叢雲「地獄の鎮守府」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:12:29.60 ID:zjOac4sB0
提督「触ってねえよテキサスクローバーホールド極めるぞ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425908876/

【艦これ】武蔵がチャリで来た
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428585375/

加賀「乳首相撲です」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429706128/

【艦これ】ウンコマン あるいは(提督がもたらす予期せぬ奇跡)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1431856590/

時雨「流れ星に願い事」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1464825792/

【艦これ】居酒屋たくちゃん〜提督のクソ長い夜〜
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1468896662/

磯風「蒸発した……?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477871266/

【艦これ】加古ちゃん空を飛ぶ、めっちゃ長く飛ぶ、すごい
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1479816994/

鈴谷「うわ不思議の国こわい、キモい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484788439/

【艦これ】ヒトミとイヨの恰好がスケベなので
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1493211800/

【艦これ】ウキウキ!!首相の鎮守府訪問!!のようです
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1511697940/

時雨「静岡グレーゾーン連盟」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518501606/

【艦これ】鎮守府微震!!五歳児と化した提督!!パワフル全開ですよみさえさーん!!
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546267221/

夕立「ボ、ボコフェス連れてってっぽい!!!!!!!」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1566821566/

熊野「裏世界ハンティング」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574681916/


エンド・オブ・オオアライのようです ※連載中のコラボ作品(◆vVnRDWXUNzh3作)
https://engawa.open2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1536501657/


艦これ×天華百剣 編

川д川 ウホウホ!!鎮守府に颯爽と登場した貞子ゴリラ、トランスフォームウホ!!
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1494169295/

【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第一章【天華百剣】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1520554882/

【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第二章【天華百剣】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1528764244/

『艦天って略すとカロリー低い食材みたい』 幕間
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1531108177/

【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第三章【天華百剣】
https://engawa.open2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1537917602/

【艦これ】艦天って略すとカロリー低い食材みたい 第四章【天華百剣】
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1552399367/

【艦これ】『Last one week & Epilogue』【天華百剣】
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1554717008/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1597493549
2 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:21:10.27 ID:zjOac4sB0
実 質 ウ ル ヴ ァ リ ン Z E R O
投下すんのめんどいくらい量あるんでもう既にしんどいです。よろしくお願いします


・提督の表記は『( T)』になっています。マスク超人です
・提督はドウェイン・ジョンソン並みのマッスルです
・2分の1の魔法 8月21日公開
・キングスマン:ファーストエージェント 9月25日公開

・イ ッ プ マ ン 完 結 大 ヒ ッ ト 上 映 中 劇 場 で イ ッ プ 師 匠 と 握 手 
3 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:22:40.48 ID:zjOac4sB0
齢二十と余年。まだまだ若輩な我が身ではあるが、誰よりも劇的な人生を送った自負がある
誰が信じる?海の底から現れた深海棲艦とかいうバケモン相手にほぼ生身で戦って、生き残ったなんてよ
ああ、命がけの負け戦だった。友人も上官もほっとんど殺されちまったよ。だが、それでも俺含む人類は奴らを『退けた』。国民栄誉賞に値する戦働きだった筈だ
だが実際はどうだ?程なくして登場した『艦娘』とかいうソシャゲのキャラみたいな小娘によって、俺たちの戦いは呆気なく忘れ去られた
女のケツを追っかけるのに忙しいお偉いさん方は、雀の涙ほどの報酬と艦娘のケツ持ちという新しい職を用意してくれただけだ

何人かは文句も言わず従ったよ。御大層な大義名分ぶら下げてな。だが俺は御免だった
理由は多々あるが……正直、疲れていたのと、艦娘とかいうクソ巫山戯た連中とお付き合いなんてしたくなかったからだ。何が那珂ちゃんスマイルだ関節逆方向にねじ曲げるぞ
とにかく……まぁ、これも一つの転換期と思って、戦いの場以外で何か出来ることはないかと全国を放浪した。いや、大それたもんじゃねえ。旅行も兼ねてる
何処に行ってもあいつらの活躍は目に耳にと飛び込んでくる。絶望ルート真っ只中だったこの国も、活気を取り戻していってた
俺だって死にたかねえし、あのクソ共が一匹残らず消えてくれんなら御の字だ。若干のモヤモヤはあったが、このまま元の生活に戻っていくのかなって期待もあった



俺の人生のクライマックスは、恐らくもう終わったのだろうと、タカを括るほどに



.
4 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:24:04.09 ID:zjOac4sB0



(;T)「……」

叢雲「……」



だが、これまでの日々は、ほんの『前置き』に過ぎなかった
手足を投げ出し、虚ろな目で興味なさげに俺を見る『艦娘』の姿を見て、そう確信した
『劇的』と自惚れていた人生を塗り替えるような戦いが始まるのだとも


さて、退屈な時間があるならお付き合い頂こう。これは、俺が『提督』になるまでの
『地獄』と呼ばれた場所が『我が家』になるまでの
『艦娘』が頼もしき『家族』になるまでの


『叢雲』が、唯一無二の『相棒』になるまでのお話


.
5 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:24:52.29 ID:zjOac4sB0




叢雲「地獄の鎮守府」



.
6 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:30:06.64 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



「……」

「知らない天井だ……」


目を覚まして最初に俺を出迎えたのは、白い天井と元気のない蛍光灯
このセリフ吐くに相応しいシチュエーションが来るとは思ってなかったわ
身体を起こそうとしたが、上手く力は入らない。口の中は粘っこく気持ちが悪かった


「なん……チクショウ……」


意識もハッキリとせず、こうなる直前の記憶も思い出せない
急性アルコール中毒患者なら似たような経験があるだろうが、生憎こちとら生来の下戸で酒に縁が無い
ゴリゴリに凝り固まった首を動かすと、点滴の袋がいくつか見える。どれも中身は尽きる寸前だった


「クソッ、冗談じゃねえ……」


ここしばらく『入院』ってもんに縁が無かったってのに、いつの間にこんな場所で寝転がってんだ俺は


「ふっ……くっ」


身体をくねらせてなんとか上半身を起こす。病院着の袖からは、栄養不足で痩せた腕が覗いていた
この痩せ具合を見るに、相当な時間をベッドの上で過ごしていたらしい。また鍛え直しだ


「小指……動け……」


長時間の筋肉の停止。すぐさま再起動とはいかない。末端から脳の命令を送り込み、叙々に身体を慣らしていく。キル・ビル履修してて良かった
キル・ビルで思い出したんだけど意識ない間に人間オナホみたいな扱いされてないだろうか。こわい、なんで思い出した。こんな事になるなら観るんじゃなかった
7 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:31:51.60 ID:zjOac4sB0
「痛っ……!!」


点滴の針を抜き、シーツで止血する。身体もぎこちなくだが動くようになった。五体満足、外傷無し、ますます入院の必要があったのかと首を傾げてしまう
とにかく先ずは水が欲しい。あと股座が痒い。ベッドがら立ち上がり病院着をハラリすると、異臭を放つ大人用オムツがお出迎えだ。誰が得するのこのシーン?
ここの看護師はよほど怠慢らしい。せめて粗相したら替えて欲しかった。赤ん坊みたいに泣き叫んでやろうかクソが

ややガニ股になりつつ、洗面台に近づく。病院の一室……というより、この部屋の作りは学校の医務室に近い
置かれている医療器具は専門の物だろうが、長いこと意識のない野郎を置いておくには少々不釣り合いに思える
なんて考察をしながら蛇口を捻り、手を軽く洗い流して久々であろう水を啜る。ヌルいそれが喉を通り、胃に落ち、身体に染み渡る心地よさは



( T)



( T)「は?」



鏡に映る、妙な覆面によって掻き消されていった
8 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:33:17.63 ID:zjOac4sB0
( T)「え?」


白い布地に、目元から鼻、唇の先を覆うように黄色い『T』のアルファベットがプリントされたシンプルな覆面
直接指で触れてみると、ナイロン素材に近い滑らかな触り心地だ。息苦しさも感じない。それが何より『恐ろしい』
視界は良好、水も普通に飲めた。そのマスクには何一つとして『穴』が空いていないにも関わらず
被り口は顎下から頸にかけて、頭そのものをすっぽりと覆い尽くしている。美容整形を受けたとしても、こんな変わった保護マスクなんて被らねえだろう。知らんけど


( T)「……」


もしかしたらフェイスフラッシュとか撃てるかもしれない。若干の期待と莫大な不安を込めて縁に親指を突っ込んだ


(;T)そ「いぎっ……!!」


途端、激痛。皮膚に切り込みを入れて、その中に無理やり指を突っ込んだような痛みが奔る
ジワリと目元に涙が浮かぶ。ゆるゆるな股間の栓が決壊しなかったのは大人故の意地だった


(;T)「フーッ、フーッ……」


他人より痛みに慣れているとはいえ、痛いもんは痛い。だが、俺に置かれた事態の確認は進めなければならない
覚悟を決めて両の親指を深く突っ込み、なけなしの力を込めてマスクを捲った


「ああ、あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


糊でべったりと張り付いた紙を剥がしていくような、乾いた『バリバリ』音。痛みは熱と痒みを伴って顔面の底から噴き上がる
最初に見えたのが、赤黒く爛れた顎の皮膚。唇と肌の境目は塗り潰され、鼻は辛うじて『穴』が確認できるのみ
耳朶は側頭部と癒着してくっ付き、腫れぼった目蓋の内側で血走った眼がガクガクと揺れる
森林地帯を丸ごと焼き放った土地のように、『毛』というものは一本すら見当たらない。頭の天辺まで焦土と化していた


「ハァッ、ああああ、ああああああああああああああ!!!!!!!」


痛み、熱、痒み、耐えきれず掻き毟ると、爪の間に血と膿が伴った皮膚の欠片が入り込む
空っぽの胃の中から、食道を焼きながら酸っぱい胃液が込み上げる。まともに呼吸も行えない
苦労して取り戻した身体のコントロールは失われて、床をのたうち回った


「が、うぶっ、いいいいいいいいい!!!!!!」


縋り付くように、あれほど気味の悪かった覆面を乱暴に被り、胎児のように蹲る
すると、傷口にピタリと新しい皮膚がくっつくかのように馴染み、外気に晒されていた火傷の痛みが鎮まっていく
ギュッと目を瞑り、呼吸と気分が落ち着くのを待った。これが悪い夢であるなら、どれほど気が休まっただろう
9 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:34:46.68 ID:zjOac4sB0
(;T)「ハァッ……フゥー……スゥー……フゥー……」


カラカラの身体でも、脂汗を流すほどの水分は残っていたようで
洗面台を支えに、ヌメる身体をなんとか起こす。錯乱して気付いていなかったが、点滴痕からまた血が溢れていた


(;T)「ぐ……うう……」


戸棚からガーゼと包帯を取り出し、本格的に止血をする程度には落ち着いたが、涙と嗚咽は止まらなかった
俺、俺の、『小練 詩音』という人間である証が一つ失われた。それを素直に受け入れられる程、狂ってはいなかったのだから
10 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:36:30.75 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



( T)「さて……」


一頻り泣き明かした後、気持ちを入れ替えてこの場所を探索する事にした
俺に起こった災難が不慮の事故なのか、それとも人為的に引き起こされたものなのか
それを説明する者が、あれだけ大騒ぎした後だってのに一人も現れないからだ
可笑しくね?病院ならすぐに看護師さん来るよね?世界はそんなに俺のこと嫌いか?俺もお前のこと嫌いだよ死ねカス

幸いにもこの医務室には一通りの物が揃っていた。冷蔵庫に転がっていた飲用ゼリーを全て飲み干した後、電気ケトルで湯を沸かして身体を拭き
クローゼットの中でご丁寧に畳まれていた衣服に袖を通す。日本人にしては大柄な俺に合わせたサイズだったが、痩せた今となってはやや幅広だ
身綺麗になった所で、改めて現在の状況を整理していく


( T)「見覚えのない部屋に長時間、意識不明の状況で放置。外傷は顔面の大火傷のみ。人との接触は無し。扉は……開く」


引き戸はすんなりと開き、これまた人気の無い廊下が静かに佇んでいる
気温は空調がなくとも涼しく過ごしやすい。最後の記憶が確かなら、俺は真夏の暑さにおファックおファックと喚いていた筈だ
少なくとも一、二ヶ月ほどは眠り続けていたらしい。ソシャゲだってカムバックログボ配るぞオイ


( T)「場所は……海沿い。やや小規模だが、湾口が見て取れる」


開け放った窓から潮風が吹き、カーテンを揺らす。そこからはコンクリート造りの湾口と、恐らく機能していない灯台が見える
喧騒は聞こえず、ただ自然の音だけが辺りを支配している。映画館どころかレンタルビデオショップすら無い田舎のようだ。俺に死ねってか


( T)「怪我人をド田舎に一人ほったらかしにするか普通……?」


オムツの中が地獄だったんで股座もそらあもうエラい事になってた。消毒したらまた地獄が見えた。もう一回叫んで泣いた
11 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:37:48.37 ID:zjOac4sB0
俺の持ち物は携帯や財布含めて何一つ見当たらない。ソシャゲのログボどうしてくれんだろうか
バイクはどこに停めてあるんだろうか。なけなしの手当てで買った新車なんだけど盗まれたりしてないだろうか
にしたってタバコくらい置い……このまま禁煙できるんじゃね?これが……禁煙外来……?


