小日向美穂「空と風と恋と山と街と狸と人と」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:00:21.69 ID:Qezuh/qr0

美穂「――の、ワルツ」

美穂「…………狂想曲(カプリチオ)かなぁ?」


 モバマスより小日向美穂メインのSSです。
 ファンタジー要素、アイドルの人外設定、キャラ解釈やユニットなどオリ要素多々ありますためご注意ください。
 また設定絡み「有頂天家族」「平成狸合戦ぽんぽこ」から多く拝借しております。
 

 ↓のSSの正統続編です。よろしければどうぞ。

小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/

塩見周子「小早川のお狐さん」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510159749/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1513350021
2 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:00:54.54 ID:Qezuh/qr0



  前編

  狸、生まれ故郷に帰る


3 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:01:21.27 ID:Qezuh/qr0

   ―― 事務所、晩秋のある日

蘭子(儀式の刻は終焉を告げ、我は今、ほとばしるほど暇である)
  (訳:今日のお仕事終わっちゃった。暇だなー)

蘭子「……闇の魔導書(グリモワール)に魔法陣を刻まん」
  (訳:お絵描きしよっと)

   カリカリ シャッシャッ

蘭子「人と獣の両方の姿を持つ、魔獣人ミホタン……満月の夜に全ての力を解放する……」

蘭子「……フッ、かっこいい……」

   ガチャ

美穂「おはようございまーす。あ、蘭子ちゃん!」

蘭子「ぴゃっっ」サッ

美穂「お絵描きしてたの? 『漆黒魔界ヲ馳セル十字軍 〜断章〜』の続き?」

蘭子「き、き、禁忌の扉を開くこと、まかりならぬっ!」ワタワタ

美穂「み、見ちゃ駄目なの? 新作かなぁ……?」

蘭子(うぅ……極めて遠く、限りなく近き幻影(ユメ)の調べ……)
  (訳:み、美穂ちゃんがモデルなんて、言えないよぅ……)
4 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:02:01.55 ID:Qezuh/qr0

 秋も深まって、朝夕にはいよいよ冷え込むようになってきました。

 私達のいる事務所はいつも通りです。

 私は寒いのがあんまり得意じゃないので、この季節にはついもこもこ着込んでしまいます。
 た、狸でも寒いものは寒いんですっ。
 人間は大好きだけど、進化の過程で毛皮をリストラしちゃったのは失敗だったんじゃないかなぁ。

 けど、今朝は心がほっこり温まるようなことがありました!


「あ、そうだ蘭子ちゃん。今朝ね、実家から手紙が来たんだ」
「ほぅ……深山に頂く霊獣より、確かなる言霊が?」
(訳:狸のご両親! お元気なんですかっ?)
「うん。蘭子ちゃんのことも書いてあったよ、いつも見てますって!」
「わぁ……!」

 熊本から送られてくるお手紙には、いつも小さな肉球のスタンプが押されています。
 筆を執るのはお母さん。
 内容はテレビで私達のことを見てくれていること、元気そうで安心していること、たまには顔を見せて欲しいこと……。

 それから、私の誕生日についても書かれていました。

 12月16日――秋が暮れて、冬が訪れる時節。そんなある冬晴れの朝に、小日向美穂はぽんぽこぽんと生まれました。
 できれば直接お祝いしたいけれど、今年もまた無事この日を迎えられそうで嬉しい、ってお母さんは書いてくれています。
 なんだかちょっと恥ずかしいけれど、私も嬉しいです。


「熊本にも、いつか帰りたいね。お仕事が落ち着いたら……ううん、お仕事ででも行きたい!」
「うむ。『瞳』の耀きあらば、運命(サダメ)の円環はやがて繋がろうぞ……!」
5 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:02:44.76 ID:Qezuh/qr0

   ガチャッ

モバP(以下P)「お、いたいた」

美穂「プロデューサーさん! おはようございますっ」

蘭子「煩わしい太陽ね!」

P「ああ、おはよう。二人とも揃ってるんならちょうどよかった」イソイソ

美穂・蘭子「?」

P「うん、あのな。実は二人に新しい企画があって……」

蘭子「っ! 新たなる儀式の幕開けか!?」ワクワク

美穂「わぁ、ほんとですか!?」

P「うむうむ。ちょっと待ってろよ資料出すから……」

美穂(プロデューサーさん、すごく楽しそう。大きなお仕事なのかな?)
6 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:03:38.35 ID:Qezuh/qr0

  バァンッ

P「二人の熊本凱旋LIVE! 日程は12月16日、美穂の誕生日だ!!」

美穂「え」

蘭子「ふぇ」

美穂・蘭子「――――えええええっ!?」
7 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:04:15.48 ID:Qezuh/qr0

 凱旋。凱旋です!
 つまり、熊本でLIVEができるってことです!

 それも……私の誕生日に!!

「蘭子ちゃん!!」
「美穂ちゃん!!」
(訳:我が友、美穂よ!!)

 がしっ。

「やったやったやったやったやったやったやった!」
「やったやったやったやったやったやったやった!」
(訳:宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞーっ!)

 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん。

「うんうん、喜んでもらえて俺も嬉しいよ。さて、もうちょっと詳しい話を……」

 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん。

「よしわかった思う存分やるといい」

 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょ……はぁ、はぁ……。


 やっと落ち着いた私達に、プロデューサーさんはもうちょっと踏み込んだ話をしてくれました。
 詳細な日程、舞台になる施設、今後のスケジュール……。

 それから――
8 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:04:46.72 ID:Qezuh/qr0


美穂「ユニット、ですか?」

P「そうそう。せっかくの凱旋なわけだし、新しいユニットをでーんと引っ提げてこうと思ってな」

蘭子「ふおおお……! 共鳴せし新たなる魂……!!」

P「おーい、三人とも入ってきていいぞー」

  ガチャ

紗枝「おはようさんどす〜。改めて、よろしゅうおたの申します〜」

周子「毎日会ってるけど組むのは初めてだよねぇ。ま、脇を固めるのは任しときー」

芳乃「よき日和にお呼ばれされしことー、とても嬉しいのでしてー」

美穂「みんな!」

P「二〜三人単位でなら組んだことある同士だけど、五人まとめては新鮮だろ?」

P「あとほら、美穂の正体に一番理解があるメンツだし。もしもの時のサポート的な意味で」

美穂「ぽ、ぽこ!? そんなことまで……っ」
9 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:05:16.89 ID:Qezuh/qr0

 ユニット名は、「ケセラセラ」。

 五人で相談して出た「もこもこくまさん団」や「罪ノ業火ニ灼カレシ夢人」や「カンザシーズ改」や「憑巫五(よりましふぁいぶ)」とかではなかなか決まらず、
 ぽそっと周子ちゃんが呟いたそれがなんだか耳に気持ちよくて、満場一致で決まりました。

 どこかの言葉で、「なるようになるさ」という意味だそうです。

 私と蘭子ちゃんのダブルセンターで、紗枝ちゃんと周子ちゃん、それに芳乃ちゃんが加わってくれた五人。
 凱旋LIVEに向けて、そんな私達のレッスンが始まりました。

 もう大変でした。本気でやるのはいつものことだけど、今回のはいつもと違います。
 セトリを組んで、ダンスを合わせて、歌のパートを決めて……。
 故郷に錦を飾る……っていうのは、ちょっと大それた感じがしますけど。

 でも、ただ熊本に帰るわけにはいきませんから!
 
