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【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」
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47 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:49:10.62 ID:aN9NWr+b0
湖から上がると、わたしはヨウさんのリュックからタオルと上着、ズボンを出すと、身体を拭いてそれに着替えました。
ヨウさんがいつも着ている青と白のストライプ模様のシャツに袖を通すと、不思議な香りと暖かさを感じました。
まるでヨウさんに直接肌の上から抱きしめられているような感覚がして――身体の芯から熱くなってきて、落ち着かないです。
わたしは自分の服が乾くのを待ちながら、その場でしゃがみながらヨウさんが湖を泳いでいるのを眺めることにしました。
一度水の中に潜り込んだヨウさんが出てくると、そこであることに気がつきました。
彼の右脇腹……そこに、何かで殴られたような痛々しい痣が残っていたのです。
リーリエ『ヨウさんっ、その痣は?!』
ヨウ『ん? あぁ、これか』
わたしの血相を抱えている様子とは逆に、ヨウさんはそういえばそんなものがあった、というふうに傷跡を眺めました。
リーリエ『なにがあったのですか?』
ヨウ『……みんなには内緒にしてくれないか?』
そう言いながら、ヨウさんは痣の秘密を明かしてくれました。
実はアーカラ島のオハナタウンにある牧場で、ケンタロスやミルタンク、育てているポケモンさんの世話をするお仕事を募集しているのを、ヨウさんはたまたま育て屋にポケモンさんを預けていたところ、その旨が書かれた張り紙が壁に貼られていたのを見たそうです。
ヨウさんはこっそり自分の素性を隠しながら、その仕事に応募したそうです。もちろん、ヨウさんにはポケモンさんに関する知識と経験をたくさん持っていますから、すぐに採用されました。
当初は順調にケンタロスたちのお世話をしていたのですが、しばらく経ったある日、気性が荒いケンタロスが暴れまわって、ひとりの育て屋の職員さんとミルタンクさんが襲われそうになったところ、その人たちを庇って、ヨウさんはケンタロスに撥ねられたのです。
幸い、大きな怪我はせずに済んだのですが、ケンタロスに突かれた箇所がちょうどヨウさんの脇腹で……。
その時に出来た痣だ、とヨウさんは語り終えました。
リーリエ『ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……』
ヨウ『金さ』
リーリエ『お金……?』
48 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:51:05.75 ID:aN9NWr+b0
ヨウ『そう。ポケモンってのはね、エサやきのみだけじゃない――金もたくさん食べるんだよ。ポケモンを育成させたり、捕獲するためのボールやきずぐすりと言った道具を揃えたり、食べさせるものを買ったり……どれもタダじゃない』
ヨウ『チャンピオンという立場になれば、僕を王者の座から下ろそうと強いトレーナーたちがやってくる。彼らに対抗するためには、様々なポケモンを育てなきゃいけない。僕のパーティーは、もっと大きくなる必要があるんだ』
ヨウ『そのためには、たくさんの金がいるんだよ』
ヨウ『だから、育て屋の手伝いだけじゃない。予定が入っていないときは、スーパーやホテルしおさい、あとはナマコブシ投げでアルバイトをしたり、高い報酬と引き換えに人に言えないような仕事もやったよ』
リーリエ『でも、チャンピオンになれば、きっとポケモンリーグやスポンサーから補助金が……』
ヨウ『育成する身からすれば、大した額じゃないさ。あくまでチャンピオンは地方の代表トレーナー。言い換えれば、都合のいい広告塔みたいなものだよ。一応、それに甘んじることは出来るには出来るけど、それでも金が足りないから育成に大きな時間がかかってしまう。それじゃあ挑戦者には勝てない』
リーリエ『そんな……それならトレーナーさんと戦えば賞金が……』
ヨウ『強くなれば名前が知れ渡る。特に初代アローラ地方のチャンピオンとなればね。僕と戦いたがるトレーナーはいるにはいるけど、外に出て勝負を挑もうとしても僕と目を合わせようとすれば、大半は逃げ出すトレーナーばかりなんだよ。相手にしてくれるのは、ポケモンリーグにやってくるトレーナーたちだけ』
ヨウ『好きに稼ごうにも稼げないって話しさ』
リーリエ『だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?』
ヨウ『そうだ』
ヨウ『それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね』
リーリエ『挑戦者が失うもの……?』
ヨウ『……夢、だよ』
リーリエ『夢?』
49 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:53:54.73 ID:aN9NWr+b0
ヨウ『島巡りしてたとき、君が、ポケモンが傷つくのを見ていられないって言ったとき……僕は、トレーナーがポケモンと供に夢を賭けて勝負をしていると言ったのを覚えてるか?』
リーリエ『……はい』
ヨウ『僕に挑んでくるトレーナー達は、みんなチャンピオンになるため、さらにその先にある夢を抱えている人がほとんどだ』
ヨウ『ハウやハプウ、グラジオのように僕に勝つことが、夢を叶える上でひとつのプロセスになっている人にとっては、程よい壁になってるだろうね』
ヨウ『だけど……チャンピオンそのものになる人達にとっては、アローラの過酷な試練を終え、四天王という厚い壁を乗り越えて、最後の最後……僕に戦いを挑んでくる』
ヨウ『「ここまで来たら、必ず勝てる」「必ず勝って、チャンピオンになってやる」、そういう想いを抱えて来ている』
ヨウ『そしてチャンピオンである僕は、その人たちの希望と夢を奪っているんだ』
ヨウ『そのまま諦めないで再挑戦出来る人たちはまだいいさ。また別の道がある人も同様にね。だけど、夢が叶う直前で道が閉ざされたことで生まれる悔しさが、時には人の心を折ってしまうこともあるんだよ』
ヨウ『スカル団なんか、まさにそういう人たちの集まりだったじゃないか』
リーリエ『……!』
以前、ウラウラ島で、しまキングのクチナシさんのもとで修行しているプルメリさんと再会したとき、スカル団の団員は試練や大試練を受けても達成できず、そのまま脱落していった人たちで構成されている、という話を聞きました。
プルメリさんもその一人で、グズマさんに至っては、キャプテンになりたくて努力してもついにハラさんに認められなかったそうです。
ヨウ『根気が足りない、心が弱い、折り合いがつけられない、それで言い切ってしまえば楽なものだよ』
ヨウ『だけどね、夢が生きる上でどれだけ大事なものか知っている僕にとっては、そういう人たちの気持ちが痛いほど分かるんだ。どれだけその夢にゼンリョクをかけてきたのか、そしてその夢がぶち壊されたら、人はどうなってしまうか――』
ヨウ『そして、大切なものを取られたらどうなってしまうのかも』
50 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:56:19.51 ID:aN9NWr+b0
ヨウ『勝ってしまった僕に出来ることはただひとつ。夢が潰れてしまった人たちの思いも背負って、これからも勝ち続けるしかないんだ』
ヨウ『だから、自分だけチャンピオンの椅子に座ってのうのうとしていられるほど、俺の目指す夢は軽いものじゃないんだ』
リーリエ『ヨウさん……』
ヨウさんは、まるでわたしではなく、自分に言い聞かせているように言葉を次々と紡いでいる。
そのうちだんだん、声に激しい感情がこもっていきました。
ヨウ『子供の頃にも、似たような経験をしたよ』
ヨウ『七歳くらいの時、ポケモンを戦わせるシミュレーションのゲームが流行っててね、僕の生まれ故郷では、おもちゃを賭けて対戦して、相手のポケモンを全滅させたら賭けたおもちゃを手に入れるルールが、友達たちの間であったんだ』
ヨウ『僕は街の中でも強かったよ。文字通り向かうところ敵なしで、友達は自分のプライドと大切なおもちゃを賭けてして、僕はそれを勝ち取ってきたんだ』
ヨウ『だが、僕は一度負けたことがあってね……。その時、僕の大切なものを取られたことがあったんだ』
ヨウ『なんとか取り返すことは出来たけれども……。その間、僕はそれを取り戻したくて、必死にゲームをやりこんだ』
ヨウ『逆におもちゃが僕の手に渡るとき、あいつらの悔しそうな顔や、無力な自分を呪う表情が、今でも忘れられない』
リーリエ『それなら、おもちゃを返してあげれば……』
ヨウ『ああ、返してやったこともあったさ。だけど、情けをかけて、あいつらに残された、プライドを傷つけたこともあったんだ。きっと僕も、負けた上で返されたら同じような気持ちになっただろうな』
ヨウ『本当の意味で大切なものを取り返すには、僕に勝つしかないんだ』
ヨウ『くくく……いいお笑い種だ。勝負に勝つことでたくさんの夢を踏み潰して、自分の夢の糧にしてきているのに。僕はいつも、負けてしまった人たちのことばかり考えている』
ヨウさんはわたしに背中を向けたまま、身体を震わせると、握っている拳から血が滲んで、湖に溶けているのが見えました。
51 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:58:15.84 ID:aN9NWr+b0
リーリエ『ヨウさん、血が……』フルフル
ヨウ『ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ』
ヨウ『オレ達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ』
ヨウ『だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな』
リーリエ『お願い、やめて……』
ヨウ『諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ』
ヨウ『だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!』
ヨウ『オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!』
リーリエ『ヨウさんっ!』
52 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 00:59:19.08 ID:aN9NWr+b0
バシャッ!
ギュウウッ!
自分で自分を傷つけているように見えて、わたしはたまらず湖へ駆け出して、ヨウさんの背中を強く抱きしめました。
ヨウさんの背中は、震えていました。
あのヨウさんが、こんなに震えて。
強くて優しいヨウさんが、こんなに。
リーリエ『お願い……これ以上、自分を傷付けないで』
ヨウ『……』
リーリエ『ヨウさん……あなたは一人じゃありません』
リーリエ『あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!』
リーリエ『そしてわたしもいます!』
リーリエ『だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……』
ヨウ『そんなこと、ずっと前から分かってるよ』
リーリエ『――ッ!!』
優しくわたしから身体を離したヨウさんが、こっちへ振り返った瞬間、わたしは背筋が凍りつきました。
ヨウさんの表情は、完全に消えていました。昔のわたしを見ているように、空っぽで虚ろげで、疲れきっていて、今にも崩れて消えてしまいそうなほどに、乾ききっていて――。
本当に目の前にいる人が、ヨウさんとは思えない程、変わり果てていました。
ヨウ『でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ』
ヨウ『そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな――っ!』
気が付けば、わたしはヨウさんの両頬を掴んで唇を重ねていました。
53 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 01:00:39.15 ID:aN9NWr+b0
これ以上、壊れかけたヨウさんを見ていられなかった。
自分のぬくもりと想いを分けてあげなきゃ、この人はきっと倒れてしまう……。すると自然に、身体が動いていました。
唇を離して、ヨウさんと視線を合わせると、さっきまでの虚ろげな表情は消えて、目をまん丸にしてびっくりしていました。
リーリエ『なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……』
ヨウ『……リーリエ』
再びわたしは、ヨウさんに寄り添うと、再び唇を重ね合いました。今度はかあさまに隠れてこっそり見た映画のラブシーンのように、互いを離さないように抱きしめ合って、何度も何度もお互いの名前を呼び合って、激しいキスを繰り返しました。
その時のわたしたちは、ひとつの太陽のようでした。唇だけでなく、心も重ねて、お互いを求めて、埋め合った……。
頭の中がヨウさんに対する欲望で満たされていく中、わたしはこう思ったのです。
ヨウさんは、強くなければいけない人だ、と。
大きな夢を抱えていればいるほど、背負っているものも比例して大きいことを、悟りました。
それだけじゃなくって、ヨウさんは優しいから、負けていってしまった人達の事も考えてしまって……。だから、ヨウさんはずっと、背負っているものに耐え抜いている。ヨウさんの心は、そのせいでボロボロになっているんです。
……かつて、かあさまの操り人形だった、わたし以上に。
ヨウさんと愛し合っていくうちに、ひとつの夢が生まれて、心に秘めました。
わたしは、ヨウさんにとって、必要な全てになりたい。
54 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 01:01:22.03 ID:aN9NWr+b0
眠いので今日はここまで。
次回をお楽しみに!
55 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 10:47:06.85 ID:aN9NWr+b0
夢のようなひと時を過ごして、ようやく熱が冷めると、ヨウさんは唇も密着していた身体もわたしから離れて、岸に上がってため息をつきました。
ヨウ『どうしてなんだろうな……』
リーリエ『え?』
ヨウ『リーリエが初めてだ』
ヨウ『よりにもよって、君に……』
ヨウ『僕はどうかしてるな……』
リーリエ『どういう……ことですか?』
ヨウ『んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ』
ヨウ『それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな』クックックッ
リーリエ『か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!』カアッ
ヨウ『……ありがとう』
リーリエ『……うぇ?』キョトン
ヨウさんは再び湖に入ってわたしに近付くと、今度はヨウさんから、わたしの頬に軽くキスして、優しく抱きしめてくれました。
ヨウ『僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ』
リーリエ『……』
わたしも、嬉しかった……。ヨウさんがわたしに、他の誰にも見せなかった弱さを見せてくれたことが。
わたしが、ヨウさんの特別になれたことが、嬉しかった。
あの人の心の中にわたしがいて……いつもわたしの手の届く場所に居てくれる。そんな気さえします。
こうしてヨウさんが認めてくれただけで、わたしは、自分の心臓が動いて、生きていることを実感します。
ヨウ『フッ、僕の服も濡れちゃったな』
リーリエ『あ……』
それからわたしたちは、時間があるとき、逢瀬を重ねてほしぐもちゃんと散歩したり、手を握ったり、一緒にマラサダを食べたり、海へ海水浴に行ったり、二人で抱き合ってキスして心の疲れを慰め合ったり……。
ほしぐもちゃんも、わたしたちの仲を応援するように嬉しそうに寄り添ってくれたこともありました。
……わたしにとって、この時がアローラに来て、一番幸せな時間でした。
どんなことも、ふたりで一緒に楽しみたい。
ヨウさんとわたしだけの世界が、たまらなく愛おしかった……。
56 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 10:50:34.77 ID:aN9NWr+b0
リーリエ「……」
ヨウさん、あなたはまた一人で全部背負って、遠くへ行くつもりですか? わたしを置いて。
一緒に背負ってあげるって、言ったのに。どうしてわたしから離れようとするの?
リーリエ「絶対にあなたを見つけます。絶対に……!」
あの人を放っておくわけにはいかない。なにがなんでも、わたしのもとに取り戻してみせる。
そう心に誓うと供に、わたしの中では、知らず知らずのうちにほの暗い感情が渦巻いていました。
57 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 14:27:42.65 ID:aN9NWr+b0
ヨウさんのおかあさまにお礼を言って家を出ると、すぐにメレメレ島を後にしてエーテルパラダイスに戻りました。
わたしはさっそくにいさまに、ヨウさんの家で得た手がかりを話しました。
グラジオ「なるほど……バトルレジェンドか。盲点だったな」
リーリエ「はい、ですが、わたしの実力でレジェンドに会えるかどうか……」
グラジオ「無理だな……オレですら、会ったのは一度だけだ」
レジェンドと戦うためには、ツリーにいるトレーナーたちと戦って、最低でも20連勝しなければいけません。
この類の施設にいるトレーナーたちは、チャンピオンですら気を抜けば敗北してしまうほど強い人ばかり……わたしの手持ちで、レッドさんたちに会うのはとても困難です……。トレーナーとして腕の立つにいさまですら、一度しかお会いしていないのですから。
グラジオ「……だが、それはあくまで勝負の世界での話だ。プライベートなら、また違ってくるだろう」
リーリエ「!」
グラジオ「一応、アポイントメントは取ってみるつもりだ。それでレジェンドから返信が来たらそれで良し、ダメだったら別の手段を考えるしかない」
リーリエ「本当ですか?」
グラジオ「喜ぶのはまだ早い。まずは向こうから返事が来るのを祈っているんだな」
にいさまはあくまで素っ気なく言ってきますが、わたしがヨウさんとの約束を果たすために動いてくれるのが嬉しくて、心の中で深く感謝しました。
58 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 14:29:16.10 ID:aN9NWr+b0
その翌日。
グラジオ「リーリエ、返信が来た」
そう言ってにいさまは、レッドさんとグリーンさんから送られたメッセージについて語ってくれました。
グラジオ「ポニの花園、そこに夕方オレと一緒に来て欲しい、だとよ。今すぐ準備するぞ」
リーリエ「にいさまもですか?」
グラジオ「理由はわからんがな。向こうも何か意図があってオレを呼んだのだろう」
すぐにわたしたちはエーテルパラダイスからポニ島へ船を使って移動すると、まっすぐ海の民の村からポニの花園へと向かいました。
途中、ポニの古道に差し掛かると、ハプウさんの家が見えました。ハプウさんとバンバドロさん、元気にしているかな……なんて思っていると、
バンバドロ「ムヒイウン!」
ハプウ「おお、リーリエではないか!」
畑仕事をしていたハプウさんとバンバドロさんがわたしたちに気付いて、走り寄ってきました。
リーリエ「お久しぶりです。ハプウさん、バンバドロさん」
ハプウ「風の噂でお前がアローラに戻ってきたと聞いたが、本当だったとはな」
ハプウ「帰ってきたリーリエ……お帰リーリエ、じゃな!」
リーリエ「ふふっ、そうですね!」
ハプウ「ところで……お主らはなにやらただならぬ様子じゃが、急ぎの用事でもあるのか?」
リーリエ「……実は」
わたしはハプウさんに事情を説明しました。ヨウさんを探していること、そしてヨウさんの行方を知っているであろうバトルツリーのレジェンドに会いに行く途中であることを、かいつまんで説明しました。
ハプウ「そうか……ヨウを探す手がかりを求め、レジェンドを訪ねに来たのか」
リーリエ「ハプウさんは、なにかヨウさんについてご存知ですか」
ハプウ「いや、わらわもあやつの行方は分からん……。まったく、みなを心配させおって」
ハプウ「だが、リーリエの言った通り、あやつはよくバトルツリーに通ってたな。レジェンドと何度も手合わせしていただけでなく、意見交換をしているのも見かけた。あやつらならヨウがどこへ行ったか、知っている可能性はあるな」
グラジオ「ついでに教えてくれるとありがたいが、ポニの花園はどの方角に行けばあるんだ?」
ハプウ「うむ、ポニの花園は大峡谷への道に入らず、そのまま北東へ進んで行けばポニの広野に出る。そこから今度は海沿いではなく、北に進んでいけば花園にたどり着くじゃろう」
リーリエ「ありがとうございます、ハプウさん!」
ハプウ「いやいや、こっちこそ急いでいるところを引き止めてしまって悪かったな。いずれゆっくり話でもしようぞ。カントーでのお主の活躍、聞きたいしな」
リーリエ「はい!」
59 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 15:22:30.57 ID:aN9NWr+b0
ハプウさんとバンバドロさんに見送られながら、わたしたちはまずポニの広野に向けて歩き出しました。
グラジオ「リーリエの友達、か」
今までわたしとハプウさんのやりとりを見ていたにいさまが、ふと呟きました。
リーリエ「どうかしましたか?」
グラジオ「フッ……なんでもないさ。さぁ行こう」
ハプウさんが示してくれた道順に進んでいくと、やがてポニの花園に到着しました。
最初、ポニの花園と聞いたときはメレメレの花園のようにたくさんの花が絨毯のように地面に広がっているものと思っていたのですが、その予想を裏切るような光景が広がっていました。
ポニの花園は、地面に花が咲いていない代わりに、頭上に藤の花によく似た花が、巨木の枝からぶら下がるように咲き乱れていて、独特の雰囲気を醸し出しています。
そして、草むらの真ん中でふたりの男の人たちが、わたしたちを待ち受けていました。
???「ボンジュール!」
???「…………」
オレンジ色の髪の方が、軽快にわたしたちに挨拶をしました。一方で赤い帽子を被った人は、無言のままこちらを静かに見据えています。
グラジオ「久しぶり、だな」
???「ああ、君のことは覚えているぜ。あんな自在にタイプを変えられる不思議なポケモン、忘れられるわけないからな」
???「そして、君がリーリエ、だね?」
リーリエ「あ、はじめまして……わたしがリーリエです」
2人の迫力に圧されて、緊張しながらわたしは頭を下げて目の前のトレーナーに挨拶をしました。
そう、この人たちがバトルレジェンド……グリーンさんと、レッドさんです。
60 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 15:29:10.50 ID:aN9NWr+b0
グリーン「話はグラジオから全部聞いている。ヨウを探しているんだろ?」
リーリエ「はい! そ、それで……ヨウさんとの約束を果たすため、あの人を探しているのです。どこへ行ったか、ご存知ありませんか?」
レッド「…………」
グリーン「……」コクン
レッドさんとグリーンさんは一度、お互いに目を合わせて何かのやりとりをした後、再びわたしの方を見て、
グリーン「知ってるぜ。あいつがどこへ行ったのか」
リーリエ「ほっ、本当ですか?!」
やっと見つけた! やっぱり、レッドさんとグリーンさんたちが、ヨウさんの居場所を知っているのですね!
