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【氷菓IF】奉太郎「伊原摩耶花という女」
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72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 12:52:22.79 ID:Zb2RcIJm0
6
受付係が一人増えたのは大きかった。みるみるうちに行列が減っていき、あっという間に帰宅ラッシュは終了。
ちょうどタイミングよくあらわれた司書から、礼と帰宅の許可をいただいた。
俺は一足先に昇降口へ向かう。雨は弱まってこそはいるものの、濡れても平気、というわけでもない。
玄関前に立ち尽くし、ぼんやりと外をみつめていた。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 12:53:00.05 ID:Zb2RcIJm0
今の景色同様、俺の心中は薄暗い。間違ったことはしていないはずだ。
あいつとは二度と関わらない。その約束も、守った。対応中は一言も口をきいていない。
ふいに、背後からこんこん、と音がした。反履きだった靴を直す仕草。
それをしていたのは伊原摩耶花だった。
床をむいていた隙に顔をそらせばよかったのかもしれない。けれど伊原はすぐに顔をあげてしまった。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 12:53:55.47 ID:Zb2RcIJm0
数年ぶりにちゃんと見た伊原の顔は、鋭い目をして俺を射抜いている。
降りしきる雨の音。周囲の生徒たちの声。目の前にある幼馴染の姿。
それは一気に消えていき、俺の意識は別の方向へ向かっていった。
かつて、まだ伊原と繋がっていたあの日々の記憶が蘇ってくる。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 12:55:20.29 ID:Zb2RcIJm0
関係はいつから始まったのだろう。
親同士が仲良く、子どもが同学年で、家はウォーキングにもならない距離にある。
そんな状況があったせいか
幼稚園の頃には、伊原摩耶花と休日に家を行き来するのは当たり前になっていた。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 12:58:44.67 ID:Zb2RcIJm0
小学校にあがると、それは少し変わった。
幼稚園までは、会うのは必ず親が同伴であり場所はどちらかの家だったのが、親不在のままでも会うようになった。
待ち合わせなんてしていない。どちらかがふらりと家を訪ねて、公園やら図書館やらに出かける。
それはほかの子どもとの交流の始まりでもあった。
いつの間にか、他にも家が比較的近所の男女が加わり、俺と伊原、一本線の関係が五角形に変わった。
そのつながりには、神山ペンタゴンなんていういかにもやっつけでつけた名前で呼ばれるようになった。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:00:04.14 ID:Zb2RcIJm0
その変化はかなりの幸運といえた。
小学校低学年、とりわけ男子にとっては、男女二人組が行動する姿は、かっこうのからかい相手だ。
三人が加わったことで他の児童は、家が近いから仲が良い、ととらえたのだろう。
俺と伊原がはやしたてられるなんていうことは起きなかった。
けれど当時、目の前に娯楽に目を奪われていた俺たちは、そんな分析は何一つできなかった。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:01:18.42 ID:Zb2RcIJm0
……ピピピピ。無機質なデジタル音ではっとなる。
俺が気づいた時、伊原が背をむけて携帯電話を取り出したところだった。
口元に手を当て話す横顔。
昔から変わっていない幼い顔立ち。俺はすぐにそこから目をそらし、再び前を向く。
もうこいつと俺は無関係。一度壊れた関係は二度と蘇らない
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:02:15.39 ID:Zb2RcIJm0
だけど壊れていなかったとしたら。何かが邪魔して、近づけないだけだとしたら。