 12月の本番に向けて、私達はユニットとしての完成度を高めていきました。
10 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:05:54.84 ID:Qezuh/qr0

美穂「ふぅ……」

美穂「……よしっ。これなら、絶対すごくいいステージにできるよね……っ!」グッ

  タタッ

卯月「美穂ちゃん!」

響子「聞きましたよ、凱旋LIVEの話っ」

美穂「卯月ちゃん、響子ちゃんも!」

響子「私達は別のお仕事で行けないけど……代わりにこれ、二人で作ったんです」

卯月「誕生日プレゼントも兼ねて。ちょっと急いじゃったけど……」

  ファサッ

美穂「……手編みの、マフラー……」

響子「毛糸の色を工夫して、狸さんの柄を描いてみたんですっ。ほら、ここに!」

美穂「わぁ、ほんと――――猫? ……カバさん?」

響子「狸さんです!!」

卯月「それで、こっち半分は響子ちゃん、こっち半分は私が編んで……。こっちはちょっと粗いかもだけど……えへへっ」

卯月「向こうも寒いだろうから、これを巻いて頑張ってきてねっ!」グッ

美穂「ふ、二人ともぉ゙……」ジワワ

卯月「わわわっ!? み、美穂ちゃん、泣かないで〜!」ワタワタ

響子「ちょっと寂しいけど……これを私達だと思ってください! 東京から応援してますからっ!」

美穂「ゔ、ゔん゙……」グシグシ


美穂「私、頑張るね。いってきますっ!」
11 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:06:40.93 ID:Qezuh/qr0

 ―― 12月某日 熊本県熊本市


美穂「着いたっ」

蘭子「んなぁーっはっはっは! 今こそ魔王の帰還よ! この地を再び闇の波動で満たしてくれようっ!」

芳乃「ほー……よきかなー。阿蘇より生まれいでし、清爽なる気の流れを感じまするー」

紗枝「あら、見なはれ周子はん、路面電車どす。なんや故郷(さと)を思い出して懐かしなぁ」

周子「あ、ほんとだ。路電って熊本にも通ってたんだなぁ」

P「さて……思ってたより早く着いたな」

P「てか美穂、そのマフラー新しい奴? 似合ってるな」

美穂「ほんとですか? えへへっ、卯月ちゃんと響子ちゃんが編んでくれたんです。誕生日プレゼント代わりにって!」

美穂「熊本にいる間はずっとこれ巻いとこうって決めたんです。私の大事なお守りです!」

P「おおー、流石いい仕上がりだ。ピンク色で可愛いし、それにこの…………ぬっぺふほふ」

美穂「た、狸って言ってました!」

蘭子「形なき水の化身では……!?」
  (訳:スライムじゃないんですか?)

紗枝「つるべ落としやありまへんの?」

周子「え、おとろしでしょ?」

芳乃「奄美のマジムンに似ておりますがー」

美穂「もう、だから狸だってば〜!」
12 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:07:21.63 ID:Qezuh/qr0

P「ま、とにかくこの後のことを確認しとくか」

P「知っての通り、LIVEは数日後。会場との打ち合わせと、リハをしてから本番だ」

P「今日は軽い挨拶くらいとして……ホテルのチェックインまでも時間があるし、なんならちょっとぶらっとしてこうか?」

蘭子「!!」

美穂「ほんとですか!? いいんですかっ!?」

P「もちろん。俺も熊本は初めてだし、紗枝も周子も芳乃もそうだろ? せっかくだし、色々案内してくれよ」

美穂「蘭子ちゃん!」

蘭子「言霊を交わす刻!」

  ヒソヒソヒソ ポショポショポショ サクセンカイギ

美穂「決めました!」

P「早いな!」

蘭子「ふっふっふ……火の国の洗礼、まずはそなたらの味覚に訴えねばならないわ。すなわち……!」

美穂「甘いものを、食べに行きませんか?」
13 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:07:47.37 ID:Qezuh/qr0


 熊本の街は、中心をだーっと走る路面電車の軌道を中心として発展しています。

 中でも一番賑やかなのが、熊本城のすぐ近く……県道28号線に沿ってある「通町筋」近辺。
 その辺りには、昔からあるアーケード街が南北にぐいーっと伸びています。
 大通りを挟んで「上通」「下通」と区別されていて、その二本を中心として縦横に交差する商店通りが、熊本のいわゆる繁華街です。


「あ、見えてきた。ほら、あそこですよ!」
「ほんとだな。なんだか香ばしい、いい匂いが……」
「懐古を呼び起こす甘美なる円盤っ。我が魂もこの上なく昂っているわ!」

 ずらっと並ぶ店舗の只中にある、瓦風の屋根、のぼりとのれん。
 ほんと、なんだか懐かしいなぁ……。九州を出ちゃうとお店が無いんだよね。

「こんにちわっ。あの、二つ包んでくれませんか? 餡は両方お願いします!」
「ハイヨー」

 形自体は同じものが色々あるみたいなんだけど――
14 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:08:19.49 ID:Qezuh/qr0

「あ。これって大判焼き?」
「ちゃうちゃう、天輪焼きやありまへんか?」
「回転焼きなのでしてー?」
「パンセポンセ! パンセポンセじゃないか!」
「否っ! 断じて否! 秘密の花園に封じられし供物は、風と戯れる蜜蜂の調べ!」
「そうですよっ! 同じ形のは色々ありますけど、熊本のは違うんです!」

 あ、焼き上がったみたい!
 私は自分の分を受け取って、ほかほかのそれをみんなに見せました。


「名付けて、蜂楽饅頭!」


「ほう」
「らく?」
「まんじゅうー?」
「パンセポンセじゃなかったのか……」

 確かに、こういう形のお饅頭には色んな呼び名があるみたいですね。
 中に餡子が入ってるのもおんなじだし。

 でも、その餡子が違うんです!
15 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:08:48.53 ID:Qezuh/qr0

「! へぇ、これ餡に蜂蜜混ざってるんだ?」

 さすが実家が和菓子屋さん、周子ちゃんは一口でわかったみたいでした。
 そう。蜂楽饅頭は、中の餡に蜂蜜がたっぷり練り込まれてあるんです。

 一人に二つずつって言ったのは、餡が白と黒で二種類あるからです!

