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【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」

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711 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:30:30.33 ID:8Wy7TEBX0


エリカ「ああ、そうね。ほかには……教科書忘れたあなたに私の見せてあげたりしたわね」

みほ「それも……毎年の事だねそれ」


ちゃんと翌日の準備はしているのだが、半年に一回くらいは教科書なり宿題なりを忘れてしまう。

……せめて年一といえない辺り、我ながらうっかりが過ぎると思う。

先ほどまで冗談めかして笑ってたエリカさんも呆れた顔でため息を吐く。


エリカ「ほんっとしっかりしなさいよねあなた……」

みほ「あはは……」

エリカ「なんていうか、ろくな思い出が無いわね」

ベンチに寄りかかってため息を吐くその姿に、私は焦ってしまう。

まさかの中一の思い出で黒森峰生活の総決算をされては流石に困る。

は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。


みほ「え、ちょ。良い思い出だってあるでしょっ?ほら、中一の時以外にもさ!」

エリカ「どうだったかしら?」

みほ「もー……」


不満バリバリな私の表情にエリカさんは小さく笑う。


エリカ「……そうね、無くはなかったかも。例えば……赤星さんと友達になれた」


嬉しそうに、懐かしむようにエリカさんは語る。


エリカ「赤星さんがあなたのために立ち向かってこなければ一生交流なんて持たなかったでしょうね」


そんなことない。きっとエリカさんなら私抜きでも赤星さんと友達になれてたはず。

そう言おうと開いた口はそっと白くて長い指で止められる。

エリカさんは黙って聞きなさいと言いたげな表情をすると、言葉を続ける。


エリカ「別にあなただけが理由だなんていうつもりは無いわ。私が本気で向き合ったから赤星さんも私に向き合おうってしてくれたんだから」

みほ「……」

エリカ「あと、まほさんとも仲良くなれた。これも……まぁ、あなたのおかげっちゃおかげね」


712 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:35:28.62 ID:8Wy7TEBX0


お姉ちゃんがエリカさんに関わろうとしたのは確かに私が理由なんだろう。

妹を心配していたから、その交友関係も心配したのかもしれない。

だけど、それでもお姉ちゃんがあんなにも笑ってる姿を見て、自分のおかげだなんて言えるわけがない。

私の気持ちはたぶんエリカさんも分かっているのだろう。だからだろうか、エリカさんは偉ぶって、おどけるように話す。


エリカ「まぁ?赤星さんともまほさんとも仲良くなれたのは私の人徳あってこそなんでしょうけどね?」


白い頬を紅潮させ笑う姿は照れ隠しにすらなってなく、、みているこっちまで照れ臭くなってしまう。


みほ「恥ずかしいなら言わなければいいのに……」

エリカ「……うるさい」


頬の赤みは暑さのせいだと言わんばかりにエリカさんはパタパタと手うちわで扇ぐ。

その微笑ましい様子にちょっと和んでしまう。

でも、やがて扇ぐのをやめて私を見ずに呟く。


エリカ「誕生日、みんなに祝ってもらえて嬉しかった」


頬の赤みはそのままで、小さな声でも確かに届くその言葉は、私たちのした事は確かに彼女にとって幸せな思い出となったのだという確信をもたらしてくれる。

だからそれ以上は聞かずに、一言。


みほ「……楽しい事いっぱいあったね」


きっと、言わなかった事以外にもたくさん。

それこそ語り切れないぐらい、楽しい事があったんだと思う。


エリカ「……そうねぇ、おかげさまで手紙の内容に困った事は無いわね」

みほ「エリカさんの家族もきっと喜んでるよ。『うちの娘にこんなに気立ての良い友達がいるなんて!』って」


以前聞いたことだがエリカさんは家族に手紙を送っているらしい。それも手書きで。

メールや電話じゃなくて、ちゃんと自分で筆をとることで、伝えたい思いを文章に出来るのだと。

そんなエリカさんの事なのだから、きっと手紙の内容なんてありすぎて困るぐらいなんだろう。

伝えたいことをたくさん書いて、家族はそれを読んで遠い海の上で娘が、妹が、楽しくやってることを知って喜ぶのだろう。

713 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:42:58.88 ID:8Wy7TEBX0



エリカ「だから友達じゃないって言ってるでしょ……まぁ家族が喜んでるのは事実だけど」

みほ「でしょー?」

エリカ「はぁ……あ、もう一つあったわ」

みほ「え、何?」

エリカ「あなたと、真正面から戦ってこれたのはなんだかんだ良い思い出かもね」

みほ「……」


真正面から戦う。思えばそれが私とエリカさんの始まりだった。

手加減無しの本気での戦い。本気でぶつかるという事を私はエリカさんから教わった。


エリカ「あなたと戦うたびに強くなっていく自分を実感できた。だから、もっともっと努力しようって思えた」

みほ「貴女と戦うたびに忘れていた何かを思い出していった。だから、もっともっと貴女と戦いたいって思えた」


ぶつかるたびに強くなっていくエリカさんに焦りを覚えた事がある。

そんな気持ち久しく忘れていた。……いや、初めてだったかもしれない。

本気で挑んできて、負けても負けても諦めない人なんて初めてだったから。

私と彼女の距離が0になり、置いていかれる事を恐れた事がある。

私にとって、エリカさんと向き合えるものはそれぐらいしかなかったから。

でも違った。たとえいつか追い抜かれる日が来たとしても、私が歩みを止めなければ、その背中を追い続ければ、彼女はいつだって私と真正面から向き合ってくれる。

ああ、だから、だから。

私は、


みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、それの気持ちがどんどん大きくなっていくの」

エリカ「なら、これからもたくさん戦いましょう?私はまだまだあなたを倒したいわ」

みほ「……いいよ。私の方が強いって教え続けてあげる」

エリカ「あら、言うようになったじゃない」

みほ「誰かさんのせいでね?」

714 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:53:13.41 ID:8Wy7TEBX0


私の言葉にエリカさんはこらえきれずに吹き出す。

つられて私も声を上げて笑う。

こんな風に笑い合うのは初めてで、私は、エリカさんとこんな風に笑い合えるぐらい近くにいるんだと実感できて、余計に嬉しくて笑ってしまう。

だんだんと笑い声は小さくなっていき、そして静寂が訪れる。

その静かな時間が心地よく感じて、風を感じようと上を向いてみると大きな満月が目に入った。


みほ「……エリカさん」

エリカ「何?」

みほ「……月が綺麗だね」


まばゆいまでの輝きは、けれどもベールのように私を包み込んで優しく、柔らかく感じる。


エリカ「もう、あなたまた……まぁいいわ」


何か言おうとしたエリカさんはけれども二の句を止め、代わりに立ち上がって月を見上げる。

いつだって強く真っ直ぐに前を見つめている碧い輝きを持った瞳は、けれども輝く月とは対象的にどこか寂しそうで、悲しそうに見えた。


みほ「エリカさん?」

エリカ「……私、昔は月って好きじゃなかったわ。太陽の、誰かの力を借りないと輝くこともできない弱い存在に思えて」


『私、月って嫌いなの』


初めて会った頃、エリカさんが月明かりの下でそう呟いた事を思い出す。

あんなにも美しい月を嫌いだと、寂しそうな目でいうのが不思議で、そしてその理由を尋ねた私にこう言った。

『いつか、話すかもね』と。


みほ「……今は違うの?」


その『いつか』が『今』だと感じた。

715 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:58:02.91 ID:8Wy7TEBX0



エリカ「……私たちは太陽があるから生きていられる。熱を、光をもらって。だけど、それは時に命を奪うこともあるわ。

    誰も太陽に近づけないし、直接見ることはできない」

みほ「……そうだね」

エリカ「でもね、月は違う。太陽の見えない夜でも、太陽の光を私たちに届けてくれる。その光は、私たちに熱をくれないけれど、この世のどんな宝石よりも美しい光だと思うわ」


