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ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)
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164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:22:22.47 ID:XVB8s0iW0
問題は二つ。
まず一つ目、「魂の苗床」は基本的に
「弱き人間」を生み出すように改変されてしまったため、
今後の魔女も「弱き人間」になってしまいかねない。
主神派側は、賢者・魔女の子は「聖人」のように制限を外すとしていたが、
魔女にとってそんな配慮は何の解決にもならなかった。
天界の一存で制限をまた付加して「弱き人間」に変えられる、
すなわち望むがままに魔女の子を弱体化させられる、
そんな手段が存在すること自体が問題だった。
そして二つ目、魂の苗床は、セフィロトの樹の接続によって天界の管理を受けている。
つまり、そこから生じる魂に天界はいくらでも
手を加えることができるということ。
今後の魔女の子が「弱き人間」にされるどころか、
天界の操作を受けて別物に、それこそ天界側につく人格に修正され、
魔女勢力内部から侵食される事態すら有り得る、彼女らはそう懸念したのである。
主神派は賢者・魔女の魂には干渉しないと宣言していたものの、
これまでさんざん冷遇され対立続きだった魔女たちが
主神派を信じられるわけがなかった。
この魔女たちの懸念は、ある一面では真実でもあった。
主神派は魔女を潜在的脅威とみなしており、実際に常に優位を模索していた。
ジュベレウス復活に必要な「世界の目」、
その獲得および使用において、魔女が最大の障害となるのは自明の理。
そして今回の点はまさに、その将来的な問題を解決しうる可能性を秘めていた。
魔女たちが懸念したとおり、
いざとなれば生まれてくる魔女の子たちを「弱き人間」にして弱体化させ、
人格に手を加えて内部から侵食する、現にそのような策も選択肢の一つとして考えられていた。
当然ながら、魔女たちがこのような状況に甘んじ続けるわけがなかった。
これまで主神派の対魔女策はことごとく裏目となり
状況をむしろ悪化させてきたが、今回もその例に漏れなかった。
以前、魔界へと傾倒した際と同じように、
今回も魔女は大変な強攻策に打って出たからである。
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:22:52.21 ID:XVB8s0iW0
それは、魔界への傾倒を
究極のところまで発展させるという策だった。
具体的には、従来用いられていた悪魔との契約術をさらに強化して、
魂そのものを契約相手と同化させることにしたのである。
これにより、もし「魂の苗床」にて如何なる操作を受けていようとも、
契約を交わした瞬間にそれらが消去され、
「弱き人間」としての制限も完全排除され、
旧来の「強き人間」へと後天的に変じることができた。
加えて悪魔との魂同化によって、元々の「強き人間」よりもさらに強くなり、
より強大な新世代の魔女を輩出させることもできた。
一方で、やはり大きな代償もあった。
契約相手の悪魔と一身同体となってしまったことで、
相手からの精神汚染の危険が飛躍的に高まることとなった。
少しでも気後れしてしまうと、正気を失うか、主従関係が入れかわって
相手に従属させられる危険性が増大した。
さらに死後、その魂は契約相手に引かれる形で
魔界に落とされることにもなった。
この契約を結んだ者は死をもってしても、
苦痛から解放されることも無くなったのである。
くわえて契約そのものがきわめて高難度になり、
契約時に相手悪魔に殺される、同化の負荷に耐えられず死ぬなど、
未熟な若き魔女たちにとってはより危険な試練となった。
しかしこれら代償があろうとも、魔女たちは方針を変えなかった。
天に屈するくらいなら、魔に飲みこまれるほうが良い。
それが彼女たちの結論だったのである。
そして必然的に、これほどの強硬策は
魔女の孤立をもたらすことにもなった。
166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:23:18.23 ID:XVB8s0iW0
確かに、魔女の言い分には一理あった。
そのため当初は、間に立った各派閥が魔女をなだめつつ
主神派にも譲歩を訴え、双方が納得する妥協点を探ろうとしていた。
また主神派内部ですら、首脳たる四元徳の方針に
異を唱える声があったほどである。
くわえて魔女内でも、こうした中立派の協力を得て
主神派と和解するべきとの意見もそれなりに支持を集めてはいた。
にもかかわらず最終的に強硬策に出てしまったのは、
一族のため、もとい、今後生まれてくる子供たちのためだった。
子供たちの世代が弱体化、隷属させられる可能性など、
絶対に見過ごすことができなかった。
その高潔さ、使命感の強さ、そしてなによりも「母親」として、
彼女たちは妥協することができなかった。
一方で妥協ができないのは主神派も同じであった。
何事にも優先すべきジュベレウス復活、その障害と成りうる以上、
彼らもまた魔女に対して譲歩はできなかったのである。
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:24:18.73 ID:XVB8s0iW0
こうして互いの大義と信念の衝突により、
魔女と天界の関係はより悪化していくこととなる。
主神派はついに魔女らを公に「敵」であると宣言し、
交流を全面的に絶つほどに態度を硬化させた。
天界の他の諸派閥はそこまで強硬的ではなかったものの、
やはり立場上は主神派に追随するしかなく交流を絶った。
賢者は仲介役として交流自体は保ったものの、
やはり態度は徐々に硬化していった。
そして魔神派だけは態度を変えなかったものの、
彼らは「忌まわしき新人間界」を作り上げた張本人であったことから、
逆に魔女側から避けられるようになってしまっていた。
とはいえ、それでもみな最後の一線だけは弁えていた。
主神派も魔女も、態度は硬化させつつも理性を維持し、
武力衝突だけは何としてでも避けた。
ジュベレウス復活を最終目的としている天界にとって、
それに必要な目を有する魔女との全面衝突は論外。
また魔女のほうも、人間界の守護者として
その世界が戦火に見舞われる事態は避けなければならなかった。
また心理的にも、同胞たる賢者や、
距離を置こうとも旧友である魔神派との衝突はやはり望んでいなかった。
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:24:47.37 ID:XVB8s0iW0
くわえてちょうどこの時、人間界を襲ったとある『外圧』が
諸勢力の自制をさらに促した。
突如、人間界の外縁部たる「狭間の領域」にて莫大な力が放出され、
その衝撃が人間界全体を振動させたのである。
もし人間界内部にて放出されていたら、
完成したばかりのオーディン位相群を粉砕してしまうほどの力だった。
この事件の犯人は、
その力の分析からすぐに魔帝ムンドゥスだと判明した。
行動の具体的な意図までは判然としなかったものの、
天界と人間界にとって十分すぎる警鐘だった。
魔界とそれを率いる侵犯者たち、
それこそが真の脅威なのである、
その共通認識を再確認したことが、情勢にもそれなりの安定をもたらした。
主神派も魔女も、互いに敵対しつつも
これ以上の関係悪化は
避けようと努めるようになったのである。
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:25:58.78 ID:XVB8s0iW0
しかし一方で、もはや修復不能なまでに
関係が拗れていたのも事実だった。
これ以上の関係悪化は努力と良心で防げるかもしれない、
だが以前の状態へと修復することはもはや困難だった。
主神派も、魔女も、互いに存続や信念のために必死であり、
それゆえにもう後戻りはできない。
ここから変化があるとすれば、さらなる悪化のみだった。
こうした状況は、見方を変えれば
「竜王の勝利」とも言える構図だった。
かの悪竜は討伐されてしまったが、
その悪意が従来秩序を崩壊させ、
決して掃えない緊張と不和を植えつけることに成功したからである。
天界も賢者も、そして魔女も実感していた。
竜王の騒乱によって、「何か大きなものが狂いはじめた」と。
あの一件以降、決定的な綻びが生じはじめ、
全てが悪い方向へと流れつつあると。
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:26:25.84 ID:XVB8s0iW0
そしてこの「流れ」は、
実はある存在によって
意図され引き起こされたものであった。
全ては現実と虚無の狭間に潜んでいた、
とある「黒幕」の企てである。
この真の「黒幕」の存在には、
魔神を含む天界勢も、賢者と魔女も気づいていなかった。
さらには、かの竜王自身も己がその道具となっていたことに
まったく気づいていなかった。
しかしたった一人だけ、その「黒幕」を見抜く者がいた。
先の『外圧』を引き起こした存在、
魔界から状況を観察していた魔帝である。
彼だけが真の「悪意」の源に勘付いていた。
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:26:59.80 ID:XVB8s0iW0
4 「黒幕」と魔帝
魔帝は人間界の動向を注視していた。
肥大を続ける己の力、
それを自力で安定させることに失敗した彼にとって、
「世界の目」こそが問題を解決しうる
次なる可能性だったために。
その視線はきわめて悪意に満ちていたものの、
皮肉にも悪意に満ちていたからこそ
彼だけがある真実に気づくことになった。
ことの真相を暴くにあたって、
天界・人間界勢と比較して、魔帝には大きく三つの有利な点があった。
一つは、彼はOMNE関連の知識においては、
天界・人間界の者たちを凌駕していた点である。
当のジュベレウスが眠ってしまっている天界勢や、
「世界の目」をあくまで「与えられた者」でしかない賢者・魔女では、
OMNE分野の認識には限界があった。
一方で魔帝は自力で獲得したうえ、
大勢の侵犯者ともかつて共に戦い、あるいは共食いしてきており、
ジュベレウスとも干戈を交えた経験もあった。
さらに「果実」獲得後は自身の「創造」をより入念に分析し実験も重ねていたため、
OMNE分野の知識は天界・人間界勢を遥かに凌駕していたのである。
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:27:27.16 ID:XVB8s0iW0
二つめは、魔帝は外部から観察していたという点である。
天界・人間界勢は混迷した渦中にあり、
竜王討伐と人間界の修復、魔女の強硬策といった問題に集中するあまり、
全体像や背景への認識が鈍ってしまっていた。
一方で魔帝は第三者として全体を俯瞰し、
客観的に観察できる立場にあった。
そして三つめは、魔帝が暴虐の権化たる存在だった点である。
それは、日々魔界にて反旗の種をあえて育てるという
騒乱のお膳立てを常とする魔帝だからこその感覚だった。
人間界の動向を観察していた彼は、
その不和が高まっていく様子に既視感を抱き、すぐに悟った。
竜王騒乱から始まった秩序崩壊、この見事なまでの混乱は、
実際に己のような「黒幕」が存在するのではないのかと。
この推測は、竜王がOMNEの力『混淆』を有していた事実も後押しとなった。
かの竜は、とても自力でOMNEの領域に達しえるような存在ではなく、
『混淆』は他者から与えられたと見るほうが道理に適っていたからである。
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:27:53.68 ID:XVB8s0iW0
そしてもし黒幕が存在するのならば、
魔帝にとって見過ごせない問題であった。
人間界を覆うほどの策略ということは、
「世界の目」もその黒幕の術中に置かれるからである。
また対抗心と占有欲から怒りも抱いた。
人間界も含めて「全て」の加虐的支配を欲している魔帝にとって、
他者が自分のように世界を弄んでいることが許せなかった。
黒幕がいるとすれば、その力量はどれほどか。
自身が将来的に目論んでいる「世界の目」強奪において、
その黒幕は障害となりうるのか。
それらを確かにするべく、魔帝はすぐに調査にのりだした。
黒幕の力量が未知数なため、調査は徹底して秘密裏に行われた。
OMNEの力を他者に与えられるほどの強者、
という可能性もある以上なおさらに。
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:28:21.94 ID:XVB8s0iW0
黒幕の尻尾を掴むにはやはり、
まずは『混淆』について分析する必要があった。
とはいえ、『混淆』を含む竜王の残骸はこの時期、
「魂の苗床」がある新人間界の底に埋め込まれてしまっていたため、
悟られずに直接調べるのは困難になっていた。
だがこれと並行して起きた事件、魔女のさらなる魔界傾倒が
この問題も解決させた。
悪魔と魂を同化させるほどに魔女が接近してきた今なら、
彼女たちが有している『混淆』の分析記録も
入手可能だと思われた。
当然、魔帝の要求に魔女側が素直に応じる、とはいかなかった。
それどころか魔女たちは徹底的に魔帝との接触を避けていた。
魔女が同化対象にしていた悪魔の条件の一つとして、
明確に反魔帝勢力であることを定めていたほどである。
魔女は魔界に傾倒したとはいえ、あくまで力を手に入れるためであり、
決して魔族の価値観を受容したわけではない。
そして最大目的も人間界の守護であり、
ゆえに全生命を脅かしうる魔帝ら侵犯者を
やはり最大脅威とみなしていたのである。
魔女が魔帝の交渉に応じることは決してない、そこで魔帝は一計を案じた。
まずは、『混淆』には魔帝の「創造」を機能不全に陥れる鍵がある、
そんな噂をあえて魔界内に流したのである。
OMNEの力なら同じOMNEの力に対抗できる、という道理で説得力もあったため
反魔帝の者たちがこぞって興味を示し、
記録を求めて魔女に接近する者も増えることとなった。
もちろん魔女側は慎重であり、
言い寄ってきた悪魔たち全てに『混淆』の記録を渡すことはなかった。
ごく一部の、信用できる少数の大悪魔にしか与えなかった。
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:28:51.81 ID:XVB8s0iW0
だが、ごく少数であっても
『混淆』の記録が魔界に渡ったという時点で
魔帝にとっては充分だった。
一部の大悪魔たちが『混淆』の記録を入手したと知るや、
魔帝自らが出陣し、その全員を殺害して記録を強奪した。
記録保持者を一人残さず追って殺したのは、
「『混淆』に手を出した者共の粛清」という建前を強調し、
魔帝自身が記録を求めていたという真の目的を隠すためである。
この魔帝自らが粛清に動いたことで
「創造」に『混淆』が効くという噂が
より真実味をもって魔界に広まったが、これについては魔帝はあえて放置した。
「創造」に『混淆』が効くというのが事実だとしても、
魔帝はなんら脅威を抱かなかったからである。
そもそも魔帝ら侵犯者たちは、
OMNEの力を獲得したから強大になったのではなく、
強大だったからこそ自力でOMNEの域に達して獲得できたのである。