「黒あんもええけど、この白あんは蜂蜜の味がようわかっておいしおすなぁ♪」
「本土にはかようなお饅頭もあるのですねー。知らなんだとは、まこと不覚なのでしてー」
「パンセポ……うっま!! 何これうま! 好き!!」
「えへへっ、良かったぁ♪」


 ちなみに夏限定なんですが、ここはかき氷も出してたりします。
 コバルトミルクっていって、名前通りコバルトブルーの、ミルクと蜂蜜を混ぜたシロップがとってもおいしいんですよ!
 ……どうして青いのかはよくわかりませんけど。
16 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:09:24.60 ID:Qezuh/qr0

「くっくっく……ならばこの魔王も、今こそ真円の月を暴かん……」
「すまんねぇ、今ので今日のは売り切れちゃったんだ」
「えっ」

 えっ。
 改めて見てみれば確かに。
 時間は午後。おやつ時もちょっと過ぎて、人通りの多い時間帯を切り抜けた感じで……。
 で、でもまさか、そんなピンポイントに……!

「……ぴぃ……」
「お、落ち込まないで蘭子ちゃん!」
「あぁ、うちのと半分こしたらええよ。せやからしょんぼりせんとって……」
「あたしも白の方はまだ齧ってないからさ、ほら一口一口」
「せめてお茶を一杯、いただいてくるのでしてー」


「――――あの〜。よかったらこれ、どうぞ〜」

17 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:09:59.71 ID:Qezuh/qr0


 横合いから、まだ温かい蜂楽饅頭を差し出す手が。

「ごめんなさい〜、私が家族の分までまとめ買いしちゃったから〜……。けどまだ温かいから、きっとおいしいですよ〜」

 私と同い年くらいかなぁ……?
 なんだかのんびりゆったりした、見ていてほっとするような子が立っていました。

「君は……? いや、それは悪いよ」
「そんなことないですよぉ。むしろ、私が悪いことしちゃったみたいで〜」

 ?
 と、見てみてびっくり。

「お饅頭、家族の分までまとめ買いしちゃってて〜……。私がその子のまで取っちゃったようなものですからぁ」
「あらあらー……お饅頭に色んな和菓子に、なんやお祭りみたいどすなぁ」

 蜂楽饅頭の他にも、「香梅」の陣太鼓に武者返し、「福田屋」の福迎え餅、「二つ茶屋」のみたらし団子やetcetc……。
 和菓子フルコースみたいなたくさんの紙袋を、彼女は当たり前のように提げていました。

「私って和菓子が大好きで、うちの家族もみ〜んな同じなんですよ〜。だから一つや二つくらい、どうってことありませんから〜。ささ、どうぞどうぞ〜」
「むぅ……抗いがたき女神の誘い。血の歓びを分かち合おうぞ……!」
(訳:それじゃあ遠慮なく! いただきまーっす!)

「…………おいしい〜〜〜〜っ!」
(訳:魔力が満ちる時! 蜜蜂の宝玉が輝かしき福音をもたらしているわ!)

「蘭子ちゃん、逆逆!」
18 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:11:03.79 ID:Qezuh/qr0


??「あらら……? それにしても、みなさんどこかで見たような〜……?」

周子「あ、ヤバ……プロデューサーさん、どうする?」ヒソヒソ

P「ん、まあ言ったっていいだろう。せっかくのご縁だ」ヒソヒソ

美穂「あの、私、小日向美穂っていいます。アイドルやってるんだ!」

??「こひなた? 小日向……。はてさてどこかで〜〜〜〜…………」

??「…………ああ〜〜っ! 熊本出身アイドルの、小日向美穂ちゃん〜!」

??「それじゃあこっちは、神崎蘭子ちゃんですか〜!?」

蘭子「くっくっくっ……いかにも我が名は神崎蘭子! 今再び生誕の地に舞い降りし魔王よ! はーっはっむぎゅっっ」

P「おっとと、流石に大声はNG! 騒ぎになるとマズいから……!」

蘭子「んーっ、んーっ」ジタバタ

??「あわわ、ごめんなさい〜。……けど、お二人が一緒ということは〜?」

周子「ご名答。こっちもアイドルで、京都生まれの塩見周子ちゃんですよー。よろしくどうぞー」

紗枝「同じく京の生まれ、東京よりまかりこしました、小早川紗枝いいます〜」

芳乃「わたくし依田は芳乃なのでしてー。依田は薩摩の御家なれどー、同じく東京であいどるをしておりまするー」

??「おお〜〜〜〜〜……っ!」

   ガバッ ムギュウ

美穂「わぷっ!? はわわ、ぷ、ぷにょふわ……!」フニフニフニ

??「生のアイドル、初めて見ました! それも同じ熊本県民なんて、私感激です〜!」ムギュムギュ

??「って、あっ、ごめんなさい〜。私の方が名乗り遅れちゃってましたね〜」


菜帆「私、菜帆です。海老原菜穂っていいます〜♪」

19 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:11:30.86 ID:Qezuh/qr0

 それからまた少し話をして、菜帆ちゃんは家族が待っているからと、お尻を振り振り去っていきました。
 同じ生まれも育ちも熊本同士。短い滞在だけど、また会えたらいいなぁ。


