【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」

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147 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/11(水) 20:42:00.29 ID:QRxnTaB60
今日はここまで。

次回の更新は明日です。
お楽しみに!
148 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 18:18:56.97 ID:Bid32i8t0
僕はアローラ地方のチャンピオンになった。つまるところ、今まで追う立場だったのが、追われる立場になるということだ。攻める立場だったのが、今度は守る立場になるんだ。

僕が今座っているチャンピオンの王座を狙うために、顔なじみから遠い地方よりやってきた見知らぬトレーナーまで、大勢の挑戦者がアローラポケモンリーグにやってきた。

ハウ「まだまだー! だってこれから超えるべきトレーナーが目の前にいるからねー」

グラジオ「ポケモントレーナーには何が必要か? 答えは人それぞれだろうが、少なくともオレは最強の相手を望む」

ハプウ「しまクイーンの歴史を紡ぐべく、わらわも精進するが、そなたもチャンピオンとしての歴史を紡いでいこうぞ」

マーレイン「アローラのすごさを世界に知らせる場所ですよ。そうなると、大事なのはチャンピオンがどのようなポケモントレーナーかということだね」

リュウキ「天下取るため海を越えて、はるばるアローラに来たのさ!」

ひっきりなしに、四天王を越えた挑戦者が僕に勝負を挑んでくる。しばらくして、僕はアローラに来て初めて壁にぶつかった。

大勢の強豪トレーナーに勝つためには多様なポケモンを育てなければならない。だけど、挑戦者は続々とやってくるし、育てるための金も時間も足りなかった。
149 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 18:24:09.90 ID:Bid32i8t0
リーグ運営からの支給や挑戦者の賞金、それからチャンピオンとしてのPR活動の際にもらえる報酬があっても、ポケモンを育てたり捕獲するための道具を揃えるためには、もっと多くの金が必要だった。

自分がチャンピオンである事を隠しながら、オハナ牧場でミルタンクやケンタロスの世話をするアルバイトもしたし、ハノハノリゾートでナマコブシ投げをするアルバイトもこなした。

それでも金額が足りない。どうしたらいいのかと思い悩んだ時だ。

ある日、怪しげなおじさんから貰ったカードに記された場所に向かうと、そこで待っていたのは国際警察を名乗る男女二人組……リラさんとハンサムさんだ。

ハンサム「わたしの名は『ハンサム』。所謂、国際警察です。そしてこちらは私のボス……」

リラ「私は『リラ』と申します。国際警察特務機関「UB」対策本部部長です」

彼らは僕がアローラチャンピオンであることを見込んで、ウルトラビーストの保護の協力を頼んできたんだ。

僕はそれを快く請け負った。アローラで起きた事件には僕だって少なからず関わっているからその尻拭いというのもあるが、ウルトラビーストと戦ってポケモンを鍛えることが出来るし、作戦成功の暁には多額の報酬がもらえる。

なにより、ルザミーネさんの一件では手に入らなかったウルトラビーストをゲットできるからだ。

だが当然、それは僕自身を命の危険に晒すことに他ならない。もっと言えば、僕自身にも相応の負担がかかる。

僕だって人間だ。疲れもするし、怪我だってする。ウルトラビーストの手にかかるより前に過労死になるんじゃないかと覚悟していた。

それでも、これが僕の夢につながる道だ。このぐらいでへこたれてしまえば、僕もその程度の人間だ。

だけどガオガエンたちは、僕がとてつもない苦労をしていることを、ボールの中からでも見ていたようだった。

ガオガエン「ガォォ……」

ウツロイド「じぇるるっぷ……」

ソルガレオ「ラリオ……」

ヨウ「……心配してくれたのか? ありがとう、僕は大丈夫だよ。お前たちも今日はよく頑張ったな」

挑戦者が僕に負けて帰ったあと、僕の身体を労わるように、ポケモンたちが近寄ってきた。
僕も撫で返してあげたけれども、彼らの表情はひどく浮かばれていないことが分かる。

本当にいい奴らだ。僕よりも苦労しているのは君たちだと言うのに。

ハウたちに僕がこんな状態であることを悟られていないのが不幸中の幸いか。
150 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:08:49.01 ID:Bid32i8t0
チャンピオンは、みんなの憧れでなければいけない。完全無欠の最強のトレーナー、チャンピオン・ヨウとして、僕は在らねばならない。だから、ハウやリーリエ、ククイ博士、ロトム図鑑――親友であろうと親しい間柄であろうと、誰にも相談するつもりもなかった。

信用していないわけじゃない。話せばきっと、力になってくれるかもしれない。

だけど、そこからボロが出て、アローラの人々が僕に対する憧れが失ってしまう可能性がありうるからだ。

最悪、ただでさえ辺境のポケモンリーグと揶揄されているアローラポケモンリーグを、さらに貶めかねない。

人間は完璧ではないのは分かっている。だけど、完璧でないと地方を代表するチャンピオンとして失格だ。特にSNSで簡単にメッセージを発信できる世の中では、特に隠し事は露見しやすい。チャンピオンとしての立場をうまく利用して隠していかなければならない。

みんなは、僕を見て舞い上がっていて欲しい。僕を目標に強くなって欲しい。

だから弱みを絶対に見せないつもりでいた。特に、四天王たちやキャプテンたちは、僕がアローラのチャンピオンだからこそ、張り合いが出るとよく僕に言ってたしね。

このくらい出来なきゃチャンピオンなんて務まらないだろうし、ましてやポケモンマスターにだってなれはしない。

なにより、僕のために身を削っているガオガエンやソルガレオたちの努力を裏切ることになってしまう。

幾重にも渡る挑戦者との勝負、過酷なバイトや死と隣り合わせなUB捕獲作戦――僕の心身は日に日に擦り切れていった。

怪我だってしたこともあるし、たったの1時間しか眠る時間がなかった日もあった。

みんながいないところで胃の中のもの全部吐いたこともあった。

ときには、僕は何のためにこんな生活を送っているのか、人生ってなんなのか、考えてしまうこともあった。

そんなギリギリの精神状態でも正気を保てたのは、皮肉にもチャンピオン防衛戦の時だった。
151 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:11:48.96 ID:Bid32i8t0
チャンピオンの椅子に座りながら、頭の中でポケモンたちのイメトレをしている最中、僕の前に現れたのは元スカル団の幹部――プルメリさんだった。

なんでも、マーレインさんとクチナシさんに言いくるめられて、トレーナーとして一からやりなおし、その結果Zリングも渡されたそうだ。

試合は当然、僕が勝った。だが、その後の彼女の言葉に衝撃を受けた。

プルメリ「半端だったアタイだからこそ 思ったんだよね。半端なことしてちゃダメだって! アタイ達、ここに立つために多くの……本当に多くのポケモンを倒してるんだからさ!」

ヨウ「……!」

そうだ僕は、挑戦者の夢を奪う立場なんだ。

ハウやグラジオのように、僕を倒すことでモチベーションを上げる人、もしくは僕を倒すことで新たな夢の足がかりにしようとしている人もいるけれども、チャンピオンになることに命を賭けている人だっているはずだ。

僕はその人たちの夢と希望を、知らず知らずのうちに自分の夢のために奪い続けているんだ。カントーにいた頃、近所のワルガキたちから、大切なおもちゃを奪った時のように。

負けた人間のことを考えず、勝つことのみに専念できれば、どれだけ楽だろうか。

僕が出来ることはただ一つ、僕が倒していった人たちの想いも背負って夢を叶えることだ。たくさんの夢の残骸を積み上げることで、僕の夢がやっと叶うんだ。だから諦めることも負けることも許されない。

負けてしまえば、僕もその夢の残骸のひとつになってしまうからだ。

僕が背負っているものだけが、極限状態に陥っている僕を、なんとか踏みとどまらせていた。チャンピオンであることを維持するため、ひたすら大事なものを投げ捨ててきたが、これと夢への想いだけは、残っている。

だけど、バレない秘密っていうのは無いものかもしれない。
いよいよ僕が防衛戦をしている裏で、相当無理している事がバレてしまった。

それもまさか、僕への挑戦者でもない人に。
152 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:16:54.60 ID:Bid32i8t0
その日は久しぶりに、挑戦者が来る予定もなく、幸運にも丸一日休める日だった。
僕はメレメレの花園に向かった。

以前、ここにウルトラビーストのマッシブーンを捕獲した後、花に隠されていた秘密の抜け穴を見つけたんだ。

抜け穴の先にあったのは、湖と、リリィタウンの崖下の浜辺に繋がる出口だった。しかも、中の状態を限りでは誰にも知られていない。僕はそこを海繋ぎの洞窟と呼ぶことにして、自分だけの秘密基地にしようと思った。

そこでのんびり水遊びでもして、日頃の疲れでも癒そうとしていたら、僕を追って洞窟の中に入ってきた人がいた。

リーリエ「よ、ヨウさん。お久しぶりです」

ヨウ「リーリエ? どうしてここに?」

彼女はどうやら僕をつけて来たようだ。

それにしてもリーリエの言葉通り、随分長い間会っていない気がする。

僕はチャンピオンとしての勤め+α、リーリエはウツロイドの毒に苛まれているルザミーネさんの治療法を探しているため、中々会う機会が無かったからだろう。

ヨウ「どうだ、リーリエも水浴びで涼んでいかないか。気持ちいいぞぉ」

リーリエ「いえ……水着も持ってきていないので――」

バシャッ!

リーリエ「ひゃあ!」

ヨウ「ははは! 水も滴るいい女ってな!」

リーリエ「……」ポタポタ

リーリエ「ヨウさん! お気に入りの服なのに!」プンスカ!

ヨウ「服って汚れてなんぼのもんだろ?」

リーリエ「ひどいです! ひどすぎますっ! 服を台無しにして! 許さないですっ!」バシャッ!

ヨウ「おおっ、ドサイドンに負けない勢いだ!」バシャッ!

からかって怒らせたリーリエと僕は思いっきり水を掛け合った。

気が付けば、僕もずぶ濡れになったリーリエも、おかしくなって大笑いしていたよ。こんな心の奥底から笑うなんて、本当に久しぶりだ。

リーリエ「もうっ、ホントにひどいです。ヨウさん」

ヨウ「悪かったよ……僕の服でよければ貸してあげるから、乾くまで着てなよ」

リーリエが着替えている間、僕は再びのんびりと湖を泳いでいた。だけど……泳いでいることに夢中にいたのが不味かったのか、僕の脇腹に残っている痣を彼女に見られてしまった。

リーリエ「ヨウさんっ、その痣は?!」

ヨウ「ん? あぁ、これか」

本当に僕はそこで痣の存在を思い出した。もっと大きな怪我を負ったことだってあるが、だいたいキュワワーに治してもらっている。

だけど、この痣は消し忘れていたようだ。心の奥底でマズったな、と悪態をついた。

リーリエ「なにがあったのですか?」

たいしたことない……って言っても、リーリエが素直に受け止めるとは思えない。正直に話したほうが良さそうだ。
153 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:19:16.31 ID:Bid32i8t0
ヨウ「……みんなには内緒にしてくれないか?」

仕方なく僕は、この痣が出来た経緯を話すことにした。

ヨウ「……とまぁ、こんなところかな」

リーリエ「ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……」

ヨウ「金さ」

リーリエ「お金……?」

心の中で、これ以上話すなと叫ぶ僕の声が聞こえる。

お前の弱さを誰かに握らせるな。

だけど、不思議とそんな意志に反して、僕の口から今の自分の抱えている現状や想いが、自然と滑り落ちていく。

リーリエ「だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?」

ヨウ「そうだ」

ヨウ「それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね」

リーリエ「挑戦者が失うもの……?」

ヨウ「……夢、だよ」

リーリエ「夢?」

僕はリーリエに語りかけるつもりで、その実自分自身に話していた。
今のあり方に疑問を持っている、自分自身に言い聞かせていたんだ。

拳に力がこもる。
僕はなんのために戦っている? なんのために大勢の夢を踏み台しているんだ?

ヨウ「ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ」

ヨウ「俺達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ」

ヨウ「だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな」

頭の中が熱くなっていく。周りの視界が真っ赤に染まっていく。
次第に感覚という感覚が無くなりつつあった。自分が何を話しているのかさえ、分からなくなってきている。
それでも、心の中にあるものを全て吐き出していく。

ヨウ「諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ」

ヨウ「だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!」

ヨウ「オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!」

リーリエ「ヨウさんっ!」

我に返ると、背後からリーリエが僕の胴に手を回していた。同時に、消えていった感覚や現実感も戻ってきた。

だけど、胸の中はこの湖の水よりも冷たいままだ。
154 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:20:49.49 ID:Bid32i8t0
リーリエ「お願い……これ以上、自分を傷付けないで」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさん……あなたは一人じゃありません」

リーリエ「あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!」

リーリエ「そしてわたしもいます!」

リーリエ「だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……」

僕の脳裏に、心配しているガオガエンたちや、ハウ、ククイ博士、それからハラさんやしまキングたち、キャプテンのみんなの姿が浮かんでは消える。

ひょっとしたら、僕の知らないところでは、彼らはなんとなく僕の無茶を察しているのかもしれない。

だけど、リーリエ。そんなこと――

ヨウ「そんなこと、ずっと前から分かってるよ」

リーリエ「――ッ!!」

リーリエは、ありのままの僕を見て、まるでウルトラビーストかなにかでも見たような形相へと変わっていた。いったい僕はどんなふうになってるんだろうね。

ヨウ「でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ」

ヨウ「そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな……」

しゃべっている途中、一瞬のうちに僕の口が塞がれてしまった。代わりに、僕の唇に圧迫感と湿った暖かさが伝わってきた。

なにが起きたのか、僕は分からなかった。一気に眠りから覚めたような感じになって、状況を冷静に考える間もなかった。

僕に唇を重ねていたリーリエが僕から一歩引いて離れると、優しく僕の頬に触れてまっすぐ僕に微笑みかけた。

リーリエ「なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……」

ヨウ「……リーリエ」
155 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:22:52.85 ID:Bid32i8t0
そしてリーリエは再び僕の唇に、自分の唇を押し当ててきた。

今度はさっきのように軽く触れたものじゃない。ゼリーのように柔らかい彼女の舌が口の中に入って、僕の舌と絡み合わせ激しくさせていく。

ヨウ「んっ……」

リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ」

唇を通して、リーリエが僕の心の中に入ってくる。リーリエが、僕の心に住み着いて暖かくさせてくれる。

それがどうしようもなくくすぐったくって、冷たかった僕の心を沸き立たせた。

その時、僕は気付いたんだ。
僕の想いを誰かに聞いて欲しかった。僕の心の底にあるものを、知って欲しかった。

でも、僕はチャンピオンとして、そしてポケモンマスターを目指す者として、自分のプライドを守るためにいつの間にか、みんなとの間に壁を作ってしまっていたんだ。

だから、僕は知らず知らずのうちに苦痛も自分の想いも自分の内側に溜め込んで、閉じ込めていた。その矛盾が次第に身体だけじゃなくって、僕の心も蝕んでいた。

リーリエが僕の心に閉じ込めていたものを見抜けたかどうかわからない。だけど、いつか彼女が、『わたしが困っていると、いつもヨウさんがいます』と言ってくれていた時とは逆に、今は僕が辛い時、彼女はこうしてそばにいてくれた。

それが、どうしようもなく嬉しくて、たまらなかった。

ヨウ「リーリエ……」

リーリエ「ヨウひゃん……んぅ」

不思議だ。人に愛されると、こんなにも愛してあげたくなるものなのか。気が付けば、僕はリーリエに夢中になっていた。

だけど、リーリエはそれ以上に僕に夢中になっていて、キスしながら僕を岸まで押していき、そのまま僕の上半身が傾くと、リーリエが覆いかぶさって、キスの雨を降り注がせる。

