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ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)
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264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:21:14.92 ID:XVB8s0iW0
元より、賢者・魔女に共闘を申しこむつもりはなかった。
聞く耳を持たれないのは確実だった。
正体を明かした上での彼の言葉など、
人間側からすれば信用に足る要素など一片も無い、確実に罠だと考える。
「スパーダ」という存在の過去の所業、
そしてそれを踏まえた人間達の評価と敵意は、
どのような言葉をもってしても拭えるものではないのだから。
そのため、彼はもうヴィグリッドに居続ける理由はなかった。
むしろ人間側に余計な混乱をもたらさないためにも、
速やかに離脱するべきだった。
そうしてスパーダは立ち去ることに決めたが、
そこで彼は少し逡巡した。
状況的には誰にも何も言わず去るのが最善、
というのはわかっていたが、親しき者たちのことを思うと
心象的にはとにかく辛いものがあった。
特にエヴァである。
愛した「銀髪の魔剣士」がスパーダだった、
それを知ったときの彼女の衝撃と悲嘆を思うと、
どうしても心が痛んでしまった。
自分は「悪魔」に誑かされたのか、と彼女は思うかもしれない。
全ては偽り、愛も幻に過ぎなかったのか、と。
265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:21:44.99 ID:XVB8s0iW0
愛する人にそう受け取られてしまうなんて、
スパーダには耐え難いものがあった。
人の心を獲得し、本物の愛を知ったからこその苦痛だった。
そしてスパーダは理性と感情の狭間で悩んだ末、
去る前にエヴァに真実を告げることにした。
魔帝に挑めばスパーダですら命を落としうる、
それゆえ真実を語る確かな機会は今しかない、
そんな理由もあった。
エヴァに、人間側に、
今のうちに「スパーダの真実」を託しておきたかった。
彼女たちと絆を育んだのは悪魔的な誑かしなんかではなく、
本当に愛していたと伝えておきたかった。
たとえ信じてもらえずとも、せめて記憶しておいてほしかった。
それは人の心を得たがゆえの、
スパーダの最後の我侭だった。
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:22:11.36 ID:XVB8s0iW0
彼はいつものようにヴィグリッド中央に赴き、エヴァを訪ねた。
そして普段どおりの穏やかな口調で、
真実の全てを告げた。
己の正体のこと。
人間に興味を引かれ、
観察と非道な実験を続けた末に人の心を得たこと。
人間たちを慈しむようになり、彼女を愛したこと。
そしてそれゆえに人間側に立つということを。
これが話された場所は
エヴァの地位ゆえに完全監視下であり、
発言も一語一句記録される環境であったため、
スパーダの告白はそのまま魔女・賢者全体へ、
ひいては人間界に向けたものともなった。
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:22:38.42 ID:XVB8s0iW0
この途方もない話に、
壁際で聞いていたエヴァの護衛の魔女たちは当初
何かの冗談だとして誰も真に受けていなかった。
だがエヴァだけは彼が真実を話していると最初から理解した。
内容は信じがたくも、彼の目に嘘はないと確信したのである。
そしてそれを裏付けるように、スパーダは直後に
人間の偽装を解いた。
露になったおぞましい魔界闘士の姿、出現する破壊の魔剣。
溢れだす破滅的な魔の力。
そしてかの侵犯者の力を瞬時に検知して、
ヴィグリッド中に響きわたる非常事態の警笛。
そのように示された真実を受けて、
最初に動いたのは護衛の魔女たちだった。
彼女たちはもちろん驚愕していたとはいえ、
精鋭ゆえ行動に微塵の遅れは無く、
瞬時にスパーダへと攻撃をしかけたのである。
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:05.42 ID:XVB8s0iW0
しかしその行動は、
この悪魔が侵犯者スパーダであることを改めて証明したに過ぎなかった。
彼女たちは容易く制圧された。
命を奪われるどころか、
大きな怪我すら負わずに気絶させられるという形で。
精鋭とはいえ、所詮は侵犯者の相手ではなかった。
このスパーダと真っ向から戦えるのは、
長老たちや抜きんでた英傑などのごく少数に限られていた。
とはいえ逆に言えば、その域の者たちが集結してくれば
スパーダですらも危険というわけでもある。
その者らにクイーンシバやジュベレウスの召喚術、
さらにはその融合型であるOMNEの召喚術などを持ち出されたら、
スパーダもここで殺されかねなかった。
当然ここで死ぬわけにも、
ましてやヴィグリッド中央でそんな破滅的な戦いを
繰り広げるわけにもいかない。
最強格の魔女・賢者が集ってくる前に脱出せねばならず、
いよいよエヴァとの別れのときだった。
エヴァの様子は驚愕と失意、
そして困惑に包まれて呆然としていた。
できればその負の感情を拭うべくもっと説明したかったが、
スパーダにはもう時間はなかった。
彼はささやかな別れを告げ、最愛の人に背を向けて退室しようとした。
きっともう二度と会えない、その覚悟の上で。
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:31.80 ID:XVB8s0iW0
しかしそこで思わぬことが起きた。
エヴァに呼び止められたのである。
それも彼女の立場上、
絶対にあってはならない言葉によって。
彼女は一言、放った。
「共に」と。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:58.72 ID:XVB8s0iW0
その言葉には、発したエヴァ自身が誰よりも驚いていた。
よく考えず、ろくな意図もなく
衝動的に発してしまったからである。
