七尾百合子「恋に恋して、大騒ぎ」【ミリマスSS】

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36 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:23:38.20 ID:WHh6WAPF0

「そうだ、百合子。本屋に行った後はどこに行こうか」

 プロデューサーさんはデザートと一緒に出されたホットコーヒーを啜ってから、私に訊いた。

 お昼ご飯の後は大型の書店に向かい、本や栞、ブックカバーなどの雑貨を見たり買ったりしようと決めていた。その後の予定は、時間との兼ね合いもあるから、お出かけ当日に決めようということになった。

 色んな場所を考えていた。折角なら買った本を二人で一緒に読みたいから、カフェに行くのもアリだ。しかし、本を読むとなればお互いに黙って過ごすことになる。特に私はひとたび本の世界に入ってしまえば、何度も呼ばれない限り戻ってくることはない。確かに、一緒に本を読むというのも十分に甘美なアイデアだが、何も喋らないということでは、彼と一緒に過ごす意味が無いような気がした。図書館もお喋りできないし、古い蔵書の海を目の前にすると、これまた私の理性が持たないかもしれないので、今回はやめにしておこう。

 思案するうちに、ふと頭に浮かんだのは、本とはまるでかけ離れた場所だった。

「プロデューサーさん。私、海に行きたいです」

37 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:24:49.15 ID:WHh6WAPF0

 夏も盛りが近づきつつあるとはいえ、太陽は西に傾き始めていた。梅雨の合間の晴れ模様だ。

 都心の駅にある長い連絡通路の名高い路線に十五分ほど揺られると、臨海公園のある駅に到着した。園内の観覧車が目印だ。駅を出ると石畳の広い通路が公園を貫くように伸びている。しばらくまっすぐ進むと見えてくる、大きなガラス張りの建物をくぐり抜けると、太陽の光を受けキラキラと輝く海が眼前に広がった。

「わあ……!」

 私は思わず声を上げた。

「シアター前の海とはまた違うな」

「私、てっきりシアターの方に行くのかと思ってました」

「せっかくだし、別の場所から海を見てみたかったんだよ。それに、この公園は南西を向いてるから、今から行けば夕日も見れるかなと思ってさ」

「な、なるほど……」

 そういうことも考えていたのか。確かに、シアターが面している海は東側だ。

38 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:25:53.36 ID:WHh6WAPF0

「ところで、百合子。どうして急に海に行きたいなんて言ったんだ?」

「えっと、急に、先週のソロライブのことを思い出したんです」

「ライブ?」

「はい。ライブのテーマって風でしたよね? だから、風を感じられるところに行きたいな、と思って」

「だから、海に行きたいって言ったわけか」

 私は頷いた。

 もう一つ、折角のデートだからロマンチックな雰囲気も味わいたくなったというのも理由だった。こうした見晴らしのよい場所に男女二人が一緒に歩いて過ごす、何てことに憧れがあった。

 視界の両側には岸が延びているが、真正面に広がる海には一部水平線も見られる。大きなタンカーや貨物船は停泊しているのか、遠くだからそのように見えるのか、動いていないようであった。

 海沿いの石畳の道を歩く。ランニングをする人や、私たちのように海を見に来た人がまばらに行き交っている。カップルのような男女二人組が手を繋いで歩く。少し羨ましいと繋がれた手を眺め、私は彼の手を見た。

 大きな湾になっている東京の海はとても静かだ。波が岸に当たっても、ちゃぷんと気のない音を時折立てるだけだ。海の遠くからは汽笛が響き、公園内に茂る木々は風の音を揺らしている。


39 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:26:56.31 ID:WHh6WAPF0


「でも、ビックリしちゃいました」

「何が?」

「ほら、さっきの本屋さんの」私は紺色の本屋の袋からブックカバーを取り出した。

「本当だよな」プロデューサーさんは肩を揺らした。「まさか、同じブックカバーを買うなんて」

 青と白を基調としたタータンチェックの文庫本カバーだ。お互いにブックカバーをプレゼントすることになった。これは、プロデューサーさんからもらったものだ。偶然にも、私が選んだブックカバーも全く同じものだった。こんなことがあるものかと私たちは大いに笑ったが、折角だからと同じものを交換したのだった。

「私、このブックカバーでたくさん本を読みますっ。プロデューサーさんも、付けてくださいね?」

「ああ、もちろんだ。百合子から貰ったせっかくのプレゼントだしな」彼は笑って応えた。

 私たちは、さらに砂浜の辺りに行こうと橋を渡った。

40 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:27:35.11 ID:WHh6WAPF0

「風が涼しいな」プロデューサーさんがぽつりと言った。

「でも、からっとしていて気持ちいいです」

「うん。最近は雨ばっかりだったからなあ。もう、ムシムシしてて本当に嫌だったよ」

 彼が梅雨の湿気に心底うんざりしてる姿を見て、私はクスクスと笑った。

「私がライブの時にイメージしてた風って、これです。体の中を通り抜けていくような、清涼感のある風です」

「風のあるステージにしたいって言ったとき、そういう感じのことを言ってたな」プロデューサーさんは頷いた。「今回のステージで何か一番お気に入りだった?」

「一番のお気に入り......。やっぱり、衣装です」

 薄くて長い布を纏えば、ひらひらと舞うだろうし、風をより表現できるのではないかと彼が提案したのだった。

41 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:29:01.96 ID:WHh6WAPF0

「あれは、風の巫女って感じだったな」

「やっぱり、プロデューサーさんもそう思いますよね! そうなんです!」

私のイメージが彼とまさに合致していた。

「プロデューサーさんが私にあの衣装を見せてくれたとき、風の国の都にいる巫女を連想したんです! 普段は城下町でひっそりと過ごしているけれど、ひとたび神殿で踊れば風を呼び起こします! そうして巫女が起こした風を使って、風の戦士が近隣の帝国や国内で暗躍する闇の組織を撃退するんです! するとある日、巫女の力を知った闇の組織が彼女を連れ去って……」

