ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)

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64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:45:30.25 ID:XVB8s0iW0
この『魔神派』は、雑多な集まりであった天界内でも
図抜けて特異であった。

派閥の構成員は数十程度とごく少数ながら、
その全員が元は全能神格だったのである。

かつての原初時代においては、
一つの世界に一つの全能神という構図が通常であり、
この形態は天界という避難地でも受け継がれていた。
派閥は基本的に同郷集団で組まれたため、
一つの派閥に一つの元全能神格という形である。

しかしこの魔神派は違っていた。
この元全能神たちは全員が同郷だった。
つまり彼らの故郷世界には数十もの全能神がいた。

かのような状況になったのは、
その世界では後天的に全能神格を得ることも可能だったからである。
そこでは技術と鍛錬次第で際限なく高みを目指すことができ、
極めれば全能性を獲得することもできた。

この「卑小なる種から超越者が複数現れる」という性質は、
魔界の祖となった「血の世界」とも酷似しており、
それゆえ彼ら魔神派は「第二の魔族」とも呼ばれることとなった。

特にかつてロダンは、この魔神たちを研究した上で
「もし魔族がいなかったら、彼らの世界からいずれOMNE侵犯者が出現した」
と結論付けたほどでだった。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:45:57.19 ID:XVB8s0iW0
くわえてその魔族に似た出生のみならず、
彼らの人格や振る舞いも第二の魔族という悪評を増大させた。
おおよそ全能神に相応しくない軽薄かつ不遜な者が多く、
ジュベレウスに対しても非礼を憚ることがなかったからである。

例えば魔神たちがジュベレウスのもとに集った際、
勝利の折には報酬として個々に
それぞれ「新たな宇宙」を授けるよう「要求」した。

魔神らの第一目的は失われた全能性の回復、
すなわちその力の行使基盤となる旧世界の回復であったが、
ジュベレウスの善意を利用してそれ以上のものも得ようとしていたのである。

この「それぞれに新たな宇宙」の要求は、大勢の魔神が同居する旧世界が
あまりに窮屈だったことによるものだった。
ジュベレウスに対するこうした魔神派の交渉は、
他世界の神々が形振り構わずにジュベレウスに縋っていた災厄下において
「極めて傲慢」と見なされても仕方のないものだった。

大器たるジュベレウスはこの要求を快諾したが、
やはり主神派などからは大変な顰蹙を買うこととなった。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:46:23.56 ID:XVB8s0iW0
また、破壊や戦いを遊興とみなす彼らの趣向も
天界内では際立っていた。

魔族のように壮絶な戦いを楽しむ闘争性、
他者を殺めることに快感を抱く残忍性もあり、
最終戦争の戦場においても彼らはしばしば笑って興じていた。

ジュベレウスによる旧世界回復、
魔神たちにとって全能性の回復という
至上目的もあったにせよ、彼らにとって最終戦争は娯楽でもであった。
彼らが戦場に赴くときの判断は基本的に
「そこの戦いが面白そうかどうか」が最たる基準であった。

そしてそのような性格の集まりであるため、
魔神派自体も組織化はろくにされていなかった。

『僧正』と呼ばれた一応のまとめ役はいたものの、
明確な役割も序列もなく、そもそも派閥としての協調も薄く、
個々の判断で好き勝手に戦い、
時には獲物を巡って魔神同士で戦うほどだった。

もちろん戦争の趨勢がどうでも良いというわけではなく、
彼らなりに至極真面目に、本気で仕事していたつもりだったが、
傍目からするとその態度ゆえに不真面目にしか見えなかった。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:46:50.73 ID:XVB8s0iW0
さらに魔神たちが忌み嫌われた理由として、
敵であるはずの魔界とも交流を行っていた点も挙げられる。

私的な使いを魔界へ送りこみ、
有力な悪魔と接触させての情報交換は日常茶飯事。
中には侵犯者に直結しうる繋がりすらあった。

その最たる例は、アルゴサクスの側近たる一柱、
「コロンゾン」との関係である。
「彼女」はもともと魔神たちと同じ世界の生まれだった。
コロンゾン自身は魔神たちを殺したいほど忌み嫌っていたが、
それでもこの同郷の腐れ縁で、仕方なく魔神たちと定期的に接触し、
私益のため様々な情報を交換していた。

もちろん魔神派のこうした情報収集は勝利のためであったが、
引き換えに天界側の情報、時にはジュベレウス周辺の情報も渡していたため、
特に主神派の怒りを買うことがしばしばあった。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:47:20.01 ID:XVB8s0iW0
しかしそんな彼らでも、
天界内で爪弾きにされるようなことはなかった。
その悪評を捻じ伏せるだけの実力と活躍があったからである。

原初世界群が崩壊した際、他世界の全能神たちと同様、
彼ら魔神らも、存在の基幹となる故郷世界が失われたことで
全能性を喪失していた。

だが全能性を喪失してもなお内には無尽蔵の力を宿しており、
最終戦争においても彼らは圧倒的強者でありつづけた。
また中には、「窮屈」でろくに動けなかった旧世界よりも、
存分に戦える崩壊後の世界のほうが楽しいと述べる者もいた。

その武は神々が集ったジュベレウス陣営中においても群を抜いており、
ジュベレウスとロダンを除けば
彼ら魔神こそが堂々の天界最強たる派閥だった。

実際に最終戦争において
魔神派が殺害した侵犯者は合計100柱を超えており、
これは天界が討ちとった侵犯者数の三分の二を占めていた。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:47:49.00 ID:XVB8s0iW0
もっとも、侵犯者が数百柱いた頃は彼らのOMNEの力も未発達であり、
戦果もそれゆえのものあった。
侵犯者が「最強の四柱」にまで減った時代には、
そのOMNEの力も洗練され完成しており、魔神たちにすら破壊困難となっていた。

とはいえ侵犯者らも魔神らの不死性を破れなかったため、
魔神は一柱たりとも戦死者をださなかった。
「最強の四柱」相手にも決定的敗北を喫することはなく、
彼らの戦いはしばしば膠着、
そしてどちらかが飽きて撤退することで幕引きとなった。

そのような傾向を踏まえて、
魔神たちはしばしば「我々は侵犯者の稽古相手」と皮肉を吐いていた。
もっともこれは事実でもあり、魔族の力の増幅現象によって
侵犯者たちは日に日に強くなっていったのである。

ともあれ、ジュベレウスはよほどのことがない限り出陣せず、
ロダンも指導部業務の合間にごく短時間しか出陣しなかったため、
頻度から言えば彼ら魔神こそが最前線における切り札だった。

苦境に陥った場合、まず頼りにされるのが彼らであり、
彼らも「楽しい戦い」を求めてその戦場へ駆けつけ、
もっとも困難な戦いを快く引き受けたのである。

またそれだけの激戦をこなしながらも、
前述のとおりその無尽蔵の生命力と不死性ゆえに
一柱も欠けることもなかった。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:48:16.24 ID:XVB8s0iW0
ただし、そんな彼らでも戦争末期には意欲を失っていた。
魔神たちは常に侵犯者のOMNEを破壊するべく脆弱性を探っていたが、
「最強の四柱」のOMNEは情報的にあまりに堅牢かつ難解であったため、
末期には思うように解析が進まず苛立ちが増していった。

また陣営基盤であるジュベレウスよりもクイーンシバのほうが強大である以上、
いくら魔神派が奮起しようが、大勢はどうしても闇に傾いていった。
そのため敗戦濃厚となる頃にはみな「やる気」を失い、
出陣も面倒くさがって避けるようになった。

そしてそのような中で、魔神派は敏感にある兆候を感じとった。
新しいOMNEと新世界、すなわちエーシルと混沌界の出現を
曖昧ながら予期したのである。

決闘を望むジュベレウスに、時間稼ぎの防戦を説いたのも彼らだった。
さらには、もし新OMNE/新勢力がジュベレウス/天界よりも強大なら
あわよくば乗り換えようとも密かに考えていた。
特にジュベレウスが敗北した直後には、多くの魔神たちが
本気で天界離脱を考えるようになっていた。

彼らがジュベレウス側にいるのは
あくまで勝利すれば願いを叶えてくれるからであり、
新OMNEもそれが可能なら別に鞍替えしても良かったのである。

だが結局のところ、エーシルは原初世界を修復するつもりがなく、
魔神たちの願いを叶えてくれるような存在ではなかったため、
彼らはジュベレウス側に残らざるを得なかった。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:48:50.81 ID:XVB8s0iW0
もちろん大人しく居残ろうとはしなかった。
ロダンが去り、ジュベレウスが仮死状態となった後、
彼ら魔神派を抑えられる者はもう天界にはいなかった。

加えて彼らは敗戦で苛立ってもおり、
それら鬱憤はジュベレウス代理を称する主神派への反発として
遠慮なく放たれることとなったのである。

いくら「ジュベレウスの加護」の代理行使権という
天界最高権限を握っている主神派といえども、魔神派の反発を無視することはできなかった。
厳密には、天界の神々はジュベレウスと主従契約したのであって、
主神派がその権威を継げるような正統性はなかった。

また主神派が代理行使権を握ったのも、
ジュベレウスから正式に譲られたものでもなく
彼女の敗北によって結果的にそうなっただけである。

そして主神派の器量や性格についても、
使命や規律、統制と勝利を重んじるあまり、
極端で一辺倒な思考にむかう傾向があった。
少なくとも、柔和なジュベレウスが頂点にいた時代と比べて
判断や体制が硬直的になるのは明らかであり、
魔神派はこれらの点を痛烈に指摘し、退任を要求したのである。

一方で主神派四元徳もこれらの指摘自体は一理あるとした。
しかし、それでも最高指導部からの退任は拒絶した。

それはジュベレウスによって植え付けられた生来の性格、
戦争に勝つための一切妥協しない信念、
そして頑なな使命感と用心深さゆえのものだった。

彼らは結局のところ、原初世界群から集まった『よそ者』を信頼できなかったのである。
とくに魔神派がジュベレウス/天界に対して根本的に「無責任」であることは明白であり、
そんな者共の発言を受け入れるなど論外であった。

天界の行く末、そして将来的なジュベレウスの復活を託せられるのは、
彼女から血肉を授かった『身内』の我々しかいない、それが主神派の結論だった。
たとえ信義や正統性に反しようとも、絶対に退けない一線があると。

「言霊で決まらぬのなら、武で決するのみ」
それが主神派の返答だった。
これは危険な賭けであったが、彼らには勝算があった。
それも戦って勝つのではなく、戦わずに勝つ方法があったのである。
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:49:16.98 ID:XVB8s0iW0
魔神派の最終目的は「旧世界と全能性を取り戻す」というものであり、
エーシルにその意図がない以上、
結局ジュベレウスの復活なくして達成し得ないものであった。

しかし天界内戦はその望みを絶ってしまう可能性があった。
なぜなら、天界こそが弱体化して眠っている彼女の揺り篭でもあるからである。
その天界を傷つけずに主神派を滅ぼすのは、
強大すぎる魔神派にとって困難かつ緻密な戦い方が強いられるものだった。

またもう一つ、エーシルとの友好という、
ジュベレウス復活の希望が芽生えたこともあって、
魔神派は武力行使を踏みとどまる、そう主神派は予想したのである。

その読みは正しかった。
もともと魔神派もこの時、幾柱かを密偵として混沌界に潜りこませており、
盛んにエーシルの情報を収集していた。

そして彼のOMNEの力を利用できたら、
ジュベレウス早期復活も可能という結論に達していた。
そのため魔神派内でも「ひとまず様子を見るべき」という
穏健派の意見が中心的だった。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:49:45.34 ID:XVB8s0iW0
しかしここで一時、事態が急変した。
実に間が悪いことに、エーシルの分離、
さらに少ししてロキたちの隠遁という出来事が起きたのである。

ロキとロプトの虚無への隠遁、
それは彼らが存在しなくなったも同然であるため、
そのOMNEの力の利用によってジュベレウスを復活させるという
狙いも目処が立たなくなってしまった。

これを受けて、魔神派内は一気に主戦論が強まった。
やはり現状のままでは道はない、
ここは賭けにでて主神派を排除し、我々が天界を仕切りなおすと。
そして「眠っているジュベレウスを傷つけずに主神派を皆殺しにする作戦」を模索しはじめた。

主神派は衝撃をうけ、魔神たちと友好的な派閥の神々に説得を頼んだものの無駄だった。
友好派閥がどれだけ説得しても魔神派は逡巡すらせず、
逆に戦後の「新天界」についての話し合いをもちかけてくる有様だった、
一方で各派閥は主神派にも譲歩するよう訴えたが、
こちらもやはり受けつけはしなかった。

両派とも意志は固く、もはや開戦は避けられなかった。
そうしていよいよ全天が覚悟を決めていた時、
ここでまたもや転機が訪れた。
それは混沌界、もとい「人間界」に、
密偵として潜っていたある魔神の働きだった。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:50:11.96 ID:XVB8s0iW0
魔神のなかでもっとも若輩だったこの一柱は、
混沌界の新支配者となった『人間』にいち早く接触していた。

そして友好関係を築くことにも成功し、
『世界の目』を直接調べることも許され、
きわめて有益な情報を入手したのである。

この若輩の魔神、『彼女』がもたらした情報のうち、
とくに重要なのは以下のものである。

ロキとロプトは隠遁してしまい接触は困難であるが、
人間に授けられた『世界の目』の機能は何ら失われていないこと。
そして実現には研究時間が必要であるものの、
『世界の目』はジュベレウス復活に利用できるということ、
くわえて人間側も協力的だということ。

これら吉報はふたたび天界の空気を一変させた。
もともと面子にはこだわらない気質ゆえ、
魔神派はあっさりとまた穏健派の意見に傾いた。

彼らの奔放な性格を嫌っていた主神派も、
この時ばかりはそれに感謝した。
そして拍子抜けするくらいに速やかに、魔神派は主神派政権を承認。
こうして天界の存亡をかけた内戦危機は、
一滴の血も流さずに終結した。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:50:38.41 ID:XVB8s0iW0
11 天界と人間


天界内の問題を解決した主神派は、
人間界への本格的な干渉を開始した。

ただし武力を伴った敵対的なものではなく、
知識や技術の供与、思想の共有などの友好的なものだった。

友好方針をとった理由は大別して二つあった。
一つ目はやはり、ジュベレウス復活に必要な「世界の目」の存在。
そして二つ目は、人間の集合意識が有する力の存在である。

OMNEが有する著者のごとき現実への干渉力、その存在や具体的な仕組みを
主神派が把握していたわけではない。
これは依然としてジュベレウスらオリジナルのOMNEのみが知る
秘匿された世の真理だった。

とはいえ、漠然としながらもエーシルの「世界の目」が
世界の在り方を左右するという事象には気づいており、
それを与えられた人間が同様の力を有したことも察していた。
ロプトの矮小化現象からもそれは明らかだった。

もし人間たちが天界に悪感情を抱いた場合、
悪しきもの、忌まわしきもの、と天を認識した場合、
その思念が影響して、実際に天界が濁ってしまう可能性があった。
いわば人間たちの認識がそのまま現実に上書きされ得た。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:51:31.11 ID:XVB8s0iW0
ちなみに、これら要素が魔界側にとって脅威になることは無かった。
そもそも天界と違い、
魔界は侵犯者に加えてオリジナルのOMNEたるクイーンシバが健在であったため、
人間たちの認識次第で弱体化するということはなかった。

