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Bye-byeばさらガール
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52 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:38:14.49 ID:86/EQe0g0
「今さ、花のこと色々とお父さんに教わってるんだよね」
「……はい〜?」
「ポインセチアってあれ正確には花じゃないんだよ。花に見える部分って苞って言って葉っぱが変化したものなんだって」
「……知ってますよ〜」
「あと、リザンテラって花は地下で咲くんだって」
「……蟻が花粉を媒体するそうですね〜」
「ラベンダーって富良野とかで寒い所で咲くイメージがあるけど、元々は地中海で咲いていた花なんだって!」
特に意味も脈絡もなく、私はただしゃべり続けた。
そのうち朋花は返事をしなくなり、そしてなおもしゃべり続けようとする私に抱きついてきた。
「え!? と、朋花!?」
「ありがとう……ございます〜」
少し涙声で朋花は小さくつぶやいた。
53 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:38:54.71 ID:86/EQe0g0
結局私は、彼女を泣かせてしまっている。
当たり前のことだけど、朋花は私の意図なんかお見通しだった。
そう。私の、朋花にしゃべらせたくないという気持ちをわかっていてくれ、感謝の涙を流しているのだ。
「……うん」
私も朋花を抱きしめた。
腕の中の朋花は、ボロニアのような香りがした。
54 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:39:41.46 ID:86/EQe0g0
事態はなにひとつ好転していない。
私は将来の夢……というか自分がなりたいものを見つけられないでいるし、朋花は聖母として今後どうしていいのかわからないでいる。
それでも時間は過ぎていく。
もしかして、この先もずっとそうなのだろうか。
15歳の私はやがて16歳になり、17歳18歳と今のまま今と同じ悩みともいえぬ惑いを感じながら大人になっていくのだろうか。
人生ってそんなものかも知れない……とは思いたくなかった。それが内心のあせりとなる。
だが、そんな私にも転機がやってきた。
自然に、大事件というわけでもなく、しかし突然に。
55 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:40:17.82 ID:86/EQe0g0
歌は好きだ。歌うのも、聞くのも。
学校帰りに街中でスマホを見ていたら、ふと楽しそうな歌声が聞こえた。
目を上げると、とあるビルに映し出された街頭ディスプレイでアイドル達が歌い踊っていた。
そうだ、テレビでちょっと見たことがある。確か765プロという事務所のアイドル達だ。
これまであまりちゃんと見たことがなかったけど、こうして実際にライブとかしている歌や姿を見ると……うんもやっぱりすごい。
私は引き込まれていた。
手にはスマホを持ったまま、気がつけばその曲がおわるまで私は立ち尽くしたようにディスプレイを見つめていた。
「あ、店番……」
その日はお父さんもお母さんも出かけることになっている。
早く帰らないと。
私はいそいでその場を立ち去った。
一度だけ、またディスプレイを振り返ってから。
56 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:41:01.41 ID:86/EQe0g0
「アイドル、ですか〜?」
私は3日後、さっそく朋花にアイドルになるよう勧めに行った。
「そう。アイドルは歌ったり踊ったり、そしてそれだけじゃなくてその輝きで見る人を魅了しちゃうんだよ。テレビとかにも出られるから布教になる上に子豚ちゃんたちは、テレビとかで朋花をたくさん見られるし。ライブとかすれば、直に朋花にも会えるし」
聞いているうちに、朋花の顔が輝いてきた。私の話の趣旨をわかってくれたようだ。
「なかなか良い考えかも知れませんね〜。なるほど、私がアイドルとなれば自然と子豚ちゃんたちも……」
「ね、朋花にぴったりじゃないかな」
私も自然と声が弾む。
そう、これで少なくとも朋花の将来への不安はひとつ解消されたんじゃないだろうか。
アイドルとなり、子豚ちゃんたちを魅了し続ける。そして更に子豚ちゃんたちを増やしていけるのだ。
朋花ならアイドルになるのも簡単だろうし、すぐにトップアイドルになれるに違いない。
「ただ〜」
「え?」
なにか問題がある? 私は怪訝な顔になる。
57 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:41:44.59 ID:86/EQe0g0
「凛さんは……どうするんですか〜?」
「え? 私?」
「凛さんが、アイドルの良さを私に説いたのは、凛さんがアイドルの素晴らしさに魅了されているからではないんですか〜?」
私は固まった。
やっぱり朋花は鋭い。そう、確かにアイドルってすごいなと思ったから、私は彼女に勧めたのだ。
「凛さんも、アイドルになりたいのではないですか〜?」
否定しようとして、私は見てしまった。
朋花が挑むような眼をしているのを。
挑む? 私に?