エリカさんは月を掴もうとするかのように空に手を伸ばす。

煌々と、どこか揺らめくように降り注ぐ光はエリカさんの手をすり抜けて地面に彼女の影(シルエット)を映し出している。

二度三度、零れ落ちる光を掴みとめようと指を動かし、やがて諦めたように手を落とす。

エリカさんは何もない手のひらをじっと見つめ、なのに嬉しそうに笑う。


エリカ「それに気づいたから、私は月が好きになった。誰かの力を借りたものだとしても、自分だけの輝きを持ってる。とても、素敵だと思わない?」

みほ「……うん」


月の美しさ。私はそれを貴女から教わったんだよ。

月明かりの下で微笑むエリカさんの姿が今でも心に残っている。

月光によって焼き付けられたその情景は私の価値観を変えてしまうほどの輝きを放っていて、

そう、ただただ素敵だった。

今のエリカさんのように、私の瞳を釘付けにした。

美しい記憶と美しい現実に心がいっぱいになる。


エリカ「みほ。あなたは誰かに阿って自分を変えられるほど器用じゃないわ」

みほ「え?」

エリカ「あなた、自分が思っている以上に頑固で不器用なんだから。自信をもってあなたのやりたいようにやりなさい。副隊長さん?」


その声は軽く、からかっているようにも聞こえた。

私のやりたいように。副隊長としての私にそう言った意味を考える。

西住流は『型』を大事にする。一糸乱れぬ規律と隊列こそ黒森峰が、ひいては西住流が強い理由なのだ。

そして戦車道は心を鍛える武道なのだから、在り様もまたそれに足るものであるべきだから。

自分を厳しく律する。西住流の娘ならなおさらだ。

それを間違ってるだなんていうつもりは無い。きっと正しいのだろう。

ただ、時折思ってしまう。もっと、自由に戦車に乗りたいと。

……いや、ちょっと違う。

今でも戦車に乗ることは楽しい。戦車道も、楽しい。

そう思えるようになった事自体、かつての自分を思うと信じられない事なのに。

乱れぬ隊列に美しさ。セオリーに則った作戦で正面から戦う事の楽しさ。

それらは確かに私の中にあるものだ。

でも、ふとした瞬間思ってしまう。伝統やセオリ―じゃない私の、私だけのやり方をやってみたい。と。

もちろんそんな考えすぐに振り払って目の前の事に集中する。

……そんな事を何度も繰り返してきた。

エリカさんは私のそんな迷いを知ってたのかもしれない。


716 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:06:49.62 ID:8Wy7TEBX0


みほ「……だけど、みんながそれを許してくれるかな」


わかっている。こんなのただの杞憂なのだと。

隊員はみんな良い人達で、ちゃんと話せばわかってくれる。

そんな事私だってわかっているのに。

伝統やセオリーを大切に思っているエリカさんがそう言ってくれるのなら、わかってくれるのなら。

私は何も恐れる事なんてないはずなのに。

道からはみ出す事の恐怖もまた、確かに私の中にあるのだ。


『みんながそれを許してくれるかな』


自分が怖いだけなのに他者に責任転嫁する言葉もまた、かつての私の常套句だった。


エリカ「なら、やりたいことがあったら私に言いなさい。あなた、説明するのあんまり得意じゃないんだからそういうのは私がやるわよ」

みほ「エリカさんに迷惑だよ……」


何を難しく考えているのよ、というような軽い声にも、やっぱり落ち込んだ声で返してしまう。

いつものエリカさんならそれにトゲトゲしく注意をするのに、彼女は笑って、慈しむような声を私にかけてくる、


エリカ「言ったでしょ?私は月が好きって。私ひとりじゃダメでも、誰かと一緒なら私も輝けるのよ」

みほ「なら、エリカさんの太陽って……」


私の問いかけにエリカさんは黙ってあごに手を当てる。

その姿は口を閉ざしているようにも、言うべき言葉を選んでいるようにも見えた。

やがて、答えは決まったようでエリカさんはゆっくりと口を開く。


エリカ「……内緒よ」

みほ「そんなぁ!?はっきり言ってください!!」


717 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:12:55.38 ID:8Wy7TEBX0



あれだけ期待を持たせておきながらやっぱ内緒♪だなんてそんなの通用すると思っているのか。

私がなんとかその口を開かせようと詰め寄ると、ビシッっと額にデコピンが飛んでくる。


エリカ「ダメよ。聞きたかったらあなたが隊長になってみなさい」

みほ「お姉ちゃんがいるからまだまだ先だよ……」

エリカ「……どうかしら。案外早くその時はくるかもよ?」

みほ「エリカさん……?」


その言葉の意味をたずねようとする前に、エリカさんは広場から離れようと歩き出す。

私は、その背中に声を掛ける。


みほ「エリカさん」

エリカ「……そろそろ帰りましょうか。あんまり夜更かしするものじゃないわ」

みほ「え?ていうか、呼び出したのエリカさんじゃん……」

エリカ「そうだったかしら?まぁ、結局ここまで付き合ったんだから同罪よ」


なんとも無理やりな共犯認定に、私は呆れてため息しかでなくなってしまう。


みほ「はぁ……」

エリカ「それじゃ、また明日ね。お休み」

みほ「……エリカさんっ!!」


そんな私を置いてさっさと帰ろうとするエリカさんを大声で引き留める。

道に向かっていた足がピタッと止まり、けれどもエリカさんはこちらを向かない。

関係ない。言いたい事があるんだからちゃんと言ってやる。

ああそうだ。それを教えてくれたのが貴女なんだから。



718 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:18:25.79 ID:8Wy7TEBX0


みほ「私は、誰かの期待を背負えるような人間じゃないって思ってた」


エリカさんは、振り向かない。


みほ「期待されて、それに応えられずに失望されるのが怖くて仕方なかった」


銀髪が風に揺らいで、光の粒子をまき散らす。


みほ「なのに期待するのも怖くて、だからホントは一人でいる方が安心してて、そのくせ周りはわかってくれないだなんて思ってて……

   自分勝手で、ワガママで、卑怯だった」


かつての私は、酷く、醜い存在だった。

誰かの優しさに縋ろうとするばかりで誰かには優しくするフリしかしてなかった。


みほ「でもね、貴女は私に怒ってくれた。私の事なんか知らないくせに、知らないから怒ってくれた」

エリカ「……言ったでしょ?あなたの事が嫌いで、ムカついたから引っぱたいて好き勝手言っただけよ」


振り向かないまま、エリカさんは話す。

そんな事が嬉しくて、声がはずんでしまう。


みほ「知ってるよ。でも、それをどう思うかは私の勝手」


だから、私も好き勝手言おうと思う。

勝手な好意を、勝手な感謝を、言葉にしようと思う。

貴女の勝手に私が勝手に救われたように。

719 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:20:42.51 ID:8Wy7TEBX0



みほ「エリカさん、貴女の期待はいつだって私の背中を押してくれた。貴女の否定がいつだって先走る私を繋ぎとめてくれた」


ああ、ああ、ああ、言葉が足りない。

伝えたい思いが溢れているのに、伝えるための言葉を私は持ち合わせていない。

もっと本でも読んでおけば良かった。

それでも、今ある私の言葉をいっぱいに集めて、纏めて。


みほ「エリカさん―――――ありがとう。私は、貴女と出会えてよかったです」


エリカさんが、そっと振り向く。

暗い夜でも、彼女の碧い瞳は、銀髪はどんな時でも美しく輝いている。

その輝きが私にもう一回分の勇気をくれる。

その魔法が解けないうちに、大きく息を吸って、目を逸らしたくなるほど真っすぐで、吸い込まれそうなほど深い瞳をちゃんと見つめて。



みほ「貴女は、私の友達です。貴女がどう思っていようとも、その気持は絶対に変わりません」



きっとこれから先どれだけ時が経とうとも、私の想いは変わらない。

たとえこれから先100万回否定されたって、貴女という友達がいた事を疑わない。

たとえ、貴女に否定されたとしても。

逸見エリカは私の友達なんだって、大声で言ってやる。

エリカさんの瞳を、睨みつけるぐらい強く見つめる。

やがて、エリカさんは観念したかのように肩を落とす。


エリカ「……なんであなたはそんな恥ずかしい事を堂々と言えるのよ」

みほ「……だって、エリカさんは馬鹿にしないでしょ?」


4年ぐらいの付き合いだけど、それぐらいはわかっている。

勇気と無謀ははき違えないのが私の良いところだ。

720 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:21:57.30 ID:8Wy7TEBX0


エリカ「はぁ……尊敬するわ。あなたのそういうところ」

みほ「……褒めてる?」

エリカ「褒めてるわよ。……本当に」

みほ「そっか。なら、嬉しいよ」


私の言葉にエリカさんはもはや返す言葉も無いようで、呆れたように笑う。


エリカ「……今日は私の負けね」

みほ「え?」

エリカ「帰る」


今度こそ私が引き留める間もなくスタスタと歩き去って行く。

そしてその背中が少し小さくなったところでエリカさんはもう一度こちらを振り向く、



エリカ「あー……みほっ!!」


先ほどの私に負けないぐらいの大声。


エリカ「明日、試合終わったらみんなでご飯食べに行きましょう!!」

みほ「……うん!祝勝会だね!!」

エリカ「だったら、さっさと帰って寝なさい!!……また明日」

みほ「……うん、また明日」


私の返事に満足そうにうなずくと今度こそエリカさんは去って行った。

721 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:23:02.73 ID:8Wy7TEBX0


一人広場に残った私は、そっと月を眺める。

煌めく満月に向かっていつかの約束を思い返す。



『本気には本気でぶつかる事』

『厚意には感謝で返すこと』

『しっかりと前を向く事』



その約束を彼女は覚えているだろうか。

もしかしたらもう忘れてるかもしれない。

4年も前の事なのだから、律義に覚えている私の方が変なのだろう。

でも、その約束が私をいつだって支えてくれた。

誰かの本気に本気で応える時

誰かの優しさに感謝で返せた時

前を向いて歩いてる時

貴女の笑顔を思い出す。

貴女が私を見ていてくれると思ってしまう。

だから、これからもその約束を守って行こう。

いつか、約束なんて忘れるぐらい当たり前になれるように。



今ここにいない彼女の代わりに、月に向かってそう誓った。



722 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:24:57.21 ID:8Wy7TEBX0
ここまで。本日投稿分までは『日常系学園青春ストーリー』というテーマで書いてました。

また土曜に。次は、多分遅れないと良いな…
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/23(日) 23:33:53.40 ID:zsdv1Nvy0
おつです!ついに一区切り……非の打ち所がない青春ストーリーですね、ここまでは(しろめ
一体次からどうなるのか……
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/23(日) 23:37:43.55 ID:YUDYnbo30
乙!
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:01:42.70 ID:6drMimtLo
おちゅー
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:15:44.35 ID:nfC8QtFe0
イイハナシダッタノニナー
早く続きが読みたい、1週間が長い
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/24(月) 00:23:00.55 ID:s9H/aPJXO
乙でした。ヤバイ、マジで涙出そう。結末がわかってるだけに辛い。
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:42:45.27 ID:ho9tx2MY0
毎週すごく楽しみにしてます大好きです
貴重なガルパンSSの書き手さんを応援します
729 : ◆eltIyP8eDQ [sage saga]:2018/12/24(月) 01:24:29.75 ID:oS6MlcRj0
あ、誤字発見

>>711 は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。 →私は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。

>>713 みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、それの気持ちがどんどん大きくなっていくの」
                ↓
    みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、その気持ちがどんどん大きくなっていくの」

上記のように訂正します

730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 05:20:45.88 ID:rO9E0NbkO

土曜日が楽しみ
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 07:36:34.19 ID:/WZU6jHZO
地の文がしっかりしてるから、いっそ「の前の名前が滑稽に見えてくる。
申し訳程度のss要素というのがなんだか笑える。
凄いことだ!
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 09:32:00.63 ID:htOBxo+B0
ここからドン底に叩き落されるのか...(恐怖)
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/25(火) 10:27:21.87 ID:2S3K9GQW0
遂に、遂にやってきたわに

あ、更新乙です
734 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:29:53.94 ID:Fz/0tnfx0





晴天快晴夏の空。……とはいかず、少し曇り気味な決勝の会場。

隊長副隊長及び各車長への作戦の確認を済ませたものの、

試合開始まではまだ時間があるため選手達は各々試合に向けて自身の精神を整えている。

私もその例に違わず、少しでも不安要素を無くそうと前日も確認した天気予報を手元の携帯で確認していた。


みほ「……曇り時々晴。大丈夫かな」

小梅「さっきから何度も見てますけど、そう短時間に天気予報は変わらないと思いますよ」


隣に立つ赤星さんからどこか抑揚のない声がかけられる。


みほ「あはは、そうなんだけどね。やっぱり、心配になっちゃって」

小梅「大丈夫ですよ。隊長とみほさんが考えた作戦なんですから。私たちがちゃんとしていれば大丈夫なはずです」

みほ「……うん、そうだね」


車庫に納められている戦車たちは試合開始の時を今か今かと待ちわびてるように見える。

私もまた、赤星さんと共に、車庫の前で待ち人を待ちわびていた。

決勝の会場と言うだけあってか、たくさんの出店などがでていて観客の人たちの楽しそうな声が辺りに響いて賑やかな空気を肌で感じる。

私たちもなにか見てこようかなと思ったものの、流石に試合前に副隊長が遊んでるのは士気にかかわるのではと思いぐっとこらえた。

とはいえ既に準備は終え、やる事といえば先ほどからパカパカと携帯を開いては天気予報のページを見るか、何度も何度も見返した作戦の手順をまた見返すぐらいで、

なら赤星さんとおしゃべりでもと思うものの、どうも先ほどから言葉少なめでそれにつられて私の口も重くなってしまう。

無言の時間がしばし流れ、いい加減何事か話そうかと口を開くと、


エリカ「雁首揃えて呑気してるわねぇ」


いつの間にか車庫の前に来ていた待ち人が呆れたような声をかけてきた。


みほ「あ、エリカさん遅いよどこ行ってたの」

エリカ「飲み物買いに行く言ったでしょ……」

小梅「それにしては随分時間かかりましたね」

エリカ「ああ、ちょっと人と話しててね」

みほ「誰か知り合いでもいたの?」


私の質問に『それ聞いちゃう?聞かれたなら仕方がないなー教えてあげる♪』といったどうもイラっとする笑顔を見せると、揚揚と語りだす。


エリカ「私のファン♪」

みほ「今日ってそんなに気温高くないよね?むしろ山地だから結構涼しいのに……」

エリカ「しばき倒すわよ?いやほんとにファンだって子がいたのよ」


巨大な電子レンジにでも迷い込んで加熱されたのかと一瞬心配するものの、どうやらエリカさんは嘘や見得を張っているわけではないようだ。


735 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:32:17.76 ID:Fz/0tnfx0


小梅「……嘘じゃなさそうですね」

エリカ「嘘だったらあんまりにも哀しい嘘でしょ……」


まぁ、エリカさんが自分を大きく見せるような嘘をつく人じゃ無いのは知っている。

それにいざファンがいたと言われれば思い至る節も無くはない。

少なくとも私の周りにそういった子が多数いるのはエリカさん以外には周知の事実だ。


エリカ「たぶん、小学生ぐらいだったかしら」

みほ「エリカさん良くも悪くも中等部の時から目立ってたし、そういう子がいてもおかしくないかも」

エリカ「悪くも、ってのが気になるけどまぁ、目立ってたのは事実かもね……実際不本意な時もあったし」

小梅「でも黒森峰の戦車道チームってそれだけで注目を集めますから。そう、きっとその子も黒森峰に入学したいとかそういうので試合を見てたのかもしれませんね」


自慢じゃないが黒森峰は日本一戦車道に力を入れている高校だ。

マイナースポーツとは言えその道を目指す人間にとっては決して無視できない学校だ。

ただでさえエリカさんは目立つ見た目をしているのだし、試合を見に来た人が憧れてしまうというのもおかしくないと思う。

なのでここは一つ素直に称えようと思う。


みほ「そっか、すごいね!エリカさんのファン第2号だよ!!」

エリカ「1号は誰よ……」

小梅「いや、その子は32号ですね」

エリカ「増えた」


ああ、そんなに増えてたんだ。

1号の栄えある座以外は興味ないから知らなかった。……なんてね。

多分隠れファンも含めればもっといると思うけど。

私が優越感にニヤついていると、エリカさんが何とも座りが悪いといった表情でこちらを見つめているのに気づく。

「どうしたの?」と首を傾げると、エリカさんは二度三度視線を揺らすと、


エリカ「……あー。その子ね、みほのファンだとも言ってたわよ」

みほ「え?」


素っ頓狂な言葉に気の抜けた声が出てしまう。


エリカ「あれよ、中一の時のタンカスロン。あれ見てたんだって」

みほ「うっわぁ……」


否定や困惑の前にただただ信じたくないといった感情が口から飛び出す。


エリカ「私もおんなじ反応しちゃったわよ……ホント、勘弁してよね……」

みほ「同感だよ……」


いやだって、その話が本当なら私たちの悪名、悪行はもうとんでもない範囲にまで広がっているかもしれないのだから。

これはもう、隠すのを諦めてお母さんの耳に入る前に自分から白状して少しでも傷を浅くするべきかもしれない。

お姉ちゃんにも弁護してもらえればもしかしたらお小遣いの減額程度で済むかも……

そんな風に自己保身のための脳内会議を繰り広げていると、ふとエリカさん視線が私の胸元に向けられていることに気づく。

やだエッチ。なんて一瞬思うも、よく見るとその視線は胸ポケット。正確にはそこから出ているボコの携帯ストラップに向けられていた。



736 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:40:25.93 ID:Fz/0tnfx0

みほ「どうしたの?ボコストラップ欲しいの?同じのがあと5個あるからあげるよ?」

エリカ「いらないわよ……そういえばあの子、あなたの好きなクマさんのストラップしてたなって」

みほ「え?ボコの?」


嘘、嘘、まさかこんなところでボコリアン(ボコが好きな人)とニアミスするだなんて。


エリカ「ええ。あんな変なクマさん見間違えること無いと思うけど……」

みほ「変じゃない!!」

エリカ「そんな力強く。……まぁ、世の中そういう奇特な人がいてもおかしくないわよね」

みほ「奇特じゃないよ!!」

エリカ「めげないわねぇ……」


呆れ半分感嘆半分といったエリカさんに私はいかにボコが可愛らしく素晴らしいキャラクターなのかを力説しようと踏み出すも、

眼前に差し出された手のひらに圧しとどめられてしまう。

エリカさんの瞳はすでに私を見ておらず、隣にいる赤星さんに向けられていた。


エリカ「それで?あなたはどうしたのよ」

小梅「え、わ、私ですか?」


突然の問いかけに赤星さんはびくりと肩を震わせた。


エリカ「さっきからソワソワというか、妙に挙動不審なのよね。あなたも気づいてたでしょ?」


同意を求められ、私も頷く。


みほ「うん、なんか落ち着きないなというか、どこか上の空って感じで」


先ほどから赤星さんの様子がおかしいという事には気づいていた。

理由を聞こうかと何度か考えたものの、正直私の話術では下手に触れても余計に動揺させてしまうかもしれないと思い、エリカさんの帰還を待ちわびていたというわけだ。

私の同意に確信を得たように頷くと、エリカさんは赤星さんに詰め寄る。


エリカ「ほら、問答するのめんどくさいからさっさと言いなさい」

小梅「えっと、ホントに、ホントに何でもないです。気にしないでください」


「さっさと吐いた方が楽になるわよ」と取り調べのような尋問に、赤星さんはジェスチャー交じりに潔白を主張する。

もちろんそんな事で納得するわけがなく、エリカさんは呆れたようにため息をつく。


エリカ「……はぁ、言っとくけどね赤星さん。付き合いばっか長いこの子と違って、私は、あなたの事はちゃんと知ろうとしてきたつもりよ」

小梅「……」


真っ直ぐな視線に赤星さんは何も言えなくなる。その様子にエリカさんは微笑むと、柔らかく、受け入れるように問いかける。


エリカ「言ってごらんなさい。……友達でしょ?」


殺し文句。

そう言われて拒否できるような関係だったらそもそも友達になんてなってないないだろうに。

人の気持ちを無視する癖にここぞというタイミングでその気持ちをいい様にするのはやっぱりズルいと思う。

そんな風に思えるのは私が言われたわけじゃないからなのだろうけど。

きっと、私が同じように言われたら拒否するなんて発想でなかっただろうから。

赤星さんはたどたどしく唇を動かす。
737 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:49:50.09 ID:Fz/0tnfx0


