曜「あなたに出会えて」

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25 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/07(火) 21:32:51.80 ID:bD4HKUHF0


曜「――――やっぱり待ってください!!」




梨子「……仕事はどうしたの?」


曜「今日は靴磨きはおしまいです」


梨子「どうして」


曜「だって、もうノルマ達成しちゃいましたから」フフン


梨子「ダメじゃない、こういうときにちゃんと稼いでおかなきゃ。余裕ないんでしょう?」


曜「そうですけど、これじゃ友達じゃなくてお母さんみたいですよ?」クス


梨子「うっ……とにかく、そのお金は大事に使うのよ?」


曜「もちろんです!」


梨子「それで、用はなに?」

26 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/07(火) 21:43:49.12 ID:bD4HKUHF0


曜「今日は学校行かないんですよね」


梨子「ええ」

別に今日だけの話じゃないわ。と心の中で付け加える。




曜「それじゃ、私と一緒に遊びませんか!?」



梨子「…………は?」


曜「ですから、一緒にあそ」


梨子「いやいや、何でそうなるのよ」


曜「仕事ないと暇だからですよ」


梨子「だったら仕事しなさいってば」


曜「お金ならここに」スッ


梨子「私、そんなつもりで多く払ったわけじゃないのよ?」


曜「でもこれ、今は私のお金ですし」


梨子「」


ダメだこの子。なにを言っても引く気配がない
27 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/07(火) 21:59:44.31 ID:bD4HKUHF0

梨子「……もういいわ、勝手にしてよ」ハァ


曜「やったぁ!」


梨子「それで、なにして遊ぶわけ?」


曜「え?」


梨子「一緒に遊ぶんでしょう?」


曜「それは考えてなかった……」


梨子「えぇ……」
28 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/07(火) 22:05:49.37 ID:bD4HKUHF0

曜「えと、海に行ったりとか」


梨子「もう冬になるけど」


曜「プールに行ったり」


梨子「ここにはないし、泳いでばっかりじゃない」


曜「じゃあ、カラオケに行ったり……」


梨子「その、からおけっていうのは何?」


曜「カラオケ知らないんですか!?」


梨子「聞いたこともないわ」


曜「……あっ、ここ日本じゃないんだっけ」アハハ

29 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/07(火) 22:08:15.43 ID:bD4HKUHF0

梨子「きっといいところなのね」


曜「最高ですっ!」


梨子「うん、それで何して遊ぶの?」


曜「あ“」



振り出しに戻っちゃったわ……
これじゃいつまでたっても決まらないじゃない

彼女はうーむと頭をひねって考えているみたいだけど、そのうちお昼になっちゃいそう




梨子「……とりあえず歩かない?」


曜「そ、そうですね」



そして私達は、通りに広がる紅葉のカーペットの上を歩き出した
30 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:13:34.99 ID:uweVI2pd0

さっきとは違ってしばらく無言になり、落葉を踏みしめる音だけが、並んで歩く二人の間に静かに響く



曜「あの、ひとついいですか」


梨子「なに?」


曜「お名前が知りたいです」


梨子「……梨子よ」


曜「りこさんですねっ」


梨子「そうよ、曜さん」


曜「なんで私の名前を!?もしかして占い師さんですか?」


梨子「いやいや、毎朝名乗ってるじゃない。元気っ娘曜ちゃんって」


曜「あ、そうでした」テヘ


梨子「ほんとに天然なのね……」


曜「私なんてまだまだですよ〜」


梨子「別に褒めてないから」
31 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:29:29.63 ID:uweVI2pd0

曜「はは……それともう一つ」


梨子「質問はひとつだけじゃなかったの?」


曜「どうしても気になって」


梨子「そう」


曜「本当は私なんかが聞くべきじゃないのかもしれないですけど、いいですか?」


梨子「………なに?」


曜さんは一呼吸おき、やがて意を決したように口を開く

聞かれることは分かっていた

32 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:31:52.33 ID:uweVI2pd0

曜「なぜ今日、学校に行かないんですか?」


梨子「さっき長くなると言ったでしょう?」


曜「時間ならたっぷりあるじゃないですか」


梨子「……別に、ただ気が向かなかったのよ」


曜「嘘ですね。そんな辛そうな表情で言われても説得力ないです」クルッ


彼女は立ち止まり、少しだけ後ろを歩いていた私に向き直る



梨子「仮にそれを話したとして、曜さんはどうするの?」


曜「分かりません。でもきっと助けると思います」


梨子「どういうこと?」


曜「放っておけないんですよ、梨子さんのこと」
33 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:35:30.35 ID:uweVI2pd0