なんで?
――わかったことだ。
58 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:42:23.24 ID:86/EQe0g0
朋花は、私にもアイドルになって欲しいのだ。
彼女は最初から、私をライバルだと思ってくれていた。
朋花みたいに素敵な女の子から、彼女に敵う相手と認められたことは今は素直に嬉しい。
だけど、私がアイドルなんて……
59 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:43:02.31 ID:86/EQe0g0
「違うよ」
私は適当な否定の言葉を口から出す。
「私は朋花がアイドルになればいいと思っただけで、自分がアイドルになりたいわけじゃない」
「嘘はいけませんよ、凛さん〜」
すがるような朋花の声に耐えきれず、私は自分の目を逸らした。
「違わないよ。こ、これ、765プロってプロダクションの要項だって。今、39(サンキュー)プロジェクトっていう企画で候補生を募集してるんだって」
目を逸らしたまま、私は朋花に765プロダクション事務所からもらってきたパンフレットを押しつける。
「凛さ〜ん」
「私は応募しないから!」
私は逃げるように……事実、そうなのだろうけれど……走り去った。
逃げる?
なにから?
朋花から?
違うと思いながら、それでも私はその場から走り去ったのだった。
60 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:43:47.40 ID:86/EQe0g0
私が店番に集中できていない場合、たいていはお母さんがそれに気づき叱られるというのが常だ。
今日も仕事に身が入っていないという自覚はある。
だがお母さんは怒らなかった。
ポンと私の頭に手を乗せると「休んでなさい」と言われた。
「具合でも悪そうに思われたかな」
そう思いながら部屋に帰って驚いた。
生気のない表情に、泣いたわけでもないのに目が真っ赤だ。
それはお母さんも、心配してくれるはずだ。
ベッドに身体を預けると、私は朋花の事を考えていた。
朋花はあのパンフを読んで、付属していた要項を書いて765プロに送るだろう。
彼女なら絶対に選考に選ばれるだろうし、面接を経て合格するに違いない。
だがそう想像することが、思った以上に自分自身の胸をひどく痛くする。
アイドルとして活動するようになれば、今までのようにはもう朋花とは気軽に会って話したりはできないだろう。
いやそれ以上に、朋花という得難い友が遠くに行ってしまうことが、無性に悲しくて心が痛む。
考えれば馬鹿な話だ。彼女にアイドルになるよう勧めたのは自分だ。
それなのに彼女がアイドルになることを想像すると、こんなにも寂しく悲しくなるのだ。
けれどーー
61 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:44:24.62 ID:86/EQe0g0
「朋花がアイドルになれたら、やっぱり嬉しいかな」
彼女はアイドルという聖母になるのだ。
日本中、いや世界中にファン……子豚ちゃんを増やして魅了していくのだ。
彼女のことが好きな人を、彼女が大切にしていけて、そして大切にしてもらえる夢を叶えるのだ。
62 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:45:00.34 ID:86/EQe0g0
