追われてます!'

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41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:48:54.56 ID:XJms5aKo0

「……嘘でしょ。どうせ、そうに決まってる」

 自分に言い聞かせるように、彼女は俺の返答を待たずに、

「奈雨が、悪いんじゃん。あたしだって、同じはずなのに、ずっとずっと我慢してるのに」

 要領の得ない言葉が続く。
 佑希の表情は、どんどん縋るようなものへと変わっていく。

「べつに、奈雨が、とか……お父さんがとか、お母さんがとか、
 そういうことじゃなくて、あたしはそうじゃないんだって、だから、それは仕方ないって、でも……」

 奈雨、父さん、母さん。奈雨と母さんはわかるとして、……いや、全くわからないけれど、どうして全く関係ないはずの父さんが話に出てくるんだ?

 何の話を、と言いかけたが、それはすぐに遮られる。
 彼女の目尻から、一筋の雫が、頬を伝うように流れていく。

「……だって、こうでもしないと……いらないって、言われてるみたいで、あたしだけの場所まで、何も失くなって」

 両手で自分の肩を抱いて、すんと鼻を鳴らす。

 意味がわからないからちゃんと話せ、と冷静に言えればよかったのかもしれない。現にそういう事態に陥ったらそうしようとも考えていた。

42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:50:08.01 ID:XJms5aKo0

 でも、実際目の当たりにしてみると、身勝手に泣いているとは思えなかった。
 佑希はいつも誤魔化したり言い繕ったりはするけれど、表情は一度も嘘をつけていなかった。

 それに、俺が、俺を含めた他人が遠因となっているのは確かで、
 目の前で妹が泣いていて、そのままにできるわけがなかった。

 手を伸ばして、彼女の頭に触れる。
 結局俺は、それがどんなに利己的な行為だと知っていても、困っている人がいたらなんとかしてあげたいと思ってしまう。

 奈雨に顔向けできないな、と思う。
 言いたいことは何一つ言えていない。確認しようとしたことも確認できていない。

 彼女のペースで、されるがままの状態が続いていく──そう思っていた。

 佑希は唐突に俺の手を払った。そして赤くなった目元を拭って、少し悲しそうに笑う。

「こういうとこ……だよね」

 何かを覚悟するように、あるいは荒くなった呼吸を整えるように、彼女は腿の辺りを見て小さく息を吐く。

「おにいは優しいから、こういうふうに甘えたくなって、困らせちゃうんだよね」

「……」

「……あたし、酷いこと、たくさんしてるよね」

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:51:06.70 ID:XJms5aKo0

 返す言葉に窮していると、彼女はすっと立ち上がる。
 向かう先はすぐ近く。俺の背後に回り、肩に軽く体重をかけられる。

「つらいことがあったら、慰めてくれる。今みたいに、頭を撫でてくれる。
 ……何かがあるたびに、あたしのことを考えてくれて、いつも優しくしてくれる」

「そんなこと」

「……あるよ。あたしはずっとおにいに守ってもらってた」

 遮るようにして、彼女は呟く。
 それでも否定したくて振り返ろうとしたところを、

「……見ないで、お願いだから」

 と制されてしまう。
 上ずった涙声に気がそがれ、仕方なく瞼を閉じると同時に、彼女は再び口を開いた。

「あたし、ばかだから、どっちかしか選べなかったんだ。
 それで、でも、どうやったっておにいは大っ嫌いになってくれないって考えて、……困らせる方を選んだ。何をしても許してくれるおにいが悪いんだって、思い込むことにした。
 そうでもしないと、あたしは、いつまで経っても折り合いをつけれないって思ったから」

 訥々とした語りに、黙ったまま頷く。言われていることの意味は、微塵にもわかっていなかったけれど。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:52:13.33 ID:XJms5aKo0

「きっと知らなくたって、……結局そうなってたんだと思う。
 だって、おにいみたいな人、他にいるわけないから」

 肩に置かれていた手が、ゆっくりと椅子の笠木へと移動する。
 単純だと思うと奈雨は言っていた。だが、どう考えてもそうとは思えない。

「嫌って、ほしかったの。ありえないって、甘えるなって、突き放してほしかったの。
 あたしのせいで、おにいがいつも退屈そうにしてるのも、全部わかってた。
 ……わかってて、知らないふりをしてた。どこかで、拒絶してくれるんじゃないかって、そんなばかみたいなことを期待して」

 細部はまだ全然わからなくて、けれど輪郭のようなものはぼうっと頭の中に浮き上がってくる。

 以前から想像していた佑希の行動原理とは違う、とそれだけははっきり言える。
 そして、それを認めてしまうと、俺の予測が正しいであろうことも、恐らく言えてしまう。

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:52:51.41 ID:XJms5aKo0

「おにいが同じ高校を受けるって聞いたとき、すごく嬉しかったんだ。
 昔みたいに、なってくれるんじゃないかって。あたしが奪っちゃったものを、もう一度取り戻してくれるんじゃないかって」

 もしそうだったら、と彼女は消え入りそうな声で、続ける。

「今までのことを、ちゃんと謝れるかなって、思って……」

 ふっと椅子にかかっていた力が抜け、きいとフローリングが音を立てた。

 一連の言葉で、思い至る。
 全てがばらばらだと思っていた数多の点が結びついて、一本の線が形作られていく。

 やはり、俺はずっと間違い続けていた。
 そしてその間違いを検証することなく──疑念を感じることすらなく──彼女に押し付けていた。

 迷わず振り向いて、深く項垂れる彼女の隣に腰掛け、

「佑希」

 と名前を呼ぶ。
 涙を堪えるように両手で目元を覆って、佑希はこくりと頷いた。

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:54:55.34 ID:XJms5aKo0

 もう訊かずともわかっていることだった。
 確認したかったことは、直に訊ねることなく確認できてしまっていた。

 でも、それでも彼女の口から俺が訊ねたことへの答えを聞きたかった。
 そうでないと、これまでと何も変わらないから。

「ずっと『頑張らなくてもいい』って言ってほしかったのか?」

 最初は、"勝ちたい"や"頑張りたい"などの気持ちが理由だったことは間違いない。
 それは確信している。……確信した上で、それが今の今まで続いているとも思っていた。

 他人からの評価を気にせずに、敵はあくまで自分だと、決して満足することのなかった佑希。
 その驕らない姿勢を、多くを語らずにもっと上を目指すような在り方を、彼女の飽くなき向上心の現れだと思っていた。

 実際は、まるで違っていた。
 "わからなかった"んだ。自分がどこまで頑張ればいいのか、どこまで行けば終わりが見えるのか。
 自信があって道を切り拓こうとしていたのではなく、後ろを振り向けないがゆえに進んでいくしかなかったんだ。

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:56:09.75 ID:XJms5aKo0

 そして、その原因を作っていたのは俺に他ならない。

 佑希は、俺がほぼ全ての物事に対して手を抜き始めたのを自分のせいだと思っている。
 確かにそれは完全に否定することはできないけれど、母さんとのことや俺自身が疲れていたことの方が割合としては大きい。『おまえだけが悪い』なんて、とてもじゃないが言えない。
 でも、俺が言葉にして彼女に「違う」と言わなければ、そう思われたっておかしくはない。

 奪ってしまったと感じた俺の分も、頑張ろうとしてくれていた。
 だから、俺が褒めるたびに、頑張りを認めるたびに、それは彼女にとっては全く逆の言葉として響いていた。

 もっと、と。
 まだまだ、と。

 そう考えさせてしまっていた。

 止めることができるのは俺しかいなくて、けれどその俺が数々の言動の裏に隠された真意を汲み取ろうとせずにいたから、彼女はどこまでも止まることができなかった。

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:57:15.35 ID:XJms5aKo0

 変化が起きかけたのは佑希の言う通り俺の高校受験だろう。
 思い返してみれば、志望校を決めてからの期間、彼女とそれほど会話をしていなかった。

 きっと彼女の目には、"俺が自分の意思で頑張っている"と映ったのだろう。
 それで、もしかしたら長い間囚われていた呪縛から解かれるかもしれない、とそんな期待を抱かせてしまったのかもしれない。

 結果、俺は変わらなかった。
 俺のゴールは、あくまでも受験に合格することだったから。
 奈雨と一緒の学校に入ることが何よりの原動力であって、それからについては何も考えていなかったから。

 ソラに言われたことを思い出す。
 あいつは春からの俺の状態を『魂が抜けてるみたいだ』と言っていた。

 佑希もそう感じて、どうにか変わってほしいと、焚きつけようとした。

 けれどそれも、彼女からしたら表立って言えることではなくて、
 気付いてもらえるまで待つか、いっそのこと嫌われてしまうか、どっちつかずの行動しか取れずにいたんだ。

49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:58:26.40 ID:XJms5aKo0

 長い沈黙を破って、佑希は頷いた。
 そして、ごめんなさい、と微かな声を上げ、弱々しく俺の胸に身体を寄せた。

「……謝るなって」

「ううん。……ごめんね。ずっと、嫌なことばっか、してたと思う」

「そんなことない」

「……何年も一緒にいるんだから、おにいが嫌がってることくらい、わからせて」

 言って、これ以上反論させまいと、ぐいと頭を押し付けられる。
 こんなストレートに甘えてきたのは、いつぶりだろうか。

 こうしたかったんだろうな、と奇妙な納得がいく。
 顔を上げた彼女の横髪に触れると、あっ、とくすぐったそうに声を上げられた。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:58:57.00 ID:XJms5aKo0