よかった……これでヨウさんを探しに行ける!
リーリエ「どうぞお願いします! ヨウさんがどこへ行ったか教えてください! わたしは、ヨウさんに会わなきゃいけないのです!」
グリーン「ああ、いいぜ」
ただし、とグリーンさんはわたしの目の前で人差し指を立てました。
グリーン「ここにいるレッドと、戦ってくれたらな」
レッド「…………」
リーリエ「レッドさんと、ですか?」
わたしは戸惑いを隠せませんでした。
いきなり、生ける伝説と呼ばれるトレーナーのレッドさんと戦うなんて。
グラジオ「何故そんな回りくどいことをする?」
グリーン「ま、テストみたいなもんさ。君がどれだけ本気で、ヨウを探したいか、その気持ちの強さを試させてもらうぜ」
グリーン「もちろん、それだけじゃない。ヨウが行った場所は凶暴なポケモンたちが闊歩する危険地帯! 軽々しく人に教えて行かせられるようなところじゃないんだ」
61 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 15:30:13.66 ID:aN9NWr+b0
グリーン「とは言っても、そっちも急いでいるんだろ? だから、出すポケモンは一匹のみ。ジム戦のようにトレーナーによる道具の使用は無しだ」
リーリエ「……もし、負けてしまったら?」
グリーン「トレーナーは、負けたときのことなんて考えないもんだぜ」
リーリエ「……」
考える余地はありませんでした。
これが、ヨウさんへ続くたったひとつの希望。ここまで来て、それを失うわけにはいきません。
絶対に勝ってみせます!
リーリエ「分かりました。戦います!」
グリーン「おっ、いい目つきになったじゃないか」
レッド「…………!」スッ
グリーン「よーし、どっちも準備はいいか?」
グラジオ「まさか……こんなことになるとはな」
リーリエ「よろしくお願いします!」スッ
レッド「…………!」
62 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:48:21.57 ID:aN9NWr+b0
ポケモントレーナーの レッドが
勝負を しかけてきた!
63 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:49:47.18 ID:aN9NWr+b0
※戦闘の内容や技の構成や覚えている技の数などは適当なので、目をつむっていただくとありがたいです
レッド「…………!」ヒョイッ!
ピカチュウ「ピッカァ!!」ポンッ
レッドさんの出したポケモンは、ピカチュウさん。
マサラタウンから旅立つ際、オーキド博士から渡された最初のポケモンさんで、それからずっとレッドさんのエースとして活躍してきたポケモンさんでもあります。
わたしが全ての想いをぶつけるために出すポケモンさんは、この子しかいません。
リーリエ「お願い! ほしぐもちゃん!」ヒョイッ!
ソルガレオ「ラリオーナッ!」ポンッ
わたしとヨウさんとずっと旅してきたほしぐもちゃんがボールから飛び出して、咆哮を上げました。わたしの気持ちを読み取っているのか、力強さが伝わってきます。
レッド「…………!」
グリーン「あれがアローラに伝わる伝説のポケモンか! 初めて見るが、カントーの伝説のポケモンに負けない迫力だぜっ!」
ピカチュウ「ピッカァ〜ッ!」バチバチバチッ
ソルガレオ「ラリオォッ!」
ピカチュウさんもほしぐもちゃんも、お互いの力を感じ取っているのか、闘争心をむきだしにしながらわたしたちの指示を待っています。
64 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:51:05.15 ID:aN9NWr+b0
レッド「……!」
リーリエ「ほしぐもちゃん、コスモパワーです!」
ピカチュウ「ピカッ!」ダッ!
ほしぐもちゃんが宇宙のパワーを浴びて守りを固めるより先にピカチュウさんが動くと、目の前で両手を叩きました。
ピカチュウ「ピカッ!」バチンッ!
ソルガレオ「ラリオッ!?」ビクッ
ねこだましでほしぐもちゃんが怯んだ隙に、素早くレッドさんが指示を飛ばします。
レッド「……!」
ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウッ!!」バチチチッ
ソルガレオ「オオオオッ!?」ビリビリビリッ
リーリエ「ほしぐもちゃん……耐えてっ!」
ピカチュウさんの10まんボルトが降り注ぐ中、ほしぐもちゃんは全身を奮って電流を振り払うと、炎をまとい始めました。
ソルガレオ「ラリオーナ!」ゴウッ!!
リーリエ「ほしぐもちゃん! ニトロチャージです!」
ソルガレオ「ラリオ!」
そのまま炎をまとったまま、ほしぐもちゃんはピカチュウさんへと突っこんでいきます! ニトロチャージはすばやさを上げつつ、相手に攻撃する技。これならピカチュウさんにも――。
レッド「……!」
ピカチュウ「ピッ!」フッ
リーリエ「ピカチュウさんの姿が――」
グラジオ「消えた、だと?」
65 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:51:59.80 ID:aN9NWr+b0
わたしたちが唖然としていると、ほしぐもちゃんの隣にピカチュウさんが現れて、そのまま突進してきました。そのままピカチュウさんの攻撃が横っ腹に直撃したせいで、ほしぐもちゃんは大きく体勢を崩してしまいました。
グラジオ「今のはでんこうせっかの威力じゃないな? しんそくか?」
グリーン「よく見抜けたな。その通りさ」
グラジオ「ほう……攻撃を当てさせる気はないってことか」
レッド「……!」
ピカチュウ「ピカァァッ!」
ピカチュウさんが声を上げると、ほしぐもちゃんの頭上に黒い雲が現れて、かみなりを落としました。
ゴロゴロゴロ
ピカッ!
ソルガレオ「ラリォォッ!」ビリビリビリ!!
リーリエ「ほしぐもちゃんっ!」
身体のところどころに黒煙を立ち上らせながらも、ふらふらとほしぐもちゃんは立ち上がりました。ですが、体力も大きく減ったのが目に見えてわかります。
グラジオ「マズイな……このままじゃ、何もできずに負けちまう」
リーリエ「そんな……」
ここで負けてしまったら、ヨウさんが遠くなってしまう。
だけど……強すぎる。レッドさんのエースだけあって、とんでもない強さを誇っています。
66 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:52:57.71 ID:aN9NWr+b0
レッド「……」
突然、レッドさんがわたしと目を合わせてきました。
帽子の影から見える、鋭い茶色の視線は、わたしの心の奥底まで見透かし、ひとつの問いかけをしているように見えました。
――君の力はそこまでか。こんな攻撃で負けてしまうほど、脆いものなのか?
その時、目が覚めたような感覚になりました。
諦めるなんて選択肢は、今のわたしにはありません。だって、大切な人との約束を果たして、ずっと一緒にいたいから。
そのためだったら、悪魔に魂を売る覚悟でここまで頑張ってきたのです。
だから、負けるわけにはいきません!
リーリエ「……」スッ
グラジオ「あの帽子は……」
わたしはヨウさんの帽子を取り出すと、それを静かに被りました。
カントー地方にいた頃、トレーナーさんとの勝負でこれを被っていると、自然と頭が冴えて、ポケモンさんたちに適切な判断を下せるようになったことが何回かありました。
もちろん、ヨウさんが被っていた以外はただの帽子なのでそういった力はないのですが……わたしにとっては命より大事なお守りです。
どうしたらピカチュウさんを倒せるか、思考を張り巡らせていると、蘇ってきたのは島巡りをしている最中、ポケモンセンターのカフェスペースで、トレーナーに興味を持ちつつあったわたしに、ヨウさんがポケモンさんについて色々教えてくれた時の会話でした。
ヨウ『一番戦いやすいタイプは、「やられる前にやる」っていうタイプだね』
リーリエ『やられる前にやる……ですか?』
ヨウ『ああ。スピードとパワーでものを言わせて、相手の攻撃を通す間もなく体力を削りきる戦法ってところだな』
ヨウ『攻撃は最大の防御を地で行くやり方だ。だけど、弱点もないわけじゃない』
ヨウ『スピードがあるって言うことは、それだけ守りは薄いんだ。それに、攻撃しつつスピードを出していれば、いつかスタミナ切れを起こす』
ヨウ『だから、攻撃に耐え抜けば、いずれ反撃できるチャンスが見つかるってコトさ。そこを突けば、大きなダメージを与えられる。素早いやつっていうのは、案外脆い奴が多いんだ』
リーリエ「……!」
67 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:53:53.27 ID:aN9NWr+b0
ここでわたしはひとつのことを思い出しました。
ピカチュウさんは、あくまで進化前のポケモンさんなので、どうしても種族としての力不足が目立ってしまいます。
でんきだまで火力を補うことは可能ですが、どうしても守りに関しては手薄になってしまいます。
ですから、レッドさんのピカチュウさんは、攻撃を当てられる前にこうやって素早さと火力で押し切ることで守りをカバーしているのでしょう。
レッドさんのエースであることに気を取られていて、すっかり忘れていました。戦っている最中だけでも思い出せたのが幸いでした。
リーリエ「ほしぐもちゃん! もう一度コスモパワーで守りを固めて!」
ソルガレオ「ラリオ!」パァァッ
もうさっきのようにねこだましで、ほしぐもちゃんを止めることは出来ません。
すぐさまほしぐもちゃんは、大空から光を吸収していきます。
レッド「……!」
ピカチュウ「ピカ!」
レッドさんもわたしの意図を読み取ったようで、すぐにピカチュウさんへ指示を送ります。
ピカチュウ「ヂュウウッ!」バチチチッ
ソルガレオ「……!!」
それでも、ピカチュウさんの10まんボルトを浴びながらも、どんどんほしぐもちゃんは星の力を溜めて守りを固めていきます。
リーリエ「その調子です! もっと、もっと! 頑張って!」
レッド「……!」
68 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:55:16.94 ID:aN9NWr+b0
最初は大きなダメージを与えていた10まんボルトも、コスモパワーで守りを固めたおかげで、どんどん攻撃が通らなくなってきました。
次第にピカチュウさんにも、息が切れて来ました。
ピカチュウ「ピッ……ピカッ!」ゼェゼェ
レッド「……!」
ピカチュウ「ピカ……ッ!」グッ
レッドさんから命令を受けた一瞬、動きが鈍くなりました。わたしはそれを見逃しませんでした。
リーリエ「今です! ほしぐもちゃん! しねんのずつきですっ!」
ソルガレオ「ラリオーナ!」ダッ!
ほしぐもちゃんは素早く飛び出すと、一直線にピカチュウさんに向けて頭突きを放つと、そのままピカチュウさんの身体が宙に飛ばされました。
ドカッ!
ピカチュウ「ピカーッ!!」
レッド「……!」
グリーン「おっ……」
グラジオ「攻撃を当てた……!」
リーリエ(このまま一気に押し切りますっ!)
リーリエ「ほしぐもちゃん! メテオドライブ!」
ソルガレオ「ラリオーナッ!!」
ほしぐもちゃんの額に目のような模様が浮かび上がると、空高く飛び上がり、巨大な火の玉で覆われました。
そしてそのまま、一直線にレッドさんのピカチュウさんへ突進します。
レッド「……!」
ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウウウッ!!」
すると、ほしぐもちゃんのメテオドライブに対抗するように、ピカチュウさんも電気が走る青い光の玉に覆われていきます。あれは、ピカチュウさんが使える大技、ボルテッカーです。
そして、ピカチュウさんも跳躍して、落ちてくるほしぐもちゃんと、真っ向からぶつかり合いました。
ソルガレオ「ラリオォォォォッ!」ゴゴゴゴゴ!
ピカチュウ「ピカァァァァァッ!」バチチチチッ!
ドッカァァァン!!
レッド「!」
リーリエ「きゃあ!」
拮抗した二匹の力がぶつかりあった結果、周りを巻き込む大爆発が起こりました。その衝撃波で、花びらが散るだけでなく、わたしもふっとばされてしまいました。
グリーン「うおおっ!?」
グラジオ「どうなったんだ?」
69 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 18:57:22.02 ID:aN9NWr+b0
リーリエ「……ほしぐもちゃんっ!」
煙が収まると、フィールドにはほしぐもちゃんとピカチュウさんが、力尽きて倒れていました。どちらとも、これ以上動くことはできないでしょう。
ソルガレオ「……」
ピカチュウ「ピ……カ」
リーリエ「これは……引き分けですか?」
レッド「…………」コクン
戦いを終えたわたしとレッドさんは、ひとまずそれぞれポケモンさんを元気にすることにしました。
グリーン「引き分けでも、レッドのピカチュウを倒せる奴はそうそういないぜ。大したやつだ」
リーリエ「あ、ありがとうございます……」
グリーン「どうだ、レッド? これなら教えても問題ないんじゃないか?」
レッド「…………」コクン
ひとまず、合格のようです。
安心したら、力が抜けそうになって、ちょっとよろめいてしまいました。
果たして、ヨウさんはどこへ行ったのでしょうか?
