勇者「休暇?」女神「異世界転生しすぎです、勇者さま」

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197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/14(土) 02:28:37.74 ID:KpYCnK6ro
敵が弱いって言ってたけど魔翌力依存の存在なら
魔翌力のない地で弱体化するのはおかしくないと思うのだが
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/14(土) 06:44:53.25 ID:AeGrXPgx0

199 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:17:18.43 ID:bruJe3aq0
Melody Of Memories
https://youtu.be/l2D4axUKURE
BGMによかったら流してください。
200 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:18:00.59 ID:bruJe3aq0
少女「……ゆう、しゃ?」

勇者「ああ」

少女「勇者って、あの、ゲームとかでよく出てくるような?」

勇者「まぁ、そんなところだ」

少女「へぇ……。そうだったんだ」

勇者「あまり驚かないんだな。ここじゃ御伽噺みたいなものなのに」

勇者(もしかしたら、信じられてないのかもしれない。むしろ、そう考えるのが自然だ)

少女「さっきの見たし」

勇者「あー……そうか」

少女「うん、それにね」

少女「ちょっとそうなんじゃないかなって、思ってたし」

少女「あなたが別の世界から来たんじゃないかって」

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「…………えっ?」
201 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:18:36.32 ID:bruJe3aq0
勇者「ど、どうして……? 君からしたら、とんだ空想話のはずだ……」

勇者「なのに、どうしてそんな……」

勇者(どうして、そんな簡単に信じられるんだ?)

少女「今にして思えば、だけどね。いっぱいあったよ」

勇者「何が」

少女「ヒントというか、ボロというか」

少女「あなたの言動、最初からどこかおかしかったもん」

少女「まずお金もないのに一人旅なんて、怪しすぎるし」

勇者「む……」

少女「今のご時世にスマホ知らないのもあり得ないし」

勇者「ぐ……」

少女「それにあの時あなた、魔法、使ったんでしょ?」

勇者「……気づいていたのか」
202 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:19:04.90 ID:bruJe3aq0
少女「わかるよ、流石に。山の中で熊に襲われた時、あなた血だらけになってたのに、その傷もなくなってて」

少女「私の傷もなくなってて」

少女「あ、そう言えば魔法って単語に、すごく反応してたよね」クスッ

勇者「…………」

勇者(彼女の言葉は最初から最後まで、予測の範疇を超えていて、意味を理解するのにひどく時間がかかった)

勇者「そ、そうだとしても、そんなの決定的な理由にはならないじゃないか。ただ単に痛い妄想をしている人間だって考えるのが――」

少女「そうだね。確かにそれだけだったら、私だってそんなこと思いつきもしないよ」

勇者「なら――」

少女「私ね、見てたの」
203 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:19:39.72 ID:bruJe3aq0
勇者「見てたって……?」

少女「あなたが現れる瞬間を」

勇者「俺が、現れる?」

少女「自分ではわからないのかな」

少女「あなたはあの時、海で初めて会った時、何もないところから突然現れたの」

勇者「は?」

少女「すごくキラキラと光って、気づいたらあなたはそこに倒れてて」

少女「だからね、もしかしたらあなたは、そういう人なんじゃないかって、最初からそう思ってたの」

勇者「…………」
204 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:20:13.62 ID:bruJe3aq0
勇者「つまり、君は、そんな得体も知れない人間に、話しかけてきたのか?」

少女「そうだよ?」

勇者「どうして……」

少女「前にも言わなかったかな?」

勇者「?」

少女「単純に、つまらなかったからだよ」 

少女「ここは何もなくて、つまらなくて、退屈してて」

少女「そんな時にあなたが現れたの」

勇者(彼女はそうつぶやくように口にしながら、空を見上げる。瞳に星の瞬きが反射して、キラキラと輝く)

少女「予感がしたの。何か面白いことが起こるんだって」

少女「そんな気がして、だから、あなたに話しかけたの」
205 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:20:41.08 ID:bruJe3aq0
少女「……変かな?」

勇者「…………」

勇者「……ああ、変だ。奇怪だ。理解できない」

勇者「もしも俺が、魔王みたいな悪人だったら、君はどうするつもりだったんだ?」

少女「それは、結果的にあなただったんだから、よかったじゃない」

勇者「…………」

少女「話が少し脱線しちゃったけど、そういうこと。だから、私はあなたの言っていることを信じるよ」

勇者「……そう、か」

少女「だから、聞かせて」

少女「あなたのことを」

勇者「…………そうか」
206 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:21:13.72 ID:bruJe3aq0
勇者「話す気なんてさらさらなかったから、上手く言葉にできる自信がない」

少女「それでもいいよ。ゆっくり、話してくれれば」

勇者「…………」

勇者「どこから話したものか……」

勇者「俺は、魔王という化け物と戦った」

勇者「一度だけじゃない。何度も、何度も」

勇者「戦いの中で俺はたくさんの命を奪ってきた」

勇者「魔物も、そして、人も」

少女「……えっ? 人……?」

勇者「そう。罪もない人間も、殺した」

少女「さっき、魔王って呼ばれてたの、聞き間違いじゃなかったってこと……?」

勇者「…………」

勇者「……ああ、そうだ」
207 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:21:42.93 ID:bruJe3aq0
少女「そんなの、信じられないよ……!」

勇者「事実だ」

少女「ねぇ、それじゃわからないよ。最初から話してよ……」

勇者「なら、もう少し前から話そうか。……そうだな」

少女「…………」

勇者「俺は、いろんな世界を飛び回って、いろんな世界の魔王と戦った」

少女「いろんな世界……?」

勇者「君の言う異世界はいくつもあって、そこではどこも魔王と人間の戦争があったんだ」

少女「……まるで、マンガの中のお話だね」

勇者「ここでは空想だとしか思えないだろうけど、本当の話だ」
208 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:22:13.06 ID:bruJe3aq0
勇者「証拠を見せた方が早いかな」

ポッ

少女「わ、火の玉が!」

シュン

少女「消えちゃった……」

勇者「こんな感じで魔法も使える。この世界だとかなり弱くなってしまうが」

勇者「本当は今の魔法は最高級の炎魔法で、巨大な炎の玉が出てくるはずなのだが、ここでは今のが精一杯だ」

少女「…………」ポカーン

勇者「いくつも、いくつもの世界へ転移して、何回も魔王と戦って、その度に世界を救ってきた」

少女「いくつもって、どれくらい?」

勇者「九十……何回だったっけ?」

少女「九十!?」
209 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:23:07.36 ID:bruJe3aq0
勇者「そんな驚くか?」

