【氷菓IF】奉太郎「伊原摩耶花という女」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 20:51:32.98 ID:LWyFbTIL0
氷菓が摩耶花ヒロインだったらというSSです。

学園要素多めで推理要素はほぼゼロになっています。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519300292
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 20:53:07.42 ID:LWyFbTIL0

世の中には、永遠に不変なんてありえない。どんなものも、時がたっていけば劣化していく。

車も家も金も。人間だってそうだ。顔のしわが増えていけば、肉体や精神は衰えていく。

地方新聞にたまに出る、満面の笑みをうかべた高翌齢者の写真とともに、いくつになっても元気な○○さん。といった見出しが躍るが、あれはただ衰えが緩やかなだけだ。

街並みだって変わる。地方都市に分類される俺の住む神山市だって、昔は農村だったと聞く。

形が変わってしまうのか、壊れてしまうのか。方向性はともかく未来永劫不変のままなんてわけはない。

壊れてしまった場合は、二度と元には戻らない。

俺の隣に立つ、中学から愛用している学生服の色おちを嘆く福部里志にそんな話をした。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 20:56:53.79 ID:LWyFbTIL0
里志は苦笑しながらこう言った。

「フォローしてくれているのかな。ホータローは」

「どういう意味だよ」

俺がそう返すと、人差し指をぴんと立てこちらに向けてくる。

男子にしては小さな背丈で、短髪に切られた髪の毛。大きな瞳。

いわゆる童顔というやつで、中学時代、先輩を中心とする女子からは人気があった。

「一つ気になることがあるんだ」.

あごをしゃくって、言ってみろ、と合図をする。

「どんなものとは、目に見えないものも入るのかな?」

俺は少し間を置く。一際声を大きくしていった。

「もっと具体的に言ってくれ」

「目に見えないものを具体的にだって? そりゃ無茶振りってもんだ」

そんなことを言いながらも、里志の横顔は上を向く。指は口元に置かれた。

その間、俺は周囲を軽く見回してみた。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 20:59:09.44 ID:LWyFbTIL0
その間、俺は周囲を軽く見回してみた。

すぐ隣にいる里志とも大声で話さなければならない程に、周囲は騒がしかった。

朝っぱらからよくそんな元気があるものだと感心する。

入学式前の校舎内ロビーは、新1年生でごったがえしていた。

奥の方には、階段があり、登って行けば一年生の教室がある。

目的はその横、俺たちの遥か前方にある掲示物。

あれを見ないことには、階段は登れない。

手短に済ませたいことなのだが、なかなか列が進まない。

強引に前に進んでやろうともおもったが、不運なことに俺たち二人の周囲にはセーラー服ばかりが集まっていた。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:00:27.18 ID:LWyFbTIL0
ポンポンと里志に肩を叩かれる。答えがきまったようだ。

「絆とか、人のつながりとか」

俺はそれを受けつぐ。少し言うのをためらって、

「愛とか? 友情とか?」

 今度は里志が。

「輝かしい青春の思い出! 煌めき! そしてほろ苦い初恋!」

「あるのか?」

俺の平坦な返しに、里志はおどけた。

「願わくば、これからできますように。それができるかどうかは、あれにかかってる」

そういって目を前の方へ向ける。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:08:29.09 ID:LWyFbTIL0
今日から高校生活が始まる。今回はその最初のイベント。クラス替えである。

心躍らないといえばうそになるが、こうも長引くと苦痛になってくる。

前方からはまた歓声。喜びの声も、何度も聞いていると耳障りになってくる。

確認したのなら早くどこかへ行ってくれ。

「あんなの大したことじゃないだろう。自分は自分。人は人」

里志に対しても思わずそんな言葉が口をついてしまう。

「夢がないねえ。高校に入っても変わんないよ。ホータローはさ」

俺は、変わらない、という言葉で、うやむやになっていた話題を思い出
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:09:38.52 ID:LWyFbTIL0
「さっきの話な」
「え?」
「目に見えないものも変わるかって話」
里志は、ああ、とうなずく。
こいつがどう思っているのかは知らないが、俺と里志は特段深い仲というわけでもない。

学校外で遊んだことはないし、お互いの家も知らない。どうして付き合うようになったのかよく思い出せない。けれどこうして、互いの姿がみえれば雑談はする。ある程度のつながりはあるといっていいだろう。

「変わるさ。そりゃ」

言葉は自然に出ただろうか。

「その心は?」

「クラスが違えば、俺とお前は会わなくなる」

これは里志だから言えることだ。俺たちの付き合い方とは大きな矛盾があるのだが

こいつとなら腹を割って話せるのだ。

「ただ疎遠になるだけならいいさ。けど壊れてしまえば元には戻らない」

俺は自分でいいながら、過去を思い出してしまう。俺の不注意で壊してしまった関係。

あれこそ元には戻らないだろう。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:11:06.98 ID:LWyFbTIL0
里志のぶっ、という吹き出し笑いが俺を現実へ引き戻してくれる。

