魔王と魔法使いと失われた記憶

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404 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 19:32:00.87 ID:tce8OdH5O


「間に合ったにゃっ!!!」


一人はシェイドだ。その前にいる、小柄な人影は……


そいつはおもむろに、外套のフードを外した。黒髪の……こいつも女か?


そして、すかさず懐から銃を抜いた。


「そこまでよ、『テイタニア』」


「「教授っ!!!?」」


プルミエールとエリザベートが、同時に叫んだ。……教授?

「シェリル」の笑みが、消えた。



「アリス・ローエングリン…………!!!!」



こいつが、アリス・ローエングリン?テルモンに向かっていたと聞いていたが……なぜここに。


405 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 19:32:40.65 ID:tce8OdH5O
「シェリル」が、無表情で彼女を見つめる。アリスの銃口は、ぶれない。

「『エオンウェ』を戻しなさい。発動したら、撃つ」

「……どちらが早いですかね?」

「どうかしらね。ただ、これでこちらが『有利になった』」

「有利?数は圧倒的にこちらですよ?」


そう嘲笑う「シェリル」の背後から、ふらりと1人の娼婦がやってきた。その手には……雨で濡れて鈍く光る、短刀。

406 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 19:33:08.04 ID:tce8OdH5O



「かかったな」



ドスッッッ!!!



その刃は、「シェリル」の脇腹を貫いた。


407 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 19:35:02.52 ID:tce8OdH5O
第19-3話はここまで。

アリスたちが乗っているのは、バイクのような何かと理解していただければ幸いです。
この世界には、アルベルトの「モニター」のような文明レベルを逸脱した「秘宝」が複数存在しています。これもその一つです。
408 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 19:48:46.69 ID:tce8OdH5O
武器・防具紹介

「ソーン・ウィップ」

2級遺物。モリブスの娼館協会に伝わるものである。能力はマナを打撃力へと変換するというもので、力の弱い娼婦でもならず者を撃退できるという意味で格好の武器。
今回は「シェリル」からの魔力供給を受けた上でなので、かなり常軌を逸した強さになっている。

キャラ紹介

ラファエル・ワイルダ(26)

デボラの義弟。兄のマルケスとは10歳ほど離れていた。
体育会系でハキハキした性格。明るく素直な舎弟気質である。歳上から可愛がられるタイプ。
身長187cm、82kgと大柄。エリックとはそう歳が離れてはいないが、実兄の仇を討ってくれたこともあり懐いている。
脚は速く、荒事にもなかなか強い。
409 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/15(木) 21:01:13.13 ID:wkMHugriO
なお、ソーン・ウィップの元ネタは薔薇棘◯◯ですが、某漫画を想起させてしまうため敢えて英語表記にしています。
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/15(木) 22:28:29.61 ID:6zBFLtLI0
411 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:51:35.46 ID:fQT6VlPqO




第19-4話




412 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:52:02.24 ID:fQT6VlPqO



その時、時間が止まった。



今目の前で起きていることが、理解できない。いきなり「シェリル」の後方から現れた娼婦が、彼女を刺した。何が起きたの?


「ぐ……ぐおぉぉっっ!!!」


「シェリル」は肘打ちで娼婦を引き剥がした。娼婦はそのまま数メド先に吹っ飛ぶ。

ポタポタと赤い血が雨で濡れた地面へと垂れていく。致命傷かは分からないけど、これが深手なのは私にも分かった。

「あ……貴女はっっ!!?」

かすれた「シェリル」の声に応じるように、ゆらり、と娼婦が立ち上がる。口から流れる血を拭うと、ニヤリと笑った。


「この時を待っていたぜ……『シェリル』。お前が来たお蔭で計画の変更を、余儀なくされたがな……」


その口調は、まさかっ……!!?


「ビクターッッ!!?」


413 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:53:52.20 ID:fQT6VlPqO


「おいおい、ネタバレはやめてくれよ……もう少し混乱させたままでいさせてほしかったが」


ランパードさん!!?じゃあ、今立っているのは……?


「……まさか、貴方っ!!?」

「そう、『憑依』だよ。条件付きで発動する、特殊な術式を使った。多少後ろめたかったが、まあそれはいい」

短剣を「ランパード」さんが構える。ギリッ、と「シェリル」の隣にいたエルフの女性が歯噛みしたのが分かった。

「『人形繰り(マリオネット)』が、甘かった??」

「いやあ完璧だったさ、リリス。伊達にお前さんにモリブスの任務を預けてたわけじゃねえよ。しかも『シェリル』の力まで上乗せされてたからな……事前の対策なしじゃ詰んでた。
正直、『六連星』の一角がいたのは大誤算だったぜ……心配かけたな、姫」

「ううんっっ!!」

泣きながら彼女が首を振る。「シェリル」はというと、傷口に手を当ててはいるけど、まだ立っている。回復魔法、それも、相当強力なやつをかけているようだった。

彼女が「ランパードさんの身体」を見た。

「……まさか、この身体は」

「ああ、ただの『脱け殻』だ。お前さんに会って、咄嗟に『罠にかかったふり』をしたというわけだ。
……しかし、幽閉されているはずの『シェリル・マルガリータ』の正体が、あんただとは思わなかったぜ……」


空気が、重く、冷えていくのが私にも分かった。「シェリル」からの殺気が強まったのだ。


それに構わず、「ランパード」さんが言う。

414 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:54:18.90 ID:fQT6VlPqO




「そうだろ?『魔女テイタニア』。いや『三聖女』が一人『テイタニア・ランドルス』」




415 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:55:25.51 ID:fQT6VlPqO


「「え」」


「何っ!!」


エリックも叫ぶ。「三聖女」って……「サンタヴィラの惨劇」の、生き証人じゃないっっ!!?


「……その名は捨てましたわ」


「だろうな。一つ言えるのは、お前はテイタニアであってシェリルでもある。シェリルの意思はあるんだろうが、お前自身の自我も感じる」


「それに、答える、義理は……ないっっ!!!」


ブォン、と斧が振り下ろされた。「ランパード」さんはそれを辛うじて交わす。

「……っぶねえ。この身体じゃ厳しいな……。お前が手負いで助かったぜ」

「……マリアの走狗がッッ!!皆殺しに……」


「エオンウェ」が地面に突き立てられた瞬間……「シェリル」が、身を大きく捩った。


バォンッッッ!!!!


銃声と同時に、遥か向こうで何かが壊れる音がした。娼館の壁が、粉々になっている。

私やエリザベートはもちろん、エリック、そして「リリス」と呼ばれたエルフも身動きが取れなかった。
突然の出来事に対する驚きだけじゃない。教授と「シェリル」の圧力が、凄すぎるからだ。

教授が静かに告げる。

「……さすが、よく避けたわね。でも、次は当てる」
416 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:56:06.27 ID:fQT6VlPqO
「シェリル」が険しい表情で辺りを見渡した。

「……これ以上、ここにいるのは危険なようですね。リリス、あとは頼みましたよ。『増援』、そろそろでしょう?」

「ええ、お姉様。彼らは私が必ず」

「私は退きます」

短く答えると、「シェリル」は教授を睨んだ。昏く、憎悪のこもった漆黒の瞳で。


「……アリス、貴女は私が必ず……この手で殺す」


そう言うと、彼女が何かを取り出した。すぐに、その前に空間の歪みができる。


「……逃がすかっ!!」


一気にエリックが間合いを詰める!しかし、その一閃が届く直前に……「シェリル」は姿を消した。


教授が忌々しそうに、彼女が消えた虚空を見つめる。

「取り逃がした、わね。……その台詞、そっくり返すわ『裏切り者』」
417 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:57:03.59 ID:fQT6VlPqO
「『裏切り者』??」

「説明はここを切り抜けてから。そろそろ、来るわ」

花街の入り口から、10人ほどやってくるのが見えた。あれは……!!?

「ラファエルさんにウィテカーさんっっ!!?」

やった!という安堵は、次の教授の一言ですぐに消えた。


「あれが『増援』ね」


リリスと呼ばれた女が、ニィと口の端を上げる。

「そう。私の『お人形』。ランパードの身体も、まだ操れますよ。お姉様ほど上手くはないけど」

「人の身体だからといって無茶しやがって……っっ!!?」

ビシイィィ、と「ランパード」さんの前に鞭が振り下ろされる。

「貴方にしてはあっさりやられたと思ったんです。やはり貴方は、警戒すべきだった」

「今までの経験上、シェリルの『中枢』は『人形繰り(マリオネット)』を使ってくると知ってるからな。……まさに『禁術』だぜ。
だが、種が割れてりゃ、対応できる魔法でもある……っと」

立て続けのリリスの攻撃を、「ランパード」さんは辛うじて避けていく。

「『シェリル』……いや、テイタニアの力で『中枢』になっても、戦闘能力自体が高まったわけじゃねえな。動きが甘めえ」

「いつもいつも偉そうにっっっ!!!」

ビユッッという風切り音がここまで聞こえた。それと同時に、ランパードさんの身体の方も「彼」に向けて突進していく!


キィン


「お前の相手は、俺だ」

418 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:58:08.32 ID:fQT6VlPqO
刃はエリックの短剣で受けられた。すかさず蹴りを放つけど、それは空を切る。

「おいおい、加減してくれよ?殺すと俺まで逝く」

「知らんな。にしても」

彼らの周りを、7人ぐらいの娼婦たちが取り囲む。どうするの?

「プルミエールッッ!」

教授が叫ぶ。そうだ、こっちにも人が来てるんだった!!

一斉に、ワイルダ組の人たちが襲い掛かってくる!
特にラファエルさんは速いっ!最優先で止めないと……!!


「ぐおおおおっっっ!!!」


まるで剣のような爪が、目の前に迫る!


「『幻影の矢(ミラージュ・ボルト)』!!」

彼の顔に矢が直撃する。「うおおおおっ」という叫びと共に、ラファエルさんは踞った。
でも、その背後からは……デボラさんの弟が!?


ボゴォッ


誰かが彼を吹き飛ばす。……え。


「シェイド君!!?」

「何ぼーっとしてるにゃ??まだまだ来るにゃ!!」

そう言うと、シェイド君はオーガの大男を右拳の一撃で昏倒させた。魔法で膂力を大幅に高めてると、私は直感した。

「う、うんっ」

魔力はかなり使っちゃってるけど、何とかしなきゃ。私は出力を抑えた「矢」を次々と放っていく。

それにしても……強い。向こうで大勢を相手に立ち回っているエリックやランパードさんはもちろんだけど、シェイド君もこんなに強かったんだ。

そして、何より……

「『石の弾(ストーン・バレット)』」

教授の周囲で浮いていた幾つもの石礫が、まるで弾丸のように放たれた。それらは的確に、ワイルダ組の人たちや娼婦の脚に当たっていく。
致命傷じゃない。でも、動きを大きく制限するには、十分な打撃だ。この人たちに罪はないから、足止めに特化してるんだ。

ただの、優しくて優秀な指導教官だとばかり思っていた。しかしこれは……


間違いない。アリス・ローエングリンは、とても戦い慣れている。


419 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 18:58:39.71 ID:fQT6VlPqO
「何者なんだろう……?」

エリザベートが呟いた。そう、彼女がただの学者じゃないのは、もう間違いない。でも、今はこの危地を抜け出すのが先だ。

鍵を握るのは……やはり。

エリックをチラリと見た。息は荒く、酷く疲弊している。
極力操られてる人たちを傷付けないように戦ってるみたいだけど、あれは相当疲れるんだ……!
何より「ランパードさんの身体」……娼婦たちだけならなんとでもできただろうけど、それの攻撃は相当に激しい。

もちろん、それはランパードさんも同じだ。こっちはもう少しで片付きそうだけど、彼らがもたないかもしれない!


「さすがに……もう限界の、ようですね」


勝ち誇ったようにリリスが言う。「ランパードさんの身体」も、止めを刺さんと突きの体勢になった。……まずいっ!!!


その時、ずっと身を屈めていたエリザベートが私に囁いた。

「ごめん、貴女の身体を貸して」

「え」

「いいから貸して!!」


向こうではリリスが鞭を振り上げた。もう考えている、余裕なんてない!!


「分かったっっ」


次の瞬間、私は意識を失った。


420 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 19:08:47.14 ID:fQT6VlPqO
第19-4話はここまで。

次回で一応19話は終わりです。多分かなり短めのエリザベート視点になります。
421 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 19:33:00.39 ID:fQT6VlPqO
魔法紹介

「石の弾」

大地精霊魔法。石の弾を作って放つ基礎的な魔法だが、使い手が達人なら極めて強力な魔法にもなる。
アリスは10数個の弾を高速で放つことで、複数対象の足止めを行った。
加減しているため殺傷能力は抑えられているが、その気になれば本物の弾丸同様に貫通することも可能。
もちろん、石の弾を巨大な岩と化して放つこともやろうと思えばできる。

「膂力(エンパワード)」

肉体強化魔法。一時的に剛力を身に付けることができる。
魔法としては初歩だが、こちらも使い手によっては強力なものに化ける。シェイドの得意魔法の一つでもある。
なお、体術は我流+エリックの指導によるもの。エリックにはさすがに劣るが、それでも魔法なしのランパードよりは強い。
422 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:53:39.56 ID:dqLnEAoQO




第19-5話




423 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:54:22.95 ID:dqLnEAoQO
私の視界が切り替わった。本体は無防備になるけど、今更そんなことは言っていられない。
プルミエールの魔力は枯渇しかけている。これでは、十分な魔法なんて撃てはしない。だけど、私が「憑依」すれば……!!

