三船美優「天道虫 is ……」

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177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:01:06.92 ID:LS54PsoZ0
「な、何だとぉっ!? しぶりん何してんの!それでもニュージェネの、えーと何だ、ニュージェネか!!」
「しょうがないでしょ! まさか同じようなの落とす人が二人もいるなんて思わないし」
「あわわわ! み、未央ちゃん凜ちゃん、人前で喧嘩は良くないですよ」
「人前でなくても褒められたもんじゃないよね」

「ど、どうか落ち着いてください」
 急に慌ただしくなった三人の子達を、咄嗟になだめました。
 げ、元気だなぁ――。

「それで、その……他の人に渡した、とは?
 現にこうして、私が落とした物をあなたは持ってくれていて……」


「これと同じものを、落としたっていう人がいて……
 その人に渡した後、別の所で、これが落ちていたのを見つけたんです」


 つまり――私のと全く同じものを買っていて、落とした人がいた――。
 それを、この子が二つとも、拾ってくれたと。

「大きさも包装紙もバシッと同じだから、間違い無いって言って……
 スタッフのタグを首に下げていたから、今日の関係者だと思います」


 ――同じお店で、同じものを買っていた人が、この会場に?

「白い長袖シャツに、スーツのズボンを履いた、賑やかな男の人でした」
「しぶりんそれ、似たような人いっぱいいない?」
「私に言わないでよ」


 “バシッと”――?
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:03:25.01 ID:LS54PsoZ0
「もう一度……」
「えっ?」

「もう一度、その人が何て言って受け取ったか、なるべく正確に教えてもらえますか?」

 私の頭の中に、ある種の確信にも似た予感が一つ、浮かんでいました。


「えぇと、確か……
 「あぁ〜コレですコレ、間違いない。大きさも包装紙もバシッと同じだよ、いやぁ良かったぁ。
  ありがとう、お礼に後でアイスでもサクッと奢るね」みたいな事を……」


 ――やっぱり。

「ぷっ、あ、アハハハ! り、凜ちゃんモノマネが、へ、ヘンな……!」
「だ、だから! 私が言ったんじゃないってば!」
「微妙に感情込めてるの、ジワジワ来る……く、くひひ……!」


「ありがとうございます」
「あ、えっ……?」

「その人には、心当たりがあります……これは、私がその人に渡しておきますね」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:05:44.61 ID:LS54PsoZ0
 本当は、最初から、彼に聞いておけば良かったのかも知れません。

 ですが、ありがたい事に、後悔する気分にはなれません。


 なぜなら、あの人がまともに答える事は無いと思えるからです。

「ひょっとして、ほたるちゃんへのプレゼント、買っていましたか?」
 そう聞いたとしても、あの人は適当にはぐらかして、直前まで秘密にしていた事でしょう。


 絶対に、私達には見せない一面があることを、私はあの日から知っていました。

 適当に振る舞っているように見せて、おそらくは、誰よりも汗を流し、私達を見守ってくれている人。



 あぁ、見えてきました。あの見慣れた後ろ姿。

 その人は今――。


「いい加減にしてくれよオタクらさぁ!
 どうしてくれんだあぁん!? オタクんトコの“アレ”のせいでもう台無しじゃねぇか!!」

 あの、意地の悪い人と向かい合っていました。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:10:32.70 ID:LS54PsoZ0
「どうしてくれるんだ、とは?」
「落とし前だよ、落とし前っ!!
 俺達はこのフェスにかけてきたんだよ、オタクらとは違ってなぁ!!」

「お言葉を返すようで恐縮ですが、我々は魔法使いではありません」
「あぁん?」

「出来ることと、出来ないことがございます」


 こちらからは、プロデューサーさんの後ろ姿しか見えないため、どんな表情なのかは分かりません。

「当初申告していた、私共の担当プロデューサーが一人この場にいない事について、お騒がせをしたのであれば謝ります。
 ですが、当日の天候について、私共が責任を負うことは出来かねます。それはご理解いただきたい」

「ハッハ、なぁに言って……テメェんトコの“死神”のせいだろうがどう考えてもよぉ!?」
 相手の男の人は、さらに険悪な表情になってプロデューサーさんに捲し立てます。

「アイツの“不幸”が全て悪いんじゃねぇか! 不幸が周りに不幸をもたらす、リッパな公害だよ!!
 ふざけてんじゃねぇぞ、テメェでラチが明かねぇんじゃいっそ出るとこ出て…!!」
「ハッハッハッハ」

「……何がおかしいんだぁ?」


「彼女の不幸は罪ですか?」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:14:18.40 ID:LS54PsoZ0
「何だと……?」

「彼女が背負う不幸が、全て彼女のせいでしょうかと聞いているんです」


 プロデューサーさんは、微動だにせず、その男の人を見据えているようです。

「確かに、彼女は数々の不幸に晒されてきました。
 彼女の所属していた事務所のいくつかも、潰れてしまった事実は確かにあるようです。
 だが、彼女自身がそれを望んだ事は一度だって無い。
 いつだって彼女は、それを回避し、跳ね返し、あるいは周りの人に及ばないよう一人で受け止めて来た」