まだ俺たちは糸で結ばれていて、どこかでぐちゃぐちゃに絡まっているだけなのかもしれない。
その時その時の状況を受け入れ、見たいものだけを見ていれば安寧の日々を過ごすのは簡単だろう。
だが幸せなのかは別だ。俺は今幸せか。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:03:27.93 ID:Zb2RcIJm0
自問の末、すぐに答えは出た。
毎日教室で顔を合わせるクラスメイト。授業中、休憩時間、
ふいに目が合い、そのたびに昔を思い出し居たたまれなくなる日々。
変えてやりたい、と思った。雨がまた勢いを取り戻した。そっと横目で後ろを見る。
電話を終えたらしい伊原は、小動物のように縮こまり、鞄をかかえていた。
俺は息を大きく吐いた。
話題はどうしようか、と考え、廊下で派手に激突したことを謝らなければならないと気づいた。足を踏み出す。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:04:09.45 ID:Zb2RcIJm0
一歩、一歩。また一歩。近づくごとに胸のあたりが熱を持っていく。自分でも聞こえるくらいに鼓動が高鳴っている。
伏し目がちな伊原は、近づく俺に気づいていない。俺は二歩分ほど離れた距離で止まった。
さすがに気配を感じ取ったのか、すっと顔をあげる。
俺は、伊原の訝しげに眉をひそめる顔を必死で見据えながら声をかけた。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:05:05.52 ID:Zb2RcIJm0
「伊原」
のどから絞り出すように、そう言った。いつの間にか枯れたように乾いている唇。
昔のように、まやかと呼ぶことはできなかった。それが俺の弱さなのかもしれない。
当の伊原は表情は変わらず、何か言葉を返すわけでもない。
初夏の雨が、いつの間にか空気をじめつかせていた。
暑くもないのに背中あたりが汗ばんでいる。伊原はすっと顔を逸らし、か細い声で言った。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:06:15.39 ID:Zb2RcIJm0
「…久しぶりね…」
そっけない態度。けれど俺は少しだけ安心した。
三年の時をえて交わした言葉。変化のきっかけになるだろうか。
なんてことを思いながらすぐに、どれだけ能天気な発想かに気づいた。
俺は今日、こいつを傷つけた。
「なぁ、伊原」
返事はない。
「今日はごめんな」
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:07:16.39 ID:Zb2RcIJm0
伊原の逸らされていた顔が急にこちらを向いた。はっと目を見開き驚いた様子の顔。
それはすぐに困惑の色に染まった。
「待って。待ってよ。なんで謝るの?」
しまった、と心中で舌を打つ。言うことに焦りすぎて説明を怠ったらしい。
俺はしどろもどろになりながらも事情を話した。
伊原も思い出したようで、ああ、あれ。と呟く。小さな肩を少し上下させ、同時にふっと息を吐いた
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/02/25(日) 13:08:11.85 ID:Zb2RcIJm0
「帰らないの?」
「えっ?」
俺は予期していなかった言葉に間抜けな声を出してしまう。
「もうちょっと、弱まるの待ってみるさ」
さすがに、さっきみたいに目を見て言うことはできない。俺は自分が人の機微に疎い人間だと自覚している。
でもいくら俺でも、質問をはねのけてそう聞いた伊原のいわんとしていることは分かる。
「おまえはどうなんだ?」
でも認めたくなかった。みっともないことだと思いつつも、話を続けたかった。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/26(月) 13:40:02.81 ID:47Yv5AwtO
続きはよ
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:32:14.60 ID:+ARxXbTP0
「あたし迎え呼んだから」
よくよく見れば、薄いピンク色のスマホを手にしている。
「福部くんはどうしたのよ?」
「あいつは濡れるの覚悟で帰った.」
あのバカは、数人の仲間とともに、雨に濡れるのもオツじゃないか! これぞ青春!
