勇者「休暇?」女神「異世界転生しすぎです、勇者さま」

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297 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:20:21.12 ID:9OC/ch8I0
農家B「なんでいなんでい。別に減るもんでもねぇんだし」

農家C「そうだよぉ。こういうのはむしろ言うのが、お約束ってやつだぜ?」

農家「もう飲んでやがるな?」

農家B「それもまたお約束ってやつよ」

少年「あはは! 仲、良いんですね」

農家「最早腐れ縁でな」

農家C「そうそう! 小坊の時からのダチよ」

農家B・C「「ハッハッハッハッ!」」

農家「酔っぱらいに付き合わせるのもアレだし、回ってきなよ」

少年「はい、ありがとうございます!」

少女「…………」

少年「どうした?」

少女「……ううん。ただ、嬉しくて」

少女「おじさん、ありがとうございます」
298 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:20:53.65 ID:9OC/ch8I0
少女「焼きそば! こういうの食べてみたかったの!」

少年「俺も、食べるのは初めてだな」

少女「私も小さい頃に来たことあるみたいだけど、あんまり覚えてなくて」

少女「だから、二人とも全部初めてだね」

少年「ああ」

少女「あ! あっちはかき氷だって!」

少年「先に焼きそばを食べ終わった方がいいんじゃないか?」

少女「くぅーー!!」キィーン

少年「って、早!?」

少女「キンキンに冷えてやがる!」

少年「ビールじゃないだろ、それ」
299 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:21:21.02 ID:9OC/ch8I0
少女「一口いる?」

少年「もらえるなら、まぁ……」

少女「はい、あーん」

少年「え」

少女「あーん」

少年「ほ、本当にやるのか?」

少女「いいから。一回やってみたいの!」

少年「む。そう言われると弱い……」

少女「早く、溶けちゃうから!」

少年「わ、わかったよ。あ、……あーん」
300 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:22:16.18 ID:9OC/ch8I0
少女「どう?」

少年「んー。冷たいし、甘いし、これは――」

少女「そうじゃなくて」

少年「ん?」

少女「間接キス、だね」

少年「んぐぅっ!?」ゴクリ

少年「!」

少年「くぅーーーーー!!!!!」キィーン

少女「あはははは! 動揺しすぎだよ!」

少年「君が、突然変なこと言うからじゃないか……。まだ頭がキンキンする……」

少女「なんか顔赤いよ?」

少年「気のせいだ! バカ!」
301 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:22:46.09 ID:9OC/ch8I0
??「あーーー!」

少年「ん?」

男の子「オオクワガタのお兄ちゃん!」

女の子「オオクワガタ?」

少年「大事にしてるか?」

男の子「うん! あれからもっと大きくなった!」

少年「そうかそうか」

女の子「オオクワガタって?」

男の子「この人すげーんだぜ? オオクワガタ見つけたんだよ! 普通全然見つかんないのに!」

男の子B「マジかよ! ずりー!」
302 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:23:14.15 ID:9OC/ch8I0
女の子「へぇー。虫なんて捕まえて何が楽しいの?」

男の子「お前わかんねぇの!?」

男の子B「めっちゃカッコいいじゃん!!」

女の子「ガキ臭い」

男の子「ひでー!」

男の子B「まぁいいや! あっちで金魚すくい行こうぜ!」

女の子「金魚すくい!」

男の子「じゃあお兄ちゃんたちじゃあねー!」

少年「おー、頑張れよー」

少女「大人気だね」

少年「そりゃ昆虫は男のロマンだからな。ムシキ○グとか流行ったし」

少女「ムシキ○グ……?」

少年「……今、ちょっとジェネレーションギャップを感じたよ」
303 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:23:54.17 ID:9OC/ch8I0
少女「うーん、一通り回っちゃったねー」

少年「回ったなぁ」

少女「どうする? もう一周しちゃう?」

少年「いや、ちょっとここで休もう。そのへん座って」

少女「……ふふっ」

少年「なんだよ」

少女「なんでもなーいよ」

少年「そうかい」
304 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:24:20.33 ID:9OC/ch8I0
少女「はぁ……金魚一匹もすくえなかったな」

少年「あれ、結構難しいのな」

少女「ねー。紙すぐに破けちゃうし」

少年「隣でやってたおじさんが名人級に上手くてさ」

少女「そうそう! 一枚で何匹とってたかなぁ」

少年「本当に同じ紙なのか、あれは……」

少女「でも、楽しかったー」

少年「ああ」

少女「楽しかった、な」

少年「……ああ」
305 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:24:55.45 ID:9OC/ch8I0
少年(祭りの喧騒が遥か遠くのように聞こえる)

少年(そんなに離れていないはずなのに、辺りがすごく静かだ)

少年(二人とも何も言わなかったけど、思っていることはなんとなくわかる)

少年(いつの間にか少し小さくなった夏の虫の声)

少年(ひんやりと冷気をはらみ始めた夜の風)

少年(いくつもの要素が俺たちに絶えず告げてきている)

少年(時間の流れというものの存在を)

少年(季節が移り変わることを)

少年(『今』が終わり続けていることを)

少年(その終着点は、すぐ近くにあることを)
306 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:25:35.16 ID:9OC/ch8I0
少年「なぁ」

少女「なに?」

少年「いろいろありがとうな」

少女「どうしたの、急に」

少年「言っておきたくなったんだ」

少女「あはは、らしくないなぁ」

少年「茶化すなよ」

少女「そうだね、ごめん」

少年(彼女は遠くをぼんやりと見つめる)

少年(その横顔は、繊細な筆致で描かれた水彩画のように美しく、思わず見惚れてしまう)
307 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:26:02.39 ID:9OC/ch8I0
少年(そして、なんだか気恥ずかしくなって、視線を外して彼女と同じ方を向く。そこにあるのは夜空だけ)

少年(数え切れないくらいに小さな光の粒が敷き詰められた、一面の黒)

少年(満天の星空に、自分たちが包み込まれたようだった)

少年「……俺さ」

少女「うん?」

少年「思い出したんだ。前に聞かれてたこと」

少女「それって……」

少年「どうして、俺が勇者になったか」

少年「どうして、魔王と戦おうと思ったか」
308 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:26:35.41 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『燃えちゃう……。全部、なくなっちゃう……』

自分たちが住んできた村が、どんどん焼けてなくなっていくのを、見ていることしかできずにいた。

少年『くっ……!』

自分の無力を呪う。

ここにいる女の子一人、もしもあの火がここに飛んできたら、守ることができない。

何もできない自分が、嫌で仕方なかった。

自分の身体の中が少しずつ熱を帯びていくのは、怒りのせいだと思った。

少女『私たち、これからどうなるのかな……』

少年『大丈夫だよ』

少女『そう、なのかな……。どうしてそんなこと言えるの?』

少年『どんなことがあっても、君だけは、俺が――』

その時だった。

耳をつんざくような爆音が、自分の後ろから轟いた。
309 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:27:01.21 ID:9OC/ch8I0
少女『きゃあっ!?』

少年『うわっ!!』

一瞬で辺り一面が火の海となる。

頭上を見上げると、巨大な鉄の塊がその元凶なのだとわかった。

少年『クソ……っ!』

少女『ど、どうするの?』

少年『どうするって言ったって……!』

逃げ場はない。このままだと二人とも焼け死ぬのが目に見えていた。

神様でも何でもいい。自分たちを、せめて彼女だけでも救って欲しい。

そう叫んでいた。

少女『熱い……っ、死にたくない……っ!』

彼女が俺の服の裾を引っ張る。

どうにかしないと。

ただ焦燥感が頭の中を駆け回る。
310 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:27:50.46 ID:9OC/ch8I0
上に逃げ場なんてないのに、また空を見上げた。

鉄塊は今もなおそこにあって、するとその時、また黒い塊が落ちてくるのが見えた。

少年『嘘だろ……?』

さっきのと同じものだと瞬時に理解した。

あれはいま自分たちがいる場所に落下してくる。

そうすればどうなるのか。

守らないと。

絶対に、彼女だけは……!

こんな火さえ、こんなものさえなければ……!

――――!