 一歩、近づいてプロデューサーは、なおも続けます。

「彼女は、不幸との付き合いこそ長くあれ、不幸に晒される姿が似合う子では決してありません。
 それに打ちひしがれ、耐えきれず逃げだし、ましてやそれを周囲に押しつける事を、何よりも許せない子です。
 断言します。彼女以上に強い人は、この会場のどこにもいない」


「テメェんトコのアイドルの自慢話はいいんだよ、俺が言いたいのは…!」
「出るとこ出ると、そういうお話でしたね。ふざけるなとも。
 同感です。ふざけてほしくないのはこちらの方だ。出るとこ出たいのなら、出ればよろしい。
 こちらも今の御社の言葉、そっくりそのまま名誉毀損で訴えてやりたい所なんですよ」
「何だぁ!?」



「三船君」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:19:58.38 ID:LS54PsoZ0
 急に声を掛けられ、ビックリして振り返ると、事務員さんでした。

「アレは放っておいて良い」
「えっ? で、でも…」

「数少ない彼の晴れ舞台だ。アイドルを守るという、な」


 ――私は、彼の後ろ姿をもう一度見つめます。


「我々は弱小事務所だが、吹けば飛ぶような軽い相手ではない。
 何を以て訴えるおつもりか、仰ってみてください。その分我々は御社を訴えるネタが増える。
 受けて立ちますよ、ガシッと」



「やれやれ……後で百円だな。それより」

 事務員さんに促され、私達はその場を後にします。


「どこに行っていたのかは、敢えて聞かない。だが……あの子に謝っておきなさい」
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:23:28.95 ID:LS54PsoZ0
「はい」

 そうです。
 私は、まず謝らなくてはなりません。

「せっかく用意してきた、ほたるちゃんへのプレゼントを、私は…」
「そうじゃない」
「……えっ?」


「大一番を前に、傍にいてやれなかった事をだ」



 通路の先の、舞台袖に到着すると、彼女は――。

 両手を胸に当て、俯かせていたその顔を、ゆっくりと上げ、こちらに向けました。


「美優さん……」

 その顔には――先ほどまで見せていた、あの気迫に満ちた面影が、どこにもありませんでした。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:25:47.97 ID:LS54PsoZ0
「ほたるちゃ…」
 言い終わらないうちに、ほたるちゃんは私の元に駆け寄り――。

 抱きついて来ました。
 ちょ、ちょっと私、服が、びしょ濡れで――。

「ほたるちゃん、あの、衣装が汚れ…」
「ひどい……」

「え……」

 ギュゥ、と、少し苦しいほどに、彼女は私の腰の後ろに回した手を、握りしめました。


「ひっぐ、み……みぅさん、どこにも……い、いなくて……ひ、いぃ……!」

 抱きついたまま、抑えきれない涙声を上げ、体を震わせています。



「寂しくて……心、ぼそくて、もう……なんども、に、にげ……え、えっぐ、うぅ……!」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:34:33.08 ID:LS54PsoZ0
「ほたるちゃん……」

 胸の中で、わあぁぁっと泣く彼女に、私は言葉を失いました。


 私は、何も分かっていません。

 彼女のプロデューサ―、友人、ファン第一号――。
 そう言いながら、ほたるちゃんの事を何一つ、ちゃんと見れていませんでした。


 まだ13歳――そして、ずっと憧れていた、初の大舞台。
 緊張しないはずがありません。

 何より、自身の不幸が誰かに危害を及ぼす事を、何よりも恐れる彼女です。
 この台風の中、それでも来てくれるお客さん達に自分は何が出来るのか、一生懸命考えたことでしょう。

 想像を絶するプレッシャーを押し殺すために、だから彼女は一途に段取りを整理し、直前まで練習を重ね、言葉少なに取り繕おうとしたのです。


 冷静であった訳でも、気迫を充実させていたのでもありません。

 彼女は、これまで得てきた限りあるものに、必死ですがったのです。
 それだけ、彼女は追い込まれていたんです。

 それを、私は――表面上の姿しか、見ようとしていなかったなんて――。


「やくそく……うっ、し、した……そばに、いて、いてって、言っ……うあぁぁ……!!」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:37:15.13 ID:LS54PsoZ0
「……返す言葉もありません」

 私は、ほたるちゃんの両肩に手を乗せ、ゆっくりと体を引き離すと、屈んで顔を彼女の目線に合わせました。

 涙に濡れた丸くて綺麗な瞳の上に、一層ハの字になってしまった彼女の困り眉が並んでいます。


「本当に、ごめんなさい……ほたるちゃん」

 少しだけ視線を落とし――もう一度、今度はしっかりと彼女の顔を見ます。

「許してほしいとは、言いません。
 だけど……もし一つだけ、言い訳をさせてもらえるなら……」


 そう言って、私はポケットに入れていたそれを、そっと取り出しました。

 少し包装は汚れてしまったけれど、これは――。

「これは……?」
「開けてみてください」

 プロデューサーさんが買っていたものですが――おそらく中身は、私が用意したものと同じはずです。



「……テントウムシ?」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:41:50.65 ID:LS54PsoZ0
「そうです」


