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【艦これ】神風「最初の一人」
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772 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:45:18.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろ帰ります」
男「あれ、緋色には会ってかないのか?」
しーちゃん「あれは建前ですよ。私は健康診断のお姉さんですから、そうホイホイ会いに来ちゃダメじゃないですか」
男「どの口が言ってるんだか」
しーちゃん「運転の北上さんも待たせてますし、あら?」
秋雲「どったの?」
しーちゃん「北上さんからヘルプが」
男「ヘルプ?」
端末で何か連絡が来たようだ。
しーちゃん「そうだ。これ提督さんに渡し忘れてしまったのでお願いします」
男「なんのファイルだこれ」
しーちゃん「大したものじゃありませんよ」
男「わかった。後で持っていっておくよ」
しーちゃん「今お願いします、なう」
男「今!?」
しーちゃん「ほらほら」
男「わかったわかった、またな」
しーちゃん「えぇ、お互い息災で。秋雲さんも、久々に直接会えてよかったです」
秋雲「今度はゆっくり時間を取ってくれると嬉しんだけどね〜」
しーちゃん「こう見えて多忙ですからね私」フンス
男「余計なことっばっかしてるからだろ」
773 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:46:17.33 ID:WbElbDnF0
男「そういや今回は何できたんだ?例のトラックか?」
しーちゃん「まさか、アレですよアレ」
男「んー、え、うわフィアットだ」
しーちゃん「えっとなんでしたっけ、あばると?ってやつです」
男「お前のとこにまともな車両はないのか」
しーちゃん「アレは私じゃなくて北上さんのですよぉ。車はよくわからないので」
男「自費か?」
しーちゃん「半分は経費で出来ています」
男「お前なぁ、ん?」
車の方をよく見ると叢雲がいるようだった。
どうやら運転席の北上と話しているらしい。
男「これが理由か」
しーちゃん「ええ。できれば男さんはいない方がよさそうだなと」
男「了解、またな」
しーちゃん「はい」
小さく手を振るしーちゃんはやはり学生にしか見えない。
男「学生か」
再び提督室に向かいながら考える。
艦娘はそういった世界を知らない。
今後も、きっと知ることはできないんだろうな。
774 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:47:12.68 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
しーちゃん「お久しぶりです」
叢雲「久しぶりね」
私達は基本的に変わらない。
改装等で見た目や性能が大きく変わることはあるけれど、
それはどちらかと言えば進化であり、
こうして夏服に身を包み髪形を変えた彼女を見て感じる変化とは別のものだ。
最もそんな人間らしさとは裏腹に目の前のしーちゃんをやはり微塵も人間とは思えないのだけれど。
北上「し〜ちゃ〜ん助けてぇ…この小姑がぁ」
叢雲「誰が小姑よ!」
しーちゃん「一体何の用ですか小姑さん」
叢雲「ちょっと」
運転手と少し話していただけなのにこの仕打ち。
しーちゃん「立ち話もなんですし車入ります?私達にはちょうどいい大きさですよ」
叢雲「遠慮しておくわ。それとも貴方にはこの暑さは応えるのかしら?」
しーちゃん「もうすぐ夏ですからねぇ。幸い暑さには強いほうなので大丈夫です」
叢雲「あらそう」
確かにまだ暑いといえるかは意見の分かれる気温だ。
こうしていても汗一つかかない彼女は確かに暑がりというわけではないらしい。
あるいは、生き物じゃないのか。
775 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:48:03.19 ID:WbElbDnF0
叢雲「よかったの?課長と別れて」
しーちゃん「てっきり私と話がしたいのかと思ってましたけど」
北上「おっとこれオフレコな感じ?私引っ込んどくね〜。巻き込むなよ?」
しっかりと念押しして北上が車の窓を閉め音楽をかけ始める。
凄い激しい曲。ロックってやつかしら。
叢雲「首都圏の勢力図はどうなってるの」
しーちゃん「幹事長の更迭から半年、随分とキレイになりましたよ」
叢雲「早いわね」
しーちゃん「元から準備していたみたい、ですか?」
叢雲「そうは言ってないわよ。それとも心当たりでもあるの?」
しーちゃん「まさか。首都圏は元帥というイコンがあるのでそう難しい話じゃありませんよ。だから問題なのは地方ですね」
叢雲「ここは?」
しーちゃん「ご安心を。鬼ヶ島の提督を筆頭にまとまりがありますから。問題なのは太平洋の方ですかね」
776 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:48:39.48 ID:WbElbDnF0
深海棲艦の脅威が近い所程鎮守府の影響は大きくなる。
港やその近隣、あるいは県そのものと深く関わりを持つことになる。
しーちゃん「まさに一国一城。その長が提督という才能だけで選ばれた人間なんだから大変ですよ」
叢雲「でしょうね。そういった話は私もいくらか聞いてるわ」
本来なら提督という一本柱で成り立つ鎮守府の仕組みを見直すべきなのでしょうけど、
戦線に影響が出ては元も子もないとその辺はほったらかしになっていた。
しーちゃん「ま、そちらはまた別の話です。この鎮守府は大丈夫ですよ。貴方の提督も」
叢雲「なら、いいわ」
それなら問題ない。それならば、国や軍の事など私にとっては細かい些事でしかない。
777 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:49:40.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「他には何かあります?」
叢雲「本題の方が」
しーちゃん「先程までのは?」
叢雲「世間話よ」
しーちゃん「ふふ、そうですね」
叢雲「緋色の事、貴方はどう考えてるの」
しーちゃん「私に対してどういう印象を持っているかはわかりませんけれど、この件に関して私ができることは何もないですよ。本当にね」
叢雲「でも、無関係というわけでもないんでしょう?」
しーちゃん「私にできるのは、そうですね。事後処理くらいです」
事後。嫌な言葉ね。
しーちゃん「緋色ちゃん、皆さんとは仲良くやっているそうじゃないですか」
叢雲「それはまぁそうね」
しーちゃん「だったら、そういうのもアリなんじゃないかって私は思うんですよ」
叢雲「緋色のままでいることになっても?」
しーちゃん「ええ」
叢雲「でもそれは緋色のままでいられたら、でしょう」
以前少し考えた事。
名前を見つけることが私達の存在の証明になると課長は言っていた。
それが見つからず、緋色という仮の名で代用したとして、それで足りるのか。
足りなかったら、どうなるのか。
