甜花「なーちゃんを元に戻すだけのお話です」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 14:12:03.26 ID:RKgzRyGx0

「甘奈ね、今日はずっと胸がいっぱいだったの」

「なーちゃん……いいこと、あった?」

「うんっ! こんな場所でたくさん思い出を作れるなんて、
なんかすっごく幸せだなあって思ってさー」

「にへへ。……甜花も、しあわせだよ」

「甜花ちゃんも?」

「うん。また、みんなで来れたらいいね」

「……そうだね。またこんな風に、みんなで一緒に――」

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 14:14:05.55 ID:RKgzRyGx0

窓から差し込むきれいな朝焼けに目を覚ました甜花は、
いつの間にか、じぶんが眠っていたことに気が付きます。

そして、どうしてか、瞳からは一滴の涙がこぼれていました。
「どんな夢を見てたんだろう?」甜花は首をかしげます。

けれど、夢の内容を思い出すことは出来ませんでした。
それなのに、胸の内はずっとしあわせに溢れていて、
たったそれだけのことでさえも、今の甜花には十分だとおもいました。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 14:15:15.51 ID:RKgzRyGx0

さて、すっかり目を覚ました後に、
今日はどんなことをして過ごそうかと、
甜花はあたまを悩まします。

こんなことなら、ゲームのひとつでも持ってくればよかったと、
少しだけ後悔を覚えました。
デビ太郎のぬいぐるみを握りしめて、壁に身体を預けます。

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 22:30:32.53 ID:RKgzRyGx0

……すると、誰かの足音が耳に届いて、
甜花は思わずまぶたを開きます。

なぜなら、甜花がここに棲みついてから、
誰かがこの場所に訪れたのは初めてのことだったからです。

コツコツとヒールのような音は近づいて、扉の前で止まります。
それから足音の主は、ガチャリと扉の鍵を開きました。

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 22:36:56.37 ID:RKgzRyGx0

びっくりしてしまったのは、
その光景がまるで嘘のように思えたから、
ただそれだけの話ではありませんでした。

スローモーションのように感じる時間の中で、
甜花はなぜだか「夢の内容」を思い出していました。

「……千雪、さん?」甜花はおもわず声をあげてしまいます。

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/14(日) 22:47:36.02 ID:RKgzRyGx0

そこにはずっと待ち焦がれていた人がいたのです。

甜花は、こらえ切れず、もう一度その名前を呼びます。

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/19(月) 21:51:07.62 ID:op1/hqOz0
え〜〜〜〜〜どうなっちゃうのこれ

続きが気になる……
早く続きをください……
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:03:29.62 ID:OFaoC4yS0

ですが、悲しいことに、今の甜花は幽霊なので、
千雪さんにこの声が聞こえることはありませんでした。

しかし、記憶よりも大人びた顔立ちのその人は、
何かに怯えるような表情のまま、右手で口元を抑えていました。

「……甜花、ちゃん?」
千雪さんは、甜花の瞳をみて、そう問いかけました。

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:05:22.24 ID:OFaoC4yS0

千雪さんがどうして甜花の姿を見ることができたのか、
その理由は今でもわかりません。

だから、それは神様に「願い」が通じたからではないかと、
甜花は考えることにしました。

ただ、その時の甜花は、千雪さんの優しい声をきいて、
おもわず瞳から涙が溢れていました。

これまで感じていた不安のすべてが
ひとつ残らず掻き消されていくかのような、
そんな気持ちで胸がいっぱいでした。

42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:10:46.47 ID:OFaoC4yS0

千雪さんは、始めこそ怯えたような表情をしていましたが、
しばらくすると落ち着きを取り戻したかのように、
甜花のそばに座り込んで話をきいてくれました。

甜花がどうしてここにいるのか、それを説明しているときでさえ、
千雪さんは未だに信じられないという顔をしていました。

ただ、甜花にとっても、それは同じ気持ちでした。

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:15:26.55 ID:OFaoC4yS0

「どうして千雪さんは、甜花のことがみえるの……?」
今までの甜花は誰の目にも映らないはずでした。

「さあ、どうしてかしら……。それは私にもわからないの」

「……そっか。そう、だよね」

「だけど、とても不思議なことにね。
ここを通りかかったときに、私の体が引き寄せられたみたいだったの」

「引き寄せられる?」

「ええ。まるで誰かに呼ばれていたかのようにね」

 甜花はそれを聞いて、ちょっぴりうれしくなりました。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:18:56.73 ID:OFaoC4yS0

