追われてます!'

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141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:18:36.86 ID:xutan3/t0

 うん。
 なんつーか、うん。

「未来くんどうして笑ってるの?」

「ん?」

「いや、あの、笑ってる」

「……あー、仲良いんだなって」

「……そ、そう」

 東雲さんがふいっと目を逸らすのと同時に、胡依先輩は顔だけで振り向き、ふふんと得意げな笑みを浮かべた。

「そうそう。意外と白石くんの責任は重大だからね。ちゃんとお客さんを呼び込める文章を考えなきゃだよ」

「明朝体ごり押しで駄目ですかね」

「いいかもしれない」

「いいんですか」

「刻明朝おすすめだよ」

「はあ」

142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:19:11.58 ID:xutan3/t0

 図らずも仕事がどんどん楽な方向に吸い寄せられている。
 文章を考える、と言っても部誌一部何円とかしか書くことがないだろうし。

「当日って売るだけなんですか?」

 そう考えてしまうと、ほかに何かすることはないだろうかと思考が及ぶ。

「どうして?」

「部誌を売ります、ってだけだと情報量が少なすぎるかなって。
 あとはここの部室の場所と部の名前くらいしか書けないですし」

 たしかにそうかも、と先輩は頷く。

「でも、たとえば?」

「たとえば……えっと、そうですね。
 お題とか好きなキャラクターを言ってもらって、描いて渡すとか」

「スケブみたいに?」

「そんな感じです。やれることって限られてると思うので」

143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:19:54.59 ID:xutan3/t0

「即興かー。私はそれでもいいけど、白石くんはできる?」

「やっぱ難しいですかね?」

「イチからってなると難しいと思うよ」

「ですよね」

「でもまあ、いいんじゃない。書けることが多いに越したことはないし」

「わかりました」

「それに、リクエストがなくても当日暇なら一人で勝手に描いてるだろうから変わんないよ」

 書いちゃっておっけーだよ、と先輩は再度頷いた。

「じゃあ、各自作業に入りますか」

「うん。そいじゃがんばろー」

「がんばりましょう」という東雲さんの声とともに、ポスターの制作作業が始まった。

144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:20:49.60 ID:xutan3/t0

【前夜】

 夕飯時を少し過ぎたあたりで家に帰ると、奈雨がリビングのソファにもたれかかっていた。

「ただいま」と声を掛けると「おかえりなさい」と心なしか眠たげな返事が返ってくる。
 キッチンにはラップのかけられた一食分の食事が置いてあり、それを持ってダイニングテーブルにつく。

「佑希は?」

「ん、あれ、聞いてない?」

「なにを」

「部活の友達の家に泊まりに行くって」

「聞いてない」

「わたしは今日の朝に言われた」

「そっか。……え、佑希が?」

「うん」と彼女はなんでもないように頷く。

145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:21:21.75 ID:xutan3/t0

「話しかけてくるし、なんかやたらと」

「……」

「まあ気にしたら負けだと思うよ、こういうのは」

 よいしょっ、と口に出しながら彼女は立ち上がり、俺のすぐ向かいに腰を下ろす。

「今日も部活だったの?」

「うん」

「たいへん」

「まあ、それなりに」

 原稿を提出してから、ほぼ初めてのちゃんとした部活だった。
 文化祭が終われば、またここ数日のようになるのだろうと思う。忙しい方が珍しい。

「そういえば」と奈雨は何かを思い出したようにはにかむ。

「お兄ちゃんの部活の先輩ってやさしい人しかいないよね」

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:22:03.39 ID:xutan3/t0

「そう?」

「すごく話しかけてもらえた」

「よかったな」

「……あ、それと入部しないかって」

 そうだ、すっかり忘れてた。
 部員……東雲さんは入るとして、それで四人。あと一人必要だ。

「奈雨が入りたいならいいと思うけど」

「お兄ちゃんはいいの?」

「いいって、何が?」

「なんていうか、その……わたしがいても邪魔に思わない?」

 真剣な表情で、奈雨はまっすぐにこちらを見る。
 どうして、と言いかけて、訊いても仕方ないのではないかと俺は首を横に振った。

「思わないよ」

147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:22:39.28 ID:xutan3/t0

「ほんと?」

 窺うような問いに、「うん」と目を見て頷く。
 すると、数秒した後に、彼女は「そっか」と呟き、頬を緩ませた。

「お兄ちゃんはわたしに入ってほしいのね。わかったわかった」

「そうなるのか」

「え? 入ってほしいんでしょ?」

「……」

「ちがうの?」

 なんだろう、この恥ずかしいことを言わせたがってる感は。
 ……まあ奈雨らしいと言えばそうだけど。心のどこかがくすぐられたのか嬉しそうだし。

「俺がとか以前に奈雨が入りたいならな。……ま、なんつーか、入ってくれたら嬉しいけどな」

「お兄ちゃん微妙に素直じゃない」

「じゃあなんて言えばいいんだよ」

148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:23:22.05 ID:xutan3/t0

「『放課後も一緒にいたいから部活も同じがいい』とか?」

「放課後も一緒にいたいから部活も同じがいい」

「うわあ、まったく心がこもってない」

 手をぽんぽんと打ち鳴らしつつ、奈雨はけらけら笑う。
 それから少し気分が良くなったようで、うーんと伸びをしてから小首をかしげた。

「わたしの作ったご飯はおいしいかー」

「おいしいよ」

「この前みたいに勝手に食材使わせてもらったから、かなり簡単なものだけどね」

 そう言いつつもきちんと一汁三菜(ひとつは出来合のものだけど)が用意されてるあたり、
 普通に料理を知ってるというか、いつもちゃんと栄養周りを気にした食生活をしているのだと思わされる。

 伯母さんがかなり料理上手な人だから、あの母にしてこの娘あり、という感じだ。

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:24:12.92 ID:xutan3/t0

「今月だけでお兄ちゃんに二度も手料理を振る舞っちゃった……」

「じゃあ今度お返しに何か作ろうか?」

「え、ほんと? ……でもわたしよりお兄ちゃん料理上手じゃん」

「そんなことないよ」

「なくない。見てて手際がちがう気がする」

「……」

「まあそういう料理が上手なとこもお兄ちゃんのいいとこなんだけどね」

「……はあ」

 反応に困る俺に対して、わざとらしいため息をついて、

「女たるもの、男の人の胃袋は確実に掴んでおきたいのですよ」

 顎に手をやり、ちらとこちらを見てから、

「……がんばろ。もっと練習しよ」

 と彼女はぼそりと呟いた。

150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:26:08.46 ID:xutan3/t0

【夜更かし】

 ここ数日のように、日付を回って少し経ってから自室へと足を運んだ。

 ベッドは奈雨が使っているはずで、俺はその下──床の布団で寝るつもりでいたのだが、
 彼女の姿はそのどちらにもなく、部屋の電気を入れようとリモコンへ手を伸ばしたときに、ぬるくも冷えた風が足下に伝わる。

 出処である窓へと目を向けると、ひらひらとレースカーテンが揺れていて、
 薄着の肌に若干の寒さを感じながらも近付く。なぜか足音を立てないように。

 外を覗くと、ベランダのデッキチェアに寄りかかり、眠っているように目を閉じる彼女の顔がはっきりと見える。
 耳を澄ますとゆったりとしたメロディが聴こえる。どうやら鼻歌を歌っているらしい。

「風邪引くよ」

 声を掛けると、彼女は首だけをこちらに向けて「うん」と頷く。
 僅かに間をあけて、すぐ隣のデッキチェアの背もたれをぽんと叩いて、

「さっき出たばかりだから、大丈夫」

 と俺も外に出るように促してきた。

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:26:59.61 ID:xutan3/t0

「眠れなかったの?」

「うん」

「……緊張?」

 問いつつ、彼女の隣に腰を下ろす。
 近いようで近くない距離。ちょっとだけ身体を彼女の方へ近付ける。

「そうじゃないって言いたいけど、多分そうかな」

「そっか」

「うん」

「よく緊張するんだっけ?」

「わたし?」

「そう」

「するする。めっちゃする」

 学校のテストの時とか、初対面の人と話す時とか、と言って奈雨は笑う。

152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:27:33.05 ID:xutan3/t0

「練習はたくさんしたけど、本番は本番だから……ね?」

「うん」

「お兄ちゃんはそういう時でも緊張しなさそうだよね」

「そう?」

「なんとなく、そんな気がする」

「じゃあそうしておこう」

「あはは、なにそれ」

 軽快な声とともに彼女の髪が風でなびく。
 ふわりと香る匂いに吸い寄せられるように、また少し近付く。

 何か話したいことがあったはずで、でも、それは今でなくてもいいのかもしれない。
 明日は文化祭で、クラス展示当日だ。

 肘掛けに置かれている彼女の手にそっと自分の手を重ねる。

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:28:46.93 ID:xutan3/t0

「なに?」

「緊張。少しでも取れたらいいと思って」

「ふふっ……そーかそーか」

 奈雨は触れあっている手を軸にして向き直り、俺を見上げる。
 んっ、と息を呑む音がしたかと思えば、それからすぐに気を取り直すような吐息が聞こえた。

「あのさ、お兄ちゃん」

「ん?」

「ちょっとだけ、昔の話、してもいい?」

 俺は彼女と目を合わせて、首だけで頷きを返した。

「……あのときのこと、ずっと言わなきゃなって、思ってて」

「うん」

「あの頃のわたしは……ううん、ちがう。今でも、少しだけそうなんだけど……」

 ──人の視線が怖かったんだ、と彼女は途切れ途切れに言う。

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:29:34.36 ID:xutan3/t0

「わたしの周りの人はみんなやさしいし、すごく恵まれてるのもわかってる。
 学校に行けば話しかけてくれる友達がいて、家に帰れば気に掛けてくれる家族がいて……でも、それでもわたしはわからなかった」

