何か手伝えることがあれば……!」

リナ『「旅は道連れ、世は情け」って言う。私もお手伝いする』 || ╹ ◡ ╹ ||

愛「歩夢にリナちゃんも……! わかった! 一緒に行こう!」


愛ちゃんは嬉しそうに頷いて、


愛「みんなで一緒に“ドッグラン”を“グッドラン”で駆け抜けようー!! なんつって!」


渾身のダジャレで、出発の音頭を取るのだった。
236 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:29:46.54 ID:hVp6cgNM0

侑「ぷっ、あ、あははははは!! も、もうやめ、やめてぇ! あははははははは!!」

歩夢「……大丈夫かな?」
 「ブイ…」





    🎀    🎀    🎀





──ドッグランを歩くこと数分。

傘をしまい、レインコートを着込んで、ドッグランを前進中。


歩夢「……だんだん、ゴロゴロって音……大きくなってきてるね」

侑「うん。それだけ雷雲に近付いてるってことだと思う」

リナ『恐らく、もう少しでラクライの群れの活動圏内に入ると思う。気を付けて』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「それじゃ、作戦のおさらいだよ」


先頭を歩いていた愛ちゃんが、レインコートのフードを目深に被り直しながら、最後の確認を促してくる。


愛「襲い掛かってくるラクライは迎撃するけど、基本的には前進を優先すること! いちいち全部相手するには数が多すぎるからね」

侑「うん、わかった」

愛「“キリ”がないから、“キリキリ”進むこと! なんつって!」

侑「ぷふっ……く、くくく……」
 「ブイ…」

歩夢「愛ちゃん、話を進めてもらっていい?」

愛「OKOK! 先頭は愛さんが切り開くから、後ろからサポートお願いね」

侑「く、くく……はぁ……。……え、えっと、私はしんがりを勤めるね」

愛「お願いね、ゆうゆ! 最後に戦力の確認!」


愛ちゃんがモンスターボールから手持ちを出す。


 「ルリ…」「ソーナノッ!!」「シャンシャン♪」

愛「愛さんの手持ちの、ルリリ、ソーナノ、リーシャンだよ♪ エレズンは生まれたばっかだから、今回は戦闘には出さない方向で!」

リナ『エレズンはラクライたちから狙われるだろうし、それが無難』 ||  ̄ ᨈ  ̄ ||

愛「ゆうゆと歩夢のポケモンは、イーブイとサスケ以外にもいるのかな?」

侑「うん。出ておいで、ワシボン」
 「──ワッシャッ」

歩夢「ヒバニー、出てきて」
 「──バニバニッ!!」

愛「ワシボンにヒバニーだね」

 「バニー…」
歩夢「でも、この雨だから……ヒバニーあんまり元気がなくて……」

愛「ほのおタイプだから、そこは仕方ないね……ワシボンもでんきタイプのラクライ相手に無理はさせられないね」

 「ワッシャァッ!!!」
侑「うん。でも、ワシボン自身はやる気まんまんみたい」

愛「あはは、頼もしいね♪」
237 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:30:54.17 ID:hVp6cgNM0

最後の確認もそこそこに──


 「ラクラ…」「ライ?」「ラクライ…」


ラクライの群れが前方に見えてくる。

ラクライたちは、ボールに入ったままのエレズンの“せいでんき”に気付き始めているのか、こちらに向かってちらちらと視線を送りながら、うろうろしている。


リナ『戦闘に入ったら、ラクライが押し寄せてくると思う』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「後戻りは出来ない。とにかく、みんな前進あるのみ! OK?」

歩夢「う、うん!」

侑「行こう!」

愛「よし……レディーゴー!!」


私たちは、愛ちゃんを先頭に、ラクライたちの群れに向かって走り出した。




 「…ニャァ」





    🎀    🎀    🎀





愛「道を作るよ!! リーシャン、“ハイパーボイス”!!」
 「リリリリリリリリ!!!!!!」

 「ライ!!?」「ラクラァッ!!!」「ライィ!!?」


開幕、愛ちゃんのリーシャンが“ハイパーボイス”で前方に居たラクライたちの群れを吹き飛ばす。

ラクライたちが吹き飛んで出来た道の真ん中を駆け抜けると同時に──


 「ライィ!!!」「ラクラァッ!!!!」


早くも攻撃態勢に入ったラクライが左右から1匹ずつ、私に向かって飛び込んできた。


歩夢「!?」


どっちを倒せばいい!?

突然のことに、困惑する私。


侑「“スピードスター”!!」
 「ブイィィ!!!」

愛「“サイコショック”!!」
 「リシャーンッ!!」

 「ラィ!!?」「ギャゥッ!!!」

歩夢「!」


私が迷っている間に、侑ちゃんと愛ちゃんが前後からラクライを撃退する。
238 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:32:11.82 ID:hVp6cgNM0

侑「歩夢! 大丈夫!?」

歩夢「う、うん……!」

愛「これからさらに攻撃が激しくなるから、足止めないようにね!」

リナ『完全に群れの中に突入した。止まったら囲まれるから、一気に走り抜けよう!』 || ˋ ᨈ ˊ ||

歩夢「わ、わかった!」


──そう言っている間にも、


 「ガゥ!!!!」「ライライッ!!!」「ラクラァッッ」「ラィィ!!!!」


数匹が先頭の愛ちゃんに向かって飛び掛かってくる。


歩夢「あ、愛ちゃん!」

愛「道を開けろぉー!!! ルリリ!!」
 「ルリ!!」


愛ちゃんがルリリを手の平に乗せて、掲げると──ルリリは自分の尻尾をぶん、と振り回して、


 「ギャゥッ!!?」


“たたきつける”!

そして、その勢いを殺さぬまま、尻尾を高い位置でぶんぶんと回し始める。


愛「“ぶんまわす”!!」
 「ルーーリィーー!!!!」

 「ラィィッ!!!?」「ラクラゥ!!!?」「ラァァイッッ」


飛び掛かってきていたラクライが尻尾を叩きつけられて、どんどん撃ち落とされていく。


侑「愛ちゃん、すごい!!」

愛「へっへーん♪ 任せろ♪」
 「ルリッ!!」


そのとき、背後から──パチ、と音が聞こえた気がした。


歩夢「! 侑ちゃん!! 電撃来るかも!! 後ろから!!」

侑「! イーブイ! “スピードスター”!!」
 「ブィィ!!!」

 「ギャゥッ!!?」


ラクライの鳴き声と共に、火花の音が止む。攻撃が防げたと思うと共に──今度は愛ちゃんの前方に何匹か毛が逆立っているラクライが見えた。


歩夢「愛ちゃん! 前に3匹! “じゅうでん”してる子がいる!」

愛「!? どいつ!?」

歩夢「あの子とあの子とあの子!!」


一瞬、首だけこちらに振り向いた愛ちゃんに、指で指し示す。


愛「! マジじゃん! リーシャン、“サイコショック”! ルリリ、“バブルこうせん”!」
 「リシャーーーンッ」「ルリィーー!!!」

 「ギャゥ!!」「ギャァッ!!?」
239 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:33:17.04 ID:hVp6cgNM0

2匹を遠距離技で攻撃し、“じゅうでん”によるチャージ攻撃を阻止したものの、


 「ラァァァイィィィ!!!!」


残った1匹のラクライが“でんげきは”を愛ちゃんに向かって放ってくる。


侑「愛ちゃん!」

愛「任せなって! ソーナノ! “ミラーコート”!」
 「ソーーーナノッ!!!」


愛ちゃんの頭の上に乗っていたソーナノが、飛んできた“でんげきは”をそっくりそのまま跳ね返し、


 「ラクラァッ!!?」


ラクライを返り討ちにする。


歩夢「愛ちゃん、すごい!」

愛「それほどでもないって♪ 歩夢こそ、すごいじゃん! よくラクライたちの“じゅうでん”に気付いたね!」

歩夢「なんだか、毛が逆立ってる子がいたから……。……!」


受け答えしている間にも、肌がピリピリとする感じがして、前方に目をやると──ラクライたちが密集し始めているのが視界に入ってくる。

集まってお互いの体毛を擦り合わせてる……?


歩夢「ま、また電撃してきそう!」

リナ『前方!? 密集した、ラクライたちから高エネルギー!?』 || ? ᆷ ! ||


次の瞬間、周囲一帯に網目のように、稲妻が走り──ゴロゴロ、ピシャァーーンッと空気を轟かせる。

一帯のラクライが一気に“10まんボルト”で攻撃をしてきた。


愛「わぁ!? “10まんボルト”が“じゅうまん”してる!?」

侑「ぶふっ!」

歩夢「愛ちゃん、真剣に戦ってぇ!!」

愛「わかってるって!! ソーナノ! “ミラーコート”!!」
 「ソーナノッ!!!」


咄嗟にソーナノが反射するものの、相手の手数が多すぎる。


歩夢「さ、サスケ、“たくわえる”から“あなをほる”!」
 「シャボッ!!!」


足りない防御の手数を補うために、サスケがエネルギーを“たくわえる”と共に地面に潜る。そして、地中を経由して、愛ちゃんの前に体をくねらせながら、躍り出し──


 「シャーーーーボッ!!!!」


電撃を身をもって受け止める。


愛「ちょ!? サスケ、大丈夫なの!?」


“たくわえる”で特防が上がっているとは言え、確かにダメージはある。でも──


 「シャーーーボッ!!!!」


電撃を受けたサスケは即座に体の表面の電撃を受けて痺れた皮を“だっぴ”して破り捨てる。
240 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:34:22.69 ID:hVp6cgNM0

愛「やるじゃん、サスケ!!」

 「シャーーボッ!!!」

愛「お陰で距離は十分詰められた! リーシャン! もう一発いくよ!」
 「リシャァーー!!!」

歩夢「サスケ! 戻っておいで!」

 「シャボッ!!!」


リーシャンの攻撃態勢を確認して、すぐさま声を掛けてを呼び戻すと、サスケは地中に潜って私の方に戻ってくる。

──これで、リーシャンの攻撃には巻き込まれない……。と、思った矢先、


侑「歩夢!! 右っ!!」

歩夢「え!?」


サスケに意識が向いていて、反応が遅れた。

咄嗟に右を向くと眼前に迫るラクライが“ワイルドボルト”を身に纏って飛び込んできている。

間に合わない──そう思った瞬間、


 「バニ、バニッ!!!」

 「ギャゥッ!!?」


ヒバニーが飛び上がり、“にどげり”でラクライを撃退してくれる。


歩夢「! ヒバニー!」
 「バニッ!!」

侑「あ、焦った……」

歩夢「ごめん、ありがとう! ヒバニー! 侑ちゃん!」
 「バニッ!!」

侑「うぅん、歩夢が無事でよかったよ……」


安堵する侑ちゃん、そして──


愛「“ハイパーボイス”!!」
 「リシャァァァーーー!!!!!」


リーシャンが一気に前方のラクライたちを蹴散らす。


リナ『みんな、そろそろラクライたちの縄張りを抜ける! あともう少し、頑張って!』 || >ᆷ< ||

愛「よっしゃぁ! “ラストスパート”! このまま、“ラストスパっと”終わらせるぞ! なんつって!」

侑「く、ぷくく……!!」

歩夢「ダジャレを挟まないでぇ!!」


全員でラクライを迎撃しながら、前進を続ける。

すると──視界の先にラクライが目に見えて少ない平原が見えてくる。


侑「! 縄張りから抜ける!」

愛「よっしゃ!! 最後のダッシュだよ!」

歩夢「うん!」


みんなで一気に駆け抜けるため、最後の加速をする。

そのとき突然、急に全身の毛が逆立つのを感じた。
241 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:35:24.32 ID:hVp6cgNM0

歩夢「!?」

侑「歩夢、どうし──」


──バチンッ!


侑「──ガッ……!?」


私が悪寒を感じた直後、火花のはじける音と共に、背後から短く聞こえる侑ちゃんの声。


歩夢「侑ちゃん!?」


思わず立ち止まって振り返る。


侑「……っ゛……」
 「ブ、ブイッ」「ワシャァ…」


すると、転んだ侑ちゃんと、それを心配するように身を寄せるイーブイとワシボンの姿が目に入る。


歩夢「侑ちゃん!! 立って!!」

侑「……っ……ぅ……」


侑ちゃんが顔を上げて、私の方に視線を送ってくるけど、侑ちゃんは全然起き上がろうとしない。

もしかして──


歩夢「電撃で痺れてる……!?」


私は侑ちゃんを助けるために、転んだ侑ちゃんに駆け寄ろうとして、走り出し──た瞬間、バチバチバチ!! と大きな音が周囲を劈く。


歩夢「きゃぁっ!!?」


轟音に怯み、頭を抱えてしゃがみ込む。

──音に驚いてる場合じゃない……!!

勇気を振り絞ってすぐさま顔を上げると──


 「ラァァッ!!!!」「クライッ!!!!」


私の方に向かって、飛び込んでくる2匹のラクライの姿。


歩夢「……あ」


──バチバチと激しい稲妻を全身に纏いながら飛び込んでくる。

咄嗟に身を逃がすように、後ろに下がったら、足がもつれてそのまま尻餅をつく。

すぐ立ち上がって逃げなきゃと思うのに、身体がうまく言うことを聞かない。

その間にもどんどん迫るラクライ。そのとき、何故か、ラクライたちの動きがやたらスローモーションで飛び込んでくるように見えた。

なのに、身体は動かなかった。動けなかった。

ゆっくりと迫るラクライ。あと数センチ、全身の毛が静電気で逆立ち、“スパーク”の熱で肌に熱さを感じた。

──怖くて、目を瞑った。
242 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:36:17.29 ID:hVp6cgNM0

愛「“しねんのずつき”!! “すてみタックル”!!」
 「リーーーシャンッ!!!!」「ルーーーリィッ!!!!」

 「ギャウッ!!!!?」「ギャンッ!!!!!」

愛「歩夢!? 大丈夫!?」

歩夢「……え」


ゆっくり目を開けると──先ほどのラクライたちは、リーシャンとルリリの攻撃で戦闘不能になっていた。


歩夢「あ……うん」


愛ちゃんが助けてくれた。そう理解して、すぐに立ち上がろうとしたけど、


歩夢「あ、あれ……」


脚が腕が、いや……全身がガタガタと震えて、うまく立ち上がれなかった。


愛「……無理しないで、歩夢はここで待ってて。ソーナノ、ついててあげて」
 「ソーナノッ!!」

歩夢「……そ、そうだ……侑ちゃん……」


震えながら、顔を上げて侑ちゃんの方を見ると──


侑「イーブイ、“とっしん”……! ワシボン、“ブレイククロー”……!」
 「ブイッ!!!」「ワシャッ!!!」


侑ちゃんは、ふらつきながらも立ち上がって、ラクライたちを迎撃しているところだった。


愛「アタシはゆうゆをフォローしてくる! もうラクライの縄張りはほぼ抜けてるから、動けそうだったら歩夢は先に行って!」

歩夢「愛……ちゃん……わた……し……」

愛「もう大丈夫だから、あとはアタシたちに任せて♪」


愛ちゃんはニカっと笑って、侑ちゃんのもとへと走って行った。


歩夢「…………私」


──『……侑ちゃんに何かあったら、侑ちゃんのこと、守るね。えへへ……』


歩夢「…………私……約束……したのに……」
 「バニ…」「シャボ…」

歩夢「……私……」





    🎹    🎹    🎹





 「ブイ!!!」「ワシャァッ!!!」


飛び掛かってくるラクライたちを、イーブイとワシボンの攻撃でひたすら捌く。


侑「はぁ……! はぁ……!」
243 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:38:53.90 ID:hVp6cgNM0

数が多い……! どうにか、脱出したいけど……──まだ、足が痺れていて、満足に走れる自信がない。

電撃を受けたのは一瞬だった。足に軽い“ほうでん”を受けた程度だと思う。

それでも、私の足を止めるには十分すぎた。


 「ラィ!!!」「クラァィ!!!!」「ラクラァ!!!!」


縄張りに侵入してきた外敵を許すまいと、次から次へと攻撃してくるラクライたち。

このままじゃ、ジリ貧……!


愛「──ルリリ! “ぶんまわす”!! リーシャン!! “さわぐ”!!」
 「ルーーリィ!!!」「リシャァァァァァ!!!!!」

 「ガゥッ!!!」「キャゥンッ!!?」「ラクラァッ!!!!」

侑「! 愛ちゃん!」

愛「ゆうゆ! 加勢に来たよ!」

侑「ありがとう……! 足に電撃を受けちゃって、走れなくて……」

愛「わかった! 時間を稼ぐから、先に行って!」

侑「うん……! ありがとう……!」


痺れる足を引き摺りながら、コメコ方面へと、脱出を図る。


愛「さぁ、リーシャン!! 存分に暴れていーからね!」
 「シャァァァァァァン!!!!!!」


ラクライたちの中心で、“さわぐ”リーシャン。

しばらくの間、騒ぎ続けて、周囲を音で攻撃し続ける技だ。

あの技が切れる前に、縄張りの外まで逃げてしまいたい。

そう思いながら、足を引き摺っていた──そのとき、


 「──アォォォーーーーーーーン!!!!」


辺り一帯に響き渡る、ポケモンの鳴き声。


侑「“とおぼえ”!?」
 「ブイ…」


そして、その“とおぼえ”と同時に──ラクライたちが一気にリーシャンの周囲に群がってきた。


愛「わぁ!? な、何!?」


愛ちゃんが驚きの声をあげたのとほぼ同時に──ピシャァーーーーンッ!!!! と轟音を立てながら、リーシャンに向かって雷が迸る。


愛「ちょっ……!! リーシャンッ!!!」
 「リー…シャ…」

愛「戻って!!」


“かみなり”で黒焦げになったリーシャンを、愛ちゃんがすかさずボールに戻す。

そして、先ほどまでリーシャンが騒いでいたバトルフィールドの先から──のっしのっしと毅然とした態度で歩いてくるポケモンの姿。

青い体に、黄色の鬣。あのポケモンは……!
244 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:39:54.42 ID:hVp6cgNM0

侑「ライ、ボルト……!」

愛「……どうやら、ボスのお出ましみたいだね」

 「ライボ…」


こちらを睨みつけてくるライボルト。そして、それに呼応するように、周囲のラクライたちも一斉にこちらに視線を向けてくる。


愛「ゆうゆ、走れる?」

侑「……少しなら。でも、逃げ切れるかな……」

リナ『ライボルトは“かみなり”を自在に操れる……逃げるのは厳しいと思う』 || > _ <𝅝||

侑「だってさ」

愛「なら、やるっきゃないね……! ルリリ!!」
 「ルリッ!!!」


ルリリが尻尾を掲げて、ぶんぶんと振り回し始める。

得意の“ぶんまわす”の態勢だ。


侑「愛ちゃん、周りのラクライ、お願いできる? 私はあんまり範囲攻撃が出来ないから……」

愛「OK. わかった。ライボルト、一人で行ける?」

侑「やるしかないかな」

愛「あはは、違いないね♪ 可能な限り早く蹴散らして、サポートするよ! ルリリ! GO!」
 「ルーーーリィ!!!!」


ルリリの尻尾が一気に周囲のラクライを蹴散らし始める。


侑「行くよ! イーブイ!」
 「ブイッ!!!」


ワシボンは相性が悪すぎるから、一旦待機。イーブイが戦闘態勢に入る。


侑「“でんこうせっか”!!」
 「ブイッ!!!」


ライボルトに向かってイーブイが飛び出す。

イーブイの最速の攻撃で一気に肉薄して、速攻を仕掛ける──つもりだったのに、


 「ライボ…」

愛「っ!?」


気付けば、ライボルトは愛ちゃんに肉薄していた。


侑「え!?」

愛「速すぎ……!!」


目にも止まらぬとは、まさにこのことだった。

──バチバチと音を立てながら、ライボルトが愛ちゃんに飛び掛かる。


侑「愛ちゃん!!」

愛「くぉんのっ!!」


愛ちゃんは咄嗟に身を屈めて、飛び掛かってくるライボルトの下をすり抜ける。

だけど、それと同時に──
245 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:40:57.84 ID:hVp6cgNM0

 「ラァクッ!!!!」「ラァィッ!!!!!」


ラクライたちが愛ちゃんの足元に群がってくる。


愛「っ!? や、やばっ!!」


あのラクライたちは──ライボルトのための“ひらいしん”だ。

愛ちゃんが咄嗟に腰のボールに手を掛けたのが見えたけど──もうその瞬間には天の雷雲が眩く光っていた。


侑「愛ちゃん!!」

愛「っ……!」


導雷針に導かれるように、愛ちゃんの頭上に稲妻が走ったその瞬間──


愛「え?」

侑「!?」


稲妻が──愛ちゃんを避けた。

正確には、当たる直前でカクッと、愛ちゃんを避けるように稲妻が方向転換をした。

そして、稲妻が曲がった、ちょうどその場所には──


 「──ニャァ」


小さな灰色のネコのようなポケモンが浮遊していた。


リナ『ニャスパー!?』 || ? ᆷ ! ||

愛「……君……」
 「ニャァ」

侑「ニャスパーが……愛ちゃんを、助けた……? なんで……?」


どうやら、急に現れたニャスパーがサイコパワーで“かみなり”の軌道を捻じ曲げたらしい。

なんで、ニャスパーはそんなことを……いや、それ以前にニャスパーがなんでこんなところに……。


 「ライボッ!!!」

侑「……!」


ライボルトの声で我に返る。 いや、考えるのは後だ……!

ライボルトはもうすでに次の“かみなり”の姿勢に入っている。


侑「相殺しきれるかわからないけど……!! やるしかない!! イーブイ!!」
 「ブイッ!!!」


今の状況はひたすらライボルトにとって有利な環境、だけど……!


