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叢雲「地獄の鎮守府」
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160 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:55:27.63 ID:6b3AGc030
なんて?????????????
.
161 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:56:00.79 ID:6b3AGc030
.
162 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:57:03.76 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
「―――――!!」
「――!!――――――!!!!」
( T)「」
寝起きの重たい頭は、やいのやいのとうるせえ騒ぎ声でゆっくりと立ち上がる
なんだっけ……俺なんでベッドで寝てんだろうか……なんかキモいのぶっ殺したのまでは覚えてんだが……
( T)「……」
「放して!!放せ!!そいつに触らないでよ!!!!!」
( T)「ッ!!」
叢雲の叫び声で、思考は一気に覚醒する。最大の障害は跳ねのけた。つまり観察実験は……
(;T)そ「う、おっ!?」
「おお!?」
慌てて跳び起きると、目出し帽で顔を隠した『兵士』もまた、驚きの声を上げる
同時に、周りを取り囲むその他の兵士達は一斉に銃口を向けた
(;T)「……」
叢雲「し、れい……官……」
叢雲は『入渠』もしていないのだろう。ボロボロの服装と身体のまま、『艦娘』らしき美女共に両脇を取り押さえられていた
焦燥と怒りに染まっていた表情は、俺が目覚めた事で安堵と驚愕という矛盾した色に変わっていく
163 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:58:11.27 ID:6b3AGc030
(;T)「あ……」
やべえどうする寝耳に水じゃねえかこんなもん何なら深海棲艦ぶっ殺した後にこいつらともう一戦交える気でいたのにもう詰みの盤面じゃんどうする?
どうするの?どうするの俺ぇ?どうすんのよぉ!?ライフカード \つづくゥ!!/
(;T)「な、ななな、なん……なんだよお前らァ!?」
「お、落ち着け!!我々は味方だ!!」
(;T)「みっ、みみ、味方!?し、し、信じられるか!!こっここ、こんな場所に、得体の知れないガキと閉じ込めやがってぇ!!」
枕元のすぐ傍に置いていた花瓶を掴み、すっぽ抜けた感じで投げつける
緩やかなカーブを描いて飛んで行ったそれは、『風通し』の良くなった医務室の壁に当たって砕け散った
叢雲「あ……」
(;T)「お、お、俺の傍にち、ちちち、近づくんじゃねっ……!?」
ベッド上から転げ落ち、足腰立たない身体を『演出』する
(;T)「ひっ、ひぃ……ひぃいいいいいいい!!!!」
ガタガタと震えながら丸く縮こまる。誰の目にも滑稽に映るだろう。『錯乱した臆病な男』と
事実、腕の隙間から覗き見ると兵士達は銃口を下げ始めている。恐るるに足らずと踏んだのか、哀れな被検体を同情したのか
なんと叢雲ですら、俺の豹変ぶりに顔を青ざめているではないか。もしかしたら役者の才能があるかもしれない。実質ジェイソン・ステイサム
(;T)「ほ、ほっといてくれよぉ……消えてくれぇ!!」
「……大丈夫だ。ほら、立ちなさい」
まるで子供をあやすかのように優しい口ぶりで俺を立たせようと肩を掴む
おーおー、一般人の顔を丸焦げにして、艦娘にひでえ仕打ちとスパイ行動を強要しといて、ご自分は立派な『人間様』ってか
164 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:01:06.65 ID:6b3AGc030
「ッ!!待っ……!!」
真っ先に俺の『狙い』に気付いたのは、叢雲の片腕を抑え込んでいた『精悍』な顔付きの艦娘
『飢えた狼』みてーに臭いには敏感らしい。だが少し遅かったな
(#T)「シッ!!」
「あゴッ!?」
がら空きの顔面に跳び上がりの頭突きを食らわせる。崩れた体勢を立て直す間も与えず、襟と肩を掴んで身体を裏返し
首に腕を巻き付けややキツめに『締める』。ノロマ共はここでようやく銃口を向け直した
(#T)「なぁんちゃってぇ〜……」
結構ボロクソにやられたと思っていたが、割と傷は浅かったらしい
寝起きでアバレンジャー出来るくらいには平気だった。ダイノガッツ実装済み。爆竜チェンジ元気爆大アバレッド
「カッ……クッ……」
(#T)「落ち着け?我々は味方?ヤクでもキメてんのかカス共が。散々待たせやがって。ええ?」
「放しなさい!!今すぐ!!」
銃口の群れは一歩距離を詰めるが、そんな要求飲めるわけがねえ
(#T)「ほぉ〜〜〜〜〜〜〜〜?放さなかったらどうなんだ?俺の頭をぶち抜くか?」
「必要ならばそうさせて貰う!!」
(#T)「ハァーハハァ!!嘘はいけねえなぁお兄さん!!『大戦果』を挙げた『成功例』を!!下っ端のアンタらの一存でぶち殺せやしねえよなぁ!?」
165 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:02:05.32 ID:6b3AGc030
何人かが明らかな動揺を見せ、叢雲を抑えるもう一方の『メガネ』は露骨に舌打ちをした。お里が知れるぜ
(#T)「オイ、クソアマ共」
「ク、クソアマ!?」
まさか自分がクソ呼ばわりされるとは思っていなかったのだろうか。精悍な艦娘は目を丸くさせる
一方メガネは瞼を痙攣させ、侮辱された怒りを隠そうともしない。由花子かよこいつ
(#T)「とっとと彼女を放せ。のうのうと朗報を待ってたてめえら役立たず共と違って、値千金の働きをした功労者だ。ちょっとは丁重に扱ったらどうだ?」
叢雲「……」
「……足柄」
「ちょ、ちょっと、従う気なの大淀!?」
都合よく自己紹介までしてくれるとはご丁寧な連中だ。どうせ殺す奴の名前なんて憶えていても仕方が無いが
166 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:04:32.89 ID:6b3AGc030