小梅「エリカさん……その、私、緊張、してて……」

エリカ「……まぁそんな事だろうと思ってたわ」

小梅「心配かけたくないとか、そういうのじゃなくて……言葉にしたら余計に緊張しちゃいそうで……」


わからなくもない。言葉にしたら、意識してしまう。緊張が、不安が、体に響いてしまう。

ならばいっそぐっとこらえて抱え込む。

そういうやり方も間違ってはいないのだと思う。


小梅「皆さんは凄いですね、こんな緊張する場所に何度も立ってきて……どうしてたんですか?」

エリカ「……私の場合無理やり体を動かしてたわね。緊張なんてどうしようもできないんだから。必死に体と頭を動かして余計な事を追い出すしかない」


凛と、よどみなく言い放つその姿にエリカさんの在り様が見て取れる。

考えても仕方ない事は考えないようにするしかない。

わかりやすい解決策だ。というよりは次善策というべきか。


みほ「エリカさんは根性論が合ってるね……」

エリカ「実際私から言えるのはそのぐらいよ」

みほ「……でも、それはエリカさんが強いからだと思う」

エリカ「……」


嫌味じみた否定に、エリカさんが不満げに眉を顰める。

私はエリカさんの言葉は間違っていないと思う。

だからって、それが誰にでも通用するわけじゃない。

ましてや赤星さんはエリカさんではないのだから。

私たちの間に不穏な空気が流れる。

それは赤星さんも気づいたようで慌てて間に入ってくる。


小梅「あの、大丈夫ですから。エリカさんの言う通り、試合になればきっと勝手に体が動いてくれますよ」

みほ「……私は、そうは思わないな」


ああそうだ。私は、私だって赤星さんと3年以上の付き合いなのだ。

良いところ、悪いところを知っている。

その上で言わせてもらうなら……赤星さんに必要なのは根性とかじゃないと思う。


みほ「緊張したり、焦ったりしてるとね。間違った選択肢が正しく見えちゃうんだよ」


正しいと思った行動が後から見れば間違いだった。

結果論と言ってしまえばそれまでだが、それで納得できるのは周りの人間だけで、間違えた本人はひどく悔やむことになってしまう。

特に赤星さんは。……私と同じで。


みほ「緊張していても何とか出来るようになるのは慣れしかないと思う。初めて試合に出る赤星さんには難しいと思う」

738 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:54:05.12 ID:Fz/0tnfx0


中等部とは規模も人数も重圧も違う。

そんな中で緊張したまま実力を発揮しろだなんてのは無理な話だ。

もっと言うなら試合で全力を発揮するなんてことは出来る方がおかしいのだから。

その時のコンディションは、メンタルは、如実にその試合に現れる。

緊張なんて無視して出来る事をやれなんてのは『出来る人』の言い分で、『出来ない人』には出来ないなりのやり方がある。

だから、エリカさんのやり方は赤星さんの問題解決には相応しくない。

……ただ、これじゃあ私はただケチをつけただけだ。

エリカさんだって赤星さんの事を思ってのアドバイスだったのに、それを否定しただけで終わっては何の意味もない。

私はちゃんと、代替案を提示しなくてはいけないのだ。

心の中で二度三度頭を捻り、一つ思い付く。


みほ「……赤星さん、カメラ持ってきてる?」

小梅「え?あ、はい。ロッカーに置いてありますけど……」

みほ「じゃあ持ってきて。時間はまだあるから慌てなくていいよ」

小梅「あ、は、はい」


トテトテと早歩き気味にロッカーに向かう赤星さんを見送る。


エリカ「カメラ持ってこさせて何するつもり?」

みほ「記念写真。みんなで撮ろう?」

エリカ「……はぁー?なに気の抜けた事言ってるのよ。今大会がどんだけ大事なものなのかわかってないの?」

みほ「大事な大会なのに緊張して力が出し切れなかったら私たちも困るでしょ?」

エリカ「それは……」


エリカさんは私の反論に言葉が詰まり、やがて諦めたように手のひらを上に向けて差し出す。

とりあえず説明を聞く気になってくれたようだ。


みほ「赤星さんは大会出るの初めてで、その上色々かかった決勝なんだよ。だから緊張するのは仕方がない。でも、いつもやってる事をすれば、ちょっとは落ち着いてくれるかなって」

エリカ「……」


私たちが何かするたびに赤星さんはカメラを向けていた。

『思い出は、記憶の中だけじゃなくてちゃんと形にしておくべきなんですよ』とは彼女の言葉だ。

オクトーバーフェスト、休日に遊びに行った時、何気ない練習風景、誕生日パーティー。

文字通り日常を切り取った写真は見るたびにその時の話題で話が弾む。

なら、今この瞬間も切り取ってしまえば日常に過ぎない。

どれだけ緊張してたって、いつもの様に写真を撮れば、そこに日常を思い出す。

ちょっと手間はかかるがプリショットルーティーンみたいなものだろう。

もっとも、効果があるかないかは赤星さん次第だが。


みほ「赤星さんはちゃんと努力してきたよ。知ってるでしょ?」

エリカ「……ええ。良く知ってるわ」


深く頷く。ああそうだ。私も、エリカさんも。赤星さんが努力してここまで来たことを知っている。

私やエリカさんが、時には両方が彼女の自主練に付き合ってその成長を見てきたのだから。

彼女が決勝のメンバーに選ばれたのは決して運や偶然じゃなくて、純然たる実力なのだから。


739 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:59:07.91 ID:Fz/0tnfx0


みほ「だから、みんなで笑顔で写真でも撮ればいつも通りを思い出せるかなって。少しでも赤星さんが全力を出せるように」


彼女が、終わった後に後悔することがないように。私は私にできる最善を提示したつもりだ。

なんならカメラを取りに行って帰ってくるまでの間に頭が冷えるかもしれない。そうなったら儲けものってところだろうか。

とはいえ結局のところ赤星さん任せには違いはなく、エリカさんの意見の方が緊張をどうしようもないと割り切る分、覚悟を決められたかもしれない。

ただ、それでも私は私のやり方の方が赤星さんに効くと思ったのだ。

主観的すぎる意見。エリカさんにとっては受け入れがたいものかもしれない。

じっと、だまってこちらを見つめるその視線に後ずさりしないようぐっと堪えるとその口元が緩み、弧を描く。


エリカ「……ちゃんと考えてるのね」

みほ「……うん。友達だってだけじゃなくて、仲間だから」

エリカ「そう。なら……まぁ良いわよ。写真の一枚くらい。装填手に砲弾落とされたらたまったものじゃないもの」


エリカさんの許可が出た事にぐっと拳を握りしめていると、後ろから声をかけられる。


まほ「なるほど、みほもちゃんと人を見られるようになったんだな」

エリカ「た、隊長!?」


声の主はいつの間にか私たちの後ろにいたお姉ちゃんだった。


まほ「お前たちが緊張でもしてないか見に来てみれば、なんだかおもしろそうな事を話していたからな。聞き耳を立てさせてもらった」

みほ「別に普通に聞いてても良いのに……」


むしろお姉ちゃんに意見を求めたほうがより良い解決策が見つかったかもしれないのに。


まほ「私抜きで話してるのが大事なんだ」

エリカ「あの、大丈夫ですか……?」

まほ「何がだ?」

エリカ「いや、大事な時に呑気に記念写真とか……」


恐る恐ると言った問いかけ。お姉ちゃんはそれに何を今さらといった風に返す。


まほ「お前も撮ろうって肯定してただろ。いまさらどうした」

エリカ「いや、さすがに隊長の前で堂々とそういう事するつもりなかったんで……」

まほ「気にするな。別にまだ時間はあるんだ、写真の一枚や二枚問題ないだろ」

エリカ「そ、そう言ってもらえるなら……」


エリカさんはとりあえず隊長からの許可をもらえたことに安堵のため息を漏らす。

740 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:04:47.87 ID:Fz/0tnfx0


みほ「エリカさんは気にしぃだね」

エリカ「あなたが無神経すぎるのよ……」


エリカさんは私たちに対しては強気で嫌味っぽいのに、お姉ちゃんにはどうも恭しいというかへりくだった感じで対応する。

憧れの人という本人談を思えば当然なのかもしれないがそれにしたって格差がありすぎじゃないか。

その憧れの人の妹である私にももうちょっと辺りを柔らかくしても良いんじゃないか。などと思っていると、お姉ちゃんが思いついたように小さく挙手をする。


まほ「あ、せっかくだから私も交じっていいか?」

エリカ「え?」

みほ「お姉ちゃんも記念写真一緒に撮りたいの?」


意外。こういうのあんまりやりたがるイメージ無いのに。

妹の私がそう思うぐらいなのだから当然エリカさんも驚きを隠せてない様子だ。


まほ「今日という日が大事な日だと思っているからな。ちょっとぐらい良いだろ」

エリカ「は、はぁ……」

まほ「……ダメ?」


小首をかしげ、エリカさんを見つめる。

驚愕の光景に私は声を出すことが出来ない。

いや、嘘……お姉ちゃんがあんなぶりっ子って……


エリカ「い、いえ!?良いですよ!!私も、一緒に撮りたいです!!」


再びの驚愕はもちろんエリカさんも同じようで、けれども問いかけられた本人であるため両手をパタパタと振って許可の意を示す。


まほ「じゃあ決まりね」

みほ「……なんか強引」


どことなく得意げに鼻を鳴らすお姉ちゃんに、不満というか納得できないものを覚えるものの、ちいさく表現するにとどめる。


まほ「いいだろ別に」


耳ざといお姉ちゃんはそれに唇を尖らせる。これもまた妹である私からしても驚きの事態で、エリカさんもまた―――


小梅「みほさん、持ってきました」


3度目の衝撃は赤星さんのインターセプトで止められた。

いつの間にかお姉ちゃんも加わっている様子に疑問を感じているようで、その視線は私とエリカさんとお姉ちゃんを繰り返し見つめている。

まぁ、準備が出来たのならさっさとやってしまおう。

私は戸惑う赤星さんに笑顔を向ける。


みほ「ありがと。それじゃあ、記念写真撮ろっか」

小梅「……え?」

741 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:11:32.11 ID:Fz/0tnfx0





「逸見ーもっとかたまれー何恥ずかしがってるんだー」

みほ「エリカさん、ほらもっと近づいて」

エリカ「はいはい……」

小梅「あの、こんな事してて良いんですか……?」


恐る恐るといった赤星さんの質問。

まぁいきなりカメラ取ってこいからの隊長を交えた記念写真だよ!となればそう思うのも仕方はない。

私たちはたまたま近くを歩いていた活発そうな先輩にシャッターを頼み、曇り気味の空と山々を背景に並んでいる。

出来る事なら快晴だと良かったが、無い物ねだりをしてもしょうがない。

大事なのは被写体であって背景ではないのだから。


エリカ「普段パシャパシャ許可なく撮ってるくせに今さら遠慮するんじゃないの」

小梅「そんな人をパパラッチみたいに……」

まほ「ほら、ちゃんとカメラ見ろ。笑え」

小梅「あ、はい」

みほ「お姉ちゃんこそ笑顔できるの?」

まほ「舐めるなよ。これでも最近は表情筋がついてきたんだ。笑顔の一つや二つ、難なくこなせるさ」

みほ「逆に今まで出来てなかったのが凄いよ……」


呆れと驚きにため息が出てしまい、お姉ちゃんはムッとする。


まほ「というか、エリカの方が固いじゃないか」

エリカ「だ、だって隊長と写真だなんて……」

「ほら、逸見笑えー固いぞー」


先輩からの指示にびくりと肩を震わせ、わたわたとするエリカさんは中々お目にかかれないものだ。

それだけお姉ちゃんとの写真が嬉しいのだろうけど。

なのでちょっとからかってみたくなる。


みほ「言われてるよエリカさん。写真、苦手だっけ?」

エリカ「嫌味な事言うんじゃないわよ……うぅ、だ、大丈夫よ」

みほ「……エリカさん、赤星さん、お姉ちゃん」


呟くような言葉はしかしちゃんと3人に届いたようで、その瞳がこちらを向く。

それを確認した私は、


みほ「――――頑張ろうっ!!」


全力で気合を入れる。

742 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:14:51.70 ID:Fz/0tnfx0


まほ「……ああっ」


揺るぎないお姉ちゃんの口元に笑みが浮かぶ。


小梅「……はい!私、やって見せます!!」


覚悟を決めた赤星さんの顔が満面の笑みを称える。


エリカ「……当然よ。私たちは、この日のために努力してきたんだから。……頑張りましょう」


輝く銀髪と透き通るような碧い瞳に、月と太陽のように煌めくその姿に、確かな決意と微笑みが共鳴する。


みほ「……うんっ!!」


三者三様の笑顔に確信をもって、私もまた全力で笑い返す。

ニヤニヤとこちらを見ていた先輩は、笑顔で揃った私たちを見て同じように笑顔になると、ファインダーをのぞき込み、



「よっしゃ、いくぞー。はい、チーズ!!」


743 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:15:58.77 ID:Fz/0tnfx0



デジカメの表示画面に写る私たちはきっと、何も怖くなかったのだろう。

楽しくて、楽しみで、友達と、仲間と。共に戦えることを喜んでいたのだろう。

待ち受ける未来になんの不安もなく、前に進めると信じていたのだろう。

それは直視できないほど眩い記憶で、日常で――――永遠だった。

宝石のようなその日々は、私にとってかけがえのないものだった。

積み重ねた日々が、これから続く未来が、前途を照らしてくれるのだと疑わなかった。

故に、時は止まらず――――決勝の合図が、空に響いた。




744 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:18:37.28 ID:Fz/0tnfx0
ここまでー。年末最後の更新になります。