だがそれゆえに純粋な感情から発露した言霊、
スパーダと同じく「心」に突き動かされてのもの。
彼のおぞましい正体を突きつけられたにも関わらず、
彼女の愛は揺れていなかった。
エヴァはその己自身に大いに驚き、
そして今の発言が己の立場を危うくするともすぐに気づいた。
ここでの会話は全てが記録されており、
そして相手が「スパーダ」と知った上でのこの発言は
反逆と見なされ得ると。
同胞たちからの糾弾を避けるには、
すぐに失言を撤回し、スパーダへ拒絶を示す必要があった。
だがエヴァは躊躇ってしまった。
振り向いたスパーダ、その瞳に心を奪われたからである。
おぞましい悪魔の姿、赤き眼光。
それはそれは忌まわしいはずなのに、その瞳の奥に感じる心は、
「愛した人間の男」のものと何ら変わらなかった。
人間の変装が解けて純魔に戻ったにもかかわらず、
エヴァが愛した存在は変わらずにそこにいた。
愛する人が正しき道を歩もうとしている、
それがこの瞬間エヴァが目にした「スパーダの本当の姿」だった。
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:24:26.97 ID:XVB8s0iW0
彼女の頭の中では、魔女としての理性が叫んでいた。
信じるな、誑かされるな、相手は所詮は悪魔であると。
悪魔は単なる契約対象であり、
愛させることはあっても魔女側から愛するなど禁忌。
しかしそんな魔女としての鉄則を前にしても、
彼女の心はもう止まらなかった。
こみ上げてきた衝動の中、かの祖母の姿が脳裏に蘇った。
アンブラ族の掟に反してでも、己の道を貫いたその生き様を。
そしてエヴァの旅立ちを後押ししてくれた、かつての母の言葉も響いた。
前に踏み出すことを恐れるな、
己が正しいと思う道を歩め、と。
それら家族の生き様が、思い出がここでエヴァを導いた。
己の中に生きつづける母たちの支えを受けて、彼女は前に踏みだした。
魔女としての禁忌を犯してでも、
同胞たちに反逆者と見なされてでも、
全人類に憎まれることになろうとも。
この恐るべき「悪魔の中の悪魔」たる存在を信じて、
彼が果たそうとしている「正義」に自分も全身全霊を捧げる。
そして彼を愛しつづける、と。
その大いなる勇気と覚悟を胸にして、エヴァは再び口にした。
今度は真っ直ぐスパーダを見すえ、
手を差しだしながら、改めて一言。
「共に」と。
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:24:55.40 ID:XVB8s0iW0
その二度目の発言、そして彼女の佇まいの意味するところは、
スパーダもすぐに理解した。
「我侭」で真実を告げたばっかりに彼女を道連れにしてしまった、
そんな後悔と己への怒りに駆られたも、
それ以上に喜びが一気に溢れた。
なぜなら、彼女が全てを受け入れてくれたから。
たとえ正義を果たせたとしても
人間たちが真の意味で受け入れてくれることはない、
エヴァとの特別な愛も終わる、
なぜなら自分は恐るべき「スパーダ」なのだから、
なんて覚悟していた「悪魔」にとって、
ここで彼女が示してくれた愛は究極的な救いであった。
スパーダは糸引かれるように、
エヴァが差しだした手をとった。
それは二人が初めて直接触れあった瞬間だった。
溢れる想いのままに彼女を引き寄せ、
花婿のごとくその身を抱きあげたスパーダ。
そして花嫁のごとくその胸に身をあずけたエヴァ。
二人は互いの体温、鼓動、そして愛情を重ねて、
速やかにヴィグリッドから姿を消した。
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:25:21.66 ID:XVB8s0iW0
この時の二人は事実上、
全てを敵に回したも同然だった。
かたや同胞の魔族に抗う道へ、
かたや同胞の魔女から大逆と見なされる道へ、
三界全てからの孤立を意味する瞬間だった。
だが二人にはもう躊躇いなんてなかった。
この先に果てしない孤立が、
そして恐るべき困難が待ち受けていようとも、
それが非業の結末を迎えようとも。
それらに立ち向かう勇気を、そして受け入れる不動の覚悟を
この「愛」が与えてくれたのだから。
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:25:49.28 ID:XVB8s0iW0
5 前夜
ヴィグリッドから脱出した二人は、
現実と虚無の間にある「狭間の領域」に潜った。
そして魔帝側へ先制攻撃を行うための準備を始めた。
これは当初の予定にはなかったものである。
もともと、スパーダは魔帝軍の侵攻開始後に動く予定だった。
彼には「創造」を破る術がないため
賢者・魔女の介入が必要であり、
それを確実に得るには開戦後に参戦するべきと考えていたからである。
しかしエヴァの同行がその制約を解消することとなった。
彼女はすでにいくつもの対創造用の試作式を完成させ、
それらを組み込んだ魔導器製造や試験にも携わった経験があった。
その彼女の技能とスパーダの力を合わせれば、
魔帝軍の侵攻開始を待たずに動くことができ、
人間界への被害を最小限に抑えることが可能だった。
エヴァの選択は、スパーダに精神的支援のみならず
最良の活路をも与えてくれたのである。
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:26:24.01 ID:XVB8s0iW0
エヴァはすぐに創造を破るための準備にとりかかった。
とはいえ、彼女は対創造器機の試作経験があったとはいえ、
それは同じく天才的な大勢の研究仲間と
最高の設備がそろった環境でこそ成しえたもの。
一方で今はたった一人でろくな設備もない。
くわえて時間も乏しかった。
ヴィグリッドで何があったのか、そしてスパーダが何を示したのか、
それらは確実に魔帝の耳にも届き、
激怒した帝王が数日中に動きだすのは明白だった。
これら環境では、いくら才女エヴァとはいえ作業は難しかった。
そこで彼女は、自身が記憶していた対創造用の試作器のうち、
もっとも製造が簡単なものを参考にした。
それは魔女の得意分野である時空干渉術に
OMNEたる「時の記憶」理論をそっくりそのまま組み込んだだけのもの。
そしてアンブラでは、とある理由で実運用は困難と判断されていたものでもある。