リーリエ「ヨウさん……酷い傷……わたしが癒してあげますね」

リーリエが艶かしい笑みを浮かべると、今度は僕の脇腹にある傷口に唇をくっつけて、舌で優しく舐め始めた。ぞくり、と足の根元から脳天まで、快感が僕を貫いたと同時に疲れきった心を慰撫させる。
156 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:24:19.93 ID:Bid32i8t0
次第にリーリエは僕の上半身を、あたかもイッシュへ観光した時に買ったヒウンアイスでも舐めるかのように味わい始めた。

腹回りや首筋、胸を、吸血するズバットよろしく甘噛みしてきた。僕がちょっと痛がっても、リーリエは溶接したかのように、離れようとしなかった。

ようやくリーリエが離れたとき、一度彼女と目があった。
リーリエの翠色の瞳には、僕以外のすべてが映っていなかった。力が抜けきって、浮かべていた笑みすらもとろけてしまいそうなものだった。

リーリエ「えへ……ヨウさん」

――うふふ、ビーストちゃん

ヨウ「……!」

不思議とその様子が、ウルトラビーストに執着していたルザミーネさんと重なってしまった。
なぜ今更、捨てたはずの疑念が湧いてきたんだ。僕はこんなにも、リーリエを愛し始めているのに。

ヨウ「……!」グッ

リーリエ「ヨウさっ……んんっ」

邪推している自分から逃げるようにリーリエを抱き寄せ、唇を重ねた。
今は、考えるのをやめよう。ただひたすら、僕を愛してくれる人の暖かさと優しさを感じていたい……。

リーリエ「ヨウひゃん……はふぅ……」

ヨウ「……」

再び海繋ぎの洞窟に、僕とリーリエが紡ぐ艶かしい水音が響いた。
157 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:26:06.18 ID:Bid32i8t0
しばらくして僕はキスを止めにして、惜しみながらもリーリエから離れた。僕とリーリエの口からキラキラと光る透明の糸が伸びたけれども、すぐにどろりと切れて湖の水に溶けていった。

岸に上がって昂ぶった気分を落ち着かせると、僕の心にはふたつの相反した気持ちが存在していることに気付かされた。

リーリエを愛してあげたい暖かな気持ち、そしてリーリエは僕に執着して、ルザミーネさんのようになってしまうのではという疑念。

ヨウ「どうしてなんだろうな……」

リーリエ「え?」

こんなにも愛しているのに、リーリエを疑わなきゃいけないのか。
それでも――。

ヨウ「リーリエが初めてだ」

僕の領域に踏み込んできて、そばに寄り添ってくれた人が――。

ヨウ「よりにもよって、君に……」

僕を独り占めしようとするかもしれない、下手をすれば僕の自由を奪って、夢を閉ざしかねないかもしれないかもしれない人を愛してあげたいなんて。

ヨウ「僕はどうかしてるな……」

リーリエ「どういう……ことですか?」

ヨウ「んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ」

ヨウ「それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな」

リーリエ「か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!」カアッ

リーリエも、さっきまで自分がやった行為を思い出して、顔が熟れているマトマのみよろしく真っ赤になっている。
いやぁ本当にびっくりした。もっとリーリエは奥手かと思っていたけれども、こんなふうにがっついてくるなんて。

でも、それほど僕のことを好きになってくれたってことだよな……。

ヨウ「……ありがとう」

リーリエ「……うぇ?」キョトン

僕は再び湖に入ると困惑しているリーリエに近づいて、彼女の頬に優しくキスして、抱きしめた。
158 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:27:24.21 ID:Bid32i8t0
ヨウ「僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ」

リーリエ「……」

リーリエは何も返さなかった。だけど、背中に手を回して僕を抱きしめ返してくれた。そして彼女の目元から、一粒の涙がこぼれ落ちるのが見えた。

……リーリエはよく僕のことを不思議な人、と言ってくれたが、そのセリフをそのまま君に返してやりたいほどだ。最初は正直、気味の悪い人間と思っていたのに……いつのまにか、僕の心の大きな部分を占めているのだから。

ヨウ「フッ、僕の服も濡れちゃったな」

リーリエ「あ……」

それからは何事もなく……お互いの服が乾いたところで、誰にも見られないところでこっそり手を繋ぎながらリリィタウンで僕たちは別れを告げた。

家に帰って風呂にでも入ろうと服を脱いだとき、僕はあることに気付いた。

ヨウ「リーリエ、いくら好きだからってやりすぎだよ……」

首からお腹にかけて、彼女が残していった夥しい数の痣を見て、僕は笑うしかなかった。
この痣は、まるで僕がリーリエのものであることを証明する焼印に見えたのは、気のせいでありたい。

だけど、鏡に映る僕の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかで、島巡りをしていた時よりも、明るく、満ち足りたものになっていた。
159 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:33:28.00 ID:Bid32i8t0
僕はとりあえず、バイトを辞めた。
リーリエに諭されたことで、僕は自分の過ちに気付くことが出来た。夢を目指すことは大事だし、みんなに尊敬されるチャンピオンで在り続けるのも僕の仕事だ。

でも、みんなを――少なくともリーリエに心配されてまで、することじゃない事を気付かされた。もし過労で倒れてしまえば、元も子もないしな。もっと自分の体調と仕事に折り合いを付けることが、今の僕の課題だ。

幸い、僕のポケモンたちは防衛戦やウルトラビーストとの戦いを経て殿堂入り直後よりもはるかに鍛え上げられていた。

これなら僕のことを知り尽くしているハウやグラジオたちに負ける気はしなかった。バイトしていた時に稼いだ金もあるし、新しいポケモンを1〜2匹育てる分なら平気だ。ポケリゾートもある。

休みが増えてプライベートでハウたちと会う機会も増えた。

ハウは僕が無茶していた事を知らなかったものの、「ヨウとは最近戦ってばっかでーこうやってマラサダをいっしょに食べるのは久しぶりだよねー」なんて嬉しそうに言っていた。……本当に、みんなには心配をかけてしまったね。

そしてなにより、リーリエといる時間ができたということだ。

リーリエもビッケさんやグラジオと協力してルザミーネさんを治療する方法を探してアローラ地方を奔走しており、とても忙しい身だ。

それでも、わざわざ時間を割いて僕に会いに来てくれた。遠くで目を合わせれば、すごく嬉しそうに笑って、僕に手を振ってくれる。

デートするときも、僕のために初めて会った時や気合を入れた時とは違う、新しい服装や髪型にイメージチェンジして現れてくれたこともあった。

リーリエ「ヨウさん! アマサダ買ったんです。いっしょに食べませんか?」

リーリエ「そ……その、ヨウさんたちと初めて会った時の服を参考にして着替えてみたのですが……どうですか?」

リーリエ「ふふっ、ラブラブボールという貴重なボールなのですが……欲しいですか?」

リーリエ「かあさまのことが全部終わったら、ヨウさんと旅したいです。でも、どうしたらヨウさんの助けになれるのか分からなくって……」

リーリエ「前みたいに無茶、してませんか? 辛かったら、いつでも言っていいんですからね……?」ナデナデ

リーリエ「ヨウさんって……とってもあったかいです。このままずうっと、こうしていたいな……」ギュウ

リーリエ「わたし、ヨウさんがいてくれたから、頑張れるんです」

マラサダを食べたり海で泳いだり、手をつないだり、人目のつかないところでキスしたり抱き合って慰みあったり……。

特にソルガレオは、もともとリーリエと過ごしていただけあってか、何かにつけて僕にお節介を焼いて、リーリエと僕をくっつけようとしていた。
160 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:35:47.19 ID:Bid32i8t0
午前に行われた防衛戦を終えたとき、お昼ご飯とポケモンたちのねぎらいを兼ねてマラサダを買いに行った時のことだ。
たくさんのマラサダが入った袋を片手に帰路に着いていると、ソルガレオがボールから飛び出てきた。

ソルガレオ「ラリオーナ!」

ヨウ「どうしたんだ、急に?」

ソルガレオ「ラリオ!」

ヨウ「マラサダ、食べたいのか。もう少し待ってなよ。家に着いたら食べさせてあげるから」

ソルガレオ「ラリオ!」ブンブンッ

ヨウ「……? じゃあなんだ?」

ソルガレオ「ラリオーナ」クイッ

ソルガレオが向いた方向は海の先――遠くに見えるのはエーテルパラダイスだ。
彼の性格を知っている僕は、なにをさせようとしているのか、すぐに理解した。

ヨウ「お、おいおい。会いに行けってのか」

ソルガレオ「ラリオーナ」

ヨウ「そういうわけにはいかないだろ、リーリエだって忙しいんだ」

ソルガレオ「……」プイッ

リーリエの事情を話そうとしても、「あっ、そう」と突っぱねられてしまった。

更にジロリと横目で僕を睨んで、「リーリエと一緒に食べないと、次の防衛戦で言うこと聞いてやらないぞ」と遠まわしに訴えてきた。

やむを得ない。このままの態度だと防衛戦にも影響が出かねないし、恥ずかしさ半分、仕方なさ半分でエーテルパラダイスに向かうことにした。
161 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:41:12.28 ID:Bid32i8t0
リザードンライドでエーテルパラダイスに向かい、ビッケさんに「リーリエに会いたい」と言うと、聞いてもいないのに、ニコニコ笑いながら「ちょうどお嬢様も調べものが一段落ついて、お昼の休憩をするところなんです」と話しながら、リーリエを呼びに行った。

リーリエがビッケさんあたりに僕と付き合っていることを話していたとしたら、かなり恥ずかしくなってきた。あまり僕とリーリエが付き合っていることを公にしたくなかった。

すぐにリーリエはポニーテールを揺らしながら僕のもとに来た。

リーリエ「ヨウさんがお昼ご飯のお誘いをしてくれるなんて嬉しいです! 是非ご一緒したいです!」

ヨウ「ああ、うん」

正直、いきなりの対面だったからか、心の準備が出来ていなくて目が合わせらないところがあった。

僕とリーリエは、彼女の住んでいる屋敷の前の広場でアローラの海を眺めながら、マラサダを食べることになった。僕はカラサダを、リーリエはホイップポップの入ったアマサダをそれぞれ口にした。

リーリエ「こうやって誰かと一緒にご飯を食べられるって、とても幸せなことですよね」

ソルガレオ「ラリオーナ」

リーリエ「ふふっ、ほしぐもちゃんもそう思いますよね?」

ヨウ「お前……いつ出てきたんだ」

すると、リーリエが僕の顔を覗いてきた。なにか変なところでもあるのか?

リーリエ「ヨウさん、ちょっとじっとしてて下さいね……」

ヨウ「?」
162 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:42:24.56 ID:Bid32i8t0
どうかしたのか、と返そうとすると、リーリエは僕の口元に指を伸ばして、くっついていたカラサダの中身を拭き取ったんだ。

そしてそのまま、自分の口の中に入れると……。

リーリエ「〜ッ!!」ピクッ

ヨウ「……ふっ」

たぶんリーリエはドラマとかでよく見る男の口についた食べ物を女が拭き取るシーンの真似をしたかったのだろう。

だが、不幸なことに僕が食べているカラサダの中身は、確かトウガのみを細かく刻んだもの。だから、甘党のリーリエにとってはちょっとでも辛く感じてしまうだろう。

その様子がおかしくって、ちょっと笑ってしまった。さすがに可哀想だし、モモンのみジュースをリーリエに渡してあげた。

ヨウ「ほら、これ飲みなって」

リーリエ「ひゃい……ありがほうごひゃいまふ」

ヨウ「ククク……次は気を付けなよ?」

リーリエ「っっ……もうっ!」

僕の冗談にリーリエが恥ずかしがりながら軽く押すと、ソルガレオは、「もっとくっつけ」とたてがみで続けて僕の背中を小突いてきた。

もちろん、巨大な体格のソルガレオなんかに小突かれたら、勢いよく倒れるに決まっている。それも、リーリエの方向に向いていたのだから、やったらどうなるか、こいつは分かっていただろう。

リーリエ「ひゃあ! よ、ヨウさんっ!」

ヨウ「……」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ヒューヒュー

ソルガレオの喜ぶような声を耳にしながら、いい加減余計なお節介するのはやめて欲しいと、心の中で念じた。

とりあえず、街中や道路でひと目も憚らずイチャイチャしているラブラブカップルに悪態ついたり、笑えるような立場でなくなったのは間違いない。

リーリエが僕に依存してしまうことが不安ではあったけれども、それ以上に心が満たされていく気分になる。

ただ、そうやってリーリエと逢引していると、次第に色ボケして戦いに集中できない時があった。それを見抜かれたカヒリさんが「最近たるんでますよ。もっと気をしっかり引き締めてください。あなたはチャンピオンなんですから」と注意されてしまった。

まったくだ、色ボケが原因でチャンピオンの座を明け渡すなんて笑い話もいいとこだ。きちんとメリハリを付けないと。

チャンピオンとして挑戦者と戦ってポケモンたちと高みを目指していく一方で、僕はリーリエやハウたちと、どこかへ行ったりデートしたり、いろんなものを見たり……島巡りとはまた違った、今まで夢を追い続けてきた時とは違う、穏やかな日常を過ごしていった。

これまで、ほとんどポケモンマスターになるための修行といっていい人生を送ってきた僕にとって、新鮮なもののように感じられた。
こんな生活を送るのもいいかもな、なんて思いながら毎日を過ごしていたのだが……。

その日常は、突然崩れ去った。
163 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:43:22.72 ID:Bid32i8t0
それは、僕が自宅で次の防衛戦の手持ちを考えていたとき、ハウが家に転がり込んできた時だった。

ハウ「ヨウーっ!! 大変ー! 一大事だよー!」

ヨウ「一大事? 新しい味のマラサダでも発表されたのか?」

ハウ「違う違うーっ! 急がないと船が行っちゃうんだよー!」

ヨウ「船……?」

最初、なんのことなのか分からなかった。
だけど、ハウに連れられてハウオリシティの船着場に向かうと、僕の心の中が一気にひっくり返った思いがした。

リーリエが、ルザミーネさんを治し……トレーナーになるため、そして自分の夢を叶えるために、カントーへ渡るのだという。

僕にそんな大事なことを黙っていた怒りも、リーリエが僕の前からいなくなる悲しみもあった。

だけどそれ以上に、リーリエが自分の夢を持って行動したことに、喜びを覚えていた。

彼女は僕に依存なんてしていなかった。自分自身の意志で僕から離れて、目標へと進んで行ったんだ。

僕は彼女に激励の言葉を送ると、リーリエはリュックからピッピ人形を取り出して、僕に差し出した。

リーリエ「ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です」

ピッピ人形……。カントーじゃよく見かけたが、リーリエにとってはきっと子供の頃からの大事なモノなのだろう。

だけど、素直に受け取ることはしなかった。彼女から宝物を渡されただけじゃなんとなくカッコ悪いし、ちょっといいことを思いついたからだ。
164 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:44:53.53 ID:Bid32i8t0
ヨウ「君の宝物を、受け取るわけにいかないよ」

