男「恋愛アンチなのに異世界でチートな魅了スキルを授かった件」 3スレ目

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438 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:13:13.81 ID:BIBN/nXW0

女(魔神が女の子である)

女(衝撃的な情報ではあるが、各自どうにか飲み込むことは出来たようだ)



姉御「まあ女神様も人間ってくらいだからねえ」

姉御「それは分かったけど、疑問はまだまだある。話を続けてもらえるかい?」

姫「もちろんです」





姫「その女の子が授かった固有スキル『囁き』」

姫「その効果の全貌は不明ですが、明らかになっているものでいうと他人の秘めていた欲望を解放させて、それに従って生きるように唆すことが出来たそうです」



姉御「欲望に従って……つまり精神攻撃の類でいいのかい。そんなんで世界を滅亡させることなんて出来るかね」

姫「簡単ですよ。人間、誰だって欲望を理性で押し込めて生活しているんです」

姫「個々人がそれぞれの欲望だけに従って生きたら、社会は立ち行きません」

姫「直接破壊するよりもよっぽど簡単に世界を滅亡させることが出来ます」

439 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:13:43.07 ID:BIBN/nXW0

女(姫さんの話はなるほどだ)

女(例えば何かを食べたいという欲があったとして。その欲を手っ取り早く満たそうとしたら、それを持っている人から奪えばいい)

女(しかし人の物を奪うのは良くないという理性があるから、お金を出してそれを買う。そういう風に社会は出来ている)

女(誰かが憎い。だから殺す。そんなことが横行する社会に未来はない)



女(男君の『今の俺はいつも以上に俺だ』という言葉もなるほどだ)

女(自分の欲望に従って行動する、それはある意味一番素に近い状態だから)

440 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:14:29.54 ID:BIBN/nXW0

姫「さてそんな『囁き』のスキルを持った女の子ですが、幼き彼女にスキルの制御は出来ませんでした」

姫「周囲の人間に見境無くスキルをかけてしまう状態だったようで……」



姫「最初の犠牲者は女の子の父親でした」

姫「『囁き』を受けた母親が日頃の不満から来る仄暗い欲望を解放させて父親を刺したんです」

姫「次の犠牲者はその母親でした。父親を刺してしまった自己嫌悪をスキルが肥大させて自殺したようです」



姫「不幸中の幸いであるか災いであるかは判断が付きかねますが、幼き女の子には自分がしでかした事の大きさを理解する力も、善悪を判断する知性もまだ備わっていませんでした」



姫「そのため、二人を心配して様子を見に来た村人たちにも『囁き』はかかってしまい、悲劇は連鎖的に広がっていって……最終的にその村は女の子一人残して全滅しました」



441 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:15:21.90 ID:BIBN/nXW0

姫「もちろんその時点で時の世の中も対処に動き出しました」

姫「大規模な被害を把握していて、その女の子をどうにか確保する算段は付いていたとも言われています」



姫「そういう意味では姉御さんの言ったとおり『囁き』だけでは世界を滅亡させるのは難しいというのも当たっていますね」

姫「しかし、ここで人類にとって最悪の出会いが起きました」

姫「女の子と魔族の集団が出会ってしまったんです」



姫「魔族は別世界の住人です」

姫「それがどうしてこの世界にいたのか……書物には推測として誰かが呼び出してしまったのだと書かれていましたが、真偽は不明です」



姫「その出会いによって魔族にも『囁き』がかかってしまい、その破壊衝動を思う存分に振るい世界が滅亡するか………………」

姫「といった直前、女神様とその仲間たちが立ち上がり魔神を封印した」



姫「これが太古の昔に起きた『災い』の全貌だそうです」

442 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:16:05.41 ID:BIBN/nXW0

女(『囁き』。欲望を解放するスキルを持った女の子を中心とした悲劇が語り終えられる)

女(そう考えると魔族も巻き込まれた側ではあるのだろう)

女(欲望を持っていたことだけで罪になるわけではない)



女(しかし疑問が残る。私たちが出会った復活派の魔族。彼女が言っていた言葉)



魔族『魔族の悲願は一つ。太古の昔、封印された魔神を復活させてこの世界を滅ぼすことだ』



女(そのような大層な使命感はどうにもちぐはぐに思えてくるんだけど……)

443 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:16:35.02 ID:BIBN/nXW0

秘書「大昔の出来事は分かりました。現代の話に戻りましょう」

秘書「話によると男さんに『囁き』がかかっていたということですが、しかし魔神は封印されているはずでしょう?」

秘書「ならば不可能ではないですか?」



姫「これは私の推測ですが、学術都市で女さんたちは宝玉を提供して研究に手伝ったそうですね」

姫「つまり集まれば集まるほど力を増す宝玉を長期間一カ所に留めてしまった」

姫「そのせいで周囲が他の世界と繋がりやすい状態になっていたのかもしれません」



姫「そして女神様の『魅了』と魔神の『囁き』は表裏一体のような存在です」

姫「愛を広める前者と欲を広める後者で」

姫「魔神と女神様は何度も戦場で相見えたそうです……そのときにスキル同士に繋がりが生じたのでしょう」

444 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:17:02.94 ID:BIBN/nXW0

秘書「スキル同士に繋がり……そのようなことがあるんですか? 聞いたこともありませんが」



姫「ですから推測です。そもそも固有スキルは絶対数が少ないせいで不明なところも多く、女神様自身にも分からないところがあるとは書物に書かれていました」

姫「それでスキル同士の繋がりを起点に魔神は別の世界から男さんに語りかけて『囁き』のスキルをかけた」

姫「女さんが聞いたという男さんの独り言ももしかしたら魔神に対する応答だったのかもしれませんね」



女(言われてみると男君の独り言は誰かと話している……そんな感じだったようにも思える)

女(話をまとめると魔神は封印されたまま男君にスキルをかけることが可能だったというわけだ)



姫「『囁き』と魔神についての話はもう大丈夫でしょう。次は……」

秘書「私から話してもいいでしょうか」

姫「どうぞ」



秘書「話というのはこの一週間について。私はちょうど王国支部の方に視察の形で出向いていたんです」

姫「ということは……男さんがどのように王国を転覆させたのか見てきたんですか?」

秘書「ええ、その通りです」

445 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:18:41.40 ID:BIBN/nXW0

秘書「商会というところは様々な情報が入ります。最初はちょっとした違和感でした」

秘書「いつも時間通りに来る人が来ないだったり、兵舎が騒がしい、武器の発注が多いなど」



秘書「それでも平穏は保っていて……しかしある朝方突然鳴り響いた爆発音に私は飛び起きました」

秘書「報告を受けるとどうやら王都内で兵士同士が戦っているようだと」



秘書「これは後の調査で分かったのですが、男さんは最初王国内で暗躍していたようです」

秘書「魅了スキルを使い軍の下の方から支配を出来るだけ広げていった」

秘書「女性兵士には問答無用、男性兵士には賄賂なりなんなりで寝返らせていく」



秘書「ですがあるラインからは国への忠誠心が高くなって工作が効かなくなった。だから直接の武力で打って出たと」



秘書「結果、王都で起きた内戦は凄まじいものとなりました」

秘書「流れ弾が罪もない民を襲い……万は下らない数の民を男さんは間接的に殺したと思います」



秘書「内戦は終始男さん側が優勢でした」

秘書「勢いのまま王都にある王城に雪崩れ込み、王とその臣下を虐殺して……こうして王都内乱は終結したようです」

446 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:19:28.60 ID:BIBN/nXW0





女「………………」

女(語られた男君の所行に私は……)





姉御「話だけ聞くとよほどの大悪党だねえ。魔王と呼ばれるのも分かるというか」

気弱「姉御!!」

姉御「あっ……わ、悪い……」



女(気弱君が姉御の名前を呼ぶとハッとなって謝った)

女(二人は私が男君のことを好きだと知っている)