大淀「反論の余地は無いわ。彼の言う通り、あの子は良いデータを送り続けてくれた。その働きには此方も報いなければ、女が廃ると言うもの」
(#T)「ゴミはどんだけ廃ってもゴミのままだ安心しろ」
大淀「ですが」
叢雲「うっ……!?」
乱暴に突き出された叢雲は床に倒れ込む。文句を言おうとした俺の口は、メガネが取り出した『リモコン』により塞がれた
大淀「情に絆され、『提督』への忠誠すら忘れた艦娘を置いておく理由もございません」
叢雲「い……嫌……」
叢雲が何のデータを送ってたのか知らんが、より効果的な脅しにスイッチしたか
兵士達も足下の叢雲から距離を置く。レンズの奥から覗く眼光が、『本気』を物語っている
(#T)「先に裏切ったのはテメーらだろ。責任の押し付けをしてんじゃねえ」
大淀「ええ。ですが、どのような事態に陥っても『ヒト』への信頼と忠誠を損なわない事こそ、我々艦娘の本懐であり意義。軍に身を置く以上、『個』ではなく『公』を優先せねばならない」
大淀「彼女の抵抗は立派な『軍規違反』に該当します。これは私情ではなく『規律』に基づいての行動です。ご理解いただけますか?」
(#T)「ゲロみてーな詭弁吐くのはお上手だが、本音隠すのは苦手のようだな?『愉しくて仕方ない』と顔に出てるぜ?」
鉄仮面がニヤリと歪んだ。隠す気ゼロとは恐れ入る。生粋のサディストと見た
元より穏便に済ます気など無いが、こうも弄ばれると余計に腹が立つ。これで俺が屈するとでも思われているのだろうか
167 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:05:14.48 ID:6b3AGc030
(#T)「押せねえよ」
大淀「楽観的ですね。まさか、此の期に及んで同族の情を期待していますか?」
(#T)「やるならチャンスは幾らでもあっただろうが。邪魔ならサッサと処分してしまえば良かった。じゃあ何故それをしなかったか?」
うわ上りだった唇の端が、逆方向へと歪んだ。顔に出易い女だ。正直で結構
(#T)「『交渉材料』としての余地は十二分に残されていたからだ。こうして『脅し』をしている事こそ、何よりの証拠」
大淀「……言葉は慎重に選んだ方がよろしいかと。私のきまぐれ一つで、脅しは脅しでなくなりますので」
(#T)「ああそうだな。そんじゃあお次は行動で示すか」
「アグッ……!!」
拘束している兵士を軽く締め上げ、身体を浮かす。腰のホルスターから拳銃を抜き取り
大淀「……向ける方向が違うかと」
(#T)「いいや、合ってる」
自分のこめかみへと突きつけた
168 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:07:00.97 ID:6b3AGc030
叢雲「ダメ!!やめて!!」
(#T)「だぁってろ叢雲。お前が死んで耐えきれないのは俺も同じだ」
叢雲「だからって……!!」
足柄「ま、待って待って!!落ち着きましょう!!ね?大淀も!!」
足柄とやらはまだ頭マシなのか、俺らの仲裁に入る。どっちにしろ殺すが
足柄「敵対する為に訪れたんじゃないでしょう!?一旦矛を下ろして、話し合った方が建設的じゃない!!」
大淀「……」
(#T)「……」
先に矛を納めたのは向こう側だった。リモコンこそポケットに仕舞われたが、ライフルの銃口は今だ此方を見据えている
どうやら俺の手にあるもんを警戒しているらしい。マガジンを抜き、それから拳銃を落とす
大淀「彼の解放も」
(#T)「注文の多いカスだな。偉そうに指示できる立場か?ええ?」
大淀「大人になっては如何でしょうか?それとも、このまま我慢比べを続けるおつもりで?」
(#T)「……チッ」
ここは俺が折れるべきか。拘束を解くと、兵士は激しく咳き込みながら膝を突く
邪魔なんで強めにケツを蹴飛ばすと、瓦礫に頭から突っ込んで痛みに呻いた。かぁいそ
169 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:08:27.60 ID:6b3AGc030
( T)「叢雲」
叢雲「……っの、バカ!!」
叢雲を起こそうと跪くと、顔に平手が飛んできた。すごいいたい泣きそう
(;T)「すごいいたい」
叢雲「死……死んだかと思えば生き返って、ま、また死ぬような真似して……私、私……」
(;T)「元気そうで何よりだ。互いにな」
叢雲「っ……!!」
感極まって溢れ出した涙を拭ってやりたい所だったが、こうギャラリーが多いと恥ずかしい(乙女だから)
代わりに肩を軽く叩いてやり、叢雲を庇うように奴らの間に立つ
( T)「おっと?こっちは折れたってのにビビリ共は豆鉄砲に頼らねえと素直にお喋りもできねえか?津波のような侘しさにI know怯えてるHooって感じだな。思い出はいつの日も雨だったりするか?」
大淀「一々一言多く挟まねば気が済まないご様子ですね。皆様方」
メガネの指示に、兵士達は目元に疑心感と不安を浮かべながらも銃口を下ろす。やれやれ、桃色の肩の荷が降りた気分だ(あやや)
170 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:09:26.82 ID:6b3AGc030
大淀「本題に入りましょう。ご同行を願います」
( T)「死ね」
交渉のイロハも知らねえのかよ。素直に着いて行くわけねえだろ
大淀「ハァー……気に食わないのは重々承知ですが、あなた方のケアや理由の説明を行わねばなりません。見たところ心身共に軽傷のようですが、然るべき機関で治療を行なった方が賢明かと」
叢雲「軽傷ですって……よくもそんな口が利けたわね!!」
大淀「貴方の状態を指したわけではありません。口を慎むようお願い致します」
叢雲「死んでたのよ!!アンタらが寄越した、得体のしれないバケモノに襲われて!!彼の心臓は止まってた!!それだけじゃない、顔だって!!二度と人前に出れないくらい酷く焼かれているの!!」
叢雲「アンタら何様のつもりなの!?ヒトが……ヒトがヒトを貶めて傷つけて!!好き勝手に弄くり回して!!それで心は痛まないの!?」
真に迫る言葉だ。現に足柄とやらを初め、何人かの兵士達もバツが悪そうに俯く
