国王「さあ勇者よ!いざ旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」完結編

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606 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:50:04.05 ID:h4w+AuR50

王子「おい店主。シャンパンを」

親爺「ねぇよ、んなもん」

王子「…相変わらずしょぼくれた店だな」

親爺「ほっとけ」

王子「はーあ。天下の王子に向かってその口の利き方。切腹さすぞおい、店主」

親爺「やかましい。しもじもの店に来たんだ、それなりの酒とサービスで満足しろい!」ドン

王子「もっと特別扱いしろよ! 余は王子だぞ!?」

青年「ま、まあまあ。大声で名乗るのは止めろって。仮にもお忍びで来てるんだからさ」

王子「心配せずとも人払いは済んでいるわ。表に人を立たせている」

青年「とは言え、こっちの肝が冷えるわけよ」

黒騎士「そんなことより続きを話せ、王子。賢者が生きてるとは、どういうことだ?」

王子「ああ、うむ。今話すっつーの。ったく、せっかちな女だのう」

607 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:51:08.14 ID:h4w+AuR50

王子「賢者が生け贄になったのは、女神の完成の時だった。…教皇や魔法使いの都合のよい魔王勇者大戦を描くための女神だ」

黒騎士「そうだ、例の女神の…」

王子「ああ。あの実験は恐ろしいものであったようだの」

王子「賢者の肉体は生け贄にされ死んだが、その精神は、女神の中にコピーされておったのだ」

王子「賢者の思念は女神として生き始め」

王子「あの魔王勇者大戦の間ずっと、暗躍を続けていた…」

黒騎士「…女神の正体が賢者の精神だった、ということか!?」

王子「最近の王国の研究で分かったことだ。すぐにお前たちに知らせようかと思ったが、どうせ今日鉢合わせるだろうと思ってな」

黒騎士「…………にわかには信じられんが」

青年「でも、やっぱりそういうことなんだ。きっとさ」

608 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:52:40.12 ID:h4w+AuR50

青年「賢者、教皇、魔法使い」

青年「最初は同志として研究に取り組んでいた3人だが、道の半ばからそれぞれが別の方向を向いていて」

青年「女神となった賢者は、独自の意思を持って行動していた」

黒騎士「…独自の意思」

青年「さっき言ったように、賢者は"少年"に気づいていた」

青年「賢者にとって"少年"は、特別に親しみ深い存在だったのさ」

黒騎士「親しみ深い、だって?」

青年「ああ。古代王朝に取り残され、一人遊びのような幻想の中に生きる姿…」

黒騎士「! まさか…………」



青年「そう」

青年「――賢者は、"少年"の存在を妹に重ねていた」

609 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:53:31.76 ID:h4w+AuR50

青年「賢者が妹にしてやれることはそう多くなかった。………だから賢者は、贖罪の相手に"少年"を選んだ」

青年「"少年"を喜ばせるような物語を書き、あの最後の魔王勇者大戦のなかで現実にしていった」

青年「勇者一行が順に自らを犠牲にしてゆくその物語は"少年"の心を惹き付け………最後には"少年"自身を一人の登場人物にすることさえ許した」

青年「賢者はたぶん、"少年"に伝えたかったんだ」

青年「その果てに"少年"の命が尽きることになったとしても」


青年「生きている実感を伝えたかった」


青年「妹に与えてやれないことの代わりを、"少年"に与えたかった」

青年「それが賢者の選んだことだったんだよ」

610 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:54:12.41 ID:h4w+AuR50

黒騎士「馬鹿な…。あれだけ多くの死を撒き散らした大戦が、そんなことのために…」

王子「賢者という男の、精一杯の憐れみだったのだろうな」

王子「ままならぬ人生を生きた者の、せめてもの………」



青年「…だからこれは全部」

青年「全部のことが、賢者が"少年"の眠りのために紡いだ」



青年「――寝しなの英雄物語だったんだ」

611 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:55:26.69 ID:h4w+AuR50

黒騎士「………あまりにも大仰だ」

