男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:33:33.93 ID:BBwPih0C0

華蓮「まぁ! やはりそうでしたのね! ご無礼ですが何処の方か聞いても……?」

少女に月一と呼ばれた護衛の目は明らかにまだ彼らを疑っていたが、そんなのはお構いなしに彼らは小声で会話を交わす。

紺之介「愛栗子、姫名だ」

愛栗子「おお! ふふん。何にするかのぅ〜」

紺之介「早くしろ」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:34:27.89 ID:BBwPih0C0

愛栗子「むぅ……いざ聞かれると迷うてしまうのう。何しろわらわの名は完成されておる故、よくよく考えてみれば今さら偽名なぞ名乗る気にもなれぬのじゃ」

乱怒攻流「なんでもいいから早くしなさいよっ!」

華蓮「……どうかなされましたか?」

月一「姫様、やはりこの者たちは……」

月一が見限りを付ける既の所でようやく愛栗子は己の名乗りを入れた。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:35:34.09 ID:BBwPih0C0

愛栗子「わらわは愛栗子。鏡ノ国 -きょうのくに- の愛栗子じゃ」

華蓮「京の国! 西の都のお姫様でしたのね! どおりで……つきひと! やはりこの紺之介さまは確かな腕を保証された方のようです! 頼んでみてはどうでしょうか」

月一「いやしかし」

華蓮「つきひと……もしものときの貴方ですが私はもしものときがあったとしても貴方には傷ついて欲しくないのです。小判はいくつもあっても、つきひとは一人だけなのですから」

月一「はあ……では紺之介殿とやら、商談に移るか」
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:36:20.61 ID:BBwPih0C0

首の皮一枚で繋がった雇い依頼に紺之介一行の間では静かな歓喜の波が渦巻いていた。
紺之介の剣豪を自称するに足る確かな風格と愛栗子の放つ圧倒的な美がこの時ばかりは乱怒攻流の目にも輝いて見えた。



月一「……では、一両でよいか」

華蓮「つきひと! 短い間とはいえ私たちの命を護ってくれる方なのですよ? けちけちしてはいけません。五両は出さなければ!」

紺之介らはその二人の会話を聞いて急激に現実へと戻される。この契約、距離と日数に対して破格の羽振り依頼であることは三人とも重々承知である。
しかし彼らの目標金額から見ればそれは限りなく微量に等しく、そうして最初こそこの微量の積み重ねを覚悟していた彼らであったが、契約にこぎつけるにあたって予想以上に労力を割いてしまったためそのことを忘れていたのだ。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:36:55.76 ID:BBwPih0C0
月一「……では、五両出そう。明日の早朝、港口まで来てくれ。宜しく頼む」

差し出された月一の手を握った紺之介の表情が何とも表現し難い顔つきであったため、一瞬不思議がった月一だったがとりあえずは商談を成立させ彼らはそれぞれの宿の方向へと別れたのであった。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:38:09.25 ID:BBwPih0C0
…………

愛栗子「むぅ……ここの宿、隙間から潮風が入ってくるのぅ。折角銭湯にて温めた肌が湯冷めしてしまうではないか」

乱怒攻流「というかせっま! 信じられないんだけど!」

紺之介「なんなら今晩は刀に戻っておくか?」

愛栗子「さすがにそうさせてもらうとするかの。ぬしはまだ寝ぬのか? 明日は早いのであろう?」

紺之介「いや、少し気にかかることがあってな」

一先ず明日に備え格安の宿で休息を取ることとした紺之介であったが、彼は考え込んでいた。やっと己の発想が途方も無いことを痛感したのである。
そうなれば如何にしてあの幼刀透水-すくみず-本体を手繰り寄せるかであるが、その方法を模索する内に根本的な疑念が彼の脳内に浮上する。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:39:20.08 ID:BBwPih0C0
紺之介「寝る前に一つ教えて貰いたいことがあるのだが、透水というのはそこまで野蛮な娘だったのか?」

愛栗子「わらわはそうは思わんかったがの。奴は風呂でも泳ぐような水好きでの。放っておけばずっと湯に浸かっておるような奴じゃった」

愛栗子「奴の希望で皆で浜に出かけることもあったの。海なぞ砂つぶが足に纏わりつくだけでも不快じゃというのに、何がそんなによかったのかのぅ」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:40:04.15 ID:BBwPih0C0
愛栗子「まぁというわけで性格だけの話ならそこの背嚢の方がよほど尖っておったと思うがの」

乱怒攻流「なんですってぇ……!」

またも小競り合いが勃発しかけた二人の間に入りて紺之介が愛栗子を促す。

紺之介「御託はいい。続けてくれ」

愛栗子「別に奴の性格に関してはこれ以上語ることもないのじゃがの。一体どうしたというのじゃ」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:40:52.86 ID:BBwPih0C0

愛栗子の疑問に紺之介は己の胸の内の蟠りを打ち明ける形で答えた。

紺之介「アレを売りに来た船長とやらは仲間が刀の呪いに殺されたと語っていたらしいが、あれが幼刀透水だと仮定してそうなると露離魂を持った一味の誰かが透水を解放し、その状態の彼女に持ち主と船長以外の誰かが殺されたということになる」

紺之介は己の憶測をさらに洗礼し、確かな推測へと近づけていく。

紺之介「いや、もし船長以外の誰かが持ち主なら船長に透水を任せて刀屋に行かせるか? 本当に気味が悪くなるほど命が惜しかったならば、一人では行かせないにしろどう考えても危害を加えることのできない幼刀所有者は連れて行くべきだ。船長が所有者だったと見ても過言ではないだろう」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:42:05.64 ID:BBwPih0C0
紺之介(まだ何かを見落としている気がする)

打ち明けても尚蟠りが晴れない紺之介は店主との会話をもう一度最初から、鮮明に思い出していく。

そうして、遂にその蟠りの正体にたどり着く。

紺之介(っ……!)


『なんでもこの刀の柄を握ったやつは死の呪いにかかるんだと』


紺之介(矛盾している……!? あれが幼刀ならば柄を握れば逆に殺されないはず。ならなぜ船長は店主にそんな嘘を……?)

紺之介(売りながらにして所有権を譲りたくなかったと考えれば道理はつくが、となれば次はその理由が分からない。伝説の幼刀をたった百両で売り払ったんだぞ? 船長は幼刀を手放したかったのではなかったのか?)