「疎遠になるだけで安心だよ。けれど違いないねえ。 
 そしてそれぞれお互いの知らない友人ができると。同じ部活にでも入れば話は変わってくるだろうけど」

「入らないぞ」

「だろうね」

話しているうちに、ある程度人は減っていた。里志は動きだし、人をかき分けて前に進んでいく。

不本意ながら俺も里志の後に続く。

「ねえホータロー。見えるかい」

掲示板が見える位置までたどり着いた。最前列ではないが、視力に問題がなければ見える位置だ。

里志は指をさす。掲示板にはられているのは、新入生の名前が書かれた模造紙。

うえにはA、Bといったアルファベットが書かれている。そう。あれはクラス替えの表だ。

「幸か不幸か。君と僕の関係はまだ続くみたいだねえ」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:12:11.25 ID:LWyFbTIL0
三年A組の枠に折木奉太郎、福部里志の名が記されている。

少しうつむく。表情がほくそ笑んでいるのは、うまく隠せているだろうか。

顔を上げると、隣の、さわやかな笑みを浮かべる男子へ手を挙げた。

意図を察したそいつも手同じ仕草をした。

瞬間、周囲の喧騒は収まっていないにも関わらず

掌が軽くぶつかるとほぼ同時、パチンと小気味良い音が響く。

何気なく、もう一度表を見た。確かに書かれている折木奉太郎。

けれどある名前をみつけて視線が寄せられる。試験会場でみかけたから同じ高校だとは知っていたが。

俺は神様だとか運命なんて信じない。信じないから天罰が下ったのか。

こいつとは同じクラスにはならないでくれと、祈っていたのに。

伊原摩耶花という名がすぐ上に記されている。晴れていた心はみるみる曇っていった。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/22(木) 21:13:07.64 ID:LWyFbTIL0
おわりです
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 21:30:23.91 ID:7ifyhnCvO
え?
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 21:39:08.49 ID:E8cy0N5t0
E-mail欄にsagaって入れると良い
後、『おわりです』って言い方だと作品そのものがこれでオワリかと思ってまうが
『(今日の分の書き込みが)おわりです』って事で良いんよな?
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 22:04:44.49 ID:q5uZM0sZO
入学前の話でいいんだよね?
三年A組っておかしくない?
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/23(金) 04:57:24.40 ID:kFvYSPFJo
わざわざ1番最初に1って書いてあるんだし1章が終わりってことでしょ
ここで終わったら意味不明だし
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:04:24.65 ID:1VaJQzmP0


県立神山高等学校。通称神高。かなりの伝統を持つ学校であり、戦後間もないころから存在している。

なんていうのは入学式で、恰幅のよい白髪頭の、まさに校長の姿をした校長が新入生へ向けていった言葉だ。
 
それを聞いてすぐに意識が別のことに向いてしまったので、後の話は記憶にない。そんなことを里志に話した。

「あははは。それあるある。小学校の頃から思ってたんだよね。もっと生徒が興味を持つ話をすればいいのにって」

「校長のスピーチなんてもう形式的なものだしな。それで」

俺は欠伸をかみ[ピーーー]。口を押えるのを忘れずに。

「データベースなら神高をどう紹介する?」

朝。ホームルーム前の空き時間。俺の質問に対面に座る男子は指を口元に当てる。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:05:47.63 ID:1VaJQzmP0
中学からの付き合いであるこいつは、データベースを自称し、あらゆることについて膨大な知識を持っている。

その探究心が小指の先でも学校の勉強にも向けば、実力テストで赤点を連発することもなかっただろうに。

「部活動の殿堂さ。神山高校はね、市内の高校で最も部活動が盛んな高校なんだ」

「へー」

「中でも文化系の部活動には幅広い部が存在している」

里志は笑っている。なぜだろう。いつものようなニコニコとした笑みとは少し違う。

いたずらを考えているような、嗜虐的な笑み。里志は俺の疑問をよそに、話を続ける。

「部活動の勧誘見たろ? ポスターだって所狭しと張られてる」

「そうだな」

残念ながら興味が持てず、俺は素気無い反応をしてしまう。けれど里志の笑みは深まるばかりだ。

「その神山高校で部活にも入る気がないホータローは、貴重な高校生活を浪費しているのさ」

おい、なぜ俺を貶める。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:06:38.04 ID:1VaJQzmP0
「入ってないのはお前もだ」

笑いをこらえている里志へ反撃。だが

「残念ながらそうじゃないんだな。手芸部に総務委員。趣味でサイクリング」

撃沈。考えてみれば、高校生活でこいつが何もしないはずはないのだ。

俺は自らの不覚さをごまかすように、周りへと意識を向けた。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:08:19.69 ID:1VaJQzmP0
入学して一か月。そこそこ生徒のあつまった1年A組の教室は、いたるところで雑談の輪ができあがっている。

