【たぬき】小早川紗枝「古都狐屋敷奇譚」

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101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/20(土) 10:16:11.84 ID:1OXrwGPko
ペロはどこにでもいてどこにもいないからな
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/20(土) 11:38:10.37 ID:FPoW9f6+o
ん?北海道編終わったら関西編書くって?

おっつつ
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/20(土) 12:17:00.04 ID:4sFwtFuXO
雪美の登場シーンが強キャラ感漂ってる
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/21(日) 02:26:41.26 ID:TLjJpDODO
乙乙

雪美はF-14トムキャットだったのか
105 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:29:47.50 ID:mB3PYBgS0

  【 中編 : 千年仙狐の偽月 】


  ◆◆◆◆


  ――翌日早朝 塩見家


芳乃「……よもや、月、とはー……」

  ピロロロロ ピロロロロ

芳乃「むむー? すまひょ」

らくらくホン『電話ドスエ』

芳乃「よっ、ほっ、ほー」ペペペペ

  ピッ

芳乃「できまして……申す申すー」

楓『そちらはどうですか、芳乃ちゃん?』

芳乃「美穂さんから聞きましたところー、いささか難しきことになっておりますー」


 カクカク シカジカ

106 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:36:21.70 ID:mB3PYBgS0

楓『なるほど……それは確かに、簡単に手出しできませんね。むーん(月だけに)』

芳乃「茄子さんは、まだ出雲におられるのでしてー?」

楓『ええ。残念だけど、彼女は動けそうにありません』

芳乃「いえ……よいのですー。いずれあの方に頼るわけには参りませぬゆえー」

芳乃「此は全て現世の営み。京には京の、守るべき理がありまするー」

楓『天狗様のもとへは私が向かいます。そちらは心配いりませんよ』

楓『だけど芳乃ちゃん、本当に大丈夫ですか? 今のあなたは本来の力の半分も――』

芳乃「わたくし一人の力が及ばぬとて、何ほどのことがありましょう」

芳乃「みな、頑張ってくれております。一つ一つが協力し合えば、きっと道は拓けましてー」

楓『……そうですね。では、私は私のやることを済ませましょうか。くれぐれも気を付けてくださいね、芳乃ちゃん』

芳乃「はいなー。感謝致しまするー」

  ピッ


芳乃「ふむ。さりとて、いかにしたものかー……」
107 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:44:00.68 ID:mB3PYBgS0

  ◆◆◆◆

  ―― 京都・烏丸通上空

  フヨフヨ

楓「さて、岩屋山と愛宕山は済みましたね。次は……」

楓「……そういえば、如意ヶ岳の薬師坊様は今どちらにお住まいだったかしら?」ハテ

??「あら、誰かと思えば!」

楓「?」


  フヨ〜

??「久しぶりじゃない楓ちゃん。私よほら、相馬の」

楓「まあ……夏美さん? 帰洛してらしたんですか?」

夏美「まあね。たまには実家に顔出しとかなきゃって思って。それよりどうしたの? 旅行?」

楓「実は、狐の屋敷に用がありまして……」
108 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:46:05.28 ID:mB3PYBgS0

夏美「狐って……あのヒキコモリ達がなんかやらかしたの?」

楓「身内が『お呼ばれ』されてしまったんです」

夏美「あちゃー……妙なことになっちゃってるみたいねぇ」

夏美「だけど、ちょっと面倒かもよ? こっちで騒ぎが起こると天狗が黙ってないじゃない」

夏美「なにしろあいつら、京都の天下はみんな自分のものだって本気で思ってるもの」

楓「ええ。ですので今、お土産を持ってご挨拶回りをしているんですよ」

楓「そうだ、夏美さんもご一緒にどうですか? みなさん喜ぶかも」

夏美「どうかしらねぇ。嫌味か説教でも言われるのが関の山じゃない? 天狗のくせに走るのが好きとか、京を出て飛行機なんか乗ってとか」

楓「いいと思うんですけどねぇ。飛行はしてても、非行に走ったわけでもないんですから……ふふっ」

夏美「連中にはそれが気に入らないのよ。鞍馬の下っ端なんて群れてばっかりでプライドだけ高いんだから」

楓「それでは、ここでお別れですか?」

夏美「うーん……いや、せっかくだからご一緒しようかしら。楓ちゃんが困ってるのに無視するのもなんだし」
109 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:47:24.59 ID:mB3PYBgS0


夏美「それで、渦中はどんな御大尽なわけ? 大物陰陽師? それともまたどこぞの二代目?」

楓「いえ、人間です」

夏美「人間……人間って、ただの人間?」


楓「ええ。何の変哲もない、人間が二人――」

110 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 01:51:27.67 ID:mB3PYBgS0

  ◆◆◆◆

 ◇周子◇


 ずぼっ、とよくわからんとこから顔を出した。

「どこここ」
「暗くてよく見えん」
「なんか黴臭いなぁ。さっきまで廊下歩いてなかった?」
「それよりどうも頭が痛……ん? あれ? 俺逆さまになってね?」
「うひゃあ!? どこ触ってんの!」
「周子? 近くにいるのか? あ、ふとももかこれ」
「あっ、んひ♡ ちょ、ちょっと、蹴るよ!?」

 蹴った。

 プロデューサーさんはハナヂを拭き拭き暗所から脱する。
 二人してどこぞの物置の大甕に入り込んでいたのだった。

「膝は酷いと思うんだよな」
「うっさい。乙女のふとももすべすべしといて安く済んだと思いや」

 どつき漫才はともかくとしても、変なところに出たもんだ。
 狐屋敷に建築的整合性なんて求めるもんじゃないだろうけど、それにしても頭がこんがらがりそうな地理だった。
111 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:00:03.31 ID:mB3PYBgS0

「紗枝ちゃんを見つけないと」

 物置の軋む木戸を開くと、またどこへ繋がってるかわからない廊下。
 恐る恐る踏み出して、抜き足差し足歩いていく。

「あたしらが残ったこと、知られてんのかな」
「どうだろうな。知られてたらとっくに何か仕掛けられてる気もするが……あ、窓だ」
「窓? 外見える?」

 竹格子が嵌まった窓の外は、暗い。
 どうも夜らしい。いや本当に夜なんだろうか? 時間がわかんない。

 暗い空の彼方にはぽっかりと月が出ていて、あたしらの顔をほんのり照らした。

 先に進みながらも廊下のあちこちに窓があって、その全てから月明かりが差し込んでいる。

 おかしなことに位置や角度に関わらず、どこから見ても「夜空に月」という光景が偏在しているようだ。
112 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:03:54.11 ID:mB3PYBgS0

「……幻の屋敷に常識なんか通用しないってわけだ」


 プロデューサーさんが呟き、足を止める。
 幾つか廊下を曲がって行き着いたその果てだった。

 どうしたんやろと背中をつついてみると、彼は前方を指差す。

 肩越しに向こうを見て、「げ」と思わず声が出た。


 廊下がそこで途切れ、滝のように真下に流れている。
 目の前には屋根瓦。廊下の行く末を目で追えば、遥か眼下に障子の森があってぱたんぱたんと開閉を繰り返している。
 ならば上はどうかと見てみると、一面に枯山水が広がってワビサビを表現しているのだった。


 縦と横、上と下、前後左右の区別なく「お屋敷」という空間が広がっているんだ。

 しかも、こっとん、こっとん――と柱時計にも似た音がして、秒刻みで屋敷の構成が変わっていく。
 振り向けば歩いてきた廊下は消えていて、どこに繋がっているかわからない階段が伸びるばかり。
 目の前にはスカスカの足場ができていた。梯子か何かかと思ったけど、横倒しになった縁側の手すりらしい。
113 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:06:04.60 ID:mB3PYBgS0