少女「驚くよ! 普通!」

少女「じゃ、じゃあ……九十何回も、魔王と戦ったってこと……?」

勇者「そういうことになるな」

少女「…………」ポカーン

勇者「いろんなところに行ったよ。魔王が龍だったこともあったし、偉大な魔導師だったこともあった」

少女「…………」

勇者「いろんな戦いがあったし、いろんな出会いも、別れもあった」

勇者「ただ、なんだろうな。ずっと同じことを繰り返すうちに、何にも思わなくなったんだ」

少女「どういうこと?」
210 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:24:53.42 ID:bruJe3aq0
勇者「人との出会いにも、偶然の巡り合わせにも、何をしても、見ても、感じても、少しずつ心が動かされなくなっていった」

勇者「魔王を倒しても『ああ、じゃあ次』みたいに、冒険することは俺にとってただの『作業』になっていた」

少女「作業……」

勇者「果てには、仲間が死んでも、味方が壊滅しても、一つの村が魔物に滅ぼされたのを目にしても、何も感じなくなった」

少女「そんな……!」

勇者「どんなに胸を痛めるような出来事も、何千回、何万回も繰り返すと、無感動になるんだよ」

勇者「人は幸福にも、そして不幸にも鈍感になるんだ」

勇者「きっと、想像できないと思うけどね」

少女「…………」

勇者「そんな中、俺はある世界を訪れた。そこにも魔王がいて、それと戦うことになるわけだが……」

勇者「ただそこは、絶望としか言いようのない、状況だった」
211 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:25:36.96 ID:bruJe3aq0
少女「何があったの……?」

勇者「その世界にはもうほとんど人間は残っていなかった」

少女「えっ……」

勇者「世界のほとんどは魔物によって牛耳られ、さほど大きくもない国が端っこに残っているだけ」

勇者「滅びるのを待っているだけ、みたいな感じだったよ」

少女「……あなたは、他にもいろんな世界に行ってたって、言ってたよね?」

勇者「ああ」

少女「その中でもそこは酷かったってこと?」

勇者「ああ。状況は過去最悪だったと言ってもいい」

勇者「世界中合わせても、人間が千人もいないんだ。想像できるか?」

少女「……正直、できないよ」

勇者「だろうな」

勇者「それまでの俺の使命は、魔王を倒すことだけだった。そうすれば全て解決した」

勇者「けど、そこではただ魔王を倒しても、また新たな魔王が生まれるだけで、人間が滅びる未来は変わらない」

少女「じゃあ、どうすれば……?」

勇者「世界中の魔物を、根絶やしにするしかなかったんだ」
212 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:26:13.26 ID:bruJe3aq0
少女「根絶やしって……っ」

勇者「文字通りの意味だよ。魔物を一匹残らず滅ぼすって」

勇者「世界中に魔物は何千万といて、いや、億までいってたかもしれない。一方人間は千にも足りないくらい」

勇者「その状況下で人間という種が生き残るためには、それしか方法がなかった」

少女「で、でも、何千万もいるのに、どうやって?」

勇者「人間がまともに戦ってなんて、とても不可能だ」

勇者「だから、同士討ちをさせた」

少女「同士、討ち……?」

勇者「魔物達が自滅していくように、そんな状況に陥るように」

勇者「さっき、魔王って呼ばれてたろ?」

勇者「俺は、魔物達がそうなるように仕向けるために、」

勇者「俺自身が魔王になった」
213 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:26:53.85 ID:bruJe3aq0
少女「あなたが、魔王……?」

勇者「そう。その立ち位置になれば、魔物達をコントロールできる」

勇者「そのためには、まず魔王に近づかなければならない。何か魔物達にとっての勲章ともなるようなものが必要だった」

勇者「だから、俺はある成果をあげて、魔王の側近になった」

少女「ある成果……?」

勇者「後は簡単だったよ。魔物達の信頼を勝ち得て、逆に魔王の権威を失墜させた」

少女「ちょっと……っ」

勇者「俺が魔王を殺した時は、他の魔物達は拍手喝采だったな」

少女「ちょ、ちょっと待ってよ! 話が急展開過ぎるよ! 魔王になるためにあなたがあげた成果って何なの!?」

勇者「もっと単純明快さ」

勇者「俺はその最後の国の王と、姫を殺した」

勇者「その首を、魔王に差し出したんだ」
214 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:27:36.95 ID:bruJe3aq0
――

――――

勇者「…………」スッ

王様「……そうか。ついにこの時が」

勇者「ええ。最初に話した通り」

王様「後のことは、この国のことは頼んだ」

勇者「それは、民次第です。王」

勇者「あなたという精神的支柱を失ったこの国が、希望を見失わずにいられるか」

王様「ああ、わかっている」

勇者「……何か最期に言い残すことは?」

王様「姫を、娘のことを頼んだ。私の宝だからな」

勇者「わかりました」

ザシュッ
215 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:28:08.78 ID:bruJe3aq0
――

――――

姫「どうして!? どうして、勇者様……っ!?」

姫「お父様も、他のみんなも、あなたを信じてたのに……!」

魔物「うるさいぞ、女。魔王様の前だ」

姫「きゃっ!!」バシンッ

魔王「……ふん」

勇者「…………」

魔王「おい、貴様」

勇者「私のことでしょうか」

魔王「そうだ。国王の首を持ってきたことは褒めてやる」

魔王「もしも貴様が本当に我らの側につくと言うのなら、この場でこの女を殺してみよ」

姫「ひっ……!?」

勇者「……!」
216 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:29:07.51 ID:bruJe3aq0
魔物「お言葉ですが、魔王様。この者は私の隷属魔法で操り人形のようなものです」

魔王「わかっておる。だから、やれ」ニヤリ

勇者「…………」

勇者「魔王様の仰せの通りに」スッ

姫「う、嘘だよね……? 勇者様……」

勇者「魔王様の命令だ」

姫「いや、やめて……っ! 目を覚まして!」

勇者「…………」

姫「いや、いやぁ……! ま、まだ、死にたく……っ」

勇者「私をつけ回すようなことをするからです」

勇者「……本当なら、こんなことには」ボソッ
217 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:29:34.65 ID:bruJe3aq0
姫「裏切り者っ、あなたは……っ、っ!」

グサッ

姫「きゃあっ!?」

勇者「…………」

姫「いや……っ、痛い、痛い、痛いぃっ」

勇者「…………」

姫「どうして、うっ! こんな、こ、とを……っ」

ザシュッ

ゴロン

勇者「終わりました、魔王様」
218 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:31:02.44 ID:bruJe3aq0
――

――――

少女「そんな……」

勇者「俺は奴らの罠にかかったフリをして、魔王に近づいた」

勇者「いつでも寝首をかける状況だったが、さっきも言った通り、それじゃ意味がない」

勇者「だから魔王側についたように見せかけて、その裏で魔物達を少しずつ殺し合わせて減らしていった」

勇者「あたかも、それを引き起こしているのが魔王であるかのように」

少女「…………」

勇者「他の魔物からの信頼を失った魔王を殺し、俺が新たな魔王になった」

勇者「魔王になった後も、また裏から対立を煽って同族殺しをさせて、魔物は最早ほとんど世界から姿を消して」

勇者「最後に魔王である俺が、人間の手で討たれることによって、人々は魔物という脅威から救われた」

勇者「そうやって、その世界の人間を救ったんだ」
219 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:32:19.44 ID:bruJe3aq0
勇者「俺は、正しいことをしたんだ」

