三船美優「天道虫 is ……」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:52:18.27 ID:A6rjc17z0
 ここ最近は、外にご出張されてばかり――プロデューサーさん、本当に忙しそう。



「……あら」

 ふと、彼のデスクの上を見ると――346プロの名が踊る書類が、いくつもありました。


 そして、作りかけの履歴書と――転入書――。

 ――売買契約書?


「三船君」
「は、はいっ!?」

「すまない、お茶のおかわりをもらえないか? 私では、キミのように上手く淹れられなくてね」

 市販品ですし、淹れ方も、そう特殊な事はしていないつもりですが――。



 事務員さんにお茶を淹れ、席に戻ると――。

 それらの書類は、デスクの上から姿を消していました。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:55:39.28 ID:A6rjc17z0
「お待ちしてましたよ! お疲れ様ですっ!」
「お、お疲れ様です……?」


 次の日、レッスンスタジオに着くと、トレーナーさんが臨戦態勢と言った様子で、私と白菊さんを迎えました。

「白菊さんの経歴は、確認させていただきました。
 なるほど、見学しに行ったスタジオの大鏡が突然割れたり、床が抜けたりしたそうですね。が!」

 無闇に仰々しい救急箱を部屋の隅にドスンッ、と置いて、トレーナーさんは腕をまくってみせます。
「どんと来いです! さぁ、始めましょう!」


 私は、目をパチクリとさせるしかありません。

 そんな、まさか――。

「……よく、ご存じなんですね」
 白菊さんは、ポツリと呟き、やはり恐縮そうに頭を下げました。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:56:55.47 ID:A6rjc17z0
 ほ、本当に――?

 やがて、レッスンが始まると、それは襲ってきました。

 トレーナーさんに――。


 本当に突然、大鏡が割れるなんて、思いもしませんでした。
「と、トレーナーさんっ!!」

「ッ! なんとぉー!!」

 ですが、鮮やかなバックステップを決めて、トレーナーさんはその難を逃れます。


 が、彼女が着地した先の、床が抜けました。

「どわああぁぁっ!?」
「トレーナーさーんっ!!」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:59:29.61 ID:A6rjc17z0
「…………」


 帰り道、やはり白菊さんは、自責の念に囚われてしまっているようでした。


「あ、あの……トレーナーさん、さっきご連絡があって、擦り傷だから大丈夫です、と……」

 私なりに励まそうとしても、彼女は頭を垂れるばかりです。


 まさか本当に、彼女の周囲にのみつきまとう不幸というものが、あり得るのでしょうか?

 ただ一つ言える事は、白菊さんは――。
 自身の不幸が周りの人達に危害を及ぼす事を、とても恐れています。



「じゃあ、ここで……すみません……」

 その日も、彼女と駅まで一緒に帰る事は、ありませんでした。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:04:10.18 ID:A6rjc17z0
 事務所に戻ると、事務員さん一人だけでした。

 彼女が受話器を置いた所で、ちょうど私と目が合ったので、クールな笑みを返してくれます。

「どうだった?」
「あ、いえ……」

 色々あって、スタジオが使えなくなってしまったので、代わりのスタジオを探さなくてはなりません。

 皆まで言わずとも、その事だけを伝えると、事務員さんは察してくださったようです。


「あの……プロデューサーさんは?」
「今日は外回りから帰ってこないよ」

 やはり――お忙しいのですね。



「あの……ひょっとして、346プロへ?」

 おそるおそる、私は聞いてみました。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:08:26.70 ID:A6rjc17z0
「そうだね」
 事務員さんは、淡泊に答えます。


「……そうですか」

 よく分からない気持ちを、胸の奥へ押しやり、自分のデスクに着いてパソコンを開きます。


 ふと――気になったので調べると、白菊さんの帰路にある沿線は、信号機トラブルで大幅に遅延しているようです。

 ――こんな事が、あるのでしょうか。


「心配は要らない」
「えっ?」

 後ろから、私のパソコンの画面を覗き込んで、事務員さんがフッと鼻で笑いました。

「その遅延は、あの子の不幸とはおそらく無縁のものだ。
 何でも結びつけてしまうのは、あの子が可愛そうだろう」


「そうですね……すみません」
 それなら、良かった――。

「何しろあの子は、電車をあまり使わないそうだからね」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:09:55.96 ID:A6rjc17z0
「……えっ」

 自分の席に戻り、事務員さんは続けます。

「専ら、バスと徒歩らしい。
 電車と比べ、事故か何かで遅れた時に、周りに与える影響が比較的少ないからだそうだ」


 だから、白菊さんは駅まで私と行こうとしなかった――。



「どうして……」
「ん?」

 独り言が、つい口に出てしまっていたようです。


「社長は白菊さんをスカウトし、プロデューサーさんは私に、彼女を任せたのでしょうか」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:12:38.92 ID:A6rjc17z0
 私には、ちっとも分かりませんでした。

 いや――。


「どうしてだと思う?」

 事も無げに事務員さんは、自分のカップに手を伸ばし、コーヒーを啜ります。



 分からない、というのは嘘です――分からないフリをしていたかった。

 ですが、そうとしか考えられない事を、私は既に知っていました。


「もう、私達も……この会社も、どうでも良いから、ですか」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:16:27.13 ID:A6rjc17z0
 とても失礼な事を、言ってしまいました。

 ですが――。

「初めは、冗談だと思いました。会社を潰そうとしている、だなんて……
 でも、そう考えれば、すべて納得がいきます」


 体よく廃業するきっかけとして、“死神”と揶揄される彼女を迎え――。

 そんな彼女のお世話を私に任せたのも――。

 プロデューサーとしての知識も経験も、アイドルとしての未来も何も無い私に――そして――。


 346プロに、プロデューサーさんが頻繁に出入りしているのも――。

「転職を、されようとしているのかな、って……346プロへ」



「やれやれ……重要書類をデスクの上に放置するのはやめなさいと、だから言ったのにな」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:20:59.41 ID:A6rjc17z0
「えっ?」
「見たのだろう? 彼の書類を」

 軽くため息を吐きながら質した事務員さんに、私は黙って首肯します。


「彼は今、この会社ごと、346プロへ身売りする段取りを進めている最中だ。社長の特命でな。
 この秋にはもう、我が社は畳む事になるだろう」

 どこか嫌味を含ませるように、彼女は鼻を鳴らしました。

「そして、倒産した要因は“また死神のせい”だと、周囲は勝手に空想し、同情してくれる」



「……そうですか」

 やっぱり――何故だか、胸につかえていたものが、少しだけ晴れた気がしました。

「怒らないのか?」
 事務員さんは立ち上がり、給湯器の方へ歩きながら、不思議そうに尋ねます。

「担当アイドルの面倒をロクに見ることもせず、目先の保身だけを考えている我々が憎くないと?」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:23:12.16 ID:A6rjc17z0
「私のせいでも、ありますし……こんなものだろうな、って、思えますから」

 私だけなら――私の人生なんて、そういうものだから。


 ただ――。

「ただ……白菊さんだけは、見捨てないであげてほしかったな、って……」


 パソコンの画面には、事務所周辺のレッスンスタジオの所在を示した地図が映っています。

 電車を使っていなかったなんて――。
 そんな、プロデューサーとして知っておかなければならない事を、私は知らなかった。

 もっと、近い所を――彼女の家か、事務所に近いスタジオを探さないと。


「これ以上レッスンしてどうする?」

 私のデスクの後ろから、事務員さんの声が聞こえます。

「どうせ畳むんだ。いくら努力したところで、何も残らない。
 だから、彼はキミに、彼女の世話を押しつけた」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:25:23.56 ID:A6rjc17z0
「ご存知ですか?」
「ん?」

「どうして、白菊さんがアイドルを目指すのか」


 自身の不幸が周囲に波及する事を恐れる彼女が――。
 人とのつながりを恐れる彼女が――。

 どうして、人との関わり無しに向き合えない『アイドル』を志したのか。


「私は、知りません。だから……知りたいんです」

 これもおそらく、プロデューサーとして本来、知っておかなければならない事でしょう。

 直接聞くのは簡単です。でも――。


 彼女を真に理解するためには、それを肌で感じる必要が、ある気がして――。

 口が下手だというのも、多分にあるのですが――だから――。

「もっと、向き合わなくちゃ、って……」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:27:05.22 ID:A6rjc17z0
「やれやれ……人の事より我が事、だな」

 気づくと、事務員さんは私のカップに、コーヒーを注いでくれていました。

「えっ……ありがとう、ございます」


「意地悪な事を言って、すまなかった」
「えっ?」

 流しへ行き、自分のカップを洗うと、事務員さんは私に向き直りました。


「詳しい事は言えないが……私も彼も、社長も、キミ達を見捨てようなどとは考えていない。
 だから、キミ達はキミ達の努力をしてくれ。我々も……少なくとも私は、全力でサポートする事を約束しよう」


「……はい」


 今日の、ここでのお話は、私と事務員さんだけの、秘密になりました。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:28:34.53 ID:A6rjc17z0
 ――――――。

 ――――。


 突然に、しかし、いつも通りに、壁が私の行く手を阻みます。

 そして、いつものように、私は回れ右をして、壁の邪魔にならない方へと歩き出します。


 後は、到着した場所で、真っ暗闇になるのを待つだけ。



 ――――。



 ――?
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:29:32.60 ID:A6rjc17z0
 何だか――いつもと、様子が違います。

 黒が広がるのが、妙に遅い気が――。


   ――おそとにいって、むしのかいだんごっこするの!

 ――ッ!?


   ――おそといくの!


 どうして――――苦しい――。

 早く、黒くなって――!