3日もなにもせず、そんなことを考えていたら少しずつ私も落ち着いてきた。
と、教室の中がザワザワとする。
なんだろうと思う間もなく、隣の席の友達が私の肩をつつく。
「凛、ほら」
彼女の指さす先には……
「朋花!?」
「放課後、私に付き合っていただけませんか〜?」
3日ぶりに会う朋花は、別段怒っている風でも悲しそうでもなく、普段通りの微笑みで私にそう言った。
「あ、あの、この間は、その……」
「なんですか〜?」
「お、怒ってる?」
「なにか怒られるようなことを、凛さんは私にしたんですか〜?」
「そうじゃないけど……いや、ごめん」
「……放課後、つきあっていただけますか〜?」
「それは、うん」
「では、また」
それだけを言うと、朋花はきびすを返して去って行った。
おそらく彼女のクラス、J組に。
63 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:46:17.67 ID:86/EQe0g0
「聖母サマがわざわざウチのクラスに来るなんてねー」
隣の友達が腕を組み、うんうんと頷きながらそう言う。
「別に、クラスにぐらい来るんじゃないの?」
「今ぐらいの用事、例の子豚ちゃんに言えば、ぶひぶひ言いながら喜んでやってくれるのに」
なるほど、確かにそうかも知れない。
子豚ちゃん達はいつでも朋花の役に立ちたがっているし、朋花もそんな子豚ちゃん達の為に細々とした用事を命じたりもしている。
彼女は別に傲慢でも高慢でもない。子豚ちゃんが喜ぶ、彼女のためになることを与えてあげているのだ。使命を与え達成させるのも聖母の役割、そう言って。
その意味では私なんかにちょっとした伝言を頼むのは、子豚ちゃん向きの良い使命だったかも知れない。
それなのになぜ、朋花は自ら1番遠いA組までやって来たのか。
「私に、会いたかった……から?」
そうだったらいいな……と、私はありそうもない願望を口にしていた。
64 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:46:52.35 ID:86/EQe0g0
放課後になり、J組に行った方がいいのかな……と思っていると朋花の方から来てくれた。
また、私の周囲がザワつく。
私は少し、鼻が高い。
「私がJ組に行ったのに」
「凛さんが来ると、子豚ちゃん達が凛さんに取られちゃうかも知れませんからね〜」
「そんなことはないと思うけど」
「前にも言ったはずですが」
朋花はそう前置きして続ける。
「私は、凛さんが私のライバルになると思っていますし、それを恐れていますから〜」
私は肩をすくめる。
「そんなことにはならないと思うけど、それで? どっか寄る? それともうちの店に来る?」
「……今日は、私の家に〜」
「え!?」
65 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:47:42.95 ID:86/EQe0g0
朋花の家は、住宅街に忽然と現れる森のような場所にあった。
正確には、門付きの森。
森の正面に門がくっついているのだ。
その森も、中ではあちこちに季節の花が咲いている。
「普通の家じゃないだろうなとは思っていたけど」
「母屋の一部は、室町時代から残っているそうですから、確かに普通の家とは違うかも知れませんね〜」
さらっと朋花は言うが、室町時代って何年前だっけ!?
