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加蓮「カミサマなんて信じない」
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30 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:40:57.57 ID:tLeGcQVf0
そんな私に間髪入れずに志希が何か言う。
「え? 今なんて言ったの? 私なんかした?」
「あ、つい向こうにいたクセで言っちゃった。まあ、あんま意味ないから気にしないで?」
「意味がないのについ言っちゃう言葉なんだ」
「うん。さっきのね、くしゃみが出た時の常套句みたいなもんなの。しいて言うなら『お大事に』かな?」
「ふーん。ね、さっきのちょっと聞き取れなかったからもう一度言ってくんない?」
「いいよ。『God bless you』」
「ふーん……『"God" bless you』……か」
こんなところまで出てくるか、なんと忌々しいカミサマめ。
31 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:41:32.53 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
「最近なんだか面白いことしてるらしいな」
いきなり背後から声をかけられた。その声の主はあたしのプロデューサーだった。
「あれ? もしかしてプロデューサーさんの所にも伝わってたりする?」
「そりゃまぁ担当アイドルのことだからな。多少はアンテナ張ってるよ」
「ふーん……。で、どう思った?」
「どう思ったって……」
「くだらないことしてるとでも思った?」
「まさか」
プロデューサーさんは予想外なことに真剣な顔でそう答えてくれた。
「理由はどうあれ、加蓮が自分から動いてることなんだ。有益なのか無駄なのかは俺にはわからないけど、くだらないとは思わないよ」
「そ、安心した」
「それはなにより。担当アイドルを安心させられたならプロデューサー冥利に尽きる」
プロデューサーさんはホントにそれだけを言いたかったみたいだ。特に咎めることなく、特に積極的に関与するわけではなく。
ただ、私のやってることが気になるだけ、というスタンスみたい。
それはそれで嬉しいんだけど、折角だからプロデューサーさんも巻き込んじゃおーっと。
32 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:42:17.38 ID:tLeGcQVf0
「で、プロデューサーさんはどうなの?」
33 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:43:04.51 ID:tLeGcQVf0
「ん? なんのことだ?」
「なんでこの流れでわかんないの……? 私が聞きまくってることに決まってんじゃん」
「あー……そのことか」
「そ、そのこと」
「そうだなー、ちょっと話はズレるんだけどさ」
そう言ってプロデューサーさんは答え始めてくれる。まるで雑談を始めるかのような口調で。
「仕事をしていて大抵の場合は、成功すれば優秀なアイドルとスタッフのおかげ、失敗すれば責任者の俺のせい……って思ってるけどさ」
「ときたまあるんだよな、どう考えても運が悪かったと思うしかないような失敗が」
「逆に運が良すぎたと思う成功例だってある。どうして成功しちゃったんだろうっていうやつがな」
「でも俺は───」
いつになく真剣な表情をするプロデューサーさん。
これはきっと雑談なんかじゃない。雑談に見せかけた彼の本音、普段はほとんど見せることのない心の奥底の言葉なんだ。
34 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:43:41.18 ID:tLeGcQVf0
「───運が良かった、悪かった、で済ませたくないんだ。お前のプロデュースを」
35 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:44:23.03 ID:tLeGcQVf0
「運に甘えてしまったら……運のせいにしてしまったら、後で一生悔やむことになると思うんだ」
「だから俺はカミサマを信じない。というかカミサマの力無しでお前をプロデュースしたいんだ。トップアイドルまで、な」
なんかこっ恥ずかしい告白を聞いてしまった。しかも私と同じような考えしてるし……。
ちらりとプロデューサーさんの方を見ると顔を真っ赤にしてる。やっぱり恥ずかしかったんじゃん! なんでそんなこと言っちゃったの!