侑「どんな環境にでも適応するのが、イーブイの能力!」
 「ブイッ!!」

 「ライボッ!!!」


──カッ! と天空が光ったのと同時に、その根元に向かって、


侑「イーブイ!! “まねっこ”!!」
 「ブイッ!!!」
246 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:43:41.17 ID:hVp6cgNM0

イーブイが全身の体毛を逆立てながら、空から“かみなり”を呼び込む。“まねっこ”は直前に見た技と全く同じ技を使うことが出来る技だ。

──二つの“かみなり”が同時に轟音をあげながら、上空で衝突する。

強烈な閃光を発しながら、空気を一瞬で熱し、爆縮しながら雷轟が響き渡る。


愛「うわっ!?」

侑「っ……!!」


激しいエネルギーがぶつかり合い、発する光と音と熱が激しい衝撃波を発生させる。


 「ラァクッ!!!?」「クラァァィッ!!!?」「ラクラァッ!!!」


衝撃でラクライたちが吹き飛ばされる中、揺れる空気が落ち着いたと思ったら、


 「ライボッ…」


再びチャージ態勢に入るライボルト、今度は自身の体に帯電を始める。

恐らく、今度は“かみなり”ではなく、自身から放つ電撃技によって、こっちを確実に狙ってくるつもりだ。

だけど……“まねっこ”で出来るのは直前に見た技だけ。

“かみなり”はそこらへんにいるラクライに引き寄せられてしまうから相殺には使えても能動的な攻撃として真似することは難しい。

どうする……! どうする……!?

激しく思考しながら、イーブイに目を向けると──イーブイの体も、何故かバチバチと帯電を始めていた。


侑「イーブイ!?」
 「ブイッ…!!!」

リナ『イーブイから、強いでんきエネルギーを検知!!』 || ˋ ᇫ ˊ ||

侑「でんきエネルギー!? まさか……!?」


強力なでんきエネルギーが充満した、このフィールドに──イーブイが適応した……!?

つまり……!


侑「新しい、“相棒わざ”!?」

リナ『侑さん!!』 || ˋ ᇫ ˊ ||

侑「うん! イーブイ!!」
 「ブイィィ!!!!」


──バチバチと音を立てながら、イーブイが激しく放電する。


 「ライボッ!!!」

 「ブイィッ!!!」


ライボルトとイーブイ、2匹の電撃が空中で激しくぶつかり合い──バヂバヂと音を立てながら──相殺した。


 「ライボッ…!!?」


毅然としていたライボルトだったが、ここで初めて動揺を見せた。

まさか、イーブイが自前の電撃を撃ってくるとは思ってなかったのかもしれない。

この隙を見逃すわけにはいかない。


侑「ワシボン!! 上空まで飛んで!!」
 「ワシャボッ!!!!」
247 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:44:46.25 ID:hVp6cgNM0

私の肩の上で待機していた、ワシボンを上空に送り出す。

ライボルトに隙がなかったせいで、いつ“かみなり”を落とされるかわからなかったから出来なかったけど、今この瞬間に狙うしかない……!!


愛「ゆうゆ!? 何するつもり!?」

侑「一瞬だけ!! 晴れさせる!!」


ただ、一点。それだけでいい……!

ワシボンは一気にライボルトの直上の空に飛翔し、


侑「ワシボンッ!! “にほんばれ”!!」
 「ワシャァッ!!!!」


雲に一番近い場所で、ワシボンが羽ばたき、ライボルトの真上の雲だけを一瞬吹きとばす。

すると──つよい日差しがライボルトの直上から地上に向かって降り注いでくる。


 「ライボッ!!?」

侑「雨のせいで、半減してた炎も──この日差しの下なら最大火力だよ!!」
 「ブイブイブイブイッ!!!!!」


全身に炎を纏ったイーブイが、ライボルトに向かって走り出す。


侑「イーブイ!! “めらめらバーン”!!」
 「ブーーーイッ!!!!!」

 「ライボッ!!!?」


晴れのパワーで強化された、“めらめらバーン”がライボルトに炸裂する。


 「ラ、ライボォッ…!!」


“やけど”を負いながら、地面を転がるライボルト。


リナ『侑さん!! 無力化させるなら、捕獲しよう!!』 || ˋ ᇫ ˊ ||

侑「うん! いっけぇ、モンスターボール!!」


私はモンスターボールを放り投げた。

真っ直ぐ飛んでいくボールはライボルトにぶつかり──パシュンと音を立てながらボール内部に吸い込む。

──カツーンカツーンカツン。音を立てながら地面に落ちたボールは一揺れ、二揺れ、三揺れしたのち──大人しくなった。


侑「……ライボルト、捕獲完了……!」


そして、それと同時に──


 「ラク…」「ライィ…!!」「ラクラァ…!!」


ボスの敗北を悟ったラクライたちが、逃走を始めた。


侑「……か、勝ったぁ……」

リナ『侑さん、すごい!』 || > ◡ < ||

侑「あはは……ギリギリだったけどね」

愛「いやいや、マジですごかったよ! ゆうゆ!」

侑「わわっ!?」
248 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:45:43.23 ID:hVp6cgNM0

愛ちゃんが抱き着いてきて、思わず尻餅をつく。


愛「あの土壇場でよくあんな作戦ひらめいたね!」

侑「さっき歩夢が言ってたとおり、ヒバニーと同じでイーブイも主力のほのお技が雨で半減しちゃってる状態だったから……一瞬だけでも、イーブイの火力を最大まで引き出すには、雨雲を晴れさせるしかなかったからね」
 「ワシャボッ」

侑「おかえり。ありがとうワシボン。うまく行ってよかった」
 「ワシャッ」


肩にとまったワシボンを撫でながら労う。そして、


 「ブイッ」


ライボルトの入ったボールを咥えたイーブイが私のもとに戻ってくる。


侑「イーブイ、ありがとう。新しい“相棒わざ”のお陰で、また助けられたよ」
 「ブイッ!!」

リナ『さっきの技は“びりびりエレキ”って技だよ』 || > ◡ < ||

侑「“びりびりエレキ”……この調子でどんどん新しい“相棒わざ”も増えていくのかな?」
 「ブイ」

リナ『いろんな環境の場所に行けば、増えていくかもしれない』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「だってさ、イーブイ」
 「ブイ?」


……そういえば、イーブイの新しい技にも助けられたけど……。


侑「ニャスパーは……」

愛「……それが、もうどっか行っちゃったんだよね」

侑「え……?」


確かに、愛ちゃんの言うとおり、周囲を見渡しても、ニャスパーの姿はもうすでになかった。


侑「なんだったんだろう……」

愛「とりあえず今は助かったことを喜ぼうよ♪」

侑「まあ、それもそうだね……」


どうにか、ドッグランは無事に抜けられそうなわけだし……。


侑「……そうだ、歩夢は……!?」

愛「……歩夢なら、先に行ってるはずだよ」

侑「そ、そっか……すぐに迎えに行ってあげなきゃ!」


きっと、一人で不安だろうし……!

私が勢いよくその場から立ち上がると──視界がグラっと傾き始めた。


侑「あれ……?」


そのまま、景色はどんどん傾いて行き──最後には完全に横向きになった。


 「──ゆうゆ!?」『──侑さん!?』


愛ちゃんとリナちゃんの声が、なんだか遠くに聞こえるとぼんやり思いながら──私の視界はゆっくりと暗闇に飲み込まれていくのだった。



249 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:47:58.35 ID:hVp6cgNM0

    🎀    🎀    🎀





──コメコシティ、ポケモンセンター。


歩夢「…………」

侑「…………すぅ…………すぅ…………」
 「ブイ…」「ワシャ…」

歩夢「…………」
 「シャボ」「バニー…」


薄暗い部屋の中、静かに寝息を立てる侑ちゃんの傍らに座って、ただ黙っていた。

聞こえるのは侑ちゃんの寝息と、ときおり心配そうに鳴き声をあげるポケモンたちの声だけ。


歩夢「…………」


──ガチャ。薄暗い部屋のドアが開いて、廊下から少しだけ光が伸びてくる。

私はその光源に向かって、ゆっくりと顔を上げる。


愛「歩夢、ゆうゆ眠ってるだけだって先生が言ってたよ」

歩夢「……」

愛「少しだけど、電撃を浴びちゃったからね……。戦闘が終わって気が抜けた拍子に、そのときのダメージと疲労で気を失っちゃったみたいだね。でも、大きな怪我をしてたわけじゃないし、明日になれば目を覚ますだろうって」

歩夢「……」


愛ちゃんの言葉に多少の安心こそしたものの、私の心中は穏やかじゃなかった。

言葉が出てこないまま、私は再び眠ったままの侑ちゃんに視線を落とす。


侑「…………すぅ…………すぅ…………」

歩夢「……」

愛「歩夢……。みんな無事だったんだからさ、よかったじゃん」

歩夢「…………」

愛「トラブルはあったけど、全員無事にコメコまで来られた、それで──」

歩夢「私……約束、したの……」

愛「え?」

歩夢「侑ちゃんになにかあったら……私が、守る……って……」

愛「……」


なのに、私は──


歩夢「私……侑ちゃんに、守られてばっかりだ……」


研究所での騒動のときも、ゴルバットの捕獲のときも、カーテンクリフでの落石のときも。

真っ先に侑ちゃんは飛び出して、私や私のポケモンたちを守ってくれたのに。

私は──


歩夢「……私……ラクライが飛び掛かって来たとき……怖くて、動けなかった……」


侑ちゃんだったら、自分の危険を顧みずに、私を助けてくれたのに。
250 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:48:56.22 ID:hVp6cgNM0

歩夢「私は……侑ちゃんを、守ってあげられなかった……」

愛「…………」

歩夢「……私……」

愛「…………」

歩夢「…………ごめん。こんな話されても、困るよね……あはは……」

愛「もし……」

歩夢「……?」

愛「もし、歩夢が本当にゆうゆを守りたいって本気で思ってるなら……強くなるしかないよ」

歩夢「……」

愛「戦うのは、怖い?」

歩夢「…………」


私は愛ちゃんの言葉に、控えめに首を縦に振った。

戦うのは、怖い。


愛「傷つくの傷つけるのも、嫌?」


その質問にも、頷く。


愛「……そっか。……それが、悪いことだとは思わない。だけどね、力がなかったら……弱いままだったら、何も守れないよ」

歩夢「……」

愛「守りたいなら強くなりな、歩夢。強くないと……大切なモノが、自分の手の平から全部零れていっちゃうから……」


愛ちゃんはそう言いながら、遠い目をしていた。何かに想いを馳せるかのように、何かを思い出すかのように。


愛「ゆうゆが目を覚ますまで待ちたかったけど……愛さん、約束があるからもう行くね。ゆうゆが目を覚ましたら、よろしく伝えておいて」

歩夢「……うん」

愛「大丈夫。歩夢には、強くなれる素質はあるから」

歩夢「……うん、ありがとう」


それが愛ちゃんの優しさで、慰めの言葉だとわかっていても、少しだけ救われた気分だった。
251 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:49:42.44 ID:hVp6cgNM0

愛「それじゃ、またどこかで」


愛ちゃんが部屋を後にして……再び、部屋が薄暗い闇に包まれる。


侑「…………すぅ…………すぅ…………」

歩夢「……私、強く……ならなきゃ……」


穏やかに寝息を立てる侑ちゃんを見ながら、そう口にすると──何故だか、ポロポロと涙が溢れてきた。


 「ブイ…」「ワシャ…」

歩夢「…………強く……っ……なり、たい……っ……」
 「シャボ…」「バニ…」


侑ちゃんを起こさないように、声を押し殺すけど──悔しくて、情けなくて、そして……こんな自分が本当に強くなれるのか不安で、そんな風に思う自分がさらに情けなく思えて、涙が止まらなかった。


歩夢「…………ぅ……っ…………くっ……ぅ…………っ…………」


私はしばらくの間、ずっと声を押し殺したまま、泣き続けていた。

穏やかな顔で眠る侑ちゃんの傍らで──


252 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 11:50:21.13 ID:hVp6cgNM0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【コメコシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___●○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.24 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.20 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.26 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 2個 図鑑 見つけた数:39匹 捕まえた数:3匹

 主人公 歩夢
 手持ち ヒバニー♂ Lv.15 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.14 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:67匹 捕まえた数:10匹


 侑と 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



253 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 20:42:39.99 ID:hVp6cgNM0

 ■Intermission👏



ゆうゆの寝ている部屋を後にして、ロビーに行くと、


リナ『あ。愛さん』 || ╹ᇫ╹ ||


リナちゃんがふわふわと浮いていた。


愛「や、ここに居たんだね」

リナ『……今の歩夢さん、そっとしておいた方がいいと思ったから』 || 𝅝• _ • ||

愛「うん、その方がいいと思うよ」

リナ『愛さんはもう行くの?』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「約束があるからね」

リナ『そっか。……最後に聞きたいことがあるんだけど……いい?』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「何かな?」

リナ『なんで、“そんなもの”を付けてるの?』 || ╹ᇫ╹ ||


“そんなもの”。リナちゃんの視線は──私の首に巻かれたチョーカーに向けられていた。


愛「……このチョーカー、似合ってないかな?」

リナ『…………』 || ╹ _ ╹ ||

愛「…………」

リナ『言えない事情があるなら、これ以上追及はしない』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「そっか。質問はそれだけ?」

リナ『もう一つ』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「何?」

リナ『何で、あんな場所で待ってたの?』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「……。理由は説明したと思うけど……」

リナ『愛さんの強さなら……一人でも問題なかった気がする』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「あはは、それは買いかぶりすぎだよ。ゆうゆたちがいなかったら、愛さんここまで来れなかったって」

リナ『……そっか。じゃあ、質問はこれだけ』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

愛「そう? それじゃ、もう行くね」

リナ『うん、ごめんなさい。変なこと聞いて』 || ╹ᇫ╹ ||

愛「いいよ。それじゃ、二人によろしくね」

リナ『うん、伝えておく』 || ╹ ◡ ╹ ||


リナちゃんに手を振りながら、私はポケモンセンターを後にする。

街灯の少ないコメコシティの夜道を歩きながら、考える。


愛「リナちゃん……ね」


名前といい、あの妙な鋭さ、物言い。思い出してしまう。

そして、


愛「あのニャスパー……」
254 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/09(水) 20:43:13.01 ID:hVp6cgNM0

私を助けたとき、ニャスパーと一瞬だけ、目が逢った。

あのニャスパー……。


愛「……いや、まさか」


そんなことは、ありえない。

これは、偶然だ。

こんな偶然で、アタシはブレちゃいけない。

アタシはもう……。とっくの昔に、覚悟を決めているのだから。


………………
…………
……
👏
255 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:24:31.83 ID:IGCv6YWI0

■Chapter013 『農業の町コメコシティ』 【SIDE Yu】





侑「……ん……ぅ……」


瞼の裏に朝日を感じて、意識がゆっくりと浮上していく。

ぼんやりと目を開けると──


 「ブイ…」「ワシャ」


イーブイとワシボンが私の顔を覗き込んでいた。


侑「おはよう、イーブイ、ワシボン」
 「ブイ…」「ワッシャ」


2匹は私に体を摺り寄せて甘えてくる。

イーブイもワシボンも「こんなに甘えんぼだったっけ?」と一瞬疑問に思ったけど……自分の最後の記憶を辿ってみたら、なんとなく理由がわかってきた。


侑「……私あの後、気失っちゃったんだ……」


そう独り言ちて、ゆっくりと上半身を起こすと──


歩夢「侑ちゃん、おはよう」


傍らに座っていた、歩夢がにこっと笑う。


侑「おはよう、歩夢……心配掛けちゃったみたいだね」

歩夢「うん……心配したよ」

侑「ごめん……」

歩夢「うぅん、侑ちゃんが無事ならいいよ。……身体の調子はどう?」


歩夢の言葉を受けて、軽く肩を回したり、上半身を捻ってみる。


侑「……特に問題なさそう」

歩夢「痛いところとか、動かしにくいところとかない?」

侑「うん、平気」


ベッドから這い出て、そのままぴょんぴょんと軽く跳ねてみる。


歩夢「ゆ、侑ちゃん!? いきなり、そんなに激しく動いたら……!」

侑「……本当に何も問題なさそう。むしろ、ぐっすり眠ったお陰かな、むしろ快調かも!」


実際に電撃が掠った足も、全く問題ないし。


歩夢「ならいいんだけど……」


歩夢が安堵していると──


 「…ライボ」

侑「!?」


部屋の隅の方から、鳴き声が聞こえて、思わず身が竦んだ。
256 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:26:35.66 ID:IGCv6YWI0

歩夢「あ、ライボルトも起きたんだね」

 「ライボ…」

侑「ボ、ボールから出したの……?」

歩夢「うん。ジョーイさんに回復してもらったあとは、ボールから出してたよ。ね、ライボルト」

 「ライボ…」


ライボルトはのっしのっしとこちらに歩いてきて、歩夢の傍に身を伏せる。


侑「……い、意外と大人しい……?」

歩夢「昨日の内に仲良くなったんだよ。ね、ライボルト」

 「ライボ…」


ライボルトは表情こそ変えないものの、昨日の激しい戦闘が嘘のように大人しい。


侑「相変わらず、すぐポケモンと仲良くなれるんだね……歩夢は」

歩夢「え? 普通だよ……この子は大人しかったし」

 「ライボ…」


歩夢が傍らのライボルトの鬣を撫でると、短く鳴き声をあげる。

……相変わらず、どっちが“おや”なのかわからなくなってくるなぁ。


歩夢「ライボルト、あなたの“おや”の侑ちゃんだよ」

 「ライボ…」


何故か、歩夢から紹介されてるし……。


侑「よ、よろしくね、ライボルト」


昨日の激闘の手前、少しおっかなびっくりになってしまうが、


 「ライボ」


ライボルトは再びのっしのっしと歩きながら、私の傍らまで近づいて、


 「ライボ」


短く鳴きながら、頭を垂れた。


歩夢「ライボルトも侑ちゃんの強さを認めてくれてるみたいだね」

侑「……そっか」


どうやら、“おや”として、認めてくれてはいるようで安心する。


侑「ライボルト、これからよろしくね」
 「ライボ」


これで手持ちも無事3匹目。これで、コメコジムに──
257 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:31:39.90 ID:IGCv6YWI0

歩夢「そうだ、侑ちゃん!」

侑「?」

歩夢「私ね、侑ちゃんが寝てる間に、この町のこといっぱい調べたんだ♪ それでね、行ってみたい場所があるの! 朝食を取ったら、一緒に行こう?」

侑「え、でも……」


「私はジム戦に行きたい」と言い掛けたけど──


歩夢「……お願い」


歩夢は私の手を握りながら、言う。


侑「歩夢……?」

歩夢「侑ちゃんと一緒に……行きたいな」

侑「……。……あはは、そう言われたら断れないね♪ じゃあ、歩夢の行きたい場所、案内して!」

歩夢「……!」


私の言葉を受けて、歩夢の表情がぱぁっと明るくなる。


歩夢「うん!」


歩夢はニコッと笑いながら頷く。


歩夢「それじゃ、朝ごはん早く食べに行こう♪」

侑「ふふ、わかった♪」


私も笑って頷いて、部屋を後にする。

ただ、気付いてしまった──さっき私の手を握った歩夢の手は……確かに震えていたということに。





    🎹    🎹    🎹





──朝食を取りながら、私が気を失っていた間に愛ちゃんはもう行ってしまったことを聞いた。

まあ、愛ちゃんは先を急いでいたわけだからね。またどこかで出会えたら、お礼を言いたいかな。

朝食後、荷物を纏めて二人でロビーまで歩いて行くと──


リナ『侑さん、歩夢さん、おはよう』 || ╹ ◡ ╹ ||


リナちゃんがふわふわと近付いてくる。


侑「リナちゃん、ここにいたんだね」
 「ブイ」

リナ『うん。侑さん、気分はどう?』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「一晩ぐっすり寝て、すっきりだよ♪」

リナ『それなら、よかった。歩夢さんはちゃんと眠れた?』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「うん。ゆっくり休めたよ」

リナ『二人とも万全みたいで嬉しい。リナちゃんボード「にっこりん♪」』 ||,,> ◡ <,,||


どうやら、リナちゃんは私や歩夢がゆっくり休めるように気を遣ってくれていたらしい。
258 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:32:44.07 ID:IGCv6YWI0

侑「リナちゃんこそ、ゆっくり休めた?」

リナ『スタンバイモードで十分な休息は取ったから平気』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「そういうモードがあるんだね。……あれ、そういえばリナちゃんってご飯はどうしてるの?」

リナ『今日みたいに晴れてる日に、ソーラー充電してるよ』 || > ◡ < ||

歩夢「……? ロトムのご飯って太陽の光で、大丈夫なの?」

リナ『……あ、えーっと、それは』 ||;◐ ◡ ◐ ||

侑「ほ、ほら! ロトムのご飯って、電気だから! 図鑑のバッテリーをソーラー充電して、それをご飯にしてるんだよ!」

リナ『そ、そうそう、そんな感じ』 ||;◐ ◡ ◐ ||

歩夢「あ、そうだったんだ……そういえば、今までもご飯食べたりしてなかったもんね」

リナ『うん、今日も電気がおいしい』 ||;◐ ◡ ◐ ||


私もうっかり忘れかけていたけど、歩夢にはリナちゃんはロトム図鑑だって説明しているんだった……。

どうにか、それっぽく誤魔化せたようだ。


リナ『えっと、それはそうと、今日はどうするの? やっぱり、ジムせ──』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「私ね、コメコ牧場に行ってみたいんだ♪」


リナちゃんに質問に対して、歩夢が食い気味に答える。


歩夢「コメコ牧場って、すっごくゆったりとした雰囲気で、ミルタンクやメェークルの乳搾りが体験できるんだって♪ せっかく、自然豊かな町に来たんだから、行ってみたいなって」