まずあまりに効果が強すぎるため、制御不能に陥る危険性があり、
くわえて創造を破るほどの効果を出力させると
抑制が効かずに使用者にも大変な負荷をもたらす代物だった。
そもそも製造が比較的簡単なのも、
制御用の式や使用者への防護策が一切含まれていないからである。
とはいえ、今はそれらは問題にはならなかった。
力を式で制御する賢者・魔女にとっては相性が悪い代物だったが、
力を力で強引に制御する純魔、さらには侵犯者たるスパーダならば、
この負荷にも耐えられると考えられたからである。
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:26:54.84 ID:XVB8s0iW0
粗末な環境、そして少ない時間に急かされる中、
エヴァは技術と力のすべてを投じて苦行のごとき作業を行った。
対創造用の中ではもっとも構造が簡単だったとはいえ、
それでもOMNEの領域を扱う超越的な代物である。
式は常軌を逸したほどに難解であり、
またその構築作業や魔導器素材の精錬にも
精神を消耗させる最高度の魔女の技を使用せねばならなかった。
この専門分野ではスパーダですらも手出しできるものではなく、
彼はただ見守ることしかできなかった。
そしてその身を捧げるかのごとき作業の末、
彼女はついにやり遂げた。
類稀なる才と力、そして信念と愛情が篭められた唯一無二の品、
のちに時空干渉術の最高傑作とも言われた魔導器、
「時の腕輪」がついに完成した。
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:27:21.80 ID:XVB8s0iW0
こうして準備は整った。
戦いの段取りは至極単純。
魔帝軍が集結し、いざ進撃開始という寸前で、
その陣中にスパーダが単身で突入。
「時の腕輪」を用いて創造を機能不全にし、魔帝を殺害する。
もしくは殺害が叶わなければ、最低でも封印する。
エヴァは人間界側に残らざるを得なかった。
もともと戦士型ではないうえ、
「時の腕輪」製造によって消耗も酷かったために。
それゆえ、準備を終えた二人は
残り時間を大切に、穏やかに過ごした。
これまでと同じように語りあい、笑いあい。
そしてこれまでできなかったこと、
お互いに触れあったりもした。
深く愛しあい、ただの女と男として、ここに永遠の契りを交わした。
愛情を重ねる中で、スパーダは彼女のもとに生きて戻ることを誓い、
エヴァもそれを心から望んだ。
現実的には困難な約束だと互いに承知していたが、
困難だからこそ誓うことに意味があった。
愛の絆、未来への希望こそが、
戦う者にとって守るべき存在をより意識させ、
困難な場において強さになるのだから。
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:27:48.89 ID:XVB8s0iW0
そうして彼らがヴィグリッドを去って五日後、
ついにその時が訪れた。
魔帝が号令を発したのである。
その言霊は憤怒をともなって魔界中で受け取られ、
魔帝傘下の者どもが即座に動いた。
以前から入念な準備が行われてきたこともあって
魔帝軍の陣容はまさに屈指の域、
これだけの魔族戦力が集ったのは最終戦争以来であった。
そしてそのような魔界側の動きを受けて
スパーダもすぐに動いた。
時の腕輪を身につけ、彼は単身で出陣した。
人間界を守るという固き信念、そして深き愛情を胸に抱いて。
ここに『伝説』の舞台は整った。
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:28:51.89 ID:XVB8s0iW0
6 『伝説』
幾万もの大悪魔の将、
そして無尽蔵とも言えるほどの数の兵、
それら屈指の戦力が魔界の淵に集結していた。
「闘争と暴虐」を正義とする軍勢、
彼らは人間界へのあらゆる悪意、
そして「反逆者スパーダ」への底なしの憤怒を携えて、
魔帝からの進軍指示を待っていた。
しかし彼らが人間界に踏み込むことはなかった。
なぜなら最強の魔剣士が立ち塞がったのだから。
その大軍勢の陣中へ、スパーダはたった一人で突入した。
それは傍目からすれば無謀な戦いではあったが、
実際には軍勢側こそが無謀だった。
「闘争の象徴」、「破壊の権化」、
「悪魔の中の悪魔」、「最強の刃」と謳われた武力。
その魔界中が憧れ、魔族の誇りともされてきた破壊の力が今、
魔族へと向けられたのである。
開かれた戦端はまさに地獄絵図、
悪魔にとってすらも悪夢そのものだった。
魔軍の憤怒の咆哮は、
スパーダによってすぐに悲鳴へと変わった。
「哀れな悪魔」たちを襲う災厄、
斬り捨てられた無数の断末魔が魔界全域を振動させ、
三界全てに知らしめた。
魔界史上最大の戦い、
もとい史上最悪の「虐殺」が始まったことを。
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:29:19.25 ID:XVB8s0iW0
愛という感情を有しているスパーダにとって、
この同族虐殺は己の身を切り刻むも同然だった。
しかし愛を有しているからこそ「人間を守る」という信念は揺るぎなく、
その信念によって力はより増幅し、彼をさらに強くした。
皮肉なことに人の心が、その愛の感情が、
スパーダを恐るべき「破壊」の極致、
さらなる高みへと昇華せしめたのである。
とはいえ彼は単身、いくら絶大な力を振るおうとも、
これだけの軍勢を短時間で全て葬るのは難しかった。
そのため高等悪魔以下の雑兵に対しては
ほとんど狙いを絞ることはしなかった。
標的は主に大悪魔級の将であった。
スパーダは彼らに狙いを絞って殺害した。
特に魔帝直属の将は絶対に逃さなかった。
この直属将たちは、魔帝の掲げる人界侵略の担い手、
いわば魔族の中でもっとも人界への悪意に染まった層である。
生かしておけば後に大いなる禍根となるのは必至、
ゆえに根絶やしにする必要があったのである。
また将らの大半も、敗北は承知の上で
自らスパーダという「死」へ挑みかかっていった。
憤怒と憎悪、そして絶望と恐怖により、
自暴自棄な闘志に呑まれてしまったからである。
そしてごく一部の将は戦場から離脱しようとしたが、
彼らも死から逃れることはできなかった。
スパーダの迅速にして執拗な追撃により、
