魔法使い「私の事、スカウターで覗くのやめてくださいっ!」 勇者「やだ」

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120 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:49:00.48 ID:dT+CWcgt0

夜・大通りより少し離れた、宿場――


勇者「………結局、夜になっちまった」

勇者「あいつ…今夜どうすんだよ。まさか魔族の町で野宿するつもりじゃねぇだろうな…」ハァ


カツン、カツン、カツン…


勇者(…足音? 近づいてくる…)ピタ

カツン…カツン、カツッ


勇者「何者だ」ギロ



謎の男「ああ…そのいでたち。あなたが『勇者様』ですね?」

勇者「……誰だ、と聞いている」

謎の男「ふふ。可愛い人に、人探しを頼まれましてねぇ… 『勇者様をお願いします』、と」

勇者「っ」

121 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:49:49.87 ID:dT+CWcgt0

謎の男「あなたが本当に彼女の探している『勇者様』ならば、彼女のことがわかるはず」

勇者「……魔法使いを、どうした」

謎の男「ふふ。正解です。魔法使いに頼まれましてね。安心してください、彼女は今も僕のうちに居ますよ」

勇者「てめぇ…」

謎の男「もちろんあなたもお連れしましょう。あなたが望むならば、ですが」ニコ

勇者「……ちっ」



勇者「いいだろう…。連れていけ」


122 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:51:32.07 ID:dT+CWcgt0

―――謎の男の家

謎の男「どうぞ、おはいりください」ギイッ

勇者「……」


勇者(……古いが、大きな家だな。こいつ何者だ…? 服装や持ち物こそ魔族の匂いはするが、あまり魔族らしくはないな…)

勇者(中は民家…というより屋敷風。魔族の権力者か、あるいはそういったやつに“飼われている”のか…)


謎の男「ふふふ。そんな警戒なさらなくても、なんの仕掛けもないただの家ですよ。ほんの少し広いのとアンティークさが取り柄の、古い家です」

勇者「……それで。魔法使いは何処だ」

謎の男「だいぶ疲れているようだったので、寝室に寝かせているのですよ」

勇者(…寝室、だと?)

123 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:52:14.96 ID:dT+CWcgt0

謎の男「しかしまあ夕食時には起きてくるでしょう…さぁ、勇者さんも、食事の用意が整うまで、どうぞ座っておくつろぎください」

勇者「………」

勇者(正体もわからない上、魔法使いの安否もうまく確認できていない。こいつの手中にもあるこの屋敷の中で下手な行動をとるわけにもいかない。だから大人しくしていてやるが…)


勇者(くつろげるわけ、ねぇだろが)チッ


124 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:55:12.05 ID:dT+CWcgt0

夕食時――


カタン……
魔法使いが現れた!


勇者「! 魔法使い!」ガタッ

魔法使い「……っ」ビクッ

勇者「お前、無事で――」

謎の男「やあ、おはよう、魔法使い」ニッコリ

勇者「……」


魔法使い「ぁ… えと、おはよう…」

謎の男「夕食の用意ができているよ。魔法使いも座って…さぁ、そのランプは僕があずかろう」スッ

魔法使い「ありがと…」


勇者「魔法使い、おまえ一体…? 本当に無事だったというのか? …こいつとは知り合いなのか」

謎の男「知り合いっていうと少し違和感あるけれど。ああ、よく知った仲ではあるかなぁ」

魔法使い「変なこと言わないで」ムゥ

125 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:58:39.50 ID:dT+CWcgt0

勇者「それはいったい…」

謎の男「さぁさぁ。……いいから、ごはん、食べようじゃないか。話をするのはみんなが落ち着いてからでいいだろう?」

魔法使い「……っ」

魔法使い「……うん」

勇者(…魔法使い? 明らかに態度が…)

謎の男「勇者さんも、席について。大丈夫だから、まずは本当にくつろいでくれたまえ」

勇者(ひとまず魔法使いはここにいる…仕方ない、ここは従おう)



魔法使い「……」モグモグ

謎の男「おいしいかい?」ニコ

魔法使い「うん。すごくおいしいよ」

謎の男「ふふ、よかった。魔法使いはいい子だね」

魔法使い「もう」

126 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 05:59:21.30 ID:dT+CWcgt0

勇者(……魅了や催眠の魔法? いや、そんな感じでもない…何か弱みでも握られたか?)

勇者(この男、確かに敵意や殺気のようなものは放っていないが…)

勇者(ただの知り合い、ってわけでもなさそうだ。ま、こんな魔族の町でばったり会うんだから、そもそも普通の人間ってわけでもなさそうだけどな…)チッ

謎の男「勇者さん? どうかしたかい?」ニッコリ

魔法使い「………」モグモグ

勇者(…………クソ。魔法使いが目の前にいても状況がわからねぇ。こんなことなら、スカウターを堂々とかけておけばよか……)

勇者「あ」

謎の男「勇者さん?」

勇者「い、いや。なんでもない」



勇者(………魔法使いとはぐれたとき、スカウターで探せばよかったんじゃん。つかスカウターつけておけばコイツに魔法がかかってるのかどうかなんて見てわかるじゃん…俺、どんだけテンパってんだよ)ハァ

127 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:02:16.43 ID:dT+CWcgt0

勇者(しかし本当に下手を打ったな。今となっちゃ、さすがに目の前でスカウター魔法を使うのはまずい)

勇者(夜になって一人になる機会があったら、すぐに魔法使いにスカウターをかけておこう…)ハァ

勇者(まぁ、そうとなりゃはぐれることもないし、状況も少しはわかるかもしれない…とりあえず安心か)


魔法使い「……勇者、さま?」

勇者(魔法使い…)グッ


勇者「なんでもないよ。……ところでこの夕食、本当に食べても平気なんだろうな?」

謎の男「勇者さんは警戒心が強いね、さすが勇者だなぁ」

魔法使い「……おいしいと、思う」

勇者「……なら、いただくとするよ」

謎の男「おかわりもあるからね、好きなだけ召し上がれ」ニコ

128 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:05:53.93 ID:dT+CWcgt0

夕食後――


勇者「ごちそうさまでした…まさか本当に食べれるもの…つか、ほんとに美味い飯が出てくるとは」


謎の男「勇者さんはバケットが好きなのかい?」

勇者「え?」

謎の男「よく食べていたようだったからね。気に入った?」ニコニコ

勇者「いや、なんか…柔らかくてあったかくて、つけたりぬったりするソースもたくさんあったからつい」

勇者(魔法使いがあれこれとっては皿に載せてかじっていくから、ついツラれて俺まで普通に食っちまった…なんかアホみたいだな俺)


謎の男「ああ、そうか。旅の最中だと、なかなか食べるきっかけがないものなんだね」

勇者「パン自体はよく持ち歩くけど、やっぱりどうしても固くなるから。旅先で肉は焼けても、パンを焼くのは難しいだろうな」

129 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:07:46.11 ID:dT+CWcgt0

謎の男「へえ。……魔法使いが夕食に焼き立てパンをリクエストしたのは、もしかして勇者さんのため…なのかな?」チラ

勇者「え」


魔法使い「……っ ……違うもん」

謎の男「そう」ニッコリ

勇者(……魔法使い? やはり何か弱みでも…。 ふむ。ここはいっそ親しくなったふりをして様子見るのが得策か?)


魔法使い「おいしかった。私も、もうごちそうさま」

謎の男「それはよかった。さあ、勇者さんの寝室を整えなくては。手伝ってくれるね、魔法使い」

魔法使い「…うん、もちろん」

勇者(………)

130 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:09:03.40 ID:dT+CWcgt0

謎の男「じゃぁまずはシーツを運んで…。ああ、とりあえずついておいで」クルッ

魔法使い「はい」ガタ… テクテク…

勇者(……)


勇者「あの!」ガタ

謎の男「ん?」

勇者「……俺も手伝っていいですか」

謎の男「え?」

謎の男「…働き者だね、勇者さんは。もちろん、ありがたいよ。じゃぁふたりともついてきて」ニコ
131 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:22:36.48 ID:dT+CWcgt0

―――2階の空き部屋


謎の男「ああ、部屋が少し暗いかな。しまった、さっき魔法使いに預かったランプをもってくるのを忘れちゃったよ。とってきてくれるかい? 魔法使い」

魔法使い「うん」

勇者「俺も行く」

謎の男「…ふふ。勇者さんは過保護なのかな?」クス

魔法使い「え」

勇者(チッ、怪しまれたか? それならいっそ堂々と−−)


勇者「ダメですか?」

謎の男「…いや、いいよ。キッチンの横に置いてある。棚には大事なものもあるから、気を付けていってきてね」ニッコリ

魔法使い「はい」

勇者「…はい…」


132 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:23:45.62 ID:dT+CWcgt0

勇者(…こいつ・・・何考えてるのかわからねえが、妙に親しげな態度の割に隙はねえし、それに・・・)


勇者(逆らわせない威圧感・・・? いや、そうじゃない。――認めたくはないが、逆らったらマズイような本能的感覚が、俺の方にあるのか…)

勇者(下手なことしたくない、気を逆なでるようなことをしちゃいけない…そんな感覚が俺の中にある…?)