グリーン「あいつは、シロガネ山にいるぜ」
リーリエ「シロガネ山……」
70 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 19:08:59.97 ID:aN9NWr+b0
シロガネ山は、カントー地方とジョウト地方の境目にある、巨大な山のことです。
他の山々と比べてとても激しい天候と起伏の激しい洞窟の内部に加えて、住んでいるポケモンさんが凶暴ということもあって、オーキド博士などから許可を貰えない限り立ち入ることを禁止されています。
また、レッドさんが昔、修行していた場所として有名で、シロガネ山でポケモンさんを鍛えることはトレーナーにとって大変名誉のある事だと言われています。
グラジオ「やはりな。レジェンドであるオマエらが過酷と口にするほどの場所で、やすやすと行かせられない場所と言ったら、そこしか思いつかない」
リーリエ「どうしてヨウさんはそこへ……?」
グリーン「あー……そりゃな……」
レッド「…………」
と、グリーンさんもレッドさんも、決まり悪そうにわたしから目を逸らしました。
グリーン「ヨウから、もっと強くなるにはどうしたらいいって頼まれてな。バトルツリーで戦う以上に強くなるには、あそこで修行するのが一番だぜって言ったんだ」
レッド「…………」
リーリエ「あなた達が……」
やっぱり、予想通りでした。
グリーン「だからアイツがチャンピオンを辞退して騒ぎになった時、オレたちも一応責任は感じたんだぜ? でも、レジェンドとしての仕事があるからな。アローラから離れようにも離れられなかったんだ。正直、君たちが来てくれてホッとしてる」
グラジオ「オマエたちが責任を負う必要はないさ……結局、アイツがオレたちに相談もなしに出て行ったのが問題だからな」
レッド「…………」
グリーン「とりあえず、君たちはヨウを連れ戻しにシロガネ山へ行くんだろ?」
リーリエ「もちろんです!」
グラジオ「オレも行く流れなのか……?」
グリーン「それなら、オレ達からじーちゃ……オーキド博士に話を付けておくぜ。多分まだ修行してるだろうけど、あいつがシロガネ山から離れていかないうちに、さっさと向かった方がいい」
リーリエ「レッドさん、グリーンさん、わざわざ教えていただきありがとうございます。絶対にヨウさんを連れて戻ります!」
グリーン「気をつけて行ってこい。住んでるポケモンたちも、バカになんねぇ強さだからさ」
グリーン「ああそれと、もしヨウに会ったら、バトルツリーで更に強くなったオレたちが待ってる、って伝えておいてくれよ? あいつと戦うのは、結構楽しみにしてるんだ。俺もレッドも」
レッド「…………!」
リーリエ「はい、必ず伝えますね。それではにいさま、さっそく準備をしにパラダイスまで戻りましょう」
グラジオ「フッ……仕方ない。こうなったら、最後まで付き合ってやるか」
わたしたちはレッドさんとグリーンさんにお礼を言うと、踵を返して、ポニの花園を出て行きました。
ヨウさんは、シロガネ山にいる。
もうひと頑張り、あともうひと頑張りでヨウさんに会える! そう思うと、自然と胸が高鳴ってきました。
71 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 19:09:35.76 ID:aN9NWr+b0
グリーン「なぁお前、あいつと戦ってみてどう思った?」
レッド「…………」ボソボソ
グリーン「ああ、オレも同じものを感じた」
グリーン「戦ってる時のあいつの目――今までああいう目つきでポケモン勝負をしてきたトレーナーは、お前とヨウに続いて3人目だ」
グリーン「そういう奴は、決まって大きな目標と、強い意志と心を持っていやがる」
グリーン「リーリエは……ヨウのために必死で戦おうとしている。あの子にとってヨウは大きな存在なんだろうな」
レッド「…………」ボソボソ
グリーン「そうだな。強い意志と心っていうのは、夢を叶える上で心強いものだが、大切なものが手からこぼれ落ちていくのに気づけないモンだ。オレもお前も、そうだったからな」
レッド「…………」
グリーン「一人で突っ走ったって、夢は叶わない……あいつら、それに気付けるといいな」
72 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/07(土) 19:10:08.47 ID:aN9NWr+b0
今日はここまで。
明日の更新をお楽しみに!
73 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 11:37:40.43 ID:cWzemLV+0
エーテルパラダイスに戻ったわたしたちは、すぐにシロガネ山へ向かうための準備に取り掛かりました。
グリーンさんもおっしゃっていたように、シロガネ山は過酷な環境に加えて、強くて凶暴なポケモンさんがたくさん住んでいる場所。ほしぐもちゃんの力を信用していないわけではないのですが、この子だけでシロガネ山の中を進むのは危険です。
わたしがカントーを旅しているとき、捕まえて育てたポケモンさんの、力も借りなければ……。
にいさまもなんとなく行く流れになっちゃってますが、「どのみちお前を一人で危険な場所に行かせるわけにはいかないだろう」と、ついてくる事になりました。
にいさまが来てくれるのは嬉しいことなのですが……わたしとヨウさんだけの問題に巻き込ませてしまって、ちょっと申し訳ないです。
でも、まさかこんな形で再びカントー地方に戻るなんて思いもしませんでした。
ヨウさんがアローラを出て行ったのが数ヵ月前なら、わたし達が帰ってくるまでの間、偶然わたしたちは一緒の地方にいたのですね……。
その時は、わたしもかあさまのリハビリをしつつトレーナーの修行をしていたので、ヨウさんに気付くことはあり得ないのですが……もしも、ヨウさんがカントーに来ているのを知っていたら、カントーでも一緒にいられたかもしれません。
……いいえ、これからヨウさんと会いに行くのですから、すぐに現実のものにできます!
そういえば、昔、わたしは気持ちに赴くまま行動して、ヨウさんにもみんなにも、船で出て行く直前にアローラから旅立つことを話して驚かせちゃいました。今回はきちんと前もって話をしておかないといけませんね。
ハウ「ええーっ! またカントーに戻っちゃうのー?!」
一度メレメレ島に戻ってみなさんに、これまでの経緯を説明したのですが……やっぱり、ハウさんはショックを受けてます……。
わたしがカントーへ旅立った時も、とっても落ち込んでいたみたいでしたから、こんな反応をなさるのも無理はありません。
74 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 11:38:39.26 ID:cWzemLV+0
ククイ博士「おいおい、そうびっくりすることじゃないだろう。ヨウを連れて帰るために戻るってことだろ?」
リーリエ「はい!」
ハウ「せっかくリーリエが戻ってきたのにー」
リーリエ「大丈夫ですよ、ハウさん。今度はそう長く居ませんから。それどころか、次に帰ってくるときはヨウさんも一緒ですから、また昔のように戻れます」
ハウ「うー……」
ククイ博士「リーリエ。ヨウのこと、頼んだぜ。あいつはどこか強がって無茶してるところがあるからね……」
ククイ博士「ヨウはトレーナーとして天才的な才能を持っている。でも、だからといってまだ子供だからね、誰かがそばにいてあげなきゃな」
リーリエ「任せてください! ……もうヨウさんを一人になんてさせませんから」
ククイ博士とハウさんに、力強くそう宣言してわたしはリリィタウンを後にしました。
メレメレ島での用事を終えて連絡船で帰る直前でした。
誰かがわたしの名前を呼びました。振り返ると、ハウさんが息を切らしながらこちらへ駆け寄ってきました。
ハウ「よかったーまだ行ってなかったんだねー」ゼーゼー
リーリエ「ハウさん? どうかなさったのですか?」
ハウさんは走ったせいで乱れた息を整えると、いつもののんびりとしたハウさんと思えないほど真摯な眼差しで、口を開きました。
ハウ「リーリエはさー、ヨウのこと、好きー?」
75 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 11:40:54.19 ID:cWzemLV+0
リーリエ「えっ……」
急にストレートな質問を投げかけてきて、わたしはねこだましを喰らったように一瞬固まりました。
ハウさんの言う通り、わたしはヨウさんのこと、異性として好きです。
……いえ、好きという言葉だけでは表現できないほど、ヨウさんのことが愛おしくてたまらないです。あの人が、私の心の支えになっているのですから。
ですけど、この想いはヨウさん以外の誰にも明かしていません。2人だけの秘密みたいなものです。
その秘密がいきなり暴かれた感じで、あっけにとられてしまいましたが、すぐに冷静さを取り戻すと、わたしははっきり言いました。
リーリエ「……はい。わたし、ヨウさんのことが好きです。友達としてではなく、異性として、あの人のことを愛してます。だから、シロガネ山に行って、あの人を説得してアローラへ連れて帰るのです」
ハウ「……もし、ヨウが帰りたくないって言ったら、どうするのー?」
リーリエ「!」
ハウさんのこの言葉は、つのドリルを直接されたようにわたしの心に突き刺さって抉りました。
ヨウさんが帰りたくないと言ったら――もしシロガネ山でヨウさんと出会って、戻ってくるよう説得しても、彼が夢にこだわって「帰るつもりはない」と言ったら……?
ですが、すぐにその考えは払底しました。
わたしにとって、「ヨウさんが戻ってこない」なんてことは考えません。
そんなこと、あってはならないからです。
76 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 11:43:50.03 ID:cWzemLV+0
リーリエ「……有り得ません。ヨウさんはそんなこと、言いません」
ハウ「それこそ有り得ないよー! だってヨウはーポケモンマスターになりたいっていう夢があるんだよー。きっと、シロガネ山での修行に集中したいはずだよー。だからーリーリエが帰ろうって聞いても――」
リーリエ「やめて。そんなこと言わないでください!」
ハウ「!」
リーリエ「あの人は、みんなに強い自分を見せて安心させようと誰も知らないところでずっと努力してきている人なんです。それこそ、心が擦り切れて背負っているものに押しつぶされるほどに」
リーリエ「それを分かってあげられるのは、わたしだけなんです。あの人の抱えている悲しみも、辛さも、孤独さも癒してあげられるのはわたしだけ……ハウさんよりずっと、わたしの方がヨウさんのこと、知っているんです」
リーリエ「ヨウさんだって、わたし以外の誰にも、自分の口から弱音を吐いたことだって無かったはずです。あの人はわたし以外に頼れる人がいないんです。あの人がたった一人で遠くに行ってしまえば、きっと背負っているものに押しつぶされちゃう……。だから、わたしが無理矢理にでも連れて帰らなきゃいけないんです」
ハウ「リーリエ、落ち着きなよー!」
ハウさんの制止で、ようやくわたしは我に返りました。
気が付けばヨウさんのことをまくし立ててしまうくらい、わたしにとって、あの人が帰ってこないという未来が、おぞましいと感じていることに改めて気付かされました。
わたしの言葉を聞いていたハウさんはとても辛そうで、今にも泣いてしまいそうな表情でした。
リーリエ「ごめんなさい、ハウさん。わたし、ハウさんを傷つけるつもりで言ったわけでは……」
ハウ「ううん、平気だよー……おれも、ヨウがひょっとしたら帰ってこないかもしれないって不安でこんなこと言っちゃったからー」
ハウ「リーリエはーせっかくヨウを連れ戻そうと頑張っているのにー、嫌なこと言ってごめんねー」
リーリエ「気にしてませんよ。わたしとヨウさんのこと、心配で言ってくれたんですよね? ありがとう、ハウさん」
ハウ「うんー……」
そのままわたしは、嫌なものを引きずるようにエーテルパラダイスへの連絡船に乗って、メレメレ島を後にしました。船尾部へ出ると、ハウさんが手を振ってくれました。
77 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 15:46:43.99 ID:cWzemLV+0
わたしもハウさんに手を振り返してあげると、ふと、最初にカントーへ旅立つ時の記憶が、脳裏に蘇ってきました。
……ヨウさんに必要な全てになりたい。
わたしはメレメレの花園で見つけた秘密の洞窟で、ヨウさんが背負っているものと悲しみを知って、夢を抱きました。
一緒にいてあげたり、道具をあげたりするだけではダメ。もっと、本当にヨウさんがわたしのことをあらゆる意味で信頼してくれるようになりたい。
そのためには、もっとヨウさんのことを知らなきゃいけないけど、それはあの人のそばにいて学べばいいことです。
だけど、そばにいるために自分自身、学ばなきゃいけないことがたくさんあります。
その頃のわたしは、本で得た知識ばかりで、実践もなければ経験もろくにしていませんでした。
島巡りの最中、わたしはいかに外へ出て色んなものを体験していないのか、思い知らされました。
なにより、トレーナーではない時点で、あの人と対等な立場ではないのですから。
ハラさんからポケモンさんを貰って島巡りをすれば楽かもしれませんが、きっとヨウさん含め周りが手を貸してしまうのがわかります。それでは、わたし自身、ヨウさんたちに甘えて成長出来ません。
自分の夢と現実との板挟みにあって、どうしたいいのか悩みました。
そんな時でした。
わたしはエーテルパラダイスで、毒の治療やポケモンに関する事件が記述されている本を探していると、一冊の本の内容が目に付きました。
78 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 15:48:05.86 ID:cWzemLV+0
リーリエ『事故でポケモンとの融合……?』
何年も前、カントー地方で、マサキという方がポケモンの転送装置の事故で、誤ってポケモンさんと融合してしまったという事件の記述が掲載されていました。
かあさまはウツロイドさんと融合したことで毒を注入されて、意識を失いました。
ひょっとしたら、この技術を応用すれば、かあさまの体内にある毒を分離できるかもしれない。
同時に、カントー地方に行けば、自分の知らない場所、知らない人達、知らないポケモンさんと出会って大きく成長できる――ヨウさんと、対等になれる。そう感じました。
気が付いたときには、ビッケさんたちにこの事を話して、カントーへ行く準備を終えていました。
時間の都合もあって、わたしがカントーに行くことを直接話したのは、バーネット博士とククイ博士でした。それがハウさんに伝わって、最後にヨウさんに伝わったのです。
旅立つ直前、ククイ博士とハウさん、そしてヨウさんが、わたしの旅立ちを見送ってくれました。
ククイ博士『リーリエ、カントーは遠いからね。時差ボケには気をつけて』
ククイ博士『バーネットのヤツ……さみしいから見送らないってムリしてるけど、許してよ』
ククイ博士『研究所のロフトはずっとリーリエに貸すんだってさ。だから、研究所のロフト……また使っていいんだぜ』
ハウ『聞いてないよー!』
リーリエ『ハウさん、かあさまを治すために……そしてなにより、わたしのためにカントー行きを決めたのです』
リーリエ『アローラを離れるのはもちろんさみしいのですが……わたし……カントー行きに、胸をふくらませているんです……』
リーリエ『素敵なポケモンさんと出会い、トレーナーになり……島巡りのように、あちこちを旅するのです!』
さみしい、と口にした時、わたしはふと、悲しげな笑みを浮かべているヨウさんと目が合いました。
リーリエ『あの……ヨウさん』
お願い、一緒に来て。
そう言いたかった。この人が来てくれたら、カントーでの生活も、きっと楽しいものになる。ヨウさんと一緒にカントーを旅できたら、どれだけ幸せだろう。
だけど、それじゃあダメです。ヨウさんに甘えて、わたしの夢が遠のいてしまいます。それにヨウさんは、チャンピオンとしての勤めがあります。
チャンピオンになったばかりの彼に、こんなことを言うのは余りにも自分勝手です。
79 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 15:57:07.17 ID:cWzemLV+0
ヨウ『リーリエ、君はアローラを旅して、自分自身の夢を持つことが出来たみたいだな』
リーリエ『はい! わたし、かあさまを治すだけでなく、自分の夢を叶えるためにカントーへ行くのです』
ヨウ『そうか……寂しくなるけど、同時に君が夢を持てたことが嬉しく思うよ』
ヨウ『僕はリーリエの夢がどんなものなのか知らない。だけど、君が抱いた夢は君だけのものだ。誰にも奪えない。だから大事にするんだ』
リーリエ『もちろんです! この夢は、ゼッタイに叶えてみせます』
あなたさえいてくれればそれで叶うのだから。
リーリエ『ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です』
わたしはリュックから、子供の頃から大事にしていたピッピ人形を、ヨウさんに差し出しました。
だけどヨウさんは笑みを浮かべたまま、首を横に振りました。
ヨウ『君の宝物を、受け取るわけにいかないよ』
リーリエ『えっ?』
するとヨウさんは、自分の帽子を外すと、そのままわたしの頭に被せました。
ヨウ『その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで買ってきてくれた宝物なんだ』
ヨウ『君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?』
お互いを忘れないために。アローラで作り上げた思い出を忘れないために。
リーリエ『……はい!』
こうして、わたしはヨウさんの帽子を、ヨウさんはわたしのピッピ人形を交換しました。
80 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 15:58:25.54 ID:cWzemLV+0
リーリエ『ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために』
ヨウ『もちろんだ』
そして、わたしはヨウさんに近づいて、ハウさんたちに聞こえないくらい小さな声で言いました。
リーリエ『ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……』
心に秘めた想いをいざ口に出そうとすると、すごく勇気がいります。
それでも、頑張って、喉の奥から一気に押し出しました。
リーリエ『その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです』
わたしの言葉を聞いたヨウさんは少し目を瞠らせて、それから穏やかな笑みを浮かべました。
ヨウ『……ああ、いいよ』
リーリエ『本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?』
ヨウ『もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ』
本当は抱きしめて、あの時のようにキスしたかった。だけど、それをすれば余計別れが辛くなるから、我慢しました。
リーリエ『こういう時、さよならと言うのですね』
ヨウ『違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ』
気取ったように笑いながらわたしの頭を撫でるヨウさんを見て、無性に寂しさがこみ上げてきちゃいました。
リーリエ『じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士』
ククイ博士『おう! いつでも帰っておいで!』
ハウ『言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!』
ヨウ『リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ』
リーリエ『はい! みなさん……アローラ!』
そしてわたしは、カントーへ旅立って行きました。
81 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 15:59:06.99 ID:cWzemLV+0
夢のことは、あえてヨウさんに明かしませんでした。恥ずかしいというのもあるのですけれど……口に出すより、きちんと行動に移すことが大事だと、ヨウさんを見てて学んだからです。
カントーにいる間、わたしは言葉通り、多くのポケモンさんやトレーナーさんと出会いました。
アローラでは経験したことも見たこともないことを体験して……時には一歩踏み出して、ジムにも挑戦しました。
ですが、同時に大きな挫折や、ヨウさんやアローラの思い出が蘇って、心が引き裂かれるような夜を過ごしたこともありました。
それでも、ひとえにわたしを支えてくれたのがヨウさんとの約束でした。
――その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです
――もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ
ヨウさんと交わした約束。わたしにとってそれは、あの人の繋がりだけでなく、カントーで旅をする大きな原動力となりました。
この約束と、ヨウさんと繋がっている証であるあの人の帽子、ヨウさんの必要な全てになりたいという夢だけが、わたしを奮い立たせてきたのです。
なのに、どうしてヨウさんは――。
82 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 17:09:53.23 ID:cWzemLV+0
翌日。
わたしたちはメレメレから出ている大きな船に乗って、ククイ博士とハウ、そして今度はバーネット博士も加わって見送られながら、再びアローラを旅立ちました。
前は自分が強くなるため、そして今度は、強くなった自分をヨウさんへ見せるための旅です!