「だけど甜花ちゃんは、甘奈ちゃんのために、ここで私を待っていたの?」

「うん。……なーちゃんを元に戻してあげるのが、甜花の役目、だから」

「……そう。甜花ちゃんは、甘奈ちゃんのお姉ちゃんだものね」

千雪さんはそう言って、すこしだけ微笑みました。

ゆうれいの甜花ともお話してくれる千雪さんは、
どこまでもやさしい心をもっているのだな、と甜花は思いました。

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:23:32.69 ID:OFaoC4yS0

「あのね、千雪さん。甜花、ききたいことが……いっぱい、あるよ」

「ききたいこと?」

「うん。事務所のみんなが、どうなったのか……とか」

「それは……」千雪さんは目を伏せて言いよどみます。

「あのね、甜花ちゃん。どうか、気を落とさないで聞いてほしいんだけど――」

そういって、千雪さんが話してくれたことは
甜花にとってはあまりにも酷い内容ばかりでした。

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:47:26.90 ID:OFaoC4yS0

甜花達が事故にあった後、事務所に殺到したマスコミの人たちは、
なーちゃんや甜花のことを何度も聞き込みにきていて、
それからすぐに根も葉もないことを記事に書いたそうです。

アイドルとして所属していたみんなも、その被害にあい、
執拗な取材にノイローゼになる子もいたくらいでした。

そして、その悪評に流されるように、プロダクションは徐々に人気を落とし、
ついには事務所は解体されてしまいました。

それからしばらくして、千雪さんはもとの雑貨屋さんに再就職して、
今現在もそのお店で働いていると話してくれました。

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:48:18.76 ID:OFaoC4yS0

「そしたら、ここは甜花たちのせいで……」

「いいえ。それは違うわ。ふたりのせいなんて、
あの時は、誰も思っていなかったもの」

「でも」甜花は泣きそうな声でそれを否定します。

「……大丈夫。それにね、事務所はなくなっちゃったけど、今でもアイドルを続けている子はいるのよ」
そういって、千雪さんは甜花の方を見つめました。

「だから、そんなに泣きそうな顔をしないで」

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/09(月) 22:50:55.03 ID:OFaoC4yS0

「それよりも、今は甘奈ちゃんのことをどうにかしなくちゃね」

「……うん」
 そういって、千雪さんはその場から立ち上がりました。

「でも、千雪さん。……なーちゃん、もとに戻るのかな」
 甜花は膝を抱えたまま、千雪さんのほうを見上げます。

「心配しないで。きっと、もとの甘奈ちゃんに戻る方法があるはずよ」

「そっか。……そう、だよね」

「ええ。だから、甜花ちゃんも、あともう少し頑張りましょう」

千雪さんの言葉に、甜花はちいさく頷きました。

49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:03:43.22 ID:9hCF7dup0

それから甜花は、千雪さんの家で寝泊りすることになりました。
作戦を考えるにしても、ふたりが一緒のほうがいいと
千雪さんが言ってくれたので、その言葉に甘えることにしました。

たいていの日は、千雪さんが仕事から帰ってきてから、
甜花たちはなーちゃんを元に戻す方法を考えあいました。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:05:14.20 ID:9hCF7dup0