魔法使い「勇者様…いかないの?」

謎の男「…いってきていいんだよ」ニコリ


勇者「……悪い。行こう、魔法使い。−−取ってきます」ペコ

謎の男「うん、少し散らかってるから…暗いところは気を付けて」

勇者(なんの忠告だよ… まさか屋敷内に監視や他の人間がいる? …くそ、警戒されてる可能性があるとなると、この隙にスカウターを起動させるのは早計か?)

勇者(……なにより、俺の本能が躊躇してる。夜になるまでは、このまま様子を見よう)

魔法使い「……」

133 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:29:52.58 ID:dT+CWcgt0

―――暗い厨房


ギィ…

魔法使い「キッチンの奥…あれ、ないかな。…もしかしてあっちの収納庫のとこかな」

勇者「――棚に大事なものがあると言っていたからそっちの奥の方の棚なんじゃないか? 魔法使いは棚を見てくれ、収納庫は暗そうだし、俺が見てくる」

魔法使い「……うん」


ギィ……


勇者(…狭いが収納庫というには広い。おそらくこの家が屋敷として使われていた頃、隠し部屋の類として用意された部屋か)

勇者(確かに食材も多いが…ところどころにあるのは無数のマジックアイテムに見える。 趣味なのか魔術用なのかわからない様々な瓶詰も多い…)

勇者(それに暗くてよく見えないが……部屋の奥にあるのは…)


勇者(捕縛・拘束用の器具…)ゾク

134 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:33:55.51 ID:dT+CWcgt0

勇者(やはり、酒場の店主のいうような収集家の類なのか…?)ソッ…


勇者(まさか…俺も、飼われる・・・? そのために手なづけようとしている…?)

勇者(…いや、魔法使いの知り合いなら、さすがにそんな人種のわけは…)


勇者(……まてよ。昔からの知人と言っていた。子供の頃ならそんな嗜好をしらず、親しくしてくれるやつにほいほい懐きそうなのも魔法使い…)イラ

勇者(くそ、いっそ俺自身がこいつの子供のころの、例えば例の男の子みたいなやつだったら こいつにもっと危機管理というものを教え込んで・・・――)


ギイッ

勇者「っ!!」ビクッ

135 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:34:53.17 ID:dT+CWcgt0

魔法使い「勇者様? ランプ、ありましたよ」ヒョイ

勇者「あ、ああ。よかった」ドキドキ…

勇者(こ、こんな時に俺は何を妄想じみたことを…)ハァ


魔法使い「じゃぁ、戻りましょう?」スタスタ…

勇者(………いっそ、このまま魔法使いを連れて逃げ去ったほうがいいのか…?)

魔法使い「勇者様?」

勇者「……今、いくよ」


勇者(……まだ魔法使いの“状態”を確認できたわけじゃない。こいつが精巧に偽装された催眠をかけられてる可能性もある。…俺自身の状態こそ怪しく思えてきたくらいだ。判断できない。スカウターをかけるまで、様子を見よう)

136 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:38:26.66 ID:dT+CWcgt0

―――2階の空き部屋


謎の男「遅かったね、なにかあったかい?」

魔法使い「ランプがあったよ」

謎の男「ふふ、ミッションコンプリートだね。おめでとう」


魔法使い「あ、部屋…片づけ終わったの?」

謎の男「ミッション達成の特別な褒章はないけど、代わりに勇者さんがゆっくり眠れるようなベッドの用意ができたところだよ」

謎の男「魔法使い、今夜はそのランプ、勇者さんに貸してあげて」

魔法使い「うん」

謎の男「じゃぁ大事な仕上げ。そのランプを枕もとの棚へおいて、灯をつけて」

魔法使い「……大事な仕上げ?」

勇者(何かの罠でも作動するのか?)ゴク

137 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:48:46.98 ID:dT+CWcgt0

魔法使い「……」コト、…ポッ


勇者(点火したが…異変は、無い?)

魔法使い「点いたよ…?」

謎の男「うん、じゃぁこれで完成! さぁ勇者さん、魔法使いが部屋の用意を仕上げてくれた。これで今夜は暗闇に困ることなくすごせるだろう」ニッコリ

勇者「え。……そ、それだけ?」

謎の男「? どうせならかわいい女の子が用意してくれた部屋と思った方が、気持ちよく過ごせるだろう?」

魔法使い「え」

勇者「可愛い…って」


勇者(こいつ、やはり魔法使いのことを色眼鏡で見ているのか… って、そうか)ハッ

勇者(そういえば、そもそもこいつは謎に魔族にモテるんだった。まさか普通に魔法使い狙い・・・? 俺への親切は好感度アップのため? あるいは俺へのあてつけや牽制?)チッ

勇者(い、いや待て。だとすれば俺がこいつに逆らえないと感じる理由は何だ? やはりこいつが何かしら俺よりずっと優位な何かをもってるからとしか――)


138 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:49:36.71 ID:dT+CWcgt0

魔法使い「も、もう! 用意が出来たなら寝ましょう、勇者様もお疲れだろうし!」

謎の男「ああ、そうだったね。じゃぁ勇者さん、おやすみ」ニコ クルッ…

勇者「あ、ああ」

魔法使い「おやすみなさい、勇者様」ペコ。クル… 

勇者「…おやすみ」



謎の男「僕たちも早めに寝ようか」テクテク

魔法使い「うん」テクテク

謎の男「魔法使いが、本当に寝れればだけど」クス

魔法使い「?」

139 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:53:17.17 ID:dT+CWcgt0

ギィ…バタン


謎の男が去って行った
魔法使いが去って行った


勇者「……あ。 え?」ポツン

勇者「え、魔法使いはそっちいくの…? ま、まぁそうだよな…」

勇者(え、ていうか俺、何見送っちゃってんの…? あいつと魔法使いを二人にしていいの…?)

勇者(え、まじでなんか全然逆らえないっていうか、俺、言いなり・・・? 実際、なにを見たわけでも されたわけでもないのに、あいつにそれほどのなんの優位性が――って)ハッ


勇者「――――ぅ」



勇者(〜〜〜〜〜俺より優位な何かって、男としてとか魔法使いからの好意とか人間性とかそういうのなんじゃないかって思えちゃったから、なんかもうだめだ俺!!!!)