 ――――。

 朝、目覚めると、大して暑いわけでもないのに、寝汗をかいていました。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:34:57.49 ID:A6rjc17z0
「かしこまりました、ありがとうございます。それではこれから、はい……いえこちらこそ恐縮です。
 では、これからお伺いします。その際にサクッと例の書類もお預かり致しますので……はい、お願いします。失礼致します」

 受話器を置いて、プロデューサーさんは慌ただしく席を立ちます。

「それじゃあネーサン、また例の協議先へ行ってくるね」
「お土産を頼むよ」
「渋谷だぞ? お土産もクソも無いでしょ、コンビニのアイスでいい?」

 渋谷――346プロの、最寄駅でした。

「ねぇ、美優さん」
「へっ!?」

「美優さんは、何か欲しいのある?」
「あっ……わ、私は、いえ、何も……」
「そっか、ほたるちゃんは?」
「いえ、私も、悪いですし……」

「ほらー、美優さんもほたるちゃんもいらないって」
「ヒカリエの地下2階にある、吉兆庵のどら焼きを買ってきなさい」
「どうせ高いんでしょ? パルムで十分だわ」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:36:32.67 ID:A6rjc17z0
「あ、ネーサン、オバちゃん来たらこれでタフマン買っといて。それじゃ、行ってきまーす」

 そう言って、小銭を事務員さんのデスクに置くと、プロデューサーさんは出て行ってしまいました。


「フッ……キミ達二人なら遠慮すると思ったのだろう。打算的な男だな」

 事務員さんは、私と白菊さんへ順に目配せをして、肩をすくめました。


「でも……」

 白菊さんが、オドオドしながら、控えめに呟きます。
「プロデューサーさんは、良い人です」

「そうか」

 事務員さんは、否定も肯定もしませんでした。
 私も――。


「前の事務所では、怒られてばかりで……ここの人達は、皆、優しくしてくれますから」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:42:52.25 ID:A6rjc17z0
「そうか」

 事務員さんは、やはり、深くは語らずにカップを傾けます。

 そして、キーボードを叩き始めると、それ以降何も話さなくなってしまいました。



 白菊さんは――どうなるのでしょうか。

 この事務所が無くなる時、彼女はきっと、また自分のせいだと思い込んでしまいます。

 そうじゃないんだって、教えてあげたい。だけど、このままじゃ――。


「し、白菊さんっ」
「はいっ!?」

「私も、今日は大きな予定、無いですし……どこか、あ、遊びに行きましょうか?」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:45:26.92 ID:A6rjc17z0
「へ……?」

 拍子の抜けた彼女の返事を尻目に、私は事務員さんに、そっと視線を送ってみます。

 事務員さんは、フッと鼻を鳴らし、手を止めました。
「どこへ行くのか知らないが、お土産を頼むよ」


「こんにちはー、ヤクルトでーす」

 お礼を言おうとした私と、事務員さんの間に、ヤクルトレディーの方が割って入りました。

「あら、今日はあのお兄さんは?」
「彼は外へ行っています。マスター、いつもの」
「あいよー」

「お嬢ちゃん達も、何かどうだい?」
「お、お嬢ちゃん……」

 私は、もうそういう歳では――でも――。


 せっかくなので、私はアロエヨーグルトを、白菊さんは黒酢ジュースを購入しました。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:47:25.22 ID:A6rjc17z0
 と、言ったものの――。

 今時の13歳は、どのような遊びをするのか、まるで見当がつきません。

 とりあえず、近所の都立公園にでも足を運ぼうと思った矢先――。


 予報外れの、土砂降りの雨が降ってきました。


「あ、あの……よろしかったら、一緒に」

 そう言って、おずおずと白菊さんは折りたたみ傘を取り出しました。

 なるほど、そういう対策もバッチリなのですね。


「いえ……実は、初めてなんです、これを使うの。
 持ってる時に限って、降られない事がほとんどだから……だから、むしろラッキー、かなって」

 ――な、なるほど。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:51:10.87 ID:A6rjc17z0
 ですが、折りたたみ傘は、二人で使うには少し小さくて――。

 結局、タクシーを使って、なんとか駅ビルに到着しました。

 パッと思いついたのは、ショッピングです。


「私、アロマを見ようかなぁって……白菊さんも、何か見たいもの、ありませんか?」

 彼女の好きな物、興味のある物を知るには、悪くないプランだと考えました。


「私は……」
 白菊さんは、エレベーターの横にあるフロアマップを見て、少し悩んだ後――。

「雑貨屋さん、行っても良いですか?」

「良いですね、行きましょうか」

 小物が好きなのかな?
 およそ初めてにも思える、彼女の能動的な発意に、少し胸が温かくなります。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:57:14.71 ID:A6rjc17z0
 エスカレーターでゆっくりと上がって、上階の雑貨屋さんを目指します。

 エレベーターは、前に止まってしまった事があって以来、なるべく使わないそうです。

 ――――。


 目的の階に到着して、少し彼女の後ろについて、観察してみます。

 白菊さんは、辺りをキョロキョロ見回してから、ゆっくりと物色を始めました。


 やがて、彼女は一つの可愛らしいシールを手に取りました。

「それは……ウサギ、でしょうか?」
「はい……あ、でも、やっぱりこれ、前にも買ったことあるヤツでした」

 照れくさそうに、でも、柔らかな笑顔で白菊さんは答えながら、それを棚に戻しました。

「幸せの象徴ですから……こういう、幸運グッズっぽいものを見たり、買ったりするの、好きなんです」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 16:58:29.56 ID:A6rjc17z0
「可愛いですよね、ウサギ」

 そう言いながら、なんて健気で儚いのだろうと思いました。

 彼女は幸せを願っている――つまり、自身の不幸な現状を、憂いているのです。

 どんなに苦しい事でしょう。


「……あ、これ」

 私は、その隣にあった別のシールを手に取ってみました。

 これも可愛らしい、テントウムシを象ったものです。


「へぇ……テントウムシも、ラッキーシンボルなんだそうです。白菊さん、知っていましたか?」
「いえ、知りませんでした……そうなんだぁ」

 値札の上には、可愛らしいイラストと一緒に、そんな宣伝文句が歌われています。
 どういった理由なのかは、よく分かりませんが――。

 でも、白菊さんはとても興味津々です。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:03:29.30 ID:A6rjc17z0
「あ、そういえば」
 手にとってしばらく眺めた後、何かを思い出したように、嬉しそうな顔を私に向けました。

「知っていますか? テントウムシって、一番てっぺんまで登ってから飛ぶんです」

 あ、それ――。
「知っています。だから、手をこう、階段のようにかわりばんこに……」

   ――おそといくの!

「……ッ!?」



「……三船さん?」
「あ、いえ……階段のように、かわりばんこに手を置くと、テントウムシ、ずっと登り続けてしまうんですよね」
「そう、そうです!」


 小さい頃、夏休みに父方の実家へ遊びに行った際、祖母に教わりました。

 止まっている植物や、畑の塀等――。
 テントウムシは、それらの一番上まで登ってから、小さな羽を遠慮がちに広げて飛ぶんです。

 その思い出を語ると、白菊さんはとても嬉しそうに頷きました。

「その、一生懸命に見える感じが、私、好きで……そういう風に、私もなりたいかなぁって」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:05:09.40 ID:A6rjc17z0
「白菊さんなら、きっとなれると思います」

 ちゃんと上まで、登っていける――いえ、彼女には、登っていってほしいと思います。

「ありがとうございます。それと、あの……今さらですが」

 白菊さんは、恥ずかしそうに目を伏せました。


「苗字ではなくて……名前で、呼んでもらえると、嬉しいなぁって」

「えっ?」


 ――そう言えば、考えたこともありませんでした。

 苗字じゃなくて、名前――。

「ほたるさん?」
 思いついたまま呼んでみると、何だか違和感が残ります。

 彼女としても、どこかしっくり行っていない様子です。
「語尾が……」


 語尾――ほたる、さん付けではなくて――?

「ほ……ほたる、ちゃん?」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:07:18.76 ID:A6rjc17z0
 呼んでみると、彼女の顔が、パァッと明るくなりました。
「は、はいっ」

「ほたるちゃん、で良いですか?」
「はいっ! あ、あの……私も、美優さんって、呼んでいいですか?」
「えぇ、もちろんです」

 何だか、歳の離れた妹ができたみたいです。
 急に、二人の距離が縮まったような気がして、私もすごく、嬉しくなりました。ふふっ。


 白菊――いいえ、ほたるちゃんと、お揃いのシールを買って、仲良くスマホケースに貼り付けます。

 色違いの、可愛らしいテントウムシが、お互いのスマホにちょこんと彩られました。



 ――ただ、何となく、先ほどから頭の奥がチリチリする感じがします。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:11:03.59 ID:A6rjc17z0
 ほたるちゃんにせがまれて、今度は私の用で、アロマのお店に行きました。

 と言っても、実は、そこまで入り用があった訳では無いのですが――。
 せっかくですし、何か買おうかしら。


「こういう、オイルと言いますか……これを、中に入れて炊くんです」

 講釈と言えるほど、威張れるものではないのですが、ほたるちゃんはとても興味深そうに聞いてくれます。

「あとは、手軽なものだと、こういうスティック状のものも……
 テーブルの上に置いておくだけで、少し気分が落ち着きます」

「美優さん、すごく大人の女性って感じで、カッコいいです」
「……へっ?」


 カッコいい、とは――?

「そ、そういうものでは……OL時代、上手く行かない事が多くて、だから……こういうのに、すがっていただけですよ」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:15:02.50 ID:A6rjc17z0
「それじゃあ、私にも合うかも知れません」

 そう言って、ほたるちゃんは、スティック状のアロマグッズを手に取りました。
「私なんて、上手く行かない事ばかりですから」


 ――おそらく、彼女の癖なのでしょう。

 自嘲気味に笑いかけるその様が、すっかり自然な仕草として身についてしまっているようでした。


 何も言わずに、私はほたるちゃんの選んだそれと一緒に、レジへ持って行きました。

「お、お金、出しますっ」

 遠慮する必要なんて無いのに――彼女のその姿、どこかで見た記憶があります。

 会計をして、振り返ったほたるちゃんの顔を見て、気づきました。


 たぶん、私です――。

 遠慮して、何も欲しがる事をしなかった私に、どこか似ていると思いました。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:17:07.41 ID:A6rjc17z0
「す、すみません……」
「謝ることでは、ないですよ」

 笑いかけながら、彼女のアロマを手渡すと、ほたるちゃんはなおも恐縮そうに身を縮めました。

「はい……ありがとうございます、美優さん」


 人に迷惑を掛けることを極度に恐れるあまり、彼女は、人に甘えることに慣れていないのかも知れません。

 なら、せめて私が、頼れる大人にならなくちゃ――ですね。


「ほたるちゃん、その……服とか、見てみませんか?」

「服、ですか?」
「私も、あまり頓着がある訳ではないのですが……たまには、ね?」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:19:13.08 ID:A6rjc17z0
「とてもお似合いですよ! 新しく売り出したこちらのアウターが、当店では人気なんですっ。
 軽くて着心地良い上に風も通さないので、そう季節を選ばずに着れますよ?」