その時、何かが弾ける音が、自分の中で響き渡った。
311 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:28:19.85 ID:9OC/ch8I0
――

――――

次に意識が覚醒した時、俺は宙に浮いていた。妙に身体が軽い、まるでなくなってしまったかのように。

??『気がつきましたか?』

声がした。

鈴を鳴らしたような、透き通っていて綺麗な声だった。

少年『あ、あれ……? 俺は……? てか落ち……っ、ない?』

??『よくあんな上級魔法を使えましたね。こんな魔力の薄い世界で、魔法の知識もゼロのあなたに』

少年『魔法……? えっ……?』

そこでようやく自分が気を失う寸前のことを思い出し、飛び上がった。

少年『あ、あの火は!? 俺は、彼女はどうなったんだ!?』

辺りを見渡すと、自分がついさっきいた山の少し上の方で浮いているのだとわかった。

少年『あれ……? 火は?』

??『覚えていないのですか? あなたが消したんですよ?』
312 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:28:46.11 ID:9OC/ch8I0
少年『俺が……? どうやって……?』

??『無意識であれだけのことを……』

少年『?』

??『あなたは結界魔法を使って、爆弾と火を消してしまったのです』

??『その魔力の代償として、あなたの肉体は消滅してしまいましたが……』

少年『ちょ、ちょっと待って。何を言って……』

少女『どこに行ったの……ねぇ……っ!』

少年『!』
313 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:29:12.40 ID:9OC/ch8I0
少年『おい! 俺はここだ! おーい!!』

少女『ねぇ……、ねぇってば……!』

少年『聞こえて……いない……?』

??『あなたの肉体は、もうありません。今のあなたは、魂だけの状態なのです』

少年『うるさい、あんたは黙ってろ!! おい! 俺はここにいるぞ!!』

少女『どうして……? どこにも行かないって約束したばかりなのに……!』

少年『違う、俺は――!』

??『現実を認めてください。あなたは死んだのです』

少年『……!』

??『あの子を守って、あなたは……』

少年『……嘘、だろ?』

??『事実です』
314 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:29:42.31 ID:9OC/ch8I0
少年『どうにかなったりは、しないのか……?』

??『私には人を生き返らせることはできません。できることは、誰かの魂を転生させることと、ほんの少しの魔法だけ』

少年『転生……?』

??『あなたをこの世界に転生させることはできます。今この瞬間に生まれる新たな生命として』

少年『……つまり、赤ん坊からやり直しってことか?』

??『理解が早くて助かります。しかし、私はあなたにお願いがあって、あなたの魂を現世に押し留めているのです』

少年『お願い?』

??『お話するよりも実際に見てもらう方が早いでしょう』
315 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:30:20.46 ID:9OC/ch8I0
それから俺が見せられたのは、魔物という存在と、それと戦う人々の姿だった。

??『あなたに、これらの世界を救ってもらいたいのです』

少年『どうして、俺が?』

??『あなたには天性の勇者としての素質があるからです』

少年『そんなもの、俺には……』

??『あります。つい先程証明してもらったばかりですよ』

??『この世界では魔法はほとんど使えません。簡単な、例えば火を起こす魔法だって、不可能です』

??『しかし、そんな世界であなたは上級魔法である、結界魔法を使った。これは普通ではありません。むしろ異常、超常的です』

少年『…………』

??『あなたのステータス、能力値が私には見えますが、どれも底なしです。きっとどんな魔王が相手だろうと、あなたならたくさんの世界を救えることでしょう』

その人の言っていることは、ほとんど理解できなかった。けれど、ただ一つだけわかったことは――。

少年『俺が、世界を……?』

少年『この人たちを、助けられる……?』

??『ええ』
316 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:30:46.21 ID:9OC/ch8I0
少年『一つ、聞きたい』

??『なんでしょう?』

少年『どうして、あなたがそうしないんだ?』

??『……できないのです』

少年『できない?』

??『先程申した通り、私にできることは限られています。私という存在が関わることのできる事象が、ほとんどないと言って等しい』

??『理由は自分でもわからないのですが、こうしてあなたと接触できたことが、奇跡と言ってもいいのです』

??『だから、あなたにお願いしたい』

??『彼らを、世界を、救ってもらえませんか……?』

少年『…………』
317 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:31:15.07 ID:9OC/ch8I0
俺は、救えなかった。

火によって焼かれる自分の村を、見ていることしかできなかった。

目の前で人々が死んでいくのに、ただ、立ち尽くすことしか。

そんな自分に救えるものがあるのなら、俺は――。

少年『わかった』

??『えっ?』

少年『やるよ。その勇者というものに、俺はなってやる』

少年『それで、たくさんの人を俺は、救いたい』
318 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:31:42.22 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年「俺は、守りたかったんだ」

少年「今、俺たちの目の前にあるような光景を」

少女「光景?」

少年「ああいうものをさ」

少年(祭りの方を指差す。村中の人たちが集まって、いろんなことをして笑い合っている)

少年「ああいう平凡で、でも幸せな毎日を、俺は守りたかった」

少年「一度、たくさん失ったから、だから、今度は守りたいって」

少年「いつからか忘れてしまって、ただ魔王を倒す。人間を守るとしか考えられなくなっていたけれど」

少年「本当はそうじゃなかった。俺が守りたかったものは、少し違っていたんだ」

少女「……そっか」

少女「正直、私にはよくわからないけど、でも、あなたの顔を見てると、それでいいんだって思うよ」

少年「それも、君のおかげだ」

少女「えっ?」
319 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:32:15.76 ID:9OC/ch8I0
少年「ここに来て、初めて綺麗だと思ったのはこの星空だった」

少女「…………」

少年(彼女は何も言わないが、微かに瞳が頷いたように見えた)

少年「あの瞬間、俺は自分が少しだけ人間になれた、いや、戻ったと思えた」

少年「今になって思えば、俺の心はもう人間じゃなくなっていた」

少年「目の前で誰かが泣いていようが、苦しんで死のうが、何も感じなかった。何かがきっと麻痺してたんだと思う」

少年「そんな俺をまた一人の人間にしてくれたのは、君なんだ」

少年「君と過ごしたこの時間が、俺を救ってくれたんだ」

少女「そんな、大げさだよ」

少年「大げさなんかじゃない」
320 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:32:42.04 ID:9OC/ch8I0
少年「君と過ごす毎日は、俺にとって……」

少年「俺にとって……」

少年(言葉が詰まった。次に口にする言葉はわかっているのに、どうしても声に出せない)

少女「……いいよ。たぶん、私も同じだから」

少年「そう、かな」

少女「そうだよ。だから、私からも言わせて」

少年「君、から?」
321 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:33:08.32 ID:9OC/ch8I0
少女「私ね、君から教わったの。大事なこと」

少年「教わった? 俺から?」

少女「うん。そうだよ」

少年「何か説教した記憶は……、早起きくらいしか思いつかないな」

少女「ぷっ、あはは! それもかもね!」

少女「私ね、ここには、何もないと思ってた」

少女「動物園も遊園地もプールもなくて、いるのもおじいちゃんやおばあちゃんばかりで、私と同じくらいの歳の人はいなくて」

少女「だから、あなたが来た時、本当にすごく胸が躍ったんだけど」

少年「…………」

少女「でもね、違ったの」

少女「ここに、何もないんじゃなかった」

少女「私が探そうとしていなかっただけだったの」
322 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:33:34.37 ID:9OC/ch8I0
少女「山に行けば冒険が待っていたし、海に行けば海の家やたくさんの人がいなくても楽しかった」

少女「それだけじゃない。つまらないと思ってた畑仕事とかも、実際にやってみたら結構面白かったり」

少女「見つけようと思えば、いっぱいのものがあったんだ」

少女「それを教えてくれたのは、あなた」

少女「だからね、ありがとう」

少女「……あはは。あなたに比べたらちょっとスケール小さいね」

少年「そんなことないし、お礼を言われるようなことなんて」

少女「いいの、私が勝手にあなたに感謝してるだけ。あなただってそうだよ」

少女「お互いにそうしようと思ってたわけじゃないんだから」

少年「……そっか。そんなもんなんだな」

少女「うん、そんなもん」
323 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:34:00.33 ID:9OC/ch8I0
少年(それからまた会話は途切れた)

少年(二人とも言いたいことはもう十分に言い切ったし、それで互いに理解できた)

少年(だから、これでいい)

少年(……いや、まだ言い足りないことは、ある)

少年(その言葉は今まで何度も心の中に浮かび上がっては、自重で沈んでいった)

少女「ね、ねぇ」

少年「ん?」

少女「あ、あの、ね……」

少年(心なしか、彼女の声が震えているような気がした)

少女「私……あな――」
324 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:34:30.89 ID:9OC/ch8I0
ドンッ。

少年(重く大きな音が、胸の奥に響く)

少年(赤い大輪の花が、夜空にパッと咲き上がる)

少年「綺麗だ……」

少年(あまりにも突然の出来事に、思考が追いつかない中、ふとそんな声が漏れた)

少女「花火なんて、どうして?」

少年(遠くの方に何度か話したことのある人が見えた)

少年(都市の花火大会用の花火を作っているって、言っていたっけ)

少年「あの人、ここで打ち上げる用の花火は作ってないって言ってたような……」

少女「お祭りだから、じゃない?」
325 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:35:25.01 ID:9OC/ch8I0
少年(地面がピカッと一瞬閃光を放ち、かん高い音を鳴らしながら地面から空へと上っていく)

少年(それはまた開く。青色の光の粒が四方八方に広がる)

ドンッ。

少年(遅れて響く、爆発音。まるで空を思いっきり殴りつけたようだ)

少年(花火は次々と打ち上がって、空を赤、黄、緑とそれぞれの色彩で染めていく)

少女「綺麗だねー」

少年「ああ」

少年(ふと、思い出す)

少年(昔、もう気が遠くなるくらいに長い時間が過ぎる前、今と同じようなものを見た) 