周子「……いやーそれにしてもすごい和菓子の量だったね。よっぽど好きなんやなー」

紗枝「ふふ。周子はんとしては、ちぃと嬉しいことなんちゃいます?」

芳乃「旅先の出会いは、いずれも得がたきものー。菜帆さんともー、また縁が繋がれば幸甚なのでしてー」

P「(尻すげぇ)」

美穂「なんだか、ふんわりした子だったね。一緒にいて安心するっていうか、あったかいっていうか……」

蘭子「甘美なる豊穣の女神の如し……我が闇の翼も、束の間の安らぎを感じたわ」

P「(尻がすげぇ)」

周子「あ、そだ。チェックインの時間そろそろじゃない?」

P「尻がマジですげぇ(そうだな、あまりのんびりしてもいられない。行こうかみんな)」

美穂「し!? た、多分ですけど、本音と建て前が逆じゃありません!?」

周子「……前から思ってたんだけど、プロデューサーさんってお尻フェチなん?」

P「失敬なことを言うな、おっぱいだって大好きだぞ」

美穂「もぉ、何言ってるんですかっ!」ポコポコ

P「ワハハ! ワハハ! 痒い痒い!」

芳乃「ふむー。よこしまなる気を感じるのでしてー」

紗枝「いややわプロデューサーはんったらぁ、まだ日ぃも高いうちに……」

蘭子「お、おしり……///」
20 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:12:26.72 ID:Qezuh/qr0

 ホテルへは、せっかくだから路面電車に乗って向かいました。

 ゆったり走る電車の窓から、懐かしい熊本の街並みが流れていくのが見えます。

 私達は並んで席に座り、修復工事真っ最中の熊本城を拝みました。


「いいとこだなぁ」

 と、プロデューサーさんがぽつりとこぼします。
 私はなんだかとても嬉しくなってしまいました。

「熊本、好きになってくれました?」
「うん。まだほんのちょっとしか回れてないけどな。今度はオフの時にでも旅行に行きたいよ」

「あの。じゃあ……たとえばなんですけど、いつかはここに住んでみる……なんて」

 プロデューサーさんは目をぱちくりさせます。
 流石にちょっと切り込みすぎたかも……と後悔しちゃう私でしたが、彼は真剣に考えて、答えてくれます。

「そうだなぁ。今は東京で働いてたいけど、仕事が落ち着いたり、なんか一段落ついたりしたら……。

 うちのアイドルをトップに導いて、俺がいなくても大丈夫ってくらいにてっぺん取ったら、引退してここに住むのも良いかもな」
21 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:13:00.49 ID:Qezuh/qr0

 トップアイドルになって……。
 それは私かもしれないし、私じゃないかもしれません。
 もちろんやるからにはトップを目指しますけど、もしプロデューサーさんが引退して、熊本に住むなんてことになったら……。

「……じゃあその時は、私もついてきていいですか?」
「ん?」
「あ! いえ、その、ほんとたとえばの話ですけど。ほら私地元民だから、色々サポートできるかなって、あはは……」

 たとえばですけど、たとえばそれで、一緒に住んでみるとか……改めて両親に紹介してみるとか……。
 た、た、たとえばずっと、なんなら一生一緒に熊本で……!

「って、いやいや。プロデューサーさんがいなくなっちゃって大丈夫ってこたないでしょ」
「ほんまやで〜。手塩にかけて育てたあいどるほっぽって隠居いうんは、ちぃと薄情やないどすか?」
「うっジト目……。いやいや、もちろんみんなを放り出したいってことじゃなくてな?」
「当たり前どす。うちらかて親元を離れて、まだまだ甘えたい盛りなんやから♡」
「そなたにはー、とても多くの縁が集まっておりまするー。解脱の時はまだ先かとー」

 はっ。正気に戻りました。
 そうですよね。仮にそうなるにしたって、きっともっと先の話だし……。
 私だって、仲間といつまでも一緒にいたいもん。


「火の国……一緒に……。美穂ちゃん……?」
22 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:13:30.58 ID:Qezuh/qr0

 私達はその後ホテルにチェックインして、夜までゆったりしました。
 夕方の街をまた少し回って、みんなで晩ご飯を食べて……。

 明日からが忙しいので、今日はみんな早く寝ようということになりました。
 部屋割りは私と蘭子ちゃんが二人部屋、周子ちゃんと紗枝ちゃんと芳乃ちゃんが三人部屋でした。


 お風呂に入ってベッドに入ると、なんだかんだ疲れてたみたいで、私はすぐに眠くなってしまいます。

 うとうとしていたところ、ふと、隣のベッドから声がかかりました。

「――我が友、美穂よ……。その魔力、絶えることなかりしか?」

「……蘭子ちゃん? うん、起きてるよ」

「うむ。我が魂は今、真理を掴めと啼いているわ……」

 蘭子ちゃんはベッドの上にぺたんと座り込んで、私をじっと見つめていました。
 ベッドランプに照らされるその顔は、なんだかとても真剣でした。
23 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:14:04.09 ID:Qezuh/qr0

「どうしたの? 何か悩み事?」

 身を起こして向き合うと、蘭子ちゃんは両足をもじもじさせます。
 やっぱり何か大きな悩みがあるかも……。
 私が続きをうながすと、ぽつぽつ話し始めました。
 

「あの者……瞳の力を持ちし、黒衣の使者」
「プロデューサーさん? プロデューサーさんがどうかしたの?」
「我が友は。……我が友、は……」

 よく見れば蘭子ちゃん、顔がちょっと赤いような……?

「あの者に、甘美なる紅蓮の衝動を……いえ、即ち、魂の融合を……消せど燃ゆる魔性の火を……」
「蘭子ちゃん……?」
「かの黒翼と、ひ、比翼たるべしと、欲すか……?」

 こほん。
 一つ咳ばらいをして、改めて問います。


「…………すきなの?」


 ぴぇっ。

24 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:14:45.40 ID:Qezuh/qr0

 びっくりしました。耳も尻尾も出ました。

 ば、ばば、ばばばばば、バレてる?

 まさか、そんな。私ちゃんとそういうのバレないように気を付けてたつもりなのに。
 前に周子ちゃんにズバリ言い当てられたけど、普段はプロデューサーさんのこと好きだってみんなに悟られないように、想いを抑えてるはず……っ。
 …………抑えられてるよね? だよね?

「わ、我が友美穂が、あの者を見つめし時、瞳に熱き火が宿り……や、宿れば……やどるとき……」

 あぁあぁ、ば、バレてたぁ……っ!