王子「しかし、その賢者の心がなければ、"少年"を倒すことには至らなかったのだろう」

青年「…魔法使いは、賢者のその想いを知っていたのかな」

黒騎士「さあな。魔法使いは最後まで誰にも本心を打ち明けなかったし、魔王がその胸の内を知ろうとしても拒んだ」

黒騎士「そのせいで、最後のところの事実は闇の中さ。ただ、魔法使いは物語の終わりに魔王が命を落とすことを預言していた。それを考えると」

黒騎士「魔法使いは、賢者があの結末を描いていることを知っていたのだろう」

黒騎士「賢者の心を知った上でそれを利用し、道連れとなったのかもしれない」

黒騎士「つまり」



王子「あの魔王勇者大戦は、最後の瞬間………魔王の死まで、賢者と魔法使いの思惑通りだった、ということか」

612 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:56:12.19 ID:h4w+AuR50

青年「そういうことに、なるのかもな」

黒騎士「彼らの計略は神である"少年"すらひとつの駒とした。………そら恐ろしい」

王子「…しかし釈然とせんものだ。まるで英雄たちは、劇の客席を沸かせるためだけに戦ったかのようにも思える」

王子「あれだけの戦いが、まるでおとぎ話を描いた者の意のままだったようだ」

青年「………確かに、やりきれないよな」

青年「でも、ひとつ言えることは」

青年「"少年"が消えて、魔王も勇者もいなくなったこの世界に、もう賢者の意思が介入することはないってことさ」

青年「賢者や魔法使いの志は、魔王勇者大戦が終わると同時に幕を閉じたんだ」


青年「………もう、俺たちの時代だ」



613 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:57:00.57 ID:h4w+AuR50

王子「…まあ、そういうことになるのかの」

王子「商人、武闘家、盗賊、戦士、僧侶、魔法使い、遊び人、勇者」

王子「宝典では戦った勇者一行の名が順に物語の題目になっているが」

王子「今回の題目には、我々一人一人の名前が刻まれるということだ」

王子「命が尽きる時まで、己の手綱は己で握り、物語を紡ぐのだから」

青年「それはそれで、俺たち一人一人の責任は重大だよなぁ」

黒騎士「そうだな」

黒騎士「しかし、そんな世界であればあの大戦のごとき悲劇は起こらないさ」

黒騎士「そして、この三人が顔をつきあわせる機会も減る。そうではないか?」

青年「それはそれで、なーんか寂しいよなぁ〜」

黒騎士「そうか?」

王子「淡白な女だのう、お前」







「――ごめんください!」

ハーピィ「黒騎士様、いますか?」

614 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:57:57.88 ID:h4w+AuR50

黒騎士「おや、ハーピィ殿か」

ハーピィ「ああ、やっぱりここに居たんですね、良かった! 黒騎士様、こちらの準備は完了しました!」

ハーピィ「親御様も、お二人共おいでになってますよ!」

黒騎士「承知した。わざわざあなたにこんな使い番のようなお役目をさせてしまうとは、面目ない」

ハーピィ「や、やめてくださいよぉ。私は今はもう一介の魔族なんですからぁ! 元々パシりは得意でしたし!」

黒騎士「いや、しかしだな…」

親爺「おいおい、それを言うなら俺にももっと敬意ってもんを払ってもいいんじゃないのかぁ?」

青年「親爺さんはもう酒場の店主が板につきすぎて…当時あの魔王と一緒に戦った人ってイメージがないんだよなぁ」

親爺「お前、どこまでも失礼な奴だな。まぁ俺は別に、それでいいんだけどよ」

王子「しかし、もうこんな時間か。そろそろ祭典の開始に備えねばならんな」

615 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:58:41.38 ID:h4w+AuR50

ハーピィ「あ、そういえば! さっき表を奥さんが鬼の形相で歩いてましたよ!」

青年「げっ! ま、マズイ…帰らないと!」

黒騎士「ふっ。お前は相変わらずだな」

青年「ま、まあ、各々立場もあることだし、俺らはここで解散だな」

黒騎士「そういうことになるな。再び我らが集結せざるを得ないような面倒事が起きないことが祈るばかりだが」

親爺「よう、黒騎士。約束通り、後でそっちに行くからな。よろしく頼むぜ」

黒騎士「ああ、歓迎するよ。母上も楽しみにしていると思う。席は用意しておくさ」

王子「では、最後にいつもの誓いを立てるとするか」

青年「おう」

黒騎士「そうしよう」

616 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 20:59:20.63 ID:h4w+AuR50

