傘を忘れた金曜日には.

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 23:02:20.10 ID:w8k2cM92o

「……なあ、カレハ。どうしてきみは、俺をこっちに連れ戻してくれたんだ?」

「……見たかったんですよ」

「なにを」

「自分が座する場所を、当然の権利として受け取っている人間が、それを奪われる姿を」

 葉擦れの音が、まだ続いている。
 あいつは起きている。眺めている。聴いている。

「奪い返す姿が見たかった」

「……」

 いま、そこにいるのか。

「なあ、聞こえるか」

 そう、俺はおまえに話しかけてるんだ。

「俺はおまえを、殺しにいく」

 そうすることで、俺は俺を取り戻す。


103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 23:03:07.89 ID:w8k2cM92o





 翌日、俺は朝早くに登校した。

 携帯にはいくつか連絡が来ていた。

 ましろ先輩、大野、ちせ、怜、ちどり、どうしてかわからないけれど、みんなから来ていた。
 俺はそのどれもを見なかった。決意が鈍るのが怖かった。

「あなたも、苦しいでしょうね」

 と、俺と一緒に歩きながら、カレハが言う。

「どうして」

「あなたは本来、人を殺すような人間ではないでしょう」

「……だから、どうしてそう思うんだよ」

「あなたが、やさしい人間だからですよ」
 
 俺は答えなかった。
 俺がちどりと一緒に拾った、あの猫。

 純佳がかわいがっていた、あの猫。

 あの猫が死んだとき、俺はそばにいてやれなかった。

 あんな思いを、もう二度としたくない。
 そう思った。

 俺は、東校舎へと向かう。渡り廊下を過ぎ、部室の前に立つ。

 壁に、視線を向ける。

 そこにある絵。空と海とグランドピアノ。

 そこに“あるはずの”絵が、なくなっていた。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 23:03:37.08 ID:w8k2cM92o
つづく
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/16(金) 08:00:20.75 ID:u+Ado5m+0
おつです
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/16(金) 08:38:47.08 ID:+1Fe61xWo
そうくるかー
おつです
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/16(金) 10:08:52.85 ID:y83n9CY9O
乙です、絵は誰かが先回りして隠したのかな
そんなことが出来そうなのはさくらくらいだけど
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/16(金) 16:16:31.73 ID:+J/hcUn+O
おつです
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 00:18:32.77 ID:6pLiCB1W0
おつです
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:49:38.41 ID:GquhK0b0o



 文芸部の部室を出て、教室に向かう。

 どうして、絵がなくなっているのか、それがわからない。

 誰かが移動したとしか考えられない。でも、何のために?
 昨日、俺が帰ったあと、何かの話し合いが行われたのだろうか。

 だとしたら、携帯に来ていた連絡は、それを知らせるものなのか?

 いずれにせよ、大野が登校してくれば話を聞けるだろう。
 
「……思うように回らないものですね」

 きみはどう思う、とカレハに訊ねてみる。

「わかりません」とカレハは言う。

 先回りして、誰かが絵を隠したのだという気がする。

 けれど、何に先んじて、絵を隠すというんだろう。

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:50:33.59 ID:GquhK0b0o

 俺の様子がおかしい。そこまでは、気取られても仕方ないことだ。
 けれど、俺が絵に何かをしようとすることまでは、誰にも分かるはずはない。

 だとすると、絵を移動させる理由は、少なくとも俺とは関係ない、はずだ。

 ……そうなのか?
 
 俺は何かを見逃してはいないか?

 教室には、まだ誰も来ていない。俺は、落ち着いて考えてみることにする。

 何のために、絵を移動させる必要がある?

 三枝隼としての記憶はある。
 その記憶のなかに、あの絵が誰かの手によって移動させられていたという経験は含まれていない。

 つまりあの絵は、誰にも気にかけられていなかったのだ。
 少なくとも邪魔にはならないし、あってもかまわないものとしてそこに置かれていた。

 なんでもないただの絵としてなら、あの絵を移動させる理由はない。
 
 隠した、持ち帰った、盗んだ、移動させた、そのどれだったとしても、それは絵としての価値からではない。

 とすると、あの絵は、"むこう"への入り口として、移動させられた。

 あの絵が入り口だと知っている人間は、昨日部室にいたメンバーだけのはずだ。

 大野、市川、真中、ちせ。

 あの四人のうち誰かが、あるいは、あの四人全員が、どこかに絵を運んだ?
 だとすると、携帯に入っていた連絡は、それを俺に伝えるため、あるいは、それについての意見を俺に訊くためだったのだろうか。

 やはり、あの四人のうちの誰かと会わなければ、結論は出ない。

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:51:43.07 ID:GquhK0b0o

 俺は、携帯を取り出して、メッセージの内容を確認する。

「具合はどうだ」大野。

「元気?」ましろ先輩。

「起きてますか?」ちせ。

「瀬尾さんのことはどうなった?」怜。

「起きてますか?」これはちどり。

 ……みんなバラバラに、似たような内容だ。

 これは参考になりそうにない。今から突然連絡を返すのも、おかしいだろう。

 困ったことになった、と俺は思った。
 ひとまずそのまま、大野が教室にやってくるのを待った。目的があってしたことなら、あちらから話してくるはずだろう。

 
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:52:10.22 ID:GquhK0b0o

 大野は、十五分ほど経ってやってきた。

「おはよう」と大野は言った。

「ああ」と俺は返事をする。

「具合はどうだ?」

「ああ、いくらかマシになったよ」、ということにしておこう。
 
 本当は音がうるさくて仕方なかった。

「……」

 大野が何かを言ってくるのを待ったけれど、何も言ってこない。
 どういうことだろう。

 かといって、ここで絵のことを自分から訊ねるわけにはいかない。

 可能性が低いとはいえ、万が一、なんらかの形で、“絵を俺の見える位置に置くこと”を危惧して隠されたとしたら、
 俺が絵のありかを訊くことは墓穴を掘ることに繋がる。

 今の俺が絵が存在しないことを知っているとしたら、朝のうちに部室に行ったことになる。
 そうなれば、何の為に部室に行ったのか、という話になってしまうのだ。

 忘れ物をした、と言い訳したとしても、「俺が絵に何かをしようとした」ことに勘付かれていたとしたら、効果はないだろう。

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:52:52.84 ID:GquhK0b0o

「……昨日は、あのあとどうした?」

 そう訊ねると、大野は肩をすくめた。

「……特には」

 少し挟まれた間が、どんな意味を持つのか考える。
 なにかがあったのか? それとも、本当に何もなかったのか?
 少し疑わしく見えたが、疑念を持っているからそう見えるのか、本当にそうなのか、区別がつかない。

「そうか」と俺は頷いた。

 大野は、絵が文芸部室からなくなっていることを知っているのか? 知らないのか?
 ……参った。これは難儀しそうな展開だ。

「進展は、やっぱりなかったんだな」

「ああ」と大野は頷いた。
 
 何かを隠しているようにも見えるが、わからない。

 結局、大野からはなにひとつ聞き出せなかった。

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:53:18.70 ID:GquhK0b0o




「厄介ですね」とカレハが言った。

 どう考えるべきなのかが、わからない。

 昨日まで、部室にいたメンバーの基本的な考えはひとつだったはずだ。
 
 瀬尾青葉の無事を確認すること、そのために、“むこう”に行くこと。
 それが昨日、俺がいなかった間だけで、変化するとは思えない。

 誰が、何の為に、絵を移動したのか?

 その理由は、やはり、あの四人にはないような気がする。

 昨日の夜のうちに携帯に来ていた連絡には、意味があったのだろうか?

 ましろ先輩から連絡があったのは、前日の、偽物とのやりとりで心配していたから、とは考えられる。
 ちどりから連絡があったのも、おそらく、昨日会ったときの行動について、不思議がられたからかもしれない。
 怜からの連絡も同様だと言える。瀬尾青葉の件についての報告を、偽物は怜にしていなかった。
 ちせと大野は、単に様子がおかしかった俺を心配していたのだろうか。

 とすると、連絡が重なることは珍しいが、おかしいと思える部分はない。

 こうして考えていても、埒が明かない。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:54:23.36 ID:GquhK0b0o




 昼休み、俺は一年の教室へと向かった。
 
 真中とちせには、会って確認するのが一番早い。

 幸い、昼休みになってすぐに教室にむかうと、彼女たちはまだ自分たちのクラスに居た。

「やあ」と俺が声をかけると、最初に返事をくれたのはコマツナだった。

「こんにちは、先輩」

「……せんぱい」

 真中とちせは、微妙な顔をしていた。

 ……やはり、なにか勘付かれているのか?
 あるいは、昨日のやりとりで、気まずさを感じているだけなのか?

「昨日は悪かったな」と、俺はとりあえず口に出してみた。

 ふたりは、気まずそうに頷いた。やはり、どちらなのか判別がつかない。

「……ううん。わたしのほうこそ言い過ぎた」

 真中が謝ってくれても、俺は素直にそれを受け取れる状態じゃない。

「隼さん、今日は体調いいんですか?」

「まあ、普通だな」
 
 ちせの言動もやはり大野と大差ない。

「昨日はあのあとどうだった?」

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:55:26.82 ID:GquhK0b0o

 似たような質問をぶつけてみても、ふたりの反応はやはり芳しくない。

「どうもこうも」と真中は言う。

「せんぱいが帰ってからも、べつになんにも。結局昨日も、やっぱりあっちにはいけなかったし」

「そっか」

「鈴音先輩の話を聞いてたら、やっぱり瀬尾先輩のこと、心配になってきたけど」

「うん……そうだな」

 真中の様子には、やはり変なところはない。
 ちせはどうかと見てみるが、彼女は何も言わなかった。

 ただ、表情を見ると、やはり心配そうだ。瀬尾のことが、気にかかっているのだろう。

 ……第一、絵を移動させると言っても、あんなものをどこに移動させるというんだろう。
 どこかに隠すにしても、持ち歩くには不便なものだ。
 
 鞄に入るかどうか。……大きめのリュックサックかなにかなら、入らないことはないか。

 とはいえ、“むこう”に渡る入り口である絵を持ち歩くなんて、リスキーにもほどがある。
 理由がなければ、誰もそんなことはしないはずなのだが……。

 いや、あるいは……そのようなリスクを、そもそも考慮せずに持ち運んだ可能性は、ないでもない。
 そういうことをしそうな人間も、いないわけではないのだ。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:55:55.80 ID:GquhK0b0o