 いつか、ほたるちゃんと買い物に行った時、オリジナルアクセサリーを売っていた服屋さんがあったのを、私は思い出しました。

 テントウムシについて調べた私は、ぜひ本番の日に、それにまつわるプレゼントをしたいと思い、その服屋さんに足を運んだのです。

「そうですねっ! 例えばこういうネックレスもありますけど、当店の一番人気は小さくルビーをあしらったこちらのイヤリングも…!」
「あ、うぅ……」

 店員さんの積極的なセールスに、私は挫けそうになりましたが、何とか一つだけで勘弁していただきました。

 たまたま、私が求めていたモチーフを象った、アクセサリー――。



「テントウムシの、ネックレス……ちょっと、変かも知れませんが」

 私は、ほたるちゃんの手からそれを取ると、彼女の後ろに回り、首に掛けました。

「ほたるちゃんにこそ、ふさわしいと思ったから……お日様に向かう、テントウムシ」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:45:05.08 ID:LS54PsoZ0
 そっと、手を離します。

 ほたるちゃんの白くて綺麗な首元――。
 小さい銀のお花の上に、金色のテントウムシが、ちょこんと控えめに留まりました。


「わぁぁ」

 彼女はそっと、大事そうにそれを両手の指でつついた後――目元を拭い、ニコリと笑ってくれました。

「ありがとうございます……こんなに素敵なプレゼント、初めてです」

 こんな時でも、お世辞を忘れない辺り、気ぃ遣いのほたるちゃんらしいですね。ふふっ。
 思わず、私も笑っていました。


「……そろそろ、時間だな」
 事務員さんが、腕時計に目を落としました。

 話によると、開催を1時間順延させた際、セットリストにも若干の変更があったようです。

 天候がまだ回復せず、お客さんも集まりきらないであろう、最序盤――つまり、前座としての出場。


 言い方を変えるなら、栄えあるトップバッターという大役です。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:47:41.37 ID:LS54PsoZ0
「白菊ほたるさん、そろそろご準備の方よろしいでしょうかー!?」

 スタッフさんがこちらに駆け寄って来ました。
 いよいよ、その時です。

「はい」
 ほたるちゃんは、しっかりとした声でそれに応え、ステージの方へ歩いて行き――。


 階段の手前で、止まりました。

「美優さん」


 クルッと、まるで舞うように振り返ったその表情は、眩しいほどの笑顔で――。

「先に行っています。どうか遅れないうちに、美優さんも来てくださいねっ」

 そう言って、彼女は向き直り、ステージへと上がって行きました。


 彼女は、まだ私を、アイドルとして――。

 ううん、今は私の事なんてどうでも良いんです。



 設置されていた照明が、暗転していた舞台の上をゆっくりと照らし出していきます。

 そこに立つ一人の少女の姿を認めた観客達は、ようやく始まるお祭りの予感に、一斉に歓喜の声を上げました。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:49:54.03 ID:LS54PsoZ0
「大丈夫……ですよね、ほたるちゃん」

 固唾を飲んで見守りながら、そっと隣の事務員さんに同意を求めます。


「そうだな……何せ、事あるごとに色々な目に遭ってきた子だ。
 今日のような日のこの時に、何も起こらないとはとても思えない」

 ところが、事務員さんは私の意に反し、縁起でも無い事を言い出しました。

「ちょ、ちょっと事務員さん!?」
「フフッ、まぁまぁ」

 彼女は苦笑し、手を振ります。


「私は、何も心配していないよ。何かが起きたとしても、既に取るべき手は打ってある」
「……えっ?」


「たとえ彼女が“死神”や“疫病神”だとしても、捨てる神あれば拾う神あり……いや、この場合……」

 事務員さんは、得意げに鼻を鳴らしました。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:51:52.24 ID:LS54PsoZ0
「災い転じて福と成す、と言ったところかな」

 そう言った瞬間、でした。


 ビシャアアアァンッ!!

 と、もの凄い轟音と稲光が会場を襲いました。

「キャッ……!!」

 たまらず私は身を屈めます。が――ふと、辺りが真っ暗になりました。



 雷がステージに落ちて、停電してしまったのです。


「そ、そんな……!」
「大丈夫」

 事務員さんは、腕を組んだまま少しも動じていない様子でした。

「せいぜい、これもある種の演出になるだろう」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:55:59.94 ID:LS54PsoZ0
「演出……って」

 私が彼女の意図を掴めずにいると、突如、一つのスポットライトがほたるちゃんを照らし出しました。
 え――。

 観客からも、少なからぬどよめきが聞こえます。

「非常用電源だ。
 通常は必要としないそうだが、私と彼で346側に交渉すると、設置に了承してくれた」



 一筋の光の中央に立ち、飛び立つ時を待つ少女。


 私は、“天道虫”の名前の由来を思い出しました。



 英語圏では、レディ・ビートル、またはレディ・バグと呼ぶそうです。
 レディとはすなわち、聖母マリア様のこと。

 害虫に困っていた農夫が天に祈りを捧げたところ、沢山のテントウムシが害虫を食べてくれたおかげで、豊作となった。

 あるいは、その赤い背中はマリア様のマントとローブを、黒の斑点はマリア様の7つの悲しみや喜びを表すとも。
 
 日本でも、その虫が無実の罪人を救った逸話が「天道常に善人に与す」と伝えられ、太陽に向かって登る習性と、黒の斑点が太陽の黒点に見えることから、“天道虫”と名付けられたのだとか。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 01:59:08.67 ID:LS54PsoZ0
 そう――つまり、国内でも海外でも、とても縁起の良い幸運の象徴として、古くから伝えられた虫なのです。

 でも、テントウムシ自身はどうでしょうか?