梨子「あのね、別に誰もそこまでしてなんて頼んでないの」


曜「いいえ、梨子さんは救ってほしいと願っていたはずです」

曜「私がそう感じるほどに、一目見たときからあなたはひどく悲しげでしたよ」


梨子「そんなことっ」


曜「そして、他人の私はほんの少し縋ってしまうには適役だった」

曜「違いますか?」


梨子「……違うと言ったら?」


曜「それでもそうだと言います」




曜さんは無邪気さをそのままに、少し申し訳なさそうに私を見つめている

34 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:38:58.29 ID:uweVI2pd0

梨子「……とっても鋭いのね」


曜「ただの勘です。それに私、見て見ぬふりはできないので」


梨子「それでも、どうしてそこまで」



曜「……ただ、嬉しかったからです」


梨子「なにが?」


曜「梨子さんが、笑顔を見せてくれたのが」



彼女の瞳は、どこまでも強くまっすぐに私を捉えている


どうやら私の気持ちはもう、何かにもたれ掛かることを拒めるほど強くはないみたいだった




梨子「―――見せたいものがあるの」


曜「っ!はい!」パァッ

35 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:41:28.75 ID:uweVI2pd0

―――――


辿り着いたのはピアノ店

店はガラス張りになっていて、商品は外から見えるようになっている。



曜「わぁ……ピアノばっかり」


梨子「ここはスタインウェイの本店。世界でも名実ともにトップの老舗よ」


曜「よく来るんですか?」


梨子「ええ、ふと気がつくとここにいたりするの」
36 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:44:50.52 ID:uweVI2pd0

曜「これが、梨子さんの見せたかったものなんですね」


梨子「そうよ。素敵でしょう」


曜「はい、本当に」キラキラ



堂々と輝くピアノに、曜さんの目はそれに負けじと輝いている


そんな彼女を見ていると、胸が苦しくなった

まるで、在りし日の私を見たようで



梨子「……私ね、ピアノやってたの。小さい頃からずっと」


曜「今はやってないんですか?」


梨子「うん、やってない」


曜「そうですか」
37 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/08(水) 22:46:18.06 ID:uweVI2pd0

梨子「……お話、聞いてくれる?」



ほとんど吐露するように語ってしまうのかもしれない

夢中で駆けていたあの日々のことも、道端に立ち尽くしている今のことも




曜「もちろんですっ」ニコッ



それでも不思議と嫌な気がしないのは、このローファーに目が眩んでしまったからに違いないわ



きっとね。


38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 20:56:57.62 ID:uHv74hqa0
雰囲気凄く良い
39 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/10(金) 23:34:35.22 ID:pFI4uOI20

―――――


私はピアノが大好きだったの
ピアノが人生だったと言っても障りがないほどにね


内気で思ったことを言えない私の代わりに、喋ってくれているみたいだったから


練習を休むことは一度もなかった
毎日、風邪をひいたときですらピアノにかじりついた
40 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/10(金) 23:38:49.23 ID:pFI4uOI20

それから何年か経って、コンクールにも出るようになったわ


最初はとても緊張したけど
練習のかいあって、賞を取ることはいつしか当たり前になった


親も友達も先生も、みんなが褒めてくれる


『すごいね、上手だね』って



もっともっといい音を弾きたい。素晴らしい曲を弾いてみたい。

私は、ますますピアノが大好きになった



ずっとそうやって鍵盤を追いかけ続けるだけの日々を過ごしていたかったけれど


人生を揺さぶる出来事っていうのは、必ずしも劇的ではなくて、


それは私にも平等にいえることだった

41 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/10(金) 23:50:40.81 ID:pFI4uOI20

それは中学校に入学して間もない頃のこと


つまりね。なんでもない昼休みに、学校の階段で足を滑らせて落ちてしまったの


ついた手がひどく痛んで、嫌な予感に何も考えられなくなって


大事に至らないことを祈りながら、すぐにお母さんと病院に向かったわ
42 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/10(金) 23:57:04.75 ID:pFI4uOI20

