【艦これ】神風「最初の一人」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

621 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:43:58.05 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「ようやく一段落ついたね」

叢雲「まだまだ課題は山積みだけれどね」

長屋の板張りは無事終わったとの報告を受け、ひとまず鎮守府の台風対策は終わった。

でも肝心なのはこの先。

提督「あと一時間で会議かぁ…」

叢雲「憂鬱そうね」

提督「あそこの提督怖いから」

叢雲「それは、否定しないけれど」

悪天候による作戦の一時中断。でも問題は海が静まったあと。

両軍とも嵐が過ぎるまで海には出れない。少し前まで制海権を争っていたあの海上には今荒れ狂う波と風しかいない。

つまりそれらが過ぎ去ったあと、どれだけ素早く部隊を展開できるかによって制海権が大きく揺れ動く。

叢雲「予報なら25時間後には航行可能なレベルまで波は収まるようね」

提督「でも台風は気まぐれだから。この先どんな進路を取ったとしても迅速に作戦を進められるように他鎮守府と連携を密にする必要がある」

叢雲「なら会議にはでなくっちゃね」
622 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:44:33.93 ID:HJ8e5cO4O
提督「…叢雲代理で出ない?」

叢雲「いいけど、どの道後が怖いわよ」

提督「だよねぇ」

ガタンッと窓が揺れた。

提督「大分風が強くなってきたね」

叢雲「煩くなるわよ。シャッター閉めたらどう?」

提督「いいよ。空が見えなくなる」

叢雲「台風の事なら正確な情報がリアルタイムで送られてくるじゃない」

提督「目で見るのも大事だよ。気分的な問題かもだけど」

叢雲「気分ねぇ」

黒に覆われ始めた空を見上げる。

空が見えないというのは船にとって実に恐ろしい事だ。

下は常に水面という僅かな境界を隔てた、全てを飲み込む深い深い海。

こうして空に蓋をされるとまるで閉じ込められたかのように感じる。

海という脅威から逃れられないような、なんていうのも実に気分的な問題だけれど。
623 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:45:11.01 ID:HJ8e5cO4O
叢雲「会議の方は任せるわ。私は最終確認してくるから」

提督「確認なら今し方終えたじゃないか」

叢雲「だから三度目は私がやるのよ」

提督「はいはい、任せたよ秘書艦殿」

叢雲「任されたわ、司令官」

執務室を後にする。

最終確認と言っても別に司令官を信用していないとかでは無い。

あくまで私が心配性という話。

秋雲『あ゛、っと叢雲じゃ〜んお疲れちゃ〜ん』

叢雲『何よあ゛って』

秋雲『気にしな〜い気にしな〜い。用意は終わったの?』

叢雲『えぇ、殆どね。そっちこそ倉庫の片付け終わったの?収納は出来たけど散らかったままとかはなしよ』

秋雲『そこは大丈夫大丈夫。んじゃ!』
624 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:47:17.71 ID:HJ8e5cO4O
叢雲『ストップ』

秋雲『ん゛!?』ビクッ

叢雲『そっちには執務室くらいしかないわよ。まさか資料室に用があるわけじゃないでしょう?』

秋雲『いやぁちょっと提督とお話がしたいな〜って』

叢雲『生憎これから作戦会議があるのよ。話なら私が聞いてあげるわ、ほら』

秋雲『え、えっ…とね』

叢雲『ん?』ニッコリ

秋雲『すんませんでしたあ!!』ドゲザッ

叢雲『ええ!?ちょ、ちょっと待って早い!それは早い!何よ何やらかしたの!今それは怖いからやめて!!』

秋雲『やらかし、てはないんだけどね。私が犯人でもないし』

あっさり土下座を決めたかと思うと直ぐに立ち上がってくる。なんで慣れてるのよこの娘は…

秋雲『倉庫の整理してたじゃん私達』

叢雲『そうね』

秋雲『そしたらさあ、奥の方からホコリ被った海外の艦載機出てきてさ』

叢雲『海外の…あぁそういえばあったわねそれ』

秋雲『そもそもアレなんであるの?』

叢雲『数年前から海外艦の運用が本格的に始まったでしょ?だから国外の規格の装備を扱えるようにって上から事ある毎に配備されるのよ』

秋雲『へぇそんな事情だったんだ』

叢雲『ただウチは海外の空母は未着任って事もあって艦載機に関してはあまり触れてなくて。技術屋の二人も、飛ぶヤツはよく分からんって興味無さそうだったし』

秋雲『なるへそ。でそれを今回私、というか赤城さんと翔鶴さんが見つけちゃってね』

叢雲『それで』

秋雲『見て触れてじゃ物足りず提督に飛行許可貰ってきてって無茶振りが私に』

叢雲『いや断りなさいよ…』

秋雲『いやぁ飛んでるのを見て描きたいなって気持ちがあるにはあったからねぇ』

叢雲『まったく、空母ってのは本当に艦載機好きよねえ。あの真面目な赤城や翔鶴ですらそうなんだもの。一体どういう気持ちなのかしら』

秋雲『我が子のようなってのが一番近いんじゃない?』

叢雲『我が子、我が子ねぇ』

秋雲『ま、私達にゃわからん話でしょ』

叢雲『そういうものかしら』
625 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:48:31.13 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『私達はさ、砲塔から機銃、魚雷まで、その一つ一つに妖精さんがいるじゃん。点検装填発射、あらゆる工程につまりは人の手が必要なわけだし』

叢雲『それは艦載機も同じじゃない?』

秋雲『でも私達、つまり駆逐艦や軽巡重巡、戦艦なんかは砲塔を自分の手から離さないでしょ?』

叢雲『砲塔を、あぁそういう事』

言われてみればそうだ。

そもそも攻撃機のコンセプトというか、根本的な考えは攻撃の届かない所へどう攻撃するか。

艦載機なんて括りで忘れがちだけどやってる事は機銃や魚雷発射管を凧に括り付けて飛ばしてるのと同じ事だ。

より遠くへ、見えない、届かない位置への攻撃。

秋雲『放つって点で皆は砲弾や魚雷なんかと艦載機を同じ物だと考えがちだけど、実際はそっちなんだよね』

叢雲『そう考えると見方が変わるわね。長年使ってきた装備には愛着もあるもの。それを飛ばすとなると』

秋雲『艦載機のバリエーションの豊かさも拘りの一つになるんだろうけど、それ以上に未帰還って可能性があるのが決定的だろうね』

叢雲『壊れた砲塔や魚雷発射管と、撃ち落とされて海に消えた艦載機とじゃ比べようがないでしょうね』

右腕を見る。

こうして少し意識を向けるだけでいつも身に付けている魚雷発射管の感覚をありありと思い出せる。

壊れる事もある。投棄することもある。それは身体の一部を捨てる様な感覚だと思う。

でももしそれを空に放ち、帰りを待つとしたら。

それは確かに人で言う我が子という概念に近いのかもしれない。
626 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:49:21.63 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『例えば猫、じゃなくてもいいか。犬でも魚でも植物でも。なんか育てるとしてさ、名前を付けるとしたら何にする?』

叢雲『名前?何よ急に』

秋雲『いいからいいから』

叢雲『…叢雲?』

秋雲『分かりにくいよそれ』

叢雲『それもそうね、叢雲二号…叢雲改とか?』

秋雲『そういう感覚の違いなんじゃないかなって。我が子っていう考え方が分からないの』

叢雲『??』

秋雲『だって子供なら名前つけるでしょ?』

叢雲『名前…』

名前なら私にもある。

私の大好きな名前が。

きっと誰かの願いの籠った名前が。

それと同じ事をするのが、我が子という感覚なら、名前は、名前をつけるとしたら。

叢雲『んんー…』

秋雲『あはは、すっごい顔してるよ叢雲』

叢雲『アンタは分かるっていうの?』

秋雲『私はほら、オリジナルとか描いてると名前付けたり愛着湧いたりってのは何となく分かってくるかな』

叢雲『?』

イラストの話、なのかしら。
627 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:50:24.51 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『多分さ、船は海っていう隔絶された空間で、その船内だけで自己完結しなきゃいけない物だからさ、人みたいに自分以外との繋がりを感じるのに慣れてないんだよ』

叢雲『それは、悪い事だと思う?』

秋雲『そこまでは言ってないけど、というかそれは流石にテーマが重い』

叢雲『ごめん、ちょっと意地悪だったわ』

秋雲『気にしてないよ』

叢雲『貴方、意外と色々考えてるのね』

秋雲『今すごい馬鹿にされなかった私?』

叢雲『気のせいよ』

秋雲『さいで、それじゃ』

叢雲『あぁ待って、最後にもう一つ』

秋雲『なに?』

叢雲『飛ばすのはダメって伝えてきなさい』
秋雲『チクショウ誤魔化せたと思ったのに!』

叢雲『んなわけないでしょうが』

秋雲『ちぇ〜わかりましたよぉ』

叢雲『言っても聞かなそうなら私に言ってちょうだい。工廠にいるから』

秋雲『最後の確認ってやつ?大変だねぇ』

叢雲『大切でしょ?』

秋雲『そりゃね。いつぞやみたいに停電とかやだしね』

叢雲『…停電』

秋雲『叢雲?』

叢雲『いえ、なんでも、ないわ』

秋雲『あっそ』
628 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:52:12.76 ID:HJ8e5cO4O
叢雲「停電」

そういえばそんなこともあった。

叢雲「嫌な事考えてるわね、私」

それでもそれは必要なことだと私は判断した。

司令官はきっとそうは思わないでしょうけど、

私は違う。

anknouwnは暴かれなければならない。

見えた船影が敵なのか、味方なのか。
629 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:53:59.98 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『へい工作犯いる〜?』

工廠の扉を開け呼びかける。

台風対策であちこちに置いていた道具や設備を全て格納したため、室内は普段よりも窮屈になっている。

声の通りも悪くなっているだろうしもう一度呼びかけるべきかしら。

明石『お呼びで?』ヒョイッ

叢雲『…なんでもまた全裸なのよアンタは』

明石『ちょっと埃ついてほしくない作業だったので』

叢雲『理由はわかるけどそれ他に対策ないの?』

明石『ないわけじゃないですけどぉ、手間もお金もかかりますよ?』

叢雲『なら仕方ないわね』

明石『流石秘書艦話が分かる。それで今日はどのようなご用件で?』

叢雲『用ってのはその、夕張のほうでね』

明石『ん、あれ?もしかしてさっきの工作班じゃなくて工作犯のほう?』

叢雲『音じゃわからないけれど多分あってるわよ』

明石『うわ〜また悪だくみですか?最近色々やってますもんね』

叢雲『加わってみる?』

明石『正直興味はありありですけど、ちょっとねぇ』

明石は基本的にルール外の出来事を好まない。

本人的には非常に興味があるのだが信条としてなるべく関わるまいとしている。

夕張のようにあれこれしでかすよりは有難いけれど。
630 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:54:44.51 ID:HJ8e5cO4O
夕張『ただま〜、あれ叢雲?どうしたの?』

叢雲『そっちこそ、何か抱えてるのよそれ』

夕張『浮き輪さん型観測機二号よ!』

叢雲『あぁ海上k『浮き輪さん型観測機二号』…そうそれ』

夕張『回収し忘れてたからちょっと沖合に出て取ってきちゃった』

叢雲『は?アンタまた勝手に出撃したの!?』

夕張『やだなぁ今回は兵装実験とかじゃなくてただ回収しただけだってば』

叢雲『それもアウトだっつってんのよおバカ!』

明石『まぁまぁ、それより夕張に話があるって』

夕張『私?』

叢雲『えぇ。ちょっと停電対策をね』

夕張『あーあったわねぇそんな事も。でもなんで今更?』

明石『停電なんてあったの?』

夕張『そっか明石が来る前か』

叢雲『あったのよ昔。ひどい嵐の時にね』

夕張『山の送電線がね』

明石『うわぁ最悪だそれ』
631 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:55:40.62 ID:HJ8e5cO4O
送電線が切れた、というわけではなかった。

強風で枝が奇跡的なくらい見事に電線をからめとり、システムが問題ありと判断して電力供給を絶ったというのが真実。

夕張『まだ覚えてるわ。あの嵐の中木によじ登って枝切り取ったの』

叢雲『幸い断線までは至らなかったからあとはシステム復旧をこちらでするだけで済んだけれど、そうでなかったと思うとぞっとするわ』

明石『ちなみに現在その対策は』

夕叢『『ない』』

明石『デスヨネー』

島国であるが故に周辺海域の奪還後問題となったのはその守りだった。

結果として各地に鎮守府が急ピッチで建てられたけれど、

粗製乱造、とまではいかないまでも設備は十分とは言えなかった。

仕方ないのはわかっているけれど。

叢雲『別に台風対策無しってわけじゃないのよ。前回のが色々ミラクルだっただけで』

夕張『だから今日までそのままなのよねぇ。やるからには大規模な工事だからこっちとしてもあまりやりたくはないし』

明石『そうよねぇ、送電線の改修をするなら…うわ考えただけで嫌になってきた』

夕張『でしょ〜』

明石『で、それが今回の悪だくみなの?』

夕張『え、悪だくみなのこれ?』


叢雲『…そうね、悪いけど今回は明石にも加わってもらおうかしら』

明石『え゛』
夕張『っしゃ!』
632 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:56:36.46 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石『…』

夕張『…』

明石『…』

夕張『マジすか』

叢雲『マジよ』

二人の顔が流石に険しくなる。

とはいえこれは予想済み。

私だってこれはまずいと思ってる。

叢雲『でも小手先の手段じゃ何も得られそうにないの。リスクを負ってでもやる価値はあるわ』

明石『で、でも、敵ってわけじゃないんですよね?』

叢雲『敵なら排除できる。でも現状敵なのかさえ分からない。だから危険なのよ』

明石『それは、提督のためって事ですよね』

叢雲『鎮守府の、艦隊全体のためよ』

夕張『ま、議論の余地はないんじゃない?』

明石『夕張はいいの?』

夕張『さあ』

明石『さあって…』

夕張『けれど、叢雲はやれというんでしょ?』

叢雲『あら、いやな言い方するわね』

夕張『私はその辺割り切ってるので。だから確認させて』

叢雲『いいわ、二人とも。やってちょうだい』
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/15(火) 00:58:53.94 ID:V2uFzKYH0
更新来た!!おつです
634 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:59:41.53 ID:HJ8e5cO4O
旗艦として艦隊を指揮する時と同じ。

必要だと思った事を選択していく。

慎重に、だけど迅速に。

迷ってはいけない。

判断はその瞬間に求められる。

目の前の船影は次の瞬間こちらに攻撃してくる敵かもしれない。

あるいは傷を負い助けを求めてる味方かもしれない。

私は、艦隊の為にどう判断を下すべきなのか。

明石『台風は明日の午後からよね』

夕張『間に合う事には間に合う、けどな〜、テスト出来ないのは怖いかな』

叢雲『可能な限りフォローするわ。必要なものがあったら言って』

夕明『『休暇』』

叢雲『…善処する』
635 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 01:01:42.58 ID:HJ8e5cO4O
カワイイヤッターバレンタイン神風

当日秘書艦にしていたのは瑞鳳ですけれど。
毎年恒例ののチョコも気付けばそこそこの数になってきました。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/15(火) 09:01:10.46 ID:XgAGmLvpo
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 00:24:40.03 ID:A/BmmMoTO
乙 不穏な気配は課長に吉と出るか凶と出るか
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 07:24:39.81 ID:SHUxHxf6o
SS速報避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
639 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:04:55.72 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昔から寝つきは良いほうだ。親から赤子の時夜泣きがなさ過ぎて不気味だったとか言われるくらいには。

出張の多い仕事柄、枕を選ばず眠れるこの体は非常にありがたいものだった。

とはいえ、限度がある。

男「うるさい」

絶えず窓に大粒の水滴が着弾し続けている。

カンザスに戻れなくなるんじゃないかと思える程の大風が長屋を揺らし、残った大地を飲み込まんと海が唸りをあげている。

つまり五月蠅い。

夕食時には大雨程度だったがすっかり台風に飲まれたらしい。

時刻は夜九時。そろそろ就寝準備に入る時間だが、今日はこの轟音の中でどう寝るかを考える必要もありそうだ。

秋雲「すんごい音ね」

上唇にペンタブを載せて至極どうでもよさげにそんなことを言ってくる。

この仕草をしている時はだいたい原稿の進みが芳しくない時だ。

男「そこは静かで羨ましいよ」

秋雲「今すぐそっちがマイク切ってくれたら静かになるんだけどねぇ」

男「俺が切ってもそっちで音拾ってるだろ」

秋雲「そんなにずっと聞き耳立ててるわけないじゃ〜ん」

男「ほんとか?」

秋雲「へ?」

男「 今 の 言 葉 は 本 当 か ? 」

秋雲「ひ、暇な時は、別、かなぁ」

男「だと思ったよ。別にいいけどな」

秋雲「ならそんな聞き方しなくてもいいじゃんかあ!」

男「いやお前文句言える立場じゃないからな?」

くだらない会話と報告を交えながら一日の業務を終える。
640 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:06:26.77 ID:0Hx+2bE/0
後はさっさと寝て、寝る努力をするか。

その前にトイレに行こうと廊下へ出る。

男「あれ?まだ起きてるのか」

緋色の部屋から明かりが漏れていた。

いつもならもう寝ている時刻だが、流石にうるさくて寝られなかったか。

男『緋色〜起きてるか?』トントン

少し気になったのでドアをノックし声をかけた。

普通の声量だったがこの騒音の中ならもし寝ている場合は起こさずに済むだろう。

などと呑気に構えていたのだが、

言い終わる直前で中で物音がした。

この嵐の中でもはっきり聞こえる程大きな、何かそれなりの重量の物が転がり落ちたような音が。

男『緋色!?』

壁か何かが吹っ飛んだんじゃあるまいかと思い急いで鍵を開け扉を開いた。

すると

緋色『ッ!』ギュゥ

ピンクの物体が凄い勢いで俺に抱き着いてきた。

男『ど、どうした?』

あまりの勢いに二歩後ろに下がってしまう。

コアラの子供のように腰にひしと抱き着いてきた緋色の頭にそっと手を置く。

僅かに震えている。

怯えている?

男『嵐、怖かったか?』

しまった、口に出すべきじゃなかったか。

こういう時原因なんかを本人に聞くとそれを思い起こして余計にパニックになると聞いたことがある。

緋色『怖い、でも嵐じゃないの。それに近い何かが、迫ってくるみたいで、明かりが消せないの…』

男『そうか、そうか。どうしたい?』

緋色『えっと、その…しばらく一緒にいたい、かな…』

周りの音で掻き消えそうなほど小さな声でそう言った。
641 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:07:27.17 ID:0Hx+2bE/0
男『分かった。俺もちょうど寝れなくてな』

原因の究明は後回しだ。今はまず緋色を落ち着かせることを考えよう。

男『あーだが、その、いったんトイレ行ってもいいか?』

緋色『え?え、えぇ。いいわよ』

腰から手を放し、しかし一度も俺から離れずそのまま右手をぎゅっと掴んだ。

え、このままトイレの中までついてくる気じゃないよな?

かといって今離れてくれ等と言うと不安に押しつぶされそうな雰囲気もあるし、どうしたものか。

男『叢雲に頼んで一緒に寝てもらうか?』

緋色『い、嫌よ!そんなことしなくても私一人で、一人でも…』

少しでも明るくしようと茶化してみたが、一人という言葉を口にした途端不安になったようだ。

男『だが、艦娘になるならこれくらいの事で怯えていられないぞ』

緋色『!』

男『俺だって戦場に立った事があるわけじゃないから偉そうな事は言えないが、想像はつく』

昔見た演習を思い出す。

陸地にまで響く砲撃音。吹き上がる水しぶき。どれもそこにいるだけで圧倒されそうなものばかりだった。

緋色『そうよね。皆、そうやって戦っているのよね』

右手をつかむ緋色の手から力が抜ける。
642 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:08:32.39 ID:0Hx+2bE/0
男『それに俺だっていつまでもここにいるわけにはいかないだろ?』

緋色『え?』

男『お前が艦娘として海に立てるのを見送るのが俺の仕事だからな』

実際は少し違うが、俺自身がそうしたいという嘘偽りない本音でもある。

緋色『そっか…』

緋色がいよいよ俺の手を放しかけた、


その時だった。



男「!?」

フッと世界が消え去った。

明かりが消えた、と認識するのに少し時間がかかるほど一瞬で暗闇に覆われた。

慌てて周りを見渡すが暗闇に慣れていない目はもはや真横の壁すら認識できていない。

直前まで目に焼きついていた景色がぼんやりと幻覚のように周りを覆っている。

視覚が奪われたせいか雨音がよりいっそう大きくなったように感じた。

男「…」

停電、か。

真っ先に思い当たる原因は台風よりも深海棲艦の攻撃だ。

嵐で動けないとみせかけての鎮守府襲撃、なんて事があるとしたら。

身体が強ばる。

逃げるか?だとしたら何処に?