俺自身もクラスメイトたちの顔と名前が頭に入り、少しばかり性格も見えてきた。

入学当初は里志と二人突っついていた弁当も

ほかの中学出身の面々が混じるようになり、それなりに関係は築けている。

俺には似合わないセリフだが、わりと楽しい。

これから一年間。ずっとこのままとはいかないだろう。

程度はどうであれ、何か変わることもあるはずだ。だけど今だけはこのゆるい雰囲気に浸っていたい。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:09:35.89 ID:1VaJQzmP0
「あのさあ」

突然頭上から声が降ってくる。声のトーンに少し不機嫌さが混じっていた。

俺は頭を上げ、息を飲んでしまった。

指定のバッグを担いだ女子生徒が見下ろしている。

伊原摩耶花。俺や里志と同じ、鏑矢中出身の女子生徒だ。薄い茶色がかかったショートカット。

 「そこどいてくんない。 あたしの席なんだけど」

普段吊り上っている目は一層不機嫌そうにゆがめられる。

こいつの小動物のような見た目に騙された男子の噂は、その手の話に疎い俺も知っている。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:12:27.93 ID:1VaJQzmP0
「あー、ごめんごめん。伊原さん、同じクラスだったんだね。とりあえずよろしく」
 
里志の言葉に、返したのは、たった一度のうなずきだけで、ツンとした表情に変化はなかった。

 突然、どくっと心臓の音が耳に響く。ぎゅっと胸が締め付けられる。

蘇ったのは数年前の記憶。教室。周囲にいる同級生たち。そして…

「ねー まやかー 今日漫研、見に行こうよー」

自席についた伊原の前に、いつのまにか別の女子生徒が来ていた。その子の声で、俺は意識が戻る。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:14:32.77 ID:1VaJQzmP0
胸の痛みも消えた。

「ごめーん。今日は歯医者の予約入れてるの」

さっきまでとは違う伊原の声。ワントーン高い楽しそうな声。

「じゃあ明日はー?」

「明日のことはわからないわよ。 そんなことより昨日さー」

自席で頬杖を突きながらそんな会話を何の気もなしに聞いていると、視界に入ってきたやつがいた。
 
「なんだ、席に戻ったんじゃなかったのか」
 
「失礼な。 それとも早く戻れっていう遠回しな嫌味かな」

 俺は鼻を鳴らす。里志は笑みを絶やさず続けた。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:15:23.41 ID:1VaJQzmP0
「ホータロー、 いいのかい、ほんとに」
 
少しの間をおいて言う。

 「なにがだよ」

 我ながら白々しいと思う。そんなことしても何の時間稼ぎにもならないというのに。

 「待って。言い忘れてた。 少しだけテンションの下がることいっていいかい?」

 「喋っても俺が聞くかわからんぞ」

登校したクラスメイトが通っていく。

俺の陣取る教室の廊下側最後部座席は、朝は人の往来が激しく、落ち着かない。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:16:33.81 ID:1VaJQzmP0
「これはホータローと伊原さんの問題だから僕がどうこう言えることじゃない。 

ホータローの気持ちも分からない。 けど、僕から見るとね、ほんとにいいのかな、って思えてくるんだ。 

こんな目の前にチャンスがあるのにって」

里志の言葉にふっと息を吐く。「何のチャンスか知らんが」言葉はスムーズに出た。

「やらなくてもいいことであることは確かだな」

「でたね 省エネ」

里志の細い人差し指が俺に向いた。俺はやんわりとそれを払う。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:19:06.32 ID:1VaJQzmP0
「僕の乏しい人生経験から言うとね、こういうのってきっかけなんだよ。
 本当の意味で絶対無理だ駄目だおしまいだ、ってことなんてそんなにないと思うんだ」

「予防線を張るな予防線を」

「ある偉い人もこう言っていたよ。方法は必ずどこかにある。できないことはない、ってね」

「誰が言ったんだ? あたりまえのことを格言風に言ってるだけだろう」

「ごめん。僕がつくった。たまには提唱者になりたいこともあるさ」

そういって、えへへと笑う。俺はちらりと時計をみた。まだ教師は来る様子はない。次は教室全体を見る。

ほかのクラスメイトはそれぞれのグループで話に夢中だ。よし。いいだろう。

「おい里志。少しだけテンションの下がることをしていいか。」

俺は答える間も与えず、目の前のニヤつく男の頭に拳を鉄槌のごとく振り落とした。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/23(金) 21:19:53.31 ID:1VaJQzmP0
きょうはおわりです
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 08:36:54.41 ID:VrWPy9G2o
おつです
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:10:46.05 ID:QwwLznBP0