「これから、どうするんだ?」

「……どうするって?」

「わかんないけど、いろいろ」

 今まで通り頑張り続けるのか? と訊きたかった。
 でもそれは、彼女が決めることだ。俺が意見するとしても、それもまた彼女から俺に言うべきことだろう。

 佑希は考える間をためて、それから真剣そうな表情を浮かべた。

「まずは、奈雨に謝んないとね」

 決心したように頷き、ぱっと身体から離れる。
 拭った目元からは、雫は消えていた。

「おにいの好きな人と喧嘩したままじゃいられないもん」

「……まあ、そうだな」

 否定しても意味がない気がして、素直に認めた。
 佑希はコンマ数秒ほどだけ驚いた顔をしたかと思えば、なぜか大人びた雰囲気で首肯する。

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 02:59:30.23 ID:XJms5aKo0

「二人っきりで、話がしたいな」

「奈雨と?」

「うん。謝るのも、もちろんそうだけど、これからのことも、ちょっとだけ話したい」

「……例えば?」

「ずっと嫉妬してたって。あと、それはもうやめるからって。
 ……他にもあるけど、おにいには言わない。奈雨と二人だけの秘密にする」

 それは歩み寄りと呼べるのだろうか?
 ──わからない。けれど、今の状況よりは少しでもマシであることは確かだ。

 俺は頷いた。すると彼女はまたしても一瞬だけ驚いた顔をして、今度はもの寂しげに微笑んだ。
 
「わかったら、ゆっくりでいいから呼んできて」

「……ゆっくりで、な」

「こんなぐちゃぐちゃな顔、おにい以外の人に見せられるわけないじゃん」

 ばか、と佑希は俺の腕をつねった。
 別にかわいいと思うぞ、と何の気なしに言うと、つねる力が倍の倍ほどに強くなった。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 03:00:40.39 ID:XJms5aKo0

【解放】

 二十分ほどして家の外に出てきた奈雨は、落ち着いたような、肩の荷が下りたような表情をしていた。

「仲直りできたか?」

 俺の質問に、奈雨は親指を立ててにこりと笑った。
 実は結構心配だったけれど、どうやら上手くいったらしい。

「どんな話をしたの?」

「話しちゃだめって言われたからだめ」

「そっか」

「でも、これからは仲良くしようねって、そんなのだよ」

「嬉しい?」

「んー、どうだろ。嬉しいといえば嬉しいけど、これから次第って感じ」

「ま、それもそうか」

「あとは、あれだ。昔みたいに『お姉ちゃん』って呼んでほしいって言われたよ」

「……おー、そっか」

「あ、話せるのはこれだけ。……まだ、作業するの?」

「おう」

「帰ってくる?」

「キリがいいとこまでいったらな」

「じゃあ、またお兄ちゃんの部屋お邪魔するからね」

 おやすみなさい、と奈雨は手を振ってまた玄関へと入っていく。
 その姿を見て、俺も少しだけ胸のつかえが取れたように思えた。

53 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/02/25(日) 03:01:27.28 ID:XJms5aKo0
今回の投下は以上です。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 10:02:03.93 ID:fQdI67Z1O
おつ
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/01(木) 23:27:33.47 ID:OiGewFl30
問題が解決してよかった〜〜やっと明るい方向性に進むのに期待して、楽しみに待ってます。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/06(火) 22:58:16.93 ID:/5ItWXG40
れーちゃんまだですか
57 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/03/16(金) 00:17:29.06 ID:J2MwjZD10
体調不良につきまだ更新できそうにありません。
長らくお待たせしてしまい申し訳ないです。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/16(金) 11:19:35.24 ID:ZT/HdvDCo
大丈夫やで。お大事に
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/16(金) 14:47:01.07 ID:MyD7v1/Uo
待ってる。お大事に。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/17(土) 12:10:46.13 ID:zDdsQEWs0
大丈夫ですよ。早く治るといいですね。お大事に。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/04(水) 19:41:26.13 ID:hRmJHW7eO
大丈夫か?
62 : ◆9Vso2A/y6Q [sage]:2018/04/05(木) 14:07:57.05 ID:FltGetxk0
更新分はもう少しで書き上がります。ご心配をおかけして申し訳ないです。
63 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:05:15.27 ID:LZXIfz580

【架】


 ハードルを飛び越えるのは難しい。
 けれど、先へ進むための手段なら、そこらじゅうに転がっているのだと思う。
 意識するたびに、遠ざかっていく。

 他者と比べた公正さや、側にいてくれない誰かに向けた想いは、確かな慰めにはなってくれない。

64 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:05:59.07 ID:LZXIfz580

【Le Langage des Fleurs】


 花を見ると、気分が落ち着いた。
 なんとなく、昔からそうだった。

 蕾がひらくときよりも、散りゆくときよりも、ただ単純に咲いているときが一番美しい。

 新たな期待や、失う切なさは、未だ好きになれそうにない。
 ……でも、"自分はここにいる"という説得力は、どんなときだって変わらなかった。

 駄目だ、なんて考えるだけ無駄なことだ。
 続けることに続ける以上の意味なんて持ってはいけない。

65 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:07:11.07 ID:LZXIfz580

【一進一退】

 うたた寝から目が覚めると、うっすらと腿に広がる痺れに気が付いた。

 眠りに落ちそうになる前の記憶ははっきりしているから、今あえて確認をしたりはしない。

 彼女を起こさないように、ゆっくり肩を引いて痺れていないところへ移動する。
 その手で触れたとき、左手に懐かしいような、あるいはまわりまわって新鮮とも呼べるような感覚を覚える。

 腱が、微かに痛んでいた。

 手を下向かせながら寝てしまったときや、何か多くの文字を書くために利き手を長い時間使っていたときの痛みとは明らかに違っていて、
 覚えていないほどずっとずっと昔のこととなんら変わりのない、私が、絵を描く際に手首を使いすぎてしまう悪癖から来るもの。

 ペンを握るのはやっぱり怖かった。
 けれど、握ってからは今までとは違った。

66 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:08:43.98 ID:LZXIfz580

 描けた。
 描くことが、できた。

 どうしてかは分からない。
 でも、描くことができた。

 部長さんは私の手を握ってくれた。
 ……想いが、通じたみたいだった。

 反対の手の甲で目元を擦ってから、パソコンの明かりに照らされたテーブルの上を見る。

 色塗りまで済ませたイラストが三枚。
 四枚目は下絵まで。本当なら一発描きになるかもしれないと覚悟していたけれど、全くそんなことはなかった。

 一日描かないと二日分の差になるだとか、描いたら描いた分だけ上手くなるだとか、
 何にでも言えるようなありふれた言葉はどうだっていいとまで思えてしまった。
 だから自分の指針や感覚が狂ってしまっていたとしてもそれはそれでかまわない。

 描けている実感がなによりも嬉しかった。
 嬉しいだなんて、そんな綺麗な感情を持てるとは思っていなかったから。

 一枚一枚を見返してみる。
 春の絵、秋の絵、冬の絵。書いていた文が助けになって、頭の中で描いていたイメージを余すことなく表現できている、と思う。

 色の重なりも悪くない。部長さんが多くのコピックを持っていてくれて助かった。

 手に取り、またテーブルに戻す。
 自然と私の腕はペンの方へと向きを変えていた。

67 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:10:50.42 ID:LZXIfz580

【意味なんてなくてもいい】

 かたりと音を立てて、紙の斜め前に缶の飲み物が置かれた。手元を照らせる程度のクリップライトの明かりを頼りに作業をしていたから、少しだけ驚いてしまった。

 手を止めて見上げた先には未来くんが立っていて、缶を指差してからどうぞと私に向けて手を差し出した。

「てっきり、今夜はもう帰ったのかと思ってたんだけど」

「いろいろやること残ってて」

「そっか。……終わりそう?」

 二、三秒の沈黙。

「……終わらないことはないよ、多分」

 どうやらそれなりにやばいらしい。
 描きあぐねている様子は前々から見て取れていたから、ちょっとはわかっていたけれど。

「東雲さんはどう?」と問いかけられて、
「私も未来くんと同じ」と答えると、彼はなぜかほっとしたような吐息をもらす。

 怪訝に思い首をひねると、取り繕うような苦笑いをして「いや」と彼もまた首をひねった。

68 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:11:48.57 ID:LZXIfz580

「すごい、なんていうか、夕方からずっと集中して描いてたみたいだったから」

「……そう?」

「あ、違った?」

「んー……」

 そうなのかな、と考えてみる。

 集中はしていたといえばしていた。
 が、あれくらいは普通というか……。いつも一人で描いていたから自ずと周りは静かで、集中せざるを得なかったというか。

 たしかに部長さんのように集中とはかけ離れている人と比べれば、そう見えてしまっても仕方がないかもしれないが、
 そのときの気分で一枚の絵の中でムラが出るのは嫌だと思ってしまうから、どのみち描き終えるまではそれを切らさないように努めようとはしていた。ほぼ無意識に。