OMNEの領域に達しない存在がOMNEの力を貰い受けたところで、
使用者の力量が不十分なのだから真の脅威には成りえない、
それが魔帝の考えだった。
また、この魔帝の放置姿勢がなくとも
「創造」に『混淆』が効くという噂は徐々に関心が失われていった。
魔帝による粛清以降、
魔女側が『混淆』の記録を門外不出としたからである。
記録を渡せばそのたびに大事な契約相手が魔帝に殺される、
これは魔女にとって不利益でしかなかった。
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:29:20.81 ID:XVB8s0iW0
ともあれ、こうして記録入手に成功した魔帝は
すぐに詳細分析を行った。
『混淆』の力、すでに魔女によって入念な分析が行われていたものの、
由来を含めて詳細は未だ解明されていない。
それは前述のとおり、彼女たちはOMNEの力についての知識が
不足しているためだった。
反面、魔帝はその分野において遥かに優位にあり、
それまで誰も成しえなかった『混淆』解明をついに成功させた。
その結果は驚くべきものだった。
まず『混淆』は、侵犯者らが有する「複製品」とは異なり、
『オリジナルのOMNE』由来だと判明したのである。
さらに性質が、魔帝が直に知っているジュベレウスともクイーンシバとも
全く異なるものであったため、
消去法にて本来の所持者はエーシルだと判断できた。
だがエーシルが竜王に直接与えた、というのは有り得なかった。
『混淆』が単体として成立したのは竜王の暴走直前だとも判明し、
エーシルが分裂した遥か後だったからである。
すなわち、誰かが竜王に『混淆』を与えたとすれば、
その「誰か」はロキあるいはロプトだと推測できた。
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:29:48.75 ID:XVB8s0iW0
こうして得られた知見は、
魔帝にとって想像以上の収穫だった。
『無』の力を有しているかもしれないロキの行方は、
魔帝にとって長らく最大の問題であったが、
ここでついにその影を垣間見たかもしれなかった。
しかし事はそう簡単に進まないもの。
得られた情報はきわめて有益ながら、あくまで推測の材料どまり、
確証に至るほどではなかった。
魔帝が行ったのは所詮は魔女の記録の再分析、
『混淆』そのものを調べたわけではなく、調査にはやはり限界があった。
相手はロキなのかロプトなのか、それとも未知なる第三者なのか、
それらを明確にできるほどの情報までは得られなかった。
そもそも前提として、黒幕の存在自体を確定させる材料も厳密にはなく、
今のところはまだ推測を補強する程度でしかなかい。
明確な答えを得るには、もっと踏み込んだ手法が必要だった。
魔女の間接的な記録を調べるのではなく、
黒幕へと直接迫っていくような手法が。
だが黒幕がいたとしても、その潜伏先の手がかりも皆無。
魔帝自身が人間界に直接乗りこんで虱潰しに探す、
という強行的方法も論外だった。
前述のとおり、『無』を有するロキの状態が不明な以上、
直接乗りこむわけにはいかない。
そこで魔帝は考えた末、とある大胆な手法を選択した。
「挑発」して誘い出すことにしたのである。
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:30:20.10 ID:XVB8s0iW0
黒幕がいると前提した場合、
現時点のその目的はあくまで人間界に不和を植えつけることであり、
即時の破壊行為は望んでいないと考えられた。
OMNEの力を他者に与えられるほどの存在が
即時の人間界破壊を目的とするならば、
こんな回りくどい方法は必要ないからである。
それゆえ最終的な目的はどうであれ、
現時点では人間界を維持させることが黒幕の方針と推測できる。
ならばここで破壊的な介入があれば、
黒幕がそれを防ごうと動きだすかもしれない、
すなわち誘き出せる、そう魔帝は考えた。
当然、魔帝自ら殴りこむわけにはいかなかった。
だが大軍勢をけしかけるのも、その統率の問題で選択できなかった。
魔帝から遠く離れることで将たちが好き勝手に行動するのは確実であり、
中には「世界の目」を手に入れようと
野心に駆られる者も確実に現れるからである。
かといって大悪魔の将を単体で送りこむ程度では、
賢者・魔女によって容易に排除されてしまうため、そもそも黒幕を誘いだせない。
そこで魔帝は、ある切り札を用いることにした。
それは「ナイトメア」と呼ばれる一群である。
かつてスパーダの力の制御手法を真似て創ったものの、
実験に失敗、そのまま保存されていた魔帝の分離体の試作器たちである。
多数あったナイトメアのうち、
二番目に強力な個体を人間界に撃ちこむことにした。
果実も与えられた一番強力な個体が用いられなかったのは、
それがあまりに強すぎて
魔帝が制御しきれなくなる可能性があったからである。
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:30:46.43 ID:XVB8s0iW0
だが二番目の個体も相応に強力であった。
これが滞りなく人間界内に到達した場合、
瞬時に爆発的な暴走を起こし、
天界勢が完成させたばかりのオーディン位相群を大きく壊し、
人間界の苗床にも損傷を与える可能性が高かった。
最終的には賢者・魔女や魔神らによって排除されるのは確実なものの、
人間界が大破壊に見舞われるのも確実。
一方で、そもそも自我なく暴走するだけであるため、
「世界の目」を欲するなどの余計な野心も抱かない。
さらにもともと実験体ゆえ、あらゆる情報を魔帝に送るように設定されており、
交戦対象の詳細を知ることも容易。
黒幕への餌として、そしてその正体を探る上では最適だった。
そのナイトメアの迎撃にもしも『無』が使用されたら、
黒幕はロキだと確定する。
『無』が使用されなくとも迎撃行動さえあれば、
その痕跡から相手の力量や性質を詳細分析して判断可能。
また一切反応がなければ、
黒幕は何ら手を打てないほどに矮小な者か、
そもそも黒幕の存在自体が魔帝の杞憂だったということも。
どのような結果になろうと、
何らかの決定的な情報を得られる可能性は高かった。
そうして黒幕を誘いだすべく、魔帝はついにナイトメアを放った。
一切の前触れなく、天界勢や賢者・魔女には
完全な不意打ちになるように。
そして結果は、彼を柄にもなく興奮させるほどのものだった。
ナイトメアは人間界の現実表層に侵入する寸前、
「狭間の領域」の一層にて破壊され爆発したのである。
明らかに天界勢や賢者・魔女が検知しえない早い段階にて、
強烈な攻撃によって一瞬かつ一撃で。
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:31:13.18 ID:XVB8s0iW0
この瞬間、まず天界・賢者・魔女とは異なる、
未知の何者かが虚無に潜んでいる点は確定した。
そしてその存在が相応に強大な存在であることも。
ただし、『無』は使用されなかった。
ナイトメアは大変な爆発を起こし、
その爆圧が人間界を振動させていたが、
『無』が使用されていたら
そもそも爆発すら起こらないはずだった。
これを裏付ける情報は、
爆発直前にナイトメアからも魔帝へ送られてきていた。
まずその何者が行使した力の規模は、
ナイトメアを一撃で葬るだけあって強大ではあったものの、
エーシルや分離直後のロキ・ロプトと比較すると
遥かに小さいことが判明した。
少なくとも「世界の目」を狙う今の魔帝にとって、
脅威となるような水準ではなかった。
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:31:40.87 ID:XVB8s0iW0
その情報をさらに分析すると、
ついに具体的な正体にまで迫ることもできた。
ナイトメアを葬った攻撃は、
『無』ではないにせよオリジナルのOMNEの力だったのである。
それも、魔帝が知っているジュベレウスや
クイーンシヴァの系統とは全く別物。
つまり消去法にて、エーシルから直接分かれた存在、
ロキとロプトのどちらかである可能性がきわめて高い。
さらにこれをより詳しく分析してみると、
ロキが有しているはずの『采配の力』や
『無』らしき因子は確認できなかった。
ゆえに、ここから導き出される答えはただ一つ。
ナイトメアを迎撃した何者かはロプトだった。
そして決定的な答えがもう一つ。
この何者か、すなわちロプトの痕跡が
『混淆』の因子とも合致したのである。
竜王に『混淆』を与えたのもロプトだったのである。
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:32:26.10 ID:XVB8s0iW0
こうして魔帝の勘通り、
竜王の件には真の黒幕が存在し、
正体はロプトであることがほぼ確実となった。
残る最たる謎はそのロプトの目的。
旧来の秩序を破壊して不和の種を撒くような行動、
人間界の即時破壊ではなく、徐々に蝕むような手法、その狙いは。
だが魔帝は、その次の謎の調査にとりかかることはなかった。
黒幕ロプトの力量がほぼ判明した段階で
この件への関心を失ってしまったために。
そもそも、魔帝が人間界を注視していた大元の理由は
「世界の目」を手中にするため。
今回の黒幕調査も、その存在が「世界の目」獲得の障害に
なるかを明らかにするのが最大の目的だった。
それゆえ、黒幕=現在のロプトが
魔帝の脅威にはならないと判明した時点で
もはや優先すべき件ではなくなった。
くわえて、この調査過程でより優先すべき問題も生じていた。
それはここから類推できるロキの状態である。
ロプトが今もなお明確に存在を保ち、
相応に強大な力を行使できる状態でいたということは、
ロキの現在についても強く示唆していた。
ロプトがまだ健在なら、より強大なロキも同様に
存続している可能性が高い、と。
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:32:55.31 ID:XVB8s0iW0
ならばロキはどこにいるのか、どのような状態か、
今でも『無』を使えるのだろうか、
使えるとしたらどの程度の水準まで使えるのか。
それらが次なる最優先事項だった。
これら明らかにすべく、魔帝は今まで以上に慎重に事を進めた。
相手が『無』を有する以上、
魔帝にとってすらも油断や過信は命取りになりうる。
それは己が相手よりも弱いことを認めたも同然という、
傲慢な魔帝にとっては屈辱的な面もあったが、
同時に彼はその「不利」を楽しんでもいた。
魔界の帝王となった彼といえども、
個としては闘争を糧とする悪魔であり、
限界に挑戦する侵犯者であり、不撓不屈の戦士でもある。
上位者への挑戦という本能的な悦びは、やはり彼をも奮わせた。
特に果実を得てアルゴサクスとアビゲイルに勝って以降、
挑戦する機会が無かったためなおさらに。
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:33:24.37 ID:XVB8s0iW0
しかし逸る魔帝を弄ぶかのように、ロキの捜索はまったく捗らなかった。
彼は辛抱強く監視と分析をつづけ、
ときに再び大胆に人間界への挑発を行ったが、
ロキと思われる明確な反応はなかった。
ある段階からスパーダにも事情を明かして協力させたが、
それでも進展はなかった(後述)。
ロプトさえも、最初のナイトメア迎撃からは一度も反応を見せなかった。
魔界からの干渉によって人界内でも大変な事態が幾度も起きたが(後述)、
エーシルの片割れたちは結局表立って動くことはなかった。
こうした魔帝の徒労の日々は、
新人間界の暦に比すると数千年にも及んだ。
彼にとってはさほど長い期間ではなかったが、
やはり焦らされた無為な日々は苛立たせるものだった。
そして痺れを切らした魔帝は一つの決断にいたった。
最大にして最後となる挑発を行うことにしたのである。
人間界への全面的な侵略である。
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:33:52.18 ID:XVB8s0iW0
さすがに大規模な侵略を受ければ、
沈黙し続けたロキも何らかの行動をとる、と考えたのである。
もしこれでも出てこなかったら、魔帝はそのまま人間界を征服し、
賢者と魔女を滅ぼして「世界の目」を強奪すれば良いだけだった。
ロキの状態がまったくわからない以上、
この決断は博打とも言えたが、
魔帝はもはや調査には辟易としていた。
『無』の危険性を承知の上で
戦士として、闘争願望の赴くままに
ロキへ挑戦する道を選んだのである。
言い換えれば、ここで魔帝は「闘争への誘惑」に、
もとい悪魔としての欲求に負けたのだった。
そして結果からいってしまえば。
この欲求、人間界侵略という決断が、
巡りめぐって魔帝自身を破滅させることとなった。
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:34:29.79 ID:XVB8s0iW0
魔帝の欲求優先の指向は、具体的な侵略計画にも色濃く現れていた。
彼が練りはじめた侵略構想は非常に大規模なものだった。
幾万もの大悪魔の将、そして天文学的な数の兵からなる大軍勢によって、
人間界へと侵攻するというもの。
しかも単に武力で攻撃するのみならず、
魔の領域そのものを人間界に流入させて世界を上書きしてしまおうとも企んだ。
原初時代に闇が数々の世界を飲みこんだように、
人間界を飲みこんで魔界の一部にしようと。
とはいえ、魔帝の当面の目的からすれば
これだけ大掛かりな計画は無駄なものであった。
そもそも単に「世界の目」を強奪するならば、
魔帝自身と彼が所蔵するナイトメア群や選りすぐりの側近のみで良い。
魔女・賢者に標的をしぼり、そこに戦力を集中させるだけで十分だった。
わざわざ大軍勢を集めて、無数の雑兵を人間界全体に展開するような大侵攻など、
さらには人間界ごと取り込んでしまおうなんて
「世界の目」獲得には必要ない非効率な行動だった。
それでありながら魔帝が大掛かりな計画を選んだのは、
「より大勢の人間を苦しませる」という加虐欲によるものだった。
「世界の目」を有する賢者・魔女だけではつまらない、
どうせ人間界に乗りこむのなら全ての人間を虐げよう、と。
そして、こうした悪辣な姿勢もまた
ロキへのより強い挑発になりえた。
魔帝はおぞましき悪意を全面に掲げて、ロキへと迫ろうとしたのである。
堂々と戦うか、それとも人間の滅亡かと。
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:34:56.44 ID:XVB8s0iW0
しかし実際のところ、「ロキに選択を迫る」という
魔帝側が主導するかのような認識は誤りだった。
なぜならロキは、魔帝よりもずっと早くに
「選択」を済ませていたからである。
そしてすでに行動も起こしていた。
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:35:29.97 ID:XVB8s0iW0
5 人間界の動向
魔帝による人間界へのナイトメア投入、
この事件は諸界の空気を一変させた。
今まで人間界に明確な行動を起こさなかった魔帝が、
ついに直接的な干渉を行ったのである。
その腹底の意図はともかく、害意は明らか。
天界・人間界にとって、不和を脇において最優先で備えるべき脅威であり、
そして魔界においては次の「標的」を示す号令に等しかった。
これまでも魔族は人間界へと侵入してはいたが、
