他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
更新
検索
全部
最新50
叢雲「地獄の鎮守府」
Check
Tweet
60 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/15(土) 23:53:59.68 ID:zjOac4sB0
さて、俺の話に戻ろう。拘束された後、処分が決定するまで謹慎という扱いになった
自衛隊内でも俺の評価はあまり良くなくてな。結果として騒動を収めてはいたが、危ない橋を勝手に渡った事には変わりない
規律を重んじる組織なら尚更だ。個人的感情で暴走するような奴を何の罰もなしに野放しには出来ない
気に食わない上官共の面会ではこう問われたよ。『どう責任を取るつもりだ?』と
タダでさえ未知の生命体の対応に手間取っている中で、面倒を起こした俺に対する怒りも込められていた
『お好きにどうぞ』としか答えられなかったよ。勝手しでかしたのは間違いなく俺だし、迷惑を掛けたのには変わりないからな
自分では殊勝な気持ちからの返答だったが、言い方が悪かったのかエラい勢いで怒鳴られてぶん殴られた。いつもならやり返す所だが、腹はちっとも煮えくり返らなかった
あの時、どうすれば正解だったかなんて二十そこそこの若造にわかるはずもないし、目の前にいるお偉いさん方だって同じだ
それに、幾ら気に食わないと言っても彼らは俺を陥れたワケじゃ無い。あの時、空港にいた人々だって助かりたいだけだった
俺もそうだ。見知らぬガキが一人死んだ腹いせに行動を起こしたが、愉悦に浸れるほどクズじゃ無い。じゃあ『誰が悪かったか』
( T)「起因だけはハッキリしていた。何もかも、海から現れたあの『クソ共』が始まりだった」
( T)「そこに到達すると、頭を通さず脊髄で答えたよ。『深海棲艦を殺しに行かせてください』」
当時、アメリカが予算度外視でバカスカ弾薬と燃料使って抵抗してたのは周知の事実で、いずれ奴らの魔の手はこの国に届くことなど百も承知だった
なら、その一番槍を担わせて欲しいと頼んだ。天啓とも思えたね。俺がすべき事は群衆の誘導でも、被災地域の救助活動でもなく、混乱と恐怖を産み出した化け物をぶっ殺す事なのだと
『気でも触れたか』とでも言いたげな上官の表情を尻目に、答えに到達した俺は今までにない清々しい気持ちに満ち溢れた
自己犠牲や奉仕の感情からではない。ただ、あれをこの手で殺せたら――――
( T)「あれをこの手で殺せたら、どれだけ気持ちがいいだろうか。その欲求だけに支配された」
叢雲「……」
向かいの彼女が居心地悪く身動ぎをしたのを見て、自分の口角が上がっているのに気づいた
ああ、しまったな。こういう所が元カノに不気味がられて破局したんだった
( T)「気を悪くさせてすまん。最前線にいる艦娘に聞かせるような話じゃなかったな」
叢雲「いえ……そうね、少し……理解し難いかもしれないわ」
( T)「敵でも、殺すのは気が咎めるか?」
叢雲「どうでしょうね……『まとも』だった頃は、沈めたかどうかより、『あの人の役に立てた喜び』が優先されていた、かも……」
( T)「……今は?」
叢雲「さぁね……こればかりは、その時にならないとわからないわ……」
艦娘は、人類に対して友好的に造られた。そのマジックが解けた叢雲はこれから何を理由に戦えばいいのだろうか
戦わざるを得ない状況下で無ければ、例えどれだけの人々が後ろに居ようとも、助けを無視して目を背けるのだろうか
それとも、自身の存在証明の為に、何の支配も関係なく果敢に立ち向かうのだろうか
( T)「……そう、か」
俺の昔話は、その一助になるのだろうか
61 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/15(土) 23:56:31.27 ID:zjOac4sB0
( T)「処分は延期された。上官は何も告げなかったが、利用価値は残っていると判断したんだと思う」
( T)「程なくして、勅令が下った。俺たちが血を流す番が巡ってきた」
オーストラリア、ASEAN、中国。列強の艦隊は悉く敗北し、南アジアの制海権は損失。深海棲艦の大軍が日本本土への北上を開始した
政府はこれを硫黄島で迎え撃つと発表。『硫黄島作戦』、日本近海では初の大規模な戦闘だった
投入兵力は陸海空合わせて三千と九百十。総指揮官は『平賀 文平』っつーオッサンだった。俺は特例としてその補佐官の一人に選ばれてな。顔合わせした時は拍子抜けしたよ
目尻がふにゃりと垂れた、優しい表情のお父さんって感じの人で……そうだな、失礼に当たるが、部下にも舐められそうな雰囲気だった
( T)「だが度肝を抜かれたのはここからでな。彼は俺の差し出した手じゃなく股座を掴んでこう言ったんだ。『噂に違わぬデカいタマじゃないか。気に入った』」
叢雲「……」
( T)「ああうん、俺もそんな顔して『何言ってんだこいつ』って思った。キモかった。普通にセクハラだったしな」
叢雲「その……もしかして、アッチの気が?」
( T)「いや、ご家族はいらっしゃったよ。それを聞いて心底安心したね」
その他にも、部隊長として俺の友人が同席していた。『杉浦 六真』っつー同世代のエリートでな
まぁ、友人っつっても喧嘩相手みてーなもんでな。顔を合わせる度に罵倒合戦繰り広げては、場を盛り上げたのを覚えてる
奴の戦術は……割と非道だったが理に適っててな。座学の授業でも教官を論破するなんてしょっちゅうだった
いがみ合ってはいるものの、結局は似てたんだろうな。俺もあいつも上からは嫌われてた。仲間内だと『頭脳の杉浦、身体の小練』とよく囃し立てられたよ
それはそうと身体の小練ってなんかやらしい意味に捉われかねなくない?あ、どうでもいいですかすいません続けます
( T)「杉浦……『六真』から取って『ロマ』ってあだ名を付けたな。そいつの顔色はよろしくなかった。俺もそこまで馬鹿じゃねーから大方の事情は察せられた」
( T)「だが当の総指揮官殿はウキウキしながらこう告げたよ。『我々は餌だ。硫黄島で死ぬぞ』」
( T)「俺はご本人じゃなく、頭痛堪えるように眉間を抑えるロマにこう訊いた。『もしかしてこの人、おシャブか何か嗜まれてらっしゃる?』」
( T)「……」
叢雲「……」
( T)「素面……だったんだよ……」
叢雲「そ、そう……変t……なんでもない……」
62 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/15(土) 23:59:02.84 ID:zjOac4sB0
( T)「場所を会議室からクソお高そうな料亭に移してから、上層部より下された作戦の全容を聞いた」
( T)「簡単に説明すると、深海棲艦の群れを爆撃やらなんやらで硫黄島に誘導後、島内部隊による遅滞戦を行い」
( T)「連中が俺らという餌に気を取られ、島の周囲ないしは内部に侵攻したタイミングで長距離兵器のアウトレンジ攻撃を開始、殲滅するっつー作戦だった」
叢雲「それって……」
( T)「まーぁ、幾ら現代兵器の精度が高いっつっても、人間避けて深海棲艦だけぶっ殺すってのは無理があるからなぁ」
配布される予定の武器、車両、護衛艦。骨董品も同然の代物ばかりだった。あからさまに在庫処分って感じがしたな
唯一、MLRS……なんかいっぱいミサイル出る強いやつも一車両だけ渡されるっつー話だったが、それも深海棲艦に『硫黄島に有効打を与えられる脅威がある』と誤認させる為の餌の一つだった
当然、公表はされないだろうし、概要を知るのもその場にいる三人と、後はこの人を人と思わぬ作戦企てた上層部だけだ
大層なご馳走を前に、隣の友人の箸は全く進んでなかった。俺が奴の皿から鯛のお造り取っても何も言わなかった。美味しかった
叢雲「神経無いんじゃないの貴方」
( T)「あるもん」
上座の平賀さんも酒が進んで上機嫌でな。正直、自暴自棄になってんじゃねえかって思ったよ
だけど、彼の目だけは爛々としていた。『恐くは無いのですか?それともやっぱりおシャブキメてる?ダメ、絶対っていうポスター目にした事ない?ヤバ……麻取に電話しよ……』。俺は携帯を取り出した
叢雲「ふざけんのやめて」
( T)「真剣だったもん」
彼は不敵に笑ったよ。『こんな晴れ舞台を指揮出来るのが光栄で堪らない』とな
俺は察した。この人はむざむざ殺される気は一つも無く、あろう事か武勇伝にする気満々だってな
多分、俺と同じで何も弁えない人だったんだろう。ロマが家族の事を訊いても、『息子が胸を張れる父として死ねるなら本望』と答えた
第一印象が音を立てて崩れ去った。彼は、殉する事に抵抗のない、生まれながらの『武人』だった
上層部にとっちゃ、そのイカレ具合は都合が良かったんだろうな。人選にも納得がいった
呆れたように大きく溜息を吐いた友人を他所に、俺の心はより一層昂った。同時に、大きな期待も抱いた
( T)「このイカレポンチのオッサンは、クソみたいな作戦をどれほど面白い物に変えてくれるのだろうか、とな」
叢雲「……」
63 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/15(土) 23:59:42.20 ID:zjOac4sB0
喋り過ぎて口が渇いたので、少し温くなったお茶で潤した
叢雲も同調するようにお茶を啜り、こう切り出した
叢雲「艦娘も、似たような作戦に駆り出されると聞いたことがあるわ」
( T)「……」
叢雲「『捨て艦戦法』って言ってね。損傷が大きな艦娘を囮に、絨毯爆撃で諸共吹き飛ばすのよ」
( T)「……君もその作戦に?」
叢雲「いえ……無茶な進撃はあっても、そこまで非道な司令官じゃ……単純に、度胸が無かっただけかもね」
( T)「そんな作戦を敢行する奴を『度胸がある』たぁ呼ばねえよ」
叢雲「フフ、そうね……貴方は、恐くなかった?」
( T)「その時はな。結局は俺も、奴らの脅威を直接目にしてはいなかった。俺も、平賀さんも、根拠の無い自信に酔っていただけだった」
64 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:01:20.27 ID:6b3AGc030
この中で唯一、ロマは頭マシな方でな。望んで参加したんじゃなく『誰かが血を流す必要がある』と捉えていた
平賀さんはその真っ当さを高く買っていてな。参謀として力を貸してほしいと頼んだそうだ
で、わざわざ場所を移して会合を開いた理由の一つが、ロマと平賀さんが独断で改案した作戦内容の共有だった
『美味い飯と酒を楽しむついでだけどな。ああ、そうだ。この後ヌきに行くか?俺の奢りだ心配すんな』
( T)「セクハラで訴えようって思った」
叢雲「変に真面目ね……それで?」
( T)「そっからはちゃんと作戦の話に移ったよ。内容がヤバい事を除いては」
叢雲「その、ロマさんって方は……真っ当なのよね?」
( T)「ううん、全然真っ当じゃ無い」
叢雲「さっきと言ってる事違うじゃない……どんな作戦だったの?」
( T)「真正面からのどつき合い」
叢雲「ん……うん?え?」
( T)「だよな、そうなるよな、うんうん、わかるわかる」
叢雲「わかるように説明しなさいよ!!」
65 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:03:54.22 ID:6b3AGc030
それではお待ちかね、決行日の話に移ろう。そらぁもう忌々しいくらいに晴れた日の事だ
『死ぬには良い日だ』とでもセリフを吐けば格好つくようなシチュエーションだったが、ほぼ死出の旅路が決定してるその他の連中の表情は総じて優れてなくてな
硫黄島への輸送中も、身体の震えが止まらねえ奴もいたし、イラつきながらずっとブツブツ呟いてる奴もいた
かのレオニダス王が率いたスパルタの兵士のように、誰も彼もが戦死を誉れと捉えはしない。叶うのならば、『他の誰か』に任せてしまいたいだろうよ
この時点で俺は滅茶苦茶不安になってな。同調したとかそう言うのじゃない。『作戦が破綻するんじゃないか』とな
火力も装甲も乏しい俺らが唯一、奴らを上回れる点があるとするなら、それは『メンタル』だ。刺し違えても敵を殺す。強い意思無しに勝利は無い
この時ばかりは、指揮官殿も冷や汗を流してんじゃねえかと隣を窺った。あの人は弾薬を口に放り込んでいた
『美味しい?』と俺が訊くと、『女房の飯より美味い』と答えた。普段どんな残飯食わされてんだろうと思った
『他に欲しい奴はいるか?噛んでりゃ気が落ち着くぞ。それに、飴より長く楽しめて経済的だ!!』
ちらほらとだが、笑いが起こった。くだらない冗談だったが、気を紛らわせるには十分な効力を発揮した
この時から、彼の仕込みは始まっていた。それに気づくのは、もう少し後の話になるがな
( T)「硫黄島上陸後、真っ先に行ったのが兵装、人員の配置変換と偽装工作だった。本部からの指示変更と称してな。まぁ全部独断だったんだが」
( T)「幸いにも硫黄島には先の大戦で使用された設備が数多く遺されていた。要塞として使える摺鉢山や、地下設備なんかがな」
決戦の時は刻々と近づいた。流石の俺も腋から噴き出る汗が止まらんかったよ
この場にいる全員、作業の手こそ止めなかったが内心、いつ砲弾が飛んでくるかヒヤヒヤしてただようよ
普通に忙しいのにあの人は俺に『ちょっとこれ持って着いてきて』とか言って若干重い拡声器を持たせ、摺鉢山を登らされた
要塞として機能していたのもあって、火器は海上から死角となる位置に配備されていてな。担当員も何事かと首を傾げたよ
平賀さんはどこからか持ち出した矛の柄を杖替わりにしていたな。軍刀よりも武骨で、斬るっつーより叩き潰す事を目的に作られたようなイチモツだった
基地からのスピーカーでも良かったんじゃねえかとぼやいたが、彼はとにかくシチュエーションと、ドラマに拘った
山頂まで到着し、少し上がった息を整えながら俺にこう語り掛けた。『よく見てろ若造。人が戦士に変わる瞬間を』
拡声器を手に、大きく息を吸い込んで、腐った卵臭ぇ空気がビリビリと震えるほどの大声で『注目!!!!!!!!』と叫んだ
( T)「あの時の『檄』は一言一句ハッキリと覚えている」
66 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:04:44.01 ID:6b3AGc030
『────70年前、俺達の爺さん婆さんはこの島にいた!強大な敵を迎え撃ち、日本を守るために!』
『70年前、俺達の爺さん婆さんはこの地で戦い抜いた!自分たちの後ろに居る国民を、友を、家族を守るために!!』
『70年が経ち、時代は変わった!そして、敵も変わった!兵器も、戦術も、何もかもが変わった!!