新年一発目はたぶん15日になると思いますのでお待ちください。
余裕があったら8日に投稿するかもしれませんがあんまり期待なさらず。
多分あと5、6回ぐらいで終わるのでもうちょっとこのクソ長いスレにお付き合いください。

良いお年を
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/29(土) 23:20:16.19 ID:FinzN2Ndo
おつでしたー
よいおとしをー
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/29(土) 23:36:51.82 ID:/aBPCsMI0
おつでした!
来年も楽しみにしてます!
良いお年を!
747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/30(日) 00:15:32.14 ID:lleQk064O
おつでした。来年も楽しみにしています、よいお年を。
748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 00:40:28.29 ID:68c9QTiM0
乙です。あと5.6回・・・?回想がって事かな?
今年も有難うございました!良いお年を!
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 09:32:47.03 ID:X3c1Dw9q0
マジかー次半月後かー
回想終わったら現在の時間軸に戻るんだよね?そうだよね?
あの後どうなったかも気になってるんだよね
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 18:48:42.30 ID:7liPuPn40
乙!来年も楽しみにしてるぜ!
終わるっていうのは回想のことだよな...?
あと5,6回だけじゃバッドエンドしか見えねえぜ...
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 22:27:31.06 ID:pjhvBiQM0
乙ですー。
これ大円団迎えて劇場版に進んでも、
どっかの流派の飛び級ボコ好き娘が勘違いしたまんまで、私怨バリバリで指揮する大学選抜チームが襲いかかってくるのでは…
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 22:55:01.34 ID:cXqJAbY2o
ルミどうするんだよww
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/31(月) 00:13:17.06 ID:fEYn2Edw0
>>751
大円団ってなんですか?
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/04(金) 09:25:23.56 ID:1aIqUcFH0
早く
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/04(金) 13:01:11.46 ID:PMO2zqez0
>>754
ageカスのくせにいっちょ前に催促なんかしてんじゃねぇよ
756 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:46:56.94 ID:sbkqZ6WF0




みほ「……」


薄暗い戦車の中、重苦しい空気が漂っている。

決勝の火ぶたはとっくに切って落とされ、試合開始からすでに2時間近くが経っていた。

状況はあまりよくない。使う予定だった大通りはすでに封鎖されており、中途半端な突撃では無駄死にするのがオチだ。

伏兵が潜んでいるのは間違いない現状、火力機動力防御力に優れたプラウダに対して正面突破は流石に分が悪い。


まほ『釣られた。というわけか』


無線から聞こえる隊長の呟き。恐らく敢えてのものだろう。私の意見を求めているということか。


みほ「……そう思う」


自軍を前に出してこちらとの正面対決と見せかけ、機を見て後退。それを追ってきた相手を包囲する策。

字面だけ見れば単純だかもちろんそんな簡単な事なら私たちが、いや、隊長が追いつめられるわけがない。

プラウダは本気でこちらに攻撃を仕掛けてきて、その上で絶妙なタイミングで退く事でこちらを釣り上げた。

相手の指揮官はかなり優秀らしい。正直お姉ちゃん以外が隊長だったらすでに包囲され殲滅されてただろう。

その策にいち早く気付けたからこそ、いまの膠着状態に落ち着いているのだ。

向こうもこちらを見失っている。

恐らく今は大通りを固めつつ少数で索敵をしているのだろう。

このままではジリ貧。頭の中で何度も考えていた策が、今こそ役に立つかもしれない。

私は覚悟を決め、無線を送る。


みほ「隊長」

まほ『なんだ?』

みほ「隊を二分して川沿いの崖を通って相手の裏手に回り込みましょう」

まほ『崖?確かにあるが……』


その声色は疑問を呈している。

当然だろう、道と言えるものはあるものの、崖という呼称に相応しく戦車一輌通るのがやっとな細さなのだから。

出来る事なら私もこの手は使いたくなかった。しかし、今は一分一秒が惜しい。


みほ「実はね、ちょっと使えるかもって調べておいたんだ。戦車数両程度なら問題なく通れるはずだよ」


多少の懸念はあるものの、別の試合で同じ道を使った例もあり少なくとも私たちの戦車で通る分には大丈夫だと判断した。


みほ「隊長が指揮する部隊は正面に出て敵を抑えてて。別動隊は私が指揮して後ろに回り込む」

まほ『だが……フラッグ車が前に出るのはあまり賛成できないな』


それもまた当然だろう。正面の敵を抑えてもらうという事は必然的に私が率いる部隊は少数になる。

それで隠れているのならともかく、敵の後ろをかくために前に出るのだ。

だが、それでも。


みほ「プラウダに押されている現状、1輌でも戦力は無駄にできない。私が考えた策である以上、私が別動隊の指揮をする方が確実です。

   隊長、ここは勝負にでましょう」

まほ『しかし、わざわざフラッグ車を危険にさらすような真似は……それならば重戦車を盾に中央突破の方が安全だと思うが』
757 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:49:42.78 ID:sbkqZ6WF0


半ば博打のような作戦をおいそれと認めるわけにはいかない。

無様な勝利も、無様な負けも、するわけにはいかないのだ。

それが、西住流なのだから。

隊長の、お姉ちゃんの気持ちは良く分かる。実際、突然部隊を二分するのはリスクが大きい。

だが私もここで退けないのだ。優勝しようと赤星さんに、お姉ちゃんに、エリカさんに、みんなに誓ったのだから。

沈黙の無線が数秒続く。


エリカ『隊長。ここは副隊長の策に乗りましょう』


それは、凛とした声に打ち破られた。


まほ『エリカ』

エリカ『悔しいけど、プラウダの力は本物です。多少のリスクは承知の上でここは攻めるべきです』

まほ『……』


2対1。ほかの車長からも意見が出ない以上、あとは隊長の判断に任せるしかない。

こんなところで仲間割れなんてそれこそ自殺行為なのだから。


みほ「お姉ちゃん」

エリカ『隊長』

まほ『……わかった』


ため息と、どこか嬉しそうな吐息の混ざった声に私はほっと胸をなでおろした。

一度判断を下した後は隊長の迅速な指示で隊は二分され、私達は即座に行動に移した。


みほ「……エリカさん、ありがとう」


周囲に気を配りつつ、エリカさんだけに無線をつなげてそっと呟く。


エリカ『気にすることじゃないわ。私はあなたの策のほうが勝てると踏んだだけよ』


そう思ってもらえたことが嬉しいのだと伝えたかったが、生憎おしゃべりに時間を費やしてる暇はない。

私たちはやるべきことがあるのだから。


エリカ『さ、さっさと行きましょう。時間が無いわ』

みほ「……うんっ!!」


758 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:51:48.27 ID:sbkqZ6WF0




ガタガタと揺れる車内。道なき道を行ける戦車の力強さは同時に乗ってる人への配慮というものは考えていない。

時折段差か何かを越え、そのたびにガタンと衝撃がお尻に突き刺さる。

今更それに文句を言うつもりは無いが、何とかなるものなら何とかしたいとも思う。

別に痛くないのではなく、我慢できるだけなのだから。

なのでせめて気を紛らわそうと考え、車長席でじっと腕を組んでるエリカさんに顔を向けずに声を掛ける。


小梅「今日のエリカさんいつもより優しいですね」

エリカ「はぁ?私はいつだって優しいわよ」


無駄口叩くな等と怒られると思っていたが、返ってきたのは冗談染みた言葉だった。


小梅「……そうですね」


斜め上の反応になんと返答すればいいかわからず、とりあえず同意でお茶を濁そうと図ってみるものの、エリカさんは何とも言えない表情をする。


エリカ「納得されるとこっちがスベッたみたいじゃない……」

小梅「ああいや、なんていうか……みほさんの意見を堂々と支持するのが珍しいなって」


わかりにくさ面倒くささにおいて他の追随を許さない彼女がみほさんへの助勢をわかりやすくするのは珍しい。

というより、エリカさんが隊長の懸念よりもみほさんの作戦に賛成したのが驚きというべきか。

少なくとも私が知る限りで隊長はエリカさんが最も憧れ、尊敬している人だ。

その隊長よりもみほさんの肩を持ったのが意外だったのだ。


エリカ「……合理的に考えただけよ。それは優しさとは言わないわ。ましてやあの子の味方をしたわけじゃない」

小梅「……そうですね。でも、みほさんは嬉しかったと思いますよ。エリカさんが自分の意見を支持してくれた事」


少なくとも私から見てみほさんと隊長の意見はどちらにも理があった。

いや、防御を固めた正面突破の方が黒森峰らしく、戦術の練度も高いと考えればむしろ隊長の意見の方が正しいとさえ思っていた。

私でさえそう思ったのだからエリカさんだって同じように思っていたはずだ。

それでもエリカさんはみほさんに付いた。そこにエリカさんとみほさんしか見えない何かがあったのだとしても、

誰よりも尊敬しているはずの隊長の意見よりもみほさんを選んだ。

みほさんはきっと、それを喜んだはずだ。心強く、勇気をもらったはずだ。


エリカ「……赤星さんもあの子も隊長も。私を買いかぶってるのよ。私は、そんな――――」

小梅「小梅」


その謙遜を打ち切る。


エリカ「え?」

小梅「小梅、って呼んでください」


エリカさんは謙遜をしだすと、いや卑屈になりだすとめんどくさい。

私の中での結論が決まっている以上エリカさんの謙遜を長々と聞くつもりはない。

だから、話題を変える。私にとって大事な要望を伝えるために。


小梅「いい加減私ばっか名字で呼ばれるのは距離感じちゃいます」

759 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:54:16.61 ID:sbkqZ6WF0


エリカさんだけではないみほさんも。

お互いは名前で親しく呼び合ってるのに私だけいつまでも名字というのは仲良し3人組としてはやっぱり気になってしまうものだ。

無論、距離をとられてるだなんて思ってはいないが、だからといって気にならないわけではない。

そう言われてエリカさんは慌てて否定する。


エリカ「あ、いや別にそういうんじゃ……ただ、切り替えるタイミングを見失ってただけで」

小梅「なら、いい機会なんで。小梅。ね?」


そんな事わかっている。だから私の要望は簡潔なのだ。

ウダウダいうつもりも無いし聞くつもりもない。

私は、ただただ、貴女に名前を呼んでもらいたいだけなのだから。

今度はエリカさんの顔を見て、スタッカートを弾くように私の名前を伝える。


エリカ「……ええ、小梅」


薄暗い戦車の中でも輝いて見えるような彼女の微笑み。

隣り合う様な気やすさで呼ばれる名前に、私は満足して前に向き直った。

すると、くすくすと小さな笑い声が車内に響く。一つだけじゃなく、3つ。

すっかり忘れていた。ここにいるのは私とエリカさんだけじゃないのだと。

今更ながら恥ずかしい事を言ってしまったと赤面するも、隣の砲手から「良いわねー青春最高?」とからかわれてしまう。


エリカ「ほら、笑ってないで集中しなさい。大事なのはここからなんだから」


パンパンと手を叩いて集中を促す彼女の顔を私は見れなかった。

ただ、彼女の声は上ずっているように聞こえた。

760 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:56:19.89 ID:sbkqZ6WF0




目的地へと向かう道中。私たちの小隊は最大の難所である崖の道、その入り口に入ろうとしていた。

エリカさんが指揮する我らがV号を先頭に、その後ろにみほさんのティーガーT、そのさらに後ろにと、一列になって戦車が続く。

崖は戦車が通るにはギリギリの幅で、視界の悪い戦車では決して楽な道とは言えない。

それ故車長たちはキューポラから体を出して細かく指示を出している。


エリカ「……雨、降ってきちゃったわね」


誰に言ったわけでもないのであろう、かすかに聞こえたエリカさんの重い呟き。

装填手席からわずかに見える空は、先ほどよりもどんよりと灰色になっていて、小雨が車体を打つ音が車内に響いている。


みほ『……戻りましょう。全車後方に注意してゆっくり下がってください』


無線で伝えられるみほさんの諦めたような声。

各車の車長の了解の返答に遅れて、エリカさんの声が無線を通して伝えられる。


エリカ「いえ、いきましょう」

みほ『エリカさん?』


先ほどみほさんの作戦に賛同した時とは逆の否定。

私は思わずエリカさんの方を向くも、キューポラから出ているその顔を伺う事はできない。


エリカ「隊長たちはすでに向かっている。今から戻るんじゃ時間無駄にしてしまうわ。ここは進みましょう」

みほ『でも……』


ためらうみほさんに、エリカさんは優しく落ち着かせるように語り掛ける。


エリカ『雨なら大丈夫よ。急がずにゆっくり行きましょう』

みほ『……わかりました。全車前進!!慌てず、慎重に行ってくださいっ!!』


エリカさんの言葉に安心感を感じたのか、はたまた不退転の決意を感じたのか、みほさんは今一度、前進を指示する。

それに、異を唱える者はいなかった。

761 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 18:00:27.20 ID:sbkqZ6WF0




どれほど経っただろうか。時計を見る事すら出来ない緊張感の中で、雨音が強く、激しくなったことだけは耳で感じることができた。

山の天気は変わりやすいとは言うが、それにしたって急転直下と言えるほどの変動は私たちの予想を超えていた。


小梅「……雨、強くなってきましたね」


言ってからしまったと思う。口にしたところで天気を変えることは出来ない。

風を伴った豪雨は固い戦車の装甲越しに私たちにその勢いを伝えてくる。そんな中で何度もキューポラから顔を出してるエリカさんなんてきっとびっしょりと濡れてしまっているだろう。