『良心』ってもんは一欠片ほど残されているらしい。この事態を招く前にそいつが働いてくれりゃ、此方としても文句は無かったが
大淀「我々は『災害』を相手に戦争しているのです」
だが、大淀含む何人かの心にはそれすらも備わっていないらしい
大淀「『死して屍拾うもの無し』。ええ、生きて勝つ為には非人道的な手段も使いますとも。後ろ指を指されようが、勝てば官軍。選り好みをしている場合ではございません故」
叢雲「だったらアンタ達だけでやってなさいよ!!一般人巻き込むような真似が、アンタ達の正義だって言うの!?」
大淀「その通りでございます」
話になんねえ。ここまでスパッと外道なら、潰しても罪悪感は全くねえ。どっちにしろ殺すが
171 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:10:39.82 ID:6b3AGc030
( T)「叢雲、抑えろ」
叢雲「でも……!!」
( T)「気持ちは嬉しいぜ。ありがとよ」
大淀「仲睦まじいようで何よりですね」
( T)「羨ましいか?お前にはいねえだろうからな。テメーを慮るような野郎はよ」
またもや奴の瞼は痙攣を始める。相当ご立腹なようだ。煽り耐性ゼロかよ
( T)「元よりテメーら下っ端と交渉する気なんてねえんだよこっちは。最初から話になると思うな。俺を動かしたきゃ上を呼べ」
大淀「出来かねます。お忙しい方ですので」
( T)「俺が知るかボケ。それに、どうせ見てんだろ?それとも、進退かけたプロジェクトの総仕上げを、確認もせずに部下に任せたままにする無能に着いてんのか?」
大淀「きさっ……!!」
歯軋りと共に感情が怒りへと大きく揺らいだ。外道であろうと忠誠心はご立派なようで
( T)「サッサと繋げ。面と向かって話す度胸もねえ奴に、俺は最大限の譲歩をしてやってんだ。それすらも出来ないとは言わせないぞ」
大淀「っ……殺す……!!」
( T)「おーおー怖いねえ!!出来ない事をキャンキャンと喚く子犬ちゃんはよぉ!!憎さ余って可愛く見えてくらあ!!」
今にも殴りかかってきそうなメガネを正気に戻したのは
大淀「!!」
やけに明るい、スマホの着信音だった
172 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:11:57.06 ID:6b3AGc030
( T)「おやおや、飼い主様はご理解があるようで」
大淀「……」
( T)「どうした?遠慮せず出たらどうだ?『個より公』を取るお前なら、私情で切ったりはしねえよなぁ?」
お手本のように青筋を浮かべたメガネは、深呼吸をして気を落ち着かせ
大淀「大淀です」
自身のスマホを耳に当てた
大淀「……はい、ですが……いえ、仰る通りです」
口答えはすぐさま諫められ、諦めの色が目に浮かぶ
その後何度かの会話を交わした後、渋々と言った様子でスマホの画面を此方へと向けた
《部下が大変失礼を致しました》
テレビのインタビュー映像で良く聞く、ボイチェンを使った不自然なまでに低い声がスピーカーから響く
あくまでも正体は明かさぬつもりらしい。用意周到なこって
173 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:13:56.95 ID:6b3AGc030
( T)「出迎えにも来ないアンタに比べりゃ幾らかマシだ。初めましてで宜しいかな?」
《申し訳ございません。何分不出来なモノでして、どうしても手が離せぬ公務に追われております故》
( T)「わざわざご説明してくださらぬとも、そんな事ぁ一目瞭然だ」
《自身の至らなさは常々痛感しております》
( T)「殊勝で大変結構なこって。まぁテメーの至らなさなんてクソどうでもいいわ死ね」
《憤るお気持ちは重々お察ししております。あなた方二人には許されざる非道な行いをした事も。先ずは、心からお詫びを申し上げたい》
( T)「謝罪の気持ちがあるのなら、菓子折持って土下座でもしに来いよ。口だけ達者でも行動が伴ってなきゃ意味がないってママに教わらなかったか?」
スマホがビキと軋みを上げる。電話の向こうの相手より、それを持ってる奴の方に効いてるのは失笑を禁じ得ない
《土下座でも、靴を舐めろと仰られるなら幾らでも舐めましょう。それだけの事をしたのです。易々と許されるとは毛頭思っておりません》
( T)「きっしょ」
《ですが、終わりの見えない深海棲艦との戦いに置いての『決定打』が、我々人類には必要だったのです。貴方は見事、その布石となった》
( T)「誰かタバコ持ってねえか?」
こんだけ兵士がいるのなら一人くらい喫煙者がいても良いと思ったんだけど一人も動かねえじゃんクソが
と思ったら、端にいるグラサンを掛けた兵士が銃を立てかけポケットからマルボロとライターを取り出し近づいてきた
《経過報告を読み返す度に、『人選』は正しかったと胸を撫で下ろしました。他人を見捨てぬ優しさに、欲に囚われない誠実な心。兵法を始めとした知性。何より、深海棲艦と真っ向から対峙した勇猛果敢さ!!》
「……」
( T)「あ、どうも」
箱を差し出され、そこから一本失敬する。次にライターの火がゆらぎ立ち―――――
( T)「」
その灯りに照らされたグラサンの奥。見覚えのある『目元の傷』に、俺の呼吸は止まった
174 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:15:14.84 ID:6b3AGc030
《―――――!!―――――、―――》
どうでもいい話が不協和音へと変わるほどのショックだ
可能性として考えられるものだった。だがそうであっては欲しくなかった
俺の顔が元のままであったなら、この動揺が他の連中にも伝わっただろう
「……」
そいつはグラサン越しに、力強い視線を向けていた。『今は従え』と
そして、どうしようもない程の後悔と、電話の向こうでベラベラとクソ垂れ流す野郎など比較にならないほどの罪悪感を
今すぐ掴みかかって顔面が陥没するまでぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、長年の『信頼』が邪魔をする
こいつに従って、間違えた事はなかった。『あの時』だって、一緒に生き残ったじゃないか
(;T)「……」
なぁ、『ロマ』よ。なんでお前がここにいるんだ?