『だが、俺達の任務は変わらない!!俺達もまた、強大な敵を倒すために、“日本”を守るためにここにいる!!!』
『難しいことは考えなくていい、要は我らが先輩方の真似をすればいいだけだ! !』
『再びこの地で、俺達は戦う!」
『再びこの地を、俺達は護る!! 』
『そして、70年前のようにもう一度─────』
( T)「『暁の水平線に、勝利を刻め!!』」
67 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:08:43.57 ID:6b3AGc030
驚愕で真っ白になった頭へと、上書きされるかのようにその言葉は刻み込まれ
身体の奥底から『熱』が湧き上がってくるのを感じた。その熱は、とても抑えきれるものではなくて
( T)「島が揺れる程の、大歓声が起こった」
叢雲「……」
( T)「五分にも満たない演説で、スイッチを切り替えたんだ。恐怖を戦意に変え、兵士の人心を握り、命を預けるに値する指揮官として顕現する為に」
叢雲「……恐ろしい人ね」
( T)「ああ恐い。だが、事情を知っている俺からして見れば、ただの捨て駒として送り込んだ連中よりよっぽど人間味があったよ……こんな言葉を知ってるか?」
『令、発せらるるの日、士卒の坐する者は、涕、襟を霑し、臥する者は、涕、頤に交わる。之を往く所無きに投ずれば、諸・劌の勇なり』
叢雲「いえ、知らないわね」
( T)「孫氏兵法、九地編。『令発せられた日、兵は涙を流す。それらを死地に投ずれば、歴戦の戦士となる。』もう少しわかりやすい解釈を加えて言い換えると、死を直面し、受け止め、覚悟を決めた兵はドチャクソ強いってこった」
( T)「平賀さんが俺みたく孫氏大好き人間かどうか知らんが、これに当てはまる条件は整ってた。彼は手始めに、最強の兵を作り上げたんだ」
叢雲「……でも、それで事足りるとは到底思えないわ」
( T)「勿論。これだけで兵力差を覆すのは至難の技だ。だが、強靭が故に抱く『脆弱性』ってのも存在する。それが何かわかるか?」
叢雲「……『慢心』?」
( T)「その通り。奴らが俺らと同じく『人間』であったなら、相手が少数であろうとも万全を期した。『窮鼠、猫を咬む』。これが身に染みて解っているからだ」
( T)「では深海棲艦は?産まれながらに他の生物を圧倒する力と身体を持った者は?敗北を知らぬまま勝ち進んだ部隊は?」
( T)「反省の機会がこれまで無かったってのは、俺らにとっての数少ない勝算だった。そう言った意味では、犠牲となった諸外国の命は無駄ではなかった」
68 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:10:10.57 ID:6b3AGc030
兵士のコンディションを最高潮に高めた後、彼は一部の火器担当を残して兵を地下施設へと一時退避させた
本部からの通信では、無人航空機や機動防空艦隊艦載機による誘導は順調に進んでいると報告があった。敵総数は凡そ五百ほどと付け加えて
『了解』。平賀さんはそれだけ返すと、『よしじゃあこれ(無線機)ぶっ壊していいぞ』と俺に伝えた。頭可笑し……元から可笑しかったけど、別に狂ったんじゃない。概ね予定通りの行動だ
誘導までは当初の作戦通り。ここからが改案した作戦へと移行した。先ずは本土からの命令をガン無視。当然、此方から情報共有も行わない
次にMLRSをぶっ放して連中の気を硫黄島へと向けさせる。これは硫黄島に大打撃を与えられる火力が十分にあると錯覚させる為でもあった
案の定、深海棲艦のアホどもはバカスカ砲撃を繰り出してきたよ。だが、俺らはこれを地下施設でジッと耐え忍んだ
やがて砲撃は止み、地上での待機部隊に連絡を取った。『被害は軽微。作戦継続に問題なし』。平賀さんは不敵に笑った。『喧嘩の作法を教えてやろう』ってな
( T)「ロクに損害の確認もせず、硫黄島を通り過ぎるタイミングを待った。奴らが背を向けた時を見計らい、配備されていたコブラを全機発進。背後から一撃ぶちかまして離脱」
( T)「不意を突かれた連中に休む間を与えず、隠蔽していた火器を立て続けにぶっ放す。打撃と、挑発を行った。するとどうなる?」
叢雲「怒る……でしょうね」
( T)「ハハハ、愉快な光景だったぜ。戦列を乱して急転回し、時折爆発を起こしながら、俺らを皆殺しにしようと向かってくる様はよ」
叢雲「愉快って……でも、かなりリスキーじゃない?」
( T)「そうだな。連中の頭がもう少し足りてりゃ、素通りするっつー選択肢もあっただろうよ。だが奴らは『慢心』して、それでいて『傲慢』だった」
( T)「一本食わされたのが、不愉快で堪らなかったんだろうさ。ちっぽけな島にいる群れたザコを皆殺しにしなけりゃ、気が済まなかったんだろうさ」
69 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:12:02.24 ID:6b3AGc030
不意を突いたとは言え、やはり物量差は圧倒的に向こうに分があった。ヘリは撃ち落とされ、護衛艦は炎を巻き上げて傾いていった
砲撃で島は揺れ、擂鉢山は少しずつ削り取られたが、平賀さんはギリギリまで待機を命じた
目に見える『恐怖』は、眼前まで近づいてきた。心臓は早鐘を打ったよ。作戦だけは、予定通りに進んでいた
ご存じではあるだろうが、深海棲艦は何も海上でしか活動できない存在ではない。目的が『征服』か『殺戮』かは知らんが、奴らは『上陸』が出来る
ただし、艦は艦だ。ヒト型を除けば殆どがアザラシ……いや、芋虫みてーなもんだ。『お足元』が悪ければ、歩みの速度は牛に劣る
叢雲「……固まりにくく、滑りやすい。火山砂の浜辺ね」
( T)「加えて、『重量』という足かせがあった。踏み込めば沈み、まともに進むことは困難だ」
上陸までは滑り込むように行えても、進軍は手間取る。頭に血が上った馬鹿どもは立ち止まることなく後続する
油の波紋が積み重なるように、奴らはドン詰まった。デカく、重く、鈍い。格好の獲物だ
連中はどの段階で『してやられた』と感じたんだろうなぁ。少なくとも俺の目には
( T)「号令と共に、時代遅れの『古強者』が火を噴いた瞬間でさえ、まだ俺らをザコ扱いしてるように見えた……ここまでが、ハッキリと覚えている硫黄島での記憶だ」
叢雲「え……?その後は?」
( T)「無我夢中でな。幾らイキってても、俺だってあの時が初陣だった。人間が吹っ飛ぶ様を見るのもな」
叢雲「っ……」
( T)「断片的に覚えているのは、隣を走る仲間が爆散して、血肉を浴びて地面を転げ回った事」
( T)「その時、武器を手放してしまって、眩む視界で地面を這いずり回り、手探りで探した事」
( T)「……」
叢雲「……他には?」
( T)「……掴んだ物が、小銃よりも長く重い代物だった。千切れた右腕が、柄を握り締めたままぶら下がっていてな」
叢雲は息を飲んだ。察したのなら、それ以上の詳細を語る必要もない
( T)「そこからまた記憶が飛んで……気がつくと、俺は浜辺で突っ立っていた。目の前には、ヒト型の深海棲艦が舌を垂らして死んでいた。腹に突き刺さった矛を抜こうと、両手で柄を握り締めた状態でな」
( T)「俺の姿を見つけて駆け寄ったであろうロマが、肩を掴んだ。見知った顔に安心して崩れ落ちた身体を咄嗟に支えてくれた」
( T)「『終わった』。その言葉の意味を理解するのに少し時間を食った。辺りを見渡すと、海岸線が赤と青の相対する色で染め上がっていた」
70 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:14:36.20 ID:6b3AGc030
『予想以上の大打撃』と、そいつは言ったよ。人を嘗めてかかり、冷静さを欠き、ノコノコと狩場に誘い込まれた深海棲艦を、頭がパァになってた間に尽くぶっ殺した
奴らは撤退を余儀なくされ、日本への侵攻は一先ず中断された。この戦果は大本営も認めざるを得なくてな。当初の遠距離攻撃は中止され、急ぎ迎えの船を寄越すと報告があったそうだ
切り替えたのかもな。捨て駒にする筈だった俺たちを『英雄』として祭り上げ、深海棲艦を退けた手柄を我物にする為に
命懸けの負け戦の筈だったが、人類は初めて深海棲艦に『勝利』した。それなりの代償を伴って
ズボンの腿が濡れているのに気がついた。ベルトに括り付けられた『右腕』から滴り落ちた血によるものだった
名誉を与えるに相応しい『将』の、身元が判明する唯一の忘れ形見だった
( T)「自衛隊側は陸自と海自で併せて2200名が死傷、他航空自衛隊がF-14Jを六機喪失。これでも当初の作戦よりも遥かに生き残った」
( T)「真正面からのどつき合い。一見無謀に聞こえるが、平賀さんは信じていた。人の持つ底力を。そしてその使い方を知っていた」
( T)「……惜しい、人だった」
叢雲「……」
本土に戻ると、世界中が人類の初勝利を挙って話題にした。良い意味でも悪い意味でもな
余計に神経を逆なでしたとか、和平から遠ざかったとか、頭に蛆でも湧いてんじゃねえかってコメントも多く寄せられた
俺は暫く病院で過ごしたよ。オツムこそ何かのショックで若干バグってたが、五体満足で戻れたのは幸運だった
持ち帰った遺体と矛は、ご遺族の元に届けられたと聞いた。残念でならないが、彼も家に帰ったんだ。息子が父の活躍を聞いて、胸を張れたかは知らないがな
そういや、両親が見舞いに来てくれたな。湿っぽい雰囲気は無く、ただ『よぉやったな』と労いの言葉を承った。実家近くで穫れたみかんは美味かった
退院後、暫くお暇を頂けたよ。参謀として参加したロマは本部に招集されて休む暇が無いと嘆いてたな
恋人にも会ったが、俺が忙しくしてる間に別の男を作っててな。何かと理由をつけてフラれちまった
散々な目に遭ったんで暫く実家でゴロゴロダラダラ過ごしてたら、新しい戦力が加わったとメディアが報じた。それがキミ達『艦娘』だった
( T)「『吹雪』、それと『大井』だっけか。人間ではない、自律する人型兵器。少女のナリをしながら、かつての軍艦と同等の火力を有する、『勝利の女神』」
( T)「目をひん剥いたね。まさか成人にも満たないような女の子が、あの悍しい連中を相手にする新しい戦力だなんてよ。お偉方の正気を疑った」
叢雲「でしょうね……」
( T)「正直に言うが、俺は余り快い気分じゃなかった。見た目もそうだし、何より俺らよりも安定、かつ確実に戦果を挙げていったのが」
叢雲「そうね……」
( T)「馬鹿馬鹿しくなったよ。硫黄島での戦いも、遠い過去のように感じられた。だから、上層部から艦娘の支援部隊への異動を命じられた時も、キッパリと断って退職届を叩きつけた」
叢雲「……」
( T)「ロマや……同じく、硫黄島を生き残った後輩は残った。義理に従ったのかもしれないし、ただ上が逃さなかったからかもしれない」
( T)「俺は晴れて御役御免となった。まぁ、元から問題抱えてた奴だったし、手放してもそこまで惜しくはなかったんだろう」
71 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:15:54.37 ID:6b3AGc030
( T)「平賀さんや戦死した仲間達に対する後ろめたさは勿論あった。でも、気持ちの糸は一度切れちまったらそう容易く元には戻らねえ」
( T)「幸いにも、無職故に時間が。そして特別手当と退職金で貯蓄に、それぞれ余裕があった。新しい人生を探す機会としてはこれ以上ない好条件だ」
( T)「それで旅行を兼ねて日本中を見て回ろうと思い立ったのさ。美味しいもん食ったり温泉とか入ったりしたかったしな」
叢雲「……新しい人生は、見つかった?」
( T)「くっ、ははは!!大層な事言っても結局は道楽旅行だったよ!!深海棲艦の活動鈍化と艦娘による戦力増強で、この国は余所よりも余裕が出来てたしな!!」
叢雲「お気楽なものね……フフッ」
( T)「ああ、気楽だった。日本近海の制海権を確固たるものにし、制限こそあるものの学園艦の運航も再開され、各地には『鎮守府』が設立されて……」
( T)「全てが、艦娘の登場で好転していった。若干の不満もあったが、それを上回る期待もあった。彼女達が、人様に代わってバケモノを皆殺しにしてくれんだろうとな」
叢雲「……」
( T)「心の余裕も手に入れて、中部、関東、東北とじっくり時間を掛けて各地を巡った……そんで、宮城県に到着した事までは覚えてる」
( T)「気が付けば医務室のベッドの上。顔は丸焦げにされ、可笑しなマスクを被らされ……探索の末に」
( T)「キミと出会った」
.
72 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:17:13.29 ID:6b3AGc030
叢雲「……そう」
( T)「ご清聴、ありがとうございました……なんてな。雑な語りで済まなかったな。どうにも、慣れて無くて」
叢雲「そうね……正直な感想としては、寝物語には向いてない話だわ」
( T)「だろうな……『めでたし』で終わるようなら、まだ救いもあったんだろうが」
叢雲「……辛くは無かった?」
( T)「多少はな。だが逃げ道は……その結果がこのザマなのかも知れないが」
叢雲「……気を悪くさせてしまうかも知れないけど、選ばれてしまうのも納得の人生ね」
( T)「ハハ、かもな……」
元より捨て駒。骨の髄まで貪り尽くすつもりで俺を攫った
これでまた一つ、仮説が立てられた。硫黄島で生き残った数少ない兵を使っている可能性だ
叢雲「協力を仰ぐ方法なら、他にも沢山あるでしょうにね……」
( T)「それだけ、非人道的だって事だろうよ……調査に戻ろうか」
叢雲「ねぇ」
( T)「ん?」
叢雲「……私、ヒトの話を聞くの、初めてだったの」
( T)「ああ……これを基準にされりゃ困るがね」
叢雲「とても有意義な時間だった。本当にありがとう」
そう言って穏やかに微笑む彼女に、少しの時間呆気に取られた
他人によっちゃ『狂ってる』とも非難されかねない話に、感謝されるとは思ってなかったからだ
( T)「……他に訊きたい話があるなら、時間が許す限り語ってやるよ。地元の事や、旅行先での出来事なんかをな」
叢雲「ええ、楽しみにしてる」
以前、俺はテメーの人生を『報われないし、儘ならない』と評したが、案外そうでもないのかもしれない
叢雲からその言葉を引き出せただけで、簡単に覆ってしまうのだから―――――
73 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:19:15.55 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
叢雲「あったわ。保有する艦娘を管理するアプリケーション。通称『Kancolle』」
( T)「『艦』と『コレクション』の略称か。趣味が良いとは言えねえな」
叢雲「同感ね」
PCの前に座る叢雲は、乱雑なアイコン欄の中から錨を模した物をダブルクリックする
なんでも、出撃履歴を検索するならこれが一番手っ取り早いらしい。ただし、初期化されてなければ、の話だが
叢雲「ふむ……」
( T)「……えらくこざっぱりとしてらっしゃるが」
叢雲「ダメ元だったけれど、やっぱり初期化はされてるわよね……」
( T)「このタブ欄はなんだ?」
ブラウザの左端には、『出撃』『編成』『遠征』『工廠』『入渠』『補給』とそれぞれのタブが並んでいる
叢雲「簡単に説明すると、出撃、遠征は文字通り作戦行動中の艦娘。編成は艦隊メンバーの入れ替えを行えて、工廠は艦娘の建造及び艤装の開発と資材管理。入渠は修理中の艦娘。補給は各艦の弾薬、燃料の残量のチェック。そんなとこ」
( T)「なるほど、管理ね……Officeよか操作はややこしく無さそうだ」
叢雲「ま、ここには私しかいないし、どの欄もほぼもぬけの空だけど」
カチカチと順番に押していくが、メインブラウザは空白を映すだけだ
叢雲もほぼ惰性で確認していたが、頬杖をつこうとした左腕が、机上でピタリと止まった
( T)「どうした?」
叢雲「……ちょっと待って」
通り過ぎた『編成』のタブをクリックする。待機中の欄に『叢雲』としか記載されていない筈だが、一つだけ異常が見つかった
彼女の名前のすぐ下に、『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』と化けた文字が続いている。コンピューターが引き起こす電子的な不気味さに、俺達は顔を見合わせた
74 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:20:25.78 ID:6b3AGc030
( T)「一人だったらこのままそっ閉じしてたレベルで怖い」
叢雲「単なるバグかもしれないけど、これは流石にね……」
( T)「所でブラクラって知ってる?」
叢雲「いえ、聞き覚えがないわね」
( T)「リンク押したらデスクトップいっぱいに怖い顔が大音量の悲鳴と共に映し出されて操作できなくなるタチの悪い悪戯」
叢雲「クリックしにくくなるようなこと教えてくれてどうもありがとう」
( T)「いいって気にすんな。これ、詳細開けんのか?」
叢雲「ええ、この通り」
叢雲は自身の名前をクリックすると、全身像と共に艤装の一覧や耐久値、ステータスと思わしき言葉と数値が並んだ
具体的でわかりやすくはあったが、どうもゲーム画面のように見えてならない
( T)「耐久、火力、装甲、雷装……細かく分けられてんだな。レベルまで記載されてるとは」
叢雲「改造……艦娘と艤装のシンクロ率の段階を上げる為に一定の経験値が必要なの。その目安ね」
( T)「なんだ?艤装の遅延とかあんのか?」
叢雲「まぁね、元は物言わぬ艦だし。ちょっと乱暴に例えるなら、イルカに足をつけて無理やり陸上に連れ出すようなものよ」
( T)「要は慣れ、と」
叢雲「そんなとこ」
彼女のレベルは13だが、高いのか低いのかわからん。ポケモンならまだ進化できない
叢雲「今のとこレベルの最大値は99だけれど、上限を解放させる特殊装備が開発されているって噂もあるわ」
( T)「……それ言って良い情報?」
叢雲「管理ソフトや艦娘の素性を堂々と覗き見してんのよ?今更じゃない?」
( T)「キミがええならええんやけど」
75 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:22:00.77 ID:6b3AGc030
叢雲「で、問題はこのバグね」
『叢雲』のステ画面を畳むと、マウスカーソルを『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』に合わせる
( T)「クリックは出来るみたいだな」
叢雲「そうね……これも罠……かしら?」
( T)「目瞑って耳塞いどくから怖い映像出たら強制終了して」
叢雲「ズルいわよ!!」
冗談はさて置き、危険性はあるが虎穴に入らずんばとも言う。文字化けをクリックしただけで『ゲームオーバー』になるとも考え辛い
やましい情報が残っているなら、PCそのものを引き取ってしまえば良いだけなのだから
( T)「……見るか」
叢雲「ええ」
意を決して、叢雲は『邵コ貅倥Ζ郢ァ?ソ』をクリックする。その瞬間、俺の身体から平衡感覚が失われ
( T)「おっと」
叢雲「ひゃっ!?」
机に手を着いて身体を支えた
叢雲「何!?」
( T)「いや、立ち眩みだ気にすんな。で、画面は?」
叢雲「驚かせないでよ……この通り、フリーズしたわ」
カーソルはピタリと止まり、クリックにも反応しない。PCからは『ガガガ』と嫌な音が鳴り、デスクトップは暗転した
叢雲は溜息と共に、『お手上げだ』と言いたげに背もたれに深く身体を預けた
叢雲「ハァ……やっぱり、ただのバグだったみたい。少しは期待したんだけど」
( T)「油断してたら怖い顔バァって出てくるかもしれんぞ」
叢雲「くどい」
( T)「古のインターネット界隈じゃ一種の通過儀礼だっt……おい見ろ。なんか可笑しいぞ」
76 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:23:33.38 ID:6b3AGc030
PCが独りでに再起動するが、OSは立ち上がる気配がない。代わりに、プログラムらしき文字列が上から下へと忙しなく流れていく
解読する暇も与えず、エンドロールを早送りで流すかのように文字列が途絶えると、画面中央に文章が―――
『髴?スス陝セ?。雎「邇冶・也クイ竏晢ス、?ゥ魄エ讎頑「?騾。?ェ豼カ?ヲ邵コ?ョ魄エ蜥イ莨千ケァ蛹サ?
騾墓コ倪穐郢ァ蠕?闖エ陜会スク邏具スソ譏エ竊醍クコ?ョ邵イ
陞滂スゥ魄エ髦ェ笆?郢ァ??鍋クコ蠕娯茜郢ァ阮吮?邵コ?ォ髴托スキ隲?莉」ツー邵コ莉」窶サ邵コ?ェ邵コ??シ貅キ?ソ??郢ァ蛹サ??讒ュ?