いつぞやのニュースで、子ども一人だけの食事は非行につながるなんていうデータが流れていた。

今の俺こそまさにその状況に置かれている。初めてではない。親父の帰りが遅い日はこうして一人、黙々と飯を頬張っている。

そんな俺は小中とタバコ一本吸ったことないのだから実は大したやつなのではないか。
 
俺は最後にのこった味噌汁を飲みながらそんなことを考えた。台所へ持っていきすぐに水道の蛇口をひねる。

少し汗ばんだ腕に、ひんやりとした水が気持ちいい。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:12:46.03 ID:QwwLznBP0
正確に言うと、今は家にいるのは俺だけじゃないのだがそいつはすでに食べ終わったらしい。

俺が帰った時にはすでにリビングにはいなかった。
 
洗剤をしみこませたスポンジで、ゆっくりと皿をこする。

季節は初夏。空気は蒸し暑さを持つようになっている。

だがまだ日の入りの時間は早い。台所の窓の外にはすでに闇が広がっている。

夕飯は一人きりだが、俺は不満はない。親とも喧嘩らしい喧嘩はした覚えがない。

気恥ずかしいので口にはださないが、毎日汗水たらして働いていることには感謝している。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:14:40.44 ID:QwwLznBP0
食器を洗った後、ソファーで膨れた腹を休ませる。

ぼんやりとテレビを見ていると、日本全国の頑張る人たち! みたいな趣旨の番組が流れていた。
 
元プロ野球選手がサラリーマンとなり

慣れないパソコン操作にぎこちなく指を動かして、四苦八苦する様子が映し出されている。

「お風呂あがったよー」

唐突に、陽気な声が耳に入ってきた。と思うと、頭が撫でられる。

撫でられるというのは少し語弊があるかもしれない。かなり暴力的な手つきで、そこに愛も情もない。

折木智恵。俺の実の姉である。

 「あっそ」

なんだかしばらく絡んできそうな雰囲気だったので、あえて素気無く返答する。が
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:17:56.67 ID:QwwLznBP0
「ねぇ、お姉ちゃんにお風呂上りのコーヒーは?」

バスタオル越しの姉貴の顔は相変わらずのニヤケ面。ソファーの上から俺を見下ろす。

部屋に引き返す気はなさそうだった。姉の目は、俺が幼少期の頃から幾度となく見たものと同じ

嗜虐的な色に染まっている。

「立ってるんだから自分でいれろよ」

「ったく、コーヒー一つ入れるのも怠けるわけ?」

「怠けてるのはどっちだよ。お前だお前」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:21:39.22 ID:QwwLznBP0
ため息をついた俺を見ても、姉貴は楽しそうに笑っている。いつから始まったのだろうか。

こうして理不尽なことをいって弟をからかうのは姉貴の専売特許だ。

親も注意しないし、それどころか面白がっている節がある。

俺は姉のおもちゃ扱い同然の立場を打開しようと、一度反撃を試みたことがある。

小学六年か中一ぐらいのころだったか。そんなんだからいままで彼氏の一人もできないんだ、と言った。

結論を言うと無意味だった。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:22:40.70 ID:QwwLznBP0
「そうなったらあんたの彼女になるから大丈夫よ。そんでいつか結婚しようね」

そういった後、俺を抱きしめた。胸で。

今なら軽い冗談で流せるが、当時の俺は色欲や色恋に免疫をもたない純粋な少年。

いかんせん刺激が強すぎた。

姉貴の見事なカウンターパンチを食らった俺は口をパクつかせることしかできなかった。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:24:55.01 ID:QwwLznBP0
「結局 神高かー」

別の方角から姉貴の声。いつのまにか、ソファーに移っていたらしい。

一人分のスペースを空け、俺の右隣に座っていた。

「あぐらかくなよ。 みっともない」

「あんたも女の子みたいなポーズとってるじゃん」

かわいい、とからかってきた。俺は慌てて体育座りよろしく折り曲げていた脚を、元に戻す。

「姉貴的には不満なのか?」

「別にー。 あ、そうだ。それであんた部活は?」

「入ったと言ったら?」

ぷはっ、と姉貴は吹き出した。

自分から聞いておいて、想像つかないわーと手を叩いて笑っている。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:26:16.48 ID:QwwLznBP0
「特に興味があるものもなかったからな」

「なら古典部に入ってみる?」

姉貴の唐突な提案だった。首をひねって隣を向く。俺の疑問は表情に現れていたらしい。姉貴は続ける。

「何をするってわけでもないけどね。まあなんでもありの自由気ままな部活動よ。
 今年は部員もたくさん集まってるみたいだし」

「そんな部活に魅了されるやつらがいるのか」

ならそれはそれで由々しき事態だ。俺はダラダラは好きだが他人の邪魔をするつもりはない。

けれど部室を借り切ってまでするのはほかの部活動に失礼ではないのか。

「わけはあるみたいだけどね。どう。当ててみる?」

「ヒントをくれ」

姉貴はすでに用意していたらしく、即答してきた。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:27:53.52 ID:QwwLznBP0
「女子が部長」