魔界全体からすればあくまでごく少数の行動であった。
「果実戦争」時、人間界に関わった悪魔たちが
クリフォトの樹を育てた咎で魔帝に徹底的に虐殺されたうえ、
その後も侵犯者たちが人間界への介入意欲を見せなかったために、
他の有力な悪魔たちも倣って様子見していた。
だが此度の魔帝の「号令」によって、これら風潮も大きく様変わりした。
魔帝が人間界へと明確な干渉意欲を示したこと、
これをある種の「許可」と受け取り、大多数の悪魔たちも
積極的に人間界への侵入を開始した。
当初は緩やかな増加だったものの、次第にみな大胆になり、
侵入規模も個や少数から大集団へ、格も下等から高等へ、
ついには神格の大悪魔も多数侵入するようになっていった。
この変化は、新人間界の暦では数千年におよぶ緩やかなものだったが、
もたらされる被害は決して緩やかとは言えなかった。
下等悪魔であっても、群れによる侵入が起これば大量殺戮となり、
大悪魔にいたっては天変地異に等しい。
また一部の大悪魔は、単に人間を殺すのみならず、
「神」として文明を乗っ取り、人間たちの魂や信仰を汚染することもあった。
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:35:59.89 ID:XVB8s0iW0
こうした魂や信仰の汚染は、
天界による管理機構を根底から脅かすものであり、
必然的に彼らも盛んに悪魔迎撃を行った。
場合によっては天界から直接戦力を送り、
特に対象が大悪魔の場合、諸派閥の最高神格も直々に降臨し、
自らが担当する信仰領域を護ることもあった。
たとえば最初のナイトメア事件から約3000年後におきた
「常闇ノ皇」勢力による侵入では、
天津神派を率いる天照が自ら出陣してこれの掃討にあたった。
この勢力は複数の上位神格の大悪魔がおり、
中でも「親」たる「常闇ノ皇」は
天照でさえもしばしば窮地に陥るほどであった。
また人間側も総力をあげて対応した。
賢者と魔女は、魔界・人間界間の通り道となる霊的領域、
「狭間の領域」にて大悪魔以上を標的とした迎撃を行った。
「弱き人間」たちで構成される魔術師たちは、
オーディン位相群もとい物質領域にて、侵入してきた下等悪魔に対応した。
こうして諸勢力、特に孤立化しかけていた魔女も、
それまで抱えていた不和はひとまず抑え、
協力して対魔活動へと集中するようになっていった。
きっかけは決して喜ばしくないものの、
竜王騒乱以降に渦巻きつつあった負の感情は
しばらく影を潜めることとなった。
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:36:48.09 ID:XVB8s0iW0
これら無数の悪魔侵入は、
人間界の内情にも大きな変化をもたらした。
悪魔侵入はもちろんオーディン位相群には予定されていない出来事であり、
その影響は「台本」を大きく狂わせるものだったために。
天界側は「弱き人間」世界を
部分的に改変していくことでその修正にも励んだが、
やはり狂いの完全修復は困難であり、ついに明確な歪みが現れることとなる。
その最たる例は、
「弱き人間」の中から自然発生した「予定外の才人」だった。
オーディン位相群の「台本」にはそのような才が現れる予定がなく、
賢者や魔女の系統でもなく、混沌神族の因子をもつ「原石」でもなく、
また聖人などのように「弱き人間」の制限が解除された者でもないのに、
生まれながら抜きんでた霊的領域の才を有している者たちだった。
その才の傾向は様々だった。
類稀なる魔術の才、「強き人間」のような強靭な生命力、
霊的領域に対して極めて鋭敏な知覚、
中にはその全てを兼ね備えている者もいた。
彼らの出現は、オーディン位相群についての当初からの懸念、
不確定要素が多いという欠点が表面化したものであった。
191 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:37:16.97 ID:XVB8s0iW0
この「予定外の才人」はいくつかに大別することができた。
まずは「魔界の力を用いる弱き人間」である。
彼らは「魔剣士」、あるいは「闇の巫女」と呼ばれた。
魔女とは異なり「弱き人間」ではあるものの、
魔女のように魔界から力を引きだす者たちである。
基本的に魔の力は「弱き人間」には負荷が強すぎたが、
この才人たちは耐えられるほどに魂が強固だった。
くわえて人間界の外の力と直接触れているため、
「弱き人間」が本来は脱しえないはずのオーディン位相群からも
外れるようになった。
すなわち天界の管理下から逸脱していた。
これは「弱き人間」を管理する天界にとって
懸念材料に成りうる存在であったが、
幸いにも彼ら魔剣士/闇の巫女が管理体制を脅かすことはなかった。
魔女が彼らを保護し、知識を与え、有益な同盟者として育てたからである。
「弱き人間」の中からも魔界寄りの勢力が現れた、
それは人間界にて孤立しがちな魔女にとって朗報であり、
また予備戦力としても有益だった。
そして魔剣士と闇の巫女側としても、魔女はよき保護者であり、
教師であり、繁栄を約束してくれる有益な友だった。
また彼らは、天界による「弱き人間」管理には干渉しようとはしなかった。
反感を抱きつつも現状を黙認する魔女、
そんな彼女たちに倣い、魔剣士/闇の巫女も分を弁え、
忌まわしく思いつつも現状を受け入れていた。
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:37:43.38 ID:XVB8s0iW0
彼らは出生自体は「弱き人間」でありながらも、
立場としては「弱き人間」世界には属さない、
魔女と同じ部外者の側につくこととなった。
そして彼らは同じ魔剣士/闇の巫女以外には知識を与えず、
「弱き人間」世界の人々には可能な限り認識されないように振舞った。
また「弱き人間」の文明から距離を置き、
孤立した共同体を形成する場合もあった。
その共同体のいくつかは名や形、担い手や思想を変えつつも
遥か後世まで続くこととなる。
それらの後継として、デュマーリの巫女やフォルトゥナ騎士団などが今日知られている。
また、特に才ある女性は魔女の業を学ぶことを許されたり、
魔女の世界に迎え入れられることさえあった。
彼女たちは出生は「弱き人間」であっても、
最終的には本流のアンブラ氏族となんら遜色がない領域に達した。
数多の過酷な試練を経て、正真正銘の強大な魔女となったのである。
後世にはクレオパトラ、トゥーランドット、阿国などの名が知られている。
193 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:38:12.67 ID:XVB8s0iW0
一方、魔剣士/闇の巫女らと同様の才を有しながら、
魔界の力に頼らない者たちもいた。
そのうち天界の力を用いた集団は、「選ばれし者」と呼ばれた。
彼らは、いわば魔剣士/闇の巫女の天界版だった。
天界諸派閥や賢者に保護され、
一部の有望な者は賢者の業を学び、
さらに賢者族に迎えられることもあるなど、
魔界魔術師が魔女と築いた関係と同じであった。
ただし異なる部分もあった。
賢者に迎え入れられるのみならず、
さらにごく一部、天界へと転生する者もいたのである。
後世にはメタトロン、スサノオなどが知られている。
194 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:38:39.51 ID:XVB8s0iW0
このように諸勢力は柔軟に対応し、
出現が想定外だった才人たちを人材として最大限活用した。
だが、中には活用できない者たちもいた。
「混沌の魔術師」と呼ばれる集団である。
彼ら混沌の魔術師も才に溢れ、
セフィロトの樹の力を使わない点では他と同じだったが、
用いる力の源が魔剣士/闇の巫女や選ばれし者とは異なっていた。
彼らが力の源としたのは、その名の通り
人間界の「魂の苗床」に沈む残骸、すなわち古き混沌神族である。
混沌神族の因子をつぐ「原石」との違いは、
彼ら混沌の魔術師はその名称のとおり魔術によって後天的に
混沌神族の力を獲得した点である。
それゆえ彼らは天界、賢者、魔女のどれにも与さず、
これは諸勢力にとって問題となった。
特に彼らの思想や傾向が大きな問題となった。
魔女に倣った魔剣士/闇の巫女、
そして天界と賢者に倣った選ばれし者は、
「弱き人間」管理体制への干渉を控えたが、
混沌の魔術師はそうではなかった。
彼らは混沌神族を信奉していたため、
天界による人界管理体制に強い拒否感を抱き、
この状況を覆そうと企てたのである。
そして混沌神族の復活を目的とし、
人為的に「原石」を量産する方法も模索するなど、
現状への明らかな挑戦も始めた。
195 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:39:07.27 ID:XVB8s0iW0
これは天界勢や賢者にとって見過ごせなかった。
また現状を一応は受け入れている魔女にとっても目障りであり、
諸勢力の考えはここで一致した。
混沌の魔術師は排除されるべきだと。
それゆえ、この件について主神派は
存分に断固とした対応をとることができた。
まず、混沌の魔術師の徹底的な殺害が行われた。
天界諸派閥の傘下の魔術師が主に動員され、
一部の強力な者については選ばれし者や
天界の兵が直接降臨して対応した。
くわえて殺害は混沌の魔術師その者のみならず、
その周囲すらもしばしば対象となった。
主神派が僅かな影響の残留も許さなかったからである。
もし混沌の魔術師由来の知識や価値観、
例えば混沌神族の信仰等が、彼らの帰属文明にまで広まっていた場合は、
その文明もろとも「除去」されることもあった。
すなわち、大規模な破壊と殺戮を伴い、
その痕跡は神話上の天災としてのみ記憶されることとなった。
196 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:39:35.67 ID:XVB8s0iW0
こうしたあまりに強硬的な対応は、
さすがに主導する主神派に対して
天界諸派閥から非難の声があがるほどだった。
そして、見かねた主神派以外の諸派閥は、
独自の手段でも混沌の魔術師の排除を行おうとした。
一方的な武力行使を行うのではなく、
天界側に下るよう説得しようとしたのである。
だがこれらを主神派は断固として認めなかった。
そうした融和策は混沌の魔術師をよりつけ上がらせ、
状況を悪化させてしまうと考えていたのである。
この点については魔神派と賢者も同意見であり、
また魔女も沈黙によって、主神派の断固とした対応に賛同した。
良くも悪くも慈愛に満ちている天界諸派閥と異なり、
魔神派・賢者・魔女はこれまた良くも悪くも武断的であり、
それが最善と思うならば
迷うことなく非情な手法も選べたからである。
197 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:40:02.96 ID:XVB8s0iW0
そしてこの魔神派、賢者、魔女が
揃って主神派にならうという状況は非常に稀であり、
主神派にとっては絶好の機会であった。
今ならかなり大胆な手法であっても
押し通すことができたからである。
これを機に、彼らは思い切った改革を進めることにした。
目的は「弱き人間」管理体制のさらなる強化と安定である。
まず、混沌の魔術師との融和措置をとっていた天界諸派閥からは、
処罰もかねて人間界への介入権をすべて剥奪した。
有力派閥に任せていたセフィロトの樹の運営体制についても、
その権限を剥奪し、以降は主神派四元徳の直属とした。
そのため温和な諸派閥の裁量が入りこむ余地はなくなり、
人間界へと直接降臨できる天の者も主神派と魔神派のみとなり、
管理体制において主神派の意向が唯一にして絶対となった。
主神派が天界本土を、諸派閥が人間界を、
というこれまでの分担体制が廃され、
人間界も主神派の直轄地と成ったのである。
これらによって管理体制はきわめて強固なものとなり、
混沌の魔術師を含めた諸問題により厳格な対応が可能となった。
198 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:40:49.07 ID:XVB8s0iW0
さらに混沌の魔術師の出現やその影響拡大を抑制する策として、
信仰体系とセフィロトの樹の結合をさせ、
精神と知識の統制も強めた。
これによって「弱き人間」世界から
世界構造や真の歴史についての知識をすべて排除し、
「弱き人間」が真実に触れられないようにした。
以降、「弱き人間」が知り得るのは
オーディン位相群の「台本」上にある情報、物質領域内部のものに限定された。
彼らは、自分たちがオーディン位相群という
「檻」の中で生きていることすらも
認識できないようになった。
こうした情報隔絶された環境は、混沌の魔術師の成長を著しく阻害し、
彼らの寿命をも極端に短くした。
混沌神族に関する研究が困難となって強化が叶わず、
また「敵」である主神派勢についても認識不足となり、
ろくに対抗することができなくなった。
そして急激に数を減らしていき、
最終的には混沌の魔術師そのものが出現しなくなった。
混沌の魔術師に成りうる素養があっても、
才を開花させるだけの機会も知識も得られなくなったために。
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:41:30.58 ID:XVB8s0iW0
こうして主神派は混沌魔術師の問題を解決させ、
同時にさらに管理体制を強めることも成功した。
「弱き人間」は今や完全に主神派の意のまま、
悪しき表現を憚らなければまさに「奴隷」だった。
主神派がこれだけ大胆なことを為し得たのは、
やはり魔女が表立って反発しなかったことが大きかった。
当然、魔女はこの主神派の措置を完全容認したわけではなく、
あくまで一時保留と黙認しただけだった。
今は何よりも優先しなければならない、
対魔問題に集中していたからである。
彼女たちは、外にあたる「狭間の領域」では
大悪魔級を標的にした迎撃を。
そして本拠ヴィグリッドでは、
魔帝との直接対決も見据えた「切り札」の開発に全力を挙げていた。
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:42:06.64 ID:XVB8s0iW0
6 魔女の苦心
こと武力に関する技術開発においては、
この時期アンブラの魔女こそ頂点としても過言ではなかった。
特に時空干渉と召喚術の分野においては魔神たちをも凌ぐほど、
開発を担う頭脳集団は卓越していた。
また魔界の協力者に不足することも無かった。
魔帝に対する危機感が増すにつれて、
反魔帝の者共も魔女側へ集うこととなったからである。
魔帝自身の「反乱の種は放置する」という趣向も影響したことで、
魔女に協力する悪魔は増えつづけ、
中には名だたる強大な悪魔も加わっていた。
特に大きな存在だったのは、
マダム・ケプリやマダム・ステュクス、
コロンゾンといった魔界でも有数の女傑たちである。
侵犯者には届かぬものの、それに次ぐ格と実力を有していたほか、
何よりも魔女たちとの相性が抜群というのが重要だった。
これら恐るべき女傑悪魔らは魔女と結び、
魔の英知や絶大な力を提供することとなった。
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:42:36.80 ID:XVB8s0iW0
特にコロンゾンは、その後の人間界の歴史もふくめて
魔女たちに多大な影響を及ぼすこととなった。