175 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:18:12.90 ID:6b3AGc030
《つまり、この国の象徴となる新たな提督像として》
( T)「解放しろ」
《……なんと?》
不協和音がクソ野郎の声へと戻った瞬間、自然とその言葉は口に出た
( T)「俺と、叢雲の解放だ。そんで今後一切関わるんじゃねえ」
「……」
奴は火を点し終えると、落胆を浮かべて元の場所へと戻った
いつもなら罵倒の一つ二つ飛んでくるじゃねえか。どうしたんだよ。便所のネズミもゲロ吐くくらい罵り合ったじゃねえかよ
( T)「虫の良い話だ。俺たちにここまでして置いて、お前らの為に働くなんざ御免だ」
久々のタバコは舌を焼き、肺を不愉快な臭いで満たす。こんなに不味いものだったか
( T)「名誉も勲章も、金も人望もいらねえ。もうウンザリだ。これ以上お前らに振り回されるなんざ」
《……この言葉は余り使いたくはなかったのですが》
( T)「お次は『家族』か?ああやれよ。お前みたいなクズに従えば、どっちにしろ俺はオトンとオカンに蹴り殺される。巨悪に屈するような男は息子じゃねえってな」
足柄「よ……良く考えて頂戴!!我々だって、無関係な方に手を出すのは本意じゃ」
( T)「無関係?」
どの道、こいつらは越えちゃいけないラインを大きく踏み外した
自覚がないならご覧頂こう。お前らが刻んだ仕打ちを、生涯忘れられないほど深く、深く
176 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:19:43.44 ID:6b3AGc030
「これでもか?」
最早、激痛は感じなかった。怒りが痛みを凌駕したのだろう
顕になった『顔面』に、足柄は口元を両手で抑え、大淀は目を見開いた
旧友は目を伏せ、此方を見ようともしない。そこまで堕ちたか
「お前らにどんな思惑と、立派な志があるかは知らねえよ。だが相手を見誤ったな。例え世界の平和の為だろうと、人類の存亡が懸かってようと、俺は俺が納得する生き方しか選ばねえ」
「ましてや女の命を握って脅し掛けてくるような連中に、傅く気など全くねえ。お前らは最初っから、やり方を間違えてんだ」
「もし俺がこの場で処分されちまっても、お前らは同じ事を、望み通りの人物が出来上がるまで延々と繰り返すんだろうな。だから、一つ忠告してやるよ」
「人間舐めてんじゃねえぞ、外道共」
.
177 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:24:08.33 ID:6b3AGc030
( T)「……フゥー」
マスクを戻し、再びタバコを嗜む。少し気分が良くなったからかなんか知らんが、さっきよりずっと旨く感じられた
誰もが口を噤む中、大淀の表情が冷たいモノへと変わっていく。頭の中には『処分』の二文字が浮かんでいるのだろう
まさかトントン拍子に成功するとでも思っていたのだろうか。おめでたい連中だ。だがそんな中で
《素晴らしい》
件の人物は、拍手と共に賞賛を贈って来た
《それでこそ、私が求めた人材です。何者にも屈しず、『NO』を突き付けるその度量。我が国の若者も捨てたモノではない。貴方のような『日本男児』が残っているのだから》
( T)「若者代表として言ってやるが、テメーみたいな奴を『癌』っつーんだ。冥土の土産に覚えとけ」
《ええ、私の屍と共に棺桶に入れて貰うことに致します。では、アプローチを変えましょう》
『ピッ、ピッ』
叢雲「ッ!?」
叢雲の首輪から、無機質な『カウント音』が鳴り始める。大淀はリモコンを持ってはいない
(;T)「てめえ……」
《単刀直入の方がお気に召すようなので、心苦しいですが起動させて頂きました》
(;T)「汚えクズが……」
《そうで無ければ政治家などやってられませんので》
178 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:25:18.59 ID:6b3AGc030
不意打ちにペースを乱してしまった。これじゃ『効果がある』と教えてるようなもんだ
電話の向こう側の様子など窺う事は出来ないが、きっとほくそ笑んでいるのだろう
叢雲「……ヒ、ンク……」
(;T)「……」
気丈にも、叢雲は上がりかけた短い悲鳴を噛み殺した。誰だって死が足音を鳴らして迫ってくりゃ恐ろしいだろう
大淀が手を翳すと、さっきまで落ち込んでいた銃口はやる気を取り戻し俺に狙いを定める。自害されるくらいなら手足ぶち抜く算段か
(;T)「……」
ロマに目を向けると、誰にも気づかれないよう僅かに首を振った。手助けは期待できない
こうしてる間にも刻々と時間は過ぎていく。タイマー音が、一つ音階を上げて迫真に迫った
叢雲「……あ」
(;T)「なんだ?」
叢雲「『アンタを、怨んだりなんかしない』」
.
