【たぬき】小早川紗枝「古都狐屋敷奇譚」

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201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/28(日) 08:32:08.61 ID:kX4CtPzio
おっつおっつ
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/28(日) 08:44:01.06 ID:kX4CtPzio
おっつおっつ
203 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:48:20.95 ID:1Nn5wWQ60


  ◆◆◆◆

  ◇美穂◇


 巨大な装置を屋上にセットし終えても、休憩する暇はありませんでした。

 旧式の大型テスラコイルを中心としたそれは、あたかも巨大な天狗の鼻。
 私達の身長の倍はあり、まさに天を衝くかのごとく傲然と聳え立っています。
 根本からは長くてぶっといケーブルが何本も伸びて、窓から中の発電装置に直結されていました。


「さて問題は射程距離だが」

 晶葉ちゃんは鋼鉄の天狗鼻を見上げながら説明します。

「これほど大型の装置なのだから、相当のものにはなるだろう。しかしここは地上だ。
 高所に設置しようにも、疏水のど真ん中だから周りに高い建物が無い。どこまで高空に届くかは未知数だな」

204 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:49:59.81 ID:1Nn5wWQ60


「高空!?」

 フレデリカちゃんの剣刺し箱に入っていたメガホンたぬき兄弟がにわかに大声を上げました。

「それは問題だ! 大問題だよ! だって京都の制空権は天狗のものだからね。
 何を考えてるか知らないけど、そんなことをして癇癪玉を喰らっても文句は言えないぞ!」
「はーい種も仕掛けもあるかも無いかも〜♪」

 箱に剣を突き刺されて、彼らは黒ひげ危機一髪の要領で「うはーい」と吹き飛んでいきました。

「美嘉ちゃんデビルはさー、これ抱えて飛んでくとかできないのかにゃ?」
「こんな重いの持ってけるわけないでしょ!」
「流石に重量が嵩みすぎたな。作動に関しては問題ないが、空中に運ぶのは楽じゃなさそうだ。一度試しに発射してみるか?」

 ああでもないこうでもないと議論を交わしていると、屋上に座ってずっと月を見上げていた芳乃ちゃんがぽそりと口を挟みます。


「心配はご無用かとー」


205 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:51:06.81 ID:1Nn5wWQ60
 

 明るい月光にさっと影が差した、かと思えば、
 美人のお姉さんが一人、上空の冷たい風を連れてくるように、当たり前に屋上に降り立つのです。


「京都の制空権は、誰のものだって?」


 ――ざざざざざざざざっ!!

 たぬき達は一斉に元の姿に戻り、毛玉となってその場にひれ伏しました。
 私はぽかんとするばかり。飛んできたその人が誰なのかもわからないのですから。

 京都のたぬきは天狗に師事し、時にこき使われ、時にいじめられる。
 そうした完全な上限関係にあるということを、私は遅れて知るのでした。

「初めまして、可愛いたぬきさん。相馬夏美よ」

206 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:53:09.96 ID:1Nn5wWQ60


 と、雪美ちゃんがひょっこり顔を出して「にゃおう」と鳴きます。
 それに相馬夏美さんが「はいほー」と応えます。
 雪美ちゃんはペロちゃんと大福ちゃんを筆頭に、たくさんの猫ちゃんをぞろぞろ連れていました。

「…………夏美」
「雪美ちゃんも来てたの? 今夜はずいぶん賑やかなのね」
「楓さんはいずこにー?」
「挨拶回り中。もうすぐ済むから、私だけ先に様子見に来たの。それより話は聞いたわよ。空に行きたいんでしょ?」

 言って、装置の隅っこにゴトンと置かれたものに見覚えがありました。
 古びた年代物の茶釜です。

「これって……!」
「そ、茶釜エンジン。浮かすだけならこれで十分だと思うわ」
「でもあの、えと、いいんですか? 京都の空は天狗様が支配してるって……」

 茶釜エンジンとは、天狗秘蔵の浮遊からくり。お酒を燃料とし、稼働し続ける限り触れたものを重力から解き放つ不思議の魔道具です。
 タイプは違うけれど、熊本で似たようなものを見たことがあります。

 目を白黒させる私達に、夏美さんは茶目っ気たっぷりにウインク。

「うるさい奴らはほっとけばいいのよ。飛行機の高さから見れば、天狗も狸も変わらないわ」


207 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:55:30.57 ID:1Nn5wWQ60


 そして赤ワインを開栓し、ルビー色の中身をどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼ。
 燃料をたらふく呑み込んだ茶釜エンジンは「ぐぐぐっ」と力を漲らせて……。


「む……飛んだ! 反重力システムか!? 興味深い!!」
「お〜、流石にこれはあたしにも未知のメカニズム〜」

 装置がぐんぐん上昇していきます。
 発電機と接続したスイッチは太い上にとにかく長いので、このままいくと京都市街を一瞥できる高さまで浮き上がることでしょう。

「……よし、いけるぞ! 電力を供給する! 打ち合わせ通り、日付変更のタイミングでやるぞ!」

 晶葉ちゃんがうきうきで施設内に取って返します。
 時刻は午前零時直前。
 誰もが浮かび上がるヘンテコ装置と、眩しいくらいの満月を見上げていました。

 ケーブルに繋がれた作動スイッチは、私の手の内にありました。

208 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:57:00.35 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


「無論、却下だ」

 けんもほろろとはこのこと。
 舞を見せましょうかという提案に、父狐はめんどくさそうに首を振るだけだった。
 プロデューサーさんは平静。煮え立つ油の釜を前に、企画のプレゼンでもするような顔でいる。

「……無理もないか。見る価値も無いと、そう仰るわけだ」
「当然だ。人ごときのくだらぬ踊りを見せられるなど時間の無駄でしかない。残念だが、貴君の延命には付き合えんよ」

「でしょうねぇ。もし手下の一匹でもその『くだらぬ踊り』とやらを気に入っちまえば、あんたの面目丸潰れだもんな」

 口調から遠慮会釈が無くなっていく。計算ずくのことだと思う。
 あからさまな無礼に狐が色めき立つ。父狐は無言。釜に落ちる前の取るに足らぬ雑言と切って捨てるか、それとも。

「……ああそういえば、どなたかの娘さんはそうなってましたっけ?」

 うわエッッグ。
 刺し殺すみたいな煽りを受けて、父狐はしばらく黙っていた。
 狐全員、紗枝ちゃんもあたしも固唾を飲んで見守っている。

209 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 01:59:02.91 ID:1Nn5wWQ60

 ややあって、狐面に隠された口元から低い笑いが漏れた。

「貴君もよくよく性根が据わっておられる。お座敷芸を高く見積るのにも限度があろう」
「まあそれが仕事ですからなぁ。でも無理ならいいんだ。どうぞこのまま釜茹でになさってください」

 縛られたまま鼻を鳴らし、狐の高慢をせせら笑う。

「怖いんでしょう、また娘さんの心を奪われるのが。そりゃそうだ。うちのアイドル達はみんな凄い子でね、見る者みんなを笑顔にしてくれるんです。
 だけどまあ……見たくもないってんならそれもまた良し。人の芸から狐が逃げたと、いい冥途の土産が出来ますわ」

 一つだけ確かなのは、古い狐は高飛車で高慢ちきのコンコンチキだということ。
 結界に引きこもって表世界の奴らを全員見下し、人も狸も天狗もみんな阿呆だと決めてかかっている。

 人間に舐められるなどとは言語道断。どんな小さな傷でも、付けられたからには黙っちゃおかない。

210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/29(月) 02:01:00.26 ID:R9TQUzWDO
【決講】留美「発売日?…どの道動けなかったわね」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1540596928/
211 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:01:38.57 ID:1Nn5wWQ60


「よろしい」

 ぱしんっ、と扇子で座敷を叩き、場の空気を改める。
 面の下の見えない顔からは、ふつふつと静かな怒りが滲んでいた。

「見せてみたまえ。諸君の寿命が数分伸びることを許そう」


 ――周子。

 プロデューサーさんの目配せに頷く。狐の妖術か、あたしを縛る縄が音もなくほどけて落ちた。
 はっきり言って何を踊るかについてはこっち次第だった。
 これは完全な時間稼ぎ。そして……視線をあたし一人に集中させる、一種の陽動だ。

 すたすたと歩み出て、月光の滲む障子戸を背にする。

 音楽無し、小道具なし、相方なし……問題なし。


『美に入り彩を穿つ』、アカペラ4分30秒。じゃ、いきましょうか。

212 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:06:18.14 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇美穂◇