女(好きな人のことを悪く言われて、私が良くない想いをしないように配慮したのだろう)

447 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:20:08.27 ID:BIBN/nXW0

女「ありがと。でも、大丈夫だから」

姉御「いや、でも……ほら、あれだ! 今の男は『囁き』のせいでおかしくなっているだけだし!」



女「違うよ。『囁き』はその人の本来の欲望を解放する」

女「今の男君はいつもと違うけど、おかしくなっているわけじゃない」



姉御「それは……」

女(姉御が二の句を継げなくなる。代わりに気弱君が質問する)



気弱「女さん。思えば話し合いが始まってから、ずっと違和感がありました」

気弱「男さんが魔王になって、離ればなれになって」

気弱「なのに今の女さんは落ち着きすぎている……と、僕は思うんです」

気弱「男さんとの間に何かあったんですか? 今の女さんは何を思って行動しているんですか?」



女「………………」

女(気弱君の質問は核心を突くものだった。本当に聡い子である)

女(気付けば私に注目が集まっている)

女(あまり本題に関係ないと思って黙っていたけど……こうなったら話すしかないだろう)

448 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:20:38.99 ID:BIBN/nXW0





女「そうだね、これはまだ言ってなかったよね。駐留派と復活派の襲撃を受けた直前のことなんだけど……」



女「私、男君に告白したんだ」





449 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/03(日) 23:24:49.50 ID:BIBN/nXW0
続く。

今回投下内の補足で、種族としての魔族と、現在復活派で傭兵と共に行動している個体の名前としての魔族は別です。
ss化にあたって一般名詞に置き換えた影響でちょっとゴチャついてますね。
雰囲気で理解してもらえると助かります。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/04(月) 01:07:45.37 ID:Kg6TKnU10
乙!
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/04(月) 03:14:26.66 ID:iyFJlGs/o
乙ー
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/04(月) 05:06:59.85 ID:6FftmfH60
乙!
453 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:36:07.26 ID:4hEi4H0x0
乙、ありがとうございます。

投下します。
454 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:36:42.88 ID:4hEi4H0x0

姉御「ほう……告白かい」

気弱「お、思い切りましたね」

姫「…………」

秘書「青春ですね」



女(私が男君に告白したと明かすと、姉御と気弱君はなるほどと頷き、姫さんは顔を伏せて表情を窺えなくて、秘書さんは暖かい眼差しになっている)



姉御「で、返事はどうだったんだい?」

女「それがね、本当ちょうど返事をもらえるってときに駐留派と復活派が襲撃をかけてきて」

姉御「ああもう酷いタイミングだねえ」



女「で、さっきも言ったようにその戦闘中に男君は『囁き』にかかったんだと思う」

女「それで戦闘の後、男君は私に言ったんだ」

女「私が傷つく姿を見たくない、宝玉は自分が全て集める、私の隣にいる資格がない、告白は無かったことにしてくれ、私の気持ちは他の人のために取っておけ…………って」



姉御「………………」



女「私は……男君に拒絶されたんだよ」

455 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:37:10.48 ID:4hEi4H0x0

女(この一週間何度も思い返した男君の言葉)

女(資格なんて必要ない。ただ隣にいてくれるだけで良かった)

女(一緒に居れるなら私はどれだけ傷ついても構わなかった)



女(なのに、男君は私を一人置いていった)

女(私と男君が通じ合えていると……そう思ったのは幻想だったのだろうか?)



女(この会議に参加しているのも異世界を混乱させている事件に対処しないといけないという義務感から行動しているだけで、特に何か思いがあるわけでもない)



女(大事な会議で個人的な悩みを打ち明けたこと、未曾有の事件にどうにか頑張ろうとしているみんなに対して冷めている私)



女(何だか何もかもが申し訳なくて謝ろうとしたそのとき)

456 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:37:47.15 ID:4hEi4H0x0



姉御「えっと……それはノロケかい?」

女「……え?」



女(姉御が顔を赤くして、頬をかきながら言ったことに理解が追いつかなかった)

女(気付くと気弱君も同じで、いつもクールな秘書さんでさえ少し赤くしている)



姉御「いやだから、女と男はこれだけお互いのことを思い合っている……って自慢なんだろ?」

女「ど、どうしてそうなるの!? 私は真剣に悩んでいるんだよ! 男君に拒絶されたって!!」

姉御「いや、その拒絶っていうのも…………ああもう、アタイには無理だ! 気弱頼んだ!!」

気弱「ええっ!? 僕ですか!?」



女(今にも顔から火を噴き出しそうな姉御が気弱君にバトンタッチする)

457 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:38:37.16 ID:4hEi4H0x0

女「どういうこと、気弱君!!」



気弱「え、えっと……どう説明すればいいんでしょうか」

気弱「……そうですね、仮にですけど女さんは男さんが傷付く姿を見たらどう思いますか?」

女「そんなの見たくないよ!」

気弱「じゃあそれを防ぐための手段があるとしたら?」

女「迷わず実行する!」



気弱「それと全く同じ事を男さんもしているんですよ」

女「…………え? あれ…………そうなるの?」



女(好きな人の傷付く姿なんて見たくない。当然のことだけど……あれ、もしかして男君も同じで……)

458 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:39:12.93 ID:4hEi4H0x0

気弱「そして確認なんですけど実際男さんは女さんのことを置いていった」

気弱「それは事実なんだと思いますけど……そのとき別に一緒にいたくないだとか嫌いだとか言ったわけじゃないんですよね?」



女「う、うん。俺には隣にいる資格が無いって言っただけで……告白の方も気持ちは嬉しいけど、無かったことにしてくれって」

気弱「いや、もう答え言ってるじゃないですか。気持ちは嬉しいって……嫌いな人から好かれて嬉しい人なんていませんよ」



女「……え? ……えっ!?」

女「で、でもだったらどうしてその気持ちは他の人のために取っておけなんて言ったの!?」



気弱「そのとき既に男さんは魔王になる決心をしていたんだと思います」

気弱「魅了スキルをフル活用しても茨の道であることは想像が付くその手段」

気弱「結果的に成功しましたけど、途中で倒れる覚悟もしていて」

気弱「そのときに好きな人の気持ちをずっと自分に縛り付けたくないからそう言ったんだと…………」



気弱「ああもう、解説する僕の方が恥ずかしくなってきたじゃないですか!!」



女(珍しく声を荒げる気弱君。姉御同様顔から火を噴き出しそうなくらい真っ赤だ)

459 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:39:48.08 ID:4hEi4H0x0



女「ってことは……男君はそれだけ私のことを好きだってこと!?」

女(そう思うだけで、私の心は小躍りしたくなるくらいに舞い上がる)







気弱「はぁ……どうしてこんなことも分からなかったんでしょうか?」

姉御「……あーそういえば、女は元々恋愛においてはクソ雑魚メンタルだったねえ」

姉御「そして男は女友も一緒に連れて行ったんだろう? そのせいで外から指摘する人がいなかった」

気弱「なるほど……ってことは、女友さんはずっとこんなことしてきたんですか」

姉御「ということだろうねえ。今度会ったら労ってやろうか」

気弱「ですね」



女(気弱君と姉御が何か言っているけど、私の耳を素通りしていく)

460 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:40:15.73 ID:4hEi4H0x0



姫「なるほど指摘はもっともかもしれませんが……現実問題として、女さんが男さんに置いて行かれた事実は変わりませんよね?」



女(そのときずっと黙っていた姫さんが口を開いて……その言葉は素通りしなかった。私は突っかかる)



女「聞いてなかったの、姫さん? 男君は私が好きだからこそ置いていったんだよ」

姫「ただの推測でしょう。本当は女さんに呆れて置いていった可能性だって否定できません」

姫「男さんは優しいですから言葉をオブラートに包んだだけです」



女「そっちこそ推測じゃない。男君は私のことが好きなの。それが決定事項なの」

姫「告白に答えてもらえなかったのに、ですか?」

女「ぐっ……それは……」



女(言い詰まる私に、姫さんはさらりと言った)

