三船美優「天道虫 is ……」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:33:04.40 ID:A6rjc17z0
 最初は、何の冗談だろうと思いました。

「大丈夫大丈夫、そんな気負わないでいいよ。何かあれば俺がビシッてアレするし」
「は、はぁ……」


 でも、この人は、冗談のような事は仰るけれど、冗談は言わない人でした。

「だから、美優さんのやりたいようにやればいいんだよ。ねっ?」
「そう言われましても…」
「だーいじょうぶだって! このアレに失敗は無いんだよ、つーか既にもう終わってるようなもんだし!」
「うっ……」


 私のせい、とはいえ――想像もつきませんでした。

「あ、ご、ごめん! そういう意味じゃないんだ、これはマジで。
 まぁとにかくさ、サクッとやってみてよ! じゃあ俺ちょっと出かけてくるね!」



 私が、白菊ほたるさんの、プロデューサーになるだなんて――。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:35:14.99 ID:A6rjc17z0
 しばらくの間、私は、アイドルとしての活動を行えなくなりました。

 オーディション中に、靴紐が切れて転んで、怪我をしてしまったからです。

 より高いステップへ進むために、プロデューサーさんが申し込んでくださった大一番での、ミスでした。

 私って、いつもこうなんです。
 ここぞという時に、ままなりません。


 知名度の低い私は、他のお仕事をあまりいただく事ができないままです。

 そして、大変失礼な事を言うようで恐縮ですが――私のいる事務所は、お世辞にも大きい会社ではありません。

 アイドルも、私しかいない有様でした。


 彼女が来てくれるまでは――。



「“死神”?」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:38:30.22 ID:A6rjc17z0
「“疫病神”、とも言われている」

 事務員さんは、手元の資料に目をやりながら、プロデューサーさんに答えました。
「彼女が所属した事務所は、軒並み倒産に追い込まれている。
 半ば都市伝説じみているから、業界でもそれなりに有名だ」

「で、その子を社長が拾ってきたって?」
「あぁ」

 プロデューサーさんは、椅子にもたれながら大きな声で笑いました。

「そいつはいいや! もう潰れる寸前のこの事務所を、社長自らトドメを刺しにきたってこと?
 あからさまだよなぁハッハッハ、ねぇ美優さん?」

「い、いえ、あの……」

 私が、もっと頑張れていれば、この事務所も――。


「キミ、言葉を慎みたまえよ」

 事務員さんがそっと苦言を呈すると、プロデューサーさんは、ハッと手を大きく振って、
「いや、違う! 美優さんがどうって話じゃない、むしろ俺だから! ごめん美優さん!」


 プロデューサーさんに悪気が無いのは、分かっているのですが――。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:43:24.05 ID:A6rjc17z0
 私がこの事務所に来たきっかけも、その子と同じ、スカウトでした。

 OL時代、帰宅途中にヒールが折れ、うずくまっていた私に、プロデューサーさんが声を掛けてくれたのです。

 何事にも自信を無くしかけていた私を、プロデューサーさんは明るく励ましてくださいました。


 ただ、やはり現実は、そう簡単にうまくいくものではありません。

 アイドルの真似事をしてみた所で、プロデューサーさんが期待するような成果を、私は上げられずにいました。

 そして、このタイミングで怪我をしてしまったがために、今後予定された活動計画は全てご破算です。


 そう――身の程を知るというのは、とても大事なことなんだなって。

 この年齢になって、初めてそれを知るには、私は遅かったのかも知れません。

 きっと、業界最大手の芸能事務所――346プロダクションにスカウトされていたとしても、それは同じ事です。


 二度目の転職を、早くも考えるべき時が来たのかも――そう、思っていました。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:46:23.94 ID:A6rjc17z0
 当日――。

 約束の時間になっても来ないので、彼女を迎えに外に出たプロデューサーさんが、ようやく戻ってきました。


「す、すみません……」
「なーに謝ることがあるの! 白菊さんは何も悪くないじゃん、悪いのはウチのオンボロ社用車だよ」


 話によると、彼女を乗せて帰る途中、車は何度もエンストをして、うまく走らなかったそうです。

「解せないな。あの車は私が昨日点検し、整備したばかりだが」
「ネーサンのゴッドハンドをもってしても、もう限界なのかねーあのボロは」

 いずれにせよ、その子が負い目を感じるべき話でないのは、私にも分かりました。

 ですが――。


 応接スペースで、私のお向かいに座る彼女は、ソファーに浅く腰掛け、肩を縮こませて頭を下げました。

「いえ……たぶん、私のせいです」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:49:22.38 ID:A6rjc17z0
「そんなにも、君の『不幸』は強力なものなのか?」