「それで……その」

 じっと見つめられちゃいます。
 ちょっと上目の蘭子ちゃんの眼は、それでもすごく真摯で。
 からかおうとか、そういう意図はまったく感じ取れませんでした。

 ……こ、ここまでくると、もう誤魔化せないよね。

 私はベッドの上に正座して、蘭子ちゃんを正面から見返します。
25 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:15:20.46 ID:Qezuh/qr0

「す」

「私は、プロデューサーさんが、すっ、すひっ」

「しゅっ、す、すぅっしゅ、ふっ、すすす、すぅ〜〜〜……っっ」

「ご、ごくり……」

 頭の中まっしろになりそう。うぅ、蘭子ちゃん相手でこれじゃ、本人に告白なんて無理だよぉ……。
 うつむいて耳を畳んで、尻尾を丸めて、必死の思いで絞り出します。


「………………しゅきれす」


「はぁわわゎわゎゎわわぁあっ」
「あうううう〜〜〜〜っ……!」

 もう二人して真っ赤っか。ベッドに突っ伏したり転がったりわちゃわちゃしたり。
 五分くらいして落ち着きました。
26 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:16:00.33 ID:Qezuh/qr0


「お、おっほん。友の心の内、我しかと聞き届けたり……!」

 思えば自分の口からはっきり「好き」って言ったの、これが初めてかもしれない。
 そう思うとまた恥ずかしくて、ぽかぽかしてくる耳を手で仰いで冷やします。

「友よ……我はそなたの甘美なる想いに、深淵より力を添え……その。だから、つまり――

 ――美穂ちゃん。わたし、応援します」

「え……?」
「プロデューサーと美穂ちゃんのこと。あの、わたし……もっと二人が仲良くなれたらいいなって、思うから」
「ほ、本当? でもいいのかなぁ……。私、狸だし……」

 ちょっと弱気になった私に、蘭子ちゃんはぶんぶんぶんぶん首を横に振りました。

「大丈夫っ」
「そ……そう?」
「ま、まことの想いは言霊に魔力を乗せ、瞳持つ者の心の臓を、えと、つまり心を……ちゃんと、大丈夫だから!」

 想いはきっと伝わる。
 そう言ってくれた蘭子ちゃんに、私は救われるような気持ちがしました。

「――ありがとう。私、がんばってみるね」
「うむ! ゆくゆくはそなたの思いの丈を、あの者にぶつけるがよい! 滾る愛を、こ、こくっ、ここ告白……っ」
「こ……はうう……っ」
「うゅうぅうう〜〜〜っ」

 どっちも全然こういう話に慣れてないです。ちょっとクリティカルな言葉が出てくるだけで大騒ぎです。
 
27 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:16:43.26 ID:Qezuh/qr0

「蘭子ちゃん、本当にありがとう。私、勇気出たよ」
「うむっ。荒野に心寂しく思う時は、この魔王が力を蓄えていると知れ!」
「ふふっ……うん。まずは私達のLive、大成功させようね!」
「当然至極っ! ふんす!」

 私は本当に、友達に恵まれました。
 応援してくれる蘭子ちゃんの為にも、一緒に来てくれた周子ちゃん、紗枝ちゃん、芳乃ちゃんの為にも。
 東京で待っててくれる卯月ちゃんや響子ちゃん……仲間のみんなにも、胸を張って帰れるように。

 まずは、ステージの大成功を誓います!
28 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:17:11.52 ID:Qezuh/qr0


 ところが。
 事態は、思いもしない方向へと転がっていきます。

 私達が知らない裏で、既によからぬ動きは始まっていて。

 それが、人と狸を巡る大騒動へと発展していくことを、この時の私は知る由もなかったのです。

29 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:17:46.98 ID:Qezuh/qr0

 翌朝、フロントに届け物があると言われました。

「……手紙?」

 見覚えのある封筒に、狸の肉球のスタンプ。
 これ、いつも親元から届く手紙……?

 もちろん今回のステージには両親も呼びます。それはもうプロデューサーさんも了解していて、
 人間の姿で山を下りてくる二人を関係者席に通してくれるそうです。

 ……ちなみに両方とも機械オンチだから、携帯とか持ってないんです。

 それにしても、わざわざホテルに来るなら直接話せばいいのに……何だろう?

 ………………あれ?
30 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:18:16.93 ID:Qezuh/qr0

「くん、くんくんっ、ふがふが……」

「くんくんくん……! ふすすっ! はすはすはすはす……っ!」


「ふわぁ〜。あ、おはよーさん、美穂ちゃ……」
「ふすすすーっ! くんくん! くんくんくんくん!!」
「……お邪魔しましたー」
「ふがが……はっ、周子ちゃん!?」 

 すいーっと引いていく周子ちゃんを慌てて引き止めました。


「……手紙のにおいが違う?」
「そうなの。封筒もスタンプもいつものお母さんのなのに、においだけが全然別で……」

 狸……というかありとあらゆる動物にとって、「におい」は身分証明書のようなもの。
 嗅いだらすぐにわかるんですけど、この手紙からするにおいは、お母さんやお父さんのとは似ても似つきません。

 そうこうしているうちに起き出してきたみんながロビーに集まって。

 私は覚悟を決めて、封筒を開いてみることにしました。
31 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:18:51.44 ID:Qezuh/qr0


 中にあったのは、乱暴に折り畳まれた一枚の便箋と、一枚のポラロイド写真。
 便箋には、殴り書きでこうありました――


『ライブヲ チュウシシロ』


 写真に映っていたのは、捕獲用の檻に囚われた二匹の狸。

 お父さんと、お母さんでした。
32 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:19:35.93 ID:Qezuh/qr0


P「………………なるほど」

美穂「ど、どどどどっどうしましょうっ私っ、い、一体何がなんだか……!」

P「落ち着くんだ美穂。とにかく状況を整理しよう」

P「誰かがステージを台無しにしてやろうと企んでるのは、ひとまず間違いないとして……」

周子「こーゆー手を使うとなれば、美穂ちゃんのこともかなり知っちゃってる感じやね」

P「ああ。美穂の正体どころか、ご両親のことや泊まるホテルまで知ってることになるな」

紗枝「こないなことしはって、何が目的なんやろかねぇ。人質ならぬ狸質まで取るいうんは只事やありまへんえ」

芳乃「ふむーーー…………」

芳乃「何か、強い敵意を感じまするー」

P「敵意?」

芳乃「はいー。美穂さん個人ではなくー、より根の深いー、親や先祖代々に関わる、長きにわたる敵対心がー……」

美穂「…………敵対心…………先祖代々…………」


美穂「!! と、隣山の狸一族!!」


P「おぉ!?」

周子「やっぱ同じ狸なん!?」
33 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:20:02.55 ID:Qezuh/qr0


 雨吹山の狸一族は、鏡山の小日向一族と長年の仇敵だったといいます。

 私の代ともなればそれほど激しく憎み合ってはいなかったみたいだけど、それでも化け合戦を行うことは時たまあって。

 そもそもの因縁の始まりは、鏡山の日の当たるお堂を巡った縄張り争い。
 それに勝った私達は「小日向」を名乗り、敗れて雨吹山に移った狸は……ええとなんていったっけ……。
 とにかく、彼らとは長年の確執があるのです。