179 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:25:57.14 ID:6b3AGc030
( T)「……」
今にも泣き叫びそうな顔して、そんなセリフ吐かれちゃあよ
( T)「わかった。従う」
男が応えぬワケにはいかねえだろうが
180 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:31:01.79 ID:6b3AGc030
《その言葉を心よりお待ちしておりました》
カウントダウンは止まり、叢雲は大きく息を吐き出す
同時に、大して寒くもないのにガタガタと震え始めた
《では早速》
( T)「待てやクソ野郎。こっちの話はまだ済んでねえ」
確かに俺は折れた。だが、全てに置いて従うとは一言も言っちゃいねえ
むしろ本番はここからだ。奪えるものは全部奪ってやる
( T)「まず叢雲の首輪を外せ。次に彼女の身柄と、この鎮守府と設備を貰う。それと、自衛隊上層部による命令の拒否権。軍規からの解放。当鎮守府に着任した艦娘の自由な発言権と正当な給与。これが最低条件だ」
大淀「なっ……無茶苦茶です!!それじゃまるで……」
( T)「『まるで子供の我儘』ってか?当たり前だろそれだけの仕打ちをやったんだ。聞けねえとは言わせないぞ」
《控えろ、大淀》
ビクリと身体を震わせ、メガネはそれ以上何も言おうとはしない。余程のお偉いさんらしい
《言い分はわかりました。ですが、経過観察並びに面談と研修を……》
( T)「『はい』とだけ答えろ。こっちは『飼われてやる』と言ってんだ。これ以上ゴチャゴチャと抜かすようなら、お望み通り『面談』とやらに応じてやろうか?」
《……》
グリズリーは檻の中にいるからこそ、恐れられず見せ物にされる
例え奴が馬鹿正直に面と向かって話そうとせずとも、『深海棲艦』をぶっ殺した獰猛な動物など近くに寄せたくはないだろう
( T)「これでも最大の譲歩をしてやってんだぜミスターショッカー?それを『嫌です』なんて突っぱねはしねえよな?そうとも、『公』の為なら本意じゃなくても汚え手を使うお前らだ。この程度の要求すら飲めねえワケはねえだろ?」
181 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:32:43.35 ID:6b3AGc030
《……》
イエスと応えれば良いものの、随分と渋りやがる。こんなクソ野郎と取引してるこっちの身にもなって欲しい
《先ほどからどうにも疑問に感じていたのですが》
しかも話を逸らしやがった。我慢ならずに怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ瞬間
《何故、貴方の身に起こった『何某』について言及なさらないのですか?》
(;T)「っ……ゲッホゴッホ!!」
息が変な所に入り、思わず咳き込む。すっかり忘れていたが、『俺』は何かを施されたからここにいるんだ
『最も重要な事』が明らかになっていないではないか
《素直に此方の要求に応じてくださるなら、真実を詳細に明かすつもりだったのですが……いえ、過ぎた事です。貴方の要望はそこの大淀の言う通り滅茶苦茶で、自衛隊含む軍事組織の在り方を根本から否定している。飲めないこともないが、実現への労力とは釣り合わない》
《ですので、この情報を交渉のテーブルに乗せさせて頂きましょう。先ほどまでの要求を取り消し、我々に協力して頂けるのであれば、安全と地位は保証致し》
( T)「じゃあええわ死ね」
《ま……は?》
正しくは『重要だった』だが
182 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:36:27.10 ID:6b3AGc030
( T)「確かに顔はズタボロボンボンになった。だがここでの生活で、俺は俺のまま、何も変わっちゃいねえ事に気づいた」
( T)「例えお脳弄られてようが身体を掻っ捌かれてようが、『本質』は今も昔も俺のままだ。気にならねえって言やあ嘘になるけどよ、聞いた所でやる事も気持ちも変わらねえ」
( T)「与太話は以上か?クズの分際でこの俺の貴重な時間を無駄にすんじゃねえよ」
《……くっ、は、ははははははははは!!!!ひぃ、ひぃ!!ははははははは!!!!!》
先ほどまでの丁寧な語り口とは打って変わって、スピーカー越しから唾でも飛んできそうな勢いで笑い出す
笑いのツボが余程可笑しな場所にあるらしい。足の小指の間とかかもしれない。くさそう
《ひっ、ひひひ……し、失礼を……ここまで気持ち良く言い負かされると、つい笑いがこみ上げまして……》
( T)「そうか。シンプルに気持ち悪いわ」
世の中には変態が多いなって思った
《わかりました。要求を飲みましょう》
( T)「最初からそう言えノロマ。迎えが遅けりゃ判断も遅えのかよ」
ようやくこの不愉快な時間も終わりを迎えるかと思った次の瞬間
《ですが叢雲さんには今しばらく後辛抱を願います》
俺の怒髪は天を突いた
183 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:37:48.92 ID:6b3AGc030
(#T)「ふざけんなテメェ!!!!!!」
殴り掛かる相手はここにはいない。だが前に出ずにはいられなかった
足を踏み出した瞬間、一瞬の閃光と共に大腿部が『弾ける』
(#T)そ「がっ……!!」
「大人しくしてろ!!」
撃った張本人は、続け様にライフルの銃床を鼻先に叩きつけ馬乗りになる。そして二度、三度と俺の顔を執拗に殴りつけた
痛みよりも、ショックの方が大きかった。この中で唯一、僅かであろうとも『味方』かも知れなかった人物に暴力を振るわれているのだから
叢雲「やめて!!」
「退け!!」
叢雲「っ……!!」
それでも、例え友であろうとも
(#T)「ッ……!!!!!!!」
彼女の顔を肘で打ったのには、我慢ならなかった
184 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:41:48.31 ID:6b3AGc030
(#T)「クソッ……!!」
腰を浮かせ、襟を掴んで引き倒し、勢いのまま馬乗りになり返す
(#T)「野郎がァァ!!!!!」
今度こそ衝動のままに顔面に拳を叩き込む。鼻が折れ、目出し帽越しに粘り気のある血が付いたが、怒りは収まらない
(#T)「このっ……!!」
文字通り陥没するまで殴ってやろう振り上げた腕は、隣の少女に掴んで止められる