きっと聞いてた私も顔を真っ赤にしてるんだろう。
カミサマ、いるんならこの状況から助けてよ! ほら、困った人間が二人もいるんだよ? でもいないんだからきっと助けてくれないか……。
36 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:44:55.64 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
「で、いくんだろ? 最後はあそこに」
お互いに恥ずかしくなった告白を聞いた後……つまりそのせいでちょっと気まずい空気が流れた後、プロデューサーさんはそれを誤魔化すように口を開いた。
でもそれは今にぴったりすぎる話題のチョイスだった。
「わかってるんだ」
「まあ、加蓮のことだしな」
「止めないんだ」
「まあ、加蓮のことだしな」
「なにそれ、なんか雑な扱い」
「だって、何言ったって止まらないだろ? 自分で確認するまではさ」
見事に自分の心情を言い当てられた。
自分のことを全部分かられているようで悔しいような嬉しいような……。
「うん、そう。そうに決まってるでしょ? だって私が始めたことだからさ───」
37 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:45:30.12 ID:tLeGcQVf0
───だから私が終わらせなきゃ。
38 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:46:00.36 ID:tLeGcQVf0
そう言ってプロデューサーさんに背を向け、外に出る準備をする。
「いってらっしゃい、気を付けてな」
「うん、気を付けるよ。でも一体何に気を付ければいいと思う?」
「うーん……」
適当に言った軽口にプロデューサーがつい考えこんでしまったようなので、つい振り返って顔を見てしまった。
39 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:46:49.39 ID:tLeGcQVf0
「天罰……とか?」
40 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:47:33.09 ID:tLeGcQVf0
目が合うなりそんなこと言い出した。
やっぱ聞かなきゃよかった……。
41 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:48:24.27 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
「こんにちは、シスターさん」
「こんにちは、迷える子羊さん」
「あ、そういうスタンスで行くんだ? まぁ、私から言っといてなんだけどさ」
「ここは懺悔室です。仮に外では親しい仲同士であっても、この内では一人の迷える子羊と一人のシスターにすぎませんよ? まぁ本来であれば神父が懺悔を受け止めるのですが……」
「え? そうなんだ。てっきりシスターさんがやるものかと思ってたよ」
「実際は違うのです。ただ、この教会は、残念ながら神父の手が回らない時も多いので、偶にこうして私がお手伝いさせていただくこともあるのです」
「ふーん……。ま、いずれにせよ、あなたが私の話を受けとめてくれるんでしょ? それなら構わないよ」
「それはなによりです」
「それで本題なんだけどさ」
「なんでしょうか?」
「こんなところに来ておいて、すごく、すっごく、失礼な質問になるんだけどさ……」
「……ここは懺悔室です。迷える子羊の悩みであれば、どんな悩みでもお聞きいたしましょう」
「ふーん……。どんな悩みでも、ね……」
「…………それで貴女のご質問とは一体何でしょうか? どんなことでも、きっと主はお受入れになられるでしょう」
「そ、じゃあ遠慮なく言わせてもらうね」
42 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:48:56.57 ID:tLeGcQVf0
「カミサマっていると思う? クラリスさん?」
43 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:49:38.67 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
あたしはふらふらと教会から出る。まるでノックアウトされたボクサーみたいに。
ぶっちゃけ向こうをノックアウトする気で来たのに、逆にここまでノックアウトされると思わなかった……。
見事すぎるカウンターパンチだった。
ダメージでふらつくあまり、ふと目に入ったベンチ目掛けてふらふらと軟着陸する。とりあえずここで回復しよう。
……。
……。
……あんな切り返しされたら、こっちはもう負けを認めるしかないじゃんね……。
44 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:50:13.66 ID:tLeGcQVf0