 お茶を出し終えた事務員さんが、お盆を持ちながら壁に寄りかかり、腕組みをしました。

「『不幸』って?」
 首を傾げるプロデューサーさんに、事務員さんも肩をすくめました。
「これまでの所属事務所の件も含め、彼女にまつわる噂話さ。オカルトの域を出ないがな」


 つまり、彼女の身の回りには、いつも不運な出来事がつきまとうのだそうです。

 信号に悉く捕まったり、買ったお弁当にお箸が入っていないのは序の口。
 外で食べ物を手に持っていると、すかさずカラスに奪い取られ、行列に並べば、必ず自分の手前で定員オーバーになるとか。

 なんと、頭上から植木鉢が振ってくることもしょっちゅう――。

 そ、それが本当だとしたら、非常に危ないことでは――?

「さすがにバナナの皮でツルッと滑って転ぶとかはないでしょ? アハハハ!」


 プロデューサーさんが、そう言っておちゃらけてみせても、彼女はますます頭を垂れるばかりです。


「……マジか」
「は、はい……」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:51:43.30 ID:A6rjc17z0
「今までいた事務所でも……たとえば、プロデューサーが、事故や病気で長期入院してしまったり。
 屋外でのお仕事で、雨に降られなかった日は無いですし、レッスンではいつも……」


「……いつも?」
 プロデューサーさんが促すと、彼女はさらに顔を俯かせます。


「いえ……すみません。
 あまり、レッスンできたことが無くて……過ぎたことを言いました」


 ――それ以降、彼女は黙ってしまいました。



「ふーん、そいつは筋金入りだなぁ。やっぱ社長はこの会社を潰…」
「ウウ゛ンッ!」

 プロデューサーさんの言葉を遮るように、事務員さんが大袈裟に咳払いをします。


「どのような経緯があるにせよ、杞人の憂いというものだ。
 私の方から少し、事務的な話をしよう。まず、住所と通勤経路をこれに記入してくれないか」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:55:06.04 ID:A6rjc17z0
「あながち眉唾物じゃないのかもなぁ」

 自分のデスクでコーヒーを啜りながら、プロデューサーさんは一人納得するように呟きました。

 応接スペースでは、事務員さんが白菊さんと、契約に関する書類の確認を進めています。


「あの……これから、どうしましょう?」
「何が?」

 恐縮しながら尋ねる私に、プロデューサーさんはフラットに聞き返します。

「いえ、その……
 私はまだ、この通り、満足に活動できませんから……やはり、彼女のプロデュースに力を…」

「うーん、それなんだけどね」



 カップをデスクに置き、腕組みをしながら椅子にもたれ、プロデューサーさんは私に顔を向けました。

「美優さんに任せてもいいかな?」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 14:57:26.95 ID:A6rjc17z0
「……え?」

 任せる? ――何を?


「あー、うーんと……実は俺、今ちょっと手が離せなくてね、色々と」
「はい」

 ここ最近、プロデューサーさんは、いつも外に出られていて、忙しそうです。


「だからそのー……この事務所の先輩として、あの子の面倒を色々と見てほしいんだよね」
「はぁ……」

 そうですね――お茶の場所とか、鍵のかけ方くらいは、私でも教えられると思いますし。


「俺の代わりに、パシッと彼女のプロデュースをやってもらえない?」
「えぇ、まぁ」



「…………へ?」


 ぷ――プロデゅーぅ、す?
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:01:13.30 ID:A6rjc17z0
 ――――。


 小さい頃から、聞き分けの良い子だと、言われて育ちました。

 両親は、とうとう反抗期が無かった私を、いくらか心配に思ったようです。


 それは、そうなのかも知れません。

 家族で外食をする時は、必ず、両親よりも値段の安いものを選びました。
 誕生日プレゼントでさえ、自分から何かを欲しがった事も、無かったと思います。

 無欲――と言えば、聞こえは良いのかも知れませんが、おそらくそれは、正しくはありません。


 壁を押せば、反発がある。
 手が痛くなる。

 何かを欲しがれば、何かしら我が身への反動があるものと、いつからとも無く、私は知っていました。

 何物にも強い興味を傾けず、しかし、言われた事には注意を払い――。


 そうして、私はすっかり流されやすくなったのだろう、と――彼女との初めてのレッスンに向かう途中、思い返しました。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:04:52.36 ID:A6rjc17z0
「いえ、あの……現地集合で大丈夫です。道は、調べれば分かりますから……」
「そ、そうですか……?」