風の国へとトリップしていると、ふと左頬にピリッとした痛みを覚えた。

「おーい、そろそろ戻って来いよー?」

「フロヒューヒャーひゃん、いひゃいれふ。ほっへ、ひっはららいれくらはい」

「発想は素晴らしいけど、妄想はほどほどにな?」

「うう、まだジンジンする……。もう、最近扱いがひどくないですか?」

 痛みの残る頬を膨らませると、彼は悪かった、と私の頬をさすった。

 出会った当初はもう少し優しかったのに、二年も経つと、プロデューサーさんも私に対して遠慮が無くなってきた。でも、嫌な気持ちはなく、むしろ嬉しかった。


42 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:29:40.37 ID:WHh6WAPF0

「本番は、本当に風が吹いてるようだったよ。見に来てた人も、みんな百合子が吹かせた風に魅了されてた」

 私は頬を掻いた。

「でも、私だけでは絶対に風を吹かせられませんでした」

「いいや」プロデューサーさんは首を横に振った。「俺はただ、百合子の追い求めてるステージを作る手助けをしただけだよ」

「その手助けがとても大きかったんです。私の理想を、怖いくらいに分かってくれた......。あの日のライブが終わって、私、思ったんです。もし生まれ変わっても、プロデューサーさんのプロデュースで、トップアイドルを目指したいって」

 アイドルでなければ、彼に出会わなければ、私は本の世界に閉じこもったままだっただろう。彼のおかげで、本だけでなく、現実の世界にも色とりどりの無限の世界を知ることができたのだ。映画の中で、物語の存在でしかなかったヒーローや魔法使いに変身できた。運動音痴でも頑張り次第でスポーツ大会で貢献できること、真冬の北の海はずっとうねり恐ろしいこと、そして、アイドルとして私自身が主人公になれること。この世界には無限の可能性を秘めていることを、彼が教えてくれたのだ。

43 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:30:17.47 ID:WHh6WAPF0

「ありがとう。そこまで言ってくれると、プロデューサー冥利に尽きるよ」

 プロデューサーさんは、帽子の上から私の頭を撫でた。

 浜辺の方へ行くと、遮るものが無いせいか、風はさらに強く、涼しすぎるほどに感じられるようになった。風を受けて、波がにわかに立ち始めた。風にひらめくワンピースの足元を私は抑えた。夕日はますます傾き、海は一層赤く染まる。船はシルエットとなり、細部は溶けて失われている。空は桃色に染まっている。右岸に見えるビル群も夕日に照らされ、宝石の原石が地表に飛び出ているようだ。

 浜辺にいるのは私とプロデューサーさんだけだった。夕映えに影をひく、この世に私たち二人だけがこの場所で佇んでいる心地がした。ずっとこの時を過ごせたらいいのに、私はそう願いながら夕日を眺めていた。

 心の底から私は願った。たとえどんなことがあっても、私のプロデューサーは彼なのだと。どんな時も大好きな彼と一緒にいたいと。その願いには、運命や前世の因縁も関係なかった。

 私は意を決した。

44 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:31:32.10 ID:WHh6WAPF0

「プロデューサーさん」

「百合子、どうした?」

 ワンピースの胸元を右手で軽く握る。彼の優しい表情を、私は見据えた。

「好きです。これからもずっと、私の隣にいてくれませんか?」

 風の音か聞こえるだけの時間が、しばらく流れた。私から目線を外し、しばらく彼は上の方を見遣った。その時間はどれほどだったのだろうか。一瞬のようにも、一日のようにも思えた。

 プロデューサーさんは私の名前を呼び、私の方を見た。彼は悲しげに笑っていた。

「ごめん」

 プロデューサーさんはかぶりを振った。

「百合子のその申し出は、俺は受け入れられない」


 まるで、時が止まったかのような心地だった。

45 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:32:24.03 ID:WHh6WAPF0

・・・・・・・・・・

 昨日の梅雨晴れが信じられないと思えるほど、明け方から雨が降っていた。

 あの夕方の涼しい風はどこへ行ったのやら、湿気を帯びたむさ苦しい空気が外を覆っている。なるほど、昨日彼がうんざりしていた理由がよく分かる。こんな日に事務所に向かおうと外に出れば、汗やら雨やらで、折角のお洒落も台無しになるだろう。

 でも、そんなことは、今の私にはどうにでもよいことだった。

 告白を彼に断られてから、そのあと彼とどんな話をしたのか、どうやって帰り着いたか、まったく覚えていない。嬉々とした表情で私を玄関で迎え入れたお母さんが、青ざめた私を見て表情を一変させると、私はようやく我に返り、それから堰を切ったように涙が溢れた。