 だからどう言うのが正解なのか逡巡しつつ、

「描けるうちに描いとかなきゃなって」

 と返事をする。嘘ではない。

「未来くんだって描くときは集中してるように見えるよ」

 続けると、彼は「そうかな?」とうなじのあたりをくしくしと掻いた。
 意地悪な返しだったけど誰だってそういう反応になるよね、と思う。

「萩花先輩がかなり怖くて」

「ふうん。あの人怖いんだ」

「まあそれなりにね」

 でもそんなに怖くはないよ、というニュアンスで言って、彼は自分の飲み物に口をつける。
 遅れて私も「ありがとう」と言ってからプルタブを上げる。

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:12:34.03 ID:LZXIfz580

「これ飲んじゃったから、もっかい歯磨きしなきゃ」

「朝まで起きてればいいんじゃない?」

「……でも私、夜更かし苦手なんだけど」

 そう言って私はテーブルにだらんと上半身をすべらせる。
 絵を描いているならまだしも、それが途切れてしまうと途端に眠気が襲ってきそうだ。

 うーん、と彼は顎に手を置き、

「何か食べ物でも買ってくる?」

「何かって?」

「軽くつまめるものとか」

「……んー」

 まともな返しもせずに口元を手で隠しながら小さく欠伸をすると、控えめな笑い声が耳に届いた。

「その感じだと、帰ってくるまでに寝てそう」

「……たしかに」

 否定できないのが悲しい。
 ちらと自分の腿へと目を落とすと、部長さんはすうすう寝息を立てて寝付いている。
 
「私も行く」

 と言うと、彼は一瞬何かを考えるようにして口元に手をやったが、すぐに私に視線を合わせて頷いた。

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:14:01.35 ID:LZXIfz580

 貰った飲み物のお返しと自分用のガムを買い、お店の外に出た。
 私のことを気にしてか、彼は部室を出てからずっと一歩前を歩いてくれている。

 視界が心許ないとは言わなかったのに。もしかしたら部長さんとそういう話をしたというのは……まあ、ないよね。

 吹きさらしの渡り廊下に夜風が吹き抜けていく。
 彼が何も羽織らなかった流れで私もほぼ寝間着のような格好で外に出たから、ちょっとだけ肌寒い。

「少し寒い?」と前方から声が掛かる。
 そう言葉にして問われると、余計に寒気が忍び寄ってくる。口を手で覆ってはあと息を吐いてから、頷く。

 あのさ、と言おうと距離を詰めると、同じタイミングで彼が振り返った。

「どうかした?」

「あ、うん。……えっと、歩きながらでいいかな?」

 確認を待たずして、彼の隣に並ぶ。
 訊きたいことはたしかにあったけれど、顔を見られている状況で話せることでもない。

 いや、普通に考えてもう流れてしまったことだし、あの時点で私は部長さんに何も訊ねなかったのだから、今になって未来くんに訊ねたところで何一つわからないとも言える。
 言える……が、あの行動の意味を──普段から意味なんてあるかわからない人だけれども──知りたいと思ってしまうのは間違いではないはずだ。

 校舎に入り、息を整えてから口を開く。

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:14:57.96 ID:LZXIfz580

「キス……を」

 されそうになったんだけど……、と続けたかったのだが、彼が突然立ち止まったことにより遮られた。

 びくりともしないくらいに固まっているけれど、そこまで引っかかりのあるワードとは思えない。

「あ、未来くんもなうちゃんと」

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。口に出ていた。
 申し訳なさと気恥ずかしさが相まって、横を見られない。

「まあそれはおいといて」

 と彼が殊更に低いトーンで無理やり話題を飛ばそうとしたのは十数秒後のことで、そういう関係でしかも否定しないのか……などとは思いつつも、そこは掘り下げずに本来の話題に戻すことにした。

「昨日部長さんの家にお邪魔したときに、こう、いつもみたいに身体を近付けられてね」

「……へえ」

「それだけだったらまあって感じで……いや、それでも結構削られるから、許せるとかじゃないけど……なんていうか……」

「……勝手にどうぞ?」

「あ、うん。そうそう。そうだったんだけど、……首に手をまわされて、押し倒されるみたいに唇を近付けられたらさ、誰だって身構えるし、されるって思って……」

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:15:57.23 ID:LZXIfz580

「そのまましたの?」

「いや、しては……ない」

「なら別に」

「……」

「……良くはないか」

 ははは、と未来くんはため息混じりに乾き笑いを浮かべた。
 つられて私もひきつった顔をした。誰もいない校舎がまた一層冷たさを増したように感じる。

「抱きつくまでなら、スキンシップだからって納得はできるけど、キスとなるとさすがに……ね?」

 同意を求める形になってしまったが、彼は数秒遅れで頷いた。

「つまり、からかいではないと仮定して、そうしようとした真意がわからなくて困ってると」

「……うん」

「そっか」

 言い出すか言いださまいか、彼は口を開いて閉じてを繰り返す。
 沈黙が耳に痛くて、隙間を埋めるように私は両手を自分の胸のあたりで数回振った。

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:17:22.11 ID:LZXIfz580

「やっぱり、なんでもない」

「……」

「……でも、こういうこと。未来くんは分かっちゃうんだね」

「いいや。そういうわけじゃない」

「だって、いつもお見通しだから」

「それは──」

 もう一度、彼は逡巡の色を見せた。
 しかも、先程よりも明瞭に。まるで何か他のことを思い浮かべているように。

 どこかで彼の忌諱に触れてしまったのではないかと思い、慌てて取り繕おうとする。
 けれど、それはやはり形をなさなかった。どう謝るかどうかを判断する材料がないのだ。

 やがて彼は視線を下に落としつつ、おもむろに話を始めた。

「そういうのは、思い込みなんだよ。……すべて正しいってわけではないし、
 わざわざ推測しなくともわかりやすい人は本当にわかりやすいんだ。
 それに、恒常的に嘘をついている人なんてフィクションならともかく現実にはそういないから……、
 逆の意味で一貫しているというか、意識せずに出る言葉はそこまで簡単に揺れ動いたりはしないはずなんだ」

 だから見通しているとは言えない、と彼は首を横に振る。

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:18:18.77 ID:LZXIfz580

「少なくともあの人は、相手によって対応を変えてる。
 俺の目線と東雲さんの目線は違う──だから、軽率なことは何も言えない」

「……けど、そんなの」

 当たり前のことじゃないの、とは言えなかった。
 相手の感情を感じ取るためのサンプルが私の場合少なすぎる。
 それに、ケーススタディだと言うなら、私はそもそもの前提から欠けてしまっている。

 私が続きを発することなく黙っていると、彼はそれまでの硬い表情を崩して、別の言葉を呟いた。

「……あんまりさ、早とちりすることでもないと思うよ」

「どういう意味?」

「内に向けた言葉か外に向けた言葉かなんて、当人以外には分かりっこないって話」

 そう言って彼は再び歩き始めた。何のことを言っているのかが分からなくて、様子を窺おうと後に続く。
 二階から三階へと上がりきるタイミングで隣に並ぶと、その先の一段に足をかけた彼は、また何かを思い出したのか「あ」と呟きこちらに目を向けた。

「ひとつ、質問していい?」

「う、うん。……どうしたの?」

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:18:56.37 ID:LZXIfz580

「一歩目が出ると二歩目が出てしまうのは、自然なことなのかなって」

 こういうふうにさ、と右足を一段目に乗せる。

 一歩目。二歩目。歩いているのなら、それは自然なことで間違いはない。

 ただ当たり前のことを答えてほしいわけではないことは分かるけど、それだけ分かっていたって意味はない。
「大喜利?」と訊ねると、「真面目に考えて」と諭されてしまった。

 いや、真面目にって言われてもなあ……。
 いつもの未来くんならもう少し分かりやすく話してくれるのに。

 こういう含みのある言い回しはあの人が好みそうだな、と無駄なことが頭に浮かぶ。

「……足を合わせることは、できたりする、かも」

 捻り出した答えだったが、口にしてから気付く。

「あっ、でもそれだと、二歩目を出してるのと変わらない」

「そうだね」

「……ごめん。それしか思いつかなかった」

 緊張と、恥ずかしさも相まって目を逸らす。
 少しばかり微笑む声が聞こえたと思えば、

「まあ大丈夫だよ。今の質問に答えなんてないし」

 私がさっき言ったように、左足を右足の隣に並べた。

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:21:37.07 ID:LZXIfz580

「え、そうなの?」

「うん」

 ……じゃあどうして訊ねたりしたんだろう。
 そういう内心が顔に出ていたらしく、未来くんは私に隠す素振りも見せず、

「東雲さんはそれでいいと思うよ」

 と言い楽しげに笑った。

「そう言われても分かんないよ」

「分からなくてもいいんだよ、きっと」

「……なんか今日の未来くん、すごく意地悪だよね」

「そう?」

「だっていつも優しいから……もしかして、今のが本当の未来くんなの?」

「本当の、って……いや、本当とか嘘とかないからね」

 ……。

「『お兄ちゃんはたまにスイッチ入るとすごいんですよ』ってなうちゃんも言ってたし」

 ぴくりと彼の眉根が動いた。これは……。

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:22:23.55 ID:LZXIfz580

「『体調が優れないときは本音が聞けるからレアですよ』とも言ってた」

「待って」

「待たない。あとは、えっとね……」

「いや言わなくていいから。本当に、マジで」

 暗がりでよく見えないが耳や頬は真っ赤になってるのだと思う。
 なんだ、いつもの未来くんだ。安心している自分がいる。

「未来くんの話をしてるときのなうちゃん、とっても楽しそうだったんだよ」

「はあ、そうなの」

「部長さんとソラくんの方がぐいぐい訊きにいってたけどね」

「……仲良くなられたようで何よりですね」

 弱点なのかな。気にはなるけど、今後はできるだけ控えた方がいいかもしれない。
 触れられたくないことを訊けるほど、私が彼に心を許されているとは思えない。
 そうでなくとも、私には縁遠い話だとも思う。誰にも聞こえない言い訳。

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:23:30.50 ID:LZXIfz580

「私からも、もういっこ質問」

 気を取り直すようにして声を掛けた。
 彼はまだ何か言われると思ったのか、いくらか身構えたように映る。

「好きな花を教えてほしいの」

「……花?」

「うん。なかったらないでもいいんだけど、もしあるなら」

「花」と彼は繰り返した。いくら何でも胡乱すぎたかもしれない。

「えっと、ちなみに東雲さんは?」

「私はスミレとかミモザみたいな、派手すぎなくて綺麗な花が好き……かな?」

「なぜ疑問形」

「だって……好きなものを人に言うのって結構勇気のいることじゃない?」

「まあ、たしかに」

「それに、好きだったものを嫌いになったとしても、言葉にしてなければ罪悪感もないかなって」

「嫌いになるのが怖いの?」

「ううん」と私は首を振った。
「そっか」と彼は頷いた。
 じゃあどうして? と訊かれなかったのは幸いだった。それこそうまく言語化できそうにない。

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:24:04.29 ID:LZXIfz580

 一時的な、短絡的な好きを好きと言ってしまいたくない。
 ましてやその好きを嫌いになるだなんてもってのほかだ。
 理屈付けられはしないが気にせずにはいられない。それだけのことだ。