今日はずっと守ってもらってばかりだった。ビクターを助けるためにここに来たはいいけど、ほとんど何の役にも立ってない。
それがずっと悔しくて、情けなかった。だから、これは……私の「わがまま」でもある。

そして、これから……私がこの魔法を研究対象として選んだことが、正しかったと証明するんだ。


私は、1ヶ月前のことを思い出していた。


424 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:54:49.85 ID:dqLnEAoQO
#

「実用性、ですか?」

紅茶を飲みながら、アリス教授が頷いた。

「そう。確かに既存の『憑依』を改良させるのは面白いわ。ただ、人間相手の『憑依』は人道的な問題もある。『面白い』以上の実用性が必要ね」

「実用性……既存の魔法を高次のものへと発展させるだけじゃダメなんですかね?」

「それじゃ教授連の審査は通らないわ。『改良することでどのような社会的貢献につながるのか』を突き詰めないと」

私はうーんと唸ってしまった。そうか、それだけじゃ不足なのか。

「諜報活動がしやすくなる、では?」

「確かに政府……特にトリスにとっては有益でしょうね。でも、魔法は権力者のためにあるんじゃないの。普通の民衆にとって役立つものでないと」

「そうですか……むむむ」

アリス教授がティーカップを置いて微笑んだ。

「まあ、私ならこうするという答えはあるけど。あと少し考えれば、答えは見えるはずよ?」

「えー、教えてくださいよぉ」

「ダメ。それは自分で考えなさいな」

クスクス笑いながら、教授はお茶うけのクッキーを摘まんだ。もう少し、かぁ……何だろう?
425 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:55:30.80 ID:dqLnEAoQO
#

あれからずっと考えてたけど、答えは出なかった。でも、今なら分かる。あの「シェリル」が見せてくれた。
エリックのあの鋭い剣撃を、ビクターの脱け殻は受けていた。普段の稽古ではかなり押されてたのに。
本気のエリックの攻撃を受け止められたのは何故?


……そう、「憑依」と共に魔力を送り込んで、肉体能力を高めてたからだ。あのリリスという女も、それに近いことができているようだった。


つまり……「憑依」することで魔力を与えることができる。そして多分、同意した相手なら……本人しか使えない魔法だって使えるはずだ。

魔力賦与、それが隠れた……そして「人のためになる」この魔法の使い途。そして、これを使って……ビクターを救う!

プルミエールの「記憶」を使って詠唱する。マナの練り方も、彼女の肉体が覚えている。そしてそこに……今日はほとんど使っていない、私の魔力を上乗せすればっ!!
426 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:55:58.76 ID:dqLnEAoQO



リリスという女が鞭をエリックに向けて振り下ろし、「ビクターの身体」が本物の彼を突かんとした瞬間、それは完成した。


「『幻影の矢(ミラージュ・ボルト)』ッッッ!!!」



427 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:56:28.05 ID:dqLnEAoQO

「え」

女は魔法の発動に気付いた。魔法の矢は僅かに逸れ……


パァンッッッッ!!!


「ビクターの身体」の所で弾けた。

そう、交わされる可能性があるのは分かってた。だから、これは……狙い通りだ。


「………!!!??」


「ビクターの身体」は踞る。精神は乗っ取られてるけど、それを支配しているリリスには少なからぬ影響があるはずだ。


そして……一瞬の隙さえ作れればっっ!!!

428 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:57:05.40 ID:dqLnEAoQO



「よくやったっ!!」


エリックが最後の力を振り絞り、リリスの懐に潜り込む。


ドンッッッッッッ!!!!!


「ぐ…………は…………」


渾身の当て身。そして、リリスは崩れ落ちる。


429 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 21:57:32.05 ID:dqLnEAoQO


決着したのは、すぐに分かった。


「……ん……く……」

「え……ここ、どこ?」

「嘘、何で私、こんなところに!!?」


次々に娼婦たちが正気を取り戻していく。リリスが気絶したから、魔法が解けたんだ。


私は、プルミエールの身体のまま、その場に座り込んだ。訳もなく、涙が流れてくる。


……やっと、終わった。


430 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 22:03:38.36 ID:dqLnEAoQO
第19-5話はここまで。

次回は色々種明かしです。幾つかの伏線が回収されます。

なお、今回の大まかな位置関係(最終局面)はこんな感じです。


     ワイルダ組一行


     アリスとシェイド


  娼婦たち   プルミエールとエリザベート   娼婦たち


娼婦たち  エリック  「ビクター」  娼婦たち

     リリス  ビクターの肉体


戦っているのは大通りと思ってください。     
431 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/16(金) 22:14:49.58 ID:dqLnEAoQO
魔法紹介

「人形繰り(マリオネット)」

「憑依」の発展版でシェリル・マルガリータ(テイタニア・ランドルス)の18番。キスをした相手を、簡単な命令に従わせるだけの「人形」と化す。
シェリル(テイタニア)が行った場合は会話などもできる程度には自我が残せる。リリスだとゾンビのようにしか操れない。
操れる対象は相当広く、シェリルなら数百人を支配下に置ける。リリスでも30人ぐらいは動かせる。
この際に魔力を分け与えることで、対象の強化も可能。ランパードの場合はまさにそうだった。なお、効果が切れると反動は重い。

用語紹介

「中枢」

シェリル(ランドルス)は「憑依」の強力版(詳細不明)を使うことで、ある特定の行為をした相手を「中枢」と呼ばれる存在とできる。
「中枢」はシェリル(テイタニア)に強烈な崇拝心を抱くが、ある程度の自我は残している。
過去の「中枢」がシェリルの名を騙ったのは、彼女からの命令である。

そして、この際「中枢」は大きく元から強化される。その際に彼女から受け取った魔力と共に「人形繰り」が使えるようになる。
リリスは本来そこまでの凄腕でもなかったが、シェリル(テイタニア)によってかなりの戦闘力を身に付けていた。
432 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:20:16.82 ID:tjvlTkr2O




第20-1話




433 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:21:06.46 ID:tjvlTkr2O

「んー!やっぱりシェイドの料理は美味しいわねぇ」

教授が美味しそうに「レー」の匙を口に運ぶ。真っ赤なその見た目からは、とてもそれが食べ物だとは思えない。

「えっと……それ、辛くないんですか?」

「辛いわよ?でも、疲れを取るには食べなきゃ。特に、エリック君、だっけ?貴方は特に食べた方がいいわよ、昨日相当無茶したでしょ」

エリックは無言でお米とともに「レー」を口にする。

「……旨いな。新しいレシピか」

「にゃ。南ガリアから『トマの実』が流通するようになったから使ってみたにゃ。見た目ほど辛くはないから、プルミエールさんも食べるといいにゃ」

本当に大丈夫なのだろうか。恐る恐る口に運ぶ。

…………

「辛っ!!?」

エリックが呆れたように息をつく。

「つくづくお子様舌だな。こんなので音を上げていたら話にもならんぞ」

「いや、ちょっと……これは大人でも無理よ、そう思わない?エリザベート」

モグモグと口を動かしながら、ふるふると彼女は首を振る。

「おいひいよ?最初だけだほ」

「え、エリザベートまで??」

「いい加減モリブスの味にも慣れてくれないとな。やっと修練に専念できるようになったわけだからな」

ジャックさんも苦笑する。私は渋々、もう一度「レー」を口にした。……確かに、辛いだけじゃなくてその奥には深い甘味がある気がする。我慢すれば、食べられないこともないかな……

「んぐっ。ビクターにも食べさせてあげたいけど、あの分じゃしばらくはかかりそうですね」


そう。この食卓には彼の姿はない。襲撃を受けたワイルダ組の対応に当たっている、デボラさんもだ。

434 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:22:10.16 ID:tjvlTkr2O
ランパードさんは、あの後すぐに元の身体に戻った。
ただ、「シェリル」……いや、テイタニアの「人形繰り」で無茶な動きをさせられたせいか、筋の腱とかがあちこち千切れてしまっていたらしくしばらくは安静にしなければいけないらしい。


花街での戦いから、一晩が明けた。やっと、少しは安心できる状況になったみたいだ。


あの後すぐにベーレン候が駆けつけ、事の収拾に当たった。幸い、あれほどの大規模な騒動だったにもかかわらず、死んだ人はいなかったという。
あの中では比較的疲労が軽かったエリザベートを中心に、警察への説明が行われた。こういう時に「トリス森王国第三皇女」という肩書きは絶大であったらしく、驚くほど好意的に取り調べは終わった。
エリックはというと、「君がいると話が厄介になる」と教授によっていち早くジャックさんの家に戻されていた。
もちろん、ランパードさんを別にすれば彼の疲弊具合は相当のものだったから、多分それもあるんだろう。

リリスという女は睡眠魔法をかけられた上でひとまず確保されている、らしい。ただ、「『憑依』で操られていただけだろう」ということだから罪に問われることもないみたいだけど。
後で彼女に何があったかについては、私が行って調べることになっている。「シェリル」について、何か分かればいいのだけど。

ただ、その前に……色々、教授には聞きたいことがある。この人は、一体何を知っていて、そもそも何者なんだろう?
435 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:23:53.84 ID:tjvlTkr2O

「お、来た来た」

教授がパンと手を叩いた。目の前に運ばれたのはプリン。普通のより黄色く見える。

「『レイ芋』を練って練り込んだにゃ。これも南ガリア産にゃあ。コクがあって美味しいにゃ」

「しばらく来ないうちに、南ガリアとの交易は随分進んだのね。ジョイスさんもやるわねぇ……んっ、美味しいっ!」

私も口にしてみる。お芋の甘さが口に広がって、とても濃厚な味わいだ。
砂糖はそんなに入ってないみたいだけど、それでもしっかりとした甘さを感じる。焦がした砂糖のソースが、それを引き締めているのもいい。

「本当に美味しいですね!シェイド君、これどこで習ったの?」

「ふふん、秘密にゃ。でも後で教えてあげないこともないにゃ。1対1……」

ドンッ

机を叩いてエリックが睨むと、シェイド君から冷や汗が流れた。

「じょ、冗談にゃあ……」

「……ふん」

ジャックさんと教授が、同時に深い溜め息を漏らした。

「シェイド、貴方そういうところ直ってないのねぇ。ジャックも何やってるの」

「どうにもな……生来の気質としか言いようがないな」

「そう簡単に諦めないでよ。シェイドの性根、今度私が叩き直してあげようかしら?しばらくここにいるし」

「……!!?そうなんですか」

「ええ。……ジャックの身体、そんなに永くないみたいだし」

「え」

食卓が重い空気に包まれた。当の2人は、平然としたものだけど……
436 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:24:47.31 ID:tjvlTkr2O
「……そうなんですか」

「まあな。若い頃の無理が祟った、というべきかな。……コフコフッ、『魔素』が、俺の身体を蝕んでいたらしい」

「『魔素』?」

「高濃度のマナ……お前らの修練とは比べ物にならんやつだ……それを浴び続けていると、身体が徐々に狂っていく。
この超高濃度のマナを『魔素』という。俺が車椅子になった原因が、それだ」

教授が静かに同意する。

「まあ色々無茶をしたからね、お互い。私も多分、そう遠くない未来に発症するんでしょうね」

「え……!?」

「やぁよ。私はまだ大丈夫だって。ただ、ジャックは……」

「そうだな。明日明後日ということはないが、いきなり病状が急速に悪化しても驚きはない。だから、俺の身が朽ちる前に、お前たちに色々遺しておきたいというわけだ」

ジャックさんの表情は穏やかだ。もう、きっと覚悟は決まっているんだろう。

エリックが小さく息をついて苦笑した。

「プルミエールたちが、最後の弟子というわけだな」

「知ってるだろうが、俺は弟子を取らんぞ。お前はケインのことがあったから別だがな。だから唯一にして最後、というわけだ」

教授の目が鋭くなった。

「でも、そうのんびりもしてられないわよ。ミカエル・アヴァロンは今、ロックモールにいる。いつまでそこにいるかは分からない」
437 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:25:43.81 ID:tjvlTkr2O
ロックモール。モリブスとテルモンの国境にある街だ。私は行ったことがないけど、「絶頂都市」という別名がある。
西のベルバザス、東のロックモールと言われる娯楽と色欲の街だけど、私には一生縁がないと思っていた。