 涙は一晩じゅう枕を濡らした。

 杏奈ちゃんや友人たちから、デートの顛末を尋ねるメールが届いていたが、私は返信せずに放ってしまった。

46 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:34:09.69 ID:WHh6WAPF0

 今日はレッスンもあるはずなのに、それも無断で休んでしまった。私情を挟むべきではないと理屈では分かっていたけど、心も表情もグシャグシャになってしまった私は、レッスンへ赴く気力もぽっかりと失われてしまった。

 昼間といえども、太陽も電灯もない部屋は真っ暗だ。屋根を雨が打ち付ける音だけが、部屋に充満する。

 どうして、彼は私の気持ちに応えてくれなかったのだろう。

 どうして、私はあのとき告白してしまったのだろう。

 どうして、私は彼のことを好きになってしまったのだろう。

 色んな「どうして」が頭に湧き出たが、私にはそのすべてが分からなかった。

 枕元に置かれたブックカバーを手に取った。本来ならば美しい青と白のチェック柄は、部屋の暗さのせいか曇って見えた。彼に貰ったとき、彼に同じものだと見せたとき、それからクスクスとお互いに笑いあったとき、本当に幸せだった。その幸せは私の告白によってすべて消え去った。

 だんだんと、青と白の模様が滲んで混ざり始める。

 私はブックカバーを胸元で握りしめ、再び枕に突っ伏した。


47 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:35:03.36 ID:WHh6WAPF0

 夕方、部屋は一層暗くなり始めた頃、スマートフォンに着信があった。

 杏奈ちゃんからだった。

「......もしもし」

「......百合子、さん...。大丈夫...、じゃないよね......」

 心配する杏奈ちゃんの声が受話器からも感じ取れた。

「ごめんね、杏奈ちゃん。それに、昨日もメール返さなくて」

「ううん。大丈夫、だよ......?」杏奈ちゃんはしばらく間を取った。「......話、聞いたよ。......プロデューサーさんから...」

 私が昨晩から返事せず、さらに今日も事務所へやって来ないことを心配した杏奈ちゃんが、彼に尋ねたのだろう。

「心配、かけちゃったよね。ごめんね」彼女への申し訳なさと自分の情けなさから、再び涙がこみ上げてきた。「どうして、こんなことになっちゃったんだろう、私っ......」

「百合子さん...、頑張ったよ......。本当に...頑張ったね...」

 私は声を上げて泣いた。私の涙に混ざった声はちゃんと杏奈ちゃんに伝わっていたのかどうかわからない。でも、杏奈ちゃんは私の一言一言に「うん、うん」と相槌を打って聞いてくれた。彼女の優しさに、私の心は少しばかり救われたような気がした。

48 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:37:22.57 ID:WHh6WAPF0

 ひとしきり話し、私の声に湿り気がなくなってきたとき、杏奈ちゃんが「そういえば」と切り出した。

「明日、百合子さんが事務所に来なかったら...、プロデューサーさん、昼過ぎに百合子さんの家に行くって.......、言ってた...」

「ほ、本当に?」唐突な知らせに、私の胸はドキリと鳴った。

「うん......。もう一度、ちゃんと話がしたいって...」

「話って一体?」

 私は大体察知していた。フラれて不貞腐れている私をどうにかするためなのだろう。

 杏奈ちゃんは押し黙っていた。

「杏奈ちゃん。私、会った方がいいのかな」

 杏奈ちゃんはしばらくしてから口を開いた。

「百合子さんは...、プロデューサーさんのこと、まだ......、好き...?」

「うん」

 答えるのに、ためらいはなかった。フラれているのに、傍から見れば実に愚かなのだろう。それでも、彼が好きだという気持ちだけは変わらなかった。

「それじゃあ...、会うべき、だよ...」

「どうして?」

「まだ、物語は終わってないよ......。百合子さん...」

49 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:38:40.65 ID:WHh6WAPF0

「でも、取り返しのつかない終わり方になってしまうかも」

「まだ、書き換えられるかもしれない」杏奈ちゃんの口調が、一層柔らかくなった。「こればかりは、会わないと......、分からないよ......?」

 しばらくやり取りをした後、杏奈ちゃんとの通話を閉じた。

 プロデューサーさんに会いたいかと聞かれたら、今すぐにでも会いたかった。でも、一番会いたくない人でもあった。

 杏奈ちゃんが言ったように、物語を書き換えられるかどうか会わなければ分からない。でも、決して結ばれることのない結末を迎えることを、私は恐れた。その結末を改めて思い知らされることが、私には怖くて、怖くてたまらなかった。


 翌日の昼、彼から逃げるように、私は自宅から飛び出した。

50 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:39:43.18 ID:WHh6WAPF0

 雨は止む気配を一切見せない。雨粒が石畳を跳ねる音、傘に落ちる音で私の身体は包み込まれている。この雨のせいか、誰も人が行き交っていない。雨は視界も曖昧にし、一昨日は美しく広がっていた海も、今日は淀んでいるように見える。船の姿も見られないが、霧笛が頻繁に周りの空気を響かせているから、沖には多くの船が行き交っているのだろう。

 ベンチはあるけど、この雨だと座りようがない。仕方なく立ち尽くして、私は雨で全く視界の無い海を眺めていた。

 私は、あの日彼と訪れた臨海公園にいた。自宅を夢中に飛び出すと、なぜかこの場所に足を運んでいた。何かがあるわけでもなかった。いや、何もあるはずがなかった。ゲームのように、セーブポイントがあるわけでもない。そんな便利なものがあれば、すぐに二日前の夕方に我が身を戻している。