========
====
==
「神様……というと私達が仕えている主のことでしょうか……?」
「うん、それでもいいよ。なんだっていい。それこそキリスト様だろうがブッタ様だろうが、他の宗教のカミサマだろうが」
「あたしが言いたいのは、みんながなんとなく信じてる人間の上位種である"カミサマ"ってのがいるのか? ……ってこと」
「…………」
流石に想定すらしていなかった質問らしく、すぐには返事が返ってこない。
向こう側が見えないよう工夫された木の板越しだけど、なんとなくクラリスさんが唖然と、そしてムスッとした表情をしているのが簡単に想像できる。
「……理由」
「……え?」
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか……? あなたが……そう思われた……その理由を……」
暫く沈黙が続いた後、その静寂を破ったのはクラリスさんのそんな言葉だった。
「…………暗くて面白くない話だけどいい?」
「ええ、もちろん」
「……じゃあ、話すね」
45 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:50:45.64 ID:tLeGcQVf0
あたしがさ、昔病弱だって言った話、知ってるでしょ? 一番ひどい時なんてさ、病院でずっと入院してたんだよね。
入院が長引くとさ、お金の関係で個別ベッドに入るのなんか難しくなるんだよね。そうすると大部屋に何個かベッドが並んである部屋で入院することになるの。
あたしが入院してたのは六人部屋だったかな? 言い方悪いけど、結構繁盛してて、ベッドはいつも満杯だったんだよ。
盲腸にかかった人。
過労で倒れて検査したらいくつも胃に穴が開いてた人。
交通事故で脚を骨折してしまった人。
過去の手術の経過検査のために入院した人。
腸が癒着して手術が必要になった人。
高齢で病気になり、正直言ってもう先の長くないような人。
そして───
───まだ子供なのに、当時の私と同い年くらいの歳なのに、国から認められてしまうような難病にかかってしまった子。
そんな多種多様な人たちが入れ代わり立ち代わり、ベッドに入っては出てを繰り返してた。
…………あたしとあの子を除いては……。
46 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:51:30.77 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
私とその子の関係? 別に特殊なもんでもなかったよ。
元から知り合いだったわけでもないし、「実は血が繋がってた」とか「前世で恋人だった」とか、そんな衝撃的な事実も決してなかった。
ただ偶々同じ部屋で同じ期間に対面のベッドで入院してたってだけ。
でもある程度一緒に過ごしていると、定期的に来る医者の話す声が漏れてきて、相手の様子がぼんやりとわかってきてね。
なんとなく、あの子は暫く退院できないんだと察することはできた。
こっちにそう聞こえるってことは、きっと向こうもこっちのことが聞こえるってことで……。
だからこそ向こうも同じことを思ったんだろうね。
ある日、医者も看護師も他の入院患者もいないような暇な時間帯に向こうから声をかけてきたんだ。
47 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:52:11.50 ID:tLeGcQVf0
「ねぇ、あなたさ、ここに来て結構長いよね?」
48 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:52:55.74 ID:tLeGcQVf0
最初は一体何かと思った。というか誰が誰に向けて発せられた言葉かすら認識できなかった。
「あれ? いないの? そんなわけないよね。点滴あるし」
そこでやっと私は自分が話しかけられてることに気が付いた。
「……いるよ。この忌々しい点滴なんかすぐ抜きたいけどね」
ベッドのカーテン越しに笑い声が響き渡る。どうやらこの皮肉はあっちにウケたらしい。
向こうが一通り笑った後、ごめん、ごめんと言いながら釈明しだす。
「だってさ、あたしと全く同じこと思ってたからさ。嫌だよね、この拘束してる管。ぶちっと抜いて自由になりたい」
「ぶちっと抜いたらその瞬間、血がピューって吹き出して、慌ててナースに捕まったりしてね!」
今度は二人で大笑いした。今考えればこんなことで笑うなんて二人とも長い入院生活で鬱屈としていたに違いない。
「ねぇ、加蓮さん?」
「え? アタシ、名前教えたっけ?」
「毎日のようにお医者さんに呼ばれてるじゃん。そんなのすぐに覚えるよ。加蓮さんだってあたしの名前知ってるでしょ?」
「それはそうだけどさぁ……」
「どうせお互いそうそうこっから出れないでしょ。仲良くしようよ」
「それはそうだけどさぁ……」
「ということでお近づきの印としてカーテン開けて顔を見せて」