 その虫は、人に幸せを運びにやってきて、代わりにその人を襲うであろう災厄を引き受ける。

 背中の斑点に、人々から引き受けた悲しみを、不幸を、彼女は一身に背負い、天に向かって上っていく。

 そして、てっぺんまで上ると、彼女は小さな羽根を遠慮がちにそっと広げ、不幸を持ち去るべく飛ぶのです。


 彼女は、私達が本来受けるはずだった不幸を、これまでずっと肩代わりして来たのかも知れません。

 しかし、飛び立つ機会が無かった。

 あまりに多くの不幸をその小さな身体に抱えたまま、今日まで生きてきた苦しみは、どれほどのものだったでしょう。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:00:46.65 ID:LS54PsoZ0
 だから私は、ほたるちゃんの力になりたかった。

 少しでもその身を軽くして、障害を取り払い、ステージまで上らせてあげたかった。

 そして今、彼女はそこに立っています。


「ほたるちゃん」

 もう、遠慮しなくていいんです。
 取り巻く空間も、流れる時間も、あなただけのためのものだから。


 彼女は決して“死神”でも、“疫病神”でもありません。

 どうか皆さん。見てください。

 その小さな羽根を――あぁ、やはり遠慮がちにそっと広げ、誰よりも幸せを願った少女が――。



 “女神”が今、飛び立ちます。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:03:40.89 ID:LS54PsoZ0
 ――――♪

 ――ッ――〜〜♪



「あぁ……」

 すごい――なんて、楽しそうに歌い、踊るのでしょう。

 可愛らしい、アップテンポなメロディに乗せ、観客の皆さんに愛を振りまいています。


「やった……」
 思わず呟いていました。視界の隅で、事務員さんが頷くのが見えます。

「然したる不自由も無く順調に歩みを進めてきたアイドル達に比べ、あの子はレッスンさえも満足に行えなかった」

 私は、事務員さんを見ました。
 腕組みをして、じっとその様子を見守る横顔は、今まで見たことがないほどに穏やかです。


 ――〜〜〜ッ! 〜〜!♪


「だが、それだけあの子には、磨かれていない部分が多く残されていた」

「……はいっ」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:05:28.54 ID:LS54PsoZ0
 一番のサビが終わると、観客から大きな声援が上がりました。

 それに応えるように、さらに眩しい笑顔を見せながら、彼女のパフォーマンスはますます洗練されていきます。


 ――――♪

 ――〜〜――〜〜ッ♪


 ほたるちゃんの笑顔は、演技ではありません。
 ずっと夢見たステージが、楽しくて嬉しくて、それが抑えきれないのが見て取れます。

 良かった――本当に、彼女はようやく――。

 ――ッ!?



「く、靴紐が……!」


 ――〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪


 私は、彼女の足元に目を見張りました。

 彼女自身は、気づいている様子はありません。


 彼女の靴の裏側で縛った紐が、ほどけ――いえ、あれは切れかかっている――!?
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:08:49.63 ID:LS54PsoZ0
「ウソ……」

 見間違いだと信じたい。
 実際、この位置からでは、彼女の靴紐なんてほんの点のようにしか見えません。

 ですが、嫌な予感が胸の中で膨れあがるのを、私は抑えることが出来なくなっています。


「や、やめて……」

 この後、最大の見せ場であり難所である、大振りのステップとターンがあります。

 そうです、忘れる事なんてできません――私があの日靴紐を切ったのも、このパートだったんです。


 神様、どうかやめてください。

 ようやく彼女は飛べるんです。光を手にすることが出来るんです。

 何でもかんでも、どうか不幸を押しつけないで。
 これ以上、彼女から何もかもを奪わないで――!


 ――〜〜〜ッ♪ 〜〜〜!♪


 ボルテージが極限まで高められ、いよいよサビへと入っていきます。

 満面の笑顔で、ほたるちゃんは元気よく足を振り上げ、ステージを強く踏みつけました。


  ――ブチッ。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:11:26.22 ID:LS54PsoZ0
「! あ、危ないっ!!」

 紐が切れたっ!
 切れ――!


 ? え――――。



 ――〜〜〜ッ!♪ 〜〜♪ 〜〜!!♪


 小さな体からは想像もつかない、キレのあるダイナミックなターンを見せた彼女に、観客からは一際大きな歓声が上がりました。

 額に汗を浮かべ、それでも変わらずほたるちゃんは歌い、踊れる喜びを、なお全身で表現し続けます。

「た、倒れなか……た……?」


「靴紐なら」

 呆然とする私の胸中を見て取ったのか、事務員さんが口を開きました。
「あれは飾りだ」
「飾り?」

「本当は、足を中のゴムで留めてある。
 靴紐は切れる可能性があるからという、あの子自身の提案によるものだ」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:15:19.17 ID:LS54PsoZ0
「ゴムを……」
「大したものだよ。つくづく不幸との付き合い方を、あの子は心得ているのだな」

 腕を組み直し、感心した様子で事務員さんは、鼻でため息をつきました。

「しかし、不幸な境遇そのものを、あの子は良しとしなかった」

「だから、アイドルを……?」


 ッ――!!