リーリエ「えっ?」

困惑するリーリエの頭に、僕は今まで外に出るときに必ず被っている大事な帽子を、リーリエに被せてあげた。

ヨウ「その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで送ってくれた宝物なんだ」

ヨウ「君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?」

お互いの大切なモノが自分の夢になる励みになることを祈り、アローラで作った思い出と僕とリーリエがどんなに大きな存在か、忘れないために。

リーリエ「……はい!」

リーリエ「ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために」

ヨウ「もちろんだ」

するとリーリエは僕に近づいて、恥ずかしがりながら周りに聞こえないぐらいの小さな声で話しかけてきた。

リーリエ「ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……」

リーリエ「その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです」

これは……告白なのか?
しばらくリーリエと会えないというのに、天にも登る心地だった。

そしてこれが、僕と彼女の二人だけが交わす大切な約束であり、遠くにいても僕とリーリエを結ぶ、絆とはまた違う強いつながりになった。

ヨウ「……ああ、いいよ」

リーリエ「本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?」

ヨウ「もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ」

それ以上、リーリエは何も返さなかった。僕をひたすら見つめて、そして迷いを断ち切るように大きく息を吐いて呟いた。

リーリエ「こういう時、さよならと言うのですね」

ヨウ「違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ」

まだまだ、リーリエは世間知らずのところがあるな。カントーはなんだかんだ言って裏表入り乱れているところがあるから、めいいっぱい揉まれながらたくさんのことを学んでくるといい。

リーリエ「じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士」

ククイ博士「おう! いつでも帰っておいで!」

ハウ「言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!」

ヨウ「リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ」

言うだけのことは言った。後は夢が叶ったあと、全部話すつもりだ。同時に彼女がトレーナーになって何を目指すかもあえて聞かなかった。

リーリエ「はい! みなさん……アローラ!」

彼女の乗った船が、水平線の向こうへ消えるまで僕たちは手を振った。彼女にとっては、夢に向かう船出だ。
165 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:46:32.01 ID:Bid32i8t0
いささか僕も休みすぎたかもしれない。

リーリエが僕から離れて、頑張っているんだ。僕だって、自分の夢を叶えなくちゃいけない。彼女が夢を叶えてアローラに帰ってきたとき、僕もポケモンマスターと呼ぶにふさわしい男になっていなければ。

リーリエがアローラから旅立ったように、僕も再び、夢への船出の時が訪れた。

リーリエが夢を叶えるため、アローラを離れたことをバネに、僕もチャンピオンの仕事と、夢へ向かうための鍛錬に精を出した。

一日でも早く、ポケモンマスターに近付くため、時にはアローラ各地に出向いては、強いポケモンやウルトラビーストを探し求めてはゲットして育成し、時にはハウやグラジオ、ハラさんやハプウさんといった仲間といっしょに修行に励んだ。

そんな時、ポニ島の遥か北にある、ポケモン勝負の施設の『バトルツリー』の新しいボスに、伝説のトレーナーが招かれたという。

バトルツリー……時にはポケモンリーグのチャンピオンですら苦戦すると言われる強豪トレーナーたちがひしめき合い、様々なルールのポケモン勝負を繰り広げる、まさにトレーナーのための施設だ。

何度か訪れたことがあるが、トレーナー達はアローラでは見たことのないポケモンや戦術を披露しており、防衛戦では無敗の僕ですら一筋縄では行かず、時には負けて連戦が途切れてしまうこともあった。

そんな施設のボスに立つのだから、伝説級のトレーナーでなければふさわしくないだろう。
バトルツリーに挑戦する傍ら、どんな人物がバトルツリーのトップに立つのか様子見しに行った。

そこで待っていた人を見て、僕は生まれて初めて身体が痺れた。

グリーン「はじめまして、アローラのチャンピオン!」

レッド「……」

テレビで見て僕の憧れであり、夢の原点であるレッドさんとグリーンさんが、僕の目の前に立っていた。彼らこそがバトルツリーに呼ばれたレジェンドだった。

その際、レッドさんに勝負を仕掛けられたのだが……あくまで様子見というレベルで、あっさり勝つことができた。彼らは、次に戦う時はバトルツリーで連勝を重ねた時――その時こそ、本気で勝負しようと僕に約束してくれた。

……こんなことを言われたら、是が非でも戦いたくなってしまう。トレーナーとしてのサガとして、ポケモンマスターを目指す男として、当然の反応だ。
166 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:48:24.44 ID:Bid32i8t0
そうして僕は防衛戦をする傍らで、レジェンドに勝つためにバトルツリーという戦場へ、身を投じていった。

グラジオ「オレが連れだしたのとは別個体のタイプ:ヌルだ……。隠された存在として、シークレットラボAにいてな。オマエならそいつに、広い世界をみせてくれる……!」

タロウ「チャンピオン! 今からおすすめの技、教えてよ!」

アクロマ「よろしいっ、なかなかのものですっ!」

グズマ「そんなもんかチャンピオン! オレ様はまだまだブッ壊れてねーぞ!」

マーマネ「試練のあと、今度は天文台で勝負っていった言葉を守るために来たよ」

シロナ「あんな楽しい勝負も必ず終わってしまうのね……」

ギーマ「負けて全てを失い……次に望むものも勝利!」

僕はバトルツリーにいる多くの強者トレーナーと戦い、勝ち抜いていった。

もちろん、ツリーにいるトレーナーもそうやすやすと倒されるわけもなく……僕の予想を超える戦術を取るトレーナーや、伝説のポケモンを使ってくるトレーナーも現れた。

幾重にも渡る戦いを経ていくうちに、多くのポケモンもトレーナーも知り、強くなれるだけでなくレッドさんたちやその先にあるポケモンマスターに一歩一歩近付くと実感できた。

だが……バトルツリーで勝ち進んでいくうちに、戦っている自分自身に疑問を覚えていくようになっていった。


――こんなことをして、リーリエは喜ぶのか?
167 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:50:09.75 ID:Bid32i8t0
僕はだんだん、バトルツリーで勝ち上がっていくために、手段を選ばなくなってきていた。

チャンピオンですらいちトレーナーとしかみなされないこの施設は、はっきり言ってレベルが高い。バトルツリーの連戦と比べれば防衛戦なんてハノハノリゾートでナマコブシ投げしているくらいのんびりしたものだ。

だから、伝説のトレーナーのレッドさんとグリーンさんと勝負して、この二人に勝つためなら文字通りなんでもやった。

孵化を繰り返し、生まれつき強い個体を持つポケモンの厳選をし、更に時間はかかるが勝てる戦法を考えたり、ポケモンに持たせる道具からトレーナーの戦術にいたるまであらゆるものを研究した。

ヨウ「この個体では……どう育ててもあのポケモンよりも遅くなってしまうな」

厳選だって、僕の望みでない個体はポケリゾートに送って施設の発展に貢献させたり、子供のトレーナーにあげてしまったこともある。

ヨウ「シルヴァディ、大爆発だ」

手持ちのポケモン一匹一匹を勝つための駒とみなした結果、役目を終えさせた後だいばくはつで道連れにしたこともある。

ヨウ「テッカグヤ、みがわりだ」

耐久力と持久力をモノにした戦術で、相手のポケモンを真綿で首を絞めるように倒したこともあった。

トレーナーとしては当然のやり方かもしれない。ひたすら勝つことを考えていくと、自然とそういう手段を取らざるを得ないのだから。

ヨウ「ありがとう。お前たちのおかげで、勝ち抜くことが出来たよ」

ガオガエン「ガオッ」

シルヴァディ「ドドギュウウーン!」

テッカグヤ「フー……!」

それに、僕のポケモンたちも、僕の気持ちを理解してくれている。ガオガエンやシルヴァディも、勝利のためにその身を捧げてくれた場面が何度かあった。

だけど、一般人の目線からすれば、著しく倫理に欠けたモノとして見られても仕方のない部分もある。

リーリエなんて、ポケモンが傷つくことを嫌っており、ソルガレオを「家族」と呼ぶほど愛情を注ぐほどのポケモン好きだ。
168 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:51:48.99 ID:Bid32i8t0
無論、カントーに行ってトレーナーとしての経験を積んでいるだろうから、ある程度は平気かもしれない。だけど、彼女が今の僕を見て喜ぶような顔をしないのは間違いない。

だが、バトルツリーで戦い抜いて、強豪トレーナーやその先にいるレッドさんたちに勝つためにはこの方法しかないのも事実だ。

時が過ぎて、リーリエと再会して、彼女と旅をすることになったら? ひょっとしたらリーリエは我慢して僕の考えに理解を示してくれるかもしれない。

……いや、リーリエに僕のやり方を強制させたくないし、彼女がポケモンをモノのように扱う姿も見たくもない。

現に、バトルツリーではルール上使えないというのもあるが、ソルガレオに手段を選ばない戦い方を強いることは出来なかった。
ソルガレオは、僕にとってアローラとリーリエとの思い出の象徴だから。

このままのやり方を続けていけば、リーリエとの約束を果たすことができない。かといって、今のやり方を捨てれば夢が遠のいてしまう。

――夢(ポケモンマスター)か、約束(リーリエ)か

夢に向かって進もうとするたび、僕の心の中に住んでいるリーリエが、アローラで彼女と育んだ思い出を蘇らせてくる。

約束を果たすために夢を捨てようとすれば。それまで僕が負かしてきたトレーナーたちが僕を押しつぶそうとしてくる。

だが……リーリエはもともと、自分の夢を叶えるためにアローラを出て行った。次にアローラに帰って僕に顔を見せるのは、彼女が夢を叶えてからだ。

なら僕だって同じだ。自分がポケモンマスターになる夢を叶えなければ、リーリエに会って、彼女との約束を果たす資格なんてないんじゃないのか。

少なくとも僕は……リーリエと対等になるまで、彼女と約束が果たせない。僕はそう思った。
169 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/12(木) 19:53:04.88 ID:Bid32i8t0
今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!
170 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:18:39.35 ID:wHh+9AYL0
そして僕は、バトルツリーのてっぺんに立つ、レッドさんとグリーンさんにそれぞれ挑戦する資格を得たんだ。

レッド「…………!」

グリーン「おてなみ拝見と行くぜ、初代アローラチャンピオン!」

シングルとダブルでそれぞれ相対する伝説のトレーナー。

僕はこれまでに培った経験と実力、そしてポケモンたちとの結束の力をすべて引き出し、彼らにぶつけた。

レッド「…………!」

メガフシギバナ「バナバーナ!」

ヨウ「ガオガエン、フレアドライブ!」

グリーン「バンギラス、じしん! ピジョット、フェザーダンス!」

バンギラス「ガオオオオッ!」

メガピジョット「ショオオーーッ!」

ヨウ「ギルガルド、ワイドガード! サザンドラ、ばかぢからだ!」

極限まで鍛え抜かれたポケモンたちが繰り広げるメガシンカ、Z技、かつてククイ博士と繰り広げたチャンピオン初の防衛戦での緊迫感を思い起こさせるものだった。

そして――僕は二人に勝った。
171 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:35:48.12 ID:wHh+9AYL0
グリーン「なるほどなっ、なかなかやるみたいだなっ!」

レッド「…………」

最初は、実感がわかなかった。

余りにも自分のしたことが大きすぎて、理解が追いつかなかったから。

そしてだんだん冷静になっていくにつれて、気が付けば僕はみんなの前でバカみたいにゲラゲラ笑っていた。

レジェンドを乗り越えられたのが、とても嬉しかった。ポケモンマスターへの夢がまた一歩近づけた気がした。

レッドさんもグリーンさんも、僕との戦いが気に入ったらしく、時々会ってはポケモンについて意見交換したり、チャンピオンとはどうあるべきか、あれこれ語り合うようになってきた。

これなら、ポケモンマスターに近づける。彼女との約束を果たせるかもしれない。

もっと、強くならなければ。

ヨウ「レッドさん。僕はもっと強くなりたい……。強くなって、自分の夢を叶えたい。どこかいい修行場所はないですか?」

レッド「…………」

僕はレッドさんとグリーンさんの導きで、ジョウト地方のシロガネ山に向うことになった。
172 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:39:45.01 ID:wHh+9AYL0
だけどソルガレオは今回ばかりは素直に言うことを聞いてくれなかった。
当然だ。彼とは長い付き合いだし、きっとソルガレオは僕とリーリエの約束のことも知っている。当分、僕とリーリエが会えなくなることもなんとなく分かっているんだろう。

ソルガレオ「ラリオっ!」

ヨウ「ごめんな……ソルガレオ。僕はもう、君と一緒にいるわけにはいかないんだ」

ソルガレオ「ラリオーナ!」

カプッ

ヨウ「あ痛たっ!」

ソルガレオ「ガウウ……」ググッ

いやだ、と抵抗するように、僕の手を軽く噛んできた。

ヨウ「ソルガレオ……」

ヨウ「僕も君とは別れたくないさ。君は、僕とリーリエの思い出の象徴だ」

ヨウ「だからこそ、僕たちが紡いだ島巡りの思い出を、僕の夢で汚したくない」

ソルガレオ「ラリオ……」

ヨウ「リーリエが戻ってきたら、キミは僕ではなくリーリエの夢を叶えてやりな」

ソルガレオ「ラリオーナ……」

ヨウ「そんな顔するなよ。永遠の別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ」ナデナデ

ヨウ「その時まで、サヨナラだ」

ようやくソルガレオは諦めてくれたのか、素直にボールに戻ってくれた。
ともかく、リーリエが帰ってくるまで、ソルガレオの世話をしてくれる人も探さなきゃいけない。
173 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:42:21.71 ID:wHh+9AYL0
幸い、その二つの条件を満たせる人は身近なところにいた。

ハウ「ええーっ! ヨウ、アローラを出て行くのー!?」

ヨウ「オーバーに捉えすぎだよ。修行の旅に出るだけだ」

ククイ博士「また急な話だね……。どうしてだい? 君は十分強いじゃないか」

ヨウ「……僕は僕を受け入れてくれたこのアローラが好きだ。島巡りの時も、みんなが一丸となって応援してくれた」

ヨウ「出来ることなら、ずっとここに住みたい。だけど、いつまでもここでチャンピオンの座であぐらかいていたら、僕の夢が遠のいてしまいます」

ヨウ「チャンピオンを防衛している時やバトルツリーに行っているとき、アローラだけでなく、色んな地方のトレーナーと戦った。そこでは様々なトレーナーとポケモンたちが僕に多様な戦術を見せてくれた。僕は自分の視野がとても狭いということを理解したんです」

ヨウ「僕は世界中を回ってあらゆるポケモン、そしてトレーナーたちと戦いたい。改めてそう思いました。そのためには、アローラのチャンピオンでいるだけではダメなんです」

ククイ博士「……君にとって、チャンピオンになって、バトルレジェンドたちに勝ったことは、ひとつの通過点に過ぎないって言いたいのかい」

ヨウ「はい。僕の夢は、それよりもずっとずっと、高いところにありますから」

ククイ博士「……そうだよな」

ハウ「きっとヨウならもっともっと強くなれるよー! 本当に、ポケモンマスターになれちゃうかもー!」

ククイ博士「ああ! ヨウならなれるさ!」

ヨウ「ありがとう。それでハウ、ひとつ、頼みがあるんだ」

僕はソルガレオの入ったマスターボールを、ハウに手渡した。

ハウ「このボールって、ソルガレオのー?」

ヨウ「ああ、リーリエがカントーから戻ってきたとき、渡して欲しいんだ」

ククイ博士「どうしてだい? 確かにソルガレオはリーリエにとって大事なポケモンだけど、君にとって、供に旅をしてきた相棒だろう?」

ハウもククイ博士も、さすがにこれには疑問を抱かざるを得なかったようだ。当然といえば当然だ。これまで防衛戦の時も一緒に戦ってきた仲間と別れなければならないのだから。

それに、僕とリーリエにとって大切なポケモンであることを、このふたりはわかっているはずだ。
174 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:57:34.96 ID:wHh+9AYL0
ヨウ「だからこそ、です」