778 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:50:17.95 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「…課長さんから何か聞きました?」
叢雲「え」
驚いた。
しーちゃんからの質問にではない。
その質問をする彼女の顔が、心底以外で驚いたという表情だったからだ。
しーちゃん「おっと失言失言」ガチャ
素早くドアを開け車に乗り込むしーちゃん。
止めるのはそう難しくはないけれど、止めたところで話してくれるとは思えない。
叢雲「ねぇ」
しーちゃん「なんでしょうか」
叢雲「何が一番大切なことだと思う?」
しーちゃん「ん〜そうですねぇ」
彼女は少し考えこみ、ゆっくりと眼鏡を外した。
その行動の意味はさっぱり分からないけれど、彼女にとってそれが何か大きく意味を持つことであると、そういう確信があった。
しーちゃん「目的じゃないですかね」
そう言って車のドアを閉める。
叢雲「目的…」
フィアットがゆっくりと進みだす。
779 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:51:00.87 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「で、これがそのだしに使われたファイルだ」
提督「ラブレターかな」
男「あいつからのラブレターなら下手な脅迫文より怖いぜ」
提督「ならそうでない事を祈ろう」
男「叢雲が気になるか?」
提督「そうだね。色々と考えすぎるきらいがあるからね」
男「言ってやればいいじゃないか」
提督「なんて言うんだい」
男「…考えすぎだーって」
提督「彼女が自分で決めた事だよ。僕がどうこう言うことじゃないさ」
男「でも心配だ」
提督「そうなんだよねぇ」アハハ
男「ややこしい関係だな」
提督「そう見えるかい?」
男「客観的には」
提督「提督としてじゃないんだ。船はほら、船長が舵を取らなければ流されるだけだろう?でも彼女は自分で目的を決めて動いてる。僕は個人としてそれを応援したいんだ」
男「あぁそうか。それならわかるよ」
随分と自由で勝手になった夏服の少女を思い浮かべた。
男「よくわかる」
あいつは誰に言われるまでもなく自分で目的を持って動いている。
それはきっとすごい事だし、応援したい。
780 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:52:19.20 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「待たせたな」
しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。
秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」
男「は?」
秋雲「うん、ごめん。気にしないで」
咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。
秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」
男「3年か?」
秋雲「そ、3年。短い?」
男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」
秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」
男「そりゃあ、長いな」
秋雲「そう?あっという間だったかも」
男「そうか、ならそうなんだろうな」
781 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:53:09.66 ID:WbElbDnF0
秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」
男「流石にな。さてどこから話したもんか」
秋雲「あーっと!その前に一つ」
男「?」
秋雲「これ秋雲さん的にはかなり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」
試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。
男「んー当事者を除けばそうなるかな」
一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。
秋雲「ならよしっ!」
今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。
男「なんだそりゃ」
秋雲「なんでもな〜い」
なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。
男「さてどこから話そうか」
秋雲「once upon a timeってのはどう」
男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」
忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
782 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2022/12/03(土) 02:57:24.62 ID:WbElbDnF0
三ゲージバーゲンセールが悪い
書き溜めてはいましたが書き込むタイミングがですね…
いつの間にかいつ海も始まってしまって、
相も変わらず秋刀魚を集めたり。
一瞬でしたがアニメ瑞鳳が見れたので悔いは無いです。
783 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/12/03(土) 03:55:31.48 ID:8DwOlyKUo
おつ
784 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/12/05(月) 08:23:45.25 ID:VRZTjH4Xo
おつ
785 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/12/07(水) 13:36:13.66 ID:pRYSr+Fx0
おつです
786 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/01/04(水) 21:43:32.67 ID:2WI36oZ80
おつ 更新続いててありがてぇ
しーちゃん過去編に入るのかな
787 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:13:45.33 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「待たせたな」
しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。
秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」
男「は?」
ヨウヘイ?誰だそれ?