こういうとき、どうしてか現実は概して残酷で


カルテは淡々と、そして無残に私を引き裂くように告げたの


…………右手の指が3本、折れていると


それでも奇跡中の奇跡、軽傷すぎるほどだったと医者は語ったけど


私にとってそれが大嘘だったと気づくのに、そう時間はかからなかった


私の指は、元の形に戻らなかったから
43 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:01:12.58 ID:aeHp99P40

鍵盤を押していると、疼くように折れた指が痛むようになった


それでも、私にはピアノしかなかったの

諦めるもんかって、また必死に練習してコンクールに出たわ


もちろん両親には止められたけど、ほとんど無理やりに反対を押し切ってね
44 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:03:32.79 ID:aeHp99P40

……もちろん結果は惨敗


賞をとるどころか、
一曲を弾き切ることすら出来なかった


『仕方ないよ』


そうみんなから言われて、それがたまらなく悔しくて、やりきれなくて

私の10年の努力があっけなく無に帰ったのが、認められなくて


こんなことなら、頭でも打って何も考えられなくなった方がずっとマシだったと思った


………正直、今でも思ってる


だからもう、逃げるしかなかったの

もうすぐ大人になるんだからちゃんと勉強しなきゃって、取っておきの言い訳つきでね

45 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:08:48.06 ID:aeHp99P40

でも結局、私には最後までピアノしかなかったのよ


白と黒の鍵盤を追いかけるだけの日々が、寝ても覚めても、どれだけ追いやっても頭の隅に居座り続けて

何度諦めようとしても、心のどこかにはいつもピアノがあった


ピアノのことは忘れようと通っていた高校にも、だんだん行けなくなっていった


結局私は、

ピアノと向き合いきることもできず、別の道に進む覚悟も持っていなかったの

46 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:23:05.00 ID:aeHp99P40

―――――


梨子「そんな不運で中途半端な弱虫が、私」


曜さんは目を閉じ、すこし考えるような素振りを見せる


曜「……梨子さん」


梨子「なに?笑ってもいいのよ」クス


曜「笑ってなんかあげませんよ。それに、梨子さんは逃げてないです」


梨子「……私のお話聞いてた?」


曜「はい、ちゃんと全部聞いていました」


梨子「ならどうして」


曜「本当に逃げた人間は、もっと楽になるはずですから」


梨子「何が言いたいの?」


曜「あなたが今辛いのは闘ってるからで、逃げないからじゃないですか」


梨子「……」
47 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:42:41.36 ID:aeHp99P40

その時、大きなトラックが店の前に停まった

同時に店の中から大勢人が出てきて、慎重にピアノを運び入れている


梨子「……」

曜「……」


私はそれを、ただじっと見つめた

梱包の隙間から見えたマークは、忘れられるはずもない、思い出のもの


梨子「―――ビンテージの最高級品よ。昔行ったコンサートで聴いた音色が、今でも頭に残っているの」


曜「そう、なんですか」


店の奥へとピアノが消える瞬間まで、私は目が離せなかった
48 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/11(土) 00:44:26.08 ID:aeHp99P40

梨子「ずっとあの音色を手に入れることが夢だった。……もう叶わないけどね」


私は右手を広げて、歪になった指を見つめる


曜「梨子さん……」


梨子「お話は終わりよ。お腹も減ったし、カフェにでも行かない?」


曜「……はい」



私だって、あのピアノがあれば誰よりも上手く弾けるのに


そんな負け惜しみをしてしまいそうで、早くお店に背を向けたかった


49 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:03:55.06 ID:A7Q/ZjSg0

―――――


梨子「はぁ……やっぱりあのピアノだけは、私にとって特別なのよ」


曜「そうみたいですね」


梨子「……運命みたいだから。きっと気のせいでしょうけど」


曜「運命、ですか」


テーブルにはパンが並び、コーヒーを片手にぽつりぽつりと言葉を継ぎ足す

店内に流れるボサノバも重苦しく感じた
50 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:05:11.96 ID:A7Q/ZjSg0

曜「お話は終わりじゃなかったんですか?」


梨子「だって、こんなところで見られるなんて思わなかったから」


曜「……よほど思い入れがあるんですね」ニコ


梨子「そうよ。簡単には手に入らないからこそ、あれを追いかけるのはとても楽しかった」


曜「でも今はあの店にある。試奏だけならできるんじゃないですか?」


梨子「私だって弾いてみたいと思うわ。それだけを目指してやってきたんだから」

51 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:07:47.45 ID:A7Q/ZjSg0

曜「だったら」


梨子「でも無理なの」


曜「指のことですか?」


梨子「いえ、あのピアノはその程度で諦められるほどに収まる価値ではないわ」


曜「なら、どうして」


そう。結局私の夢は叶わないまま

梨子「さっきあのピアノは展示されずに店の奥に運ばれた。つまり、もう商品ではないのよ」


曜「……」


梨子「もう新しい買い手はついていて、調律して確認の試奏をしてもらって。明日には引き渡しでしょう」


曜「そんなっ」
52 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:11:48.71 ID:A7Q/ZjSg0