「デビ太郎で、なーちゃんをびっくりさせるのは……どう、かな」

「ええと。それはどうやって?」

「こうやって、なーちゃんの目の前に飛び出させて驚かせるの……」

「だけど甘奈ちゃんには甜花ちゃんの姿が見えないんじゃ……」

「あっ……」

作戦会議はなかなかうまくはいきませんでした。
だけど、甜花が何かを提案するたびに
千雪さんは嬉しそうに笑ってくれました。

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:33:30.36 ID:9hCF7dup0

そんなある日、甜花はテレビでとある特集を目にしました。
それは「催眠療法」とよばれる治療法についてでした。

「催眠療法?」
早速、家に帰ってきた千雪さんにそのことを報告すると、
千雪さんはパジャマに着替えながら首を傾げていました。

「うん。……その治療を受けるとね、
つらいことや、いやなことを忘れることが出来るんだって」

「へーえ。それ、甘奈ちゃんにも効果あるのかな?」

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:35:10.26 ID:9hCF7dup0

「わからない……けど、甜花すこし気になって」
ぐっと胸の前で握りこぶしをつくった甜花を見て
千雪さんは「そうね」と頷きました。

「それじゃあ今度の週末にプロデューサーさんの所に、
この話をしに行きましょうか」

「……いいの?」

「ええ。もちろん」と千雪さんは笑いました。

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:44:37.40 ID:9hCF7dup0

週末に入ると、千雪さんと甜花は
プロデューサーさんの家に訪れることにしました。

「プロデューサーさんは、今は甘奈ちゃんと一緒に住んでいるのよね」
デパートでお土産に買ったドーナツを片手に、
甜花たちは歩道橋を歩いていきます。

「うん。なーちゃんの具合がすごく悪くなって、それで……」

「そう。……でも、そういう人よね。あの人って」

すこしだけさみしそうな顔で、千雪さんは笑っていました。


54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:48:01.97 ID:9hCF7dup0

「千雪さんが、プロデューサーさんに
最後に会ったのは……いつ、なの?」
道中、甜花はそんなことを千雪さんに聞きました。

けれど千雪さんは「そうねえ」と言ったきり、
なにかを思い出すように空を見上げていました。

「……もう、ずいぶん長い間会っていない気がするけど」

55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 00:55:05.21 ID:9hCF7dup0

「千雪さんは……会いたく、なかった?」

「どうして?」

「あう……。そんな顔をしてた、から」

「ふふ、どうだろうね。……だけど、
今更どんな顔して会えばいいか、わかんないだけなのかなあ」

千雪さんはそう言って、右手で胸をおさえました。

「もう、ずいぶん昔に置いてきたはずなんだけどね……」

つぶやくようなその言葉を、甜花は聞き返すことはしませんでした。

56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:45:28.90 ID:9hCF7dup0

しばらくして、目的地に着いた甜花たちは、
インターホンを鳴らして、家主を呼び出すことにしました。

すぐに扉から出てきたプロデューサーさんと対面したとき、
千雪さんはどこか緊張していたように思いました。

甜花はとたんに居心地が悪くなって、
そのままプロデューサーさんの方を見つめました。

ただ、やっぱりプロデューサーさんにも甜花が
そばにいることはわからないようでした。

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:47:56.38 ID:9hCF7dup0

それから、プロデューサーさんの家で
千雪さんはこれまでの経緯を話し始めました。

甜花についての話をしたときばかりは、
プロデューサーさんもとても驚いていました。
それでもプロデューサーさんは、千雪さんの話を
最後まで信じてくれようとしていました。