廊下に立ち止まったまま思考が堂々巡りを始める。

しかし、そんなことをしている間に何も起こらなかった。

仮にも軍の基地だ。不測の事態であればそれ相応の対応をとるはず。

未だにサイレンやらがならないということは単なる停電とみていいだろう。

男「ふぅ…」

腰の護身用拳銃にかけていた左手を離し緊張感をほぐす。

そこでようやく、右手が妙に締め付けられていることに気づいた。
643 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:09:40.23 ID:0Hx+2bE/0
男『…緋色?』

『………』ギュゥ

男『イタタタ待て待て折れる絞られる一旦落ち着け!な?』

パッ、と。明かりが廊下を照らす。

電力が戻ったのか?

急な光度の差についていけずに目が眩む。

徐々にハッキリとしてきた視界に映ったのは、体を縮こませ俺の右腕に必死にしがみつく緋色だった。

男『お、おい?』

『…』

震えている。だが先程の比じゃない。

そんなに怖かったのだろうか。

男『もう明かりは戻ったぞ。あまり俺とベッタリしているところは誰かに見られたくないんだろ?』

軽口を叩きながら緋色の頭に手を軽くポンと置く。

『!?』ビクッ
男『うおっ!』

猫のようにビクンと体が反応した。驚かせるつもりはなかったのだが。

『…課長?』

男『お、おう。どうし』

どうした急に、まで言えなかった。

それほどに衝撃的だった。

腕にしがみついたままこちらを見上げた緋色の、あまりにも血の気の引いた顔は。
644 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:10:41.53 ID:0Hx+2bE/0
男『おい!緋色?お前…何が』

混乱して言葉出てこない。何を、何をすればいい、なんて言えばいい。

左手を緋色の肩に乗せ軽く揺する。

『いや…その、私…私?………』

男『?』

そう言いながら今度は一気に血の気が戻り、いや戻るどころではない。

緋色どころか顔を真っ赤にし目には涙を浮かべ始めた。

もはや全くもって状況を理解出来なくなったがとりあえず彼女を安心させようと抱き抱えようとしてみる。

すると

『待って!!』バッ
男『うお?』

思いっきり突き飛ばされた、とはいえ緋色の思いっきりなどそう大したものでは無いのだが。

少しよろけてニ三歩下がる。

男『???』

分からない。何も分からない。声すらも出せない。

ただ、

『違うの…違うのよ…私じゃない…私こんなの知らない…違うの…違うのよぉ…』

俯きながらブツブツと呟き続ける。

腰が抜けたのか内股のまま、とうとうその場にへたりこんでしまった。

男『…』

限界だ。お互いに。

男『スマン』

一体もう何が何だか一切合切全く全然微塵に皆無にこれっぽっちもほんの少しも分かりゃしないが、

ともかくここに居るのはまずい。一度部屋に戻るべきだとようやくそれだけが思いついた。
645 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:11:41.09 ID:0Hx+2bE/0
お姫様だっこで緋色を持ち上げる。

糸が切れたようにぐったりとした身体は普段よりも重く感じられた。

男『…』
『…』

目を合わせようとはしない彼女の顔は、やはりどういうわけか赤いままだ。

まあ今はいい。

落とさないようにまだ小刻みに震えている肩と濡れた足の部分をしっかりと手で固定し、

濡れた、

濡れた?

男『濡れてる?』

今濡れる要素があったか?

だが左手には確かに緋色の袴が濡れている感触があった。

脹脛まである桜の花びらを纏っているかのようなそれをよく見ると、下のほうに向かって確かに濡れた跡がある。

雨漏り、ではない。

むしろ温かくて

男『緋色…?』

『……』

男『えっと…』

『』ビクッ

目が、ようやく合った。

そして

『うぇぇぇぇぇん!!』ガシッ
男『うぉっ』

ガッチリと俺の胸にしがみつくとそのまま上からも大量の水を漏らし始めた。

男『…』

これ、誰かに見られたらヤバいなぁ。

半ばフリーズした思考でなんとか緋色を部屋に運んだ。
646 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:12:27.05 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『気分はどうだいお姫様』

『最悪よ、バカ…』

男『そりゃよかった』

『よーくーなーいー!』

ベットに腰掛けたまま足をバタバタする。

頬を膨らませてこちらを睨みつけるその顔はまだほんのり赤い。

泣き尽くした跡と羞恥心が入り交じっているのだろう。

男『身体の方は本当に大丈夫なんだろうな?』

『平気よ。今は』

そう言って着替えたばかりのパジャマのズボンをギュッと握りしめる。

普段は袴を履いているためわかり辛いがこうして洋服のパジャマを身につけていると意外にもスラリと長い足がよく映える。

まあ先程漏らしたわけだが。

この細長い足に、

男『いかんいかん』フルフル

『どうしたの?』

男『何でもないよ』

艦娘、しかもこんな子供相手に何を考えている。
647 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:13:10.58 ID:0Hx+2bE/0
男『しかしこれどうするか』

大きめのビニール袋に詰め込んだ袴と下着、タオルを持ち上げる。

そういや廊下もまだ拭いていなかったな。どうしよ。殆ど布に吸われてるはずだしほっといてもバレないかな。

『どうするって、洗うんでしょ?』

男『そうだけど。どう洗うかなって』

『いつも通りじゃないの?』

男『そうすると皆に漏らしたってバレるぞ』

流石に濡れたまま洗濯カゴにぶち込むわけにはいかない。事前にこれがどう言ったものか説明がいる。

ばらすなって言ってもどうせ噂は広まるだろう。

『』

また顔が沸騰している。艦娘って血管破裂したりしないだろうなと心配してしまう。

男『俺が洗うか』

洗濯なんてろくにしたことはないが。袴って普通に手洗いでいいのかな。

一応確認のために緋色をチラと見る。

『…うん』コクリ

OKらしい。まだ温度が下がりきってないのか顔は赤いままだ。
648 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:13:53.45 ID:0Hx+2bE/0
「ちょっと!いるの?」コンコン

男『叢雲か』

緋色の事ですっかり忘れていたが停電あったんだよな。心配で様子を見に来たのだろうか。

男『すまん、少し出てくる』

緋色『待って!』

男『?』

緋色『い、言わないで、よね?』

男『あー』

言わない、という選択肢はない。仕事的にも緋色のためにもだ。

だが

男『もちろんだよ』

心苦しいがここは嘘をつくほかない。

男『悪い、遅れた』ガチャ

叢雲『あら、そっちだったの』

嵐のせいで分からなかったが叢雲は俺の部屋をノックしていたようだ。まあそりゃそうか。

叢雲『てことは端末はこっちの部屋に置きっぱなしで携帯していないってところかしら?』

男『端末?あ!もしかして連絡あったのか…?』

叢雲『当たり前でしょ!こういう時に電波飛ばす施設さえ残っていれば連絡取れるのが強みなんだから』

男『申し訳ない。本当に…』

叢雲『で、お姫様は無事なわけ?』

男『あー、うん。何事もなかったよ』

言葉ではそう言いつつ手で俺の部屋を指さす。

叢雲『あらそ、重畳ね。とりあえず端末確認してもらうわよ』

本当に察しがいいし、行動が早い。秋雲ならここで余計な一言を挟むところだ。

そういえば秋雲大丈夫かな。
649 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:14:59.74 ID:0Hx+2bE/0
男「なるほど、緊急時はこういう連絡が来るわけか」

端末を確認すると管理者からの連絡が来ていた。

叢雲「安否と状況は選択肢でさっと選べるようになってるわ。緊急の場合のみ直接私や司令官に連絡がいくの」

男「本当に申し訳ない…」

叢雲「いいわよ。今回はただの停電だったし。非常用電源がちゃんと生きてることが分かって良かったくらいよ」

男「電力のほうは大丈夫なのか?」

叢雲「システムの問題だったからすぐ復旧するわ」

男「そりゃよかった」

叢雲「大変なのはここからだけれどね…トラブルはトラブル、上に報告書出さなきゃだから」

男「作戦中なのにか」

叢雲「なのによ」

男「つまりわざわざここに来たのは」

叢雲「半分現実逃避」

男「どうりで」

叢雲「でもう半分がこれ」

男「それは?」

叢雲「スピーカー。今回は平気だったけれど緊急時は放送が流れるのよ。でもここにはスピーカーを設置していなかったから」

男「停電でも平気なのか?」

叢雲「緊急時の対策だから別になってるわ。それにこれは予備というか、応急処置だから乾電池式」

男「防災グッズってわけだ」

叢雲「まさにね。裏は太陽光パネルだし横にはライトもあるわよ」

男「無駄、とは言わないが妙に多機能だな」

叢雲「あって困るものじゃないでしょう?そうね、部屋の窓に近い所に置いておいてちょうだい」

男「わかったよ。ありがとう」
650 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:15:37.74 ID:0Hx+2bE/0
叢雲「さて、それでそっちは何があったの」

男「それが…」

事実だけを淡々と話した。

推測は交えず、何があったかだけを。

叢雲「…それ本当に大丈夫なの?」

男「一応は」

叢雲「ま、ここで判断はできないわね。それで、袴の洗い方だったわね」

男「ああ、知ってるか?」

叢雲「私達の服って半ば艤装の一部みたいなものだし適当でも大丈夫よ」

男「そんなのでいいのか」

叢雲「洗剤突っ込んだ水でもみ洗いしとけば平気。燃えたり破けたりってわけじゃないんだから」

男「そりゃそうか。いつもは服ってどうやって直しているんだ?」

叢雲「艤装と同じ要領で修復してもらってるわ」

男「艤装の一部か。とりあえず袴は風呂の時にでも洗っておくよ」

叢雲「それがいいわね。問題は、原因のほうね。何か思い当る節は?」

男「真っ先に思い浮かぶのは、トラウマだよな」
651 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:16:43.48 ID:0Hx+2bE/0
叢雲「そうね」

トラウマ、PTSD、etc…

艦娘はその船の当時の記録あっての存在だ。

船の辿った経緯は千差万別だが基本的に戦争の、兵器の歴史だ。

勝利や敗北に関わらずそこには悲惨で残酷な部分が必ずある。

そういったものを記憶として明確に覚えているかは個体差があるが、それが原因で特定の艤装、艦種、海域、天候、時間等にトラウマを持つ艦娘は少なくない。

叢雲「嵐や雷、夜なんかにトラウマを持つ娘は何人かいるわ。そういったものに恐怖を覚えるという感覚も分かる。でも私達は艦娘よ。恐いからといって立ち竦むような事はないわ」

男「皆折り合いはつけてるってことか」

叢雲「存在からしてヒトよりも精神的にタフだとは思うわ。あるいは鈍いのか。それに結局のところこの身体で体験したものではないもの。どこか他人事な部分があるのは否めないわ」

男「だとするとやはり」

叢雲「えぇ、緋色のその反応は異常よ」

異常。予想はしていたがこう断言されてしまうと不安が増す。

男「まだ艦娘として完全に覚醒していないから耐性がない、というのはどうだ」

叢雲「前例がないから断言はできないけれど可能性としてはそれくらいしか思い当らないわね」

男「その方面で探るしかないか。気は進まないが」

叢雲「パンドラの箱を開けないって選択肢はないの?」

男「箱じゃなくて卵の殻だよ。割らなくちゃ、生まれてこられないだろ」

叢雲「かもしれないわね。なんにせよ明日までこの天気は続くわ。緋色の事、頼んだわよ」

男「もちろんだよ」

叢雲「じゃ、私もそろそろ戻るわ」

男「ありがとう」

叢雲「これも仕事よ」
652 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:18:03.38 ID:0Hx+2bE/0
undefined
653 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:19:09.49 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

してやった。

今すぐ飛び上がりたい衝動を抑えながら廊下を歩く。

我ながら随分と子供じみた思考だと呆れてしまうけれど、そう悪いものではなかった。

今のところあのスピーカーを怪しんでいる素振りはなかった。

後はどんな情報を得られるか、だ。

叢雲「ただいま」

提督「寝たい」

叢雲「どんな返し方よ」

司令官が机に突っ伏してた。

提督「こんな時に停電とかないよ…被害は最小限だったけど、上に報告しなきゃだし、作戦に支障がないか確認しなきゃだし、後、いいや思い出したくない」

叢雲「」

あ、やばい。胸が痛い。

もちろん最小限に留めたし作業も今日中には終わる算段ではあるけど、仕事が増えた事実はどうしようもない。

叢雲「大丈夫よ。私がいるじゃない。報告については夕張達が終わり次第私のほうでやっておくから、残りもサクッとやっちゃいましょ。それとも休憩しておく?」

土下座するか泣いて許しを乞いたら、私がやりましたって言っても怒らないかしら。

なんてちょっと考えちゃう。

そもそも司令官が怒る姿が想像できないのよね。それはそれで見てみたいとも思う。
654 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:19:44.95 ID:0Hx+2bE/0
提督「何より、結局ただの停電で、深海棲艦とかじゃないっていうので気が抜けてるってのが辛い」

机に突っ伏しながらため息をつく。気どころか魂まで抜けてしまいそう。

前にドラマで見た妻の手術が無事成功した夫の表情がこんな感じだったわね。

叢雲「ンンッ!!」
提督「え!何!?」

何かしら、凄くこう、グッとくるものがある。と同時に罪悪感で思い切り自分を殴りつけたくなる衝動に駆られる。

よくわからない板挟みで頭がどうにかなりそう。

叢雲「司令官!」ガシッ

提督「うぉっ!何?」

叢雲「もう休んでていいから!あとは私がやっておくから、今はゆっくり寝ておきなさい」

提督「なにその急なやさしさ、怖い」

叢雲「」

提督「そっちこそ大丈夫?」

叢雲「…」

提督「叢雲?」

叢雲「冗談よ」

提督「え」

叢雲「ほら働け」

提督「叢雲さん?」

叢雲「私夕張に状況聞いてくるから」

提督「あ、うん」

とりあえず司令官を突き放し部屋を後にする。

期待外れの司令官の反応は私を冷静にさせるには十分だった。

叢雲「あーもう」

乱れた呼吸を抑えながら工廠に向かう。
655 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:20:56.40 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『どう?調子は』

夕張『バッチグーです!』

盗聴器。それをスピーカーの中に仕込んである。

今度こそ、だ。

無線式のスピーカーという建前上何か電波が飛んでいても誤魔化しが効く。

夕張『今はまた部屋を出て緋色ちゃんの部屋に行ってるみたいですね。向こうの部屋にも置いてきたらどうです?』

叢雲『それは流石に悪いわよ。あの娘の事まで盗み聞くのはちょっと』

夕張『そこは悪いって思うんだ』

叢雲『何よ、私の事なんだと思ってるわけ』

夕張『冗談です。それとシステムの方ですけど』

叢雲『進展あった?』

夕張『これがもう全然さっぱり。想定通りではあるんですけどね』

目的はあの男の通信の手段、その相手を探る事。

こちらに隠している以上そうするだけの理由があるということ。

秋雲の存在も含めて怪しい箇所が多すぎる。
656 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:22:01.84 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『そんなに難攻不落なの?』

夕張『湾岸要塞を落とすくらいキツイ』

叢雲『なるほど』

停電による再起動の隙にシステムの通信記録とかを覗ければすべて解決だったけれど、それは望みすぎよね。

夕張『だから後は、箱のほうに期待かな』

あの長屋に有線は通っていない。予測通りあの男が無線で鎮守府の回線に潜り込み通信を行っているとしたら。

夕張『システムから直接探すのは無理だったけれど、盗聴で何時通信をしてるかを割り出してそれを元に探れば、ワンチャンあるかも』

叢雲『色々機能を詰め込みすぎな気もするけど、電池でもつのアレ?』

夕張『そこは大丈夫ですよ。やってること自体はそう大したことじゃないので』

叢雲『ならいいけど』

夕張『一応これの見方教えておきますね。管理システムから開発の仮想サーバに入ってここに置いてある私のフォルダを開いて、これをクリックで』

叢雲『何このドキッ!覗き見ステップって名前』

夕張『これなら間違っても提督は開かないだろうなって』

なるほどそれは正しい。
657 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:23:21.41 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『で、開いた画面のこの波打ってるのは?』

夕張『音声ですね。これだけ音拾ってるってことは部屋に戻ったのかしら』

叢雲『音声出してみて』

夕張『さっそく聞いちゃいます?』

叢雲『向こうもちょっとトラブルがあったみたいで、後で話すけど他言無用だからね』

夕張『あいさ。では聞いてる間私は復旧のほうやってますね』

叢雲『まだかかる?』

夕張『再起動自体はいつでもいけますよ。今は確認待ちです。システム課からの』

叢雲『ならもう少しかかるか。丁度いいといえば丁度いいわね』

夕張がPCの消音を切り音声が流れだす。

叢雲『雑音凄くない?』

夕張『あーこの嵐ですものねぇ。ちょっとお待ちを』

鎮守府でも1,2を争う広さを持つこの工廠でも先程からずっと嵐のせいでぐわんぐわんと呻き声が木霊しているくらいだものね。

電波の都合で窓付近に置くように言ったのは失敗だったかしら。
658 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:24:19.51 ID:0Hx+2bE/0
夕張『よし。これでいい感じじゃないでしょうか』

叢雲『あら、急にクリアに』

夕張『最近の技術はすごいですよね。簡単にノイズ除去できますし』

叢雲『これなら問題ないわ』

夕張『起動時にはまた声掛けますから』

叢雲『ええお願い』

緋色の事も気になるし、夕張から連絡が来るまで聞いていようと、そのくらいの感覚だった。

起動音が聞こえた。

どうやらあの箱を起動させたようだ。

「秋雲、無事か?」

叢雲『……は?』

夕張『どうしました?』

「いやぁビックリした。停電?」
「正解。そっちは大丈夫なのか?」
「幸いなんともなし。特になにもしてなかったし」
「それは重畳」

夕張『丁度お話し中でしたか。私じゃ何言ってるかわかんないですけど』
659 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:24:51.63 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『…なんで、話せているの?』

夕張『なんで?』

叢雲『今、この鎮守府は有線されているメインシステム以外は完全にスタンドアローンのはずでしょ!』

夕張『えっと、あれ?なんで、かしらね…』カチカチ

夕張が画面を切り替える。

システムは確かにまだ再起動していない。

叢雲『こちらからは観測できない通信方法の可能性は』

夕張『そんなまさか、とは思うけど…でも可能性自体はいくらでもあるわ。情報部やらとつながりがあるのなら尚の事。でもそんなの私達の手には負えない、追えないわよ…』

私はそういった技術面に関して決して詳しいわけではない。それでもそのような手段が一調査員を名乗る彼に与えられているとは考えにくい。

なら一体何者だというの…

夕張『ど、どうする?』

叢雲『復旧を進めてちょうだい。これ以上は、今は無理でしょうから』

流石にこれ以上は手間を割くわけにはいかない。まずもって作戦の成功が第一だ。

想定外の結果が出てしまった以上一度保留にするほかない。

だけど、はたして私にどうこうできる相手なのかしら。
660 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:25:41.79 ID:0Hx+2bE/0
秋雲「やば、駆逐艦のお漏らしとかご褒美じゃんか」

男「んなわけあるか。あんなに焦ったのは久々だよ。人生で三番目くらいに焦った」

秋雲「一番と二番は?」

男「お前と、しーちゃんの時だな」

秋雲「つまり三番目の女か。そうやってハーレムを目指していくわけねぇ。っかし全員幼い見た目なのはこれ如何に」

男「おいやめろ。世間的にマズ過ぎる」

秋雲「で、見たの?ロリの下半身」

男「だから言い方をだなあ!あとそれについてはもう思い出させないでくれ」

秋雲「oh…お漏らしお着換えプレイとかあまりにも高度」

男「第一以前風呂の時に裸は見てしまったが、俺に幼女趣味はないと分かっただろ」

秋雲「いやいや裸であるべき風呂と本来隠されているはずの下半身を脱がして見るとじゃシチュエーションが違うでしょ!エロスだよエロス!」

男「知らねぇよ…」

秋雲「それに緋色ちゃんって別に幼女ってほど幼くはないじゃん?ちっこいけど割と成熟してるというか。ロリ扱いは失礼かな」

男「それはまぁ、そうだな」

秋雲「あー同意したあ!この娘はロリじゃない、ちゃんと女性なんだど思う機会があったってことだあ!」

男「今のはそういう意味の同意じゃねぇよ!」

秋雲「それとも駆逐艦の裸なんて見慣れてると?」

男「慣れるようなことがあってたまるか」

秋雲「じゃぁ秋雲さんと緋色ちゃんの二人だけかなぁ、裸見たの」

男「…そうだな」

秋雲「あれ、え?なにその顔!もしかしてそれ以外にも見てる!?彼女とかいないくせに?何時だ何処で見た!」

男「毎回一言二言余計なんだよお前は!」
661 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:26:13.26 ID:0Hx+2bE/0
夕張『盛り上がってるみたいだけど、何の話してるの二人?』

叢雲『なんかすっごいくだらない話…』

夕張『へー。仲、良さそうね』

叢雲『…そうね』

司令官が誰かと話している時のような楽しげな会話。

叢雲『仕事に戻るわ』

PCの音量を消し席を離れる。

これ以上聞きたくなかった。何故だかわからないけれど、そう感じた。
662 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:26:49.30 ID:0Hx+2bE/0
秋雲「一体誰の裸みたのさ!この前の薄雲ちゃんか!」