リナ『なるほど。確かにコメコシティは農業が盛んで、自然も豊富。近くのコメコの森では森林浴も有名だし、いいと思う』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「うん♪ それじゃ、行こう侑ちゃん♪」

侑「あ、うん」


歩夢が私の手を引いて、歩き出す。


リナ『今日の歩夢さん、なんだか積極的』 || > ◡ < ||

侑「あはは、そうだね」
 「ブイブイ」


強く、強く、私の手を握って、歩夢は歩き出す……。





    🎹    🎹    🎹





歩夢「コメコ牧場は町の北側にあるみたいだよ」

侑「結構歩くんだね」
 「ブイ」

リナ『コメコシティはこの地方でも随一の農業地帯。南部に居住地があって、北部はほぼ全域が畑や田んぼ、牧場になってるよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「へー」


自然豊かという前評判のとおり、気付けば辺りは広い田んぼと畑が続いている。

セキレイシティで生まれ育った私としては、ここまで建物がなく、ただ農業地帯が続いているというのは初めて見る光景だ。

田畑には今も農作業をしている人たちが何人も見えるけど、それ以上に気になるのは……。


侑「人だけじゃなくて、ポケモンも一緒に農業をしてるんだね」
259 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:35:39.39 ID:IGCv6YWI0

先ほどから、田んぼの脇の道を歩いているけど、田んぼの中にはあちこちにドロバンコがいるのがわかる。


リナ『ドロバンコ うさぎうまポケモン 高さ:1.0m 重さ:110.0kg
   頑固で マイペースな 性格。 土を 食んで 泥を 作って
   泥遊び するのが 日課。 かなりの 力持ちで 自分の
   体重の 50倍の 荷物を 乗せられても まるで 平気だ。』


歩夢「見て、侑ちゃん! あっちの畑にいるのは、ディグダだよ♪」

侑「ホントだ!」


ディグダがぴょこぴょこと頭を出しながら、畑を耕している姿が目に入る。


リナ『ディグダ もぐらポケモン 高さ:0.2m 重さ:0.8kg
   ディグダが 棲む 土地は 耕され フンで 豊かに
   なるため 多くの 農家が 大切に 育てている。
   光に 照らされると 血液が 温められて 弱ってしまう。』

侑「ドロバンコもディグダも一緒になって農業をしてるんだ……」

リナ『コメコシティは遥か昔から、ポケモンと共存してきた町って言われてるよ』 || ╹ ◡ ╹ ||


セキレイシティでもポケモンが街に居ることはあるけど……確かに、ここまで人との距離感が近いのは初めて見るかも。


リナ『この町では、ポケモンの力で田畑を耕して、人の知恵で作物を育てて、出来た食物を分け合って……それが昔からずっと続いている、伝統的な農業地帯だよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「すごいね……人とポケモンが、同じ目線で協力し合って暮らしてるなんて……」


歩夢は目をキラキラさせながら言う。

歩夢はポケモンと家族同然に暮らしてきた子だし、これほどまでに人とポケモンとの間に隔たりがないこの町に、感じるものがあるのかもしれない。


侑「いい町だね」

歩夢「……うん」


セキレイ、ダリアとこの地方でも大きな街が続いていたからか、コメコシティのゆったりと流れる時間の中にいると落ち着く気がする。

そんな道のりの中、水田に水を引いている近くの小河にもポケモンがいるのが目に入る。


 「ゼル」

歩夢「わ、侑ちゃん! ブイゼルだよ!」

侑「ホントだ、でもまだちっちゃいね。子供なのかな?」

リナ『この町では数年前くらいから、繁殖期になると、ブイゼルが海から上ってきて、ここで子育てをするようになってるらしいよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「へー」

リナ『最初は人間や田畑のポケモンと縄張り争いになったりしてたらしいけど……今では、子育てする場所を提供してもらう代わりに、ディグダやドロバンコを外敵から守る役割をしてるみたい』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「今でも、新しい共存の工夫をしてるんだ……!」


リナちゃんの話を聞いて、歩夢が目を輝かせる。


侑「……ふふ」

歩夢「? 侑ちゃん? どうかしたの?」

侑「うぅん、なんでもない。牧場楽しみだなって思ってさ」

歩夢「ふふ♪ そうだね♪」
260 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:37:06.57 ID:IGCv6YWI0

よかった……。さっきまで歩夢の様子が少しおかしかったけど……いつもの元気が戻ってきた気がする。

それを見て私は一人、胸を撫で下ろす。

でも、その間もずっと……歩夢は私の手をぎゅっと掴んで離すことはなかった。





    🎹    🎹    🎹





歩夢に手を引かれたまま、田畑の脇道を進んで行くと、だんだんと周囲の景色が田畑から、草原と柵、そして小屋のような建物が増えてきた。

恐らく、あれがポケモンたちの飼育小屋になっているんだと思う。


 「モォ〜」「モォォォーー」

侑「だんだん、ミルタンクやケンタロスが増えてきたね」

歩夢「うん」


道の脇、柵を挟んで向こう側には先ほどとは趣の違うポケモンたちの姿。


リナ『ミルタンク ちちうしポケモン 高さ:1.2m 重さ:75.5kg
   栄養満点の ミルクを 出すことから 古くから 人間と
   ポケモンの 暮らしを 支えてきた。 牧場の 質が 良い
   土地ほど 出す ミルクは コクがあり 美味しい。』

リナ『ケンタロス あばれうしポケモン 高さ:1.4m 重さ:88.4kg
   スタミナに あふれた 暴れん坊。 走り出すと たいあたりするまで
   どこまでも ひたすら 突き進む。 群れの 中で 1番 太く 長く
   キズだらけの ツノを持つのが ボス。 荒っぽい 性格で 有名。』


伸び伸びと飼育されている、ミルタンクやケンタロスを眺めながら歩を進めると、程なくして大きめの施設が見えてきた。


リナ『あそこが乳搾り体験が出来る牧場施設だよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「だってさ、侑ちゃん行こ♪」

侑「うん」


歩夢に手を引かれながら施設内に入ると、まさに牧場の飼育小屋といった感じの屋内の中、柵で仕切られたスペースの中にミルタンクたちの姿。

そして、そんなミルタンクたちを多くの作業員の人たちがお世話をしている。

作業をしている人たちはほとんどが高齢のおじいさんやおばあさんだけど……その中で一人だけ、目を引く若い女性の姿があった。


若い女性「あれ? お客さんかな?」


その女性は私たちに気付くと、持っていたミルタンク用らしき牧草を近くに下ろし、小走りで駆け寄ってきた。


歩夢「はい! あの、ここで乳搾り体験が出来るって聞いたんですけど……」

若い女性「わぁ! それで来てくれたんだね! 体験用のスペースは奥の方にあるから案内するね♪ 女の子二人と、イーブイにアーボ……それにロトム図鑑さんかな? 案内するね♪」

 「ブイ」「…シャボ」

リナ『よろしくお願いします』 || > ◡ < ||


ご機嫌な様子の女性の案内で、奥に通される。

その際にも、周囲を見回していると、作業をしている人がたくさんいるけど……この女性のような若い人の姿はほぼない。


若い女性「どうかしたの?」

侑「あ、いえ……」
261 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:38:33.71 ID:IGCv6YWI0

案内の最中、私の視線に気付いたのか、目の前の女性は小首を傾げる。


侑「お姉さんだけ、周りの人に比べてお若いなって……」

若い女性「あ、なるほど。えっとね、この町の若い人は大人になると他の町に出ていっちゃう人が多いらしくって……」

歩夢「らしい……?」


やや他人事気味な物言いに歩夢が首を傾げると、


若い女性「わたし、実はこの町の出身じゃないの。もともとカロス地方の近くにある山村に住んでたんだよ」

侑「そこから、この町に?」

若い女性「うん♪ コメコシティはね、農業をやってる人にとっては世界的にも有名な町なんだよ♪ だから、前から興味があって、こうして実際に来ちゃったんだ〜♪」


女性がニコニコ笑いながら言うと、近くで作業をしていたおじいさんやおばあさんが顔を上げる。


おじいさん「エマちゃんが来てくれたお陰で助かってるよ〜」

エマ「わたしも毎日、素敵な体験させてもらってます♪」

おばあさん「ホント、一生ここに居て欲しいくらいだよ〜」

エマ「うふふ♪ わたしもここの生活は楽しいから、そんなこと言われたら迷っちゃうよ〜♪」


この人はエマさんと言うらしい。エマさんは口々に褒め言葉を投げ掛けてくるおじいさん、おばあさんに笑い掛けながらひらひらと手を振る。

どうやら、この牧場内でも、かなりの人気者らしい。

エマさんが前を通ると、作業をしているおじいさん、おばあさんがひっきりなしに話しかけてくる。

そして、一人一人ににこやかに笑いながら返事をしている辺り、エマさんも相当ここが気に入っていることがよくわかる。


エマ「えーと、そういえばまだ名前、聞いてなかったね」

侑「あ、私は侑って言います。この子は相棒のイーブイ」
 「ブイブイ♪」

歩夢「歩夢です。この子はアーボのサスケ。侑ちゃんと一緒に旅してます」
 「…シャーボ」

リナ『ロトム図鑑のリナです。よろしくお願いします。リナちゃんボード「ぺこりん☆」』 || > ◡ < ||

エマ「侑ちゃん、歩夢ちゃん、イーブイちゃんと、サスケちゃん、リナちゃんだね♪ 旅人さんなんだね〜」

侑「はい。セキレイシティから来ました」

エマ「えっと、あんまりこの地方の地理には詳しくないんだけど……確か、すっごい大きな街だよね? 前に果林ちゃんが教えてくれた気がする」

侑「……かりんちゃん?」

エマ「あ、えっとね、果林ちゃんはわたしのお友達なんだ♪」

侑「あ、エマさんのお友達が言ってたんですね」


果林……どこかで聞いたことある名前な気がするけど……。

まあ、それはいいや。


エマ「二人はどうして旅してるの?」

歩夢「あ、えっと……実はセキレイシティで最初のポケモンと、ポケモン図鑑を博士から貰って……」

エマ「わぁっ! じゃあ、リナちゃんはもしかして──」

侑「はい、リナちゃんは私のポケモン図鑑なんです」

エマ「それじゃ、歩夢ちゃんも?」

歩夢「え?」


エマさんの言葉に歩夢は逡巡する。
262 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:39:35.86 ID:IGCv6YWI0

歩夢「は、はい……一応」


歯切れ悪く返事をすると、控えめにポケットから取り出したポケモン図鑑をエマさんに見せる。


エマ「わぁ〜♪ それじゃ、選ばれたトレーナーさんなんだね♪」

侑「あはは……私は運良く貰えただけというか……選ばれたのはむしろ歩夢の方で……」

エマ「そうなの?」

歩夢「え、あ……は、はい……」

エマ「そうなんだ〜、すごいなぁ。わたし、戦うのはちょっと苦手だから、ポケモントレーナーさんはすごいなって思っちゃうよ〜」

歩夢「…………」


エマさんの言葉に、歩夢が息を詰まらせたのがわかった。


侑「え、えっと……せっかくこの町に来たから、牧場に行きたいって歩夢が提案してくれたんです! ね、歩夢!」

歩夢「え? あっ、う、うん!」

エマ「そうだったんだ〜! こうして、他の町から来た人が、興味を持ってくれるのはすっごく嬉しいな♪ そうだ! 二人はミルタンクとメェークル、どっちの乳搾りがしてみたい?」

侑「えっと、どう違うんですか?」


イメージだけで言うなら、乳搾りと言えばミルタンクだけど……メェークルの方がミルタンクよりも小さいから、ハードルは低い気もするかな……?


エマ「えっとね、ここのミルタンクの“モーモーミルク”はすっごく甘くて美味しいの! 特に搾りたてはすっごく美味しくって、飲みやすさもあるんだよ♪」

侑「……ん?」

エマ「メェークルのミルクはあっさりした味だけど、独特の風味はあるかな? 私はメェークルのミルクの方が好きなんだけど……あっ! バターやチーズを作るときでも、それぞれ全然違った味わいになってね、どっちも美味しいんだけど──」

侑「ま、待ってエマさん! 味の話じゃなくて……」

エマ「え?」

侑「あの、乳搾り自体がどう違うのかが聞きたくて……」

エマ「あ、そ、そうだよね! ごめんね……ここの牧場で採れるミルクはどれも絶品だから、つい……えへへ」


エマさんは少し恥ずかしそうに、頬を掻きながら笑う。


エマ「えっとね、ミルタンクは座ってる状態のミルタンクから、お乳を搾らせてもらうんだけど……メェークルはミルタンクみたいに座らせてお乳は搾れないから、お腹の下に手を伸ばして搾ることになるかな。初めてならミルタンクの方がイメージが掴みやすいかもしれないけど……乳搾り体験をお手伝いしてくれる子は、みんな大人しい子だから、どっちでもそんなに難しくはないと思うよ」

侑「なるほど……歩夢はどっちがいいと思う?」

歩夢「私は、侑ちゃんが選んでくれた方でいいよ」

侑「えー? うーん……どうしよう……やっぱり乳搾りって言ったら“モーモーミルク”だし、ミルタンクだけど……メェークルの乳搾りが出来るなんて珍しいし……」


私は腕を組んで、唸ってしまう。


エマ「ふふ♪ それなら、両方体験してみる?」

侑「それだ! お願いします!」

エマ「はーい♪ それじゃ、準備するからそこで待っててね♪」



263 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:41:08.56 ID:IGCv6YWI0

    🎹    🎹    🎹





エマ「──そうそう、その調子で優しく搾ってあげてね♪」

侑「はーい……よっと……」

 「モォ〜」

エマ「そうそう、上手上手♪」


エマさんの指導のもと、ミルタンクから“モーモーミルク”を搾らせてもらっている真っ最中。

最初はなかなかうまくミルクが出てこなかったけど、エマさんが親切に教えてくれるお陰で、すぐに出来るようになってきた。


エマ「侑ちゃん、上手だね♪」


何よりエマさんが教え上手の褒め上手だから、なんだか頑張ってしまうというのもある。

そろそろ、バケツ半分くらいになるかな……? もう随分搾らせてもらった気がするけど……。


侑「エマさん、ミルタンクって1日にどれくらいミルクが出るんですか?」

エマ「うーんと、ここにあるバケツ2杯分くらいかなぁ? 元気な子だと、3杯分くらいお乳を出してくれる子もいるんだよ〜」

リナ『ミルタンクは1日に20リットルの乳を出すって言われてる。このバケツは1杯8.8リットルだから、確かに2杯ちょっとくらいだと思う』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「え、そんなに……」

エマ「わぁ♪ すごいね、リナちゃん! バケツの容量までぴったりだよ〜」

リナ『今日も測量センサーの感度ばっちり。任せて欲しい』 ||  ̄ ᎕  ̄ ||

エマ「そういうことだから、遠慮せずにたくさん搾ってもらっていいからね♪」


エマさんはニコニコ笑っているけど、なんだかんだで乳搾りの力加減には結構気を遣わないといけないし、まだバケツ半分ということは、この作業の4倍やってやっと1匹分が終わりということだ。

しかも、この牧場にいるミルタンクはたくさんいる……思ったより途方もない作業かも。


エマ「? どうしたの? わたしの顔、じーっと見つめて?」

侑「いえ……農業って大変なんだなって思って……」

エマ「ふふ、それがわかってもらえたなら、こうして乳搾り体験を教えてる甲斐があるよ〜♪」


農業従事者たちの日頃の苦労に感謝しながら、乳搾りをせっせと続けていると──


 「…ブイ」


頭の上で大人しくしていた、イーブイが急に身を乗り出してくる。


侑「わわっ、イーブイ!? そんな身を乗り出したら落ちちゃうよ?」
 「ブイ…」


どうやら、“モーモーミルク”の溜まったバケツを覗き込んでいるらしい。


エマ「ふふ♪ “モーモーミルク”の良い香りが気になっちゃってるのかも♪ イーブイちゃん、搾りたてのちょっと飲んでみる?」

 「ブイ!!」
侑「いいんですか?」

エマ「ご主人様が頑張ってる間、ポケモンちゃんにとってはちょっと退屈だもんね。ちょっと待っててね♪」


エマさんが搾乳用バケツの下の方にある栓を抜いて、ミルクをイーブイが飲みやすいサイズのお皿に注いでくれる。
264 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:42:26.79 ID:IGCv6YWI0

侑「歩夢も、サスケに飲ませてあげたら?」


私の隣でさっきからもくもくと乳搾りをしている歩夢にも訊ねると──


 「シャボッ」
歩夢「…………」


返って来たのはサスケの鳴き声だけ。


侑「……歩夢?」

歩夢「……え? あ、ご、ごめん。何かな?」

侑「エマさんがポケモンたちに搾りたての“モーモーミルク”を飲ませてくれるって」

歩夢「あ、そうなんだ。サスケ」
 「シャボッ」


サスケはご主人様のOKが出ると、普段ののんびりゆったりとした様が嘘のように俊敏な動きで、ミルクの入ったお皿へと移動していく。


歩夢「ふふ♪ もう、サスケったら食いしん坊なんだから」

エマ「イーブイちゃんもサスケちゃんも好きなだけ飲んでいいよ〜♪」
 「シャボッ」「ブイブイ♪」


2匹が“モーモーミルク”をぺろぺろと舐め始める。


侑「イーブイ、おいしい?」
 「ブイ♪」


イーブイも納得の味なようでご満悦だ。


エマ「それじゃ、侑ちゃんと歩夢ちゃんは乳搾りの続きをしようね♪」

侑・歩夢「「はーい」」


二人して乳搾りを再開したはいいんだけど、


歩夢「…………」


歩夢は相変わらず、もくもくと乳搾りをしている。


歩夢「………………はぁ」


たまに漏れ出てくる小さな溜め息。

そんな歩夢の様子が気になったのか、


エマ「……ねぇ、侑ちゃん」


エマさんが私に耳打ちしてくる。


エマ「歩夢ちゃんっていつもああいう感じなの……?」

侑「……いえ、普段はもう少し元気なんですけど」

エマ「そっかぁ……」
265 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:43:42.07 ID:IGCv6YWI0

エマさんは少しうーんと考えたあと、


エマ「ねえ、侑ちゃん」

侑「なんですか?」

エマ「メェークルの乳搾りはまた今度でもいいかな? その代わり二人を案内したいところがあるんだけど」


そう提案してきた。


侑「え、はい、それは構いませんけど……?」

エマ「よかった♪ それじゃ、ミルタンクの乳搾り、わたしも手伝うから、頑張って終わらせちゃおっか♪」


ニコニコしながら、“モーモーミルク”搾りに加勢するエマさんは、両手を使って、同時に2つのお乳から手際よく搾り始め──文字通りあっという間に乳搾りを終わらせてしまった。

やっぱり、農業をやっている人ってすごいと舌を巻かざるを得ない。

……ただ、その間も歩夢は、


歩夢「…………」


ずっと、ぼんやりとしたまま、口数少な目に乳搾りを続けているだけだった。





    🎹    🎹    🎹





──乳搾り体験を切り上げて、私たちがエマさんに連れてこられたのは、


エマ「それじゃ、行こっか♪」

歩夢「ここって……」

侑「森……?」


コメコタウンの東側に位置する、大きな森だった。


リナ『ここはコメコの森。オトノキ地方の中でも一番大きな森だよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

エマ「でも、道は舗装されてるから変に脇道に逸れなければ迷ったりはしないよ♪」


二人の説明を聞きながら見回してみると、視界のほぼ全てが樹木に覆われている、まさに森だ。

セキレイシティの近くでも、少し外れればちょっとした林くらいはあったけど……ここまで、いわゆる森と言えるような景色を見るのは初めてかもしれない。


歩夢「あ、あの……」


そんな中、おずおずと手を挙げる歩夢。


エマ「ん〜? どうしたの?」

歩夢「ここ……野生のポケモンが出るんじゃ……」

エマ「そうだね〜。自然の森だから、野生のポケモンさんはたくさんいるよ♪」

歩夢「そ、そうですか……」


エマさんの返答を聞くと、歩夢は私の腕をきゅっと掴んで自分の方へと引き寄せる。
266 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:44:39.92 ID:IGCv6YWI0

侑「あ、歩夢……?」

歩夢「侑ちゃん……離れないでね……」

侑「う、うん」

エマ「そんなに怖がらなくても、ここの子は大人しい子ばっかりだから大丈夫だよ〜」

リナ『この辺りに出るポケモンはナゾノクサやチュリネ、モンメン、スボミー、ハネッコみたいな、小型のくさポケモンくらいだから、こっちから刺激しなければ襲ってくることはないと思う』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

歩夢「それなら、いいけど……」


と言いつつも、歩夢は私から離れようとしない。


エマ「奥まで歩くから、みんなはぐれないようにね♪」

侑「はーい」

歩夢「……はい」


エマさんに先導される形で森の中を歩き出す。

森というだけあって、いくら進んでも景色はずっと草木に覆われている。

ただ、もともとよくある森の鬱蒼としたイメージとは裏腹に、このコメコの森は常に葉と葉の間から木漏れ日が差し込んで来ていて明るく、先ほどエマさんの言ったとおり、人が通るであろう道は整備されているのかしっかり確保されている。