少年(両親がいて、兄弟がいて、友達がいて、みんなしてバカみたいにただ空を見上げていたのだ)

少年(大切だった。本当に、心の底から)

少年(だから、もう失いたくない。次は、次こそは……)

少年「……あ」

少女「あ」

少年(そんなことを考えながら彼女の方を見ると、見事に目が合ってしまう)
326 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:35:51.08 ID:9OC/ch8I0
少年「……さっきさ」

少女「えっ?」

少年「さっき、何て言おうとしてたんだ?」

少女「……さぁ?」

少年「さぁって……」

少女「もう忘れちゃった。たぶん大したことじゃないよ」

少年「そんな風には聞こえなかったが」

少女「だって、本当に大事なことなら、後からだって言うでしょ?」

少女「言わないってことは、忘れるってことは、それくらいくだらない、どうでもいい話だってことだよ」

少年「…………」

少年(そう言われてしまっては、これ以上問いつめることもできない)

少年(だが、その方がいいのかもしれない)

少年(もしも)

少年(もしも、そういうことだったら――)
327 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:36:17.10 ID:9OC/ch8I0
少女「……もう、お祭りも終わりだね」

少年(見れば少しずつ人も少なくなり、屋台の明かりも弱くなってきている)

少年「明日……」

少女「うん、明日の今頃は私はもう……」

少年「そっか……」

少女「あなたも、また戦いに戻るんでしょ?」

少年「ああ。休暇はおしまい」

少女「そうだよね……。ここに戻ってきたりもしないのかな」

少年「……わからない。最後まで終わるのにあとどれくらいかかるのかも。そもそも終わるのかどうかも」

少年「あと、十個くらいだったっけな。俺が行く世界は」

少女「じゃあ、十回魔王と戦うんだ」

少年「そうなるな。……けど」

少女「けど?」
328 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:37:15.10 ID:9OC/ch8I0
少年「今度は、違うやり方で世界を救おうと思ってるんだ」

少女「違うやり方って?」

少年「人と魔物が戦わなくてもいい、互いを憎み合って争うようなことがない」

少年「できるかわからないけど、やってみようって」

少年「今までの経験を全部フルに活用すれば、どうにかなるかもしれない」

少女「あなたなら……」

少女「あなたなら、きっとできるよ」

少女「だって、今まで何百回も世界を救ってきた勇者なんでしょ?」

少年「桁が一つ違うよ」

少女「あ、何十回だったっけ。それでも、もう世界を救うことに関して言えば、大ベテランなわけで」

少女「あなたなら……ううん、きっとあなたにしかできないことだよ」

少年(まっすぐな瞳が、俺に笑いかけてくれる。口にする前は自分でも不安だったはずなのに、彼女の言葉がすごく心強く感じられた)

少年「ありがとう」
329 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:37:41.99 ID:9OC/ch8I0
少女「……じゃあ、もう会えないんだね。当分」

少年「たぶんね。君が生きている間に終わらないかもしれない」

少年(少しだけ、嘘だった)

少年(彼女のおばあちゃんとの記憶を思い出したことによってわかったこと)

少年(この世界と、魔王と戦ってきた世界では時間の流れ方が違うのだ)

少年(俺が女神様と出会って世界を救い始めてから、途方もない時間が流れている。しかしここではせいぜい数十年といったところ。残っている世界の数から考えれば、十年やそこらで戻ってこれてもおかしくはない)

少年(だが、それでも十年)

少年「この一ヶ月、どうだった?」

少女「楽しかったに決まってるじゃない! こんなにいろんなことがあった夏休みなんて、これまで、もしかしたらこれからもないよ!」

少女「本当に楽しかった! すごく……っ、楽し……かった……っ」

少女「だから……っ、今、こんなに……っ! ひっぐ……っ」

少年「そっか……。なら、よかったよ……」
330 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:07.99 ID:9OC/ch8I0
少女「ひっぐ……、向こうで頑張ってね」

少年「ああ、ありがとう。君も、こっちでいろいろ頑張れよ」

少女「うん……」

少年「大丈夫だよ。君なら」

少年「君が大丈夫だって言った俺が言うんだ。だからさ」

少女「……ぷっ、何それ」

少年「説得力あるだろ? 人に頑張れって言った手前、これならそっちも頑張らなきゃな」

少女「説得と言うより、それ脅迫だよ」

少年「あはは! 確かに!」

少女「ふふっ!」

少年(二人の笑い声が風に乗ってどこかへ流れていく)

少年(そうだ。終わり方はこんな感じがいい)

少年(こんな感じで、いい)

少年(…………)

少年(……本当に、いい?)
331 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:34.00 ID:9OC/ch8I0
少女「さ、帰ろ? 明日も朝早いし」

少年「……ああ、最後に寝坊なんてのもな」

少女「うん」

少年(彼女が俺の先を歩いていく。雑草を踏む音を等間隔で鳴らしながら)

少年(言えるわけがない。言っていいはずがないんだ)

少年(そんな自己中心的で身勝手な言葉を)

少年(なのに、心は今もなお叫び続ける)

少年「……なぁ、ちょっといいかな」

少女「…………」

少年(足音がやむ。彼女の動きが止まる)

少女「……なに?」

少年「好きだ」
332 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:59.92 ID:9OC/ch8I0
少女「…………」

少年(彼女はこっちを振り向くと、ポカンと口を開けたまま呆然としているようだった)

少年「…………」

少女「……それって」

少女「それって、どういうこと……?」

少年「そのままの意味だよ。俺は、君のことが好きなんだ」

少女「……それ、本当?」

少年「こんな時に冗談なんて言わないよ」

少女「そっか。あなたは言うような人じゃないね」

少年「そうだよ」

少女「……私で、いいの?」

少年「えっ?」
333 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:39:32.34 ID:9OC/ch8I0
少女「だって私、普通だよ?」

少女「あなたみたいな勇者じゃないし、何もない、平凡な人生を送ってきた、普通の女の子だよ?」

少年「そんなことないだろ。それに今は関係……」

少女「あるよ。だって私じゃ、あなたには釣り合わないし……っ」

少女「それに、これからあなたは、またいろんな世界に行くんでしょ? そしたら、きっと私よりも綺麗な人も、すごい人もいっぱいいるだろうし、だから……!」

少年「そんなことを心配していたのか?」

少女「えっ?」

少年「あ、いや……」

少年「それ以外の心配は、なかったのか?」

少女「えっ? ど、どういうこと?」

少年「…………」

少年「だって、俺が言いたかったのは――」

少女「私、あなたのためなら待つよ?」

少年「……!」
334 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:01.84 ID:9OC/ch8I0
少年「なんで……、なんでそんな簡単に言えるんだ……?」

少女「そんなの、決まってるよ」

少年「何年かかるかもわからない……! もしかしたら君が生きている間に終わらないかも……」

少女「それでもいいよ」

少年「なんで……、わからない。君の考えが理解できない……!」

少女「どうしてわからないかなぁ。もしもあなたが私の立場だったら、同じ風に考えないの?」

少年「俺が、君の?」

少女「うん。理由は簡単」

少女「私も、あなたのことが好き」

少女「それだけじゃ、ダメ?」
335 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:27.96 ID:9OC/ch8I0
少年(自分と向かい合う少女はあっけらかんとしていた)

少女「あなたなら、きっと終わらせて帰ってくる。そう信じているもん」

少年「なんでそんな……」

少女「あなた自身だってそう思ってるように見えるけど?」

少女「それにさ、世界を救うために戦ってるなんてそんなカッコいい人、他にいないよ」

少年(その目には一点の曇りもなく、嘘をついているようでも自信なさげでもない)

少年「……本当にいいのか?」

少女「しつこいなぁ。さっきからそう言って――」

少年(その行為は衝動的で、理性は押し止めようとするも役に立たなかった)

少女「わっ!」

少年(俺は彼女の体を抱きしめていた)

少年(どうしようもないくらいに愛おしかった)
336 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:53.87 ID:9OC/ch8I0
少年「きっと、いや絶対、ここに戻ってくる。俺は、君に会いに、また」

少女「……うん。あんまり待たせないでね。でも、無理はしないで」

少年「ああ。わかってる」

少女「その時、私何歳なんだろうなぁ……。前にあなたに十年女を磨いてこい、みたいなこと言われたけど、十分過ぎる時間だね」

少年「戻ってきたら、ここで二人で暮らそう。死ぬまで、ずっと一緒にいよう」

少女「……それって、プロポーズ?」

少年「かもな」

少女「ロマンティックなんだか、そうじゃないんだか、わからないなぁ」クスッ
337 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:41:30.42 ID:9OC/ch8I0
少女「……そうだ、じゃあ、ロマンティック追加ということで」

少年「ん?」

チュッ

少年「な……っ!」

少女「私、毎年夏になったらここに来るから」

少女「その時に、また、ね?」

少年(そう言うと彼女は恥ずかしそうに笑った)

少年「……そういうとこが、本当にもう」

少年(思わず笑みがこぼれる。だから、俺は彼女に――)