勇者(あと二人で居なくなるのやめろ!!!! なんか気になるから!!! 俺どうしちゃったんだあああああああああ)ウワァァァァァ

140 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/19(土) 06:55:09.66 ID:dT+CWcgt0
ここまで
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/19(土) 08:29:44.58 ID:z7ESgB1SO
離れたら意識するタイプ
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/19(土) 23:36:49.89 ID:+SVRfXPDO

胃がキリキリするww
143 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:38:28.24 ID:7QU2Ph0i0

―――翌朝

魔法使い「……」モグモグ

謎の男「魔法使い、こぼしそうになってる。ほら、ちゃんと目を覚まして食べなくちゃ」

勇者「……」モグ…

謎の男「うーん、勇者パーティがまさか朝に弱いとは思わなかったけどね?」


勇者(……スカウターをかけて魔法使いを見てみたが、ステータス上では少なくとも催眠状態などの異常はなかった)

勇者(ただ、気になることがあるといえばあまりにMPが低すぎる、400/UNKNOWNを切ったような状態が続いている…)

勇者(やはり何かあったのか。それに昨夜、一度だけMPが急上昇した時があった)

勇者(結局そのあとは、元の数値より下がって今の低MP状態に落ち着いているが…一体何があったんだ。それに)

144 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:39:18.00 ID:7QU2Ph0i0

謎の男「勇者さん?」


勇者(この男、やはり魔法を使う。MPが2000近い数字をしてるとなると、それなりに強力な魔法を使ったとしてもおかしくない)

勇者(ステータス的には人間だったが…油断は出来そうにないな)


謎の男「勇者さん、眠れなかったのかい?」

勇者「……ええ、いえ、まぁ…寝るには寝ましたよ」

謎の男「そう? まぁ朝食はゆっくり食べていいからね」

勇者(………寝るには寝たが…いっそ現実のが、悪夢くさかったからな)


勇者(こいつら……一晩中同じ部屋にいたとしか思えない距離にいやがって…何してたんだか。クソ…)


魔法使い「…勇者様、聞いてますか?」

145 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:39:50.53 ID:7QU2Ph0i0

勇者「え? あ、ごめん、聞いてなかった…何か話しかけてた?」

魔法使い「……」

謎の男「話しかけてたというか、今後の予定をね」

勇者「予定?」

魔法使い「魔王都まで、連れて行ってくれるそうです」

勇者「なっ」ガタ

謎の男「用事があるからね。勇者さんと魔法使いは魔王城に向かう予定だったんだろう?」


勇者(魔法使い、そんなことまで喋ってるのか。…いやそりゃそうか、勇者の称号を晒してる時点で魔王の元へ向かうのは周知ともいえるか…)


謎の男「といっても、僕の用事のお供ってことで。少しばかり手伝いもしてもらうけれど」

魔法使い「勇者様、どうしますか」

勇者「手伝いって…?」

謎の男「基本的には―――…」

146 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:40:36.41 ID:7QU2Ph0i0

―――魔王都・王城下


勇者「なんで日用品の買い物なんだよ」ガックリ

魔法使い「まとめ買いに便利だそうで…全部買ってしまえば一気に荷物は送ってしまえばいいので楽だけど、買っている最中の荷物持ちに困ると言っていたじゃないですか」

勇者「魔王の城の目の前まで食料の買い出しに来た勇者とか初めて聞くわ…」

魔法使い「で、でも食料以外にも買ってますし」

勇者「俺の持ってるこの布団のこと? 布団を魔王のいる街まで買いにくる勇者とか余計に聞きなれないわ」ハァ

魔法使い「ごめんなさい…」

勇者「?」

勇者(なんで魔法使いが謝る? なぜゲージを減らす? クソ、やっぱりわからねえ)チッ

魔法使い「………」

147 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:41:13.59 ID:7QU2Ph0i0

謎の男「ごめーん、もうちょっとかかりそうなんだ、もう少しそのあたりで待ってて!!」

魔法使い「あ、はーい」


勇者「何の店みてるのかもよくわからんし、入るのも微妙に躊躇われるし、待ってるしかねえよ」

魔法使い「……」

勇者「布団、地面においてバッくれるのはなんとなく気も引けるし」

魔法使い「そう…ですね。汚れちゃったらせっかく買った新しいお布団が台無しです」



勇者(それにしても…アイツ、本当に何者なのか。この町に、すっかりなじんでいるようだが…)


謎の男「やぁ、おまたせー。ごめんね、すっかり選ぶのに時間がかかっ……」タタタ



「ヘイ、ファーザー!!」

148 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:42:02.63 ID:7QU2Ph0i0

魔族の町人が話しかけてきた!


謎の男「え? あ…やぁ! ひさしぶりじゃないか! 元気にしていた?」

魔族町人「元気なわけないだろう、顔をみせないから寂しく思っていたところさ」

謎の男「あはは、それはすまなかったね。少し忙しくしていたものだから」

魔族町人「まさか前に約束した話を忘れたか?」

謎の男「まいったな、忘れてたわけじゃないんだけど。そうだ、それなら週末にでも…」


ワイワイ


勇者(ファーザー…? 今、確かにあいつファーザーって呼ばれていたな、まさか…)



――回想――

勇者「…へ〜え? …その司祭のこと、好きなんだ?」

魔法使い「はいっ! 大好きなんです!!」


――――――


149 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:42:45.60 ID:7QU2Ph0i0

勇者(まさかそんなわけないよな。聖王都の司祭が、こんな魔族の地になんて…)


勇者(…いや。でもあの屋敷を見たときに俺はどう思った? 権力者に飼われる犬ならあり得るかもと思ったじゃないか…)

勇者(力のある司祭ならばこそ、聖王に飼われて敵国の地に根付くなんてことも……ありえない話でもない、か?)

勇者(人間で、魔力を秘めていて、魔族の地に暮らしていて、魔王の城下に顔が効いて、さらに魔法使いとも親しい仲にある……)

勇者(……正体見たり、ってとこだな…)


勇者(なら、魔法使いの態度がおかしいのは…好きな男の前で、俺みたいな他の男とは仲良くしたくないってことか…な)

勇者(テンションが低い件についてはだいぶ謎だが…まぁ敬愛する聖王都の司祭がこんな魔族の町で怪しげな生活をしてると知れば不安にもなるか)

勇者(ほぼほぼ確定、かな)


150 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:43:38.93 ID:7QU2Ph0i0

謎の男「…そういえば…で、……だよね、それで…」ワイワイ

魔族町人「あははは」ワイワイ


勇者(……)コソ


勇者「(魔法使い…)」ヒソヒソ

魔法使い「きゃっ…」

勇者「(しっ)」

魔法使い「(な…なん、ですか? 勇者様)」

勇者「(もしかして、とおもって。確認したいことがあるんだ)」

魔法使い「…?」

151 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:44:09.95 ID:7QU2Ph0i0

勇者「(あの男のことだ。あいつ…、まさか前にお前が言っていた…)」

魔法使い「(………)」


魔法使い「(…………はい。そう、です…)」


勇者「………ぅ。当たっても嬉しくない…どうりで…」ガク

魔法使い「……?」


魔法使い「……いつまでおしゃべりしてるんだろ…」

勇者「あー…なんかすっかり話し込んでるし、俺らのこと忘れてたりしてな」

魔法使い「それはないと思うけど…」

勇者(それはない、ですか。そーですか!!)

魔法使い「声、かけてきますね」タタッ…


152 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:45:14.37 ID:7QU2Ph0i0

勇者(こんな魔族の町にまで来て、魔法使いが大好きだという男とのイチャラブ見せつけられるのか…)

勇者(魔法使いが無事だったのは…何かあったというわけではなさそうなのは、本当によかったけど…)ハァ



勇者(…なにやってんだ、俺)

勇者(こんな場所で、危険も多い場所で、一人ではぐれていった魔法使いが信頼を寄せる相手に出会えたのは幸運のハズ)

勇者(それなのに、何を俺は落ち込んでいるのか)


魔法使い「ね…まだかかるの…?」

謎の男「ああ、ごめんごめん」

153 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:48:51.03 ID:7QU2Ph0i0

魔族町人「なんだ、ツレがいたのか…って、え、あれ?このこ? あれ? え、嫁?」

謎の男「あはは、かわいいだろ」

魔法使い「もう…恥ずかしいこと言わないで」

謎の男「あはは、ごめんよ。じゃぁ僕たちはこれで」

魔族町人「ああ。飲みに行く約束、今度は忘れるなよ」

謎の男「だから忘れてなんかないってば」クスクス


勇者「………」

154 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:49:48.47 ID:7QU2Ph0i0

謎の男「いやぁ。ごめんね、すっかり待たせて」ポンポン

魔法使い「…ほんとにまったよ」

謎の男「ふふ。大人のレディならイイコに怒らないでいてくれるね?」ナデナデ

魔法使い「まったくもう…」



ワイワイ……


勇者(……)ズキン…




勇者(……なんで、だろう。 ああも親しげにしている二人を目の前で見ているのが…)ズキン…



勇者(………こんなにも、耐えられないなんて)ズキン。


155 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:51:08.71 ID:7QU2Ph0i0

そして―――


謎の男「やあ、勇者さんも、おまたせしてしまったね。用事は次で最後だ」

勇者「いや…もういい」

謎の男「え?」


勇者「魔法使いはあんたのそばでだいぶ落ち着いているように見える」

謎の男「? 何の話だい?」


勇者「不安定な能力を背負っている魔法使いにとって、魔王との交渉は荷も重いはずなんだ」

勇者「それを皆がわかっているからこそ、あいつはこれまでの勇者同行でずっと落とされてきた」

勇者「俺はずっと落とされつづけているっていうアイツを、好奇心と興味本位で選んじまった。あいつにとってどうかなんて考えたわけじゃない」

謎の男「………」
156 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:51:37.69 ID:7QU2Ph0i0

