男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 22:57:37.76 ID:xzpENjoO0
紺之介「ふむ……俺ほどではないが、中々の刀蔵だな」

庄司「ほう? それほどまでとは某も貴方の収蔵刀に興味がありますな」

紺之介「俺も見せたいのは山々だが何しろそれらは今都にて留守番を任せていてだな……なんなら時間はかかるが俺の家までくるか?」

完全に刀談義に華を咲かせている彼らに呆気に取られた愛栗子は一人紺之介の隣を立ち彼の袖を軽く引いた。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 22:58:38.18 ID:xzpENjoO0
愛栗子「紺、しばしわらわは花を摘んでまいる。そこの……庄司と言ったか? 口頭でよい、場所を教えてくれ」

庄司「あ、はい。そこの廊下を行って突き当たりの右です」

愛栗子「礼を言う。ではの〜」

紺之介(刀の癖に排泄を行うのか?)

紺之介は愛栗子がぺたぺたと廊下へ出て行く音を聞きながら一人不思議がっていると次第に自らが何かを忘却しかけていることに気がついた。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:00:21.32 ID:xzpENjoO0
紺之介「そうだ庄司。幼刀の話だが……」

そう口を開けた瞬間廊下の方向で只ならぬ物音が響き渡った。

紺之介「何事だ!」

庄司「あーあー……派手に暴れてくれる」

紺之介「は」

庄司は深くため息を吐くと掛け軸裏から紅色の鞘を取り出し

庄司「納刀」

と呟いた。
すると瞬時に鞘口に光が集まりそれは形となってやがて柄と鍔として固まった。その様子に全てを悟った紺之介も見よう見真似で碧色の鞘を握り「納刀」と口にする。すると幼刀愛栗子-ありす-は再び刀の光となりてそこに納刀された。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:02:25.55 ID:xzpENjoO0
庄司「全く……幼刀愛栗子-ありす-に傷をつけたらどうするんだ。乱怒攻流たん」

庄司が抜刀した刀からは見慣れぬ形の紅の背嚢を背負った少女が姿を現した。それに合わせて愛栗子の安否を確認するために紺之介も再び抜刀する。

紺之介「愛栗子、傷はないか」

愛栗子「まあの。簡単に斬られるほどわらわも貧弱ではない。……にしても乱よ、とても親友の再開とは言えぬ挨拶じゃのう」

愛栗子に乱と呼ばれたその少女こそ大好木の創り出した第二の幼刀、乱怒攻流-らんどせる-である。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:04:16.18 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流「誰がいつどこであんたを親友だなんて言ったのよ! ……庄司、あたしにいい刀をくれるあんたには出来るだけ協力しようと思ってたけど……やっぱりコイツだけは無理! もうムカつくもん! 叩き折ってもいいわよね」

庄司「ダメだよ乱怒攻流たん。愛栗子たんも某の収蔵刀としてこの家に飾るんだから」

紺之介「たん……? 何だか知らんがそれは無理な相談だな。何しろこいつはもう俺の刀だからな」

紺之介が愛栗子の前に出て刀を構える。その姿は都の時と同様に愛栗子の瞳にはまたも勇ましく映ったが、乱怒攻流はその彼の雄姿をみて鼻で嘲笑った。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:06:09.59 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流「あんた正気? 人間が幼刀に勝てるだなんて……本気で思ってるの?」

紺之介「俺としては正気を疑っているのはそちらの男の方だ」

紺之介の言葉に庄司は核心を突かれたかのようにハッと目を見開く。

紺之介「折角自らが所有している幼刀と今から手に入れようという幼刀を擦り合わせて削るなぞ俺にとっては言語道断だな」

庄司「っ……煩い! 乱怒攻流たん! やっちゃってくれ!」

乱怒攻流「はーい。まぁいいわ……そんなに死にたいなら愛栗子の前にあんたの背骨からへし折ってあげる」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:09:49.07 ID:xzpENjoO0
微笑を浮かべた乱怒攻流が背から明らかにその背嚢には収まらぬ長さの刀を二本取り出した。そしてその様子を目の当たりにした紺之介の軽い驚愕の表情が消えぬ内に一気に畳をけって距離を詰める。

乱怒攻流「ふんっ!」

紺之介「っ」

まず右の一撃を見切った紺之介は刀を中央から殆ど動かさずに若干の傾きでそれをいなすと本筋と見た左側の刀を打ち返すようにして弾く。

乱怒攻流「あっ」

その太刀打ち見事なり。あっという間に乱怒攻流から一本を無力化すると彼女に息を呑ます間にもう一本も素早くはたき落とす。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:12:43.31 ID:xzpENjoO0
両手が空いたことによりもうはや決着かと刃を突きつける体制に入ろうとした紺之介だがそこで乱怒攻流の余裕の表情が引っかかる。
『まだ何かある』と瞬時に判断し直した彼の判断はやはり正しく、乱怒背流の背嚢からは新たな刀が投げられるようにして振りかざされた。

間一髪それをかわした紺之介の横畳に深く刃が突き刺さる。しかしその常人の意表を突いた一撃は乱怒攻流が人間から距離を取るには十分な時間稼ぎとなった。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:14:20.66 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流「ふーん。なかなかやるじゃない」

そう言いながら彼女は背嚢から新たな二振りを取り出す。ここまで見れば最初は若干の驚きを見せた紺之介も流石にその可能性を認めざる得ないとした。

紺之介(こいつの刀……何本はたき落としても背から生えてきやがるな)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:15:38.39 ID:xzpENjoO0
しかしこの男やはり剣豪を自称するだけある。
乱怒攻流が彼の腕を見誤っている限り、これだけの手数不利さえもその気になれば瞬時に覆し乱怒攻流の首を跳ねることなど容易い。だが彼の目的はあくまでも保護であり破壊ではないこと。そのことがこの両者の実力を均衡とする枷となっていた。

乱怒攻流がそのことにいち早く気づき真髄を発揮するか、その前に紺之介が彼女をただの童女に変えてしまうか……この場でただ一人、愛栗子はこの勝負の肝を悟っていた。

愛栗子(まぁ、いよいよとなればわらわが手を貸すがの……あの男には死んでもろうては困る)
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:18:27.89 ID:xzpENjoO0
座敷の中では早くも二度目の衝突が繰り広げられていた。乱怒攻流の跳飛は二人の身長差を軽々と埋め、その中で上下段に行き来する怒涛なる剣先の軌道が多彩さ攻め手を生み出している。