 ぐぐぅぅうん、と途方もない電力がケーブルを通っていくのがわかりました。
 空中のテスラコイルはもう点のよう。なんだか凧揚げを思い出す光景です。

 みんなそれを見上げていました。屋上に立つ私達も、篝火に照らされるたぬきも、無数の猫も。

「それにしても、たぬきは面白いことをするのねぇ」

 満月の夜空を仰いで、夏美さんは愉快そうでした。

「たまには帰ってみるもんだわ。京都は相変わらずだけど、こういうお客さんも来るんだから大したものよね」
「あ、あははは。お騒がせしてすいません……」
「いいのいいの。たぬきの阿呆なんて今に始まったことじゃないもの」

 私を見返して、夏美さんはいたずらっぽく微笑みます。

「凄いのよ。山一つに丸ごと化けて、鞍馬天狗を総崩れにしたのだっていたんだから」
「山!? ほ、ほんとですか!?」
「そ。洛中洛外の化け狸を統べる大狸、先代偽右衛門下鴨総一郎。天狗も一目置く傑物だったんだから」

 彼女の語りを聞いて、例のたぬきの男の子が誇らしげに胸を張るのが見えました。

「それで、今回は狐を化かしてやろうってわけでしょ。私そういうチャレンジブルなのって大好き!」

213 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:07:35.71 ID:1Nn5wWQ60


「――電力充填、OKだ! いつでもいけるぞ!」

 晶葉ちゃんが窓から叫びます。コイルはケーブルの長さいっぱいのところでぷかぷか。
 芳乃ちゃんはじーっと月を見上げながら、途方もない集中に身を置いていました。

 夏美さんはいつの間にやらワイングラスを持っていて、赤く甘い液体を転がしながら、

「その狸が言ってた言葉があってね」

 ぽそり、呟く夏美さん。
 京の風に乗り、誰にともなく語り継がれてゆく、耳に心地のいい言葉でした。

214 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:09:18.63 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


 土壇場に立てば人はなんでもできるもので。
 本来、この舞は不完全だ。そもそもが二人で歌い踊る前提だし、音楽から何から無い無い尽くしも程がある。

 だけどあたしは完璧に歌った。
 二人分のパートを引き受け、最後の残心まで、一心不乱に踊り切った。

 ――さて、どうよ。仮面の下のその顔は。

 呆れか、感嘆か。油に落ちる寸前の食材に哀れみでも覚えたか。
 なんでもいい。拍手も歓声も要らない。無数の目がこっちに向いている、その感触だけでいい。
 頬を伝う汗をそのままに、視線をふと檻へと向ける。

 紗枝ちゃんはこっちをじっと見ていた。

 まばたき一つしていなかった。両拳を握りしめたまま、あたしの舞の一挙手一投足を注視していた。
 辛うじて保たれた無表情の奥には、たくさんの表出しきれない感情が渦巻いているようだった。
 ……そんな顔しないでよ。これ、あんたにも踊って貰うんだからね?

215 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:13:19.86 ID:1Nn5wWQ60

 父狐が呟く。

「……やはり、児戯よな」

 あたしは歯を剥いて笑った。
 今の今まで、たった一人の人間から一秒も視線を外さなかったのはどこのどいつだ。


「なめんじゃねーっつーの」


 すたーんっ!


 叩き付ける勢いで、真後ろの障子を開けた。
 背後には墨に浸かったような夜空と、闇を穿つ大きな大きな満月がある。確かに街の匂いがした。
 あれは京都の空だった。

 必然、あたし一人に注がれていた狐達の視線は、外へ。そして月へと向かう。

216 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:15:08.21 ID:1Nn5wWQ60


 こちとら時間感覚なんて無くて、ただ外を信じて稼いだ時間だったけれど……。

 今が、ちょうど午前零時になる瞬間だったらしい。

 ざわりと胸に沸き立つものがあって、あたしはほぼ無意識にある言葉を諳んじる。

 誰が言ったか、どこで聞いたか。京の風に乗った阿呆の格言――――

217 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:16:14.41 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇美穂◇


 ちかり。

 中天の月が一瞬、妖しげな光をまたたかせます。
 狐色の光だと直感でわかりました。今この瞬間、表と裏の世界で、みんながあれを見てるんだ。

「今でしてー」

 ぴしゃりと言い放つ芳乃ちゃん。
 手元のスイッチを握り込み、私はついさっき夏美さんが教えてくれた言葉を叫んでいました。


「お、面白きことはぁっ!!」


 ぽちっ!


218 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:17:42.63 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


「――――良きことなりっ!!」


 突如、巨大な雷霆が夜空を引き裂いた。


 閃光、轟音、震動。真っ白な驚愕が座敷全体を打ち据えた。
 誰も何も、言葉も無かった。固まっていた。竦んでいた。

 白状するとあたしもビビった。一体何をしでかしたのかもわからない。

 テスラコイルに夷川発電所の電力を横流しして起こした、大規模な放電現象――
 という種を知らない身からすれば、確かに本物の雷だったのだ。


 誰もが息を呑む一瞬の中で、あたしはどうして狐が龍を怖がるのか、直感でわかった。


219 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:19:27.01 ID:1Nn5wWQ60


 龍は水神。雨と雷の化身。叢雲で夜空を覆い、激しい雷光を降らせる「月の天敵」だ。

 だけど狐も狐で進化して、自然の雷に慣れ、結界を作って付き合い方も弁えていく。
 今や雷雲が垂れ込めた程度では誰もビビらず、嵐が来たなら来たで引きこもって晴れを待つのみとなったわけだ。

 そして千年の中で、「龍」という寓話……いわば漠然とした畏怖の概念だけが独り歩きして語り継がれてきたんだろう。


 この放電は忘れ去った恐怖を思い出させる一撃だとあたしは思う。

 狐を化かすにはその発想の上を行かなければならない。
 自然をも欺く怪異でなくば届かない。

 天気雨を超える珍事、文字通りの「青天の霹靂」。


 地から天へ奔る雷は、墨の空を昇る龍そのものに思えた。

220 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:21:04.62 ID:1Nn5wWQ60


 ぐわんっ!!


 座敷が大きく波打った。結界を維持する狐達が、予想外の出来事にみんな肝を潰していた。
 こじつけ結構、ハッタリは十分、種がどうでも化かし合戦はビビったもん負け。

 美穂ちゃん達は、狐を見事化かしてみせたんだ。

 紗枝ちゃんが何かを叫ぶ。父狐が威嚇めいた唸り声を上げる。

 その時、空に変化があった。
 まるで水面に石を落としたように、夜空全体が波紋を生じさせたのだ。

221 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:25:20.24 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇美穂◇


 放電は成功。派手な閃光が空を染め上げて、近隣が束の間の停電に追い込まれます。
 テスラコイルはゆっくり降下していって……。


 続いてなんと……空の月が、石ころみたいにぽろりと落ちたんです。


「……!!」

 芳乃ちゃんが動きました。

 落ちゆく偽月を見上げ、ばっと開いた両手をそちらに向けます。
 翼のように広がる髪は、その端々にまでもチリチリと力を漲らせていました。

 月はくるくる回転しながら、夷川ダムにぼちゃんと着水!


「鏡に花、水面に月、正しく合わせ鏡の秘儀……ようやく見つけましてー」

222 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:26:47.60 ID:1Nn5wWQ60


 ダムから眩い光が溢れ出ました。空には無い丸くて大きな月が、水面でびかびか輝いています。

 咄嗟に理解しました。
 入口は空じゃなくて、水に映る月にこそあったんだ。

 そして水月はもはや芳乃ちゃんの手の内にありました。
 狐の秘儀を完全に理解した彼女の手に合わせ、光はぐねんぐねん波打ってこねこねされて形を変えます。


 そして、むすんでひらいて、ぱんっ!!


「わたくしが保ちます! みなみな、中へ!」

 渦が生まれ、水をのけて巨大な穴となります。
 見えるのはダムの底ではなく、無数の狐面が居座る大きな大きな座敷でした。


 ――――開いたっ!!

223 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:39:15.79 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇プロデューサー◇


 空に大穴が開いて、京都の空間と繋がった。
 やってくれたのか!

 居並ぶ狐達はみな尻尾を出し、逃げ惑う下っ端もいれば、気丈に残るベテランもいるようだった。

 穴から吹き込むのは京都の風。そこに懐かしい匂いを嗅いだ気がする。
 入ってくるのは――――――


 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
 にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ


「…………って猫じゃねーか!!」

 なだれ込む猫洪水に呑み込まれてたちまち前後不覚になる。どういうことだよ!

224 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:41:00.18 ID:1Nn5wWQ60


「……………………狐………………きらい」


 むぎゅ、と俺の上に降り立つ美少女。誰この子。逸材では?
 無数の猫が座敷で暴れる暴れる暴れる、遊ぶ遊ぶ遊ぶ。好き勝手にも程がある。
 しかし狐も気丈なもので、逃げるでもなく応戦する者もいたりして座敷はいきおいカオスの様相を呈した。

 と、猫に埋もれた周子がやってきて俺の縄をほどいてくれた。

「大丈夫プロデューサーさん!? 生きてる!?」
「ああ、なんとかな。それより……!」

 紗枝は!?