少年「じゃあ、何年か先の夏で、また」

少女「うん。また……」

少年「ああ、それとこれなんだけど」

少女「?」

少年「君に、持っていて欲しいんだ」
338 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:41:56.40 ID:9OC/ch8I0
――

――――

女神「お久しぶりですね、勇者さま」

少年「ああ、久しぶり」

女神「随分と、人間らしい顔に戻りましたね」

少年「そんな感じのことを言われると思ってたよ」

女神「あら」

少年「……でも、悪くない気分だ」

女神「休暇も悪くないでしょう?」

少年「ああ、確かに」

女神「だから今まで何回も、休むように言っていたのに。勇者さまは聞く耳持たないですし」

少年「悪かったって」

女神「ふふっ」
339 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:42:24.56 ID:9OC/ch8I0
少年「それと、ありがとう。強引にでもあの世界に飛ばしてくれて」

少年「全部、偶然なんかじゃなくて、女神様が仕組んだんだろう?」

女神「あら、どこまで知っていますの?」

少年「全部だよ。俺はあの世界で、あの村で生まれ育ったんだ」

少年「いつの間に、忘れてたんだろうな……」

女神「そんなことまで……」

少年「あれ? 知らなかったのか?」

女神「ええ! だって魔力を送るのに精一杯でしたもの!」

少年「でも、最初の時はそんな苦労してなかったような……」

女神「あの時はまだ、ここまで酷くはなかったような……。何か他の手段を使ったのでしょうか……?」

少年「忘れたのか」

女神「し、仕方ないじゃないですか! あれからどれだけの時間が経っていると思っているんですか!?」

少年「いや、逆ギレされても……」
340 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:43:05.69 ID:9OC/ch8I0
少年「それよりもだ」

女神「はい?」

少年「休暇は終わり。じゃあ、一刻も早く次の世界を救いに行かなきゃな」

女神「……そうですね!」

少年「あと、10個?」

女神「11です。勇者さま」

少年「11か」

○○「すぅー……」

勇者「……よし」

女神「では、次の世界に勇者さまを転移させますね」

勇者「頼んだ」

女神「転移魔法(フィラー)!」
341 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:51:03.23 ID:9OC/ch8I0
――

――――

『  』は生命の進化を見届け、果てにそれらは二種類に別れた。

それが人間と、魔物。

どう調整しても、それらが争い世界は崩壊するばかり。

だからその存在は、その世界を見捨てまた新たな世界を作った。

何度やっても、同じことの繰り返し。

その回数は108。
342 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:51:29.38 ID:9OC/ch8I0
――

――――

勇者(静寂が包んだ城の広間に、外から微かに歓声が聞こえてくる)

勇者(きっと戦いが終わったことを知ったのだ)

勇者(終わった)

勇者(幾年にも及ぶ人間と魔族の戦いが、ようやく終わりを告げた)

勇者(平和が訪れたのだ)

勇者(もう魔族の者と戦う必要も、いつ殺されるかもわからない夜を過ごすことも、闇を恐れて生きる義務も、今となっては不要の長物だ)

王様「では、魔王殿。この平和条約に調印を」

魔王「うむ」

勇者「…………」

――――

仲間「やりましたね! 勇者さま!」
343 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:51:55.66 ID:9OC/ch8I0
勇者「ああ、もうこれで人間と魔物が戦うことはない。やっと、平和が訪れたんだ」

勇者(長かった旅路もこれでようやく終わり)

勇者(そう思うと肩の荷が下りるようだった)

仲間「それもこれも、勇者さまのおかげです! まさか、こんな形で戦争が終わるなんて、勇者さまが来るまでは思ってもみませんでしたよ」

仲間B「ああ。オレもそう思うぜ。ほとんど血を流さずに終わるなんてな……」

勇者「俺だけのおかげじゃない。いろんな人たち、魔物たちの願いが、今という瞬間を実現させたんだ」

仲間B「まったく、欲がないからいけねぇお前さんは」

勇者「別にそんなんじゃないよ」

勇者(もうこの世界は大丈夫だ)

勇者(人間と魔物が手を取り合って、互いが互いを尊重し合える。そんな未来が訪れることだろう)

勇者(人間が魔物を滅ぼすことも、魔物が人間を滅ぼすことも、きっとあるまい)
344 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:52:32.39 ID:9OC/ch8I0
勇者「長かったな……」

勇者(もうあれから、何年が、何十年が、経ったことだろう)

勇者(あの世界では、どれだけの月日が過ぎ去っているのだろう)

仲間「これから勇者さまはどうされるんです?」

仲間B「お前さんなら、きっとどんなポジションにだってつけるぞ? これまで苦労した分、少しくらいいいことがあったっていいもんだ」

勇者「いや、俺は……」

仲間「?」

勇者「帰る場所があるんだ」

勇者「俺を待っている人がいる」

勇者「ずっと、ずっと昔から。俺の帰りを待っている人が」

勇者「たぶん、もう会うこともあるまい」

仲間B「そうか……。じゃあ、寂しくなるな……」

仲間「そんな遠いところなんですか?」

勇者「ああ。だから頼んだぞ。この平和がどうかずっと続くようにな」
345 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:53:13.23 ID:9OC/ch8I0
勇者(飛行魔法を用いてグルッと世界を見て回る)

勇者(人々と魔物達は皆笑い合いながら、酒を飲んだり踊ったりしている)

勇者「もう、大丈夫だ」

勇者「108……。やっと終わったんだ……」

勇者「これで、帰れる」

勇者(時間のズレから考えるに、おおよそ向こうでは十年ほどの月日が過ぎているはず)

勇者(まだ、待っていてくれているのだろうか)

勇者(十年)

勇者(俺からしたら大した長さではないが、待たされている彼女にとっては途方もない長さに感じられたことだろう)

勇者(……もしかしたら、もう待ちくたびれて、そこにはいないかもしれないが)

勇者「十年も待たせてしまったんだし、その時は仕方ないよな……」

シュワァァン…

勇者「!」
346 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:54:10.76 ID:9OC/ch8I0
勇者(唐突に眩いばかりの閃光)

勇者(覚えがある。女神様からの通信だ)

勇者「女神様か。ちょうどよかった。今、終わったところ――」

女神「勇者さま!!」

勇者(女神様の声を耳にした瞬間、背中の産毛がゾクッと逆立つのを感じた)

勇者(こんな焦燥に満ちた声は、今まで聞いたことがない)

勇者「な、なんだ? どうし――」

女神「今すぐ……! 今すぐこちらに戻ってきてください……!」
347 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:54:36.77 ID:9OC/ch8I0
――

――――

勇者(何が何だかわからないまま、俺は女神様のいる空間へと帰還した)

勇者(この場所に特段変化は見られない。一体何があったというのか)

女神「…………」

勇者「女神様、一体何が……?」

女神「落ち着いて、聞いてください」

勇者「えっ?」

女神「あなたの故郷だった世界のこと、まだ覚えていますね?」

勇者「あ、ああ。それがどうかしたのか?」

女神「あの世界がついさっき突然……」

女神「……消滅、しました」

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「…………えっ?」
348 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:55:21.50 ID:9OC/ch8I0
勇者(何を言っているんだ、女神様は)

勇者「消滅……?」

勇者「消滅って、なんだ……? どういうことだ……?」

女神「消えてしまったんです。跡形もなく」

勇者「な、何言ってるんだよ……。やっと戻れると思ってたのに、冗談キツい――」

女神「冗談などではありません! これを見てください」

勇者(女神様が何かの呪文を唱えると、突然周りの風景が変化した)

女神「私が見た記憶です。この場所、見覚えありますね?」

勇者(目の前に広がるのは、俺の故郷。あの頃と何ら変わりないように見える)

勇者「……ん? なんだこれは?」
349 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:56:13.44 ID:9OC/ch8I0
勇者(奥にそびえる山の頂上が微かに光っている。禍々しい色を放ちながら、それは急速に強まっていく)

勇者(そして突然、それは閃光を放つ)

勇者「な……っ!?」

勇者(次の瞬間、隣の山が弾け飛んだ)

勇者(逃げ惑う人々の姿。その多くは顔見知りだった)

勇者「逃げろ……。逃げてくれ……」

勇者(無意識にそう声に出してしまう)

勇者「あれ……?」

勇者(見当たらない。誰よりも一番先に見つけるはずの人物の姿が、逃げる人たちの中に見つからない)

勇者「あ……!」
350 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:56:52.00 ID:9OC/ch8I0
勇者(いた)

勇者(一人だけ、他の人たちとは逆方向に走っていく姿)

勇者(大人になっているが、遠目でも微かに感じられる面影は、見間違えようがない)

勇者「バカ!! 逃げろよ!! お前が行ったって何もできないのに!!!」

女神「勇者さま……。これはあくまで過去の記憶です。そんな風に叫んだって届くはずが……」

勇者「あ……」

女神「…………」

勇者(女神様はただ悲しそうに目を伏せる。過去の中の彼女は必死に走り続ける)

勇者(俺は、何もできない)
351 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:57:27.42 ID:9OC/ch8I0
勇者「えっ、魔物……!?」