   ――おそとにいって、むしのかいだんごっこするの!

   ――おばあちゃん、おそとのむしはかわいいって、いってたもん! おそといくの!



 突然、ふと、私の幼い頃の記憶がフラッシュバックします。

 祖母から教わったばかりの、外での遊びをやりたくて、玄関で慣れない駄々をこねる私が見えました。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:18:22.04 ID:LS54PsoZ0
「私は……」

 こんなものだ、と――いつからかずっと、何かを追い求める気持ちを、抱かないようにしていました。

 反発を恐れたからです。ですが、駄々をこねて親から怒られた訳ではありません。

 苦心して親が代わりに提示してくれた遊びが、あまり面白くなくて、内心、幻滅してしまったのだと思います。

 それも全て、私がワガママを言ったからなのだと――。


 そうして、何事にも予防線を張り、あらゆるものを“こんなもの”にして、いつでも自分への言い訳を仕立て上げた。

 目を背け、諦めることで自分が傷つかずに済む立ち回りに、納得を求め続けた。

 ですが――。


 ほたるちゃんは、どんな不条理をも受け止め続けたのでしょう。

 でも、決してそれを良しとせず、抗い続けた末に、彼女はトップアイドルへの道を志した。

 不幸な自分を変えるために――そして。

 苦難の末に、彼女はようやく、それを手にしようとしています。


   ――そうやって……
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:24:33.86 ID:LS54PsoZ0
   ――簡単に諦めきれるものじゃないはずです、夢って。


 ――〜〜〜ッ〜〜〜〜!!♪


 ワァァァッ!! と、凄まじい歓声が会場を支配しています。
 大サビ前の間奏に入ったのでしょう。


 どうして、ほたるちゃんはアイドルを目指したのか?

 それは、彼女にとっては至極簡単で、当たり前の事だったんです。
 幸せになりたい、という――。



 目を背けて逃げ続けた私と、抗い追い求め続けた彼女。

 ほたるちゃん、あなたは――。


 私がこうありたいと憧れていた姿そのもの。

 私が諦めた全て。

 似ているようで、決定的に違った結末。



「ほたるちゃん、ステージに上がる前……私に言ったんです」
「あぁ」

 先に行っているから、遅れずに来てください、と――だけど――。
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:27:53.58 ID:LS54PsoZ0
 だけど――!

「私は……私には……!」


 あまりに、違いすぎる――遠すぎます。

 私は、顔を両手で覆いました。


「あの子を……アイドルを目指す資格なんて、ありません……!!」

 逃げ続けた卑怯者が――あんな眩しい存在に、なれる訳ない――!!



「そうだな。キミにはアイドルを目指す資格は無い」

 事務員さんの、淡白な声が聞こえました。



「アイドルを目指すための資格なんて無い。初めから、誰にも」
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:31:07.06 ID:LS54PsoZ0
「……ッ!」


「あの子はキミに言っていたはずだ。
 このステージを一番観てほしい人、その素晴らしさを伝えたい相手が、誰なのかを」


 事務員さんは、ステージを一点に見つめながら、話しました。

「靴紐の件は、三船君の一件も踏まえた上での、あの子の提案だった。
 そうしてキミ自身が抱かなかった、靴紐が切れた悔しさを、代わりにあの子は背負っている」

「私の、悔しさを……」
 私の想いを、代わりに背負ってステージに――。


 私は、また言い訳を――!

「枷を嵌めるのは、いつだって自分だ」


「私が……!」


 ――〜〜!♪ 〜〜〜〜♪ 〜〜ッ!♪


 ステージは、最後の大サビに入ったようです。

 ずっと歌い踊り続けて、疲労も蓄積されているはずなのに、ほたるちゃんの笑顔は、ずっと眩しいままで――。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:37:33.21 ID:LS54PsoZ0
「う、わあぁぁぁぁ……!!」

 うめき声を上げながら、雨でグシャグシャの頭を、胸をかきむしりました。


 壁だと思っていたものは、私が仕立て上げた言い訳という名の盾であり、枷でした。

 それを重ねて作り上げた殻は、悲しみから身を守る城壁であると同時に、夢へと向かう道を断絶する檻でもあった。

 閉じ籠めてきた殻を、かきむしり、引き剥がしていくと、中にいたのは醜いどん底でうずくまる私です。


 今日は、ほたるちゃんの素敵なステージを目にすることができる。
 そうすることで、私も一つの達成感を得た、明るい気持ちになれるのだろうと、勝手に想像していました。

 でも、違った――私は、その場に泣き崩れました。



 私はここで、何をしているの――?

 どうして、ほたるちゃんと一緒に、あそこに立っていないのよ――!!