「念のため起動してみたんだが、さっぱり役に立たないな。見てみろ」

 プロデューサーさんはスマホに方位磁石のアプリを入れていた。
 ところが持ち主に方角を伝える筈のそれは、さっきから狂ったようにぐるぐる回転しているのだ。

 更には、時間。こっちもおかしい。
 二人が突入したと思われるお昼頃から、進まないと思えば戻ったり、そうかと思えば何時間も進んだり。
 数字がヤケクソみたいに推移して、結局は元の時間に戻るのだった。


「ちょっと信じがたいが、時空間がおかしなことになってるらしい。精神と時の部屋みたいな感じかもしれん」
「精神と……? 何それ」
「え? 精神と時の部屋知らない!? ドラゴンボールだぞ!?」
「あー、タイトル知ってるけどあたし読んだことないんよね。だからほとんど知らんの」
「マジかよ……ジェネレーションギャップだ……」

 なんか本気でショック受けとる。
114 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:10:07.40 ID:mB3PYBgS0

 こっとん、と音がして目の前に襖ができた。
 開くとほかほかの湯が張られたお風呂場だった。一瞬入りたいなぁと思ったけど、そうも言ってらんない。
 誘惑を振り切って突っ切り、反対側の扉から土間に出る。

「芳乃のリボンは持ってるか?」
「持ってる。そっちこそ髪紐は?」
「ポケットの中だ。でも芳乃の声は聞こえそうにないな」

 外はどうなってるだろう。
 芳乃ちゃん達を信じたいところだけど、連絡がつかないんじゃどうにもこうにもだ。


 道中は過酷だったけど、意外なことに邪魔は入らなかった。
 破れそうな障子の床を這って進み、床の丸窓を潜り抜ければ下は海原のように広い屋根瓦。
 薄暗い竹林を通り抜け、卒塔婆の梯子を上って、十重二十重に枝分かれする大黒柱の巣を渡っていく。

 道中のあちこちに赤い前掛けの稲荷像が鎮座していて、いつ動き出すか気が気じゃなかったけど。
115 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:18:20.35 ID:mB3PYBgS0

 やがて足が石畳を踏んで、それの前に立つ。

 回廊のように果てなく続く、真っ赤な千本鳥居に。


「……どう思う?」
「辿り着いたと見るか、誘い込まれたと見るか……」

 鳥居の先は果たして、罠かゴールか?
 虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うけど、底意地が悪い狐の穴には何があるか知れたもんじゃない。

 その時だった。
116 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:27:14.94 ID:mB3PYBgS0


 ――どうぞ、こちらへ。


「……聞こえた?」
「聞こえた。……この奥からだな」


 ――わたくしが呼びました。

 ――他の狐は気付きません。どうぞお早く。

 先の予想は半分当たりで、半分ハズレと言えるかもしれない。
 つまり……誘い込まれたのは間違いないが、悪意ある罠というわけでもなさそうってこと。

 呼びかける声は、紗枝ちゃんに少し似ている気がした。
117 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:28:53.52 ID:mB3PYBgS0

 目が回りそうなほど長い鳥居を抜けると、果てには年季の入ったお堂がある。
 仏堂と言うよりは寝所、いわば離れと言うべき建物のようだ。

 木戸の隙間から、透き通った風が流れ出ているのがわかる。

 この中だ。

「プロデューサーさん……」
「わかってる。大丈夫だ」

 プロデューサーさんはぐっと肩をいからせ、ずんずん進んで扉に手をかけ。
 すたんっ、と一息に開け放つ。

「……!」
118 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:29:41.09 ID:mB3PYBgS0


 その女性は、お堂の中心に静かに座していた。
 色鮮やかな十二単。畳にまで伸びて広がる長い長い銀髪。頭の頂点でぴんと立つ同色の耳。
 それとやっぱり、狐面。


「あのまま出てしまいましたら、ご苦労をすることもございませんでしたのに」

 言って、女性は面を外した。
 背筋が寒くなるほどの美貌には、やはりよく知る面影があって。


「お初にお目にかかります。紗枝の母です。どうぞよろしゅうに」
 
119 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/22(月) 02:32:19.88 ID:mB3PYBgS0
 一旦切ります。
 京都出身アイドルは全員登場します。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 05:33:05.41 ID:BCuaCU04O
おつ
そういえば今月は神在月か
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 05:45:27.81 ID:O8Mq1YODO
夏ねーさんもそっちの筋か


……埼玉組ってみんな悪魔なのかなぁ(三重組がみんな兎ならオレ得だけど)
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 16:32:51.67 ID:X70+BCj/O
あやめは伊勢エビだな
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/22(月) 17:15:37.58 ID:a7zwh02hO
京都コワイ
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/23(火) 00:40:33.43 ID:K8xuemtzo
伊勢エビw
125 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:18:00.92 ID:Mk89pIaF0

  ◆◆◆◆

  ◇美穂◇


「イヴさんとブリッツェンちゃんにお願いするとかっ」
「大気圏突破は不可能でしょうー」
「桃園の姫君と誓約を交わし、天翔ける火箭を召喚せん!(訳:桃華ちゃん達に頼んでロケット!)」
「時間がかかりすぎるかとー」

 う〜〜〜〜ん…………。

 塩見さんちで作戦会議をすることしばし、一向に打開策が出てきません。
 結界の入り口が月だなんて、一体どうすればいいんだろう……。

「うう……月旅行なんて無理だよう」
「……それは……狐も、同じ…………」

 ぽそりと告げるのは佐城雪美ちゃん。ペロちゃんと大福ちゃんを小さなお膝に乗せています。
 彼女は嵐山にある洋風お屋敷の一人娘だそうで、付近の猫とは一匹残らず顔見知りだといいます。

 芳乃ちゃんは一目見るなり「猫様とはー……」と感嘆し、蘭子ちゃんは雪美ちゃんの耳と尻尾に興味津々です。

 というのはともかく。
126 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:19:48.48 ID:Mk89pIaF0

 雪美ちゃんの言う通りではあるんですよね。
 それは確かに、狐が人間より数段上の技術レベルを持っていて、一足先に月面基地を建設させたなんて可能性もゼロの中のゼロじゃありません。
 だけどまあ無いとは思います。それじゃ帰る度に宇宙飛行することになっちゃうし。

 とはいえ、じゃあどうすれば入れるのかって話になると、やっぱり振り出しに戻っちゃうわけで……。

「おそらく……あれを、まことの月と思わぬがよいかもしれませぬー」
「まことの……? 幻とか、狐の術のひとつってこと?」

「はいー。夜にのみ立ち現れ、まことの月と重なって天蓋にある、仙狐の偽月……。されど秘術に触れるには、まだ何か……」

 議論が袋小路に迷い込み、また沈黙。
 
 芳乃ちゃんは黙考して、ぽくぽくぽくぽくぽく……。

「!」

 ちーん!
127 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:20:36.91 ID:Mk89pIaF0

 どうしたんだろうと見守る三人の前で、芳乃ちゃんは懐から手鏡を取り出して、

「そなたー。わたくしの声が聞こえましてー?」

 えっ!

