【艦これ】ex.彼女

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203 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:50:35.55 ID:c2YSnnAMO

憲兵の仕事は、何もやらかした奴をとっ捕まえるだけじゃない。

鎮守府内の見回りもだし、やって来た要人の警護もある。
他にも暗黙の業務なんて呼ばれるもんもあって、他の艦娘や提督に話しにくい悩み相談に乗ったり、時折遊び相手になってやったりもする。

そんな感じで表裏と色々仕事があり、その中の一つに夜警がある。
要は深夜の見回りだが、こいつが曲者だ。


俺、実はな……。


204 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:51:17.64 ID:c2YSnnAMO




第10話・食べ物は大切に



205 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:52:43.11 ID:c2YSnnAMO

深夜24時過ぎ、懐中電灯片手に廊下を歩く。

週に何度かある日常風景だが、生活臭を感じる場面だ。
例えば寮を回ると静かだったり、或いはテレビの音が聞こえて来たり。
次の日夜戦の子は遅く寝ないとだから、あの子は夜からかぁ、なんて思うもんだ。

ここの寮は6階建て。
各階をくまなく回るんだが、トイレに起きた駆逐や海防の子を保護するなんて事もある。
怖くなって帰れなくなった子もいたりするからな。

……ま、『お客さん』はそればっかりじゃないんだけど。

“うわ、先輩方かよ…ああ、どっかの爺さんもいる。やっぱ多いなぁ…この立地だと。”

軍服やらセーラー服やら爺さんやらおばさんやらが、廊下にポツポツと立っている。
でも侵入者であって、似て非なるもの。

この鎮守府の斜向かいには小さい山があって、そこには寺と墓地がある。
だからだろう、お散歩に来る皆様がいらっしゃる訳だ。


そうなんだよ…俺な、実は霊感あるんだよ…。


206 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:54:29.90 ID:c2YSnnAMO

「ふむ、今夜も異常無し。平和で結構だな。」

隣を歩く眼鏡は、呑気にそんな事をぬかす。
まぁ見えなそうな奴だし、そんなもんかと思う。

幽霊って言っても、別に何かして来る訳じゃない。
やらかして来るのは大体悪霊の類、そんな積極的な奴はそうそういないもんだ。
ましてや霊感が強いって言っても、俺は見えるだけ。基本的に、除霊や会話が出来る訳じゃない。

俺にとっては、言わばモブみたいなもん。
慣れちまえば恐怖心はまず感じない、あいつの妖精ストーキングの方が何倍もおっかねえ。
しかし、やっぱここ多いな…鎮守府は運動場じゃないんだけども。

「こうも暗いと、幽霊の一つや二つも出そうだな。
貴様、その類は信じているか?」

「いや、見た事無いっす。艦娘の艤装やら妖精やらあるぐらいだから、いるとは思いますけどね。」

「そうか、私も見た事が無くてな。
だがこうして夜警をしていると、時折駆逐の子を保護する事もある。
以前幽霊を見た!と動けなくなった子を見つけた事があってな、漏らすわ泣くわで大変なものだったぞ。」

……お仲間か。俺もガキの頃、そんな事あったなぁ。

積極的に人に言おうとは思わねえし、見えない奴からしたらただの変人だ。
あ、血塗れの婆さんだ。眼鏡ー、目の前にいるぞー。

『かんっ…。』

あ。

爪先を引っ掛けちまった俺は、咄嗟に眼鏡の肩を掴んだ。
そんで指が触れた瞬間。


「なーーーーっ!!!!???」

「うおっ!?」


廊下に響き渡るでかい声。
眼鏡は叫んだ後、らしくもねえ真っ青な顔をしてた。

207 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:56:19.29 ID:c2YSnnAMO

「どうしました?」

「い、いや…気のせいか。何でもない、先へ行こう。」

何だ一体…相変わらず周りに幽霊がいる事以外、変わった事は無い。
今日は特にウヨウヨしてんなぁ……ん?そう言えば聞いた事があるな。
確か近親者に霊感持ちがいたり、日頃霊感持ちと長時間過ごす事が多いともらうケースが…。

……ほーう。原理は分かんねえけど、俺が触れると見えるって事か

ふっふっふ…日頃の仕返しだ。
よーし、たっぷり見せてやろうじゃねえか。ようこそこちらの世界へ!

『ぽん。』

「あーーーーーっ!!!???」

「何なんすか騒々しい。」

「き、き、き、貴様も見ただろう!?今血塗れのババァが!!」

「疲れてんじゃないですか?何もいませんよ。」

いるけどな、血塗れのババァ。

くくく…弱みがねえと思ってたけど、良いビビリっぷりじゃねえか。こいつ、さては幽霊ダメだな?
おーおー、目が完全に焦ってる。よっしゃ、もう一発触れて…

208 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 00:58:06.37 ID:c2YSnnAMO

『がしっ…。』

「ぎゃあああああああああああっ!!??」

「のわっ!?」

え?何も触ってねえぞ?

何のこっちゃと眼鏡の足元を見ると、暗がりから伸びる手が一つ……。
いや、幽霊じゃねえなこれ…って白い髪が…。

「助けて…。」

「しょ、翔鶴君か…どうしたのだ?」

「その、腰が抜けちゃって…。」

「何かあったのか?」

「………え、ええ、ちょっとびっくりしちゃって…。」

大の女が腰抜かして廊下にぶっ倒れる…あれ?何か嫌ーな予感。
部屋まで送ろうと、あいつに手を伸ばした時だ。

「兄ぃ!!!」

「ふぐぅっ!?」

今度は眼鏡の脇腹がくの字に折れた。
眼鏡に縋り付く影…のTシャツには、燦然と輝く『メシウマ』の文字。
今度は磯風か…あれ?なんかヤバい奴らが揃ったよーな…。

「さ、サンマが!サンマが廊下で跳ねてたんだ!!」

「おいおい、まだ春だぞ?疲れてたんじゃねえか?」

……動物霊、確かにいるけどな。猫やら犬やらのは、俺も何度も見た事ある。
でもサンマってお前…んな事言ってたら市場なんて祟りだらけに…。

「………アツイ…ヨ…アツイヨ……」

………ん?

「あ…兄ぃ……!」

眼鏡が、眼鏡でなくなっていた。
軍帽の下はいつものムカつくドヤ顔で無く…これは……


顔が…顔がサンマになってやがる!!



209 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:00:17.71 ID:c2YSnnAMO

「「「うわぁああああああああああああっ!!!????」」」

「マッテ…アツイヨ…。」

馬鹿野郎!クリーチャーは門外漢だ!!
全速力で逃げる俺達を、サンマ化した眼鏡は猛然と追いかけてくる。

待て…あのサンマ透けてる…。
よく見ると顔が変化したんじゃなく、マスクみてえに半透明のサンマが張り付いてる。

って事は、取り憑かれてんのか!?

「………磯風、一体何匹のサンマを炭焼きの為に焦がして来た?」

「……あなたは今まで食べた魚の本数を覚えているのか?」

「てめえのせいじゃねえかコラ!!どう考えてもサンマの祟りだろ!!」

「そんな事は無い!ちゃんと心を込めて焼いて来たんだ!」

「…で、そのサンマは結局どうなった?」

「…み、皆に振る舞おうとしたら、浜風に捨てられたな…。」

「絶対それだ!!」

「階段よ!上に逃げましょう!!」

上階に上がると、廊下に誰か立っている。
あの銀髪…あいつは…。


210 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:01:40.15 ID:c2YSnnAMO

「浜風!逃げろ!!

浜風…?」

そう磯風が呼ぶと、くるぅり、と、銀髪が振り向く。
その時俺達の方に向いたのは…。

「浜風……は、はま、はま……ハマチカゼエエエエエエェェッッッ!!!??」

「ハマチじゃねえサンマだありゃ!!取り憑かれてんじゃねえか!!」

「アツイヨ…オイシイ……ヨ…ウメエエエエエエエエエエェッッ!!」

「アツイヨ…タベ……タベテェエエエエエエエエエエエエッッ!!!!!!」

「きゃあああああああああっっ!!!!」

「__っ!?」

サンマ化した二人が真っ先に襲いかかったのは、元カノの方。
一か八か、咄嗟にサンマの顔面を蹴飛ばそうとしたその時。

「…前(ぜん)!」

「……!?」

その声と共に、眩い光がサンマ共を吹っ飛ばした。

「……やけにうるさいと思ったら、こんな事になってたのかい?酒が抜けちまったよ。」

「お前は…!」

「……隼鷹さん!!」

211 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:03:59.00 ID:c2YSnnAMO

「へー…サンマの悪霊ねぇ…ま、大した奴じゃなかったね。
でも変だな…いつもはここの連中、もっと大人しいんだけど。」

「う….私は一体……?」

「何があったのですか…?」

「お。二人とも落ちたみたいだね。
危なかったねー、あんた達。あたしが気付かなかったら、朝まで全員サンマだったよ。」

「隼鷹さん、一体何が起こっているの?」

「…そうだねぇ、式神使いの空母になる条件って知ってるかい?
艤装への適合以外に、『霊能者でもある事』なんだけどさ。

…だからわかるんだよねぇ、『他人の能力』も。」

…………こっちを見るな。
はは、もしかしなくてこの騒動の原因って…。

「霊能力って奴は、波があるもんさ。
例えば『普段は見えるだけ』みたいな奴が、ある日だけそれ以上になっちゃったりね。
そうなるともう、わらわら寄って来ちゃうんだ。助けてくれるって思ってさ。
ついでに言うと、そんな時ゃあ周りに移っちゃったりもするねぇ…。

みんな、ちょっとこいつの体触ってみな。」

『ぽんっ。』

「「「「うわぁあああっっ!!!!???」」」」

「だろ?人が悪いねえ新入り…あんた、見えるクチだね?」

212 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:06:54.57 ID:c2YSnnAMO

「ほう…つまり貴様は気付きつつも、私を驚かそうと霊感があるのを隠していたと。」

「はい……そうです…。」

「因みに霊能力の暴走を止めるには、一度気絶させちまうのが一番だよ。
疲れとかで波が出来たりするからね。」

「ほう、いい事を聞いたな。」

「………!!」

暗闇に眼鏡が光る。

あ、もしかして過去最大級にブチ切れてる?
お?何か両腕に柔らかいものが…

「…磯風、浜風、何のつもりだ!!」

「憲兵さん、すみません…。」

「ふふふふふ、い、今だってあなたに触れるとササササンマが見えるんだ…悪く思うなよ…!」

「いやお前を祟ってんだろ!!」

あれ?そう言えばあいつどこ行った?
ん?今度は腰に重みが…ああ、しゃがんでホールドしてるぅ…!!