 電車と徒歩で、スタジオに向かいます。

 本当は、プロデューサーさんのように、車で送り迎えをしてあげられたら良かったのですが――。
 何分、私はペーパードライバーで、車庫入れも満足にできません。

 その事で頭を下げると、逆に彼女は、手を目一杯振りました。

「そ、そんな、大丈夫です! むしろ車じゃない方が安全ですから!」

 初めは、私の運転が頼りないから、という意味かと思いましたが――どうやら、違うようです。


 駅で待ち合わせて、一緒に行きましょうかと提案しても、彼女は丁重に断りました。

 その意味が、到着した先のスタジオで彼女に会い、ようやく分かりました。


「あはは……植木鉢じゃなかっただけ、ラッキー、かなって……」

 曰く、“普段よりも”スムーズに行けたおかげで、予定より一時間以上も前に到着していたようです。

 服に付いた鳥のフンの跡を指差しながら、彼女は苦笑しました。


 自身の不幸から遠ざけようと、彼女は私を、気遣ったのですね。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:07:34.28 ID:A6rjc17z0
「あっ、お疲れ様です美優さんっ! もう足の具合は良いんですか?」

 元気で溌剌とした、いつものトレーナーさんが、スタジオに入るなり声を掛けてくださいました。

「あ、いえ……今日は、私ではなくて……」
 慌てて手を振り、私は彼女を――白菊さんを、紹介しました。


 私の体の影から、彼女は恐縮そうに顔を覗かせ、トレーナーさんの顔色をうかがっています。

「あぁ……へぇ〜、新しい子が入ったんですねっ!
 よーし、それじゃあ今日は簡単なメニューにしときましょうか?」
「あ、は、はいっ」

 提案をするだけの知識も経験も無いので、私はただトレーナーさんに従うだけです。


 運動着に着替え、まずは準備体操から、彼女のレッスンが始まりました。

 私は、どうして良いか分からず、ただスタジオの端っこでポツンと立っています。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:10:02.70 ID:A6rjc17z0
「はぁ、はぁ……」

「初めてですし、無理しないで大丈夫ですよ。水分補給しましょう、はいっ!」
「す、すみま……はぁ、す、すみません……」


 四苦八苦しながら、何とか基本のステップを終えた所で、白菊さんはその場にへたり込みました。

 レッスンをできたことが無い、と自分でも言っていましたが、あまり運動は得意ではないようです。


 最初はこんなものですよ、とトレーナーさんが励まします。
 その通りだと思いました。

 私も、似たようなものだっただろうなと、事務所に入ったばかりの頃を思い出します。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:11:55.48 ID:A6rjc17z0
 腰に手を当てて、うーん、と何か思案した後、トレーナーさんはポンッと手を叩きました。

「白菊さん、ちょっと体が硬いかも知れませんね。
 お家でもできる柔軟体操、一緒にやってみましょうかっ。いきなりステップばかりだと疲れちゃいますし」

 彼女の疲れ具合を見て、より軽めのメニューに切り替えたようです。


「すみません……」
「いえいえ全然っ! ちゃんと改善できるところがあるのって、良いことなんですよ!
 というわけで、ちょっとこっちの方に来てみてください」

 そう言って、トレーナーさんはスタジオ奥の壁の方へ、手招きをします。


「こうして……別にどこでも、壁でも良いんですけど、片手をついてですね……」

 トレーナーさんが、壁の手すりに手をついた瞬間でした。


「あ、危ないっ!!」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:17:23.45 ID:A6rjc17z0
 誰が叫んだのか、一瞬分かりませんでした。