邵コ闌ィ?シ貅ス?ァ??シ貅ス?ァ竏?雋取?ー?エ豼カ?ヲ邵コ蠕?竏壺蔓郢ァ?笆イ邵コ?ィ鬯ッ?シ鬮「?邵コ?郢ァ謫セ?ス讒ュ?』
いや、やはり『文章』と呼べるような代物ではない。また、ゾッと背筋が凍り付くような文字化けの羅列だ。そうにしか見えない、見えない筈なのだが――――
叢雲「これって……」
(;T)「ああ、多分、『意味がある』」
ソフトも知識も無い俺達に、この文字化けを読み取ることはできないが、ただのバグにしては『整っている』。叢雲もそんな印象を抱いたようだ
間も無くして、再び画面は暗転。PCはファンの唸り声を潜めていく。叢雲が電源ボタンを押したが、反応は返ってこない
叢雲「え、嘘……壊れた?」
(;T)「マジ!?あっホントだなんかPS3並みに熱い!!肉焼けるレベル!!」
今のどこに過負荷が発生したのかわからないが、どうやらご臨終を迎えたらしい
まだ拾える情報が残っていたかもしれないだけに、口惜しさが込み上げてくる
77 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:24:23.54 ID:6b3AGc030
(;T)「クソ……結局何もわからず仕舞いじゃねえか」
叢雲「そうでも無いわよ」
(;T)そ「え!?わかんの!?」
叢雲「文字化けの意味じゃなくて、文字化けが『あった場所』よ。編成欄だったでしょ?」
(;T)「それが?」
叢雲「私と『もう一隻』。正体不明の何かが『待機中』と汲み取れるのよ」
(;T)「だがこの場に艦娘はキミしかいねえじゃねえか」
叢雲「正体不明の男も一緒にね」
(;T)「いや……いやいやいやいや」
叢雲「『観察実験』って仮説にも、説得力が増すんじゃない?」
(;T)「『俺』か!?」
.
78 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:25:32.61 ID:6b3AGc030
推測と仮説をつらつらと並べてきたが、ここまでトンデモな説は流石の俺でも口にはしないだろう
叢雲含む彼女たち艦娘は、既に実戦投入出来るまでに『完成』していて、その技術をわざわざ『人間』に置き換える意味は余りにも薄い
いや、だが、顔面の火傷が何かしらの人体改造による副作用だとするならば……
叢雲「……フフ、なんてね」
クルリと椅子を回し、悪戯っぽく笑って立ち上がる。どうやら、彼女流のタチの悪いジョークらしい
こちとら堪ったもんじゃない。ジョークとは言え一つの可能性を提示させられた側は、理由のない不安に苛まれなきゃならないのだから
(;T)「ち、違うんだよな?」
叢雲「ええ、勿論。もしそうなら、顔の火傷は綺麗に治る筈だもの」
そう言って叢雲は、以前掻きむしった自身の首筋を指差す。彼女の傷は一回の『入浴』で回復している
もしも俺が艦娘化したのなら、驚異的な回復力も受け継がれて然るべき。そう言いたいのだろう
叢雲「人間じゃ限界があるから、私たちは造られたのよ?その力を、また人間に移し替えるなんて無駄だし本末転倒じゃない?」
(;T)「まぁ、そうだが……因みに、可能なのか?」
叢雲「さぁ?でも、別の生き物の手足を移植するようなモノとは思うわね」
(;T)「艦娘だって、艦を人の姿にしてっていう結構無茶な過程だもんな……やっぱり無理があるか」
叢雲「フフ、もしそうだとしても、冗談じゃないわよね。散々私たちをこき使っておいて、上位互換まで求めているなんて」
弾んだ、明るい声だったが、内に潜む静かな怒気が感じられた。今の段階では『もしも』の話だが
叢雲「……ほんと、冗談じゃない」
現在進行形で『主力』として前線に立つ艦娘にとっては、不愉快なモノになるのだろう
何事も『アップグレード』はされていく。古い型は、いつしか忘れ去られてしまうのだから
79 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:26:42.87 ID:6b3AGc030
( T)「気持ちはわかるぜ」
叢雲「っ……違っ……わ、ないわよね……」
( T)「まぁな」
俺達の獅子奮迅の戦いだって、艦娘の登場で遥か昔の話になった。だが、一概に『悪い』とは言えない
救える命が増えて、敵の数が減って、世界は確かに平和へと一歩近づいた。それは歓迎すべき出来事なのだから
叢雲「……貴方は、どうやって割り切れたの?」
( T)「自然に」
叢雲「毒にも薬にもならないわね……」
( T)「こればかりは性分だな……不確定の物事に一喜一憂してたら身が持たねえぞ」
叢雲「……わかってるわよ、それくらい」
( T)「……」
どこか懐かしさを感じる、悔しさと悲しみが入り混じる表情をしていた
記憶を遡ると、一人の旧友が該当する。サッカー部で、新入生にレギュラーの座を奪われた時、こんな顔をしていたかもしれない
人が他人の出番や地位を奪うように、艦娘社会でも同じ事が行われているのではないのだろうか
( T)「……」
叢雲「……あー、やめやめ。脱線しちゃったわ。今は貴方の事情が最優先よね」
( T)「そうだな……他に手がかりはあるか?」
叢雲「……否定してなんだけど、確認だけしてみる?」
( T)「え?」
叢雲「貴方が艦娘の力を得ているかどうか」
( T)「え?」
( T)「え?」
.
80 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:28:06.85 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
(;T)「なんかいっぱい出てきたけど……」
叢雲「艦娘用のアイテム、あるだけかき集めてきたわ」
場所は移って艤装格納庫。台の上には数々の『アイテム』とやらが並ぶ
叢雲「手っ取り早いのはこれね。『高速修復剤』」
最初に手渡されたのはワンショットグラス大の緑色をした容器。蓋を開けると、なみなみと青く透明な液体が入っている
叢雲「艦娘のダメージは『入渠』することで治るけど、長時間掛かることがザラなの。それを短縮する薬のような物ね」
( T)「この前聞いた」
叢雲「あら、すっかり忘れているかと思ってた」
( T)「アホの自覚あるけど流石に腹立つ」
叢雲「長風呂を試す手もあるけど……十二時間以上、お風呂入っていられる?」
( T)「ウォンテッドかよ風呂好きだけど流石に拷問だわ。飲むのかこれ。飲めんのかこれ」
叢雲「飲用出来る入浴剤ね。よほど切羽詰まってない限り、お風呂に入れる子の方が多いかしら」
( T)「支離滅裂な発言してる自覚ある?」
バスロマン食うようなもんじゃん。なんで俺の胃の中でレッツバスロマンしなきゃならねえんだよ細川ふみえだって素っ裸で止めに入るレベルだぞ
81 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:29:26.32 ID:6b3AGc030
( T)「人間が飲んで平気なんか?」
叢雲「どこかの馬鹿が酔った勢いで飲み干して病院に運ばれたって噂は聞いたけど?」
( T)「ウェッヘヘィじゃあもうダメじゃんせめて入浴剤として使わせろーい!!!!!!」
救急車来るかもわからん場所で劇薬飲ませようとしてたのかよこいつ
実は俺ってこっそり嫌われているのかもしれない。ちょっと落ち込んだ
叢雲「顔に塗ってみる?」
(;T)「えー……でもさぁ、治るってわかってんなら俺が目覚める前に治さねえ?」
叢雲「解剖した蛙を一々治療したりなんかしないでしょ」
( T)「的確に最悪な例えするじゃんキミ」
経過観察も含めて実験の一環だったのだろうか。腑に落ちない事には変わりないが
( T)「じゃあ……塗るだけ塗ってみるか……」
叢雲「塗った個所から別の顔とか生えてこないかしら……」
( T)「なんで塗りにくくなるようなこと言うの?」
叢雲「さっきのお返しよ」
意地の悪い笑顔と共に舌を出すが、可愛いという感情よりも更にバケモノが加速するかもしれない恐怖が勝る
なんか異常とか感じたらすぐに拭き取ればいいか……それで間に合うかなぁ本当に
( T)「ちょ、持っといてこれ。マスク剥がす」
叢雲「はい」
( T)「結構派手に泣き叫ぶから心の準備が出来たら言ってくれ。多分見てる方もキツい」
叢雲「……やめとく?」
( T)「いややる。行くぞォッ!!」デッデッデデデデッ カーン
82 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:30:12.00 ID:6b3AGc030
( T)「せいって力いっぱい全部剥がす必要はないから少しペロン!!」
露出させるのは顎の下まで。少しなら問題ないだろうとタカを括ったが
(;T)そ「いんぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
少しだろうがなんだろうが、皮膚を剥がせばそりゃ痛い。意地張らずに叢雲の言う通りやめときゃ良かった
(;T)「あれ早く早く早く!!!!!!」
叢雲「は、はい!!塗って塗って!!」
(;T)「あっあっあっあっあああ!!!!!」
トロミのある液体を人差し指で掬い、皮膚に擦り付ける
(;T)「治ってる!?治ってる!?」
叢雲「えーと、えーと……変化なし!!そっちは!?」
(;T)「わからんもう戻す!!!!!!!!!!!!!!」
塗った感触すら、痛みと痒さでかき消されてしまう。マスクを戻し、目じりに浮かんだ涙をグッと堪えた
83 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:30:50.87 ID:6b3AGc030
(;T)「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……クソがぁ……」
叢雲「大丈夫?」
(;T)「ああ、ああ……効かねえってわかっただけでも儲けもんだ……」
叢雲「……一応、飲む?」
(;T)「いや……そうだな、味見だけ……」
指に残る液体をペロリと舐めてみたが
(;T)そ「あ゙っマッズ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!オウェッ!!!!!!!!!!!!!!」
人間が受け入れちゃいけない味に身もだえる結果になった
(;T)「クソまじぃ!!!!!こんなもん酔った勢いで飲めねえぞ!!!!!!」
叢雲「そ、そこまでマズいものじゃ……腐ってんのかしらね?」
(;T)「賞味期限あんの……?」
叢雲「開封後の速やかな使用は推奨されてるけども。入浴剤として使う?」
(;T)「あー……そうだな、一応……それが一番マシな方法だっただろ……」
どうしてこう難易度高い方から試させていくのだろうか
やっぱり俺が嫌いなのだろうか。今夜は枕を涙で濡らそう
84 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:31:30.95 ID:6b3AGc030
日は高いが、一足早いバスタイムとなった。これがオタク向けアニメならサービス回だな
( T)「ババンババンバンバン!!!!!!ババンババンバンバン!!!!!!!!」
( T)「いーーーーーーーーーーーーーーーいゆーーーーーーーーーだーーーーーーなーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
( T)「アハハァン」
<効果あった?
( T)「風呂場前で待機すんのやめてくんない?恥ずい」
立場が逆なら大問題だぞ
( T)「何も起きない」
<面白味が無いわね……
( T)「本音隠す努力しな??????????????」
だんだん化けの皮が剥がれていってるというか……
もしかしたら酸のプールでドロドロに溶かされる様を見て爆笑するタイプかもしれない
85 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:33:13.77 ID:6b3AGc030
( T)「ふぅーい、良き湯であった」
やはり顔面の火傷が治るといった変化もなく、普通に風呂に入っただけという結果に終わる
強いて言うならば若干油臭い湯だった。ヴィレバンにだってこんなニッチな香りの入浴剤置いてねーよ。置いてないよな?
叢雲「お風呂上がりにアイスはどう?」
( T)「おっ、いいねえ。たまにはちょっとした贅沢も必要だよな」
ガラスの器に収まる、チョンとミントが乗ったアイスクリーム。火照った身体には最高のご馳走だ
手渡されたスプーンで表面をスッと削り取り、一口
( T)「美味え!!どこのアイスこれ?ダッツより美味いんだけど」
叢雲「間宮」
( T)「へぇー、聞いたこと……」
あるじゃん。なんか間宮って艦娘いるって言ってたじゃん
( T)「……これ」
叢雲「艦娘の疲労を一気に取り除く特殊なアイスだけど、変化は?」
( T)「……無いけど、人間が口にした前例は?」
叢雲「噂じゃ栄養価が高過ぎて三日三晩トリップしっぱなしだったとか」
( T)「血も涙もないの??????」
叢雲「気遣いのつもりだったのだけれど」
( T)「物は言い様だな?ええ?」
キュウべえと同レベルの存在を初めて目の当たりにしたのであった
86 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:36:21.31 ID:6b3AGc030
その後も色々と試してみたものの
( T)「この火炎放射器何?」
叢雲「高速建造材。これであの箱を炙ると艦娘が直ぐに建造出来るわ」
( T)「原理?????え?????」
叢雲「人に使った前例は無い」
( T)「あるわけねーだろ世界が核の炎に包まれたけど人類は死滅していなかった世界線じゃねーんだしこっち向けんなオイやめろ」
特にこれといった成果は得られず
叢雲「艦娘には『艤装殻』という不可視の防御壁があるの。今から貴方にもそれが備わってるかテストしてみるわね」
( T)「どうやって?」
叢雲「ぶっ放す」
( T)「命に関わる検証はやめよう??????オイ艤s……艤装ってそうやって装着するんだ……かっけえ……」
ただただ時間を浪費していくだけであった
( T)「やだぁ……この妖精さんもかわいい……やだぁ……」
叢雲「応急修理要員、通称『ダメコン』。轟沈から一度限り救ってくれる貴重な妖精よ」
( T)「ほぉーん……で?」
叢雲「今から致命傷を与えるから、生き残れるか試しましょうか」
( T)「俺の命軽くね????????」
87 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:37:35.04 ID:6b3AGc030
叢雲「ハァー、楽しっ……徒労に終わったわね」
( T)「本音が出てんだよ誤魔化し切れるレベルじゃねえくらいによぉ」
最初から検証とかどうでもよくて、単に俺で遊びたかっただけじゃないかこいつ
叢雲「艦娘化……って発想が、そもそも飛躍しすぎてたのかしらね」
( T)「俺は最初からそう思ってたよ。バグについての説明は付かんがな」
叢雲「単純に艦娘と並び立つ改造兵士を作り出したかった……編成画面にバグがあったのは、管理システムを併用したかったから?」
( T)「提督も兼ねて、か?」
叢雲「……矛盾が生じるわね」
PCのバグだけを鑑みるならば、叢雲は自身の推理を受け入れられる。だが、指揮官として活動した痕跡がそれを許さない
叢雲「『提督』は艦娘の能力を引き出すために必要不可欠……だけど、戦場にまで着いて来てもらう必要は無いし、何より……」
( T)「邪魔」
叢雲「……ええ。将棋だって、王将を前に出すなんて真似はしないもの」
正しい。指揮官とは部隊の要であり、大局を見据えるべき存在だ。ノコノコ前線に出て良いモノではない
だが俺はそんな矛盾した存在を知っている。歴史の中で、物語の中で、現実で、強烈な羨望を植え付けた『漢』を知っている
( T)「……将か」
叢雲「何ですって?」
( T)「艦娘は人間に対して好意的に造られた。『忠誠心』とも言い換えられるよな?なら、デスクで偉そうに指示を出すだけの奴と」
( T)「共に戦場に並び立って戦う奴なら、どちらの方が士気が上がる?」
.