彼女はかつて覇王の参謀として暗躍していたが、
裏ではその覇王の暗殺や、魔帝ら他の侵犯者との内紛を煽って
共倒れさせようという試みを幾度となく繰り返し、
ついにそれが発覚して逃亡に至っていた。
それゆえ、侵犯者打倒を目指す魔女たちとは
志向合致するものがあり、
彼女は積極的に協力することとなった。
そんなコロンゾンを魔女側も大いに利用した。
魔神たちと同じ世界出身で多くの知識を有し、
さらに魔神とは異なる系の英知も携えていたという点が
大変有益だったために。
彼女はアンブラの相談役である悪魔の筆頭となり、
またとある魔女の家系と一族単位で永続契約し、
その血統を「改良」し、様々な才能をも与えた。
このコロンゾン「好み」の魂と肉体へと成形された一族は、
多くの優秀な研究者や戦士を輩出したほか、
アンブラ全知識を管理する主席書記官を代々務めるほどの
名家へと発展していくこととなる。
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:43:23.73 ID:XVB8s0iW0
だがこうした強大な悪魔たちの支援があってもなお、
侵犯者の打倒、特に魔帝打倒の「切り札」開発は困難を伴った。
もともと極めて難しいことは魔女たちも認識していたが、
協力している悪魔たちが口をそろえて
「現状の開発状況では非現実的」と警告したことで
難度がより深刻であることが示されたのである。
特にコロンゾンもそう断言したことが、魔女たちを強く焦燥させた。
古来から覇王に仕えることで侵犯者らのOMNEの力を直接観察し、
そして「分解すべきもの」として徹底研究してきた彼女の
そのような意見は、アンブラ指導部を動かすには十分だった。
この問題の解決法は唯一つ、さらなる人材と資源を開発に投じること。
もはや形振りは構ってはいられない、
より多くの才を集めるためならば、旧来の法と掟を破るのも已むを得ず。
これが指導部の下した判断であり、
それまで禁じられていた手段と方針が次々解禁された。
前述のコロンゾンによる一部魔女の血統改良、
そうした才人の「生産」もこの一例だった。
そして中でも大きな影響を及ぼしたのは、
「人間であり、才と忠誠あれば、出生も身分も問わず受け入れる」という方針である。
掟と伝統を何よりも重んじてきたアンブラ族にとって、
これは氏族始まって以来の大変革だった。
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:43:58.71 ID:XVB8s0iW0
その門はアンブラ族内の下層身分のみならず、
氏族に属さない者たちにまで開かれた。
アンブラからの無断離脱者、罪悪による追放者、またその子供たち、
さらには出生が「弱き人間」であっても、
魔剣士/闇の巫女の項で述べたとおり受け入れられた。
さらにそこからもう一歩踏み込んで、
魔女たちは混沌神族の子、すなわち原石能力者をも受け入れ始めた。
原石の力はもともと人界の神々由来、さらに辿ればエーシルが源泉、
その潜在的価値は揺るぎない事実であった。
そして魔剣士/闇の巫女と同様、特に優秀な原石は、女性はアンブラ族へ招き、
男性にはアンブラ族と婚姻し子をなすことも認めた。
またそれらを幾世代も奨励したことで、
最終的にアンブラ族の大部分が原石系の血も継ぐようになった。
そしてこれら計画は見事に成功し、アンブラ族全体が
物質・霊的両面において世代ごとに大きく底上げ強化されていった。
彼女たちはありとあらゆる素材を用い、そして混ぜ合わせ、
自らの種を人為的に進化させていったのである。
ちなみにこの計画にもコロンゾンは主導者の一人として携わっていた。
こうした魔女による原石利用について
天界主神派はもちろん激怒したが、賢者が魔女を擁護したことと、
対魔帝という第一の優先事項もあり、しぶしぶ黙認することとなった。
主神派による人界支配強化について、魔女は譲歩し黙認した、
その代わりに、という一面もあった。
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:44:30.24 ID:XVB8s0iW0
使えるものは何でも使う、
このような魔女の姿勢は武装などにも強く現れた。
後世に知られるアンブラ魔女の武技といえば
代表的なのは四肢四丁の銃器を用いる格闘術であるが、
それが現れたのもこの時期である。
またロボット技術と魔女の技を融合させた魔導鎧など、
この古き時代には不釣り合いな武装も多々現れた。
これらは、オーディン位相群の情報を用いた
一種のシミュレーションと、
魔女たちの時空干渉術による産物だった。
オーディン位相群の「台本」を読み取ることで
疑似的な未来視を可能とし、そこから未来の科学文明技術などを取り出した。
あらゆる時代、あらゆる文化も系統も問わず、
有用ならば全てを進んで用いていったのである。
このように有益な素材を全て活用し、
今まで以上の切磋琢磨と競争が行われた結果、
魔女はあらゆる面において飛躍した。
血統改良や鍛錬法の最適化によって優れた戦士が激増し、
また多様な技術と才が集ったことで革新がもたらされ、
数々の強力な戦術や武装も編み出された。
中には破滅的なほどの成功となったため、
逆に使用が極端に制限された代物もあった。
その最たる例こそ、禁忌にして究極と言われた業。
クイーンシバの召喚術である。
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:45:03.56 ID:XVB8s0iW0
このクイーンシバの召喚術は、
侵犯者に対する切り札として編みだされた本命であった。
この三界において、確実に現存する者たちの中で、
魔帝ら侵犯者たちを上回る強者といえばクイーンシバである。
ならばその力を用いれば侵犯者達を制することも可能、
といった具合で、構想そのものはごく単純だった。
ただし実際の使用には多くの懸念材料もあった。
まず魔帝は、「果実」を食して魔界そのもの、
もといクイーンシバを味方につけているも同然だという点である。
その魔帝とクイーンシバの繋がりを
魔女の召喚術で覆せるのか、それはまったく不明だった。
魔帝との戦いの場ではクイーンシバの召喚術がうまく機能しない、
あるいは召喚できたとしても、
魔帝側につかれてしまうことも考えられた。
またクイーンシバの召喚術が正常に機能したとしても、
魔帝を完全に殺しきることは困難と考えられた。
クイーンシバにはエーシルの『無』のごとき性質はないため、
魔帝の『創造』を完全には破壊できない可能性が高かったのである。
かの存在を完全に無力化するためには、
『創造』を破壊する別の一手も必要だった。
206 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:45:32.62 ID:XVB8s0iW0
くわえて、このクイーンシバ召喚術は
使用者に絶大な負荷をもたらす点も問題だった。
術者は特別に選ばれた魔女であり、
最高水準の耐性を有する者であったが、
彼女たちですらクイーンシバ召喚の負荷は致命的だった。
術の完成時、当時最強の魔女王が試験したものの、
負荷によって長期の昏睡状態に陥ったほどである。
そのうえ引きだせたクイーンシバの力も理論値の1割未満であった。
これらのことから、クイーンシバ召喚術は
理論上は最強の切り札であっても、実際の運用や確実な成果については
大きな問題があった。
問題解決に必要なものは大別して二つ、
クイーンシバを最大限扱えるだけのさらに強大な魔女を生み出すこと、
そして『創造』を機能不全に陥れる別の術。
このうち前者は、
血統改良と鍛錬体制の洗練によってなんとか目処が立っていたが、
後者は新たなる知識と技術が求められたために
ひときわ困難なものとなった。
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:46:10.40 ID:XVB8s0iW0
『創造』を機能不全にしうる力は、
これまでに二つ知られていた。
エーシル=ロキの『無』、そして竜王の『混淆』である。
だが前者は保有者のロキごと行方不明。
後者も「式」の類をことごとく破壊するため、
相性的に魔女には容易に扱えない代物だった。
またそもそも、『混淆』はいまだに未知な部分が多く、
本格稼動させれば癒着している竜王の悪性も目覚めかねない。
有用ではあるが、危険を鑑みれば『混淆』利用は最後の手段であった。
それゆえ、魔女はまず第三の新たな方法を編みだそうとした。
だがその別案の研究開発は難航し、結局はすべて頓挫した。
OMNEたる『創造』を破壊できるほどの力となれば、
その破壊側も事実上OMNEの域なのである。
すなわちOMNEの力を人工的に作ってしまおうという試み同然であり、
こればかりは魔女の英知を結集させても難しかった。
こういった難航状況は賢者側でもほぼ同じであった。
彼らも『創造』を潰す方法を研究していたが、
魔女と同様に完全に停滞してしまっていた。
最大の要因は、やはりOMNEに関する知識の不足だった。
OMNEたる「世界の目」を有するとはいえ、後天的に与えられた者である以上、
魔女・賢者はOMNEの根源部分の原理がどうしても解明できなかった。
これは彼らの技術が及ばなかったわけではなく、
純粋にOMNE性質上で不可能だったためである。
208 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:46:39.47 ID:XVB8s0iW0
しかしこの問題は、不意に解決されることとなった。
魔女が有するOMNE、「闇の左目」から突如、そのOMNEの根源部分に関係する情報が
「零れ落ちてきた」のである。
この事実はすぐ賢者にも伝えられ、
彼らも「光の右目」を同様の手法で調査したところ、同じ情報が発見された。
その情報は、とある事象にまつわる記録だった。
かつてエーシルが有していたOMNEの力、『時の記憶』の稼動情報である。
これはOMNEの根源知識が不足していた両族にとって、
まさに対『創造』問題の突破口になりえた。
『時の記憶』とは、
作用としては魔女や賢者が得意とする時空干渉術に似てはいたが、
その「格」は根本的に異なっている代物である。
紛うことなきオリジナルのOMNEの力であり、その時空干渉の作用は
『創造』にも確実に効き得るものだった。
そして非常に幸運なことに、この『時の記憶』の稼動情報は
かなりの部分が魔女・賢者の技術体系にも転用できるものだった。
『時の記憶』の完全再現は不可能だが、
擬似的に一部効果を再現することは可能だった。
そして『時の記憶』のほんの一部の作用でも再現できれば、
『創造』に時空干渉できれば、そこに時間遅延、あるいは時間停止の効果を埋めこみ、
機能不全に陥れることも可能、すなわち魔帝を確実に殺しきることも。
『創造』さえ停止させてしまえば、あとはどうにでもなる。
クイーンシバ召喚術などを使用してトドメを刺すのも良し、
それができずとも、魔帝が動けぬうちに封印してしまえば良かった。
とにかくこの『時の記憶』の情報をもとに
対『創造』用の手段を確立さえすれば、
魔女たちもついに確かな勝機を得るのである。
こうして「幸運」によって光明を見出した魔女・賢者は、
共にあらゆる才を投じて『時の記憶』再現術の開発に集中することとなった。
209 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:47:09.84 ID:XVB8s0iW0
ちなみに、この「世界の目」から突如こぼれてきた『時の記憶』の情報。
これはエーシルの記憶が目の中に残っており、
それが今回になって発見されたものだと判断された。
この時期にもっとも欲していたものが発見された、
ここだけ抜き出すと都合が良い話にも聞こえるが、
全体の状況を踏まえればこれは「起こるべくして起きた」とも言えた。
この時代、魔女は飛躍的な技術向上を続けており、
そして「世界の目」を含むOMNE研究に常時注力していた点も踏まえれば、
いつ革命的な新発見がもたらされても
おかしくない状況だったと言えた。
しかし実のところ、真実は異なっていた。
この『時の記憶』の情報発見は
「起こるべくして起きた」ものではなかった。
そもそも、「目」の中に残っていたものでもなかった。
これはある存在の明確な作為、
その存在による意図的な助力だった。
だが魔女も賢者も、他の誰も真実に気づくことはなかった。
なぜなら「彼」は助力しつつも、
自身の存在は巧妙かつ徹底的に隠したから。
その者の名はロキである。
210 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:47:40.52 ID:XVB8s0iW0
7 ロキの決断
隠遁していたロキは長年、
虚無の深部から人間界を見守ってきたが、
此度の魔帝の件ばかりは己も行動する必要があると考えていた。
このままでは間違いなく人間界は戦禍に飲まれ、
さらにそれだけでは済まないということを
ロキはすでに「体験」していた。
彼はその『時の記憶』の力によって、
その恐るべき未来へと一度「旅」をしていたからである。
魔帝の人間界侵略は「終わりの始まり」であり、
ここで魔帝を破らなければ、
三位一体世界は最終的に魔帝の手中に、そんな未来へ。
魔帝の武力は三界最強というわけではない。
クイーンシバやかつてのエーシルに比べたら大きく劣り、
現在の弱体化しているロキにとっても抗えない相手ではなかった。
同じ魔族においても武力自体は互角な覇王がおり、
個に限らず集団も鑑みれば、クイーンシバ召喚術等を編みだした魔女と賢者、
そこに魔神たちも加わった総合武力は、
今や個としての魔帝を大きく凌駕しうるものだった。
だが、魔帝の最たる脅威性とは武力ではない、『創造』である。
『創造』がもたらす不死性、それを打破できないかぎり、
本質的に彼を滅ぼすことは困難なのである。
魔女と賢者もそれこそが最大の問題とみて、
この解決に尽力しているのが現状だった。
ただし、ロキはさらに大きな視点、
世界の「流れ」、もとい現実に対する著者のごとき視点から、
真の魔帝の脅威性をも看破していた。
211 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:48:08.74 ID:XVB8s0iW0
そもそもジュベレウス、クイーンシバ、
そしてもっとも強大なるエーシルすらも、
原初OMNEからは『創造』の力を引き継げなかった。
だがその複製たる力を、魔帝は己の魂内にて生じさせたのである。
これは世界の著者のごとき視点からすれば、
原初OMNEの後継者として魔帝が設定されたかのごとき、
新たな『唯一にして永遠のOMNE』の種とも見なすことができた。
彼にはいわば、世界の主役となる「運命」を掴んでいた。
そしてこれから起こる戦争こそ、
その魔帝の役柄が開花にいたる転換点だった。
「果実」獲得により、すでに魔界を手中に。
次いで人間界も手中にすれば、
魔帝は「物語における主人公」の座をついに確立する。
この世界は「魔帝の覇道を描く物語」に確定し、
この三位一体世界は彼を中心にして流れ落ちていく。
しかもそのおぞましい「物語」は、人間側も気づかぬうちに
後押ししてしまう形にあった。
人間たちの集合意識こそが、
エーシルから受け継いだもっとも強き著者のごとき力を有していたために。
彼らが魔帝を恐れるほど、脅威とみなせばみなすほど、
現実もそう描かれる、その恐怖と脅威が本物となってしまう。
ゆえに、魔帝による人間界侵略が成し遂げられたら、
そうした人間たちの恐怖と絶望からなる「追認」によっても