秋雲「うん、ごめん。気にしないで」
咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。
秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」
秋雲はよく笑う。
大きく口を開けて笑う。あるいは白い歯を見せながらニヤリと笑う。
だからこうして口角を少し上げて優しく笑う秋雲は中々珍しい。
男「3年か?」
秋雲「そ、3年。短い?」
男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」
秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」
男「そりゃあ、長いな」
秋雲「そう?案外あっという間だったかも」
なんてことはないというその表情がはたして本心かどうかは俺にはわからなかった。
男「ならそうなんだろうな」
それでも秋雲がそういうのならきっとその通りなんだろう。
秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」ズイ
画面いっぱいに秋雲の顔が広がる。勿論そんなつもりはないがその圧に少したじろいでしまう。
男「流石にな。さてどこから話したもんか」
秋雲「あーっと!その前に一つ」
男「?」
788 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:14:50.05 ID:fFXJOFQl0
急に真面目なトーンからいつもの声に戻る。
画面から目をそらし、締め切りを過ぎた言い訳をしようという時と同じおずおずとした感じで話し出す。
秋雲「これ秋雲さん的にはかなぁり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」
試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。
男「んー当事者を除けばそうなるかな」
一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。
秋雲「ならよしっ!」
一転して今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。
男「なんだそりゃ」
秋雲「なんでもな〜い」
なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。
男「さてどこから話そうか」
秋雲「once upon a timeってのはどう」
男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」
忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
789 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:16:07.51 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「調査員?」
「と言うようなもの、だ。まだ正式な名前も決まってはいない。だが今後間違いなく必要となる重要な仕事だ」
上司の、いわゆるお偉いさんにそう言われた。
勉強していい学校に通い、エリートコースを真っ直ぐ順調に進み、あとは金を貰って余生を楽しむだけの人間。
俺も同じだった。選ばれたエリート。幸福な人生。
毎日着るのが少し憚られる高いスーツと胸につけるバッチはその証みたいなものだった。
男「ふむ」
まだ未開拓の重要な役職か。これはチャンスかもしれない。
男「分かりました。しかしなぜその話が私に?」
そう。結局のところ俺はこれまで艦娘とほとんど関わってこなかった。いや、関われなかった。
なのに艦娘の調査とは。
「お前、妖精が見えるんだろ?」
男「あぁ。ええ、そうですよ。一応、ですが」
あくまで一応だ。才能はあったが弱すぎた。
もう少し才能が強ければ今頃は提督になれていただろう。
790 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:16:55.71 ID:fFXJOFQl0
男「それが何か関係あるんですか?」
「ん?なんだ知らなかったのか。てっきり自分で情報を得ているものだと」
必要な情報は求められる前に己で手に入れる。どんな手段を用いても。
それがここで教わった事だ。
情報戦に負けたものは落とされる。
男「艦娘の事は専門外でして」
なんて、かつて諦めざるをえなかった夢に触れたくなかっただけだ。
「なら丁度いい。それも含めて説明してやる」
エレベーターに乗る。
重役しか使えないという暗黙の了解がある建物奥にあるエレベーター。
駕籠と呼ばれているのを聞いたことがある。
「次からはお前もこれを使うことになる」
そう言うと胸元からカードを取り出し、エレベーターの階層ボタンの下の何もない場所にかざす。
するとドアが閉まり階層ボタンに存在しない地下へ向けて動き出した。
男「なんというか、あまり穏やかじゃないですね。遺言状でも残しといた方がいいですか?」
「はは、問題ないさ。お前の口が清掃員のババア共のように軽くさえなければな」
男「ははは」
笑えねえ。
791 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:19:17.56 ID:fFXJOFQl0
地下には思っていたよりも大きい空間が広がっていた。
パッと見ただけでもたくさんの部屋が並んでいる。
奥に伸びる廊下からみてそこそこの広さらしいが人の気配はない。
不気味な雰囲気に反して全体的に白く明るい地下室は、しかし何故だか妙に不安を抱かせる。
資料室、空き部屋、何かの器具が並ぶ保管室のような部屋。
そういえば大学にあった研究練なんかがこんな感じだったなと思い出しながら上司の後をついて行く。
そしてモニターやマイク、その他俺には理解の及ばない様々な機械の置かれた部屋の隣の部屋に、一人の少女が座っていた。
分厚い壁の中、少女はその机と椅子二つしかない狭く白い部屋で椅子に座りじっとしていた。
部屋は廊下からも隣の部屋からも窓で見えるようになっている。
取調室。いや、海外の映画で見た覚えがある。
超能力者かなにかを収容した、実験室か。
792 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:20:15.31 ID:fFXJOFQl0
「入ってみろ」
男「え、自分がですか?」
チラと少女を見る。
危険はなさそうに見えるが、目に見える何かならきっとこんな所には入れられまい。
男「命の保証は?」