「病弱な顔なんて見ても面白くないんじゃない?」
「それはそっちだってそうじゃん」
また二人で大笑いした。どうやら病弱ネタはお互いのツボに嵌るらしい。
「はいはい。開ければいいんでしょ、開ければ」
そういって二人でカーテンを開けて。
それでお互いに『まるで病人の顔みたい』って指をさしながら笑って。
それで笑ったことにまた大笑いして。
それでなんとなく対面のあの子と仲良くなった気がした。
49 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:54:08.46 ID:tLeGcQVf0
その日から私とあの子は、周りの入院患者へ迷惑をかけない時間帯に二人でぺちゃくちゃたくさんおしゃべりした。
採血のための注射が痛いだとか。
毎日飲む薬が多すぎるだとか。
親が土産で持ってくるものがローテーション化してきてつまらないだとか。
この看護師は優しいけど、あの看護師は不愛想だとか。
折角窓際のベッドなのにそこから見える景色は代り映えしないだとか。
実はこの病院には開かずの間があって、そこには"出る"だとか。
他のベッドの入院患者は入れ代わり立ち代わり変わっていったけど、窓側の私達二人はずっと居座ってた。
もうちょい年端がいってれば、牢名主ならぬ入院室主になれてたかも? なんてね。
50 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:55:37.21 ID:tLeGcQVf0
そして季節が一つ変わり、二つ変わり、『ずっとこんな生活が続くのかな?』という不安と一種の諦めと落ち着きを持ち始めた時だった。
「あたしね、今度手術するんだって! なんか凄い手術らしい? けど心配しないでって看護師さんが言ってた!」
あの子がいつものベッドから出し抜けに明るい声でそう言ってきた。
お互いに話すようになって暫く経つけど、最初に比べて終ぞあの子の顔色は良くなることはなかった。
でもその一方、本人の声はそれを取り戻すかのように、より元気になってきた気がする。
「手術が終わった直後はまだ気が抜けないから、あいしーゆー?ってところで入院するんだって……。でもしばらくしたらまた普通のベッドに戻れるんだって!」
ICUのことかな? いわゆる集中治療室。
その間はこの子ともお別れか……。どれくらいになるかはわからないけど、なんだか悲しいな……。
そんな想いを抱いたことにすぐにハッとなった。いつの間にかにこの子の存在はあたしの中でかなり大きなものとなっていたようだ。
「そしたらやっぱここのベッドがいいなぁ……。加蓮ちゃんとまたおしゃべりしたいし」
それを知ってか知らずか、あの子は何気なくそんなことを言う。
一緒にまたおしゃべりしたいというのは私も同じ気持ちだった。
51 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:56:07.72 ID:tLeGcQVf0
「そうだ! 看護師さんにそうお願いしよう! 手術前に『なにか叶えてほしいことある?』って聞かれたから、特にないよって答えたけど、ここのベッドに戻れるようにお願いしよう!」
そう明るい声で話すあの子の話を、私はうんうん頷きながら聞いてた。
これはなんとなく私の想像にすぎないんだけど……。そしてきっと周りの人達は本人には伝えてないだろうけど……。
これは難しい手術どころではなく、下手をすれば命にかかわる手術なんじゃないか?
いや、手術をしなければ生きることができないような状態なのだろう。
そういうレベルだっていうことのは、毎日頻繁に訪れるお医者さんや看護師さん、あの子の両親の姿を見てなんとなく察することができた。
でも私は何か言うことはできなかった。何かすることもできなかった……。
そしてあの子の手術日の前夜、あの子が手術のためにベッドを移動した夜、あたしは生まれて初めて真剣にカミサマにお願いをした。
52 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:56:55.59 ID:tLeGcQVf0
『あの子の手術がうまくいきますように……!』
53 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:58:13.38 ID:tLeGcQVf0
一晩中祈ってたせいで、その日は全然眠れず、翌日に看護師と両親に心配されながら怒られた記憶がある。
ただそれくらい真剣にあの子の手術成功を祈ったあの日。
でも、あの子が帰ってくることはなかった。
一日経って二日経って。
あの子がいたベッドが綺麗にされて。
いつもあの子がいたベッドが空きベッドとなる日が暫く続いて。
一度あの子の両親が咽び泣きながらあたしに挨拶してきて。
そして次の患者があの子のベッドを使うようになって。
そこであたしは察したんだ。
『あぁ……あの子は救われなかったんだ……。カミサマはあの子を救ってくれなかったんだ……』って。
その時からかな? カミサマを信じられなくなったのは?