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:44:04.37 ID:BBwPih0C0
紺之介本人もう少しで全てが明らかになる気がしながら疑問が疑問を呼び唸りを重ねるばかりであった。
そんな彼を見ていて不憫と思ったのか乱怒攻流はあらぬ方向で話を完結させようとした。

乱怒攻流「なんだか知らないけどさ〜? あたしら刀になってからもう何年も経ってるんだし、実際に生きてたころとは性格が違ってる子がいたっておかしくないと思わない?」

乱怒攻流「あんたらが旅に出た理由の児子炉だってそう。愛栗子は知ってるだろうけど、あの子生きてたころはただただ将軍様にベタベタしてただけの将軍様大好きっ子だったのよ?」

乱怒攻流「そんな子が今やあたしらを破壊しようとしてるんだから……透水が海好きを拗らせて一人海賊やってたって何もおかしくないでしょ」

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:44:40.09 ID:BBwPih0C0
紺之介「待て、そう決めつけるのはまだ……」

紺之介の考察脳を愛栗子の大欠伸が遮った。彼が愛栗子の方に目を向けてみると彼女もまた彼のそれを「憶測に過ぎんかもしれぬ」と両手を挙げた。

愛栗子「それもそうじゃの。しかし護衛業で稼ぎ続けるというのも難じゃしの……なんなら本当にわらわで金を借り入れてみるかえ?」


119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:45:16.65 ID:BBwPih0C0
乱怒攻流「ふーん。あんたにしては珍しく面白い冗談じゃない。そんなこと言うなんて、もう頭は寝てるんじゃない?」

愛栗子「そうかもしれぬの。しかし我ながら画期的な考えじゃぞ? 鞘は渡さずに刀身だけを預けるのじゃ。柄は触らせぬように箱にでも入れての……で、金を受け取った後に離れた紺が納刀するのじゃ」

乱怒攻流「ふふふ、何それ。お主も悪よのぅ」

愛栗子「ふふっ、これで億万長者も夢ではないのう」

紺之介(……それか!)

愛栗子「およ? 紺! どこへ行くのじゃ!」



120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:45:50.97 ID:BBwPih0C0
二人して悪代官芝居をうつ彼女らを見た紺之介は宿を飛び出してすっかり日の沈みきった往来を刀屋を目指して駆け抜けた。

紺之介(どうせ後から手元に幼刀が戻ってくるなら百両だって十分すぎるほど一攫千金だ! そういうことか!)

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:46:21.33 ID:BBwPih0C0
汗水を垂らしながら潜り抜けた暖簾の先には困り果てた表情で店内を走り回る店主の姿があった。

刀屋店長「ない! ない! ない! あれ……あんさんは確か昼間の……」

紺之介「例の呪いの刀がなくなったんだろう」

刀屋店長「何故そのことを……」

紺之介「俺には心当たりがある。だがこの推測した在りかを教える前に条件を呑んでくれ」

刀屋店長「はあ……」

何が何だかといった様子の店主に一方的に押し付けるようにして紺之介は条件を提示した。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:46:54.09 ID:BBwPih0C0
紺之介「もしも俺がその呪いの刀を持ってきた暁には俺にその刀を譲渡しろ。代わりにあんたには損失分の百両を渡す。これでいいな?」

まだ状況の全てが呑み込み切れていなかった店主であったが、出してしまった百両分の損失が帰ってくるという部分だけを商人耳で拾い何度も頷いた。

紺之介「ふん。この剣豪紺之介に任せておけ」

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:47:48.16 ID:BBwPih0C0




帰宿した紺之介は彼の帰りを待って起きていた二人に己の出した答えと計画を全て伝えた。

紺之介「明日、華蓮と月一を送る過程で海賊を撃退し幼刀透水-すくみず-を奪還する」

乱怒攻流「でもそんな都合よく海賊があたしたちを襲ってきたりするのかしら」

紺之介「それについては完全な憶測な上に俺のような例外もあれど、全くあてがないわけでもない」



紺之介「奴は、露離魂だ」






124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 18:48:18.78 ID:BBwPih0C0
続く
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 19:13:02.59 ID:M0bdg0M5O
おつおつ。このシリアスじみた雰囲気、良いですな。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 19:19:33.87 ID:IMfu5cKHO
乙!
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/14(木) 12:43:09.90 ID:hbrxbygoO
これは「ゴクドーくん漫遊記」と同じパターンだw
128 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/03/25(月) 04:52:52.84 ID:sLYD87sq0
日の出と共に穏やかな波に揺れる和船。
華蓮に月一、そして愛栗子と乱怒攻流を乗せたこの船はまさしく華化粧が施されていると映った。

「漕ぎ手以外男なし……朝からいい船だなァオイ」

……双眼鏡を介した、ある者の目に。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:53:49.98 ID:sLYD87sq0

華蓮「愛栗子さまはいつもどのようなものをお口にされているのですか? 一体何を食べたらそのように美しく……」

愛栗子「そーじゃの〜……まぁわらわの美は生まれ持っての天の恵みじゃと思うておるが、強いて言うなら団子かの」

愛栗子「わらわはアレの張りのある弾力が好みなのじゃ。じゃから団子を好んで食べるのじゃがの、もしかしたらわらわのこの肌はその団子が生み出したものかもしれぬぞ」

愛栗子はそこまで言うと扇子を広げて高笑いして見せた。それは早朝の静寂な海にこれでもかと響き渡り水面に波紋を作る勢いであった。

華蓮にすっかりと持て囃されてご機嫌な愛栗子を乱怒攻流が縦笛でつつく。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:54:37.45 ID:sLYD87sq0
愛栗子「む、なんじゃ」

乱怒攻流「朝からうるさいのよ。頭に響くの」

愛栗子「なんじゃぬし、まだ夢うつつとな? それなら丁度よかったではないか。わらわの高貴なる声色で目を覚ますがよい」

乱怒攻流「どこまで呑気なのよ」
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:55:35.38 ID:sLYD87sq0
どこまでも転がり続ける勢いの高飛車相手にもはやため息すら肺を空けきった乱怒攻流だったが、まだ愛栗子の真髄知らぬ月一が彼女に口添えした。

月一「お言葉ですが愛栗子姫、そこの乱怒攻流嬢の言う通りでしょう。この辺りは警も中々取り締まれぬほどの賊の者らが横行しているだとかで、みずから位置のわれるような声は張らないでいただきたい」
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:56:16.93 ID:sLYD87sq0