「それは問題ない。今のところは、な。取り扱い次第だよ。言われたとおりにすれば大丈夫だ」
そう言って小型の無線機を渡してきた。
「耳に入れとけ。指示はこちらがする。お前はこちらの指示に対してYESかNOで答えろ」
指でYESとNOのサインを作る。
なるほど、相手には聞かれたくないと。
男「アレは、艦娘なんですか?」
「そうだ。いや、まだそうとは言えないのかもしれないな」
男「まだ…」
「だがまあ、人間ではないよ」
人間ではない。それこそ映画やドラマでしか聞かない台詞だった。
793 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:21:06.44 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「さてと」
椅子を引き少女と向き合う形で座る。
白いTシャツと黒の短パンという運動部の学生がするような簡素な服装。身長もまさに学生といった程度か。
肩の高さで揃えられた茶色っぽい髪。突然の来訪者に対して一切変化のない無表情と黄緑色の不思議な目。
そういった容姿と、それに関係なく直感からわかる。
人じゃない。
取り調べ、なんて言い方をせず二者面談の気持ちでいこう。
無線から聞こえる指示に従って最初の言葉をかける。
男「はじめまして。私は男というんだ。君は?」
柔らかい感じでごくごく普通に自己紹介をする。
何が返ってくるのだろうと、最悪ダッシュで出口に行けるようにと身を固めつつ少女を見つめる。
すると少女は以外にも少し驚いた表情になり、振り絞るように話し始めた。
少女「??・??サ??ッ?ソコ??ョ?ォ?」
男「は?」
794 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:22:06.47 ID:fFXJOFQl0
英語はできるほうだ。
と言ってもあくまで紙の上だけでいざ会話しろと言われれば恐らく無理だろうが。
それでもまぁ聞き取るくらいは多分できると思う。
だがそういう類の話ではなかった。
街中で全く知らない言語が聞こえてきても、普通○○語っぽいなとか、そういう感想を抱くものだ。
違いはあれど同じ人類の使う言葉。根っこの部分は同じなのだ。
言語。そう認識する。
少なくとも野良猫やカラスの鳴き声と同じに捉えるものはいまい。
でもこれは違う。
目の前の少女から発せられたそれは、まるでノイズのようで、
少なくともそれを言語であると認識できなかった。
「何か聞こえたか?」
耳に入れた無線機から声がした。
少女に見えないようにYESのハンドサインを作る。
「何と言っていたかわかるか?」
NO
「…触れてみる気はあるか?」
…NOだ
「部屋を出ろ」
短い面談だった。
だが椅子から立とうとして気づいた。
脚が少し震えていた。
男「またな」
黙って出るのは何となく後ろめたかったので無責任にもまたなどと声をかけてしまった。
再び無表情に戻った少女の緑色の双眸は、そんな俺をじっと見つめたままだった。
795 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:23:26.38 ID:fFXJOFQl0
男「アレは、なんですか」
誰も答えられない質問だと分かっていてもそう聞かざるを得なかった。
「残念だがこれ以上の情報を開示はできない」
そう言って例のエレベーターのカードキーを取り出す。
「知りたいのならコレを受け取るしかない。勿論受け取れば引き返すことは出来ないが」
初めてだ。
人生の分岐点、と言えば例えば受験や就職なんかを思い浮かべる。
でもそれらは結果が周りに左右されるものばかりだ。
無論自分の実力も大事だが肝心な部分は結局他人に決められてしまう。
だけどこれは、目の前のこの分岐点は、自分で決めるものだ。
全ては自分の判断に委ねられている。責任も結果も、全て。
どちらに舵を切るにせよ100%自己責任だ。
男「何故自分なんですか、と問うてもいいでしょうか」
「駄目だ、と言うところだが、まぁいいか。無論理由は色々あるが、こうして私自身が鍵を差し出す理由はお前に見込みがあると思ったからだ。
お前は優秀だよ。でも何か違和感があった。だからこの話を聞いたとき、お前には他にいるべき場所があると思ったんだ」
この人はこれまで俺に良くしてくれた。恩師と言ってもいいだろう。
だからその言葉はよくよく響いた。
昔諦めた、ずっと意識しないようにしていた憧れを思い出す。
艦娘。
もし許されるのなら、俺は彼女達に触れたい。
男「わかりました」
しっかりと鍵を握りしめる。
「だと思ったよ」
始めてみる恩師のその少し嬉しそうでどこか寂し気な表情は今でも覚えている。
796 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:24:45.41 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「全然わからん」
地下の研究施設。
その共有スペースらしい部屋の無駄に座り心地の良い長ソファに座り机に突っ伏す。
そこで俺は映画やドラマでしか見た事ないような書類の山に囲まれていた。
今まで行われてきた彼女に関わる研究結果の書類だ。
これが兎に角わからん。
そもそも俺は研究職じゃない。
その上レポート内容は物理とか科学とか生物とか様々な分野での研究内容がまとめられている。
生物は履修した事があるから辛うじて上っ面を理解はできるが他はダメだ。
というかそもそもレポートとして読み辛すぎる。
ハッキリ言ってメモかそれ以下なものも多い。
結局一通り目を通して分かったのは彼女に関して何もわかっていないと言うことだった。
男「動かないな」
彼女は昨日と同じく部屋の中で椅子に座ったまま微動だにしていなかった。
知識として知ってはいたが改めて認識する。
艦娘はその個体の維持に食事も睡眠も必要としない。
少なくともその点でいえば彼女は艦娘らしい。
男「しっかしこんだけ専門家が調べつくした後に素人の俺がどうしろってんだ」
797 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:26:11.63 ID:fFXJOFQl0
「おやおや、ドラマの撮影現場かいここは」
男「!?」ガバッ
突然降ってきた女性の声に跳ね起きる。
相変わらず広さのわりに人の気配のない施設で、てっきり自分以外の人間はいないものと思っていた。
顔を上げるとそこには、
男「…えっと、初めまして」
「初めまして。君もコーヒーはいるかい?」
腰まで伸びた長い髪、手にはどうやらコーヒー入りらしい白いカップを持ち、そして何より、
黒い。黒い、白衣?いやそれはもう白衣ではないが材質やデザインはどう考えても黒く塗りつぶした白衣だ。そんなものあるのか?