 私のことを知っていて、両親のことも知っていて、芳乃ちゃんがそう言うほどの敵対心を持つ相手といえば、それしか思い浮かびません。
 手紙から漂う別の狸臭もそれで説明がつきます。

 けど、まさかそこまでの強硬手段に出るなんて……。

「あ、あのっ」

 と、写真を見ていた蘭子ちゃんが声を上げました。
 彼女は、写真の裏に書かれている文字に一番に気が付いたのです。


『本日正午 藤崎八幡宮 裏手ノ白川沿イニテ待ツ』
34 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:20:51.49 ID:Qezuh/qr0

 時刻が正午を回る頃、私達はみんなで指定の場所を訪れました。
 藤崎八幡宮の裏手は川沿いの細道で、人通りは全くありませんでした。

 そんな道路のど真ん中に、座敷がありました。

 東屋みたいに柵と柱と屋根がある、八畳敷きの畳張り。
 ちゃぶ台や和箪笥や火鉢が置かれていて、真ん中には何故だかおっきな茶釜が鎮座しています。

「来よったか」

 ちゃぶ台について球磨焼酎をかっくらう知らないおじさんが、数人……いや数匹。
 そして、座敷の隅っこには……!

「お父さん! お母さん!!」

 懐かしい二匹の狸が、檻の中でぐったり伏せていました。

35 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:21:24.81 ID:Qezuh/qr0

「な、何をしたんですか!?」
「安心しい。寝とるだけたい」
「でも、だからってこんなこと、どうして!!」

「美穂」

 勢い込む私を制して、プロデューサーさんが前に出ました。

「なんね、誰じゃ」
「小日向美穂のプロデュースを担当しておりますPと申します。以後お見知りおきを」
「ほ〜お、おのれが狸を誑かした胡乱な人間か。なるほど信用ならんツラじゃ」
「……どうも」

 プロデューサーさんは平然としています。
 狸はまた焼酎を一杯飲んで、きんつばをがぶりと齧りました。しょ、焼酎のおつまみにきんつば……。

「ちょうどよか。らいぶかなんか知らんが、つまらんけんやめさせんか。ほしたら小日向狸を返しちゃる」
「そういうわけには参りません。アイドルやスタッフ一同、何より楽しみにして下さっているファンの皆様を裏切ることになります」
「かーっ! これやから人間は好かん! なんやかんやと理屈ばっかりこねよる」
「というより、こちらはあなた方の目的を知りません。一度話し合うことはできませんか? もしかしたら妥協点を見いだせるかもしれませんし……」
「ならんっ!!」
36 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:22:02.12 ID:Qezuh/qr0

 だんっ、と叩き付けるようにグラスを置いて狸が気勢を上げます。

「そもそも小日向は俺(おい)らの長年の怨敵! こげんする理由は元より有り余っとる!」

「……それなら、美穂ちゃんの親御さんをとっ捕まえて一体どうするつもりなん?」
「一部には、狸を鍋にして食ろうてまう好事家がおるって話やけども……」


「「「「「狸鍋!!!?」」」」」


 ポポポポポンッ!

 あまりに怖い響きに、私も含めて狸みんなが尻尾を出しました。

「そ、そげん恐ろしかことするわけなかが!」「ぬしゃ何ば言いよっとか!?」
「し、し、心臓が止まるとこやったやろが!」「寿命が縮まった!!」「この外道!!」

「外道やのうて狐どす〜」
「つか、今まさに狸質取ってる輩にだけは言われたくないわ」

「――――さればー、何故かような無体を働くのでしょー?
 あいどるとして、皆を楽しませることー。それは人と狸の区別なくー、まこと尊きことと覚えまするがー」

 
「…………狸だからじゃ」
37 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:22:57.64 ID:Qezuh/qr0

 口を開いたのは、檻の近くにじっと座っていた狸。
 化けていてもすごく小柄で、長い白髪のせいで目も口も見えませんでした。
 多分、この中では長老格です。

「わしはそもそも、狸が人間風情と混ざって暮らすこと自体、好かん。
 小日向の化け力にはそれなりに一目置いとったが、だからこそ道を外れた時には目を疑うたわい。
 人に化けて、人の見世物になるじゃと? 狂気じゃ、狂気の沙汰じゃ」

「父上ん言う通りじゃ。化けられん上に毛も無い人間なんぞ俺ら狸に劣る存在! 食いもんは褒めてやってもよかけどな」

「左様。奴らなんぞに媚を売るのはまことおぞましき畜獣の所業よ」

「どうせ間抜けな人間どものことじゃ、そっちのぷろでゅーさー? とやらと結託し、術で誑かしとっとじゃろが!」


 もちろん、狸にも色々います。
 狸の数だけ思想はあります。
 人が好きな狸もいれば、そうじゃない狸もいて。

「ちょっと、いくらなんでもそりゃ言いすぎ……」
「……ずいぶん気風のおよろしい弁舌をぶってくれはりましたなぁ」
「わ、我が朋友は、そのような……っ!」
38 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:23:42.70 ID:Qezuh/qr0


「…………黙って聞いてりゃ手前勝手なことばかりぐだぐだぐだぐだ…………」

「……そなたー?」

 ぷちっ、と何かが切れる音が聞こえた……気がして。
 プロデューサーさんが、ぐわっと顔を上げました。

「狸がアイドルで悪いかッ!!」

「む……ッ」

 そんな顔のプロデューサーさんを、私は初めて見ました。
 ほんの一瞬気圧される狸を前に、彼は一気にまくしたてます。


「一人で東京に出て、右も左もわかんねぇとこから事務所入って!! この子がイチからどんだけ頑張ってきたと思ってんだ!!

 美穂は自力で正々堂々アイドルしてんだ!! ファンを化かしてここまで来たと思ってんなら大間違いにも程があるわ!!

 それが地元にも名が知れるようになって、こうやって故郷の舞台に立つ晴れの日が今なんだぞ!!