女子、の方にアクセントが置かれたということは、答えは女子でないと成り立たないことということになる。

部長が女子だから部員が増えたという論理が成り立つわけだ。

「その部長が」

「部長が?」

覗き込んでくる姉貴。いたずらっ子のような無邪気な笑み。

「かわいいから、とか」

姉貴はふーん、と腕を組む。わざとらしく勿体付け

「やるじゃない。さすが私の弟」

正解したようだが、嬉しくない。同じ男子として情けなさすぎる。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:29:30.56 ID:QwwLznBP0
「下心か」
「いいじゃんいいじゃん。それも含めて青春青春。ほら」

姉貴はテレビ画面を指さす。テレビのコーナーはいつのまにか、軽音楽に励む女子高生へと切り替わっていた。

かなりの歌唱力を持ちながらもステージに立つと声がか細くなってしまうボーカル女子が

自身の努力と仲間の尽力によって懸命に恥ずかしさを克服しようとしていた。

「ああやって色々変えようとするのもいいかもね。まあそれはそうとして」

姉貴はこの話終わり、というように手をパンパンと叩く。

さっさと熱々のホットコーヒー入れてよ。ほら早く行った行った」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:31:21.12 ID:QwwLznBP0
言い返したいことは山ほどあったが、それもまた浪費だと考え直し黙ってソファーを立つ。
 
「そうそれでよし。 困ってる女の子を助けるといいことがあるわよ」

 一体どの口がいうのか。姉の戯言を聞き流し、湯を沸かしはじめる。

本当に。本当に世の中は勝手だ。ありのままの君でいいと言ったり、変わらなくちゃいけない、と言ったり。

たぶん正しい答えなんてないのだろう。同じ人間でも変わらなくていいこともある。

変わらなくちゃいけない面だって、ある。

ほどなく、年季の入ったやかんが湯気を吐き出し始めた。ついでなので自分の分も入れることにする。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:32:19.21 ID:QwwLznBP0
その日の俺は少しぼんやりとしていたらしい。ちょっと考え事をしていたせいか

淹れたのが熱々のコーヒーだったことが記憶から抜け落ちていた。

淹れたホットコーヒーをお姫様気取りのお姉さまに献上いたすべく持った。

手に取ったのではない。麦茶を持つような感覚でわしづかみにして持ってしまった。

淹れたばかりの湯気のそそり立つマグカップを。視線がマグカップにあったのならすぐにテーブルに置いただろう。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:34:17.75 ID:QwwLznBP0
けど不運なことに、ドジなことに、俺は持つとほぼ同時に歩き出しその上に視線はリビングにあったため

冷静な危険回避ができなかった。
 
うわっ、と小さく発し、マグカップを投げ出すように放してしまう。

あっという間だった。

こんな時、物体はスローモーションに見えると聞いていたがあれは真っ赤なウソだったらしい。

「あー、あんたやってくれたねー」

騒ぎを聞きつけた姉貴が台所へのそのそとやってくる。立ち尽くす俺をどかすとマグカップを慎重に触る。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:34:51.43 ID:QwwLznBP0
「あたしのカップじゃないの。ったくもう使いものにならないわね。ほらあんた何黙ってんの?」
  「…すまん」

絞り出すように声を出す。姉貴は頭をわしわしとかくと、ふっ、と息を吐き出した。

目の前に、一瞬だけ稲妻が見えた。姉貴が、軽く俺の背を叩いたらしい。

 「大丈夫? やけどしてない?」俺はうなずく。「そう」

笑ってそういって、こう続けた。

「壊れてしまったものは元には戻らないのよ。気にすんな弟よ」

そういって布巾を渡し、去っていく。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 09:40:20.23 ID:QwwLznBP0
性格はともかく推理力に関しては一流の姉貴だが、今回は少し読み違えをしていた。

俺はカップを割ったことに落ち込んでいるわけじゃない。反省はするが落ち込みはしない。

連想してしまったからだ。思い出してしまったからだ。

俺の足元にはどす黒い液が零れ落ちている。

飲む時はあんなにいい香りなのに、今は強烈な悪臭を放っている。

割れてしまったマグカップ。あちこち散らばる破片を呆然とみていたら、胸のあたりが締め付けられた。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/24(土) 09:40:53.79 ID:QwwLznBP0
終わりです
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 14:17:27.78 ID:5FjguB6FO
最終章予告
葉山「やったか?」
八幡(?)「GYAAAAAAAAAAA!!!!!!」
八幡「あぁ、俺は…好きなのか…。」
闇八幡「俺はお前だ!」
闇八幡「黒幕はお前をりようしている。」
八幡「俺、比企谷八幡は…を愛し続けます。これから先ずっと一緒にいてくれないか?」
そしてすべての交錯した世界は加速して行く
多重人格者の俺の復讐するのは間違っていない
最終章
『闇夜を切り裂き未来を手に掴む。』
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 15:03:12.75 ID:JZxOez/zO
C
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:08:29.66 ID:QwwLznBP0