461 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:40:43.06 ID:4hEi4H0x0



姫「結局男さんから直接言葉にされていない限り、状況証拠でしかありません。確証にはなり得ません」

姫「ですからさっさと告白の返事をもらってきてください」



女「……え?」

姫「女さんがさっさとフラれないと私がアタックしにくいじゃないですか」



女「で、でも……男君は告白を無かったことにしてくれって」

姫「そんなの聞いてなかった、で済ませればいいんですよ」

女「ご、強引すぎない……?」



姫「大体乙女が勇気を出して告白したのに、答えない方が悪いんですよ」

姫「男さんが100で悪い上に勝手なこと言ってるんですから、こっちだって勝手なこと言えばいいんです」



女「…………」

姫「何ですか、黙って」

女「えっと……ありがとね」

姫「礼を言われる筋合いはありません。私は私のために動いているだけです」



女(姫さんはそう言ってのけるとプイと顔を背ける)

462 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:41:12.21 ID:4hEi4H0x0



気弱「あれ、姫様ってもしかして……」

姉御「あーそういえばあいつら独裁都市でも騒動に巻き込まれたって言ってたねえ」

姉御「何か支配されてた姫様を助け出したって話も」

気弱「そのときに男さんが姫様に惚れられた……ってことでしょうか?」

姉御「状況的にそうなんだろうよ。何とも罪作りな男だねえ」



463 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:41:40.46 ID:4hEi4H0x0



女「……うん、そうだね。私、決めたよ!」

女「男君に告白の返事をもらいにいく!!」

女「そのため王国に、魔王城に乗り込む!!」



女(決意新たに私は宣言する)



姉御「まあ前向きになったことはいいことだよ。ただ、一人で乗り込むなんて言うんじゃないよ」

気弱「そうですね。今の男さんは王国の全てを掌握しています。いくら竜闘士といえど正面突破出来る勢力ではありません」

姫「そのためにも準備は整えないと、ですね」

秘書「古参商会もバックアップ出来ると思います。男さんの宣言以降、各地で起きている混乱は早めに静めたいところですから」



女(姉御、気弱君、姫さん、秘書さんの四人もそう言ってくれるのだった)
464 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/06(水) 00:42:32.58 ID:4hEi4H0x0
続く。
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/06(水) 01:03:46.47 ID:XJhjHzwHO
乙ー
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/06(水) 04:11:54.87 ID:r25qXZrpO
乙!
467 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:21:00.23 ID:islyLKZY0
乙、ありがとうございます。

投下します。
468 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:22:00.07 ID:islyLKZY0

女(魔王城に、男君のいるところに乗り込む)

女(今後の大きな方針が決まった)



女(そうだ、私は何をごちゃごちゃと悩んでいたんだろう)

女(はっきりとした言葉で拒絶されたならともかく、あんなふんわりとした言葉で私の長年の想いを否定されてたまるものか)



女(男君に告白の返事をさせる。返ってくる言葉は絶対にYESだ、みんなもそう言っているし)

女(そして恋人同士になった私たちは、色んな場所に一緒に行って、同じ気持ちを共有して、二人の思い出を紡いでいく)

女(そんな日が来るのが楽しみで…………楽しみすぎて……)



女「ねえ、今すぐ魔王城に乗り込んじゃ駄目なの?」



女(抑えきれずに私は提案していた)

469 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:22:31.21 ID:islyLKZY0

姫「はぁ……話を聞いてましたか?」

姫「男さんは今や王国の持っていた軍事力を保有しているも同然なんですよ」

姫「内戦による同士討ちで少しは削れたかもしれませんが、いずれにしても竜闘士一人で敵う相手じゃありません」

姫「各所から対抗できるだけの戦力を集めるしかないわけで、それまでおとなしく待ってください」



女「その理屈は分かっているんだけど……実際そんな正面衝突になるのかなぁ、と思って」

姫「……はい?」

女「いや、だからね。男君は私のこと大事に思っているわけでしょ?」

女「だから案外私だけで王国に向かったら、叩き潰すようなこと出来なくて、魔王城までスルっと到達できるんじゃないかな……って」



姫「断言します。有り得ませんね」

470 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:23:05.49 ID:islyLKZY0

女「いや、まあ姫さんがそう言いたいのは分かるけど……」

姫「鼻に付く言い方ですね……先ほど神妙に振る舞って損した気分ですよ」

姫「それと別に嫉妬で言っている訳じゃありません。男さんは女さん相手に手を抜くことは無いでしょう」

女「え、どうして?」



姫「その程度の覚悟で王国を支配するなんて出来るはず無いからです」

姫「女さんを置いていくことが正しいと思ったなら、簡単に翻すとは思いません」

姫「元々男さんは頑固な人ですから」

姫「私のときだって自分が犠牲になることが正しいと、どれだけ説得しても聞く耳持たずに貫こうとしましたし」



女「……そっか、そうだよね」

姫「加えて『囁き』がその思いをさらに強固にするでしょうから……本気で対抗してくると思いますよ」



471 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:23:37.07 ID:islyLKZY0

女(男君は思いこんだら頑ななところがある)

女(そのせいで私と男君は何度も衝突してきて、それを乗り越えることで絆を深めてきた)



女(今回もそれと同じ……いや、それ以上だ)

女(『囁き』の影響だけじゃない、今まで男君は私に魅了スキルをかけてしまったという負い目をいつだってどこか感じていたはずだ)

女(しかし、今やその嘘も暴かれた)

女(本気でぶつかってくる男君はとても厄介になるだろう)



女(でもそれが私には嬉しかった)

女(障害が大きければ大きいほど、乗り越えた時の報酬も大きくなる……そう思うから)

472 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:24:06.23 ID:islyLKZY0

姫「といっても男さんも今はまだ王国内外の対応に忙しいでしょうし、しばらくは私たちに何かする余裕も無いと思いますけど」

女「そっか、その内に準備を進めておきたいね」



女(男君がどんな手を打ってくるか、想像も付かない)

女(出来ることは早めにやっておかないと)



秘書「女さんが前向きになったようで何よりです」

秘書「古参商会としても各地で混乱が起きているこの状況では商売上がったりです」

秘書「何としてでも解決するよう尽力いたします」



女(秘書さんの言葉にふと疑問が沸く)

473 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:25:01.42 ID:islyLKZY0

女「そういえば魔王君臨における各地の混乱って具体的にはどういうことなんですか?」



秘書「まずは単純に王国を乗っ取る勢力の登場による恐怖ですね」

秘書「王国の武力は誰でも知っていましたから、それを圧倒する力への畏怖が一つ」

秘書「もう一つは男さんの出した宣言、宝玉を差し出すように迫ったことによるものです」



女「宣言がですか? 王国が手段を選ばないって言っている以上、抵抗するのも難しいですから、みんな普通に差し出して終わりだと思ってましたけど」



秘書「ええ。宝玉の所在が分かっている地域はその通りの対応ですね」



女「……あ、そっか。私たちが観光の町で体験したように、宝玉がどこに行ったのか分からない地域もあって……」



秘書「そういう場所では血眼になって宝玉を探す者や、急ぎ避難しようとする者、行政に対してさっさと差し出すように詰めかける者もいて……軽いパニックになっていますね」

秘書「場所が分かっていても、所有者が首を縦に振らない場所などもあるようです」

秘書「安全のためとはいえ、宝玉は高価な宝石です」

秘書「差し出せと言われて、はい分かりました、とは行かないのが人間ですから」



女「思ったより大変なことになっているんだ……」

女(他者に迷惑をかけることを嫌がる男君らしくない手段…………いや、そういう遠慮を取っ払ったのが今の男君だ)