( T)「行くかぁ……」


何にせよ、動かなければ始まらない。『28日後…』みたいな出だしで若干不安だが、まぁ深海棲艦よりゾンビの方がマシだろう
壊れた自販機から炭酸の缶とか転げ出してたら覚悟決めよう。荒廃した街中で『Hello』って呼び続けよう


( T)「おはようございまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!!!」


三者面談とかで先生に『元気だけは凄い良い』と褒められた持ち前のテンションで医務室を出る


( T)「……」


その場で少し待つがやはり人の気配は無い。アラートが鳴り響いたりもしない
俺が赤ちゃんだったら泣くの止めて母親への信頼失くすレベルで放置されてる。オムツされてたんだから半分赤ちゃんやったやろ
誰も居ないんだったら服着なくても良かったんじゃねえだろうか。チンチン丸出しで歩いても捕まらない


( T)「なんてな……」


しょうもない事を考えちまう癖は、顔面が焼け爛れても変わりない
『自分』は確かに残っている事に安心し、廊下の右手を歩き始めた
12 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:41:54.19 ID:zjOac4sB0
( T)「学校じゃん」


暫く歩き回って抱いた第一印象がそれだった。田舎の、なんか全校生徒五人くらいしかいない限界集落の古い木造建築の学校を
そのままの雰囲気残していい感じにリフォームしたみたいな場所だった。匠の技が光ってる


( T)「……」


窓を全て板張りされた教室の扉を、開かなかったんで致し方なく、クソ力いっぱい蹴破ると


(;T)そ「うっ、わ……」


充満した油の臭いと、赤いクレヨンで塗りつぶされた壁。その真ん中に、小学生用の机が一席ポツンと置かれていた


(;T)「オバケ屋敷かよ……」


第二印象がこれ。他にも色んな教室を蹴破ったり窓を肘で割ったりしたらお札とか髪の毛とか人形とか種類が豊富で飽きなかった
どれか一つに絞れよ。設定過多かよ。キャビンの舞台にでもなったんじゃねえのか


( T)「ん〜???????????????」


しかしこうなると、ますますこの場所が何なのか見当も付かなくなる
廃校になって、オバケ屋敷として改築した?じゃあなんで俺がそんな所に放置される?


( T)「電気と水道は通ってるから、人の手は入ってるし建物として運用もされてる……」


窓の縁を指でなぞると、若干だが埃が付いた。掃除はあまりされてないのだろう。しかし、長い間放置されているワケでもなさそうだ
そりゃ、俺を運び込んだんならそれ以外の『人』は確実に関わっているんだからな
13 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:45:04.40 ID:zjOac4sB0
( T)「うーん……」


出て行って、いいものか。窓は普通に開くし、そもそも拘束すらされていない
トランスポーター3でフランクが嵌められた爆発する腕輪みたいなものも見当たらない
車があるかどうかは知らんが、ここが何かしらの施設であるならば道路はあって然るべきだ
例え遭難したところでグリザイアの果実天音過去編みたいな事にはならない。ゲームやってて膝が震えたの初めてだ


( T)「……」


だが、出て行ってどうする?警察にチクるか?SNSで被害報告でもするか?美容整形外科で顔を戻してもらうか?
ふざけた話だ。泣き寝入りなんて出来るものか。俺に起こった事は人為的な物で間違いない
だったらやる事は一つ。報復だ。誰が、何が、どんな正当な理由があろうとも、許可なく人の顔面を丸こげにした罪は償ってもらう


( T)「ふざけやがって……」


探そう。探して無ければひたすら待とう
真相を明かにするまで、俺はこのイカれた場所から逃げはしない
俺がくたばるか、連中が痺れを切らすかの我慢比べだ


( T)「次だ次!!」


気合を入れて探索を再開しようとすると


『りん』


(;T)そ「わぁびっくりしたぁ!?」


イヤホンから流れて来るかのように、耳元からハッキリと大きな『鈴の音』が一つ聞こえた
色んな所バキャッって開けたから呪いかなんかが発動したのかと思った
14 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 21:59:50.03 ID:zjOac4sB0
(;T)「なん……ん?」


視界の端で白い『紐』のような物がスッと横切る。廊下を叩く軽い足音と、弾む鈴の音を伴って
恐らく、猫か何かの小動物。鈴は首輪にでも付いてる物だろう。特異な環境で物音に敏感になっちまったか?


(;T)「飼い猫か?」


人では無いが、待望の住人だ。もしかしたら、化け猫の一種かもしれない
追わない手は無いだろう。はやる気持ちはあったが、刺激しないようにゆっくりとその後を追った


( T)「……」


廊下を曲がると、階段が現れる。鈴の音は導くように階上へと昇り、止まる
足を掛け、後に続くと足音はまた俺から離れようと遠ざかる
『待っている』のか?ひょっとして、俺を導いているのではないか?


( T)「まるで御伽噺だな……」


白兎ならぬ白猫の案内で、不思議の国とは程遠い不気味な校舎をひた進む
出来の悪い脚本に呆れながらも、臆する事なく二階へと上がった


( T)「さて、お次は……?」


さほど距離もない廊下。猫の姿はない
代わりに、とある一室の扉がほんの少し開いているのが見えた
打ち付けされた教室とはまた雰囲気が違う。招き猫の到着点はここだろうか?


( T)「さてさて……」


何か武器になるような物でも持ってくれば良かったか?まぁ俺なら衰弱してても人の一人や二人ぶっ殺せるが
そこに首謀者がいるなら、是非ともご説明を願おう。その後に出来る限り痛い方法でぶっ殺そう。顔面コンロで焼こう


( T)「……」


扉へと近づくと、部屋札には 『司令室』の文字。何の?学校じゃないの?
そして部屋の中には人の気配がする。今度こそお喋りが出来る生き物だろう


( T)「……」


不躾にもノックをせず、ゆっくりと扉を押し開けた
15 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:04:01.86 ID:zjOac4sB0
「……」


(;T)「うっ、お」


来客用と思わしきソファーに腰掛ける、長い銀髪の少女の形をした『人形』
そう思っていた物が、油の切れた機械仕掛けのようにぎこちなく首を動かし此方を向いた
琥珀色、だが濁りきった瞳の下部を、重たく隈が縁取っている。頬は痩せこけ、青白い頬には細く引っ掻き傷が線を引く
『ヤバいこれ絶対呪いだわ俺詰んだ』と息を飲んだ瞬間、『人形』は力なく微笑んだ


「おはよう」

(;T)そ「えっ、あ、はい、おはようございます」


挨拶は大事だ。古事記にもそう書かれている
思わぬ駐在者に流石の俺も面くらい、丁寧に返す他無かった


「人って案外、放置しても死なないものね。それとも、貴方が特別図太いのかしら?」

(;T)「……あの、いやー……ちょ、うん、色々文句とかあるけど、質問いい?」

「ここは『地獄の鎮守府』。私と貴方以外の人はいない。貴方の身に起きた事を私は知らない。お風呂なら下の階か、大浴場がお望みなら寮を。ご飯が欲しいなら食堂に。お帰りはここを出て山手の道沿いを二時間ほど歩けば近隣の村に着く。これで満足?」

(;T)「うーーーーーーーーん……うん……」

「まだ何か?」

(;T)「まだかもクソもねーーーーーーんだよなぁーーーーーーーーーーー……」


聞きたいことを一気に捲し立ててくれたは良いが、何も解決していない
かと言って、目の前の女の子に拷問なんてする気は起きない。俺は変態じゃない
俺に対する興味も関心も無く、サッサと消えて欲しいようだがそうもいかない


(;T)「あー……座っても?」

「好きにしたら……」


こうも素っ気無いと此方も毒気を抜かれる。やや気味が悪かったが、文字通り腰を据えて向き合うことにした
16 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:06:59.14 ID:zjOac4sB0
( T)「痛つつ……ハァーーーーーー……」


股座がズタボロボンボンだと座るのも一苦労だ。かと言って、世話役と思わしき目の前の女の子に寝てる間ケツ拭かれるのもなんか悪い気がする。俺は変態じゃない
女の子は席に着いた俺に茶を出すでもなく、焦点の合っていない目でぼんやりと外の景色を眺めている
改めてその様子を観察すると、身なりが随分と汚れていた。セーラー服調の長いワンピース、特にその襟筋に顕著に表れている
血が乾いて、茶色く変色しているのだ。派手に飛び散ったものではなく、傷口からジワリと滲み出したかのような汚れだ
瘡蓋が目立つ首筋には、やけにゴツゴツした『チョーカー』が嵌められている。お洒落にしては攻めたデザインだった


( T)「小練 詩音だ。下の名前は女の子みたいで恥ずかしいから呼ばないでくれ頼む。キミは?」

「……叢雲」


古風で、短い名前だ。彼女が人の子なら親の顔が見たい
だが、心当たりが一つあった。人離れした髪色にしても眼の色にしてもそうだ。彼女は人間ではない


( T)「艦娘だな」

叢雲「……」


答えは無いが、恐らく正しい。深海棲艦との戦争に置いて、生命線とも言える『人型兵器』
直接目にするのはこれが初めてだ。やはり開発陣の正気を疑う。見れば見るほど、あのクソ共と張り合える兵士には見えない


( T)「活躍はいつも耳にしている。お会い出来て光栄だ」

叢雲「……何よそれ。嫌味のつもり?」

( T)「いいや、敬意だ。所でさっき、『放置しても』と言ったな?キミが俺の世話係なのか?」

叢雲「……ま、そんな所ね。粗相した辺りで、臭くて何もする気起きなかったけど」

(;T)「……まぁそれは、良くないけどいいや。『どこまで答えられる』?」

叢雲「……さぁ?」


艦娘がいるなら、この案件は軍が関わっていると見て間違いない
、彼女の有り様を見るに『望んでこの場所に居る』のでは無いのだろう
しかし……『さぁ?』と来たか。これは楽しい会話になりそうだ
17 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:10:03.26 ID:zjOac4sB0
( T)「『地獄の鎮守府』ってのは?」

叢雲「……俗称よ。廃村を買い取って鎮守府を設立したのは良いけど、配属された提督以下人員が全て原因不明の不審死に遭う、呪われた場所」

叢雲「フフッ、『呪い』なんてもので片付くのかは、疑問だけれど」

( T)「つまりー……邪魔者を消す用の流刑地か?」

叢雲「そうかも知れないし、ただの偶然が続いただけなのかも知れない。誰も詳細を口にはしないわ」

( T)「『死人に口無し』ってか」


彼女は何が面白かったのか、拳を口元に添えてクスクスと笑った。頭ヤバいと思った
突拍子もない話だが、バキャッとぶっ壊して中を覗いた教室を見るに、もしかすると本当に『呪い』とやらはあるかもしれない
まぁそんなものに殺される俺ではないが。きっと筋肉が適応して逆に殺したりとかするかもしれない。だとすると素敵だなって