 昼休みはそのまま屋上へと向かった。

「思ったんだけど」

「はい」

「これ、“さくら”の仕業とは考えられないか?」

「……さくら、ですか」

 カレハは考え込むような表情になった。

「実は昨日、あなたと別れたとき、わたしは校内でさくらの姿を探したんです」

「……ふむ」

「でも、さくらのことは見つけられなかった。どこにもいなかったんです」

「それって、隠れてただけってわけじゃないのか?」

「実は、それもわからないんです」

「どうして?」

「今までは、“繋がり”によってさくらの位置が分かったんですが、今はわからなくなってるんです」

「……ふむ?」
  
「つまり、今のきみには、さくらが見ているものが見えていない? 今までは見えていたのに?」

「はい。そういうことになります」

 ……それって、なにか変だ。
 さくらは消えてしまったのか? それとも、カレハと入れ替わったのか?
 何の答えも出せそうにない。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:56:31.44 ID:GquhK0b0o



 とはいえ、さくらとの繋がりがカレハに存在しない以上、“さくら”の側からも、カレハの感覚が伝わったとは考えにくいかもしれない。
 つながりは、少なくとも、俺と偽物にとっても相互的なものだった。

 それとも、俺にはさくらが見えなくなっただけで、さくらは今もそこにいたりするのだろうか?
 それもまた、確認のしようがない。

 さくらは居なくなったのか、隠れているのか、それとも俺には見えないのか。

 考えなければいけないことが多すぎる。

 最後のひとり、市川は、放課後に見つけられた。

 彼女は二階の渡り廊下のベンチに腰掛けていた。

「やあ」と声をかけると、「うん」と短く返事がかえってくる。

「今日こそ、むこうに行けるといいね」

 その言葉で、やはり市川でもないのだと俺は察する。

 でも、そうだとすると、いったい誰が絵を動かしたんだ?
 ……まあいい。

 それも、部室に行けば分かるだろう。

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:57:05.15 ID:GquhK0b0o



 そして、部室には、当然のように絵が壁に架けられていた。

 どういうことだ? と、俺はカレハに訊ねる。

「たしかに、朝は、なかったはずです」

 部員たちは全員、そこに絵があるのが当たり前のような顔をしている。
 誰も、おかしなことがあったと思っていない雰囲気だ。

 ……じゃあ、こういうことになる。

 誰かが絵を持ち出し、
 元に戻した。

 それは決して不可能なことじゃない。

 でも、それは何のために行われたんだろう?

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:57:59.08 ID:GquhK0b0o



 その日も結局、めぼしい収穫はないままに部活を終えた。

 けれど、ここでひとつ、いつもと違うことが起きた。

「部室のことなんだけど」と言い出したのは市川だった。

「これから、帰るときに鍵をかけておくべきだと思う」

 この提案は、今の俺にはひどく疑わしいものだった。

「なぜ?」と俺は訊ねる。

 市川は当然のような顔で理由を説明した。

「考えてみれば、この絵は“むこう”に繋がってるんだよね。
 それで、なにか条件が整えば、むこうに迷い込んでしまう。
 だとすると、鍵を開けっ放しにしていたら、誰かがむこうに行ってしまうこともあるかもしれない」

 ちょうど、ちせさんみたいにね、と市川は言う。

「たしかにな」と大野が頷いた。

「今のところわたしたちは再現できないとはいえ、危険性がある以上、対策を打っておくに越したことはないんじゃないかな」

「でも、それだと、青葉さんが戻ってきたときに、部室から出られないんじゃないですか?」

「……一晩くらいなら、仕方ないかも」

 ずいぶん雑な話だ、と俺は思った。

「土日を挟む時はどうする?」と俺は訊ねる。

 今日は金曜日だ。

「……どうしようかな。誰かが様子を見に来ようか?」

「……それもありかもしれないですね」と真中が言った。

「じゃあ、とりあえず明日はわたしが来るよ」

 この一連の流れをどう捉えるべきなのか、俺にはわからない。

 ただ、ここで反対意見を口にするのは、さすがにリスクが高いように思えた。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:58:26.10 ID:GquhK0b0o




「どうしますか」

 解散になったあと、校門にひとりで歩いていく途中で、カレハがそう訊ねてくる。

 状況はわからないが、仕方ない、と俺は答える。
 ひとまず、絵の謎については置いておこう。

 やることは変わらない。

 瀬尾のことは後回しにして、偽物を殺すのを優先するべきだ。

 誰かが何かの為にしたことだとしても、機会はまたあるだろう。
 昨日まで何も起きていないのだから、今日、事態が急に変わるとも思えない。
 
 瀬尾はまだこちらには帰ってこない可能性が高い。

 とすると、今日はもう別のことを考えるべきだ。

「ねえ」

 と、校門まで出た途中で、声をかけられる。

 振り返れば、真中が息を切らして立っていた。
 追いかけてきたらしい。

「ね、せんぱい、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「ん」

「……スワンプマンって言葉、聞き覚え、ある?」

「──」

 どうして真中から、そんな言葉が出るのか。
 なにもわからずに、俺は、とっさに、

「……なんだ、それ」

 と返事をした。

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:59:01.65 ID:GquhK0b0o


 その瞬間、自分がなにかとてつもない失敗をしてしまったという気がした。
 なにか、致命的な失敗を、俺は、いま、した。

 真中は、傷ついたような、不安そうな表情で、俯いた。

「……そっか」

 彼女は、無理につくったみたいに笑った。

「じゃあ、いいんだ。それじゃ、また明日ね」

 そう言って、真中は校舎へと引き返していった。

 俺はいま、なにか、致命的な失敗をした。
 けれど、それがなんなのか分からない。

 ……やることは変わらない。

 あの森に向かい、偽物を殺す。

 それ以外に、俺がすべきことはない。

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 00:59:41.62 ID:GquhK0b0o



 家には帰らずに、そのまま坂道を昇る。

 坂の途中で、ぽつりと雨が降り出したことに気付く。

 鞄の底に、折りたたみの傘が入れっぱなしになっているはずだ。
 そう思って鞄をあさったけれど、見つからない。
 
 ……雨が降ったときに一度使って、そのまま出しっぱなしにしていたのだろうか。

 制服が濡れると面倒だが……早く済ませてしまいたい。
 それに、激しくなりそうにもない。

 俺は公園へと向かう。あの噴水。そこから、あの森に向かう。

 ……無事に帰って来られるだろうか?

 俺は、木立の奥へと足を踏み入れる。

 木立の奥には、以前と変わらず、噴水があり、
 そこに、

 泉澤怜が立っていた。

「やあ」と、怜は手をあげる。

 俺は、答えを返せない。

「偶然だね」と彼女は言う。それが本当なのか、俺にはもうわからない。
 どうして怜がここに居る?

「ひとつ、隼に聞きたいことがあったんだ」

 俺の表情なんて意にも介さないというように、怜は言葉を続ける。

「きみは、三枝隼だよね?」

 そんな言葉を。俺が返事をできずにいると、彼女は続けて言い直した。

「きみは、ぼくが知っている三枝隼だよね?」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/17(土) 01:01:02.57 ID:GquhK0b0o
つづく
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 01:22:50.53 ID:QpzMoZr4O
乙です
絵のことを知ってるのは四人以外にもう一人いるよな
真中がスワンプマンの話を知ってる理由はわからない
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 07:19:44.87 ID:DgKNGIF4O
おつです
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/17(土) 21:13:43.29 ID:9CZK1oY60
おつです
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/17(土) 21:15:16.36 ID:9CZK1oY60
カレハはマシロ先輩と接触する気は無いのかな。
カレハはそれが目的でこちらの世界に来たかったと思ったけど
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 22:39:11.04 ID:xfbuZvhdO
ようやくスレタイの傘を忘れた金曜日になったということは、展開が大きく動くのか?
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:03:42.13 ID:pbN2WV+bo



「体調が悪い」と言って隼さんが部室を出ていったあと、残されたわたしたちは少しのあいだ途方に暮れました。

 さっきまで鋭い口調で隼さんを問い詰めるようにしていた市川先輩は、今は口を閉ざしてしまっています。 
 大野先輩も、柚子も、そうです。

 こういうとき、わたしはこの部内の人間関係の"危うさ"のようなものを見つけた気持ちになります。
 
 柚子から聞いた話だと、この部のオリジナルメンバーはそもそも、青葉さんと隼さんだけだったと言います。
 厳密には市川先輩は幽霊部員であり、大野先輩は隼さんの友達でしかなかったのだと。
 
 そして柚子が入部したのは、本来隼さんがこの部に居たからでしょう。
 わたしに至っては、関係者と言えなくはないかもしれませんが、部にはまったく無関係の人間です。

 青葉さんがいなくなってしまう前、この部がどんな雰囲気だったのか、わたしにはわかりません。
 それでも部誌まで発行したと言うのだから、少なくとも今のようではなかったのだと思います。

 話をさっきまで牽引していた市川さんが、「どうしたもんだろうね」と呟きました。
 誰もその言葉に続きを投げかける人はいませんでした。
 それもさして不思議とは思えません。この場にいる人たちは、みんなそういう人たちなのです。

 仕方なく、というわけでもなく、わたしは口を開きました。

「隼さん、どうしたんでしょうか」

132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:05:20.19 ID:pbN2WV+bo

 わたしの問いかけに、市川さんは肩をすくめました。

「様子が変なのは、たしかだけどね」

 返事をしたのは柚子でした。

「そう、変なんです、せんぱい。今朝からずっと。昨日までもおかしかったけど、そういうのとはまた別に」

「……なにかあったのかもね」

 他人事のような調子で、市川先輩が呟きました。

「なにかって、なんだと思いますか」

「さあ。少なくとも、"むこう"に行くことには、消極的になってるようには見えたけどね」
 
「……無理もないのかもしれないな」と、今度は大野先輩。

「"むこう"のことを俺たちに説明したとき、あいつは言ってただろ。
 以前行ったときには、『二週間取り残された』って。怯える気持ちも、当たり前といえば当たり前だ」

「でも」と今度は柚子が言いました。

「そこに青葉先輩がいるなら、せんぱいはそれでも行くって言うはずです。
 さっき鈴音先輩が言ったとおり、青葉先輩はひょっとしたら、帰ってこられなくなってるのかもしれない。
 そう聞いて、あんなふうな態度になるのは、やっぱり……」