「どうしてそんなことを知ってるんですか」

「だって、確認したもの。アヴァロンがあそこにいることは、間違いない。少なくとも昨日時点では」

「……??ちょっと待ってください。早馬でもロックモールからここまでは、3日はかかりますよ?」

エリザベートが言う通りだ。そんなことは、できるわけがない。

しかし、教授の言葉は予想を遥かに上回っていた。

「いえ、その気になればテルモンからここまで1日で来れるわ。シェイドはあれに乗ったから分かるでしょ?」

「……にゃ。テルモンまでの距離は、ざっくり500キメドにゃ。人の脚では頑張っても10日、早馬でも1週間はかかるにゃ。
でもあの……何て言ったかにゃ、『バイク』にゃ?あれなら可能にゃ、恐ろしい速さだったにゃ」

「そういうこと。まあ、移動してるのを見られたら、明らかに不審な何かだけどね。……話がズレたわ」

教授は紅茶を口にする。

「とにかく彼はロックモールにいる。『シェリル』もといテイタニアが敗れたのを知ったら、またこちらに来るかもしれない。
そうでなくても、早めにロックモールに行かないと彼に去られてしまう可能性は高いわ。だから、ここに残れるのは精々数日」

「それは理解したが……奴はロックモールで何を?禁欲を旨とするユングヴィ、それもイーリスの原理主義派からしたら決して相容れない都市のはずだ」

「詳しくは私にも分からない。ただ、魔術師が随分といるようだった。何かやろうとしてるんだと思う」

ジャックさんが頷いた。

「本来は俺が行くのが筋だが、この身体だ。それに、何にせよサンタヴィラに行くならロックモールは通る。お前らを鍛えた上で送り出さねばならんが……」

ちらり、とジャックさんがエリザベートを見た。


「エリザベート。お前らは国に帰らねばならんらしいな」

438 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:26:18.17 ID:tjvlTkr2O
「えっ!!?」

驚いた。そんな素振りは、今朝も全然……

「ごめんなさい、プルミエール。お母様からさっき連絡があったの。簡単な説明はジャックさんにしたけど、要は『シェリル』の件で一度国に戻らないといけないの」

申し訳なさそうにエリザベートが下を向く。確かに、昨日の一件はそれだけ重大なものではあったけど……

「でもちょっと待って??ここからトリスって……歩きだと1ヶ月近くかからない??」

「ああ、それなら私の『バイク』を貸すわ。あれなら3日もあれば大丈夫。アーデンの森だけは通り抜けるのが手間だけど」

「教授が乗ってたアレ、ですよね?そんなに簡単に動かせるものなんですか?」

「あれは運転者の魔力を食って動く『秘宝』。貴女の『番』なら、そう問題ないと思うわ。走行の安定については、機械が勝手にやってくれるから」

「は、はぁ……まさか、それも教授の発明なんですか?」

ウフフ、と教授が笑う。

「さすがに無理よ。教授連に見付からないよう、ずっと隠してたの。運転者の魔力を食うように改良したのは私だけど」

「どこでそんなものを」

「それは内緒。……ただプルミエール、貴女とエリック君だけじゃロックモールに行くのは危ないと思うわ。ということでシェイド、同行してくれる?」

「はいにゃ!!おっぱ……や、何でもないにゃぁ……」

エリックに睨まれたシェイド君がさらに冷汗を流した。……大丈夫なのかな、この子。

「ま、ロックモールから戻ったら性根から鍛え直すからそのつもりでいて頂戴。
……プルミエール、私に訊きたいことは山ほどあるんでしょうけど、それはビクター・ローエングリン卿が起きてからでいいかしら。彼が一緒の方が、話が進みやすいから」

「はい」

時計は朝の9の刻を示そうとしている。モリブスの中心部に行く時間が迫っていた。
439 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:28:58.73 ID:tjvlTkr2O
第20-1話はここまで。次回は視点をエリックに変えます。

なお、トマの実=トマト、レイ芋=サツマイモです。プリン含め、かなりの食文化は現実のそれと重なっています。
なぜそうなっているかにはちゃんと設定がありますが、分かるのはずっと先でしょう。
440 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:29:46.62 ID:tjvlTkr2O
なお、次回は若干の性描写があります。ご注意ください。
441 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 18:53:04.27 ID:tjvlTkr2O
アイテム紹介

「バイク」

「秘宝」の一つ。見た目は大型バイクだが、動力源がガソリンではなく魔力であったり、ハンドル・バランス補正などある程度の自動運転機能を備えている点は異なる。
元はもう少し現実世界の二輪車に近かったが、アリスが手を加え現状のそれになった。
最大時速は200kmだが、十分な道路舗装がされていないこの世界ではそこまで速くは走行できない。
それでも移動手段が基本徒歩と馬車しかないこの世界の文明レベルから見れば、明らかに逸脱した移動速度である。

アリスがどのようにこれを入手したかは現在不明。ただ、アリスは明らかにこうした「秘宝」の扱いに習熟している。
その理由の一端は、近いうちに明らかになるかもしれないし、明らかにならないかもしれない。
442 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/19(月) 20:57:54.38 ID:tjvlTkr2O
>>438
訂正。ビクター・ランパード卿でした。
443 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:09:48.40 ID:mjsf9+/tO




第20-2話



444 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:10:20.16 ID:mjsf9+/tO
リリス・リビングストンは拘束衣に身を包んで寝かせられていた。俺が気絶させた後、即座にかなり強い睡眠魔法をかけられたままだ。
幸い、デボラならベーレン候同様に「治療」はできるはずだ。あまり「巻き戻す時間」が長くなければ、だが。

「……辛そう……」

「同情は後にしろ。先にやるべきことをやれ」

「……分かってるわよ」

プルミエールは「追憶」を彼女の身体にかけ始めた。差し当たり、俺がファリスを殺した翌日の昼……アヴァロンがエストラーダ候を「消して」からの記憶を見ることにする。

「きゃっ!!?」

水晶玉には汗だくの男の裸が見えた。どうやら事を致している最中のようだ。

『はあっ、はあっ』

『もっと!もっとですわ……!!』

プルミエールが目を覆う。

「な、何でこんなのがっ!?」

「こいつはモリブスの娼館協会の会長だぞ?客を取ってもおかしくはないだろう」

「で、でもっ!……こんなの見るの、初めてで」

「……ふん。『早送り』すれば済むだろう」

プルミエールは顔を真っ赤にして水晶玉に映る映像を先に進めた。
こいつが処女なのは容易に想像がつくが、それにしても免疫がないな。……まあ、俺もそう経験が多い方でもないが。

それにしても、昨日あんな大胆なことをしておいてこれとは……やはり、大した意味はないのか。俺は軽く息をついた。

水晶玉の中ではさっきの男が去り、リリスが身を清め始めた。さっきの嬌声が嘘のように、鏡に映る彼女は醒めた表情をしている。

「……ふと思ったのだけど、この人ってそこまで歳でもないのに、そんなに偉いの?」

「エルフは長寿かつ老けにくいからな。どこの街でも花街の元締めは大体エルフだ。多分こいつ、80歳近いぞ」

「えっ……でも、どうして」

「エルフは子供ができにくいからな。元来好色なのもあるが、血を繋げるために娼婦になるのも少なくない。
そして、世界各地の花街の娼婦を『草』とし、情報収集をしているのがランパードというわけだ。……呼ばれたな」

リリスは身支度をして客を迎えに行く。その先にいたのは……


『ご指名頂き、ありがとうございます。……『シェリー』様」



「『シェリル』!!?」



445 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:13:55.64 ID:mjsf9+/tO

プルミエールが思わず大声をあげた。肌の色は白く、長い耳もないが、それは間違いなくあいつだ。

「馬鹿が、起きるだろうがっ」

「でも、ここって娼館でしょ?何で女性の……彼女が」

「娼館に女でも来ることがないとは言えないが……そうか、相手がエルフならあり得る」

「え?」

「エルフには両刀が少なくないからな。娼婦なら、当然対応できるはずだ」

そして、ここまではリリスは正気だったことも分かる。恐らく、「シェリル」の支配下に置かれたのはこの時だ。

『さすが、モリブスの『魔姫』。聞こえに違わぬ美しさですわ』

『お褒めに頂き光栄です。……にしても、女性のお相手は数年振りです……上手くできるかしら』

『うふふ。『普段通り』でいいのですよ?』

そう言うと、「シェリル」は彼女に口付けた。舌を挿れられたのが、すぐに分かった。「憑依」されたか。
なるほど、花街ばかりが「シェリル」に狙われているわけだ。自然に、魔法の発動条件を満たせるのだから。

「切っていいぞ。いつまで戻せばいいのかは、大体分かった」

「……うん……えっ」

プルミエールは「追憶」を続けたままだ。水晶玉の中では、2人の女が絡み合い始めた。さっきと違って声は熱っぽく、本気なのが分かる。

「……女同士の睦み合いに興味があるわけじゃないだろう?」

「いや、違くて……」

「シェリル」の股間からは、男のそれが生えている。エルフにはそういう魔法があるらしいから、それ自体に驚きはない。
プルミエールが驚いていたのは、その右腕だ。昨日は手袋で気付かなかったが……これは。


「義手か」


「うん。でも、これって……」

「……『秘宝』?」

そうだ。肘から先が、全て銀色の金属になっている。こんな精巧なものを作れる職人がいるのだろうか?
だが、合点が行く所もある。あの重そうな「エオンウェ」を片手で軽々扱える時点で、尋常ではなかったのだ。

「秘宝」とは、この世には有らざる力を、使用者にもたらすものであるらしい。「遺物」が武器や防具の類なら、「秘宝」はその道具版だ。
ただ、遺物以上にその存在は知られていない。俺もその存在は御伽噺の中にしかないと思っていた。
ジャックは恐らく色々知っているのだろうが、俺が「秘宝」の実物を見たのはアリスの「バイク」が初めてだ。そんなものが、そうゴロゴロあるとは……

水晶玉からは「お姉様、お姉様ぁ……!!」と喘ぎ泣く声が聞こえる。これ以上は俺も変な気分になりそうだ。

「……止めてくれ」

プルミエールは顔を赤くしながら頷いた。アリスなら、何か知っているはずだ。あの女も、謎が多過ぎる。
446 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:14:38.94 ID:mjsf9+/tO
#

リリスのことはデボラに任せ、俺たちは一度ジャックの家に戻った。「4日前まで戻すのは相当難儀だねぇ」ということだったが、何とかしてくれるはずだ。
エストラーダ候の家の跡地については、後に回すことにした。昨日のこともあり、プルミエールもさすがに疲れている。

「よう、リリスの様子は?」

ランパードが松葉杖をついて出迎えた。心配そうにエリザベートが横で支えている。

「一応、経緯は分かった。客として来た『シェリル』にやられたらしい」

「……やはりな。まあ、悪い奴じゃねえんだ。寛大な処置を頼みたいところだが」

「そういう方向性らしいな。アリスは」

厨房からエプロン姿の彼女が顔を出した。

「どうしたの?」

「色々訊きたいことがある。あの『シェリル』という女、そしてお前自身についてだ」

「まあちょっと待ってなさい。『パンの実のケーキ』が焼き上がるから、お茶でもしながら話しましょ?肩肘ばかり張ってると、疲れるわよ?」

奥からはシェイドの声も聞こえる。どうやら教えながら作っているらしい。

「……のんびりしたものだな」

「あなたもその仏頂面やめればいいのに。……もったいないわよ」

「何がだ」

「……!!な、何でもよっ」

プルミエールが顔を赤くした。エリザベートとランパードがニヤニヤしている。

「……何がおかしい」

「いやあ、素直になった方がいいよ?エリック」

「……は??」

顔の温度が一気に上がる。いかん、さっきの睦み合いを見てしまったからか、どうにも調子が狂っている。
そもそも昨日の昼、口移しに丸薬を飲まされたのがおかしかったのだ。本人にその気があるのかないのか、ハッキリしてくれないと……困る。

「ちょ、ちょっと!!?」

「んふふ、プルミエールも正直に言えばいいのに。お姉さんには大体分かってしまうんですねぇ」

「な、何がっ」

「そりゃ決まってるでしょ?エリックを……あ」

向こうでアリスが微笑んでいる。……何か知らないが、異常な圧を俺でも感じた。

「エリザベート、そこまでにしなさい。ケーキが焼けたわよ」

「は、はいぃ……」

エリザベートが一発で大人しくなった。居間からは、芳ばしい匂いが漂っている。
俺は少し安堵した。……彼女の気持ちを聞くのが、怖いのか?それとも……
447 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:16:41.33 ID:mjsf9+/tO
#

「久し振りの教授のケーキ、本当に美味しいですっ!!」

「ふふ、ありがと。食材、本当に増えたわねぇ。このポックリとした味わい、流行るんじゃないかしら」

目の前に出された「パンの実のケーキ」は、確かに旨い。ふんわりとした素朴な味わいだが、コクもある。パンの実を裏漉ししたクリームが、旨味をさらに引き立てる。
甘いものは決して好きではない俺だが、これなら十分に食べられる。何より、深煎りのコーヒーとの相性が素晴らしい。