「……なにを?」

「……自分が周りの人にどう振る舞えばいいのか、とか」

「……」

「自分じゃない誰かの期待通りに振る舞うしかなかった。人に好かれるための行動はしなきゃいけないことだとも思ってた。
 人のことがわからないならわからないなりに、そういう折り合いをつけるしかないんだって考えてた」

 お母さんとお父さんに心配をかけたくなくて、作りたくない友達を作ったり、外に遊びに行ったり、
 誰かひとりにでも嫌われるのが怖いから、関わる人みんなに愛想よく接して、自分なんて持たないようにして。

155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:30:34.47 ID:xutan3/t0

「そんな毎日のなかで一番つらい時間は、夜にベッドに横になって真っ暗な天井を見上げて、
 今日のわたしは上手くできてたかな、誰にも迷惑かけてないかな、ちゃんと笑顔を作れてたかな、って一日を振り返る時だった」

「……うん」

「だからかな。いつのまにか、わたしは寝ることが怖くなったの」

 いくら悩んだところで、朝起きれば学校に行かなくちゃならなくて、また気を張らなきゃいけなくて、
 でも、眠らなければ、ずっと自分の部屋に閉じこもっていれば、わたしはわたしのままでいられる。

 ほんとうの、ただ弱いだけのわたしなんて誰も受け入れてくれないし、求められもしない。
 だから──夜になると、明日への不安で押しつぶされそうになって、目を、閉じられなくなって。

156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:31:13.95 ID:xutan3/t0

「……お兄ちゃん。あのときわたしが言ったこと、覚えてる?」

 訥々と続けてきた言葉を止め、彼女は小さく首をかしげる。
 ほのかな微笑は強がっているのだろう、手にかかる力がほんの少し強くなる。

「こんなふうに二人で夜に話したことだよな」

「……うん。そうだよ」

 彼女からの返答に安堵のようなものを感じつつも、一呼吸置いて、

「覚えてるよ」

 と口にした。

 あのとき──俺が、奈雨の家に泊まったときのこと。

 彼女の様子は思っていたよりも普通だった。
 それこそ、学校に行けなくなってしまったとは信じられないくらいに。

 ただ、今の話を聞くと一つ合点がいくことがある。
 夜になって、奈雨は俺に『一緒に寝てほしい』とお願いをしてきたはずだ。

 今にも泣き出してしまいそうな表情で俺の寝ていた部屋に来て、
 怖い夢でも見たの? と訊ねたら、ただ曖昧に頷くだけで、何も答えてはくれなくて。

157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:32:02.24 ID:xutan3/t0

「じゃあ、お願いも……覚えてる?」

「うん。……覚えてるよ」

「……そっか。よかった」

「……うん」

「……いちおう、何て言ったか訊いてもいい?」

 最後の確認だとばかりに、奈雨はそう言って俺の表情を窺う。
 覚えてないだろうと思われていたのかしれない。俺の今までの態度と照らし合わせれば、そうなってしまっていても不思議ではない。

 俺も奈雨に対してそういうことを考えていたから、どこかのタイミングで訊いてしまいたいと思っていた。
 でも、それは出来なかった。俺から見た奈雨は十分強くなっていて、そんなお願いなんて無効だと勝手に諦めていた。

 言われたこと自体は鮮明に覚えている。一人で何度も思い返していたから。

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:32:54.09 ID:xutan3/t0

 ──もし、わたしが"みー"に追いついたらさ。

 自分の言ったことは何一つとして覚えていない。
 気の利いたことを言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。

 半ば自戒のような言葉を彼女に投げかけて、
 結果的にそれを押しつけてしまっていたかもしれない。

 ──そのときは、わたしと……。

 でも奈雨は「ありがとう」と頷いてくれた。

「"またこういう風に二人で話してほしい"」

 今は自信がないけど、そのときはきっと言えるから、って。
 だから、わたしが自信を持てるまで待っててほしい、って。

「……」

「……間違ってる?」

「ううん、合ってる。合ってるよ」

 覚えてくれてたことが嬉しいの、と彼女は本当に嬉しそうに笑う。

159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:33:56.17 ID:xutan3/t0

「わたし、もう言えるよ。お兄ちゃんに言いたかったこと、ちゃんと言えるよ」

「……」

「まだちょっとだけ怖さはあるし、それはなくそうとしてなくせるものじゃない。
 あのときよりは怖くなくなった、って証明をするのも難しいことなんだと思う」

 だからさ、と彼女は言葉を繋いで、

「明日、わたしのことをちゃんと見ててほしい」

 俺がどんなことを考えてるかをわかった上で、奈雨はそう言っているのだと思う。
 誰かと何かを比べれば答えは簡単に出る。でも、そんな答えはすぐになくなってしまう。

 きっと奈雨が比べたいのは"過去の自分"だ。
 だって今の自分を認めるには、それ以外の手段なんてないのだから。

「わかった」と俺は頷いた。

「ちゃんと見てるから」

「……うん」

160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:35:12.52 ID:xutan3/t0

 まだ話をしたい気持ちもなくはなかったけれど、さすがにもう遅いし寝ようと、
 文化祭やあれこれについて二、三やり取りをしてから室内に戻ることにした。

 話しているうちに自然と奈雨の手のひらは上を向いていて、しっかり俺の手をとらえていた。
 繋いでしまうと離したくなくなるのはいつものこと。それは奈雨も同じようで、ベッドに乗ると俺の手をぐいと引いてきた。

 今更ながら逡巡する俺に「わたしの緊張をほぐしてくれるんじゃなかったの?」と言った奈雨の顔は暗闇で見えなくて、
 売り言葉には買い言葉だろうと「そっちの方が余計緊張するんじゃない?」と返すと拗ねたような声とともに手を引く力が強くなった。
 俺はさして抵抗しなかった。

「そういえば……」

 と横向きで向かい合ったまま、奈雨は口を開く。

「お兄ちゃんって寝相いいよね」

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:36:15.50 ID:xutan3/t0

「奈雨が悪いだけだと思うよ」

「なにしても基本起きないし」

「……何かしたの?」

「してないです」

 なぜ敬語。
 まあいいけど。

「うつ伏せで寝る人よりも仰向けで寝る人の方が独占欲が強いんだってさ」

「ふうん」

「つまりお兄ちゃんは強めってことだね」

「奈雨だってそうだろ」

 今は話をしているから正面を向き合ってるけど、寝るときはどうせ仰向けになるだろうし。
 ……と思っていたのだが、

「わたしは──」

 と奈雨はくすっと笑って、俺の足に自分の足を絡めてきた。

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/29(火) 01:36:43.88 ID:xutan3/t0

「横向きで何かを抱いて寝る人が一番すごいんだってさ」

「あ、そう」

「……てことで、はい」

「なに」

「……」

 手が離れて、そのまま首元に手をまわされる。
 仕方ないか、と俺も腰の辺りに腕をまわす。

 顔が触れそうなほどに近い。というか触れてる。

「じゃ、じゃあ……おやすみなさい」

 やってみたらやってみたで恥ずかしかったのか、奈雨は声を小さくしながら目を瞑った。
 なんだよ、と指摘してみたい気持ちもあったが、俺だって普通に──いや普通以上に気恥ずかしいわけで。

「おやすみ。また明日」

 と隣で寝るのには少しだけ不釣り合いなような言葉を返して、俺も目を閉じることにした。

163 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/05/29(火) 01:37:39.08 ID:xutan3/t0
今回の投下は以上です。
もしかしたら次で終わらないかもしれません。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 07:23:19.81 ID:jfVo+nq0O
おつです
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 19:13:38.64 ID:ORBEI9ABo
控えめに言って最高
奈雨ちゃんマジでかわいい…
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/30(水) 13:07:41.19 ID:yD0+k4u30
甘い描写に定評のある1
乙です
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/14(木) 23:41:47.79 ID:r3Psyyzz0
おつです
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/25(月) 07:55:56.57 ID:QnRQPIml0
続きまだかな…
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:18:55.38 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー1】

