少年「アヤカシノート」

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309 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/01/14(火) 04:17:49.53 ID:hBUPAlst0
ーーーーーーー

猫又娘「………」



(池に映る自分の姿)



猫又娘「……くふっ」

猫又娘「危ない危ない、危うく見失うところだった」

猫又娘(私がどうしてこの世界を、この町を……彼らを守ろうとしたのか)



ーーーーー

少年「――どんな時でも明るくて眩しくて…みんなを元気付けようとしてくれて」

ーーーーー



猫又娘(私はね少年君、そんなにたいそうなものじゃないんさ。派手娘さんの言う通りある意味きみたちを騙してるのかもしんない)

猫又娘(元々の私は、とっても弱いんだもん)

猫又娘(でもね)

猫又娘(私が持ってるこの気持ちだけはウソじゃないからさ)

猫又娘(私は今日も前を向けるんだ!)

猫又娘「……負けないよ、私」

猫又娘「絶対、ぜーったい負けないから!だから!」

猫又娘(もう少しだけ、キミの勇気を貸してね)
310 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/01/14(火) 04:20:23.45 ID:hBUPAlst0





「何者に勝たんとする?」





猫又娘「!」バッ

黒服男「人と妖禍子の混じるその身体で、何を為そうと言うのか」

猫又娘(…なに、この男)

猫又娘(人間じゃない。それどころか、酷く濃い、禍々しい気配…)

黒服男「お前のその行動理由が、俺はずっと気になっていた」

猫又娘「…私が?」

黒服男「そうだ」

猫又娘「……その前に教えて、あなたは誰?」

黒服男「俺は…そうだな、お前たちが元凶と呼ぶ存在だ」

猫又娘「ー!」

猫又娘(こいつが……この怪異の根源…!)

黒服男「俺の疑問に答えてもらおうか」

猫又娘「私の方が、あなたに聞きたいことは山ほどある!この町を襲った理由、あなたが求めるものも──」

黒服男「──答えろ」

猫又娘「っ……」

猫又娘「……私は、笑顔が見たいだけ。この町のみんなが、笑って過ごしてるのを見れればいい」

黒服男「…笑みとは本来、敵をけん制するための威嚇行動に過ぎぬ」

猫又娘「そんなの知らない!人はね、楽しければ笑う生き物なんよ!」

黒服男「他者を痛めつけて嗤う生き物だな」

猫又娘「違う!」

黒服男「違わぬ。お前にも心当たりがあるだろう」

黒服男「お前が行動を共にするあの男は、如何な仕打ちを受けていた?」

猫又娘「……」

黒服男「人間の本質など、斯様に醜い。お前一人が身を粉にしたところで何を変えられる?」
311 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/01/14(火) 04:22:49.82 ID:hBUPAlst0

猫又娘「…一人じゃないよ。私の側にはいつも、大切な人がついていてくれてるから」

黒服男「……それも人間か?下らぬな」

猫又娘「あなたに言われたくない。あなたのその考えの方がよっぽど下らないよ。この世界から犯罪が無くなることはないから取り締まるだけ無駄だって言ってるようなものじゃない。その先にあるのは…もっとめちゃくちゃになった世界だけ」

黒服男「世界を壊して回っているのは人間だ。俺は世界のゴミを除いてやろうと言うのだぞ」

猫又娘「人はゴミなんかじゃない!この世界に必要な人だってたくさんいる!」

黒服男「ではゴミは俺達の方か?そうだな、奴らにとっては俺達こそ居てはならないゴミであるらしいからな」

猫又娘「なんでそうなんのさ!そもそも何が必要で何が不要かなんて、そんな話じゃないでしょ!みんな、誰かにとっては大切な存在なんだよ」

黒服男「ならば何故、人間は俺達を封じ込めた?何故執拗に排斥しようとする?」

黒服男「俺達は奴らに対し、何もしていない」

黒服男「お前はこの問いの合理的な答えを持っているのか?」

猫又娘「それ、は……」



ーーーーー

おてんば「──バケモノ……」

ーーーーー



猫又娘「………」

黒服男「……所詮お前も人間混じりか」

黒服男「出来もしない妄言を宣い、本質を見ようとしない」

黒服男「…実に下らぬ」

黒服男「お前も、この町諸共消えるがいい」ザッ...

猫又娘「……!!」

猫又娘(今ちょっとだけ見えた、こいつが手に持ってるの……まさか)

猫又娘(アヤカシノート…!)
312 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/01/14(火) 04:23:27.30 ID:hBUPAlst0

猫又娘「……」

ドロン

仔猫「」ダッ



スタッ、スタッ、スタッ!



黒服男「」ギロッ

仔猫「っ」ピタッ...

黒服男「………」



ヒュオオォ...



仔猫「……………」

...ドロン

猫又娘「……」

猫又娘(……今の……)

猫又娘(なんで、あいつは……)



猫又娘(あんなに悲しい目をしていたんだろう)




313 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2020/01/14(火) 04:25:34.80 ID:hBUPAlst0
八幕前半はここまでです。
後半は前半ほどのボリュームはないので一週間ちょっとで投下できると思います。
314 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2020/01/21(火) 07:20:06.95 ID:8RzomirI0
すみません、少し立て込んでいて、次の投稿までもう少しかかりそうです。
315 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:03:06.69 ID:L/MaCyf+0
ーーー境内 はずれーーー

猫又娘「……」ソワソワ

猫又娘「」キョロキョロ

猫又娘「……」

猫又娘(まだかな…)

猫又娘「……」ウロウロ

猫又娘「……!」



少年・包帯少女「「……」」テクテク



猫又娘(その瞬間、全部分かっちゃった。二人の間に何があったのか、どんな話をしたのか、とか)

猫又娘(……仲良さそうに手繋いじゃってさー。それでそんな、憑物が落ちた顔してるんだ)

少年「ごめん、待たせた?」

猫又娘「えぇえぇ。それはもう待ちに待ちましたよぉ?きみたちが二人でいちゃいちゃしてる間にも?」

少年「う…あー、これは…」

猫又娘「いいんさいいんさ。言われなくても伝わってくるから」

猫又娘「……ようやく、だね」フフッ

少年「……うん」

少年「お祭り客の中、探してみたけどそれらしい人は見当たらなかった。この人混みだからしらみつぶしに出来たかどうかは微妙なところだけど…少なくとも登ってきた石段には居なさそうだよ」

猫又娘「そうなん…まーそう上手くはいかないよね」

少年「?」

猫又娘「うん、私の方はね」

猫又娘「例の元凶君に会ったんよ」

少年「え!?」

猫又娘「音も無く近づいて来たからびっくりしたんだけど…ねぇ聞いて!」

猫又娘「あの人、アヤカシノートを持ってた!」

少年「!それは…本物の?」

猫又娘「だって私が作った方はきみが持ってるでしょ?」

少年「確かに…」

少年(いつの間に盗られたんだろう…いやそもそも何のためにノートを…?)

少年(…ん…?)

包帯少女「……」

少年「少女さん?」

包帯少女「…!な、なにかな」

少年「大丈夫?顔色悪い気が…」

包帯少女「平気、ありがと」...ニッ

包帯少女「考え事してただけだから」

少年「そう…?」

猫又娘「……?」
316 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:04:56.86 ID:L/MaCyf+0

少年「…けどまずいことになったな。そいつがノートを持ってるなら簡単には返ってこないもんな…」

猫又娘「そーこーは!逆転の発想よ!」

猫又娘「ラスボスが聖剣を持っててくれてるようなものでしょ?ならここでの定石は……一瞬の隙をついて奪う→即カウンターのコンボしかないわけ!」

少年「そんなゲーム感覚で言ってくれちゃって…その役目は誰がやればいいんだ…」

少年「…ん、いや違うか。僕らで、やるんだ」

少年「力を貸してくれる?猫又娘さん、少女さん」

猫又娘「当然!」ニシッ

包帯少女「……」...コクン







ーーーーーーー

黒服男「………」

黒服男「………」



ヒュオオオオォォ...



黒服男「………」

黒服男(……何度問うただろう)



それでも、愛していたのか…?



黒服男(………)

黒服男「………」グッ...!







ーーーーーーー



──ドクン



包帯少女(…っ!)

猫又娘「──とは言ってもトドノツマリ様には会っておきたいんよね。今のままじゃまだまだ危険過ぎる」

少年「そうだね。ノートでどうこうできる確信もないし…」

少年「…そういえば猫又娘さん、その男とどんな話をしたの?」

猫又娘「ん……まぁ、なんで私が人の味方してるんだーとか、人間は居なくなるべきだ、とか」

少年「なんだそれ」

少年(何がそんなに、そいつを駆り立ててるんだ)
317 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:06:55.27 ID:L/MaCyf+0



包帯少女「……ゔっ……あ゙ぁ゙……!」



少年・猫又娘「「!?」」

少年「少女さん!」

包帯少女「だい……じょうぶだ、から……!」

猫又娘「どこが!ねぇどうしたんさ!どこが痛むん!?」

包帯少女「っ……」ガクッ

ドサッ

少年「は…?は!?おい嘘だろ…!」

包帯少女「……ぅ……」

猫又娘「落ち着いて!息はある」

少年「少女さん…!少女さん!聞こえる!?聞こえてたら反応してくれ!」

猫又娘(…恨むよ、神様。こんな次から次へと試練ばっかり。そんなに私らが諦めるのを心待ちにしてるんかね…!)

猫又娘「少年君、あんま派手に動かさないで。取り敢えず私に診させて…………!!」

猫又娘(……少女さんの、この気配……)

猫又娘(間違いない。以前なんかより比べ物にならないくらい……)





「……その子は、そのままじゃ目覚めないよ……」テクテク





少年「…夢見娘さん…」

夢見娘「……」

猫又娘「どういうこと?このままじゃ起きないって…」

猫又娘「ね、あなた何を知ってるの?」

夢見娘「………」

夢見娘「……この子は今、"あのヒト"のユメに囚われてる……」

猫又娘「あの男の、夢…それって少女さんがたまに見てたっていう?」

夢見娘「……」コクリ

少年「夢を見てるってこと?…大騒ぎすれば起きてくれたりしないかな…!?」

夢見娘「……ユメに呑み込まれたら、二度とこっちに帰ってくることは、ないの……」

少年「そんな……」

包帯少女「は……はぁ……っ…」

少年「…頼む。どんな方法でもいい、少女さんを助けることは出来ないか…?」

少年(例え自身と引き換えだとしても…僕は構わない)
318 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:08:07.97 ID:L/MaCyf+0

夢見娘「………ある」

少年「!それは!」ズイッ

夢見娘「!?」

夢見娘「……//」ススス

少年「?」

夢見娘「……この子の見てるユメを分け合うの」

夢見娘「そうすればこの子への負担は減る……呑まれる前にユメが終わればちゃんと目は覚める……」

猫又娘「どうやって夢を分け合うん?んにゃ、第一夢を分けるってどういうこと…」

夢見娘「……そのために、私が居る……」

夢見娘「私たちで、この子が見てるユメを一緒に見てあげればいい……」

少年「やる」

夢見娘「……でもね、分けたユメと言っても、それを見る者もまた、呑まれる可能性はある……」

少年「それでもやるよ」

夢見娘「……うん」

夢見娘「……」チラリ

猫又娘「私も!」

夢見娘「………」

少年(黒幕だの犯人だの、そいつの夢がなんだ。僕は決めたんだ、二度と少女さんを失わないって……それは僕の義務だ)

猫又娘(あの悲しい目……あいつがどんな道を辿ってきたのか、これで分かる…?……キミが居たらなんて言うのかな)

夢見娘(……きみが大切にしているものは、私も大切。…そこに私が居なくても)

夢見娘(私はきみのマヤカシだから)

夢見娘「……いくよ」



スー...



.........




319 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:09:04.84 ID:L/MaCyf+0
===???年前===





『睦月も終わりの頃。それを見過ごす事は私には出来ませんでした。』





スタッ、スタッ、スタッ



ケモノ「」スタッ、スタッ



「くそ、逃げ足の速い化け物だ…!」タッタッ

「右だ!右の方から音がしたぞ!」タッタッ



タッタッタッ



スタッ、スタッ...



「…あ゙ぁ!見失ったか」

「仕方ねぇ…だが奴を手負いにはした、次に見っけた時が最後だ」

ザッザッザッ...



ケモノ「………」ジッ...

ケモノ「………」

ケモノ「……行ったか」

ケモノ「俺としたことが、油断した…」

ケモノ「よもやこんな森の中にまで人を置いているとは」

ズキッ

ケモノ「グッ…」

(腕に刺さった矢)

ケモノ「…毒矢の類ではなさそうだが…鉛を身体に入れたくはないな…」

...グイ

ケモノ「っ……」

ググッ

ズルリ

ケモノ「……ハァ……ハァ……」

ケモノ(血を垂らさぬようにせねば…)

ケモノ(この山も、もう無理か。人間の活動範囲がまた拡大している)

ケモノ(…どこか、我々が静かに暮らせる場所はないものだろうか)
320 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:11:06.71 ID:L/MaCyf+0



ガサッ



ケモノ「!」フリムキ





女「……あ……」





ケモノ(人間の…女?)