474 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:25:31.43 ID:islyLKZY0

秘書「……。……。……」

秘書「とりあえずこれまでの会議の内容と急ぎ対抗戦力を集めるよう進言するため、私は一度商会に戻ろうと思います」



女(秘書さんが窓の外を眺めながら言った)



姫「はい。お願いします」

女「本当にありがとうございます!」

秘書「いえいえ、私に出来ることはこれくらいですから。それでは」



女(姫さんと私が礼を言うと、秘書さんはお辞儀をして執務室を出て行った)

475 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:26:05.31 ID:islyLKZY0

姫「古参商会が全面的にバックアップしてくれるのはありがたいですね」

女「私たちが宝玉を順調に集められたのも、最初に商業都市で古参商会とのパイプが出来たおかげです」

姫「独裁都市としても復興にとても協力的で助かっていますね」



女「でも商売上がったりなのにそんな協力してもらって……何か悪い気もするね」

姫「まあそれこそが古参商会がここまで繁盛した本質なんでしょうけど」

女「……?」



姫「本来なら商会にとって今は絶好の稼ぎ時なんですよ」

姫「王国に武器を売って、不安になった周辺諸国にも武器を売って、緊張下で不足した物資を値段を釣り上げて売って……」

姫「お金を稼ぐだけならこんなにも楽なことはありません」



女「そっか古参商会も色々手広く商売しているから……」

姫「ですがそうやって一時的に儲ける代わりに顧客の不興を買えば、長期的に見るとマイナスになるに決まっています」

姫「商売に大事なのは信用。それを分かっているからこそ、この非常時に多くを助けるように活動しているんでしょう」



女「私たちに協力するのもその一環ってことか……なるほど」

女(古参商会の裏にある打算……とても暖かいものに触れて、私も嬉しくなる)

476 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:26:44.52 ID:islyLKZY0

姫「とにかく早めに古参商会と連携を取れたのは助かりました」

姫「秘書さんを会議に呼んでくれてありがとうございます、女さん」

女「いえいえ、そんなこと。呼んだのは姫さんでしょう。こちらこそ助かりました」



姫「何言ってるんですか。秘書さんが女さんに誘われたって言ってたんですよ」

女「そちらこそ間違っています。姫さんに誘われたって言ってました」



姫「とにかく私は秘書さんに声をかけていません」

女「こっちこそ声をかけていません」



姫「………………」

女「………………」





二人「「………………?」」





女(二人とも首を傾げる)

女(この齟齬は……一体どういうことだろうか?)

477 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:27:25.95 ID:islyLKZY0

姉御「何だい、何だい? 結局どっちが正しいんだ?」

気弱「ちなみに言っておくと僕たちも違いますよ。連絡を受けてこの独裁都市に急ぎ向かうので精一杯でしたから」

女(気弱君の補足)





女(誰も声をかけていないとしたら……秘書さんはこの会議のことをどこで知ったのか?)

女(どうして参加したのか?)





女(ちょうどそのとき執務室の扉がドンドンとノックされ、答える前に扉が開けられた)



古参会長「秘書!! 秘書はここにいるのか!!」



女(ドタバタと慌てた様子で入ってきたのは意外な人物。古参商会の長、古参会長だった)

女(商会の本部がある商業都市にいることが多いと聞いていたので、わざわざ独裁都市まで足を運ぶのが意外ということである)

478 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:28:05.68 ID:islyLKZY0

姫「いつもお世話になっています。それにしても急な訪問ですね」

女(姫さんが立ち上がって一礼する。予定にない来客のようだが、復興の世話になっている恩もあって歓迎して当然だ)



女「秘書さんならさっきちょうど出て行って……あれ、タイミング的に鉢合っていると思ったけど」



古参会長「おぉ……良かった、良かった……! 秘書……生きておったのだな!!」



女(古参会長は感極まって涙まで流した)





女「……?」

女(事態がうまく飲み込めない。涙? 生きていて? でも……)

479 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:28:50.17 ID:islyLKZY0

姫「ええと、事情を窺ってもいいですか?」

姫「思えば先ほどもノックに答える前に扉を開けるほど慌てていて……古参会長らしくない振る舞いでしたが」



古参会長「ああ、そうだな。説明すると……事の始まりは秘書が一週間ほど前から王国支部に視察に行っていたことからだな」

古参会長「四日ほど前から連絡が取れなくなって――王国で内戦が始まったからであろう」

古参会長「私はいてもたってもいられなくて、秘書の安否を確認しようと王国には入れないでも、周辺諸国で情報でも集めるためにこの辺りまでやってきて……」

古参会長「そしたら秘書がこの地にいると聞いてすっ飛んできたのだ」



女(この独裁都市はわりかし王国から近い位置にある)

女(思えば秘書さんは内戦に巻き込まれたと他人事のように語ったが、実際かなり危険だったということだ)

女(だからこうして古参会長も心配した)



女(なるほど…………と納得しそうになったが、そうなるとまた一つ疑問が浮かび上がる)

女(姫さんも同じ事を思ったようでそれを指摘する)

480 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:29:21.64 ID:islyLKZY0

姫「おかしいですね……」

姫「秘書さんはこの状況をどうにかするためにも古参商会として私たちをバックアップすると言っていたので」

姫「既に会長には連絡を付けて話くらいはしているのだろうと思ったんですが」



古参会長「どういうことだ? もちろん協力をするのは吝かではないが……」

古参会長「秘書がそのような大事なことを私に相談せずに決めるとは思えん」

古参会長「あくまで私の秘書であって、商会の長ではないのだからな」



女(いくら古参会長が秘書さんのことを大事に思っていたとしても、そういう公私混同はしないだろう)



女「そもそも会長が心配していることを想像して、真っ先に連絡を取るはずだよね」

古参会長「そうだな、秘書はそこまで気を回せる人だ」



女(私の言葉も頷かれて……ますます分からなくなる)

481 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:29:55.90 ID:islyLKZY0

女「………………」

女(私は思考する)

女(秘書さんが去ってようやく気付いた違和感の数々)

女(これが意味するものは……ただの勘違いで済ましていいのだろうか?)





女(いや、そういえば秘書さんは去る直前窓の外を見ていて…………………………)





女「……そっか。そういうことか」

姫「何か分かったんですか、女さん」

女「うん。姫さんも見ていたと思うけど、秘書さん執務室を去る直前、窓の外を見ていたでしょう?」

姫「そういえばそうでしたね。……って時間的に考えると秘書さんが見たのは」

女「古参会長がこの神殿にたどり着いたのを見たんだと思う。だからこの場から去った」



女(商会に報告をするためという理由は、ここまで連絡していないことを見るに嘘だろう)

482 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:30:28.07 ID:islyLKZY0



古参会長「どうして私を見て去ったんだ?」

女「それは古参会長と出会えば、嘘が暴かれて自分が商会に連れ戻されることが分かっていたからです」



古参会長「……? 当然だろう、秘書は商会長である私の秘書だ」

古参会長「連れ戻すも何も、商会は帰ってくる場所だ」



女「ええ。ですがそれでは今の秘書さんは困るんですよ。だって――――」



女(私はその可能性を――早速打たれていた手を指摘する)





女「それでは命令を遂行出来なくなるじゃないですか」





483 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:30:58.29 ID:islyLKZY0

姫「なっ……!?」

気弱「それは……」

姉御「なるほどねえ……既に一本取られていたってことかい」



女(会議で話していた三人はすぐにその意味を察知する)





女(秘書さんが王国にいたという時点で怪しむべきだったのだ)

女(王国にいる人のことを、そして彼女自身この異世界で二番目に魅了スキルをかけられたという事実を)





女「…………」

女(どうしよう、今からでも追ってその身柄を確保するべき?)