男「あの娘はすぐに名前思い出してたろ!」

秋雲「…しーちゃんか」

男「チガイマス」

秋雲「わー絶対そうだあ!少女趣味!変態!」

男「お前が言うな。それに、そんな生易しい体験じゃなかったよ」

秋雲「ふぅん。その辺の話、全然話してくれないもんねぇ」

男「俺自身話したくないってのもあるけど、しーちゃんの話を勝手にするわけにもいかないからな」

秋雲「いつかは聞かせてよね」

男「約束はできないぞ」

秋雲「善処する気はあるみたいだし許してあげましょ〜う」

男「なんで上から目線なんだよ」

秋雲「そうだ。肝心の緋色ちゃんは?」

男「泣き疲れたのかすぐベッドに横になったよ。恐がって寝れないよりかはよかったかもな」

秋雲「明日はどうするつもり」

男「しばらくは付きっきりでいるほかないだろうな」

秋雲「ならちゃあんと気を付けておくことね」

男「わかってるよ。わかってる」

秋雲「ならよろしい。おやすみ」

男「おやすみ」
663 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:28:08.08 ID:0Hx+2bE/0
イベントもやるエルデンリングもやる

そういえば神風の漏らすとこ書きたくて始めたんですよねこれ
ごめんね神風
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/21(月) 09:04:17.31 ID:TI1uPlkCo
乙です
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 11:26:58.88 ID:dz9KEzXxO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/26(土) 01:44:48.70 ID:YTRQAfego
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/30(水) 16:31:47.21 ID:F7ZF2fzw0
乙です
毎回文量が多くてありがたい
叢雲はしばらく課長を盗聴し続ける生活を送るのか……
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/16(土) 11:51:35.88 ID:2GgwmyX+0
乙です。まだ皆の意図や目的が分からないが、叢雲にとってコレは意図せぬ悪影響になりそうで怖いね。サスペンス色が心地よい
669 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:33:07.25 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「これほどさっさと意識を落としてしまいたいと思うこともそうないだろうな」

寝たい、というわけではない。もうなんなら頭殴られて気絶とかでもいい。

思考を強制的に止めたかった。

こうしている今も先程までの攻防が延々と頭の中で思い起こされるからだ。

あの後緋色を抱きかかえて部屋に戻って気づいた。

ここで着替えるわけにもいかないと。

結局元の場所まで戻ってそのまま風呂の脱衣所まで運んだ。

未だに俺の胸元にしがみついて泣き声を押し殺している彼女に、濡れた服を脱ぐために立つ、というのはまだ無理だろう。

だからといって床に寝かせるわけにもいかない。ので仕方なくタオルを一枚敷いてゆっくりと体を寝かせた。

幾分落ち着いてはきたようだが、顔をすっかり両腕の裾で覆い表情を一切見せてくれない。

完全に脱力しタオルの上に仰向けで嗚咽を上げ続けている。

こうして足をまっすぐ伸ばしていると股の下から濡れた跡が広がっているのがはっきりと分かる。

もうこの時点で助けを呼んで逃げ出したい気持ちでいっぱいなんだがそうもいかない。
670 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:34:18.72 ID:X/2IuQil0
男『緋色』

反応は、ない。

男『このままってわけにもいかないだろう。一度脱いで、濡れた所だけでも風呂で洗わなきゃ』

まだ反応はない。

こういうのは放っておくと細菌とかが危ないから早く洗うべき、なのかもしれんが艦娘にそんな心配は無用だ。

だからまぁこのままでも害はない。極論だが。

でもそれは流石になぁ。

男『まだ、その…動くのが難しいなら、俺が着替えを手伝うってのは、どうだ』

反応は…

緋色『…』

男『…』

緋色『』コクリ

そこは反応なしであって欲しかったなぁ!

落ち着け。逆にさっさと脱がしてしまえば諦めて風呂に入ってくれるんじゃないか?

少なくとも現状維持よりははるかに良い。まずは行動あるのみだ、うん。

まず袴を脱がして、

袴ってどうやって脱がすんだこれ。

帯?まず帯を解いて、そのまま脱がしていいのかこれ?

不用意に足元のほうを引っ張って破けたりしても怖いので腰のほうから少しづつ下げて、

いやこのままだとパンツ丸見えなのでは!?

寝ている女児を脱がして下着を見ようとしている成人男性以外の何物でもないのでは!?

凄いな、なんか死にたくなってきた。

というかどの道下着も脱がなきゃなんだよな。俺がやるの?嘘だろ?
671 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:35:37.17 ID:X/2IuQil0
緋色『ッ!』ビクッ
男『す、すまん』

もう少しで下着が見えてしまうという位置まで下げたあたりで俺の手が袴の横にある隙間から緋色の太腿に触れてしまったようだ。

ダメだ止まったら終わりだ。

改めて袴をぎゅっと掴みそのまま下までおろした。

よし、濡れた袴をどうするかは後で考えよう。

残るは、

男『…』

下半身白い下着のみの緋色。

思わず両手で顔を覆う。

もう無理いっぱいいっぱいです。

間違いなく人生で一番の窮地。

緋色『もう、大丈夫だから』

男『へ?』

いつの間にか緋色は上半身を起こして座っていた。

泣き腫らした真っ赤な顔は随分な有様だったが、先程と比べれば随分ましだろう。

そしてそのまま

緋色『ンショ』

座ったまま下着に手をかけ、そのまま脚の先に濡れた白い布を滑らしていく。

海の上を力強く走る普段袴とブーツで隠れた二本の脚はピンと伸ばされ、間に張られた下着も併せて帆掲げるマストを髣髴とさせる。

男『ってそうじゃねえ!!』クルッ

あまりに自然に、流れるように行われたせいで顔を背けるのが遅れる。

もはや今更かもしれないが完全に色々と丸見えだった。が開き直るわけにもいかないので座ったまま緋色に背を向ける。
672 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:36:32.58 ID:X/2IuQil0
緋色『え、違うの?洗うんでしょ?』

男『それはそうなんだがな、そうなんだけどな、違くてな』

緋色『…課長さんも一緒に入る?』スルスル

男『何故!?』

緋色『だって、その…汚しちゃったじゃなぃ…』スルリ

男『そこは別に、それに緋色の着替えも取ってこなきゃならないし、それに』

緋色『私とじゃ嫌?』ギュッ

後ろから抱き着かれた。

背中の感触と、目の前に回された肌色の腕ではっきりとわかる。

素っ裸だこれ。

さっきまでと違い胸元に回された腕はとても弱弱しいものだったが、さっきまでとは比べ物にならない引力のようなものを感じる。

そのまま海中に引きずり込まれるんじゃないかと思う程の、渦潮のような。

それは、以前にも一度、いや二度目だ。感じた事のあるものだった。

男『叢雲に殺されると思うからなしで』

緋色『…それは怖いわね』

とりあえずその後風呂に入れて着替えさせて、どうにかなった。
673 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:37:26.02 ID:X/2IuQil0
男「明日いつもと同じように接する自信がない」

天井を見つめながらベットで呟く。

寝れないのは嵐のせいにしておきたい。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夕張『すんごいの録れちゃった』

明石『どったの』

夕張『エロ同人の導入みたいなの録れちゃった』

明石『何の話?』

夕張『お風呂に仕掛けてたほうの盗聴器でね』

明石『あーそういう話かぁ。既に仕掛けてたのかぁ』

夕張『これ叢雲に渡すのはちょっと気が引けるなぁ』

明石『なになに気になるじゃ〜ん』

夕張『聞く?思いっきり盗聴だけど』

明石『ん〜、聞いてみてどうだった?』

夕張『思わずムラっと来ちゃった』グヘヘ

明石『聞く!』
674 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:38:07.28 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夕張『どうだった?』

明石『これはもう実質SEXでしょ』ツー

夕張『鼻血鼻血』

叢雲『復旧お疲れ〜…何してんの?』

夕張『ちょっとR18同人音声を嗜んでました』

明石『ティッシュ取ってティッシュ』

叢雲『あぁ、そう。じゃそういうことで』

夕張『お疲れ様〜』

明石『……いいの?言わなくて』

夕張『一応叢雲もいつでも聞くことはできるから。めぼしい内容がさっぱり録れないから仕掛けた事忘れてるみたいだけど』

明石『逆に夕張はチェックしてたんだ』

夕張『いつかこんな展開が録れるんじゃないかと期待しててね。匂いがしたのよ匂いが』

明石『お、おぉ…凄いわね?』
675 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:39:05.91 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

翌朝、嵐は去った。

穏やかな海と照り付ける太陽という絵に描いたような台風一過。

しかしながら俺の心情は決して穏やかとは言えなかった。

緋色『課長さん?』

男『なんでもない、次行こうか』

緋色『うん』

いつものように緋色の部屋で勉強、なのだが一点決定的に違う箇所がある。

緋色が俺の隣に座っている。それもほとんど密着状態で。

これまでは対面で行っていた。もちろん隣に座る場合もあったが基本は対面だ。

別に何か決めたわけでもないが自然とそうしていた。

はたして今日は今まで通りそうなるのか心配だったのだが、まさか逆とは。

男『なぁ、流石に引っ付きすぎじゃないか?』

緋色『嫌、だったかしら?』

男『そういうわけじゃないが…』

緋色『だったら平気よ!』

男『あーうん、そうだな』

変にギクシャクしてしまう事を考えたら別に問題はないか。

まだ昨日の恐怖が残ってるとかそういうのかもしれないし。

違和感はあるが午前中はそんな感じでいつも通りの勉強会を行った。
676 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:42:33.04 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「…」

正午前。長屋のトイレから出てふと足を止める。

ここまでくると鎮守府の騒がしさが聞こえてくる。

無事嵐は去り一刻を争う中作戦は行われている。

見てみたい、という気持ちとその逆の気持ちが自分の中で同質量で存在していた。

後で飛龍が昼飯を持って来た時にでも少し聞いてみようか。

『あ、丁度良かった〜』

部屋に戻ろうとしたところ、後ろから声がした。

男『瑞鳳?』

この声は瑞鳳だ。以前にも聞いた特徴的なこの声を間違えるとは思えない。

何故ここに?昼飯係か?

疑問を浮かべながら振り返って、そして、ギョッとした。

瑞鳳『やっほ』

日の光をよく反射する白とそれに負けない明るい赤の服。その左半分がどす黒い赤で染まっていた。

何故と考えるまでもない。明らかな血の色だった。

その衝撃的な見た目で気づかなかったが、よく見ると左肩の部分が破けている。

黒くくすんだ独特の破け方。被弾した、ということなのだろうか。
677 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:44:26.42 ID:X/2IuQil0
瑞鳳『どうしたの?』

男『どうしたって、それは…』

なんてことはない風に、まるでドッキリのためのただのメイクだとでもいうように瑞鳳はこちらに近づいてくる。

だがそんなことはない。人間なら大怪我だ。艦娘なら、どうなんだろうかこれは。

こうして普通にしているあたりそう大したものじゃない、のか?

瑞鳳『すっごく怖い顔してるよ』スッ

瑞鳳が俺の顔に手を伸ばしてくる。

すっかり固まった血の跡が残る左腕を伸ばして。

飛龍『いたぁぁ!!!』ダダダ

男『え?』
瑞鳳『あ』

飛龍が声をあげながらものすごい剣幕でこちらに走ってきた。

飛龍『ちょぉっとこの娘仮てくから!』ヒョイ
瑞鳳『にゃっ』

親猫のように瑞鳳首根っこをつかんで持ち上げる。

飛龍『あとこれお弁当ね!じゃ!』ビュン

男『お、おう、ありが』

最後まで言う前に瑞鳳を引っ張って走り去ってしまった。

何だったんだあれは。

男『昼飯届いたぞ〜』

緋色『何かあったの?飛龍さんの凄い声がしてたけど』

男『あれここまで聞こえていたのか。ん〜何があったのか俺もいまいちわかってないんだよな』

前にも似たような事があったっけ。飛龍のやつ本当に俺がとって食われると思ってるんじゃないだろうな。
678 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:45:14.51 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『何、あれは』

入居ドック前で艦隊の被害状況を記録してると妙なのがいた。

隅の方で正座させられている瑞鳳と仁王立ちで何かを聞いている飛龍だった。

気になるには気になるけれど、この忙しい時に関わり合いになりたくないというのも本音だった。

長波『あれなら私知ってるぞ』

叢雲『え、なんで』

長波『今加賀さん入渠中だろ?私さっき加賀さんのとこに装備運んでったんだよ。そしたら飛龍に瑞鳳を捕まえるように伝えてちょうだいって言われて、その通りにしたらああなった』

叢雲『えぇ…結局何一つわからない…』

長波『うん、私も分からん』

どうしようかしら。無視しとくか。

加賀『準備できました。いつでも出撃可能です』

長波『お、噂をすればなんとやら』

叢雲『丁度良かったわ。今貴方の話をしていたのよ』

加賀『私の?』

長波『正確にはアレの』チョイチョイ

加賀『アレ、あぁ…やはりでしたか』
679 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:19.15 ID:X/2IuQil0
叢雲『何があったの?』

加賀『瑞鳳は小破だったので入渠待ちで待機ということになった時、その、良くない感じがしたのよ』

長波『良くない』
叢雲『感じ?』

加賀『だから飛龍に伝えてもらったのよ。長屋のほうに探しに行くように』

長波『うん、ちゃんと伝えた』

加賀『先程は助かったわ。ありがとう』

長波『いいっていいって。でもせっかくだしご褒美とかねだってもいいかなって』

加賀『ちゃっかりしてるわね。考えておくわ。作戦後のお楽しみです』

あぁ、なるほど。長波は長屋という単語に重要性を感じなかったわけか。

無理もない。

叢雲『ならあっちの話は私が聞くべきね。あまり気は進まないけど…』

加賀『お願いします。あの娘、本当に何するかわからないもの』

長波『瑞鳳さんが?』

叢雲『大したことじゃないわ。気にしないで』

長波『ふぅん。まそう言うんならいいけどね』

何かを察したらしく素直に引き下がる長波。この立ち振る舞いを姉妹にもう少し分けてあげて欲しい。
680 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:54.94 ID:X/2IuQil0
叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『あ、叢雲』
飛龍『む゛ら゛く゛も゛〜』

正座しながらも普段のテンションで挨拶してくる瑞鳳と仁王立ちしながらも半泣きで助けを乞う目をしてくる飛龍。

普通逆でしょ反応が。

叢雲『はいはい、飛龍は戻っていいわよ』

飛龍『よっしゃ後は任せた!』

元気じゃん。物凄い速さで加賀を追っていく。

叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『何か怒られた』

飛龍の言葉はみじんも伝わっていないようだった。

叢雲『とりあえずドックが開いたから入渠してきてちょうだい。話はそこで』

瑞鳳『はーい』

小破ではあるが瑞鳳は連戦。ここで一度ドックで休憩して編成は千代田と交代になる。
681 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:50:25.08 ID:X/2IuQil0
ドックに着くまでにスケジュールを組み立てる。

うん、十分程度なら余裕がある。

叢雲『彼に会いに行ってたんですって?』

瑞鳳『うん、丁度いいと思って。あ、ありがと』

ドック内で艤装を取り外す瑞鳳に手を貸しながら質問を続ける。

元々瑞鳳はあの男に妙に固執しているところがあった。

それは艦隊の皆が多かれ少なかれ持っている好奇心とは違うという確信がある。

叢雲『一体どうしてそこまで気になるのよ』

私は、ある程度の証拠をもって彼を怪しいと踏んでいる。

でも瑞鳳は違う。

この娘はもっと感覚的で、それでいてもしかしたら、

叢雲『貴方も彼を怪しいと思ってるの?』

瑞鳳『怪しい?なんでなんで?何か悪い事でもしてたの?』

あら?そういうことではない?
682 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:56:01.12 ID:X/2IuQil0
叢雲『違うわよ。ただ貴方がどうにも彼に固執しているように見えるから』

瑞鳳『気になったのよ。あんまり私達の事直視してくれてないみたいだったから、こうしたら見てくれるかなって』

叢雲『ま、普通そんな姿急に見せたら凝視するわよね。でどうだった?』

瑞鳳『微妙な感じだった。方向性が違うのかなぁ』

叢雲『なんにせよあまり勝手にいかないように。次は注意じゃ済まさないわよ』

瑞鳳『はーい』

ちょいちょいと頬をつつかれる。

いつの間にか肩に載っていた妖精達が私に向かって手をバッテンにしていた。

少し意識を深くして耳を済ませる。

妖精:作業します故

妖精:異物混入は許されませぬ

叢雲『ごめんなさい。今出るわ』

修理作業中は立ち入り厳禁。丁度いい時間だし今はこれが限界ね。
683 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:57:22.96 ID:X/2IuQil0
それにしても一体何が原因で瑞鳳の興味を引いているのかしら。

個人的に加賀や瑞鳳の感覚は馬鹿にできないと思っている。

私が気付いていない何かがあるのかしら。

気は進まないけれど、やはり盗聴を続けて

叢雲『あーダメダメ。今は作戦に集中!』

港を見ると修理を終えた艦隊が出撃したところだった。

伊勢『叢雲〜支援艦隊準備出来たよ。もう集まってる』

叢雲『今行くわ』

作戦は順調だ。今は余計なことに現を抜かさず、目の前のことを片付けていこう。

私達のやるべき事は、あの水平線の先にある。
684 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 01:03:51.58 ID:X/2IuQil0
この先これ以上の露出イベントは発生しません、多分

艦これ9周年だそうですね。
自分はアニメから入ったくちなのでかれこれ7年になります。
書き始めたのは5年くらいですかね。
考える程時間って怖いですね。
神風のパンツで忘れましょう。
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/26(火) 23:41:48.59 ID:q97xf0Jdo
おつ
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/28(木) 19:56:15.17 ID:dJQyo8F4o
おむ
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/05(木) 00:30:18.84 ID:BKMIlAIo0
神風……?
乙です
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 17:51:03.50 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
689 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:32:12.52 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

嵐が去ってから一週間が経った。

執務室の窓からは呆れるほど何もない青空が見える。

長いようで短い一週間。

そして今、友軍艦隊からの連絡を受けた司令官が実に嬉しそうな顔で私に内容を報告してくれた。

待ち望んでいた、

その一瞬が訪れた。
690 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:15.37 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『あら?』

男『なにか騒がしいな』

緋色を膝の上に乗せ二人で作戦記録書を読んでいた所、鎮守府が妙な騒がしさを見せ始めた。

作戦中に何かあったのか?しかしそれにしてはなんというか、緊張感がないような気が。

男『まさか』

緋色『何か心当たりがあるの?』

あるにはあるが、確証がない。そんな事を言うべきじゃないだろう。

そう考えている内に廊下から激しい足音が聞こえてきた。

また飛龍、いや?それにしては足音がやけに軽い。

『ていっ!』バンッ

緋色『キャッ!?』
男『えっ?』

ドアが勢いよく開かれる、のはもう見慣れた光景なのだが、問題はその扉を開けた人物の方だった。

男『叢雲?』

およそこういった行為とは無縁としか思えない彼女が目の前にいた。

叢雲『…フゥ』

そのままの状態で何故か一度深呼吸をする。

そしてベールのような薄い青空の髪を振り払って顔を上げた。

必死に抑えようとして、それでも零れる笑みに揺れながら、誇らしげに。

叢雲『作戦完了よ!!!』
691 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:50.14 ID:CLLeU+aS0
緋色『ホント!?凄いじゃない!!流石!』

叢雲『ま、主力部隊はウチじゃなくて別の鎮守府だけれどね。それでも私達の大勝利に変わりはないわ』

男『鎮守府の騒ぎはそれが原因か。おめでとう』

叢雲『ふふん』

お嬢様はたいへん誇らしげである。

男『ん?て事はその知らせは今来たんだよな』

叢雲『ええそうよ』

男『…こういう言い方はアレだが、なんでいの一番にここに来たんだ?』

緋色『…確かに?』

叢雲『…え?』

今度は驚くほど間の抜けた表情を見せる。

こうも続け様に普段しない表情を見せてくれるのはとても面白いのだが、今は疑問の方が上だった。

叢雲『なんで、って』

固まってしまった叢雲のポケットからバイブ音がした。どうやら連絡が来たらしい。

叢雲『ごめん、もう行くわ』

男『お、おう』

緋色『行ってらっしゃ〜い』

そそくさと扉を閉めて去ってしまった。

緋色『?』

緋色と顔を見合わせる。一体どうしたんだろうか。
692 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:34:27.59 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鎮守府の廊下を、執務室に向かって歩く。

吹雪『お疲れ〜叢雲!』

敷波『港行こうよ、もうすぐ蒼龍さんたち帰って来るって』

天津風『ちょっと!次私達の番でしょ!』

秋雲『作戦終わったんならもういいっしょ!』

皆がそれぞれの部屋や持ち場から出てきて集まりだしている。

連合艦隊の第一第二、支援艦隊の第三第四。

周辺海域の警戒、奪取した海域の防衛、基地航空隊の整備等々。

艦隊の半数以上が鎮守府を出ているけれど、それでもまだ鎮守府に残る艦娘は多い。

川内『はーい注目〜。一班は帰投航路の警戒行くからね〜』

阿武隈『三班四班も準備しておいてくださ〜い』

決戦ともなると駆逐艦、軽巡は殆ど鎮守府で待機となる。

その役割はむしろ作戦後の海上警備や物資の輸送になるのでここからが本番ともいえる。

予め作戦終了後の段取りは出来ている。

出撃予定のある者や野次馬達は港へ向かっているようだ。
693 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:07.97 ID:CLLeU+aS0
最上『結局出番来なかったな〜』