 
割ってしまった姉貴のマグカップは、あたりまえだが俺が弁償することになった。

自ら不注意だったばかりに、ただでさえ軽い俺の財布に余計な出費を強いることになってしまった。
 
そんな事情もあって、少し節約しなければならない。今日の昼飯はあんぱんと牛乳ですませることにする。

 「折木、早めにな。腹ペコなんだからよ」

 「先に食べててもいいぞ」

昼飯グループの中の持ち弁組の一人にそう声をかけていく。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:10:30.14 ID:QwwLznBP0
彼の行く先には里志やその他の面々がいた。

教卓の方では、四限担当のナナフシのような体つきをした老教諭が

伊原に段ボール詰めの教材の運搬を頼んでいた。

特に係りが決まっているわけではないから、多分たまたま捕まってしまったのだろう。

そこをこころもち早足で素通りし廊下に出る。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:13:37.20 ID:QwwLznBP0
俺は高校生になった直後、つまりは入学式直後。特にこれといって何の感慨も抱かなかった。

小学校から中学校へ行くのは大きな変化だろう。

ランドセルがなくなり、制服が義務付けられ、教科担任制度が組まれ部活動も本格化する。

俺が高校生になったと実感したのは、購買を初めて利用した時だった。

何かドラマチックな出来事が起きたわけじゃない。

ライトノベルや漫画でしばしば見かける、購買コーナーでの暴力沙汰レベルの昼飯争奪戦も

若くてきれいな売り子もいなかった。

それでも、あのゲロとしか思えないくらいにまずい給食を食べなくて済むのだと分かったとき

俺は救われた気分になったものだ。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:15:38.14 ID:QwwLznBP0
目的地にたどりつく。行列、というほどでもなく、並んでいるのはほんの数人だった。

この込み具合ならすぐに済みそうだ。

腕時計の針をみていると、とんとんと肩を叩かれる。

「やあ、折木くんじゃないか」
 
 振り向くと、女子。

「なんだよそのとぼけた顔は。もう忘れたのかい? 共に受験地獄を乗り切った仲間だっていうのに」

「いや。思い出した」

そのスローテンポな喋り方はあいつ一人しかない。

沼地だ。沼地蝋花。去年。中学三年の頃。

高校受験に多少なりとも危機感を持っていた俺は、適当に自らあしらえた学習塾に通っていた。

その学習塾で、沼地と俺はともに机を並べ、勉強はもちろんいろいろとくだらない話をしたものだ。
 
俺が名を答えると、「覚えててくれたんだ」と笑う。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:16:25.60 ID:QwwLznBP0
「で、どうだ? 沼地、高校生活は?」
 
「まぁ、テキトーにやってる。汗臭い毎日で、青春とは程遠いけどさ」

 「部活は立派な青春じゃないのか」

 「そうだけどそれだけじゃあちょっとね。やっぱりこう、彼氏をつくったりとか」

 俺は軽く吹き出した。

 「お前には似合わない言葉だな」

 「そりゃ失礼だぜ折木くん。あたしだって一応乙女なんだ」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:17:20.63 ID:QwwLznBP0
俺は軽く背伸びして、売り子に目を向ける。

客は少ないので早く済むかとおもったが売り子も一人だけらしい。

顔こそ営業スマイルを決めているものの、焦っている様子が声色から伝わってくる。

思っているより時間がかかりそうだ。

「それにしても、おまえ受かってたんだな」

入学しても姿が見えないからてっきり落ちたのかと思っていた。

「ふふふ。あがいてみるもんだね。 あたしが神高なんて、ダンク決めるより不可能だって思ってたけどさ」

 「そんなことないさ」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:18:40.54 ID:QwwLznBP0
なんてことを沼地には言ったが本意は違った。

心の中の俺は腰を抜かすほどに驚いていた。

沼地とは別々の中学だから本人の談話だが

こいつは中学に入学してから中三の夏までひたすらにバスケットコートを走り回る日々で

机に向かうことはほとんどなかったらしい。

バスケ推薦をしようにも、沼地の背丈は女子の平均以下。枠はほかの長身選手に奪われてしまった。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:22:18.97 ID:QwwLznBP0
親には学力を重視しない実業系の高校を勧められ、沼地もそのこころ積りだった。