梨子「……最後に見られただけでも奇跡なのよ。あなたが誘ってくれたおかげね」フフッ


曜「そうかも、しれないですけど」


梨子「なんであなたがそんな顔してるの、コーヒーさめちゃうわよっ」


曜「……本当にいいんですか?」



―――あぁ。本当に、この子はどうしてそこまで。


梨子「……良くないわよ。いい訳ないじゃないっ!」ガタッ
53 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:13:50.79 ID:A7Q/ZjSg0

梨子「やっと、やっとたった一つ憧れだったピアノに出会えたっていうのに!……試奏どころか、近くで見ることすら叶わないのよ」


曜「……」


梨子「せっかく諦めようとしてるんだから、邪魔するようなことを言うのはやめて欲しいの」


曜「……すみません、出すぎたことを言いました」


梨子「……いいわよ。気にしないで」


私も強く当たりすぎたかもしれない

曜さんがあまりに分かりやすく気落ちするものだから、余計にコーヒーが苦かった
54 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:15:27.80 ID:A7Q/ZjSg0

曜「……きっと私は、心のどこかで幼馴染を追いかけているんです」


梨子「幼馴染?」


曜「困っている人を見ると絶対に放っておかない子で」


梨子「あら、あなたにそっくりじゃない」


曜「えへへ、そうですかね。千歌ちゃんっていうんですけど、本当に可愛くて素直で」


梨子「むしろ清々しいほど惚気けるわね……」


曜「千歌ちゃん大好きなので!」


梨子「うん、分かったから落ち着いて?」
55 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:17:56.27 ID:A7Q/ZjSg0

曜「そして、彼女は諦めが悪いんです」


梨子「……本当にあなたにそっくりみたい。まだ何かあるの?」


曜「あのピアノを弾く方法なら、一つ残ってますよ」


梨子「っ……!」


曜「盗むんです」


梨子「何かと思えば普通に犯罪じゃない!というか、そんなこと出来ると思うの?」


曜「そりゃ、あんな大っきなピアノ盗むのは無理ですって」


梨子「じゃあ盗むって」


曜「音をです」


梨子「……どういうこと?」


彼女はまるで取っておきの秘策でもあるかのように、たっぷりと間を開けた



曜「……店に忍び込んでちょっと弾かせてもらうんですよ」ドヤ


梨子「やっぱり犯罪じゃない……」ガクッ
56 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:23:05.27 ID:A7Q/ZjSg0

曜「でも、これは不可能じゃないですよ?」


梨子「いやいや、あんな高級品ばかりのピアノ店よ。警備だって厳重でしょう」


曜「さっき店の中を見た時は監視カメラ多くなかったですよ?まぁ、あんな大きいものバレずに盗もうって方が無理な話ですし」


梨子「あなたいつの間にそんなところまで見て……というか、鍵はどうやって突破するのよ」


曜「おっ、さては梨子さん。ノリノリですね?」


梨子「うっ……は、話だけでも聞いておこうと思って」


曜「やっぱり弾く気満々じゃないですかー」


梨子「……私だって報われたいもの。弾くのがだめなら近くで眺めるだけでも構わない。どうしても、あのビンテージじゃなきゃいけないのよ」
57 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:41:21.26 ID:A7Q/ZjSg0

曜「わがまま言いますねー……でも、梨子さんが本気なら、私は全力で助太刀いたしますよ!」


梨子「犯罪なのに」


曜「確かにそうですね」


梨子「ね?だからやめるなら今……」


曜「でも私は、ちょっとくらいずるをして報われたって、梨子さんならバチは当たらないと思いますけどね」



……その言葉に私はほだされてしまった

ほんの一滴でも。一度歩みを止めてしまった道をもう一度歩いてみるには、その言葉は十分すぎて。


―――私は、報われたかったのだ
58 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:43:30.36 ID:A7Q/ZjSg0