ケモノ(……一処に留まってはおけない、か)

ケモノ「……」スッ

女「…!」

女「待って!」

ケモノ「」ザッ

女「あなた、怪我してるのですか…?」

ケモノ「………?」

女「やっぱり!とても痛そう…」

女「待ってて下さい。今手当て致しますから」

ケモノ「!…よせ、俺に近づくな」

女「」スタスタ

ケモノ「…俺はお前を喰い殺すことだって──」

女「怪我人はお静かに、ですよ」

ケモノ「……」

ケモノ(なんだ、この奇特な人間は…)

ポンポンポン

クルクル、ギュ

女「…これでよいでしょう。ひとまず消毒と止血だけですが、しないよりは楽なはずです」

ケモノ「……お前は、俺が怖くないのか」

女「はい」

ケモノ「俺が憎くはないのか」

女「なぜです?」

ケモノ「…人間は皆、俺を殺そうとするからだ」

女「…そうですか」
321 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:12:04.92 ID:L/MaCyf+0

女「それは、あなたが殺めた人の仇討ちでしょうか?」

ケモノ「いや、そんなことはしていない」

女「では、川を氾濫させ、家屋を荒らし人様の生活を脅かしたから?」

ケモノ「するものか。人の世に触れず生きてきたのだ」

女「ほら。あなたを忌避する必要など、ないのです」

ケモノ「…何を言っているんだ?」

女「邪気など微塵も感じませんから」フフッ

ケモノ(──……)

ケモノ「…すまない、世話になった」

ケモノ「ではな」

女「何処へ行くのです?」

ケモノ「ここではない、遠くだ」

女「そんな怪我をしているのに…それにこの時期益々寒さは厳しくなります」

女「…私の家を宿と思ってお使い下さい」

ケモノ「宿、だと…?」

女「その通りです」

ケモノ「……貴様、俺を謀(たばか)るつもりだな?」

女「疑うお気持ちは分かります。ただ、私の家はここよりすぐ近く。そして周りに他の家屋はありません。…居るのは私一人だけ」

女「それでも信じて頂けないようでしたら…この身を差し出しましょう」

ケモノ「……」

ケモノ(燃えるような紅い目…不思議だ、このような目をした人間は初めてだ)

ケモノ「……この傷が癒えるまで、頼む」

女「はい」ニコッ




322 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:13:06.08 ID:L/MaCyf+0
ーーー女の家ーーー

ケモノ(万が一を考えてはいたが…)

ケモノ「本当にお前一人なのだな」

女「えぇ。先程申し上げた通りです」

ケモノ「何故このような場所で暮らしている?」

女「…私の村は、ここを下った小さな集落なのですが、残念なことに村民との反りが合わず半ば飛び出すようにここへ来ていました」

ケモノ「…咎人か?」

女「いえ、そうではありません」

女「彼らは些か、粗暴過ぎるのです。あなたのその怪我もきっと……」

女「…申し訳ありません。同じ村の者でありながら、私にはどうすることも出来ず…」

ケモノ「……お前が頭を下げる必要はなかろう」

女「……」

女「ここには、滅多なことで人が訪ねてくることはありません。私がそう言い含めておりますから」

女「罪滅ぼし…とは虫がいいかもしれませんが、どうか気持ちを休めて頂けないでしょうか?」

ケモノ「………」

ケモノ「…その手」

ケモノ「先の、血が付いている。…洗い落としてくるといい」

女「お優しいのですね」

ケモノ「その言葉、そのまま返してやろう」

女「……」

ケモノ「……」

女「…ふふ」

ケモノ「フッ…」





『憐みが無かったと言ったら嘘になるでしょう。ですが、そう……この方の鮮やかな碧い瞳が、私を突き動かしたのです。』




323 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:13:54.33 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

巫女「御神様、どうぞお聞き下さい」

巫女「また、一つの妖禍子が見かけられたそうでございます」

巫女「彼の者はまだ存命でいるのでしょうか?」



──是である。



巫女「…そうですか。それは良き事」

巫女「では、彼の者の保護に努めましょう。所在の程はどちらにございましょう?」



……………。



巫女「………」

巫女「………」




324 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:14:58.89 ID:L/MaCyf+0
ーーー春ーーー

女「お加減はいかがです?」

ケモノ「大分良くなった。最早外からでは見えぬ程には塞がったな」

女「化膿などもしていないようで、安心しました」

ケモノ「あぁ」

女「……」

ケモノ「……」

女「暖かい時分になりましたね」

ケモノ「そうだな」

女「……これから、川へ向かうのです」

女「越冬の為に取り置いていた水が底を尽きてしまったので。また、暑くなってくれば戸の付け替えもしなければならないでしょう」

女「女手一つでは何かと苦労の絶えない日が続きます」

ケモノ「……」

女「…何処かに、助力をして頂ける方がいらっしゃればいいのですが…」

ケモノ「………」

ケモノ「……俺は、この身が癒えるまではここに居ると、そう言ったな」

女「……」

ケモノ「だが、この身が癒えてからここを去るとは言っていない」

女「!」

ケモノ「貴女と共に居たいと、考えている」

ケモノ「人ではない俺のような者が、貴女の傍に居てもよいだろうか…?」

女「はいっ、勿論です」ニコッ

ケモノ「…感謝する」

女「それでは早速参りましょう!この山に積もった雪は汚れがなく、その雪解けが流れ込むお水は本当に美味しいのですよ!」テテテッ

ケモノ「あぁ理解した。だから雪上を走るのは控えるんだ。危険だぞ…」





『弥生 六

いつの間にかあの人の居る生活が当然となっていました。今日はあの人の口から、共に在りたいと聞く事が出来ました。…これ程心が躍るのは何時振りでしょうか。』




325 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:15:30.66 ID:L/MaCyf+0
ーーー夏ーーー

ザクッ、ザクッ

女「」ザクッ

女「……」

女「…これは、食しても良いものですね」

女「ふぅ…これだけ集めれば十分でしょうか」

女「そちらはどうです?」

ケモノ「こんなものだが、よいか?」ドッサリ

女「まぁ…!」

女「きちんと食せるものですね。これほど多く採ってこれるなんて」

ケモノ「俺は鼻がきくからな」

女「私にもその嗅覚があればこの収穫ももっと楽になるのでしょうね…」

ケモノ「…いや、貴女はそのままでいい。人間である貴女が、きっと最も美しいと俺は思う」

女「……」

女「ふふっ。ではこれからもたくさん、あなたを頼りにさせてもらいます」

ケモノ「任せてくれ」





『葉月 十二

普段の口数は決して多いとは言えませんが、実直に、想いを伝えてくれるあの人が愛しい。言葉を交わし、想いを交わし…そこに姿形の違いなど介在しないのです。』




326 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:16:05.09 ID:L/MaCyf+0
ーーー秋ーーー

女「見て下さいこの葉!赤、橙、黄、緑……ここまで多色が混在しているのは風情がありますね」

ケモノ「そうだな。だが」

スッ

ケモノ「これも、色数は少ないが映えていると思わないか?」

女「あら本当…!」

女「葉が色付いていく様は、いつ見ても良いものです」

ケモノ「毎年必ず訪れるものだが…見ていて飽くことはないのか?」

女「何をおっしゃいます。一日一日少しずつ姿を変えていく山を見るのはとても胸が躍るものです。一年で決まった期間しか見られないのです、飽くことはありませんよ」

女「…それに、誰かと見るこの景色は、また特別なものですから」

ケモノ「!…」

ケモノ「……そう、か」





『神無月 二十五

山があまりに美しく色付いていたものですから、ついその欠片を何枚か採ってきてしまいました。あの人も綺麗だと言って笑ってくれたけれど……あなたのその瞳に敵う葉は、一枚もありませんでしたよ。』




327 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:17:33.65 ID:L/MaCyf+0
ーーー冬ーーー

ケモノ「………」

ケモノ「………」

ケモノ「…ふむ」

ケモノ「なかなかどうして、一人ならばこの家屋も広いと感じられるじゃないか」

ケモノ「……」



ーーーーー

女「──村へ、下りて行こうと思いますね」

女「──顔に出ていますよ。通例のことですから、心配いりません。時々顔を見せてやらないと父が煩いのです」

女「──では、行って参ります」

ーーーーー



ケモノ「………」

ケモノ「少し、寒い」







ーーー村ーーー

コンコンコン

村長「ん?誰じゃ?」

「お父様、私です」

村長「おぉその声、女か。さぁさ、入りなさい」

ガチャリ

女「お久しぶりです、お父様」

村長「実に一年ぶりかの。あまり待たせるものだから、使いの者を出そうか迷っておったところじゃ」

女「ふふっ、それはごめんなさい。忘れていたのではないのです」

村長「お前のことじゃからな。そろそろかとは思っておったよ」

村長「…して、無病息災、平穏に過ごせているのだろうな?」

女「はい。それはもう」

女「この通り、五体満足です」

村長「うむ……」

村長「……」ジッ...

女「……」

村長「……安心したわい」

村長「近頃、よく奴らの目撃報告を耳にするものでな。女の身に何か起こっておらぬか気が気でなくての」
328 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:22:02.29 ID:L/MaCyf+0

村長「のう…やはり警護の者を付ける訳にはいかぬか」

女「お父様」

村長「分かっておる。それが村を出て行かぬ条件であったよな。…じゃがのぅ…」

女「こうして何事も無く生きてゆけてるのです。まだ気がかりだと言うのですか?」

村長「むぅ……いつ何時奴らに襲われるやもしれぬ……そうでなくても女子の独り暮らしなど危険を伴うと言うに……」

女「………」

スッ

村長「…む?なんじゃこれは」

女「秋の頃、葉の標本というものを作ってみたのです」

女「如何でしょう?美しく仕立てられたと思っているのですが」

村長「ふむ、確かにの。艶やかな色遣いじゃ」

女「まるで私のよう……ではありませんか?」

村長「いや、お前の方が綺麗じゃよ」

女「娘を口説いてどうするのですか」フフッ

女「それはお父様に差し上げます。私の代わりとでも思って、持っていて下さいな」

村長「……」

村長「…まったく…お前には敵わんよ。その強かな様、誰に似たんじゃろうな」



ガチャッ



巫女「村長、今戻ったわ」

村長「うむ。丁度よい時に来たの」

女「姉様…!」

巫女「あら、来ていたのね」

女「はい!お元気そうで何よりです」

巫女「お互いにね。昔は私から離れなかった女が、今じゃ独り立ちまでしちゃって」

女「私だって成長しているんです」

村長「わしは独り立ちをさせているつもりはないぞ」

巫女「心配性なところは死んでも変わらなさそうね」

女「…姉様はまだ破邪の巫女を?」

巫女「…不満そうな顔ね?」

女「だって姉様があんな役回りをする必要なんて……」

巫女「仕方がないのよ。奴らを根絶するには大勢の人の力がいるの。それを支える象徴もね」

女「……私、その思想は苦手です。彼らが私達に何をしたというのでしょう。彼ら──妖禍子はそこに居ることさえ許されないのですか…?」

村長「女…ここでそのような発言は」

巫女「大丈夫、外には誰も居ないから。聞かれてないわよ」

巫女「…女、あなたは優し過ぎるのよね。その優しさはあなたの魅力でもある」

巫女「でもね覚えておいて。全てを受容することは出来ないの。生物にとって、自分を脅かす可能性のあるものは遍く除去するべきなのよ」

巫女「私達がこうして平和に生きていくためにもね」

女「……そんなの、私達の都合ではないですか……」

巫女「……」
329 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:23:04.35 ID:L/MaCyf+0

...ギュッ

女「あ…」

巫女「いいのよ、あなたは考えなくて」ナデナデ

巫女「残酷なことは全部私達に任せておいて。あなたは静かに暮らしてくれればいい」

巫女「…安心なさい。彼らを根絶やしにはしないから」ボソッ

女「!」

女「そ、それは…!」

巫女「……」ニコッ

巫女「さ、今日はもう帰りなさい。暗くなる前に戻れなくなるわ」

村長「そうじゃの。本当なら今しばらく寛いでいって欲しいものじゃが…」

村長「次の来訪を半年以内にすると言うのならば、止めはしまい」

女「お父様ったら…えぇ、約束します」

女「それではお父様、姉様、どうかお元気で」

巫女「女、あなたもね」



ガチャ…パタン



村長「……変わらぬな、あの子は。いつまでも心優しい女のままじゃ」

巫女「そうね。全てを愛することが出来るというのも、一つの才能だと思う」

村長「して、巫女よ。あれはどうなっておる?」

巫女「残念だけど、進展は無しよ。返事だけは返ってくるんだけどね」

村長「気難しいお方なのかのぅ…トドノツマリ様というのは」

巫女「それでも辛抱強く続けるしかないわ。あれをどうにかしない限り、私達に先はないのだから」

巫女「それに、胸騒ぎがするのよ」

村長「なんじゃと?」

巫女「覚えてる?一年前仕留め損ねた、例の獣」

村長「あぁ、そのような報告を受けたの。すぐに続報が来ると思っておったが…」

巫女「…逆よ。不気味な程音沙汰がない。捜索範囲も拡げてるはずなのにね」

村長「目立った被害も無いようじゃからの、気に留めておらなんだが…」

巫女「そういう問題じゃないのよ」

巫女「……汚らわしい……」




330 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:24:36.47 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー



ザッ、ザッ、ザッ



ケモノ「!」

女「」ザッ、ザッ

ズボッ

女「きゃっ…!」

ケモノ「女!」ダッ

...ポスッ

女「…!ありがとう、ございます」

ケモノ「雪道は歩き慣れているのではなかったのか?」

女「…少し、上の空でした」

ケモノ「何かあったのか」

女「いえ、おかしなことは何も……」

女(………)

女「……思い出しませんか?」

ケモノ「…?」

女「あの日も、ここは同じような雪化粧を纏っていました」

女「丁度帰路に着いていた私と、手負いのあなたと……運命の神様が引き合わせてくれたのかもしれません」

ケモノ「……」

女「あれから一年が経ちましたね」

ケモノ「そうだな」

ケモノ「…前から訊きたいと思っていた」

ケモノ「貴女は何故、俺と共に居てくれるんだ」

ケモノ「貴女の村は恐らく、俺のような異形の存在を許してはいないのだろう。いや、人は俺達妖禍子を受け入れる事はない……そう思って生きてきた」

ケモノ「しかし貴女は違った」

女「……大層な理由ではありませんよ?」

女「あなたのその、澄んだ碧い瞳が私を惑わしたのです。まるで灯りに引き寄せられる羽虫のように…私は魅せられていました」

ケモノ「………」

ケモノ「驚いた」

ケモノ「俺も同じ事を考えていた」

ケモノ「貴女のその目……その紅い瞳に見惚れなかった日はない」

女「まぁ…!そんなことを考えながら…?」

女「なんだか……ふふっ、恥ずかしい」

女「私達、とても似た者同士なのですね」

ケモノ「──!」
331 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:25:29.10 ID:L/MaCyf+0

ケモノ「…似た者…?俺と、貴女が、か?」

女「はい。世界中の誰より、きっと」

ケモノ「……ハハ。皮肉なものだ。一体誰が、俺と貴女を見て似た者と表するのだろうな」

ケモノ「片や一輪の花、片や異形の化け物」

女「化け物だなんて──」

ケモノ「──あぁ、だが、貴女は認めてくれた。俺を、一つの個として」

...ギュッ

ケモノ「…俺は貴女を…」



──愛している。



女「………」

ケモノ「………」

女「……でしたら」

女「私のお願いを言ってもよいですよね」

ケモノ「持てる力を以て、叶えてやろう」

女「…あなたにしか出来ないことですよ」ポツリ

女「………」





女「私と生涯を共にして頂けませんか?」





『その時のあなたの顔を、私は忘れる事はないでしょう。今までに見た事のない呆けたような表情……一世一代の場面なのに思わずたくさん笑ってしまいました。あなたも連られて笑っていましたね。私とあなたは、そういう生き物なのでしょうね。』




332 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:27:08.50 ID:L/MaCyf+0
ーーー2年後ーーー



『長月 十七

今日は少しだけ喋ってくれました。いつも静かにしてる事が多い子ですから、偶にこうして話しかけてくれた時の喜びは一入ですね。』



女「……んー……」



『何かを伝えようとしてくれてるのですが……まだまだ精進が足りないもので、解してあげられな』



赤子「か…!か!」

女「!」

女「なぁに?」

赤子「……」ジーッ

女「どうしたの?お母さんに何か、言いたかったんでしょ?」ダキアゲ

赤子「…かぁ」

女「もしかして、烏さんの鳴き声かなー?」



ケモノ「貴女を呼んでいるのではないか?」



女「あら…あなた、帰ってたのですね」

ケモノ「たった今な」

女「いつもごめんなさい。あなたにばかり家の仕事を任せてしまって…」

ケモノ「貴女の身に何か起きてしまってはいけない。当然の事だ」

女「それで、私を呼んでいる…ですか?」

ケモノ「あぁ。俺には、お"かあ"さん、の"かぁ"、に聞こえるのだがな」

女「まぁ…!」

女「ふふ、そうなの?」

赤子「……」ジーッ

女「ねぇ、それじゃあ次はお父さんを呼んでみよっか」

赤子「……」

女「向こうのおっきな人がお父さん」

赤子「………」

ケモノ「………」

赤子「」フイッ

ケモノ「…俺は嫌われているらしい」

女「そんなことありません。ほら、抱いてみて下さいな」スッ

ケモノ「うむ…」

赤子「……」ジー...