 せんぱいらしくない、と、柚子は続けたかったのだと思います。
 それを言えなかったのは、きっと柚子なりに、さっき隼さんに言われた言葉を気にしているからでしょう。

133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:06:38.86 ID:pbN2WV+bo

「たしかに、あいつらしくない」

 と、大野先輩が続きを引き受けました。

 実のところ、わたしもそう考えてはいました。
 今日の隼さんの振る舞いは変だったのです。
 
 昼休みに会ったとき、あんなふうに柚子のことをからかったり、購買のクリームパンを羨ましがったり……。
 そんなふるまいは、わたしの知っている隼さんとは、かけ離れているように思えたのです。

 けれどわたしは、それと"らしくない"と思えるほど、隼さんのことを知っていたわけでもないのですが、
 付き合いの長い大野先輩や柚子がいうのなら、きっと、本当に、いつもとはどこか違ったのでしょう。

「……聞いても、教えてくれないだろうな」

 そう、それもきっとそのとおりなのでしょう。

 短い付き合いですが、隼さんが韜晦ばかりの人だということは、わたしにもわかります。
 
 わたしはそのとき、昨夜、ましろ姉さんと話したことを思い出しました。

134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:07:05.83 ID:pbN2WV+bo

 姉さんは昨夜、とつぜんわたしの部屋にやってきて、とつぜん、

「さいきん、隼くんの様子はどう?」

 と訊ねてきたのでした。

「どうって?」とわたしが聞き返すと、姉さんは何かを言いあぐねるような顔をしました。

「……さっき、電話したんだけどね。なんか、変なこと言ってたから。
 さいきん、どんな調子なのかと思って」

 わたしはそのとき、ちょっといろんなことを考えました。
 少なくとも昨日の段階では、隼さんは、様子が"変じゃなかった"とまでは言えないまでも、目に見えておかしいところはなかったのです。
 ですから、

「特にそういう感じはしなかったけど……」
 
 と答えました。

 姉さんは、「そっか」と短く答えてから、なにか考え込むような顔つきになりました。

「どうかしたの?」

「ううん。……なにかおかしいところがあったら、わたしに知らせてくれる?」

 そう、姉さんはそう言っていました。
 昨夜、姉さんは隼さんとお話していたのです。

135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:08:00.74 ID:pbN2WV+bo


「……」

 わたしはそこで考えました。
 姉さんは、隼さんの、こう言ってよければ、変化について、なにか心当たりがあるのではないのでしょうか。
 いえ、なかったとしても、姉さんならきっと、なにかこのタイミングで必要になる言葉をくれるかもしれません。

 そういった、いわば、「虫の知らせ」のような直感を、姉さんはときどき発揮します。
 ほとんど超能力のようだと、妹のわたしは思っていました。

「少し、席を外しますね」

 わたしがそう声をかけると、先輩たちも柚子も、不思議そうな顔をしました。

「すぐに戻ります」とだけ言って、わたしは部室を後にしました。

 文化部部室棟である東校舎には、あまり人通りがありません。
 とはいえ、なかには部室に顧問の先生がいる部もあるでしょうから、廊下で堂々と携帯を使うのは考えものです。
 わたしは屋上に繋がる階段を昇りきると、扉に背をもたれさせて電話を取り出しました。

 三コールほどで、姉さんは電話に出てくれます。

「もしもし?」と声をかけると、「ただいま留守にしております」と返事がかえってきます。
 三コールで留守電に繋がる携帯電話というのもないものです。

 ていうか、携帯電話なのに「留守」という表現がそもそもおもしろいんだよね、とわたしは思うのですが。

「姉さん、少し聞きたいことがあるんだけど」

「留守電だよ」

「あのね、隼さんの様子が、ちょっと変だったの」

「……変って?」

 こういった種類の対応にも、慣れたものです。

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:09:18.65 ID:pbN2WV+bo

「なんだか、昨日までとぜんぜん様子が違ってて。みんなで、変だねって話をしてたんだけど……。
 姉さん、昨日電話したんだよね?」

「……変って、どんなふうに?」

「えっと」

 わたしは少し考え込みました。言語化するのは、少しむずかしいことに思えたのです。
 でも、わたしが最初にへんだなと思ったのは、あの昼休み。

「なんだか、妙に元気で、テンションが高くて……」

「ふむ」

「かと思うと、急に声を荒げたり……口調も態度も、いつもより落ち着かない感じだったかも」

 そう、そういう言い方をしてしまうと、ただ虫の居所が悪かっただけなのかもしれません。
 けれど、市川先輩の推測通り、隼さんが、青葉さんを探すことに消極的になっているという点に関しては、わたしもそういうふうに見えました。

「なるほど。……」

 実のところ、わたしは、青葉さんがいなくなったということも、自分がむこうに言ったということも、姉さんには話していませんでした。
 姉さんが信じてくれるかわからなかったし、うまく説明できる自信もなかったからです。

「ねえ、ちせ」

「うん?」

「青葉ちゃんがいなくなったって、ホントなんだよね?」

 わたしは、隼さんがそのことを話したんだな、と納得しました。

「……うん」

 なんとなく、そのことを黙っていたのを咎められたような気がして、返事をするまで時間がかかってしまいました。
 けれど、その言葉のとおりです。青葉さんは、いなくなってしまいました。

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:10:29.44 ID:pbN2WV+bo

「ちせ、あのね」

 そこで、なにかに気付いたみたいな声を、姉さんはあげました。

「ちせ、"むこう"について、知ってる?」

「……」

 わたしは、さすがに息を呑みました。

「姉さん、知ってるの?」

「……なるほど。ふむ」

 姉さんは、また考え込むような沈黙を置き、やがて、

「隼くんはどうしてる?」

 と訊いてきました。

「体調が悪いって言って、今日は帰ったけど」

「そっか。やっぱり様子はおかしかったんだね?」

「少なくとも、昨日までとは、違うと思う」

「どんなふうに?」

 わたしは、さっきの市川先輩の指摘を思い出しました。

「……なんだか、わたしたちのことを、避けたがってるみたいに見えたかな」

「ちせ、嫌われちゃったのかな」

「……」

「あ、あー。うそだよ、うそ」

「ばか」

「ごめんって」

 ふう、とわたしは溜め息をつきました。

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:11:07.69 ID:pbN2WV+bo

「一度、お互いが知ってることについて、詳しく話をしてみるべきかもしれないね」

「……うん。いま、文芸部の先輩たちと一緒にいるんだけど、どうしよう」

「うーん……」と姉さんは考え込むような顔をしました。

「ね、ところで、なんだけど」

「うん?」

「ちせは、ひょっとして、むこうに行ったの?」

「……」

 行ったよ、ととっさにうまく返事ができなかったのはどうしてでしょう。
 いえ、自分でも理由はわかります。
 
 もし“むこう”に行った言えば、姉さんは、「なにか変なことはなかったか」というようなことを訊いてくるかもしれません。
 わたしはその質問に答えたくありません。
 というより、答えたくないのでなにもなかったというつもりでいます。
 
 もちろん、絵に触れただけであんな場所に入り込んでしまうなんて思ってもみませんでした。
 でも、それ以上に、おかしなことはやっぱりあって、できたらわたしはそれを人に話したくないと思っています。

 思い出すと顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。
 なにが恥ずかしいって、やっぱり最悪なのは、電話を切ることができなかったことです。

 いま考えてみても、隼さんになにか“気付かれていたのではないか”と思うと冷や汗が出そうになります。

 いや、ひょっとして、隼さんは気付いたうえで気付かないふりをしてくれているのではないでしょうか。
 そうだとしても、おかしいとは言えません。あのときのわたしの行動は、かなり怪しかったはずですから。

 ……ううん、だからといって、まさか本当に“そんなことをしていた”なんて、一般常識で考えればありえないわけですから……
 思いついたとしても、真剣に検討することはないかもしれません。
 深く考えずにいてほしいと願うばかりです。

139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:11:40.92 ID:pbN2WV+bo

 いずれにしても、やはりあの場所には不思議な力が働いている、とわたしは感じました。

 というか、不思議な力が働いていてほしい。

 まったく心当たりがないとは、遺憾ながらわたしも言いませんが、それでも、
 あの場所であんなことをしてしまったのは、あくまでも森のもつ「へんなちから」のせいであって、わたしの性向のせいではないはずなのです。

 そんなわけでわたしは、あの森に不思議な影響力があるという仮説を積極的に信じたいと思っています。
 ないと思いたくない。あると信じたい。でないと、わたしがあの森で“ああなった”ことが、ひとえに“わたしが変だから”ということになってしまうのです。

「うう……」
 
 思い出しても頭を抱えてしまう。ううん、やっぱり何を置いても最悪だったのは、電話を切れなかったことです。
 いえ、まあ、とはいえ、べつに“悪かった”というわけでもないのが悲しいことなのですが。

「ちせ?」と声をかけられて、わたしはハッとしました。そうです。今はその隼さんの様子が変なのでした。

「あ、えっと。なんだっけ?」

「……ちせ。また変なこと考えてたでしょ」

「へ、へんなことってなに! ていうか、またってなに!」

「お姉ちゃんはお見通しなんだからな?」

「見当違いだよ」

 わたしは泣きたい気分でした。
 姉のデリカシーのなさ(わたしに対してだけ)はなかなかのものがあります。

 いいかげん、わたしの部屋に入るときにドアをノックする習慣くらい覚えてほしい。
 じゃないといつか本当にまずい場面が見つかりそうです。

 というより、まあ、それについては、何かに夢中になると周囲のことがおろそかになるわたしの問題でもあるのですが……。

「それで? ちせ、もう一度訊くけど……ちせは、“むこう”に行ったの?」

「……うん」

「そっか」とましろ姉さんは真剣な声でうなずきました。
 ……とっさに気分を切り替えられていないわたしは、なんだか自分が無性に恥ずかしい人間だという気がしてきました。

140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:14:32.26 ID:pbN2WV+bo

 姉さんとの電話を終えて、わたしは部室に戻りました。

 さっきまでと同じように、文芸部の面々は、打つ手なしと言った様子で黙り込んでいます。
 そこでわたしは、姉からの提案を伝えることにしました。

「あの、皆さん、少しお聞きしたいんですけど、このあとの予定って、なにかありますか?」

「予定?」

 怪訝気な顔をしたのは大野さんでした。

「どうして?」

 そうです。まずは目的を伝えるべきでしょう。

「姉が、一度、皆さんにお話を聞きたいそうなんです」

「……ましろ先輩が?」

 このなかでましろ姉さんのことを知っているのは、大野先輩だけです。
 以前、そんな話をしていたはずですから、確かなのでしょう。

「姉は、“むこう”について何かを知っているみたいなんです」

「ましろ先輩が……?」

「はい。それで、一度相談してみるのもいいかもしれないと思うんですが……」

141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:27:47.88 ID:pbN2WV+bo


「だけど今日は……あいつ、帰っちまったしな」

「……これは、おそらくなんですけど」

 わたしは、あくまでも想像である、とことわったうえで、言葉を続けました。

「隼さんは、ましろ姉さんに、今回のことについて相談していたんだと思います」

 大野先輩は、わたしの言葉にすっと息をのみました。
 姉さんは青葉さんがいなくなったことを知っていました。
 そのうえ、“むこう”のことも知っていたのだから、そうなのでしょう。