世界は「魔帝の物語」だと裏付けられ、もはや修正は困難となる。
そもそも魔帝がかつて食した「果実」も
このような人間の著者のごとき力を結晶化させたもの同然である。
つまるところ魔帝が人間界を手中にするということは、
無数の「果実」を食すことと同じ、魔界のみならず、
三位一体世界全ての王になれるだけの莫大な量の「果実」を。
212 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:48:36.21 ID:XVB8s0iW0
そうしてひとたび物語が確定すれば、
並居る強者も上位者もただの通過点でしかなかった。
現在は魔界内に限定されている魔帝の「幸運」が、
全ての世界にまで適用され、全てが魔帝ムンドゥスの成功譚となる。
他者はどれだけ強くても、それこそ魔帝より強くても、
主人公たる魔帝によって敗れ去る運命が待ち受けている。
最終的にジュベレウスは眠ったまま死滅し、
クイーンシバは魔帝の全てを受容する形で取り込まれ、
そしてロキとロプトは弱体化の一途をたどり消滅。
ついにはオリジナルのOMNE全てが消失し、
魔帝こそ新たな『唯一にして永遠のOMNE』と成り、
悪夢のごとき新時代が始まる。
それがロキが『時の記憶』によって体験した、
魔帝が此度の戦争に勝利した場合に訪れる未来だった。
213 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:49:11.02 ID:XVB8s0iW0
この恐るべき未来を回避する手段はただ一つ、
ここで魔帝を挫くのみ。
そしてロキには一つだけ、確実に勝利できる手段があった。
彼が有する『無』の力である。
エーシルだった頃に比べれば遥かに矮小化しており、
今は魔帝そのものを直接抹消することも、
連続して使用することも困難だった。
だが、魔帝の『創造』を消すだけならばまだ可能だったのである。
他にも覇王やスパーダのOMNEの力を消すことも可能、
このロキの力と天界・人間界の総力を併せれば
魔帝陣営のみならず魔界そのものに勝利することも
十分に可能だった。
しかし実のところ、
今のロキはこの『無』という手段を選べなかった。
魔帝とはまた別の問題があり、
そのためには『無』をここで使うわけにはいかなかった。
それはもう一つの脅威、ロプトの存在である。
214 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:49:53.15 ID:XVB8s0iW0
ロプトという思念は、かつてのエーシルのうち
「人間に自我を与えることを拒否した部分」が核になった存在である。
それゆえ潜在的には魔帝と同様、人間にとって最大級の脅威であり、
人間に自我を与えたロキにとっての宿敵でもある。
その宿敵ロプトが今、
力を取り戻すべく長大な策略を進めていること、
かの竜王事件がそのロプトの計画の一部だともロキは知っていた。
そしていずれ訪れるかもしれない遠い未来。
復活したロプトとの決戦では、
『無』こそが最後にして唯一の切り札となることもすでに知っていた。
だからこそ、ロキは今ここで『無』を使うわけには行かなかった。
単に力を温存するためではなく、
「『無』の力をいまだに使える」という事実をロプトに知られないように。
というのも、将来の決戦においてロプトに勝利するには、
「ロキは矮小化によって『無』の力を喪失した」と
ロプトに誤認させ隠しておく必要があったからである。
かの未来の決戦時、ロプトはロキから多くの力を奪うが、
『無』の残存は知らなかったためにこれを奪い損ねてしまい、
その残った『無』よってこそロキは逆転勝利するのである。
そしてこれこそ、唯一の勝利の未来でもあった。
そのため、今ここで『無』を使って魔帝に勝ってしまうと、
当然ロプトに知られてしまい、
その場合の未来はどのような選択をしても
全ての結末においてロプトに『無』を奪われて
ロキが敗北することが確定していた。
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:50:27.79 ID:XVB8s0iW0
ロキが勝利するには、かの決戦まで『無』を秘匿するしか方法がなかった。
それゆえ魔帝への『無』使用は困難であり、
彼は別の方法をとらねばならなかった。
そしてこの「『無』を使わずに魔帝を倒す」未来へつながる唯一の道こそ、
ロキが『時の記憶』についての情報を魔女と賢者に与える、
という行動をとることであった。
彼は誰にも悟られないよう長期間かけて
少しずつ「世界の目」に『時の記憶』の情報を送りこんでいったのである。
人間たちの「心」が、勝利をもたらすよう願いをこめて。
これこそ、かの魔女たちが
「世界の目」から見出した情報の真実だった。
また一つ幸いだったのは、
この時期はロプトからの妨害は一切なかったため、
これら作業が非常に円滑にできた点である。
当時、ロプトは予想外の魔帝の行動に振り回され、
状況に手が出せなくなり活動を一時停止していたのである。
ロプトもロキと同様、『時の記憶』の断片を有しており
未来も体験可能であったが、エーシルから分離した際の配分の関係上
力が弱かったロプト側はその精度も低かった。
それゆえロプトは未来の分岐を選別しきれずに見誤っていた。
当初、彼は自身の力を回復させてから魔帝を処理する予定だったものの、
復活前に魔帝が動くという未知の未来へと到ったために
手を出せなくなっていたのである。
ちなみに、『無』の力は消滅したとロプトが誤認してしまったのも、
さらには「ロキが勝つ未来」を見落としたのも、
この精度の低さが原因だった。
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:51:16.58 ID:XVB8s0iW0
ただし、ロキも未来の全てを掌握できたわけではなかった。
「『無』を使わずに魔帝を倒す」未来につながる、
とはいえ確実にそこに至るわけではなかった。
むしろあらゆる段階で「魔帝が勝つ」未来に即座に転じてしまいかねない、
絶望的なまでに不安定で成就の可能性が低い道筋だった。
そもそもこの道筋はロキも脇役でしかなかった。
この未来の結果を決定する最大要因は「人間の心」であり、
その動向をロキはひたすら見守ることしかできない、
という代物だったのである。
だがロキに迷いはなかった。
もとより彼は、己を裂いてまで
人間に「世界の目」と自我を与えた神である。
誰よりも人間の可能性を信じる彼にとっては、
「人間の心」に未来を託すなど
むしろ当然の行いであった。
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:52:02.09 ID:XVB8s0iW0
8 魔女と刺客
魔女と賢者は切り札となりうる知識を獲得したが、
状況は切迫していた。
ちょうどこの時期、魔帝が「現れぬロキ」に痺れを切らして
ついに人界侵略に向けて本格的な準備をはじめたからである。
魔帝軍の召集がはじまった、
その情報を魔女は契約相手の悪魔を通して掴み、
また天界や賢者もそれぞれの情報網で事態を把握し、
より尽力して備えを固めていった。
くわえて竜王事件以来、
魔女は賢者との知識共有を禁じていたが、
この時期ばかりはそれも一時的に解禁された。
さらに禁止されていた魔神との交流も復活、
一時的に在りし日の関係に戻ったことで共同研究が大幅に進展し、
数々の成果がもたらされることとなった。
中でも目覚しい成果は、
賢者たちによる、不可能に思われていたジュベレウス召喚術の完成である。
『時の記憶』の理論を組み込むことで、過去から完全状態のジュベレウスを
ごく短時間ながら召喚することが可能となったのである。
またこれを魔女のクイーンシバ召喚術と融合させることで、
もっとも強力なはずの『原初のOMNE』をも擬似的に構築することが理論上可能であり、
これも完成が急がれた。
そして最大の課題であった『創造』への対応手段もついに目処がたった。
実験的な式が完成し、試験において
『時の記憶』の限定的な再現を成功させたのである。
これをより強化・安定化すれば、
『創造』の時間をも支配して機能停止に陥れることも可能。
いよいよこの切り札の実用化にむけて、魔女と賢者はあらゆる才を投じて
開発を加速させていった。
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:52:29.88 ID:XVB8s0iW0
そしてその開発陣の中に、
特に抜きんでた才人がいた。
エヴァという名の魔女である。
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:53:40.24 ID:XVB8s0iW0
エヴァは、一応はアンブラ族の血筋ではあったものの、
祖母がかつて一族から追放された所謂「孤高の魔女」であり、
彼女も元々は同様の身分だった。
祖母の追放理由は、
竜王事件後も魔神たちとの交友を続けたためだった。
優秀な研究者であったが、
研究を優先するあまり禁を破って魔神との関係を続けたため、
アンブラ指導部の怒りを買って追放されたのである。
以来、エヴァの祖母は「弱き人間」世界の辺境にくだり、
表面的には隠遁しつつも独自の技術研究を続けた。
そしてその長年の成果は、
対魔の機運が高まったことで陽の目を見ることとなった。
アンブラ族が掟を緩和してあらゆる人材を集めるようになると、
すぐに祖母も招かれ、その才を再び発揮することとなったのである。
ただしその娘、エヴァの母にあたる者は招かれなかった。
生まれつき魔女としての力が弱く、
才の有無以前に魔女としての長寿すら保てないという
水準だったために。
しかしその者の娘、エヴァは異なっていた。
祖母をも超えるほどの魔女たる才があったのである。
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:54:11.11 ID:XVB8s0iW0
彼女は成人前の段階で、
すぐさまアンブラ族へ招かれることとなった。
ただし当初、彼女はこの誘いを受けるかは迷っていた。
魔女の業のさらなる探求、そして人間界を守るという使命感に高揚した一方、
「才なし」として母の一族復帰は許さないアンブラ指導部への反感、
そして魔女としては虚弱である母を、
たった一人残してしまうことへの抵抗があった。
またエヴァ自身が抱く使命感についても、
若さゆえの狂信ではないのか、
それゆえ盲目になって道を誤ってしまうのでは、
この今までにない熱意に身を委ねてもいいのだろうか、
といった疑問や恐れを自ら抱いてしまっていた。
しかし、そこで母が諭した。
行動を起こすこと、機会を掴むこと、
前に踏みだすことを恐れてはならないと。
確かに行動が報われるとは限らない。
正しき道を歩んだつもりでも、それが間違った結果となることも多々ある。
しかし、物事が隙あらば悪しき結果に向かう今の時代、
正しき道を歩もうとしなければ、正しき結果は訪れない、と。
そして、アンブラ族の掟に反してでも意志を貫いた祖母のことも挙げ、
己が正しいと思う道を歩め、と母は告げた。
それら言霊が揺るがぬ勇気となり、
エヴァは母の元から旅立つこととなった。
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:54:37.44 ID:XVB8s0iW0
魔女の本拠地、ヴィグリッド入りした彼女は、
その才を見込まれすぐに最上位の開発研究陣に加わることとなった。
ただしアンブラ族に正式復帰できたわけではなかった。
思想と価値観が主流派とは相容れなかったからである。
離別のきっかけとなった彼女の祖母は、
竜王事件後も魔神と友好関係を続けたとおり、
当時の魔女主流派たる強硬思想とは相容れない考えの持ち主だった。
その思想はエヴァもしっかりと受け継いでいたうえ、
彼女は生来の優しさからさらに穏健かつ協調路線であった。
「相手が天界主神派であろうと慈愛をもって受け入れるべき」と発言するほどであり、
アンブラ族主流派からすれば紛うことなき要注意人物だった。
才は認められようとも、彼女の人格そのものは
やはり追放に足る「異端」と認識されていたのである。
ただし異なる思想や価値観の存在は、
多角的な視点や発想をもたらすためさらに研究が進む、
という利点はアンブラ族主流派も認めざるを得ず、
エヴァも重要な立場に就くことが許されることとなった。
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:55:03.66 ID:XVB8s0iW0
そして彼女は大きな期待をうけ、
魔術の先端研究に専念することとなった。
その間、いくつかの悲しい出来事があった。
まず祖母が、大悪魔によって殺害された。
戦闘ではなく、契約の場における裏切りだった。
魔女の魂は美味だと悪魔の間では評判であり、
契約するそぶりを見せて喰らおうとする者も少なからずいた。
覇王の側近たるアスタロトなど、
非常に高位の存在までもがそのような悪辣な企てをしばしば行っていた。
またしばらくののち、もう一つの悲しみがあった。
母が老衰で生を終えたのである。
魔女の寿命は霊的な力次第であったが、
母はその魔女としての性質が弱く、「弱き人間」のように物質領域寄りだったため
肉体の老いによって寿命も定められてしまっていた。
そしてエヴァは最重要人物ゆえにヴィグリッドの外には出られなかったため、
母を看取るどころか葬儀すらできなかった。
だが彼女は、悲しみや不満によって任を滞らせることはなく、
逆にそれらを糧にしてさらに研究に没頭し、己の道を邁進しつづけた。
それが祖母や母へ向けた、
彼女ができる精一杯の弔いの形でもあった。
223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:55:32.68 ID:XVB8s0iW0
「闇の左目」から『時の記憶』の情報が発見された当時、
彼女はいまだ150歳ほどと魔女としてはまだまだ若輩であったものの、
すでに開発研究の中心人物となっていた。
それゆえ、彼女につけられた護衛も厳重だった。
大悪魔の諸神格と渡りあえるほどの最精鋭が常に複数名そばにおり、
時には賢者や魔神が応援警護に加わることもしばしばあった。
ただし、単に彼女が重要人物というだけではなく、
この時期の状況的にも厳重にせざるを得ない理由があった。
すでに魔帝からの密偵や刺客が人間界に多く侵入してきており、
しばしばヴィグリッドの周辺でも確認されていたからである。
その目的も明らかに、対『創造』技術についての情報収集と開発妨害だった。
これは開発が魔帝にもすでに知られているということであったが、
同時にそれは有益な一つの答えも示してくれていた。
魔帝がここまで執拗に情報収集と妨害を試みてくるということは、
魔女たちが研究しているものを脅威とみなしているということ。
本当に魔帝を倒しうる力を備えうる、
というのを魔帝自身が半ば認めたわけでもあり、
これは魔女のパートナー悪魔たちを繋ぎとめる上で
相当の宣伝効果ともなった。
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:56:08.46 ID:XVB8s0iW0
そしてもちろん、
魔女/賢者/魔神たちは妨害に対する備えも固めていた。
エヴァを含め開発陣の守りは厳重であり、
それこそ魔帝が自ら出陣でもしないかぎり鉄壁であった。
また、もし魔帝自身が動いたとしても、
予め用意してあるあらゆる対応策を起動させ、
魔女と賢者の総力をあげて迎撃を行う態勢も整えられていた。