51 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:41:30.36 ID:WHh6WAPF0

 ありふれた失恋で終わるくらいなら、私なりに書き換えたかった。しかし、書き換えられない場合を考えると怖かった。いっそ、結末を迎えないようにすればいい。だから私は逃げ出した。

 傘に落ちる雨音で、雨の勢いが一段と増していることに気付いた。地面に落ちる雨粒の飛沫が足元に冷たい感覚を伝える。傘だけではいよいよこの雨を防ぐことができないようで、肩口が湿り気を帯び始めていた。だが、濡れてしまうのなら、とことん濡れてしまえばいいと思った。

「いっそのこと、傘でも放り投げてずぶ濡れになろうか、なんて考えるなよ?」

 はっとした。聞き覚えのある声だった。

 いつもなら時めいてしまう声なのに、この時ばかりは聞きたくなかった。

 声の聞こえた方を振り向くと、私は息が止まるような心地がした。

「プロデューサー、さん」

52 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:42:21.98 ID:WHh6WAPF0

 プロデューサーさんは、安堵した表情で私に近づいて、タオルを差し出した。

「風邪引くぞ。ほら、これで拭きなさい」

「どうして、ここに?」まだ頭が混乱していた。ここにいる彼は、本当に彼なのか疑いたくなるほどだ。

「百合子の家に行ったら、お母さんからいなくなったって言われたんだよ。どこに行ったのか考えたら、ここじゃないかって」

 プロデューサーさんの足元はぐっしょりと濡れていた。スーツのジャケットも水気を含んで腕に張り付いている。おそらく、ここまで駆けてやって来たのだろう。

「こんな時でも、優しいんですね」

「え?」

「私が勝手に傷ついて、レッスンも無断で休んで、今日も勝手にいなくなって......。こんなの、私のワガママじゃないですか。それなのに、こうして私を見つけ出してくれて......。どうしてそんなに優しくするんですか!?」

 私の中の気持ちが、こぼれた。

「そんなことされたら、......そんなことされたら、まだ、好きでいたくなるじゃないですか」

 雨脚は強く、傘に、地面に、あらゆる場所を打ち付ける雨音が、けたたましく響いている。

53 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:43:41.90 ID:WHh6WAPF0

「ありがとう。そうやって想ってくれるのは、本当に嬉しいよ」プロデューサーさんの言葉は、雨の中でやけに通って聞こえた。「でも俺は、百合子のその気持ちを受け入れることは、出来ないんだ」

「それは、私たちが、アイドルとプロデューサーだからですか」

「それも理由の一つだよ」プロデューサーさんは頷いた。「百合子はトップアイドルの階段を上り始めてる。今からが大事な時期なんだ」

「それ以外の理由って、何ですか」

 彼は押し黙る。雨音がいやに耳に残る。

 間がとても長く感じられた。

54 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:44:41.74 ID:WHh6WAPF0

「百合子は俺と十も年が離れてるだろう?」

「年の差なんて、今のご時世、関係なくなってます」

「それに、百合子はまだ十七歳だ」

「それは、私がまだ子供って、言いたいんですか?」

 説教じみたプロデューサーさんの言葉に、私は食って掛かった。

「子供が大人の男性を好きになったら、ダメっていうんですか?」

「今からなんだ。今からもっとたくさんの人に出会う。そうしたらきっと、俺なんかよりもずっと良い人が見つかる」

「そんなこと、プロデューサーさんが勝手に決めつけないでください!」

「百合子」

プロデューサーさんは、優しく語りかけてくるように言った。


「百合子はきっと、恋に恋をしているんだ」

 プロデューサーさんの言葉は優しくて、そして、今までになく鋭利に感じた。

55 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:46:43.99 ID:WHh6WAPF0

「どういう意味ですか」

 私は声を震わせた。

「それって、私が、あなたのことを本気で好きになってるわけじゃないってことですか」

 プロデューサーさんは頷いた。

 私はプロデューサーさんが着るスーツの襟元を掴んだ。私の傘が、水気を含んだ地面に音を立てて転がる。

「そんなことない! 私はあなたが好き!」

 私の声は、雨に吸い込まれていく。掻き消され、周りにまったく響かない。

 プロデューサーさんは目を閉じ、首を横に振った。

「好きって気持ちが、自己完結してるんだ」

56 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:48:37.99 ID:WHh6WAPF0

 くしゃり、と私の心の片隅で何かが壊れる音がした。

「何ですか、それ」

 私は絞るように声を出した。

「私の気持ちは、独りよがりだっていうことですか」

「ああ」

 彼はゆっくり頷いた。

「そんなこと、そんなこと......」

 全身の力が抜けていく。襟元を掴む手も弱々しくなる。私は彼の胸元にしなだれた。

 本当は私も、すべて気付いていた。彼の言うように、私は恋に恋をしていたのだと。私の恋は、私のことだけで周りが全く見えていない、独りよがりなのだと。恋をしている自分に酔いしれているのだと。分かっていたけど、受け入れたくなかった。そして、ずっと想っていた彼から、その現実を突き付けられたことが、耐えられなかった。