勇者「こっからあとは、一人で行ってくる……。だから」


勇者「……だから――」グッ


魔法使いのそばに、いてやってくれ――




勇者(クソっ……)


魔法使い「…………っ…」

謎の男「………」ハァ


157 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/05/28(月) 20:52:55.31 ID:7QU2Ph0i0

謎の男「魔王への交渉のあてなら、もうつけてあるんだ」

勇者「…え」


謎の男「さぁ、最後の予定だ… 勇者さんも、そんなに拗ねていないで 一緒に行こう?」クルッ スタスタスタ…


勇者「だれが拗ねてなんか――」

魔法使い「……勇者、様…… あの」オズッ

勇者「う」

魔法使い「………っ…」ビクッ

勇者(……この眼はぜったい、(やっぱり私がいないほうがいいんだ)ってさげずんでる目だ…見るのがつらい)プイッ


魔法使い「っ」ビク

勇者(……クソ…)

魔法使い「…ぁ… その…」




魔法使い「……ごめん…なさい…」クル… タタタ…

勇者「…ぅ…」ポツン



勇者「…なんだってんだよ、クソ…!」


158 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/05/28(月) 20:54:34.48 ID:7QU2Ph0i0
sageいれわすれてた ここまで
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/28(月) 21:09:13.34 ID:OMMfROjCo
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 00:03:27.82 ID:3I+02niDO

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 02:52:52.80 ID:MxbfLzT/o
おつ
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/29(火) 13:24:56.51 ID:VMXkBZY9O
ただ勇者がグズだな自分で悪い方向に考えてそれを態度に出すってのが
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 15:07:24.46 ID:PnS+sLp5O

勇者も魔法使いもめんどくさすぎ
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/05/30(水) 02:01:36.85 ID:HUZBV/5Lo
特に勇者よな女々しすぎる
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/30(水) 21:26:01.39 ID:a+X0FVZR0
だが、それがいい。
166 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:44:11.28 ID:eZGeU9Kk0

――レストラン

謎の男「実はここで、人と会う約束をしていてね。まぁ、魔王城へのパスポートをもってるような人物なのだけど。――きっと驚くよ」ニコ

勇者「……はぁ、そうでしたか」

魔法使い「……」


勇者(結局、ついてきてしまった。それにさっきから魔法使いはうつむいて黙ったまんまだし、なんだか居心地が悪すぎる…)ハァ

謎の男「それにしても、遅いね… 先に何か頼んでおこうか。おなかもすいただろう?」

勇者「待たなくていいんです? 魔王城へ通じる相手ということは、それなりに格の高い人なのでは」

謎の男「ふふ。いいや、そんなこともないよ。だけど僕にとっては高嶺の花でもあるし、尊敬すべき相手でもあるのは確かだけど…気を張るような人ではないよ」

勇者「…高嶺の花・・・相手は女性でしたか」

167 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:46:28.63 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「ああ、でも勇者さんにとってはそうでもないのかな。彼女の気に障ることでもしてしまえば、一生後悔をするかもしれない…なんてね?」クス

勇者(なんだよ、それ… くそ、こいつの正体が司祭でそいつにとってもまだ高嶺の花って…どこかの貴族領主の娘とか、あるいは聖王都から逃げた女伯爵とかか?)


謎の男「魔法使い、元気ないね」

魔法使い「え…そう、かな」

勇者(まぁ、MP見る限り間違いなく元気はねえな。360・・・さらに落ち込んだか)

謎の男「何食べようか。ここはデザートの焼きりんごのパイがおいしいと評判なんだ。食欲はあるかい?」

魔法使い「…ううん、あんまり」

謎の男「ならやっぱり、まずは食事よりデザートから決めようか」ニコ

魔法使い「………うん」ニコ

勇者(………MPが少し上がった。くそ、こんなやつに励まされやがって…)

168 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:49:28.33 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「焼きりんごにする? そうだ、山羊のミルクポタージュもあってね、マシュマロに…」

魔法使い「うん、どっちも食べる」ニコ

謎の男「あ、そうだ。限定メニューなんだけど、一つ目鳥の卵のアイスを使ったハニートーストとか、飲み物なら炭酸鉱のカップにはいった不思議なしゅわしゅわプリンとか、それから野草のサラダとか…」

魔法使い「そ、そんなには食べれないけど、がんばるよ」アハハ

勇者「……」

勇者(どんどん回復していってる。まだ食べたわけでもないのに、こいつと喋ってるだけで。くそ、こいつホントに誰にでもすぐ懐いたりしてほんとチョロすぎるのがムカツ――…)


勇者「―――」

勇者(…そうじゃない。こんなのはヒガミだ。俺は何も言えないし励ますことも出来ない、むしろ落ち込ませてばかりいる)

勇者(自分にできないから、こいつを妬ましく思うし、それに素直に反応をしめす魔法つかいにも逆恨みしようとしてごまかしてるだけだ…)


勇者「……なにが、勇者だ…」ボソ

169 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:51:28.29 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「ん? 何か言ったかい、勇者さん」

魔法使い「…?」

勇者「いや。…なんでもない」

謎の男「勇者君も、遠慮せずにきちんとメインメニューを選んでいいんだからね」

勇者「……はい」


勇者(……飯なんて… むしろ、出来ることなら今すぐこの場から逃げ出してしまいたい気分なのに…)グッ・・・


魔法使い「……あの」オズ

勇者「…なんだよ」

魔法使い「さっき…言ってたことだけど、その。私――」

?「ごめんなさい、遅くなってしまったわ」


女が声をかけてきた!
謎の男は、立ち上がって出迎えに行った!


170 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:52:49.11 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「やぁ。仕事中なのに抜け出してもらってるのはこちらだから。大丈夫だよ、そちらこそ無理をしていないかい?」

女「ふふ、無理してくるほど従順な女にみえるのかしら」クス


女が近づいてきた!


謎の男「紹介するよ、勇者さん。こちらが――」

勇者「あ… ええと」ガタ ペコリ

勇者「勇者…です。この度は取り計らいがあるとのことで、ええと…って、え?」


勇者「………魔法使い…?」


女「あら、そんな若く見えるかしら?」クス

171 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:54:13.87 ID:eZGeU9Kk0

魔法使い「なんとなくそんな気はしてたけど…やっぱりお母さんだったのね」

勇者「え゛」

謎の男「そう、彼女は魔法使いの母親だよ」

女「魔法使い! おっきくなっ…あら、あんまりかわらないわねぇ〜」ムギュッ

魔法使い「おかあさん、くるしい…胸が」

勇者「おかあ…さん?」

女「あら? 勇者様ときいていたけれど、魔法使いとは 私をおかあさんだなんて呼ぶ間柄なのかしら?」

勇者「い、いえその! 思わず復唱してしまっただけで…!」

女「フフ、真面目なのねぇ。可愛らしいこと。呼びにくければ、ここでの通称である弓射手と呼んでいいわ」

魔法使い「おかあさん、それよりもう離して。恥ずかしいよ」

勇者「と、ところで さっき魔王城へのパスポートを持つような人物って…」

172 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:55:30.10 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「彼女は実はとても薄いけれど魔族と人間の混血でね。彼女の祖祖父にあたる人物が魔族なんだ。まだ戦争の最中にあった時代の、異種族恋愛だったという」