魔帝の動きを事前察知して迎え撃てば、
大変な犠牲は避けられないものの、
エヴァたちが対『創造』技術を完成させるまで
持ちこたえることは可能と判断された。
この時期、魔女と賢者の武力はまさに
魔帝とその軍勢全てとも
正面から戦える水準にまで達していた。
くわえて魔神たちの全面的な支援もあったため、
天界と人間界の連合はようやく確かな勝算も描けるようになりつつあった。
だが忘れてはならないのは、
脅威は魔帝だけではないということ、
侵犯者は三柱いたのだから。
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:56:58.81 ID:XVB8s0iW0
当然ながら諸勢力は
他の侵犯者の情報収集にも尽力していた。
覇王アルゴサクスについては、その傲慢と虚栄と支配欲ゆえに
常に堂々と君臨していたため動向把握は難しくなかった。
彼はこの時、侵略準備を進めている魔帝陣営とは異なり、
ただ状況を静観していた。
覇王は予備戦力として魔界に残るよう
魔帝から要請されていた、というのが建前であったが、
実際には互いの反目が最たる理由だった。
魔帝は、覇王に新しいクリフォトや果実、
「世界の目」を横取りされることを警戒していたのである。
一方覇王側は、魔帝のさらなる成功に手を貸すなど論外であり、
とにかく魔帝の失敗を望んでいた。
そしてこれら両者の反目は当然、
天界/人間界の連合にとって好都合だった。
少なくとも覇王はすぐには参戦しない、それが確かなだけでも
非常に大きな余裕ができた。
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:57:43.28 ID:XVB8s0iW0
だが一方で、残るもう一柱、
スパーダについては問題があった。
そもそもの動向把握が難航を極めていたために。
彼は単独で魔界を放浪していたうえ、
魔女の情報網でも把握しきれない奥地をもうろついていたため、
おおまかな居場所を知ることすら難しかった。
また一時的に居場所を把握できたとしても、
そこからの行動もスパーダの性格ゆえに予測困難であり、
すぐにまた見失ってしまっていた。
魔帝と覇王については、
支配者として振舞うために行動指針は明確であり、
善悪はともかくその行動予測の信頼性は高いものだった。
一方でスパーダはその時々の闘争心や好奇心で動く一匹狼であり、
どう動くかはまるで予測できなかった。
それでも、魔女たちは長年かけて断片的な情報を集め、
エヴァたちの研究開発が成就しかけていたこの時期、
ようやくスパーダの足取りも割りだしはじめていた。
そしてついに大まかな居所を掴んだが、その情報にみな絶句した。
かの侵犯者スパーダは人間界の内部、
しかも彼らのすぐ『懐』にいたのだから。
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:58:14.72 ID:XVB8s0iW0
この時期、ヴィグリッドにいたのは魔女や賢者のみらなず、
出生が「弱き人間」である魔剣士/闇の巫女と選ばれし者も大勢いた。
魔女や賢者は圧倒的戦力を誇るが、
人口が少ないためどうしても作業数には限界があり、
諸雑務をこなすために魔剣士/闇の巫女と選ばれし者からも
才人や戦士を募って支援兵団を組織していたのである。
ただし誰でも受け入れるわけではなく、
なによりも魔帝側の刺客や密偵の侵入を防ぐため、
何重もの魂・精神の解析を通過しなければならなかった。
これは絶対に『敵』が通過し得ないものだった。
この解析のもっとも重要な項目は
「人間的な慈しみや情を有しているか」、
「人間界に対する敵意や悪意を有しているか」である。
物質的な肉体や力の性質は技術さえあればいくらでも偽装できたが、
魂と精神の完全偽装は困難なものである。
そこを上述の項目などで精査することで、「悪魔的精神」の者、
すなわち「敵」を確実に炙り出すことができた。
しかもこれら解析は「世界の目」による観測が基盤となっていたため、
欺くことは絶対に不可能だった。
228 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:58:41.14 ID:XVB8s0iW0
そしてこの厳重な解析を通過し、支援兵団に加わった中に
とある一人の「銀髪の魔剣士」がいた。
彼はフォルトゥナという地の生まれと自称していた魔剣士であり、
支援兵団内では抜きんでた技と知識を有する勇猛な戦士だった。
また精神解析を容易に通過したその人格は、
寡黙で冷静、公正と明晰、慈悲と献身をたずさえていたために人望を集め、
魔女・賢者からも評価され、支援兵団の幹部位も与えられるほどだった。
それゆえ、彼はしばしば魔女居住域の重要区画にも立ち入りが許可された。
支援兵団でこのような待遇を受けられたのはごく一部の幹部のみであり、
これは魔女・賢者からの信頼の証でもあった。
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:59:09.03 ID:XVB8s0iW0
しかしその関係は長くは続かなかった。
「銀髪の魔剣士」が支援兵団に入って9年経った頃、
魔女がついにスパーダの足取りを掴みはじめたからである。
かの侵犯者が人間界に侵入していたという衝撃の事実が判明し、
魔女・賢者はすぐにスパーダが降り立った地域へと調査班を送りこみ、
その足取りをさらに追っていった。
ここまでくればもう時間の問題だった。
スパーダの現在地の特定も、そして「彼」の正体が暴かれるのも。
ゆえに「銀髪の魔剣士」は先手をとった。
ヴィグリッド内にて、その証たる絶大な力を解き放って、
自らがスパーダであることを明かしたのである。
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 12:59:39.94 ID:XVB8s0iW0
対創造の切り札が完成間近という重要な時期に起こった、
魔女と賢者の計画を根底から破壊しかねない大事件だった。
人間たちは完全に不意を突かれた。
二大氏族は強固な迎撃網を入念に準備していたものの、
その内側からいきなり侵犯者が現れたからである。
それでもすぐにジュベレウスやクイーンシバの召喚術など、
究極戦力の使用許可が下されたが、
結局このときは実戦使用にはいたらなかった。
スパーダが「なぜか」すぐに立ち去ったからである。
対創造の切り札開発を潰そうとはせず、
それどころか一人の死者も発生させずに。
さらにここでもう一つ、誰も予期してなかったことも起きた。
スパーダは立ち去る際に、
かの才ある魔女エヴァを連れて行ったのである。
しかも誘拐ではなく、彼女が同行を望んだために。
もちろん相手がスパーダだと知った上である。
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:00:08.28 ID:XVB8s0iW0
これら立て続けの予想外の事態に、
魔女と賢者は大いに混乱した。
彼らはすぐにスパーダと、
彼に同行した「反逆者エヴァ」を追撃するのと並行し、
諸問題の調査にも乗りだした。
『世界の目』を基盤にした解析、その「敵」を確実に見抜く鉄壁を
スパーダはどうやって欺いたのか、
我々魔女と賢者は何を見誤ったのかと。
だが実のところ、スパーダは解析を「欺いた」わけではなかった。
また解析に何かの不備があったわけでもなく、
魔女と賢者が何かの失敗を犯したわけでもなかった。
そして、むしろ逆に、この事態は「成果」と誇っても良いものだった。
実は彼ら人間たちこそが、
スパーダに「ヴィグリッドを傷つけない」という道を選ばせたも同然なのだから。
人間たちは気づかぬうちに大変なことを成し遂げていたのである。
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:00:49.10 ID:XVB8s0iW0
ただ、あまりにも予想外の事態であったために、
彼女ら/彼らはその成果を成果として認識することができなかった。
これは仕方のないことだった。
魔界の脅威が迫っている現状において、
悪魔の中の悪魔たる侵犯者スパーダを
「味方」として認識することなど到底困難だった。
絶対にあり得ないはずなのだから。
だが、これこそがロキが密かに導いた、
絶望的なまでに可能性が低くも
「人間の心」によって果たされる勝利への道筋。
そして、一つの愛の物語でもあった。
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:01:26.32 ID:XVB8s0iW0
第三部 「伝説の戦い」
その戦いは史上最大でもなければ、史上最強でもない。
はるか古から現代にかけて、
規模や武力で凌ぐ戦いはいくつもある。
古においては天魔の超大戦。
中世においては賢者と魔女の全面戦争、
そして天界の介入による魔女の滅亡。
現代においてはスパーダの息子らと孫による数々の死闘。
生き残りにして最強たる魔女らによる、
ジュベレウスとロプト=エーシルの打倒。
そして第三次世界大戦から発展し、
三界全勢力と魔女やスパーダ血族も参じた大戦、
旧ジュベレウス派の完全失墜、古の悪竜の滅亡など、
より大きい戦いの例は数多ある。
だが歴史的な意味合いにおいて、
世にもたらした影響においては、此度の戦いを越えるものはない。
それまでの世の運命が集束し、
それからの世の運命が決定づけられた。
全ての転換点にして新たなる始まりである。
それゆえにこの戦いは「伝説」と謳われた。
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:02:07.15 ID:XVB8s0iW0
1 迷える怪物
スパーダが人間界に本格的に関わりだしたのは、
ヴィグリッドの支援兵団入りから約千年ほど前である。
当時ロキの調査を行っていた魔帝に事情を明かされ、
秘密裏に協力したのが始まりだった。
魔帝はスパーダへ、大胆にも人間界への潜入調査を提案した。
これはロキを大いに挑発しうる行為であり、
かの存在が「無」を使えた場合には最初に餌食にされることを意味していたが、
スパーダはその危険も承知で引きうけた。
武力の探求のためなら己すら材料にするスパーダにとって、
三位一体世界最強といわれたエーシル、
その要素を受け継ぐロキの力には
やはり抗しがたい魅力があった。
また、スパーダはかつて「無限の者」を突如襲ったとおり、
とにかく自ら飛びこんで直接体験するという性格でもあったため、
ためらう要素は一切なかった。
くわえて彼は、人間のことも大いに気になっていた。
人間はエーシルが創り出した種であり、
その自我も世界の目によって生じたもの、
すなわち人間たちもまたエーシルの力が直結した存在だからである。
さらにあの「果実」の原料となるほどの未知なる因子、
そして賢者と魔女の目覚しい成長と力量も魔界まで轟いており、
スパーダが彼らに興味を抱くのも当然だった。
それゆえ人間界に潜入できた暁には、
エーシル関連のみならず人間についても
徹底的に調べあげようと考えていた。
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:02:36.13 ID:XVB8s0iW0
そうして彼はすぐに行動を開始した。
まずは魔帝から提供された人間の「検体」で基礎知識を得た。
この人間たちは、魔帝が配下の悪魔らに拉致させてきたものである。
スパーダはその「検体」たちを解剖して精査し、
人間の霊的・物質的構造を一通り学んだ。
そしてそれを元に己の魂外殻を人間に偽装させ、
さらに肉体を物質的には人間そのものに作り変えた。
また己の悪魔としての力は完全に封じ、一切外に漏れ出さないようにした。
こうして成されたスパーダの偽装はきわめて高水準だった。
物質領域における再現は完璧であり、肉体は生物学的には人間そのもの、
少なくとも、その魂と精神の深部を調べられないかぎり、
ロキ・ロプト以外には見破れないと断言できるほどであった。
このように「人間の銀髪の魔剣士」姿となったスパーダは
いよいよ人界に赴き、魔帝から託されたロキの捜索を開始した。
しかしその仕事は一向に進展しなかった。
スパーダの偽装潜入に気づいていないのか、それとも静観してるのか、
ロキ・ロプトの動きは全く確認できず、収穫は一切なかった。
そのため、スパーダはひとまずロキ捜索を中断し、
個人的な目的である人間の研究を進めることにした。
このスパーダの「寄り道」は魔帝も承認していたものだった。
そもそもこの悪魔が好き勝手動くのは魔帝も承知の上であり、
また人間の理解はエーシルの力の理解にも繋がり、
それゆえ別方向からロキに接近できる可能性もあったからである。
236 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:03:17.98 ID:XVB8s0iW0
根本的に武と力にしか関心が無いゆえに、
どんな対象でも武と力の物差しによって評価する、
そんなスパーダからすれば、人間はまさに驚くべき種だった。
誕生したのが最終戦争後という日が浅い種だというのに、
すでに三位一体世界の一角を占める勢力として成熟していたからである。
とくに魔女・賢者は戦闘能力においては
いまや魔界の諸神格と戦える水準、
最強の者たちならば侵犯者とも渡り合えるほどであり、
武力の成長速度においては魔族をも凌駕するほど。
原初時代から存続してきた魔族や、
原初時代の難民で構成された天界勢とも違う、
より高性能ともいえる次世代の知的支配種だった。
スパーダにとってはこれ以上ない研究対象であり、
興味は表面的な強さのみならず、その成長や強さの源、
すなわち人間の精神部分にまで向けられることとなった。
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:04:00.88 ID:XVB8s0iW0
そしてその際限がないスパーダの好奇心は、
己の身で直接体験するという彼お馴染みの手法によって発揮された。
スパーダは人間社会の内部に堂々と踏み込んでいった。
文明を渡り歩き、農村から都市、貧困層から支配層まで、
あらゆる部分に紛れこんでは人間を直接観察し、
彼らの精神や営みに触れた。
スパーダの人間偽装は完璧であり、
一度たりとも正体を見破られることはなかった。
周囲の人間のみならず天界による監視網でさえも
彼を「弱き人間世代の生まれ」と判定していた。
ただし、魔女・賢者にだけはスパーダは接近しなかった。
その高度な解析技術、そして「世界の目」によって魂・精神の深部まで調べられ、
正体が見破られる可能性があったために。
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:04:35.21 ID:XVB8s0iW0
ロキ捜索が完全に暗礁に乗り上げていたこともあって、
スパーダは人間研究により没頭していった。
入念に観察し、「検体」を採取し、実験を繰りかえして精査し、
人間についての理解を日々深めていった。
その研究方法は、「検体」として扱われた人間からすれば
想像を絶するほど凄惨でおぞましい所業であったが、
当時のスパーダはもちろん一切気に留めていなかった。
そうして人間の生物学的側面のみならず、
彼らの精神世界を構築する思考や信仰、欲望、感情、
そして「道徳」や「慈愛」という魔族にとって無価値といえる分野まで、
ありとあらゆるものを調べあげ、
仕上げに自ら現場体験することでより理解を深めた。
こういった研究の当初、スパーダがこの人間世界に抱いた印象は