「秋桜と紫のアネモネ。ぱっと思いつくのならその二つ」

 この流れで言うのはアレだけどね、と彼は肩をすくめる。

「どう? センスある?」

 沈黙が生じる前に言葉を続けられたので、

「どうかな」

 と笑ってみせた。

「ああでも、花言葉の類は全く知らないんだよね」

「大丈夫だよ。私もそこまで知らないし」

「込められた意味があるなら知っておいた方がいいのかな」

「……いや、それもどうだろうね」

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:25:20.71 ID:LZXIfz580

 私も前までは、花言葉の存在を気にしていたと思う。
 図鑑には絵とセットで載っているし、花について何かを語る上で外せないことだとも思っていたから。

 けれど、いつの間にかほぼ気にしなくなっていた。

「きっと意味なんてなくてもいいんだよ」

 私の言葉に、彼は不思議そうな顔をした。

「花言葉はたいていが観たまま感じたままを表現したもので、ひとつの花をとっても意味が決まってるわけじゃないの」

 たとえばミモザなら、"友情"や"感受性"もしくは"秘密の恋"。
 繋がりがないわけではないが、誰が、どこで、それだけでも変わってきてしまう。
 三つ目の"秘密の恋"は、どこかの民族が想い人に愛を伝えるために用いたからだったと思う。私たちには馴染みのないことだ。

「ほかにも、名付けた人の出身地の歴史伝統を踏まえてだとか、そういう難しいタイプの名付け方もあって……。
 でもどっちにしたって見知らぬ誰かの定めた意味よりは、実物を目にしたときの自分の感覚の方が信用できると思いたいなって」

「なるほどね」と彼は頷いた。
 それから何かを思い当たることでもあったのか、微妙に口角を上げる。

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:26:22.25 ID:LZXIfz580

「四葉のクローバーは"幸運"を意味するってどこかで聞いて、今までそれを疑いもしなかったけど、
 そうだな……あれを十字架に見立てて言ってるとしたら、キリスト教徒でない限り当てはまらないってことだよな」

「うん。四葉のクローバーはなかでも意味が多かったはず」

 クローバー ──白詰草自体がそもそも意味を持っていて(通常の白詰草は葉が三枚で、一枚一枚に意味があり)、
 四つ目の葉が"幸福"を示す葉、おそらく四葉の希少さと掛けてそう言われている、というのが一般的な解釈だろう。
 昔聴いた曲で、"一枚は希望、一枚は信仰、一枚は愛、残る一枚は幸福"とも歌われていた。

 彼の言う十字架に見立てているという説もどこかで目にしたことはあるが、
 キリスト教ならどちらかと言えば三葉の三位一体の方が近いのではないかと思う。

「幸運と別にあるんだ」

「"約束"とか"復讐"とかね」

「そっか……それは言われないと分かんないわ」

「ね」

 交わした"約束"が守られる、すなわち"幸福"、
 破られる、反転して"復讐"、
 というのはちょっと無理矢理かな。連想ゲームではないし。

 肝心要の"約束"の内容については、また別の意味があったはずだ。

82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/06(金) 18:26:59.72 ID:LZXIfz580

 そこで、彼に好きな花を訊ねようとした理由を思い出す。
 私個人の花言葉に対する考えは抜きにして、物語の補助道具として花言葉を用いた。
 別にあってもなくても構わない。章の内容と乖離はしていないが、すべて後付けだ。

 まだ書けていない──これから書くつもりでいる──最後の章に付けるに相応しい花。
 前の章を書き終えた時点ではそれを君子蘭にしようと考えていた。
 一番好きな花であるのは勿論、私が大まかにイメージしていた内容にも合致している。

 ただ、ここまでの章に使ってきた花に込めた意味は、どこかで調べれば簡単に出てくるものにしていた。
 となると、君子蘭では少し分かりづらくなってしまう。私が観て感じた意味と調べた意味が違っていたから。

 意味が通る花で、かつ好みのものは出し尽くしてしまった。
 でも意味から逆引きして探すのは白々しいから──だから参考にしようかと訊いたんだった。

「そろそろ戻ろっか」と言うと、未来くんは「ああ」と時計で時間を見ながら頷いた。

 秋桜、紫のアネモネ、四葉のクローバー。
 彼らしいな、と思う。

 ありがとう、と心のなかで呟く。
 眠気覚ましもだけど、彼と話をしていろいろ整理できた。

 今は、続きをはやく描かないと。

83 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/06(金) 18:27:57.34 ID:LZXIfz580
今回の投下は以上です。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/07(土) 00:35:54.10 ID:erHns7Yco
おつ
やっぱり好き
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 13:22:25.45 ID:IIpZQsaT0
こういう落ち着いた雰囲気も結構好きです。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/20(金) 00:01:11.75 ID:elqEvCPN0
前作見直そうと思ったらブログが消えてる…
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:22:01.81 ID:fFo8HSJq0

【疑念】

 佑希の話は、俺が前提を見誤ってたとはいえ概ね納得のいくものだった。

 俺は佑希を妹として見られずに──同時に奈雨を妹のように思いたくて──二人に対してぶしつけな態度を取り続けていた。

 二人の確執は俺が原因だ、と個々の事象のみを考えた場合言ってしまえるだろう。

 けれど佑希は"俺が悪い"ではなく"奈雨が悪い"と言った。
 そして、"同じはずなのに"、"結局はそうなっていた"と続けた。

 奈雨と俺の関係についても、"付き合っているならいい"と言っていた。

 ひとつひとつの事象を切り離して考えるのではなくすべてをひとつの流れとして捉えたとき、それらを無条件に信じてしまっていいのだろうか?
 ただでさえ俺たちは同い年であるのに、そこまでして妹という場所にこだわる必要はあるのだろうか?
 俺に突き放してほしかった理由は何だったのだろうか? 普通に甘えたかったのなら何をそこまで気にしていたのだろうか?

 俺の人との接し方では、何かを推察するところまではできても最終的な結論に至ることはない。
 実際に自分が見聞きした内容でしか判断を下せないことは勿論のこと、大きな見落としがあったとしても気が付けないから。

『もしも』の可能性は内に留めておくべきものであり、迂闊に外へさらすべきではない。
 一番近くにいると思っていた人でさえ全く見通せていなかったのに、ましてや他人に手前勝手な想像を押しつけるわけにはいかない。

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:23:22.65 ID:fFo8HSJq0

 でも、それでもまだ彼女の語っていない、もしくは嘘をついている何かがあると思ってしまってならない。

 佑希は俺と目を合わせるのを嫌がった。
 俺が優しさを見せた途端、それまでと調子を変えた。

 現状を変えたいと願ったのは、俺だけじゃなく彼女もそうだった。

 これまでの自分なら、どうにかして知ろうとしただろう。
 決して核心部分に触れることなく、何気ない会話の中に含みを持たせて。

 けれど今は彼女から話してほしいな、と思う。
 何かがあったとしても。なかったとしても。

 それは、きっと諦めではない。思考を放棄しているわけでもない。
 今までとは違うのだと、これまでの歪な関係から少しでも変われるのだと思いたい。

 都合の良い側に流されてしまっているとしても、俺はそれを受け入れたい。
 やっと解けかけている糸をまた絡ませてしまいたくないと、ただそれだけのことだ。

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:26:23.42 ID:fFo8HSJq0

【着々と】

 暗幕の張られた教室の入口から、何やら怪しげな台車が顔を覗かせていた。

「これに乗ればいいってこと?」

 と真正面にいるクラス委員長に訊ねると、彼は爽やかな笑みで頷いた。

「そう。なかなか来てくれないから、せっかくだし試運転に付き合ってもらおうかなってね」

 サボっていると暗に言われてしまった気がする。
 ごめん、と平謝りすると、

「あー、いいっていいって。補習とか部活とかいろいろあったんだろ」

 と肩をぺしぺし叩かれる。

 べつに呼ばれれば行ったと思うけど……あんまりこの学校の文化祭のノリが掴めていない。
 ていうか補習かかったのはソラだけで俺は大丈夫だったんだけどな……。

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:27:26.75 ID:fFo8HSJq0

 休日の昼下がりだというのに、この教室以外のそこかしこから様々な音が耳に届いてくる。
 そんな行事に対して本気な人の集まりによく分かっていない俺が入っていってもな、と考えていた。
 決して面倒くさいと思っていたわけではない。

 ……七割くらいそう思っていたというのは隠し通そう。

「ミクちゃんや、ビビっているのが丸見えじゃぞ」

 そんなことを考えつつ台車の方へ目を向けていると、隣からため息混じりで声を掛けられた。

「いやビビってない」

「昔からおぬしはビビりじゃからのう……わしがついてないと心細いじゃろ」

 ほれ、とかなんとか言いながらソラは台車に乗り込む。
 どうせ自分が乗りたいだけだろうな。

「てかおまえそれ何キャラだよ」

「広島弁」

「嘘つけ」

「じゃあ江戸時代の人」

「知らねえよ」

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:28:20.63 ID:fFo8HSJq0

 寝起きだからかソラが相手だからか、対応が雑になっていく。
「出た出た。宇宙人未来人のコント」とその場にいた数人に笑われる。

 ……変なイメージを持たれているな。
 ソラと善くんと、指で数える程の人としか話していないのがここで効いている。

 意外と見られているのも驚きだ。
 まあ、アレか。高入組だからってのもあるか。

 ソラに場所を詰めてもらってから台車に乗り込む。
 俺もソラも特段小柄ってわけではないが、この台車の大きさなら三人まで乗れそうだ。

「よし。スピードは三種類あるけど今回は一番速いのでいくからな。
 あと手すりは絶対離すなよ。めっちゃ揺れて危ないだろうから」

 と簡単な説明を受け終わると、ガテン系のクラスメイト三人(柔道部、ラグビー部、バスケ部)が手袋を嵌めて俺たちの後ろについた。

 せーのっ、という掛け声が掛かり、台車を三人がかりで教室の中へと半ば押し投げるようにして入れる。
 初速だけめちゃくちゃ速いやつか……、と思った通り最初の下り坂を下るスピードを活かして最後まで進んでいくらしい。