「つつつ繋がったの!? 二人と話ができるのっ!?」
「今しがた、ふっと気配が掴めましてー。周子さんもお傍におりますー」

 どたばたしながら芳乃ちゃんの後ろに回り、手鏡を覗き込みます。
 するとそこには、見知った二人の顔が……!
128 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:23:02.21 ID:Mk89pIaF0

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


『プロデューサーさんっ! 周子ちゃぁん!!』
『そちらは今、どのような状況にありましてー?』
『魂の火を絶やすことなかれーっ!!』
『……………………………………』
 にゃー。

「いやいやいや、いっぺんに言われてもわからんって。つか、今の大福? そこってあたしんち?」

 芳乃ちゃんと大福(と、あと誰?)はともかく、美穂ちゃんと蘭子ちゃんはべしゃべしゃの半べそ声だった。
 飛び跳ねる勢いで喚き立てるリボンに受け答えして、とにかく二人を落ち着かせる。

「こっちはまだ屋敷の中だ。屋敷のどこかはわからんが、ひとまず安全地帯だ……」

 言葉を切り、プロデューサーさんは目線を上げた。

「……と、思ってもいいんですよね?」

 目の前に座っている絶世の美女は、紗枝ちゃんの実の母君。
 彼女があたしらを匿ってくれたのだと思う。多分きっと。
129 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:26:04.40 ID:Mk89pIaF0

 母狐は狐屋敷の結界をほんのわずかに緩めてくれた。
 といっても、電話みたいに声を届けるだけで精一杯。
 それさえも芳乃ちゃんの力があってのことらしく、母狐はリボンをしげしげ見下ろしてこう言ったものだ。

 ――……恐ろしく高度な術法で編まれています。現代の人がこのようなものを持つとは。


『仙狐様の奥方とお見受けいたしまするー。わたくし依田は芳乃と申しますー』
「ええ、お二人からお話は伺いました。難儀なことになってしまったものですね」
『まこと仰る通りー』
「お客人には無礼を働いてしまい、まったく申し訳なきことです」

 味方……と思っていいのかもしれない。
 少なくとも敵意は感じないし、他の狐からあたしらを隠してくれているのも彼女だ。


「それにしてもなんつう美人だ」
「出すな出すな名刺を」

 相手間違っとるやろがい。
130 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:30:25.96 ID:Mk89pIaF0

 とにもかくにも、確認しなくちゃならない。
 プロデューサーさんは改めて母君に向き直り、はっきりと質問した。

「我々は娘さんを連れ戻そうとしています。ご協力頂けると考えてよろしいのですか?」
「協力――と言いましても、元より出来ることは限られております」

 母狐は小首をかしげ、たおやかに微笑んだ。

「この屋敷はわたくしのみならず、ここにいる全ての狐によって維持されております。
 わたくしひとりが結界を弄ろうとて、所詮は大河の流れに指を差し入れる程度のもの。
 ほんのわずかに他の狐の眼を欺き、依田様のお力を借りて声だけ繋げるのが精一杯」

 ちゃちゃっと紗枝ちゃんの元まで連れて行って貰う、というわけにはいかなそうだった。

「……よほど大規模な場所なんですね」
「ええ。合わせ鏡の如くに互いを照らし合わせ、無限に重なり広がりゆく不可思議の屋敷です」

 合わせ鏡。言い得て妙かもしれない。
 ただし角度も数もべらぼうで、まるで狂った万華鏡みたいな有様だけど。
131 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:32:24.91 ID:Mk89pIaF0

「しかしながら、紗枝の望みはわかります。娘は昔から芸事をとてもよく好みましたから」

 思い出した。
 紗枝ちゃんは、街に出てこっそり舞やお花やお茶を教えて貰っていたとか。
 それを知っているのはお母はんだけ――と彼女自身が言ったものだ。

「無論のこと、あの子の望むとおりにしてやりたいと思っておりますよ。腹を痛めて産んだ我が子ですもの」
「なら……!」
「化かす隠すは狐の常とは申せ、旦那様のやり口はいささか乱暴ですし。――と、それが半分でしょうか」

 半分?

 意味を訪ねる前に、母狐が先を促す。

「ご相談をなさるなら、お早く。あまり長くお声を繋げるわけにも参りません」
132 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:35:34.66 ID:Mk89pIaF0

 リボンと手鏡を介して、あたし達は情報交換を始めた。
 流石に月なんて言われた日には二人とも仰天したものだけど、母狐は落ち着き払った様子。

「……よもや、外にいながらそこまで到達していようとは」
『…………にゃあ』
「なるほど……佐城の娘御が猫の手を貸しましたか」


 夜空に浮かぶ月について、母狐は更に詳しく補足した。

「いかにも。この屋敷も偽月も、狐の法に則りしもの。種があれば仕掛けもあります。
 月は夜ごと細々と霊気を吸い上げておりますが、最も大きく流れるのは月が満ちし時です」
「満月……」


「その夜……満月が中天高くに座す、子の正刻に限り。屋敷の空と京の空は、繋がります」

133 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:37:26.81 ID:Mk89pIaF0

「繋がる、ですか?」
「ええ。月に一度、人と狐は見上げる空を同じとします。そして屋敷全ての狐が大座敷に集まり、大開きの満月から注ぐ霊力を受け取るのです。
 屋敷の為、決して欠かすことの出来ぬ大切な儀式です。ついでに酒盛りも行います」

 飲み会すんのかい。

 思いつつ、あたしはここに来るまでに見た月を思い出していた。
 どの窓からも覗き見える夜空と月は、どこか非現実的な雰囲気のものだった。

 けれど満月の午前零時にこそ、窓の外は本物の「京都の空」となるのだろう。

『じゃ、じゃあ、そこから飛び込むこともできちゃったりしますかっ!?』
「残念ながら不可能でしょう。通れるのはあくまで形なき物のみ。でなければ、酔った天狗が迷い込まないとも限りませんから」
『そんなぁ……』

 しょんぼりする美穂ちゃん。
 確かに空が飛べりゃ或いはとも思ったけど、そこは京都の狐。天狗礫や迷い天狗の対策もばっちりなんだろう。

「とはいえ……その瞬間が、結界の最も大きな隙であることは間違いないでしょう」
134 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:39:33.65 ID:Mk89pIaF0

 語り終え、母狐は一息ついた。


 満月の夜に一堂に会す狐、繋がる空、結界の隙……要素は揃ったように思う。
 だけど具体的にどうすれば? あと一歩を、これから話すべきだ。

「わたくしが教えられるのはここまで。……お時間が近づいて参りました」
『あれ? え……プロ――――周子ちゃ――――っ――』

 声が途切れ途切れになる。
 母狐は平静そのものといった顔。

「他の狐に気付かれたようです」

 お堂の景色が、滲む絵の具のようにおぼろげになっていく。

『我が友――――嫌――――まだっ――――』


「……『もう半分』の話を致しましょうか」

 母親として、紗枝ちゃんの思い通りにさせてあげたい。夫のやり方を良く思っていない。
 それが半分だと、確かに彼女は言った。
135 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:41:17.16 ID:Mk89pIaF0

「わたくしもまた狐。そのことをお忘れではありませんでしょう?」

 背筋を伸ばして正座し、歪む畳の上で彼女は微動だにしない。
 声色は凛として、けれどさっきまでより一段と低く冷たい。


「あの子が望もうと望むまいと、たとえ鳥籠に閉じ込めてでも、ずっと手元に置いておきたい。
 だって腹を痛めて産んだ我が子ですもの。そうした気持ちもまた、等しくあるのですよ」


 咄嗟に伸ばした手がプロデューサーさんを掴む。
 あっちもあたしの手を握り返して、足元が強く揺れた。

 もう上も下もわからなくなった中で、母狐の声だけがこだまする――
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 00:42:34.68 ID:EvuSqdNX0
リアルタイム投下だ!わーい
137 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:43:40.85 ID:Mk89pIaF0


 ――然るに、わたくしは事がどちらに転ぼうとも、それを天命と受け止めます。

 ――母として、狐として、お客人に貸せる手はここまで。秘術の要をわたくしは全て語りました。

 ――以降は一切の手出しを致しません。貴方がたの手で、あの子を引き戻して御覧なさい。


 ――叶わぬならば、話はそこまで。紗枝はここで生きるでしょう。


 ――届いたならば、そのあかつきには――――

138 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:46:15.08 ID:Mk89pIaF0

   〇


 気が付けば、二人して玉砂利の海に倒れていた。


 周囲360度には狐面がずらっと並び、揃ってこっちを見下ろしている。
 その中に一つだけ黒い面があるのがわかった。
 時代がかった裃を身にまとう、ほっそりとした男。一際大きな耳と尻尾は、やはり銀色だった。