 彼は私の頭を優しく撫でた。暖かくて、心地がよい。

 でも、遠い。身体はこんなにも近いのに、お互いの心はずっと離れている。


57 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:49:43.61 ID:WHh6WAPF0

「百合子。いつかきっと、恋に恋したその先に好きになる相手が見つかるはずだよ」

 優しい言葉だった。

「その人こそが、本当に百合子が好きな人なんだ」

 優しすぎる言葉だった。そして、あまりに残酷な言葉だった。

 涙が溢れてくる。あのときからずっと泣いているのに。
 
 肩を震わせてしゃくりあげる。彼は私の頭を慰めるように撫でた。その優しさが辛くて、まだ涙が溢れ出す。

 この恋のすべてが崩れていく音がする。もう、取り返しようがない。何もかもが終わる。結末は書き換えようがない。

 でも、これでよかったのだ。明日からは再びアイドルとして邁進する。明日からの日々を無我夢中に過ごせば、今回の恋は過去の思い出になって、だんだん溶けて消えていくだろう。そしていつか、恋に恋したその先を見つけることになるのだろう。


 物語を閉じよう。私の、恋に恋した、この物語を。

58 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:51:00.38 ID:WHh6WAPF0

・・・・・・・・・・

 翌朝、私は早く事務所に赴いた。そして、彼にここ数日の出来事を謝り、そして感謝した。彼もまた私に謝って、そして、「今日からまた頑張ろうな」と私を励ました。

 私は新たな話を書き始めた。

 その日から、私たちは何事もなかったように振る舞った。杏奈ちゃんからは心配そうに声をかけられた。「杏奈が物語の結末を終わらせるきっかけを作ってしまった」と彼女は涙ぐんでいたけれど、私は「大丈夫だよ」と笑って応えた。

 友人たちにも今回の顛末を話すと、それ以降、彼女たちから彼の話題を持ち出すことは無くなった。別にタブーというわけではなかったのだけど、彼女たちなりに配慮していることが何だか申し訳ない気もした。

 それから、私はレッスンや仕事に打ち込み、舞台や映画にも出演した。ライブでは自信にみなぎっていた。そばにはいつも彼がいた。彼をよき相棒として、私はトップアイドルの道を駆け登った。

59 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:52:18.60 ID:WHh6WAPF0

 アイドル活動と並行して、小説の評論を執筆するようになった。評論といえば聞こえはよいが、要するに本の感想だ。私の本に対する情熱を聞きつけたある文芸雑誌から、オファーがあったのだ。どうやら、彼が以前から出版社に推していたようだ。私の評論は評判も上々のようで、その後いくつかの雑誌で執筆するようになった。

 毎日、私は立ち止まることも知らない、順風満帆だった。

 彼との付き合いも、あの日からギクシャクするということもなく、依然とあまり変わらなかった。ライブの打ち合わせをしたり、レッスンや仕事に付いてきてもらっては、その行き帰りで他愛もない話をした。本を貸し借りする習慣も続いた。

 一つ増えたことといえば、私は二十歳を過ぎ、彼と一緒にお酒を飲むようになったことだ。近くの居酒屋で飲むこともあったし、彼がお洒落なバーに連れて行ってくれて飲んだこともあった。

 変わったとすれば、あのとき以来、彼に対する尊敬の念がさらに高まったことであった。

 しかし、高まるのは、尊敬の念だけではなかった。

60 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:53:12.56 ID:WHh6WAPF0

 忘れたくても、忘れられるはずがなかった。忘れようと努めるほど、忘れられなかった。

 彼が言うように、たくさんの人に出会った。いつも優しく振る舞って、いい人だな、と時めく人もいた。明らかに私に対して好意を抱いている――下心を持っていた方々も一部いたが――人も中にはいた。