 そ、そうかしら――ほたるちゃんにも、お似合いですし――。


「お客さん、すっごくスタイル良いですね!
 このワンピースもいかがですか? さりげなくボディラインも強調できちゃいますよぉ!?」

 い、いぇ、私は――さりげない、というか、胸元が開きすぎ――。


「もうこの一点限りなんですよねー!」
「お連れの方にもぜひぜひ!」
「ご一緒に当店オリジナルのアクセサリーもいかがでしょう!?」



 ――――。

「あ、あの……美優さん」
「えぇ……ちょっと……休憩、しましょうか?」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:23:41.26 ID:A6rjc17z0
 最上階にあるレストランフロアの、カフェに立ち寄ります。

 ようやく腰を落ち着けて――ふと窓の外を見ると、まだ雨が降り続いているようです。


「あの、すみま、いえ……ありがとう、ございます」

 目の前に座ったほたるちゃんは、やはりどこか申し訳なさそうです。

 断りきれなかったとはいえ、少し、羽目を外しすぎてしまったようです。
 しばらくは、節約をしなくてはならないでしょう。


 頼れる大人、というのは、難しいものですね。 

 なけなしの経済力にものを言わせたところで、みっともない姿を見せてしまいました。


 ――でも。

「ほたるちゃん、明るい色の服も、すごく似合っていましたよ」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:28:36.80 ID:A6rjc17z0
「ほ、本当ですか?」
「えぇ」

 彼女にはやはり、アイドルとしての素質があります。

 店員さんの着せ替え人形にさせてしまったけれど――。
 服を変えるだけで、見違えるほど、さらに印象が変わるものですね。

「美優さんにそう言ってもらえると……嬉しいです」

 ほたるちゃんは、モジモジと顔を俯かせながら、控えめに笑みを零しました。


 この笑顔――そう。

 もっと、自分自身の魅力に気づかせて、萎縮しきった彼女の心を氷解させていく必要があります。

 そのためには、レッスンだけでなく、もっと彼女と色々な時間を共有して、魅力を見つけて――。

「いつか、晴れた日には、一緒に公園に行きませんか?
 私、犬が好きで、時々ドッグランを見に行く公園があるんです」

「い、犬……!」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:30:20.23 ID:A6rjc17z0
 明らかに、ほたるちゃんが身を強張らせました。

「ご、ごめんなさい。犬、苦手でしたか?」
「毎朝、吠えられていて、ちょっと……あ、でも、頑張りますからそれは…」
「い、いえ! 頑張らなくても……」

「ただ……」


 ほたるちゃんが、窓の外に顔を向けました。

「たぶん、晴れる事は無いと思います……私と一緒にいる限り」

 その横顔は、寂しそうで、悲しそう――先ほどとは違う、普段彼女が見せる、自嘲気味の笑顔でした。


「私は、雨、好きです」
「えっ?」

 驚いた顔を、ほたるちゃんが私に向けました。

 失礼かも知れませんが、その意表を突かれた表情は可愛くて、ちょっと面白いですね。

「雨の音は、心が落ち着きますから」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:33:43.27 ID:A6rjc17z0
「……無理に励まそうと、しなくて良いんですよ?」

 ほたるちゃんは、既に冷めてしまったカップを両手で持ち、視線を落としました。

「無理なんかじゃありません」

 自分の気持ちをどうすれば素直に伝えられるのか、分からないままの私の口から、気づくと声が出ていました。

「その公園には、綺麗なアジサイが植えられた緑道もあるんです。
 雨が降った緑道を、傘を差して散歩するのも、良いものですよ?」


「……今日よりも、大雨が降って……まともに、散歩もできないかも知れません」
「その時は、東屋で雨宿りしましょう。体が冷えてしまったら、近くにスーパー銭湯もあります」

「たまたま、配管の事故か何かで、営業停止しているかも……一度、そういう事が…」
「それなら、私の家に来ませんか? 今日買ったアロマの事も、ちょっとだけなら、教えられますし」

「電子機器とか、人の家に行くと、壊れてしまうんです……美優さんにご迷惑をおかけする訳には…」


「かも知れない、というだけでしょう?」
「えっ……」
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:35:41.13 ID:A6rjc17z0
 何を言いたいのか、うまく考えがまとまりません。

 ですが――“かも知れない”ばかりを挙げていては、キリが無いのも事実だと思うのです。

「かも知れないとしても……」


 思わず、はしっ、と彼女の手を取りました。

「私は、ほたるちゃんをもっと知りたいし、力になりたいんです。
 プロデューサーとしてではなく、私個人の気持ちとして」

 ほたるちゃんは、すごく驚いています。

「人に好かれる事を恐れていたら、アイドルなんて……!」


 ――言いかけて、ハッと我に返ると、私は口をつぐみ、手を引っ込めました。


 私自身、ロクに大成できていないくせに、何を偉そうに説教しようというのでしょう。

「ごめんなさい……あまりにも、身勝手でした」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:51:15.85 ID:A6rjc17z0
「いえ」
 ほたるちゃんは、優しく首を振ります。

「美優さんの気持ち、伝わります。
 私も……トップアイドルを目指すと言いながら、臆病になりっぱなしでした」


 気づくと、ほたるちゃんが手を伸ばし、引いた私の手にそっと添えました。

「ほ、ほたるちゃん……」

「美優さんになら、私、甘える事が、できるような気がします。
 色々と、私の不幸のために、ご迷惑をおかけするかと思いますが…」
「ううん!」

 ギュッと、ほたるちゃんの手を握り返し、首を振ります。

「むしろ、共有させてほしいんです。ほたるちゃんの不幸を。
 二人なら、辛いのも苦しいのも、きっと半分で済むでしょう?」
「そ……」


 自分の不幸が周囲にまで及ぶ事を恐れる彼女には、酷な言い方だったかも知れません。

 ですが――そんなのやっぱり、間違いなんです。

「自慢じゃないですが……冴えない出来事との縁の深さなら、私もそう負けてはいませんから」
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:52:35.24 ID:A6rjc17z0
「美優さん……」

 彼女を救おうなどという、おこがましい考えなんてありません。
 私は、彼女を理解し、見出した魅力を一人でも多くの人に知らしめたい。

 担当プロデューサーとして――いいえ、彼女の友人として。

「帰る前に、傘を見に行っても良いですか? 私も、折りたたみを買っておこうかなぁと」
「もちろんです。行きましょう」


 そうして買った折りたたみ傘を手に、駅ビルを出る頃には、雨は上がっていました。

 これは、どっちかしら――ラッキー? それとも、「せっかく買ったのに」という不幸?

 ――あるいは、不幸であれば良いですね。


 両手にいっぱいの買い物袋をぶら下げながら、お互いに顔を見合わせて、私達は笑い合いました。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:54:15.77 ID:A6rjc17z0
「あっ」


 帰り道、事務所が見えてきた所で、ふとほたるちゃんが立ち止まりました。

「どうかしましたか?」
「お土産……」
「あっ」

 そういえば、事務員さんから言われていたのを、私もようやく思い出しました。

「事務員さんも、軽い気持ちで仰っていただけだと思いますし、気にしなくて大丈夫ですよ」
「コンビニで、アイスでも……私、買ってきます」
「あ、ほたるちゃん」

「美優さんは、先に戻っていてください」
 彼女はそう言うが早いか、先ほど通り過ぎたコンビニへ走っていきました。


 ――コンビニで考えられる不幸と言えば、何でしょう?
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:56:29.98 ID:A6rjc17z0
 目当てのアイスが、売り切れているかも知れない。
 買ったアイスに、ゴミが入っているかも知れない。
 コンビニ強盗に遭遇するかも知れない。

 ――やはり、色々な可能性を言い出したらキリがありません。

 一部の常識外れなケースを除き、そう大した事態にはならないだろうと思い、私は彼女の言葉に甘える事にしました。



「ただいま帰りま……」

 事務所に戻り、扉を開け――かけた所で、私はその手を止めました。


「そこを何とか、もう一度お考え直していただけないでしょうか。
 私共と致しましても、これが……!」


 奥の方から、声が聞こえて来ます。
 普段はとても明るい調子だけれど、電話でお仕事の話をする時は、すごく丁寧な口調。

 しかし、いつもとは違う、とても切迫した様子の――プロデューサーさんの声です。


「いえ、それは誤解です。ご迷惑はおかけしません、どうか、どうかその日のイベントに……!?
 ちょっ、あの……!!」
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:58:01.88 ID:A6rjc17z0
 ――――。


 少し、時間を置いて、私は開けかけた玄関扉の間をすり抜け、閉めました。
「ただいま帰りました」


「……ん、美優さん?」

 プロデューサーさんは、執務室に入った私の姿を見ると、和やかな顔をしながら手を上げました。

「おーお疲れ〜! ネーサンから聞いたよー、ほたるちゃんと遊びに行ってたんだって?
 いいなーそういうの大事だよね、たまにはサラッと羽を伸ばしてさ。レッスンばっかだと気ぃ詰まるでしょ?」

「いえ……気が詰まるほど、レッスンもあまり、できていないですが…」
「あ、そっかそっか悪い! まぁまぁ……おっ?
 何買ってきたのそれ、ひょっとしてお土産!? いやー悪いねー」
「あぁいえ! これは……す、すみません」
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:00:20.75 ID:A6rjc17z0
「あぁ、違ったか。いやいやこちらこそ。
 へぇー超買い込んだねぇ、楽しかった? いいなー」

 プロデューサーさんは、先ほどの切迫した声が嘘のように、私に気さくに話しかけてくれました。


 決して私達に見せない一面を、彼は隠し持っている。
 そんな彼を見て――私は、とある思いが生まれました。

「プロデューサーさん」
「ん、何?」


「何か、ほたるちゃんにお仕事をさせたいんです。イベントとか……できれば、ライブを」


 プロデューサーさんは眉を上げ、小首を傾げてみせました。
 無礼を承知で、私は続けます。



「この事務所が、無くなる前に」


 私がそう言った瞬間、プロデューサーさんの顔に緊張が走るのが見て取れました。

「教えてください。
 私達が、この事務所のアイドルでいられるのは……あと、どれくらいですか?」
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:03:23.69 ID:A6rjc17z0
 ――少し、穏やかな顔に戻して、どこかプロデューサーさんは他人事のように話しました。