そして、なーちゃんへの催眠療法についても、
快く賛同してくれました。

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:50:04.47 ID:9hCF7dup0

話を聞けば、プロデューサーさん自身も、
これから街はずれの精神科医のところに
なーちゃんを連れていくと言うのです。

実をいうと、なーちゃんの容態は
かなり悪くなっていたそうで、
プロデューサーさんも千雪さんからの連絡を受けて
すぐに病院を探し始めたと話していました。

それからプロデューサーさんは、
「もしよかったら一緒に付いてきてほしい」
と甜花たちに頭を下げました。

もちろん、甜花たちも初めからそのつもりでいました。

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:54:52.55 ID:9hCF7dup0

後部座席に乗せられたなーちゃんは、
ずいぶんとやつれた姿でいました。

「今は薬で眠っているんだ」
とプロデューサーさんは言いました。
いまだに、なーちゃんの不眠症は治っていませんでした。

それから甜花もなーちゃんの隣に座ると、
しばらくの間じっとその顔を眺めていました。

なーちゃんは時折、甜花の名前をつぶやいていました。
そのたびに甜花は「どうしたの」と笑みを浮かべました。

60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:56:30.64 ID:9hCF7dup0

病院に着いたのは、ちょうど一時間ほど経ってからでした。
車から降りたあと、プロデューサーさんと千雪さんは、
すぐになーちゃんを病室にへと運んでいました。

そのあと、プロデューサーさんは
なーちゃんの様態についてお医者さんと
話をしていました。

61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 12:58:43.02 ID:9hCF7dup0

それからは、なーちゃんの診断が始まりました。
その間、甜花たちはロビーで待たされることになりました。

診断が終わったのは、日が暮れる頃でした。
プロデューサーさんと一緒にやってきたお医者さんは、
千雪さんも含めて病室に招き入れました。

カルテを眺めながら、白衣を着たその人は、
こちらを一瞥しました。

「結論から言うと、大崎さんの心の病を直すことはできます」

62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 13:08:31.47 ID:9hCF7dup0

その言葉に甜花たちは歓喜しました。
なーちゃんが元に戻る、それは途方もない道のりに思えました。

しかしお医者さんは「ただし」と付け加えました。

「催眠療法は完全な治療ではなく、あくまで効果的な方法のひとつにすぎません。
なにかのきっかけに、閉じ込めた記憶を思い出す可能性だってあります」

「思い出す?」と千雪さんは答えました。

「はい。つまり、この治療では大崎さんの中に潜む記憶を、
全く別の記憶に置き換えてしまうということになります」

「それは……?」

「つまり、記憶の改ざんということです」

63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 13:43:26.30 ID:9hCF7dup0

「具体的には、どういうことをするんでしょう」
千雪さんは不安そうに声を震わせました。

「事故の記憶を、別の記憶にすり替えるのはとても難しいです。
仮に、それができたとしても解決には至らないでしょう」

「ええ」

「つまり……今回の問題は、彼女のお姉さんが亡くなったことに他なりません」

お医者さんは少しばつが悪そうな顔で、甜花たちの顔を見つめました。

「私の提案は――彼女には初めから姉がいなかった、
という記憶に塗り替えるということです」

64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 13:47:09.00 ID:9hCF7dup0

それからのお医者さんの説明は、
どこか他人事のように聞き流していました。

つまり、なーちゃんを助けるためには、
甜花のことをひとつ残らず忘れてしまう必要があったのです。

それは甜花にとって、どれくらい辛いことだったか、
自分でもすぐには理解できませんでした。

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 13:55:43.06 ID:9hCF7dup0

「どうしましょうか」
診察室から出てきた千雪さんは、
とても困ったような顔で俯いていました。

プロデューサーさんもおなじです。
じっと、千雪さんの方を見つめていました。

ただ、甜花だけは、すでに覚悟を決めていたのです。

「千雪さん、……甜花ね、なーちゃんをたすけてあげたいの」

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 13:56:26.34 ID:9hCF7dup0

甜花がそういったとき、千雪さんは
瞳からぽろぽろと涙を溢れさせて、
それからプロデューサーさんの肩で
ずっと泣いていました。

プロデューサーさんも、なにかを察したかのように、
千雪さんのことをなぐさめていました。

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:06:58.82 ID:9hCF7dup0

それからすぐにやって来たお父さんとお母さんにも、
プロデューサーさんは事情を説明していました。

「本当にこれでよかったの?」
ソファに座っていた甜花に
千雪さんはやさしく声をかけてくれました。

「うん。甜花は、なーちゃんが元気になってくれたら。それで……」

「……そう」

千雪さんは、それ以上はなにもいわないで、
少しだけ悲しそうな顔をしていました。

「甘奈ちゃん、元気になるといいね」

うん、と甜花は一度だけ頷きました。

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:09:33.25 ID:9hCF7dup0

それから、なーちゃんの治療が始まりました。
強い暗示をかけるには、時間がかかるということもあり、
なーちゃんはその病院で入院することになりました。

『先ほども言った通り、暗示も完全なものではありません』

『閉じ込めた記憶は、何かのきっかけで再び記憶が蘇ることもあります』

『それを避けるためにも、亡くなったお姉さんの思い出はすべて――』

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:13:23.11 ID:9hCF7dup0

甜花は、きっと、この瞬間のために、
再びなーちゃんのところに現れることができたのでしょう。

月明かりの差し込む病室で、なーちゃんの寝顔を見つめていた甜花は
そのほっぺたにふれて、それから一度だけキスをしました。

「……にへへ。さよなら、なーちゃん」

甜花の声は、さみしく響き渡りました。

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:20:37.72 ID:9hCF7dup0


そうして、なーちゃんは、元のなーちゃんに戻ることができました。


71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:23:48.35 ID:9hCF7dup0

「お父さん。荷物は、この段ボールに詰めればいいの?」

「ああ。引っ越しのトラックは明日来るからな」

「はーい」

なーちゃんが、いそいそと自分の荷物を
段ボールに詰めている様子を、
甜花はベッドの上で眺めていました。

あの後、この街を出ることになったのは、
お父さんとお母さんが決めたことでした。
きっと、甜花との記憶を思い出させないために
それは必要なことだったのでしょう。

また、甜花に関わるものをすべて捨ててしまったのも、
ふたりで話し合った結果でした。
ふたりとも、その時はとても悲しそうに泣いていました。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:25:56.10 ID:9hCF7dup0