勇者「たくさん殺して、でも、それで人間を救ったんだ」

勇者「魔王として、何人も人間も殺した……。それでも、最後には……っ」

勇者「救った、はず、なんだ」

勇者「俺は、俺は……。っ!?」

ギュッ

勇者(突然、彼女は俺を抱きしめた。その手は、微かに震えている)

少女「…………」

勇者「な、何を……っ。離れろよ……」

少女「ううん、離れない……」

少女「だって、あなた泣いてるから」

勇者「えっ?」

勇者(気がつかなかった)

勇者(いくつもの涙が、頬を伝っていた)
220 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:32:45.44 ID:bruJe3aq0
少女「ごめんね……。こういう時、どうすればいいのか、わからなくて」

勇者「……俺は、たくさんの人間を救ったんだ」

勇者(自然と言葉が口から漏れた)

勇者(何かが決壊しそうなくらいに、感情が次から次へと)

少女「うん」

勇者「でも、そのためにたくさんの人を殺した……」

勇者「人だけじゃない。魔物もだ……」

勇者「なぁ、知ってるか? あいつら、無意味に人間を襲う輩もいたけど、中には人間みたいに普通に、平和に生活してる奴もいたんだ」

勇者「その世界だけじゃない。俺が戦ってきた世界には、そんな魔物だっていっぱいいたのに……」

勇者「それも全部殺してきた……」

少女「うん……」
221 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:33:11.47 ID:bruJe3aq0
勇者「俺はそれを何も思わなかった」

勇者「ただ、それが自分のすべきことだったから」

少女「うん」

勇者「そう思って生きてきたから」

少女「うん」

勇者(彼女はただ俺の声に頷くばかり)

勇者(けれど、それがありがたくて、不思議と自分の声が震え始めた)

勇者「それ以外の生き方を、知らなかったんだ」

勇者「なのに……、最近になって、よく夢を見るようになった」

少女「うん」

勇者「今まで俺が命を奪ってきた人たちが、魔物が、ずっと俺に言うんだ」

勇者「許さないって」
222 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:33:47.64 ID:bruJe3aq0
勇者「いくら謝ってもその声は消えなくて、むしろどんどん大きくなって」

勇者「いくつもの殺す瞬間が、何度も何度も目の前に現れる」

少女「うん……っ」

勇者「もう、わからないんだ」

勇者「自分が何のために戦っていたのか。これから、何のために戦えばいいのか」

勇者「そもそも、自分の行為は正しかったのかも」

勇者「わからなくて、わからなくて」

勇者(足に力が入らなくなってきて、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった)

少女「大丈夫だよ」

勇者「は……?」

少女「だってあなたは、正しいと信じて、戦ってきたんでしょ?」
223 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:34:44.94 ID:bruJe3aq0
勇者「そう盲信してただけかもしれない」

少女「それでいっぱいの人を助けたんでしょ?」

勇者「でも、そのために――」

少女「でも」

少女「あなたがいなかったら、もっとたくさんの人が死んじゃったり、苦しんだりしてたんじゃないのかな」

勇者「……!」

少女「あなたが守ったものだって、いっぱいあると思うんだけど」

少女「……違ったらごめんね」

勇者「…………」

勇者「なんで君まで泣いてるんだよ……」

少女「あはは……。なんでだろ……」

少女「なんでなのかな。あなたの話を聞いてたら、胸がギュッて締め付けられるみたいで……」

少女「おかしいよね。あなたの苦しみを、私なんかがわかるわけないのに……」
224 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:35:11.83 ID:bruJe3aq0
少女「うん……」

少女「……前に、似たようなお話を聞いたことがあって」

勇者「お話?」

少女「うん。絵本……だったのかな。よく覚えてないんだけど」

少女「まさにあなたみたいな話で、主人公はみんなを守るために戦って、それで勝って平和が訪れるみたいな話なんだけど」

少女「その後、仲間とか友達とか、自分の味方だった人からこう言われるの」

少女「『悪魔』だって」

少女「主人公が誰よりも強くなっちゃって、それで怖がられて」

少女「それで最後には主人公は殺されちゃうの。それで、おしまい」

勇者「…………」

勇者(エスパーめいた偶然に、驚きで言葉にならなかった。全く同じことを俺は経験したことがある)

勇者(まるで俺の過去が見透かされているような……)
225 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:36:15.11 ID:bruJe3aq0
少女「すごく自分勝手だって思った。だってその人は、それまで世界を救うために、何もかも犠牲にしてきたのに、最期まで報われなくて」

勇者「……でも、そんなことだってある。苦しみに優劣なんてつけようがない」

少女「それでも……!」ギュッ

勇者(俺を包む力が強くなり、さらに彼女の温度を感じた)

勇者(身体の中を脈打つ鼓動の音まで、聞こえてくる)

少女「その人は、あなたは、普通の人の何倍も苦しんで、何倍も辛い目にあって……!」

勇者(彼女の声はひどく沈痛で、何も知らない人間の言葉だとは思えないほどだった)

勇者(……いや、違うか)

勇者(理解されたいと願うが故の幻想なのかもしれない)

勇者(……けれど、そうだとしても)
226 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:36:42.87 ID:bruJe3aq0
少女「他の誰にも代わりはいなくて、だから自分がやるしかなくて……」

勇者「…………」

少女「それで死に物狂いで戦ってきたのに、それを批判できる人なんて、この世のどこにもいないよ……」

少女「あなたは、間違ってないよ。間違ってなんか……」

勇者「…………」

○者「……ああ」

少女「?」

○○「星が、綺麗だ……」

少女「えっ? う、うん……」

○○「星空がこんなに美しいことすら、俺は忘れてたんだ」

少女「うん」

○○「ここに来て、いろんなものを見た。いろんなことに心を動かされた。だからなのかな……」

○○(どうして、こんな感情に襲われているのだろう)

○○(彼女の言葉が全てなわけではない。本質的な問題は、何一つ解決してはいない)

○○(なのに、なぜこんなにも、俺は――)
227 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:37:09.69 ID:bruJe3aq0
○○「なぁ……。どうしよう……」

少女「なに?」

○○「……泣きそうだ」

少女「いいんじゃないかな、別に。今ならあなたの顔見えないし」

○○「そうか」

少女「そうだよ」

『少年』「……ありがとう」

少女「……うん」

少年(もう、我慢の限界だった)