88 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:38:53.91 ID:6b3AGc030
叢雲「……今のままじゃ不十分だと?」
ゾワっと産毛が逆立つような怒気が叢雲から放たれる
主戦力としての自覚と誇りに障ったのだろう。血を流す側としては、侮辱とも取れる推測だ
( T)「『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』。勝ち目を増やす為なら猫の手だって使うもんだ」
叢雲「……いえ、やっぱり納得いかない。好意的なら尚更よ。自ら『的』になる艦娘が出てくるかもしれない」
( T)「『敵を殺す者は怒なり』。一人倒れれば部隊は尚奮う。愛しの提督様が死ねば余計にな」
叢雲「その後は!?自らの無力と不甲斐なさを嘆いて過ごせって言うの!?」
( T)「ああ。悔恨を抱く殺人マシーンに仕上がるだろうな」
叢雲「……馬鹿げてる」
( T)「俺もそう思うよ。けどな、割といい線言ってる推測かも知れねえんだよ」
叢雲「どうしてそう思えるのよ……」
( T)「ゲームオーバーの基準」
監視の目がなく、本意はともかく艦娘当人からの許可があり、わざわざ『アメニティ』まで用意してくれている環境下
『自分を律し続ける忍耐力』を試されている実験をされていると考えれば、自ずと望まれる『人格』が見えてくる
( T)「真面目潔白誠実で、勇猛果敢。型に嵌った『理想の提督』を作ろうとしているのなら?」
叢雲「っ……」
息を飲み、足が後ずさった。俺を見る目は、久方ぶりに『怯え』の色に染まっていた
目の前にいる『男』が、何もかも作られた存在なのかも知れない。そう感じたに違いない
89 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:39:35.05 ID:6b3AGc030
( T)「……いや」
( T)「俺そんな風に見える?」
叢雲「あ……あんまり……」
傷ついた
90 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:40:38.78 ID:6b3AGc030
叢雲「そう……そうよね、推測なんだもの。早計だったわ」
( T)「うん。謝れ?な?」
叢雲「癪だから絶対に謝らないけど」
( T)「ギスらせたいの?」
彼女の言う通り、結局は推測だ。答えとするには裏付けが足りない
幾らか思い付いただけでも収穫とする他ないだろう
( T)「ここまでにしておこうか。いらん事ばかり考えてもお互い不安が増すばかりだろうしな」
叢雲「そうね……お腹空いたし」
( T)「飯にすっかぁ」
えらく長い一日を過ごした気がして、少々の疲れを感じていた
叢雲の後に続き、執務室の出口へと向かって電灯のスイッチに手を伸ばす
( T)「……」
叢雲「今日の夕餉は何……どうしたの?忘れ物?」
主人不在の執務机に振り返り、ふと頭に浮かんだ新たな可能性に馳せらせる
もし、この実験が『理想の提督』を作り出すものとして、現段階が『人格』の観察。これをクリアすれば次は―――――
( T)「……いや、気のせいだ」
叢雲「そう?」
言葉と裏腹に、この日一番の『確信』を得ていた。この生活の『ゴール』とも言い換えられる
『連中』が俺らを迎えに来る時は、恐らく『一戦』を交えた後
( T)「行こうか」
叢雲「ええ」
もう一度、『奴ら』と対峙した後なのだろうと
91 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:42:09.55 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
( T)「ニャーニャーニャー!!!!!猫ちゃんニャーニャーニャーニャー!!!!!」
叢雲「……」
( T)「ニャー!!!!ウルォンフギャアゴロゴロゴロ!!!!!!!!」
叢雲「……」
( T)そ「ニャーnyうぉお居たのなら言えよ!!!!!!!」
叢雲「……お気の毒に」
( T)「言いわけさせて?引かないで?」
別に狂ったのではない。俺が目覚めて最初に目にした存在を探していただけだ
叢雲の待つ執務室へと導いた『猫』。ここへ来て暫く経つが、あれ以来一向に見当たらないのが気になったのだ
叢雲「そう……やっぱり頭」
( T)「おかしくない。常時まとも」
何故納得されないのだろうか?ちゃんとねこまんま持参なのに
92 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:43:08.47 ID:6b3AGc030
叢雲「でも、猫ねぇ……」
( T)「思い当たる節があるのか?」
叢雲「艦娘の間で伝わるスラングがあるのよ。艤装の不備が生じた時に、『猫が出た』ってね」
( T)「……なんで?」
叢雲「さぁ?理由も出所も知らないわ」
どうして猫なのだろうか?そりゃ、不吉の象徴としてなら『黒猫』なんかが挙げられるが、それならカラスでも追手内洋一でも良いだろうに
スラングなど得てしてそういうもんだと言い切ってしまえばそれまでだが
( T)「艦娘は猫ちゃん嫌いなんか?」
叢雲「私はそうでも無いわね。個人によりけりなんじゃない?」
( T)「ふーん……ちょっと呼んでみてくんね?」
叢雲「い……え?私が?」
( T)「艦娘が呼んだら出てくるアレかもしれんじゃん」
兎にも角にも、『関わり』があるのはわかった。あの日の猫も彼女がいる『執務室』に向かっているのだ
『ひょっとしたら』と思ったなら直ぐに行動に移す。それがこのホルホースの人生哲学
叢雲「で……出てきたところで、大した収穫もないんじゃない?」
( T)「猫は可愛い」
叢雲「貴方の事情と何も関係ないじゃない!!」
( T)「よくわからん男と二人きりの生活と、癒しがある生活。どっちがいい?」
叢雲「ぐ……た、確かに」
傷ついた
93 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:44:28.02 ID:6b3AGc030
叢雲「コホン……」
( T)「グフッ」
叢雲「何!?」
( T)「なんでもない。張り切ってどうぞ」
先走り笑い出た
叢雲「に……ニャー……」
( T)・'.。゜「ブブホゥwwwwwwwww」
叢雲「フンッ!!」
(;T)そ「あ痛ーーーーーーダァーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
耐えきれず噴き出してしまい、すかさずスネに割と痛い蹴りが放たれる。あ痛ーダが出た(オペラ)
叢雲「付き合って損したわ!!」
(;T)「怒んなって……ハァ、結局出てこねえな」
まぁ最初からこんな方法で出て来るとは思ってなかったが、面白かったから良しとしよう
叢雲「いもしない猫に縋り付くなんて、相当ヤキが回ったものね!!」
( T)「トトロいたもん。あ、そうだ。時間あるか?」
トトロで思い出したが、一つ良いものを見つけていた
叢雲「この通り、時間だけなら腐るほど」
( T)「映画観ねえ?」
叢雲「映画?」
94 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:45:50.66 ID:6b3AGc030
場所は移り、視聴覚室。とは言っても、プロジェクターとスクリーンがある以外は他の教室と変わりない
そこの戸棚を探ってみた所、映画のDVDが幾つか入っていたのを発見したのだ。所有者は几帳面な性格だったらしく、キッチリとジャンルごとに分けられている
( T)「どのホラー映画にする?十三日の金曜日系なら難易度ヌルいけど、エクソシストだと気軽に悪夢が見れる」
叢雲「怖いのはやめて」
( T)「お化け屋敷で過ごしてるようなもんなのに何言ってんだ。でもシャイニングはやめとこう今の環境だと不吉」
叢雲「詳しいのね」
( T)「趣味でな。何でも観るぜ〜?ムカデ人間観た時は新境地が開けたねありゃー新感覚の地獄」
叢雲「地獄って……その趣味、頭に『悪』ってつかない?」
( T)「ロマにも似たような事言われたよ。映画を観たことは?」
叢雲「テレビで流れているのを目にした事はあるけど、完走は無いわね」
( T)「地上波はなー……CMとかカットとかあるから好きになれん。なんだこりゃ、『地獄の血みどろマッスルビルダー』?」
叢雲「何その頭悪そうなタイトルの映画……」
( T)「わからん聞いたこと……いやでもこれ絶対神映画だろ……観てぇ……」
叢雲「それ流すなら私は出てくわ」
絶対面白いのに。観なくてもわかるけどこれ絶対面白いのに
95 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:51:21.64 ID:6b3AGc030
( T)「無難にディズニーにしとくか……トイストーリー……アラジン……いやここは美女と野獣だな」
DVDをセットし、リモコンの再生ボタンを押す。ディズニー映画じゃお馴染みの、シンデレラ城をバックにした企業ロゴが流れ出す
叢雲「……」
( T)「ここ好き」
叢雲「早くない?」
( T)「ワクワク感が増すんだよ」
物語と空想が好きで、王子様とのロマンチックな出逢いに憧れる少女、『ベル』が
父を探して呪われた城に辿り着き、『ビースト』と出会う。子供の頃から何回も見返したお馴染みのストーリーだ
叢雲「このガストンって男、女性にとっての悪手を尽く踏んで行くわね」
( T)「俺そいつ一番好き」
叢雲「やっぱり悪趣味ね」
( T)「そうかなぁ」
家で観る映画の醍醐味は、周りを気にせずお喋りが出来る事だろう
叢雲「……」
ストーリーも中盤に差し掛かり、彼女の口数も減った。二人だけの舞踏会のシーンになり、横顔を窺ってみると
目を大きく見開き、煌びやかな映像を網膜と記憶に刻み込むかのように夢中になっている
( T)「……」
誘った甲斐があるってもんだ。俺も、初めてこれを観た時は、こんな表情をしていたのだろうか
96 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:52:20.41 ID:6b3AGc030
『二人はいつまでも幸せに暮しました』と、お決まりのハッピーエンドで映画は終了し、叢雲は満足そうに溜息を吐いた
叢雲「……素敵な映画ね」
( T)「だろ?」
幸も不幸も、爽快感も鬱屈も、絢爛も凄惨も、スクリーン越しに楽しめる
小説や漫画とはまた違う、臨場感のある体験。彼女にもそれが伝わったようで何よりだ
叢雲「だけど、ラストは少し気に食わないかしら」
( T)「そりゃどうして?」
叢雲「野獣がイケメンの王子様に戻ったからよ。醜くても愛は成立すると伝えたいのなら、野獣のままでも良かったんじゃない?」
( T)「酷じゃん」
叢雲「短文で正論を返さないで」
正論ならええやろがい文句多いやっちゃな
( T)「ふむ……ビーストが王子に戻ったシーンだが、ベルが『彼』本人と認識するまで間があったよな?」
叢雲「ええ、それが?」
( T)「これは考察の一つなんだが、ベル本人も『ビーストのまま』が良かったんじゃないかって意見もある」
叢雲「えっ?」
( T)「だって実際目の前で解けていくのも目の当たりにしてんのにあの反応ってちょーっと違和感ねえか?」
叢雲「い……言われてみれば、そうかも」
( T)「するとどうだ?必ずしも『めでたし』で終わらねえだろ?歪曲した見方かもしれねえが、こういう楽しみ方もある」
叢雲「一見ハッピーエンドに見えても、深読みすればビターになるってワケね……奥が深いわ」
もしかして映画の歪んだ楽しみ方を植え付けてしまったかもしれない。特になんの裏も無い映画をじっくり考察しだしたらどうしよう
それはそれで面白いか。考察しがいのある映画だって沢山あるしな。そうだ、一つ良い例があったな
( T)「次は頭を使う映画なんてどうだ?『シャッター・アイランド』だ」
叢雲「良いわね。面白そう」
( T)「ご満足頂けると思うぜ」
これはあえて言わなかったんだが、シャッター・アイランドは下手なホラー映画よりクソ怖い
映画初心者の叢雲には気の毒ではあるが、映画オタクの洗礼とやらを味わってもらおう
97 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 00:53:26.76 ID:6b3AGc030
朝早起きして続き投下します
地獄の血みどろマッスルビルダーは実在する映画です
98 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:48:41.08 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
とっぷりと日が暮れて、叢雲も寝静まったであろうド深夜
俺も床に着いたのだが、どうしても気になってしまって再び視聴覚室を訪れていた
( T)「ハァ……ハァ……辛抱たまらん……」
( T)「地獄の血みどろマッスルビルダー……一体、どんな地獄が観れるっていうんだ……」
断じて変態じゃない。ただちょっと映画に対する探究心が強いだけだ
これを観ずして眠れるはずが無い。シチュエーションも最高だ。抑えられないクソ映画へのリビドー。誰が俺を止められるというのか
( T)「へへ……身体が震えてやがる……」
こんな最高の娯楽があるなら枕元にメモでも置いて欲しかった
内容によっちゃ俺を嵌めた連中を1.2倍殺しから等倍に下げてやっても良いだろう
( T)「スターt」
ウキウキ気分でいざ再生しようとした瞬間、視聴覚室の電灯がパッと光った
(;T)そ「うおっ」
叢雲「あら、失礼。取り込み中だったかしら?」
まぁ犯人など一人しかいない。寝巻き姿で壁にもたれ掛かり、ニヤニヤと笑う性悪女だ
叢雲「あらぬ誤解を招きたくなければ、深夜にコソコソしないことねぇ」
(;T)「いいだろ深夜に一人で映画観ても!!生きがいなんだよ!!どれだけお預け食らってたと思ってんだ!!」
叢雲「ハァ……熱くなる基準が人より幼稚というか……」
(;T)「なんならヤンジャンだって追えてねえんだぞ!!!!!!耐えれて二週間!!!!!!俺はキングダムを読みてえ!!!!!!東京喰種もテラフォーマーズもだ畜生!!!!!!顔面丸焦げより許せねえよ!!!!!!!」
叢雲「ごめん、わかったから。落ち着いて頂戴。怖いわ」
若干引き気味の表情で宥められ、つい熱くなった頭も冷める
娯楽を見つけたことによる我慢の臨界点が突破した影響だろう。自分で言うのもなんだけど下半身優先で生きてなくてよかった
99 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:51:55.68 ID:6b3AGc030
(;T)「ハァ……どうした?何か用か?」
叢雲「用ってほどじゃ……」
( T)「キレそう」
叢雲「悪かったってば。ちょっと眠れなくて」
( T)「そんな怖かったか?シャッター・アイランド」
叢雲「フフ、かもね……」
余裕ぶってるけど何回かビックリして身体を跳ねさせている。俺は笑いを堪えて肩を震わせていた
叢雲「眠くなるまで、お喋りでもと思ったのだけれど……医務室にいないから探すのに一苦労だったわ」
( T)「そいつぁどうも悪ぅございましたね……なんなら絵本でも読んでやろうか?」
叢雲「余計眠れない物を選びそうだから遠慮しとくわ」
クソッ、図書室にエドワード・ゴーリーの絵本が置いてあったから嫌がらせしてやろうと思ったのに
( T)「そんじゃ……向かうか」
叢雲「え?どこに?」
( T)「ここで寝る気なら枕と布団を持って来い。そうでないならある場所で寝な」
叢雲「私の部屋?で、でも、映画観るんじゃないの?」
( T)「いつでも観れらぁ。それとも、野郎を前に無防備に寝れねえってなら違う方法を考えるが」
叢雲「……じゃあ、お願いしようかしら」
半ば冗談のつもりの提案だったが、意外にも乗った
俺を信頼しての了承か、それとも男として不能とタカを括ってるかは知らんが、此方から申し出た以上応える他ない
映像機材の電源を落とし、視聴覚室の電灯を消す。灯りは互いに持参した懐中電灯の細長い光線だけになった
叢雲「朝晩は冷えてきたわね」
( T)「そうだな」
取り止めのない会話をしながら、軋む廊下を歩いていく
手の付けようのない問題さえなければ、今の生活は穏やかと言っても差し支えない
ずっと続けば……なんて願いはしないが、せめて叢雲が『首輪』から意識を背けられるのなら、それはそれで良い事なのだろう
100 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:53:13.76 ID:6b3AGc030
叢雲「適当に寛いで。何もない部屋だけど」
( T)「ほんまやな」
叢雲「デリカシー無いの?」
彼女の言う通り、必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋だった
勉強机の椅子を引き、デスクライトを着けて腰を下ろす。叢雲はベッドに上がり布団を胸元まで引き寄せた
叢雲「……結構、プレッシャーあるわね」
( T)「俺も側にマスク姿のマッチョいたら寝れねえよ」
叢雲「フフ、見慣れたと思っていたけど……儘ならないわよね」
( T)「全くだ。この新しい顔には、多少愛着が湧いてきたがな」
叢雲「そうなの?」
( T)「少なくとも、着けてる間は泣き叫ぶほどの火傷の痛みを感じねえからな」
叢雲「難儀なものね……ねぇ、貴方ってどんな顔だったの?」
( T)「顔と身体の特徴が一致しねえってよく言われてた」
叢雲「全っ然伝わらない」
( T)「そうだな……ちょっと描いてみるか」
絵心は無いが、割りとシンプルな素顔だったのでパッと描けるだろう
メモとペンを失敬し、手早く走らせる。うわ、上手……天才画伯か……?