梨子「……本当にできると思う?」


曜「きっと出来ますよ!作戦会議といきましょう」


お洒落なカフェの一角で女の子2人が不法侵入の計画を練るという、アンバランスな光景が広がる

話し合いはどこか浮き足立ち、ランチのパンは一向に減る気配を見せなかった



曜「まず、決行は深夜3時が望ましいですね」


梨子「店の付近の人通りが一番少なくなる時間帯、ってことね」


曜「その通りです!」


梨子「ところで、どうやって店に入るの?」


曜「まずはもう一度店に行って下見をしましょう。そして―――」
59 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/12(日) 21:47:15.43 ID:A7Q/ZjSg0
今回はここまでです、次回投下まで少し時間があいてしまうかもしれません。
よろしくお願いします。
60 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 18:55:58.19 ID:uVKQw1KN0

―――――



曜「……梨子さん、梨子さんっ」


梨子「あっ、曜さん」スタタ


曜「いよいよですね」


梨子「……ええ、そうね」


私たちは決行の30分前にピアノ店の近くの公園で待ち合わせた


曜「計画通りにいきましょう」


梨子「ねぇ、やっぱり肝心の侵入がピッキング一番勝負なんて……」


曜「他に何があるんですかっ。きっとうまくいきます、大丈夫です!」


梨子「その自信はどこから来るの?」


曜「私、意外と器用ですから」
61 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 18:57:15.37 ID:uVKQw1KN0

梨子「それはあなたの靴磨きを見ていれば分かったけれど、それとこれとは話が別じゃ……」


曜「やったこともありますよ?」


梨子「どこでよ……というかそれはそれで問題なんじゃ」


曜「とにかく大丈夫っ!梨子さんは今日、ひとつの夢を叶えるんです」


梨子「……ええ、そうね」


作戦の決行まではまだ時間がある。特に何をするわけでもなく、店の様子を伺った

そのうちに私は、怖いような、待ち遠しいような複雑な気分になり、曲がった指を訳もなく見つめる
62 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 18:58:35.78 ID:uVKQw1KN0

曜「……梨子さん」


梨子「なに?」


曜「弾く曲は決まっていますか?」


梨子「ううん、そもそもこの指じゃ昔弾けていた曲もまともに弾けないと思うから」


曜「……」


梨子「もしちゃんと弾けなくても、あのピアノを見られるだけで十分満足なのよ」


曜「きっと弾けるはずです」


梨子「…うんっ。今日はせっかくのステージなんだから、頑張らなきゃ」ニコッ


観客は二人だけ

私に歩き出すきっかけをくれた少女と、
あの日歩くのを諦めてしまった私のための

たった一曲のステージ
63 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 18:59:50.98 ID:uVKQw1KN0

曜「あの、ご無理はしないでくださいね」


梨子「ここまで来て何言ってるの?」


曜「ありゃ。梨子さんったらもうすっかり乗り気ですよね」


梨子「中途半端にやったら捕まるもの」


曜「確かに」


梨子「あなたこそ、今日知り合ったばかりの人とこんなことするなんて。私よりよっぽどお馬鹿してるわよ」


曜「はは、おっしゃる通りです」


梨子「何かあったの?」


曜「梨子さんには、関係ないですから」


梨子「……似たやり取りをさっきやった気がするけど」


曜「立場は逆になっちゃいましたけどね」


曜さんは静かに口元を緩ませた
紅潮するように紅く染まった葉が夜風に揺れている
64 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 19:01:06.41 ID:uVKQw1KN0

曜「……千歌ちゃんに、会いたいんです」


梨子「あなたの幼馴染よね。会えていないの?」


曜「はい。2年前に日本を出た時からずっと」


梨子「そっか」


曜「気がつくと、彼女の姿を思い浮かべていて。何度も思い出を追いかけて」

曜「私、やっぱり彼女なしじゃだめらしくて」


梨子「……」


曜「だから絶対にまた会うために、私は生きていなきゃいけないんです」


重い言い回しに違和感を覚えつつも、彼女の表情が私にそれを深追いすることを躊躇わせた


梨子「なら、なおさらこんな所で油売ってる暇ないんじゃないの」


曜「梨子さんを放っておけなくて」


梨子「おせっかいさんね。どうなっても知らないんだから」


曜「それが私の性なんですよ」
65 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 19:02:05.75 ID:uVKQw1KN0