「待って、そこホールドされたら本当逃げらんないんだけど…。」

「…………ごめんね。」

「……………嘘だろ。」

「さて……3点ホールドもばっちり、これは外す事も無さそうだな。
そうだな、貴様のような腕の立つ者を一撃で落とすならば…私も本気を出さねばならん。」

ボキボキと拳が鳴る。眼鏡は尚も光り続ける。
近付く軍靴の音…やがて眼鏡の反射が切れ、奥にある目が見えた時。


「…ちょっとチビりそうになったでしょうがああああああ!!!!!!」


もはや痛みも重力も感じる事無く、俺の意識はそこで弾け飛んだのであった。

213 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:09:28.73 ID:c2YSnnAMO


「元気か?」

「ふぉの顔見れ何言っれんふか……」

本日ハ病欠ナリ。自室ニテ一日ヲ過ゴス。
湿布と冷えピタだらけの顔面でな。

で、最初に見舞いに来たのは、俺をぶっ飛ばした張本人と。

「聞きましたよ、結局あいつらでもホールドしきれなくて吹っ飛んだって。お陰さんで全身打撲ですよ。」

「元は貴様のイタズラ心だろう?灸を据えたまでだ。
まさか貴様が霊感持ちだったとはな…あのような事があっては、私も信じざるを得んよ。」

「見えるだけですけどね。後は会話も除霊も出来ませんよ。」

「そうか。ところで一つ、貴様に訊きたい事がある。」

「……何すか?」



「__学ラン姿の女の霊を見なかったか?」



本当に珍しい、何なら初めてじゃねえかってぐらいの事だった。
急に茶化せないような真面目な顔で、眼鏡はこう聞いて来たんだ。


214 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:11:55.59 ID:c2YSnnAMO

「いえ…見た事ないですね。」

「………そうか。では、そろそろ失礼するとしよう。
待たせたな、入っていいぞ。」

「はい!」

「げっ!?」

「ふふふ…大変でしょう?今日はしっかりお世話してあげるからね。」

「いや、今日一日大人しくしときゃ大丈夫だから…。」

「だーめ。上から下までちゃんと見てあげるから…ね?」

「……走れば治る!!」

「待ちなさい!全機発艦用意!!」

「何その艦載機のマジックハンド!?」


いつの間にやら追いかけっこも戻っちまった。

つくづく思うけど、ここの風紀どうなってんだよ?眼鏡だけのせいじゃねえよな。
あの提督、まだ若いし優しそうな人だけど…そう言えばそこまでキャラ掴んでねえなぁ。一体何考えてんだ?

後に俺は、知る事となるのである。
提督も大概やべー奴…いや、眼鏡と提督のコンビが、一番危険なのだと。

あとついでに、メイン秘書艦もバカだった。


215 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/06/22(金) 01:13:35.05 ID:c2YSnnAMO
今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 07:55:22.99 ID:OB6z3ubAo
おつだズイ
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/22(金) 08:38:51.39 ID:yXFBDCBP0
メイン秘書官はだれなんだ……wktk
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/23(土) 01:22:52.40 ID:Tyl5yr680
乙々

学ラン姿の女の霊でありますか・・・一体何んこきつきつ丸のことでありましょうな・・・

219 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:21:13.00 ID:bRZ+SN5f0

「貴様、この後は暇か?」

ある日の勤務終了後、眼鏡からそう声が掛かった。

一体何だと聞き返してみると、飲みに行かないかとの誘い。
正直気乗りしなかったが、ここのメンツについてはまだ分からない事だらけ。
他に誰かいるなら行こうかと思い、とりあえず訊いてみた。

「ああ、元々貴様と飲んでみたいと言っている奴がいてな。それで訊いてみたんだ。」

「誰です?」

「………提督だ。」


この瞬間、絶対に断れない飲み会が確定したのである。


220 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:21:58.32 ID:bRZ+SN5f0





第11話・キングギドラ




221 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:23:47.26 ID:bRZ+SN5f0

タクシーで拉致られた先は、よくある大衆居酒屋だった。

提督か…未だに人となりを掴みかねてる分、ちょっと不安になる相手だ。
何てったって、あのデタラメな連中の頭。今時な爽やかさの裏に、一体何を隠してんのか分かりゃしねえ。

「お連れ様ですか?ではあちらのお席の方ではないでしょうか?」

案内された先に向かうと、私服姿の提督…。

と、もう一人、私服の女がいた。

「お疲れ様です。すいません遅れてしまって…。」

「そんな恐縮しないでいいよー、君らは僕らを取り締まる側でしょ?いいのいいの。」

…立場上はな。

ついでに憲兵隊は一応陸の所属、提督は勿論海軍。
昔から敵対する関係なんて言われてる。

だが、そんなもんは過ぎたる過去の話。今となっては、そこまでいがみ合うような時代じゃない。
まだ2年目の若造からしたら、目上である事に変わりゃしねえ訳。

こう言う場は、緊張もするって…。

「ああ、じゃあ生4つ。」

「はーい。」

席に座ると、俺達と提督チームで向き合う形。
世間話ぐらいはしてるけど、こう言う場でこの人と何話しゃいいんだ……と思っていると、提督から声が掛かった。

「翔鶴、君の元カノなんだってね。
前から忘れられない人がいるって言ってたけど、君の事だったのか。」

「え、ええ、そうみたいですね…。」

「あの子も少し変わった子だから、君に迷惑をかけてしまっていないかとね。



で、再会してからヤったの?」



うん、いきなり何言ってんのこの人。



222 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:25:40.25 ID:bRZ+SN5f0

「はっはっはっ!貴様もぶっ込むな!こいつにそんな甲斐性は無い!」

「あはは、そっかぁヤってないかー。ヨリ戻ってれば良かったんだけど。
いやぁ、この前添い寝したって聞いたからさー。」

眼鏡はと言うと、馴れ馴れしく提督の肩をバッシバシ叩いてやがる。
ちょっと待てやお前、いくら何でもダメだろそれは…!

「け、憲兵長…。」

「どうした?青い顔をして。こいつの事なら心配いらんぞ。」

「そうそう、僕ら小1からの幼馴染だからねー。」

「…はぁ!?」

幼馴染…つまり提督はこのクソ眼鏡と親友且つ波長が合う人間……。
この時俺は、現職場がデタラメな奴だらけな理由をようやく理解したのである。

どう考えても、絶対やべえ奴じゃねえか…。

「……陸海の核弾頭コンビ。このお二人の、軍内でのあだ名ですね。
強力だが手に余ると言う意味です。」

その時ようやく、提督の横にいた女が口を開いた。
黒髪に眼鏡のそいつは、一見するとさぞかし出来る女に見える。

ええと、確か名前は…。

「改めまして、主に秘書艦を務めている大淀と申します。」

「はい、憲兵の__と申します。」

「翔鶴さんはうちの空母のエースなんですよ。



で、いつヤるんですか?」



親指を人差し指と中指で挟むな。


223 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:27:43.77 ID:bRZ+SN5f0

「あっはっはっ!はしたないぞ大淀君!」

「いえ、つい。既成事実が出来きれば丸く収まるかなって。」

テヘペロしてんじゃねえ、なんだこのイカれた女は…。
待て…そもそも提督に秘書艦のコンビって事は、まさにあいつの被害を喰らった連中って事じゃねえか。

ダメ押しに眼鏡もいる…つまり、ヨリ戻させたい組筆頭が3人…!

「いやー、そんな怖い顔しないでよ。
確かに君と翔鶴がヨリ戻せば僕らも得だけど、今日はただ飲みたいだけなの。
せっかくのお酒の席だよー?親交深める為にも、ゲスい話とかしたいじゃない。

で、翔鶴以降は何人ヤったの?」

「……ヤってないです。はい。」

「セカンド童貞ですか?」

「……え、ええ…。」

「濁すな?」

「あー…危なかった時が、一回…。」

「よし、翔鶴にLINEしよ!」

「マジでやめてください!」

んな事されたら大惨事だ!
ああもうウゼェ…何だこのドSトリオはよ。

ちくしょう….こいつ自分でゲスい会話OKって言ったよな?
いいじゃねえか、こうなりゃ逆に質問してやる。もう恥の晒し合いだ。

224 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:30:57.13 ID:bRZ+SN5f0

「そう言う提督はどうなんですか?モテそうですけど。
18行ってない艦娘に手ェ出したりしてないですよね?俺達出動しちゃいますよ。」

「んー…確かこの前…。」

「…提督、またですか。だからこの前頬が赤かったんですね。」

「頬?」

「18以上の子は自由恋愛ですが、提督は艦娘には手は出しません。ついでに駆逐艦はストライクゾーンじゃないから論外。
その点は憲兵さん達のお世話になる事は無いでしょう。

ただ…代わりに外で女作りまくってますからね、この人。」

「いやぁ、僕、部下って認識になるとダメなんだよねー。」

「ある艦娘に私生活バレて、医務室送りにされましたもんね。殴られて。」

「あの時はさすがに私も仕事したな。殴るのはいかん。
しかしまたか。今度は何をした?」

「日取り間違えて、マンションに全員来ちゃったんだよー。帰ったら速攻ビンタラッシュだった。」

「懲りん奴だ。」

「『そう言うお友達』だったんだけどねー、段々本気になられてさ。」

「ふふ、相変わらずクズですね。」

「お淀キッツいよー。」

ああ…確かに『憲兵としては』しょっぴけねえわそりゃ…。
でも何だろう、この熱く迸るブン殴りたい気持ち。

ダメだこいつ、業の深え話ばっか出て来そうだな…そうだ、この際眼鏡に聞いてやろうじゃねえか。
くくく…日頃変態トークばっかしてるこいつの事だ、どんな強烈な振られ話が出てくるかな?