少年「ひっく……うっ、あぁ……っ」

少年(俺は、泣いた)

少年(まるで子供のように、ただ泣き叫んでいた)

少年(彼女は何も言わずに、ただ俺の身体を強く抱きしめてくれて、あたたかくて安心すると同時に、また涙があふれた)

少年(ただ、泣いていた)
228 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/16(月) 19:38:56.52 ID:bruJe3aq0
今日はここまで。
少しハイペースだったので、明日以降はペースを落とそうと思います。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/16(月) 20:10:59.68 ID:mbQG5FbJ0
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/16(月) 21:35:21.38 ID:Xi90Dd3do
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/17(火) 12:39:31.76 ID:J9X4MPuX0
作者には逆らえないから
無闇に酷い目に遭わせたがる作者に作られたキャラクターは大変だし気の毒だなって
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 13:19:14.18 ID:/dmGioNVo
存在はしているのになんの役にも立たず一人の人間に全部押し付ける女神ェ…
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/17(火) 14:46:09.59 ID:ztKn2MmG0
なんだこいつ
234 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:40:31.62 ID:yWPLIEVP0
――

――――

少女「…………」テクテク

少年「…………」トボトボ

少女「…………」テクテク

少年「あの……」

少女「ん?」

少年「いつまで手を繋いでるんでしょう?」

少女「んー、とりあえず家に着くまで?」

少年「完全に俺が子供みたいだからやめて」

少女「目をそんな真っ赤にして、何言ってるの?」

少年「そ、それを言うな……!」
235 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:41:09.10 ID:yWPLIEVP0
少年(完全にやらかした。なんでこんな十年ちょっとしか生きてない女の子に……!)

少年「〜〜〜〜〜〜!!」

少年(今になって思い出すと恥ずかしすぎる……! 恥ずかしくて死にたい)

少女「ふふっ。やっぱり変わったよ、あなた」

少年「ああ……、もうなんか自覚症状ある……」

少年「年相応の反応になってしまってる……」

少女「別に悪いことじゃないと思うけどな」

少年「体はこうでも、中身はもう何百歳のじじいだぞ。俺は」

少女「ああ! だからいちいち言動がおっさん臭いんだ!」

少年「今更かよ」
236 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:41:44.01 ID:yWPLIEVP0
少女「でも、あんまり私とかと変わらないように見えるよ」

少年「そりゃ見た目子供だからな」

少女「いや、そうじゃなくて……。まぁ、いいや」

少女「あっ、そうだ」

少年「?」

少女「さっきの話でもう一つ、気になったことがあったんだった」

少年「気になったこと?」

少女「あなたは、何か大切なことを忘れてる」

少年「えっ?」
237 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:42:10.10 ID:yWPLIEVP0
少女「……ような気がする」

少年「なんだよ、それ……」

少女「ごめんね。私にはあなたのこと、たぶんまだ全然わかってない」

少女「けどね、あなたが……えっと、何百歳? になるまで頑張ることができたのは、何か理由があるからだと思うの」

少年「それは、俺には魔王を倒すという使命が――」

少女「ううん、そうじゃなくて」
238 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:42:35.80 ID:yWPLIEVP0
少女「そうじゃなくて、あなたがそうしたいと思うようになった理由だよ」

少年「そうしたい、理由……?」

少女「うん」

少女「だって、普通だったらそんなの耐えられなくて、途中で投げ出しちゃうよ」

少女「でも、あなたはそうしなかった」

少女「それには、何か理由があったんじゃないかな」

少女「逃げ出したくない理由が。そう思うようになったきっかけが」

少年「きっかけ……」

少年「…………」

少年(自分が魔王と戦おうと思った理由……)

少年(そんなものが自分にあっただろうか)
239 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:43:03.11 ID:yWPLIEVP0
少女「あなたは、勇者になる前は、何だったの?」

少年「勇者になる前?」

少女「うん。だって生まれた瞬間から、世界を救おうなんて考えてたわけじゃないでしょ?」

少年「……考えたこともなかったな」

少女「その時のことを思い出したら、何かまた違うと思うんだけど」

少年「…………」

少年(思い出そうとしてみる。が……)

少年「覚えてないな」

少女「そっか……」
240 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:43:29.08 ID:yWPLIEVP0
――

――――

どうして、あんな嘘をついたのだろう。

本当のことを言ったって、少しも問題なんてなかったはずなのに。

どうして、あの瞬間、彼があの人の面影と重なったのだろう。

もうどんな顔だったのかさえも、よく覚えていないのに。

どうして、絵本だなんて言ったのだろう。

夢だって言ったとしても、よかったのに。

それを口にしてはいけないような気がした。

私は、その光景を知っている。

どうして?
241 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/17(火) 22:43:55.06 ID:yWPLIEVP0
今日はここまで。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 01:03:12.43 ID:i/3ufw6UO
243 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/23(月) 09:49:06.77 ID:8QE37nyDo
ここ数日更新できていなくてすいません。
一旦最後まで書き溜めてから投下しようと思っていますので、もう少しだけ待っていてください。
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/23(月) 11:18:48.80 ID:OaO5gL5hO
待つぞ!
納得いくまで書いてくれ!
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/23(月) 21:53:14.61 ID:hxAvrvH90
エタったわけじゃないようで安心した
待っておる
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/24(火) 00:16:54.29 ID:pEBqjqs9O
何億もいたのに同士討ちで自滅すんのか、そんな頭でどうやって勢力拡大してきたんだよ
千にも満たない人間を生かしてる意味が分からないし、首を差し出すような王が「民を頼む」とか頭おかしいだろ
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/25(水) 01:14:01.45 ID:O+D2rrkwo
楽しみにしてる
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/26(木) 23:46:30.71 ID:xUFh+VBNO
>>246
何億も居たから同士討ちで自滅したんやで
249 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/30(月) 19:03:45.17 ID:1RSnM007o
一週間更新できず、すいません。予定よりも話が長くなってしまって、終わる目途がまだついていません。
ですが、着実に書き進んではいますので、本当にあともう少しだけお待ちください。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/30(月) 20:44:53.98 ID:/5cgb9P10
おつおつ
気長に待つよ
251 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/31(火) 18:11:48.71 ID:q1Ea8WCjo
最後まで書き終わったので報告させていただきます。
あと少し修正などしてから更新しますので、今日の夜か明日には完結させられると思います。
よろしくお願いします。
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/31(火) 18:45:52.02 ID:6sQLUrkYo
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/31(火) 20:06:00.28 ID:CHeX0Zxw0
楽しみにしてる
254 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:55:17.73 ID:q1Ea8WCj0
ある存在が、昔いたらしい。