 見上げてプロデューサーさんが問う。

「……もしかして、お父さんですか?」
「貴君に父と呼ばれる筋合いは無い」

 取り付く島、マジで無し。

 父狐が合図を発し、またも景色が組み変わる。
 ことんことんと柱時計の音がして、次にいるのは薄暗い座敷牢だった。
139 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:49:29.21 ID:Mk89pIaF0

「愚妻が要らぬことを吹き込んだようだが、無駄なことと心得たまえ。無事に外に戻る機会を放り捨てたのはそちらだ」

 鏡餅ほどもデカい南京錠に鍵が差し込まれ、座敷牢がゆっくり開いていく。
 今から二人とも放り込んでやるってことだろう。
 抵抗は無意味だった。いくらなんでも多勢に無勢すぎる。

「今や貴君らは招かれざる客。勝手に当家の敷地を踏み荒らされたとあっては、相応の罰なくば示しがつかん」
「……だったらどうするっての? 鍋にでもして食べちゃうつもり?」
「鍋、か」

 父狐は顎に手を当ててわざとらしく思案した。


「確か京では、人間が狸を鍋にするという。狸なんぞ今更煮たところで何の益にもならぬが……さてこの場合はいかに」

 何やっとんねん京都人。どこの食い道楽じゃ。
140 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 00:52:46.62 ID:Mk89pIaF0


「よろしい。獣を喰ろうて悦に入る人間に、ひとつ意趣返しをするも一興か」


 なにやら思い付いた黒い面が、うっそりと笑ったように思えた。
 ぬぅっと顔を突き出し、こっちの目を覗き込んで狐は言う。


「二人揃って天麩羅にでもして、来たる月見の肴にしてしまおう」

141 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:01:05.63 ID:Mk89pIaF0

  ◆◆◆◆

 ◇美穂◇


 声が途切れて、室内はなんとも言えない沈黙に満たされています。
 満月……。
 チャンスがあるとすればその時だけ。

 そういえば満月っていつだったっけ。
 同じことを考えた蘭子ちゃんが、スマホを使って10月の月齢を調べてくれていました。

 みんな揃って液晶を覗き込み、残された時間のあまりの少なさに血の気が失せました。


「10月24日……あ、明日!?」

142 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:21:01.53 ID:Mk89pIaF0

   〇

 議論が何度目かもわからない袋小路に入る頃、誰かのおなかがきゅるると鳴りました。

 表世界の時刻はそろそろ正午。
 なんとも情けないことに、こんな事態でだっておなかは空くのです。
 あっちの二人とも、ひもじい思いをしてなければいいけど……。

 と、周子ちゃんのお母さんが私達を呼びに来て、雪美ちゃんにびっくりしました。

「あらぁ、佐城さんところの娘さんやない。お友達になったん?」
「……………………うん」
「そらええことや。ああ、お昼ご飯を作ろうと思うんやけど、ネギを切らしてもうてねぇ……」
143 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:22:57.04 ID:Mk89pIaF0

 なんでも、ちょっとそこまでお遣いに行って欲しいとのこと。
 そのくらいならお安い御用と私が行くことにしました。

 歩きながら妙案が浮かべば……というのは期待しすぎですが、気分転換は大事ですから。

 
 出町商店街でお買い物を済ませて表通りに出ると、道沿いの街路樹が騒がしい。
 なんだろうと思って見上げたら、ある一本にカラスがぎゃあぎゃあたかっているのです。

「……? 何かいるのかな……」

 って!!
144 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:27:23.79 ID:Mk89pIaF0

 たぬき!
 街路樹のてっぺんにしがみついて、仔狸が一匹ぷるぷる震えているんです!

「こ、こらーっ! いじめちゃ駄目でしょーっ!!」

 買い物袋を振り回したり落ちてた石を投げつけたりして、なんとかカラスを追い払いました。

 ふらふら、ぽとりと落ちるたぬきを受け止めます。
 ……うん。クラクラしてるけど大丈夫みたい。

 私は左右をきょろきょろ見渡して、とりあえず人目につかないところまで入りました。
145 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:28:36.19 ID:Mk89pIaF0

「大丈夫? 歩ける?」

 路上に降りたその子は二・三歩たたらを踏んだものの、なんとか四本の脚で立つことができました。
 まだまだ幼いみたい。私より年下かな。
 たぬきは大きな目で私を見上げて、鼻をひくひく鳴らしました。

 ……そういえば、京都のたぬきと対面したのは初めてです。

「はじめまして。君は化けたりできるのかな。実は、私もたぬきなんだよ」

 ポンッと耳と尻尾を出してみると、案の定びっくり。
 目を丸くする姿に私はちょっと得意げ。

 たぬきは綿毛みたいな体をふるふる震わせて、むんっと気合を入れたようでした。
 あ、ひょっとして……。

 ポンッ!
146 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:34:25.78 ID:Mk89pIaF0

 と、相手も化けました。
 小学生くらいの男の子でした。気弱そうだけど、同時に聡明さも感じさせる顔つきです。
 そこで私は、彼が首から携帯電話を下げていることに初めて気付きました。

「助けてくれて、ありがとうございます」

 男の子は改めて私に向き直り、ぺこー。

「あ、これはどうもごていねいに」

 私も釣られて、ぺこー。
147 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:40:04.73 ID:Mk89pIaF0

 彼は糺の森を住処とする狸の一族で、今は修行中の身なんだそう。
 今は修行先に向かう途中でうっかりカラスに絡まれて、びっくりして化けの皮が剥がれちゃったといいます。

「どんなことしてるの?」
「偽電気ブラン工場で奉公をしています」

 途中まで一緒に歩く道すがら、男の子はそう言いました。
 ……偽電気ブランって何?
 きょとんとしたのに気付いてか、男の子はむしろ意外そうな顔をしました。

「そっか。お姉さんは京都のたぬきじゃないから知らないんだね」
148 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:46:01.86 ID:Mk89pIaF0

 偽電気ブラン。


 偽と言うからには本物があるのであって、真の電気ブランは東京浅草の神谷バーという酒場にあります。
 舌先にぴりりと来る度数、独特の甘みと香りが特徴の、明治期に誕生したお酒です。

 ただし製法は今もって門外不出。
 しかるに「偽」電気ブランとは、昔々ある京都の電話職員がその味に感銘を受け、我流でその味を再現しようとしたものなんだそうな。
 けれど研究は難航しました。
 発電所をひっそり使ってあれやこれや試行錯誤した結果生まれたのは、本物とは似ても似つかない無色透明の不思議なお酒だったのです。

 ところが、それはそれで。
 半ば偶発的な事故の形で生まれたお酒は、たいそう芳醇な香りと透き通るような飲み心地の良さを獲得していました。
 結果本物とはまた違った立ち位置を得て、今でも岡崎疎水の工場で密かに製造され、洛中洛外の人や狸、天狗達にひっそり流通しているといいます。

 こっちの製法もやっぱり秘密。だけど、発電所をまるまる使うほどの電力が必要なのは間違いなさそうです。
149 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:47:28.67 ID:Mk89pIaF0

「お姉さん、電気は大事だよ。僕は電磁気学を修めようと思うんだ」
「そうだねー。私達たぬきの文化的生活も、電気があってこそだもんね」

 電気こそまさに偉大なる発明。文明の利器。たぬきもその恩恵に預かりっぱなしです。
 びば文明開化。

「だけど、あんまり大きくし過ぎるといけないよ。使い方を間違えると雷みたいになっちゃう。雷神様は怖いんだ」
「雷、怖いよね。私もまだちょっと苦手なんだ」

 男の子はこくこく頷いて、ふと誰かを案ずるような顔をしました。

「母上がね、雷が大嫌いなんだよ。だから僕は電気を上手く使えるようにならなくちゃ」
150 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:53:57.36 ID:Mk89pIaF0