ケモノ「……」
333 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:27:40.81 ID:L/MaCyf+0

女「あなたが抱えても、泣き声一つ零しませんよ?」

ケモノ「それはそうだが…」

女「…クスッ。あなた、この子のことになると奥手になりますよね。なんだか可愛いです」

女「忘れないうちに書いておきましょうか」

ケモノ「おい…!また日記というものか?俺の痴態など記録せずによいと言うに…」

赤子「……ぅー……」

ケモノ「む…何事だ?」

赤子「……」ウトウト...

女「もう眠いのですね。そろそろお昼寝の時間ですから」

ケモノ「そうか」

女「あなた、そのまま持っていて下さい」

女「……ねむれねむれや ゆらりゆられ」〜♪

女「たなびくくものごとし」〜♪

女「おやまもさともよるのなか」〜♪

女「はかなきゆめみんとす」〜♪



.........





赤子「」スー..スー..

ケモノ「…子守唄か。初めて聴くが、良い唄だ」

女「まだ私が幼い頃に母が教えてくれたのです」

ケモノ「さぞ優しい母親なのだろうな」

女「はい、それはもう……ですから、天が母を必要としたみたいで」

女「流行り病だったのですが、私が十くらいの時に逝ってしまったのです」

ケモノ「……」

ケモノ「こうして貴方を産み落としてくれた。それだけで俺は抱えきれない程の謝意を抱いている」

赤子「……」スゥ..スゥ..

ケモノ「この子と共に生きよう。それが我々に出来る恩返しだ」

女「……はい」

女「私が貰った愛を、次はこの子に…」





「……なんだあれは……何かの冗談か……?」




334 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:28:39.13 ID:L/MaCyf+0
ーーー翌日 村ーーー

村民「村長!村長!いらっしゃいますか!?」

村長「なんじゃ騒々しいの。せめてノックの一つくらいしたらどうじゃ」

村民「す、すみません……いえ!それどころではないのです!」

村民「昨日、村の男が一人、女様の家を見かけたそうなのですが──」

村長「なに?勝手に女の家に近付いたと申すか!」

村民「はい。ですがその責を咎めるより早く、我らに信じられないことを!」

村長「言うてみよ」

村民「男が言うには、その、女様の家に…」

村民「獣のような異形が居た、と。それに産まれたばかりの赤子も」

村長「……ホラを吹かれたのだろう」

村民「男はただならぬ様相でした。瞳孔は開き、額には脂汗が浮き、とても嘘をついているようには…」

村長「………」

村長(…あの子に限って、そのようなことなど…)

村民「村長、如何致しましょう…」

村長「むぅ……」

村長(………)



村長「わしが見てこよう」







ーーーーーーー

女「いい?これが緑色。これが青色」

赤子「……」ジッ

女「こっちが黄色で…赤色」

赤子「かぁ」

女「ん?赤が好き?」

赤子「…かぁ」カオペタペタ

女「なによ、ふふ」

女「どう?綺麗なものよね。色というのはね、今教えたものだけじゃないの。他にもたくさん、混ざって組み合わさって私達の世界を飾り付けてくれてる」

女「紅葉の季節が来たら、お父さんと一緒に見に行こうね」

赤子「……」

女「…お父さん、今日は少し遅いね」ナデナデ

女「お天気が曇ってるせいで元気が出てないのかもね?」ナデナデ

赤子「……」

女「あの人に限ってそんなことあり得ないでしょうけど」フフッ

...ザッザッザッ

女「…!噂をすれば」

コンコン

女(?扉を叩いてる…?)
335 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:29:35.10 ID:L/MaCyf+0



「女よ、居ないのかね」



女「!?」

女「その声……お父様?」

村長「良かった、そこに居るのじゃな」

村長「すまないの。お前との約束があるというに、訪ねてきてしまって」

女「何故お父様が…」

村長「なに、ちと気になることがあっての。中に入らせてもらうが、よいな?」

女「だ、駄目です!今は──」



ガラッ...



女「あ……」

村長「……なんと……」

赤子「?」

村長「…女よ」

村長「その赤子は何じゃ?」

女「………」

村長「お前の、子か?」

女「…………はい」

村長「…よもや、真であったとは…」

女「……」ギュ

赤子「…かぁ?」

村長「相手は誰じゃ」

女「お父様、この事は後ほど必ずお話し致します。ですから──」

村長「誰なのかと訊いておる!」

女「っ……」

村長「…おかしな話を聞いての。なんでも、この家に化け物が住み着いておるとか」

村長「まさかとは思うが、女」

村長「その化け物と子を成したなどと言うまいな?」

女「……」

村長「……」

女「……………」

村長「おぉ……なんということじゃ……」

村長「女、その子を貸しなさい」

女「…何をなさるおつもりですか」

村長「……」スタスタ

女「い、嫌です!来ないで下さい!」
336 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:30:12.89 ID:L/MaCyf+0

村長「…!」

赤子「……」

村長「こやつ、目の色が左右で異なるのか。……紅(あか)と碧(あお)の瞳」

村長「やはり化け物の子か…!」

村長「村へ帰るぞ、女よ」

女「話を聞いて下さい!この子もあの人も、決してお父様方が考えているような悪ではありません!」

村長「これはお前の身を案じて言っておるのじゃぞ!今ならまだお前は妖禍子に誑かされた人間として保護出来る!」

女「この子はどうなるのです…?」

村長「生かすことは許されぬ。いくらお前が愛したと言うても、化け物の間に出来た存在など間違いなく深い禍根を残してゆくからの」

女「…何故いつもいつもお父様方はそうなのですか」

女「この世界に生きているのは私達人間だけではないのに…!気に入らないという理由だけで他者を害せる程、人は偉いのですか!?」

村長「ええい、聞き分けのない子じゃ!」

村長「もうよい!腕尽くでも連れて行くぞ!」ガシッ

女「いや!やめてっ…!」

赤子「……」キィィン

バシュッ

村長「ぐぉっ…!?」

ドシャン!

女「え…?」

女(お父様…吹き飛ばされた…?)

女「…な、何が…」

赤子「かぁ、めっ」

女「貴方がやったの…?」

村長「……ぐっ……」

村長「なんと……危険じゃ……あまりに……邪悪……」ノソッ...

女「あ……あぁ……」

女「」ダッ!

村長「これ!待たんかぁ!!」



タッタッタッ...




337 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:30:49.35 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

巫女「御神様、どうぞお聞き下さい」

巫女「我ら村の者一同、妖禍子の保護に努めておりますが、ご存知の通りこの山の妖禍子も数が減ってきておられます」

巫女「再三の請いとなってしまいますが、どうかそのお力貸して頂けないでしょうか」



……………。



巫女「………」

巫女(……今日も駄目ね)

巫女「…また参ります」

巫女「彼らにあなた様の加護があらんことを」



...スッ



巫女「…!」

幼女「……」

巫女「…あなた様が…」

巫女「──トドノツマリ様……」




338 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:31:25.81 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

ケモノ「少し遅くなったな」ザッザッ

ケモノ「だが仕方あるまい」ザッザッ

ソッ(一輪の紅い花)

ケモノ「貴女に似合う花を見かけてしまったから、と言えば許してもらえるだろうか?」

ケモノ「……フッ」



...タッタッタッ



女「あなたっ…!」タッタッ

ケモノ「!」

女「はぁ……は……」

ケモノ「どうしたんだ」

ケモノ「…すまない、そこまで遅くなっている自覚はなかった」

女「いえ…違うのです…!」

女「どうしましょう……この子が殺されてしまう…!」

ケモノ「……何があった?」

女「お父様が突然、訪ねてこられたのです……あなたの事、知っているかのような口振りで…!この子も見つかってしまいました…」

ケモノ「貴女の父を、説得する事は出来ないか?」

女「無理です…!お父様は私の村の長なのです…」

女「先程だってこの子を生かしてはおけないと……人ならざる者との子はそれだけで深い禍根を残すからと…!」

女「どうして……この子に罪は無いのに……」ツー...

女「私は、あなた達を愛しているだけなのに……」ポロポロ

赤子「…かぁ」

ケモノ「……」

ギュ...

女「うぅ…」ポロポロ

ケモノ「案ずるな。貴女は何一つ間違った事をしていない」

ケモノ「貴方が俺を愛してくれたのと同じように、俺は貴女を愛する事が出来て良かったと思っている」

ケモノ「この子が居ることが、その証だろう?」

女「あなた……」ポロポロ...

ケモノ「周囲がなんと言おうと、三人で過ごしてゆけばいい」

赤子「……とぉ」

ケモノ「!…あぁ、俺もお前の事を愛しているさ」
339 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:32:12.46 ID:L/MaCyf+0

女「でも…もう私達は戻れません……あの家も、既に荒らされているでしょう…」

女「それに執念深い彼らのことです……こうしている今も、私達を殺す為に探し回っているかもしれない……」

ケモノ「………」

ケモノ「逃げよう」

ケモノ「最早それしか道は無い」

ケモノ「誰の干渉も受けず、静かに暮らせる所へ逃げるんだ」

ケモノ「……ともすれば一生人と関わる事が出来なくなってしまうが…それでも付いてきてくれるか?」

女「………はいっ!」




340 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:32:58.14 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

巫女「……お初にお目にかかります。あなた様が妖禍子を束ねておられる、トドノツマリ様でございますね?」

幼女「……」

幼女「妖禍子を統べる者は居ない」

幼女「我は只、自由を与え、此処に彼等の居場所を拵えんとするのみである」

幼女「だが、そなたの言葉通り、此の程彼等の減少が著しい」

幼女「数年祈りを捧げたそなたの信心に応え、我も手を差し出そう」

巫女「感謝致します」

巫女「…もう一つ、あなた様は私共、人の願いを聞き届けて下さる事もあるとお聞きしました」

幼女「人の心というものはまったく興味深い。其の心の震えを覗かせてもらう事は、確かにある」

巫女「そうでしたか。……では、私の願いもここで申し上げさせて頂きましょう」

幼女「妖禍子の保全であれば既に承諾したつもりであるが」

巫女「……」スッ(手を上げる)



ゾロゾロ



凶器を持った男たち「………」

幼女「……この者等は?」

巫女「御神様」

巫女「──どうか、死んで下さいますか」ニタッ

幼女「……貴様……」

巫女「ご安心下さい。お一人ではありません。たった今、今日までしぶとく生きながらえていた獣を追い立てているところです」

巫女「化け物同士仲良く、あの世に送って差し上げましょう」

幼女(……浅はかであったか。人間を安易に信じるなど、してはならなかったと言うのか)

巫女「やりなさい」

「うおぉぉ!」ダッ!

「死ね、化け物!」ブォン!



幼女「」スッ...



「ぬぉ…!」

「消えやがった…!?」

巫女「チッ…。動じるでない!こちらには封魔の札がある!」

サッ(札を掲げる)

巫女「……そちらへ逃げたようね」

「よし、追うぞ!」

巫女「皆の者!これは化け物を消し去る絶好の機会!必ず奴を仕留めるのです!」




341 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:33:40.93 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー



タッタッタッ!



ケモノ「」スタッ、スタッ

女「はぁ…はぁ…」タッタッタッ



「おい!向こうへ逃げたぞ!」

「追えー!化け物を逃すなー!」



ケモノ「む…正面に待ち伏せしているな」

ケモノ「やむを得まい。開けた場所になるが、西へ向かおう」

女「は、はい…」ハァ..ハァ..

ケモノ「…俺の背に乗るか?」

女「平気です…まだ走れます」

ケモノ「分かった。だが無理はするな」



ボォォ…



ケモノ「…!」

女「そんな、山に火が…!」

ケモノ「奴ら、ここまでするか…」

ケモノ「急ごう」



タッタッタッ







ーーー空き地ーーー

ケモノ(ここを過ぎれば、木々の生い茂る森へ入って行ける)

ケモノ(そうすれば奴らを撒くことも出来るだろう)

女「はぁ……はぁ……」

赤子「……」

ケモノ(…もう体力も限界に近いだろうに)

ケモノ「ここが最後の正念場だ。行けるか?」

女「はぁ…はぁ…」コクリ

ケモノ(…追い風に助けられたな。おかげで背後から来る者の臭いが察知出来る)
342 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:34:18.07 ID:L/MaCyf+0

ケモノ「……よし、今だ」スタッ

女「」タッタッ



タッタッタッ



ケモノ「……?」スタッ、スタッ

ケモノ(なんだ…この臭い……油か……?)

ケモノ(…………っ!!)

ケモノ(しまった!そういう事か!)





「──着火!」





カチッ

ブワァ!





女「きゃあっ!」

ケモノ「女!」

ガシッ...ギュ

ケモノ「無事か!?」

女「はい…なんとか…」



村長「ようやく追い詰めたぞ、化け物め」



女「お父、様……」

ケモノ「………」

村長「弓兵隊!構えろ!」

ギチッ...

女「もうやめて下さい!」

女「ねぇお願いです!私達は絶対にあなた方の邪魔は致しません!遠い所で、誰にも迷惑をかけずに生きていきます!」

女「だからもう放っておいて下さい…!」
343 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:35:08.67 ID:L/MaCyf+0

村長「……」

村長「放て!」

シュッ、シュシュッ!

女「嘘っ…」

ケモノ「捕まれ!」グイッ

サッ

ヒラ、ヒラリ

グサッ

ケモノ「ぬぅ…!」

女「あなた!」

村長「仕留め損なったか。……油矢じゃ!火の手を回せ!」

シュッ

ボオォ!

村長「…これで躱せまい」

赤子「……ふぇ」

オギャー!

女「!大丈夫、泣かないで。怖くないよ、お母さんがついてるからね」

ケモノ「……っ」

ケモノ「人間よ!問いたい事がある!」

ケモノ「何故我々を排そうとする!」

ケモノ「姿が異なるからか!或いは我々がお前達に害為す存在だからか!?」

ケモノ「後者であるというのなら、今一度考え直して欲しい!」

村長「…弓兵隊」

ケモノ「──俺と彼女のように、人と妖禍子は手を取り合い生活する事が出来るのだと!」

村長「放てぇい!!」



シュッ、バシュッ!



女(嗚呼…)

ケモノ(駄目か…)

赤子「オギャー!ンギャー!」

女(…だったらせめて)

ケモノ(…だが)

女・ケモノ(貴方だけは──)





──ザクッ、グサッ...




344 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:36:07.08 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー



メラメラ..ボオォ..



ケモノ「」

女「」

赤子「オギャー…!フギャー!」



村長「…赤子を庇ったか」

「村長…あの、良かったのですか?」

村長「何がじゃ」

「……女様の事……」

村長「……」

村長「わしの娘は一人だけじゃ」

村長「それより、赤子がまだ生きておる。息の根を止めてきなさい」

村長「奴らは何人も生かしてはならん。妖禍子は根絶やしにするのじゃ!」

「はっ!」

赤子「オギャー!」

ケモノ「……」

ケモノ(……すまない……俺が、同じ人間であったなら……)

ケモノ(…いや…)

ケモノ(そうではないな……種の壁を越えたからこそ、俺達は深く愛し合えた……)

ケモノ(お前を愛した二つの命があったこと……忘れ得ぬよう、お前に託そう……)

キィィ...