悉くが狩り殺されていった。
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:29:46.57 ID:XVB8s0iW0
そうしてスパーダ突入から人間界基準で2時間後、
「虐殺」は終結した。
ここで殺害された大悪魔は三万柱に達していた。
その中には魔帝直属の将、数にして一万柱も含まれていた。
侵攻軍に参じていた魔帝の直属将は
一柱残らず皆殺しにされた。
そしてその強者たちの惨劇を目の当たりにし、
無数の雑兵たちはみな逃げ散っていた。
これほど多くの大悪魔が一度に殺戮され、
これほどの魔族の恐怖に満ちた戦場は、
原初時代から今まで、そしてこれ以降も存在しなかった。
「闘争と暴虐」の真骨頂をもって、
スパーダは魔界全土へと知らしめたのである。
人間界に侵略しようものならどうなるか。
人間を滅ぼそうなどと考えればどうなるか。
その答えがこの地獄絵図である、と。
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:30:17.21 ID:XVB8s0iW0
7 『宿命』
スパーダによる大虐殺を、
魔帝は己の宮殿から静かに眺望していた。
内では憤怒を最高潮にまで滾らせながら。
魔帝にとってかの軍勢は使い捨ての玩具でしかなかったが、
彼らを見殺しにした理由はそれではなかった。
今の彼にはスパーダしか見えていなかったからである。
この瞬間、魔帝にとっては配下軍どころか、
魔界も人間界も、ロキや「世界の目」すらも全てがどうでもよくなっていた。
彼はただスパーダのみを見、その生命の破壊のみを熱望し、
そのためにひたすらに闘志を研ぎあげていた。
その憤怒はもはや臨界点を超えており、
彼の行動規範たる加虐欲すらも押しのけられていたほど。
加虐による「快楽」ではなく裏切りへの「清算」のみが
今の彼が求める全てだった。
魔帝は自我を有して以来初めて、
欲望を忘れるほどに憤怒したのである。
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:30:45.51 ID:XVB8s0iW0
その怒りは、ある種の「信頼」の裏返しでもあった。
人間的な友情や親近感は一切なくとも、
アルゴサクス・アビゲイルに対抗するために協力し、
共に耐え忍んだゆえの悪魔なりの仲間意識、
スパーダの妥協なき「破壊」の探求姿勢も評価し、
その生き様にはムンドゥスなりに共感も抱いていた。
そしてロキの件でスパーダにだけは助力を求めたように、
魔帝は打算的ながらも「信頼」とも呼べる姿勢を向けていたのである。
だからこそ、スパーダの裏切りにだけは
魔帝は真に「怒り」を抱いた。
「魔界を捨てた」「人間側に組した」なんて事柄は
今はもう本質的にはどうでもよかった。
生涯で唯一、ただ一人認めていた者が裏切った、
ゆえに他のすべてを忘れさせるほどに魔帝を憤怒させた。
一方でスパーダにとっては、その魔帝の怒りすらも心を痛めるものだった。
悪魔としてのスパーダにとっても、
魔帝こそがもっとも己に近き存在だったからである。
そして皮肉なことに、人の心を有している今だからこそ
スパーダはその関係にある種の情すら抱いてしまっていた。
それゆえに裏切られた魔帝の怒りは当然と思えてしまい、
負い目すらも抱いていたのである。
しかしその心痛がスパーダの闘志を鈍らせることはなかった。
むしろそのような「人の心」があるからこそ、
人間界を守るという信念、
そして打倒魔帝の決意はやはり揺らがなかった。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:31:16.07 ID:XVB8s0iW0
いまや舞台は完璧に整っていた。
いよいよ宮殿に向かうスパーダ、
そして憤怒を携えて待ち受ける魔帝。
その相対を邪魔する第三者はいない。
軍勢に合流していなかった魔帝直属の将もいたが、
この場に参じる者はいなかった。
また覇王アルゴサクスも当然のごとく傍観を選んだ。
己こそ正統な魔界頂点だと自負していた覇王にとって、
魔帝とスパーダの仲間割れはもちろん歓迎するものだった。
ゆえに邪魔者はなく、決闘は完全なる一対一に。
スパーダと魔帝、再会した両者は言葉を交わすことはなかった。
その意味が無かったからである。
これより魂そのものを衝突させて、
あらゆる衝動と思念を互いに曝け出すのだから。
両者は一拍の沈黙の後、その全ての力を解放し、
ついに究極の戦いが始まった。
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:31:48.77 ID:XVB8s0iW0
その決闘は、魔帝が瞬時に創った隔離領域にて行われた。
これは彼自身が自らのために設計し、
強度を極限まで高めた決闘用の「舞台」だった。
両者は俗宇宙から離れた隔絶世界にて、
あらゆる殻を捨て去り、ただただ純粋な戦士と成り、
総力を、そして曝けだした思念をひたすらに衝突させた。
ゆえにこの決闘はある種の『会話』であり、
そしてお互いのあらゆる要素の『共有』でもあった。
両者の全てが交差し摩擦する中、スパーダの剥きだしの思念を通して、
魔帝はそこで初めて「人間の愛」に触れた。
だがそれに魅了されたスパーダとは異なり、
魔帝が抱いた感情はさらなる「憎悪」だった。
悪意の権化たる魔帝にとって、
人間の愛など恐ろしいほどに不快に感じられたのである。
真っ向から拒絶し、そしてよりスパーダに失望し、憎悪し、
さらなる悪意を放つ、
それが「人間の愛」を知った魔帝の回答だった。
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:32:15.60 ID:XVB8s0iW0
対してスパーダの側も、その曝けだされた激情に触れたことで
魔帝の本性を改めて理解した。
垣間見えるは完全無欠たる真の悪意。
そのおぞましき本性には充足や限界はなく、
あらゆる存在、事象を糧にして無限に増大していくのだと。
それは究極の実現力たる『創造』と結びつくことで、
その悪意は最終的には人間のみならず全ての生命、全ての存在、
果てには『有』と『無』の根源をも覆い尽くしうるのだと。
そしていずれ、原初時代の『唯一のOMNE』の如く、