大型船の個室で、ゆっくり身体を休めたり、にいさまと一緒に船の中にいるトレーナーと勝負して、ポケモンさんのコンディションを整えました。
カントーに着いたのは、アローラから離れて3日が経ってからでした。
あの時と同じように、クチバシティの港に船が到着して、わたしは再びカントーに足を踏み入れました。
グラジオ「ここがカントー……レッドとグリーン出身の地か……」
???「おおーい、リーリエ君!」
穏やかな男性の方の声が聞こえて、顔を向けると初老の男の人が親しげに近づいてきました。
リーリエ「オーキド博士……しばらくぶりです」ペコリ
この方こそ、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士。カントーにいた頃、何度もお世話になりました。
オーキド博士「しばらくぶりじゃのう。こんなに早くカントーに戻ってくるとは……」
オーキド博士「おや、キミは? どうやらポケモントレーナーのようじゃが……」
グラジオ「グラジオだ。お初にお目にかかる」
リーリエ「わたしのにいさまです」
オーキド博士「おお、キミが孫の言っていた、タイプを自在に変化させるポケモンのトレーナーか! 是非そのポケモンについて色々教えてくれるとありがたいのじゃが――」
リーリエ「あの、オーキド博士。わたしたち、シロガネ山に行ったヨウというトレーナーを探していて……」
オーキド博士「む……そうじゃったな。わしとしたことが、うっかりしてしまったわい。さ、車に乗りなさい」
83 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 17:10:42.26 ID:cWzemLV+0
オーキド博士に促されて、わたしとにいさまは車に乗りました。運転は、オーキド博士がするようです。
オーキド博士「リーリエ君、お母さんの調子はどうかな?」
リーリエ「あっ、はい、すっかり元気になりました! 今はエーテル財団の代表に戻って、順調にお仕事をなさっています」
オーキド博士「そうか……それはよかった。わしもマサキ君も、頑張った甲斐があったものじゃ」
オーキド博士「いつかわしもアローラ地方へ行きたいと思っておるところじゃ。是非、ウルトラビーストについて研究してみたいと考えてのお、あっちにはいとこのナリヤもいるから、久しぶりにお互いの研究成果について話し合いたいと……」
グラジオ「博士……ひとつ聞きたい」
グラジオ「ヨウは今、シロガネ山にいるんだな?」
オーキド博士「……うむ。今のところ、彼が山から降りて来たという報告は無いから、恐らくはのう」
リーリエ「博士は、ヨウさんがカントーに来たことをご存知だったのですか?」
オーキド博士「もちろん。君たちと同じように、孫を通してわしに会いに来たのじゃ。じゃが、まさか君たちの知り合いとは思わなんだ」
グラジオ「昔はともかく、今ならアローラ出身のトレーナーがカントーへ行くこと自体は珍しいことじゃないしな」
オーキド博士「彼は確かに、トレーナーとしての実力も精神も申し分は無かった。シロガネ山は、ちょうど良い修行場になるじゃろう」
オーキド博士「……野暮な質問をするが、キミたちはヨウ君に会って、何をするつもりじゃ?」
リーリエ「わたしは……ヨウさんと約束しているのです」
リーリエ「本当はアローラで再会してから、その約束を果たすつもりだったのですけれども、彼は……自分の夢のため、こっちへ来てシロガネ山で修行してしまって……」
リーリエ「だから、あの人と会って、今度こそ約束を果たすのです。アローラから旅立つ直前、彼と交わした大事な大事な約束ですから」
オーキド博士はしばらく黙って前を見ていると、「ふむ」と小さく呟いてから、言葉を続けました。
オーキド博士「ヨウ君との約束を果たすため、わざわざ危険なシロガネ山を登る覚悟をしてここまで来た……」
オーキド博士「なるほどのう。ひょっとしたらリーリエ君は、ヨウ君の待ち人なのかもしれんな」
84 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 17:11:23.68 ID:cWzemLV+0
リーリエ「待ち人……?」
オーキド博士「シロガネ山には、奇妙なジンクスがあるのじゃ」
オーキド博士「ポケモンと供にシロガネ山での修行で心も身体も鍛え、山の頂に立つと待ち人が現れるそうじゃ」
オーキド博士「レッド君も修行の果てに山の頂に立つと、なんとジョウトからやってきたトレーナーと出会い、ポケモン勝負をして敗れた後、何かを悟って世界を旅するようになったのじゃ」
オーキド博士「だから、そのトレーナーとレッド君のように、キミたちがヨウ君の「何か」を変える人間なのかもしれんのう」
リーリエ「わたしが……ヨウさんを変える……」
アローラでは、ヨウさんがわたしを変えてくださいました。
今度はわたしが、シロガネ山でヨウさんと出会って、あの人の心を変えるのです。夢にとりつかれている、ヨウさんを、わたしが――。
85 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 17:12:26.30 ID:cWzemLV+0
その後は、オーキド博士と他愛ない話をしているうちに、わたしは眠くなってしまって、そのまま車に揺られながら、眠りについてしまいました。
グラジオ「おい、起きろ。着いたぞ」
リーリエ「!」
にいさまに肘で突っつかれて目を覚ますと、車は停まっていました。窓の外を見ると、最初に目に付いたのはお城のような立派な建物でした。
リーリエ「ここって……」
グラジオ「セキエイ高原だな」
目の前にある建物は、ポケモンリーグ総本部。現在はアローラにいるレッドさんの代わりに、ドラゴンつかいのワタルさんが、チャンピオンを勤めているそうです。
まだバッジを全部揃えていないわたしは、ここに入る資格は無いのですが……。
オーキド博士「そして、その奥にあるあの山が……」
オーキド博士が指で示したのは、ポケモンリーグの奥。
そこには、上層部が雪で覆われた、荘厳な山がそびえ立っていました。アローラ地方のウラウラ島にある霊峰ラナキラマウンテンとはまた違った、威圧感と神秘さが混じりあった雰囲気を漂わせています。
リーリエ「シロガネ山……」
あそこのてっぺんに、ヨウさんがいる。
徒歩でシロガネ山の麓に入ったわたしたちは、山へ登る人たちのために建設されたポケモンセンターでオーキド博士と別れると、すぐに出発しました。
86 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:04:55.30 ID:cWzemLV+0
モンジャラ「ジャラジャラッ!!」
ニューラ「シャーッ!」
グラジオ「ポリゴンZ! トライアタックだ!」
リーリエ「ピクシーさん! スピードスターで援護してください!」
ポリゴンZ「s@a/★\4&!!」
ピクシー「ピーッ!」
ドカァァン!!
ポリゴンZさんとピクシーさんが力を合わせて、襲いかかってきたニューラさんとモンジャラさんに攻撃をします。
リーリエ「……っ!」
グラジオ「気を抜くな! まだヤツらは倒れちゃいない!」
にいさまの言葉通り、トライアタックとスピードスターで起きた煙から、ニューラさんたちが飛び出して来ました。
ニューラ「ニュラーッ!」ブンッ
ピクシー「ギエピーッ!?」ザクッ!
リーリエ「ピクシーさんっ!」
ニューラさんのメタルクローが、ピクシーさんに命中してしまいました!
フェアリータイプのピクシーさんには、はがねタイプの技はこうかばつぐんです。
ですが――。
リーリエ「ピクシーさん、だいもんじですっ!」
ピクシー「ピーッ!」ゴウッ!
ボウッ!
ニューラ「シャーッ!?」ドサッ
ピクシーさんが放っただいもんじが命中して、ニューラさんが倒れました。
コスモパワーであらかじめ防御を上げておいたおかげで、大したダメージにならなかったのが幸いでした。
一方のにいさまも、ポリゴンZさんのシグナルビームでモンジャラを倒すことが出来たようです。
リーリエ「……確かに、並みのトレーナーが来ていい場所ではないみたい、です」
グラジオ「リーリエ、気を抜いている場合では無さそうだ」
87 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:06:01.28 ID:cWzemLV+0
にいさまに促されて、わたしが前方を向くと、リングマさんとドンファンさんが飛び出してきました。
リングマ「ガァーーッ!」
ドンファン「パオーーム!」
……いえ、周りを見渡せば、様々なポケモンさんが、わたしたちに敵意を込めた視線を向けています。
グラジオ「まともにコイツらの相手をしていたらキリがない。このまま突っ切って洞窟に入るぞ。行けるな?」
リーリエ「……はい!」
わたしたちはなんとか麓に住まうポケモンさんたちの群れから逃げ切って、滑り込むようにシロガネ山洞窟へ入ることができました。
シロガネ山洞窟は予想以上に起伏が激しく、時にはにいさまのルカリオさんが使うロッククライムを使って、上のフロアへと登らなければなりません。
外へ出ると、一面が雪景色に覆われていて、刺すような寒さが全身を凍えさせてきました。そんな中でも、ポケモンさんたちは、容赦なくわたしたちに襲いかかってきて、休む暇もなかったです。
ですが、着実に前へ前へと進んでいる。ヨウさんに近づいてきている……。そう思うと、自然と足が動いてしまうのです。
再び洞窟内に入ってしばらく進み、にいさまは周りにポケモンさんがいないことを確認すると、一息つきました。
グラジオ「……少し、休むか」
リーリエ「いいえ、まだわたし、歩けます!」
グラジオ「休めるときに休んでおけ。オマエ、結構無理してるだろ。ヨウと会う前に倒れたら元も子もないぞ」
リーリエ「……」
でも、と返そうとしましたが、ピクシーさんや他のポケモンさんたちが疲れているのも事実です。にいさまの言う通り、休める時に休まなくっちゃ、ヨウさんに会うこともできないかもしれません。
88 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:14:35.03 ID:cWzemLV+0
ポケモンさんたちに見つからないよう、わたしたちは岩陰に座り込むと、一息ついて休憩しました。
グラジオ「この調子だと、あいつはおそらく……頂上の近くにいるだろうな」
リーリエ「ですね。ヨウさんならきっと、てっぺんで修行していますよ」
グラジオ「昔から変わらず、憎いヤツだ……。こんなところまでわざわざ妹を来させるとはな」
リーリエ「にいさま……あまりヨウさんのこと、悪く言わないであげてください。あの人はただ、夢を叶えたいだけですから。それに、わたしは大変だなんて思ってませんよ?」
グラジオ「……リーリエ」
グラジオ「オレはな、あいつやハウと仲良しごっこをしているわけじゃない。特に財団に用事がなければ、いつも会えば勝負ばかりだ」
グラジオ「知ってるか、リーリエ」
リーリエ「何をですか?」
グラジオ「ある程度腕の立つトレーナー同士がポケモン勝負をすれば、相手のことがポケモンを通して分かっちまうんだ」
グラジオ「オレもハウもヨウも、そうやって勝負しながら、心と心で会話をしているんだ」
グラジオ「だがアイツは、決して自分の本音を見せようとしない。オレたちに多くを見せようとしない」
グラジオ「アイツにとって、オレやハウはどんな存在なんだ? 自分が強くなるための都合のいい相手なのか? それともライバルなのか? それすらハッキリさせようとしない……アイツの考えがオレには分からん……」
リーリエ「……ヨウさんは」
きっとあなたたちと、と続けようとすると、にいさまはわたしを手で制しました。
グラジオ「言わなくていい。それは直接、アイツから聞いてみるさ……。オマエは、ヨウから本音を聞き出せたんだろ?」
リーリエ「……はい」
グラジオ「正直、オマエが羨ましい。少なくともオマエは、ヨウにとって特別な存在なんだろうな。オマエの何がアイツに本音を引き出せたのか……興味があるな」
リーリエ「わたしは何も……でも、ホント、どうしてわたしなんでしょうね。あの人は、不思議な方です」
ヨウさんはどうしてメレメレ島の秘密の洞窟で、わたしにだけ弱みを語ってくれたのでしょうか。それもヨウさんに会えば分かるのでしょうか? それもきっと、にいさまの言っていたようにポケモン勝負で。
そんなことを考えていた時でした――。
ズズンッ!
リーリエ「!」
グラジオ「なんだ!」ガバッ
わたしたちはすぐに身構えて、あちこちを見渡すと、わたしたちが入ってきた道の奥から、巨大な影が近付いてきました。
バンギラス「ギャアアアス!!」
リーリエ「バッ、バンギラスさん?!」
グラジオ「こんな奴までいるとはな……!」ギリッ
89 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:16:19.30 ID:cWzemLV+0
バンギラスさんはいわタイプの中でもトップクラスの凶暴さとパワーを持つポケモンさんで、辺りの地形を変えることは朝飯前で、片腕で山を崩すことさえ出来ると言われています。
グラジオ「リーリエ、オレから離れてろ! ここじゃ二匹並べて戦うには狭すぎる!」
リーリエ「はっ、はいっ!」
にいさまに言われたとおり、わたしはにいさまから戦闘の被害が及ばないところまで下がると、すぐににいさまはボールを構えました。
グラジオ「行けっ! ルカリオ!!」ヒョイッ
ルカリオ「グルゥゥアッ!!」ポンッ
バンギラス「ガオォォッ!!」ブンッ!
ルカリオさんがボールから飛び出すやいなや、出会い頭に尖った岩を次々とルカリオさんに向けて投げつけてきました。
グラジオ「はどうだんで撃ち落とせ!」
ルカリオ「ガウッ!」
すかさずルカリオさんは素早くバンギラスさんのストーンエッジをはどうだんで打ち落とすと、バンギラスさんの懐へと飛び込んでいきました。
グラジオ「インファイトだ!」
ルカリオ「オォォォッ!」ドドドド!!
ルカリオさんのゼンリョクを込めた拳のラッシュが、バンギラスさんを圧していきます。しかし……。
バンギラス「ガアアアッ!」カッ!
グラジオ「――!」
一瞬の閃光と供に、極太のはかいこうせんが、わたしたちに襲い掛かりました。
幸い、わたしもにいさま達も当たらずに済んだのですが、はかいこうせんは天井に命中してしまいました。
ガラガラガラッ!!
リーリエ「きゃあああっ!」
グラジオ「リーリエッ! クッ……!」
なんと、天井が崩れ落ちて、にいさまとわたしは大きな岩の塊を隔てて、離ればなれになってしまったのです。
90 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:17:51.19 ID:cWzemLV+0
グラジオ「リーリエ! 無事か!?」
リーリエ「は、はい! なんとか……」
グラジオ「わかった! 絶対そこから動くな! コイツを倒したあと、すぐにオマエを助けに――うおおっ!」
ズズンッ!
ガラガラガラッ!
リーリエ「にいさま? にいさまっ!」
大きな揺れがしたかと思うと、にいさまの声が聞こえなくなってしまいました。まさか、にいさまの身に何かが起きたのでしょうか?
呼びかけても、返事がありません。
リーリエ「ど、どうしよう……」オロオロ
完全にわたしは、薄暗い洞窟の中に閉じ込められてしまいました。
頭の中が真っ白になって、しばらくそのまま、動けなくなってしまいました。しかも、さっきのバンギラスさんのような、凶暴なポケモンがあちらこちらにいるのは間違いないです。
助けを呼ぼうと、わたしはポケモン図鑑を取り出して連絡機能を使ってみたのですが、磁場の影響からか電波は繋がりませんでした。
遭難。
ソーナノさんでもソーナンスさんでもありません。完全にわたしは、遭難してしまいました。
リーリエ(どうしようどうしようどうしよう……!)ブルブル
91 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:18:48.71 ID:cWzemLV+0
わたしは完全にパニックになって、全身を震わせて身を屈める以外、なにも出来ませんでした。
情けないです。カントーで強くなったはずなのに、いざこうなると、昔のように何もできなくなってしまうなんて……。
ゴルバット「ゴルール!」バサバサッ!!
リーリエ「ひゃあ!」ダッ!
突然暗闇の中からゴルバットさんたちが飛び出してきて、思わずわたしはその場から駆け出しました。
怖い! 怖い! 怖い! たっ、助けて! ヨウさん!
石につまづいては転んで、坂道を登ったり下ったり、ゴルバットさんの群れから逃げるためにハチャメチャに道を走っていると、目の前に光が見えました。
リーリエ「出口……?」
わたしは洞窟の外へと飛び出すと、目の前に大きな一本道が伸びていました。
リーリエ「ここは……?」
キョロキョロと見渡すと、雪に混じって下の景色が見えました。上を見上げても、山肌らしきものも見当たりません。
ということは、ここが頂上――なのでしょうか?
ポンッ!
ソルガレオ「ラリオーナッ!!」
リーリエ「ほしぐも……ちゃん?」
何かを感じ取ったのか、ほしぐもちゃんがボールから飛び出すと、一本道の先に向かって咆哮を上げました。
ソルガレオ「ラリオ!」ダッ!
リーリエ「あっ、ほしぐもちゃん待ってっ!」
92 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:19:53.24 ID:cWzemLV+0
いきなり一本道を走り出したほしぐもちゃんを、わたしは追いかけていきました。何故ほしぐもちゃんは急にボールから飛び出したのでしょうか?
……まさか?