101 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:54:21.86 ID:6b3AGc030
( T)「出来たぞ。ほれ」
『(´・_・`)』
叢雲「え、嘘、ホントに?」
( T)「嘘描くんなら若い頃のクリント・イーストウッドに寄せるわ」
叢雲「……クッ、ダメ、ごめんなさい……アハハハハハ!!こっ、こんな情けない素顔だったの!?アハ、アハハハハハ!!」
なんでこんな辱めを受けなきゃなんねえんだろうか
叢雲「はー、はー、いえ、いえ……素敵なお顔だこと」
( T)「今更取り繕ってもおせえんだよ色々よぉ」
叢雲「だって……顔と身体が一致して……クフフっ……」
よほどツボに入ったのだろうか、叢雲は枕に顔を埋めて笑いの余韻を押し留めている
こんな笑われるんだったらいっそコメディアンにでもなれば良かった。オジマンディアスに殺される奴じゃないぞ
102 :
◆L6OaR8HKlk
[saga]:2020/08/16(日) 09:55:33.27 ID:6b3AGc030
叢雲「フフ、フフフ……ハァー……こんなに笑ったの、初めてかも」
( T)「俺も顔面でこんなに笑われたのは初めてだ。涙が出そう」
叢雲「ホント、楽しい人ね。貴方って」
( T)「どーも」
叢雲「……ねぇ」
( T)「なんだ?」
枕を抱えたまま、うつ伏せの状態で顔だけを此方に向ける
その表情は、何かを決意したかのように真剣だった
叢雲「貴方にとって『ヒト』は、どういう存在?」
( T)「……」
彼女は『眠れない』と言っていたが、もしかすると本題はこの質問だったのかもしれない
俺との生活で、艦娘である彼女の『ヒト』に対する認識が揺らいでいるのではないだろうか
( T)「……そうだな」
慎重に、しかし嘘も誇張もなく答えなければならない
齢二十と余年。若輩者ではあるが、誰よりも劇的な人生を送ってきた
ヒトに裏切られ、ヒトに失望し、ヒトを信じ、ヒトに希望を見出した俺にしかない答えがある筈だ
( T)「……」
叢雲「……難しい質問だったかしら」
( T)「ああ……上手く、言葉には出来ねえ」
頭にはぼんやりとした考えが浮かんでいるが、それを纏められるほどの頭は備わってない
もしかすると、それ自体が『答え』なのかもしれない。『ヒト』など数えきれないほど存在し、それぞれに俺の関わりようのない人生があるのだから
これから先の人生でヒトに対する意見など簡単に覆るだろう。だから、『結論が出ない』が正解か
( T)「……」
だが、そんな答えじゃ俺も叢雲も納得はしない。もっと定義を狭めれば、上手く言語化出来るのではないか
考え抜いた末に辿り着いた先は、最も声に出しやすい感情だった
( T)「『喜び』」
叢雲「喜び……?」
103 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:56:30.53 ID:6b3AGc030
( T)「くだらねえ話になるかもしんねえがな、俺が好きな映画や漫画や音楽は……ヒトにしか生み出せねえ娯楽だ」
( T)「心躍る冒険譚や、血湧き肉躍る戦いや、背筋が凍る恐ろしさ、胸がときめくロマンスも……誰かが産み出してくれている。これから産み出す者もいる」
( T)「飯だってそうだ。多種多様の食材や調味料を使って複雑な『美味しい』を作り出せるのもまた人間にしか出来ない」
( T)「楽しい、嬉しい、面白い、美味しい……営みの中で生み出される『喜び』を他者に与えることが出来る存在……俺にとってはそれが『ヒト』の最重要項目だと思う」
どんなものにも表裏は存在する。ヒトの薄暗い面など挙げたらキリがないし、気分だって悪くなる
俺がこんな目にあっても、まだ『生きていたい』と思えるのも、『喜び』があってこそだ
叢雲「……幼稚だなんて、過ぎた言葉だったわね。ごめんなさい」
( T)「謝んな。大層な生き方してねえ自覚はある」
叢雲「そんな事無いわ。とても……とても納得出来る答えだった」
104 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:58:19.97 ID:6b3AGc030
叢雲「……私ね、出過ぎた真似をしてここに送られたの」
( T)「っ……」
思わず、背筋を正した。遂に彼女の口から自らの過去が語られる時が来たのだと
その様子を見て、叢雲は薄く目を細めた。眠気が襲ってきたのか、それとも微笑んだのかわからないほど曖昧に
叢雲「とある作戦でね、旗艦を務めた時に……『彼』の立てた作戦を放棄して独断で艦隊指揮を執ったの」
( T)「……しくじったのか?」
叢雲「いえ、大勝利だった。誰一人沈まず、何一つとして逃がさなかった、気分の良い勝利だったわ」
一瞬、聞き間違いか解釈を違えたかと思った。しかしすぐに腑に落ちる
良いこと尽くめで文句なし。俺が彼女の『提督』であったなら、諸手を挙げて喜ぶべき戦果だ
これで無駄死にを出したと言うのなら、叢雲に対する仕打ちにもある程度の『納得』が出来る
しかし『成功』した上でこの仕打ち。納得こそ出来ないが、『理解』は出来た。彼女は『出過ぎた真似』と言ったのだから
( T)「……彼の、癪に障ったと」
叢雲「ええ。普段の仕事はノロマの癖に、たった一回の命令違反で戦果を挙げた『初期艦』を更迭するのは早かったわね」
艦娘の定義は『兵器』、即ち『物』であり、人間様よりも劣る存在として認識されている
その『物』が、扱う『者』より優れていると直接突きつけられた事による憤慨
叢雲「泣き叫びながら謝ったし、助けも乞いた。それでも、彼は一度過ちを犯した『出来損ない』よりも、真新しい『私』を選んだ」
( T)「……他の艦娘は」
叢雲「いい『見せしめ』になったからね……思うことはあっても、口には出せなかったんじゃないかしら」
( T)「……」
言葉もない。怒りすら湧かなかった。余りにもくだらない理由だったからだ
人間の善性を信じるのならば、勝手な行動で戦果を挙げた艦娘をキチンと評価し、次の作戦へと活かす『提督』もいるのだろう
しかしご存じの通り、全ての人間がご立派な存在ではない。テレビを付けりゃ政治家が小学生みたいな野次を飛ばし
展望無しに子供を産み出した親が虐待や放任で死に到らせ、教師が未成年と売春を行い職を失う
割りを食う誰かがいるように、彼女もまた運が無かった。子が親を選べないように、艦娘も提督を選べやしないのだろう
105 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 09:59:19.21 ID:6b3AGc030
叢雲「『心境の変化』って言うのかしらね……ここに来てから、ずーっと頭の中でグルグルと渦巻いてた」
叢雲「最初は後悔と、帰りたいという願望。次に怒りとやるせなさ。次第に火が収まるように、諦念と……苦しみから解放されたいが故の自決願望」
叢雲「『何故あんな真似を』『どうして私が』『ヒトの為に戦ったのに』『あの人が喜んでくれると思ったのに』……『産まれてこなければ、艦娘になどならなければ、こんな想いをしなくてよかったのに』」
( T)「……」
叢雲「『生き物の身体』の不便さも思い知ったわ。首輪は煩わしくて、どうしても気になって、やめたいと思っても掻き毟るのをやめられなくて」
叢雲「お腹が空いて、その辺にある物を口にしてもすぐに吐き下す。眠れば幸せな夢と悪夢が交互に襲いかかる。何も考えないようにしようとしても、どうしても感情は昂って涙が溢れる」
叢雲「得体のしれない男が目覚めてしまったら、これ以上の苦しみを与えられるかもしれないという怯えもあった。今だから話すけれど、何度か殺そうと思い立った事もあるのよ?」
( T)「……どうして思い留まった?」
叢雲「怖くなったのよ。深海棲艦でもない、危害をまだ加えられていない無抵抗の『ヒト』を殺してしまうのが。『臆病風に吹かれた』っていうのかしらね」
( T)「そうか。次はしくじるなよ」
叢雲「……一味違う反応ね」
( T)「俺が逆の立場なら不安の種はとっとと取り除く。殺されたとしてもまぁ、致し方ねえよ」
叢雲「相手がこんな可愛い女の子でも?」
( T)「ッスゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
叢雲「アハハ、正直。可愛いとこあるじゃない」
( T)「誰だってガキなんざ殺したくねえよ」
叢雲「前言撤回。ヤな男」
( T)「クク、自覚してらぁ」
106 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:02:21.72 ID:6b3AGc030
彼女は寝返りを打ち、天井を見上げて欠伸を噛み殺す。そろそろ、夢が出迎える時間か
( T)「……まだ悪夢は見るか?」
叢雲「……少しね。でも、頻度はずっと減ったわ。貴方のお陰」
( T)「身に覚えがねえな?」
叢雲「フフ……初めて話した時、こう言ったわよね。『お喋りの相手が欲しいだけ』って」
( T)「ああ」
叢雲「馬鹿馬鹿しいと思ったわ。ヒトとそうで無いモノが、会話など交わして事態が好転するワケないって。いずれ軋轢が生じて、今よりもっと酷い状況になるだろうって」
叢雲「でもそうは成らなかった。一人でいた時よりも、頭を嫌な思い出で埋め尽くす事も無くなった。鎮守府の案内も、艦娘についての教えも、ご飯の作り方や、余暇を楽しむ趣味。勿論、貴方自身のお話も」
叢雲「煩わしいし、めんどくさい。でも、『楽しい』って、思えるようになった……」
今度は打ちけせないほど大きな欠伸をする。釣られて俺も、鼻から息を大きく吸い込み、小さく吐き出した
叢雲「皮肉よね。艦娘として戦っていた頃より、今の方がずっと充実しているだなんて……」
( T)「……これからもっと楽しくなるさ。どうだ、明日は釣りなんかしねえか?」
叢雲「それも……楽しそう……フフ」
微笑みで閉ざされた瞼は、穏やかな寝息を伴って彼女を眠りへと誘った
少し乱れた掛け布団を胸元まで引き上げてやり、極力音を立てぬように椅子を戻して灯りを落とした
( T)「……」
ふと、マスクの目元が温く滲んでいることに気付く。欠伸によって流れ出たにしては、随分と『量が多い』
どうにも、感傷的になり過ぎてしまったようだ。彼女はこんなにも『生きている』というのに
( T)「……」
ヒトにとっては取るに足らないような、ささやかな『幸福』に救われる程に、孤独と恐怖に追い込まれねばならなかったのか
107 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:03:15.80 ID:6b3AGc030
( T)「……」
俺は、これまで復讐をメインに考えていた。しかし、ここに来て根本的な問題にようやく気付いた。『これから』だ
いずれ訪れるであろう連中を皆殺しにして、共倒れになろうともそれはそれで良かった。だが、彼女はどうなる?
再びヒトの下で、ヒトの為に戦うのだろうか?ヒトに都合良いプログラムを組み込まれた艦娘達に、背中を預けられるのか?
以前、俺は彼女にこういった。『良かったじゃないか。ヒトがクソと気づき、従う義理などないと知って』
確かに今の、俺しかいない環境ではそれで構わなかった。だが、俺が消えた後は?拭いきれないヒトへの怒りとトラウマを抱えたまま、『元の生活』に戻れるのか?
そもそも、一度見放した艦娘を、奴らは再雇用するのか?叢雲は『新しい叢雲』に取って代わられた。艦娘をヒトと同じ扱いにしない奴らは、『処分』すら念頭に置いてるかもしれない
( T)「……」
最早、掛け替えのない小さな友人の存在は『知った事か』と吐き捨てられるようなものじゃなくなった
俺が居なくなる事で彼女の『これから』が再びどん底へと落とされると言うのなら、俺は自分の人生を考え直さねばならない
『報復は行う』『叢雲も救う』。『両方』やらなくちゃあならないってのが、『マッスル』のつらいとこだな。覚悟はいいか?俺は出来てる
( T)「……」
時間が経ち、冷たくなった目尻を親指で拭って部屋を出ようと踵を返す。女の子の部屋になんて長く居座るもんじゃない
「……て」
( T)「?」
寝言だろうか。肩越しにベッドを確認したが、彼女は此方に背中を向けており、寝顔は覗えない
そのまま部屋を出て、静かに扉を閉じた。映画を観る気は既に失せ、意識にぼやりとモヤがかかり始めている
( T)「……寝よ」
明日も忙しい。なんてったって、『お楽しみ』の準備をしなければならないのだから―――――
108 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:04:53.85 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
叢雲「よっ……と」
しなる竿の先から放たれた釣針は、やや遠く離れた水面に落ちる。彼女の釣果は先ず先ずといった所で、今夜は久々に冷凍物じゃない新鮮な魚を堪能できる
一方、俺の竿はアタリすら無くただ餌のついた針を定期的に投げ入れるだけのマシーンと化していた。なんでや。俺のこと嫌いか?
叢雲「楽しそうね」
( T)「うるせえ」
待つ時間も釣りの醍醐味と聞くが、手持ち無沙汰を楽しめるほど達観していない
スマホ依存症なもんでこの時間をソシャゲの周回とかに充てたい。パズドラをさせろ
叢雲「釣りはお得意じゃないのかしら?」
( T)「山育ちなもんでな。ガキの頃に数えるほどしかした事ねえ」
叢雲「道理で準備に手間取ったのね」
( T)「こう見えて趣味はインドア寄りでな」
叢雲「知ってる」
退屈ではあったが、日射しも柔んで穏やかに晴れる野外でのんびり過ごすのは悪くないものだ
持参した水筒から紙コップにアイスコーヒーを注ぎ、一つを叢雲に差し出す
叢雲「気が効くじゃない。ありがと」
( T)「ん」
冷たくキレのある苦味を味わいながら、視線をうんともすんとも言わない竿先から大海原へと移す
109 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:07:11.01 ID:6b3AGc030
( T)「……」
別に、あの日から海に恐れを抱いたとか、そういったセンチメンタルな感情はない
ただ、こうも波風『しか』立たないこの場所を眺めていると、本当に深海棲艦なんてモノと戦っている最中なのかと疑念を抱いてしまう
叢雲「……珍しく静かじゃない」
( T)「俺のこと落ち着きのない子供か何かだと思ってる?」
ちょっとらしくないこと考えたらすぐこれだよどこ行ってもそうだよそんなに俺は思案が似合わん人間か?????え?????
( T)「ちょっと、先の事をな」
叢雲「先?」
( T)「将来」
『キリ』とリールのギアがやや動き、何かを発そうとした彼女の唇に紙コップの縁が当てがわれる
俺らは『現在』を分析し、『過去』を共有した。残すところは『未来』の話だ。多少身構えもするのだろう
( T)「なぁ、この件が片付いたら、何がしたい?」
しかしそう堅苦しく、畏って話すような内容でもない。先ずは手の届きそうな範囲で良い
高い理想を一飛びで実現した人物など数える程しかいない。天才と呼ばれる者だろうと、その他大勢の凡人だろうと、段階を踏みながらその場所を目指すのに変わりはない
叢雲「……」
コーヒーで濡れた上唇をペロリと舐めた叢雲は、少し考えた後
叢雲「二郎系ラーメンっての?」
( T)「えっ?」
なんか思ってたんと違う、いや違わないんだけど、なんかこう……いやまぁそれでええわワッショイ
110 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:08:25.58 ID:6b3AGc030
叢雲「テレビで見たことがあってね。どんな物か一度食べてみたいの。貴方、食べた事は?」
(;T)「あー……うーん……なんて言うかな……重い」
叢雲「フフッ、でしょうね。とにかく、美味しい物を沢山食べたい」
( T)「いいじゃん。二郎は想定外だったけど」
叢雲「貴方は?」
( T)「漫画と映画」
叢雲「本当にインドアね。そう言えば、お酒は嗜まないの?」
( T)「生来の下戸でね。ビール一杯で吐く」
叢雲「ふぅん……」
( T)「艦娘って呑めるの?」
叢雲「身体能力と一緒で、アルコールの分解機能も一定の水準を満たしてるのよ。艦種に関わらずね。最も、好き嫌いは当然あるし、何事もやり過ぎは毒みたいだけど」
( T)「違いねえ。呑めねえ側からすりゃ手軽に買える毒だからな」
叢雲「『煙』よりかはマシって聞くけど?」
( T)「耳が痛えよ。体験してみたいか?」
叢雲「タバコを?それとも、お酒を?」
( T)「あー……」
失言だったかもしれない。どう見ても未成年に対する飲酒喫煙を勧める悪い大人じゃん
111 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:12:25.57 ID:6b3AGc030
叢雲「……フフ、バツが悪いって顔してる」
(;T)「悪気なくても毒なんか勧めちまった日にゃそうもならぁよ」
叢雲「ま、艦娘である以上はどっちもヒトと比べて悪影響は少ないらしいわよ」
( T)「そりゃ羨ましい」
酒クズやらヤニカスやらの艦娘もいるのだろうか。そんなもん目にした日にゃ悲しくて泣いちゃうかもしれない
( T)「……俺の地元は和歌山なんだが」
叢雲「ん?」
( T)「農業と同じく酒造も盛んでな。ちょっと山の方に出向いたら果実酒を多く扱ってる直売店なんかもあるんだ」
叢雲「へぇ……でも、お世話になっているようには見えないけど?」
( T)「ああ、個人的には行ったことねえよ。だがまぁ、行きてえって奴がいるなら話は別だ」
叢雲「そう……え?」
良い機会だし、もうここで切り出してしまおう。俺が寝る前にサクッと考えた『これから』の提案を
( T)「あと二郎系とは違うが、豚骨ベースの醤油ラーメンも有名でな。駅からちょっと離れた場所に良い店がある。期間限定だが、山奥で開いてる行列が出来る店なんかもある」
叢雲「ちょ、ちょっと待って。何が言いたいの?」
( T)「キミさえよけりゃ、暫く俺の実家に身を寄せねえか?」
叢雲「!?」
まるで、そりゃあもう……なんだっけ……ドラクエの石化の呪文……ペトリフィカス・トタルス?まぁなんでもいいやワッショイ
そのお手本みたいにピシャリと固まってしまったもんだから、笑いのポンプで押し上げられた空気に頬を膨らませてしまう
きっと前代未聞の提案なのだろう。彼女にとっては軍の保有物を自宅に持ち帰るようなもんなのだから
112 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:13:52.85 ID:6b3AGc030
( T)「なんもねえとこだけど、ここよか自由に行動出来る。休んで遊んで英気を養ってから、軍に戻るか戻らないかを決めたら良い」
( T)「働き口……いやまず学校か。多少骨が折れるだろうが、通えるように手配もしてやるよ。凄い頑張って」
叢雲「あ、あの……っ……」
琥珀の瞳が忙しなく反復し、行き着いた先は針の落ちた海
今度は緊張で乾いた唇を濡らす為に舌の先がチロリと出て、リールがゆっくりと巻かれていく
叢雲「……今更、理由を訊くのは野暮よね」
( T)「おー、わかってきたじゃねえか」
叢雲「その口振りだと、散々悩んだ結果ってワケじゃなさそう」
( T)「後先考えるのは苦手でね。今に全力を尽くす。それがこのホル・ホースの人生哲学」
叢雲「フフッ……何よそれ」
( T)「……」
寂しげに笑った彼女の顔を見て、答えを聞くよりも先に結論を知ってしまった
叢雲「……ごめんなさい」
( T)「……ま、突拍子もねえ話だからな」
無茶な提案など百も承知。ヒトの孤児よりも『彼女』を引き取る方が幾千幾万ほどの障害がある
それを抜きにしても、最も重要なのは彼女自身の気持ちだ。『NO』と言ったのならば、俺はまた別の方法でアプローチせねばならない
( T)「ハァー……あ?」
しかし、俺が考えていたよりも、もっと『シンプル』な理由で
叢雲「……」
この提案を蹴ったのだと、思い知らされることとなる
113 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:15:54.65 ID:6b3AGc030
( T)「……何故逃した?」
食卓に並ぶはずだった魚達は、蹴り倒されたバケツから大海原へと帰される
叢雲はリールを最後まで巻き終えると、その場に釣竿を置きっ放しにして答えもなく早足で歩き始めた
( T)「……」
花でも摘みに行ったのでは断じて無い。俺は久しぶりに、彼女が『首筋』に爪を立てているのを見てしまった
今の話に何かトラウマを刺激するような要素があったか?いや、違う。もっと、何か切羽詰まった……
(;T)そ「ッ!!!!!!!」
『そういう事』かよクソッタレ!!!!