 それに意を介する暇もありませんでした。


「へぶっ!?」
 突然、トレーナーさんが手をかけた手すりがバキッと外れ、彼女はその場に倒れ込んでしまいました。

「!! す、すみません大丈夫ですか!? すみませんっ!!」

 血相を変えて、白菊さんがトレーナーさんの元へ駆け寄り、私もそれに続きます。


「あいたた……いやぁビックリしました。が! ヘッチャラです、アタシ石頭なんでっ!」

 幸い、頭をちょっと打った程度で、目立った怪我は見受けられませんでした。
 アハハ、と照れくさそうに笑い、トレーナーさんは手を振って応えます。


 その一方で――。

「すみません……すみません……!!」

 明らかに過剰と思えるほどに頭を下げる白菊さんが、私の印象に強く残りました。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:19:08.06 ID:A6rjc17z0
 帰り道、駅までの道を二人並んで歩きます。

 最初、やはり彼女は遠慮していたのですが、私の困ったような顔を見て、従ってくれました。

 要らない気を、遣わせてしまったようです。


 ただ――私も、おそらく彼女も、あまり自分から話す方ではないので、沈黙が続きます。

 わ、私が誘ったのだから――私が、何か話さないと――。



「あ、あの……」

 意を決して、少し上ずった声で話しかけると、彼女は顔をこちらに向けました。


「お疲れ様でした……レッスン、大変でしたよね」



 ――――えぇと、あの――。

「前の事務所では」
「えっ?」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:21:01.68 ID:A6rjc17z0
「させてもらえなかったんです……レッスン」


 三人組の若者が、向かいから集団で歩いてきます。

 それを見ると、白菊さんは大袈裟と言って良いほどに、大回りして彼らとすれ違いました。


 すっかり、人との距離の取り方を――不幸との付き合い方を、心得ているように見えます。

 レッスンをできたことが無い、と彼女が自分で言っていたのを、私はもう一度思い出しました。


「今日の事故も……私のせいなんです」



 少し、寄りたい所があるので――そう言って、彼女は駅とは別の方向へ歩いていきました。

 私は――彼女の後ろ姿を見つめながら、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:23:26.20 ID:A6rjc17z0
 ――――――。

 ――――。


 通りを歩いていると、唐突に分厚い壁が、目の前に現れます。

 通行止めかと、仕方なしに回り道をしても、壁ばかりです。

 やがて、それらが一斉に、私に迫ってくるので、壁が追いかけてこられない道へと逃げます。


 先ほどまでお昼だったのに、追い立てられるようにたどり着いた先は、モノクロで、とても暗い場所です。

 やがて、その黒の部分がどんどん大きくなっていき、私を取り巻く世界の輪郭が無くなっていく。


 ――――。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:27:17.93 ID:A6rjc17z0
 初めてこの夢を見たのは、部活動をしていた、中学生くらいの頃。

 あまりに怖くて、泣きながら夢の中で死にもの狂いで走り、汗びっしょりで飛び起きたのを覚えています。


 走るのをやめたのは、社会人になって、しばらく経ってからの事でした。

 壁が追いかけてくる方向も、たどり着く先も結末も、もう大体分かるので、私は歩いてそこへ向かうだけです。


 気持ちの良い夢でない事に変わりはありませんが、さほどの事でもありません。

 こんなものだろう、という気持ちがボンヤリと、泡のように浮かんで、朝食を終える頃には忘れています。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:31:44.68 ID:A6rjc17z0
「かしこまりました。取り急ぎ、PDFか何かでピロッと送っていただけましたら、後は私の方で段取り致しますので。
 ……えぇ、そうですね、原本は後で……いえ、こちらこそ恐れ入ります。よろしくお願いします、失礼致します」

 受話器を置き、プロデューサーさんが隣に座る事務員さんに、雑談の続きをします。

「それでさー、俺大将に言ったの。コショウ入れ過ぎちゃったから替えてくれって」
「あまりにも横暴だろう、それは」
「だってあんないっぺんにドバッて出てくるなんて思わねーもん、蓋取れたんだよ?」


 私は、事務作業をしながら、ふとソファーにいる彼女の方を見ると――。


 やはり、大人しくしながらもソワソワと、落ち着かない様子です。

 私は席を立ち、お茶を淹れました。


「おー、美優さんありがとう!」
「すまないね。本来であれば私の仕事なのだが」

「いえ、これくらいしか、できなくて……」

 そう言って、軽く会釈をしてから、私は、白菊さんの前にもお茶を置きました。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:35:23.27 ID:A6rjc17z0
「あっ……あ、ありがとうございます、すみません、三船さん」
 彼女は、驚いた様子で私の顔を見て、ペコペコと頭を下げます。