その様相まさしく乱舞。さすがの紺之介も防戦一方となり攻めあぐねていた。

だがその嵐のような剣舞の中でも紺之介は含み笑いをこぼしていた。

64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:20:10.70 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流「随分と余裕そうな顔してるじゃない! それとも何? 自分の死を悟って笑うしかなくなっちゃったのかしら!」

紺之介「乱怒攻流……確か庄司はお前に刀をくれたと言っていたな」

乱怒攻流「! それが何」

不敵に笑う紺之介を前に彼女はもう一度距離を取った。彼が己の底を見定めたかと感づいたからである。

そう、彼女の背嚢から出る刀の数は無数ではあるが無限ではない。あくまでその中に事前にしまわれた本数しか扱うことができないのである。もし紺之介がその事実に気がついたのであれば如何に効率よく彼女の手から刀を奪うかの勝負となる。

ここまで負ける気など毛頭なかった乱怒攻流であったが、そのこめかみからは微量の冷や汗が溢れ始めた。察し始めたのである。目の前の男の圧倒的技量に。となれば見せるしかない……己の真の力を。

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:21:15.81 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流「庄司……アレ、使っていい?」

それまで二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた庄司がハッとして反応した。

庄司「だ、駄目だ乱怒攻流たん! ここでアレを使ったら部屋中がめちゃくちゃに……!」

乱怒攻流「でも多分……こいつアレ使わないと倒せない」

庄司「えぇ」

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:22:01.29 ID:xzpENjoO0
二人の会話に紺之介が割って入った。

紺之介「なんの話をしているのか知らんが乱怒攻流……俺はお前が欲しくなった。保護対象としてではない。俺のものになれ、乱怒攻流」

乱怒攻流「は……」

愛栗子「紺、それは聞き捨てならん台詞だの」

後ろでは愛栗子が不機嫌そうに腕を組み眉を顰めていたがそんなことはお構いなしに紺之介は続けざまに語った。

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:24:52.18 ID:xzpENjoO0
紺之介「お前がその姿で旅について来てくれるならば刀収集を趣味とする者としてこれ以上はない! その不可解な造りの背嚢があれば旅路にて見つけた素晴らしき刀を見限りをつけず購入、持ち運びすることができる!!!」

いつになく静けさを消し興奮して語る紺之介だったが結局のところ幼刀たちには理解が追いつかず一人は困惑の表情を浮かべもう一人は苛立ちそっぽを向いた。

だがそれは意外にも今まで口数の少なかった庄司の心にだけ業火の炎を灯した。

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:26:25.52 ID:xzpENjoO0
庄司「っ!!!乱怒攻流たんは某の幼刀! 同士として紺之介殿には絶対に譲れんッ! 幼刀 乱怒攻流 -らんどせる- ! その者を八つ裂きにしろォ!」

乱怒攻流「よく分かんないけど……本気出していいってことね」

庄司の許可を得た乱怒攻流は両手の二刀をその場に捨てると背嚢から刀でも鞘でもない、いくつかの穴が開けられた棒を取り出してその先端を咥えこんだ。

紺之介(なんだ……あれは……)
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:28:05.53 ID:xzpENjoO0

もう一度両者互いに身構えた静寂の中に、甲高い旋律の音色が響く。

紺之介(縦笛?)

愛栗子「紺! ボサッとするでない!」

愛栗子の声に反応して横に跳んだ紺之介の背後から全くの平行軌道で刀が横切る。その柄は誰にも握られていなかったが明らかにして何者かが投げた軌道ではない。

紺之介が刀の軌道先を目で追っていくとそこには信じられない光景が広がっていた。

紺之介(刀が……浮いている!?)
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:29:20.75 ID:xzpENjoO0

縦笛を吹く乱怒攻流の周りをいくつもの刀が魚のように宙を泳いでいる。瞬時に周りを見渡したが先ほどまで畳に突き刺さっていた何本かも完全に姿を消している。恐らく宙を泳ぐが内のその一本一本がそれらなのだろう。

紺之介「面白い。その笛の音色もさることながらまるで美刀の展覧会ではないか」

乱怒攻流(まだ笑えるのね。ならその減らず口にぶっ刺してあげる!!!!)

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:31:24.93 ID:xzpENjoO0
紺之介が駆け出したことによりついに二人の最後の攻防が幕を開けた。宙を舞い的確に紺之介を狙う刀に対して彼は出来るだけ低い姿勢を保ったまま接近し、襲い来る刀を間合いぎりぎりまで引きつけてかわす。

再び畳を裂いた刀を今度は紺之介が抜いて振り上げた。また一刀、また一刀と宙を舞う刀がはたき落とされていく。

乱怒攻流(あ゛ーもう!)

徐々に距離を詰めた紺之介の刃はついに乱怒攻流に届く間合いを捉えた。接近した低い姿勢のまま身長差のある彼女にも確実に届く超低空の下段払いが乱怒攻流の足首を打った……かに思われたが。

乱怒攻流(ばーかっ!)

跳飛を取り入れた剣術を操る乱怒攻流にとって瞬時にそれをかわすなど容易いことであった。再び浮かせた拾い刀の雨が天井で紺之介の背に狙いを定めた瞬間だった。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:33:28.74 ID:xzpENjoO0
乱怒攻流(えっ)

浮いた足首を紺之介が素早く掴み取った。そのことによって姿勢を後ろに崩しかけた乱怒攻流の背を、刀を捨てた彼の手が支えた。

紺之介「おっ、と」

その場で乱怒攻流を抱きしめた紺之介の背に天井に浮いたまま行き場を失った刀共が襲い来るもそれらは二人の上に展開された見えない壁に遮られるようにして全て弾き飛ばされた。

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:34:28.13 ID:xzpENjoO0
焦った庄司が鞘を握りて何度も「納刀」と叫んだがその言葉は乱怒攻流の身体に届かず無意味に座敷に響くだけとなった。

紺之介「どうやら、所有権が移ったようだな」

乱怒攻流「あ、ぁ……ちょっとぉ!」

乱怒攻流に両手で突き飛ばされた紺之介だったが彼はそのまま庄司の方を向いて高らかに宣言した。

紺之介「俺の勝ちだな。この刀もその鞘も、この剣豪紺之介が貰い受ける」

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:35:31.25 ID:xzpENjoO0

…………………………

庄司の家を後にした紺之介は興味本意に乱怒攻流の背嚢をいじり倒していた。

乱怒攻流「ちょっと! 将軍様に貰ったあたしの大切な鞄にベタベタ触らないでよ!」

紺之介「中は深い井戸のような暗闇だな。これを取り外すことはできないのか?」

乱怒攻流「これを自由に出現させられるのはあたしだけよ」

その様子をまだ不機嫌そうな顔つきで見ていた愛栗子は紺之介の興味を乱怒攻流から遠ざけるためか自らの口でその詳細を語った。

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:36:59.12 ID:xzpENjoO0
愛栗子「それはそやつの『刀』じゃ。幼刀はみなその名を授かるにあたった力を持っておる。先ほどの縦笛も乱の『刀』の一つじゃな。一つだけの奴もおれば複数持っておる者もおる」