身長は俺と同じくらいだろうか。女性としては背の高いほうに見える。
年齢は、年上なのは間違いないがどうだろうか。30代と言うには妙に貫禄があるが40代と言うには若く見える。
僅かに茶色の混ざった長い黒髪と黒衣の組み合わせでとにかく黒い。
教授「私は教授というものだ。君もそう呼ぶといい。先輩でもいいぞ」
男「ど、どうも。俺は」
教授「あぁ君はいい。十二分に知っている」
男「そう、ですか」
教授「ブラックでいいか?」
男「え?あ、はい」
教授「そうか」
俺が返答するとカップを机に置き何処かに行ってしまった。
何なんだあの人。ここの研究者、でいいんだよな?
そういやこの施設に関する情報一切貰ってないな俺。
798 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:27:55.88 ID:fFXJOFQl0
教授「ほれ」
思いのほか早く戻ってきた教授が目の前にコーヒーを置く。
缶の。
男「…」
新人いびり?
教授「ツッコミどころだぞ」
なるほど、自覚のない新人いじめだなこれ。
教授「そうだ。せっかくだしここを案内してやろう」
男「え」
急だな。後コーヒーの話はもういいんですか。
教授「秘密主義は結構だがC2の連中施設に案内板やパンフレットを用意しないからな。私も初めて来た時は苦労したものだ」
男「なるほど。正直右も左も分からず困っていたので助かります」
でもパンフレットは流石にないと思う。
教授「ならば付いて来い。そんなものを読んでいるよりは有意義な時間にしてやろう」
教授は以外にも面倒見の良い人だった。
一通り施設を案内してくれた。
その後給湯室に何があるかとかおいしいコーヒーの入れ方を妙に熱心に教えられた。
ここに入り浸るなら給湯室が最も重要な施設になる、とかなんとか。
そのままの流れで俺が諦めていた書類に関しても解説をしてくれた。
研究者というより大学の教授を思い出す。
799 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:28:54.05 ID:fFXJOFQl0
教授「10点だな。勿論100点満点中だ。もっと修行しろ」
教授の指示、というか命令の元俺が淹れたコーヒーを飲みそう言い放った。
男「自分で飲む分にはこれで十分おいしいんですが」
教授「私はこれでは満足できない」
俺にコーヒー作らせる気かこの人。
教授「少し前に私よりコーヒーを淹れるのがうまいやつがいたんだがね」
男「そういえばどうしてここは人が少ないんですか」
教授「少ないんじゃない。君と私の二人だけだ。大規模な組織改編があってな。ここにいた連中も皆他の施設に移ってしまった」
男「教授は何故まだここに?」
教授「この施設を独り占めできるからな。気分がいい」
なるほど。
教授「冗談だ」
納得しちまったじゃねぇか。
教授「アレがいるからな」
そう言って壁を指をさす。
ここからでは見えないがその指が何を指しているかは分かる。
彼女だ。
教授「C21YB0204。アレがここに来てからまる1年だ。結局何もわからなかったが」
管理番号だそうだ。色々と細かい区分けがあるそうだが、最後の04は同じような個体の4番目ということらしい。
教授「滑稽な話だ。名だたる研究者達が皆匙を投げた」
男「でも改めて凄い話ですよね。こんな非科学的な存在を皆がこぞって研究するんですから」
教授「ん〜?それは違うな」
男「違う?」
800 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:31:03.69 ID:fFXJOFQl0
教授「朝の占いが良かった。故に今日は宝くじが当たる気がする。これは科学的か?」
男「それは非科学的でしょう」
教授「だろうな。ならリンゴは地面に落ちる。故に地面には何か物を引っ張る力がある、というのが科学的と言えるだろう」
急になんだ?妙に回りくどい言い方をする。
教授「ではタイムマシンはどうだ?あるいは15世紀頃における地動説だ。どちらも当時は突拍子もない妄言だった。
当然だろう。今立っている地面が自分ごと高速で回転しているなど私だって頭がおかしいと思うだろう」
男「それは…」
地動説は理屈が通っている。科学的、と言えるのだろう。
タイムマシンは、ブラックホールがどうとか光より高速で動けないとかそんな話を聞いたことがある。
でも結局は実現は不可能だみたいなオチだった気がする。
だから、だから非科学的?実現できないから?