魔帝の悪意こそが次世代の絶対真理へと成る。
それがスパーダが垣間見た恐るべき未来だった。
スパーダは極限を超えていく戦いの中で、
ごく一瞬ではあるもエーシル=ロキと同じ領域に踏みこみ、
そしてロキのように絶望的な未来を知ったのである。
とはいえそんな未来を垣間見ようとも、
スパーダの成すべき使命は変わらなかった。
それどころかそんな未来が見えてしまったからこそ、
なおさらに信念が強まり、彼の力も一太刀ごとに圧を増していった。
魂に宿す人間の心、そして何よりも大切な人への想い、
「愛する力」がスパーダをさらなる高みへと押し上げた。
それはいわば、スパーダ自身が体内で『果実』を醸成したも同じ、
もといそれ以上の現象だった。
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:32:53.85 ID:XVB8s0iW0
悪魔に人間の要素を加えることで、その悪魔の力は飛躍的に増しうる。
それは『果実』が究極的な形ですでに証明している。
とはいえ、この『果実』が究極的な形というのは、
実のところ誤り、むしろほど遠いものであった。
『果実』は多数の人間の魂と血で作りだされるものの、
所詮は死者によるもの、残骸の集まりでしかなく、
もっとも重要な人間の要素が欠落していた。
それは『心』である。
そしてスパーダにはそれがあった。
彼の内にある人間の要素はたった一人分、しかし紛れもなく生きた心。
物事を感じ、愛し、そして意志の力を生みだすという点で、
時間が止まってしまった死者の残骸とはまるで比較にならない。
そして悪魔の力へ与える影響も『果実』の比にならない。
悪魔に人間の要素を加えることで、悪魔の力は飛躍的に増しうる、
その究極系を真に証明したのは『果実』ではない。
この瞬間のスパーダこそがそうだった。
『果実』によってもたらされていたはずの魔帝の「運命」は、ここに消え始めた。
ある段階で、スパーダの武は魔帝を凌駕し、
「運命」もまた魔帝からスパーダの手中に移り始めた。
そして勝利への最後の一手が発動した。
愛するエヴァが授けた切り札、「時の腕輪」が。
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:33:32.49 ID:XVB8s0iW0
限界を超えたスパーダを動力源とし、
魔女の技巧がついに魔帝の「創造」を捕らえはじめた。
愛する二人の絆で紡がれるかのように、
スパーダが刃を振るうたびに効力は増し、
「創造」の機能は低下し、魔帝の再生速度は鈍化していった。
そして魔帝の神々しき巨躯すら維持困難に陥れ、
不定形の醜悪な内部を晒させるまでに。
もはや武力と威厳は形も無く、
憎悪と屈辱に呻きながら這う有様に。
魔帝ムンドゥス。
侵犯者にして、『果実』を食したことで
絶対的強者として魔界に君臨した傑物。
運命を手中にし、永劫に勝利し続けるはずだった覇者が、
ついに敗北する時が訪れた。
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:33:59.66 ID:XVB8s0iW0
しかし完璧とまではいかなかった。
スパーダは「創造」を極限まで鈍化させはしたが、
完全な機能停止に追いこむことはできなかった。
「創造」の根幹部分が
スパーダや魔女たちの知識をも超えて頑強であり、
「時の腕輪」の式が対応し切れなかったからである。
ゆえに魔帝を殺し切るのは不可能だった。
そこで彼は苦肉の策として、三位一体世界の外、虚無への封印を選んだ。
魔女とスパーダの知識を併せても
「創造」を完全には破れないと判明した以上、
現時点で採りうる道は封印しかなかった。
恐るべき禍根を残すことになっても、
それこそ、未来において災いが訪れるとわかっていても。
訪れる「かもしれない」ではなく、
「必ず訪れる」と理解していても、である。
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:35:01.35 ID:XVB8s0iW0
これもまた、この極限の戦いの中で垣間見えた未来の一つであった。
そしてスパーダ同様、この未来はムンドゥスにも見えており、
彼は敗北の瞬間にありながら悪辣に笑った。
悪魔と人間が存在するかぎり、終わりは無い。
いつか必ず次の騒乱が発生し、再び雌雄を決する機会が訪れる。
そしてその次なる戦いこそこのムンドゥスが勝利する、
そう魔帝は確信し、封印間際にてスパーダへ言葉を放った。
スパーダよ、束の間の「愛」とやらを嗜むが良い。
その貴様の「愛」こそが我が復讐の糧である、と。
このムンドゥスは必ず復活を遂げ、
貴様が愛する世界、愛する人間、
そして愛する女、その悉くを破壊する、と。
それも容易に滅しはしない、
人間共には緩慢なほどに時間をかけて陵辱の限りを尽くし、
「愛」という事象も貶めてやる、と。
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:36:11.77 ID:XVB8s0iW0
それは人間の「愛」を知ったが故の、
「愛」を標的にした復讐の決意。
スパーダの心理を理解したからこその、
スパーダがもっとも恐れる形の悪意を示した形だった。
だが愛を抱く彼、スパーダは気圧されはしなかった。
時の腕輪から感じられるエヴァの存在と愛情、
それを支えにして彼は魔帝へと反撃の言霊を放った。
貴様の悪意が成就することはない。
貴様はこれより、完全に滅するその日まで敗北し続ける、と。
必ず『人の心』が貴様を滅ぼす、と。
そうして魔帝ムンドゥスは虚無へと封じられた。
スパーダからの反撃の予言により憤怒し、
さらなる復讐の糧にしながら。
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:36:52.91 ID:XVB8s0iW0
こうして戦いは終わった。
魔帝による人間界侵略は阻止され、
魔帝、そして魔族そのものが、
魔界史上初めてとなる完全敗北を喫した。
『果実』の運命をも破る圧倒的な武、
もはや彼の前に立ちはだかる者などいなかった。
生き残った魔帝配下は完全に逃げ散り、
覇王すらも慄いて。
そしてスパーダは帰還した。
愛する世界へ、愛する人のもとへ。