 手を振りながら去っていく男の子を見送り、私も家を目指します。
 ちょっと寄り道になったけど、そんなに時間はかかっていませんでした。

 雷かぁ。
 私も怖かったなぁ。

 今ではまあ慣れたけど、あの「ごろごろどかーん!」にはまだうっかり尻尾が出そうになっちゃいます。
 小さい頃はそれこそこの世の終わりみたいな気持ちになって、静まるまでずっとお母さんにくっついて震えてたっけ。

 あの子のお母さんにとって、雷様はまさに弱点なんでしょう。
 誰にだって弱点はあるんです。
 結局のところ化け術とは、高い集中力を必要とするもの。その集中を乱す何かに直面すれば化けの皮はあっさり剥がれます。

 一時期の私ときたら、プロデューサーさんを見たらくしゃみを連発して変化が解けちゃう有様だったし。
151 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 01:57:21.86 ID:Mk89pIaF0

 
 …………ん?

 あれ?

 弱点。集中。化けの皮。たぬきはそう。だったら狐は?
 月、空、雷様、電力、苦手なもの。

 紗枝ちゃんの弱点は。

 
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 01:59:37.88 ID:EvuSqdNX0
おあげですね、間違いない
153 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 02:02:18.62 ID:Mk89pIaF0

   〇

 ぽんぽこ転がる勢いで家に戻ると、みんなびっくりしていました。

「敵襲かっ!?」
「ちっ違、違うの! 聞いて! 私! たぬきで電気で、カラスのくしゃみがお母さん!」
「落ち着きなされませー」

 お茶の間に上がり込み、お水を頂いて深呼吸。

 そして語りました。
 ひょっとしたら無茶で、たくさんの飛躍があって、藁をも掴むような一つの思い付きを。
 たぬきが絞り出した、精一杯の悪巧みを。
154 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 02:06:02.42 ID:Mk89pIaF0

 三人とも最後まで神妙に聞いています。
 できるかどうかと言われればかなり難しい、言ってしまえば賭けにすら近いものです。
 無茶な夢物語と切って捨てられそうだけど、思い付くのはそれしか無かったから。

「…………なるほどー」

 ぽそり、と芳乃ちゃんが呟きます。

「化かし合いの要諦は、とにもかくにも相手の虚を衝くことに尽きまするー。その案ならば、あるいはー……」

 見ると、蘭子ちゃんも雪美ちゃんも大きく頷いて。
 大福ちゃんとペロちゃんがにゃーと鳴き、周子ちゃんのお母さんがお昼ご飯を持ってきました。

 決まりということです。
155 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 02:09:22.90 ID:Mk89pIaF0

   〇


 食後、芳乃ちゃんが懐をごそごそまさぐったと思ったら。

「すまひょでしてー」

 てけてけてけーん。
 彼女は事務所から支給されたそれをぺしぺし操作して、どこかに連絡を取り始めました。
 上手になったなぁ。

「電話するの? 誰に?」
「美穂さんの策ならば、流石に今少し人手が欲しいところでしてー。明日までには間に合いましょうがー……」
156 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 02:11:16.83 ID:Mk89pIaF0


  ◆◆◆◆


「京都……ですって。どうする?」

「近い近ーい。あたし的には散歩圏内だよ〜にゃっはは〜♪」

「ん〜、カリスマ的にはそこらへんどう思……ワオ! 荷物まとめるの早ーい☆」

「急ご! もう時間あんまり無いみたいだから!」


  【 中編 ― 終 】
157 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/24(水) 02:15:18.27 ID:Mk89pIaF0
 一旦切ります。

 ちょっと「有頂天家族」要素濃いめになります。ご注意ください。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 02:29:40.69 ID:EvuSqdNX0
おつ
楽しみにしております
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 07:31:07.67 ID:1G+E9bDZo
おつ
めっちゃ面白い
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 11:47:32.95 ID:MPIunvNDO
途中の狸はサイドエムかな?
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 12:32:57.68 ID:K+kjfhSWO
>>160
たぶん有頂天家族のキャラ
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 15:42:41.10 ID:CFMIp1XHO
最ドM?
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 16:25:05.11 ID:n4CiVS7/0
狸一家の四男坊が出てくるとか、こひなたぬきシリーズは森見先生作品の世界観と同じだったのか
そりゃたぬきやきつねや天狗がわんさかいますわな
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/25(木) 11:07:33.64 ID:C1jk4EtDO
つまり、某モバマス系SS作家の作品が仮面ライダーを知ってた方が楽しめるように、有頂天家族を知っていた方が楽しめますかね?
165 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:42:27.10 ID:WgrrN/W70
>>164
知っていればニヤッとできますが、知らなくても問題なく楽しめると思います。
ここまで強くクロス要素があるのは本作だけです。(舞台が同じ京都なので)
166 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:44:33.49 ID:WgrrN/W70


  【 後編 : 彩を穿つ 】

  ◇紗枝◇


「お父はん! それ、本気で言うてはりますの!?」


 聞くなり声を荒げてしもて、あかん、と思いました。
 ここでは平静やないと、目の前の狐はうちの心の根までも入り込んで暴き出してまう。
 それでも、せめて異を唱えておかへんことには……。

「何か問題でも?」
「……いくらなんでも、悪食が過ぎひんどすやろか?」
「狐とて霞を食んで生きてきたわけではない。時には山の獣を噛み殺して血肉を啜った時分もあろう。先祖に倣うのさ」
「そないなこと言うたかて、人を二人も喰うてまうなんて。正気の沙汰やありまへんえ!」

「ほう」

 お父はんが呟き、扇いではった扇子を「ぱちん」と閉じます。
 その扇子の先で狐面を軽く上げ、白い細面に光る眼で、ひたと娘を見据え。

167 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:46:42.98 ID:WgrrN/W70


「ひとつ聞くが、その『正気』というのはどちらの基準だね。狐か? 人か?」


 うちは、すぐには答えることができずにおりました。
 暫しの沈黙を置いて、お父はんは静かに語り始めます。
 まだ幼いうちに狐の掟を語って聞かす、あの時と同じ口調で。

「紗枝。おまえはいつしか、俗人の世にかぶれてしまうようになってしまった」

 街に出て遊ぶこと。
 こっそり覚えた芸のこと。
 いつからか人間に入れ込み、あまつさえその為に仙気を使うてもうたこと。

 お父はんはそれを責めるでもなく、ただ淡々と、

「日舞などと、一体いつどこで拾ったものか知れぬが、狐の修行には無用だ。
 未練がましい想いなど絶ってしまえ。おまえは何も隠せていない」

168 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:47:57.57 ID:WgrrN/W70


 小娘の仮面などはお見通しと。
 それが為の、この仕打ちと。
 面と向かってそう言われたも同然やった。

 うちは腹を括りました。
 二度とは会えへんでもええと思うとった。今生の別れでも、それで丸く収まるならと。

 せやかて、いくらなんでもこれは別や。
 あの二人を煮え油に落とすくらいなら。

 
 うちが牙を剥くより早く、お父はんが「鏡」を傾けました。

169 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:48:44.16 ID:WgrrN/W70


 がたたたたたたたたっ。


 座敷の景色がゆらりと揺れたと思えば、四方八方の虚空から格子木が飛び出してうちを囲いました。
 これは檻や。お父はんの手にかかれば、屋敷に忽然と檻を組むなんて朝飯前。