(;T)「叢くっ……!?」
慌てて蹴飛ばした水筒が、カンラコンロと音を立てて転がる。落ち着け、今まで暢気に釣りしてたんだ。『猶予』はある
( T)「スー……フゥー……」
深呼吸をして口車を回す準備を整える。一度昂った鼓動を押さえつけられはしない。これは持っていく他ない
それに、考えようによっちゃこれは千載一遇の好機だ。待ちに待った答えが近づいているとも取れる
その為に、最後に差し向けられた試練を何としても払い除けねばならないのだ
( T)「……」
ここには頼りになる上官も、稀代の天才軍師も、命を賭して立ち向かう兵士もいない
棄てられた艦娘と、頭と肉体がバグった一般人がいるだけだ
何が出来るか、何をしてもらうか。足りないオツムでも考えなきゃならない
( T)「……」
俺は『魚』とは違うぞ叢雲。お前がどう思おうが、俺は俺の好きにやらせてもらう。これまでも、これからも
114 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:17:57.66 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
光の入りづらい格納庫は、やや肌寒く。重たい金属音が余計に助長させていた
( T)「お出かけかい?」
叢雲「……そんなとこ」
案の定、彼女は自身の『艤装』を身につけていた。頭の両端に浮かぶ謎のデバイスは、まるで兎の耳のようだった
表情こそ気丈ではあったが、マストを模したのであろう槍をギュウと握り締めた両手が不安を表している
( T)「行き先くらい教えて欲しいもんだぜ。晩飯はいるのか?」
叢雲「食べて帰るわ。お気遣いなく」
( T)「ハハッ」
叢雲「……」
わざとらしく乾いた笑いを漏らすと、彼女の唇はキュウと締め上がった
後ろめたさはあるらしい。少しイジメが過ぎたか。とっとと本題に入り太郎
( T)「……『連中』の襲撃は、決まっていたのか?」
叢雲「……連絡が届いたのは三日前」
( T)「そうか……」
『連絡』と来たか。そりゃ、実験体をそのままにしておくワケはねえわな。『レポート』は常に欲しがる筈だ
だとすると、少し前に行った艦娘用の『アイテム』の使用実験も指示されたもんと捉えるべきか
叢雲「な、なかなかの、名演技だったと思わない?ここまで何も悟られずにやってこれたのよ?」
( T)「軍に主演女優賞なんてもんがあるなら優秀賞ってところだな。ツメが甘い。何故、今になってボロを出した?何故、俺に何も伝えなかった?」
叢雲「……事が済んだら、私の部屋に向かって頂戴。引き出しに電話が入っているから、連絡を待って」
( T)「叢雲」
叢雲「出来るかぎり丁重に扱うように陳情して置いたから、下手な抵抗はしないで。少なくとも、苦痛を伴う実験や拷問は行わない筈だから」
( T)「叢雲」
叢雲「それじゃ、後はよろしく」
( T)「いい加減にしろテメェ」
115 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:19:13.15 ID:6b3AGc030
出口に向かって歩き出した叢雲を止めようと肩を掴んだ瞬間
(;T)そ「ッ!?」
片手で胸倉を掴まれ、真横に投げ飛ばされる
長い昏睡生活で体重が落ちたとは言え、一般男性よりも重い俺の身体はほんの少しだけ空を飛び、戸棚に衝突する
(;T)「ってぇ……」
叢雲「良いわ、答えたげる。今まで伝えなかったのは、説明と、貴方の介入が面倒だったから」
(;T)「っ……」
叢雲「こーんな可憐な女の子に、いとも簡単に投げ飛ばされるようなヒトなんて、居ても邪魔なだけよ。納得いかないだろうけど、聞き分けてくれない?」
(;T)「嫌だね」
この俺に向かって随分と舐めた真似をしてくれる。多少プライドは傷ついたし、なんか身体も痛いが
それで『はいそうですか』などと受け入れるほど弱ってはいないし、諦めも出来ない
(;T)「今のはちょっとダイナミックに足を滑らせただけだ」
叢雲「私がまだ『優しい』内に素直になった方が身の為だと思うけど?」
(;T)「イキがるなよ小娘。既にもういっぱいいっぱいって顔してんぜ?」
叢雲「っ……!!」
散々見てきた表情だった。死が確定した者の、薄暗い覚悟を決めた顔だ
(;T)「やるならやるでもう少し上手い方法もあっただろうよ。なんせ全く『臭わせ』も……」
いや、予兆は確かにあった。昨夜の会話こそ、異変として捉えるべきだった
そこで既に『答え』を出してしまったのだ。俺を巻き込まず、自らでケリを着けると
116 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:22:28.99 ID:6b3AGc030
(;T)「……とにかく、衝動的に動いちまったのはキミのミスだ。例え脚を捥がれようが目を抉られようが、納得するまでここを出すワケにはいかねえ」
叢雲「……」
(;T)「さぁ時間は限られてるぜ?俺を納得させたきゃ腹ぁ割って貰おうか」
振り返り、出口に向かって走るだけで簡単に俺は撒ける。だが、気持ちに関係なく
腹を据えた奴と対峙して、背中を見せられる者などそうはいない。足には根が生え、目は逸らせられない
嘘だろうと本音だろうと、言い訳だろうと説得だろうと、本気には本気で返さねば打ち負かされるからだ
叢雲「……もう、うんざりなのよ……!!」
よし『乗った』。彼女に残された最後の心の鍵が剥き出しになる
叢雲「まともじゃない環境で過ごす平穏な日常も、隠れてコソコソと裏でやり取りしながら、それを臭わせないように纏う仮面も、ヒトに裏切られた身でありながら、またヒトを信じそうになりそうな自分も!!」
叢雲「私以上の惨状を受けながら、それでも尚!!飄々と前を向いて理想を語り続けるアンタにも!!」
叢雲「何より一番イヤなのが!!この期に及んでまだ元の生活への未練を捨てきれない、甘えきった自分の性根に!!!!」
叫び声は、出口から差し込む光に照らされて浮かび上がる細かな埃と共に空気を震わせ反響する
紅潮した顔に、目尻には涙を。瞳には自身への怒りを灯している
( T)「……」
まだだ、ここじゃない。もう少し引き出せる筈だ。必殺の距離まで耐えろ
117 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:23:59.74 ID:6b3AGc030
叢雲「……アンタの言う通り、感極まって衝動的になったのは私のミスよ。だけど、今の今まで良い方法なんて思い浮かばなかった」
叢雲「逃げ隠れしようとも、立ち向かおうとも、深海棲艦は『ここ』まで到達する。アンタに施した『何か』の成果を確かめる為に、わざわざご丁重に誘導されてね」
( T)「……」
ここで亡くなったとされる奴らの末路まで、ご用意されたものだって事か
叢雲「もう一つ付け加えると、海上で私が『沈めば』、観察は終了と見做され連中は速やかに殺処分される。暫くすれば、迎えを寄越す筈よ」
叢雲「言い訳が出来るくらいの戦果は挙げてあげる。アンタの思い通りの人生には戻れないでしょうけど、それでも『生き延びる』事は出来る」
( T)「……」
叢雲「……」
叢雲は、今にも泣き出しそうな顔を無理に捻じ曲げて、歪な笑顔を作った
叢雲「満足、してるのよ?とて……とっ、てもっ!!楽しかった!!」
( T)「っ……」
叢雲「叶うのなら、軍を離れて、新しい人生も探してみたかった!!アンタのいた街で、美味しい物食べたり、新しい経験だってしたかった!!でも、だけど!!」
( T)「……」
叢雲「私……やっぱり腐っても艦娘みたい!!ようやく……よう、やく!!このヒトの為なら死んでも良いって、思っているもの!!」
( T)「……」
叢雲「だから……これは私の要望で、我が儘よ。何よりも、自分の為の行動なのよ。だから……」
118 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:24:31.47 ID:6b3AGc030
叢雲「最期くらい、格好つけさせて頂戴」
.
119 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:26:35.21 ID:6b3AGc030
( T)「断る」
.
120 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:28:12.71 ID:6b3AGc030
( T)「言いたい事は以上か?」
叢雲「なっ……何よその態度ッ……?」
思いも寄らぬ『意趣返し』。我が身の情けなさとか、なんかちょっと泣きそうとか色々あるけど、やっぱ一番最初に来たのは
( T)「見くびられたもんだな。ええ?」
苛つきだった
( T)「お前にとって俺はただの庇護すべき対象か?慣れねえ自分語りまでした結果がこれかよ。ガッカリだ」
叢雲「た……ただの……?」
( T)「俺の思い通りにいかない人生に成るのなら、生き延びたって何の意味もねえ。死んだ方がマシだ」
叢雲「っ……そん、なに!!死にたいの!?」
( T)「そんなワケねえだろ笑わせんなボケ」
叢雲「なら!!」
( T)「俺を巻きこめば勝てるんじゃねえのか?」
図星だったらしく、言葉に詰まる。勿論、根拠も無しにこんなセリフを吐きはしない
( T)「幾ら深海棲艦を誘導するっつっても、規模に限度はあるだろうよ。戦艦、空母を含む艦隊を本土に近づけさせるにはリスクが伴う」
( T)「まぁギリ負けるってくらいの戦力なんじゃねえか?駆逐艦娘が相手しても打撃を与えられるレベル……精々、軽巡が限界って所か」
叢雲「……それが勝てる理由になってるとでも?甘く見過ぎだわ」
( T)「いいや、ヒト型が絡んでなきゃ策と地の利で上回れる。まんまと『誘導』されるような連中に、そこまでのオツムが備わってるとは思えねえ」
叢雲「ハッ、海上で『地の利』とはお笑いよ!!何も!!アンタに!!出来ることはないの!!」
( T)「気づいてねえとは言わせねえぜお嬢さんよ。俺は、俺達は『陸上』で奴らをぶっ殺したんだ。お前らより遥かに早くな」
叢雲「ッ……!!」
丸めこまれている焦りからか、下唇を噛んだ。前提督のお粗末な作戦を上回る立ち回りをした彼女が、この策を想定していないなんて考え辛い
それを口にしなかったのは語るに及ばないだろう。だから、俺の口から直接伝える
121 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:29:49.43 ID:6b3AGc030
( T)「『此方』に向かっているのなら、本土が見えるギリギリの位置で迎え撃てば背後には回り込まれない。『陸地』という退路も確保が出来る」
叢雲「待って……ダメ……」
( T)「ある程度引っ掻き回して挑発を行い、陸上に揚げちまえば機動力はガクンと落ちる。非ヒト型には『脚』がねえからな」
叢雲「やめて……」
( T)「硫黄島でやった作戦をなぞるだけで良い。勝てる戦いだぜ?何故その方法を採用しない?」
叢雲「簡単に言わないでよ!!!!!!!!!」
耳をキンと劈く絶叫に、思わず仮面の下の爛れた顔を顰めてしまう
叢雲「私だって真っ先に思いついたわよ!!アンタとなら、もしかしたら勝てるかもって!!だけど!!でも!!」
叢雲「もしも『勝って』しまえば、人でなし共は絶対にアンタを逃がしはしないわ!!これからずっと、搾取され続けていくのよ!?」
叢雲「巻き込めるワケないじゃない!!顔を奪われ、軍に裏切られて!!それでも、こんな私を『友達』と呼んでくれた恩人を!!」
122 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:33:42.35 ID:6b3AGc030
『だろうな』と出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。気持ちはわかるし、少々不謹慎だが嬉しくもある
俺が彼女を案ずるように、彼女も俺を案じてくれていたのだ。あえて相違点を挙げるとするならば、『立場』による方法の差か
俺は寄り添う事を良しとしたが、艦娘故に『逃げ場』がない叢雲は突っぱねる事を選んでしまった
叢雲「艦娘として戦って、ヒトを守って死ねるなら!!私は『産まれてきて良かった』と悔いなく終わることが出来るの!!これは洗脳でも刷り込みでもない、『私』の本音!!」
叢雲「その想いすらも尊重してくれないの!?例えお互い生き残って、元の鎮守府に戻ったとしても!!沈むその時まで後悔引きずって生きろって言うの!?」
やれやれ、興奮で頭がパンパカパーンしてるようだな。パンパカパーンってなんだふざけてんのか?
ならゴキゲンな話で頭を冷やして貰おうか。俺の『口撃』がアレで尽きたと思ってんなら大間違いだ
( T)「俺には提督の素質があると言ったな?」
叢雲「!?」
一呼吸を置き、ニヤリと口角を上げて見せた
『誰よりも劇的な人生を送った自負があった』『俺の人生のクライマックスは、恐らくもう終わったのだろうと、タカを括っていた』
( T)「巻き込んで貰おうじゃねえか」
とんでもねえ。どうやら、俺の人生の脚本家は青天井がお好きなようだ。クソッタレが
123 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:34:57.06 ID:6b3AGc030
叢雲「……なん……どうして……?」
( T)「わからんか?」
叢雲「わかるわけないでしょ!!私は!!アンタを裏切り続けていたのよ!!そこまでされる義理は無い筈でしょ!!」
( T)「ああ勿論」
叢雲「は……?」
漫画なら頭に『?』でも浮かんでいそうな呆け顔に思わず噴き出してしまう
『失礼』と一言謝ったが、それも聞こえていないようだ
( T)「オメーの言う通り、義理も無けりゃ責任もねえ。だがそりゃ出会った時からそうだっただろうが」
叢雲「っ……」
( T)「俺がこの場から逃げなかったのも、お前と日々を過ごしたのも、全部俺が『したい』と思ったからそうしてるだけだ。まさかこの俺がお前の為を想って行動していたとでも?」
叢雲「……」
( T)「全部『俺』が優先なんだよ。例えそれが滅私奉公の行動に見えようが、俺は俺の為にしか生きない。他人に及ぶ影響なんざオマケで付いてくるもんだ」
叢雲「……」
( T)「こんな楽しい展開をみすみす逃すなんてあり得ねえ。お前の後味の悪さなんざ知るか。顔を焼かれようとも、国に裏切られようとも」
( T)「俺は『友達』と共に深海棲艦をぶっ殺してえだけだ」
叢雲「っ……!!!!」
あっヤバい泣かせた。まぁええわ続けよ
124 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:36:49.37 ID:6b3AGc030
( T)「死んで花実は咲かねえぜお嬢さん?これから新しい人生探して美味いもん食って、色んな経験するんだろ?艦娘がどうのこうのと宣う前に、テメーを第一に考えたらどうだ?ええ?」
叢雲「そっ……そん、なの……」
( T)「『出来る』。今この瞬間こそ最大のチャンスだ。俺を含む誰にも、お前が選んだ生き方を咎められる権利はねえ」
( T)「お前がしたい事の為に、『俺』を利用しろ。何だってする、何だって殺す、使い勝手の良い駒としてな」
叢雲「……そ、それが、アンタの意にそぐわぬ、行動だとしても?」
( T)「まぁ、俺もクソッタレのヒトだからな。後々前言を撤回するかもしれん。だが、今ん所……」
自分で言うのもなんだが、結構矛盾した発言なのかもしれない
だが、これ以上の言葉は見つかんねえし、上手いこと書き替える自信もねえ
( T)「お前の『したい事』を叶えてやるのも、俺が『したい事』の一つだからな。遠慮すんじゃねえよ」
まぁ、これ以上飾る必要もない言葉か
叢雲「っ……フフ、詭弁だわ……結局、私の為なんじゃない……」
( T)「は?自意識過剰乙」
オチャメな照れ隠しに叢雲は、両目をグシグシと拭い鼻を啜る
次に俺を見たときにはもう、赤く腫れてはいたものの『海上の戦士』の目をしていた
125 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:38:27.32 ID:6b3AGc030
叢雲「本気なのね?」
( T)「当然」
叢雲「もう引き返せないわよ」
( T)「本望」
叢雲「私の人生の為に、アンタを使い潰すわ」
( T)「上等だ……ハハ、ハハハハハ!!!!!」
笑わずにはいられない。『一皮剥けた瞬間』ってのを目の当たりにして、盛り上がらずにいられようか!!
( T)「さぁ門出だぜお嬢ちゃん!!責任や義務、『守らなければ他人が死ぬ』『勝たなければ国が亡びる』!!クソみてーな重たい柵から抜け出してぇ!!」
( T)「『楽しんだもん勝ち』の人生を始めようじゃねえか!!なぁ!!」
『自分探しの道楽旅』は終わりを迎えた。今ここに、俺は新たな指針を見つけ出した
艦娘と、『叢雲』と共に、『明るく楽しく深海棲艦を皆殺しにする』
他人の為でも、ましてや国家の為でもない、自分自身の為の戦争を始めようか
126 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:42:39.87 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
作戦会議だ作戦会議!!!!!!!!ウォーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!時間なーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!
叢雲「残念だけど、アンタの予想は的中ってワケじゃないわ」
( T)「え!!!!!!!????????」
叢雲「声デカ」
上層部から送られた敵情報は『重巡一、軽巡一、駆逐二』といったヒト型含む艦隊編成
幸いにも戦艦、空母といった高火力艦こそ居ないが、海上で駆逐艦娘一人が立ち向かうには少々どころじゃ無く桃色の荷が重い(あやや)
( T)「海上で皆殺しに出来る自信は?」
叢雲「いずれ身につくんじゃない?」
( T)「将来有望だなオイ」
お相手が虫の息ならそれもあり得るだろう。勿論、そこまでの戦果など期待しないし希望しない
兵力が十倍なら包囲を、五倍なら攻撃を、倍なら分断、等倍なら勇戦を
兵力に劣れば撤退し、勝ち目が皆無なら戦わない。則ち、『小敵の堅は大敵の擒也』
『数』という最もわかりやすい勝ちの要素は俺たちには無いものだ
しかし、こんな言葉があるのもまた事実。『兵は多きを益とするに非ず』
( T)「……この状況に置いて、俺らが優っている要素はなんだ?」
叢雲は視線を宙に浮かばせ指折り数える
叢雲「先ず地形でしょ。後は敵艦隊の情報。向こうは此方の戦力なんてわかりようもないしね」
( T)「それから?」
叢雲「疲労度と燃料、弾薬の残量……かしらね。追い立てられているのだから、多少のプレッシャーもあるんじゃないかしら」
深海棲艦はあれでも『生物』だ。遠海から遥々『ご足労』頂いている以上、疲れは多少なりともあるだろう
127 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:45:50.25 ID:6b3AGc030
叢雲「だからこそ目先の利益に囚われる。燃料と弾薬それに資材、ドック、工廠が生きている上に護衛の少ない拠点。連中最大の脅威国である日本の沿岸で拠点を構えれば、人類滅亡へのチャンスは格段に広がるわ」
( T)「つまり〜?」
叢雲「……施設を出来る限り傷付けず確保したい『欲』が産まれる」
( T)「その為に〜?」
叢雲「…………『罠』である事を臭わせない立ち回りをしなきゃならない」
( T)「頭賢い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
槍の柄底で脇腹をエイッッッッッッッ!!!!!!!ってやられてエンッッッッッッッッッ!!!!!ってなった
緊張感を和らげてやろうとちょっとふざけたらこれかよユーモアに理解がないんじゃねえかこいつ
叢雲「ムカつく」
(;T)「脇はやめろ敏感なんだ」※後に乳首が敏感になる
叢雲「早い話が私の役目は、鎮守府敷地内への誘導って事ね」
( T)「『始めはジョj処女の如く、後に脱兎の如し』」
叢雲「何?」
( T)「最初はジョj処女のように振る舞い油断を誘って、そこを脱兎のような勢いで攻め立てれば敵は防ぐ術を失くす。艦娘主演最優秀女優賞が欲しきゃ、今まで以上に『しおらしく』振る舞え」
叢雲「そうねぇ……でも、手玉に取りやすかった殿方とは違って今度はビッチだもの。そう上手く通用するかしらねぇ」
( T)「腹立つ」
128 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:55:28.48 ID:6b3AGc030
叢雲「肝心の攻撃方法はどうする気なの?」
( T)「いくつか考えはある。一つは魚雷を拝借したい。接触式信管だよな?」
叢雲「ええ。まさか投げつける気?」
( T)「適当な棒に括り付けて投げりゃ立派な投擲爆弾だ。活かさない手はない」
叢雲「発想が如何にもさr人間ね」
( T)「サルって言おうとするな」
叢雲「他には?」
( T)「その槍も貸してくれ」
叢雲「い、嫌よ!!飾りみたいなものでも立派な艤装の一つよ!?爆破なんてさせないわ!!」
( T)「いやそんな事せん……『飾り』?」
『艤装』ではある。だが、艦砲や魚雷発射管のように、明確な役割はない代物なのか?