「先方とは、9月末の契約に向けて、話を進めているところだね」

 私と、目を合わせようとしません。
 動揺した姿を見せまいと、平静を装っているのは明らかです。

「驚いたよ。いつか言わないと、とは思っていたんだけど……隠していてごめんね」


「それは、構いません」
 私は一歩、彼の方に進んで続けました。

「私が何とかしたいのは、ほたるちゃんが……今回の倒産を、ほたるちゃんのせいだと、思わせたくないんです」

 再び驚いた顔をして、プロデューサーさんが向き直り、私を見つめます。


「そのためにも、知らしめたいんです。ほたるちゃんが、どれだけ素晴らしいアイドルなのかを、多くの人に。
 だから、ライブを……無茶なお願いなのは分かっています。でも……!」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:05:04.92 ID:A6rjc17z0
「残念だけど、それは難しい」

 毅然とした冷たい彼の言い方に、思わず私の体が強張ります。

「俺達が思っていた以上に、どうやらほたるちゃんの噂は有名らしくてね。
 彼女の名前を出した途端、会場も、共演相手の事務所にも、断られてしまう」

 ふふっ、と鼻で笑い、プロデューサーさんはかぶりを振りました。

「さっきも、交渉してみたんだけどね、ダメだった……最後の一件だったんだけどなぁ」


「プロデューサーさん……」

 この人も、お仕事を用意しようとしてくださっていたのですね。

 ひょっとしたら、私と同じ考えで――ほたるちゃんのために。



「ふっふっふ」
「……?」

 唐突に、プロデューサーさんが肩を揺らし、不適な笑みを浮かべました。

「だがな、諦めるのはまだ早い。正道がダメなら、邪道がある」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:09:00.47 ID:A6rjc17z0
「さっき、難しいって……?」
「難しいとできないは違うんだよ、美優さん」

 先ほどとは違い、どこか得意げにプロデューサーさんは鼻を鳴らします。


「ただいま」
「た、ただいま帰りました」

 そこへ、事務員さんが帰ってきました。
 どういう訳か、ほたるちゃんも一緒です。

「お帰りネーサン、パルムあった? おっ、ほたるちゃんもお帰り」


「ちょうど、白菊君と出会った所で、コンビニ強盗があってな。少し手こずってしまった」

 そう言いながら、事務員さんは首に手を当て、けだるそうにコキコキと鳴らしました。

「だが、それを追い払ったおかげで、店長からこの通り、礼をもらってね。
 怪我の功名、と言ったところか」
「無傷じゃねーか」

 事務員さんがほたるちゃんと一緒に持ってきたのは、両手いっぱいのコンビニ袋に入ったアイスでした。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:11:50.98 ID:A6rjc17z0
「す、すみませんでした……」
 ほたるちゃんが頭を下げると、事務員さんは呆れながら手を振りました。
「悪いのは強盗だ、キミとは何も関係が無い。
 たとえキミの不幸が遠因だとしても、キミが謝る話ではないだろう」

 まさか、本当にコンビニ強盗に遭っていたなんて――。
 事務員さんがいなかったら、どうなっていたでしょう。

「はい、あ、ありがとうございます」
「よろしい」
「ネーサンの腕っ節の強さときたら、草薙素子もかくやというメスゴリラだからな」

 プロデューサーさんがそう言った瞬間、事務員さんの、アームロック? が決まりました。
「いででででで!!!ごめんごめんごめんもう言いません折れるあいだだだだだ!!!」
「よろしい」


「そ、それで、プロデューサーさん」
「ん?」

 事務員さんに解放された右腕を回すプロデューサーさんに、私は問い直します。

「さっきの話ですが……あの」
「あぁ」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:17:01.51 ID:A6rjc17z0
「今度、346プロが主催するでっかいライブイベントがあるの、知ってる?」

「サマーフェスか」
「そう、さすがネーサン、古巣だけあってよくご存知」

 プロデューサーさんが、ニカッと事務員さんに笑顔を返しました。
 って――えっ?

「古巣、ですか?」
「え、知らなかったっけ? ネーサン、前は346プロにいたんだって」

 そ、そうだったんですか――ほたるちゃんと一緒に、変なため息が出てしまいました。

「346プロでも、事務員さんだったんですか?」
「あれ、プロデューサーやってたんじゃないっけ? ネーサン」

「しがない事務員だよ」
 事務員さんは、自分の分のコーヒーを淹れ、席に着きました。
「うっそだぁ、バリバリの敏腕Pでしょ絶対。こんな偉そうな態度の事務員さんいる?」
「どの会社でも、サイフを預かる部署は偉いもんさ」
「そりゃ確かに。あ、話逸れた、それでね」


 オホンと咳払いをして、プロデューサーさんは本題に戻りました。

「そのフェスに、特別枠で参加させてもらえないか、先方と交渉してみようと思う。
 ウチの会社を346プロに買収してもらう、そのついでにな」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:20:21.61 ID:A6rjc17z0
「そ、そんな事、できるんですか?」
 だって、346プロのイベントに、無関係の私達が出るだなんて――。

「そこでネーサンの力が必要になるんだ。ネーサン、誰か頼れそうなツテとかない?」
「私とて、魔法使いではない。出来ることと出来ないことがある」
「爪を隠してる場合かよ。いよっ、完璧超人」

 ハァ――と、深いため息をつく事務員さん。


 やがて、観念したように彼女は胸ポケットから手帳を取り出し、連絡先を探しました。

「……あそこの事業部長とは縁がある。機会を見つけて、コンタクトを取ってみよう」

「さっすがネーサン!
 ていうかさ、今回の話だって俺じゃなくてネーサンがササッと話を進めるべきだったろ、どう考えても」
「あの会社とはあまり接点を持ちたくないんだ。詳しくは言えないがね」
「そうやってワガママ言うから、俺や美優さんが割を食うんじゃんか、ちょっとは反省しろよ。
 美優さんも、この人にもっとベシッと文句言っていいからね」

「えっ……文句?」
「だって、346との調整を最初からネーサンがしてくれてりゃ、俺も美優さんとほたるちゃんのプロデュースにガシッと専念できたし、美優さんだって慣れないプロデュース業しなくて良かったんだよ?」

 なるほど、そういう事だったんですね――でも。


「むしろ、感謝したいです」
「は?」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:22:35.30 ID:A6rjc17z0
 私の言葉に、プロデューサーさんと、事務員さんの目も点になります。

 私は一度、ほたるちゃんの顔を見て、二人に向き直りました。

「そのおかげで、ほたるちゃんのファンの、第一号になれましたから」


「……そういや美優さん、いつの間にほたるちゃんを“ほたるちゃん”って呼んでるね」
「あ……ふふっ。そうなんです」

「よーし、分かった!」
 プロデューサーさんが手をポンッと叩きました。

「俺も346のプロデューサーに一人、話の分かる人がいるから、ちょっとその人プッシュしてくるわ。
 ネーサンもあっちのお偉方とアレして、外堀埋めてって」
「それよりキミは、二人に楽曲を用意してあげなさい。交渉なら私と社長で進めておく」
「あ、そりゃそうだな。美優さん、足の具合はどう?」

「足は……」


 日常生活には、支障はありません。
 ただ――。


「行けます……ほたるちゃんと一緒に、レッスンします」
「よしよし」
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:26:51.89 ID:A6rjc17z0
「あ、あの」

 声がした方に、皆が振り返ると――おずおずと、ほたるちゃんが手を挙げていました。
「どうした、ほたるちゃん?」

「私、と、とても……嬉しいです、でも、その……こんな、私なんかのために、皆さんが…」
「はいっ! ほたるちゃん、アウトー」
「う、うえぇっ!?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、プロデューサーさんが小脇に置いていた何かをヒョイッと持ち出しました。
「デデーン、つってな」


 これは、よくある豚の、いえ――カエル、の貯金箱、ですか?

「いつだったか、『ゲロゲロキッチン』ってケーブル局の番組に、美優さん出たことあったでしょ?
 その時もらったヤツ。これからネガティブな事を言った人は、1回につき百円です。いいね?」

「え、あぅ、それは……でも、本当に私…」
「ほらほら、また言いそう! もう百円だぞ、ほたるちゃん!」
「は、はいっ! すみません、払います、払いますから!」
「いや、払えっつってんじゃなくてネガティブを言うなって」


「なるほど、思考の矯正ツールか。考えたな」
 顎に手を当て、繁々とそれを眺めながら、事務員さんがニヤリと笑いました。
「あ、ちなみに美優さんもだからね? ネーサンは、タバコ1回につき百円」
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:29:43.73 ID:A6rjc17z0
「高いな」
「嫌ならキッパリ禁煙しとけって。マジで女性のタバコだけは止めろよ、だから結婚できねぇんだ」

「いぃだだだだだだだだっ!!!」
 気づいた時には、またそういう、関節技のようなものを決めていました。
 お、折れていないかしら――?


「それならキミは、変な擬音を喋るごとに百円だな」
「は?」

 肩を回しながら、プロデューサーさんは首を傾げます。

「あ、あぁ……サクッととか、ビシッととか、ですよね?」
「えーそんなんでいいの? 俺全然サイフ痛まない自信あるけど」

「キミ、このパピコを二つに割ってくれないか?」
 事務員さんは素知らぬフリをして、二本セットのアイスをプロデューサーさんに差し出しました。
「えっ、何、ネーサンが割ってよ、そんくらいパキッと。あっ」

 あまりのあっけなさに、私も、ほたるちゃんも思わず吹き出してしまいました。

「きたねぇぞ! 絶対ハメだろ今の!」
「いいから、さっさとこのゲロちゃんに百円食べさせなさい。
 何なら1万円くらい、今のうちに入れといたらどうだ?」
「馬鹿にすんなこの野郎!」
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:31:59.62 ID:A6rjc17z0
 という訳で――私とほたるちゃんは、ネガティブな事を言ったら百円。
 プロデューサーさんは、擬音を言う度に。事務員さんは、タバコを吸ったら百円。

 サマーフェス当日まで、このゲロちゃん募金は続け、本番が終わった後の打ち上げで使いましょう、という事になりました。

 出られるのかどうか、まだ決まった訳ではないのに――ふふっ、楽しみですね。


「さて、そうなると……ユニット名、どうするかな」

 事務員さんが、ふと独り言のように私達に問いかけました。


 うーん、と腕組みをして唸った後、プロデューサーさんが顔を上げました。

「美優さんと、ほたるちゃんだから、『みゆ〜ず』ってのはどう?」
「白菊君どこに行った。それに、何となくパクりっぽいだろう」
「あ、そう? じゃあ、苗字の三船と白菊で、『白船〜ず』とか?
 それか、英語で『ホワイトシップ〜ず』ってのは」
「キミ、少し黙って」


「あ、あの……ユニット名は、追って考えることに、しませんか?」

 そう私が提案すると、ほたるちゃんも含め、皆さんは納得してくださいました。



 いつ言うべきだろうかという、迷いだけが、私の胸に残りました。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:32:59.91 ID:A6rjc17z0
 ――――――。

 ――――。


 突然に、しかし、いつも通りに、壁が私の行く手を阻みます。

 そして、いつものように、私は回れ右を――。



 ――? えっ――!?