また魔界は恐怖、嫌悪、憤怒、憎悪といった負の性質を糧にする。
ゆえに人間から悪しきもの、忌まわしきもの、と認識されても問題はなく、
むしろそう認識されたらより強くなり得た。
人間たちの認識が光と闇の趨勢すら左右するとはいえ、
魔界にとってはなんら脅威性はなく、
今まで通りに活動するだけだった。

一方、負の性質を糧にする魔界とは違い、
天界は慈悲、慈愛、信頼、忠義、献身などの善き性質を糧にする。
ゆえに天界は人間との友好路線を選ばざるを得なかった、
とは言うものの、こちらも特に難があるものではなかった。

元より友好は天界の気質に合致しており、
さらに人間たちに「天界は有力な支援者」という認識を抱いてもらえば
弱体化を防げられるどころかより勢力を強めることも可能と、
不利益は無かったのである。

そのため主神派による人間界との友好方針は
天界全派閥が即座に同意した。
中でも魔神派がこの方針を喜び、
人間との交流役に自分たちも参加させるよう求めた。
主神派側も、先の内紛による反感はひとまず脇に置き、
彼らの要望を全面承認した。

魔神たちは人間とよく馴染む部分が多く、
現地の友好や様々な業務を任せるうえで適任だったからである。

それもそのはずで、
なにせ魔神たちも元は「人間」だった。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:51:58.98 ID:XVB8s0iW0
12 人間と魔神 

人間を「人間」と呼んだのは魔神たちが始まりである。
彼らはそれまで、実際には「混沌の次子」あるいは単に「次子」と呼ばれていた。

人間という呼び名は、かつて魔神たちが属していた旧世界に由来する。
原初時代のとある世界に「人間」という知性種がいた。
彼らは肉体的にきわめて脆弱であったが、
その弱点を補ってあまりうる知恵と技術を有しており、
種としての限界を超越することが可能であった。
その究極形の一つが魔神たちである。

この魔神たちは、自身らを神と定義して「人間」と区別したが、
それでも根源的には同族たる認識を有しつづけ、
全能神格となった後もほとんどの者が「人間」を原型とする姿を維持していた。

また原初世界群の崩壊によって、この自己認識には新たな要素も付加された。
その旧世界唯一の生存者である彼らにとって「人間」のシンボルは
故郷への強い想いを抱かせたのである。

その姿は望郷の念と「旧世界と全能性を取り戻す」という目的を常に思い起こさせ、
奔放な魔神同士を協調させる重要な印でもあった。

それゆえに、混沌界に出現したエーシルの次子を見たとき、
彼らは衝撃を受けた。
その姿が旧世界の人間と瓜二つだったからである。
そして魔神たちは迷うことなく、親しみと郷愁をこめて彼らを「人間」と呼んだ。
また次子の側も後の技術交流(後述)による影響で、
自らこの名を用いるようになった。
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:52:26.15 ID:XVB8s0iW0
なぜ彼らの姿が旧世界の人間と酷似したのか、
魔神たちは偶然ではなく必然と考えた。

混沌界とはもともと、崩壊した原初世界群の残骸が溜まった海であり、
魔神たちが属していた旧世界情報もその中に落ちこんでいた。
そして魔神たちの故郷世界は
「第二の魔族」や侵犯者を生じえたほどの可能性もあったため、
混沌の中でも消えずに表面化した、魔神たちはそう考えた。
「人間」の姿が酷似していたのはその情報が引継がれたためだと。

ただしこれらはあくまで推測であり、実際に証明することは困難だった。
エーシルの意志が宿る以前の混沌界は
観測不能な領域だったからである。

また旧世界と新世界、それぞれの「人間」の姿は酷似しようとも、
生命としては大きな相違点もあった。
旧人間と比べて、この新人間たちは遥かに頑強で、
そして寿命も永遠に等しかったのである。

旧世界の人間は物質領域に極端に縛られていた。
魂の状態に関係なく、肉体の損壊で容易に死に、
また同じく老いてしまい短命であった。

一方この新世界の人間たちは、天界や魔界の者たちと同様
物質よりも霊的領域を基盤とする存在だった。
精神と魂が壮健であるかぎり肉体の損壊はすぐに癒え、
また内面が若ければ老いることもなかったのである。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:52:52.61 ID:XVB8s0iW0
とはいえ魔神たちは、こうした違いは気にしなかった。
むしろこれら相違点は彼らをより興奮させた。

旧世界の人間が物質領域から完全離脱するには、
きわめて稀なる才と運と果てしない技巧が必要であったが、
この新人間たちは全員が生まれた瞬間から
物質領域の壁を越えていたからである。

つまるところ彼らは「人間」とはいえ、性質は旧世界の人間よりも、
その「人間の異端」の頂点である魔神のほうに近かった。

この才能の宝庫を見て、魔神たちは大いなる期待と展望を抱いた。
彼らに知恵と技術を与えて昇華させれば、
人間界そのものを『魔神界』に変貌させることも可能、
我らこそが天魔に並ぶ第三勢力として君臨することも夢ではないと。

そんな大胆な野望も抱きながら、
魔神たちは友好関係確立に注力した。

そして人間側も、最初の外世界の友として魔神を選んだ。
それは単に近似ゆえの親しみというだけではなく、
現実的な理由もあった。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:53:18.85 ID:XVB8s0iW0

人間は力を求めていた。
外には天界と魔界、人間界内でもエーシルの長子たる混沌神族がおり、
そのような勢力と均衡するために力の獲得が急務だった。

だがロキとロプトの支援はあてにならなかった。
彼らは隠遁したきり反応を見せず、
いまや存在すら確認できない有様だった。

また魔神派以外の天の者たち、および魔族は、
人間からすれば完全に種として異質であり、
力やその技術体系に互換性がなかった。

一方でエーシルの長子たる混沌神たちとは、
兄弟種としての互換性はあったが、長子側がきわめて非協力的だった。
彼ら長子は、自分たちを差しおいて「世界の目」が与えられた人間に嫉妬していたからである。

その点、魔神は友好的で、
かつ思考と霊体の性質、物質の生物学的様相すべてにおいて近似しており、
力と技術の互換性も高かった。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:53:44.89 ID:XVB8s0iW0

ただし、人間たちは
魔神の技術を何でも無条件で受け入れたわけではなかった。

例えば、魔神の「不死」と「無限」の式である。
魔神たちはそれらの式で魂の密度と規模を無限に、
すなわち死を克服し無尽蔵の力を獲得していたが、
人間たちはその技術の共有はせず、
魂の強化関連は独自に行うと決断した。

いくら魔神派は友好的とはいえ、
根幹を司る技術を外部勢力と共有するのは
安全保障上の問題とみなしたために。
唯一無二たる「世界の目」を守るという使命を担う以上、
全ての外勢力を潜在的脅威と仮定せざるを得ない事情があったのである。

とはいえこの事情は魔神側、
そして天界全体としても十分理解していたため、
友好活動に支障はなかった。
また、こうした人間たちの独自路線は、
魔神のもとで成熟しきっていた『式』体系に
新たな刺激を与えることになり、魔神派にとっても有益だった。

力の基盤となる魂、それを扱う方法が違えば、
発揮される力全体も変わり、視点や理解も変わる。
この新人間たちの力体系は初期こそ魔神の技術流用であったが、
次第に独自色を強めていき、
最終的に根本から異なる新体系に発展していくこととなる。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:54:11.14 ID:XVB8s0iW0

こうして技術を獲得した人間は、
「知識こそが力」という理念のもと瞬く間に成長していった。

そして魔神たちが期待したとおり、その才能には著しいものがあった。
短期間のうちに神域に達する者も現れ、
技術を昇華させて独自理論も築き、
特に時空干渉術と召喚術は魔神たちをも驚かせる域に達した。

これら人間の急激成長や新たな『式』分野開拓について、
魔神たちは脅威や嫉妬などは感じなかった。
逆にこうした共同研究者の獲得は
彼らにとっても有益であった。

「世界の目」によってジュベレウス復活の可能性が見出せたとはいえ、
それを成すには専用の式を開発せねばならず、
相手がOMNEの域ということもあって
魔神たちにとっても骨の折れる大仕事であったからである。

そのためこれら共同研究者たり得る勢力の出現は大変有益だった。
成熟した魔神たちの叡智と、若く新しい才と視点を組み合わせることで、
復活式の開発を早めることが可能になった。

しかし、そのジュベレウス復活式が完成することはなかった。
完成も間近というところで、
主神派が式の開発停止を命じたからである。
主神派と魔神派の関係がまた悪化した、というわけではなかった。

変化したのは人間界の情勢だった。
人間の最強勢力の片方、
アンブラ族が魔界とも通じはじめたのである。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:54:41.83 ID:XVB8s0iW0
13 主神派の失敗と「魔女」

人間は天界の友人となったとはいえ、
天界陣営に組したわけではなかった。
彼らの目指すところは天魔に拮抗する第三勢力として君臨するものであり、
その立位置は天にも魔にも寄らずあくまで中立としていた。

そのため有益な協力者であれば、
「害を成さないかぎり来るもの拒まず」というのも基本的な方針だった。

そのため天界側の助力と同様、
魔が力を貸し出してくれるのも有益と判断し、
これを受け入れたのである。
この時はすでに魔神から技術を学んで久しく、
本来は魂に互換性がない魔族の力も利用可能になっていた。

さらにアンブラ族にとっては
彼女たちが有する「世界の目」は闇を司る左目ということもあって、
闇たる魔族との相性も良好だった。

加えて、これは天界に傾きかけていた人界の情勢を
是正するという目的もあった。
というのも、天の主神派はやはり
光の右目を有するルーメン族を優遇したからである。

例えばルーメン族にはジュベレウスの加護を限定的ながらも与えたのに対し、
アンブラ族にはそういった直接的な支援は与えなかった。

ただ、待遇の差は主神派からすればそうせざるを得ない理由もあった。
ジュベレウス復活には世界の目が必要であったが、
左目が司る闇の性質が増大してしまうと、
復活させたジュベレウスの光の性質が濁ってしまいかねない、
そのように主神派は考えていたからである。
主神の属性が光である以上、こうした待遇差は必然であった。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:55:10.98 ID:XVB8s0iW0
しかしどのような都合であろうと
これがアンブラ・ルーメンという二大氏族の不均衡をもたらしたのも事実であり、
様々な摩擦を生じさせた。

主神派に対し、両族に対等に接していた魔神派は常々不満を述べ、
ルーメン族も待遇を平等にするよう嘆願し、
さらにアンブラ族自身もジュベレウスの加護を要望した。

だが当然ながら、主神派はジュベレウスの光属性を理由として
周囲の声を聞き入れることはできなかった。
そのため、アンブラ族はもう一つの強大な勢力、
魔族に傾倒していったのである。

またアンブラ族がこうした強攻策に出た背景には、
待遇の不均衡だけではなく天界との世界観の違いも影響していた。
というのも天界、特に主神派は、
「世界の目」が本来はジュベレウスのものだと考えていたからである。

ジュベレウスこそが唯一のオリジナルたるOMNE継承者であり、
エーシルとクイーンシバは彼女の断片に過ぎない、
ゆえに人間が「世界の目」を保有しているのも本来は誤りであり、
正しくは天界こそが保有すべき、それが主神派の世界観だった。

これは当然、人間の世界観とは根幹から相反するものだった。
彼らにとってはエーシルこそが唯一のOMNE継承者であり、
そして人間による「世界の目」保有も正統という認識だったのだから。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:55:51.83 ID:XVB8s0iW0

この世界観の相違は当初、互いに寛容さをもって違いを認めたため、
表向きには大きな問題にはならなかった。
しかし前述の待遇の不均衡という状況が重なった今、
この封じられていた反感がアンブラ族で表面化していった。

天界が「世界の目」を欲しているのは事実、
悪意がなかろうが人界の均衡を崩し、
アンブラ族を相対的に弱体化させつつあるのも事実、
これらが並んだとき、彼女たちは現状に危機感を抱いたのである。

こうしてアンブラ族は魔族と結ぶようになった。
アンブラ族は女性主体だったこともあって、
この時より「魔女」と名乗るようになった。
それまでは二部族まとめて「賢者」と呼ばれていたが、
アンブラ族の二つ名が変わったことで
これより「賢者」とはルーメン族のみを指すようになった。

ただし、魔に傾倒したとはいえ
その関係は純粋に力を求めるためだけであり、
決して魔界陣営に与したわけではなかった。

アンブラ族は人界と「世界の目」を守護する完全な独立勢力であり、
天魔含め如何なる勢力にも与さない、この方針は固持され、
個々の悪魔との契約関係においても徹底された。

魔女にとって悪魔は使役対象あるいは単なる協力者であり、
臣従させることはあっても魔女側が臣従することは固く禁じられた。
これは単に中立を守るというだけではなく、
思想や精神までもが魔に汚染されることを防ぐためだった。

アンブラ族の属性は魔とおなじ闇とはいえ、
彼女たちは人間界と「世界の目」守護を至上目的とし、
「献身と忠義」こそ正義としていたのである。
悪魔の力は有益であっても、
「闘争と暴虐」を基盤とする悪魔の価値観は
受け入れられないものだった。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:56:25.12 ID:XVB8s0iW0

こうしたアンブラ族の魔への傾倒は、
当然ながら主神派に強い反感を抱かせた。
ただ、さすがに主神派自身の采配が招いた失敗であることも明らかであり、
その自省が彼らを自制させ、この時はひとまず静観に留まらせた。
もとい、気づいた時にはもう強い対抗措置は選べなくなっていた。

武力行使という強硬策も選択肢の一つとしてはあった。
魔と結んだ以上アンブラ族を敵と認定し、ここは力ずくで屈服させ、
ジュベレウス復活に必要な世界の目を「奪還」する、
それ自体は主神派の世界観に則れば「正当な手段」の一つではある。

だが現実的には困難であった。
アンブラ族の武力はすでに極めて高く、打倒は容易ではない。
さらには魔族の大規模介入をも招きかねない。
加えてアンブラ族に同情的な魔神派がどう動くかもわからない。

これだけ成功が不透明な以上、武力行使という選択肢は無いも同然。
主神派は、少なくともこの時点において強硬策は論外とし、
アンブラ族と魔の関係を黙認することを選んだのである。


その黙認という選択は、もちろん主神派にとって耐えがたいものだった。
ジュベレウス復活という至上計画が崩れてゆくにもかかわらず
ただ静観するしかできなかったからである。

実際にアンブラ族と魔族のつながりが、
「世界の目」にも影響を及ぼしはじめることとなった。
魔界の力が、アンブラ族が有する「闇の左目」に流れこみ始めたのである。
これは主神派からすると紛れもない「汚染」であった。

こんな状態の目を用いてジュベレウスを復活させた場合、
ジュベレウスも悪しき性質を備えてしまうのでは、
そんな悪夢に主神派は苛まれた。

冒涜的な魔神派は「『黒きジュベレウス』のほうが気が合いそうだ」とむしろ喜んでいたものの、
やはり主神派には到底受け入れられないものであり、
復活式が開発停止に至ったのも、これが最大の理由だった。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:57:09.82 ID:XVB8s0iW0
今回ばかりは、主神派も自分たちの過ちを認めるしかなかった。
ジュベレウス復活のため光の属性を優遇した結果、
かえって闇が増大してしまったのだから。