風邪をひいてしまうと操縦士の子が車内にいるよう勧めるも、エリカさんはそれを固辞して細かく指示を出している。

先頭車両だからこそ、状況を常に把握して指示を出さなくてはいけない。そう言って豪雨の中ひたすら周囲を警戒し続けている。

そんな中でただ事実だけを伝えたところで何の意味があるのか。ただただ車内の不安を煽るだけになってしまう。


エリカ「ええ……でも、ここまできたら戻るほうが危ないわ。気を付けて、ゆっくりね」


軽率な自分を恥じるも、エリカさんは気にしてはいないようだ。私の軽口に感情を揺さぶられた様子もなく、淡々と冷静に返してくる。

繊細な指示を求められ、全身を雨に打ち付けられているというのに、落ち着いているのは偏に彼女の集中力の賜物なのだろう。

その姿に力強さと心強さを感じ、私を含めた乗員もまた、勇気をもらう。そのおかげか、危なげなく集団は進んで行き、やがて再び外を見ていたエリカさんの口から安堵のため息が漏れる。


エリカ「ゴールが見えてきた。なんとかな―――――止まってッ!!」


その言葉に操縦手が即座に反応する。スピードは出ていなかったものの急な静止に思わずつんのめってしまう。

どうしたのかと尋ねようと上を見た瞬間、轟音が鳴り響く。外の状況は私にはわからない。ただ、一つだけ分かるのは――――砲撃を受けたという事だ。

遅れて無線からみほさんの声が伝わってくる。


みほ『エリカさんっ!?砲撃っ!?』

エリカ「こちらV号っ!!前方に敵車両!!待ち伏せよっ!!」


努めて冷静に、要点だけを伝えようとしているエリカさんの声に私たちも動き出す。先ほどの砲撃はこちらに命中せず、前の地面をえぐるにとどまったようだ。

砲手はすでに敵を捉えているようで、エリカさんの蹴りによる指示と共に射撃を開始する。状況を理解したみほさんもすぐさま指示をだしてくる。


みほ『っ……全車両下がってっ!!』

エリカ「私たちが盾になるから早く下がっ――――」


その言葉は最後まで言葉にならなかった。何かが崩れる音と共に、ぐらりと、体が戦車ごと傾いていく。続いてくる衝撃。


小梅「あ……」


一瞬の浮遊感が永遠のように感じる。重力が横から降ってくる。シートベルトなんかない座席で、装填をしようと不安定な体勢で、持っていた砲弾が私の手を離れ宙に浮く。

庇おうと動く手はゆっくりとしていて、間に合いそうにはない。数キロの砲弾が自由落下で体に当たって痛いで済めば御の字で、

眼前に迫るそれは、たぶん痛いじゃ済まないのだろうなぁと、どこか私を達観させた。

ああ、痛いのかな。こんなことなら反射神経鍛えてれば良かった。どうやって鍛えるのか知らないけど。

そんな事を、呑気に考えてしまった。

その時、


「小梅ッ!!」


聞きなれた声が私の名を呼び、目の前が真っ暗になり――――花のような香りが鼻腔をくすぐった。


762 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 18:02:04.76 ID:sbkqZ6WF0
思ったより余裕があったので投稿。あけましておめでとうございます
15日か8日に投稿するって書いてましたけどあれ12月のカレンダー見てましたわ
普通に今後も土曜投稿なんでよろしくお願いいたします

また来週
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/05(土) 18:22:21.77 ID:ruVRIJ8e0
ドキドキしながら読んだぜ
ついに来たなって思いながら
来週も楽しみだ
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/05(土) 18:46:46.32 ID:0DBv6FO7O
思いがけない更新にお年玉貰った気分、乙でした。
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/05(土) 19:29:34.19 ID:bjgE/baJ0
来週も楽しみにしてます
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/05(土) 21:59:25.11 ID:JVYFDx580
明けましておめでとうございます
次の更新楽しみにしてます!

新年早々気分が重くならなくてよかった…
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 00:57:38.97 ID:i9ZDlFOE0
乙!今年もよろしく頼むぜ!
奇しくも新年一発目の投稿が運命の回になったな...
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/10(木) 20:27:36.27 ID:NIIrkTIU0
映画の公開ペースが遅すぎてガルパン熱が少し冷めかけていたとはいえこんな名作に今まで気づかなかったとは…
完結まで一気読みできなかったことを残念がるべきかリアルタイムで追いかけられることを喜ぶべきか

769 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:49:21.01 ID:Ghx7XHue0





みほ「V号応答してください!!エリカさんっ!?」


必死に呼びかける。何度も、何度も。私の目の前で崖から滑り落ちていったV号は、すでに川の濁流に飲まれゆっくりと流されている。

雨で地盤が緩んでいたのか、地面をえぐった砲撃が足元を崩したのか、その両方か。

今考える事じゃ無いのに、頭の中をぐるぐると『どうして』がめぐり続ける。

それでも、呼びかける事は止めない。


エリカ『……っみほっ!!』

みほ「エリカさんっ!?エリカさんっ!!?」


ようやく返ってきた彼女の声は無線の調子が悪いのか随分とかすれてて、聞き取るのがやっとなほどだった。


みほ「エリカさん大丈夫!?今、救助をっ!!」

エリカ『みほ、私たちは大丈夫っ!!あなたはとにかくフラッグ車をっ……』


それを最後に無線は途絶えてしまう。


みほ「無線が……っ!?早く大会側に連絡をっ!!救護を出してもらってっ!!」

通信手「は、はいっ!!」


怒鳴るように通信手の子に叫び、私は再びキューポラから体を出す。

豪雨が頬を打ち付ける。雨に霞む視界はそれでも、流されていくV号を捉えることが出来た。

鉄塊が流されるほどの激流。それすらも序盤と言った風にどんどんと流れが強くなっているように見えた。

焦りが心を支配していく。プラウダのものであろう砲撃は依然こちらを狙っているが、そんな事を気にしている余裕はない。


みほ「ねぇっ!?救助はっ!?まだなのっ!?」

通信手「れ、連絡はしましたけどすぐには……」


何を、何を悠長な事を。今、目の前でエリカさんたちが危ない目に遭っているのに。

戦車の水密性にしたってあんな濁流に飲まれているのでは意味がないだろう。

救助にどれほどの時間がかかるのか、救助が来るまでにエリカさんたちがどうなるのか。

なら、なら―――――


770 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:51:01.15 ID:Ghx7XHue0



『勝つためには、非情な決断を下す時がある。あなたはいつか、その立場になるのよ』





瞬間、脳裏をよぎるエリカさんの言葉。今、ここで私がフラッグ車を離れたら待っているのは敗北の二文字だ。

素人の私が助けに行ったところで、足手まといになるだけだ。それならば。

約束したんだ。エリカさんに、みんなに。優勝するって。非情な決断。それは今するべき事なのかもしれない。

ぐっとこらえて、救助はプロに任せて、そうすればみんな助かって優勝も出来て、全部、全部上手く行って―――――




『みほ』




優しく、抱きしめるような声が私の名を呼んだ気がした。




みほ「……っあああああああああああああッ!!」


通信手「副隊長っ!?」


通信手の子の叫びを背に、私はキューポラを乗り越え、そのまま崖を滑り降りて――いや、滑り落ちていく。

むき出しの手足が岩に削られる。でも痛みを感じる暇なんて無い。川岸に降り立った私は、今一度流されゆくV号を見つける。

既に私との距離はだいぶ開いていて、一刻の猶予も無い。私は、すぐさま川に向かって駆け出し、


みほ「――――エリカさんッ!!」


濁流に飛び込んでいった。


771 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:53:25.16 ID:Ghx7XHue0




濁り切った水の中は視界なんて無いに等しい。それでも必死でもがき前に進むうちに大きな影を見つける。


みほ(……V号っ!早く、早くっ!!)


V号を見つけた私は、とにかく近づこうと手足を動かし、ようやく張り付くことに成功する。

既に車体の半分が水没している状況だ。まずは操縦手の子を助けようとハッチを開け、流れ込む水に逆らって引っ張り出す。


操縦手「うぇっ、ゲホッゲホっ!!」


水を飲んだのだろう苦しそうにえづく。けれども状況はそんな時間を与えてくれない。私は彼女をV号の砲塔につかまらせ、続けて通信手、砲手の人を助け、川岸を指さす。


みほ「早く泳いで!!浅瀬に向かって、急いでっ!!」


3人はすぐさま川に飛び込んで泳いでいく。どうやら怪我らしい怪我はないようだ。ここにきて、日ごろの厳しい訓練が功を奏したのかもしれない。


みほ「っ……エリカさん!!赤星さん!!」


息をつく暇はない。まだ、二人残っているのだ。私はキューポラに這い上がり、中を見る。車長席にはエリカさんが、その足元に小梅さんが座っていた。


エリカ「みほっ!?あなた何してるのっ!?」


驚いた様子でこちらを見るエリカさんの姿は、思っていたよりも元気そうで思わず安堵してしまう。しかし、すぐに気を引き締め彼女に呼びかける。


みほ「エリカさんっ!!早くっ!!流れ、どんどん強くなってるッ!!赤星さんも早くっ!!」

エリカ「っ……わかったわ。みほ、この子をお願い」


エリカさんは座ったままひざ元の赤星さんの肩を叩く。赤星さんはふらりと、覚束ない足取りで立ち上がる。


小梅「エリカ、さん……?」

エリカ「落下したときにちょっと頭を打ったみたいだから……お願い、見ててあげて」

小梅「エリカさん私は……大丈夫です、から……」


どこか虚ろな赤星さんにエリカさんは諭すように語り掛ける。


エリカ「怪我人は車長の言う事を聞きなさい。……みほ」

みほ「……わかりました。赤星さんっ!」

小梅「ごめんなさい……」


赤星さんの手を引いて引っ張り出す。波は強く、立っていられないほどで、すぐにでも川岸まで行かないといけない。


エリカ「私もすぐにいくからもう行きなさい!!」


車内から聞こえるエリカさんの声。出来る事なら彼女も一緒に連れていきたいが、赤星さんを抱えた状態でそれは難しい。

とにかく、今はエリカさんを信じて行くしかない。私は肩につかまらせている赤星さんを励ます。


みほ「大丈夫だよ。ほら、しっかりつかまって。……行くよ」


返事を待つ暇は無かった。次の瞬間、私たちは濁流に飛び込んだ。

772 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:56:02.36 ID:Ghx7XHue0




ろくに先の見えない川の中を必死で泳いでいく。赤星さんに気を配る余裕は殆どなく、ただただ彼女が流されないよう必死にその体を掴むばかりだ。

我武者羅に、ひたすら手足を動かす。それは赤星さんも同じなのだろう。私の体を掴む手は痛いぐらいに強く力が込められている。

文字通りの一蓮托生。後に続いているであろうエリカさんの目の前で私たちが流されるわけにはいかない。

息継ぎさえ忘れるほどの決死行はやがて体全体で地面を認識することで終わりを告げる。


みほ「っ……はぁ、はぁ、うっ……げほっ!!げほっ!?」


なんとか川岸にたどり着いた私は、必死で息を吸い、飲み込んだ水を吐き出す。

ようやく喋れるぐらいに呼吸を整え、同じようにえづいてた赤星さんに疲れ切った笑顔で呼びかける。


みほ「な、なんとかなったね……」

小梅「は、はい……ありが、とうございます……」


その言葉に安心した私は、ばたりと仰向けに倒れこむ。もう指一本動かせないかな。なんて他人事のように思ってしまうぐらい体から意識が離れていきそうで、

実際もうやるべきことは終わったのだから後は救助の人に任せればいいかと、そっと目を閉じようとして―――――


小梅「……エリカさんは?」


赤星さんの呆然とした呟き。飛び去ろうとした意識は一瞬で体へと戻り、私は飛び跳ねるように体を起こす。


みほ「赤星さん、エリカさんは?」


大きく見開いた目に映るのは、先ほどよりも流れが強くなった川と、僅かに見えているV号だけだった。

すぐに周囲を見渡す。私と、赤星さんしかここにはいない。

嘘、嘘、嘘、


みほ「え……エリカさん?エリカさんっ!!?」


必死で叫ぶ。冷え切った体は声を出すのすら一苦労で、音程なんてまるででたらめな声が喉から出る。

しかし、一向に返事は返ってこない。


小梅「まさか……流され……」


その言葉を否定しようと口を開くも、現にエリカさんはいない。でも、ならどうすればいいのか。

そうだとして、荒れ狂う濁流の中探し出すのは無理だという事はいくら私でも理解できてしまう。


みほ「嫌……嫌!?エリカさんっ!?」


どうすればいいかわからず、ただただ悲鳴のような叫びをあげることしかできない。

目の前が真っ暗になりそうな絶望感の中、ふと視線の先に違和感を覚える。


みほ「もしかして、まだV号の中に……」


川に取り残されたV号のキューボラから、わずかに手が見えた。見えたような、気がした。

真偽なんて考えるつもりはない。次の瞬間、私は川に向かって駆け出していた。


小梅「みほさんっ!?待って、わた、私もっ!!」


773 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:58:33.43 ID:Ghx7XHue0


後ろから聞こえる声に答えず、勢いのまま飛び込む。疲れ切っていた体はもはや手足の感覚さえ曖昧で、ただただエリカさんを助けたいという気持ちで何とか手足を動かしていく。

