【たぬき】高垣楓「迷子のクロと歌わないカナリヤのビート」

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310 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:30:57.30 ID:9I+qLSeE0

  ◆◆◆◆

 ―― ゆめのなか


「んー…………」


「おうた……ゆらゆら……ぽわぽわ……」


「ふわー……」


311 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:32:06.41 ID:9I+qLSeE0

  ◆◆◆◆

 ―― ???


「あら? この気配……」


「わぁ……♪ 幸せの流れが、下に注いでますね〜」


「う〜ん……ちょっと遊びに行っちゃおうかしら。ふふっ♪」


312 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:33:04.82 ID:9I+qLSeE0

  ◆◆◆◆


 裏方まで届く歓声は、小さなハコにはまるで見合わないものだった。
 人はとっくに席を溢れ、フロアを埋め尽くすほどに集まっている。客も、店員も、その音に釘付けだった。
 
 渦中の歌姫は挨拶もそこそこに、逃げるように舞台を後にした。

 引き止める声もあっただろう。彼女が何者なのか知らない客も多かっただろう。
 この出来事は、後に「高垣楓の歌い逃げ」として伝説化することとなる。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 帰ってきて息を切らす彼女は、決して嫌だからそうしたのではない。

 どうしようもなかったのだ。身の内に膨れ上がる熱を。
 自分の意思で、自分の歌を歌い上げたその昂揚を。

 歓声はまだ鳴りやまない。顔を上げる高垣さんの額には、玉の汗が浮かんでいた。

313 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:34:15.29 ID:9I+qLSeE0

「Pさ――」

 ふらっ――

「……! 高垣さん!」

 咄嗟に、よろけた体を受け止める。
 彼女の体は熱かった。

 汗ばむ肌に、熱を帯びた息。けれど辛そうではない、むしろ力強い息吹を感じさせる。

 高垣さんの全身に、まだステージの残響が染み渡っている。
 今の彼女は、神でも仏でもない。
 走り出したばかりの、ただの新人アイドルだ。

「高垣さん。……楓さん」
「……歌、が」
「はい」
「楽しかったんです。みんな、笑っていて。私も……姉さんも」
「はい」
「私……ここに、いたいと思えました。ねえ……『プロデューサー』」

 俺の腕の中で、楓さんが顔を上げる。汗で額に張り付いた汗が生々しい。
 互い違いの色の瞳が、どちらも眩しいほどに輝いていて。

314 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:35:17.56 ID:9I+qLSeE0

 そして彼女は、優しく笑った。


「私を見つけてくれて、ありがとう」


 そんなの。
 それを言うなら、あべこべだ。
 順序が違う。そのすれ違いがなんとなく「らしい」なと思って、笑ってしまった。
 俺から言わせてもらえば、だってそれは。

「……君が、俺を見つけてくれたんじゃないか」

 あの「人形の夢」は、もう見ない。
 何よりも救い出されるべきだったのは、自分だったのだと思う。

 一年前の春に、あの橋の上で君と出会ってから。

315 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:36:40.04 ID:9I+qLSeE0

  ◆◆◆◆


 この事務所は、そういう風にして始まった。
 最初は殺風景だったオフィスルームも、徐々に物が増えてきて。
 俺と楓さん、ちひろさんの三人だったのが、新しいアイドルもどんどん加わってきて。