ただし、アンブラ族の魔への傾倒は副次的ながら益もあった。
そのおかげで、以前と比べて悪魔への対処が容易になったという点である。

エーシルが隠遁して以降、人間界への悪魔侵入は徐々に増大しつつあった。
侵犯者やそれに次ぐ上位者たちは、
隠遁したロキの行方を警戒して本格介入はしなかったものの、
知能が低い大多数の下等悪魔は
憚ることなく人間界へと食指を伸ばしていったのである。

彼らは人界生命を手当たり次第に殺害し、その魂を貪り喰らった。
またある程度の知能がある悪魔は、魂の「味付け」のために人間を誑かし、
恐怖や苦痛を与えることも好んだ。

だが当然それら悪行は野放しにはされなかった。魔へと傾倒したアンブラ族が
これら無法者の討伐を積極的に行い始めたからである。

それ以前からも、アンブラ・ルーメン族は
人界の守護者として、侵入した悪魔の狩りを行ってきていた。
他にもエーシルの長子たる混沌神族や、
二大氏族には劣るもののそれ以外の人間たち、
そして天界からも協力として兵が頻繁に参じていた。

変わったのはその活動の比率だった。
アンブラ族の魔への傾倒以降、悪魔狩りの9割以上をアンブラ族が
担うようになった。

これについての理由は複数あった。
まずは「正義」を証明するため。
魔へ傾倒したとはいえ、魔界陣営に与したのではないことと、
今までと変わらず人界の守護者であると。

次いで、人界内の最大守護者となり、主導権を強めること。
悪魔狩り活動をアンブラ族の制御下におくことで、
天界による派兵といった介入を減らし、
人界内における天界の影響力を削ぐのが狙いだった。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:57:37.33 ID:XVB8s0iW0

そして最後に、討伐した悪魔の魂や亡骸等は
魔界由来の有益な資源であるという実利である。

中でも特殊能力を有する悪魔は、
素材として様々な魔導器に流用できるため
好まれてアンブラ族に狩られることとなった。

一方そのように優先的に狩られる対象がある傍ら、
利用価値や脅威性の低さゆえに後回しにされた対象もあった。

そしてそれらの中にとある『樹』があった。


後に『クリフォト』と呼ばれる魔界樹である。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:58:26.86 ID:XVB8s0iW0
14 『クリフォトの樹』

かの魔界植物はある時から、
人間界にまで根を下ろし、そして人間を捕食対象とし、
その血を糧とする生態を獲得した。

しかし当初、魔界側はもとより、アンブラ族ら人間側もこの樹のことは気に留めなかった。
悪魔たちにとってはただの草木でしかなく、またアンブラ族からすれば
「動物的な悪魔」侵入のほうが大きな被害で目立ち、
かつ素材としての利用価値も高かったからである。

この樹も人間を殺害したとはいえ
後世の『レッドグレイブ事件』とは異なり、
当時は一度の捕食で一人か二人を殺す程度、
かつ捕食頻度も稀であった。
そのため、基本的にアンブラ族の対応は
「余裕があったら駆除する」という消極的なものだった。

だが次第に、この魔界植物はその特性ゆえに
徐々に注目されはじめる。
後世にて『クリフォト』の名が付けられるかの樹は、
殺して吸いとった人間の血と魂を
大きな力に変換するという特性があったのである。

そして力を渇望する魔族ならば当然のこと、
この事実がひとたび明るみになるや、瞬く間に魔界全体に知れ渡り
こぞって利用されることとなった。

人間界に根を誘導し、人間を襲わせ、
樹を育て、そこから力を得る、
そのような手法が流行となったのである。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:05.81 ID:XVB8s0iW0
こうも大規模になれば当然、
アンブラ族ら人間界側もすぐに事を認識し、
悪魔たちの「農業」を優先的に阻止しようとした。

だが人間界の側からでは、この樹の排除には限界があった。
そもそも魔界側では大量に生息していたため、
いくら人間界側で処理しようと根本的な解決にはならなかった。

加えてある程度成長してしまうと、
人間界側に現れている部分を刈るだけでは樹を殺すこともできず、
一時的な活動停止に追いやるのが精一杯だった。

とはいえ、この一大流行は
魔界側の事情によって唐突に終わることとなる。

発端は、クリフォトの樹にあったもう一つの特性、
『果実』の存在が世に知られたことによる。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:32.70 ID:XVB8s0iW0
15 『魔王の果実』

ある時、もっとも成長していた樹が『実』を生じさせ、
それを食した悪魔が劇的な力の向上を見せた。

それでも侵犯者やそれに次ぐ上位者たちには及ばす、
その悪魔は最終的にはあっけなく殺害されたが、
一方で『実』がもたらした効果は
侵犯者を含めて魔界全体の注目を浴びた。

なにせ有象無象の下等悪魔が、
一瞬にして諸神級にまで昇華したのである。
そこで高度な知能を持つ悪魔たちも研究に乗り出したことで、
その『実』が不完全な出来損ないだったということも判明した。

そして物事を想像できる知性がある悪魔なら、誰しもがこう思った。
より成長した大樹に実る完全状態の『果実』ならば、
どれだけの力を得られるのだろうかと。

少なくとも、前例がないほどの『何か』を得るのは確実視され、
その期待が期待を呼んでいつしかこう言われるようになった。

「『果実』を食した者は、魔界最強と成る」と。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 00:59:59.06 ID:XVB8s0iW0

そうして『果実』を巡る大騒乱が始まった。

多くの悪魔がこぞって樹を育てようとし、
また競争相手の樹を破壊して妨害、
あるいは育った樹を横取りするなど、
魔界全土にて激戦が展開した。

一方、侵犯者ら四柱は当初、この騒乱を傍観していた。

というのも、姿をくらませたロキを警戒して、
人間界関連への表立った干渉を控えていたからである。

エーシル=ロキが保有しているであろう『無』の力は
侵犯者たちのOMNEの力をも消し去れる。
そしてロキは隠遁したとはいえ、
さすがに侵犯者自らがこの「農業」で人間界に介入すれば
再び現れるのではないか、そう侵犯者たちは警戒していた。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:00:32.98 ID:XVB8s0iW0

とはいえ、もちろん最後まで傍観するつもりはなかった。

侵犯者らも果実の力に惹かれていたのは同じであり、
くわえてアルゴサクス、アビゲイル、
そして同盟しているムンドゥスとスパーダ、
この三派のうちどれかが果実を獲得すれば、
膠着は崩れて残り二派は敗北しかねない。

それゆえ彼らも虎視眈々と果実を狙った。

迂闊に動けばロキの再起を招くのみならず、
侵犯者間の休戦も崩れて無駄に消耗しかねない。
そこで下賎の者共の樹が育つのを待ち、
果実を宿す直前に強奪し、誰よりも先に食す。
それが侵犯者たちが等しく考えていたことだった。

ムンドゥスとスパーダも一応は組んでいたとはいえ、
胸中では互いに出し抜こうともしていた。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:01:10.09 ID:XVB8s0iW0
そうしてついにその時が訪れた。

この侵犯者同士の果実競争においては、
武力も当然重要であるが、
第一には情報収集と行動の早さが帰趨を決した。

まず、もっとも強きアルゴサクスとほぼ同格のアビゲイルは、
強者たる油断あってか、この点で後手となってしまった。
次いで三番手だったスパーダは相変わらず何を考えていたのか不明だったが、
同じく出遅れた。

完全な果実を生じさせるクリフォトの大樹はどれか、どこにあるのか、
それを最初に見極めたのはムンドゥスだった。

侵犯者四柱のうち己はもっとも、
それも勝負にならぬほど弱い、彼はそれを自覚し、
並々ならぬ劣等感を抱いていたからこそ、
その差を補うべく誰よりも
情報収集に力を入れていたのである。


優位に立ったムンドゥス、それはほんの僅かな余裕ではあったものの、
他三柱を出し抜くには十分だった。

彼は速やかに目当ての大樹へと赴き、
その樹を育てていた所有者を殺害して強奪した。
相手は魔界中に名を馳せていた強者たる悪魔だったものの、
もちろん侵犯者たるムンドゥスの敵ではなかった。

そして完全なる『果実』の誕生を目の当たりにし、
収穫し、ついに食した。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:01:36.27 ID:XVB8s0iW0
その効果は誰しもが想像した以上だった。
半分食しただけでも彼の武力はアルゴサクスと同等なまでに昇華し、
加えてOMNEたる『創造』の力もより完璧かつ強大に。

もはやこの時点でも
侵犯者間の序列を覆すほどの飛躍であったが、
果実はさらにもう一つの力をムンドゥスにもたらした。

それはいわば魔界の『理』である。
これはエーシルが人間たちに与えた力、
もとい世界の『流れ』を左右させる著者のごとき力が、
クリフォトの樹によって魔界向けに転化、
結晶化されたものだった。

その効果をより具体的に言うならば、
魔界内部の物事は彼が望む方向へと流れ、
魔界において彼の在る状況は常に有利となる。

すなわち彼は魔界でもっとも『幸運』となった。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:06.29 ID:XVB8s0iW0

ただし、その原理を理解していたのは
当時はジュベレウスらオリジナルOMNEたちのみであり、
こうした果実の詳しい原理を理解していたのも
ムンドゥス自身含めて魔界にはいなかった。

また、これだけの代物を産むクリフォトの樹の性質が、
はたして自然に備わったものなのか、
それとも何者かの作為によるのかも定かではない。

当時では、『果実』は闇の創造主たるクイーンシバの御業だという説が唱えられていた。
より知見が深まった遥か後世においては、
エーシルの片割れであるロプトが、
ある遠大な策略のため仕組んだとの説も唱えられたが、
真実はやはり不明である。


だが謎に満ちていたとはいえ、
この果実によってもたらされる結果自体は
誰もが即理解できるほど明確だった。

飛躍した武力、完璧となった『創造』の力、
そして魔界そのものを味方につけるかの如き『幸運』。
武力においては同格であるはずのアルゴサクス、次ぐアビゲイルも、
あらゆる『不運』が働いてムンドゥスには勝てない。
もはや魔界において敵はいなくなった。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:32.99 ID:XVB8s0iW0
魔界における全ての主導権を掌握したムンドゥスは、
瞬時に次なる行動に移った。
まずはクリフォトの大樹をことごとく刈った。
己につづく『果実』獲得者の出現を防ぐために。

次いで己が新たな魔界最強だと証明すべく、
単身で平定に取りかかった。
まず標的になったのは他の侵犯者である。

アルゴサクスは武力では互角ながらも、
魔界そのもの、まさにクイーンシバが味方するかの如き
ムンドゥスの「幸運」を前に、勝ち目はないと判断して屈服した。
今はひとまず彼の覇を認め、機会を待つ道を選んだのである。

一方でアビゲイルはかの「幸運」を恐れず、
武力が互角ならば勝機十分だと挑んだが、
あえなく敗北して魔界外の虚無に落ち延びることとなった。

そしてスパーダは元々ムンドゥスと組んでいたこともあり、
衝突せずにそのまま彼の覇を認めた。
また、純粋に『果実』のもたらす力、
そしてそれが作り出した『最強たるムンドゥス』を
観察したいという好奇心にも突き動かされていた。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:02:59.35 ID:XVB8s0iW0

こうして侵犯者たちの新序列が定まった時点で、
魔界におけるムンドゥスの覇は事実上確定した。
残る下々の平定など彼にとって片手間でも易かった。

ある者たちはその力に魅せられて忠誠を誓い、
ある者たちは憎悪しつつもひとまず屈服し、
ある者たちは抗い続けて虐殺され、
最終的に魔界全域が彼の支配を認めるに到る。

そうして名実共に頂点となったムンドゥスは、
『闇の創造主の長子』としてクイーンシバの代理者を名乗り、
クイーンシバに代わって魔界の実効支配を宣言。
そして自らを『魔帝』と称した。

ただし、もちろんこれら宣言は
すべて彼の傲慢な支配欲を飾る建前にすぎなかった。
クイーンシバの代理者と名乗りつつも、
腹底ではかの女王に平伏すつもりもなかった。
彼の支配欲は際限なく、いずれはクイーンシバの力をも
我が物にしようと考えていた。

とはいえ、このような魔帝の露骨な野心も含めて、
クイーンシバ側は底知れぬ寛容さで全てを受けれた。
魔帝のこの極めつけの傲慢さもまた「子」の美点であるとし、
沈黙によって彼の暴挙も承認した。

こうして闇の創造主からも認められ、魔帝はついに全魔統一を果たした。
原初時代の「血の世界」まで遡っても例がない、
魔族の歴史において初めてのことだった。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:03:45.30 ID:XVB8s0iW0
15a 魔界の動向 頂点の者たち

こうして魔界はムンドゥスのもと統一された。

ただし平和が訪れたわけではなかった。
果実を巡る騒乱が終わろうとも、魔族の価値観と本能ゆえ
武力衝突は魔界全土で常時繰り広げられた。

そしてそんな世界を統べる魔帝も、
その闘争の日常を全面的に推奨していた。

ムンドゥス支配に、治安維持などという概念はもちろん存在しなかった。
むしろ争いが少ない領域に対しては配下を派遣して荒らし、
「治安破壊」と言える措置を執った。

これら絶え間ない騒乱は魔族の力の増幅現象をより促進し、
弱者を滅し強者をより強め、種全体のさらなる強化に繋がった。
この措置は副作用としてしばしば魔帝に対する反乱機運を生じさせたが、
それもまた闘争の種だとし、魔帝は容認した。
彼の直接支配圏では「反乱する自由」もあったのである。

こうした魔帝の統治方針は、単に暴虐と闘争という魔族の本能のみならず、
彼自身の悪辣な欲望も背景にあった。
魔帝の最大願望は全てを支配することであるが、
単に支配するだけではなく、それが加虐的なものであり、
「奴隷」に最大の苦痛を与える関係であることを大前提としていたのである。

それゆえ反乱を容認し、大規模な挑戦を喜んで受けた。
機会を与えず最初から封じてしまうよりも、
機会を与えてから叩き潰すほうが大きな苦痛を与えられると。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:04:16.11 ID:XVB8s0iW0
反乱が発生したとき、魔帝はまず
反乱者が力と自信を蓄るのを静かに待った。
そして自ら挑戦してきたところで、ようやく魔帝は力を見せつけて、
高ぶっていた反乱者の闘志と自信を粉砕した。

魔帝に挑んだ自身の愚かさ、そして弱さを徹底的に知らしめ、
最大の屈辱と敗北感のなかで殺害した。
あるいは死が救いとなるような者であれば、
殺さずに凌辱しつづけ、永遠に辛苦を抱かせたまま
従属させるという生き地獄を歩ませた。

魔帝によるこれら加虐的な遊興への執心は並々ならぬものがあった。

「奴隷」たちをより苦しませるために、
『創造』の力を用いてわざわざ手の込んだ舞台を用意することもあった。
苦痛や屈辱を最大化させるためなら、
相手に不釣合いな労力をつぎこむことも惜しまなかった。

ムンドゥスの『創造』の力は、新たな命を小手先で創りだせるほどであり、
その気になりさえすれば三位一体世界とは別の新世界を創り出すことさえ可能だったが、
彼はそんなことに一切興味をもたなかった。

