曜「たとえみんなが望むとしても」

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2 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:22:36.86 ID:xnInN/pyO
【曜side】

三連休初日

この日は金曜日だけど、静真高校は開校記念日で休みとなっている

私は千歌ちゃんから「押し入れの整理してたら、すんごーいモノ見つけたから来て!」と電話がきたので、朝から彼女の家までバスで向かったのであります

どのみち、GWに市民会館で沼津市内のスクールアイドルが集まっての合同ライブイベントが開催されるので、その打ち合わせもする予定なんだけど

曜「えーっと、この青い上下着てるのが私で、こっちの赤と黄色のボーダーなのが千歌ちゃんだよね?」

千歌「そうでーす! っていうか、いつも着てた服だしねっ」

曜「んで、この白いワンピースに麦わら帽子の娘は──」

梨子「はい! 私、桜内梨子です!」

曜「えっ!? やっぱり?」

私と千歌ちゃんが昔、梨子ちゃんと出逢っていた

その時に撮った写真が残っていたなんて確かに「すんごーいモノ」だなぁ、うん!

梨子「うん。私、小1の夏休みに一度内浦へ来てたの。……すっかり忘れてたけどね」

にしてもズボンを履いている私達と比べ、梨子ちゃんは当時から清楚で女の子女の子した印象があるなぁ
3 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:23:49.82 ID:xnInN/pyO
千歌「奇跡だったんだね♡ わたし達がちっちゃい頃に一度会ってたのって」

曜「あはは、千歌ちゃんの言うとおりかもね。だから初対面のはずなのにすぐ馴染めたのかも」

梨子「運命だったのかな、私と千歌ちゃんが結ばれたのは♡ あの時出逢ってからそう定められて──」

曜「うわぁ、まーたトリップしてるよ」

梨子「いいでしょ! 私は千歌ちゃんが大好きなんだから♡」

ラブライブの決勝戦の後に自由時間があり、その時に千歌ちゃんの方から梨子ちゃんへ告白して……晴れて2人は恋人同士となった

以来、それまでと比べて梨子ちゃんの方から千歌ちゃんへ好意を示すのが多くなったような気がする

以前は千歌ちゃんのアピールに対して、梨子ちゃんは素っ気なく返していたような印象があったのに

いやはや、人は変われるものだね

千歌「でもわたしは好きじゃないなぁ」

梨子「へっ!? 千歌ちゃん……私のこと、嫌いになっちゃったの……ううっ」

千歌「いや、ごめん梨子ちゃん。そういうことじゃなくて」

梨子「……どういうこと?」
4 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:24:56.57 ID:xnInN/pyO
千歌「最初っから運命は決まっていた、って考え方」

曜「ああ、そっちね」

運命の人か……私はそういうの考えたことなかったなぁ

何せずっと「ある人」のことだけを想い続けていたから

千歌「昔会ってようとも会ってなくとも、スクールアイドル活動を通して色々あったから、わたし達は仲良くなれたんだから。ねっ♡」

梨子「もうっ、千歌ちゃんってば変なところでリアリストなんだから〜」

梨子ちゃんがほっぺをプクーっと膨らます

なんだか段々と仕草まで千歌ちゃんに似てきてません?

千歌「いいでしょ〜。それにあの出逢いが運命だっていうんなら、梨子ちゃんと曜ちゃんが結ばれた可能性だってあるんだし」

ようりこ「「あっ」」

そこに気付くとは……やはり千歌ちゃんは普通なんかじゃないよね!

千歌「ねっ。まっ、もしそうなってたとしても、わたしは二人の仲を応援してたと思うよ」

梨子「うーん、千歌ちゃんが言うような未来もあり得たかもね。曜ちゃん、卒業式の日に『だーーーい好き♡』って告白してくれたし♡」

曜「いやいや、アレは別にそういう意味の告白じゃないから」

一時期は2人の仲へ疎外感や嫉妬心を抱いたこともあったけど……梨子ちゃんだって共にスクールアイドル活動に励んできた大切な親友だよ!
5 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:25:56.76 ID:xnInN/pyO
曜「っていうか千歌ちゃんいる前でそのこと話すのは──」

千歌「ああ、その件については梨子ちゃんから聞いてるからお構いなく〜」

曜「って話してたの!?」

梨子「何か問題でも? あの後で『千歌ちゃんのことなんて忘れて私のモノになりなよ♡』とか耳元で囁かれたりしてたら問題だったけど」

曜「私はそんな鬼畜じゃないから!」

っていうか私ってSなのかな? それともMなのかな?

考えたこともなかったなぁ

千歌「そうだよー。とにかくあの頃は惚れたとか恋したとか関係なく、3人仲良くしてた。でしょ?」

梨子「ふふっ、そうね」

曜「ほんと、千歌ちゃんのそういうとこには敵わないなぁ」
6 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:26:57.95 ID:xnInN/pyO
曜「やっぱり関係あるの? 梨子ちゃんがここへ引っ越して来たのと、昔ここへ来てたのって」

梨子「うん。今の家、元々おばあちゃんとおじいちゃんが暮らしてて、あの時はおじいちゃんのお葬式のために来てたの」

なるほど、祖父母が暮らしていた持ち家を相続したって訳だね

千歌「そっか、辛かったんだね……っていうかあの2人、梨子ちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんだったんだね!」

曜「まあ名字が違うからね。ついでに私も初耳だし」

1年間も一緒にいても、家族関係は知らないというのは珍しくないかも

月ちゃんのことなんてその典型だし、なかなか親戚について話すことってないよね

千歌「何にせよ、あの時のわたしと曜ちゃんが梨子ちゃんの力になれたみたいで良かったよ」

梨子「千歌ちゃん……ありがと、2人とも」

ようちか「「どういたしまして」」

辛い思いをした幼い頃の梨子ちゃんの心を癒す助けになれていたのなら、とても喜ばしいことだよね
7 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:28:01.82 ID:xnInN/pyO
千歌「そういえば中学の頃におばあちゃんも亡くなったんだよね……」

曜「……そうだったね。その時も梨子ちゃんこっちへ来てたの?」

梨子「ううん、行かなかった。ピアノコンクールに出てたから」

曜「いや、良かったの?」

梨子「亡くなる1ヶ月くらい前に『私に何かあっても、自分の夢を優先しなさい』って電話が来てたから」

千歌「なんか夏の予備予選の時そっくりなやり取りだね」

「予備予選に出る」つもりでいた梨子ちゃんへ「ピアノコンクールに出てほしい」と千歌ちゃんが背中を押した話は、私も千歌ちゃんと「ぶっちゃけトーク」した際に聞いている

梨子「あっ、本当ね。おばあちゃんも千歌ちゃんみたいに周りのことよく見てる人だったから」

千歌「もしかしてわたしに惚れたのって、おばあちゃんに似てたから?」

梨子「別におばあちゃんは関係ないから。何度も背中を押してくれたからだし、可愛いところもいっぱいあるからだし♡」

千歌「いや〜// 可愛いだなんてそんなぁ〜//」

私は断片的にしか知らないけど、この2人には色々なことがあったのだ

家が隣で、作詞作曲で共同作業をすることもしばしばな千歌ちゃんと梨子ちゃんには……

私だって、梨子ちゃんが知らない千歌ちゃんをいっぱい知っているのに──、
8 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:29:18.80 ID:xnInN/pyO
曜「このバカヨウっ!」

千歌「どうしたの、曜ちゃんっ? いきなり首をブンブン振って」

曜「う、ううん。何でもないよ」

いい加減出ていってよ!
自分本位な私!!

千歌「悩みがあったら何でも言ってね。1人で抱え込んじゃダメだよ」

梨子「千歌ちゃんの言うとおりよ。私達、親友なんだからね」

2人が私の震える手を包み込むようにぎゅっと握ってくれた

親友達の優しい想いが伝わってくる

曜「う、うん。ありがと。でもほんとに何でもないからね」

千歌「そっか、了解」

梨子「……ならいいけど」

千歌ちゃんはともかく、梨子ちゃんには絶対見透かされてる気がするなぁ

やたらと察しがいいもんなぁ、やっぱり東京で多くの人に揉まれて暮らしてるとそうなるのかな?

もし私が「千歌ちゃんと付き合いたい!」って宣言したら、梨子ちゃんはあっさり身を引きそうな感じがする……なんとなくだけど

自分が嫌になる

梨子ちゃんは私と千歌ちゃんがギクシャクしちゃった時、力になってくれたっていうのに……
9 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:30:25.41 ID:xnInN/pyO
イベントの打ち合わせが一段落した頃には、時刻は午後5時半を回っていた

曜「さてと、私はそろそろ失礼しますかな」

千歌「そっか、お疲れさま。今日はありがとね」

梨子「お疲れさま。あと明日、私と千歌ちゃんとで駅前の方までショッピングへ行くんだけど」

間違いなくデートだよね?
いちいち報告しなくてもいいのになぁ

2人の仲は認めてるんだから……いやいや「認める」って何様だよ

曜「そうなんだ、楽しんできなよ」

梨子「曜ちゃんも一緒に来ない?」

曜「いや、でも──」

千歌「曜ちゃんもいた方が楽しいって! ねっ?」

曜「あっ、そうだ。私も明日はルビィちゃんと予定が入ってたんだ」

これは本当
1年生の衣装はルビィちゃんを中心に1年生だけで製作するが「生地選びとかのアドバイスがほしい」と誘われている

そして何より私も、今ルビィちゃんとお付き合いしている身なんだし
10 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:31:24.23 ID:xnInN/pyO
梨子「じゃあルビィちゃんも入れて4人で」

千歌「なんなら善子ちゃんと花丸ちゃんも誘って6人でも──」

曜「いやいや、別に休日までみんな一緒でなくちゃ、ってことはないでしょ!」

千歌「だよね〜、うん……あうっ!?」

梨子ちゃんさぁ「諦め早いわよ!」って肘打ちはどうかと思うよ

梨子「本当にいいのね?」

曜「若い2人の間に、この老いぼれが入るのもどうかと思うしのう。ほっほっほっ」

千歌「老いぼれって、わたしと誕生日3ヶ月しか変わらないじゃん」

曜「んなっ!?」

渾身のボケにツッコミ入れられたし!

梨子「……わかった。じゃあルビィちゃんと仲良くね」

曜「うん。悪いね、千歌ちゃんも梨子ちゃんも」
11 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:32:26.13 ID:xnInN/pyO
十千万を後にして、最寄りのバス停から帰路につく

曜「はぁ〜、相当気を遣われてるんだな、私」

2人とも、夏の予備予選前の一件から半年以上経った今でもなお、私のことを過剰とも言えるほど心配してくれている

さっきみたいに2人きりでどこかへ行く前に、いちいち「お伺い」する、みたいな

曜「私のことなんて……もう気にしなくていいのに」

そういう態度を取られるから……胸の奥に燻っている嫉妬の炎へ薪をくべるような真似をするから──、

ああ、ヤダヤダ!
そうやって「自分の狭量さ」を他人のせいにする私がさぁ!