王子「"神を失った世が、輝きを失わぬため"」

黒騎士「"悲痛な争いの時代に、再び舞い戻ることを防ぐため"」

青年「"魔王と勇者に代わり、意志と勇気をもって世界に尽くさん"」


王子「"最後の王家の血を継ぐものとして"」

黒騎士「"最後の魔王四天王の血を継ぐものとして"」

青年「"最後の勇者一行の血を継ぐものとして"」



「――"平和よ、とこしえなれ"」







617 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:00:13.02 ID:h4w+AuR50



ハーピィ「もうちょっとで着きますからね!」バサッ…

黒騎士「ああ。世話をかけるな、ハーピィ殿」

ハーピィ「いいんですよ。………でも、なんだか安心しました」

黒騎士「安心?」

ハーピィ「はい。こうやって、あの時戦った人たちのご子息やご息女が動いてくれている所を、目の当たりに出来たから」

ハーピィ「真実の探求と…世界がまた間違ってしまわないように…いつも三人で会っていらっしゃるんですよね?」

黒騎士「…ああ。だが、まだまだ分からないことだらけで、しばらく気の休まる日は来そうにない」

黒騎士「忽然と消えた冥界と冥王のことも分からないままだし………それに」

黒騎士「…いや、なんでもない」

ハーピィ「黒騎士様…」

618 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:01:11.75 ID:h4w+AuR50

黒騎士「………"少年"の打倒から魔王の死まで」

黒騎士「本当に全てが魔法使いや賢者の手の内なのであったというのなら」

黒騎士「あの魔王勇者大戦を駆け巡った人々にとって、あまりに救いようのない話だ」

黒騎士「彼らは管理者を倒すためとはいえ、犠牲になるために生きていた…一人も残らずだ」

黒騎士「あの、魔王も。…それに生き残った父上と母上でさえ………」

ハーピィ「………」

黒騎士「私はただ、遊び人が残した言葉のように………物語は最後まで分からないもので」

黒騎士「魔王は、それに賭けて戦い、実現したのだと、信じたいだけなのかもしれない」

ハーピィ「黒騎士様…」

黒騎士「いや。しかし、私がこんなことを考えていれば、父上と母上に余計な心労をかけてしまう」

黒騎士「それに、全てを見届けた冥王が宝典に"魔王は死んだ"と記したのだ」

黒騎士「魔王は、もうこの世界には存在しない…」

黒騎士「…ハーピィ殿。私の独り言だと思って、今の話は忘れてくれ」

ハーピィ「は、はい。分かりました」

ハーピィ「さあ、着きましたよ。この扉の奥で、お二人がお待ちです」

黒騎士「ありがとう、ハーピィ殿」

ハーピィ「いいえ。では、私はこれで!」

黒騎士「ああ」


黒騎士「…」

619 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:02:07.37 ID:h4w+AuR50

コンコン…

黒騎士「父上、母上。黒騎士が参りました。失礼します」



「あんたは相変わらずあつっ苦しいわね」

「晴れの席なんだから、堅いのはなしよ」


氷姫「親子なんだから」



黒騎士「…はい。母上」


氷姫「ね、あんたもそう思うでしょ?」



『ああ』

雷帝『久しぶりだな』


620 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:24:13.31 ID:h4w+AuR50


黒騎士『父上も、お変わりなく』


雷帝『ああ。相変わらず声は戻らんし、耳も聞こえないまま』

雷帝『失った腕も生えてきてはくれんようだ。まったく、不便な体になった』

氷姫「文句垂れても元の体に戻るんなら、あたしもあんたに不平をぶつけていればまた目が見えるようになるのかしらね?」

雷帝『…わ、悪かった。そう怒るな』

氷姫「あーあ! 魔法が使えなくなって不自由だわ! おまけに半身は思うように動かないし!」

雷帝『悪かったと言ってるだろう!』


黒騎士「…ふふ」

621 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:25:02.52 ID:h4w+AuR50

黒騎士「席の準備を他の者に任せるような形になり、申し訳ありません」

氷姫「気にしなくていいわよ。皆はよくしてくれてるし、あんたはあんたで例の集まりに行っていたんでしょ?」

黒騎士「はい。賢者について、話をしてきたのですが――」

氷姫「ああ、あとあと! 堅いのはナシって言ったでしょうが」

黒騎士「は、はい。そうでした」