何度も何度も意識が飛びそうになり、それでも体は止まることなく進んで行き、そして、V号に着く事に成功した。


みほ「エリカさんッ!!」


V号は既に車体のほぼ全てが水に浸かっていた。けれども、先ほどまで流されていた車体は今その動きを止めている。

川底に引っかかっているのか。なら、今がチャンスだ。これ以上流される前に助け出さないと。

僅かに水面から出てるキューポラをのぞき込むと、その中に彼女はいた。


エリカ「……」

みほ「エリカさん……?エリカさんっ!!?」


エリカさんの瞳は何もない虚空をじっと映していた。水没が進み車長席すら水に満たされ、彼女の髪が水面に広がりゆらゆらと揺蕩っている。

私の呼びかけに、エリカさんはゆっくりと目を向ける。


エリカ「……バカ、なんで戻ってきたの。危ないじゃない」


心底呆れたといった様なその言葉に怒りを覚えたのは無理も無いと思う。私が、どんな気持ちでいたのか、わからないわけないだろうに。


みほ「それはこっちのセリフだよッ!?こんな時に何して―――」

エリカ「みほ、私はダメよ」

みほ「……え?」


彼女は自嘲するように微笑むと、そっと水に隠れた足を撫でる。


エリカ「戦車が滑り落ちた時にぶつけちゃったみたい。多分、ヒビぐらい入ってると思う。まったく……情けないわね」


そう言って足を上げようとして顔を苦悶に歪める。いや、足だけではない。

よく見ると髪に隠れた彼女のこめかみから血が流れている。多分他にも怪我をしているのだろう。


みほ「そんな……」

エリカ「だから、急いで戻りなさい。これ以上流れが強くなったらあなたでも……。私は、救助を待ってるから」

みほ「っ……嫌っ!!嫌だっ!!」


何を、何を悠長な事を。救助を待つ?未だその影は見えない。すでにエリカさんの体は浮き上がるほどに水に浸かっているのに。

川の流れは、今にもV号を飲み込もうとしているのに。何よりも、誰よりも命が危ないのはエリカさん本人なのに。

なのにエリカさんは慌てた様子もなく諭すように語り掛けてくる。

いや、きっとわかっているのだろう、救助は間に合わない。だからせめてみほ(私)だけでも、と。

そんなの、納得できるわけないのに。


エリカ「我がまま言わないの……これは、私が悪いんだから」

みほ「何言ってるのッ!?悪いとか悪くないとか、そんなの今はどうでもいい!!」

エリカ「みほ……わかって」


774 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:59:56.17 ID:Ghx7XHue0



やめて。そんな、そんな諦めた表情をしないで。

そんな、力なく微笑まないで。

私の知ってるエリカさんはそんな弱々しい表情をしないよ。

私の知ってるエリカさんはいつだって強くて、凛々しい人なんだ。

体温を奪われて弱気になっているだけなんだ。そのはずなんだ。

頭の中でぐるぐるとそんな言葉が駆け巡る。

渦巻く感情が私の体を勝手に動かす。

上半身を車内に入れ、エリカさんの手を掴む。


エリカ「みほ、やめて。……やめなさいッ!!」


私の手を振り払おうとするも、力なくただ揺らす事しか出来ない。体温を奪われすぎているのかもしれない。ならばもう、一刻の猶予も無い。

その手を離さないようしっかりとつかんで、力任せに引き上げる。


エリカ「っ……」


脚に響いたのだろう、エリカさんの表情が苦悶にゆがむ。けれども、そんな事を気にしている余裕はない。早く脱出しないと。


みほ「エリカさんっ、絶対に離さないでっ!!」


なんとかエリカさんを引き上げて、車体に掴まらせる。無理やり引き上げた私を睨みつけようとしたエリカさんは、けれども目の前に広がる光景を見て呆然とする。

激流は想像以上になっていたのだろう。大きく見開かれた目が彼女の感情を表していた。

辛うじて上半身をキューポラにとどめている手からゆっくりと力が抜けていく。

その手をしっかりと握りしめる。


エリカ「みほ、やっぱり無理よ。離して」


諦めと絶望、それらがないまぜになったような空虚な声。そんな言葉を聞くつもりは無い。


みほ「……嫌だ」

エリカ「お願い」

みほ「嫌だ」

エリカ「……やめてっ!!離してっ!!」


埒が明かないと見たのだろう。エリカさんは繋いだ手を振りほどこうとするも、やはり力なく揺れるにとどまる。


みほ「やめません、離しません」

エリカ「っ…あなたまで流されるわよっ!?」


力では敵わないと察したのか、エリカさんは必死で私を説得しようとしてくる。私を見つめる瞳には焦りと動揺が浮かんでいる。

分かっている。このままじゃ二人とも助からない。でも、エリカさんなら、エリカさんだけなら。

根拠は無くても確かな自信が、決意が、私に力をくれる。

きっと私なら。貴女を助けられる。

その瞳をじっと見つめて、ゆっくりと語り掛ける。


775 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 18:03:11.16 ID:Ghx7XHue0



みほ「大丈夫です、エリカさん。あなたは絶対に助けますから」



そうだ、絶対に助ける。



エリカ「このままじゃっ、あなたまでっ!!」



私は、どうなってもいい。



エリカ「みほっ、逃げて!!お願い私のことなんかっ!!」

みほ「エリカさん。大丈夫だから」

エリカ「なんで!?みほも死んじゃうっ!?」


こんな時まで人の心配が出来るだなんてやっぱりエリカさんは優しいんだね。

そんな事知っているのに、改めて知ることが出来たのが嬉しく思えてしまう。

その時、激流に耐えきれなくなったのだろう。V号の重い車体がぐらりと、動き出す。


エリカ「っ!?」

みほ「エリカさん、掴まって」


車体が流されるのを感じ取った私は強く、彼女の手を握りしめる。


エリカ「どうして……どうして離してくれないの……?お願いっお願いだから……」


状況の悪化を悟ったのかエリカさんは力なく呟く。

そこにはもう、先ほどまでの突き放すような語気は無く、ただただ懇願するようだった。


エリカ「お願い……あなたまで巻き込みたくないのよ」


必死で私に懇願する。

その瞳が潤んでいるのは雨のせいか、涙のせいか。

それでも、私はその手を掴みとめる。

絶対に、離してなるものか。


みほ「エリカさん」


一瞬の揺らぎもなく彼女の瞳を見つめ続ける。

声色が優しく、包み込むようになっていくのを実感する。

エリカさんのように。かつて、貴女がそうしてくれたように。


みほ「絶対に貴女を死なせたりしない。だって――――」



776 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 18:09:45.80 ID:Ghx7XHue0






『……逸見エリカよ。ま、よろしくね」』




ああそうだ。私が今日までいられたのは貴女がいたからだ。




『精々頑張りなさい」』




何もできなかった私に道を示してくれたんだ。




『強さも、戦車が好きって気持ちも持っているあなたなら、戦車道だって好きになれるわよ。……私は、そう思ってる』




忘れていたものを思い出させてくれた。




『誕生日おめでとう。今日という日を、私は祝福するわ」』




大切な事を教えてくれた。




それはきっと、私の命なんかじゃ足りないくらい大きなもので、それを、貴女は私にくれたんだ。

死んだように生きているだけだった私に、前を向いて歩ける勇気をくれたんだ。

そう、私は――――



777 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 18:10:14.14 ID:Ghx7XHue0







みほ「私は、あなたに救われたから」





778 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 18:15:05.31 ID:Ghx7XHue0



みほ「……だから、絶対に助ける。私がどうなったってかまわない」

エリカ「みほ……」

みほ「大丈夫だから。何があっても、貴女だけは絶対に……」


私が、貴女に出来る事はそれぐらいしかないから。

私なんかのちっぽけな命で貴女を救えるのならこれ以上は無いから。

だから、諦めないで。そう言おうとした時、エリカさんの口元がふっと笑みを作る。


エリカ「馬鹿ねぇ……私なんかのためにここまでするだなんて」


冷え切った指先が私の頬をなでる。

やがて、納得したように頷くと私の濡れきった髪をそっと梳く。


エリカ「そうよね。あなた頑固だものね。言って聞くような子なら、苦労しないものね」


エリカさんは繋いだ手の上にさらに手を重ね、慈しむように握る。

激流の音が遠くなっていく。

彼女の声がまるで直接頭に響くかのようにクリアになっていく。


エリカ「私も、そんなあなただから……」


何かを言おうとして、代わりに彼女の両手が強く私の手を握る。


エリカ「……みほ」


その声色は、冷え切った体を温めてくれるような、愛おしくて、たまらないといったように聞こえて。

初めて聞くその音色に戸惑う私に、エリカさんは嬉しそうに微笑んで―――――




「生きて」




私の手を、振り払った



みほ「――――え?」


流水に体力を奪われていたのか、握り返された事で安心したのか、水で滑ったのか。絶対に離さないと誓った手はいとも簡単にほどかれ、


みほ「―――――――」


何かを叫んだ私の意識はそのまま、荒れ狂う濁流に飲み込まれた。


779 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 18:16:35.85 ID:Ghx7XHue0
ここまでー。ようやっとここまで来ました。

また来週。
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/12(土) 18:18:31.31 ID:mPM7N/bD0
ああああ


タイトル来たかー
781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/12(土) 20:29:13.92 ID:eYAQuHq6o
来たねー
乙でした
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/13(日) 03:08:12.97 ID:RgR+9mv60
ワンチャン病院で意識不明あるかと思ったけど無理そうか…
辛いけど更新が楽しみ
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/13(日) 15:55:07.03 ID:m+O9bEieO
例え死んでないとしても流されて行方不明になってそうだしなぁ
ここからどうなっていくのか楽しみです
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/14(月) 02:07:00.16 ID:OLA2IKWJ0
エリカぁぁぁぁ……そうか、振り払われてたんだなみぽりん……
乙です。あまりにも辛いが来週を待とう……
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/14(月) 05:04:10.56 ID:tsGxOQ4l0
ここからどうみほが狂っていくのか
正直それが一番見たい
786 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:02:41.98 ID:mYSOjYXE0





夕焼けの差すロッカールームに私は立っていた。


みほ「……あれ?」


来ている服は試合の時に来ていたパンツァージャケットではなく、慣れ親しんだ制服で、

けれども、それはおかしい事なのだ。だって私は確か、決勝に出てたはずじゃ……

どういう訳なのか首を傾げていると、苛立ったような、呆れたような声が耳に届く。


エリカ「何してるのよ。さっさと帰りましょう」


ロッカールームの出口、そこに声の主は立っていた。


みほ「エリカさん」


丁度、夕日の差さない影の中に彼女はいた。けれど、薄暗い影の中でも彼女の輪郭ははっきりとその存在を示していて、

今更ながら随分と整った容姿をしてるなぁ。なんて思ってしまう。

そんな風に感慨深く想う姿がよほど間抜けだったのか、彼女はため息をついて睨みつけてくる。


エリカ「あなたねぇ……何ボケっとしてるのよ。立ったまま寝てたわけ?」


なんとも嫌味たっぷりな様子はもはや慣れっこで、むしろ彼女なりの親愛の表し方とすら思っている。

……流石にこれで本気で嫌われているというのはあんまりにも切ないので、そこはもう考えない事としている。

それよりも、今はこの状況への疑問を尋ねないと。


みほ「エリカさん、私たちって決勝に出てたんじゃ……10連覇のかかった、決勝に」

エリカ「……あなた、本当に立ったまま寝てたの?中一の私たちが高校の試合に出られるわけないでしょ」


呆れとか驚きとかそういうのを通り越して心配そうな目でこちらを見てくる。

でも……中一?何を言って……

余りにも突拍子のない答えに私は戸惑いの声を出す事しかできない。


みほ「え、え?」

エリカ「大体、10連覇って……まだ7連覇できたってところなのに。長期的目標を持つのは大事だけど、目の前の事を無視してたら足元を掬われるだけ。

    あなたが見るべき戦場は高等部の前に中等部よ」


戸惑う私にエリカさんは矢継ぎ早にまくし立ててくる。

そこに呆れはあっても私をからかう様な意図は見えず、エリカさんと私のどちらかがおかしいのだとしたら、急に混乱しだした私がおかしいのだろう。

つまり――――私は寝ぼけていたのだ。


787 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:04:45.29 ID:mYSOjYXE0


みほ「……ごめん、私寝ぼけてたみたい」

エリカ「……その、疲れてるならちゃんと言いなさいよ?倒れられたら困るんだから」


完全に心配と気遣いに振り切った対応に私はただただ申し訳なくなってしまう。

いや、本当にどういうことなのだ。まだ中等部だというのに高等部で大会に出て、決勝の場に立っている夢だなんて。

エリカさんの言う通り気が早いにもほどがある。とりあえず、今は頭を下げるしかない。


みほ「ごめんなさい……大丈夫だよ、もう目は覚めたから」

エリカ「そ、そう。ならいいけど……気を付けなさいよね?あなたただでさえぼーっとしてることが多いんだから」


とりあえず納得してくれたようでほっとする。いくらなんでも立ったまま寝ぼけるなんて曲芸を何度もするとは思えないが、だからといって再発が無いとも言えない。

今日は早めに寝ようかな……などと思いながらももう一つ、気になることがあった。


みほ「今日のエリカさん、なんだか優しいね」


なんというか言い方はアレだがちゃんと私の心配をしてくれる。

いつものエリカさんなら、きっと心配しててもそれを表に出さずに、嫌味交じりにやっぱり心配を隠せてないみたいなすっごくエリカさんらしい心配をしてくれそうなものなのだけれど。

まぁ、それだけ私の様子がよっぽどだったと言われればそうですよね……と納得してしまうのだが。

勝手に気になっておきながら勝手に自己完結しようとしている私の内心なんて知らないであろうエリカさんは、目を見開いてキョトンとした顔をした後、ちょっと唇を尖らせて不満をあらわにする。