 しかし、この人だ、と悟る人はいなかった。私が本当に恋をしてしまうような人は現れなかった。

 むしろ私の頭をよぎるのは、彼の姿だった。

 私は頭を振って、彼は違うのだと自分自身に言い聞かせたが、振り払うことはできなかった。会うときには悟られまいと努め、別れては夜に一人部屋で悶えることもあった。

 そうして気付いた。私は彼のことが好きなのだと。

 誰でもよいわけでもなく、彼なのだと。


 恋に恋したその先に、私が好きになってしまったのは、プロデューサーさんだった。


 ねえ、プロデューサーさん、教えてください。


 恋に恋したその先に、あなたのことが好きだと気付いた私は、一体どうすればよいのでしょう。



 答えは見つからないまま、私は二十五になった。

61 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:54:04.25 ID:WHh6WAPF0

**********



「......ちゃん。百合子ちゃん」

 肩のあたりを揺らされている感じを覚え、ぼんやりと視界が開けてきた。

 顔をあげると、黒のベストと蝶ネクタイをした、渋いおじ様が苦笑して私を見ていた。

「ああ、やっと起きた。」行きつけにしているバーのマスターだった。

「あれ? ここは......。あ、そうだ」

 思い出した。結婚式が終わって、学生時代の友人とこのバーに来たのだ。

「はい、お水。百合子ちゃん、えらく荒れてたけど、大丈夫?」

 水をぐいと飲み干すと、酔いの心地悪さが多少薄まる心地がした。

「えっ。ほ、本当ですか」

 マスターは頷く。

「初めてここに来て、酔いつぶれたときに近かったかな。今日はあのときよりも泣き上戸だったけど」

「そこまで......。うう、すみません」

 私はカウンター・テーブルに肘をつき、頭を抱えた。

「って、あれっ? みんなは?」

 横に座っていたはずのエリちゃんとイブキちゃんがいないことに、私は気付いた。

62 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:54:56.32 ID:WHh6WAPF0

「俺が帰っていいって言って、帰したよ」

 ぎくりとした。

 背後から、聞き覚えのある声がした。おそるおそる振り返ると、憮然としているようで、笑いを堪えている表情をした、プロデューサーさんが後ろのテーブルで座っていた。

 私は飛び上がるように、彼の方に体を向けた。

 みるみるうちに、私の酔いは醒めてきた。

「ど、どうしてここにいるんですか!?」

 この店はプロデューサーさんもよく知っている。というのも、もともと彼が懇意にしていたこのお店を、私に紹介してくれたからだ。

「どうしたもこうしたも、百合子が呼んだんじゃないのか」

「へっ?」

「やっぱり、覚えてなかったんだな」

 プロデューサーさんはため息をついた。

「百合子ちゃん、ここで飲んでたら、突然彼のこと呼び出したんだよ。お友達もなだめてたけど、百合子ちゃん全然聞かなくて」

「ああ、なんてこと......」

 ごめん、イブキちゃん、エリちゃん。あとで彼女たちに謝罪のメールを送らなければ。

63 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:55:43.47 ID:WHh6WAPF0

「家にいたら突然電話が鳴ってビックリしたよ。それでいざ出たら、百合子の友人だって人が代わりに話すし。......電話の奥の方で、聞き覚えのある声がわんわん言ってたけど」

 私は頭をテーブルに突っ伏した。

 最悪だ。醜態を晒してばっかりじゃないか。

「プロデューサーさんは、一体いつから?」

「そうだな」

 プロデューサーさんは文庫本を手にしていた。

「百合子を引き取りに来たのは二十分前くらいかな。でも、ここに来た手前、俺も一杯飲みたくなったから、ちょっと飲んでたんだよ」

 それから文庫本を閉じ、テーブルの上に置いた。

 その本には使い込まれた、白と青のブックカバーが付けられている。

 私が何年も愛用しているブックカバーと、同じデザインのものだ。


64 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:56:57.85 ID:WHh6WAPF0

「一体、何をどんだけ飲んだんだ?」

「そ、それは......」

 私は傍に置かれたロックグラスを見た。グラスの周りは汗をかき、中の氷は解けてしまっている。

「まさか『サントリイウイスキイ』とか言うんじゃないだろうな。最近、太宰ばっか読んでるからって、そんなところまで感化されるんじゃない」

「はうっ、ばれてるっ!」

 バーカウンターの上で、私は春の枯葉のように萎れる。

 どうしてこうも私のことを見透かすのか。恐ろしくて仕方がない。

「まったく、酒に飲まれないよう気を付けろっていつも言ってただろ。百合子はそんなに強くないんだから」

 プロデューサーさんは私の両頬を指でつねった。

「いふぁい、いふぁい! ごめんなさいっ!」

 すぐにプロデューサーさんは指を離したが、頬にはズキズキとした痛みが残る。

「うう、そんな風に女性の扱いが悪いから、プロデューサーさん、結婚できないんですよぅ」

「もう一回やろうか?」

「う、ウソです! ごめんなさい!」

 プロデューサーさんもそろそろ身を固めてもよい年なのに、誰とも付き合っているようではなかった。その一方で、事務所のアイドル数人が彼に告白をしたが、みな断られたという話は小耳に挟んでいた。私もその一人ではあるけれど。

 いっそのこと、プロデューサーさんが誰かとくっついてくれた方が、私も彼のことを諦められるのに。どういうわけか、彼は一人身のままだった。

65 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:57:55.35 ID:WHh6WAPF0

 私とプロデューサーさんは、バーを後にした。

 店を出る前、私はマスターに何度も謝ったが、マスターは「大丈夫だから。また来たい時においでよ」と笑って見送ってくれた。

 夜も更けており、通りを行き交う人も少ない。梅雨晴れの夜はやけに涼しく、さっきまでの酔いがまったく醒めてしまう心地がした。

「百合子、ちゃんと歩けるか?」

「大丈夫です。しばらく寝てたから大分いいです。それにプロデューサーさんが来てたのにビックリしたおかげで、ほとんど酔いも醒めちゃいました」

 ほっぺも痛かったんですよと私が不機嫌に言うと、彼は申し訳なさそうに笑った。

66 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:58:51.84 ID:WHh6WAPF0

 私たち二人はゆっくりと通りを歩く。歩きながらプロデューサーさんは私に尋ねた。

「まったく......。今日、友達の結婚式だったんだろ? どうしてそんなに荒れたんだ」

「結婚式はとてもよかったですよ。友達も幸せそうで、本当に嬉しかったです」

「それじゃあ、一体どうして」

 私は言葉に詰まった。私が今晩荒れた理由を話してしまえば、あの日の出来事について触れなければならない。そして、触れてしまえば、今もプロデューサーさんのことを想っていることを伝えたくなってしまう。

 伝えていいものか、伝えるべきでないのか。これまで私には分からなかったし、何しろ伝えるのが怖くて、あのときからずっと伝えることができなかった。

 でも、伝えなければ、何も変わらないのだ。

 私の心の中で、ぱん、と弾ける音がした。

67 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 12:59:22.69 ID:WHh6WAPF0