そもそも自ら創りだした「操り人形」相手では、
彼の加虐欲を満たすことはできなかったからである。
『創造』で新生命すらも容易に創りだせるが、
容易であるがゆえに自身の被造物は無価値であると彼はみなしていた。
虐げるために創った存在を虐げて何が面白いのか、と。
生来の自由と独立性を有する存在から、それらを奪って虐げてこそ意味がある、と。

つまるところ、彼が魔界における「闘争と暴虐の日常」を推奨したのも、
「魔族強化のため」などという方針は建前に過ぎず、
本質は個人的な悪意に満ちた欲求によるものだった。

新世界を生み出せるほどの『創造』という力を有しながら、
彼には創造的志向は欠片もなく、
この力はもっぱら他者を支配し虐げることに注がれたのである。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:04:42.55 ID:XVB8s0iW0

こうした魔帝の趣向は、魔界の価値観からしても外道とされ、
この世界においてですら彼は暴君と呼ばれたほどだった。
しかしそのような憎悪は魔帝をより喜ばせるだけだった。

また闘争と暴虐が魔族の性である以上、
道を外れようともやはり「暴虐の権化」たる魔帝に惹かれるものも多く、
進んで彼の僕となる者も後を絶たなかった。

魔帝はそのような者たちを快く受けいれ、直属の軍勢として組織させた。
この魔帝軍は群を抜いて魔界最大規模であり、
彼らはその圧倒的戦力をもって、魔帝の暴政の伝道者として
魔界中に戦乱と破壊を撒き散らしていった。

ただし、この直属軍であっても主の加虐欲からは逃れられなかった。
特に理由なき処刑や殺し合いの命令など、
魔帝の遊興による災難は彼らにとっても日常茶飯事だった。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:05:09.76 ID:XVB8s0iW0
この魔帝に次いで権勢を振るったのは、
やはりアルゴサクスである。

彼がムンドゥスから攻撃を受けず、
さらには魔界第二の地位を得ていた理由は、
早々に負けを認めただけではなかった。
たとえ屈したとはいえ、武力自体はアルゴサクスも互角、
ムンドゥスにとっては特に警戒すべき存在ではあったが、
それ以上にその武力の利用価値が大きかったからである。

特に対ロキに備えての意図が大きかった。
エーシルの力の大部分を有するロキ相手では、やはり
魔界頂点となったムンドゥスでさえ劣勢の感は拭えなかったのである。

この点はアルゴサクスも同様に認識しており、
ゆえに互いに激しい敵意を抱えながらも、
表向きはムンドゥスを上位とする同盟の形に収まっていた。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:05:40.39 ID:XVB8s0iW0
こうしてアルゴサクスは、
魔帝から魔界のほぼ半分にも相当する領域を与えられ、
その権勢を振るうこととなった。
これは傍目からすると大変な大盤振る舞いであったが、
やはりアルゴサクスにとっては屈辱的であった。

いくら高待遇とはいえ、下位の者という烙印は拭えない。
かつて遥か弱者だったムンドゥスによる露骨な蔑みも耐えがたい。
さらには覇王自身も並々ならぬ支配欲があり、
第二位に甘んじることは不愉快極まりないものだった。

しかし果実を逃した現状、当面は魔帝に従うほかなく、
彼はその抑えた鬱憤を己の支配域への執着として発散した。

とくに、他者を絶対服従させることに快感を抱いた。
放任的だった魔帝とは異なり、覇王の統治はきわめて強権的だった。
各有力者へ徹底して絶対服従を強制し、
生じた反乱の機運は育てることなくすぐさま根絶した。

臣従させた悪魔たちを組織し、魔帝と同様に直属軍も作りあげた。
その規模は魔帝軍に次ぐ第二のものであり、
彼の強権支配の執行者としてその武名を轟かせることになった。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:06:07.08 ID:XVB8s0iW0
ただし大戦力ではあるも、やはり魔帝軍との差は歴然であり
この明らかな劣等もまた覇王の不満を募らせるものであった。

魔界半分を手中にしながらこうまで配下の差があったのは、
やはり魔界頂点たる魔帝のほうが人気があったために
多くの人材が集まったこと、くわえて覇王勢力の増大を抑えるため、
魔帝からの「嫌がらせ」もあったからである。

魔帝はしばしば、間引きと称して覇王領へと軍を差向け、
覇王配下の有力者を殺害した。
もちろん覇王も黙っているわけがなく、時には報復として同様の行動をとった。

すなわち両者は同盟関係でありながら、同時にしばしば戦争状態でもあった。
魔界は魔帝によって統一されていながら、
同時に魔帝と覇王に二分され争っていたのである。

ただ、闘争を史上本能とする魔界の常識に照らせば、
この程度の「矛盾」は矛盾にはならなかった。
両者とも悪意と憤怒をぶつけ血の応酬を繰り返したが、
それは悪魔にとっては古来からの普遍的な習慣でしかなく、
対ロキを念頭とした同盟関係には何ら影響を及ぼさなかった。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:06:33.15 ID:XVB8s0iW0
一方、スパーダの日常は、
魔帝や覇王とはまた異なるものだった。

その性格や武技から最強の魔界騎士、あるいは魔剣士とも呼ばれた彼は、
己の欲求に忠実という点では同じだったものの、
他二柱とは異なって支配欲は欠片もなかった。

スパーダの最大欲求は、『武』の果てなき渇望である。
彼はまず、果実を得たムンドゥスの力を観察し、
それに飽きると今度は魔界中を放浪した。

一応はムンドゥスの副官という立場ではあったが、
彼は自由に魔帝のもとを離れ、各地を好き勝手に巡り、
強者と決闘したり、戦乱に飛びいり参加したりと
気の向くままに闘争一色の日々をすごした。
もちろん襲来される側にとっては歩く災害同然だった。

とはいえ、魔帝や覇王に比べたら悪評は無いに等しかった。
強者にしか興味がないゆえに、戦乱に飛びこみ参加する場合も必ず強者側を狙い、
相手が魔帝勢だろうが覇王勢だろうが構わず斬捨てたからである。
そのため彼にはそんな意図が無くとも、結果として感謝されることすら多々あった。
そして魔帝や覇王も、そもそも配下の犠牲など気にも留めず、
また戦いとなれば話が通じないスパーダなら仕方ない、として黙認していた。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:07:00.98 ID:XVB8s0iW0
武の探求に全てを捧げる姿は、武人気質な悪魔たちの信奉をも獲得した。
また彼の経歴もその人気に拍車をかけていた、
スパーダは侵犯者の第一世代ではなかったからである。

魔帝や覇王、アビゲイルらは
原初世界の崩壊を引き起こした第一世代の侵犯者であるが、
スパーダは崩壊後の最終戦争中にて侵犯者格に達した者だった。

それゆえ後進の悪魔たちにとって目標であり憧れにもなった。
侵犯者の領域は数が限定されているわけでも、
成れる時期が限定されているわけでもない、
どんな卑小な生まれであろうと、才と鍛錬次第で後からでも超越者に成りうる。
スパーダの来歴はこれらを証明しており、
武人気質の悪魔たちは彼に憧れ、彼を目標としたのである。

そして中には直接スパーダに会い、師事を乞うものすらいた。
彼はそのような申し出を快く承諾したが、
代わりにその教えは死の代償を伴った。
当時の彼は加減しなかったため、
大半の弟子希望者が最初の手合わせで殺害された。

なんとか死なずにいくらか修練についていけた場合でも、
やはりすぐに限界がきて、死か離脱かを迫られた。

しばらく後の時代になるとまた事情が変わるが、
この頃のスパーダは師弟の友情なるものは一切築こうとせず、
常に孤高であり続けた。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:07:47.87 ID:XVB8s0iW0
そんな孤高の姿もまた一部の悪魔たちからは憧れとされたが、
彼自身はそういった周囲からの熱意にも無関心だった。

そもそも当時のスパーダは、他者の生命や人格そのものに無関心だった。
彼の行動を支配していたのはひたすらな武の探求願望、
究極的には悪意も善意も含まれない純粋な好奇心である。
そして純粋ゆえに「無垢」でもあり、
曲解も偏見もなくあらゆる知識を柔軟に学び、そして真に理解しえるという、
探求においてより好循環となる性質も備えていた。
果実を巡ってムンドゥスに出し抜かれても、怒りや悔しさはなく
抱いたのは強くなったムンドゥスへの興味でしかなかった。

しかし一方で、その無垢な好奇心は
恐ろしいまでの冷酷さをも備えさせた。

ひたすら純粋ゆえに、彼にとって世の全ては
武力探求のための「材料」でしかなかったからである。
結果として彼の他者に対する行動は、
時としておぞましいほどに冷酷なものとなった。

これはある意味で、魔帝や覇王よりもさらに「悪」と言えた。

魔帝は他者の苦痛を快楽にし、
覇王は他者が服従することを快楽にしていたとおり、
善悪はともかく、他者の人格や意志そのものを
見定めようとする意識が両者にはあったからである。

だが当時のスパーダにはそのような意識自体が欠落していた。
極端に言えば、彼の見る世界に『他者』は存在しなかった。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:08:17.45 ID:XVB8s0iW0
またもう一つ、その性格において魔帝や覇王とは大きく異なる点があった。

かの二柱は保身の塊であったが、
スパーダにはそれが無いも同然だったのである。
彼にとっては力の探求こそが全てであり、
その目的のためには己自身ですら研究材料になり得た。

彼が後進でありながら侵犯者の域に達したのも、
己をも標本として扱い、
無謀な闘争や実験に放りこむという姿勢が一因だった。

それこそ下位の大悪魔が侵犯者格に挑戦するような、
悪魔視点から見ても正気の沙汰ではない行いを繰り返してきた。
そしてありとあらゆるものを貪り、
自我が別人と言えるほどに変質することも厭わずに吸収同化し、
己を強制的に進化させるという狂気的な手法も繰りかえした。

スパーダはまさに、
「力の渇望」や「闘争性」といった悪魔的性質が凝縮された、
きわめつけに純化された「悪魔の中の悪魔」だった。

魔帝ムンドゥスが魔界の実効支配者ならば、
スパーダはそれこそ悪魔の象徴ともいえる存在だったのである。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:08:51.38 ID:XVB8s0iW0

このように三柱はそれぞれのやり方で、
基本的には欲求に忠実に活動し、魔界を意のままにした。

もちろん下々がその状況を全て受け入れたわけではない。
闘争と暴虐は全魔族にとっての本能、下克上の願望は誰しもが有しており、
ゆえに反乱や挑戦はあとを絶たなかった。

だがそれは自殺行為にも等しく、
聡明な者たちはやはり現状で耐え忍ぶ道を選んだ。
そして上辺では魔帝や覇王に従いつつも、
裏では修練を積み、様々な手で力の強化法も模索した。

その第一の手は、やはり人間界であった。
クリフォトの樹を抜きにしても、
魔帝や覇王の支配が及ばず、
エーシル系の新たな力に触れられる可能性があるこの世界は、
雌伏を耐える悪魔たちにとって魅力的なものだった。

そしてそのような人間界への注目は、侵犯者三柱も例外ではなかった。

むしろOMNEの領域たる超越者だからこそ、
エーシル世界の動向にひときわ強く注目し、
エーシル=ロキの絶大な力に警戒し、そして興味と羨望を抱き、
いつかは手中にしたいと三柱全員が考えていた。

だが、彼らはやはり積極的には動けなかった。
下々の悪魔達とは異なり、侵犯者は強大がゆえに、
隠遁していたエーシル=ロキが再臨して迎撃されるかもしれない、
という危惧、そしてもう一つ。

巨大化し続ける力による『自滅』の危険性である。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:09:19.03 ID:XVB8s0iW0
16 強者の悩み

ロキとロプト。
分離したとはいえ、その力が消滅したわけではない。
大元のエーシルを鑑みれば、隠遁した今もなお
クイーンシバをも上回る力を有し得る。

それが侵犯者たちの共通認識であり、そして数少ない怖れでもあった。
だが、その力の差もいずれは克服できる、それもまた彼らの共通認識であった。
エーシル=ロキ・ロプトとは違い、侵犯者は今後も強くなり続ける、
そして全てを上回るはずという確信があった。

ジュベレウス、クイーンシバ、エーシル、ロキ、ロプト、
これら『オリジナルのOMNE』の破片は、
一度形を成した後はきわめて安定していたが、
安定していたゆえに完成しており、それ以上は強くなることも無かった。

しかし侵犯者たちの力、『複製されたOMNE』はそうではなかった。
複製であるゆえに不完全かつ不安定であったが、
不完全である限り、伸び代もあったのである。
くわえて力の増幅現象という魔族としての性質も
そこに大きな相乗効果をもたらすため、
将来的にもさらなる成長が見込めた。

とはいえ、巨大化し続ける力は危険も伴う。
特に大きな問題だったのは、力が肥大した果てに制御困難に陥り
器たる魂が耐えきれずに砕けてしまう、自壊による死の危険性である。

ムンドゥスらこの時代まで勝ち残った侵犯者たちは、
この「自滅」がいずれ避けられない段階にまで達していた。
このまま力が肥大し続ければ、
いずれ自分自身の力によって圧死してしまうのが目に見えていた。
かつて原初時代、OMNEの領域が安定を失って自壊したように。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:09:45.52 ID:XVB8s0iW0

こうして侵犯者たちは、ある段階で外的な活動を控え、
自身の力の完全なる制御方法を模索することとなった。
人間界への本格的な介入、すなわちエーシル=ロキへと挑む前に
まずはこちらを解消しようと。

そして様々な試行錯誤の末、最初に成功させたのは
やはり己すら実験材料にしてしまうスパーダであった。

彼は己の力を分離させ、
「分身」として分散することで制御する、という方法を編みだした。
方法としては我が身を裂くようなもの、
エーシルのロキ・ロプト分離とも似ていた。

分離した力は、スパーダが自ら鍛えた魔剣に納められ、
彼は己と同じ名をその分身たる剣に与えた。
『魔剣スパーダ』の誕生である。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:10:19.94 ID:XVB8s0iW0
これは完全な解決方法ではなかった。
器を二つにしたことで単に許容量を増やしたというだけであり、
言ってしまえば肥大による自己崩壊を先送りにしただけだった。

とはいえ、当分はこれで安泰であり、
他の完全なる解決策を編みだすうえで
充分な時間を与えてくれることとなった。
また、もしその時まで妙案がなくとも、
再び新たな分身たる魔剣を産みだせば良いともスパーダは考えていた。

この暫定的な成功は魔帝や覇王も大いに参考した。
魔帝はすぐにスパーダの方法を模倣し、
まずは分離した力を容れるための器の作成にとりかかかった。

しかしそう簡単にはいかなかった。
「創造」の力をもってすれば容易と魔帝自身は驕っていたが、
いざ始めてみると初期段階である器作成からはやくも頓挫した。

なぜなら、彼は何かを組み立てるうえでは全能の如き力を有していたが、
一方で全知には程遠く、『魔具』、もとい
『魔導武器』の製造に必要な知識が不足していたのである。

そこで、魔界随一の名工と謳われる悪魔マキャベリが
魔帝の命令によって知識を補い、こうしてある傑作群が産みだされた。
後世において「ナイトメア」と称される魔導兵器群の原型たちである。