 文化祭は想像以上の賑わいを見せていた。
 生徒が盛り上がるのはもちろんのこと、お客さんもみんなテンションが高い。

 教室の入口付近に設置している受付の椅子に座って人を捌きながら、広い廊下を先の方まで見渡してみる。

 制服姿の中学生、他校の高校生、子供連れの家族、とりあえずいろいろな人がいる。
 他のところと若干時期をずらしているのはこのためだろう。こんなに人が来るなんて思いもしなかった。

 俺に課せられた仕事は簡単で、パンフレットにスタンプを押し、気持ち程度のお金を受け取り入口に向かって「どうぞ」だのと言うだけ。
 アトラクションでお金って取るのか……と少し考えたが、うちのクラスはお代はお客さん自身に決めてもらうという形をとっていた。
 となると無料でもいいのだが、まあ、律儀に五十円から百円くらいはみんな払ってくれている。中には千円札を入れてきた人もいた。

 全部でどのくらい入っているだろうかと箱の中身を見ようとしたところで、ビラ配りへと駆り出されていたソラが戻ってきた。

「どうよ、お客さん入ってるか」

「まあぼちぼち」

「そっか。あ、店番代わろうか?」

「なんで?」

「……ん、あの子とは?」

「奈雨は今ステージにいるはず」

 腕時計を確認する──十時過ぎ。
 午前の部が始まる時刻はもうすぐだろうか。

170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:19:46.33 ID:CaJ2VfCb0

「あー、そういやそうだったな。おまえ見に行かないの?」

「来るなら午後に来てくれって言われたから」

「体育館今でもめっちゃ混んでたぞ」

「ステージ人気らしいね」

「じゃあ俺遊んできていい?」

「なぜそうなる」

「え、だめ?」

「いやいいけど」

 特にすることもないが、ここにいてもそれは変わらない。
 一人であちこちをうろちょろするよりはクラスに貢献した方がいいだろう。

 何か昼飯買ってきてやるよ! などと言って足早に去っていくソラの後ろ姿を見送り、
 手元のパンフレットを広げ、近くの階の模擬店と、それからステージの予定表を確認する。

 午後の部の一回目は……十三時半からか。
 こういうときの待ち時間は決まって時間が長く感じる。世の定め(なんだそれ)。

 そういえば東雲さんと胡依先輩はどうしているんだろう、とぼんやり考えていると、次のお客さんがやってきた。

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:20:29.57 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー2】

 耳に届く賑やかな声も、漂う美味しそうな匂いも、この部室の中ではどこか遠いものに感じられる。
 文化祭は始まった。けれど、何もすることがなければ実感はやってこないらしい。

「私たちもどこか行きますか?」

 ためしにすぐ近くで死人のような寝方をしている彼女にそう声を掛けてみると、

「ねむい」

 とただ一言だけが返ってきた。目を向けてすらくれないのだから本当に眠いようだ。 

 立ち上がり、窓辺に身を寄せ、手持ち無沙汰をあらわすようにため息をつく。
 クラスの方も、べつに私が出ても出てなくても変わらないし、すすんで行きたくもない。

 だから部長さんがここから動きたくないなら、私も同じように動かないのが一番かもしれない。

172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:21:07.79 ID:CaJ2VfCb0

 けどまあ、

「どこか行きましょうよ」

 とは言っても、私だって少しくらいは楽しみたい。
 高校初の文化祭なのと、それと、楽しませてくれそうな人が近くにいるから。

「んー、クラスの人に会うの気まずい」

「どうしてですか?」

「クラスサボってるからさー、誰かに見つかっちゃうと面目ないしー」

「はあ」

 どうしてもここで寝てたいのかな。ばれないようにもう一度息を吐く。

「そういえば、なうちゃんのクラスが演劇やるらしいですよ」

「え? ……へえ、そうなんだ」

「見に行きませんか?」

「……」

 模擬店に行ってもどうせ二、三店が関の山だろうと長い時間楽しめそうなものを提案したのだが、
 何かを考えるように、部長さんは私から目を背けて少しのあいだ口籠った。

173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:21:49.68 ID:CaJ2VfCb0

「ちょっとだけ聞いたんですけど、たしか、内容は──」

「わかるよ」

「……え?」

「なうちゃんのクラスがするのは知らなかったけど、どういうものなのかってのは、まあ」

「あー、そうなんですね」

 私が知らないだけで、多分どこかで読んだりしたことがあるものなのだろう。
 文化祭でやるくらいだから結構有名なのかもしれない。この人はそういうの見なそうだけど。

「他にシノちゃんの行きたいところは?」と彼女は言って、ぱんと手を叩く。乗り気になってくれたのだろうか。

「じゃあ、お昼食べに行きますか」

「学食?」

「でも。コンビニでも屋台でもいいですよ」

「パフェとか食べちゃおっか」

「いいですね」

 それまでの気だるげな様子から一転、調子づいたような勢いで彼女は腰を上げた。

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:22:30.64 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー3】

「や、この間ぶり」

 お昼時になり客足が疎らになってきた頃に、すぐ近くからそう声が掛かった。
 この声はたしか、と思いつつ顔を上げると、やっぱり秋風さんが立っていた。

「隣いい?」

「どうぞ」

 自然な(自然か?)流れで彼女は俺の隣のパイプ椅子に腰を下ろす。
 そういえば他校の生徒も制服姿が多い。彼女もご多分に漏れず緑のリボンが特徴的な制服を着ている。

「今日は一人で来たの?」

「ううん、友達と。気を遣われたのかいなくなっちゃったけど」

「ああ、善くんと」

「そうそう」

175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:23:18.33 ID:CaJ2VfCb0

「呼んでこようか? 中にいると思うよ」

「あー……まだいいよ。仕事中でしょ」

 抜けたら連絡するって言ってたし、と。
 それを言ったら俺だって仕事中なんですけど。……まあいいや。

「どこか面白いところとかあった?」

 俺からの質問に、秋風さんは意外そうな顔をした。

「うん。どこも楽しかったよ」

 と彼女は一瞬俺の表情を窺って、

「……ごめん、嘘かも」

 とすぐに翻した。顔が少し強張っている。

「つまらなかったの?」

「いや、えっと……楽しいには楽しいんだけど」

「うん」

「"こんなもん"かなあ、って思っちゃってさ」

「……そっか」

 "こんなもん"、か。

176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:24:05.76 ID:CaJ2VfCb0

 言わんとしていることがわかるからこそ、軽率な反応は取れない。
 目線が平行なら見える景色も変わるし、考え方が変わればなおさらだ。

「ごめんね。こんなこと言って」

 彼女は苦笑しつつ頬を掻いて、前を通り過ぎていく人たちに目を向けた。

「……この前のことも、ごめんね」

「……いや」

「私、勝手なことばっか言ってたよね」

「そんなことないよ」

 自分で言っておいて、その言葉の白々しさにため息が出る。
 すぐ取り繕おうとするのをやめたいと思ってもなかなか上手くはいかない。最近はいつもそのことを考えている気がする。

「本当のことを言うと──」と、言い訳のように前置きして、

「あながち間違ってもなかったから。全て合ってはいないけど、どちらかといえば……」

「……」

177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:24:38.36 ID:CaJ2VfCb0

「だから、こっちこそごめん」

「……うん」

 うん、と彼女はまた頷いて、それからどうして自分が謝られてるんだろう、というような顔をした。
 説明するのが筋かと思ったが笑って誤魔化した。これ以上はべつに言わなくたっていいことだ。

「あ、あとね。これソラくんが持ってけって」

 沈黙を埋め合わせるように、彼女はビニール袋を机の上にのせた。
 中にはたこ焼きやら焼きそばやらが入っていた。いかにも文化祭らしい。

「秋風さんも食べる?」

「えっと……いいの?」

「いいよ。どうせソラの奢りだし」

「……じゃあ、ありがたく」と彼女は控えめに笑った。

 あとで、ソラに礼を言っておこう。

178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:25:59.81 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー4】