千歌ちゃんはもし「私と梨子ちゃんが付き合う」としても応援してくれると宣言した

梨子ちゃんも「私と千歌ちゃんが付き合う」としても同じように応援してくれるに違いない

対して私は……私だけが未だに心の底から「千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合っている」のを祝福し、応援できずにいる

「仮定」と「現実」を比べるのもおかしな話だけど……やっぱり情けないよ、私

その日は夕飯を食べてシャワーを浴びたら、自己嫌悪を振り払おうとすぐに床についた
12 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:33:26.16 ID:xnInN/pyO
【梨子side】

三連休二日目

私、桜内梨子はばっちりおめかしを決めた上で、十千万へと向かいました

梨子「おはよう、千歌ちゃん」

千歌「おはよう、梨子ちゃん……ってその格好は──」

梨子「うん。あの頃みたいなイメージで選んでみたの」

白いワンピースにキャペリン帽子、そして髪型も久しぶりにツインテールにしてみました

幼い頃、初めて千歌ちゃんと曜ちゃんに出逢った時を彷彿とさせるコーディネートだけど──、

梨子「どう、似合う?」

千歌「もちろん! すっごい似合ってるよ!」

梨子「ほんと?」

千歌「うんっ! まるで天使様がわたしの下へ舞い降りて来てくれたのかと思ったよ!」

梨子「んなっ!?」 

天使様だなんて……そこまで褒められたの、これまでかけてもらった中で最上級の賛辞かも♡

梨子「んもうっ// 褒めたって何も出ないわよ//」

千歌「ははっ、梨子ちゃんってば顔真っ赤。照れてるんだ〜、可愛いよ♡」

梨子「ほんと、バカチカなんだからぁっ//」

千歌「むうっ、梨子ちゃんまでそう呼んでぇ〜」
13 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:34:23.00 ID:xnInN/pyO
対する千歌ちゃんはボーダーのTシャツに、Gパンというかなりボーイッシュな格好です

梨子「千歌ちゃんったらせっかくのデートなのに、そんな男の子みたいな格好で」

千歌「デートだから、だよ」

梨子「へっ?」

千歌「わざと男の子っぽく見えるようにしたんだよ」

梨子「なんでよっ!?」

千歌「やっぱりさ『女の子同士はおかしい』って見なす人は多いしさ」

梨子「……あっ」

普段は女子校に通っているから意識しないでいられるけど、世間では未だに「女性同士でお付き合いする」ことへの偏見は大きい

「男の子に見られれば、周囲から奇異の目で見られないだろう」という千歌ちゃんなりの配慮なんだろうなぁ

千歌「でも気にしなくていいよ。わたしだって梨子ちゃんみたく『あの頃風』を意識してみたんだし」

梨子「まあ、そう見えなくもないね」

あの写真の娘が10歳くらい年をとったら、きっとこんな風になる……と言えなくもないかな?

千歌「でしょ〜、だからいいの。『10年越しの再会』ってフレイバーなの!」

梨子「ふふっ。ほんと、変な人」

千歌「変な人で結構」

私の彼女さんは、案外ロマンチストだったりするのです♡
14 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:35:28.75 ID:xnInN/pyO
ロマンチストといえば、千歌ちゃんは最近私の写真を入れたロケットを、いつも首に掛けていたりします

「いつも梨子ちゃんにわたしを見守っててほしいから」とのことで

「そうね、でないと宿題サボっちゃうもんね」ってからかったら「そんなことないもん!」ってほっぺたを膨らませて拗ねちゃったの

ちっちゃな子どものようにふて腐れる仕草も可愛いよ、千歌ちゃん♡

梨子「そろそろバスが来る時間になるし、行きましょ!」

千歌「うん。今日1日楽しもうねっ♡」

梨子「うん♡」

外は雲1つないいい天気
午後からは曇ってくるそうだけど、天気予報によれば雨は降らないらしいです
15 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:36:21.61 ID:xnInN/pyO
私達はまず駅前のショッピングモール内にある、文房具店へと向かいました

私達と同じく女子高生のペアもそれなりにいるので、私も千歌ちゃんも「恋仲に見られる」ことへ意識過剰してたのかもね

千歌「嘘っ!? 40ページしかないのにこんなに高いのっ!?」

梨子「確かにこれで980円はちょっと……って感じね」

昨日、曜ちゃんが帰った後で「交換日記を始めよう」って話になりました

千歌ちゃんが「どんな出来事があったのか、いつでも見返せるようにしたい」って提案したのがきっかけだったりします

千歌ちゃんが手に取ったそのノート、表紙のキラキラした装飾だけで値段の9割くらい占めていません?

千歌「だよね? 駅前の喫茶店のキャラメルマキアートRXサイズと同じ値段だもんね」

梨子「なぜ比較対象がキャラメルマキアート!?」

千歌「っていうかアレだって、原価考えたら相当なぼったくりだし」

その発言、この手の喫茶店全般へ喧嘩売ってるよね?
16 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:37:40.77 ID:xnInN/pyO
梨子「ああいうのって、施設の利用費も込みなんだと思ってたけど」

千歌「なんだろうね。スタバのコーヒーとか8割はシャバ代だっていうし」

梨子「……シャバ代ってマフィアじゃないんだから」

千歌「えっ、普通に言わない? とにかくアレ持って帰るなんて、イコール8割ドブへ捨てるようなもんだよ!」

梨子「理屈はわからなくはないけど、ドブへ捨てるはないんじゃないかな? ちゃんと飲むんだから」

千歌「かもね。飲みたいところで飲むのが一番だよね」

結局はそれが一番大切なことだと思う

私の彼女さんは、自分の気持ちへ正直な人なのです♡

梨子「ところでどれにしよっか?」
17 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:38:23.24 ID:xnInN/pyO
千歌「もういつも歌詞書いてるヤツでいい気がしてきた」

梨子「ええーっ!? あの3冊100円のアレ?」

千歌「うんっ。一番コスパいいし♡」

梨子「コスパがいいのは認めるけどさぁ」

かくいう私も学校ではあのノートのお世話になっておりますし

日常的に使う物に余計な装飾は必要ないんだし

千歌「嫌なの?」

梨子「せっかくの交換日記なんだから、こういう時くらい奮発してもバチは当たらないんじゃない?」

千歌「うーん、だよねぇ。でも実用性を考えると──」

梨子「千歌ちゃんって、結構ケチくさいよね〜」

さっきのキャラメルマキアートの件も含めて

「少ないお小遣いを何とかやりくりしなくちゃいけないから」っていうのには同意するけど
18 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:39:24.22 ID:xnInN/pyO
千歌「んぐあっ!?」

梨子「やっぱりアレ? 旅館の娘だから金勘定にはうるさいクチなの?」

千歌「いいじゃんか〜! このご時世、節約志向が大切なのです!」

梨子「わかるけど、やっぱり出す時は出さないと。ねっ?」

千歌「うーん……それもそっか」

人生メリハリをつけることが肝心なのです!

梨子「でしょっ♡」

千歌「じゃあこっちの金ピカノートを──」

梨子「さすがにそれは高過ぎ!」

いくらなんでも50ページで1,777は奮発し過ぎだからね!
19 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:40:05.75 ID:xnInN/pyO
文房具店でノートを買った後、私達は映画館で今流行りのアニメ映画を観ました

そしてたった今、上映が終わったところなのですが……

千歌「ううっ、○莉ちゃん。どうしてぇーっ……グスン」

梨子「真君を守るためだからって……あんまりだわ」

終盤、ヒロインの娘が身を挺して敵の攻撃から主人公の男の子を守り、彼の腕の中で息絶えるシーンで不覚にも号泣してしまいました

ベタだけどあんな展開ずるいわ……絶対泣いちゃうっての、ぐすん

千歌「梨子ちゃんはわたしが殺されそうになっても、庇ったりしなくていいからね」

梨子「千歌ちゃんこそ。私は私がいなくなっても、千歌ちゃんが幸せでいてくれたらそれでいいから」

千歌「イヤだよぅーっ。わたし、梨子ちゃんが隣にいないと幸せでいられないもんっ!」

梨子「私も。千歌ちゃんがいない世界なんて耐えられない!」
20 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:40:53.86 ID:xnInN/pyO
千歌「梨子ちゃぁーんっ!」

梨子「千歌ちゃぁーんっ!」

映画館の入り口で最愛の人と抱き合っていると──、

周りの人々「ジー」

ちかりこ「「はっ!?」」

係員「お楽しみいただけたようで何よりですが……館内の清掃がありますので」

ちかりこ「「すみませんでした」」

ペコリと頭を下げて、逃げるようにその場を後にしました
21 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:41:43.71 ID:xnInN/pyO
梨子「ううっ、やらかしたー」

千歌「いいじゃん、わたし達がラブラブなの見せつけられてさぁ♡」

梨子「よくないっ! っていうか周りがドン引きしてたわよ」

いわゆる「桃色結界」作り出してたよね? さっきの私達

千歌「いいよ、ドン引きされるくらいで。それこそ将来は『十千万名物のラブラブ夫婦』って噂になるくらいにさぁ♡」

梨子「私達が名物になって客が増えて嬉しいの?」

千歌「んっ? お客様が増えてその分儲けになるなら結果オーライだよ!」

まーたコスパ厨発言が出たし

やっぱり家族からお金の大切さをきっちり叩き込まれたからかな?

梨子「わからなくはないけど、むしろマイナスになるんじゃ」

千歌「なるの?」

梨子「なるかもしれないよ」

千歌「どんな風に?」
22 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:42:49.58 ID:xnInN/pyO
梨子「例えば旅館案内サイトのレビューで『ここの若女将と奥さんが所構わずイチャイチャしているので、リア充爆発しろ! と嫉妬の炎が鎮まりません。せっかく日頃の疲れを癒しに来たのに、逆にイライラが募り全く癒されませんでした』ってな感じの悪評が広まって──」

千歌「所構わずイチャイチャなんてしないから! 仕事なんだし!」

梨子「そういうところはメリハリ付けるつもりなのね? 所構わず『スクールアイドルやろうよ〜梨子ちゃ〜ん♡』って誘ってきたのに」

まあ、その連日のお誘いがあったからこそ「今の私」があるのは事実だけどね♡

千歌「えへへぇ〜、だって梨子ちゃんへ一目惚れしたんだもんっ♡」

梨子「作曲できるからでしょ?」

千歌「うぐあっ!?」

梨子「それと数合わせ」

千歌「はぐわぁっ!? ……そりゃ最初はそうだったけどさぁ」

コスパ厨な彼女だけど、決して金勘定だけで物事を捉えてなんかいない

私の彼女さんは、誰よりも人情を重んじる人なのです♡
23 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:43:50.20 ID:xnInN/pyO
梨子「わかってる。千歌ちゃんが私を『作曲マシン』みたいに見なしてた訳じゃないって」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「私もそんな優しい人だってわかったから、千歌ちゃんとスクールアイドルやろうって決めたんだよ♡」

千歌「ううっ……ありがとね、梨子ちゃん」

そうでなかったら、こうして隣を歩んでいきたいなんて思う訳がありませんからね!

千歌「ところで映画観てて思ったんだけどさぁ」

梨子「どうしたの?」

千歌「もし実際に明日世界が終わっちゃうとしたら……梨子ちゃんはどうする?」

実は私も同じこと考えてました

あの映画の場合「隣接する平行世界からの侵略者によって、主人公達の世界の人々が虐殺されていく」って相当えげつない展開だったけど

梨子「なんか聞かれるかもとは予想してたけど、答える必要あるの?」

千歌「えーっと、つまり?」
24 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:44:50.70 ID:xnInN/pyO
梨子「1日中ずーっと千歌ちゃんと一緒に過ごしたい。もし授業があるならサボっちゃう!」

というより他に何かありますか?

千歌「おおーっ、なんだかワルだねぇ〜」

梨子「明日で世界が終わっちゃうならワルも何もないわよ。っていうかみんながわかってるなら、そもそも授業だって休みになりそうだけど」

千歌「あっ、確かにそうだね」

梨子「その手の背景設定へ熱いこだわりがある千歌ちゃんとしてはどうなの?」

千歌ちゃんは設定厨なところもあります

以前、中学生の頃に書いたというオリジナルRPGの設定ノートを見せてもらったのですが……善子ちゃん顔負けのそれはそれは膨大なものでした

もしかしたら、あのノートを他の誰かへ見せて馬鹿にされた経験があったから、善子ちゃんの「堕天使」をすんなり認められたのかも

千歌「そこは梨子ちゃんへお任せします」

梨子「って投げちゃうの!?」

思ってたほど設定厨じゃなかったの?