(#T)「っ……」
叢雲「だいっ、丈夫、だから……」
そんなワケあるか。こいつらは見ていないから簡単に言えるんだ
長い間、恐怖と不安に支配され続け、血が滲むほど首を掻き毟ったお前の痛ましい姿を
やっと、やっと解き放ってやれると思ったのに。こんなのってあるかよ
185 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:42:58.02 ID:6b3AGc030
「き、聞け……コプッ、聞け……」
(#T)「……」
鼻血が喉の奥に流れ込んだのか。目出し帽から血の飛沫を噴き出しながらクソが語り掛ける
奴は俺の胸倉を掴むと、耳元に口を寄せて囁き始めた
「我、輩が……ぜ、絶対に……彼女を、かい、解放する……お、前達を……い、いい様に……扱わせはしない……」
(#T)「……」
『もう遅ぇよ』。怒る気も失せ、胸倉を払って解放する
叢雲に支えられながら立ち上がり、ベッドに腰を掛けた。目の前の大穴から、海に飲み込まれる夕陽が目を焼いた
他の連中がどんな顔して俺を見てるかなんてどうでもいい。ただ、止めなかった所を見るに剣幕に圧倒されたのだろう
《……保険としての措置です。納得行かずとも、ご了承ください》
疲れた。もう何も話したくはない
( T)「消えろ、今すぐ」
自分でも驚くほど、覇気のない声だ。リングの隅にでも置いときゃ、名作ボクシング漫画の最終回を再現出来るだろう
186 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:45:35.55 ID:6b3AGc030
《それでは、今後益々の健闘と活躍を期待しておりますよ。『提督殿』》
心にもねえお祈りメールの定形文に中指を返すと、通信は切断された
大淀「……医療班を待機させております。先ずは治療を」
( T)「必要ねえ。自分でなんとかする」
大淀「……ドックは幸いにも無事ですので、叢雲さんは入渠を行ってください。それと、建築物の修繕っ……!!」
顔に向けて投げた枕は、パンと弾かれ瓦礫の山に落っこちる
本当は重くて硬い物を投げつけてやりたかったが、生憎手近にはアレしか無かった
( T)「もうここは俺らのもんだ。部外者がいつまでも突っ立ってんじゃねえ。耳が悪いならもう一度言ってやろうか?『消えろ、今すぐ』」
大淀「……撤収します。全員です」
流石に思う所があったのか、サディスト艦娘は手短に指示を出した
足柄や兵士はわかり易く同情の視線を送り、いそいそと医務室から出ていく
( T)「テメーもだ。クソ野郎」
「……わかっている。効いたぞ、クソ……」
( T)「……」
大層な素振りで立ち上がった旧友は、タバコとライターを置いてメガネの後に続き部屋を後にする
「……無事で何よりだ」
最後に最悪な言葉を残して、姿を消した
187 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:46:52.04 ID:6b3AGc030
( T)「……」
叢雲「……傷、手当しないと」
( T)「ああ……」
撃たれた傷は上手いこと骨と太い血管を避けて貫通している。叢雲は半壊した薬品棚から無事な消毒液と清潔な包帯を取り出した
撤収まで暫く掛かるのだろう。久々に聞いた喧噪とエンジンの音に耳を傾ける。この暮らしの中で『人恋しい』など一度も思った事は無かったが、何故か物悲しさが襲う
叢雲「痛む?」
( T)「少しな……」
消毒液がゲロ吐くほど沁みたが、俺はされるがままに叢雲の治療を受けた
キツく、それでいて丁寧に包帯を巻き終えると、血で汚れた手を洗い
叢雲「……」
俺の隣に腰かけた
( T)「……」
叢雲「……背負わせちゃったわよね。ごめんなさい」
( T)「構わねえよ。元よりこうするつもりだった」
叢雲「え……?」
( T)「え?」
なんだ気づいてなかったのかよ
( T)「どうせ難癖つけて傀儡にしようってのは見えてたからな。デカい要求突き付けてから、小さな要求を通す。『ドア・イン・ザ・フェイス』だ。交渉の基本だぜ?」
叢雲「じゃあ、全部……?」
( T)「まぁ……大半は演技だよ。向こうが勘づいてたかどうかは知らんけどな」
188 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:48:05.50 ID:6b3AGc030
( T)「思いの外、多くの収穫はあった。まさか言った要求殆ど通るとは思ってなかったしな」
叢雲「……恐れ入ったわ。正直、前代未聞の破格の優遇よ」
( T)「その上で……完全敗北だよ。今の交渉は」
依然として奴の掌の上である事には変わりない。俺の要求が『通った』のが何よりの証拠だ
あれだけの優遇を見過ごして尚、俺を手元に置くメリットが上回るのだろう
枷は付けられっ放しで、黒幕の正体すら明らかになっていない。これを敗北と言わずなんと言おう。ウンチだウンチ
( T)「お前の首輪を外せなかったのが心残りだ。すまん」
叢雲「私の事なんて……アンタ、結局自分の身に何が起こったのかわからず仕舞いじゃない」
( T)「過ぎた事だ」
叢雲「っ……バカじゃないの……」
置いていったタバコを手に取って、試しに一つ差し出してみる
( T)「やるか?」
叢雲「……どうやって吸うの?」
( T)「フィルターを吸いながら火を点ける。ほれ」
緊張した面持ちでタバコを咥えて待つ彼女に、ライターの火を差し出す
( T)「で、口の中に煙を溜めて……」
叢雲「っ!?うぇっ!!ゴッホゴッホ!!」
一気に行ったか……説明が遅かった
189 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:49:56.53 ID:6b3AGc030
叢雲「そういう事は……もっと早く……!!」
( T)「わり」
叢雲「もう結構よ!!返す!!」
涙目で頭が燃えたばかりのタバコを突き返される。勿体ないので続きは俺が引き継いだ
禁煙出来るかと思ったもんだが、現物があると誘惑に負けちまうな
( T)「フゥーっ……」
叢雲「……本気で、提督をやる気なの?」
( T)「ああ。どうせ解放されてもする事ねえしな。図らずも転職成功だ。転職かこれ?」
叢雲「何を目的に?」
( T)「目的か……」
確かに、ただやるってだけじゃモチベーションも続かない。明確に口に出せば、ハッキリさせられる
俺ら二人は、手前勝手な陰謀に巻き込まれてここに辿り着き、首輪と役目を押し付けられた。だったら……
( T)「『強くなる』」