やがて、一本道が終わると、ぴたりとそこでほしぐもちゃんも動きを止めました。
わたしとほしぐもちゃんの目の前には、ポケモン勝負のバトルフィールドを思わせる大きな広場がありました。
そして、その広場の真ん中に、ひとりの人間が立っていました。顔は空が曇って暗くなっているだけでなく、背中を向けているのでどんな人なのか様子を伺えません。
ソルガレオ「ラリオーナ!!」
その人影に向かって、もう一度ほしぐもちゃんは吠え出しました。
「…………」
まるでほしぐもちゃんに呼ばれたかのように、人影は背中を動かして、静かにこちらへ振り返ろうとしました。
わたしは直感で、人影の正体が分かりました。
「リーリエ……ソルガレオ?」
すると、雲から日光が差込み、シロガネ山の頂上を照らし出しました。
同時に、人影の正体も光が暴いてくれました。
93 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:21:16.71 ID:cWzemLV+0
長い後ろ髪。
白と青のボーダーシャツ。
黒のハーフパンツ。
青い靴。
夢への想いを秘めた黒い瞳。
間違いない。アローラで別れた頃とほとんど変わっていない。
リーリエ「ヨウさんっ!!」
ソルガレオ「ラリオーナッ!」
わたしは溢れ出る感情に任せて、なりふり構わずヨウさんに走り寄ると、そのまま抱きつきました。
ヨウさんは見ない間に背が伸びていたようで、わたしの顔が胸元に埋められることが出来ちゃいました。
リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」
ヨウ「…………」
ああ……変わってません。この匂い、この温もり……。
自然と涙が出て、ヨウさんのシャツを濡らしてしまいました。
だけどヨウさんは怒ることもなく、ただ無言でわたしを受け止めていました。
リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」
ヨウ「……そうか」
94 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 18:24:29.89 ID:cWzemLV+0
リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」
ヨウ「……だろうな」
リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」
ヨウ「……」
ヨウさんは抱きしめた腕を離すと、そのままわたしを横切って歩き出してしまいました。
リーリエ「ヨウさん……?」
ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」
言われてみればここはシロガネ山の山頂――雪も降っているし、寒くないわけありません。
そこでわたしは、にいさまの事を思い出しました。
リーリエ「あ、あのっ、実はにいさまがバンギラスさんに襲われて……洞窟が崩れて……」
ヨウ「グラジオが? あいつも来ているのか?」
リーリエ「はい……ヨウさんに会う手伝いをして下さったのです」
ヨウ「バンギラスがどうとか言ってたけど、アイツは今どこにいるんだ?」
リーリエ「それが……その、わたしもゴルバットさんの群れに襲われて……そのまま逃げ回ったらここに……」
ヨウ「……そうか。なら下手に山の中を動き回るわけにはいかないな」
再びヨウさんは歩き出しました。わたしは黙って、その背中を追って行きました。
ふと、ヨウさんの横顔を覗いた時、どこか憂いを帯びているように見えたのは、気のせいでしょうか……?
95 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 19:18:02.54 ID:cWzemLV+0
ヨウさんに導かれてたどり着いたのは、山頂近くに建てられていた古い山小屋でした。夜になって、ちらほらとムウマさんの群れが見え隠れしましたが、ほしぐもちゃんが唸り声を効かせると、そそくさと退散しました。
リーリエ「この小屋は?」
ヨウ「ここで修行している人たちが使っている小屋だよ」
小屋の中に入ると、中は外と比べてちょっぴり暖かかったです。中はまさに昔のカントーやジョウト式のお家という感じで、長年吹雪にさらされて壁の一部が壊れてしまっているのか、ところどころ板で補修した後が見受けられます。
それでも博士のクラシックヨットのように古き良き味わいがあって、わたしはこういう雰囲気は好きです。
ロトム図鑑「ケテ〜! リーリエ、お久しぶりロト〜!」
リーリエ「ロトム図鑑さん、お久しぶりです!」
わたしとヨウさんを出迎えてくれたのは、ロトム図鑑さんでした。島巡りを始めた時、ククイ博士がヨウさんに渡した、ポケモンのロトムさんが入った貴重なポケモン図鑑です。
ヨウ「ロトム、至急オーキド博士に連絡してくれ。緊急事態だ」
ロトム図鑑「何事ロ?」
ヨウ「リーリエと一緒に来ていたグラジオがバンギラスに襲われたみたいなんだ。早く博士にこの事を伝えたい」
ロトム図鑑「了解ロト。今ならきっと麓のポケモンセンターに繋げられるロト!」
リーリエ「お願いします、ロトム図鑑さん!」
「通信モード、起動ロト!」という掛け声と供に、ピコピコと音を鳴らして画面に映像が映っていきます。どうかオーキド博士に繋がりますように、とわたしは心の中で祈りました。
ザザザッ!
オーキド博士『……ウ君? ……ヨウ……君か?』
ロトム図鑑さんが映す乱れた映像に、ジリジリとオーキド博士の姿と、ノイズの入り混じった声が聞こえてきました。かろうじて電波が届いているという状態でしょうか。
ヨウ「お久しぶりです、博士」
オーキド博士『ああ、ヨウくん! やはりシロガネ山で修行していたようじゃな! 連絡が途絶えたものだから、心配しておったのじゃ……』
ヨウ「博士、それより緊急の話があるんですが」
オーキド博士『ん……? どうしたのかね?』
ヨウ「リーリエとグラジオの事については知ってます。そのことに関してです」
急いでいるので手短に話します、とヨウさんは冷静にわたしから聞いた話を博士に伝えました。わたしも会話に入って、その時の状況を事細かく説明したのですが……まだ落ち着かなくて、しどろもどろになってしまいました。
96 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 19:19:01.23 ID:cWzemLV+0
オーキド博士『わかった。すぐに捜索隊を手配しよう。リーリエくんはわしが連絡するまでヨウくんと待機していたまえ』
リーリエ「ありがとうございます、オーキド博士。助かりました!」
オーキド博士『いや、少なくとも君が無事でなによりじゃ』
リーリエ「ヨウさんも見つけられて……後はにいさまが無事だと良いのですが……」
オーキド博士『なあに、孫が太鼓判を押すほどのトレーナーじゃ。きっと無事じゃろう。それではヨウくん、リーリエくんのこと、頼んだぞ』
ヨウ「ああ」
そこで、博士との通信が切れました。
リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」
ヨウ「いや、礼には及ばないよ」
ロトム図鑑「そうロトよ〜。ヨウとリーリエの仲だロ?」
リーリエ「ふふっ、そうですね!」
リーリエ「ヨウさん……」
この半年間、ずっと逢いたくてたまらなかったヨウさんが目の前にいる……夢みたいです。
わたしはヨウさんに近付くと、そっと彼の両手を包み込むように握りました。
リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」
ヨウ「……ああ」
椅子に座ると、わたしは静かにヨウさんにアローラから離れたあとの話をしてあげました。
カントーに着いて、オーキド博士やマサキさんと会ったこと。
かあさまの治療をマサキさんと進める傍らで、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、旅に出かけたこと。
初めてトレーナーさんとポケモン勝負をしたこと。
新しいポケモンさんをゲットしたこと。
カントーのポケモンジムに挑戦して、バッジを手に入れたこと。
ヨウさんやアローラが恋しくて、一人で泣いた夜を過ごしたこと。
そして最後に、アローラへ帰ってきて、ヨウさんの行方を知るためにアローラを奔走したことを話して締めくくりました。
97 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 19:52:44.78 ID:cWzemLV+0
リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」
ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」
リーリエ「そう、ですね……。えへ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」
ヨウ「……」
リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」
ヨウ「ああ」
リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです」
リーリエ「わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」
ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」
リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」
リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」
わたしはリュックから、ヨウさんの帽子を取り出しました。
リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」
それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、わたしが、ヨウさんのそばにずっと一緒にいて、遠い地方を旅するという約束。
ヨウさんとわたしを結ぶ、とっても強い繋がり。
98 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 19:53:26.66 ID:cWzemLV+0
ヨウ「……」
リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」
リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」
ヨウ「ああ」
リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」
まるで結婚指輪を交換するみたい、っていうのは色ボケでしょうか?
……なんて考えながら帽子をヨウさんに渡そうとした時でした。
ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」
リーリエ「え?」
ヨウさんはわたしが勇気を出して一歩踏み出す時にするように、大きく深呼吸して、続けました。
ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」
その言葉を聞いた瞬間、舞い上がっていたわたしの感情が一気に凍りつきました。
99 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:17:37.87 ID:cWzemLV+0
たっぷり三十秒ほどの間、わたしたちは呼吸をすることも忘れたかのように黙って、向き合っていました。
リーリエ「どう……して?」
ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」
リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」
舌がしびれたかのように、うまく回りません。自分でも、あまりに唐突で、どう反応していいのか、分からなくなっているのです。
ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」
ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」
ここはわたしのような人が来てはいけない場所――そんなこと、重々承知しています。でも……。
リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」
必死に押しつぶされそうな気持ちを堪えて、気丈にヨウさんへ笑いかけながらわたしは言葉を続けました。
ヨウ「……」
リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」
リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」
リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」
ヨウ「ダメだ」
100 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:18:25.13 ID:cWzemLV+0
ヨウ「アローラへ、帰るんだ」
リーリエ「……どうして?」
リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」
ヨウ「意地悪じゃない」
リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」
ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」
リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」
ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」
101 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:19:11.27 ID:cWzemLV+0
ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」
ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」
ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」
ヨウ「だから、リーリエに僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、君にもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」
ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」
ヨウ「でも、僕はポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」
ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」
ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないと思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」
ヨウさんが話を終えると、再び沈黙が小屋を支配しました。
ヨウさんがわたしを自分の夢を巻き込ませたくないという気持ちは伝わってきました。あの人が、どれだけポケモンマスターになることに命をかけているのかだって、痛いほど知っています。
だからこそ、わたしは強いショックと悲しみを覚えました。
そして、ヨウさんたちのポケモンさんに、強い嫉妬を抱きました。
102 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:20:29.79 ID:cWzemLV+0
リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」
リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」
――あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない
――僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない
リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」
ヨウさんとたくさん思い出を作りたいのに。
いろんなこと、出来るようになったのに。
あんなに愛してくれたわたしより、ポケモンさんを信じるなんて。
成長したわたしのこと、信じてくれないなんて。
リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」
ガシャンッ!!
わたしはヨウさんを握っていた手を離すと、感情に任せて彼を突き飛ばしてしまいました。
103 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:22:07.33 ID:cWzemLV+0
ソルガレオ「!?」
ロトム図鑑「な、何事ロト!?」
物音で休んでいたロトム図鑑さんとほしぐもちゃんがびっくりして、こちらを見てきました。
わたしはヨウさんに馬乗りになる形で床に転がって、ヨウさんが抵抗しないように、彼の両手首を強く握りました。
リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」
リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」
リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」
ハァッ! ハァッ!
わたしに抑えられても、ヨウさんは拒むどころか表情一つ変えませんでした。気が付けば、わたしは嗚咽を漏らして全身をわなわなと震えてさせていました。
アローラの時とはわけが違う……この先ヨウさんと逢える機会が永遠に失われるかもしれない――そう思うと、暗い闇の底へ落ちるような感覚に襲われました。
秘めていた心がむき出しになって、積もりに積もった黒い感情が、わたしを覆っていたのです。
我に返った瞬間、わたしはヨウさんにとんでもないことをしていることに気付いて、すぐに離れました。
リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」
ヨウ「……わかったよ、リーリエ」
ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」
ヨウさんは再び立ち上がって、わたしを指さしました。
104 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:23:31.95 ID:cWzemLV+0
ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」
リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」
勝てば、ヨウさんと一緒にいられる。
負けてしまえば、ヨウさんがいなくなってしまう。
ダメです……ヨウさんが、アローラから、わたしから離れるなんて。絶対許しません!
あなたは……わたしの太陽……わたしがここにいる理由で、わたしの夢。ヨウさんがいない世界なんて、耐えられない。
わたしは呆然としているほしぐもちゃんをボールに戻すと、ヨウさんと一緒に外へ出て、先ほどの広場へと戻りました。
ロトム図鑑「ろ、ロト〜どういうことロ? なんでヨウとリーリエが勝負するロト?」
ヨウ「ロトム、黙って見守っているんだ」
ヨウさんは、6つのボールの中から3つを選ぶと、それをベルトから取り出しました。
ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」
リーリエ「……はい!」
執念に燃えているわたしの胸の内に同調するように、雪は激しく吹き荒れています。
わたしも、自分の手持ちの中から3匹のポケモンを選んで、勝負の準備を進めていきました。
――ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?
必ずヨウさんをもう一度この腕の中に取り戻してみせます!
たとえ、ヨウさんが傷つくようなことがあっても……!
たとえ、ヨウさんの夢が潰れてしまっても……!
一緒に旅をするんです!
わたしは、目の前にいる最愛の人に向けて、一つ目のボールを構えました。
〜約束の章 完〜
105 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/08(日) 20:25:06.72 ID:cWzemLV+0
今日はここまで。
次回はヨウ視点の『夢の章』が始まります。
書き溜めのこともあるので、更新は明日かもしくは明後日になります。
お楽しみに!
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/09(月) 03:30:52.60 ID:LEtSwSbNo
かなしい戦いだな…
107 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 01:34:24.85 ID:9U7sIkze0
ヨウ「夢か、約束か」
〜夢の章〜
108 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 01:35:11.77 ID:9U7sIkze0
――諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ
――だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!
109 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 01:35:45.21 ID:9U7sIkze0
「決まったァーっ! ピカチュウのでんこうせっかが、サンダースを打ち破った! 新チャンピオンの誕生ですっ!」
ママ「ヨウ、見て! また新しいチャンピオンが決まったのよ!」
母さんが僕を抱えながら興奮して、テレビを指さした。
僕は母さんとは逆に、打って返って無言のまま、まじまじとテレビ画面を見ていた。
テレビには、赤い帽子を被った、僕よりずっと年上の少年が、傷だらけのピカチュウと一緒に周りからの声援と脚光を浴びながら、ガッツポーズを取って笑顔を浮かべていた。
ヨウ「……」
僕にとって画面越しでもその光景と、中心にいる少年は、太陽と月よりも眩しく見えて、心を大きく揺さぶられた。
そして、僕は決めた。
僕はあの光よりももっと眩しいものに、なってみたいと。
110 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 01:36:47.04 ID:9U7sIkze0
その光になろうと色々探っていくうちに、僕は人とポケモンの心を読めるようになった。
……いや、心が読めるというのはオーバーかな?