ちょっとした、ハイキング気分だ。

何より──


侑「すぅ…………はぁ…………」


空気がおいしい。緑が多いからなんだと思う。


 「ブィ…」


頭の乗っているイーブイも随分リラックスしているのがわかる。

なんだか、この空気の中にいるだけで、気分が落ち着く。

でも、歩夢は……。


歩夢「…………」


ぎゅーっと私の腕を掴んだまま、辺りをキョロキョロと警戒しながら歩いているようだった。


侑「歩夢」

歩夢「……え? な、なにかな?」

侑「ここのポケモンたちは、そんなに危なくないと思うよ」


周囲を見回すと、すでに視界には木漏れ日の中を気ままに漂っているハネッコやモンメンの姿が見て取れる。

野生のポケモンには違いないけど、彼らは本当に風に流されて飛んでいるだけで、襲ってくることなんて本当になさそうだ。


歩夢「……でも、ここは町の中じゃないから……」


私の腕を引く力が、さらに込められた気がした。


侑「……そっか」


──それから歩くこと数分。


エマ「──着いたよ〜♪」
267 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:45:50.33 ID:IGCv6YWI0

エマさんに連れてこられたのは、森の奥の方にある少し開けた場所だった。

そして、そこには周囲の木々がまるで意識的に避けているかのように──中央に苔むした大きな岩が鎮座していた。


エマ「ここね、わたしのお気に入りの場所なの♪」


エマさんがニコニコしながら振り返る。


エマ「みんなこっちにおいで♪」


エマさんは手招きしながら、苔むした岩の傍に腰を下ろす。


侑「歩夢、行こう」

歩夢「う、うん」


言われたとおり、私たちもエマさんの隣に腰を下ろす。

すると──


 「ブイ」


イーブイが私の頭から跳ねて、苔むした岩の上に飛び乗る。

そしてそのまま、


 「ブイブイ…」


気持ちよさそうに伸びをしたあと、その岩の上で丸くなってリラックスし始める。


侑「ふふ、イーブイ早速気に入ったの?」
 「ブィィ…」

エマ「ふふ♪ この岩、ひんやりしてて気持ちいいよね♪」


イーブイの様子を見て、嬉しそうに笑うエマさん。

ただ、そんな中でも、


歩夢「…………」


歩夢はまだ硬い顔をしたまま、私の腕を掴んでいる。


侑「…………」


さすがにそろそろ話をしないといけないと思った。

なんとなく、歩夢の様子がおかしい理由には見当が付いている。

私が口を開こうとした、そのとき、


エマ「歩夢ちゃん」


私よりも先に声を掛けたのは、エマさんだった。
268 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:46:54.83 ID:IGCv6YWI0

歩夢「……? ……なんですか……?」

エマ「深呼吸、してみよっか♪」

歩夢「……え?」

エマ「はい、大きく息を吸って〜」

歩夢「え? えぇ?」

エマ「歩夢ちゃん、息を吸うんだよ♪ すぅ〜…………」


エマさんがお手本だと言わんばかりに、両手を大きく上に伸ばしながら、息を深く吸う。


歩夢「…………すぅー…………」


歩夢がそれに倣うように、ゆっくりと息を吸う。


エマ「……吐いて〜……ふぅ〜……」

歩夢「……ふー…………」

エマ「……ふふ♪ もう一回。吸って〜……」

歩夢「…………すぅー…………」

エマ「……吐いて〜……」

歩夢「…………ふー…………」


歩夢はそのまま、何度か深呼吸を繰り返す。

歩夢が深呼吸をするたびに──私の腕を掴むのに込められていた力が、抜けていくのがわかった。


歩夢「………………ふー…………」

エマ「ふふ♪ 深呼吸すると、気持ちが落ち着くでしょ?」

歩夢「………………はい」

エマ「しばらくここでのんびりしよっか♪ ここはすっごく空気が綺麗だから、リラックス出来ると思うよ♪」


歩夢は少し困ったような表情で私の顔を見る。エマさんがどうして、急にこんなことを言い出したのかがわからない、と思っているのかもしれない。

ただ、私はなんとなくエマさんのしたいことがわかった気がした。だから、黙って首を縦に振る。

歩夢は私の首肯を確認すると、岩に背をもたれたまま、ゆっくりと木々を見上げる。

私も釣られるように、顔を上げると──そよそよと風に揺れる木々の間から、僅かに木漏れ日が差し込んでくる。


エマ「……そのまま、目を瞑って、風と緑の匂いを感じてみて」

歩夢「……はい」


私も歩夢と同じように目を瞑る。

そよそよと吹く風に、緑の匂いが運ばれてくる。

息をするたび、美味しい空気が肺を満たして、身体の力が抜けていく気がした。

そのまましばらく目を瞑ったまま、これが森林浴か……などと思っていると、急に肩に僅かな重みを感じた。
269 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:47:48.86 ID:IGCv6YWI0

歩夢「………………すぅ………………すぅ…………」

侑「……歩夢?」

歩夢「………………すぅ………………すぅ…………」

エマ「歩夢ちゃん、寝ちゃったね。きっと疲れてたんだね」

侑「……みたいですね」

エマ「歩夢ちゃん、理由はわからないけど……ずっと気を張ってるみたいだったから」

侑「……はい」

エマ「でも、ずーっと気を張ってたら……心が疲れちゃうよね」

侑「……そうですね」

歩夢「………………すぅ………………すぅ………………」


穏やかに寝息を立てる歩夢の顔を見て、私は何故だかすごく安堵していた。

ずっと、強張った歩夢の表情を見ていて、私も自然と気が張っていたのかもしれない。


エマ「余裕がなくなっちゃうと、いろんなものが見えなくなっちゃうから。疲れたときは、こうして自然の中でリラックスして、心を落ち着かせてあげた方がいいんだよ♪ 歩夢ちゃんも、侑ちゃんも」

侑「……はい」


歩夢だけじゃなくて……私も気付かないうちに疲れていたらしい。

エマさんはそんな私たちのために、このとっておきの場所に連れて来てくれたんだ。


侑「エマさん、ありがとうございます」

エマ「どういたしまして♪」


改めて、私は深く息を吸い込んでみる。

肺に新鮮な空気が流れ込んで来て、気持ちがいい。


侑「……ふぁぁ……」


そして、思わず欠伸が出る。


エマ「…………ふぁ……」


気付けばエマさんも欠伸をしていた。

眠いかも……。


リナ『侑さん、エマさん。何かあったら私が起こすから、眠っちゃってもいいよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「そう……?」

エマ「それじゃ、お言葉に甘えて、わたしもお昼寝しようかな……」


隣で、もうすでにうとうとしているエマさん。

私も目を瞑る。


 「ブイ…zzz」


岩の上からはイーブイの寝息が聞こえる。


歩夢「………………すぅ………………すぅ………………ゆ、ぅ……ちゃん…………」

侑「おやすみ……歩夢…………」
270 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:49:01.76 ID:IGCv6YWI0

程なくして、私の意識はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。





    🎹    🎹    🎹





 「──はい、順番。すぐにあげるから待っててね」
  「ハネ〜」「ハネ〜」「モンメ」「チュリチュリ」


何やら楽しげな声が聞こえてきて、少しずつ意識が浮上してくる。


侑「ん……」


ぼんやりと目を開けると、


歩夢「あなたは“モモンのみ”かな? そっちのチュリネは“クラボのみ”がいいかな?」
 「ハネ〜」「チュリ♪」


歩夢が周りに群がる大量のくさポケモンたちに“きのみ”をあげているところだった。


侑「……あはは、やっぱり歩夢は大人気だ」

歩夢「あ、侑ちゃん。おはよう」

侑「おはよう」


目を覚ました私に気付いて、歩夢が顔をこちらに向けると、その拍子に、


 「ハネ〜」


歩夢の頭の上でくつろいでいたハネッコがぽ〜んと跳んで行った。


歩夢「あ、ハネッコ……跳んでっちゃった」

侑「あはは、ハネッコは軽いからね」


くすくすと笑いながら、歩夢を見つめる。

穏やかな表情で、野生のポケモンたちと戯れている姿は──すっかりいつもの歩夢だった。


侑「エマさんの言ってたとおり、みんな大人しいね」

歩夢「うん。起きたら、ハネッコとモンメンに視界を埋め尽くされてた時はびっくりしちゃったけどね……あはは」

侑「やっぱり歩夢は特別ポケモンに好かれるみたいだね」

歩夢「あはは、そうなら嬉しいかな」

侑「……歩夢」

歩夢「なに?」

侑「野生のポケモン、怖くない?」

歩夢「……全然怖くないわけじゃないよ。でも、怖い子ばっかりじゃない……大人しい子だったり、優しい子だったり、甘えんぼの子だったり。野生のポケモンにもいろんな子がいるんだよね……」


歩夢が近くを漂っているハネッコに手を伸ばすと──ハネッコが歩夢の手の平の上にふよふよと着地する。


歩夢「ラクライたちだって……自分たちの縄張りを守ろうとしてただけなんだよね……」

侑「歩夢……」
271 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:50:14.17 ID:IGCv6YWI0

話をするなら、今だと思った。


侑「歩夢、ごめん」

歩夢「? 突然どうしたの?」

侑「歩夢に……すっごく怖い思いさせたんだって、やっと気付いた」

歩夢「侑ちゃん……」

侑「私、せつ菜ちゃんに褒められたり、ジム戦が順調だったから……今回もどうにかなるって、調子に乗ってたところ……あったと思う」

歩夢「そ、そんなことないよ……!」

侑「ラクライの電撃を受けたとき、私の横をラクライたちがすり抜けていって……歩夢に飛び掛かって行った瞬間、本当に肝が冷えた。愛ちゃんが助けに来てくれなかったらって思うと……あのとき、歩夢怖かったよね。ごめん」

歩夢「侑、ちゃん……」

侑「私の方がバトルに慣れてるんだから……私はなんとしてでも歩夢を守ってあげるべきだったんだ。そのせいで、歩夢に怖い思いさせて……」

歩夢「…………」


歩夢は何か言いたげだったけど、私は言葉を続ける。


侑「だから、もう歩夢に怖い思いさせないためにも、私はもっともっと強くなるよ。強くなって、歩夢を守る」

歩夢「……!」

侑「歩夢にとって、この旅が怖い思い出にならないように……! 私が全力で守るから!」


そう誓って、歩夢の手を自らの両の手でぎゅっと握りしめた。


歩夢「ゆ、侑ちゃん……///」

侑「だから、もう怖がらないで大丈夫だよ。私が傍にいるから」

歩夢「……うん///」


歩夢は顔を赤くして、小さくもごもごと口を動かす。


歩夢「──本当はそういう理由じゃないんだけど……」

侑「え?」

歩夢「うぅん! なんでもない♪ 侑ちゃんが守ってくれるなら……もう怖くないよ、えへへ♪」

侑「そっか、よかった」


歩夢が幸せそうに笑う姿を見て、私は安堵した。

これでやっといつもどおりだ。


歩夢「……えへへ///」


歩夢は頬を赤く染めたまま、私の手をぎゅっと握り返してきた。

なんだか、昔に戻ったみたいだった。

子供の頃から、お互い気持ちがすれ違ってしまったときは、こうして手を握り合って、気持ちを伝え合って仲直り。それを何度もしてきた。

旅の中慌ただしくて、タイミングを計り損ねていたけど……こうして、気持ちを落ち着けられる場所に連れてきてくれたエマさんには感謝しないと。

二人でぎゅっとお互いの手を握りしめたままでいると、


リナ『侑さん、歩夢さん』 || ╹ᇫ╹ ||

歩夢「きゃっ!?///」


急にリナちゃんが私たちの目の前に下りてきた。

それに驚いたのか、歩夢がパッと手を離す。
272 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:52:44.93 ID:IGCv6YWI0

侑「どうしたの?」

リナ『何か、いる』 || ╹ _ ╹ ||

侑「え……?」

歩夢「何かって……」


二人で顔を上げて、周囲を見回しながら、聞き耳を立てる。


エマ「……くぅ……くぅ……zzz」


可愛らしく寝息を立てるエマさんの他に──ガサガサと、茂みの奥の方から、草をかき分けるような音がしていることに気付く。


侑「……歩夢、下がって」

歩夢「ポ、ポケモンじゃないかな……?」

リナ『うぅん、あそこにいるのは、ポケモンじゃない』 || ╹ᇫ╹ ||


リナちゃんはポケモン図鑑だ。リナちゃんがポケモンじゃないと言うなら、間違いなくポケモンではない。

歩夢を背に庇うようにしながら、近くで眠っているエマさんの肩を揺する。


侑「エマさん、起きてください」

エマ「……んぅ……? ……どうしたの……?」


眠そうに目をこすりながら、身を起こすエマさん。


侑「何かが……います」

エマ「え……?」


私の言葉を聞くと、すぐにエマさんも音の源の方に視線を送る。

──ガサ……ガサ……。未だに鳴り続けている、茂みの音を聞いて、


エマ「ポケモンさん……じゃないね」


そう言いながら、腰のボールに手を伸ばしたのがわかった。

どうやらエマさんには、音を聞けばポケモンの出している物音ではないことがわかるらしい。


エマ「出てきて、パルスワン」
 「──ワンッ」


エマさんが、ボールから犬ポケモンを繰り出す。


エマ「この子は普段、牧羊犬のお仕事をしている子で、外敵が近付いてくるのに敏感なんだよ。パルスワン、茂みの向こう……Vai!」
 「ワンッ!!!」


エマさんの指示と共に、パルスワンが茂みの方に向かって走り出した──と思ったら、


 「…クゥーン」


パルスワンは茂みの手前で、足を止めてしまった。


エマ「あ、あれ……?」

侑「止まった……?」

歩夢「……パルスワン、尻尾振ってる」
273 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:53:51.74 ID:IGCv6YWI0

歩夢に言われて、パルスワンの尻尾を見てみると──確かにふりふりと振りながらお座りをしていた。


侑「……どういうこと……?」


私がその様子に首を傾げていると、


エマ「パルスワンが警戒を解いたちゃった……? ……あっ! もしかして……!」


エマさんが、何か思い当たる節があったのか、先ほどの茂みの方に向かって突然駆け出した。


侑「え、エマさん!?」

エマ「もしかして、そこにいるの……! 果林ちゃん!?」


エマさんがそう呼びかけると──


 「──……もしかして……エマ……?」


人の声が返ってきた。

そして、その声と共に茂みの奥から、ガサガサと長身のお姉さんが姿を現した。


エマ「やっぱり……!」

果林「エマぁ……助けてぇ……さっきから、ずっとコメコシティに向かっているはずなのに、同じところに辿り着いちゃうの……」

エマ「もう……なんで、“そらをとぶ”を使わずに森の中を歩いてきちゃうの……?」

果林「今日は大丈夫な気がしたのよ……」


どうやら、先ほどからの物音は、あの人が原因だったらしい。……というか、


侑「あの人って……もしかして……!」

歩夢「……う、うん」

侑「スーパーモデルの果林さん!?」


私が大きな声をあげると、


果林「……!?」


果林さんは一瞬ビクッとしたあと、こちらに視線を向けてくる。


エマ「果林ちゃん?」

果林「…………」


エマさんに泣きつくような姿勢だった果林さんは、急に背筋を伸ばし、


果林「……あ、あら、貴方たち、もしかして私のこと知っているの?」


動揺を隠しきれない様子のまま、綺麗な笑顔を作って微笑みかけてくる。


侑「え、あ、はい……」

リナ『全然、取り繕えてない』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「あ、あはは……」

果林「………………っ……///」


リナちゃんの指摘に果林さんの顔がカァーっと赤くなるのがわかった。
274 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:55:08.53 ID:IGCv6YWI0

果林「ち、ちょっと森林浴してただけよ!!///」

侑「は、はい……なんか、すみません」

果林「は、早く帰らないとね……!!」


そう言いながら、立ち去ろうとする果林さん。


エマ「か、果林ちゃん! そっちはホシゾラシティ方向だよ!」

果林「…………」


そしてすぐに立ち止まる。


侑「もしかして……」

歩夢「方向音痴……?」

果林「…………っ……///」


果林さんは耳まで赤くして、ぷるぷる震えている。

──果林さんと言えば、テレビでもよく見る有名なモデルさんだ。

もちろん、私や歩夢も何度も目にしたことのある有名人。

せつ菜ちゃんのように、旅をしていたら、テレビの向こう側にいる人と会えたりするんじゃないかとワクワクしていたんだけど……まさか、こんな形で遭遇することになるとは思ってもみなかった。

現在進行形で道に迷っているところを私たちに見られて堪えているところに、追い打ちを掛けるように──くぅ〜……と可愛らしい音が鳴る。

たぶん、果林さんのお腹が鳴る音だ。


エマ「果林ちゃん、結構迷ってたのかな? お腹空いたんだね? もう暗くなっちゃうし、早くコメコに帰ろう?」

果林「………………っ……///」


果林さんはもはや何も言い返さず、無言でエマさんの言葉に頷くだけだった。

気付けば、森の木々の隙間から見える空は夕闇が迫り始めていた。


エマ「わたしたちは、このままコメコに帰るけど……二人はどうする?」

侑「私たちも一旦帰ろうか」

歩夢「うん」


コメコシティにはまだ用事があるし、このまま帰った方がいいと思ったんだけど、


侑「……あ」

歩夢「? どうしたの?」

侑「今日の宿……まだ探してなかった」

歩夢「……あ」


昨日はポケモンセンターに泊めてもらっていたから、うっかりしていた。

今からコメコに戻って宿を探さないといけない。

もちろん、もう一泊ポケモンセンターに泊めてもらうというのも手だけど……あそこは泊めてもらえるというだけで、宿泊施設というわけではない。

昨日の私たちのような怪我人や病人が休めるように、出来るだけ自分たちで宿を見つけて、部屋を埋めない方が望ましい。


侑「リナちゃん、コメコの宿って……」

リナ『……コメコ自体旅人が泊まれる宿が少ない。もうこの時間だと部屋が埋まってる可能性が高いかも』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「だよね……」
275 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:56:10.90 ID:IGCv6YWI0

お昼に町中を歩いているときから、そんな気はしていた。

あるにはあるんだろうけど……もし、部屋が埋まっていたら……。


歩夢「……どうしよっか」

侑「うーん……」


とはいえ、出来れば野宿も避けたい。

宿が空いていることに賭けて、コメコに戻るべきかな……。

私が唸っていると、


エマ「あ、そうだ! 宿を探してるなら、この先にある森のロッジに行ったらいいんじゃないかな?」


と、エマさんが提案してくれる。


歩夢「この先にあるんですか?」

エマ「うん! 旅人さんが自由に使えるロッジだよ!」

侑「ホントですか!? リナちゃん、場所わかる?」

リナ『もうすでに検索中……。……確かにロッジ、すぐ近くにあるみたい』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「助かったぁ……じゃあ、今日はそこに泊まらせてもらおう」

エマ「あ、ただ……今は長期で使ってるトレーナーさんがいるから、その人たちと一緒に泊まることになっちゃうと思うけど……」

侑「それくらいなら、全然問題ないです! いいよね、歩夢?」

歩夢「うん、もちろん」


むしろ、トレーナーの人と一緒に泊まって、あわよくば話が出来たら、ジム戦前にいい刺激になるかもしれないし……!


侑「それじゃ、私たちはそのロッジを目指します!」

エマ「うん、わかった♪ すぐに暗くなっちゃうと思うから気を付けてね」

侑「はい! いろいろ、ありがとうございました!」

歩夢「ありがとうございました、エマさん」


歩夢ともども、エマさんに頭を下げる。


エマ「どういたしまして♪ 今度はメェークルの乳搾りもやろうね♪」

侑「はい! 是非お願いします!」

エマ「それじゃ、果林ちゃん行こっか」

果林「…………ええ」


エマさんと果林さんがコメコの方へと向かう背中を見送る。


侑「歩夢、私たちも」

歩夢「うん」

侑「イーブイ、行くよ」

 「…ブイ…?」


イーブイが眠っていたはずの、岩の上を見やると──


侑「……?」


確かにイーブイは岩の上にいたんだけど……。
276 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:57:29.72 ID:IGCv6YWI0

侑「……この岩、こんなだったっけ……?」


イーブイの周囲には豆の木を連想させるような木がにょろにょろと生えていて、さらにその周囲に何個か大きめのタネのようなものが落ちている。


歩夢「これ……もしかして、“やどりぎのタネ”……?」

侑「え?」

歩夢「家のいたハネッコの“やどりぎのタネ”に似てる……ハネッコが使ってたのより、ずっと大きいけど」

 「ブイ…?」


イーブイが首を傾げながら、ピョンと岩から飛び降りると、その拍子に──コロコロとイーブイの尻尾から、岩の上に落ちていたものと同じタネが飛び出してきた。


侑「え!?」
 「ブイ…?」

歩夢「このタネ……イーブイから、出てきた……?」

侑「でも、イーブイが“やどりぎのタネ”を覚えるなんて聞いたことないし……。野生のポケモンにこっそり植え付けられてたとか……?」

リナ『うぅん、今イーブイは“やどりぎのタネ”状態になってないよ』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「えっと……それじゃ、これは……」
 「ブイ?」


本来イーブイが覚えるはずのない、新しいくさタイプの技……。


侑「もしかして新しい、“相棒わざ”……?」

リナ『この自然の中で、イーブイがくさエネルギーに適応したみたい』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「寝てただけなのに……」

リナ『でもこの岩、すごく純度の高いくさエネルギーを検知出来る』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「なるほど……」


確かに、近くにいるだけで私も歩夢もエマさんも、すごくリラックス出来たわけだし……イーブイも同様に自然のエネルギーをたくさんもらえた、ということなのかもしれない。


リナ『データを参照するに、この“相棒わざ”の名前は“すくすくボンバー”。大きな“やどりぎのタネ”を相手にぶつけて攻撃することが出来るみたいだよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「そ、そっか……何はともあれ、新しい技だよ! イーブイ!」
 「ブイ…?」


完全に寝耳に水──というか、寝耳に種? なせいで、リアクションに困るけど、新しい技が増えたのは純粋にめでたいことだ。

肝心のイーブイも本当に寝ていたら習得していたようで、自覚らしい自覚もないみたいだけど……。


リナ『……とりあえず、そろそろロッジを目指した方がいい。本格的に、日が落ちてからだと移動が大変になる』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「……っと、そうだった」


道がしっかりしているとはいえ、ここは森の中だった。

夜になったら、足元も見えづらくなって危ないだろう。

私たちはロッジへの道を急ぐことにした。



277 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 11:58:52.99 ID:IGCv6YWI0

    🎹    🎹    🎹





リナちゃんの案内に従いながら森の中を進み、件のロッジに辿り着いたのはもうすっかり日も暮れた頃だった。


歩夢「あ、侑ちゃん! あれじゃないかな?」

侑「ホントだ! ライボルト、もう“フラッシュ”やめても大丈夫だよ。ありがとう」
 「ライボ…」


暗がりを照らしてくれていたライボルトをボールに戻し、窓から明かりの漏れるロッジに歩を進める。

確かにエマさんの言うとおり、すでに先客がいることを示す灯りだ。

私がノックをしようと、手を上げたそのときだった。


 「──いってきま〜す!!」


元気な声とともに、扉が勢いよく開かれたのだ。


侑「うわっとと……!!」


飛び退くようにして、開く扉を回避する。


 「わっ!? ご、ごめんね! 人がいるなんて思わなくって……!!」

侑「い、いえ、だいじょ、う……ぶ……?」


目の前で慌て気味に謝罪をする人の顔を見て、私は固まってしまった。


歩夢「……え……!?」


同じように歩夢も目を丸くしているであろうことがわかる、驚きの声が聞こえてくる。


 「あ、あの……大丈夫? やっぱり、怪我させちゃったかな……?」


心配そうに私の顔を覗き込んでくるけど……でも、私は固まったまま動けなかった。

何故なら──目の前にいた人は、


千歌「……ど、どうしよう……全然反応がない……。とりあえず、中に入る……?」


オトノキ地方・現チャンピオン──千歌さんその人だったからだ。





    🎹    🎹    🎹





千歌「彼方さ〜ん! 遥ちゃ〜ん! ちょっと来て〜!」

 「な〜に〜?」

 「千歌さん……? どうかしたんですか?」
278 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 12:00:15.44 ID:IGCv6YWI0

ロッジの中に呼びかける千歌さんを見ながら、私は完全に呆けてしまっていた。

なんで? なんで、こんなところに千歌さんが? 千歌さんってチャンピオンだよね? ウテナシティのポケモンリーグにいるはずだよね? なんでコメコの森にいるの??