紺之介「お前も持っているのか」

愛栗子「まぁそうじゃの。見てみたいか?」

紺之介「興味はあるが……お前は暫く納刀だ。連れて歩くのはそこの赤背嚢だけで十分だ」

乱怒攻流「は? 言っとくけどあたしはまだあんたに付いて行くだなんて一言も言ってないか!」

紺之介「あ、おい!」

乱怒攻流「悔しかったらまた捕まえてみなさい!」

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:39:27.79 ID:xzpENjoO0
颯爽と逃走を図る乱怒攻流の後ろ姿にため息を吐きながら彼女の鞘を握った紺之介であったが彼が『納刀』と口に出す前に何処からか飛んできた謎の黒紐が乱怒攻流の身体を巻くように絡みつき彼女を往来に転かした。

乱怒攻流「ふぎゃっ」

紺之介「なっ……」

愛栗子「どうやら乱を縛って歩く係が必要なようじゃの」

黒紐の出所を目で探るとそこには黒い手拭いを頭から外した愛栗子が得意げに構えていた。

紺之介「そうか。なら頼んだ」

乱怒攻流「ちょっとぉ! 愛栗子……! これ、外しなさいよぉ!」

続いて三人は幼刀透水-すくみず-の在り処を求めて港を目指す。

少しだけ愉快になった幼刀保護の旅は、まだ始まったばかり。


77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/10(日) 23:41:05.96 ID:xzpENjoO0
続く
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/10(日) 23:46:44.15 ID:0ze3Yn4oO
おつおつ。シリアスな笑いが……w
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/10(日) 23:48:55.18 ID:JZPA7X0f0
ふざけた設定なのに何故か読み居ってしまう
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/11(月) 02:10:54.97 ID:MdgA9mR40
乙!
このノリ良いね!
81 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/03/13(水) 18:08:04.23 ID:BBwPih0C0




幼刀 透水 -すくみず-



82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:09:26.37 ID:BBwPih0C0
潮風に撫ぜられる港町 導路港-どうじょこう-
その名の通り海に浮かぶ数多の船に人々を乗せ航路へと導いてきた国の扉である。

南蛮の民との貿易航としても頻繁に機能するこの町はこの国で最も世界に近しいとも語られていた。

海と空、二つの青混じり合う空を滑空するかもめたちの鳴き声に連れられ、紺之介たちも無事この港に到着していたのであった。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:10:13.65 ID:BBwPih0C0
紺之介「ほう。この刀なかなかだな……欲しい」

しかしこの男、まともな散策もなしに情報収集建前刀屋に寄り道をかましていた。店内数多の鋼の煌めきがそのまま彼の瞳孔を輝かせる。
実力、嗜好。二つ合わせて剣豪語る紺之介、呆れ返る幼刀二人をよそに気前良さげな店員に刀の値を聞く。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:11:32.81 ID:BBwPih0C0
刀屋店長「あんさんそれに目をつけるとはお目が高い……なんと今なら八十両!! ここで買わねばいつ買うんだい」

因みにここの店主南蛮の民にも数多の刀を売りつけた百戦錬磨の商い匠である。

紺之介「ヒヒヒッ、口の上手い男よ。いいだろう……買っ「あほう」

その商談、あまりにも円滑。さすがの紺之介も有り金の殆どを叩いてまで刀の購入を試みるなぞありえんと高を括っていた愛栗子だったが彼の刀狂いは彼女の範疇をそれはそれは大きく超えていた。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:12:12.54 ID:BBwPih0C0
しかしこの男、彼女に背を殴られてもなお己の愚行を疑わない。

紺之介「何だいきなり。まさか同じ刀として売り物に嫉妬を抱いたのではあるまいな」

愛栗子「なわけなかろうが。なぜわらわが只の鋼板に嫉妬せねばならんのじゃ」

乱怒攻流「……愛栗子、こいつって馬鹿なの?」

夜如月からここまでの道のりで薄々気が付いていた乱怒攻流……ここに確信を果たす。

86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:12:52.43 ID:BBwPih0C0

紺之介「九十二両一分三朱だ。あと銅貨か何文か〜……」

愛栗子「なぜわらわを茶屋に連れてくのを渋りその刀に金が出せるのじゃ!」

愛栗子ついぞ声を荒げる。だがそこに刀屋店長ここぞとばかりに紺之介の肩を持つ。

刀屋店長「あらあらお嬢ちゃん店内ではお静かに。刀の良さがわからねぇ娘はこれだからいけねぇ」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:13:45.56 ID:BBwPih0C0
紺之介「まぁそう吠えるな。いざとなれば乱の背負った庄司の刀がある」

乱怒攻流「ちょっと何あたしの刀売ろうとしてんのよっ! っていうかあたしが振ってるのはそんな安物よりよっぽど高いんだけど!」

紺之介「なるほどそれはいいことを聞いた」

紺之介の口元が緩んだのを見て乱怒攻流思わずまたも駆け出したい衝動に駆られる。震える肩ぐっと堪え背嚢を守るようにして手を後ろに隠す。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:14:45.36 ID:BBwPih0C0
乱怒攻流「いや……おかしいでしょ。何あんた実はいい刀の価値もよく分かってないの……?」

紺之介「千両刀ともなればさすがに共通認識にもなりえるが、刀に対して真眼を持つ剣豪たる俺の眼は他の凡人とは異なるのでな……例え庄司が良しとした刀全てを俺も肯定するとは限らんのだ」

乱怒攻流「呆れた。もうあたし付いていかないから」

紺之介「……しかたあるまい。ならば今だけは価値観を揃えてやるとするか。店主、この店で一番の刀をくれ。俺が気に入ればそれを買うこととする」

乱怒攻流「いやそういうことじゃないんだけど!」

内暖簾手前で突っ込みを入れる乱怒攻流と延々と茶屋を強請り続ける愛栗子をそっちのけに男二人はまた商談に入った。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:16:07.34 ID:BBwPih0C0
刀屋店長「一番の刀ですかい……実は昨日入ったばかりの曰く付きがあるんですけどねぇ」

店主の男は一人奥へと入っていくと一分程後に両手に抱えた四尺程の木箱を紺之介の前に出して見せた。その中開けて覗き込むとそこには鞘のない生身の太刀が一振り……そして紺之介の刀狂心に稲妻駆け巡る。

紺之介(これは……!)

