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私「2度と月に帰れなくなってしまったんだね」
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57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:13:26.20 ID:guKA3R0i0
うさぎ「今までもお喋りは好きだったけど……身の上話になると必ずツッコミを入れられてきたうさ」
うさぎ「だけど配信なら私の話を最後まで黙って聞いてくれる。私の話に興味を持ってくれる」
うさぎ「それが何よりも楽しいし嬉しいんだ」ニコ
私「うふふ。そっか」
うさぎ「……あんたのお陰うさね」
私「え?」
うさぎ「砂浜で会ったあの時、あんたが配信者を勧めてくれてから、私の人生は180度変わったから」
私「……」ポカーン
私(私は驚いてしまった)
私(彼女がまるで、”何もかも全て終わった”みたいな話し方をするものだから)
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:14:30.81 ID:guKA3R0i0
うさぎ「本当は100万ぐらいポンと渡してやりたいところなんだけど、金持ちのあんたにはそんなのお小遣い程度にしかならないうさよね」クスクス
私「……それは、冗談でも言ったらダメなことだと思うよ」
うさぎ「?」
私「だってそのお金は、あなたが月に帰れることを願ってファンの人から募ったお金なんだから」
私「私に渡したり贅沢するためのお金じゃないでしょう?」
私(うさぎは虚をつかれた感じで赤い目を丸くして──それから何も言わなかった)
私(手に持った天然水が滴る。お父さんのことを思い出し、私は急いで部屋に戻った)
──部屋──
私(部屋の電気はついてない)
私(月明かりだけが窓から降り注ぐ部屋の中、お父さんはベッドの隅に腰掛けている)
私(テレビの画面が割れている。投げつけたと思われるビールの空き瓶が床の上を転がっていた)
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:15:30.88 ID:guKA3R0i0
父親「……俺の番組がやっていたよ。当然だ。全国区なんだから」
父親「テレビの心配ならいらない。こんな旧型の24インチ、何台だって弁償できるさ」
父親「善良な視聴者から巻き上げた汚い金でな」
私「……」
父親「なぁ我が娘よ。クイズ・バラエティがどうやって莫大な収益を得ているか知っているか?」
私(お父さんは酔うと、必ずと言っていいほどこの話をする)
父親「問題の中にステマを混ぜるんだよ。今年放映された誰々主演のラノベ実写化映画は何かと出題して」
父親「正解と称して堂々とその題名を画面いっぱいに映し出す。視聴者は解答を考える分だけ頭を使うから、記憶に残りやすいんだ」
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:16:34.95 ID:guKA3R0i0
父親「普通のCMなんかよりも何倍も効果がある。だから出版社や映画配給会社もその分金を弾むのさ」
父親「観光名所や人気ファミレス店の名前当てクイズを出したりもする。あれは相当儲かるぞ、関係各所からいくらでも搾り取れる」
父親「クイズ全問正解の景品に有名店のスイーツを出して、有名店から広告料をせしめるのもよく使う手だ」
私「……」
父親「他の局がどうやってるかは知らない。でも少なくとも、俺の担当しているあれはそういう類の番組なんだ」
父親「視聴者の皆を口コミの中継機としか思っていない、人間の屑のやる番組だよ。昔の俺が今の俺を見たら迷わず顔面をぶん殴るだろうな」
父親「……でも、俺が何よりも許せないのは」
父親「”俺は何も失っていない”と言う部分なんだよ」
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:17:39.37 ID:guKA3R0i0
父親「俺はドキュメンタリー番組を作るためにテレビ局に入社した」
父親「でも思うようにはいかず、挫折し、夢の道は断たれた……」
父親「にもかかわらず、俺は何も失っていない。むしろ得たものだらけだ」
父親「巨万の富を得た。社会的地位を得た。女優と結婚できた。何よりお前という最高の娘がいる」
父親「俺は何も失っていない。俺は本物になれなかったのに。偽物のテレビマンなのに」
父親「なんでだ……どうして……」
私(お父さんは俯き、嗚咽混じりの泣き声を上げる)
私(私は隣のベッドに入り込んで、そのまま就寝した)
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:18:57.89 ID:guKA3R0i0
──翌日──