叢雲「面白い返しをするのね、貴方」

( T)「どうも。で、ここは日本のどの辺だ?」

叢雲「【機密保持の為検閲済】」

( T)「……とにかく、ド田舎もド田舎?」

叢雲「そうね。療養にはピッタリなんじゃない?」

( T)「そうかね……俺は近くに映画館がある方がよほど嬉しいが」

叢雲「ご愁傷様」

( T)「お気遣いどーも。キミはいつからここに?」

叢雲「さぁ?カレンダーなんて一々確認しないもの」


壁に掛けられている月捲りカレンダーを確認すると、五月のままだった
彼女がここに来てから……というより、不審死したと思わしき『前の所有者』の頃から更新されていないのだろう


( T)「鎮守府と言ったが、ここの守りはどうなってる?」

叢雲「一任されてるわ」

( T)「一人でか?」

叢雲「そうね。最も、素敵なお客様を見かけた事は無いし、わざわざ探しにも行かないけど」

( T)「素敵なお客様ね……乱暴なノックをしてきそうだ」


俺の軽口に、今度は腹を抱えてケタケタと笑った。情緒不安定かよこわい
まぁ、長らく誰とも会話してなければ人間こうもなるのかも知れない。このまま写真撮ったらホラー映画のジャケットになりそうだ
18 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:12:15.28 ID:zjOac4sB0
( T)「それで、寮長様。キミに下された指示は?」

叢雲「……」

(;T)そ「うわ急に落ち着くなよこええよ」


藪蛇だったらしい。再び暗く沈んだ彼女は、生え際を指先で掻いた
風呂にも入っていなかったのか、フケと共に銀髪がふわりふわりと膝上に落ちる


叢雲「……貴方の監視役、及びご機嫌取りの『玩具』」

( T)「玩具?」

叢雲「『求められれば全て応えよ』。言ってる意味はわかるわよね?」

( T)「……まぁ、な」


娯楽を制限された場所で男女が揃えば、自ずと『出来ること』は限られる
加えて、彼女は『艦娘』だ。脅えて逃げ出そうとしても、力づくでそういう『展開』に持ち込めも出来るだろう
力による拘束と、嘘か真かも知れない怪談話。諦念が心を覆えば、誰しも甘い罠にコロッと堕ちる


( T)「……失礼だが、指令実行の努力を怠っているように見えるが?」

叢雲「汚いナリはお好みじゃないのかしら?それは失敬。『オトコを手玉に取るマニュアル』に追記しておくわ」

( T)「厚い本になりそうだな。だが内容は薄っぺらそうだ」
19 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:14:31.43 ID:zjOac4sB0
少し暑くなり、窓を開けようと立ち上がると


叢雲「っ……」


『早速か』とでも警戒するかのように、肩を跳ねさせた


( T)「……窓を開けても?」

叢雲「え、ええ……」


彼女の困惑とは裏腹に、俺は少し安心した。ようやく人らしい反応を見られたからだ
叢雲には『拒む意志』がある。それは俺にとってプラスに働くだろう


( T)「よっと……」


窓を開け放つと、潮風が室内を吹き抜ける。波は太陽の光を乱反射し、寝起きの瞼を容赦なく攻め立てた
なるほど、確かに療養に訪れるにはピッタリの場所なのだろう。キャンプでも張れば穏やかに過ごせそうだ


( T)「……喉のそれは、枷だな?」

叢雲「……」


よほど頭の可笑しい奴か、真性のマゾじゃなけりゃこんな任務に進んで志願しない
トランスポーター3と同じだ。いや、この場合『バトル・ロワイヤル』に近いか
叢雲はイエスもノーも答えない。言うまでも無いからか、それとも、言うのすら恐ろしいのか
何方にせよ、沈黙は肯定と同義だ。そして彼女は、出会ってすぐさま『帰宅』を勧めた


( T)「……クソッ」


そうだな。多分、俺に対するほんの少しの『気遣い』だ
『イエス』と断言してしまえば、俺が逃げ出した時に一生の傷が残る
逆に、悟られていたとしても何も言わなければ、『箱の中の猫』と同じ思考に成り得る
これも一生の重荷にはなるだろうが、前者よりも幾分かマシだ。可能性が残っているのだから


叢雲「……自分で言うのもなんだけれど、最後のチャンスよ。私を含む誰もが貴方を咎めたりなんかしない」

( T)「……ああ、かもな」


外の景色から、目を逸らせられなかった。振り向いて、哀れな少女の顔を見るのが怖かったからだ
これならテメーの手首に腕輪を着けられていたほうがマシだ。連中は俺の事をよく学習している


( T)「フゥー……」


逃げ出せるワケねえだろ、こんなもん
20 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:17:48.76 ID:zjOac4sB0
( T)「……」

叢雲「……」


会話はピッタリと止み、気まずい沈黙に包まれる
なんて応えれば良い?言葉こそ交わしたが、彼女にとって俺は不確定事項の多い一人の怪しい男でしか無い
優しい言葉も、信頼を確約する言葉も、きっと不発に終わる。こういう時に限って自慢の軽口はズシリと重たい


『ぐぅ』


( T)「……」

叢雲「っ……」


そんな思考を破ったのは、彼女の腹の虫だった


( T)「……フ」

叢雲「……何よ、笑いたきゃ笑えばいいじゃない」

( T)「ダーーーーーーーーハッハッハッハ!!!!!!!ホホーーーーーーーーーゥホーーーーーーーーウ!!!!!!!!!」コイツァケッサクダァ!!!!!!!!!!!

叢雲「ひっ!?」

( T)「いや……笑えって言ったじゃん」

叢雲「そっ……げ、限度があるでしょうに……」


そうだな、答えを急ぐ必要はない。時間はたっぷりありそうだ


( T)「言ったな?『求められれば全て応えよ』と」

叢雲「……それが?」

( T)「風呂、焚いといてくれねえか?」

叢雲「は、はぁ?」


ポカンと口を開けた彼女を見て、今度は控え目に笑って見せた
俺は生来の捻くれ者だ。連中の望む通りになってやるものか

先ずは目の前の少女と、友達になってやろうではないか
21 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:24:40.79 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



叢雲「……何これ?」

( T)「お粥も見たことねえのか?艦娘って何食って生きてんの?ナメック星人と一緒?」

叢雲「そうじゃなくて……!!」


風呂を焚いて戻ってきた彼女を、お手製の中華粥でお出迎えする
信長も言っていた。『湯たっぷりで粥にしろ。飢えて消化に悪いと死ぬ』と


( T)「どうせ風呂と一緒で飯もロクに食ってねえんだろ。即身仏にでもなるつもりかよ徳が高えな」

叢雲「何の真似かって……聞いてんの……っ!?」


苛立ちをぶつけようとしたのか、それとも単なる栄養不足で足元がフラついたのか
叢雲はテーブルの上に右手を強く叩き付けた。お粥は咄嗟に持ち上げたので無事だ器あっっっっっっっつ!!!!!!!!!!!


(;T)「器あっっっっっっっつ!!!!!!!!!!!!」

叢雲「っ、察しが悪いようだからハッキリ言うわよ。出てけって、言ってんの!!」

(;T)「いやそんなん俺の自由じゃん……ほらもう外暗くなり始めてるし……」


俺の行為はよっぽどの予想外だったのか、彼女の『地』が現れ始めている
良い傾向だ。あの調子のまま続けられると此方も気が滅入るからな


叢雲「それとも何!?据え膳だけでも頂こうって腹!?」

(;T)「その言葉嫌いなんだやめてくれ。どうもこうもしねえよ、飯食って風呂入って寝ろ」

叢雲「っ……貴方、わかってんの!?拉致されて、顔を焼かれて、得体の知らない場所に拘束されてんのよ!?」

( T)「良いから、座って、食え」


少し語気を強めると、消えかけの手持ち花火の様に彼女の勢いは衰えていく
ガクリと肩を落とすと、観念して向かいの席に座った
22 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:27:01.11 ID:zjOac4sB0
叢雲「何なのよ、貴方……」

( T)「それをこれから知って行こうって腹だよ。お互いにな」

叢雲「……居座る気?」

( T)「元よりそのつもりだ。出てけっつたが、出て行ってどうする?こんな場所と艦娘を用意できる組織から、一生逃げ隠れして過ごせってか?御免だね」


湯呑みを一つ彼女の前に置き、急須からお茶を注ぐ
真空パックされた新品の茶葉が置いてあって助かった。下戸の俺はお茶にはうるさいんだ


( T)「俺がキミに求めることは三つだ。良く食い、良く休み、俺の話し相手になれ。それ以上は望まない」

叢雲「……どうだか」

( T)「信用ならんか?尤もだ。だが俺にとっちゃその態度はある程度好印象だ」

叢雲「何故?」

( T)「そいつを口にするような奴が一番信じられねえからだよ」


叢雲は心当たりがあるのか、目を丸くして俺の顔を見た

( T)「気が済むまで疑って警戒しろ。俺にして欲しいことがあるなら遠慮無く言え。俺もそうさせて貰う」

( T)「俺が信用に値せず、消えて欲しいのなら殺しに来ても構わん。だが先ずは体調を万全に整えることだ」

叢雲「……狂ってんの?被害者なのよ?」

( T)「かもな。だが、閉鎖的な空間で唯一見れる顔が陰気一辺倒なのは俺の精神衛生上宜しくない。何を勘違いしてんのか知らんが、こりゃ俺の要望で、我が儘だ。キミを想っての行為じゃない」


数ヶ月振りのまともな食事を口にする。香味シャンタンの化学的な旨味が舌に沁み渡った
叢雲も我慢の限界を迎えたのか、やや躊躇いを見せつつも匙を手に取った


叢雲「変わり者ね」

( T)「ああ、よく言われる」


それからお互い、静かに粥を啜った
鍋の中身が空になるのに、そう長い時間は掛からなかった
23 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:30:01.64 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



孫氏曰く、『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
敵に関する情報は、今のところ叢雲を頼る他ないが、一応は軍属。そう簡単に口は開かないだろう
信用を得られれば多少は協力してくれるかも知れないが、関係の構築には時間が掛かる
現に彼女は飯を食った後、素直に風呂に入り、何処が自室とも告げずに消えた。ちょっと寂しかった
それに、首に巻き付いた『脅し』の件もある。迂闊な発言をすれば身を危うくする可能性もある
最低でも此処で待ち続ければ、自ずと黒幕は俺の元へと顔を出すだろう。意味もなく監禁などする筈もないからな


( T)「さぁー思い出せ……」


対し、『己』の情報は俺の記憶で眠っている。有効性のある物は少ないだろうが、無いよりはマシだ
それに、やる事も筋トレ以外無い。柄では無いが、医務室の机に向かい、ノートとペンを用意して頭の掘り起こしをする事にした


( T)「えーと、暑いから北に行こうとして……」


夏といえばフェスにコミック・マーケット。長期休暇の一大イベントは多々あるが
折角のバイク旅なので、北海道を一周しようと思い立っていた。温泉も楽しみにしてたのに


( T)「何処まで行ったんだっけなぁ……ああ、そうそう仙台だ」


ご存知、集英社が誇る漫画界のレジェンド『荒木飛呂彦』大先生の出身地だ
一度原画展が開催された時に訪れて以来の訪問だった。あの時はほんと良いもん見たね寿命が延びたわ


( T)「で、松島行って……そっから……」


真新しいノートの最初の一ページ、二行ほどきったねえ文章を書き綴った所で筆はリズム良く点を打ち始める。手詰まった
日本三景の美しい景色しか目に浮かばねえ。ほんと良い所だった。フェリー乗って島まで行くんだけど百円くらいでかっぱえびせんが買えて、ウミネコに餌やり出来るんだ
まぁ途中で飽きてウミネコ見ながらかっぱえびせん食ってたんだが。景色が良い所で食うお菓子は美味い


(;T)「うーーーーーーーん……」


思考がとっ散らかり易い悪癖が顔を覗かせる。どうでもええやんけ今はそんなこと
何かあったはずなんだ。決定的な何かが。そうじゃなきゃ俺が誘拐なんてされるかよ
24 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:31:09.46 ID:zjOac4sB0
(;T)「……」

( T)「……」


めんどくさくなってきたな


( T)「Village Peopleのライブチケット当たるとか言う誘い文句に乗せられたで良いか……」


むしろそれ以外考えられない。80年代の冷戦時代に置いてホップなディスコナンバーを連発して一世を風靡したボーカルグループのライブチケットしか考えられない
クソッ、なんて悪質で魅力的な罠なんだ!!!!!怒りが治まらねえ!!!!!おファック!!!!!!


