春を売る、そして恋を知る

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 22:49:19.99 ID:jc7g5yNHO
高層ビルが並ぶ街並みの中で、一際高いタワーの上層階。そこに私の住処がある。
 
政治家や官僚、実業家に時には裏稼業の人たちも。俗に言う『ステータス』を持つ男たちに抱かれるのが、私の仕事だ。生まれた時から、それは宿命づけられていた。

私の上で、汗をかきながら腰を振っているのが今晩の客。この時間を過ごすためだけに、彼は一般人が一年かけて働くような額を支払っているらしい。一般人とかかわることがないから、あまり実感はわかない。

「気持ち良い……んっ……」

ウィスパーボイスで言葉を漏らし、足を彼の腰に絡ませる。こういう演技はオーナーに躾けられた。12で母を亡くした私を、彼は父親代わりのように育ててくれた。感謝しつつも、そのおかげで私はいよいよここから抜け出すことができなくなったわけだけど。

間もなく、男は果てた。汗で濡れた体をそのまま私の体に重ねてきて、不快感を隠すために演技のため息をついた。

今日の仕事もこれで終わりだ。お疲れ様、私。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1566136159
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 23:04:15.22 ID:jc7g5yNHO
男を部屋から送り、しばらくするとオーナーが部屋にやって来た。

四十路を超えているはずなのに、見た目はそれよりも十は若い。すらっと伸びた手足にグレーのスーツが様になっている。テレビに映れば、俳優と思われても不思議ではない。

「お疲れ様、まどか。今日もいい仕事だったらしいね」

満足気に私かけた声色は、出来のいい娘に話しかけるものなのか、それともよく躾けられたペットに向けたものなのか分からない。

返事をしない私に「反抗期なのかなぁ」とわざとらしく肩をすくめて見せた。

生まれた時から彼の下で過ごしているが、私は彼の名前も知らない。このビルの支配人であること、表向きの顔は実業家であること、そしてろくでもない人間であるということ。それ以上のことを私は知らない。名前すら。

彼は私の名前を知っているのに、決して名前を呼ぼうとはしない。『まどか』と彼が付けた名前で、まるで所有物であることを言い聞かせるかのように呼び続ける。

「何か用?」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 23:11:40.62 ID:jc7g5yNHO
「つれないなぁ、せっかくの家族団らんでもと思ったんだけど」

拗ねた振りで、彼は舌打ちして見せた。

私には父親がいない。いないというより、誰か分からないということが正しいのかもしれない。私と同じ仕事をしていた母親は、誰の子かもしれぬ私を孕んでしまった。父親が分からないままに私はこの世に生まれてきて、そしてそれからずっと、このビルで育ってきた。

だから、このビルのオーナーである彼が父親というのも強ち間違いでないのかもしれない。母親の後を継がせると、小学校を出るころ(とはいえ、私は学校に通ってはいなかったのだけど。母が亡くなったタイミングでもあった)に私を働かせ始めた彼が真っ当な人間だとは思えないけれど、少なくとも私も真っ当な人間ではないのだろうし。

そんな彼が「家族」という言葉を使ってくると、少し耳を傾けてしまう自分が自分でも嫌いだ。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 23:20:07.78 ID:jc7g5yNHO
「まどかの好きな、チーズタルトを用意したんだ。良かったら、お茶でもしないかい?」

時計の針が指さすのは日付の変更後だというのに、この時間にそんな提案をしてくるなんて。抜け目ないようで、こういうちょっと不思議な面がある。

だから私は彼を憎めない。憎めきれない。

「……いいよ」

私をこの部屋に閉じ込めた男と家族であるということに。母親の跡を継がせると決めた男と一緒に暮らしているということに。

全てのことが赦せない。

その筈なのに、受け容れてしまっている自分が、抗おうとしない自分が、一番赦せない。

外の世界に焦がれることが無駄だと分かっていて、最初から何もしていないことを自分が一番理解している。それなのに、オーナーのせいにするのが一番楽だから、私はオーナーを憎むことで自分への苛立ちを今日も誤魔化す。

……それでも、悔しいことにチーズタルトは絶品だったわけだけど。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 23:22:42.17 ID:ARHfS1OQo
きたい
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 23:25:29.51 ID:HhbFP5PHO
きたい その2
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 23:31:41.12 ID:jc7g5yNHO
タルトを食べ終えると、彼はそれが当然のように私をベッドに誘った。その日一番の『仕事』をしたと評価した子を、一日の最後に彼は抱く。