などと意味不明な供述をして鼻息荒く校舎を出て行った。伊原にそのことを話すと
「小学生みたい」と評した。
「まったくだ」と俺は応じる。
そういうと会話は途切れ、場には再び沈黙が降りる。
俺は軽く頭を掻いた。話が弾んでいるとは言い難い。喋ってはくれるが、さっさと話を切り上げたいようだった。
ブブブ。振動音が聞こえる。瞬間伊原がスマホを操作した。
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:34:03.66 ID:+ARxXbTP0
「もう着いたみたい。あたし行くね」
抱えていた鞄を傘替わりに頭のうえに乗せる。校門の方に車を待たせてあるのだろう。
よし。と意を決した呟くと、校舎の外へ向かって歩き出した。が、急に立ち止まる。
「ねえ」ほぼ同時にくるりと振り返る。
「さっき謝ったこと、気にしなくていいわ。今日、あたしのこと助けてくれたでしょう」
最後の最後で。今まで見せなかった顔を見せた。
曇っていた空に少しだけ切れ間ができて、光がのぞきこんだように。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:34:52.64 ID:+ARxXbTP0
伊原は片目をつむってこう言った「あれでチャラにしてあげる」
そういって、俺の返事も聞かずに去っていく。
元々小さな背がみるみる小さくなっていき、すぐに視界から消えた。
俺は近くにあった柱に倒れ込むように寄り掛かかる。
さっきまで誰かが同じことをしていたのか、ぬくもりが残っていて少し暖かい。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:35:52.89 ID:+ARxXbTP0
雨は少し弱まっていた。
こころなしか、分厚く空を覆っていた灰色の雲が少し晴れていて天候は少し穏やかさを取り戻している。
それはまるで今日俺が過ごした、激動の一日の終わりを告げているようでもあった。
あとは帰宅するのみ。今の時間なら姉貴が家にいるだろう。
連絡して傘をもってきてもらうか。校舎の奥の方にある、休憩スペース。
そこに公衆電話がある。肩の荷を下ろすように、一息吐く。俺は受話器を手にとった。
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:38:19.66 ID:+ARxXbTP0
7
翌日。もうどれくらいあそこを見つめているのだろうか。
時間を確認しようと、手首をみやるが、今は家にいるということに気付いた。
すぐ頭の上に目覚まし用の時計があって、ちょっとばかし体をうかせば見ることができる。
けれど、今の俺の体は鉛を埋め込まれているのも当然なので、そのわずかな動きすら億劫だった。
再び、視線はベッド上の天井へ。目を瞑る。
俺は今日、学校を休んだ。激動の一日はまだ終わっていなかった。
昨日、伊原と別れた後あの後、姉貴に傘をもってくるよう頼んだのだが
面倒くさい。自分で来い。男の子でしょ。濡れるくらい我慢しろ。と反論する余地ももらえずに
電話を切られてしまった。
俺は俺で、これくらいの濡れ具合なら平気だろうと、すぐに風呂に入らずにダラけていたのがまずかったのだろう。夜になると寒気がしてきて、起きたら体がだるくものの見事に発熱していた。
俺は目を開ける。朝からずっと寝っぱなしだったのだ。今更熟睡するのはどうあがいても無理だろう。
ぐうう。と腹から間抜けな音が鳴る。体調も少しは回復してきたのだろうか。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/03/02(金) 19:39:35.30 ID:+ARxXbTP0
少し早いですがいったん終わりです。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/02(金) 21:50:46.73 ID:wdrot9et0
おつ
また気になるところで切りますねえ
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/03(土) 05:18:10.91 ID:c4DXYLkN0
乙。次がなるべく早ければ嬉しいな
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/14(水) 03:43:25.53 ID:1HbAAT200
まだなのか……
期待してるから早く書いてくれ……
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/27(日) 17:55:04.97 ID:+hp1Y6Sz0
作者です。投下はもう少しお待ちください。
プロットはできているのですが文章化が難しくて。
読んでくれていた方、