弓射手「私も聞いたことしかないのだけど、戦争で翼を無くし、死にかけのまま捕虜にされたらしいわ。その世話役を押し付けられたのが祖祖母ね」

魔法使い「え…ちょ、ちょっと待って。私、そんなの初耳だよ」

弓射手「私も、魔族の血が混ざっているのを知ったのは10年ほど前の話だもの」

魔法使い「でも、お母さん 魔族とか嫌いなんだと思ってた…時々家に帰ってきたとき、魔族の話なんかになったりするとすごく悲しそうな顔をしたし…」

謎の男「魔法使い。それは深い理由があっての事なのだけど、ひとまずそれは後で話すことにしようか」

魔法使い「う、うん…?」

謎の男「少し話が長くなりそうだよね。とりあえず座って。僕、みんなの分の食事を適当に選んでおくから」

弓射手「うん、よろしく・・・じゃぁ、私たちは話を続けましょうか」

173 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:56:24.32 ID:eZGeU9Kk0

勇者「……それで、魔族の血が混ざっているのと、魔王城への案内ができるというのにはなんの関係が?」

弓射手「少し長くなるけどゆっくり聞いてね」

弓射手「幼かった彼女・・・祖祖母は、戦争の最中、魔族を憎み手当など誰も買って出ないところでも、無知がゆえに献身的な介護をした」

弓射手「その中で二人は恋におち、彼女は魔族の子を宿した。そして魔族は彼女の手によって、そっと魔王領へと逃げ延びさせてもらった…という話で」

弓射手「それが、魔王領の中では伝わっていてね。その時その魔族は自分に子供がいたことなんて知らなかったから何もずっと変わらなかったのだけれど…。私が魔族領地に来た時に、彼のひ孫にあたることが発覚したの」

勇者「え。…そんなもの、どうやって調べられたんですか」

弓射手「逃げ帰った魔族が、彼女の似顔絵を魔王城に献上していたからよ」

勇者「…人間の娘の絵を、献上?」

弓射手「正確にはきっと、書かされて取り上げられたのだとは思うわ。魔族に友好的な人間の少女。戦争の最中で魔族を手引きしてくれる可能性もある、小さなコマですもの」

勇者「……なるほど」

174 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:57:31.43 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「でもそれは戦争が泥沼化していくにつれて、意味を変え始めていた。そして世代が変わり、今度の王は その肖像を“友好的にできる人間の証明”として、和平への取り組みの広告塔として大々的に国民にさらしたの」

勇者「な… 魔族はそこまで堂々と、和平を望む状況にあったのか?!」

弓射手「勇者さんならわかるかもしれないけど、魔族にとって人間はたいした脅威でもない。戦争はもはや、自分の利を失わせるだけで もはやたいしたメリットもなかったのよ…土地自体も、だいぶ貧弱化してしまっていたし」

弓射手「話がそれちゃったわね。そうして国民の大半が彼女の顔を知るようになって、そこに現れたのが、昔の私…“同じ顔をした女”だったってわけ」

勇者「同じ・・・カオ?」

弓射手「そう。私と魔法使いの顔をみたらわかるでしょうけど、おそらく魔族の血が混ざった影響なのかしら。我が家で生まれる女子は皆、“彼女と同じ顔”をして生まれてくるの」

魔法使い「え、そうだったの?」

弓射手「あなた、私が何のために家にいないと思ってたの」

魔法使い「旅が好きなんだと思ってた…」

175 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:58:02.09 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「馬鹿ねぇ。確かにもともと、冒険家もどきの事はしていたけれど。あなたのお父さんと出会ったのも冒険先でのことだしね」

魔法使い「へぇ…」

弓射手「…私が子供の頃、私が成長するにつれて、あまりに母親と同じ顔すぎると気味悪がられた時期があったのよ。年頃だった私は悲しい思いもした」

弓射手「あなたが生まれたとき、やはり私と同じ顔をしているのがわかって。あなたに同じ思いをさせないようにと、私はあまり町の中に顔を出さないで居ようと思って…それが正式な冒険生活の始まりだったの」

魔法使い「おかあさん・・・」

勇者「でも、それならおばあさんも同じ顔なので 同じなのでは…?」

弓射手「年を取った母は、子供のその顔とはだいぶ印象が違うもの。気味悪いほど似ているだなんて思わないわ」

勇者「確かに…俺も別に、魔法使いのおばあさんを見ても、なんの違和感も覚えなかった」

弓射手「だけれど、さすがに私の顔を見ればあまりにも同じ顔をしていることにすぐ反応したでしょう?」

勇者「あ… はい。すみません…」

弓射手「いいの、それが普通の反応なのはよく知っているわ」

176 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 22:59:35.93 ID:eZGeU9Kk0

魔法使い「そ、それで…お母さんがその少女のひ孫だっていうことがわかって、それでどうしたの?」

弓射手「冒険家だったこともあって、将来的に和平への交渉役となってほしいと頼まれたのよ」

勇者「な…」

弓射手「でも人間側に、明確な和平への意思が読み取れるまでは、と役柄としての実務は保留状態だったの。正直言うと、私という人物を探るための期間だったりコマとして手元に管理しておくという意味もあったんじゃないかと思うけど」

勇者「なるほど… ともかく、それで、俺たちに魔王城への案内ができるってわけなんですね」

弓射手「そういうこと。もちろん、貴方たちの役割が“和平の使者”ならの話だけどね。ただ、現魔王は人間にとてもとても友好的な方だけど、正直言って 魔王城のお偉い方たちはそうでもないわ」

魔法使い「…そうなの? 王様が仲良くしたいって言ってるのに?」

177 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:00:32.90 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「もちろん、表立って反対をしてるのは本当にごく少数。だけど半数以上が、腹の底では人間なんてさっさと打ち滅ぼして根こそぎにしてしまえばいいとおもっているやつらでもあるの」

弓射手「だから、案内は出来ても安全までは保障できない。それは、わかっていてね」

勇者「…その…おか、ええと、弓射手さんは大丈夫なのですか」

弓射手「私の存在は、王の掲げる“和平への広告塔”である少女と同じ意味合いを持っているの。だから私自身に危害を加えようとするバカはいないわ」

弓射手「同じように…魔法使いもきっと安全でしょうね。まあ、余計な“目の上のたんこぶ”が現れる前に消したかった奴は大勢いるでしょうけど…」

魔法使い「え…」

謎の男「でも、勇者さんと魔法使いがこの街に来た時、だいぶ目立っていたようだったのがよかったみたいでね」クスクス

謎の男「この街には弓射手の顔を知っている人も大勢いるし、その顔の意味を知る者もいる。そして魔法使いを見れば、察した者も多いだろうね」

勇者「ええと、つまり・・・?」

謎の男「僕は弓射手にそっくりな娘がいるという噂を聞いて、半信半疑ながらももしかしたら魔法使いかもと思って、保護のためにさがしていたんだ」

謎の男「まさか、本当に魔法使いで…それも一人きりで魔族の町を歩いてるなんて思わなかったから、驚くより先に 弓射手みたいな無鉄砲な子になったんだなと笑っちゃったけれど」

178 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:03:49.78 ID:eZGeU9Kk0

魔法使い「面白いものを見つけたって、そういう意味だったの…?」

謎の男「だって、あまりにも弓射手にそっくりだったんだよ。落ち込んだ時のしょぼくれ具合とかも、ね」クスクス

魔法使い「…むぅ」

勇者「それにしても、あの時の騒ぎってそんな噂になるほどだったか…? 確かに悪目立ちはすごくしたけど」

謎の男「僕や彼女に親しい人なら、すぐに娘であることに気付いたんじゃないかな。僕が話を聞いたのは宿屋の主人だけど、『見知らぬ男といたから怪訝におもって。からかい半分に保護しようとしたけれど失敗したよ』という話だったし」

勇者「あの時の宿屋のナンパ男か!!!」

謎の男「やだな、ナンパしてきたのかい?」クス

勇者「っつーか異様な数にナンパされまくってた!!」

謎の男「ああ、それはきっとみんな弓射手のことを知っているやつらだよ。弓射手に手を出せないからって そ知らぬふりしてその娘に手を出そうとするなんて、まったくもう」

179 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:04:21.50 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「あら? 私、あなたの町ではそんなにモテてるの?」

謎の男「君がかわいいのももちろんだけど、魔王にも近しい権力者でもあって、さらに性格の良さもお墨付きだからね」

弓射手「性格って、私 あの街にはそんなに親しい人もいないけれど」

謎の男「君の素晴らしさは僕が毎日のように酒屋で話して聞かせているから」

弓射手「気持ち悪いからやめてちょうだい?」

謎の男「ええ…っ」

勇者(確かに気持ち悪いな)