 受付の仕事を終え、高校棟の廊下を歩いていると、階段のところに零華の姿を見つけた。
 看板を手に持ちあからさまにぶすっとしていたから、気付かないふりをする。

「ちょっと待ちなさいヘタレ先輩」

 呼び止められる。
 というより付いてこられている。

「ヘタレってなんすか」

「泊まりなのに何もしなかったんですよね」

「……あの場所に立ってなくていいの?」

「サボります」

「はあ」

「奈雨ちゃんを見るために!」

 ふんす! と荒い鼻息を立てる。
 やっぱブレねえなこいつ(呆れ)。

「で、どうなんですか。今のところはBまでとか?」

「古風な言い回しだな」

「そんなことはどうでもいいです」

「あっはい」

 自分で言ったんじゃん。

179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:26:34.85 ID:CaJ2VfCb0

「奈雨ちゃんわたしに何も教えてくれないんですよ」

「そりゃそうだろ」

「今朝なんか先輩と何か──ナニかあった? って訊いてみたんですよ」

「なぜ言い直す」

「そしたら『ふふふ、どうでしょー』って……。それはそれで表情とかめちゃくちゃときめくんですけど、ぼかされると気になっちゃうじゃないですか。
 ほら、見えそうで見えない女子高生のスカートとか…………ってなに見てるんですか警察に通報しますよ」

「見てねえよ」

「……ま、先輩はわたしに興味ないですもんね」

 歩きながら、彼女は人差し指を突き立てる。
 ふっと呆れ笑いをするように緩んでいた口元は、段々と楽しげなものに変わっていった。

180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:27:25.42 ID:CaJ2VfCb0

「奈雨にさ、昨日言われたんだよ」

「なんてですか?」

「『わたしのことをちゃんと見ててほしい』って」

「あ、お惚気ですね。もっと聞かせてください」

 ここでいっちょ言っときましょう! と零華はなぜか必死だった。

「言いません」

「どうしてですかー。けちすぎますよ」

「どんなことされるかわかんねえし」

「なっ! そ、そんなやばめなことが……?」

「なにもないです」

 零華になら言えないことでもないけど、なるべく自分の心に留めておきたいと思った。
 なおも不満そうな零華をあしらいつつ校舎の外に出ると、

「あれ。れーちゃん?」

 と、うちの学校の女子生徒が近付いてくる。

181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:28:08.78 ID:CaJ2VfCb0

「あっ」

「サボり? ダメだよれーちゃん。持ち場に戻らないと」

「えー、だって」

 零華は助けてくれと言わんばかりにちらと俺を見る。
 と、俺の存在に気付いたらしい。目を向けられる。

「……っと、彼氏さん?」

「え」

「ああ、デート中……」

「……ま、まあそんな感じ、かな?」と腕を取られる。

 何やってんだこいつ。深刻なツッコミ不足。
 真面目そうな零華のクラスメイトはふむふむと頷いて、

「ならいいっか。せっかくの文化祭だしね」

 と言って、零華の持っていた看板を受け取った。

「……いや、あの、零華?」

「……えっと、先輩が抵抗しないのが悪いと思います」

182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:28:59.32 ID:CaJ2VfCb0

「俺が悪いのか」

「いや、ちょっと奈雨ちゃんの気持ちがわかった気がします」

 意味のわからないことを言うとあっさり腕を離して、嘘だという旨を説明しはじめた。

「この人は、わたしの好きな人の好きな人!」

「そうなんだ」

「今からうちのやつ見てくれるらしいから、一緒に行こうとしてたの」

「なるほど」と顎に手をやりながら零華のクラスメイトは言って、

「あ、奈雨ちゃんの、ってことね」

「そうそう」

「ふふ、そっか。わかったわかった。れーちゃんも見てらっしゃい」

 失礼しました、とその子はぺこりと頭を下げてその場から立ち去った。

「零華の好きな人の好きな人で伝わるんだな」

 真偽はともかくとして公然の事実として定着しているらしい。

「あっはい。いつも愛を伝えているので」

「冗談に聞こえないんだが」

「いやいや、わたしはいつだって本気ですからね」

 わたしを見習って先輩もはやく素直になってくださいね、と言って零華はにこりと笑った。

183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:29:57.08 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー5】

 カーテンの閉め切られた体育館は僅かに暑さが篭っている。
 入場規制がかかるまでではないにしろお客さんはかなり入っていて、椅子に座れず立ち見の人まで出ているくらいだ。

 零華が言うには文化祭中の体育館はずっとこんな感じらしい。
 ステージ部門がうちの文化祭で一番の華ですから、と。たしかに納得できる。

「あ、みーくん。零華ちゃん」

 不意にかけられた言葉とともに、肩に手が置かれる。

「おひさしぶりです」
「こんにちは。奈雨ちゃんのお母さん」

 伯母さんは微笑して、「こんにちは」と俺たち二人の隣に腰を下ろす。

「こんなに良い席取っててくれるなんて。ありがとね、零華ちゃん」

「いえいえ。奈雨ちゃんを間近で見るためですから」

184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:31:01.67 ID:CaJ2VfCb0

「ふふっ、そうね。……そういえば、身体の方はもう大丈夫なの?」

「はい! おかげさまでもうピンピンしてますよ!」

 ご心配おかけしました、と零華がやや申し訳なさそうに頭を下げる。
 そこで話は一旦終わったようだったが、零華の何について話をしていたのだろうか。

「みーくんも、うちの娘がお世話になりました」

 と、そんなことを考える余裕もなく視線がこちらに向く。

「いろいろ迷惑かけなかった?」

「えっと、はい」

「佑希ちゃんとも?」

「それは、まあ……」

 あることにはあったけれど、結局のところ雨降って地固まったというか。
 佑希が歩み寄ろうとする態度を示した。当の奈雨は、それをあまり受け取りたくはなさそうだったけれど。

185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:32:29.50 ID:CaJ2VfCb0

 答えあぐねる俺の様子で何かを察したのだろう。
 伯母さんは、うんうん頷きながら頬のあたりを掻いて、

「ちゃんといちゃいちゃしてた?」

 と言った。

「……はい?」

 世界(俺の表情)が凍りつく。

「二人で寝たりした?」

「なんでそうなるんですか」

「えっ、……その、自然な流れ?」

 どういう流れだ。全くもって自然じゃない。

「どうなの、みーくん」

「先輩。どうなんですか」

 心強い味方を得たとでも言いたげな、少し悪戯っぽい声音で零華も質問を重ねる。

「うちの子はぐらかすからさあ」

「ですよね」

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:33:40.82 ID:CaJ2VfCb0

「みーくんについて訊くと返事来なくなるのよね」

「あ、わたしもです。めっちゃ話逸らされます」

「もう知ってるんだから今更恥ずかしがってもって感じなのにね」

「わかります」

「でもたいがい顔を赤くするからバレバレなのよね」

「実際それを楽しんでるところはあります」

「あら零華ちゃんお目が高い!」

「ふふふ、ありがとうございます」

 勝手に盛り上がってる。
 内容はかなりひどい。相性は抜群(なんだこの二人)。

「で、どうなの?」

「……いや、えっと、寝はしましたけど」

「けど?」と零華が囃し立ててくる。

187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:34:13.32 ID:CaJ2VfCb0

「……何もないですよ」

「何もって、その何もとはって話になっちゃうけど」

「やめてください」

「まあ、二人だけのヒミツってことね」

「いや本当に何もないですって」

「……ふうん」と伯母さんは茶化したように笑う。

「怪しいですよね」

「ねー」

「でも素直に照れるなんて先輩も案外かわいいとこありますよね」

「わかるわかる」

 ……。
 もう聞く耳を持たないことにした。

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:34:51.00 ID:CaJ2VfCb0

 俺がいくら訊いても答えないとわかってからも二人の会話は尽きなかった。

 話題が急にあちこちに飛ぶ人たちだから半分くらい聞き流していたけれど、
 今からする劇の脚本がオリジナルであることだとか、衣装や小道具作りにかなり凝ったということを言っていた。
 なんでも、その方がポイントが高いんだと。許可を取るのがすんなりいってよかった、とも言っていた。

「あ、始まるみたいですよ」

 と零華が声を上げるとすぐにアナウンスがなされ、追ってブザーが鳴る。

「そうそう。みーくん。これお願いできる?」

 伯母さんから手渡されたのはお高そうなカメラ。

「旦那が撮ってこいってうるさくってさあ」

 ということらしい。

「まあ、みーくんが奈雨を見るのに集中したかったら切っていいからね」

「はあ」

「うちの娘をかわいく撮ってね」とこそっと耳元で囁かれた言葉に、「わたしもほしいです!」と零華が耳ざとく反応した。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:36:52.72 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー6】

 水を打ったような静けさの中で、舞台の幕が上がる。

 ナレーションが終わると同時に、奈雨の演じる少女──「わたし」が舞台上にやってくる。
 緊張をほぐすためなのか、もう演技が始まっているのか、奈雨は衣装の胸のリボンを軽く摘まんで息を吐き、客席に向けて儚げに微笑する。