愛栗子「別にそのような小物どもが何人束になってもわらわには関係のない話なのじゃがの〜」

『船周りの賊気にこれぽっちも興味なし』ということを示すかのように愛栗子は目を閉じたまま扇子を仰いだ。
そんな彼女の態度に少しばかり額にしわ寄せした月一、船の席を立ってもう一度口を開こうとしたところで乱怒攻流に袖を引かれる。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:57:32.50 ID:sLYD87sq0
月一「んぅ?」

袖を引いた乱怒攻流は手を顔前に立て三回ほど月一に振って見せた。
それを見た月一は愛栗子たる少女がどのような人物なのかということを半分ほど理解すると口先まで出ていた不満を一旦呑みこみ再び船に腰かけた。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:58:25.55 ID:sLYD87sq0
月一「はぁ……しかし、紺之介殿が別船で見回りをしているというのは果たして本当なのか? それらしき船は全く見えないが……」

改めて辺りを見回した月一は今一度疑いの表情を乱怒攻流に向ける。
その表情は彼女が最初に紺之介に向けていたものと全く同じ面であった。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:59:06.75 ID:sLYD87sq0
睨まれているとボロが出ると悟った乱怒攻流、とっさに愛栗子の方に顔を流して振る。

乱怒攻流「う、うん……まぁね〜……ね、愛栗子」

愛栗子「よいよい。今は全てあやつに任せておけばよいのじゃ」

一方愛栗子は変わらず堂々とした立ち振る舞い。これをまことの余裕と見極めた華蓮が月一をたしなめた。

華蓮「月一、無礼が過ぎます。紺之介さまは私たちのために何処かで睨みを利かせてくれているのですよ? それに京の姫の護衛を放って何処かへ行ってしまわれるだなんておなかがいくつあっても足りませんよ。そうは思いませんか?」

月一「それもそう……ですね」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 04:59:44.49 ID:sLYD87sq0
二人のやり取りを横目に乱怒攻流はひとまず胸を撫で下ろしていた。
実のところ紺之介は彼女らの船に同席しているのだが、彼の作戦の都合上そのことを華蓮らには伝えられないというのが現状であった。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:00:26.36 ID:sLYD87sq0

その安息もつかの間、乱怒攻流は微かな殺気を感じ取った。前方を見渡し耳を澄ませる。

そして拾う。

乱怒攻流「伏せて!」

矢尻が空を裂く音を。

漕ぎ手「へ? うぉあっ!?」

間一髪すかされた矢尻はそのまま水面へと呑まれていった。海へ消えゆく白羽を見て先ほどまで淑やかな佇まいを心得ていた華蓮も流石に嬌声を上げる。

そんな彼女を月一が守るように抱くとやっと誰もがその只ならぬ状況を察した。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:00:58.46 ID:sLYD87sq0
揺れる水面の包囲網、彼らは彼女たちの乗った和船の航路を予測し先回りしていたのである。

気がつけば嗚呼無情。数多の小舟で彼女たちを囲んだ彼らは一斉にその中心部へと弓矢を構えた。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:02:12.52 ID:sLYD87sq0
愛栗子「いつの時代も海賊というのは変わらんものじゃのぅ……そろそろお伽話のような巨船一つで攻めてくる輩が現れたのかと少しばかり期待しておったのじゃが……」

囲まれても尚余裕を崩さぬ愛栗子に月一は焦り混じりの表情で叫んだ。

月一「紺之介殿は何をしておるのだ!? 私たちがこんな状況になっても何故姿を現さぬのだ!」

華蓮「も、もしや紺之介さまはもう……」

月一「もしくはあの男、先に尻尾を巻いて何処かへ逃げたのか!?」

愛栗子「喚くでない」

華蓮「へ」

船で丸くなるばかりの二人に愛栗子は低く重みのある声で喝を入れた。

愛栗子「紺の強さの末端も知らぬ輩が好き勝手にあやつを語りおって……精々子犬のようにそこで怯えておるがよい」
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:03:02.25 ID:sLYD87sq0
愛栗子「乱、あの藍色の鞘をさげた奴が見えるか? おそらくあやつじゃな」

乱怒攻流「そうみたいね」

殺伐とした空気の中、二人が目をつけた大男が銛を掲げて名乗りを上げた。

船長「ここは我らが導路港海賊団の領海なり! よってタダでは帰さん。命惜しくば我らの船に掴まれ! さすれば命だけは助けてやろう」

大男のけたたましいまでの雄叫びのちに訪れたのは漕ぎ手と華蓮の震えすら音を持つかのような沈黙。誰が目にしても絶対絶命の境地……

月一、ただ汗をかくばかりの心境に一人思う。汗よりも水を掻く勇気欲しけり。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:04:06.00 ID:sLYD87sq0
船長「見せしめだァ! そこの漕ぎ手を射てェ!」

漕ぎ手「ひィ!」

そして遂に漕ぎ手殺しの矢、放たれん。

だがそれを断ち切るモノ、縦笛の旋律に乗りて背嚢から姿現れたり。

下人海賊「な、なんだァ!? ありゃあ……!」

輩の驚愕に乗じて愛栗子これでもかと声を張り上げる。その声は先ほどの大男から放たれた声量に負けず劣らずのものであった。

愛栗子「賊供!その目に焼き付けるがよい! これから開かれる『鈍剣舞』を!」

乱怒攻流(勝手に変な名前つけないでよ!)

乱怒攻流不満を堪えつつ一斉に六本の刀を音色に泳がせる。その一本一本が向かってくる矢を叩き折り叩き斬る。
その反撃の鋼矢はやがて輩の布と身を切り裂いて小舟に赤いまだらを散らした。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:04:49.47 ID:sLYD87sq0
月一「なんなのだ……これは……」

愛栗子「乱、一思いに微塵にして海へ落としてやれ。このような輩でも魚の腹の足しくらいにはなるじゃろて」

乱怒攻流(あんたも戦いなさいよぉ!)

余裕綽々と扇子をあおぐ愛栗子とは裏腹に乱怒攻流に敵を微塵切りにする余裕などそれこそ微塵にもなし。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:05:23.05 ID:sLYD87sq0
彼女の振るう太刀は決して各々が意思を保持しているというわけではない。
彼女の奏でる『イロハ』に対応した太刀がそれぞれに動いているのだ。

『イ』の太刀が北東を切り裂き
『ロ』の太刀が北西を薙ぐ
『ハ』と『ニ』の太刀が東に牙を剥き
『ホ』と『ヘ』の太刀が西を突き刺す

そして『ト』の太刀が

乱怒攻流(そっちは頼んだわよ!)