叢雲「強く……?」
( T)「そうだ。誰にも脅かされず、誰にも屈せず、誰にも従わず、そして誰もが一目置き、その気になれば世界すら滅ぼせるほど強大なチームを作る」
( T)「非道な扱いを受けてはみ出した艦娘を集めて鍛え、そしていつの日か、全人類が跪いて許しを乞うような大活躍をしようじゃねえか」
叢雲「……随分と、骨が折れそうな話ね」
( T)「出来ねえと思うか?」
叢雲「いいえ、ちっとも。何故なら!!」
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 12:51:46.27 ID:NC0TvhZv0
重白いな
チュートリアルの段階でこの内容とは
楽しく見てるよ
191 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:52:46.10 ID:6b3AGc030
叢雲はベッドから降りると、俺に向き直り胸を張った
叢雲「この叢雲が!!アンタの副官として、相棒として!!しっかりきっちり勤め上げてやるのだから!!」
かつて、俺はこの場所で。今にも消え入りそうな彼女の姿を見た
叢雲「いいこと!?この私を従えるんだがら、中途半端に投げ出すなんて許さないわ!!やるからには徹底的に!!納得がいくまで足掻くのよ!!」
瞳に生気は無く、髪は荒れ放題。首筋には目も当てられないほどの引っ掻き傷
叢雲「暁の水平線に勝利を刻むまで、楽しく戦い成り上がり!!人生を謳歌するわよ!!」
そんな面影はすっかりと消え失せ、目の前には頼り甲斐のある相棒の姿
( T)「ククッ……望むところだ」
人生は報われねえし儘ならねえ。だからこそ、鳥肌が立つほど『面白い』
( T)「やるぞ」
叢雲「そうこなくっちゃ」
この世の理不尽にどれだけ抗えるか。命懸けで試してみようじゃねえか
192 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 12:58:54.50 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
凡そ一か月後(28日後……)
すっかり元通りになった湾口から、鎮守府を見上げていた
( T)「妖精さんってのはさぁ、ああいう大工さんもおるんやなぁ」
叢雲「ええ、かなりレアだけど」
深海棲艦との戦闘でズタボロボンボンになった家屋。工廠や入渠ドックといった主要施設こそ無事だったものの
木造校舎は半壊、寮に到っては全壊といった被害に見舞われ修繕が急がれたが
( T)「まさか請け負ってくれるとはなぁ……」
叢雲「今でも信じられないんだけど、『お代は受け取ってあります』なんて言って材料費も工賃も無料だなんてね」
( T)「身に覚えは?」
叢雲「あるワケないじゃない。アンタは?」
( T)「同じく」
ねじり鉢巻が似合う大工の妖精さん(正確には高級家具職人と呼ぶらしい)は、連中が帰ったその日から俺らの目の前に現れ作業を開始してくれた
手のひらサイズに見合わぬパワーとちょっと引くくらいの人数に物を言わせ、建物はみるみる元の姿へと直されていった
( T)「なんで直したのに元のボロ校舎に仕上がんのかなぁ……」
叢雲「こだわりでもあるんじゃない?」
そう、文字通り『元の姿』だ。建て直したにも関わらず、木造校舎は過ぎた年月を思わせる趣のある材質で出来上がっている
なんなら呪われた教室もそのまんまだ。理由を訊いたところ『何故かこうなる』とゾッとする回答をしてくれた
193 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:02:18.33 ID:6b3AGc030
( T)「とにかく、間に合って良かった」
叢雲「そうね。出だしで躓くなんてことは無さそう」
あれから一か月。俺らは深海棲艦の死骸の後始末やら本部から送られてきた必要機材の搬入やら書類の記入やらでテンテコマイの日々を送った
これまでスローライフ送ってたツケか、こう一気に展開が進むといつも以上に目が回る。俺お無職様やったんやぞちょっとは気ぃ使え
気がかりは幾つもある。叢雲の首輪も『距離制限』こそ解除されたが、依然として主導権は彼方側に握られたままだ
あのクソ野郎が『解放する』と言った以上、その日を信じて待つ他ない。あいつはその後ぶっ殺す
叢雲「所で……何だったのかしらね。あの出来損ないの深海棲艦」
( T)「さぁな……」
もう一つの大きな懸念は、俺が首をへし折って殺したはずの『未熟児』の死体が見当たらなかった事だ
叢雲はあの後、くたばった俺を引きずって医務室に駆け込んだらしく、後からやって来たクソ野郎集団もその存在を認知していなかった
確実に殺したと思っていたが、奴は筋肉も骨もまだ柔らかいままだった。へし折った関節を元に戻して海に逃げ込むくらい出来たのかも知れない
( T)「一つ確実に言えることは、つぎ俺の目の前に現れたら確実にぶっ殺すってだけだ」
叢雲「違いないわね。今度は油断しないでよ?」
( T)「うん」
叢雲「ホントにわかってんのかしら……」
( T)「あ、あれじゃね?新入り」
194 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:05:57.08 ID:6b3AGc030
遠くから聴こえるエンジン音に振り返ると、水平線の向こうから、ちっぽけな人影が三人分近づいて来る
謀反防止の観点から、今のところ『建造』の機能は差し押さえられている
この鎮守府は従来の『流島』扱いとされたまま、問題ありと判断された艦娘を随時送って来るらしい
( T)「『霰』『朧』、そんで『天龍』か」
叢雲「駆逐艦に関しては、建造の『ダブリ』として幾つもの鎮守府をたらい回しにされていたんだってね」
( T)「行き着く先が『地獄』たぁ、なんとも不憫なもんだ。天龍は面白え奴らしいな」
叢雲「『忌名付き』よ」
( T)「いみょう?」
叢雲「元の鎮守府の司令官とソリが合わなくてね、キレた彼女は深海棲艦の『御首』を切り取って、執務机に叩きつけた。『打首の天龍』として知られている不良艦娘よ」
( T)「なんやそれかっこええ」
叢雲「アンタならそう言うと思った。その後、反逆罪として解体されたって聞いてたけど……まさか同僚になるとはね」
( T)「忌名付きは他にも?」
叢雲「私が知る中ではもう一人、『亡霊の青葉』がいるわ」
( T)「これまた物騒だな」