「憲兵長は何か無いんですか?」

「私か…ふむ、ではまず持論を語らせてもらおう。

火遊びと言うのは、後腐れを残すからいかんのだ。割り切った関係と言うならば、長く続けるべきではない。
花火はちゃんと、最後は水を掛けるだろう?でなければこいつのようにビンタを喰らう。」

「はぁ…。」

「私のプライベートはな…ワンナイト・ラヴと言う奴だよ。
一夜を共にする…それ以降はない。一期一会の切なさと素晴らしさは、何と説明すれば良いのか…。」

「いや、あんたカッコつけて言ってるけどナンパしてるって事っすよね。
しかも相手にも一発だけって割り切られてる前提で。」

「ナンパではない!ワンナイト・ラヴだ!英雄色を好むと言うだろう!?」

言い方こだわるな、おい。

そうだ…こいつ、容姿だけはめちゃくちゃ良かったわ。
成る程ね、一発だけなら人格のボロ出さねえってか…自分をよく分かってるぜ、悪い意味で。

225 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:32:49.22 ID:bRZ+SN5f0

「軍人って私生活荒れてる奴多いんだけど、君、意外と硬派なんだねぇ…。
そうだね、じゃ、ゲームでもしよっか?」

「ゲームって、何やるんですか?」

「……ふふふ、それはね…。」

「失礼致します、ご注文の品をお持ちしました。」

提督がニヤリと笑うと、店員が何かを片手にやって来た。
ストレートグラスが2つ、中身は濃い赤……何か薬臭えな。

「……アルコール度数35度、実に56種類のハーブから成る、ドイツ版養命酒なんて言われるもの…。
近年ではテキーラ、コカレロと並びパーティドリンクとしてよく飲まれている…。

イェーガーマイスターって、知ってる?」

この時提督は、実に愉しそうに笑った。
おい、同列に挙がった酒、最っ高に不穏な名前しかねぇんだけど…。

「では僭越ながら…お相手はこの私、大淀が務めさせていただきましょう。

ルールはこのショットを先に飲みきった方が勝ち。
敗者は勝者の言う事を聞くだけの、簡単なゲームです。」

「……因みに、罰ゲームは常識の範囲内ですよね?」

「勿論。そこはこの大淀プロデュースです、ご安心ください。」

……あれ?負ける前提で話進んでね?

イェーガーか…飲んだ事ねえぞ…。
まぁ見るからに酒に強くなさそうな姉ちゃんだ、ちょっと頑張れば勝てるはず。
俺だって軍学校の地獄の酒宴を潜ってきた、テキーラだったら何度もブチ殺されてきてる。

負けねえぞ…負けたら死ぬ気がするんだ。
よし、行くぜ…!

「3…2…始め!」

「……ぶほっ!!!」

号令が掛かり、いざ口を付けグラスを傾けた…瞬間にはもうむせてました。

俺、この味生理的に無理だった。

226 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:35:07.46 ID:bRZ+SN5f0

「……ふう、物足りませんね。あれ?どうかしましたか?」

「あ、言うの忘れてた。お淀はうちで一番酒強いからね。」

「ふふ…私の勝ちのようですね。では、罰ゲームですが…

今から憲兵さんには、ナンパをしてもらおうと思います!」

この時キラリと光った眼鏡を、俺は忘れる事は無いだろう。
ついでに、他の2人の狐面みてえな笑みも。

こいつら…ドSのキングギドラだ…!

「い、居酒屋ナンパって…ハードル高くないっすか?」

「そこはほら、やっぱり行動する事自体が罰ゲームですから。
仮に成功したとして、そのままくっついてもらってもこちらとしては構いませんし。」

「……その心は?」

「……それで翔鶴さんが暴走しなくなれば、こちらとしては大助かりですから。」

「ねえ、俺の命は?俺の命の安全は?」

いくらあいつでも、そこまで過激じゃないのは知ってる。
でもその一線は超えたら刺されるビジョンしか浮かばねえのは何故。

「まぁまぁお淀、小突くのはそこまでにしてあげてよ。
君が来て悪い事ばかりじゃないんだよ。翔鶴の士気は高くなって、あの子の戦果はうなぎ登りなんだ。」

「……そうですか。」

「……ただ上司としては、少々思い詰めている節は感じるけどね。
君がいるからこそ、戦闘に対してピリピリしてる部分もあるのかもしれない。
まぁそれはそれとして…

じゃ、行ってこよっか?」

「切り替え速っ!?」

「だって罰ゲームだもん、そこはちゃんとやんないとさー。」

はぁ…ナンパか……した事ねえよ、どう声掛けりゃ良いんだか。
いや、でもよく考えたらこの状況で初回、どう考えても誰も引っかかんねえだろ。ここはしれっと失敗して場を切り抜けりゃいいだけだ。
227 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:37:09.00 ID:bRZ+SN5f0

暖簾で仕切られただけの席を立つと、店内の様子がよく見えた。
一人客は…いない。後は普通にグループ。
声掛けるってなったら、ここは一旦トイレに行ってみるか。途中で誰かいるかも。

そう思いつつ通路を歩いていると、目の前に女の子がいた。
あ、スマホ落としてんじゃん。

「お姉さん、スマホ落ちましたよ。」

「すいません、ありがとうございます。」

「いえいえ。」

「……お兄さんおいくつですか?」

「2×ですけど。」

「あ!じゃあ私とそんなに変わんないですね!今日はお友達とですか?」

「ああ、今日は…。」

おや、何だか話が弾んで来たぞ。
ダシに使うようでこの子にゃ悪いが、こりゃ良い。
話し掛けて別れたって時点で、ナンパの体裁にはなるじゃねえか。落し物拾っただけだけど。

白い服に暗い青髪のその子は、見た所女子大生風。結構かわいい。
身の上話をする内に、少し自分達の席で飲みませんか?と誘われた。

正直な所、ちょっと心が動く。
眼鏡や提督じゃあるまいし、ワンチャン狙おうなんて下心は湧かない。
だが日頃ぶっ飛んだ女性陣に囲まれている手前、たまには普通の女の子と普通に話したいのも事実。

すぐ戻るならと快諾し、彼女達の席へと向かう。
彼女は事情説明にと、先に暖簾をくぐり、仲間へと話を通す。
それでいいですよー、と声が掛かり、俺も暖簾をくぐる。




「待ってたわ。」




帰っていいですか。いや帰るべきだろ。帰るしかないだろ。帰らせてください何でもしますから。
228 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:38:31.52 ID:bRZ+SN5f0

「ふふ….試しにやってみたら、憲兵さん本当気付かないんだもーん。」

その席にいた他の面子を見た時、俺はようやくこの子の正体を理解した。
そうだ…歓迎会で何かと俺をあいつの隣から逃がそうとしなかった二人組…ダブルドラゴンの蒼い方…!

「蒼龍…お前だったのか…!」

「そうだよ。これでも普段とのイメージ差には自信があるんだ〜。」

「憲兵さん空母飲みへようこそ!今日は3人だけどね。」

「飛龍…!」

俺らがいるって気付いてやがったのか…!
いや、待て。そう言えばあの眼鏡2号、さっきスマホつついて…。

「あ!大淀さんからも返信来たよ!向こうも気付いてたみたいだねー。」

やってくれたなあの女。

畜生、どこから仕込んでやがった…飛龍のわざとらしいリアクションを見るに、少なくともこれ狙って罰ゲーム仕掛けたのは間違いねえ。
でもヤバい会話の時はスマホに触れてなかった、せめてあの件だけは伝わってなけりゃ…!

「……でも憲兵さんも隅に置けないね。
さっき横通った時聞こえたけど、一線超えかけた子がいるんだって?」

絶妙な匙加減の話の盛り具合大変ありがとうございます飛龍さん!龍の如く飛んでんのはてめーの頭だ!

229 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:40:33.30 ID:bRZ+SN5f0

「どこまで?」

「……はい?」

「どこまで行ったの?いつ?どこで?誰と?」

俺はあの世とこの世の一線越えそうだよ。お目目が大変怖いです。
言える訳ねえ。言ったら逝く。

「言う訳ねえだろ。んな義理もねえし、未遂とすら言えねえ。」

「……そう、瑞鳳ちゃんなのね。」


自己完結の前に、まずそのチーズナイフ離そ?


「あ!瑞鳳って今度来る子だ!」

「私演習で当たったよ!ちっちゃくて可愛いんだよねー。あ、憲兵さんってロリコン?」

「…あいつに絶対ロリって言うなよ、死ぬぞ?俺と同い年な。あとロリコン違う。」

「否定はしないのね?」

「………あ。」


空気が…お通夜だ。
ここでムキに否定しても、墓穴掘るだけだな…。
あいつももうじきこっち来る。俺とづほの潔白を証明する為にこそ、包み隠さず言うしか無いか。

…づほ、すまん。

230 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:42:54.21 ID:bRZ+SN5f0

「……そもそもづほと仲良くなったきっかけからか。
俺が新人の時、あいつがその頃の彼氏に振られて、庭で泣いてたんだよ。それを保護しようと話しかけた。」

「……それから?」

「づほの奴、相当病んでてなぁ…その後1週間は、延々ヤケ酒やら愚痴に付き合ってたんだ。
で、お互い次の日休みの時か。あいつが飲み過ぎて、休ませようと漫喫連れてった。

俺は目ぇ冴えてたから、横でヘッドフォンして動画見ててさ。
寝てるもんだと思ってたが、急にガバッて覆いかぶさって来た。

あいつ上脱いでて、ブラ一丁だったんだよ。
体調崩したのかと思ったけど、どうも違う。

涙目でさ、じゃあヤッてみてよなんて言うんだ。
同い年の女って思えるなら、興奮出来るでしょ?って。

あいつも色々あったんだよ…見た目の幼さに、内心ナーバスになってた時期じゃねえかな。
悪酔いしてたし、色々ヤケになっちまったんだと思う。」

「…それで、どうなったの?」

「正座させて説教した。」

「「「へ?」」」

「まずそれで後悔すんのはてめーだって所から始め、自分を大事にしろって話、公共施設でのそう言う行為はアウト、あと酒乱も大概にしろと。
ついでにそんなんで一発かましても嬉しくも何ともねえし、そんな見た目絡みのトラブルで冷める奴は忘れちまえってな。

…ま、あいつ覚えてねえと思うけど。
また寝てたし、帰り道で肩に吐かれたし。

だからあいつが来ても、この件は突っ込まないでやってくれ。
さっきボロ出した俺が悪いって話だ。」

「「……はー…。」」

231 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:44:39.42 ID:bRZ+SN5f0

俺の話を聞き終えると、何でか二航戦コンビはぽかんとした顔をしてる。
一方翔鶴はと言うと、そんな俺らの様子を見てくすくすと笑っていた。

「憲兵さんってアレだね、ハマる人はがっつりハマっちゃうタイプ。
でも刺されないように気を付けてね!」

「何の話だよ?」

「何でもないですよー。確かにこの話は本人に言えないね、黙っておくよ。」

「そうしてもらえりゃ助かるよ。」

ったく、死ぬかと思ったぜ…。
誤解も解けたのか、さっきまでのヤバいオーラは無くなっていた。

「ふふ…本当変わらないわね、そう言う所。」

「何だよ…今度はご機嫌か?忙しい奴。」

「何でもないわ。

……と、謝らないと…。

……でも、蒼龍ちゃんの誘いにはついて来たのよね?知らない子だと勘違いして。」

「………。」


…死んだな、俺。


「はは、ははは…たまには普通の女の子と普通に会話したいって思ったんだよねー…。」

「つまり私達は普通じゃないと…こっちは仕掛けた方だから許すけど、瑞鳳ちゃんにこの件話したら大変よ?」

「何であいつが出てくんだよ!」

「はい、あーん。」

「むほっ!?」

口に何かを無理矢理ブチ込まれた時、舌に電流が走った。
さすが元カノ…俺の弱点をよく知ってやがる。

パクチーは、パクチーはダメだ…!