 大野先輩は苛立ったように髪をかきあげて、

「……あいつは本当に秘密主義者だな」

 と呟きます。

「それと、姉はどうやら、昨日の夜、隼さんと電話したらしいんです。もしかしたら、隼さんの様子についても、なにか知っているかもしれません」

「……電話」

 そう繰り返したのは、今度は柚子でした。

 まだ、出会ってから日が浅く、一緒に行動するようになったのもつい最近のことですが、こういうときの柚子はとてもわかりやすくていじらしいくらいです。
 それだけに、心配になるのは、仕方ないことでしょう。

「どうでしょうか。わたしだけでも、とにかく姉さんと話したい、とは思っているんですけど……」
 
 三人は、それぞれに視線を重ね合って窺い合うようにしていましたが、やがて、全員が頷いてくれました。

142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 00:30:28.77 ID:pbN2WV+bo
つづく
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/18(日) 00:40:49.06 ID:qmiqmFwM0
乙です。
マルチアングルちせ視点ですか!
この人のSSはたくさん読んでるけど、マルチアングルは始めてじゃない?
いやあ、これは驚いた
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 02:04:54.50 ID:2mozxKmL0
おつです
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 06:21:58.58 ID:4XNYjIxf0
おつです
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/18(日) 09:05:16.87 ID:QSFGc33I0
おつです
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/18(日) 09:06:34.12 ID:QSFGc33I0
ちせはどうしようもない変態なのか
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:14:20.57 ID:pbN2WV+bo




 姉さんとの待ち合わせ場所は、学校のすぐそばの公園でした。
 
 距離の関係で、きっと姉さんのほうが遅れてくると思ったのに、わたしたちがついた頃には既に、
 姉さんはすべり台のてっぺんに腰掛けて、おだんごを食べていました。

 こちらに気付くと姉さんは、

「や、早かったね」

 と言って、串を持った手を軽やかに振りました。

「お久しぶりです」と大野先輩が声をかけます。
 こんな突飛なことをしても、慣れた様子で驚かない大野先輩に、普段の姉さんの振る舞いを考えてしまいます。
 
 きっと、学校でもいつもの調子なのでしょう。

 わたしたちが滑り台に近づくと、姉さんはするすると滑り台から滑り落ちてきました。

 それからスカートの裾をパンパンと払います。
 そういうことにあれこれ言うことは、この人には無駄なのです。

「文芸部の皆さんだね。……って、あれ? 大野くん、文芸部なんだっけ?」

「あれ、聞いてませんでしたか?」

「ん、んん。どうかな、聞いてないと思うけど。隼くん、部員が揃ったっては言ってたけどね」

 こうしていろいろと話してみると、やはり、隼さんは秘密主義、とまではいかないまでも、言葉が足りないところがあるように思います。

 とはいえ、わたしもわたしで、姉さんに学校での話をわざわざするようなことはしていませんでしたが。

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:14:46.52 ID:pbN2WV+bo

「えっと、ちせを含めて四人……ってことは、隼くんと青葉ちゃんを除く部員全員だね」

「そうなります」

「姉さん、どうするの?」

「……どしたの、ちせ。とつぜん『姉さん』だなんて」

「……」

「いつもみたいに『お姉ちゃん』って呼んだら?」

 姉さんにはやはりデリカシーに欠けたところがあります。

「……いいでしょ、べつに」

「うん。いいんだけどね」

 だったら言わないでほしい。それはまあ、呼び方にこだわるなんてそっちのほうが子供っぽいとは思います。
 それでもわたしにだって、多少友達や先輩たちの前で見栄をはったり背伸びしたりする気持ちがあるのです。

 いえ、呼びかたが背伸びになっているかどうかは、怪しいところですが。

「……とりあえず、落ち着いて話したいね。どこかに入ろうか」

 そう言って、姉さんはおだんごの最後のひとつをもぐもぐと食べきりました。

150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:15:33.67 ID:pbN2WV+bo




 高校のそばには、うちの学校の生徒がよく利用するファミレスがあります。
 料理は安価でドリンクバーもありますし、席数も豊富なので学生にはもってこいなのです。

 何年か前の世代だと、連日通いつめて席を占領したあげくに大騒ぎをしたというので、学校に連絡が行ったこともあるそうです。
 そのときにうちの学校の生徒は出入り禁止になったのだと聞きましたが、いまはそれもなくなったそうです。
 