「こうなったのも彼らの選択だよ。自ら檻に舞い戻った獲物は、釜に落ちるより他なかろう」

 うちを捉えた四角い檻は、そのままあぶくのように座敷をぷかぷか。
 その前に立ち、お父はんは娘の顔をまじまじと見ます。

「そして物事には因果がある。全てはおまえが俗世に染まった結果だ」

170 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:50:26.58 ID:WgrrN/W70

  ◆◆◆◆

 ◇周子◇


 満月の夜が近い。
 ……らしい。窓も時計も無いんじゃ時間なんてさっぱりだけど、感覚でわかる。
 座敷牢の外では狐たちが慌ただしく動き回っているみたいだった。
 宴の準備だろう。満月の夜、彼らは大座敷に集まって儀式と宴会を行うというから。

 そして、その宴のメインディッシュになるのが、あたしとプロデューサーさん。

 だけど他には何の変化も無く。
 二人は座敷牢に放り込まれたまま、屋敷の慌ただしい気配を探るのが関の山だった。


「しっかし、人間の天ぷらなんて考えるかね普通」
「食ってもうまくないと思うんだがなぁ」

 現状を一言で表すなら、二人して煮えたぎる釜の縁でタップダンスしてるようなもんだ。
 油の底に沈むのは時間の問題。仮にこれで狐のお腹に納まったとして、表じゃどういう扱いになるんだろ。行方不明?

171 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:51:15.43 ID:WgrrN/W70


「まさかプロデューサーさんと心中寸前なんてことになろうとはねー」
「なんだ、俺と死ぬのは嫌か?」
「悪かないけど、あと100年は早いんとちゃうかな」

 こうなると軽口を叩き合うしかすることがない。

「……てか落ち着いてるじゃん。観念しちゃった感じ?」

 まさかと彼は首を振る。こんなんだけど命懸けの状況だ。今まででもトップクラスにヤバいことは間違いない、けど。

「事が動くとすれば満月の夜だろう。それまではじたばたしたってどうにもならん」
「まあ確かに」
「それに、屋敷の仕組みは美穂達だって聞いてる。あっちはあっちで動いてくれてると考えるしかない」

 今や声は分断されたけど、必要な情報と条件は紗枝ちゃんの母狐からもたらされている。
 その点に関して言えば彼女は公平だった。決してこちらの味方ではないにしてもだ。

 プロデューサーさんは漆喰の壁に背を預け、薄暗い天井を仰いだ。


「みんなを信じよう。神頼みならぬ、狸頼みだ」

172 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:53:05.67 ID:WgrrN/W70


  ◆◆◆◆

 ◇美穂◇


 事前準備に日が暮れて、夜が明けて当日の朝。

 ダムに隣接する夷川発電所の前には、なにやらうごうごと人が集まっていました。
 先頭にはメガホンを手に取る二人組。
 緊張の面持ちで、閉ざされた施設内に声をかけます。


「無駄な抵抗はやめろー!」
「君達は包囲されているー!」


 私達は今、テロをしているのです。

173 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:54:55.26 ID:WgrrN/W70


 立てこもりです。人質も取ってます。
 表向きは水力発電所、裏の顔は偽電気ブランの製造工場というこの施設を占拠してはや数時間。
 朝早くから表は大騒ぎ。集まる黒山の人だかりは、実はみんな京都の化け狸なのです。


「た、たすけてー」

 そして人質ならぬ狸質は、先日出会った男の子たぬきなのでした。

「それ以上近付かないで! こ、この子がどうなってもいいんですかっ!」
「たすけてー。ははうえー、にいちゃーん」

 窓から顔を出して叫びます。演技はちょっと上手じゃないかも。
 男の子は事情を先刻承知でした。あれから私の相談を受けて、協力を申し出てくれたのです。

「母上や兄ちゃん達には話しておいたよ」
「それで、なんて……?」
「いてもうたれって言ってた」

 ひそひそ声で心強いことを言ってくれます。

174 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 00:59:44.75 ID:WgrrN/W70


 そうこうしている内に人だかりは増えていきました。
 工場に従事するたぬき、このままでは偽電気ブランが飲めんと憤るたぬき、なんやなんやと寄り付いた野次馬もとい野次狸(これが大半)。

 騒ぎが大きくなっていくのを受けて、メガホンたぬきコンビは声を張り上げます。

「役立たずの尻尾丸出し君なんてどうなってもいいけどね、そこはうちの工場なんだ」「その通りだよ兄さん!」
「ただでさえ父上がいなくなって大変なのに、外様の狸に好き勝手やられちゃたまらないよ」「迷惑千万! 迷惑千万!」
「第一こんなことされて、妹に怒られるのはこっちなんだぞ! 絶体絶命だ!」「軽くやばいよ兄さん!」
「ていうかその海星はどこにいるんだろう。工場がこんなになってるのに」「まさかツチノコ探しに行ってるんじゃ」

 夷川発電所の責任者(?)は兄弟らしいです。二人とも顔そっくりだから双子なのかも。


 申し訳ないとは思うけど、こっちだって緊急事態。
 プロデューサーさんと周子ちゃん、紗枝ちゃんを助ける為にはこれしかない。
 それに時間だって無いんですから。

 窓から離れて中に戻ります。形だけ狸質の立場でいた男の子に導かれ、施設の奥へ。

175 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:01:06.69 ID:WgrrN/W70


 私達が用があるのは偽電気ブラン工場じゃなくて、それに電気を供給する発電設備でした。

「志希ちゃん、そっちはどう?」
「んー」

 ケミカル白衣から黄色い絶縁衣に変身した志希ちゃんは、大きな設備の周りをうろうろ歩き回っていました。

「まあ仕組みは普通の水力発電機ってゆー。その半分を街に流して、もう半分で工場を回してるのかにゃ?
 見た目はレトロだけど案外パワーがあるよねー。シキちゃんびっくりしちゃった」

 志希ちゃんはあらためて私を見て、にぱ! と微笑みます。

「それにしても悪いこと考えるようになったねー。プロデューサーの影響? それとも周子ちゃん?」
「うぅ、こ、これしか手が思いつかなくて……」
「お姉さんも、電気に詳しいんですか?」

 男の子の問いに志希ちゃんは「んにゃ〜」と首を傾げて。

「あたしじゃなくて、専門はそっち」

 指差す方から、新たに二人が出てきました。

176 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:02:21.88 ID:WgrrN/W70


「しかし奇っ怪な物置もあったものだな。家財道具から何から手当たり次第に放り込まなきゃああはならんぞ」
「まあ、おかげで掘り出し物もあったわ」

 ウサ、ウサ、ウサ、ウサ、ウサ。

 たくさんのウサちゃん型ロボを引き連れて現れたのは、奏ちゃん。
 そしてツインテールの眼鏡の女の子……池袋晶葉ちゃん。

 私は直接面識は無かったけれど、機械工学やら何やらの天才で、志希ちゃんや奏ちゃんとも知り合いだそう。
 プロデューサーさんそっくりのメカを造ったり、社食を丸ごとハイテク回転寿司に改造したり……と聞くだに凄い活躍ぶりです。
 彼女と志希ちゃんが今回の作戦の起点。来てくれて本当に良かったです。

「なんかおもしろそーなの見つかったのー?」
「うむ。物置の奥からいいものが掘り出せたぞ。やはり歴史のある発電所だな」

177 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:04:12.86 ID:WgrrN/W70



 どすんっ!!