( T)「……なぁ、それで深海棲艦をぶっ刺したことは?」
叢雲「あ、あるわけないじゃない……」
( T)「前例は?お前以外にもなんか刀とか槍とか持ってる艦娘はいただろ?」
叢雲「無くは……無いけど、下策中の下策よ?砲雷撃を掻い潜って接敵して近接戦で倒すなんて、余程の手練れか若しくはイっちゃってる艦娘くらいだろうし」
( T)「……だよな、だよな、だよな!!」
叢雲「な、何を盛り上がってるのよ気持ち悪い……」
本来なら『あり得ない』戦法であるならば、当然向こうもそう思っている筈だ。何故なら艦娘も深海棲艦も『軍艦』であり、その戦法に乗っ取った戦いを基礎とする
だからこそ『有効』であるのだ。だからこそ、『俺はヒト型深海棲艦をぶっ殺せた』。奴らには『原始的』な白兵戦闘は通用するのだから
129 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:56:42.08 ID:6b3AGc030
( T)「だったら尚更、そいつを借りなきゃなんねえ」
叢雲「正気?」
( T)「勿論イかれてる!!」
即答すると叢雲は陸に上がった魚のように口をパクつかせ、深いため息を吐いた
叢雲「あのねぇ……それなら私が使った方が何倍もマシだとは思わない?」
( T)「思わない。ハッキリと言うがその手の武具の扱いなら俺の方が上だ」
叢雲「……慢心で沈んだ艦は数多いのよ?」
なるほど、敗戦国の重みを感じさせる発言だ。だがこっちもただの蛮勇だけで生きてる男ではない
複数の相手、向こうから見て艦娘とヒトと戦闘を行う場合、どうしてもついて回る要素が浮き彫りになる
( T)「戦いは『正』を以て対し、『奇』を以て勝つ。簡単な策だぜお嬢ちゃん」
叢雲「……『艦娘』である私を囮に、奇襲をするってのね」
( T)「ハハァ、話が早い」
叢雲「とんでもないのと手を組んじゃったわ……」
『優先順位』。駆逐艦とは言え宿敵である『艦娘』か、艤装も無く棒きれ振り回してる『原始人』なら、脅威となる方を真っ先に排除すれば勝利は確定したようなものだ
それに、有効打を一つに纏めておく必要もない。猫の手があるのなら、存分に活用するべきだ。叢雲自身もそれに気づいてないワケでは断じて無かっただろうが、まだ遠慮が残っていたらしい
130 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:58:20.19 ID:6b3AGc030
叢雲「いいこと?必ず!!生きて!!返しなさい!!」
( T)「言われんでもそうすらぁ」
手渡された槍は見た目に反して
(;T)そ「いや重っも!!!!!!!!」
地上最強の筋肉を持つ俺でもちょっと引くくらい重かった
叢雲「『艤装』の一つよ?正直、持ち上げてるだけでも奇跡だわ」
(;T)「フン、俺をそこいらのザコと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
だがなんとも頼もしい重さでもあった。これなら、連中の装甲だって貫ける
叢雲「後は?」
( T)「そうだな……海上戦闘で少なくとも二隻は殺れ。重巡は揚げて構わん。アレが一番殺りやすい」
叢雲「人間様の言う事じゃないわね……」
( T)「『提督』ならどうだ?」
叢雲「フフ……もっとあり得ない!!」
叢雲は一歩、二歩離れると、クルリと振り返って踵を揃え
叢雲「特型駆逐艦五番館艦、『叢雲』。現時刻を以て……」
( T)「えっちょっと待って急じゃんこわい」
『敬礼』を行おうとしたのを、反射的に止めた
131 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 10:59:27.43 ID:6b3AGc030
叢雲「……何よ?」
( T)「いや俺のセリフ」
叢雲「形式上、こういう『儀式』をやんのよ。ただのヒトを『提督』と認めるためにね」
( T)「っあー……」
そりゃそうか。仮にとは言え提督だもんな。これをしちまえば明確な『上下関係』ってのが出来ちまう
だが向こうがどうあれ、俺はそれを好ましく思えない。軍人ってのに嫌気が差してたのに、元の木阿弥に戻るようでなんか嫌だ
( T)「堅苦しいのはやめとこうぜ」
叢雲「じゃあどうする気?」
( T)「……」
右手を広げて、掲げた。敬礼をするためじゃなく、もっとフランクに『認め合う』ために
叢雲も察して、また呆れたように微笑を漏らすと、同じように右手を掲げる。そして
『パァン!!』
と、互いの中間でそれを叩き合わせた
( T)「これで充分だろ」
叢雲「そうね。悪くないわ」
何かが劇的に変わった実感はない。ただ、共有された掌の痛みと景気の良い音は実に心地良い
( T)「やってやろうぜ、『相棒』」
叢雲「ええ、『司令官』」
『司令官』。妙にこそばゆい言葉だったし、叢雲自身も真の意味を込めて言ったわけでは無いだろう
誰が安全圏で指揮だけを執るお偉い人物になってやるものか。俺は俺のしたいように、文字通り――――
艦娘と共に戦ってやる
.
132 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:01:14.46 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
執務室の窓からは海が望める
( T)「……」
双眼鏡を覗いて、ようやく豆粒ほどのサイズになった叢雲の姿を目にする
『首輪』が爆破しないギリギリの圏内は鎮守府から凡そ『五キロ』ほどらしい。範囲クッソ狭い舐めてんのか
( T)「フゥー……」
なんせ艦砲の射程距離はその二倍は優に越す。もしも『拠点の破壊』が目的なら、矛先は目の前の小娘ではなく此方へと向かうだろう
だが俺も叢雲もその可能性は低いと睨んだ。情報通りの艦隊ならば『偵察』、もしくは『輸送任務』が主となる
建物を効率よくぶっ壊すなら、艦爆を積んだ空母が居て然るべきだ
( T)「そろそろか?」
《ええ、互いの電探に引っかかってるでしょうね》
無線からは叢雲の張り詰めた声が返ってくる
( T)「いいか、連中に『ストーリー』を連想させるんだ。放棄された場所をたった一人で守る哀れな艦娘を演じきれ」
《簡単に言ってくれるわね……》
( T)「出来ないの?ザッコ」
《アンタ帰ったら覚えてなさいよ》
煽りにもキツイ返しが出来る辺り、緊張はあっても恐怖は薄い。良い状態だ
133 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:02:55.28 ID:6b3AGc030
( T)「海上戦については俺から言う事は『怪我すんな』くらいだ。後は全部任せる」
《呆れ返るほど放任主義の司令官様だこと》
( T)「信頼の証と捉えて貰いたいね」
俺は海の上を奔れないし、小型化された艦砲や魚雷をぶっ放した事もない
戦略にも明るいとは言えないし、兵法も軽く齧った程度だ。他に出来ることがあるとするならば――――
( T)「が……」
《蛾?》
激励の言葉を贈ろうとして、思い留まった。気負いするなと言う方が無茶だが、もっと俺らしい言葉がある
( T)「『楽しんでこい』」
《は?》
間違ったかもしれない
134 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:04:13.51 ID:6b3AGc030
《アンタ緊張で頭可笑しくなったんじゃない?》
( T)「可笑しくない。常時まとも」
《ここ数時間が一番イカレてるんだけれど?》
( T)「スゴイシツレイ」
《フフッ、けど、そうね》
遠くで、叢雲の砲が咆哮を上げた。仕掛けたな
《少しはアンタを倣ってみるのも、面白いかもね》
( T)「ツンデレか?」
《うるさい。それじゃ、また後で》
( T)「ああ、武運を祈る」
通信は途切れ、また咆哮がガラスを僅かに揺らす。俺も配置に着かねばならない
( T)「……」
ふと、備え付けの鏡に映る『自分の顔』が目に入った
可笑しなもんだ。この数週間で顔も環境も、艦娘や国への認識もガラリと変わったと言うのに
( T)「ハハ……ハハハ!!アハハハハハ!!!!!」
『俺』という本質は何一つ変わんねえとはな
さぁ勝負だ深海何某。イカレを敵に回して、生きて帰れると思うな
135 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:05:51.38 ID:6b3AGc030
―――――
―――
―
砲火の音と、立ち上がる水柱は徐々に距離を詰め始める
( T)「……」
通信を行わない理由は、『その場に誰一人として居ない』と思わせる為
奴らにとってヒトなどゴキブリに過ぎなくても、居るか居ないかで警戒の度合いは変わる
出来る限り姿を見せず、存在を臭わせず、ジッと息を殺す。相棒が身体を張っている最中、心苦しくはあるが
『待機』も立派な戦術の一つだ。焦らずとも、俺の番は直に回ってくる
( T)「……」
爆発音が背にした建物を身震いさせる。燃料と火薬、そして死体を焼いたような臭いが海風に乗ってここまで届く
幸いにも、流れ弾はまだ此方まで飛んできていない。単に『上手い』のか、それとも戦略的価値を貶めたくないのかは知る由もないが
(;T)そ「うおっ!?」
とか思ってたら爆音と共に地面が大きく揺れ、飛来した礫が窓ガラスを障子のように容易く破る
どうやら湾口の端っこに着弾したらしい。コンクリートが深く抉れ、ちょっとしたクレーターが出来ている
奴らと違って、俺らはこの場所に執着はしないし幾ら壊れても構わないものの、実際こう砲弾が届くとビックリしちゃうよね。わかるよその気持ち痛いほど(倒置法)
136 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:11:12.01 ID:6b3AGc030
(;T)「……」
海上に目をやると、立ち上る黒煙が二つ。一つは何かわからないが、もう一つは、今まさに傾き沈んでいく『軽巡級』の深海棲艦の姿
五隻相手にして軽巡含む二隻を既にブッ沈めてる。この時点で既に大武勲と言っても差し支えない。しかし――――
(;T)「っ……」
損害を被っていないなど都合の良い展開はなく、現状彼女は既に『逃げ』に徹している
速度こそ落ちてない為『機関部』への損傷は無いようだが、反撃してねえって事はそっち方面の艤装はダメになってる可能性はある
(;T)「ッ!!」
二つ、三つと衝撃が響き、湾口が再び弾け飛ぶ。やべえな読みを誤ったか?
いや、この程度なら『試し行動』とも取れる。まだ作戦は有効だ。焦るな
(;T)「……?」
すると、これまで断続的に続いていた砲撃が止んだ。双眼鏡で確認を行うと、奴らは速度を落として航行している
残りはヒト型重巡一隻と、駆逐艦が二隻。レンズ越しにそのご尊顔を眺められるほど『近く』にまで迫っている
バケモン丸出しの駆逐はともかく、ヒト型深海棲艦もツラだけはご立派なもんだ。あんなもん抱くくらいならゴリラと一晩過ごす方を選ぶが
(;T)「ん……?」
その隊列に妙な違和感を覚えた。一隻の駆逐艦を後ろに、重巡ともう一隻の駆逐艦が『庇う』ように並んでいる
そういう陣形と言われれば反論出来ないが、わざわざ重巡を前にしてまで何の変哲もない駆逐艦を守る意味はあるか?
(;T)「……」
例えば、腹にわんさか『爆弾』を抱えているって可能性もある。だがそいつを積んでようが無かろうが、奴らは討伐対象だ
そいつさえ倒しちまえば後は爆発の巻き込みでその他も瓦解するような作戦を、幾ら脳足りんのカス共でも採用するか?
いや、だが『何かある』のは確かだ。叢雲もあえてそいつを狙わなかったのかも知れない
( T)「……」
しかし考えようによっちゃ大きなチャンスだ。敵の狙いがどうあれ、奴らには『保護対象』がいる
地獄に仏って奴だ。完全勝利への青写真が見えてきた
137 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:13:27.85 ID:6b3AGc030
水飛沫とエンジン音を響かせて、叢雲は数が減った妨害を掻い潜り戻ってくる
身体に目立つ傷こそ無いが、衣服が不自然に破けて素肌が見えている
前に教えて貰ったが、『耐久値』の度合いを示しているらしい。それがなんで服が破ける事になるんやもっとなんかあったやろセクハラやぞ
( T)「さて……」
此方の得物は背中に括り付けた爆雷槍三本。そして借り物の艦娘の『槍』
緊張感が、シャツをジワリと濡らす冷たい汗と共に滲み出てくる
それすらも、俺の心を高く高く弾ませて、抑えるのに難儀した
叢雲「ハァッ、ハァッ!!」
叢雲は荒く息を吐きながら海上から崩れた湾口へと駆け上がり、そのまま脇目も振らず内部へと走る
チラリと此方に送られた目線に、健闘を称えるサムズアップを返すと、汗だくの顔に不敵な笑みを浮かべて次の配置へと向かった
( T)「……」
さぁ乗ってこいクソ共。デカい餌と、舐めた真似した憎き敵はここにいる
そのまま振り返ってはいサヨナラなんて味気ねえ真似なんてしねえだろう?お前らの気持ちは俺には良く解る
『共存』がお望みなら武器なんて積まなくても良い。『生存』が目的なら戦争など起こさなくても良い
『殺して』『奪う』事こそ、お前らに与えられた使命であり喜びなんだろう
( T)「……」
俺も同じだ。今でも硫黄島での出来事を深く悔やんでいる。『何故覚えていなかった』とな
今度はしくじらねえ。この頭と身体にキッチリと、テメーらがくたばる瞬間と感触を刻み込む
138 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:14:32.09 ID:6b3AGc030
( T)「ッ!!」
葛藤は終わった。狙い通り、奴らは重巡を先頭に此方へと向かってくる
砲撃は今の所してこない。限りある弾薬を無意味に撃ってこない辺り、やはりヒト型はある程度の知能はあるみたいだ
( T)「……」
ジリジリと、距離は詰まってくる。何とも焦ったい時間が過ぎていく
鼓動は高まっていく一方だが、存在を悟られないよう呼吸は抑えた
『ガラ、ガラ』と、湾口の瓦礫が崩れる音。加えて、ズリズリと重く引き摺る擦り音
それに足音も加えて計三つ。まんまと連中は『狩場』へと上陸した
(;T)「……」
だが、まだだ。深く深くまで誘い込み、『脱兎の勢い』で片をつける
今はまだ『処女』を気取れ。生半可な攻撃では、盤面が一気に引っくり返る。それだけの力が向こうには備わっている
139 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:19:04.71 ID:6b3AGc030
奴らの位置は俺から見て二時の方向。工廠に目を取られている
工廠の隣には旧校舎である『鎮守府』。その隣は比較的新しい建物である艦娘の寮棟。俺はそこに身を潜めている
奴らの並びは変わらず、右手に駆逐級、左手に重巡、その後ろに警護対象の駆逐級が続く
やはり非ヒト型の動きは愚鈍で、陸に揚がったアザラシのように腹を擦りながら移動をしている
側面から不意さえ突けば、あれらを葬り去る事は容易い。問題はやはり重巡の方だ
( T)「……」
見栄張って『あいつ余裕で殺せるぜウェッヘヘーイベイベカモーン』などとほざいちまったが、ヒト型は地上であっても急旋回が出来る
それにそれぞれの腕に『盾』らしき装備と、駆逐級の頭部を模した『砲塔』が備え付けられている。当たり前ではあるが『ヒト』や『艦娘』に近い行動を行える
耐久値だって駆逐など比較にならないだろう。爆雷槍一発でぶっ殺せる保証は無い
(;T)「……」
砲撃を喰らって形も残らず木っ端微塵になる嫌なイメージが頭を過ぎる。ああ、やっぱ怖ぇわ
かつてあんなバケモンと正面切って戦って、五体満足で生き残ったのは幸運以外の何者でもない
頭の中で『不安』が語り掛けてくる。『二度もラッキーは続かない』と。では俺はこう返そう
( T)「……」
『なら実力と連携で勝ち残るまでだ』と
140 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:20:31.33 ID:6b3AGc030
鎮守府二階の壁が内側から破れ、執務机が落下する
「!!」
艤装による身体能力強化を得た叢雲による『合図』と『引き』に、重巡級は目敏く反応した
反射的に放たれた砲撃は、木造校舎の上半分を吹き飛ばす。続けて、駆逐艦も機銃を掃射する
言わずもがな、すぐさま脱出しろと指示はしているが、安否が気がかりにならないワケはない。かなり無茶な注文である事は重々承知してる
(#T)「ッ!!」
それよりも先に、彼女の働きに応える必要があるのだから
(#T)「死っ……」
影から飛び出した俺の存在を、重巡は捉えた。だが反応が一つ遅い
(#T)「ねオラァ!!!!!!!!!!!」
爆雷槍、一本目を投擲。地面と水平に、鋭く空を泳ぐ魚雷は
「谺イ縺励>繧ゅ?繝ェ繧ケ繝!!!!!?????」
右手の盾と衝突する前に、透明な『壁』に阻まれる
「!!!!????」
しかし問題なく信管は起動し、爆発。砂埃は悲鳴と共にもうもうと舞い上がった
(#T)「もいっぱt無理だな!!!!!!」
続けて二本目を投擲しようとして、再び建物の影へと身を翻し、次のポイントへと走る
脚先を機銃の弾丸による『鎌鼬』が横切った。危ねえもうちょっとでトムとジェリーに出てくるチーズみたいになるとこだった
(;T)「ハッ、ハッ」
あのバリアが例の『艤装殻』ってやつか。艦娘と同じく連中にも備わっているとは聞いていたがズルじゃんあんなもん来いよベネットバリアなんて捨ててかかってこいやクソが
だがダメージはちゃんと通ってる筈だ。俺が投げたとは言え艦娘が使う魚雷。無傷で済むはずがない
141 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:21:40.25 ID:6b3AGc030
「縺上◎縺後≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!!!!!!!!!!!」
(;T)そ「わっ、たっ、たっ!!」
俺の一発は見事に怒りを買ったらしい。建物の壁に大小様々な穴が次々と空いていく
(;T)「景気の良いこって!!」
一応、寮は軍施設らしく頑丈に作られてはいるが、このままだと数分も持たず瓦礫の山だ
足を止めようもんなら下敷きか木っ端微塵は免れない。俺一人ならもうこの時点でほぼ詰みだ。『俺一人』ならば
「あああああああああああああああああッ!!!!!!」
深海棲艦のものではない、気合の入った雄叫びと共に咆哮が響く。俺への砲撃は、別の脅威へと矛先を向ける
(;T)「っし!!」
叢雲の生存を耳で確認し、思わず握り拳を掲げる。叢雲の逃走経路については、予め打ち合わせしていた
確かに鎮守府の上半分は撃ち抜かれたが、階下は比較的……いやえれぇ事になってるのは変わりないが、大穴は空いていない
連中がいる湾から鎮守府を狙えば、必ず『角度』が生じる。つまり、『下』に逃げれば一先ず射線からは逃れられる
勿論、階段で下るなど悠長な真似は出来ない。だから俺はこう指示した。『床ぶち抜いて降りろ』と
(;T)「かーらーのォッ!!」
地面を蹴り返し、出来立ての穴から向こう側を覗く。爆発による塵煙は晴れていない
撃つにしても闇雲だろう。だが、下手な鉄砲なんとやらとも言う。テンポよく行かねばならない
別方向からの絶え間ない波状攻撃により、奴らには『迷い』が生じる。どちらを先にやるべきか、と
(#T)「いったれオラァ!!!!!!!!!!!!!」
爆雷槍、二本目を投擲。同時に、穴から寮内を通り抜け接近する
『バキンゴギャン』と嫌な音を立てて建物内部が傾いていくがもう少し辛抱してくれ頼むお願いなんでもするから
142 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:23:50.81 ID:6b3AGc030
「ッッッッ!!!!????」
二発目も見事に炸裂し、連中の怯みは攻撃の手の緩みとなって伝わる。既に盾となる建物は俺の目の前に無く、背後でガラガラと崩れ落ちていく
片手に叢雲の槍を、もう一方に爆雷槍を手に『仕上げ』に掛かる。矢面に立っていた駆逐艦の顔面は大きく抉れている。叢雲の砲撃で出来たものか
残りは重巡と、身重の駆逐艦。前者はやはり魚雷二連発は相当なダメージだったらしく、額からクソ気持ち悪い青い血を流している
「……!!」
(#T)「ッ!!!!!!」
視線が合った。不気味なターコイズブルーに光る眼に、硫黄島での記憶が甦る
そういやあの時もあんな色してやがった。下等生物に一杯食わされた、怒りに満ちたあの色を
(#T)「ハハハハァ!!!!!!」
全く愉快で堪らねえ!!ヒトを侮り見下すカス共に、立場をわからせる瞬間ってのは!!