( T)「よし、寝よ」


理由も判明(でっち上げた)所で、散々寝たけど寝る事にした


( T)「……」


ベッドに横になるが、まぁ、予想通りすぐには寝付けない
これからの不安や、親……親は大丈夫か頭ヤバいし。一、二ヶ月連絡無くても大丈夫やろ
俺をこんな目に遭わせた軍、あるいは政府に対する不信感と燻り消える事ない怒り
やつれ果てた『勝利の女神』との生活。様々な懸念が閉じた瞼の裏を泳いでいく


( T)「ふぅー……」


孤独ってのは気楽だが、追い詰められると想像を絶する負担に変わる
そして人間は都合の良い生き物だ。助け舟の一つや二つ欲しくなる
思い出すのは、共に戦場を駆けた戦友の姿。その中でも一番頼りになったクソ野郎の顔


( T)「……」


ああ、センチメンタルってのは重症だな。腹立たしいすまし顔のあいつの手を借りられたら、どれだけ心強いだろうか
だが、相反して憎まれ口も聞こえて来る。「え?この程度の事も解決できないのであるか?ザッコ」と


( T)「フッ……クソムカつく」


無事に、それも独断で解決したら背骨へし折ろう。そう固く心に誓った所で
ようやく、意識はまどろみの中へと沈んでいった―――
25 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:32:07.79 ID:zjOac4sB0









「ごめんなさい、一緒にはいられない」


「私、あなたが怖い。戦場に出て、見知った人が沢山死んだのに、それでもヘラヘラ笑ってるあなたが」


「……」


「……日本の、人類の、私たちの為に尽くしてくれたのは、素直に尊敬するし感謝もしている。でも、深海棲艦がいる限り……ううん、敵なら誰でも良いのでしょう?」


「手を血で染めた人の隣で、ずっと添い遂げられる自信は無いの。だから……」










.
26 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:34:28.12 ID:zjOac4sB0
他人より頭ヤバい自覚はある。だから常人なら戦争後遺症待ったなしの戦場帰りでも家でムカデ人間観ながらカレー食うなんて余裕だ
当然、どっかの神経か細い奴みたく『夢を見なくなって長くなる』なんてことはなく、普通に愉快なドリーム・ロードショーを楽しめる


( T)「……」


だからって昔の女の夢なんて見たか無かったが


( T)「寝起き最悪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆」


御託をダラダラと並べていたが、俺が深海棲艦とドンパチやってる間に
『恋人が戦場で死んだ薄幸の女』という使い古されたヒロイン属性を身につけて別の男を捕まえたクソアマだった
彼女の言葉に嘘がないとは言い切れないし、的も射ているとは思う。だが、テメーでとっとと見切り付けた分際で被害者面してんのが気に食わなかった
ので、共通の友人の手を借りて『新しい彼氏』とやらに連絡を取って事情を話し、素早く破局まで追い込んでやった
だって可哀想じゃん今後あんなクソアマとお付き合いしなきゃならないなんて。まさか名前の響きがバリバリアフリカ系の白人留学生だったとは思わなかったが
あれから、『恋人』という存在からは一切縁を切った。只でさえ煩わしい上に、気分まで悪くされるのは勘弁願いたいからだ


( T)「……」


他人より頭ヤバい自覚はある。だから常人なら戦争後遺症待ったなしの戦場帰りでも人並みの生活に戻れると踏んでいた
生き残った連中に比べりゃ、能天気に日々を過ごせていたのだろう。だが、周囲の人間がどう思うかまでコントロール出来ない
何も世界中の誰からも愛されるような人間になろうとは考えちゃいない。それでも、戦前と比べて生き辛くなったのは確かだ


( T)「……」


もし今、顔を失った俺を見てあの女はどう感じるだろうか
同情するか?憐むか?ハハ、そんなもん寄越されるくらいなら嘲笑ってくれた方がマシだ
何方にせよ、もう二度と会う事もないし顔すら見たくないし思い出したくもない。だが、もしも運命とやらがとち狂って再会した時にはこう言おう


( T)「報われねえし、儘ならねえ人生だよ」


外は今日もいい天気だった
二日続けてのクソみてえな寝起きだったが、幾らか気分は空模様と同じように晴れた気がした
27 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:35:40.17 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



叢雲「……」

( T)「遅いな。もう昼過ぎだ」

叢雲「何を、しているの?」

( T)「お掃除だよ。飯ならお台所に置いてある」


寝たのか寝てねえのか知らないが、変わらず顔色が宜しくない叢雲は、髪が跳ねまくった頭を掻いた
服はちゃんと着替えたようで、大きめのTシャツ一枚の出で立ちだ。ズボンくらい履け


叢雲「とことんわからない人ね……この場所にそこまでする義理があるの?」

( T)「俺は綺麗好きでね。汚え部屋じゃ寛げねえ」


執務室の床を舐める掃除機のスイッチを切り、ぐっと伸びをして縮こまった腰を解す
どうせやる事も少ないし、活動拠点はこの部屋になる。なら少しでも過ごしやすい環境にしておいて損はない


( T)「顔洗って着替えて飯食ったら少し付き合ってくれ。施設の案内をして欲しい」

叢雲「……嫌と言ったら?」

( T)「キミに付き纏って一日中三歳児みたいにギャン泣きする」

叢雲「考えうる中で最低最悪の脅しだわ……了解しました。お客様」


叢雲はうんざりと言った表情で皮肉まじりに一礼すると、重い足取りで自室へと帰った
さて、一通り掃除も済んだことだ。ちょっとばかし情報収集を行うか
28 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:39:43.24 ID:zjOac4sB0
( T)「先ずは……これだな」


デスクトップPCと固定電話機が置かれた執務室机。電気は通っているが、ネット回線は繋がっていない
当然、電話機も使用できない。外部との連絡手段は伝書鳩使う以外に無いのだろう


( T)「さてさて……」


御大層な椅子を引いて座る。これが『司令官』とやらが見る景色か。どうせなら鳳に乗って将軍の景色が見たい
PCの電源を付けようとして、ふと引き出しの存在が気になって開けてみた


(;T)そ「うわっ」


なんで大人の玩具入ってんだよキッショ捨てよう幼女だから泣きそう
これが前提督とやらの所有物なら、ある程度どういう人物か見えてくる。ケツの穴ガバガバの奴と友達にはなりたくねえなぁ


( T)「他にねえか……あっ」


奥の方にUSBメモリーを見つける。貴重な手がかりがチンコの型取りと一緒に転がってるのなんか嫌だなぁ
ドライブに差し込み、今度こそPCを立ち上げる。物の数分でWindows特有のどこで撮ったか判んねえ草原のデスクトップが映し出された
画面の半分がアプリアイコンで埋め尽くされている。整理くらいしとけカス


( T)「見る限り特に手を付けられていないっぽいな……?」


軍とは無関係の一般市民を監禁してんのに情報管理ガバガバのガバかよ。それとも、見られても問題のないデータばっかなのだろうか
恋空みたいな自作小説とか出てきたらどうしよう。ゲロ吐く自信しかない


( T)「先ずはUSBだな……」


ドライブアイコンをクリックして、中のファイルを検める
フォルダが二つ入っており、『静画』『動画』とタイトルが付けられていた。もう大体何なのか想像が付く


(;T)「あのさぁ……」


多分これスケベデータだ。クソの役にも立ちゃしねえ
まぁ万が一って可能性も捨てがたいな……確認だけして特に何も無かったらバキ折って捨てるか
29 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:41:34.28 ID:zjOac4sB0
( T)「」


結論から言うと、俺の想像通り……いや、それを上回る酷い中身だった
女優やネット掲示板の女神のデータでは無く、『戦場での活躍を期待される少女』の物だった


( T)「……ん、ぐっ」


喉を昇ってきた『昼飯』を、なんとか寸前で押し留めてUSBを引き抜く
メディアは彼女達の、彼女達を運用する連中の『良い面』しか報道していない。結局は『人』の行いだ。裏の側面だって当然存在するのだろう
このデータが強要されて作られた物なのか、それとも双方同意の上の物なのか。聞く術は無いし、一つ一つじっくり確かめる気力も無い。何方にせよ


(#T)「胸糞悪ぃ……」


『戦う』為に産み出された存在を、テメーの欲望満たす為に使う連中が、今の軍にはのさばっているのだ
誰もが、そりゃ俺だって『あるかも知れねーな』くらいの想像はするだろう。だが、実際に目のあたりにすると、如何ともし難い『嫌悪感』が込み上げる


(#T)「……」


『艦娘』。全てが例外なく水上の上に立ち、軽量化された兵器を背負い、深海棲艦を屠る『美少女』達
それが『造られた』存在ならば、大なり小なりの軽視はされてしまうのかも知れない。いや、『されている』のだ
元に叢雲は、人を人とも思わぬ所業に遭わされている最中ではないか。もしも、もしも彼女が人間であるのならば、人権の下に庇護されるだろう
多分、個人個人で差はあるのだろうが、少なくとも叢雲をあんな目に遭わせた連中と、このUSBメモリーの制作者は、艦娘を『生き人形』として見ているのだろう


(#T)「……」


ここに来てから腑はよく煮え繰り返る。俺たちの後釜に、『クソくだらねえ連中』が据え置かれているとは
USBを握る掌に力を込めメシャリと潰し、腹いせに床に落として粉々に踏み潰した


(#T)「……ああ、クソ」


引き続き、PCの中身を確認する気は起きなかった。気持ちを切り替えるので精一杯だったからだ
仮面越しの表情を、『艦娘』たる叢雲が読み取れるかは知らない。だが、『人間』たる俺が、彼女を蔑ろにした連中と同じ生物である俺が

彼女に『同情』や『憐み』を差し向ける権利など無い。それはきっと、侮辱にも等しい行為なのだから
30 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:43:23.12 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



勉強は好きじゃない奴でも、『知る』という行為そのものを嫌う者は少ないのではないだろうか。ご多分に漏れず俺もその中の一人だ
艦娘にしろ軍の現状にしろ、俺には知らない事が多い。故に、彼女達の『生い立ち』には非常に興味を唆られるものがあった


(;T)「……」

叢雲「ご感想は?」

(;T)「すげぇー……」

叢雲「そ。正直で結構」


しかし、『好奇心は猫をも殺す』とも言う。メディアが艦娘の生み出し方を一向に報じない理由が今わかった


(;T)「えー、じゃあ……この箱ん中に『資材』とやらをぶち込んだらキミ達が産まれるのか?」

叢雲「そんなとこ。最も、このモデルは最初期の物で、私の『親』はこの十倍はあったかしらね」

(;T)「はぁー……」


校舎と隣接する『工廠』。その内部で一際目を惹く三メートル級の『ブラックボックス』
この中に『開発資材』とやらと『燃料』『弾薬』『鉄』『ボーキサイト』をブチ込めば
最短で『十六分』、最長でも『五時間』で艦娘は『建造』されるらしい。人としてある程度成長した姿で
尚、上記の資材は暫定的にそう呼ばれている代物であり、人間界には存在しなかった物質なんだと