ぐるぐると思考だけが空回りしている中、


歩夢「侑ちゃん、とりあえず、中に入ろう……?」

侑「……あ……うん」


私よりはまだ冷静だった歩夢が私の手を引く。

ロッジは木製の二階建てで、なかなかに立派な作りの建物だった。

これだと人が4〜5人いても有り余るくらいだから、泊まらせてもらうのには何一つ不便がなさそうだけど……。

ぼんやり室内を見回していると、二階に通じる階段から人が二人ほど降りてきた。


侑「……あれ?」

 「およ?」


そのうちの一人はどこかで見覚えのある人だった。


歩夢「あ……セキレイでゴルバットの居場所を教えてくれた……」

彼方「すご〜い、こんなところで会うなんて〜。彼方ちゃんびっくりだよ〜」

遥「お姉ちゃんの知り合い?」

彼方「えっとね〜、この間セキレイシティにいたときにポケモンを探してたから、目撃情報を教えてあげた子たちなんだよ〜。ポケモンたちは無事に見つけられた〜?」

侑「は、はい! お陰様でみんな見つけられました!」

彼方「それはよかったよ〜。……っと、自己紹介がまだだったね〜。わたしは彼方って言いま〜す。この超絶可愛い子はわたしの妹の遥ちゃん!」

遥「お、お姉ちゃん……。えっと、遥です。よろしくお願いします」

侑「あ、私は侑って言います!」

歩夢「歩夢です」

リナ『リナって言います』 || > ◡ < ||

彼方「お〜! 最近の若い子はハイテクなものを持ってるんだね〜」


まさかこんなところで、再会するなんて……彼方さんの言うとおりびっくりだ。

いや、それはいいんだけど……。


千歌「えっと……それで、その、大丈夫かな?」

侑「あ、えっと……は、はい……。……あの」

千歌「ん?」

侑「ち……千歌さん……ですよね……?」

千歌「あ、もしかして私のこと知ってるの?」

侑「あ、当たり前じゃないですか!? チャンピオンですよ!?」


私がもはや叫びに近いような声をあげると、


 「──あはは、千歌ちゃんは有名人だもんね〜」


部屋の奥の方から、さらにもう一人……。

今日は驚きの出会いがとにかく多くて、正直頭が追い付かなさそうなんだけど……さすがにもう誰が来ても驚かない自信がある。
279 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 12:01:17.07 ID:IGCv6YWI0

千歌「う〜ん……まあ、有名なの自体は悪い気はしないかなぁ?」

彼方「穂乃果ちゃんは有名じゃないの〜?」

穂乃果「え、うーん……私は千歌ちゃんほど表に露出しなかったからなぁ」


どうやら、この人は穂乃果さんと言うらしい。……表に露出しなかったってなんのことだろう?

一方で、


リナ『……とんでもない人がいる』 ||;◐ ◡ ◐ ||


リナちゃんが驚いていた。


歩夢「とんでもない人……?」

リナ『この人……穂乃果さんはオトノキ地方の歴代チャンピオンの一人……』 ||;◐ ◡ ◐ ||

侑「……はい?」


……歴代チャンピオン?


穂乃果「わっ! 私のことも知ってるの?」

リナ『データベースの情報だけだけど……。公式戦無敗のオトノキ地方歴代最強のチャンピオンらしい……』 ||;◐ ◡ ◐ ||

穂乃果「えへへ〜歴代最強だなんて、照れちゃうな〜」

千歌「そーなんだよー! 穂乃果さんには結局一度も勝ててないままなんだよね……」


──私は再び空いた口がふさがらない状態になっていた。

……え、何この空間?

セキレイシティで会ったお姉さん──彼方さんと偶然再会。その妹の遥さんと……オトノキ地方現チャンピオンの千歌さん。そして、歴代最強のチャンピオンの穂乃果さん……?

普段だったら感動のあまり、今まで見た試合の感想を捲し立てていそうなものなのに、あまりの展開にもはや呆けるしか出来なくなってしまっている。


遥「……そういえば、千歌さん。ウテナに行くんじゃ……」

穂乃果「歓送迎会って言ってたよね? 早く行かないと遅刻しちゃわない?」

千歌「……あ! そ、そうだった! 遅刻したら、ダブルでお説教されちゃう……!!」

彼方「ボールベルト忘れてないー?」

千歌「うん! 今日も着けっぱなし! それじゃ、行ってきます! 穂乃果さん、あとお願いします!」

穂乃果「了解〜。任せて〜!」

千歌「侑ちゃん! さっきはぶつかりそうになってごめんね!」

侑「あ、いえ……」


思い出したかのように、慌ただしくロッジを飛び出していく千歌さん。

……玄関で鉢合わせたということは、千歌さんは出掛けようとしていたんだから、そりゃそうだよね。


彼方「そういえば、侑ちゃんたちはどうしてここに来たの〜?」


言われてみれば、本題がまだだった。


侑「えっと……今日の宿を探していて、ここに来れば泊めてもらえるって聞いたので……」

彼方「あ〜なるほど〜」

歩夢「あの突然でご迷惑じゃないでしょうか……?」

遥「迷惑なんてとんでもないです! 本来、旅人が自由に使えるロッジをこうして長期で貸していただいているのは私たちの方なので……お気になさらずくつろいでください」
280 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 12:02:13.49 ID:IGCv6YWI0

どうやら、腰を落ち着けることは出来そうだ。

……いや、でも、このままじゃ別の意味で落ち着かない。


侑「あ、あのー……」

彼方「ん〜なにかな〜?」

侑「その……彼方さんたちはどういう理由でここに滞在しているんですか……?」


事細かに訊きたいことはいろいろあるんだけど……とりあえず、どういう理由でチャンピオンたちがここに集まっているのかが気になってしょうがない。

だけど、その問いに対しては、


穂乃果「残念だけど、それは機密事項で話せないんだ〜。ごめんね?」


と煙に巻かれてしまった。


侑「あ、い、いえ……! だ、大丈夫です……! す、すみません、こちらこそ急に変なこと聞いちゃって……!」

穂乃果「うぅん。確かにいろいろ気になっちゃうよね〜」


考えてみれば歴代チャンピオンが一つの場所に二人もいるなんて、それこそ普通じゃないし……。

何か人に言えない重要な理由がある……んだと思う。とりあえず、それで納得しておこう。


彼方「とりあえず、みんなお腹空いてない〜? そろそろご飯を作ろうと思うんだけど〜」

歩夢「あ、それなら私、手伝います!」

侑「私も!」
 「ブイ!!」

彼方「ありがと〜。そっちのイーブイちゃんにもおいしいご飯作るからね〜。今日はいつも以上に賑やかなご飯になりそうだね〜」

穂乃果「ふふ、そうだね♪ それじゃ、私はご飯を作ってる間に、周囲の見回りしてくるね」

遥「すいません、いつも……。よろしくお願いします」

穂乃果「任せて♪ いってきま〜す」

彼方「いってらっしゃ〜い」


見回りってなんだろう……?


彼方「は〜い、それじゃみんなで美味しい夕食を作ろうね〜」

侑「あ、はーい!」


……まあ、この状況、気になること全てを聞いていたら、時間がいくらあっても足りない気がするし……。

とりあえず、目の前のことから片付けていこうかな……。

どうにか頭を切り替えながら、彼方さんを手伝うために、ロッジのキッチンに向かうのであった。


281 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 12:02:53.89 ID:IGCv6YWI0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【コメコの森】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回●__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.25 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.20 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.26 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 2個 図鑑 見つけた数:55匹 捕まえた数:3匹

 主人公 歩夢
 手持ち ヒバニー♂ Lv.15 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.15 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:82匹 捕まえた数:10匹


 侑と 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



282 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 21:00:34.61 ID:IGCv6YWI0

 ■Intermission👠



果林「──ごちそうさま」

エマ「おそまつさまでしたー♪」


エマの作ってくれる料理は、美味しいから好き。

……ただ、少しカロリー高めなメニューが多いのは玉に瑕だけど。

また明日からカロリー調整、意識しないとね……。


 「チャム」「ヤンチャー」

エマ「あれ? ヤンチャムちゃんたち、まだ足りないかな?」

果林「こーら。貴方たち、自分の分はさっきちゃんと食べたでしょ?」
 「チャム」「チャムチャー」

果林「全く……」


我儘なんだから……。特にこの2匹は食いしん坊で困っちゃうわ……。まあ、そんなところも可愛いのだけど。


エマ「果林ちゃんのお家は可愛いヤンチャムちゃんがたくさんいて楽しいね〜♪」


朗らかに笑いながら、部屋の中を見回すエマ。

確かに、この家には5匹もヤンチャムがいるから賑やかではある。


果林「……あんまり、外でこのこと言わないでね?」

エマ「えー? 気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ……」

果林「私にもイメージってものがあるの。あのスーパーモデルの果林が普段はヤンチャムに囲まれてるなんて、イメージと全然違うじゃない」

エマ「そういう果林ちゃんも可愛くて私は良いと思うよ?」

果林「……/// そ、そういうのはエマの前だけでいいってこと!」

エマ「そっかー。えへへ〜」


全くこの子は……わかって言ってるんじゃないかしら?


エマ「さて……それじゃ、わたしはそろそろ帰るね」

果林「ええ。ご飯まで作ってくれて、助かったわ」

エマ「うぅん。果林ちゃん、なかなか帰って来ないから……いるときくらいはお世話させて♪ また来るね♪」

果林「ふふ、ありがとう。おやすみなさい」

エマ「うん、おやすみなさ〜い♪」


ひらひらと手を振りながら、エマが家を後にする。


果林「…………」


エマが出て行ったドアを数秒見つめ──十分に人の気配がなくなったことを確認して、私は家の奥にある書斎へと足を運ぶ。

そのまま、書斎の奥の棚にある一冊の本を押し込むと──ゆっくりと本棚がスライドする。

棚がスライドしたその先には、カメラのレンズ。それを覗き込むように、目を近づける。

──ピッと小さな音で網膜センサーの認証音が鳴り。今度はパスコード入力用のテンキーが現れる。

パスコードを入力し、最後に指紋センサーで自分の指紋を認証させたら──エレベーターへの入り口がやっと開かれる。


果林「相変わらず厳重すぎるほど厳重ね……」
283 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 21:02:22.99 ID:IGCv6YWI0

一人呟きながら、エレベーターに乗り込むと、私は地下へと運ばれる。

エレベーターが動きを止め、目的地の地下階へと降り立つと──


 「ベベノー」


白と黄色のボディが特徴的な小さなポケモンがふよふよと自由気ままに漂っていた。

そして、そのさらに奥には、このポケモンの主、大きなモニターの前に座った子が、金髪のポニーテールを揺らしながら、こちらに振り返る。


愛「やー、カリン。重役出勤だね〜」

果林「愛……。悪かったわ。ちょっとエマに捕まっちゃって」

愛「見てたよ〜。いやいや、仲睦まじそうで愛さん嬉しいよ。昔のカリンのこと思い出すみたいで」

果林「茶化さないで。というか、見ないで欲しいんだけど」

愛「それはダメだって。エマっちを監視しないわけにいかないっしょ? カリンにあれだけ近い存在なんだから」

果林「…………」

愛「そんな顔しないでって、アタシがそれだけ真面目に仕事してるってことじゃん」

果林「……そうね」

愛「アタシ結構頑張ってたんだからね? まさかカリンが丸一日も遅刻するなんて思わないじゃん?」

果林「だから、悪かったって言ってるでしょ……」

愛「ま、カリンのことだから、カナちゃんの様子見に行ったついでに、森で道に迷ったとかそんな感じでしょ?」

果林「……ここにいたなら発信機で概ね見当が付いてるんでしょ……」

愛「あっはは♪ ま、そうなんだけどね〜」


わざわざ、こんなことを言ってくるのは遅刻したことへの当てつけなのか、それとも……。


愛「んで、カナちゃんはどうだったの?」

果林「相変わらずよ。チャンピオン二人が脇を固めているから、近寄れないわ」

愛「だよね〜。ま、今チカッチは離れてるっぽいけど」

果林「穂乃果ちゃんがいるなら、どっちにしろ厳しいわね……」


相手は元とはいえチャンピオンだ。二人いるときよりはマシとは言え、私一人で相手取るには少々厳しいものがある。特に穂乃果ちゃんは……。


愛「ま、それはそれとして……ことりの方はどうだったの?」

果林「……あえなく撃墜されたわ。やっぱり私が指示を出せない状態で襲撃してもダメね」

愛「ひゃー……やっぱ、さすがの強さだね。んで、撃墜された後どうしたの? 回収できたん?」

果林「ええ。このとおりよ」


私は腰からボールを取り出して愛に見せる。


愛「カリンが撃墜地点まで行って回収したの? それって足付かない?」

果林「回収は姫乃にしてもらったわ」

愛「その後、姫乃っちとどっかで合流した感じ? 周りに人いない場所でやった?」

果林「いいえ。むしろ、コンテストで優勝したあと、ファンに囲まれている中で受け取ったわ」

愛「……相変わらず無茶するねぇ」

果林「ああいうのは、こそこそしている方がバレるものよ。人の多い場所でやった方がむしろ目立たないわ」

愛「木を隠すなら森の中〜人を隠すなら〜ってやつ? ま、わからなくもないけどね〜」
284 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 21:03:41.85 ID:IGCv6YWI0

私の報告を聞き終わると、愛は再びモニターに向き直って、キーボードで情報を整理し始める。

その際に、辺りに携帯食料の袋がいくつも落ちているのが目に入る。


果林「……愛、もしかしてずっとここに居たの?」

愛「誰かさんが遅刻したからね〜」

果林「それは悪かったって言っているでしょ? ……私の居場所に見当が付いていたなら、食料の調達くらい……」

愛「あっはは、ダメダメ♪ カリンはアタシの居場所は24時間どこに居てもわかるわけじゃん?」


そう言いながら、愛はこちらに振り返り、自分の首に付けられたチョーカーをわざとらしく弄って見せる。


愛「私はカリンにリードで繋がれてるんだからさ〜。ここで大人しくご主人様の帰りを待ってないとね〜」

果林「……当てつけみたいに言わないでくれる?」

愛「へいへい」


愛は肩を竦めながら、再びモニターに向き直ってしまう。


果林「……愛」

愛「んー?」

果林「……これでも私は、今でも“SUN”は貴方が相応しいと思ってるつもりよ」

愛「でも、上の人たちはそんなの許さないでしょ」

果林「……」

愛「別にいいって。“SUN”はカリンが、“MOON”は姫乃っちがって、ちゃんと役割決まってるんだからさ。アタシはサポートエンジニアでいいんだって」

果林「愛……」

愛「そんな心配する前に“STAR”の奪還の方が大事でしょ」

果林「……わかってるわよ」


私が口を閉じると、室内がカタカタという無機質なキーボードの音だけになる。

しばらく、その音だけが空間を支配していたが、


愛「……あ、そうだ」


ふと、思い出したかのように愛が口を開いた。


愛「ちょっと、面白い子見つけたんだよね〜」

果林「……面白い子?」

愛「この子なんだけどさ」


そう言って、一枚のデータ端末ボードを投げ渡してくる。

目を通す──
285 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/10(木) 21:04:22.19 ID:IGCv6YWI0

果林「……あら……この子」

愛「お? もしかして、知ってる?」

果林「……知ってるってほどじゃないけど、さっき偶然すれ違ったわ」

愛「ふーん。その子ね、たぶん天才だよ」

果林「天才?」

愛「まだ、芽が出る前だけど……とんでもない逸材だと思うよ。いやー、わざわざ張ってた甲斐があったよ」

果林「……へぇ」

愛「是非、アタシたちの計画に欲しいくらいだよ」

果林「……詳しく教えてくれるかしら?」

愛「OK.OK. この子はね〜」


モニターの明かりだけが照らす薄暗いこの部屋で──私たち、DiverDivaの情報共有は朝方まで続く……。


 「ベベノーー」


………………
…………
……
👠



286 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:04:47.17 ID:xkYIlSIn0

■Chapter014 『ホシゾラの暴れる蕾』 【SIDE Shizuku】





──フソウタウンでの夜が明けて……。私たちは今、


しずく「んー……潮風が気持ちいいね、メッソン」
 「メソ…」


ホシゾラシティに向かう船に乗っているところだ。

フソウからは無事にホシゾラ行きの便に乗れたため、私は快適な船の旅を楽しんでいる。

でも一方で、かすみさんは、


かすみ「…………」
 「…………」


甲板の隅にしゃがみ込んで、転がっている真っ白なサニーゴを見つめながら、黙り込んでいた。


しずく「もう……かすみさん、いつまでそうしてるつもり?」

かすみ「じっと念を送り続ければ、普通のサニーゴにならないかなって……」

 「なるわけないロトー」

かすみ「夢くらい見させてよ!」
 「…………」

しずく「あはは……」


まあ、騙されちゃったわけだし、ダメージを受けるのも仕方ないのかな……。

とはいえ、ずっと落胆しているのは気の毒だし、何よりサニーゴも可哀想だ。


しずく「かすみさん、ショックなのはわかるけど……でも、もうかすみさんはそのサニーゴの“おや”なんだから。いつまでもそんな顔してたら、サニーゴが可哀想だよ?」

かすみ「……わかってるよぅ」
 「…………」

しずく「ほら、この子もよく見れば愛嬌がある顔してるような気もするし」

かすみ「……そうかな」
 「…………」


かすみさんと二人でサニーゴの顔を覗き込む。

その瞳は、深淵を彷彿とさせるような闇が、奥に広がっている気がした。

ずっと、見ていたら魂を吸い込まれそうな……。


しずく「……っは」

 「あんまりジーっと覗き込んでると呪われそうロト」


危うく意識が遠のきかけた。やはり、ゴーストタイプは伊達じゃないということだろうか。
287 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:05:47.79 ID:xkYIlSIn0

かすみ「……決めた」

しずく「?」

かすみ「確かに本当に欲しかったのは普通のサニーゴだったけど……この子も、かすみんのところに来てくれた大切なポケモンだもん」

しずく「! そうそう、そうだよ! かすみさん!」

かすみ「だから、この子の魅力を磨きに磨いて、普通のサニーゴ以上にとびっっっっきり可愛くしてみせるんだから!」

 「それは難しそうロトー」

しずく「ロトムは静かにしていてください」

 「酷いロト」


せっかく、かすみさんがやる気を取り戻したところに、水を差さないで欲しい。


かすみ「自分のポケモンを魅力的に成長させるのも、ポケモンマスターになるには必要なことだもんね! これから、とびっきり可愛いサニーゴに育ててあげるからね!」
 「…………」


当のサニーゴはかすみさんの言葉に、少しだけ身動ぎしたものの、相変わらず反応は乏しい物だった。

……いや、反応があっただけいいことなのかな?