教授「他にもニュースで聞いたことはないか?ある数学の問題が証明された。ある理論否定された。ある説が提唱された。
ではどうだ。証明されなければそれは非科学的か?否定されたらそれは非科学的か?証拠のないただの説では非科学的か?」
男「それは、違います」
教授「科学とはルールだよ。そこには何か法則があり、その通りにすれば誰でも再現ができる方程式。それを求めること。何かルールがあるはずだと調べることが科学なんだ。
子供の命だけを奪う洞窟だって、空気より比重の重い有毒ガスが充満していたという科学だったりするんだ。
艦娘なんていう存在が観測された以上、人身御供で雨が降るなんて神様チックな話ですら科学的に証明できてしまうかもしれない」
人類は火を得て、燃料による動力を経て、今や電子世界が当たり前になっている。
もしかしたらその次は艦娘のような、今はまだ不思議な力としか言いようのないソレを操る時代が来るのかもしれない。
801 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:32:35.93 ID:fFXJOFQl0
教授「非科学的なものこそ科学として研究すべきなんだよ。
そしてそれは科学的かどうかを調べるためじゃない。人類の科学として取り込むためなんだ」
男「教授も研究者なんですね」
教授「おい待て、今までなんだと思っていた」
男「でもならなおさら素人の自分に何ができますかね」
教授「かのメンデルだって本来は司祭だぞ。大事なのは発想だ。それに君は声が聞こえるんだろう?」
男「聞こえてはいますけど、声と言うか音と言うか」
艦娘の声を聞くことができる人間は少ない。
だからその貴重な人材は基本的に提督となる。なにせ相手は海全体にいる。提督は何人でも欲しいそうだ。
そんなわけでこんな成果が保証されていない研究に貴重な提督を配属はできない、だから中途半端とはいえ一応聞くことができる俺が呼ばれたと、そういうことらしい。
教授「好きにすればいいさ。なんなら首を撥ねてもいいぞ。それだけのことが君には許されている」
男「そんな物騒な」
だけど教授は冗談とは言わなかった。
ここはそういう場所なんだと、ようやく理解した。
802 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:33:45.06 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次の日。俺は行動を開始した。
男「本当に音は出ていないんだな」
レポートを眺める。
彼女の声についてのものだ。
声。つまり音は波なわけだが艦娘の発する声にはその波がないらしい。
あるいは観測できていないのか。
男「聞こえてはいるんだけどなぁ。でも波がないなら鼓膜じゃ聞き取れない。どこで聞いてるんだ俺」
あるいは解剖されるべきは俺の方なのかもしれない。
…嫌な想像しちゃったな。
男「どう思う?」
目線をレポートから向かい側に座る彼女に移す。
「…」
彼女は相変わらず黙ったまま不思議そうに俺を見ている。
ひょっとしたら喋ってるのかもしれないが。
場所も変わらず例の取調室の中。
何をするにも取っ掛かりがないので俺はとりあえず彼女と一緒に過ごしてみることにした。
男「でも俺の言ってることはわかるんだよな?」
こくりと小さく頷く。
これも不思議だ。
艦娘側も普通の人間の言葉をうまく聞き取れないらしい。
これはどうやら訓練で聞き取れるようにはなるらしいが。
目の前の彼女もそうだとレポートにはある。筆談のみが可能だと。
なのに俺の声は聞こえているようだ。
やっぱ解剖すべきは俺なんじゃ…
803 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:34:36.45 ID:fFXJOFQl0
男「そうだ。こっちから一方的に話すってのも嫌だろ?筆談用に紙とペンがいるな」
とりあえず手元にあった手のひらサイズのメモ帳とペンを渡す。
男「明日ホワイトボードとか買って来るか、ん?」
早速何やらメモ帳に書き込んでいる。会話の意思はあるようだ。
そう長くない文章の書かれたメモ用紙がそっと渡される。
【書くのは面倒なのでタブレットでお願いします】
男「…あぁ、うん」
意外とはっきり主張してくる娘だった。
804 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:35:41.81 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「眠くならないってどんな感じなんだい?」
【眠くならないが分からないように、私にも眠いが分かりません】
男「そりゃそうか」
タブレットに素早く文字が入力されていく。
流石に研究施設。タブレットやらの機材は置いてあった。
【でも睡眠が必要なのは不便そうです】
男「まあな。睡眠が不要になれば一日6,7時間も増えると考えるとその通りだな。食事も不要なんだろ?」
【こうしてじっとしている分には。艦娘として活動するには燃料が必要なようですが】
男「そう考えるととても生き物とは思えないよなぁ。心臓の鼓動もないんだし」
【確かめてみます?】
男「んーそうだな。レポートだけじゃなくて実感として知るってのも大事かもな」
席を立って彼女の前に行く。
彼女もタブレットを置いてからこちらを向き奇麗な姿勢で待つ。
男「では失礼して」
床に膝をつき小柄な体に高さを合わせそっと心臓近くに右耳を押し当てる。
うん、確かに鼓動はないな。
『…なんで直接』
男「え」
「?」
慌てて体を話し顔を合わせる。
向こうもきょとんしていた。
805 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:36:17.63 ID:fFXJOFQl0
男「今喋った?」
「!」
男「なんで直接、って」
「 」
少し顔を赤くしながら何かを発する。でも先程と違いいつものノイズにしか聞こえない。
【聞こえちゃいました?】
諦めて少し残念そうにタブレットに文字を打つ。
男「聞こえ、たな。なんでだ?」
身体の接触、いや耳か?