 皆が用意してくれた、せっかくのチャンスだったのにっ!!
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:40:07.87 ID:LS54PsoZ0
 眩しい光が示したのは、どこまでも醜い自分でした。

 夢への羨望と、後悔と、どす黒い嫉妬にまみれた、本当の自分。


 ほたるちゃんが私を照らしてくれたおかげで、それを自覚する事ができました。

 そして、このままであってはならない――抗っていかなくては、そこにたどり着けないのだという事を。

 生まれて初めての反抗期を、私はようやく手にしたのです。


 ほたるちゃん、ごめんなさい。

 また逃げる所でした。それも、ほたるちゃんを引き合いにして。



 非常な盛り上がりの中――彼女のステージは、終わりを迎えようとしています。



「……事務員さん」
「ん?」
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:43:32.97 ID:LS54PsoZ0
 立ち上がり、もう一度ステージを見ます。
 大歓声に向けて手を振るほたるちゃんを。


「このまま、終わりたくありません……私も飛びたいです」


「そう言うと思って、彼がキミに用意したプレゼントがある」

「えっ……」
「自分の手で渡しなさいと言ったんだが、彼はヘタレでな」


 苦笑しながら、事務員さんが私に、一つの小包を差し出しました。

 私がほたるちゃんにプレゼントしたものと同じ、あのテントウムシが入ったそれを。


「こ、これ……ほたるちゃんへの、プロデューサーの…」
「いいや、キミだ」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:46:47.49 ID:LS54PsoZ0
「キミのスマホケースに貼られたシールを見て、彼なりに苦心したらしい。
 美優さんにこそ相応しい、などと鼻息を荒くして私に力説するものだから、何だかおかしくてね」


「プロデューサーさんが、私に……」

 これが相応しい人に――ほたるちゃんのように、私も――?

「さぁ、彼女が帰ってくるぞ」
 事務員さんが、急かすように顎でステージを指しました。


 最高のステージを見せてくれた彼女は、目に涙を浮かべて階段の上に立っています。

 ――ありがとう、ほたるちゃん。もう、迷いはありません。


 お揃いのネックレスを身につけ、駆け寄ってきたほたるちゃんを、私は抱きしめました。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:48:12.33 ID:LS54PsoZ0
 ――――――。

 ――――。





「明日4人オッケーだってよ。2部屋ならいけるって」
「グレードは?」
「社長が金くれるっつーから、割と高めの所とったけど、いいでしょ?」

「ほ、本当に行くんですか?」
「だって、皆でお休み取れる日ってもう明日と明後日しかないもんな」
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 02:54:49.59 ID:LS54PsoZ0
「2部屋か。じゃあキミと、我々女性陣で」
「それはいいけどさ、ベッドは美優さんとほたるちゃんに譲ってネーサンは床で寝ろよ。寝袋あったよな?」
「な、何でですか? というかお布団では…」
「コイツすげぇ〜寝相悪いの。俺どっか一緒に旅行行った時、鼻とみぞおち蹴られたからね?」
「え、えぇぇっ?」
「キミはいびきがうるさすぎ」
「頭と足が逆になるヤツに言われたくないんだよなー。
 まぁいいからほら、美優さんそっち肉焼けたよ」

「お二人で、旅行行かれた事あるんですね」
「何回かね。もう二度と行かない。最後に行ったのってどこだったっけ、ネーサン?」
「福島」
「あーそうだそうだ思い出した! 裏磐梯で一緒にスキーやったんだよな!
 でさー聞いて美優さんほたるちゃん、このネーサンのスキーときたら、まぁ〜それはヘタクソで!」
「そ、そうなんですか? 事務員さん、何でもそつなくこなしそうですけど」

「武道とか走るのとかはすごいんだよ。でも、球技とか、道具使う系のスポーツは本当、ビックリするくらい下手でさ。
 スキーだってコイツ、あはは、すげぇへっぴり腰で……!」
「怪我とかしたら、怖いですもんね……分かります」
「いいのいいのほたるちゃん、気ぃ遣わなくて。
 そうそう、泣きそうな顔して、ほたるちゃんもかくやというくらい眉をハの字にさせてさ、ずーっとボーゲンでズルズルと。
 ハッハッハ、眉毛もボーゲン! ケッサク、アハハハハ!」
「はいダウト。ゴーグルしていたから、私の眉毛など傍目には見えないはずだ」
「ほら〜、否定しないでしょ?
 いつものネーサンはどこ行ったの?ってくらいだっせぇ、しかもぷりケツでぇいだだだだだだだ!!!ゴメンゴメンいででで折れる折れる許してっ!!!」
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:01:06.43 ID:LS54PsoZ0
「うおぉ、いってぇチキショウ……お前な、俺の方が1コ上なんだからな」
「それにしても……私達、本当に346プロに入るんですね」
「俺は、あのクマみたいな人と同じ部署だったかな。ネーサンはどこ?」
「経理だと聞いている。以前いた時と変わっていなければ、オフィスは3階かな」