勇者(彼女が山の中に足を踏み入れると、幾多の魔物達が姿を現した)

勇者「どうして……! この世界には魔物なんていなかったはずだ……! しかもあんなに……っ」

女『な、なに……? 何なの……? 一体何が……』

勇者「!」

勇者(彼女の声だった。紛れもなく、昔聞いた彼女の)

勇者(逃げろ)

勇者(そう伝えたいが、届かない)

女『きゃあっ!?』

勇者(魔物の振るった腕が彼女を吹き飛ばす)

勇者「……げろ」

勇者「逃げろ……!」
352 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:58:15.33 ID:9OC/ch8I0
女『はぁっ……、はぁっ……』

女『だ、誰か……助け……っ』

勇者(足を若干引きずらせながら、彼女は逃げる)

勇者(しかし退路を絶たれた彼女に残された道は、ただひたすら上へと登り続けるのみ)

女『きゃっ!?』

女『どうして、こんな……』

女『嫌だ……っ、死にたく、死にたくないよぉ……!』

勇者「なら、一人で危険なところに行くなよ……! バカ野郎……!」

女『やっと……、あの人に会えると思ってたのに……っ』

勇者「え……? あ……」

勇者(彼女は俺が勇者であることを知っていた)

勇者(ならば、魔物が現れるような状況になったら、それは俺が戻ってきたと連想してもおかしくはない)

勇者「あ……、ああ……っ」

勇者(俺の、せいじゃないか……)
353 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:00:46.88 ID:9OC/ch8I0
女『痛い……。痛いよ……っ。やめて……、来ないでぇっ!』

勇者(最後にたどり着いたのは、俺の見覚えのある場所だ)

勇者(いつだったか、女神様と交信した祠が端に映る)

勇者(その場所のことはよく知っている。あるのは断崖絶壁で、それ以上逃げる先がないことを)

女『いや、いやいやいやいやぁっ!!』

勇者(魔物達が武器を振るう。鋭い刃が彼女の素肌を斬り裂いた)

女『きゃあああああああっっ!!! 痛い痛い痛いいたいぃぃっ!!!』

勇者(鮮血が傷口から一気に噴き出る。血が顔にかかった魔物はそれをペロリと舐めると、ニヤリと笑った)

勇者「くっ……!!」

勇者(これ以上、見ていたくない……!)

勇者(しかし目を背けても、彼女の叫び声が嫌でも耳に入り込んでくる)
354 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:01:12.98 ID:9OC/ch8I0
勇者「ちく、しょう……!」

女『うぐぅっ! やめて、やめてぇ……っ! いたいいたいいたいいたいぃっ!!』

勇者(魔物達はいたぶるように、彼女を傷つけていく)

女『あ……っ、ぐぁ……っ』

勇者(彼女の骨が砕かれる。腕があらぬ方向へねじ曲がる)

勇者(腹部を貫かれ、血と一緒にドクドクと内蔵が溢れ出てくる)

勇者(必死に飛び出した内臓を元に戻そうとするも、曲がった腕では上手く集めることもできないのだ)

勇者「くそ……っ、くそっ、くそっくそぉっ!!」

勇者(俺が、俺がいれば……、その程度の魔物は一瞬で斬り伏せることができるのに……!)

勇者(湧き上がる怒りにどうにかなりそうになった、次の瞬間――)

勇者(視界が黒に染まった)

勇者(地の底から湧き上がってくるような轟音)

勇者(そのすぐ後に、今度は真っ白な光が一帯を覆い、また世界は真っ黒になった)

勇者「……えっ?」
355 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:02:20.72 ID:9OC/ch8I0
勇者「な、何が今起こった……?」

女神「わかりません……私にも」

女神「ただ確かなことは、この瞬間に、この世界は消滅したのです」

勇者「消え……た……?」

勇者「……はは。そんなこと……。あんな一瞬で、空間ごと全部消えたって……?」

女神「そう、言っているのです。にわかには信じられないことですが……」

勇者「女神様が、ただ見れなくなっただけじゃないのか!?」

女神「否定はできませんが、可能性は――」

勇者「なら、俺をあの世界に転移してくれ! 今すぐにだ!」

女神「なっ……!? そんなことできるわけ――」
356 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:03:30.97 ID:9OC/ch8I0
勇者「何かの間違いなんだ……。あんなこと、起こるわけがない!」

勇者「だから俺が直接見に行く!」

女神「冷静になってください、勇者さま! もしも何もなかったら、空気も何もない場所に飛び込んでいくようなもので――!」

勇者「俺の周りを結界魔法で守ればいい! いいから早く俺を転移しろ! 今すぐにだ!!」

女神「勇者さまをそんな場所には――」

勇者「もういい! 女神様がそう言うんなら……!」

勇者「…………」ブツブツ

女神「勇者さま、一体何を……はっ!?」

勇者「転移魔法(フィラー)!」

女神「勇者さま!?」

勇者「今まで何回も目の前で見たんだ。嫌でも覚えてる」

勇者(自分がやるには、女神様よりも長めの呪文を唱えなければならないが、効果は変わらないはずだ)

勇者(あの世界をイメージする。彼女がいた、俺の故郷)

勇者(女神様の声がどんどん遠のいていく。やがて聞こえなくなり、俺の肉体は異世界へと転移した)
357 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:05:42.48 ID:9OC/ch8I0
――

――――

シュゥゥゥンン…

勇者「……?」

勇者(何も、見えない)

勇者(恐ろしく真っ暗で、辺りの様子が何もわからない)

勇者「炎魔法(フレイヤ)」

勇者(せめて光さえあればと思い、結界の外に向けて炎魔法を放つ)

ボッ

シュッ

勇者(しかしそれは一瞬の後に、そこにあったのが嘘のように消えてしまった)

勇者(何も、ない? 本当に……!?)

勇者(炎を維持するための酸素すら……!?)
358 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:06:08.91 ID:9OC/ch8I0
勇者「嘘、だ……」

勇者(高速移動の魔法で動き回るも、ただ暗闇の中をさまようだけだった。それ以前に移動できているかもわからない)

勇者(この空間にはもう、何も残っていない)

勇者(たった一つの原子すらも、見つけることはできないのだろう)

勇者(すべて、消えてしまった……)

勇者「なんだよ……。なんなんだよ……」

勇者「やっと、やっと約束を守れると……思ってたのに……っ!」

バリッ

勇者(何かがひび割れるような音)

勇者(きっと結界が内からの気圧に耐えかねて崩れかけているのだ)

女神『勇者さま!! 何をしているんですか!?』

女神『そのままじゃ勇者さまも無に飲み込まれてしまいますよ!?』

勇者「…………」

女神『もういいですね!? こちら側に転移させますよ!』

パリンッ!
359 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:06:53.81 ID:9OC/ch8I0
シュゥゥゥンン…

勇者「…………」

女神「勇者さま……」

勇者「……んで」

女神「えっ?」

勇者「なんで、こんなことに……?」

女神「…………」

勇者「あの世界には、魔王どころか魔物すらいなかったのに。なんで……」

女神「あ……」

女神「…………」

勇者「……なんだよ」

女神「いえ、なんでもありません」
360 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:07:26.80 ID:9OC/ch8I0
勇者「何か、知ってるんだな?」

女神「いえ……」

勇者「いや、わかっているはずだ。何年、いや何百年の付き合いだと思ってる」

女神「わからないのです。推測……いえ、最早予想としか言いようがありませんが……」

勇者「何だよ」

女神「…………」

勇者「言えってば!」

女神「……これを。あの世界が消滅した時の莫大なエネルギーの残滓が、あなたの身体に残っていたので」

勇者(女神様が手を俺の前にかざすと、ほんのりと明るくなる)

勇者「うん……?」

勇者(その光に触れる。別段変わったことは……、いや、確かに何かを感じる)

勇者「なんだろう。この感覚は、どこか知っているような……」

女神「恐らく……魔王です」
361 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:07:54.31 ID:9OC/ch8I0
勇者「はっ? 魔王だって?」

女神「勇者さまが、今まで倒してきた、魔王」

女神「それらが纏っていたものと似ているような気がしませんか?」

勇者「言われてみれば、そんな感じがしなくもないが……。それが一体何の関係が?」

女神「……ショックを受けないでくださいね」

勇者「これ以上ショックを受けることなんて――」

女神「いえ、この事実はきっと勇者さまをひどく傷つけることになります。だから、言うべきかどうか迷ったのですが」

勇者「……わかった」

女神「今まで、あなたは何回も、何十回も魔王や魔物と戦ってきましたね」

勇者「そうだな……」

女神「その死んだ者たちの魂や思いは、一体どこへ行くと思いますか?」

勇者「あの世とか……? それとも――」

勇者(そこでふと気がつく。女神様の言わんとしている可能性)

勇者「ま、まさか……?」

女神「そうです。彼らの魂や力、果てには最後の怨念までも、負のエネルギーは全てあの世界に集められていたんです」

女神「……あくまで、推測の域を出ませんが」
362 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:08:39.82 ID:9OC/ch8I0
勇者「そんな……。そんなこと……ありえない……っ!」