【一ついいでしょうか】
面倒な文字入力なのにわざわざ前置きをしてきた。なんだろう。
【いきなり人の胸に顔を押し当てるのはどうかと思います】
男「…ごめん」
凄い冷たい目で怒られた。
806 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:37:10.80 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
色々検証した結果、お互い頭が接触した状態が最もクリーンに声が聞こえると判明した。
男「でもこれ会話し難いな」
『男さんは身長が高すぎます。もっと私に合わせてください』
男「縮めと?」
『はい』
男「無茶苦茶言うな」
だが取調室で椅子を並べ左右で頭を突き合わせての会話は確かにキツイ。
俺は寝違えそうなくらい首を傾けなきゃだし、彼女も首が伸びそうなくらい背筋を伸ばしている。
男「まぁ実験としては十分だし、基本はやっぱタブレットで」
そうして寄り添いあうと表現するにはお互いに負荷の大きい姿勢を止めようとした。
すると見た目からは考えられないくらい強い力で引っ張られた。
『文字入力は面倒です。このままでお願いします』
男「えぇ…」
これまで会話らしい会話がなかったからなのか、単純に会話が好きなのか、あるいは両方か。
ともかくお喋りがしたいらしい。
いやでもこの態勢はやっぱきついなぁ。
『あ』
男「ん?あ」
取調室の窓の外に教授がいた。
たまたま通りかかったのか、いつもの黒衣とコーヒー入りのカップを片手にこちらをじっと見ていた。
そして外にある会話用のマイクのスイッチを入れた。
教授「何してるんだ君ら」
807 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:38:41.07 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
教授「へぇ面白い。頭かぁ、それはまた。ふふ、見込み以上だね」
男「でもいいんですか?この娘外に出しても」
教授「別に元から出しちゃダメってことはないよ。びくついてる連中が出そうとしなかっただけさ。
馬鹿だよねぇ、気持ちはわかるけど。
あぁちなみにこの娘のNGはただ一つ。存在が部外者にばれる事。それ以外ならどうとでも」
共有スペースにある例のやたらと座り心地の良い長ソファ。
そこに三人並んで腰かけていた。
体重差から深く沈む俺と軽くしか沈まない彼女で頭の高さが程よく並べることができた。
確かにここでなら楽に会話できる。
男「教授は違うんですか。他の連中ってのとは」
教授「理解にも色々な種類がある。猫を理解するにも、殺して解剖する、野放しで観察する、施設で検査するとかとかだ。
でも私なら一緒に暮らすね。そしてどれも正解だ。方向性の違いだよ」
『実際この人くらいでしたよ。私と会話をしようとしたのは』
808 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:40:05.37 ID:fFXJOFQl0
男「へぇ、あれ?この人の声は聞こえてるのか?」
『はい』
男「え」
教授「聞こえてるのかい?私の声」
男「そのようですけど」
教授「おいおい一体いつからだい。観葉植物に話しかけるOL気分で毎日接していたというのに」
『最初からですね』
男「最初からだそうですよ」
教授「なんと。しかし何故反応しなかったんだ」
『最初は私も返答してましたけど、こっちの声は聞こえていないようだったので諦めていました。
声が届くのが一方的なだけなら筆談でもいいと思って』
男「自分の声は聞こえていないようだから諦めたと」
教授「なんてことだ。この程度の事にも今日に至るまで気づかないままとは。こうなると自分を解剖台に送るほかないな」
俺にも飛び火するからやめてほしい。
男「そんなに話しかけていたんですか?貴方だけが会話を試みてきたと言っていますが」
教授「ははは、だろうね。最も私もこちらの声は聞こえていないと思って諦めてしまったがね。あの時のコーヒーはおいしかったかい?」
『苦すぎでした』
男「あー、えっと、口に合わなかったと」
教授「それは残念」
不思議な光景だろうな。
二人に挟まれながらそう思った。
言葉はアレだが、言ってしまえば実験体と研究者が並んで腰かけて話しているのだから。
809 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:41:24.44 ID:fFXJOFQl0
教授「そうだ。私もそれ試していいかい?」
「…」コクリ
少し不満げながらも承諾された。
教授「よし」
教授が移動し俺に頭を預けて動かない彼女に頭を押し当てる。
教授「…」
『…』
教授「…だめかぁ。ま、仕方ない」
男「…オイ」
仕方ないも何もこいつは一言も発していない。
『だってもし通じてしまったらこの人何するかわからないじゃないですか』
男「…」
それは何かわかる。
『でも折角に機会なので一つ質問があります』
男「質問があるそうですよ」
教授「お、なんだい」
『その黒い白衣一体何なんですか』
あ、やっぱこれ黒い白衣って認識なんだ。だよな。
810 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:42:21.68 ID:fFXJOFQl0
男「その黒い白衣はなんなのか、だそうです。自分も気になってましたけど」
教授「これかい?研究者なら白衣だろうと昔は普通のを着てたんだがね、コーヒーのシミが目立つから黒にしたんだ」
『え、それ意味ないのでは』
男「白衣って薬品とかこぼしても目立つための白なのに目立たなくしちゃったんですか…」
教授「え、そうなの?」