僕はポケモンや人間を知ろうと、まずは外に出て、たくさんの人たちや野生のポケモンを観察した。
人々やポケモンが浮かべる表情や仕草――特に目の動きや光を見続けてノートに記録して、何冊ものノートを積み上げていくうちに、次第に、相手の考えていることが読めるようになっていった。
そして、最初に実践したのは、家から歩いて10分のところにある草むらで見つけた、野生のニャースだった。
ヨウ「……」
ニャース「ぬにゃあ?」
ニャースは、好奇心に満ちた目で僕を見つめていた。
人間を見るのは初めてなのか、じっとしている僕の周りをウロウロしながら、逆に観察し始めた。どうやら、そこまで警戒はしていないようだ。
僕が動き出すとちょっとびっくりしたけれども、ポケットから大きめのガラス玉を出してあげると、ニャースは喜んで飛びついた。
もともと人懐っこい性格なのか、僕とニャースは草むらでガラス玉を使いながら一緒に遊んだ。
そして夕暮れどき、ガラス玉をニャースにあげたまま帰ろうとすると、僕に懐いてしまったのか、ニャースもついてきてしまった。
ヨウ「……うちに来る?」
ニャース「ぬにゃあ!」
111 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 01:37:23.19 ID:9U7sIkze0
家に帰ると、母さんから野生に返しなさいと言われるものかと思っていたけれども、意外にもニャースが気に入ったことと、僕とポケモンが一緒にいる環境づくりのためにペットとして飼うことを許された。
これがある意味、僕が最初にゲットしたポケモンかもしれない。
112 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:19:40.67 ID:9U7sIkze0
それから僕は、ポケモントレーナーになることが許される11歳になるまでの間、トレーナーになるために様々なことを勉強した。
その中でも、地元であるカントーのジムリーダーから四天王、チャンピオンであるレッドさんはもちろんのこと、ジョウトや海の向こうにあるイッシュやカロス地方の有名なトレーナーの使用ポケモンや戦術、対策を分析することが、日課になりつつあった。
そんな時、僕が7歳の誕生日の時、母さんから誕生日プレゼントとしてあるゲームをプレゼントされた。
そのゲームは、ポケモンを育成しながら架空の世界を旅するRPGで、ワイヤレスアダプタを使用することで対戦することも可能なだけでなく、ゲーム内のポケモンも、実物の強さに近い再現率を誇っていることからバトルシミュレーションツールとしても使うことが出来るのだという。
言うまでもなく、僕はハマりにハマった。電子上の世界とは言え、ポケモンを育成することが出来るのだから。
無論、僕の住んでいる街でもこのゲームは流行ってて、街をぶらつけば、見知らぬ子供たちがゲーム機を向き合って対戦している光景を何度も見かけた。
113 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:20:37.82 ID:9U7sIkze0
そして僕が公園で、せっせとカイリューを育成していると、目の前に一人の男の子が現れた。
「ねぇ、対戦しようよ」
気が付けば、僕は同世代の子供たちから好奇と嫉妬の入り混じった目で見つめられていた。「どうやったらそんなふうに強くなれるの?」「珍しいポケモンあげるから交換してよ」なんて声も聞こえた。
ある日、一人の少年から挑戦を受けられた。
そいつは近所の子供たちに名の知れた悪ガキたちの一人で、ゲームでお互いの宝物を賭けさせては勝って奪っていくらしい。
どうやら彼は、公園のヒーローである僕が気に食わなかったらしい。要は出る杭は打たれると言う奴だ。
周りの友達たちは僕を止めようとしたが、僕は相手の挑発に乗った。相手が悪ガキだろうと誰だろうとどうでもよかった。売られた勝負は、必ず買うのがポリシーだからだ。
といっても僕が宝物と呼べるものなんて持って無いので、自分の持っているゲームを、相手はメタグロスのフィギュアを賭けてきた。
結果は当然、僕が勝った。相手が晒してきたパーティーの内容と、対戦中目と表情を読んでこちらから対策を打ったからだ。相手の様子が読めない分、ゲーム内の敵の方が厄介と思った程だ。
そいつは言い訳がましく負け惜しみを言ってフィギュアを渡すのを拒んだが、周りの子供たちの威圧感に負けて、泣く泣くフィギュアを僕に渡した。
なんで勝ったのに、こんな辛いものを見せられなきゃいけないのか。楽しくもなかった。大事なものなら、賭けなきゃいいのに。
次第に僕の噂は広がって、同じように挑戦してくる奴らがいたが、全員返り討ちにして、数々の戦利品を手にした。
中には、おもちゃを渡すことを泣いて嫌がっている子もいた。
何度か、僕はおもちゃを返そうとそいつらの家に行った。だけど、彼らから返さなくていい、と言われたり、返してもとても悔しそうな表情を浮かべていた。
114 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:21:14.96 ID:9U7sIkze0
その行為が、彼らに残されたなけなしのプライドを踏みにじる行為になることを、僕は子供ながらなんとなく察した。
もう一度おもちゃを取り返したいのなら、僕に勝つしかない。だけど、僕にこれ以上奪われることを恐れて、戦おうとしない。僕は実質、彼らの大切なものを奪ってしまったんだ。
僕が奪ったこの戦利品は、そいつらにとってかけがえのないものだ。
だから返せない代わりに、ずっと大事にしよう。僕が負かした奴らのぶんまで、僕は戦うんだ。
だが、そんな決意も、すぐに粉々に砕かれることになった。
僕の噂を聞きつけた隣町の子が、僕に賭け勝負を申し込んできた。とても凄腕のトレーナーで、みんなが僕とその子の対決に注目していた。
その子が僕に賭けるものとして要求してきたのは、なんとお互いの持っているポケモンと彼は言った。
僕が持っている――というより、飼っているポケモンはニャースだけ。普通なら、僕は賭けるつもりなんてないし、断るつもりだった。
しかし、連戦を重ねていた自信と、自分のプライドが悪い方向に働いてしまったこともあって、僕は了承してしまった。
だが僕は……負けてしまった。
115 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:23:31.16 ID:9U7sIkze0
敗因は単純にして明快。策を弄しても覆せないレベル差と、ポケモンの質だ。
相手は僕よりも手持ちのレベルが数段上で、そのままパワーで押し切られてしまったんだ。
そのせいで、僕はニャースを手放すことになってしまった。
そのまま相手を無視すればいいものを。だが、この時の僕はニャースよりも自分のプライドを選んでしまったんだ。
何も知らないまま間の抜けた顔をするニャースを見送った時、僕は自分の驕りを恥じた。
そして同時に、僕が奪ったおもちゃの持ち主である彼らが、僕に勝負で負けた時の悔しさと喪失感が、痛いほど伝わってきた。
あのニャースは、僕が初めて捕まえたポケモン。
ペットである以上に、トレーナーではなかったけれども、ポケモンマスターに一歩近づいた証でもあった。
ニャースを取り返さなければ、僕はこの先、人としてポケモンマスターになるものとして、生きる資格が無いとさえ思った。
そしてニャース自身、僕がいなくて辛い思いをしているはずだ。一刻も早く、助けてあげたかった。
僕はすぐに行動した。失ってしまったのなら、奪い返すまでだ。
寝る間も惜しんで育てたかったポケモンを、ステータスがMAXになるまで育て上げて、頭の中で考え抜いた理想のパーティーをいくつも作り上げていくと、あっと言う間にラスボスなんて片手でひねり潰せる程に強くなっていた。
もともとニャースは勝手気ままなところがあって、外に出ていくことも多々あったから、家から少しの間いなくなっても、母さんは気にしていなかったのが幸いか。
僕は自分の足で、隣町に向かうと再びその子に勝負を挑んだ。
なんとか勝負に勝ってニャースを取り返すことができた。
だが、この時の経験は、僕の考えに、人生に大きく影響することになった。
僕の大切なものは絶対に奪わせない。そして、僕が奪ってしまったものは、それを背負って奪ってしまったモノのぶんまで勝ち抜いていかなければならない。
負けることは、許されない。
それは、僕にとって後々まで残る「決意」と「呪い」になった。
116 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:24:23.01 ID:9U7sIkze0
そして、僕が11歳の誕生日を迎えた直後――。
ママ「ねぇヨウ、アローラ地方って、興味ない?」
ヨウ「アローラ地方……?」
母さんから誘われて、僕はとあるジムに足を運んだ。
なんでも、この地球の裏側――アローラ地方からやってきたトレーナーが、ポケモンリーグ創設に関わることでジムに挑戦してきたらしい。その見学をしないかと誘ってきたのだ。
そこで見たものは、今までの僕の常識を覆すようなものだった。
おおよそ他の地方では見たことのない姿になったカントーのポケモン、未知の特性を発揮するポケモン、ポケモンと心を合わせて放つZワザ、全てが新しい発見だった。
僕はすぐにそのトレーナー――ククイ博士と知り合いになった。
すると更に、かあさんは「なんならアローラ地方へ引っ越さない?」なんて言い出してきた。
11年生きてきて、最高の誕生日プレゼントだ。
僕らはその3ヶ月後、アローラ地方へ引っ越した。
アローラでは、11歳になれば、しまキングからポケモンを貰って、四つの島を旅する島巡りに挑戦する権利を与えられることを博士から教えてもらった。これを拒む理由なんて、僕にはなかった。
117 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:25:25.63 ID:9U7sIkze0
ククイ博士「ポケットモンスターの楽園、アローラ地方にようこそ! アローラでも人はポケモンと力をあわせ、暮らしている。なにより……ポケモンがいれば、どこにだって行ける!」
ニャビー「にゃぶ!」
ハウ「おれねーハウ。しまキングの孫! でねーモクローがパートナー!」
ハラ「なるほど、石までもらうとはなあ……! 君はアローラに来るべくして来たのかもな」
ロトム図鑑「ケテー! これからよろしくロト!」
したっぱB「オマエがポケモンを使いこなす、すごいとこみせられたのでスカ!?」
イリマ「キミは……いえ、キミたちは面白いチームですね!」
118 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:26:41.10 ID:9U7sIkze0
僕は、パートナーであるポケモンと一緒に、さっそくメレメレ島の試練を受け――そして、しまキングハラさんの大試練を突破した。
こんなに短い間だけれども、大勢の友達や面白い人たちに出会うことができた。
しまキングの息子であるハウなんかはまさにアローラのおおらかな気質を体現したような人で、のんびりした性格ながら僕と同様ポケモン勝負が好きで、すぐに意気投合した。
……ただ、僕が勝負に勝ったとき、心なしか笑って悔しいのをごまかしているようにも見えたのが、引っかかったけどね。
そして、僕が名実ともにポケモントレーナーとしてハラさんから貰ったポケモン、ニャビー。
3匹の中で目を合わせ、直感で「こいつとなら仲良くやっていけそうだ」と思って、彼を選んだ。
ニャビーはニャビーで、僕と距離を置きつつも、必要とあらば僕のために戦ってくれた。たぶん、ニャビーはあれこれ指示するよりある程度好きに暴れさせたほうが、活躍させられるタイプだ。
そして、向上心も強い。僕とニャビーは、お互いがパートナーになればより高みへ登れるだろうと思っていたからか、わりと相性も良い。
だが、彼ら以上に僕はある人物に興味を抱くことになった。
119 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:28:07.83 ID:9U7sIkze0
「助けて……ください……ほしぐもちゃんを!」
「オニスズメさんに襲われ……でも……わたし、怖くて……足がすくんじゃって……」
彼女――リーリエは、深窓の令嬢と表現するにぴったりな子だった。
透き通った白い肌に袖なしの綺麗なワンピースを着こなしていたし、歩き方や物腰も丁寧なものだった。
だけど僕はその時、大して気にも留めなかった。目の前の女の子より、これからポケモンマスターへの道に一歩踏み出せるワクワクがそれを上回っていたからだ。
むしろ、見たことのないポケモンである、コスモッグやカプ・コケコの方に興味津々になっていたほどだ。
そもそも、彼女はトレーナーですらなかったしね。
僕がリーリエを、ひとりの人間として興味を持ったのは、ハウオリシティでブティックから出てきた彼女とたまたま鉢合わせした時だった。
リーリエ「ヨウさんは、自分で服を選んでいるのですか?」
ヨウ「え? あぁ、まぁ……」
リーリエ「普通、そうですよね……。わたし……母が選んだ服だけを着ていて……自分にどんな服が似合うのか、よくわかっていないのです……」
ヨウ「だけどここだけの話、僕が選んだ服を着て外へ出て行こうとすると、たまに母さんとニャースが急いで止めに来るんだよ」
ヨウ「結局、母さんに無理やり別の服に着替えさせられるから、自分で選んでるかと言われたら、なんとも言えないけどね」
リーリエ「そ、それってヨウさんが……」
ヨウ「なんだよ?」
リーリエ「あ……そういえば、ヨウさん。ブティックでこれをいただいたのです。なにも買っていないのですが……なんでも、来店99999人目記念だそうです。ですが、わたし……同じものを持っていますから」
ヨウ「レンズケースとコスメってヤツか?」
リーリエ「はい……でも、コスメポーチはヨウさんが持っていても仕方ないですよね」
ヨウ「もらっとくよ、母さんへのいい土産になるよ」
そう言って、リーリエから二つの化粧品を受け取ったとき、僕とリーリエは至近距離で目が合った。
その時、僕は気づいた。
120 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:30:18.83 ID:9U7sIkze0
リーリエの綺麗な翠色の目には、彼女の言葉通り自分の意志が宿っていない。あるのは使命感と、外の世界に対する恐怖心だけだった。
僕の経験から言うと、人は誰しも、目に意志が宿っているのがほとんどだ。。
例えば、ハウだったら「祖父を超えてしまキングになる」「楽しいバトルをする」、ククイ博士なら「たくさんのものを発見したい」「技を追求していきたい」といった、何かしらの意志が宿っている。
だけど、彼女にはそれがなかった。
リーリエの目に映っていたのは、恐怖の他にあるのは常にコスモッグだった。僕の推察だが、彼女にとって自分が自分であることを保つには、コスモッグを元の場所へ返すという目的が必要不可欠だったのだろう。
言い換えれば、彼女はコスモッグ以外何もない、空っぽの人間だった。
表情は豊かではあったが、それも、自分が虚ろな人間であることを取り繕った仮面であることも、僕はすぐに分かった。
こんな人、生まれて初めてだ。
ククイ博士の助手をしているらしいが、彼女の言動含めて十中八九裏があると僕は睨んだ。だけど、島巡りの事もあるし、あまり深入りしようとは思わなかったけどね。
121 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:31:09.05 ID:9U7sIkze0
メレメレ島の試練を終えた僕らは、ククイ博士に導かれてアーカラ島へと訪れた。
ライチ「じゃああんたたち、ポケモンといっしょに島巡りを楽しんでよ。あたしも、あんたらとのポケモン勝負を待ってる。今から期待してるからね!」
マオ「あなたとあなた! ポケモン、いい感じ!」
デクシオ「さすが、島巡りをしているポケモントレーナーですね。ポケモンとの心の結びつき、ぼくには感じられましたよ!」
グラジオ「……フッ、なにしてやがる、オレ。強いヤツと続けて戦う心構えが足りてないのか」
スイレン「釣りをなさりたい気持ち……スイレンにはよーくわかります」
ハプウ「ヨウか、よい名前じゃな! それに、なんといっても心根の良い戦い方じゃ!」
ハウ「……しんどそう。みんなと仲良くする方が、絶対楽しいし、すごいことができるのになー!」
カキ「おいでませ、やまおとこ!」
モーン「わたしの名はモーン。ポケリゾートの管理人だ!」
バーネット「アローラの謎……それは、ウルトラホール!」
財団職員「アローラ! わたしたちは、エーテル財団! ポケモンの保護をしています!」
したっぱ「オレらもふくろだたきしたいわけ。そんな気分のおれらの前に現れる、おまえが悪いわけ」
プルメリ「わかる? かわいいあいつらをいじめる、あんたがジャマなのよ」
122 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:32:10.65 ID:9U7sIkze0
アーカラ島でも、僕はニャヒートや新たにゲットしたポケモンたちと一緒に、次々と試練を突破していった。
僕が出会った人間やポケモンたちは僕に様々な眼差しを向けてきていた。好意、尊敬、友情、憧憬、嫉妬、悪意、敵意……これらが殆どだった。
そういった感情を向けてくる時、僕がやることは決まっていた。友情や信頼、尊敬だったら、それに報いるようにしていたし、敵意を向けて来た相手は降りかかる火の粉を払うようにあしらった。
そして、リーリエにも変化が出始めた。
心が空っぽならば注いで満たせば済むこと、とでも言えばいいのか、リーリエは僕やハウの活躍に感化されて、次第にポケモントレーナーに対して興味が湧いてきたようだった。
僕がニャヒートを鍛えるため、ヌイコグマの群れと戦っていると、いつの間にかリーリエが現れて、僕とニャヒートの戦いぶりを見ていた。
だけど、もともとポケモンが戦うことに慣れていないのか、ニャヒートやヌイコグマが傷つくたび、何度か目を逸らしたこともあった。
123 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:33:20.99 ID:9U7sIkze0
リーリエ「ヨウさん……わたし、よくわからないのです」
ヨウ「何が?」
リーリエ「ヨウさんやハウさんがポケモンさんと一緒に戦ってる姿を見てると、未来への扉を開けてるみたいで、素敵だなって思うんです」
リーリエ「けど、ポケモンさんが傷ついていると、つい目を背けたくなる時もあって、さっきもヌイコグマさんがダメージを受けたときも……」
こういう人は特段珍しくない。
僕や母さんはポケモン勝負が好き――ましてや父さんなんて世界中を旅して回っているトレーナーだから、ポケモンが傷つくことに関して気にすることはない。
だけど、逆にリーリエのように、ポケモン勝負とは無縁の環境で育てられた人にとっては、トレーナーや勝負そのものが理解しがたいものに映るだろう。
カントーにいた頃、ポケモン愛に熱が入りすぎて、トレーナーやポケモン勝負に否定的な意見を持つ人と会ったことがある。
ヨウ「でもね、リーリエの言ってたように、トレーナーたちはポケモンと一緒に未来への扉を開けているんだ」
ヨウ「その扉の先にあるモノ……叶えたい夢のためにね」
リーリエ「夢?」
僕はリーリエに、トレーナーは夢や目標を持って戦っていることを教えてあげた。……あくまで持論だけどね。
ヨウ「人それぞれだよ。例えば、たくさんのポケモンと出会いたい、強いトレーナーと戦いたい、ポケモンを深く知りたい――老若男女、みんな夢を抱いて生きていくんだ」
ヨウ「トレーナーは、自分のポケモンにその夢と誇りを乗せているんだよ」
ヨウ「そして、ポケモンたちは、そんなトレーナーたちの力になりたいのかもしれないね。そのためなら、傷つくことだって厭わない」
ヨウ「だって、ポケモンにとっての夢は、トレーナーの夢と一緒なんだから。僕はそう思うよ」
ヨウ「そして僕も、ひとりの男としてニャヒートたちと夢を追い続けているんだ」
ニャヒート「にゃあ!」
ヨウ「夢もないまま、ただなんとなく生きていく。そんな空っぽの人生なんて、つまらないじゃないか」
リーリエは、ポカンとした顔で僕を見ていた。
しまった、しゃべりすぎて意図が伝わっていないかもしれない。多く語りすぎてしまって、相手に伝えたいことを伝えられないのは、僕の改善すべき点の一つだ。
だけど、リーリエの目には少しずつだが、恐怖心が消えてトレーナーへの憧れが現れ始めていた。
同時に、彼女は興味の視線を、僕に向け始めていた。
124 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:34:44.32 ID:9U7sIkze0
僕がカンタイシティのポケモンセンターでニャヒートたちが回復するまでの間、暇をつぶすためにカフェスペースでロトム図鑑を使ってネットサーフィンをしていた時だった。
ヨウ(予想通りデンチムシは進化するみたいだけど……特別な場所でしか進化しないのか)
ヨウ(だが、どこで……? ジバコイルのように、磁気が関係する場所なのかな?)