(;T)「どういう仕組みだ?」

叢雲「さぁ?一つ確かなのは、設備がデカければデカいほど安定して建造できるってこと」

(;T)「そんじゃあこいつは、初期不良品って所か?」

叢雲「そうね……私も資料に目を通した程度だけど、頻繁に事故は起きていたそうよ」


曰くの施設に出来損ないの不良品。ここはとことん冷遇された鎮守府らしい。地獄と名が付くだけはある
31 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:47:18.00 ID:zjOac4sB0
( T)「これは、動くのか?」

叢雲「ご期待に沿えないようで心苦しいのだけれど、機能は凍結されてるわ。残念ね、新しい『お人形』が増えなくて」

( T)「ああ、ホッとしたぜ。少なくとも爆死はせずに済みそうだ」


ここぞとばかりに投じられた嫌味を梅酒のようにサラリと流すと、叢雲は肩をすかして小さくため息を吐いた
そもそも、得体の知れない機械をゴチャゴチャと弄れるほどの度胸は持ち合わせていない。ボヤッキーみたくドライバー一本でメカ作れんならともかく


( T)「所で『資材』ってのはどこから調達してんだ?プラントでもあんの?」

叢雲「海からよ。深海棲艦の根拠地跡なんかに『遠征』してね」

( T)「連中から奪ってんのか?」

叢雲「それも無いことはないんだけれど、『拾う』というニュアンスの方が正しいかしら」

( T)「足りんの?」

叢雲「愚問ね。アラブの国に『石油足りてますか?』って訊ねるようなものよ?」

( T)「ああ……」


艦娘登場前、世界でも類を見ない大規模な殲滅作戦があった。つまり奴らの『元』となる物質が溢れるほど遺されているとも取れる
皮肉にも現状では、深海棲艦登場により滅亡の危機を迎えていた日本は艦娘技術によって世界一安全な国となったのだ
32 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:54:46.16 ID:zjOac4sB0
( T)「……言い換えると、深海棲艦はキミらの祖先のようなものか?」

叢雲「似た者同士である事は確かね……諸手を挙げて歓迎されるような存在じゃないことくらい、自覚してるわ」

( T)「……失言だった。すまん」

叢雲「あら、謝罪?人間ってちゃんと過ちを認められるのね。凄いじゃない。感心したわ」


ようやく一本取ったと言いたげにクスクスと笑う。一体どういう環境で過ごしてきたのだろうか


叢雲「気に病む必要は無いわ。直接口にされたことこそ少ないけど、陰でなんて言われていたかくらい知っているもの」

( T)「……」


万人が全て受け入れる物事など存在しない。それが理解し難いものならより顕著に現れる
当然、善い方向性の言葉もあるだろう。だが叢雲にとっては、悪い方向性の言葉が身近にあったらしい


叢雲「そりゃそうよね。得体の知れない物質から、ヒトの成長過程すっ飛ばしていきなり放り出されるモノなんて不気味だもの。私だって、当初は多少のショックを受けたわ」

叢雲「それも長くは続かなかった。心の奥底から湧き上がる『義務感』に塗り潰されていった。『ヒトを護らなきゃ』『世界を平和にしなきゃ』『彼の為に活躍しなきゃ』。今思えば、洗脳でもされてたんじゃないかってくらい燃えていたわ」

叢雲「艦娘ってね、多少の差はあれども、人間……特に、『提督』に対してある程度好意的なの。そういう風に造られたからでしょうね。だから、誰も強く反発する事は無かったし、常に愛想良く振る舞っていた」

( T)「……」


理解出来ないわけじゃない。ヒトの為に戦う存在を、反抗的にしてしまえば元も子もない
だが、何もかもを受け入れ、肯定する。そんな都合の良い存在を『女子供の形』にして産み出した事に対する嫌悪感は拭きれない
そうする他、無かったのかも知れない。深海棲艦だって、何の因果か知らんがヒト型は全て『女』に限定されている
だったら尚更、艦娘を使役する者は確固たる意志を持たねばならない。目的は美女を侍らす事ではなく、『敵の殲滅』なのだから


叢雲「夢のある話でしょう?これはバケモノと戦えて、どれだけ醜くても好きと言ってくれる『メス』を産み出す魔法の箱なのよ」


そう言って叢雲は歪に微笑んだ。思わず、背筋が凍りつく
怯えたからではない。艦娘を造り出すシステムを恐れたわけでもない
それは、彼女をここまで追い込んだ『人間』が振るう横暴さに依るものだった
33 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:56:36.41 ID:zjOac4sB0
( T)「……よ」

叢雲「よ?」


だから、俺の頭は必死に『良い側面』を探そうとした。口から飛び出た単音に続く言葉を捻り出そうと回りに回った
もしかすると、先ほどの失言を下回る発言になるかも知れない。だが、この状況を祝福できる要素があるのもまた確かなのだ


( T)「ふぅ……良かったじゃねえか」

叢雲「はぁ?」

( T)「いやごめん良かねえけど」


かなりドスの効いた『はぁ?』だったので、今度は正真正銘叢雲に対して背筋が凍る
取り繕う為の準備運動として深呼吸を一度挟む。何、正直な感想を言えば良いだけだ


( T)「キミは人間が『クソ野郎』だって気付けたし、そんな連中に従う義理はないと悟れた。だからこそここにいるんだろ?」

叢雲「……それが、『良かった』?」

( T)「まぁ、俺は道徳の先生でも人徳者でもねえからこう例えるんだがよ、極端な話『死ね』って言ってくる相手に対して『お前が死ね』って言い返せるのは、ひt……生き物としての強さで、自由でもある」

( T)「置かれた環境こそ劣悪だが、キミは産まれ持った束縛から逃れて強さと自由を手に入れた。それは決してキミにとって弱味になったとは思えんがね」
34 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:57:45.29 ID:zjOac4sB0
叢雲「あ……」


叢雲は目を丸くしてポカンと口を開ける。選択ミスったかも知れない。バッドエンドコース?やだ……セーブすれば良かった……


叢雲「あはははははは!!なっ、何を言い出すのかと思えば!!」


そしてすぐさま、腹を抱えて笑い転げた。箸を転がした覚えはないのだが


叢雲「なっ、ぶふっ、何の慰めにもなってないし、フフフ、本当に酷い例え!!あははっ、あははははは!!」

( T)「満足頂けたようで何よりだよ……いや笑い過ぎだろ引く」

叢雲「ちょ……ククク……黙って……あはははは!!」


これ怒ってもいいよな?


叢雲「はぁー、はぁー……でも、そう、そうね。貴方の言う通り、心の何処かで解放された気になってたかも」

( T)「そいつぁ結構。で、どうだい?『彼』以外のクソ野郎に笑わされた気分は?」


叢雲は目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、今度は歯を見せてニヤリと笑った


叢雲「最低よ」

( T)「結構。引き続き案内を頼む」


娯楽のない曰く付きの片田舎。出会って二日と経っていない間柄ではあるが
この、『解き放たれた艦娘』との会話は、退屈凌ぎには勿体無いほど楽しかった
35 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 22:59:35.80 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



『ストックホルム症候群』。監禁事件などで生じる加害者と被害者間の心理的繋がりをこう呼ぶ
詳しい事は俺もよく知らないが、なんかこう、犯人に?ちょっとした親切されると?感謝の気持ちが生じて?人質が協力的な態度取るみたいな?
今、俺らが置かれている状況は『被害者と被害者』であり、これに属するものではないが、似たような心理状況に陥っているのではないだろうか
『似た境遇同士のシンパシー』とでも言うのだろうか。叢雲と出会って三日が経ったが、多少打ち解けられたと感じていた


叢雲「見える?」

( T)「ああ、うん、食い物におシャブとか混じってたりする?」

叢雲「あら?てっきりご愛好しているのかと」

( T)「人のこと今までヤク中だと思ってたの?」


叢雲を爆笑させて以来、文句こそ垂れているが、艦娘教育の『教師』として教鞭を振るってくれている
枷の脅しもあるだろうが、当初ほどのやさぐれた雰囲気は見受けられない。もしかすると、『解放』を自覚して吹っ切れたのかもしれない


( T)「この、『妖精さん』とやらが艤装を動かす……一種の船員?になってんのか」

叢雲「そう。この子達が居て初めて艦娘は艦娘たる力を発揮出来る、切っても切り離せない存在よ」


今日は艦娘の装備である『艤装』についてご指導を賜っている。叢雲の手の中では、『連装砲』の妖精さんがスヤスヤと寝息を立てていた
その呼び名の通り、デフォルメされたマスコット人形のような水兵の見た目をしている。かわいい


( T)「かわいい」

叢雲「キモ」

( T)「二文字で心を抉んな」
36 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:01:55.03 ID:zjOac4sB0
( T)「ご飯何食べるの?散歩とか行ったりするの?俺も欲しい。写真いっぱい撮ってあげるんだ」

叢雲「犬猫じゃないし、写真には収められない。それとキモい」

( T)「男だってかわいいものが好きなのに」


ただしミルモ、テメーはダメだ。ミキサーに掛ける


叢雲「これは艦娘の補助を行うと同時に、『提督』足り得る人物の選別も行えるの。もう一度訊くけど、『見える』のよね?」

( T)「うん」

叢雲「……」

( T)<かわいい

叢雲「まぁ……人間性はともかく、素質があるのは間違いないみたい」

( T)「へぇー……人間性はともかくって何??????」


などと、やや不満気に返したが、『弾に当たらぬ処女童貞』ばかりが選ばれるワケではなさそうだ
そんな連中ばかりなら、叢雲だって『洗脳』から解けぬまま、今も海で敵をぶっ殺していたのだろう
だからと言って、頭の中お花畑の連中に指揮官たる仕事が務まるとも思えない。クソみてーな人間性でも、指揮官としては優秀な人材もいるのだ


( T)「そもそも、人間の指揮なんて必要か?正直な話、海上で自立して戦闘を行えない奴の指示に従うより、経験者が立てた策の方が有効に思えるが」


率直な疑問だった。だが、叢雲は雷にでも打たれたかのように固まった
しかし、すぐに取り繕うかのように力のない笑みを浮かべると、妖精さんをそっと連装砲の上へと戻した
すると冷たい鉄の上にも関わらず、熱した鉄板に氷人形を置いたかのようにゆっくりと融けていき、内部へと吸い込まれていった


叢雲「……そ、そう、ね。で、でも、素質ある人間の指揮下じゃないと、艦娘は力を、じゅ、十全に、発揮できないもの」

叢雲「り、理由は、わかんないけど、き、き、きっと、私達が『軍艦』だってことに、き、起因しているんでしょうね」


叢雲の目線は泳ぎ、脂汗が顎を伝う。率直な疑問は、地雷でもあったのだ
俺も今まで忘れていたが、彼女たちは人の姿を成した『艦』だ。則ち、『操作する者』が必要となる
俺はてっきり、その役目は『彼女』が担っていると考えていた。だが実際は、『艤装』と『本人』を含めて一つの『艦』となるのだろう
『起因』。人が操ることによって、始めて効力を発揮できる『道具』としての性質は、きっと叢雲にとっての『足枷』に違いない
37 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:03:32.89 ID:zjOac4sB0
( T)「……今日はここまでにしようか。頭悪いからあんまりいっぱい教えてもらっても覚えられん」

叢雲「え、あっ……そ、そうね……す、少し、休ませて貰うわ……」

( T)「ああ……」


そのまま、叢雲はふらりと立ち上がり、自らの肩を抱きながら自室へと戻る
艤装格納庫に、『カツカツ』とヒールの足音が響き、やがて小さくなって聞こえなくなる


( T)「ったくよぉ……」


せっかく吹っ切れたってのに、また元の木阿弥に戻してどうする。『解放』?とんでもねえ
艦娘が『艦娘』である限り、ヒトの手からは逃れられない運命なのだ。ひょっとすると、『洗脳』されたままの方が幸せだったのかもしれない
とことん人間本意に造られた存在であるのだと思い知らされる。物言わぬ無機物であるなら、それで構いやしない。でも、それでも―――


( T)「ハァー……」


いや、俺はただの一般人で、それ以上でもそれ以下でもない。機会こそあったが、俺はそれを突っぱねた
今更『提督の素質』がなんだと言うのだ。知り得なければ動きもしなかった奴が、安い同情と正義感ぶら下げて、わざわざ艦娘の『お荷物』になってどうする?