ひどく否定的なものだった。
闘争と暴虐もあれば、調和と慈愛も含む人間世界。
その矛盾溢れる様相は、
「悪魔の中の悪魔」「闘争の象徴」と謳われるほど突き抜けていたスパーダには
苛立たしいほど散漫で濁った世界に見えたのである。
しかし人間の視点に立ち、体験し、学ぶことで
その認識は徐々に変わることとなった。
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:05:01.38 ID:XVB8s0iW0
人間の思考と行動を模倣して直接体験する、
とくに調和や慈愛を味わうことになるなんて、
基本的に悪魔にとっては苦痛と屈辱しかなかったが、
スパーダは全く気にしなかった。
彼にとっては力の探求こそが全てであり、
その目的の前には保身や自尊心などは無いも同然だったから。
彼が後進でありながら侵犯者の域に達したのも、
己を実験動物のように絶え間ない闘争の渦に放りこみ、
自我の変質すら厭わずにあらゆる要素を取りこんで
己を改造してきたがゆえだった。
こうした極端な探求姿勢は、人間を学ぶ上でも同じだった。
彼は己を実験動物として、
さまざまな人間の要素を組み込んでいったのである。
彼にとってはいつものこと、
喰らった悪魔や性質を吸収して、新たな知見や力を手に入れる、
そんな数え切れないほど繰り返してきたことを
また繰り返しただけだった。
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:06:57.59 ID:XVB8s0iW0
そのように人間の要素を徐々に取り込むことで、
スパーダは他の悪魔には不可能な知見を獲得していくこととなった。
中でもとくに彼を興奮させたのは、もとい認識を改めることとなったのは、
先に人間界に抱いていた「散漫で濁った世界」という否定感だった。
その散漫さ、中でも人間の思念と感情の「不明確さ」こそが
むしろ人間の強さの一因だとスパーダは気づいたのである。
人間の思念や感情はきわめて強烈であるにもかかわらず、
それぞれの境界が不明瞭であり、溶けあって混沌としていた。
忠誠、大義、そして愛情といった要素が、
憤怒、憎悪、嫉妬などといった要素と同居しており、
また愛情と憎悪など、悪魔にとっては相反するはずの感情が
一つに溶け合ってしまうことさえしばしばあった。
これは悪魔の視点からすると実に奇妙だった。
思念や感情は、強ければ強いほど明確であり不変、
というのが魔族の普遍的な精神構造だったために。
そのような悪魔の価値観からすれば、
こうした人間の曖昧な感情は精神異常や虚弱の証だった。
なぜなら思念や感情は闘争行動に直結しており、
それが曖昧ということはまさしく「弱さ」だった。
だからこそ、スパーダも当初はこの世界に悪い印象を抱いたのだった。
だが人間世界では実のところ、それは逆に強さでもあった。
不安定さが彼らの思念や感情の強さにつながっていた。
思念や感情が大きく揺れ、その振り幅の大きさゆえに
反動で振り切った際には凄まじい衝動を形成したのである。
241 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:07:28.85 ID:XVB8s0iW0
中でももっとも振り幅が大きかったのが「愛情」であった。
愛情には明確な境界などなく、
あらゆる衝動から転化し、またあらゆる衝動にも転化しえた。
大義や忠誠、無上の献身にも、
憤怒や憎悪、嫉妬や浅ましい欲望にも、
ありとあらゆる思念や感情に直結し、溶け合うこともできた。
さらにそれらによる感情発露の強さも並外れており、
人間たちを頻繁に非合理な行動にも駆りたてるほどだった。
そして、そうした精神活動が彼らの才と正しく結合すれば、
魔女や賢者に代表される「人間の強さ」が発揮されうる。
たとえば魔女を魔界傾倒という困難な道へ突き動かし、
そして困難ながらも成功させたのも、一族の未来を守るため、
より究極的には子を守る母親としての愛情が根底にあったためである。
これら判明した人間特有の「強さ」は、スパーダを久々に真に興奮させた。
この魔族とはまったく異なる形で得られる「強さ」とは、
彼にとっては未開拓の新系統の分野、まさに新たな力の宝庫だった。
そしてスパーダの探究心はより加速し、
その手法もさらに踏み込んだものになっていった。
部分的に人間の要素を己に組みこむだけではなく、
思念や感情といった根幹部分の全てを一気に取り込もうとした。
だが、それは悪魔視点からすると大いなる「過ち」だった。
242 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:08:06.57 ID:XVB8s0iW0
人間の不安定な感情や思念をも取りこむ、
これは自我の変質どころか悪魔の範疇をも外れかねないものであり、
まともな魔族ならば絶対にやらなかった。
しかしスパーダはやはり違った。
彼は躊躇わずに人間的な精神のすべてを己の中に打ちこんだ。
そしてついに獲得した人間的な思念や感情、
その影響はすぐにスパーダの目に映る世界を変えた。
「人間的精神」で彩り豊かな人間世界を見るや、
それまでの興味や驚きだけではなく、美しさへの感動も抱いた。
野山を歩めば心地よさを抱き、
騒がしい人間の町では喜悦や高揚、不快感や怒りも抱いた。
さらに周囲の人間の表情や佇まいに共感することでより情動は増し、
生き生きと浮かびあがる人間社会の営み。
人間の思念と感情を手に入れたことで見えてくる情感世界、
その息吹にスパーダは魂から酔いしれた。
だが、それは「悪酔い」だった。
開花したスパーダの人間的精神は、思わぬ副産物も生じさせた。
それまで彼自身が当たり前のように行っていた人間の拉致、
様々な実験、分解、精査といった行為がどれだけ「残虐」なものだったのか、彼は真に理解した。
そして「人間的なスパーダ」部分は耐え難いほどの自己嫌悪を抱かせたのだった。
243 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:08:55.73 ID:XVB8s0iW0
自覚した時にはすでに遅かった。
人間のことを研究材料としては見られなくなっていた。
彼らに行ってきた研究は害悪であり、それを「非道」だと思うようになり、
それを行ってきた己に怒りをも抱いてしまう。
これはスパーダの生涯において最も劇的な変化だった。
それまでの彼は他者のみならず、己自身すら鑑みずに実験材料にするほど、
人格や生命それ自体にはなんら価値を認識していなかった。
しかしここで彼は生まれて初めて、
他者の人格や生命そのものに価値を見出し、
それを一方的に破壊する行為を「非道」とも感じた。
これはスパーダの存在そのものを揺らがしかねない一大事だった。
彼の根源的欲求は武力の探求であり、彼の人格も行動もすべてが
その欲求を基礎として形成されていたはずだった。
無数の悪魔を貪って取りこんできても
この探究心だけは一切薄まることはなく、
スパーダという人格を維持してきた不変の核であった。
だがいま、その核が揺れはじめていた。
人間に対する非道、その自己嫌悪が、絶対的欲求だったはずの武力探求を鈍らせ、
従来の「スパーダ」という人格を蝕みはじめていた。
彼が見出した人間の思念と感情の「強さ」は、
皮肉にも彼自身を殺すも同然の猛毒だった。
244 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:09:30.68 ID:XVB8s0iW0
その毒はもはや止めようがなく、
スパーダは次第に己の在り方をも見失いはじめた。
武力探求をもとめる生来の衝動と、
探求よりもさらに「大事なこと」を示す人間的性質、
相反する本能や情感がぶつかり、彼の思考をひどく淀ませた。
思考も自意識も揺らぎ、スパーダは生涯で初めて途方に暮れた。
自己がこれほど信用ならなくなったことは今まで一度もなかった。
闘争に身を捧げた成り上がりの時代も、侵犯者としてOMNEの力を獲得し、
超越的な戦士として名を轟かせてからも、
一度も自信を失うどころか、一瞬の迷いすらも抱いたことはなかった。
だからこそ、彼はここで果てしなく途方に暮れた。
原初時代より激烈な闘争を勝ち抜いてきた屈指の怪物が、
人間の幼子のように出口が見えない不安に苛まれることとなった。
だがそれほどの状態になろうと、
スパーダは人間的な部分を捨てることはなかった。
技術的に切り離しは可能であり、また彼もそうすることを幾度も考えたが、
迷った末に結局いつまでもできなかった。
245 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:10:07.60 ID:XVB8s0iW0
そのようにスパーダは鈍い苛立ちと苦悩のなか、
ぼんやりと人間世界に浸る日々を過ごした。
そして、そのまま数百年経ったある時、魔帝から言伝が届いた。
ロキ捜索は切り上げ、人間界への全面侵略に移るという旨である。
くわえて魔帝からの新たな要望も付加されていた。
その内容は以下のとおりである。
魔女と賢者が「世界の目」から
エーシルの力の情報を抽出することに成功し、
対魔への切り札として応用を試みている。
それは侵犯者をも脅かす可能性があるため、
賢者・魔女に接近してこれを探り、最終的には排除せよ、と。
自分は安全圏に座し、厄介ごとはスパーダに押しつける、
そんな魔帝の意図は明らかだったが、スパーダはこれを快諾した。
ただし、人間界に訪れた時とは異なり
快諾の理由は力の探求ではなかった。
スパーダがこのとき欲したのは、賢者と魔女が行っていた支援兵団の募集、
そこで実施されていた精神解析を受けることだった。
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:10:34.55 ID:XVB8s0iW0
賢者と魔女が行っていた精神解析、
それは魔帝の手先が紛れこむのを防ぐためのものだったが、
スパーダにとっては今の個人的問題を解決しうる糸口でもあった。
解析には「世界の目」の力も使用されており、
精神の深部をも確実に見抜くことができたからである。
これは今のスパーダにとって、
己の真の姿を映し出してくれるたった一つの「鏡」だった。
「世界の目」の解析によって明確な答えを出してもらえば、
見失いかけている己を再び見定めることができる。
悪魔であると明確に判定してもらうことで、
人間的要素による汚染も止めることができ、
このくだらない「迷い」からも抜け出せる、スパーダはそう考えた。
もちろん、この解析を受けて悪魔と証明された時点で
賢者・魔女にも正体を知られるものの、
その段階ではもう姿を隠す必要もなかった。
悪魔スパーダとして力を解き放ち、
魔女・賢者と存分に戦い、例の切り札開発も潰すだけ。
それが「悪魔としてのスパーダ」が思い描いていた展開だった。
247 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:11:11.71 ID:XVB8s0iW0
だが、そうはならなかった。
精神解析を問題なく通過してしまったために。
スパーダの精神深部を覗いた「世界の目」は、
彼を「人間」だと観測したのである。
究極にして正確無比な「世界の目」、その判定に疑う余地はなかった。
ただし、スパーダは完全に失意に沈んだわけでもなかった。
「悪魔としてのスパーダ」は嘆いた反面、
「人間的なスパーダ」の部分はやはり安堵を抱いていた。
これで人間を実験材料にするような真似をもうしなくても済む、
あらゆる生命を武力探求に捧げるという「非道」を止められると。
それもまた人間的要素に「汚染」された思考によるものだったが、
もはやこの思考を遮るものは無かった。
「世界の目」がそう認めた以上、
「人間的なスパーダ」こそが今のスパーダの正当な人格である。
その揺るぎない答えを前にしては、
もはや「悪魔としてのスパーダ」部分は抵抗力を失っていた。
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:11:38.16 ID:XVB8s0iW0
そうしてひとたび受け入れてしまえば、
今までの迷いが嘘のように思念は澄みわたり、
不明確だった自意識は一気に再構成されていった。
その過程で何かが捨てられるようなことはなかった。
本来の悪魔としての部分から、新たな人間的性質まで、
すべてが融合し一つとなった。
それゆえ、彼は「別人」に生まれ変わったわけではなく、
ましてや人間に転生したわけでもない。
一時は自己を見失いはしたものの、
最終的には記憶と「スパーダ」だという自意識は完璧に連続し、
生命としては悪魔であることも変わらなかった。
変化はただ一つ、「人間の心」を獲得したという点のみ。
すなわち、彼は「人間の心を有する悪魔」という、
史上初めての存在へと成った。
そしてこのスパーダの変化は、
三位一体世界すべてにとっても大きな意味を持っていた。
もちろん当時の彼は知る由もなかったが、
ここから「救世主の伝説」が始まったとしても過言ではないほどに。
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:12:05.86 ID:XVB8s0iW0
心機一転したスパーダは、
そのまま賢者・魔女傘下の支援兵団員となって
業務をこなすようになった。
精神解析を通過した成り行きでしかなかったものの
彼もまんざらではなく、むしろ嬉々としてその職務に身を投じた。
人間的精神を完全に受けいれた今、その衝動を阻むものはなかった。
幼子が周囲のありとあらゆるものを学んで己を形成していくように、
スパーダは夢中で人間と共に行動し、「人の心」を成長させていった。
賢者や魔女が出張るほどではない案件、
下等悪魔の排除などの任によって人間界中に赴き、
人間の戦士たちと共に戦いを重ねた。
そして友情を育み、次第に人望を集めるようにもなった。
彼は思慮深くて冷静でありながら、大胆で熱意にも満ち、
さらには慈しみ深く献身的だったからである。
スパーダはいまや人界のあらゆる存在に深い慈愛を抱き、
その「人の心」はこれ以上ないほどの善人そのものだった。
そんな彼を、周囲の者たちは
「非の打ち所がないほどに高潔」と称えたほどだった。
250 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:12:34.61 ID:XVB8s0iW0
また悪魔としての力は完全に封じていたとはいえ、
膨大な経験ゆえに「弱き人間世代の魔剣士」としても
彼は図抜けた能力を発揮した。
くわえて精神解析でも完璧な評価を受けていたため、
賢者・魔女にも「全幅の信頼に足る」と認められて
位もまたたく間に向上した。
それによってヴィグリッド中心部、
魔女と賢者の区画にも立ち入りが許可され、
賢者・魔女とも個人として交友するようにもなった。
そうして共に過ごすようになった魔女と賢者、
その生き様もまた、スパーダにとってこれ以上ないほどに美しいものだった。
人類の頂点であり圧倒的最強の集団なだけあって、
その思念の強さと描きだされる精神世界もまた圧倒的に濃密。
人類種の保存のため、一族の存続のため、
そして究極的には親や兄妹、伴侶、ひいては子の未来のため。
そんな彼らの並々ならぬ覚悟と信念にスパーダは唸らされ、
その忠誠と絆には心底から震わされた。
251 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:13:10.59 ID:XVB8s0iW0
しかし一方で、スパーダは変えられない現実も常に意識していた。