エリカ「あのねぇ……何が優しいよ。友達の様子が変だったら心配するのが当たり前でしょうが」


その言葉を、聞き逃すほど私の耳は節穴では無かった。


みほ「エリカさん、今、なんて」

エリカ「はぁ?何、まだ寝ぼけてるの?」

みほ「いいから、もう一回」

エリカ「……友達の様子が変だったら心配するのが友達でしょうが」


聞き間違えでも、寝ぼけた私の妄想でもない。『友達』。その言葉は確かに、私とエリカさんが友情で結ばれているという事を伝えていた。


みほ「え、え、エリカさん、私の友達なの!?」

エリカ「……」


エリカさんが、心底軽蔑したという目で私を見る。


みほ「ああああ違うっ、違うの!?エリカさんと友達なのが嫌なんじゃなくて、エリカさんが私を友達だと思ってくれているのが嬉しくて、

   意外でっ!!驚いただけで決して嫌だとかじゃないの!!嬉しいの!!ホントに!!ボコが天から降ってきたみたい!!」

788 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:06:14.69 ID:mYSOjYXE0



マズイマズイマズイ、今の言い方では散々友達になりたいと言っていたのに「あ、本気にしてたんだー?」という最悪な梯子外しをした様に聞こえてしまう。

焦りに焦る私は訳の分からないジェスチャーを交えて訳の分からない弁解をする。


エリカ「何慌ててんのよ気持ち悪い……今さらどうしたのよ。あなたが友達になってって言ってたんじゃない」

みほ「そ、そうだけど……」


散々言ってたのに全てを袖にされてきたから、いきなり受け入れられたことに驚いているんだけれど、それはエリカさんには伝わらなかったようだ。


エリカ「ならそんな動揺しないでよ。友達になっただけで別に何も変わらないわよ」


そうかもしれない。そうなのだろう。別に私たちが友達になった所でエリカさんはバンバン嫌味を言うだろうし、私が何かやらかしたら怒るのだろう。

でもでも、それでも友達だという彼女の言葉は、私にとってただの『関係性』を表す言葉なんかじゃなくて、なんていうかこう、とにかく大切な事なのだ。


エリカ「ほら、長居してると隊長に怒られるわよ。カギ閉めるの隊長なんだから。もう帰りましょ」


そう言って出口へと踵を返すも、私は感動と感激で身動きが取れない。

そんな私にエリカさんは首だけ動かして視線を向けてくる。


エリカ「……置いてかれたいの?」

みほ「う、ううん!待って!」


その言葉に金縛りは解けて慌ててエリカさんのいる日陰へと向かおうとすると、エリカさんはため息をついてこちらに振り返る。


エリカ「全く、あなたはいっつももたついてるわね。……じゃあ、行きましょうか」


そう言って、手を差し出してくる。



『ほら、いつまでもへたり込んでんじゃないわよ』



懐かしい光景。あの時と違うのは、彼女が日陰にいる事と、私がちゃんと立っている事。エリカさんが、微笑んでいる事。

その姿にたくさんの想い出を思い出す。

そうだ、私たちは友達だ。毎日一緒に帰って、休みの日は一緒に遊んで、時々お泊りして、今日もこの後新しくできたスイーツのお店に行こうって話してて、

なんてことない、でも、楽しくて仕方がない学生生活を送っているんだ。

こんな大切な事を忘れていただなんて私、本当に寝ぼけてたんだな。なんて自嘲して、それさえもきっと二人で笑い合える想い出になるんだろうなって。

そう思えて、私は笑顔で彼女に笑いかける。


みほ「――――うん!」


そう言って、日陰の中で差し出された手を取ろうとした瞬間――――――その手が消えた。


みほ「え?」


手だけじゃない、エリカさんも、床も壁も天井も空も夕日も何もかもが無くなって、真っ白になっていく。


みほ「なに、これ……?エリカさん?エリカさん!!?」


叫んでも返ってくる言葉はなく、何が起きているのかわからないまま、私の視界も意識も真っ白に染まっていって―――――


789 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:09:32.76 ID:mYSOjYXE0




みほ「……ん」


最初に感じたのが、窓から入る日差しの眩しさ。次に感じたのがツンとする消毒液の匂い。

遅れて、全身にまとわりつく倦怠感。意識と共に少しずつ目覚めていく感覚が、私がベッドに寝かされている事を教えてくれた。

―――どこだろう、ここ。

自分の置かれている状況が分からず、私は困惑することしかできない。


みほ「なんで、私……」


その時、少しずつ蘇ってきた感覚が私にもう一つ新しい情報をくれた。――――私の手を握っている誰かの感触を。

もぞもぞと体を動かそうとすると全身に痛みが走り、仕方なく眼球と、わずかに動かせる首だけで握られている右手の方を見てみる。

そこには、包帯に包まれた私の手を握ったまま、こくりこくりと舟をこいでいるお姉ちゃんがいた。


みほ「お姉、ちゃん?」


声すら上手く出せない。けれども、私の掠れ切った声にお姉ちゃんはぱっと目を開く。


まほ「……みほ?――――みほっ、みほっ!目が覚めたんだなっ!?」


お姉ちゃんは縋りつくように私の肩を掴むとぽろぽろとその瞳から涙を流す。その目元には濃い隈が出来ていた。


まほ「良かった……ホントに良かった……」

みほ「お姉ちゃん、ここ、どこ……?」


お姉ちゃんが子供のように泣く姿なんて初めて見るもので、けれども自分の現状が何一つわからない事の方が不安だから、

泣きじゃくるお姉ちゃんに尋ねる。私の質問に、お姉ちゃんははっとして目元を拭い、赤くなった瞳のままゆっくりと語り掛ける。


まほ「ここは病院だよ、お前は入院してるんだ」

みほ「え……なんで……?」


入院、そう言われてようやく私のいる場所が病室なのだと気づく。個室なのか、私の以外ベッドはないようだ。とりあえずここがどこなのかは分かった。

だが、新しい疑問が出てきてしまう。――――なんで私は入院しているのか。


まほ「覚えてないのか?……無理もないな。あれだけの事があったんだから……待ってて、今お医者さんを呼んでくる。お父さんも来てるんだ」

みほ「ねぇ……何があったの……?今は、いつなの?」


そう言って席を立とうとしたお姉ちゃんを呼び止める。お姉ちゃんは一瞬ためらうような表情を見せるも、やがて胸の内を吐き出すように語り始める。


まほ「……お前は決勝の時に事故で流されたV号の乗員を助けて怪我をして、今日まで一週間も眠っていたんだ。」


曖昧だった頭の中に少しずつ記憶がよみがえってくる。ああそうだ、私は決勝に出ていたんだ。

大事な10連覇がかかった試合で、けれどもプラウダの人たちはとても強くて、追いつめられた私たちは、相手の裏を取るために動いて、

雨が、強くなって、プラウダは待ち伏せをしてて、撃たれて、崩れて、V号が、流されて、私は、それを――――


みほ「1週間……っ!?」


その瞬間、ベッドから体を跳ね起こす。

全身に痛みが走り、引きつるような声が出てしまうが、そんな事を気にしている余裕はない。


790 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:11:11.93 ID:mYSOjYXE0


まほ「みほっ!?急に動いたら体が……」

みほ「お姉ちゃん決勝は!?試合はどうなったの!?」

まほ「えっ?」


お姉ちゃんの両肩を掴み揺さぶるように問いかける。


みほ「黒森峰は優勝できたのっ!?」


私は、自身の乗るフラッグ車を放棄した。それがどんな結果を招いたのか、私は知らなくてはいけない。

たとえ、どんな叱責を受けようとも。


まほ「黒森峰は……負けたよ」

みほ「……そっか」


お姉ちゃんの重い、絞り出すような声。わかっていた。あんな足場の悪く狭い道で車長がいなくなった戦車がどうなるかなんて。

胸の奥がじんじんと痛む。私はまた、誰かの期待を無碍にしてしまったのだ。

謝った所で許されはしないのだろう。私はお姉ちゃんの目を見ることが出来ず、そっと視線を落とす。


まほ「……悪いのは私だ。敗北も、事故も隊長である私に責任がある。みほが気にすることじゃない」

みほ「ううん……私がフラッグ車を投げ出したからなんだし。でも、そっか……負けちゃったんだね……」

まほ「……みほ、その……」


私を慰めようとしてくれているのか、その言葉が見つからないのか、お姉ちゃんは私に何か言おうとしては口を閉じるを繰り返す。

慰められる資格なんて私には無い。私は負けることが分かって助けに行ったのだから。

後悔はない。誰かの期待を裏切ったのだとしても、私は私がしなくてはいけない事をしたのだと思っているから。

そこまで割り切っているのに、それでも気持ちが落ち込んでしまうのは避けられない。その感情がため息とともに漏れ出してしまう。


みほ「エリカさんに、怒られちゃうな……」

まほ「……え?」


ああ、私はまた約束を破ってしまった。


みほ「約束したのに……一緒に優勝するって。……でも、仕方ないか。エリカさんの命には代えられないもん」

まほ「み、ほ……」


あの時濁流に飲みこまれているV号を見て、救助が間に合うだなんて到底思えなかった。

そして、動けるのは私だけだった。

だから私は動いた。その行いが軽率な、二次災害を招くものだと咎められるのならば、私は粛々と沙汰を受け入れるつもりだ。

それでも、それでもだ。私は助けたかった。赤星さんを、V号の乗員を、エリカさんを。

10連覇も名誉も誇りも、彼女たちの命より価値があるものとは思えないから。

それよりも、今の私にとって重要なのは私の今後ではない。もっと、大事な人がいる。

791 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:13:55.71 ID:mYSOjYXE0

みほ「お姉ちゃん、エリカさんはどこにいるの?もしかして、入院してるの?そうだ、エリカさん足怪我して……だったら、お見舞にいかないとっ!!」


エリカさんはあの時怪我をしていた。足だけではなく頭や、恐らく見えない所にも。今すぐ彼女の様子を見に行かないと。


みほ「……でも、怒られるの怖いから、お姉ちゃんも一緒に来て……ね?」

まほ「……なぁ、みほ」


いくら覚悟が決まっていようともエリカさんのお小言は耳が痛くなる。

私だって怪我人なのだから勘弁してと言いたいところだが、おそらくエリカさんもそうであろう事を考えると望み薄だ。

私は一縷の望みをかけてお姉ちゃんに懇願する。


みほ「エリカさんお姉ちゃんの事大好きだから、きっとお姉ちゃんの前ならそんなにガミガミ怒ってこないと思うんだ。だから……ね?」

まほ「みほ。聞いてくれ」


正直、姉妹格差についてはいつか是正を促したいところだけれど、とりあえず目先の事をどうにかするためにその不平等を利用させてもらおう。


みほ「ああでも、それはそれで後で二人っきりの時に怒られるだけかも……」

まほ「みほ」


なんてことだ、エリカさんが目先の出来事に囚われてくれるような人ならこんな苦労しなくてすんだのに。

残念ながら私がエリカさんにお小言をくらうのは避けられない未来の様だ。仕方がない、今度ハンバーグをごちそうする事で少しでも留飲を下げてもらおう。

もっとも、そんな子供だましが通用するかははなはだ疑問だが。



みほ「あ、でも別にエリカさんが怖いとか嫌いとかじゃなくて、怒ってくるのはエリカさんが優しいからなんだよ?

   私、こんなんだからさ。エリカさんが怒ってくれると本当に助かるんだだからね、」

まほ「みほっ……!」

みほ「……お姉ちゃん?」


重く、絞り出すような声。

私を押しとどめるようなその様子にお姉ちゃんが何か重大な事を伝えようとしているのだと察する。


まほ「……エリカのことなんだが」

みほ「……もしかして、怪我がひどいの?なら、すぐ行かないと!!?」


何を、何を楽観的に考えていたんだ。あの時、私よりも重傷だったのはエリカさんなのに。

私の全身が包帯に包まれているように、いやそれ以上に、エリカさんの体は大変なことになっているかもしれないのに。

全身に走る痛みが先ほどよりも強くなって私を止めようとする。

そんな事で止まってる場合じゃない。私は無理やり立ち上がろうと手足に力を入れる。


まほ「駄目だ!!そんな体で無理をするんじゃない!!」

みほ「何言ってるの!?私なんかよりもエリカさんの様子の方が心配だよ!!ねぇ、エリカさんはどこにいるのっ!?」

まほ「違う、違うんだみほ。そうじゃないんだ。エリカは、エリカは……」


お姉ちゃんは何かを伝えようと口を開くも、何も言わずに目を伏せる。

歯切れの悪いその様子に痺れを切らした私は、お姉ちゃんの制止を振り切って立ち上がろうとする。


みほ「……もういい、教えてくれないなら自分で探す」

まほ「っ……みほっ……!エリカは……エリカはッ――――――」

792 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:14:37.14 ID:mYSOjYXE0

















793 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:17:15.89 ID:mYSOjYXE0

みほ「………………え?」

まほ「濁流に流されて、助かったのは……お前が助けた4人と、お前、だけなんだ……」


嗚咽を噛み殺そうとしているかのようにお姉ちゃんの言葉は絶え絶えで、その瞳からとめどなく涙が流れ落ちていく。


まほ「わた、私が、悪いんだ……私が……もっと、もっとちゃんと、してれば……」

みほ「…………うそ」


呆然と呟いた言葉は無意識のものだった。

たぶん、最後の理性だったのかもしれない。


みほ「うそ、嘘っ!?そんなはず、だって、だって私はっ!エリカさんを助けに行ってっ!!」


せき止められていた感情が激流となってあふれ出す。

大きく見開いた目から涙が零れだす。

信じられないから、信じたくないから。

だって、だって私はエリカさんを助けに行って、


みほ「嘘だよ……そんな、そんなわけないっ!!私は、私はっ!!!ちゃんとエリカさんの手を掴んでっ!?」


冷え切った彼女の手を必死で握りしめて、何があっても離しはしないと。

激しい濁流の中、私はエリカさんを助けようとして、そのために死ぬ覚悟までして――――――――なら、なんで私が生きているの?

ノイズのような音が頭の中を埋め尽くしていく。

それが、あの豪雨の音だと、激流の音だと気づいた瞬間、蘇る。


頬を撫でる指先


愛おしそうに髪を梳く手つき


彼女の、エリカさんの、貴女の、

794 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:18:10.11 ID:mYSOjYXE0






『生きて』






795 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:18:50.80 ID:mYSOjYXE0




笑顔が




796 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:20:44.89 ID:mYSOjYXE0


みほ「そんな、そんな……そんなのって……」

まほ「みほ……みほっ!!?」


爪が皮膚を突き破りそうなほど強く自分の頭を掴む。

どれだけ揺さぶろうとも記憶は変わらず、私は、生きている。

なら、なら、エリカさんは、エリカさんは。


みほ「私はっ!?エリカさんを助けないといけなかったのにッ!?」


呼吸すら忘れ、体の痛みも、だるさも、何一つ感じなくなって、でも、頭の中を形容の出来ない痛みが襲ってくる。


みほ「私はッ、優勝なんかよりッ、10連覇なんかよりもッ、エリカさんがッ!!エリカさんがいるからッ!!なのに、そんなのっ!?」


私の命なんかどうでもよかったのに。エリカさんが救えればそれでよかったのに。


みほ「あ、あ、あああ、い、嫌ああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!?」

まほ「みほっ!?」


限界を超えた私の精神はもう、もう、叫ぶ、ことしか、できなくて


みほ「わた、私何のためにっ!?なんで、なんでっエリカさんがっ!?」

まほ「みほっ、みほっ!?だ、誰かっ!?誰か医者を呼んでくださいっ!!お父さんっ!!みほ、ねぇ、みほっ!?しっかりしてっ!?みほっ!!?」


エリカさんエリカさんエリカさんエリカさんエリかさんエりかさんえりかサんえリかさんえりかさん






なんで、いないの?