梨子「……でも、それならあなたにぴったりの曲があるわ」


曜「へぇ、それは楽しみです」


梨子「まだ弾くなんて言ってないわよ?」


曜「えー?意地悪言わないでくださいよ」


梨子「ふふ、ごめんなさい」


これから私達は世界一の音を盗むというのに、不安とは程遠い会話をしているのが可笑しい


曜「……さあ、そんなこと言ってるうちにもう時間ですよ?」


梨子「それじゃ、行きましょう」


曜「はいっ」スッ


時計の針は、ぴたりと決行時間を指している

私達は黒のローブを羽織り、真夜中の街へ溶けていった
66 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/16(木) 19:04:04.57 ID:uVKQw1KN0
今回はここまで。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/18(土) 14:38:35.21 ID:CP2toQ6to
いいね
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 21:29:52.27 ID:/DDihmpLO
よくないね
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 03:17:53.52 ID:JJIoSHngO
みてるよ
70 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/26(日) 16:47:11.39 ID:c4hDIBkT0

―――――



街灯一つない真っ暗な夜道を駆け抜ける

道端ではボロ切れを着て倒れている人達を見かけた。多分、物乞いか麻薬中毒者。


……ろくでもない街だなぁと思う


曜「―――店の前まで来ましたね」


梨子「本当に上手くいくの?」


曜「やってやりますよ。ちょっと集中しますね……」スッ


曜さんは針金をかばんから2つ取り出し、鍵穴に差し込み始めた

71 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/26(日) 16:47:51.87 ID:c4hDIBkT0

曜「うーん……」カチカチ


大通りの片隅に甲高い金属音が響く

誰かが向かっては来ないだろうかと、背中の嫌な汗が止まらない


曜「っこう、でもないかぁ……」


梨子「……」


曜「よっと……って、あれ?」カチ


梨子「どうしたの?」



曜さんは拍子抜けたような顔で振り返った


曜「あの、梨子さん」クルッ


梨子「どうしたの?」


曜「……この鍵、開いてるんですけど」


梨子「…そんなはずないわ」


曜「いえ、開いています。確かめてください」


梨子「えぇ?うーん」


うまく状況を飲み込めないまま、ドアノブを捻り軽く前に体重を預けると

ドアは高い音をたてて……開いた
72 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/26(日) 16:48:28.77 ID:c4hDIBkT0

梨子「―――は?」ガチャ


曜「ほら」


梨子「いや、ほら?じゃなくて」


曜「どうかしましたか?」


梨子「どう考えてもおかしいじゃない!どうして開いてるのよ!?」


曜「…?ラッキーですしいいじゃないですか」


梨子「ラッキーって、そんなこと」


曜「たまにはこれくらいのことがあったっていいと思いますけど」


梨子「でもっ、あまりに上手くいきすぎてる気が」



曜さんは躊躇う私を、笑顔を消して刺すように見つめる


曜「梨子さん」


梨子「……」


曜「私達は史上に残るピアノの音を盗むんですから。ここはラッキーだと割り切るべきです」


梨子「ラッキー、なのかな……」


曜「そうです。ラッキーです」


梨子「うーん、でも……」


曜「そもそも、これほどのリスクを背負っておきながら前に進むのをやめる選択肢なんて、あるわけないじゃないですか」



―――逡巡。

73 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/26(日) 16:49:11.59 ID:c4hDIBkT0

梨子「……そう、ね」コクッ


報われたい、たった一つの気持ちが私の足を動かした。

あともう少し、夢のピアノまで扉一枚だけだという事実に、私の危機意識は最早機能していない

それを自覚してなお、あのビンテージへと向かう足を止めることはできなかった。


梨子「よし、それじゃあ行くわよ」


曜「はい、あとは頑張ってくださいねー」


梨子「……え?」


曜「どうしましたか?」


梨子「一緒に、来てくれるんじゃないの?」


曜「それは出来ませんよ。外の様子を見張っておかないといけませんから」


梨子「あ……そっか。そう、よね」


ここからは一人……か


ううん、当然よ。どこまで他人を巻き込めば気が済むのかしら。

一人で進まなきゃ。私は―――

74 : ◆/dCcy0t.c. [saga]:2017/11/26(日) 16:50:00.95 ID:c4hDIBkT0

曜「梨子さんっ」


梨子「っ、なに?」


曜「ちゃんと私も聴いています。思いっきり弾いてきてください!」ニコ


梨子「……うん、ありがとう」



入口まで音が届くはずなんてないのに。

いつだって、彼女は彼女らしかった
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