 目を閉じ、開き、左右に首を巡らせる。
 その視線が、一瞬だけこちらに向けられたように思えた。


 物語は「わたし」のモノローグを中心に展開していく。

 陽の射さない部屋。少しばかり広い屋敷の、以前まで使用人が住んでいた一室に「わたし」は居る。
 家族は「わたし」のことを腫れ物のように扱っていた。
 母と父は彼女を壁一枚隔てたような、他人行儀な振る舞い方をし、たった一人の姉は彼女と関わること自体を避けているようだった。

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:37:51.13 ID:CaJ2VfCb0

 前まではこうではなかったんです、と「わたし」は言う。
 そして顔を俯かせ、消え入りそうな声で、

「それがどうしてなのかも、何一つわからないんです」

 彼女は自分を責めた。そうされた理由がわからなくとも、どこか自分に悪いところがあるのだと思って。

 食事の際には、彼女の姿が見えるとすぐにそれまでの談笑が止み、部屋をあとにするとまた楽しげな声が耳に届く。
 休日になると家族は彼女を置いてどこかへ出かけていく。彼女は屋敷で一人過ごす。
 唯一話をしてくれていた人もここから居なくなってしまった。あまり大きいとは言えない部屋には無機質な家具のみが残っている。

 長期的にそんな状態が続けば、家族の一挙一動に対して恐怖に似た感情を抱くことになる。
 食事も外出も何もかもを一人でするようになる。頼れる誰かなどいないのだから。

 家族に笑っていて欲しい、というのは建前で、本心ではただ辛いだけだった。でも、そうすることが最善だと思わざるを得なかった。

 毎日夜が更けてくると、「わたし」は椅子に浅く座り、手に持った人形にその日あったことを詳らかに話す。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:39:33.03 ID:CaJ2VfCb0

「こんなことに意味なんてないのかもしれないです。──けれど、こうしていないと怖くてたまらなくなるんです」
「忘れたいことばかりでも、わたしは忘れたくはないんです。何の面白みのないようなことでも、それは変わりません」
「あなたがいたときのこと、わたしはもう覚えていません。楽しかった、という朧気な印象しか残っていません」
「だから──そういうふうになってしまうなら、何もないことよりは、何かがあった方が少しでも救われるんじゃないかって考えてしまうんです」

 だって、そうじゃないと……と「わたし」は人形を強く抱きしめる。

「ほんとうに何もないのなら、……ずっと、目を閉じ、眠っていた方がいいでしょう」
「でも、そんな単純なことではないんです。それは、わたしだってわかっています」
「楽しいことだって、わたしが見つけていないだけであるのかもしれません」
「……ただ、『ある』を指し示す何かすらないのなら、わたしは……わたしなんて──」

 わたしなんて──。

 これ以上言ってはいけないと思ったのか、彼女は口元を手で覆う。
 数秒の沈黙の後、緊張の糸が切れたようにはっと息をつき、そして自嘲を含んだため息をついて、

「……いえ、ここでやめておきましょうか」

 おやすみなさい、と彼女は言う。抱えたものから手を離し、こちらに背を向ける。
 わざとらしい欠伸も、眠たげに目を擦るのも、"本当は眠りたくない"という心理を表しているようだった。

192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:40:17.42 ID:CaJ2VfCb0

 場面が切り変わる。

 彼女が目を覚ますと、顔を上げた方向から陽が注いできていた。
 その光に誘われるままに部屋から出る。
 庭(緑があるから多分そうだろう)の井戸の縁に座り誰かが本を読んでいる。

「ここで何をしているんですか」

「……何って、本を読んでるんだけど」

「わたしの家です。勝手に入られても困ります」

「そんな怪しいかなあ、アタシ」

 彼女よりも背が高く大人びていて、後ろで束ねられた髪が特徴的な少女。
 二人にスポットライトが当たる。隣で零華がぼそりと何かを呟いたが聞き逃した。

「まあ、あなたも座りなよ」

 少女は自分の横をぽんと叩く。
 怪訝な目を向けつつも、「わたし」はそれに従う。

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:40:53.75 ID:CaJ2VfCb0

「ここの家の子なんだ」

「……はい」

「歳は?」

「……十四です」

「じゃあアタシの方が下か。もっとくだけた感じでいいよ」

「いえ、初対面の人にそんな馴れ馴れしくできません」

「あ、そー……変わってるねえ」

「あなたの方こそ……」

 知ってる知ってる、と少女は笑う。つられたのか「わたし」の頬が僅かに緩む。

 それから「わたし」と少女は途切れ途切れの会話を続けた。
 そして、陽が完全に落ちた頃に、

「また来てもいい? あなたすっごく面白いし」

「……」

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:41:24.42 ID:CaJ2VfCb0

「……え、ダメ?」

「……お、お好きにどうぞ」

 ふーんそっかあ、と満足そうに頷いて、少女は立ち上がる。
 遠ざかっていく後ろ姿を、「わたし」は追いかけ、呼び止める。

「どうしたの?」

「……えと。その、えっと」

「うん」

「……わたし、おかしくないですか?」

 少女は呆気にとられたような顔をしたあと、少し考える素振りを見せて、

「おかしいかも」

 けど、と続けて、

「そんなでもないと思うよ」

「……本当に?」

195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:42:27.98 ID:CaJ2VfCb0

「だって、こうしてちゃんと話せてるじゃない」

 目線を合わせて、「わたし」の頭を撫でる。
 なぜかそのとき観客席の一部が沸いた。気を取られている間にも、話は進んでいる。

「なに? まだ訊きたいことでもあった?」

「……あなたの名前、知りたいの」

「アタシの名前? いや、べつにいいけどさ」

 エリ、と少女は言った。
「わたし」は一文字一文字を確かめるように、"エリさん"と少女の名前を呟いた。

 それから二人はたまに庭で会っては、何てことのない話をするような関係になった。
 シーンが変わるにつれて「わたし」のエリに対する警戒心も解けていき、最初は一人分程開いていた間が徐々に詰められていった。

 エリは「わたし」のことを知っているかのような振る舞いをした。
 反対に、「わたし」はエリのことを知りたがった。どうして? と訊ねられると、何となくです、と言っていたが多分そうではないだろう。

196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:42:56.32 ID:CaJ2VfCb0

「わたし」はエリに会う前の晩はよく眠れなかった。
 けれど会うまでに睡眠を取っていたから、最中は眠たげな様子を見せていなかった(二人の会話でそういうものがあった)。
 エリと触れあっている時間を反復するように、それまでは椅子の上に置いていた人形を胸に抱えて眠るようになっていた。

 示唆的な、というと疑って見すぎかもしれないが、そうとも取れるようなシーンが連続する。

 中盤から終盤にかけて、その頻度は高くなっていく。
 エリの言動が最初の飄々としたものから段々と崩れていく。

 特にそう感じたのは物語も佳境か、という頃で、
 椅子代わりにしていた井戸の中を二人が覗き、

「もうこの井戸は長く使われてないんですよね」と言う「わたし」に、
「こういうのを見ると、もし落ちたらどうなるのかなって思わない?」とエリが珍しく真面目な反応を見せたところだった。

197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:43:48.92 ID:CaJ2VfCb0

「誰にも見つからないまま死んでしまうんじゃないですか」

「うん。……落ちてみたいって思わない?」

「……エリさん?」

「……」

「どうしたんですか。今日、ちょっとだけ変ですよ」

「アタシは……あなたとなら落ちてもいいって思ってる」

「えっと、冗談ですよね?」

「……知ってるんだよ。アタシは、あなたのこと」

 エリは「わたし」の肩をぎゅっとつかんで、

「ここであなたがしようとしてたことも、全部知ってる」

「……」

「あなたの事情も全部ではないにしろ知ってる。あなたが知らないことだって知ってるかもしれない。
 アタシはあなたのことを側で見てた。……でも、アタシじゃ何もできなかった。あなたがここに足を掛けるところを見てるだけだった」

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:44:49.29 ID:CaJ2VfCb0

「……どうして」

「ねえ……ここから落ちたら、気持ちよくなれるのかな。つらくなくなるのかな。アタシには、それが全然わかんないよ」

「……」

「でも、あなたが一人でそうするなら、アタシも一緒に落ちてしまいたい。そうしたら、何かが変わるかもしれないから」

「わたしは、エリさんがいれば……」

「ううん、そうじゃないの。…………だって、ずっとこのままってわけにもいかないでしょう?」

 あなたも薄々気付いてるんじゃないの? とエリは苦しそうに笑う。

「あした、ここで待ってるから」

 答えを聞かずにエリは踵を返す。
 取り残された「わたし」は井戸を一瞥して、崩れるように地面に座り込んだ。

「エリさんが『あなたとなら』と言ったところで、わたしはそれを信じ切れる自信がありません。
 けれど、エリさんがどうしてもとわたしにそうすることを望むのなら……」

 ごめんなさい、と「わたし」は言葉を宙に向けて放った。

「わたし"は"、あなたじゃなくてもいいなんて思いません。それはあなたがどう思っていようとも変わりません」

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:46:22.56 ID:CaJ2VfCb0

 翌日の夕暮れ、「わたし」が庭に向かうと、エリはもう既に井戸の縁に座っていた。
 いつもなら手にしているはずの本も何も持っていなく、「わたし」の姿を捉えた時にやっと表情に温度が戻った。