皮肉なことにその日からあたしの体調はドンドン回復していって、無事退院できることになった。
暫くは通院しながらつまらない学生生活を送って。
それで通院が必要なくなった頃にプロデューサーさんにスカウトされて。
スカウトされてからの話は別にいいよね? 話さなくてもよく知ってるだろうし。そうして昔からの夢だったアイドルやって、毎日楽しい日々を過ごすくらい元気になって、今に至るって感じかな。
でもね、あたし元気になった今でも思うことがあるんだ。
『カミサマはあたしをこんなに元気にしてくれたのに、なんであの子を救ってくれなかったのかな?』
『どうしてカミサマは越えられない試練をあの子に課したのかな?』
『どうしてあの子と一緒に元気になって退院できなかったんだろう』
『───どうして私じゃなくて、あの子が死んじゃったんだろう』
そんな風にね、思うことがあるんだ。
でもこれってよく考えたら、ある発想に至ったら解決されるんだよね。
根本的に間違ってる思想を、正しく認識すれば解決されちゃうんだ。
つまりはね、こう思うことにしたんだ。
54 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:59:01.90 ID:tLeGcQVf0
『カミサマなんてこの世に存在しない』
だからあたしはカミサマなんて信じないんだ。
55 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 21:59:43.13 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
「どう? これが暗くて面白くない話の全部。ね? つまらなかったでしょう?」
そうクラリスさんにあたしは問う。さてクラリスさんはどんな反応を返してくれるかな?
「…………それはお辛い経験でしたね」
「上辺だけの同情はいらないよ。これでもまぁ今の生活に……アイドル生活に満足してるからね」
凛と一緒に奈緒をいじったり、プロデューサーさんにポテト集ったり、アイドルとしてお仕事したり、大歓声の中でライブしたり。
仕事面もプライベート面も……というか事務所の子たちとの関係も結構満足してるんだよね。
昔からの夢は叶ったし。昔では出来なかったことが今はできてるし。
だから上辺だけの同情はいらない。私はクラリスさんの……カミサマに仕えているあなたの答えが欲しい。
「…………正直、ここで主の存在の有無を議論しても致し方ないでしょう」
「へぇ……」
「何故なら、いくら議論したとしても、私は主を信じておりますし、逆に加蓮さんは主の存在を信じないでしょう」
つまりは平行線です、とクラリスさんはため息をつきながらそう言う。
所詮その程度の回答か。まぁここに来た時点でそんなこと言われるだろうと思ったしさ。
つまらない質問につまらない回答。破れ鍋に綴じ蓋って感じで丁度いいのかもしれないね。
ここでのイベントはもう終わった。さあ帰ろう。相変わらずカミサマのいない世界へと。
56 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:00:40.95 ID:tLeGcQVf0
「でも───」
57 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:01:21.92 ID:tLeGcQVf0
私が席から立ち上がろうとしたその瞬間、クラリスさんの声が響く。まるで見ていたかのようなタイミング。
そのまま無視して帰ろうかとも思ったけど、そのタイミングの良さに免じて、まだここにいてあげる。
「───あなたに今日一つだけ覚えてほしいことがあるのです」
「……何? いわゆる本場物の説教っていうやつ?」
そういうわけではないですが……と消え入りそうな声。ただ、それで引き下がるほどクラリスさん自身は弱くはないようだ。
「貴女はその子が亡くなったことに着目していらっしゃるようですが……」
いつも通りの優しい声色。でも『絶対にこれだけは聞いてほしい』という強い意志を感じる声。
58 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:02:06.64 ID:tLeGcQVf0
「貴女は『その子が亡くなったこと』、それ自体に着目してらっしゃるようですが……」
「その子は生きていたのです。苦しかったかもしれませんが、必死に生きようとしていたはずです。その子は生きていたのです。貴女に向けた笑顔は本物だったはずです。その子は生きていたのです。難しい手術を受け入れて、尚且つ生きようとしたはずです」
「その子は生きていたのです。その子の人生を全うしたのです。その子が生まれて、育ち、そして残念ながら病気にかかり、入院し、貴女と出会った。入院生活では面白くないことも多かったでしょう。でも貴女と出会い、交流することができた」
「貴女はその子が死んだことばかり着目しているように思えます。それで主の存在を否定しているようですが、そこにはもう一つ違う側面があるはずです」
「その子はちゃんと生きてた。亡くなる直前まで生きようと頑張っていた。だからこそ、手術の前に貴女とそんな約束をしたのではないでしょうか?」
「また誤解されがちですが、主の試練とは病死や死という本当の試練ではなく、誘惑という意味なのです。その子はきっと誘惑に打ち勝ったのではないでしょうか? 『生を諦める』、『辛さから逃げる』という誘惑から……。だからこそ、その子は貴女と約束したのではないでしょうか? 最後まで生きることを諦めないために」
「だから、だから……。その子が亡くなったことだけではなく──」
59 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:02:50.29 ID:tLeGcQVf0
「──その子が生きていたことにも着目してあげてください、加蓮さん」
60 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:03:33.30 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
いやー、思いだすだけでも結構ダメージあるね。確かに私はあの子が亡くなったことばかり気にしてた。
そのせいで、あの子が生きてたって感覚を完全に失っていた。
ふらふらと軟着陸したベンチだけどここにあって本当によかった。暫くはダメージで動けそうにない……。
どれくらい時間がたっただろうか?