千歌「それで、わたしと何をして過ごしたいの?」

千歌ちゃんのあどけない顔がグイッと近付いてきました

ちょっぴり酸味のあるみかんシャンプーの香りが、私の鼻腔を刺激します//
25 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:45:46.59 ID:xnInN/pyO
梨子「うーん……その時になってみないとわからないかな?」

千歌「そっか、それもそうだよね〜」

梨子「まあ、色々思いつきはするんだけど」

飲み物をストローでかき混ぜた時に出来る無数の泡のように、千歌ちゃんとやりたいことが次々と浮かんできました

千歌「どんなどんな?」

梨子「今日みたいにショッピングしたり、映画を観たり、美味しいものいっぱい食べたり」

千歌「本当に普通のデートって感じだね」

梨子「でしょ」

だから私としては、今日の晩に「おやすみ」って眠りについて、そのまま目覚めることがなかったとしても「それはそれでいいかも」とか思わなくもなかったり

もちろん、遺された千歌ちゃんのことを想ったら胸が苦しくなるから「2人とも亡くなる」のが大前提で

梨子「……って考えたんだけど」

千歌「考えたんだけど?」

梨子「みんなが『明日世界が終わる』ってわかってたら、誰も働かないと思うの」

千歌「だよね〜、みんな『仕事なんてやってられるか! 自由に過ごすぞー!』ってなっちゃうよね〜」
26 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:47:22.82 ID:xnInN/pyO
梨子「ねっ。でも『私と千歌ちゃんだけが気付いてる』って設定ならイケるけど」

千歌「うむ、その手のこだわりは大切じゃぞ」

梨子「はぁ、どうして私の周りは設定厨だらけなのか」

千歌ちゃんと善子ちゃんはもちろん、読書家の花丸ちゃんなんかもそうだし

お父さんが船乗りの曜ちゃんも架空戦記の妄想とかするし

スクールアイドルオタクのルビィちゃんなんて、姉のダイヤちゃん共々閉校祭の振替休日に「クイズ大会の補習講座」を開いて(私や花丸ちゃんを含む)参加者一同をみっちりしごいたし

千歌「そりゃみんな自分が好きなものへのこだわりが強いから、でしょ?」

梨子「ああ……かもね」

千歌ちゃんだってみかんの知識が凄まじかったりするし

「口にしただけでどこ産かわかる」人、そうそういないだろうなぁ

千歌「かくいう梨子ちゃんだって壁クイへの熱意は凄まじいんだし」

梨子「そ、そうかな?」

千歌「そうだよ。この前プリクラ撮った時だって『顎の引き方がおかしい』って7回も撮り直したし」

https://i.imgur.com/sQlqCjC.jpg

梨子「はうぅっ//」

すみません、私も大概設定厨だったみたいです
27 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:48:39.34 ID:xnInN/pyO
千歌「こだわりといえば唯澪本とまどほ○本だって何十冊もあったし」

梨子「推しカプの本は何冊あっても困らないんです!」

世間では律澪とか杏さ○が幅を利かせていようとも、私はこの2組を支持してるんです!

誰が何を好きになろうとその人の勝手なのです♡

千歌「ええーっ!? そうかなー?」

梨子「作者ごとの違った解釈を見られるのが楽しいの!」

千歌「それってガワだけ同じの別キャラなような──」

梨子「そういうのは言いっこなしです!」

みんな違ってみんないい、それでいいじゃない!!
28 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:49:35.37 ID:xnInN/pyO
千歌「推しカプ本の話聞いてて思ったんだけどさ」

梨子「なぁに?」

私の彼女さん変な人なので、やっぱり時々変な事を思い付きます

でもそうやって色んな話題を振ってくれるので、話してて楽しくなります♡

千歌「平行世界ってさ、1つだけじゃないのかもね。あの映画だと1つだけだったけど」

梨子「3つとか4つとか? そもそも平行世界自体、実際にあるのかなんてわからないけど」

千歌「まあね。ただあるとしたらそんなもんじゃなくて、それこそ何万何億……無限にありそうな気がする」

それこそ小さなコップの中に生じた泡どころか、世界中の海に浮かぶ船のスクリューの回転で生じた泡のように
気が遠くなりそうな話です

梨子「で、その中の1つ1つに私と千歌ちゃんがいるってこと?」

千歌「うん。だとしたら、その中には『梨子ちゃん以外の誰かと付き合っているわたし』がいてもおかしくないんじゃないかな……ってさ」

梨子「曜ちゃんとか?」

やっぱり彼女の存在が真っ先に浮かんでしまいました

私の方が彼女のこと、未だに気にし過ぎているのかな……
29 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:50:27.58 ID:xnInN/pyO
千歌「うん。あるいは果南ちゃんとか、普通に男の人とか。もしくは誰とも付き合ってないわたしなんかも」

梨子「ふふっ、乙女ゲーの個別シナリオみたいだね」

千歌「でしょ。んでそういうのを考えていったらさ」

梨子「考えていったら?」

千歌「こうしてわたしと梨子ちゃんが付き合っているのって、実は相当なレアケースなんじゃないかなーって」

梨子「えーっと、つまり全ての平行世界で千歌ちゃんが誰とお付き合いしてるのか調べていったら『私とお付き合いしている世界』の割合はかなり低い、と?」

千歌「うん。なんとなく、ね」

もしかしたら千歌ちゃんも「自分は順当にいけば曜ちゃんと付き合っていたはずだ」と考えているのかな?

千歌「だからこそ……ううん、そんなもしものこととか関係なく、梨子ちゃんとこうして隣にいられる時間を大切にしたいな♡」

梨子「千歌ちゃん……うん、私も♡」

平行世界がどれだけ存在していて、それらの中で「私と千歌ちゃんが付き合っている世界」がどの程度の割合で存在しているかなんて確かめようがありません

「仮定」の話をして不安になるよりは、目の前にある温もり溢れる「現実」を大切にしていきたいです♡
30 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:51:19.54 ID:xnInN/pyO
千歌「ところでお昼どうしよっか?」

梨子「なんかポップコーンでお腹いっぱいになっちゃった」

千歌「えへへ、実はわたしもなんだけど」

梨子「じゃあこのまま家電屋さんまで行く?」

千歌「うん、そうしよっか」

映画館を出た私達は、腹ごなしも兼ねて駅前通りをゆっくり歩いて行くことにしました

千歌「うーん、なんだか曇ってきたね」

梨子「予報通りだね。雨は降らないみたいだけど」

千歌「そっか。あっ、あれって──」

アッシュグレーのふんわりウェーブがかかったセミロングヘアーの娘が、ベンチに座っているのを見つけました
31 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:52:11.04 ID:xnInN/pyO
梨子「曜ちゃんかな?」

千歌「曜ちゃんだね。幼なじみのわたしが言うんだから間違いなく」

梨子「ふふっ。にしても、ルビィちゃんは一緒じゃないのね」

千歌「じゃあ行こっか、曜ちゃんのとこへ」

梨子「もちろん!」

曜ちゃんは嘘をついていたのかな?

元々ルビィちゃんとの約束なんてしていなくて、私と千歌ちゃんの邪魔になりたくないからって……

千歌「やっほ〜曜ちゃ〜ん!」

梨子「こんにちは、曜ちゃん」

曜「って千歌ちゃんに梨子ちゃんっ!?」

千歌「ごめんね、曜ちゃんっ!」

ご主人を発見した大型犬のように、千歌ちゃんが曜ちゃんへ飛びつきました

曜「わわっ!? いきなりハグしてこないでよ//」
32 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:53:07.19 ID:xnInN/pyO
千歌「えっ!? ダメ?」

曜「ダメも何も『彼女』がいる前で──」

梨子「ああ、私のことならお構いなく。あと私もハグしていい?」

2人が仲良くしている様を見ているのは、過去のすれ違いを知ってしまった身としては「わだかまりが解けて良かった」と嬉しいです

ですが、私だって曜ちゃんのことは大好きなんですからね♡

「恋仲」と「友情」は別腹じゃ駄目ですか?

曜「いやいや、梨子ちゃんも大切な親友だけどさぁ」

梨子「ふふっ、ありがと」

曜ちゃんの方もまた、私のことを認めてくれているのはこの上なく嬉しいです!

曜「っていうか今の『彼女』って梨子ちゃんのことじゃなくてだね」

梨子「私じゃなくて?」

???「ジーっ」

ああ、そっちの赤毛のツーサイドアップでちょっぴり背が低い彼女さんのことね

どうやら私達は早とちりしていたみたいです
33 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:54:04.81 ID:xnInN/pyO
千歌「あっ、ルビィちゃんもいたんだ〜♡」

ルビィ「……やっぱり曜さんにとって、千歌ちゃんが一番なんですね」

いや、何この普段より一段低いトーンは

曜「い、いや……そんなことはなくて、千歌ちゃんの方からハグしてきて……」

千歌「ご、ごめん」

千歌ちゃんが曜ちゃんから申し訳なさそうに離れました

ルビィ「ううん、ルビィは何も怒ってませんから♡」

無理矢理貼り付けたような笑顔に胆が冷えます

とにかく、まずは事情を説明しなくちゃいけないよね

梨子「ルビィちゃん、私達は『曜ちゃんが1人で来てた』と勘違いしてて……ごめんなさい」

ルビィ「だと思いました。大丈夫ですよ、梨子さん」

梨子「ふぅ、ありがと」

この様子だと、単にルビィちゃんがトイレに行っていただけかも

遭遇したタイミングが悪かっただけみたい
34 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:54:50.04 ID:xnInN/pyO
曜「だから昨日話したでしょ。『ルビィちゃんと2人で予定が入ってる』って」

千歌「そうだ。曜ちゃん、わたし達これから家電屋さんまで行くんだけど、一緒に来ない? もちろんルビィちゃんも」

曜「ああ、ごめんね。私達、これから手芸店へ行くから遠慮しとくね」

千歌「えっ!? でも──」

梨子「曜ちゃんには曜ちゃんの用事があるの」

千歌「はーい」

千歌ちゃんが渋々引き下がりました

案外曜ちゃんよりも千歌ちゃんの方が未練タラタラなのでは? と邪推してしまいます

でも曜ちゃんから告白してきたのを振ったのは千歌ちゃんで……

梨子「じゃあ私達はこの辺で失礼するね。行こっ、千歌ちゃん」

千歌「うん。また今度ね〜」
35 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:55:54.25 ID:xnInN/pyO
曜「うん。私のことは気にせず、2人とも楽しんで!」

千歌「ルビィちゃん、曜ちゃんをしっかりリードしてあげてね!」

千歌ちゃんの中ではルビィちゃんの方が曜ちゃんよりもしっかり者、と見なされているみたいです

まあ、函館でSaint Snowとの合同イベントを主催して以降、彼女が成長著しいのは誰の目から見ても明らかだし仕方ないかも

ルビィ「はいっ、任せてください!」

曜「ってリードされるのは私なの!?」

どっちが正しいのかな?
曜ちゃんへ気を遣うのと、曜ちゃんのこと気にしないの

彼女の本心がわかりません

でもこればっかりは、問い詰めたとしてもはっきり答えを出してくれなさそうな気がします

何となくだけど
36 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:57:15.40 ID:xnInN/pyO
【曜side】

曜「なんていうか、もう熟年夫婦感出てるなぁ。千歌ちゃんと梨子ちゃんは」

ルビィ「そうですね〜、出逢ってからまだ1年しか経ってないってのに」

曜「まああの2人の場合、色々あったみたいだからね」

2人はスクールアイドル活動を通して、悲しいことや辛いことも乗り越えてきた「同志」でもある

特別何かに夢中になって全力で取り組んだことがなかった千歌ちゃんにとっても

逆にピアノ一筋で特別親しい友人がいなかった梨子ちゃんにとっても

ルビィ「ルビィ達全員、色々ありましたよ。9人みんなが自分の物語の主役なんです」

他人とコミュニケーションを取ることが苦手だったルビィちゃんら1年生の3人にとっても

もちろん幼い頃から高飛び込みに精を出し、それなりに広い交友関係を持っていた私だろうとも、多くのことを感じ考えさせられた1年だったことは否定できない

曜「あはは、だよね。他の誰かになれる訳でもないんだからね」

ルビィ「そういうことですよ、曜さん。だから──」
37 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:58:06.89 ID:xnInN/pyO
曜「だから?」