「ねえ、落ちても死ななかったらどうしよっか?」

「……そのときはそのときじゃないですかね」

「……ふふっ、そうかもね」

 二人が揃ってしまったのだからもう不必要な言葉は交わさないのではないかと、「わたし」がエリの手を取った時には考えたが、
 彼女たちの双方が、死を恐れるように──別れを惜しむように、顔を俯かせる。

「アタシはわかんないけどさ、あなたはきっと生きてるよ」

「……そう、ですか」

「……そんなしみったれた声出さないの。アタシだって、できるならこのままでいたかった」

「……」

「あなたにだっていたでしょう? アタシみたいな存在が。ほんの少し前までは」

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:47:23.33 ID:CaJ2VfCb0

「……」

「いろいろつらいことがあったから忘れているんだと思う。『本当につらかったら──』って、あの人はあなたに言ってたはずだよ」

「……」

「そっか。思い出せないか。…………でも、それでも大丈夫」

 その答えは今もここにあるから、とエリは「わたし」の手を胸元に押し当てる。

「……じゃあ、アタシが先導するから、あなたはそれに付いてきて」

 言葉の通りにエリは背中を下へと滑らせていく。

「……エリさん」

「……どうしたの?」

「……また、会えますか」

「そうだなあ……」

 くすりと悪戯っぽくエリは笑う。

「うん、会える。……でもその時は、一つだけお願いしたいことがあるんだけどさ」

「……何ですか」と「わたし」は目元を擦りながら今にも泣き出しそうな声で訊ねる。

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:47:55.31 ID:CaJ2VfCb0

「アタシに、名前を付けてくれないかな」

「……え?」

「馬鹿らしいことかもしれないけど、今も昔も、アタシはあなたのことがずっと好きだよ──」

 ──"エリ"。

 エリは微笑むと、ぐいと強く「わたし」の身体を引く。
 二人の姿が見えなくなると同時に、舞台が暗転した。

 陽の射さない部屋で、「わたし」は目を覚ます。

 目と、頬と、首筋を指でなぞる。涙の跡を縫うように。
 胸に抱えている人形を見つめて、何かを思い出したのかその服のリボンの結びを解く。

「……そっか」

 中から何か紙切れのようなものを取り出す。
 それを見て頷き「わたし」は起き上がり、ぺたぺたと音を鳴らして舞台袖の方へと歩いていく。

「……行ってきます」

 声とともに、徐々に舞台が暗くなっていく。
 ドアの開閉音がすると、それ以降は何の動きもなくなった。

 終わりですよ、と隣から零華の声がしたかと思えば、客席の誰かがぱちぱちと拍手をし始め、
 体育館の照明が点灯し演者の二人が現れると、一気にどっとその数が増え、大きな拍手で劇は締めくくられた。

202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:49:07.54 ID:CaJ2VfCb0

【文化祭 1ー7】

 外に出て話をしていると、伯母さんはすぐに「明日も来るからね」と帰っていった。

 零華も何も言わずともわかるほどに上機嫌だったが、一番嬉しそうだったのは伯母さんかもしれない。
 しばらく奈雨を直視できないかも、と言っていた。親馬鹿が過ぎる(知ってた)。

「先輩。どうでしたか?」

 頬をにへへと緩ませながら、零華は校舎の柱に身をもたれさせる。なぜか口元がめちゃくちゃ艶めいている。

「すごかったよ」

「ふふふ。そうですよね」

「内容もそうだし、衣装とか小道具もよかった」

「みんな頑張ってましたから」

「あとは、エリ……って言っていいのかわからないけど、すごく演技上手かったな」

「あの子は演劇部なんですよ」

「どうりで」

 わたしもあと十センチ身長があれば……、と零華はぼやく。

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:49:39.64 ID:CaJ2VfCb0

 かと思いきや数秒後には不満げに口をとがらせて、

「そんなことはどうでもいいんですよ」

「はあ」

「わたしが訊きたいのは奈雨ちゃんがどうだったかってことなんですけど。
 てか先輩ぜったいわかっててはぐらかしてたでしょ。性格悪いですよねーほんと」

「下手に反応すると止まらないから」

「誰がですか?」

「零華が」

「ああ、そうですね」

 いつものことじゃないですか、と。
 それもう発作かよ。自覚してるならやめてほしいものだ。

「……まあ、とりあえずひとつ言えることは」

「はい」

「めっちゃかわいかったな」

 はまり役だったというよりは、それこそ奈雨だけにしかできない役だったというか。

204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:50:20.25 ID:CaJ2VfCb0

 役柄も、そうだし、演技の方もモノローグではなく会話をするシーンでは、相手の演劇部の子に助けられてる感じはよく見受けられたけれど、
 それが逆に「わたし」っぽいなあ……と、二人の女の子の関係について、台詞、言い方、間の取り方全てがしっくりきた。

 評価は身内の贔屓目もあるかもしれないが、そこら辺はきりがないから、
 見て伝わるくらい頑張っていたしよくできていた、と素直に褒める言葉がすっと出てくる。

「わたしのこと無視するくらい集中してましたもんね……」

 と零華はちょっとむっとしてため息をつく。

「先輩ってどうせ映画とか一人で集中して観たいタイプでしょ?
 奈雨ちゃんといるときにやっちゃダメですよ。わたしは別に気にしませんし怒りませんけど」

「初めて見たんだから仕方なくないか」

「……はあ、でも若干好き好きオーラが出てたんで許してあげます」

「そんなもん出てねえよ」

「いえばっちり出てましたよ」

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:50:56.48 ID:CaJ2VfCb0

 やれやれとばかりに零華は両の手のひらを上向ける。
 視線を前に向け、それから何かを思いついたのか「んー」と軽く唸って、

「なんていうか、先輩って付き合っても波がなさそうなところはいいですよね」

「……どういうこと?」

「相手を好きって気持ちは絶対ちょっとやそっとで振れたりしなさそうじゃないですか。
 いい意味で執着しすぎてないっていうか、まあ奈雨ちゃんに関しての執着はかなりしてるでしょうけど……」

「……」

「ま、あれですよ。どうか早く結ばれてくださいってことです」

「ああ、そういう……」

「奈雨ちゃん娶り計画が頓挫したいま、わたしが望むのはお二人の幸せただひとつなんですからね」

 冗談めかして言ってるけど全くそうは聞こえないところが零華らしい。
 だいいち娶るっていつの時代の話だよ。

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:51:40.35 ID:CaJ2VfCb0

「そして機が熟したらあわよくばわたしも間に入って、ふふっ」

「それはマジでやめて」

「な、なんでですか!」と零華は瞬時に反応する。
 これはあからさまにわざとらしくてついつい笑ってしまう。

「前も言いましたけど、また三人でデート行きましょうね」

「ええ……」

「両手に花って感じでいいじゃないですか。奈雨ちゃんとわたしが両隣にいるなんてかなり役得ですよー」

「片方だけでも身に余りそうだからいいよ」

「その体のいい感じの断り方やめてください。水族館とか行きましょう」

「あー、はいはい。誘ってくれれば行くよ」

「……」

 零華はちらっとこちらを見て、口の端だけで笑う。そして顎に人差し指を当てて、うーんと首を捻る。

「どうした?」

207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:52:14.67 ID:CaJ2VfCb0

「なんていうか、先輩ってやっぱり……」

「……」

「奈雨ちゃんの言うとおり、先輩は押せばなんとかなるしちょろいですよね」

「……はい?」

「もうちょっとぐいぐい来てほしいらしいですよ?」

「そう言ってたの?」

「はい。主張していきましょう」

 って何回も同じようなこと言ってますよね、と零華は苦笑する。
 何度も言われても変わらないと言われてるみたいで気が滅入るけど、事実そうだからなあ。

「でも、ゆっくりで大丈夫だと思います。先輩は今のままでも十分素敵ですから」

 親指を突き立ててやけにはっきり言い切られる。呆気に取られた俺を見て、気恥ずかしそうな表情をする。
 何か言うべきかと思ったが、手をぶんぶんと胸元で振って固辞された。俺を褒めるのはそんなに恥ずかしいのか。

208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/29(金) 01:53:25.92 ID:CaJ2VfCb0