雷帝『緊急を要するものでもないのだろう?』

黒騎士「ええ。まだ予想の域を出ない話もありますし…」

雷帝『ならば、ひとまずこちらに来て、お前も飲め。いいワインを手に入れたのだ』

黒騎士「それはそれは! 父上と飲めるなんて、光栄です!」

氷姫「ほどほどにしときなさいよ。あんた弱いんだから」

雷帝『うるさいな。今日くらいいいだろう』

622 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:25:55.14 ID:h4w+AuR50

黒騎士「ああっ、私がやります!」

雷帝『ふふっ、いいのだ。片腕だって酒は開けられるし、娘に注いでやることも出来る』トクトク…

黒騎士「…ありがとう、ございます」

雷帝『………真面目なお前のことだ。日頃から我々の失ったものの代わりにならなければ、などと考えているんだろうが』

黒騎士「えっ!?」ギクッ

雷帝『お前は何の代わりになる必要もない。逆に言えば、私たちにとって、お前の代わりになるようなものなどないのだ』

黒騎士「…」

氷姫「…世界を変えた、最後の魔王四天王。そんな風に今の世間はあたしたちを持ち上げるけど」

氷姫「だからって、娘であるあんたが全部背負わなくったっていいのよ」

氷姫「あんたのやりたいようにやればいい」

黒騎士「――はい」

623 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:26:39.37 ID:h4w+AuR50

氷姫「あたしたちだって、助け合ってなんとかかんとか戦ってたんだから、さ」

雷帝『背中を預けた結果かは知らんが、お互いあべこべのものを失する形となったわけだがな』

氷姫「まあしょうがないわね。戦いが終わった時、あたしたちは生きてるのが不思議なくらいだったし」

雷帝『本当に、タダでは死なん女だ』

氷姫「あんたも人のこと言えないでしょーが」

黒騎士「………壮絶な、戦いだったのですね」

氷姫「ま、とは言え意識もなくってワケ分からないうちに、全て終ってたわけだからねぇ」

雷帝『体を癒すためにこんこんと眠り続けて、目覚めた時に経緯を聞かされ、戦いの結末を知った』

雷帝『ひどい体たらくさ』

黒騎士「し、しかし…っ、父上と母上が戦い抜かれたからこそ、今の世があるのです!」

氷姫「ふふ。ありがと。あんたは出来た娘だわ。…そうよね。今の世界で、あたしは生きてる」

氷姫「身体はいまいち言うことを聞かないし、魔法の力を失ったあたしに出来ることは、あの頃の半分もなくなった」

氷姫「それでも、どうやらあたしたちはこれまでやってこれたし、あんたもいる」

黒騎士「…はい」

雷帝『これは私たちにとっては………充分すぎるほど、上出来だ』

雷帝『魔族と人間の死が、お互いを食い合う円環の時代は終わったのだ』

雷帝『これからは、命を繋ぐ時代だ』


雷帝『我々にお前という存在ができたように………傷を抱えながら、命は進み続ける』

624 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:27:27.12 ID:h4w+AuR50

氷姫「そういうことよ。だから、あんたもね?」

黒騎士「…? なんでしょうか?」

氷姫「いつまでもあの3バカでつるんでないで、婿の一人や二人、捕まえて来なさいよ」

黒騎士「なっ…!?」

氷姫「ねえ、ちょっと! 誰かいい感じのオトコぐらいいるんでしょ? 母さんに話してごらんよ!」

黒騎士「いっ、いえ! 私にはまだっ、やや、やるべきことがあります故…!」

雷帝『まともに相手をするな。氷姫の思うつぼだぞ』

黒騎士「ち、父上! お助けを!」

雷帝『いや、まあ、しかし』

雷帝『気になると言えば気になるな。誰か候補はいるのか?』

黒騎士「ぇあっ!?」

氷姫「教えなさいよぉ!」

雷帝『酒も入ったことだし、話してみてはどうだ。ん?』

黒騎士「けっ、結託しないで下さいっ!」

625 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:28:06.02 ID:h4w+AuR50

黒騎士「はっ! 客人の迎えの時間が!」

黒騎士「父上、母上! 少しの間席を外しますぅ!!」ピュー

氷姫「あっ、逃げやがった」

雷帝『あの顔、想い人はいるのだろうな』

氷姫「いるわね」

雷帝『………』

氷姫「何しょげてんのよ」

雷帝『しょげてなどおらん!』

626 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:28:49.98 ID:h4w+AuR50

ヒュー ドンドン!