 もう座敷は戦争のような大騒ぎだった。見れば猫の他にも、巻き添えを喰らったらしいたぬき達がどかどか入り込んではうろたえている。
 っていうか、たぬきもいるのかよ。なんか青々としたカエルも見えた気がするし。どうやって迷い込んだ?

 それはともかく。

225 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:43:50.00 ID:1Nn5wWQ60

 がばっと上体を起こして座敷の奥を見る。俺の上に乗った女の子はひょーいと狐狩りに向かった。
 向こうの襖が開いて、父狐が逃げようとしているところだった。
 その隣には当然、檻に閉じ込められた紗枝が浮いていた。

「紗枝!!」

 なにはなくとも、きっちり確認しておきたいことがある。

「俺はまだ聞き間違いだと思ってる。だからもう一回だけ確認したい。あの時飽きたと言ったのは、本当のことか!?」

 わずかな沈黙。
 閉まりゆく襖。

 紗枝はよじれた表情で、絞り出すようにこう答えた。


「……そんなわけ、ないやないの……!」


 たたたたたたたたんっ、と無数の襖がほぼ同時に閉じる音。

 結界の奥に逃げたのだ。
 大座敷は今や大惨事。入口は暴かれたが、まだ底は知れない。頭の上に猫が乗る。俺一人が出来ることは多くない。

 だけど、本音は聞き届けた。

226 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:52:40.26 ID:1Nn5wWQ60


「楓さん!!」

 声を限りに叫ぶ。
 影も形も見えないが、聞こえているに決まっていた。


「やっちまいましょう!!」


 瞬間、辺り一帯から一切の音が消えた。

 無風・無音の時が止まったような一瞬が確かにあり、しかし直後ひとたまりもなく打ち砕かれる。


 空の穴から、突然横殴りの竜巻がぶち込まれたのだ。

227 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 02:54:14.10 ID:1Nn5wWQ60

 それはもうとんでもない威力だった。座敷大にぎゅっと圧縮した台風としか言いようがない。

 しかも、不思議なことに竜巻には意思があった。
 吹き飛ばすべきと吹き飛ばさざるべきを的確に識別し、人や狸や猫や蛙を綺麗さっぱり避けて狐どもだけミキサーにかけたのだ。


 酒も料理も釜も狐も、何もかも天地逆転にしてのける暴風の中で、悠然と歩いてくる人がいる。

 彼女は手ぶらだった。
 ちょっとコンビニに行ってきます、みたいなノリで、碧と紺の双眼を巡らせる。


「あら、ひどい格好をしてますね」
「少なくとも今ひっくり返ってんのはあなたの仕業です」
「そうですか? プロデューサーはいつも大変なことに首を突っ込むから、お好きなんだと思ってました」

 楓さんはくすくす笑った。
 いつもと全く変わらぬノリでしゃがみ込み、指先で俺の頬を撫でて、慈しむように笑む。


「本当に……損ばかりして。仕方のないひと」

228 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 03:09:44.91 ID:1Nn5wWQ60

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


 物凄い風で、座敷の混沌は更にえらいことになった。

 竜巻はまだ止まらなかった。
 奥の襖に食らい付き、ぴっちり閉じたそれを無理やりすぎる風圧で開け放ってしまった。
 更に向こうの座敷の、向こうの向こうの座敷の襖まで、風が続くまで。

 多分それは、楓さんが作ってくれた風の道筋だった。

 そうこうしてるうちに狐が殺到してくる。お家を守る為に、この座敷で外敵を迎え撃とうというんだろう。
 だけどこんなとこで触れ合い動物ランドをしてる場合じゃないのだ。
 奥に行かなきゃ、どうにもならない。

 と、聞き慣れた声とエンジン音が耳朶を叩いた。

229 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 03:11:30.26 ID:1Nn5wWQ60


「周子!」
「周子ちゃんっ!!」

 空の穴から飛び込んできた、奏ちゃんと蘭子ちゃんだった。
 奏ちゃんはなんとバイクに乗っていた。といっても原付、年季の入ったスーパーカブ――

「……あれ!? それ、うちのカブじゃない!?」
「借りたの。必要になるかと思って」

 実家の塩見屋は、お得意さんに和菓子の配達をしていた時期がある。
 その為のカブだったけど、あたしが乗らなくなっちゃったから車庫の奥で埃を被っていたんだ。

「いやでも、ナイスタイミング奏ちゃん! よっ、白馬の王子様!」
「白馬じゃないし王子様でもないわ。悪かったわね」

 早くしなさいと促すので、荷台に乗っかる。
 …………50CCは二ケツ禁止? 細かいことは気にしぃな、ここは狐の異空間じゃい!

230 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 03:16:16.75 ID:1Nn5wWQ60


 シートに奏ちゃん、後ろにあたしで座敷の奥を目指す寸前、蘭子ちゃんが駆け寄ってきた。

「周子ちゃん、これ……っ!」

 と標準語で投げ渡してくれるものを受け取り。
 まじまじと見て、にんまり笑ってしまう。

「……あんがと蘭子ちゃん。ちゃーんとキメてくるからね!」
「う、うん……! ……幽玄なる仙狐のまやかし、しかと暴いてみせよっ!」

 頷き、奏ちゃんがハンドルを捻った。
 ぐんっっと加速する車体。遠ざかる座敷。猫と狐と狸の大騒ぎ。


 目の前に広がる極彩色の結界を睨み、蘭子ちゃんが渡してくれた赤牡丹の簪を挿す。
 うん、気合が入った。


 ものの本によると「推参」とは、呼ばれてもいないのに自分から、敢えて自分から押しかけることを差すそうな。
 今のあたしらにはお誂え向きじゃないか。

 これで最後だ。推して参りましょうか!

231 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/29(月) 03:20:42.13 ID:1Nn5wWQ60
 一旦切ります。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/29(月) 07:05:17.86 ID:fRsrpFwDO
うぉぉぉ、たまらないぜ8282


……ではなく乙。このまんま突っ切りませふ
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/30(火) 13:12:28.61 ID:CvIP9E1i0
乙!最高に盛り上がってて続きが気になる!
美に入り彩を穿つの歌詞があちこちに散りばめられてて完成度たけーなオイ

以前楓さんが自分の正体をうわばみと言ってたけど、もしかして文字通り大蛇の方だったのかな
にっぽん昔ばなしのOPに出てくる方
234 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/30(火) 22:00:39.18 ID:Ot3H6Rrq0

 閉じゆく襖の隙間を抜けて、猛スピードで座敷を突っ切っていく。

 楓さんがこじ開けた進路の向こう、滑るように後退していく父狐が点のように見えた。

 他の狐も黙っちゃいない。あちこちの物陰から奇襲を仕掛けてカブをすっ転ばそうとしてくる。
 けど奏ちゃんの華麗なテクはそれら全てを避けてのけ、速度をまったく緩めぬまま結界の奥を目指した。

「凄いじゃん! こんなに運転できたん!?」
「あいさんに教わったのよ」

 戦争状態の大座敷が遠くなり、狐を全て振り切って、エンジン音だけが高らかに鳴り響く中を走る。
 ゴムタイヤが畳を切り付ける中、あたしは薄闇の向こうに結界の果てを見た。


 祠がある。

235 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:04:16.32 ID:Ot3H6Rrq0

 歳月と風雨をこれでもかと刻み付けた小さな祠だ。
 左右にはこれまた古びた狐像があり、それらに守られるようにして小さな鏡が妖しく光っていた。

 間違いない。あれが結界の中心だ。

 ゴールが見えたところで俄然やる気が出て、奏ちゃんに更なる加速を要求しようとしたところで。

「……なにあれ」
「は?」

 いきなり、祠が遠くなった。
 文字通りの意味で。いきなり座敷そのものがうにょーーーんと伸びて、祠のある位置を遥か彼方へ吹っ飛ばしたのだ。

「ちょおおおお!? そんなんアリかーい!!」
「まずいわね。このままじゃいつまで経っても追いつけない……」
「どうすんの!?」

 奏ちゃんには策があるようだった。涼しい顔でなにやら操作し始める。
 あれ? と思った。カブのハンドルにそんなパネルは無い。えっ何その赤いボタン。どゆこと?