父親「昨日は強盗にでも入られたのか? 空き瓶が散乱しテレビまで割れているぞ。それに頭も痛い」
私「全部自分でやったんでしょ。はいお水」
父親「そうか、俺はまた酔って……ありがとう。いただくよ」
ゴクゴク
父親「テレビの件について旅館の人と話してくるから、適当に時間を潰していてくれ」
私「うん。わかった」
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:20:02.05 ID:guKA3R0i0
──310室──
私(うさぎに別れを告げるため、借りていると言っていた310室の前までやってきた)
私(ノックしようとドアに近づくと、配信中なのだろうか、うさぎの声が聞こえる)
私(私はその場で耳を澄ませた)
うさぎ「わぁ〜。赤スパありがとううさ〜。このお金は大事に使わせてもらううさよ!」
うさぎ「でもまだまだスペースシャトル建造には費用が足りないうさっ」
うさぎ「これからも私のことを応援してくれると嬉しいうさ〜♪」
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:20:52.12 ID:guKA3R0i0
──東京・先輩の家──
先輩「こちらこそお世話になりました。また一緒にお仕事させてください。それでは」ピッ
トントン ガチャ
私「こんにちは」
先輩「やぁ姫。今日は何のご用で?」
私「旅行に行ってきたんです。お土産をどうぞ」
先輩「……目の錯覚だろうか。月寒あんぱんに見えるんだけど」
私「月寒あんぱんですから」
先輩「???」
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:22:12.28 ID:guKA3R0i0
──
先輩「あははっ。君の天然ギャグはいつも笑えるねぇ」ケラケラ
私「天然なのはどちらかというとお父さんの方です」
先輩「その左手に持ってるお菓子も私にくれるのかい?」
私「あ、すみません。これは友達用のです。これから彼女の家に行くので」
先輩「友達? あぁ……」
私「お土産を先に先輩に渡したこと黙っていてくださいね。あの子きっと不機嫌になるから」
先輩「心配しなくても、私が彼女と口を利くことはないよ。仲が悪いって知っているだろう?」
私「仲が悪いっていうか……音楽性の違いがあるということは承知しています」
先輩「そんなバンドの解散理由みたいな。でも、言い得て妙かもね」クス
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:23:25.21 ID:guKA3R0i0
ギィ
先輩「……彼女はクラシックで私はチップチューン。水と油だ。最初から相容れないんだよ」
私「音楽のことは私にはわかりません。だけど部活外でも避け合っている現状は、単純に悲しいなと思っています」
先輩「私は別に彼女を避けてないけれど……でも、あの子が私に不快感を覚えるのも無理はないと思うよ」
先輩「音楽って枠組みで部活動を1つしか作らない学校側の問題とも言える。水と油を一緒の水槽に入れたようなものだ。分離するに決まっている」
私「……先輩は冷静ですね」
先輩「良くも悪くも現実主義なのさ。私は来年の春からもう社会人なのだから」
私「……」
先輩「それに……あの子は決して打ち込みという音楽ジャンルそのものを見下しているわけでない。彼女はそんな馬鹿な子じゃない」
先輩「私が行っているセルフプロュースのやり口が汚いと言っているだけだ。潔癖なんだよ。彼女は」
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:24:19.74 ID:guKA3R0i0
ペリペリペリ
先輩「現部長の進路は、確か音大への進学だったね。顧問が話していたのを小耳に挟んだことがある」
私(あんぱんの包みを真っ直ぐ縦に切り裂く)
先輩「賢い選択だ。もしも学生の身分から卒業し、このままの状態で社会に出たならば」
先輩「彼女は間違いなく飢え死にするだろう」
モグモグ…
私(咀嚼するたび、耳に光るイヤリングが小さく動く)
私(先輩は一口がじったあんぱんを、破ったビニールの上にぞんざいに置いた)
先輩「Vtuberに会って来たよ。見るに堪えない醜いデブだった」
先輩「彼に焼肉をご馳走になったんだ。なんとかって店のなんとかっていう純正ブランド牛」
先輩「皮肉だね。偽物ばかりの会合で、あの牛の死体だけが本物だったのだから」
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:25:09.80 ID:guKA3R0i0
──放課後・教室──
同級生A「昨日のうさぎちゃんのゲーム実況見た? 同接15万人だって!」
同級生B「へぇ、そうなんだ……私もう、あの子追ってないんだよなぁ」
同級生A「え、どうして?」