昔、なんて言葉を使うのが正しいのかは、わからないけれど。

時間なんて概念に縛られているわけでもないし。

けどまぁ、昔って言うのが一番イメージにあてはまるだろうから、そういうことにする。

その存在はある日、世界を作ることにしたそうだ。

どうしてなのかは、自分にもわからない。

そもそもその存在に、理由があったのかどうかも怪しい。

ただ、世界を作った。

後にその存在は、『  』と呼ばれることとなった。
255 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:55:44.85 ID:q1Ea8WCj0
――

――――

コケコッコー

少女「うーん……。まだ早い……ってあれ?」

少年「すぅー、すぅー……」

少女「まだ寝てる。今日は私の方が早起きだね」クスッ

少女「昨日あんなに泣いたもんね。疲れちゃったんだ」

少女「……もう少しだけ、寝かせてあげよ」

少女「少しだけ、だけどね。いつものお返ししなきゃ」クスッ

チクタクチクタク

少女「……そろそろいいかな」

少女「すぅー……」
256 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:56:11.48 ID:q1Ea8WCj0
少女「こらー! 起きなさーい!!」バッ

少年「はっ!? うぉ、おおおおおおっ!?!?」

少年「なんで俺布団にぐるぐる巻きになってるんだ!?」

少女「ふふふ……」

少年「お、おま……っ!」

少女「このまま転がしていくよ!」グッ

少年「ちょ、ちょっと待……!」

少女「おりゃーー!!」ゴロゴロゴロ

少年「だ、段差がっ! うがっ!?」

少女「まだまだーー!!」
257 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:56:47.20 ID:q1Ea8WCj0
少年「ストーップ!! ストッぐはぁっ!! 前、かべ……っ!!」

少女「えっ?」

バコンッ!

少年「いたぁっ!?!?」

少女「あ、ごめん」

少年「おふ……。一体何のつもりだよ……」

少女「いやー、あはは……。頭打てば記憶も戻るかなって」

少年「逆に飛びそうな勢いだったぞ……」

祖母「あらあら、朝から賑やかねぇ」

少女「あ、おはよー」

少年「おはようございま……」

――シャラン
258 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:57:41.55 ID:q1Ea8WCj0

――いつもそのビー玉持ってるね。

――い、いいだろ別に。俺のお守りなんだ。

――ビー玉がお守りって……。

259 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:58:10.17 ID:q1Ea8WCj0
少年(な、何だ、今の……?)

少年(妙な、違和感……?)

祖母「どうした? わたしの顔に何かついてるかい?」

少年「あ、いえ。ちょっとぼーっとしてて」

祖母「? そうかい。ほら、もう朝ごはんの用意出来るからねぇ」

少女「はーい!」

少年「ありがとうございます」ペコリ
260 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:58:37.82 ID:q1Ea8WCj0
――

――――

少年(それからまた数日が経った)

ミーンミーン

少女「暑いね……」

少年「まぁ、あと少しの辛抱だ」

少年(今日は近くの川に行くことになった。おばあちゃんが水が綺麗だと教えてくれて、少女の思い立ったら即行動という迅速さにより、今に至る)

少年(夏の日差しは今日も自分たちをかんかんに照らす。きっとこの数週間で相当肌が焼けているだろう)

少女「や、山だ……」

少年「そんなに大したことないだろ。これくらいなら」

少年(最初に祠を探しに行った時のに比べて、傾斜は緩やかだし、道も整備されている)

少年(ふと、最初の頃が遠い昔のことのように思えた)

少女「あ、でもこの音……」

少年「水の音だから、近いんだろう」

少女「よし、行こう! ほら、早く!」

少年「その変わり身の早さにも、もう驚かなくなってきたよ」
261 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:59:03.77 ID:q1Ea8WCj0
少女「着いたー!」

少年「まぁ、普通の川だな」

少女「あら、夢のないこと」

少年「何か夢を感じるものがあるのか?」

少女「ひゃー、冷たい!」

少年「聞いてないし」

少女「この辺の石、全部まん丸だねー」

少年「そうだな……ん、この辺りがいいか」

少女「ん? 何をするの?」

少年「こういうところに来たらする事は一つ」

少女「?」

少年「水切りだ」
262 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:59:46.43 ID:q1Ea8WCj0
少女「へ?」

少年「そら!」

ビュッ、ポン、ポン、ポンッ

少女「すごい、石が水の上を跳ねて……!」

少年「知らなかったのか?」

少女「ううん、話には聞いてたけど。でも、見るのは初めて……!」

少女「私もやってみよ。ほっ!」

ポチャンッ

少年(彼女の放った石は、一度も飛び跳ねることなく、不格好な水しぶきをあげて沈んでいった)

少女「なんで!?」

少年「ぷっ!」

少女「あ、笑ったでしょ! むぅー、もう一回!」

ドボンッ!

少年「ぷっ、くくっ!」

少女「あーーーもう!!!」
263 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:00:13.30 ID:9OC/ch8I0
少女「こうなったら……、とりゃあ!」バシャッ!

少年「うぉっ! またかよ! ってか冷たっ!?」

少女「うるさーい! ずぶ濡れになれぇっ!!」バシャバシャアッ!

少年「なら、こっちも仕返しだ!」バシャーンッ!

少女「きゃっ!? 冷たい!!」

少年「海と違って若干涼しいからな! さぞ冷たかろう!」

少女「それにずるいよ! そっちの水の勢い強すぎ!」

少年「パワーこそ正義である」

少女「何を! パワーなら私だって……」グッ

ツルッ

少女「うわ? わわわ……!!」

少年(その瞬間、彼女の体が急に傾いた)

少年(次の瞬間には、俺の手は伸びていた)

少年「危ない!!」ダッ

ガッ!
264 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:00:39.31 ID:9OC/ch8I0
少女「……あれ?」

少年「ふぅ、セーフ……」

少年(どうにか彼女の腕を掴み取れたおかげで、転ばずに済んだ)

少年(ほっと胸を撫でおろす)

少女「あ、ありがと……」

少年「足下滑るしな。気をつけろよ」

少女「うん……」

少女「…………」

少年「?」

少女「…………」

少年「どうした? 顔、赤いけど」

少女「え? あ、えーと……」

少年(彼女の視線が下がる。それを追っていくと彼女の細い腕へと続き、途中でゴツゴツとした手が見えた)

少年「わっ!?」パッ
265 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:01:05.50 ID:9OC/ch8I0
少女「あっ……」

少年(ずっと腕を握りっぱなしになっていることに気づかなった。顔が一気に熱くなるのを感じる)

少年「ご、ごめん……!」アタフタ

少年「ってうわ!?」ツルッ

少女「あ……」

バシャーンッ!