236 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:06:25.02 ID:Ot3H6Rrq0

「捕まってなさい周子。振り落とされたらおしまいよ」
「…………ああ、な〜〜〜んか後ろの方に見たことないパーツあんなぁと思ってたんだけど、もしかしてこれ」
「こんなこともあろうかと、晶葉ちゃんに付けてもらったロケットエンジンよ」

 やっぱりかぁー。

 ぼぼぼ、ぼっ――とロケットエンジンにパワーが漲っていく。
 誰がどう見ても50ccの原チャリに搭載していいものではなかった。

 奏ちゃんはしなやかな指先を、赤くて大きなボタンに乗せて――

「ねぇ……奏ちゃん」
「何かしら」
「くれぐれも、安全運転でね?」

 前方を見つめながら、奏ちゃんは笑った。
 くすり、と。いやむしろ、にやり、と。

「――――保障はしかねるわね」


 ぽちっ。

237 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:08:39.47 ID:Ot3H6Rrq0

 その時どういうわけだか、彼女と出会って間もない頃のことが思い出された。
 あたしが事務所に入所したばかりの頃、親睦を深めるという名目で都合が付く子達で遊園地に行ったことがある。
 少し先輩の奏ちゃんもその中にいた。

 みんな大いに楽しみ、童心に帰ってあちこち遊び回り、ついにそのゴーカートを選んだ。
 あたしがハンドル、奏ちゃんが助手席。
 テンション上がってたあたしはノリノリで車をぶっ飛ばし、奏ちゃんの静止も聞かずゴキゲン絶頂の暴走運転を繰り返した。

 降りる頃には奏ちゃんすっかりグロッキー。
 この事件は「塩見のデス・ロード」として記録に残り、しばらく事務所に「安全運転」という標語が掲げられるきっかけともなったのだ。


 あははっ、どうしてそんなこと思い出したんやろね。あれも今となっちゃ美しい思い出――――

238 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:11:19.09 ID:Ot3H6Rrq0


「絶対あれ根に持っとるやろぉおぉぉぉおぉおぉぉぉおおおぉぉぉぉお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」


 爆発。轟音。高熱、暴風、加速加速また加速!!
 馬鹿げた熱量が背後で炸裂し、スーパーカブは文字通り流星となる。
 周囲の景色が線になる。
 全身が真後ろにうす〜〜く伸びていくような錯覚。
 髪バサバサ。振動バリバリ。地獄。
 簪が落ちてしまわないよう、頭を押さえるので精一杯だった。死ぬかもしれん。

 通常の何倍にもなろうかという超加速にカブが軋む。でも壊れない。流石ホンダの最高傑作。

239 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:15:42.49 ID:Ot3H6Rrq0

 祠が近付き、ついに鏡の形もはっきりわかるようになった時、ぼすんっとロケットノズルが煙を吹いた。

「何? ロケットの燃料切れ!?」
「そうみたいね」

 失速の予感。止まるわけにはいかないのに。
 奏ちゃんは何かを決意して、振り返らずに短く叫ぶ。

「……行けるわ、周子。飛びなさい!」

「え? なに? 飛ッッッ!!?」

 急ブレーキ。
 カブが前のめりにジャックナイフし、蹂躙された畳表が散り散りに舞う。

 奏ちゃんの言う通り、あたしは慣性のまま、飛んだ。

 ロケットスピードを体全体に乗せ、毬のようにくるくる回転。
 逆さまになった視界の向こうで奏ちゃんが何か叫んでいる。襖が閉じて、彼女は見えなくなる。

240 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:17:54.29 ID:Ot3H6Rrq0

 着地してからもごろんごろんずざざざと転がった。

 ようやく止まる頃には、お尻を突き出したうつぶせのまましばらくピクピクしているあたしだった。

「――っぷは! あー死ぬかと思った……!!」

 けど、着いた。
 今いるのは一回り小さな座敷。前後左右の襖が閉じ切って、仲間の姿はどこにも無い。
 中心には例の祠がぽつんと鎮座していて……。

 馬鹿みたいに大きな銀色の狐が、怒気を漲らせながら睨んでいる。


 ……訂正。やっぱ死ぬかも。

241 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:22:17.15 ID:Ot3H6Rrq0

  ◆◆◆◆

  ◇プロデューサー◇


 ぼへぼへぼへぼへ、とカブのエンジン音を響かせながら奏が帰ってきた。

「周子は!?」
「結界の中心に着いたわ。……どうなってるかは私にもわからない」

 あんなに遠くまで走っていった筈なのに、奏はどういうわけだかすぐ隣から来たようだった。
 大座敷には束の間の静寂が戻っていた。
 残った狐達はみんなキュゥと伸び、猫が散らかった料理をがつがつ片付けて、楓さんがぶちまけた酒を勿体なさそうに眺めている。

 あとは周子が紗枝を連れ帰りさえすれば……。


 ごとんっ!

242 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:25:33.58 ID:Ot3H6Rrq0

 だしぬけに座敷全体が大きく揺れた。

 続いて地鳴りのような音と振動が伝わる。
 ……なんだ?

「みなみなさまー」

 芳乃の声が座敷全体に朗々と通る。
 結界の入り口を守る芳乃はいち早く異変を察知しているようだった。

「出られる者から、お早く座敷を出られませー。いささか危ういことになっておりますゆえー」
「芳乃、何があった? この音は何だ!?」
「結界が縮小しているのでしてー」


 この巨大な幻惑屋敷は、複数の狐によって維持されているものだ。
 だが月を打つ雷で宴席が総崩れとなり、ねこぱんちを喰らったり竜巻でぐるぐる掻き混ぜられた今、狐の大部分が失神してしまっている。
 結界を保つ重要な構成員は、もうそのほとんどが力を行使できない。

 そうなると必然的に起こるのは――

243 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:26:34.00 ID:Ot3H6Rrq0

「結界の決壊、ですね。ふふっ」

 くっ、先回りして言われた……!!

「紗枝さんの父君が結界の中心に立ち、自身のみで維持できる規模に組み直すのでしょうー」
「それじゃ、この座敷は?」
「ぎゅっと圧縮されて、結界の一部に組み込まれるでしょうー。そこから先はわかりませぬー」

 また座敷が大きく揺れた。今度はより強い、ヤバい感じの揺れだった。
 遠くから何かの砕ける音がした。それは近付いて、波のようにこちらに押し寄せている。

 ばきん、ばきん、ばきんばきん。絶え間なく割れ続けるガラスのような音だ。


「まずい……! みんな出るぞ! 撤退、撤退ーっ!」

 言うが早いか、猫の群れがにゃあにゃあにゃあにゃあ逃げ去っていく。
 猫の波に乗っていくのは例の美少女。続いて迷い込んだ狸達も逃げていき、俺達も後に続いた。

244 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:27:55.57 ID:Ot3H6Rrq0

「芳乃ちゃんが苦しそうです。私は先に行ってあの子を手伝いますね」
「お願いします!」

 ひょい、と飛んで穴から出ていく楓さん。
 ぼすんぼすんと揺れるカブに乗って、奏も無事脱出。続いて蘭子の背中を押して脱出させる。

 よし、もう誰も残ってないな。ぴっちり閉ざされた襖を振り返る。

「周子……」
「周子さん達は必ずや戻りましょう。そなたは、お早くー!」
「……ああ!」

 とうとう再構成の波はこの座敷にも及んだ。
 吹き飛んだ襖の向こうに異様な光景が広がっていた。

 光の乱反射、乱れ舞う色。剥き出しになったミラーハウスが押し寄せてくるようで、しかもそれらは絶えず砕けては混ざり続けている。

 慌てて走り出す。空の穴から外へ飛び出そうとして……。

245 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:29:53.16 ID:Ot3H6Rrq0

「グワーッ!」

 何かに足を取られ、顔からすっ転んだ。
 愕然として足元を見たら、伸びていた狐が何匹も集まって俺を捕まえているではないか。

「逃がすまいぞ!」
「貴様とあの女だけは、天麩羅にして喰らってやる!」

 まだ諦めてなかったのかよ!
 鏡の群体が迫る。狐はなんとかなるんだろうが、常人の俺が巻き込まれたらどうなるか。

「プロデューサーっ!?」

 穴からこちらを覗いた蘭子が目を見張った。
 まずい、間に合わない……!?

246 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:31:17.20 ID:Ot3H6Rrq0


 バサッ!!


 穴から人影が飛び込み、猛スピードで狐の群れに突撃をかけた。
 ほとんど力の残っていない狐達はひとたまりもなく毛玉となってぽんぽん転がる。

 解放された俺の手を掴み、美嘉が叫んだ。

「早く!!」

 黒い翼を翻し、力強く羽ばたく美嘉。足先に迫る波。
 狐達は「こーんっ!」と鳴いて光の中に消えていく。生きろ。

247 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:33:34.51 ID:Ot3H6Rrq0

 ギリギリのところだった。

 美嘉に連れられ、すんでのところで穴から飛び出すことができた。

 ダムの水が渦巻いて戻る。
 とぷんと波打つ水面にはもう、巨大な偽月は映ってなどいない。

「おわーっ!」

 勢いあまって飛び過ぎて、放物線軌道を描いた俺と美嘉は夷川発電所の屋上に転がる。

 仰向けにぶっ倒れて見上げる月は、本物の満月。
 外にはどこまでも普通な、深夜の京都が広がっているばかりだった。

248 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:35:02.27 ID:Ot3H6Rrq0

 と、美嘉がのろのろ立ち上がり、こっちに近付いてすとんとしゃがみ込んだ。

 どうしたのかと思えば、倒れる俺の頭を抱え、膝の上に乗せて暫く黙っている。

「……美嘉?」

 美嘉は何も言わない。月の逆光で表情がよく見えなかった。

「えーと、ありがとう。助かったよ。流石にあれはヤバかっ」
「バカっ!!」

 えぇえ……!?