この「ナイトメア」と呼ばれる試作の器たちは、
スパーダにとっての魔剣スパーダと同様、いわばムンドゥスの分身の卵であった。
そうして造りだした原型の中から、
もっとも完成度が高い素体を選び、魔帝は仕上げにとりかかった。
力と魂を吹きこみ、己が食した「果実」の一部をも与え、
恐るべき存在を造りあげたのである。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:10:51.40 ID:XVB8s0iW0
このナイトメアを生み出す際、
肥大による自滅の阻止という本来の目的のほかに、
魔帝にはもう一つの狙いもあった。
さらなる武力である。

先のスパーダは、その分身を
魔界史上屈指の「武器」として造りだしていた。
単に自己崩壊を防ぐのみならず、
さならる武力の獲得も同時に成し遂げていたのである。

当然ながら魔帝もこれを羨み、同じことを目論んだ。
最後の仕上げに果実の断片をも投じながら、
魔帝は最強の武器を造りだすべく魂を注いだ。
圧倒的な武力を、破滅の権化のように、
悪夢の具現のように、と。

そしてその目論みは成功した。
もとい、成功しすぎた。
完成したナイトメアは、まさに絶大な可能性を有していた。
湧き上がってくる力は無尽蔵の如く、
その潜在的な力量は魔帝にも見通せないほどだった。

それこそ魔界をも滅ぼしかねない、
魔帝が産みだした最高傑作、究極の兵器であった。
これがスパーダだったのなら歓喜したものの、魔帝は違った。
ナイトメアの可能性を見た瞬間、彼は怖れたのである。

なぜなら、すでに制御不能の兆候が表れていたために。
それゆえ即座に拘束し、一切の成長も許さずに力を凍結し、
虚無へと封印してしまったのである。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:11:28.00 ID:XVB8s0iW0
なぜ制御不能となってしまったのか、
それは根本的な魔帝の性格が原因だった。

スパーダが編み出したこの手法は、
力と魂を分けた「分身」を造りだすことであったものの、
魔帝はその本質を踏み外していたのである。

スパーダにとって、魔剣スパーダは完全なる一心同体であり、
意志が完全同期しており、そこに制御不能といった障害が発生する余地はない。
まったく同じ意志を有し、同じことを望むため、
スパーダの意に反して暴走や反乱、といった現象はそもそも起こり得なかった。

だが魔帝にとっては、ナイトメアはそうではなかった。
手段自体は「分身を造る」というものであっても、
彼が造ろうとしたのは単なる延命装置、ただの奴隷兵器である。

それゆえ誕生した存在は一心同体とは程遠い。
単なる道具として造ったために意志も有さない、
同期する繋がりすらなく、それが制御の不完全性をもたらした。

さしずめ魔帝の傲慢さが招いた結果だった。
自分はいずれ唯一無二の支配者に成る存在、
そう傲り高ぶる魔帝にとって、
己と同格を意味する真の意味の「分身」なんて許し難い。
意志を共有する一心同体なんて存在は論外だったのである。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:11:54.75 ID:XVB8s0iW0
彼の「創造」は理論上限界がなく、
彼自身を上回る力すらも創ることが可能だった。
スパーダのように真の「分身」としてナイトメアを造り出していたら、
魔帝の武は遥かに増していたはずだった。

それのみならず、スパーダのように己を実験材料にするほどの姿勢があれば、
「創造」の力によって魔帝の可能性はまさに無限大であった。

だがそうした可能性は、
魔帝が自ら封じてしまっていた。

言うなれば、魔帝にとって最大の敵はエーシル=ロキではなかった。
己を唯一無二の存在とするその傲慢さ、
彼の性格そのものが、彼のこれ以上の飛躍を妨げていた。
そして魔帝自身はそれに気づこうともしなかった。
果てしなく傲慢ゆえに。


こうして魔帝の試みは失敗した。
封印して完全に切り離してしまった時点で、
ナイトメアは延命装置としてはもはや機能しない。
当然のごとく新たな武力も得られない。

彼はこの手法についてはもう諦め、
他のナイトメアの原型器たちも全て封印し、あらゆる作業を取りやめた。

またこうした魔帝の頓挫を知ったアルゴサクスも、
同じ失敗を危惧してこの手法を用いるのは保留した。
そして両者は次なる手段を模索して、
今度は人間界に目を向けはじめた。
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:12:22.37 ID:XVB8s0iW0
もともとスパーダの手法以外にも、
一つ有効と思われる手段が存在していた。

人間界に在る「世界の目」である。
事象を確定させるオリジナルたるOMNEの力、
それを用いれば、侵犯者の力を安定させることも
可能だと思われた。

だがロキ・ロプトの存在ゆえ、
そもそも人間界には容易に手出しできなかったため、
この手段は長らく脇に置かれていた。

しかしスパーダの手法が頓挫し、他の有効案も編み出せない今、
魔帝と覇王は否応なく人間界へと、
ロキ・ロプトの牙城へと挑まざるを得なくなった。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:12:56.42 ID:XVB8s0iW0
「世界の目」を手に入れるには、
まず何よりも隠遁後のロキ・ロプトの動向把握が必要だった。
彼らの現状、特に『無』の力の状態を明らかにしないことには、
「世界の目」強奪に取りかかるには危険すぎた。


そこで魔帝たちはまず、人間界と魔界のもっとも大きな情報ルート、
アンブラ族を利用することにした。
彼女らと交流がある悪魔たちを通しての情報収集である。

アンブラ族と結んだ悪魔は大抵
反魔帝、反覇王の姿勢だったものの、
魔帝たちはそれも気にしなかった。

むしろそれを理由にして配下に襲わせ、
生かす代わりに情報提供するよう脅迫し、
彼らを密偵として存分に利用し、情報を横流しさせたのである。

こうした手法によって、魔帝たちはしばらく
ロキ・ロプトの尻尾を掴むべく情報収集に専念した。

そしてその「尻尾」はあまり待つことなく現れた。
それは人間界内部で発生した、とある大事件が発端だった。
人間に嫉妬していた人間界の混沌神たち、
その首長たる「竜」が引き起こしたものである。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:13:34.09 ID:XVB8s0iW0
17 「竜」の力

エーシル=ロキは次子たる人間を愛したが、
長子たる混沌神族のことも同じほどに愛していた。
人間と同じく手厚く育てあげ、
常世の領分を与え、混沌界の全生命の魂管理を彼らに託した。

確かに人間には混沌界の支配が託されたが、
それはあくまで現世におけるものであって、
一方で混沌神族にも常世の支配者として同様の責任と権限が
与えられていたのである。

人間の優遇などはなく、エーシル=ロキはあくまで
人間と混沌神族が現世/常世から対等に繁栄するよう意図していた。
混沌神族にも並外れた才を与えており、人間と相互練磨することで共に繁栄し、
強くなるよう環境を整えていたのである。


だがエーシル=ロキが隠遁した後、
とある異物の介入によってその計画が狂ってしまった。

天界、とくに魔神たちとの接触である。
彼らがもたらした知識と技術によって、
人間は混沌神族との相互練磨の必要なく飛躍した。
すなわち混沌神族は置き去りにされた。
才が開花したのは人間側のみであり、
混沌神族の才は未成熟のまま燻ることとなったのである。

そしてアンブラとルーメンの二大氏族がその力を確立させた時代、
人間から見た混沌神族はもはや対等ではなくなっていた。
人間世界のために働く常世の管理人としかみなさなくなっており、
混沌神族にとってこうした状況は屈辱以外の何物でもなかった。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:14:00.59 ID:XVB8s0iW0

とはいえ、これは反感の一部分に過ぎなかった。
人間に対する負の感情、その大元はさらに昔、もっと根深いところにあった。

それはエーシルの選択、ロキとロプトへの分離である。
人間に自我は必要ない、というロプト側の意志がもし果たされていれば、
混沌神族こそが現世を含む混沌界の全てを受け継げたはずだった。

だがその魅惑的な未来は実現しなかった。
実際にはロキ側の意志が勝り、人間は第二の子となり、
「世界の目」と現世の支配権が与えられたからである。

「魅惑的な未来」は失えば「毒」となる、
その拭いがたい失意は混沌神族の心を燻らせることとなった。
もっとも、彼ら神々自身が卑しい欲を有していたわけではない。
ロプトが「魅惑的な未来」を与えたためであり、
すなわち創造主によって設定された本能に等しく、
完全に抗うことは困難なのである。

後世の視点をとれば、すでにこの頃からロプトによって
世界を狂わせる悪しき「種」が巻かれていたことになる。

神々はエーシル=ロキの選択を甘んじて受け、
しばらくは健気に、そして善意によって弟たる人間を愛したものの、
この「毒」は秘かに彼らを蝕みつづけた。

そして繁栄する人間に置き去りにされ、力関係が逆転し、
さらには人間に見下されるようになった頃。
神々の愛情は屈辱と失望によって歪み、ついに嫉妬と憎悪へ転化した。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:14:27.36 ID:XVB8s0iW0

こうして負の感情に傾いていった混沌神族の中から、
ついに行動を起こした存在が現れた。

彼は「混沌の使徒」、あるいは「竜王」と呼ばれていた。
「混沌の使徒」という名は、長子たる混沌神族の中でもっとも早く生まれ、
そしてもっとも力があったことから、
エーシルによって直接授けられたものである。

とはいえこの名は常用するには大袈裟だと、
また善良だった頃の彼自身はこの名を嫌ったため、
人間が成熟したこの時代には使われなくなっていた。
そして代わりに用いられたのが、
彼の姿形に由来する「竜王」の名だった。

この竜王は本来、エーシルの意志を受け継いだ高潔な神であり
混沌神族を束ねる首長として君臨していた。
くわえてエーシルから、「魂の苗床」の統括者たる役目、
そしてそれに相応しき力も与えられていた。

それはいわば人間界の「心臓」たるものだった。
苗床から生じた魂はすべて竜王に送られ、
そこではじめて生命の鼓動を与えられ、現世へと送り出された。
また一方で死した魂もすべて一度彼のもとに集められ、
清められたのちに苗床に還され、新たなる魂の糧となった。
人間界の血を巡らせる「心臓」、
彼こそが人間界の生命の鼓動を司る存在であった。

竜王は誕生以来、この大いなる役割を用い、
「苗床」統括者としての役目をこなしていった。
ひたすら真摯に、高潔なる長子の長として、
厳格かつ善良なる施政者として。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:14:54.11 ID:XVB8s0iW0

だが、そんな彼も豹変してしまう。
善良なる神は突如、
享楽かつ悪辣な神へと変じたのである。

そしてあらゆる秩序を誑かし、狂わせることを楽しみはじめた。
その対象は見境なく、人間の領域にまで干渉し、
現世のあらゆる物理法則を歪めて破壊と混乱を撒きちらした。

さらに人間界の心臓たる役割、その力を悪用し、
地上のあらゆる生命のほか、同族たる混沌神族たちの魂をも
取り込み始めた、つまり喰らった。
それも「喰らえるから喰らう」という、正当性なき理由によって。
こうして生と死を司っていた人間界の心臓は、
人間界を脅かす「胃袋」に成り果てることとなった。

そしてその暴食は、ある重要な神をも喰らったことで
ついに人間界を決定的に狂わせた。
その神は「冥府の観測者」、
後世ではハデスとの名でも呼ばれている存在である。

彼は「世界の目」が与えられた人間と同様の、
常世における観測と定義を司る神であった。
「魂の苗床」を含む常世の全てを監視し、
あらゆる現象の操作と安定を担っており、竜王と並ぶ重要な存在だった。

そしてこのハデスが竜王に喰らわれてしまったことで、
事態は最悪の段階に達した。
竜王とハデスの力の組み合わせ、
それは禁忌と言えるほどのものだった。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:15:23.77 ID:XVB8s0iW0

彼らの力は共にOMNEではないものの、
かのエーシルが己の力を注いで創りだしたものである。
それゆえ部分的にはOMNEの力に準じるほどであり、
特に共通して強大な点は「上限」が無いことであった。

竜王の「心臓」、もとい今や「胃袋」というべき性質は、
理論上ではエーシル、ジュベレウスやクイーンシバほどの存在をも飲み込める、
つまりそれらの力や英知をも吸収できる、無限の器だった。

ハデスの性質も「世界の目」ほどではないにせよ、
正確に観測、もとい理解さえできれば理論上は
OMNE領域の力にも干渉できる潜在性があった。

「世界の目」とハデスの力の異なる点は、
前者はOMNEの著者のごとき力が典型的なように
理解を必要とせず無意識下においても現実全体に干渉できたのに対し、
ハデスのものは干渉する対象ごとに理解/知識と
明確な意図を必要とした点である。

こうした差から、ハデスの力は「世界の目」と似てはいるが
決して同等と呼べる代物ではなかった。

だが十分な知識さえ蓄えれば近づくことは可能であり、
少なくともこの段階の竜王は混沌神族を大勢食らったことで
その知識を奪い、人間界内の諸現象を理解したため
人間界においてほぼ全能となっていた。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:15:50.21 ID:XVB8s0iW0

当然、次に起こったことは更なる悪夢だった。
竜王はその全能のごとき力を存分に悪意によって行使し、
人間界の悉くを狂わせ破壊した。

竜王が遊興として作った「不運」によって
あらゆる生者が苦痛と絶望にまみれ、
死による解放も許されない生ける屍とされた。

魂の供給が停止したために全ての人界種族が子を宿せなくなり、
行き場をなくした魂は亡霊となって苦しみ彷徨い、
生命の循環機構そのものも崩壊。
地上からは急激に生の息吹が失われ、人間界は悪夢の世界へと変貌していった。

一方、賢者と魔女の領域については、悪夢と化した人間界の大部分とは異なり
この段階ではまだ平常を保っていた。
竜王は天界・魔界の力についての知識が不十分だたっため、
それぞれの要素を取り込んでいた賢者・魔女の領域には
まだ干渉できなかったのである。

だが災厄から完全に逃れているわけではなかった。
二大氏族の魂の大元も、同じく竜王が司っていた「魂の苗床」だからである。
人間界の他生命と同様、
賢者と魔女も新たな魂の供給が止まったことで
子を授からないという災厄を蒙ることとなった。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:16:22.60 ID:XVB8s0iW0
その上、竜王が賢者・魔女の領域に
干渉し始めるのも時間の問題だった。

ハデスの観測と定義の力は、対象への干渉には知識が必要であったが、
必ずも完全な理解までは必要としなかった。
部分的な理解のみでも、その範囲内だけ干渉可能であった。
相応の天魔の者を喰らって見識を得れば
その分ある程度は干渉できるようになる、ということである。

そして竜王も明らかにそれを目的とした動きをしており、
その悪意が賢者・魔女の領域に及ぶようになるのも時間の問題であった。

賢者・魔女らはすぐさま竜王の分析、対処法の模索に総力を挙げた。
だが竜王の変貌とこれら事態はあまりに予想外かつ劇的であったため、
彼らは完全に後手に回ってしまっていた。

竜王が突然正気を失った理由など当初は検討もつかず、
もちろん竜王も非協力的であったため、
速やかな原因究明も困難だった。

同様に天界勢も情報収集に注力していたものの、
状況は同じくまったく捗らなかった。
そして焦燥する彼らに追い討ちをかけるように、
ここで極めつけの悪夢たる新事実も発覚する。


竜王は人間界において全能の如く成ったのみならず、
それらの力とは別に、本物の『OMNE』の力をも有していたのである。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:16:49.91 ID:XVB8s0iW0