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:29:33.91 ID:fFo8HSJq0

 トンネル、緩やかなカーブ、その後はトロッコのようにガタガタと揺らされて教室の出口でうまく停止する。
 道中に配置されたクラスメイトもスピードが出ていれば見ているだけのようだ。店番より楽そう。

「どうだった?」と降りてすぐに感想を求められたので、
「凄い。文化祭レベルじゃないよ」と素直に返答した。

 周りからは嬉しそうな声が上がる。
 出来について自信はあったものの、それを内輪で評価するのは適切ではないと考えていたらしい。

「俺たちにもっと技術があればネプリーグみたいにしたかったんだけどな」

「トロッコのやつ?」

「そうそう。クイズに答えて一攫千金的なやつ」

「でもあれジェットコースターじゃなくね」

「うん。まあ、アトラクション部門で一番取るにはあれくらいしないとなって、夢みたいな話」

 そんな賞もあったのか、初めて聞いた。

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:30:21.58 ID:fFo8HSJq0

 告示プリントに書いてあったものでそれらしいのは、
 お化け屋敷(定番)、コーヒーカップ(どう造るんだろう)、脱出ゲーム(謎解きだろうか)
 のあたりか。他にもあるだろう。

 クオリティよりもどれくらい楽しめたか──つまり満足度で票が分かれそうだ。
 となると、短時間で終わってしまうジェットコースターは弱いか。

 時間的に長いものを創ると、内容云々よりもその長さだけで満足してくれる人は少なくない。
 それでは投票してください、と言われて真っ先に思い浮かぶのは時間をかけたものに違いない。

 短いなら、ごまかしが利かない分クオリティを追求するしかない。
 長くてクオリティの高いものは一朝一夕で創れるものではない。文化祭には不向きだろう。
 時間をかければ良いものができるとは言わないが、長いものを創るならそれ相応に時間をかけるべきだ。

 創作物の作者性は細部に宿る、と誰かがそんなことを言っていた。

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:32:12.51 ID:fFo8HSJq0

「乗っててどっか気になったところはあった?」

 問われて、乗った時の様子の思い返してみる。

「中は今みたいに暗いままなの?」

「いや、洞窟風にするから電球色のライトを何個か置くつもり、
 台車もこれから色を塗ったり飾り付けしたりするかな……他には?」

 おまえからはないの? ともう一度乗りに行こうとしているソラに視線を飛ばす。
 大満足でございますよー、と近くの人とハイタッチをし始めたので、「ないよ」と俺は首を横に振った。

「じゃあ、これからも今日明日と完成度上げるようにやってるから、暇な時間ができたら乗りにきてくれな」

 そう言って、クラス委員長の彼はもう一度爽やかに笑った。

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:35:23.15 ID:fFo8HSJq0

【癖】

「どうだ、楽しめてるか?」

 部室の前の柱にもたれかかりながら、ソラはそんな質問を俺に向けて言い放った。
 何のことをさして言っているのか分からず答えずにいると、

「質問が悪いか……。うんと、最近楽しいか? とかそんな感じだ」

 と彼はまたしても抽象的で分かりにくいままニュアンスだけを変えて問い掛けてきた。

「さっきのジェットコースターのこと?」

「いんや、それも含めていろいろと、だな」

「うーん、べつにこれまでと変わりはないけど。……あ、もしかしてめっちゃつまんなそうにしてたとか?」

「いや、おまえそういうのあんま表に出さないし」

「……」

 顔に出やすい、とよく言われるし、
 なかでもソラが一番言ってきていた気がするのだが。

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:36:32.36 ID:fFo8HSJq0

「でも勝手に決めつけると怒るだろ」

「……そうか?」

「ああ。そういうことでイラついてる時は口数が増える」

「マジか」

「おまえ自体分かりづらいけど、付き合いも短くはないから癖っぽいのはいくつか分かるんだよ」

「うそつけ」

「まあ善くんはちっとも分かんないって言ってたから、俺の愛の為せる業かもしれないけどな」

「……」

 愛かどうかは置いといて、そんなこと初めて言われた。普通にショックだった。

「でも、なんつーの? そういうの分かんない人たちからすれば、
 ミステリアスっつーか、飄々としてるのに実は何でもできるやつみたいな、そんな感じに映るらしいぞ」

「いきなりどうした?」と言うと、じとっとした目で「まあ聞けよ」と制される。

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:37:35.31 ID:fFo8HSJq0

「勉強も運動もそこそこできるし、容姿だって童顔を中性的って言えば聞こえは良い。
 あんま話さないうちはちょっと近寄りがたいけど、会話の端々で面白いこと言うから話せば人好きのするタイプだ」

「さっきのあいつらも、おまえと仲良くなりたいんだってよ」と彼はけらけら笑う。

「……それならそうと言ってくれれば」

「いや言えねーよ。高校入ってからのおまえ近寄るなオーラ出しまくってるし、何か話を振っても広げようとしないし」

「そうかな」

「そうだ。そう言われた」

「誰に?」

「いろんな人に」

 そんなことあるのだろうか、と半信半疑で彼の様子を窺ったのだが、どうにも嘘をついている気配は感じ取れない。
 自分から話しかけない上にとりあえず聞き手に回ろうとしていることをだいぶ曲解されている気がする。

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:38:56.85 ID:fFo8HSJq0

 したところで身にならない話は聞いている側からすれば苦痛になりかねない。
 何か他人に誇れるものや知識量が豊富なものでもあれば、それについて語ることはできるかもしれない。

 ただ、それだって実際のところ難しい。
 人付き合いなんてそんなもんだろと思ってしまうのは簡単だけれど、境界を探りながら会話を続けるくらいなら最初から自分の話をしなければいい。

 意味のないことをさも意味ありげに話すのには、どうしても苦手意識を持ってしまう。

「そういえば、アオイちゃんって未来のこと好きだったらしいよ」

 いきなり何を言い出すんだと反応せずにいると、ソラは、

「あ、好きっていうか気になってるくらいだったと思うわ、たぶん」

 と顎に手を当てながら首をかしげる。

 アオイちゃん……と頭を巡らせる。
 葵、蒼井、あおい、まず名字なのか名前なのか。

「えっと、誰だっけ?」

 少し考えても浮かびそうになかったので訊ね返すと、「本気で言ってる?」と信じられないものを見たかのような呆れ顔をされる。

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:39:57.45 ID:fFo8HSJq0

「え、なに。俺と関わりある人?」

「関わりも何も同じクラスだぞ」

「いやだから俺クラスの人とそんな話さないって。さっきまでそういう話してたじゃん」

「まあ、たしかに。でも結構目立つ子だし、佑希ちゃんと部活一緒だよ」

 陸上部。女子部員多い。

「ていうか、おまえと席隣なはずだけど」

「え?」

「コミュ英の読み合わせとかペアでやってない? こう、身長高めでショートカットの」

 あー……、と。
 そこまで言われればさすがに分かる(めっちゃ遅い)。

「川内さんか」

 普通に隣の席の子だった。

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:40:49.24 ID:fFo8HSJq0

「そうそう。川内アオイちゃん」

「名字かフルネームで言ってよ」

「みんなアオイちゃんアオイちゃん言ってるから伝わると思った」

「……まあ、そんな気も」

「だろ? んでそのアオイちゃんにちょっと前に『どうやったら未来くんとそんな仲良くなれるのー』って訊かれたわけよ」

 そういえば、川内さんはうちのクラスでは珍しく普通に名前で呼んでくる人だったな。
 あだ名長いから未来くんでいい? って訊かれたはずだ。文字数同じじゃね、と思った気がしなくもない。

「それはアレだろ。あの人めっちゃ社交的だから、クラス全員と仲良くなりたい的なサムシングだろ」

「『未来くんって好きな人いるのかな?』とか『授業中の眠たそうな顔がめっちゃタイプ』とか言ってたけど」

「ソラ、嘘は良くない」

「嘘じゃねーって。嘘つく必要がどこにある」

 そう言われてしまうと何一つ思い浮かばないとはいえ、
 気になって"た"と過去のことなら多かれ少なかれ気まずくなりそうだから言わないでいてほしかった。

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:42:04.44 ID:fFo8HSJq0

「川内さんからの質問にはなんて答えたの?」

 話を終わらせてもよかったのだが、なんとなく悪い予感がしてそう訊いてみると、

「んー、……ははは」

 と、案の定俺から目を逸らしてごまかし笑いをした。

「変なこと言ってないよな?」

「言ってない言ってない」

「本当に?」

「……ごめんちょっと言ったわ」

「おい」

 俺がため息をつくと、彼は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「いやさ、善くんと二人でいるときに話しかけられたからさ、
 その場のノリみたいな感じで『あいつは妹ラブなシスコンだから好きな人はいないと思うよ』って言ったんだよ」