ルビィちゃんが私の両肩をがしっと掴む

彼女の瑞々しくて柔かそうな唇へ目がいってしまう

ルビィ「ルビィの……わたしのこと、もっとちゃんと見てください」

あの2人だけならいざ知らず、ルビィちゃんまでなんてことを言い出すのだ

ただ、私達が付き合い始めた「あの日」のことを考えたら、こんな言葉を向けられても仕方ないんだが

曜「見てるよ、ルビィちゃんのこと」

ルビィ「今のままじゃなくて……『千歌ちゃんの代わり』じゃなくて、ですよ?」

上目遣いで私を見つめるエメラルドグリーンの瞳に私の姿が映る

曜「千歌ちゃんの代わり?」

ルビィ「はい」

曜「……ルビィちゃんまでそんなこと言うの?」
38 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:58:59.63 ID:xnInN/pyO
ルビィ「だって曜さん、ずーーーっと千歌ちゃんしか視界に入れてなかったですし」

曜「そ、そう……かな?」

中学時代の私ならともかく、今は一応そんなつもりないけどなぁ

ルビィ「今だって千歌ちゃんにハグされて、おもいっきり鼻の下伸ばしてましたし」

曜「はぐうっ!?」

いや、でも女の子から抱きしめられたら嬉しくなるでしょ! 同じ女の子としても

柔らかいし、あったかいし、いい匂いがするんだし

ルビィ「未練タラタラなんですね?」

曜「そ、そんなことないっての!」

千歌ちゃんに限らずaqoursのみんな相手なら、誰であろうとハグされたら嬉しいからね!

もちろん「友情」の範疇になるけど
39 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 03:59:53.25 ID:xnInN/pyO
ルビィ「色々聞いてるんですよ。例えば善子ちゃんからは『曜ってば、バスの中でも口を開けば半分くらいは千歌の話なんだから』って」

曜「善子、ちゃん?」

そうなの?
全く自覚なかった

ルビィ「果南さんからは『私だって曜の幼なじみなのに……鞠莉じゃないけど嫉妬ファイヤーしちゃうなぁ』とか」

曜「いや、果南ちゃんは歳が1つ違うからさぁ」

小学と中間とで学校へ一緒に通えない1年が2回もある以上、しょうがないと思うけどなぁ

向こうだって同学年の鞠莉ちゃんやダイヤちゃんと一緒に遊ぶことの方が多かったんだし

ルビィ「そして花丸ちゃんからは『マルはそもそも存在を認知されているのかすら怪しいずら。この前ランニングで遅れたら「全員いるね」って忘れられたから』という衝撃の報告が──」

曜「その件はごめん! 悪気はなかったから!」

もちろん気付いてからちゃんと謝っていますからね!

ただ、花丸ちゃんに関しては1年経った今でも、ちょっとどう接したらいいか掴めないでいるのは事実であって……
40 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:00:47.62 ID:xnInN/pyO
曜「っていうか、そんなに私『千歌ちゃん千歌ちゃん』言ってる?」

ルビィ「お姉ちゃんの『ですわ』ぐらいには」

曜「『ぶっぶーですわ!』や千歌ちゃんの『奇跡だよ!』の比じゃないよね? そこまでくると」

まさか口癖どころか語尾レベルの頻度とは

ルビィ「ほらっ、また千歌ちゃんで例えた!」

曜「はぐわっ!?」

ルビィ「まっ、10年以上も片想いしていたそうですから仕方ないですけどね。『曜さんの半分は千歌ちゃんで出来ている』と言っても過言じゃないですし」

曜「いやいや、どこぞの風邪薬じゃないんだから。……勇気を貰ってきたりはしたけど」

千歌ちゃんは自分のこと「普通怪獣ちかちー」などと卑下するけれど、全然普通なんてことないからね!

aqoursのみんなの閉ざされた心を開くきっかけを作り、自分自身もまたaqoursの活動を通して自信を持てるようになれたのだから
41 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:01:49.62 ID:xnInN/pyO
ルビィちゃんと話しながら、私は千歌ちゃんへ意を決して告白した時のことを思い出していた

◆◆◆

それは閉校祭前日の晩、校門前でのことだった

曜「千歌ちゃん!」

千歌「んっ? どうしたの?」

こっちが一世一代の告白をしようというのに、普段と変わらず呑気なものだ

曜「私……千歌ちゃんのことが──」

千歌「わたしのことが?」

心拍数が全力疾走した直後のように高くなる

心臓がバクバク唸りはち切れそうだ

「ううん、何でもないよ」と中断したくなるほど息が苦しくなる

だけど……それでも言わなくちゃ!

そうでないと、私はいつまでもヘタレのバカヨウのまま変われないから!

「一番欲しいものは、勇気を出さなくちゃ決して手に入らない」ってわかっているから
42 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:02:42.73 ID:xnInN/pyO
曜「──好きです!」

言って、しまった

なんだか胸のしこりが取れたように呼吸が楽になる

千歌「うんっ! これからもいい友達で──」

曜「い、いや。そうじゃなくて」

千歌「そう、じゃない? どういうこと?」

他人が悩みを抱えているのには敏感なのに、どうしてこういう場面では鈍感なのやら

曜「『恋愛対象』として好きってこと」

ランナーズハイに近い高翌揚状態に入ったためか、さっきまでなら躊躇っていたであろう言葉でもすんなりと宣言できてしまった

千歌「ふへっ!?」

彼女がその場でフリーズしてしまうも、数秒後に──、

千歌「ええーっ!?」

とすっとんきょうな声をあげた
43 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:03:40.99 ID:xnInN/pyO
千歌「ちょっ!? いや、で、でも……だけど、わたしは……」

彼女の顔が今まで見たことがないほど真っ赤に染まる

そしてモジモジと俯いて独りごちた

曜「千歌ちゃん?」

千歌「曜ちゃんの気持ち……すっごいすっごい嬉しいよ。ありがとう」

大粒の涙をこぼしながら、彼女がぎこちなく笑顔を作ってくれた

「よしっ!」と心の中でガッツポーズを取った

ところが……
44 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:04:40.59 ID:xnInN/pyO
曜「じゃあ私達──」

千歌「だけど……ごめんなさい」

喜びの絶頂に舞い上がったのも束の間、一瞬で奈落の底へ叩き落とされた心持ちになる

えっ?
嘘でしょ?
聞き間違いだよね?
たった今嬉し泣きまでして、笑顔だって向けてくれたよね?
なんで?
どうして?

いくつもの疑問が浮かんでは破裂してゆく

そして最後に残ったのは「私は千歌ちゃんから振られた」という圧倒的な事実だった

曜「あ、ああ……」

千歌「曜ちゃんっ!?」

頭の中が真っ白になり、足下がふらついた私へ千歌ちゃんが駆け寄って支えてくれた
45 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:05:32.25 ID:xnInN/pyO
千歌「曜ちゃんが嫌いって訳じゃないよ。っていうか『どうやったら嫌いになれるの?』って感じだし」

曜「あ、ううっ……」

振った側だというのに、千歌ちゃんは涙をぽろぽろこぼしながらも私を精一杯フォローしてくれる

千歌「でも……わたし、好きな人がいるから」

曜「う、うん。わかってる、梨子ちゃんのことだよね?」

私が駄目だっていうのなら、他に可能性があるとすれば彼女以外にいるまい

千歌「う、うん。だから、ごめん。ごめんね、曜ちゃん」

誠意を示した私を傷付けることへの申し訳なさで涙を流してくれた千歌ちゃん

礼を尽くして謝ってくれた彼女を責めるなんてこと、とても私にはできなかった

曜「それで、梨子ちゃんへいつ告るの?」
46 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:06:24.59 ID:xnInN/pyO
千歌「決勝が終わったら。結果発表は翌日でしょ?」

曜「うん、そうだね」

千歌「夕方デートへ誘って、その時に告白する」

曜「そっか」

ラブライブの決勝に出場するチームにはビジネスホテルが手配される

好きな人へ向き合うのは全てが終わってからとは、基本的に一つの物事へ一途な千歌ちゃんらしい

千歌「わたし、先に教室へ戻ってるね」

曜「う、うん」

「頑張ってね」とエールを送ってあげられなかった自分が情けなかった
47 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:07:23.85 ID:xnInN/pyO
曜「あはは……そう、だよね」

わかっていた
千歌ちゃんはずっと、梨子ちゃんのことを一途に想っていたんだって

曜「うっ、ううっ……千歌ちゃん、千歌ちゃんっ」

全身の力が抜けて、足下から崩れ落ちた

とめどなく涙があふれ、嗚咽が止まらない

彼女がここを通りかかったのは、これまで17年生きてきて、これ以上ないほどの悲嘆に暮れていた時だった

ルビィ「曜さんっ!?」

曜「る、ルビィちゃんっ!?」

「後輩の前で情けないところは見せられない」と涙を袖で拭い、なんとか平静を装おうとするも──、

ルビィ「もしかして千歌ちゃんに……ごめんなさいっ」

──即座に看破されてしまいました
48 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:08:22.59 ID:xnInN/pyO
曜「いや、いいって。ルビィちゃんが思ったとおりだから」

ルビィ「いや、でも──」

曜「わかってたんだけどね。千歌ちゃんが梨子ちゃんへ恋してたって」

ルビィ「曜さん……」

曜「ああ……やだやだ! 『私が梨子ちゃんだったら』なんて、『梨子ちゃんになれたら』なんて」

真っ白だった心の中へ、どす黒い醜悪な感情がなみなみと注がれてゆくのが自覚できる

曜「そんなの……『あの頃から何にも変われてない』ってことじゃんか!」

2人が仲良くしている様へ疎外感を覚え、嫉妬心を向けるようになった夏の予備予選の頃と

自分が腹立たしかった

一番好きな人と、私にとっても大切な親友でもあるもう1人の仲を、素直な心持ちで応援できない自分が

曜「ううっ……ああーっ!」

ルビィ「泣いても、いいですよ。ルビィの胸で良ければ」

私よりも一回り小さな後輩が、慈愛の眼差しを向けながら両腕を大きく開いた

曜「うああぁーっ! 千歌ちゃん、千歌ちゃんっ、千歌ちゃぁーんっ!!」

涙と声が涸れるまで、私はルビィちゃんの胸の中で泣き続けた
49 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:09:13.98 ID:xnInN/pyO
曜「ごめんね、情けない先輩で」

ルビィ「いいんですよ。フラれたら悲しいのは当たり前ですもん」

函館のイベントで一皮剥けたのか、ダイヤちゃんの面影が垣間見えるほどしっかり応えてくれた

曜「ルビィちゃんは経験あるの?」

ルビィ「……知ったかぶりですよ。すみませんね」

あっ、拗ねた

こういうところはまだまだあどけなさが残ったままかも

曜「ふふっ、あははっ! 確かにルビィちゃんは恋とは無縁そうだしね!」

ルビィ「笑わないでくださいよぅー、これでも気にしてるんですからー」

曜「あはは、ごめんごめん」
50 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:10:41.05 ID:xnInN/pyO
ルビィ「花丸ちゃんと善子ちゃんだって付き合ってたりしますし」

曜「ああ、あの2人もかー」

善子ちゃんと花丸ちゃんも普段から親密なスキンシップをしているので納得がいく

ルビィ「さっき『上級リトルデーモン0号がどうたら』って言ってキスしてましたし、空き教室で」

曜「あの『占いの館』の?」

ルビィ「はいっ、そこです」

曜「へぇー、やるじゃん」

3年生の3人が卒業した後は、2組のカップルがイチャイチャしている様を眺めていなくちゃならないのか……

そんな光景が脳裏をよぎってしまった私は、今思い返せばあまりにも衝動的な行動に走ったのだ

曜「ねぇ、ルビィちゃん」

ルビィ「なんですか?」
51 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:11:22.31 ID:xnInN/pyO