「にゃ!今度コンキスタ通りのケーキ屋の子に、レシピ教えるにゃ!」

「それをダシにするつもりならダメよ」

「にゃぁ……ボクに自由はないのかにゃ……」

「ジャックだけの時に散々好き放題したでしょ?貴方もちゃんと躾なさいな」

「……面目ない」

こんなジャックは初めて見た。口許が思わず緩む。

「何が可笑しい」

「いや、珍しいものを見たんでね」

「お前もいつかこうなるさ」

「……は?」

「まあそれはいい。アリスに質問があるんだろう?いつかは知る話だ、俺の方からも説明するが」

アリスが真顔になり、小さく頷いた。

「私に話せる範囲で話すわ。何でも言って」

真っ先に手を挙げたのは、ランパードだ。

「いきなり引っ掛かるな。『話せる範囲』ってことは、言えないこともあるってことだよな?」

「さすがランパード卿、鋭い質問ですね。厳密には、『推測は話さない』ということです。私も確信が持てていないことが、多々ありますから」

「何に対しての確信だ?」

「『六連星』の真の狙い。そして、テイタニア・ランドルスとシェリル・マルガリータとの関係。後者については、マリア女王の方が知っているでしょうね。だから私が推測を話すべきではない」

「前者はどうなんだよ」

ジャックが割って入った。

「それは、『サンタヴィラの惨劇』の真実に深く関わっていると推測する。ただ、これは俺たちにもよく分からない。
一つ言えるのは、真実を暴かれるのを連中はこの上なく恐れているということだ」

「それは、『三聖女』テイタニア・ランドルスにも関わることですか?」

プルミエールの質問を、アリスは肯定した。

「彼女は多少なりとも真実を知っているでしょうね。だからこそ、貴女たちを狙った」

「でもおかしくないですか?何故、『三聖女』が……」

俺も口を挟む。

「そうだ。それに、奴の右腕は……義手だった。恐らく『秘宝』の」

「斬ったのは多分、貴方のお父様……ケイン・ベナビデスね。そして、彼は私たちの仲間だった」


……何?


448 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:17:18.34 ID:mjsf9+/tO

「……父上とジャックが友人だったのは聞いていたが、『仲間』?」

ジャックが煙草を深く吸った。

「その通りだ。それにリオネル・スナイダとパメラ・スナイダ。この5人でサンタヴィラやオルランドゥ大湖にある遺跡の調査を行っていた。
ケインは立場上、後援者という立ち位置だったがな。それでも、サンタヴィラの『ガルデア遺跡』についてはサンタヴィラ王国と協力して色々動いていたらしい。
丁度その時に、『サンタヴィラの惨劇』が起きている。原因は不明だがな」

アリスが話を続ける。

「そして、その生き残りが『三聖女』よ。1人目がサンタヴィラ王国王女にして現アングヴィラ王国救護院院長、バーバラ・グリンウェル。
2人目がアングヴィラ王国の『4勇者』、ヘンリー・スティーブンソンの妻、エレン・シェフィールド。……彼女は10年前に亡くなったけど。
そして最後が、サンタヴィラで名声を得ていた『魔女』テイタニア・ランドルス。
3人は『サンタヴィラの惨劇』後、悲劇の象徴として祭り上げられた。それは知ってるわね」

「さすがにな。……ただ、色々解せねえな。三聖女の残り2人はエレンが死んだ後は、表舞台に出てないよな。
バーバラは慈善活動に専念ということで理解できるが、魔術研究で隠居していたはずのテイタニアが何故『シェリル』として出てきた?
何より、昨日あんたが呟いた『裏切り者』という言葉だ。元はあんたらと協力関係にあったってことか?」

「……その通りよ」

ランパードの言葉に、コーヒーをアリスが一口飲む。その目には、深い翳りが見えた。

「『ガルデア遺跡』には、多くの『秘宝』や『遺物』が眠っていた。ただ、罠も苛烈で、協力者なしでは踏破は到底できそうもなかった」

「協力者?」

一瞬、彼女が黙った。
449 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:18:13.87 ID:mjsf9+/tO




「ええ。……その協力者こそ、テイタニア・ランドルス。
そして、遺跡の水先案内人が……私の姉、エレン・シェフィールド」



450 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:20:04.23 ID:mjsf9+/tO
今回はここまで。次回はプルミエール視点です。

次回でモリブス編は終わりになるはずです。まだ全体の1割強のイメージですね。
451 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/21(水) 19:52:06.81 ID:mjsf9+/tO
用語紹介

「秘宝」

太古の文明で使われていたと思われる一連のアイテム。「遺物」は武器や防具が中心であり、その点で異なる。
また、「遺物」は魔力を帯びており、利用者に特定の魔法に近い何かしらの能力を賦与するが、
「秘宝」の場合魔力を帯びているものは少ない(魔力で動くものはある)。
見た瞬間に現文明と明確に違うことが分かる作りをしているものが大半である。「バイク」は典型。

いわゆるオーパーツであり、極めて希少。遺物以上に確認例が少なく、エリックの立場でも御伽噺上の存在としか認識されていない。
一部の古代遺跡で発掘事例があるらしいが、そのような遺跡の存在は秘匿されている。

キャラ紹介

リリス・リビングストン

女性。77歳。金髪碧眼のエルフであり、人間で言えば外見年齢は30代前半〜半ば。身長158cm、体重50kg。
モリブス娼館協会の会長であり、モリブス滞在歴は50年近くの古株である。そのキャリアと高い魔力を買われて現職に就いてはや10年余。トリスのスパイ組織「草」のモリブスにおける責任者でもある。
「魔姫」の異名を持つ技巧派だがプライドも高く、年下で貴族のランパードに使われることは快く思っていなかった様子。
プライドの高さもあり未婚。同性愛者寄りの両性愛者であるのも一員で、それがテイタニアに狙われる要因ともなった。子供は現在いない。
厳しいが面倒見は良く、娼婦たちからの信頼は厚い。彼女が無罪放免になりそうなのは、娼婦たちからの嘆願も大きかった。
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/22(木) 08:20:25.24 ID:wJidL4hT0
乙乙
453 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:53:59.26 ID:D30CV/NDO




第20-3話




454 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:54:54.91 ID:D30CV/NDO


「……えっ!!?」


思わず声が漏れた。さっきから色々驚いてばかりだけど、教授が……「三聖女」エレン・シェフィールドの妹??


「ちょ、ちょっと……そもそも、エレン・シェフィールドって……宿屋の娘じゃ」

「冒険者御用達のね。姉さんはその主人の元に嫁いだの。あそこには、私やジャック、そしてケインさんもお世話になったわ」

ジャックさんが、遠い目で煙草を灰皿に押し付けた。

「そうだな。……エレンは『三聖女』になってから、人が変わったようになってしまったが。一切俺たちとの接触を絶ってしまった」

「……最期以外はね。そして、その果てに命を絶った。ヘンリー・スティーブンソンを道連れに」

カラン、とランパードさんがお酒の入った器を落とした。口はあんぐりと開かれている。

「……初耳だぞそれは。彼らは、流行り病で死んだと……」

「表向きはね。『4勇者』の一人が、『三聖女』に殺されたなんてことをアングヴィラが……『勇者』アルベルト・ヴィルエールが公にできるはずがないもの。
その直前、オルランドゥにいた私に遺書が送られて来たの。……『救ってあげられなくて、ごめんなさい』とあったわ。そして、ヘンリー・スティーブンソンを殺すということも。
姉さんが正気に戻ったのか、機を伺ってたのかは分からない。でも、とにかくその後すぐに2人が亡くなったのが報じられた。遺書の内容とは合致するわ」

「……そういうことか」とランパードさんが溢れたお酒を拭き取りながら言った。

「道理で因縁がありそうだったわけだ。そして、姉の死にテイタニアが絡んでいると思っているわけだな」

「ええ。どういう関わりかは分からない。でも、あいつが私たちを……ケインさんを裏切ったのは間違いないわ。
15年前、あいつと対峙したことがあるからそれは分かってる」

「リオネルとパメラを探してる時、だな。まだその頃は……」

ジャックさんに教授が頷いた。

「まだ『シェリル』は名乗ってなかったわね。『六連星』に加入したのは、多分その後」

2人は一度戦っていた……だから彼女が義手ということを知ってたんだ。
でも、逆に色々疑問もわいてくる。どうしてテイタニアは教授を憎んでいるんだろう?そして、どうして……テイタニアは魔王ケインを裏切ったのだろう?


エリックの顔が真っ赤になっている。怒りを懸命にこらえているのが私にも分かった。

455 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:55:45.62 ID:D30CV/NDO


「なるほど、見えてきたな。……テイタニアは、秘宝を独り占めしようとしたわけだ、父上を……『サンタヴィラの惨劇』を利用してっっ!!!」


「……そうかもしれない。でも、利用したのは多分あいつだけじゃないわ」

私はハッと気付いた。……そういうことか!!

「教授、ひょっとしたらアングヴィラ……あるいは『六連星』は、秘宝を独占しようとしてるんじゃ!?」

「その可能性は大いにあるわ。でも、そうだとしてなぜ『サンタヴィラの惨劇』が起きたのかは分からない。
ガルデア遺跡はケインによって破壊されてるわ。だから、これ以上の発掘はできない。『秘宝』や『遺物』を独占しようとしたなら、この結果は彼らにとっては不都合なはず」

「……そうなんですか?」

「ええ。私が確認したから間違いないわ。理性を失い、完全なる『魔王』と化した彼が、なぜそんなことをしたかは分からない。あるいは、正気がどこかに残ってたのか……それは貴女でなければ、きっと分からないでしょうね」

教授が私をじっと見た。……ひょっとして、私が「追憶」を生み出すことは、彼女によって仕組まれてた?

青ざめる私に気付いたのか、教授が苦笑した。

「心配しなくても、貴女の心を誘導したということはないわ。私には精神感応魔法の資質はないもの」

エリックが教授を鋭い目で見た。

「だが、ジャックが俺をプルミエールの所に寄越したのは、お前の意思もある。違うか」

「それは否定しないわ。何より、彼女には『騎士』が必要だから。
……貴女を狙っているのが本当は誰か、感付いているんでしょう?プルミエール」
456 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:56:51.29 ID:D30CV/NDO



ドクン



鼓動が速くなった。そう、その可能性は考えないようにしていた。そんなはずはない、そう思い込もうとしていた。


彼は私の恩人だ。父親代わりでもあり、師でもあった。私に魔法の素質を見出だし、オルランドゥ魔術学院にも通わせてくれた。


彼なくして、今の私はなかった。……先生が、私を殺そうとしているなんて……思いたくない。


457 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:57:39.67 ID:D30CV/NDO


「そんなっっ!!!先生はっ、そんな人じゃっっ!!!」


教授が静かに首を振った。


「もはや確定的よ。『六連星』の背後には、『4勇者』の生き残り……『勇者』アルベルトと『大魔道士』クリスがいる。
『サンタヴィラの惨劇』が仕組まれたものなのは疑いない。そして、それによって彼らが守ろうとしたものを暴けば……世界は壊れる。少なくとも、彼らはそう考えてる」

「まあ、そもそも『魔王ケイン』が虚像だったとなれば、世界各地の魔族弾圧の正当性が失われるからな。それだけでも無茶苦茶なことにはなるだろう。
お前の『追憶』は、色々な意味であいつらには害悪でしかない。……認めたくないだろうが、それが現実だ」


教授とジャックさんの言葉に、私は何か言い返そうと口を動かした。……でも代わりに流れるのは言葉ではなく……涙だ。


そうだ。そんなことは、とっくに分かっていた。


でも、彼が私に向けた優しさは、嘘じゃなかった。間違いなく、本物の優しさだった。
あの日々は短かったけど、とても幸せな日々だった。


それを否定したくない。でも……私がこのままエリックと共に行くのだとすれば……先生と戦わなければならなくなる。
じゃあ、一人で戻るの?そうなれば、無力な私は殺される。


行くも退くもその先は……地獄だ。

458 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:58:16.79 ID:D30CV/NDO



「うわああああっっっっ!!!!!」



「ちょっと、プルミエールっっ!!?」

立ち上がり、部屋を飛び出そうとした。誰にも会いたくなかった。ただ、1人で泣きたかった。



459 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:58:53.20 ID:D30CV/NDO



刹那。


パシッ


「え」


頬に、熱い痛みが走る。平手打ちされたのだと、しばらくして気付いた。
目の前には、いつの間にかエリックが立っている。出口を塞ぐように。


460 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 21:59:50.65 ID:D30CV/NDO


「黙れ『小娘』」


「…………」

「逃げて泣いて、それで何が始まる?選ぶ道は1つしかない。戦うしかないんだよ」

「あなたに先生の何が分かっっ」

「分からねえよ。だが、俺たちにとって信じられるのは、あやふやな『記憶』じゃない。ただの『事実』だ。
無味乾燥で、残酷で、容赦のない『事実』だ。辛かろうと何だろうと、それと戦わないと生きられない。……違うか??」

エリックの言葉は正しい。でも……あまりに……

「これが受け入れがたい『正論』だってことは、俺も分かってる。そして、それは俺が強いから言えるんだと、お前は思ってる。だが、それは違う」

「何が違うのよっ!!!」


エリックの目が潤んだのが分かった。


461 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:01:43.97 ID:D30CV/NDO


「……俺にも経験があるからだ。受け入れたくない、残酷な『事実』を認めなければならなくなった経験が」


「そんなことがっっ…………」


……ある。


そうだ。「サンタヴィラの惨劇」。その真実がどうであれ……彼の父親「魔王ケイン」が、数千、いや数万の罪なき命を奪ったという、事実。

そのことを、幼い頃の彼は……受け入れたのだ。いや、受け入れざるを得なかったんだ。

462 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:02:18.52 ID:D30CV/NDO


私はその場に崩れ落ちた。……そう、私ができることは、一つしかない。そのことを、私は悟った。


「ううっっ…………ううっ…………!!!」


もう、覚悟はできた。先生と……アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソンと戦う覚悟は。辛いけど、現実と向き合わなければ……!!