232 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:46:44.71 ID:bRZ+SN5f0

「お、やってるねー。」

「提督だ!大淀さんも!」

「憲兵長もいるじゃん。」

「そこで草食って白目剥いてるのを拾いに来たのだよ。さて、席に戻るぞ。」

「提督、店員さんが団体席空いてるって教えてくれましたよ。」

「じゃあ皆で移動しちゃうかー?」

「さんせーい!」

そのままずるずると団体席に引っ張られ、後は終始ピー音だらけな飲み会だった。
こいつら頭おかしいなー、とは各々を知れば知るほど思うのだけど、段々と慣れて来たような気もする。

「あはは…て、提督と憲兵長、すごいわね…。」

慣れか…そう言えば、前よりこいつと普通に話す事も増えたな。
普段の、ちょっと気弱な所を見る場面も。

「憲兵長ー!陸軍魂見せてくださいよー!」

「任せておけ!私の宴会芸は煩悩の数だけあるぞ!」

そんな慣れを誤魔化すかのように、俺は眼鏡にヤジを飛ばしていた。
隣にあいつこそいるが、特に気にしないようにしたまま。


233 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:48:50.00 ID:bRZ+SN5f0

「じゃ、俺ちょっとコンビニ寄るんでここでー。」

「了解!じゃあまたね、おやすみなさーい。」

「おやすみなさい。」

買いたい物あったから、鎮守府近くのコンビニで皆と別れた。

会計して外に出たら、何となくタバコを一本。
大体よっぽどイラついてるか、飲んでる時に吸う程度なんだけどな。
珍しく飲んだ後の今、こうしてぼんやりと一服してる。

「ダメよ、タバコなんて。」

「……帰ってなかったのか?」

「用があってね。戻って来ちゃった。」

「まだ夜は冷えるぜ?早く帰んな。」

「うん…用が済んだらね。」

「…………!?」


ぽと、と、タバコが落ちる音は、夜中の駐車場には妙に響いた。

重ねられた柔らかな感触と、近寄られると改めて分かる俺より小さい身長。
数年ぶりなのに、よく覚えてるもんだとどこか冷静だった。

その間ずっと、あいつを離す事も出来ないままで。

234 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:50:42.06 ID:bRZ+SN5f0

「…ふふ、これで一歩リード。じゃあまたね!」

「あ…おい!!……行っちまったよ。」

何だよ、一歩リードってよ…。

落ちたタバコを灰皿に突っ込むと、俺はもう一本に火を灯す。
ぼーっと吐いた煙を眺めてると、今度は携帯が震えた。

『お疲れ!来週挨拶と引越し行くからね!』

……ああ、もう来週だっけ。あいつらまた喧嘩しなきゃいいなぁ。
そんな事を思いつつ、唇に残った物を流すようにペットボトルのコーヒーを飲んで。
誰に聞かせるでもなく、こんな独り言を吐いていた。


「……ったく、調子狂うぜ…。」


…まあ、調子どころか頭が狂いそうになるんだけどな。後日。


235 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/07(土) 06:51:41.28 ID:bRZ+SN5f0
今回はこれにて。今度は誰を出そうかな。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/07(土) 07:39:31.48 ID:fbB/wodk0
乙!
相変わらず楽しかった!
この憲兵なら信頼できるし駆逐達にモテモテとかもみたい
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/07(土) 07:40:02.94 ID:fbB/wodk0
ごめん上げちゃった
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/07(土) 08:51:59.42 ID:IM0xowK/O
乙!
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/10(火) 10:18:30.42 ID:RBughahA0
乙おつ

いつも楽しませてもらってるよー
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/12(木) 22:02:51.39 ID:2ovVu42DO
いいねぇ
241 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:13:35.88 ID:XKVR9cgVO


「こんにちわー、○○運輸ですー!」


憲兵の仕事も色々あるが、その中に出入り業者の監査もある。
基本身元の確認だけど、その流れで何の業者かも分かるんだ。

ここはネット通販使う奴も多いから、運送屋が来るのはいつもの事。
でも今日のトラックは、いつもとちょっと形が違う。

今回来たのはいつもの運送屋の、引越し部門の方。
そうだ、この日がやって来たわけだ。


今日、遂にづほが引越してくる。


242 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:14:23.01 ID:XKVR9cgVO



第12話・山と風を合わせたら


243 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:16:02.27 ID:XKVR9cgVO

業者は来たが、肝心のづほはまだ来てない。
何でも空いてる艦娘何人かで来るって言ってたが……お、あのちっこいのはづほの車だ。やっと来たか。

「お待たせー。」

「やっと来たか。」

「こっち搬入口だよね、普通の駐車場どっち?」

「そっちの通路抜けるとあるぜ。
今日他に誰来てる?人数分許可証出すから。」

「まず私よ。」

声のする助手席の方を覗くと、加賀さんがいた。
まず?他に誰かいんのかと後ろの方を覗くと…


「……兄ちゃん、久しぶり…。」

「お前は…山風じゃねえか!久しぶりだなー!」

「うん、づほ姉のお手伝いに…。」

244 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:17:17.45 ID:XKVR9cgVO

山風は、前いた所で面倒見てた艦娘だ。
引っ込み思案な奴で、最初は大変だったっけ。

前んとこの提督、見た目だけはかなり怖い人でな。
提督が懐いてもらえなくて困ってた時、何でかづほと俺に世話を頼まれたってわけ。
…何で俺らなんですか?って理由聞いたら、「憲兵がお兄さん役、瑞鳳がお友達役で〜」って言われて、づほがマジギレしたって事もあったけどな。

そこから二人で面倒見て、その甲斐あってか今は他の連中にも馴染んでくれた。
俺もづほも末っ子だから、本当妹が出来たみてえだったなぁ…可愛い妹分の一人って奴だ。

「相変わらずもっふもふだなー、前より髪綺麗になったんじゃねえか?」

「えへへ…づほ姉にお手入れ教えてもらったの。」

「そうだよー。髪は女の命だもん!」

「良かったなー。でも大丈夫か?俺もづほもいなくて。」

「…うん…大丈夫!皆いるから!」

そうにこっと笑ってくれた時、思わずホロリと来たぜ。
…娘を育てた父親って、こんな気持ちかな…俺、泣きそうなんだけど。

「あ、じゃあ私車停めて来るから先降りてて。
__、誘導お願ーい。」

「あいよー。オーライ、オーライ…」

245 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:17:55.61 ID:XKVR9cgVO







「……兄ちゃんとづほ姉の邪魔する奴、嫌い……。」







246 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:20:46.35 ID:XKVR9cgVO

「すいません、運ぶ部屋って何号室ですか?」

「あ、はい。えーと…。」

業者の案内の為に、俺は部屋割りのプリントを広げる。
これは業者の迎えに行くギリギリの時、眼鏡に改訂版だと渡された奴だ。
まだ俺も確認出来てねぇんだよな…づほの部屋は……。


『304・瑞鳳』


アレ?疲れ目かなー。 ちょっとこすって……。


『304・瑞鳳』


……現実とは非情である。


「……この3階の、304号室ですね。エレベーターはあっちです。」

「分かりました。みんなー、じゃあ始めるぞー。」

リーダーと思しき人の号令と共に、トラックから次々と荷物が運ばれて行く。
づほはそれをにこにこと、俺はこないだのサンマ霊の如く死んだ目で見守っていた。

「………なぁ、部屋割りってもらってる?」

「うん!翔鶴さんの隣だよね。」

「……揉めない?」

「大丈夫、悪い人じゃないのは分かったから。ただ…」

「…ただ?」

「…__にまたイタズラしたら、何かしちゃうかもねぇ…?」

「俺の頭上で戦争はやめてね!?」

出動どころか、俺の救出劇になるわ!!

どいつのプロデュースだ畜生…提督か?それともあの眼鏡2号か?
やってくれたなー…あのドSトリオはよ…。

「……兄ちゃん、顔怖いよ?」

「…ああ、何でもないぞー山風。」

……っと、怖がらせちまったな。
あやそうと頭を撫でてやると、にへらと猫みたいな顔をしてた。
そうだ、今日は山風や加賀さんもいる。顔合わせても、いつもみたいに揉めたりしねえだろ。

「もー本当可愛い!山風ー、づほ姉いなくて寂しくなーい?」

「うん、大丈夫…。」

「うーん!今の内にいっぱいぎゅーしてあげるからねー!」

「ははは、づほ、山風顔潰れてんぞ?」

づほも本当山風大好きだもんなー。
実際寂しいのづほの方じゃねえか?私は妹欲しかったって、何かと駆逐の子達構ってたし。


……ん?そう言えば『あいつ』って…。

247 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:22:32.45 ID:XKVR9cgVO

さて、そうこうしてる内に搬入が終わった。
眼鏡からも行って来いと言われ、俺も荷解き手伝う事に。
家具のセッティングは俺と加賀さんがやるとして、山風はどうしよう。

「じゃ、山風はづほ姉と一緒に段ボール開けてこっか?」

「…うん、頑張る…!」

「お、バンダナ巻いてんじゃん。やる気だなー。」

次々と荷物を出しては、それらを指定の場所へ入れて行く。
こっちも家具周り終わったし、小物開けてくか。

「づほー、この衣類って書いてる箱どうする?いくつかあるけど。」

「あ、それ一回出さないとダメね、冬物と夏物分けるから。」

「了解、とりあえず開けるわー。」

「……あ!……ちょ、ちょっと待って!!」

……言うの、遅えよ。

止めに入られた時には、もう段ボール開けた後。
で、俺の視界に真っ先にこんにちわしてきたのは、四角く小さく畳まれた色とりどりの布地達と、大体そいつらと同じ柄した何某で。