魔法使い「お父さん、本当にお母さんの事ずっとだいすきだよね」


180 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:05:28.06 ID:eZGeU9Kk0

勇者「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


謎の男「僕は出会った瞬間から弓射手に夢中だよ。もちろん、彼女にそっくりな魔法使いの事も愛しているけれどね」

勇者「は? ・・・・・・・・・は?」

謎の男「ああ。僕は、魔法使いのおとうさんだよ。勇者さん」クスクス

勇者「なぁっ!?!?」


魔法使い「え。気付いていなかったんですか? っていうか私、さっきいったじゃないですか」

勇者「だっておまえ、確かにさっきーーー

魔法使い「依然お話しした… 遠くにいてなかなか帰ってこない両親です」

勇者「そっち!!??!!!??!!」

181 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:06:15.43 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「いやぁ、わるかったね。少し楽しくなっちゃって、すっかりわざと隠してたよ! 若い子にライバルあつかいなんかされたもんでね!」

魔法使い「え? なんの話ですか?」

勇者「してねえし!!! 関係ねえし!!」


弓射手「魔法使い、向こうのショーケースでデザート選びに行きましょう」スッ

魔法使い「え? あ、うん…」ガタ


謎の男「まぁまぁ、ライバルみたいなものじゃないか? 最愛の娘を連れ去ろうというなら、まずは僕がひとつのハードルになるのだから」クスクス

勇者「連れ去らねえし!!!!!!」

謎の男「でも勇者さん、僕に対してすごく気を使ってたよね? やはり好きな女の子の父親には頭をあげておくわけにはいかないってやつなのかな」ニッコリ

勇者「!?!?!」

勇者(俺の本能がこいつに逆らいたくないと思うのって、血縁関係を本能が察知してたからなの!?!?)

謎の男「お、認めたね? まあ僕は君をまだ認めないけど」クスクス

勇者「うぜえええええええええええええええええええええええええ」

182 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:08:22.64 ID:eZGeU9Kk0

―――食後、帰路

勇者「で、これこれこういうわけだと」

魔法使い「勇者様。それじゃわからない」

勇者「つまり―― どういうことだってばよ」

謎の男「聖王都にまぎれこんだ希少魔物の保護活動をしていた僕が、弓射手にすっかり惚れ込んで結婚し、魔法使いが生まれ、彼女の意見を尊重して一緒に旅に出て、この魔族の町の入り口を拠点に今は仕事をしているってことからでいい?」

勇者「いやそんなのは聞いてない」

謎の男「じゃぁ、魔法使いが隔世遺伝を起こして魔族としての血が弓射手よりも強いってことからでいい?」

勇者「だからそんなことも聞いてな―― え?」

魔法使い「え?」

183 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:10:14.66 ID:eZGeU9Kk0

謎の男「話の最初のころに、魔法使いが気にしていたことを応えておこうと思ってね。弓射手が魔族を嫌っているように振る舞った理由を」

魔法使い「え、え?」

勇者「隔世遺伝・・・魔法使いが?」

弓射手「……魔族としての特性が強いのは本当よ。でも別に隔世遺伝というほどのことではないとおもうけれど」

勇者「どういうことだよ」

魔法使い「わ、私も知りたい!」

弓射手「魔法使い、あなたは自分の能力が普通ではないことは知っているわよね?」

魔法使い「魔力が上がり下がりする、異常能力の事…?」

弓射手「そうともいえるし、そうでないともいえるわ。あなたの異常能力は本当は“最大値が不明”という一点だけなの」

魔法使い「え、ええと?」

184 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:11:09.26 ID:eZGeU9Kk0

勇者「…じゃぁ、感情によって魔力量が変わる理由は?」

弓射手「魔族の血の特性が強く表れているからよ。単純に、精神力が増減している――というほうが正しいの」

勇者「……単純な精神力の増減が魔力量の増減にあたる・・・魔力をほとんど使わない魔法っていうのは、やっぱり魔族の“血の持つエネルギーを使う“のと同じ原理だった?」

謎の男「その通り。正直なところ、魔法使いの魔力の使い方だけを見れば、魔法使いが魔族なのではと疑ってみる者もいるだろうね」

勇者「あ……俺も、最初 冗談交じりだけどそんな話をしたな。でも魔法使いに強く否定されて・・・」

謎の男「そうだったのか。でもまぁ、それこそが弓射手の狙いでね」

謎の男「魔族のような能力をもって聖王都に住むと、魔族を嫌う人間ならばそれを疑い深く見たり、嫌悪することもあるだろう、と」

謎の男「疑いの目を向けたときに、魔法使いが魔族に対して友好的に考えていたら、あやうく魔族側の諜報かなにかと思われたりもするかもしれない」

弓射手「だからこの子には、あまり魔族というものに触れさせたくなかったし…むしろ嫌ってでも離れていてほしかった。ただ平和に生きていくためにね」

魔法使い「…そうだったの…」

185 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:12:07.00 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「まぁ、魔法使いは別に魔族を嫌いになったりはしなかったようだけど」

魔法使い「…でも魔族と疑われるといつもすごく悲しい気持ちになったよ。おかあさんが魔族を嫌いだと思ってたから…私が魔族だと思われたら、お母さんはどうおもうだろうって」

勇者「まぁ、必死で否定したもんな」

弓射手「優しい子ね。まぁ、あなたも私も 実際には魔族まじりだったんだけどね?」

魔法使い「台無しにしないで私の母を思う気持ち」

勇者(つっこみにくい)

186 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/08(金) 23:13:50.22 ID:eZGeU9Kk0

弓射手「コホン。とにかくせっかくだから話を戻すわ」

弓射手「未熟で、魔族よりもずっと精神力が低い魔法使いは、その制御が自分ではうまくできない。だから精神の不安定さが、直接魔力量に 増減ともに反映してしまうのよ」

勇者「異常能力ではなく、魔族としての特性と反動・・・」

弓射手「魔法使いは、既に身体的には完全に人間よ。私もそう。だから唐突に表れた魔族の血の特性に対処できないのは仕方ないこと」

魔法使い「私に、魔族の血・・・なんだかまだ実感できないけど…成長したら魔法が強くなったりする?」

弓射手「魔法を使うものにとってはきっと残念だけど、魔族の血といえるだけの血は流れてないわ。あくまで“特性”だけ返り咲いたという感じね」

弓射手「ううん、中途半端だからこそ制御できないのかもしれない。制御するだけに必要な“魔族の血”が足りていないんだから…」

弓射手「そもそも魔族であるならば、赤子でも自分のエネルギーを自分で管理できる。血が、そういう性質を持っているから。落ち込んで魔力を減らすようなことは自分ではそもそもできないものよ」

魔法使い「魔族としては赤ん坊以下で…」

勇者「人間としては、劣性呼ばわりされることもある異常能力者・・・」

弓射手「なんだか不憫な子ねぇ…」

勇者(言っちゃったよ)

187 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/06/08(金) 23:15:30.20 ID:eZGeU9Kk0
ここまで
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/08(金) 23:24:56.51 ID:/6PLTfg90
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 00:56:47.01 ID:fzbSOpJDO

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 20:00:25.71 ID:9e4ImNsCo
乙です
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 22:00:45.67 ID:f+PDI4VnO
おつ
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/18(月) 13:35:10.79 ID:CiSWVk5A0
面白い
193 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:20:18.53 ID:iJui9JJa0

――弓射手の家の前


弓射手「さぁ、ついたわ。私の家へようこそ、可愛い子供たち」

魔法使い「おかあさんの、家…?」

勇者「二人は一緒には住んでいないのですか」

謎の男「うん、僕はあの街の入り口に家を借りているんだ。どうしても仕事柄、保護した魔族をすぐに手当てしたりする必要もあるから聖王の領地に近くないといけなくてね」

魔法使い「お父さん、おかあさんの事が大好きなのに寂しくないの?」

弓射手「…」

謎の男「ふふ。寂しくなんかない、むしろ弓射手にばかり寂しい思いをさせてるんじゃないかっていつも謝っているくらいだよ」

弓射手「別に、私は寂しくなんか・・・」

194 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:20:46.15 ID:iJui9JJa0

勇者「……不安になったりはしないんですか」

弓射手「え?」

勇者「あ、いえ…。なんでも、ありません」

弓射手「…? ともかく中に入って。久しぶりの大所帯ですもの、用意がまだ整いきっていないの。ごめんなさいね」

魔法使い「大丈夫だよ。私、冒険者だもん。外でだって眠れるよ」

謎の男「たくましくなったあぁ」ムギュ

魔法使い「もうお父さんにだっこされるのは、ちょっとヤダ…」モガモガ

謎の男「 」ガーン

195 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:21:14.27 ID:iJui9JJa0

――弓射手の家の中

弓射手「さて。魔法使いは一緒にお手伝いをして頂戴ね。縛人は勇者様と少し話や説明をまとめておいて頂戴」

勇者「縛人・・・?」

謎の男「僕のここでの名前だよ。僕の魔法は束縛や拘束が基本にあって、魔物や動物を捕まえて保護をする。それでこんな通称がね」

勇者(名前があったのか)

魔法使い「……あの」

勇者「…え?」

魔法使い「……い、いえ。なんでもありません。お母さんを手伝ってきます」

勇者「あ…うん」


魔法使いと弓射手が去って行った!