氷姫「あ、もう祭典が始まる」

雷帝『なんだ、まだこちらは揃ってないというのに』

氷姫「まあ、宝典劇まではまだ時間もあるわ」

雷帝『…そうだな』

氷姫「ふふ。今年の宝典劇、あんたの役は火炎山の龍剣士がやるらしいわよ。ちょっと男前すぎるわね」

雷帝『…お前は、毎年私の配役が決まる度に冷やかしてくるのを止めろ』

氷姫「だって、おかしいんだもん」クスクス…

雷帝『………しかし』

雷帝『こうして、酒を片手にあの戦いを振り返ることがあろうなんて、思いもしなかったな』

氷姫「まあね」

627 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:29:36.50 ID:h4w+AuR50

氷姫「あんたなんか、"魔王様が逝かれたのならば、私もお側に!"とかなんとか騒いで大変だったもんね」

雷帝『むぐっ…』

氷姫「はは。まあ気持ちは分かるけどさ」

雷帝『…』

氷姫「――………ジーさんも炎獣も死んじゃって」

氷姫「みーんな、いなくなっちゃってさ」

雷帝『…』

氷姫「………ふがいないったら、ありゃしなかったよね」

雷帝『実際』

雷帝『お前が隣に居てくれなければ、私はおめおめと生き延びた己を許すことは出来なかったろう』

雷帝『今でも許すことが出来ているかは分からんが』

氷姫「…うん」

氷姫「………身体も、心も、ボロボロになってさ………」

氷姫「………ほんと、よくここまで生きてきたよね」

雷帝『ああ…』

氷姫「――でもね」

628 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:30:27.39 ID:h4w+AuR50

氷姫「でも、多分………あたしはいまだに受け入れられずにいるんだ」

氷姫「魔王が――」



氷姫「――魔王が、自ら命を投げ捨ててしまったこと」




雷帝『………』

629 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:31:10.62 ID:h4w+AuR50

雷帝『魔王様』

雷帝『………私だって、受け入れられるものか』

雷帝『あの魔王様が、自ら命を絶たれるなんて』

雷帝『死よりも過酷な呪いの最中にあったとしても、あの方が生きていなくては…っ!』

雷帝『そうでなくては…っ、………そうでなくては!』

氷姫「………うん。そうね」

氷姫「あたしたちを残して死んじゃうなんて…あんまりだよね」



氷姫「バカだよ…魔王は」

630 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:31:52.10 ID:h4w+AuR50

氷姫「魔王」

氷姫「あたしさ、全部終わったら、あんたに謝ろうと思ってたんだよ」

氷姫「昔、冥界の修行の時にさ、あんたに酷いこと言っちゃったからさ」

氷姫「覚えてないだろうけど、それでもさ、あたし…」

氷姫「…」

氷姫「あたし、あの頃は炎獣が好きでさ」

氷姫「炎獣はあんたのことが好きで…雷帝だって、あんたのことが好きだった」

氷姫「妬いたな、ほんと」

氷姫「でもさ…」




氷姫「………もう、そんな事もひとつも、あんたに伝えられないじゃんか」


氷姫「死んじゃったらさ…」

631 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:32:44.45 ID:h4w+AuR50

雷帝『――魔王様…っ』

雷帝『あなたは私のたちの魂だった…!』

雷帝『あなたが笑うから!』

雷帝『だから、私たちはあの過酷な戦いでお互いを信じあっていられた…!』

雷帝『………どうして、どうして逝かれてしまったのですか………』

雷帝『あなたがどんなに己に価値が見出せなくなっても』

雷帝『あなたに生きていて欲しいと願う者は沢山いた…っ!』

雷帝『あなたが生きているだけで………』


雷帝『あの戦いで失われた沢山のことが報われたのに――!』

632 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:33:30.45 ID:h4w+AuR50

氷姫「………ね」

氷姫「あたしたちが子供を育てて、あんなに大きくなったって知ったら、魔王、どんな顔したかな?」

雷帝『………』