…ああ、なるほどね。確かに小さい物から上にするわな。

「……づほ、下着は別にしとこうな。」

「見ないでよもー、それに入れたの忘れてたんだって。」

「じゃ、こいつは後だな。仕舞う時声掛けてくれ、出てくから。」

「……ちょっとは慌ててくれてもいいじゃん…。」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ。」

248 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:24:18.03 ID:XKVR9cgVO

その後も淡々と作業は進み、3時間もすれば部屋のセッティングは終わった。
今日は提督が出張で、挨拶は提督が帰って来てから。
ちょっと一休みするかぁ。

「皆待っててくれ、何か持ってくるわ。」

「いいの?ありがとー。」

引っ越しの手伝い決まった時、事前に茶とお菓子を買いに行ってたんだ。
たまにゃ都合の良い偶然もある、用意した中には山風の好物もあった。

「お待たせー、茶も冷えてるぜ。」

「ありがとう…あ!ウエハースだ!」

「そ、懐かしいだろ?」

妹分の嬉しそうな顔が見れて何よりだ。
何でか山風はこのやっすいウエハースが大好きで、よく一緒に食ってたのを覚えてる。

へへ…目えキラキラさせてまぁ。

「山風、本当それ好きだよなー。」

「うん…兄ちゃんとづほ姉が、最初にくれたから。」

世話係なんて言われたものの、俺らも最初は「構わないで」と嫌がられてた。
それでどうしたもんかとづほとベンチで話してる時に食ってたのが、このウエハース。

噂をすれば何とやらで、そこに山風が通りかかったんだよ。
小腹が空いてたんだろうな、チラッと見てきたもんだから、「食べるか?」って声掛けてみたわけ。
そこでゆっくり話す機会を得て、少しずつ心開いてくれたんだよな。

……泣かせるなよ、オイ。


「山風〜!!づほ姉嬉しいよおおおお!!」


…ってもう号泣してる奴がいたよ!

249 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:26:10.87 ID:XKVR9cgVO

「づほ、そんなすりすりすると山風減っちゃうから…。」

「大丈夫よ、いつもの事だもの。」

「……因みにやるのはづほだけでしたっけ?」

「そうね、すりすりは瑞鳳だけよ。
……私は、山風は抱いて寝る派だもの。」

「加賀さん、よだれ出てます。」

そうだ、山風大好き芸人がもう一人いたよ。

ま、何だかんだ愛されててホッとしたなあ…一時はどうなるもんかと思ったけど。

「お疲れ様です。」

そんな平穏を壊すように、ドアが開く。
入って来たのは元カノ…一気に俺の中を緊張が駆け抜けた。

頼む、揉めるなよお前ら…。

250 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:27:38.81 ID:XKVR9cgVO

「翔鶴さん、ご無沙汰してます。この前は助けていただいてありがとうございました。」

「いえ、気にしないで…こっちこそ、沢山ひどい事を言ってごめんなさい。」

「いえいえ、私も短気でしたし…今日からお世話になるので、今後ともよろしくお願い致します。」

「…ええ、こちらこそ!よろしくね、瑞鳳ちゃん。」

……怪我の功名って奴かな。
こないだ話した件で、あいつもづほのコンプレックスについて感じるものがあったらしい。
話せば分かる奴なんだよなぁ…話聞いてもらうまでが、ちょっと大変ではあるけど。

「ねえ、この子は?」

「こいつか?山風って言うんだ。前の所の子で、手伝いに来たんだよ。」

「……!!」

「…怖がられちゃったかしら?」

「山風は引っ込み思案だからな。大丈夫だぞー、怖くないから。」

「ふふ…山風ちゃん、おいで?」

恐る恐ると言った体で、俺の背中に隠れてた山風はあいつへと近付いて行く。
撫でて…おい、いきなり抱っこかよ。
づほの時結構苦労したけどなぁ…さすがは姉属性って事か。

ん?待て、確かあいつは…。

「…ハァ…よしよし、怖くないわよ?…ハァ…ハァ…。」

「おい…。」

「何かしら?」

「とりあえずよだれを拭け。」


出たよシスコン、転じてロリコン。

251 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:30:10.07 ID:XKVR9cgVO

忘れてた…こいつは重度のシスコンだ。
で、山風は娘ないし妹属性にステータス全振りしてるような奴。

こいつの『最愛は』実妹の瑞鶴ではあるが……それ以下の妹属性に該当する子にも、こいつは充分反応する。年齢問わずだ。
つまり、ちょっとシスコン超えてロリコンの気があるんだよ…こいつの妹センサーが反応した相手に対しては…!

「ふふ…ジュルリ……ハァ…ハァ…本当可愛いわね…。」

胸に埋められた山風は、苦しいのか、或いは邪気を感じてビビってるのかプルプル震えていた。顔見えないのに。
そんな山風を尻目に、あいつは心底嬉しそうに山風の髪を舐め回すように撫でている。

落ち着け俺、まだ愛でてるだけだ…憲兵さんのお仕事はまだ…でも手錠はしっかり準備だ。

『ポタ…。』

そう葛藤していた時、俺は確かにその水音を聞いた。

丹頂鶴とは白、黒、赤で構成される。

白はあいつの服。
黒は現在欲望に濁ってるあいつの心。

で…今目の前にある赤とは。
あいつの白い服の胸元にボタボタと広がる真っ赤なシミの事…ついでに目が椎茸だ。

こいつ…鼻血出してやがる…!

「正規空母・翔鶴。」

「何かしら?改まって。」

「……未成年者への淫行未遂により、貴様を確保する。」

「……可愛い妹を愛でる、それの何が罪だと言うの?」

「てめえの欲望ダダ漏れの鼻に聞けこの野郎!」

「ダメよ!私の心はもう確保されてるの!山風ちゃんに!」

「自重なさい五航戦。」

「へぶぅっ!?」

さすが加賀さん、えげつねえ逆水平チョップだ…。

252 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:32:10.97 ID:XKVR9cgVO

「兄ちゃん……。」

「よしよし、怖かったなー。」

「ど…どうしてなの…。」

「その血と欲望に塗れたツラ鏡で見てこい。」

「あ、あはは…気持ちは分かるけどねー。」

「づほ、そこは分かり合うな…。」

あーあー、山風の奴、腰にぴったり引っ付いて離れねえ。こりゃ大分ビビってんな。
元カノの方はと言えば、懲りずに山風に笑顔を送ってる。

「ふ、ふふ…山風ちゃん…お姉ちゃんと遊ぼ…?」

「………嫌。」

「……ぐはっ…!」

「……おばさん、嫌い。べーだ。」

「……お、おば…おば………おぼぁっ…!」

暴言で吐血して血涙まで出す奴、初めて見たわ…。
でも珍しいな、山風がここまで敵意剥き出しにするなんて。

253 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:34:55.46 ID:XKVR9cgVO

「こらこら、おばさんは言い過ぎだろ?」

「だって…あいつ、づほ姉いじめたから嫌い。」

「ああ、この前の騒ぎを聞いたのかしら?一部の子達がこっそり見てたみたいだけれど。」

「…アレ、見られてたんですか?」

「瑞鳳があなたと飲みに行ったって事は、皆知ってたもの。
夜戦明けの子が見てたみたいね。」

「山風ー、づほ姉あの事はもう怒ってないよ?ほら、翔鶴お姉ちゃんと仲直りしよ?」

「……づほ姉は、兄ちゃんのお嫁さんになるの。」

「「はい?」」

「……づほ姉、兄ちゃんにキスしてたもん。」


その瞬間、確かに空間が割れた。


「………瑞鳳ちゃん…。」

べチャリと音を立てながら、血だるまの顔面で奴がぬるりと立ち上がった。
確かに笑顔だ…にたぁ……って擬音が見えるぐらいに…。

「……どう言う事か説明してもらってもいいかしらぁ…!?」

幽鬼だ…白髪の幽鬼がいらっしゃるうううう!?

「山風!言葉!!言葉足りてないから!!」

「ひいいいいいいっ!?ちちち違うの!あ、あ、あ、アレはね!」

「……アレは、何なのかしら?」

「……いや、うん、そのー…確かにキス、したけど…。」

「おめーも言葉足りてねえよ!?」

「………有罪。」

語尾にハートマーク付きそうな言い方が余計怖え!!
そんな血塗れのツラで俺らを見るな!!きょ、恐怖で上手く説明が出来ねえ!!


「……そう言えば、確かに瑞鳳がキスしたわね。

その場にいた全員に。」


LADY KAGA……あんた、GODや……!!

254 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:38:21.81 ID:XKVR9cgVO

「……どう言う事ですか?」

「瑞鳳は少し酒乱の気があるのよ。
ある時うちの整備さんが、彼女の浮気で別れてしまった。そこで励ます為に飲み会が開かれたの。

そこで“だったらてめえなんか忘れてやらぁ!ってキスマークでも見せ付けてやれー!”
…と、何故か瑞鳳が口紅べったり付けて、全員の頬に無理矢理キスして回った。男女関係無くね。」

「……で、俺が取っ捕まって餌食になった所を、たまたま山風に見られたって訳さ。
あん時ゃ大変だったぞ…愛宕さんの顔とかキスマークだらけだったし…。」

「……いやぁ、お恥ずかしい…。」

「因みにその時の瑞鳳の写真がこれよ。」

「ぷっ!?ふふ…アナゴさんみたい…。」

「こんなんが迫ってくんだぞ?全員鼻水吹きそうになりながら逃げ回ったわ。」

はぁ…危なかった〜……。

づほのアナゴさん面がツボったのか、あいつもしばらくクスクスと笑ってた。
…こいつも顔面、血塗れだけど。

「……そう言う事だったのね。瑞鳳ちゃん、少しお酒は控えた方がいいわよ?」

「はーい…いつも日本酒飲むと楽しくなっちゃって。」

「基本飲み会の半分は覚えてねえもんな?」

「言わないでよもー。」

マジで怖かったー……。
…ん?そう言えば山風どこ行った?


「ハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイハクハツコワイ……」


あら、隅っこでガッタガタ震えてる…。

255 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:41:06.40 ID:XKVR9cgVO

「……山風ちゃん、大丈夫よ?」

「…ひっ!?ぶつよ!?ぶつからね!?」

「もう怒ってないから、ね?」

「………。」

あいつが打って変わって優しく微笑みかけると、山風は恐る恐る近付いて行く。
それで今度は普通に、ぽすんとあいつの胸に抱かれて行った。

……あんだけビビらせたのに手懐けるなんて、さすがの姉力だな。 鼻血拭いてねえが。

「……づほ姉の事、いじめないでね。」

「うん、もう大丈夫。あなたもお友達よ。」

「…うん、よろしく。翔鶴お姉ちゃん。」

「……お姉ちゃん…ふふ、ふへへ……。」

「これを使いなさい、五航戦。」

「ぶべっ!?」

箱ティッシュ掌底…うん、加賀さん正しいわ。

256 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:42:16.72 ID:XKVR9cgVO

「………山風、寝ちゃったねー。」

「ちょっと疲れてたんじゃねえか?慣れない所苦手だし。」

いつの間にやら、山風は俺の膝を枕に眠りこけていた。
づほか俺の膝で寝るのが好きなんだけど、決まって俺らの間に挟まるんだよな。

俺とづほで頭や肩を撫でてやると、気持ち良さそうな寝息が一層深まる。
癒されますなぁ…本当、可愛い妹分だよ。

「このタオルケット掛けてあげて。」

「ありがとう、お前は撫でなくていいの?」

「ふふ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが揃って嬉しかったんでしょう。邪魔出来ないわ。
小さい頃の妹を思い出すわね…久々に膝枕でもしてあげようかしら。」

「本当仲良いよなお前ら。」

「ええ、自慢の妹だもの。」

「お姉ちゃんと言えば、__のお姉ちゃん元気?」

「…元気も元気、あのバカは不死身だよ。」

「会ってみたいなぁ……あ、翔鶴さん、お手洗いの場所教えてもらっていい?」

「ええ、付いてきてちょうだい。」

あいつらが出て行くと、部屋には俺と山風だけになった。
加賀さんはお淀と話に行ってるし、部屋の中には山風の寝息だけ。


「……兄ちゃん…づほ姉…大好き…。」


ふと聞こえた寝言に嬉しさを覚えつつ、改めてちょっと心配にもなる。
そんな事を考えてる内に、膝の暖かさに俺もうたた寝してしまっていた。


257 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:44:21.66 ID:XKVR9cgVO



「…ふふ。」

「……何よー、人の顔見て。」

「あ…ごめんね、ついさっきの写真が…。」

「…あの後皆、ぶるるあって言ってとかすごかったわ。口紅、半分ぐらい減ってた。」

「……実際は、どこから酔いが覚めてたの?」

「描いた唇が滲んだぐらいから。」

「じゃあ確信犯ね、やるじゃない。」

「……うん、あれだけ皆と追いかけっこしたらね。
あいつ、最後の方まで逃げ回るんだもん。」

「取っておいたの間違いじゃなくて?」

「それは秘密。」

「…ごめんなさいね、今までひどい事を言って。」

「ううん、私も煽ったもん。おあいこ。
……あなたの事、嫌いじゃなくなったわよ。」

「私もよ。」

「ふふ…翔鶴さん、これからよろしくね。負けないんだから。」

「こちらこそよろしくね。簡単には勝たせてあげないわよ?」


258 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:46:53.28 ID:XKVR9cgVO

「じゃあ加賀さん、ありがとうございました。
山風もありがとな、助かったよ。」

引っ越しも終わり、二人の帰る時間になった。
あっちの別の艦娘が迎えに来て、あの車に乗ったらしばらくお別れだ。

「…づほ姉、兄ちゃん…。」

山風は名残惜しそうに、ぎゅっと俺らに抱き付いて来た。
可愛い奴だな本当…でも、ひとり立ちしないとな。

「山風、今日からづほもいなくなるけど…俺らがいなくても大丈夫か?」

「………。」

一瞬シュンとした顔をしたけど、あいつはすぐにまっすぐ顔を上げて、こう言ってくれた。


「…大丈夫!あたし強いから!」


よく出来ました、最っ高の笑顔だ。


259 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:48:15.33 ID:XKVR9cgVO

こうしてちょっとした嵐もあったが、何とか引っ越しは終わった。
そろそろ提督も帰ってくるな…次は挨拶か。

結果、この日はまだまだ長かった。

俺の時は異動シーズンだったが、づほの異動は季節外れに決まった。
だから俺の時は他の連中が来るのを待ってやった事で、づほの場合はすぐやる羽目になった事がある。
その答えは…。

……勿論やらかしてくれました。他ならぬづほがな。

夜はまだまだ長い。


260 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/07/15(日) 05:48:53.29 ID:XKVR9cgVO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 07:38:00.76 ID:XOd5uIMjO
乙です
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 09:48:35.27 ID:IrPXt73aO
づほも山風も可愛い
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 14:20:30.40 ID:ahT2zDo0o
護りたい
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 15:07:41.50 ID:c67Lj+Vl0
良かった… 闇風なんていなかったんや…

いないよね??
265 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:21:45.27 ID:0ZeZi5buO

「じゃ、俺詰所戻るから。提督が戻ったら大淀さんって人が来ると思う。」

「うん、行ってらっしゃーい。」

づほと別れて一旦詰所に戻ると、眼鏡がいない。
どこ行ったー?と見回せば、机に書き置きが置いてあった。

『少々買い出しに行ってくる。』

ん?何か切らしたっけな?
で、よく見ると書き置きの下が不自然に折られてたんだ。そいつをめくってみると…。


『今夜はパーリナイ。』


この時俺は、何かを悟ったのである。

266 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:22:22.52 ID:0ZeZi5buO




第13話・卵、爛、乱



267 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:23:19.02 ID:0ZeZi5buO

「では、瑞鳳より挨拶をどうぞー。」

「軽空母の瑞鳳です!今後ともよろしくお願い致します!」

提督が戻ってくるなり当然のように始まったのは、歓迎会…と言う名の飲み会だった。

テーブルに並んだ酒は、眼鏡が軽トラ転がして買ってきたもの。
瓶ビールに混じり、何か日本酒、焼酎、カルーアと危険なスメルを放つ物も混じっている気がする。4月の歓迎会の時は無かったラインナップだ。

あれー…どれも過去にづほがやらかした種類ばっかな気がすんだけど…。

「……大淀さん、さっき加賀さんと何話してたんですか?」

「瑞鳳さんに飲ませない方が良いお酒についてですね。」

「……そのNGの方に沿ってるんですけど。」

「何か楽しそうな事を前にしての“絶対に押すなよ”って、壮大なフリですよね?」

「本当に押してはいけない場合は?」

「いいえ、限界です。押します。そちらの方が楽しいのであれば。」

「手拭いとドラム缶、準備しときますね。湯温は45℃で。
あんたの濁りきった心の眼鏡、しっかり洗浄して下さい。」

……ここのラスボス、提督じゃなくてこいつじゃねえか?

268 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:24:38.36 ID:0ZeZi5buO

「では、乾杯!」

不穏な物を感じつつ、酒宴は始まった。
頼むぜ、初日でヅホラは勘弁してくれよ…在来線爆弾の如く憲兵さん突貫とかシャレにならん。

まずは初対面の艦娘と積極的に話してるらしい。
元カノと妹はあいつの酒癖理解してるとして、後危険な奴らは……。

「ひゃっはー!!新人ー、あたしとも飲もうよ!」

…おっとやべーのが来た。
軽空母の先輩格…あ、早速注いでる…。

「これはどうも。いただきます…ぷはー…美味しいですね!」

「お、行けるクチだねー。」

あ、意外とガツガツ飲ませないのね…人には勧めないタイプか。
成る程、プロの酔っ払いって所ね。酒の加減を分かってる。
後もう一人、危険人物は…。

「あついですぅ〜」

「ポーラ!貴様は服を着ろ!」

はは…絡む前にアウトだよ。
OK、今日は心配なさそうだな。これならづほも羽目外す事はねえだろ……慣れてきてからが怖えけど。

「心配?」

「……まぁ、お前も知っての通りな。」

「そう……随分大事にしてるのね?」

「大事(だいじ)ってより、大事(おおごと)の懸念だけどな。
前んとこから頻繁にサシ飲みしてる仲だからな…親友であり、酔ったら手の掛かる妹って感じだよ。」

「……それ、瑞鳳ちゃんに言わないようにね。」

「何で?」

「刺されるわよ?」

「何でだよ…。」

づほを監視してるのを察したのか、元カノはそのまま他の奴の所へ行ってしまった。
さすがに大丈夫そうかな…そう思った俺も、ひとまず近くの奴らと飲み始めた訳だ。監視は緩めずな。

269 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:26:14.52 ID:0ZeZi5buO

15分経過

「きゃははははは!!」

笑い声が高くなる。まず危険ゾーン第一形態。

そこから15分経過

「私だってねぇ、×××酒出来るぐらいは生えてるよ!」

えぐい下ネタが出始める。ここで危険ゾーン第二形態。

更に15分経過

「ポーラちゃん…揉んでみてもいい?」

おっぱいマイスター出現。危険ゾーン第三形態突入。
そろそろやべえかな…ん?

「もしもし?どうしたお袋。」

止め時かと思った矢先、ここで親から電話。

それで廊下出て15分ぐらい話して、宴会してた部屋に戻る。
だが…づほがいた方を見てみると、どうもこの部屋自体に姿が無い。

「あれ?づほってどっか行った?」

「あ、キッチン借りるって出てっちゃいましたよ。おつまみ振舞いたいって。」



…………マジで?


270 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:27:13.23 ID:0ZeZi5buO

「憲兵さん、どうかしましたか?」

「………お前ら、今すぐ逃げるぞ。」

…何てこった…最悪の事態だ。ヅホラ第四形態すっ飛ばして、第五形態が覚醒しようとしてる…!
ああ、そう言えばさっきの荷物、調理道具に混じって何かヤバそうなのあったなぁ…。

「みんなー!お待たせー!」

はは…天使みたいな笑顔だろ?でも所業は悪魔なんだぜ。
づほが持ってるお盆には、皿が6枚…そこにあるのは『赤い』ブツ…。

そう、極められたスキルによって作られた、極めて美味しそうな卵焼き。
赤いと言う不自然ささえ超越する、見た者の食欲を刺激する完璧な焼き具合…。

…でもな、酔ってるづほのおつまみは…本当にヤバいんだよ…!!

271 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:28:45.62 ID:0ZeZi5buO

「みんな…私の作った卵焼き……食べりゅ?」

「「「食べりゅうううう!!!」」」

皆さん、逃げりゅと言う選択肢は無いんでしょうか?
ありゃトマトかケチャップ混ぜ込んでるな…でも本当にやべえのは…。

「翔鶴さん、食べてみてー。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…。」

皆美味そうなもんを見る目だ…止めらんねぇ…。
6カットが6皿…確率36/6……不幸体質のあいつが引く確率は…。


「モグモグ……ふふ…。


何で…私ばっかり……。」

「翔鶴姉!?」


ドサ…と力無く元カノは倒れた。
唇パンッパンに腫れてやがる……当たり引いたか…。

そうだ、前んとこではづほだけ『飲んだら料理禁止』ってルールが出来たんだよ…。
……これがロシアンたこ焼きならぬ、ロシアン卵焼きだ…!!