196 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:21:46.32 ID:iJui9JJa0

縛人「――さて。どこから話そうか」ニコ

勇者「…明日は魔王城へ?」

縛人「え、ああ。うんそうだね。でもそれはきっと彼女に任せておけば大丈夫だから」

勇者「え、でもそれ以外にあんたと話すことなんて俺…あ」

縛人「正直だね?」クス

勇者「…悪い」

縛人「構わないよ。うん。勇者さんが弓射手には敬語なのに僕にはタメとかだってこともね、うん、全然気にしないよ」ニコニコ

勇者「す、すいません」

縛人「ふふ。いや、皮肉じゃなくて本当に構わない。むしろ普通に話してくれた方がいいよ


勇者「……」
197 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:23:20.19 ID:iJui9JJa0

縛人「勇者さんに話すことが無くても、僕は勇者さんと話しておきたいことがあるんだけど、いいかな」

勇者「…?」

縛人「さっき…勇者さんが彼女に“不安にはならないんですか”ってたずねていただろう?」

勇者「ちっ。聞いてたのかよ…」

縛人「うん。…実はね、彼女はとても寂しがり屋ではあるけれど、僕の事で不安にはなって彼女自身が揺らぐようなことはないってことを僕は知っているんだ」

勇者「知ってるって…どうやって?」

縛人「僕は彼女との結婚にあたって、指輪じゃなくてひとつの魔法をプレゼントした」

勇者「魔法?」

198 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:23:52.59 ID:iJui9JJa0

縛人「僕は“縛る”ことを専門にする魔法職でね。その特異性から自分で魔法を作ったりもする」

縛人「その一つが彼女に送った魔法・・・“赤い糸“」

勇者「胡散臭い上にネーミングが痛い」

縛人「う、うるさいなぁ」

勇者「それで、その魔法はどんな効果があるんだよ」

縛人「この魔法の糸は、普段は指輪を装って僕たちの手に結婚指輪として収まっている…ほらね」

勇者「…指輪には気づいてたけど…そんな赤い指輪だから、何かの魔術アイテムだとおもっていたよ」

縛人「この指輪は、2つの条件のうちどちらかかでも反応すると、切れるようになっているんだ」

勇者「条件?」

縛人「“指輪の対の持ち主である相手を疑うこと”、それと“心が離れてしまうこと”さ」

勇者「……」

199 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:25:10.58 ID:iJui9JJa0

縛人「僕のこの指輪は、結婚のときに彼女と一緒につけてから一度だって切れたことがないんだ」

勇者「のろけかよ」

縛人「ふふ。のろけたいところだけど、そうじゃない」

縛人「……僕は、彼女の指輪をこれまでに3回も切ったことがあるんだよ」

勇者「え……」

縛人「彼女がとても寂しがり屋なのは、付き合っていた頃から知っていた。それでも僕とのこんな生活を続けて飄々としていられるのは、本当は別に男でもいるんじゃないかって勘ぐった時が1回目」

勇者「……」

縛人「僕はただ不安でそんな風に思ってしまっただけだった。だから僕はまさかそんなことで彼女の指輪が切れたことなんて気付かなくてね」

勇者「自分でかけた魔法なのに?」

縛人「切れても、きれたまま存在し続けるんだ。魔法が消えたわけではないからわからなかったんだよ」

勇者「…それで?」

200 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:25:59.38 ID:iJui9JJa0

縛人「彼女は自分の指輪が切れたのを見て、どうしたと思う?」

勇者「……殴り込みに来た、とか?」

縛人「いや。彼女は、その切れた指輪を小さな袋にいれて、ネックレスのように持ち歩いて
。普段通り、何の連絡もよこさないままだった」

勇者「………あんたに冷めたのか」

縛人「いっただろう。僕の指輪は切れたことがない…彼女は、僕が彼女を疑ったか心を離したかしたのを知っても、僕の事を思い続けて黙ることにしていたんだよ」

勇者「…………」

縛人「僕が、彼女の指輪が切れていたのを知ったのはその半月後だった」

縛人「僕は彼女が、切れた指輪を胸元に飾って、それでも僕の指輪を切らさないように想いつづけていてくれたことを知って、すごく泣いたよ」

勇者「泣いたのかよ…」

201 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:26:28.13 ID:iJui9JJa0

縛人「ヤバいくらい泣いて、そしたら指輪が彼女の手の中でまたつながった」

勇者「……」

縛人「…つながった指輪を見て、嬉しそうにその指輪をはめられた手を笑ってみていた彼女が何よりも愛しかった」

勇者「いや、そのノロケはいいから…」

縛人「2回目に僕が彼女の指輪を切ったのは、彼女が子供を宿した後の事。僕が父親になることがうれしくて精いっぱいがんばらなくてはと仕事に夢中になってね」

勇者「…」

縛人「……夢中に、なりすぎたんだろうね。彼女と子供のためにとがんばっていたはずだったのに、いつしか好きなだけやりたい好きな仕事をする言い訳になっていたんだろう」

縛人「一日中魔物をおいかけて、充実して家にかえって。疲れ切って、一日の仕事の話なんかをしてお酒を飲んで、眠って」

縛人「朝になって仕事にいって……彼女が指輪をはめていないことに気が付けたのは、一緒に住んでいたにも関わらず三日後の話さ」

202 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:27:03.85 ID:iJui9JJa0

縛人「彼女は身ごもった体で家にいて、僕の帰りを待ちながら過ごしていたはずで。指輪が切れているのだから、僕の心がすっかり仕事の方に向いてしまっているのも気づいていて」

縛人「……一体、どんな気持ちだったんだろうと、今でも想像することがあるよ」

勇者「…どうせまた泣いたんだろう」

縛人「うん、指輪が切れてることに気付いた時にすごく焦って、よくきいたらもう三日も前の話で、落ち込んで、言葉も出なくて、顔面蒼白にして謝って…」

縛人「それでも・・・・・・黙ったまま、僕のどうしようもない言い訳を、小さく微笑んだまま聞いていてくれる彼女の視線を感じながら、うつむいて弁解をしながらずっと泣いていたよ」

勇者「で、そのうちに気が付いたら指輪が彼女の指に嵌っていた?」

縛人「すごいね勇者さん。どうしてわかるの?」

勇者(展開が読めるっていうのはこういうことをいうんだな)

203 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:27:37.41 ID:iJui9JJa0

縛人「じゃぁ…3回目はどうして切れたと思う?」

勇者「え。…知らねえよ」

縛人「知ってたら怖いよ」

勇者「そういう意味じゃねえよ」

縛人「ふふ。じゃぁ3回目の理由は内緒にしておくよ」

勇者「うわ、モヤモヤするから言うならいえよな…」

縛人「だってもともとそんな話がしたかったわけじゃないから」

勇者「こんだけ好き勝手話しておいてそれかよ!!」


縛人「…魔法使いのことがいいたかったんだ」

勇者「……魔法使いの、こと?」

縛人「魔法使いは僕に似て、とても精神が未熟なところがある。悪いことを考えて勝手に落ち込んだり、嫌な妄想に囚われてしまったり」

勇者「……」
204 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:28:03.85 ID:iJui9JJa0