( T)「……」


ジレンマが頭を苛み、少し気分が悪くなって冷たいコンクリートの床に仰向けになった
目的が、向こうに引っ張られている。俺は俺の面倒を見るので手一杯で、その他の物事に目を向ける余裕など無い
にも関わらず、思考は叢雲の方面へと向かってしまう。どうにか出来ないかと、泥沼の中で踠いている


( T)「あー……」

( T)「……ハハ、ハハハ!!」


別に気が狂ったんじゃない。自覚したのだ。こんな状況になって尚、『他人を気遣える余裕』が残っている事に


( T)「なんだよ、まだまだやれんじゃねえか!!」


グズグズ悩むなどらしくないし、諦めるなんて持っての他だ
二兎を追って二兎を獲る。そんな生き方をしてきたのだ。これからもそうする。そうさせて貰う
38 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:06:01.64 ID:zjOac4sB0
( T)「深呼吸してからのヨッシャ!!!!!!」


身体のバネを使って跳び起き上がる。孫氏はこう言った。『激水の石を漂わすに至るは勢なり』
なんか難しい言葉だけど結局は勢い任せの方がこう上手いこと行くと言う教えだ。多分そんな感じだった


( T)「やるかァ!!」


今すぐ出来ることは限られている。すぐさま叢雲の後を追って適当な慰めなど逆効果だ
だが、自分の問題ならすぐにでも取り掛かれる。先ずはこの肉体を全盛期まで取り戻そう
いや、求めるのは常に『それ以上』。敵こそ不可解であるが、規模は大きい筈。だからこそ、俺の中の火は『勢い良く』燃え上がる


( T)「筋肉の時間だ!!」


軽く屈伸をして身体を解す。手始めにアップがてらフルマラソンでもキメてやろう
親もこう言った。『頭より身体を動かせ』。その教えに倣い、初めの一歩を踏み出した
39 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:07:53.39 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



新設されたのであろう寮棟は、木造校舎と比べれば格段に安心感があるものの
人気の無い建物には変わりなく、不気味な寂しさに包まれる。こんな場所で一人暮らしてりゃ幾らか気が滅入るだろう


( T)「飯(はん)やぞ」


そんな中、叢雲の自室を見事探し当てた(三十分掛かった)俺は、夕飯の知らせをわざわざ届けに来たのだ。あーらよ出前一丁って感じ
あれから数時間は経ってる。このまま引きこもられるんじゃ無いかって懸念があったものの、それも杞憂に終わり、ドアはすんなりと開いた


(;T)「おまっ……」

叢雲「……気にしないで。もう済んだ」


掻き毟られ、血と滲出液で濡れる首筋を、バツが悪そうに隠す
一種のストレス障害か。ここ数日目立っていなかったが、俺の発言で振り返したらしい


(;T)「……先に風呂、か?」

叢雲「ええ……悪いわね、お客様に世話を焼かせて」

(;T)「いや……俺の勝手だ」


学んだ事の一つだが、艦娘は風呂……『入渠』を行うと、早くて数分、最長でも一日で外傷が治る
また、特殊なナノマシンを配合した高速修復剤、通称『バケツ』を使うと、更に短縮されるそうだ
40 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:13:16.43 ID:zjOac4sB0
( T)「溜めてあるからゆっくり浸かってこい。ああ、俺はシャワーで済ませたから残り湯じゃないぞ。実際清潔」

叢雲「別に気にしないわ……」

( T)「そうかい。俺は一番風呂大好きだから例え家族でもちょっと嫌」

叢雲「繊細なのね」

( T)「見た目に依らず、な。じゃあ俺ぁ食堂で待ってるから」

叢雲「……ねぇ!!」


歩き出した背中に、廊下に響く大きな声が掛けられる
振り返ると、叢雲は服の裾をギュッと握りしめ、俯いていた


叢雲「……何も、詮索しないの?」


『暗黙の了解』は、向こうが先に破った。この数日、俺たちはお互いに過去を詮索しなかった
気にならないと言えば嘘だ。だが、言いたくもない話をわざわざ掘り出すほど無粋ではない
しかし逆に、ここまでの仕打ちを受けながら、ある程度の事情を知るかもしれない人物から何も聞き出さず日々を過ごすのは、不安を招く真似だったのかもしれない


( T)「キミが胸中をぶち撒けて、救われるなら幾らでも聞いてやる。そうでないなら、俺から訊く事はねえよ」

叢雲「どう、して……?」

( T)「過程がどうあれ、奴らからキミに対する仕打ちは今ここにある。だから、聞いたところでやる事も想いもさほど変わらない」


これは俺にとってもそうだ。大義名分がどうあれ、俺は俺の都合で『やられたらやり返す』


( T)「だから、キミ自身が『必要』と感じたのなら、俺は話を聞こう。それまで野暮な詮索はしないさ」

叢雲「……」


人は他人の意見でそう簡単には変われない。時にそれはお節介や、場合によっては誹謗中傷にも成り得る
だが、意見を『求める』のなら話は別だ。変わる意思があるのなら、お節介も中傷も糧に出来る
そのきっかけを生み出すのも、また自分自身だ。他人たる俺は、その瞬間まで幾らでも待とう
41 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:13:45.15 ID:zjOac4sB0
( T)「それまでは……まぁ、くだらねえ話でもしようじゃねえか。俺の話が聞きたいってのなら、寝物語の代わりに語ってやってもいいしな」

叢雲「……そう」


憑物が取れたかのように肩を下ろす。不安は多少解消されただろうか


叢雲「……気を、悪くさせたわね。ごめんなさい」

( T)「おや、謝罪か?艦娘も過ちを認められるんだな。すげえよ、感心した」


少し意地悪に数日前の意趣返しをすると、叢雲は目を丸くさせた後に、やや不機嫌に膨れてみせた


叢雲「嫌味な男ね」

( T)「そっくり返すぜお嬢さん」


叢雲はゆっくりと歩き出す。追い付くまで少し待ち、それから並んで廊下を歩いた
些細ながら、進展はしたのだろう。目標は、空に浮かぶ月のように遠かったが
確かな流れを感じる事が出来た、良い一日だった
42 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:15:17.42 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



( T)「米を巻き込んで、掌で押し込む。十回ほど繰り返して、水で流す」

叢雲「こう?」

( T)「もうちょい優しく。米が砕けるぞ」

叢雲「……」

( T)「あからさまに不機嫌になるのやめな???????」


仕事とは、生きる上でついて回る活動だ。誰もが願わくばこんなものに関わらず一生遊んで暮らしたいだろうが
逆にこれが無いと、時間と体力を持て余し、結果的に不気力な生活を送ってしまう。一生懸命働いて、働いているから2chも楽しい理論だ
仕事は『活動』だ。大小に関わらず、そこには『益』と『意味』が生じる。家事炊事も例外では無い


叢雲「貴方、言ったわよね?世話を焼くのは『俺の勝手だ』って」


ぶつくさと文句を言いながら、叢雲は釜の中の生米を不慣れに掻き回す


叢雲「どうして私が、飯炊きする羽目になっているのかしら?」

( T)「二十一世紀だぜ?自炊くらい出来なきゃ恥かくのはキミだ」

叢雲「まさか、『女だから』って理由じゃ無いでしょうね?」

( T)「それも古い考えだ。知ってるか?厨房のバイトは男の方が多い。調理師もまた然りだ」

叢雲「あーそう!!どうでもいい情報をどうもありがとう!!」

(;T)「水を切る時はゆっくり傾け……米が流れるだろうが!!」


咄嗟にザルを差し入れたので、流しに米がぶち撒けられずに済んだ
43 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:16:18.59 ID:zjOac4sB0
叢雲「ハァ……それで?」

( T)「目盛りまで水を入れて、しばらく吸水させてから炊飯器のスイッチを押す。これで米が炊ける」


悩みを忘れる為に仕事に没頭する。そんな話は良く耳にするだろう
俺が突然、彼女に自炊を教えているのもその狙いが大きい。ジッとしているより常に活動している方が嫌な事を忘れられるからだ
それを知ってか知らずか、不満気だが一応は付き合ってくれている。『地』が露わになる時間も、徐々に増えているように思えた
しかし、まさかとは思ったが台所に立った事すら無いのは想定外だった


( T)「洗剤で洗うとか言い出さなくて心底ホッとしてる」

叢雲「バカにしてんの?そんな奴いるわけないじゃない」

( T)「バカってな、常識を覆すからバカなんだよ」

叢雲「……冗談よね?」

( T)「キミが思う以上に世界は広いぜ?さ、飯を炊いてる間にカレー作るぞ。包丁を取れ」

叢雲「はいはい……」

( T)「逆手に握んな」


俺が寝てる間によく一人で生きていられたなこいつ
44 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:18:24.02 ID:zjOac4sB0
( T)「皮は剥いておいたから、食べやすい大きさに切るんだ」

叢雲「食べやすい……大きさ……」


人参を押さえ付けながら、まな板すら両断するんじゃないかってくらい柄を握りしめて狙いを定める
案の定、指は伸びっぱなしだった。やだもうアタシ見てらんない!!!!


(;T)「猫さんの手!!」

叢雲「へぇ!?いきなり何よ気持ち悪い!!」

(;T)「食材を抑える指は曲げろ!!で、包丁の側面を中指に沿わせてスライドさせて切るんだ!!キミ今力いっぱい叩き切ろうとしてんだろ!!」

叢雲「そっ……そんなワケ、ないじゃない……」

(;T)「指詰めた広能でもそんな乱暴にしなかったぞ……手本が先か。ちょっと貸せ」

叢雲「誰よ広能って……はい」

(;T)「刃先を向けるんじゃない……キミには教える事が沢山ありそうだな」


行儀悪いマルクルの食事を見るソフィーの気持ちが分かった所で、交替する
先ずは切りやすいように縦に両断し、そこから乱切りにしてく
叢雲は腕組みをして、どこか悔しそうな、それでいて感心したかのような目で俺の手つきを眺めていた


叢雲「お上手ね……その筋のお仕事を?」

( T)「いいや、親の教育の賜物でね」


ジャガイモは小ぶりだったので、両断してから二当分。これを何回か繰り返す
45 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:20:47.44 ID:zjOac4sB0
( T)「元軍人……自衛隊だった」

叢雲「なら、小銃を握ってる時間の方が長かったんじゃない?」

( T)「いや、もっぱらダンベル握ってたよ」

叢雲「それが仕事?」

( T)「深海棲艦が現れるまではな。ほとんど訓練が仕事のようなもんだ。良い時代だったぜ?好きなだけ身体を動かせて、給料貰えるんだからな」

叢雲「逞しいのね……」

( T)「まぁな。ほれ、玉ねぎ切ってみろ」


切りやすいようにこれもまた両断し、包丁の刃を上向きに置いて一歩下がる
叢雲はふぅと溜息を吐き、今度はキチンと指を曲げて食材を抑えた


( T)「艦娘はどいつもこいつも料理が出来ん連中ばっかりか?」

叢雲「艦によりけり、ね。極端な例で言うと『間宮』という補給艦なら、建造されたその日から台所で腕を振るわ」

叢雲「後はそうね……鳳翔さんもその気質があるかしら。配属された場所に寄っては、現場そっちのけで炊事やらされてるって話も聞くわ」

( T)「へぇー……」


『切れ』としか指示してないので、繊維に沿って不器用な太さで玉ねぎは切られる
まぁ炒めりゃどうせ小さく柔らかくなるんでそれでも良い。などと思っていると、叢雲はピタリと手を止めた