少年(なんで俺が転んでるんだか……。マヌケ過ぎる)

ブクブク…

少年(でも、水の中って冷たくて、なんだか気持ちいいな)

――シャラン

少年「……?」
266 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:01:33.96 ID:9OC/ch8I0
少年「ぷはぁっ!」

少女「だ、大丈夫!?」

少年「あ、ああ……」

少年(また、あの音……。この前と同じ感覚……)

少年(胸が綿で締め付けられているような感じだ)

少年(辺りをグルっと見渡す)

少女「どうしたの?」

少年「なんだろう……。よくわからないけど」

少年「この場所に来たことがある気がするんだ」

少女「……もしかして、今頭でも打ったの?」

少年「いや、打ってないけど」
267 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:00.08 ID:9OC/ch8I0
少女「そういうの、何て言うんだっけ。あ、デジャヴだ」

少年「ああ、あるな。そんな言葉」

少女「でもあれって、実際に見たことがあるのを忘れてるだけとか、勘違いが原因らしいよ」

少年「詳しいな」

少女「なんかのテレビでそう言ってた」

少年「ふむ……」

少年(来たことがある……わけがない。この世界に来てからは、この辺りには一度も足を運んでいない)

少年「だとしたら勘違い、かな」

少年「いろんな世界を飛び回ってきたし、似たような場所があったのかもしれない」

少年(口とは裏腹に頭の中は未だ混乱が抜けない)
268 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:26.11 ID:9OC/ch8I0
少女「あっ!」

少年「ん?」

少女「あっちの方行ってみようよ!」

少年(そう指差す方には流木がいくつも流れ着いて、軽く山になっていた。巨大な石がせき止めているからだろう)

少年「ああ」

少女「おいしょ、おいしょ。流れが急で、歩きづらい……!」

少年「また転ぶなよ」

少女「転んだのはあなたの方でしょ?」クスッ

少年「俺が助けなきゃ君だって……、っ!」

――シャラン

少年「また……!」
269 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:52.52 ID:9OC/ch8I0
少女「頭、痛いの?」

少年「デジャヴなんかじゃない……」

少女「えっ?」

少年(俺は、確かに、ここに来たことがある……)

少年(しかもつい昨日今日の話じゃない。もっと、もっとずっと前に……!)

少女「どうしたの、急に……」

少年「ごめん……っ。ちょっと岸に戻って休ませてくれ……っ」

少女「全然いいけど。肩貸した方がいい?」

少年「あ、ああ……。助かる」
270 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:03:18.60 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『じゃあ次はここから!』

少年『えー!? 高すぎるよ!!』

少女『怖いのー?』

少年『む! こ、怖くなんかない!』

少女『よし! じゃあお先にー』ピョンッ

ジャボーン

少年『ひっ……』

少女『ぱぁっ! はい、次はあなたよ!』

少年『くっ、むぅ……』プルプル

少年『落ち着け、落ち着け……』

無意識にポケットにいつも入れているビー玉を握りしめる。

ウゥーー…、ウウウウゥゥゥゥーーーーンン…

少年『あれ? 何の音?』

少女『ま、まさか……!?』
271 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:03:52.97 ID:9OC/ch8I0
少女『行くよ!』

少年『えっ? ど、どこに……?』

少女『いいから!』

少年『う、うん……』

――――

少年「はぁ……っ、はぁ……っ」

少年(この場所だ。この場所だった……)

少年(それに……)

少女「な、なに? そんなにじっと見て……」

少年「……違う」

少女「何が?」

少年(よく似ていた……。けど、違う)
272 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:04:21.82 ID:9OC/ch8I0
少女「どうする? 帰って休む? ちょっとお昼には早いけど」

少年「申し訳ない……」

少女「全然大丈夫だって! 気にしないで!」

少年「ありがとう……」

少女「じゃあ……」

少年「あのさ」

少女「ん?」

少年「こっちの方からでもいいか?」

少女「行きと違う方だけど、迷わない?」

少年「大丈夫……だと思う」

少年(頭の中に景色が浮かんでくる。通っていないはずの道の行く先が、ぼんやりと見える)

少年(こっちへ行けと言われているような気がした)

少年(もしかしたらこれは……)
273 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:05:31.27 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『なに……これ……』

目の前に広がるのは、ただ一面に一帯を覆い尽くす火。

家が立ち並んでいるはずのその場所は、真っ赤な炎に埋め尽くされていた。

少女『お父さん! お母さん!!』ダッ

少年『だ、ダメだ! そっちに行っちゃ……!』

少女『いや、いやぁっ、いやぁあああっっ!!!!』

半狂乱の彼女を必死で食い止める。

普段の自信たっぷりの性格とは正反対の彼女の様子が、逆に自分を冷静にさせた。

少年『くっ!』

少女『離してっ!! だって、こんなの……っ!!』

少年『今は逃げないと! このままだと二人とも!!』

今は、自分がしっかりしないと。

そう、思ったんだ。

お守り代わりのビー玉を、もう一度しっかりと握りしめた。

少年『……はっ』
274 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:06:49.58 ID:9OC/ch8I0
少年『あ……』

よく見知った形だった。

その色と、何かが焼け焦げた臭いが漂ってくること以外は。

少年『あ、あああ……っ!』

考えてはいけないと思った。

それ以上先を。

少年『うわぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!』

だから、叫んだんだ。

頭を狂わせようとしてくる感情を、外に放出するために。

そうしなければ、そのまま辺りを取り囲む炎によって焼け死んでいたからだ。

少年『はぁ……っ、くっ、あっちへ、逃げよう……!』

少女『嫌だぁ!! 嫌だよぉっ!!!』

少女『どうして、どうしてっ!?』

少女『ここには……! 何もなかったのに……!!』
275 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:07:26.74 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年(断続的に脳内に知らないはずの映像は現れ続けて、その間俺の頭痛が止むことはなかった)

少年(しかし家に着く頃にはもう脳を締め付けるような痛みはなくなっていて、午後からはまた彼女と外へ出歩けた)

少年(午前のことをずっと気にしているようだったが、俺が強引に連れ出したといった格好だった)

少年(そこから先のことは、いつも通り。夕方になったら家に帰り、夕飯を食べて眠るだけ)

少年(夕飯に出されたカレーを食べた時、一瞬頭痛に襲われたが、想定の範囲内だったから顔には出さなかった)

少年(……と思う。気づかれてなかったと思いたい。これ以上余計な心配をかけるのは、なんとも心苦しい)

リーンリーン

少年(虫の声が窓の外から聞こえてくる)

少年(この音を子守唄代わりにして、ここで眠るようになってもう何度になるだろう。もうこの音が耳に入ると自然とあくびが出てくる)

少年(しかし、今日は眠るわけにはいかない)

少女「すぅー、すぅー……」

少年「……寝たな」
276 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:07:52.35 ID:9OC/ch8I0
ガララー

スッ

少年「……脱出成功」

少年「さて、行くか」

少年(どうしても彼女には気づかれずに行動したかった。そのためには、夜しかない)

少年(窓のすぐそばに設置されている倉庫に感謝しながら、真っ暗な道を歩く)