紺之介「はあああああ!!!」

北で構える大男の首を狙う。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:05:53.81 ID:sLYD87sq0

月一「嘘、だろう……? 今背嚢から……紺之介殿が……」

船長「なっ!? 男の付き人だと!? 一体いつの間に……! ふんぬゥ……!!」

上から転がり落ちる様に振りかざされた刃を大男の銛が辛くも受け止める。
小舟に着地した紺之介の喉を貫かんと切っ先が白刃をむくもそれはまた彼の剣豪たる技量によっていなされた。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:06:20.32 ID:sLYD87sq0

敵手の引き際を逃さない紺之介、下がる銛先を追うように突きの体勢に入る。

紺之介「その首貰うける!」

船長「やるな小僧!」

紺之介「っ……!?」

しかしその紺之介の一撃は寸手のところで止められた。否、彼自身が止めたのである。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:07:05.70 ID:sLYD87sq0
「ぁ、あ……ひえぇ……」

突如二人の間に割って入る少女の姿あり。
海で染めたかのような藍の髪色、服とも下着とも言えぬ群青のそれに上半身から臀部までも包む。
今にも泣き出さんとする表情で大男の盾となったその少女こそ幼刀透水-すくみず-である。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:07:39.80 ID:sLYD87sq0
紺之介それを瞬時に理解できぬ男ではなし。
しかしその刀を容赦なく貫く信条もなし。
重ねてその隙を見逃す情は大男にはなし。

この導路港の海を手中に収めた男、遂に都剣豪の心臓をも狙い定めたり。

船長「獲ォッたどォォォ!!!!」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:08:12.80 ID:sLYD87sq0
俊敏銛先彼の服を裂き

華蓮「紺之介さまぁ!」

透水(へ……)

薄皮膚を突き刺す。

紺之介(ぐッ!)

男、この海原にて死を覚悟したり……

しかし三途行きの船の汽笛、彼を乗せずしてその出航の音を奏でる。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:08:50.18 ID:sLYD87sq0
乱怒攻流(何してんのよ!)

紺之介の身体急激に海に引かれ急所を逃れる。

船長「なんだと!?」

紺之介「……助かったぞ乱」

その勢いに乗り乱怒攻流に操られるがまま水上を滑走し大男の背後を取った紺之介、二撃目は逃しはしない。

紺之介「女を盾にとは関心しないが、幼刀を盾にとは尚許しがたしッ!」

紺之介が振りかぶる。

激しい攻防に揺れる小船上、高波さえ彷彿させる決着の斬り上げここに極まれり。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:09:20.58 ID:sLYD87sq0
船長「ゔぁ゛ッ……ァ゛が……」

崩れゆく海の漢の最期見届けて腰の鞘引き抜けば沈む大男の血の硝煙、水飛沫とともに広き海の水面に溶けたり。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:11:15.85 ID:sLYD87sq0





紺之介「お前が幼刀透水-すくみず-……で合っているな」

透水「ふぇ……は、はぃ……」

小舟の少女の足首を掴みながら確認を取る紺之介に透水は頷きながら内股を隠す。
彼が物珍しいものを見る目で己の脚の肌色を触るためである。

紺之介「にしても大好木というのはつくづく少女に妙な格好をさせたがる男だな……まぁいい。付いてきてもらうぞ」

透水「……やっぱり、そうなんですね」

紺之介「なに?」

突然の主人の死に惑うかと思いきや意外にも彼女の返答は全てを受け入れており、むしろ理解しきっている様子だったため違和感を覚える紺之介だったが一先ず愛栗子らの船に戻るため乱怒攻流に指示を出した。

紺之介「乱! 頼む」

紺之介(透水は鞘だけ持ってあちらの船で納刀すればいいか)
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:13:28.35 ID:sLYD87sq0
乱怒攻流「ちょっと人遣荒いんじゃない?」

愛栗子「おぬしは刀じゃろ。いや背嚢か?」

乱怒攻流「は?」

月一「姫様、お怪我は」

華蓮「大丈夫です。しかしどうなることかと思いました……本当に紺之介さまを雇っていて正解でしたわね」

漕ぎ手と華蓮ら二人が安息を享受する横で乱怒攻流と愛栗子がまたも頬をつまみ合う。そんな誰もが安心しきった海上の刻であった。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:14:25.71 ID:sLYD87sq0
乱怒攻流「じゃあ運ぶわよ〜」

下人海賊「お、や……かたっ……!」

紺之介「……! 乱!」

乱怒攻流「へ? きゃっ!」

下っ端の輩が最後の力で引いた一矢、報われたり。
乱怒攻流、矢から身を引くもなんと見事に縦笛射抜かれたり。

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:15:00.40 ID:sLYD87sq0
弾かれた縦笛は彼女が離した両手から大きく飛び海に没した。当然紺之介を操る旋律もそこで途切れる。そして彼もまた水没に呑まれたり。

紺之介「ぁ゛ぶっ!?」

透水「こ、こんのすけさん!」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:15:44.72 ID:sLYD87sq0
透水瞬時に海へ飛び込む。深く潜りて沈みゆく紺之介の肩を持つ。

紺之介(……なるほど)

水の中で彼が見たものは人魚のような幼刀だった。水を裂き水に溶ける刀との伝説、ここに理解を得る。

あまりにも美しきその泳姿は彼女が海の中でも自由自在であることを彼に一瞬で分からせたのであった。


156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:16:23.79 ID:sLYD87sq0


…………

海上抜けて浜。一先ず華蓮と月一を見送りながら紺之介服を絞る。

月一「ひ、姫様の前で脱ぐなっ!」

紺之介「仕方ないだろう。着物が海水を吸って重くてかなわんのだ」

華蓮「紺之介さま……? なぜ小判をお受け取りにならないのですか? 私たちは命を助けてもらったも同然ですのに」

紺之介は二人から報酬金を受け取らなかったのだ。そのことを不思議がった華蓮は首を傾げていた。

157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:16:58.25 ID:sLYD87sq0
紺之介「そこでしょげている背嚢の働きっぷりを察してこちらにも事情があることは分かってもらえただろう。少しばかりお前らのことを利用させてもらってな……だからそれは受け取れん」