「私とほたるちゃんは、もう担当の方とか、決まっているのでしょうか?」
「まだじゃない? 俺もなー、美優さんやほたるちゃんみたいに素直な子が担当だと良いんだけど」
「人事は他人事(ひとごと)、という言葉がある」
「ネーサン、親父さんのコネ使ってその辺調整してくれない?
 俺だったら二人をユニット組ませてバッチリプロデュースしてやるんだけどなー」
「善処するよ」
「絶対やる気無いだろお前。
 まぁ、あっちに行っても定期的に皆でこうして集まろうよ、『三船会』つってさ」
「な、何で私なんですかっ!?」

「ワハハ、まぁまぁ……
 ところでさ、二人のユニット名だけど、テントウムシって英語で何て言うんだっけ?」
「レディ・ビートル」
「んじゃ『ビートルず』か」
「レディどこに行った。それに、完全にパクリだろう」
「何が? あ、そうか。それじゃあ漢字だと“天道虫”だからえーと、『ヘブンロード〜〜』…」
「キミ、本当にセンス無いな……白菊君、遠慮せず食べなさい、ほら」
「あ、ありがとうございます」

「あ、あのぅ」
「どうした美優さん、何か良いの思いついた?」


「無理に英語にしなくても……日本語でも、良いのではないでしょうか?」
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:05:57.55 ID:LS54PsoZ0
「日本語? それだと、『てんとうむし〜ず』とかになるけどいいの? ダサくない?」
「そもそも、三船君と白菊君が移転先でユニットを組むかどうかも分からないしな」
「本当に他人事(ひとごと)じゃねぇかお前」
「『てんとうむし〜ず』にされるよりはマシだと思うがな」

「そ、それより、明日は何時に集合しましょうか?」
「箱根まで、どれくらいかかるっけ?」
「1時間半もあれば十分」
「ネーサンがドライバーの場合はでしょ。明日は美優さんが運転だよ?」
「3時間見ておこう。朝8時に事務所集合だ」

「わ、私が、運転ですか!?」
「ペーパー教習受けたんでしょ? 大丈夫大丈夫、ネーサンがバリッとナビするから」
「ちゃんと整備もしてある。何も問題は無い」
「美優さん、頑張ってください!」

「そ、そう言われましても、足が……ちょっと、お手洗いに……」
「何もそんな吐くほど緊張しなくても…」
「ち、違いますっ!」
「ワハハ、冗談だよってあ、あぁぁぁちょっとネーサン何でカルビ食わないの! 焦げてんじゃん!!」
「カロリーと動物性脂肪は敵だ」
「焼き肉食いにきて寝言言ってんじゃねぇよ!!
 うわあぁぁ上カルビがっ、ほたるちゃん早く取って!!」
「ひ、ひぇぇぇ……!」


「……ふふっ」

 バタン――。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:07:18.34 ID:LS54PsoZ0
 ――――!?



 えっ――――。



 トイレの扉を閉め、振り返ると、そこには異様な空間が広がっていました。

 広がる暗闇の中に、壁とおぼしき何かがデタラメに乱立しているのが見えます。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:12:40.84 ID:LS54PsoZ0
 でも、私は迷わず歩き出します。


 壁だと思っていたそれは、その場にひっそりと佇んだまま、微動だにしません。

 たくさんのそれの合間を、すり抜けるように進んでいき――。



「……大丈夫ですか?」

 そこにうずくまっていた少女に、私は声を掛けました。



   ――……だれ?

「私は……」


「私は、アイドルです。正確には、アイドルを目指す人」

「プロデューサーを、やっていた時もあったけれど……それは、本当ではありません」
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:14:24.81 ID:LS54PsoZ0
 少女は立ち上がり、私を見ます。

   ――よくわかんない。


「それは、分からないフリをしているだけ。知っているでしょう?」

「うずくまっている限り、傷つかないままでいられる……
 そうやって、何度自分を言いくるめてきたのかを」


   ――だって……だって、仕方ないんです!

   ――事故とか、アクシデントが、私のせいでたくさん起きて……

   ――私は人を不幸にしちゃうんです。呪われてるんです……!


「そう、彼女はそれを自覚していた」

「自分と向き合っていたからこそ、変えたいと思えたんです」

   ――そんなこと……
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:15:43.98 ID:LS54PsoZ0
   ――そんなこと……分かってるくらい大人だったつもりだったのに……。


   ――すみません。もう、構わないでいただけますか。大丈夫ですから……。


「そういう訳にもいきません。身の程を知ったフリをするのはやめて」

「アイドルに、なるんです」


   ――アイドル……人前に出て歌ったり、踊ったりするあの……?

   ――私なんかが……無理ですよ。


「もう、決めた事なの」

「決めるのは私……そう、皆に教えてもらえたから」


   ――決めるのは……私……?