「ダメなんです……私は、人を不幸にしちゃうんです。
 そんな人、アイドルになんて、なっちゃいけないんです……」


 あれは――。



   ――アイドルになりたくない?
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:34:56.26 ID:A6rjc17z0
「スカウト、ですか……? 私はもう、アイドルにはなれません!
 私は疫病神なんです。関わったら、あなたの事務所だって、倒産しちゃうかも……!」

   ――ハッハッハッハ。

「な……何が、おかしいんですか……?」


 壁がどんどん、迫ってきます。

 なのに私は――目の前にいる二人のやり取りに心を奪われ、その場を動くことができません。



   ――渡りに船、と言っては失礼だがね。

「えっ……?」

   ――もう、畳もうと思っているんだ。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:37:42.18 ID:A6rjc17z0
   ――古い友人が、大手芸能事務所の重役をしていてね。

   ――彼と相談して、ウチの社員とアイドルを、その事務所に引き継ごうと思っている。


「あ、あの……」

   ――白菊ほたる君、と言ったね?

   ――キミには間違いなく、輝ける素質がある。それに、今私達のもとにいる彼女も。

   ――キミ達がそこに入る足掛かりを得られるよう、私に人肌脱がせてくれないかね?

「な……どういう、それは……?」


   ――さて、その前に質問だ。一度しか聞かないよ、いいかい?


   ――キミは、幸せになりたいかい?
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:39:48.07 ID:A6rjc17z0
「し、幸せに……不幸な私が、幸せなんて……」


 暗く恐ろしい壁が、見る間に空間を浸食していきます。

 二人の姿も――私自身さえ、輪郭が判然としなくなり、今にも押し潰されそうです。


   ――アイドルとして、輝きたくないかい?


「ぐすっ…………な、なりたい……です……幸せに……!」

「トップアイドルに、私……!!」



 ――――ッ!!!



 ――――。


 ――何かを叫びながら飛び起きたらしい事は、何となく分かります。

 しかし、何を叫んだのか、思い出せません。


 ひどい汗――シャワー、浴びなきゃ。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:43:19.49 ID:A6rjc17z0
 あの日以降、明確な目標を得た私達は、とても精力的に活動を行っていきました。


「ぐわあああぁぁぁっ!!」
「トレーナーさーん!!」

 突然、レッスンスタジオの天井パネルが落下して、トレーナーさんが下敷きになりました。

「ぐぬぬ、そう来ましたか。が! どうと言うことはありませんっ!」

 すぐに飛び起きると、手際良くトレーナーさんはそれを片付けます。
「今日帰る時に、管理人さんに言っておきましょう。さぁ、再開しますよ!」
「はいっ!」


 ほたるちゃんと一緒に、レッスンに励むようになってからというもの、色々な事が起きます。

 音源の機器がダメになったり、天井や床が抜けたり――大鏡は、意外と壊れないもののようです。



 レッスンだけでなく、オフの日に二人で遊ぶ時も、心なしか雨の日が多かったり――。
「うひゃあっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 雨が降らない日は、度々こうして私の目の前に、植木鉢が落ちてきます。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:45:10.38 ID:A6rjc17z0
 それ以外にも、車に水を跳ねられたり、自販機に入れたお札が、上手く認識されずに何度も返されたり。

 色々ありますが、まぁ――こんなものだろう、と思えば、案外普通です。

「す、すみません、私のせいで……」
「ふふっ、ほたるちゃん?」
「えっ?」

「アウト、ですね?」
「あっ」

 私が手を出すと、ほたるちゃんは照れ笑いをしながら、百円を差し出しました。



 事務所に戻ると、プロデューサーさんと事務員さんが、何やら喧嘩をしています。

「あっ、お帰り!
 美優さんほたるちゃん聞いてくれよ、コイツタバコ吸ってんのに百円出さなくってさぁ!」
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:48:41.01 ID:A6rjc17z0
「せっかく件の約束を先方と取り付けてきたんだ。それくらいの成功報酬はもらいたいな」
「俺だってちゃんと曲の手配したっての!
 そんなん当然の仕事だろ、このコンコンチキのオッペケペーのスットコドッコイめ!」
「はい、三百円」
「残念でしたー、今のは擬音じゃありませんー! 悪口ですー!」

 相変わらず仲良しの二人を見て、大笑いをする私達。
 そして――。

 い、今の話、ひょっとして――!?

「当日、1曲分歌わせてもらえるよう、先方と手筈を付けてきた。
 しっかり仕上げてくれたまえよ?」
「346プロお抱えのコンポーザーから、お蔵入りになりそうだった曲を譲ってもらえたんだ。
 デュオ用のパート分けとか、考えないとな」


「やったぁ!!」

 思わず、ほたるちゃんと手を取り合いました。

 すごい、本当に、ステージに立てるなんて――!

「やりましたね、美優さん!」



「……美優さん?」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:49:18.34 ID:A6rjc17z0

「えぇ、そうですね! すごく楽しみです、ほたるちゃん」

85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:51:26.31 ID:A6rjc17z0
「ここ、どうですか?」


「……少し、痛いです」

 お医者さんの問いかけに、私は少し、嘘をつきました。


「フ〜ム……楽しいから止めたくない、というのは分からなくもないですがねぇ」

 半ば呆れ気味に、お医者さんは私の足を診ながら首を捻ります。
「時には趣味もほどほどにしとかないと、治るモンも治りませんよ。エアロビでしたかな?」

「は、はい……すみません」
「謝るなら、あなた自身の体に言ってあげたらどうです。ウーン、ここは…」
「いっ……!!」


「ちょっと……痛い、です」


 アイドルをやっている、というのは――恥ずかしくて、言えていません。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:54:02.51 ID:A6rjc17z0
 いつかのオーディションで痛めたのは、左の足首でした。

 軽い捻挫でしたので、しばらく安静にしていれば、問題なく治るはずのものです。


「医者としては、おすすめはしませんけどねぇ。副作用の無い薬は無いんです」

 席に戻り、腕組みをしながらカルテを睨むお医者さんに、私は頭を下げるしかありません。

「すみません……でも、どうしても、仕上げなくてはならなくて……
 あとひと月、それを過ぎれば、先生の仰る通り、安静にします」


「フ〜ム……」
 難しい顔をして、カルテにペンを走らせて、お医者さんはため息を一つつきました。

「分かりました。ただし、くれぐれも無茶はいけませんよ。
 最悪、取り返しのつかない……完治せず、一生痛みを背負う危険性もあるんだってことは、十分にご理解ください」


 痛み止めを、もう二週間分処方してもらい、また経過を診ることになりました。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:56:14.37 ID:A6rjc17z0
 病院を出たその足で、午後のレッスンを行うスタジオへ向かいます。


 最寄駅に着くと、私を見つけたほたるちゃんが、手を振ってくれました。
「美優さん!」

「待たせちゃいましたか?」
「いえ。私が勝手に、早く来ちゃって……レッスン、楽しみだったから」

「ほたるちゃん、レッスン張り切っていますものね」
「はい。こんなに、充実した日々を過ごすの、初めてで……すごく、楽しいです」


 雨が降り始めた道中を、傘を差しながら二人並んで歩きます。

 ほたるちゃんは、今日は犬に吠えられなかったとか、バスの遅れも5分で済んだとか、とても嬉しそう。


 そんな、彼女の顔を見るのが辛くて――ほんの少し、顔を傘で隠しながら歩きました。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 18:58:37.95 ID:A6rjc17z0
 薄々、勘づいていた事ではありました。

 元々素質があったほたるちゃんがレッスンを続ければ、見る間に実力を身につけていくでしょう。

 事実、ダンスもボーカルも、トレーナーさんが驚くほどの上達ぶりを彼女は見せていました。


 それに引き替え、私は――これまでの無理が祟ったのか、満足に踊ることができなくなってきています。

 ほたるちゃんとデュオを組むなら、私に合わせ、二人のダンスのレベルを下げざるを得ないでしょう。

 いえ、そもそも本番当日までもつかどうか――。


 足を引っ張りたくはありません。だから――。

「と、トレーナーさん、それは…」
「皆まで言わないでください、ほたるちゃん! 天井が落ちても、このヘルメットがあれば大丈夫!」

「アタシの心配よりも、ふふふ、美優さんもウカウカしていられませんよ!
 さぁ、始めましょうっ!」


 ――――。

「はい」

 今日も、言えない――か。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:03:15.38 ID:A6rjc17z0
「あばばばばばばばっ!!」
「トレーナーさーん!!」

 機材の調子が悪くなったので、様子を見ようとしたトレーナーさんが突然、叫びました。

 漏電しかかっていたコンセントに手を伸ばし、軽く感電してしまったようです。


「あ、危なかった……ヘルメットが無ければ即死でした。が!」

 そう言って、軽く伸びをした後でトレーナーさんはニカッと笑い、隅に置いたバッグからスピーカーを取り出しました。

「こんな事もあろうかと、音源のスペアは用意してあります!
 さぁ、先ほどの「デッデーン♪」のところからもう一度っ!」

 た、たくましい――。

「はいっ!」
 一方で、ほたるちゃんは、やる気に満ち溢れた表情で、元気よく応えます。


 もはや、自分の不幸のせいだとばかり気にしてしまう彼女が、遠い昔の姿のように思えました。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:04:38.01 ID:A6rjc17z0
「はぁ、はぁ……」

 ――――。

 疲労のせいもありますが――やっぱり――。

「美優さん、大丈夫ですか?」


「いえ……ごめんなさい。お願いします」

 ほたるちゃんとトレーナーさんが、心配そうな顔をして見つめるので、なるべく笑顔で返します。

 誤魔化すのも、そろそろ限界かも知れません。



 もう一度――もう一度、今のところを踊って、ダメだったら――。

 その時はちゃんと、言おう――言わなきゃ。
 これ以上、ほたるちゃんの足は、引っ張れない。


 そう、思っていたんです。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:07:31.04 ID:A6rjc17z0
 靴紐が切れたのは、再開し、ステップを踏んで直後でした。