女(いや、秘書さんは商業都市で最初居酒屋にいたとき周囲に全く気づかれなかったほどの隠蔽スキルの持ち主だ)

女(だから古参会長に見つからずに神殿を出ることが出来た。今さら追ったところで捕らえられないだろう)

484 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:31:32.04 ID:islyLKZY0

古参会長「命令とは……まさか王国を支配した者の正体は……」

古参会長「少年がそんなことをするはずがないと、嘘だと思っていたが――」



女(古参会長のところまではまだ情報の真偽について、確証高い物が届いていなかったようだ)

女(私はその人の名を呼ぶ)





女「はい。王国を支配した魔王、男君」

女「秘書さんはその手の内にいるんだと思います」





女(本気の意味をその身で思い知る)

女(想像していたよりも一手も二手も速い)

485 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:32:08.43 ID:islyLKZY0





 二日後、王国。

 王都の中心、かつては王城と呼ばれ、現在は魔王城と呼ばれるその建物。

 最上階に位置する謁見の間にて。





秘書「潜入調査してきた女さんたちの動向について報告します」

 休み無く行軍して独裁都市から王都へと帰還した秘書は、現在の主の前で膝を付く。





486 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:32:48.87 ID:islyLKZY0





男「ああ、聞かせてもらおう」



その主……男は座ったまま尊大な態度で先を促した。





487 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/07(木) 23:33:17.26 ID:islyLKZY0
続く。

男の魔王ムーブ開始。
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/08(金) 00:36:40.19 ID:vuG1KueMO
乙!
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/08(金) 00:49:53.28 ID:rqcnnoACo
乙ー
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/15(金) 06:09:08.81 ID:xVInREqC0
乙!
491 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:22:11.88 ID:ZvONJyR/0
乙、ありがとうございます。

随分間が空いて申し訳ありません。

投下します。
492 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:22:46.44 ID:ZvONJyR/0

女友(魔王城、謁見の間にて)

女友(女たちの動向を探っていた秘書さんの報告を、王座に座って聞く男さんの横で)



女友「はぁ……」

女友(私は周囲に気付かれないようにため息を吐きました)



女友(どうしてこんなことになったのか)

女友(一週間ほど前からずっと思っていることです)

493 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:23:16.56 ID:ZvONJyR/0



女友(学術都市で駐留派と復活派の襲撃を退け、様子の変わった男さんによって女を一人置いて連れ立ち、そこからの日々はもう大変の一言で表せないほどでした)



女友(先に逆スパイとして潜入させていた近衛兵長さんの情報も使って、どうやって王国を転覆させるかを男さんは考え、命令して私たちに実行させる)



女友(裏で暗躍するのはもちろんのこと、男さんが持っている駒の内、魔導士の私は最強格の駒として戦闘にも参加させられる)



女友(王国の上層部はまあ世界征服なんて事を本気で考えている連中で腐っている人たちばかりでしたから、体制を破壊しても心こそ痛まなかったのは幸いでしょうか)



女友(そうして王国を制圧して少しは楽になるかと思えば、今度は内部の統治と外部への対応とさらに忙しくなって……もう本当に大変です)



494 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:23:51.45 ID:ZvONJyR/0

女友(そんな折りに飛び込んできたのが、現在なされている帰還した秘書さんによる報告でした)



女友(数日前、王国の支配を完了する前から先を見越して男さんが女の動向を探るために、秘書さんに命令していたようです)



女友(古参会長がその場にやってきて、それ以上は嘘が露呈して調査の続行が不可能になると判断して帰還したようです)

女友(そのため報告されたものは対策会議における発言だけでしたが十分な収穫でした)



女友(男さんの言葉に惑わされていた女が、みんなの力も借りて前向きになり事態を解決しようとしている)

女友(久しく聞いていなかった親友の様子に、つい私は涙腺が緩みそうになりました)



秘書「報告は以上です。失礼します」



女友(さて報告を終えた秘書さんを下がらせて、謁見の間に残ったのは三人です)

女友(王座に座る男さん、その左に立つ私と、右に立つのは――)

495 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:24:22.43 ID:ZvONJyR/0



女友「それにしても未だにあなたが殊勝に協力していることが信じられません」

近衛兵長「今さらだな。そろそろ信用してくれていると思ったが」



女友(王国のスパイにして、元独裁都市の近衛兵長です)

女友(聖騎士の職を持つ彼女は、強さこそ私と同等のためこうして並び立つのもおかしくはないと言えますが……)



女友「あなたは王国に忠誠を誓っていたじゃないですか」

女友「王国を転覆させた私たちに従っているのはおかしなことです。魅了スキルの命令でも心までは操れませんし」



近衛兵長「それなら簡単なことだ」

近衛兵長「私も終わってから気付いたが、忠誠を誓っていたのは王国というとてつもない力に対してだったようだ」

近衛兵長「ならばそれ以上の力を持つ新たな主に従うのは自明のこと」



女友(そんな理屈で近衛兵長は現在男さんに忠誠を誓っている)

女友(腹の内で本当はどのように思っているのかは分からないですけど)

496 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:25:08.15 ID:ZvONJyR/0

女友(まあ今それは置いといていいでしょう)

女友(気にするべきは先ほどの報告。私たちへの対策会議とやらは、秘書さんによって一言一句逃さず報告されました)



女友(それは男さんが未だに女のことが好きであるだろうということ)

女友(女が告白の返事を聞くために魔王城に乗り込むという言葉もです)



女友「………………」



女友(あの日、『囁き』がかかってから男さんは己の感情を全く表に出すことが無くなりました)

女友(表情はいつも能面のように無で、口を開くのは命令をするときくらいです)



女友(とはいえ流石にこの報告を聞いて何も思わないはずがありません。私でさえ少し顔が赤くなりましたし)

女友(久しぶりに今までの男さんらしい様子が見れると期待して)

497 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:25:34.46 ID:ZvONJyR/0





男「想定の範囲内だな」





女友(一言、つまらなさそうに言った男さんに裏切られました)





女友「…………っ!」



女友(どういうつもりですか!)

女友(反射的にかけようとした言葉が音になることはありませんでした)



女友(自由に動いているように見えて、私は今も魅了スキルの虜となった身)

女友(命令によって男さんの胸の内を問いただすことや説き伏せようとすることを禁じられています)

女友(命令までしてそんなに自分が言い負かされるのが怖いんですか…………という言葉を発することも、今の私には出来ないのです)

498 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:26:07.82 ID:ZvONJyR/0



近衛兵長「あのとき戦った竜闘士か」



女友(近衛兵長は偽りの結婚式の際、助けに入った女と一戦交えています)





近衛兵長「個人としても伝説級の力を持つ竜闘士に、大陸最大の古参商会と着々と力を取り戻しつつある独裁都市のバックアップ」

近衛兵長「王国にとって最大の反抗勢力となると思うが、どうする我が主よ」





男「対処法は考えている。おまえが心配することじゃない」

近衛兵長「これは失礼、承知した」





女友(男さんの厳しい言葉にも近衛兵長は動じた様子はありません)

499 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:26:34.70 ID:ZvONJyR/0





男「女……やはりおとなしくはしてくれないか」

男「まあいい布石は……秘書によって嘘の情報も流させた」





女友(男さんが漏らしたつぶやき)

女友(秘書さんに流させた嘘の情報……確かに報告された会議の様子で私も一つ気になるところがありましたが……しかしあんな嘘を吐かせて何になるというんでしょうか……?)