那智『いい事じゃないか』

最上『でもこの後輸送任務だよ。戦ってた方が楽かなぁ』

重巡は数の少なさに対して出番が多い、が今回は二人余ってしまった。

隼鷹『ヒャッハーお酒だお酒!間宮さんとこにつまみの発注だー!』

伊勢『待って待って!打ち上げ何時やるか確認しないと!』

誰が決めたわけでもないけど、こういう時打ち上げは空母や戦艦クラスがこぞって企画する。

といっても酒とその場所を用意するくらいなのだけれど。

互いが互いに今日までの苦労と努力を知っている。

互いが互いにそれを労う。
694 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:46.56 ID:CLLeU+aS0
明石『お疲れ様叢雲』ガラガラ

大仰な装置を載せたカートを押しながら明石が工廠の方から歩いてくる。

お馴染みのカラオケ機器を食堂に向けて運んでいるようだ。

この後帰投した皆の修理等があるので早いところ持ち場に戻って欲しいけど、今はいいか。

『お疲れ〜』

限界ギリギリまで出撃した者もいれば、特に出番のなかった者もいる。

でも誰も気に留めずお疲れと言う。

私達は個々ではあるが、この勝利は鎮守府全体のものであると皆が理解している。

提督「お疲れ、叢雲」

執務室に着く前に司令官と会った。

叢雲『あら、何処に行くの?』

提督「もうすぐ第四艦隊が帰ってくるから迎えにね」

叢雲『りょ〜かい。私は執務室で待ってるわ。お疲れ様』
695 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:36:30.92 ID:CLLeU+aS0
執務室に入り扉を閉める。

いつも誰かしらが出入りしているここも、今はガランとしている。

叢雲「あぁ、そっか」

静けさに包まれて私はふと理解した。

褒められたかったんだ。

活躍すれば皆褒めてくれる。それは嬉しい。

勿論司令官も褒めてくれる。とても嬉しい。

でもそうじゃない。

私達は本質的に人々を脅威から守るのが役目だ。

鎮守府にいると忘れがちだけれど、そのためにここを、海を守っている。

艦隊の皆も、司令官も、いわば一緒に走る仲間だ。

だから私は、そんな私達を後ろから見ている誰かに褒めて欲しかったんだ。

あの人とあの少女の言葉が、古傷の様にじわりと体の芯に突き刺さってくる。

叢雲「あぁもう」カァァ

身体が急激に熱を帯びていくのを感じる。

肩が上がり、手足が強ばり、顔が火照る。

そんなことを無意識に考え、いの一番に彼らに伝えに行った事がとても恥ずかしかった。

そして同じくらい、その結果に、二人の言葉に、嬉しいと感じた。

ただ戦ってるんじゃない。私達の戦いは、意味があるんだ。

不思議な感覚だった。

これがどういった感情なのか、私はそれを表す言葉を持ち合わせてはいなかった。
696 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:37:29.12 ID:CLLeU+aS0
飛龍『え、なになにその顔。ヤバ、え、ちょ、写メ!写メ撮っていい?撮るよ?』パシャ

叢雲『』

給湯室からひょっこり顔を出した飛龍が流れるような動作でシャッターをきる。

しかも複数。

飛龍『うわーこれヤバいって。激レア。売れるわこれ。トーク画面にしよ』パシャパシャ

叢雲『…なにしてんの』

飛龍『何って、ちょぉっと提督のお酒をあー待って待って待てストップ!待って!?ごめん!消す消す!消すから!!槍はダメ!NO!槍はしまっtあー構えない!構えないでええ!?』

とか言いつつも冷静に司令官秘蔵のお酒を自分の身代わりにしようと前に突き出す。

叢雲『はぁ、まあいいわ。ほらサッサと行きなさい』

飛龍『あり、いいの?』

叢雲『お酒の事は管轄外よ。司令官に何言われても知らないからね』

飛龍『わーいやったー。サンキュッ』

叢雲『写真は消せ』

飛龍『アッハイスイマセン』

叢雲『目の前で消せ』

飛龍『ハイ』
697 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:07.30 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『凄まじい騒がしさだな』

緋色『課長さんは行かないの?』

男『俺は何もしていないからな。あの場は、今回頑張った皆の場所だ』

お昼前に叢雲が飛び込んできてから半日。日が沈みかけてきた夕方。

どうやら事後処理が大方終わったらしく鎮守府では宴が始まっていた。

カラオケなんかもあるらしく憚る事なく大音量を垂れ流している。

周りが海と山だけというのはこういう時便利だ。

男『こりゃ一晩中続くかもな。夜どうするか』

緋色『どうして?』

男『こう五月蝿いと夜寝にくいだろ?ま、今日は我慢だな』

緋色『そっか、眠るのも大変なのね』

男『大変ってことも無いさ、多分な』

男『さて。少し早いがおやすみ』

緋色『おやすみなさい』
698 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:50.15 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

秋雲「うわうるさ。誰よゲッダン歌ってるの」

宴が続く中秋雲といつもの報告会を行う。今は九時半。かれこれ四時間近く騒いでいるがよく続くもんだ。

男「そんなタイトルだったかこの曲?」

秋雲「あー気にしないで。で作戦の詳細だけどこんな感じね」

画面に今回の合同作戦の資料が表示される。

正直半分くらいしか理解はできないが。

男「無事完了って事みたいだな」

秋雲「というより予想以上に上手くいった形ね。初動と嵐が去った後の対応が完璧だったのが理由」

男「努力の賜物ってわけだ」

秋雲「世間への発表は明日かしらね」

男「そうか?いつもはもう少し遅いと思ってたが」

秋雲「時期が時期だからねぇ。なるはやで大々的にやるんじゃない?」

時期?なんかあったか?

秋雲「なんにせよこれでようやく緋色ちゃんの訓練再開ね」

男「そうだな。無駄、と言うのはどうかとは思うが時間を食ってしまったからな。少し急がないと」
699 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:39:29.32 ID:CLLeU+aS0
秋雲「そういや今日も緋色ちゃんはべったり?」

男「まぁ、うん」

秋雲「なんなんだろうねぇ。真面目な話漏らしたところ見られてそれって意味不じゃん」

男「そうなんだよなぁ。正直不気味ですらある」

秋雲「大事なところも見られてるし」

男「それはもういいって」

秋雲「よくはないでしょうがぁ!ってそもそも艦娘にその手の羞恥心というか倫理観求める方が変かもだけどさ。よくよく考えたら生殖能力ないんだし大事なところでもないのかな?」

男「艦娘の大事なところねえ。航行能力、いや浮力の方が船としては大切なのか?」

秋雲「さぁてね。今度しーちゃんに聞いてみる?そういう意識調査とかしてそうじゃんあの人」
700 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:06.95 ID:CLLeU+aS0
男「…お前はどうなんだ?」

秋雲「え〜〜〜それ聞いちゃう〜〜??」ニヤリ

うっわ凄いうぜぇ顔。

秋雲「な〜んて、私の場合どっちにしたって過去形だけどさ」

男「そうだな」

秋雲「…」

おっとこれはさらに何か面白い事を思い付いた顔だ。そしてこいつにとっての面白い事というのは往々にして俺にとって面白くない事だ。

秋雲「なんなら今確認してみるぅ?」ニヤニヤ

男「そうか、頼む」

秋雲「…え?」

やられてばかりなのも業腹なので少し反撃してみる。

本当に実行したとして、それはそれでどうするつもりなのかというのも正直気になる。

秋雲「…」

男「…」

秋雲「あ、加賀岬だー」

目を泳がせながら露骨に話題を変える。

その少し赤くなった顔を弄ってやりたいところだが、自分自身が今冷静な表情を保てている自信がなかった。

男「皆歌上手いよなー」

両者痛み分けとなった。
701 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:39.15 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「そろそろ寝るか」

秋雲「おっと、ちょっと喋りすぎちったかな」

男「今日はいいだろう。ん?」
秋雲「あり?」

聞き慣れない着信音が部屋に響いた。

男「こっちか」

秋雲「あー鎮守府用の端末か」

男「…」

秋雲「誰から誰から?」

男「提督から」

秋雲「ほほう」

秋雲の顔が真剣なものに変わる。

男「なんで今」

いや、そういえばさっきから例のどんちゃん騒ぎが聞こえない。

宴会は終わったのか?

だとしてもこのタイミングで電話をかけてくる意味はやはり分からない。
702 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:11.53 ID:CLLeU+aS0
男「もしもし」

スピーカーに切りかえ電話に出る。

「あぁよかった。もう寝ているかとも思ったのだけれど、遅くに申し訳ない」

男「それは構わないが、一体どうしたんです」

「もし迷惑じゃなければ少し話せませんか?執務室で。いいお酒もありますし」

男「…わかりました、今から向かいます」ピッ

秋雲「随分と急だね」

男「作戦が終わるまで待っていた、ってことか?だとしてもこんな時間に呼び出す必要はなさそうだが」

秋雲「ん〜見当がつかんね」

男「行ってみるほかないか」

秋雲「気を付けてね」

男「そういうのじゃないことを祈るよ」
703 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:44.51 ID:CLLeU+aS0
長屋を出る。

すっかり沈んだ日の光は満天の星空を照らし、地上はそこから僅かに零れ落ちた明かりで辛うじて形を保っていた。

さっきまでの喧騒の反動かいつもより鎮守府は静まり返っている。

比喩じゃなく本当に。

というか建物真っ暗じゃん。どうやって執務室まで行こう。明かり付けたら怒られるかな?

男「ん?」

唯一明かりがついているところがあった。

その明かりはゆっくりと動き、長屋に通じる扉を開けた。

男『貴方は』

『どうも。初めまして、になりますね』

その明かりはぺこりとお辞儀をした。

男『鳳翔、だよな』

鳳翔『はい。軽空母鳳翔です。提督から貴方の案内をするようにと』

瑞鳳程ではないが軽空母の中でもかなり小柄な彼女が懐中電灯を片手に立っていた。

男『助かった…どうやって向かおうかと悩んでいた所だったんだ』

鳳翔『どうぞこちらに。足元にお気を付けください』
704 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:42:23.29 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鳳翔『失礼します、提督。お客様のご到着です』コンコン

「どうぞ」

鳳翔が丁寧に扉を開ける。

提督「こんばんは」

提督は奥の仕事机ではなく手前のソファに座っていた。

目の前のテーブルにはお酒やつまみなどが並んでいる。

提督「鳳翔さんもありがとう」

鳳翔「私が言い出したことですから」フフ

あれ?さっき提督に言われて迎えに来たと言っていたが。

男「というか話せるのか、鳳翔も」

鳳翔「はい。ひぃちゃんから教わったんです。先程は他の方が近くにいたので控えていました」

ひぃちゃん?

男「…飛龍?」

鳳翔「正解。流石ですね」

男「流石って」

意外とお茶目だなこの人。
705 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:43:01.45 ID:CLLeU+aS0
提督「どうぞ、遠慮せずかけてください」

提督の向かいのソファに座る。

一見するとただの飲み会のような風景だ。

夜の密会でさえなければ、だが。

男「それで、一体どういったご用件で」

提督「いやぁちょっと愚痴を聞いてもらおうかと思いまして」ハハハ

男「…はい?」

既にいくらか酔っているらしい。

冗談、だよな?

鳳翔「あ、課長さんも何か食べますか?卵とイカと、オクラ枝豆なんかがありますけれど。卵焼きくらいであれば作りますよ?」

給湯室から鳳翔が顔を出す。その部屋コンロとかまであるのか。

男「え、えっと、じゃぁ卵焼きで」

鳳翔「少々お待ちください」

何このゆるい感じ。マジで飲み会?

提督「あ、何飲みます?ワインとかはないですけど」

男「じゃぁ、これで」

机にあった適当な酎ハイを手に取る。

提督「それでは、乾杯」

男「か、乾杯」
706 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:44:12.14 ID:CLLeU+aS0
提督が手にしたグラスを一気に飲み干す。随分な飲みっぷりだが。

男「てっきりお酒は宴会でたらふく飲んでいるものと」

提督「飲むには飲みますけどね。ほんの少しですよ。彼女たちに合わせていたら肝臓がいくつあっても足りませんから」

男「確かに…」

艦娘はアルコールで酔わない。強いとか弱いという領域ですらない。

提督「だからこうして宴会の後にささやかに楽しむのが趣味なんですよ。宴会は宴会で、皆の事を見ているだけでお腹いっぱいですから」

男「それはまた、贅沢な話だ」

鳳翔「お待たせしました。卵焼きです」

男「どうも」

鳳翔「それでは私も失礼します」ヨイショ

男「あれ?」

鳳翔「はい?」

男「いや、提督の隣でなくていいのかなと」

ちょこんと俺の横に座る。その落ち着いた雰囲気を除けば本当に子供に思える程小さい。

鳳翔「先約がいますからね。それに貴方の話を聞きたいですし」

男「俺の?」
707 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:02.43 ID:CLLeU+aS0
提督「鳳翔さんの提案なんですよ。貴方を呼ぼうというのは」

鳳翔「提督が課長さんの事を気にしていたようだったので、だったら呼んでしまえばいいと思っただけですよ」

男「それでわざわざ」

提督「ここでは僕は常に提督ですからね。それは別にいいんですけど、どうしてもただの人間と飲む機会が欲しいと思う時があるんですよ」

男「それが俺なんかでいいのか?」

提督「例えば組織の人間としての愚痴なんかを話す相手が欲しくてね」

男「あぁ、それなら色々ある」

提督「でしょう?」

嬉しそうな表情で提督が再びグラスをこちらに傾ける。

俺もゆっくりと缶を差し出しグラスにこつんと押し当てた。
708 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:45.95 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

提督「民間の組織を手下か何かと勘違いしてるんだよねぇ。軋轢によるしわ寄せは殆ど実際に関わる僕らに来るってのに」

男「そうなんだよなぁ。そりゃ有事なんだし協力を拒むことはしないだろうが、それを当然とか思ってやがる」

提督「自分達は命令だけ降ろして報告には何から何まで上に上げろってんだから殿様が過ぎる」

男「そのくせ欲しいもの以外は読まずに責任丸ごとポイ。胃に入れるだけ山羊の方がまだマシだ」

提督「そして山羊役だけが僕らに回ってくる」

鳳翔「山羊?」

男「あぁgoatか」

鳳翔「あ、スケープゴート」

提督「そう」

男「美味い。鳳翔さんの卵焼きくらい」

鳳翔「おかわりをご所望ですか?」フフ

男「それはまたの機会に」

提督「鳳翔さん自分で色々作るのにつまみはいつもスナックですよね」

鳳翔「作れるからこそ、こういう作れない味が好きなのかもしれませんね」

提督「説得力あるなぁ」
709 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:46:44.03 ID:CLLeU+aS0
鳳翔「お酒もなくなってきましたし、私もそろそろ戻りますね」

提督「酒ならまだありますよ。飛龍に隠してたとっておきのが。えっと確か給湯室に」

たらふく飲んだ割にはそこそこな足取りで隣の小部屋に向かう提督。

それを無視して鳳翔さんはお皿を片付け始めた。

男「もういいんですか?」

鳳翔「普段は見れない貴重な提督を見せてもらいましたから。役得というやつですね」フフ

男「悪い人ですね。お皿も持って帰るんですか?」

鳳翔「食堂に置いておけば明日の当番の娘が洗ってくれますから」

結構強かだなこの人。

鳳翔「それに、これ以上独り占めしたら怒られちゃいますし」

男「怒られる?」

鳳翔「それでは、おやすみなさい」

男「えぇ、おやすみなさい」

そそくさと部屋を出て行ってしまった。

怒られるっていったい何の話だろうか。

時計を見るととっくに日付を回っていた。

俺もそろそろ戻るべきか。

提督は、まだ給湯室で何か探しているようだ。

妙に物音がうるさい。一体どこにしまったんだか。
710 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:47:48.78 ID:CLLeU+aS0
叢雲『ちょぉっとぉ。五月蠅いわよ〜』

男「え」

執務室の奥。給湯室の反対側。つまり提督の寝室へつながる扉がゆっくりと開いた。

いかにも起き抜けといった具合の声を発しながら叢雲が真っ暗な部屋から出てくる。

そこまではいい。いいんだが、

男「む、叢雲さん?」

叢雲『ん〜?』

いつもの流水のような髪は今さっきまで寝ていましたと言わんばかりにふわりと癖がついているし、

見慣れた制服ではなく青白いワンピースのような寝間着。しかもその一着だけ、に見える。

少なくともぱっと見は他に何か着用しているように見えないという非常に際どい恰好。

さっき鳳翔さんが言っていたのはこいつの事か!

というかこれ知ってたなら先言えよ!あの人茶目っ気が過ぎないか流石に!?

提督「酒ない…なんで…あ叢雲、おはよう」

叢雲『…?』

本来この部屋には提督一人しかいない、という先入観から俺に話しかけていたらしい叢雲が本物の提督を認識したようだ。

叢雲『?』

寝ぼけた頭がフリーズする。と、同時に眠気が徐々に覚め思考が加速していく。

叢雲『』

目が大きく開く。とりあえず状況は理解したようだ、がさてここからどうするのか。

叢雲『ッ〜!?』

色々と吹き出しそうなのを堪え徐々に赤くなりながらもゆっくりと元の部屋に戻り戸を閉める。
711 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:48:21.41 ID:CLLeU+aS0
男「どうすんだこれ…」

帰ろうか。それはそれで後が怖いけど。

提督「アレ、なんで戻るの」

男「え、あ、おい」

提督「お〜い叢雲〜」ガチャ
男「待っ!」

当然のように扉を開ける。

どう考えても地雷原でタップダンスするレベルの愚行。

あまりによどみない動作に静止は間に合わなかった。

叢雲『バカアァ!!!』
提督「グェッ」

扉の中からすっ飛んできた叢雲の頭部ユニットが提督のみぞおちに深々と突き刺さる。

提督「」

静かに床に転がる阿保を見つつ、とりあえず残っていた缶に口を付けた。
712 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:04.85 ID:CLLeU+aS0
男「表情豊かだな、叢雲は」

提督「ん…?」

腹部をさすりながらどうにかソファに戻った提督に問うてみる。

提督「元々感情豊かな方ではあったけど、ここまで色々な反応を見せるのは君が来てからだよ」

男「俺が?」

提督「良い刺激になってるんだと思う。彼女達にはそういうのが必要なんだ」

男「良い刺激、なのかね」

提督「皆最初から個としての人格を有しているし、ある程度知識や記憶もある。でもそれは船としての部分だ。人としては生まれて数年の子供と同じ。感情というものとの付き合いはとても浅いんだ」

男「子供か。言いえて妙だな」

提督「それが彼女達にとって良い事なのかどうかはわからないけれどね。それでも僕はもっと人と触れ合ってほしいと思ってるんだ」

男「色々考えているんだな。まるで父親だ」

提督「余計なお世話かもしれないけど」

男「結果的にどうなるかはともかく、考えることは大事だよ」

静かに扉の開く音がした。

男「お」
提督「あ」
713 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:36.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「死にたい…」

普段の服装に戻った叢雲が提督の横に座り両手でジュース缶を握りしめながら項垂れている。

提督「さっきまで鳳翔さんもいたんだけど、ついさっき戻ったみたいで。あ、彼を呼んだのも鳳翔さんの提案でね」

叢雲「あの野郎…」

まさかのあの野郎呼ばわりである。多分間違ってないけど。

男「そもそも叢雲はその、寝てたのか?」

提督「流石に作戦中はずっと気が張りっぱなしだからね。いつも宴会後はスイッチが切れたみたいに寝てるんだ」

男「なるほどそれで」

エネルギー残量10%以下といった感じに見える。

叢雲「死にたい…」

提督「さてせっかく揃ったんだしやはりアレが欲しいな」

落ち込む叢雲をガンスル―する提督。

再び席を立ち給湯室に酒を探しに行く。そんなに大事なのだろうか。
714 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:04.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「…なんでいんのよ」

恨みがましそうな目で俺を睨みつけてくる。

男「今あいつが言ってた通りだよ」

叢雲「せっかく二人きりになれるところだったのに」

男「邪魔だったか?」

叢雲「えぇそうよ邪魔よこの上なく邪魔よ」グビッ

開き直ったのかムスッとした顔でブドウジュースを飲み込む。

男「鳳翔さんは普段は見れない提督が見れるとか言ってたが、お前もそのくちか」

叢雲「鳳翔が?ふぅん。知ってる?彼女結構強敵よ」

男「それはなんとなくわかった」

叢雲「…ねぇ、さっきの私の恰好、どうだった」

男「…どう答えたら生きて帰れる」

叢雲「私の事なんだと思ってるのよ」

男「ん〜メンヘラ?」

叢雲「…貴方酔ってる?」

男「そこそこは」
715 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:36.24 ID:CLLeU+aS0
叢雲「お酒って嫌ね。酔うってのは、私にはよくわからないわ」