同級生B「出始めの頃はよかったけど……最近ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」
同級生A「売れてきたからと言ってアンチに転身しちゃうのは良くないなぁ。そういうのネットの用語で嫌儲って言うんだよ」
同級生B「そうじゃなくて……だってさ、この間の配信見た?」
同級生B「コンビニで働く人のことめっちゃ馬鹿にしてたじゃん。私もコンビニバイトだから正直ムカついたって言うか……」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:25:59.76 ID:guKA3R0i0
同級生A「気にしすぎだよ。配信を盛り上げるために口が滑ることぐらいあるって」
同級生B「でもほら、例えば推し君は絶対にああいう失言をしないでしょ。常に思慮深くて視聴者に対しても敬意を払った発言をしてる」
同級生A「あんたそんなところを見てたんだね。私は単に登録者数多くてイケボだから推してるだけだけど……」
同級生B「彼みたいな人を本物の配信者っていうんじゃないのかな」
同級生A「意識高すぎ。本物も偽物もないって。楽しく見れて話題を共有できれば、細かい部分なんてなんでも良いじゃん」
ガラララ
友達「あれ。あなたたち2人だけ?」
同級生B「うん。あなたの愛しの彼女は担任にプリント届けに行ったよ」
友達「あらそう。情報ありがとうですわ」
ガラララ… バタン
同級生B「つ、ついにツッコミすら入れなくなった……」
同級生A「このツイート見て。うさぎちゃん、企業配信者になるんだって」
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:26:56.30 ID:guKA3R0i0
──職員室──
私「先生。これプリントです」
担任「そうか。今日はお前が日直だったな。ありがとう」
私「はい。それでは失礼します」
スタスタ
担任「……なぁ。この後少し時間あるか?」
私「え?」
担任「今日は良い天気だ。一緒に中庭で散歩でもどうだろう」
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:27:49.03 ID:guKA3R0i0
──中庭──
私(コの字の校舎に囲まれた中庭の芝生を先生と一緒に歩いた)
私(私は先生に避けられていると思っていたので、この誘いは意外そのものだった)
担任「勉強はどう。授業にはついていけてる?」
私「ええ、まぁ一応」
担任「そうか……いらない心配だったな。お父さんは確か東大出身だったし」
私「親は関係ないと思いますが」
担任「あぁごめん。どうも人のステータスを家庭と結びつけてしまう癖がある。俺の頭が悪い証拠だな」
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:28:30.38 ID:guKA3R0i0
私「それで、今日は何の御用で?」
担任「俺、来年この学校を辞めるんだ」
私「へぇ……。それは何というか、大変ですね」
担任「今『そんなことを打ち明けられるほど私たち仲良かったっけ』って思っただろ」
私「包み隠さずに言えば、その通りです」
担任「あはは。でもあまり仲良くなかった生徒とこそ、この機会に話しておくべきだって。副担任のやつが言うんだよ」
私「なるほど。それなら確かに私が1番の適任でしょう」
担任「おぉ。結構なこと言うじゃないか」
私「目の前で『本物のお嬢様』なんて皮肉られたんですから、このぐらいは言わせてください」
担任「え? ……あぁ、この間の進路調査票の確認の時の」
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:29:23.93 ID:guKA3R0i0
私(足を止め、光沢の薄い黒い瞳で先生は私のことを見つめた)
担任「なぁ……本物って何だと思う?」
私「本物?」
担任「例えば、これが壺の話だったら事は単純だ」
担任「真作を本物と呼んで贋作を偽物と呼ぶことに、多くの人は依存ないだろう」
担任「だけど……職業や属性についてはそう簡単にはいかない」
担任「そこに至るまでの手段の潔さを重要視する人も中にはいるからだ」
担任「裏口入学した学生は本物だろうか。枕で芸能界入りしたモデルは本物だろうか」
担任「本物と呼ぶ人もいれば、偽物と呼ぶ人もいるだろう」
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:30:25.47 ID:guKA3R0i0
私「……」
担任「それらの意見はどちらも正しく、また間違っているとも言える」
私「先生は何が言いたいのでしょう」
担任「別に。単なる雑談さ。散歩なんてそういうものだろう?」
私(先生は再び歩みを進めた)
スタスタ
担任「お前は本物のお嬢様だ。容姿端麗、品行方正、文句のつけようのない模範生徒なのだし」