「……はあ。そしたら?」

「『そっか……佑希ちゃんなら仕方ないかー』って」

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:43:02.59 ID:fFo8HSJq0

「まて。どうしてそうなる」

「それな。俺もめっちゃ驚いたわ」

 彼の声音がいつもの調子に戻る。

「でも正直おまえがシスコンなのは間違ってないから弁解する必要はなかっただろ?」

「いやあるだろ」

「なら俺が『好きな人はいないと思うよ』ってそれだけを言ってたとしたら面倒そうじゃん」

「……」

 悔しいけど一切否定できない。

「それとなく訊いてみようかなとも思ったけど、おまえそういうの妖怪並に察しがいいし、
 本気で好かれでもしたらめちゃくちゃ気にしそうだなって、いろいろとそれどころじゃなさそうだったから」

「そうか」

「おう。……まあ、勝手なこと言ったのはごめん」

「ああ。……うん、べつにいいよ」

 ありえないだろうけど、好きでもない相手に好かれたら困るというのは事実だった。

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:43:39.21 ID:fFo8HSJq0

「あとはなんつーか、おまえはまず恋愛に興味ないんじゃないかと俺と善くんは考えてだな……」

「……」

「でもまあ、結果的には違ったわけだ」

 そうか。今までの話は前置きか。

 ……いや、気になるのは分かる。
 俺が同じ立場だったらかなり気になる。

「奈雨のこと?」

 先手を打って言うと、彼はうんうんと小刻みに頷いた。

「まさか俺たちが知らないところに好きな子がいたなんて……しかもめっちゃかわいい子ときた」

「訊かれてないのに自分から言う必要はないだろ」

「興味ないですーって顔をしてるおまえが悪い」

「いやそれは知らねえよ」

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:44:44.41 ID:fFo8HSJq0

 ただ軽口に軽口を返したつもりだったのだが、
 ソラは笑みを浮かべるでも頷くでもなくじっとこちらを見て、

「そうか。つまりあの子以外に興味がないってことだな」

 と大真面目な顔で言った。

「あれ? 違う?」

 おそらく俺がものすごく呆気にとられたよ顔をしたからだろう、彼は戸惑ったように目をぱちくりさせる。
 自信がないなら(それに適当なことなら)言わない方がいいのに、と思ったが、その推測は違うことなく的を射ていた。

 俺は、少し迷って、

「うん。まあ、そうかな」

 と答えた。否定するのは彼女に対して嘘をついているようで嫌に感じてしまった。

「好きで好きでたまらないわけか」

「好きで好きでたまらないわけではないけど好きだよ」

 なんだこの会話。

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:45:52.15 ID:fFo8HSJq0

 てっきりしてやったりとでも言いたげな表情をされるだろうと踏んでいたのだが、彼は柔和に笑うだけだった。
 そんな顔をされては何も言い返せず、僅かながら気恥ずかしくなるような沈黙が落ちる。

「……で、話は戻るけど、最近楽しいのか?」

「今の話と関係ある?」

「あることはある。じゃなきゃこんなこと訊かない」

 最近、という言葉がどの範囲を指しているのかは分からないが、
 今年──高校入学以降、もっと狭めれば夏休みが終わってからだろうか。

「ソラから見てそんなにつまんなさそうに見える?」

「まあ、部分的にはそう」

 ランプの魔神かよ。まあいい。

「でもあの子はおまえが最近楽しそうにしてるって言ってたわけよ」

「あの子って、奈雨が?」

「うん。詳しくは言ってなかったけど、それが嬉しいんだって」

 俺はあんまり変わってないと思ってたんだけどな、と続けた彼の表情は心なしか固かった。

106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:46:43.78 ID:fFo8HSJq0

 昨夜部室を空けた際に奈雨と三人が話をしたというのは知っている。
 共通の話題といえば俺のことくらいなもので、東雲さんも言っていたが結構ノリノリで話していたらしい。

「変わってないと思うよ、俺も」

 当初の答えをそのまま変えることなく言う。
 変わっていない。人間そうそう変わらない。変わるとしたら表層的なところだ。

「奈雨とは今年になって会う機会が増えて……だからじゃないかな」

 ここ数年はつまらなさそうにしている姿を見られていたと思う。
 お互い避けていた、というか、俺の場合楽しさよりも自己嫌悪が勝ってしまっていた。

 今だって二人でいても彼女が何を考えているかは分からない。
 考えようとしていないのもあるが、会うたびころころ変わる態度に混乱している。お互い様だけど。

 ふと昨日と部室に寝泊まりしていた間は求められなかったな、とそんなことが頭に浮かぶ。
 欲求不満なのか、俺。というか会うたび毎回のようにキスしていた状況がまずおかしかったわけで……。

 条件反射、パブロフの犬状態……なぜかものすごく悲しい。
 同時に、彼女の身体に触れる際に感じていた罪悪感がいつのまにか小さくなっていることにも気付く。

107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:47:25.97 ID:fFo8HSJq0

 ちゃんとわたしを見てくれるなら──、奈雨はそう言っていた。

 買い出しの帰り道で、話の流れに従ったとはいえ奈雨への好意が恋愛的なものであると告げた。
 それが答えになったのかもしれない。だから、と考えるのはさすがに短絡的だし自惚れすぎか。

 でもこんなことばかり考えていたら、次会ったときに絶対唇を見てしまうと思う。
 そういうふうには──いまさらどうこう言えないとは再三思っているけど──思われたくない。

 これ以上は危険だ、と左右に頭を振ると、

「おい色惚け。妄想してんじゃねえよ」

 と目の前からため息が飛んでくる。

「妄想はしてねえよ」

 回想はした。
 ソラはもう一度、今度は俺に見せつけるようにため息をつく。

「……まあ、その様子だと楽しんでるっぽいな」

「そう?」

「おう。一緒にいて楽しい相手がいるのはいいことだ」

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:48:26.42 ID:fFo8HSJq0

「当たり前だけど、ソラといるときだって楽しいよ」

 何気なくそう口にすると、彼は「うーん」と首を捻りながら呟いて、それからおかしそうに笑った。

「そういうのさ、もっと言ってくれよ」

「楽しいって?」

「ああ」

「そりゃ楽しいよ。言わなくても伝わってるかと思ってた」

 つまらなかったらこんな長い期間付き合いが続くわけないだろうし。

「でもおまえ……そういうときあるだろ。親しき仲にも礼儀ありみたいな」

 言って、彼は気恥ずかしそうに目を逸らす。

 え……、と一瞬考えて、
 なるほど、とすぐに思い至る。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/20(金) 01:49:05.03 ID:fFo8HSJq0

「ごめん」

「いいってことよ。まあ、それさえ心に留めててくれればな」

「……楽しいよ、ふつうに」

「あんま言い過ぎると価値が半減するぞ」

 おまえが言えっていったんだろ、と思ったが、要は使い方か。
 浅く吐息をついてから「そっか」と呟いた俺に、彼は鼻で笑うことで返事をしてくる。

 それから、彼は部室の扉の取っ手に指を掛けて、

「いちゃつくのはいいけどできればほどほどにしてくれ。親友二人が彼女持ちとかメンタルズタボロだから」

 と言いつつ、反対の手の人差し指をこちらに向けて突き出した。
 恨み言のような言葉とは対照的なやさしげな声音に呆気にとられて、俺は軽口のひとつも返すことができなかった。

110 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/20(金) 01:52:16.54 ID:fFo8HSJq0
今回の投下は以上です。

>>86 ブログの使い勝手が悪かったので移転しました。
リンク http://blog.livedoor.jp/vso2a/
ブログには主に短編を載せようと思います。前に書いたものはこれが書き終えてからまとめ直そうと思います。ごめんなさい。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/20(金) 12:04:00.22 ID:6ETYSRZ9O
おつ
ブログ知らんかったから過去作も楽しみ
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/26(木) 21:46:46.07 ID:d0sW8bwj0
続きはよ
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:26:48.63 ID:MVi1fTqy0

【女心】

 夕食の買い出しは私と部長さんで向かっていた。
 というのも、未来くんもソラくんも急にやる気が入ったみたいで、なら私たちが、となったわけだ。

 日中はさすがの部長さんもちょっかいをかけてこようとはせずに(おおかた私に気を遣ってくれたのだろう)、お互い集中して作業を進めた。
 明日の夕方までに間に合うかは正直微妙なところだ。絵の方は目処が付いているのだが、如何せん文の方に手が付けられていない。
 あともう少しだけど……、と歯がゆい気持ちになるものの、終わりをどうするかは決まっているのだから、あとは細部を詰めるだけだ。あんまり追い詰めすぎてもよくない。

 買い物の途中で、少し──よく考えれば当たり前のことなのだろうか──驚いたことがあった。

 それは、部長さんが一切料理をしないということ。

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:27:24.17 ID:MVi1fTqy0

「私まったく分からないから。シノちゃんが選んでね」

 そう野菜コーナーで言われたときは、この人もしかして人任せにしようとしてるんじゃないかと疑ったけど、どうやら本当のことらしい。
 昔はしてたんだけど下手すぎてやになったの、と言ってはいたが、きっとそれが全てではないだろう。

「料理、たまにはした方がいいですよ」

 レジの順番を待ちながらそう言うと、

「シノちゃんが作りに来てくれるとか一緒に料理してくれるならしてもいいけど?」

 と返されたものだから、私はとりあえず「ならいいです」と首を横に振る。
 それから二、三同じような会話をして、離れ際に、

「だって一人で作って一人で食べるなんて、そんなの寂しいじゃない」

 か細い声でぽつり呟かれた言葉は、きっと聞き間違いではない。
 ちょっと前までの自分を思い出して、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:28:59.14 ID:MVi1fTqy0

 スーパーを出て、学校への帰り道を歩く。買ったものはレジ袋一つに収まりきる量で部長さんが持ってくれている。
 ふと空を見上げると、厚く覆われた雲で星や月は何一つとして見えない。