なーちゃんが元気になった後、
プロデューサーさんは何事もなかったかのように
なーちゃんを大崎家に送り届けてくれました。
お父さんもお母さんもプロデューサーさんに
本当に感謝していました。

千雪さんは、雑貨屋さんを続けると言っていました。
別れ際に、甜花が「もっと連絡したほうがいいよ」と言うと、
千雪さんはどこか照れくさそうにしていました。

甜花は心のどこかで、ふたりの行く末を少しだけ期待していたのです。

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:31:21.29 ID:9hCF7dup0

「んー。……でも、こんなに荷物少なかったかなあ」

荷物をまとめていたなーちゃんは小首をかしげると、
そのまま部屋と飛び出ていきます。

そんな様子を見て「なーちゃん」と甜花は声をかけます。
すると、なーちゃんはこちらを一度だけ振り返ります。

「……気のせい、かな?」

それだけ言い残して、なーちゃんは部屋を去っていきました。

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:33:14.42 ID:9hCF7dup0

カーテンが風でなびいて、そのまま甜花は
なーちゃんのベッドに寝ころびました。

なーちゃんの香りを胸いっぱいに感じながら、
これでよかったと甜花は思いました。

ただ、これまでたくさん頑張ったせいで、
どうにも眠たくなってしまった甜花は
そのまま瞼を閉じます。

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:42:07.38 ID:9hCF7dup0

そうしていつの間にか、眠りに落ちてしまった甜花は
まどろみの中で夢を見ました。

その夢には、なーちゃんがいて。
なーちゃんは甜花の手を取って、
力いっぱい抱きしめてくれました。

「そしたら、甜花ちゃんが甘奈のことを治してくれたの?」

「にへへ。……甜花、なーちゃんのためにがんばった」

「甜花ちゃん……。ありがとう、本当に」

「なーちゃん、そんなにしたら甜花つぶれちゃう……」

「でも、これだけしないと伝わらないかなって思って」

「ううん。なーちゃんが甜花のことを好きなのはしってる、から」

「そっかあ。そうだよね」

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:57:29.44 ID:9hCF7dup0

「ねえ、甜花ちゃん。今度、引っ越す街はね、
海がすぐそこにみえるところなんだって」

「うん」

「千雪さんも、プロデューサーさんも誘って、
みーんなで、遊びにいきたいね」

「……うん」

「もちろん、甜花ちゃんも一緒だよ」

「甜花も?」

「当たり前でしょー? だって、甜花ちゃんは甘奈のお姉ちゃんなんだから」

「……うん。そうだね」

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 14:58:12.94 ID:9hCF7dup0

「甜花ちゃんのこと、絶対にわすれないから」
なーちゃんは、そういって甜花の小指に触れました。

「だから、甜花ちゃんも甘奈のことずっと忘れないでね」

「……うん。わかった」

甜花たちはひとつの約束をして、
それから、ふたりで子供みたいに笑いあいました。

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/08/10(火) 15:00:56.90 ID:9hCF7dup0

夢の続きで、どんなことを話したのか、
甜花はすぐに思い出すことはできませんでした。

ただ、とても幸せな夢だったような気がするなと
甜花はただそれだけを覚えていました。


おわり

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/10(火) 15:13:49.87 ID:9hCF7dup0
>>60
なーちゃんの様態についてお医者さん
→なーちゃんの容態についてお医者さん
ですね。。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/10(火) 21:00:11.68 ID:mQqjsfWDO


安易なハピエンドよかしっくりきます……
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/08/13(金) 13:03:11.01 ID:INO2US400
おつおつ
何回もエタってよく終わらせたな〜
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/14(土) 02:00:34.63 ID:DtkVCG840
37.14 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)