かすみ「そして、ポケモンマスターへの第一歩のためにも! ホシゾラシティでジムを攻略しちゃいますよ!!」
 「…………」

しずく「うん! その意気だよ! かすみさん!」


やっといつもの調子に戻ってきたかすみさんの姿に安心しながら、船は間もなくホシゾラシティに到着しようとしていた。





    💧    💧    💧





──ホシゾラシティに到着して、私たちは真っ先にホシゾラジムに来ました。


かすみ「…………」


だけど、かすみさんの視線はジムのドアに貼られた一枚の張り紙に注がれる。

『ジムリーダー不在のため、ジム戦の受付を停止しています』


しずく「……あ、あの、かすみさん……」

かすみ「……かすみん、ポケモンジムから嫌われてるのかな……」

しずく「そ、そんなことないよ! 偶然! 偶然だよ!」

かすみ「じゃあ、偶然から嫌われてるんだ……」

しずく「う……え、えっと……。そうだ! このまま、ウチウラシティまで行こう! ウチウラシティにもジムはあるし、ここからそこまで遠くないから、きっとそこでならジム戦も出来るよ!」

かすみ「うぅ……ホント……?」

しずく「う、うん!」
288 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:07:03.11 ID:xkYIlSIn0

さすがにウチウラジムまでジムリーダー不在なんてことはないと思う。……思いたい。

結局セキレイでもタイミングが合わずにジム戦を逃しているわけだし、さすがにこのままだと、かすみさんが不憫だ。

ホシゾラシティに着いたばかりだけど、とりあえず、ウチウラシティを目指す方向に舵を切ろうとすると、


 「ウチウラシティ方面は良くないロト」


何故かロトムが割って入ってきた。


しずく「……? 良くないって、何がですか?」

 「フウスイ的な何かが良くない気がするロト」

しずく「……なんですか、それ」

かすみ「ウチウラシティもダメなんだ……」


ロトムの話を真に受けてしまったのか、かすみさんはふらふらとした足取りで歩き出す。


しずく「か、かすみさん!? そっちはウチウラシティ方面じゃ……!」

かすみ「かすみん、ポケモンセンターでちょっとお休みさせてもらいます……運気を回復しないと……」

 「お大事にロトー」

しずく「ちょっとロトム! かすみさんが、また落ち込んでしまったではないですか!?」

 「仕方ないロト。あっちは不吉ロト」


……詰まるところ、ロトムは南のウチウラシティ方面には行きたくないらしい。

つまり……。


しずく「……ロトムにとって都合の悪いものが南方面にある……?」

 「ギクッ」

しずく「……次の目的地は決まりましたね」

 「しずくちゃん、そっちは危険ロト」

しずく「そうですか」

 「しずくちゃん」


とりあえず、ロトムを無視しながら、かすみさんの後を追う。

どうにか説得して、ウチウラシティ方面に向かうとしよう。

それにしても、ロトムのこんなわかり切った嘘にまで引っかかってしまうなんて、かすみさんは相当ダメージを受けているようだ。

……まあ、確かに落ち込むことが続いていたし、仕方ないか。

どうやって、説得するかを考えながら歩いていると──


かすみ「ぎゃわーーーーーー!!!!!」

しずく「!?」


前方のかすみさんから、悲鳴があがった。


しずく「かすみさん!? どうしたの!?」

かすみ「な、なんか、花粉みたいなの……くしゅんっ!!」

しずく「花粉……!?」
289 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:07:54.20 ID:xkYIlSIn0

駆け寄って、かすみさんの足元を見ると、


 「…ボミー」


小さな蕾のようなポケモンが、頭部から花粉をぼふぼふとばらまいているところだった。

このポケモンは確か……。


しずく「スボミー……?」

 『スボミー つぼみポケモン 高さ:0.2m 重さ:1.2kg
 周りの 温度変化に 敏感。 暖かい 日差しを 浴びると
 つぼみが 開き 激しい くしゃみと 鼻水を 引き起こす
 花粉を ばら撒く。 きれいな 水の 近くが 住処。』


ロトムがスボミーの図鑑を開いて解説をしてくれる。

その最中もかすみさんは、


かすみ「くしゅんっ……!! くしゅん!!」


何度もくしゃみを繰り返している。


しずく「た、大変!」


スボミーの花粉を吸い込んでしまったのは見ればわかる。

スボミーは何故だか目の端を釣り上げて、激しく花粉をばらまきまくっている。

とりあえず、大人しくさせなきゃ……!!


しずく「メッソン!! “みずのはどう”!!」
 「…メッソ」


肩の上で透明になっていたメッソンがスゥッと姿を現して、みずエネルギーの波動をスボミーにぶつける。

スボミーは臆病なポケモンだ。攻撃して驚かせれば逃げていくはず──と、思ったら。


 「スボーーー!!!!」

しずく「!?」


逃げるどころか、“みずのはどう”を突っ切るようにして、こっちに走り出してきた。

そして、そのまま私の目の前でジャンプして──ボフッ!!! と音を立てながら、花粉を炸裂させた。


しずく「っ……! くしゅんっ!! くしゅんっ!!」


途端にくしゃみが止まらなくなる。それと同時に、花粉が目に染みて、涙が止まらなくなる。


 「スボーー…」

かすみ「くしゅんっ!! はっくしゅっ!」

しずく「くしゅん……っ! ……っ……!」


二人してくしゃみが止まらない。


しずく「か、花粉を……っ……どうにか……くしゅんっ!」

 「仕方ないロトね」


ロトムの声が聞こえたと思ったら、急に周囲に強い風が吹き始める。
290 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:09:17.38 ID:xkYIlSIn0

 「スボッ!?」

 「“きりばらい”で花粉は吹き飛ばしたロト」

かすみ「はぁ……はぁ……やっと、収まった……」

しずく「はぁ……はぁ……ロトム……あ、ありがとうございます……」

 「スボ…!!」


花粉を吹き飛ばされて形勢が悪くなったと思ったのか、スボミーは短い足をせかせか動かしながら、どこかへ走り去っていってしまった。


かすみ「……た、助かったぁ……」

しずく「……い、今のは……一体……」


どうして、急にスボミーに襲われたのか見当もつかないが……。とりあえず、くしゃみのし過ぎで頭が痛い。

涙もまだ止まらないし……。

私たちが蹲っていると、


女の子「あ、あなたたち大丈夫!? もしかして、スボミーに襲われたの!?」


通行人らしき、女の子が駆け寄ってくる。


しずく「は、はい……ちょっと、花粉を浴びせられてしまって……」

女の子「大変……! ポケモンセンターに連れていくから、肩貸すよ……!」

しずく「す、すみません……お願いします……」

女の子「そっちの子も……!」

かすみ「は、はいぃ……」


私たちは二人揃って、通りすがりの女の子に連れられ、ポケモンセンターへ……。





    💧    💧    💧






しずく「──最近暴れまわっているスボミー……ですか……」

女の子「うん……。数週間くらい前から、よく町に現れるようになったんだ……」


ポケモンセンターで治療を受けながら聞いた話によると──あのスボミーは最近ホシゾラシティで頻繁に現れて、暴れまわっているポケモンらしい。


かすみ「スボミーって思った以上に恐ろしいポケモンだったんですね……スボミーのイメージ変わっちゃいました……くしゅんっ」

しずく「かすみさんは、まだ花粉が抜けてなさそうだね……」


私は顔を洗って、うがいをしたら、症状が落ち着いたけど……かすみさんは私よりもたくさん花粉を吸い込んでしまったらしく、未だにくしゃみや鼻水が止まらないようだ。


 「小さくても、どくタイプなだけはあるロト」

女の子「ただ、スボミーはベイビーポケモンだから……半日も大人しくしてれば症状も落ち着くと思うよ。この町で襲われた人も、そんな感じだから」

かすみ「……うぅ、かすみんしばらく大人しくしてますぅ……ずび……」


しばらくはここで休憩になりそうだ。
291 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:10:41.34 ID:xkYIlSIn0

しずく「……それにしても、あのスボミーどうしてあんなに怒ってたんだろう」

かすみ「たまたま狂暴な子なんじゃないの……? ……くしゅっ!」

しずく「まあ、そうなのかもしれないけど……」


そういう性格だと言われればそれまでだけど……スボミーというポケモンは本来大人しく、戦いを好まない。

もちろん外敵から襲われれば、毒の花粉で応戦はするだろうけど、基本的には群れを作って暖かい日差しを求めながら、のんびりと生活する生態のはずだ。

私は今まで結構な数の野生のスボミーを見たことがあるつもりだけど……あんなに好戦的──しかも、自分から人に襲い掛かってくるようなスボミーを見たのは初めてだ。


かすみ「そういえば、よく現れるって言ってましたけど、普段はどうしてるんですか……? やっぱり、追っ払ってる?」

女の子「うん……。ただ、普段はジムリーダーの凛さんが対応してたんだけど……今は不在で」

しずく「ジムリーダーが直々にですか……?」


いくら狂暴な野生ポケモンとはいえ、相手はスボミーだ。

地方でもトップクラスの実力者が、直々に対応するほどのことなんだろうか?

……いや、それ以前に、


かすみ「えー? この町のジムリーダーはスボミー1匹やっつけるのに何週間も掛かっちゃってるんですかぁ……?」


かすみさんも、私と同様の疑問を抱いたようだった。

そう、ジムリーダークラスの人間がスボミー1匹を無力化出来ないとは考えづらい話なのだ。


女の子「えっとね……凛さんはあくまで穏便に済ませたいみたいで……」

しずく「穏便に……とは?」

女の子「凛さんは自然保護派だから、出来れば野生のポケモンは自然に還してあげたいって考えみたいなの……」


確かにホシゾラシティのジムリーダーであるところの凛さんは、自然を愛するジムリーダーというのは有名な話だ。

この町の北に位置する流星山の頂上にあるホシゾラ天文台の所長を務める傍ら、普段は流星山やホシゾラシティ近郊の自然保護活動にも従事していると聞いたことがある。


女の子「この町は昔から自然に囲まれているし、町の人たちもそんなこの町で育ったから、凛さんの考えに賛同する人は多いんだけど……中には、早く捕獲するなり、討伐するなりしようとする人も居て……」

かすみ「討伐って……随分物騒な物言いですね」

しずく「うーん……」


まあ、どちらの意見もわかる話ではある。

野生のポケモンとはいえ、むやみやたらと傷つけるものではないというのは概ね同意出来る。

だけど、実害が出ているとなると、わかりやすく排除してしまった方がいいと考える人がいるのも道理だ。

ただ、少し疑問がある。


しずく「あの……ジムリーダーは具体的にどういった対応をされていたんですか?」

女の子「えっと、毎回コメコの森に逃がしてあげてるみたいだよ」

しずく「……? ということは、あのスボミーは森に逃がしたのに、またわざわざこの町に戻ってきているということですか……?」


私は思わず眉を顰めてしまう。普通、野生のポケモンは町の中には現れない。

何故なら、野生のポケモンからしたら、人間の存在は十分に脅威足りうるからだ。

だから、一部の例外を除けば、野生のポケモンは森、海、山や洞窟と言った人の居住していない場所に生息している。

凛さんもそれがわかっているから、コメコの森──本来のスボミーの生息地に還してあげているんだろうけど……スボミーは何故か、町にまた戻ってきてしまう。

どうにも腑に落ちない。眉根を顰めたまま、何か理由があるのか考えていると──


 「──そっちに行ったぞー!!」
292 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:11:45.65 ID:xkYIlSIn0

ポケモンセンターの外から、大きな声が聞こえてきた。


かすみ「? なんですか?」


窓から外を伺ってみると──


  「スボーーー!!!!」

 「そっちだ!! 捕まえろ!!」


大人が数人、大きな声をあげて、網を振り回しながら、先ほどのスボミーを追い回しているところだった。


かすみ「あ、あれって、今言ってた過激派の人たちじゃないですかぁ!?」

女の子「た、大変……! 凛さんがいないからって、あの人たち……!」

しずく「……確かにあのままでは、危ないですね」


スボミーが、ではない。

あの人たちが、だ。

小さな子とはいえ、相手はポケモンに変わりない。

ポケモンの持っているパワーは人のソレとは比べ物にならないし、少なくとも虫取り網で捕まえられるような相手ではない。


しずく「あの人たち、ポケモントレーナーではないんですか?」

女の子「う、うん……この町にはポケモントレーナーはあんまりいないというか……ポケモントレーナーは旅に出ちゃうから……」


なるほど。だから、凛さんくらいしか事の対応に当たれる人がいなかったのか。

言われてみれば、この町は石材の切り出しや、加工が主な産業だったはず。

セキレイやローズ、ダリアとは違ってポケモンバトル施設などもジム以外にはないし、トレーナーの数が少ないのもおかしな話ではない。

……もしかして、凛さんが苦戦していたのは、無謀な住人たちを抑えるのにも労力を割いていたからなんじゃないかとも思わなくはない。


しずく「とにもかくにも……放っておくわけにも行きませんね」


私は立ち上がって、彼らの説得ないし沈静に向かうことにする。


かすみ「あっ、かすみんも! くしゅんっ!!」

しずく「かすみさんはまだそこで休んでて。私がどうにかしてくるから」

かすみ「でも……しず子一人で大丈夫なの……?」

しずく「私もポケモントレーナーなんだから。任せて」

かすみ「……む、無茶しないでよ……?」

しずく「うん、わかってる」

女の子「気を付けてね……」

しずく「はい。行って参ります!」



293 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:12:50.47 ID:xkYIlSIn0

    💧    💧    💧





しずく「皆さん!! 下がってください!! 危険ですから!!」


虫取り網片手にスボミーを追いかけまわす大人たちの集団に向かって、声を張りあげながら追いかける。


町人「なんだい、お嬢ちゃん……? 今忙しいんだ、後にしてくれないか」


集団の一番後ろに居た男性が立ち止まって、嫌そうな顔を私に向けてくる。


しずく「はぁ……はぁ……危ないので、スボミーを追いかけまわすのはやめていただけませんか……?」

町人「危ないから、こうして捕まえようとしているんじゃないか」

しずく「だから、それが危ないんです……相手はポケモンなんですから、虫取り網なんかじゃ捕まえられませんよ……」

町人「そんなことはみんなわかっているよ」

しずく「ならなんで……」

町人「ジムリーダーのいない今、私たちが捕まえるしかないだろう。それとも、暴れ回るスボミーを黙って見ていろとでも言うのかい?」

しずく「そ、それは……」

町人「次は自分の家族が襲われるかもしれない。そうなる前にどうにかしなくちゃいけないんだ。もう私は行くよ。邪魔はしないでくれ」


そう言い残して、男性は再びスボミーを追いかけて走り去ってしまう。


 「勇敢と無謀を履き違えているロトね」

しずく「……」


ロトムが毒づく。……確かに無謀だ。恐らく放っておけば怪我人が出る。

だけど、男性の言うことも尤もだった。放っておいても、スボミーがここに現れる続けるなら、さっきの私やかすみさんのように被害者はきっと増え続ける。

そうなれば、無茶でも無謀でも立ち向かおうとする人間が出てくるのは頷ける。

……なら、私はどうする?


 「しずくちゃん。これはこの町の問題ロト」

しずく「……そうですね」


ロトムが遠回しに、首を突っ込むなと言ってくる。

理由は恐らく──今、私がどうにかする術を持ってしまっているからだ。

私は、無言のまま手持ちのポケモンたちをボールの外へと出す。


 「マネ!!」「ピィィ」「メソ…」

しずく「みんな、力を貸して」
 「マネネ!!」「ピィィィ!!」「メッソ…」

 「しずくちゃんが、あの人たちの代わりにスボミーを倒すつもりロト?」


そう、私はポケモンと戦う術を持っている。だから、スボミーと戦って無力化することは出来るはずだ、でも……私がしたいのはそういうことじゃない。


しずく「私は……あのスボミーがどうして人を襲っているのかをちゃんと知る必要があると思うんです」

 「どうしてロト?」

しずく「私の家は、サニータウンにあったので……毎日学校に通うために、セキレイシティに行く通り道の太陽の花畑で、何度も野生のスボミーを見てきました──」
294 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:13:39.87 ID:xkYIlSIn0

それこそ、今までに数え切れないほどのスボミーを見たと思う。

彼らは私の足音を聞くだけで、花や草木にすぐに隠れてしまうくらい臆病だった。

基本的に群れを成して、身を寄せ合い、暖かい場所で温厚に暮らしている。

そんなスボミーたちと掛け離れた行動をしている目の前のスボミー……どうしても、理由がある気がしてならない。

恐らく、凛さんも同じように考えていたからこそ、穏便に、慎重に事を進めていたのではないだろうか。


 「……しずくちゃんはお人好しロトね」


私が自分の考えを話すと、ロトムはまるで溜め息でも吐くかのように言う。


しずく「だって、本当の自分を知ってもらえないまま……理解してもらえないまま、一人ぼっちになるなんて、寂しいじゃないですか……」

 「ロト?」


──『しずくちゃんの言ってること、難しくてよくわかんない』


しずく「…………」


不意に思い出した、幼い頃の記憶を頭を振って掻き消しながら、


しずく「みんな、行こう!」
 「メソ」「マッネ!」「ピピィィ〜」


私は再び駆け出す。





    💧    💧    💧





──私が全力で走って追いついたころには、事態は悪い方向に進んでいた。


町人「よし!! 捕まえたぞ!!」

しずく「……!?」


何かを囲むようにして、集まる大人たちの中心からそんな声が聞こえてきた。

大人たちの集団の中、僅かな隙間の先に見えたのは──虫取り網を上から覆いかぶせられたスボミーの姿。


しずく「いけない……!!」


そんな刺激の仕方をしたら……!!


 「スボォォーーーー!!!!」

町人「う、うわぁ!!?」


スボミーがボフンッ!! と大きな音を立てながら、周囲にとんでもない量の花粉を噴き出した。

視界を覆い尽くさんばかりの量の花粉。これはまずいと咄嗟に口と鼻を腕で覆うようにして、吸い込まないようにする。


 「“しびれごな”ロト!!」


上から響くロトムの声。そして、前方から、
295 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:14:45.87 ID:xkYIlSIn0

 「か、身体が痺れ……」

 「う、動けな……」


“しびれごな”をモロに吸い込んでしまったであろう、町人たちの声。


しずく「……っ……ココガラ、“きりばらい”!」
 「ピィィィ!!!」


とにかく、花粉が充満したままでは危険だと判断し、ココガラの風で吹きとばす。

視界が晴れると共に、開けた視界の先には──大の大人が数人地面に横たわっている姿と、


 「スボーーーー!!!!」


網の中で怒りを露わにしている、スボミーの姿。


 「言わんこっちゃないロト」

しずく「動ける人は負傷者を連れて、今すぐここから退避してください!!」

町人「なんだ、君は……!!」

町人2「せっかく、ここまで追い詰めたのに、あきらめろって言うのか!?」

しずく「だから、このまま、ここに居ちゃ危ないんです!!」

町人3「危ないのは百も承知だ!!」

町人4「よそ者は黙っててくれ!!」

しずく「……っ……」


もうすでに負傷者が出ているというのに、まるで聞く耳を持ってくれない。

私の言葉じゃ、感情的になったこの人たちを抑えきれない……そう思ったそのとき──ピシャーーーーンッ!! と轟音を立てながら、一筋の稲妻が迸った。


しずく「……!?」

町人「な、なん……!?」


あまりに突然のことに、驚き唖然とする町人たち。

今のって……。


 「全く追い詰められてないし、邪魔だから怪我人連れて下がれって言ってるロト」

しずく「ロトム……」


ロトムの“かみなり”だった。

音と光に驚いた大人たちが、静寂に包まれた今なら……!