リーリエ「ヨウさん……」
ヨウ「ン? リーリエか?」
リーリエ「あの、お隣……よろしいでしょうか」
ヨウ「ああ、いいけど」
ちょっと緊張した面持ちで、リーリエは僕の隣の席に座った。
ヨウ「どうかしたの?」
リーリエ「あっ、いえ……たまたまポケモンセンターに入るヨウさんを見かけて……もし、時間がおありでしたら、是非また、ポケモンさんについて、お話を聞かせて欲しいのです」
ヨウ「アローラのポケモンならリーリエの方が詳しい気もすると思うけど」
リーリエ「その、トレーナーについて聞かせて頂ければ……」
こんな感じで、リーリエはよく僕からトレーナーについて色々教えて欲しがっていた。
たまに、
リーリエ「ヨウさん……これよかったら、是非……」
ヨウ「げんきのかけらか? いいのか、こんなもの?」
リーリエ「はい、少しでもお役に立てたらなと思って……迷惑だったでしょうか?」
ヨウ「いや、ありがたく使わせてもらうよ」
と、こんなふうに、道具やきのみをよく僕にあげては、彼女はちょっと嬉しそうに口元を緩めていた。
ここまで来れば、いい加減気付かないわけない。
リーリエが、僕に向けていた興味は恋慕へ代わり、出会うたびにその気持ちが少しずつ強くなっている。
125 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:35:36.70 ID:9U7sIkze0
恋慕の視線を向けられるのは、別に初めてじゃない。
ゲームが強くて近所の子供たちのヒーローになっていた頃、ひとりの女の子が熱の篭った視線を向けていたことを覚えている。
……結局、告白もされずに引っ越してしまったけれども。
あとは、キャプテンの中にも試練を達成した後、僕を意識し始めた子もいたしね。
ただ、女の子たちとリーリエのそれは、決定的な何かが違っていた。
アーカラ島にいた時は、何がどう違っていたのか分からなかったけれども、違いに気付いたのは、スカル団に絡まれていた財団職員と支部長のザオボーさんを助けたお礼でエーテルパラダイスに行った時のことだ。
126 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:47:44.58 ID:9U7sIkze0
ルザミーネ「わたくし、代表のルザミーネ。お会いできて、うれしいの」
その女性を見たとき、僕は不気味という印象を抱かざるを得なかった。
美人ではあるけれども目はギラギラと薄気味悪いほどに輝いていて、そのくせ、ポケモンの母になると言っておきながら、ポケモンたちに向けている感情はかあさんが僕に向けるような母性愛というより自分に酔っている印象だった。
ルザミーネさんから自己紹介を受けた直後、僕らの目の前でウルトラホールが開き、その中から異次元の生命体――ウルトラビーストが現れた。
そのウルトラビーストを、僕とニャヒートが追い払って、なんとか危険を回避した時だった。
ルザミーネ「……やはり、あのコが必要ね。連れ去られたあのコが……」
ハウ「ん? ルザミーネさん、なにー?」
ルザミーネ「今のはきっと、ウルトラビースト……。ウルトラホールと言われる、定かでない次元の生き物……」
ルザミーネ「見知らぬ場所に来て、苦しんで……そう見えたわ。そう! わたくしが助けて、深く深く、愛してあげないと」ニヤァ
ヨウ「……!」
ルザミーネさんが目を細めて、口を半月状に歪めたところを目撃した瞬間、背筋が凍ったよ。
彼女の目には、ウルトラビーストしか映っていなかった。自分の欲しいもののためなら、どんな手段を用いても手に入れてやるという泥沼のように深くて暗い意志を宿していた。
支配欲というか、執着心の塊というか、とにかく、こんな人間を生で見たのは初めてだった。
コイツは、ヤバイ奴だ。
だが同時に、リーリエと同じものを感じたんだ。
127 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:49:05.62 ID:9U7sIkze0
彼女が僕に向けている感情と、ルザミーネさんがウルトラビーストに向けている執着心が、似通っていた。
違うのは、その感情の強さと質か。
ルザミーネさんの執着心とリーリエが僕に向けている恋慕なんてライチュウとピチューを比べるようなものだ。
僕は言いようのない不安感を抱いたまま、ウラウラ島へと行かざるを得なかった。
リーリエは、僕に想いを寄せている。
だからリーリエも、ルザミーネさんのように、僕に執着するようになってしまうのか?
あんなおとなしくて優しい子が?
正直な話、リーリエには友達以上の感情を向けていないが、それでも彼女がルザミーネさんのようになってしまうのは嫌だった。そんな目で見られても嬉しくない。
もしそうなったら、僕はリーリエにどうしてやればいいのか、大いに悩んだ。
128 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:49:57.04 ID:9U7sIkze0
ウラウラ島に到着して、ククイ博士から10番道路で待ち合わせすることになり、その間マリエシティのポケモンセンターに行こうとしていた時だった。
リーリエとルザミーネさんの事であれこれ考えていると、当の本人がポケモンセンターの前で、僕を待っていた。
ヨウ「……!」
リーリエ「あ……ヨウさん」
コスモッグ「ぴゅう?」
やっぱり、僕の目に間違いはなかった。リーリエの目とルザミーネさんの目は、よく似ていた。外見もそれとなく似ていたし、もしかしたら血縁関係かも知れない。だとしたら、奇妙な偶然があったもんだ。
リーリエ「ヨウさん? どうしたのですか? なんだか、顔色が良くないようですが……?」
ヨウ「え? ああ、マラサダに当たって、ちょっとね」
リーリエ「ふふっ、マラサダって当たるものじゃないでしょう? 生ものじゃないのですから。面白いことを言いますね、ヨウさんは」
コスモッグ「ぴゅい!」
適当な冗談を言って誤魔化したのだけれども、正直リーリエのように笑うことは出来なかった。
こんなふうにリーリエは屈託のない微笑みを浮かべているけれども、いつかルザミーネさんのように、あの歪みきった笑顔を僕へ向けてしまうのか……?
いいや、これ以上考えるのはよそう。単純に、心配しすぎなだけだ。疑いの目を友達に向けたくもないしね。
129 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/10(火) 19:50:35.51 ID:9U7sIkze0
今日はここまで。
次回の更新は明日です。
お楽しみに!
130 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:19:21.09 ID:QRxnTaB60
僕は複雑な思いを引きずりながら、ウラウラ島の試練を受けるために島中をめぐることになった。
ナリヤ・オーキド「君がヨウくんだね! ククイくんから聞いておるよ。ロトム、島巡りのサポートをよろしくな」
アセロラ「うん、お父さん! アセロラ、こうみえて大昔すごかった一族の娘なの」
ククイ博士「太陽の化身とされるアローラの伝説のポケモンに一番近い聖地! ラナキラマウンテンのてっぺん! あそこにポケモンリーグを造る!」
マーマネ「目標接近……。おそらく、試練が目的だと思われ」
マーレイン「ポケモンと供に強さを求め、島巡りで手に入れたZクリスタル、僕よりきみにふさわしいだろう! 遠慮せずに使ってほしい」
無事マーマネの試練を突破して、順調にウラウラ島の島巡りを勧めていた。
だが同時に、僕は認識を大いに変えると同時に、忘れかけていた自分の『枷』を思い出す出来事が起きた。
131 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:20:28.25 ID:QRxnTaB60
※誤字修正
勧めていた→進めていた
132 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:21:10.60 ID:QRxnTaB60
グズマ「Zリングか……」
グズマ「島巡りなんかして、なんになるんだよ?」
ヨウ「僕が叶えたい夢への足がかりにするだけだよ」
グズマ「はぁ? 夢だァ? なにもねえよ、くだらねえよ」
グズマ「まずはククイさん、あんたを壊す前にあんたが大事にしているものを壊す! 破壊という言葉が人の形をしているのがこのオレさま、グズマだぜえ!」
アローラの各地で、人のポケモンを獲ったり、島巡りの邪魔をするならず者――スカル団のリーダーのグズマ。
この人はならず者たちをまとめている人だというのに、ルザミーネさんのような嫌悪感はまるでなかった。
むしろ、僕がアローラに来る前――ゲームの対戦で、僕に大切なおもちゃを取り上げられた子供たちの目によく似ていたんだ。
大切なものを奪われて、空っぽになりそうな心をポケモンと一緒にモノを壊すことで埋めている。戦っている最中、僕はそう感じた。
そのせいで、一度隙を晒してしまい、あわや敗北というところまで追い込まれてしまった。
グズマさんを退けて、周りの人が庭園を去るグズマさんと取り巻きを貶め、僕に賞賛の言葉を投げかける中で、僕だけはそういう目線で彼らを見ることが出来なかった。
何故だ?
スカル団という悩みに僕は頭を抱えながら、アセロラの試練を達成した。
だが僕は、再びこの悩みに直面することになった。
133 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:22:31.39 ID:QRxnTaB60
アセロラと一緒にエーテルハウスに帰ると、スカル団の幹部のプルメリさんとその取り巻きたちが待ち伏せていた。
どうやらアーカラで警告したにも関わらず、したっぱを追い払い、あまつさえグズマさんに勝ったのが癪に障ったらしい。
もちろん、返り討ちにしたのだが……今回ばかりは事情が違った。スカル団の連中はエーテルハウスにいた子供達が連れていたヤングースを人質に取ったんだ。
さすがの僕も、これには頭が来た。
僕に因縁をつけるだけならまだいい。だが、無関係な人――ましてや子供を巻き込ませたんだ。本拠地だろうがなんだろうが関係ない、あいつら全員二度とポケモン勝負できないようにしてやろうかと思った程だ。
だが、怒り心頭の僕の頭の中で浮かんできたのは、グズマさんの目だった。夢を奪われて、目の前のもの全てを破壊することで心の隙間を埋めようとしている男……。
あの時のことが繰り返し起こるのではないか、と僕は心の奥底で恐れていた。
そもそも、スカル団とはなんだ? 島の人々は口を揃えて「厄介者」「アローラの外れもの」と言っていた。その原因は? あいつらだって、生まれついてそうなったわけじゃないはずだ。
僕はヤングースを取り返すだけではなく、スカル団の事を知るために、奴らのアジトがあるポータウンへ行くことにした。
もちろん、ハウやリーリエに止められかけた。リーリエに至っては手首を掴んで来たほどだ。
だけど、売られた勝負は必ず買うのがポリシーだし、なによりスカル団とは何なのか知らきゃいけない。
だから僕はリーリエたちの制止を振り切ってポータウンへと向かった。
134 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:23:38.50 ID:QRxnTaB60
「ケンカ、弱いけどよ、スカル団やってると、ケンカ売られないんだよ」
「あたいら、島巡りを諦めた連中を笑いに来たんだね」
「強いの嫌い! あんた、入れてあげない!」
僕を待ち受けていたのは、島巡りの証とZリングを持つ僕への嫉妬と自己嫌悪が入り混じった人間たちだった。
まさに、ゲームで僕が負かして宝物を取り上げられた奴らと同じ目をしていた人たちばかりだった。
本拠地に入ろうとしたが、堀にある扉を閉められて困り果てていたところを、しまキングのクチナシさんが開けてくれた。
彼はスカル団がどんなものか知っている気がしたので、僕はクチナシさんにスカル団とはなんなのかを訊ねた。
クチナシ「……そんなもの知って、どうする気なんだい? スカル団に入りたいのかい?」
ヨウ「いいえ、僕個人として知っておかなくちゃいけないんです。彼らは何故アローラの人々から疎まられているのか、そしてこんな不良じみたことをしているのか、教えて欲しいです」
クチナシ「……さっきの嬢ちゃんも言ってたがよ、スカル団っていうのは、島巡りから脱落したトレーナーたちの集まりなんだよ。もともとは別の組織だったんだがな」
ヨウ「脱落した理由は?」
クチナシ「色々さね。試練や大試練に挑んでも達成できず、そのまま島巡りを放棄しちまったり、どうにかしてかがやく石をもらおうと試練の場を荒らしてカプの怒りを買ったり……」
ヨウ「……」
やっぱり、そういうことだったのか。
彼らは、僕が大切なものを奪った子供達の成れの果てとも言える存在だったんだ。
スカル団たちは純粋な夢を持っていた。他の誰のものでもない、自分だけが抱いた夢。それを現実という壁にぶつかった時に打ち砕かれて、そのまま新しい夢を持つこともできず、何者にもなれず、空っぽのまま堕ちていった。
それでも認めて欲しかった。何者にもなれなかったけど、こうしてこの世界にいる自分を、大人たちに見て欲しかった。それが彼らなんだ。
スカル団に同情したわけじゃない。あいつらが僕に喧嘩をふっかけてくるのなら、返り討ちにするまでだ。だが、無意識に昔のことを思い出して、なんともいえない気持ちがこみ上げてきた。
そんな焦燥感を抱えながら、僕は再びグズマさんに挑み、勝つことができたのだけれども――ここでまた、トラブルが発生した。
135 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 18:25:25.71 ID:QRxnTaB60
スカル団の本当の狙いは僕ではなくリーリエとコスモッグだった。
リーリエとコスモッグを掌中に収める上で一番の脅威である僕の視線を逸らしている隙に、リーリエたちをさらった。
その黒幕が、エーテル財団だった。
しまキングのクチナシさんの大試練を達成した後、ボートに乗ってエーテルパラダイスに向かいながら、グラジオから詳しく話を聞くことが出来た。
そもそもスカル団とエーテル財団は理由こそ分からないが手を組んでいて、スカル団はエーテル財団の都合のいい手足に利用されているのだそうだ。
グラジオの話を聞いていくうちに、僕は無意識に怒りを覚えていた。
ヤングースが攫われた時のような、その場限りの衝動的な怒りじゃない。ふつふつと全身の血液が沸き上がってくるが如く、義憤に満ち溢れた激しいものだった。
エーテルパラダイスに乗り込んだ途端、僕は真っ先に飛び出してポケモンを繰り出して邪魔してくる職員たちをガオガエンたちと一緒に力づくで打ち破っていった。
正義の味方を気取るつもりはこれっぽっちもない。強いて言うなら、危ない目に遭っている友達を助けたくて乗り込んだだけだ。
だがそれ以上に、やりなおしさせる可能性を奪い、彼らに残されたちっぽけな誇りを利用したエーテル財団が許せなかった。
そして、ルザミーネさんの屋敷の前の広場で、僕らにスカル団のしたっぱ達が立ちふさがった時は、申し訳なさを感じていた。
夢を失い、大人たちから疎まられ、挙句の果てに捨て駒扱いされている彼らを、死体を蹴り飛ばすように倒していかなければいけないのだから。
136 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 19:00:01.21 ID:QRxnTaB60
胸を切り刻まれる思いをしながらしたっぱたちを倒していき、僕は入口の前に立つグズマさんに三度目の勝負を挑んだ。
グズマ「なんなんだよお前っ! どうしてブッ壊せないんだ!」
ヨウ「……当たり前だろ、目標も持たない奴が僕に勝てると思うなよ。夢って言うのは、人に生きる力と勇気を与えてくれるんだ」
グズマ「はぁ? バカバカしいこと抜かしてんじゃねぇよ!」
グズマ「夢っつうのはよ、所詮力のない弱い奴らの逃げ道よお! 実現しない夢なんぞ、コイキングのクソ以下だ! 現実はそんな優しかねぇんだ!」
グズマ「だからオレ様はブッ壊すんだ、この腐った現実をよ!」
ヨウ「だけど僕をブッ壊すことは出来なかったじゃないか。夢を持っている僕に、アンタは負けたんだ」
グズマ「……!」
ヨウ「そういうアンタだって、夢を持ってたんじゃないのか? なんになりたかったのか知らないけど、負けっぱなしで悔しくないのか?」
グズマ「あァ?」
ヨウ「島巡りで試練や大試練を達成できないまま、夢を叶えられないまま負けっぱなしで、挙げ句の果てにこんな奴らに使い捨てのきずぐすりみたいな扱いされて、お前たちはそれでいいのかって聞いてるんだ」
グズマ「……言うじゃねぇか」
グズマ「だったら、決めたぜぇ。オレ様はいつかオメェをブッ壊してやる! オメェの持っている夢ってやつもブッ壊して、オレ様とおンなじ痛みを味あわせてやる! それがオレ様がたった今抱いた夢だ!」
グズマ「楽しみだぜ。お前の夢がブッ壊れたとき、どんなツラすんのかよ……。その時になっても、オメェは夢を持ち続けていられるのか……」
ヨウ(……それでいいんだよ)
たとえその夢が歪みきったものでもいい。僕の夢を壊すことが夢でも構わない。
何も持たないまま、ぼんやりと生きるよりはずっとマシだからね。
グズマ「……けっ、だが負けは負けだ。通りな!」
こう潔くて、トレーナーとしての矜持を持っているから、彼らを憎めないのかもしれない。ポケモンも、ロケット団のような連中と違って、大事にしてるしね。
137 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 19:01:08.57 ID:QRxnTaB60
グズマさんを破り、僕はルザミーネさんの屋敷に乗り込んだ。リーリエは無事であったが、コスモッグは未だ囚われの身だった。
そして、ルザミーネさんもいた。あの時以上に野望と自己満足に溢れた輝きをその瞳に湛えながら。
やはりというか、ルザミーネさんはグラジオとリーリエの母親だった。グラジオはともかくとして、リーリエとルザミーネさんは目に篭っていた感じが似通っていたことからなんとなく察していたけれども。
結局、ルザミーネさんはコスモッグを使ってウルトラホールをアローラ中に開き、混乱に陥れたまま、後から駆けつけたグズマさんを連れてウルトラホールの向こう側へ消えてしまった。
コスモッグは姿を変えて動かなくなり、アローラにビーストが現れて混乱に陥る……と最悪の状況のまま……。
ビッケさんの提案で、ひとまずエーテルパラダイスで休ませてもらうことになったけれど、疲れているはずなのに眠ることが出来なかった。激戦が続いて、心が落ち着かないようで、外に出てアローラの海でも眺めていたら、同じように眠れないリーリエが現れた。
そのまましばらく僕らは並んで穏やかな水面と月を眺めていると、リーリエが口を開いた。
リーリエ「不思議なんです」
リーリエ「かあさまはわたしに……ほしぐもちゃんに、あんなヒドイこと、したのに」
リーリエ「かあさまがいなくなって……辛いんです」ツーッ
リーリエ「こんなにも胸が張り裂けそうで、わたし、どうしたらいいのかわからなくって……!」フルフル
こういう時、どんな言葉をかけてやればいいのか、僕は分からなかった。
僕の家族はアローラの人たちのようにのんびりしていて大らかで、それでいて僕の夢を応援してくれている。父さんは普段家に帰ることはないけれども、連絡はくれるし、トレーナーになった祝いに帽子をプレゼントしてくれた。
自分とは正反対ゆえに、理解し難かった。