曜「付き合おっか。私達も」

ルビィ「えっ?」

ルビィちゃんがさっきの千歌ちゃんと瓜二つに頬を真っ赤に染めて驚いた

ルビィ「……ええーっ!?」

曜「駄目、かな?」

ルビィ「いや、その……駄目ってことは、ない……ですけど」

両手を組んでモジモジする様を見ると、彼女も立派な女の子なのだと痛感させられる

ルビィ「一応……色々尊敬してますし」

曜「じゃあ、これからよろしくね」

なんだかんだ言って私だってルビィちゃんへ単なる「後輩」として以上の好意は抱いていた

2人きりで衣装作りをしたり、練習帰りに松月さんでスイーツを食べたりとそれなりに親しくしていたつもりだ
52 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:12:28.57 ID:xnInN/pyO
ルビィ「ま、まあ付き合い始めてから親しくなる恋ってのも、アリだとは思いますし」

だからこれから彼女の新しい一面をもっと知って、より深い関係になれたらいい
そう考えていた

一刻も早く「本命」に振られた傷から逃れたくて

ルビィ「……こんなルビィで良ければ、よろしくお願いします」

曜「うん。よろしくね、ルビィちゃん」

こうして、私とルビィちゃんは恋人同士になった訳だ

◆◆◆
53 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:13:23.19 ID:xnInN/pyO
曜「完全にその場のノリで……って感じだったけどね」

ルビィ「わかってますよ。長年片想いしてた人へフラれて、自棄になってたことぐらい」

何はともあれ、いざ付き合い始めると彼女の意外な素顔に次々と気付かされる

お喋りしていて楽しい心持ちになるのもまた事実だし

ルビィ「でも、きっかけなんてそんなんでいいんです」

曜「ルビィちゃん……」

ルビィ「ルビィとしても『憧れの人とお付き合いできる』ってことに浮かれてて、その後のプランなんかこれっぽっちも考えてませんでしたから」

曜「私のこと、そんな風に見ててくれてたんだね」

キュートな後輩から慕われるのは決して悪いことではなくて、つい口元が弛んでしまった

ルビィ「でも、もう付き合い始めて3ヶ月にもなるんです。だからそろそろルビィを『千歌ちゃんの代わり』じゃなくて『ルビィ』として見てほしいんです」

背伸びした彼女のふっくらとした唇が少しずつ距離を縮めてゆく

そうだ、もう私達は恋人同士なんだ

だからこのまま口づけを交わしても──、

???「ジー」

──と意を決した矢先、誰かの鋭い視線を感じてしまった
54 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:14:32.32 ID:xnInN/pyO
曜「ちょっとそこの君? 何見てるのっ!?」

???「何か問題でも? 別にカメラで撮影している訳ではありませんし」

静真高校の制服を着た、釣り目で少し鼻が高めな金髪の娘だった

リボンの色からして、私と同じ3年生らしい

曜「いや、それはそうだけどさ」

???「個人の肖像権を侵害していない以上、公共の場で起こっていることへ目を向けるのに特別の問題はありませんよね?」

曜「ま、まあ」

彼女の指摘どおり、商店街のど真ん中でいきなりキスをしようとすれば周りから注目されても仕方ないか

曜「ってことだから、また今度ね。ルビィちゃん」

ルビィ「そう、ですね。……わかりました」

彼女も渋々ながら承諾してくれた

でも本来なら、先輩である私の方からリードしてあげるべきなんだろうな
55 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:15:38.41 ID:xnInN/pyO
???「止めるんですか? 彼女さんとのキスを」

曜「そんなに見たかったの? 他人がキスしてるのを」

どうして他人のことへと口を挟みたがるのか、なかなか面倒な人らしい

???「いえ、別に」

曜「だったらいいでしょ、見せ物じゃないんだから」

ルビィ「そうですよ、みのり副会長」

曜「へっ!? 副会長?」

ルビィちゃんの口から出た意外な単語に驚きを禁じ得なかった

っていうか、なぜルビィちゃんが知ってるの?

みのり「はい、冬木みのりと申します。月会長から話は耳にしていますよ、『神童』渡辺曜」

曜「『神童』ねぇ」

月ちゃんが私のことを周囲へどう語っているのか気になるところではある

浦女時代でも「高飛び込みの技能がオリンピック選手級」だとか「同年代の娘の中ではかなり要領がいい」とか色々持て囃されたりはしてきたけど

さすがに「神童」は持ち上げ過ぎじゃないかな?

……あと横でルビィちゃんがニヤけているのが気になるんだけど
56 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:16:45.05 ID:xnInN/pyO
曜「別にそんな持ち上げるほどの人間じゃ──」

みのり「みたいですね。このヘタレっぷりからして」

曜「へ、ヘタレって……」

思っていることはズバズバ口にするタイプなのかな? この娘は

みのり「違いますか? 一番欲しかったモノを諦めて『代替品』で妥協しているんですから」

その言葉の意図していることは即座に理解できた

人をモノ扱いしていることへ生理的な嫌悪感を覚える

曜「ルビィちゃんをそんな風には──」

みのり「見え透いた嘘はつかなくていいですよ」

曜「だから嘘なんてついてないっての!」

本人が訴えるならともかく、なぜ無関係の第三者からどうこう干渉されねばならないのか
57 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:17:46.04 ID:xnInN/pyO
みのり「でしたら、どうしてキスしてあげなかったんですか?」

曜「それは、みのりちゃんが見ていたからで」

自分のことは棚上げですか、そうですか

みのり「高海千歌が相手なら、周囲の視線なんて二の次だった。でしょう?」

曜「千歌ちゃんなら……」

「あったかもしれない未来」が提示されたことへ、胸の古傷がズキリと痛む

いや、仮に千歌ちゃんと付き合えていたとしても同じことだ!

曜「……そんなことない、から」

みのり「でしょうね。一度フラれた程度で諦めてしまうヘタレですし」

曜「だからヘタレヘタレ言わないでよ!」

みのり「一番を本気で求めず、二番で満足したフリをする。これをヘタレと呼ばずして何と呼べばいいんですか?」

話が噛み合っているようで噛み合っていなかった

彼女は先入観に基づいて他人を見て「こういうものだ」と決め付けている

どんなに否定しても暖簾に腕押し、自分が決めたことは絶対に譲ろうとしない
58 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:18:51.91 ID:xnInN/pyO
ルビィ「もう止めてください、みのり副会長」

みのり「黒澤ルビィ……」

ルビィちゃんが初めて口を挟んだ

ルビィ「ルビィの……わたしの好きな人がヘタレ呼ばわりされるのって、とても気持ちいいものではないので」

しっかりとした物言いで、自分の不満をはっきり述べた

対してなんだよ、今までの私の返し方はさぁ!

みのり「貴女はいいんですか? 高海千歌の『代替品』として扱われている現状で満足なんですか?」

ルビィ「そりゃ満足はしてないですよ」

ルビィちゃんがキッパリと本音を言い切る

みのり「なのにそうやって『恋人ごっこ』しているんですか?」

ルビィ「今は……まあ、そうかもしれませんね」

声のトーンが少し下がる
59 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:19:45.53 ID:xnInN/pyO
みのり「だったら別れるべきですよ」

ルビィ「どうしてそう極論へ走るんです?」

今度は明らかに不機嫌を隠そうともしないムスッとした言い方だ

みのり「互いのためにならないからです。何のメリットもない人付き合いに意味なんてありますか?」

ルビィ「人付き合いは損得だけじゃないので、そのアドバイスは受け入れられません」

ルビィちゃんは私とは大違いだ

みのりちゃんが放つ否定の意見を、毅然とした態度で次々とはねのけてゆく

みのり「後になって『無駄なことをしてきた』と後悔しても遅いんですよ?」

ルビィ「何が無駄で何がそうじゃないのか、決めるのはみのり副会長じゃなくてわたし自身なので」

みのり「報われない努力ほど……虚しいものはないんですよ」

ここにきて表紙一つ変えずにいたみのりちゃんが、初めて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた

過去に何か挫折したことがあったのだろうか?
60 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:20:42.03 ID:xnInN/pyO

ルビィ「心配は結構です。曜さんはいつか、わたしが堕としてみせます」

私へ向けて舌を出して小悪魔っぽいウインクをするルビィちゃん

うっ//……ちょっとドキッとしちゃったじゃないの!

みのり「根拠のない自信ですね」

ルビィ「もうネガティブなままではいられないので」

自信たっぷりに宣言する彼女には、もはや1年前の捕まったウサギの如くオドオドビクビクな面影はなかった

ルビィ「行きましょう、曜さん。時間がなくなるんで」

曜「う、うん。失礼します」

一礼だけして、ルビィちゃんから引っ張られるままにその場を後にした
61 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:21:34.40 ID:xnInN/pyO
みのりちゃんの姿が見えなくなるくらい離れてから、初めてルビィちゃんが口を開いた

ルビィ「みのり副会長とは路上ライブの申請の時に知り合ったんです」

曜「そうなんだ。……にしてもなんか、ねぇ?」

お節介
口煩い
過干渉
余計なお世話

次々と浮かんだマイナスワードを吐き出したくなくて、ぼかした物言いをする

ルビィ「ですね。『損得』がどうとか『報われる』とかって……なんだか全てを金勘定してるみたいで嫌です」

曜「金勘定……そういうことか」

不快感の一番の原因はそこにあったのか

ルビィ「はいっ。ルビィは別にそんなビジネスライクな理由で、曜さんと付き合ってるんじゃないんで」

曜「ルビィちゃん……ありがとね」

一緒にいて心地いい
君が幸せなら私も幸せ

人と人とが付き合う理由なんて、それこそカップルの数だけあるに違いない

でもそれらを突き詰めてゆけば、何もかもが「快楽を得たいから」へ帰結してしまう

だとしても、さすがにそうした人の感情まで金勘定や快楽の獲得へ置き換えたくはなかった
置き換えてはならないものだ
62 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:22:19.62 ID:xnInN/pyO
その後は予定通り手芸店で衣装の生地選びをして、流行りの映画(平行世界からの侵略者と戦う高校生のお話)を観てから帰路についた

しかしルビィちゃんは自分が思っていた以上に成長していたんだなぁ……

にしても──、

曜「はぁ、みんなして『私イコール千歌ちゃんが好き』だなんて言うんだから」

千歌ちゃんも、梨子ちゃんも、ルビィちゃんも、初対面のみのりちゃんも

どうして私が未だに「千歌ちゃんのこと引きずっている」って口にするんだよ

こっちとしては、何度も治りかけのカサブタを剥がされているような苛立ちを覚えるってのに……

千歌ちゃんは梨子ちゃんと付き合ってて、私はルビィちゃんと付き合うことを決めたってのに……

こんなの私だけじゃなくて、誰に対しても失礼だよ

曜「ああーっ、モヤモヤするぅーっ!」

イライラが募り、頭を乱暴に掻き毟る

曜「もう寝よっ、寝ちゃおっ! うん、そうする!」

嫌なことがあった日は昔からこうしてきた

頭の中がごちゃごちゃになってきたら、ぐっすり眠って一旦リセットするに限る

ママが用意してくれた作り置きの晩ごはんをぱぱっと胃袋へ納め、パジャマへ着替えてシャワーも浴びずにベッドへ飛び込んだ
63 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:25:44.90 ID:xnInN/pyO
【Caramel Macchiato Nightmare】