 何年か前の世代というか、ましろ姉さんが一年の頃の出来事だったそうですが。

 とりあえずそんなわけで、わたしたちは入店の際、店員さんに止められることもなく入店できました。
 
 テーブル席に座る際、少し迷いましたが、わたしは結局ましろ姉さんの隣に座りました。
 大野先輩と市川先輩、それから柚子が対面になる形です。

 柚子は少し居心地が悪そうでした。

「まあひとまず、ポテトでも頼もうね」

「姉さん」

「ん。ポテトいや?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

「でもほら、店に入ったからには、とりあえず注文しとかないとね」

 それもそうです。席だけ借りるわけにもいかないですから。
 とはいえ、姉さんの態度は、青葉さんがいなくなったと聞いてからも、落ち着き払ったものです。
 
 わたしはそもそも、姉さんが慌てふためいたりした姿をあまり見たことがありません。

 怒ったり、取り乱したり、思い切り泣きわめいたりする姿も。
 
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:16:37.50 ID:pbN2WV+bo

「……まあでも、あんまり食べるとみんな夕食が入らなくなるか。
 ピザとか、みんなでつまめるものと、ドリンクバーくらいにしとこう」

 姉さんはメニュースタンドのそばにあった呼び出しボタンをさっと押すと、やってきた店員さんにぱぱっと注文を済ませました。

 それからテーブルのむこうに座る三人を順番に見て、

「それじゃあ、お話しようか」

 と、ふわりと笑いました。
 いつも思うのですが、姉さんと話していると、重苦しい話も、ふっと緊張がとれてゆるやかに空気が流れ出すような気がします。

「話が聞きたいってことでしたけど……何を話せばいいんですか?」

 大野先輩が、みんなを代表して、姉さんに声をかけました。

 身内であるわたしでは話が進みませんし、他のふたりは面識がないわけですから、自然な帰結でしょう。

「ん」

 姉さんはテーブルに肘をついて、頬杖をつきました。
 どこから話したもんかな、というふうに、思案しているように見えます。

「……えっと、飲み物をとってきます」

「あ、わたしも」

 わたしが立ち上がると、向かいの席の端に腰掛けていた柚子も立ち上がりました。

「先輩たちは何にしますか?」

「ああ、悪い。お茶で」

「わたしも」

「ちせ、わたしオレンジジュースね。今日の気分は柑橘類です」

「はいはい」

152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:17:29.07 ID:pbN2WV+bo

 ドリンクバーに向かう途中で、柚子が、

「不思議な人だね」

 とわたしを見て笑いました。

「変って言ってもいいよ」

「ん。思ってたよりいい人そう」

「……そうかな」

「考えてたの。ましろ先輩ってどんな人なんだろうって。せんぱい、よく名前出してたから」

「……うん」

「ああいう人、せんぱいは好きだろうね」

 困ったみたいに笑う柚子を見て、わたしはきゅっと胸のあたりが締め付けられるような気持ちになりました。
 
「どうかな。隼さんのこと、一方的に困らせてばっかりみたいだったけど」

 と、そんなことを言ってみましたが、柚子は「そうなのかな」と短く言っただけで、それ以上言葉を続けませんでした。

 五人分のコップを運んで戻ると、「ご苦労」と姉さんが偉そうな顔をしました。

「はい、お姉ちゃんの分」

「……ちせ、これはオレンジジュースじゃないよ?」

「ごめんね、なかったの。グレープジュースで我慢してね」

「ええ……」

「もう。仕方ないでしょ? そんなことより、話があるんでしょう?」

「ちぇー」とわざとらしくふてくされた声を出してから、姉さんはストローの紙袋を子供みたいな仕草でちぎりました。

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:17:58.38 ID:pbN2WV+bo


「ところで、蜜柑やオレンジのことは柑橘類って言うけど、ぶどうなんかは何類って言うんだろうね?」

「お姉ちゃん」

「はいはい、分かってるって」

「こちらから質問してもいいですか?」

 埒が明かないと思ったのでしょうか、口火を切ったのは市川先輩でした。

「どうぞ」

「さっき、ちせちゃんから聞いたんですけど、先輩は……」

「ましろ、でいいよ」

「ましろさんは、"むこう"を知ってるんですよね?」

「ん」

 あっさりと、姉さんは頷きました。

「どうして教えてくれなかったの?」

「ちせが知ってると思わなかったもの」

 それは、そうです。
 あまり話の骨を折るのもどうかと思ったので、わたしはそれ以上何も言わないことにしました。

「どの程度知ってるんですか?」

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:19:15.44 ID:pbN2WV+bo

「ん。そうだなあ。わたしは昔から"むこう"に通ってたんだ」

「通っていた、っていうと、出入りしていた、ってことですか」

「うん。隼くんから聞いたかな? あっちへの出入り口は、たくさんあるんだ」

 隼さんはたしかに言っていました。入り口は、あちこちにあると。

「わたしはなんでか、昔から"むこう"に行くことができたんだ。
 隼くんはあそこを……"神様の庭"って呼んでたかな」

「神様の庭、ですか」

「うん。その呼び方は隼くんらしいって思うな。ひとまずそう呼ぼうか」

「じゃあ、あの絵がその、神様の庭、に、繋がってることも?」

 大野先輩の質問に、姉さんは首をかしげました。

「絵?」

「部室に飾ってある絵です。ほら、ピアノの」

「……あ、そっか。うん。知ってる。青葉ちゃん、あの絵から入ったんだ」

「……?」

 青葉さんがいなくなったことは知っているのに、青葉さんがどこから入ったのかは、知らない。
 姉さんの持っている情報にも、ずいぶん抜けがあるみたいです。

 どうやら本当に、隼さんは、"完全な説明"というのも誰にもしていないようです。

155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:19:58.78 ID:pbN2WV+bo

「えっと、でも、正確な情報じゃないんです」

 大野先輩は付け加えました。

「というと?」

「あの絵の"むこう"で瀬尾を見たって言ってたのは、三枝ですから」

「……ふむ。なるほど」

 そういえば、そうです。そもそも、あの絵のむこうに入ったのはわたしと隼さんだけ。
 隼さんが出てくるのを見たのが、大野先輩と市川先輩。
 
 見ているものは、みんなバラバラです。

「ひとまずそれは信じていいと思う」と市川先輩が言いました。

「信じるというのが無理なら、ひとまずそれを真実だと仮定して話を進めたほうがいいと思います」

 市川先輩の言葉に、みんながそれぞれに頷きました。
 
「……そうだね。えっと、名前、教えてもらってなかったね」

「市川鈴音です」

「そっか。じゃあ、ひとまず鈴音ちゃんの言う通り、青葉ちゃんはそこから入ったってことにしよう」

「はい」

「で、青葉ちゃんはまだむこうから戻ってきていないんだよね」

「はい」

「……出席日数、大丈夫かな?」

 ……言われてみれば、心配です。

156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:20:31.42 ID:pbN2WV+bo

「……三枝は、瀬尾に会った、と言いました。瀬尾は三枝に、"やることがあるから、まだ帰らない"と言ったそうです」

「……やること、ね」

 うーん、と、姉さんは首を傾げました。

「なんだろうね、やることって」

「ひとまず瀬尾が無事だということはそれで分かったんですが、その絵のむこうに、行けなくなってしまったんです」

「ふむ」

 姉さんはわたしを見ました。

「ちせは、いちどそこに入ったんだよね?」

「うん。隼さんが入る前に。というか、わたしがむこうに行ったことに気付いて、隼さんが追いかけてきてくれたんだけど」

「王子様だ。惚れたか?」

「茶化さないで」

 わたしはちらりと柚子の方を見ました。彼女は疑わしそうな表情を向けてきます。
 わたしも隼さんのことを悪く思っているわけではないので、柚子の心配もごもっともではあるのですが。

 とはいえ、横恋慕をしようという意思も、今のところはありません。

 そこで、注文していた料理が届いたので、話し合いは一旦中断されました。

157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/18(日) 23:21:52.45 ID:pbN2WV+bo
つづく
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 00:14:54.38 ID:T3vNZqCr0
おつです
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/19(月) 00:15:45.05 ID:XYFjlOls0
おつです
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 06:12:19.53 ID:oJib+yLx0
おつです
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:05:26.31 ID:1TCRktGSo




「で、一度帰ってきてからは、ちせも入れなくなってたってこと?」

「うん。隼さんも、そうみたい」

「なるほど……」

「どうしてそうなったか、わかりますか?」

「わかんない」

 市川先輩の質問に対して、姉さんはあっさりと首を横に振りました。

「もっとヒントない?」

「クイズじゃないんだから……」

 呆れたわたしの声に重なるように、柚子が声をあげました。

「『伝奇集』」

「あ、そうか。その話をしてなかった」

「『伝奇集』?」

「瀬尾がいなくなってから、図書室の本に、瀬尾からの手紙が挟まっていることがあったんです」

「ふうん。それは試したことなかったな。最後に来たのはいつ?」

「ちせたちが帰ってきてからも一度」

「内容は?」

「……なんだったかな」

 わたしは首をかしげましたが、柚子は覚えていました。

「たしか、『次来るときは牛乳プリンを忘れずに』みたいな内容でした」

「牛乳プリン?」

「なんなのかはわかりませんけど、たぶん、せんぱいとそういう話をしたのかもしれません」

「ふむ」

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:05:58.08 ID:1TCRktGSo

「それについてなんだけど」

 と大野先輩が口を開きました。

「昨日の夕方、解散したあとに、三枝からメッセージがあったんだ」

「なんて?」

 市川先輩が訊ねると、大野先輩は気まずそうな顔をしました。

「『牛乳プリンかもしれない』って。そのときはピンと来なかった。
 でも、今にして思うと、『それが条件かもしれない』って意味だったのかな」

「……そのメッセージについて、今日隼くんに聞かなかったの?」

 市川先輩が言葉を重ねると、大野先輩は肩をすくめます。

「それが、とぼけてるのかなんなのか、『そんなメッセージ送ったか?』みたいな反応をされた。
 たまにわけのわからないことを言うことがあるから、今回もそれだと思ってたんだが……」

「……」

 隼さんの様子が変だったことと、関係があるんでしょうか。
 
「なるほど」とましろ姉さんは頷きました。

「後輩くんの様子についてはひとまずおいといて、条件っていうのはそれかもしれないね」

「というと?」

「牛乳プリンを持ってきてって、青葉ちゃんは書いてたんでしょ? じゃあ、持っていけばいいんじゃないかな」

「……それについても、なんですけど」

 大野先輩が言いにくそうな顔になります。

「実は、俺と市川で、ふたりのときに試したんです」

 これは、わたしも初耳でした。とっさに柚子の方を見ると、彼女もやはり驚いた顔をしています。

「でも、入れなかった」

163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:06:40.46 ID:1TCRktGSo


「……なるほどね」とましろ姉さんはまた思案げな表情になります。

「ん。となると、牛乳プリンだけが条件じゃないんだろうね」

「……どういうこと?」

 姉さんはわたしの方を見て、人差し指をぴんと立てました。

「『牛乳プリン』の話をしたのは、後輩くんなんでしょ」

 ……姉さんは隼さんのことを、隼くんと言ったり、後輩くんと言ったりします。
 わたしは、『大野先輩も姉さんからしたら後輩くんだよなあ』と思いながら頷きました。

「とすると、条件は、『牛乳プリンを持った』『隼くん』なのかもしれない」

「あ……」

 だとすると、その条件が満たされたことは、あれ以降一度もなかったことになります。

「まあ、迷い込んだ人が入り口に条件を出すなんて、わたしは聞いたことないけど……
 わたしは、一度入った入り口はいつも問題なく出入りできたし。
 でも、それは他の人が入っていたことがあまりなかったからだから、ひょっとしたら」

「……隼くんは、『理外』とも言っていたしね」

 姉さんに返事をするというより、みんなに含んで聞かせるように、市川先輩が続きを引き受けました。

「瀬尾さんが書いた手紙がなんらかの効力を持って、条件をつくってしまった、というのは、ありえるかもしれない」

「ん。こうなると、隼くんに試してもらったほうがいいかもね」

 ひとまず、あの絵のむこうにいけなくなった理由については、とっかかりができました。
 これもハズレなら他にも考えなければいけませんが、展望が開けた心地はしました。

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:07:08.73 ID:1TCRktGSo


「でも……」

 と、柚子が、独り言のように呟きます。

「せんぱいなら、気付いてもおかしくない気がするし、試していそうだけど……」

 わたしは、静かに対面に座る三人の様子をたしかめました。
 みんながみんな、沈黙のなかに肯定の意思を込めている気がします。

「まあ、近頃は体調が悪そうではあった。なにか悩んでいるようにも見えたしな」

「うん、それはたしかだろうね」と姉さんが肯定します。
 そうです、隼さんは、悩んでいるようにも見えました。

「いや、実際、気付いたんだろうな」

 大野先輩が、そう呟きました。

「少なくとも、牛乳プリンが鍵になってることには、気付いた。
 だからあのメッセージが来たんだろう。俺は牛乳プリンだけの案は試したあとだったから、それに対する反応が遅れた」

「隼くんに、その話、報告してなかったんだね」

 市川が訊ねると、大野先輩は頷きます。

「市川が話したと思っていた」

「……これ、警戒すべきかもだね。この人数だと」

 姉さんの言葉に、ふたりはきょとんとしました。

「『話したと思っていた』ってやつ。みんなも、話しそこねてることに気付いたら、どんどん言ったほうがいいかもね」

 もちろんわたしもそうするし、と姉さんはポテトをかじりました。

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:07:34.39 ID:1TCRktGSo

「さて、じゃあ、次の問題だね」

「……次の問題、ですか」

 姉さんの呟きに、大野先輩が首をかしげました。

「ましろ先輩は、何が気になってるんですか?」

「ん。話をする前に聞きたいんだけど……今日、隼くんと話をした人、挙手」

 姉さんを除く全員が、手を挙げました。

「なるほど。じゃあ、様子がおかしかったと思う人」

 みんな、手を降ろさないままでした。

「なるほど」と姉さんは繰り返します。

「どんなふうにおかしかった?」

「……あの、先輩、ちょっと聞きたいんですけど」

 また、大野先輩が口を開きました。

「三枝となにかあったんですか?」

「難しいかな、その質問は。それをたしかめるために、みんなの意見が聞きたいんだ」

 どうだった? と、姉さんは繰り返しました。


166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:08:03.86 ID:1TCRktGSo

「……授業中に、居眠りをしていましたね」

 大野先輩が、まずそう言いました。

「普段から眠そうな奴だったけど、居眠りっていうのはめったになかった。
 あとは、携帯をいじってたか。二回くらい、先生に注意されてました」

 わたしは普段の隼さんを知らないのでなんとも言えませんが、大野先輩が口に出したということは、珍しいことなんでしょう。

「あとは……朝、教室に入ってきたとき、大声で挨拶してたな」

「あいさつ?」

「『諸君、おはよう』って」

 それは、変です。というか、隼さんのイメージには、さすがにそぐわない。

 姉さんはおかしそうにくすくす笑いました。

「そっか。なるほどね」

「全然想像できない」と柚子が呟きました。

「あとは、放課後のことか。そのときは、体調が悪かったと思っていたけど、さっきの話を踏まえるとやっぱりおかしいな」

「……どういう意味?」

 市川先輩の疑問符に、大野先輩は整理しながら言葉にするように慎重な口調で続きを言いました。

「前日に俺に『牛乳プリン』について連絡してきたのが、さっき話したとおり、その可能性に気付いたからだとする。
 翌朝、あいつはそのメッセージについて心当たりがないような反応をしていた。
 そして放課後、急に『むこう』に行くのに消極的なことを言い出し始めた」