女神「あなたを転移させるために魔力を送る道が、極端に狭いという話をしたことがありましたね」

勇者「あ、ああ……」

女神「あれは恐らく道が狭かったわけではないのです」

女神「絶えずあの世界には異世界からの魔力が注ぎ込まれていて、それがほとんどを占めていたために私が魔力を送れなかった……」

勇者「な、なら……! それなら、どうしてあの世界にはほとんど魔力がなかったんだ!? そんなに膨大な量の魔力が送られていたのなら、そんなことが起こるわけない」

女神「あの山に全て集められるようになっていた……、いえ、あの山自体が周りから魔力を吸い取っていたのではないでしょうか」

女神「それこそ、他の世界からの魔力すら奪うくらいに」

女神「あれは、いくつもの魔王や魔物たちの死を集めたもので、それが限界に達しあの世界自体をも死に至らしめたのです」
363 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:09:11.02 ID:9OC/ch8I0
勇者「嘘だ……」

勇者(しかし、そう言われてみれば納得できてしまう。心当たりがいくつも思い浮かんでくる)

勇者(違和感はあった。あの世界で過ごす中でいくつも兆候はあったはずだ)

勇者(あの夜突然現れた魔物の異様なまでの弱体化)

勇者(魔力が極限まで搾り取られていたと考えれば納得できる)

勇者(それにあの麓まで下りてきていた熊)

勇者(あれは、ひょっとしてあの山に溜まる膨大な魔力の存在に気づいていたんじゃないのか?)

勇者(もしも俺があの時、もう少し上まで登っていたら、その兆候に気づけたんじゃないのか?)

勇者(いや、そんなことよりも。それよりも――!)

勇者「じゃあ、俺が……」

勇者「俺が、魔王と戦って倒したせいで、あの世界は、消滅したって……?」
364 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:09:50.27 ID:9OC/ch8I0
女神「か、可能性の話です!」

勇者(推測だと女神様は口にしているものの、とてもそうだとは思えない)

勇者(こんなにも現状と合致する根拠がある。むしろそう考えないほうが不自然なように感じられた)

勇者(村を壊され、彼女は魔物によって嬲られるように傷つけられ、果てには空間ごと消されてしまった)

勇者(それもこれも、そうなってしまうきっかけを作ってしまったのは、自分だ)

女神「ごめんなさい!」

勇者「なんで、女神様が謝るんだよ」

女神「勇者さまを魔王と戦わせたのは、他でもない私だからです……! それに、もっと注意深くしていれば、気づけたかもしれないのに!」

女神「本当にごめんなさい! 謝っても許されないのはわかっています……。それでも――」

勇者「そんな謝らないでくれ」

女神「でも……!」
365 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:10:16.25 ID:9OC/ch8I0
勇者「それで魔王と戦うことを選んだのは俺だ」

勇者「それに、俺だって女神様とは違うけど、兆候はあって気づけたかもしれない。同罪だ」

女神「…………」

勇者「女神様」

女神「なん、ですか?」

勇者「何か、案はないか?」

女神「案……。あの世界はもう消滅してしまいましたし、どうしようも……」

勇者「……そうか」

勇者「なら、俺を最初の世界に転移させてくれ」

女神「えっ?」
366 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:11:09.66 ID:9OC/ch8I0
勇者「約束、したんだ。絶対に戻るって」

勇者「何か手はあるはずだ。どこかに、何か……っ」

女神「世界を復活させる術なんて、今まで見たことも聞いたこともありません……!」

勇者「俺だってない!」

女神「!」ビクッ

勇者「でも、それ以外に何ができるって言うんだ……?」

女神「…………」

勇者「女神様、頼む」

女神「最初の、ということは、今まで救ってきた世界で探すということですか?」

勇者「ああ、見つかるまで」

勇者「全ての世界を、端から端まで探しに」

勇者(必ず、君を助けてみせる。その術を見つけてみせる)

勇者(長くなるかもしれない。今までの比にならないくらい)

勇者(それでも、俺は絶対に――!)
367 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:11:51.17 ID:9OC/ch8I0
――

――――

自ら崩壊へと進むのは、二つの種族が交わるが故のバグと判断した。

ならば、一方の要素を排除してしまえばいい。

最後の望みをかけて、全く異なる世界を創造した。

しかしなおも、結果は変わらなかった。

過程は違えど、行き着く末路は同じ場所。

そしてついには『  』はそれらの全てを見放した。最早救いようがないと、そう判断した。

しかし見放された世界は、そこに存在を残留しシミュレーションを繰り返した。

途方もない時間をかけて、永遠に。

繰り返し、繰り返し、繰り返し、永遠の中をさまよった。

致命的な欠陥は誰にも気づかれぬまま。

自己修復のパターンが、組み上げられていった。
368 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:12:23.43 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年「あれー、おかしいな。この辺に隠れてると思ったんだけどなぁ……」

少年「うーん……。ってうわっ!?」ガッ

老人「おぉ……、すまんな……」

少年「あっ、ごめんなさい。……じいさん、そんなとこで何してんだ?」

老人「少し、眠っていたんだ」

少年「こんな森の中で?」

老人「別に場所なんてどこでもいいだろう? こんな平和な世界だ」

少年「そうだけどさ。それにしてもじいさん、ボロボロだ」

老人「……かもなぁ」
369 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:13:06.52 ID:9OC/ch8I0
老人「なぁ、少年」

少年「ん?」

老人「かくれんぼをしているのかい?」

少年「そうだよ。なかなか見つかんなくてさー」

老人「……そうかい」ニヤッ

少年「なんだよ、いきなり」

老人「いや、ここも変わったなぁと思って」

老人「前は人も寄りつかん、魔物の森だったというのに」

少年「何百年前の昔話をしてんだよ」

老人「そうだな、もう昔話だ。邪魔してすまんな」

魔物「おーい、そこで何サボってんだよー!」

少年「あっ! って、別に遊びなんだからサボりも何もないだろ!」
370 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:14:30.40 ID:9OC/ch8I0
――

――――

老人「昔話、か……」

老人(あの世界消滅から、もう何年が経ったか。一体何回転生を繰り返して、探し求めたか)

老人(いつからか、数えることも忘れてしまった)

老人(未だに方法の糸口さえも見つからない)

老人(世界を復活させるよりも、時間を巻き戻す方が可能性はありそうだということはわかったが、それだって夢物語だ)

老人「はぁ……」

女神『まだ、続けるのですか……?』
371 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:14:59.78 ID:9OC/ch8I0
老人(頭の中に声が響いた。その声を聞いたのは、随分久しぶりのような気がする)

老人「おお、久しいな」

女神『お久しぶりです。勇者さま。随分とまたおじいさんになりましたね』

老人『ああ……。最近は少し動くだけで疲れてしまう。次の転生の頃合いかもしれない』

女神『どうして、諦めないのですか……? もう、何千年も経っているのに……』

老人「それでも、諦めるわけにはいかないんだ」

女神『どうしてっ?』

老人「あいつが、待っているような気がしてな」

女神『……そこが、最後の世界です』

老人「108……ということか?」

女神『ええ。そこにもなかったら、もう、どこにも……』

老人「なら、きっとここで見つかる」

女神『えっ……?』
372 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:15:36.01 ID:9OC/ch8I0
女神『それもまた、勘ですか?』

老人「そうかもしれない」

老人(嘘だ。ただ、自分にそう言い聞かせているだけだ)

老人(本当は怖くて怖くて仕方がない。もしも、ここにも何もなかったら、自分はどうすればいいのだろう?)

老人(だから、その考えを振り払うように声に出す)

老人「ここにある。きっと」

老人「記憶が正しければ、ここが一番可能性が高いかもしれないしな」

老人(この世界は、かつて最後に自分が救った世界)

老人(つまり、一番人間と魔物の関係が良好な世界だ)

老人(その分、魔法や科学の発展が進んでいて、何かしらのヒントが見つかるかもしれない)
373 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:16:02.12 ID:9OC/ch8I0
――

――――

魔術師「ないですね」

老人「そうかい……」

老人(撃沈。この世界で最も権威ある魔術の研究機関に足を運んだが、得られた情報はたったの五文字)

老人(もう何度聞いたかもわからない。その度に心が挫けるを通り越して、砕けそうになる)

魔術師「世界を再生するとか、時を戻すとか、魔法に夢を見すぎですよ」

老人「そうかね……」

魔術師「そもそも魔法というものは、いくつかの源があってですね――」

老人「そのくらい知ってる」

魔術師「なら、不可能なことくらいわかっているでしょう?」

老人「……もういい。ありがとう」
374 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:16:42.29 ID:9OC/ch8I0
老人「はぁ……」

老人(最後の頼みの綱が切れた。そんな気分だった)

老人「不可能なのは、自分でもわかってる……」

老人「それでも奇跡を追い求めて、今まで彷徨ってきたんだ……」

老人(これから、どうする?)