再びジュースを飲む。今度は一口だけ。

男「艦娘ってのは雰囲気に酔うそうだな」

叢雲「そうね。アルコールの影響は受けないもの。逆に言えばこうしてジュースを飲むだけで私達には十分」

男「酔ってる?」

叢雲「少し」

男「…さっきの格好だが、奇麗だったよ。流石に少し驚いたが」

叢雲「ムラっとした?」

男「例えしててもはいとは言えないだろそれ」

叢雲「あらぁ否定しないの?」

男「断固として否定する」

このダル絡みは秋雲を思い出す。艦娘ってこういうの多いんだろうか。
716 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:51:30.15 ID:CLLeU+aS0
叢雲「人間の男女って不思議よね。司令官に触れながら寝るととても心地良いけれど、それは多分私が艦娘だから感じられるものなのよ」

男「それは人間でも同じ気もするけど、人になりたいのか?」

叢雲「さぁ、わからないわ」

俯いて手元の缶を見つめる小さな少女の表情は、俺には窺い知れなかった。

叢雲「わからないわよ」

男「わからない、か。俺も自分が分からなかったことがあるよ」

叢雲「あら、今はわかってるのかしら?」

男「さてどうだかな」

ガシャンと大きな音がする。また給湯室からだ。

男「あいつまだ探してんのか」

叢雲「何やってるの」

男「なんかいい酒が取ってあるとか」

叢雲「あぁ。司令官〜、それ飛龍が持ってったわよ〜」

提督「え゛」

給湯室から断末魔が聞こえた。

叢雲「そういえば、貴方達随分と仲良くなったわね」

男「ん、そうか?」

叢雲「そうよ」

提督「話してみれば、僕ら結構立場が似通ってるからね」

男「中間管理職か?」

提督「そんなところさ」

叢雲「ふぅん」

眠さからなのか、さっきのことが尾を引いているのか。

随分とおとなしい叢雲はいつもと違いすぎてなんだかやりにくい。
717 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:15.23 ID:CLLeU+aS0
提督「仕方ない。アレを出すしか」

今度は寝室のほうへ向かう。

男「なんでそんなに隠してあるんだ…」

叢雲「勝手に持ってくやつが多いのよ」

男「提督はやめろって言わないのか?」

叢雲「予算で買ってるから強く言えないのよ」

男「注意されるべきはあいつのほうかよ」

叢雲「調査だけじゃなく監査までやる気?」

男「あんな面倒な仕事誰がやるか」

叢雲「同感」スッ

叢雲が席を立つ。そしてそのまま向かい側、俺の隣に座る。

男「さっきまで鳳翔さんが座ってたよ」

叢雲「なんて言ってた?」

男「俺の話を聞きたいとかなんとか」

叢雲「そういうことよ」

男「そういうものなのか」

叢雲「そういうものよ」
718 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:43.82 ID:CLLeU+aS0
男「え」

何の脈絡もなく至極当然のように村雲が静かに俺の右肩に寄りかかってくる。

男「どうした?」

叢雲「対して違わないわね。アンタも司令官も」

男「同じくらいの体格だしな」

叢雲「そうじゃなくて、それもあるけど」

男「じゃあなんだ」

叢雲「…同じ人間なんだなって」

男「そりゃあまぁ」

提督「あったよあった」ガチャ

叢雲「!」バッ

凄まじい速度で俺から離れる叢雲。

そこは見られたくないのか。

提督「あれ、叢雲もそっち側?」

叢雲「今日は私もお客人よ」

提督「なら改めて乾杯といこう」

久々に楽しい時間だった。

最後にこんな時間を過ごしたのは、いつだったろうか。
719 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:53:16.14 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「…ん」

身体が重い。なんだこれは。瞼を開けると、瞼?

部屋が暗い。明かりは消えている。

だが真っ暗ではない。窓の外から、カーテンから指しているのは日差しか?

寝ていた?寝たのか?いつ?

金剛『〇〇〇〇』

男「」

目の前に金剛がいた。しかも流れるように口汚い英語をぶつけられたような気がする。

男「えっと、ここは」

金剛『話すならその喋り方はNGデスよ、酔っ払いさん』

男『…これは失敬』

段々と頭が起きてくる。

どうやら金剛は目の前のソファで座ったまま仲良く眠っている提督と叢雲に毛布を掛けているようだった。

いつの間にかみんな寝て

寝て?
720 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:54:33.73 ID:CLLeU+aS0
男『ひょっとしてとっくに日が昇ってる?』

金剛『残念ながらまだMorningネ。その様子だとかなり遅くまで飲んでたみたいだけど』

男『あぁ、いつ寝たかわからないくらいには…』

金剛『そう』

冷たい対応だった。

いや、金剛は俺に対してかなり警戒的なタイプだ。今すぐに追い出されないだけマシなのかもしれない。

男『手伝おうか?』

机の上に散乱した飲み会の跡をテキパキと片付ける金剛に思わず声をかける。

金剛『No Problem.お客様はじっとしててくだサーイ』

そう言ってまとめたゴミや容器を器用に調理場へもっていく。

…なんか、思ったより対応が柔らかい?

じっとしてろと言われてしまったので目の前の二人を眺める。

提督のほうは口を半開きにして随分とだらしない寝顔をしている。

叢雲のほうはまるで人形のように静かに、微動だにせず提督に寄りかかって寝ている。

提督の左腕の中に潜り込み、左胸に耳を押し当てるような形で。

じっと見れば、鼓動に合わせて叢雲の身体が小刻みに揺れていた。
721 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:01.86 ID:CLLeU+aS0
金剛『素敵な寝顔ネ』

男『俺もこんなだらしない寝顔してたりしたか?』

金剛『さぁてどうでしょうかネ〜』ニヤリ

不安だ。

金剛『…二人のこんな表情見たのは初めてデース』

男『普段はこんなに飲まないのか』

金剛『そうじゃなくて…はぁ、嫉妬しちゃいマース』

男『嫉妬?なんで』

金剛『乙女にあまりあれこれ聞くものじゃないデスよ〜』

あからさまにはぐらかされた。

いつもより話しやすい雰囲気のせいでつい色々聞いてしまいそうになるが、確かに分をわきまえるべきか。

金剛『Heyカチョー。昨日の今日なので鎮守府はお休みmodeデスが、それでもこの時間には出撃や遠征に行く娘もそこそこいマース』

男『は、はい』

いきなり真面目な顔で話が始まるのでつい身が強張る。
722 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:38.48 ID:CLLeU+aS0
金剛『つまりこのまま長屋に戻ろうとすれば誰かとEncountする可能性が大デース』

男『む、そういう話か』

確かにそれはまずいな。

それなりに交流が増えたとはいえ艦隊の俺に対する警戒度はまだ高いだろう。

それをまさか提督の部屋から朝帰りする所を見られでもしたら、瑞鶴なんか即爆撃してきそうだ。

金剛『ということで、私がちょっとした裏道を案内してあげマス』

男『それはありがたいが、いいのか?』

金剛『不満ですカ?』

男『まさか』

提督ではないが、戦艦金剛の頼もしさくらいは知っているつもりだ。
723 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:56:23.31 ID:CLLeU+aS0
男『そうと決まれば早めに』

ソファから立ち上がろうと凝り固まった体を少し伸ばしていると

金剛『ちょっとじっとしててくだサーイ』
男『へ?』ヒョイッ

持ち上げられた。

両脇をがっしりつかまれ幼児でも持ち上げるかのように軽々と。

流石艦娘。

男『え、あの、金剛さん?』

眼下の金剛は俺のことをじっと見つめている。

かと思うとそっと俺を地面に降ろした。

男『???』

金剛『ホラ、行きますヨー』

まるで何もなかったかのように執務室を後にする。

なんだったんだ、とは今度は聞かないことにした。
724 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:57:30.44 ID:CLLeU+aS0
外はすっかり明るくなっていた。まだ少し肌寒い朝の気温が寝ぼけていた体に刺さる。

男『外にも階段があったのか』

執務室を出て、来た方向とは逆に行くと外へ通じる扉があった。

非常階段なのだろうか。確かにここなら多少はエンカウントし難いだろうが、

そこまで案内が必要なルートとも思えない。

金剛『課長は提督より少しHeavyネ』

男『一応脂肪じゃなくて筋肉のはずだ。というかさっきのでそんなことまでわかるのか』

金剛『なんとなくデスヨ。ただなんとなく、提督と同じ人間なんだなぁって』

男『それ、似たようなことを昨晩叢雲も言ってた気がする』

金剛『叢雲も?ふぅん、そう』

前を歩く金剛の表情は俺からは見えなかった。
725 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:58:20.06 ID:CLLeU+aS0
金剛『私達は皆囚われのPrincessデスからネ。外のことはどれも物珍しんですヨ』

茶化すような口調でそんなことを言う。

金剛『貴方はさしずめ王子様ってところデスネ』

男『俺があ?』

心にもないことを、そう思ったがどうやら違うようだった。

金剛『彼女を助けたいんでしょ?』クルッ

金剛が足を止め振り返る。

俺をまっすぐ見つめるその瞳は、確かに軍艦の眼だった。

男『あぁ』

それだけは確かだった。

金剛『なら、私も協力しマース!』

一転、普段のテンションに戻って歩き始めた。

男『そりゃありがたいが、協力って具体的に何をだ』

金剛『私こう見えても鎮守府の中ではかなり影響力のあるほうなんデース』

むしろ金剛の影響力が低い例を知りたいくらいだが。
726 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:02.18 ID:CLLeU+aS0
金剛『だから艦隊の皆と貴方との間にある壁を私がBleakしてあげマス!』

男『…いいのか?』

金剛『貴方を認めると、そう言っているつもりデス。多分叢雲も同じようなことを考えていると思いますヨ』

男『でも、ほかの皆がどう思っているかは別だろう』

金剛『勿論全員がとはいかないでしょうケド、瑞鶴とか』

男『だろうな…』

金剛『でもそうでない娘のほうが多いネ。壁といっても、殆ど薄氷のようなものデース。興味はあるのにギリギリで保っている最後の一線ってやつネ。小突けばすぐヨ』

男『金剛がそう言うなら、多分そうなんだろうな』

金剛『頼みましたよ。あの娘のこと』

男『約束はできないが、やれるだけのことはやるよ』

金剛『ならOKネ。さて、Navigateはここまで』

見れば長屋はすぐ目の前だった。建物の外側を通っできただけにしては幸運な事にエンカウントはしなかった。

男『ありがとう』

金剛『こちらこそ』
727 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:42.06 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「はぁ…」

秋雲「あー帰ってきたぁ、って何その顔」

男「普通に二日酔いだこれ。軽い奴だけど」

秋雲「え、なに、普通に飲んでたの昨日?」

男「うん」

秋雲「なにそれ怖い」

男「詳しくは、また今度な」バタッ

布団に倒れこむ。

二日酔い自体は確かに軽いものだったが、座ったまま寝てたことによる体への負担がすごい。

思い切り体を伸ばせることがこんなにも気持ちいいとは。

秋雲「そろそろ緋色ちゃん起きるけど」

男「…そうだった」

秋雲「どうすんの」

男「…午前は休暇にするか」

秋雲「なんて横暴な…」
728 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:02:43.80 ID:CLLeU+aS0
男「うるせー」ゴロン

仰向けになり少し目を閉じる。

金剛が言っていたことがまだ頭に残っている。

男「囚われの姫か」

自分達を、あるいは緋色の事を指しているのだろう。

しかし、その言葉に俺は昔のしーちゃんの事を思い出していた。

まだしーちゃんと呼ぶ前の彼女を。

秋雲「何耽ってんの緋色ちゃん起きるって言ったじゃん。昔の女でも思い出した?」

男「そういう関係じゃねぇって」

秋雲「え、何々ホントに誰か思い出してたの!?誰々!?」

男「…」

メンドクセェ…緋色起こしに行こうかな。

秋雲「で、飲み会で収穫はあったわけ?」

男「…久々に友達ができたよ」

秋雲「へぇ、良かったじゃん」

男「だな」

それだけは間違いない。
729 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:06:33.70 ID:CLLeU+aS0
絶賛イベント攻略中(E3-3甲)

弊鎮守府では艦娘は人間の構造を模しているだけで生命としての機能は有していない存在となっております。
いくら飲んでも平気っていいですよね。
バカみたいに熱くても平気なのも。
残念ながら我々は人間なので皆さん熱さには気をつけましょう。
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 10:53:57.82 ID:K77F31lg0
乙乙
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 13:23:23.75 ID:2yjzIaZvo
乙です
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 18:12:06.76 ID:dTfNMN+4o
おつ
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/07/18(月) 17:28:03.17 ID:feObpqRG0

雪解けの気配……?
吉と出るか凶と出るか
734 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:13:42.80 ID:GEaWwL4j0
金剛『さぁて折角なので提督の寝顔を〜』ガチャ

叢雲『あら、悪いけどシャッターチャンスはなしよ』

金剛『げっ』

執務室に戻ってきた金剛を出迎える。

司令官はまだソファまで寝こけているけれど、この寝顔をおいそれと渡すつもりは無い。

それに

金剛『起きてましたカ…』

叢雲『アレだけ騒がしかったらねぇ』

トントンと自分の頭を指さす。

金剛『uh…』

叢雲『許可なく鎮守府内で艤装を使った通信を行ってはいけない。わかってるでしょ』

金剛『正直バレないかなぁって』

叢雲『アンタそういうとこ結構適当よね…』

艤装には船の機能が概ね詰まっている。

船として浮く力、進む力は勿論、砲撃雷撃、装甲や電探、それに通信機能。

海上でわざわざ端末を使用してメッセージを打つなんて事はしない。通信は全て艤装の、つまり頭の中で行う。
735 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:02.24 ID:GEaWwL4j0
叢雲『で、一体何話してたの』

金剛『比叡達に、外階段から長屋にかけて人払いをしてってお願いを』

叢雲『何故』

金剛『聞いてたんじゃないんデスか』

叢雲『ここでの会話くらいはね』

金剛『あの人に協力しようと思ったからデス』

叢雲『意外な理由ね』

金剛『そうデスカ〜?個人的には悪くないと思ってますけど。叢雲だってそうでショ?Faseにそう描いてありマース』

叢雲『寝顔に?』

金剛『Cuteでしたヨ』

叢雲『…そりゃどーも』

金剛『…ちなみに最初の方って本当にsleepしてマシタ?』

叢雲『絶ッ対誰にも言わないでよ、お願いだから』

金剛『モチのロンネ!』イェイ

不安な回答だけど金剛ならば大丈夫でしょう。多分。

金剛『私や比叡達が協力したと知れば、皆さんこれまでのようになんとな〜く距離を置くのではなく自分の判断で立ち位置を決めるようになる、と私は踏んでいマース』

叢雲『それでわざわざ連絡を。まぁ悪くはないんじゃない。嫌いじゃないわよそういうの』

金剛『それはよかったデス』

叢雲『それはそれとして無許可で通信の罰として宴会の片付けしてきなさい』

金剛『それはよくないデース…』
736 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:59.43 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

金剛は言っていた。

俺と個々の艦娘との間にある壁を壊してやる、と。

彼女ならきっとできるのだろう。

期待はしていた。していたが、

飛龍『いっぱいいるけどいい?』

蒼龍『ども』
葛城『ども』

男『急すぎるだろ』

元々叢雲と話してはいた。

ここしばらく緋色の状態は安定していたし、記憶の糸口が全くつかめない以上他の艦娘ともっと接触を計った方がいいと。

駆逐艦、軽巡洋艦以外との接触はほぼしてないからな。
737 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:17:26.55 ID:GEaWwL4j0
願ったり叶ったりな状況ではあるんだろうけど。

葛城『わぁかっわいぃ〜!』グリグリ

緋色『ちょっと!くっつきすぎくっつきすぎだからぁ!』

飛龍『やはり緋色ちゃんの魔力には勝てなかったか』

蒼龍『ヘアセット持って来たから後で髪いじらせて〜』

男『あんまり羽交い絞めにしてやるなよ』

緋色『いえ、飛龍さんほどじゃないし大丈夫よ』

葛城『…今どこ見て言った?』

飛龍『緋色ちゃん意外とあるもんねぇ』

蒼龍『葛城よりあるんじゃない?』

葛城『酷い!流石にそんなこと』フニ
緋色『ヒャッ?』

葛城『…意外とある』

男『…』

地獄かここは。

この空気の中で昼飯食わなきゃいけないのか俺。

まさか金剛と話して半日も経たずにこんな状況になるとは。
738 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:22:33.54 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

葛城『ぶっちゃけ警戒する理由って軍関係者って所なのよね』

金剛が言っていた話をするとそんな答えが返ってきた。

飛龍『あ〜ね』

男『やっぱそういうものなのか』

蒼龍『9割はろくでなしってイメージ。で残りの1割がやたらと良い人。そこに0.1%位の変人を少々』

飛龍『料理か!隠し味は?』

蒼龍『え、え?えと、愛情?』

飛龍『くぅ〜見たかねこのピュアリティ』

俺に振るな。

男『俺はどっちだった?』

葛城『どっちでも。なんか一般人って感じ。一般人知らないけど』

男『喜ぶべきなんだろうか』

蒼龍『提督に近いよね雰囲気は』

緋色『そんなに怖い人多いの?』

飛龍『怖くはないけど、嫌な奴〜って感じ』

葛城『大丈夫大丈夫。私達が守ってあげるから〜』ナデナデ

緋色『ん〜…葛城はなんだか頼りないわ』
葛城『ん、え?え、と、えぇ…』
飛龍『ブフッ!」
蒼龍『ッーー!」バンバン
葛城『そんなに笑わないでくださいよぉ!』

男『飯冷めるぞ』
739 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:23:09.68 ID:GEaWwL4j0
蒼龍『じゃそろそろ戻ろっか』

男『緋色は航行訓練だな』

緋色『う、うん…』

男『久々で緊張するか?』

緋色『え、えぇ、そうよ!ちょっとね』

葛城『私達もついてこっか?』

飛龍『空母は他の艦とはわけが違うんだしあんまりアドバイスも出来ないんじゃない?』

蒼龍『はいはい大人しく戻りましょうねぇ』

葛城『ちぇ〜』

緋色『私も、行ってきます』

男『おう、行ってらっしゃい』

記憶の方はまったくだが鎮守府には大分慣れてきているように思える。

こうして皆と接触していればそれだけ早く溶け込めるだろう。

それだけでも十分な成果だ。
740 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:25:13.26 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『お、いたいた』

緋色を見送って小一時間程して、叢雲から連絡があった。港に練習を見に来てほしいと。

久々だし上手くいっていないのかなと、そんな風に思っていた。

男『って、なんだその恰好』

緋色『えへへ』

男『何故その恰好』

体操服。しかもブルマー。

緋色『練習中に濡れちゃって…服は夕張さんに借りたの』

男『なんでこんなもん持ってるんだよ』

夕張『いずれ滅ぶ貴重な装備だと見込んでたくさん確保してあるのよ』

男『滅びるべきはその思考だ』

夕張『感想は?』

男『何かあったのか?』

変態からのインタビューはとりあえずスルー。

緋色『なんだかうまく出来なくて、海にドボンって』

男『それって大丈夫なのか?』

緋色『訓練用の艤装に浮がついてるから。びしょ濡れはどうしようもなかったけれど』

男『そうか…久々だもんな。焦る必要はないさ。ゆっくりやればいい』

緋色『そう、そうよね!うん!』

男『あ、そういや叢雲は?』

夕張『あっちあっち、工廠のほう』

男『一体何の用なんだ?ブルマーみせたいわけじゃあるまいに』

夕張『それは、向こうで叢雲に聞いてきて…』

夕張の表情が妙に暗い。なんなんだ?
741 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:26:16.80 ID:GEaWwL4j0
順調だったとはいえしばらくのブランクがあったんだ。

上手くいかないのは仕方ないだろう。

そういうもんだ。そう思って疑っていなかった。

叢雲「あの娘、大丈夫なの?」

男「え」

工廠の日陰の下で、間髪を入れず叢雲にそう言われた。

男「緋色の件、だよな」

叢雲「私はこういった場合の知識がないから判断はできない。だから貴方に聞くしかない」

男「でも、しばらく間があったからブランクとかで」

叢雲「生まれたばかり、あるいは改装なんかで航行がうまく出来ないって場合はあるわ。だから訓練用の艤装もある。でもそういうのは少し歯車がずれているだけですぐにできるようになるわ」

男「でも緋色は特殊なケースだろ。何も思い出せないんだから」

叢雲「そうね。だから私も判断に困ってるのよ。でも、ねぇ、航行がうまく出来ないってどういうものだと思ってる?」
742 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:27:30.83 ID:GEaWwL4j0
男「どうって、うまく進めないとか、転ぶとか」

叢雲「上手く進めないってことはある。改装でバランスなんかが変わって波を受けたり曲がったりが今まで通りにできなかったりね」

男「お、おう」

叢雲「でも転ぶってことはないわよ」

男「ない?」

叢雲「貴方の想像している転ぶってサーファーがバランスを崩して海に落ちるようなことでしょ?」

男「あぁ、そうだけど」

叢雲「そんなのおかしいじゃない」

男「待て待て、全然意味が分からん」

叢雲「確かにこれは私達ならではの感覚なのかもしれない。けど考えても見てよ。私達は艦よ。名前が分からないとしても船は船。それがただ海に浮かぶことも出来ないなんてありえないのよ」

男「!?」

叢雲「航行訓練ってのは人間でいえば歩行訓練かしらね。でもそれってまずもって自分で立っていることが前提でしょう?」

男「じゃぁ、緋色が転んだってのは…」

叢雲「人なら、例えば骨折とかでまず立つ訓練ってこともあるのかもしれないけど、私達にとって浮くってのは呼吸と同じようなことよ」

脳裏にあの時の光景が蘇る。

叢雲「前提がおかしいのよ」

嫌な記憶程よく覚えているものだ。

叢雲「浮けないって、それだけ異常なことよ。出来るとか出来ないじゃなく、存在としての根本からおかしいのよ」

多分最も恐れていた状態。

叢雲「だからこう尋ねるしかないのよ。大丈夫なのかって」

秋雲の時と同じだ。

叢雲「ちょっと!」

工廠を飛び出し港の緋色に駆け寄る。
743 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:28:48.21 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

課長が急に駆けだした。

港で一応艤装のチェックを行っている夕張と緋色に向かって。

その表所は険しいなんてものじゃなかった。

血相を変えて、それこそ血の気が引いていると言うべきかもしれない。

慌ててそれを追いかける。

男『緋色!』

緋色『わっビックリした。どうしたの?』

男『その脚!脚は、大丈夫なのか?その、感覚とか…』

緋色『脚?えぇ、別に捻ったりはしていないと思うけど…』

夕張『えぇ、特にそういった異常は見られませんけど』

男『そう、か』

少し安心したのか徐々に落ち着いていく。

夕張『?』

夕張と目が合う。

彼女も不思議に思っているようだ。

こんなことは初めてだ。

私も夕張も。

だからこそ妙だ。

脚の感覚とやらを聞いた。

まるでこの現象に心当たりがあるかのように。

叢雲『…』

何を知ってるの?