私の座っているベンチにふと影が差す。誰かが私の後ろに来たようだ。
だがノックアウトされっぱなしの私に振り返る気力などあるはずもなく、そのまま項垂れていた。
「どうだった?」
それは見知った男の声。いま一番聞きたくなかった声。そして、いま一番聞きたかった声だった。
「完敗……。見事にノックアウトされちゃった……」
振り向きもせずそう答えると、そうかそうか、とプロデューサーさんは頭を撫でながら宥めてくれる。
それが途轍もなく安心できて。だからこそ私は言うつもりもなかった心の声をドンドン漏らしてしまう。
61 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:04:12.46 ID:tLeGcQVf0
「あんなこと言われちゃったら、今まで聞きまわってた私がバカみたいだよね……」
「私ね、あの子が死んだことばっかり気にしてた。あの子とはそれまでたくさん楽しくおしゃべりとかした。でもそんなことは忘れちゃって……。あの子が死んだ。あの子が戻ってこなかった。でも私が生き残った。そんな結論ばかり気にばっかりで」
「私だけが治るなんてズルじゃないかと思った。ホントはあの子じゃなくて私が死ぬはずなんじゃないかって思ったことさえあるよ。でも、そんなこと考えたってあの子が生き返るわけじゃないのにね」
「私、あの子に甘えてた……あの子のせいにしていた……。カミサマがいないことを。『あの子の代わりに私が死ぬべきじゃなかったのか?』っていう気持ちを。でもカミサマがいないのなら、そんなのは関係ないんだってことを」
ポロポロと言葉が溢れる。それは紛れもなく私の胸につっかえていたトゲだった。
62 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:05:20.71 ID:tLeGcQVf0
「……いわゆるサバイバーズ・ギルトってやつだな」
そんな風にプロデューサーさんがポツリと呟いたその言葉、どっかで聞き覚えがある……。
確か、昔入院していた病院へ久々に行った時に、奏が口にしてた気がする。
その時も同じ様なことを思ったけど、今もう一度私は聞きたい。
誰でもないプロデューサーさんにだからこそ聞いてみたい。
63 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:06:13.30 ID:tLeGcQVf0
「ねぇプロデューサーさん? 私は生きてていいのかな?」
64 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:06:54.59 ID:tLeGcQVf0
「あの子の代わりでもなく、私が私として人生を謳歌してもいいのかな?」
65 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:07:39.43 ID:tLeGcQVf0
「私、昔からの夢だったアイドルを楽しんじゃってもいいのかな?」
66 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:08:42.62 ID:tLeGcQVf0
そんな弱音を吐く私。後ろからため息をつく音が聞こえる。でも音は軽蔑や落胆のそれではなくて───
67 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:09:40.02 ID:tLeGcQVf0
「馬鹿野郎。良いに決まってんだろ? 俺が育てたアイドルだぞ? こんなところで折れるようなヤワな育て方してねーよ」
68 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:10:13.37 ID:tLeGcQVf0
「それにあれだ……。お前もだいぶ有名なアイドルになったと思ってるけどよ───」
「───天国まで轟かすにはちーっとばかし、まだ足りねぇと思うんだよ。だから待ってろ、今にもっと輝かせてやるからよ」
そんな大胆不敵な宣言をする後ろの男。それはまるで目の前にいるカミサマに宣言するかのような声色だった。
全く、キザったらしいったらありゃしない。
だからこそ私も振りむいてキザっぽくこう応える。
「なに偉そうなこと言っちゃってんの? 貴方の育てるアイドルなんだよ? 天国のファンだって、きっとすぐにできちゃうに決まってるでしょ?」
そう言って私達は少し見つめあってすぐに大爆笑した。
大笑い過ぎてその声が天国まで聞こえちゃったり……なんてね?