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:37:20.35 ID:XVB8s0iW0
8 また逢う日まで
魔帝軍が殲滅、そして魔帝が敗北。
それもスパーダただ一人によって。
その報せは三界全てを震撼させた。
衝撃に包まれた魔界と同様、
天界と人間界においても、まずは喜びよりも
戦慄をもって受け止められた。
そのうえスパーダが人間界に戻ってきたという点がより彼らを緊張させた。
取って返す刃で次は天・人に襲い掛かってくるのではと。
この反応は当然のものだった。
彼らの認識において「スパーダ」とは侵犯者、
すなわち最大の脅威そのものである。
ヴィグリッドにて人間界に味方する意志を表明し、
そしてその宣言どおりに魔帝を打ち倒そうとも、
それでも天・人界側からすれば根本的に信用できる存在ではなかった。
むしろスパーダの言葉と行動があまりに善良すぎたため、
かえって「悪魔らしい誑かし」と疑念を抱かれたのである。
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:37:47.28 ID:XVB8s0iW0
それゆえ、帰還したスパーダが
天界・人間界諸勢力との話し合いを打診した時も、
彼らは決闘の申し出のように受けとって臨戦態勢を取るほどだった。
しかし一方で、魔女と賢者のうち一部の柔軟な者らが
スパーダが本当に善良である可能性も考えはじめていた。
これは、彼がヴィグリッドに潜入していた頃の行動を
入念に分析したことによる結論だった。
「世界の目」による精神分析の記録も含め、
全ての分析結果が彼の良心を裏付けており、
論理的な否定は困難だったのである。
「悪魔は信用に値しない」という経験則のみで
これら公正な分析結果の全否定は無理がある、
それはスパーダに反感を抱いている天界・魔女・賢者の主流派も重々承知しており、
事実を明確にするには直接確認するのみという点でも意見が一致していた。
それゆえ最大級の警戒と敵意を抱きつつも、
各勢力はひとまずスパーダとの話し合いに応じることにした。
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:38:26.83 ID:XVB8s0iW0
定められた会談の場所は、
かつてエーシルが座した霊峰フィンブルヴェトル、
その麓にある太古の広場、「神儀の間」とも呼ばれる霊域。
そこにスパーダは人間の姿をとり、エヴァと共に現れた。
また天界側からは四元徳、主だった魔神、各派閥の長が。
賢者・魔女側からは双方の「世界の目」保持者、長老たちと
対侵犯者用の式で身を固めた英傑たちが出席した。
天・人の最大級の戦力がここに集結していた。
犠牲を顧みなければ、ここでスパーダ殺害も不可能ではないほどであり、
実際、場合によっては彼らはその覚悟であった。
そうして始まった一触即発の会談にて、
スパーダとエヴァはまず魔帝封印に至る経緯を説明した。
スパーダが人の心を手に入れたこと、
エヴァと愛し合ったこと、人間界を守るために魔帝に挑んだこと。
みなに「時の腕輪」に記録された情景をも見せて、
軍勢殲滅から魔帝との決闘、封印までの一部始終をも明らかにした。
その屈指の戦いを見て、
魔女・賢者の戦士たちは闘争心を刺激されて興奮し、
魔神たちも参戦を逃したことに悔しがった。
ただし好意的な反応はそのような一部のみであり、
他大多数はスパーダの恐るべき武力に改めて警戒し、
また魔帝を殺しきれずに封印という結果についても
失望を隠さなかった。
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:38:57.52 ID:XVB8s0iW0
ただ、スパーダが非難されることはなかった。
「時の腕輪」は即席品とはいえ、そこに用いられた対創造用の式は
この時点における賢者・魔女の技術の粋を集めたものである。
しかしそれでも創造の完全打破が不可能だった以上、
封印こそが現時点における唯一の方法であることに
否定の余地はなかった。
加えて天・人側に一切損害なく勝利が成し遂げられたのである。
これは彼らにとって想定外なほどの喜ぶべき結果であり、
スパーダの貢献もまた否定しようがなかった。
それゆえ、天・人側はひとまず彼の功績を認めざるを得ず、
四元徳や魔女・賢者の長老たちは
冷ややかながらも賞賛と謝意を述べた。
そして次に問うた。
我々に何を要求するのか、と。
天・人側は対話を続ける意思を示したが、
この会合を「スパーダからの取引」とも見ていた。
すなわちスパーダの功績は認めつつも、
彼そのものを受け入れたわけではない。
勝利を材料にして何かを要求してくるはず、というこの捉え方が、
「悪魔たるスパーダ」への拭いきれない疑念を示していた。
とはいえ、この態度もスパーダ自身の過去の所業ゆえのもの。
「人の心を持つスパーダ」にとって
この彼らの反応はやはり悲しいものだったが、
それでもスパーダの話を聞こうとする彼らの譲歩には
彼はむしろ救いの念をも抱いた。
そして彼らの譲歩を利用し、
今まさに「取引」しようとしている己にも嫌悪を抱いた。
実のところ、天・人側のその穿った見方はある点で正しかった。
スパーダ側も「要求はない」と言えば嘘だったからである。
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:39:24.73 ID:XVB8s0iW0
確かにこの戦いそれ自体に打算はなく、
愛する存在を守りたい一心で挑んだものではあった。
本来は、功績を取引材料にするという考えはまるでなかった。
しかし戦いが終わった今となっては、
やはり状況は変わっていた。
スパーダは個人的な願望を強く意識していた。
このまま人間界に永住し、エヴァと共に暮らす、という未来である。
過去の所業を踏まえれば
とてもそのようなことを望める身ではなく、
そしてその巨大な武力も鑑みれば、
人間界永住など天・人側にとっても受け入れがたい要望。
それらはスパーダも重々自覚していた。
しかし、どうしても諦められなかった。
愛する世界にて、愛する人と暮らしたい。
それは人の心を有し、愛を抱いたからこそのわがままだった。
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:39:59.63 ID:XVB8s0iW0