この事態もまた、予測できた者は一人もいなかった。
いるはずもない、魔神や賢者・魔女に到底及ばなかった存在が、
どうして侵犯者の如く『OMNE』を手中にできるのか。
それは不可能なはずだった。

確かに不可能を成した前例はあり、
『OMNE』域に達した侵犯者たちがまさにそうだった。
しかし彼らには、事前に超越した強さに達するという
不可能の扉をこじ開けるだけの理由があった。

しかし竜王はその強さすらなく手中にした。

どうやって、なぜ。
眠り続けていた才が覚醒したのか。
あるいは、未だ知られていない人間界の深部にて、
残されていた『OMNE』の破片でも見つけだしたのか。

それとも『何者』かによって与えられたのか。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:17:17.98 ID:XVB8s0iW0

竜王が宿したOMNEの力は、
その性質から『混淆』と呼ばれた。
これはエーシル達オリジナルのOMNEとも、
侵犯者の複製品たるOMNEともいささか趣が異なっていた。

他のOMNEの力と違い、
『混淆』はそれ自体が強力な破壊をもたらすわけでも、
何かを創りだすわけでも、現実の定義を操るものでもなかった。

接触対象の霊的構造を「混淆」させる、ただそれだけだった。

OMNEの域ゆえに無条件で作用する、
と言えば強力にも聞こえるが、
実際には他者に直接的な危害を及ぼすことはできなかった。

霊的領域においては、もともと混淆が自然の状態だからである。
例えば魂は生命力の放出点であり、常に渦巻いて混淆しているため、
この『混淆』に触れられようとも何も変わらない。
この力は、生命にとっては基本的に無害だった。
しかし自然ではないもの、とくに霊的な人工物については逆であり、
これらに『混淆』は大きな効果があった。

そういったものは「自然ではない状態」を維持するうえで、
人工的な構造と秩序による抑制を必要としたからである。
これらにとって『混淆』の効果はまさに致命的であり、
構造が乱され、秩序が狂わされ、そして崩壊は免れなかった。

そしてこの作用には人間たち、とくに賢者と魔女は戦慄した。
賢者と魔女の武力を構築する『式』は、典型的な霊的人工物なのだから。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:17:44.23 ID:XVB8s0iW0

『混淆』とは、対賢者・対魔女に特化したかの如き性質、
彼らの弱点を的確に突いてきた。
そのうえ竜王が蓄えた力と知識も併せれば、
賢者・魔女にとって相性は最悪、極めて戦いにくい相手だった。

加えて、事態収拾のために竜王を殺害するなど持っての外、
それどころか損壊すら与えてはならないという点も対処を困難にさせていた。
なぜなら「人間界の心臓」たる竜王の力、そのほかハデスら他の混沌神族の力も
人間界の生命圏存続に必要だったからである。

それらはエーシルの超越的な業によって創りだされたものでもあり、複製も困難、
つまり人間界を立て直すには竜王を生け捕りにしなければならなかった。

さらには賢者・魔女にとって引導の如く、
竜王は出生前の赤子らの魂をも堂々と人質にし、大いに脅迫もした。
第一に父であり母である彼らにすれば、
これは最大の弱点を突かれた形であった。

もはや賢者・魔女は八方塞、自力解決は諦めるしかなかった。
それゆえ、人間界最強にして最大守護者と自負する彼らにとって
極めて異例ながら、魔女にとっては極めて屈辱的でもありながら、
彼らは外部勢力へ助力を求めた。

天界勢の介入である。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:18:19.32 ID:XVB8s0iW0
18 竜と「聖なる右」

天界においても、この竜王暴走は非常事態と受け止められ、
特に魔神たちが強い反応を示していた。

賢者・魔女と同様に魔神たちにとっても相性が悪い、というだけではなく、
「竜」というシンボルと「式を破壊する力」という組み合わせが
彼らを珍しく真剣にさせた。
彼らがかつて属していた旧世界にも
同じ組み合わせの存在があったからである。

「人間」という存在が酷似している等、
魔神たちの旧世界と「新しい人間界」は似ている部分があったが、
ここまで具体的な近似が生じたのは初めてだった。

それに対する魔神たちの反応は様々だった。
ある者は懐かしがり、ある者は研究対象として夢中になった。
そしてとあるもっとも若き魔神、「オーディン」は激しく嫌悪した。
「彼女」にとって、竜と式破壊の組み合わせは特別な意味があり、
それゆえこのような「贋物」は許せなかったのである。

そんな彼女の嫌悪に満ちた提言もあり、
魔神たちはひとまず竜王討伐が先決との意見で一致した。
この新世界の悪しき竜は即刻対処せねばならないと。

そしてその意志は天界全体としても一致していた。
ジュベレウス復活に「世界の目」が必要な以上、
それが存在する人間界の破滅は必ず防がねばならなかった。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:18:45.76 ID:XVB8s0iW0

もはや猶予はなく、天界による早急な介入が求められていた。
だが相手が相手なだけに、討伐となると非常に厄介な面もあった。

もちろん殺害は論外。
竜王の死は人間界の完全崩壊を意味し、
そうなれば天界の最終目的たる「世界の目」も
失われてしまう可能性がある。

とはいえ生捕りにしようとも、
縛や封印は『混淆』によって壊されてしまう。
殺さず、縛や封印も用いず、
それでいながら無力化する策が必要だった。

そうして四元徳と魔神派は協議の末、
竜王の魂や力には傷つけず、その機能のみを停止する策を選定した。
簡潔に言うと、竜王の「胃袋」は天界の知識も渇望していたため、
それを逆手にとって毒を飲み込ませてやろう、という
構想自体はごく単純な作戦である。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:19:15.39 ID:XVB8s0iW0

だが一つ問題があった。
『混淆』の障害がある以上、その飲み込ませる「毒」は
魔神の式などで作られた霊的な人工物では
役割を果たせなかったのである。

そのため、「誰か」が竜王に喰われて内部に入り、
自らが「毒」役となる必要があった。

またこの策が成功した場合、
その毒役は事実上の死を迎えることになる。
竜王の胃袋によって分解されてしまうために。

加えて、この毒役は人選においても重要な条件があった。
竜王と渡り合えるほどの力があり、
かつ竜王の自我に押し負けぬほどの強靭な精神力、
そして今の悪しき竜王にとっての毒物になるべく、
純粋な善性が求められたのである。

それら条件を満たす者たちが選定され、
魔神らによる入念な検査も行われ、
そして主神派が最終的に指名したのは
とある愚直な戦士だった。

その者はある有力派閥に所属、後世ではミカエルとも呼ばれた。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:19:41.70 ID:XVB8s0iW0
彼の武力は、その派閥内でも上位であり、
また精神面においては特に抜きんでていた。

無尽蔵の積極性、執念の域に達している正義感、
そして周囲からは異常とさえ言われるほどの強固な善意によって、
一度決めたら何があろうと止まらず、絶対に諦めないという性格だった。

かつて最終戦争中には、明らかに勝ち目がなくとも侵犯者に挑み、
そしてやはり悲惨な結果になるも執念で常に生き延び、
傷が癒えたら再び挑む、ということを延々と繰りかえした。

その愚直さは誰しもが呆れた。
ジュベレウスからは「善良なる狂気」との賛辞を賜ったほどであり、
四元徳からは独断専行が目につく問題児として煙たがられていた。

ただし一方で、その愚直なまでの善意は
ミカエルを嫌う者たちですら認めざるを得なかった。
煙たがられ、嫌われることもあったにせよ、
その善なる戦士としての姿には全天にて評価を得ていた。

今回、竜王討伐の大任を与えられたのもその評価ゆえのものだった。
精神力と善意が必要水準に達していたのみならず、彼の戦士としての能力は
天界全ての派閥から信頼されていたのである。

そして当のミカエルもその信頼に応えた。
この確実に命を落とす任を告げられると、
彼は恐怖を抱きつつも迷わず承諾した。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:20:07.96 ID:XVB8s0iW0

こうして速やかに準備が行われた。
ミカエルは魔神たちから訓練を受け、彼の魂も対竜王用に調整された。

魔神の式類は対竜王には使用できなかった関係上、
その調整作業は魂を削って変形させるという苦痛をともなう形で行われたが、
ミカエルは不満を訴えることなく耐えた。
またこの作業の末に、彼の右腕に
竜王の自我を貫き破壊するための「剣」としての性質が宿された。

この計画は騙まし討ちであるため、
これら準備作業はすべて秘密裏に行われた。
終了段階で事情を知っていたのは天界各派の首脳部、
魔神たち、ミカエルに近しい者たちのみであり、
賢者・魔女側には一切通告されなかった。

そしてこの方針は計画開始においても徹底されていた。
ミカエルの行動については、天界首脳部は表向きは一切関知せず、
「いつもの独断による暴走」という設定が貫かれた。

ゆえにミカエル出立の儀もなければ、付添い人もいなかった。
許されたのはごく少数の友人に簡単な別れを告げる程度であり、
彼はささやかな時間をすごしたのち速やかに天界を去った。
そして単身で竜王のもとへと向かっていった。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:20:34.67 ID:XVB8s0iW0

ミカエルは竜王を恐れていたが、その歩みに迷いはなかった。
なぜなら、それほどまでに恐るべき存在だからこそ、
倒さねばならないと使命感をより強めたからである。

竜王と相対するや、彼はいつも通りの蛮勇を演じ、
全力をもって一騎打ちを仕掛けた。

喰われる予定でありながらあえて戦うのは、
竜王の食欲をより促進させるためだった。
絶望、失意、困惑、それらに染まった魂を竜王は特に好んだため、
ミカエルもあえて全力で戦い、
それらを備える「心折れた敗者」という役を演じようとしたのである。

彼はその役を全うした。
ミカエルは良き戦いを演じながらも敗れ、最期に喰らわれた。
無念の敗北、非業の死。
それら演出は目論み通りに醸成され、
誘われた竜王は疑うことなくミカエルの魂を味わおうとした。

その貪欲ゆえの無用心こそが、ミカエルにとっての勝機だった。
「胃袋」に取り込まれて分解されたミカエルの魂は、
竜王の最深部まで落ちこむや「剣」となり
無防備な内側から悪竜の精神を貫き、
竜王にとっての「毒物」となる善意を打ちこんだ。

そして悪竜の精神が崩壊した。
竜王とミカエルの精神は共に砕け、その魂は無秩序に混ざり合い、
彼らは共に自我を喪失したのである。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:21:42.74 ID:XVB8s0iW0
しかし、ここからはいささか予定外の事態となった。
竜王は自我を喪失してそのまま機能停止すると思われていたが、
実際には極度の暴走状態に陥ったのである。

これは想定以上に竜王の欲望、特に食欲が強かったせいだった。
自我を喪失した竜は、おぞましき食性のみに従い
人間界そのものを喰らおうとし始めたのである。

そこで魔神たちが事態収拾を試みた。
今や竜王は理性を失ったために
『混淆』を有効活用できなくなっており、式が壊されることもない。
そしてその障害さえ無ければ、
魔神たちにとって竜王など勝負にもならない相手であった。
それこそ魔神全員が手を出すまでもなく、オーディンが1人であっさりと封印した。

竜王の暴走はそれでも止まらなかった。
封印されて他に食す存在が無くなるや、今度は己自身に食指を伸ばしはじめた。
かの竜は狂気によって己を喰らいつづけ、
やがて活動不能なまでに損壊したところでようやく止まった。
残っていたのは喰らうための『顎』、食指たる『腕』、
そして食した存在を溜め込んだ『胃袋』だけ。

とはいえ、おぞましくも幸運なことに、竜王の生命力は異常なほどに強かった。
オーディンが封印を解いて確認するや、
魂は粉砕状態だというのに未だ生命を宿しており、
残された部位も活発に蠢いていたほど。
竜王を殺さずに無力化するという目的は
なんとか果たされたのであった。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:22:17.71 ID:XVB8s0iW0

こうして想定外の事態があったものの、
竜王を殺すことなく脅威は排除され、事態は収拾へと至った。

ミカエルはその使命を見事完遂し、
その功績を称えて四元徳はこう宣言した。
「悪竜は『聖なる右』によって倒された」と。

しかし、万事元通りとはいかなかった。
この竜王事件による爪痕は途方もなく深く、
そこから生じた新たなる問題は
全てを変えることとなったのである。

人間界のみならず、それこそ三界全ての運命をも。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:22:46.02 ID:XVB8s0iW0
19 火種

竜王の無力化後、賢者と魔女、
そして魔神派はすぐに竜の残骸を精密調査した。

その最たる目的は、人間界の「魂の苗床」ほかハデス等の諸機能の回復、
加えて可能ならば元々の「善良な竜王」と混沌神族を復活させられるか、
もとい「悪しき竜王」の要素を消去できるかどうか、
それらを判断するためだった。

そうして残されていた断片である『顎』、『腕』、『胃袋』、
それぞれが精密調査されたが、結果は悉く悪いものだった。

まず、「善良な竜王」ふくむ元々の混沌神族の復活は困難だと判明した。
全ての断片に悪しき竜王の要素が溶けこんでおり、
それぞれを分離抽出するのは不可能だと判断された。
もしこのまま復活させようとした場合、、
そっくりそのまま「悪しき竜王」が復活することを意味していた。

そのため復活案は即座に放棄され、
必要最低限の「魂の苗床」機能のみを再起動させる方針となった。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:23:19.54 ID:XVB8s0iW0

だがこの「魂の苗床」のみを復活させるという案も
また別の点で困難なものだった。

これはもともと竜王だけに託された任であり、
創った大元のエーシルと竜王以外は操作不能なものだった。
そもそもこれを知っていたために、賢者・魔女・魔神たちも当初は
「善良な竜王」を復活させようとしていたのである。


一応、抜け穴はあるにはあった。
「魂の苗床」はエーシルと竜王以外は操作できない、
それが基本であったものの、詳細な調査によって
エーシルと同じ『オリジナルのOMNE』格ならば
なんとか干渉可能だと判明はした。

とはいえ、エーシルの代役など簡単に立てられるわけがなかった。
人間たちにとってまずロキが本命であったが、
かの存在は隠遁してから完全に消息を絶っており、
この竜王事件においてもなんら活動が確認できなかったため
もはや期待できなかった。

そしてロプトも同じく消失状態。
もとい、ロプトは人間に対する敵対姿勢から、
魔たるクイーンシバと並んでそもそも論外である。

となると、残るオリジナルのOMNEは一柱、ジュベレウスである。
かの女神は活動停止してはいるものの、
その魂はいまだ強き生命を宿しており
そこに接続すれば「魂の苗床」も再稼動可能。
これこそ人間界滅亡を回避する、唯一の実現可能な選択肢であった。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:23:55.71 ID:XVB8s0iW0

このジュベレウス案に天界主神派は大いに賛同したが、
もちろん賢者と魔女は猛烈な反感を示した。

「魂の苗床」がジュベレウスに接続されるということは事実上、
人間界の生命圏が丸ごと天界の影響下になるからである。
さらにジュベレウスは冬眠状態であったため、実質的な主導権は
ジュベレウス代理権限を有する主神派が握ることを意味していた。