272 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:30:47.12 ID:0ZeZi5buO

「ふふ…確率36/6でこれは当たりがあるの。飲みの余興には持って来いってね。
他はケチャップ入りの美味しい卵焼きだよ?」

「へえ、面白そうだねー。」

「ああ、実に面白そうだ。」

食い付くのかよ!?
ああもう、つくづくイカれてやがるぜここの連中はよ…!

「……なぁ、づほ。今回は何入れた?」

「えっとねー、ウルトラデスソースでしょー。それとね、ジョロキアパウダー!」

「……因みに、ジョロキアは普通の?」

「勿論ブートの方よ!辛いは美味い!」

甘いのと辛いの両方行ける奴、たまにいるよね…。
づほはまさにそのパターンで、スイーツ好きでもあり、一方でカップの担々麺にデスソース掛けて食う女。

「ふふふ…ではこの磯風に任せてもらおうか。」

バカが来たよ!!

おい未成年、お前さっきからジュースだけのどシラフだろ。
また豪快にフラグ立てたな…躊躇いもなく掴んで…逝った!!


「……ふむ、大した辛さではないな。」


あれ?


273 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:32:03.71 ID:0ZeZi5buO

「……なぁ磯風、お前味見って覚えた?」

「勿論だ。この磯風、同じ失敗はしない。
最近また研究していてな…今度は約束通り、美味いものを兄ぃとあなたに振舞えるぞ。」

……意外な所で危機が発覚。こいつ味オンチか。
じゃあこの前のアレ、そんなんでもブっ倒れるブツだったって事か…う、思い出すとケツが痛ぇ…。


「ねぇ、__…。」


あまーい声の方に振り向くと、俺の目にはまず赤が飛び込んで来た。
その延長線上をなぞると……。


「私の卵焼き、食べてくれりゅ?」


茶髪の悪魔が、天使の笑みを浮かべておりました。


274 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:34:12.62 ID:0ZeZi5buO

疑問形じゃなく、懇願で来ましたか…。
拒否れねえ…酔ってるづほ相手に拒否ったら、泣く悪寒しかしねぇ…。

恐る恐る箸を伸ばす…気付けば半分近くに減ってるが、当たり引いたのは元カノと磯風のみ…。
現在確率は18/4、行けるか…行けんのか…!?

震える箸先は卵焼きを掴む。
何てスロウな世界なんだろう、今まさに俺は単騎で戦艦に立ち向かう駆逐艦の如し。
さぁ…箸が卵焼きを持ち上げ……

……ふ、二つ繋がってやがるだと…!?

ああ、こんな所で酔っ払いの雑な包丁発揮。
なのにづほは甘える猫の如く期待のこもった視線。
うん、何かもう辛い!漂ってくる匂いが痛いぞ!これ当たりじゃん!シャッフルしてる意味ねえじゃん!


「………食べて、くれないの?」


小首を傾げんじゃねえ、周りの視線が痛えじゃねえか…。
さっきまで電話してたディアマイマザー…先立つ不孝をお許し下さい。


「た、食べりゅううううう!!!」


この後、辛さ故に寒さを感じる貴重な体験をいたしました。
最終的にほぼ失神し、後の事は目覚めるまで覚えておりませんでした。

275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:35:31.01 ID:0ZeZi5buO

俺は霊感持ちですが、この時成仏したはずのおばあちゃんが見えました。
川の向こうでまだ来るなと叫ぶ声に素直に従い、目覚めたらそこはづほの膝。

づほは酔っ払って寝ておりましたが、どうやら俺は甘えるような体勢で横になっていたようです。

起きて最初に目が合ったのは、それを見ていた元カノ。
視線だけで先ほどの川へ還ってしまいそうになりました。うわあ、幽霊より怖えや。

そんな幽霊より生身の方が怖えと常々思う俺ですが。
この後日、この霊感のせいで再び大変な目に遭うのでした。

その過程で、眼鏡こと憲兵長の秘密を知る事となるのです。
ついでに、馬鹿は死んでも治らないという事も学習するのでした。

それと…艦娘を守る憲兵としての心意気を、改めて学ぶ事にも。




追伸

翌日、遂に痔主デビュー致しました。




276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:39:08.72 ID:0ZeZi5buO
今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 06:52:19.30 ID:UjURNjs7O
蘭子「混沌電波第178幕!(ちゃおラジ第178回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1532984119/
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 07:14:14.91 ID:KLKxUwLW0
乙!
つボラギノール
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 08:58:32.27 ID:Jn1+vy0OO
乙!
(分数って分子/分母じゃないっけ)
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 10:36:25.87 ID:vwDJZ8EhO
乙w
最高www
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 13:25:31.55 ID:LyHLSh2A0

楽しみにしてます
282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:13:53.88 ID:FNcDH7ajO

「……はぁ…。」

俺のケツにはドーナツクッション…ならぬ、通称浮き輪さんと呼ばれる怪しいものが敷かれている。
とある艤装建造の過程で出来た副産物らしいが、何でも元は深海のなんだとか。
妖精が悪ノリで作ったなんて噂もある。

分析してみてもただの浮き輪だったらしいが、手足やツノが生え、口も付いてる何とも言えないデザイン。今にも喋り出しそうだ。
先日痔主デビューしちまった俺は、注文したクッションが届くまでこいつを使う羽目になった。

本日は事務作業多め。
現在俺は、そいつを敷いて眼鏡と二人で仕事をこなしている。

283 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:15:06.07 ID:FNcDH7ajO






第14話・仄暗い水の底から来たる奴-1-





284 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:17:21.92 ID:FNcDH7ajO

「……さて、休憩にしようか。」

「あれ?もうそんな時間ですか?」

時計を見れば、もう15時だ。
午後休憩はいつもコーヒーでも飲みつつ、眼鏡と取り留めも無い話をして終わる。

「くくく、座り心地は快適そうだな?」

「冗談じゃねえっすよ。今にも動き出しそうで気持ち悪いです。」

「まあ、クッションが来るまでの辛抱だな。当面はそいつで耐えるしかあるまい。」

「お陰さんで通院に時間取られて、こっちの道場決まるのが伸びそうですよ。なまっちまう。
あ、磯風が新作の研究してるって言ってましたよ。その暁には、憲兵長も俺の苦労が分かるんじゃないですかね。」

「大丈夫だ、もはやあの子の料理で私の腹は鉄壁、せいぜい下す程度だ。
あの子が幼い頃から喰わされて来ているからな。」

「誇る事じゃないでしょう。」

座り心地自体は悪かねえが、とにかく落ち着かねえ。
ストレス溜まるぜ、道場行きてえなぁ……あ、そう言えば眼鏡に訊いてみたい事あったんだ。

285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:18:34.03 ID:FNcDH7ajO

「そう言えばちょっと訊いてみたかったんですけど、あんたの強さの秘密って何なんですか?」

「私か?年の功と言う奴だ。」

「28で何言ってんすか。もっと具体的には?」

「…柔術を小さい頃からやっていたが、そこに軍式格闘術を加えただけさ。貴様も似たようなものだろう?」

「それだけですか?にしちゃあやたら強いですけど。」

「正確には、貴様とは育ちが違うからな…私は元・陸軍特殊部隊だ。」

「特殊部隊!?エリート中のエリートじゃないすか!?何でまた憲兵に…。」

「………聞きたいのか?」

この時初めて、眼鏡のバツが悪そうな顔を見た。
こいつがこんな顔するって、何なんだ?


「そうだな……私の個人的な話にはなるが、憲兵としての参考にはなるだろう。」


触れるべきか迷ってる内に、眼鏡はふー、と一息吐くと、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、昔の女の話さ。」

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:20:19.35 ID:FNcDH7ajO

私が軍人になりたての頃か。

その当時はまだ新兵、今後どうなりたいかもおぼろげな頃さ。
最初に配属された部隊で、ある女に出会った。

「君も同期でありますか?よろしくお願いするであります。」

「ああ、よろしく。」

「ふふふ、何とも辛気臭い面構えでありますなぁ。まあ肩の力を抜いて、酒でも飲むであります。」

「何だと貴様。」

真っ白な肌に、古臭い軍人言葉。そのくせよく毒は吐く。
変な女と言うのが第一印象だったな。

「__!!このスピードでは弾道がブレるであります!!」

「馬鹿者!!そこを見極めるのが砲手だろう!?」

「おめーら車長の俺を無視すんじゃねえ!!」

最初は戦車の訓練でコンビを組まされたが、しょっちゅう喧嘩ばかりしていたよ。
車長の教官によくゲンコツを喰らっていたものさ。

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:22:36.31 ID:FNcDH7ajO

最初は喧嘩ばかりだったが、その後も様々な訓練でコンビを組まされた。
野営に格闘術、果ては座学に至るまで。事あるごとに顔を合わせては、お互い遠慮の無い関係になっていった。

「__は、どうして軍に入ったのでありますか?」

「そうだな…ただの腕試しさ。自分がどこまでやれるか知りたくてな。」

「くくく、あなたらしいでありますなぁ。」

「そう言う貴様はどうなんだ?」

「自分でありますか?