(#T)「ク」
三本目の投擲。狙いは重巡ではなく、背後の『警護対象』
(#T)「ソ」
左手の砲が俺を狙う。だが視線は、駆逐を狙う爆雷槍に
(#T)「ザコォ!!」
低身した瞬間、砲弾が頭上を通り抜ける。発生したソニックブームが鼓膜と身体を揺らすが、この俺の足を止めるには微弱過ぎる
爆雷槍は艤装殻を持たない駆逐級の装甲に直接着弾。同時に爆発を引き起こす
「繝吶Μ繧「繝ォ縺ァ隱ソ縺ケ縺ヲ繧ゅ!!!!??????」
背後から爆風を受けた重巡は前へと押しやられる。俺は吹き飛ばされないようにその場で踏ん張り、槍を構えた
143 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:25:23.81 ID:6b3AGc030
(#T)「ナメクジがァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」
突きだした槍の穂先に柔らかな肉と、骨を貫き『中身』を穿つ感触が伝わった
「ッ……!?縺ァ……」
驚愕と苦痛が入り混じる表情に、口からゴポリと流れ出す血が顎から下に化粧を施す
胸元深くに突き刺さった槍を抜こうとしたのか、はたまた俺に一矢報いようとしたのか。腕を僅かに動かすが
既に自身の艤装の重さにも耐えきれないのか。俺の腰ほどにも上がらなかった
「縺ゅ繧……」
思いがけず、『あの日』の終わりと似たようなシチュエーションと相成った。あの日の俺はどんな顔をしていただろうか?
考えるまでも無い。俺を起こした戦友の顔を。『バケモノ』でも見るような恐ろし気な表情を思い出せば、大方察しはつく
マスクに親指を突っ込み、半分だけ捲り上げる。相変わらず凄まじい痛みが襲ってきたが、些細な事であった
「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
「具スュ?ッ……!?」
連中の『恐怖の形相』を拝められるなら、火傷の痛みなどこれっぽっちも気にならない
数分にも満たなかったが、激闘を演じた仲だ。言葉が通じるとは思わないが、最後に贈りたい
「下等、生物が」
人間にも劣るクズに、とびきりの侮蔑の言葉を
144 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:30:46.14 ID:6b3AGc030
槍を引き抜くと、ブチ空けた風穴からドボリと血が溢れ出た
全身の力が弛緩され、膝から崩れ落ち倒れる。ジワジワと広がっていく血溜まりが靴を汚す
ふと、肩に激痛が奔る。爆発によって飛来した装甲の破片が突き刺さっていたが、それにも気づかぬほど夢中だったみたいだ
「……ギ」
まだ息があるのか。ザコの分際でしぶといな
「オラッ!!!!!」
ショートヘアの頭を踏みつける。骨と共に小さいお脳がブチュリと溢れ出し、ズボンの裾まで汚しやがった
最後まで不敬なクソアマだ。少しはお綺麗に死んで欲しいものだ。まぁ全部俺の所為だけどテヘペロォ
叢雲「司令官!!」
( T)「よぉ、終わったぜ」
マスクを戻し、慌てた様子で駆け寄ってくる叢雲に声を掛ける
叢雲「『まだよ』!!!!!!」
その言葉に、陶酔した俺の思考は白く塗り潰された
『まだ』だと?見ての通り皆殺しは済んだ。これ以上の脅威など――――
145 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:31:23.83 ID:6b3AGc030
「オ」
(;T)そ「ッッッッ!!!!?????」
.
146 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:33:08.36 ID:6b3AGc030
俺が『それ』に気づかなかった要因は幾つもある
お愉しみに夢中で目に入らなかった。興奮が警戒を上回った。『身重』の影に隠れて見えなかった
今更言い訳をつらつらと並べた所で、後悔は先に立たない
「ギャアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
真っ白な身体を青紫の『羊水』で濡らし、『口』以外の器官が見当たらない子供の落書きのような『ヒトの形』をしたバケモノに
胸を強く殴られてしまうなど、誰が想像出来るだろうか
(;T)・'.。゜「ガッ……!!!!!!??????」
衝撃は筋肉を貫通し、身体の中から骨が砕ける音が響く。内臓は破裂しそうな程痛み、鼓動は不規則なビートを刻む
肺は新鮮な空気を取り込む事を拒み、喉から熱い液体が込み上げ、口から噴き出した
:(;T):「ッ……ッツ……!!」
ありゃ何だ?どこから現れた?考えるまでもねえ、身重の『荷物』がそれだったんだ
迂闊だった。最後に気を抜いた途端にこれかよ。偉そうな口叩いてこれとは面目次第もねえ
「クゥルルルルル……」
追撃が来ると思っていたが、最初の一撃を放った後は奇妙な鳴き声を上げながら辺りを見回している
正確には、見回しているような『仕草』だ。目がある位置に『眼球』はなく、やや色濃い窪みがあるだけだ
骨や筋肉も発達途中なのか、小刻みに震え立ち上がる事も儘なっていない
どうやら『未熟児』であるらしい。それを無理やり産み出してしまったようだ
叢雲「っ……!!」
(;T)「む、ら……」
散々深海棲艦を相手取ってきた叢雲ですら、滴るほどの冷や汗を流している
恐れからか、奥歯と同じくカタカタと震える砲塔を向けたまま、動こうとしない
俺が側にいる事で、巻き添えを懸念しているのか?だったらこう指示するしかない
(;T)「う……て……!!」
叢雲「!!」
死にかけに遠慮などする必要は無い。ここさえ凌げば、少なくとも叢雲だけは生き残れる
気配を感じ取ったのか、未熟児は顔を彼女へと向けた。幾ら身体が出来上がっていなかろうと、この俺を一撃で瀕死に追いやっている
艤装を背負っているとはいえ、ダメージの残る叢雲を殺すには十分だろう
147 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:35:38.18 ID:6b3AGc030
叢雲「……」
(;T)「……て、め……」
俺が元気であるならば、『何をやってんだ俺ごとサッサとブチ殺せ!!』と喚いていた所だろう
だが彼女は、何かを決意したように唇を結ぶと
叢雲「出来るワケないじゃない……」
砲塔を、下ろした
(;T)「この、や……」
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
未熟児は新たな標的を見据え、グニャグニャの手足で叢雲に向かい跳躍した
迎え討とうと、まるでなっちゃいない拳を放つが、ゴムのような腹に減り込んだだけで勢いは殺せず
叢雲「ぐうっ!?」
そのまま押し倒される
148 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:36:20.45 ID:6b3AGc030
「ガァ!!ガァアアアアアアアアアア!!!!!!」
肉をハンマーで思い切り殴ったような打撃音と、打たれる度に身体を跳ねさせる叢雲の姿
試練を乗り越え、やっと『ここからだ』って時にこの仕打ち。神様はとことん俺たちの事が嫌いらしい
(;T)「……」
いや違う、自分で撒いた種だ。他でもない俺の油断が、この事態を招いた
だったら自分で尻拭いをするしかない。瀕死?冗談じゃねえ。男が赤ん坊に殴られた程度で死ぬかよ
(;T)「ク、ソ……ガキ……がぁぁ……!!」
踏ん張りどころだ。しっかり力を巡らせろ。立ち上がって、此処に我存りと知らしめろ
ああ痛ぇ。身体の端から内臓まで、痛くない箇所はねえ。だがまだ『生きている』
膝を立てて立ち上がれた。拳はまだ堅く握れた。心の火は消えずに煌々と燃え上がっている
(;T)「俺の……相棒に……!!!!」
無様な摺り足に、『おもちゃ』に夢中の奴は気づかない。叢雲は破茶滅茶な暴力の嵐を、青紫に染まる両腕で防いでいた
肩からの破片を引き抜き、奴の背後に迫る。振り返って裏拳でも放たれれば、今度こそ脆弱なヒトの身は砕け散るだろう
(#T)「手ぇ……出してんじゃ……」
だが叢雲を痛めつける手を止めた時にはもう遅い
(#T)「ねぇえええええええええええええッ!!!!!!!」
渾身の力を込め、背後から喉へと抱き付くように、その破片を突き立てた
149 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:37:54.14 ID:6b3AGc030
「ーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」
まるで下手くそなリコーダーの高音のように、声にならない甲高い悲鳴が耳を劈く
ジタバタと抵抗する身体を抑え、破片をゆっくりと、かつ力を込めて真一文字へと引き裂いていく
生温い液体が腕と、馬乗りになっている叢雲を汚していく。多量の出血にも関わらず、抵抗の力は緩もうとしない
(#T)「と、どぉ……」
切り込みはこれで十分だ。破片を放し、片腕を首に巻き付け、もう片方の手で頭を掴み
(#T)「めだァ!!!!!!!!」
頸椎を『く』の字に折り曲げた
150 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:39:45.48 ID:6b3AGc030
「ア……」
脊髄液らしきものがブシャリと飛び散り、フッと力が抜けていく
そのまま手放すと、ふらりと側面へと倒れ落ちた
(#T)「ハァー……ハァー……」
叢雲「し……れい、か……」
一発いいのを貰ったのか、片頬が膨れ上がった叢雲が此方を見据える
カッコいいヒーローのように手を差し伸べて立ち上がらせたかったが、身体は言う事を聞かない
瞼は重くなり、急に寒気が駆け巡った。肩の傷は深くまで到達していたらしく、夥しい血が流れ出ている
(;T)「……」
『まだ残っているかもしれない』『倒れるワケにはいかない』。そうは思いつつも、目の前の景色は斜めへと傾いていき―――――
(;T)「っ……」
未熟児と添い寝するかのように、俺の身体は地面へと堕ちた
(;T)「……」
「しれい……やd……ね……!!」
叢雲の声すらも、遠くから聞こえてくるようだ。返事をしてやりたかったが、口から出るのはか細い溜息だけだ
大丈夫。少し休めば良くなるさ。その後、打ち上げをして、『これから』の事を語り合おう
俺らの楽しい時間は、まだ始まったばかりなのだから―――――
151 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:41:47.11 ID:6b3AGc030
( T)「」
叢雲「司令官!!起きて!!ねぇ!!起きなさいよ!!司令官!!司令官!!!!!!」
.
152 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:47:57.07 ID:6b3AGc030
.
153 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:48:36.45 ID:6b3AGc030
『パチ、パチ、パチ』
.
154 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:49:12.59 ID:6b3AGc030
幼子が戯れに叩く拍手の音で目が覚めた
〔おはようございます。提督殿〕
訂正、多分ここは夢の中だ。なんて言ったっけ……
〔明晰夢、でしょうか?〕
そうそれ。何これ?デス13?腕に『BABY STAND』って刻まなアカン奴?こわい
〔まぁまぁ、用件はすぐに済みます故、しばしご辛抱を〕
うん……うんじゃないが
155 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:50:51.08 ID:6b3AGc030
ここ何処!!!!!!????????アンタ誰!!!!!!!???????俺はどうなったの!!!!!!!??????死後!!!!!!!!??????ここ死後の世界!!!!!!!!???????あなたトトロっていうの!!!!!!!!????????
〔何処かと問われれば『此処』と答える他ありません。私は……そうですね、少々お待ちを〕
ポン、とコミカルに煙が弾けたと思えば、そこからこれまたデフォルメ化された白猫に乗った『妖精さん』が現れる
白地にアクセントの水色が映えるセーラー服に、帽子には『若葉マーク』のワッペンが縫いこまれている
何か文字も書いているようだが、そこだけ不自然に滲んで読む事が出来ないそんな事どうでもいいや可愛いおやつ食べるの?散歩好き?お洋服とか沢山着せてあげたい
〔きしょ……失礼。このような姿で申し訳ございません〕
おい今キショって言っただろ解釈違いだわ解散!!!!!!!!!終わり!!!!!!!!閉廷!!!!!!!!!
〔話を聞け〕
急にマジトーンになるなよこええよ
〔おっと、失敬を。私は……そうですね、普通に『妖精さん』とお呼びくださって結構です。詳細は省きますが、敵ではございません〕
はぁ。で、何のご用件で?
〔ご挨拶を〕
ええ……起きてる時でいいじゃんいいじゃんスゲーじゃん……
〔何分、不自由な身でありまして〕
ふーん。そりゃ厄介だな。じゃあ、続きをどうぞ
〔えーとですね、貴方は死にました〕
ふざっっっっっっっっっっっっっっっっけんっっっっっっっっっっっな泣くぞ今ここで三歳児みたいに!!!!!!!!!!!!!!!!
〔まぁ生き返るんですけどね。正確には『仮死状態』とでも言いましょうか〕
妖精って天ぷらにしたら美味しそうだよな
〔身の毛のよだつこと言わんでくださいよ〕
156 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:51:31.30 ID:6b3AGc030
〔ここで我々が会話出来ているのも、『世界』の外へと投げ出された貴方の情報を無理やり定着させ……難しい話はやめときましょうか。どうせ忘れますし〕
ええ……そこまで言ったなら最後まで言っちゃえよ……
〔情報規制がございます故、ご容赦ください〕
まぁなんでもいいやワッショイ。つまり俺はちゃんと起きられるんだな
〔ええ。サービスで身体の負傷負担も軽くして差し上げました。『起きてすぐ暴れても大丈夫』なくらいに〕
そいつぁ……ありがてえ話だが、どうして俺に?
〔先行投資という奴ですよ提督殿。貴方を主軸に物語を進めれば、『面白そうだ』と考えたまでです〕
マスコットの分際で人を道化師扱いたぁ恐れ入るじゃねえか。生け作りって知ってる?
〔だから〕
157 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:53:12.40 ID:6b3AGc030
そんで、アンタは俺に何をして欲しいんだよ
〔此方から指示はございません。ただ、貴方の思うがままの生き様を、我々に見せて頂きたいだけです〕
『我々』ときたか。あー……まぁええやろ
〔もしかすると今後の言動や思考に若干のバグが生じるかも知れませんが、まぁ微々たる物ですのでお気になさらず〕
えっちょ待って今サラッとエグいこと言ったよ??????
〔他人事ですので〕
親の顔が見てえ
〔ああ、そうそう。プレゼントはお気に召しましたか?〕
プレゼント?
〔貴方の新しい顔です〕
あのマスクアンタらが用意した物だったんか。視界クソ開けてるし息苦しくないし水や食いモン貫通するし凄えよアレ。まぁ普通に怖い
〔替えも沢山ご用意してますし、普通洗剤で洗濯しても問題ありません。ただシミ抜きだけは苦労致しますのでご了承を〕
なんであんな超技術詰め込んでんのにシミ抜きだけ大変なの?
〔デザイナーの遊び心です〕
ふざけんな死ね
158 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:54:04.84 ID:6b3AGc030
〔あははははは。おっと、そろそろお時間ですので最後にご質問を一つ〕
やりたい放題か??????????
〔……貴方は、今後『彼女達』とどう向き合い、接して行くのでしょうか?〕
急に真面目な質問するじゃん
〔……〕
どうもこうもあるかよ。アンタが言った通り俺は俺の思うがままの生き方をして行くだけだ
これからどうなるかなんて俺にも想像はつかねえし、安っぽい言葉で約束も出来やしねえ
ただ楽しく生きて、戦って、勝ち続けるだけだ。巻き込みてえ奴は巻き込んでやるし、救いてえ奴は救う。後先など考えずにな
〔……なるほど、想像していたよりも図太いお方で感嘆を禁じ得ません〕
そうは見えねえけどなぁ
〔さて!!〕
パン、と妖精さんが手を叩くと、『俺』は天へと急上昇を始める
妖精さんと猫の姿が小さくなって行くが、声は頭の中で鮮明に響いた
〔『物語』は始まりました!!虚と実の交差点!!魑魅魍魎の棲まう地で繰り広げられる貴方と艦娘の賑やかな日常が!!〕
〔その日々はやがて別の『物語』や『世界線』と交わり!!波乱と暴力、陰謀野望に満ちた戦いに身を投ずる事となりましょう!!〕
〔提督、提督、提督殿!!暖かな『人情』を持ちながら、血生臭い『悦び』を求める、優しく愚かな『怪物殿』!!我々から歓迎と激励を込めて、この言葉を贈りましょう!!〕
159 :
◆L6OaR8HKlk
[sage saga]:2020/08/16(日) 11:54:54.18 ID:6b3AGc030
〔■■■■■■■■の世界へようこそ!!〕
.
259.20 KB
Speed:0.1
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)