担任「しかし同時に、お前は偽物のお嬢様でもある。成金マスゴミの汚い金で育ったお前が真のお嬢様のはずがない」
私「……」
担任「真偽とは時に矛盾するものだよ。お前は”皮肉”と捉えたが、その実、俺の言葉はどちらとでも受け取れるのだから」
私「先生は本当、私のことが大嫌いなんですね」
担任「曖昧な基準の中、人は嫌いな人間を偽物と呼ぶのさ」
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:31:10.75 ID:guKA3R0i0
タタタ
友達「探しましたわよ」ハァハァ
私「あれ。奇遇だね」
友達「奇遇じゃありません。教室で職員室に行った聞き、職員室で副担任から中庭に向かったという情報を得て、ここまでやってきたのですわ!」ズイ
私「そ、そうなんだ。ありがとうね」
友達「今日は部活がないので一緒に帰ろうと思ったのですが……お取込み中でしたか?」
担任「いいや。話は今終わったところだよ」
友達「なるほど。それではごきげんよう先生。さ、行きましょう」
私「うん」
タタタ…
私(振り返ると、先生が大きく手を振っている)
担任「ごきげんよう。また明日」
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:32:05.41 ID:guKA3R0i0
──
私(本物とは何だろう。偽物とは何だろう)
私(画家は言っていた。偽物の跋扈で本物が肩身を狭くしていると)
私(先輩は言っていた。水と油を一緒の水槽に入れているようなものだと)
私(友達は言っていた。”何か大切なものを失っている”と)
私(お父さんは言っていた。”俺は何も失っていない”と……)
私(日差しの照りつける中庭で、先生のセリフが頭に反芻する)
先生『真偽とは時に矛盾するものだよ』
私(その夜、うさぎの夢を見た)
私(うさぎは満月の中で、家族と一緒に餅つきを楽しんでいる……)
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:32:52.43 ID:guKA3R0i0
──ビル群──
私(12月。買い物をしに都心に出ると、背の高いビルが並ぶ街中で、うさぎの姿を見つけた)
私(いや、あれはうさぎなのだろうか。ブランド物の服を着込み、1番のトレードマークだったうさ耳がなくなっている)
私(うさぎと私は向き合う形で立ち止まった)
うさぎ「……あんたはいつも、私を驚かせる登場をするうさね」
私「どうしてあなたが東京に?」
うさぎ「あんたネットやらないの? 私はTwitterでトレンド1位を取った女だよ?」
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:33:47.39 ID:guKA3R0i0
私「そうなんだ」
うさぎ「これからは、企業に雇われて配信することになったうさ」
うさぎ「引っ越し作業も進んでて、あそこにあるマンションにもう決めている」
私(うさぎは後ろのタワーマンションを指差す)
私「……」
うさぎ「勿論あんたの懸念もわかるうさ。企業に入ったら幾らかの取り分を持ってかれてしまうからね」
うさぎ「だけど、企業に所属すればお抱えの税理士が確定申告の相談に乗ってくれるし、誹謗中傷の際の弁護士も企業が雇ってくれて……」
私「月に帰りたいんじゃなかったの?」
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:34:42.68 ID:guKA3R0i0
うさぎ「──え?」
私「あなたの話は配信についてばかり。違うよ、配信は手段でしょ」
うさぎ「……」
私「目的は月に帰ることだったはずだよ。私があなたの口から聞きたいのは、月に帰る計画がどれだけ進んだかって部分なのに」
うさぎ「……。前に、あんたに言ったうさよね。あんたは良い奴か、それか単なるバカのどちらかだって」
私「? それが何?」
うさぎ「あんたは、後者だったみたいだね。どうして気づかないのかな?」
うさぎ「私が宇宙から来た月のうさぎだなんて」
うさぎ「そんなの、全部嘘に決まってるのに」
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:35:48.10 ID:guKA3R0i0
私(ビル風が吹く。耳のない彼女の寂しい頭を横風が撫でた)
うさぎ「どうかしてたんだよ。きっとフリーターの自分の境遇が惨めで、幻想の世界に逃げ込んでいたんだ」
うさぎ「現実逃避すると人は宇宙についてネットサーフィンをするものだから。私もその症状にかかっていただけ」
うさぎ「月が故郷だという話も、スペースシャトルが必要だという話も、全部お金稼ぎのための嘘だった」
うさぎ「今ならそれがわかる。この世界のことを正しく認識できる。ふふ、地球が嫌な場所だなんてとんでもない」
うさぎ「ここはとても住みやすくていい星だよ」
私「……」