初めて愛栗子の鞘を見た時程ではないがそれに近しい衝撃が彼の中で木霊していた。殆ど理性無くして思わずそれを口に出す。

紺之介「欲しい」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:16:51.30 ID:BBwPih0C0
刀屋店長「いやぁやっぱり分かりますかい? これですねぇ……実は妖の宿る刀らしいんですわ」

紺之介「ふむ、妖刀ということか」

幼刀とはまた違う興味に煽られた紺之介が詳細に耳を傾ける。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:18:16.59 ID:BBwPih0C0

刀屋店長「昨晩店仕舞いしようって時間にここいらを張る海賊共の船長が来店したんでさぁ」

紺之介(海賊……? なるほど有名な貿易港だからな。そういう輩も湧くわけか)

刀屋店長「もう何事かと叫ぶ準備に息を深く吸ったところでその男の只ならぬ雰囲気に気がついたんでさぁ……そして箱ごと差し出されたのがこれ。なんでも魚の水揚げをしていたら引っかかったんだと」
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:20:08.83 ID:BBwPih0C0
そこから刀屋の店主は露骨に声を潜めて手のひらを口の横に立てて話し始めた。

刀屋店長「でよ? なんでもこの刀の柄を握ったやつは死の呪いにかかるんだと。その海賊の船長もいつもは威張り散らかしたロクでもねぇやつなんだがそのときばかりは浮かねぇ顔をしてたもんで話を聞いたらこれを握った仲間の一人がポックリあの世に逝っちまったんだとよ」

刀屋店長「んでまぁ綺麗な刀だがもう船に置いとくには気味が悪いってんでウチに売りつけてきたんでさぁ。最初は迷いもしたんですがぁね……こんないいモンを百両ポッキリで売ってくれるってんで、店に飾っておくことにしたんですよ。勿論柄には怖くて触れませんがね……ヘヘッ」

軽く戯け笑いを浮かべ店主は続けた。

刀屋店長「でもまぁ、あんさんがどうしてもと言うなら二千両でどうだい」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:21:17.60 ID:BBwPih0C0

紺之介「二千両か……」

格好つけて顎に手を添える紺之介だったが当然この男にそこまでの即金が用意できるわけもなく

紺之介「これ程の刀……二度も三度も出会える気はしないが仕方ない。今回は先を見送るとするか」

二十秒ほど考える素ぶり見せども当然のごとくそれを諦めた……ところだった。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:21:46.26 ID:BBwPih0C0
愛栗子「紺、これは幼刀じゃぞ」

紺之介「は……?」

彼の隣から木箱を覗き込んだ愛栗子が耳を疑う発言を口にした。

乱怒攻流「そ、そうね……まさかこんなところにあるだなんて……」

紺之介が一度疑った己の耳に追い打ちをかけるように乱怒攻流がそうこぼした。

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:22:27.85 ID:BBwPih0C0
…………

愛栗子「む、よい塩大福じゃの。程よい塩味があんの甘味を引き立てておる」

港茶屋の老婆「ここは新鮮で質のいい塩を使っていてねぇ……」

幼刀と判明したところで一度市場に出てしまったものは金がなければ始まらんというのが世の常なり。
結局三人は刀屋を後にして茶屋へと撤退し一度相談に入った。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:23:04.49 ID:BBwPih0C0
乱怒攻流「なんで引き返しちゃったのよ。あたしたちがあれを幼刀だっていってるんだから手紙でも小切手でも使って依頼主に請求してやったらよかったじゃない。お偉いさんなんでしょ?」

紺之介「それも考えたが……通らぬ可能性がある」

乱怒攻流「なんでよ」

紺之介「鞘がなかったからだ。大金を巻き上げといて半端ものを送ってみろ……例え残りの幼刀全てを差し出したとて許しを得れるかは紙一重だ」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:23:52.75 ID:BBwPih0C0

乱怒攻流「それで許してもらえるなら別にいいじゃない」

まだ何処が問題なのかを分かりきっていない乱怒攻流に紺之介が目を燃やして答えた。

紺之介「そうなればお前らの委託……いや譲渡も通らなくなる。それだけは許容できぬ」

愛栗子「ふふ、それでこそわらわの認めた男じゃ」

「天晴れ」と扇子を広げ陽気に笑う愛栗子と謎の野望を語る紺之介の二人に挟まれて淀んだ息苦しさに包まれた乱怒攻流であったが二人が己の思考では測りしれぬ輩だと割り切ると呆れながらにして本題に入った。

乱怒攻流「で、どうするのよ」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:24:45.13 ID:BBwPih0C0

紺之介「どうもこうも……用意するしかないだろう。二千両」

紺之介は決意固くして塩大福を口に入れ茶を押し込むように流し込んだ。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:25:33.23 ID:BBwPih0C0
乱怒攻流「はぁ? あんたそんな簡単に言うけどねぇ」

愛栗子「なんじゃ刀を担保に両替商に一時的に借り入れでもするのかの?」

乱怒攻流「ちょっ……! あたしの刀は貸さないわよ!?」

愛栗子「おぬしの鈍じゃと……? あほう。即日二千両借り入れるならぬし自身を刀身にして差し出すくらいでないとの」

乱怒攻流「ばーかっ、なーんであたしが担保にならなきゃならないのよ! あんたが担保になりなさいよ! 刀になっても綺麗なんでしょ? あんたなら一万両は引き出せるんじゃないの〜??」

ものの数秒で二人の皮肉のつねり合いは激化し、やがてそれが物理的になりて茶屋の他客の視線が紺之介に痛くささり始めた。

一分間の激闘の末、茶屋の老婆の咳払いが二人の動きを静寂へと導いた。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:26:45.01 ID:BBwPih0C0
紺之介「はぁ、心配するな。そのようなことは元からする気もなければ、幼刀を差し出して幼刀を手にしたところでそれは問題を先延ばしにしたにすぎんだろう」

紺之介「それにこの俺が故意に万が一にでもお前らを一時手放すと思うか?」

愛栗子「ふふ、ありえぬの」

紺之介の両手を頭に置かれた内の一人が嬉々とした表情でそれを否定した。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:27:29.75 ID:BBwPih0C0
紺之介「算段ならある」

しかしながらこの男、世に生を受けてやってきたことと言えば剣術と刀弄り以外に何もなし。そうして効率よく稼ぐノウハウなぞあるはずもなく、彼の知る内で彼に出来る大金稼ぎの方法と言えば……