そこへ熱血系統の担任教師が登場。

彼は鼻息を荒くして、彼女ほどの選手がレベルの高いところでできないのはもったいないと

挑戦させるよう両親を説得。

そんなこんなあって、神高を受験し見事合格。というわけらしい。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:24:15.57 ID:QwwLznBP0
俺はすでに最前へと来ていた。代金を払ってパンと飲み物を受け取ると列を外れた。

しばらくして沼地も追いつく。

「わたしさ、全国目指そうと思ってるんだ」

なし崩し的に連れ立って歩く。
 
「ほう」

「いやいや、社交辞令的な目標じゃないぜ。 マジのマジだ」
 
「マジか」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:27:29.14 ID:QwwLznBP0
ここで気の利いた激励の言葉でも返すべきなのだろうが、それどころではなかった。

俺が物事に深くのめり込まないように、日常にドラマを感じることができないように。

沼地蝋花という女は、こういう性格ではなかったからだ。
 
どこかダウナーというか、ドライ。

「今は一年だから無理だろうけどさ。あたしが三年になるころにはきっと」

「今年の一年は、うまいやつが揃ってるのか?」
 
俺の問いに、沼地は軽く首を横振って、いつものような薄い笑いを浮かべた。

「道なきところに道をつくるのも、意外と楽しいもんだぜ」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:30:05.69 ID:QwwLznBP0
俺は再び教室へ向かう。

沼地は、食後にシュート練習するからと昼飯片手に出て行ったため途中で別れた。

これも高校入学後に始めたことらしい。

今、目の前の階段を上り、右に曲がれば一年生の教室である。

俺は二段飛ばしでそれを上り、躍り場にさしかかる。

窓から見える中庭。そこにあるベンチで隣り合う男女の後ろ姿見える。

朝方は煌めく太陽が庭を照らして晴れ渡っていた空は

いつのまにかたまった雲の塊が陽を隠している。

それはまるで俺の抱える奇妙なもやもやのようだ。目を背けるように、体をターンさせる。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:31:11.98 ID:QwwLznBP0
「きゃあ」
甲高い叫びが聞こえ、体に衝撃が走る。

段ボールと、そこからとびだす資料やらボードやらその他よくわからないもの。

よろける体を必死で食い止める。

 「あぁ…」

相手は女子生徒だった。散乱する資料集をみて呆然としている。

立ち尽くしている俺と目があってしまう。伊原摩耶花だった。

彼女もまた、口を震わせ、俺を見ている。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:31:52.54 ID:QwwLznBP0
時間が止まったように周囲の音が途切れて俺の視界が別のものに切り替わった。
 
また見える。夜の場面。電灯が照らす、かすかな光。その下にいる俺と伊原。

俺は手を差し伸べ、彼女はすぐにそれを掴む。
 
「摩耶花― 待ってよー」

その声ではっ、となった。伊原の後ろからやってきた女子生徒の声。

俺は、ぐっと腹に力をいれ前に進む。

「…すまん…」

俺の声は伊原に届いただろうか。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:33:53.37 ID:QwwLznBP0


眠い目をこすって昼の授業をこなし、掃除を適当に済ませる。

帰りのHRが終了し帰路につく。これがいつものパターンだ。

だが今日は雨が降っていた。昼休みに曇っていた空は昼過ぎから雨に変わり、雨音は帰宅が近づくにつれて大きくなっていった。

ずぶ濡れ覚悟で帰ろうとする者。雨が弱まるのを待つ者。

その他、電話で迎えを呼ぶ者。俺は教室を出てしばらく程廊下を歩く。

入学当初は迷子になりかけたこともある校舎もいまではすっかり馴染みの場所。

通りかかった昇降口ではいくつかのグループが、井戸端会議を繰りひろげていた。

見知った顔もあったが素通り。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:37:11.27 ID:QwwLznBP0
目的の教室へと入る。瞬間。目に入ってきた光景にため息が出てしまった。

図書室には俺と同じ帰宅難民が何人もいて、一人で落ち着いて座るのはあきらめるほかなかった。

室内には、図書室とは無縁の、髪を染め短いスカートをはいた女子や

ガタイのよい運動部系の男子などが読書に励んでいて、その光景は不思議さを感じさせた。

私語はほとんど聞こえない。図書室内はいつもと変わらず静謐な秩序が保たれていた。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:38:09.43 ID:QwwLznBP0
一応、神山高校は市内一の進学校。

彼らのような人種も、根っ子の部分は勤勉なのか。それとも。

俺は受付を担当する女子生徒を見る。あいつがしっかりとこの場を統制しているからか。

今日の図書当番に当たっているのか、伊原摩耶花はカウンター席に座っていた。

彼女もまた黙々と何らかの作業をしている。

空いている席をなんとか見つけ座る。

本音をいえば今すぐ机に突っ伏したかったが周囲に合わせて本を開くことにする。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:40:10.55 ID:QwwLznBP0
適当に古本屋の100円コーナーから選んできた文庫本。