しずく「私はポケモンを持っています!! トレーナーです!! この問題、私が今日この場で解決するとお約束します!! ですから、皆さんは負傷者を連れて、今すぐ退避してください!!」


そう声を張りあげると、


町人「……て、撤退しよう……! 動けるやつは負傷者に肩を貸してくれ……!」


雷鳴に驚いた拍子に少し冷静になったのか、大人たちは負傷者を連れて退避を始めた。


 「…これだから人間は…ロト」

しずく「ロトム……ありがとうございます」

 「ボクは話を聞かないやつが嫌いなだけロト」
296 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:15:44.70 ID:xkYIlSIn0

ロトムは不機嫌そうに言う。今まで協力的な姿勢を見せていなかったので、こうして手を貸してくれたのは意外ではあったものの……彼にも何か思うところがあったのかもしれない。

周囲から大人たちが逃げ出す中、網を覆いかぶせられたスボミーは──


 「スボッ!!!」


──ヒュンッと風を切る音を立てながら、“はっぱカッター”で網を切り裂いているところだった。


 「まったくあんなちんけな網でよく捕まえられると思ったロトね」

しずく「やはり、虫取り網で捕まえるのは難しかったみたいですね……」

 「それにしても、解決を約束するって確信でもあるロト?」

しずく「ああ言うのが、最も効果的だと思っただけです」

 「しずくちゃん、女優ロトね」

しずく「まだ女優志望ですけどね」


さて、これ以上無駄口を叩いている暇はない。


 「スボーーーッ!!!!」


お怒りのスボミーを中心に草の嵐が渦を巻きながら、こちらに飛んでくる。


しずく「“リーフストーム”……! マネネ!!」
 「マネッ!!!」

しずく「“ひかりのかべ”!!」
 「マネーッ!!!」


前に飛び出したマネネが壁を張って“リーフストーム”を防御する。

吹き荒ぶ草の嵐が、“ひかりのかべ”にぶち当たり、大きな音を立てる。


しずく「く……! さすがに大技だけあって、威力がありますね……!」
 「マ、ネネェ…!!」

 「スボーーー!!!!」


スボミーの“リーフストーム”がなかなか止まない。

恐らく、攻撃を放ち続けているということだ。


 「マ、ネネェッ!!!」
しずく「マネネ! 頑張って……!」


“リーフストーム”は大技だ。なら──そろそろ仕掛けた技の効力が活きてくるはず。


 「ス…ボッ!?」


急に、“リーフストーム”が勢いを失って不発し、スボミーが困惑した表情になる。


 「…“うらみ”ロトね」

しずく「はい。ココガラの“うらみ”でパワーポイントを削らせてもらいました」
 「ピピィ〜!!」


“うらみ”は直前に相手が使った技のPPを削る技だ。

ただでさえ大技でPPの少ない“リーフストーム”は、PPを削られたらすぐに使えなくなってしまって当然ということ。


 「スゥボォォォ!!!!」
297 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:16:44.43 ID:xkYIlSIn0

怒り心頭な様子で、頭の蕾を開こうとするスボミー。

でも、そんなスボミーの背後で、


 「──メソ」


突然──スゥッとメッソンが姿を現す。


 「スボッ!!?」

しずく「“しめつける”!!」

 「メッソッ!!」


メッソンが自分の尻尾を、スボミーの頭の上にある蕾に巻き付かせた。


 「ス、スボーー」

しずく「これでもう、蕾は開けませんよ」


蕾が開けなくなれば、もう花粉をばらまくこともできなくなる。


 「スボーーー!!! スボーーーー!!!!」

しずく「ありがとう、メッソン。そのままでお願い」

 「メソッ」


私はメッソンに蕾を締め付けさせたまま、スボミーに近付いていく。


しずく「手荒な真似してごめんね、スボミー」

 「スボーーッ!!!! スボーーーッ!!!!」

しずく「…………どうして、貴方はそんなに怒っているの?」

 「スボォーーー!!!」

しずく「貴方が何を思って、こんなことをしているのか……私はそれが知りたいんです」

 「スボォーーー!!!!」

しずく「何か理由があって、怒っているんですよね?」

 「スボォーーー!!!!!」


怒り心頭のスボミーの前に膝をついて、スボミーの頭を撫でる。


 「スボ……ッ!!!」


触れると、スボミーは一瞬ビクリとし、私を睨みつける様に、見上げてくる。


しずく「……理由を訊くのに、締め付けられたままじゃ嫌だよね。メッソン、もういいよ」
 「…メッソ」

 「し、しずくちゃん、拘束を解くのは危ないロト…」

しずく「大丈夫」


メッソンが尻尾の締め付けを緩めて解放すると──


 「スボッ!!!」


スボミーが頭の先の蕾をパカッと開いて、私に突き付けた。
298 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:17:17.48 ID:xkYIlSIn0

しずく「…………」

 「スボッ…」

しずく「いいよ、それで貴方の怒りが収まるなら」

 「スボ…」

しずく「怒りって、簡単には落ち着かないもんね。大丈夫、貴方の怒りも受け止めてあげるから。落ち着いたら、貴方の気持ちを私に教えてくれないかな?」


スボミーはしばらく、開いた蕾の先を私に向けたまま、固まっていたけど、


 「ス、スボ…」


結局花粉と飛ばすことなく──パタンと自分の蕾を閉じたのだった。


しずく「やっぱり、話せばわかってくれると思ってました」

 「無茶するロトね」


ふわりとロトムが私とスボミーのすぐ傍まで下りてくる。


 「それで、なんでこんなことしたロト?」

 「…スボ、スボボ…スボ、スボ」

 「…ふむふむ、ふむ、ロト」

しずく「……あ、そっか。ロトムはポケモンだから、言葉がわかるんですね……」


普段うるさいくらいに人の言葉を喋るから忘れかけていたけど……通訳が可能だということに気付く。

しばらく、ふむふむと話を聞いていたロトムだったけど、


 「なるほどロトね……」

しずく「なんて言っているんですか?」

 「…このスボミーは他のスボミーに比べて生まれつき体が大きかったらしいロト」

しずく「うん」


言われてみれば、少し大きめのサイズかもしれないかな……?
299 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:18:09.80 ID:xkYIlSIn0

 「加えて…元から少し気性が荒い性格みたいロト」

しずく「まあ、それは……そうかもしれませんね」

 「群れに襲い掛かってくる敵もこのスボミーが倒していたらしいロト」

しずく「みんなのリーダーみたいな存在だったということですね」

 「その結果…群れから追い出されたらしいロト。どうりで、何度森に還しても、また戻ってくるわけロト」

しずく「……え?」

 「群れを追い出されて町まで来たら…野生のポケモンが入り込んだと大騒ぎになって、咄嗟に花粉をばら撒いて反撃したら引っ込みが付かなくなって──」

しずく「ま、待ってください!」

 「ロト?」

しずく「どうして、群れを追い出されたんですか!? 話が繋がっていないじゃないですか!」

 「しずくちゃん、スボミーはどんなポケモンか、自分で言ってたじゃないロトか」

しずく「え……?」

 「スボミーは小さな物音でも隠れてしまうくらい臆病で、身を寄せ合って温厚に暮らしているロト」

しずく「……はい」

 「基本的にスボミーは戦いを好まないロト。せいぜい花粉をばら撒いて逃げるくらいロト」

しずく「…………」


少しだけど……意味がわかってきた。


しずく「じゃあ、スボミーたちは……積極的に戦って自分たちを守ってくれるこのスボミーが……怖くなってしまったということですか……?」

 「簡単に言うと、そういうことロト」

しずく「そんな……」


スボミーは仲間を守っていただけなのに……?


しずく「そんな……そんなの酷すぎます……」

 「ポケモンにはポケモンごとの生存戦略があるロト」

しずく「え……?」

 「スボミーの生存戦略は逃げることロト。でも、こいつは戦いを選んだ。異分子だったロト」

しずく「…………」

 「普通のポケモンの群れは、自分たちと違う考えや行動をするやつは怖いと考えるロト。人間と同じロト」

しずく「……!」


──『しずくちゃんの見てる映画、むずかしくてよくわかんない』

──『しずくちゃんっていっつも字がたくさんの本ばっかりよんでるねー?』

──『しずくちゃんへんなのー』


しずく「…………」

 「群れで生きるなら、合わせる必要はあるロト」

 「スボ…」

しずく「……違います」

 「ロト?」

しずく「スボミーは自分らしくあるために、自分であるために、自分の考えを貫いて、仲間を守った。それだけです」

 「スボ…?」
300 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:19:10.88 ID:xkYIlSIn0

それが例え周りと違っても。


しずく「周りのスボミーには、貴方の勇敢さは恐ろしいモノに映ったのかもしれません。でも、私はそうは思いません」

 「スボ…」

しずく「周りの仲間が怖がっていると気付いていても……守らなきゃいけないと思って、前に立ち続けた。違いますか?」

 「…スボ」


スボミーが小さく頷く。


しずく「貴方はみんなの為に、自分の為に、嫌われてでも、自分を貫いた。それは、誇らしいことですよ」

 「スボ…」

しずく「少なくとも……私には出来なかった……」

 「スボ…?」


──私は小さい頃から、親の趣味で古い映画や小説に囲まれて育った。

そのせいか、幼い頃は周りの友人たちと好きなものや価値観が噛み合わずに……孤立しかけた。

だから、私は自分を隠そうとした。自分の好きなモノを口にせず、みんなが好きなモノが好きな振りをするようになった。

……自分を出すのが……怖くなった。

自分であり続けることが……出来なくなった。


しずく「……ねぇ、スボミー」
 「スボ…?」


でも、そんな私を変えてくれた人が居た。

──『かすみんは自分の好きを貫くって決めてるんだもん!』

──『だから、しず子も自分の好きを貫けばいいんだよ!』

私は、自信満々にそんなことを言うあの子に──かすみさんに憧れた。

そんな彼女に近付けるように。私も心の底から、自分の好きを貫けるようになるために。


しずく「私は……ありのままの貴方を受け止めるから、一緒に旅をしませんか?」
 「ス…ボ…」


ずっと吊り上がっていたスボミーの目尻が下がり──じわっと目の端に涙が浮かんだ。


 「スボ…スボボ、スボ…」

 「…でも、自分は怒りっぽいから、迷惑を掛けるって言ってるロト」

しずく「迷惑なんかじゃないよ」


私はスボミーを抱きしめる。
301 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:20:23.76 ID:xkYIlSIn0

しずく「あのね、怒るのって実はすっごく難しいことなんだよ?」
 「スボ…?」

しずく「私ね、怒りの演技って苦手なんだ。喜怒哀楽の中で……一番苦手かもしれない。でも、きっと怒りって人にとっても、ポケモンにとっても、大事な感情の一つだと思うんだ」
 「スボ…」

しずく「それを自然に出せるのは、スボミーの個性だよ」
 「スボォ…」

しずく「ふふ、大丈夫。私の手持ちは陽気な子だったり」
 「ピィィー♪」

しずく「真似してばっかりの子だったり」
 「マネネ♪」

しずく「泣き虫な子だったり」
 「メソ…」

しずく「みんな個性的な子ばっかりだから。1匹くらい、怒りんぼな子が居ても大丈夫だよ♪ むしろ、私の演技の幅を広げるためにも、私の傍で怒って見せて?」


そう伝えたら、


 「…ス、スボォ…スボォォォ…」


スボミーは大粒の涙を流しながら、泣き始めてしまった。


しずく「……って、これじゃ泣き虫が増えちゃったみたいですね。ふふ♪」
 「スボォォ……スボォォォォォ……」

しずく「スボミー、一緒に行こう」
 「スボォ……」


泣きながらも、スボミーは私の言葉に頷いてくれた。


 「…そういえば、マリーも昔はボクのこと…」

しずく「え?」

 「…い、いや、なんでもないロト」

しずく「……そうですか?」


こうして、ホシゾラシティで暴れまわるスボミーを仲間に加えるということで事態は一件落着。

私は泣きじゃくるスボミーを抱きかかえたまま、かすみさんたちのいるポケモンセンターへと戻るために、歩き出したのだった。





    💧    💧    💧





かすみ「それじゃ、スボミーはしず子がゲットしたんだね」


──ポケモンセンターに戻ると、かすみさんはすっかり元気になっていた。

そして、説明をした。

このスボミーはもともと気性が荒くて群れから追い出されてしまったこと。

町にも森にも居場所がなかったスボミーを、連れていくと決めたこと。
302 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:21:38.64 ID:xkYIlSIn0

しずく「もう森には帰れないかもしれないけど……これからは私の傍に居ればいい」

かすみ「良かったね、スボミー。しず子なら優しいから安心していいよ。かすみんが保証してあげる」

 「スボ」

女の子「あの……ごめんね、スボミー。……群れを追い出されていたなんて、私たち知らなくて……」

しずく「スボミーが暴れていたのも事実ですから……」
 「スボ…」

かすみ「まあでもどっちにしろ、しず子が連れていくなら、解決ってことだよね」

しずく「そうだね」

かすみ「……さて、それじゃ、かすみんも次の町に向けて頑張らないとですね!」


言いながら、かすみさんが元気よく立ち上がる。


しずく「もう休憩はいいの?」

かすみ「しず子を見てたら、かすみんも頑張らないとって気合い入っちゃったんだよね! えっと、次は……」

 「西のコメコシティロト」

しずく「南のウチウラシティを目指そうか」

 「しずくちゃん、だからそっちは運気が悪いロト」

しずく「ウチウラシティはホシゾラシティから近いから、今から行けば日が落ちる前にはウチウラジムに挑戦できると思うよ」

かすみ「じゃあ、次に目指すはウチウラシティだね!」

 「2人とも話を聞いて欲しいロト」


十中八九、こっちの方向にロトムに関する何かしらの情報があることも間違いなさそうだし、行き先は一択だ。


かすみ「それじゃ、ウチウラシティに向けて、レッツゴー♪」

しずく「おー♪」
 「スボッ」

 「…ボク今回は頑張ったのに…ロト」



303 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/11(金) 16:22:40.15 ID:xkYIlSIn0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【ホシゾラシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :   ||
  ||.  | |          ̄    |.       :   ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.●_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 しずく
 手持ち メッソン♂ Lv.15 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.15 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      ココガラ♀ Lv.15 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      スボミー♂ Lv.14 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      ロトム Lv.75 特性:ふゆう 性格:なまいき 個性:イタズラがすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:74匹 捕まえた数:5匹

 主人公 かすみ
 手持ち キモリ♂ Lv.14 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.15 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.13 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.15 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:64匹 捕まえた数:5匹


 しずくと かすみは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



304 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 12:56:38.50 ID:Cfp9Tcx10

■Chapter015 『浜辺の決戦!』 【SIDE Shizuku】





──ホシゾラシティを出て2番道路を歩くこと数時間。

そろそろ、日も傾きかけてきたという頃……。


かすみ「……やっと、着いたぁー!!」


私たちは、ようやく次の目的地のウチウラシティに到着しました。


しずく「どうにか、今日中に辿り着けたね」

かすみ「うん! さーて、早速ジムを探さなきゃ……!」

しずく「ロトム。ジムはどちらですか?」
 「知らないロト」

しずく「マップを開いてください」
 「マップ機能は故障中ロト」

しずく「……」


どうやら、ロトムはウチウラジムには行きたくないらしい。


しずく「仕方ないですね……かすみさん、図鑑でマップ開ける?」

かすみ「了解! ちょっと待ってて」


ポチポチと図鑑を操作しながら、かすみさんがタウンマップを開く。


かすみ「ジムはあっちみたい」


無事、目的地の場所もわかり、時間もないのですぐに移動を始める。


 「それじゃ、ボクはポケモンセンターで待ってるロト」

しずく「ロトム、行きますよ」
 「イヤロト」


頑なに拒否をしてくるが、とりあえず図鑑ボディごと掴んで歩き出す。


 「しずくちゃん、離してほしいロト」
しずく「さて、本当に日が沈む前に、ジムに辿り着かないとね」

かすみ「うん! かすみん、燃えてきましたよー!!」

 「しずくちゃん、無視しないで欲しいロト」


ロトムが行くのを拒んでいるということは、順調に彼の持ち主に近付いているということだと思う。

そういえば……ウチウラジムの昔のジムリーダーがでんきポケモンのエキスパートだった気が……。

ロトムは相当の手練れが育てたポケモンなのは間違いないので、もしかしたらウチウラジム先代ジムリーダーの手持ちだったりするのかな……?



305 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 12:57:34.89 ID:Cfp9Tcx10

    💧    💧    💧





程なくして、ウチウラジムへと到着した私たち。


かすみ「よ、よし……! 行くよ、しず子!」


かすみさんはジムのドアの前で緊張気味に手を掛けた、そのときだった──ドアの方が自分から開いた。

そして、中から二つの人影。


 「それでは、わたくしは行きますから。頑張るのですよ、ルビィ」

 「う、うん!」


長い黒髪を携えた女性と、幼さを残す顔立ちの赤髪の女の子。一目見てピンと来る──まあ、ポケモンジムだし、誰が見ても関係者だってことはわかると思うけど……。


しずく「ダイヤさん、ルビィさん……ですよね?」

ダイヤ「あら……? すみません、扉の前に人がいるとは気付きませんでしたわ。いかにも、わたくしはダイヤですが」

ルビィ「る、ルビィです!」


ダイヤさんとルビィさんは姉妹でポケモントレーナーだ。このジムは代々彼女たちの一族がジムリーダーを務めているというのも有名な話だし、何度も彼女たちの姿は書籍などで拝見したことがある。


かすみ「あ、あの……!」


かすみさんは突然現れた姉妹の姿にやや面食らいながらも、


かすみ「た、たのもぉー!!」


少し気の抜ける、挑戦文句を目の前のジムリーダーに叩きつける。


ルビィ「ピギィ……!?」


突然大きな声を出されて驚いたのか、ルビィさんが驚きながら小さく跳ねる。


ダイヤ「あら、挑戦者の方でしたのね」

かすみ「はい!! ジム戦、お願いします!」

ルビィ「あ、あの……ごめんなさい……。ジム戦、実は今出来なくて……」

かすみ「……え?」

ルビィ「ジムの中がまだ改装中で……」


そう言いながら、ルビィさんの後ろにあるジム内へと目をやると──確かに、フィールドのあちこちに機材やらが置いてあったり、まさに改装の真っ最中という感じだった。


かすみ「そ、そんな……かすみん、またジム戦出来ないんですか……」

ルビィ「近いうちに終わるとは思うんだけど……」

かすみ「……あ、あんまりですぅ……」


かすみさんは心底悲しそうに項垂れる。
306 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 12:58:46.91 ID:Cfp9Tcx10

ルビィ「ご、ごめんなさい……」

かすみ「………………ぅ……」

ルビィ「どうしよう、お姉ちゃん……すっごく落ち込んじゃった……」

しずく「すみません……ここまで2つのジムを巡ってきたんですが、どちらもジムリーダー不在でジム戦が出来なかったもので……」


さすがに3連続ともなると、かすみさんに同情してしまう。


ダイヤ「なるほど……それは災難でしたわね」

かすみ「かすみんは不幸星に生まれた、不幸なかすみんになってしまいました……」

ルビィ「ご、ごめんなさい……」

しずく「いえ……改装中なら仕方ないですよ。ウチウラジムは今、いろいろ忙しいでしょうし」

かすみ「忙しい……? どゆこと……?」

しずく「かすみさん……知らないの? ニュースにもなってたでしょ?」


さすがに世間知らずな級友に呆れてしまう。


しずく「ウチウラジムはつい最近、ジムリーダーが代替わりしたところなんだよ」

ダイヤ「ええ、そのとおりですわ」


そう言いながら、ダイヤとしずくの視線がルビィに集中する。


ルビィ「え、えっと……! ウチウラジムの新しいジムリーダーになった、る、ルビィです……!」

かすみ「え!? こっちの人がジムリーダーだったの!?」

ルビィ「え、あ、ご、ごめんなさい……ルビィ、弱そうだよね……」

しずく「かすみさん! 失礼なこと言わないの! す、すみません、ルビィさん……!」

ルビィ「うぅん、確かにルビィ……お姉ちゃんみたいに威厳がないって昔から言われるから……」

かすみ「てっきり、かすみんはそっちのお姉さんがジムリーダーなんだと……」

しずく「だ・か・ら! ダイヤさんからルビィさんに代替わりしたの!!」


どうやら、かすみさんはそもそもウチウラジムのジムリーダーが誰かすらわかっていなかったらしい。本当に勉強不足だ。

もはや、自分の住んでいる地方のジムリーダーが誰かなんて、一般常識に近いものなのに……。


しずく「重ね重ね、かすみさんが失礼なことを言ってしまってすみません……」

ダイヤ「仕方ありませんわ。ウチウラジムはこの地方でも最南端に位置する端のジムですから」

かすみ「それじゃ、ダイヤ先輩はジムリーダーは引退しちゃったってことですか?」

ダイヤ「引退……とは少し違いますわね」

しずく「だから……ああもう……」


これまた失礼の重ね掛けに頭が痛くなってくる。


しずく「ダイヤさんは、リーグ公認でジムリーダーのさらに上に昇格したんだよ、かすみさん」

かすみ「ジムリーダーの上……? それって……」

ルビィ「四天王だよっ!」

かすみ「わっ、びっくりした!?」


急に大きな声を出すルビィさんに、今度はかすみさんが驚いて跳ねる。
307 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 12:59:30.33 ID:Cfp9Tcx10

ルビィ「お姉ちゃんはね、クロサワのお家でも初めて、四天王に就任したんだよ!」

かすみ「え、っと……確か四天王って……」

しずく「この地方のポケモンリーグ最高位に位置する4人のトレーナーの1人ってことだよ」

かすみ「えぇ!? めちゃくちゃすごい人じゃないですか!?」


かすみさんはやっと目の前の人物が誰なのかを理解して目を丸くする──失礼だから、もっと早く気付いて欲しかったけど……。


ダイヤ「ありがたいことに、この度オトノキ地方の四天王に就任させていただきましたわ。今はちょうど、ジムリーダーの引継ぎの真っ最中でして、ジムが改装中なのです」

かすみ「そ、そういうことだったんですね……なら、しょうがないか……はぁ……」

ルビィ「ご、ごめんなさい……だから、また後日──」

ダイヤ「ルビィ」


ジム戦を止む無く断るルビィさんを、ダイヤさんが食い気味に制す。


ルビィ「な、なに……?」

ダイヤ「せっかく苦労してここまで来てくださったのです。ジム戦用のポケモンも準備は出来ている。なのに場所が準備出来ていないから出直してくださいと追い返してしまうのは、挑戦者に失礼ですわよ」

ルビィ「え、でも……ジムが……」

ダイヤ「ポケモンバトルは、貴方と貴方のポケモンたちがいれば、どこでも出来るでしょう?」

ルビィ「……!」


ルビィさんはダイヤさんの言葉にハッとする。


かすみ「え、なになに……? ジム戦、やってもらえるんですか……?」

ダイヤ「ええ、少し変則ルールになってしまうかもしれませんが、それでよろしければ。いいですわよね、ルビィ?」

ルビィ「う、うん! かすみちゃん、ジムバッジは何個ですか?」

かすみ「えっと、ここが最初のジムかな」

ルビィ「わかりました! じゃあ、今ポケモンを用意するからここで待っててください!」


そう言ってルビィさんはジムの中へ、パタパタと駆けていく。

どうやら、今回はちゃんとジム戦に挑戦出来るようだ。


しずく「よかったね、かすみさん」

かすみ「うん! さぁ、やりますよー! かすみんの手持ちたち!」


かすみさんはぐるぐると肩を回しながら、やる気十分な様子。


ダイヤ「さて、それではわたくしはリーグに行かなくてはいけないので、ここで」

かすみ「あ、はい!! ありがとうございます!!」


お礼を言うかすみさんに向かってニコリと嫋やかに笑ったあと、ダイヤさんは私に近付いてきて、


ダイヤ「──その背中にくっついているの、どうしてここにいるのかわかりませんが、たぶんアワシマにあるオハラ研究所に連れて行くといいですわよ」


そう耳打ちしてきた。


しずく「え?」


そういえば忘れていたけど、普段喧しいはずの子が全く喋っていないことに気付く。

背中にくっついているのって……。
308 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:05:41.37 ID:Cfp9Tcx10

 「ロ、ロト…」

ダイヤ「ふふ。それでは」


ダイヤさんはいたずらっぽく笑ったのち、ボールからオドリドリを出し、その子の足に掴まって、飛び去って行った。


しずく「アワシマ……オハラ研究所……」


どうやら、ダイヤさんはこのロトムについて何か知っているらしかった。

なにはともあれ、ジム戦後の行き先も決まったようだ。


かすみ「しず子? 今、ダイヤ先輩と何話してたの?」

しずく「うぅん、ちょっとね。今後のことを」

かすみ「ふーん……? まあ、いいや! それよりルビ子とジム戦です……!」

しずく「ルビ子って……」

かすみ「あの子、ルビィって言うんでしょ? だから、ルビ子です!」


──あの子……。かすみさん、もしかしてまだ何か勘違いしてるんじゃ……。訂正をしようか悩んでいると、


ルビィ「お待たせしました!」


件のルビィさんがボールを携えて、ジムから出てくる。


ルビィ「それじゃ、こっち! 付いてきてください!」


ルビィさんはそう言って、バトルフィールドとなる場所へと先導を始める。


かすみ「よーーっし!! 絶対かすみんが勝つんだから!!」


気合い十分に、ルビィさんの後を追いかけるかすみさん。


しずく「まあ……いっか」


とりあえずはジムバトルに集中させてあげようと思い、私は黙ってかすみさんを追いかけるのだった。





    👑    👑    👑





ルビ子の後を付いてきて十数分。


かすみ「ルビ子……どこまで行くんだろう」


気付けば民家とかもなくなってきたし……町の外れって感じ。

それに、


 「ピ、ピピー」


ルビ子の頭上には何かが浮いている。
309 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:06:48.20 ID:Cfp9Tcx10

かすみ「あのポケモン……ルビ子のポケモンかな?」

しずく「あのポケモンは確か……メレシーだったかな?」

かすみ「メレシー……」


かすみん、図鑑を開きます。

 『メレシー ほうせきポケモン 高さ:0.3m 重さ:5.7kg
  地下深くの 高温 高圧な 環境で 生まれた ポケモン。
  体の 宝石が 曇らないように メレシーの 群れでは
  ふわふわの ヒゲで お互いを 磨き合うのだ。』


かすみ「へー……ほうせきポケモン」


確かによく見ると、あちこちに赤い宝石がついているのがわかります。

見た感じ……いわタイプ、かな……?