雷帝『すごく、すごく驚いて…それから、優しく笑われるだろう』

雷帝『良かったね、と喜んでくれる』

氷姫「そうね…きっとそうよね」


氷姫「………ねえ、魔王。こんな事考えてばっかだよ、あたしたち」

氷姫「あんたがいたから、あたしは生きてる」

氷姫「あんたのおかげで、あたしの手には希望が残ってる」


氷姫「なのにさ」




氷姫「――その後の世界に、あんたが居ないなんて………あんまりだよ」

633 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:34:24.70 ID:h4w+AuR50


雷帝『きっと』

雷帝『きっとまたどこかで会えるはずだ』

雷帝『………盲信だと言われても、私はそう信じる』

氷姫「………………うん」

雷帝『魔王様………』

雷帝『あなたが居なくなったあの日から――』

雷帝『もう、今日で二〇年になるのです』

雷帝『沢山のことが変わり………』

雷帝『………沢山のことが新しく始まりました』





バタンッ!

黒騎士「父上、母上!」

黒騎士「お客さまをお連れしました!」



氷姫「ふふ………ようやく来たってわけ?」

634 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:35:17.28 ID:h4w+AuR50

親爺「よ、よう。魔族の姉ちゃん」

氷姫「姉ちゃん、ってアンタねぇ」

氷姫「今や見た目はアンタのがオッサンでしょうが」

親爺「まあ、そうだけどよぉ」

氷姫「はーあ。あの時はあんなに可愛らしい坊やだったのに」

親爺「うるせぇ! 人間は歳食うのが早いんだよ! …ったく、目が見えないんじゃねぇのかよ」

氷姫「見えなくたって分かるわよ」フフン

雷帝『彼女は、こちらに寝かせよう。背負ってくるのは骨が折れたろう?』

親爺「ああ、すまねぇ。頼むよ」

親爺「ほら、赤毛。着いたぜ…」


赤毛「………………」スヤ…


635 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:36:09.82 ID:h4w+AuR50

雷帝『後の二人はどうしたのだ?』

親爺「ええっと、もうすぐ来るはずなんだが」

氷姫「早くしないと、宝典劇が始まっちゃうわよ?」

親爺「おかしいなぁ………」

「おーい! 金髪ぅ!」

親爺「お! きたきた。おーいっ、こっちだ! 坊主! 三つ編!」


《世界改変の日から、今日でちょうど二〇年っ!》

《輝かしい記念の日となるこの祭典に、相応しい劇をご用意いたしましたっ!!》


氷姫「ちょっと、ほんとに劇始まるってば!」

黒騎士「お客人は、こちらに席を用意したので…」

親爺「ほら、早く早く!」


雷帝『………ふふ』

雷帝『全く騒がしい限りだ』

雷帝『だがまあ………』



雷帝『――こういうのも悪くはない』



雷帝『今は、そう思える』

636 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:37:27.88 ID:h4w+AuR50

《伝説に綴られた、最後の魔王勇者大戦…!》

《その記憶を風化させぬよう、宝典劇が始まり今日でそちらも二〇年!》

《記念すべき式典は、復興を遂げたこの始まりの地、港町で行われます!》

《それではいよいよ始まります!》


《物語は、後に英雄と謳われる魔王と四天王が、港町に迫るその時から幕を開けます!》


《それは皮肉にも、当時の賢王が勇者に旅立ちを命じるその瞬間でした!》


《魔王来襲の報せを手に、伝令は王城の謁見の間に駆け込むのです………!》





親爺「おおっ…、いよいよか…!」

氷姫「………今年もこの子は、眠ったままか」

親爺「ん? …ああ」

赤毛「………………」

親爺「あの時…俺たちを助けてくれた日から………赤毛はずーっと眠りについてる」

親爺「俺としては慣れっこだけどな。………でも」

637 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:38:25.52 ID:h4w+AuR50

親爺「なあ、赤毛」

親爺「そろそろ目覚めてもいいんじゃあないか」

親爺「俺たち、約束通り、あれからずっとこうして待ってるんだぜ………」


赤毛「………………」
















赤毛(…あれ?)