「中には母屋以外にも、礼拝堂もありますよ〜」
日本家屋の中に礼拝堂がある? もしかして朋花が聖母さまになろうと想ったことと関係あるのだろうか。
「表札とかも、出てないんだね」
「ここが天空橋だとご存じの方には、必要ありませんから〜」
「でもほら、郵便とかは? 届くの?」
「私書箱がありますよ〜」
言いながら彼女は門をあけると、頭を下げた。
66 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:48:26.18 ID:86/EQe0g0
「朋花です。ただいま戻りました〜」
彼女はそう言うと、門の中へと入っていく。
「と、朋花。朋花!」
「はい〜?」
私は朋花を必死で呼び止める。
「誰かそこにいるの?」
「誰か、って……誰もいませんよ〜?」
彼女は不思議そうにそう言うが、不思議なのは私の方だ。
「だって今、挨拶してたじゃない。誰かに」
「ああ〜」
朋花はまた、扇子で口元を覆いながら微笑んだ。
「別に誰かがいたから、挨拶をしたわけじゃありませんよ〜。誰いなくとも、己を弁え、誠実でいるのが礼ですからね〜」
そういうものだろうか。
今一つピンとはこないが、お母さんにいつも接客でお小言をいただく身としては、彼女の言うことが正しいのだろう。たぶん。
67 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:49:04.72 ID:86/EQe0g0
私の困惑に、朋花が言葉を添えてくれる。
「花は誰も見ていなくても、自ら美しくありますよね〜。礼儀作法とは、そういう美しさだと……まあこれはお爺様の受け売りですが〜」
なるほど。朋花の言葉に少し私はわかった気がした。
誰かが見ているからではなく、いつも美しく咲いよう……というのは、確かにいい考え方だと思った。
「えっと、渋谷凛です。ただいま戻り……えっと違うよね。初めまして……かな」
私も門で頭を下げる。
先をいく朋花が、クスクスと笑っているのが、花の香りの空気と共に伝わってきた。
68 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:49:51.58 ID:86/EQe0g0
門から玄関までかなり歩き、玄関で靴を脱ぐ。
その動作や課程ひとつひとつに、朋花がこの大きなお屋敷のお嬢様だという実感が伴う。
廊下を歩いていると、朋花はある部屋の前で膝をついた。
手を揃えて頭を下げると言った。
「ただいま戻りました。朋花です」
「うむ」
部屋の中から声がする。
初老の男性と思われる声なので、もしかしてこれが朋花の言っていた『お爺様』かも知れない。
「誰か他にそこにおるのか?」
「はい〜。学校の友人です〜」
ほう、という呟きのような声が聞こえた。
「茶室を使うといい」
「ありがとうございます〜」
朋花はまた頭を下げると、そう言った。
69 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:50:33.29 ID:86/EQe0g0
どうしよう。
これ、私も何かごあいさつ……とかするべき?
廊下に膝をついて、手を揃えて頭とか下げた方がいいの?
「こちらへ、凛さん〜」
悩んでいると、朋花は既に立ち上がっていて私にそう言った。
「ね、ねえ」
「なんですか〜?」
「私も、その……ごあいさつするべきなの?」
ストレートに私は聞いた。
「今はよろしいんですよ〜」
彼女は簡潔にそう言うと、歩き出した。
私は、ついていくしかなかった。
70 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:51:17.19 ID:86/EQe0g0
茶室というのが、お茶を飲む部屋以上の意味がある場所だというのはわかっていた。
いわゆるテレビなんかで見る、茶道の席みたいな部屋だろうとは思っていた。
だが朋花は庭に出ると、また森のような場所を通り小屋みたいな所に私を連れて行った。
茶室は部屋ではなく独立した、ちょっとしたした家ぐらいある別の建物だった。
「先程の件ですが〜」
「え?」
「障子が閉まっているということは、あちらとこちら、世界が分けられている……という意味合いがあるんです〜。ですから、初対面の凛さんは黙っていて正解なんですよ」
彼女の言うことは、少しもわからない。世界が分けられている? 世界史でちょっと聞いたあれは、確か壁だったけど。
「誰だか知らない初対面の人がいた場合、扇子をこう……かざして間から相手を伺いながら壁を作ったりするのも、そういう習わしですね〜」
「へえ……」
少しも理解できていないが、とりあえず私はそう言った。
71 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:51:54.73 ID:86/EQe0g0
朋花は茶室の障子を開けるとその廊下に腰掛けた。
「凛さんもこちらへ〜」
私は頷くと、朋花の隣に座った。
「本日、凛さんにおいでいただいたのは、写真を撮っていただきたかったからです〜」
「え? 写真?」
「先日、凛さんが私に渡したんですよ〜?」
な、なにを? そう思っていて思い出した。
私が朋花に渡したのは、あの765プロへのアイドル募集要項だ。
「顔写真を同封の上、と書いてあったじゃないですか〜」
「うん、確かに書いてあったね」
どうしたのか、私がそう言うと朋花は黙り込んでしまった。
不思議に思い彼女の顔をのぞき込むと、なぜだか彼女は嬉しそうにしていた。なんだろう。
72 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:52:52.10 ID:86/EQe0g0
「では」
数分の後、朋花は再び口を開いた。
「凛さん、撮っていただけませんか〜? 私の写真を〜」
「う、うん……え? 私が撮るの!?」
「先ほどから、そう言っているではありませんか〜」
どうして?