縛人「そして彼女にも似ていて、とても深い愛情を持っている。根の部分が揺らがない、強くて深い愛情のある子だよ」

勇者「……それがなんだってんだよ」

縛人「……深い愛情を持っているのに、とても傷つきやすいところがある。どうか…誤解のないように、大事にしてやってほしいんだ」

勇者「………」

縛人「勇者さんとあの街で別れて、魔法使いは深い不安に襲われながらも、ずっと勇者さんの事を考えていたよ」

勇者「……」

縛人「…今も、そうなんだ。勇者さんの事を思っているのに、不安に襲われてつらいのを耐えている」

勇者「は… 知らねえよ。そんなのはあんたの気のせいだろ」

縛人「……」

勇者「あいつは俺の事なんて、別に…」

勇者「…………別に…」

205 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:28:34.26 ID:iJui9JJa0

縛人「――弓射手と魔法使いは、もうひとつよく似ているところがあってね」

勇者「……」

縛人「本当はとても怖がりで。本当に否定されてしまうのが怖くて…大事な人の大事な気持ちを、うまく自分から聞けないんだ」

勇者「………」

縛人「どうか、勇者さんから声をかけてやってほしい。教えてあげてほしいんだ。――勇者さんの、本当に思っていることを」

勇者「………そんなことして、俺が本当にアイツを今度こそ傷つけるとんでもないことを言ったらどうするつもりなんだよ」

縛人「僕は“本当”を教えてやってほしいっていってるだけだよ」

勇者「だから! 俺が本当はやっぱりキツいことばっか考えてたらどうすんだって――!」

縛人「本当に魔法使いを大事にしていない人だったら、そんな風に僕には聞かないさ」クス

勇者「っ」

206 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:29:30.40 ID:iJui9JJa0

縛人「これでも、君よりはずっと年上でそれなりに人を見る目も養ってきたんだよ。それに元もと、喋らない動物を相手に仕事をしている分、気配や感情には敏感でね」

縛人「……勇者さんも魔法使いも、きっともっと本当のことを言えた方が…お互いにとても楽になれると思った。それだけさ」

勇者「………なんだよ、それ――」

縛人「ん?」ニコ

勇者「あんたなんかに、俺の何がわかるっていうんだ!」

カチャ…

勇者「俺がこの短期間の間に、あいつのことでどんだけ――……!!!!」ガタッ!!

魔法使い「きゃ、きゃっ!?」

勇者「ッッ!?!?」ビックーーー!!


魔法使いが現れた!
弓射手が現れた! 

207 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:29:58.12 ID:iJui9JJa0

弓射手「ちょ、何? ドア開けた途端にそんな大声を急に・・・。び、びっくりするじゃないの。ケンカ?」


縛人「い、いや。こっちも正直、君たち以上に驚いたよ」ドキドキドキドキ

勇者「 」ドキドキドキドキドキドキドキ


弓射手「はぁ? …ケンカでもないっていうなら、何があったの?」

魔法使い「…ゆ、勇者…様…?」


勇者「……聞いてたのか?」

魔法使い「……えと…。いえ、勇者様の大きな声のところだけ、ですけど…」

勇者「……」

魔法使い「……アイツ、って… もしかして、私の事…ですか…?」

勇者「……」

魔法使い「……やはり・・・その…勇者様は、その…」

勇者「……」

魔法使い「…………っ…」


208 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:30:43.46 ID:iJui9JJa0

〜〜〜
縛人『否定されてしまうのが怖くて、聞けないんだ』

縛人『勇者さんから、声をかけてやってほしい』
〜〜〜


勇者(………魔法使いが…“俺に否定されるのが怖くて”聞けないことがある…?)

勇者(………なんだよ、それ…)


魔法使い「………」


勇者「………続き」

魔法使い「っ」ビク

勇者「……俺が… “やっぱり”、なんだって?」

魔法使い「――っ」


勇者「は。『やっぱり勇者さまは怖い』とかか?『ひどい』とか『つめたい』とかか?」

魔法使い「…ぇ?」

209 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:31:37.39 ID:iJui9JJa0

勇者「なんて言おうとしたんだよ。べつにそんなことくらい言ったって怒りはしねえ」

魔法使い「え、いえ、私はそんなことは別に…」

勇者「じゃぁなんて言おうとしたんだよ… 黙り込むほど言えないことなのか」

魔法使い「あの……」


魔法使い「………勇者様は、やはり・・・ 私に愛想をつかして、私と一緒に居たくないんじゃないかって…」…ポロ

勇者(…………? ………? )



勇者「………は? 悪い、ちょっとわかんなかった」


210 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:32:11.61 ID:iJui9JJa0

魔法使い「で、ですから。その…私が、頼りないしうるさいしで・・・面倒事ばかり起こすし…。それで、もう…」グス…ポロ

魔法使い「もう… 嫌になってしまって。だから、私のいないところに行く、とか ここからは一人で行くとか、そんな風におっしゃるんですね…って……」ポロポロ


勇者(………いや、なんか、ネガティブすぎるだろ…)


勇者「あ。もしかして、そんなことずっと考えてたのか…?」

魔法使い「…ご、ごめんなさい…っ」


勇者「俺は…お前こそ、俺に嫌気でもさしたか他の男の事でも考えてるのかと思ってたよ」

魔法使い「…え?」

勇者「誰かさんのせいだけど」ジロ

縛人「あ、あれ?」アハハー

魔法使い「? お父さん、なんで笑うの…。ひどいよ、嫌い・・・」

縛人「 」ガーン

弓射手(自業自得・・・)

211 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/06/21(木) 23:33:04.86 ID:iJui9JJa0

魔法使い「……嫌気なんて…そんなの、私は全然・・・」

勇者「…じゃぁ魔法使いの表情が 縛人の家で再会してからずっと冷たい理由は? よそよそしく離れていく理由は?」

魔法使い「…どんな顔して勇者様のそばに居たらいいのか…わからなくなっただけです」

勇者「どんな顔しててもいいからそばにいりゃいいんだよ、クソ」

魔法使い「え」


勇者「面倒なこと考えて紛らわしいことしやがって…はぁ」

魔法使い「勇者様…いいんですか…?」

勇者「なにが」


魔法使い「私… 勇者様のそばにいても、いいのですか…?」

勇者「………今は俺の同行だろ…むしろ居なくちゃダメなんじゃねえの」

魔法使い「………――っ」パァ・・・


魔法使い「はいっ・・・はいっ! ――ずっと、そばにいさせてくださいっ」ニコッ

勇者「っ」ドキ



勇者に会心の一撃!

212 : ◆rRu4LM9vFs [sage saga]:2018/06/21(木) 23:33:38.94 ID:iJui9JJa0
ここまで
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 23:57:21.75 ID:HtIu4ar0o
おつ!
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 01:04:47.18 ID:R7J80rcDO

ええなあ…
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/23(土) 00:09:11.87 ID:aKcfaC3fo
乙です
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/06/27(水) 07:01:31.85 ID:wdMwt5wEO
勇者があまりにも精神が未熟すぎる
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 07:56:39.34 ID:qYhuhMO/0
待ってるぞぉ
218 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/07/19(木) 22:09:22.86 ID:XRdwJlJb0

翌日

勇者「おはようございます」

魔法使い「おはようございますっ! 勇者様!」

勇者「元気だな、魔法使い」

魔法使い「ぁっ、もう! 朝からスカウターで私のこと覗くのやめてください!」

勇者「スカウターなら切ってるよ」

魔法使い「え、え?」

勇者(昨夜、どうにも意識しすぎてスカウター見てばっかで寝れなくなってたとか言えない)

魔法使い「でもいま、私が元気だって…」

勇者「それくらいなら、普通に見てわかるだろ。声のトーンと表情とか」

魔法使い「……」カァ

219 : ◆rRu4LM9vFs [saga]:2018/07/19(木) 22:10:12.21 ID:XRdwJlJb0

勇者「?」

魔法使い「な…なんだか、スカウターで覗かれるよりアレかも…っ。私の事、見ないでくださいっ!」

勇者「えっ」ガーン

魔法使い「…//」テレテレ


弓射手「…朝からみんな元気なようで何よりだわ」

縛人「さぁ、ご飯も出来てるよ。みんな座って」ニコ



一同「「「「いただきまーす」」」」

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