赤子「…ヒック…」

ケモノ(……生きて……くれ……)

...ザッザッ

「おぞましい怪物の子でなければ、お前も生きていけたろうな」

「じゃあな」スッ



ビュオッ!



「な、なんだ…!」

村長「む!?」



幼女「………」



「あのお姿は…!」

「まさか……トドノツマリ様!」


345 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:36:35.55 ID:L/MaCyf+0

幼女「……遅かったか」

赤子「…グスッ…」

オギャー…!



タッタッタッ



巫女「何を呆けているの!あれが妖禍子の頭領とも言うべき存在よ!早く殺しなさい!」

「そうか!奴を殺せば…!」

「人の住みやすい世界になるんだ!」

ドドドドッ!



幼女「……」

シュンッ



「また消えた!?」

「赤子も居ないぞ!」

巫女「往生際の悪い…!」サッ

巫女「……!?」

巫女(札が反応しない…!)

「巫女様、奴はどちらへ!?」

巫女「……追えないわ」

「え?」

巫女「方向が掴めないの」

「…そんな、それでは…」

巫女「……」ギリッ

巫女「口惜しいけど、何処へ行ったか分からない以上、この人数で探すのは現実的じゃない」

「そうですか…」

巫女「……あともう少しで始末出来たものを……!」



ケモノ「」

女「」



巫女「…そこの汚い死体を、早く焼いてしまいなさい」




346 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:37:11.52 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

幼女「……」

赤子「」スー..スー..

幼女「……謝罪しよう」

幼女「我がより賢明であれば、失わずに済んだ命であった」

幼女「……」

幼女「そして誓おう」

幼女「御前の身に危険が及ぶ事は赦さぬと」

幼女「──御前を封印する」

幼女「痛く苦しい封印ではない。平穏と静寂を伴う封印である」

幼女「…いずれ、封印なぞせずとも良い時代が訪れる、その時まで」



.........



=======




347 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:37:56.31 ID:L/MaCyf+0





それでも俺は──。

生まれて来て善かったのか…?

母よ……父よ……。




348 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:38:45.55 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー



ヒュルルルルル...

ドーン!



少年「!」ハッ

少年「ふぅ……ふぅ……」

少年(頭が焦げ付くような怒りと悲しみ……こんなの初めてだ)

少年(……最後に聞こえたあの声)



ーーーーー

──ここでこいつを突き落とせばいい

ーーーーー



少年(あの時の声だ)

少年(そして、繋がった。前に学校で見かけた変な服装の男……これはあいつ声)



ヒュルル...

ドドーン!



猫又娘「うー…花火の音が頭に響くぅ…」

少年(猫又娘さん…)

少年(…!そうだ、そういえば!)

夢見娘「……」ノゾキコミ

少年「うぉ!?」ギョッ

夢見娘「……」チラッ

包帯少女「」スー..スー..

少年「少女さん!」

少年(起きてない…?)

少年「夢見娘さん、少女さんは…!」

夢見娘「……大丈夫。ユメに呑み込まれるのは、回避できた……」

夢見娘「ちゃんと目は覚めるよ……」

少年「良かった…」

少年(………)

少年「…それにしても、今見てたのがあの男の過去ってことなんだよね」

夢見娘「……」コク

少年「あいつが人を消そうとしてる理由は、僕たち人間の身勝手な行い…」

猫又娘「人と妖禍子の間に出来た子供か」
349 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:40:00.66 ID:L/MaCyf+0

猫又娘(周りと違うことがあるだけで迫害される。それはいつの時代も変わらないんだ)

猫又娘(さっき私に近づいてきたのも)



ーーーーー

黒服男「──ならば何故、人間は俺達を封じ込めた?何故執拗に排斥しようとする?」

黒服男「──お前はこの問いの合理的な答えを持っているのか?」

ーーーーー



猫又娘(…あの問いかけの意味も)

猫又娘(あいつはきっと、出口のない理不尽な幻影に囚われ続けてる)

少年「僕さ…あいつの気持ちちょっとだけ分かっちゃう気がするんだ」

少年「自分の呼び方が変わってるからって、面白半分で僕に嫌がらせをしてきた同級生Aの奴ら…消えちゃえって思ったことが何回もあった」

少年「あいつの過去に比べたら、ちっぽけなことかもだけどさ」

猫又娘「少年君…」

猫又娘(……)

猫又娘「……ちょっち気になることがあるんだけどさ」

猫又娘「あの女の人が歌ってた子守唄。あれって何の子守唄なんかな?」

少年「え、子守唄……知らないな。僕、あれは初めて聞いた」

猫又娘「ふーん…」

猫又娘(なんだろう)

猫又娘(物心ついた時から、私が唯一知ってた唄)

猫又娘(……キミが気に入ってくれてた唄)
350 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:40:32.76 ID:L/MaCyf+0

包帯少女「ん……んぅ…」ゴロ...

猫又娘・少年「「!」」

猫又娘「…ま、とにかく今は少女さんをちゃんとしたとこで寝かせてあげよっか」

少年「うん、そうだね。…て、ちゃんとしたところって?」

猫又娘「少年君の部屋でいいじゃない」

少年「!?な、なんで僕の部屋…!」

猫又娘「つべこべ言わない。好きな女の子を地べたに置いとく気?」

少年「う……分かった」

猫又娘「よろしい」

猫又娘「少女さん運んだら、私はまたここで捜索を続けるから」

少年「トドノツマリ様を?…それとも、あいつ?」

猫又娘「………」

猫又娘「…へへ」

少年「………」

少年(猫又娘さん、そんな顔で笑うこともあるんだ…)

少年「…ありがとうね、夢見娘さん。おかげで少女さんを──」

少年「……居ない」

猫又娘「相変わらず幽霊みたいな子だよ…」



ドーン!ドドーン!



猫又娘「花火、綺麗だね」

少年「……うん」




351 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:41:15.95 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

黒服男「………」

黒服男「……母よ」

黒服男「貴女は何故、異形の者に愛を見出した?決して祝福される事はないと、知っていたはず」

黒服男「………」

黒服男「父よ」

黒服男「貴方は何故、俺に記憶を残したのだ。自らが殺される、そのような仕打ちを受ける中で俺に何を期待した?」

黒服男「…それでも人を愛していたと、言いたかったのか」

黒服男「……」

黒服男「……」





黒服男「否」





黒服男(そうではなかろう)

黒服男(俺が為すべき事、貴女方が成しえなかった事)

黒服男「………」

黒服男「人の世が、ただ一つの純然な愛をすら奪う存在と為るのならば…!」

黒服男「俺は人の世の下らぬ業を奪う修羅と為ろう!」

黒服男「貴様ら人間の価値がどれ程矮小なものか、身を以て知るがいい!」



...ゴオォォ



黒服男「あわれあわれや」

黒服男「だれぞおにか」

黒服男「てのなるところ」



ゴゴゴゴゴ...!



黒服男「さいてさいてや」

黒服男「ふたつのかげ」

黒服男「だれなくところ…」




352 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:42:19.90 ID:L/MaCyf+0
ーーー少年の自室ーーー

プルルルル プルルルル

少年「……」

プルルルル...プツッ

『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっという音の後に、用件をお話しください』

少年「…出ない」

少年(少女さんの家、今誰も居ないのかな。少女さんからいざという時のために教えてもらってた家の番号、間違ってることはないはずだけど…)

少年(……誰も居ないといえば、ここに帰ってくる途中、誰ともすれ違わなかったな)

少年(お祭りにはあれだけの人が居たのに、帰り道は不気味なくらい静かだった)

包帯少女「……」スー..スー..

少年「……」

少年(猫又娘さんは今頃あの山に戻ってる頃か…)

少年(僕だけまた何も出来ない…)

少年(──なんてな)

少年(そんな考えはもうしない。僕はきみが目を覚ますまで見守っているよ)

少年「…ん?」

(カバンからはみ出たアヤカシノート)

少年「……」



ーーーーー

猫又娘「──今度は楽しいことでも書いてみなよ」ニッ

ーーーーー



少年「……」スッ



カチカチ

サラサラサラ...



『7月29日  お祭り日和

少女さんとようやく本当の意味で仲直りが出来た。やっぱり僕は少女さんのことが好きなんだ。
お祭りは結局、花火どころじゃなくなっちゃったけど、次は二人で見られたらいいな。』



少年「……よし」パタン

少年「ふぁーあ…」

少年「さすがに、何日も歩き回ってたら疲れるな…」

少年「……」

少年「ちょっとだけ……ほんの仮眠程度だから…」



ゴロン...




353 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2020/02/03(月) 03:43:25.88 ID:L/MaCyf+0
ーーーーーーー

包帯少女「……んん……」

包帯少女(……!)パチッ

包帯少女「…ここは…?」

仔猫「……」グッスリ

少年「」グー..グー..

包帯少女「………」

包帯少女(少年君の部屋…かな)

包帯少女(昨日、どうしたんだっけ)

包帯少女(確か少年君と境内の方まで行って、それから…)

包帯少女(……)

包帯少女(そっか、多分あのまま倒れちゃったんだ)

包帯少女(…とっても理不尽な物語だった)

包帯少女「……」

包帯少女「…暗いな。今何時だろう」

ゴソゴソ スッ



スマホ『09:00』



包帯少女「…?」

包帯少女(9時?…夜の?)

シャッ(カーテンを開ける)

包帯少女「──っ」

包帯少女「……え……」





ゴゴゴゴ...(一面黒紫色の空)

ウヨウヨ...(跳梁跋扈する妖禍子たち)





包帯少女「……………」

包帯少女(………!)グッ...




354 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2020/02/03(月) 03:46:41.26 ID:L/MaCyf+0
八幕は以上となります。

次回、第九幕でこの騒動は終わりを迎えます。
次の投稿で完結となります。
355 :@ramiasu2270 [saga]:2020/02/18(火) 22:10:29.41 ID:Yxrt9fKO0
■第九幕 約束■



ーーー少年の自室ーーー

包帯少女「起きて、少年君、猫又娘さん」ユサユサ

少年「う…んー……!」

少年「少女さん…!目、覚めたんだね」

少年(しまったな、そんなに寝ちゃってたか…)

仔猫「……zzZ」

包帯少女「……」

ムンズ

仔猫「!?」ビクゥッ

ドロン

猫又娘「なになにっ!?何が起きたん!?」

猫又娘「……」

猫又娘「気持ち悪い…何なん、この嫌な気配…」



(黒紫色の空、蔓延る妖禍子)



猫又娘「う…わ、通りで…」

包帯少女「ぼくが起きた時にはもうこうなってた」

少年「え、午前9時って…嘘だろ、こんなに暗いのに…」

猫又娘「仕方ないよ。これもう普通の空じゃない」

包帯少女「…!少年君!」

包帯少女「きみの両親は!?」

少年「両親?」

包帯少女「今居るの!?この家に!」

少年「…見てくる!」



.........




356 :@ramiasu2270 [saga]:2020/02/18(火) 22:13:39.31 ID:Yxrt9fKO0

少年「……居ない、どこにも」

少年「携帯も置きっぱなしだった」

包帯少女「……」

少年「…あの、実はさ、昨日の夜少女さんの家に電話した時も誰も出なかったんだ」

包帯少女「…そう、やっぱり…」

猫又娘「もしかして私たち以外全員……」

猫又娘「…ごめん…私が昨日の夜、何も見つけられなかったから」

少年「なんで猫又娘さんのせいなんだよ。昨日は緊急事態のようなものだったんだし、そんな中で捜し出せって方が難しいって」

猫又娘「うん、それでもね……時間は無限に待ってくれるわけじゃないなんて分かってたはずなのに…」

包帯少女「……そんなの――」



パシン!(自分の両頬を叩く)



二人「!?」ギョッ

猫又娘「…ニッシシ」

猫又娘「落ち込んでると思った?はっずれー♪」

猫又娘「こんな土壇場で弱音吐いててもどーしよーもないもん!もうここまできたらやることはひとつ!」

猫又娘「鬼も蛇もいっぱい出るだろうけど、期せずして私らにこの町の命運がかかってしまったんだから……」

猫又娘「――運命共同体!出発せにゃなるまいな!」ビシッ

少年「……」

包帯少女「……」

猫又娘「…あれ」

包帯少女「…ちょっとむかっとした。耳摘んでいい?」

猫又娘「なぜ!?」

少年「…本当、どんな時でもブレないよなぁ」

少年(僕なんてこんな悪夢みたいな世界が怖くてたまらないのに…)

少年(…今だって、足の震えを抑えるのがやっと――)

...ソッ

少年「…!」

包帯少女「大丈夫。きみは強い」

少年「……少女さん……」

包帯少女「…ふふっ」

猫又娘「二人の世界に入ってるとこ悪いけど、早いとこ出よう」

猫又娘「…これは私の勘なんだけどさ。なんとなーく、あの人は私らを待ってる気がするんよね」

包帯少女「敵の期待を裏切っちゃ、悪いね」

猫又娘「そゆことよ」

少年「その感じ、僕にも分かる」

少年「…多分あいつが待ってるのってさ…」



三人「――南町神社だ」




357 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:20:48.77 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー

「キシャア!」

派手娘「ふん!」ドゴッ

「キュー…」ベシャ...



――スルスルスル グイッ



派手娘「!」

「…グォォ…」シメツケ

派手娘「あたしに、触るんじゃないわよ!」ブン!

ビターン!

派手娘「一生這いつくばってなさい」



カツカツ...

ズズズ...



派手娘「…あぁもう!キリがないわね!」

派手娘「あんたらどんだけ暇なのよ!外に出てすることが鬼ごっこ?」

ヒュッ

派手娘「あたしにぶっ飛ばされに来たのは感心するけどね」サッ

派手娘「来るならそこに一列に並びなさいっての!」バッ

ドシーン!

派手娘「全員畳んでやるわ。そうすればこの安っぽい三流映画みたいな演出も終わんでしょ?」







トリップミスしていたため、トリップを変更しました。
358 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:23:46.02 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー

猫又娘「ほっ!えい!」ポン、ポン

(ネズミ、ウサギに変えられた妖禍子)

包帯少女「」タッタッタッ

少年「わっ…とと」タッタッ

包帯少女「少年君!」

少年「平気…転びそうになっただけだから」

猫又娘「にしてもこれはやり過ぎだよねぇ…!うじゃうじゃと、こんなにどこに隠れてたんよ」

少年「昨日のお祭りの人が全部妖禍子に化けたみたいだ…」

包帯少女「本当に…ね!」ブォン!

ドシャッ

包帯少女「…っ」ズキッ...

猫又娘(…少女さん、やっぱり…)

少年「あっち!妖禍子が少ない道がある!」

猫又娘「うわ、あからさまに怪しい…」



ゾロゾロゾロ



猫又娘「…ま、他に選択肢もないみたいだね」

猫又娘「行くよ!私から離れないで!」



タッタッタッ...