男「研究職の白衣はそういう理由だったかと」
教授「そうだったのかぁ。でもシミがなぁ」
『そもそもこの人どういう分野の専門家なんでしょう』
男「教授の専門分野って何なんですか。その反応から薬品とかを扱う類ではないとは思いますが」
教授「それは秘密だよ。白衣よりミステリアスを纏っていた方がかっこいいだろう?」
『実はここの管理人とかだったりしませんかねこの人』
男「気持ちはわかる」
教授「おや、彼女はなんて」
『秘密でお願いします』
男「秘密です」
教授「おっとこれはしてやられた」
はははと事も無げに笑う教授。
この人ホントに教授を名乗るだけのただの面白お姉さんなんじゃあるまいな。
811 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:46:39.56 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そんな感じで研究とは名ばかりの緩い生活が始まった。
男「おはよう」
朝エレベーターを降りると彼女が出迎えてくれる。
そっと俺の胸に額を当て
『おはようございます』
そう言ってスッと離れていく。
少し消え入りそうな声だが短い会話ならこの程度の接触でも可能だった。
朝食は共有スペースで食べることにしている。
少しでも同じ環境にいることで何かわかるかもしれないと考えたからだ。
教授「やぁやぁ待っていたよ」
男「え、これ教授が作ったんですか」
大きな皿にこれでもかとフレンチトーストが乗せられている。
銀色のおしゃれなシロップの容器。簡素な装飾の真っ白なお皿に銀のフォークとナイフ。
レストランの朝食としか思えない光景だ。
教授「フレンチトーストは得意料理なんだ。ほらお掛け。コーヒーでいいかい」
男「お願いします」
教授「君もかい?」
「」ブンブン
激しめの否定。
教授「ではミルクか」
「」コクリ
恐い、とは言っていたが基本的に二人の仲は良好に見える。
812 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:47:51.08 ID:fFXJOFQl0
「「いただきます」」
男「美味しい」
教授「何よりだ」
『なんでこんな無駄に美味しいんでしょう』
左側に座る彼女は小さな口にしっかりとトーストを頬張りながら頭を押し付けてくる。
お互いに食べにくいと思うのだが会話したくて仕方ないようだ。
教授「お気に召したかい?」
男「そのようです」
彼女は話す度に俺にくっつく必要があるので聞こえなくても何か言っていることは伝わってしまう。
男「料理好きなんですか?」
教授「好きと言うのは違うかな。美味しいものは好きだがね。
閃きのきっかけとして別の作業をしようと考えてな、手近なのが料理だったんだ。繰り返すうちに色々出来るようになってしまった」
男「なんだか伝記に乗ってそうなエピソードですね」
教授「もし味を聞かれた時は是非褒め称えてくれたまえ」
男「変人であることもしっかり答えておきますよ」
『コーヒーは微妙なのにどうしてこんなに美味しいんでしょう』
男「…俺に言わせる気かそれ?」
『ご自由に』
教授「なんと?」
男「秘密です」
教授「うーん歯がゆいなこれは」
813 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2023/03/01(水) 00:51:24.52 ID:fFXJOFQl0
気づいたら次のイベントが来てる
リアルが落ち着いてきたので少しずつ更新していきます。
漏らす神風が書きたかっただけなのに凄い長くなってる…
814 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/03/01(水) 01:23:13.89 ID:vZxFpfEKo
乙
815 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/03/12(日) 04:09:53.34 ID:+oQTgGEQ0
おつ
長くなりそうだが面白くなりそう
しーちゃん(推定)かわいい
816 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2023/03/17(金) 11:52:35.61 ID:ugaywt9a0
おつです
この独特の距離感ある会話のテンポが心地よいですね
817 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2023/07/31(月) 11:36:18.49 ID:56qQ3N810
楽しみに待ってる
818 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2023/12/15(金) 00:30:23.15 ID:DcSCM0HpO
更新待ってます
819 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2024/02/10(土) 18:23:43.55 ID:wu/6Dwb20
松輪いつまでも松輪(更新を)
820 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2024/08/09(金) 23:12:25.69 ID:nF6IEOyj0
保守
821 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2025/01/22(水) 13:19:30.21 ID:e78lT4Z20
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