自撮りが難しければ、彼女には彼女のために何かをしたい子豚ちゃんたちが大勢いる。彼・彼女たちに撮ってもらえばいいんじゃないだろうか。
少なくとも朋花を撮りたい子豚ちゃんは、大勢いると思うのだけど。
「凛さんが持ってきた募集要項なので、凛さんにその責任をとっていただかないといけないと思いまして〜」
「そういうものなの? じゃあ……わかった。でも私、スマホしか持ってないけど」
「それでけっこうですよ〜。では……」
腰を上げると朋花は、ツツジの前に立った。
前にも思ったけど、朋花は本当に美事な一本の花だ。
そこに立つだけで、花束のように彼女の周りは景色が変わっていく。
73 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:53:31.13 ID:86/EQe0g0
「ツツジ……入らないけど……あ、顔写真だからいいのかな」
「いいと思いますよ〜。ただ、凛さんが撮りたい風景の中に私はいたいので……」
嬉しい言葉だった。
そう。今、朋花は私の手の中にいる。
この光景が花束なら、作っているのは私。
私は今、朋花を好きにアレンジメントしていいのだ。
「もっと下を見て……うん、もうちょっと……目だけ今度は……いや、左下を見た方がいいかな? じゃあ今度は上を」
「凛さ〜ん? そんなに撮っても使うのは1枚だけなんですよ〜」
「いいじゃない。あ、これ、私も画像もらうから」
「子豚ちゃんじゃない凛さんには、私の聖画はさしあげられませんよ〜」
「もう私の個人フォルダに保存しちゃった」
「あ、凛さ〜ん!」
結局一時間も私たちは、ああでもないこうでもないと、たくさんの朋花の顔写真を撮り。そして、より抜きの一枚を選び出した。
74 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:54:07.09 ID:86/EQe0g0
「プリントアウトはどうするの?」
「私がコンビニでやりますよ〜」
「えっ?」
「? なんですか〜?」
「朋花、コンビニとか行くんだ」
彼女は苦笑する。
「聖母もコンビニぐらいは行きますよ〜」
「ちょっと想像できない。コンビニスイーツとか買ったりする? 私、今オーゾンでやってるパティシエ加藤のアナベル・ショコラがお気に入りなんだけど」
「そうそう、それで思い出しました〜。お爺様が気を使ってお茶菓子をくださったのですが、お茶の用意をする時間はなかったので、帰る時にお渡ししますね〜」
さっきのお爺様が、お菓子を? 全然気づかなかったのだけれど、きっと私は朋花を撮るのに夢中だったのだろう。
75 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:54:43.26 ID:86/EQe0g0
「この茶室は、燕庵を模した良い茶室なので、私も凛さんが空気に見合うと思っていたので残念ですが、その景色はまた次の機会にいたしましょう〜」
えんなん?