三人「」タッタッタッ

包帯少女「……っ」タッタッ

猫又娘「……」タッタッ

猫又娘「…少女さん」ボソッ

包帯少女「?」

猫又娘「その包帯の下……今、どうなってるん?」

包帯少女「……」

猫又娘「ここんところずっと感じてたんだ。少女さんが包帯を巻いたとこから、妖禍子の気配がするの」

猫又娘「……少女さん、あなたもしかして――」

包帯少女「しー…」

包帯少女「」フルフル

包帯少女「…ぼくはね、これで満足してる」

包帯少女「彼を最後まで支えることができればそれでいい…そうやって思わせてくれた。今のぼくはそれが全てだから」

猫又娘「……」

包帯少女「…ありがとね」ニッ

猫又娘(………)
359 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:24:39.15 ID:Yxrt9fKO0

少年「は…は……」タッタッ

猫又娘(少年君はきっとこのことを知らない……この子が少年君の支えになってるのは間違いないだろうけど)

猫又娘(じゃあそれが失くなってしまったら…?)

少年「――見て!」

猫又娘「!」

少年「向こう、神社の方向だよな!?」



(小山ほどの巨大な黒塊)



猫又娘「ひゃあ…」

少年「なんだよあれ…まさか神社ごと消されたのか…?」

包帯少女「ううん、よく見て。あれの後ろに神社の山がある」

少年「ってことはあそこを通らないといけないってことか…」

少年「迂回して裏からまわった方がいいかもな」

猫又娘「!…そうも言ってられないみたい」



バサバサ シュルルル

カツカツカツ ズズ..ズ..



包帯少女「…囲まれた」

猫又娘「案の定奴らの罠だったわけだね…分かってたとは言え、この量は骨が折れるなぁ」ウヘェ...

包帯少女「けど、進むしかない」

猫又娘「当然!」

「フシュルルル...」

少年「っ…」ゴクリ

少年「ぼ、僕は何をすればいい?僕も出来るならこいつらと戦いたい…!」

猫又娘「それはちとリスキー過ぎんね」

包帯少女「少年君は、ぼくたちの無事を願っててくれないかな」

少年「それって…僕はまた何も出来ずに…」

包帯少女「そうじゃないよ。きみの力が必要になる場面は絶対にやってくる。それまできみが無事でいてくれることが何より大事なの」

包帯少女「きみはぼくが守る。だからぼくたちが無事でいることを、願っていてほしい」

少年「……分かった」

猫又娘「少女さん、くるよ!」

包帯少女「……」グッ(バットを構える)



サッ!



ポン、ポン

グシャッ



.........


360 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:25:54.38 ID:Yxrt9fKO0

少年「――猫又娘さん後ろ!」

猫又娘「!」パッ

ポン

「…チュー」

猫又娘「いつの間に後ろに…!」

ガッ

包帯少女「いっ…!」

包帯少女「…この!」ブン!

バキッ

少年「大丈夫!?」

包帯少女「うん、ちょっとかすっただけだから」

猫又娘「いやーしっかしまずいね…これまともに相手してたら永遠に終わんないんじゃないの…!?」

猫又娘「なーんかさっきより包囲網も狭まってるしさ…!」

包帯少女「あっちこっち動き回らなくて済むじゃない?」

猫又娘「少女さん、余裕ありますな…」

猫又娘「私もまだまだ負けてらんないねっ!」





――ドゴォ!





猫又娘・少年「「!?」」バッ

包帯少女「……」チラッ

派手娘「邪魔なのよ、あたしの前を塞ぐなっ!」ズシャッ

夢見娘「……」テクテク

猫又娘「えぇ…素手であんなに…」

少年「夢見娘さん!」

夢見娘「……//」ソッ(派手娘の陰に隠れる)

派手娘「?」

猫又娘「…何しに来たんさ?」

派手娘「決まってんじゃない。あんたらの情けない姿を見に来たのよ」

派手娘「なに?友達が消されたからってこんな化け物共と遊んでるわけ?ほんと見てて飽きないわ、あんたら」

猫又娘「なんでそういう言い方しか出来ないん!?事ここに至ってまでさ!」

猫又娘「私のこと嫌いでもいいよ!けどこういうときくらい邪魔しにこないで!」
361 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:26:55.11 ID:Yxrt9fKO0

派手娘「………」

派手娘「どうせ、あの神社に行くとか言うんでしょ?」

「ギャギャギャ!」

派手娘「」ドスッ

「グ…ギャ…」パタ

派手娘「…ふん」ザッ



ジジジジ...



少年(あれは…爆竹!?)

派手娘「耳、塞いでなさい」

派手娘「」ポイポイ、ポイ



パン!パン!パァン!



猫又娘「へ……にゃ……」クラクラ

少年(う…相変わらずすごい音だ)

包帯少女「……!」



(妖禍子の群れの一角に穴が空く)



派手娘「ほら、行くならさっさと行けば?」

猫又娘「……」アゼン

猫又娘「…少年君!少女さん!」

猫又娘「二人とも先に行って!」

少年「猫又娘さんは…!?」

猫又娘「私らはこの子たちの相手をしてから向かう!こんなのに追われてたら元凶君どころじゃないっしょ?」

猫又娘「分かったらとっとと走る!」

少年(……)グッ

包帯少女「ぅ…」ズクン...

少年「少女さん、立てる?」

包帯少女「う、ん……」

少年(やっぱりさっきので怪我を…?)

少年「……」

...ギュ(手を握る)

包帯少女「…!」

少年「…僕についてきて」

包帯少女「ん、エスコートよろしく」ニコッ



タッタッタッ...


362 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:27:40.39 ID:Yxrt9fKO0

猫又娘「ふぅ、ひとまず共倒れは避けられたかね」

猫又娘「で?どういう風の吹き回し?」

派手娘「別に。あんたたち、コレを終わらせる当てがあるのよね?だったら早く終わらせて欲しい、それだけよ」

派手娘「というかあんたも行きなさいよ」

猫又娘「……やーっぱ素直じゃないんねぇ」ポツリ

猫又娘「どーせ、ここの連中は自分だけで十分だとか言うつもりでしょ」

派手娘「分かってんならわざわざ訊くな」

猫又娘「確かに派手娘さんなら吹き飛ぼうが刺されようが死ななそうだけどさ」

「ミィ!」ヒュッ

猫又娘「」ダッ

ポンッ

猫又娘「…と」シュタ

猫又娘「猫の手くらいあっても損はしないよ?」ニシシ

派手娘「……勝手にすれば」




363 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:29:40.61 ID:Yxrt9fKO0
ーーー神社ーーー

(……まだ、足りぬか)

(………)

(更なる怪共の使役を要するというか)

(………)

(…躊躇いなど、一切不要)



...ズォオオオ



巨頭「……」ズシン...

(大小様々な妖禍子達)




364 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:30:10.48 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー



タッタッタッ



少年「思った通り、この辺に奴らはほとんどいない」タッタッ

包帯少女「ほとんどはさっきの所に集まってたみたいだね」タッタッ

少年「そりゃ多いはずだ…」

包帯少女「でもぼくたちも油断は――」

包帯少女「――少年君、止まって!」

少年「っ!」ピタッ...



巨頭「……」ズシ..ズシ..



少年「くそ…こんなときに…!」



巨頭「………」

巨頭「……」ズシ..ズシ..



少年「…?」

少年「襲ってこないのか…?」

包帯少女「こっちに気付いてはいるはずだけど…」



「グォ…」ズルズル

「」バサッ、バサッ

「キュ、キュ」カサカサカサ



包帯少女「それどころか、こっちを避けてる」

少年「さっきの場所に向かってるのかな…もしあそこに集まるように仕組まれてるんだとしたら…」

少年「…猫又娘さん…」

包帯少女「……」

包帯少女「行こう。ぼくたちは後ろを振り返っちゃダメだ」

少年「!…そうだね」



タッタッタッ



.........




365 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:31:58.37 ID:Yxrt9fKO0

少年「なんなんだろう、こいつ」

包帯少女「……」ミアゲ



(鎮座する黒塊)



少年(ドス黒い…って表現が似合う。よく聞く、吸い込まれそうな黒とかじゃなくて、もっと濁った黒)

少年(見てるだけで不安になってくる…)

包帯少女「この道、少年君と神社に来た時にも通ったよね。こんなに広い更地じゃなかったはずだけど」

包帯少女「…ここにあった家も住んでた人も、消されたんだ」

少年「……」

少年(こんな、滅茶苦茶にされた僕らの町が……本当に元に戻るのだろうか…)



ブルッ



二人「!」

包帯少女「…今、これ少し大きくなった?」

少年「僕にも見えた。こいつがここまで大きくなったのって、ちょっとずつ成長してるから…?」

二人「……」





黒服男「その通りだ、人間」





少年「……お前……」

包帯少女「……」




366 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:35:14.58 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー

ガンッ! ズシャッ!

派手娘「」ズガッ

猫又娘(おぉ…鬼神の如き、とはまさしくああいうのを言うのでは)

夢見娘「……」ポワッ

「ゥ゙……」パタン

猫又娘(あれは、眠らせてるんかな?)

夢見娘「……」チラ

夢見娘「……夢を見せてあげてるの。それだけ……」

猫又娘「そ、そなんだ」

猫又娘(気付かれてた…)

派手娘「無駄話してる暇あんなら手動かしなさい!」

猫又娘「なにさ!サボってんじゃないかんね!」ポンッ

派手娘「勝手にここに居残ったんだからもっと役に立ちなさいよ」

猫又娘「派手娘さんのために残ったわけじゃないですしー。自意識過剰なのん??」

派手娘「…あんたも一緒にぶちのめしてもいいのよ」

猫又娘「おーこわ」



ササッ

シュッ ドカッ

ヒョイッ

ポン、ポンッ



猫又娘「……派手娘さんはさ、なんでこいつらと戦ってたの?」

派手娘「あ?」

猫又娘「人助けをしようなんて考えてたんじゃ…ないよねっ」テイッ

派手娘「……」

派手娘「気に入らないのよ」バシ

派手娘「あたしらの前にいきなり現れて、荒らしてく」

派手娘「別に好き勝手生きる分には構わないわ。けどこそこそとあたしにちょっかいかけるってんなら容赦しない」

派手娘「あたしはあたしが気に入らないものをぶっ飛ばしてるだけよ!」ドスッ

派手娘「誰かさんみたく世界を助けるだの高尚な志なんか持ってないわ、残念だったわね!」ズガン

猫又娘「……へんっ」

猫又娘「私とおんなじじゃん」

派手娘「は?バカ言ってんじゃ――」

猫又娘「私だって、私が笑っていられるように」

猫又娘(キミともっと笑っていられるように)

猫又娘「私の世界を守ってるんだ。人のためじゃない、私のために私は動いてる」

猫又娘「だから、おんなじだ」サッ

ポンッ
367 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:36:58.69 ID:Yxrt9fKO0

夢見娘「………」

派手娘「…そういう顔で笑えるんじゃない」

猫又娘「よっ、それっ」ヒョイ、ポスッ

派手娘「だったらここには自己中が二人居るだけってことね」スッ..ドゴッ

猫又娘「え〜?三人の間違いじゃなくて?」

夢見娘「……否定はしない……」

派手娘「とんだ烏合の集まりだわ」

猫又娘「とか言いつつ、息はぴったりだと思わない?私ら」

夢見娘「……」テッテッ

派手娘「このアホ共がのろまなだけよ」ガスッ

猫又娘「またまた、照れちゃって〜」

派手娘「」ビュンッ

猫又娘「あぶなっ!?」ササッ

派手娘「わるいわるいてがすべったわー」

猫又娘「なんたる棒読み…」

猫又娘「…とは言え」



ゾロゾロ ワラワラ



猫又娘「捌いても捌いてもまるで減りませんな」

猫又娘「いい加減一休みくらいさせてほしいんだけど…」
368 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:37:42.23 ID:Yxrt9fKO0



..ズシン..ズシン



巨頭「……」

猫又娘「…まじ?」

派手娘「チッ、なによあのデカブツ」

猫又娘「ここに来て増援て…ちょっとばかしキツイんじゃないかなぁ…」

夢見娘「……あれは、大丈夫」

猫又娘「どこが!」



巨頭「…ガァア!」ブオッ!

ズシャン!

「キシャア!」



猫又娘「え……妖禍子同士で争ってる…?」

派手娘「ついにイカれたわけ?」

夢見娘「……」



ズシン バキィッ!



猫又娘「…なんだか分かんないけど、私らも便乗させてもらうよ!」

夢見娘「……」コクッ

派手娘「めんど…私の前に立つなら全員潰すわ」



ダッ――




369 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:40:26.05 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー

黒服男「その物体がなんだか、お前には分かるか?」

少年「……少女さん、僕の後ろに」

包帯少女「ありがとう。でも二人で、ね」

黒服男「…ほう。興味深いな」

黒服男「殺し殺された者の築く関係として、実に奇異ではあるまいか?」

少年「……」グッ...

黒服男「これはな、人間」

黒服男「人の憎悪の凝集体だ」

少年「憎悪…?」

黒服男「そうだ。如何なる人間の中にも存在する、人の本質。お前の中にも眠っていたろう。その女を憎く思う感情が」

少年「ふ、ふざけんな!あれはお前がそう仕向けたんじゃないか!」

黒服男「俺は助長をしたまでだ。もし本当に彼女を信頼していれば、あの悲劇は起こらなかっただろう」

少年「信頼って……僕は……」

少年(…僕が少女さんを信じていなかったから…?元を辿れば、結局僕の卑屈さが原因だってことかよ……)

包帯少女「それは違う」

包帯少女「他人を端から信じられる人なんていないんだよ」

包帯少女「みんな誰だって少しずつ相手を知っていって、時間をかけて信用出来る関係になっていく」

包帯少女「あなたがしたのは、その過程を踏みにじって無理矢理憎しみを向けただけ。そんなの、人の本質でも何でもないってあなたも理解していたんでしょう?」

黒服男「…知ったような口を利いてくれるな」

包帯少女「分かるよ。だってあなたのお母さんとお父さんがそうだったはず」

黒服男「っ!」

包帯少女「…ぼくたちは、あなたの過去を見たから」

黒服男「……そうか」

黒服男「ならば、今すぐ自害しろ」

包帯少女「……」

黒服男「俺の心情が分かるのだろう?俺が望むは唯一つ。世界の癌たる人間の根絶」

黒服男「残るはお前達を含めた三人だけ」

黒服男「いや、より正しくは二人と言うべきか」

包帯少女「………」
370 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:42:28.32 ID:Yxrt9fKO0

少年「…なぁ、お前」

少年「――泣いてるのか?」

黒服男「…?」

少年「泣いてはないか。けど…」

少年「さっきからずっと、悲しげな顔をしてる…」

黒服男「………」

黒服男「泣く、だと?」

黒服男「……そうだな。お前のような人間に馬鹿にされる事など、この上なく屈辱でしかない」

黒服男「人間よ、俺が今すぐお前を消せば何が起こるか分かるか?」

黒服男「お前の持つ憎悪が、この醜い塊に飲み込まれるんだ。そして僅かに肥大する……ごく僅かに」

黒服男「これはこの町の人間共が抱え持っていた憎しみの集体だ。どうだ?貴様の抱いた憎悪ですらこれを前には霞む」

黒服男「貴様らのような汚れた存在が俺を哀れむとは、何たる傲慢だ?」

包帯少女「…気付いてる?あなたは今、あなたの嫌う人みたいな考え方しか出来てない」

包帯少女「光があれば陰があるように」

包帯少女「勝者がいれば敗者がいるように」

包帯少女「暖かい感情があれば、目を背けたくなるような感情もある。それが人間なの」

包帯少女「そういう二面性ってね、必死な人ほど片方しか見えてないものなんだよね」

包帯少女「あなたも同じ。視野の狭い、可哀そうな"ヒト"」

黒服男「………小娘」

黒服男「生き損ないのお前が俺を焚き付けることに何の意味がある?」

黒服男「惨たらしい死を所望か?」

黒服男「否、横の男が苦しみのたうつ方がお前には堪えるか」

包帯少女「……」

黒服男「終焉に立ち向かう人間が如何程のものか、見極めるつもりであったが…蛇足だったな」

黒服男「どの道貴様らには消えてもらうが、最後に余興を見せてくれ」

黒服男「――娘、男を殺せ」

少年「っ…」

黒服男「……」ニィ...