「私」と千歌ちゃんは、駅前のモダンな雰囲気漂うおしゃれな喫茶店へ来ていた

千歌「うわぁ、さすがRX! ガン○ム級のサイズだねぇ!」

曜「えっ!? RXってそっちの意味だったの? SとかMじゃなくて?」

千歌「うん。っていうかSとかMって『よーちゃん』はどっち派なの?」

彼女がニシシといたずらっぽく笑みを浮かべる

曜「うーん、私はもちろんMで──」

千歌「わかった。じゃあ今度ベッドの上でたっぷり泣かせてあげるね♡」

彼女が無邪気に微笑む

幼い頃から何度も何度も私へ向けてくれた、向日葵のような笑顔が愛くるしい
64 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:27:24.60 ID:xnInN/pyO
曜「嘘ぉ!? そういう意味だったの? ポケ○ンのアカ○ちゃんネタ?」

千歌「へぇ〜、よーちゃんはア○ネちゃんみたいな娘がタイプなんだね。元気で、笑顔が似合う、スタイルもいい、チカみたいな♡」

曜「ははっ、言うようになったじゃん。千歌ちゃんも」

かつて「普通コンプレックス」を抱えていた彼女が、こうやって自分に自信が持てるようになれて、まるで私自身のことのように誇りに思える

千歌「よーちゃんが色々励ましてくれたからね。『東京のイベントで0票だった時』も」

曜「へっ?」

急に背筋がゾワッと冷える感覚がした

「あの時」励ましたのって私じゃなくて梨子ちゃんだったはずじゃ……
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 04:28:25.27 ID:0Z+ScJfYo
つまんね
66 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:28:38.99 ID:xnInN/pyO
千歌「よーちゃんはイブ○さんかな? セクシーだし、なんかいつも競泳水着みたいなの着てるし」

曜「うーん、どっちかっていうと果南ちゃんっぽくない? 背が高いし、青髪でポニーテールだし、それに私ってイ○キさんほどクールって訳でもないし」

私の心と身体とが乖離しているようだった

まるで幽体離脱しているかのように私は「私」を外側から眺めている

そしてその「私」はやけにスラスラともう1人の幼なじみ評を口にしてゆく

千歌「ああっ、言われてみたらそうかもね。それによーちゃんはMだから○ブキさんみたくSっぽくないしねっ!」

曜「いやいや、まだそのネタ引っ張るの? でもイブ○さんがSっぽいのは同意。鞭持ってるし」

確かにアレで手持ちの○ケモンへ喝を入れるのか、前々から気になっては……

いや、まずはこの状況の方が気になるけどさぁ

千歌「でしょー。んでその鞭で○カネちゃんをピシッ、ピシッっていじめちゃう……って同人誌を梨子ちゃんから借りてて──」

曜「梨子ちゃん、千歌ちゃんへ何吹き込んだのさっ!」

清純な彼女を変な色で染め上げようとしないでよっ!
67 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:29:42.34 ID:xnInN/pyO
千歌「なんか『ベッドの上でアレコレやる時の参考にして』って」

曜「しなくていいから!」

それにまだ「えっちなこと」なんて早いから

なんてったって私達、高校生なんだしさ

というより、そもそもこれはどういう状況なんだろう?

あたかも「私」と千歌ちゃんが「恋仲」みたいなやり取りをしているこの状況は

だけど私が知ってる千歌ちゃんは、梨子ちゃんとお付き合いしている訳だし

千歌「んじゃ、さっそくRXこと『キャラメルマキアート生クリームマシマシ』を飲んでいきましょっか。よーちゃん♡」

曜「ってコレ2人用なの?」

千歌「うんっ、ストロー2本刺さってるし♡」

曜「でもこれじゃ間接キスになるんじゃ──」

千歌「チカと一緒じゃ、イヤ?」

彼女のルビー色の双眸に涙がジワッと滲む
68 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:30:41.71 ID:xnInN/pyO
曜「嫌……じゃないけど」

千歌「じゃあ『せーのっ!』で同時に口付けよっ♡」

曜「う、うん」

千歌「せーのっ!」

パシャッ☆

ん?
これってシャッター音?

曜「ちょっとルビィちゃん!? 何撮ってるのさぁ!」

ルビィ「ピギッ!? そ、それは──」

あどけなさの残る後輩が、申し訳なさそうに視線を逸らす

曜「それは?」

ルビィ「梨子さんに……頼まれた、からで……」
69 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:31:42.11 ID:xnInN/pyO
彼女が向けた視線の先には──、

曜「ジーっ」

??×2「「ビクッ!?」」

──サングラスとマスクに加えてスポーツキャップで顔を隠した、見るからに怪しい2人組がいるではありませんか!

曜「梨子ちゃん? 善子ちゃん?」

善子「ヨハネよっ! ……しまった!?」

梨子「『よっちゃん』のアホーっ! どうして突っ込むのを我慢できないのよっ!」

普段よりハイテンション気味な梨子ちゃんが、隣の後輩へ容赦なくチョップを叩き込んだ

曜「この脳ミソキャラメルマキアートコンビめーっ! 成敗してくれるーっ!」

善子「これはリトルデーモンが勝手にやったことで──」

曜「ルビィちゃんのせいにするなーっ!」

部下が犯した失態の責任は上司がとってください

……って、「私」のテンションもやけに高いなぁ
70 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:32:49.03 ID:xnInN/pyO
梨子「そうそう、私とルビィちゃんは全部よっちゃんの指示に従ったまでで──」

曜「千歌ちゃんにアレな同人誌を貸したのも?」

梨子「それは……奥手な曜ちゃんと千歌ちゃんのためを思ってのことよ」

なんとまあ余計なお節介だことで

曜「へぇ〜、そっか♡」

よしりこ「「ひ、ひぃーっ!!」」

表情は確認できないけど、「私」は般若を思わせるゾッとするような笑みを浮かべたに違いない

千歌「あはは……ほどほどにしてあげてね、よーちゃん」

ルビィ「うわぁ〜、美味しそぅ〜♡」

千歌「ルビィちゃんも飲む? 甘いよ〜♡」

ルビィ「えっ? いいんですか?」

千歌「いーよ♪ よーちゃん、あっちの『バカップル』2人と遊ぶのに夢中だし」

再び寒気が私を襲った

「バカップル」ってつまり、梨子ちゃんと善子ちゃんが付き合っているってこと?

でも善子ちゃんは花丸ちゃんとお付き合いしている訳で……さすがに二股とかじゃないよね?
71 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:33:44.21 ID:xnInN/pyO
千歌「ささっ、ぬるくなる前にっ♪」

ルビィ「は〜い♡」

曜「ちょっとルビィちゃん!? それ、私と千歌ちゃんの──」

千歌「よーちゃんが彼女を無視して遊んでるからでーす♡」

彼女が天使のような悪魔の笑みを向ける

ルビィ「んん〜っ、あんまぁ〜いっ♡」

曜「そんなぁーっ!」

梨子「ふふっ、いいもの見させてもらったわ〜♪」

梨子ちゃんがスマホ片手にガックリ落ち込む「私」を盗撮していた

曜「だから撮るなぁ! 肖像権ガン無視するなぁ!」

善子「良かったわね、リリー♡」

善子ちゃんが先輩の頭をフリスビーを取ってきた愛犬のを褒めるように優しげに撫でる
72 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:34:47.22 ID:xnInN/pyO
梨子「えへへぇ〜♡ よっちゃんにナデナデされちゃったぁ〜♡」

千歌「うわっ!? 梨子ちゃんの顔がとろけちゃってる……」

曜「普段の梨子ちゃんの原型はどこへやら、だね」

キリッとした佇まいはどこへやら、彼女が骨なしクラゲの如くふにゃりと脱力する様は見たくなかったなぁ

ルビィ「ですねぇ〜、ヨハネ様のしつけがなってないからですよ!」

善子「ってなんで私が責められるのよっ!」

梨子「違うよぅ〜♡ よっちゃんがしつけてくれたから『本来の私』が出せるようになったんだよぅ〜♡」

パシャッ☆

梨子「ってルビィちゃん、真顔で撮らないでぇ〜♡」

言葉とは裏腹にやたら嬉しそうですねー、「この」梨子ちゃんときたら

この2人こそ、ベッドの上でどんなプレイをしているのか気になるものだ
73 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:35:34.19 ID:xnInN/pyO
善子「リトルデーモンの内輪揉めに介入するつもりはないわよ」

梨子「介入してよぅ〜。よっちゃんが何度も『スクールアイドルやらない?』って誘ってくれたみたいに」

へっ!?
またもや違和感のある発言が出てきた

梨子「よっちゃんのおかげで、私はまたピアノと向き合えるようになったんだからぁ〜♡」

いや、それは千歌ちゃんがしてきたことじゃないの?

怖かった
ただただ怖かった

私達が辿ってきた道のりが、何もかも違う形に置き換えられているようで

そして極めつけは千歌ちゃんのこの一言だった
74 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:36:30.68 ID:xnInN/pyO
千歌「あははっ♪ この『5人』の時間が、これからもずーっと続けばいいのにね」

曜「へっ!?」

「5人」だって!?
ようやく私が「私」の身体へ戻ったような感覚がした

曜「ちょっと待ってよ、千歌ちゃん!」

金縛りが解けたように、やっとこさ自分の意思で口を動かせた

千歌「んっ!? どしたの、よーちゃん?」

彼女が真ん丸に両眼を見開き驚く

曜「今さ、千歌ちゃん『5人』って言ったよね?」

千歌「うん。チカ達aqoursの『5人』だよ」

聞き間違いでもなんでもなく、彼女ははっきり「5人」と言い切った
75 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:37:30.79 ID:xnInN/pyO
曜「いやいや、私達aqoursは『6人』でしょ!」

千歌「へっ? 『6人』?」

曜「ちょっと全員の名前、挙げてみて」

千歌「う、うん」

彼女が挙げた中には──、

千歌「チカでしょ、よーちゃんでしょ、あと善子ちゃんに梨子ちゃんでしょ」

善子「ヨハネよっ!」

千歌「そしてルビィちゃんの5人だよ。他に誰かいるの?」

──正直私と関わりが薄かった、ある後輩の名前がなかった

曜「いや、もう1人いるじゃん。花丸ちゃんが」

千歌「花丸ちゃん? 誰それ、知ってる?」

梨子「さぁ? よっちゃんのクラスの娘?」

千歌ちゃんも梨子ちゃんもボケている様子はなく、純粋に知らないでいるようだった
76 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:38:22.18 ID:xnInN/pyO
善子「ああ……言われてみればいたわね。図書委員の地味な眼鏡っ娘が」

ルビィ「なんだか話しかけづらいんですよね。休み時間中もずーっと1人で本読んでて」

さすがに同じ1年生の2人は花丸ちゃんのことを憶えているみたいだ

でも単に「同じクラスの娘」でしかない間柄らしい

曜「えっ? 花丸ちゃんがaqoursのメンバーじゃないの?」

千歌「さっきからそう言ってるじゃん、よーちゃん。まだボケるには早いよ、チカより3ヶ月先に産まれたんでしかないのに」

善子「私達aqoursは最初このヨハネと曜が、千歌から誘われたのから始まったんでしょ!」

善子ちゃんがご丁寧に「ここ」でのスクールアイドル部結成の経緯を説明してくれる

ただ、それは私が知っている経緯と矛盾が生じるものだった

曜「へっ? 梨子ちゃんじゃなくて善子ちゃんが?」

善子「ヨハネっ! 忘れたの? リリーは最初『作曲だけ手伝う』って話だったって」

確かに「私が知っている」梨子ちゃんは最初はそういう話だった

でもその後で千歌ちゃんとちょっとしたやり取りがあって、正式な部員として練習に参加してくれるようになったのだ
77 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:39:17.80 ID:xnInN/pyO
曜「それ本当? 梨子ちゃん?」