肩に、手が置かれたのが分かった。


「地獄なら、俺が付き合ってやる」


私は顔を上げ、エリックに向けて小さく頷いた。

463 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:03:05.86 ID:D30CV/NDO

「……まあ、『騎士』としては及第点ね」

教授が苦笑している。

「ごめんなさいね、プルミエール。貴女にとっては厳しいことを言って」

私は袖で涙を拭った。

「いえ……いいんです。もう、大丈夫です」

「……その言葉が聞きたかった。一つ、大事なことを言い忘れたわ。多分だけど、エストラーダ候は生きている」

「……え?」

「……何?」

教授が首を縦に振った。

「ロックモールを通りがかった時、ミカエル・アヴァロンの魔力を感じたわ。
そこで少し調べたら、彼らしき人がアヴァロン大司教と一緒にいるのを見たという人がいた。それが本当ならだけど、彼はまだ、消されてはいない」

ジャックさんがフォークをケーキに刺し、ニヤリと笑った。

「どうする?ロックモールを素通りした方が安全だが」


「行きます」


もう私に、迷いはない。


464 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:06:15.69 ID:D30CV/NDO
第20-3話はここまで。次回からロックモール編です。

なお、「4勇者」のうち存命しているのはアルベルトとクリスだけです。
ヘンリーは今回分かったようにエレンに討たれ、本編未登場の1人はサンタヴィラの惨劇後に亡くなっています。
465 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/22(木) 22:18:36.99 ID:D30CV/NDO
キャラ紹介

エレン・シェフィールド

女性。享年29歳。アリスとは2歳差である。
元より優秀な冒険者であったが、重傷を負い早くに一線を退く。その際、冒険者御用達の宿の若主人、トーマス・シェフィールドに嫁いだ。
以後は妹のアリスたちを後方支援していた。ガルデア遺跡に立ち入った経験が何度もあるため、水先案内人として重宝されていたようだ。
サンタヴィラの惨劇における動向は現在不明。この際に夫のトーマスを亡くし、未亡人となっている。

惨劇後は、「三聖女」として惨劇の語り部となる。悲劇の象徴として祭り上げられていたが、その顔はどこか感情をなくしたようだったとも伝えられる。
アリスやジャックとの連絡も全て絶ち、惨劇後ほどなく4勇者の一人、ヘンリー・スティーブンソンと結婚。1女をもうける。
結婚生活がどのようなものであったかは伝えられていない。少なくとも、表向きは平穏であった。
惨劇から10年後、ヘンリーを刺殺。そして自ら命を絶った。その事実を知るのは、極々限られている。
表向きは、流行り病による死亡とされ、共に国葬で送られた。
466 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:27:38.46 ID:bALXQCzKO




第21話




467 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:28:21.39 ID:bALXQCzKO

「どうもお世話になりました」

私は深く頭を下げた。馬には既に荷物は積んである。エリックは既に馬上の人だ。

数日間、教授も交えて厳しい修練をしてきた。ある程度の手応えは感じている。疲労も、昨日の休養日で大分取れたと思う。

「いいのよ。私も久々に貴女たちに教えられて楽しかったわ」

「ひぐっ、教授ぅ……」

エリザベートが教授に泣き付く。彼女は笑って頭を撫でた。

「別に今生の別れでもないでしょう?特に貴女は」

「でも……トリスで何があるか分かりませんし……」

「……そうね。『シェリル』については、私も知りたいし。……聞いているんでしょう?マリア・マルガリータ」

「え」

ニコリと教授がエリザベートに笑いかけた。

「どうしてそれを」

「彼女の魔法……いや、『秘宝』も使ってるのかしら。『千里眼』については、さすがに知ってるわ。トリスとしては最高機密なんでしょうけど」

ジャックさんが頷く。

「全貌を知ってるわけじゃないがな。特定の相手の視野などを共有するとは聞いている。エリザベートも似たようなのは使えるな」

「まあ、お前さんたちならバレていると思ってたけどな」

「バイク」に跨がりながら、ランパードさんが肩を竦める。

「そこまで織り込み済みか、ランパード卿」

「俺に女王陛下の深い御心は分からんよ。向こうからこちらには何もできねえしな。
ただ、戻ったら何かしらの動きはあるはずだ。『シェリル』がどの程度関与しているのかいねえのか、多分調査は始まってる」

「ブロロッ」と「バイク」から低く重い音がした。ランパードさんは僅か数日で、これを乗りこなせるようになったらしい。

「じゃあ姫様、後ろに乗ってくれ」

「……うん」

エリックがランパードさんを見た。

「そっちの用件が終わったら、どうする」

「多分俺に出されるのは、テイタニアの討伐指令だ。エリザベートを連れていくかは知らねえ。危ねえ橋を渡るから、俺としては国許に置いときたいが」

「嫌よ。貴方についていくもん」

ランパードさんの腰に、エリザベートが後ろからぎゅっと抱き付いた。

「……とこれだ。まあ陛下もエリザベートには甘いからな」

「そうか。まあ、近いうちに会うことになりそうだな。生きていれば」

「お互いな。じゃあ、世話になったな!また会おうぜっ!!」


ブロロロロ…………


2人を乗せた「バイク」が急速に小さくなっていく。私たちも、そろそろ出なければいけない頃だ。
468 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:29:33.58 ID:bALXQCzKO
「行っちゃいましたね」

「ええ。そうだ、プルミエール。貴女にはこれを」

教授が懐から何かを取り出した。……これはっ!!?

「ちょ、ちょっとこれって……」

「ええ、『魔導銃』よ。私が使ってたのだけど、餞別としてあげるわ」

「そ、それって、すごく貴重なものじゃ」

「大丈夫、身を守る手段なら他にもあるから。むしろ貴女にはそういうのないし、ちょうどいいと思うわ」

手渡された銃は、ずしりと重い。これ、扱いきれるのかな……

「魔力に比例して威力が増すから、今の貴女なら結構なものになってるはずよ。むしろ、全力で撃たない方がいいかも。被害が大きくなるから」

「わ、分かりました。大切に使います」

「そろそろ行くにゃ!夕方までに宿場町に着かないとにゃ」

外套を被ったシェイド君が言う。馬に乗ろうとした時、向こうから誰かが馬でやってくるのが見えた。

「……あれって」

「ちょっと待ちな!!」


あの長い銀髪に狐のような耳……デボラさんだ。


469 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:30:03.72 ID:bALXQCzKO
「どうしたんですか?」

「組のことはしばらくウィテカーとラファエルに任せたよ。……あたしもロックモールに連れていってくれないかい」

「えっ」

戸惑う私をよそに、教授は「いいわ」と微笑んだ。

「人が多い分には安心だし、貴女も時々修練を手伝ってくれたから。狙いはやっぱり」

「ミカエル・アヴァロン。あいつが父さんと母さんの仇かは分からないけど、何か知ってるのは間違いないからね」

「……そうね。ただ、くれぐれも無理はしないで。……貴女は、歳の離れた妹のようなものだから。ジャックも、いいでしょ?」

「ああ。ロックモールには、多少は土地勘があるだろう。そいつらを導いてやってくれ」

「任せときな」

ニヤリとデボラさんが笑う。

「エリックもいいだろ?」

「ああ。向こうの事情は、商売柄知ってるんだろう?」

「まあね。うちは女衒はやっちゃいないけど、用心棒系の依頼は結構あるからね」

「やったにゃ!!!」とシェイド君が声をあげた。

「お姉様も一緒にゃ!!これで勝った……」

「何が勝ったって??」

睨まれたシェイド君が冷や汗を流しながら震える。そういえば、部屋を覗こうとした彼が思い切り蹴飛ばされてたっけ。

「な、何でもないにゃあ……やっぱ怖いにゃあ……」

「デボラ、私の代わりにシェイドを頼んだわよ。舐めたことしたら半殺しで構わないから」

「ひうっ!!?アリス様、容赦や慈悲はないのかにゃ……」

「ないわ」

デボラさんが彼に近付いて、顔を近付ける。

「あたしに手を出そうとしたらマジで殺すから。そのつもりでいな」

「にゃぁ……」

エリックが溜め息をついた。

「まあ、デボラが一緒なら安心だな。ジャック、色々世話になった。また会いたいものだが」

「俺の寿命が尽きてなければ、な。……次会えるのはいつの日やら」

「そうだな。まだ目的地までは遥か遠い。次に会う時は、サンタヴィラの真実を伝えに行く時だな。数か月後か、1年後か」

「まあその時を楽しみに待ってるぜ、アリス共々。それまでは生きなきゃな」

ニヤリとジャックさんが笑った。教授も笑顔で手を振る。

「じゃあね。良い旅を」

「本当に色々、ありがとうございました!!行ってきます!!」

私は馬に乗り、深く頭を下げた。
470 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:31:04.70 ID:bALXQCzKO
#



2人に次に会うのは思いもかけない形だということを、この時の私たちは知らない。



#
471 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:31:45.60 ID:bALXQCzKO
#

モリブスからロックモールまでは丸3日かかる。幸い、モリブス領内では私たちの安全を確保してくれるようにすると、ベーレン侯が確約してくださった。
「シェリル」、もといテイタニアの襲撃の件で、ラミレス家もベーレン侯に大きな貸しができたという。「統領選当選がほぼ確実になったことを考えれば、この程度でも安いものたい」だそうだ。

私たちは最初の宿場町、サンティアナに着いた。交易路らしく、大荷物を馬車に積んだ商人が目立つ。

「賑やかなものですね。バザールみたいなのもある」

「南ガリアの農作物の評判はいいからね。テルモンでは高く売れるのさ。とりあえず、飯にするよ。酒はイケるかい?」

「はいっ!実は結構好きなんです!エリックもいいわよね?」

「構わん」

「ボクはお酒あんまりなのでいいかにゃ?」

「いいさ。とりあえずあそこにしようか。うちのもんも使っているとこさ」

デボラさんを先頭に入る。酒場は商人と護衛の傭兵で一杯だ。

「らっしゃい。注文は」

「『テキ』のソーダ割りを3杯、ココのミルク割りを1杯。ツマミにボガードのサラダ、鶏のティッカ焼き……辛いのはプルミエールがダメだから……茄子の挽肉詰め辺りでいいかね。
それと、ロックモールの最新事情を知りたいねぇ。変わりはないかい」

「……あんた、ワイルダ組のデボラ大姐か。外套で気付かなかったぜ」

「いいんだよ。で、どうなんだい?」

主人と思わしき口髭の男が、辺りを軽く見渡した。

「……テルモンの奴らはいねえな。ならいいか。テルモンとゴンザレス家との関係が、最近悪化してる」

「元からそんな仲は良くないだろ?」

「今回はちと違うらしい。テルモン領側の連中が軍隊を派遣してるって話だ。ここ数日のことだ」

「どういうことですか?」

デボラさんが振り向いた。

「ロックモールは世界二大歓楽街の一つさ。テルモンとモリブスの共同統治ってことになっててね。博打をテルモンの軍閥が、色事をモリブスのゴンザレス家が仕切ってるのさ。
一応持ちつ持たれつでこれまでやってたんだけどね。ゴンザレス家が1年前にベーレン侯に弓引いてからは大分押されてるんだよ」

「……あの時のことだな」

エリックの言葉に、デボラさんの表情に翳が差した。

「……まあね。あたしの旦那が殺されたのはその時さ。エリックのお陰でゴンザレスの乱は収まったわけだけど……ここで辛気臭い話をするのはやめとくかね。
とにかく、ゴンザレス家はあれで大分弱体化したんだ。もちろん、あたしたちワイルダ組には特大の貸しがある」