 また雨が降りそうだな、と思う。
 今にも降り出しそうでもあるから、僅かにだが歩調を早める。

「ね、シノちゃん」

 と部長さんは私を呼んで、それまで前へ向けていた目をこちらに移す。

「おててつなぎましょう」

「はい?」

「これ結構重いから分けあおーよー」

「じゃあ持ちますよ」

 どうぞ、と手を差し出すと、
 彼女はあからさまにむっとした顔をして、大きなため息をつく。

「なんですか?」

「んー、シノちゃんは女心がわかんない子なのね」

「いや……私も女ですし、まず繋いだところで重さは変わらないですよね」

「そういうところだよ……攻略したかと思ったら意外と進んでない系のやつだよ……」

 またこういう意味のわからないことを言い始める。
 私もさっきの彼女のようにため息をついた。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:29:47.08 ID:MVi1fTqy0

「……わっかんないかなあ。この荷物は見るからに重そうじゃないでしょ? てかシノちゃんも詰めるときに持ってたよね?
 だから口実だよ口実。手を繋ぎたいんだけどちょっと恥ずかしいからオブラートに包んで遠回しに婉曲してるわけなんですよ」

「はあ」

 早口でまくし立てられても……。
 恥ずかしいようなことは二人きりだといつも言ってる気がするし、

「それならそうと言ってください」

 袋とは反対の、空いている方の手を取る。
 これまでだって何かの拍子に手くらいは握られていたし、べつに拒否することでもない。

 と思っていたのだが、彼女は本当に恥ずかしそうに俯く。
 同時にじんわりとした感覚が手のひらに広がる。

「やっぱりシノちゃんってたまに覚醒するよね……」

「どういうことですか?」

「それはほら。自分の胸に聞いてみて」

 埒があかないので一瞬だけ強く手を引いて歩き出すことにした。やっぱり疲れやらが溜まっているのだろうか。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:31:03.44 ID:MVi1fTqy0

 数分間会話もなく歩いていると、彼女の手のひらから伝わる熱も小さなものにまで変わっていた。
 以前も思ったことだけど、身長とは似つかない小さな手だ。私と同じか、ちょっと大きいくらいだと思う。

 ぎゅっと力をこめてみる。──すごくやわらかい。
 ぶんぶん振ってみる。──なんだか子供みたい。主に私が。
 少し力を抜いてみる。──そのまま離れてしまいそうで、握り直す。

 ちらっと部長さんを見ると、なぜか複雑そうな表情をしている。

「ごめんなさい。……嫌だったですか?」

「ううん。べつに嫌じゃないよ」

「そうですか」

「そうよ。こうだったのかなーとか、そんなこと考えてただけ」

「……」

「……あ、ごめん。こっちの話」

 取り繕うように笑って、今度は彼女の方から手のひらに力をこめてきた。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:33:22.38 ID:MVi1fTqy0

「今日のみんな。なんとなく吹っ切れたみたいでよかったじゃない。特に白石くんとシノちゃんは」

「……そうですかね?」

「うん。うわの空って感じじゃない白石くんは初めて見たかも」

 そうだろうか。
 私の認識だと、うわの空の未来くんの方が見たことない気がする。

 昨晩だってちょっと取り乱している節はあったが、それも少しの間だけで(なうちゃんのことはイレギュラーだったのだろう)、あとはいつも通りだったし。

「そんな姿を見せられたら部長冥利に尽きるなーって、私も頑張らんとなーって」

「あとどれくらいでしたっけ?」

「時間的には大丈夫だからここからはまったり明日の昼までに終わらせて、期限までに修正箇所を確認できるかなって感じ」

「けっこうやばめですね」

 うん。知ってたけど。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:34:29.55 ID:MVi1fTqy0

「スイッチが入るまでに時間が掛かるタイプなの」

「それも知ってます」

「ん?」

「……いえ」

 心の声が漏れた。

「あ、そいえば白石くんとそらそらくんは、しゅかちゃんが『大丈夫任せて』って言ってたから大丈夫だと思うよ」

 たしかに、今日も(主にソラくんが)描くのを手伝ってもらっていた。
 たまに罵声のような声が聞こえた。未来くんとは談笑してたけど、内容までは聞いてない。

「あの人ちょっとだけ怖いです」

「しゅかちゃんは真面目な良い子なんだから、そういうこと言っちゃ駄目だよ」

「……なんていうか、睨まれてる気がするんですよね」

「え? んー……気のせいじゃない?」

「……ですかね?」

「そうだよ。だってシノちゃんを睨む必要ないし」

「で、ですよね……」

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:35:44.21 ID:MVi1fTqy0

 手を止めて顔を上げるとことごとく目が合って、数秒後にふいっと逸らされる。というのが今日だけで十回以上はあった。
 こっちを見ていたのは部長さんを見ていたからだとも取れるけど、……やっぱり私が睨んでるように思われてるのかな。 

「シノちゃんはどう?」

 そんなことを考えて勝手に落ち込んでいると、話題が一つ前のものに戻った。
 どう? と訊かれると、やばいです……と反射的に答えたくなるがぐっと我慢する。

「私は……まず絵を先に描き終えようって思ってて、それは多分今のままいけば朝までに終わります」

 予定を大幅に上回るペースで描けているから、細部に目を瞑れば十分終わるだろうと思う。
 部長さんと同じく、終わらせてから残った時間で修正ということになっていくだろう。

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:36:16.43 ID:MVi1fTqy0

 今じゃないと描けないかもしれない、という気持ちがなくはない。
 私の中では、まだ描けていることが信じ切れていない。いつ元に戻ってもおかしくはない。

 なら、と思う。今を大事にしなければ、と月並みなことを。

「そっか。じゃあお互い夜通しがんばろーね」

 言って、一歩近付いてきた彼女の表情は晴れやかだった。
 この人だって、たまにこういう顔をしてくるからずるいと思う。

 凜としていながらもどこか無邪気さを感じられるような、そんな笑顔を向けられたら誰だってどきっとしてしまう。

「はやいとこ終わらせてシノちゃんとゲームするために!」

 でも、そう思った途端こういうことを言い出すから、絶対に本人に言ったりはしないようにしないと。
 笑顔が素敵だと思います、と彼女に正面きって言うのは、やっぱり私の方が恥ずかしくなってしまうと思うし。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:37:12.47 ID:MVi1fTqy0

【終わりと始まり】

 集中して物事を進めているとこんなにも時間が経つのが早いのか、と改めて考えるくらいには余裕を持ちながら、締め切り当日を迎えた。

 この分だとみんなギリギリになるのでは、と考えていたら、
 夜明け前あたりにソラがひとこと「終わった」とだけ言って荷物をまとめて部室から出て行った。
 萩花先輩と俺はあっけにとられながらも、ほぼ同じタイミングで「おつかれさま」と閉じた扉に向けて呟いた。

 東雲さんと胡依先輩は一度も寝ずに作業を進めて、今はソファでぐっすり寝ている。
 ちょっとだけ睡眠を取ってから、残っているものを終わらせて、それから手直しをしていくらしい。

 俺も、萩花先輩の助けもあり(というかほぼ萩花先輩のおかげで)もうすぐ終わりというところまで進めた。
 描いているのを見てくれながら、トーン張りや背景、台詞の打ち込みまで手伝ってくれたのだから、本当に頭が上がらない。

 これを終えて一枚絵の塗りを済ませれば、もう本当の本当に終わりだ。
 そう考えてしまうと、不思議と「ああやっと終わった」という徒労感よりも「そうか終わったんだ」というある種名残惜しさのようなものを感じた。

 それは夏休みの終わるまでは終わらない課題とは大違いだった。当たり前のことだけど。

 描ききってしまうと不思議とまた描きたくなるものなんだよ、とちょっと嬉しそうな顔で萩花先輩が言っていた。
 そうかもしれない。何か一つでも大きな目標を達成できれば、見える景色がいろいろと変わってくるのかもしれない。

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:39:55.80 ID:MVi1fTqy0

 こういう気持ちを感じるのは限りなく初めてに近いことだった。
 できることが"当たり前"で、充足感や達成感を得られずにいたのだから仕方のないことといえばそうかもしれないけれど。

 正直なことを言うと、これで満足しているかどうか訊かれたら、
「満足していない」とはっきり言えるだろう。
 時間が足りなかったし、先輩の助けも多く借りてしまった。そして何より自分の技術がまだまだだった。

 でも、それも今の時点での自分の実力だ。『これから』を決めるのは俺自身だ。

 そう思ってしまうと、俺が今まで忌避してきた様々な事象について考えることが少し楽になった。
 勝手に誰かに何かを決められたとしても、俺は俺の理由で行動すればいい。そこに疚しさを感じる必要はない。

 頭ではずっと考えていたことが、事実を持ってやっと真実味を帯びてくる。
 俺に必要だったのは、自分を信じられるだけの"経験"だった。そういう意味での"継続的な努力"だった。

 他人に誇れるものがないと思うのなら、せめて自分で自分を誇れるように。
 ちょっとやそっとじゃ揺れ動かない信念を持って、決して裏切らないように努めること。

 向かい風が吹いてきても後ろを向けば追い風だ、という生き方は生産的ではない。
 行き先は常に定まっている。そういう生き方ができるのは何の目標もなく日々を無為に過ごしている人だけだ。