「何考えてんの!? アンタも周子も危ないことしてっ! 人間なんだよ!? 何かあってからじゃ遅いでしょ!?」

 ド正論だった。一分一厘反論のしようがない。
 甘んじて受けるつもりだったが、聞いているうちに美嘉の声が震えてきたことに気付く。


「あんな目に遭って……っ。紗枝ちゃんの為だけど、でも、しっ、死んじゃうかもしれなかったんだよ……!?」

249 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:37:48.80 ID:Ot3H6Rrq0

 相変わらず表情はよく見えない。
 けれど、頬に熱い雫が落ちるのを感じた。

「美嘉……お前、泣いて」
「泣゙い゙でな゙い゙っ!!」

 雫がまた一滴、二滴。
 美嘉は背中を丸めて俺の頭を抱え込む。形のいい指が頬を包む。
 実在を確かめるように俺の輪郭を撫で上げ、美嘉は小さく嗚咽を漏らし始めた。

「……ほんとに……心配するじゃん。ばか……ばかなんだから……っ」


 なんやなんやと野次狸が集まってくる。誰もが二人を見守っている。
 顔で涙をぽたぽた受け、フレデリカが水を持ってくるまで、俺達はしばらくそうしていた。

250 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:40:17.43 ID:Ot3H6Rrq0

   〇

 もちろん事件はまだ終わっていない。

 周子と紗枝が帰ってくるのを待たなくては。

 ダムの面々で集合し、知ってる顔と知らない顔を確かめ合って、俺は美穂がいないことに気付いた。

 気付いてすぐに察した。蘭子を見ると、彼女は力強く頷いた。


「……そうか」

 あとは信じて待つだけ。その時間が、途方もなく長く思われる。

251 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:42:17.30 ID:Ot3H6Rrq0

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


「紗枝ちゃんはどこ?」
「君には手の届かぬ場所だ」

 目の前の巨大な狐こそ、小早川家当主の真の姿なのだろう。

 長い時を生きた威厳が尾っぽの先まで満ち満ちて、怒りにざわめく銀毛はまるで白い焔だった。

 ……爪なっが。牙でかっ。
 狐にそんな獰猛なイメージは無いけど、ここまでデカいと虎もメじゃない。
 あっちが殺る気を出したらひとたまりもないと思った。


 狐がふいと祠を示す。その中で光る鏡に、見覚えのある姿を認めた。

「紗枝ちゃん……!」

 鏡の表面がちかりと瞬き、映っていた筈の紗枝ちゃんの姿が無くなる。
 この空間に物理法則は通用しない。わかるのは、紗枝ちゃんはあの鏡の中におり、鏡はどうやら結界の中枢らしいということだけ。

252 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:45:12.26 ID:Ot3H6Rrq0

「諸君は何故、我が娘に固執する? 諸君と娘は住む世界が違う。こうまでして連れ戻そうとする理由は何だ?」

 理由ねぇ。
 損得を勘定に入れてるんだとしたらお門違いもいいとこだ。

 一から十まで筋道立てて説明できる気もしない。だって理屈なんて無いんだから。

「……あたしにもわからない、ってんじゃダメ?」
「戯けたことを」

 狐が前脚を払った。

 ばしっと衝撃が走ってのけぞる。赤牡丹の簪が吹っ飛ばされて転がった。
 娘がずっと付けているものと色違いのそれが、狐は気に入らないらしかった。

「……っ!」

 巨大な前脚で押さえつけられる。
 床に押し倒される形になり、あたしは肺の中の空気を「かはっ」と吐いた。

253 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:46:27.79 ID:Ot3H6Rrq0

「これだからな。人間はこれだから。愚にもつかぬ感情で動く。だから低俗だというのだ」
「そりゃあ……阿呆だからねぇ」

 やばい、流石にちょっと苦しいかも。
 狐が鼻先を近づけ、冗談みたいにでかい牙をくわっと剥いた。頭からバリバリ食われるかもしんない。

「どうせなら、踊らなきゃ。みんな同じ阿呆だもん。面白いことやって、新しいこと初めて……」
「もうよい、黙りたまえ。我々は諸君とは違う」


 圧迫感に顔を歪め、あたしはそれでも不敵に笑って強がる。

254 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:50:24.66 ID:Ot3H6Rrq0

「……確かに。でもそんなにお偉いお狐さんなのに、人を化かすのは得意でも化かされるのには慣れてないの?」
「なに?」
「気付かない? あたしはすぐ気付いたけどなぁ。それとも、あんまり腹が立って目が曇ってたとか?」

 何を言っているのかわからないという顔。
 獣にも表情があるのだ。なんかちょっと可愛いかも。

 ポケットに手を突っ込み、中身を狐に見せてやる。


「ちなみに、本物の簪はこっちね」


255 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:55:41.66 ID:Ot3H6Rrq0




 ポンッ!!



256 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 22:57:00.05 ID:Ot3H6Rrq0

 畳に転がった偽簪が、ソーダの栓を抜くような音で元に戻る。

 美穂ちゃんは脇目も振らずに走り出した。
 狐が唸る。行かせるもんか。両手両足で前脚を掴んで引き留める。

「やったれ美穂ちゃん!!」

「紗枝ちゃんを返してもらいますっ!!」

 美穂ちゃんは祠に飛びつき、鏡を取り出して――

 石造りの狐像に、思いっきり叩きつけた。
257 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:00:11.90 ID:Ot3H6Rrq0


 鏡が割れる。


 同時に、今いる座敷も砕け散った。
 あたしも狐も美穂ちゃんも重力の無い虚空に投げ出される。
 狐の屋敷は跡形もなく消え、360度全天に広がるのはただ形の無い光達。

 金や銀や紅や墨や蒼や碧や黄や紫や――絢爛の蒔絵を鍋に放ってぐりぐり書き混ぜたような、極彩の「色」の洪水だ。

「ぽこーっ!?」
「鏡を砕くなどと……この、ど阿呆め!!」

 座敷が色に満たされる。どちらが上か下かもわからなくなって、美穂ちゃんも狐もどこかに飛んでいっちゃった。

258 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:02:50.28 ID:Ot3H6Rrq0

   〇


 落ちてるのか、上昇してるのかもわからない。
 さんざめく色彩は美しくて、まるで万華鏡の中を泳いでいるみたいだった。

 どれほど視線を巡らせても、紗枝ちゃんの姿を見つけることはできない。

 ひっくり返って混沌になった結界の只中を流れ、遥か彼方に光が見えた。
 外の光だと直感した。
 結界は壊れ、中にいた者は一人残らず放り出されるってことだろう。自動的に外に出られて、一件落着?

 紗枝ちゃんを見つけてないのに?

 色んな助けを得たとしても、結局はそれが人間の限界ってわけ?


「冗っ談じゃない、ここまで来て……っ!」


 人事を尽くして天命を得て、走って走ってまだ足りなくて。
 だからって諦めてたまるか。

259 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:05:39.52 ID:Ot3H6Rrq0

 続く行動は、本能に近い閃きによるものだった。

 右手で頭を掴む。指の間を流れる髪は、秋空に冴える月のような銀。


 これはもともとあたしの色じゃない。
 元はあの子の髪の色。
 あの子がくれた、仙気の色だ。

「ここに少しでも残ってんなら、今すぐ応えて!!」

 念じる。こういう力の使い方なんて欠片も知らない。
 だからただ、念じる。願う。ありったけの心で志す。


「あたしは! 友達を!! 連れ戻しに来たんだ!!!」

260 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:09:56.85 ID:Ot3H6Rrq0

 指先に光が絡んだ。その色は銀。

 体から抜けた仙気の残滓が煌めき、纏う右手をいっぱいに伸ばす。


 その指先が束の間、仙狐の理に触れた。


 絢爛たる色に干渉する。触れて選び、動かせる。ほんの僅かな間だった。
 一つ一つが目も眩みそうなほどに美しかった。
 そんな中で、あたしは青を見つけた。迷わず選び、掴み取った。

 自分で選んだ簪の色なら、よく知っているから。


 青牡丹の彩から眩い光が広がって、全身を包み込んだ。

261 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:12:29.09 ID:Ot3H6Rrq0

  ◆◆◆◆


 気が付けば――

 あたしは、よく晴れた空の下に立っていた。
 周りには緑。どうやら小高い丘の上らしい。

 ……はてさて、どこに行き着いちゃったもんやら?
 突っ立ってるわけにもいかないので歩いていると、目の前に誰かが立っているのが見えた。

 着物と黒髪、大きな耳と尻尾……!