これだけでも人間、特に魔女たちからは大反発を招くものだったが、
さらに主神派の思惑もまた火に油を注ぐこととなる。

そもそも主神派がこのジュベレウス代役案に同意したのは、
完全なる善意からくるものではなく
彼らの打算も含まれていたからである。

実は天界、もとい主神派からすれば、
この人間界の生命圏は金脈でもあった。
人間を糧としたクリフォトの樹があれだけの力を醸成し、
さらにその『果実』がムンドゥスをあそこまで飛躍させた以上、
人間界の絶大な利用価値は否定しようがない。
この世界に秘められている莫大な力、その潜在性は自明である。

そしてジュベレウスが眠りについてしまって以降
魔界に劣勢であり続けている天界にとって、
人間界はその劣勢を覆しうる力の源になり得たのである。

加えて人間界の生命活動を掌握することで、賢者や魔女に対する影響力も増大し、
ジュベレウス復活に必要な「世界の目」へ干渉できる機会も増す。
この人間界を救うはずのジュベレウス代役案は、
天界にとって長き苦境を打開する起死回生の一手にもなったのである。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:24:26.44 ID:XVB8s0iW0

しかしながら、こうした姿勢はやはり道義上の問題を伴っていた。
これでは侵略するも同然、まるで魔族のような行いだ、
という拒否感が主神派内においてすらも生じたほどである。

だが天界の力がなかなか回復しない長き苦境、
そして停滞し続けているジュベレウス復活計画、
そういった状況は主神派を追い詰め、より強硬的にさせつつあった。

道義と理念の葛藤、良心と現実を天秤にかけた熟考の末、
最高指導部たる四元徳はついに一線をこえる決定を下したのである。
全てはジュベレウス復活のため、
ある程度は善を外れることも辞さないと。

人間界への協力として、ジュベレウスと「魂の苗床」を接続して再起動させる。
そしてそれを利用して人間界の生命圏そのものを掌握し、
その莫大な力を管理下におく、と。

「魂の苗床」を掌握するということは、
以降の人間界の全ての「出生」を支配するということ。
すなわち事実上、人間の隷属化を意味した。

賢者と魔女も、ジュベレウス代役案によるそうした弊害に気づいてた。
そして強い反感を抱き、
特に魔女たちの主神派に対する感情は憎悪の域に達していた。

しかし破滅を避けるには、他に選択肢は無かった。
魔女たちも憤怒を腹に抱えながらも、
この現実を受け入れるしかなかったのである。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:25:05.48 ID:XVB8s0iW0

こうして、竜王事件で最終的に「勝者」となったのは主神派であった。

天界各派の識者たちは、この主神派のやり方に失望し、
自らをも含めて天界そのものにも失望した。

主神派は変わってしまった、
彼らはジュベレウス復活を優先するあまり、
ジュベレウスに教わった良識を捨て去り、
忌むべき一線を越えてしまったと。


我ら天界は、もはや『善』ではなくなったと。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 01:26:05.00 ID:XVB8s0iW0
今日はここまで
次は明日の夜に
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:11:57.75 ID:XVB8s0iW0

第二章 新人間界


1 人間界の再建


表向き、主神派は人間界を救うためとしていたが、
その手法は侵略同然であり、
またその真の思惑も隠せるものではなかった。

潜在的に反主神派である魔神たちは真っ向から反対、
天界の他派閥も懸念を表明し、
天界寄りの賢者でさえも否定的な姿勢を示し、
魔女に至っては殺意をも露わにした。

だが主神派は否定せず、むしろ開き直って利点を述べた。
これはいわば同盟である、天界はさらに強くなり、
ジュベレウス復活にも近づき、
結託によって人間界も共に強くなる、と。

さらに決め手として、こう周囲に、特に人間たちに問うた。
他に人間界救済の策はあるのか、
人間達よ、汝らに滅び以外の選択肢はあるのか、と。
これに対して明確な答えを用意できた者はいなかった。
現実問題として、人間界の生命圏を復活させるには
これしか方法がなかった。
憤怒していた魔女達ですらこの現実を否定することはできず、
ただ沈黙を返すしかできなかった。

そして主神派と対立していた魔神派も改めて熟考した末、
しぶしぶながら認める形となった。
かつての全能性と旧世界を取り戻す、というのが魔神派の至上目的であり、
それを叶えてくれる「ジュベレウスの復活」へと到る道は
魔神派にとっても最優先だとだと再確認されたからである。

天界他派閥も苦渋の判断でこれに追従、
こうして一応の承認を得て、主神派は計画をついに開始した。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:12:23.98 ID:XVB8s0iW0

ただ、この計画は作業段階においても難儀なものだった。
ジュベレウスと「魂の苗床」を接続し、人間界の生命圏を復活させる、
と簡単には言うものの、その具体的施行は様々な段階を踏まねばならなかった。

まず最初に必要だったのは、人間界の再設計である。
竜王の暴走により、人間界の物質領域は
空と大地が溶けあうほどに法則が乱れ、
生命活動も寿命や生死の境界が修復不能なまでに乱されていたため、
人間界の全様相を作り直す必要があった。

そのうえ元の「設計図」は竜王の残骸と癒着したため再利用不能、
一から新たに再設計しなければならなかった。

さらに装いを新たにするならついでということで、
より改善された人間界の様相が望まれた。
今回のようなたった一柱の暴走だけで崩壊する構造は避け、
頑丈かつ安定した世界構造を、と。

この難解な再設計作業は、
主神派の判断により魔神派に委ねられることとなった。
これは彼らの能力と経験が最適だったからである。

かつての原初時代において、
魔神たちは世界の「書き換え」を容易く行ってきた。
しかもその対象が「人間世界」というのも現状に合致しており、
魔神たちにうってつけの仕事だった。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:12:55.06 ID:XVB8s0iW0

魔神たちはまず、新たな生命圏を精密管理するための基盤として
大規模な霊的回路網の構築にとりかかった。

人間界深層におかれた「魂の苗床」と
天界にて眠るジュベレウスをつなぐ本線を中心とし、
そこから広がる無数の枝が人間界の生命圏を覆う、
「樹」のごとき構造がとられた。

これは末端の魂のあらゆる活動に干渉する機能も備えており、
用い方によっては、人間を霊的領域から支配することも理論上可能だった。
この巨大な霊的回路網は
魔神たちによって「セフィロトの樹」と命名された。

これは彼らの旧世界における同名の霊的構造、
そして魔界のクリフォトの樹にもかけた、
天界主神派の所業を皮肉った命名であった。

このセフィロトの樹は、実際の運用は主神派ではなく
他の天界有力派閥に委ねられることとなった。
これは主神派が天界指導部としての業務に専念するため、
また魔女の反応を鑑みた妥協という一面もあった。

管理者として選ばれた有力派閥は良識的であり、
かつてかのミカエルが属していたこともあって
人間界を救った貢献から魔女とも一定の友好を維持していた。
そのため、彼らがセフィロトの樹を運用するならば
いくらかは魔女の反発も和らぐと考えられた。

つまりこの時点では、
『樹』自体は人間を支配可能な能力を備えつつも、
主神派が直接的にそれを行使できる体制ではなかった。
これもまた、周囲からの反発を和らげるための妥協であり、
彼らは慎重に事を進めていったのである。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:13:21.90 ID:XVB8s0iW0

そしてこのセフィロトの樹の整備にあたって、
ある大きな問題についての対応も組み込まれた。
それは竜王ふくむ混沌神族の残骸の管理、
もとい、それら神々の復活を阻止する策の構築である。

「魂の苗床」は竜王の「胃袋」等の残骸と癒着しきっており、
これを分離できなかったため
それら残骸も含めて『樹』と接続するしかなかった。

だがそこには混沌神族の残骸も蓄積されている。
OMNEたる『混淆』も含めて厳重に封印はなされていたが、
完全分離が困難な以上、やはりそれら残骸が漏れ出して、
セフィロトの樹に流れこんでしまうのは避けられず、
それが混沌神族たちを復活させてしまう可能性があった。

具体的には、「魂の苗床」から出でる新生児の魂に
混沌神族の因子が混入し、いわば「神々の子」となって
現世に産まれてしまうのである。

そして問題なのは、その混沌神族の因子には
分離困難な竜王の要素も含まれたままであること。
つまりこの「神々の子」は成長すると竜王のごとき
邪神に変じる可能性があった。
最悪の場合、悪しき竜王そのものが蘇る危険性すらあった。

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:13:48.27 ID:XVB8s0iW0

そこでセフィロトの樹には、
こうした「神々の子」の成長を抑制する機能が組みこまれた。
人間の霊的領域の力をすべて剥奪し、
神族の因子が目覚めないようにする、というものである。

これは副作用として、人間の大幅な弱体化をもたらした。
霊的な力を削がれ、物質領域に縛られることで
どれだけ魂や精神が強くても肉体は脆いままであり、
物理的な寿命で「早死」にし、
事故や病による些細な肉体の機能不全でも容易に死ぬ。
そんな、かつて魔神たちがいた「旧世界の人間」のごとき
脆弱な種へと変じてしまうことを意味していた。

人間の生死の循環が極端に早くなることで
混沌神族の因子が開花成長する時間を与えない、という点で
この副作用自体も神族復活の抑制に役立ったが、
人間側からすれば明らかに過大な代償であった。

それこそ人間という種全体を貶められたも同然だった。
エーシルの次子として本来有していた高次の力が奪われたのだから。
また、吸い上げられた力は天界へと流れてゆくため、
まさしく搾取とも看破でき、
人間界を新たな力の源ともする主神派の思惑も滲むもの。

まさにこれは大多数の人間にとって
紛うことなき奴隷の枷だった。
魔女や賢者など、一部では例外的措置(後述)で
こうした「搾取」を回避した者たちはいたものの、
総体としては人間は大きく弱体化し、
「強き人間」の時代は終わりを迎えたのである。

そして後世まで続く「弱き人間」の時代が始まることとなった。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:14:15.33 ID:XVB8s0iW0

こうして竜王と混沌神族の残骸の扱いや、
人間の魂や力の管理といった
霊的領域の整備は完了し、作業は次の段階へ。

今度は「物質領域」の整備に移った。

霊的な力を事実上失った人間たちにとっては
物質領域こそが生命活動の全てとなるため、
その領域の管理もまた人間界を制御する上で重要だった。

そうして霊的領域を管理する「セフィロトの樹」同様、
物質領域も管理する機構の整備が始められた。
技術的作業を担うのは再び魔神たちであった。
また彼らにとって、この作業はかなり簡単なものでもあった。
なにせ彼らの得意分野たる技術、
『位相』という機構がそのまま転用できたからである。

この『位相』技術の応用により、『膜』を被せるように
現実の表層、すなわち物質領域の在り方を定めることができた。
物理法則や環境の設定から、生態系の傾向、個体の性格などに至るまで。

さらにはその『位相』内部の物質世界はどのような過去を経て、
そしてどのような未来を紡ぐかという歴史もある程度は設定できた。
言うなれば、『位相』を完全掌握する者は
全能のごとく物質世界を操作することが可能だった。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:14:42.33 ID:XVB8s0iW0

ただし、かつて原初世界群にて
魔神たちが有していた本来の力に比べれば、
この新しい『位相』操作機構は大きく制限されたものであり、
これを彼らは皮肉をこめて『全能お試し版』と呼んだ。

この『お試し版』、操作可能な範囲と対象はあくまで
限定された人間界の物質世界内部のみであった。
また操作できる対象も、その霊的な力が削がれていること前提であり、
強い霊的な力を有しつづけた賢者・魔女には影響は及ばなかった。

とはいえあくまで「弱き人間」を物質領域からも管理する、
そのための機構であるため、この程度の機能で十分だった。
また縮小単純化されたおかげで、
『位相』操作を受けない異物によって『位相』世界が乱されたとしても、
いつでも柔軟に操作でき、速やかに調整・修復できるという利点もあった。

そうして魔神たちは『位相』操作の基礎となる枠組みを構築させ、
いよいよ具体的な内容の設計にうつった。

新しい世代の人間はどのような世界に生きて、
どのような歴史を綴っていくのか。
魔神たちはそれぞれ新たな世界像の素案を提示し、
それらは主神派によって入念に吟味され、熟考の末に一つに選ばれた。
それはもっとも若き魔神、「オーディン」が作った素案であった。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:15:11.32 ID:XVB8s0iW0

2 オーディンの位相群

魔神オーディンの位相案は、
他の魔神たちが提示したものとは趣が異なっていた。

他者のものは、
「この件にもっとも最適な世界像」としての位相案であったが、
オーディンだけは適正で作ったものではなく、
彼女が「個人的にもっとも望む世界象」を提出したのである。
これは、彼女が胸に抱いていたある願望に由来していた。

魔神派全体としての最終目的は、
かつての全能性と故郷の旧世界を取り戻す、というものである。
ジュベレウスのもとに集い、魔族と戦ったことも、
そして天界勢力に属していることも、
全てはその最終目的のための過程にすぎない。

しかしオーディンにだけは、その最終目的よりも
さらにもう一歩踏み込んだ目的があった。

『とある少年』のために、その少年が生きた世界を回復させる。
それこそが彼女にとっての最終目的であり、
全能性と旧世界の回復もまた過程にすぎなかった。


そして、そんな彼女にとって今回の件は大きな誘惑に満ちていた。
もしかしたら、ここで願望を達成できるかも、と。
「とある少年の世界」を位相案として提示し、それが採用されたら、
そのまま「とある少年の世界」を再建できるかもしれないと。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:15:37.88 ID:XVB8s0iW0

ただし、これは結局は幻想であった。
オーディンの位相案が採用されたとしても、
「とある少年の世界」と同一世界には成り得ない、それは明白だった。

この人間界が在る環境は、「とある少年の世界」とは大きく異なる。
天界の主導的な統治、魔界からの介入、
そして人間界内部にも賢者や魔女、
さらに『位相』をめくった下には混沌神族の残骸など、
異なる構造や要素があまりに多くある。

これら『異物』の影響が避けられない以上、
近似はしても「同一」には成りようが無い、
創りだされる世界は結局別物だった。
もちろん、彼女もこれらを明確に理解していた。
だがそれでも誘惑に駆られてしまった。
もう一つの堪えがたい理由があったから。

過去に、大事な世界の姿を忘れてしまった経験があったために。
そのため、「とある少年の世界」もいつか思い出せなくなってしまう、
という不安がこの日に到るまで常に彼女を苛んでいた。

くわえて全能性と旧世界回復の具体的な目処が立たない現状、
すなわちジュベレウス完全復活がいつになるかわからない、
そんな状況もさらに忘却の不安を募らせいた。

そうした不安と焦燥の果てに、彼女は自覚していながら
感情的な行動へと出てしまったのである。
「とある少年の世界」を回復させる、その願いが
耐え切れないほどに強すぎたために。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:16:04.36 ID:XVB8s0iW0

このような背景と動機だったため、
彼女の提示した『位相』案はもちろん最適なものではなかった。

一応は最低要求を満たしてはいたが、
異質な才の大量出現、大規模な混乱の可能性、
信仰体系の膨大さと不安定な傾向など、
多くの不確定要素をはらんでいた。
くわえて、『位相』の構造自体も他の魔神たちの案と大きく異なっており
それがさらに安定を損なっていた。

他の素案は、隅から隅まで設計された緻密なもの、いわば箱庭型であったが、
オーディンのものは彼女の記憶を基点として、
水面の波紋のように広がって形成されるものだった。

明確なのはオーディンが記憶している基点部分のみであり、
それ以外の大部分は不明確。
いわば「種」から大きな幹が上に伸びることはわかるも、
広がる枝葉の数や形状は成長しなければ詳細不明、といった具合だった。