いえそれよりも、何故それを言わないのか。

緋色の事が心配なのは間違いない、と思う。

なればこそ私達に隠している何かが一体何なのか、何故なのかが分からない。

叢雲『とりあえず今日はこの辺にしときましょう。緋色も、お風呂入ってらっしゃい』

緋色『はぁい』

叢雲『服は後で洗って持ってくわ』

男『あぁ、助かる』
744 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:30:14.28 ID:GEaWwL4j0
叢雲『夕張』

課長が長屋に戻るのを見届けてから夕張に話をする。

夕張『はいはい?』

叢雲『仕掛けたやつ、まだ機能してるわよね』

夕張『え゛、そりゃ勿論、してるけど』

叢雲『今すぐ聞きに行くわよ』

夕張『…了解』

確信がある。きっと課長は彼女に連絡する。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

部屋に戻り電源を入れ画面を開く。

秋雲「んぁ?もー夜ぅ?」

男「昼間だアホ」

秋雲「うっわほんとだ、何々何の用?」

男「緋色の件だ」

秋雲「…何があったの」
745 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:31:41.38 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ふぅん。なるなる」

男「どう思う」

秋雲「課長は私の時と同じだって思ったんでしょ?」

男「あぁ」

秋雲「どうだろうね。モデルケースが私だけだし、今回の件もまだ詳しい原因がわかってないし。ただ感覚っていうか、ただの勘だけど私の時とは少し違う気もするかなって」

男「なんでだ?」

秋雲「勘だよ?でも、艦って沈もうが陸に打ち上げられようが真っ二つになろうが、艦は艦でしょ」

男「叢雲とは逆の見解だな」

秋雲「現役バリバリの叢雲とは感覚が違うのは仕方ないっしょ。本人にとっては沈んだりしたらそれで終わりなんだから」

男「立場の違いか。確かに、俺が叢雲って艦に乗っていたらそうだろうな。でも第三者であるならたとえ水底だろうとそれは叢雲って艦に変わりないと思う、か」

秋雲「そんなわけで秋雲さんとしては、まあ予断を許さない状態ではあると思うけど同じには思えないわけ」

男「参考になったよ。助かる」

秋雲「ほんとにぃ?あんまり抱え込まないでよ」

男「本当だよ。随分楽になった」
746 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:32:52.55 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ならよし、とは思わないのでしーちゃんに連絡しときました」

男「は?」

秋雲「返事もう返ってきてんだよね。はっやーい」

男「はあ?」

秋雲「お、近日こっちに来るってさ」

男「…は?」

秋雲「マジか」

男「マジか」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『…マジか』

夕張『なんて?』

叢雲『しーちゃんが近々こっち来るって』

夕張『マジか』

叢雲『いえ、ひとまずそれはいいわ。本来私達は知らないはずの情報だし。聞かなかったことにしましょう』

夕張『あーそっか。知ってたらバレちゃうものね』
747 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:34:26.82 ID:GEaWwL4j0
叢雲『問題は緋色の状態が秋雲と似ているって話よ』

夕張『転んだところが?』

叢雲『そういうニュアンスではなかったけれど、少なくとも確信できる点が一つあるわ』

夕張『えっと…秋雲も元は緋色ちゃんみたいに名無しの艦娘だったって事?』

叢雲『恐らくね。そしてその過程で今回のような事があった』

夕張『で結果として課長さんの部下?しかもどっかから通信って。他の鎮守府にいるとか?』

叢雲『それは少し考えにくいわね。聞く限りいつでも連絡とれるみたいだし、事務所みたいなところにいる風だけど』

夕張『でも基本的に艦娘って鎮守府以外での所持って認められてないわよね』

叢雲『しーちゃんのところみたいな例があるから考えられなくはないわ。それに上層部と繋がりがあるならどうにでもできるって前にも言ったじゃない』

夕張『うわぁ一気にきな臭くなってきたわね』

叢雲『ただ…』

夕張『ただ?』

叢雲『やっぱり緋色を助けたいって姿勢に嘘はなさそうなのよね。根本的にお人よしよ彼』

夕張『それはわかる。ロリコンね』

叢雲『そこには一応同意しないでおくわ』
748 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:35:18.16 ID:GEaWwL4j0
課長の話を信じるならこれまで数度名無しの艦娘に会っていることになる。

そして緋色のようなケースは初めてだとも。

名前の判明した艦娘は当然その艦隊にそのまま所属しているはず。

現に緋色も艦隊に溶け込めるようにしようとしている。

なのに秋雲だけ部下?どうして、何処に?

同じケースってどういうこと?

課長を怪しいとは思わない。ただただ不思議で、謎だ。

叢雲『しばらくは様子見するしかないわね』

夕張『情報が少なすぎるものねぇ。とりあえずは緋色ちゃんなんとかしないと』

叢雲『艤装はどうだった?』

夕張『オールグリーン。なーんにもなし。むしろ出力は上がってたくらい』

叢雲『そう…名前が見つからないと、どうなるのかしらね』

夕張『さぁ。本来なるはずだった誰かになれないのかもしれないわね』

叢雲『そうね』

それだけじゃない。

もしかしたら、艦娘ですらなくなってしまうのかもしれない。

少なくとも私は"叢雲"でなくなったら自分を保てる自身はない。
749 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:39:12.83 ID:GEaWwL4j0
気がつけば夏も終わりそうで

艦娘ってどうやって浮いてるんでしょうみたいな話。
海上では十数メートルの波なんて当たり前ですけれど、
艦娘はどう対処しているんでしょうね。
あまり上手い考えは出てきませんでした。
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 02:03:00.17 ID:ueVK6dbAo
久々乙 多分だけど、鎮守府を出るくらいまでは飛沫で濡れたりしながら航行してるけど、戦術目標の海域自体が現実の『海』じゃなくて
『海』という名の異界であるし、アニメとかでもそうだけど浮いてるんじゃなくて『飛んでる』んじゃないかと
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 10:58:02.10 ID:jBvTsGm+0
乙乙舞ってた
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/09/01(木) 00:42:41.11 ID:sBJ3zub10
スパイクタンパク単体で心臓やその他臓器に悪影響を及ぼすことがわかっています

何故一旦停止しないのですか

何故CDCが接種による若い人の心筋炎を認めているのに情報発信がないのですか
20代はたった1ヶ月で接種後死亡がコロナ死と同等になってます
因果関係の調査は?
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/08(木) 17:01:01.31 ID:pnMFxpla0
クソ待ってた 面白い
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/13(火) 03:12:54.35 ID:RunMN67GO
この軽妙な掛け合いとサスペンス色がたまらん…
755 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:24:34.88 ID:WbElbDnF0
>>750
この考え方好きです
756 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:26:33.45 ID:WbElbDnF0
緋色は誰とでも仲良くなれた。

最初のころの人見知りはどこへやら。

あれから数日、毎日初対面の艦娘に会いながらもすぐに打ち解けた。

緋色『よろしくお願いします。赤城』

赤城『えぇ、よろしくお願いします』

飛龍『相変わらず最初は呼び捨てよね』ヒソヒソ

男『分かっていてもちょっとびっくりするよな』ヒソヒソ

慣れてくるとさん付けだったりちゃん付だったりになるんだが、なぜか最初は呼び捨てになる。

まだ艦娘という意識の薄い彼女からすれば駆逐艦も正規空母も等しく艦娘という括りでしかないということなのだろうか。

まあ実際難しい所ではあるよな。

船という意味では皆俺よりはるかに昔に生きていた年上と言えるし、

艦娘としては少なくともここの鎮守府じゃ俺より年上の艦娘はいないだろうし。

噂じゃ大戦初期から現役のままでいる百歳近い艦娘もいるらしいが。

何にせよ呼び方は相手の容姿や雰囲気次第になるものな。

だけどそんな事は問題じゃない。

緋色は作戦終了からずっと航行がうまくいかないままだった。
757 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:27:56.77 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「どうも浮けないってわけじゃないみたいなのよね」

男「というと?」

二日間、航行不能の原因を探ろうと訓練に付き合ってくれた叢雲が言った。

叢雲「本当に艦娘としての力がないなら、それこそあなたと同じで足を海面につけた途端ドボンでしょ?」

男「そりゃそうか。浮力自体はあると」

叢雲「浮いている以上艦娘としての特性がなくなってるわけじゃないと思うのよ。ただ航行だけがうまくいかない。ただそれが制御できてない。発散している、いえ反転してる?何とも言い難いけど」

男「そんな事ってあるのか?」

叢雲「人間だって怪我や病気で上手く走れない事はあっても勝手に変な方向に走り出しちゃうなんて事にはならないでしょ。わけが分からないわよ」

こと技術の話となると俺には判断のしようがないが、叢雲がそういうのなら本当に分からないのだろう。
758 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:30:10.18 ID:WbElbDnF0
男『海が怖いか?』

訓練終わりの緋色にそう聞いてみた。

緋色『怖くはないわ。そりゃ、夜の海はちょっと怖いけど、それだけよ』

確かに航行訓練自体を嫌がったりはしなかった。だから余計に分からない。

明石に頼んでいた様々な種類の単装砲、連装砲レプリカでの練習も特に変わらなく続けていた。

それでも彼女は一向に変わらなかった。

変わらないだけならまだいいかもしれない。

何時アレが起きるかわからない。

自分では何もできない現状が歯がゆくて仕方なかった。

緋色『ごめんなさい』

男『どうした急に』

緋色『私、その、落ちこぼれでしょう?』

男『うーん、そうだな』

緋色『はっきり言われた!?』

男『事実だしな』

緋色『うぅ…』

男『でも謝る事じゃない。皆が皆優秀ってことはないんだ。やる気があるなら手は貸すよ」

緋色『本当?』

男『本当だよ。緋色は頑張ってるじゃないか』

緋色『えぇ、そうね。頑張ってる。頑張ってるわ』

そうだ。緋色は積極的に訓練をしている。本人の意思の問題とは思えない。

なら一体何が原因なんだろうか。
759 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:31:10.68 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「おぉこれが例のレプリカか」

男『気をつけろよ。迂闊に撃つと眼鏡割れるぞ』

提督「そんなに反動強いのかい?」

緋色『すっごいわよ。私何度もおでこ打ったもの』

作戦終了以降、提督もよく緋色と顔を合わせるようになった。

暇なんだそうだ。それもどうかとおもうが。

緋色『司令官はどれか好きなのある?』

提督「砲の違いとかはよく分からないんだよねぇ。強いて言えば大口径が好きだね」

金剛『私の35.6p砲撃ってみますカ?』

提督「全身の骨粉々になりそうだね」

緋色『私も!私も撃ってみたい!』

男『乗せるだけで沈みそうだな』

提督「ははは、重いものね金剛は」

金剛『テートクゥ…』

提督「え」

緋色『今のはデリカシーがないと思います』

提督「あれ」

男『ノーコメントで』

特別なことなど何もないように思えた。

鎮守府にいる普通の艦娘のように皆と過ごしている。

そう思えた。

でもこれは半分、あるいはそれ以下だ。

彼女たちにとって海こそが居場所であり、そこに緋色はまだ一歩も踏み入れていないのだ。
760 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:32:12.49 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そんなある日、唐突に執務室に呼ばれた。

男「え」

いつの間にかすっかり慣れてしまった執務室の扉を開けると、そこには二人の人物がいた。

机を挟んで置かれた二つのソファに向かい合うようにして。

提督「やぁ」

しーちゃん「ども」


男「…え?」
761 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:33:05.10 ID:WbElbDnF0
男「何故いる」

提督「僕もそれを何度も聞いてるんだけど、答えてくれなくてね…」

しーちゃん「まあまあ、とりあえず座っちゃってください」

男「…」

言いたいことは色々あるが確かにこのままでは埒が明かない。

俺は提督の隣に
しーちゃん「え!」
男「え?」
提督「ん?」

しーちゃん「え、そっち座るんですか?」

男「え、ダメなのか?」

しーちゃん「課長さんは私側の人だと思っていたのに!」ガックリ

男「この状況下で相対するべきはどう考えてもお前だよ」

提督「ははは」

反応に困った提督から乾いた笑いが漏れた。
762 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:10.28 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「そうそう、どうですか今日の私」

男「ん?」

言われて改めてしーちゃんを見る。

別に何も、

男「あ、夏服か」

暑い時期に会うのは別段これが初めてという訳では無いが、思い出してみるとこれまで彼女が夏服を身につけていることは無かった。

しーちゃん「一応制服ですからね、いつもの。なのであれ一種類で済ましていたんですけれど、いい機会があったので夏服作っちゃいました」

提督「へぇ、制服だったのか」

しーちゃん「ロゴ入りなんですよ〜。ほら、これも。ちょっと分かりにくいですけど」

男「いいんじゃないか。他の娘も喜ぶだろ」

しーちゃん「いえ、これ着るのは私だけです」

男「は?」

しーちゃん「艦娘は扱いが違いますからね。後皆自由にしてもらってますから」

提督「それ制服の必要性ないのでは」

しーちゃん「一応ですよ一応。それに予算使って好きにデザインできますからね。役得役得」

男「職権乱用もいいとこじゃねぇか…」

別に今回に限ったことじゃないが。
763 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:50.66 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「で!どうですかこれ?」

男「流行とかオシャレはよく分からんが、似合ってると思うぞ。元々短髪でサッパリしたイメージがあるし、髪色も合わせて、上手く言えんが夏らしくていいと思う」

始めてみるのにそんな気がしないのは街中で見かける学生のような格好だからだろう。

こいつが着ていると全く違和感がない。言わないけど。

子ども扱いするなとか文句を言われそうだし。

しーちゃん「…こういうとこ意外としっかりしてますよねこの人」

提督「それ僕に振るのかい?」

しーちゃん「まあいいでしょう。本題は以上です」

男「待て、本題と言ったか?今本題と言ったか?」

しーちゃん「これ課長さんにもお土産です。おまんじゅう」

男「ついで感覚で鎮守府入れるのはお前くらいだよ…」

提督「おいしかったよそれ」

男「もう食べてんのかよ」
764 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:36:01.44 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ご安心を。話したいことが無いわけじゃありません。ほら、もう少しで選挙あるじゃないですか」

提督「あぁ、そういう話かい」

男「つっても別に何処にって程関心はないんだよなぁ。そりゃ投票は行くけどさ」

しーちゃん「いやそんな凡俗の民草みたいな話題がしたい訳ではなくてですね」

男「お前は何処ぞの王様か何かか」

いや、よく考えたら今この場にいる二人って一応どちらも組織の長なんだよな。王様というのは別に間違いということもないか。

しーちゃん「なのでその確認というか、今回は使者みたいなものですね私」

提督「僕の方は変わらずだよ」

しーちゃん「規制派から何か来たりしてます?」

提督「全く。こんな小さな鎮守府に用はないだろうしね」

しーちゃん「今回ばかりはそんなこともないと思いますよ〜」

男「待ってくれ、何の話だ」

しーちゃん「…課長さん一応元政界関係者でしょう。どれだけ艦娘に現を抜かしていたらそんなに鈍くなるんですか」

男「言い方…」
765 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:37:18.54 ID:WbElbDnF0
提督「政界関係者?」

男「えっと、これ言っていいのか?」

しーちゃん「いいんじゃないですか?元ですし」

男「別にそんな大した話じゃない。政治家の下っ端をやってたってだけの話だ」

提督「へぇ。それがまたどうして今の仕事に、なんてのは僕も同じか。艦娘に関わる人は妙な縁が多いからね」

男「そんなところだよ」

しーちゃん「…あれ?なにやら随分と親しい感じになりましたね」

提督「ちょっとした飲み仲間になりまして」

男「似た立場だもんな」

しーちゃん「へぇ、いいですねぇ。そういうのは大事ですよ。そういうのは」

男「それはいいって。で一体何の話なんだ」

しーちゃん「軍といえど国民の理解が必要な時代です。幸運にも近海の戦況は徐々に落ち着いてきており、不幸にも国民は非常事態が続いている状況を忘れつつあります」

提督「船の護衛ですら民間からは大袈裟だなんて声が出始めているくらいなんだ」

しーちゃん「そんな中世論の中心は艦娘に人権は必要か、という点で盛り上がってるんですよ」

男「そういや前にあk、部下からそんな話を聞いたな」
766 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:08.69 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「政治家もここぞとばかりに色々な意見を出していますが、なにせ世論も三つ巴四つ巴と意見が大いに割れてますからねぇ。この観点で何処に票が集まるか誰も読めない状況なんですよ」

提督「軍としても国民の支持は欲しい。けどどういったスタンスが正しいかわからない状況なんだ。それに元々艦娘の扱いをどうするべきかは内部でも意見が割れていた。今回の事でそれが表面化しているんだ」

しーちゃん「ざっくり人権派と兵器派で派閥ができてまして。私は元帥殿から派閥の鎮守府に使者としてお使いに来てるんです」

男「この間の作戦。やけに世間にへの発表が早かったのは政治的アピール込だったってことか」

しーちゃん「そんな感じです」

提督「面倒な話だよねぇ」

男「でも艦娘の扱いについてこうして議論が起きるのはお前としては望むところじゃないのか?」

しーちゃん「さてどうでしょうね。私としては彼女たちの行く先は彼女たち自身に決めて欲しいというのが望みですから」

提督「嬉しくはないんですか?」

しーちゃん「結局のところ外野が好きかって言ってるだけじゃないですか。悪いとまでは言わないですけど」

男「そんな面倒な話になっているのなら、あそこから離れて正解だったかもな」

しーちゃん「課長さんはどこからかお誘いとか来ていないんですか?」

男「幸運なことにこっちの世界じゃ知り合いが少なくてな」

しーちゃん「ぼっち」

男「隙を見ては刺してくるのやめろ」
767 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:48.70 ID:WbElbDnF0
提督「貴方のいる三課はこういう時政治的なアピールに向いているのでは?」

しーちゃん「向いてますよ。ただ私達はあくまで軍の広報です。軍内で意見が割れている以上どちらかに偏った広報はできません。こっちの立場が危うくなるので」

男「何もしないと?」

しーちゃん「まさか。でも色々と工夫しないといけない立場なんですよ」

提督「大変ですね」

しーちゃん「そりゃもう、私も彼女達も戦場が海でないだけで戦いに変わりはないですからね」

提督「なるほど」
768 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:39:19.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろお暇しますかね」

提督「もうですか?」

しーちゃん「ついでに寄っただけですから」

男「だからついでで鎮守府来るなよ…」

しーちゃん「あ、せっかくなので緋色ちゃんに会ってもいいですか?」

提督「僕は構いませんけれど」

男「問題ないよ」

しーちゃん「では。またふらっと来ることもあると思うのでその時はよろしくお願いします」

提督「できれば事前に連絡くださいね」

しーちゃん「失礼しまーす」

社会人として当然の提案を流れるようにスルーして部屋を出ていきやがった。

苦笑する提督を部屋に残し俺もしーちゃんの後を追う。
769 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:41:47.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「今緋色ちゃんは?」