 そうなると、たしかに、前日の放課後までと、正反対のことを言い始めたことになります。

167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:08:46.18 ID:1TCRktGSo

「わたしの意見は、部室で言ったとおりだけど……隼くんは、なにか焦ってるように見えたな」

 焦っている。そこまでは、わたしは思いませんでした。ですが……。

「なんだか、わたしたちをあの絵のむこうに行かせたくないみたいに見えた」

 それは、わたしが少しだけ感じたことでした。
 隼さんはまるで、青葉さんのことも含めて、わたしたちが“むこう”に近づくのを嫌がっていたように見えたのです。

「まあ、あくまでも想像で、根拠があるわけじゃないんですけど」

 市川先輩の言葉に、ふむ、と姉さんは思案げに顎をさすりました。
 わたしはそこで口を挟みました。

「わたしと柚子は今日、昼休みに隼さんを見かけたんですけど」

 先輩方の目が、わたしに集中して、ちょっと戸惑いました。
 ええと、と喋ることを考えながら、わたしは口を動かします。

「なんだか妙に、明るいというか、おどけた感じでした。普段とはギャップがあって、ちょっと面食らったというか」

「……まあ、でも、あいつ、たまにそういうところがあるしな」

「そうだね」と頷いたのは姉さんでした。

「調子がいいときは、軽口を叩いてる時間のほうが長いくらいかもね」

「でも、なんだか、そういうのとは違う気がしたんです。……すみません、印象なんですけど」

「違うって?」

 わたしはなんだか、こうして喋っていることに罪悪感を覚え始めました。
 
 青葉さんのことを探っているときにも、似たような感覚はありました。
 人の秘密に触れようと、知っている誰かを分析するような真似は、ひどく下世話なことに思えます。

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:09:41.87 ID:1TCRktGSo

「せんぱいは」と、柚子が口を開きました。

「ちせのもってたパンを欲しがった」

 とつぜんの柚子のその言葉に、みんながきょとんとしました。

「パン?」

「購買の、限定ホイップクリームパン」

「ああ、しあわせパンか」

 そういうあだ名がついているらしいです。わたしも柚子もそう呼んでいました。

 たしかに隼さんは、わたしが持っていたパンを羨ましがっていました。
 あのとき、たしかにわたしも「珍しいな」と思いましたが、それがどう珍しいのかは、うまく説明できません。

「たしかに、三枝のそういうところは想像できないな」

「……それが?」と訊ねたのは、市川先輩でした。

「ましろさん」と、柚子は市川先輩に答えず、姉さんに視線を向けます。

「どう思いますか」

「……どうって?」

「皆さんに質問なんですけど……」

 そう言ってから十数秒、柚子は黙り込みました。
 なにか言いにくそうな、口に出すことを恐れているような、そんな表情です。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:10:33.49 ID:1TCRktGSo


 やがて、決心したように、苦しそうに、彼女は言葉を吐き出します。

「皆さんのなかで、せんぱいが、“何かを欲しがっている”姿を見たことがある人はいますか?」

 しん、と、

 周囲の音が、一瞬途切れたように感じました。そのくらい、柚子の質問は意外なものでした。

「ものじゃなくてもいいです。たとえば、何かをしたいとか、何かを見たいとか、聞きたいとか、どこかへ行きたいとか……。
 そういうことを言っているせんぱいを、見たことがありますか?」

 わたしは、ないです、と柚子は言いました。

「喉が渇いたとか、お腹が空いたとか、疲れたから帰りたいとか、そういうのはあるかもしれません。
 眠いとか、休みたいとか。あとは、説明を求めたり、弁解の機会を求めたり、あるいは冗談や軽口なら、あるかもしれません。
 でも……わたしは」

 わたしは、と、繰り返したとき、柚子の声はかすかに震えていました。
 なにかに怯えているみたいにも、見えました。

「せんぱいが、何かを羨ましがったり、何かを強く求めたりする姿を、見たことがありませんでした」

 柚子は、テーブルの上に視線を落として、あたりを見ようとしません。
 誰も何も言えませんでした。

 わたしは、今日の昼休み、柚子の反応は少し過敏だという気がしていました。
 パンを欲しがったくらいで、様子がおかしいとまで言うのはどうなんだろう、と。

 けれど、柚子からしたら違うのでしょう。
 柚子からすればそれは、“異様なこと”だったのです。

 それは、はっきりしています。
 姉さんは、隼さんが入学した一年前の春から、隼さんを知っています。
 大野先輩も、入学した頃に会ったとしても、そのくらいでしょう。

 市川先輩やわたしは、付き合いがもっと短い。

 わたしたちのなかで一番隼さんのことを知っているのは、たぶん、柚子なのです。

170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:11:05.98 ID:1TCRktGSo

「──」

 わたしは、不意に、隼さんと初めて会った夜のことを思い出しました。

 隼さんは、なんと言っていたでしょうか。

 あのとき、隼さんは、“青葉さんの書いた小説を真似た”と言っていました。

“憧れた”と、そう言っていました。

 ──自分は、いらないんだって、言って。

 そう言って、震えていました。

 ──違う。俺には、何もないから。何もないから、憧れただけなんだ。

 ──なんにもないのは、俺の方なのに、なんであいつ、あいつが……。

“何もない”から、“何かある”に憧れた。

 きっと、柚子は、今日、傷ついたのだと思います。

 ──俺の取る態度が俺らしくないと思うなら、そんなのおまえが思う『俺らしさ』が間違ってるだけじゃないか?
 ──俺の振る舞いが全部おまえの想定内に収まるくらいおまえは俺のことを知っているのか?

 冗談めかしてごまかしていましたが、隼さんはあのとき、本気で腹を立てているように見えました。
 柚子もまた、なんでもないような顔をしながら……あの言葉に、傷ついてるように見えました。

 だから、こうして言葉に出すのが、怖かったのでしょう。

「せんぱいは……"あんなふうにはっきり、何かを欲しがったりなんて、しない"」

 柚子は、断言する自分を恥じるように、悔しそうな顔をします。
 
 その言葉が、わたしには、とても悲しい言葉に思えました。

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/20(火) 00:12:28.51 ID:1TCRktGSo
つづく
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/20(火) 00:28:46.39 ID:h1OlmmkF0
おつです
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/20(火) 00:36:23.73 ID:Nzhorq7S0
おつです
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/20(火) 00:46:45.30 ID:hNWt66kvo
真中…
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/20(火) 08:12:12.76 ID:yJYc96neO
おつです
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 00:57:29.78 ID:xi8CJFvoo



「せんぱいは……でも、昨日だけじゃなかった。その前から、ちょっと様子がおかしかった、と、思う」

 柚子は、しばらくの沈黙のあと、少し冷静になろうとするような、無理のある声で、そう言いました。

「少なくとも、わたしが入部したばかりの頃より、せんぱいは苦しそうにしていた気がする」

「……それって、いつ頃かな」

 柚子は、少し考えるような顔をしました。

「青葉先輩がいなくなった頃……」

 そう言いかけて、柚子は少し考え込むような表情になって、

「……違う」と言いました。

「……違うって?」

「もっと後かもしれない」

 柚子は何かを思い出そうとする様子でしたが、はっきりしないようで、もどかしそうな顔をしました。

「ねえ」と、姉さんが言いました。

177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 00:57:55.93 ID:xi8CJFvoo

「柚子ちゃんが知ってる隼くんって、どんな人?」

 その言葉に、柚子の表情は感情が抜け落ちたようにぽかんとしました。

「どんな?」

「うん。そもそも、柚子ちゃんと隼くんって、どんなふうに出会ったの?」

 それについては、実はわたしもよく知りませんでした。
 
 なんとなくの、おおまかの事情のようなものは、柚子から話してもらいました。
 隼さんと柚子は、「付き合っているふり」をしていて、それをやめたのだと。

 そして柚子は隼さんが好きで、隼さんはそれを知りながら、柚子にはっきりした答えを返していないのだと。
 いえ、違うかもしれません。そのあたりの情報は、少し曖昧です。

「せんぱいとわたしは……」

 柚子にとってそれを説明することは、むずかしいことなのかもしれません。
 かさぶたを剥がすような顔で、彼女は口を開きました。

178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 00:58:52.88 ID:xi8CJFvoo

「その前に聞かせて」

 と、わたしが口を挟みました。
 このままでは、柚子が、何か、言いたくないことまで口に出してしまいそうな、そんな気がしたのです。

「なに? ちせ」

「姉さんは、どうして隼さんの様子を知りたがるの?」

 そう、わたしは未だに、それがわからないのです。

「さっきも言ったとおり、それはちょっとむずかしい話なんだよ」

「いいから言って。怒るよ」

「怒るとどうなるの?」

「……」

 ふむ、とわたしは考えました。

「えっと……」

 あんまり思いつきません。岐阜城をどうこうするのもかわいそうです。

「あの、口きいてあげない。しばらく」

「……」

179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 00:59:46.44 ID:xi8CJFvoo

 少し沈黙があって、緊張が緩んだみたいにみんながくすくす笑いました。

「……あの、今のナシで」

「口きいてもらえないのは、困るなあ」

「ナシだってば!」

 姉さんは楽しそうに笑っています。わたしはまた、とっさに子供っぽいことを言ってしまいました。
 気をつけてはいるつもりなのです。

 わたしも本当は、姉さんみたいに人をからかう側にまわりたいのですが。

「うん。……話そう」

 姉さんは、緩んだ口元を隠そうともしませんでしたが、けれど不思議と、その表情のどこかに怯えが含まれているようにも見えました。

「みんなはさ、"スワンプマン"って言葉を知ってる?」

「"スワンプマン"……?」

 わたしは、他の三人の顔を順番に見ました。
 心あたりがあるのは、どうやら、市川先輩だけのようです。

 姉さんは、わたしたちのために、その思考実験について簡単な説明をしてくれました。

180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:00:14.25 ID:xi8CJFvoo

「隼くんがね、昨日、電話してるときに、そんなことを言ったんだよ」

「……どうして突然、そんなことを?」

「言っちゃおうかな」という顔を、姉さんはしました。
「うん、言っちゃえ」というふうに動いていきます。

「隼くんが言うんだよ。自分は、"三枝隼のスワンプマンなんじゃないか"って」

「……」

 さすがに、言葉が出ませんでした。驚くというより、どうしてそう思うのか、という気持ちが強いです。

「これだけじゃわからないと思うから、みんなには話すね。
 実は、わたしと隼くんは、高校で初めて会ったわけじゃないんだ」

「……ましろさんは、"神さまの庭"を知ってましたね」

 市川先輩の言葉に、姉さんは頷きます。

「隼くんもそうでした。"六年前、神さまの庭に迷い込んだ"。だとしたらふたりは……」

「うん。そうだね。隼くんは気付いてなかったけど、わたしは知ってた。
 わたしは六年前に、隼くんと"神さまの庭"のことで出会った。その一回かぎりだけどね」

「……」

「隼くんは言ってたよ。『六年前からずっと誰かの居場所を掠め取っているような気がする』って。
 それはたぶん、何かの強迫観念なんだろうと思ってた。
 たしかにあの『森』には変な力が働いているけど、スワンプマンなんて突拍子もないしね」