これが『家族団らん』なんて、鼻で笑ってしまう。

ユズさんはこの行為を心待ちにしていると言っていたけれど、私はどうしても好きになれなかった。私に本当の家族はいないと、改めて伝えられているようで。

オーナーの行為はいつも決まった流れで、それを守っていれば乱暴に扱われることも、不機嫌になることもない。まるで仕事のルーティーンであるかのように、彼は私を抱く。

愛情は無い。それでも、私はそれを拒むことができない。

彼に不必要だと判断されたら、私はどこに行けばいいのだろう。学校に通ったことはなかったから、同世代の知り合いなんて一人もいない。私が知っていると言えるのは、オーナーと、私と似たような境遇だったユズさんだけだ。二人ともこのビルの住人で、外のことなんて何もない。

虚しくなるだけの行為であっても、私は彼に求められるために抱かれる。そのために生きている。

薄皮越しに、彼が満足したのを感じた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/18(日) 23:55:51.96 ID:Q++LUeiVO
昨日の最後の仕事のせいか、翌朝は目が覚めるのが遅かった。既に時計の針は11時を回っていて、太陽の光が布団から出るように急かしてくる。

欠伸をしながら身支度をしていると、ドアホンが鳴った。ユズさんが「おはよう、お姫様」とモニター越しに挨拶をしていて、それを確認した私はドアを開場して彼女を招き入れた。

「おはよう、ユズさん」

ファンデーションを塗りながら彼女に挨拶をすると「まだ十代の小娘がお化粧なんかしちゃって」と茶化された。そういう彼女だってまだ二十歳になりたてだというのに、既にかなり大人びたメイクを纏っている。

「今起きたんでしょ? ブランチしようよ」

昨日といい、今日といい、よく食事に誘われるものだ。しかし、オーナーに誘われるのとユズさんに誘われるのでは、嬉しさはかなり変わってくるのだけど。

手に持っていたランチボックスの中には、お手製のサンドイッチが入っていたらしい。それを開けて、テーブルに広げると、彼女は勝手知ったる我が家のように私の食器棚を漁ってティファニーのティーカップを二つテーブルに並べた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 00:06:09.97 ID:wMUcUiBSO
彼女が甲斐甲斐しく食事の準備をしてくれている間に、私もメイクを終了させた。よし、と満足をしてメイクボックスの箱を閉じると、ユズさんから「ナイスタイミング!」と声をかけられた。

「さ、食べましょ」

今日のサンドイッチはたまごサンドとBLTという定番のものだった。私たちの部屋にはそれぞれキッチンも備えられているけれど、自炊をしている人たちがどれほどいるのかは分からない。私だって、ユズさんがこうしてお茶を淹れてくれる以外にはキッチンを使ったことがない。

手料理を作ってくれる唯一の存在で、オーナーが父親代わりならユズさんは母親代わりみたいなものだ……と以前話したら、「私はそんな歳じゃない!」と怒られたものだ。

「うん、美味しい」

「でしょう! レタスはね、私が育てたのよ」

話を聞くと、どうやら室内の水耕栽培で育てたらしい。お客さんを招き入れる部屋でよくもまぁ、と思いはすれど、それは口にせずに素直な感想だけを口にした。

「やっぱり、ユズさんの料理が一番だね。優しい味がする」

「そんなこと言ったって、レタスしか出ないよ?」

あはははは、と笑いながら食事を進めていくとあっという間にランチボックスは空になった。外出のできない私たちの楽しみは、ほぼ全てが食になっていると言っても過言ではない。

「ご馳走様でした」

二人で手を合わせると、ユズさんがわざとらしくため息をついた。

「華の十代に、若い美女の二人の楽しみが食べることだけなんてね……」

「良いじゃん、私はユズさんの料理食べてるときが一番幸せだよ?」

「嬉しいこと言ってくれるじゃなーい!」

オーバーリアクションで私の両肩をつかんで揺らしてきた。危ない、お茶こぼれるからね。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 00:12:35.11 ID:wMUcUiBSO
ひとしきりそれをやってしまうと、満足したのか「そうじゃなくて!」と話を転換させる。