 視界がぐるりと空転し、鈍い衝撃がまず、おでこに来ました。

「ッ!? ……美優さんっ!!」

 そして、しばらくすると、燃えるような激痛が左足を襲ってきたので、倒れたまま、堪らず身を屈めます。


「美優さん!! 大丈夫ですか、美優さんっ!!!」



 声を押し殺し、左の足首を抑え、ギュッと目を閉じて痛みに耐えます。

 嫌な汗が、額をダラダラ流れていくのが分かります。


 荒い呼吸で、うっすら目を開けると、泣きながら必死に謝るほたるちゃんが目の前にいました。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:09:12.17 ID:A6rjc17z0
 近くの病院で診てもらったところ、幸い、骨や神経に異常はないようです。

 先日、オーディションでやったのと同じ捻挫でしたので、一ヶ月ほど安静にしていれば治るだろうとのことでした。


 ですが――。

「ほたるちゃん、そう気を落とすなって。な?」
「…………」

 診療を終え、病院の待合スペースで、駆けつけてくれたプロデューサーさんがほたるちゃんに声を掛けます。

 それでも、彼女はその声に応じる事ができず、泣きながら黙って項垂れたままでした。


 まるで、自分自身が怪我を負ってしまったかのような――。

 いえ、彼女の事だから、自分がなれば良かったと、考えてしまっているのかも知れません。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:11:19.15 ID:A6rjc17z0
「美優さんは…」
 ほたるちゃんの口から、ようやく――でも、涙混じりの声が聞こえました。

「……今度のフェスに、出られるんですか?」


 ――私はプロデューサーさんと、顔を見合わせました。

 彼は、どう言い繕おうか、言葉に迷っているようです。


「きっと、難しいでしょうね」

 嘘を言っても仕方が無いので、私はほたるちゃんに、なるべく明るい調子で話します。 
 プロデューサーさんが、小さく声を上げたのが傍で聞こえました。

「でも、ほたるちゃん。これは、本当の事なんですけれど……私、元々足を痛めていたんです。
 だから、今度のフェスも私、実は、辞退しようと思っていたんです。
 言い出せなくて、ごめんなさい。だからね、ほたるちゃん……その、本当に、気にしなくて大丈…」
「私なんて……」

「……えっ」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:15:22.17 ID:A6rjc17z0
「私なんて、いなきゃ良かった!!」

 ほたるちゃんは、堰を切ってわぁっと泣き出しました。

「何を言うんだ、ほたるちゃん」
 ただならぬ空気を察したプロデューサーさんが、慌てて彼女の肩に手を添え、しゃがみ込みました。

「ほら、アレだぞ? そんなネガティブな事を言ったら百円だぞ?
 ワハハ、いつ君が言い出しても請求できるように、俺こうしてほら、ゲロちゃんを携帯して…」

「お金を払って美優さんの足が治るなら、私、いくらでも払います!!」

 ほたるちゃんは、自分の鞄からサイフを取り出し、お札を引っ掴みました。
「いくらですか、いくら払えば美優さんは…!」
「お、おい、ほたるちゃん落ち着け。誰もそんな事言ってないだろ?」

「私さえいなきゃ、美優さんはフェスに出れたんです!
 本当に、私、充実してて、た、楽しくて……!! やっぱり、私、幸せに、なっちゃ……なっちゃ、いけないんですっ……!」

 握りしめたお札とサイフを床に落とし、両手を顔に当てて、彼女は声を上げて泣き崩れました。


 ――それは違います。違うんです。

 私が、言い出せなかったから――もっと早く、辞退する事を皆に知らせてさえいれば、こんな事には――。


「ほたるちゃん」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:21:04.28 ID:A6rjc17z0
「……美優さん……ごめんなさい…」
「どうか謝らないでください」

 私は彼女の手に、そっと手を添え、首を振ります。
「おかげで私も、吹っ切る事ができました」

「えっ……」
 彼女の手を、そっと顔から引き離すと――可哀想に、ほたるちゃんの顔は涙でぐしゃぐしゃです。


「薄々勘づいていたのですが、私は、アイドルよりも、裏方をやっている方が、性に合っている気がします」

 ふふっ、と、自嘲気味に――いいえ、自嘲ではありません。

 この数ヶ月は、真似事しかできなかったけれど――。


「私は、ほたるちゃんのプロデューサーとして、今度のフェスには臨みたいと思います。
 当日、ステージの上で、ほたるちゃんがしっかり輝けるように、私も頑張らなくちゃ」


 プロデューサーさんの方へ振り返り、笑いかけます。
「ですよね、プロデューサーさん?」
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:22:36.74 ID:A6rjc17z0
 あの時の、困惑気味のプロデューサーさんの顔が、脳裏に焼き付いて離れないのは、何故かしら――。


 あっ――。



 ――また、この夢か。

 最近、何だか思うようにいかないので、見るのが少し億劫になっている夢です。


 今回も、どうやら様子が違います。

 壁が迫ってきません。周りは――ここは――。



   ――大丈夫ですか?

「いえ、その……大丈夫、です……」


 これは――私の、記憶?


 ――――あぁ、思い出しました。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:25:13.77 ID:A6rjc17z0
 右も左も、辺りはすっかりクリスマスムード。
 鮮やかなイルミネーションに彩られた夜の街を、幸せそうな顔をして歩く人々。

 その中にあって、私は、そう――ヒールが折れて、道端でうずくまっていたのでしたね。


「すみません。もう、構わないでいただけますか。大丈夫ですから……」


 思えば、恥ずかしい出会いでした。

 あの日の事を、どうして今になって思い出すのかしら――?


「アイドル……人前に出て歌ったり、踊ったりするあの……?
 私なんかが……無理ですよ」


 ただ――プロデューサーさんは、それでも私に手を――。


   ――決めるのは、あなたです。

 そう、彼は言って――。


 ――――!? えっ!?



 ふと、顔を上げた時、目の前にいたのはプロデューサーさんではなく、私でした。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:26:31.06 ID:A6rjc17z0
「――――?」



 ――携帯にセットしたアラームが鳴っています。

 この手の夢を見る時は、大抵、目覚ましが鳴る前に飛び起きてしまうのですが――。
 なぜか今回は、比較的熟睡できたようです。


 今日は――午前中、346プロの方とフェスの打合せをして、午後はほたるちゃんのレッスン。

 あ、そうだ、ペーパー教習もお昼に予約しているから、忘れないようにしないと。


 それなりに、プロデューサーとしての心構えがついてきたから、あぁいう夢を見たのかも知れません。

 そう、前向きに考えながら、支度を済ませて家を出ます。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:29:03.08 ID:A6rjc17z0
「はい、では予定通り、10時半頃にそちらに……いえ、私一人ですので。あ、白菊も同席させた方が?
 ……かしこまりました、ありがとうございます。では、先ほどの書類を持ってお伺い致しますね。よろしくお願いします」

 受話器を置き、私は書類をバッグに収めて席を立ちました。

「では、プロデューサーさん、事務員さん。フェスの件で、346プロへ行ってきます。
 その後は、ちょっと教習所へ行った後、ほたるちゃんのレッスンに立ち会いますので」

「あぁ、うん……俺も一緒に行こうか?」
「いえ、大丈夫です」

「無理はしないようにな」
 事務員さんが、声を掛けてくれます。
 私は、ニコッと笑みを返すと、ソファーの方に座っているほたるちゃんに向き直りました。

「それでは、ほたるちゃん。午後は頑張りましょうね」


「……はい」

 弱々しい返事――やはり、まだ引き摺っているのでしょう。

 どうにか、立ち直って欲しいのですが――。


 ちょうどヤクルトの方が来られたので、私は、タフマンを購入しました。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 19:30:59.90 ID:DajCBWyM0
智香「ゴーゴーファイトだよ三船さん!☆」
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:31:54.65 ID:A6rjc17z0
 電車に揺られ、駅を出て国道沿いに歩みを進めると――。


 ――何度来ても、大きな事務所です。

 煌びやかな装飾が施された建物に、お庭には大きな植栽がいくつも植わっています。
 敷地を囲う、格式高い塀も、入り口の位置から端っこが見えません。

 門をくぐると、手入れの行き届いた低木が色とりどりの花を咲かせ、来訪者を出迎えます。

 こういう所に勤める人は、正しく人生の成功者だろうなぁと、漠然と思うと同時に――。


 なぜ、事務員さんはこの事務所を辞めたのでしょう?
 という、素朴な疑問がふと頭をよぎりました。が――。

 打合せ前に余計な思案は不要でしょう。
 頭を切り換え、エントランスに向かいます。

 受付の方に用件を伝えると、上階の会議室へと案内されました。


 外も相当でしたが、中に入るとさらに――す、すごいなぁ――。

 う、いけない。集中しなくては――。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:34:30.60 ID:A6rjc17z0
 08A会議室――ここかしら。

 引き戸が開いていたので、そっと中を覗くと――。


「ワハハハ、いやぁ346さん様々ですよぉ、私共のような弱小事務所に目をかけてくださるなんてぇ」


 いつも親切にお話を聞いてくださる、346プロの方とは別に――もう一人、今日は違う人がいました。

 大きく開いた体を椅子の背に預け、片手を机に乗せて、大声で笑う男の人。

 何となく、苦手そうな感じの人――。


「ん? ……ははぁ〜」

 私に気づくと、その男の人は顔をこちらに向け、ニヤリと笑って鼻を鳴らしました。

「我々とは別に、サマーフェスでゲスト出演するという、もう一社のご担当者さんですかねぇ?」


 え――もう一社?
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:37:53.91 ID:A6rjc17z0
 私達の事務所と、この人の事務所の、ライブ対決。

 その勝った方にのみ、346プロへの編入を正式に認める。


 バツが悪そうに、346プロのご担当者さんが話すには、こういう事のようでした。
 話しぶりから察するに、どうも、半ば強引に進められたお話のようです。

 この事務所の方から――。

「いや、あのさぁ、この事務所さん……お名前何でしたっけ? まぁいいか。
 例の“死神”がいるっていう事務所が、かくも名高き346さんのフェスに飛び入り参加するって聞きまして。
 だったら我が社もちょっとそういうおこぼれに預かりたいと、ウチの社長も鼻息荒くしちゃってですねぇ」