「ロックモールの花街が大分テルモンの影響を受け始めてるという話は聞いたことがあるな。そういうことか」

「まあね。ああ、もちろんあんたが気に病むことはないよ。ゴンザレス家の連中は、命があるだけまだマシと思うべきさ。
ただ、そうなると困ったね……軍隊まで来てるとなると、ゴンザレス家の庇護もそんなに当てにできそうもないってことか」
472 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:32:35.56 ID:bALXQCzKO
「そうなのにゃ?」

いつの間にかミルクのようなものが入ったグラスを手にして、シェイド君が言った。

「ロックモールでは奴らに働いてもらうつもりだったんだ。でも、軍隊が来ているってことは、あまり期待できないかもしれない」

「軍隊は、俺たちに対する備えだろう?」

「多分ね。それと同時に、ゴンザレス家に圧力をかけてるのさ」

主人が私たちにお酒のグラスを手渡した。

「何やら訳ありみてえだな。まあ、くれぐれも気をつけな。厄介事に巻き込まれたくねえなら、ロックモールは素通りすることを勧めるぜ」

「生憎、そういうわけにもいかな「何でダメなんだよっっ!!!」」


激しい叫び声に、私たちはそっちの方を見た。酒場の隅で、若い男の人が傭兵の胸倉を掴んでいる。


「金なら幾らでも出すっ!!だからお願いだ、俺に雇われてくれっっ!!!」

「無理なものは無理だ。命は惜しいんだよ、他当たんな」

「100万ギラでもかっ!!200、いや300万でもっ……1000万!!!どうだ!!?」

「命の値段としては安すぎだな」

傭兵は見るからに歴戦の強者っぽいけど、男の人は随分と若い。私よりは下、見た目だけならエリックより少し上といったぐらいか。男の人はその場に崩れ落ちる。

最初は興味なさそうにしていたデボラさんが、急に目を見開いた。

「……驚いたねぇ……あそこにいるのは、まさか」

「……!!!ああ、そうだ。間違いない」

「エリック、知ってるの?」

エリックは「テキ」を一口飲んだ。


「ああ。あいつは、ゴンザレス家『現当主』。カルロス・ゴンザレスだ」


473 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:35:57.28 ID:bALXQCzKO
第21話はここまで。新キャラ登場です。

「テキ」は大体テキーラと同等のものです。ココのミルク割りはほぼマリブミルクです。
モリブスの食文化はメキシコ+インドと考えて大体間違いありません。
テルモンはドイツ辺りの食文化になります。
474 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/24(土) 22:46:38.24 ID:bALXQCzKO
都市紹介

「絶頂都市」ロックモール

海に面した大娯楽都市。年中温暖であり、単純な娯楽・風俗都市ではなくリゾート地としての顔も併せ持つ。
テルモンとモリブスの国境にあり、両国の共同統治ということになっている。
賭博はテルモン軍閥、性風俗はモリブスのゴンザレス家の管轄である。
両国にとっては貴重な観光収入源であり、近年は遥か遠方のアトランティア大陸の富裕層も相手にしている。

成立の経緯は定かではないが、200年ほど前から現状の統治体制であったようだ。
温泉地としても名高いため、元は湯治場だったのではという推測がある。これを利用したユングヴィ教団直営の病院もある。なお、特権階級御用達である。

華やかな表の顔とは裏腹に、実権争いは絶えない。
特に1年前のゴンザレス家によるクーデタ未遂後は急速にテルモンの勢力が伸びており、そのパワーバランスは崩壊しつつある。
街の中央には、シンボルである巨大樹「女神の樹」がある。稀にできる実は万病に効く薬になるという伝説があるが、その真実を知る者は「ほぼ」いない。
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/25(日) 04:51:45.17 ID:tyz4vGADO
乙乙
476 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:54:53.85 ID:kXxvSfJ/O




第22話




477 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:55:57.99 ID:kXxvSfJ/O

俺はカルロスに近付く。外套のフードを取ると、すぐに奴の顔が強張ったのが分かった。

「……『魔王』エリック……!!?」

「あたしもいるよ」

デボラの姿を見て、カルロスの歯がカチカチと鳴った。まだ、そこまで怯えているのか。

「……デボラ・ワイルダ!!?な、何だよっ!!もう、ケリは付いたじゃないかっ!!」

「何だい、そんなに怖がるものかい?安心しな、旦那のことはあんたの父親を討ったことで終わってるよ。あんたには何の罪もないし、取って食いやしないさ」

「じゃ、じゃあ何でここにっ!!?」

俺の後ろからプルミエールが顔を出した。

「どうしたの?知り合いなのは分かったけど」

「前に少し話したが、デボラの旦那がこいつらの傘下の『無頼衆』に殺されてな。仇討ちしたわけだが、こいつはその倅だ」

「えっ……」

カルロスは俺を睨んでいる。驚愕と恐怖、そして憎悪が入り交じっているのが俺にも分かった。
本来、面倒事に首を突っ込むのは俺の主義ではない。だが、こいつにとって俺は仇だ。いかなる理由があれ、多少の負い目はある。

俺は改めてカルロスを見た。上等に仕立て上げられたはずの服は汚れ、あちこちが解れている。どこかから必死で逃げてきたのだろう。

「ちょっと野暮用でな。これからロックモールに行く」

「何だって!!!」

カルロスの目の色が変わった。

「本当にロックモールに行くのかっ」

「……?そうだが」

「俺も一緒に連れていってくれっ!!!金なら幾らでも出す」

尋常ならぬ血相だ。さっき主人が言っていた、主導権争いに絡むことか?

「金には困ってな「話を聞かせて」」

プルミエールが割り込んできた。

「プルミエール」

「そのぐらいはいいでしょ?昔あなたたちに何があったかは、詳しく知らないけど」

「そうさね。訳ありなのは確かみたいだ。困っているなら誰にでも手を差し出すのがうちの流儀だしね。いいだろ?エリック」

「……好きにしろ」

俺は軽く息を付く。店主が「奥の部屋を使いな」と合図した。
478 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:56:50.14 ID:kXxvSfJ/O
#

「うん、美味しいにゃあ。この鶏がまた病み付きになりそうな味だにゃ」

鶏のティッカ焼きを頬張りながらシェイドが言う。それを無視して、デボラが訊いた。

「で、どういうことだい?ロックモールから逃げてきたって感じだけど」

「ああ……でも、彼女を助けたいんだ。でも、俺だけじゃ……」

「彼女って、恋人さんですかぁ?」

とろんとした目でプルミエールが言う。初めて会った時もそうだったが、存外こいつは酔いやすいな。その割に潰れにくいようだが。

「あ、いや……どうだろう。でも、俺にとっては……大切な人なんだ」

「なるほど、その人のことが好きなんですねぇ。詳しく話してくれますか?」

カルロスが視線を落とす。

「……彼女と出会ったのは、1ヶ月ぐらい前だ。たまたまロックモールの視察に来ていた俺は、花街の入口で男たちに囲まれている彼女に出会ったんだ。
花街での無理な勧誘はご法度だ。男たちはテルモン系の連中だったが、俺が名乗ると手を引いたよ。そして……俺は……」

「一目惚れしたってわけね。それがどうかしたのかい?あんたなら囲っちまうことは簡単じゃないか。
それとも何かい、その子はテルモン皇室のお姫様で、引き裂かれそうにでもなったとか言うのかい?」

「わ、分からないんだ」

「は?」

デボラがグラスを下ろす。カルロスは唇を噛んだまま俯いたままだ。

「彼女は、『私をしばらく守ってくれませんか?』とだけ言ってきた。俺も快諾したよ。
そして、しばらくロックモールで過ごしたんだ。……夢のような日だった。けど」

「テルモンが攻勢をかけ、あんたは逃げ出し、彼女は捕らえられた。まあよくありそうな話だねえ。
でも、なんでその娘をテルモンは捕らえたがってたんだい。それが分からないことには何とも言えないねえ」


「……それが分かれば苦労はしないさ。ただ、ユングヴィ教団の連中もいた」

479 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:58:33.97 ID:kXxvSfJ/O


「「何!!?」」


俺とデボラの声が重なった。カルロスの女の話なぞ微塵も興味はないが、ユングヴィが絡んでいるなら話は違う。何故なら、その先には……

「アヴァロン大司教絡みか?」

「知らないよ。そもそも何でそんな小娘を狙うんだい?娼婦への勧誘にしろ、ユングヴィは色事は禁忌のはずだし」

「もう少し訊いてみましょうよ。どんな子なんですか?」

プルミエールが真顔になる。カルロスの顔が赤くなった。

「そっ、その……歳は16、7ぐらいだと思う。名前はメディア。深い緑の髪で、翠色の目をしてる。小柄で、少し胸は大きく……」

「おっぱいにゃ!!」

ゴツン、とデボラが拳骨をシェイドの脳天に振り下ろした。「酷いにゃぁ……」と奴が頭を抱える。

「続けな」

「はにかんだ笑顔が、とても美しい子なんだ……まるで、花のような……。きっと彼女も、俺のことを……」

シェイドが頭をさすりながら起き上がる。

「いたたた……本当にお姉さん、容赦ないにゃあ。でもそこが好きだにゃ。
で、ちょっと気になることがあったにゃ。『緑髪』って言ったにゃ?エルフじゃないにゃ?」

「……ああ、うん。そうだ」

「『女神の樹の巫女』の昔話、知ってるにゃ?」

俺とプルミエールは首を振る。デボラだけは「ああ、あれかい」と手を静かに叩いた。

「ロックモールに伝わる御伽噺だね。女神の樹から巫女が遣わされ、出会った男と恋に落ちるって話か。
しばらく一緒に幸せな時を過ごすけど、干魃が起きて急に巫女は姿を消し、雨と共に二度と現れなかったっていうよくある話さ。それと一体、何の関係があるんだい?」

「それ、実際にあった話を元にしてるにゃ」

「……は??」

「今から150年ほど前に、緑髪の少女がロックモールに現れたにゃ。彼女は万病を治す癒し手だったとされてるにゃ。そして、テルモンのロックモール総督と恋に落ちたにゃ」

「何でんなこと知ってるんだい?」

フフン、と得意気にシェイドが鼻を鳴らした。

「ご主人の蔵書は、結構目を通してるにゃ。それぐらいでないと、ご主人の跡は継げないにゃ」

そうだ。こいつはこう見えて魔術師としてはかなり能力が高い。家事は料理以外まるでできないが、ジャックが手元に置いているのはそういうことだ。
ジャックが整理整頓できないのもあるが、彼の家が散らかっているのはこいつが魔術書を乱読しているからに他ならない。
戦闘能力自体も高いが、地頭だけならこの中でも間違いなく一番だろう。

「話を続けるにゃ。御伽噺の通り、干魃があって少女は消えたにゃ。違うのは、その後にゃ。実は2人には子供ができていて、癒し手としての能力からその娘はユングヴィで高位まで登りつめたらしいにゃ。
これはご主人の『ロックモール史書』に書いてあった話にゃ。そこそこ信憑性はあるにゃ」
480 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 19:59:37.61 ID:kXxvSfJ/O
「それがそのメディアって子と関係があるってわけ?」

モグモグとサラダを頬張りながらプルミエールが訊く。

「分からないにゃ。でも緑髪はエルフ以外にほぼ見ないにゃ。そしてユングヴィ教団絡みということで連想しただけにゃ。ただの偶然かもしれないにゃ。
カルロスだったかにゃ?何か他に思い付くことはあるにゃ?」

「……そう言えば、俺が熱を出した時……看病してもらったな。彼女が出した薬を飲んだら、すぐに全快したっけ」

「なるほどにゃあ。……まあ、何かしらある子とボクの勘は言ってるにゃ」

「そうなると、アヴァロンとの関係だねえ。たまたまなのか、絡みがあるのか……」

首をかしげるデボラに、カルロスが呆れたように言った。

「……ちょっと待てよ。あんたら、ロックモールに何しに」

俺はデボラと顔を見合わせた。正直、こいつを助ける義理はないし、目的を言う意味もない。
俺としてはアヴァロンを殺すのが第一だ、その上で、可能ならロペス・エストラーダを救出する。こいつに構っている余裕はない。そのはずだった。

ただ、カルロスの女がユングヴィ絡みではという話は引っ掛かる。こいつに協力する意味が、ひょっとしたら……


「決まってるじゃないですか、あのアヴァロンを倒しに……むぐっ」


俺は慌ててプルミエールの口を押さえた。眼鏡が外れそうになる。

「何言っているんだ馬鹿がっ!!」

「んぐっ、だって事実でしょ?隠しててもしょうがないじゃない。彼を放ったままロックモールに行く気?」

連れていく利点がないと言おうとしたが、そうとも言いきれない。そして、こいつを連れていくなら俺たちの目的はいつか話さねばならないことだ。

「え……今倒しにって」

「文字通りの意味だ。最近までロックモールにいたなら知らないかもしれないが、エストラーダ候が行方不明になった事件があってな。
この件とアヴァロン大司教は絡んでいる。というか、犯人だ」