今まで放置していてすみませんでした。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/27(日) 22:04:04.66 ID:215sngSO0
待ってるぞー
ほんとに作者かは知らんが
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 09:57:26.68 ID:n9HLENeN0
体を起こし、パンでも菓子でもつまもうかと二階へ降りる。
俺はだるさが残る体を引きずるようにして、戸棚をあさった。
見つけた食パンをトーストし、マーガリンを塗りたくったそれを持ってリビングへ移動。
ソファーに座るとだらしなく股を開く。
沈黙の中、一人パンを頬ぼるというのもなんだか居心地が悪いので、BGM替わりにテレビをつけた。
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 09:58:24.47 ID:n9HLENeN0
画面が現れてすぐ、金切り声が聞こえて俺はびくりと体が震えた。
テレビドラマが流れていた。家の中らしき場所で、女同士がぎゃんぎゃんと何かを叫んでいる。
ところどころで、男の名が聞こえるから主婦向けの愛憎劇ドラマだろう。
元々ドラマの世界に浸る趣味もない俺は、何を思うわけでもなくそれを眺めながら、もそもそとパンをかじる。
からっぽの頭に浮かんできたのは伊原の顔だった。昨日。あれは本当に現実だったのだろうかと思う。
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 09:59:42.04 ID:n9HLENeN0
四年間、ろくに言葉をかわしていない、以前割ったマグカップのように、関係は決裂したと思っていた女子と話した。
ささやかだが感謝もされた。そこまで考えてはたと気づく。
ならこれからはどうすればいいのだろうか…。もう俺と伊原が会話する口実はなくなってしまった。
あれは、あの日だけのことで終わってしまう。伊原はあの日のことなどなかったかのようにふるまうだろう。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:00:51.96 ID:n9HLENeN0
テレビの音が一層耳障りになった。女二人の罵り合いだった場面が、いつの間にか老婆が二人加わり四人での言い争いになっている。
溜息をつき、チャンネルを回す。
その直後に電話が鳴った。重い腰を上げ、心持ち急いで電話を取る。
「もしもし?」
という声は、聴きなれた声。トーンは高いが男子のものだ。
「里志か?」
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:01:51.01 ID:n9HLENeN0
八
電話のコール音。足を引きずるように、こころもち急いで一階に下りる。
受話器を取ると、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
〈やぁ。元気かい? ホータロー〉
「超元気だ」
俺はわざと、低めのトーンで言ってやった。
〈ははは。そのジョークができるなら、だいぶ回復したみたいだね〉
電話の主は里志だった。昨日は俺以上に濡れねずみとなって家路についたはずなのに、
聞こえる声にはいつも通りの快活さがある。
青春を謳歌するには、容姿やコミュニケーション力以上に、頑丈な体が必要なのかもしれない。
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:03:02.60 ID:n9HLENeN0
「ホータローの家、来ようと思うんだけどいいかな?」
「え?」
思わぬな問いかけに、呆けた声を出してしまう。
里志は、友人といってもいい仲である。
けれど何をするにもいつも一緒、なんてことはなくある程度の距離感は持っていた。
俺の疑問をよそに、里志は「家の住所読み上げてくれないかな」などと言っている。
「ねぇホータロー? 何黙ってるのさ」
「なんでもない」
俺は半ば投げやりに、見舞いに来てくれるよう伝えた。
里志の、やけに耳障りな声のリピートに耐えながら、自宅の住所を教えた。
電話をきって、ソファーに座る。
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:04:06.60 ID:n9HLENeN0
九
しばらくしてインターホンが聞こえる。
ドアをあけると 、やぁという快活な声。相変わらずの、憎らしいくらい晴れやかな笑顔。
「おう」
そう言って里志を家に通そうとした。が、背後にいる影に気づく。
俺は一瞬体動きが止まった。目を伏せていたそいつは俺が気づくと同時に顔を上げる。
伊原摩耶花がいつも通りの仏頂面で折れに向かって小さく頷いた。
「伊原か」
俺はそう言った。か細い消え入るような声だった。
場に沈黙が漂う。伊原と俺がよそよそしく見つめあう。そこへ助け船が入った。