「ほたるちゃんのプロデューサーを務めて、分かったんです」

「私が真にプロデュースするべきは、あなただということを」
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:17:51.11 ID:LS54PsoZ0
 とても――苦しいです。

 当たり前です、抵抗しているのですから。彼女も、私も。


「私は、三船美優というアイドル」

「そして、同時にあなたのプロデューサーでもありたいんです」


 周りの壁が、バキバキと音を立て、一枚一枚崩れていきます。

 世界の輪郭が変わっていき、私達の立つどん底が、薄明かりの中に見えてきました。


「身の程を知った気でいた……でも、ほたるちゃんのおかげで、ようやく本当の自分を知れた」

「あなたはここに立っている。そして」

   ――眩しい……。


「一度しか聞きません。いいですね?」


「あなたは、幸せになりたいですか?」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:21:47.00 ID:LS54PsoZ0
   ――幸せに……なりたいに、決まってるじゃないですか。

   ――でも、私なんかが……

「卑下をしないで! 百円ですよ、ほらっ」

   ――……それ、見覚えがあります。

「アイドルとして、輝きたくないですか?」

   ――ほたるちゃんのように、私も……?

「そう、輝くための道筋を示してくれた、彼女に恩返しをするためにも……」


   ――なりたい……私も、幸せに……

「飛びたいんです……私だって、背負うべきものを背負って……!」

   ――てっぺんまで登って……!

「トップアイドルに、私……!!」


 なりたい――ッ!!!



   ――美優さーん……おーい。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:22:55.22 ID:LS54PsoZ0
 ――――――。

 ――――?



 ――ッ!? ハッ!

「は、はいっ!?」
『あはは、やっと出た。寝てたでしょ?』


 寝ぼけ眼で、時計を確認します。

 ――は、8時っ!? もうっ!?

「す、すみま…!」
『あぁいいよいいよ、まだほたるちゃんも来てないし、ていうか遅れるし』
『遅れる?』
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:29:12.66 ID:LS54PsoZ0
 話によると、ほたるちゃんは、1時間ほど遅れそうとの連絡があったそうです。
 バスの経路上にある踏切が、信号機の故障か何かで大渋滞となっているのだとか。

『まぁだからさ、ゆっくり来ていいからね。
 ネーサンはボロ車の整備に余念が無いし、俺は携帯でゲームしてるから』
「そうですか……」

『この分だと、小田厚の出口か箱根新道でどうせ渋滞に捕まるだろうし、ゆっくり行こう。
 あ、何か適当にCD持ってきてよ。この車、BluetoothもSDカード挿す所も無いからさ』
「あ、は、はい……あの、プロデューサーさん」
『ん、何?』

「ありがとうございます」

『ワハハ、いやいやどうも。でも、あまり遅くならないようにな。
 小田厚降りた所に美味い蕎麦屋があって、そこのランチには間に合いたいんだ』
「はい、分かりました」
『うん。じゃあ、また後でね』


 通話を終えて携帯を置き、ボーッとベッドの上から窓の外を見つめます。

 太陽はすっかり登り、通りを慌ただしく走る車と、電車の音が微かに聞こえてきます。

 まさか、寝坊するなんて――そんなに、お酒は飲んでいないつもりだったのに。


 ふと、テーブルの上に置いていたネックレスが目に留まりました。


 先ほど、プロデューサーさんへ「ありがとう」と言ったけれど――ちゃんと、意図は伝わったかしら?

 ――ふふふっ。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:32:20.73 ID:LS54PsoZ0
 遅れを取り戻すべく、テキパキと支度を整えます。
 久々のお出かけなので、おめかしも、ほんの少し念入りに。

 そして、私はそれを首に掛けました。

 こうして見ると、思いのほか主張するものですね。


 『てんとうむし〜ず』――ふふっ、変な名前。
 でも、悪くないなぁと、内心思っているのは秘密です。

 そうなりたいと、私自身思っているから。


 ほたるちゃんが人々の不幸を背負ってきたのなら、私はそれを肩代わりしたい。

 彼女ほど立派なテントウムシにはなれなくとも、この先少しでも、恩返しが出来たなら――。

 背負う不幸を少しでも軽くするための、彼女のテントウムシは私なのだと。

 そして、自分の幸せに向けて飛び立つテントウムシは私なのだと、いつか胸を張って言えたらどんなに素敵でしょう。

 そんな夢を、私は持つことが出来たんです。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:37:06.57 ID:LS54PsoZ0
 昨日、一生懸命乾かしたバッグを肩にかけ、靴を履きます。


 どこかで渋滞に捕まるかも知れない。
 変わりやすい山の天気に、翻弄されるかも知れない。
 たまたま一緒に泊まっていた、温泉好きでお酒好きの人に、絡まれるかも知れない。

 “かも知れない”を挙げると、キリがありません。
 ふふっ――。


 そういった苦難に対し、私はようやく抗うことができます。


 ドアを開けました。
 快晴です。台風一過というものでしょう。ですが――。

 それを使う機会が訪れる事を期待して、私は大きめの傘を手にしました。


〜おしまい〜
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/30(月) 03:40:19.68 ID:LS54PsoZ0
長くなってしまい、すみません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、失礼致します。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 03:41:51.76 ID:o9M8+o83O
こういう話は大好き。
みゆほたは珍しかったけど、楽しませてもらいました。

ハゲのおっさんは無事に名誉毀損で訴えられたんだろうか………
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 04:39:56.90 ID:yMnQVoSc0
マジ乙
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 21:46:29.74 ID:FOyfJq5io
読み切った
いい作品だったよ
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/01(火) 14:37:07.78 ID:hAMLnVd+O
良かった…
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