「紗枝ちゃ……っ!!」

 って、あれ?
 なんかちっちゃくない?

262 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:14:05.12 ID:Ot3H6Rrq0

 紗枝ちゃんで間違いない、と思う。
 でも小さい。ていうか幼い。5歳くらい?

 紗枝ちゃんは目をまんまるにして、そこの茂みにぴゃっと隠れようとした。

「ちょ、ちょっと待って!」

 追っかけて襟首をキャッチ。

「うー! う〜!」

 紗枝ちゃんはじたばた暴れて抵抗する。
 間近に見る人間が怖くて仕方ないという感じだった。
 綺麗な黒髪は、揺れる端から銀色の光をちらつかせた。仙気に染まりきらない幼狐の毛なんだと思った。

 今目の前にいるのは、紛うことなく幼き日の紗枝ちゃんだ。

263 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:16:36.83 ID:Ot3H6Rrq0

   〇

 なんとか落ち着かせて聞けば、紗枝ちゃんは舞の練習をしているとのこと。

「うち、うまくでけへんの」

 古びた扇子を持って、はらり、ひらり。
 けどやっぱりと言うべきか素人丸出しで、ぎこちない未熟な動きだった。

 どうして小高い丘の上かというと、ここから見下ろせるものに答えがある。

 公園でお子様向けの日舞の体験会が開かれているのだ。
 子供達は楽しそうだった。芸妓のお姉さんに合わせて、笑い合いながら舞いを学んでいる。

 紗枝ちゃんはそれを遠くから盗み見て、真似っこをしているだけだった。

 ずっと、ひとりぼっちで。

264 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:19:40.53 ID:Ot3H6Rrq0

「……あっちに混ぜて貰わんの?」
「あかん。おとうはんにしかられてまう」

 ふるふる首を振る紗枝ちゃんは、同い年くらいの子供達を遠い目で見守っていた。
 決して遠くはないのに、絶対に手の届かないものを見る目だった。


「それに、うち、きつねやもの。みんなこわがってまう」


 ……ん〜。

 扇子を胸に抱いて黙りこくる紗枝ちゃんに、明るく声をかける。

「じゃさ、おねーさんが教えたげよっか」
「え?」

 ええの? と目が言っている。
 あたしは快く頷いて、扇子を受け取った。

265 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:22:50.13 ID:Ot3H6Rrq0

「――わぁ、わぁっ!」

 手本を見せるあたしの周りを、紗枝ちゃんがぱたぱた走り回っている。
 大興奮だった。好奇心たっぷりの目で、こっちの動きを色んな角度から観察している。

「すごいすごい! おねえはんは、舞がおじょうずなんやねぇ!」
「あはは、まさか。にわか仕込みだよ」

 あたしだってアイドルになってから齧ったくらいだもん。
 友達に上手なのがいてね。
 その子の舞を見て、色々教えて貰ったりもして。

「うちもおねえはんみたいになれますやろか?」
「うんうん楽勝楽勝。君だったら、あたしくらい簡単に追い抜けちゃうよ」
「えへへぇ、こんこんっ」

 嬉しくてたまらないといった顔で鳴く紗枝ちゃん。
 もっと見せてもっと教えてとのおねだりに応じて、二人っきりの日舞体験会はしらばく続き――

266 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:28:17.21 ID:Ot3H6Rrq0

   〇

「おおきに! おおきにな!」

 門限が近いという紗枝ちゃんは、あたしを何度も振り返りながら手を振った。

「うち、たんと練習します! おねえはんみたいに、きれぇに舞えるようになりますさかい!」
「がんばってねー! 楽しみにしてるよー!」
「うん! そのときは、うちもおねえはんと舞うんや!」

 すぅーっと息を吸い込んで、紗枝ちゃんは叫んだ。


「きっと、きっといっしょにしようなぁ!!」


267 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:29:21.36 ID:Ot3H6Rrq0


 全て夢なのかもしれない。狐が見せた幻なのかも。

 あるいは狐の操る時空間がよじれて、変なところに繋がってしまったとかかも。

 なんでもいいと思った。

 あの子と交わした約束を、あたしはきっと、忘れずにいよう。

268 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/30(火) 23:31:28.32 ID:Ot3H6Rrq0

  ◆◆◆◆


 ――うちがまだちっちゃな仔狐やった頃、舞を教えてくれたお姉はんがおってなぁ。


 ――それがあんまり楽しかったから、今でもやめられへんのよ。


 ――あのお人は今、どこで何してはるんやろ――――



  【 後編 ― 終 】

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/31(水) 00:03:40.61 ID:bFa+Xrzn0
泣いた(語彙力)
270 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:35:10.94 ID:c+/SOnOx0

  【 終章 : あの日の約束が、色褪せないように 】

  ◇周子◇


 目が覚めると、座敷だった。

「……っ!」

 跳ね起きる。出られなかった? 今どうなってる?
 慌てるあたしはしかし、様子が変わっていることに気付く。

 風が吹き込んでいる。

 清爽な朝の風だった。見れば開け放たれた障子の向こうは青空で、空気はやわらかな金木犀の香りがした。どこかで鳥が鳴いている。
 スマホを見ると、午前7時。正常に一秒ごとの時を刻んでいる。

 夜が明けた。ここは外の世界なんだ。

271 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:41:46.07 ID:c+/SOnOx0

「ずいぶんぐっすり眠ってはりましたなぁ」

 口から心臓が飛び出るかと思った。
 見るとあたしの後ろ(つまり寝てた時は頭のすぐ上あたり)に、紗枝ちゃんがちょこんと正座していた。

「紗枝ちゃん……」

 いつも通り、寮で毎朝顔を合わせるのと同じ調子で、彼女はそこにいる。
 相変わらずの濡れ羽色の髪に、朝でもきっちり着込んだ和服。頭には青牡丹の簪が揺れていて。

 紗枝ちゃんは何も言わずあたしの頭に視線をやった。

 前髪をつまんでみる。銀色だったあたしの髪は、端々まで元の餡子みたいな黒に戻っていた。

「ああ……これ? イメチェンしようと思ってさ。あはは」
「ええ。よう似合うてはると思います」

 ふっと笑い、少しの沈黙。
 紗枝ちゃんは穏やかな、何かとても大きなものを降ろした――あるいは失った――かのような、透明感のある表情だった。

272 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:44:18.83 ID:c+/SOnOx0


「どこへなりと行くがいい、と言われました」


「……そっか」
「お母はんもお口添えしてくれはったんよ。ここまでやり遂げたんやから、もうええやろうって」
「で、お父さんは?」
「それはもう、カンカンどす」

 うへぇ。

「人と狸に化かされるとは情けない。修行のし直しや……って、みんな連れて山へ帰ってもうた」

 やった……ということで、いいんだろうか。
 まだ心の半分が夢にぷかぷか浮いている。無限の座敷、砕けた万華鏡の色彩、でかい狐、小さい狸…………あ!!

「美穂ちゃん! 美穂ちゃんはどうなったん!?」
「夜明けに、たぬき姿で伸びてはるところをお父はんが咥えて持ってきはりました。これはもう、降参やいうことでええと思います」

 袖で口元を隠して、紗枝ちゃんはくすくす笑った。
 その笑い声がなんだかとても久しぶりなように思えた。

「でも……うちの見間違いやったかもしれへんけど。お父はん、ちょぼっと楽しそうだったんよ」

273 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:45:58.15 ID:c+/SOnOx0

 また雀が鳴いた。庭から通り抜ける風に、い草の匂いがほのかに沸き上がった。
 ここは多分、「表」の狐屋敷だろう。とても清潔で殺風景だけど、そこかしこに狐の気配が染み付いていた。
 このご立派なお屋敷を元にして、裏の大結界を築き上げたんだろう。

 もっとも、それはまんまとご破算。

 狐は修行のし直しと、山へ戻って……。


「うちは置いてかれてもうた。本当に本当の勘当や。これでもう何者でもない、ただ一匹の狐どす」

 悲しいことだとは思っていなさそうだった。
 嬉しいことかもわかっていないようだった。
 ただ何か、とても大きな縛りから解き放たれたことへの、実感の薄さと戸惑いが先に立っているんだ。