 なんだかわたしは、話の流れに不穏なものを感じました。

181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:01:07.68 ID:xi8CJFvoo


「だからわたしは、考えすぎだよって言った。でも、隼くんは聞かないの。
『神さまの庭』に踏み込んでから、本当の自分はむこうにいる気がするって。うん、神さまの庭って言葉を聞いたのも、そのときだったな。
 自分の大部分はあそこに取り残されていて、今ここにいる自分はその存在の"残り滓"なんだって言ってた」

「残り滓……?」

「"誰とも繋がれないし、何も求めることができない"」

「……」

「そう言ってた」

 それは、本当なんでしょうか。
 
「ねえ、待って」とわたしは言いました。

「それ、昨日の夜の話だよね?」

「うん。昨日の夜の電話」

「……」

「そう、隼くんのその言葉が正しいのかどうかはともかく、おかしいんだ」

 姉さんは、そう言いました。

「そんなふうに言っていた隼くんが、どうして今日はみんなの前でそんなに元気だったのかな?」

 わたしたちは、言葉を失いました。

182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:02:09.32 ID:xi8CJFvoo

「……待ってください。話が飲み込めない」

 そう言って額をおさえたのは大野先輩です。
 無理もないでしょう。わたしだってそうです。

「だからね、わたしもわかんないから、みんなの話を聞いて判断したかったんだよ」

「……先輩は、何が言いたいんですか」

「わたしは、昨日の電話のとき、様子がおかしかった隼くんを心配して、話を聞きたかっただけ。
 でも、みんなの話を聞くとさ、明らかにおかしいんだよ。……前日の隼くんの言っていることがね」

「……」

 わたしの頭によぎったのは、突飛な想像でした。

 今日わたしたちが見た隼さんは、昨日までわたしたちと会っていた隼さんではないのではないか。
 そんな、突飛な想像でした。

「……さすがに、ありえないでしょう」
 
 大野先輩は、そんなふうに繰り返します。でも、

「ありえなくは、ないんだよね」

 姉さんもそう言うばかりでした。
 姉さんは"神さまの庭"に何度も行ったと言っていました。不思議なものも、その数だけ体験したんでしょうか。

 わたしにはわかりません。

183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:02:47.77 ID:xi8CJFvoo

「……今度は違う話だけど、隼くん、それとは別に、変なこと言ってた」

「変なこと?」と問い返したのは柚子でした。

「ん。六年前にわたしと隼くんが会ったとき、他にふたり、一緒に隼くんの友達がいたんだけどね、
 そのうちの片方が、青葉ちゃんだったって言ったの」

「……青葉さんが?」

「でも、おかしいよね。青葉ちゃんと隼くんは、高校に入ってから初対面だったみたいだし。
 なんだかそのあたりのことも、勝手に納得されちゃったんだけど」

 六年前……?

「──ましろさん」

 不思議に鋭い声で、柚子が姉さんを呼びました。
 空気にぴしりと亀裂が入ったように、わたしは感じます。

「六年前……六年前って、何月ですか」

「え? ……五月って話だったと思うけど」

「五月……」

 柚子は、少しの間、呼吸をしているかどうかもわからないような真剣な顔で、身じろぎひとつしませんでした。
 やがて、

「"スワンプマン"……」

 と小さく呟きました。

184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:03:14.20 ID:xi8CJFvoo

「どうした、真中」

 大野先輩の問いかけにも応じず、柚子はわたしの方へと向き直ります。

「ね、ちせ。青葉先輩の家に行ったときのこと、覚えてる?」

「え……うん」

「あのとき、青葉先輩のお母さん、いつだって言ってたっけ?」

「……いつ、って?」

「ほら……」

 言葉はわかっているのにそれが思い出せないようなもどかしげな表情で、彼女はわたしを見ました。
 思い出せないのではなく、この場では言いにくいのだと気づけたのは、ほとんど偶然でした。

「……"六年前の五月"だ」

 ──六年前の五月。街の公園で、汚れた服を来て、地べたに倒れている子供を、わたしの旦那が見つけた。

「そうだ。言ってた」と柚子は言いました。

 ──厳密にいうと、とてもよく似ている子がひとりいたんだけど……その子はね、いなくなっていなかった。

「だからだ。だから、せんぱい、様子がおかしかったんだ」


185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:03:43.90 ID:xi8CJFvoo


「……ね、柚子、どういうことなの?」

「気付かないの? ……そうか。ちせは会ってないんだ」

「……?」

 わたしが首をかしげていると、柚子は、大野先輩の方を見ました。

「大野先輩、なんて言いましたっけ、せんぱいのお見舞いにいったときに、会った人」

「……会った人?」

「ほら、せんぱいの幼馴染だっていう……」

「……鴻ノ巣、ちどり、さん、だったっけ? あの子がどうした?」

 鴻ノ巣……。

“鴻ノ巣”?

 ──名前は、思い出せないけど、苗字は珍しかったから、覚えてる。

 ──たしか……鴻ノ巣って言ったかな。

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:04:45.52 ID:xi8CJFvoo

「ましろさん、せんぱいは、"六年前の五月に、神さまの庭のことでましろさんと初めて会ったとき、その場に瀬尾さんも居た"って言ったんですよね」

「……うん、曖昧な言い方だったけど、そういう話だった」

「でも、青葉さんは、高校のときに先輩に初めて会った。そうですよね?」

「うん。少なくとも、知り合い同士だったって感じではなかったと思う」

「六年前に、せんぱいとましろ先輩が会ったときに一緒に居たふたりは、せんぱいの友達だった」

「うん。それは、最初に聞いたから、間違いないと思う」

「せんぱいは、わたしやちせと一緒に青葉先輩の家に行った。だからせんぱいだけが気付いたんだ」

「……柚子、ちゃんと説明して」

「せんぱいは、青葉先輩と鴻ノ巣ちどりさんのどちらかがスワンプマンだって思ったんだよ」

 唐突に激しくなった柚子の口調に、みんなが戸惑いを隠しきれませんでした。

 わたしは、その、鴻ノ巣ちどりという人の話も初耳でした。
 というより、初耳のことばかりです。

 逆に、大野先輩も市川先輩も、姉さんも、青葉さんの事情のことを知らないから、ピンと来ないのかもしれません。
 そのことをちゃんと説明すれば、ふたりなら分かるのでしょうか。

 いずれにしても、その突飛な言葉に、今は戸惑いを覚えるばかりです。


187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:05:37.33 ID:xi8CJFvoo

「たしかに、鴻ノ巣さんは瀬尾にそっくりだったけど、だからって、スワンプマンっていうのは唐突じゃないか?」

 大野先輩の反駁にも、柚子は怯みませんでした。

「事実は関係ないんです。でも、さっき、ましろさんも言いました。"ありえなくはない"って」

「いや、ありえないだろう?」

「違うんです。わたしが言いたいのは、"むこう"に行ったことのある人は、"ありえなくはない"と考えているということです」

「……どういう意味だ?」

「本当にそうなのかはともかく、せんぱいは、"スワンプマン"という現象は起こりうると考えたかもしれない。
 だからましろさんに、"六年前、ましろさんと青葉先輩が会ったことがある"と言った。
 そう言った以上は、事実がどうかはともかく、せんぱいは、鴻ノ巣さんと青葉先輩のどちらかがスワンプマンだと確信してたんです」

 だから思ったんだ、と柚子は言います。その納得に、わたしはほとんどついていけていませんでした。

「せんぱいは気付いたんだ。"スワンプマン"はあり得るかもしれない、って。
 だとしたら、自分もそうかもしれないってせんぱいは考えた。どうしてかはわからないけど、考えた」

 だからずっとせんぱいは……、と、そこまで言いかけて、柚子の表情がこわばったまま動かなくなりました。

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:06:04.90 ID:xi8CJFvoo

「……柚子ちゃん?」

 姉さんが問いかけると、柚子は、驚くほど無感情な表情で、溜め息をつきました。

「……ごめんなさい、今日はちょっと、帰ります」

「大丈夫?」
 
 市川先輩が、そう訊ねました。
 わたしはなんだか、いまの柚子を見ていることがこわくて、何も言えませんでした。

「ちょっと、なんだか、先走ったこと、考えちゃったみたいだから。少し、混乱してるのかもしれない。
 頭も痛くなってきたので……今日は、申し訳ないんですけど」

「うん、帰れる?」
 
 姉さんの問いかけに、大丈夫です、と柚子は答えました。

 柚子は、何を言いかけたのでしょうか。

 それはわかりません。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:06:43.54 ID:xi8CJFvoo


 柚子が席を立って店を出ていったあと、ましろ姉さんが口を開きました。

「……さっきの話だけど。鴻ノ巣さん、だっけ?」

 大野先輩が頷きました。わたしはいま、話の内容がほとんど頭に入りそうにもありません。

「その子、青葉ちゃんにそっくりで、隼くんの友達なんだね?」

「はい。それで、前に見間違えて……瀬尾がいなくなったあとに見かけたから、俺は、三枝が瀬尾をかくまってるんだと思ったくらいです」

「……そっか。ね、ちょっと、ちせ」

「なに」

「ジュースを取りに行こう」

 わたしは唐突な提案を怪訝に思いました。きっと、他のふたりもそうだったと思います。
 でも、言われるままにコップを持ってドリンクバーの方へと歩いていきました。

「ちせ、さっき柚子ちゃんが言ってた言葉の意味、わかった?」

「……たぶん、だけど」

「どういうこと?」

「言っていいのかわからない」

「……お願い」

 まっすぐに見つめられて、わたしは答えるしかありませんでした。
 後ろめたさは、背筋を冷たく撫でるようです。
 自分がひややかな物質になったようにさえ思えるくらいでした。

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 01:08:13.34 ID:xi8CJFvoo


「青葉さんの家に、前、わたしと、柚子と、隼さんで、話を聞きに行ったの。
 青葉さんがいなくなってから、手がかりを得るために。
 でも、空振りで、そのかわりに、青葉さんの事情を聞かされた」