ヨウ「ハウは……僕の戦い方がどんなものなのか、知ってるだろ?」

ハウ「……!」

ヨウ「ソルガレオは、僕にとって一匹のポケモンだけじゃない。アローラの島巡りで育んだ、僕とリーリエの思い出そのものなんだ」

ヨウ「ソルガレオが喩え僕のやり方を分かってくれたとしても、僕自身が許せないんだ」

ヨウ「こんな……ポケモンをモノとして見るようなやり方してたら、きっとリーリエは怒るだろうしね」

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」

ヨウ「リーリエだって、自分の夢を叶えるために、カントーへ行ったんだ。あいつが帰ってきて、僕だけ夢を叶えていないなんて、そんな情けないことはしたくない」

ハウ「でもーリーリエが戻ってきたとき、きっと寂しがると思うよー。ヨウはそれでいいのー?」

ヨウ「……」

僕はすぐに言い返せなかった。僕がアローラから旅立つということは、リーリエとの約束を反故することを意味するからだ。
リーリエが帰ってくるまでにポケモンマスターになるなんて、無理だろう。

まったく、リーリエとの約束を果たすために、約束を反故にするなんてね。……ずいぶん矛盾しているよ。

軽く十秒ほど経って、僕は口を開くことができた。

ヨウ「……僕は自分の夢を裏切らない。そう決めたんだ。喩えそれが、リーリエと離れることになったとしても」

ヨウ「リーリエといるとき、すごく楽しいよ。あんなに他人と一緒にいて楽しいって思ったことはこれからもないかもしれない」

ヨウ「だけど、リーリエの事ばかり考えてはいられない。自分の夢を叶えるためには、我慢しなきゃいけないこともあるってことさ」

ハウ「……そっかー」

ハウはちょっと残念そうに笑いながら、ソルガレオの入ったボールを仕舞った。

ハウ「でもそれだけヨウが夢を大事にしてるってこと、よくわかったよー。リーリエもきっと、ヨウのこと待っててくれるよねー」

ヨウ「ああ、きっとな」

後ろ髪を引かれる思いをしながら、僕はチャンピオンの座を降り、家族を置いて、一人でアローラから出て行くことになった。
175 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 18:58:37.59 ID:wHh+9AYL0
※修正

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに次に会うのは、自分の夢を叶えてからだ」

ヨウ「ソルガレオに会うのも、リーリエに会うのも、自分の夢を叶えてからだ」
176 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 19:00:24.53 ID:wHh+9AYL0
無論、アローラ地方は大きな騒ぎになった。それもそうだ。チャンピオンが他地方へ修行することはあれど、すぐに辞退するなんてそうそうないケースなのだから。

それに、初代のチャンピオンともなれば前代未聞だろう。

しまキングたちは元々ハラさんの言伝で知っていただろうけれども、キャプテンたちやグラジオには寝耳に水だったようで、僕の家に押しかけてきていた。

なぜチャンピオンをやめたのか、なぜアローラを出て行くのか、何回彼らに説明したか覚えていない。

ただ、反応もそれぞれで、わりと印象に残ったのが、必ず戻って来てね、と泣きじゃくるアセロラとマオ、それをなだめながらも「寂しくなるのう」としんみりと笑いかけるハプウ。

後は帰ってきたらテメー以上に強くなったオレがブッ壊しに来てやると息巻くグズマさん、次に相まみえるときはアローラの踊りの真髄を見せるつもりだ、とよくわからない約束をさせられたカキとやまおとこのダイチぐらいか。

彼らと話をしていて、本当にここでは、たくさんの大切なものを得ることができたんだな、と実感した。その中にはリーリエだって入っている。

だけど、僕はそれを全て捨てるつもりでここを出て行くんだ。

カントーへ向かう飛行機の中で、繰り返し繰り返し、僕は自分自身に問いかけた。「ポケモンマスターは、周りの関係を全て断ち切ってでも手に入れるものなのか」

……僕はまだ迷っているのか。もうアローラから離れたというのに。
177 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 19:20:14.32 ID:wHh+9AYL0
久々に帰ってきた故郷の姿は、引っ越した頃と変わっていなかった。

感慨がないわけじゃないけれど、今の僕にとっては、都会の空気はいささか息苦しいものがあった。

引っ越す前に遊んだ友達たちも、みんなトレーナーになって各地を旅しており、誰にも再開することはなかった。もう僕はカントー出身のトレーナーではなく、アローラのトレーナーになっていた。そのことが妙に寂しかった。

マサラタウンへ向かい、オーキド博士に会うと、すぐにシロガネ山へ行くための手配をしてくれた。

ひょっとしたら、シロガネ山に入るためのテストとして、カントーのジムリーダーや四天王と戦わされるのかと思ったけれど、既にアローラのチャンピオンであり、レッドとグリーンに認められる強さを持っていることから、資質を確かめる必要はないのだという。

翌日、僕はすぐにカントーのポケモンリーグを通って、シロガネ山を登った。

シロガネ山のポケモンは……確かに修行にはうってつけだった。

ウルトラビーストたちと比べるとレベルは低いが、それでもアローラの野生のポケモンとは比べ物にならないほど、強いポケモンたちでひしめいていた。いったいなにをどうしたら野生のポケモンたちがここまで強くなったのか――気になるところだね。

僕は麓のポケモンセンターと山頂にある山小屋を行き来しつつ、修行に明け暮れた。

アローラのラナキラマウンテンとはまた違った過酷さ、休む間も与えず襲いかかってくる屈強なポケモンたち。
僕の手持ちはもとより、パソコンに預けている育成予定のポケモンたちも、次々と強くなっていった。

だが、なりふり構わず野生のポケモンたちに勝負を挑む僕の姿は――客観的に言えば、悪夢を振り払うように見えただろう。
178 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 19:57:35.85 ID:wHh+9AYL0
時々、僕は山頂にあるバトルフィールドに場所に立っている時がある。

そこはかつて、レッドさんがジョウトからやってきたトレーナーと戦った有名な場所。そして、この場所にはあるジンクスがあることを、オーキド博士から教えられた。

オーキド博士「シロガネ山の修行で心身ともに極めたトレーナーが、山のてっぺんに立っていると、その人にとっての待ち人が現れるそうじゃ」

ヨウ「待ち人……」

僕の頭の中に浮かんできたのは、やはり――リーリエだった。

僕は大切なものを捨てようとしているのではないか。

ただリーリエの温もりを感じていれば、それでよかったのではないか。

ポケモンマスターなんてあやふやな未来のために生きるより、リーリエとそばにいるという今を選んでも良かったのではないか。

――そうですよ、ヨウさん

――まだわたしはカントーから離れていないと思います。今からでも遅くないです。会って、約束を果たしましょう

夢に対する疑念と、心の中にいるリーリエが、僕の耳元で誘ってくる。

それを無理やり押さえ込むように、僕は洞窟の中に潜って、修行を続ける。

だが、やはり頂上に立って、リーリエを待っている時がある。

自分に課した夢と、大切な人との約束で板挟みになる。

それでもなんとか、自分が幼い頃から立志した夢を思い出し、その度に正気に戻る。

どうしてだ? 自分の夢を叶えるまで、リーリエに逢わないって決めたのに。

結局僕はふらふらと夢と約束の狭間で浮沈しているじゃないか。

バトルツリーを攻略している時と、なにも変わっちゃいない。

どうしたらいい?

オレは……。

――ラリオーナッッ!

ヨウ「……!」
179 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 19:59:52.39 ID:wHh+9AYL0
突然、シロガネ山に聞き覚えのある不思議な咆哮が轟いた。

振り返ると、アローラに置いてきたはずのソルガレオ、そして――。

リーリエ「ヨウさんっ!!」

ヨウ「リーリエ……ソルガレオ?」

ソルガレオ「ラリオーナッ!」

リーリエが僕の名前を呼ぶなり、胸に飛び込んで抱きついてきた。

リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」

ヨウ「…………」

なぜリーリエがここに?
カントーを旅しているんじゃなかったのか? それにソルガレオといっしょにいるなんて。

目の前の展開で頭が混乱して、冷静さを取り戻すので必死だった。

リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」

ヨウ「……そうか」

リーリエはアローラから出て行った時と、ほとんど変わっていなかった。
長い金髪をポニーテールにしていて、活発さを感じさせる白いシャツとスカート、ピンク色のリュックサック。

鈴の音が鳴るような甘い声は、感情が高ぶっているからか上ずっていて、僕の胸元で埋まっている彼女の顔から湿っぽい感じがした。

リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」

みんな心配していた?
ということは、リーリエは一度、アローラに帰ったのか。

ヨウ「……だろうな」

リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」

ヨウ「……」

頭が冷静になったところで、僕の頭の中である考えが浮かんできた。

修行を経て高みに上り詰めた僕、シロガネ山のジンクス、成長したリーリエ。

そういうことか……。

僕がこの手で、夢を選ぶか約束を選ぶか、ケジメを付ける時が来たんだ。そのために、リーリエはシロガネ山に導かれたのかもしれない。
180 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:02:59.97 ID:wHh+9AYL0
僕の今の気持ちをリーリエに伝えなければ。

ハウが自分自身の強さと向き合った時のように、リーリエが自分の意志を母親へ伝えた時のように、僕も変わらなければ。

だが、本当に二つに一つだけ……。両方を選ぶことは、できないのか?

僕は山小屋に向かって歩き出した。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」

僕が山篭りで使っている山小屋にリーリエを招くと、彼女は興味ありげに家の周りを見渡していた。きっと博士のクラシックヨットと重ね合わせているのだろうが、リーリエにとって、ここが趣あるようには見えるようだ。

リーリエはアローラに帰ったあと、僕を探すためにグラジオと供にこの山を登ってきたようだ。

だが、途中でグラジオはバンギラスの攻撃に巻き込まれて別れてしまい、偶然リーリエはここにたどり着いたようだ。

とにかく、行方がわからないグラジオを助けるために、ロトム図鑑の通信機能を使って、オーキド博士に連絡を取った。
幸い、オーキド博士に通信が繋がり、すぐに捜索隊が出されることになった。

リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」

ヨウ「いや、礼には及ばないよ」

ロトム図鑑「そうロトよ〜。ヨウとリーリエの仲だロ?」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

リーリエ「ヨウさん……」

リーリエがロトム図鑑から僕に顔を向けると、熱のこもった目線を送りながら、そっと僕の手を握った。

リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」

ヨウ「……ああ」
181 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:04:02.23 ID:wHh+9AYL0
椅子に座ると、リーリエはポツリとアローラから離れて、カントーで冒険したことを話し始めた。

リーリエ「わたし……最初にかあさまの治療をするために、マサキさんという方と会ったんです。カントーに住んでいたヨウさんなら、ご存知ですよね?」

リーリエ「……かあさまのリハビリをしながら、わたし、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、ヨウさんが島巡りした時のように、わたしもカントーを巡って旅をしたのです」

リーリエ「……トレーナーさんとのバトルで負けちゃったとき、とても悔しかったです。傷ついたピッピさんたちを連れて、ポケモンセンターに連れてって……」

リーリエ「たまにヨウさんとの思い出や、アローラでのコトを思い出して……ひとりで泣いた時もあります。ヨウさんに逢いたくて、胸が張り裂けたような思いが、何度もありました」

リーリエ「ハナダジムに挑戦して、カスミさんに勝って初めてジムバッジを手に入れたとき、わたし嬉しかったんです。ヨウさんに一歩近付けたって」

リーリエ「……ヨウさんがアローラからいなくなったって聞いたとき、とてもショックでした。レッドさんと戦って……あなたがここにいるって教えてくれたんです」

カントーを旅したリーリエの経験したことを聞いていくうちに、自分に対する惨めさを痛感した。

すごいじゃないか。それだけ変われれば大したものだよ。

僕は……このシロガネ山で修行しても、ポケモンが強くなるだけで……何も変われなかった。まるで成長していなかった。

むしろ、君に嫌われるぐらいに落ちぶれたかもしれない。

僕は君の約束を破り、あまつさえ君との関係すら、断ち切るかもしれないのだから。
182 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:06:27.33 ID:wHh+9AYL0
リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」

ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」

リーリエ「そう、ですね……。ふふっ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです。わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」

ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」

リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」

リーリエはそっとリュックから僕が父さんからプレゼントされた帽子を取り出した。
大事に手入れしているのか、リーリエに手渡した時とほとんど変わっていなかった。

リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」

それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、リーリエが、僕のそばにずっと一緒にいるという約束。

ヨウ「……」

リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」

リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」

ヨウ「ああ」

リーリエから渡されたピッピ人形は、今でもリュックの中に入っている。

リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」

だけど僕はピッピ人形を出さなかった。代わりに、言葉を喉から必死に絞り出す。

ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」

リーリエ「え?」

もうここまで来たら、後戻りはできない。
僕は一度大きく深呼吸し、言った。

ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」
183 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:08:23.76 ID:wHh+9AYL0
リーリエが僕の言葉を聞いた瞬間、時間が止まったかのように固まった。
そして、彼女の綺麗な翠色の瞳に絶望の色が浮かんでくる。

リーリエ「どう……して?」

ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」

リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」

よく見ると、身体も小刻みに震えている。寒さで震えているわけじゃない。
僕と離れ離れになってしまうことを、リーリエは恐れているんだ。

もっとも、それは僕も同じだが。
僕だって、リーリエと離れ離れになりたくない。

本当は抱きしめてやりたい。
「それじゃあ約束を果たそう」「これからはずっと一緒だ。どんなことがあっても一人になんてさせない」と言えばどれだけいいか。

だが、それを言うわけにはいかない。
夢を、自分の生きる意味を失ってしまうからだ。

ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」

ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」

僕は自分の本心を押し殺しながら、あくまで冷静に、事務的に、言葉を並べた。

だけどリーリエは、持ち前の意志の強さでそれを跳ね除けた。再び笑みも取り戻して。

リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」

ヨウ「……」

リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」

リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」

リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」

そうやってリーリエは、気丈に振る舞いながらどれだけ自分が成長したのかアピールし始めた。

彼女が、どれだけ僕のために頑張ろうとしているのか、聞いているだけで胸が締め付けられる。

だが、僕の答えは変わらない。

ヨウ「ダメだ」

ヨウ「アローラへ、帰るんだ」
184 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:09:21.20 ID:wHh+9AYL0
リーリエ「……どうして?」

再び、笑みが消えて絶望がリーリエの顔に浮かんでくる。

リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」

ヨウ「意地悪じゃない」

リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」

ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」

リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」

ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」

ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」

ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」

ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」

ヨウ「だけど、僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、リーリエにもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」

ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」

ヨウ「でも、ポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」

ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」

ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないとすら思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」

言い切ってから、僕とリーリエの間に沈黙が流れていた。

リーリエは僕の話を聞いていくうちに、花がしぼむように頭を下に向けて両手でスカートを掴んでいた。

そこから表情は伺えないものの、身体はなにかを抑えるように小刻みに震えていた。

リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」

リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」

リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」

するとリーリエはきっと顔を上げて、僕と目を合わせてきた。

彼女の大きな翠色の瞳は、執念と嫉妬心で燃え盛っていた。

リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」
185 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:11:26.42 ID:wHh+9AYL0
するとリーリエはでんこうせっかのはやさで、僕に近付くと、そのまま僕を突き飛ばしてきた。

気が付くと、僕の腹の上でリーリエが馬乗りになっていて、僕の両手首を彼女が掴んで抑えていた。
いったいあんな華奢な体のどこからこんな力が出せるのか分からないほどの強い力で。

リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」

リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」

リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」

そこでやっとリーリエは我に返って、すぐに僕から離れた。

リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」

僕は、何も答えることができなかった。

リーリエが僕を詰ったとき、彼女はおおよそ見たこともないような表情をしていた。

目をカッと見開き、顔をくしゃくしゃにして、まるで懇願するように涙を流していた。怒り、絶望、悲しみ、それらを全て煮詰めたようなモノだった。

僕を失ってしまうことを、リーリエは何よりも恐れていた。この世界がなくなるより、僕が自分の前から立ち去ってしまうことが、彼女にとってこの上ない苦痛なんだ。

僕が恐れていた事態――リーリエが、かつてのルザミーネさんのように、僕に執着してしまうことが目の前で起きてしまった。

だが、それ以上に……彼女自身、母親に対して「自分たちは生きている」「子は親が好きにしていいモノではない」と諭していたのに、それを裏切るように「自分はヨウさんのモノ」と言い切ったことが、悲しかった。

アローラで冒険していた頃の優しいリーリエはそこにはいなかった。

ヨウ「……」

僕なのか、こんなふうにリーリエを変えてしまったのは。

だとしたら、僕がすることはひとつだけだ。

彼女とポケモン勝負して、もう一度、彼女の周りには何があるのか、僕以上に大切なものがどれだけあるのか、僕にすがらないで自分の意志で生きて欲しいことを、勝負を通して伝えなければいけない。

彼女が抱く、僕への思いを断ち切らせなければいけない。

でなければ、この先リーリエはずっと僕にすがるような生き方をしてしまう。
186 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:12:31.36 ID:wHh+9AYL0
ヨウ「……わかったよ、リーリエ」

ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」

ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」

リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」

突然の勝負の申し込みに、さすがのリーリエも困惑を隠せないようだ。

だが、すぐに納得したのか、リーリエは拳を握り締めて僕を見据えた。

リーリエ「……はいっ!」

困惑しているロトム図鑑とソルガレオをよそに、僕とリーリエは小屋の外へ出て行くと、さっき僕が立っていた広場へと向かった。

天候はあられってところか。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。

ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」

リーリエ「……はい!」

僕は自分の手持ちからポケモンを三匹選んだ。
今の手持ちの中では、この三匹が使い慣れていて、かつリーリエに今の僕がどんなトレーナーなのかを身を以て教えることができるだろう。

僕の胸のうちは、天候に反してひどく穏やかだった。

ここで彼女を止めなければ、きっと何か、取り返しのつかないことが起きる。

僕が夢を叶える機会が永遠に失われてしまうかもしれない。

それ以上に、リーリエが僕に執着するあまり、ルザミーネさんの二の舞になることだけは、絶対に阻止しなければいけない。

トレーナーの経験が浅いリーリエに負けるつもりは無いが、ゼンリョクで潰しにかからなければ、僕がリーリエに飲み込まれてしまう。

だから、必ず勝つ。

例えそれが、彼女と約束を果たす資格を失うことになっても。

――だが、僕にそれができるのか?

リーリエが僕に向けてボールを構えると同時に、僕も彼女に向けて、ボールを構えた。
187 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:13:18.08 ID:wHh+9AYL0
〜夢の章 完〜
188 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/13(金) 20:13:56.85 ID:wHh+9AYL0
今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!
189 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:34:50.98 ID:33Hdv/eN0
ヨウ「夢か、約束か」

〜約束の章〜
190 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:35:17.43 ID:33Hdv/eN0


ポケモントレーナーの ヨウが
勝負を しかけてきた!

ポケモントレーナーの リーリエが
勝負を しかけてきた!

191 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:36:06.84 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「お願い! ピクシーさん!」ヒョイッ!

ピクシー「ピッピクシーッ!」ポンッ!

ヨウ「ゆけっ、ウツロイド!」ヒョイッ!

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」ポンッ!

ヨウさんのボールから出てきたポケモンさんを見た瞬間、わたしは戦慄しました。

なぜヨウさんが、ウツロイドさんを?
不意に、わたしの脳裏にウツロイドと融合したかあさまの姿が蘇ってきました。

まさか、ヨウさんはウツロイドさんの毒にやられて……?

ヨウ「ウツロイド、ステルスロックだ!」

ウツロイド「じぇるるっ!」バッ!

リーリエ「!」

素早く動いたウツロイドさんが触手を振り上げたと同時に、周りの尖った岩がピクシーさんに向かって飛んできました。

動揺して回避する指示を送らせてしまい、ピクシーさんの周りに、岩が周囲に浮遊してしまいました。

ヨウ「ウツロイド、更にヘドロばくだんだ!」

リーリエ「ピクシーさん! ちいさくなるです!」

ピクシー「ピクーッ!」

ウツロイドさんの触手から発射された毒の塊がピクシーさんに直撃するより前に、ピクシーさんは身体を小さくして、逃げ切ることに成功しました。

このまま身を隠しながら、パワーを上げていきます!

リーリエ「ピクシーさん、めいそうです!」
192 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:36:46.06 ID:33Hdv/eN0
さすがのリーリエもウツロイドの登場に対して、動揺は隠せないか。

それに予想通り、ピッピ系統をパーティー内に入れていた。今のところ、僕の読み通り事が運んでいる。

僕は雪に視線を移しながら、ウツロイドがステルスロックを放ったと同時に、雪の中にあるものを、彼女は落としていたことに気付いた。よし、起点作りは順調だな。

リーリエ「ピクシーさん、めいそうです!」

ピクシー「……」キィィン

ピクシーは多彩な技を覚え、戦法も多くあるが、リーリエのピクシーはちいさくなったりめいそうでステータスを上げて殴ってくるタイプか。

ステータスを上げる技の対策は出来ているが、僕の目論見がバレる可能性もあるし、長期戦に持ち込ませるわけには行かない。

リーリエがどのくらいウツロイドのことを知っているのか分からないが、まずは身動きを封じてから考えるか。

ヨウ「ウツロイド、でんじはだ!」

ウツロイド「じぇるるっぷ!」バチチッ!!

ピクシー「ピッ……!」ビリビリッ

リーリエ「ピクシーさんっ!」

さぁどうする、リーリエ。ピクシーをまひにした今、これ以上逃げ回りながらステータスを上げるのは難しくなったぞ……!

出してこい、ソルガレオを。ウツロイドを倒すには、ソイツか2体目のポケモンに賭けるしかないぞ。
193 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:37:36.07 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「……!」

ピクシー「ピッ……!」ビリビリッ

麻痺になったピクシーさんを目の当たりにして、わたしはヨウさんに視線を移しました。

たぶん、ヨウさんはウツロイドさんに寄生されたわけではないでしょう。

ウツロイドさんは、自分の身を守らせるために人に寄生して毒を注入するそうです。かあさまがウルトラスペースでウツロイドさんを捕獲しても勝負に使わなかったのは、きっとそれが理由です。

ですから、自分が傷つくであろうポケモン勝負でウツロイドさんを繰り出しているということは、ヨウさんは寄生された可能性は低いと思います。

かあさまと同じようなことがヨウさんの身に起きたわけではないことに安堵する一方で、

「寄生していれば、ヨウさんがいなくなったのも、ウツロイドさんのせいに出来るのに」

という、胸の内にいる邪な自分がそう呟きました。

ヨウさん……どうして? わたしより、ウツロイドさんたちと一緒にいるほうがいいんですか?

いいえ、泣き言を連ねたって、あの人に届きません。ヨウさんに勝つことが出来れば、一緒にいられるんです! もう、弱気になりません!

誰にも渡したくないです。わたしだけのヨウさん………!

……でも、今のピクシーさんではウツロイドさんに勝つのは難しいのも事実です。
194 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:38:10.21 ID:33Hdv/eN0
アローラに帰ってきたとき、エーテルパラダイスでにいさまに頼んで、ウルトラビーストさんのデータを見せてもらいました。
ウツロイドさんのタイプはいわ・どく。フェアリータイプのピクシーさんとは相性が悪いです。

更に言えばまひになってこれ以上コスモパワーやめいそうでステータスを上げるのは困難でしょう。

わたしの手持ちの中でどくタイプに強いのはもう一匹のポケモンさんとほしぐもちゃん。特にはがね・エスパーのほしぐもちゃんなら、ウツロイドさんを一方的に倒すことが出来ます。

わたしはステルスロックのダメージ覚悟で、ほしぐもちゃんのボールに手を掛けようとした時でした。

――これがヨウさんの狙いだったら?

わたしにほしぐもちゃんを出させることが狙いだとしたら?

ヨウさんの手持ちにはどんなポケモンさんがいるか分かりませんが、わたしがほしぐもちゃんを手持ちに入れていることは、きっと知っているはずです。

つまり、ほしぐもちゃんへの対策も出来ているということ……。
ウツロイドさんは、わたしの動揺を誘って判断力を失わせて、ほしぐもちゃんを出すために手持ちに入れたのでしょう。

そうはいきません。
ここは攻撃して、ウツロイドさんを押し切ります!

リーリエ「ピクシーさん! ウツロイドさんにだいもんじです!」

ピクシー「ピッピクシーッ!」ビリッ

ボウッ!

ヨウ「……!」

ウツロイド「じぇるっ!?」

大の字型の炎が発射されて、ウツロイドさんに直撃すると、瞬く間にウツロイドさんは火だるまになりました。

わたしとピクシーさんの反撃に、ヨウさんも驚きを隠せていない様子です。

ヨウさん……これが今のわたしの実力です。ヨウさんをアローラへ連れて帰るためなら、わたしだってなんでもするつもりです。
195 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 17:38:56.49 ID:33Hdv/eN0
ヨウ「……!」

やるじゃないか、リーリエ。僕の考えを読んでくるとは。さすが、カントーを旅しただけのことはある。

本当は出てきたソルガレオを麻痺にさせてウツロイドを引っ込めたあと、ガオガエンを出して倒そうと思ってたんだけどね。

だが、まだまだ甘いな。

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」

ウツロイドは特殊攻撃に対しては打たれ強いんだ。反撃できるチャンスはいくらでもある。

ヨウ「ウツロイド、クリアスモッグだ!」

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」バッ!

ウツロイドの全身から、不思議な色の煙が上がり、ピクシーを覆っていく。

ピクシー「ピッ!?」

リーリエ「そんな、ピクシーさんが!」

クリアスモッグで、ピッピのステータスは全てリセットした。無論、ちいさくなるも消えて大きさも元に戻る。

このまま押し切ってビーストブーストでウツロイドの能力を上げてもいいし、倒されたとしても、次のポケモンでピッピの体力を削り取れる。もうウツロイドは充分役割を果たしてくれた。

ヨウ「ウツロイド、ヘドロばくだん!」

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」ドンッ!

ピクシー「ピーッ!!」バシャッ!

リーリエ「ピクシーさんっ!」

ヘドロばくだんが直撃して、ピクシーがリーリエのそばまで吹っ飛んで、そのまま倒れた。
ウツロイドが敵を倒したことで、赤いオーラを纏い、すばやさが上昇した。

これで先にリーリエのポケモンを2匹にする事ができた。更に言えば、ステルスロック+α、加えてウツロイドはビーストブーストですばやさが上がっている。相当有利な状態だ。

だからといって気を抜くわけにはいかない。次のポケモンの出方次第では戦況をひっくり返されかねないかもしれない。

バトルツリーで、勝ったと思ったら思わぬアクシデントで逆転されたという場面が嫌というほどあったからね。
196 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:18:58.05 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「ピクシーさん……ゆっくり休んで」シュンッ

ヨウさん……やっぱり強いです。作戦を見破ってやっとヨウさんに一矢報いたと思ったら、作戦を見抜かれたときの事もキチンと考えているなんて。

でもまだまだ、諦めるつもりはないですよ、ヨウさん。わたしにはもう一匹のポケモンさんと、ほしぐもちゃんがついています!

リーリエ「お願い! キュウコンさん!」ヒョイッ

キュウコン「コォーンッ!」ポンッ!

ザクザクッズグッ!

キュウコン「コンッ……!」ガクンッ!

リーリエ「キュウコンさん、大丈夫ですか?」

キュウコン「コーン……!」ググッ

ウツロイドさんが放ったステルスロックによって、キュウコンさんは少しダメージを受けてしまいました。だけどキュウコンさんはそれを堪えて、ウツロイドさんと対峙します。

キュウコン「コーン!」カッ!

ヨウ「天候が変わった……ひでりか!」

あられが止んで、目がくらむほどの日差しが場を照らし出しました。

ウツロイドさんはさっきのだいもんじを当てても、大きなダメージにはなっていなかったです。ということは、とくぼうが高いってコトですよね……。

なら、この技で……!

リーリエ「キュウコンさんっ、サイコショックです!」
197 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:38:59.87 ID:33Hdv/eN0
キュウコン「コーンッ!」

ブゥゥン!
ドドドド!

ウツロイド「じぇるるっ……!?」

ヨウ「!」

キュウコンさんが放った不思議な念力が衝撃波となってウツロイドさんにダメージを与えました。

結果は……やっぱり、効果ばつぐんの大ダメージでした。ウツロイドさんは、とくぼうが高い代わりにぼうぎょはとっても低いようです!

リーリエ「このまま押し切りますっ! キュウコンさん、もう一度サイコショックです!」

ヨウ「ウツロイド、パワージェムで反撃しろ!」

キュウコン「コーン!」ブゥゥン

ウツロイド「じぇるるっぷ……!」キランッ!

キュウコンさんの念力と、ウツロイドさんのパワージェムが同時に飛び出して、それぞれの相手に向かって解き放ちました。

キュウコン「コンッ!」サッ!

ウツロイド「じぇるっ……!」ドドドッ!!

ですが、キュウコンさんはパワージェムが当たる直前で身を翻しつつ、サイコショックをウツロイドさんに当てることに成功しました!

ウツロイド「るるっ……ぷ」

そのままウツロイドさんは地面に倒れて、立ち上がらなくなりました。
これで、お互いのポケモンさんは2匹! ヨウさんに並びました!
198 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:39:50.61 ID:33Hdv/eN0
ヨウ「……よくやったな、ウツロイド」シュンッ!

やはりそう上手くはいかないか。
それに、ひでり持ちのキュウコンとは中々いいポケモンを持っている。

だが、ウツロイドだってただやられたわけじゃない。
既に毒はキュウコンを蝕んでいるのに、リーリエは気付くことができるかな?

ガオガエンのあくタイプ技で押し切ってもいいが、ソルガレオのためにとっておきたい。だからここはお前の出番だ。

ヨウ「行けっ、シルヴァディ!」ヒョイッ

シルヴァディ「ドドギュウウーン!」ポンッ!

リーリエ「ヌルさんの進化系……。ヨウさんもゲットしていたのですね」

フィールドに、グラジオから譲り渡された金色の毛並みを持つシルヴァディが現れる。
タイプ:ヌルから進化させるのは本当に苦労したが……その苦労に見合った活躍をしてくれる、大事なパートナーだ。

ヨウ「シルヴァディ、ARシステム起動だ!」

シルヴァディ「!」

僕はメモリの入ったケースを取り出すと、その中から青いメモリを手に挟んで、シルヴァディの頭部に向かって投擲した。

リーリエ「キュウコンさん、だいもんじですっ!」

シルヴァディの頭部にメモリが装着されると、体毛の色が青色に変わっていく。

すかさずリーリエがだいもんじを放ってきたが、もう遅い。既にシルヴァディのタイプはノーマルからみずに変わっている。

ヨウ「キュウコンにマルチアタック!」

シルヴァディ「グォォン!」グワッ!

ザクッ!