スパーダは具体的に、三つの要望を出した。
まず一つ目は、彼が人間界に住まうことの許可。
二つ目は、エヴァがアンブラ族から抜けることの許可。
そして三つ目は、スパーダとエヴァが共に暮らすことの許可。
これらはエヴァの希望でもあった。
それらを聞いた天・人側は、やはり最初は難色を示した。
まずスパーダの人間界定住は、
魔帝を超えうる彼の武力がやはり問題であった。
いくら彼にその気がないと言えども、侵犯者である以上は
論ずるまでもなく天・人側にとって最大級の脅威である。
スパーダの魂そのものが武力の塊であるため、
武装解除を条件に定住、というのも困難。
特に賢者と魔女は「同居人」として、
常に喉元に刃が突きつけられるも同然の状況を
受け入れなければならない。
だが一方で、スパーダを人間界に置く利点もいくつかあった。
まず武装解除は叶わずとも、スパーダの行動の制限や
監視を条件付けることは可能という点である。
この点について、特に魔女と賢者が
その常時監視下にできることは有益だと考えた。
これはかつて、スパーダの行方を長らく捉えきれず、
そのうえヴィグリッドに潜入された前例がある故の考えだった。
「野放し」にして再び見失うことこそ危険では、と。
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:40:29.93 ID:XVB8s0iW0
また、彼の存在は今後の対魔界戦略において有益という点もあった。
魔帝が封印され、その配下有力者たちもほぼ皆殺しにされたとはいえ、
依然として魔界には覇王とその大勢力が存在しており、
他にも準侵犯者級や野心的な勢力が多く残っている。
また魔帝も死んではおらず、いずれ復活の可能性がある。
それら将来的な脅威に対する場合、
スパーダは最大の用心棒に成り得るのも事実であった。
そうして諸要素を話しあい、危険性と利点を天秤にかけ
天・人側は一致して結論した。
まず一つ目の要望については、ヴィグリッド等の要所への接近禁止、
および監視を条件に、スパーダの永続的な人間界在留を認めると。
しかし残り二つのエヴァに関する要望については、
スパーダたちの望み通りにはならなかった。
これらに対する魔女側の応えは以下のものだった。
エヴァは裏切りで咎められることは無く、
今回の件は功績として認められ、そして身分も回復される。
だが彼女には今までと変わらず、
今後もヴィグリッドにて研鑽に携わってもらう、と。
エヴァはアンブラ族の財産であり、アンブラの魔女であり続ける。
そしてアンブラの魔女であり続けるかぎり、
今日以降スパーダと会うことは許されない、と。
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:41:17.14 ID:XVB8s0iW0
魔女側がエヴァの才と知識を手放すわけがないのは当然。
そしてそのアンブラの魔女たる彼女とスパーダが結ばれるというのも
天界・人間界の情勢が許すわけがなかった。
傍から見れば、それはスパーダとアンブラの同盟と映り、
さらに子を授かろうものなら決定的となる。
アンブラ内ではその「同盟」の力を利用しようという強硬論者の声が強まり、
他勢力ではそれを警戒し、敵視する声も強まる。
そして天界主神派、魔神派、賢者、魔女らの微妙な勢力均衡は崩壊し、
それぞれが強硬手段に出て破滅的な事態に陥りかねない。
そして少なくともこの時は、
魔女をはじめ諸勢力はそのような混乱は望んでいなかった。
対魔帝でせっかく形となった平和と協調、当面はその維持に努めようと。
腹底にはそれぞれ野心、軽蔑や敵意を抱いていようとも。
実のところ、スパーダとエヴァは最初から
このような応えが返ってくるのはわかっていた。
拒否を承知であえて要望したのは、ひとえに愛し合ってることを
各勢力首脳が集まるこの場で今一度、宣言したかったからである。
人間界を守った本当の力が何だったのか。
魔帝を倒したのは確かにスパーダの武力とエヴァの知識であったが、
その二人を突き動かした心とは、根底にあった意志とは一体何だったのか、
それを改めて告げるためだった。
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:41:54.64 ID:XVB8s0iW0
もちろん、それをこの場の皆がすぐ納得することはなかった。
侵犯者の示すものなど疑うべきであり、
エヴァは洗脳されているだけだという認識が
やはりこの期に及んでも強かった。
だが一方で彼らは愚か者でもない。
警戒はしつつも、スパーダの言動に嘘がない可能性も
改めて現実的に考えはじめていた。
とくに賢者と魔女はそうだった。
スパーダとエヴァの言葉は、僅かながらも確かに
彼らの「人の心」にも届き始めていたのである。
そのためか、この会合の後半には、
当初のような一触即発の空気は消えていた。
一定の緊張感はありつつも、場合によってはスパーダと討つなどという
選択肢は放棄され、今はひとまず彼を受け入れる方向へと
諸勢力の意向は統一されたのであった。
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:42:36.71 ID:XVB8s0iW0
その後、会合では様々な細事が話し合われた。
スパーダは人間界に在留する際、
天界および魔女賢者による常時監視を認めること。
人間界内におけるスパーダの武力行使は、
人間に危害を及ぼしうる悪魔のみを対象とすること。
天界と人間界内の情勢に対して、中立と不介入を貫く等々。
そして今後の魔界動向についての意見交換と、
諸状況における対応の確認、様々な案の相談もなされた。
それら案の中でも特に議論が交わされたのは、
スパーダが提示した魔界を封印するという構想である。
これは文字通り魔界と人間界の間を遮断し、
根本的な面からの悪魔侵入の抑制を図るものであった。
もちろん魔女に協力する悪魔のための隙間は残さねばならず、
また「網」にかかりにくい弱き悪魔の侵入までは構造的に防ぎきれなかったが、
それでも強大な悪魔の侵入を
ほぼ抑えられる画期的な案であることは間違いなかった。
諸勢力は好意的に受け取り、また魔女側も
「網」の管理が魔女と共同で行われることを条件に賛同し、