 ああそうだよ俺は胡乱で信用ならねえ人間風情だよ、大いに見下してもらって結構だ!! でも美穂のことは今すぐ訂正しやがれ!!」


「……プロデューサーさん……」
「ちょちょちょ、落ち着きなって! 向こうにゃ狸質いんだよ!?」
「ヌゥーン! 離せ周子! 文句はまだ山ほど……!」
39 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:24:34.42 ID:Qezuh/qr0

「うんむ」

 と頷くが早いか、白毛玉のお爺ちゃんは茶釜の蓋をぺっと開けて、一升瓶の焼酎をどぼどぼどぼどぼ注ぎ込みます。
 かと思えば、茶釜がいきなり唸りを上げて震え出しました。

 その様子は、さながらガソリンを燃焼させるエンジンのようで――


「空中露天座敷、離陸(リフトオフ)!」


 ぶあっ、と座敷が浮き上がって。
 私達を置き去りにして、彼らは八畳敷きごと空の狸となりました。

「うっそ、飛んどる……!」
「ほー」


「うはははははっ! 見たか、見たか! これぞ我ら狸が天狗様より賜りし秘蔵の品!!

 ――すなわち、彦山豊前坊様の霊威なり!! 親が恋しかったら空でも飛ぶか、平身低頭して許しを乞えーっ!!」


 高笑いする狸を乗せて、座敷はぐんぐん高度を上げていきます。
 空なんて逆立ちしても飛べない私達は、なすすべもなく見送るばかり。
 座敷はもう絶対に手が届かない高さまで登り、眠るお父さんとお母さんを乗せたまま、東に向かって加速します。


「茶番をやめんとあらば、この老いぼれ狸どもは英彦山深くの谷底に放り込んじゃる!

 雨吹山は海老原狸の怒り、とくと思い知るがよか! わーははは! わーははははは!!」
40 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:25:23.37 ID:Qezuh/qr0

「ひこさん、ぶぜんぼう……」

 飛び去る空中座敷。
 UFOのようなそれを呆然と見送りながら、私は耳慣れない言葉を復唱していました。

「待てこらぁっ!! 話はまだ終わってねぇぞ!!」
「だからプロデューサーさん、川だってばその先は! 落ちる落ちる!!」
「エビだかシャコだか知らねぇが、かくなる上は尻の毛全部毟って――――エビ?」

 ………………あれ?

 その名前、知ってる。
 みんなして顔を見合わせ、蘭子ちゃんが最初に思い出し、両手で口を覆いました。

「……ほ、蜂楽饅頭の……」


「「「――――海老原ぁ!!?」」」
41 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:26:24.17 ID:Qezuh/qr0

    ―― ホテル ロビー


美穂「お父さん、お母さん……」

蘭子「み、美穂ちゃん。きっとなんとかなりますから……っ」

美穂「……うん……」

周子「とはいえ相手さんは予想以上だったね、なんか。なんてったっけ、あのナントカ山……」

芳乃「――彦山豊前坊。または、英彦山大権現。福岡と大分の間にかかる、霊験あらたかなる修験山ー……。その頂きに座する、大天狗なのでしてー」

紗枝「うちも聞いたことあります。鞍馬山僧正坊と同格、九州天狗の総元締めやいう話どすえ」

蘭子「だ、だいてんぐ……」

周子「向こうのフカシって線は無いの? そりゃいくらなんでもビッグネームすぎるよ」

紗枝「いくら嘘ついたかて、化け狸は自在に空を飛べたりしまへん。狐もおんなじどす」

美穂「そう……そうです。仮に鳥とかに化けても、結局は偽者ですから。実際に自分が持ってない器官を増やしても、自由に使えるわけがありません」

蘭子「偽りの翼をもってして、蒼穹を駆けることは叶わぬか……」
  (訳:じゃあ、やっぱりあれは狸さんだけの力じゃないんですね……)

紗枝「せやね。飛ぶいうんは、それくらい難しいことなんどす」

紗枝「仮にそないなこと出来る狸が万一おるとしたら、それこそ伊予の隠神刑部やら阿波の金張、それか京の先代偽右衛門くらいの大物中の大物に限られますやろな」

芳乃「そして何より、あの茶釜ー……。あれは恐らくー、天狗由来の宝物、茶釜えんじんではないかとー」

美穂「茶釜エンジン?」

芳乃「酒精を呑みて飛ぶー、摩訶不思議の浮遊からくりなのでしてー」

紗枝「わいんやったり日本酒やったり焼酎やったり、型式で燃料が変わるてお父はんは言うてはりました」

周子「まやかしの類じゃないってわけか……。う〜〜〜〜ん、空なんか飛ばれちゃどうしたもんやら……」

P「………………」

蘭子「我が友?」

P「ん? ああすまん、海老原さんについて考えてた」
42 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:27:14.53 ID:Qezuh/qr0

蘭子「甘美なる女神……。よもやあの者も、邪なる霊獣の眷族であったとは……」ショボン

P「十分ありえる話だ。あの子はとても立派な尻をしていたからな……」

周子「いやいや、お尻で判断するってなんやの」

美穂「た、確かに……!!」

周子「納得するんかーい」

紗枝「となると〜……菜帆はんも、あっち側いうことどすやろか」

芳乃「さようなことは、ありませぬー」

周子「そう? 偶然同姓じゃなけりゃ家族ってことになると思うけど」

芳乃「おそらくはー、そうなのでしょうー。しかしながら菜帆さんからはー、悪しき気配は感じ取れませんでしたゆえー」

P「ああ。あの子はそういうことが出来るタイプじゃない。――仕事柄、俺は女の子を見る目には自信があるんだ」キリッ

周子「その言い方誤解招くからよそじゃやめといた方がいいよ」

P「アッハイ」

美穂「……私もそう思います。あんなふんわりした優しい子が、あの狸達みたいな酷いことに手を貸すわけないです」

P「そうだな。とにもかくにも彼女に話を聞く価値はありそうだ。連中は今頃空の上で、手の出しようもないわけだしな……」


  タタタタッ ポヨポヨポヨ

菜帆「み……みなさん〜!」
43 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:27:57.78 ID:Qezuh/qr0


 噂をすれば、と言うべきでしょうか。
 ホテルのロビーに飛び込んできたのは、まさに私達が話題に出した子でした。


「はぁっ、はぁっ、はぁ〜……! は、話を、聞かせてもらいました〜……っ!」
「菜帆ちゃん!」

 私達のことを聞きつけたのでしょう。
 慌てて駆け付けたと思しき菜帆ちゃんは、かなり焦燥している感じでした。
 普段、慌てたり悲しんだりすること自体があまりないのでしょう。
 包み込まれるような安心感のあった初対面と比べ、私の心まで痛くなりました。

「さればやはりー、そなたもまたー、狸の変化なのでしてー?」
「あ、はい〜。私はちょっと変わり種ですけど〜」

 ポンッ!

 と、出たのは立派な耳と尻尾。
 となれば、私もそのままではいられません。

 ポンッ!