かすみ「そういえば、ルビ子ってなんのタイプのジムリーダーなの? しず子?」

しずく「え?」

かすみ「え? じゃなくて……しず子なら知ってるでしょ?」


優等生なしず子なら、間違いなく知ってると思ったんだけど……。


しずく「えっと……新しいジムリーダーだから、エキスパートタイプは知らないかも……」

かすみ「えぇ!? じゃあ、どのポケモン出せばいいかわからないじゃん!!」

しずく「そんなこと言われても……」

かすみ「じゃあ、あのメレシーってポケモンは何タイプ!?」

しずく「メレシーはいわ・フェアリータイプだったかな……」

かすみ「いわ・フェアリーだと……えっと確か、いわタイプはみずタイプとこおりタイプに弱くて……? フェアリーはいわタイプに弱い……?」

しずく「全然違うよ……。いわ・フェアリータイプの弱点だと、みず、くさ、じめん、はがねかな。特にはがねタイプには弱いと思う」

かすみ「はがねタイプは持ってない……」


かすみんの手持ちはゾロア、キモリ、ジグザグマ、サニーゴの4匹。

あく、くさ、ノーマル、ゴーストだから……。


かすみ「うん、決めた! この子で戦う!」


かすみんが戦いに出す子を決めたところで、前を歩いていたルビ子が足を止めた。


ルビィ「ここで戦います!」


そう言いながら振り返る。

ここって……。


かすみ「浜辺……?」


すっかり日も落ちてしまい、暗くてよく見えないけど……。

近くに海があって、潮の香りがするし、なにより波の音がすぐ近くで聞こえる。
310 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:07:26.10 ID:Cfp9Tcx10

ルビィ「ここでジム戦をします!」

かすみ「ここで?」

しずく「かなり視界が悪いですが……大丈夫でしょうか?」

ルビィ「うん、だからお願いね。コラン」
 「ピピピ♪」


ルビ子から、コランと呼ばれたメレシーはフワリと空中に浮きあがって、


ルビィ「“フラッシュ”!」
 「ピピィーーーー!!!!!」


眩く光って辺りを照らす。


かすみ「おぉー、辺りが一気に明るくなったよ、しず子!」

しずく「確かにこれなら、対戦に支障はなさそうですね」

ルビィ「うん! それじゃ、使用ポケモンは2体です! かすみちゃん、準備はいい?」

かすみ「もちろんです!」


かすみんとルビ子は同時にボールを構えます。


ルビィ「ウチウラジム・ジムリーダー『情熱の紅き宝石』 ルビィ! 精一杯頑張ります!」


お互いのボールが放たれて──……バトル、開始です!!





    👑    👑    👑





かすみ「行くよ! キモリ!!」
 「キャモ!!」


かすみんの1番手はキモリ! これでいわ・フェアリータイプのメレシーが来ても大丈夫──


ルビィ「お願いね、オドリドリ」
 「ピヨピヨ」

かすみ「……あれ?」


出てきたのは、深紅を基調としたボディと黒い縞模様を羽と尾羽に持った鳥ポケモン。


かすみ「……あれ、そういえばメレシーは照明係なんだっけ……?」


ということは……。


かすみ「バトルとメレシー関係ないじゃん!?」

ルビィ「オドリドリ! “めざめるダンス”!!」
 「ピヨピヨ!!!」


オドリドリが踊りだすと、それに合わせて一気に炎が押し寄せてくる。


かすみ「ちょ!? 炎!?」
 「キャモッ!!?」

かすみ「み、“みきり”!!」
 「キャモッ!!!」
311 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:10:01.63 ID:Cfp9Tcx10

押し寄せる炎の波に対して、砂浜にある凹凸に身を滑り込ませて、炎を紙一重で回避する。


かすみ「ち、ちょっとぉ!? ルビ子って、いわタイプとかフェアリータイプのジムリーダーなんじゃないの!?」

ルビィ「え? えっと……ルビィは、ほのおタイプのジムリーダーなんだけど……」

かすみ「ほのお!?」


ちょっとそれ完全にくさタイプの弱点じゃないですか!?


かすみ「しず子!? タイプ全然違うじゃん!?」

しずく「だから、私はわからないって言ったでしょ……。相手はオドリドリ、“めらめらスタイル”! ほのお・ひこうタイプのポケモンだよ!!」

かすみ「ぐ、ぐぬぬ……お陰でここぞというときの“みきり”を使っちゃったじゃん……」


“みきり”という技は相手の攻撃を確実に避けることが出来る代わりに、使えば使う程、回避の精度が下がっていく技です。


かすみ「うぅ……! こうなったら、一気に畳みかけますよ! キモリ、“こうそくいどう”!!」
 「キャモッ!!!!」


砂浜を蹴って、キモリが飛び出し、一気に距離を詰めて、そのまま、オドリドリの背後を取る。


かすみ「“つばめがえし”!!」

 「キャモッ!!!!」

 「ピヨッ…!!」


素早い動きで翻弄しながら、尻尾を使って攻撃する。回避不能の攻撃にオドリドリがよろけた足元に、


かすみ「“くさむすび”!!」

 「キャモッ!!」

 「ピヨヨッ!!?」


急に草が生えてきて、バランスを崩させる。


ルビィ「オドリドリ、落ち着いて! 一旦空に離脱!」
 「ピ、ピヨッ」


オドリドリはルビ子の指示を受けると、すぐさま自分の足を取っている草を嘴を使って千切り、空へと逃げていく。


かすみ「ちっ……逃がしました。でも、それならそれで、次の準備を整えちゃいますからね!! キモリ、“つるぎのまい”!!」
 「キャモッ!!!」

しずく「あ!? か、かすみさん、ダメだよ!?」

かすみ「え?」


キモリが“つるぎのまい”によって、攻撃力を上昇させ始めると──


 「ピヨピヨピヨ!!!」


何故かそれに合わせて、オドリドリも踊り出した──と思ったら、


ルビィ「“ついばむ”!!」


そのままシームレスに攻撃に移行して、ロケットのようにオドリドリがキモリに向かって突っ込んできた。


かすみ「は、速っ……!?」
312 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:12:08.54 ID:Cfp9Tcx10

まだ、“つるぎのまい”を踊っている最中のキモリは避けることもままならず、


 「キャモォッ!!!?」


なすすべもなく、海まで吹っ飛ばされる。


かすみ「き、キモリー!?」


バシャァーーンッ!! と大きな音をあげながら、激しく水しぶきがあがる。


かすみ「ちょ……なんですかなんですか!? 今のはなんですか!?」

ルビィ「オドリドリの特性は“おどりこ”。相手のダンスの効果をそっくりそのままコピーできる特性だよ」

かすみ「そんなの聞いてないよぉ!!」

しずく「そりゃ、対戦相手なんだから言わないでしょ……」


しず子が呆れたようなことを言っていますが、不意打ちなものは不意打ちです。


かすみ「許すまじ……」

ルビィ「ピ、ピギィ!? え、えっと……オドリドリ! “エアカッター”!!」
 「ピヨピヨヨ!!!!」


かすみんの迫力にちょっとビビりながらも、ルビ子は次の攻撃を畳みかけてくる。

海に吹き飛ばされたキモリに向かって、飛んでくる風の刃たち。


しずく「かすみさん!! くさタイプのキモリに直撃するとまずいよ!!」

かすみ「わかってるって!」


対抗するため、海に向かって叫ぶ。


かすみ「“まねっこ”!!」


──指示を叫ぶと共に、海側からも“エアカッター”が飛び出してきて、空中の風刃と相殺しあう。


ルビィ「え、あれ……?」


ルビ子が急に驚いたような顔をした。

──ネタ晴らしはもう少し先にしたかったんですけどね。


かすみ「──“あくのはどう”!!」


今度は海の方から、黒い波動が飛んできて、


 「ピ、ピヨヨッ!!!?」


飛んでいる、オドリドリを撃ち落とした。


ルビィ「あ、“あくのはどう”……!?」


ニシシ……! 驚いてる驚いてる。
313 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:13:35.92 ID:Cfp9Tcx10

ルビィ「お、オドリドリ! とりあえず、回避に専念を……!」

かすみ「させませんよ!! “じんつうりき”!!」

 「ガァァーーーゥッ!!!!」

 「ピヨヨッ!!?」


今度は雄たけびと共に、逃げようとするオドリドリを念動力によって、砂浜に向かって叩き落とす。


ルビィ「あのポケモン、キモリじゃない……!?」


いい加減ルビ子も気付いたようですね。


かすみ「ふっふっふ……そうです、この子はキモリじゃなくて──ゾロアですよー!!」
 「ガゥガゥッ!!!!」

しずく「“イリュージョン”……!? 全然気付かなかった……」

かすみ「さっきからキモリも覚える技しか使ってなかったからね!」

ルビィ「オドリドリ! “こうそくいどう”!!」
 「ピ、ピヨヨッ…!!!」


オドリドリは地面に撃ち落とされながらも、どうにか体勢を立て直して、砂浜を素早く走り始める。

能力を上げながら、立て直すつもりですね。……でも、そうは行きません!


かすみ「ゾロア!」
 「ガゥガゥッ!!!!」


ゾロアも猛スピードで砂浜を走り始める。

こっちはもうすでにさっき“こうそくいどう”で素早さを上昇させ済みですからね!

加速の真っ最中のオドリドリの背後を取ったゾロアが飛び掛かる。


かすみ「こそこそ逃げながら能力を上げようとする、悪い子には──“おしおき”が必要ですね〜♪」
 「ガゥワゥッ!!!!」

 「ピヨヨヨヨォッ!!!!?」


背後から、飛び掛かったゾロアはそのまま、鋭い爪でオドリドリを切り伏せた。

激しい爪撃が直撃したオドリドリは、その衝撃で砂浜をゴロゴロと転がりながら、


 「ピ、ヨォォォ……」


砂まみれになりながら、目を回して引っ繰り返った。


ルビィ「うゅ……オドリドリ、戦闘不能。……戻って」


オドリドリがボールに戻される。


しずく「か、かすみさんすごい!」

かすみ「ふっふ〜ん! ま、かすみんにかかればこんなもんですよ!」

ルビィ「全然ゾロアだって気付けなかった……かすみちゃん、すごいね」

かすみ「ふふん♪ もっと、褒めてくれていいんですよ〜♪」

ルビィ「うん! かすみちゃん、ホントにすごいよ! ルビィ嘘吐くのとか苦手だから……そういう戦術は得意じゃないんだ……。でも、負けるつもりはないよ」


そう言いながら、ルビ子が出した2匹目は、
314 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:14:24.58 ID:Cfp9Tcx10

ルビィ「行くよ、アチャモ」
 「チャモッ」

かすみ「わ! 可愛い♪」


ひよこポケモンのアチャモです。

 『アチャモ ひよこポケモン 高さ:0.4m 重さ:2.5kg
  トレーナーに くっついて ちょこちょこ 歩く。 口から
  飛ばす 炎は 摂氏 1000度。 相手を 黒コゲにする
  灼熱の 玉だ。 抱きしめると ぽかぽかして 温かい。』


かすみ「摂氏……1000度!?」

ルビィ「アチャモ! “ひのこ”!」
 「チャーーーモーーー!!!!!」


ボボボッ! と音を立てながら、“ひのこ”が飛んでくる。


かすみ「そんなの当たったら熱いじゃ済まないじゃないじゃん!? ゾロア、“シャドーボール”!!」
 「ガーーウゥッ!!!」


ゾロアから放たれた“シャドーボール”が“ひのこ”と撃ち合って相殺した。

その際、ぶつかり合ったエネルギーの衝撃で、浜辺の砂が舞い上がる。


かすみ「うぅ……砂埃がすごい……」


砂煙が晴れると──


かすみ「あれ……? アチャモは?」


アチャモが姿を消していた。そして──


 「チャモチャモチャモチャモッ!!!!!」


鳴き声が動きながら移動していることに気付く。


かすみ「な、なに!?」
 「ガゥッ!?」


音の源を目で追うと──アチャモが砂浜を猛スピードで走り回っていた。

しかも、


かすみ「アチャモが走ったところ……燃えてない!?」


砂浜のアチャモが通ったところは、赤熱し、高温なのが一目でわかる状態になっていた。

しかも、アチャモはどんどん“かそく”しながらかすみんとゾロアの周りをぐるぐる回っている。


ルビィ「“ニトロチャージ”!!」
 「チャァモォッ!!!!!」

 「ガゥッ!!!?」
かすみ「ちょ!? ゾロアっ!?」


目で追うのが精一杯だった、かすみんはうまく指示することも出来ず、アチャモの燃える突撃がゾロアに直撃する。


かすみ「ぞ、ゾロア……!」
 「ガゥゥ…」
315 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:15:07.48 ID:Cfp9Tcx10

見るからに強力な一撃に、ゾロアはなすすべもなく戦闘不能になってしまった。

とりあえず、ゾロアをボールに戻す。けど……。


かすみ「…………」

ルビィ「かすみちゃん? 次のポケモンは……」

かすみ「だ、出しますよ……?」


次のポケモンは──


かすみ「……い、行きますよ、キモリ!」
 「キャモッ」


今度こそ正真正銘キモリだ。

このバトルで使用するポケモンはキモリでなくてはならない。

何故なら、このバトルでの使用ポケモンは2体。つまりゾロアが“イリュージョン”で化けていたポケモンを出さないと、ルール上反則になってしまう。

でも、キモリはほのおタイプを苦手とするくさタイプ……。


かすみ「キモリと一緒に……やるしかない……」
 「キャモッ」


相性は確実に不利。……ただ、全く策がないわけじゃないです。


ルビィ「アチャモ! “ひのこ”!!」


再び飛んでくる灼熱の火球。もちろん、あんなもの直撃するわけにはいきません。


かすみ「キモリ! “このは”!!」
 「キャモッ!!!」


鋭く飛ばした複数枚の“このは”を的確に火球にぶつける。

“このは”自体は瞬く間に燃えてしまうけど、火球の勢い自体は殺すことが出来る。


かすみ「要は攻撃がキモリに届かなければいいんです!」
 「キャモ」


──そのとき、突然、


ルビィ「“でんこうせっか”!!」
 「チャモッ!!!!」


引火して燃える“このは”の向こうから、アチャモが炎の中を猛スピードで突っ込んで来た。

 「キャモッ!!?」
かすみ「!? “ファストガード”!!」
 「キャモッ!!!」

咄嗟に攻撃を防ぐと、それによって弾けるように、アチャモが空中に跳ねる。

そして、そのまま──


ルビィ「“きりさく”!!」
 「チャモォッ!!!!」


足の爪をキモリに向かって、振り下ろしてきた。


 「キャモォッ!!?」
かすみ「き、キモリッ!!」
316 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:15:56.49 ID:Cfp9Tcx10

突然の連撃に対応しきれず、直撃。

しかも──爪で切りつけられた部分は、


 「キャモ…ッ」
かすみ「!! や、“やけど”してる……!?」


熱で炎症を起こして、“やけど”状態になっていた。


ルビィ「いっぱい走って、足に熱を溜めてたんだよ! アチャモのままだと“ブレイズキック”は覚えられないんだけど……こうやって足を他の技で熱すれば同じようなことが出来るんだよ!」

しずく「疑似“ブレイズキック”……ということですね」

かすみ「……っ」


いや、まだです……!


 「キャモ…」


“やけど”状態のキモリが尻尾の中から──丸い緑色の“きのみ”を取り出した。

そして、それをパクリと飲み込む。

すると、キモリの“やけど”がみるみるうちに回復していく。


しずく「! あれは“ラムのみ”!」

かすみ「ジグザグマが“ものひろい”で拾ってきた“きのみ”だよ!」


戦闘に備えて持たせておいてよかった……。とはいえ、回復出来るのはあくまで状態異常のみ。ダメージが回復出来るわけじゃない。


ルビィ「ならもう一回!! アチャモ! “きりさく”!!」
 「チャモォッ!!!」


再び切りかかってくるアチャモ。


かすみ「……キモリ!! 思いっきり跳んで!!」
 「キャーーーモッ!!!!」


キモリは砂浜を蹴って、一気に跳ねた──その跳躍力はアチャモを飛び越えるどころか、3メートルほどの大ジャンプになり、攻撃を余裕で回避しきる。


ルビィ「えぇ!? なんで、そんなにジャンプ出来るの!?」


驚くルビ子。


しずく「……そうか、“かるわざ”!」

かすみ「そうです……! かすみんのキモリの特性は“かるわざ”! 身のこなしでは負けませんよ!!」
 「キャモッ!!!」

ルビィ「なら、追いかけるだけだもん! アチャモ! “ニトロチャージ”!!」
 「チャーモチャモチャモ!!!!」


再び、アチャモが砂浜を蹴って、走り出す。

砂浜を真っ赤にするほどの熱を帯びたダッシュは確かに速い。だけど──


 「キャモッ、キャモッ!!!」


キモリは砂浜の上を軽々と飛び回る。

一方でアチャモは砂に足を取られながらだからか、思うように追い付けていない。
317 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/11/12(土) 13:17:09.51 ID:Cfp9Tcx10

かすみ「動きにくい砂浜でも、“かるわざ”のあるキモリなら、自由に動き回れますよ!!」

しずく「しかも、縦軸も使って逃げられるキモリの方が、地面を走り回るアチャモ以上に逃げやすい……!」


そして、逃げながら、攻撃を加えてやれば……!


かすみ「“タネマシンガン”!!」
 「キャモモモモモッ!!!!」


キモリの口から撃ち出されるタネが、猛スピードで走り回るアチャモに直撃する。


 「チャ、チャモ、チャモッ」


アチャモは“タネマシンガン”を嫌がりながらも、減速せずに走り回っている。


ルビィ「一発一発はそんなに威力がないよ! ひるまないで!」
 「チャモォッ!!!」

かすみ「でも、ダメージが蓄積していけば、いつかは倒せるはず!!」
 「キャモォッ!!!」


跳ね回りながら、“タネマシンガン”でちくちく攻撃するキモリと、懸命にダッシュしながら追いかけてくるアチャモ。

“タネマシンガン”が体力を削り切るのが先か、追いついて一発でも燃える突進を炸裂させるのが先か。

勝負はそこに委ねられました。


かすみ「こーなったら、最後まで逃げ切りますよ!! キモリ!!」
 「キャモォッ!!!」

ルビィ「アチャモ!! 諦めないで!!」
 「チャモォッ!!!!」


懸命に追いかけて来るアチャモ。だけど、キモリは上手にいなしながら、着実にダメージを蓄積させていく。このままなら……勝てる!!

かすみんが勝利を確信したとき、


しずく「……ルビィさんの攻撃……どうして、急にこんな単調に……?」


後ろの方から、しず子の呟きが聞こえてきた。

……言われてみれば、突然ルビ子の攻撃が突進一辺倒になったような気も……。

でも、それはキモリが逃げに徹してるから……。


かすみ「……いや、相手が跳んで逃げながら遠距離攻撃をしてくるなら、アチャモ側も遠距離攻撃で撃ち合った方が、いいような……?」


確かにルビ子の戦い方は少し違和感がある。

逃げながら、跳びはねるキモリの足元には、アチャモが走り回って赤熱した砂浜が──円を描いていた。


かすみ「……!? ま、まさか!?」


先ほど、ルビ子は──“ニトロチャージ”によって、アチャモの技を疑似的に炎の蹴撃へと強化した。

じゃあ、もしそれを──フィールドを使って、さらに大規模な技に昇華させようとしているのだとしたら……?


かすみ「やば!? キモリ、逃げ──」


かすみんが気付いたときにはもう時すでに遅し、熱された砂浜は──ゴォッと燃える火炎へと成長を始めていた。


 「キャモッ!!?」


それはまるで、キモリを囲む円筒状の炎の壁──
2130.98 KB Speed:1.2   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む

スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)