紺之介「それに海賊から多少海賊させてもらってな。見逃す代わりに積み金を失敬したんだ。これ以上は求めん」

皮肉たらしく冷めた笑みを浮かべた彼に二人がそれ以上問いかけることはなかった。

手を振りてその場を後にした華蓮は最後に愛栗子との再開を夢見て軽く頭を下げた。


158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:17:34.10 ID:sLYD87sq0
愛栗子「紺、これからどうするのじゃ」

紺之介「あの漕ぎ手には俺たちのせいで災難な思いをさせたからな……一先ず新しいのが来るのを待ってまた導路港へと帰るとするか。それまでそこの背嚢を慰めてやれ」

愛栗子「ふむぅ〜……アレは暫くあのままじゃと思うがの〜」

縦笛を失い海原を虚ろな瞳で眺める乱怒攻流の方へと歩きながら愛栗子はやれやれと首を横に振った。

愛栗子の背を横目に紺之介は透水に問いかける。

紺之介「透水、お前には聞きたいことがいくつかある」

159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:18:12.40 ID:sLYD87sq0
透水「はい……」

紺之介「お前はあたかも俺がこの場所に来るのを知っていたみたいだったが……」

彼に問われた透水は手を後ろに組んでしばし波の方向へ歩み寄ると懐かしそうな顔つきで話し始めた。

透水「あの船長さんより以前の私の持ち主様が言ってたんです。昔、こんのすけという人が来るまで私を預かっていて欲しいと言われたと……」

紺之介「なんだと……? そいつの名は」

透水「えぇっと……私を託した人の名前は知らないんです。前の持ち主様も聞いてなかったみたいなんですけど、私の記憶もないということはその人は露離魂を持っていなかったのかなって……」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:18:53.12 ID:sLYD87sq0

紺之介は彼女の奇怪な昔話に眉をひそめる。
第一にして考えられるのは人違い。己ではない、別の『こんのすけ』なる者の存在。

しかしながらその説を提唱するには彼自身が今この場に辿り着いた事実すらも偶然の産物という事となる。

紺之介(偶然にしてはあまりにもでき過ぎている)

紺之介から見て彼女がホラ話をするような柄ではないということは一言二言交わしただけで見極めるに足りた。しかし鵜呑みにするにはあまりに謎が残る。

紺之介は半信半疑の間に閉じ込められた気分になり頭を抱え込んだ。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:19:25.90 ID:sLYD87sq0

この謎を解き明かすには彼女から更なる話を聞き出すしかない。それを悟った彼は質問を重ねた。

紺之介「海賊連中がお前を網にひっかけたと聞いた。それは本当か?」

透水「はぃ。おそらく……」

紺之介「ならばなぜお前は海に沈んでいた。前の主人はどうした」

それを問うと透水は哀しげな顔つきでその場に座り込み迫る波に手をさらした。

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:20:22.47 ID:sLYD87sq0
透水「元々持病を患っていたようで、おそらく、二年ほど前に……。その人は私と同じだったんです。水が大好きで、海を愛していました」

透水「だからその人の死に際に私から頼んだんです。もう一度誰かに私を預けるのではなく、私を海に沈めて欲しいって……あの人は言っていました。自分が亡くなった後は知人に灰を海に撒いてもらうと……ですから、あの人はきっと今頃この海と一つになっているんです」

透水「あの人とこの海から離れたくなかった。私も一緒にこの海と一つになりたいって……でも、私の納刀状態でも発動するこの『刀』がそれを許してくれなくて……」

彼女は自らが纏うその群青を摘んだ。

163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:21:31.19 ID:sLYD87sq0
紺之介(あの服のような何かがあいつの『刀』だったのか。海でも朽ちなかったのはそのためか)

彼女の運命の皮肉さに紺之介は短いため息を漏らした。

彼も見たその泳ぎから水にすら溶けると謳われた彼女はその名と伝承の通り水中でも生きれる身体を手にした代わりに完全に一つとなることを水に拒絶されてしまったのだ。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:22:11.84 ID:sLYD87sq0

紺之介は透水の隣に立ち彼女の頭に手を置くとこれから彼女の生きる道をしめした。

紺之介「この後の話だが、とりあえずお前を売っていた商人のとこまで同行してもらう。どういう奇天烈が俺たちを引き合わせたかは結局分からんままだが、お前はもう俺のものだということには変わりない」

透水「……はぃ」

小声で寂しげに呟く彼女の後に続ける。

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:22:43.24 ID:sLYD87sq0
紺之介「だから鞘は預かっておく。だが、お前はここに残れ」

透水「へ」

紺之介「お前には俺たちの旅の終わりまでにあそこの背嚢の笛を探してもらう。できるだろ?」

透水は思わず紺之介を見上げた。

紺之介「その代わり無事に旅の終わりを迎えた暁には俺はお前も収蔵させてもらうつもりだ。だが、そのときには……そうだな……お前が干からびぬよう、報酬金でどでかい風呂でも作らせるか」

紺之介「愛栗子から聞いた。風呂も、好きなんだろう?」

そして幸薄ながらも確かな微笑みを浮かべて彼の頼みを聞き入れることとした。

透水「はぃ……!」



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:23:19.37 ID:sLYD87sq0

…………

刀屋店長「おお……! ありがてぇ! ありがてぇ!」

涙して頭を下げ続ける店主に向かって紺之介は納刀した透水を彼に見せつけながら店を後にした。

紺之介「では、こいつは貰っていく」

刀屋店長「また来てくだせぇあんさん!」


167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:23:46.85 ID:sLYD87sq0




乱怒攻流「絶対! 絶対みつけなさいよっ!」

透水「ぅ、うん……」

再び船に乗り込む寸前、食い気味にして乱怒攻流は透水に念を押した。その様子に愛栗子がまたも乱怒攻流の棘のある物言いを指摘し、彼女らの言い合いが幕を開けた。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:24:21.46 ID:sLYD87sq0

愛栗子「やはり幼刀の中で一番野蛮なのはおぬしのようじゃの」

乱怒攻流「は!? というかあんたも戦ってたらあんなことにはならなかったのよ!」

愛栗子「すまぬの〜、わらわが得意としとる近接戦は紺に禁じられておるのじゃ。まぁあのような輩に遅れをとるわらわではないが、返り血でも汚れると紺に怒られてしまうでの」

乱怒攻流「あーらまた随分と大切にされちゃってぇ〜、いつまでお人形さんやってるのかしら?」

透水「乱ちゃんも愛栗子ちゃんも仲良くしようよぉ……ねぇ……」

紺之介(やはり仲介役としてこいつは連れていくべきだったのか……?)