ヨウ「……僕に聞かれたって、分からないよ。自分の親がいなくなるっていうの、まだ分からないからさ」
だから僕は、ありきたりな答えを用意してやることしかできなかった。
ヨウ「ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?」
リーリエ「取り……戻す」
ヨウ「僕は君たちの家庭の事情がよく分からないけど、もし僕が君の立場だったらそうする」
ヨウ「無理矢理にでもウルトラホールから引っ張り出して、自分たちだって生きていることを、伝えてやるのさ」
リーリエ「言い方がちょっと乱暴な気がしますが……」
リーリエ「……そうですよね。諦めなければ、きっと見つかりますよね」
よかった。僕の言葉は、リーリエに勇気を与えられたようだ。ちょっとやせ我慢するようにリーリエは明るい笑顔を僕に向けていた。
だけどそれはすぐに崩れて、悲しみの色が混じり始めた。
リーリエ「ヨウさん……少しの間だけ……甘えさせてもらって、いいですか?」
ヨウ「……いいよ」
するとリーリエはふわりと僕の胸に飛びこむようにきゅっと抱きついてきた。彼女の体はとても華奢で、いい匂いがする。
言葉通り、リーリエは甘えるように僕に頬ずりをして、更に抱きしめる力が強くなると、しばらくそのままの状態でいた。
……こうやって、人と触れ合うのは母さん以来だ。まさかこんなことをする日が来るとは思わなかった。
138 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 19:18:45.34 ID:QRxnTaB60
しばらくすると、リーリエと僕の目があった。
リーリエ「ヨウさん……わたし、頑張ってみせます」
リーリエ「絶対にかあさまもほしぐもちゃんも、取り戻してみせますから……」
リーリエ「だから……そばで見守っててください」
リーリエの表情と、彼女の瞳の奥に見える決意が見えたとき、僕は顔をほころばせた。
やっぱり……僕が間違っていたのかもしれない。
ヨウ「ああ、頑張れよ」
リーリエ「ふふっ……ヨウさんからいっぱい、パワーもらっちゃいますね……」
僕の心の中で鬱蒼としていたわだかまりが溶けていった。
親が親なら子も子、なんて偏見は抱きたくなかったし、それで正解だった。
リーリエは優しくて、芯の強い子だ。
リーリエは自分やコスモッグに対してひどい仕打ちをした人を「かあさま」と呼び続け、ウルトラホールの向こう側へ行こうと自分を変えたんだ。子供じみた素振りで自分勝手な欲求を満たすルザミーネさんとは違う。
別の視点から見れば、プラスの方面に働いたルザミーネさんとも言えるかもしれない。
リーリエの気持ちに応えられるかどうかは分からないけれども、彼女が自分にとってやりたいことがあるのなら、僕はゼンリョクで応援してやりたい――そう思った。
その翌日、髪型も服装も、自分の意志も一新させたリーリエと一緒に、僕は伝説のポケモンを呼び出す笛を探し求めてポニ島へと向かった。
139 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:02:55.04 ID:QRxnTaB60
完全にリーリエたちの問題に巻き込まれていったものの、それでも良かった。彼女が頑張るというのなら力になってあげたいし、アローラの伝説のポケモンやウルトラビーストにも興味があったからだ。ひょっとしたらゲット出来るチャンスがあるかもしれないし。
ただその代わり、ポニ島の過酷な自然の真っ只中でも、僕は自分のペースで突き進んでいった。
彼女のボディーガードになるつもりもないし、僕に甘えているようじゃ話にもならない。だけど、ポケモンに追い掛け回されたり僕に追いつくために走ったりしてボロボロになりながらも、彼女は文句も口にせず必死に僕についてきていた。
とりあえず彼女は、自分のしたいことをやり遂げられるだろう。余計な心配はいらないようだ。
ポニ島のしまクイーンになったハプウの導きで、もうひとつの笛があるナッシー・アイランドへと向かった。
途中、雨が降って洞穴で止むのを待っている間、リーリエが心の内をさらけ出してきた。
リーリエ「……わたし、正直、わからないのです」
ヨウ「なにが?」
リーリエ「さっきのように、私と一緒に歌を歌ってくれた、優しいかあさまがいることを、今でもはっきり覚えています」
リーリエ「でも、自分のわがままのために、ほしぐもちゃんやヌルさんにひどいことするかあさまもいて……」
リーリエ「だから、なにが正しくてなにがいけないのか、よくわからなくなって――」
リーリエ「ククイ博士やバーネット博士のように、親切にしてくださる方がいることが分かっても、心のどこかで大人は怖くて、誰も信じることが出来なくなって……」
リーリエ「実はヨウさんのことも、最初に会ったときは、エーテル財団の追っ手と疑ってました……」
ヨウ「……」
別に驚くようなことじゃなかった。
最初に出会ったとき、リーリエは外の世界に怯えていた。周りのことはおろか、会って間もない僕のことを信用できないのも無理はない。
それにしてもエーテル財団の追っ手とは! でも、それくらい彼女の心に余裕がなかったんだろう。
ヨウ「そうだな、あんな大きな組織から逃げ出したら、「いつか見つかって捕まってしまうかもしれない」っていう恐怖に付きまとわれるからね」
ヨウ「だから、誰だって信用できなくなる気持ちは分からなくもないな。僕が君の立場だったら、同じ考えをしてたかもね」
ヨウ「……でもね、君に優しくしてくれたルザミーネさんを信じるのか、それとも、エーテルパラダイスで見せたあのルザミーネさんを信じるのか、結局何が良くて何が悪いのか、それは君自身が決めることだよ」
ヨウ「難しいことかもしれない。だけど、誰かに判断を委ねていきながら生き続けても、なにも進歩できないよ」
リーリエ「そう、ですよね」
リーリエ「変わることって、難しいですね。こうやって頑張っても、まだ何もできなくて、なにも決められなくて……」
スッ
ヨウ「大丈夫、これから変えていけばいい。少なくとも、君は変わろうと努力しているんだから」
リーリエ「……ヨウさん」
140 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:04:16.52 ID:QRxnTaB60
リーリエ「そういえば、聞きそびれていたことがありました」
ヨウ「なんだい」
リーリエ「アーカラ島でわたしが、ポケモンさんが傷つくのを悩んでいたとき、あなたは「トレーナーとポケモンは一緒に夢を追いかけている」とおっしゃってましたね」
ヨウ「そうだっけ?」キョトン
ちょっと素で忘れてしまっていた。するとリーリエは頬を膨らませてあからさまに不機嫌になった。
そんなに印象に残ったのか? あの話。
リーリエ「もうっ! ……それで、その時はヨウさんの話に聞き入って、つい忘れていたのですが……」
リーリエ「ヨウさんがガオガエンさんたちと一緒に叶えたい夢って、なんですか?」
ヨウ「僕の夢か?」
そういえば、リーリエには話してなかった気がする。そもそも、他人に自分の夢を語るなんてことも、あまりしていない。このアローラに来て、自分の目標がポケモンマスターであることを明かしたのは、ハウやククイ博士ぐらいのものだ。
そもそも、夢を話す機会が無かっただけの話だが。
ヨウ「僕の夢は、ポケモンマスターになることだよ」
リーリエ「ポケモン……マスターですか?」
ヨウ「きっかけは……本当に幼い頃、親と一緒に見たカントーのポケモンリーグの実況を見た時だね」
ヨウ「テレビ越しにトレーナーとポケモンたちが繰り広げる丁々発止の攻防の果て……最後にフィールドのど真ん中で、周りの人から祝福されながら新しいチャンピオンが生まれた光景を見た瞬間、僕は決めたんだ」
ヨウ「あれを超える何かになりたいってね」
リーリエ「ああなりたい、ではなくて?」
ヨウ「……」コクン
ヨウ「アローラの島巡りだって、始まりに過ぎないよ」
ヨウ「お楽しみはこれからだ」ニッ
そう、アローラの島巡りも、これから始まるウルトラホールでの戦いなんて、ほんの一部。それどころか、終わってからが本番だ。
世界には、チャンピオンをゆうに越えるポケモントレーナーなんてたくさんいるのだから。
彼らを押しのけ、頂点に立つにはもっともっと、ポケモンたちと強くならなきゃいけない。
リーリエ「……すごいです」
リーリエ「やりたいことが決まって、それに向かってもう努力しているなんて。やっぱり、すごいです」
リーリエ「わたしはまだ……そういうはっきりした夢は持ってないです」
リーリエ「持ってないですけど……」
リーリエ「わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……」
ヨウ「……」
リーリエ「夢と呼べるかわかりません……ですが、かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思いました」
僕と旅がしたい、か。
こう面向かって言われると嬉しくもあり、恥ずかしいけど……現実的なことを言えば、今は自分のことでいっぱいいっぱいで、他の事には手が回らないというのが現状だ。チャンピオンになれば、なおさら忙しくなるだろう。リーリエが僕と会う機会も減る。
だけど――リーリエが本気で僕と旅がしたいのなら、それはいつか叶うかもしれない。とくに根拠はないけれど。
でも、夢っていうのは、それに向かって行動することで実現するものじゃないか。その道がどんなに過酷なものでも、夢さえ捨てなければ。
それに、誰かと一緒に夢を目指すのも、悪くはない……かも。
ひょっとしたらリーリエの頑張りが、僕の心を変えてくれるかもしれない。
そう思うと、彼女の夢が叶った時が楽しみになってきた。
141 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:05:24.94 ID:QRxnTaB60
ヨウ「……いいんじゃないかな。ささやかだけど、やりたいことがあるだけでも」
ヨウ「きっと叶うよ。諦めなきゃね」
リーリエ「はい! 絶対に叶えてみせます!」
奇妙な気分だ。自分も彼女のやりたいことに関わっている――というか、結局は僕の気持ちの問題なのに、リーリエの満面の笑みを見ていると、不思議と応援したい気になってくる。
なんだか、自分が彼女の兄か父にでもなった気分がする。グラジオの前じゃ、こんなこと絶対に言えないな。
142 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:06:56.40 ID:QRxnTaB60
そして僕らは、太陽の笛を手に入れ、旅を続けた。
プルメリ「ポケモンがいてはじめて、ポケモントレーナーなんだ。それを忘れたらカプの罰を……。あんたなら安心だけどさ」
ハプウ「そう! しまクイーン、ハプウの大試練じゃ! 若いが他のしまキング、しまクイーンにひけはとらん!」
リーリエ「見ててください、わたしの試練!」
マツリカ「あーあたし、マツリカ。キャプテンやってます!」
ソルガレオ「ラリオーナッ!!」
リーリエ「伝説のポケモンに進化する話なんて、そんなの本でも読んだことないのに……ソルガレオさん……ううん、ほしぐもちゃん! わたし、かあさまに会いたい!」
グズマ「なんにも恐れないスカル団ボスのオレだがよ。あの人は……ヤバい! ヤバすぎるぞ!! ウルトラビーストにすっかり夢中……もう、誰の言葉も想いも届かねえ!!」
ルザミーネ「ヨウ……! 憎いトレーナー。わたくしとウツロイドの世界にもやってきて……許しませんよ!! ウツロイドの能力で! あなたを打ちのめしてみせますわ!!」
リーリエ「ヨウさん、このコと向き合い、ボールに入れてあげてくれますか? このコの想い……あなたといっしょに旅をしたい想いを叶えてほしいのです!」
笛の力で進化したコスモッグ――ソルガレオと一緒にウルトラスペースに乗り込み、完全にウツロイドの虜になっていたルザミーネさんの正気を取り戻し、元の世界に帰った僕は、トレーナーではないリーリエから代わりに、ソルガレオを託された。
アローラの伝説のポケモンなのはもちろんだが、それ以上に、僕とリーリエが供にアローラを巡った旅の思い出の象徴でもあった。同時に、僕らにとって大きな力でもある。
ヨウ「僕らも行こうぜ、ソルガレオ」
ソルガレオ「ラリオーナ!」
143 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:38:00.69 ID:QRxnTaB60
大きなオマケも付いてきたが、とにかくポニの大試練も乗り越え、ついにククイ博士念願のアローラポケモンリーグも完成した。僕の旅も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
グラジオ「フッ……オマエらが強くなるなら、オレも負けてられない……。オレたちは仲良しではない。でも、悪くない関係だ。じゃあな、勝ちつづけろ!」
ハウ「引っ越してきたのがヨウで、おれ、ほんとによかったよー!」
ククイ博士「ヨウ、よくここまで来たぜ! 島巡りでの試練、大試練をすべて達成! 本当におめでとう!!」
ハラ「しまキングにして、四天王のハラですな。では……本気の本気、オニのハラでいきますかな!」
ライチ「アーカラで出会ったころの面影、見当たらないね。島巡りで、心に残る経験を刻んだのかい?」
アセロラ「ふぁー! あたしが勝って、新しいチャンピオンになるって目論見、こっぱみじん!」
カヒリ「四天王の先に……なにがあるのでしょうね。どうかご自身の目でご覧になってください」
新たに加わったソルガレオ、そして島巡りで出会ったガオガエンたちと供にハウ、グラジオ、そしてククイ博士が選んだ四天王たちを次々と打ち破った。
言うまでもなく、四天王全員を破った先にいるのはチャンピオンだ。しかし、チャンピオンの間にあった椅子は、誰にも座っていなかった。
これはどういう意味だ? と考えていると、ククイ博士がチャンピオンの間に入り、階段を登ってきた。
ククイ博士「ヨウ! これからはきみが、ポケモンリーグチャンピオンだぜ!」
ククイ博士「と言いたいところだが、じつはもう1人、戦わなくてはならない! そのトレーナーはもちろん、このぼくだぜ!」
ヨウ「……そういうことか」
144 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:38:58.44 ID:QRxnTaB60
実感はないけれども、僕はアローラのチャンピオンになった。
だがチャンピオンになったということは、僕は常にチャンピオンの座を狙われるということ。
挑戦者からチャンピオンの椅子を守ること、それがアローラチャンピオンとしての僕の仕事だ。
そして、ククイ博士がその第一号ということか。
ヨウ「……僕がチャンピオンとして最初に戦う相手が、まさか最初に出会ったアローラの人であるアナタだとはな」
ククイ博士「ああ! さぁ、島巡りのトリを飾り、新しいリーグの門出を祝うのにふさわしいポケモン勝負をしよう!!」
僕はチャンピオンの椅子から立ち上がると、ボールを構えた。さぁ、チャンピオンの初仕事だ!
ククイ博士「キュウコン! こおりのつぶて!」
ヨウ「ソルガレオ! メテオドライブだ!」
ククイ博士「カビゴン! ヘビーボンバー!」
ヨウ「ジャラランガ! まもるで防げ!」
ククイ博士「ルガルガン! アクセルロック!」
ヨウ「ラプラス! ハイドロポンプ!」
激しい技の応酬の末、最後に残ったのは僕のガオガエンと、博士のアシレーヌだけ。
さすがはポケモン博士にして、島巡りの達成者。はっきり言って、島巡りでこれほど苦戦したのはマオの試練以来だ。
さらに言えば、僕も博士も、まだZワザが使える余力が残っている。
ククイ博士「アシレーヌ! わだつみのシンフォニア!」
ヨウ「ガオガエン、ハイパーダーククラッシャーだ!」
そして最後はガオガエンとアシレーヌによる、禍々しい炎と清らかな水泡によるゼンリョクのZ技のぶつかり合いで、決着がついた。
勝利の女神は僕に微笑んだ。
145 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:39:51.19 ID:QRxnTaB60
ククイ博士「……素晴らしい! 以前、ぼくは言った……。そのときベストの技を選べるポケモンとトレーナーのコンビが繰りだす技が最強だと!」
ククイ博士「まさにその通りだった! 誰もが認める、チャンピオンの誕生だ!」
ヨウ「……」
言葉が出なかった。
アローラの島巡りを経て、僕はリーグのチャンピオンになった。
ようやく、スタートラインに立てたんだ。僕の心はまだ飢えている。まだ満足しちゃいない。こんなものじゃない。僕が目指すものはもっともっと、遥か高みだ。
……だけど今は、純粋にチャンピオンになれたことを喜ぼう。だって、アローラの全ポケモントレーナーの頂点に立てたんだ。並のトレーナーでは来れないところまで、僕はやってきたんだから。
リリィタウンに戻ると、チャンピオンになった僕を祝うため、母さんやハウ、リーリエ、そしてアローラ中のキャプテンやしまキングが集まって、お祭りを開いてくれた。
みんなが、島巡りを終えた僕を祝福してくれている。その光景を見たとき、幼い頃に見たテレビ越しに見たチャンピオン誕生の瞬間の光景を思い出した。今は僕がその真ん中に立っている。
146 :
◆g/SXBgh1y6
[saga]:2017/10/11(水) 20:41:26.13 ID:QRxnTaB60
そんな中、僕はみんなの輪から外れて、一歩引いた形で僕のことを見つめるリーリエの姿が目に付いた。
彼女は笑っていた。だけど、どこか辛さを抱えているようにも見えて、胸元に手を当てて僕を見ていた。
ヨウ「リーリエ、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
リーリエ「あっ、いえ、なんでもないです!」
リーリエ「そ、その……ヨウさん、チャンピオンおめでとうございます! それにしてもすごいです……! こんなにたくさんのみなさんが、ヨウさんをお祝いするため集まって くださったんですね……大人も子供も、ポケモンさんも、みなさん、とても楽しそう……!」
ヨウ「あぁ……子供の頃のテレビで見た光景が、現実になった気分だ」
リーリエ「ヨウさんの夢……叶って良かったですね!」
ヨウ「……いいや、まだスタートラインに立ったばかりだよ。言っただろ? 島巡りだって、始まりに過ぎないって」
リーリエ「そうですね……ヨウさんの夢……ポケモンマスターになることですもんね。ヨウさんなら、絶対なれます!」
ヨウ「ありがとう、リーリエ」
リーリエ「わたし……色々ありましたが、アローラに来てよかったです! ヨウさんと出会えて、ううん……いっしょに旅もできて本当によかったです!」
ヨウ「……そうだな。旅っていうのはああいうのがいいの、かもな」
たくさんのポケモンや人と出会い、知らない場所を歩き回り、新たな発見をしてそれを糧に、新しい未知の世界に飛び込む……。
その傍らには友達や親しい誰かが一緒にいて、思い出や経験を共有しながら見知らぬ場所を冒険するのは、確かに楽しい。
事実、アローラでの旅は命の危機に晒されたことこそあれ、胸が躍るような大冒険だった。こんな経験、二度も出来るようなものじゃない。
こうして、僕の島巡りは終わった。
チャンピオンになり、ハウやリーリエとは会える時間が少なくなるが、なんだかんだでようやくアローラでの生活が始まる。そして、僕の夢を叶えるための旅路が始まる。
――そして、僕にとって本当の試練は、ここからだった。
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