叢雲「出撃頻度の多い、もしくは鉄火場に出撃する艦隊の『青葉』といつの間にか入れ替わっては、殺戮の限りを尽くして消えていく神出鬼没の戦闘狂。掴み所の無さから付いた忌名が『亡霊』ってワケ」
( T)「そりゃ是非ともお迎えしてえ」
叢雲「アンタとは気が合いそうね……」
195 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:08:07.76 ID:6b3AGc030
叢雲「所で、本当に鎮守府の名前は『アレ』で行くの?」
( T)「『地獄の鎮守府』のままじゃあ、来る連中みんな怖がるだろうが」
叢雲「余計不安を煽るでしょうに」
( T)「それに、こう言うのはインパクトが大事だ。記憶に残りやすい」
今は、場末の弱小鎮守府としてコケにされ馬鹿にされ、『流島』として忌み嫌われるのだろう
だがいつか、そんな連中の目をひん剥くくらい強く成り上がってやる
その時、奴らの頭には俺らの恐ろしさと『この名前』が、嫌でも刻み付けられる
叢雲「ハァ……アンタがそう決めたなら、これ以上文句は言わないわ。ダサいけど」
( T)「言うとるやんけ」
叢雲は心底楽しそうに、拳を口元に添えてクスクスと笑う
叢雲「さって、気を引き締めないとね」
( T)「ああ」
そう言いつつも、お互いワクワクとニヤケが止まらない
敵は内にも外にも数多く、味方など皆無に等しい。それでも
『これから』を自らで選び勝ち取っていく高揚感は抑え切れなかった
196 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:09:07.23 ID:6b3AGc030
叢雲「いいこと?第一印象、しっかり決めなさいよ」
( T)「任せろ」
艤装を背負った三人の新入りは、ゆっくりと減速しながら港に寄せて整列する
書類の顔写真が正確なものであるならば、右から天龍、朧、霰
( T)「……」
タッパの小さな駆逐艦の朧と霰は、得体の知れない鎮守府と、覆面を被った『提督』に脅えと不安を隠しきれないと言った表情
対し、天龍とやらは人を小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑っている。こいつ後でシバこう
( T)「スゥー……」
さぁ、始めるか。先行き不透明な『提督業』の初仕事。不安も嘲笑も消しとばすほど、熱い挨拶でキメてやる
197 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:10:40.25 ID:6b3AGc030
( T)「俺がお前らに求めることは五つだ!!」
( T)「たらふく食い、しこたま休み!!倒れるまで鍛え、飽きるまで遊び!!」
( T)「深海のクソ共を皆殺しにする!!それ以上は望まねえ!!」
( T)「退屈など出来ると思うな!!無駄死になど以ての外だ!!ここに来た以上、最高に楽しい人生を覚悟してもらう!!」
( T)「深海棲艦も人類も凌駕した、『艦娘』という優れた種の力、思う存分発揮しろ!!」
さて、仕上げだ。歓迎しよう、盛大に!!
198 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:11:27.54 ID:6b3AGc030
( T)「『地獄の血みどろマッスル鎮守府』へようこそ!!!!」
俺と彼女たちで紡ぐ、『これから』の物語を!!!!!!
199 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:12:37.87 ID:6b3AGc030
叢雲「地獄の血みどろマッスル鎮守府」
終わり
200 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 13:19:07.34 ID:6b3AGc030
終わりです。お疲れさまでした。疲れたのは俺だよクソが
いつの間にかこのお話も書き始めて五年経ってました。お腹空きました
次のお話は一話のリメイクか鳳翔さんの話か瑞鶴の話になると思います
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 13:21:10.73 ID:Is72khfk0
乙
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 13:35:37.77 ID:NC0TvhZv0
乙です
設定とか良く練られてるねえ……好きな人はとことん好きそう
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 17:57:15.50 ID:oUjxDLM60
手に汗握る最高の序章だったぜ、1番好きな提督象だよ
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/16(日) 23:53:42.43 ID:QJ2yPm+W0
おつおつ
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/08/17(月) 22:14:28.58 ID:aurMQhsL0
乙
相変わらず最高に熱くて面白かった
206 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/17(月) 23:39:50.88 ID:e/nUdewzo
めがっさおもしろかった
過去作は上から読めばいいのかね?
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/10(木) 05:43:27.09 ID:0phpIbOC0
マジでおつかれ
今回も最高だった
マッ鎮が永遠に続くことを祈って
208 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/22(木) 03:59:47.78 ID:EBGGOrBb0
な…
209 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/22(木) 04:00:50.37 ID:EBGGOrBb0
なんだよすげえなコレ、映画化してえよ。
叢雲泣いたとこで俺もホロリときたよ。
叢雲ってチョイスがいいね。初期艦だし、たぶん他の誰にもこの役つとまらない。
首輪が外れる時の話もいつか読みたいですね。
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