うさぎ「結果的にあんたを騙してしまったことは謝るよ。私にだって良心のカケラくらいはある。何なら謝礼も──」
私「可哀想に」
うさぎ「……!!」
私(うさぎの表情が一瞬にしてこわばった)
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:36:57.97 ID:guKA3R0i0
うさぎ「……登録者数50万人の私が、かわいそう……?」
私「あなたは本物の月のうさぎだったのに」
うさぎ「は、はぁ……?」
私「……私たちが出会ったあの日。砂浜で語ってくれたあなたの言葉は、嘘なんかじゃなく全て本音だった」
私「月の石と同じ。博物館の展示は本物だった。でもお金に目が眩んで、偽物に替わってしまった」
私「あなたもそう。魂を売ったんだ。嘘だったんだじゃない。嘘になったんだよ」
うさぎ「……」ポカーン
私「可哀想な月のうさぎ」
私「地球の引力に惹かれて、2度と月に帰れなくなってしまったんだね」
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:38:04.60 ID:guKA3R0i0
──
私(私には本物がどうとかって話はわからない)
私(ぼーっとした性格で、難しいことはあまり得意じゃないから)
私(何より、問いに対して明確な答えのあるようなテーマだとも思えないから……)
私(私には音楽がわかわない。友達も先輩も、どちらの言い分も正しくて間違っているようにも思える)
私(私には美術がわからない。Twitterで話題になった漫画の単行本を読んだことがある。あの画家には悪いけど、読んでて普通に面白かった)
私(私にはテレビがわからない。お父さんの番組を隠れて見たことがあった。低俗だなんて、少なくとも私は全然思わなかった)
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:39:09.94 ID:guKA3R0i0
私(私には配信がわからない。だから、うさぎの配信の内容についてどうこう言うつもりは毛頭ない)
私(だけど──彼女が本物の月のうさぎであることを諦めてしまったことだけは、どうしようもなく悲いのだ)
私(偽物にならざるを得なかったことが、可哀想でしょうがないのだ)
私(それからもうさぎは、配信界隈で活躍し続けていると、同級生から度々噂話を耳にする)
私(けれど、私とうさぎが再び顔を合わせて)
私(彼女を驚かせるようなことは、もう起こらなかった)
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:40:00.66 ID:guKA3R0i0
──回想・音楽室──
友達『他に借りたいものがあったら、次からは部長を通さなくて良いですわ』
友達『直接私に聞きに来てください』
バタン
私『……あの子はああ言っていたけど、部長さんに黙って判断しちゃって大丈夫なのかなぁ』
先輩『呼んだかい?』スッ
私『わっ!?』
先輩『ドア越しに聞き耳を立てていたんだ。彼女の言い分に従って構わないよ。是非あの子と仲良くしてやってくれ』
私『もう。先輩は優しいのに意地悪です』
先輩『もちろん、借り物を口実に君と会えなくなるのは寂しいけれど』
私『ふふふ。格好いいんだから』
アハハハ…
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:41:00.61 ID:guKA3R0i0
私『口実なんてなくても会いに行きますよ。友達ですもの』
先輩『うん。今度私の部屋に遊びに来るといい』
私『ありがとうございます。楽しみにしていますね。それでは』
スタスタ
先輩『あ、そうだ。君に聞いておきたいことがあったんだ』
私『はい?』クル
先輩『私は2年生だから、来週に修学旅行がある』
先輩『北海道に行くんだ。お土産は何がいいかな?』
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:41:47.97 ID:guKA3R0i0
私『……。リクエストしても良いんですか?』
先輩『当然だよ』
私『ありがとうございます。それじゃあ……もし、チャンスがあったらでいいので』
先輩『?』
私『兎の写真を撮ってきてくれませんか』
先輩『ん。兎の写真? そんなお金のかからないもので良いのかい?』
私『ええ。兎が好きなんですよ。故郷を思い出すので』
先輩『故郷って?』
私『ここだけの話。私は月からやって来たんです』
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:43:05.95 ID:guKA3R0i0
私(先輩は少し驚いた表情を見せたあと、得心いったという感じで私のタンバリンを見た)
先輩『そうだった。君はかぐや姫なんだった』
私『はい』シャン♪
先輩『ふふふ。姫には似つかわしくないハリボテの満月に見えるけれど』