と、朋花にまた聞こうと思ったがやめておいた。
それに私が茶室の風景に合うはずがない。
朋花だから、この庭に負けないで咲いていられるのだ。
私なんかが……
76 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:55:31.62 ID:86/EQe0g0
帰り際、朋花が門まで見送ってくれた。
朋花はなにやら紙でくるんでそのくるんだ部分を綺麗な紐で結んだ物を取り出した。
私は朋花からその紙包みを受け取る。
そうか、これが例のお茶菓子か。
「今日は良い日になりました〜」
「写真ぐらい、いつでもつきあうよ」
朋花は曖昧な笑みを浮かべる。
「ではなくて、ですね〜」
「? なに?」
「凛さんの本心が、垣間見られましたから〜」
何のことかはわからないまま私は帰宅すると、朋花からもらった紙包みを開いてみた。
「干菓子だ。やっぱりこういうの高いのかな?」
77 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:56:14.31 ID:86/EQe0g0
私は夕食の後、お父さんやお母さんにそれを出して見せた。
「チョコレート好きの凛が、和菓子とは珍しいな」
「今日、友達の家でもらって。せっかくだから」
「凛……これは……」
お母さんが、干菓子の入っていた紙包みのその和紙を丁寧に広げる。
あれ? なにか書いてある?
「今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出るつるかな……百人一首ね」
「うん。素性法師だな。……凛」
「え?」
「意味がわかるか?」
「えっと……ちょっとわからない」
お父さんとお母さんは、苦笑いして肩をすくめている。
え? なに? なに?
「これは……」
お母さんは、また紙に干菓子を包み直して私に押しつける。
「あなたがもらったものなんだから、あなたがいただきなさい」
78 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:56:57.45 ID:86/EQe0g0
部屋に帰ると私は、スマホで紙に書いてあった百人一首を検索してみる。
「待ち出るつる……か……な、と。なになに? こ、恋の歌!?」
あやうくベッドから落ちそうになりながら、私はスマホの画面に並んだ訳文を読む。
「今すぐに参ります、とあなたが言ったばかりに九月の長夜を眠らずに待っているうちに、夜明けの月である有明の月が出てきてしいました……」
まあ確かにここで歌われているのは、恋心なのだろう。
だけどたぶん、朋花は違う意味でこの歌を紙に書いておいたのだろう。
私は気づかないかも知れない、この包み紙に。意味が理解できるかもわからない、この百人一首の歌を。
79 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:57:59.14 ID:86/EQe0g0
待っている。来てくれないと、寂しいよ……と。
80 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:58:37.31 ID:86/EQe0g0
私は朋花と比して、自分のことを「自分なんて」と思いがちだが、朋花は違う。私をライバルと認めてくれている。出会った最初の頃からそう言っていた。
ライバルということは、同じぐらいすごいということだ。
そのライバルが、私を待ってると言ってくれている。
同時に友達して、寂しいとも言ってくれている。
81 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 13:59:18.13 ID:86/EQe0g0
でも……
82 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:00:02.48 ID:86/EQe0g0
「私が……アイドル?」
それは、震えるような想像だ。
わたしもあんな風に、いつか見た目屋外ディスプレイの光景のように、光あふれる場所で咲けるのだろうか。
思い悩む私に一週間後、朋花のニュースが飛び込んできた。
「ほら凛、いつかのJ組の聖母サマだけどさ」
「朋花のこと?」
「だっけ? あの娘、アイドルになるんだってさ!」
「ということは、やっぱり合格したんだ」
「あれ? 知ってた? なんかオーディションに合格したとか。それもあの765プロのね」
彼女なら当然受かるだろうと思っていたオーディションに、やはり朋花は合格していた。
嬉しいと同時に、またあの喪失感が胸を襲ってくる。
今更、朋花を追いかけようにもあの765プロ39プロジェクトの応募は終了してしまっていた。
要項をよく読んでいた私は知っている。
「あ……」
83 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:00:43.81 ID:86/EQe0g0
いつかの朋花の家で、私が応募には写真が必要だったことに同意した時、朋花が少し嬉しそうだった理由がわかった。