そのように微塵に後悔の念を港に残しつつも一先ず透水を残して紺之介たちの幼刀収集の旅は続く。

過去に『こんのすけ』なる者に幼刀を託そうとした輩、幼刀の破壊を企む児子炉の所有者……謎を抱えつつも彼らは続いて幼刀奴-ぺど-の情報を追うのだった。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/25(月) 05:25:04.31 ID:sLYD87sq0
続く
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/25(月) 21:16:16.31 ID:TVMQPh/do
乙!
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/26(火) 17:49:12.80 ID:5uNgCd5FO
乙!
172 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/04/08(月) 22:28:16.28 ID:/2q0Qaon0




幼刀 「奴 -ぺど-



173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:32:36.62 ID:/2q0Qaon0
常闇統べる夜の空。
浮かぶ月下のこの場所は雑木林。

肉を裂かれた武士の悲鳴……それを食らうは理を外れた、かつて幼子だった何か。
それは刃物、着物に血を吸わせる姿はさながら赤鬼の子なり。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 22:32:45.44 ID:rcXhDrtF0
リアタイで初めて投下時に遭遇したけど>>172の一文で既に草
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:33:22.45 ID:/2q0Qaon0
その影で暗躍する男あり。その男幼刀欲しさに死体の携えたる刀漁るもその刃見て微ながら肩を落とす。

「チッ、ダメか。こいつもハズレだ。行くぞペド」

「うー」

「……ついに元幕府の連中も刀探しに本腰入れてきたみてぇだし、広げた噂が役立ってくるのはそろそろのはずなんだがな。もっと噂を流すか」

男は嗤うようにして口の口角を吊り上げた。

「来いよ……幼刀使い……!」



176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:34:07.80 ID:/2q0Qaon0
紺之介ら一行は港を渡り海から少し離れた町、茶居戸 -ちゃいるど- を訪れていた。

この場所は控え書きの情報によれば幼刀奴-ぺど- の在り処と記されたり。

早速情報収集のため通りを散策していた紺之介であったが町の様子に対して何やら不満気に眉を顰めていた。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:34:52.93 ID:/2q0Qaon0
愛栗子「紺、どうしたのじゃ」

紺之介「どうもこうもない。刀売りもいなければ鍛冶屋もない。どうなっているんだこの町は」

刀狂いの彼にとって旅中での刀見物はどのような質素な店内であろうと憩いの場となっていたのだ。

導路港からここまでの距離は中々のものであったのだが、どれだけ歩けどもその先に刀連なる場所あるならばと歩を進めてきた彼にとってそれは常人には理解し難い鬱憤となっていた。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:35:32.50 ID:/2q0Qaon0
乱怒攻流「庄司も言ってたけど、今の時代ってそれほど刀に需要ないんでしょ? 寧ろなんでこんな田舎にあると思ったのよ……ってか買えないでしょあんた……」

半目の乱怒攻流に続いて愛栗子が彼に口添えする。

愛栗子「こればかりはそこの背嚢に同意じゃの。人の大欲を満たせぬものなぞいつかは廃れるものなのじゃ。いつの世も最後に人が求めるものは『食』に『休』に『色』というわけじゃな」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:36:31.22 ID:/2q0Qaon0
愛栗子「紺、心が落ち着かぬのなら一度茶屋に入らぬか? 腹を満たし足を休め、いくさ場にはない華が色を育てる……茶屋とは実によい場所じゃ。ほれ、丁度そこに暖簾が……」

乱怒攻流「もう聞いてないみたいよ」

愛栗子が熱弁に熱弁を重ねて茶屋に向かうよう促すも彼女が暖簾を指差してから紺之介の方を向いたとき彼はすでにそこにおらず先立つ町民へ話かけていた。

白玉より鋼。紺之介の刀へ注ぐ情熱はまさしく日本刀の如き実直さと言えよう。

町民に話しかける彼の後ろ姿は彼女たちに多くは語らなかったが簡単に二人を黙らせるに足りた。

無の熱弁である。

愛栗子「……むぅ」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:37:23.25 ID:/2q0Qaon0
紺之介「すまん少しいいか。この町に刀を売る商人か鍛冶屋はないのか」

町民「ねぇ〜なぁ〜? なんだあんちゃん今どき珍しいお侍さんかい?」

町民の男は後ろ髪をかきながら紺之介の腰刀に指と視線を向けた。

紺之介「俺は旅の剣豪だ。ここには伝説の幼刀の噂もあると聞いて来た」

乱怒攻流(だから『剣豪』ってなんなのよ……)

乱怒攻流の内心の疑問も知ることなく紺之介はついでに奴の情報も収集していく。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:38:22.18 ID:/2q0Qaon0
町民「あ〜……その話な。確かにお侍さんなら興味持ちそうな話だなぁ……もっと言うとな、本当はこの町にも鍛冶屋があったんだよ」

紺之介「何だと? あんたこの俺に嘘を……!」

町民「んなっ、待て待て待てよあんちゃん!」

食い気味に一歩詰め寄る紺之介に対して町民の男は身を引きながら両掌で策を作って続けた。

町民「おらぁ別に嘘なんざついてねぇよ。ついこの前まであったって話な。まぁ元々『今どき刀叩くだけじゃ飯は食えねぇ』ってんで色々やってたとこではあったんだがな……」

町民「しかしついこの前親方は『刀狩りの噂』にビビって店を畳んじまったのさ」

紺之介「刀狩りの噂……?」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:39:28.53 ID:/2q0Qaon0
彼の話に興味を示した紺之介は詰め寄った身を引いて耳を傾けることとし、その様子に町民の男も安堵した様子で両掌を下ろした。

町民「実際にその姿を見たって奴も居るんだからなかなか背筋の凍る話だぜ……夜中に旅路のお侍さんがこの町の通りや、そこのすぐ近くの雑木林を歩いてたら俊敏に短剣を振り回す二歳児に切り裂かれるって話よ」

町民「その二歳児の反物は死体の血で染められた赤黒らしい。まさに『乳飲み子』ならぬ『血飲み子』よ」

町民「で、お侍様の屍はみな刀を取られちまってるんだ。目的は不明なんだが侍じゃなくとも洒落た脇差を差した商人が襲われたって噂も耳にしたんでどうやら刀を差してる奴を狙うってのは確かみたいなんだ……でだ」