私『お言葉ですが先輩。信じ続ければタンバリンだっていつか本当の月に見えますわ』
私『本物も偽物も曖昧なものです。重要なのは本物の可能性を信じる心の力なのです』
先輩『……。君は真面目な良い子だが、同時にちょっとだけ不思議ちゃんだね』
私(太陽が傾いて廊下の窓から夕日が差す。その色は兎の目のように鋭く赤い)
先輩『君はいつ月に帰るのかな。かぐや姫?』
──
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:43:52.16 ID:guKA3R0i0
──友達の家──
私(新曲を聴いてほしいと言われて、私は友達の家に招かれた)
私(白いエントランスに置かれたピアノの前に、パイプ椅子をおいて彼女の演奏を待つ)
私「……始めますわよ」
私(友達は緊張した面持ちで、白い鍵盤に指を這わせていった)
──
友達「以上ですわ。どうだったかしら」
私「……」
友達「き、気を遣わず本当のことを言って良いんですよ。変に忖度される方が嫌ですわ」
友達「……え?」
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:44:54.49 ID:guKA3R0i0
私「……」ボロボロ
友達「あなた……泣いているの?」
私「ごめん。い、良い曲だったよ。本当に」ゴシゴシ
友達「感動して泣いてくださいましたのね。私……感無量ですわ」
友達「あなたこそが、あなただけが私の理解者です。あなたと出会えて私は本当に幸せ者です」
ギュッ
私(友達が私を柔らかく抱く。彼女の胸の中で私は泣き続けた)
私(良い曲だった。それは本心からの言葉だ。だけど、泣いた理由は曲に感動したからではない)
私(可哀想だから泣いたのだ)
私(私は音楽には詳しくない。だけど、彼女の作った曲が綺麗だということはわかる)
私(綺麗すぎる。潔癖すぎる)
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:45:50.60 ID:guKA3R0i0
私(先輩の予言めいた言葉が耳にこだまする)
先輩『もしも学生の身分から卒業し、このままの状態で社会に出たならば』
先輩『彼女は間違いなく飢え死にするだろう』
私(きっと先輩の言う通りだ。この曲は綺麗すぎる。多くの人の心には響かない)
私(だから友達は、いつかきっとこの曲を捨てるだろう)
私(生きるために偽物になる時がきっと来る)
私(それがわかるから、私は泣いてしまったのだ)
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:46:53.83 ID:guKA3R0i0
──
私(その夜。お父さんと一緒にドキュメンタリー番組を見た)
私(宇宙飛行士がインタビューに答えている)
記者『宇宙空間での暮らしとはどのようなものでしょう』
宇宙飛行士『基本的には実験と軽作業ですね。仕事で行っていますので当然ですが』
記者『仕事以外の時間は何をしているんですか?』
宇宙飛行士『筋トレが多いです。あとは……望遠鏡でお月見をしたりもしましたね』
記者『月?』
宇宙飛行士『はい。私の滞在した宇宙ステーションは、月からそう遠くない場所にありましたから』
記者『なるほど。それで、月にうさぎはいましたか?』
宇宙飛行士『うさぎ? ……あっはっは。そうですね、目を凝らしてよく見てみましたが』
宇宙飛行士『残念ながら、月にうさぎはいませんでしたよ』
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:47:57.10 ID:guKA3R0i0
私(リモコンの電源ボタンを押す)
私「……嘘つき」
私「いなかったんじゃない。いなくなったんだよ」
私(視線を感じて横を見ると、お父さんが驚いた表情で私を見ていた)
私(私は自室に戻る)
ガラララ
私(窓を開けて、月に手をかかげた)
私「……」
うさぎ『潮の満ち引きがどうやって起こるか、あんたはその仕組みを知ってる?』
うさぎ『月に引力があるからうさ。つまり、月が地球の海を引っ張っているわけうさね』
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:48:57.99 ID:guKA3R0i0
私(私がいくら手を伸ばしてみても、月は一向に私の身体を引っ張り上げてはくれない)
私(本物の月以上に強い偽物の引力がそれを許さないからだ)
ビュオオオ…
私(もしも私が本当にかぐや姫で、いつか月に帰ることが叶ったならば)
私(あの哀れな友人を、あの可哀想な友達だけは)
私(彼女が偽物になる前に、あるいは本物の死体になる前に)
私(一緒に連れ去ってしまいたいと、私はそう思った)
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:49:49.90 ID:guKA3R0i0