 と同じく尻尾を出して、狸的交流の最初の一歩を踏み出します。
44 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:28:56.68 ID:Qezuh/qr0

「くんくんくん」
「ふんふんふん〜」
「くんかくんか、はすはす、ふすー」
「はふはふ〜、すぅ〜っ、ふはふぅ」


「か、嗅ぎ合ってる……」
「お互いのにおいをー、覚えておられるのでしょー」
「名刺交換のようなもんどすな〜」
「身中よりいずる妖気の残滓、その魂のカタチまでも形容せしか……」

「狸……変わり種……んー?」
45 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:29:29.85 ID:Qezuh/qr0


菜帆「空中座敷にいた狸は、私のお爺ちゃんと伯父さん、それから親戚のみんななんです〜」

菜帆「私達家族は市内に暮らしていて、だからそんなに会う機会もなくて〜……」

菜帆「久しぶりに人吉の山から降りてくるっていうから、喜んでお迎えしたんですけど……まさかあんなことをするなんて〜……」

P「話はしたかい? 美穂達のことで、何か言ってたりとかは?」

菜帆「それが、人間は好かんっ、狸がアイドルなんてけしからんっ、の一点張りで……取りつく島もないんです〜」

周子「相当だねぇこりゃ」

P「なおかつ、一族間の因縁を上乗せって塩梅か……。けど、どうしてそんなに人間を嫌うんだ? 昔何か酷いことをされたとか?」

菜帆「そんなことないです〜っ! ……でも、だからかえって理由がわからなくて〜」

菜帆「そういうこともあるから、両親と雨吹山の実家も折り合いが悪かったんですよ〜……」

美穂「な、菜帆ちゃんがそんなに落ち込むことないよっ」

蘭子「う、うむ。女神の瞳に涙は似合わぬわ!」

紗枝「せやで〜。あったかいお茶を飲んで、まずは一息つきなはれ」スッ

芳乃「甘味ではありませぬがー、ここにおせんべいがあるのでしてー」パッ

周子「……今それらどっから出したん?」

菜帆「うう、ありがとうございます〜……。おいしい〜」ズゾゾポリポリ
46 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:30:08.58 ID:Qezuh/qr0


菜帆「今日は、みなさんにちゃんと謝りたくて〜……」

菜帆「私、もう一回ちゃんとお爺ちゃんたちとお話してみます。心から説得すれば、思い直してくれるかもしれませんし〜」

菜帆「だから、みなさんはお仕事の準備を進めてください! きっとなんとかなりますから〜!」

P「そう……か。そうかもな。他ならぬ家族の言うことなら、あの頑固狸だって考えを改めるかもしれない」

P「そこまで決意してるなら止めるわけにもいかないしな。……けど、困ったことがあったらすぐ連絡してくれ。これ俺の名刺ね」

菜帆「おお〜。これはどうもご丁寧に〜」

菜帆「私、名刺なんて持ってませんから、お返しできないですけど〜……あっ、そうだ」

菜帆「え〜いっ」ギュッ

P「!?!?」プニョフワ

美穂「ああっ!?」

周子「おっ役得」

芳乃「ほほー」

蘭子「ななな、なんと……っ///」

紗枝「ぃゃゃゎぁ」

菜帆「えい、えい、え〜〜いっ……。うふふ、名刺代わりです〜。いかがでしたか〜?」

P「はい……たいへんようございました……」ポワポワ

菜帆「何かわかったら、すぐみなさんにお知らせしますね〜! それじゃあ、ありがとうございました〜!」タッ

P「ぷにょふわ……もにゅもにゅ……もふもふむちむち……」

美穂「………………プロデューサーさん?」ジトーッ

蘭子「汝が瞳、桃色に曇りし瞬間しかと見たり…………」ジローッ

P「はっ。……そ、そういうことだみんな! ここは海老原さんに一旦預けて、こっちは自分達の仕事に専念しようじゃあないか!」キリッ

紗枝「ふぅ。殿方いうんは、これやから困りもんどすなぁ」

周子「ま、しゃーないしゃーない。所詮は男のサガってもんでしょ」

P「な、なんだよぉ!」

芳乃「そなたー」ナデナデ
47 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:31:14.58 ID:Qezuh/qr0



P「……ところで、海老原さんの家族はみんな和菓子大好きだってな?」

周子「せやねぇ。なんか親近感湧いちゃう」

P「つかぬことを伺いますが、塩見さんちのご実家って何してらっしゃいましたっけ?」

周子「あ、それ聞く? 聞いちゃいます? まあ言うと思ってたけど――」

  ヒソヒソ ボソボソ


P「ふっふっふ。塩見屋、そちも悪よのぅ……」グフフ

周子「いえいえ、おプロデューサー様ほどでは……」ヌフフ


48 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:31:46.64 ID:Qezuh/qr0

  ―― ホテル、Pの部屋


   プルルルル プルルルル

「……ん。もしもし、海老原さん? ああ……やっぱりそうか」

『ごめんなさい〜。お役に立てませんで……』

 結論から言う。彼女の説得は、無駄に終わってしまったようだ。
 考えを改めるばかりか逆上し、より強硬的な姿勢でこちらの妨害を続けるそうだ。

 ……それはしかし、ある程度は予想できたこと。

 大事なのは、その先だ。

「うん。うん。……なるほど。うん、わかった。君はご両親と一緒にいてくれ。これ以上は、たとえ孫でも何をされるかわからない」

『はい〜。あの、本当に大丈夫なんでしょうか〜……?』

「大丈夫大丈夫。君はとにかく自分の――」

 受話器の向こう、すぐ近くで風の音。
 彼女は外にいるらしいが、今の風は突風にしても強いような……。

『あっ――

 お、伯父さん〜っ!?』
49 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2017/12/16(土) 00:32:24.11 ID:Qezuh/qr0

「海老原さん!?」

 ぐわっ、とより激しい風に晒される音がして。
 何かしらドタバタするような音と気配の後で、落ちたスマホを誰かが拾った。

『菜帆まで使うとは、さすが人間はずる賢かことじゃ』

「……これはこれは。こんなに早くまたお話ができるなんて光栄です」

『抜かせ。今更どう足掻いても我ら海老原は止められん。お前らがらいぶば中止せん限り、こっちは降りてこん!
 天狗様の空中座敷、指ば咥えて見とれ! 人間!』


 通話が切れる。
 ……参った。どうも海老原さんもあっちの手に落ちたらしい。
 血の繋がった家族な以上、彼女に手荒なことはしないだろうが……。

 これは、こっちも腰を据えてかからないといけなさそうだ。
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