黒服男「お前は一度、この男に殺されている。その報復をこやつに受けさせてやるべきだろう」

黒服男「或いはそれが出来ないとあれば…先に同じ、自害を選べ」

黒服男「さて、二つに一つだ」

包帯少女「……」

少年「……」

少年(………)

包帯少女「………いいよ」



包帯少女「――死んであげる」


371 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:44:11.66 ID:Yxrt9fKO0

包帯少女「それであなたの気が済むのなら」

少年「な、何言ってるんだよ!そんなの……!」

少年「少女さんが死ぬくらいなら俺が殺された方がマシだ!もう、きみが死ぬのは…!」

包帯少女「心配しないで」ニコッ

少年「……………」

包帯少女「さぁ、選んだよ。これでぼくが死ねばいいんだね?」

包帯少女「でもその前に聞かせて」

包帯少女「あなたは何のためにこの世界を終わらせるつもり?」

黒服男「…どこまでも、俺を嘲るつもりか?」

包帯少女「人を消すことだ、なんて、ぼくはそんなことが聞きたいんじゃない」

包帯少女「あなたは"誰のため"にそれをしているの?」

黒服男「……」

包帯少女「…お母さんと、お父さんのためだよね?」

包帯少女「ねぇ、もう一回考えてほしいんだ」

包帯少女「あなたがぼくたちを憎む理由にしている両親は、あなたに何をしてあげたのか」

包帯少女「お母さんがあなたを産んだ意味。お父さんがあなたに記憶を残した意味…」

包帯少女「…それでももう、止まれないって言うなら」

包帯少女「その悲しみも嘆きも全部、ぼくが受け止めてあげる」

黒服男(………気に喰わぬ)

黒服男(なんだその泰然とした様は。死が目の前に迫っているのだぞ。一度経験したであろう、苦しい死が)

包帯少女「……」

黒服男「……」ギリ...

黒服男「……気が変わった」

包帯少女「え?」



シュン!



黒服男「」ガシッ(首を掴んで持ち上げる)

包帯少女「あ゙…がっ……」

少年「少女さん!」ダッ

黒服男「っ」キィィン

バシュッ

少年「ぐぁ…!」ドサッ
372 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:45:10.65 ID:Yxrt9fKO0

黒服男「…ふ…はは」

黒服男「苦しいか、娘…!」

包帯少女「ぅ……ケホッ」

黒服男「このまま少しずつ縊り殺してくれようか!」

少年「や…めろ…」グッ...

黒服男「だが一つだけ助かる道をやろう」

黒服男「この男を身代わりにすると言え!そうすればその苦痛から解放してやる…!」

包帯少女「…ぃ…やだ……」

少年「少女さん…!頼む、もういいからっ…!」

黒服男「…っっ!!」

黒服男「何なんだ貴様は!!」ギュゥ!

包帯少女「――……」

黒服男「首を縦に振るだけでよいのだぞ!お前を苦しみの淵に追いやった輩なぞ、同じ目に遭わせてやればいい!」

黒服男(反吐が出る。上辺だけの好感情など今のお前の命を救ってはくれぬ。さぁ醜悪な本性を曝け出すがいい…!)

包帯少女「――」

黒服男(なのに何だ……全てを見透かしたような目……そんな目で)

黒服男「…俺を見るな!」

黒服男「さあ言え!断ればお前を殺し、この書物の妖禍子として朽ちるまで使い潰してやろう!」

少年(アヤカシノートを…!あいつ…!)

包帯少女「……、…」フル..フル..

黒服男「……………そうか」

少年(やめろ……やめてくれ……)

黒服男「なら望み通り…」

黒服男「――死ね」
373 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:45:48.51 ID:Yxrt9fKO0





少年「やめろぉおおおおおおお!!!」





――ピカッ!!





黒服男「!!」

少年(!?ノートが…これって…!)



...ゴォオオオオ!



「キシャアア!」

「」バサ、バサ...

「グゥゥウ…!」



少年(妖禍子が…)



ヒュオオオオオ!



「ギギギ…」

「ジッ!ジィッ!」



少年(吸い込まれていく…!)



.........




374 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:47:00.67 ID:Yxrt9fKO0

少年(………)

少年「………?」



(妖禍子の居ない南町)



少年(……さっきの、本当に全部ノートに…?)

包帯少女「……けほっ…」

少年「!少女さん!」タッタッ

包帯少女「…少年、くん…?」

少年「平気!?死なないよね!?」

包帯少女「…ふふっ、大袈裟だよ」

少年「――!良かった…!」ギュッ

包帯少女「……」...ギュ



黒服男「……」ウナダレ



少年「……あいつ……」

包帯少女「………」

少年「……」

トットットッ

少年「………」

黒服男「……」

少年「」スッ

ガサッ(ノートを手に取る)

少年「……」パラパラ...

少年(…どのページもびっしり、妖禍子で埋まってる)
375 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:47:35.66 ID:Yxrt9fKO0

少年「………」

少年「……お前――」

ポン

少年「!」

包帯少女「少年君」フルフル

少年「…けど」

包帯少女「きっと、もう何もしないよ」

黒服男「……」

少年(……全く動かない。そもそもこいつ、生きてるのか?)

少年(とにかく)

少年「…これで終わったんだよな…?妖禍子の奴らも消えて、いつも通りの日が戻ってくるんだよな?」

包帯少女「……」ミアゲ



(黒紫色の空)



包帯少女「まだ、みたい」

少年「え……」

少年「そんな…これ以上何をしろって…」

包帯少女「……」

包帯少女「…神社へ行かないと」

包帯少女「全てが始まったあの場所で、まだしなくちゃいけないことが残ってるんだ」

包帯少女「もうひと頑張りだね」

少年「……よし」



テクテク...




376 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:48:08.87 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー

猫又娘「おー…」

猫又娘「いやはや、あれだけの妖禍子がぜーんぶ吸い寄せられてくのは圧巻でしたなー」

派手娘「……手、きったな」

夢見娘「………」

猫又娘(上手くやってくれたんだね、少年君、少女さん)

猫又娘「……」フゥ...

夢見娘「」スクッ

...テクテク

猫又娘「あれ?夢見娘さん?」

夢見娘「……まだ、終わってない」

夢見娘「私たちも、行かないと……」

猫又娘「…ま、そうだよね」

猫又娘「ちょっとくらい休憩したかったなぁ…はぁーあ」

猫又娘「派手娘さんはどうする?多分ここに居ても家に帰っても、すぐ町は元通りになると思うけど」

派手娘「あたしも行くわ」

猫又娘「…ん」




377 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:50:04.17 ID:Yxrt9fKO0
ーーー石段麓ーーー

少年「…ここ登るの、何回目だっけ」

包帯少女「さぁ…でももう一生分は登った気がする」

少年「まったくだ」ハハッ

少年「……」キョロ、キョロ

少年「まだ屋台とか残ってるんだ」

包帯少女「お祭りやってたの昨日の今日だよ?人が居なくなって片付けられてないだけじゃないかな」

少年「そうかもね」

少年「…そういえば少女さん、結局昨日の花火見れなかったんだよな」

包帯少女「きみに助けてもらってたからね」

少年「……来年は」

少年「二人で来よう。ぐるっと屋台回って、花火見てさ。普通に楽しもうよ」

包帯少女「…今度は流されないようにね」クスッ

少年「!だ、大丈夫!今年ので学んだから!」

包帯少女「だといいけど、ふふっ」

少年「ぅ…登ろ」

包帯少女「うん」



トットットッ



少年「……」トットッ

包帯少女「……」トットッ



――トクン



包帯少女(…!)

包帯少女「……」トッ...

パッ(繋いでいた手を離す)

少年「…?少女さん?」

包帯少女「………」

包帯少女「…ごめん少年君」

包帯少女「どうやらぼくはここまでみたいだ」

少年「??…何が?」

少年「あ、もしかして手痛かった?悪い、配慮出来てなくて…」

包帯少女「自信を失くさないでね。後はきみ一人でも出来るはず」

少年「…?さっきからなんの話を――」

少年(―!)

少年「…その目は…?」

包帯少女「あぁ通りで。視界がさ、濁ってきたと思ったよ」

少年(包帯に巻かれてない左目が、奴ら…妖禍子の目にそっくりだ…)
378 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:50:42.37 ID:Yxrt9fKO0

...グリュ ビリビリ!

少年「!?」

少年「し、少女さん…腕が…!トゲみたいなのが…!?」

包帯少女「……きみには、あまり見られたくなかったんだけどな」

包帯少女「黙っててごめんね。見ての通り、ぼくはそろそろ行かなきゃいけない時間なんだ」

少年「行かなきゃ…って、どこにだよ!?」

包帯少女「本来居るべき場所に」

包帯少女「一度は死んだ命。きみに蘇してもらって、きみの成長を見守ることが出来て、ぼくは嬉しかったよ」

少年「……そんなこと、言わないでくれよ……」

少年「嘘だよな…?きみは居なくならないよな…?」

包帯少女「……」ニコッ

メリッ!

包帯少女「グゥ…!」

少年「!…やだ……少女さん…!」ポロ..ポロ..

包帯少女「…もう…強い人は、泣かないんじゃナかったの?」

少年「きみと居られないんじゃ強くても意味なんてない!」ポロポロ

少年「なぁ早く上へ行こう!?あの神社でトドノツマリ様が待ってるんだろ!?だったらまた頼めばいい!きみを元に戻してくれって!」ポロポロ

包帯少女「ううん、これは変えられないから」

少年「そんなこと言うなよ…!きみが諦めたら本当に間に合わなくなるだろ…!」

包帯少女「……大丈夫」

包帯少女「きっとまた会エルから」
379 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:51:35.23 ID:Yxrt9fKO0

包帯少女「そうだ、これ」スッ

少年「…バット」

包帯少女「うん。そんなオンボロでもさ、結構昔かラ使い続ケテきた相棒なんだ」

包帯少女「…きみニ預かってイテほしい」

少年「……………」



ベリベリ! バキッ!



包帯少女「ゥ゙ア゙!」

少年「少女さんっ!!」

包帯少女「…さ、ハヤク行っテ…!ぼクをミナイで!」

少年「で、も……」

包帯少女「早クッ!!」

少年「――……、っ……」

少年(……!)ギリッ

少年「」ダッ



タッタッタッ...



包帯少女「……ソレデ、いイノ……」

包帯少女(………)

包帯少女(…神様、聞こえていたら、どうかお願いします)

包帯少女(彼は十分にその責を果たしました。ぼくを守ろうとしてくれました)

包帯少女(ですからどうか…すくわれた結末を下さい)

包帯少女「………」ジッ

包帯少女(――例え繋いだこの手が離れても……大丈夫)

包帯少女(約束だよ)





また会える。





ベキベキッ!

バサッ――




380 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:53:27.52 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー



タッタッタッ



猫又娘「…!」タッタッ

猫又娘(…ちょっとだけ感じるこの気配…妖禍子?)

猫又娘(……)

猫又娘「……!?」ギョッ



黒服男「……」



猫又娘「………」

派手娘「…何してんの、置いてくわよ?」

猫又娘「あー、えと…」

夢見娘「……」ジッ...

猫又娘「先、行ってて。私もすぐ追いつくから」

派手娘「…そ」



タッタッタッ...



猫又娘「……」スタ、スタ

黒服男「……」

猫又娘「………」

ソー...

ポスッ(頭に手を乗せる)

黒服男「………失せろ」

猫又娘「!…びっくりした。てっきりもう植物状態になってるんかと思ってた」

黒服男「……」

猫又娘「あなたの髪、結構柔らかいんね。意外」ナデ..ナデ..

黒服男「何をしに来た。……嗤うなら嗤え、殺すなら殺せ」

猫又娘「んーじゃあ、なんで道の真ん中でへたり込んでたの?」

黒服男「…最早我が身を起こす事すら叶わぬ…骸も同然だ」

黒服男「……お前に情けがあるのなら、俺に構うな」

猫又娘「……」ナデナデ

黒服男「……」
381 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:56:53.87 ID:Yxrt9fKO0

猫又娘「…昨日のあなたの質問、私なりに考えてみたんだ」

猫又娘「人がなんで一方的にあなたたちを排除しようとするのか、だったよね」

猫又娘「……」



猫又娘「怖いから」



猫又娘「…じゃないかなぁ」

黒服男「………」

猫又娘「お化け的な怖さとかじゃないよ?多分それは知らないものに対する怖さなんよ」

猫又娘「何も人に限った話でもなくてさ、例えば臆病なワンちゃんは知らない人が来たら吠えて威嚇するよね?そーいうのと一緒」

猫又娘「得体の知れない存在に周りをうろちょろされるより、消してしまえーってなっちゃったんだよ」

猫又娘「…つまりそれってさ、裏を返せば、お互いちゃんと知ることが出来たら人と妖禍子が一緒に暮らすことも出来るってことなのでは?」

猫又娘「なんて考えてみたり」

黒服男「……また妄言か」

猫又娘「んーん、妄想なんかじゃないよ」

黒服男「人間の持つ俺達への感情は、容易には変えられぬ」

猫又娘「そーだね。だからゆっくりでもさ、歩み寄っていければいいんさ」

猫又娘「私みたいに」ニヒッ

黒服男「………おめでたい奴だ、お前は」

猫又娘「あなたがそれを言う?」

猫又娘「あなたのご両親が、そう出来たのに」

黒服男(――)

猫又娘「……」

黒服男「……」
382 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:57:38.39 ID:Yxrt9fKO0



ナデ..ナデ..



猫又娘「……ね。子守唄、覚えてる?」ナデ..ナデ..

黒服男「………」

猫又娘「………」ナデ..ナデ..

猫又娘(………)

猫又娘「…ねむれねむれやゆらりゆられ」〜♪

猫又娘「たなびくくものごとし」〜♪

黒服男「……」

猫又娘「おやまもさともよるのなか」〜♪

猫又娘「はかなきゆめみんとす」〜♪

黒服男(……お前は……)

猫又娘「あわれあわれやだれぞおにか」〜♪

猫又娘「てのなるところにおちて」〜♪

黒服男(……俺と、何が違う……?)