言ってしまえば、彼女の素案は
新人間界の姿を定める設計図としては完璧に程遠い、
穴だらけの未完成品だった。
だが四元徳による最終選定の末、
選ばれたのはこのオーディンの未完成品だったのである。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:16:30.24 ID:XVB8s0iW0

理由は大別して二つ。
まず一つは、オーディン案には小細工がなかったという点である。

というのも、他の魔神たちの素案は表面上は優れていたものの、
その奥底には彼らが独断で操作できる別の管理回線、
「裏口」が隠匿されていたことが判明したからである。

どの素案も、いざという時に魔神派が管理権を奪うための保険が
あの手この手で仕込まれていた。
だがオーディンの案だけは純粋な想いで創られていたため、
小細工はまったく含まれていなかった。

そして二つ目の理由は、
その未完成な構造が逆に利点とされたことだった。
穴だらけで未完成ということは、
見方を変えれば改造の余地が多いということ。
後々に、状況に合わせた要素をその穴に埋めこむことができ、
不測の事態にも対応可能な柔軟性がある、
主神派はそう評価したのであった。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:16:56.57 ID:XVB8s0iW0

こうして新たな人間界の姿として、
「オーディン位相群」が正式決定された。
そして次に、「台本」の配役や演出を決めていくように、
実際の運用とオーディン位相群とのすり合わせ作業が行われた。

まずは信仰群の整備である。
新世代の「弱き人間」たちを管理する上で、
信仰体系はセフィロトの樹と並んで重要な基幹要素だった。

彼ら「弱き人間」は、賢者・魔女といった旧世代の「強き人間」とは異なり、
生まれたばかりの赤子同然で不安定かつ脆弱であるため
精神面においても導きと保護が必要だと判断されたからである。

そしてその手段として、信仰体系は最適だった。
善意的な表現をするならば、
信仰によって精神面から人間を導き、彼らを守る、というものである。
かつて自我を得たばかりの最初期の人間たちが、
エーシル=ロキによって導かれたのと同じように。

ただしこれは上辺であり、本質ではエーシル=ロキ信仰と大きく異なる。
エーシル=ロキのそれは真に人間への愛から成り、
人間に寄り添い、導き守ることを常に第一とした。

一方でこれは、人間たちの精神内部も操作し、監視し、混沌神族系を抑制し、
思念を矯正し、人間を管理しやすくするためのもの。
また、人間から奪った霊的な力を
効率よく束ねる上でも信仰は有用だった。
信仰によって思念を天界側に寄るよう矯正すれば、
霊的な力にもその思念が付加され、天界が扱いやすくなったからである。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:17:23.42 ID:XVB8s0iW0

そしてオーディンの位相群には、
そういった管理構造に有用な信仰体系が充分に揃っていた。

この位相群は何重にもなっており、
位相の一枚一枚が信仰体系の核でもあり、
それら位相枚数、すなわち信仰体系の数は膨大だった。
それゆえ非常に幅広く、柔軟な「弱き人間」の管理が可能だった。

ただしあまりに信仰の数が多いゆえ
主神派のみで全てを管理するのは困難だったため、
天界の各有力派閥に実務が振り分けられることになった。

選定は各派閥の力量に合わせられ、
強大な派閥には相応の大規模な信仰体系が委ねられた。
例えば、セフィロトの樹の管理を任されたかの有力派閥には、
最大の信仰体系もあてがわれた。
後世において十字教と呼ばれる信仰を含む、
最終的には人類の大部分を占めるほどに大規模になると
「台本」たるオーディン位相群にて定められているものだった。

こうしてそれぞれ信仰体系をあてがわれて、
主神派・魔神派のみならず他の諸派閥も満遍なく
「新人間界」管理に参入することとなった。

またその管理の下部組織として、
人間界側で信仰体系を運営する者たちもそれぞれ組織された。
人員は「弱き人間」たちから選ばれ、
天界諸派閥による信仰管理の末端となった。
この者たちは「弱き人間」の社会において、祭祀や神官などとして、
天上の意志を社会へ浸透させる役目を担った。
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:17:52.99 ID:XVB8s0iW0

ただし、こういった天界諸派閥の信仰管理はすべて、
本質的には主神派の代理、さらに言うと全てはジュベレウスの代理とされ、
人間たちから捧げられる信仰心は
最終的にはジュベレウスに集束するようになっていた。

あらゆる信仰の神はすべて
ジュベレウスの化身として紐づけられたのである。
これは人間から吸い上げた霊的な力や、
死後の魂をより扱いやすくするための措置だった。

ジュベレウスの名と存在を表面的には知らなくとも、
人間たちは本能的に彼女こそが『創造主』だと認識し、
思念や魂が従順に従うようにしたのである。

これこそ、主神派が人間界を「金脈」とする企ての実現でもあった。
主神派が、もとい四元徳がその気になれば、
人間の霊的な力も魂も全て自らの手中にできたのである。

ただし、これらジュベレウス信仰の機構は、
主神派強化という利己的な実利のみならず、
今後生まれる人間たちから「エーシルの次子」としての
古来のアイデンティティを奪うものでもあり、
やはり魔女の反発を強く受けることになった(後述)。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:18:19.39 ID:XVB8s0iW0

信仰体系の次に重要だったのは「配役」だったが、
「台本」たるオーディン位相群はそれらもしっかり対応していた。
まず混沌神族の子である者たちは、
オーディン位相群に現れる「能力者」と呼ばれる出生に配役された。
はるか後世には「原石」とも呼ばれた者たちである。

また他の「弱き人間」たちの集団も、
それぞれ整備されオーディン位相群に重ねられていった。
たとえば天界諸派閥が従えた「弱き人間」からなる下部組織、
各信仰体系の管理を地上側で担うこの集団は、
オーディン位相群における「魔術師」と呼ばれる層に配役された。

彼らの第一責務は地上側における信仰管理であったが、
それには実力行使を伴う分野も含まれており、そのための知識と技術も与えられた。

それぞれの信仰体系を脅かすほどの者、
あるいは天界の望まぬ形で人間社会の動乱が生じた場合、
一番最初に対応するのが彼ら「魔術師」であった。
また混沌神族の子、もとい「能力者」を討伐する責務も担っていた。

ただし、彼らの「魔術」は賢者・魔女の力とは全く異なるものだった。
「弱き人間」は魂があまりに小さかったため、
賢者・魔女と同じ技術を扱うことはできなかったのである。
彼らが用いた「魔術」とは、オーディン位相群の中にあった代物、
魔神たちの旧世界で使用されていた古いものがそのまま流用された。
また、式を行使するための霊的な力についても、
その供給源は賢者・魔女とは大きく異なっていた。

古の「強き人間」である賢者・魔女は自身も強大な力を有し、
さらには天界・魔界から直接引き出した力も使っていたが、
「弱き人間」は霊的な力が逆に吸いとられ、
かつ天界・魔界の力にも耐えられないため、
専用に薄められた力がセフィロトの樹を通して供給された。

すなわち彼らの魔術行使は、源の部分でこれまた天界の制御下にあったのである。
天界の意、もとい主神派の意に沿わない場合、
その魔術への供給を遮断することも可能だった。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:18:46.13 ID:XVB8s0iW0

それでも、この「魔術師」たちこそが
新たな人間界の地上を統べる階層となった。
というのも、賢者・魔女はこのオーディン位相世界、
もとい「弱き人間」世界には積極的に関わろうとしなかったからである。

かなりの懸念や不満を抱いていたとはいえ、
人間界再建とその維持は天界主導でなければ果たされないことを認め、
そしてその業務を乱さぬように身を退く、というのが最たる理由であった。

賢者・魔女は自らがあまりに強大であり、
オーディン位相内部、もとい「弱き人間」の世界を
容易に乱せる異物であることも自覚していた。
自分達が不用意に介入すれば、世界に予期せぬ障害や動乱を起こしかねない、と。

加えてもう一つの理由として、彼らが本来の責務たる世界の目の守護、
そして対魔族の人間界防衛に集中した、という点もあった。
魔族侵入に対処する上で、少数精鋭ゆえに「弱き人間」界隈の
雑務に関わる余裕は無かったのである。

こういったことから、「弱き人間」の地上世界は実質
「魔術師」と呼ばれた勢力が最上階層となった。
ただしこの「魔術師」たち、「弱き人間」で構成される以上は
いくら天界の支援を得ようとも限界は相応のものであり、
状況によっては戦力不足になることも考えられた。

そこで主神派は、いくらかの強き戦士を計画的に生産して賄うことにした。
「霊的な力の剥奪」という条件を特別に外した、
賢者のような強靭な肉体と天界の力を有した戦士を出現させた。
この戦士たちは「魔術師」側の切り札とされ、
オーディン位相群においては「聖人」という位置に配役された。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:19:12.58 ID:XVB8s0iW0

こういった具合で「弱き人間」の「配役」が決められていったのと並行して、
彼らが住まう世界も細部が整備されていった。
物質領域は元々の人間界から大幅に変更され、
オーディン位相群の旧世界像がそのまま転写された。

魔女と賢者が住まうヴィグリッド、
かつてエーシルが座した霊峰フィンブルヴェトル、
その麓の古都ノアトゥーンなど、僅かな霊的要所は残されたものの、
ほぼ全域が様変わりした。

また三位一体世界では通常、生命活動は多層の領域に跨るものであったが、
「弱き人間」たちの居住域は一つの物質領域のみに限定された。
これは結果的に、「人間の住む世界」が
以前とは比べ物にならないほど狭くなることを意味していた。

これらは領域が狭いほうが天界にとって管理が容易というほか、
霊的領域を本拠としている賢者・魔女と隔絶させる目的もあった。
同時に賢者・魔女の側も「弱き人間」世界に積極的に関わることを避けたため、
この点は双方で要求が一致していた。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:19:39.99 ID:XVB8s0iW0

こうして「台本」、「配役」から「舞台」作りまで、
オーディン位相群の適用と構築は順調に進められていった。
とはいえ当のオーディンは、
この作業段階には加わっていなかった。
「とある少年が生きた世界」を素案として提示した、
その己の行動をひどく後悔していたからである。

「とある少年」のために、彼が生きた世界を回復させる、
その強い願望のせいで衝動的にこの機会に懸けてしまったが、
この「機会」はやはり幻想でしかない。

たとえ同じ「台本」を使おうとも、
天界・魔界といった「台本」外の大きな要素が並存する以上、
同じ世界になることはない。
このオーディン位相世界でのちに現れるかもしれない「とある少年」も、
近似はしても同じではない、本質的には完全な別人となる。

しかもこのオーディン位相群は、
動機が「とある少年の世界の再構築」だったため、
「台本」としてもその「とある少年」が生きる時代までしか用意されていない。
それゆえ、この位相群が「とある少年」の時代に到達すれば、
そこからはオーディンも知らない未来、もはや似ても似つかない世界になる。

彼女は「とある少年の世界」を回復させるどころか、
冒涜するかのごとく歪んだ別世界を
創りだしてしまったのである。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:20:06.31 ID:XVB8s0iW0

それゆえ彼女はひどく後悔した。
こうなることがわかっていながら、行動に移してしまった、
そんな己自身への失意と怒りも伴って。

しかし悔やんでもすでに手遅れだった。
もちろん、自らの素案を採用しないよう
主神派へ幾度も意見した。

だが主神派は聞き入れなかった。
そしてオーディン位相群は彼女の手を完全に離れ、
新たなる人間界の歴史として始まってしまった。

いまや彼女にできるのは、現状を受けいれることだけだった。
大切な記憶、「とある少年」に捧げるはずだった世界が、
おぞましい別物になっていく。
その陵辱にひたすら耐えるしかなかった。


そしてオーディンの他にも、
この新しい人間界をひどく嫌悪した者たちがいた。

やはり、アンブラの魔女たちである。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:21:01.43 ID:XVB8s0iW0

3 魔女の決断


人間たちは長い間、
彼らの創造主たるエーシル=ロキだけを信仰していた。

対象がエーシル=ロキだけなのは、
彼らにとって混沌神族は無能な「兄」でしかなく、
天界と魔界はそれぞれ協力者でしかなかったために。

また、そもそも当時は人間自身が神族をも憚らないほどの力と
それゆえの気高さを有していたため、
エーシル=ロキ以外に屈するつもりは一切なかった。
そのぶん、エーシル=ロキに注がれた信仰は篤いものであり、
ロキの隠遁後もその熱意は変わらなかった。

しかしその熱意は徐々に冷めていくこととなる。
重大な問題に陥った際、たびたび人間たちはロキの神託を求めたも、
隠遁後のロキからは助言どころか、
その存在を示す兆候すらなかったために。

また世代交代によってロキと面識があった者が減っていったことも、
信仰の形骸化と認識の希釈化をもたらした。
賢者・魔女は大変な長命とはいえ完全な不老ではなく、
どれだけ壮健な者でもいずれは精神が老いて死が訪れたほか、
生き疲れて死を選ぶことも慣習としてあったからである。

そして最後に、竜王の騒乱が
エーシル=ロキ信仰に致命的な離心をもたらすことになった。
これだけの人間界の危機となっても、
ロキは一切助力してくれないばかりか、
やはり存在の兆候すら示さなかったのだから。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:21:27.61 ID:XVB8s0iW0

エーシル=ロキはなぜ現れないのか、なぜ助けてくれないのか。

それは神頼みなどという他力本願ではなく、
人間たちが篤き忠義と責任感を有するゆえの失意だった。
「魂の苗床」を管理するのは混沌神族、
「世界の目」を管理するのは人間、
この管轄はエーシル=ロキが定めたものであり、
人間たちにとっては創造主が定めた絶対戒律も同然だった。

そのため「魂の苗床」に関わる竜王騒乱は
権限が無い人間が介入するものではなく、
エーシル=ロキのみにその資格があり、
そして同時に彼の責務である、それが人間たちの認識だった。

しかし最後までかの存在は現れず、
解決から事後処理まですべて天界の成すがまま。
人間たちは失意とともに現実を受け入れるしかなかった。

エーシル=ロキはもう存在しないも同然だと。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:21:54.60 ID:XVB8s0iW0

そんな彼らへと、天界主神派はジュベレウス傘下に入ることを提案した。
すなわち今後はジュベレウスも信仰せよと。

賢者は、元から天界と親密だったこともあってこの提案を受け入れた。
エーシル=ロキ信仰は継続しつつも、
ジュベレウスも同格として祀ることにしたのである。
もともと賢者は天界から引き出した力も用いていたこと、
つまり間接的にジュベレウスの恩恵をすでに受けていた点も、
信仰受容に抵抗が少ない一因だった。

一方、魔女側は当然のごとくジュベレウス信仰を拒んだ。
そして天界による新人間界の管理も、
今はこれしか方法がないため現実的には認めつつも、
思想的には拒絶するということを改めて宣言した。

そこには絶対に受け入れられない一線があった。
これは理念上の問題だけではなく、
彼女たちの今後の生命に直接関わる問題だったからである。

賢者・魔女ら旧世代の「強き人間」は、セフィロトの樹とは接続されず、
またオーディン位相群という「台本」の外に在るため、
その活動自体は天界の直接干渉を受けることはなかった。
しかし人間の魂の源泉、「魂の苗床」だけは共有しており、
それが魔女たちにとって問題だった。
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