老人(この世界においてまだ探索していない場所はたくさんある)

老人(しかしこの肉体では、そんな無茶はもう効かない)

老人(となれば、もう一度転生すべきか)

??「あのー、おじいさーん!」
375 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:17:18.97 ID:9OC/ch8I0
老人「む?」

魔物女「はぁ……はぁ……」

老人(自分を呼んだのは紅色の肌の、人型の魔物だった。肌の色と腰から尻尾が生えていること以外は、人間とさして変わらない)

老人「なんだ? そんなに息を切らして」

魔物女「あなた……ですわね? 時間を巻き戻す方法を探してたのって」

老人「!」

魔物女「私はこの機関で研究をしている者ですわ。……とは言え、内容的に異端者扱いですけれど」

老人「じ、時間を巻き戻す理論の研究を?」

魔物女「いえ、具体的にその研究をしているわけではありませんわ。ただ、私の専門は時空の研究ですので、近いものはあると思います」

老人「時空……?」

魔物女「立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
376 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:17:45.16 ID:9OC/ch8I0
――

――――

「……っ!」

それは突然やってくる。痛いという感覚が思考を埋め尽くす。

頭が締め付けられるようだった。ここ数百年、時折襲いかかってくる。

最近はどんどん頻度が高くなってきている。時間経過によるものなのだろうか。

人ならざる存在である私に、このような現象が起こる理由が想像もつかない。人間という不完全な肉体を持たない自分がこのような頭痛に見舞われるなんて、一体どうしたことだろう。

「…………」

「……それ以前に」

それ以前に、私とは何なのだろう?

そんな疑問がふとした時に湧いてくるようになった。

以前は一度も、考えたことすらなかったのに。
377 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:18:15.85 ID:9OC/ch8I0
「どうして……」

どうして気にならなかったのだろうか。

私は『ある瞬間』からのことしか覚えておらず、それ以前の記憶がない。

思い出そうにも、最初から存在していなかったかのように空っぽなのだ。

だから、何もなかったのだと思っていた。そう思っていることが異常だということにすら、私は気づかなかった。

しかし、この頭痛に悩まされるようになってから、そこにぼんやりとした情景が存在していることが、なんとなくだがわかってきた。

いや、存在している、と言うのは違うのかもしれない。

次々と線が足されていって、絵画が出来上がっていくように記憶が、いや、『過去そのもの』が生み出されていく。

「……何を考えているのでしょう。私は」
378 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:18:54.42 ID:9OC/ch8I0
――

――――

魔物女「すいません。この話に興味を持っていただける人は少なくて……」

老人「そうだろうな。現実にはあり得ない、夢物語に近い」

老人「今までも何度冷たい視線で見られてきたか……。わざわざそれを専門にしている君は、自分の比ではないだろう?」

魔物女「仰る通りですわ。しかし、私はこの世界に存在する魔法が、時空において何かしらの、我々の想像し得ないほどの影響を与えると考えています」

老人「想像し得ない影響、と言うと?」

魔物女「ざっくり言うと、時空を歪ませるということですわ」

老人「本当にざっくり言ったな」

魔物女「ざっくり言いました」ニコッ

魔物女「私たちは普段、魔力を用いて魔法を使っていますね? 今はこれはこの世に存在するいくつかの原始的な要素を魔力によってコントロールすることによって、起こっていると解釈されていますが」

老人「違うのか?」

魔物女「いえ、違うわけではありませんが、そこにはもっと深い根元に、もっとシンプルな原理があると思うのです」

老人「すごいことを言うんだな。そんなのがわかったら、今の魔法の原理がひっくり返りかねない」

魔物女「ええ、世界をひっくり返そうとしているのですわ」

魔物女「だから、異端なんです」
379 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:19:20.89 ID:9OC/ch8I0
魔物女「では、その原理は何か?」

魔物女「ここからは私の仮説段階での話ですが、この世界は本来、もっとシンプルな理論に基づいていると思われます」

老人「もっとシンプル?」

魔物女「例えば、なぜ物体は落下すると、あなたは思います?」

老人「そりゃ物は落ちるからだろう?」

魔物女「説明になっていませんわ。なぜ下にしか落ちないのか。横でも上でもいいのに、どうして一方向のみに物は落ちるのか」

老人「難しい話だな……」

魔物女「きっと聞き慣れないだけですわ。その辺りの分野の研究がもっと進めば、何か面白いことがわかりそうなものですが……」

老人(……そんな話をどこかで聞いたことがある気がする)

老人(しかしもう遥か昔のことだ。ぼんやりと存在自体は覚えているだけで、細かい内容は忘れてしまった)
380 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:19:48.77 ID:9OC/ch8I0
魔物女「話を戻しましょう。それらの世界の根本的に成り立たせるための理論には、魔法は介在していないと思われます」

老人「なぜだ?」

魔物女「簡単な話ですわ。そこに魔力を感知することが一切ないのです」

魔物女「私たちが魔法を使うとき、そこには必ず魔力の残滓が残りますの。どんなに些細な魔法でも」

魔物女「しかし先ほどの例のように、物が落ちるなどの現象には魔力は検出されていません。これは検出の精度の問題の可能性もありますが」

老人「へぇ、魔力を検出するための装置なんてものがあるのか」

魔物女「魔法学の分野は人員が多いこともあって進んでいるのです」

老人「それで、結局のところ何が言いたい?」

魔物女「ああ、また話が脱線してしまいました……。ごめんなさい、私の悪い癖でして」

魔物女「本来、この世界、空間というものは魔法なしでも存在し得るものだと私は考えています」

老人「……なるほど」

魔物女「思い当たる節でも?」

老人「まぁ、昔の話さ。魔法の一切存在しない世界に行ったことがあるってだけで――」

魔物女「えっ!?」
381 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:20:21.87 ID:9OC/ch8I0
老人「えっ? あ、あれ、転移魔法とかあるだろう……?」

魔物女「異世界への転移魔法なんて、見たことも聞いたこともありませんわ! えっ、そんなことが可能なんですの!? 少し話を聞かせてもらえません!?」ズイッ

老人「わ、わかった。わかったから。とりあえず今の話題が終わってからで……」

魔物女「あ……。少し取り乱してしまいましたわ。ごめんなさいね」

魔物女「それで、えっとどこまでお話ししましたっけ?」

老人「世界が魔法なしで存在できるとかなんとか」

魔物女「ああ、そうでしたわね。だからつまり、魔法は世界に後天的に付与されたものと考えられますの」

魔物女「それは言い換えれば、その間の関係性に矛盾を生みかねないということ」

老人「……?」

魔物女「わかりやすい例を挙げますわ」
382 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:20:52.27 ID:9OC/ch8I0
魔物女「これは最近ようやく観測できた事象ですわ。結界魔法はご存知ですわよね?」

老人「うむ」

魔物女「結界がどうやって外からの衝撃を防ぐと思います?」

老人「壁みたいなものを、魔法で作ってるんじゃないのか?」

魔物女「半分正解で半分不正解ですわ」

老人「?」

魔物女「確かに壁のようなものは存在しますわ。しかしそれは物質ではありませんの」

魔物女「結界はその内側の状態を時空的に維持しようとするのです」

老人「状態を、維持……?」

魔物女「例えば炎魔法による火の玉が飛んできたとします。もしも結界がなければその内側の部分は火の玉が通過することによって、もちろん熱くなるでしょう」

魔物女「しかし結界がある場合、結界の内側は火の玉が飛んでこなかった状態を維持しようとする。そうすることによって、結界は外からの衝撃を防いでいるのです」

魔物女「つまり、状態の不連続性を生じさせているのであり、さらに言えばこれは因果律を崩しているとも言えますわ」

老人「ふむ……? 因果律ということは、火の玉が飛んでくるという事実を内側ではなかったことにする、否定しているという理解であっているか?」

魔物女「その通りですわ」
383 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:21:24.44 ID:9OC/ch8I0
老人「なるほど。面白い理論だ。だがそれは何か根拠があるのか?」

魔物女「以前から結界魔法に関しての研究は盛んで、これを示唆する内容のものはありましたの。そして、つい先日興味深いデータが取れたのです」

老人「ほう」

魔物女「あなたは、時の砂時計というものをご存知で?」

老人「確か、特殊な砂を使った砂時計で、正確な時間を測れる道具だとか」

魔物女「そう、それであっていますわ。時の砂時計で結界魔法の内側と外側を計測したところ、流れる時間に微小のズレがあることがわかりましたの」

老人「微小の、ズレだって?」

魔物女「ええ。それで結界魔法は単純な壁を作り出しているわけではなく、何かしらの時空的な断絶を生み出しているという可能性を、ようやく考察するに至ったわけですわ」

老人「すごいな……! そんなことが、あり得るのか……!」

魔物女「とは言え確証にはまだ至っていませんし、この結果が意味することはもっと別の意味なのかもしれませんが」

老人(光が、見えた気がした。この数千年もの間、様々な世界を漂流し続けて、初めての手がかり)

老人(時間という概念を乗り越えるための、わずかだが光明が差したように思えた)
384 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:21:51.94 ID:9OC/ch8I0
老人「も、もしもだ」