男「部屋にいるよ」

しーちゃん「では一度男さんのお部屋にお邪魔しても?」

男「あぁ」

緋色の部屋の一歩手前。早くも二か月近く滞在していることになる俺の部屋の扉を開ける。

しーちゃん「おぉ相変わらず異様な光景ですねこれ」

男「目立つからなぁ」

部屋の中央に鎮座する黒い物体は異様と言われればそ通りでしかない。

しーちゃん「あ、秋雲さん喋っても大丈夫ですよ」

秋雲「マジ?しっかししーちゃん相変わらず行動が早いねぇ」

しーちゃん「元々ここには来る予定だったのでタイミングが良かったんですよ」

男「それで、なんの話だ」

しーちゃん「緋色ちゃん、あまり状態が良くないとか」

男「かもしれないって話だよ」

秋雲「それは十分に危険な状態ってことでしょ」

しーちゃん「この件について私はあまり言及できる事はありません。お二人の方が詳しいですからね」
770 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:43:41.97 ID:WbElbDnF0
男「でももし、緋色が"緋色"になってしまうとしたら?」

しーちゃん「さて、状況が違うのでなんとも」

秋雲「ん?どゆこと?」

しーちゃん「現状最悪なのは秋雲さんと同じパターンになる事でしょう。でも現状維持も問題です。もし他に名無しの、例えば戦艦クラスなんかが現れたら優先度はそちらの方が高いですからね」

男「その場合緋色は」

しーちゃん「研究対象として何処かに、というのがオチでしょうね」

秋雲「それはそれでサイアクだね」

しーちゃん「そもそもそうならないため、名無しの艦娘を保護するというのが課長さんの役割でもありますから」

秋雲「え!そうなの!?」

男「まぁ、一応な。鎮守府に所属できない名無しは管理するルールがなかった。だから連中好き勝手出来たんだよ。勿論それも決して無駄なことじゃないんだろうが、やっぱり艦娘は艦娘であるべきだ」

しーちゃん「佐世保のおじさまと元帥のバックアップで調査員なるものができたんですよ」

秋雲「えー私初めて聞いたんですけどぉ!」

男「別にいいじゃねぇか」

秋雲「良くなぁい!そういう話全然してくれないじゃんかぁ。佐世保のってあの狸爺でしょ?何時そんな大物と知り合ったのよ」
771 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:44:21.86 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ひょっとして私の話もしてないんですか?」

男「…うん」

秋雲「秘密なんじゃないのそれ?」

しーちゃん「私は別にいいですよ?」

秋雲「うわ課長の一存かよぉ!」

しーちゃん「あ、話すときは男さんが話してくださいね。私からは言いませんから」

秋雲「ほらほら〜白状しちまったほうが楽になるぜぇ」

男「その話は後だ後!しーちゃん、お前のところで緋色を預かるってのはできないのか」

しーちゃん「最終的な手段としては、まあアリではありますね。あまりお勧めはしませんけど」

男「なぜ」

しーちゃん「彼女の場合も上手くいくなんてのは希望的観測が過ぎるからですよ」

男「…そりゃそうか」
772 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:45:18.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろ帰ります」

男「あれ、緋色には会ってかないのか?」

しーちゃん「あれは建前ですよ。私は健康診断のお姉さんですから、そうホイホイ会いに来ちゃダメじゃないですか」

男「どの口が言ってるんだか」

しーちゃん「運転の北上さんも待たせてますし、あら?」

秋雲「どったの?」

しーちゃん「北上さんからヘルプが」

男「ヘルプ?」

端末で何か連絡が来たようだ。

しーちゃん「そうだ。これ提督さんに渡し忘れてしまったのでお願いします」

男「なんのファイルだこれ」

しーちゃん「大したものじゃありませんよ」

男「わかった。後で持っていっておくよ」

しーちゃん「今お願いします、なう」

男「今!?」

しーちゃん「ほらほら」

男「わかったわかった、またな」

しーちゃん「えぇ、お互い息災で。秋雲さんも、久々に直接会えてよかったです」

秋雲「今度はゆっくり時間を取ってくれると嬉しんだけどね〜」

しーちゃん「こう見えて多忙ですからね私」フンス

男「余計なことっばっかしてるからだろ」
773 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:46:17.33 ID:WbElbDnF0
男「そういや今回は何できたんだ?例のトラックか?」

しーちゃん「まさか、アレですよアレ」

男「んー、え、うわフィアットだ」

しーちゃん「えっとなんでしたっけ、あばると?ってやつです」

男「お前のとこにまともな車両はないのか」

しーちゃん「アレは私じゃなくて北上さんのですよぉ。車はよくわからないので」

男「自費か?」

しーちゃん「半分は経費で出来ています」

男「お前なぁ、ん?」

車の方をよく見ると叢雲がいるようだった。

どうやら運転席の北上と話しているらしい。

男「これが理由か」

しーちゃん「ええ。できれば男さんはいない方がよさそうだなと」

男「了解、またな」

しーちゃん「はい」

小さく手を振るしーちゃんはやはり学生にしか見えない。

男「学生か」

再び提督室に向かいながら考える。

艦娘はそういった世界を知らない。

今後も、きっと知ることはできないんだろうな。
774 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:47:12.68 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しーちゃん「お久しぶりです」

叢雲「久しぶりね」

私達は基本的に変わらない。

改装等で見た目や性能が大きく変わることはあるけれど、

それはどちらかと言えば進化であり、

こうして夏服に身を包み髪形を変えた彼女を見て感じる変化とは別のものだ。

最もそんな人間らしさとは裏腹に目の前のしーちゃんをやはり微塵も人間とは思えないのだけれど。

北上「し〜ちゃ〜ん助けてぇ…この小姑がぁ」

叢雲「誰が小姑よ!」

しーちゃん「一体何の用ですか小姑さん」

叢雲「ちょっと」

運転手と少し話していただけなのにこの仕打ち。

しーちゃん「立ち話もなんですし車入ります?私達にはちょうどいい大きさですよ」

叢雲「遠慮しておくわ。それとも貴方にはこの暑さは応えるのかしら?」

しーちゃん「もうすぐ夏ですからねぇ。幸い暑さには強いほうなので大丈夫です」

叢雲「あらそう」

確かにまだ暑いといえるかは意見の分かれる気温だ。

こうしていても汗一つかかない彼女は確かに暑がりというわけではないらしい。

あるいは、生き物じゃないのか。
775 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:48:03.19 ID:WbElbDnF0
叢雲「よかったの?課長と別れて」

しーちゃん「てっきり私と話がしたいのかと思ってましたけど」

北上「おっとこれオフレコな感じ?私引っ込んどくね〜。巻き込むなよ?」

しっかりと念押しして北上が車の窓を閉め音楽をかけ始める。

凄い激しい曲。ロックってやつかしら。

叢雲「首都圏の勢力図はどうなってるの」

しーちゃん「幹事長の更迭から半年、随分とキレイになりましたよ」

叢雲「早いわね」

しーちゃん「元から準備していたみたい、ですか?」

叢雲「そうは言ってないわよ。それとも心当たりでもあるの?」

しーちゃん「まさか。首都圏は元帥というイコンがあるのでそう難しい話じゃありませんよ。だから問題なのは地方ですね」

叢雲「ここは?」

しーちゃん「ご安心を。鬼ヶ島の提督を筆頭にまとまりがありますから。問題なのは太平洋の方ですかね」
776 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:48:39.48 ID:WbElbDnF0
深海棲艦の脅威が近い所程鎮守府の影響は大きくなる。

港やその近隣、あるいは県そのものと深く関わりを持つことになる。

しーちゃん「まさに一国一城。その長が提督という才能だけで選ばれた人間なんだから大変ですよ」

叢雲「でしょうね。そういった話は私もいくらか聞いてるわ」

本来なら提督という一本柱で成り立つ鎮守府の仕組みを見直すべきなのでしょうけど、

戦線に影響が出ては元も子もないとその辺はほったらかしになっていた。

しーちゃん「ま、そちらはまた別の話です。この鎮守府は大丈夫ですよ。貴方の提督も」

叢雲「なら、いいわ」

それなら問題ない。それならば、国や軍の事など私にとっては細かい些事でしかない。
777 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:49:40.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「他には何かあります?」

叢雲「本題の方が」

しーちゃん「先程までのは?」

叢雲「世間話よ」

しーちゃん「ふふ、そうですね」

叢雲「緋色の事、貴方はどう考えてるの」

しーちゃん「私に対してどういう印象を持っているかはわかりませんけれど、この件に関して私ができることは何もないですよ。本当にね」

叢雲「でも、無関係というわけでもないんでしょう?」

しーちゃん「私にできるのは、そうですね。事後処理くらいです」

事後。嫌な言葉ね。

しーちゃん「緋色ちゃん、皆さんとは仲良くやっているそうじゃないですか」

叢雲「それはまぁそうね」

しーちゃん「だったら、そういうのもアリなんじゃないかって私は思うんですよ」

叢雲「緋色のままでいることになっても?」

しーちゃん「ええ」

叢雲「でもそれは緋色のままでいられたら、でしょう」

以前少し考えた事。

名前を見つけることが私達の存在の証明になると課長は言っていた。

それが見つからず、緋色という仮の名で代用したとして、それで足りるのか。

足りなかったら、どうなるのか。
778 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:50:17.95 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「…課長さんから何か聞きました?」

叢雲「え」

驚いた。

しーちゃんからの質問にではない。

その質問をする彼女の顔が、心底以外で驚いたという表情だったからだ。

しーちゃん「おっと失言失言」ガチャ

素早くドアを開け車に乗り込むしーちゃん。

止めるのはそう難しくはないけれど、止めたところで話してくれるとは思えない。

叢雲「ねぇ」

しーちゃん「なんでしょうか」

叢雲「何が一番大切なことだと思う?」

しーちゃん「ん〜そうですねぇ」

彼女は少し考えこみ、ゆっくりと眼鏡を外した。

その行動の意味はさっぱり分からないけれど、彼女にとってそれが何か大きく意味を持つことであると、そういう確信があった。

しーちゃん「目的じゃないですかね」

そう言って車のドアを閉める。

叢雲「目的…」

フィアットがゆっくりと進みだす。
779 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:51:00.87 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「で、これがそのだしに使われたファイルだ」

提督「ラブレターかな」

男「あいつからのラブレターなら下手な脅迫文より怖いぜ」

提督「ならそうでない事を祈ろう」

男「叢雲が気になるか?」

提督「そうだね。色々と考えすぎるきらいがあるからね」

男「言ってやればいいじゃないか」

提督「なんて言うんだい」

男「…考えすぎだーって」

提督「彼女が自分で決めた事だよ。僕がどうこう言うことじゃないさ」

男「でも心配だ」

提督「そうなんだよねぇ」アハハ

男「ややこしい関係だな」

提督「そう見えるかい?」

男「客観的には」

提督「提督としてじゃないんだ。船はほら、船長が舵を取らなければ流されるだけだろう?でも彼女は自分で目的を決めて動いてる。僕は個人としてそれを応援したいんだ」

男「あぁそうか。それならわかるよ」

随分と自由で勝手になった夏服の少女を思い浮かべた。

男「よくわかる」

あいつは誰に言われるまでもなく自分で目的を持って動いている。

それはきっとすごい事だし、応援したい。
780 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:52:19.20 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「待たせたな」

しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。

秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」

男「は?」

秋雲「うん、ごめん。気にしないで」

咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。

秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」

男「3年か?」

秋雲「そ、3年。短い?」

男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」

秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」

男「そりゃあ、長いな」

秋雲「そう?あっという間だったかも」

男「そうか、ならそうなんだろうな」
781 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:53:09.66 ID:WbElbDnF0
秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」

男「流石にな。さてどこから話したもんか」

秋雲「あーっと!その前に一つ」

男「?」

秋雲「これ秋雲さん的にはかなり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」

試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。

男「んー当事者を除けばそうなるかな」

一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。

秋雲「ならよしっ!」

今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。

男「なんだそりゃ」

秋雲「なんでもな〜い」

なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。

男「さてどこから話そうか」

秋雲「once upon a timeってのはどう」

男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」

忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
782 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:57:24.62 ID:WbElbDnF0
三ゲージバーゲンセールが悪い

書き溜めてはいましたが書き込むタイミングがですね…
いつの間にかいつ海も始まってしまって、
相も変わらず秋刀魚を集めたり。
一瞬でしたがアニメ瑞鳳が見れたので悔いは無いです。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/03(土) 03:55:31.48 ID:8DwOlyKUo
おつ
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/05(月) 08:23:45.25 ID:VRZTjH4Xo
おつ
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/07(水) 13:36:13.66 ID:pRYSr+Fx0
おつです
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/01/04(水) 21:43:32.67 ID:2WI36oZ80
おつ 更新続いててありがてぇ
しーちゃん過去編に入るのかな
787 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:13:45.33 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「待たせたな」

しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。

秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」

男「は?」

ヨウヘイ?誰だそれ?

秋雲「うん、ごめん。気にしないで」

咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。

秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」

秋雲はよく笑う。

大きく口を開けて笑う。あるいは白い歯を見せながらニヤリと笑う。

だからこうして口角を少し上げて優しく笑う秋雲は中々珍しい。

男「3年か?」

秋雲「そ、3年。短い?」

男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」

秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」

男「そりゃあ、長いな」

秋雲「そう?案外あっという間だったかも」

なんてことはないというその表情がはたして本心かどうかは俺にはわからなかった。

男「ならそうなんだろうな」

それでも秋雲がそういうのならきっとその通りなんだろう。

秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」ズイ

画面いっぱいに秋雲の顔が広がる。勿論そんなつもりはないがその圧に少したじろいでしまう。

男「流石にな。さてどこから話したもんか」

秋雲「あーっと!その前に一つ」

男「?」
788 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:14:50.05 ID:fFXJOFQl0
急に真面目なトーンからいつもの声に戻る。

画面から目をそらし、締め切りを過ぎた言い訳をしようという時と同じおずおずとした感じで話し出す。

秋雲「これ秋雲さん的にはかなぁり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」

試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。

男「んー当事者を除けばそうなるかな」

一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。

秋雲「ならよしっ!」

一転して今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。

男「なんだそりゃ」

秋雲「なんでもな〜い」

なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。

男「さてどこから話そうか」

秋雲「once upon a timeってのはどう」

男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」

忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
789 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:16:07.51 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「調査員?」

「と言うようなもの、だ。まだ正式な名前も決まってはいない。だが今後間違いなく必要となる重要な仕事だ」

上司の、いわゆるお偉いさんにそう言われた。

勉強していい学校に通い、エリートコースを真っ直ぐ順調に進み、あとは金を貰って余生を楽しむだけの人間。

俺も同じだった。選ばれたエリート。幸福な人生。

毎日着るのが少し憚られる高いスーツと胸につけるバッチはその証みたいなものだった。

男「ふむ」

まだ未開拓の重要な役職か。これはチャンスかもしれない。

男「分かりました。しかしなぜその話が私に?」

そう。結局のところ俺はこれまで艦娘とほとんど関わってこなかった。いや、関われなかった。

なのに艦娘の調査とは。

「お前、妖精が見えるんだろ?」

男「あぁ。ええ、そうですよ。一応、ですが」

あくまで一応だ。才能はあったが弱すぎた。

もう少し才能が強ければ今頃は提督になれていただろう。
790 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:16:55.71 ID:fFXJOFQl0
男「それが何か関係あるんですか?」

「ん?なんだ知らなかったのか。てっきり自分で情報を得ているものだと」

必要な情報は求められる前に己で手に入れる。どんな手段を用いても。

それがここで教わった事だ。

情報戦に負けたものは落とされる。

男「艦娘の事は専門外でして」

なんて、かつて諦めざるをえなかった夢に触れたくなかっただけだ。

「なら丁度いい。それも含めて説明してやる」

エレベーターに乗る。

重役しか使えないという暗黙の了解がある建物奥にあるエレベーター。

駕籠と呼ばれているのを聞いたことがある。

「次からはお前もこれを使うことになる」

そう言うと胸元からカードを取り出し、エレベーターの階層ボタンの下の何もない場所にかざす。

するとドアが閉まり階層ボタンに存在しない地下へ向けて動き出した。

男「なんというか、あまり穏やかじゃないですね。遺言状でも残しといた方がいいですか?」

「はは、問題ないさ。お前の口が清掃員のババア共のように軽くさえなければな」

男「ははは」

笑えねえ。
791 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:19:17.56 ID:fFXJOFQl0
地下には思っていたよりも大きい空間が広がっていた。

パッと見ただけでもたくさんの部屋が並んでいる。

奥に伸びる廊下からみてそこそこの広さらしいが人の気配はない。

不気味な雰囲気に反して全体的に白く明るい地下室は、しかし何故だか妙に不安を抱かせる。

資料室、空き部屋、何かの器具が並ぶ保管室のような部屋。

そういえば大学にあった研究練なんかがこんな感じだったなと思い出しながら上司の後をついて行く。

そしてモニターやマイク、その他俺には理解の及ばない様々な機械の置かれた部屋の隣の部屋に、一人の少女が座っていた。

分厚い壁の中、少女はその机と椅子二つしかない狭く白い部屋で椅子に座りじっとしていた。

部屋は廊下からも隣の部屋からも窓で見えるようになっている。

取調室。いや、海外の映画で見た覚えがある。

超能力者かなにかを収容した、実験室か。
792 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:20:15.31 ID:fFXJOFQl0
「入ってみろ」

男「え、自分がですか?」

チラと少女を見る。

危険はなさそうに見えるが、目に見える何かならきっとこんな所には入れられまい。

男「命の保証は?」

「それは問題ない。今のところは、な。取り扱い次第だよ。言われたとおりにすれば大丈夫だ」

そう言って小型の無線機を渡してきた。

「耳に入れとけ。指示はこちらがする。お前はこちらの指示に対してYESかNOで答えろ」

指でYESとNOのサインを作る。

なるほど、相手には聞かれたくないと。

男「アレは、艦娘なんですか?」

「そうだ。いや、まだそうとは言えないのかもしれないな」

男「まだ…」

「だがまあ、人間ではないよ」

人間ではない。それこそ映画やドラマでしか聞かない台詞だった。
793 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:21:06.44 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「さてと」

椅子を引き少女と向き合う形で座る。

白いTシャツと黒の短パンという運動部の学生がするような簡素な服装。身長もまさに学生といった程度か。

肩の高さで揃えられた茶色っぽい髪。突然の来訪者に対して一切変化のない無表情と黄緑色の不思議な目。

そういった容姿と、それに関係なく直感からわかる。

人じゃない。

取り調べ、なんて言い方をせず二者面談の気持ちでいこう。

無線から聞こえる指示に従って最初の言葉をかける。

男「はじめまして。私は男というんだ。君は?」

柔らかい感じでごくごく普通に自己紹介をする。

何が返ってくるのだろうと、最悪ダッシュで出口に行けるようにと身を固めつつ少女を見つめる。

すると少女は以外にも少し驚いた表情になり、振り絞るように話し始めた。

少女「??・??サ??ッ?ソコ??ョ?ォ?」






男「は?」
794 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:22:06.47 ID:fFXJOFQl0
英語はできるほうだ。

と言ってもあくまで紙の上だけでいざ会話しろと言われれば恐らく無理だろうが。

それでもまぁ聞き取るくらいは多分できると思う。

だがそういう類の話ではなかった。

街中で全く知らない言語が聞こえてきても、普通○○語っぽいなとか、そういう感想を抱くものだ。

違いはあれど同じ人類の使う言葉。根っこの部分は同じなのだ。

言語。そう認識する。

少なくとも野良猫やカラスの鳴き声と同じに捉えるものはいまい。

でもこれは違う。

目の前の少女から発せられたそれは、まるでノイズのようで、

少なくともそれを言語であると認識できなかった。

「何か聞こえたか?」

耳に入れた無線機から声がした。

少女に見えないようにYESのハンドサインを作る。

「何と言っていたかわかるか?」

NO

「…触れてみる気はあるか?」

…NOだ

「部屋を出ろ」

短い面談だった。

だが椅子から立とうとして気づいた。

脚が少し震えていた。

男「またな」

黙って出るのは何となく後ろめたかったので無責任にもまたなどと声をかけてしまった。

再び無表情に戻った少女の緑色の双眸は、そんな俺をじっと見つめたままだった。
795 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:23:26.38 ID:fFXJOFQl0
男「アレは、なんですか」

誰も答えられない質問だと分かっていてもそう聞かざるを得なかった。

「残念だがこれ以上の情報を開示はできない」

そう言って例のエレベーターのカードキーを取り出す。

「知りたいのならコレを受け取るしかない。勿論受け取れば引き返すことは出来ないが」

初めてだ。

人生の分岐点、と言えば例えば受験や就職なんかを思い浮かべる。

でもそれらは結果が周りに左右されるものばかりだ。

無論自分の実力も大事だが肝心な部分は結局他人に決められてしまう。

だけどこれは、目の前のこの分岐点は、自分で決めるものだ。

全ては自分の判断に委ねられている。責任も結果も、全て。

どちらに舵を切るにせよ100%自己責任だ。

男「何故自分なんですか、と問うてもいいでしょうか」

「駄目だ、と言うところだが、まぁいいか。無論理由は色々あるが、こうして私自身が鍵を差し出す理由はお前に見込みがあると思ったからだ。

 お前は優秀だよ。でも何か違和感があった。だからこの話を聞いたとき、お前には他にいるべき場所があると思ったんだ」

この人はこれまで俺に良くしてくれた。恩師と言ってもいいだろう。

だからその言葉はよくよく響いた。

昔諦めた、ずっと意識しないようにしていた憧れを思い出す。

艦娘。

もし許されるのなら、俺は彼女達に触れたい。

男「わかりました」

しっかりと鍵を握りしめる。

「だと思ったよ」

始めてみる恩師のその少し嬉しそうでどこか寂し気な表情は今でも覚えている。
796 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:24:45.41 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「全然わからん」

地下の研究施設。

その共有スペースらしい部屋の無駄に座り心地の良い長ソファに座り机に突っ伏す。

そこで俺は映画やドラマでしか見た事ないような書類の山に囲まれていた。

今まで行われてきた彼女に関わる研究結果の書類だ。

これが兎に角わからん。

そもそも俺は研究職じゃない。

その上レポート内容は物理とか科学とか生物とか様々な分野での研究内容がまとめられている。

生物は履修した事があるから辛うじて上っ面を理解はできるが他はダメだ。

というかそもそもレポートとして読み辛すぎる。

ハッキリ言ってメモかそれ以下なものも多い。

結局一通り目を通して分かったのは彼女に関して何もわかっていないと言うことだった。

男「動かないな」

彼女は昨日と同じく部屋の中で椅子に座ったまま微動だにしていなかった。

知識として知ってはいたが改めて認識する。

艦娘はその個体の維持に食事も睡眠も必要としない。

少なくともその点でいえば彼女は艦娘らしい。

男「しっかしこんだけ専門家が調べつくした後に素人の俺がどうしろってんだ」
797 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:26:11.63 ID:fFXJOFQl0
「おやおや、ドラマの撮影現場かいここは」

男「!?」ガバッ

突然降ってきた女性の声に跳ね起きる。

相変わらず広さのわりに人の気配のない施設で、てっきり自分以外の人間はいないものと思っていた。

顔を上げるとそこには、

男「…えっと、初めまして」

「初めまして。君もコーヒーはいるかい?」

腰まで伸びた長い髪、手にはどうやらコーヒー入りらしい白いカップを持ち、そして何より、

黒い。黒い、白衣?いやそれはもう白衣ではないが材質やデザインはどう考えても黒く塗りつぶした白衣だ。そんなものあるのか?