「それから、ふとしたキッカケで、昔のことを思い出したんです」

「昔のこと?」

「はい。アイドルになって、あなたと出会って、それから、あなたのことを好きになった日々です」

 私が歩みを止めると、彼も立ち止まり、私の方を見た。

「あの日のこと、覚えてますか? 雨の中、臨海公園で話したこと」

 しばらく間をおいて、プロデューサーさんは頷いた。

「ああ、覚えてるよ」

「いつか、私が本当に好きになる人が見つかる、ってことも?」

「もちろん」

 プロデューサーさんはすぐに頷く。

「私、ずっと探してました。私が好きな人はこの人だ、っていう人を。でも、見つかりませんでした。その代わりに、私が本当に恋をしてしまうような人を考えるたびに、あなたの姿が浮かんだんです」

 プロデューサーさんは黙ったままだ。

「どうしてだろうって、私、ずっと考えてたんです。でも、どんなに考えても答えは一つしか浮かびませんでした」


68 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:00:13.57 ID:WHh6WAPF0



 もう一度伝えたくて、伝えたくて仕方なかったことを、私はとうとう切り出した。


「恋に恋したその先に、プロデューサーさん、私はあなたのことが好きだと気付きました」


 プロデューサーさんをじっと見据えて、言った。


「私、プロデューサーさんのことが好きです。誰でもなく、あなたのことが、本当に好きです」


69 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:00:53.66 ID:WHh6WAPF0



「それは、百合子がずっと考えて出した答えなんだな」


「はい」


 あたりがしんと静まり返る。まるで時が止まったかのようだ。


70 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:01:27.31 ID:WHh6WAPF0


「百合子」
 

 固まった世界を打ち壊すように、プロデューサーさんは口を開いた。


「伝えたいことがあるんだ」


 いつになく、彼の表情は固かった。



「好きだ。ずっと、俺のそばにいてくれないか」

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/30(日) 13:02:36.65 ID:v8x3XFtDO
えんだ〜〜
72 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:03:10.42 ID:WHh6WAPF0


 私は頭が真っ白になった。


 まさか、プロデューサーさんが言ってくれるとは思ってなくて。

 けれども、ずっとずっと、聞きたかった言葉だった。


 私は嬉しくて、胸がいっぱいで頷くことしかできなかった。

 私は何度も、何度も頷いた。


 私はプロデューサーさんの胸元に飛び込んだ。

 彼は優しく受け止め、そして力強く抱き締めてくれた。
 

 緊張がぷっつりと切れた私は涙が溢れだす。

 彼の身体が暖かく、心地よくて、私はなおさら涙を抑えられなかった。


 私が落ち着くまでの間、彼はずっと私の体を包んでくれた。



73 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:03:53.32 ID:WHh6WAPF0

 しばらくして、彼にどうして私の気持ちを受け入れてくれたのか訊いた。

 答えるのをためらっているのか、彼はしばらく頭を掻いていたが、やがて彼は観念したように言った。

「ずっと好きだったんだ。初めて顔を合わせたときから、一目惚れで」

「へえっ!?」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「で、でも、それならどうして、あの時私の告白を断ったんですか?」

「好きだったからこそ、恋に恋してた百合子の気持ちに応える勇気が俺にはなかったんだ。恋に恋してる状況から百合子が抜けだしたとき、百合子は幻滅するんじゃないかって」それから彼は、頬を掻いた。「それに......、大の大人が女子高生に手を出すって、まずい気がして」