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:05:12.08 ID:n9HLENeN0
「ホータロー、立ち話もなんだからとりあえずさ」
里志が開いた玄関の奥を指さし、悲痛な空気は消えていった。
俺は友人の華麗なフォローに感謝しつつ、家へ通す。
リビングでおののが腰かけると口火をきったのはやっぱり里志だった。
「その様子だと、すっかり元気になったみたいだね」
「雨風の中帰るなぞ、省エネ体質にはきつすぎた」
「ふーん、そうかい」
里志はすくっ、とソファーから立ち上がった。
「もう行くのか?」
「僕の役割はここまでだ。いや本来なら家に入るのは予定外だったけどね」
「お前何いって」「伊原さん」
里志が俺の言葉をさえぎって伊原へと顔を向ける。当の伊原はこくりとうなずいた。
俺の伸ばした足は、自然とさわさわと動く。なんだか自分の家だというのに居心地が悪い。
二人の間でなにか秘め事があるらしい。
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:06:04.33 ID:n9HLENeN0
「じゃ」と里志は軽く手を振って、玄関へと向かった。
なんだろう、と考えた。昨日の礼ならもう終わったはずだ。
重ね重ねの礼なら、言っちゃ悪いがはた迷惑だ。こっちも気を使う。
だがそれは違うだろう。俺の知る伊原は、周囲から煙たがれるくらいに、モラルやルールに厳格なのだ。
がちゃり、とドアの閉まる音が聞こえた。
静寂となったリビング。家の外に聞こえる、小学生のはしゃぐ声がいとおしく思える。
いつのまにか、俺の背中に冷たい汗が流れていた。たまらずリモコンに手を伸ばす。
「ねぇ折木」
同時に声がした。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:06:58.46 ID:n9HLENeN0
「……おう、なんだ」
つとめて自然に。明かるくそう答える。
「風邪、大丈夫」
「ああ、もう平気だ」
「そうなんだ」
「ああ」
どうしてなのだろう。仮にも昔は学校内外で長く行動を共にした仲だ。
大げさかもしれないが絆ようなものが深まっていたはずだ。
どうやらコミュニケーションというものに、昔取った杵柄というものはないらしい。
幼馴染の女を前にしても、言葉がでてこない。
「あのさ折木」
「どうした」
「昨日はごめんっ!」
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:07:55.29 ID:n9HLENeN0
がばっと伊原が頭を下げる。突然の大声に俺の体が硬直した。
伊原の小さな手がぎゅっと拳をつくっている。俺はふっと一息。つとめてゆっくりと話す。
「待て待て。伊原。よく意味が分からなんのだが」
「はぁ?」
なんだか聞き覚えのある、間髪入れない伊原の突っ込み。
「待て待て。えっと…」
俺は昨日のことを思い出す。昨日、俺は伊原と久々に言葉を交わした。
距離を近づけたとはいいがたい。ただその場にいるから。話しかけないのは気まずいから。
そんな半ば義務的の動機でされた会話だった。
ふったのは俺の方。伊原はむしろ嫌がっている様子だったから謝るべきは俺のほうなのではないか。
それとも。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:08:36.06 ID:n9HLENeN0
「昨日か」
俺の言葉に、伊原がうんうん、とうなずく。
「俺に対してそっけない受け答えしたことなら、気にしなくてもいいぞ」
伊原はぽかんとした表情を浮かべ、ぶつぶつといいながらまた考え込んだ。しばらくしてまたしゃべりだす。
「折木、あんたが熱だしたのは昨日雨に打たれて帰ったからよね?」
「それも一因だな」
そもそもの原因は姉貴の冷酷非道な対応だが。
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:09:22.08 ID:n9HLENeN0
「今日、折木、熱出して休みって聞いてさ、あぁ悪いことしたなぁってさ。あんたはあたしの図書当番手伝ってくれたのにさ。あたしはそれ無下にして」
「あれは俺が勝手にやったことだ。お返ししろなんておもっちゃいないさ」
「だとしても困っている人は助けるのは常識なのっ!」
静寂。そして俺はまた、伊原の一面を思い出していた。
熱い正義感ゆえまっすぐで、意地っ張り。一度きめたことはなかなか曲げようとしない。
それは自らの行いに対してもだ。
思い出せ。こういうときは。
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:10:15.51 ID:n9HLENeN0
「そう、かもな」
伊原の仏頂面はいつのまにか悲しみまじりのか弱い表情に変わっている。
この提案なら伊原は納得するだろう。もちろん俺だって…。