「ていうか、ラストのあれどういうことかわかりました?」

「何の話?」

「劇のです」

 話が変わった。というより逸らされた。

「だいたいはな。合ってるかはわからんけど」

「ですよねー。台本読んでたならまだしも、って感じですよね」

 ということで、と零華は気を取り直すように息を整えて、きらっと目を光らせる。

「もう一回観に行きましょう」

 そして、「ね?」と笑ったかと思うと、ぽんと俺の肩を叩いて、

「今度はじっくりねっとり奈雨ちゃんを視て癒やされましょう」

 と言って、体育館の方へとすたすた歩いていく。

「もう少し時間ありますし、今の相談料で何か奢ってくださいよ!」

 が、すぐにくるっとターンをして戻ってくる。騒がしい。

「かき氷はちょっと寒いかなー。あ、唐揚げとかチョコバナナでもいいかなー」

 るんるんスキップでもしそうな雰囲気で進んでいく。
 ……なんだろう、やっぱり零華って。

「先輩。わたしは友達ちゃんといますからね?」

「はいはい」

 エスパーなんだろうか。

209 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2018/06/29(金) 01:54:14.47 ID:CaJ2VfCb0
今回の投下は以上です。次回で終わると思います。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/29(金) 09:29:52.28 ID:gx4Yudgl0
おつです
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/29(金) 10:59:47.21 ID:mUrMO7zQO
かわいい…かわいすぎる……(語彙力)
乙!
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/29(金) 11:10:52.80 ID:BoTVUyVq0
1絶対零華ちゃん好きでしょ
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/29(金) 21:02:27.66 ID:Z1fs/NwV0
おつ
終わるの寂しい
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/23(月) 02:59:49.44 ID:leO6GP230
続きが気になる
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/24(火) 20:15:34.04 ID:7ko+JNZL0
消えてしまったな
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/24(火) 21:23:29.98 ID:yNGnAREa0
7月29日に更新来ると思います!(たぶんww
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/28(土) 04:28:47.62 ID:L15UoBnsO
wktkwktk?
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 23:47:20.64 ID:zdMCC7m60
更新来ない……
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 04:00:26.81 ID:WaF8C2Yn0
まだかな…
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 00:14:31.59 ID:WVd8gX8mo
何年の7月とは言ってない云々…
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 02:00:00.79 ID:T0srZAIl0
ていうか216は作者さんじゃないでしょ
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:20:24.22 ID:ZdvxIxQI0

【文化祭 1ー8】

 二度目の公演を終え、ふらっと部室に立ち寄ると、俺以外の三人の部員が揃って談笑していた。

「やー、白石くん。楽しんでる?」

 と胡依先輩がこちらに向けて手をあげる。

「シノちゃんがどうしても私とまわりたいって言うからさ、いっぱいいろんなとこ行ってたの」

 その言葉の通り、たしかにテーブルには景品っぽいものや食べ物が置かれている。
 ちらと東雲さんの様子を窺うと「違うよ」と首を横にふるふる動かしている。

「……で、そらそらくんと出くわしてさー。ジェットコースター乗ろうとしたらシノちゃんが隣でビクビクって……」

 こらえきれなかったようにふっと吹き出す。
 俺に目を向けていた東雲さんの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。

223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:20:58.52 ID:ZdvxIxQI0

「白石くんは奈雨ちゃんのこと見に行ってたんでしょ?」

「そうです」

「どうだった?」

「えっと、まあ、面白かったです」

「おー」

「二回見ましたけど、脚本がしっかり作り込まれてる感じでよかったですよ」

 素直な感想を言うと、胡依先輩は虚を突かれたようにぽかんと口を開けた。

「……それはよかったね。さぞ奈雨ちゃんもかわいかったのでしょう」

 と思ったらいつものような緩い笑みをたたえて、うんうんと相槌を返してくる。

「私も見に行けばよかったなー」

「誘ったじゃないですか」

 と東雲さんが冷ややかな目線を先輩に向ける。

224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:21:26.11 ID:ZdvxIxQI0

「でもシノちゃんがダウンしてたからどのみち行けなかったけどね」

「部長さんが『最大スピードで』って言ったのが悪いです」

「えー? だってその方が楽しめそうだったじゃん」

「苦手な私のことも考えてください」

「はいはい。ごめんなさーい」

 胡依先輩はにっこり笑う。東雲さんは困ったようにため息をついた。

「あ、そうだ白石くん。さっきまで明日のシフトをどうするかって話をしてたところだったのね」

「はい」

「三人とも初めてだから、今日みたいにわりかし自由にしてもいいかなって」

 とりあえず私一人はここにいると思うし、と先輩は言う。

「そらそらくんは途中から用事があるんだったよね?」

「そっすね」とソラは頷く。

 どこかの部活の手伝いでも買って出たんだろうか。

225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:21:53.70 ID:ZdvxIxQI0

「シノちゃんは私といるとして、白石くんは何か予定あったりする?」

「今のところはないです」

「そっか。……じゃあおっけーかな。最初はみんな揃うってことね」

 そう言って、彼女はふむと頷き、今度は東雲さんの頭部へと手のひらを持っていった。

「どうしたんですか」

「んと、明日も楽しくいこうね。シノちゃん」

「……え? あ、はい。楽しみましょう」

「そうそう、楽しくね。楽しく楽しく!」

 ね? と視線を向けられて、俺とソラは首肯する。
 手を置かれたままの東雲さんだけが、胡依先輩を怪訝げな表情で見ていた。

「みんな今日はしっかり寝ること。……って、私以外夜更かしするタイプじゃないから大丈夫か」

「ですね」

226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:22:37.10 ID:ZdvxIxQI0

「うわ白石くんひどーい」

「自分で言ったんでしょ」

「……まあ、そうなんだけどね」と先輩は苦笑する。

 今日は少しだけ雰囲気が暗い気もするが、きっと気のせいだろう。

「大丈夫だよ未来くん。部長さんがゲームをしないように私が見張ってるから」

 ぐっと拳を握りしめて宣言される。
 お母さんか。それか嫁か。視覚的にはすぐに絆されそうで説得力が薄いような。
 そのまま頭を撫でられてるし。なんなら若干嬉しそうだし。

「とにかく明日はがんばろーね」

 東雲さんから完全に目を逸らして、先輩は棒読みで「おー」とかなんとか付け加える。

 そんなにゲームがしたかったのかこの人、と一瞬思ったけれど、
 こちらへと顔を背けて表情を整える仕草をするのを見て、ああそういうことか、と勝手に納得した。

227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:24:11.17 ID:ZdvxIxQI0

【ライバル】

 ソラとクラスに寄ってから家に帰ると、すでに食事の支度を済ませた佑希がソファに身をあずけていた。

 こういう気の抜けている姿を見ていると──二人は全然違うけれど──昨夜の奈雨と少しだけ似ている。
 まあ、でも似ていたところでそこまでおかしくはないか。仲が悪い(悪かった?)とはいえ血の繋がりはあるわけで。

 と、なぜかそんなことを考えた。無意識に。
 二人に言ったら普通に怒られそうだからこれ以上はやめておこう。

 二階に行こうとすると、「おかえりなさい」と声を掛けられる。
「ただいま」と返すと、佑希は俺のいる方を振り向いて、「もしかして食べてきた?」と。

「いや、まだ食べてないよ」

「そう。……あ、奈雨と一緒じゃないの?」

「クラスの打ち上げだってさ。ちょっと遅く帰ってくるって」

「ふうん。そういうの、先に言ってくれればいいのになあ」

228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:24:54.27 ID:ZdvxIxQI0

「俺に連絡したからそれでいいと思ったんじゃない」

「……まあ、うん。わかってるよそのくらい」

 佑希は少しつらそうに苦笑して、身体の向きを正面に戻した。

「あたし、あの子のことを勘違いしてたのかな」

「どうして?」

「あの子の行動全てが、なんていうか……媚びてるように見えてた。
 けど、あたしだって、あの子から見たらそうだったんじゃないかなって、なんとなく思うの」

「……どういうこと?」

「おにいを縛り付けてたのはあたしだから。あの子のことがずっと好きなおにいを独占してたから。
 二人が好き合ってるのをわかってて、それをあたしの気持ちのために押さえつけようとしてたから」