少年(向かう先は、あの祠だ)

――――

少年「ふぅ、着いた……」

少年(暗闇に包まれた山の中は、ともすれば迷いかねなかったが、さすがにこの程度で遭難していては勇者は務まらない)

少年「女神様」

少年(一応そう呼びかけてみる。だが、返事はない)

少年(きっと今もまだ、俺の転移のための準備をしているのだろう)
277 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:08:18.96 ID:9OC/ch8I0
少年「…………」

少年(その物体に手を触れる)

――シャラン

少年「くっ……」

少年(予想通り、あの音が鈍い痛みとともに脳内で響き渡る)

少年「……やはりだ」

少年(それと同時に、また知らない光景が頭の中に次々と浮かんでくる)

少年「……そうか、そういうことだったのか」

少年「だから、俺は……」

――――

少年「ただいまー……」ソー

少年「…………」テクテク

少年「……ただいま」

祖母「くぅ……、くぅ……。むにゃむにゃ……」
278 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:09:07.48 ID:9OC/ch8I0
少年(おばあちゃんは眠っていた。だから、ここに来たのだが)

少年(起きていたら、謝ることができない)

少年(だって、そうだろう?)

少年(ずっと前に死んだはずの人間が、今更こんな姿で目の前に現れたって、困らせてしまうだけだ)

祖母「くぅ……、くぅ……」

少年「……ごめんな」

少年「約束、守れなくて」

少年「そのせいで、きっとたくさん悲しませたよな」

少年「本当に、ごめん……」
279 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:10:04.44 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年『ここまで来れば、さすがに……』

俺たちは火のない山の中に逃げ込んだ。

そこなら、きっと攻撃されないと思ったからだ。

少女『ひっぐ、ひっぐ、うぇえ……』

少年『……大丈夫?』

少女『大丈夫なように、ひっぐ……、見える……?』

少年『……ごめん』

少女『みんな……』

少年『…………』

少女『みんな、死んじゃった……』

少年『それはまだ、わからない。もしかしたら自分たちみたいに……』

少女『そういうことじゃないよ……っ!』
280 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:10:30.71 ID:9OC/ch8I0
少女『お父さんも、お母さんも……っ! もう……!』

ポロポロと涙をこぼす彼女の傍らに、小さな祠が見えた。

この世に神様なんていない。

いるのなら、どうしてこんな目に自分たちを遭わせるのだろうか。

少女『ぐす……っ、ひっぐ……』

少年『……クソッ』

憤りからその祠を蹴るも、ただつま先を痛めただけだった。

少女『……ねぇ』

少年『なに?』

少女『お願い……。お願いだから……』

少年『うん』

少女『私から、離れないで……。君だけは、突然いなくなったりしないで……』

少女『もう、いなくなっちゃうの、耐えられないよ……っ!』

少年『……ああ、約束する』

少女『約束、だよ……?』
281 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:11:06.20 ID:9OC/ch8I0
――――

祖母「……いいよ」

少年「えっ?」

祖母「んー……、くぅ……」

少年「寝言……?」

祖母「あなたが……、守ってくれたから……」

少年「……うん」

祖母「だから……、いいよ……」

祖母「くぅ……、くぅ……。……ありがとうね」

少年「うん……、うん……っ」
282 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:11:32.33 ID:9OC/ch8I0
コケコッコー

少女「ほら、朝だよー!」

少年「ん……、あと五分……」

少女「なにダメ人間みたいなこと言ってるの」

少女「……よし、仕返しできた」グッ

少年「すぅー、すぅー……」

少女「って、二度寝しないの!」

少女「また布団に巻かれたいの?」

少年「それだけは勘弁!」ガバッ
283 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:12:30.60 ID:9OC/ch8I0
少女「おばあちゃんおはよー」

少年「おはよう、……ございます」

祖母「おはよう。朝ごはん準備できてるよ」

少女「わーい! ごはんごはんー!」

少年「本当に君は……」

祖母「…………」ニコニコ

少年「? な、なんですか?」

祖母「ううん、なんでもないわよ。ふんふーん♪」ニコッ

少女「あれ、機嫌いいね。良いことでもあったの?」

祖母「んー、ちょっとね」

少女「えー、何それー。気になるー」

祖母「大したことじゃないわよ。……でも」

少女「?」

祖母「……いい夢だったわねぇ」

少年(ぼそりとつぶやいた)

少年(何かを懐かしむように、でもそこには微塵の悲しさは含まれていないように見える)

少女「夢かぁ。確かにいい夢見ると、朝の起きた時も気持ちいいよね〜」

祖母「ええ。そうねぇ」

少年(そう、やわらかな笑みを浮かべる。まるで、あたたかな日だまりのようだった)
284 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:13:08.71 ID:9OC/ch8I0
――

――――

誰かの泣き叫ぶ声が、今も聞こえる。

醜く歪んだ表情が、目に焼き付いて離れない。

だから、私は祈る。

そうすることしか私にはできないから。

自分の中で大きな塊が外へ出ようと暴れまわる。

体の中をグチャグチャにかき回されるような痛みが永遠に続く。

それでも、私は祈る。祈り続ける。

だって、教えてくれた人がいるから。

どんな時だって、きっと道はあると。

そう、私に教えてくれた。

だから、お願い。

早く、みんなを助けて。

早く、私を、見つけて。
285 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:13:38.61 ID:9OC/ch8I0
――

――――

チリーン

少年「ふぅ……。今日は風が出てきて涼しいな」

祖母「あら、一人?」

少年「ええ。散歩したいとか言って、さっき出ていきましたよ」

祖母「珍しいねぇ」

少年「そうでも……。いや、確かに」

少年(よく考えてみたら、ほとんどこの夏はずっと一緒に過ごしている。こうやって昼間に一人でいるのは久しぶりだ)

祖母「ふふっ。いつも一緒なことが気にならないくらいなんて。仲が良いわねぇ」

少年「そうですね。本当にいいやつですし」

祖母「あっ、そうだ」

少年「?」
286 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:14:09.00 ID:9OC/ch8I0
祖母「これ」

少年(おばあちゃんがそう言って懐から何かを取り出す。手のひらに収まるくらい小さなものだ)

祖母「もらってくれないかしら。お守りみたいなものなんだけどねぇ」

少年「……!」

少年(その形には、見覚えがあった。つい最近思い出したばかりの記憶の中の……)

少年「これは……ビー玉?」

祖母「昔ね、すごく仲が良い友達がいたの。まるであの子にとってのあなたのような」

少年「はぁ……」

祖母「その子がずっとこれを大切に持ってて。でも、その子は……」

少年(そこで口を閉ざして、どこか懐かしむような、あるいは寂しそうな表情を浮かべた)