魔物女「はい?」

老人「君の言うその理論が正しかったとして、時間を戻すにはどうしたら良いと思う?」

魔物女「時間を戻す……ですか。難しい話ですね。まだ時間というものが何なのか、その理解が私たちには欠けていますし……」

老人「そうか……」

魔物女「単純に……」

老人「何か案があるのか!?」

魔物女「え、ええと、案って言えるほどのことではありませんが」

老人「それでも構わない!」

魔物女「例えばうんと強い結界を作って、内と外の差異をものすごく大きくすることができれば、その境界で何かしらの想像し得ない現象を観測できるかもしれませんわ」

老人「!!」
385 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:22:32.08 ID:9OC/ch8I0
――

――――

老人「いろいろとありがとう。君のおかげで少しだけ未来に希望が見えたよ」

魔物女「いえいえ。こちらこそ、興味深いお話ありがとうございました」

魔物女「異世界って存在するのですね……。またまた研究すべき事柄が増えてしまって、嬉しい悲鳴ものですわ」

老人「そう言ってもらえてこっちも嬉しいよ」

魔物女「あなたが時間を巻き戻そうとするのも、その異世界絡みなんですの?」

老人「……ああ。大昔に消えてしまった世界を、取り戻すんだ」

老人「もしかしたら、これで彼女を……」

魔物女「……すごく、大切な方なんですね。そんなおじいさんになるまでずっと……」

老人「そうだな……。運命を覆すなんて不可能かもしれないが、神への冒涜にも近いかもしれないが、いつか……。君も、頑張れよ」

魔物女「なんだか、私たちのしようとしていることって似ていますね」
386 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:23:04.11 ID:9OC/ch8I0
老人「似ている?」

魔物女「ええ、私たちのも言うなれば、神への挑戦ですから」

老人「君も?」

魔物女「実在するかは別の話にして、もしもこの世界に神がいるのなら、この世界の仕組みもその神が作ったんですもの」

魔物女「だとすれば私たちはそれを解き明かそうとしている、言わば神への挑戦者なのですわ」

老人「なるほど。神への挑戦者、か」

老人(冒涜と挑戦ではまた意味が違うように思えるが。……いや、神に挑戦なんて言葉の時点で冒涜ものだろうか)

老人「なら、なおさらお互いに頑張らなくちゃな。神に打ち勝つために」

魔物女「ええ、あなたの願いもどうか叶いますように」
387 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:23:30.56 ID:9OC/ch8I0
――

――――

老人「女神様、ようやくだ。やっと……」

女神「はぁ……っ、くっ、うぅ……っ」

老人「女神様?」

女神「……あ、戻っていらしたのですね」

老人「どうしたんだ? 具合が悪そうだが……」

女神「い、いえ、何でも、ありません……!」

老人「そ、そうか……。女神様でも具合が悪いってことがあるんだな……」

女神「ええ……。自分でもよくわからないのですが、そのようです……。それよりも、勇者さまの話ですよ」
388 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:24:05.58 ID:9OC/ch8I0
老人「あ、ああ。聞いてくれ、女神様。手がかりが見つかったかもしれない」

女神「知っています。見ていましたから。……しかし、一体何をするつもりなんですか?」

老人「まず俺をあの世界へ、今は何もないあの空間に転移させてくれ」

老人「そうしたら、次は結界魔法、これ以上ないくらい最高級の結界を周りに張る。最後に今の自分に出せる最大火力の魔力を放出させる」

女神「そんなことをしたら、勇者さまの結界は解けてしまいますよ!? それに、魔力の放出って!」

老人「手っ取り早いのは爆破魔法だろう。瞬間的に超高エネルギーの状態を作れるし、ほんの数秒ほどなら魔力がなくなっても結界は残る」

老人「そうすれば、結界の内側と外側に巨大な差異を生じさせることができる」

女神「……それで、どうなるのですか?」

老人「それは、わからない。何も起こらないかもしれないし、何かが起こるかもしれない」
389 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:24:32.17 ID:9OC/ch8I0
女神「そんなの、自殺行為じゃないですか!」

老人「確かに、俺は死ぬかもしれない。だが、やっとなんだ。やっと、可能性を見つけることができた。今まではそれすら見つからなかったんだぞ」

女神「……その目、何を言っても聞かなそうですね」

老人「ああ」

女神「わかりました。勇者さまを転移させましょう」

老人「……すまないな」

女神「えっ?」

老人「こんなになるまで付き合わせてしまって」

女神「……いえ、勇者さまには今までずっと頑張ってきてもらいましたから」

女神「このくらいのことはしないと、ですよ。ただ、私が心配なのは――」

老人「俺のこと、か」
390 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:24:59.36 ID:9OC/ch8I0
女神「その通りです。もう勇者さまの魂は擦り切れる寸前まで来ているでしょう。そのうち、完全に崩壊してしまいそうで……、それが心配で……」

老人「それなら心配しなくていいんだ」

女神「どうして、そう言えるんですか……?」

女神「108回も世界を救って、その後も休む間もなく今度はさらに長い間、存在するかもわからない方法を探し続けて……」

女神「それなのにどうして――」

女神「――そんなにも、勇者さまの目は変わらないのですか?」

老人「俺にだって、もうダメかもしれないって挫けそうになることはある」

女神「それでも、一度だって諦めたことはなくて、あなたのその目から希望の光は失われなかった……」
391 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:25:40.53 ID:9OC/ch8I0
老人(心底理解できない)

老人(そう言いたげな目だった)

老人(確かに、自分でも異常なのかもしれないと思ったことはある)

老人(でも、それには明確な理由がある。これ以上ないくらいに、大切な理由が)

老人「宝物が、あるからだ」

女神「宝物……?」

老人「そうだ。決して豪華だとかそんなものじゃないが、キラキラと輝いていて、何にも代え難い、そんな、ものが」
392 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:26:07.83 ID:9OC/ch8I0
老人(今でもつい昨日のことのように思い出せる)

老人(あの日見た夜空の星々を)

老人(痛いくらいに眩しかった陽射しを)

老人(風景いっぱいを埋め尽くした蝉の声を)

老人(それらの全てにあった、彼女の笑顔を)

老人「だから俺は、今まで歩いてこられた」

老人「だから俺は、これからも歩いていける」

老人「それだけの話なんだ」
393 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:26:45.17 ID:9OC/ch8I0
――

――――

老人「ここにくるのも、もう何百年ぶりか……」

老人(目の前に広がるのは、以前と変わらずひたすら暗闇のみ)

老人(ここへは何度も来た。何度も来て、いろんなことを試して、その度に絶望を片手に去ったものだ)

老人(今度もそうならない保証はない。何も起こらなかったら、ただ無意味に、この肉体が爆破に巻き込まれて木っ端みじんになるだけだ)

老人(既に最上級の結界は張り巡らせてある。全生命を一瞬にして焼き尽くすような炎の玉ですら、傷一つつけられないくらいの頑丈さを誇る究極の守り)

老人(その中で、今の自分が出せる最大火力の爆破を起こす。恐らく瞬時に自分の今の肉体は粉々に吹っ飛ぶ)

老人(そのほんのわずかな一瞬の間に、何が起こるのかを見極めなければならない)
394 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:27:12.05 ID:9OC/ch8I0
老人「…………」ブツブツ

老人(爆破魔法の呪文を唱える。より強力な爆破を起こすために、詠唱はちゃんと短縮せずに最初から最後まで)

老人(自分の中で魔力がどんどん練り上げられていくのを感じる。これほどまでに高めたことは今までにないのではないだろうか)

老人(今まで勇者として培ってきた全てを、この瞬間にぶつける)

老人(どうか、うまくいってくれ)

老人(そう願いながら、最後の呪文を唱えた)

――――!

老人(瞬間、視界は真っ白に染まった)
395 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:28:15.79 ID:9OC/ch8I0
――

――――

人形を作った。

私の代わりになる人形を。

私はここから出られないけれど、人形ならこの牢獄の外でも行動できるから。

今までの祈りのほとんどを費やして、彼女に託す。

大変な役目を担わせてしまうことには胸が痛むけれど、他に方法は思いつかない。

ずっと、ずっと考えてきたけど、私の頭ではわからなかった。

だから、祈り続けた。

たくさんの命が苦しみの中で失われていくのを目にしながら。

大好きな人の心が壊れていくのを、ただ傍観することしかできない悔しさに涙を流しながら。

だから、どうか――。

お願い。みんなを、助けて。

そして、私を見つけて。

私を、助けて。
396 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 01:30:20.77 ID:9OC/ch8I0
――

――――

……。

…………。

俺は浮いていた。何もない空間の中を、ゆらゆらと揺れ動く。

身体が軽い。この感覚は知っている。

今の自分は肉体を失い、魂のようなものだけの存在になっているのだ。

これが単純に爆破によるものなのか、時空の歪みが生じたせいなのかはわからない。

…………。

…………。

……いや、後者だ。

直感でそう確信した。この状態がこんなにも長い間続いたことは、今までに一度もなかった。
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