身長は俺と同じくらいだろうか。女性としては背の高いほうに見える。

年齢は、年上なのは間違いないがどうだろうか。30代と言うには妙に貫禄があるが40代と言うには若く見える。

僅かに茶色の混ざった長い黒髪と黒衣の組み合わせでとにかく黒い。

教授「私は教授というものだ。君もそう呼ぶといい。先輩でもいいぞ」

男「ど、どうも。俺は」

教授「あぁ君はいい。十二分に知っている」

男「そう、ですか」

教授「ブラックでいいか?」

男「え?あ、はい」

教授「そうか」

俺が返答するとカップを机に置き何処かに行ってしまった。

何なんだあの人。ここの研究者、でいいんだよな?

そういやこの施設に関する情報一切貰ってないな俺。
798 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:27:55.88 ID:fFXJOFQl0
教授「ほれ」

思いのほか早く戻ってきた教授が目の前にコーヒーを置く。

缶の。

男「…」

新人いびり?

教授「ツッコミどころだぞ」

なるほど、自覚のない新人いじめだなこれ。

教授「そうだ。せっかくだしここを案内してやろう」

男「え」

急だな。後コーヒーの話はもういいんですか。

教授「秘密主義は結構だがC2の連中施設に案内板やパンフレットを用意しないからな。私も初めて来た時は苦労したものだ」

男「なるほど。正直右も左も分からず困っていたので助かります」

でもパンフレットは流石にないと思う。

教授「ならば付いて来い。そんなものを読んでいるよりは有意義な時間にしてやろう」

教授は以外にも面倒見の良い人だった。

一通り施設を案内してくれた。

その後給湯室に何があるかとかおいしいコーヒーの入れ方を妙に熱心に教えられた。

ここに入り浸るなら給湯室が最も重要な施設になる、とかなんとか。

そのままの流れで俺が諦めていた書類に関しても解説をしてくれた。

研究者というより大学の教授を思い出す。
799 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:28:54.05 ID:fFXJOFQl0
教授「10点だな。勿論100点満点中だ。もっと修行しろ」

教授の指示、というか命令の元俺が淹れたコーヒーを飲みそう言い放った。

男「自分で飲む分にはこれで十分おいしいんですが」

教授「私はこれでは満足できない」

俺にコーヒー作らせる気かこの人。

教授「少し前に私よりコーヒーを淹れるのがうまいやつがいたんだがね」

男「そういえばどうしてここは人が少ないんですか」

教授「少ないんじゃない。君と私の二人だけだ。大規模な組織改編があってな。ここにいた連中も皆他の施設に移ってしまった」

男「教授は何故まだここに?」

教授「この施設を独り占めできるからな。気分がいい」

なるほど。

教授「冗談だ」

納得しちまったじゃねぇか。

教授「アレがいるからな」

そう言って壁を指をさす。

ここからでは見えないがその指が何を指しているかは分かる。

彼女だ。

教授「C21YB0204。アレがここに来てからまる1年だ。結局何もわからなかったが」

管理番号だそうだ。色々と細かい区分けがあるそうだが、最後の04は同じような個体の4番目ということらしい。

教授「滑稽な話だ。名だたる研究者達が皆匙を投げた」

男「でも改めて凄い話ですよね。こんな非科学的な存在を皆がこぞって研究するんですから」

教授「ん〜?それは違うな」

男「違う?」
800 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:31:03.69 ID:fFXJOFQl0

教授「朝の占いが良かった。故に今日は宝くじが当たる気がする。これは科学的か?」

男「それは非科学的でしょう」

教授「だろうな。ならリンゴは地面に落ちる。故に地面には何か物を引っ張る力がある、というのが科学的と言えるだろう」

急になんだ?妙に回りくどい言い方をする。

教授「ではタイムマシンはどうだ?あるいは15世紀頃における地動説だ。どちらも当時は突拍子もない妄言だった。

当然だろう。今立っている地面が自分ごと高速で回転しているなど私だって頭がおかしいと思うだろう」

男「それは…」

地動説は理屈が通っている。科学的、と言えるのだろう。

タイムマシンは、ブラックホールがどうとか光より高速で動けないとかそんな話を聞いたことがある。

でも結局は実現は不可能だみたいなオチだった気がする。

だから、だから非科学的?実現できないから?

教授「他にもニュースで聞いたことはないか?ある数学の問題が証明された。ある理論否定された。ある説が提唱された。

ではどうだ。証明されなければそれは非科学的か?否定されたらそれは非科学的か?証拠のないただの説では非科学的か?」

男「それは、違います」

教授「科学とはルールだよ。そこには何か法則があり、その通りにすれば誰でも再現ができる方程式。それを求めること。何かルールがあるはずだと調べることが科学なんだ。

子供の命だけを奪う洞窟だって、空気より比重の重い有毒ガスが充満していたという科学だったりするんだ。

艦娘なんていう存在が観測された以上、人身御供で雨が降るなんて神様チックな話ですら科学的に証明できてしまうかもしれない」

人類は火を得て、燃料による動力を経て、今や電子世界が当たり前になっている。

もしかしたらその次は艦娘のような、今はまだ不思議な力としか言いようのないソレを操る時代が来るのかもしれない。
801 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:32:35.93 ID:fFXJOFQl0
教授「非科学的なものこそ科学として研究すべきなんだよ。

そしてそれは科学的かどうかを調べるためじゃない。人類の科学として取り込むためなんだ」

男「教授も研究者なんですね」

教授「おい待て、今までなんだと思っていた」

男「でもならなおさら素人の自分に何ができますかね」

教授「かのメンデルだって本来は司祭だぞ。大事なのは発想だ。それに君は声が聞こえるんだろう?」

男「聞こえてはいますけど、声と言うか音と言うか」

艦娘の声を聞くことができる人間は少ない。

だからその貴重な人材は基本的に提督となる。なにせ相手は海全体にいる。提督は何人でも欲しいそうだ。

そんなわけでこんな成果が保証されていない研究に貴重な提督を配属はできない、だから中途半端とはいえ一応聞くことができる俺が呼ばれたと、そういうことらしい。

教授「好きにすればいいさ。なんなら首を撥ねてもいいぞ。それだけのことが君には許されている」

男「そんな物騒な」

だけど教授は冗談とは言わなかった。

ここはそういう場所なんだと、ようやく理解した。
802 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:33:45.06 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次の日。俺は行動を開始した。

男「本当に音は出ていないんだな」

レポートを眺める。

彼女の声についてのものだ。

声。つまり音は波なわけだが艦娘の発する声にはその波がないらしい。

あるいは観測できていないのか。

男「聞こえてはいるんだけどなぁ。でも波がないなら鼓膜じゃ聞き取れない。どこで聞いてるんだ俺」

あるいは解剖されるべきは俺の方なのかもしれない。

…嫌な想像しちゃったな。

男「どう思う?」

目線をレポートから向かい側に座る彼女に移す。

「…」

彼女は相変わらず黙ったまま不思議そうに俺を見ている。

ひょっとしたら喋ってるのかもしれないが。

場所も変わらず例の取調室の中。

何をするにも取っ掛かりがないので俺はとりあえず彼女と一緒に過ごしてみることにした。

男「でも俺の言ってることはわかるんだよな?」

こくりと小さく頷く。

これも不思議だ。

艦娘側も普通の人間の言葉をうまく聞き取れないらしい。

これはどうやら訓練で聞き取れるようにはなるらしいが。

目の前の彼女もそうだとレポートにはある。筆談のみが可能だと。

なのに俺の声は聞こえているようだ。

やっぱ解剖すべきは俺なんじゃ…
803 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:34:36.45 ID:fFXJOFQl0
男「そうだ。こっちから一方的に話すってのも嫌だろ?筆談用に紙とペンがいるな」

とりあえず手元にあった手のひらサイズのメモ帳とペンを渡す。

男「明日ホワイトボードとか買って来るか、ん?」

早速何やらメモ帳に書き込んでいる。会話の意思はあるようだ。

そう長くない文章の書かれたメモ用紙がそっと渡される。

【書くのは面倒なのでタブレットでお願いします】

男「…あぁ、うん」

意外とはっきり主張してくる娘だった。
804 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:35:41.81 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「眠くならないってどんな感じなんだい?」

【眠くならないが分からないように、私にも眠いが分かりません】

男「そりゃそうか」

タブレットに素早く文字が入力されていく。

流石に研究施設。タブレットやらの機材は置いてあった。

【でも睡眠が必要なのは不便そうです】

男「まあな。睡眠が不要になれば一日6,7時間も増えると考えるとその通りだな。食事も不要なんだろ?」

【こうしてじっとしている分には。艦娘として活動するには燃料が必要なようですが】

男「そう考えるととても生き物とは思えないよなぁ。心臓の鼓動もないんだし」

【確かめてみます?】

男「んーそうだな。レポートだけじゃなくて実感として知るってのも大事かもな」

席を立って彼女の前に行く。

彼女もタブレットを置いてからこちらを向き奇麗な姿勢で待つ。

男「では失礼して」

床に膝をつき小柄な体に高さを合わせそっと心臓近くに右耳を押し当てる。

うん、確かに鼓動はないな。

『…なんで直接』

男「え」

「?」

慌てて体を話し顔を合わせる。

向こうもきょとんしていた。
805 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:36:17.63 ID:fFXJOFQl0
男「今喋った?」

「!」

男「なんで直接、って」

「   」

少し顔を赤くしながら何かを発する。でも先程と違いいつものノイズにしか聞こえない。

【聞こえちゃいました?】

諦めて少し残念そうにタブレットに文字を打つ。

男「聞こえ、たな。なんでだ?」

身体の接触、いや耳か?

【一ついいでしょうか】

面倒な文字入力なのにわざわざ前置きをしてきた。なんだろう。

【いきなり人の胸に顔を押し当てるのはどうかと思います】

男「…ごめん」

凄い冷たい目で怒られた。
806 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:37:10.80 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

色々検証した結果、お互い頭が接触した状態が最もクリーンに声が聞こえると判明した。

男「でもこれ会話し難いな」

『男さんは身長が高すぎます。もっと私に合わせてください』

男「縮めと?」

『はい』

男「無茶苦茶言うな」

だが取調室で椅子を並べ左右で頭を突き合わせての会話は確かにキツイ。

俺は寝違えそうなくらい首を傾けなきゃだし、彼女も首が伸びそうなくらい背筋を伸ばしている。

男「まぁ実験としては十分だし、基本はやっぱタブレットで」

そうして寄り添いあうと表現するにはお互いに負荷の大きい姿勢を止めようとした。

すると見た目からは考えられないくらい強い力で引っ張られた。

『文字入力は面倒です。このままでお願いします』

男「えぇ…」

これまで会話らしい会話がなかったからなのか、単純に会話が好きなのか、あるいは両方か。

ともかくお喋りがしたいらしい。

いやでもこの態勢はやっぱきついなぁ。

『あ』

男「ん?あ」

取調室の窓の外に教授がいた。

たまたま通りかかったのか、いつもの黒衣とコーヒー入りのカップを片手にこちらをじっと見ていた。

そして外にある会話用のマイクのスイッチを入れた。

教授「何してるんだ君ら」
807 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:38:41.07 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

教授「へぇ面白い。頭かぁ、それはまた。ふふ、見込み以上だね」

男「でもいいんですか?この娘外に出しても」

教授「別に元から出しちゃダメってことはないよ。びくついてる連中が出そうとしなかっただけさ。

馬鹿だよねぇ、気持ちはわかるけど。

あぁちなみにこの娘のNGはただ一つ。存在が部外者にばれる事。それ以外ならどうとでも」

共有スペースにある例のやたらと座り心地の良い長ソファ。

そこに三人並んで腰かけていた。

体重差から深く沈む俺と軽くしか沈まない彼女で頭の高さが程よく並べることができた。

確かにここでなら楽に会話できる。

男「教授は違うんですか。他の連中ってのとは」

教授「理解にも色々な種類がある。猫を理解するにも、殺して解剖する、野放しで観察する、施設で検査するとかとかだ。

でも私なら一緒に暮らすね。そしてどれも正解だ。方向性の違いだよ」

『実際この人くらいでしたよ。私と会話をしようとしたのは』
808 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:40:05.37 ID:fFXJOFQl0
男「へぇ、あれ?この人の声は聞こえてるのか?」

『はい』

男「え」

教授「聞こえてるのかい?私の声」

男「そのようですけど」

教授「おいおい一体いつからだい。観葉植物に話しかけるOL気分で毎日接していたというのに」

『最初からですね』

男「最初からだそうですよ」

教授「なんと。しかし何故反応しなかったんだ」

『最初は私も返答してましたけど、こっちの声は聞こえていないようだったので諦めていました。

 声が届くのが一方的なだけなら筆談でもいいと思って』

男「自分の声は聞こえていないようだから諦めたと」

教授「なんてことだ。この程度の事にも今日に至るまで気づかないままとは。こうなると自分を解剖台に送るほかないな」

俺にも飛び火するからやめてほしい。

男「そんなに話しかけていたんですか?貴方だけが会話を試みてきたと言っていますが」

教授「ははは、だろうね。最も私もこちらの声は聞こえていないと思って諦めてしまったがね。あの時のコーヒーはおいしかったかい?」

『苦すぎでした』

男「あー、えっと、口に合わなかったと」

教授「それは残念」

不思議な光景だろうな。

二人に挟まれながらそう思った。

言葉はアレだが、言ってしまえば実験体と研究者が並んで腰かけて話しているのだから。
809 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:41:24.44 ID:fFXJOFQl0
教授「そうだ。私もそれ試していいかい?」

「…」コクリ

少し不満げながらも承諾された。

教授「よし」

教授が移動し俺に頭を預けて動かない彼女に頭を押し当てる。

教授「…」

『…』

教授「…だめかぁ。ま、仕方ない」

男「…オイ」

仕方ないも何もこいつは一言も発していない。

『だってもし通じてしまったらこの人何するかわからないじゃないですか』

男「…」

それは何かわかる。

『でも折角に機会なので一つ質問があります』

男「質問があるそうですよ」

教授「お、なんだい」

『その黒い白衣一体何なんですか』

あ、やっぱこれ黒い白衣って認識なんだ。だよな。
810 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:42:21.68 ID:fFXJOFQl0
男「その黒い白衣はなんなのか、だそうです。自分も気になってましたけど」

教授「これかい?研究者なら白衣だろうと昔は普通のを着てたんだがね、コーヒーのシミが目立つから黒にしたんだ」

『え、それ意味ないのでは』

男「白衣って薬品とかこぼしても目立つための白なのに目立たなくしちゃったんですか…」

教授「え、そうなの?」

男「研究職の白衣はそういう理由だったかと」

教授「そうだったのかぁ。でもシミがなぁ」

『そもそもこの人どういう分野の専門家なんでしょう』

男「教授の専門分野って何なんですか。その反応から薬品とかを扱う類ではないとは思いますが」

教授「それは秘密だよ。白衣よりミステリアスを纏っていた方がかっこいいだろう?」

『実はここの管理人とかだったりしませんかねこの人』

男「気持ちはわかる」

教授「おや、彼女はなんて」

『秘密でお願いします』

男「秘密です」

教授「おっとこれはしてやられた」

はははと事も無げに笑う教授。

この人ホントに教授を名乗るだけのただの面白お姉さんなんじゃあるまいな。
811 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:46:39.56 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そんな感じで研究とは名ばかりの緩い生活が始まった。

男「おはよう」

朝エレベーターを降りると彼女が出迎えてくれる。

そっと俺の胸に額を当て

『おはようございます』

そう言ってスッと離れていく。

少し消え入りそうな声だが短い会話ならこの程度の接触でも可能だった。

朝食は共有スペースで食べることにしている。

少しでも同じ環境にいることで何かわかるかもしれないと考えたからだ。

教授「やぁやぁ待っていたよ」

男「え、これ教授が作ったんですか」

大きな皿にこれでもかとフレンチトーストが乗せられている。

銀色のおしゃれなシロップの容器。簡素な装飾の真っ白なお皿に銀のフォークとナイフ。

レストランの朝食としか思えない光景だ。

教授「フレンチトーストは得意料理なんだ。ほらお掛け。コーヒーでいいかい」

男「お願いします」

教授「君もかい?」

「」ブンブン

激しめの否定。

教授「ではミルクか」

「」コクリ

恐い、とは言っていたが基本的に二人の仲は良好に見える。
812 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:47:51.08 ID:fFXJOFQl0
「「いただきます」」

男「美味しい」

教授「何よりだ」

『なんでこんな無駄に美味しいんでしょう』

左側に座る彼女は小さな口にしっかりとトーストを頬張りながら頭を押し付けてくる。

お互いに食べにくいと思うのだが会話したくて仕方ないようだ。

教授「お気に召したかい?」

男「そのようです」

彼女は話す度に俺にくっつく必要があるので聞こえなくても何か言っていることは伝わってしまう。

男「料理好きなんですか?」

教授「好きと言うのは違うかな。美味しいものは好きだがね。

   閃きのきっかけとして別の作業をしようと考えてな、手近なのが料理だったんだ。繰り返すうちに色々出来るようになってしまった」

男「なんだか伝記に乗ってそうなエピソードですね」

教授「もし味を聞かれた時は是非褒め称えてくれたまえ」

男「変人であることもしっかり答えておきますよ」

『コーヒーは微妙なのにどうしてこんなに美味しいんでしょう』

男「…俺に言わせる気かそれ?」

『ご自由に』

教授「なんと?」

男「秘密です」

教授「うーん歯がゆいなこれは」
813 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:51:24.52 ID:fFXJOFQl0
気づいたら次のイベントが来てる

リアルが落ち着いてきたので少しずつ更新していきます。
漏らす神風が書きたかっただけなのに凄い長くなってる…
814 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/01(水) 01:23:13.89 ID:vZxFpfEKo
815 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/12(日) 04:09:53.34 ID:+oQTgGEQ0
おつ
長くなりそうだが面白くなりそう

しーちゃん(推定)かわいい
816 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/17(金) 11:52:35.61 ID:ugaywt9a0
おつです
この独特の距離感ある会話のテンポが心地よいですね
817 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/07/31(月) 11:36:18.49 ID:56qQ3N810
楽しみに待ってる
818 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/12/15(金) 00:30:23.15 ID:DcSCM0HpO
更新待ってます

819 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/02/10(土) 18:23:43.55 ID:wu/6Dwb20
松輪いつまでも松輪(更新を)
820 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2024/08/09(金) 23:12:25.69 ID:nF6IEOyj0
保守
821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2025/01/22(水) 13:19:30.21 ID:e78lT4Z20
保守らねば
614.71 KB Speed:0.4   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)