あの時、朋花はやはり嬉しかったのだ。
私がちゃんと要項を読んでいたから……アイドルになる方法をちゃんと読んでいたからだ……
そうだ、私もアイドルになる方法を知りたがっていた。
それはとりもなおさず――
84 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:01:17.26 ID:86/EQe0g0
私もアイドルになりたかったんだ……
85 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:02:04.58 ID:86/EQe0g0
後悔しても、もう遅い。
39プロジェクトは終了し、アイドル候補生の募集は終わってしまっているのだから。
今更ながら、私はあの時に朋花と一緒に、朋花に誘われた募集に応募していれば良かったと悔いた。
なくしてしまって、人は初めて手にしていた物の大きさに気づく。
怖じ気付いて逃げ出したその夢は、思い返せば私が初めて興奮するような、なりたい姿だった。
けれど私は、その場所に朋花という自分よりも美しいと信じる少女を送り出して満足してしまっていた。
けれど違う。本当は、私も並び咲きたかった。
彼女だけでなく、私も咲きたかったのだ……
86 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:02:46.50 ID:86/EQe0g0
遅ればせながら、自分もアイドルになりたかったのだと気づいた。
朋花も私が、アイドルになるのを待っているとわかった。
そんな私に……というかうちの店に、またしても私の運命を変える来客があった。
そう、運命はいつも花を求めてやって来るのだ。
私が花に囲まれて育ったからか、その為に花が好きだからなのか、その両方なのか。
いずれにしてもその来客は、花を求めてやって来た。
87 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:03:21.54 ID:86/EQe0g0
「あの……」
「いらっしゃ……」
来客に挨拶しようとして、私は絶句した。
うちの店はお父さんが「バーベナも店頭に飾れるぞ」と自慢するほどに入り口が高い。
その入り口を、もしかしたら頭がぶつかってしまうんじやないかと心配になりそうなほど大きな男の人が入ってきたのだ。
優に190センチはあるであろうその男の人は、お世辞にも人相がいいとは言えない顔をしており、白目の多い瞳は眼光鋭く私を見据えている。
「な、なに……?」
つい、おおよそ接客とは思えない口調で言葉を発した私を、その男の人は咎めるでもなく言葉を続けた。
「急ぎで花束を、作っていただけますか」
「……っ、は、はい」
そうだ。お客さんだ。
そのよくわからない迫力に圧倒されてしまったが、ここはお店で私は店員。そしてこの男の人はお客さんなのだ。
88 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:04:02.36 ID:86/EQe0g0
「えと、ご贈用答ですか?」
「……」
「あの……?」
「……失礼ですが、アイドルにご興味は?」
「はあ?」
思いもかけない時、思いもかけない場所で、初対面の人にいきなり核心を突かれる質問をされ、私は狼狽する。
「私、こういう者です」
男の人は腰をかがめ、両手で名刺を持って私に差し出す。
名刺の小ささと男の人の大きさの差で遠近感が狂い、名刺に手が伸びない。
「……せめて名刺だけでも」
いや、名刺を受け取らないわけではない。
ただなんというか……
「……またやって来ます」
男の人は、カウンターに名刺を置いた。
そして去って行った。
「アイドル……って……あれ? そういえば花束は? 作らなくていいの!? ね、ねえ!!」
男の人はもういなかった。
89 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:04:43.63 ID:86/EQe0g0
それから半年後――
90 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:05:22.80 ID:86/EQe0g0
「あれ? どこ行くんだよ、朋花」
「もうすぐ本番ですよ、朋花さん」
既にステージ衣装を身にまとった朋花に、永吉昴と七尾百合子が声をかける。
「わかっていますよ〜。ただちょっと、どうしてもステージに上がる前にお目にかかって用事を済ませたい方がおられまして〜」
「誰のことですか?」
「用事っていったいなんだよ?」
朋花は、心底嬉しくてたまらないといった表情で、彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「用事というのはですね〜」
91 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:05:57.11 ID:86/EQe0g0
「おーい、凛。なんかお客さん来てるんだってさ」
「765プロの新人アイドルの娘らしいんだけど、知り合い?」