キュウコン「コーン!」

だいもんじに当たっても、それをものともせず突き破りながら、シルヴァディはみずタイプの力が宿った爪でキュウコンを切り裂いた。

キュウコン「コーン……!」ゼェゼェ

仕込んである『罠』も相まって、あっという間にキュウコンの体力は風前の灯になっている。あと一回マルチアタックで攻撃すればすぐにでも倒れるだろう。

もちろん、リーリエだってみずタイプの対策はしているだろうが。
199 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:41:42.32 ID:33Hdv/eN0
ヨウさんが繰り出してきたのは、にいさまが連れていた相棒のヌルさんの進化系、シルヴァディさんでした。

ビーストさんを倒すために作られた人工のポケモンさんで、力を制御するために被せられた重いカブトを外した姿です。

シンオウ地方に伝わる、宇宙を創造したポケモンさんをモデルにしていて、さっきのように各タイプのデータが入ったメモリを装着することで、変幻自在にタイプを変える特性を持っています。

にいさまからヨウさんに三匹いたうちの一匹を託したと聞かされていましたが……。

キュウコン「コーン……」ゼェッゼェッ

リーリエ「どうした……の?」

わたしはキュウコンさんの様子に、違和感を抱きました。

確かに、ステルスロックとみずタイプのマルチアタックで大きく体力を削られましたが、それでももう少し元気なはず。

今のキュウコンさんの体力は、瀕死になる手前と言っていい状態でした。

その様子はさっきの攻撃による傷よりも、病気などで弱っていた印象を受けました。

……病気? まさか!

わたしは地面の雪へと目を向けました。
そこで気づきました。

銀色に輝く雪の絨毯の中に、黒い不純物が混じっていたのです。

リーリエ「どくびし……?」

ヨウ「……」

わたしが口にすると、ヨウさんは「やっと気付いたか」というふうに無表情のまま肩をすくめました。
200 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:42:29.00 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「そんな、でも、いつ……?」

ふと、わたしの頭の中でヨウさんがウツロイドさんに指示を送る場面が蘇ってきました。

ヨウ『ウツロイド、ステルスロック!』

あの時、ヨウさんの指示に従うだけでなく、ウツロイドさんは自分自身の判断でどくびしをステルスロックに混ぜて雪の中に仕込んだのです。

そしてそのどくびしを、キュウコンさんは踏んでどく状態になったのです。

信じられません。ポケモンさんが、トレーナーの指示を受けずとも勝手に判断して試合を自分たちの有利に運んでいくなんて。

ヨウ「シルヴァディ、マルチアタックだ!」

シルヴァディ「オオンッ!」

リーリエ「――ッ、キュウコンさん、ソーラービームです!」

キュウコン「コォォーン!」カッ!

キュウコンさんは力を振り絞って、太陽から光を浴びて緑に輝く光線を発射しました。ひでりの状態なら、ソーラービームのエネルギーはすぐに溜まります。

そしてシルヴァディさんはみずタイプです。ソーラービームを受ければ、ひとたまりもありません!

シルヴァディ「!」

ドォォォン!!

爆発が周囲に広がり、煙がもうもうと立ち込めました。

一瞬ですが、シルヴァディさんにソーラービームが直撃したのが見えました。倒れなくても、これで大ダメージは与えられたはずです。

ですが、わたしの予想は、すぐに裏切られる結果になりました。

シルヴァディ「……」

リーリエ「……!」

確かにキュウコンさんのソーラービームでシルヴァディさんにダメージを与えました。

ですが、シルヴァディさんは、ソーラービームに直撃してもなお、大きなダメージを負った様子もなく、平然と立っていました。

どうして? 確かにシルヴァディさんはソーラービームに当たったはずなのに。
201 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:43:36.35 ID:33Hdv/eN0
ギリギリ、間に合ったな。
いくらシルヴァディでも、高火力の技で弱点を突かれたらひとたまりもない。

僕は手に持っているウォーターメモリをメモリ入れに仕舞いながら、心の中で安堵した。

ソーラービームが放たれた直後、シルヴァディは身の危険を察知して自らウォーターメモリを外し、僕に投げ渡したんだ。

すかさず僕はほのおタイプのメモリであるファイヤーメモリをシルヴァディに投げて装着させた。
そしてなんとか当たる直前に読み込みが終わり、タイプが変更されてソーラービームに耐えることができた。正直、冷や汗ものだけどね。

これはトレーナーとシルヴァディ自身の判断力と信頼関係が築かれていなければ出来ない僕だけの技術。まさかそれをグラジオの妹であるリーリエとのバトルでやるとは思わなかったな。

案の定、リーリエはソーラービームをキュウコンに覚えさせていた。

自分の弱点であるみずタイプの対策でソーラービームを覚えさせ、更にひでりでソーラービームのチャージ時間を縮める……。お手本のようなキュウコンの運用の仕方だ。

だが、それで僕の夢を潰せると思うなよ。

このままメモリを変えず、ほのおタイプのままで攻める。攻撃を躱されて反撃でソーラービームを喰らうリスクを防ぐ意味もあるが、次の相手の事もあるしね。ひでりのアドバンテージは、こっちも使わせてもらうぞ。

ヨウ「シルヴァディ、つるぎのまい!」

シルヴァディ「オオオン!」

シルヴァディが舞を踊って自身を鼓舞させ、攻撃力を上げる。もちろんリーリエはその隙を見逃さない。
202 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:44:18.50 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「キュウコンさん、サイコショックです!」

キュウコン「コーン!」カッ!

シルヴァディ「グォォッ!」ビビビッ!

ヨウ「怯むな、大した攻撃じゃない! かみくだくだ!」

僕の激を受けて、シルヴァディは地面の雪を蹴ってキュウコンに突進すると、喉笛めがけて食らいついた。

シルヴァディ「ガウウッ!」

ガ ブ ッ !

キュウコン「……!」ガハッ

かみくだくを受けて、一瞬のうちにキュウコンは意識を失ってその場に倒れた。うまく急所に当たってくれたようだ。

リーリエ「キュウコンさん……!」ダッ!

心配そうに駆け寄るリーリエに、僕はあくまで冷酷に徹して声をかける。

ヨウ「さあ、出しなよ。最後のポケモンを……!」

これが勝負の世界に生き、夢に殉じる男の姿だよ。リーリエ。
今の君は、僕がどんな人間に見える?
203 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:45:16.75 ID:33Hdv/eN0
ヨウ「……」

ヨウさんは、槍で貫くかのように、鋭い視線をわたしに送っています。
こんなふうにヨウさんに睨まれるのは初めてでした。

ヨウさんは……本気でわたしを倒そうとしています。

わたしを拒絶しているみたいで悲しくもあり、わたしがトレーナーになったことを認められたみたいで、嬉しくもありました。

わたしはキュウコンさんを戻して、最後のポケモン……ほしぐもちゃんの入ったマスターボールを手に取りました。

リーリエ「ヨウさん……」

強くて、優しくて、なんでも知っていて……。

困っていると、すぐに助けてくれて……。

いつもわたしのことを想っていてくれて、誰よりもわたしのことを愛してくれた。

空っぽだったわたしの心を埋めてくれた。

わたしにとって世界で一番大切な人。

そんな人が今、自分の夢のためにわたしを倒して、また一人で遠くに行こうとしている。

ほしぐもちゃん……お願い、わたしに力を貸して。

わたしに、大切な人と約束を果たすために、未来をつかむために、力を。
204 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:45:49.79 ID:33Hdv/eN0
リーリエ「ヨウさん……」スッ

わたしはマスターボールを構えると、ヨウさんを見据えて宣言するように言い放ちました。

リーリエ「わたし、ゼンリョクで戦って、必ず勝ちます! あなたといっしょにいるために!」

リーリエ「あなたとわたしとほしぐもちゃんで、未来を掴む為に!」

愛する人と供に。
それがわたしとほしぐもちゃんの望みなのだから。

リーリエ「ほしぐもちゃん、お願いっ!」ヒョイッ

ソルガレオ「ラリオーナッ!」ポンッ!

ほしぐもちゃんも、わたしの想いに呼応するようにボールから飛び出して咆哮を上げました。
205 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/14(土) 19:46:24.42 ID:33Hdv/eN0
今日はここまで。
次回の更新は明日の夜。お楽しみに!
206 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:04:46.03 ID:tM+/NA8e0
ついに出てきたか……。

ソルガレオ「ラリオーナ!」

ソルガレオ……ガオガエンに次ぐ僕の相棒だったポケモン。
そして、僕とリーリエが作り上げた、アローラの思い出の象徴。

ソルガレオをアローラに置いてきたあの日から、いつかこんな日が来るだろうと覚悟はしていた。

ソルガレオはまるで僕に「戻ってこい」と訴えかけるように青い瞳で僕を見ていた。リーリエと同じように。

リーリエに味方するのも当然だ。彼は進化前のコスモッグの時からリーリエと居たし、島巡りでもずっとついてきていた。

そしてなにより、ソルガレオは僕とリーリエが一緒にいた時間がとても好きだったのだから。
また僕とリーリエが一緒にいられるのなら、彼はリーリエに協力を惜しまないだろう。

だが、僕だってかつての手持ちだろうと、思い出の象徴だろうと容赦するつもりはない。
自分が切り札として育てていたポケモンだ。弱点だって知り尽くしている。
207 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:05:31.69 ID:tM+/NA8e0
ソルガレオははがね・エスパー。ステルスロックのダメージは受けるものの、どくびしでどく状態にはならない。

ヨウ「シルヴァディ! ソルガレオにマルチアタックだ!」

リーリエ「ほしぐもちゃん! じしんですっ!」

シルヴァディ「グオオオッ!」グワッ!

ソルガレオ「ラリオーナ!」カッ!

ズズンッ!!

シルヴァディの爪がソルガレオを裂くより早く、ソルガレオが衝撃波を地面に走らせて、じしんを引き起こした。

シルヴァディ「オオオッ!?」フラッ

振動がシルヴァディを襲い、体勢を崩す。
それだけじゃない。ほのおタイプのシルヴァディにじしんは大きなダメージだ。

もちろん、じしんを繰り出してくるのは想定内だ。
そろそろキュウコン戦でのダメージも響いてくる頃だ。
ひざしも弱くなったし、そろそろ頃合いか。

シルヴァディ「……」コクン

ヨウ「……」コクン

シルヴァディは僕を見ると、準備は出来ていると言うふうに頷いて、ファイヤーメモリを僕に投げ返した。

僕はメモリを入れ替えることはせず、ノーマルタイプのまま、シルヴァディに指示を送った。
208 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:12:08.95 ID:tM+/NA8e0
ヨウ「シルヴァディ、かみくだくだ!」

シルヴァディ「グァァ!」ダッ!

リーリエ「ほしぐもちゃん! しねんのずつきです!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ダッ!

シルヴァディさんが牙を剥き出しに突進し、ほしぐもちゃんは頭に意識を集中させて、シルヴァディさんを迎え撃ちます。

でもわたしは腑に落ちないことがありました。

どうしてヨウさんはシルヴァディさんのタイプをあくタイプにしなかったのでしょうか。
あくタイプのメモリに変えれば、ほしぐもちゃんのエスパータイプの攻撃を無効化できるだけでなく、かみくだくもタイプが一致して威力が上がるのに。

その疑問は、思いがけない形で解けることになりました。

シルヴァディ「グォォッ!!」

ガブッ

ソルガレオ「ガッ……!」

シルヴァディさんは自分よりも体格が大きいほしぐもちゃんに、ひるまず食らいつきました。

しねんのずつきも直撃したのですが、シルヴァディさんは諦めることなく、必死にほしぐもちゃんに食らいついて離れませんでした。

ソルガレオ「ラリォォォ!」ブンブンッ!

シルヴァディ「――ッ!」

ほしぐもちゃんが必死にシルヴァディさんを振りほどこうとする中、ヨウさんは冷静にその光景を見守りながら、命令を下しました。

ヨウ「シルヴァディ」
209 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:12:59.35 ID:tM+/NA8e0




ヨウ「だいばくはつだ」



210 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:13:58.37 ID:tM+/NA8e0
シルヴァディ「!」カッ!

ドッゴォォォォン!!!!

リーリエ「ひゃっ……!」

ヨウ「……」

一瞬、シルヴァディさんの全身が銀色に輝いたかと思うと、耳をつんざくような轟音と全身が引きちぎれそうな爆風がわたしたちを襲いました。

ゴゴゴゴ

ソルガレオ「ラ……リオ……ッ!」グググッ

シルヴァディ「グ……!」

リーリエ「そ……んな」

信じられない。どうして?

わたしはヨウさんがシルヴァディさんに送った指示にショックを隠せませんでした。

だいばくはつ……。ポケモンさんの体力全てと引き換えに、圧倒的な威力の爆発を引き起こす技。

ゴローニャさんやマルマインさなど、もともと爆発する性質を持っているポケモンさんを除けば、ポケモンさんにだいばくはつを指示させることは、トレーナーの……いいえ、人の倫理に反しています。

ポケモンさんの命を軽んじているのと同じことなのですから。

半年前のヨウさんなら、絶対にしないはずです。

ましてやシルヴァディさんは、トレーナーさんを友と認めることで自ら兜を壊して力を解放するポケモンさん。だいばくはつさせることは、その信頼を裏切ることになります。

さすがのほしぐもちゃんも、シルヴァディさんの大爆発を間近で受けたせいか、かろうじて立ち上がれる程に弱ってました。

それ以上にわたしは、ヨウさんがこんな冷酷な命令を、シルヴァディさんに下した事実が信じられませんでした。

やっぱり……やっぱりダメです。

このまま、ヨウさんを行かせちゃダメです!
211 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:16:46.23 ID:tM+/NA8e0
よく頑張ったな、シルヴァディ、後は僕たちに任せてゆっくり休んでほしい。
僕は心の中で労いながら、シルヴァディをボールに戻した。

リーリエは信じられないと言った感じで僕を見ているが……ああ、これが普通の反応だ。

マルマインでもない限り、普通ポケモンにだいばくはつを指示するトレーナーは批判されて然るべきだからね。

だけど、それはあくまで一般論だ。

トレーナーの世界では、だいばくはつで退場する事もひとつの戦術だ。バトルツリーでも、追い詰められたベロベルトやメタグロスがだいばくはつで敵を道連れにする場面を何度も見かけた。

シルヴァディも元々ビーストキラーとしての能力に加えて、ノーマルタイプであることから、どのポケモンにも負けない高威力のだいばくはつを繰り出すことができる。
その証拠に、ソルガレオの体力はあっという間に半分を切っているようだ。

シルヴァディは、僕の指示でだいばくはつすることに一切の躊躇いはなかった。

必ず僕が勝ってくれると信じて、我が身を犠牲にしているからだ。

だから僕もまた、シルヴァディの信頼に報いるように努めた。事実、シルヴァディにだいばくはつをさせた勝負は、一度として負けたことはない。

最初はともかく、今はだいばくはつというポケモンの命を軽く見る技を使っても、僕とシルヴァディの信頼関係が崩れるようなことはなかった。
……グラジオとは、結構この事でもめたけどね。彼を納得させるために、何回も彼との試合を重ねたっけ。

だから、リーリエとの勝負でも僕は負けるわけにはいかない。
役割を遂行して倒れたウツロイドと、だいばくはつして散ったシルヴァディのためにも。

そして僕は彼らの期待を双肩に担いでいる最後のポケモンが入ったボールを取り出した。
この中に入っているのは、僕がトレーナーとして初めてゲットし――今まで連れ添ってきた相棒とも言うべきポケモンがいる。

ヨウ「行けっ、ガオガエンッ!」ヒョイッ

ガオガエン「ガォォオオッ!」ポンッ!