紺之介「護衛業だ」

これしかなし。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:28:46.95 ID:BBwPih0C0
まだ不安気な顔色が取れない乱怒攻流を見て紺之介は補足を付け加えた。

紺之介「ここは国の扉とも言われている。物を運ぶ者おれば貴族の姫君すら移動手段としてここを用いることが多い。それが災してか海賊供も群がるそうだ」

紺之介「ここを拠点にそんな客層を狙って雇ってもらう。俺の腕が足らんということはないだろう」

愛栗子「なるほど考えたのぅ!」

紺之介「そうと決まれば客探しだ。行くぞ」

席を立ち料金を払って意気揚々と茶屋を後にする紺之介と愛栗子の後ろ姿を見た乱怒攻流だったが……

乱怒攻流(一体どれほどこの地に止まるつもりなのかしら……)

その顔から不安の顔色が引くことはなかった。

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:29:31.24 ID:BBwPih0C0

…………

紺之介「待たれよ、そこの姫君」

しかしながら紺之介の目の付け所自体は悪くはなく、三人は早速明日の船に乗る予定だと言う華蓮と呼ばれた姫の一行をつかまえた。

華蓮「はい?」

付き人「何者だ貴様」

少女との間に割って入った付き人に臆することなく紺之介は自己紹介に入った。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:30:24.30 ID:BBwPih0C0
紺之介「俺は紺之介と申す。剣豪をやっている護衛業の者だ」

乱怒攻流(剣豪をやっているって剣豪が職業みたいになってるじゃない……)

紺之介の胡散臭さ漂う自己紹介に付き人早くも警戒心を強めるもそれでも臆することなく紺之介は話を通し続ける。

紺之介「そこで貴女らの明日の予定の立ち話を耳にしてな。そこの島へ渡るとこまででいい。俺を雇ってみないか?」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:31:05.80 ID:BBwPih0C0
付き人「……結構だ。姫様の護衛役は私一人で間に合っている」

紺之介の船上護衛計画、あっさりと轟沈す。

乱怒攻流(これは駄目そうね)

乱怒攻流が首を振り、付き人が華蓮の手を引いてその場を後にしようとしたときだった。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:32:22.72 ID:BBwPih0C0
華蓮「つきひと、もしかしたらこの方はとても頼れる方かもしれませんよ? ほら見てください。……紺之介さま? そこのお綺麗な方も貴方が護衛なさっているお方なんですか?」

華蓮が立ち止まって愛栗子に興味をしめした。見た目からして彼女らは年齢も近く、そして何より愛栗子の美が少女の目を引き寄せたのだ。

紺之介この機を逃す手は無し。早速先ほどまで扇子を仰いでいただけの愛栗子に話を合わせるよう仕向ける。

紺之介「あぁそうだ。こいつ……いやこの方も俺の腕を買ってくれた姫君の一人よ」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:33:33.93 ID:BBwPih0C0

華蓮「まぁ! やはりそうでしたのね! ご無礼ですが何処の方か聞いても……?」

少女に月一と呼ばれた護衛の目は明らかにまだ彼らを疑っていたが、そんなのはお構いなしに彼らは小声で会話を交わす。

紺之介「愛栗子、姫名だ」

愛栗子「おお! ふふん。何にするかのぅ〜」

紺之介「早くしろ」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:34:27.89 ID:BBwPih0C0

愛栗子「むぅ……いざ聞かれると迷うてしまうのう。何しろわらわの名は完成されておる故、よくよく考えてみれば今さら偽名なぞ名乗る気にもなれぬのじゃ」

乱怒攻流「なんでもいいから早くしなさいよっ!」

華蓮「……どうかなされましたか?」

月一「姫様、やはりこの者たちは……」

月一が見限りを付ける既の所でようやく愛栗子は己の名乗りを入れた。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:35:34.09 ID:BBwPih0C0

愛栗子「わらわは愛栗子。鏡ノ国 -きょうのくに- の愛栗子じゃ」

華蓮「京の国! 西の都のお姫様でしたのね! どおりで……つきひと! やはりこの紺之介さまは確かな腕を保証された方のようです! 頼んでみてはどうでしょうか」

月一「いやしかし」

華蓮「つきひと……もしものときの貴方ですが私はもしものときがあったとしても貴方には傷ついて欲しくないのです。小判はいくつもあっても、つきひとは一人だけなのですから」

月一「はあ……では紺之介殿とやら、商談に移るか」
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:36:20.61 ID:BBwPih0C0

首の皮一枚で繋がった雇い依頼に紺之介一行の間では静かな歓喜の波が渦巻いていた。
紺之介の剣豪を自称するに足る確かな風格と愛栗子の放つ圧倒的な美がこの時ばかりは乱怒攻流の目にも輝いて見えた。



月一「……では、一両でよいか」

華蓮「つきひと! 短い間とはいえ私たちの命を護ってくれる方なのですよ? けちけちしてはいけません。五両は出さなければ!」

紺之介らはその二人の会話を聞いて急激に現実へと戻される。この契約、距離と日数に対して破格の羽振り依頼であることは三人とも重々承知である。
しかし彼らの目標金額から見ればそれは限りなく微量に等しく、そうして最初こそこの微量の積み重ねを覚悟していた彼らであったが、契約にこぎつけるにあたって予想以上に労力を割いてしまったためそのことを忘れていたのだ。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:36:55.76 ID:BBwPih0C0
月一「……では、五両出そう。明日の早朝、港口まで来てくれ。宜しく頼む」

差し出された月一の手を握った紺之介の表情が何とも表現し難い顔つきであったため、一瞬不思議がった月一だったがとりあえずは商談を成立させ彼らはそれぞれの宿の方向へと別れたのであった。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:38:09.25 ID:BBwPih0C0
…………

愛栗子「むぅ……ここの宿、隙間から潮風が入ってくるのぅ。折角銭湯にて温めた肌が湯冷めしてしまうではないか」

乱怒攻流「というかせっま! 信じられないんだけど!」

紺之介「なんなら今晩は刀に戻っておくか?」

愛栗子「さすがにそうさせてもらうとするかの。ぬしはまだ寝ぬのか? 明日は早いのであろう?」

紺之介「いや、少し気にかかることがあってな」

一先ず明日に備え格安の宿で休息を取ることとした紺之介であったが、彼は考え込んでいた。やっと己の発想が途方も無いことを痛感したのである。
そうなれば如何にしてあの幼刀透水-すくみず-本体を手繰り寄せるかであるが、その方法を模索する内に根本的な疑念が彼の脳内に浮上する。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:39:20.08 ID:BBwPih0C0
紺之介「寝る前に一つ教えて貰いたいことがあるのだが、透水というのはそこまで野蛮な娘だったのか?」