「私たちだよ? 麗しい美女だよ? なのに恋の話の一つや二つ……あっても良いじゃない」

「ユズさんはオーナーのこと、好きなんでしょ?」

物好きだな、というのが率直な意見ではあるけれど口にはしない。

以前、オーナーに抱かれた後に自棄になったのか、酔っぱらったユズさんが夜中に私の部屋に押しかけてきたことがあった。

「私以外の女だって、まどかだって抱いているのを知ってるのに」

「でもやっぱり抱かれて幸せだった」

「オーナーからするとただの性欲処理でしかないのにね」

「それで幸せに感じる私って何なの」

「辛い」

酒臭い息で、そんな言葉を漏らしてきた。

辛いなら止めれば良いのにと言ってしまったら、「恋ってそういうもんじゃないでしょう!」と強く窘められてしまった。それ以来、彼女の恋愛には口出しをしないということを心に誓っている。

「好きだけどぉ、何かもっとこう……純粋にキュンキュンしたいっていうかさぁ」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 00:19:52.33 ID:wMUcUiBSO
「オーナーとは違うの?」

「オーナーには何ていうか……好きだけど辛い、でもやめられない! っていう感じかな。ほら、太るって分かってても夜中に甘いもの食べたくなっちゃう感じっていうか」

昨夜を思い出すような喩えに少し焦りつつも、それには納得してしまった。ダメだと分かったうえで、それでもやめられないらしい。とはいえ、それを人に対して抱くことが恋愛感情であるというのなら、やはり私にはそれが欠けているらしい。

「まどかはさ、良い人いないの?」

「いるわけないじゃない。会う男の人、みんなお客さんだよ」

「でも中には俳優だったり青年実業家だったり、若くてかっこいい人もいるでしょ?」

そういう人たちもゼロというわけではない。テレビで見たことのある人が、お客さんになたこともある。ただ、この仕事で会ってしまうとそれ以上の関係性にはならない。なり得ない。

最初がゴールになっているからかもしれない。お金を払ってセックスをするために会っているのであれば、あちらもこちらも好意を抱こうが抱くまいがやることは同じだ。

「無いね。お客さんとは絶対に、そういうことにはならない」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 00:21:12.18 ID:wMUcUiBSO
とりあえず今日の更新はここまでです。
前作があまりに長すぎたので、今作はできるだけ中編程度に収めたいなという願望。。

>>5
>>6
ありがとうございます。励みになります。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 08:16:45.42 ID:NQ1K5SrnO
それに、恋ってどんな感情か分からないもん。

かっこいい、優しい、いい人。それだけでは恋になり得ないなら、何を以て恋になるのだろうか。

「恋ってよく、わかんない」

そう漏らす私に、ユズさんは「ま、そのうちいい人が見つかれば分かるよ」と慰めるように言った。

「ユズさんにとって、オーナーは『良い人』なの?」

うーん、と悩む振りを見せて、オーナーは口を開いた。

「いい人……『良い人』ではないかな。自分の商品に手を出すし。平気で他の男に抱かせるし」

ならばなぜオーナーをと口を開きそうになったところで、ユズさんは言葉を続けた。

「でもね、私にとって『好い人』ではあるの。善人ではなくても、私は彼が好い」

感覚なんだけどね、と恥ずかしそうに付け足された。

その感覚が分からない私にとっては遠い世界のような話だ。

「いつかまどかにもそういう人ができるよ」

ユズさんはそう言うけれど、こんな生活の私に「好い人」が見つかるとは思えない。恋を知る機会は、私には一生無いのかもしれない。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/19(月) 18:31:41.94 ID:NFiIwucU0
ユズさんはそう言ったけれど、そんな人に出会える気配はどこにもない。

それからも連日連夜、見知らぬ男に抱かれる、抱かれる。お互いに恋慕や愛情なんてものはない。欲を満たすために、仕事を果たすために裸になって絡み合う。

会う度に「可愛いね」「綺麗だね」と声をかけられるのも、私からのサービス向上を期待してのものでしかない。私はどうやら綺麗らしく、他の女の子より優先して男を回される。そして、そんな男達はこぞって私の容姿を賞賛する。ハルさんの方がよっぽど美人だと思うのに。

新しい客でも、何度も見た顔であっても、私のやるべきことは変わらない。彼らの欲とプライドを満たしてあげることだけだ。どんな相手でもそれは変わらない。美醜も年齢も資産も。

「はー、これまたえらい別嬪さんで」

ドアを開けて対面した今日の客も、今まで何度も聞いたような言葉を最初に口にした。

まだ若く、私と同世代か、少し上くらいの見た目だ。オーダーメイドであることが一目で分かるようにフィットしたウィンドウペーンのジャケットが、育ちの良さを主張していた。

「こんばんは、まどかです」

部屋に招き入れて、私は彼に微笑みかけた。
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