 私も手を振り、彼女の隣に腰掛けてみました。

「プロデューサーさん、ああいう、何と言いますか……ヘンな擬音を使うの、好きですよね」
 そう言って、私は彼女にコッソリ、誘い笑いをしてみます。

 白菊さんは、キョトンとした様子で、プロデューサーさんを見て、それから私を見ました。

「ほら……ピロッと、とか、ドバッと、とか」
「あ、あぁ……ふふ、そうですね」

 ようやく、彼女が少しだけ笑ってくれて、私も安堵します。


「何か、お菓子とか、食べますか?
 この間、社長が信州に行かれた際の、お土産のクッキーが……」

 私が手近の棚に手を伸ばそうとすると、彼女は短く声を上げました。

「あ、あの……本当に、お気遣いはしないで大丈夫…」
「お気遣いなものか」

「えっ?」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:37:51.29 ID:A6rjc17z0
 二人でほとんど同時に声を上げ、顔を向けると、事務員さんが手際よくお盆にお菓子を乗せていました。

「キミは私達の仲間であり、運命共同体だ。仲間のお菓子くらい満足に食べられないでどうする」
「ネーサン、俺にも一個ちょうだい」

 席に座ったまま、プロデューサーさんがおざなりに声を掛けます。
 事務員さんが一つ手に取って、ちょっと乱暴に投げました。

「ライナーかよ。普通下投げじゃない?」
「キミの場合、少しはその横着な性分を改めた方が良い。寝ていて人を起こすな、だ」
「へいへい、ネーサンの説教は懲り懲りですわ」

 フン、と鼻でため息をつき、気を取り直して事務員さんは私達の前にお菓子を置きました。
「そろそろ慣れなさい。この事務所では遠慮は無用だ」


「あ、ありがとうございます……」

 やはり、恐縮そうに頭を下げる白菊さんに、少し肩をすくめつつ、事務員さんは席に戻っていきました。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:40:19.73 ID:A6rjc17z0
「……すごく、しっかりした事務員さんなんですね。プロデューサーみたい」

「私も最初、そう思いました」

 そう言って、二人で忍ぶように笑い合います。


「それで、あの……今後のスケジュールなのですが……」

 私はおそるおそる、一枚紙の資料を彼女の前に提示してみました。


「わぁ……」

 小さく、彼女が声を上げたのが聞こえました。

「な、何か?」
「いえ、あの……」


 繁々と、私の作った――そんな大仰なものではないのですが――スケジュール表を、隅から隅まで見渡してから――。

「こんなに、レッスン……させてもらえるんですか?」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:45:56.07 ID:A6rjc17z0
「えっ? え、えぇ……まずは、レッスンかなぁと…」
 どう返答して良いか分からず、私はプロデューサーさんの方に目をやります。

「こんにちはー、ヤクルトでーす」

 でも、タイミングの良くない事に、ヤクルトレディーの方がお越しになられていました。
 曰く、どこかの営業先への帰りに寄ってくださっているのだそうです。

「おーオバちゃん待ってたよー。タフマンある?」
「若いウチから働きづめだと早死にするよ。タフマンに頼らないでしっかり休みなね」
「俺ぁそんなマジメに働いてねーから大丈夫だよー♪」
「そう若くもないしな。マスター、いつもの」

 プロデューサーさんと事務員さんは、私の方などそっちのけで、ヤクルトの方と談笑を始めてしまいました。
「あ、うぅ……」


「嬉しいです」
「えっ?」

 白菊さんの方を見ると、彼女は眉根を寄せながら、モジモジと身を縮こませています。

「ですが……先日のトレーナーさんに、またご迷惑を……」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 15:49:28.65 ID:A6rjc17z0
「あの……トレーナーさんにも、ご了解をいただいていますので、心配はいりませんよ」
「そ、そうですか……?」

 むしろ、「白菊さんはすっごく育て甲斐がありますっ!」と、トレーナーさんは鼻息を荒くしていました。

 それを白菊さんに伝えると、彼女は顔を紅潮させ、やがて両手を大きく振りました。


 先日、事務員さんからお聞きしたのですが、まだ13歳なのですね。

 私と違って、伸びしろも未来もあるのは、それは本当の事だろうと思います。


 ただ――。

 なぜ、プロデューサーさんは、私に白菊さんの事を任せたのでしょう。


「あ、もうこんな時間か。んじゃネーサン、俺ちょっと例の協議先へ行ってきまーす!」
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