──数年後・砂浜──
ザザーン
店長「……くそ。本店の奴らめ。フランチャイズ店だからって平気な顔で潰しやがって」
店長「おかげで俺は明日から職なしだ。くそくそっ」
店長「……ん。気晴らしに散歩しにきた砂浜に、変な赤いボタンが落ちているぞ」
店長「爆弾かなんかだったりしてな。ははは」
店長「どうとでもなれだ。押してやる!」
ポチッ
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:50:56.64 ID:guKA3R0i0
ゴゴゴゴゴ
店長「……な、何だこりゃ」
店長「これは、ロケット……?」
???「ロケットじゃなくてスペースシャトルだよ」ザッ
店長「!?」
うさぎ「スイッチは砂深く隠していたのに、満潮干潮の関係で露出したんだろうね。やっぱり月は偉大だなぁ」
店長「急に後ろから現れやがって。誰なんだお前は!?」
???「はぁ? 私が誰かだって?」
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:51:41.36 ID:guKA3R0i0
──
???「やれやれこれだから人間は」
???「うさぎの顔も覚えられないうさか」
おわり
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:52:15.75 ID:guKA3R0i0
お疲れさまでした
見てくださった方、ありがとうございました
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2022/03/15(火) 20:52:56.07 ID:guKA3R0i0
よかったら他の作品も見てください
https://twitter.com/sasayakusuri
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/16(水) 22:04:23.12 ID:SZLjXS/U0
提督「嫌われスイッチ?」明石「はいっ」
http://hayabusa3.open2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1427368381/
提督「嫌われスイッチだと?」夕張「そうです!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428849410/
魔剣転生というスレの作者ですが、断筆する事に致しました。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1602503948/
外野の反応に負けてエタった先人たち
彼らの冥福を祈りつつ我々は二の舞を演じない様に注意しよう
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/17(木) 05:50:33.24 ID:cITWjyCJ0
こっちもよろしく
SSやめてなろう行ったって人いる?
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1634173216/
なろう他別の小説サイトで書いてるって作者いる?
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1638637885/
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/03/21(月) 21:47:37.14 ID:QbiHhYNWO
乙
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/22(火) 11:26:16.08 ID:FxfOFMPW0
自演乙
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/03/23(水) 08:52:52.34 ID:oeE8CLxpo
真面目に書かれたSSもこんな扱いか
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/23(水) 20:55:10.98 ID:l93J3ISk0
真面目な人はマルチポストなんてしない
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/03/24(木) 11:25:41.87 ID:dz9KEzXxO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/03/24(木) 14:13:57.12 ID:/QKVpSxjo
速報終わってんなぁ
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