 何がおかしいのか、仰け反りながら豪快に笑い飛ばし、346プロの方と私へ、交互に顔を向けます。

「一体どういう裏技使ったのか知らんが、346さんだって正直迷惑でしょ? “死神”が来たらさ。
 それに、より優秀なアイドルが入った方が当然に346さんのためにもなるワケですし。
 まぁま! 悪いようにはなりませんよ。オタクんとこもね?」
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:41:54.39 ID:A6rjc17z0
「……弊社が、ですか?」
 話の意図が分からず、キョトンとした顔をするしかない私に、その男の人は手を振りました。

「だからさぁー! 分かんない?
 身の程を弁えた方が、って話ですよ。オタクも子供じゃないんだからそれくらい察してほしいけどなぁ。
 “死神”ちゃんだって、とっとと諦めて普通の生活した方が、その子や業界全体のためにも良いでしょ?」


「……そうでしょうか?」
「あぁ?」


 私は、席を立ちました。

「彼女の事を知らない人に、知った風な口を聞いてほしくはありません。
 本当の彼女を……あなたが“死神”と揶揄するほたるちゃんが、どれほど素晴らしいアイドルか」

「あ、おい」


 真っ白な頭のまま、気づけば入り口のドアに手を掛け、それを引きながら私は彼に目を向けました。

「当日、お教えします。ほたるちゃんの本当の姿を……失礼します」


 ガタンッ、と、少し乱暴に引き戸を閉めてしまい――。

 荒い呼吸がやっと落ち着いた時、汗で滲んだ手の平に、爪の跡がくっきり残っている事に気がつきました。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:45:21.89 ID:A6rjc17z0
「はぁぁぁ!? 何そいつ、やっぱ俺も行った方が良かったな」

 レッスンが終わった後、ほたるちゃんと一緒に事務所に戻り、その事を話すと、プロデューサーさんは分かりやすく憤慨しました。

「俺だったらそんな野郎、ボッコボコのケチョンケチョンのパーにしてやったのによ」
「三百円」
「だから悪口だっつーの。せめて“ケチョンケチョンのパー”は一語じゃない?」


「しかし、妙な事になったな……ライブ対決か」

 事務員さんは、椅子の背にもたれながら腕組みをして、天井を見上げました。
「その346プロの担当者も、情けないことだな。
 横柄な同業他社の強引な商談など、346の威光で突っぱねれば良いものを」

「ご、ごめんなさい……」

 部屋の隅で、ほたるちゃんがなぜか――いや、やはり恐縮そうに頭を下げました。
「私が、フェスに出させていただく事で、またご迷惑を……」

「はい、ほたるちゃん百円ね」
「う……」


「全然問題ないよ。要するにほたるちゃんの実力をガシッと見せつけて、黙らせてやればいいのさ。
 美優さんだって、そう啖呵切って来たんでしょ?」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:48:19.13 ID:A6rjc17z0
「彼の言う通りだ」
 事務員さんがゲロちゃんを差し出して、プロデューサーさんが百円を入れました。

「我々が考える事は一つ。
 白菊君のステージを成功させる事だけだ。結果なんて後からついてくる」


「わ、私、そんなぁ……」

 お二人が鼓舞してくれても、ほたるちゃんはどうにも後ろ向きです。

 この間までは、少しずつネガティブな思考は改善されてきたように思ったのですが――。

「私、ライブなんて初めてで、そ、それも……一人で、ステージに立つなんて…」
「デデーンだぞ、ほたるちゃん」
「うぅ……すみませ…」
「おっと謝るなって、とりあえず百円」


 もし私が一緒に出る事になっていれば、彼女の心持ちも、少しは変わっていたでしょうか?

 冗談っぽく、ゲロちゃんへの募金を促すプロデューサーさんの顔も、少し曇っています。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:50:56.38 ID:A6rjc17z0
「ほたるちゃん」

 すっかりハの字になった眉で、今にも泣き出しそうな顔をほたるちゃんは私に向けます。
「美優さん……」

「あの事務所の人に、ついムキになってしまった私も、大人げなかったと思います。
 でも……自分の事ならともかく、ほたるちゃんを馬鹿にされるのは、どうしても我慢できなくて」

「でも、その人の言うことは、間違っていません……私は、いくつもの事務所を…!」
 そう言いかけたほたるちゃんを、私は手で制止しました。

 この調子では、百円がいくつあっても足りないでしょう。


「だから、知ってもらいたいんです。あの人にも、ほたるちゃんの素晴らしさを。
 それが、プロデューサーである私の務めだと思うから」

 彼女の手を取り、自分にも強く、確かめるように言い聞かせます。

「一緒に頑張りましょう、ほたるちゃん」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:53:50.97 ID:A6rjc17z0
「…………はい」

 ほたるちゃんは、弱々しく頷きました。
 観念したような――前向きな返答のはずなのに、何かを諦めたかのようでもありました。

 プロデューサーさんに、視線を送ります。

「うん……よしっ! 俺もこれからは本業にしっかり、ちゃんと復帰するよ。
 346側との交渉も、ネーサンのおかげでひと段落したしさ」

 腰に手を当てて鼻を鳴らしてみせますが、まだ、少し寂しげな顔をしています。
 プロデューサーさんらしくありません。


「……少し、一服してくるよ」
 ゲロちゃんに百円を入れて、事務員さんは部屋を出て行きました。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:57:22.23 ID:A6rjc17z0
 フェス当日まで、あと三週間を切りました。

 トレーナーさんの指導にも熱が入ります。


「……! ふんがっ!!」
「と、トレーナーさん!」
「何のっ!」

 突然、立てかけてあった備品がグラリとトレーナーさんに倒れかかりましたが、難なく制します。
「目には付いていました。が! あえてそのままにしていたんですよ、あえてね」

 曰く、分かりやすい不幸があった方が対処はしやすいとのことです。
 ほたるちゃんとのレッスンを重ねるうちに、彼女もすっかり、不幸との付き合い方に慣れたようでした。


「す、すごいなぁトレーナーちゃん……いつもこんな感じなの?」

 プロデューサーさんは困惑しています。無理もありません。
 これまで彼がほたるちゃんのレッスンに立ち会うのは、そうありませんでした。


「さぁほたるちゃん。休んでいる暇はありませんよ! 続きをやりましょう!」
「はぁ、はぁ……はいっ!」

 ほたるちゃんは、滝のように流れる汗をリストバンドで拭い、決死の表情で応えます。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 19:59:37.98 ID:A6rjc17z0
 塞ぎ込みがちになってしまったほたるちゃんのため、私とプロデューサーさんはある決断をします。

 それは、苛烈な猛特訓をほたるちゃんに課し、悩む隙を与えないというものでした。

「いささか酷だが、多少の荒療治をしないと、今のほたるちゃんの思考はそう簡単に改善しないと思う。
 トレーナーちゃんには、オーバーワークになりすぎないよう俺から頼んでおくよ」


 ですが――。

「振り足がまた遅れていますよ! 1、2の振り足っ!!
 重心もブレています、しっかり止める!! メリハリを意識してっ!!」
「はぁ、はぁ……!」

 傍目にも、明らかにあれはオーバーワークです。
 ほたるちゃんの疲労はとっくにピークを越えていて、もはや精細さがありません。

 これ以上は逆効果です。

「と、トレ…!」

 トレーナーさんの元へ行こうとする私を、プロデューサーさんが制しました。


「プロデューサーさん……!」
「彼女達を信じるんだ」
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:01:20.84 ID:A6rjc17z0
 ふと、トレーナーさんと目が合いました。
 彼女は、真剣な眼差しを私に真っ直ぐ向け、黙って頷いています。

 やがて、それをほたるちゃんに戻しました。

「トップアイドルになるために、今のこの苦しみは誰もが通る道です。
 ほたるちゃん。あなたは、トップアイドルになりたいですか?」


「はぁ……はぁ、ぐ、う……わ、わたし……!」

 ほたるちゃんは、震える膝を何とか手で押さえながら、ようやく立ち上がりました。

「私、なりたいです……トップアイドル……なりたいです!」
「ならグズグズしている暇はありませんよ! もう一度「テンレレー♪」の所からっ!!」
「はいっ!!」


 あんな言い方――!

「お、おい美優さん……?」


 ――――卑怯です。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:03:56.67 ID:A6rjc17z0
 このシチュエーションで、あんな事を聞かれて、否定できるはずがありません。

 逃げ道を、自らの手で断つように仕向けて、追い詰めるなんて――。

 まるで、軍隊か何かのような、思想の強制――洗脳と言っても良い仕打ちです。


 ですが――。

「……すみません。ちょっと、お手洗いに」
「お、おう」


 それでも、彼女の頑張る姿に嘘はありません。

 そして、それを見守る事すらできない私は、プロデューサー失格なのだと思います。



「う、ウゥ……ウォェェ……ッ!」

 いっそ、この胸に渦巻く不安や焦燥も、丸ごと吐き出したかった。
 ですが、吐き出されるのは、お昼ご飯代わりに摂取したタフマンだけです。

「はぁ、はぁ……」

 自身の負の感情にさえまともに向き合えない自分が情けなくて、涙ばかり出ます。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:06:46.70 ID:A6rjc17z0
 このままではいけません。

「プロデューサーさん。三日後の午前中に、ほたるちゃんの地元の町内会でイベントが予定されています。
 これに参加して、本番に向けたPRをしてこようと思うのですが、いかがでしょう?」

 デスクに着く彼に、先方からいただいたチラシを見せながら、私は続けます。
「既に町会長さんのご了解はいただいています。前泊用のホテルも押さえていますし、心配ありません」


 レッスンと同じくらい、宣伝活動も大事です。
 知名度がほとんどゼロの状態のままステージに上がる事は、本番では大きなハンデになります。

 せめて、ほたるちゃんの地元で、応援してくれる固定ファンを獲得しておかないと――。


「いや、たぶんそれはよした方が良いと俺は思う」

「なっ……」
「私も同感だ、三船君」

 じ、事務員さんまで――一体、どうしてですか!?
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:11:15.33 ID:A6rjc17z0
「理由は二つある」
 プロデューサーさんは、腰を上げました。

「まず、距離が遠い。ほたるちゃんの地元は鳥取だったな。
 新幹線か飛行機で行くにしろ、彼女の経歴を考えると、何かしらのアクシデントに巻き込まれないとも限らない」

 給湯器で自分のカップにお湯を入れながら、プロデューサーさんは続けます。

「それに、町内会のお客さんにとっても、東京は気軽に来れる距離じゃない。
 フェス直前の大事なこの時期に、リスクを背負ってまで地方のイベントにちょびっと顔を出しても、期待できるリターンは正直言って割に合わない」