「プロデューサーさん、もしかして、後の方が理由じゃないですよね」

 私がじとりと見据えると、彼はわざとらしく目を泳がせた。


74 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:04:58.91 ID:WHh6WAPF0

「あの日に百合子の告白も断ったし、諦めようと思ったよ。でも、忘れようと思っても、忘れられなかったんだ」

「ずっと好きでいてくれたのなら、どこかでプロデューサーさんが告白してくれてもよかったじゃないですか」

「あのとき俺の方がフってるのに、それはできなかったよ。いや、そんなことをする権利も、俺にはないって思って」

「プロデューサーさんって、思ってたより不器用な人なんですね」

 プロデューサーさんは頭を掻いた。

「いずれにせよ、俺のわがままだったんだ。そのせいで百合子にずっと辛い思いをさせてしまってたんだな」

「そうですよ。プロデューサーさんのバカ」

 このヘタレめ。

 私もまた、わざとらしく、頬を膨らませた。

「本当に、ごめん」

 プロデューサーさんは私の頭を撫でた。そうすると私が許してくれると思ってるのだろう。

 まさにその通りなのだが。

75 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:05:40.42 ID:WHh6WAPF0

「思えば、色んな人も巻き込んじゃいましたね。私のお友達二人もそうですけど、あとは杏奈ちゃんも」

「ああ。特に杏奈に謝らないと」

「どうしてですか?」

「俺が百合子の告白を断った次の日、杏奈からめちゃくちゃ怒られてさ」

「えっ、そうだったんですか?」

「うん。普段物静かな人ほど怒らせちゃいけないって、あのとき本当に痛感したよ」

 プロデューサーさんは遠い目をしていた。とても興味があったけど、訊かない方がよい気がした。

76 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:06:17.01 ID:WHh6WAPF0

 私は、もう一つ、彼に訊いてみたかったことを尋ねた。

「プロデューサーさん。ひとつ、訊いてもいいですか?」

「何?」

「私のどこに、一目ぼれしたんですか?」

 プロデューサーさんは大きくむせこんだ。

「言わなきゃダメ?」

「お願いします」私は意地悪な笑みで応えた。

「そうだな......」

 プロデューサーさんは腕を組んで上の方を見遣った。

「そんな、考えないと出て来ないんですか?」

「いや、ありすぎてどうしようか悩んでる」

「えっ」

77 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:07:56.51 ID:WHh6WAPF0

「まず、めちゃくちゃ可愛いと思った。本当に。一目見たときに」

「ふぇっ」

「本の話すると目キラキラさせるの本当に愛らしかったし、時々どこかにトリップするけどそれも可愛い」

「あの、ちょっ、えっと」

「ライブしてる時の表情とか本当に生き生きしてるし、観るたびに俺も魅了されてた」

 なにこれ、いじめですか。

「あとはそう、大人になったら綺麗になったよ。今日の格好も本当に綺麗だし、ぶっちゃけドキドキしてる」

「ぬぇえっ!?」

 彼に言われた途端、今の格好が何だかとても恥ずかしく思った。

「出るところ、出るようになったし。もとから数字よりは出てる節はあったけど」

「......えっち」

 私は急いで胸元を隠した。

「今の反応、めちゃくちゃ可愛い」

 あーもうなんなの、この人!!

78 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:08:24.44 ID:WHh6WAPF0

 こんなに恥ずかしい思いをするなら訊かなければよかった。その気持ちを誤魔化すために、私はプロデューサーさんの胸をポカポカと何度も叩いた。

 彼は再び私を抱き締めた。彼の身体の温もりと鼓動が伝わってくる。

「そうやって抱き締めたら、私が許してくれると思ってるんですか?」

「許してくれないのか?」

 私も彼の背中に手を回した。

「そうですね......。私がいいって言うまで、ずっと抱き締めてください」

 プロデューサーさんは、私を一層強く抱き締めた。その強さがとても心地よい。

「お安い御用さ。ずっと離さないからな」

79 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2019/06/30(日) 13:09:23.74 ID:WHh6WAPF0


「私も、あなたの隣から絶対に離れません。だって、やっとこうして本当に大好きな人と結ばれましたから」

 私たちはちょっと照れくさそうに笑いあった。それから、お互いの目線が一つになった。

 お互いの顔を近づけ、寄せて、そして、重ねた。

 暖かくて、甘くて、鼓動も幸福もすべて、彼と一つに重なった心地がした。

 たくさん泣いて、たくさん笑って、そうして結末は書き換えられた。

 書き換えられた結末は、これ以上ないくらい幸せに満たされていた。でも、幸せな結末で物語が閉じられるのは何だか勿体ないような気もした。

 そうだ、今から物語が始まるのだ。

 この幸せな結末から、物語を始めよう。
 
 一つに重なって、どれくらい経っているのか分からない。でも、そんなことはどうだってよかった。
 
 今はただ、ずっとこの時を過ごせますように。私たちは心の底から願った。


80 : ◆kBqQfBrAQE [sage]:2019/06/30(日) 13:09:53.67 ID:WHh6WAPF0




おわり




81 : ◆kBqQfBrAQE [sage saga]:2019/06/30(日) 13:10:46.27 ID:WHh6WAPF0

タイトルは小田和正の「恋は大騒ぎ」(1990年)から。

百合子の青春にとことん付き合いたい人生でした。
あと、25歳の百合子ってなんだかえっちな気がしませんか。


82 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2019/06/30(日) 13:16:33.10 ID:6qxDGfjWO
プロデューサーの恋に恋らへん上手く言ってるな
結末好きな展開で嬉しかった、乙です

>>12
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/PVhQj8C.jpg
http://i.imgur.com/0ZaAjyq.png
http://i.imgur.com/PABrgaq.jpg
http://i.imgur.com/fa9M0SY.jpg
http://i.imgur.com/GmDmpPs.jpg
http://i.imgur.com/HVaj4LG.png

>>23
望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/yfmgm0L.png
http://i.imgur.com/qpyaPQy.png

15歳の時点で既にエロいからしょうがない
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/30(日) 14:30:07.16 ID:v8x3XFtDO
今回画像の人がサービスいいな


もしかして、百合子スキー?
84 : ◆kBqQfBrAQE [sage]:2019/06/30(日) 14:30:11.41 ID:WHh6WAPF0
百合子の過去作です。よかったら、こちらもどうぞ。
七尾百合子「大学図書館ですか?」P「ああ!」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405858131/
P「百合子の髪型ってどうなってるんだ?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399385427/

こちらは私が書きました直近のミリマスSSです。よかったら、ぜひ。
真壁瑞希「恋するアセロラ・サイダー」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1542028777/
P「えいっ」ピトッ 矢吹可奈「ひゃー♪」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1545145913/
P「同級生はアイドルに」馬場このみ「ん?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558787721/
85 : ◆kBqQfBrAQE [sage]:2019/06/30(日) 14:31:50.71 ID:WHh6WAPF0
>>82
画像先輩、毎度ありがとうございます。

確かに15の時点でえっちでした。不覚。
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