それは彼が悪魔であり、侵犯者であるという事実である。
彼が人間界にとって究極の敵であることは今も変わらない。
人間たち、この友人たちとはいずれ敵として相対しなければならない。
人間世界を破壊し、殺し尽くさねばならない日が来るのだと。
それはスパーダにとって嘆かわしい未来でしかないが、
その日が訪れたら確実に成すつもりでもあった。
彼は悪魔たる思念を捨てたわけではなく、全てを同化させたのである。
ゆえに人間的でありながら、冷酷で闘争を是とする悪魔的な一面もまた
今でも彼の素顔の一つでもあった。
それは一種の諦めとも言えた。
いくら人間的な心を育みようが、所詮は悪魔なのだと。
自分は、この友人たちにとってはやはり災厄なのだと。
友人らはみな本質的に敵であり、決して真に理解し合えることはないのだと。
誰一人として。
彼はヴィグリッドにて生涯で初めて
友人と呼べる存在、それも大勢に恵まれたが、
それゆえに真の「孤独」というものも思い知らされ、
日々苛まれ続けたのであった。
そしてそのような日々の中、
スパーダは一人の魔女と出会うこととなる。
彼女の名はエヴァといった。
252 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:13:45.02 ID:XVB8s0iW0
2 運命
きっかけは、支援兵団の在籍三年目に
スパーダが再び精神解析を受けたことだった。
正体を疑われたのではなく、
逆に以前の解析において最高評価を受けていたために、
研究資料としての価値を見出されたからである。
彼の解析情報は「もっとも善良なる精神構造」の一例として、
さまざまな分野にて参考資料として活用されることとなった。
そしてその解析を担当したのがエヴァだった。
二人は知り合うや、双方とも純粋かつ好奇心豊かだったために
自然と互いに関心を抱いた。
スパーダは、エヴァのアンブラ主流派とは相容れない
異端児としての人柄に興味を抱いた。
一方エヴァは、スパーダの「もっとも善良なる人間」という希少性と、
人間界各地を渡り歩いてきたという経歴に興味をもったのである。
幾日かに分けて行われた解析、
作業の合間にて他愛もない会話を重ねるうちに、
その関係は身分の垣根をこえて
まずはささやかな「友情」を生みだした。
そしてその友情は解析が終わった後もつづき、
次第により親しきものとなっていき、
スパーダは非番時にしばしば彼女を訪ね、
エヴァも休憩時間を彼との会話に費やすようになっていった。
253 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:14:26.64 ID:XVB8s0iW0
そんな日々を重ねるうちに、
スパーダの内側にて好奇心ではない別の感情が芽生えはじめた。
エヴァの仕草や、会話に垣間見える生来の優しさ、
どんな相手であろうと慈愛によって受け入れようとする姿勢。
それでいながら、必要とあれば誰だろうと容赦しない秘められた闘争心、
そして子供のような無邪気さと、相反する冷めた憂いの同居。
そうした彼女の人柄に、スパーダは次第に吸い寄せられていった。
もっと話したい、もっと知りたい、もっと時間を共有したい。
そんな情動が日に日に彼の心を占めていった。
一方、エヴァの側も徐々に惹かれつつあった。
スパーダはよく、彼女の興味に応えて、
自身の人間界各地の探訪体験を話していた。
内容は国、文明、文化といった広範な視点のみならず、
とある日の街角にて見かけた人間模様などの細部にまでわたり、
そこで語られる情景にエヴァは夢中になった。
彼女はヴィグリッドの外で育ったとはいえ、
幼少から祖母の元で徹底した魔女教育の日々を過ごしたため、
「弱き人間」の社会のことは直接的にはほとんど知らなかった。
アンブラ族に招かれてからも厳重なヴィグリッド中央に篭ったままであり、
それゆえスパーダの未知なる外の物語に大変関心を寄せた。
そして当初は純粋に話を楽しんでいたが、
次第にスパーダという人格そのものにも彼女の意識は向いていった。
話自体の面白さのみならず、スパーダの語り口や視点には
無意識のうちに彼の純粋にして善良な人間性が溢れており、
それが優しきエヴァにとって心地よいほどに共感できたのである。
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:14:58.07 ID:XVB8s0iW0
彼女はしばしば思うようになった。
自分もいつか、彼が語る「物語」に現れるのだろうか、と。
彼の純粋にして善良な語り口で自分も描かれる、
そう思うと嬉しくてたまらなかった。
できることなら、自分自身もその物語を聞いてみたい。
彼が紡ぐ「エヴァとの友情」の話を、自分も隣で聞いてみたい。
そんな彼女のささやかな願望は徐々に膨らみ、
そしていつしか、いっそのことその物語自体を
二人で共有したいとも思うようになっていった。
それも二人だけの「特別な物語」として。
双方の好意はとくに秘められたものではなかった。
お互いに純粋素直ゆえ、隠すこともなかったからである。
そして互いの想いに気づいても齟齬など一切なく、
二人の絆をさらに深めていった。
エヴァは最重要人物ゆえ護衛が常についていたため、
肌が触れるどころか二人きりにすらなれなかったが、
それでも両者にとっては十分だった。
話しこんで、笑いあい、そして時に沈黙して見つめ合う。
身分差と高度な警戒環境のため制限されながらも、
二人はゆっくりと「愛」を育んでいった。
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:15:25.94 ID:XVB8s0iW0
二人の身分や立場はともかく、
間に紡がれた関係自体は人間世界ではありふれた、
何の変哲もない恋物語だった。
だがそれゆえにスパーダにとっては大きな意味があった。
これこそが彼の人間的精神を完成させる上での
最後の要素だったからである。
特定の誰かに特別な愛を抱き、そして同様に自分も愛される。
そのありふれながらも人間だからこその特別な感情を得て、
彼の「人の心」はついに完璧なものとなった。
これは彼にとって新たなる人生の始まりであり、
そして大いなる試練の到来をも意味していた。
「人の心を有するスパーダ」、
その幼年期は終わり、夢心地の日々もいよいよ終わりを迎える。
そして過酷な現実に向きあう時が訪れる。
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:15:57.84 ID:XVB8s0iW0
3 選択
現実問題として、近いうちに魔帝は必ず侵略を開始する。
以前ならば、スパーダはそれに呼応して人間界を攻撃するつもりであった。
人間的な心がどうであろうと、不変の現実たる悪魔の本分を優先して。
しかし特定の存在をも愛し、人の心を完成させてしまった彼は、
もはや今までのようには考えられなくなっていた。
エヴァにも刃を向けなければならない事態、それを想像してしまうと
彼の冷酷な悪魔的一面すらも揺らいでしまっていた。
それゆえ、魔帝側について人間を攻撃することにも
大きな迷いを抱くようになっていた。
また「中立で参戦しない」という選択肢も受け入れがたいものだった。
ひとたび戦端が開かれたら
人界が甚大な被害に見舞われるのは避けられない。
一応は勝機があると考えている賢者・魔女による推計ですら、
人類の9割以上が死亡すると算出されていたほどである。
それは事実上、現行の人間界が一度ほぼ滅亡するということであり、
そんな光景をただ眺めているのもスパーダには耐えられなかった。
257 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:16:25.50 ID:XVB8s0iW0
とはいえ、反対に人間側について魔帝陣営と戦う、
という選択肢にも大きな抵抗感があった。
彼は人間に惹かれ慈しむようになったが、
そのような「心」を有したからこそ
魔族への同胞意識も感じるようになり、
魔界への郷愁も抱くようになっていたからである。
そして此度の戦で人間側につくということは、
単に同胞を殺すという問題に留まらなかった。
魔帝陣営と衝突するということは、全魔族の敵となるということ。
スパーダを「闘争の象徴」と信奉してくれている無数の同胞たち、
悪魔的とはいえ、彼らがどれだけの誇り、誉れと憧れを捧げてくれていたのか、
「心」を有している今だからこそスパーダはその篤さを理解できていた。
魔界において至高の英雄とみなに謳われる、
その真の意味に初めて気づいたのである。
しかし人間界側につけば、その全ての思いを裏切ることを意味していた。
そんな処遇はやはりスパーダの「心」をひどく痛ませた。
これは「人間の心を有する悪魔」として自己を確立したがゆえの板ばさみだった。
愛を知った彼は、その純粋さゆえに
両方の世界をも愛してしまっていた。
開戦そのものを回避できれば全て丸く収まりうるが、
そんなものは夢物語にすぎなかった。
魔帝の目的は「世界の目」の強奪であり、
そして最終目的は「全て」を支配することであり、
その悪意は魔帝そのものが倒される以外に潰えることはない。
ゆえにスパーダはどちらかを選択しなければならなかった。
魔界か、それとも人間界か。
彼にとって究極の選択であり、
当然すぐに答えを出せるものではなかった。
くわえて時機も悪く、彼自身が決断する前に周囲の状況が動いてしまった。
258 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:16:58.20 ID:XVB8s0iW0
彼が支援兵団に在籍して九年目のある日、
ヴィグリッド内が俄にざわめくこととなった。
かの長らく行方知れずだった「侵犯者スパーダ」、
その足取りがついに判明し始めたのである。
決め手となった情報は、魔女が契約している悪魔から噂として得られたものだったが、
その裏にある真実にもスパーダはすぐに勘付いた。
この時期にこれだけ具体的なスパーダの情報、
噂の大元の発信源は間違いなく魔帝であると。
そしてこれは事実だった。
スパーダは賢者・魔女の懐に潜りこんだものの、
その後は報告も妨害工作もせず、
あげくに対創造用の切り札が完成しかけているというのにいまだ沈黙、
そんな状況に魔帝は痺れを切らしたのである。
くわえて魔帝は、
「スパーダは対創造用の技術を我が物にする気では」
という疑いも少なからず抱きはじめていた。
そのため意図的に彼の情報を流して揺さぶり、
無理やり行動に移させようとしたのである。
速やかにやるべきことをやれと。
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:18:47.15 ID:XVB8s0iW0
これはまさに、スパーダの現状を大きく崩す一手だった。
ひとたび手がかりを得たら、
賢者と魔女はその技術を駆使して必ずスパーダに辿りつく。
彼が人間界に入ったこと、
そしてここヴィグリッドに向かったこと、
さらには潜り込んだこともすぐに発覚し、
この「銀髪の魔剣士」の正体も暴かれることになる。
そしてこの満たされた日々もついに終わる。
魔帝の一手は的確に、
スパーダへと否応なく行動の時を突きつけたのである。
だが、魔帝側は一点だけ見誤っていた。
それは彼が悪魔的悪意の権化であり、
人間的性質とは程遠い人格であるがゆえの失敗だった。
スパーダの精神状態をまったく理解できていなかった。
この男がいまや悪魔的な衝動ではなく、
人間的な心で動いていることを。
ましてや人間を「愛」しているなど思いもよらなかった。
260 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:19:13.36 ID:XVB8s0iW0
選択を迫られたスパーダの思考は、
魔帝がまったく予期していなかった方向へと進んだ。
この状況に陥った際、彼が真っ先に抱いたのは
「人間か悪魔か」などという自己の問題ではなく、
ひたすらな周囲への心配だった。
「スパーダ」の正体が発覚してしまえば、
付き合いのあった人間たちを巻きこんでしまうのでは。
エヴァや友人たちは賢者・魔女の当局から反逆などを疑われ、
厳しい措置をとられてしまうのでは。
そんな危惧がスパーダの意識を支配したのである。
それまで彼を苦悩させていた「どの陣営につくか」という問題を
脇に退けてしまうほどに強く。
261 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:19:40.86 ID:XVB8s0iW0
ただ幸い、状況を精査してみると、
友人もエヴァもみな危険はなさそうだった。
やはり賢者・魔女当局からの嫌疑は免れないものの、
世界の目による精神解析によって
彼らの無実が証明されうるからである。
そしてそのように危惧が一旦落ち着いたところで、
スパーダはようやくこの己の思考が意味するものを自覚した。
人間界と魔界、どちらにつくかという「選択」はすでに果たされていたのだと。
「心」はとっくに答えを出していた。
なにせ魔帝からの「伝言」を受け取った瞬間、
真っ先に考えたのは周囲の人間のことだったのだから。
彼は一切躊躇うことなく、
意識するまでもなく人間側に立っていた。
そして魔を裏切ったことに対する胸の痛みで、彼はこれまた自覚した。
とっくに果たされていた選択、それを自覚するのを避けていたのは、
この魔への同胞意識と郷愁のせいだとも。
選択しなければと思いつつも、
開戦までは選択しなくていい、できるだけ長く人と魔の両方と繋がっていよう、
そうどこかで我侭を抱いてしまっていたと。
262 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:20:17.95 ID:XVB8s0iW0
しかし今や、そのような甘さは断たなければならなかった。
魔帝の「伝言」は甘えていたスパーダを叩き起こし、
とことん悪辣にして冷酷な現実を突きつけてきた。
おぞましい悪意が愛する者たちを滅ぼそうとしている、
その揺るぎない事実を前にして、彼はついに覚悟を決めた。
同胞を裏切ることへの負い目は依然あったが、迷いは消えた。
己にとって何がもっとも重要なのか、何をすべきなのか、
いまや彼の「心」は明確に見定めていた。
愛する人間たちを、そして彼らの世界を守る。
同胞たる魔族のすべてを敵に回してでも、
全身全霊をかけて人間の生命と尊厳を守りぬく。
それがスパーダの「心」より発露した意志であり、
「力の探求」に代わる新たな根源的欲求だった。
すなわち、ついに彼は「正義」に目覚めたのである。
263 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:20:44.44 ID:XVB8s0iW0
4 裏切りの愛
魔帝と戦い、人間界を守る。
それはスパーダにとっても至難だった。
まず対魔帝にあたっては、
スパーダですらも賢者・魔女の支援が不可欠だった。
彼には魔帝の「創造」を崩す術がないからである。
そして幸い、最終的にはそういった支援は期待できた。
侵犯者同士が衝突するとなれば
賢者・魔女たちにとって好都合なのは自明だからである。
スパーダが魔帝と戦えば、ある段階で介入してきて
両方弱まったところで両者をまとめて討伐、
そのような行動を賢者・魔女がとるのは容易に予測できた。
スパーダは道連れになるが、
魔帝を倒せるなら、人間界を守れるなら、
共に討たれようとも構わなかった。
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