そうですなぁ……人を守る職に就きたかったからであります。
我々の仕事は、もしもの際に戦う為だけでは無い。
災害、大事故…そう言った有事にこそ、力を尽くしたいのであります。人の笑顔の為に。」

「…………意外と、まともなのだな。」

「意外は余計であります。」

それまで馬鹿な所しか知らなかったからな、面食らったものさ。
それと同時に……力だけを求める自分の在り方に、疑問を持った。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:25:05.73 ID:FNcDH7ajO

どうしてそうなったのかなど、もはや些事だった。
強いて言うなら変わり者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
その後私とその女が恋仲になるのに、あまり時間は掛からなかった。

それと同時に、私には夢が出来た。

特殊部隊の隊員となり、有事の要となる。
まだ今の戦いが始まる前の話、当時はそれが人を守る為に力を使う事だと思ったのさ。


「……特殊部隊、でありますか…。」

「ああ、試験を受ける事にした。人を守る為に俺に出来る事は何か、それを考えてな。
…少しの間、お前と離れる事になる。」

「………大丈夫であります。やるなら頑張るでありますよ!応援してるであります!」


私はまだ若く、無謀な挑戦だと誰もが思った事だろう。
だが、その後難関である試験を突破し、晴れて特殊部隊の所属となれた。史上最年少の快挙だ。

東京の所属となり、奴とは遠距離恋愛になった。
それでも出来るだけ休暇の度に会いに行き、その度濃い時間を過ごしたものさ。

……奴はな、その頃引退も考えていた。つまりはそう言う事だ。

だが……特殊部隊としての私の出番は、とうとう来なかった。
今の戦い…深海棲艦との戦争が起きてもな。


貴様もよく覚えているだろう?あの頃の絶望的なニュースの数々を。
艦娘が戦力として公にされるまで、世界中が絶望に包まれた頃だ。

海での重火器による、未知の怪物との戦い。
『対人間相手』のエキスパートである特殊部隊には、成す術など無かった。作戦への参加すら出来なかったのだからな。


そしてある日、あの報せが来る。
俺が、最後に奴に会った日だ。

289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:26:30.05 ID:FNcDH7ajO

「……本気なのか?」

「……本気であります。艦娘…女にしか出来ない事ならば、今こそ自分が動くべき時。
適性が出たならば、自分は海軍へ出向するのであります。」

「……ならば、俺は憲兵隊へと転属する。せめてお前達の日常だけでも…!」

「…ダメであります。」

「……!!」

「有事の今こそ、国家や街を狙うテロリスト共が動きかねない。
自分は海を、あなたは陸を。守るべきものを守るのであります。
それが人々を、ひいてはこの世界を守る事なのであります。

……大丈夫、必ずあなたの元に帰るから。」

「……分かった。“__”、必ず戻れ。」

「……ええ、必ず。」


そして奴は適正を得て、艦娘となった。
『揚陸艦・あきつ丸』、それが艦娘としてのその女の名さ。

290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:28:37.43 ID:FNcDH7ajO


その後どうなったかと言えば……死んだよ。あっさりとな。


当時は開戦したて、艦娘はどの国も実戦投入の経験が無かった。
故に、まだ戦闘の定義など未知数だった…その時敵が初めて使った兵器にやられてな。

遺体と対面こそ出来たが、随分な火傷を負っていた。
最後にあいつを抱いた時のぬくもりも、その後遺体と交わした口づけの冷たさも、よく覚えている。

あいつの僚艦と会う機会があってな、今際の際の言葉を教えてくれた。



“最期に一目、会いたかったでありますなぁ”



…そんな事は、私も同じだったよ。


291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:30:38.74 ID:FNcDH7ajO

……どれほど敵を憎んだろうな。

性器を切り落としてでも艦娘となり、奴らを皆殺しにしてやろうか。
或いは腹に爆弾を巻いて突っ込んでやろうか。

そんな事ばかり考えていた中で、私は一つの答えを見付けた。

時に共に笑い、時に正し、時に地上での悪意を退ける。
戦えぬのなら、彼女達の帰るべき場所で日常である、この陸を守る事。
それが私の戦争であると捉えたのさ。

その後私は特殊部隊を辞し、憲兵隊へと転属した。
故に本部付きでもない、地方のしがない憲兵長に収まっていると言った所だ。

…今でも時折突堤に立つと、あいつが帰って来るような気がするんだ。
出撃する様など、見た事も無かったのにな。

あの時振り切ってでももう少し早く憲兵となっていれば、せめて母港で迎えてやる事ぐらいは出来たのかもしれない。
そう思うと、やり切れぬものはあるよ。

292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:31:33.45 ID:FNcDH7ajO

「グスッ……憲兵長……。」

「瑞鳳君の誘拐の件もそうだが、所詮彼女達も、艤装を外せばか弱い乙女さ。
日常である陸の上では、守る存在が必要だ。

私の考える憲兵の存在意義とは、そんな彼女達の笑える場所を守る事。それが私の信念であり、この職務への魂だ。
そこへの嘘偽りは無いんだが……。」

「………へ?」

「………しかし、恋人の話は全部嘘なのだ。」

「俺の涙を返せ!!」

「ぶぼぁっ!?」

「んの野郎〜…あったまきた!警邏行って来ます!しばらく反省してろボケ!!」

293 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:32:29.71 ID:FNcDH7ajO









「…ふー……嘘を嘘と見抜けん内は、まだまだだぞ?小僧。」







294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:34:43.18 ID:FNcDH7ajO

あー…ムカつくわあいつ〜。

イライラしながら警邏に出てる内に、外は夕暮れに差し掛かっていた。
今いるのは倉庫の裏手、日頃人通りの無い場所ではあるが、ここも見ておかないといけない。

んー?何だありゃ?
ああ、幽霊か。早い時間にご苦労様なこった。
いつの時代だよ…随分古臭い軍人ルックに、ミニスカの女…。


……ミニスカの女!?


その不自然さに気付いた時には、もうその幽霊はいなくなっていた。
だが……じわじわと、しかし確実に何か音がするのがわかる。


“とーりゃんせー…とーりゃんせーー…こーこはどーこのほそみちじゃ……”


ガキの頃以来の感覚に、全身が泡立つ。
そうだ…俺程度の霊感でここまではっきり聴こえて、尚且つ積極的にコンタクトを取って来る…。

やべえ…悪霊だ!!

除霊出来る隼鷹も、こんな場所にはいない。
歌声がどんどん近くなる…やがてそれが耳元まで迫り、思わず目を閉じた時。



「君、自分がわかるのでありますな?」



肩に生々しい手の感触が走った瞬間、俺は遂に死を覚悟したのだ。

295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:37:00.74 ID:FNcDH7ajO

「お、お前は何だ…?」

「ほう…話も出来るのでありますか。
安心するといいのであります、何も取り殺そうと言うわけでは無いので…自分は君の先輩でありますよ?」

軍帽の下には、病的に白い顔。
不敵に笑うそいつは、自らの名を俺に告げた。



「自分はあきつ丸。生前は艦娘だった者であります。
君の霊感を見込んで、一つ手伝って欲しいのでありますよ。」



こんなホラーな出会いだったが故に、恐ろしい目に遭う事しか想像出来なかった。

まあ、恐ろしい目に遭うのは変わらない。
ただし……例の如くの大騒動になるとは、この時の俺は知る由も無いのであった。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:39:23.04 ID:FNcDH7ajO
今回はこれにて。次回より、いつもの感じになります。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 21:59:51.89 ID:rVyMfzxno
おつりんこ
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 11:30:28.61 ID:mekn4xlA0

期待して待つ
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 12:50:46.82 ID:fs3Ch2k2O
伝説級のホラー童謡、能登麻美子のとおりゃんせじゃねえかw
かごめかごめも歌われたら命吸いとられるぞw
300 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:34:45.27 ID:cwUSskD70


「……死んだ艦娘が、憲兵風情に何の用だ?」


目の前の幽霊は、さっきの話とぴったり符合する存在だった。
眼鏡の野郎…ありゃ本当の話だったのか。

でも、見えるだけの俺にこれだけ接触出来るって事は、間違いなく悪霊の類。
どうする?最悪寮に駆け込めば隼鷹が…!

「ふふ…正確にはあなたの上官に用があるのでありますよ。」

「…あいつを取り殺そうって魂胆か?ここにゃ正真正銘の霊能者もいる、あんまりはしゃぐと飛んで来るぜ?」

「くくく……彼女とは話は着けてあるのであります。
“好きにしな、代わりにあたしは一切協力しない。”と言っておりましたなぁ。それと…もしもの時はあなたを頼れと。」

「……な!?」

あいつ、何で…!?

このぞわぞわとする感覚…かなりの力を持った奴か?
そうだ、一か八か、昔教わった印呪を…!

「おっと…そんな危なかっしい手付きはやめて欲しいですなぁ。」

「……!?」

手が動かねえ…!?クソッ、手だけ取り憑かれたか!

「……あまり乱暴な事はしたくないのであります。
大丈夫、少し“キョウ”と話をしたいだけですから……そこを何とか。」

その時見えた顔と眼鏡の名を呼ぶ声に、俺は切実な物を感じた。
昔助けてくれた霊能者に言われた事がある。どれだけ困っていても、幽霊に手を貸すのは厳禁だと。

でも……


“最期に一目、会いたかったでありますなぁ…。”


眼鏡の話に出てきた、こいつの最期の言葉。
そいつがふと頭を過ぎった時、俺は……。


「……分かった、危害を加えねえって条件なら話は聞いてやる。」


どうしても、完全に拒絶する事は出来なかった。

301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:01.41 ID:cwUSskD70




第14話・仄暗い水の底から来たる奴-2-



302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:55.72 ID:cwUSskD70

「…あんたがあいつの言ってた女か……で、どこから見てた?」

「…ずっと、キョウのそばにいたのであります。
さっき、キョウが自分の話をした時も。」

「……待て、ずっとって事はアレか?サンマ霊の時もか?」

「………さっき、君の手を固めたでしょう?本当はアレが自分の全力であります。普段は霊視されない事だけで手一杯なもので。
そうですなぁ…悪霊と呼ぶには、自分はいささか恨みが足りないようで。未練の強さ故の、半端に強力な霊と言ったところでありますな。
くく…でもあの夜は面白かったでありますよ?キョウはアレで感情豊かな男でありますから。」

「ぶっ飛ばされた身にもなってくれよ…。」

「ただ、ある艦娘が自分を見て腰を抜かしてしまったようでありますな。顔は分かりませんでしたが。
霊視避けが甘かったようで…アレは悪い事をしてしまった…。」

「……それ、多分俺の元カノな。ストーカー気味の。」

「なんと。その件はキョウのそばでよーく見ていたのであります。ほほーう、罪な男ですなぁ?」

「塩撒くぞてめぇ。
…でもあいつ、今はしょっちゅう女摘み食いしてる身だぜ?話したいって言っても、もう吹っ切られてりゃしねえか?」

「……その件も、よく知っているのであります。
時折こっそり自分の写真を見ては涙を流し、ふらりと街へ出ては知らぬ女に声を掛ける。
キョウは、自分以来恋人を作っておりませぬ。人肌恋しくもなりましょう、忘れてしまえば良きものを…。

ですが……そうして知らぬ女とまぐわう様を見てしまうと…その…。」

一瞬俯く様に、地雷踏んじまったかと我に帰る。
まずったな…それで謝ろうかと思った時。


「…………ものすっごく興奮してしまうでありますなぁ!!」ハァハァハァハァ


あ、こいつ間違いなくあの眼鏡の女だわ。
変態だ。ものすっごく変態だ。

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