愛栗子「わらわはそうは思わんかったがの。奴は風呂でも泳ぐような水好きでの。放っておけばずっと湯に浸かっておるような奴じゃった」

愛栗子「奴の希望で皆で浜に出かけることもあったの。海なぞ砂つぶが足に纏わりつくだけでも不快じゃというのに、何がそんなによかったのかのぅ」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:40:04.15 ID:BBwPih0C0
愛栗子「まぁというわけで性格だけの話ならそこの背嚢の方がよほど尖っておったと思うがの」

乱怒攻流「なんですってぇ……!」

またも小競り合いが勃発しかけた二人の間に入りて紺之介が愛栗子を促す。

紺之介「御託はいい。続けてくれ」

愛栗子「別に奴の性格に関してはこれ以上語ることもないのじゃがの。一体どうしたというのじゃ」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:40:52.86 ID:BBwPih0C0

愛栗子の疑問に紺之介は己の胸の内の蟠りを打ち明ける形で答えた。

紺之介「アレを売りに来た船長とやらは仲間が刀の呪いに殺されたと語っていたらしいが、あれが幼刀透水だと仮定してそうなると露離魂を持った一味の誰かが透水を解放し、その状態の彼女に持ち主と船長以外の誰かが殺されたということになる」

紺之介は己の憶測をさらに洗礼し、確かな推測へと近づけていく。

紺之介「いや、もし船長以外の誰かが持ち主なら船長に透水を任せて刀屋に行かせるか? 本当に気味が悪くなるほど命が惜しかったならば、一人では行かせないにしろどう考えても危害を加えることのできない幼刀所有者は連れて行くべきだ。船長が所有者だったと見ても過言ではないだろう」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:42:05.64 ID:BBwPih0C0
紺之介(まだ何かを見落としている気がする)

打ち明けても尚蟠りが晴れない紺之介は店主との会話をもう一度最初から、鮮明に思い出していく。

そうして、遂にその蟠りの正体にたどり着く。

紺之介(っ……!)


『なんでもこの刀の柄を握ったやつは死の呪いにかかるんだと』


紺之介(矛盾している……!? あれが幼刀ならば柄を握れば逆に殺されないはず。ならなぜ船長は店主にそんな嘘を……?)

紺之介(売りながらにして所有権を譲りたくなかったと考えれば道理はつくが、となれば次はその理由が分からない。伝説の幼刀をたった百両で売り払ったんだぞ? 船長は幼刀を手放したかったのではなかったのか?)

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:44:04.37 ID:BBwPih0C0
紺之介本人もう少しで全てが明らかになる気がしながら疑問が疑問を呼び唸りを重ねるばかりであった。
そんな彼を見ていて不憫と思ったのか乱怒攻流はあらぬ方向で話を完結させようとした。

乱怒攻流「なんだか知らないけどさ〜? あたしら刀になってからもう何年も経ってるんだし、実際に生きてたころとは性格が違ってる子がいたっておかしくないと思わない?」

乱怒攻流「あんたらが旅に出た理由の児子炉だってそう。愛栗子は知ってるだろうけど、あの子生きてたころはただただ将軍様にベタベタしてただけの将軍様大好きっ子だったのよ?」

乱怒攻流「そんな子が今やあたしらを破壊しようとしてるんだから……透水が海好きを拗らせて一人海賊やってたって何もおかしくないでしょ」

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:44:40.09 ID:BBwPih0C0
紺之介「待て、そう決めつけるのはまだ……」

紺之介の考察脳を愛栗子の大欠伸が遮った。彼が愛栗子の方に目を向けてみると彼女もまた彼のそれを「憶測に過ぎんかもしれぬ」と両手を挙げた。

愛栗子「それもそうじゃの。しかし護衛業で稼ぎ続けるというのも難じゃしの……なんなら本当にわらわで金を借り入れてみるかえ?」


119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:45:16.65 ID:BBwPih0C0
乱怒攻流「ふーん。あんたにしては珍しく面白い冗談じゃない。そんなこと言うなんて、もう頭は寝てるんじゃない?」

愛栗子「そうかもしれぬの。しかし我ながら画期的な考えじゃぞ? 鞘は渡さずに刀身だけを預けるのじゃ。柄は触らせぬように箱にでも入れての……で、金を受け取った後に離れた紺が納刀するのじゃ」

乱怒攻流「ふふふ、何それ。お主も悪よのぅ」

愛栗子「ふふっ、これで億万長者も夢ではないのう」

紺之介(……それか!)

愛栗子「およ? 紺! どこへ行くのじゃ!」



120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:45:50.97 ID:BBwPih0C0
二人して悪代官芝居をうつ彼女らを見た紺之介は宿を飛び出してすっかり日の沈みきった往来を刀屋を目指して駆け抜けた。

紺之介(どうせ後から手元に幼刀が戻ってくるなら百両だって十分すぎるほど一攫千金だ! そういうことか!)

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:46:21.33 ID:BBwPih0C0
汗水を垂らしながら潜り抜けた暖簾の先には困り果てた表情で店内を走り回る店主の姿があった。

刀屋店長「ない! ない! ない! あれ……あんさんは確か昼間の……」

紺之介「例の呪いの刀がなくなったんだろう」

刀屋店長「何故そのことを……」

紺之介「俺には心当たりがある。だがこの推測した在りかを教える前に条件を呑んでくれ」

刀屋店長「はあ……」

何が何だかといった様子の店主に一方的に押し付けるようにして紺之介は条件を提示した。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:46:54.09 ID:BBwPih0C0
紺之介「もしも俺がその呪いの刀を持ってきた暁には俺にその刀を譲渡しろ。代わりにあんたには損失分の百両を渡す。これでいいな?」

まだ状況の全てが呑み込み切れていなかった店主であったが、出してしまった百両分の損失が帰ってくるという部分だけを商人耳で拾い何度も頷いた。

紺之介「ふん。この剣豪紺之介に任せておけ」

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:47:48.16 ID:BBwPih0C0




帰宿した紺之介は彼の帰りを待って起きていた二人に己の出した答えと計画を全て伝えた。

紺之介「明日、華蓮と月一を送る過程で海賊を撃退し幼刀透水-すくみず-を奪還する」

乱怒攻流「でもそんな都合よく海賊があたしたちを襲ってきたりするのかしら」

紺之介「それについては完全な憶測な上に俺のような例外もあれど、全くあてがないわけでもない」



紺之介「奴は、露離魂だ」






124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:48:18.78 ID:BBwPih0C0
続く
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 19:13:02.59 ID:M0bdg0M5O
おつおつ。このシリアスじみた雰囲気、良いですな。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 19:19:33.87 ID:IMfu5cKHO
乙!
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/14(木) 12:43:09.90 ID:hbrxbygoO
これは「ゴクドーくん漫遊記」と同じパターンだw
128 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/03/25(月) 04:52:52.84 ID:sLYD87sq0
日の出と共に穏やかな波に揺れる和船。
華蓮に月一、そして愛栗子と乱怒攻流を乗せたこの船はまさしく華化粧が施されていると映った。