( T)「どうした?」

叢雲「……目」

( T)「あっ」


この日の料理教室は、催涙野菜の洗礼を受けた所でお開きとなった
46 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:22:20.48 ID:zjOac4sB0
( T)「そういや、好きな食いモンとかあるのか?」


ふとした疑問に、目を赤く腫らした叢雲は口に運ぶスプーンの手を止めた
そろそろリクエストくらいして貰いたい。献立考えるのがめんどくさいからだ


叢雲「……好きな食べ物、ねぇ」

( T)「パッと出るだろ普通」

叢雲「そんなこと言われても、好き嫌いなんて聞き入れて貰える環境じゃなかったもの」

( T)「今は違うだろ。俺はキノコ類が嫌いだ。始めにキノコを食べた者を軽蔑する。毒かもしれないのにな」

叢雲「貴方の、その偶に出る芝居っぽい口調は何なの?」

( T)「オタクの悲しい性かな」


叢雲は暫く閉口して考えた後、ポツリと答えを呟いた


叢雲「甘い物、かしら」

( T)「甘口が良かった?」

叢雲「いえ、お菓子の方よ。一度、ケーキを口にする機会があってね」


舌に遺る記憶が蘇ったのか、叢雲の表情はうっとりと陶酔した


叢雲「思わず、『美味しい!!』と口にしたのは、あれが初めてかしら……」

( T)「どんなケーキだった?」

叢雲「スポンジ生地に薄くホイップクリームが塗ってあって、間にもフルーツジャムとクリームが挟まっていたわ。不思議な食感で、舌に痺れが走るほど甘かった……」

( T)「……フフ」

叢雲「な、何よ?」

( T)「いや別に」


お世辞にも『上等』とは言えない、回転寿司屋にでも出てきそうな安いケーキなのだろう
それでも、彼女にとっては忘れられない味であり、良い思い出に違いない。とても微笑ましい姿だった
47 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:23:51.40 ID:zjOac4sB0
( T)「しかし、ケーキねぇ……」

叢雲「作れるの!?」

( T)「いや、生憎専門外でな。そもそも、材料が無い」

叢雲「そ、そう……いえ、少し図々しかったわね……」

( T)「オイオイオイそこで萎縮すんな。さっきも言ったが今はキミがいた環境とは違う。好き嫌いも飯の要望も好きなだけ伝えろ」


産まれながらの性か、それとも後天的に植え付けられた物かは定かでは無いが
艦娘である彼女は、どうも人間に対して自分の要望を通す事に抵抗があるように見えた


( T)「俺はキミの上官じゃねえし、偉そうに説教垂れる立場でもねえ。ただの同居人で、友人だ。水臭えのは無しにしようぜ」

叢雲「……あ、の」


言葉が詰まったのを聞いて、俺は目線をカレーの皿から彼女の顔へと移す
唇が震慄いており、震えはスプーンに伝わり皿をカタカタと叩く。これも地雷だったか。だが


( T)「『俺はキミの上官じゃない』」


『乗り越えなければならない』。これから先、彼女が人生を歩む為に、過去を克服しなければならない
艦娘はヒトに従い、操られるだけの存在じゃない。『兵器』ではなく、確固たる自意識のある一つの生命体としての『自覚』を持たねばならない
要望、『我儘』は、その為の第一歩だ。例え造り出された存在であろうとも、何の蟠りも無く、産まれながらに持つ『権利』を行使しても良いのだから
48 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:25:00.57 ID:zjOac4sB0
叢雲「……か、辛い、から、もう少し、甘口にして頂戴」


やっとの想いでその言葉を絞り出せたのなら、当然こう返す


( T)「わかった。蜂蜜を取ってくる」

叢雲「つ、次からでいいわ!!た、食べられない程じゃ、な、無いもの……」

( T)「そうか。他に不満はあるか?」

叢雲「その……味噌汁を、薄めに作って貰いたいのだけれど……」

( T)「了解した。味噌汁の作り方を教える時、キミ好みの味にしてみるか」

叢雲「そ、それと!!」

( T)「うん」

叢雲「……オムライスって、作れる?」


堰さえ切れば、抑え込んでいた欲は次々と流れ出る


( T)「勿論だ。明日の昼のメニューは決まりだな」


暫くは、献立に頭を悩ませずに済みそうだ
49 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:28:40.56 ID:zjOac4sB0
―――――
―――



一週間が過ぎて、この奇妙な生活にも慣れて来た頃


( T)「さってと……」


先延ばしにしていた『地獄の鎮守府』の調査を再開した
ただし、前と違う点が一つ。叢雲にも協力してもらう事にしたのだ


叢雲「再三言うけど、私だって詳しいわけじゃ無いのよ?期待はしないように」

( T)「構わん。考える頭が多いに越したことはない」

叢雲「呆れた……仮にもまだ軍属の監視者に協力を仰ぐなんてね」

( T)「だから時間を掛けて見極めたのさ。それとも何か?キミはこの場所の謎が気にならないのか?」

叢雲「ハァ……そう言われると弱いわね。良いわ、付き合ったげる」

( T)「どうも。先ずはこいつだ」


執務机の引き出しから、へし折った『棒』を投げ渡す


叢雲「何よこれ?ゴミ?」

( T)「大人の玩具」

叢雲「大人の……ッ!?なんて物寄越してんのよ!!」


割と強めに投げ返されたそれを片手で受け止め、そのままごみ箱にシュートする。実際超エキサイティンだった


( T)「その様子だと、知らなかったようだな」

叢雲「知らないどころか触ったのも初めてよ!!最っ悪!!なんでこんな物が机から出てくるワケ!?」

( T)「そこだよ」
50 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:31:39.79 ID:zjOac4sB0
仮にも軍の一拠点、その司令塔とも言える執務室には到底相応しくない『物』
見つけた時こそお茶漬けのようにサラッと流したが、そもそも『在る』事自体、疑問視すべき事態だ。俺は梅のお茶漬けが好きだ


( T)「例えば、前提督の所有物だったとしよう。その彼が何らかの理由で死亡して、身辺整理が行われる」

( T)「で、こんな物を処分せず、あからさまに引き出しに仕舞ったままにするか?粘膜に触れるもんだ。使用済みなら衛生の観点から処分して然るべきだろう」

叢雲「知ったこっちゃ無……」

( T)「ピンと来たか?」

叢雲「……あえて、用意されていた物だった?」

( T)「かもな」


これは叢雲には伏せるが、艦娘のポルノデータも遺されていた
加えて、彼女は『求められれば全て応じろ』とも指示されており、それを俺に伝えもした


( T)「便所のネズミもゲロを吐くようなゲスいやり方だが、これは恐らく俺の『扇情』を煽る為の仕込みだ」

叢雲「っ……」


寒気がしたのか、叢雲は身震いを起こす。よもや此処まで汚い組織とは思いもしなかったのもあるだろう
では何故、こんな不愉快な仕掛けを遺していったのか?現状を鑑みれば、一つの答えに辿り着く


( T)「『観察実験』」


連絡手段のない孤立した場所で、追い込まれた被験者がどのような行動を起こすか
数年前に台頭したサスペンス・スリラーのようなシチュエーションを彷彿とさせるのだ
51 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:33:15.51 ID:zjOac4sB0
叢雲「……私が餌ってワケね」

( T)「再度確認するが、俺をここに留める以外の指示は受けてないな?」

叢雲「え、ええ……必要最低限って感じだったわ」


この怯え方から察するに、嘘は言ってない。リアリティを増す為の措置なのかもしれない


( T)「気が悪くなる話、聞きてえか?」

叢雲「……言うだけ言ってみて」

( T)「推測になるが、『解放』の条件である可能性もある」

叢雲「うっわ……」

( T)「良いか悪いかはまた別だがな。この場所に纏わる『不審死』や『流島』の噂は、実験結果を隠す為の詭弁かもしれない」

叢雲「だとして、貴方が起きて早々こじ開けた教室の説明が済む?」

(;T)「あー……」


確かに、恐怖を掻き立てる演出ではあったが、労力に見合うかと言えば首を傾げる仕込みだ
元々、別の目的で施設運営がされていて、その名残だったかも知れないが、不愉快になるものをわざわざ残す意味もない


(;T)「解釈を広げれば、俺の仮説と噂は両立しているとも取れる」

叢雲「お互いに干渉しているけど、別問題ってことね」

(;T)「そこは考えても仕方ねえから保留にしとくか……」

優先されるべきは、俺の立てた仮説の裏付けだ。もしここが一つの実験施設ならば、過去にも俺と同じ目に遭った人物がいた可能性がある
しかしそれならば、『鎮守府』としての体など成さなくてもいい。艦娘に対するアクションを調査したいのならば、密室にでもぶち込んどきゃ済む話だ
にしては、ここは鎮守府としての設備が一通り整っている。現状、機能こそ停止されているが、実際に運用された実績も遺っているかもしれない
52 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:35:50.07 ID:zjOac4sB0
( T)「この部屋の資料は使い物になるか?」

叢雲「そうね……書類なんかは概ね処分されていたけど」


叢雲は本棚に近付くと、本を一冊抜き取る
かつての大戦を分析した戦略本の、適当なページを開いて見せつける
ページの端は栞代わりに折られ、有効と思われる文章にはマーカーが引かれていた


叢雲「『使われた跡』は残っているわね」

( T)「そんじゃあつまり……」

叢雲「ええ。被験者かどうかはさて置き、『提督』がいたのは確かよ」

( T)「ふむ……じゃあ、こういう分類になるかな」


ノートにザッと浮かんだパターンを書き込んでいく

@実験関係なく提督が居座っていた
A実験内容を把握した上で、提督業務も行った
B実験内容を知らされず、提督業務を行った
C俺と同じく何も知らないまま放り込まれた


叢雲「@、Aはあり得るわね……工廠も人の手が入った痕跡は遺っていたし、艤装保管庫にも引き摺ったりぶつけた跡があった」

( T)「問題はその何某が何処へ消えたか、だな」

叢雲「解体……いえ、艦娘まで付き合う意味は無いし、噂が本当だった可能性もあるわね」

( T)「総じて呪いくんだりによる不審死か、それとも口封じか……だな」

叢雲「……噂に関してだけれど、誰も出所は知らないって言ったじゃない?」

( T)「ああ、死人に口無しと返したな」

叢雲「『火のない所に煙は立たない』」

( T)「……流布した奴はいる、って事か」

叢雲「ええ。偶然の一致って線もあり得るけど、もしかすると私のように実験に付き合った艦娘、もしくはヒトの『生き残り』がいるかも知れないわ」
53 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:38:03.90 ID:zjOac4sB0
( T)「……だとすると、Aの可能性が濃厚となるな。プリンかよ」

叢雲「だけど、進んで協力した人物があえて軍の不利になる噂をわざわざ流すとも考え難い」

( T)「艦娘か……だが」

叢雲「機密に近い情報を流した処分は受け、今はもう居ない……と、考えるのが筋でしょうね」

( T)「……」

叢雲「最も、違反を律する為にあえて軍が仕組んだって線も捨て難いわ」


親が子供を躾けるために言い聞かせる、『ブギーマン』のような脅し
大人になれば誰もが『馬鹿馬鹿しい』と一笑に伏すような内容だが、幼い容姿も多い艦娘にとっては一定の効果があるかもしれない