控え室で、ユニット仲間の神谷奈緒と北条加蓮に声をかけられ、笑みを浮かべて立ち上がる。
「来たね。待ってたよ……」
「な、なあ、本番前に余所の事務所のアイドルと、なんの用なんだよ」
「まさかとは思うけど、もめ事とかじゃないよね?」
凛は2人に向けて、少しイタズラっぽく笑ってウインクをした。
「用って言うのはさ……」
92 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:06:33.34 ID:86/EQe0g0
「口げんかですよ〜」
「口げんかだよ」
「ええええええっっっ!?」×4
93 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:07:19.58 ID:86/EQe0g0
「いや、ほんとに口げんかしてるけど……」
「大丈夫なんでしょうか……」
「うん。けどさ……」
「なんか2人とも……楽しそうじゃない?」
外から4人が見守る中、朋花と凛の口げんかは白熱していた。
けれどその表情は、2人ともこぼれるような笑顔だ。
「凛さ〜ん? アイドルにはならないんじゃなかったんですか〜?」
「私はそんなこと言ってないよ?」
「はい〜?」
「私は、アイドル候補生に募集はしないって言っただけ」
「……スカウトは募集より上、とおっしゃりたいのですか〜?」
「私はそんなこと言ってないよ?」
94 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:08:04.00 ID:86/EQe0g0
「自分がアイドルになりたいわけじゃない、とは間違いなくおっしゃいましたよね〜?」
「あー……えっと、そうだっけ?」
「凛さ〜ん!」
2人とも、吹き出しそうになりながら口論を続ける。
「あれだよ。朋花が待ってる寂しいって意味の百人一首、私に送ってくるからそれで」
「そんなこと、ありましたっけ〜?」
「いつかの干菓子の包み紙に、書いて渡したじゃない」
「ああ〜。あれは別に私が書いたわけではありませんよ〜? たまたま包んだ懐紙に書いてあったんじゃないですか〜?」
95 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:08:43.51 ID:86/EQe0g0
「おーい! 朋花ー!」
「そろそろ出番だそうですよ」
「凛、こっちも準備しろってさ」
「早く早く」
「あら〜残念ですが、この続きは合同ライブが終わってからにするしかなさそうですね〜」
「うん……確かに残念だけど、今日だけじゃなくても機会はまたいくらでもあるよ。きっと」
2人は手を握った。
「凛さんが花束になるところ、見ていますよ〜」
「私も。朋花がどんな生け花になるのか、見ている」
96 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:09:19.09 ID:86/EQe0g0
その日、ステージではたくさんの花が咲いた。
中でも2輪の違う花は、ひときわ綺麗に咲いていた。
2輪の花は、別々に咲いていたけれど――
お互いの姿を見て、お互いの姿を映しあって、同じ気持ちで咲いていた。
97 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:09:56.70 ID:86/EQe0g0
「意に沿わぬ……なんだっけ?」
「意に添わぬ花でも、生けた全体からすれば見事な一点になることもある……ですよ〜」
「そうだった。私ね、ちょっと調べてみたんだ。佐々木道誉。ばさら大名だって書いてあった」
「ばさらは金剛石のことで、その揺るぎない強固さで常識を打ち破る……そういう心意気を示したものなんですよ〜」
そう、私たちは閉塞していた、どうにもならないかも知れないと思っていたそれぞれの未来を打ち破った。
アイドルとなることで。
98 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:10:41.25 ID:86/EQe0g0
「私たち、綺麗に咲けたかな?」
「お互い、美事な一点になれたんじゃないでしょうか〜」
お わ り
99 :
◆VHvaOH2b6w
[saga]:2021/12/20(月) 14:14:12.77 ID:86/EQe0g0
以上で終わりです。おつき合いいただきまして、ありがとうございました。
シンデレラガールズの渋谷凛とミリオンライブの天空橋朋花2人のお話でした。
とても好きな2人です。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/12/20(月) 15:59:50.21 ID:1ZYCCj+So
おつおつ
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/12/26(日) 21:04:46.93 ID:nWLePwpO0
意外な組み合わせで良かった
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