500 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:27:09.06 ID:ZvONJyR/0

女友「………………」

女友(分かりませんが……私も覚悟を決めました)

女友(男さんに今まで協力していたのはもちろん命令で強制されていたというのもありますが、私が協力しなければ途中で死んでもおかしくないくらい無謀なことをしでかしていたからです)

女友(様子が違っていても仲間を、親友の好きな人を死なせるわけには行かせませんから)



女友(正直なことを言うと、現在の男さんの目的は分かりません)

女友(ただ宝玉を集めて元の世界に戻る……それだけで無いことは確かです)



女友(だって私たちの手元には今までの旅で集めてきた宝玉六個があります)

女友(元の世界に戻るためには八個必要なので残りは二個)



女友(それを集めるだけならこのように王国を支配するのは大がかりすぎます)

女友(適当に宝玉のある地を二つ訪れて、魅了スキルを駆使して宝玉を手に入れる方が楽です)



女友(ですからおそらく男さんは宝玉を八個以上手に入れたいのだと……それが私の読みです)



501 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:28:03.22 ID:ZvONJyR/0



女友(その先に何を見ているのかは分かりませんがもう付き合いきれません)

女友(王国の支配も盤石となってきた今、私の協力ももう必要ないでしょう)





女友(ここから脱出して女たちと合流する)





女友(もちろんそのようなことは魅了スキルの命令で禁止されています)

女友(ですけどね、男さん。あなたの命令を一番聞いてきたのは誰だと思っているんですか?)



女友(何度も命令無視する姿を見せた私には警戒されて今まで以上に雁字搦めな命令をされていますが……)

女友(それでも抜け道はありますから)

502 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:28:35.22 ID:ZvONJyR/0

女友(私が決意を新たにしていると男さんは次の事を考えていました)



男「もう一つ対処しないといけないことがある。復活派だ」

男「今朝各地に張り巡らさせた諜報員から、やつらと思しき二人組に宝玉を奪われたと報告があった」



女友「復活派……ですか?」



女友(私の口から純粋な疑問が漏れます)

女友(魔神復活派。その目的は名前の通り魔神の復活です)



女友魔神の固有スキルである『囁き』。男さん一人にかかっただけでこんな大惨事を引き起こして……いや、男さんだからこそとも言えますが……とにかく魔神が復活すればこれ以上の事態になることは容易に想像が付きます)



女友(しかし太古の昔に虚無の世界へと飛ばされた魔神を呼び戻すには宝玉が十二個も必要です)

女友(学術都市で駐留派に協力したことから、復活派の所持している宝玉は七個)



女友(新たに一個入手したところでまだ状況は変わらないはず)

503 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:29:11.42 ID:ZvONJyR/0





男「やつらの最終目的は魔神復活。だが当面必要な宝玉は八個のはずだ」

女友「……え?」





女友(私の思考を読んだかのような男さんの言葉)

女友(どういうことでしょうか? 復活派も私たちと同じ八個必要?)



女友(宝玉八個で出来ることは指定した世界に多数の存在が通れるゲートを開くことです)

女友(そんなことをして復活派に何の得が…………)



504 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:30:39.32 ID:ZvONJyR/0





女友「まさか……」



男「復活派の魔族。太古の昔、この世界に一人残った『魔族』で……別の世界にはやつと同じような『魔族』がたくさんいる」

男「それも種族特性として、各々が固有スキルを持っているわけだ」



女友「…………」



男「それらを呼び出して集団となりこの世界を蹂躙して、宝玉を奪い今度こそ魔神を復活させる。これが俺の読みだ」

男「いくら王国の勢力が巨大とはいえ、固有スキル持ちを複数人も相手にするのは面倒」

男「だから――俺が出る」



505 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:31:27.91 ID:ZvONJyR/0



女友(私たち支配派のブレインであり、魅了スキルにより支配を維持する要)

女友(万が一でさえあってはならない存在。であるからこそ王国に侵攻して以来、男さんは裏方に徹してきました)



女友(そんな男さんが直接出るほどの事態)





男「近衛兵長、おまえと何人かを連れて護衛しろ」

近衛兵長「はっ!」





女友(近衛兵長は異を唱えることもなくその命令に従います)



女友(近衛兵長の名前だけが呼ばれたということは……私は留守番をしろということでしょうか?)

女友(まあトップが不在なのもマズいですし、せめて私を残しておくと)





女友(だとしたらこれはチャンスです)

女友(男さんがいない間に何としてでも命令を破って女たちと合流して――――)





506 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:31:56.14 ID:ZvONJyR/0





男「ああそうだ。女友、おまえにも命令がある」



女友「……何ですか?」



男「おまえの手で女たちを潰せ」





507 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:32:22.83 ID:ZvONJyR/0





 魔王君臨事件から数日。

 世界は落ち着くことなく、新たな騒動に巻き込まれていく。





508 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/11/19(火) 00:32:52.52 ID:ZvONJyR/0
続く。

次の更新もまた間が空くと思います。
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/19(火) 00:57:20.29 ID:BZfwLeq+O
乙!
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/19(火) 10:45:03.81 ID:mv/Fa6YBo
乙ー
511 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/12/02(月) 18:10:16.56 ID:uU+NetVho
ご無沙汰しております。
期間が空いてきたので途中報告です。

最近リアルが忙しいのと、次が傭兵と魔族の過去編でぶつ切り投稿も良くないなーと書き溜めしている関係で投稿が滞っています。
もうしばらくお待ちくださいm(_ _)m
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/12/02(月) 21:52:40.57 ID:72y1DTblO
待っとるよー
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/03(火) 00:22:22.79 ID:FWiw1gO/O
待ってるぜ!
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/03(火) 05:57:24.03 ID:kMNIMDbs0
舞ってる
515 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:28:31.99 ID:egRl8SK90
お久しぶりです。
長い間待たせて申し訳ありません。

投下します。
516 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:29:23.89 ID:egRl8SK90





 復活派の魔族は思い返す。

 太古の昔の記憶を。





魔族(種族としての魔族は元々この世界の住人ではない。魔界と呼んでいる世界の住人だ)

魔族(なのにどうしてこの世界にいるのかというと、酔狂な人間により宝玉を使って呼び出されたのが始まりだったと聞いている)



魔族(その人間には復讐したい者がいたそうだ)

魔族(同じ町に住む者に恋人を奪われたとか、そんなどうでもいい理由らしい)

魔族(そのために固有スキルと強大な魔力を持つ魔族の集団を呼び出した)

517 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:29:50.87 ID:egRl8SK90



魔族(復讐は成った)

魔族(町一つ、魔族を呼び出した者も含めて全て滅ぶという形で)



モブ魔族「ははっ、何だ! この人間とかいう弱っちい種族はよっ!」



魔族(人間と魔族の力には圧倒的な差があった)

魔族(後に魔神と呼ばれる存在と出会ったことを契機に、魔族は欲望のままにこの世界にて破壊の限りを尽くし始めた)

魔族(それを止める者はいない……と思われていた)



魔族(しかし、人間は後に女神と呼ばれる存在を中心に団結した)

魔族(人間にあって魔族にないアドバンテージ、数により魔族は徐々に劣勢に陥る)

魔族(そして奉っていた魔神様が人間たちに封印されたことで敗走する羽目となった)

518 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:30:24.58 ID:egRl8SK90

モブ魔族「ちっ……人間どもめ……!」



魔族(木々生い茂る森の中を駆け抜けながら誰かが舌打ちした)

魔族(ここも既に包囲されている。生き残るための手段は一つだけ)

魔族(集めておいた宝玉8つを使い、ゲートを開いて魔界に戻ることだった)



魔族(しかし、そうなればこの世界に二度と戻ることは出来ない)

魔族(魔界は世界を渡る手段もないほどに荒廃した世界だったから)

魔族(もう一度この世界に召喚されるような偶然が起きるとも思えない)



魔族(この世界への未練と生存することが両天秤に乗る)

魔族(そしてまた生存することを選んだ場合にも一つ問題があった)

魔族(この数が通る場合、宝玉八つを使ったゲートの容量では足りない)

魔族(おそらく一人はこの世界に残らないといけなくなると)

519 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:30:52.71 ID:egRl8SK90

魔族(ではその一人をどうするか? 争って誰か蹴落とすとでもいうのか)

魔族(危機が迫る中、内部分裂している場合じゃないと誰もが分かっているが解決策は出てこない)

魔族(緊張感を持ってそれぞれが迷う中、私は手を挙げた)