 檻から出た狐は、十月の空の青さにただ、途方に暮れていた。

274 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:48:05.26 ID:c+/SOnOx0

 あたしは立ち上がってお尻をぱんぱん払う。んっと大きく伸びをして、紗枝ちゃんに手を差し伸べた。

「帰ろっか」

 紗枝ちゃんは眩しげにあたしを見上げて、呆けたように何も言わない。

「…………うち、」
「帰ろうよ。あたしが連れてってあげる」

 気楽な感じに笑ってみせる。こちとら遊び人、自由の御し方なら心得ているつもりだ。
 ちょっとキザっぽいけどそこはそれ。さっきまでがシューコちゃんらしくなかったのだ。あたしらしく在ってこそのあたしだもんね。

 紗枝ちゃんは手を虚空に泳がせ、少し迷って、あたしの手を取った。

275 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:50:14.80 ID:c+/SOnOx0

   〇

 誰もいない屋敷を出て、見上げるほど立派な棟門を抜けると、みんなが待っていた。
 なんだかトライアスロンでも完走してきたみたいにボロボロにくたびれている。

 ……まあ、それはあたしも似たようなもんか。

「おやまぁ、みなはんお揃いで……」

 紗枝ちゃんが一歩前に出て、そのまま突っ立っていた。
 知らないうちに増えている。プロデューサーさん、美穂ちゃん、芳乃ちゃん、蘭子ちゃん……楓さんに奏ちゃん、フレちゃんに志希ちゃんに美嘉ちゃんも。
 それに見慣れない眼鏡っ子と小さな女の子とお姉さんがいて、黒猫が一匹と、なんと大福まで来てるじゃん。


「えろうすまへんなぁ、お騒がせしてしもて。わざわざ東京まで来てもろて……大変なことに巻き込んでもうた」

 彼らの正面に立ち、紗枝ちゃんはどうにか微笑もうとしていた。

「……うち、ひどいこと言いました。あかんなぁ。みんなに迷惑かけて……うち、どんくさやから、うまく立ち回れへんで……堪忍、堪忍え……」

276 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:51:48.33 ID:c+/SOnOx0
 ×東京まで
 〇東京から

 です。すみません。
277 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:54:58.98 ID:c+/SOnOx0

 長くはもたなかった。
 紗枝ちゃんの声は次第に震え始め、俯いた顔が長い髪に隠れる。

「…………ええんやろか。だって、うち……ええのかなぁ。うち、は……」

「小早川紗枝さん」

 紗枝ちゃんが顔を上げると、プロデューサーさんはもう目の前に立っていた。
 両手に持つのはいつもの名刺。

 職業病なら仕方ないというもので、彼は少し畏まった様子でこう言った。 


「アイドルになりませんか?」


278 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:56:38.17 ID:c+/SOnOx0

 小さな手が、震えながら名刺を受け取る。
 誰もが固唾を飲んで見守っていた。一番ドキドキしてるのは名刺を渡した本人だったかもしれない。
 スカウトを受けた女の子は、手の内の名刺をまじまじと見て。

「喜んで、お受けします」

 泣きながら、叢雲が晴れるように笑った。
 ぽろぽろこぼれる涙は、けれどなんだか快くて、あたしは流れるに任せればいいと思った。

 空は快晴。こぼれる端から光の礫となる涙。


 晴れた日に降る不思議な雨を、「狐の嫁入り」と呼ぶんだそうだ。

279 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 00:59:24.80 ID:c+/SOnOx0


  ◆◆◆◆


「……済んだか」

「そのようですねえ」

「まったくしょうむない。毛玉と人間風情が、何を揃ってわちゃわちゃやっておったのか」

「そんなことを言って、先生もあの人の挨拶には満更ではなさそうだったじゃありませんか。美女には弱いんだからなあ」

「やかましい。儂は偉いのである。偉い儂に手土産を持ちに参るのは当然である」

「まこと仰る通りで。――そういえば、今日の昼から円山公園で宴会をするそうですよ。一足早い紅葉狩りです」

「儂は行かんぞ。狸どもは何かにつけてどんちゃん騒ぎおることよ」

「なにせ、狸はみんな阿呆ですから」


  ◆◆◆◆

280 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:01:18.05 ID:c+/SOnOx0

  ◇美穂◇


 公園の広場にはたくさんの人やたぬきが集まっていました。

 京都に来た事務所のみんな、手伝ってくれたみんな、迷惑をかけてしまったみんな……。
 そうした全員を呼んで一堂に会しています。

 並べられた長机の上には偽電気ブランの列。大瓶がずらりと並び、日光を受けてきらきら輝く様は壮観でした。
 更には幾つもの大鍋でおでんがぐつぐつ煮え、飴色に輝いてお腹の虫を誘惑します。
 お供となるのは目も眩むほど山積みにされたおにぎりです。お茶もあります。


「え〜、それでは〜♪」
「京都探訪お疲れ様&迷惑をかけてごめんなさいパーティーということで……」

 楓さんとプロデューサーさんがグラスを持って音頭を取ります。
 この大量の偽電気ブランは、お詫びということで二人がポケットマネーで買い上げたものでした。

 ……お詫びというのは半分口実、もう半分は楓さんの強い希望らしく、プロデューサーさんはちょっとげっそりしています。

 たぬき達は大瓶の行列を見てころっと機嫌を直してくれました。
 なんだかんだで、おいしいお酒と食べ物を頂ければなんでもいいという種族的性格というものがあるのです。


「かんぱーいっ!」

281 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:15:16.15 ID:c+/SOnOx0

   〇

 宴が始まりました。
 山盛りおでんに偽電気ブラン、ほかほかおにぎりに濃いめのお茶。
 あっという間に場はほぐれて、にぎやかな昼日中の宴席となりました。


 にゃー。

「お、大福」
「あらぁ、えらい大きゅうなって〜」

 大福ちゃんが周子ちゃんと紗枝ちゃんのもとに駆け寄ります。
 久しぶりでも二人のことは覚えているのでしょう。喉をごろごろ鳴らしながら、周子ちゃんの膝の上でうにゃんうにゃん転がりました。

「……………………大福………………嬉しそう…………」

 いつの間にか雪美ちゃんとペロちゃんもすぐ後ろにいました。周子ちゃんびっくり。

「ん!? あ〜……え〜と……あ! お得意さんの佐城さんちの娘さん!?」
「………………うん」
「わーマジか。滅多に顔出さないから思い出すまでに時間かかったわ! え、でも何でここに……」
「佐城はんのお宅いうたら、ここらでは珍しい化け猫の血筋やったんちゃうかなぁ」

 えっ。
 周子ちゃんが目を丸くします。

「なーんか他のお宅と雰囲気違うなぁと思ってたら……そうきたか。化け猫は初遭遇やわ……」
「…………にゃおん」
「みくちゃんが見たらなんて顔するかな」

282 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:17:33.83 ID:c+/SOnOx0

「お、やってるね〜」

 とふよふよ浮いてくるのは、夏美さん。偽電気ブランのグラスを持ってゴキゲンです。

「うわ! 天狗!? 本物!?」
「まぁ〜。絶対に出くわすなって、お父はんが言うてはりましたわ」
「あはは、残念でした! 相馬夏美よ。狐屋敷に迷い込んだのがただの人間って、楓ちゃんが言ってたのはほんとだったのねぇ」

 夏美さんは周子ちゃんの顔をまじまじと見て、続いて紗枝ちゃんに目配せして楽しそうに頷きます。

「うん、二人ともいい顔してる! 今度飛行機乗る時は連絡してね、サービスしちゃうから」
「サービスって……飛行機?」
「私、普段はCAやってるの。自分じゃ飛べない高度まで行くのって楽しいのよ? それに走るのもね!」

 天狗らしからぬ気さくさに、二人はぽかん。こんなタイプの天狗は珍しいのかもしれません。
 でも私が初めて出会った天狗は彼女なので、天狗はいい人だと思います。お茶とお酒でかちんと乾杯しちゃったりして。

283 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:38:56.48 ID:c+/SOnOx0

   〇


「それで……周子ちゃん? えっと、その髪」

 私が切り出すと、実は全員タイミングを伺っていたらしいことがわかりました。
 事務所のみんなの視線が周子ちゃんの頭に集まります。

 彼女の髪は、綺麗さっぱり黒一色に染まっているのです。

「これねぇ、戻ったみたい。昔は黒髪だったって言わなかったっけ?」
「俺は見たことあるな」
「なにやら懐かしき気持ちになりましてー」
「よもやその髪に、狐の魔力を蓄えていようとは……っ」

「え、そうだったの!? アタシ何があったのかと思った!」
「オセロでひっくり返されたみたいね」
「じゃあじゃあ、もっかいひっくり返したらシューコちゃん銀髪になるのかなぁ?」
「試してみる価値はあると見た!」

「やめんかーい」

 迫る志希ちゃんをぶぎゅると押さえ込む周子ちゃん。ノリは全くいつも通りなのに、黒髪というのが不思議な気持ちです。

284 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:40:37.75 ID:c+/SOnOx0

「……でもま、みんなびっくりするかもね。アイドル塩見周子は銀髪で通してきたわけやし」
「別に構わないぞ? イメチェンってことにすればいい。無理に弄れば髪が痛むだろ」