猫又娘「けものもとりもかごのなか」〜♪

猫又娘「うたかたのゆめみんとす」〜♪

黒服男(人でも、妖禍子でもない……歪な存在……)



広い背中を頼るしろい手

重なる刹那願いをかけた



黒服男(……)



年月も水屑も

流れ流れてめぐるあはれ


383 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:58:26.96 ID:Yxrt9fKO0



ーーーーー

――貴方への愛が途絶える事も無く

ケモノ「――この子と共に生きよう。それが我々に出来る恩返しだ」

――千代に流れ継いで行きますように

女「……はい。私が貰った愛を次はこの子に…」

――其の名を愛したふたつの花を

女「…そうです。この子の名前、今ようやく決まりました」

――どうか覚えてます様に

ケモノ「聞かせてもらおうではないか」

――もしも貴方の嘆きが闇を囲い

女「"ナガレ"。というのはどうです?」

――ヒトを愛せなくなったとしても

女「この子に注ぐ愛が、永遠に流れ継いで行くように…」

――貴方を変わらず愛する花を

女「貴方を愛する私達の事を」



――どうか覚えてます様に



ーーーーー



猫又娘「――どうか覚えてます様に」〜♪

黒服男(…知らなかった)

黒服男(己が授かった名……)

黒服男(そこに込められた愛の意味……)

黒服男(……俺の中は、何で満たされていたのだろうか…)

猫又娘「ねむれねむれやゆらりゆられ」〜♪

猫又娘「はかなきゆめもかごのなか」〜♪

黒服男(………眠い、な………)



ねむれねむれやゆらりゆられ

はかなきゆめもかごのなか…





スー...





猫又娘「……」

猫又娘「……」

猫又娘(………)

猫又娘「おやすみなさい」


384 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 22:59:21.73 ID:Yxrt9fKO0
ーーーーーーー



タッタッタッ!



少年「」タッタッ!



タッタッタッ!



少年「……っ」タッタッ!

少年(くそ……ちくしょう…!)

少年(なんで少女さんが消えなきゃならないんだ!)

少年(あの包帯――結局僕がどう足掻いたところで、こうなることは決まってたのか…!?)

少年「……」タッタッ

少年(……このノートは全部知ってたのかな)

少年(これがあったから少女さんと知り合って…猫又娘さん、派手娘さん、夢見娘さん……普通なら関わることもない人たちと過ごすようになっていって)

少年(…妖禍子を収束させたのもこいつだった)



(物言わぬノート)



少年(お前は一体なんだ。なんで僕の持ち物なんだよ)

少年(僕はどうすれば少女さんを助けることが出来たんだ…)

少年「……はぁ……はぁ」タッタッ
385 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:00:39.29 ID:Yxrt9fKO0

少年(……思えば)

少年(彼女はいつも僕のことを見ていてくれた)



ーーーーー

少女「――諦めないで、ちゃんと精一杯抵抗してるんだなって」

ーーーーー



少年(どんな時でも弱音を吐かずに)



ーーーーー

包帯少女「――ぼくも、またきみとお喋りしたい」

ーーーーー



少年(ふと気付くと、僕の前に立ってて…それが僕の道しるべになっていた)



ーーーーー

包帯少女「――ぼくはね、きみと出会えて良かった」

ーーーーー



少年(僕だって、少女さんに勉強を教わるのは分かりやすかったし、二人野球も暇つぶしなんかじゃないくらい楽しかったよ)

少年「はぁ…はぁ…」タッタッ

少年「はぁ……はぁ…」タッタッ

少年「!っと…」ヨロッ...

少年「……はぁ……は…」...タッタッ

少年(………)





――大丈夫。きっとまた会えるから。





少年(……)グッ...!

少年「……約束だよ……はぁ…」タッタッ

少年「はぁ……は…」タッタッ

少年「――絶対、忘れないから!」



タッタッタッタッ...



少年「はぁ……え゙ふっ」

少年「…っはぁ……はぁ……」

少年(着いた…)

少年(…階段、こんな短かったっけ?けど足がものすごく怠い…)
386 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:01:08.70 ID:Yxrt9fKO0

少年「……ふぅ……」

少年「…!」



幼女「……」



少年(……小さな女の子……)

少年(顔を見なくても分かる。きっとあの子が)

少年(トドノツマリ様)

少年「……」...ザッ

幼女「……」

少年「……」ザッ、ザッ

幼女「………」(そっと振り返る)

少年(!…この子もだ)

少年(あいつと同じ、どこか悲しげな顔をしてる)

少年「……」ザッ、ザッ

幼女「……」

少年(――そうか)

少年(あの時、きみから見た僕もきっと)



その時何を考えたかは正直あまり覚えてない。



少年「……」スッ(手を差し出す)



ただ、どんな疑問よりも先に口を衝いて出ていたんだ。





少年「友達に、なってくれませんか?」




387 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:02:14.94 ID:Yxrt9fKO0

幼女「………」

少年「………」

幼女「……これは、異な事を」

幼女「然し」



...キュ



幼女「感謝する、創造主よ」

少年「……うん」

少年(暖かくも冷たくもない、不思議な手だ…)

幼女「ふむ…」

幼女「付喪神の仕業でもあるまいが、何れも正しく所有者の元へ還る、か」

少年「…?」

幼女「其の書物も然り」

少年「アヤカシノート?」

幼女「些か、実直過ぎる名を付けたものよ」



...タッタッタッ



派手娘「やっぱり、あんたか」

夢見娘「……」

少年「二人とも無事だったんだ。よかった」

少年「…猫又娘さんは…」

派手娘「一緒。後から来るってよ」

少年(……)

少年「あのさ…ここに来る途中、少女さ――」

少年「……人の形をした妖禍子を見なかった?」

派手娘「……」チラリ

夢見娘「………」モジッ...

少年「あ、いや夢見娘さんじゃなくて…」



猫又娘「おい!おーい!」スタッ、スタッ



猫又娘「」バッ

クルクルクルッ シュタ!

猫又娘「…っと」

猫又娘「主役は最後に登場!」

猫又娘「…間に合った?遅刻?」
388 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:03:15.57 ID:Yxrt9fKO0

少年「猫又娘さん!」

少年「間に合ってるよ。僕もついさっき来たばかりだから」

猫又娘「丁度いい時に来れたかなー」

猫又娘「世界を救った英雄さんの話も聞けそうだしね」

少年「……え、僕のこと?」

猫又娘「もち」

猫又娘(……)

猫又娘(少女さんがいない)

猫又娘(さっきのはやっぱり…)

少年「……」

幼女「案ずるでない。役者は揃った」

幼女「嘆きに満ちたこの夜に、終止符を打とうぞ」

四人「……」

猫又娘「で、何をするのでしょうか」

夢見娘「……妖禍子の封印……」

幼女「是」

少年「妖禍子ならここに…」

夢見娘「……」フルフル

夢見娘「その子たちは、単純な存在だったからそこに納まったの……」

夢見娘「……私みたいに、少年くんに創ってもらったり、"違うもの"と混ざってたりすると、話は別……」

猫又娘「……」

幼女「今この世を停滞せしめている歪みは、放たれた妖禍子の消失により除かれる」

幼女「書物も合わせ、封じねばならぬ」

幼女「そして残すは二つ」

夢見娘「……」

猫又娘「……ふー」

猫又娘「なーんとなく、そんな予感はしてたけどねぇ」

猫又娘「封印される前に知っておきたいことがあるんだけど、いい?」

幼女「…言ってみよ」

猫又娘「どうして今になってこんなことが起きたのかなって」
389 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:04:12.04 ID:Yxrt9fKO0

猫又娘「あの男が産まれたのって大分昔なんよね?…あいつの親が殺された時、まだ赤ん坊だったみたいだけど、何百年も後のこの時代で恨みを晴らす理由があったんかな?」

幼女「……」

幼女「……彼の者は元より封じられていた」

少年「あの村長さんたち、あいつだけ殺すんじゃなくて封印したんだ…?」

幼女「封じたのは我だ」

猫又娘「!」

幼女「彼の者をあのまま生かしたとて、人間の手が迫る事は明白」

幼女「ならば、何人も触れられぬ様封ずる事が彼等の安寧となる」

幼女「其の浅慮に囚われた我は、同様にして妖禍子共を封じていった」

幼女「…この社の中へ」

猫又娘「じゃああのお札は」

幼女「我が施したものだ」

幼女「彼等を護る揺籠と思い、長い時の中見続けていた」

幼女「……だが、其れでは何も終わらぬ。彼の者の憎悪は徐々に、然し確実に渦を巻き…」

幼女「いつしか世を歪ませる螺旋となりて、外界へ放出した」

猫又娘「……」

猫又娘「あなたも…よく無事だったね」

幼女「彼の者の記憶に、我は無かったようだ」

幼女「其の事実が吉と出たか凶と出たかは…最早確かめる術はないが」

少年「………結局………」

少年「事の発端は何もかも……人にあったんだな」

少年「妖禍子だ化け物だって騒いでおいて……本当の"アヤカシ"は僕らのこの――」

少年「胸の中にあるんだろうな…」

派手娘「……」

幼女「………」

幼女「妖禍子とは、そなた達が付けた呼称。我等は単調な運動しか出来ぬ者、高度な思索を行う者であろうが、そこに在る事が全て」

幼女「元々善悪なる概念は存在せぬ」

幼女「…この言葉に、納得出来ようか?」

少年「え…納得出来るか、って?」

少年「あぁ…まあ襲ってきた奴らだってあいつに操られてただけで悪意があるようには見えなかった」

少年「むしろ助けてくれる妖禍子さんがいるくらいだし…」

夢見娘「………」

猫又娘「えへへ…」

幼女「…であれば、よいのであろう」

幼女「創造主よ、そなたが其れを忘れずにいれば、人の世の心地は変わって行ける」

幼女「…そう信ずるに値する」

少年「………」
390 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:04:51.39 ID:Yxrt9fKO0

幼女「……我も、そなたに謝罪せねばなるまい」

少年「…?」

幼女「――現世に戻した女。其の命、再び消ゆる事」

幼女「対価を欲したにも関わらず、間に合わせられぬ事」

少年「………」

少年(…少女さん…)

幼女「女の魂魄は…湖沼の底へと戻った」

幼女「あの湖沼には浮かぶ事の無い数々の念が漂っていたが」

幼女「今や一つとして残っておらぬ。何にも邪魔されず、洗われてゆく事だろう」

猫又娘(驚きだ……この子に人を生き返らせる力まであったなんて)

猫又娘(……だったら……そう願えばキミともう一度会うことも……)

猫又娘(………)

猫又娘(…いや、そうじゃないよね)フゥ...

派手娘「……」

派手娘(…善悪がないって何よ。そんなの無機物と変わらないじゃない)

派手娘(んなこじ付けに納得しろなんて…)

幼女「人間」

派手娘「…あたし?」

幼女「約束しよう」

幼女「人の――そなたの領域への侵食が金輪際無い事を」

幼女「人間との衝突は負の結果を生む。我等の存在の固定化が何時終わるかは分からぬ。だが、其れまでは此処で揺蕩い続けようぞ」

派手娘「それで…この町の守り神ってわけ?」

幼女「……我は、斯様な在り様しか見えぬのだ」

派手娘「………」
391 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:05:40.54 ID:Yxrt9fKO0

幼女「閑話休題」

幼女「…猫又よ」

猫又娘「うん、もう十分。サンキューね」

幼女「では…封印は一度に一つずつ」

幼女「先ず其の書物を、此方へ」

少年「はい、どうぞ」

幼女「……」スッ



...フワァ

ヒュウウゥゥ

フッ...



少年(光が湧いたと思ったら…ノートが消えた)

猫又娘「おぉ…綺麗…」

幼女「苦痛は無い」

幼女「次は――」

猫又娘「はいはい!私が先!」

派手娘「バカなの?給食のデザートじゃないのよ」

猫又娘「あれ?なに?心配してくれてるん?あ!もしかして私が居なくなると寂しいとかー?」ニヤ

派手娘「チッ…うざい…」

少年「――僕は、寂しいよ」

猫又娘「……」

少年「猫又娘さんが居てくれてから、ここまで来れたんだし……少女さんと仲直りするのだって……」

猫又娘「少年君」

少年「!」

猫又娘「湿っぽいお別れはなし!そんな長々と喋んないで、一言にぎゅっとまとめておくれよ」

少年「一言…??」

少年「…さようなら?」

猫又娘「んーん」

少年「お元気で」

猫又娘「変わってないなぁ」

少年「えー……」

少年(……!)

少年「…ありがとう」

猫又娘「いぇい♪」ピース

猫又娘「じゃー、封じちゃってくださいな」

幼女「……」スッ
392 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:06:30.29 ID:Yxrt9fKO0



猫又娘(人間社会は難しい)

猫又娘(色んなものがない交ぜになってて、ぐちゃぐちゃで、最初はびっくりしたっけ)



...フワァ



猫又娘(でも、キミが楽しい処世術を教えてくれたから)

猫又娘(……テストの点数は悪かったけど、私の生き方は何点だったんかなぁ)



ヒュウウゥゥ



夢見娘「……」

ポワァ...



猫又娘(………)

『――なんで暗い顔してるん?笑って笑って!』

猫又娘(……え?)

帽子『へへへっ』

猫又娘(あ……なんで……?)

帽子『お疲れ様』

帽子『僕の代わりにみんなを笑わせてくれたんだって?よく頑張ったね』

猫又娘『……っ……』

タッタッタッ! ギュッ

猫又娘『うん…うん…!頑張った…!』ギュー

猫又娘『私頑張ったんだよ…!』

猫又娘『だって!キミとまた、一緒に笑いたかったから…!』ポロ..ポロ..

帽子『とか言いながら泣いてんじゃん?』

帽子『僕と笑うんでしょ?ほら、せーの!』

帽子『にひひ』ニコッ

猫又娘『……にひひっ』ニッ



フッ...


393 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:06:56.43 ID:Yxrt9fKO0

子猫「……」

子猫「」クシクシ

少年「猫に、変身したのか?」

幼女「其奴は既にただの猫だ」

子猫「……」

ダッ

スタッ、スタッ、スタッ...

少年(行っちゃった…)

派手娘「…あんた、今何したの?」

夢見娘「……夢を見せた……」

夢見娘「それだけ……」

夢見娘「……」...テクテク

少年「…夢見娘さん!」

夢見娘「………」

少年「ずっと僕たちを助けてくれてたんだって、聞いたよ」

少年「ごめん…勝手に僕が作り出しておいて、僕たちの都合で封印なんてさ…」

夢見娘「……私は、きみのものだから、いいの……」

少年「でも…」

夢見娘「……少年くんが私のことを考えてくれた。それだけで嬉しいから」

夢見娘「……」ニコッ

少年「…!」

夢見娘「……お願いします……」

幼女「…もうよいのか?」

夢見娘「……」コクリ

幼女「……」スッ



夢見娘(……いつか……)

夢見娘(きみと同じ、人として生まれ変われたら……)

夢見娘(その時は、きみと一緒に……)



...フワァ

ヒュウウゥゥ

フッ...


394 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:07:36.35 ID:Yxrt9fKO0

少年「………」

幼女「………」

派手娘「………」

少年(これで、今度こそ終わった…?)

幼女「…後ろを見よ」

少年「?」フリムキ

少年「あ…」



(地平線に僅かにのぞく太陽)



少年「朝が……来たんだ」

派手娘「………」

派手娘「……」ザッザッ



ザッザッザッ...