 どこからか、失せ物探しが得意な少女がやって来て。

 やたらツキのいいお茶目なお姉さんが舞い込んで。

 努力家のカリスマハーフ悪魔が加わって。

 自称ネコチャンアイドル(人間)が殴り込んできて。

 すったもんだの末に、ふわふわねむねむな女の子を保護して。

 全裸で震えている女の子を保護したと思ったら本物のサンタで。

 いつか夜市で出会った「写真屋さん」と再会して。

 キュートな笑顔が素敵な頑張り屋さんを迎え入れて。

 犬の散歩をしていたクールな花屋の娘さんをスカウトして。

 明るく元気でパッション溢れる女の子を見出して。


 それから――――

316 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:38:01.37 ID:9I+qLSeE0
  
   〇


 言っちゃなんだがお上りさん丸出しだった。
 新宿駅の東口広場でデカいリュックを背負い、人ごみに惑う女の子を見つけた。

 最初は親切心からだった。外回りで見かけてしまい、なんか放っておくのも憚られて。
 あの、お困りですか――などとお決まりの声をかけようとして。

「ぽこっ!? ななな、なんでしょうかっ!?」


 あ。


 この子だ、と思った。

 前置きはいらない。名刺を出して、その子に差し出す。
 目をまんまるに見開くその子から、陽だまりのような匂いを嗅いだ気がした。

 だからではないが、確信に近い思いで、言う。

317 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:39:12.89 ID:9I+qLSeE0



「君、アイドルになってみないか?」



 いつも、いつでも、誰かのそばにいるように。



 〜はじまり〜

318 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:56:00.13 ID:9I+qLSeE0

〇おまけ 〜 現在:エピローグ


 部署は大きくなった。

 それなりに自信もついた。

 これ以上は無い。と思う。
 頃合いだ。この機を逃してなんとするか。
 決戦の時は近い。おれはやるぜおれはやるぜ。よし今だ、行け今こそ、男を見せろさあさあさあ。


「それで、電柱の陰に20分ですか」
「心の準備をしてるんですよ!」
「そうですか。あら、向こうからおいしそうなもつ焼きの香りが……」
「ああ待って待って行かないで一人にしないで」

 楓さんを必死に引き止める。今行かれたらマジでどうしていいかわからない。

「そんなこと言って、これで何度目ですか?」
「う……いや……それは、言わないでくださいよ」

 あの日から、一度も顔を合わせたことがない。
 理由はただ一つ。「合わせる顔」を整えたかったからだ。

 要するにただのカッコつけだ。そんなのわかってる。が、無手で飛び込んだらそれこそどうなるかわからない。

 伝えたいことなんか、山ほどあるんだ。

319 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 01:57:25.41 ID:9I+qLSeE0

「ずっと、スカウトしたかったんでしょう?」
「……はい」
「それなら迷う必要はないじゃないですか。今がその時、ですよ」
「…………はい」
「私の時みたいに、ぐわーっと行っちゃえばいいんです。とーこさんに、とっこーですよ」

 そうか! ……ん? 特攻?

「特攻ってそれ玉砕するやつじゃ」
「あ、赤のれんが私を呼んでます。ちょっと行ってきますね♪」
「ちょおおおおおいおいおいおいそんな殺生な!! マジで一人で行けってんですか!?」

 軽やかに背を向けて、楓さんはウインクした。青い方の目が、いたずらっぽく輝いた。

「向こうで待っていますね。あの時みたいに」

 言うが早いか、霞みたいに消えてしまう。


 ……………………。

320 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/09/05(木) 02:01:12.80 ID:9I+qLSeE0


「ふぅぅ〜〜〜〜っ…………」

 何度目かもわからない深呼吸。

 彼女の店は、一応わかっている。教えてもらったから。
 けど入るのはこれが初めてだ。
 俺が店を訪れる時は、彼女に名刺を渡す時だと。そう決意していたから。
 今更何を怖がる。熊本で空を飛んだり、京都でみょうちくりんな結界に閉じ込められたりしたんだ。

 そういうスチャラカなプロデューサー業を越えての今だろう。

 もう、いつかの迷子ではないだろう。


「…………よしっ」

 腹をくくる。大股で歩を進める。

 俺は名刺を一枚取り出し、その喫茶店のドアを、勢いよく開けた。




321 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/09/05(木) 02:07:22.62 ID:9I+qLSeE0
これにて完結です。
字数&期間ともにクソ長いところをお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
かなり独自色が強く、これまでのものとも違ったノリのお話でしたが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

各登場人物につきましては、この世界線でのひとつの創作とユルくお考えください。

ありがとうございました。
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/05(木) 02:39:28.18 ID:ZyQXyL8Vo
乙ゥ〜
素晴らしいですわね
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/05(木) 04:50:25.43 ID:e6rEtLfqo
乙でした!
PがアイドルLOVEになるまでの成長物語、楽しませて頂きました

やはり服部さんもスカウトですか。繭娘さんが色々とヤキモキしそう
元OLの人や元秘書の人も来たりするんでしょうかねえw
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/09/05(木) 06:55:09.13 ID:gi5oBT4o0
乙でした。
責任者はどこか⁉︎
(タイトル的に)
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/05(木) 07:02:57.35 ID:VUZbe63mo
どこから来たんだこずえと茄子は
瞳子さんのその後も気になるねえ
乙でした
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/09/05(木) 10:04:27.27 ID:4LfM9L6XO
長編お疲れ様でした!
よーし、一気読みじゃあ
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/05(木) 10:41:02.20 ID:eOXwM1jDO


さて、こっひを凌辱してきますか

蛇足ですが、特攻と玉砕は似て非なるものですぜ
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/05(木) 20:08:18.42 ID:OZ6PI646o
名作たぬき劇場にまた新たな一ページが刻まれたな
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