魔族「私がこの世界に残ります! そしていつの日か必ず姉様たちをこの世界に呼び戻します!」

姉魔族「そうか……おまえがいたか」



魔族(答えたのは姉様。この魔族集団のリーダーにして、血のつながりこそないものの私が姉のように慕っていた人)

魔族(偶然異世界召喚に巻き込まれて、右も左も分からない幼い私に色々と教えてくれた人)



魔族「私一人なら『変身』を使って人間に紛れてこの窮地も脱せるはずです!」

姉魔族「ああそうだな。何とも都合が良い。私たちの使命は分かっているな」

魔族「はい! 魔族の使命は世界滅亡です!」

姉魔族「…………ははっ、では頼んだぞ」

520 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:31:22.70 ID:egRl8SK90

魔族(その後姉様たちはゲートを開き、魔界へと戻って行った)

魔族(私は変身を使い人間へと化けて包囲網を何とか脱出)

魔族(そこまでは上手く行って……そこからが大変だった)



魔族(魔神様を封印した集団が女神教なるものを興し、『災い』の驚異の伝承や宝玉の分割保管を進めたからだ)

魔族(伝承により魔族はどこに行っても警戒されて、分割により物理的に集めるのが難しくなった)



魔族(私は途方に暮れた。しかし、諦めるという選択肢は無かった)



魔族(姉様に教えられた魔族の使命『世界滅亡』を果たすためにも)

魔族(姉様の期待に応えるためにも)

521 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:31:49.68 ID:egRl8SK90



魔族(だから『変身』を使って一つ一つ出来ることをやっていった)

魔族(女神教の信仰を落とすために高名な人に化けて不祥事を働き女神教の信仰を落として、『災い』も魔族の存在も何もかもが風化した現代)

魔族(ようやく宝玉の収集、本命に取りかかれると…………その思いが気の緩みを招いたのだろうか)





魔族(一年ほど前)

魔族(私は一人、王国領の森を駆けていた。追っ手から逃げるために)





魔族「マズったな……」

魔族(現代で動くに当たって避けられない相手。大陸最大勢力の王国)

魔族(その状況を見極めるために忍び込んで……予想以上の警戒により侵入がバレてしまった)

522 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:32:16.94 ID:egRl8SK90

魔族(どんな看破スキルでも見破れない『変身』にも二つの弱点がある)

魔族(それは一回姿を変えるごとに魔力を多く消費すること)

魔族(もう一つは化けた姿のステータスそのものになることだ)



魔族(兵士の詰め所に侵入していた私はそこから脱出するために何度も変身を使ったため魔力がもう無くなっていて)

魔族(兵の油断を誘うために変身した村娘の姿から戻ることが出来なくなっていた)

魔族(運動能力が低く、このままでは追ってくる兵士に捕まってしまう)



兵士「見つけたぞ! 怪しいやつめ!!」

魔族(その懸念は現実となり、森の中で私は王国の兵士たちに囲まれてしまった)



兵士「ほ、本当にこの村娘が侵入者なのですか?」

兵長「警戒を怠るな! 姿を発見して以来、こやつは何度も姿を変えている! おそらく化け物の類だ!」

兵士「了解しました!」



魔族(日和った様子の兵士も兵長の檄に立て直す。どうやら演技をしても無駄だろう)

523 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:33:06.01 ID:egRl8SK90

魔族(森の中、人間に囲まれる。太古の昔を思い出すシチュエーション)

魔族(しかし私は一人で、『変身』も通じないと来ている)



魔族(後少しだったが……ここまでか)

魔族(太古の昔生き延びてから、ずっと使命を『世界滅亡』を果たすことだけを考えてきた)

魔族(だが私の力ではあと一歩足りなかった)

魔族(仕方ない、諦めよう)





魔族「誰か……助けてください!!」





魔族(そう覚悟を決めていたから、次の瞬間発せられた言葉が自分の口からであることに気付くのに時間がかかった)



魔族(助けて……私はそう言ったのか?)

魔族(何とも往生際の悪い言葉だろうか)



魔族(私は魔族。この人間の世界における異分子)

魔族(世界全てが敵)

魔族(分かっていたから太古の昔よりずっと一人で活動してきたのだ)



魔族(だというのに……どうして助けを呼んだ?)

魔族(誰かが魔族の私を助けると思ったのか?)

魔族(私は……本当は誰かに助けてもらいたかったというのか?)

524 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:33:38.44 ID:egRl8SK90



兵長「確保………………ぐはっ!!」



魔族(迷いを押しつぶすように兵長の号令によって兵士が私に殺到して…………次の瞬間その全てが吹き飛んだ)





魔族「え……?」

魔族(何が起きたのか分からなかった)

魔族(私が何かをしたわけではない。未だ魔力は枯渇し力の無い村娘の姿のまま無様に地べたに座り込んでいるだけだ)



魔族(だからそれを為した人間は空から降りてきた)



傭兵「助けるつもりは無かったのだが…………」



魔族(竜の翼をはためかせ着地する)

魔族(その姿には見覚えがあった)

魔族(人間社会の隅で生活する私でさえ存在を知るその人)

魔族(先の大戦を終結させた英雄)



傭兵「そうだな……大丈夫か?」



魔族(魔族の私に人間の手が差し伸べられる)



魔族(これが私と伝説の傭兵の初邂逅であった)

525 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:34:04.35 ID:egRl8SK90

魔族(私と傭兵は更なる追っ手を警戒してすぐにその場を離れた)

魔族(落ち着ける場所にたどり着いたところで傭兵が口を開く)



傭兵「君はどうして兵士たちに襲われていた?」



魔族(当然の疑問であった)

魔族(それを予想して既に返答は考えてある)



魔族「それが……分からないんです。急に襲われて……」



魔族(私の現在の姿は普通の村娘である)

魔族(何か派手な言い訳をするよりも巻き込まれたとする方が信じられやすいだろう)

526 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:34:33.08 ID:egRl8SK90

傭兵「……そうか」

魔族(傭兵は頷く。それが本心なのか、ポーズからなのかは表情から全く読みとれない)



魔族「………………」

魔族(一難去って、また一難といったところか)

魔族(未だ枯渇した魔力は回復しない。『変身』で元の姿に戻ることが出来ない以上、この戦闘力0の村娘の姿を続けるしかない)



魔族(だが魔族としての力を取り戻したとしても、目の前の男に敵うとは思えなかった)

魔族(伝説の傭兵……話には聞いていたが、実際相対してみると想像以上に凄まじい力を感じる)



魔族(だからといってすぐにこの男の側を離れるのも良くない)

魔族(この森には魔物が出るため今の状態で襲われてはひとたまりもないからだ)



魔族(魔力が回復するまでの間、この男に怪しまれないように過ごすしかない)

魔族(とにかく絶対に正体がバレてはいけない。魔族だと……世界の敵だとバレた瞬間、私はそこで終わりだ)

527 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:35:03.49 ID:egRl8SK90

傭兵「ところで君はどこに住んでいるんだ?」

魔族「あ、えっと近くの村に住んで……といっても、逃げている間に森の深いところまで来てしまったんですけど……」

傭兵「そうだな……辺りが暗くなってきた。今日はこれ以上動くのは危険だろう」

傭兵「今夜は野宿して、明日の朝村まで送り届ける。それでいいか?」

魔族「助けてもらう立場で文句なんてありません」

傭兵「……分かった」



魔族(傭兵から渡りの船の提案。明日の朝なら魔力も回復しているだろう。となれば今夜凌ぎさえすればいい)



魔族(それから二人でたき火を囲み、傭兵の取り出した食料を分けてもらい夕食を取る)

魔族(意外というか傭兵はイメージとは違って、その間も黙ることなく私と会話を続けていた)

528 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:35:42.49 ID:egRl8SK90

傭兵「そうだ、君は王国の司令について知っているか」

魔族「えっと軍のトップですよね?」

傭兵「ああ。私は大戦の時に王国に付いていたから彼を知っているんだが」

魔族「え、そうなんですか!? その勇ましさから民からも支持も高い有名人と!?」

傭兵「勇ましい……か」

魔族「違うんですか?」

傭兵「まああいつが絶対に話す訳ないか。初陣の時敵にビビって、小便を漏らしたことなんて」

魔族「ええー!? そんな一面があったんですか!?」



魔族(取り留めもない話題で盛り上がる)



魔族「………………」

魔族(一体何をしているんだろうか?)