少年(!…派手娘さん…)

少年(ろくに話せなかったな)

幼女「そなたも帰るがよい。直、世の再生が始まる」

幼女「…我が為せるのは此処まで。最早この場所に留まる意味はない」

幼女「さらばだ」...スッ

少年「…あ、あの!」

幼女「……」チラ

少年「さっき、少女さんはあの池に戻ったって言ってましたよね」

少年「それは…少女さんも封印されちゃったってことですか?」

幼女「……」

少年「また会おうって、言ってくれたんです」

少年「少女さんは、また戻ってこれるんですよね…?」

幼女「………我の力のみでは、不可能だ」

少年「……そう、ですか」

幼女「だが」

幼女「嘗てそなたが見せた意思を超え、想い続けられるのならば、或いは」

少年「想い、続ける…」

少年「……それが出来たらどうなり――」

シーン...

少年(…いない…)
395 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:08:08.66 ID:Yxrt9fKO0

少年「……」

少年「……」

少年「………」

少年「………」ミアゲ



(昇りつつある朝日)



少年「……眩しいな」

少年(僕にとってのきみは、この太陽みたいなものだったのかもしれない)

少年「…いや、ちょっと違うか」

少年(太陽に手は届かないけど、きみの手を握ることは出来たんだ)



スッ(手をかざす)



少年「僕の声、聞こえる?」

少年「待ってて。今度は僕がきみの手を引っ張ってさ、連れ出してあげる。きみをひとりにはしないから」

少年「"大丈夫、約束でしょう?"」

少年「だから、また――」





あの綺麗な声で笑って欲しい。




396 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:37:41.77 ID:Yxrt9fKO0
■終幕 友達■


ーーー9月3日 学校ーーー



ガヤガヤ



「おはよ!」

「久しぶりー!なんか焼けたね?」

「夏休み中ずっと外で部活してたからさ〜」



ワイワイ



少年「……」テクテク

「あ、先生おはようございます」

教師「おう、おはよう。結構遅刻ギリギリだぞ?始業式の日だからって甘く見てはもらえんからな」

「はーい」

少年「……」テクテク

少年(…皆、すっかり元通りだ)

少年(何事もなかったみたいに学校へやってきて、前と同じ日々を過ごしていく)

少年(事実、皆にとっては何もなかったんだろうけど…)

少年「……」テクテク

少年(夏休みの間、僕は少女さんを探し続けた)

少年(神社には勿論、あの池にも学校にも足を運んだ)

少年(結果は言わずもがな。手掛かりを見つけるどころか、日に日に薄れていく彼女の痕跡を忘れないようにするだけで精一杯だった)

少年(…いつの間にか、少女さんのLINEが消えていた。登録していたはずの電話番号も)

少年(少女さん家を訪ねてはないけど、行ったところできっと……)

少年「………」テクテク

少年(それでもきみは確かに存在していたんだ)

少年(きみから預かったこのバットが、それをはっきりと主張してくれる)

少年「……」テク...



(教室のドア)



少年(……)

ガラッ

「!…なんだ少年か。先生が来たのかと思ったぜ」

「なぁそれより続き話してもいいか!?夏祭りで見かけたそのめっちゃ可愛い子がさ──」

ザワザワ



(空いた少女の席)



少年「………」

少年(……だよな)
397 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:42:43.38 ID:Yxrt9fKO0

派手娘「ちょっと、邪魔」

少年「あ、ごめん」ススッ

派手娘「ボケッと突っ立ってないでとっとと席着けば」トットッ

少年「…うん…」

トットットッ

少年「……」

同級生A「そんでよー、──!」ペチャクチャ

同級生B「またあのアホから──」ケラケラ

少年(あいつらに絡まれなくなったこと以外は、進級したての頃と変わらないな)

少年「……」

少年(…前、何をして過ごしてたっけ)

教師「うーっす。HR始めるぞ」ガララ

教師「お前らちゃんと勉強してたかー?夏サボった奴は冬にかけてやらんと本当に行けるところなくなるからな?」

派手娘「……」フテブテー

教師「…派手娘」

派手娘「なんですか?」

教師「足、直しなさい」

派手娘「………」

ガタン

教師「連絡事項と配布物が大量にあるから、ちゃっちゃと片付けてく──おっと、まず出席か」

教師「あー、初っ端から来てない奴がいるな。あいつは夏期補習もサボってたなそういや…」

教師「まあいい」

教師「同級生A」

同級生A「うぃ」

教師「同級生B」

同級生B「はーい」

教師「二つ編み」

二つ編み「はい」
398 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:44:26.99 ID:Yxrt9fKO0

少年(…やっぱり、もう一回トドノツマリ様に掛け合ってみた方がいいのかな)

少年(あの人だけじゃ難しいって言ってたけど、もうそれくらいしか僕に思い付くのは──)

教師「猫──」





ダッダッダッ ガラッ!





猫又娘「ごめんなさーい!遅れましたー!」





少年「!!」

派手娘「……はぁ…?」

少女「もう…どうせ遅刻なんだから歩いてっても変わらないのに…!」ゼェ..ゼェ..

猫又娘「えー?出席終わるまでに着いたらセーフだよ!それくらいおまけしてくれるよね、先生!」

教師「ダメだ」

猫又娘「」ガーン

少女「ほら」

教師「ま、その心意気は褒めてやろう。早く席に行け」

猫又娘「うー…」トボトボ

教師「猫又娘、お前は後で職員室だ。夏の補習の件について話がある」

猫又娘「あんまりだっ!」

教師「自業自得だ」




399 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:46:47.23 ID:Yxrt9fKO0
ーーー始業式後ーーー

猫又娘「うぇー…少女さーん、信じらんないくらいの量の追加課題出されたー」

少女「気の毒にね。応援してるよ」

猫又娘「手伝ってー!」ウエーン

少女「無理だよ!ぼくも夏の課題全然やれてないのに」

少女「訊くならちゃんと夏休み満喫してた人にしなくちゃ」

少女「ね、少年君」

少年「……あ」

少年「え……少女、さん?」

少女「なに?」

少女「…お」

カラン

少女「バット、ちゃんと持っててくれたんだね」

少女「ありがと」フフッ

少年「ほ、本物?」

少女「……うん」



少女「約束。また会えた」



少年「──!」バッ

──ピタッ...

少年(…あっぶな)

少女「わ…よく自制してくれたね。教室の真ん中で抱き着かれるのはさすがにぼくでも恥ずかしいよ」クスッ

少年「ご、ごめん」

少年「でもなんで…いつから…?」

少女「気が付いたのはついさっき」

少女「起きたら今日だったんだ。戻ってこれたのが本当に今日なのか…そこはあんまりよく分からないけど、すくなくともあの日から今日までの記憶は無いし、宿題も真っさらだったから」

猫又娘「夏の補習もサボってることにされました…うぅ…」

猫又娘「だからせめて遅刻だけは避けたかったのにぃ…」

少女「夏休み過ごせてたところであなた、宿題なんてやらなかったでしょうに」

猫又娘「そそそ、そんなことないよ!生まれ変わった私の切れ味、甘くみてるなっ!?」

少年「切れ味ってそういう使い方するっけ…」

派手娘「ふーーん?是非見てみたいものね」

猫又娘「」ビクッ

猫又娘「やー…どーもどーも」アハハ...
400 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/18(火) 23:51:05.65 ID:Yxrt9fKO0

派手娘「どうせあのインチキマジックでお茶を濁すだけでしょうが」

派手娘「しかも、なーにさも何でもありませんでしたって顔で居るのよ。封印されたんじゃなかったの?」

猫又娘「封印されたんはさ、妖禍子じゃん?」

猫又娘「だから私も少女さんも人間の部分だけがこうやって戻ってこれたと思ってるんだー」

猫又娘「…まあつまり、私のマジックパワーはもう使えないんよね…」トホホ

派手娘「へぇ、そういうこと」

ガシッ

猫又娘「…にゃ?」

派手娘「じゃあ小賢しい真似はもう出来ないのね。残念だわー、あんたの手品楽しみにしてたのに」ニコニコ

猫又娘「ははは…それはどうも」

猫又娘「あの、この手は…?」

派手娘「ん?安心しなさい。最低限の勉強くらい、あたしが直々に仕込んであげる」ニッコリ

猫又娘「遠慮しますっ!!?」

派手娘「あんたのためを思ってやってやんだから感謝して欲しいわねー」ズルズル

猫又娘「いーやーだー!そもそも仕込むってなにさ!?教える、じゃないん!!?」ヒキズラレー

タスケテー!

少女「あーあ、行っちゃった」

少女「ま、あれくらい荒療治しないとやるようにならないから丁度いいかもね」

少年「………少女さん」

少女「ん?」

少年「また、よろしく」

少女「……」

少女「…友達として?」

少年「え?それはどういう…」

少女「ふふっ。さぁ?」

少年「なんだそれ…!気になる、教えてくれよ!」

少女「知らなーい。きみから言ってくれないならぼくも教えないよ♪」

少年「なっ…」

少年「………僕は………ただ、きみが………」

少年「……………」
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/18(火) 23:53:31.18 ID:Yxrt9fKO0

少女「…ね」

少女「今日、久々に二人野球しに行こうよ」

少年「!…いいけど」

少女「猫又娘さん、二つ編みさんと、派手娘さんも誘えば来てくれるかな?」

少年「それもう二人ではないよね…」

少女「始まりはきみとぼくの二人だったんだから"二人"でいいじゃない?」

少女「それより、さ!」



ギュッ(手を握られる)



少年(…あ)

少女「声かけに行かないと、二つ編みさん帰っちゃう」

少女「行こ?」

少年「…行くか」


402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/18(火) 23:54:51.92 ID:Yxrt9fKO0





『9月13日  眩しいくらい、夏晴れ

少女さんが案外、ずるい一面を持っていることを知った。包帯を着けていた頃の彼女は何となく大人しかったけど、今日は大分はしゃいでたのかな?でもそんなとこもひっくるめて、僕は……』





パタン

少年「………」

少年「………」

少年「………」

少年「……」フ...




403 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/19(水) 00:13:49.37 ID:qYbXnGr+0
ーーーーーーー

「C、帰ろうぜ……ってなんでそんなに菓子ばっか持ってきてんだ?」

同級生C「あれ…本当だいつの間に」

「どんだけ腹減ってたんだよ」

「ちょっと俺にもくれない?」

同級生C「おぉ、いいよ。あんま取り過ぎんなよ?」

「わーってるって。これとか懐いな〜。俺こっちのやつ好きな──…?お前、泣いてんのか?」

同級生C「え…?」ツー...

同級生C「は?え?なんだこりゃ…」ポロポロ

「お、おいおい…悪かったよそんなにお気に入りの菓子だと思わなくて…」

「馬鹿か、そうじゃねぇだろ絶対。どうしたんだよ?」

同級生C「分っかんね。なんだろうな」ポロポロ

同級生C「…あ、これあれだ。何となくだけどさ」ポロポロ

同級生C「──すっごい好きなものを、失くした気分、だ…」ポロポロ

同級生C「なん、だろうな…ほんと……」ポロポロ...

「何があったか知らんけどさ、元気出せよ」ポンポン

「話くらいなら聞いてやるぜ」

同級生C「……サンキューな……」




404 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/19(水) 00:15:02.09 ID:qYbXnGr+0
ーーーーーーー

二つ編み「お二人に話があります」

二つ編み父「おー、どうした?」

二つ編み母「あんまり暇じゃないから手短にね」

二つ編み「わたし、祖母の家で暮らします」

二つ編み母「……は?」

二つ編み父「…本気か?」

二つ編み「諸々の手続きはこちらの方で進めておきました。後はお二人の承諾と印鑑だけです」スッ

二つ編み「金銭のことでも一切あなた方に迷惑をかけないので安心して下さい」



ーーーーー

少女「──それ、あなたが我慢する必要ないよ」

少女「──おばあちゃんにお話してみたら?」



老婆「──ばあちゃんの家でかい?」

老婆「──…長いこと面倒見てあげられないかもしれんけども、それでいいならうちに来なさい」ニコ

ーーーーー



二つ編み(…ありがとう)

二つ編み「今までお世話になりました」ペコリ




405 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/19(水) 00:17:47.30 ID:qYbXnGr+0
ーーー神社ーーー



……………。



スッ...



幼女「………」

幼女「……」ジッ



(長い石段)



幼女「………」

幼女(心とは誠、関心の尽きぬ代物よ)

幼女(どれ程小さき存在であろうと、その在り様で如何様にも魅せる事が出来る)

幼女(…そして其れは、人のみが持つ特権に非ず)

幼女(碧のケモノ)

幼女(彼の者も又、今際の際己が心を強く鳴らし、自らの生涯と番の影を遺していった)

幼女(前者は彼等の子へ)

幼女(後者は猫又へ。……そして彼の書物へも)

幼女(なればこそ、あの書物は創造主の強き心に惹かれ、共鳴したのであろう)

幼女「……世界は、共に在る事を選択したのかもしれぬ」

幼女(そなた達が其の可能性を魅せた様に)

幼女(…住む世界異なれど、心を通わせた二つの命が在った様に)



ーーーーー

少年「──友達に、なってくれませんか?」

ーーーーー



幼女「勇む心を持つ者よ」

幼女「人と妖禍子、共存の道を示した其の所業」

幼女「礼を言う」

幼女(…ふむ、そなた達の言葉を借りるならば)





幼女「──ありがとう」





ー終わりー
406 : ◆7jwTcAQqF.Dj [sage saga]:2020/02/19(水) 00:26:07.52 ID:qYbXnGr+0
以上で完結となります。

元にさせていただいたのは、sasakure.UKさんが出しているアルバム「摩訶摩謌モノモノシー」と「不謌思戯モノユカシー」に収録された楽曲たちです。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
407 : ◆7jwTcAQqF.Dj [saga]:2020/02/19(水) 00:53:54.71 ID:qYbXnGr+0
長編を書くのは本当に難しいですね…。
五か月もかかるとは思いもしませんでした。
書ける人は尊敬します。

次回からはまた百数レスほどのSSに戻ります。
次回は以前書いた、

  少女「お兄、すき」男「そうか」

の続編を投稿していこうと思います。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/30(土) 15:25:48.80 ID:yAByYbc8O
執筆お疲れ様でした。
私も3年程前にsasakure.ukさんのア(マ)ヤカシシリーズに魅せられて何回も曲を聞き、様々な人の考察を探し、sasakure.ukさんのインタビューなども読み漁りました。
そのなかで自分なりの解釈や物語の展開を思い描いたものですが、こうして同じように曲を考察されて、それを文章にされている貴方の作品を読んでみて、納得が行っていなかった点やぼやかされて分からなかった点が鮮明になった気がします。
恐らく、所々は予想に基づいて書かれているのだと思いますが、それにしても本筋としては、ちゃんと辻褄があっており、元の曲(原作)の歌詞なども踏襲されており、素晴らしいと感じました。

正直、ここまでしっかりと考察と本筋が形にされている文章に出会えて感動しています。
一人のsasakureファンとして、貴方の事を尊敬します。

二度目になりますが、執筆本当にお疲れ様でした。
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