少年「そんな形見のようなものを、どうして俺に……?」

祖母「どこか、その子があなたに似ていると思ったの」
287 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:15:27.37 ID:9OC/ch8I0
祖母「前に、ここに来たことがあるか聞いたことがあったの、覚えてるかしら?」

少年「はい」

祖母「もしかしたらあの子はどこかで生きていて、そのお子さん、ううん、お孫さんだと思ったの」

少年「……すいません」

祖母「別に謝ることじゃないからね。……まぁだからあなたにこれを渡したくて」

少年「……大事にします」

少年(おばあちゃんから小さなお守りを受け取る。もう何十年も前の代物だから表面にはいくつも小さな傷があるが、光に当てるとキラキラと中で反射して煌めいた)

祖母「ありがとう……」

少年「どうして、あなたがお礼を?」

祖母「どうしてだろうねぇ。ただ、言いたくなったんよ」

少年「…………」

少年「……こっちこそ、ありがとう」
288 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:15:53.38 ID:9OC/ch8I0
少年「あ、ならこれ……」

祖母「?」

――――

ジジジジジジ…

少女「…………」

少年(自分も散歩に出かけようかと思い玄関を出ると、彼女が庭先で木にもたれかかっているのに気づいた)

少年「どうしたんだ? ボーッとして」

少女「うーん……。なんかね、寂しくて」

少女「もう、夏休みも終わっちゃうなぁって」

少年「ああ、そう言えばもうそんな時期か」

少女「夏休みが終わっちゃったら、もうこうやってあなたとおしゃべりすることもないだなーって思って」

少年「言われてみたら確かにそうだ」
289 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:16:48.53 ID:9OC/ch8I0
少年(正直、考えてなかった)

少年(なんとなく、これがずっと続くものだと思っていたけど、そんなわけがない)

少年「そっか……。もう、終わりか……」

少女「うん……」

少年(庭にいる蝉の声が喧しく響き渡る)

少年(なのに、それは数日前よりも少し弱まっているように感じられた)

少年(夏の終わりが、近づいてきている)

少女「……実はね」

少年「うん?」

少女「明後日なんだ、帰るの」
290 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:17:14.67 ID:9OC/ch8I0
少年「……えっ?」

少女「ごめんね。なんだか、言いたくなくて」

少年「そ、そうなんだ……」

少年「てっきり、まだ八月は二週間くらいあるから、それまでいるんだとばかり……」

少女「親の仕事の都合で、元々ここにいるのはお盆が終わるくらいまでだったの」

少年「明後日、か」

少年(いきなり言われても、ピンとこない。明後日には、あと二回眠って起きたら、目の前にいる少女がいなくなってしまう)

少年(そうなったら、俺はまた魔王と戦う……? 実感がいまいち湧いてこない)

少年「このまま、時間が止まればいいのにな」

少年(無意識に、そんな声が漏れていた)

少女「……意外」

少年「何がだよ」

少女「あなたがそういうことを言うのが。その辺り、もう少しドライなんだと思ってた」

少年「……自分でも意外だと思うよ」

少女「自覚あったんだね」

少年(時間が止まる、か)

少年(そんな魔法があるって、いつだったか聞いたような気がする)
291 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:17:41.12 ID:9OC/ch8I0
少年(でも、そんなものには今まで一度も出会ったことがない)

少年(きっと、噂話の類の域を出ない、眉唾物なのだろう)

少年(終わりは訪れる)

少年(彼女は明後日にはここを去り、俺は女神様の元へと戻り、また世界を救う旅に出ることになる)

少年(そう思うと、途端に焦りが胸の中を圧迫し始める)

少年「あ、そうだ!」

少女「?」

少年「明日、広場で祭りがあるんだってさ!」

少女「あー……」
292 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:18:06.88 ID:9OC/ch8I0
少年「あ、あれ?」

少年(なんだ? 思ってた反応と違う……)

少女「お祭りって言っても、名前だけだよ。ここのは」

少年「名前だけ?」

少女「昔は盛り上がってたみたいだけど、最近はおじいちゃんとおばあちゃんが、ブルーシート広げてお酒を飲んでるだけ」

少女「お祭りらしさなんて、ほとんどないよ。何年か前に行って、すごくがっかりしたし」

少年「おぅ……」

少年(なんてこった……。喜ばせようと思った結果、逆にテンションが下がる結果に……)
293 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:18:37.10 ID:9OC/ch8I0
??「お、いたいた」

少年「?」

農家「おーい!」

少年「あ、どうもっす」

農家「君たち、明日のお祭り来るかい?」

少年「あー……」

少年(思わず口ごもってしまう。何ともタイミングの悪い……)

少年「いや、その……」

農家「よかったら来てくれよ! 彼女も一緒に!」

少年「あの……」

農家「じゃ、オレはちょっとじゅ……じゃなくて、用事があるから!」タッ

少年「あ……」
294 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:03.63 ID:9OC/ch8I0
少女「……あなたのコミュ力はどこに行ったの?」

少年「いや、あんな一方的に言われたらな……」

少女「あの、とか、その、しか言ってなかったじゃない」

少年「ぐぅ……」

少女「はぁ……。でもまぁ、仕方ないね」

少年「そう、だな……」

少年(おかしいな。普通祭りってもう少しワクワクするものじゃないのか?)

少年(まさか、こんなにも憂鬱になるとは……)

少年・少女「「はぁ……」」

少年(適当に顔を出して、すぐに帰ろう。酒を飲んでるなら、上手く抜けられそうだ)

――――

少年「……と、思っていたが」
295 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:29.07 ID:9OC/ch8I0
ワイワイガヤガヤ

少女「あれ?」

少年「おい。なんか、話に聞いてたのと違うぞ」

少女「あれ? あれれれれ?」

少年「焼きそばとかあるぞ」

少年(普段何もない広場には、いくつか屋台が並んでいて、傍らの発電機がブツブツと駆動音を鳴らしている)

少年(そこから漂ってくるにおいは、空っぽの胃を絶えず刺激してくる)

少女「ど、どうして。去年までこんなの……」

農家「驚いたかい?」

少女「わぁっ!?」
296 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:55.14 ID:9OC/ch8I0
少女「お、おじさん……」

農家「村の大人たちみんなで準備したんだよ」

少女「えっ……?」

農家「まぁ、昔のものを掘り出してきたのがほとんどなんだけどね」

少年「気づかなかった……」

農家「そりゃそうさ! なんてったってサプライズだからね」

少女「これを、私たちの、ために……?」

農家「ははは、まぁね。それに、他にも小学生が何人かいてね。いい機会だと思って」

少年「小学生……、あー」

少年(いつかのオオクワガタをあげた子供のことを思い出す)

農家B「そうだぜ、坊主ども」

農家C「こいつが唐突に『今年はちゃんとした祭りやろう』なんて言い出しやがって」

農家「お前ら! それは言わない約束だろ!」
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