魔族(内心で自問する)



魔族(自分の反応は考えてやっていることではない)

魔族(これまでも『変身』を駆使し人間社会に溶け込んでいた経験から、化けた姿でどう振る舞うべきかはもう骨身に染みついた動きだ)

魔族(バレたらマズい状況であるというのに、端から見れば楽しんでいるような状況に、一番歯噛みしたいのは自分自身である)

529 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:36:08.73 ID:egRl8SK90

魔族「こんな私なんかの話を聞いて面白いんですか?」

魔族(会話が一段落したところで、私は自然とそんなことを聞いていた)

魔族(別に事情に踏み込みたい訳ではないが、逆に聞かなければ不自然といった雰囲気になってしまったからだ)



傭兵「……ああ」

魔族「どうしてですか?」

傭兵「そうだな……人と会話すること自体が久しぶりだからだろうか」

魔族「人と会話を……えっともしかして、大戦の後しばらく行方不明だったことと関係して……」

傭兵「………………」

魔族「あ、ごめんなさい」



魔族(傭兵は口を噤むが、実のところ噂レベルであれば話を聞いたことがある)

魔族(大戦を終えて王国から何らかの勧誘を受けた)

魔族(それを突っぱねた結果、故郷が報復として焼き落とされたと)

魔族(王国に目を付けられては表舞台に出るのも難しい)

魔族(またその知名度から正体がバレればすぐに騒ぎになる)



魔族(だから人目に付かないように細々と……大戦が終わって数年も経つのにその間もずっと……この男『も』一人で生きてきたのだろう)

530 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:36:38.94 ID:egRl8SK90



魔族「………………」



魔族(だからどうした)

魔族(情に絆されるな)

魔族(仲間だと思うな)



魔族(私も彼も同じような境遇なのかもしれない)

魔族(だからといって手を取り合えるというわけではないのだ)

魔族(彼は人間で、私は魔族だ。種族の隔たりは厳として存在して、その正体がバレては排除されるに決まって――)

531 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:37:06.62 ID:egRl8SK90



傭兵「さて……そろそろはっきりさせよう。君が姿を偽り何をしていたのかを」

魔族「……!?」



魔族(先ほどまでの雰囲気は霧散していた)

魔族(全てを見通すような視線が我が身に突き刺さる)

魔族(数多の戦場を制圧してきた英雄の油断も隙もない佇まい)



魔族「な、何を言っているんですか?」



魔族(そのプレッシャーに屈しそうになりながらも、どうにか言葉を絞り出す)

532 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:37:43.35 ID:egRl8SK90

傭兵「勝手ながら『鑑定』スキルでステータスを確認させてもらった」

傭兵「何の変哲もない数値で……だからこそおかしい。君からは戦場の雰囲気が感じ取れる」



魔族「……そんな勘違いですよ! いやですねえ、傭兵さんも冗談が上手で……」



傭兵「とぼけ続けても構わない」

傭兵「世間は私を大戦を早期に終わらせた英雄、ともすれば聖人のように語るが……別にそのようなことはない」

傭兵「その活躍と比べて数は少ないだろうが……誰も殺さなかったわけではないからだ」



魔族「………………」



傭兵「元々君だって助けるつもりはなかった」

傭兵「今さらこんなことで王国を敵に回すなんて馬鹿げている」

傭兵「……白状しないならば、今からでも君を先ほどの兵士の詰め所に引き渡す」

傭兵「そこで君がどのような目に遭おうが私の知るところではない」

533 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:38:43.21 ID:egRl8SK90

魔族(冷徹な宣告)

魔族(それには誇張も嘘も含まれておらず、言うとおりにしなければ実行するという確信を私に抱かせた)

魔族(故に私に出来るのは)



魔族「『変身』解除」



魔族(戻ってきた魔力を使いスキルを発動することだけだった)

魔族(元の魔族の姿に戻るが、これでまた魔力が空になったため魔法一つ使うことすら出来ない。無力なのは一緒のままだ)



傭兵「その姿……頭に生えた角は……」



魔族(呟く傭兵からは僅かに動揺が感じられた。失われた伝承にしかない魔族の姿を見たからだろうか9






魔族「『変身』を見破られたのは初めてのことだ」

魔族「流石は伝説の傭兵といったところか」

魔族「私は魔族。太古の昔より生き、この世界の滅亡を使命としている」



534 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:39:12.60 ID:egRl8SK90



魔族「さあ、やるならさっさとやれ」



魔族(私は身体から力を抜き覚悟を決めた)

魔族(『変身』を見破られた時点で私は詰んでいたのだ)

魔族(正体を明かさねば怪しいやつだと誅され、明かせば魔族として人類の敵として殺される)

魔族(この男、伝説の傭兵に会った時点で運の尽きだった)



魔族(しかし)



傭兵「私の要求を聞いていなかったのか?」

魔族「は?」

傭兵「君がすることは覚悟する事ではない。何をしていたのか説明することだ」

魔族「……どうせ話した後で殺すつもりだろう。面倒だ」

傭兵「そうか……ならば話せば命の保証はしてやる」

535 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:39:38.83 ID:egRl8SK90

魔族(傭兵からの提案)

魔族(真っ先に思ったのは『どうせ嘘だろう』だった)

魔族(だとしても1%でも可能性があるならば、私は諦めるわけには行かない)



魔族「話せばいいんだな?」

傭兵「ああ。言っておくが経緯・発端も含めてだ」

傭兵「そうだな、君が本当に伝承の魔族であるならば、太古の昔から現在に至るまでも語ってもらおうか」

魔族「……本気か? どれだけ長くなると思っている」

傭兵「本気だとも。幸いにもまだ夜は長い」



魔族(奇妙な話になった)

魔族(傭兵はどうして私の事情を聞きたがるのだろうか?)

魔族(分からないが……やると決めたことだ)



魔族「いいだろう、ならば『災い』から現在に至るまでを話してやる」



536 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:40:51.20 ID:egRl8SK90



魔族(そのまま太古の昔からこれまでにやってきたこと、その果てにある使命『世界滅亡』についても伝説の傭兵に語った)



魔族(それは私にとって初めてのことだった)

魔族(使命のためにずっと前へ前へと進んできた私が過去を振り返ることも)

魔族(一人で世界相手に戦ってきた私が誰かに胸の内を打ち明けることも)

魔族(傭兵は時折相槌を打ちながら話を聞いていた)



魔族(全て話し終えたのは何時間も後、夜も終わりかけて、空が白み始めた頃だった)



傭兵「なるほどな」



魔族(傭兵は静かに頷く)

537 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/12/18(水) 00:41:20.70 ID:egRl8SK90

魔族「これで全てだ。満足したか?」

魔族(寝ずにずっと話していたのだ、流石に疲労感が漂う)

魔族(しかし、私の内にはそれ以上に充足感であった)



魔族(満足したというのか……どうして?)

魔族(ずっとずっと一人で戦ってきた。それが当然だった)

魔族(別に苦に思うことも無かった)

魔族(だが、それは錯覚で……本当はこの思いを誰かと分かち合いたかったのだろうか?)



魔族「………………」

魔族(駄目だ、調子が狂う)

魔族(何が悪いのか、目の前の男だ)



傭兵「ふむ……」

魔族(今を持って何を考えているのかよく分からない、この男のせいだ)

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