「事情……」

「青葉さんは、六年前の五月に、今の家の人に拾われたんだって。
 そのとき、青葉さんは、自分の名前すら覚えていない状態だったんだって」

「……六年前の五月」

「そのとき、近隣の小学校なんかをあたっても、いなくなった子供は見つからなかった。
 青葉さんにそっくりな子はいたんだけど、その子はいなくなってなかったんだって。
 その子の名前が……鴻ノ巣だった、って」

「……」

 わたしは、自分がひどく人間だという気がしてきました。
 自分でここまで口に出してみて、ようやく柚子の言いたかったことがわかった気がします。

「ねえ、お姉ちゃん……わたし、なんだか、怖いよ」

「……ん。ちせ、ひとつ頼まれてくれない?」

「……なに?」

 姉さんは、人差し指を立てて、いたずらっぽく笑いました。

191 :sag [saga]:2018/11/21(水) 01:08:52.90 ID:xi8CJFvoo




 そのあとわたしは、「やっぱり柚子が心配になった」と言って、三人と別れました。
 そのまま柚子を追いかけることはせず、一度家へと帰り、大きめの鞄を用意しました。
 
 まだ外は明るいですし、時間的に、運動部の練習も続いているでしょう。

 これは出入りするようになってから知ったことですが、最近、文芸部の部室には鍵がかけられていないようです。

 わたしは学校へと引き返し、そのまま部室へと行くと、額に入った絵を、慎重に鞄に入れました。

「まさか、ここで"むこう"に行ってしまったりしないだろうな」と不安になりましたが、大丈夫でした。

 そのままわたしは、家へと絵を持ち帰りました。

 何のためにそんなことをするのか、わかりませんでした。
 姉さんは、「隼くんのためだよ」と言いましたが、わたしには何のことかわかりません。

 それでも従ってしまうのは、そんなふうに行動していないと、わたしの思考がどこか危険な領域に踏み込んでしまうかもしれないと感じたからでしょうか。
 それとも既に、わたしの思考が、たどり着いてしまっていたからでしょうか。

 ──そんなふうに言っていた隼くんが、どうして今日はみんなの前でそんなに元気だったのかな?

 ひょっとしたら柚子も、その疑問にたどり着いたからこそ、あんなふうに取り乱したのではないでしょうか。

192 : ◆1t9LRTPWKRYF :2018/11/21(水) 01:09:42.00 ID:xi8CJFvoo
117-5 瀬尾先輩 → 青葉先輩

つづく
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/21(水) 01:14:28.92 ID:xi8CJFvoo
190-12 ひどく → ひどい
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/21(水) 02:39:57.09 ID:VQjNZ+bu0
おつです
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/21(水) 06:48:04.97 ID:SNVegl000
おつです
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:22:41.27 ID:xi8CJFvoo




「ただいまー」と姉さんが家に帰ってきたのは、夜の七時を過ぎたころでした。
 
「遅いよ、もう」とわたしは不服を申し立てました。

「ごめんごめん。何怒ってるの?」

「なに怒ってるのじゃないでしょ。人に泥棒みたいな真似させておいて」

「ごめんって。でも、泥棒みたいな真似っていうか」

 泥棒そのものだけどね、という姉さんの言葉に、わたしは返す言葉もなく口を閉ざしました。

 泥棒そのものです。しかも実行犯でした。

「大丈夫大丈夫、明日の朝に返せば誰にも見つからないって」

「それは、そういう問題じゃ……」

 姉さんは、わたしの言葉に聞く耳ももたずに、「はいこれ」と手に持っていたビニール袋を差し出しました。

「なあに、これ」

「手土産」

 それを言うならお土産だろう、とわたしは思いました。
 袋の中を見てみると、牛乳プリンがふたつ入っています。

 ん、とわたしは考えました。

「手土産ってまさか」

「そ」

 姉さんはいたずらっぽく笑いました。

197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:24:09.26 ID:xi8CJFvoo

 そのつもりで、姉さんは絵をとってこいと言ったんでしょうか。

 それが隼さんのためだという言葉の意味はわかりません。

 それでもわたしは、姉さんがやろうとしていることがわかりました。

「でも、大野先輩たちは、駄目だったって」

「ん。そりゃそうだろうね」

「隼さんじゃないと、駄目なんでしょう?」

「ん。そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない」

 またこれです。曖昧な言葉で煙に巻こうとするのは、姉さんの悪い癖です。

「どういうことなの?」

「ちせが行くんだよ」と姉さんは言いました。

「え?」

「ちせが行くの」

 と、繰り返します。だからわたしも、

「……え?」と繰り返しました。

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:25:26.13 ID:xi8CJFvoo




 そんなの絶対無理だよ、とわたしは言いました。

 無理かどうかなんてわからないじゃない、と姉さんは言いました。

 そしていま、わたしは、真昼の森に立っています。

「……うぅ」

 ひどい姉がいたものです。あれだけさんざん『何が起きても不思議じゃない場所だ』と言っておいて、妹をひとりで放り出すでしょうか。

 姉さんの理屈では、こういうことでした。

「青葉ちゃんの手紙は、あくまでも、『次来るときは、牛乳プリンを持ってきてね』ってことだったでしょう?」

 ということは、条件はふたつかもしれないと姉さんは言いました。

「一度、むこうに行っていること。そして、牛乳プリンをもっていくこと」

 そんなまさか、とわたしは思いました。
 厳密には手紙には、『昨日はありがとう』という文言もあったはずなのです。
 隼さん宛のものだと解釈するのが妥当なはずです。でも、姉さんは、

「こういうのは、試したもん勝ちだよ」と譲りませんでした。

 真昼の森には、一度来た時と同じく、木々の隙間を縫うような小径が続いていました。

 入ってすぐ、イワカガミの花がそこにあることに、ひとまずほっとします。
 これでもし帰れなかったら、姉さんのことを一生恨むだけでは足りません。

 帰ったら岐阜城をひっくりかえしてやろう。妹にこんなことをするなんて人畜の所業です。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:26:14.58 ID:xi8CJFvoo

 第一、わたしは乗り気ではありませんでした。

 そもそも、皆さんの手前言いたくありませんでしたし、わたし自身、青葉さんを心配する気持ちはあったので黙っていましたが、
 わたしは正直、ここに来るのがいやだったのです。

 ビニール袋の持ち手をぎゅっと握って、わたしは溜め息をつきました。

 でも、まあ、状況は最悪ではありません。

 姉さんが無理にでもこちらに来ようとしなかったのは、ひどいとは思いますが、わたしとしては助かった部分があります。

 もしわたしがまた“あんなふう”になってしまったら、と考えると。
 姉さんの前であんな事態になってしまうのは、何がなんでも避けたいところです。

 こうなってみて初めて気付くのですが、もし大野先輩が、牛乳プリンのことを隼さんに伝えていたら……。
 そして、隼さんがもしそれを試すとしたら、そのときわたしもその場にいたとしたら……。

 わたしは下手をすると、隼さんとふたりでこっちに来ていたかもしれないのです。

 そうなってしまっていたらと想像すると、正直、おそろしい気持ちになります。
 もし隼さんとふたりきりでこっちに来てしまったら、わたしは自分がなにをしでかすか、自分でもわかりません。

 想像できないという意味ではなく、想像できるからこそおそろしいのでした。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:27:13.03 ID:xi8CJFvoo

 などと考えている今この瞬間ですら、わたしの身体に異常が起こり始めます。

「……どうしろっていうの」

 声に出したってしかたないとわかっているのですが、こうなっては、恨みがましく姉さんのことを考えてしまいます。
 いつもこうです。損をするのは妹のわたしなのです。

 それが我慢ならないというわけではないですし、姉さんのことは好きですし、憧れすら覚えています。 
 それでもこういうことになってしまうと、なんだかふてくされたような気持ちが湧いてくるのです。

 得体の知れない熱のかたまりのようなものが、じんわりとわたしの内側に広がっていきました。
 それは縁側でひなたぼっこをしているような、太陽の光に包まれているような、不思議なあたたかさです。

 でも、この心地よさに負けてしまったとき、どういうことになるのか、わたしはもう知っています。

「……どうしよう」

 姉さんは言いました。「青葉ちゃんの様子を見てきてよ」と。

「それで、話を聞いてみて」と。でも、そんなことを言ったって、青葉さんがどこにいるのかなんて、わたしは知らないのです。

 できることなら今すぐ引き返したいところですが、わたしはひとまず歩きはじめました。

 隼さんと来たときは、どんどんと林冠が狭まっていき、光が削られていった記憶があります。

 この木漏れ日の森はとても心地よくて、それが異様な空間だなんて信じられないくらいです。
 人が幸福な日々というものを想像したとき、こういう景色が浮かぶこともあるのではないでしょうか。

 そのくらいに澄んだ空気、あたたかな陽気、涼やかな木漏れ日。

 でも……わたしはさっきまで、夜の、自分の家にいたわけですから、きしむような不自然さが頭を覆ってもいます。

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/21(水) 23:27:50.18 ID:xi8CJFvoo

 その不自然さに酩酊するように、頭がぽわぽわとしてきます。
 指先で触れてみると、自分の頬がかすかに熱をもっているのがわかります。

 いけません。

 何をするにしても、急がないと。

 ただ歩いているだけだというのに、自分の呼吸が浅くなりつつあることに気付きました。

 いけません、と、わたしは自分に言い聞かせました。

 意識的に、呼吸を深く、ゆっくりと吐き出し、吸い込むようにしました。

 早くなりつつある鼓動を抑え込むように、自分の胸に手をあてて、心臓の音を確認します。
 
 駄目でした。ばくん、ばくん、と、心臓は騒いでいます。

 触れた場所もいけませんでした。

 わたしは、慎重に、呼吸を繰り返します。

 どうかしています。

「……どうかしてる」と口に出すと、自分の声が妙な湿り気を帯びていることに気付いてびくりとしました。

 どうしてこうなってしまうのでしょう?

「たぶん、考えても無駄だよ」と姉さんが言った気がしました。

「そこは理外の森だからね」

 だからって、隼さんは平気そうでしたし、青葉さんに同様のことが起きたとも考えにくいです。
 姉さんも、そんなことは一度も言っていませんでした。

 いえ、もしそんなことがあるとしても、誰も口には出さないでしょうけど……。

 いずれにせよ、どうしてわたしだけ、こんなふうになってしまうのか。

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