紺之介「鍛冶屋は店を畳んだ……というわけか」

町民「そういうこったな。あんちゃんも今晩ここに泊まるなら野宿だけはやめときな。んじゃあな」
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:40:47.75 ID:/2q0Qaon0
後ろ手を振る男を見送ると紺之介は二人のところへ戻り質問をした。

紺之介「今の話、聞いたな。奴というのはそんなにも幼い女児だったのか? 大好木……どこまで幼女を好んでいたんだ」

愛栗子「まぁの……将軍様の愛した『女』というよりあれは愛娘と言うべきじゃの」

紺之介「愛娘、だと……幼刀奴-ぺど-は大好木の実の娘だとでも言うのか!?」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:41:21.39 ID:/2q0Qaon0

乱怒攻流「だからそうだって言ってるじゃない。隠し子の一人や二人いたっておかしくないでしょ。……その、あたしたちみたいなのがいるんだし……?」

愛栗子「まぁそこの背嚢も抱かれておるくらいじゃしの」

乱怒攻流「もー!」

乱怒攻流の恥じらいもよそに愛栗子は身も蓋もなく紺之介を納得させてみせた。

紺之介「なるほどな。俺も父からそのような話を聞いたことがある。まさか本当にあったとはな」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:43:32.95 ID:/2q0Qaon0
紺之介「しかし何故また二歳児が刀を……こちらはもっと謎だな」

愛栗子「さあの。それこそ紺、ぬしと同じようなものではないか」

乱怒攻流「なわけないでしょっ」

茶屋に入れぬ不満を隠しきれず話を適当に畳もうとする愛栗子に乱怒攻流が冷静な突っ込みを入れる。

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:44:13.76 ID:/2q0Qaon0
乱怒攻流「そのことに関しては奴の持ち主が一枚噛んでると見て良さそうね。奴は刀なんか興味ないにしろ、持ち主があんたや庄司みたいなやつってのはありえる話でしょ」

紺之介「さっきの話が本当ならそれは失敬だぞ乱。やり方が気に食わん……正々堂々と『己の魂-かたな-』を賭けた決闘にて得た一振りと、夜間に不意打ちで得た物との価値を一緒にするな」

紺之介の瞳に宿る確かな侍魂に乱怒攻流はいつもの呆れを覚えつつも微量ながら敬意も感じてしまうのであった。

乱怒攻流「そ、そう……それは悪かったわね」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:45:15.53 ID:/2q0Qaon0
燃やした瞳のまま紺之介は握り拳を作り謎の使命感を帯びていた。

紺之介「気に食わん奴だ。今晩にでもその腐った精神を叩き直してやるッ……愛栗子、乱。今夜は鞘に直って俺に協力してくれ。夜道に出てその刀狩りとやらをおびき寄せる」

乱怒攻流「はいはい。奴が関わってるのは間違いなさそうだし、仕方ないわね」

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:45:43.54 ID:/2q0Qaon0
彼の熱意に押されあっさり承諾した乱怒攻流だったが、彼女とは違い愛栗子は膨れ面のまま茶屋の暖簾を指差していた。

紺之介「……分かったよ」

愛栗子「わかればよい」

さすがの紺之介も察したのか短いため息を一つ吐くと茶屋の暖簾をくぐった。




紺之介一行に束の間の休息が訪れる。
無事茶居戸に到着し次にやるべき方針も決まり、そこにいる誰もが心を緩めたことによって彼らは誰一人として気づかなかった。

同じく幼刀の噂に釣られてそこへ訪れた、邪悪な視線に……
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:46:28.27 ID:/2q0Qaon0
………………

紺之介「静かな夜だ」

茶居戸の深い夜。腰に幼刀愛栗子-ありす-と幼刀乱怒攻流-らんどせる-を差した紺之介は久しく独りの夜の中にいた。

彼の耳が妙に音を拾わなかったのは普段聞いていた幼女たちの声のせいかもしれない。

紺之介(一人で三本も太刀を携帯している奴を見かければさすがになんらかの動きは見せてくるだろう)
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:47:27.73 ID:/2q0Qaon0
紺之介一人雑木林の方向へと歩を進めていく。地擦る草履の雑音だけが夜道に何度も刻まれる。

一擦り、二擦り、一擦り、二擦り

その中で紺之介はある異変に気がついた。

一擦り、二擦り……ここで紺之介歩み止めたり。

三擦り。

紺之介(いるな)

彼あえて振り向かず、愛刀に手をかけソレの出方を伺う。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:48:46.61 ID:/2q0Qaon0
紺之介が歩みを止めてから十と経過した後、それは突如俊敏に動き始めた。

紺之介「……!」

一擦り、二擦り……三、四、五六七八

「ウラァ!!」

紺之介「ふんっ!」

紺之介ついに振り返りソレの振る鋭い鋼を受けかち上げる。

初撃弾き合い互いに間合いを取り向き合う。
彼が両腕で太刀構え刃先向けた先に立つは黒髭の濃い筋骨隆々の男。

対面の彼もまた紺之介の姿を確かと視界に捉え不気味に笑みを浮かべる。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:49:43.56 ID:/2q0Qaon0
「強ぇな」

紺之介を簡潔かつ一言で褒め称えた彼の言葉に紺之介の口は噤まれた。

『対面の者が強者であること』

そのことへの賞賛の言葉は紺之介の口からも漏れかけていた台詞であった。

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:50:24.12 ID:/2q0Qaon0
しかし彼らの間で違ったのが余裕の差異である。

髭の濃いその男はその言葉を口にしても尚余裕に満ち溢れていた。故に推測される。その言葉の持つ言霊は『悦』

一方紺之介の口から出かかったソレの源は『恐れ』

その余裕の差を悟られぬよう瞬時に口を噤めたのは彼の自尊心が成せた技だろう。
ここで本能のまま対面の男を讃えてしまうのは悪手そのもの、彼らの力量差が互いに知れてしまうからだ。

『今はまだ互角の覇気を纏わねばならぬ』という紺之介の意地が、彼の柄を握る手に力を入れさせた。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:51:33.56 ID:/2q0Qaon0
紺之介はらしくなしに彼に若干の恐怖を抱いていた。

紺之介(なんだ……こいつっ……)

髭の男の面構えの中には禍々しい狂気たる何かが渦巻いており、それを紺之介は本能的に感知したのである。

目の前の男は一体何者なのか……己の中にある問に簡易的な答えを与えるために彼は男に質問した。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:52:42.98 ID:/2q0Qaon0

紺之介「『刀狩り』か?」

「いいや、違うぜェ」

紺之介(刀狩りじゃないだと!?)