「漕ぎ手以外男なし……朝からいい船だなァオイ」

……双眼鏡を介した、ある者の目に。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:53:49.98 ID:sLYD87sq0

華蓮「愛栗子さまはいつもどのようなものをお口にされているのですか? 一体何を食べたらそのように美しく……」

愛栗子「そーじゃの〜……まぁわらわの美は生まれ持っての天の恵みじゃと思うておるが、強いて言うなら団子かの」

愛栗子「わらわはアレの張りのある弾力が好みなのじゃ。じゃから団子を好んで食べるのじゃがの、もしかしたらわらわのこの肌はその団子が生み出したものかもしれぬぞ」

愛栗子はそこまで言うと扇子を広げて高笑いして見せた。それは早朝の静寂な海にこれでもかと響き渡り水面に波紋を作る勢いであった。

華蓮にすっかりと持て囃されてご機嫌な愛栗子を乱怒攻流が縦笛でつつく。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:54:37.45 ID:sLYD87sq0
愛栗子「む、なんじゃ」

乱怒攻流「朝からうるさいのよ。頭に響くの」

愛栗子「なんじゃぬし、まだ夢うつつとな? それなら丁度よかったではないか。わらわの高貴なる声色で目を覚ますがよい」

乱怒攻流「どこまで呑気なのよ」
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:55:35.38 ID:sLYD87sq0
どこまでも転がり続ける勢いの高飛車相手にもはやため息すら肺を空けきった乱怒攻流だったが、まだ愛栗子の真髄知らぬ月一が彼女に口添えした。

月一「お言葉ですが愛栗子姫、そこの乱怒攻流嬢の言う通りでしょう。この辺りは警も中々取り締まれぬほどの賊の者らが横行しているだとかで、みずから位置のわれるような声は張らないでいただきたい」
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:56:16.93 ID:sLYD87sq0

愛栗子「別にそのような小物どもが何人束になってもわらわには関係のない話なのじゃがの〜」

『船周りの賊気にこれぽっちも興味なし』ということを示すかのように愛栗子は目を閉じたまま扇子を仰いだ。
そんな彼女の態度に少しばかり額にしわ寄せした月一、船の席を立ってもう一度口を開こうとしたところで乱怒攻流に袖を引かれる。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:57:32.50 ID:sLYD87sq0
月一「んぅ?」

袖を引いた乱怒攻流は手を顔前に立て三回ほど月一に振って見せた。
それを見た月一は愛栗子たる少女がどのような人物なのかということを半分ほど理解すると口先まで出ていた不満を一旦呑みこみ再び船に腰かけた。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:58:25.55 ID:sLYD87sq0
月一「はぁ……しかし、紺之介殿が別船で見回りをしているというのは果たして本当なのか? それらしき船は全く見えないが……」

改めて辺りを見回した月一は今一度疑いの表情を乱怒攻流に向ける。
その表情は彼女が最初に紺之介に向けていたものと全く同じ面であった。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:59:06.75 ID:sLYD87sq0
睨まれているとボロが出ると悟った乱怒攻流、とっさに愛栗子の方に顔を流して振る。

乱怒攻流「う、うん……まぁね〜……ね、愛栗子」

愛栗子「よいよい。今は全てあやつに任せておけばよいのじゃ」

一方愛栗子は変わらず堂々とした立ち振る舞い。これをまことの余裕と見極めた華蓮が月一をたしなめた。

華蓮「月一、無礼が過ぎます。紺之介さまは私たちのために何処かで睨みを利かせてくれているのですよ? それに京の姫の護衛を放って何処かへ行ってしまわれるだなんておなかがいくつあっても足りませんよ。そうは思いませんか?」

月一「それもそう……ですね」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:59:44.49 ID:sLYD87sq0
二人のやり取りを横目に乱怒攻流はひとまず胸を撫で下ろしていた。
実のところ紺之介は彼女らの船に同席しているのだが、彼の作戦の都合上そのことを華蓮らには伝えられないというのが現状であった。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:00:26.36 ID:sLYD87sq0

その安息もつかの間、乱怒攻流は微かな殺気を感じ取った。前方を見渡し耳を澄ませる。

そして拾う。

乱怒攻流「伏せて!」

矢尻が空を裂く音を。

漕ぎ手「へ? うぉあっ!?」

間一髪すかされた矢尻はそのまま水面へと呑まれていった。海へ消えゆく白羽を見て先ほどまで淑やかな佇まいを心得ていた華蓮も流石に嬌声を上げる。

そんな彼女を月一が守るように抱くとやっと誰もがその只ならぬ状況を察した。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:00:58.46 ID:sLYD87sq0
揺れる水面の包囲網、彼らは彼女たちの乗った和船の航路を予測し先回りしていたのである。

気がつけば嗚呼無情。数多の小舟で彼女たちを囲んだ彼らは一斉にその中心部へと弓矢を構えた。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:02:12.52 ID:sLYD87sq0
愛栗子「いつの時代も海賊というのは変わらんものじゃのぅ……そろそろお伽話のような巨船一つで攻めてくる輩が現れたのかと少しばかり期待しておったのじゃが……」

囲まれても尚余裕を崩さぬ愛栗子に月一は焦り混じりの表情で叫んだ。

月一「紺之介殿は何をしておるのだ!? 私たちがこんな状況になっても何故姿を現さぬのだ!」

華蓮「も、もしや紺之介さまはもう……」

月一「もしくはあの男、先に尻尾を巻いて何処かへ逃げたのか!?」

愛栗子「喚くでない」

華蓮「へ」

船で丸くなるばかりの二人に愛栗子は低く重みのある声で喝を入れた。

愛栗子「紺の強さの末端も知らぬ輩が好き勝手にあやつを語りおって……精々子犬のようにそこで怯えておるがよい」
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:03:02.25 ID:sLYD87sq0
愛栗子「乱、あの藍色の鞘をさげた奴が見えるか? おそらくあやつじゃな」