梨子「ええ、よっちゃんの言ったとおりよ」

ルビィ「そうですよ。体育館でのライブを観て感動したから、ルビィと梨子さんが加入を決めたんです」

梨子「うん。んで東京のイベントの後で、ダイヤさん達3年生の3人が加わったのよね」

ルビィちゃんと3年生回りは変わらないんだね

ただルビィちゃんと一緒に入部したのが、花丸ちゃんから梨子ちゃんへ置き換わっているけど

千歌「そうそう。果南ちゃん達が卒業するまで、チカ達『8人』のaqoursで頑張ってきたんだもんね。『浦女の名をラブライブの歴史へ遺そう!』って」

もうこれ以上は、違和感に満ちた何もかもに耐えられなかった

私達の人間関係が、辿ってきた道のりが、全く異なる形でまとまっているなんて

そして私以外の誰もが、そんな状態に何ら違和感を抱いてないことの不気味さに
78 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:40:25.65 ID:xnInN/pyO
曜「わかった。もう止めにしよ」

千歌「どうしたの、よーちゃん?」

彼女が心配そうに私の顔を覗き込む

曜「私達は『9人』で頑張ってきたんだよ! 悪ふざけも大概にしよう、ってこと」

怒鳴りつけた私へ向けて、みんなが怒りを露にして反論してきた

善子「悪ふざけなんてしてないわよ!」

ルビィ「どうしてそんなに、その『花丸ちゃんって娘がいる』ってことにしたいんですか? 『特別仲良くしていた訳でもなかった』ってのに!」

ギシリ、と歯車が軋む音が聞こえたような気がした

梨子「そうよ! 今の今まで『ロクにおしゃべりだってしてこなかった』のに!」

善子「『どうでもいい』って思ってるクセにね。『ずら丸』のことなんて」

どうして今の今まで花丸ちゃんがaqoursの一員だったことを頑なに否定していたのに、一転して私が彼女と親しくしてこなかったことを責め立てるのだ?
79 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:41:10.40 ID:xnInN/pyO
曜「そ、そんなことは──」

壁が、テーブルが、椅子が、ドロリと熱せられたキャラメルのように溶け始める

千歌「気にすることないじゃん、1人くらい欠けたって♪」

「本来の」千歌ちゃんなら、絶対に口にしない言葉を口走った

曜「……千歌、ちゃん?」

ルビィ「ですよね〜」

善子「そうよね〜」

後輩2人がキャラメル色の塊となり、その場で人の形を失ってゆく

曜「ひっ、ひいっ!」

梨子「じゃあ邪魔な私はさよならするね〜」

梨子ちゃんも2人に倣い、キャラメルの塊となって溶けていった
80 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:42:12.05 ID:xnInN/pyO
千歌「よーちゃん、大好きだよっ♡」

曜「いっ、嫌だ。やめてっ!」

それでも千歌ちゃんだけは人間のまま、私を後ろからギュッとハグしてくれた

千歌「『チカとよーちゃんだけのaqours』、それがお望みなんでしょ♡」

曜「いや、いやっ……」

そんなの、そんなこと……それが渡辺曜という人間の本質だというのなら!

曜「いやーーーっ!!」

私は、どこまでもどこまでも最低な人間じゃないか!!
81 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:43:11.91 ID:xnInN/pyO
【曜side】

三連休三日目

曜「いやぁーーーっ!!」

喉の奥底から叫び声を上げながら、私はガバッと両手で布団をめくり上げた

曜「はぁ、はぁ……夢、か」

少しずつではあるが、脳へ酸素が行き渡り頭が冴えてゆくのを感じる

まだ4月の半ばだというのに、パジャマは寝汗を吸い込んで気持ち悪かった

目覚まし時計を覗き込むと、時刻は午前9時半を回っていた

曜「明晰夢……ちょっと違うか」

明晰夢とは、夢の中にいながら「自分は夢を見ている」と自覚できる夢のことだ

でも「あの夢」の中で私の意識は、それが夢だとは感じていなかった

しかも途中で違和感を覚えるまでは、完全に舞台の外側視点にいた訳だし
82 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:44:11.37 ID:xnInN/pyO
曜「あるいは……深層心理?」

以前あるテレビ番組で観た話を思い出す

夢というものは「脳が記憶を整理する過程で生まれるもの」だそうだ

またその際に深層心理、すなわち「自分が心の奥底で望んでいること」が現れるとかなんとか

この話は本当ならば、私は未だに「千歌ちゃんと結ばれたい」と願っている訳で

更に言えば「そのためなら、千歌ちゃんと梨子ちゃんが出逢ってから1年かけて積み重ねてきた絆なんて、全てなかったことになってしまえばいい」と望んでいる訳だ

「あの夢」の中みたいな光景が、私が望む世界の有り様だっていうのなら……私はどれだけ自分本位な最低女なんだよ

ただ「私と千歌ちゃん」、「梨子ちゃんと善子ちゃん」の組み合わせで付き合っていることに対する違和感はなかった(あの2人だって昨年末くらいから特別親しい間柄になった訳だし)

花丸ちゃんの存在が抹消されていたり、千歌ちゃんが梨子ちゃんのためにしてきたことが善子ちゃんがしていたことへ置き換わっている等「私が生きる世界」で起こった出来事が全て改変されていたのが怖かったのだ

曜「いちいち気にしてても仕方ない、よね? 夢の内容なんて」

そうだ、こんなの単なる夢の話でしかない!

深く考えるだけ無駄なことだ!

ネガティブ感情に囚われるなんて馬鹿馬鹿しい!
83 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:45:09.66 ID:xnInN/pyO
ひとまずメール確認のためにスマホの電源を入れると──、

曜「不在着信が13件もっ!?」

しかも、つい1時間ほどの間に送られてきたものばかりだし

メールの中身を確認しようとすると──、

ヨハネヨッ! ヨハネヨッ!

曜「善子ちゃんっ!?」

──後輩から電話がきたことを示す着信音が鳴ったので、すかさずそれに応じる

曜「もしもし、善子ちゃん?」

善子(TEL)『曜っ! ……ようやく繋がったのね』

「ヨハネよっ!」のツッコミを忘れるほど動揺した様子だった
84 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:46:03.10 ID:xnInN/pyO
曜「どうしたの、善子ちゃん?」

善子『ずら丸が襲われたのよ』

曜「花丸ちゃんが!?」

よりによって「あの夢」の中でaqoursに在籍していないことにされていた後輩の名前が出たことで、全身が悪寒で身震いした

善子『外に出て。病院へ向かうから』


善子ちゃんのお母さんが運転する車で、私と善子ちゃんは市内で一番大きな総合病院へと向かった

曜「ごめん、スマホの電源切ってた」

善子「みたいね。しかも家に掛けても全然出ないし」
85 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:46:59.84 ID:xnInN/pyO
曜「……そっちもごめん。ウチのママ、朝からパートだから」

善子「やれやれ、よっぽど熟睡してたって訳ね」

曜「他のみんなには伝わってるの?」

善子「私からリリーと千歌へ連絡回したわ。でもルビィには繋がらなくて」

曜「……そっか」

花丸ちゃんが襲われた経緯についてはよくわからないが、もしやルビィちゃんも巻き込まれたのでは……と不安になってきた

善子「ルビィのお母さんの話だと『昨日の晩は花丸ちゃんのお家へ泊まりに行く』って。でもずら丸のおじいちゃんからは『ルビィちゃんは来とらんぞ』って言われたし」

曜「……了解」

行方不明になった彼女のことも気掛かりだったが、とにかくまずは花丸ちゃんの容態が心配でならなかった
86 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:47:55.15 ID:xnInN/pyO
総合病院には、既に千歌ちゃんと梨子ちゃんがお見舞いに来ていた

千歌「あっ、『曜ちゃん』に善子ちゃん」

曜「千歌ちゃんに梨子ちゃん。もう面会したの? 花丸ちゃんと」

千歌「うん。でも……会わない方がいいかも」

千歌ちゃんが顔を俯ける

善子「どういうことよ?」

梨子「そ、それは──」

善子「リリー?」

梨子「……酷かもしれないわ。特に『善子ちゃん』には」

2人の瞳は真っ赤で、頬にはうっすらと白い涙の跡ができていた

曜「善子ちゃん、ね」

梨子ちゃんが善子ちゃんを「よっちゃん」と愛称で呼んでいない

今、私が存在しているこの空間が夢ではなく現実なのだ……とはっきり自覚できた
87 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:48:46.09 ID:xnInN/pyO
その病室は他の人達との相部屋ではない、真っ白な壁紙で覆われた重篤患者用の特別な部屋だった

曜「失礼します」

花丸祖父「よく来てくれたのう」

昨晩からずっと寝ていないのか、花丸ちゃんのおじいちゃんは疲れきった表情をしていた

曜「おはようございます」

善子「それで、ずら丸の容態は?」

ベッドの上で上半身を起こしている花丸ちゃんは、薄緑色の病人服を着ている

頭部に包帯が巻かれているのがとても痛々しかった

そんな彼女が開口一番に放った言葉に、私達は耳を疑った

花丸「また『aqoursのメンバーだ』って人なの?」

ようよし「「へっ?」」
88 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:49:37.27 ID:xnInN/pyO
「記憶喪失」という単語が真っ先に脳裏をよぎる

「また」っていうのは、私達より先に面会した千歌ちゃんと梨子ちゃんのことだよね?

花丸「マルは知りませんよ、スクールアイドルなんて」

善子「ちょっと、寝言は寝て言いなさいよ。ずら丸!」

花丸「ひっ!? 寝言なんて言っていないずらよ、善子ちゃん……だよね?」

声を荒げた善子ちゃんへ怯える花丸ちゃんは、まるでオオカミに睨まれたウサギのようだった

善子「ヨハネよっ! ……って私のことは憶えてるみたいね」

花丸「うん。幼稚園一緒だったもんね」

あれ?

スクールアイドルのことは忘れているのに、幼なじみの善子ちゃんの記憶はあるのか?

だとしたら梨子ちゃんが「酷かも」と告げた理由は?
89 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:50:30.15 ID:xnInN/pyO
花丸「ところで、そちらの方は?」

曜「へっ? 私?」

花丸「もしかして、そのaqoursの先輩だっていう人? さっきの2人と同じで」

曜「う、うん。渡辺曜っていうんだけど……憶えてない?」

花丸「……すみません。憶えていないです」

頭に右手を当てて思い出そうとする仕草をした後、申し訳なさそうに彼女が答えた

となると、花丸ちゃんは「aqoursに関係する記憶」だけがすっぽり抜け落ちてしまった、ということなのかな?