 とたくさんのウサちゃんによって運び出されたのは、埃を被った巨大な円柱状の装置でした。

「旧式の大型テスラコイルだ。おそらく模造品だが、これだけ立派なら必要十分というものだな!」
「いけそうかしら、美穂ちゃん? これならお望み通りの現象は引き起こせると思うけど」

「う……うん! これならきっと、狐を化かせる!」

 ふむ、と顎に手を当て、晶葉ちゃんは目を細めてこっちを見ました。

「呼ばれて来てはみたが、なかなか興味深い状況だな。たぬきだらけの発電所に密造酒……か。
 ふっふっふ、古い同僚の声掛けにも応じてみるものだな……!」

178 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:05:23.01 ID:WgrrN/W70

   〇

 一方その頃、芳乃ちゃんは発電所の屋上にちょこんと座っていました。
 よく晴れた空をじーっと見上げて、来たる夜に向けて集中を練っているようでした。

 雪美ちゃんは付近の猫に声をかけて回っています。
 志希ちゃんと晶葉ちゃんと奏ちゃんは施設の中。

 私と男の子は再び立てこもり犯と狸質になりきって窓から顔を出します。

「大体そっちの要求はなんだって言うんだい」「うちの工場を丸ごと奪おうってんじゃないだろうね」
「そしたら困るぞ。とても困る!」「偽電気ブランはそこじゃなきゃ作れないからね」
「作り方も僕らはなんとなくしか知らないし」「なんとなくで再現したら偽偽電気ブランになってしまうよ」

「そのまま夜まで入ってきちゃ駄目ですっ!」

 メガホンたぬきはうろたえました。まさか丸一日占拠されるとは思っていなかったようです。
 そのまま近くのたぬき達と集まって、うごうごもぞもぞ相談し始めました。


「夷川親衛隊の奴らだ」

 男の子は小さく呻きました。

「あいつら、タダで偽電気ブランが飲めるからって従ってるけど、飲めないとなると大変だよ。暴れちゃうかも」

179 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:06:33.38 ID:WgrrN/W70


「ええい、付き合ってられない!」

 と、メガホンたぬき(兄の方)が大声をあげます。

「大体どうしてそっちの要求に従わなきゃいけないんだ。責任者は誰だ!」
「僕らだよ兄さん!」
「あ、そうだった。つまり僕らが一番偉いってことになるじゃないか。だったら決定権も僕らにあるぞ!」

 そうだそうだ! と唱和する夷川親衛隊。
 野次狸達も同調し始めたようです。そうだそうだ、酒飲ませろ、騒げればなんでもいい。

「だから交渉には乗ってやらないぞ。狸質なんてどうでもいいさ!」
「君達、こういうのは四面楚歌っていうんだよ。袋のネズミ、いやたぬきだ! そして僕らはライオンさ!」

 ポンポンッ!

 同時に、なんと二人ともライオンさんに化けたのです。
 後ろのたぬき達もやる気十分。どうも強行突破する方向で話が固まったようです!

「お尻を噛んで鴨川に放り込んでやる!」
「捲土重来ーッ!」

180 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:07:48.73 ID:WgrrN/W70


 ま、まずいかも!
 そう思った矢先に――――


「ん待てぇぇえいっ!!」


 ざざんっ!!

 突然の大声と、たぬき達に立ちはだかる黒い影!

「ここから先を通りたくば、この魔王を斃してみせよっ!!」

 ら……蘭子ちゃん!

181 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:08:59.13 ID:WgrrN/W70


 たぬき達はポカンとしていました。
 なんだこいつ。
 全員の顔にそう書いてあるような気がします。

 ら、蘭子ちゃん、どうするの……!?

 固唾を呑んで見守る私達をよそに、蘭子ちゃんは低く笑い……。

「あのう、どちらさまでしょう」
「人間だよ兄さん! なんかへんてこりんな人間だ!」
「ふっふっふ……人間? 汝らには、我が身がただの人間に見えるか……!」

 バッ!!

「よかろう! ならば聞くがいい、我が魔性に魅入られし哀れなる霊獣達よ!!」

「「!?」」

182 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:10:59.30 ID:WgrrN/W70


「創世の時! 天より堕ちし白銀の星が、大いなる地に焔を産んだ!!」

 シュバッ!

「それは滅亡の鎮魂歌(レクイエム)にして、誕生の聖譚曲(オラトリオ)……。天魔の交わる火の国に、我が魂は形を得たり!!」

 シュババッ!!

「そして14の鐘が高らかに鳴り響き、祝福と呪詛を等しく秘める翼は即ち、無垢なる黒と魔道の白……!!」

 ササッ、ドンッ!!

「今こそ聞け! 闇に染まり空を翔け、運命(さだめ)を切り裂く聖なる歌声(しらべ)!!
 而して刮目せよ!! 耀きの剣を手に、千年の都に降誕せしこの威容(かたち)!!」


「――その魂に刻め!! 魔王神崎蘭子とは、我のことなりぃっ!!!」


 ババァァーーーンッ!!

183 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:12:23.06 ID:WgrrN/W70


 ――――ざざざざざっ!

 ポーズをキメる蘭子ちゃんを前に、たぬき達は一斉に尻込みしました。
 本気で気圧されていました。
 その威風堂々たる名乗り、なにやら物凄いオーラ、根拠はともかく偉大な感じに京都のたぬきは原初の畏怖(?)を呼び起こされたようです。

「どどどどうしよう」「いや人間だろう、天狗じゃあるまいし」「でも人間が一番タチが悪いって言うじゃないか」
「変な幻術師って線もあるし」「ひょっとしたら弁天と同類かもわからん」「キャラデザ的に銀髪っぽいしなぁ」
「滅多なこと言うな、あんなおっかないのが二人もいてたまるか」「ぶるぶるしてきた」「いじめられる」「酒が飲みたいのう」

「ふんむ……どうしたのだ、獣達よ? 先程までとは態度が違うではないか……」

 ついっ。
 ざざっ。

 蘭子ちゃんが一歩近付くごとに、たぬき達が一歩退いて。
 もう一歩近付いたら、更に二歩遠ざかって……。

184 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:13:36.57 ID:WgrrN/W70


「…………がおーーーーーっ!!」

 わーーーーーーーっ!!

 走り出す魔王にたぬき達は逃げる逃げる逃げる、蘭子ちゃんは追う追う追う。
 日傘を振り振り全力ダッシュの蘭子ちゃんが、ふとこっちを振り返りました。

 ――今のうちに!

「蘭子ちゃん……!」

 強い視線に頷き返し、工場の中に戻ります。
 時刻はまだ朝。ここからが勝負です……!

185 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:18:13.89 ID:WgrrN/W70


   〇

「ぼんじゅ〜。食べ物たくさん買ってきたよー」

 裏口から入ってくるのはフレデリカちゃん。
 それと……。

「――美穂っ!」
「わぁ! み、美嘉ちゃん!?」

 目が合うなり駆け寄ってきて、がばっ! と抱き着いてくる美嘉ちゃん。
 勢いに転びそうになりながらなんとか受け止めました。
 美嘉ちゃんは私を強く抱き締めた後、正面から私の顔を見ました。

「大丈夫だった? 三人は!?」
「うん、私達は大丈夫。周子ちゃん達は中だけど……きっと無事だよ。信じてる」

 ぎゅっ……と、美嘉ちゃんはほんの一瞬、痛みを堪えるような表情を見せます。
 だけどすぐ気丈に笑ってみせるのでした。

「わかった。それじゃ早く引っぱり戻して帰ろ。みんなで……!」
「……うんっ!」

186 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:19:30.51 ID:WgrrN/W70

   〇


「ふむふむ……なるほど。要はハッタリか。しかし成功すればなかなかの見物だな」

「手順はともかく納期がキビしいねぇ。大丈夫かにゃ、池袋博士?」

「誰に言ってる。お前こそ専門でないからといってまごつくなよ、一ノ瀬教授!」

「にゃはは〜。電磁気学はバケガクのおやつにちょっとつまんだ〜♪」


 晶葉ちゃんと志希ちゃんを中心に、たくさんのウサちゃんロボを動員して作業が始まります。
 どうやら発電機に手を加えているようでした。
 私も手伝います。大事な作業はできないけど細かい雑用や、手元にない工具に即席で化けたりして。