797 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/19(土) 19:23:48.78 ID:mYSOjYXE0
ここまでーまた来週。

そして今更の訂正祭り。



>>68 私の視線の先には、同じようにキューボラから体を出している逸見さんがいる。
              ↓
  私の視線の先には、同じようにキューポラから体を出している逸見さんがいる。


>>249 『人と話してる時に考え込んでほかの情報をシャットダウンするのはやめなさい。鶏の方がまだ話をきいてくれるわ』
                     ↓
    『人と話してる時に考え込んでほかの情報をシャットアウトするのはやめなさい。鶏の方がまだ話をきいてくれるわ』

上記のように訂正いたします。


798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/19(土) 20:54:30.03 ID:MdkcRADHO
乙でした。
まほも辛いだろうにしっかりお姉ちゃんしてるのは流石。でもああなっちゃうんだよなぁ、悲しい。
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/19(土) 21:35:43.87 ID:VkdRHGjkO
四年間唯一の関係性を持ってたエリカを助けられなかった、ってそらあそこまで壊れちゃうよな

大洗への転校やまほとの衝突後がどうなってるのか楽しみ
800 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/19(土) 22:47:10.03 ID:trNyXa/+0
「いよいよきたな」ってあと何度自分自身言うんだw
ここからみぽりんがエリカになる過程が描かれると思うと滾るものがあるな
801 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/20(日) 02:11:09.33 ID:aU0Yos/y0

俺はまだハッピーエンド信じてるからな!
802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/20(日) 02:11:31.13 ID:7bkvMjm3O

ここまでこうなったお陰で原作みぽりんにも起こった苦悩にはあまり葛藤せずにしっかりとはっきりと決めていけたんだろうね
そしてこうなったからこそ苦悩しまくって本編までにああなるしかなかったんだろうね
803 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/21(月) 00:03:36.68 ID:hWoag1JXO
更新乙
読んでるだけのこちら側がここまで苦しくなるのに、ここまで書き上げ続ける>>1に感謝と賛辞を。
そして・・・みほとまほにどうか救いを…
804 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/21(月) 23:53:19.51 ID:r0NsESxU0
早く続きが見たい
805 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 15:41:53.78 ID:OUJeDcHU0
>>804
ageんなゴミクズ
806 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/23(水) 00:34:14.77 ID:xhuPaEAd0
807 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/26(土) 19:59:44.31 ID:OnQF/8PI0




静かな病院の廊下。ある病室の外に二つの影があった。

そのうちの一つ――まほは床に膝を抱えて座り込み、もう一つの影―――しほはその隣で壁に寄りかかるように立っていた。

二人とも、目元に深い隈が出来ていて、お世辞にも健康的とは言えない見た目だった。


まほ「……私のせいだ。私が、余計なことを言ったから……」


まほが、顔を膝にうずめたまま泣きそうな声を出す。

彼女の妹みほは、受け入れがたい事実を前に錯乱し、看護師に容態を見られながら薬で眠っている。

そうなったのは自分のせいだと、まほはずっと自分を責め続けている。


しほ「あなたの責任じゃありません。私が事後処理でみほの看病をあなたたちに任せっきりだったから……あなただって、ここ数日ろくに寝てなかったのでしょう?」

まほ「だけど、だけど私は知ってたのにっ!エリカが、みほの……友達だってっ!!」


絞り出すような声。しほの胸に痛いほどの後悔が伝わってくる。娘を、選手たちを、逸見エリカを襲った悲劇は未だ終わってはいない。

事故の原因、被害者及び被害者家族への説明、今後の対策、マスコミへの対応。高校戦車道連盟の理事長であるしほはそれらの対応を必死でしている。

今、病院にいられるのも家政婦兼秘書である菊代に雑務を任せているからに過ぎない。それさえも菊代に大きな負担をかけた上での事である。

ろくに寝ていないのはしほも同じであった。無論そんな弱みを見せるような事はなく、彼女は気丈に前に立ち続けている。

しかし、それでも彼女は母なのだ。娘たちが心身共に傷ついているというのに傍にいてやれない事に、悔しさを感じてしまうのはどうしようもない。

そして、当事者であっても被害者では無い自分では、隣でうつ向いている娘にどれだけ慰めの言葉をかけようとも逆効果でしかないという事を、理解していた。

もっと娘たちと触れ合っていれば、心から話し合える環境を作っていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。

そんな考えが頭をよぎる。しかし、しほはすぐにその思いを振り払う。

厳しく、冷たい母なのだという事はわかっている。それでも、それが西住流の次期家元である自分が出来る家族と流派の『両立』なのだと言い聞かせて。
                                            
言い訳じみた内心に自嘲しそうになるも、それを押し殺してしほはまほの肩に手を置く。


しほ「まほ……とにかく、ここは私に任せて。やっぱりあなたは家で休みなさい。常夫さんもいますから」


姉妹の父にしてしほの夫である常夫は、みほが眠っている一週間、まほと共に毎日のように見舞いに来ていた。

みほが目覚めた時も、しほに代わって今後の事を医者と話している最中であった。

今、常夫は家に戻っている。いや、しほが戻らせたのだ。常夫は仕事を休んでまほと共にみほに付きっきりだった。

そんな夫にこれ以上負担をかけるべきではないと判断したしほが家に帰して休ませているのだ。

出来る事ならまほも帰らせたかったが、「絶対に帰らない」そう言って廊下に座り込んだ彼女をこれ以上説得できるとは思えなかった。

ならばせめて貴方だけでも、と。

貴方も、いつまでも仕事を休むわけにはいかない、そうでなくともここで夫にまで倒れられたらどうすればいいのか。

そう言い含めて、ようやく常夫は頷いて、家に帰ってくれた。しほはそれに安堵した。

少なくともいざという時に夫を頼る手がまだ残ったことに。自分でさえどうなるかわからない中、後を任せられる人がいるのが心強いから。

……極限まで張り詰めた心は、これ以上夫の傍にいたら耐えきれなくなり、縋りついて、立てなくなりそうだったから。


「あ、あの……」


悲哀に満ちた会話は、突然かけられた声によって遮られる。二人が声の方に目を向けると、金髪の、随分と小さな、それこそ小学生にすら見えないほど幼い見た目の少女がいた。

けれども、彼女が纏っている服はプラウダの制服で、最低でも中学生なのだという事を示していた。

少女の目は真っ赤に充血していて、今にも泣きだしそうで、震える体を止めようと必死でスカートの裾を掴んでいた。

808 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/26(土) 20:01:57.02 ID:OnQF/8PI0


しほ「……あなたは」

「わ、私は……」


声を掛けてきたものの、二の句を次げないままおどおどとしている少女にしほが尋ね、少女はたどだどしく名を名乗る。

その名を聞いて、最初に反応したのはまほだった。いや、そもそもまほは彼女の顔に見覚えがあった。

決勝の前、挨拶に並んだプラウダの生徒の中で、一際目立つその容姿を、まほは覚えていた。

小学生のような容姿の彼女はつまり、高校生だった。


まほ「それで、お前は……何の用だ」


ようやく立ち上がったまほが少女に問いかける。

少女は病室の扉、おそらくその中にいるみほを震えながら一瞥すると、途切れ途切れに答える。


「わ、私……私が、あの時、V号を撃たせたんです……」


その瞬間、まほが少女に掴みかかる。少女の怯えた様子に構わず、怒りのこもった腕は小柄な少女の体を難なく吊り上げる。


まほ「お前がっ、お前がエリカをッ!?」


充血した瞳は目の前の少女への怒りで一杯で、締め上げる腕はどんどんその力を強めていく。


「ぐっ……あ……」


まほの激しい怒りへの恐怖と締め上げられる苦しさに少女は何も言えなくなる。


まほ「お前のせいでみほはッ!!」

しほ「まほッ!!」


空気を切り裂くような声。それと共にまほの手が掴まれる。

しほの制止に、まほは信じられないといった風に見つめ返す。


まほ「っ……だって、だってお母さんっ!!こいつがっ!!こいつのせいでッ!!?」


娘の叫びにしほは何も言わず、じっと見つめ返す。

その視線にまほは悔しそうに呻くと、ゆっくりと少女を締め上げる力を緩めていき、少女の足が地に戻る。


「げほっ……ごほっ……」


苦しそうに咳き込む少女に目線を合わせるようにしほはしゃがみ込む。


しほ「大丈夫ですか」

「え……?あ……」

しほ「……すみません。娘にはよく言っておきます」


そう言って頭を下げるしほの姿に、まほが納得できないように声を上げる。


まほ「お母さんそいつはッ!!」

しほ「まほ、あなたは下がってなさい」

まほ「だってッ!?」

しほ「――――下がりなさい」

809 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/26(土) 20:03:56.03 ID:OnQF/8PI0


冷たく、どこまでも感情の無い声。厳しく、時に非情なまでに冷静な母だという事は知っていたのに、それでも、初めて聞く声色だった。

その言葉に何も言い返せなくなったまほは、悔しそうに顔を歪めると大きく足音を立ててしほたちから離れていった。

その後ろ姿をしほが悲しそうに見つめていると、目の前の少女から泣き声が聞こえてくる。


「そ、そうです……全部、全部私のせいで……ごめ、ごめんなさい……」


頭を抱えて小さく縮こまり、がくがくと震えている。

ひたすらに、まるで呪文のように謝罪の言葉を呟き続けるその姿はあまりにも痛ましかった。

しほは、彼女の肩にそっと手を置くと、ゆっくりと語り掛ける。


しほ「……違います」

「え……?」


その言葉が信じられなかったのか、少女は大きく目を見開いてしほを見つめる。


しほ「あなたは、チームのためにできることをしただけです。事故は、あくまで事故でしかない。あなたに否はありません」

「だって……だって私のせいで……」


その言葉をしほは首を振って否定する。


しほ「違います。もしも非があるとすれば私たち運営側の人間です。あなた達選手に罪はありません。……あってはいけません」

「そんな、そんなの……」


許されたのに、非は無いと言われたのに、少女はまるで嬉しそうではなく、むしろその瞳は絶望している様に揺れていた。

無理もない。たとえ非はなくとも、知らぬ間に引いた引き金の意味を知った以上、自分に非は無いなどと言われたところでどうやって納得しろというのか。

それでも、その責を背負うべきなのは小さな少女ではなく、私たちなのだ。そう思ったしほは今一度少女に語り掛けようと口を開いて、



「あああああああああああああああっ!!?」



病室から聞こえてきた絶叫に振り返った。


まほ「みほっ!?」


離れてしほたちを見つめていたまほが、絶叫を聞いた途端病室に飛び込む。その後をしほが追う。

病室のベッドでは、先ほどまで眠っていたみほがこの世の終わりのような顔で、叫んで、暴れているのを看護師たちに押さえつけられていた。


みほ「離してっ!!離して!!?エリカさんが、エリカさんのとこにっ!!」

「西住さーん、大丈夫ですよー」

「尖っているものは隠して」

「はいっ」


看護師たちがみほを宥めようとどこか抑揚のない声を掛け続ける。

それを、まほは呆然と見つめていた。


まほ「みほ……」


その呟きはみほの耳には届かない。いや、聞こえていたとしてもきっと何も変わらないだろう。

みほはでたらめに手足を振り回し、何もない虚空に叫び続ける。

810 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/26(土) 20:06:15.84 ID:OnQF/8PI0


みほ「エリカさんっ嫌ッ!!私をっ、私を一人にしないでっ!!?」

まほ「あ……」


まほが膝から崩れ落ちそうになる。後から追ってきたしほがそれを支え、なんとか立たせようとするも、力なくへたり込んでしまう。


しほ「まほ、しっかりしなさい」


そう言うしほの言葉には、いつもの気迫はこもっていなかった。


みほ「なんでっ、なんでエリカさんがっ!?私は、私が助けないといけなかったのにっ!?」

「う、ぁ……」


その時、後ろからうめき声のようなものが聞こえた。

しほが振り向くと、そこにはみほの惨状を見て立ち尽くすプラウダの少女がいた。

しほは心の中で舌打ちをする。見せるつもりはなかった。見せてはいけなかった。

今回の事故が自分のせいだと責めている彼女に、再びショックを与えるような事は避けなければならなかった。

慌てていたのは、動揺していたのは、しほも同じだった。

こうなってしまった以上、彼女をここにいさせてはいけない。

しほは内心の動揺を悟られないよう、少女に話しかける。


しほ「……あなたは、もう帰りなさい。これ以上ここにいても辛いだけです」

「だ、だって……」


少女の瞳は、話しかけているしほを見ていない。

揺らぐ瞳はそれでも、みほの姿を捉え続けていた。


みほ「やだよ……嫌だ!!エリカさんっ!!私の、私の手を握ってッ!!?エリカさんっ!!」


みほが叫ぶたびに、その小さな肩がびくりと震える。

もう、見ていられなかった。


しほ「……お願い、帰って」


突き放すような言葉になったのは、少女を気遣ったからだ。

これ以上、ここにいたら取り返しのつかない傷になる。

しほはそう考えた。


「あ、あ……あ、あああああああああッ!!」


少女は泣き叫びながら走り去っていった。出来る事なら、もっと落ち着いた場所でしっかりと話してあげたかった。

あなたは悪くないと、ちゃんと理由を述べて納得させて、家に帰してあげたかった。

しかし、今のしほにその余裕はない。目の前で愛する娘が泣き叫んでいるのにそれを放っておくことなど出来なかった。

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