69 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:10:52.70 ID:tLeGcQVf0
◆◇◆
色々聞きまわったちょっとした騒動だったけど、結局何かが解決したわけじゃなかった。
相変わらずカミサマがいるかどうかわからないし。
相変わらず私が昔病弱だった過去は変わらないし。
相変わらずあの子が亡くなった事実も変わらないし。
相変わらず私は運よく元気になれてアイドルをやってるし。
相変わらずそんな中、私は結構幸せに人生を過ごしてたりする。
70 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:11:31.62 ID:tLeGcQVf0
そう、こんだけ聞きまわったっていうのに、結局私の考えは全く変わらずにいる。
つまりは相変わらず私はカミサマの存在なんてちっとも信じちゃいないってこと。
カミサマは私をこんなに元気にしてくれたのに、あの子を救ってくれなかったし。
カミサマは越えられない本当の試練をあの子に課してしまったし。
あの子と一緒に元気になって退院することはできなかったし。
私じゃなくて、あの子が亡くなった事実も変わらない。
71 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:12:30.68 ID:tLeGcQVf0
でもね、一つだけ変わったことがあるんだ。
ふとした時にね、他の娘にカミサマがついていれば良いなって思えるようになったんだ。
レッスン頑張っているあの娘が報われますように。
緊張していたあの娘が本番では上手くいきますように。
オーディションに臨んだあの娘が運よく審査員の目に留まりますように。
試験に臨むあの娘が二択で迷っても正解しますように。
何ともない日常のワンシーンであの娘が運良くオマケの景品をもらえますように。
72 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:13:18.13 ID:tLeGcQVf0
そして、みんなが幸せになりますように。
73 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:14:13.24 ID:tLeGcQVf0
そんな風に思うようになってきた。思えるようになってきた。
きっとそれは、奈緒や凛を始めとした事務所のみんなと『"今"を一緒に生きていきたい』と思えるようになったからだろう。
カミサマの存在を信じられずに、昔は自分の幸せすら願えなかった私が、今はみんなの幸せを願うことができる。今回の大きな一つの変化。
74 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:14:41.13 ID:tLeGcQVf0
「はくちっ!」
そんな風に物思いにふけっていると、一緒に歩いてた奈緒がいきなりクシャミしだす。
「奈緒、大丈夫? 風邪?」
「いや別になんともないよ。誰かが噂してんのかな……?」
まさか奈緒も目の前に噂……というか考え事している本人がいるとは思ってないだろう。
「それより加蓮は大丈夫か? 寒くないか?」
「なんでくしゃみした方の奈緒が心配してるの? おかしくない?」
「いーや、おかしくない。加蓮に関してはいくら気を付けたって問題ないくらいだからな!」
全く、心配性なんだから……。これでもだいぶ丈夫になったんだからね?
そうだ、折角の機会だし、この前志希から教えてもらった知識を奈緒にも披露してあげよ。
「そういえばこの前知ったんだけどね、クシャミしたらこう言ってあげるのが良いんだって」
「ん? なんだ? なんかいい言葉でもあるのか?」
「うん! それはね───」
75 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:15:30.04 ID:tLeGcQVf0
『───God bless you』
みんなにカミサマの祝福がありますように。
76 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:16:05.73 ID:tLeGcQVf0
終わり
77 :
◆ukgSfceGys
[saga]:2019/06/18(火) 22:18:25.83 ID:tLeGcQVf0
以上です。ありがとうございました。
こちらはとある合同誌に寄稿させていただいたSSとなります。
お楽しみ頂けたなら何よりです。
加蓮と真面目な話もしつつもくだらない話をして、一緒に"今"を思いっ切り生きたい人生だった…
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/19(水) 10:51:13.90 ID:mA0vw+uSO
カリスマなんて信じないに空目した
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/20(木) 13:48:27.69 ID:lUG6Ad6vO
すげえよかった
乙
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