可能なかぎり早く実現することが決定された。
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:43:03.14 ID:XVB8s0iW0
そうして会合は終わった。
こうしてスパーダは人間界に受け入れられ、
真に帰るべき世界を得たのである。
ただ、まさしく彼にとって新たな人生の始まりであったが、
一方で離別の時でもあった。
会合の終わりにおいて、
スパーダとエヴァの最後の会話が許された。
言葉数は少なかった。
互いに手を軽くとり、ささやかな言霊で愛を確認。
そしてエヴァがこう口にした。
あなたが最強の魔剣士であるかぎり、
そして私がアンブラの魔女であるかぎり、と。
それ以上は続けなかった。
だがお互い、その後に続く言葉や、
そこから広がる話の意味は理解していた。
お互い現状のままでは、一緒になることは許されない。
だが、もしも力と身分を捨てることができたら、と。
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:43:50.85 ID:XVB8s0iW0
魔帝を倒したとはいえ、世はいまだ脅威に溢れている。
覇王や、その他にも恐るべき強者は多くいる。
それらを排除できたとしても、魔界自体が暴虐と闘争のゆりかごであり、
新たな脅威は未来永劫に現れ得る。
それに天界と人間界、主神派と賢者と魔女らも、今は協調しながらも、
潜在的には解消が難しい対立を抱えている。
その中でスパーダとエヴァのような者が、武力や才能、
そして何よりも献身の心を捨て去るなど、困難と言うほかなかった。
世の災厄を無視して、守れる存在を見捨てて、戦いから離れるなんて。
だが現実がどうであろうと、それを重々理解していようとも、
スパーダは望みを捨てられなかった。
なぜなら愛しているから。
不可能であろうと、愛する人と一緒になりたいという願望は消えない。
抑制はできても、その夢は捨てられない。
ささやかな希望をこめて、スパーダは別れを告げた。
「さようなら、愛する人よ。また巡り逢える日まで」
そうして二人は手を離し、
別々の人生を歩み始めていった。
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:44:28.11 ID:XVB8s0iW0
スパーダは会合の後、後世においては新大陸と呼ばれる地にて、
ある二つの刃を鍛えた。
それは魔剣スパーダと同様、彼の分身たる刃、
だが前者とは籠められた象徴も意志も全く異なっていた。
魔剣スパーダは破壊者、すなわち「侵犯者スパーダ」の象徴であった。
だが新たな二つの刃が象徴するのは、現在の「新しいスパーダ」
「魔との離別」と、「人と魔の融合」である。
彼はその二つの刃、もとい分身を創り出すことで、
今のスパーダが何者であるかを改めて再確認し、意志を形にした。
もう魔界に寄り添うことはない。
今後は「人の心」に従い、己の信ずる道を進むと。
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:45:14.31 ID:XVB8s0iW0
こうしてスパーダは伝説となったが、
彼の戦いが終わることは無かった。
むしろそれからの戦いは、彼の生涯において
もっとも苦悩に満ち、そして初めての無力感をも味わわせるものとなった。
対魔帝戦のごとき「巨悪を倒せば済む」、という単純な構図ではなく、
その戦いの真の相手は、そもそもスパーダの刃では断ち切れないものだった。
それは竜王による騒乱から撒き散らされた「負の種」。
人間界を覆い、さらには天界にまで伝染した、
拭いがたい疑念、嫌悪、憎悪、憤怒そのもの。
その「負の種」は魔帝という共通脅威によって
しばらく寝静まっていたものの、
スパーダの勝利によって状況は変わった。
天界と人間界の諸勢力は、
今のところは協調路線を維持しようとしていたものの、
対魔帝という最大の動機は無くなってしまった。
そして諸勢力が対魔帝のために準備した莫大な武力は、無傷で残存。
いまや「負の種」が開花するには絶好の条件がととのっていた。
三位一体世界のすべてを巻き込んで、
人間界はこれより自滅の道を転がり落ちることとなる。
再燃した不和によって留まることを知らず、
天対人、そして人対人という恐るべき未来へ。
スパーダにとっては「守るべき存在」同士が殺し合う、
未曽有の苦難の時代へ。
「負の種」の主、ロプトの望むがままに。
―――
307 :
◆tSIkT/4rTL3o
[sage saga]:2022/03/22(火) 13:46:02.38 ID:XVB8s0iW0
おわりです。
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/24(木) 11:26:42.48 ID:dz9KEzXxO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/25(金) 06:45:21.96 ID:Gry+iFqo0
乙
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/03/29(火) 13:28:55.94 ID:wt3MHN8qO
学園都市かも完結してもう10年経つのか・・・早いな…新作は書くんですか?
311 :
◆tSIkT/4rTL3o
[sage saga]:2022/03/29(火) 19:23:16.76 ID:cq8s6iSN0
>>310
具体的な予定はないです
ぼんやりと考えてるのは色々ありますが、実際に書くかは未定です
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/05/06(金) 01:02:59.32 ID:gFShh7b2O
なっっつかしいなぁ
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/05/06(金) 18:04:40.90 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
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