「……は?」

デボラがそれに続ける。

「その後に大規模な争乱が花街であってねえ。その首謀者にも奴はちょいと噛んでるんだ。つまりは、奴はモリブスにちょっかいを出したのさ。それも悪質な、ね。
だから一応、この件はベーレン候からは黙認してもらってる。まあ、他にも色々あいつを殺したい理由はあるけど、それはあんたには関係ないから言わないよ」

「まあ、そんなとこだ。そしてお前に協力するのは、俺たちの目的にとって全くの無意味でもなさそうだ。
俺たちにお前が恨みを持っているのは知っている。それは仕方がない。だが、お前が望むなら手を貸してもいいとは思っている」

カルロスがまた唇を噛む。10秒ほどの沈黙の後、顔を上げた。

「お前らを許したわけじゃないっ。けど……父上が討たれた理由も、理解はしている。
……恥を忍んで言う。俺に協力してくれ」

「条件がある。相手はお前が思うよりずっと強大だ。だから、絶対に前に出るな。そして、女の件が片付いたらロックモールから逃げろ。分かったな、小僧」
481 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:00:21.99 ID:kXxvSfJ/O
カルロスは小さく頷く。デボラが、少しだけ笑った。

「ってことで、もう少し話を聞こうか。あんたたちが襲われた経緯が分からないと、何ともできないからね」

「襲われたのは、一昨日だ。夜、急に奴らはやってきた。『メディアを引き渡せば何もしない』と……
でも、そんなことできるわけがない!だから俺は裏口から逃げたんだ。彼女と、5人も護衛を連れて」

「でも追い付かれた」

「……意味が分からなかった。闇に紛れて逃げたのに、次々と……護衛が倒れていくんだ。怖くて、ただ馬を走らせた。
ロックモールを出れるかと思った時、目の前に男が立ち塞がってた。月明かりの下だからはっきりとは見えなかったけど、多分黒と緑の斑模様の服に、赤い……細長い何かを持ってた。
護衛たちを殺したのは、こいつだと直感したよ。そしてそいつは……ニヤリと笑ってこう言ったんだ。『女を置いて行けば何もしないぜぇ』と」

「何者だ?」

俺の問いに、震えながらカルロスが首を振った。目が潤み始めている。

「分からない……でも、あんな恐怖を感じたのは初めてだった。そしてメディアは……『ごめんなさい』とだけ残して去ったんだ……ウグッ……!!」

「それだけですか?他にも気付いたことは」

しばらく黙った後、カルロスが口を開いた。
482 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:00:49.74 ID:kXxvSfJ/O



「そういえば……名前を、名乗ってたと思う。確か……『ハーベスタ・オーバーバック』」


483 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:06:23.82 ID:kXxvSfJ/O
第22話はここまで。次回から本格的にロックモール編……と行きたいですが、間に22.5話を挟むかもしれません。
行方不明だったオーバーバックが現れた経緯はどこかで触れるべきなので、22.5話ではないにしてもその辺りの事情は説明します。
484 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:27:44.72 ID:kXxvSfJ/O
キャラクター紹介

カルロス・ゴンザレス(19)

男性。176cm、68kg。彫りが深めの青年であり、やや垂れ目で黒い短髪。
寄ってくる女性は多いが、本人は堅物であり財産目当ての女には辟易している。

モリブス7貴族の末席、ゴンザレス家の現当主。父親のロドルフォは1年前にエリックによって殺害されている。
ゴンザレス家はロックモールを地盤としており、権益も持つ名門であった。
ただ、野心家のロドルフォがベーレン候に対しクーデターを決行。
この前段階として傘下のチャベス組をワイルダ組にけしかけ、組長のマルケスを殺したのが運のつきだった。
逆鱗に触れたデボラがジャックに協力を依頼。代理として送られたエリックがロドルフォを殺害することでこの一件は手打ちとなっている。

当時カルロスはロックモールにおり、クーデターのことは一切知らなかった。
後にエリックやデボラが暗躍していたとチャベス組の生き残りから聞いたため、父の仇として恨みを持っている。
ただ、ロドルフォが相当無理筋なクーデターに出たことについては疑念を抱いており、その過程でマルケス・ワイルダを殺害したのは悪手とも認識している。
このため、殺してやりたいほど恨んでいるというほどでも実はない。

性格はやや直情的で純情。また、すぐに金で解決したがる傾向がある。
戦闘能力は乏しいが、商売の才覚は相応にあるようだ。
485 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/10/27(火) 20:49:23.10 ID:kXxvSfJ/O
なおオーバーバックの持っている武器はアレです。
486 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:02:44.62 ID:7lCLmiUQO



第23-1話



487 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:04:10.25 ID:7lCLmiUQO

「ハーベスタ・オーバーバック」……聞いたことがない名前だ。私はもちろん、エリックもデボラさんも、そしてシェイド君も首を捻っている。

「誰にゃそいつ」

「俺が知るかっ!……ただ、間違いなく……只者じゃない。それは俺にすら分かった」

「テキ」を一口飲んで、デボラさんがふーっと息を吐いた。私の酔いも、大分覚めてきている。

「赤い何か、ねえ。武器、あるいは『遺物』かい」

「ボクは分からないにゃ。一応、『遺物大全』は一通り読んだけど、ちょっとピンと来ないにゃ。ただ……」

「銃の類いだな。馬に乗っていたのを次々殺したという辺り」

エリックにシェイド君が頷いた。

「魔法かもしれないけど、そうかもにゃ。ただ、銃の『遺物』は知らないから、多分未確認のにゃ。もちろん、それが『遺物』って保証もないにゃ」

「とにかく、覚えておく必要はありそうだねぇ……」

アヴァロン大司教の仲間だろうか?それとも、もっと別の誰か?
分からないけど、やっぱり簡単にはいきそうもない。

「ま、考えてもしょうがないさ。とっとと引き揚げて寝る……」

「待て。俺はあんたらは知っている。だが、この眼鏡の女と亜人のガキは誰だ?あんたらの仲間みたいだが」

カルロス君の言葉に、シェイド君が不快そうに笑った。

「ガキにゃ?お前より年上にゃ、敬語使えにゃ」

「何っ!?偉そうに言ってんじゃな……」

「ちょ、ちょっと!!喧嘩は止めなさいって」

シェイド君がぷくっと膨れる。

「む。締めてやろうと思ったけどプル姉さんの言うことなら従うにゃ」

「は!?何様だっっ!?」

「ボクの名はシェイド・オルランドゥにゃ。大魔法使い、ジャック・オルランドゥの弟子にして養子にゃ」

「……え?」

エリックが呆れたように首を振った。

「弟子も養子も自称だろう」

「に゛ゃっ!?でも、大体その通りにゃ?」

「まあ、好きに言えばいい。ああ、こいつの腕が立つのは本当だ。手を出すなら命の覚悟ぐらいはした方がいい」

カルロス君は唖然とした様子だ。ちょっと空気を変えなきゃ。

「えっと、私はプルミエール・レミュー。オルランドゥ魔術学院の学生……をやってました」

「あ、ああっ。よ、よろしく頼む」

デボラさんがやれやれと苦笑した。

「ま、自己紹介はそこまでだね。明日も早いから、今日はここでお開きにするよ。部屋割りは男女別でいいね?」

「えー、お姉様と一緒じゃな……何でもないにゃぁ……」

睨まれたシェイド君が小さくなった。

「カルロスはどうするんだい。仇のあたしらと一緒が嫌というなら無理強いはしないよ」

「……背に腹は変えられない。頼む」
488 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:05:48.09 ID:7lCLmiUQO
#

「大丈夫なんでしょうか」

シャツ一枚のデボラさんが振り向いた。

「大丈夫って、なんだい」

「カルロス君です。……仇なんですよね」

ハハハとデボラさんが笑った。

「まあ事実だけどね。あいつには殺されるだけの理由があったし、そのことはあいつも分かってるさ。
子供だから一言言わずにいられないだけさね。前にも似たようなことがあったけど、親父と違って分別はある子だよ。
それに、あたしもエリックも負い目には感じてるんだ。どんな理由があれ、あの子の親父を殺したのはあたしらだしね」

「なら、いいんですけど」

デボラさんがニヤリと笑った。

「大丈夫って言えば、あんたはいいのかい?」

「え?」

「部屋割りさ。エリックと一緒の方が、よかったんじゃないのかい?」

「うえっ!!?あ、いや……そういう、関係でもないですし……」

「もう、お互い素直になんな。何か昔のあたしと旦那を見てるみたいだよ」

「そうなんですか?」

デボラさんが遠い目をした。

「旦那は無口な人でね。想いを口にするのが下手な人だった。あたしもそんなに器用な方じゃなかったからね。くっつくまでには色々あったもんさ。
あんたらが互いを気にしてるのは、分かりやす過ぎるくらい分かりやすいよ。そういう関係になった方が、この先を考える上ではいいと思うんだけどねえ」

そうなんだろうか。彼の気持ちも少しずつ見えてはきたけど……

そもそも、私自身の感情がよく分からない。彼には恩もあるし、悪い人でないのもさすがに分かってる。
ただ、男女の仲になるのがどうなのか……いい加減、彼に訊くべきなんだろうか。

「まあ、あんたらのことだし、野次馬が口を挟むことでないけどね。それに、あたしらにとって恋やら何やらよりも、今は優先すべきことはある」

「……そうですね」

布団を被り、目をつぶる。彼は今、どう思っているんだろう。
489 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:08:20.22 ID:7lCLmiUQO
#

モリブスを出て3日目の昼。巨大な樹が、遠くに見えてきた。あれが「女神の樹」か。

「……大きいですね」

「高さは数百メドはあるらしい。木陰はいつも暗いから、幹に近いほど裏の世界になるんだ。娼館や賭場は、そっちの方にある」

「そういうことだね。普通の旅人は周辺の温泉に泊まるか、金があれば海に行くね。
で、あんたは追放されてるんだろ?どこか行くあてはあるのかい」

カルロス君が黙った。

「海側に別荘がある。そこも抑えられてたらお手上げだけど、あそこの存在はゴンザレス家の親族しか知らないはずだ」

「大丈夫なのか?」

「……まあいざとなれば旅人のふりをしてやり過ごすしかないさ。俺の顔は周辺部ならそう知られてないし。お前らは……まあ全員目立つけど」

シェイド君の目が輝いた。

「海にゃ!?おっぱい……」

「はないぞ。砂浜はかなり遠いからな。父上は書斎代わりに使われていた。静かなところさ」

向こうから10人くらいの人たちが、馬に乗ってやってきた。バザールの商団かしら。

「おお、ロックモールに行きなさるか」と、向こうから声をかけてきた。

「何だい?モリブスの商人と見受けたがね。帰りかい」

「いや、門前払いを食らった。昨日テルモンの連中が大勢やってきてな。ロックモール市は連中に占拠された。
モリブス側から入るのは査証が必要なんだそうだ。ただ、昨日の今日でそんなのが手に入るわけもねえしな……商売あがったりさ」

商人はうんざりしたように荷物を見ると、「じゃあな」と立ち去っていった。

「査証……そもそも、ロックモールが占拠されたこと自体モリブスには伝わってないだろうからねえ。……そういうことかい」

「どういうことです?」

デボラさんが苦笑した。

「ベーレン侯はある程度こうなることを読んでたわけだね。あたしらがアヴァロンを狙うことで混乱が生じれば、そこが突破口になるということか」

「でも、ロックモールが封鎖されているならどうやって中に入るんですか?」

「そこだねえ。カルロス、いい案はあるかい?」

「……ロックモールは城壁で覆われているわけじゃないが、モリブス側から入れる道は3つしかない。
そこに兵士を置かれたら、強行突破以外は手がないな……いきなり騒ぎを起こしたら、メディアを奪い返すなんて無理だと思う」

「あんたしか知らない道があるとか、そういうことはないかい?」

カルロス君が辛そうに首を振る。

「……そんな都合のいいことはないさ。いきなり躓くなんて」

「まあ、正面からやるしかないな。手早く終わらせる」

エリックの言う通り強行突破自体はできるだろう。ただ、「騒ぎにならずに」となると難しい。


その時、シェイド君がニマッと笑った。


「僕の出番のようにゃ」

「え?」

「僕が何者か、プル姉さん分かってるかにゃ?」

「……あっ!!」

「そうにゃ。猫になれば簡単に入れるにゃ。そこから査証を盗んでくるにゃ。ついでに中の様子も見てくればなお良しにゃ」

なるほど、確かにその通りだった。ジャックさんの下にいただけあって、女の子追ってるだけの子じゃないんだな。でも……

「結構危険だよ?あんた、本当に大丈夫なのかい」

「デボラ姉さんはこの前のボクの勇姿を見てないのにゃ。まあ心配しないでにゃ。皆はティアナの街で待機してるにゃ」

トン、と自信ありげに胸を叩くと、白い煙とともに彼は黒猫の姿になった。

「じゃ、行ってくるにゃ」
490 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:09:03.97 ID:7lCLmiUQO
用語紹介