「それは……」

「違わないよ」

 と佑希は俺が否定する前に首を横に振る。
 そして、何か言葉を続けようとした。──続けようとして、やめた。

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:25:41.02 ID:ZdvxIxQI0

 奇妙な沈黙が流れる。
 佑希は感情を押し止めるように、俯いていた顔を上げ、自分の肩を抱いている手をそっと下へと移す。

 小さく息をつき、また俺の方に向き直って、

「今日ね、あたしも見に行ったんだ」

 と微笑み混じりに言う。

「……奈雨のこと?」

「うん。人前に出るのとか苦手だと思ってたから、ちょっと気になって」

「そっか」

「……これは間違ってないよね?」

「合ってるよ。奈雨もそう言ってた」

 頷くと、佑希はそこで言葉を選ぶように一拍間を置いた。

「なんか、すごいなって思った。苦手なことでも、その、逃げてないなって。
 遠くから見てても緊張してるのが伝わってきたけど、でも、最後までまっすぐやりきってた」

 そういうふうに思ってなかったから、本当にすごいなって思った。

230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:26:21.89 ID:ZdvxIxQI0

「あたしも、もうちょっとだけでも苦手なことをがんばろうって思っちゃった」

 佑希の苦手なこと、というのがいまいちしっくりこなくて、つい微妙な表情をしてしまった。
 すると彼女は、「あー」という形に口を開けて、遠慮がちに笑った。

「おにいはあたしのこと過大評価しすぎ」

「そうかな」

「そうだよ。あたしだってできないことばっか。いつも自分にできることをできると思った範囲でしてる。
 もともとできることの広さとか多さで言ったら絶対おにいの方がすごいと思うし、あたしは全然すごくないよ」

 だって、と佑希は言葉を続ける。

「おにいはずっと昔からあたしの憧れなんだよ」

 言って、佑希はふーっと気を取り直すような息をつき、ソファの背もたれに腕を乗せて振り返る。

231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:27:04.44 ID:ZdvxIxQI0

「……冗談だろ?」

「なわけないじゃん。嘘ついたって意味ないし」

「……」

「……あたしのこと信じられない?」

「いや」

「なら信じてよ。本当のことだから」

 ちょっと恥ずかしそうに頬を触って、佑希は目を逸らす。
 が、すぐにこちらへと視線が戻される。今度はじとっと俺の様子を窺うような表情。

「佑希だって、俺のことを過度に評価してる気がするな」

 信じられなかったわけではないけれど、口をついて出てきたのはそんな言葉だけで、でも、

「わかった。……じゃあ、お互い様ってことでいいよ」

 と彼女はなぜか小さく笑いはじめた。

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:28:26.10 ID:ZdvxIxQI0

「この前さ、これからどうするのかって、おにい聞いてきたよね。
 あのときからさっきまでずっとそのことを考えてた。だから、今の話だけはちゃんと知っててほしかったの」

「そうか」

「だから、その……」

「……」

「……おにいに憧れるの、あたし、もうやめにするよ」

 そこまで言って、佑希は一度言葉を区切る。
 そして、言いたいことが伝わってるかどうかを確認するように──俺からの反応を待つように──かすかな笑みを引っ込める。

「……うん。俺もそうするべきだと思う」

 答えると、佑希は小さく頷き、さっきの続きを話そうと口を開きかける。
 俺は、少し考えてから、それを手で制した。

 細い肩がぴくと震え、きょとんとした表情で見つめられる。
 変な緊張感が生まれてしまう前に、今の俺の思っているままを言葉にする。

233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:29:06.23 ID:ZdvxIxQI0

「……俺は、何に対しても頑張ってる佑希のことが好きだし、普段の抜けてる姿もそれはそれでいいと思ってる。
 今までのあり方を変えても、変えなくても、これからも佑希のことを応援してるし、大切な妹だってことは変わらない」

 佑希と同じように、俺も考えていたことがあった。
 今までのこと。そして、これからのこと。

「だから、佑希がもし自分の意思で頑張り続けるなら──」

「ちょ、ちょっと待って!」

 と彼女は続きを言わせまいと声を荒げる。

「あの、……えっと、ちょっと待って、ほんとに」

「いや、あのな……」

「い、いいから! いきなりそんなこと言われても……その、困るし」

 腰を上げて、つかつかと足音を立てて近付いてくる。

234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:29:44.42 ID:ZdvxIxQI0

「なに、どうしたの」

「……あたし、今のままでもいいの?」

「え? いやまあ……」

「本当に?」

「……って言われると、そりゃあ思うところはあるけど」

「はあ……だよね、うん。たとえば?」

「……たとえばって?」

「いや、その、直す……えと、直そうとするから、参考に」

 本当かよ。目が泳いでるけど。

 ……とはいえ、そう言うなら答えるべきかと、「まず」と口に出すと慌てた様子で「うん」としきりに頷かれる。
 なんでさっきから挙動不審なんだろう。

235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:31:30.76 ID:ZdvxIxQI0

「自分以外の人に対して無関心すぎるとこだろ」

「そんなこと……」

「ない?」

「……うん。だってあたしおにいには興味あるよ」

「そういう話じゃなくて」

 本人に面と向かって言うかなあ……。

「……特別仲良い友達っているの?」

「いきなりなに?」

「気になったから」

 わかんない、と佑希は首を振る。

「……あのね、なんていうか、あたし妙に距離取られてるっていうか」

「それはあれだろ。ちょっとした崇拝対象なんじゃねえの」

「冗談やめてよ」

「いや真面目に。さすがに崇拝は言い過ぎかもしれないけど、そういう節は多分あるだろ」

「……」

 佑希は俯いて考え込んでしまった。

236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:32:54.54 ID:ZdvxIxQI0

 表面上は気さくな雰囲気で、でも、佑希は自分のことを一切話さないだろうし。
 部活も学校生活も全般的にストイックで、家での姿を見せることなんてほぼないだろう。

 友達はいる。けれど、べつに仲を深めたいわけではない。
 俺としてはそれはそれでいいとは思うけど。佑希だし。かっこよさげ(こういうのがよくない)。

「……まあ、視野は広くした方がいいんじゃない」

 と沈黙を破るように俺が言うと、

「……それは、うん。わかってる」

 でも、と佑希は続けて、

「おにいだって、結構そういうの狭いと思うよ」

「……そうか?」

「うん。基本的にいつも奈雨のことしか考えてないし」

237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:33:36.89 ID:ZdvxIxQI0

「……」

「あの子以外のことを見てるのか見てないのかわかんない。
 ってあたしがそう思うんだから、あの子のことを知らない周りの人はもっとそうなんじゃない」

「いや、それは……」

「あるから。絶対ある。けどその割にいっつも優しくしてきたり思わせぶりなことするから……」

 ほんとにたち悪い、と佑希は俺の腕を掴む。

「さっきもいきなり好きとか言ってきたよね」

「言ったな」

「……」

「……悪かった?」

「……ばか。おにいってほんとばか」

「好きは好きなんだから、いいと思ってだな……」

238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:34:30.29 ID:ZdvxIxQI0

「ああもう! そういうところなの!」

「どういうところだよ」

「好きとか軽々しく言わないで」

「えっ……ああ。じゃあもう言わない」

「……はあ?」

「……言わないでほしいんだろ?」

「……そ、そうとは言ってないじゃん!」

 彼女は眉間に皺を寄せて俺を睨み付け、握っている手首に掛ける力を強くする。

 話がだいぶ噛み合ってない。
 俺が悪いんだろうか? 反応を窺うにそうらしいから迂闊にため息すらつけない。

「いい? おにいは自分のことにすっごく鈍感なの」

「……ああ、うん」

 佑希だって、と言いそうになったが、やめた。
 間違ってはないし、そういう自覚もしていたから。

 それに、この前ソラにも同じようなことを言われたばかりだった。

239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:35:44.60 ID:ZdvxIxQI0

「普段はそういうことに全然興味ないですって澄ました態度なくせに、
 奈雨が絡んだ途端に頭の中がお花畑になるのは、まあ、わかりやすくていいけどさ」

「……」

 かなりひどい印象を持たれている。
 なんだよお花畑って……。

「奈雨のことが好きなら、あたしにはあんまり言わない方がいいよ」

 と佑希は短くため息をつき、ちょっと不満そうに──けれど明るく笑って、俺の手を解放した。

 そして、続けて一歩下がって距離を取り、笑みを引っ込ませ真面目な表情を作る。

「……そんでさ、さっきはなんて言いたかったの?」

「さっきって?」

「あたしが今のままでいるならって話」

 そうだ。話が逸れていたんだった。

240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/09(木) 15:36:38.14 ID:ZdvxIxQI0

「ああ。……なんだ。俺も、ちょっとずつ頑張ってみようかなって」

 単純なことだけど、と付け加えると、すぐに彼女は首を横に振る。
 そんなことないよ、とでも言いたげに。それは一方では合っていて、もう一方では間違っているように思えた。

「今まではそれが最善だと思って、いろいろ曲げることもあったけど、……結局周りばかり見てても仕方ないんだよな」

 あれこれ理屈をこねても、つまりは自分が信じられなかっただけで、自信はどうにかして付けていくしかない。
 どうせどこまでいっても付かないことが分かっていても、力を積み重ねる姿勢くらいは持っておきたい。

 それに、と気が付けば口にしていた。

「いつまでも佑希に負けてもいられない」

「……え?」

 呆けたような声を返すとともに、怪訝な目でこちらを見て、

「おにいらしくない……」

 と佑希はぼやく。

 が、すぐに何かに合点がいったのかうんとひとつ頷いた。

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