638 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:39:06.99 ID:h4w+AuR50

赤毛(懐かしい声がする)


赤毛(それにこの匂い)


赤毛(潮風の、優しい香りがする………)



キラ…



赤毛(光だ)


赤毛(――ああ。大きな町が見える)



「………。…」

「…っ。………」



赤毛(何か………聞こえる)

赤毛(あたし………………)

639 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:39:56.36 ID:h4w+AuR50

赤毛(………あれは、劇?)



赤毛(王様みたいな格好の人が、舞台の上で何かを言っている………――)





国王「…よくぞ参った。勇者よ」

国王「女神の加護を、真の強さをもつそなたならば、きっと魔王を討てるはずだ」

国王「世界の重みをその肩にかけることを許せ」

国王「勇者よ! 遊撃隊として勇者一行を組織し、魔王を撃破するのだ!」?




赤毛(お祭りみたいに………みんなが劇に夢中になって)

赤毛(それとは別に、あたしを除き込む驚いた顔)

赤毛(そう。この人はきっと――)







親爺「っ!!」

親爺「………赤…毛………っ!!」


640 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:44:08.72 ID:h4w+AuR50


氷姫(――ああ、そうだ)


氷姫(どんなに世界が変わったように思えたって)


氷姫(喜びは必ずどこかにあるはずだから)




氷姫(――希望は)


氷姫(あたしたちの胸の内に、あるはずだから………)


641 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:44:50.83 ID:h4w+AuR50


氷姫(全ての運命が決められた戦いは)



氷姫(もう終わったんだ)



氷姫(あたしたちには明日を生きる権利がある)






氷姫(生きている限り、物語は続くし)

















氷姫(物語は、最後の最後までどうなるか分からないはずだから――――)



642 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:45:53.73 ID:h4w+AuR50















国王「さあ勇者よ! いざ旅立ち――」




「で、伝令! 魔王が攻めてきました!!」
































643 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:46:45.34 ID:h4w+AuR50


















世界のどこか



??「よっ、ほっ」

??「よいしょ…!」

??「………ふー、こんなところかな」

644 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:47:39.16 ID:h4w+AuR50

??「今年はずいぶんいっぱい育ったなぁ」

??「ちょっと、植えすぎたかな?」

??「残らず収穫できるか分かんないや…」

??「冬を越える分の備蓄はもう充分だから、あとは………あ」

フワ…

??「気持ちのいい風………」

??「………ふふ」

??「風を気持ちいいって思えるようになったんだ………私」

??「………」

??「また、始めれられるかな?」

??「希望のある、生を………受け入れられるかな?」

??「ねぇ、どうかな。炎獣…」

??「………」

??「………うん、そうだよね」

??「きっと始められるよね」

??「あの日にもう、魔王は世界から消えたんだ」

??「もう、魔王と勇者のお話はおしまい」



??「今の私は、きっともう、魔王ではない私」


645 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:48:41.14 ID:h4w+AuR50

??「だから始めよう」

??「私の、新しい物語を!」

??「そうして、会いに行こう!」




「――そう、今、ここから!」




646 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:49:20.02 ID:h4w+AuR50






【もう魔王ではない彼女】






647 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:50:00.64 ID:h4w+AuR50










FIN

648 : ◆EonfQcY3VgIs [saga]:2018/11/25(日) 21:50:57.85 ID:h4w+AuR50


























これだけの質量の登場人物と物語を書けて、とても楽しかったです
次は勇者と女神のコメディもの書きたいなぁ


649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 01:32:43.80 ID:ScBPiqrI0
完結乙
面白かったです
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 03:25:36.61 ID:wLZZs3L10
超大作
映画化決定
おつ
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 12:11:09.94 ID:ockNmZy6O
完結乙です!
終わってしまった...
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 19:47:32.23 ID:2kesMabA0
長い間乙カレー
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/27(火) 01:43:50.38 ID:G2eR7XaDO

冥王の件は回収せんのか…
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/27(火) 23:00:22.24 ID:GYQ0KKF+0
乙!!


655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/01(土) 02:03:55.66 ID:oVrWudkUo
一昨日まとめサイトで見つけてから二日かけておってきました
感想お疲れ様でした!
次回作も是非よみたいです!
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