善子「ねぇ、ずら丸。これを見て」

善子ちゃんがスマホを取り出し、次々と1年生3人が仲良くしている写真を見せる

それらは制服や学校指定のジャージ姿ではなく、練習着やライブ衣装を中心としたスクールアイドル活動をしている時のものばかりだ

花丸「善子ちゃんとルビィちゃんに……マル?」

どうやら中学時代からの親友であるルビィちゃんのことも憶えているようだ
90 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:51:53.99 ID:xnInN/pyO
善子「そうよ。私達、1年間ずっとaqoursのメンバーとして頑張ってきたのよ」

曜「花丸ちゃん、私達先輩のことはともかく、善子ちゃんやルビィちゃんと頑張ってきたことも思い出せないの?」

花丸「……すみません。善子ちゃんに関しては幼稚園の頃の、ルビィちゃんは中学でのことしか」

やっぱりか

それにしてもこんな風に特定の物事に関する記憶「だけ」が、綺麗さっぱり無くなってしまうなんてことがあるものなのか

善子「本当の本当に忘れたっての!? 私とアンタとルビィの3人でやってきたこと全部!」

花丸「……うん、信じられないずら。マルがこんなにキラキラ輝いているなんて」

善子「……信じられないでしょ? アンタなのよ、これ全部」

堪えきれなくなったのか、善子ちゃんの瞳から涙がぽろぽろこぼれ落ちる

善子「そっくりさんでもなんでもない……ずら丸本人なのよ」

花丸「善子ちゃん……」

善子「そして私はアンタへ告って、アンタは泣いて喜んで……『こんなマルで良ければ』って応えてくれて……なのに、なのにっ。ううっ……ぐうぅっ」

ベッドの上に泣き崩れる善子ちゃんを、花丸ちゃんが壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せた

花丸「ごめんね……本当にごめんね、善子ちゃん。ううっ……うわあぁっ」

そして彼女もそのまま泣き出してしまった

後輩2人が号泣する様に居たたまれなくなり、私は先に病室を後にした
91 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:52:46.11 ID:xnInN/pyO
私自身、これが悪い冗談なんだと信じたかった

花丸ちゃんとは特別親しくしていた間柄ではなかったとしても、1年もの間苦楽を共にした大切な仲間であることに変わりはないんだから

梨子「……曜ちゃん」

曜「ねえ、千歌ちゃん」

千歌「どうしたの、曜ちゃん?」

曜「悪い夢、なんだよね? 花丸ちゃんがaqoursのこと、何もかも──」

ちかりこ「「リアルこそ正義」」

2人から両頬をムニッと引っ張られてしまう

その痛みが「これは現実なのだ」と改めて自覚を促させた

曜「ふぁ、ふぁい」
92 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:53:37.37 ID:xnInN/pyO
千歌「まあ、これは善子ちゃんの受け売りだけど……認めたくないよ、こんなリアル」

梨子「私だって千歌ちゃんと同じ。ここ数ヶ月でようやく花丸ちゃんとの間にあった壁を破れたのに……『一緒にコミケ行こう』って約束だってしてたのに」

曜「……そっか」

確かに最近になって、梨子ちゃんと花丸ちゃんが2人で親しく話をする様子を何回か目撃していたのを思い出す

そこで初めて、唯一私「だけ」が泣いていなかったことへ気付いた

彼女と1対1で何かした特別な思い出がないから?

単に部活の先輩後輩の関係でしかなかったから?

なんだか途端に自分が酷く冷たい人間のように感じられた
93 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:54:30.01 ID:xnInN/pyO
善子「記憶喪失が題材のアニメや映画は何作も観てきたけど、いざ自分が同じ立場になると……こんなに、辛いもの……なのね」

曜「善子ちゃん……」

花丸ちゃんのおじいちゃんに付き添われる形で、善子ちゃんが休憩室へ歩いてきた

善子「だってそうでしょ! aqoursとしての、私達との1年間が消えたってことは、私達の知ってるずら丸が死んだようなもんじゃないの!」

どうやらもう涙は流し切ったのか、代わりにふつふつと怒りが沸き上がってきたらしい

何かやらかしたりしないか……と心配になってくる

花丸祖父「うむ、マルは幸せ者じゃのう。こんなにも大切に想ってくれる友人達と巡り会えて」

千歌「はい。そういうものなんですよ、スクールアイドルって」

みんなで切磋琢磨して、嬉しいことも悔しいことも互いに経験して向き合って

あらゆる経験が個人の成長とメンバー間の絆を深めていくものなのだ

花丸祖父「みたいじゃな。マルもよく話してくれるからのう」

なんだかんだで私だって、月ちゃんや家族へ花丸ちゃんのことだって少しは話していたんだし、彼女もたまには私のことを話したりしたのだろうか?

花丸祖父「さてと、マルがどうしてあんな状態になったのか。ワシから伝えねばならんのう」
94 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:55:23.85 ID:xnInN/pyO
私達5人はテーブルに向かい合う形で椅子に座った

「少し長くなる」と告げられたので、全員が自販機で飲み物を買った上で、である

善子「んで、ずら丸はどうして記憶を無くしたの? しかもaqoursのこと『だけ』なんて」

花丸祖父「うむ、我が寺に封印されし数多の呪いの書が1冊、『忘却の書』によるものじゃ」

花丸ちゃんのおじいちゃんが口にしたのは、普段なら善子ちゃんが大喜びしそうなオカルティックなアイテムの名前だった

善子「『忘却の書』?」

梨子「なんかそのまんまな名前ですね」

未だに「悪い冗談の類だ」と信じたい思いがあるけれど、それが「真実だ」と仮定して話へ耳を傾ける

花丸祖父「うむ、本来の名は『ヨルダとジェレミアの理想の新婚生活』なる古代ローマの小説なんじゃが」

梨子「恋愛小説!? なんでそんな幸せそうなタイトルの本が呪いの書に?」

花丸祖父「嫉妬心、じゃよ」

梨子「嫉妬心?」

私は漠然とではあるが、そのお話がどんな内容であるか、またどんな人がどんな想いを込めて綴ったものなのか想像がついていた

花丸祖父「今は関係ないことじゃ」
95 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:56:16.77 ID:xnInN/pyO
曜「どう思う? この話」

梨子「嘘か真かってこと?」

曜「うん」

千歌「曜ちゃん、まさかこれがドッキリだとでも?」

曜「いや、そこまでは思わないけど」

だとしたらあまりにもタチが悪いが、事態が事態なのでいっそこの場にいる全員から「ドッキリでした〜!」と笑われる方がずっとマシだ

何より花丸ちゃんは悪戯っ子な一面があるものの、こんな誰かを傷付ける類の意地悪を何よりも嫌う娘なのは十分理解している

曜「3人とも信じられるの? こんなオカルト」

善子「信じたくはないけど……信じるより他ないじゃない。ずら丸が演技であんなドッキリ仕掛けられる訳ないでしょ」

「うんうん」と千歌ちゃんと梨子ちゃんが頷いた

彼女が他人想いな娘なのはみんなわかっている

善子「もし演技だっていうんなら、私が泣き出したら『ごめんね、冗談だから』って……絶対バツの悪そうな顔になるわよ」

曜「だよね、ごめん。変なこと言って」
96 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:57:13.96 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「曜くんの気持ちもわかるぞ。でも、これは事実なのじゃ」

何にせよ3人とも気が滅入っている以上、一番冷静な状態の私がしっかりしなくちゃ!

曜「その『忘却の書』は封印されていた……ということは誰かが盗み出したんですか?」

花丸祖父「うむ。我が寺に張ってあった『悪鬼払いの結界』を解いた上でのう」

またしてもオカルトな単語が出てきた

にしても近場にそんなスポットがあったなんて……やっぱり信じ難いなぁ

千歌「悪鬼? リトルデーモンのこと?」

善子「違うわよ、千歌。リトルデーモンはヨハネの友達、悪事は働かないのよ」

そもそも善子ちゃんが口にするリトルデーモンって、友達や親友のことを指す肯定的な呼称だしね

千歌「だよね。じゃあ何者?」
97 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:58:10.07 ID:xnInN/pyO
梨子「『他人の痛みが想像できない人』のこと、ですよね?」

梨子ちゃんが恐ろしいことを口に出した

花丸祖父「そうじゃ。君達も歴史の授業で習ったじゃろう? 魔女狩りやホロコーストといった、目を覆いたくなるような悪行の数々を」

同じ人間をカテゴリー分けして、気に入らない人達を暴力的な手段で排除しようとする悪行を学んだ時は絶句するより他なかった

「どうしてこんな酷いことが平気でできるんだよ……」と

近年でも20人近い障害者を自分勝手な動機を掲げて殺害したり、少数民族が起こしたデモをドローンで爆撃したり……といった信じられないほど残虐な事件をニュースで知ることがある

それらもまた悪鬼が引き起こしたものなのだろうか?

花丸祖父「そういった行為を平気で実行したり、命令できるような者達なのじゃ」

千歌「ううっ……おっかないね、そういう人って」

梨子「本当にね。大丈夫、千歌ちゃん?」

吐き気を催し口元を押さえる千歌ちゃんの背中を、梨子ちゃんが優しく撫でた

千歌「……うん、大丈夫」
98 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:59:01.58 ID:xnInN/pyO
曜「それで、もし結界の中へその悪鬼かもしれない人が入ったら、どうなるんですか?」

花丸祖父「激しい頭痛やめまい、吐き気に襲われて『早くここから出たい』という思いで頭がいっぱいになるそうじゃ」

曜「うわっ、なかなかえげつないですね」

花丸祖父「もっとも、千年以上も前にご先祖様が編み出した秘術ゆえ、実際はどうなるかわからぬがのう」

千歌「千年前ねえ。花丸ちゃんちって、そんなに由緒あるお家だったんだね」

花丸祖父「更に言うなら書庫にはより強力な結界が張られており、最悪魂そのものが浄化されてしまう……という記述が遺されておる」

善子「それだけ悪用されたらヤバい本がいっぱいある、ってことね」

他人の記憶を消せる本だけでも相当恐ろしい逸品なのに、それと同等かより危険性の強い本がたくさんあるだなんてとんでもない話だった

梨子「何か企んだりしてないわよね? 犯人へ仕返ししてやるとか」

善子「……してなくはないわ。嫌になるわ、怒りに呑まれたら……ずら丸を襲った奴と同じになるってのに」

梨子「善子ちゃん……」

花丸ちゃんと誰よりも親しかった善子ちゃんの心は、激しい憎悪に囚われそうになっていた

元々気配りのできる優しい娘だからこそ、自分の中に生まれた負の感情を苦々しく感じているようで私まで胸が苦しくなる
99 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 04:59:53.69 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「善子くんの考えが正しい。憎しみはまた新たな憎しみを生むだけじゃ」

曜「そう、ですね」

おとぎ話でも「悪い鬼を倒すため、自らもまた鬼になる」ようなお話は枚挙に暇がない

人は昔から憎しみが連鎖することの恐ろしさをよく理解していたようだ

花丸祖父「かつて織田信長や太平洋戦争下の日本軍、更にはGHQの占領軍なんかも呪いの書を求めてきたが、先代達はそうした圧力をはねのけてきたのじゃ」

確かに力を欲する人達にとっては、敵対する者へ災いをもたらす品はなんであれ手にしたいところだろう

「忘却の書」1冊だけだとしても、使い方次第ではどれだけの悪事を成せるか見当がつかない

例えば千歌ちゃんから梨子ちゃんの記憶だけを消して……って何を考えているんだ、私は!

全部あんな悪い夢を見たせいだ、うん
100 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 05:00:38.94 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「そしてこれが、昨晩の出来事じゃ」

古びた肩掛けの鞄から取り出されたのはなんと──、

千歌「ってノーパソ!?」

梨子「意外と最新機器を使ってるんですね」

花丸祖父「そうじゃろ、未来じゃろう?」

善子「やれやれ。この祖父にして、あの孫娘ありって訳ね」

内心喜んでいるよね、このおじいちゃん

何せ若者から「お寺=古臭い場所」ってイメージを持たれていそうだし

というか、私だってそうです。すみません

花丸祖父「それでこのファイルが、防犯カメラに映っておった映像じゃ」

善子「……何度も来てたのに気付かなかったわ」

花丸祖父「そりゃ像の中へ仕込んでおるからのう」

私も知りませんでした

まるでどこぞの秘密結社のアジトのようだよね?
101 : ◆EU9aNh.N46 :2019/04/05(金) 05:01:37.95 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「あと最近は遠隔操作のドローンで盗まれないよう、電磁波でジャミングする装置も敷設する予定だったんじゃがのう」

千歌「うわぁ、最近のお寺ってハイテク機器満載なんだねぇ」

善子「魔術と科学の併用……人工の結界ってヤツね」

本当にそういうの好きだよね、禁書とか絶チ○とか

梨子「良心を持たない人には結界の力が働いても、心そのものが無いドローンには効きませんものね」

花丸祖父「そういうことじゃ」

ノーパソの画面上には、フードが付いた黒いローブで顔を隠した何者かが、針金で南京錠を解錠する様子が映し出されていた

善子「Xlll機関か、はたまたメカ○シ団か」

曜「いやいや」

花丸祖父「赤外線センサーくらい取り付けておくべきじゃったのう」
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