 自分はそれでもいいといつまで経っても思いきれなかったのは、心のどこかで変わりたいと思っていたからだ。

 向かい風に対してどう立ち向かっていくか。あるいはどう行動すれば風向きが好転するのか。

 肝心なのは"今"どうするかだ。過ぎたことや起きてしまったことばかり考えていたって仕方がない。
 俺はそれを軽視しすぎていた。

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:40:43.54 ID:MVi1fTqy0

【四つ目】

「プレゼント」

 と、目の前に差し出されたものを受け取ってから、声の方向に目を向ける。

「私にですか?」

「そう。白石くんがそういう話をしたって言ってたから私も好きなものをアピールしなきゃなって」

「あ、えっと……そうなんですね。でももらっちゃっていいんですか?」

「ぜひにぜひに。同じものもうひとつ持ってるし、まずあんまり本は読まないからずっと鞄に入れたままにしてたの」

 裏返してみて、と言われ手をひねってみると、
 日付とともに出かけていた答えがそこにあった。

「これは幸せのお裾分け」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:41:58.53 ID:MVi1fTqy0

【結び】

 最後の文を結び終えると同時に、得も言われぬ脱力感が私の身体を襲ってきた。

 結局描いたものを提出したのは私が一番最後だった。
 部長さんは私に言っていたよりも早くに完成させて、私の分の修正作業までしてくれた。

 夕暮れ時の部室に残っているのは彼女と私だけだった。

 あの、と彼女を呼ぶと、ちょっと気だるげで間延びした声が返ってくる。

「最後まで書き終えました」

「ん、そっか。おつかれさまでした」

 嬉しげに笑いかけられて、はっきりと頷く。

「読んでいい?」

「どうぞ」

 こういうものが書きたかったから、というより、これ以外には書けなかったから。
 踏み出せずにいた一歩目。踏み出そうとした一歩目。踏み出してしまった一歩目。

 私は──彼女たちは"それ"を選んだ。
 これからの未来に、どんなことが待ち構えていたとしても。

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:42:46.00 ID:MVi1fTqy0

【SS-]/Four-Leaf Clover】

 犬の鳴き声がして、後ろを振り返りました。
 白いコートに紫色のマフラー。手には少し大きめの袋を握っていました。

 そんなことはありえないと、思わず目を疑いました。でも、近付いてくる人は紛れもなく彼女でした。

 どうして泣いてるの、と彼女は言いました。

 答えたくなくて、涙をごまかしたくて、私は彼女に背を向けました。

 来てくれると思った、と彼女は言いました。

 すぐ隣に何のためらいもなく腰掛けて手を握る彼女を、私は拒むことができませんでした。

 わたしは毎日待ってた、と彼女は続けます。

 毎日待ってて、ちゃんと気持ちを伝えようと思ってた。
 わたしにはあなたが必要なんだって、どんなことがあっても側にいてほしいって言おうと思ってた。
 初めて会ったときからあなたはわたしの特別な人で、会うたびにどんどん気持ちが大きくなって、でも、変えてしまうのが怖くて。

 いつかのように抱き寄せられます。けれど、そのときとは違って彼女の身体は温もりで満たされていました。

 "弱さ"は"強さ"になるんだよ。
 私の"弱さ"は、ただの"弱さ"だから。あなたを見て、そう思ったから。
 だから、わたしはあなたから離れられない、と彼女は言います。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 00:43:22.67 ID:MVi1fTqy0

 数分間に渡っての沈黙の後、私もそうなのかもしれません、と返しました。

 知ってる、と彼女は言います。
 それも知ってました、と私は返しました。

 彼女の言葉は優しすぎて嘘みたいでした。

 でも、彼女はもう私という人間から切り離せない存在なのです。

 彼女の名前も身体も声も、すべてが私にとって重要なものです。

 あなたの弱さを教えてください、と思ったことをそのまま伝えました。
 それはいいけど、ふたりでクリスマスケーキを食べてからね、と彼女は笑いました。

 私は、少しの迷いを断ち切って、彼女の唇に自分の唇を押し付けました。

 照れたように目を丸くする彼女が新鮮で、
 でも、それまで見たなかで、一番嬉しそうな顔をしていました。

 手を絡めました。もう片方の手で涙を拭ってくれました。

 ずっと好きだったの、と彼女は言いました。
 私もですよ、と彼女に向けて、精いっぱいの笑顔を見せました。

 ほんとうは、駄目なのだとしても。叶わないものだとしても。いつか壊れてしまうものだとしても。
 彼女の瞳に映るものが、ずうっと私だけのままであったら幸せだな、と思います。

 私は、彼女のことが大好きです。今も、そしてこれからも。

128 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/04/29(日) 00:44:00.46 ID:MVi1fTqy0
今回の投下は以上です。
あと二回で終わります。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 01:13:57.68 ID:weW1ZXYzO
おつ
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 13:38:40.71 ID:lW5L5lwU0
おつです
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 01:28:40.03 ID:dk65zdUD0
おつ。終わっちゃうのか……
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/21(月) 00:56:34.15 ID:C61HKIcC0
続きが待ち遠しい
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/23(水) 08:16:59.53 ID:LTKfc7dm0
続き待ってます
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/23(水) 16:22:12.50 ID:J4yyOwRe0
続き楽しみに待ってます
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:13:49.52 ID:xutan3/t0

【前日】

「集客用のポスターを描いてもらいます!」

 文化祭まであと一日と迫った放課後、厚紙とマッキーを手に持った先輩が部室全体を見渡してそう言った。

 部室には俺と先輩と、それから東雲さんがいた。
 二人は一昨日から連日夜通しでゲームをしてたらしく、明らかに眠たげな顔つきでいた。

「掲示板に貼ったりするものですか?」

 と訊ねると、当たり前です! とでも言わんばかりに大きく頷きを返される。

「部誌はみんなのおかげで完成しました。それはちゃんとここにあります」

 彼女の指の先、テーブルの上には製本の済まされた部誌が積み重なっている。
 レイアウトは東雲さんが、表紙のイラストは先輩がやってくれたらしい。ここから見ても綺麗に目に映る。

「でも、売れないことにはねえ……」

「まあ、そうですね」

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:14:38.89 ID:xutan3/t0

「去年は完売したからさー、なんとなくそんな感じでいけちゃうんじゃないかって思うじゃん?」

 話が長くなると思ったのだろう、東雲さんが噛み殺したようなあくびをした。
 いや俺に言われても知らねえよ……、と思いつつ、とりあえず首を縦に振る。

「それが売れないんだなー、って思うわけですよ、私は」

「はあ」

「白石くんもそらそらくんもシノちゃんも頑張って描いてくれて、手に取ってくれれば、こりゃすげえ! ってなること間違いないの。
 けどね、ここのフロアまで足を運んでくれる人ってそんなにいないの。……てか全然いないのよ、悲しいことに」

「あ……はい」

 たしかに。

 いつだか読んだ文化祭パンフレットに書かれていた通り、大抵の部活は高校棟の教室を使用するらしく、
 こっちを使うのは文化系の、それもごく一部の部活だけで、校舎全体が閑散としてしまうのは容易に納得がいく。

 許可を取れば向こうの教室を借りることもできたはずだが、まあ忘れていたか気にしてなかったかのどちらかだな。
 極力もともと割り当てられた教室を使いなさいと指示が出ていた可能性もあるけれど。

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:15:15.93 ID:xutan3/t0

「この教室に連れて来さえすれば無言の圧力で勝ったも同然よ」

「ですね」

 値段も手頃だし場所が場所だし、わざわざ来て帰る人もいないだろう。

「私はもう二枚描いたから、あとの三枚を一人一枚ずつで、ね?」

「ビラじゃ駄目なんですか?」

「うん」

「配るのくらいは大丈夫な気もしますけど」

「ああいうの許可取らないで勝手に配っちゃうと出店禁止にされちゃうんだよ。
 うちの文実結構厳しい……っていうか、当日張り切っちゃうから」

 なんとなく分かる。生徒主体のサガ。
 文実には中等部一年で入るほか中途参加はできないとも風の噂で聞いた。

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:15:54.03 ID:xutan3/t0

「東雲さんは?」

 とりあえず俺はいいとして先輩の隣に視線を飛ばすと、彼女は腕を組んでうーんと唸った。

「役割を分担するなら……まあ、いいかな」

「分担?」

「うん。たとえば、部長さんが人や物、私が背景、未来くんが文字デザインとか。
 一人ずつで描いてもいいんだけど、ほら、部誌はずっと個人作業だったなって思って」

 何か一つくらいは共同作業をしてみたいな、と言って彼女は胡依先輩に目を移した。

「シノちゃんの絵に私の絵を乗せるってことね」

「はい」

「……んー、そうだなあ」

「……駄目ですか?」

「いやまあ……」

 てっきり即答で頷くと思ったのだが、先輩の反応は少し薄いように思える。

139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:16:39.86 ID:xutan3/t0

「べつに駄目ならいいですよ」

「えっと、うーん」

「……」

「……あ、でもそうか。順番的にシノちゃんが描いてるの見てられるってことか。
 そっかそっか、ならいいかも。ていうかむしろ大ありっていうか!」

「……」

「シノちゃんの絵を汚しちゃわないかなとか考えてたけど逆にそれもいいかなって思ってきた」

「……汚すんですか?」

「やだなあ、比喩だよ比喩。推しの妄想をしすぎた時に申し訳なくなるアレとおんなじなの」

「は、はあ……そうですか」

 気のせいか。気のせいだな。
 苦笑いしていると、東雲さんがちらりとこちらを窺ってきた。

140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:17:46.73 ID:xutan3/t0

「俺もいいよ」

 乗っておくべき、このビッグウェーブに(てきとう)。

「そっか……じゃあ、そうしよう」

「あ、白石くんは私よりも暇になっちゃうかもだよ」

「大丈夫です」

「待っている間はゲームしよっか! エアライドしようエアライド!」

 そう言ってテレビの方へ歩いていこうとする先輩を、

「あの、真面目にやりましょう」

 と東雲さんはちょっとだけむっとした声音と表情で言い咎める。

「わかってるわかってるー」

 くるっと向き直した先輩は、そのまま東雲さんに抱きついた。

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