乱怒攻流「そうみたいね」

殺伐とした空気の中、二人が目をつけた大男が銛を掲げて名乗りを上げた。

船長「ここは我らが導路港海賊団の領海なり! よってタダでは帰さん。命惜しくば我らの船に掴まれ! さすれば命だけは助けてやろう」

大男のけたたましいまでの雄叫びのちに訪れたのは漕ぎ手と華蓮の震えすら音を持つかのような沈黙。誰が目にしても絶対絶命の境地……

月一、ただ汗をかくばかりの心境に一人思う。汗よりも水を掻く勇気欲しけり。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:04:06.00 ID:sLYD87sq0
船長「見せしめだァ! そこの漕ぎ手を射てェ!」

漕ぎ手「ひィ!」

そして遂に漕ぎ手殺しの矢、放たれん。

だがそれを断ち切るモノ、縦笛の旋律に乗りて背嚢から姿現れたり。

下人海賊「な、なんだァ!? ありゃあ……!」

輩の驚愕に乗じて愛栗子これでもかと声を張り上げる。その声は先ほどの大男から放たれた声量に負けず劣らずのものであった。

愛栗子「賊供!その目に焼き付けるがよい! これから開かれる『鈍剣舞』を!」

乱怒攻流(勝手に変な名前つけないでよ!)

乱怒攻流不満を堪えつつ一斉に六本の刀を音色に泳がせる。その一本一本が向かってくる矢を叩き折り叩き斬る。
その反撃の鋼矢はやがて輩の布と身を切り裂いて小舟に赤いまだらを散らした。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:04:49.47 ID:sLYD87sq0
月一「なんなのだ……これは……」

愛栗子「乱、一思いに微塵にして海へ落としてやれ。このような輩でも魚の腹の足しくらいにはなるじゃろて」

乱怒攻流(あんたも戦いなさいよぉ!)

余裕綽々と扇子をあおぐ愛栗子とは裏腹に乱怒攻流に敵を微塵切りにする余裕などそれこそ微塵にもなし。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:05:23.05 ID:sLYD87sq0
彼女の振るう太刀は決して各々が意思を保持しているというわけではない。
彼女の奏でる『イロハ』に対応した太刀がそれぞれに動いているのだ。

『イ』の太刀が北東を切り裂き
『ロ』の太刀が北西を薙ぐ
『ハ』と『ニ』の太刀が東に牙を剥き
『ホ』と『ヘ』の太刀が西を突き刺す

そして『ト』の太刀が

乱怒攻流(そっちは頼んだわよ!)

紺之介「はあああああ!!!」

北で構える大男の首を狙う。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:05:53.81 ID:sLYD87sq0

月一「嘘、だろう……? 今背嚢から……紺之介殿が……」

船長「なっ!? 男の付き人だと!? 一体いつの間に……! ふんぬゥ……!!」

上から転がり落ちる様に振りかざされた刃を大男の銛が辛くも受け止める。
小舟に着地した紺之介の喉を貫かんと切っ先が白刃をむくもそれはまた彼の剣豪たる技量によっていなされた。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:06:20.32 ID:sLYD87sq0

敵手の引き際を逃さない紺之介、下がる銛先を追うように突きの体勢に入る。

紺之介「その首貰うける!」

船長「やるな小僧!」

紺之介「っ……!?」

しかしその紺之介の一撃は寸手のところで止められた。否、彼自身が止めたのである。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:07:05.70 ID:sLYD87sq0
「ぁ、あ……ひえぇ……」

突如二人の間に割って入る少女の姿あり。
海で染めたかのような藍の髪色、服とも下着とも言えぬ群青のそれに上半身から臀部までも包む。
今にも泣き出さんとする表情で大男の盾となったその少女こそ幼刀透水-すくみず-である。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:07:39.80 ID:sLYD87sq0
紺之介それを瞬時に理解できぬ男ではなし。
しかしその刀を容赦なく貫く信条もなし。
重ねてその隙を見逃す情は大男にはなし。

この導路港の海を手中に収めた男、遂に都剣豪の心臓をも狙い定めたり。

船長「獲ォッたどォォォ!!!!」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:08:12.80 ID:sLYD87sq0
俊敏銛先彼の服を裂き

華蓮「紺之介さまぁ!」

透水(へ……)

薄皮膚を突き刺す。

紺之介(ぐッ!)

男、この海原にて死を覚悟したり……

しかし三途行きの船の汽笛、彼を乗せずしてその出航の音を奏でる。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:08:50.18 ID:sLYD87sq0
乱怒攻流(何してんのよ!)

紺之介の身体急激に海に引かれ急所を逃れる。

船長「なんだと!?」

紺之介「……助かったぞ乱」

その勢いに乗り乱怒攻流に操られるがまま水上を滑走し大男の背後を取った紺之介、二撃目は逃しはしない。

紺之介「女を盾にとは関心しないが、幼刀を盾にとは尚許しがたしッ!」

紺之介が振りかぶる。

激しい攻防に揺れる小船上、高波さえ彷彿させる決着の斬り上げここに極まれり。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:09:20.58 ID:sLYD87sq0
船長「ゔぁ゛ッ……ァ゛が……」

崩れゆく海の漢の最期見届けて腰の鞘引き抜けば沈む大男の血の硝煙、水飛沫とともに広き海の水面に溶けたり。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:11:15.85 ID:sLYD87sq0





紺之介「お前が幼刀透水-すくみず-……で合っているな」

透水「ふぇ……は、はぃ……」

小舟の少女の足首を掴みながら確認を取る紺之介に透水は頷きながら内股を隠す。
彼が物珍しいものを見る目で己の脚の肌色を触るためである。

紺之介「にしても大好木というのはつくづく少女に妙な格好をさせたがる男だな……まぁいい。付いてきてもらうぞ」

透水「……やっぱり、そうなんですね」

紺之介「なに?」

突然の主人の死に惑うかと思いきや意外にも彼女の返答は全てを受け入れており、むしろ理解しきっている様子だったため違和感を覚える紺之介だったが一先ず愛栗子らの船に戻るため乱怒攻流に指示を出した。

紺之介「乱! 頼む」

紺之介(透水は鞘だけ持ってあちらの船で納刀すればいいか)
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:13:28.35 ID:sLYD87sq0
乱怒攻流「ちょっと人遣荒いんじゃない?」

愛栗子「おぬしは刀じゃろ。いや背嚢か?」

乱怒攻流「は?」

月一「姫様、お怪我は」

華蓮「大丈夫です。しかしどうなることかと思いました……本当に紺之介さまを雇っていて正解でしたわね」

漕ぎ手と華蓮ら二人が安息を享受する横で乱怒攻流と愛栗子がまたも頬をつまみ合う。そんな誰もが安心しきった海上の刻であった。
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