かつて親友だった二人の海賊の話で、冒険活劇やヒューマンドラマの要素が盛り込まれている。

空き時間を見つけては読み進め、中盤ほどにさしかかっていた。

栞をさしていたページを開き読み始める。

数行程読んだところで一度目をそらす。再度読んでも同じことだった。

俺はだいぶ伸びた爪で乱暴に頭を掻く。今日はいろんなことがありすぎた。

たとえば、今受付にいる伊原摩耶花。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:41:28.29 ID:QwwLznBP0
あいつの姿を視認。一気に今日の事件が脳裏によみがえってくる。

あの後、俺は逃げるようにその場を立ち去ってしまった。

道義的観点に照らせば悪手だろうが、果たして、俺が手助けすることをあいつが望んでいたのだろうか。

 そして沼地蝋花。

のんびりとした喋り方は中学時代そのままだったが、立ち振る舞いが大きく変化していた。

あのセリフ。全国に行きたい。道なきところに道をつくる。

あいつとは塾だけの付き合いだったが熱のこもった喋りをする人間じゃなかった。

俺と似て、ドライ。神山高校を受験するのだって、話を聞く限りだと熱血教師の焚き付けで決めたことだ。

けれど今では自主的に目標をぶちあげ、昼休みにまでも練習している。

変わったのだ。あいつは。

塾の空き時間でバカ話をして、講義が終わってからも、帰路につかずダラダラと話し込んでいた沼地じゃないのだ。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:42:31.96 ID:QwwLznBP0
ふと時計を見ると、ここに来てから約一時間が経過していた。

周囲も少しずつざわつき始める。下校の時刻である。窓の外では雨は未だに働いていた。

けれどさっきまでの土砂降りというわけではなく、その勢いは弱まっている。

もう少し待てば完全に止むのではないか。そんな希望を胸に抱く。

周囲の生徒も同じ考えのようで、席を立つ者は誰一人いなかった。

 「閉館時間でーす。みなさん帰宅してください」

その状況を一人の声が変えた。図書委員、伊原摩耶花である。

ため息や、ぶつぶつと文句を漏らす声があちこちから聞こえる。

しぶしぶといった手つきで皆帰り支度を始めている。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/24(土) 16:43:00.69 ID:QwwLznBP0
いったん終わりです
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 19:44:51.23 ID:+qZuQEjOo
乙です
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/24(土) 21:20:13.09 ID:blJuclwE0
沼地さんかあ
どう展開させるんだろ、原作通りならこの後……
おつ
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 00:10:10.88 ID:WPZoooF3o
他作品のキャラ出すなら一言書いてほしい
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 02:54:36.09 ID:0VkMiF8oo
乙です
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/25(日) 12:49:20.08 ID:Zb2RcIJm0
俺はしばらく座っていることにした。

ここで帰宅してしまえば、人。人。人の雑踏に飲み込まれてしまうことになる。

それならば、多少帰宅が遅れても、しばらく待つことを選ぶ。

けれど。俺の思惑通りにはならなかった。

図書館の出入り口の方。貸し出しカウンターには異様な光景が広がっていた。

人間の心理とは面白いもので多くの難民たちが、本の面白さに目覚めたらしい。

似たようなことに覚えがある。友人との待ち合わせにコンビニを使った時のこと。せっかくだからと、コンビニでつい何かを買ってしまったことがある。

今のような、帰宅難民の行列もそういうことなのだろう。暇つぶし用に読んだ本に柄にもなく熱中し、続きが気になってしまった。そんな心理が見て取れた。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/25(日) 12:50:21.17 ID:Zb2RcIJm0
作戦変更。今の状況ならすぐにここを出るのが得策だろう、と俺は席を立つ。

視界に、伊原摩耶花が入った。

貸出用の機械はもう一台あるにも関わらず、あいつはたった一人でこなしていた。

その表情には、焦りの色が浮かんでいる。

気の毒だがそれが図書委員の仕事である。俺は鞄を肩にかけ、うつむき加減に出口へと向かった。

その時に聞こえた声。客というのは勝手なもので、早くしてよねー、などという声が聞こえる。足を止めた。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/25(日) 12:51:14.18 ID:Zb2RcIJm0
本を片手にした何人もの男女が一列にならんでいる。俺は再び出口の方向へと歩き出す。

一人では回転率が悪いだろう。皆の帰宅がそれだけ遅くなるだろう。ひょっとして雨はまた強くなるかもしれない。そして、困っている女子に手助けするのは人として当たり前のことだろう。

出口目前で曲がり、カウンターへと入った。

伊原摩耶花は、俺の横顔を見た。目をはっと見開いて、こっちを見ている様子が横目に見える。

俺は視界に入っていないフリをして、カウンター対応を始める。

最初の方、伊原は何か言いたげにちらちらと様子をうかがっていたが、結局、何一つ言葉はかけられなかった。
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