 たぬきの男の子は、そんな私達をじっと見ていました。

187 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:20:57.96 ID:WgrrN/W70


「お姉さん達は、友達を助けようとしているんだよね」
「うん、大事な友達なの。早く出してあげなきゃ」
「そっか。……」

 男の子も工具を手に取りました。
 そしてゴーグルをすちゃっと装着し、志希ちゃんと晶葉ちゃんを手伝い始めたのです。

「え!? だ、駄目だよ! 君は手伝わなくていいから!」
「ううん、僕もやる。少しは勉強してるから」
「で、でも、狸質役で協力して貰ってるのに……!」

 これ以上手を貸したら完全にグルだって思われちゃう。
 そうなると事が済んだ後で彼の立場が危うくなるに決まってます。

 けれど男の子は気にしない様子で、尻尾を出したまま笑いました。

「これも阿呆の血のしからしむるところだって、兄ちゃんが言ってたよ」

188 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:22:57.83 ID:WgrrN/W70


   〇


 それから、長い一日が過ぎていきました。
 日が暮れるまで工場にいて、東の果てからまるい月が顔を出して、作業は続いて……。


「では、これをこうして〜……はいっ! 種も仕掛けも、あったりなかったり?」

 ぱーんっ!

 おおー、やんややんやぱちぱち。
 篝火の炊かれた外では相変わらずたぬき達が集まっていて、フレデリカちゃんの手品に沸いていました。
 蘭子ちゃんも一緒になって楽しく鑑賞しているようです。
 スーパーコミュ力の持ち主であるフレデリカちゃんが混ざって、気が付けば仲良しになってたみたい。


「え、最近カレが冷たい? ダルマ集めにうつつを抜かしてる? あー、それだめだめ! ガツンと言っちゃいなよ!」

 美嘉ちゃんは雌狸の恋愛相談に乗っているみたいです。行列ができていました。
 たぬきには生来のんきなところがあるので、ほとんどはもう立てこもりのことはどうでもよくなっているみたいです。
 どうしてここに集まっているのかわからない子達も寄ってきて、思い思いの場所で酒盛りをしたり将棋を指したりしています。


 もう少し……タイムリミットは午前0時……。

189 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:24:33.52 ID:WgrrN/W70

   〇


「はいこれ」
「わひゃっ」

 ぴとっ、とほっぺたに冷たいものが。
 見ると知らない女の子がスポーツドリンクを差し出してくれているのでした。

「ありが……え! 誰? ど、どこから入ってきたの?」
「勝手口なんて幾らでもあるわ。外の奴ら阿呆だから気付かないだけ」

 ポンッ!

 と戻ると、一匹のかわいらしい雌狸なのでした。
 敵意は感じません。ここは素直に厚意に甘えることにします。

190 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:26:38.06 ID:WgrrN/W70


「んくっ、んくっ……はぁぁ、おいしい……生き返るぅ」
「そっか。じゃ、頑張って。周子によろしく言っといて」

 え?

「ちょ、ちょっと待って! 周子ちゃんの知り合いなの?」

 雌狸はこちらに尻尾を向けたまま、少し照れくさそうに答えます。

「昔一緒に遊んだことがあるの。何年か前のことだったかな」
「それって――」


 ――中学ん時の友達にね、化け狸がいたんだ。

191 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:30:27.88 ID:WgrrN/W70


 いつか周子ちゃんが言ったことが思い出されます。
 それじゃあ、彼女の友達ってつまり……。


 声をかけようとしたのに、雌狸はもうどこにもいませんでした。

 素早いというかなんというか……工場の中を熟知していないとできないスムーズな動きです。
 ちゃんとお礼を言いたかったのになぁ。

「……誰? 誰か来たの?」

 男の子の集中がほつれ、ふとゴーグルを上げて周りを見渡しました。
 くん、くんと鼻を鳴らし――

「海星姉ちゃんの匂いがする」

192 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:31:24.24 ID:WgrrN/W70


   〇


 ぎらぎらと満月の照る、ひどく明るい夜。

 金色の真円が中天に頂く直前――午後11時。

 みんなの見守る中で、「それ」は完成しました。

193 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:48:22.54 ID:WgrrN/W70

  ◆◆◆◆

  ◇周子◇


 宴が始まる。
 今や大座敷には屋敷中の狐が集まり、様々な料理に舌鼓を打ち、酒を酌み交わしていた。
 あたしらはその中心に並んで座らされている。
 ご丁寧に手足まで縛られている。狐達はいい気なもんだ。お面付けたまんまでどうやって飲み食いしてんのやら。

「……プロデューサーさーん。生きてるー?」
「一応……」

 まあ、このままだと風前の灯火なわけだけど。
 座敷は障子紙越しでも明るかった。満月の光に照らされた座敷は白い。
 きっとあの障子を開けば、満点の空が広がっているんだろう。

 と、奥の襖がすたんと開き、例の父狐が入ってきた。
 それから……。

「紗枝ちゃん……」

194 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:49:41.03 ID:WgrrN/W70


 紗枝ちゃんは何も言わなかった。
 言えなかった、の方が正しいのかもしれない。

 ぷかぷか浮かぶ立方体の檻に閉じ込められ、宙で正座のまま黙りこくっていた。

 眉ひとつ動かさない。こっちを見ようともしない。
 だけどその顔は蒼白で、よく見れば両手は血が滲みそうなほど強く握り込まれている。

「いい月だ、諸君」

 父狐が口火を切り、なにやら仰々しいご挨拶を終えて拍手喝采を浴びる。
 さて――と視線がこちらに注がれた。


「今日の善き日に、珍しき獣を諸君に饗そう。鼠よりも希少なもの、人の天麩羅だ」

195 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:52:20.73 ID:WgrrN/W70


 続いて、ドラム缶の倍はありそうな大釜が二つ座敷に運び込まれた。
 中では油が並々と注がれ、高温にぐわらぐわら煮えたぎっている。

 ……てか、よりによって丸揚げかーい! あたしゃ石川五右衛門か!

 調理担当の狐がわらわら入ってくる。人間天麩羅の出来上がる過程までがお楽しみってことか。

 引き結んだ紗枝ちゃんの唇から血が垂れた。
 檻と無数の狐に隔たれて、目を合わすこともできなかった。

196 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:53:57.51 ID:WgrrN/W70


 囁き合う狐達の笑い声。近付く宴の最高潮。
 障子の向こうで、月はゆっくりゆっくり上昇している。

 子の正刻……午前0時が、繋がる時か。


「最期に」


 プロデューサーさんが唐突に口を開いた。
 狐の視線が一気にこちらに集中した。

「我々を腹に納めるお狐様の為、余興をさせて頂きたく思います」

197 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/27(土) 01:57:35.67 ID:WgrrN/W70


 一瞬目配せをする。打ち合わせ通りだ。

「……ほう?」

 父狐が小首を傾げた。紗枝ちゃんがわけがわからないという顔をしている。
 これは策とは言えない策。外を信じなければやろうとも思わないヤケクソ的な唯一の手段だ。

「うちの塩見が、舞をひとさし奉じたいと言っておりまして」

 リミットまであとわずか。
 ただの人に神通力はなく、力こぶも心許なく、あるのは口八丁手八丁。
 上等だった。狐を前に稼げるものならなんだって稼いでやる。


 一か八か、いざ尋常に。

198 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/27(土) 02:02:33.85 ID:WgrrN/W70
 一旦切ります。あと3〜4回くらいで完結すると思います。
 リアル満月は過ぎましたが、もう少しお付き合い頂けると幸いです。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/27(土) 02:04:09.24 ID:to3rTAZZ0
おつ
次も楽しみにしておりますー
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/27(土) 06:17:00.67 ID:f2q2G/1DO


これは長丁場ですな

……うちのみりあ話もこれぐらいできればなぁ
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