「で、でも何かが起きると決まった訳ではないですし、お客さんだって…!」
「もちろんだ、だがもう一つ」
 ムキになる私を、プロデューサーさんは冷静に諭します。


「繰り返しになるが、彼女の不幸話は業界ではかなり有名らしいんだ。
 まともにデビューしていないにも関わらずな……これは相当な事だと思う。
 ロクに実績も無いまま迂闊に顔だけを売って、ネットか何かで良くない噂ばかり広まっては都合が悪い」

「……ッ!」
「だから、たとえそれが東京であったとしても、俺は出ない方が良いと考えている」


 私の認識は――甘かったというのでしょうか。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:12:58.10 ID:A6rjc17z0
「大丈夫だよ、美優さん。むしろ当日まで秘匿させてやろうぜ」

 プロデューサーさんはコーヒーを啜って、ニッコリと笑いました。
「えっ?」

「秘密兵器ってヤツだ。
 本番までひたすらステージの練度を高めて、当日はその知名度の低さを逆手に取り、観客をアッと言わせるパフォーマンスをバシッと披露する」

 事務員さんが、ゲロちゃんを差し出しました。

「ジャイアントキリング、ってワケでもないが、どんでん返しはショーの基本だろ?」
「キミ、百円」
「うるせぇな空気読めよ、人が良い事言ってる時に」

 渋々百円を取り出し、ゲロちゃんに入れます。

「だが、彼の言い分にも筋がある。
 PRが大事という三船君の意見ももっともだが、あれこれ無闇に手を伸ばさない方が、今は合理的だろう。
 二兎を追う者は一兎も得ず、だ」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:15:46.11 ID:A6rjc17z0
「……はい」

 私は、この事務所の――ほたるちゃんの力に、なれないままです。

 肩を落として、自分のデスクに着きました。
 先方の町会長さんにも、お断りの連絡を入れなくちゃ――。


「美優さん」

 ふと、顔を上げると、ほたるちゃんがニコリと笑って、二つ折りのアイスを一つ差し出しました。
「ありがとうございます……私のために」

「いえ、私なんて何も……すみません」
「あ、美優さん」
「えっ?」

「アウト、ですよ。ねっ、プロデューサーさん?」
 そう言って、ほたるちゃんが目配せしました。

「はっはっは。一本取られたな、美優さん」


「……ふふっ」

 ダメですね、私――逆に、励まされてしまいました。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:18:59.77 ID:A6rjc17z0
 いつぞやいただいた大量のアイスが、順調に消化され、いつの間にか底をついてきました。

 真夏の暑さがいよいよピークを迎え、フェスの本番も三日後に迫っています。


「はぁ……はぁ……!!」
「ほたるちゃん、一度水分補給しましょう……ほたるちゃん?」

 レッスンの成果は、確実に現れています。
 基礎練習を地道に重ねてきた甲斐があり、ボーカルは、力強く伸びのある発声を一曲通して行えるまでになりました。

 そして、ダンスの完成度もまた、一定の目標ラインに到達しつつある――のですが――。


「も、もう一度……はぁ、はぁっ……た、ターンが……!」

 ほたるちゃんが、トレーナーさんに何かを訴えますが、その目は虚ろで、意識が朦朧としているように見えます。

 明らかに、様子がおかしいです。

「ターン? ……ほたるちゃん、今やってるパートには、ターンありませんよ?」
「はぁ、はぁ……!」


「ほ、ほたるちゃん……?」
 心配そうに見つめるトレーナーさんも、よく見るとすごい汗です。

 いや――。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:22:17.27 ID:A6rjc17z0
「お、おい。ひょっとして空調壊れてないか?」
「えっ?」


 途中から、妙に暑いと思っていました。
 ただ立っているだけなのに、先ほどから汗が止まらないのです。

 プロデューサーさんに指摘され、操作盤を弄ってみますが、反応があるように思えません。

 ほ、ほたるちゃん――!


「きゅ、休憩しましょうか。ねっ? 本番も近いですし、ジタバタしなくとも今はもう……!?」

 トレーナーさんが言葉を止め、見る間に顔を青ざめながらほたるちゃんに駆け寄ります。

「ほたるちゃんっ!?」


 まるで糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちそうになったほたるちゃんを、トレーナーさんが支えました。
「ほ、ほたるちゃん!! 聞こえますか、ほたるちゃん!?」


「ごめんなさい……わたし、ごめ………なさい……」

 慌てて駆け寄り、彼女の口からかすかに聞こえた声が、誰に対するものなのか、分かりません。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:24:58.67 ID:A6rjc17z0
「アタシの責任です」

 スタジオの管理室で、トレーナーさんが頭を下げました。
 普段の明るい彼女からは想像できない、悔しさに満ちた苦悶の表情です。

「アタシがほたるちゃんの疲労具合を管理し、適正にメニューを調整しなくてはなりませんでした」

 プロデューサーさんがかぶりを振りました。
「トレーナーちゃんのせいじゃない。今日までの猛特訓を依頼したのは俺達だ。
 それに、空調が壊れていた事に、もっと早く気づくべきだった」


 ほたるちゃんはソファーに寝かされ、首元と脇、太ももには冷やしたタオルが巻かれています。


 自分の無力さに、私は手を握りしめました。

 彼女のプロデューサーを気取っていながら、何一つ、彼女や事務所の役に立てていない。
 それどころか、不注意から、彼女の身を危険に晒してしまったのです。


「美優さん」
 私の焦燥を察したらしいプロデューサーさんが、声を掛けてきました。

「思い詰めるなよ。美優さんのせいじゃないんだからな」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:27:14.97 ID:A6rjc17z0
「私のせいじゃないのなら」

 プロデューサーさんに、私は向き直りました。
「一体私は、何のためにいるのでしょうか」

「そ、それは……」
 プロデューサーさんは狼狽えました。
 思いもよらない私の反論に、咄嗟に返すべき言葉に迷い、困惑した様子です。

「……誰のせいとか、犯人捜しをして済む話じゃない。
 強いて言うなら、ほたるちゃんの不幸のせいもあるかも知れないし、それは俺達がどうこうできる話じゃ…」

「何でもかんでも、ほたるちゃんの不幸のせいにしないでくださいっ!!」

 プロデューサーさんとトレーナーさんが、ビックリして身じろぎしました。


「私は……!」
 自分でも驚くほど大きな声を出して、頭の中は真っ白です。
 目の奥がジワリと熱くなり、呼吸さえ、その方法を忘れたようにままなりません。

「不幸、不幸、って……彼女が背負う不幸が、全て彼女のせいなんですか?
 違います。少なくとも、今回はもっともこの子の傍に居た、私が気づくべきだったんです。
 不幸というなら……私が、彼女の不幸を招いたんです。私は……!」
「落ち着け、美優さん!」
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:30:52.14 ID:A6rjc17z0
「私は、ほたるちゃんのそばにいるべきではありません……!」



「おい、待て、美優さんっ!」


 スタジオを飛び出し、どこへともなく駆け出しました。
 足の痛みなど、まるで気にする暇もありません。


 途中、どこかのバス停で、ちょうど停車した行き先も分からないバスに飛び乗りました。

 空いていた後ろの方の座席に座り、逃げるように、隠れるように身を縮めます。
 早く発車して――!


 やがてバスが動き出し、先ほど駆けてきた道が遙か後方に通り過ぎると、私の口からため息が漏れ――。

「うぅ、う……!」
 劣等感に満ちた嗚咽を必死に抑えようと、私は口に手を当て、うずくまりました。


「大丈夫?」と、通路を挟んで向かいの席に座ったお婆さんが、声を掛けてくれます。
 でも、私は、それに応える事ができませんでした。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:34:18.53 ID:A6rjc17z0
 ――――。


 部屋着にも着替えず、電気も付けず、ボーッとベッドにもたれながら、気がつくと陽が落ちていました。

 視線の先には、この間買ったアロマディフューザーが暗闇の中、テレビ台の上で黙々と細い煙を吐き出し続けています。



 ふと、ほたるちゃんと一緒にアロマグッズを買った日を思い出しました。


   ――私なんて、上手く行かない時ばかりですから。

 そう言って控えめに笑う、彼女の顔が浮かびました。



 あのアロマは、いくらか彼女の慰めになったでしょうか?

 私は――。


 少なくとも、目の前のそれは、今の私を少しも慰めてはくれません。


 ――――。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:36:13.75 ID:A6rjc17z0
 と、そこへ――。

「……!?」
 突然、携帯が鳴りました。

 あぁ、プロデューサーさんか、事務員さんだろうな。
 ご迷惑、おかけしちゃった――。

 そう思い、暗い部屋の中で煌々と光るディスプレイを覗き込みます。



「……ほたるちゃん」

 そうか――彼女に謝ることさえ、私はできていなかった事に、今になって気づきました。

 通話ボタンを押し、おそるおそる、耳に当てます。


「……もしもし」

『美優さん』


 思いのほか、張りのある声の様子から、どうやら彼女はいくらか快復できたようです。
 良かった、本当に――。

『ごめんなさい』
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:38:08.46 ID:A6rjc17z0
「えっ?」

 電話口の彼女の第一声は、私が言うべき言葉でした。
『余計な心配を、かけてしまいました』

「そ、そんな事はありません。私の方こそ…!」
『美優さんは……』

「えっ?」


 ――しばらく沈黙が続いたのち、先ほどよりもか細い声が聞こえました。

「私のそばに、いるべきではない、って言ったの……本当ですか?」


「ほたるちゃん……」


 シュウゥゥ――という、無機質な音だけが、真っ暗な室内に響きます。


 私は、かぶりを振りました。
 今さら何を、取り繕うことがあるのでしょう。

「そうですね……結局私は、何もほたるちゃんの役に立てませんでした」
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 20:39:47.78 ID:A6rjc17z0
『あの後、プロデューサーさんと、お話したんです』
「プロデューサーさん……」

『私は、悔しかったんです。
 美優さんが、一緒に出られなくなった事が……それが、私の不幸のせいである事も』
「ほたるちゃんのせいじゃないってあの時…!」
『でもそれ以上に……』

『それ以上に、私が悔しかった事……何だか分かりますか?』


「悔しかった事……?」

 逡巡し、何も思い当たる答えが浮かばずにいると、ほたるちゃんが続けました。



『美優さんが、諦めた事です』
193.03 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)