「ん……いや。やっぱしブリーチしよかな」

 前髪をいじいじしながら、周子ちゃんは目を細めます。

「相方が黒髪なんやし、あたしは前の色の方が映えるじゃん?」

 ……おお〜。

 という空気が辺りに満ちて。

「……いやいやいや、そんな感心されてもだね。ええやん元に戻すってだけの話で! 逆に恥ずかしいわ!」
「ふふっ。周子ちゃんのイキな計らいに、みんなイキを呑んだんですよ♪」
「楓さん絶好調すね……」
「サエちゃん的にはそこらへんどう〜?」

 フレデリカちゃんに、紗枝ちゃんはいつも通りの笑顔です。

「せやなぁ。ぶりーちしはるんやったら、一回親御はんに相談してみるべきなんやないかなぁ」
「あ、そうそう周子ちゃん! 私達周子ちゃんの実家にお世話になってっ」
「汝が育ちし神殿にて寝食を共にしたわ!」
「マジかっ!」

 のけぞる周子ちゃん。箸でつまんだおでんのコンニャクが落ちて、お椀の湖にぽちゃんと落ちます。

285 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:42:23.46 ID:c+/SOnOx0

「……あー、そっか実家か。あたしどうすっかなぁ」
「それについては、ご両親よりお手紙を託されておりますー」
「え、うそ」

 芳乃ちゃんが懐からすっと封筒を取り出しました。ずっと持ってたのかな。
 中身には便箋が一枚きりでした。周子ちゃんは上から下までしげしげ読んで、ほうっと息を吐き出します。

「周子ちゃん……ご両親は、なんて?」

 私を見返す彼女の顔は、なんだか晴れやかでした。


「簡単だったよ。自分の道を見つけたんなら、極め尽くすまで帰ってくんなって」


 きっとお父さんのメッセージなんでしょう。職人らしい、簡潔で力強い言葉でした。
 紗枝ちゃんは楽しそうにくすくす笑います。

286 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:44:05.50 ID:c+/SOnOx0

「なんや、せやったら周子はんも追い出されっぱなしやないの」
「ほんとだよ。芸能極め尽くすなんてどんだけかかるんだか。こりゃ東京に骨を埋める覚悟しなきゃかなぁ」
「うちも屋敷には帰れへんしなぁ。なぁプロデューサーはん?」
「ンぶっ」

 大根を齧りながら偽電気ブランをちびちび飲んでいたプロデューサーさんが咳き込みます。

「なぜそこで俺に振るのか」
「いやぁ、なんや責任取ってもらわなあかんかなぁ〜思て。もとはといえば、うちらを東京に呼んだんはあんたはんやもの」
「いいと思わん? 一家に一台シューコちゃん。ご飯の味見とかできちゃう」
「今なら狐も一匹ついてきますえ〜♪」

 通販みたい。……って!

「だ、ダメっ! ダメだよ!?」
「あらぁ? うちらがプロデューサーはんに厄介になるかもーいう話に、どないして美穂はんが口を挟むんやろ〜?」
「ありゃりゃ、なんか駄目な理由あんの? なになに〜?」
「も、もうっ二人ともぉ〜〜〜〜っ!!」

 けらけら笑う二人。みんなも笑います。ほ、ほんとにもうっ!
 周子ちゃんと紗枝ちゃんはすっかりいつも通り。快い安堵が満ちて、美嘉ちゃんがほっと一息つきました。


「……でも、良かった。二人とも帰ってきてくれたんだね」
「もっちろん。相変わらず好き勝手させて貰うわ」

 周子ちゃんは本当に楽しそうでした。紅葉の舞う公園で、黒髪を揺らして歌います。

「いつでも波風立てるよ〜♪ ずんずん立てるよ〜♪」
「いつでも平和を乱すよ〜♪ がんがん乱すよ〜♪ どす〜♪」
「こえーよ!? 何そのハタ迷惑な歌!?」

287 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:46:13.57 ID:c+/SOnOx0

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


 まさに宴もたけなわ。締めにはまだまだ早い。
 わいわい楽しむみんなを見て、あたしは思い立って立ち上がった。

「紗枝ちゃん」
「はい?」

 モチ巾着をはふはふ頂いていた紗枝ちゃんがきょとんと顔を上げる。

「いっちょ、踊ろうか」

 あんむ。
 咥えた巾着をごっくり呑み込んで、紗枝ちゃんは笑んだ。

「うふふっ。どないしはりましたの、急に……」
「合わせたくなったんよ。練習がてらってことで……どう? 嫌?」
「嫌なわけあらへん」

 さらっと答えて、嬉しそうに立ち上がる紗枝ちゃん。
 何を踊るかは打ち合わせをするまでもなくご承知のこと。

288 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:48:50.52 ID:c+/SOnOx0


 ――きっと、きっといっしょにしようなぁ!!


 結局あれは夢だったんだろうか。
 彼女は覚えてるんだろうか。
 いや、どっちでもいい。つまりは二人が「そうしたい」と思うことが大事なんだ。


「そんなこともあろうかと!!」

 うわぁびっくりした!
 例のツインテ眼鏡っ子がウキウキでリモコンを動かし、ウサウサ蠢く謎のメカが運んでくるは謎のスピーカーとちょっとした舞台。

「ステージを披露するならそれなりの設備があるべきだろう。ということで、私特製のミニステージを用意してきたぞ!」
「ちなみに音源は俺のスマホに入っているので、接続して流せるらしい」

 お、アリなん?
 という目で見ると、アリだぞ、とサムズアップしてみせた。
 関係者を抜きにすれば狸と天狗と猫だ。ギリギリでセーフなのかもしんない。
 赤ら顔の彼の後ろで、同じく赤ら顔の楓さんがぷかぷか浮いてけらけら笑ってる。

 ……予想以上に賑やかなことになりそうだ。

289 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:51:00.53 ID:c+/SOnOx0

「いける、紗枝ちゃん?」
「心配無用どす。体が鈍ってへんか、確かめなあかんしなぁ♪」

 やんややんやと囃し立てる狸達。拍手する事務所のみんな。猫の群れは丸くなったまま目だけを開き、天狗はカメラを構えている。

 それと――
 あちこちの茂みから、興味深げな視線が注がれている。
 人じゃない。犬猫でも狸でもない。

 一目見ようと、「彼ら」も思っているんだろう。

 上等じゃないか。プロデューサーさんの合図を受けて最初のポーズを取る。

 直前に目配せすると、紗枝ちゃんはにんまりと会心の笑みを浮かべていた。全部承知の上らしい。

290 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:51:40.38 ID:c+/SOnOx0


 始まった。


 歓声と音楽が咲いて、お昼時の円山公園はちょっとしたステージに変貌する。
 黒髪の小早川紗枝と、黒髪の塩見周子。あたしはすぐに染めるから、これが一度きりのプレミアムライブだ。
 これからも何度となく同じ舞台に立つのだろう。色んな曲を歌い踊り、あたしらの道を究めていくんだろう。

 宴は広がっていくだろう。人も集まってくる。もしかしたら人以外のものも集まってきて、大騒ぎになるのかもしれない。

 楽しい。それでいい。

 気が付けばいつだって、面白き日々だ。


 〜おしまい〜

291 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/31(水) 01:58:50.50 ID:c+/SOnOx0
 おしまいです。
 独自要素とクロス要素が合わさって、だいぶややこしい話になっていたと思います。
 作中の思わせぶりな描写は全て「有頂天家族」の小ネタとお思い下さい。
 長々とお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 02:03:45.77 ID:bCmvB/U30
おつでした
本当に楽しかったですぽこ
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/31(水) 02:04:45.64 ID:bFa+Xrzn0
長い期間連載お疲れ様でした!!!
周子の日々が退屈なものから面白いものになって本当に良かった
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 02:24:44.44 ID:KtDox6VDO


どたばた劇もしんみりもこなせるたぬき話に感謝

さて、登場人物はまだまだ増えそうですね
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 02:51:06.67 ID:UHVwi49oO
おつ
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 04:08:07.75 ID:JjjefOAho
乙でした〜
京都オールスターズ編、凄く楽しかったです!
雪美ちゃんと夏美姐さんはスカウトはしないのかな?

暴走カート…そういや夜市のアインフェリアとスウィッチーズはまだアイドルじゃなかったんでしたね
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 06:22:58.22 ID:NFvad0l1o

毎度設定やシナリオの練り込みがすごいな
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 06:53:04.24 ID:NFIbq0Tho
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 13:14:17.05 ID:YetLR0c3O
楓さんは天狗でいいんだよな?
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/31(水) 14:56:20.36 ID:TJd8/z0PO

本当に良かったよ
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