「なら伊原、別の方法で礼をしてくれないか」
「えっ?」
「頭下げ続けるのは嫌だろう? 俺だってお前のそんな姿はみたくないさ」
そう。自らの間違いを吐露するというのは、限りなく苦痛だろう。伊原ならなおさらだろう。
固く口を結んだ伊原は俺のそばへと体を寄せてきた。
「わかった。うん。何するの?」
これは嫌がる可能性だってある。最悪、二度と口をきいてくれなくなるかもしれない。
だけど立ち向かわなければ何も変わらない。ありのままでいい、なんていうのは逃げ口上というやつだ。
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:10:56.97 ID:n9HLENeN0
「放課後な、図書室を使わせてくれ」
「えっ」
呆けた伊原の顔。これはどう判断するべきなのだろう。
「あのさ、別にあたしに頼まなくても使えるけど?」
「違う」
そう。少しニュアンスが違う。本当の目的は図書室で本を読むことじゃない。
「伊原」
「なによ」
「本を読む、それはもちろんだ。昨日分かったよ。うちの図書室、意外と面白い本がいっぱいあるって。そういう意味じゃ、昨日は雨が降ってよかったって思ってる」
「う、うん。ありがと」
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:11:51.57 ID:n9HLENeN0
少し目をそらして、言った。家にきてから少しずつ態度が柔らかくなった気がする。
俺だっていつのまにか口数が増えている。
「それでさ、これからお前にいろいろと聞いていいか?」
「えっ?」
「時々図書室にきて、本について話しかけたり。まぁたまに教室でも話しかけたり、お昼を食べたり? そういうことをしていいか?」
「えーっと」
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:12:30.26 ID:n9HLENeN0
想定外の頼みだったらしい。視線がきょろきょろと空中をうろついている。
気のせいか、さっきより俺との距離が広がっている。やばい。ドン引きさせたか。
「伊原、わかってる。今、断ってもいいし、ここで受けても、おまえがやめろと言えばすぐにやめる。これだけは約束する」
伊原はぎゅっと口を結んだ。そして…
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:13:06.46 ID:n9HLENeN0
「…ごめん…」
そういって立ち上がる。手はカバンをつかんだ。
やはりそうなるよな。変わることは難しい。俺に背中を向けた伊原は微動だにしない。
そして…
「金曜日」
「えっ?」
「図書当番。あたしは毎週金曜だからっ」
「いいのか? 来ても」
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:13:50.73 ID:n9HLENeN0
そういうと顔だけこちらにむけた。表情はデフォルトの不機嫌そうな仏頂面。
「好きにしなさい。その代わりうるさくしたら図書室から放り出すからね」
そういってドタドタと音をたてて家を出て行った。
俺は伊原の言葉がすぐに呑み込めず、しばらくぼんやりと座り込む。
成功、ということでいいのだろうか。
一応伊原との関係は続くことになった。
いつの間にか、窓から差し込む日差しがソファーの半分を照らしている。
寝転ぶとちょうど腹の方に太陽があたるだろう。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:14:37.16 ID:n9HLENeN0
夏は間近。けれど今日の太陽はぽかぽか陽気といっていい暑さだ。
俺はソファーに寝転び目をつむる。眠りにおちるのにそう時間はかからなかった。
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/28(月) 10:15:13.82 ID:n9HLENeN0
以上。完結です。ありがとうございました。
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/28(月) 10:24:56.23 ID:cDCqZes60
複雑
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/28(月) 13:58:42.45 ID:UHMuJsZY0
待ってたから完結して嬉しい。
もっと続きが読みたい気持ちはあるけど、書いてくれてありがとう
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 04:05:05.41 ID:Xi43gSfEo
乙
行くと来るの使い方がおかしい感じがするんだけど
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