ボールから飛び出し、ゆっくりと立ち上がったのはヒールポケモンのガオガエン。島巡りを始める際、ハラさんから貰ったニャビーの最終進化系だ。
212 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:26:08.67 ID:tM+/NA8e0
今まで島巡りでゲットしたポケモンのほとんどは、新しい世代のポケモンたちにスタメンの座を譲り渡し、ポケリゾートのわいわいリゾートでレベルの低いポケモンたちのコーチになっていった。

だが、ガオガエンだけはどうにもそうさせることができず、バトルツリーの時も防衛戦の時も手持ちに入れていた。

ずいぶん情が移ったと最初は思ったけれども、言い換えればガオガエンの全てを知り尽くしている。
一目見てどんな調子か、どんな技を使うかも分かるし、お互いの信頼も高い。言い方は悪いが、使い慣れているポケモンだ。

ヨウ「相手はソルガレオだ。手負いとは言え、気を抜くなよ」

ガオガエン「ガオオオッ!」

ガオガエンはかつての同僚であっても容赦しないというふうに雄叫びをあげた。やる気は充分のようだ。

はっきり言えば、リーリエの負けは確定していると言っていい。

ガオガエンはほのお・あくタイプ。タイプだけでなく、技のレパートリーにおいてもソルガレオの天敵とも言うべき存在だ。更に言えば、ソルガレオはシルヴァディのだいばくはつで、深手を負っている。

後は大技を出せば、全てが終わる。

僕の迷いも断ち切られる。

僕とリーリエとの約束もなかったことになる。

僕とリーリエの……アローラの思い出が……。

『助けて……ください……ほしぐもちゃんを!』

『オニスズメさんに襲われ……でも……わたし、怖くて……足がすくんじゃって……』

ヨウ「……っあ」

ヨウ「ガオガエン……おにびだ」
213 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:30:35.07 ID:tM+/NA8e0
ガオガエン「ガオ……?」

ガオガエンは一瞬、僕の命令に戸惑いを見せていた。しかし、すぐに両手に火の玉を出現させると、ソルガレオに向けて投げつけた。

今のは……?

『光りかがやく石……なんだか暖かい感じです』

『このコのこと……誰にも言わないで……ください。秘密で……秘密でお願いします』

ヨウ「……!」
214 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:32:36.37 ID:tM+/NA8e0
ソルガレオ「!」

リーリエ「ほしぐもちゃん、避けて!」

わたしの声に合わせて、ほしぐもちゃんは傷ついた身体に鞭打つように身を翻しておにびを避けることができました。

だけど、同時にヨウさんの指示に違和感を抱きました。

ガオガエンさんは、ヨウさんが島巡りする際に、ハラさんから頂いた最初のポケモンさんです。彼のことを、ヨウさんはとっても大事にしていて、殿堂入り後の防衛戦でも、手持ちの中にガオガエンさんがいない時が見たことないほどです。

だから、近くでヨウさんの戦いを見ていた素人のわたしでも、ガオガエンさんの強さはよくわかっているつもりでした。

もしもZワザや得意技であるDDラリアットを繰り出してくれば、ほしぐもちゃんは倒れていたでしょう。わたしも、負けるかもしれない不安がよぎる程でした。

ですが、それにも関わらずヨウさんはやけど状態にするおにびを指示したのです。

確かにほしぐもちゃんは物理攻撃が多い子ですから、やけど状態になれば、ますます勝ち目は無くなります。ですが、それをするくらいなら、先に攻撃技を繰り出せば、勝てるはずなのに……。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「……!」

わたしが声をかけると、ヨウさんはさっきの無機質な目つきとは打って変わって、困惑してなにかを迷っている顔になっていました。

まるで見えないものに戸惑っていて、身体を震わせて弱々しく虚空を見つめていて……。

ヨウさんは……自分自身に抗っているのでしょうか。

心の中で、わたしとの約束を守ろうとする自分と、夢を追おうとする自分が戦っているのですか?

……ひょっとしたら、ヨウさんを、取り戻せるかもしれない。

希望が、見えてきました。
215 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:33:59.44 ID:tM+/NA8e0
リーリエ「……!」ギュッ

わたしは、ヨウさんの帽子を被って、頭を冷静にしながら指示を送りました。

リーリエ「ほしぐもちゃん! じしんですっ!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」カッ!

ズズンッ!!

ガオガエン「ガオッ!?」

シルヴァディさんにしたように、ほしぐもちゃんは衝撃波を放って、地震を引き起こしました。
じしんの衝撃で、ガオガエンさんは大きなダメージを受けてよろめきました。

まだまだ、ここから一気に畳み掛けます!

リーリエ「ほしぐもちゃん! ストーンエッジです!」

ソルガレオ「ラリオ!」

ドドドッ!

ガオガエン「グッ……ガアッ!」ザザクザクッ!

次々と尖った岩がガオガエンさんを襲い、身体中を切り裂いていきます。幸運にも、急所に当たって、ガオガエンさんは息を切らしつつあります!

リーリエ「ほしぐもちゃん!」

ソルガレオ「ラリオ!」

ほしぐもちゃんも、ヨウさんの心の変化に気付いているようです。

これなら……!

この調子で、わたしとほしぐもちゃんの思いを届けることが出来れば……!
216 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:35:34.22 ID:tM+/NA8e0
なにをやっているんだ、僕は!

ソルガレオを倒すチャンスはいくらでもあるのに!

DDラリアット、フレアドライブ、じしん、Zワザ……いくらでもソルガレオにとどめを刺せる手段はあるじゃないか!

なのに……なんで僕はあんなミスを……!

リーリエ「ほしぐもちゃん! きあいだまです!」

ソルガレオ「ラリオォォ!」キィィン!

まずい! あれを喰らえばガオガエンでもタダでは済まない!

ヨウ「ガオガエン、かわしてDD……」

『マリエで買ったままの服……似合いますか?』

ヨウ「――ッ!」

まただ……リーリエの思い出が、僕の目の前に映し出される。

ドンッ!

ガオガエン「ガッ……!」ザザザッ!

そのせいで、ガオガエンへの指示が遅れてしまった。
あっという間に、ガオガエンの体力がソルガレオと同等……いや、それ以下にまで落ちてしまった。

ガオガエン「……」

ガオガエンが、僕へ顔を向けた。

僕にとってガオガエンは、トレーナーとしての僕の半身とも言える存在だ。だから、僕はガオガエンの癖や性格も全て知っているし、ガオガエンも僕がどんな人間なのか理解している。

ガオガエンは、一向に指示を出さない僕の身を案じていた。
自分自身ではごまかしていたのかもしれないけれど、ガオガエンはお見通しだったんだ。

僕の心が、夢を放棄してリーリエとの約束を守る方へ傾きかけていることに。
217 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:47:28.94 ID:tM+/NA8e0
ガオガエン「ガオォ……」

ヨウ「すまない……ガオガエン」

頭痛がする。
頭の中がリーリエの事でいっぱいになろうとしている。

彼女の笑顔しか考えられなくなってきている。

やめろ、僕は、ポケモンマスターにならなくちゃ……。

リーリエ「ヨウさん!」

リーリエが僕を呼んだ。

リーリエは目から透明な雫をこぼしながら、むき出しになった僕の心に向かって呼びかけていた。

エーテルパラダイスのあの夜、リーリエはコスモッグの姿が変わり、母親が自分勝手な都合でウルトラスペースへ消えた時、彼女は僕に涙を見せていた。

だけど今度は、僕が彼女に涙を流させていた。

僕の夢のせいで、僕が一番見たくないものを見せつけられている。

リーリエ「わたしっ、ヨウさんが自分の夢で苦しむ姿なんて、もう見たくないですっ!!」

リーリエ「お願いヨウさん! 気付いて! あなたには、あなたの夢を支える大切な人がいます!」

リーリエ「わたし、ヨウさんの夢を叶えるためならなんでもします! わたしは、ヨウさんの支えになりたいんです!」

リーリエ「もう迷わなくていいんです。ヨウさん、わたしとほしぐもちゃんとあなたで、一緒にどこまでも行きましょう……!」

ヨウ「オレ……は」

リーリエは涙を拭くと、真摯な眼差しを僕に向けた。

リーリエ「今、目を覚まさせます!」

ほしぐもちゃん、とリーリエはソルガレオに呼びかけると、その想いに応えるようにソルガレオの身体が白く輝きだし、額に第三の目が浮かんだ。

ソルガレオが真の力を解放した姿……ライジングフェーズ。敢えてあの技で、リーリエは僕との決着をつけるつもりか。

ソルガレオ「ラリオーーナッ!」

地面を蹴って、ソルガレオがフィールドの遥か上空へ飛び跳ねた。
そして、ソルガレオ自身がひとつの太陽になったかのように炎を纏うと、隕石が落ちてくる勢いでガオガエンに向けて疾走してくる。
218 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:48:31.72 ID:tM+/NA8e0
ヨウ「……」

ソルガレオが落ちてくる姿がスローモーになり、代わりに僕とリーリエの思い出が、次々と走馬灯のように浮かんでは消えていった。

『ククイ博士のお知り合いなのですね。よろしくお願いします』

『ポケモンさんが戦うのは傷ついたりするので苦手ですが、わたし……きちんと見ます』

『ヨウさんのまねをしてみました。あなた……キズついてばかりだったでしょ』

『あっ、いえ……たまたまポケモンセンターに入るヨウさんを見かけて……もし、時間がおありでしたら、是非また、ポケモンさんについて、お話を聞かせて欲しいのです』

『わたし……ヨウさんのように、どんな試練にも立ち向かえるようになりたいのです! ですからわたし、気合いれてみました! はい、全力の姿です!』

『わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……』

『わたし……色々ありましたが、アローラに来てよかったです! ヨウさんと出会えて、ううん……いっしょに旅もできて本当によかったです!』

『ヨウさん……私の気持ち……聞いていただけますか?』

『ヨウさんって……とってもあったかいです。このままずうっと、こうしていたいな……』

『わたし、ヨウさんがいてくれたから、頑張れるんです』

『ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……』

『もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!』

リーリエ、僕は……。
219 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:49:20.23 ID:tM+/NA8e0
『ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……』

『その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです』

『約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?』

『わたしっ、ヨウさんが自分の夢で苦しむ姿なんて、もう見たくないですっ!!』

『お願いヨウさん! 気付いて! あなたには、あなたの夢を支える大切な人がいます!』

『わたし、ヨウさんの夢を叶えるためならなんでもします! わたしっ、ヨウさんの支えになりたいんです!』

『もう迷わなくていいんです。ヨウさん、わたしとほしぐもちゃんとあなたで、一緒にどこまでも行きましょう……!』
220 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:50:13.87 ID:tM+/NA8e0



『あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……』



221 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 19:54:04.33 ID:tM+/NA8e0
ヨウ「……!」ギリッ!

リーリエ「届いてっ……!」

ソルガレオ「ラリオーーーーーナッ!!」

ゴォォォォォッ!!

ソルガレオが、目前まで迫ってくる。
ただ一言、ある技を命令すれば防ぐことが出来る。だけど、僕の心が、心の中にいるリーリエが声を喉の奥へ通しやって、指示をためらわせる。

夢か、約束か。

リーリエ「ヨウさんっ!」

ガオガエン「……!」

僕は……オレは……っ!!


決断の章 〜完〜
222 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:02:51.24 ID:tM+/NA8e0
エピローグ


数日後――
クチバシティの港にて。

オーキド博士「ポリゴンとも異なる人工のポケモン……。更に言えばタイプも入れ替えることができるとは、久しぶりに研究者としての血が騒いでしまったわい」

オーキド博士「今度はわしの方からアローラを訪ねたいものじゃ。アローラ地方を守護するカプ神や異次元に住むというウルトラビーストを、観察してみたいしのう」

オーキド博士「それに、孫の顔とレッドくんもどれほど成長したか見ておかねばなぁ」

グラジオ「母上やククイ博士もきっと喜ぶだろう。是非ともアローラに来て欲しい」

オーキド博士「うむ、腕の方も大事にの」

グラジオ「あぁ……あなぬけのひもを持っていたのが幸運だった。あの時は死を覚悟したが……生き延びようと思えば出来るもんなんだな。右腕を骨折しただけで済んで良かったというべきか……」

グラジオ「それじゃあそろそろ行く。博士も、お元気で」
223 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:04:29.21 ID:tM+/NA8e0
オーキド博士「それと、リーリエくんにも……」

グラジオ「……あぁ」

グラジオは博士に一礼すると、荷物の入ったトランクを引いて船着場へと向かった。
これからアローラへ向かう船の船着場の施設の中に、彼女はいた。

グラジオ「リーリエ、そろそろ船が出発する。行こう」

リーリエ「……」

グラジオがトランクを置いて、左手でリーリエの右手を取ると、無言のまま、リーリエは立ち上がった。

グラジオ「さぁ、アローラへ帰るぞ。母上たちが待っている」

リーリエ「……」

グラジオの後をついていくように、リーリエはアローラへと向かう大型船へと乗り込んだ。

グラジオは自室に自分の荷物とリーリエの荷物を置くと、彼女を甲板へと連れて行って、海のよく見えるチェアへと座らせた。

グラジオ「……一度、海でも眺めて、気持ちを落ち着かせな。そんな顔じゃ、帰ってもハウたちが悲しむだけだ」

リーリエ「……」

グラジオがいなくなって、周りでは、他のお客さんがポケモン勝負に興じたり、海を眺めている。

リーリエ「……」

もうリーリエはしゃべらない。笑わない。視線はうつろで、綺麗に輝いていた翠色の瞳はガラス玉のようになっていた。

リーリエの心は、船が進むたび上げる水しぶきよりも粉々に砕け散って、そこらじゅうに転がっていた。

リーリエ「……」


……ヨウさん
224 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:15:05.63 ID:tM+/NA8e0
リーリエ『ヨウさんっ!』

ほしぐもちゃんがガオガエンさんにぶつかった瞬間、シルヴァディさんがだいばくはつをした時以上に、大きなエネルギーと衝撃波がわたしたちを襲いました。被っていたヨウさんの帽子が、勢いで飛ばされてしまうほどでした。

あまりの眩さに、わたしはつい、目を逸らしていました。

次第に光が空中に溶け込むように消えていき、そこでやっとわたしはほしぐもちゃんたちの様子を伺うことができました。

もうもうと立ち込める煙。わたしはヨウさんに、自分の想いが届いたことを確信していました。

リーリエ『勝った……っ!』

ヨウさんに勝った。ほしぐもちゃんのメテオドライブは、間違いなくガオガエンさんに当たりました。

これでヨウさんとの約束を果たせる。あの人と一緒にいられる。

だけどその希望は、儚く打ち砕かれたのです。
225 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:15:53.09 ID:tM+/NA8e0
ガオガエン『ガオオ……!』

ソルガレオ『ラリオッ……!?』

ほしぐもちゃんのメテオドライブは、ガオガエンさんの張っていた青いバリアに阻まれていました。

あの技は、「まもる」。Zワザでもない限り、どんな攻撃も短時間防げる技です。

ヨウ『……!』ギロッ

リーリエ『そん、な……』

わたしの想いは、ほしぐもちゃんの想いは、ヨウさんに届かなかった。
ヨウさんは、鋭い目つきに戻って、わたしたちを睥睨していたのです。

そして、ヨウさんはZリングを掲げ始めました。

リーリエ『ヨウさん……いや……目を覚まして……』フルフル

だけど、ヨウさんはわたしの想いも言葉を無視してZポーズを取ると、体力の切れかかっていたガオガエンさんに、Zパワーが宿りました。

ヨウ『ガオガエン……ハイパーダーククラッシャーだ』

ガオガエン『ガオォォォォッ!!』ダッ!