「天使の樹」

ロックモールのシンボルであり、ランドマークであり、繁栄の源でもある巨大樹。高さは500メートル、それによって作られる木陰は半径2kmにも及ぶ。
幹のすぐ下は毎日夜のような暗さであり、それが賭場や娼館にとっては都合の良い環境を作り出していた。幹に近いほど裏の世界に近いとされている。温泉など一般人向けの施設は外周部に多い。
いつからそれがあったかは定かではないが、少なくとも300年前にはその存在が確認されている。
実はほとんどつけないとされており、万病に効くなど様々な言い伝えがされている。そのどれが正しいのかは不明。
また、「女神の樹の巫女」の物語など、女神の樹にまつわる昔話や寓話も多い。その中の幾つかは事実に基づくものであらしいが、誰が作者も定かではない。
491 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:09:49.96 ID:7lCLmiUQO



第23-2話



492 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:11:13.30 ID:7lCLmiUQO

自分で言うのも何だけど、ボクは誤解されやすい。

この語尾のせいなのだろうか。ボクは元は「偽猫デミキャット」だった。偽猫には言葉を話せるのもいるけど、声帯の関係上どうしても「〜にゃ」と言ってしまう。
その時の癖が、御主人によって人化術を身に着けた後もどうしても残ってしまったらしい。最初の1年は直そうと努力したけど、やめた。

多分直そうと思えば直せたんだろう。でも、ボクはそうしなかった。面倒だったのと、この語尾と見た目を使って道化じみた振る舞いをした方が楽だったからだ。
御主人がそれを苦々しく思っているのは知っている。久々に会ったアリス様もそうだ。

でも、長年染みついた習性は捨てられない。それに、捨てる必要もなかった。こうしていれば、女の子にはちやほやされたし。
「お馬鹿でちょっと被虐趣味があって、見た目がかわいい亜人」として振舞うことに、ボクは満足していた。


しかし、変わる時が来たのかもしれない。否、道化としての仮面をそろそろ捨てる日が来たのかもしれない。
エリックたちの旅が、並々ならぬ覚悟で進んでいることは理解できた。デボラさんもそうだ。


そして、ボクだけが……覚悟がない。


御主人とアリス様がボクをエリックたちに付かせたのは、それに気付いていたからなんだろう。
なぜそんなことをわざわざしたのか。……理由は薄々分かっている。


もう、御主人は永くない。まだまだ生きるみたいなことを言っているけど、ずっと傍で仕えてきたボクには分かる。


夜、ひっそりと自室に消音魔法を張っている意味。
「静かでないと眠れない」何て言ってたけど、あれは大嘘だ。一晩中続く咳を、エリックたちに聞かせたくなかったからだ。
それに、あの煙草。普通の煙草じゃない。肺を中心とした胸の痛みを軽減する、超強力な鎮痛剤だ。
もちろん、それはエリックですら知らない。アリス様はさすがにすぐ気付いたようだけど。


そう、これはボクがオルランドゥ家を継げるか否かの試験なのだ。
そして、このままでは試験にボクは受からない。


軽く査証を奪ってくるって言ったけど、それは簡単なことじゃない。中の偵察はなおさらだ。
ただ、危険に怯えてもボクは変わらない。せめて、形だけでも……彼らに並びたいのだ。

ボクは猫の姿に「戻り」一目散に「女神の樹」の中心へと向かった。
カルロスの言う通りなら、そこにはロックモール統治府があるはずだ。
493 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:12:10.12 ID:7lCLmiUQO
#

(これは厳しいにゃ)

街中にはあちらこちらに重装備のテルモン兵がいた。胸の紋章がフレスベルグ皇室のものだから間違いない。
血生臭さはないけど、賑やかであるはずのロックモールの目抜き通りは緊張感から閑散としていた。
あと、所々にユングヴィ教団の人間がいる。全員に共通しているのは、あの首飾り。どうやら、あれが「査証」のようだ。

中心部に行くに従い、物々しさは増していった。そして幹の真下に、荘厳で豪華な建物がある。……これが多分、ロックモール統治府。

実は、ロックモールには一度も行ったことがない。ただ、統治府が超特権階級御用達の賭場と娼館を兼ねているらしいという噂は聞いていた。
賭場街と花街のちょうど中間にある、この統治府に誰がいるのか。それだけは見極めないと。

(よっと)

バルコニーに登り、窓から中を見る。貴賓室のようだ。


そこには一人……緑髪の少女が座っている。

494 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:13:49.05 ID:7lCLmiUQO
人の姿に戻ろうと思ったけど、ボクは思いとどまった。何故なら、少女の目には……あまりに「何もなかった」から。
確かに見た目は整っている。おっぱいもそこそこある。ただ、あまりに……人間味がない。そう、まるで植物か何かのような……

彼女がボクを見た。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

逃げるべきか留まるべきか、ボクは躊躇した。逃げることを選択しようとしたその時、ボクは呼び止められた。

「あら、猫ちゃん……かな」

逃げようと思えばすぐ逃げられただろう。しかしボクは動かなかった。いや、動けなかった。


この少女、恐らくメディアという子だろうけど……普通じゃない。感情が、すぐには分からないのだ。
それだけじゃない。……香水か体臭か何かの、この匂い。甘い匂いが、ボクの身を封じた。


ボクはそのまま彼女に抱っこされ、頭を撫でられた。胸には、査証の首飾りがある。

「うふふ、かわいい猫ちゃん。人に慣れてるのかな」

メディアと思われる子は静かに微笑む。

このまま普通の猫のふりをしているのが、一番安全だ。……だけど、これはよく考えれば千載一遇の好機でもある。


無害なふりをするのは、やめろ。

495 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:15:55.06 ID:7lCLmiUQO


「メディアさんだにゃ」


居心地の良い胸の中から抜け出し、ボクはくるんと一回転して亜人の姿になった。

「……どうして私の名を?」

「カルロスさんからの使いだにゃ。あなたを救うお手伝いをしているにゃ」

「カルロスさんの?」

初めて感情が見えた。僅かな喜びと、僅かな驚きだったけど。本当にこの人、カルロスの恋人なのかな?
そもそも、猫が亜人になるのを見てもそんなに驚いていない。不自然なほど、超然としている。

とりあえず、ボクは頷いておいた。

「にゃ。あなたにもう一度会いたいって。そもそも、あなたを連れ去ったのは誰にゃ?ユングヴィの誰かかにゃ?」

「……そっとしておいて。私はここで死ぬ定めなのだから」

「……にゃ??」

「彼は確かに大切な人。一緒に過ごしたかった。でも、彼の言うことが確かなら……」

「彼??」

外から靴の音が聞こえた。


「メディア、そこに誰かいるのですか」


まずいっ、これ以上ここにいるのは……自殺行為だ。

「いいえ、誰も」

「そうですか。入りますよ?」

「少し待っていただけますか。身支度を」

ボクは猫の姿に戻り、彼女の肩に乗った。そして早口で囁く。

「その首飾りだけもらえるかにゃ?」

「これは構わないわ。不要なものだから」

小声で言うと、そっとメディアがボクの首に査証をかけた。

「バレないかにゃ?」

「これを気にしているのはテルモンの人だけだもの。『彼』には関係ない」

「ありがとにゃ。また会うかもにゃ」

ボクは窓から一目散に逃げだした。


……「彼」……多分あれは、ミカエル・アヴァロンだ。

496 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:16:47.91 ID:7lCLmiUQO
アヴァロン大司教が彼女をなぜ必要としているのだろう?必死で逃げながら、ボクは考えを巡らせていた。
これはただの推測だ。でも、メディアから受けた超然とした印象からして、このぐらいしか可能性がない。


メディアは、「女神の樹」の巫女なのではないか?


そもそも、「女神の樹」の巫女というのが何者なのか、ボクは知らない。人間ですらないのかもしれない。
一つ言えるのは、ユングヴィの連中……あるいはアヴァロン大司教が、彼女を必要としているのだろうということだ。

街の出口が見えてきた。ここを抜ければ、とりあえずは安心……


ゾクン


背後から、物凄く嫌な予感がした。刹那。


ボクの右肩を、灼熱の何かが貫いた。

497 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:17:50.03 ID:7lCLmiUQO
用語紹介

「査証」

要するにビザ。ただ、この世界では写真技術がほぼなく、画像化はそれなりに高度な魔法使いでないとできない。
このため、ある程度高級な宝飾品を以て身分証明としている。大量に配る必要がある場合は、特殊な細工を施した宝飾品で代替しているようだ。
もちろん、盗難などによるなりすましを防ぐため、本当に重要な場合は魔術的措置を施される場合も少なくない。
ただ、今回の場合は占領から間もないため、そのような措置は取られなかったようだ。
498 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/01(日) 21:18:19.18 ID:7lCLmiUQO
今回はここまで。更新遅れて申し訳ありませんでした。
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/02(月) 14:33:43.15 ID:k8JFv33DO
乙乙
500 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:58:05.76 ID:MGCdRfMlO
※今回は一部安価要素が入ります。
※今回のみ、コンマ判定を入れます。
(これに伴い、なろうの更新は後日になります)
501 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:58:39.17 ID:MGCdRfMlO



第23-3-1話


502 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 21:59:16.39 ID:MGCdRfMlO
「様子はどうだ」

応接間に入ってきたデボラがふうと息を吐いた。

「傷は塞がっているけど、出血がかなり多かったからねえ。今日は動けないね」

「……そうか」

窓から潮風が入ってきた。ロックモールの常夏の気候でも、このおかげで氷結魔法は必要なさそうだ。


俺たちは、何とか商人団を偽装してロックモールに入ることができた。その最大の功労者は、まだ眠りについている。
503 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/11/08(日) 22:02:00.37 ID:MGCdRfMlO
#

査証をぶら下げたまま、黒猫の姿のシェイドが俺たちの前に現れたのはつい1時間ほど前のことだ。右前脚は付け根から取れかかっていた。血まみれでほとんど死にかけていたが、気力だけで辿り着いたらしい。

「どうしたっ!!?」

「撃たれた……にゃ。多分……」

「いいからしゃべるなっ!!デボラっ!!」

無言で彼女が「時間遡行」をかける。撃たれてまだ間もなかったからか、脚自体はすぐにくっついた。

「……あいつだ。オーバーバックという男」

「……狙い撃ち、されたにゃ……それと……メディアは、統治府にいる、にゃ」

「何だとっ!!?」

シェイドが小さく頷く。

「多分……彼女にゃ……」

「どういうことだ」

シェイドが目を閉じた。

「シェイド君っ!!!」

「……心配しなくて大丈夫さ、脈はある。出血多量でとりあえず気を失っただけだね。例の薬は?」

「一応、何個か追加してもらいました」

「分かった。あとで飲ませれば死ぬことはないと思う。にしても……」

俺はデボラの方を見た。

「若干不可解だな」

「え??どうして」

「まず、メディアという女だ。どうして統治府にいるのか?カルロス、彼女はそんなに重要人物なのか?」

カルロスが弱々しく首を横に振る。

「知らないんだ。俺は、彼女の身の上を聞いたことがない。話したがらなかったんだ。俺は、それでもいいと……」

「だろうな。ただ、ユングヴィ絡みということぐらいは分かる。つまり、アヴァロン大司教が一枚噛んでいる可能性があるな」

「馬鹿な!!そんな大物が、なぜ彼女に」

「俺には分からん。その点については、シェイドが起きてから話を聞くとするか。もう一つ解せないのは、シェイドを生かしておいた意味だ。オーバーバックというのが何者か知らないが、多分殺そうと思えば殺せたはずだ。敢えて生かしておいたようにも見える。その意味が分からない」

プルミエールが少し考えている。

「……多分、警告じゃないかしら。これ以上この件に首を突っ込むな、という」

「猫の姿のシェイドを警戒していた、ということになるぞ」

「でもそれぐらいしかない気がする。何にしても……」

「想像以上の大事だな。……それでも、女を取り戻したいのか」

カルロスは「無論だ」と即答した。

「俺にとっても、彼女にとっても……互いが一番大切な人だ。救わないと」

青いな、という言葉を俺はすんでのところで飲み込んだ。それは事実かもしれないが、それが何かを変えることもある。
それに、俺だって「真実を知りたい」という単純な動機だけでここまで来ている。感情の力は、馬鹿にできないのだ。

「でも……どうするの?」

「一度、カルロスの別荘に行く。問題は、オーバーバックという男だが……」

「それは任せて。幻影魔法で気配はある程度遮断できるから」

「……!!できるのか」

「ジャックさんの下で修練したのは、あなただけじゃないのよ?私も色々覚えたんだから」

ニッ、とプルミエールが笑う。前はこんなに自信を持ってなかったと思うが、少し変わったな。

「分かった。信用するぞ」

「うん。それで、一つ提案があるんだけど……」

プルミエールが俺にある考えを打ち明けた。……もし可能なら、面白いかもしれない。
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