( T)「……一縷の望みだが、外部からの救いの手ってのもあり得るか」

叢雲「どう……かしらね」

( T)「いや、やめておこう。希望的観測なんざロクな目に遭わねえ」


頭に浮かんだ楽観的な展望を振り払い、次の考察に入る


( T)「他に何か思う所はあるか?」

叢雲「うーん……失敗の基準、かしら」

( T)「アレか」

叢雲「アレもそうだけど、ぶっちゃけこの手の問題はあちこちで起こってるし……正直な話、戦果さえ挙げられたら後は黙認、ってのが現状よ」

( T)「ふぅん……」


叢雲の口振りを聞くに、『この手の問題』が原因でここに送られたワケでは無さそうだ
まぁそれが普通であり、特に誇るべき事柄でもない。それが出来ない野郎が大勢いるってのは嘆かわしくはあるがな
54 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:39:45.12 ID:zjOac4sB0
( T)「となると、実験云々関係なく、スーパーエリートを養成する場所だったってのも浮上してくるな。やり方は乱暴極まりないが」

叢雲「この辺は提督の『素質』に関わってくるかもね」

( T)「『艦娘』の能力を更に引き上げるのが目的か……」


戦術云々の話なら、横須賀でも呉でもどこでだって行える
レッドカード一発退場レベルの計画だからこそ、人目の付かない場所を選ばねばならないのだ


叢雲「Bはどう?」

( T)「書き出しはしたが、最も遠い線だな」

叢雲「その心は?」

( T)「もし、実験に置いて俺と同じく『傷害』を受けるのが前提なら、『何も知らないまま』協力的になるのはあり得ない」


必ずしもそうとは言い切れないが、わざわざ反感を買うような真似をする意味はない
命に関わるレベルの大火傷なら尚更だ。そもそも、常人に耐え切れる怪我ではないのだ
犯罪者や身寄りのない者という線も挙げられるが、運用実績が残っている事が矛盾となる
俺ならそんな連中を軍事機密に関わらせないし、そもそも指揮官業務が務まるとは到底思えない


叢雲「……じゃあ、どうして貴方が選ばれたのかしら?」

( T)「……そこだよな」


心当たりが無いわけではない。軍に残った連中の顔が頭に浮かぶ
だが信じたくは無い。幾ら顔を合わせる度に罵倒し合う仲でも、無二の友人に代わりない
例え面と向かって『お前を売った』と宣言されても、猿の惑星のラストで自由の女神を見た瞬間くらい信じたくは無かった
55 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:41:17.12 ID:zjOac4sB0
叢雲「……良い機会、かも」

( T)「ん?」

叢雲「貴方の話、聞かせて貰える?」

( T)「……」


今か。いや、今だよな。重要なのは他人ではなく俺がここにいる理由なのだから
PCの中身も気になる所だが、優先されるは彼女の『要望』だ。断る理由もない


( T)「……お茶を淹れようか」

叢雲「ああ、座ってて。私が」

( T)「そうか。頼む」

叢雲「ええ」


叢雲が給湯室に向かうのを見送ると、腹の底からギュウと緊張が湧き上がる感じがした
徒競走のスタート前の感覚に似ている。一週間を経て、ようやくスタートラインに立ったのだなという実感からだった


( T)「……」


こんな形で、昔を振り返るたぁな。つくづく、人生とはわからんもんだ
56 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:43:05.29 ID:zjOac4sB0
叢雲「お茶請けが無くて申し訳無いわね」

( T)「いや、上等だよ」


応接用のソファーで向かい合い、熱い茶を啜る。彼女と初めて出会った時も、こうして顔を見合わせたな
あの時と比べ、幾分か顔色が良くなったように見える。身なりが整うと、目を張るほどの別嬪さんだった


叢雲「どうかしたの?黙りこくっちゃって」

( T)「いや、フフ、いやいや。掃除した甲斐があったとしみじみ思ってた所だ」

叢雲「何よそれ……気持ち悪いわね……」


口悪いなこいつ


( T)「さて……なんか改めると恥ずいな……」

叢雲「言いづらい話まで掘り下げるつもりはないわ。そうね……じゃあ、『好きな食べ物』から始めましょう?」

( T)「好きな食べ物か。フフ」

叢雲「フフフ」


彼女『個人』の話を聞いたのは、それが初めてだったな。出だしとしては上々だろう


( T)「春巻きが好きだ。揚げたてにベッタリとカラシと醤油つけてな。具は甘辛く炒めた春雨とミンチで、バカみてーに飯が進んだよ」

叢雲「ふぅん……美味しそうね」

( T)「俺ん家は寂れた田舎町にあってな。楽しみと言やぁ飯か、親父が撮り貯めた映画か、町に一軒しかない本屋で漫画本買い漁るくらいだった―――――」
57 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:44:23.16 ID:zjOac4sB0
語り出すと、口は案外回るものだ。銀幕のアクション・スターに憧れて身体づくりを始めた事や
ロクに勉強もせず漫画ばかり読み漁ってたら、母親に没収されて自宅という魔窟に迷い込んで見つからなかった事
飼っていた犬が可愛くて、ずっと携帯の待ち受けにしている事。亡くなった時に学校を休んで布団の中で泣いていた事
どれも核心を突くような話ではないが、向かいの彼女は相槌を打ち、時に笑いながら聴いてくれている


( T)「で、高校に上がった頃、地元で有名なヤンキーと揉めてな。十……何人くらい?ボコボコにして退学を食らった」

叢雲「盛ってるわよね?」

( T)「本当だもん」


思えば、人生最初の分岐点はそこだった。学業か、就職か
ならもう思い切って大人の階段昇る君はまだシンデレラさ気分で選んだのは、体躯が活かされる『自衛官』という職だった
親元を離れ、厳しい先輩や教官に扱かれる環境だったが、案外大したことなかった。体術訓練を良い事にボコボコにしたりした。楽しかった


叢雲「どういう神経してんのよ……」

( T)「いやまぁ、悪い人らじゃ無かったし……ちょっと癪に障っただけで……」

叢雲「よく今まで刺されずに生きて来れたわね」

( T)「反省はしてる」


楽しかったよ。沢山の友達も出来たし、尊敬に値する上官にも出逢えた
面白い後輩にも恵まれたし、何より鍛えて金が貰えるってのが俺にとっちゃ美味しかった
実益と、やりがいと、誇り。天職だと思ったね。幸いにも日本は平和主義国で、どっかのお国みたくドンパチやる事もねえ
そりゃ先行きは不透明だったが、暢気に過ごせていた。あの日が来るまでは


叢雲「……深海棲艦ね」

( T)「ああ」


誰もが目を疑っただろう。俺だってぶっちゃけ特撮映画かなんかの映像かと思った
真っ青な顔したお偉いさんが、ネットを使った緊急集会を開いた最中も、白昼夢でも見てるような心地がしたよ
メディアも何もかんも大騒ぎしてた。専門家は某国の新兵器の可能性があるだとか平気で宣ってたし
年に数回あるか無いかレベルの怪奇現象番組に出演する大先生が、タレントに茶化される事なく自論をベラベラと垂れ流してた
それでも人間、世間って結構遠くの物事には興味こそ抱くが危機感は薄くてな。バタバタと慌ただしくなった自衛隊を差し置いて、大半の人はいつも通りの日々を送ってた
日本人特有の勤勉さからかも知れないし、事態を楽観していたからかも知れない。何方にせよ、すぐに大混乱が起きたわけじゃ無かった
58 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:46:56.05 ID:zjOac4sB0
( T)「遠洋で運用される学園艦が一斉に帰港した頃からかな。叙々に不安は広がっていった」

叢雲「あれには驚かされたわ。私達の『世界』には無かったシステムだもの」

( T)「ほう」


『私達の世界』。これまた気になるワードが出た。確か、艦娘の元となった軍艦は俺たちの世界にはない大海戦を経験したと聞いたことがある
別の世界から何故、『ここ』を選び現れたのか。気になる所だが話の腰を折るほどではなかった


( T)「『海は安全ではない』。天候、人為を除いた第三の未知なる危険。いち早く察した奴は内地に、もしくは大陸のど真ん中への避難を開始していた」


重い腰を上げる連中は増えていった。スーパーからは日持ちする食料や水が消えた。ガソリンスタンドには長蛇の列が出来て、道は混雑した空港……まぁ、海外の対応もあっただろうが、航空機の運用は見送られた。にも関わらず、少しでも生存率を上げようと沢山の人が詰め寄った
俺たちも駆り出されたよ。飛べねえっつってんのに飛ばせ飛ばせと喚く馬鹿どもを送り返す為にな
当然、銃なんて向けられないから身体張って自宅に戻れって声が枯れるまで叫んだ
パニックってのは怖えよ。中にはぶん殴ってくるような奴もいた。後輩がキレそうになったのを咄嗟に抑え込んだ
自衛隊は人を護る仕事だ。群衆は尽く被害者だし、何より暴力に訴えれば沽券に障る
正義がお好きな方々は『帝国軍事主義の復活』だとか鬼の首取ったかのように喚くのは目に見えている
現状尽くせる最善が、甘んじて暴力や暴言を受けいれ、落ち着いてもらうよう語り掛けるだけだった


( T)「でよ、一人の女性が縋り寄ってきたんだ。『子供がいない、探して欲しい』ってな」

叢雲「……」


コミケ会場も真っ青の人混みと騒ぎの中で、小学二年生の迷子を探すのは至難の技だ
空港の管理局も対応に手一杯で、まともに連絡も取れやしない。足を使って探した方が早かった
こんな危険で、来る意味も無い場所に連れてきた親の責任と言い捨ててしまえばそれで終いだが、子供には何の責任もない
同僚に一声断りを入れると、二つ返事で了承してくれた。押し寄せる人を掻き分けて、俺のタッパが大人の半分以下のガキ探すのは難儀したよ
手がかりと言えば、服装の特徴と、手渡してくれた写真。おさげを二つこさえて、魔法少女の玩具を楽しそうに振り回す姿が写っていた
59 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/15(土) 23:51:36.11 ID:zjOac4sB0
( T)「……」

叢雲「……その子は?」

( T)「……入れ違いでな。母親が医務区画を訪れたすぐ後に、運び込まれたらしい」


小さな身体に、靴底の汚れと吐瀉物、血の滲みが広がっていた。泣きながら処置を施す救急隊員を、また別の隊員が怒号を上げながら止めようとしていた
ここにいる誰もが、殺意や悪意を抱いてないのは理解していた。ただ、転んだ子供を鑑みる余裕すら無かったってだけだ
我慢の限界だった。だからと言って、暴力に訴えれば更なる犠牲者を産むのは目に見えている
そうだな、俺は案外冷静だったかも知れない。冷静に、ブチギレていた。手っ取り早く混乱を抑え込むために、極めて冷めた感情で頭を働かした
その足で母親に訃報を伝えるより先に、空港のインフォメーションに向かった。そこにはアナウンス用のマイクがあったからだ


( T)「音量を最大に引き上げて、その子の名前と、たった今亡くなった事をその場にいる全員に伝えたよ」

叢雲「……」


その子がどのように亡くなったか。との時の状態はどうだったとか。そんな事を喚いてたんじゃ無いだろうか
靴の裏をよく見ろ。血は着いてないか。人を押したのでは無いか。皆さんが、配慮に欠けた市民の皆さんが
テメーの命欲しさに無理を通そうとするお前らが、一人の女の子を殺した。制止しようとした隊員を殴りつけて、不運に見舞われた女の子の名前を出してまで、俺は成し遂げたかったんだろう


( T)「バカ共に一生残るような後悔と、心傷を与える事にな」

叢雲「……そう」


幸か不幸か、アナウンスの効力は絶大だった。残酷な事実は、頭に昇った血を鎮めるには持ってこいなのだとこの時知った
俺は錯乱したと判断されてすぐさま拘束された。決して誉められた行為では無い。命の尊厳を貶める真似だったと今でも思う
報道は瞬く間に広がった。驚くべき事に、賛否は拮抗していた。自衛隊員の暴走とも、勇気ある決断とも言われた
件の母親の下には連日報道陣が詰めかけたと聞いた。その後、子供の後を追ったとも。民衆はマスコミを、マスコミは矛先を逸らすために俺を、それぞれ厳しく非難し始めた


( T)「笑うよな。深海棲艦が現れて、国内で真っ先に起こった被害が『人災』に寄るものだったなんてよ」

叢雲「……」
259.20 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)