理解し難き回答に紺之介の背筋が強張る。
その状況は彼が困惑するのも当然と言えた。

紺之介(こいつがもし本当に刀狩りではなかったとして、なら何故俺を襲った……? このような一撃刹那でやり手と分かるような男が、何故)

急な強襲。予期せぬ強敵との邂逅。

それらの出来事が着実に紺之介の冷静さを崩していき彼から遠回りな問いを選ぶ余地を奪っていった。

紺之介「なら、何故俺を襲った」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:53:36.39 ID:/2q0Qaon0
「あ゛? んなモン強そうだったからに決まってるじゃねェか」

紺之介「は……?」

男の返事に紺之介の額は多くの汗に濡らされる一方である。彼の募り募った焦りはとうとう確信へと迫った。

紺之介「お前……何者だ!」

「……弱えヤツに名乗る名はねェがまぁ、てめェならいいか……」

もう一度紺之介を強者と賛美しつつも男は構えていた太刀を肩に担ぐ余裕を見せ、低い漢声で名を語った。

源氏「オラぁ、源氏-ゲンジ-ってんだ」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:55:17.83 ID:/2q0Qaon0
紺之介「源氏……」

紺之介はそう呟いて己の旅の記憶を辿りつつ彼が何者なのかを改めて模索し始めた。

まだ信用ならなかったのだ。『全くの他人を一目見ただけで強者と決めつけ尚且つそれだけを理由に斬りかかる』彼の心情を。

紺之介(何処だ? 何処でヤツと俺は会った……露離魂町にこんなやつは……なら夜如月、、いや違う。しかし導路港にもこんな男は……)

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:56:00.06 ID:/2q0Qaon0
源氏「なァもういいか? 三つも質問に答えてやったんだ。そろそろ殺し合ってくれたっていいよなァ!!!」

紺之介「っ……!」

紺之介が納得いく結論を出す隙もなく源氏は再び彼に太刀を下す。二度目の一撃は不意に来た先ほどの物より重く、紺之介の愛刀に威圧抑圧重圧がのし掛かる。

しかしさすがに紺之介も腹を括る。源氏という人間の行動に意味を求めるのを諦め、ただ目の前の『敵』を退けると決意した時。彼の中の『剣豪の血』が完全に目を醒ました。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:57:07.18 ID:/2q0Qaon0
源氏「うぉっ」

自らにかけられた源氏の体重を利用し彼の剣を引き寄せてから滑らせ彼が前のめりに躓きかけたところを素早く右にかわし側背を取る。

紺之介(もらった……!)

それは紺之介から見れば確実に決着の一太刀ととらえられたが曲者源氏やはり只者ではなし。

彼はなんとほぼ猫背の状態から右腕だけで太刀を振り上げてそれを完璧に受けてみせた。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:00:20.88 ID:/2q0Qaon0
紺之介「何ッ!?」

源氏「予想以上におもしれェじゃねぇか……この感じは久しぶりだぜ」

そのまま片腕だけの力で紺之介の太刀をはねのけると紺之介の空いた懐に猪のごとき獰猛な突きを放つ。
が、それは紺之介の神業的反応速度が功を制し間一髪逸らされたことによって着物ひと裂き程度の傷で収められた。

文字通り紺之介の隙を突いた源氏の攻撃であったが、小舟の一戦で突きによる反撃で一度命を亡きものにしかけた紺之介にとってそれは想定範囲内の出来事だったのだ。

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:01:47.83 ID:/2q0Qaon0
だが無論片腕のみで渾身の一振りを受けられたことは想定外である。一度後足で引いた紺之介の表情はより余裕の無いものに変わっていく。

そこから一太刀、また一振りと源氏との攻防を交わしていく中で紺之介の心拍数は上昇していった。

紺之介(この戦い……冗談抜きに命を落とすことになるかもしれんな)

それでも尚腰の愛栗子乱怒攻流の柄を触る手はなし。

彼は決して幼刀を最後の切札として出し惜しみしているのではない。幼刀をその戦場に立たせるという発想自体が皆無なのである。

202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:02:41.40 ID:/2q0Qaon0
しかし当然源氏にはそんな彼の思惑を知る由も無し。彼は次第に疑念のこもった目で紺之介の腰刀を睨むようになった。

源氏「……それ、抜かねェのか?」

一人の侍が脇差でもない刀を三本も携帯していることは非常に稀である。よって源氏の強者を求める血が疑ったのは紺之介が多刀の使い手であるということであった。

となればより強き者との戦を望む彼にとって紺之介がそれを抜かぬとするのは切歯扼腕の怒りである。
源氏は紺之介にそれを抜刀するように促した。

源氏「抜けよ……じゃねェと、てめェまるでソイツを護って戦ってるみてぇじゃねェか」

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:03:08.76 ID:/2q0Qaon0
源氏の言葉に紺之介はつい口元を緩めた。彼の言葉によってやっと自らが幼刀を戦わせることを全く考慮していなかったことに気がついたのである。

だが源氏が刀狩りではないと分かっている以上事実を語る義理も無しと紺之介は引きつった笑みのまま己の剣を示した。

紺之介「当たり前だ。俺の剣は父から譲り受けた護衛剣術……故にそれが誰かであれ刀であれ己の命のためであろうと護るためにこの剣を振るのみよ」

204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:03:37.66 ID:/2q0Qaon0
源氏「護衛剣術……」

源氏の眉が歪む。彼は何かを思い出したかのように左人差し指でその眉をかいた。

紺之介(……なんだ?)

そしてやがてもう一度にやけると一人頭の痞えが取れたかのように呟いた。

源氏「てめェ……最高-もりたか- が言ってた倅ってヤツか……? どおりで久しぶりの感覚を味わえたわけだ。なげぇこと待ったぜオイ」

瞬間、紺之介は目を見開いて驚愕した。あまりの出来事に柄から離れかけた力をぐっと入れ直す。

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:04:13.81 ID:/2q0Qaon0
紺之介「もり、たか……だと……何故お前が、お前が……!」

紺之介が平常心を失ったのは他でもない。源氏の口から出たその人物の名は……

紺之介「父の名を!」

紺之介の実の父親の名である。

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:04:42.54 ID:/2q0Qaon0
源氏「何故ってそりゃあよォ……」


源氏が次に口を開いた時、刀狩りの噂が呼び寄せた運命がついに交差した。


源氏「その最高が……俺に幼刀児子炉-ごすろり-を託したんだからなァ!」


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