闇と炎をまといながら、ほしぐもちゃんに向けてガオガエンさんは飛びかかりました。

リーリエ『ヨウ……さん……』

ソルガレオ『ラリオ……』

い……や……。

消えていく。

アローラの思い出が。

ヨウさんと交わした約束が。

わたしの夢が。

ヨウさんと紡ぐはずの未来が。
226 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:16:25.17 ID:tM+/NA8e0


わたしは、目の前が真っ白になりました。


227 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:17:02.95 ID:tM+/NA8e0
気が付けば、わたしは瀕死になったほしぐもちゃんのそばで、膝をついて呆然としていました。

ヨウさんはガオガエンをボールに戻すと、わたしに目を合わせました。

ヨウさんの黒い目は、寂しげに物語っていました。

――さよならだ、リーリエ

と……。
228 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:18:03.04 ID:tM+/NA8e0
リーリエ「……」

ヨウさんに全部奪われました。

ヨウさんとわたしが結んだ約束も。

あの人に足りない全てになりたいという夢も。

わたしの、生きる理由も。

冷たい……寒い……苦しい……。

わたしの心から、太陽すら消えていました。身体の芯から凍りついて、もう死体と変わりません。

どうして……? ヨウさんはわたしのこと、愛していたはずなのに、どうしてこんな酷い事が出来るのですか?

いっそ憎めればよかった……。
憎むことが出来れば、この身体だけでも、動かせたかもしれないのに。

ううん……あの人を憎むなんて、わたしには出来ない。
だって、あの人はわたしの全てだったから。本当に憎むのは、ヨウさんを止められなかったわたし自身です。

冷たい……寒い……苦しい……。

ヨウさん……ヨウさん……わたしを温めて。

助けて……ヨウさん。
229 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:18:44.08 ID:tM+/NA8e0




もうわたしは……頑張れません……。




230 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:21:26.77 ID:tM+/NA8e0
リーリエがいなくなったシロガネ山の山頂で、僕はバトルフィールドに上がる階段で、途方にくれていた。

ロトム図鑑「ヨウ……大丈夫ロト?」

ヨウ「……大丈夫」

切れた唇からにじみ出る血を拭き取りながら、僕は何度も悔やんでいた。

ああ、なんてことをしたんだろう。

僕は自分で何をしたのか、よくわかっているつもりだ。
僕はこの手で、リーリエを、アローラでの思い出を、全て断ち切ってしまった。

リーリエは間違いなく、大切な人だった。
初めて、僕の触れられたくない領域に入ってきて、心を許した人。

本気で愛していた人。

僕は……どうすればよかったんだ?

オレはただ、自分の事をしただけなのに。あの時、リーリエがカントーに旅立ったように、外の世界へ一歩踏み出しただけなのに。あいつのように、なりたかった。

自分の身勝手な夢にリーリエとソルガレオを巻き込ませたくなかった。

それだけだったはずなのに。
231 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:23:04.97 ID:tM+/NA8e0
リーリエ『ヨウさんっ!』

ソルガレオが、ガオガエンに迫る。ここで指示を出さないと、ガオガエンは倒れてしまうだろう。

だけど僕は、それでも構わないと思った。

彼女が望むのなら、それでいいじゃないか。

僕はリーリエと一緒に居られるだけで、満足できるんだ。

本当になれるかもわからないポケモンマスターを目指すより、僕のそばにいるリーリエとずっといられる方が、幸せな人生を送れる。

それでいい。

ガオガエン「……」

僕がそう望もうとしたとき、ガオガエンがこちらを向いて、目を合わせてきた。
232 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:30:37.80 ID:tM+/NA8e0
ヨウ「……!」

その時、僕はガオガエン越しに、たくさんの顔が見えた。

トレーナーが強くなるため、そしてより強いポケモンのために、犠牲になったポケモンたちの顔が見えた。

夢を諦めた全てのトレーナーたちの顔が見えた。

僕が夢を叶えることに期待する、全ての人とポケモンの顔が見えた。

両親の顔が、ハウの顔が、グラジオの顔が、しまキングたちの顔が、キャプテンたちの顔が、ウツロイドの顔が、シルヴァディの顔が見えた。

その中にはもちろん、リーリエと僕自身の顔も混じっていた。

ガオガエン「……」

ガオガエンはなにも言わなかった。
ただ、彼の青い瞳が全てを物語っていた。

ウツロイドが成し遂げた役割を、シルヴァディの犠牲を無駄にする気なのか。

お前の夢は、ここで終わっていいのか。

倒してきた奴らの想いが無駄になってもいいのか。

それでいいのなら、俺は何も言わない。
233 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:32:34.12 ID:tM+/NA8e0
そうだ、僕は何のために戦ってきた?

僕はポケモンマスターになる。これまで僕に倒されていったトレーナーたちのためにも、勝利の糧になっていったポケモンたちのためにも。

ここでリーリエの約束に甘んじてしまえば、彼らの想いが全て無と消えてしまう。

僕のポケモンたちの信頼と犠牲が無意味なものになってしまう。

僕の生きる意味がなくなる。スカル団の人たちのように堕ちたくない。

終わるわけにはいかない。

僕は、諦めるわけにはいかないんだ!

ヨウ『ガオガエン、まもるだ』

ガオガエン『ガオッ!』

ガオガエンはソルガレオの攻撃を受けきると、そのまま流れるように、僕はZワザへ移った。

もうためらわない。
234 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:33:49.97 ID:tM+/NA8e0
ガオガエン『ガオオォォォォッ!!』

ソルガレオ『――!』

ガオガエンがZワザを決め、ソルガレオを全身全霊で押しつぶしていく。

リーリエ『ヨウ……さん』

ヨウ『……』

僕の行動に呆然としているリーリエに、僕は微かに笑いかけた。

……リーリエ、君だけだよ。
アローラでたくさんの仲間ができても、たくさんのトレーナーと戦っても、

僕に夢を忘れかけさせた人は。君だけだった。


今まで、ありがとう。

235 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:54:43.49 ID:tM+/NA8e0
僕は勝った。

リーリエは魂が抜けたように、ソルガレオのそばで膝をついて呆然としていた。

最後に僕は彼女に――アローラに別れを告げるように、彼女をケーシィのテレポートで、麓のポケモンセンターに戻してあげた。

ただ、僕は然るべき報いを受けなければならなかった。兄のグラジオに、きちんとこの事を話さなければいけない。

グラジオは右腕の骨を折っていたものの、あなぬけのひもで脱出し、捜索隊に連れられてポケモンセンターで入院していた。

久しぶりの再会と、リーリエの様子の変化に驚いていたグラジオに、僕は包み隠さず全てを話した。

僕が話を進めているうちに、彼の表情はこれまでにないほど怒りで歪んでいき、話を負えないうちに、怪我をしているにも関わらず僕の胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。

グラジオ『なんでそんなことをした!』

グラジオ『あいつはどれだけオマエのことを想っていたか分かってたはずだろ!』

グラジオ『リーリエは! オマエがいなければダメなんだ!』

グラジオ『それをオマエは……オマエは……! リーリエの想いをッ!』

ポケモンセンターのおねえさんがやってくるまで左腕で散々顔面を殴られ、挙句の果てに『二度とオレたちの前にそのツラを見せるな』と吐き捨てられ、リーリエを連れて病室の奥へ消えた。

僕は何も返せなかったし、抵抗も出来なかった。

グラジオの言うことが、全てだったから。

これが、僕自身の望んだ結末。

もうやり直しはできない。

僕は、リーリエと永遠にいる資格を失った。

これでよかったんだ。

でなければ僕は、リーリエに負けてガオガエンたちを裏切り、背負ったものに押しつぶされていた。

夢を諦めて、僕自身スカル団のしたっぱたちのようになっていただろう。例え、リーリエがいたとしても。

それに僕に執着して見境が無くなりつつあるリーリエはどうなる? 僕に依存することが、彼女のためになるのか?

僕といることが、彼女の幸せに繋がるのか?

いや……勝った今となってはいくらでも理由付けが出来る。

だが、僕は間違いなくこの手で、最愛の人とアローラでの思い出を全て踏み砕いてしまったんだ。
236 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 20:56:05.44 ID:tM+/NA8e0
僕は自分のリュックから取り出した、リーリエが大事にしていたピッピ人形を手にとった。

彼女が子供の頃から大事に使われていたであろうそれは、ひどくくたびれていた。

今の僕がリーリエに出来るのはひとつだけ……彼女の約束と想いも、背負っていくことだ。このピッピ人形も、僕の部屋にある折戸の中のおもちゃたちの仲間入りをさせる。

僕は、負けるわけにはいかない。

リーリエの想いも一緒に。

ヨウ「行こうロトム。僕は……リーリエのぶんまで勝たなきゃいけないんだ」

ロトム図鑑「ケテ……」

僕はリーリエが残していった足跡を踏みながら、シロガネ山を降りるべく歩き出した。

ふと、僕はそばに何かが転がっていることに気付いた。
237 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:11:06.76 ID:tM+/NA8e0
それは、かつてリーリエがカントーに行く際、僕が渡した、自分自身の帽子だった。

そういえば、ソルガレオが巻き返して来たとき、リーリエはこれを被っていた。

どんなふうにこの帽子を使っていたのかわからないけれども、リーリエなりに僕の帽子を大事にしていた。

だけど、もうその必要はない。
約束はもう、無くなってしまったのだから。

僕は雪を払って帽子を被ると、歩みを再開した。

この先に待っているのは、リーリエの思いを踏みにじった僕への更なる罰が待っているかも知れない。

だとしても、歩みを止めるわけにはいかない。

どんな絶望が僕を待っていたとしても、歩き続けることを止めれば、そこで僕は、本当の意味でリーリエの想いを裏切ることになるのだから。



ヨウ「夢か、約束か」

238 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:12:44.30 ID:tM+/NA8e0
あとがき

これでこのSSはおしまいです。

最初はヨウVSリーリエを書いてみようと思い立って筆を取った次第だったのですが、気が付けばこんな内容になってました。
以前は明るい話を書いたので、今度は暗い話にしようと思っていた結果でしょうか。

次回はハチャメチャで明るい話でも書けたらなぁ、なんて考えています。
今回のSSでも、ダメな部分が見えてきましたし、それを活かしていきたいです。


ちなみに元ネタは某有名なファンタジー漫画の黄金時代編で、ヨウとリーリエの性格も主要人物の二人からある程度拝借しています。
平沢進の『幽霊船』あたり聞きながらもう一度読んでいくと、もっと楽しめる……かもしれません。


こんなSSを読んでくださり、ありがとうございました!
またどこかで新作をお見せ出来れば幸いです。
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 21:23:50.35 ID:tN9k7+1Q0
おつ
久しぶりに後味悪くて面白いssが読めた
ヨウはいつか背負い続けた過去に押し潰されそうな結末ね
240 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:30:21.09 ID:tM+/NA8e0
――アローラ地方
――ナッシー・アイランド

アローラ地方に帰ってきたわたしは、なにかに導かれるように気付けばこのナッシー・アイランドにいました。

あの横穴で、わたしはずっと遠くを見ているようで何も見ないまま、うずくまっていました。

わたしが帰ってくると、様子がおかしいことにみんなはすぐ分かって声をかけてくれました。

だけど、どんな言葉をかけてきたのか、もう覚えていません。

もう、誰の言葉も思いも全部すり抜けて消えてしまうからです。

ヨウさんに負けてからわたしの心に太陽が消えて、どれくらい経ったのでしょうか。

わたしの心はとうに凍りついて、砕け散っていました。

それでもなお、小さくなったわたしは、叫んでいました。

寒い……苦しい……ヨウさん、助けて。

ヨウさん……。
241 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:33:22.95 ID:tM+/NA8e0
……雨が、降ってきました。

半年前……島巡りしていた頃、この穴の隣でわたしを勇気づけてくれたあの人は、もういません。

わたし……なんのために生きてきたのでしょうか?

わたしはヨウさんに足りない全てになりたかった。

ポケモンさんの弱点を補うために別のポケモンさんを手持ちに入れるような――そういう存在に。

あるいは、パズルのピースがあるべき場所に収まるように。二人で一つの人間になれるはずだったのに。

わたしの心も、身体も、考えてきたことも体験したことも、全部ヨウさんのモノになるはずだったのに。

なのにどうして? どうしてヨウさんはわたしを拒絶したの?

たくさんたくさん、わたし……頑張ってきたのに。

空っぽだったわたしの心を埋めてくれたのは、あなただけだったのに。

あの人はわたしの全てを奪って、抜け殻になったわたしを……。

――勝ってしまった僕に出来ることはただひとつ。夢が潰れてしまった人たちの思いも背負って、これからも勝ち続けるしかないんだ

――チャンピオンである僕は、その人たちの希望と夢を奪っているんだ

奪う……?

そうだったのですね。
242 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:33:54.70 ID:tM+/NA8e0



これがヨウさんの愛なんですね。



243 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:35:04.47 ID:tM+/NA8e0
ヨウさんはわたしのことが好きだから、わたしとほしぐもちゃんを傷付けて、わたしの大切なもの全部、奪ったんですね。

だって、奪われてなにもかもなくなっても、わたしはヨウさんのことばかり、こうして考えていたのですから……。

そしてあの人は、大勢の人やポケモンさんの想いや夢を背負いながら、自分の夢を追いかけているのだから。

わたしもその中のひとりになった、それだけです。

嬉しい……。ヨウさんの中で、わたしはまだ生きているのですね。

だから。

――失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?
244 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:35:38.47 ID:tM+/NA8e0



今度はわたしがあの人の夢を、大切なものを奪う番です。



245 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:36:53.95 ID:tM+/NA8e0
ポケモンマスターになろうとするヨウさんの夢をわたしが全部奪って、あの人がこれまで見てきたこと、聞いてきたこと、嬉しいことも悲しいことも、みんなわたしが背負うのです。

そうすれば、今のわたしのように、なにも出来なくなったヨウさんはずっとわたしのそばにいてくれる。

だって、ヨウさんが叶えたかった夢を。わたしが代わりに叶えるのだから。

ヨウさんの苦しみを知っているのはわたしだけ。ヨウさんの悲しみを癒せるのはわたしだけ。だからヨウさんは、わたしにしか頼れる人がいないんです。

わたしが、あの人の全てになります。

憎まれてもいい。蔑んでくれても構わない。ヨウさんの心が、わたしで占めてくれれば、どんな感情をわたしに向けても構いません。

その夢を叶えるためには今よりももっともっと頑張らなきゃいけませんけれど、必ず叶えてみせます。

自分の力で立ち上がって洞窟の外を覗くと、晴れ渡った空の向こうに、虹が見えました。

それはかつてヨウさんと見た色鮮やかなものではなく、漆黒に染まった闇の虹が、わたしを導くように差し込んでいました。
246 : ◆g/SXBgh1y6 [saga]:2017/10/15(日) 21:37:45.59 ID:tM+/NA8e0
わたしは自然と金髪のポニーテールを解いて、昔のようにロングヘアーに戻しました。ポニーテールにした時よりも、自分が生まれ変わった気分がして……わたしの心は空っぽのままだけど、とっても晴れやかです。

これからきっと、いいことが起きそう。……っていうか、起こさせます。

そして、黒い虹に向かって笑いかけました。

大好きです、ヨウさん……世界中の誰よりも。

あなたがこの世界にいてくれるから、わたしはこれからも頑張れるんです。

あなたと出会えて、よかった。

だから、あなたの夢も大切なものもみんな、奪わせていただきますね。


To Be Continued…
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